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「選挙妨害 ポスター」に関する裁判例(23)平成16年 2月27日 東京地裁 平7(合わ)141号 殺人、殺人未遂、死体損壊、逮捕監禁致死、武器等製造法違反、殺人予備被告事件 〔オウム真理教代表者に対する地下鉄サリン事件等判決〕

「選挙妨害 ポスター」に関する裁判例(23)平成16年 2月27日 東京地裁 平7(合わ)141号 殺人、殺人未遂、死体損壊、逮捕監禁致死、武器等製造法違反、殺人予備被告事件 〔オウム真理教代表者に対する地下鉄サリン事件等判決〕

裁判年月日  平成16年 2月27日  裁判所名  東京地裁  裁判区分  判決
事件番号  平7(合わ)141号・平8(合わ)31号・平7(合わ)282号・平8(合わ)75号・平7(合わ)380号・平7(合わ)187号・平7(合わ)417号・平7(合わ)443号・平7(合わ)329号・平7(合わ)254号
事件名  殺人、殺人未遂、死体損壊、逮捕監禁致死、武器等製造法違反、殺人予備被告事件 〔オウム真理教代表者に対する地下鉄サリン事件等判決〕
裁判結果  有罪  上訴等  控訴  文献番号  2004WLJPCA02270007

要旨
◆無差別テロである地下鉄サリン事件、松本サリン事件のほか、弁護士やその家族、教団関係者らに対する殺人、殺人未遂、逮捕監禁致死等を相次いで敢行し、死亡被害者二七人、傷害被害者二一人を生じさせた教団の教祖に対し、死刑が言い渡された事例

出典
裁判所ウェブサイト
判タ 1151号138頁
判時 1862号47頁
新日本法規提供

評釈
河上和雄・判評 562号2頁(判時1906号180頁)
渡辺脩・法と民主主義 423号16頁
土本武司・捜査研究 658号126頁

参照条文
刑法11条(平7法91改正前)
刑法190条(平7法91改正前)
刑法199条(平7法91改正前)
刑法201条(平7法91改正前)
刑法203条(平7法91改正前)
刑法221条(平7法91改正前)
刑法60条(平7法91改正前)
武器等製造法31条
武器等製造法31条1項
武器等製造法31条3項
武器等製造法4条(平11法160改正前)

裁判年月日  平成16年 2月27日  裁判所名  東京地裁  裁判区分  判決
事件番号  平7(合わ)141号・平8(合わ)31号・平7(合わ)282号・平8(合わ)75号・平7(合わ)380号・平7(合わ)187号・平7(合わ)417号・平7(合わ)443号・平7(合わ)329号・平7(合わ)254号
事件名  殺人、殺人未遂、死体損壊、逮捕監禁致死、武器等製造法違反、殺人予備被告事件 〔オウム真理教代表者に対する地下鉄サリン事件等判決〕
裁判結果  有罪  上訴等  控訴  文献番号  2004WLJPCA02270007

《判決目次》
主文/140
理由/140
【認定事実】/140
Ⅰ 教団の設立と発展/140
Ⅱ 田口事件/144
Ⅲ 坂本事件/145
Ⅳ 教団の武装化/148
Ⅴ サリンプラント事件/154
Ⅵ 滝本サリン事件/154
Ⅶ 松本サリン事件/157
Ⅷ 小銃製造等事件/162
Ⅸ 落田事件/162
Ⅹ 冨田事件/164
XI VX3事件/166
XII 假谷事件/170
XIII 地下鉄サリン事件/173
【証拠の標目】〈省略〉
【弁護人の主張に対する判断】/181
[Ⅱ 田口事件]/181
[Ⅲ 坂本事件]/182
[Ⅴ サリンプラント事件]/186
[Ⅵ 滝本サリン事件]/191
[Ⅶ 松本サリン事件]/201
[Ⅷ 小銃製造等事件]/216
[Ⅸ 落田事件]/219
[Ⅹ 冨田事件]/221
[XI VX3事件]/224
[XII 假谷事件]/229
[XIII 地下鉄サリン事件]/232
【法令の適用】/248
【量刑の理由】/249

主文
被告人を死刑に処する。

理由
【認定事実】
Ⅰ  教団の設立と発展
1  被告人は,昭和30年3月2日,熊本県八代郡金剛村で出生し,目が不自由であったことから,熊本県立盲学校の小学部に入学し,中学部,高等部(普通科),専攻科(2年間)を経て,同校を卒業した。
被告人は,昭和51年6月5日,同県八代市内のホテルの客室で,被告人らの組織しているマッサージクラブに所属していた者が同クラブを辞めて元の職場に戻ったことを難詰した際,同人が返事をせず薄笑いをしたと因縁を付け,いきなり手けんで同人の側頭部を数回殴打してその場に転倒させるなどの暴行を加え,同人に左側頭部打撲傷等の傷害を負わせたとの事実により,昭和51年9月6日,八代簡易裁判所において,傷害罪で罰金1万5000円に処せられた。
被告人は,昭和52年5月,東京都渋谷区内にある受験予備校の**ゼミナールに入り,同校に在籍していた花子と知り合い,昭和53年1月7日,同女と婚姻し,平成6年までに4女2男を儲けた。
被告人は,婚姻後,鍼灸師として生計を立て,あるいは,千葉県船橋市内で薬局の開設許可を受けて医薬品の販売業を営んでいたが,昭和57年6月1日から同月11日までの間,19回にわたり,京王プラザホテルなどにおいて,疾病治療の目的で厚生大臣の許可なく製造した風湿精及び青龍丹と称する医薬品を業として販売したとの事実により,同年7月13日,東京簡易裁判所において,薬事法違反の罪で罰金20万円に処せられた。
2  被告人は,このころ既に宗教活動に入り,仙道,仏教,ヨーガ等に傾倒していたが,「甲野太郎」を名乗り,都内でヨーガ教室を開いて指導に当たり,昭和59年ころ,オウム神仙の会を発足させた。
被告人は,昭和60年10月ころ,オカルト雑誌に,自己が蓮華座を組んで空中に浮いているように見える写真と空中浮揚に至るまでの修行法を掲載させ,昭和61年3月ころには「ザ・超能力秘密の開発法」と題する書籍を発行し,その中で「本書では,仙道,仏教,密教,ヨーガの集大成の中から,特に空中浮揚等の超能力に関して効果を持つ修行法のみを抜き出し組み合わせてあり,だれでもこの方法で修行すれば超能力者になれる。既に私の指導を受けている人たちはこの方法で着実に力を付けている。」などと説き,また,被告人によるイニシエーション(霊的エネルギーを授ける儀式)の一つであるシャクティパット(クンダリニーという霊的エネルギーを覚せいさせ,ひいては超能力を身に着けることができるとするもの)を受けられるセミナーを開催し始めていた。そして,これらにより,被告人の説く内容を信じ,超能力を身に着けたい,あるいは,悟り,解脱の境地に達したいと考え,オウム神仙の会に入会を希望する者が次第に増えていった。
被告人は,オウム神仙の会における会員に対する指導において,次第に原始仏教やチベット密教等の宗教色を深めていき,昭和61年夏ころヒマラヤで修行し最終解脱をしたと称するようになり,その後出家制度を作り,同年9月ころには,出家者は二十数名を数えた。出家者は親族との縁を絶ち,私財を被告人ないしオウム神仙の会に寄附するなどし,修行やバクティ(後のワーク)と言われる被告人から与えられた課題である同会での奉仕活動をしながら,東京都内などで共同生活を営んでいた。
3  被告人は,昭和61年12月,「生死を超える」と題する書籍を発行し,その中で解脱に至った体験及びその修行法について説いた。
また,被告人は,昭和62年1月4日に行われた丹沢セミナーでの説法の中で,完璧な功徳に関する質問に対し,「密教修行者のティローパが生きた魚を焼いて殺して食べていた。彼は完全な成就者であった。何をやったというとポアをやってたわけだね。その魚の魂を他の世界へ上昇させるわけだ。高い世界へ上昇させるんだから,ティローパは功徳を積んでるわけだ。ところが,釈迦牟尼の殺生するなかれという言葉からいったら,殺生してるだろう。だから,そこは,定義上の問題で非常に難しいんだね。だから,ランクに応じて,その人がそのときにできる最高のことをやる,これしかないと思います。だから,例えば,チベット密教というのは非常に荒っぽい宗教で,例えば,ミラレパが教えを乞うた先生の一人に『お前はあの盗賊を殺してこい。』と言われ,やっぱり殺しているからね。そして,このミラレパは,その功徳によって,修行を進めているんだよ。だから,どの門の修行に入るかによって,功徳は若干変わります。仏教的な,オーソドックスなやり方をするとするならば,まず,とにかく,禁戒を守る。殺さない,盗まない,これから入っていくプロセス。…だから,どちらのプロセスで入ってくるか,あるいはその人がどのステージにいるかによって,非常に複雑になります。」と述べ,さらに,「グルのためだったら死ねる,グルのためだったら殺しだってやるよというタイプの人はクンダリニー・ヨーガに向いてるということになる。そして,そのグルがやれと言ったことすべてをやることができる状態,例えばそれは殺人も含めてだ,これも功徳に変わるんだよ。だから,どのプロセスをたどっていくか,条件によって違ってくるわけだ。そして,今の日本の宗教理念からいったら,特にクンダリニー・ヨーガというものは受け入れられづらいだろうなと考えている。私も過去世において,グルの命令によって人を殺してるからね。自分は死ねるが,カルマになる,人を殺すというものはできないものだ。しかし,そのカルマですらグルに捧げたときに,クンダリニー・ヨーガは成就するんだよ。だから,その背景となるもの,修行法によって変わってくるわけだ。『いや,じゃあおかしいじゃないか。そこで殺したんだからそれはカルマになるじゃないか。』と考えるかもしれないけど,そうではないんだよ。例えばグルがそれを殺せと言うときは,例えば相手はもう死ぬ時期に来てる。そして,弟子に殺させることによって,その相手をポアさせるというね,一番いい時期に殺させるわけだね。そして,例えばもう一度人間界に生まれ変わらせて修行させるとかね,いろいろとあるわけだ。だから,功徳については非常に説明しづらい。ただ,無難な方法は,釈迦牟尼の言葉を借りるならば,仏陀と仏陀の説く法とその弟子たちサンガに帰依し供養するということ,それから,殺さない,盗まない,よこしまなセックスをしない,うそをつかない,心の乱れるような酒の飲み方をしないということになっています。そして,私も,それが無難だろうなと思っている。」と述べ,場合によっては,グル(解脱に導くことのできる宗教上の指導者)の指示に従って人を殺してその者を高い世界に上昇させることで功徳を積むことができるという説明の中で,人を殺すという意味で「ポア」という言葉を用いた。
4  被告人は,昭和62年6月ころ,「オウム神仙の会」の名称を「オウム真理教」に変更したが,その命名の由来について,当時の説法において,「私は,オウムの主宰神であるシヴァ大神(独力で真理によって最終解脱まで到達し多くの衆生を済度し続けている魂である真理勝者方のグルであり,この果てしない宇宙において救済活動をしているとする。)から『もう世の中の真理というものはないよ,甲野。』と啓示を受けた。そこで,オウムは,真理の教えを実践し,体得しようではないかと考え,『オウム神仙の会』では生ぬるいので『オウム真理教』になった。」旨述べ,また,自らをシヴァ大神とコンタクトを取ることのできるグルであると称して,自己の絶対化をもくろんだ。
そのころ,Aは,最終解脱に至る一つの段階であるクンダリニー・ヨーガを成就したと被告人に認定され,大師というステージ及びマハー・ケイマというホーリーネームを与えられた。次いで,Bが,同年7月に同様に最終解脱に至る一段階であるラージャ・ヨーガを成就したと被告人に認定され,大師というステージ及びアングリマーラというホーリーネームを与えられた。このようにして,被告人は,同年中に,10名前後の弟子たちを成就を遂げた者と認定し,大師というステージやホーリーネームを付与した。
5  被告人は,昭和62年ころから,それまで説いていた小乗(ヒナヤーナ)の教え(自分個人の解脱に至る教え)から大乗(マハーヤーナ)の教え(自己のみならず他の人をも救済し解脱に導く教え)に重点を移行し,これを中心として教義を説くようになっていたが,その一環として,同年7月16日,世田谷道場において,グルへの帰依の在り方やオウムの救済活動について,「解脱のための一番手っ取り早い方法は,自分の持っているもの全部を空っぽにし,グルあるいはシヴァ神の求めているものを意思して実行することである。オウムの救済活動とは,まずは真解脱者を3万人出すことだ。そして,3万人が世界に散ったならば,そのサットヴァのエネルギーによって,例えば核兵器を持つことが無意味になる。そして真理は一つになるはずだ。そうなったら,核戦争が起きることはない。」と説法し,同年8月には,同年5月の集中セミナーでの被告人の説法等を編集した「イニシエーション」と題する書籍を発行し,その中で,「1993年までに世界各国に二つ以上の支部ができなかったら,1999年から2003年までに確実に核戦争が起きる。私は初めて核戦争の話に触れた。私たちに残されている時間は,あとわずかに15年くらいしかない。…核戦争を回避するためには,オウムの教えを世界に広めていかなければならない。支部を各国に作っていかなければならない。1993年までにオウムが,シヴァ神の意志を理解し実行し,役割を果たすことができたなら,確実に戦争回避はできる。」などと,核戦争の可能性について不安をあおりながら,オウムによる人類救済を説いた。
6  被告人は,昭和62年12月12日,世田谷道場での説法において,「オウムでは,特殊な,タントラヤーナに近いことをやっている。このタントラヤーナというのはマハーヤーナ・ステージの千生分を一生に集約して成就させようというものだ。そのためには何をやるかというと,秘儀伝授,それからグルのエネルギー移入。この連続である。」と説き,昭和63年1月,福岡支部での説法においては,「今年,私は,大乗から,タントラヤーナ(秘密乗。秘密の教え,密教であり,管・風・心滴という三つの要素を昇華,浄化することにより,速やかに解脱を得る方法とする。)のプロセスについて説きたいと考えている。」旨述べ,同年2月には,昭和62年10月の集中セミナーでの説法等を編集した,オウム真理教の教義の根幹ともいえる「マハーヤーナ・スートラ 大乗ヨーガ経典」と題する書籍を発行した。
7  被告人は,以前から,富士山が見える場所に信者が一堂に会することのできる大きな総本部道場を造ることを考えていたが,その費用に充てるために多額の寄附を募り,昭和63年3月ころには,被告人の血を飲むと飛躍的に修行が進み,悟りや解脱に近づくと称して,富士山のオウム道場を造るために100万円以上の募金をした信者約30人に対し,血のイニシエーションを実施するなどした。
被告人は,同年6月ころ,「人間界にあまねく真理を体現しようとする被告人の活動はシヴァ神の大いなる意思によるものであり,より多くの魂が真理の生活をし,解脱し,高い世界に行けるように,真理に基づいた社会,理想郷(シャンバラ)を建設する。」などと称し,日本シャンバラ化計画を打ち出して,全国主要都市に支部や総本部道場を建設し,あるいは,衣食住,修行,医療,教育等すべて整ったオウムの村(ロータス・ヴィレッジ)を作ろうとし,信者に対し,30万円以上の布施をすれば種々の特別イニシエーションを受けられるとして布施を募るなどし,その費用の調達に努めた。
富士山総本部道場は,静岡県富士宮市人穴下広見〈番地略〉において,建設工事が進められていたが,同年8月に竣工して開設され,同年10月にはこれに隣接して4階建てのサティアンビル(後の第1サティアン)が竣工し,被告人及びその家族は千葉県内の自宅から同所に引っ越した(以下,富士山総本部道場及びサティアンビルを合わせて「富士山総本部」という。)。
8  被告人は,同年8月から同年9月にかけて,富士山総本部において,出家信者らに対し,「グルに対する帰依がしっかりしていて,信の篤い者,そして思考する力の強い者は,タントラ的な修行によって,より早く成就することができる。グルに対する帰依というものを背景として24時間のワークがあり,24時間のワークを背景としてタントラの修行がある。帰依の土台から言うと,大乗は一応グルを尊敬すればよいが,タントラやヴァジラヤーナ(金剛乗。身・口・意の意味であり,救済者として自己の使命を確立し,他の魂を真理の流れに引き入れ,引き上げ,他を救済するために身と口のカルマを積んで自己にカルマの清算がやってこようとも心が成熟するならばよしとする立場であり,最終解脱に到達するのはマハーヤーナに比べて断然早いとする。最終解脱に向かうにはタントラヤーナの道を歩いても,最終的にはヴァジラヤーナの道に入らねばならないとし,合わせてタントラ・ヴァジラヤーナと呼ぶ。)は,完璧な帰依が必要である。」「自己に与えられた任務であるワークのできない人間は去れ。私はあなた方一人一人に課題を与えている。それがワークだ。そして,その課題を正しく理解し,評価し,回答し,実践し,それを得て修行の進歩とし,そして,解脱に対して一歩近づく。あなた方の最高の修行はワークだ。」「あなた方にとっては,シヴァ神もいない。あなた方にとってのシヴァ神,ヴィシュヌ神,法はいずれも私である。その関係が成立したとき,初めてあなた方は,今生で猛スピードで成就ができる。」「タントラやヴァジラヤーナで成就する場合のポイントは,絶対的なグルに対する帰依である。どんなに素質のある修行者であっても,グルの与えるイニシエーション,エネルギーの移入というものがなければ成就はしない。弟子のグルに対する最も強い帰依ができたとき初めて,グルの心は,さあそろそろ成就させようかと動くわけである。」などと説法し,同年10月2日に富士山総本部で行われた説法の中では,「いよいよオウムがヴァジラヤーナのプロセスに入ってきた。このヴァジラヤーナのプロセスは善も悪もない。ただ心を清め,そして真理を直視し,目の前にある修行に没頭し,後は神聖なるグルのエネルギーの移入によって成就する。…金剛乗の教えというものは,もともとグルというものを絶対的な立場に置いて,そのグルに帰依する。そして,自己を空っぽにする努力をする。その空っぽになった器にグルの経験あるいはグルのエネルギーをなみなみと満ちあふれさせる。つまり,グルのクローン化をする。あるいは守護者のクローン化をする。これがヴァジラヤーナだ。」と述べ,より早く成就するためにはヴァジラヤーナの教えによることが必要であるとして,グルである被告人に対する絶対的な帰依を求めるとともに,布教活動を行う教団への奉仕活動としてのワークの重要性を強調した。
出家信者らは,このような被告人の説法を聞いて,日夜,修行及びワークに精を出し,立位礼拝の際には「オウム,グルとシヴァ神に帰依し奉ります。私を速やかに解脱へとお導きください。」という詞章を唱えるなどしていた。
そのころまでに,教団は,種々の布教活動を通じて,超能力や死後の世界,解脱,悟り等に関心を寄せ,あるいは,現代社会に不安や不満を持ち,被告人の説くシャンバラ化計画や3万人の成就による人類救済計画に引かれる若者を勧誘し入信させるなどして,出家信者は約100ないし200名,在家信徒は約3000ないし4000名に達し,さらに,富士山総本部及び東京本部のほかに,大阪,福岡,名古屋,札幌,ニューヨークに支部を開設するなどして,その勢力を急速に伸ばしていった。
9  被告人は,同年12月13日,富士山総本部におけるポアセミナーでの説法において,在家信徒に対し,近々発行予定の「滅亡の日」と題する書籍に触れ,「私は,その書籍では,『ヨハネの黙示録』の第16章までを完璧に解き明かした。そこに書かれている内容は,人類が滅亡するであろうということであり,生き残る人の条件というのは,仏教的な戒めを守ることと禁欲,もう一つはシヴァ神に対する帰依,あるいはグルに対する帰依だった。つまり,聖書に書かれている預言中の預言と言われている『ヨハネの黙示録』の中には,タントラ・ヴァジラヤーナの精髄が説かれていた。そして今,世界のどこを探してもそのことを最も激しく実践しているのは,オウム真理教の信徒だけだ。私達の欲求をつぶし,戒を守り,グルに帰依し,シヴァ神に帰依し,瞑想をすること。これ以外に本当の幸福はないし,高い世界へ至る道はないことが説かれていたというわけだ。」と述べ,平成元年2月発行の「滅亡の日」と題する書籍の中で,「人間の悪業が満ちてくると神は火元素を操ることで火山を噴火させて部分的にカルマ落としをしている。何よりも怖いのは,このような自然の噴火でカルマを落とし切らなくなったときだ。神は人工的な火を使ってカルマ落としをさせるだろう。それがハルマゲドン(人類最終戦争)だ。」「『今やヨハネの黙示録の封印を解くべき時が来た。その示唆を受け取り,オウム真理教の救済計画を固めよ。』私のグルであられるシヴァ神があまりに突然にこう告げた。」「力で良い世界をつくる。これこそ,タントラ・ヴァジラヤーナの世界だ。シヴァ神は,シヴァ神への強い信仰を持ち続けたタントラ修行者が,諸国民を支配することを望んでいらっしゃるんだ。」と説き,平成元年5月発行の「滅亡から虚空へ」と題する書籍の中では,「ハルマゲドンは回避できない。しかし,オウムが頑張って多くの成就者を出すことができれば,その被害を少なくすることができる。ハルマゲドンで死ぬ人々を,世界人口の4分の1に食い止めることができる。残りの4分の3の人口の中のどれだけが生き残れるかは,オウムの救済活動次第だ。私は,私に与えられたこの使命に命を懸けている。」などと,ハルマゲドン(人類最終戦争)が不可避であるとして終末感をあおりながらオウムによる救済活動の重要性について説いた。
10  平成元年ころまでには,オウムの出家制度は,シヴァ神及び尊師である被告人に生涯にわたって,心身及び自己の全財産を委ね,肉親,友人,知人等との直接及び間接の接触など現世における一切のかかわりを断つことであるとされ,教団への出家手続の際には,「出家中は教団に迷惑を掛けない。親族とは絶縁する。損害を与えた場合には一切の責任を取る。すべての遺産,財産は教団に寄贈する。葬儀等は被告人が執り行う。事故等で意識不明になったときはその処置を被告人に任す。慰謝料,損害賠償もすべて被告人に任す。」という趣旨の内容の誓約書,遺言書等を見本を見て書くように指導がされた。
11  被告人は,教団が宗教法人となれば社会的にも認知されるほか,税制上も優遇措置を受けられることから,かねてから,教団を法人化しようと考え,出家信者を介して東京都の担当部署との間で相談ないし折衝をしていたが,平成元年3月1日,宗教法人設立のために教団の宗教法人規則認証申請書を東京都知事あてに提出し,紆余曲折を経て同年8月25日教団の宗教法人規則認証書の交付を受け,同月下旬ころ,宗教法人登記手続をし,教団は法人格を取得した。その教団の規則及び設立登記における教団の目的は,「主神をシヴァ神として崇拝し,創始者乙川次郎(別名=甲野太郎)はじめ真にシヴァ神の意志を理解し実行する者の指導の下に,古代ヨーガ,原始仏教,大乗仏教を背景とした教義を広め,儀式行事を行い,信徒を教化育成し,すべての生き物を輪廻の苦しみから救済することを最終目標とし,その目標を達成するために必要な業務を行う」こととされた。
12  また,被告人は,教団の勢力をより一層拡大するためには,宗教活動をするだけではなく,政治力を付ける必要があると考え,次期衆議院議員総選挙に大師ら教団幹部と共に立候補することとし,同月16日,自らを代表者とし政治団体を真理党として政治資金規正法6条1項の規定による政治団体設立届を提出するなどし,選挙の準備を始めた。
13  このころのワークは,信徒勧誘活動や選挙準備活動のほか,CBI(コスミック・ビルディング・インスティテュート)に係る建設関係,CSI(コスミック・サイエンス・インスティテュート)に係る科学関係,CMI(コスミック・メディカル・インスティテュート)に係る生化学関係,AFI(アストラル・フード・インスティテュート)に係る食糧関係,AMI(アストラル・ミュージック・インスティテュート)に係る音楽関係,教団刊行物の編集・出版関係,車両関係,生活関係等多種類のものがあり,出家信者らは,グルである被告人に対する絶対的な帰依に努めながら,被告人の言う3万人の成就者の中に入ることを目指して,日夜修行をしながらそれぞれに課せられたワークに従事していた。
14  被告人は,平成元年9月24日,世田谷道場で行われた説法の中で,「例えば,Aさんという人がいて,Aさんは生まれて功徳を積んでいたが慢が生じてきて,この後悪業を積み,寿命尽きるころには地獄に堕ちるほどの悪業を積んで死んでしまうだろうという条件があったとしましょう。このAさんを,成就者が殺したら,Aさんは天界へ生まれ変わる。しかし,このAさんを殺したという事実を他の人たち,人間界の人たちが見たならば,これは単なる殺人。そして,もしこのときにAさんは死に天界へ行き,そのときに偉大なる救世主が天界にいて,その人に真理を解き明かしAさんが永遠の不死の生命を得ることができたとすると,このときに殺した成就者は何のカルマを積んだことになりますか。すべてを知っていて,生かしておくと悪業を積み,地獄へ堕ちてしまう。ここで,例えば生命を絶たせた方がいいんだと考え,ポアさせた。この人はいったい何のカルマを積んだことになりますか,殺生ですか,それとも高い世界へ生まれ変わらせるための善行を積んだことになりますか。人間的な客観的な見方をするならば,これは殺生です。しかし,ヴァジラヤーナの考え方が背景にあるならば,これは立派なポアです。そして,智慧ある人―ここで大切なのは智慧なんだよ。―智慧ある人がこの現象を見るならば,この殺された人,殺した人,共に利益を得たと見ます。ところが,智慧のない人,凡夫の状態でこれを見たならば『あの人は殺人者』と見ます。…ここにいる人を,今,人間界の低次元から天界へ上げる。しかも,そこには偉大な救世主がいて,その人と縁があって,その天界へ行った人は永遠不死,マハー・ニルヴァーナに入ることができるとしましょう。そこに一人送り込んだわけだから,大変な功徳を積んだことにならないですか。だから,そういう偉大な功徳の積み方,これができるのがヴァジラヤーナあるいはタントラヤーナであると考えてください。しかし,それは最後にあなた方がなす修行である。今は,修行としては小乗(ヒナヤーナ)の実践をなして初めて次のステージの大乗(マハーヤーナ)の真の意味合いというのが分かるようになってくるということを理解しなければならない。」と説き,ヴァジラヤーナの考え方によれば,成就者が,地獄に堕ちるほど悪業を積んだ者を殺して天界へ上昇させた場合,これは立派なポアであり,偉大な功徳となる旨述べ,殺人をポアと称し,これを容認する考え方としてヴァジラヤーナの教えを用いた。
Ⅱ  田口事件(殺人)
(平成7年11月10日付け追起訴状記載公訴事実)
[犯行に至る経緯]
1  田口某(以下「田口」という。昭和42年12月26日生)は,昭和63年6月ころ,教団に出家し,CSI内の電気班に所属し,電気関係のワークに従事していた。
2  真島某(以下「真島」という。)は,在家信徒として,同年9月下旬ころ,富士山総本部道場で修行していた際,奇声を発するなど異常な行動に及んだ。大師のBらは,その旨の報告を受けた被告人の指示に基づき,真島に水を掛けるなどしていたところ,誤って同人を死亡させてしまった。被告人は,このことを警察その他の関係機関に連絡するか否かについて,もしこの件を公にすると教団による救済活動がストップしてしまうなどと言いながら,Bら教団幹部の同意を求めてこの件を警察等に連絡しないことに決め,同人らに命じて,ドラム缶に真島の遺体を入れ護摩壇で焼却した(以下「真島事件」という。)。真島事件には,Bのほか,C,D,Eらがかかわり,田口も遺体の焼却に関与していた。
3  被告人は,同年12月中旬ころ,教団の発行する書籍等を出版しているオウム出版の責任者であるBに指示し,田口をその営業に従事させた。しかし,田口が,「このような営業をやっても功徳にならない。在家信徒のままで家に帰って自分なりに修行したい。」などと不満を述べるようになったことから,Bは,平成元年1月上旬ころ,被告人にその旨報告し,被告人の指示により,サティアンビル4階の被告人のもとに連れて行った。
被告人は,会議室で,田口と二人で話をした後,Bら居合わせた大師に対し,田口が変なことを言うなどと言い,その後,田口を富士山総本部の道路を隔てた向かいにある静岡県富士宮市上井出字葡萄藪〈番地略〉所在の空き地に設置された独房修行用に改造したコンテナ内に入れ,その両手や両足をロープで縛り,被告人の説法が録音されたテープを聞かせるなどして翻意させようとした。
しかし,逆に,田口は,教団から脱会する旨主張し,被告人を殺すとまで言うようになり,被告人は,Cを介するなどして,そのことを知った。
4  被告人は,自分を殺すとまで言う田口に憤慨するとともに,真島事件に関与した田口をこのまま教団から脱会させると,田口により同事件が公表されるおそれがあり,そうなれば組織を拡大しようとしている教団が多大な痛手を受けるなどと考え,田口が翻意しない以上田口を殺害するしかないと決意した。
そこで,被告人は,同年2月上旬ころの深夜,サティアンビル4階の図書室に,B,C,E,D及びFらを集め,同人らに対し,田口が教団から脱会することを考え,被告人を殺すとも言っている旨説明した上,「まずいとは思わないか。田口は真島のことを知っているからな。このまま,わしを殺すことになったとしたら,大変なことになる。もう一度,おまえたちが見にいって,わしを殺すという意思が変わらなかったり,オウムから逃げようという考えが変わらないならばポアするしかないな。」「ロープで一気に絞めろ。その後は護摩壇で燃やせ。」などと言って,田口が翻意しない場合に田口を殺害することなどを命じ,Bらは全員これを承諾し,ここに,被告人及びBらは,田口の殺害について共謀を遂げた。
5  B,C,E,D及びFは,直ちに,田口の入れられている前記コンテナまで行き,Fはコンテナの外で見張りをすることとし,他の4名はコンテナ内に入り,両手や両足を縛られたままあぐらを組んで座っている田口に対し,その意思を確認したが,田口から,教団に残って修行しようとは思わないなどと言われ,翻意する旨の回答を得ることができなかったことから,被告人の前記の指示に従い,田口の殺害を実行することとした。
[罪となるべき事実]
被告人は,B,C,E,D及びFと共謀の上,田口某(当時21歳)を殺害しようと企て,平成元年2月上旬ころ,静岡県富士宮市上井出字葡萄藪〈番地略〉に設置されたコンテナ内において,田口に対し,その頸部にロープを巻いて絞め付け,さらに,両手で同人の頸部を強くひねるなどし,よって,そのころ,同所において,同人を頸髄,延髄又は脳幹部損傷による呼吸又は循環停止により死亡させて殺害したものである。
Ⅲ 坂本事件(殺人)
(平成7年10月13日付け追起訴状記載公訴事実)
[犯行に至る経緯]
1  坂本春男(以下「坂本弁護士」ともいう。昭和31年4月8日生)は,坂本(旧姓〈省略〉)夏子(以下「夏子」ともいう。昭和35年2月24日生)と,大学時代に共に身体障害者のためのボランティア活動をしていた際に知り合い,昭和59年3月に婚姻し,同年,司法試験第2次試験に合格した後,司法修習を経て,昭和62年4月,横浜弁護士会に弁護士登録をし,横浜法律事務所で弁護士業務に携わるようになった。そして,昭和63年5月から横浜市磯子区洋光台〈番地略〉所在の※※コーポ201号室に居住するようになり,同年8月25日には長男秋男(以下「秋男」ともいう。)が出生した。
2  被告人は,昭和63年ころから,教団を宗教法人とするため,DやEらを介して,設立手続について東京都の担当部署と相談し,2回にわたり教団施設について現場調査を受け,平成元年3月1日,宗教法人設立のために教団の宗教法人規則認証申請書を東京都知事あてに提出した。東京都の担当部署は,子供が教団に入信して家に帰らない,あるいは,子供に会うために教団施設を訪れても会わせてもらえないなどの苦情が多数寄せられていたことから,その受理を保留した。
これに対し,被告人は,自ら多数の信者を引き連れて東京都の担当部署を訪れて速やかに申請を受理して規則を認証するよう抗議し,あるいは,教団所属の弁護士であるGらを介して同様の上申をするなどし,同年5月25日,前記の認証申請が受理された。さらに,被告人は,同年6月1日には,東京都知事を被告として同認証申請についての不作為の違法確認訴訟を提起した。
3  坂本弁護士は,同年5月ころから,教団に出家した信者の親たちの依頼を受け,その子供の帰宅や子供との面会等について教団と交渉するようになり,また,東京都に対し,出家信者を巡るトラブルの実情や教団の法令違反の有無等について情報を提供したい旨伝えていた。
4  被告人は,教団の勢力を伸ばすためには,宗教活動をするだけではなく,政治力を付ける必要があると考え,次期衆議院議員総選挙に教団幹部らと共に立候補することとし,同年8月16日,自らを代表者とし政治団体を真理党として政治資金規正法6条1項の規定による政治団体設立届を提出するなどし,選挙の準備を始めた。教団は,同月25日には,東京都知事から教団の宗教法人規則認証書の交付を受け,同月下旬ころ,宗教法人登記手続をし,法人格を取得した。
5  サンデー毎日編集部は,同年9月下旬ころ,子供の家出人捜索願を警察署に提出している者をはじめとする教団信者の家族数名から,座談会形式で,教団では,(1)出家と称して未成年者を含め子供を親から隔離している,(2)多額の布施を要求し,払えない者には借金をさせその返済のために事実上過剰な労働を強いている,(3)信者に教祖である被告人の生き血を飲ませるなどの非現実的な修行をさせているなどの話を取材し,さらに,同家族らが相談を持ち掛けている坂本弁護士,教団施設周辺の住民及び教団側等から取材した上,同年10月から,「オウム真理教の狂気」と題して教団に関する特集記事の連載を始めた。その第1回は,教団信者の家族からの前記の取材内容を中心としたもので,同月2日都内発売に係るサンデー毎日(同月15日号)に掲載された。
その記事の内容を知った被告人は,同月2日午後,Eら信者数名を連れてサンデー毎日編集部に押し掛け,編集長牧太郎に教団側の話も聞いてほしいなどと抗議したが,水掛け論となり話にならないと言ってその場を立ち去った。
その後も,サンデー毎日は,同年11月26日号(都内同月13日発売)まで合わせて7週にわたり,血のイニシエーション,布施,被告人の経歴等に言及して教団を批判する記事を連載した。同年10月23日都内発売に係る同誌(同年11月5日号)では,「教団に入信し家出した子供の両親から相談を受けた弁護士が,『京大医学部で,被告人の血を研究してみたところ,血液中のDNAに秘密があり,これを体内に取り入れると,クンダリニー(霊的エネルギー)が上昇し,潜在意識が現れるということが明らかになり,計り知れない霊的向上をもたらす。』旨の教団関係の出版物の記載について,京大医学部に照会していたので,サンデー毎日において直接同学部に取材したところ,同学部ではそのような研究が行われたことはない旨の回答がされたことが判明し,また,同学部助教授が,科学的にもそのような効果はない旨明言した。」という内容の記事が掲載された。
これらの記事に対し,被告人は,B,E,Hら幹部に指示し,同年10月中旬から同月下旬にかけて,サンデー毎日編集部に対し,連載を中止し謝罪文を掲載するよう抗議させ,同編集部のある毎日新聞社ビルや牧編集長の自宅付近で抗議のビラをまかせたり,街宣車を使って抗議をさせたりし,あるいは,Cと相談するなどして毎日新聞社ビルを爆破するための下見をさせるなどした。また,同月25日には,毎日新聞社等を被告として名誉毀損による損害賠償請求訴訟を提起した。
6  他方,被告人は,同月9日及び同月16日,文化放送のラジオ番組に電話で生出演し,サンデー毎日の特集記事に対し反論した。同月16日の同番組では,坂本弁護士も,電話で生出演し,未成年者の出家,高額な布施,血のイニシエーションなどについて批判的な意見を述べた。
そして,同月21日には,教団に入信して家に帰ってこない子供の親たちが,坂本弁護士の支援の下で,オウム真理教被害者の会(以下「被害者の会」ともいう。)を結成し,永岡一男(以下「永岡」ともいう。)がその会長に就いた。
7  TBSは,同月26日,教団の長時間水中に潜る水中クンバカを取材し,これを翌日,被害者の会関係者のインタビューと共にテレビ放映することを予定していた。被告人は,その情報を入手したEから報告を受け,Eに対し,その番組の放映についてTBSと交渉するよう指示した。Eは,同月26日夜,H及びGと共にTBSに赴き,その放映予定のインタビューが,坂本弁護士,牧編集長及び永岡会長による教団を批判する内容のものであることを知り,その旨被告人に報告し,その指示を受けてその番組の放映を中止するようTBS担当者に働き掛け,これを中止させた。
8  被告人は,同月28日から同月30日までの間にサティアンビルで開かれた大師会議において,出席していたC,H,B,E,D,G,I1,I2らに対し,あらかじめ入手していた被害者の会の活動状況に関する情報を基に,被害者の会を組織したのは坂本弁護士であり,サンデー毎日の記事に関する情報が被害者の会から流されていることや,坂本弁護士は,被害者の会から弁護士を介して警察に事情を話し教団を捜査させるという考えを持っていることなどを話し,HやGらに対し,坂本弁護士に抗議をするよう指示した。
H及びGは,同月31日夜,Eと共に,坂本弁護士の勤務する横浜法律事務所を訪れ,DNAのイニシエーションについて説明し理解を求めたが,坂本弁護士にそれでは科学的な証明とはいえないなどと言われて議論は平行線となった。坂本弁護士は,Gに対し,被害者の会の目的は,会員である親たちのもとに信者の子供たちが戻ることができるようにすることである旨説明し,未成年の出家信者は必ず家に帰し,他の出家信者には少なくとも家に連絡をさせることなどを申し入れるとともに,会員から教団に対し法的措置をとることも考えている旨伝えた。これに対し,Gは,被害者は子供たちのほうであり,子供たちのほうから親たちに対し,監禁罪等を理由に告訴し,あるいは,訴訟を提起する考えがある旨答えた。
H,G及びEは,坂本弁護士の顔写真入りプロフィールが記載されたパンフレットを横浜法律事務所から持ち帰り,同日深夜,被告人に対し,同日における坂本弁護士との話合いの状況について報告するなどした。
9  被害者の会は,同年11月1日ころ,教団に公開質問状を送付し,同書面により,被告人に対し,水中で自らの意思で仮死状態になる水中サマディや蓮華座を組んだまま空中に浮かぶ空中浮揚を公開して実演するよう要求した。
被告人は,同年11月1日か2日にサティアンビルで開かれ,C,H,B,E,D,G,I1,I2らが出席した大師会議において,その公開質問状を読み上げさせると,その場は,被害者の会に対する反発の声や反感の情で包まれた。
10  被告人は,坂本弁護士が,教団に批判的な特集記事を掲載しているサンデー毎日編集部に教団や被告人に関する情報を提供し,公開質問状を送ってきた被害者の会の実質的リーダーとして同会を指導している人物であると考え,また,同弁護士自らもラジオ番組等で教団や被告人に批判的な意見を述べ,教団側との話合いの中でも法的措置をとる旨明言していたことから,坂本弁護士の活動をこのまま放っておくならば,勢力を伸張させようとしている教団や最終解脱者を自称する被告人自身が打撃を受け,教団からの出馬を決めている次回の総選挙に向けての選挙活動に支障を来し,総選挙の結果にも悪影響を及ぼすものと考え,坂本弁護士を殺害することを決意し,同月2日深夜ないし翌3日未明ころ,C,E,B,D及びJの5名をサティアンビル4階の瞑想室に呼び寄せた。
被告人は,Cらに対し,「もう今の世の中は汚れきっておる。もうヴァジラヤーナを取り入れていくしかないんだから,お前たちも覚悟しろよ。」などと教団による救済にとって障害となるものに対しては殺人をはじめ非合法的な手段により対処していく趣旨のことを言い,「今ポアをしなければいけない問題となる人物はだれと思う。」と述べて,教団にとって最も障害となる殺害しなければならない人物はだれかという意味の問い掛けをした後,坂本弁護士を名指しし,同弁護士について,被害者の会の実質的リーダーであり,将来教団にとって非常な障害になるから,同弁護士をポアしなければならない旨述べて,同弁護士の殺害を指示した。
続いて,被告人は,あらかじめCらから,痕跡を残さずに人を短時間で死に至らせる薬物であると説明を受けていた塩化カリウムの薬効等について説明するなどした後,駅から自宅に帰る途中の坂本弁護士を襲い,塩化カリウムを注射して殺害するよう指示し,Cら5名はこれを承諾した。また,被告人は,Bに対し,坂本弁護士の住所を弁護士の在家信者から聞き出すよう指示した。さらに,被告人は,Dらの意見を聞いた上で,被告人の警護を担当する警備班に所属し教団の武道大会で優勝したY1が歩いている者を一撃で倒せる自信がある場合には,Y1に,坂本弁護士を一撃で気絶させる役割を担当させることに決めた。Eらは,被告人の指示を受け,瞑想室を出て,Y1に対し,同人から歩いている男を一撃で倒せる自信があることを聞いた上で,教団に敵対する外部の者を被告人の指示により殺害することになったことを説明し,被告人の指名でY1がその者を気絶させることに決まったのでその役割を果たすように告げ,Y1の承諾を得た後,被告人にその旨を報告した。このようにして,被告人は,C,E,B,D,J及びY1ら6名(以下「実行犯6名」ともいう。)との間で,坂本弁護士を殺害する旨の共謀を遂げた。
11(1)  Bは,同月3日午前8時ころ,九州在住の弁護士である在家信者に電話をして坂本弁護士の住所が横浜市磯子区洋光台〈番地略〉※※コーポ201号室であることを聞き出した。
(2)  被告人は,前記瞑想室で,Bからその旨の報告を受け,「そうか,分かったか。ほかの手段を使わなくて済んだな。よしこれで決まりだ。変装していくしかないな。」と言った。同席していたCが「スーツを買うんだったら幾らくらいかかるかな。」と言うと,被告人は,「五,六十万もあれば足りるだろう。」と言って,Aに金員を用意するよう指示した。
12  実行犯6名は,同日午前9時ころ,いすゞビッグホーンとニッサンブルーバードの2台の車に分乗して富士山総本部を出発し,途中塩化カリウム飽和溶液の入った注射器を用意したり,2台の自動車に無線機を取り付けたり,変装用具を身に着けたり,手袋やスーツ等を購入して着用したりするなどして準備した上,同日夕方ころ,坂本弁護士方付近に到着した。
13  実行犯6名は,坂本弁護士方付近を下見した後,二手に分かれ,E及びDはブルーバードに乗車して同弁護士方の最寄りの駅であるJR洋光台駅前で坂本弁護士が現れるのを待ち,他の実行犯4名はビッグホーンに乗り,坂本弁護士方付近の路上でEらからの連絡を待った。坂本弁護士がなかなか現れないことから,E及びY1が坂本弁護士方に電話をしたが,だれも電話に出ることはなかった。その旨の連絡を受けたBは,同日午後10時半過ぎころ,坂本弁護士方の様子を探り,戻ってきて,Cに対し,坂本弁護士方居室内に明かりがついていること及びその玄関ドアの錠が掛けられていないことを伝えるとともに,坂本弁護士が帰宅しているかもしれない旨話し,さらに,Cと共に,無線を通じて,そのことを駅前で待機しているEに連絡した。
14(1)  Eは,同日午後11時ころ,被告人に対し,電話で,Bらから聞いた坂本弁護士方の状況を説明し,どうすればいいか指示を仰いだ。
被告人は「じゃ,入ればいいじゃないか。家族も一緒にやるしかないだろう。」と言い,さらに,「人数的にもそんなに多くはいないだろうし,大きな大人はそんなにいないだろうから,おまえたちの今の人数でいけるだろう。今でなくても,遅いほうがいいだろう。」などと言って,夜遅くまで待っても坂本弁護士が現れない場合には,帰宅途中の坂本弁護士を襲う従前の計画を変更し,坂本弁護士方に侵入し家族以外の者がいなければ坂本弁護士をその家族もろとも殺害するよう命じた。
Eは,その電話を終え,被告人から坂本弁護士方に入れと言われた旨をDに伝えた後,ブルーバードでDと共にビッグホーンのところに戻り,車外でC及びBに対し,被告人からの指示であることを明示してその指示内容を言われたとおり説明した。
(2)  そして,E,C,B及びDの4名は,相談の上,最終電車まで坂本弁護士を待ちそれでも同弁護士が現れない場合には,午前3時ころに坂本弁護士方に入り同弁護士及びその家族を殺害することを決めた。J及びY1もそのことを伝えられ,これを承諾した。
(3)  このようにして,被告人は,実行犯6名との間で,夜遅くまで待っても坂本弁護士が現れない場合には,従前の計画を変更し,坂本弁護士方に侵入し家族以外の者がいなければ坂本弁護士をその家族もろとも殺害する旨の共謀を遂げた。
15  実行犯6名は,再び二手に分かれ,E及びDはブルーバードでJR洋光台駅前に行き,Cら他の実行犯4名はそのまま坂本弁護士方付近路上に駐車したビッグホーンに乗車し,それぞれ待機した。
実行犯6名は,最終電車まで待ったが,坂本弁護士が現れなかったため,坂本弁護士方に侵入して家族以外の者がいなければ坂本弁護士を家族もろとも殺害するようにとの被告人の指示を実行することとし,Jにおいて塩化カリウム飽和溶液の入った注射器3本を携帯し,B,D,Y1及びJにおいて手袋を着用するなどして,実行犯6名は,坂本弁護士方に向かい,同月4日午前3時過ぎころ,坂本弁護士方に侵入した。
Eは,坂本弁護士方寝室で坂本弁護士及びその家族が就寝していること及び坂本弁護士方には他に人がいないことを確認した後,他の実行犯5名に合図し,実行犯6名は,坂本弁護士,夏子及び秋男の3人が就寝している寝室に入った。
[罪となるべき事実]
被告人は,C,B,E,D,J及びY1と共謀の上,坂本春男(当時33歳),坂本夏子(当時29歳)及び坂本秋男(当時1歳2か月)を殺害しようと企て,平成元年11月4日午前3時過ぎころ,横浜市磯子区洋光台〈番地略〉所在の※※コーポ201号室の坂本春男方において,
第1  坂本春男の身体に馬乗りになり,その顔面を数回手けんで殴打し,同人の背後からその頸部に腕を巻き付けて頸部を絞め付けるなどし,その場の状況から塩化カリウム飽和溶液の静脈注射をするには至らなかったものの,そのころ,同所において,同人を窒息死させて殺害した
第2  坂本夏子の身体を押さえ付け,同人の腹部に数回両膝を落として打ち付け,同人の頸部を絞め付け,その場の状況から塩化カリウム飽和溶液の静脈注射をするには至らなかったものの,同人の右後方から右手を同人の前頸部に回してその着衣の左奥襟辺りをつかみ自己の左腰部との間に夏子の頸部を挟んだ上右手を強く引いて同人の頸部を絞め付けるなどし,そのころ,同所において,同人を窒息死させて殺害した
第3  坂本秋男の鼻口部を押さえて閉塞するなどし,そのころ,同所において,同人を窒息死させて殺害した
ものである。
Ⅳ 教団の武装化
1  被告人は,政治力を付け,教団の勢力を一段と拡大するために,平成2年2月3日公示,同月18日施行に係る衆議院議員総選挙に真理党として教団幹部ら24名と共に,東京都,神奈川県,埼玉県及び千葉県内の選挙区において立候補したが,いずれもわずかの票数しか得られず全員が落選し,惨敗した。被告人は,このような結果に対し,得票計算で不正が行われたなどと弁解した。
被告人は,同年3月ころ,一部の教団幹部にボツリヌス菌の培養計画を実施させていたが,同年4月ころ,第1サティアン4階の被告人の部屋に,A,H,C,D,K,L,E,F,M,N,J,Y2,O,P,Qなど教団幹部ら二十数名を集め,同人らに対し,「今回の選挙は私のマハーヤーナにおけるテストケースであった。その結果,今の世の中は,マハーヤーナでは救済できないことが分かったので,これからはヴァジラヤーナでいく。現代人は生きながらにして悪業を積むから,全世界にボツリヌス菌をまいてポアする。」「中世ではフリーメーソンがペスト菌をまいた。それでヨーロッパの人口は3分の1か4分の1になった。今回まくものは白死病と呼ばれるだろう。」「本来ならばこれは神々がすることであるが,神々がやると残すべき人を残すことができないので我々でやる。オウムの子供たちを残していく。」などと言い,猛毒のボツリヌストキシンを生成するボツリヌス菌を大量に培養してボツリヌストキシンを世界中に散布して多くの者を殺すという無差別大量殺りくを実行するよう指示し,「救済の計画のために私は君たちを選んだ。」と言って話を締めくくった。
これを受けてCSI,いわゆる科学班のリーダーであるCの指示に基づき,大学院で獣医学や医学を専攻していたN及び医師の資格を有するJらが,山梨県西八代郡上九一色村の第1上九と称する場所に建設されたプラントでボツリヌス菌の大量培養計画を進め,Kらが,このプラントを運転し,MやOらが,培養された細菌を噴霧する装置を製作し,同月ころから同年5月ころにかけて,DやY2らが,噴霧装置の備え付けられたトラックで,培養された細菌を都内等数箇所において噴霧したが,毒性のあるボツリヌス菌が培養されていなかったため,人を殺害するには至らなかった。
被告人は,そのころ,クンダリニー・ヨーガの成就者に師,マハームドラーの成就者に正悟師,大乗のヨーガの成就者に正大師の各ステージをそれぞれ与えることとし,同年7月,C,D及びKがマハームドラーを成就したものと認めて,同人らに正悟師のステージを付与した。
2  被告人は,日本シャンバラ化計画の一環として,阿蘇山麓にある熊本県波野村に教団の施設を造ろうと考え,同年5月ころ,同所の土地を取得し,施設の建設工事を進めるなどしていたが,これに反対する住民との間でトラブルとなり,教団は社会的にも強く非難され,その後,同年10月下旬から11月にかけて国土利用計画法違反などによりG,E及びAらが逮捕され,全国の教団施設が捜索を受けるなどした。
これに先立ち,Cは,被告人の指示に基づき,同年9月ころ,自らが中心となって,ホスゲン爆弾による無差別大量殺りくを企て,ホスゲンを生産するプラント及びホスゲン爆弾を造るのに必要な硝酸を生産するプラントを建設することとし,当初は第1サティアンで,同年10,11月ころからは熊本県波野村で,M,Q,O,JらがCの指示を受けて,ホスゲンや硝酸のプラント造りに携わった。しかし,いずれのプラントも完成することなく,平成3年8月ころ,その計画は立ち消えになった。
3  被告人は,そのころから平成4年秋くらいまでの間,生物・化学兵器等による殺りく計画に関する話をすることはなく,国外では,信者らを連れ,救済ツアーあるいは巡礼ツアーと称して,チベット,ラオス,スリランカ,インド,ロシア連邦,ブータン,ザイールなどを訪問し,その国の政府要人や著名な僧侶等と会い,種々の援助をし,仏跡を巡り,スリランカ支部やモスクワ支部を開設するなどし,国内では,テレビに出演し,雑誌等で著名人と対談し,大学での講演会や教団各支部での説法を精力的に行い,支部活動に力を入れるなどし,国内外で,入信者や出家信者の拡大に努めた。
また,CSIは,平成3年9月ころ,広報技術部に名称が変更されたが,そのリーダーであるCら同部所属のメンバーは,被告人の指示により,教団には高度の科学技術があるということを外部に知らしめ,理科系の優秀な人材を多数入信,出家させるため,飛行船のほか,ホバークラフト,フリークラフト,多足歩行ロボット,ビラ配りロボットなど一応外観上それらしいものを製作し,これらを教団の宣伝ないし広報のために利用した。
このような教団における種々の活動等により,筑波大学大学院で有機化合物の合成等について研究をしていたRや,東京大学大学院で物理学を専攻していたSらが出家するに至った。
4  被告人は,平成4年11月に行われた全国の大学での講演会において,「ヨハネの黙示録」や「ノストラダムスの予言」を解読したとして「これから2000年にかけて,筆舌に尽くしがたいような,激しい,しかも恐怖に満ちた現象が連続的に起きる。世界的に戦争が起き,そこでは核兵器だけではなく生物兵器や化学兵器も使用される。その結果,文明国では10の1くらいの人間しか生き残らない。10人中9人は死んでしまう。」などと説いた上で,「皆さんに伝授する瞑想法に熟達すれば,多くの外的刺激に対し,生理的,機能的に変化の起きないような自分自身を形成することができる。瞑想ステージが高いほどその生命維持機能は強くなる。例えば,酸素濃度が危険値に突入したとしても成就者は危険な状態にはならない。」などと述べ,暗に,生き残るためには教団に入信して被告人の下で修行し成就するしかない旨示唆するなどし,高度の専門知識等を有する人材の獲得に努めた。
他方で,被告人は,そのころ,関西の大学での講演会に随行したC,M,Qら広報技術部の信者らに対し,「またヴァジラヤーナを始めるぞ。」などと話した。その後,Cは,石川県内にある教団関連の鉄工所からの帰途,Qに対し,同鉄工所から持ち帰ったプラズマ切断機を参考にしてプラズマについての装置を造るように指示し,Qはその製造に従事した。被告人は,平成5年春ころ,Qらに対し,強力なマイクロ波を発生させて物を焼き溶かすプラズマ兵器の製造を指示し,業者からマイクロ波を発生させるパワーユニット等を購入させるなどしたが,結局プラズマ兵器を完成させるには至らなかった。
5(1)  被告人は,教団の武装化の一環として武器を製造することを考え,同年2月上旬ころ,第2サティアン3階の被告人の瞑想室において,広報技術部のC,M,S及びQに対し,「もう理由は分かっているだろうが」と言い,武力による教勢の拡大を図るために必要な武器を製造するためであることは言わずもがなであるという趣旨の前置きをした後,「教団で実際に造れるように,ロシアに武器の情報を集めに行け。」と指示し,武器の例として,ピストルよりも大きい銃,ラムジェットと呼ばれるロケットエンジン,固体燃料で飛ぶロケットなどを挙げた。
そこで,C,M,S及びQらは,同月11日から同月28日までの間,被告人らの前記訪問等により政府要人らとのつながりのできたロシア連邦に赴き,軍の施設や大学,研究所等を訪れ,銃やロケット等について種々の説明や講義を受けるなどし,教団自らが設計製造するために,旧ソ連軍に採用された初速900m毎秒の弾丸を発射できる自動小銃「アブドマット・カラシニコフ1974年式」(以下「AK―74」という。)1丁を入手し,これを分解して銃身及び弾倉の各一部や銃床など大型で銃の部品と一見して分かる部分を除いたAK―74の部品多数と適合実包10発くらいを日本に持ち帰った。
被告人は,帰国したCらから報告を受け,AK―74を模倣した自動小銃を製造しようと考え,同年3月初めころ,Tを自動小銃製造の責任者に指名して,その製造作業を進めるよう指示した。
(2)  その後,Tは,第1サティアン1階で,Cらが持ち帰ったAK―74の部品を基にして設計図を作成し始め,Cと相談するなどして,部品の素材について銃床を木製からプラスチック製に,尾筒を鋼鉄製からステンレス製に変更するなど一部AK―74と異なるものを採用することとし,銃部品と分からないような形状のばねやピン部品は,教団の在家信徒が経営する会社や一般業者から購入することとした。
(3)  さらに,M及びQは,被告人の指示により,同年5月4日から同月28日までの間,ロシア連邦に赴き,弾丸の製造法や火薬プラントのほか,自動小銃の金属部品の表面に窒素を浸透させてその表面を硬くし耐摩耗性を強めるために行う窒化処理の方法について調査し,窒化炉の図面等を入手するなどし,帰国後,Mが中心となって窒化炉の設計を始めた。
6  被告人は,核兵器の開発を企て,同年4月ころ,国内数箇所でウラン鉱石の有無を調査させ,また,同年9月8日から同月18日までの間,Cら広報技術部の信者らを連れて,オーストラリアに赴き,ウラン鉱石の存在する可能性があるとして既に購入させていた牧場で,ウランの採掘調査をしたが,核岳器を製造するに足りる十分なウランを確認することができなかったため,核兵器開発計画は実現するに至らなかった。
7  Nは,平成4年ころから,毒性のある細菌類などを扱うことのできる気密性のある部屋をあてがわれ,同所で,猛毒の炭疽菌やボツリヌス菌などの細菌類等について研究していたが,H又はCは,被告人の指示に基づき,平成5年5月ころ,N,J,Q,Oら多数の教団幹部又は広報技術部の信者らに指示し,東京都江東区亀戸にある8階建ての亀戸道場内に,炭疽菌を大量に培養してこれを同建物から外部に噴霧する施設を造らせた上,同年六,七月ころ,2回にわたり,同建物の屋上から周辺一帯に炭疽菌を噴霧し,特に,2回目の際には,被告人自ら現場で指揮をとったが,その毒性にも疑問があったほか噴霧の際の高圧で菌が死滅するなどしたため,人を殺害するには至らず,異臭騒ぎを起こすにとどまった。
被告人は,その後,炭疽菌の培養施設を上九一色村の教団敷地であるいわゆる第2上九に移転させて,引き続きNらに炭疽菌等の培養をさせ,Hを介してY3やOらにトラックを改造した噴霧車を造らせるなどした上,同年七,八月ころ,2回にわたり,自らもNやDと共に噴霧車に乗車し,東京都内及びその周辺地域において,同噴霧車から培養した細菌を散布させたが,人を死に至らせる毒性を持つ炭疽菌等を培養することができなかったため,人を殺害するには至らなかった。
8  被告人は,同年4月9日,高知支部での説法において,第3次世界大戦で使われる中心的兵器はプラズマであり,ABC兵器,すなわち,原爆,水爆,中性子爆弾などのA兵器も,トキシンつまり毒素を出す生物兵器であるB兵器も,サリン系のものなどの化学兵器であるC兵器も,プラズマ兵器に対抗することができない旨述べる中で,「サリン系のものもプラズマによりすべて原子の状態に戻り,これにより力が発揮できなくなるが,これには抜け道があり,例えば,そのものが毒性がある塩素やフッ素等の場合,電離したとしても,それをもし吸ったならば相当の被害を与えることができるだろう。その場合,その元素そのものを化学反応させない形で保存しなければならない。」などとそのサリンに関する知識を吹聴した。
9(1)  サリン(化学名はイソプロピルメチルホスホン酸フルオリダート)は,有機リン系の化学物質であり,無色無臭で常温では液体であるが揮発性が高く,VX,ソマン,タブン等と並ぶ化学兵器である。サリンは,気化するなどして体表から又は呼吸によりヒトの体内に吸収され,神経伝達物質であるアセチルコリンを分解する酵素であるアセチルコリンエステラーゼの活性部位に作用してその作用を阻害し,その結果,呼吸筋に障害を起こし,あるいは,呼吸中枢をまひさせるなどしてヒトを死に至らしめる。その毒性ないし殺傷力については,1m3中にサリンが0.1g存在する場合,その中に1分間ばく露されると,その半数が死に至るとされている。
(2)  被告人は,同年6月ころ,CやRらの意見を聴いた上,化学兵器の中でもサリンをしかもプラントで大量に製造しようと考え,Cを介するなどしてRに対し,その生成方法について研究するよう指示した。
Rは,文献等を調査するなどして,第1サティアン4階で,まず標準サンプルとなるサリンの生成実験を始め,購入したメチルホスホン酸ジメチル(以下「ジメチル」という。)から3段階の反応を経て,同年8月ころ,フラスコ内で少量のサリンの生成に成功した。Rは,同月下旬ころ,上九一色村に建設中の第7サティアン脇にあるRの実験施設であるクシティガルバ棟に移動し,同所で引き続きプラントにおけるサリンの大量生成の方法について研究を進めた。
(3)  被告人は,そのころ,第2サティアン3階の被告人の部屋で,AやUの前で「私の今生の目標は最終完全解脱と世界統一である。」旨の話をしてみせた。
被告人は,第7サティアンに70tのサリンを生成するプラント(以下「サリンプラント」という。)を造ろうと考え,同年8月末か9月初めころ,H,C,Dらの同席する第2サティアン3階の被告人の部屋において,Hの下で炭疽菌の培養,噴霧等に関与していたOに対し,「70tのサリンプラントを造ってくれ。いきなり大きいのでいこう。」などと言って70tのサリンを生成することができるプラントの設計をするよう指示した。
Oは,Rに聞いたり文献等を調査したりするなどし化学的知識を吸収してサリンプラントの設計に取り掛かり,サリンプラントを設置する第7サティアンの建設を担当するCBIに対し,吹き抜け部分を一部設けてほしいなどの要望を出した。また,機械部品の製造や溶接等に従事していたY3は,Hから,Oの設計に基づいてサリンプラントを建設するよう指示された。
Cは,同年夏ころ,被告人の意を受け,Dに対し,責任者としてサリン生成の原科となる化学薬品を購入する手続を進めるよう指示した。Dは,その後,Rの計算したサリンの大量生成に要する化学薬品の数量に基づいて,配下の教団信者に対し,Dの取り仕切っていた教団のダミー会社を通じて,サリンの大量生成に要する原料であるフッ化ナトリウム,イソプロピルアルコール等の化学薬品を購入するよう指示した。
また,被告人は,サリンをヘリコプターで上空から散布することも考え,ヘリコプターの購入を図り,Y4やY5にヘリコプターの操縦免許を取らせるために,同人らを,同年9月にはアメリカ合衆国に,平成6年2月にはロシア連邦に派遣した。
(4)  第7サティアンは平成5年9月完成したものの,Rはなおサリンプラントにおけるサリンの生成方法の研究について試行錯誤しており,同年10月ころからは,Jがサリン中毒に備えるとともにサリンの生成方法について助言などするためにRのしている研究にかかわるようになり,Y6及びY7もその補助者としてこれに関与するようになった。
なお,被告人は,同月18日,広報技術部の名称を真理科学技術研究所に変更した。
(5)  被告人は,同月25日,清流精舎での説法において,「この1週間の間に,家族や弟子が私に対して頭痛がする,吐き気がする,目の奥が痛いなどと言ってきたが,これらはすべて,マスタードガスなどのびらん性ガスや,サリン,VXなどの神経ガスであり,私たちの神経を冒し,私たちを死に至らしめるものである。そしてこの第2サティアンの出来事は,このびらん系のガスと神経系の毒ガスが混ざったものを長期にわたり,第2サティアンに対して攻撃した結果としての現象であった。」旨述べ,前記のとおり自らサリン等の製造を弟子に指示しておきながら,教団敷地内で起きた出家信者らの症状について外部から毒ガス攻撃を受けた結果であるなどとうその説明をした。
(6)  Rは,サリンの大量生成の研究を続け,C,J及びOらと相談するなどした上,同年11月ころ,サリンプラントにおける5工程から成るサリンの大量生成の方法を決め,第1工程では,溶媒としてN―ヘキサンを用い,三塩化リン,メタノール及びNNジエチルアニリンを反応させて亜リン酸トリメチルを生成し,第2工程では,触媒としてヨウ素を用い,亜リン酸トリメチルからジメチルを生成し,第3工程では,ジメチル及び五塩化リンを反応させてメチルホスホン酸ジクロライド(以下「ジクロ」という。)を生成し,第4工程では,ジクロ及びフッ化ナトリウムを反応させてメチルホスホン酸ジフロライド(以下「ジフロ」という。)を生成し,第5工程では,ジクロ,ジフロ及びイソプロピルアルコールを反応させてサリンを生成することとした。
10(1)  被告人は,かねてから説法等の中で,創価学会を非難し,平成2年の衆議院議員選挙の際に同会が選挙妨害をしたとか,同会がメディアを利用してオウムを攻撃したなどと主張して同会を誹謗中傷するとともに,同会の名誉会長である池田某(以下「池田」という。)に対しては世界を崩壊させようとしているフリーメーソンの日本における手先であり,多くの人をだまして来世悪趣に転生させてしまうのでこれを防がなければならないなどと主張してこれを敵対視し,その殺害の機会をうかがっていたが,前記のとおりサリンの大量生成の方法についてめどがついたことから,その製法によって生成されたサリンを使って池田を暗殺するようCらに指示した。
(2)  Cらは,当初,暗殺の手段としてラジコンヘリコプターにより空中からサリンを散布することも考え,ラジコンヘリコプターを数機購入し,アメリカ合衆国から帰国したY4らにその操縦の練習をさせていたが,ラジコンヘリコプターを大破させてしまったことから,その方法によることは止めて,乗用車の後部トランクに霧状に噴霧する農薬用噴霧器を積載し,車を走行させながらサリンを噴霧することとした。
そこで,C,D,J及びOの4名は,平成5年11月中旬ころ,前記の生成方法に基づき生成されたサリンを含有する約600gの溶液(以下「600gサリン溶液」という。)を注入した前記噴霧器の積載された乗用車に乗車し,池田が滞在しているとの情報を得た東京都八王子市内にある創価学会の施設の周辺を走行しながら600gサリン溶液を噴霧した(以下,この事件を「第1次池田事件」という。)が,池田の殺害には至らなかった。
(3)  他方,Cら4名は,車内で防毒マスクをしておらず,車内に流入したサリンにより,程度の差はあれ,手足が震える,息が苦しくなる,目の前が暗くなるなどのサリン中毒の症状が現れたが,付近に乗用車を停め,Jがあらかじめ用意していたサリン中毒の治療薬であるパムを注射して事無きを得た。その後,Jは,現場近くまで来ていた被告人に「サリンを吸って死にかかりました。」と報告すると,被告人から「死ななくてよかったな。」と言われた。
11(1)  Cは,再度,被告人から,教団で生成したサリンを使って池田を暗殺するよう指示を受け,サリンによる殺傷力を高めるために,Jに対し,5kgのサリンを造るよう指示するとともに,Oに対し,サリンをガスバーナーで加熱し気化させて噴霧することのできる噴霧車を製作するよう指示した。そこで,J及びRは,前記の5工程の生成方法により,サリンを含有する約3kgの溶液(以下「3kgサリン溶液」という。)を生成し,Oは溶接班のメンバーに指示して,鉄板の上にサリンを滴下して気化させそれを大型ファンで上方に排気する構造の噴霧装置を幌付きの2tトラックの荷台に装備しサリン噴霧車を製作した。
(2)  C及びDは,同年12月中旬ころ,3kgサリン溶液を入れたサリン噴霧車で,池田が滞在しているとの情報を得た創価学会の前記施設前に赴き,同人を暗殺しようとして,同所でサリンの噴霧を始めた(以下,この事件を「第2次池田事件」という。)。しかし,ほどなく後部荷台の幌内部が燃え始めたため,同施設の警備員に不審を抱かれ,C及びDは,同所でのサリン噴霧をあきらめてその場から逃走した。
C及びDの両名は,ビニール袋を頭から被り酸素ボンベからエアラインを通して酸素を送り込む方式の防毒酸素マスクを着用していたが,サリン噴霧車を運転していたDは,警備員の追跡から逃れる途中,防毒酸素マスクを外すなどしたため,サリンに被ばくし,次第に視界が暗くなり,呼吸困難に陥り,やがてひん死の状態に至った。
(3)  医療役としてワゴン車で現場付近に赴き待機していたJ及びNらは,C及びDと合流し,Dに対しパム等を注射し,Cと共に人工呼吸を施すなどの救急救命措置をとりながら,東京都中野区野方にある教団附属医院にDを搬送した。前回と同様に八王子に来ていた被告人もその報告を受けて教団附属医院に赴き,同医院の医師であるVに対し,サリンで池田を殺害しようとしてDがサリンに被ばくした旨の説明をしてその治療をするよう指示した。Jらの前記措置及びVの治療によりDは一命を取り留め,症状は回復した。
現場付近で待機しワゴン車で前記救急救命措置をとりながらDを教団附属医院に搬送したJ,N及びOは,視界が暗くなる,鼻水が出る,足や舌がしびれるなどの症状が出たので,同人らにもパムが注射された。
(4)  第2次池田事件にかかわりDの症状を目の当たりにした被告人及びCら教団幹部らは,これを契機に,Rらが生成したサリンを加熱し気化させて噴霧した場合に相当な殺傷力を有すること及びサリン中毒を避けるために前記防毒酸素マスクが有効であることなどを認識した。
(5)  被告人は,そのころ,亀戸道場の被告人の部屋で,信徒対応に当たっているU,W,P,Y8らに対し,「サリンができた。あと3万人いれば何とかなる。だから,何としてでも3万人のサマナを作らないといけないんだ。」などと大量の出家信者を獲得するよう指示した。
12(1)  Cは,2度にわたり池田暗殺に失敗したことから,同月終わりころ,被告人の意を受け,Jに対し,再度池田を暗殺するために使うサリンを50kg造るよう指示した。
(2)  Jは,平成6年1月,Oに依頼して,クシティガルバ棟内に強力な排気装置を備えた実験室であるスーパーハウスを造らせ,Rと共にY7,Y6,Y9に指示しながら,同所で,前記の5工程の生成方法により,第4工程まで生成を済ませた。しかし,同年2月上旬から同月中旬にかけて,Jが別件で上九一色村を離れることが多かったことから,O及びRが被告人に対しJ抜きで第5工程を行ってよいか相談したところ,被告人からJが戻るまで第5工程を実施するのを待つよう指示された。
Jは,同月中旬ころ,上九一色村に戻ってサリン生成作業を再開し,サリンプラントの設計に資するために反応熱等のデータを入手したかったOらと共に,第7サティアン3階において,防護服を着用し,容量が100lのグラスライニング製反応釜などを使用して第5工程の作業を実施し,サリンを含む溶液約30kgを生成した。なお,同工程において,Jらは,当初予定していた量を超えてイソプロピルアルコールを加えたため,サリンのほかメチルホスホン酸ジイソプロピルも生成されてサリンの含有率は約70%となり,さらに,反応釜の内部のグラスライニングされているコバルトを含有するガラスが溶け出て,生成されたサリンを含有する溶液は青色を帯びた(以下,この溶液を「青色サリン溶液」という。)。
ほどなくして,被告人は,約30kgの青色サリン溶液が生成された旨の報告を受けた。
(3)  Jは,青色サリン溶液約30kgをOらと共に3個のテフロン容器に小分けしてその容器を第7サティアン3階の小部屋に保管し,その後同年4月になってその容器をクシティガルバ棟内に移してRの下で保管するに至った。
13  被告人は,かねてから自己の前生は中国を宗教的政治的に統一した明の朱元璋であるなどと公言していたが,同年2月22日から数日間,C,D,U,E,N,Jら教団幹部や真理科学技術研究所のメンバーその他の出家信者ら合計約80名を引き連れて中国に旅行し,前世を探る旅として朱元璋ゆかりの地を巡った。
被告人は,その旅の途中,ホテルの一室で,約80名の同行した出家信者に対し,タントラ・ヴァジラヤーナにおける五仏(ラトナサンバヴァ,アクショーブヤ,アミターバ,アモーガシッディ,ヴァイローチャナ)の法則について,「ラトナサンバヴァの法則とは,財というものはもともと個人に帰納されるものではなく,善あるいは徳のために使うべきであり,善あるいは徳のために財を使うことができるとするならば,それは盗み取ってもいいという教えである。アクショーブヤの法則とは,例えば毎日悪業を積んでいる魂は長く生きれば生きるほど地獄で長く生きねばならずその苦しみは大きくなるので,早くその命を絶つべきであるという教えである。アモーガシッディの法則とは,結果のために手段を選ばないという教えである。」などと体系的に説いた上,「1997年,私は日本の王になる。2003年までに世界の大部分はオウム真理教の勢力になる。真理に仇なす者はできるだけ早く殺さなければならない。」旨の説法をし,武力によって国家権力を打倒し日本にオウム国家を建設して自らがその王となり,さらに世界の大部分を支配する意図を明らかにした。
14(1)  被告人は,そのために,サリンプラント製造計画と自動小銃製造計画を軸とする教団の武装化をより一層早める必要があると考え,中国旅行から帰国した直後である平成6年2月27日ころ,亀戸道場において,中国旅行に同行したメンバーに対し,「私や教団が毒ガス攻撃を受けている。このままでは殺されるからホテルに避難する。」などと言って,都内のホテルオークラに移動した上,同ホテルにおいて,亀戸道場から移動してきたメンバーらの前で,「このままでは真理の根が途絶えてしまう。サリンを東京に70tぶちまくしかない。」などと言い,さらに,C,E,Uらの前で,サリンによる壊滅後,日本を立て直して支配するが,オウムが生き延びるためにも食糧事情等の調査もしなければならないという趣旨のことを話した。
また,被告人は,同ホテルで,サリンプラントの設計担当者であるOら真理科学技術研究所のメンバーを集め,同プラントの設計担当者を追加して工程ごとに設計担当者を割り振るとともに,その設計を急ぐよう発破を掛けた。
(2)  被告人は,その翌日,千葉市内のホテル「ザ・マンハッタン」に移動し,同所に呼び寄せた真理科学技術研究所のT,SやQのグループに対し,「サンジャヤ(Q)とSは,ヴァジラヴァッリヤ(T)のほうに入れ,AK―74,1000丁,一,二か月でできるか。」と言い,Q及びSに,Tが責任者を務めていた自動小銃の製造チームに加わり,自動小銃1000丁を一,二か月で完成させるよう指示した。被告人は,その際,Qに対し,Cから指導を受けながら,鍛造でAK―74の部品を製造すること及び,弾丸を造る目的で購入したものの部品が欠けていて正常に作動しないトランスファープレスを配下の信者を使って稼働できる状態にすることを指示し,Sに対し,窒化炉の製作に携わっているMを引き継いでこれを完成させるよう指示した。
(3)  被告人は,同ホテルにおいて,G,WやY10らのグループに対しては,自衛隊を取り込むために自衛隊員の意識調査をし,また,東京が壊滅した後に理想的な社会を作っていくための作業として,現代の日本の矛盾点について1か月で調査するよう指示するなどした。
15  被告人は,同年3月11日,教団仙台支部において,一般信者に対し,「JCIA(内閣調査室)と呼ばれる日本を闇からコントロールしている組織やそれと連動する『公安』等がイペリットガスや神経ガスを,オウム真理教に対し,特に富士山総本部道場,第2サティアン,第6サティアンに対し噴霧し続けてきた。オウム真理教がこのままでは存続しない可能性がある。オウム真理教が存続しなくなるとするならば,この地球は,そしてこの日本は完全なる壊滅の時期を間もなく迎えるであろう。私の弟子たちや信徒は立ち上がる必要がある。皆さんの周りの多くのまだ無明に満ちた魂をしっかりと真理に引き入れ,この日本を,この地球を救う必要があるんだということを厳に理解してほしい。さあ,君たちも自分自身の輪廻を懸けて立ち上がってほしい。君たちにできる精一杯の救済活動,精一杯の聖・科・武の実践に励んでほしい。」旨の説法をし,一般信者には,教団がサリンの大量生成や自動小銃の製造などの武装化を進めていることを秘し,教団が国家権力から毒ガス攻撃を受け続けているなどとうそを言い,危機的状況にあることを強調して国家権力に対する敵がい心をあおり,これに対抗するためには「聖の実践(最高の聖者になるよう修行すること)」,「科の実践(科学的知識を磨くこと)」及び「武の実践(耐える力を強めること)」に励むことが重要である旨を説き,これを皮切りに以後同月下旬まで,大阪支部,高知支部,杉並道場などにおいて,同趣旨の説法を行った。
16  被告人は,同月中旬ころ,沖縄のホテルに宿泊した際,同ホテルで,同行していたD,U,Pらに対し,「もうこれからはテロしかない。」などと言い,Dをリーダーとして,自衛隊出身あるいは武道のできる出家信者十数名をそのまま沖縄に残し軍事訓練のためのキャンプをさせ,そして,同年4月6日ころには,そのうち約10名をロシア連邦に派遣し,数日間,軍の施設で自動小銃等による射撃の訓練をさせた。
被告人は,ロシア連邦から帰国した射撃訓練のメンバーらを集め,同人らの話やロシア連邦での訓練の様子等を撮影したビデオなどに表れた浮ついた態度に腹を立て,お前たちはこれから死んでもらう,オウムから抜け出したら殺すなどと強く言い,他方で,CやDについては,一度自分のために命を捨ててくれたから信用できる旨言うなどして,同メンバーに対し,命懸けで事に当たるよう厳しくしったした上で,布施を集めることができる者は支部に戻って布施を集め,それ以外の者は,Dをリーダーとする軍事訓練のキャンプに入るよう指示した。
なお,ロシア連邦における射撃等の訓練は,同年9月下旬ころにも,異なるメンバーで,多種の武器を用いて実施された。
17(1)  Qらは,平成6年3月から自動小銃の製造に携わるようになり,週1回くらい被告人に呼ばれて第6サティアンでのミーティングに加わり,進ちょく状況等について報告するなどしていた。Qは,同年4月中旬ころまでに,鍛造部品のほかにも,自ら被告人に申し出て鋳造部品の製作も担当するようになり,引き金,遊底,撃鉄など発射機能に関係する機関部の21種類の金属部品を造ることになったが,鍛造では,余分にはみ出す金属部分である「バリ」をマシニングセンターで取り除く後加工に時間がかかるという問題があり,鋳造では,鋳型の中の隅々まで溶かした金属が行き渡らないという問題があったことから,同月下旬ころまでに,被告人にその旨報告した。
被告人は,その際,Qに対し,「とにかく早く1丁造れ。」と言ったほか,「鍛造鋳造については新たに開発しなければいけないことがあるから,マシニングセンターのほうがすぐできるだろう。最初からマシニングセンターでやればいいだろう。」などと言い,上記21種類の金属部品の製造方法をマシニングセンターで行うことに変更するよう指示するとともに,マシニングセンターで部品を造るのにどれくらい時間がかかるか調べるよう指示した。Qは,後者の指示に対し,各部品平均で4時間かかる旨報告すると,被告人から「もう少し短くしろ。」と言われたことから,プログラムの改良等により30分縮めて平均3時間半にした旨報告すると,被告人から「それでいい。」と言われた。
また,被告人は,Cにマシニングセンターを購入するよう言い,Qに必要な台数をCに報告するよう指示した。Cは,Qから,21種類の部品について1部品につき1台と,素材加工用2台の合計23台のマシニングセンターが必要である旨聞き,業者から1台三,四百万円もするマシニングセンター22台を購入する手続をした。そして,Sが,被告人の指示で,その22台に清流精舎にある1台を加えた23台のマシニングセンターを第11サティアンに搬入し設置した。
(2)  Qらは,上記21種類の部品について清流精舎での試作を同年5月ころ終え,第11サティアンでの量産の準備に入り,真理科学技術研究所所属の教団信者十数名をマシニングセンター担当者とし,試作段階で清流精舎で組んでいたプログラムを新しい機械に合わせて組み直す作業をさせるなどし,第11サティアンで部品を製造する準備に当たらせた。
18  被告人は,平成5年12月ころから,信者らに電極付きの帽子を被らせて被告人の脳波をその脳に送り込むというイニシエーション(PSI)を始め,これにより修行が飛躍的に進むなどとして,在家信徒に対して,PSIの対価として高額の金員を徴収していたが,さらに,平成6年6月ころからは,幻覚剤であるLSDの入った液体を飲ませるキリストのイニシエーションを出家信者や在家信徒に実施してLSDのもたらす作用により神秘的な幻覚体験をさせ,被告人に対する帰依を強めるとともに,その対価として高額な金員を徴収し,また,同年秋ころからは,LSDと覚せい剤の入った液体を飲ませるルドラチャクリンのイニシエーションを実施した。
19  被告人は,同年5月ころ,Gらのグループに対し,オウムでも日本やアメリカ合衆国のような省庁制度を作るので,その国家制度について調査するよう指示するとともに,そのころ,日本国を壊滅した後における将来の国家体制を担うオウム国家の憲法草案を起草するよう指示した。同年6月ころの段階での憲法草案には,主権は神聖法皇である被告人に属することや神聖法皇に国家権力を集中することなどの規定が置かれ,国名は太陽寂静国とされていた。
また,被告人は,オウム国家の建設に向けて組織の改編を断行し,日本やアメリカの行政組織を模した省庁制を採用することとし,教祖である被告人を頂点とし,その下に,被告人が直轄する法皇官房(実質的責任者はW),武装化に向けて兵器等を開発するなどしていた真理科学技術研究所が改編された科学技術省(大臣はC),被告人やその家族の警護や軍事訓練,スパイの摘発等を担当する自治省(大臣はD),食品・生化学関係の研究開発等を担当する厚生省(大臣はN),信者の医療等を担当する治療省(大臣はV),信徒からの情報収集その他の諜報活動等を行う諜報省(CHS,大臣はU),被告人やその家族の世話をする法皇内庁(長官はJ)などの省庁を設け,その大臣や次官には教団幹部を任命した。
被告人は,同年6月26日深夜から翌27日未明にかけて,都内にある教団の飲食店で,省庁制の発足式を行い,各省庁の大臣や次官を出席させ,各自をしてそれぞれの決意を述べさせた。
なお,省庁制の施行に伴い,ステージの制度の見直しもされ,師のステージが菩師長,菩師長補,菩師,愛師長,愛師長補,愛師の6段階に細分化され,また,師の下に師補などが設けられた。
Ⅴ サリンプラント事件(殺人予備)
(平成7年12月1日付け追起訴状記載公訴事実第3の事実)
[罪となるべき事実]
被告人は,Cらと共謀の上,サリンを生成し,これを発散させて不特定多数の者を殺害する目的で,平成5年11月ころから平成6年12月下旬ころまでの間,山梨県西八代郡上九一色村富士ヶ嶺〈番地略〉所在の第7サティアン及びその周辺の教団施設等において,同サティアン内に設置するサリン生成化学プラント工程等の設計図書類の作成,同プラントの施工に要する資材,器材及び部品類の調達,その据付け及び組立て並びに配管,配電作業を行うなどして同プラントをほぼ完成させ,さらに,サリン生成に要する原料であるフッ化ナトリウム,イソプロピルアルコール等の化学薬品を調達し,これらをサリンの生成工程に応じて同プラントに投入し,これを作動させてサリンの生成を企て,もって,殺人の予備をしたものである。
Ⅵ 滝本サリン事件(殺人未遂)
(平成8年3月5日付け追起訴状記載公訴事実第1の事実)
[犯行に至る経緯]
1  滝本某(昭和32年1月17日生,以下「滝本」又は「滝本弁護士」という。)は,昭和55年に司法試験第2次試験に合格し,昭和56年から2年間の司法修習(第35期)を経て,昭和58年4月,横浜弁護士会に弁護士登録して弁護士業務を始め,昭和63年4月には自宅のある神奈川県大和市内に法律事務所を開設した。滝本弁護士は,坂本弁護士一家が行方不明となった平成元年11月,オウム真理教被害対策弁護団に入り,平成2年以降,教団の出家者や自動車等の把握に努め,上九一色村での教団をめぐるトラブルの担当者となり,教団を相手方とする民事訴訟等の代理人として活動するなどした。
また,滝本弁護士は,平成5年7月ころから,教団信者の親族から依頼を受け,在家信徒の出家をやめさせこれを脱会させるために,オウム真理教被害者の会の永岡会長の長男である元教団出家信者の永岡二男らの協力を得るなどして当該教団信者に対するカウンセリング活動を行い,平成6年5月ころまでの間に12人くらいの教団信者にカウンセリングを行い,ほぼ全員が脱会した。滝本弁護士は,カウンセリングの際には,教団の実態や教えの矛盾に関する様々な話をした上で,同弁護士自身が実際に蓮華座を組んだまま跳び上がった瞬間を撮影した,いかにも空中浮揚をしているように見える写真を示し,被告人の空中浮揚の正体を暴いて被告人が最終解脱者ではないことを分からせるようにし,脱会を決意した信者については,その代理人となって,教団あてに詳細な脱会通知書を内容証明郵便で送付し,被告人が当該信者に対し著しく不安をあおって出家させようとした上借金までさせてPSI等の種々の費用を支払わせるなどの違法行為に及んだとして,民法95条の錯誤無効等を主張し同信者の支払った金員の返還を求めるなどした。
なお,平成3年11月ころ,第2上九の入口通路部分の境界をめぐり教団と地元農協との間で争いがあり,一度打ち込まれた杭を教団側が抜いたため,住民がユンボを使って杭をもう一度打ち込んだ。教団側は,その際,そのユンボが教団出家信者に当たったとして,教団幹部である弁護士のGが原告である同出家信者の訴訟代理人となり,富士吉田簡易裁判所に対し,前記住民を被告として損害賠償請求訴訟を提起した。滝本弁護士は,被告代理人の一人として加わり,中心となって訴訟活動を行ったが,平成4年8月ころ,同裁判所から1万4000円の支払を命じる一部敗訴判決を受けたため,被告側が,これを不服として,甲府地方裁判所に控訴した。滝本弁護士は控訴人の訴訟代理人となり,Gが被控訴人の訴訟代理人となって,控訴審の手続が進められ,その第8回口頭弁論期日が平成6年5月9日午後1時15分に指定された。
2  被告人は,Gらから,このような滝本弁護士の訴訟活動や教団信者に対する出家阻止,脱会のためのカウンセリング活動等について報告を受けていたが,オウム国家の建設に向け大量の出家信者の獲得に精力的に努めている時期に,前記の滝本自身の空中浮揚の写真により被告人自身の空中浮揚の正体を暴き教団の実態等を明らかにするなどして在家信徒の出家阻止,脱会のための活動を活発化させている滝本弁護士をこのまま放置することはできず,教団の活動の妨げとなる同弁護士を排除する必要があるものと考え,平成6年5月上旬までに,同弁護士の殺害を決意するに至った。
3  被告人は,同月7日ころ,第6サティアン1階の被告人の部屋にG,N,Jらを呼び,Gに対し,滝本弁護士と次に会う日時場所や同人の同所までの交通手段を尋ね,Gから,同月9日午後1時15分に甲府地裁で滝本弁護士を相手方訴訟代理人とする口頭弁論期日があるが,同弁護士はいつも自動車を運転してきているから同期日も自動車で来るであろうと聞いた。そこで,被告人は,G,N及びJに対し,サリンの隠語である「魔法」という言葉を用いて「滝本の車に魔法を使う。」と言い,さらに,第1次池田事件で噴霧したサリンが乗用車内に流入してきた経緯を踏まえ,滝本の運転してくる自動車の外部,ボンネットなどにサリンを滴下して外気の導入口を通じて車内に気化したサリンを流入させ,これを同人に吸入させるなどして同人を殺害することを命じ,G,N及びJはいずれも格別「魔法」の意味について聞き返すことなく,これを承諾した。
被告人は,その際,N及びJに対し,サリンの代わりにJの提案したアンモニアを使って実際に普通乗用自動車の外部に滴下して気化したものが車内に流入するのか試してみるよう指示した。
4  その後,N及びJは,第6サティアン1階リビングにおいて,滝本弁護士と同人の自動車の後部が写っている写真をGやUと共に見て,滝本の自動車が相模ナンバーの三菱ギャラン(以下「滝本車両」ともいう。)であることを知った。Nが,部屋から出てきた被告人に滝本車両がLの車と同車種であることを伝えると,被告人は,Lのギャランを実験に使うよう指示した。
N及びJは,Lのギャランを借り受けた上,富士山総本部と上九一色村の間の山道で,アンモニア水を同車のフロントグリル(ボンネットの先端部分)付近とフロントウインドー付近にそれぞれ滴下し,空気循環を外気導入の状態にして同車を走行させるなどして比較した結果,前者よりも後者のほうが車内でのアンモニア臭が強いことを確認し,同日昼ころ,被告人にその旨を報告すると,被告人は「よし,そこでいい。」と言った。
その場に同席していたGは,N及びJに対し,甲府地裁の見取り図を書き,駐車場が表側と裏側にあり,滝本弁護士は表の駐車場に駐車するであろうことを説明した。すると,被告人は,N及びJに対し,「おまえらは,裏の駐車場に停めろ。裏の駐車場から歩いていって滝本の車に掛ければいい。掛けた人を後で回収しろ。」などと具体的手順を指示するとともに,サリンを滝本車両に滴下する実行役について,「Y11にやらせる。B型女性はいったんやると決めたらためらわないから。わしのほうからY11に話しておく。」などと言い,また,滝本車両の駐車位置をY11らに教える役をGの運転手であるY10に割り当てる旨話した。
5  N及びJは,同日午後,甲府地裁に車で下見に行き,その周囲を歩くなどし,同日夜,Gが同席している第6サティアン1階の被告人の部屋で,被告人に対し,下見の結果を報告した。
その際,被告人は,サリンを入れる容器について,JやNの話を聞いて,Nの持っているテフロン製の遠沈管を使うよう指示し,Y11の服装等について,「裁判所にふさわしい服を着せろ。お布施のものがあるだろう。倉庫のかぎを開けてそこから借りればいい。マスクとサングラスを掛けさせろ。化粧もさせろ。」などと話した上,自動車にサリンを掛ける練習をY11にさせるよう指示し,さらに,甲府地裁に乗っていく自動車について,「教団にお布施された車の中でまだ名義変更のされていないものを使え。ナンバーは不自然ではない近県のナンバーを用意しろ。」などと指示した。
また,被告人は,Nから,Y11の化粧や服を選ぶことなどに関してY7を使っていいか聞かれ,これを了承した。
6  被告人は,同日夜,第6サティアン1階の被告人の部屋にY10を呼び,同人に対し,「サマナを無理やり下向させている滝本という弁護士がいる。明日もその関係で甲府で裁判がある。滝本に魔法を使う。君にはアパーヤージャハ(G)の車を運転してもろう。詳しいことはジーヴァカ(N)たちに聞いてくれ。」と言って,滝本弁護士の殺害に加担するよう命じ,Y10はこれを承諾した。
7  その後,G,N,J及びY10の4名は,第6サティアン1階のリビングで,打合せをし,(1)Y10がGを乗せた車を運転し,NとJがY11を車に乗せ,車2台で別々に出発し,途中,甲府精進湖道路を抜けてしばらく行ったところにある大きく左側に曲がり道路幅員が広くなっている所で待ち合わせをすること,(2)甲府地裁には表と裏に駐車場があり,Gらの車は表側に,Nらの車は裏側に停めること,(3)滝本は表側の駐車場に滝本車両(シルバー系統の相模ナンバーのギャラン)を駐車するであろうからその駐車位置をY10がNらに伝えること,(4)滝本が法廷に行ったすきをねらって,Y11が滝本車両の外気取入口に「魔法」を掛けること,(5)その後,Nらの車が,裁判所正門から少し行ったところでY11を乗せること,(6)当日はあらかじめ各自で予防薬を飲んでおくことなど翌9日の行動を確認した。
8  被告人は,同月8日夜,第6サティアン1階の被告人の部屋にY11を呼び,同人に対し,「やってほしい仕事があるんだが,やる気はあるか。」と聞いたところ,同人から「ぜひやらせてください。」と言われ,「ちょっと危険なワークだけれども,できるかな。ある人物をポアしようと思うんだよ。」などと述べて,滝本弁護士の殺害に加担するよう命じ,Y11はこれを承諾した。
9  Jは,前記リビングでの打合せ後,予防薬のメスチノン,治療薬の硫酸アトロピンやパム,注射器等を準備した上,Y10に対し,2時間前にこれを1錠飲むよう指示してGの分を含めた2人分のメスチノン2錠を渡したが,その際,東大医学部卒業後同学部付属病院研修医の経歴を有するY10に対し,NやJがサリン中毒になった場合には代わりにパムを注射してくれるよう頼んだ。
Jは,第2次池田事件のときのように重症のサリン中毒者が出た場合などを慮り,なおも不安を感じていたことから,教団附属医院の医師であるVに手伝ってもらおうと考え,被告人の了解を得た後,同月9日午前1時か2時ころ,Vに対し,「サリンの中毒患者が出た場合に対処できるように準備して,午後2時ころ,甲府南インターで待っていてほしい。」旨依頼した。
10  Nは,同日未明,第6サティアンにいるY11にワークだからすぐ来るように言ってY11を呼び出し,また,Y7に指示して富士山総本部でお布施品の中からY11の着衣等を選ばせたり,Y11の着替えや化粧を手伝わせたりした。
また,Nは,甲府地裁までの往復に使用する車両として,富士山総本部で,布施の車の中から,名義変更のされていない名古屋ナンバーの普通乗用自動車ニッサンパルサーを借り受けた。
Jは,同日早朝,Nから,直径3ないし5cm,長さ十二,三cmの試験管のような形でねじ込み式のふたの付いているテフロン製46cc用遠沈管を3本くらい受け取り,クシティガルバ棟スーパーハウス内のドラフトにおいて,防毒マスク及び合成樹脂製の手袋を着用した上で,当時クシティガルバ棟内に保管されていた同年2月に生成した青色サリン溶液の一部を各遠沈管に30ないし40ccずつ移し入れてふたをし,さらにふたの部分にシーロンテープ(サランラップを分厚くし更に伸縮し粘着性のあるもの)を巻き付けて溶液が漏れないようにするなどしてサリンを準備した。
11  N及びJは,Y11がサリンを吸い込まないで所定の場所にサリンを掛けることができるように,同年5月9日午前7時か8時ころ,N専用の実験施設であるジーヴァカ棟付近で,前記遠沈管と同種の容器にサリンの代わりに水を入れ,Y11に,自動車に水を掛ける練習をさせた。
まず,Nが,Y11に実演してみせ,指示された車の方にゆっくり歩いていき運転席側に近づきながら遠沈管のふたを緩め,自分の車かどうか確認する振りをしてボンネットとフロントガラスの間にある溝に一気に掛け,掛け終わった後も,あわてて走ったりしないで落ち着いてやり,車から離れながらふたを閉めるという内容の手本を具体的に示した。次いで,Jも,Y11に対し実演してみせ,Nの手本に加えて,「掛けるときには顔を背けて,息は止めるように。手や服に付かないように気を付けるように。付いたらすぐに言うように。」などと言って,そのとおりの手本を示し,その後,Y11が2回くらい練習をした。
12  N,J及びY11は,同日午前9時ないし10時ころ,N運転のパルサーで,上九一色村の教団施設を出発し,途中,ヤオハン河口湖店に寄り,Y11がスーツに着替え,手袋とサングラスを買うなどした後,Nらは甲府地裁に向かった。その車中で,Nは,Y11に対し,「今日はオウムの裁判があるから,これから甲府の裁判所に行く。そこで,私たちの指示した車に練習してもらったとおりやってもらう。」旨話した。
他方,G及びY10も,そのころ,Y10運転の普通乗用自動車トヨタクラウンで甲府地裁に向けて上九一色村の教団施設を出発し,その後,Gが,予防薬を飲むのを忘れていたY10に注意し,車を停めて二人共メスチノンを1錠ずつ飲んだ。
NらとGらは,事前の打合せで決めた待ち合わせ場所で合流し,G,N及びJは,同所で,前記口頭弁論が始まる時刻等を最終確認するなどした上,帰りにも待ち合わせをすることとし,その場所については甲府地裁に着くまでに探すことを話し合った後,再び2台の車両に前同様に分乗して同所を出発し,甲府市内に入って,帰りの待ち合わせ場所を決め,甲府地裁に向かった。
そのころ,Jは,Y11に予防薬だから飲むようにと言って同人にメスチノンを1錠飲ませた。また,N及びJもメスチノンを1錠ずつ服用した。
13  滝本弁護士は,ギャランを運転して,同日午後零時15分ころ,甲府市中央1丁目10番7号所在の甲府地裁に到着し,表側(西側)駐車場の正門より南側のスペースに駐車し,車内の空調はオートエアコンで内気循環のままエンジンを停止し,窓は全部閉め,ドアも施錠した状態で車を離れ,相代理人の弁護士と打合せをするため近くにある同弁護士の事務所に歩いていき,その後同日午後1時15分ころ,甲府地裁における前記口頭弁論に出廷した。
14  Nら及びGらは,同日正午ないし午後零時半ころ,甲府地裁に到着し,Nらのパルサーは同地裁の裏側(東側)駐車場に駐車し,Gらのクラウンは表側(西側)駐車場の正門より北側のスペースに裁判所の建物に背を向ける態勢で駐車した。
Gは,南側に既に駐車してあるギャランに気付き,Y10に指示して,車両ナンバーにより同車が滝本車両であることを確認させた上,Y10に対し,滝本車両の駐車位置をNらに知らせるよう指示した。Y10は,同裁判所の建物の中を通って裏側駐車場に行き,同所に駐車中のパルサーの後部座席に乗り込み,N,J及びY11に対し,滝本車両の駐車位置を記した図面を見せながら滝本車両の位置を教え,すぐにパルサーを降りて,同裁判所の建物の外側を通って表側駐車場に駐車していたクラウンに戻った。
15  Gは,同日午後1時15分前ころ,クラウンの窓を閉め,Y10に対し,「裁判は5分くらいで終わる。危険だから窓を開けるなよ。」と言って,クラウンを降り,同裁判所の建物の中に入っていき,前記の口頭弁論に出廷した。
16  一方,パルサー内で,Nは,Y11に対し,やるべき行為を指示するとともに,その行為後は正門を出て左側にある公園の時計台の下で待つように言った。また,Jは,サリン中毒防止のために,Y11に対し,合成樹脂製の手袋を渡し,ヤオハンで購入した手袋の下にその手袋を着用するよう指示し,Y11はそれを着用した。
Y11は,Jから,青色サリン溶液30ないし40ccが入っている遠沈管1本を受け取ってスーツ上着のポケットに入れ,Nから,使用後の遠沈管を入れるためのチャック付きビニール袋を受け取って上着の反対側ポケットに入れて,同日午後1時15分ころ,サングラス,帽子,マスクを着用したまま,Nの合図に従ってパルサーを降り,同裁判所の建物の北側を通って西側駐車場に行き,Y10から教えてもらった場所に駐車中の滝本車両を見つけ,同車両に近づきながら,ポケット内から遠沈管を取り出してそのふたを開け,同車両の運転席側に立った。
[罪となるべき事実]
被告人は,G,N,J,Y10及びY11と共謀の上,サリンを発散させて滝本某(当時37歳)を殺害しようと企て,平成6年5月9日午後1時15分ころ,甲府市中央1丁目10番7号所在の甲府地方裁判所西側駐車場において,Y11において,同所に駐車中の滝本所有の普通乗用自動車(滝本車両)の運転席側のフロントウインドーアンダーパネルの溝及びその付近に,所携の遠沈管内のサリンを含有する溶液30ないし40ccを滴下し,サリンを気化発散させて同車両内に流入させるなどし,同駐車場及びその後の走行中の同車両内などにおいて,前記口頭弁論などを終え同日午後1時30分ころ同車両に運転席側ドアを開けて乗り込み同車両を運転し走行させた滝本をしてサリンガスを吸入させるなどしたが,滝本にサリン中毒症の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかったものである。
Ⅶ 松本サリン事件(殺人,殺人未遂)
(平成7年8月7日付け追起訴状記載公訴事実・平成9年12月2日付け訴因変更請求書)
[犯行に至る経緯]
1(1)  教団は,長野県松本市大字芳川野溝字野溝〈番地略〉(以下「本件土地」という。)上に教団松本支部及び食品工場を建設することを計画し,本件土地の使用権を取得するため,本件土地を賃貸借契約に基づき使用する部分(315m2,分筆後の〈番地略〉,以下「賃貸借部分」という。)と売買契約により取得する部分(492m2,分筆後の〈番地略〉,以下「売買部分」という。)とに分け,賃貸借部分については,地主との間で,教団関連会社であり被告人が代表者を務める株式会社オウムの名義で賃借し,売買部分については,仲介不動産業者が中間に入って地主から購入しそれを教団等が買い受けるなどして,教団が本件土地全体を使用することとし,平成3年6月18日,進入路部分を含む上記内容の賃貸借契約及び各売買契約が締結された。
しかしながら,地元住民は教団の進出に対する反対運動を起こし,上記地主は,同年10月19日ころ,株式会社オウムに対し,同社が賃貸借部分の賃貸借契約の際,教団が同部分を道場として使用することを秘匿し,あたかも株式会社オウムが工場兼事務所として使用するかのように装って地主を欺罔したとして,詐欺を理由として賃貸借契約を取り消すとともに,要素の錯誤を理由として契約の無効を主張する旨通知した。これに対し,教団は,本件土地に建築面積514m2余,延べ面積1646m2余の食品工場及び事務所を建築する計画を維持したまま,同年11月下旬ころ,建築主事による建築確認を受けた。
(2)  教団は,同年12月9日,長野地方裁判所松本支部(以下「地裁松本支部」という。)に対し,野溝地区の町会長を債務者として,教団が本件土地等に工場及び事務所を建築するのを妨害してはならないことなどを求める仮処分命令の申立てをし,一方,地主も,同月10日,同裁判所に対し,教団及び株式会社オウムを債務者として,賃貸借部分に建物の建築工事をしてはならないことなどを求める仮処分命令の申立てをした。
これに対し,地裁松本支部は,平成4年1月17日,教団を巡って道場における未就学児童問題,国土利用計画法違反問題等から各地で地元住民や信者の家族らとの間でトラブルが多発し,社会的な関心を呼んでいたことから実質的な借主が教団であるとの事情は,地主が土地賃貸借契約という継続的な契約関係を結ぶか否かの判断に影響を与えかねず,これを意図的に誤らせるような言動は取引上の信義則に反するとして,地主の主張に係る詐欺を理由とする賃貸借契約の取消しを認めた上で,教団の申立てをいずれも却下する旨の決定及び地主の申立てを担保を立てることを条件に認容する旨の決定をした。
教団は,上記認容決定に対し,仮処分異議を申し立てるとともに,上記却下決定に対し,東京高等裁判所に抗告したが,同年3月13日,抗告を棄却する旨の決定がされた。
(3)  そこで,教団は,賃貸借部分をも使用して教団松本支部及び食品工場を造ることをあきらめ,当初の計画を縮小して,売買部分に教団松本支部を建築することとし,同月23日,建築面積299m2余,延べ面積579m2余の教会(布教所)を建築する計画について,建築主事による建築確認を受けた。
これに対し,地主は,同年4月3日,地裁松本支部に対し,教団及び株式会社オウムを債務者として,賃貸借契約の詐欺による取消しの場合と同様に売買契約の詐欺による取消しを主張し,売買部分に建物を建築してはならないことなどを求める仮処分命令の申立てをしたが,地裁松本支部は,同年5月20日,売買契約における仲介不動産業者の説明等が,売買の取引慣行,信義則に照らして違法性があるとはいえず,詐欺を認めるだけの疎明がない上,詐欺を理由として取り消された賃貸借契約と売買契約が経済的には密接な関係を有しているとしても,両者の契約が運命を共にすべき理由はないなどとして,地主の申立てを却下する旨の決定をした。
そこで,地主は,同月27日,地裁松本支部に対し,教団等を被告として,売買部分の所有権移転登記の抹消登記手続,売買部分の明渡し,本件土地における建物の建築禁止等の判決を求める旨の訴えを提起した。地主側は,訴訟の中で,前記の教団を巡る様々な問題を取り上げて教団の反社会性を強調し,詐欺を理由とする賃貸借部分の賃貸借契約の取消しや売買部分の売買契約の取消しの有効性を基礎づける立証活動を行うとともに,仮処分申立事件で詐欺を理由とする取消しが認められた賃貸借契約と売買契約は取引の目的も契約締結も密接不可分で二者一体の関係にあり,観念的に分けて考えることは全く無意味であるなどと主張した。
(4)  教団の代理人を務めていたGは,これらの仮処分申立事件や訴訟の経過及び結果については要所要所でポイントとなる部分を被告人に逐一報告していた。
教団は,上記訴訟の係属中に教団松本支部を完成させたものの,被告人は,教団を非難する地主を含む反対派住民やその申立てを認めて教団松本支部を縮小させた地裁松本支部裁判官に反感を抱き,同年12月18日,教団松本支部で行われたその開設式において,「現代は,正に世紀末である。この世紀末という意味は,1990年代を迎えたという意味ではない。例えば,ノストラダムスの予言詩の中にこのような詩がある。それは『司法官が乱れ,そして宗教家が乱れる。』と。この『司法官が乱れ』とは,例えば,裁判が正,あるいは邪というものの判定を正しくできなくなり,世の中に迎合し,そして力の強いものに巻かれる時代,それと同時に宗教が本来持っている,宗教の特性である人々を真に苦悩から解放するという役割を果たさないという意味である。正に現代はその時代である。そしてこれは,今がその時代であり,そしてその成就は何を意味するかというと,私たちの近い未来において大いなる裁きが訪れることを予言している。この松本支部道場は,初めはこの道場の約3倍ぐらいの大きさの道場ができる予定であった。しかし,地主,それから絡んだ不動産会社,そして裁判所,これらが一蓮托生となり,平気でうそをつき,そしてそれによって今の道場の大きさとなった。また水についても同じで,松本市はこの松本支部道場に,上水道,つまり飲み水を引くことを許さず,また下水道においても社会的圧力に負け,何とか下水道を設置することは目をつむったわけだが,実際問題として普通の状態で許可したわけではない。しかし,これらの現象は,別の見方をすれば大変ありがたいことといわざるを得ない。それはなぜかというと,例えばある化学変化を起こす場合,その化学変化を起こす場合には二つの条件が必要となる。一つは熱であり,一つは圧力である。また外的条件においては,触媒というものが必要となる。この三つをそれぞれ検討した場合,まず触媒はグルあるいは真理の教えというものがそれを果たし,そして熱はその中で生活しているつまり真理を実践している人たちが大いに功徳を積むこと,そして外的圧力とはいうまでもなく社会の理不尽な圧力である。これらの圧力,熱,触媒という三つの力によって,普通では考えられないような化学変化が起き,新しい物質が生成される。正にこれは私たちが,この汚れた人間社会から出離し,脱出し,解脱し,悟るためのプロセスであるといわざるを得ない。そのような意味において,この社会的な圧力というものは,修行者の目から見ると,大変ありがたいものであるということができる。しかし,これは修行者から見た内容であって,これがもし逆にその圧力を加えている側から見た場合,どのような現象になるのかを考えると,私は恐怖のために身のすくむ思いである。」などと説き,地裁松本支部裁判官や地主ら反対派住民を敵対視し,これらの者には将来恐るべき危害が加えられることを予言する旨の説法をした。
(5)  地裁松本支部は,前記民事訴訟の審理を経て,平成6年5月10日,同事件の弁論を終結し,判決言渡し期日を同年7月19日と指定した。
Gは,そのころ,被告人に対し,前記民事訴訟についていよいよ弁論が終結して判決になる旨を報告し,その際,判決の見通しについて,仮処分時と特に状況は変わっていない旨話したものの,仮処分申立事件で教団側の主張が認められた売買部分について勝訴するとまでの断定的な言い方は控えるなど,賃貸借部分は無理でも売買部分については確実に勝訴できる旨の誤解を被告人に与えないように慎重に言葉を選びながら意見を述べた。
2  前記のとおり,被告人は,70tのサリンを東京に散布して首都を壊滅し,国家権力を打倒して日本にオウム国家を建設し自らその王となってこれを支配することをもくろみ,既に,サリンの大量生成やサリンプラントの建設を教団幹部らに指示してその計画を着々と進行させ,自らが敵対視してきた池田や滝本弁護士に対し,教団で生成したサリンを使用するなどし,その過程で生成したサリンの殺傷力を確認するとともに,その効果を最大限に引き出すためのサリンの噴霧方法やサリンを噴霧する側のサリン中毒を防止する方法等について試行錯誤を繰り返していたものであるが,同年6月ころ,Cと相談した上,新たに造る加熱式噴霧装置の性能ないしこれにより噴霧するサリンの殺傷力を実験的に確かめておこうと考え,その使用する対象として,反対派住民である地主の仮処分の申立てを認めて教団松本支部の建物を当初の予定よりも縮小させる原因を作り,本案訴訟においても,賃貸借部分についてはもちろんのこと,売買部分についても教団に不利な判決をする可能性もないとはいえない地裁松本支部を選び,新たに造る噴霧装置を搭載したサリン噴霧車により,昼間地裁松本支部を目標にしてサリンを噴霧し,自ら敵対視していた同支部裁判官のみならず同支部周辺の住民を殺害することを決意した。
3  被告人は,同月20日ころ,Cの同席していた第6サティアン1階の被告人の部屋に,D,N及びJを呼び集め,同人ら3名に,「オウムの裁判をしている松本の裁判所にサリンをまいて,サリンが実際に効くかどうかやってみろ。」と言った。続いて,Cが「昼間,裁判所にまくことになる。サリン噴霧車ができ次第すぐにやる。」と言った。Dは,第2次池田事件の際加熱用のガスバーナーの火が噴霧装置搭載部分に燃え移ったことに起因してサリンに被ばくしひん死の状態に陥ったことから,Cに対し,噴霧方法や防御のマスクについて聞くと,Cは,ガスバーナーではなく電気ヒーターで加熱するので大丈夫である旨及び第2次池田事件のときの防毒酸素マスクが有効であったのでそれと同じものを着用する旨の返答をし,被告人もそのマスクを使用することを了承し,Jがその防毒酸素マスクを準備することとなった。
また,Dは,第2次池田事件の際警備関係者に不審を抱かれ追跡されたことから,警察官や通行人に目撃された場合の対応策について聞くと,被告人は,「警察等の排除はミラレパ(D)に任せる。武道にたけたウパーリ(P),シーハ(Y12),ガフヴァ(Y1)の3人を使え。」と指示し,また,サリン噴霧車の運転をY1にさせるように言った。
このようにして,被告人は,C,D,N及びJに対し,地裁松本支部を目標としてサリンを噴霧し,同支部の裁判官ほか多数の者を殺害することを指示し,Cら4名はこれを承諾して,ここに被告人ら5名はその旨の謀議を遂げ,サリン噴霧車の準備ができ次第すぐにその計画を実行することとなり,最後に,被告人が「後はおまえたちに任せる。」と言って,具体的な準備や実行はCやDに任せる旨を伝えた。
4  Cは,その後,Dに依頼して,サリン噴霧車に改造するための2tアルミトラックを調達した上,M,Y3ら真理科学技術研究所のメンバー数名に対し,これを改造してその後部のアルミコンテナ部分に加熱式噴霧装置,すなわち,運転席からの遠隔操作により,コンテナ上部の3個のタンク内の液体を,電気ヒーターで加熱した3個の箱型銅容器内に落下させて,これを加熱して気化させ,コンテナ内に設置した大型送風扇で気化したものを外部に噴霧することができる装置を設けるよう指示し,同月27日朝までに,コンテナの右側面に空気の取り入れ口が,左側面に噴霧口がそれぞれあり,いずれも下部にちょうつがいを,上部に止め金が付けられ上から下にその開口部を開けることのできる,上記の指示に従ったサリン噴霧車を完成させた。
5  Jは,サリンを噴霧する際に実行メンバーが着用する防毒酸素マスクの製作の指示を受け,第2次池田事件のときに使用した防素酸素マスクと同じ方式の,ビニール袋を頭からかぶりそれに酸素ボンベからエアラインを通して酸素を送り込むというものに,さらに,首の部分をひもで絞れるようにして脱げにくくしたものの製作に取り掛かった。また,Jは,防素酸素マスク用及び被ばくした際の治療用の酸素ボンベとして,実験用のものも含め,7m3のものを3本,1.5m3のものを8本くらい準備し,Cの指示により,Cの指定した1人当たりの酸素量を15分間流せるかどうかを実験して確認した。
6  Dは,同月25日,サリン噴霧車の運転手を務めるY1と共に,地裁松本支部周辺の下見に行った際,Y1に対し,地裁松本支部に向けてサリンを噴霧する計画を打ち明け,Y1がサリン噴霧車を運転することになっていることなどを伝え,Y1はこれを承諾した。Dらは,地裁松本支部周辺が詳しく掲載されている地図を教団松本支部の信者から借り受けた後,地裁松本支部周辺を下見し,タバコの煙で風向きを調べながら,サリン噴霧車を駐車してサリンを噴霧することのできそうな適当な場所を見つけて,上九一色村の教団施設に戻った。
7  Cは,同月26日,Jに対し,「明日実行する。」旨伝えるとともに,「クシティガルバ棟でサリンを噴霧車に注入してくれ。」と指示した。同日午後,Nは,Cの指示により,Jと共に,サリン噴霧を実行する際自分たちが乗るワゴン車を借りるために松本市に赴き,その際,地裁松本支部等を下見し,同日午後6時ころ,レンタカー業者からワゴン車を借りて,上九一色村の教団施設に帰った。
その後,Jは,実行メンバーのサリン中毒を予防し又はこれを治療するために,予防薬のメスチノン,治療薬のパム,硫酸アトロピン等の医薬品や注射器,注射針等の器具を準備し,さらに,クシティガルバ棟に保管していた青色サリン溶液の入った容器を同棟内のスーパーハウス内に集めた。
8  同月26日深夜から同月27日未明にかけて,東京都杉並区阿佐ヶ谷にある教団経営の飲食店「☆☆亭」で,省庁制の発足式が開かれ,各省庁の大臣,次官100人くらいが出席し,被告人の前で決意表明をし,C,D,N,J及びPもこれに出席して決意を述べ上九一色村の教団施設に戻った。
Dは,そのころ,Cから,サリン噴霧車が同月27日午前中に準備でき,昼ころ出発するので,第7サティアンの前に集まるように言われ,P,Y1及びY12に対し,同月27日は用事があるので待機しておくように連絡した。
Dは,同日早朝までに上九一色村の教団施設に戻り,第6サティアン2階のDの部屋にP,Y1及びY12を呼び集め,3人に対し,同日松本に行き地裁松本支部にサリンを噴霧すること,サリン噴霧車はCが造って第7サティアンに置いてあること,サリン噴霧車の運転はY1がすること,サリンを噴霧している最中に警察官等がくるなど妨害があった場合は3人でこれを排除すること,万一の場合はDがサリン噴霧車を運転して逃げること,同日昼に第7サティアン前に集合して出発することになっていることなど地裁松本支部に向けてサリンを噴霧し多数の者を殺害する計画を打ち明け,既にその話を聞いていたY1のほかP及びY12もこれを承諾した。
その後,Y12らは,Dの指示により,同日午後1時前ころ,サリン噴霧計画の実行メンバー7名分の作業服上下,帽子,ベルト等を購入して第6サティアンに戻り,D,Y1,P及びY12の4名は付近の建物でその作業着に着替えるなどし,他の実行メンバーにも作業着等を渡した。
9  一方,Jは,省庁制の発足式から上九一色村の教団施設に戻り,同日午前10時ないし11時ころ,完成したサリン噴霧車がクシティガルバ棟内に運び込まれた際,Cから指示を受け,エアラインを通して空気が供給される防毒マスクと手袋を着用してサリン噴霧車のコンテナ上部にある3個のタンクにサリンを約4lずつ合計約12l注入した。Jは,その際,自分がサリン中毒になったときに備えて,Nにジーヴァカ棟に待機してもらった。
10  こうして実行メンバー7名は,当初の予定より遅れて同日午後3時半ないし午後4時ころ,第7サティアン前に集合し,出発の準備を終え,Y1の運転するサリン噴霧車の助手席にCが,Y12の運転する前記ワゴン車にD,N,J及びPがそれぞれ乗り込んで出発し,一般道路を使って松本市に向かった。
Jは,途中長野県諏訪市内のディスカウントストアーの前で2台の車両が停車した際,ワゴン車に乗車している他の4名に対し「予防薬だから飲んでください。」と言ってメスチノンを1錠ずつ渡したほか,サリン噴霧車のところに行ってCに2人分のメスチノンを渡すなどして実行メンバーにメスチノンを飲ませた。また,Jは,松本市に行く途中の車内で,Y12及びPに対し,噴霧したガスを吸ったら視界が暗くなり,呼吸が困難になって頭痛,腹痛,下痢等の症状が出てくるから,症状が出たら治療薬を準備しているのですぐ申し出るように言い,これは非常に危険なガスで吸ったら死ぬ可能性がある旨注意した。
11  C,Dら実行メンバーは,同日午後8時ころ,長野県塩尻市内のドライブイン「八望」(以下「八望」という。)前の駐車場に2台の車両を入れて休憩した際,既に裁判所の閉庁時刻を過ぎ,開庁時間中にサリンを噴霧することができなくなっていたことから,Dは,Cに対し,その点について相談し,地裁松本支部と裁判所宿舎が同じページにある住宅地図を見せながら,裁判官をねらうなら時間帯から考えて裁判所では意味がないのでサリンを噴霧する目標を裁判所から裁判所宿舎に変更することを提案し,考えてくださいと言うと,Cは,同駐車場内の公衆電話から被告人に電話を掛けその了承を得た上でその旨Dに伝え,C及びDは他の実行メンバーに対し,サリンを噴霧する目標を裁判所から裁判所宿舎に変更する旨を伝え,その同意を得た。
12  その後,実行メンバー7名は,裁判所宿舎から西方約190mの地点にあるアップルランド開智店西側駐車場(以下「アップルランド駐車場」という。)に2台の車両を停め,教団の犯行と発覚しないように,サリン噴霧車とワゴン車の各ナンバープレートの上に異なるナンバーのシールを貼り付けて車両ナンバーを偽装したほか,Jが中心となって防毒酸素マスクを組み立て実際に酸素が流入するかどうかのチェックをした。また,Jは,実行メンバーがサリン中毒になった場合に備え,治療薬のパムを注射器に吸い込みいつでも注射できるように準備した。
その間,Cは,サリンを噴霧する場所を探すために裁判所宿舎の方に下見に行き,風向き等を考慮の上,裁判所宿舎の西方三十数mの地点にある松本市北深志〈番地略〉所在の東山一夫所有の西駐車場(以下「東山西駐車場」という。)を噴霧場所とすることに決め,アップルランド駐車場に戻ってきて,他の実行メンバーにその旨を伝えた。
13  実行メンバー7名は,その後,2台の車両に乗車して東山西駐車場に行き,サリン噴霧車は同駐車場の北側の東寄りに,サリンをコンテナ左側から裁判所宿舎のある東方に噴霧できるようにその前部を南に向けて駐車し,ワゴン車はサリン噴霧車から十数mしか離れていない同駐車場の北西側に駐車した。
Cは,サリン噴霧車を降りて,コンテナの左右側面の開口部を開け同車の助手席に戻るなどし,実行メンバー7名は各自防毒酸素マスクを着用した。なお,この時点までに,Cは,他の実行メンバーに対し,噴霧を開始する時期や噴霧が終わるまでの時間等について伝えていた。
同所付近は,一般住宅,マンション,社宅等が立ち並ぶ閑静な住宅街であり,東側には東山方の池ややぶを挟んで△△生命寮や裁判所宿舎があり,北東方には○○ハイツや××ハイツが位置し,北側はa8方と隣接している。松本市の同日午後10時ないし午後11時ころの気温は約20ないし21℃で,雨は降っておらず,相対湿度は九十数%であり,風速3.2又は0.5m毎秒の北西ないし南西の風が吹いていた。
[罪となるべき事実]
被告人は,C,D,N,J,Y12らと共謀の上,サリンを発散させて不特定多数の者を殺害しようと企て,平成6年6月27日午後10時30分過ぎころ,長野県松本市北深志〈番地略〉所在の東山西駐車場において,同所に駐車させた普通貨物自動車であるサリン噴霧車に設置した,青色サリン溶液を充てんした加熱式噴霧装置をCが助手席から遠隔操作により作動させてサリンを加熱し気化させた上,同噴霧装置の大型送風扇を用いてこれを周辺に発散させ,後記表1記載のとおり,同市北深志〈番地略〉所在の○○ハイツ204号室などにおいて,a1(当時26歳)ほか6人をしてサリンガスを吸入させるなどし,よって,同月28日午前0時15分ころから同日午前4時20分ころまでの間,○○ハイツ204号室ほか6か所において,サリン中毒によりa1ほか6人を死亡させて殺害するとともに,後記表2記載のとおり,同市北深志〈番地略〉所在のa8方などにおいて,a9(当時46歳)ほか3人をしてサリンガスを吸入させるなどしたが,同人らに対し,同表加療等期間欄記載の各加療等日数を要するサリン中毒症の各傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかったものである。

表1
1 被害者氏名(年齢) a1(当時26歳)
吸入等の場所(長野県) 松本市北深志〈番地略〉
○○ハイツ204号室

死亡日時 平成6年6月28日午前0時15分ころ
死亡場所(長野県) 吸入等の場所と同じ
2 被害者氏名(年齢) a2(当時19歳)
吸入等の場所(長野県) 上記○○ハイツ306号室
死亡日時 平成6年6月28日午前0時15分ころ
死亡場所(長野県) 吸入等の場所と同じ
3 被害者氏名(年齢) a3(当時29歳)
吸入等の場所(長野県) 上記○○ハイツ406号室
死亡日時 平成6年6月28日午前0時15分ころ
死亡場所(長野県) 吸入等の場所と同じ
4 被害者氏名(年齢) a4(当時53歳)
吸入等の場所(長野県) 松本市北深志〈番地略〉
××ハイツ307号室

死亡日時 平成6年6月28日午前0時15分ころ
死亡場所(長野県) 吸入等の場所と同じ
5 被害者氏名(年齢) a5(当時35歳)
吸入等の場所(長野県) 上記××ハイツ308号室
死亡日時 平成6年6月28日午前0時15分ころ
死亡場所(長野県) 吸入等の場所と同じ
6 被害者氏名(年齢) a6(当時45歳)
吸入等の場所(長野県) 松本市北深志〈番地略〉
△△生命寮302号室

死亡日時 平成6年6月28日午前2時19分ころ
死亡場所(長野県) 松本市本庄2丁目5番1号
医療法人慈泉会相澤病院

7 被害者氏名(年齢) a7(当時23歳)
吸入等の場所(長野県) 前記××ハイツ207号室
死亡日時 平成6年6月28日午前4時20分ころ
死亡場所(長野県) 松本市城西1丁目5番16号
医療法人城西病院

表2
1 被害者氏名(年齢) a9(当時46歳)
吸入等の場所(長野県) 松本市北深志〈番地略〉a8方
加療等期間 不詳
2 被害者氏名(年齢) a10(当時19歳)
吸入等の場所(長野県) 前記○○ハイツ404号室
加療等期間 613日間
3 被害者氏名(年齢) a8(当時44歳)
吸入等の場所(長野県) 前記a8方
加療等期間 278日間
4 被害者氏名(年齢) a11(当時44歳)
吸入等の場所(長野県) 前記××ハイツ208号室
加療等期間 200日間

Ⅷ 小銃製造等事件(武器等製造法違反)
(平成7年12月1日付け追起訴状記載公訴事実第2の事実)
[罪となるべき事実]
被告人は,T,Qらと共謀の上,通商産業大臣の許可を受けず,かつ,法定の除外事由がないのに,
第1  ロシア製自動小銃「AK―74」を模倣した自動小銃約1000丁を製造しようと企て,平成6年6月下旬ころから平成7年3月21日ころまでの間,山梨県西八代郡上九一色村富士ヶ嶺〈番地略〉所在の第11サティアンにおいて,マシニングセンターで鋼材を切削するなどして引き金,遊底,撃鉄など21種類の金属部品をそれぞれ製作するなどし,同村富士ヶ嶺〈番地略〉所在の第9サティアンにおいて,大型射出成形機で銃床,握把等のプラスチック部品をそれぞれ製作するなどし,同県南巨摩郡富沢町大字福士字西根熊〈番地略〉所在の清流精舎において,深穴ボール盤で丸棒に銃腔となる穴を開け,NC旋盤で銃身の外形加工を施すなどし,同村富士ヶ嶺〈番地略〉所在の第12サティアンにおいて,形彫り放電加工機で銃身にライフル加工を施すなどし,同自動小銃の部品多数を製作するなどして同自動小銃約1000丁を製造しようとしたが,同月22日,上記各施設が警察官による捜索を受けるなどしたため,その目的を遂げなかった
第2  平成6年12月下旬ころから平成7年1月1日までの間,清流精舎において,上記犯行により製作した小銃1丁の必要部品一式を取りそろえるなどした上,これらを組み立てて小銃1丁を製造した
ものである。
Ⅸ 落田事件(殺人,死体損壊)
(平成7年7月5日付け追起訴状記載公訴事実)
[第1(殺人)の犯行に至る経緯]
1 落田某(昭和39年11月13日生,以下「落田」という。)は,薬科大学薬学部を卒業後製薬会社に就職して薬剤師の免許を取得したが,平成2年4月同社を退職して,妻子と共に教団に出家し,同年夏ころから東京都中野区野方所在の教団附属医院(AHI)で薬剤師の業務に従事していた。
b1は,昭和62年にオウム神仙の会に入会した後,教団への入信出家や下向を繰り返し,最終的には,平成4年春ころ,脱会したが,教団信者であった平成3年秋ころ,Y8と共に,難病にかかり栃木県で療養していた実母b2(以下「b2」という。)に対し教団附属医院に入院するよう勧めた。b2は,同年11月ころ,教団に入信し教団附属医院に入院して治療を受けるようになり,同所で薬剤師をしていた落田と知り合い,親しくしていた。
2 被告人は,平成5年12月末ころ,落田がb2と親密な関係になり性欲の破戒をしたとして,二人を引き離すためにb2を上九一色村の教団施設である第6サティアン3階の医務室に移動させ,以後,b2は,同所で投薬治療のほか,教団信者に被らせるヘッドギアの電極を通じて被告人の脳波を電流化したものを教団信者の頭部に流すPSIの修行を受けるようになった。
落田は,教団に不信感を抱いていた上,好意を寄せていたb2にPSIの修行をさせていることを含め,適切な治療が行われているか疑問を持っていたことから,同人を教団施設から連れ出して薬局店を開業し自分の手でb2の病気を治そうと考え,平成6年1月20日ころ,教団施設から逃げ出し,同月24日ころまでに,b2の夫でありb1の実父であるb3(以下「b3」という。)やb1に対し,教団の治療やPSI修行の問題点などを話し,同人らに対し,教団施設からb2を連れ出したいのでこれに協力してくれるよう話を持ち掛け,b3及びb1は,協力する旨約束した。
3 落田は,同月30日午前2時ころ,b1及びb3と共に,普通乗用自動車で第6サティアン付近まで行き,b3を車で待たせ,同日午前3時ころ,b2を連れ出すために,b1と共に第6サティアンに侵入し,3階の医務室内に寝かされていたb2を抱えて部屋から出ようとしたところ,教団信者に発見され,捕まえられそうになったため,あらかじめ用意していた催涙スプレーを噴射するなどして抵抗した。しかし,騒ぎに気付いた教団信者が次々と同所に駆け付けてきたため,結局,落田はDとY8に,b1はY13とY14にそれぞれ取り押さえられ,いずれも両手に前手錠を掛けられた。
4 Dは,Y8らに対し,落田及びb1を監視するよう指示して,第6サティアン1階の被告人の部屋に行き,落田らの侵入事件について報告した。被告人は,それを聞いて,落田が破戒をして脱走したにとどまらず,b1と共に,b2を無断で連れ出そうとし,そのために被告人の居住する第6サティアンという神聖な場所に侵入して暴れるなどの教団ないし被告人に対する敵対行為に及んだものであり,このまま落田及びb1を放置するわけにはいかず,落田らを殺害するほかないと決意し,Dに対し,落田とb1を第2サティアン3階に連れていくよう指示した。
その後,被告人は,乙川花子に先導させてY2が運転する被告人専用車両に乗り込み,Y2に「第2サティアンに行ってくれ。」と指示し,出発させた直後に「今から処刑を行う。」と言った。
5 一方,Dは,被告人の指示を受け,Y8やY14らと共に,落田及びb1をワゴン車に乗せて第2サティアンまで搬送し,同サティアン3階のエレベータ前付近まで連れていき,同所で,Y14らに落田及びb1を監視させた。
6 被告人は,第2サティアンに到着した後,乙川花子の先導で同サティアン3階の「尊師の部屋」と呼ばれている東西方向約12m,南北方向約7.5mの広さの瞑想室(以下,「尊師の部屋」ともいう。)に入り,同室内の東側に置かれているソファに座り,C,D,U,Y2,Y8及びY13も同室に入った。被告人は,Cらから落田らの持ち物等について報告を受けるなどした後,「これからポアを行うがどうだ。」と,落田及びb1を殺害するつもりであることを話した。CやDは「尊師のおっしゃるとおりです。」「ポアしかないですね。」などと相づちを打ち,Uは「泣いて馬謖を切る。」という言葉を使って賛意を表し,他の者もすべて被告人に同調した。
7 続いて,被告人は,「その前にb1と話がしたいから。」と言って,Dに対し,b1を呼び入れるよう指示した。3階エレベータ前付近でb1を監視していたY14は,Dから指示を受け,前手錠をされたb1を尊師の部屋内の被告人の前まで連れていった。そのころまでにJは被告人に呼び出され尊師の部屋に入っていた。
8 被告人は,相対して正座しているb1に対し,「なんでこんなことをしたんだ。」と理由を尋ねると,b1が「落田さんに母親のことを聞いて,心配になったので。」と答えるので,「なんで落田がこういうことをしたか分かるか。」と言って落田が教団施設に侵入してb2を連れていこうとした理由を聞くと,b1は,落田がb2のことを気遣ったのだろうと思ったが,とりあえず「分かりません。」と答えた。
被告人は,落田がb1にこのような悪業を積ませたのであるから,b1に落田を殺害させることによりそのカルマを清算させるのがカルマの法則(因果応報の法則)にかなうと説明することによって落田を殺害することを弟子たちに正当化することができるし,b1にも口封じをすることができると考え,b1に対し,「落田は,教団にいるときに,母親にイニシエーションだと偽って性的関係を持ったり,精液を飲まそうとしていたんだ。それで教団が落田と母親を引き離したが,落田はそれを不服に思って,母親を連れ出して母親と結婚しようともくろんでたんだ。もし,おまえや私がその結婚を止めるようなことがあったら,落田はおまえや私を殺すつもりでいたんだ。だから,落田の言った母親の状態というのは全くうそっぱちなんだ。」などと言った上,「おまえは,落田のそういう思惑があるのも知らないで,落田にだまされて,ここに来て真理に対して反逆するという,ものすごい悪業を犯した。ぬぐうことができないほどの重いカルマを積んでいる。間違いなく地獄に落ちるぞ。おまえは帰してやるから安心しろ。ただし条件がある。それはおまえが落田を殺すことだ。それができなければおまえもここで殺す。」などと言って,落田を殺害することを指示した。
b1が返事をしないで黙っていると,被告人は,落田がb1をだましてb1に大きな悪業を積ませ,b2を破戒に巻き込んだのは大きな悪業であるから,ポア,すなわち殺害しなければならない旨説明した。そして,被告人は,b1から,「それはどうやってやるんですか。」と尋ねられると,「ナイフで心臓を一突きにしろ。」と言い,さらに,b1から「やったらほんとに帰してもらえるんですか。」と聞かれ,「私がうそをついたことがあるか。」と答えるなどした。b1は,このようなやり取りを経て,悩んだ末,落田を殺害することを承諾した。
9 そこで,被告人は,落田を尊師の部屋に入れるよう指示した。落田は,同室内に連れてこられ,同室内の西寄りに敷かれた約2m四方のビニールシートの中央に前手錠のまま座らされた。b1が落田に目隠しをしてほしいと被告人に頼むと,被告人は,「それは構わない。ただし,自分でやれ。」と言って「だれか目隠しするものを持ってきてくれ。」と指示し,b1が,用意されたガムテープで落田に目隠しをした。その後,被告人の弟子たちによりロープが準備され,これで首を絞めて殺害する方法に変更してはどうかという提案がされ,被告人もこれを了承した。
その際,被告人は,落田が催涙ガスを使ったことを指摘し,「それならば落田に対しても,催涙スプレーを使わないとまずいな。」と言い,催涙スプレーを落田に掛けるよう指示した。そこで,b1は,催涙ガスが拡散しないようにY8と共に落田にビニール袋を被せ,その袋の中で催涙スプレーを噴射すると,落田はせき込みうめき声を上げ,体を揺すり立ち上がろうとするなど暴れ出したので,周りにいた者数名でこれを取り押さえた。このとき催涙ガスが袋の外に漏れたことから窓が開けられて換気がされたが,被告人が「なんで窓を開けるんだ。閉めろ。」と言ったことから,直ちに窓が閉められた。
その後,b1は,Dから,二つ折りにされたロープを受け取った。
[罪となるべき事実第1(殺人)]
被告人は,b1らと共謀の上,落田某(当時29歳)を殺害しようと企て,平成6年1月30日未明,山梨県西八代郡上九一色村富士ヶ嶺〈番地略〉所在の第2サティアン3階の尊師の部屋において,b1が,落田に対し,その頸部に二つ折りにしたロープを巻いて頸部を絞めたものの,手錠が掛けられていたため十分に力が入らず,Dから助言を受けて,ロープの折り返し部分に右足を掛け,他方の端を両手で引っ張る方法で落田の頸部を絞め続け,その間,周囲にいたU,Y8,Y13,Y14ら数名が落田の身体を押さえ付け,被告人が,Jから落田の脈拍の有無について報告を受ける都度,b1に対し落田の頸部を更に絞め続けるよう指示するなどし,そのころ,同所において,落田を窒息死させて殺害したものである。
[第2(死体損壊)の犯行に至る経緯]
被告人は,落田の死亡をJに確認させた後,Cと相談の上,第2サティアン地下室にあるマイクロ波加熱装置とドラム缶等を組み合わせた焼却装置であるマイクロ波焼却装置で落田の死体を焼却することとし,Cに対し,その焼却を指示した。被告人は,その際,Cから人手が欲しいと言われたことから,外で待機している警備担当のY15とY16を尊師の部屋に呼び入れ,同人らに落田を殺害した経緯等について説明した上,Y15,Y16及びY14の3名に対し,落田の死体を梱包して地下室に運び,Cの指示に従って落田の死体を処理するよう指示した。
その後,被告人は,b1を呼び寄せ,「これからは,また,入信して,週1回は必ず道場に来い。おまえが今回積んだカルマはちょっとやそっとでは落とすことができないカルマだから,一生懸命修行しなさい。」と言い,最後に「おまえはこのことは知らない。」と付け加えて落田の殺害について口止めをし,b1を帰した。
Y14ら3名は,落田の死体をビニールシートで梱包した後,同サティアン地下室にあるマイクロ波焼却装置のそばまで運んだ。
[罪となるべき事実第2(死体損壊)]
被告人は,C,Y14らと共謀の上,同日,第2サティアン地下室において,落田の死体をマイクロ波加熱装置とドラム缶等を組み合わせた焼却装置(マイクロ波焼却装置)の中に入れ,これにマイクロ波を照射して加熱焼却し,もって,同人の死体を損壊したものである。
X 冨田事件(殺人,死体損壊)
(平成8年3月5日付け追起訴状記載公訴事実第2の事実)
[犯行に至る経緯]
1  被告人は,前記のとおり,平成5年10月以降,説法等において,教団施設が,敵対する組織から,イペリットなどのびらん性ガスや,サリン,VXなどの神経ガスによる毒ガス攻撃を受け,そのために家族や弟子に頭痛,吐き気など種々の症状が出ているなどと述べ,そのころ,自らサリン等の化学兵器や炭疽菌等の生物兵器の研究,製造等について弟子たちに指示しておきながら,教団施設内で生じた信者らの症状について敵対組織から毒ガス攻撃を受けた結果であるなどとうその説明をし,教団の武装化に向けて教団信者らの危機感や国家権力等に対する敵がい心をあおるとともに,教団による化学兵器や生物兵器の研究,製造等を隠ぺいすることに努めていた。
2  被告人は,サリンのほか,皮膚,粘膜をただれさせ呼吸器を冒し死に至らしめるびらん性の毒ガスであるイペリットの生成についてもRに指示していたところ,平成6年7月8日,治療省所属の女性信者が第6サティアン内の浴室で,熱傷を負い意識を失うという事件(以下「女性信者熱傷事件」という。)が発生するや,Cを介してRに浴室内の水を分析させ,イペリット関連物質が検出された旨の報告を受けると,この機会に,教団信者らに対し,公安警察等の教団施設に対する毒ガス攻撃の一環としてそのスパイが教団信者の生活用の水にイペリットを混入させたということにし,教団におけるイペリットの生成を隠ぺいするとともに,教団信者の国家権力等への敵がい心をより一層あおろうと考え,教団防衛庁を通じて,同月9日,「富士・上九近辺の井戸水は大変危険です!! 勝手に汲んで飲んだりしないように!! 曖昧な情報には気を付けましょう!! 許可が出る迄井戸水は絶対に飲まないように!!」あるいは「水道水は絶対に指示があるまで使用しないで下さい!! 例え水が出ていても危険ですので絶対に使用しないで下さい!! 手や鍋が溶けてしまいます!! 尚,トイレの水も流さないで下さい。」などと記載された「防衛庁からのお知らせ」と題する書面により,教団信者に対し,井戸水や水道水の使用を禁じ,教団幹部にそのスパイ捜しを指示した。
3  その後,被告人は,当時タンクローリーで第6サティアンのある第2上九に教団の生活用の水を運搬していた教団車両省所属の冨田某(昭和42年3月23日生,以下「冨田」という。)の名前がスパイとして挙がってきたことから,Vに対し,タンクローリーで生活用の水を運ぶ仕事をしている車両省の冨田が第6サティアンの生活用の水に毒を混入したスパイである,冨田がタンクローリーから第6サティアンの貯水槽に水を入れるときに毒を混入したと思われるなどと伝えて,冨田に対するスパイチェックを実施するよう指示した。
Vは,冨田に対し,スパイチェックとしてポリグラフ検査とイソミタールインタビューを実施し,ポリグラフ検査では毒を混入したスパイであることについて陽性反応を示したが,イソミタールインタビューでは,スパイであるかどうか,水に毒を入れた事実があるのかどうか,そのようなスパイを働くような背景事情があるのかどうかを聞いても,被告人が疑うような事実を冨田が答えることはなかった。
4  被告人は,Vから上記のスパイチェックの結果について報告を受け,ポリグラフ検査における陽性反応の結果が出たことを奇貨として,無理強いをしてでも冨田にイペリットを混入したスパイであると自白させ,スパイに仕立て上げれば,教団が毒ガス攻撃を受けているといううその話をもっともらしくすることができるなどと考え,平成6年7月10日ころ,スパイの摘発を所管する自治省の大臣であるDを第6サティアン1階の被告人の部屋に呼び,Dに対し,第6サティアンの浴室内の水からイペリットが検出されたこと,その水を運んでいた冨田にスパイチェックをしたところ陽性の結果が出たこと,したがって冨田がイペリットを混入させたスパイであることなどを説明した上,同省次官のP及びY2並びに同省所属のY15を使い,第2サティアンにおいて,強制的にでも教団の生活用の水に毒ガスを混入したことやその背後関係について冨田を自白させるよう指示し,Dはこれを承諾した。その際,被告人は,「ガンポパ(Y2)の状態が悪い。」と言い,Y2の被告人に対する帰依心が揺らいでいる趣旨の話をした。
5  Dは,被告人の部屋から出た後,P及びY15に対し,第2サティアンに来るように伝え,Y2と共に,冨田を連れてくるため同人のいる富士山総本部道場に車で向かった。Dは,その車中で,被告人がY2の状態が悪いと言っている旨告げた上で,冨田がタンクローリーの水の中に毒を入れて多くの出家信者を殺そうとしたので,これから冨田を連れにいき,毒を入れたことを自白させる旨を話した。Y2は被告人からその旨の指示があったと思い,これを承諾した。
Dは,富士山総本部道場で車両省大臣のZの了解を得,Y2と共に,車で冨田を第2サティアン付近まで連れていき,冨田に対し,被告人の警備をしてもらうかもしれないからそのためのテストを行うなどとうそを言い,P及びY15と合流した後冨田を連れて,一般の出家信者が出入りをしない同サティアンの地下室に入った。Dは,冨田に対し,まず体力をみると言って,足の屈伸運動であるヒンズースクワットをするよう指示した。
冨田がヒンズースクワットを始めると,Dは,Pと共に地下室から出て,第6サティアンに行き,警備の部屋等において,拷問などに使う道具として待ち針,手錠,竹刀等を調達して第2サティアンの地下室に戻った。
Dは,厳しく責め立てるヤマ役と優しく語り掛けるダルマパーラ役が組んで相手方をざんげさせるという「バルドーの導き」を装い拷問により冨田を自白させようと考え,既にヒンズースクワットを300回くらいするなどして息があがっていた冨田に対し,「体力があるのは分かった。これから精神面をみる。」などと言って,冨田を折り畳み式のパイプいすに座らせ,P,Y2及びY15と共に,手錠やベルトを使用して冨田の両手,腰及び両足をそれぞれいすに固定し,ガムテープで冨田に目隠しをした上,DとY2がヤマ役,PとY15がダルマパーラ役となり,冨田への尋問を始めた。
6  被告人は,そのころ,同サティアン3階の尊師の部屋に移動していたが,同所にDを呼んで,冨田の件について「今,どういう状況だ。」と尋ねた。Dが「まだ尋問を始めていません。これからする予定です。」と答えると,被告人は,被告人に対する信の揺らいでいるY2が被告人の指示に従えるかどうかを試すとともに,その指示の実行を通じてY2の信仰心を高めさせようと考え,「ガンポパにやらせればいい。」と言って,強制的に冨田を自白させるのをY2に担当させるように指示し,Dは「分かりました。」と言って部屋を出た。
7  同サティアンの地下室に戻ったDは,Y2に対し,竹刀を手渡し,「尊師からガンポパにやらせろと言われています。」などと言って拷問を行うように指示した。そこで,Y2は,冨田に対し,なぜ毒を入れたなどと尋問しながら竹刀で背中等を殴り付け,冨田がこれを否定すると,ではなぜスパイチェックで反応が出たんだと尋問しながら竹刀で冨田を殴り付け,Dも,尋問しながら竹刀で,冨田の背中,肩,腕,足等をめった打ちし,他方で,PやY15は,ダルマパーラ役として,冨田に対し,「何かざんげするようなことがあるんじゃないですか。」などと聞いた。Y2やDは,冨田が毒を入れたスパイであることを認めようとしないことから,さらに,待ち針を冨田の足の爪の間に何本も刺したり,バーナーで熱した鉄製の火かき棒を冨田の腕や背中に押し当てたりするなどの拷問を加え続けたが,冨田は,それでも,自己の潔白を訴え続け,Dに対し,「ミラレパ正悟師は人の心が読めるはずですから,私の心を読んでください。そしたら私が毒なんか入れていないことを理解してもらえると思います。」と哀願するように何度も言ったが,やがて,力尽き意識を失った。
8  Dは,このような拷問を加えても冨田が毒を混入したスパイであることを自白しようとしないことから,今後の対処について被告人の指示を仰ぐため,既に被告人が移動していた第6サティアン1階の被告人の部屋に行き,Cが同席する下で,被告人に対し,「冨田は自白しませんが,どうしましょうか。」と尋ねた。
被告人は,無理にでも冨田を自白させてイペリットを教団の生活用の水に混入したスパイに仕立て上げようとしたがそれがかなわず,さりとて,自白させるために冨田に拷問を加えてしまった以上このまま冨田を生かしておくと後々教団の発展にとって障害となるおそれがあることから,口封じのため冨田を殺害することを決意し,Cとも相談した上,Dに対し,マイクロ波焼却装置(マイクロ波加熱装置とドラム缶等を組み合わせた焼却装置)を使い冨田を焼却するように言って,同人を殺害した上その死体を損壊するよう指示するとともに,「ガンポパにやらせればいい。」と言ってY2にその焼却をさせるよう指示し,Dはこれを承諾した。
9  Dは,第2サティアンの地下室に戻り,Y2,P及びY15に対し,「自白をしようがしまいが,どちらにしろ,ポアだ。」と言って被告人の指示内容を伝えるとともに,冨田をマイクロ波焼却装置により焼却する方法で殺害するのにはちゅうちょを覚えたことから,落田事件と同様にロープで絞殺した後マイクロ波焼却装置で焼却しようと考え,Y2に対し,ロープを渡しながら,「尊師がガンポパにやらせろと言っていました。」と言ってこれで冨田を絞殺するよう指示し,Y2はこれを承諾した。また,P及びY15も冨田を殺害することについて格別異議を唱えることはなかった。
[罪となるべき事実]
被告人は,D,Y2,P及びY15と共謀の上,
第1  冨田某(当時27歳)を殺害しようと企て,平成6年7月10日ころ,山梨県西八代郡上九一色村富士ヶ嶺〈番地略〉所在の第2サティアン地下室において,D及びY2が,冨田に対し,その頸部をロープで巻いて絞め付け,その間,P及びY15が,冨田の脈が止まるまでその脈を確認し,冨田の身体やいすを押さえるなどし,よって,そのころ,同所において,冨田を窒息死させて殺害した
第2  その後直ちに,同所において,冨田の死体をマイクロ波加熱装置とドラム缶等を組み合わせた焼却装置(マイクロ波焼却装置)の中に入れ,これにマイクロ波を照射して加熱焼却し,もって,同人の死体を損壊した
ものである。
XI VX3事件
(水野VX事件[殺人未遂],濵口VX事件[殺人],永岡VX事件[殺人未遂])
(平成8年2月9日付け及び平成7年12月22日付け追起訴状記載公訴事実)
[VX事件に至る経緯]
1(1)  被告人は,松本サリン事件後,現場からサリンが検出された旨の報道がされたことから,同事件が教団の犯行によるものであることが発覚するのを避けるため,しばらくサリンの使用を控えることとした。そしてそれに代わるものとして,これまでCやRらに調査検討させていた化学兵器のうち最強の神経剤と言われるVXを教団で生成することとし,平成6年8月ころ,Nを介してRに対し,1kgを目標としてVXを生成するよう指示した。Rは,これを受け,クシティガルバ棟で実験の末,エチルメチルホスホノクロライドを生成するA工程,2―(N,N―ジイソプロピルアミノ)エタンチオールを生成するB工程及びその両者の生成物をヘキサン又はベンゼンを溶媒としトリエチルアミンを反応促進剤としてそれぞれ用いて反応させVXを生成する最終工程の3工程からなる生成法に基づき,同年9月上旬ころ,B工程の2―(N,N―ジイソプロピルアミノ)エタンチオールについては市販の塩酸塩を使用してVX約20gを生成し,GC/MS(ガスクロマトグラフィー質量分析計)等でもこれを確認した。なお,被告人やD,UらVX関係者は,VXを「神通」又は「神通力」と呼ぶようになった。
(2)  VXは,化学名がO―エチル―S―(2―N,N―ジイソプロピルアミノエチル)メチルホスホノチオレートで,1950年代にイギリスやアメリカで開発された化学兵器であり,無臭で常温では無色ないし黄褐色の液体で,揮発性は低いが,皮膚に付いた場合の浸透性が強く,その場合の半数致死量はヒト1人当たり15mgであり,毒性がサリンの100倍とも1000倍とも言われる最も殺傷力の強い神経剤である。VXは,サリンと同様,コリンエステラーゼ活性を阻害するなどしてヒトを死に至らしめ,VX中毒の主な症状は,縮瞳,呼吸困難,嘔吐,発汗,けいれん,意識障害などである。
(3)  教団の武装化の一環として,法皇官房に指示して信徒の拡大と出家者の大量獲得をもくろんでいた被告人は,在家信徒の出家阻止,脱会等のための活動を精力的に行っている滝本弁護士に対し,平成6年5月には滝本サリン事件に及ぶなどその排除の必要性を以前から感じていたが,VXが生成された旨の報告を受け,滝本弁護士にVXを付着させその殺傷力を確かめようと考え,同年9月中旬ころ,DやNに対し,治療役としてJを連れていき,VXの効果を確かめるために,滝本弁護士の使用する自動車のドアの取っ手にVXを付けるよう指示した。
D,N及びJは,Rの生成したVXを持参し,滝本弁護士方付近でこれを付着させるために整髪料と混ぜて滝本車両のドアの取っ手にその混合物を付けたが,その方法等に問題があったためVXの効果を確かめることはできなかった(以下,この事件を「第1次滝本VX事件」という。)。
(4)  Rは,同月下旬ころ,B工程の2―(N,N―ジイソプロピルアミノ)エタンチオールを自ら生成するなどして,VX約20gを生成し,GC/MS等でもこれを確認した。
被告人は,同年10月中旬ころ,Uに対し,「滝本の乗っている車にVXを付けてこい。VXはRから受け取れ。」と指示した。
Uは,Rから,Rの生成したVXを受け取り,J及びY17と共に,滝本弁護士方付近に行ったが,同所に警察官がいたことから,実行はしなかった(以下,この事件を「第2次滝本VX事件」という。)。
2  水野某(明治45年1月1日生,以下「水野」という。)は,平成6年当時,東京都中野区本町〈番地略〉所在の自宅で一人暮らしをしていたが,c1(以下「c1」という。)とは,約20年来の知り合いであり,同人の美容院開業の際にも保証人になるなど親しい関係にあった。
c1は,平成5年ころ,家族で教団に入信し,平成6年8月には家族と共に出家するなどし,その間,数千万円の金品を教団に拠出したが,教団幹部によりc1の娘に対しバルドーの導きが強引に行われたことなどから,同月中旬ころ,家族と共に教団施設を出て水野方に逃げ込んだ。教団信者がc1らを連れ戻しに水野方に押し掛けてきたが,水野はこれを追い返した。c1は,教団から財産を取り戻すことを考え,水野から弁護士の紹介を受けるなどして,同年11月4日,東京地方裁判所に対し,教団を被告として,c1が教団に拠出した数千万円の金品の返還請求訴訟を提起した。水野は,その弁護士費用やc1がマンションに居住するのに要する費用を立て替えるなどした。
3  被告人は,Gらから上記の訴訟等について報告を受け,水野がc1を背後から操っているのではないかと考え,同月21日ころ,Uに対し,水野の身辺やc1親子が水野方に出入りしているかどうかを調査するように指示した。Uは,教団諜報省等の出家信者を使って調査した結果,水野が朝ごみを出したり散歩をしたりし,夕方もよく散歩すること,c1親子が水野方の近くのマンションに住み,水野方に出入りしていることなどが分かり,被告人にその旨報告した。
被告人は,それを聞いて,c1に上記の訴訟を提起させたのは水野であり,水野がいなくなればc1親子は教団に戻ってくると考え,VXで水野を殺害しようと企て,同月下旬ころ,Cを介して,Rに対し,100gのVXを至急生成するよう指示した。
Rは,VXの生成を試みたが,最終工程において,反応促進剤としてトリエチルアミンではなくNNジエチルアニリンを使用したため,VXではなく毒性のないVX塩酸塩を生成してしまった。
4  被告人は,同月26日ころの朝,第6サティアン1階の被告人の部屋で,D,U及びNに対し,「水野は悪業を積んでいる。c1の布施の返還請求は,すべて水野が陰で入れ知恵をしている。水野にVXを掛けてポアしろ。そうすれば,c1親子は目覚めてオウムに戻ってくるだろう。これはVXの実験でもある。水野にVXを掛けて確かめろ。」などと言って,水野にVXを掛けて殺害することを指示し,さらに,具体的な殺害方法としてはVXを注射器に入れて水野に掛けること,役割分担については,VXを掛ける役割はUが務め,それが失敗した場合には自治省に所属するY18に実行させること,実行役等がVX中毒になった場合の治療役としてN及びJが同行すること,さらにNはVXを注射器に入れて用意すること,諜報省に所属するY17及びY19も犯行に加えること,現場指揮はUが務め,Dがこれを補助することなどを指示し,U,D及びNはこれを承諾した。ここに,被告人は,U,D及びNとの間で,水野にVXを掛けて殺害する旨の共謀を遂げた。
5  Uらは,J,Y17及びY19に被告人の指示を伝え,U,D,N,J,Y17及びY19の6名は,同月26日夕方,水野方付近に赴き,水野が出てくるのを待っていた。Uは,見張り役のY17から水野が出てきた旨の合図を受け,用意されていたVX塩酸塩入りの注射器を持って,水野に近づいたが,これを掛けるタイミングを失い,失敗した(以下,この事件を「第1次水野事件」という。)。
Uら6名は,その後,諜報省の東京における拠点である東京都杉並区今川にある一軒家(以下「今川の家」という。)に戻り,水野方の斜め向かいにある空き家を見張り場所及び実行役の待機場所とすることなどを話し合い,Uら3名が同所に赴きその空き家を使用できることを確認した。また,Dは,Uが実行役を降りたい旨言い出したことから,実行役をY18に変更することについて念のために被告人の了解を得た上で,上九一色村にいるY18に迎えをやった。
6  U,D,J,Y18,Y17及びY19は,同月27日朝,水野方付近に赴いた。Y18は,同所で,U,J及びDらから,水野という老人の後頭部をねらって,皮膚に付くと強い殺傷力を有する注射器内の液体を掛けるように指示されるとともに実行の際に注意すべき点などについて説明を受け,また,被告人の指示でY18が実行役を務めるようになったことを聞かされた。Uら実行メンバーは,水野が自宅から出てくるのを同日午後10時ころまで待っていたが水野が出てこなかったため,翌朝出直すこととし,また,Dが水野に声を掛け注意を引きつけるおとり役も兼ねることとした。
Uら実行メンバー6名は,同月28日朝,水野方付近に赴き,D,Y18及びY19が水野方の斜め向かいにある空き家に入り,水野が自宅から出てくるのを待っていたところ,同日午前8時30分過ぎころ,水野がゴミを出しに自宅から出てきたことから,Y18及びDが水野に近づき,Dが水野に声を掛けて注意をそらしている間に,Y18が水野の後方から注射器でVX塩酸塩を水野の後頭部付近に掛けた(以下,この事件を「第2次水野事件」という。)。
7  実行メンバー6名のうちY17を除く5名は,上九一色村の教団施設に戻り,第2サティアン3階の被告人の部屋に行き,被告人に第2次水野事件について報告をしたところ,被告人は,「よくやった。」などとねぎらいの言葉を掛け,Y18に対し,「この毒液はVXという最新の化学兵器だ。こういうことはガル(Y18)が適任だな。今日からガルは菩師だ。」などと言って,Y18のステージを師補から菩師に昇格させ,Y19のステージも愛師から愛師長補に昇格させた。
しかし,被告人は,Uらが水野にVXを掛けた結果について確認していないことを知ってそのことをしかり,至急水野の状態について確認するようUらに指示した。Uらが調査をした結果,水野が普段と変わらない生活をしていることが分かり,被告人にその旨報告した。
8  被告人は,その後,水野に掛けた物質がVXとは化学的性質が異なるVX塩酸塩であったことを知り,同月30日ころ,Cを介してRに対し,VX塩酸塩ではなくVXを50g至急生成するよう指示した。Rは,クシティガルバ棟でVXの生成に取り掛かり,反応促進剤としてトリエチルアミンを使ってVX約50gを含む二百数十ccの溶液(以下「VX溶液」という。)を生成した。
9  被告人は,Rが新たにVXを生成したことを聞き,同年12月1日ころ,第6サティアン1階の被告人の部屋で,Dに対し,「新しいVXができた。これで水野をポアしろ。今度は大丈夫だろう。」などと言って,新しいVXで水野を殺害することを指示した。その際,Dが,VXを掛ける方法について,「前と同じ方法でよいでしょうか。」と尋ねると,被告人は,「それでいいんじゃないか。」と答えた。
10  Dは,その足で,ジーヴァカ棟に赴いて,Nに対し,被告人から新しいVXができたと聞いた旨話した上,VXを注射器に詰めてほしい旨頼み,後でJに取りにいかせる旨告げた。Dは,次にJのところに行き,新しいVXができ,それで水野をポアすることになったことを告げ,Y18と連絡が取れ次第東京に行くから準備してほしい旨及びNのところにVX入りの注射器を後で取りにいってほしい旨頼んだ。Nは,VX若干量を注射器2本に吸引しこれをJに渡した。
Dは,電話でUに対し,東京に行くから待機していてほしい旨伝え,また,配下の出家信者にY18を東京まで連れていかせるなどした。このようにして,Uら前記実行メンバー6名が今川の家に集合した上,Dがおとりになって水野の気をそらしそのすきにY18が水野にVXを掛け,Y17が空き家で見張りをし,Jが治療役として待機し,Y19がワゴン車を運転することなど各自の役割を確認するなどした。
11  Uら実行メンバー6名は,同月2日早朝,ワゴン車など2台の車両に分乗して水野方付近に行き,D,Y18及びY17が水野方の斜め向かいの空き家に入り,自宅から水野の出てくるのを待った。見張りをしていたY17が,同日午前8時30分ころ,水野がゴミを出すために自宅から出てきたのを見て,Dらにその旨知らせると,D及びY18は空き家から外に出て水野に近づいていき,Dが水野の注意を引き付けるために,その前に立って「おはようございます。お寒いですね。」と声を掛け,Y18が水野の後方に近寄った。
第1  水野VX事件
[罪となるべき事実]
被告人は,D,N,U,J,Y18及びY19らと共謀の上,水野某(当時82歳)にVXを付着,浸透させて同人を殺害することを企て,平成6年12月2日午前8時30分ころ,東京都中野区本町〈番地略〉付近路上において,Y18が,水野の後方から,あらかじめ準備していた注射器内のVXを水野の後頭部付近に掛けて体内に浸透させたが,同人に加療61日間を要するVX中毒症の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかったものである。
第2 濵口VX事件
[犯行に至る経緯]
1  濵口某(昭和40年12月23日生,以下「濵口」という。)は,平成6年当時,大阪市淀川区に居住し,食品販売会社に勤務し,柔道二段で柔道場に通うなどしていた。同人は,超能力等に興味を持っていたことから,教団の法皇官房における信徒拡大プランの一つで,ミステリーツアーと称して上九一色村に連れていきLSD等を使用して神秘体験などをさせる「ヴァジラクマーラの会」に参加したことはあったが,それ以外教団とかかわりがなかった。
2  被告人は,平成6年11月ないし12月ころ,教団大阪支部の在家信徒であるd1(以下「d1」という。)が信徒を下向させて自分の一派を作ろうとしているという情報を得たことから,法皇官房でその調査をさせたところ,d1と関係のある不審人物として濵口の名前が挙がってきたため,同人がd1を操るスパイであると決めつけ,VXで濵口を殺害することを決意した。
3  そこで,被告人は,同年12月8日から同月9日にかけての深夜,第6サティアン1階の被告人の部屋で,呼び出したU及びDに対し,「d1は悪業を積んでいる。d1は女性信徒に性的強要を謀ったり,教団分裂を謀った。d1を操っているのは,大阪の柔道家でヴァジラクマーラの会に参加したことのある濵口という者だ。法皇官房で調査したんだが,濵口が公安のスパイであることは間違いない。VXを一滴濵口にたらしてポアしろ。」と言い,さらに,実行するメンバーは,水野VX事件のメンバー,すなわち,U,D,J,Y18,Y17及びY19の6名でいいのではないかと言って,その実行メンバー6名でVXにより濵口を殺害するよう指示し,U及びDはこれを承諾した。
4  U及びDは,その後,二人で手分けして他のメンバーに連絡し,また,Uが別件で同月11日に札幌に出張する予定があることから,Dは,同月11日,一足先にY19らと大阪に行き,濵口の自宅や勤務先等の下見をするなどした。Uは,同日午後10時ころ,関西国際空港で,迎えにきたDと合流し,一緒に濵口の勤務先や自宅等を下見し,濵口方近くの建物の屋上から濵口方2階の様子を探るなどした後,Y18及びY19の待つ宿泊先である大阪市内のホテルコンソルトに行った。
Jは,Uから直接又はY17を介して指示を受け,VX入り注射器2本を持って,Y17と共に大阪に行き,迎えにきたUと一緒に濵口方の下見をしたり濵口が自宅から出てくるのを見張る場所を検討したりした後,ホテルコンソルトでDらと合流した。
Uら実行メンバー6名は,同月12日午前5時ころ,ホテルコンソルトの一室に集まり,UやDが,他の4名に対し,被告人の指示で濵口という公安のスパイにVXを掛けることになったこと,濵口が30歳くらいの男性で,背が高く,大阪の柔道家であるらしいこと,濵口は,朝自宅から新大阪駅まで歩いていき,同駅から御堂筋線とモノレールを使って会社に通勤するだろうということなどについて説明し,話合いの結果,濵口が自宅から新大阪駅まで歩いていく途中,DとY18がジョギングを装って近づき,Dが濵口の注意を引き付け,Y18がVXを掛けるという方法で実行すること,Jが治療役,U及びY17が濵口方付近にあるマンション「GSハイム新大阪」の屋上での見張り役及びその後濵口を尾行し結果を確認する役,Y19がワゴン車の運転手役をそれぞれ担当することなどが決められた。
5  実行メンバー6名は,治療用の酸素ボンベやVX入り注射器などをワゴン車に積むなど準備をした後,ワゴン車に乗車して上記ホテルを出発し,同日午前6時ころ,濵口方付近に到着し,GSハイム新大阪の前にワゴン車を停めた。U及びY17は,GSハイム新大阪の屋上に行き,濵口方2階の様子を探りながら,濵口が自宅から出てくるのを待っていたところ,同日午前7時過ぎころ,濵口が出勤するため自宅から出てきたのを見て,ワゴン車内で待機しているDに無線機で,濵口が自宅から出て新大阪駅に向かっていることや濵口の服装などについて連絡した。
Dは,間もなく,連絡を受けたとおりの服装の濵口が右側の路地からワゴン車を停めた通りに出てきたのを認め,Y18と共にワゴン車から降りて,ジョギングを装って濵口に近づいていき,大阪市淀川区宮原〈番地略〉付近路上において,Dが濵口を追い抜いてその前方に回り込んでその進路をさえぎり,Y18が濵口の後方に近寄った。
[罪となるべき事実]
被告人は,D,U,J,Y18及びY19らと共謀の上,濵口某(当時28歳)にVXを付着,浸透させて同人を殺害することを企て,平成6年12月12日午前7時過ぎころ,大阪市淀川区宮原〈番地略〉付近路上において,Y18が,あらかじめ準備していた注射器内のVXを濵口の後頸部付近に掛けて体内に浸透させ,よって,同月22日午後1時56分ころ,大阪府吹田市所在の大阪大学医学部附属病院において,同人をVX中毒により死亡させて殺害したものである。
第3 永岡VX事件
[犯行に至る経緯]
1  永岡一男(昭和13年4月21日生,以下「永岡」という。)は,平成7年1月当時,自動ドア修理業を営み,妻及び長男永岡二男(以下「二男」という。)と共に,東京都港区南青山〈番地略〉所在の□□マンション401号室に居住していた。
永岡は,昭和62年ころ,二男が教団にかかわっていることを知り,当初は様子を見ていたが,二男が,教団に借用証を差し入れて借りた20万円を集中修行の費用に充てたり,学校にも満足に行かず夕方になると出掛けては午前3時ころ帰宅し,食事も十分でないという日常生活を送るようになったり,ついには,親子の縁を切って出家したいので120万円を生前贈与してくれと言って土下座するなど二男の言動がエスカレートしてきたことから,このまま放ってはおけないと考え,被告人がどのような人物であるかを調査し,被告人の説法会に出席して被告人に疑問点を質すなどした。そして,二男が,平成元年8月ころ,家出同然に出家した後は,永岡は,同じ立場にある親同士で連絡をとり合い,同年10月ころには,坂本弁護士を紹介され,同弁護士の提案により,教団に入信して家に帰ってこない子供の親たちと共に被害者の会を結成し,その会長に就任した。そして,永岡は,平成2年1月ころ,二男を説得して教団との関係を絶ち切らせ,その後は,スピーカーで教団施設内の信者に呼び掛けをしたり,教団施設のある自治体や住民に啓蒙活動をしたり,二男らと共に教団信者に対し脱会の説得に当たるなどし,平成5年7月ころからは,滝本弁護士らと協力し,教団信者に対し出家をやめさせ脱会させるように説得するカウンセリングを行うなどし,平成6年12月ころまでの間,そのカウンセリングを行った約30名の在家信徒のうち25名くらいが脱会した。
2  被告人は,このような事情により,かねてから,永岡及び二男を敵対視していたが,平成6年12月に入り,以前二男らがある団体と共に教団松本支部の信者に対し脱会活動を行っていたことを聞き,さらに,同月24日ころ,出家しようとしていた法皇官房の信者が親族により実家に連れ戻され,Dらを動員したものの結局その信者の取戻しをあきらめざるを得なかったことがあった際,東信徒庁長官のKから,その信者の実家には「ナガオカ」もいた旨の報告を受けるなどしていたことから,もはや永岡や二男を放っておくことはできないと考え,VXでこれを殺害することを決意した。
3  被告人は,同月30日昼ころ,第6サティアン1階の被告人の部屋で,Dに対し,永岡や二男がこれまで教団や教団信者に対し行ってきたことなどを話した上,「どんな方法でもいいから永岡にVXを掛けろ。幾らお金を使ってもいい。VXを掛けるためにはマンションを借りてもいい。息子の二男のほうが行動力があるから,永岡ができなければ二男でもいい。Uとしっかり打合せをするように。」という趣旨のことなどを言って,永岡かそれができなければ二男をVXを使って殺害するよう指示し,Dはこれを承諾した。なお,そのころ,被告人は,Dに対し,「100人くらい変死すれば教団を非難する人がいなくなるだろう。1週間に1人ぐらいはノルマにしよう。」などと言ったことがあった。
4  Dは,東京に行き,Uに対し,被告人の指示を伝え,Uと共に,永岡方周辺を下見したほか,見張りをするのに適したマンションを探したが適当な見張り場所はなかった。その後,Uは,Dと別れ,今川の家に戻って,Y17及びY19に対し,被告人の指示で永岡か二男にVXを掛けることになったことを伝え,諜報省の信者に対し,永岡方に現に永岡が住んでいるかどうかを確認するために同人方を監視するよう指示した。
5(1)  U及びDが,同月30日から同月31日にかけての深夜,第6サティアン1階の被告人の部屋を訪れ,Uが,被告人に対し,現在永岡の調査をしている旨報告するとともに,永岡にVXを掛ける件についてメンバーはいつもどおりでいいのかどうかを尋ねると,被告人は,Jの精神状態が不安定であると感じていたことから,Jを現場に連れていかないよう指示し,VXがメンバーの身体に付着した場合の治療については,ネブライザーにパムを入れて吸えば治療ができるのではないかなどと言った。
(2)  D及びUは,いったん被告人の部屋を出たが,なお治療の点について不安があったことから,被告人に再度確認するためにJを連れて被告人の部屋に行った。Jが被告人に対し「私は現場に行かなくてもよいのでしょうか。」と尋ねると,被告人は,「治療が必要ならAHI(教団附属医院)を使えばいい。東京だから,AHIが近いからAHIを使えばいい。」と答え,続けて「おまえは医者だから,人を潜在的に助けようと思っているから,ポアが成功しないで人を助けてしまう。だから現場に行くな。」などと説明し,Dらを納得させた。
6  U,D及びJは,被告人の部屋から出た後,話合いをし,現場に行かないことになったJが永岡に掛けるVXを準備することとなった。そこで,Jは,Rのいるクシティガルバ棟に赴き,神通力をくれと言ってVXの入った容器を受け取り,その中からそれぞれ若干量を注射器2本に吸引するなどしてこれを準備した。
Y18は,Dから今度は永岡をVXで殺害する旨の指示を受け,Dと共に,Jから上記のVX入り注射器2本を受け取るなどして自動車で東京に向かったが,その車中で,Dから「尊師が『教団に反対している者が100人くらいいなくなったら,だれも逆らうやつはいなくなるんじゃないか。』というようなことを言っていた。」旨聞かされた。D及びY18は,同月31日夕方ころ,今川の家に到着して,U,Y17及びY19と合流し,VX入り注射器2本を今川の家の冷蔵庫内に入れた。その後,これら実行メンバー5名は,永岡方付近に下見に行き,永岡方を監視していた信者から永岡一家が帰宅している様子はない旨を聞き,今川の家に戻り,深夜になっても永岡らが帰宅したとの連絡がなかったため,DはY18及びY19を連れて上九一色村の教団施設に帰った。
7  Uは,平成7年1月3日夕方ころ,永岡方を監視させていた信者から,永岡一家が帰宅したとの報告を受け,Dにその旨連絡した。Uら実行メンバー5名は,同日夜,今川の家に集合し,同所において,永岡方周辺の住宅地図を見ながら,翌1月4日朝から永岡方のある□□マンションを見張り,永岡が同マンションから出てきた機会に永岡にVXを掛けること,永岡にVXを掛ける役はY18が務めること,Y19が,永岡にも二男にも顔を知られているDに代わりおとり役になること,U及びY17が,□□マンションから人が出てくるのが見える位置に乗用車を停めて同所から永岡が出てくるのを見張り,永岡が出てきたら無線を使い,暗号でDに知らせること,Dは,実行役及びおとり役が待機するワゴン車の運転手役を務め,見張り役からの連絡を受けて最終的に実行するか否かを決めることなどを確認し合った。
8  Uら実行メンバー5名は,同月4日朝,冷蔵庫に保管中のVX入り注射器,酸素ボンベ,ネブライザー等を用意するなどし,ワゴン車及び見張り用乗用車に分乗して今川の家を出発し,同日午前8時半ころ,□□マンション付近に到着し,永岡が同マンションから出てくるのを待った。
永岡は,東京都港区南青山〈番地略〉付近路上に設置されている郵便ポストに年賀状を投函するため,同日午前10時30分ころ,雨が降っていたことから傘をさして□□マンションを出て郵便ポストに向かった。これを見たUらが暗号を間違えてDに知らせたため,Dらが不思議に思って周囲を見ていると永岡が歩道上を歩いてくるのを発見した。そこで,Y18及びY19はワゴン車から降りて永岡の後を追うなどし,郵便ポストに年賀状を投函した後向きを変えて自宅に帰ろうとする永岡の背後に,注射器を握ったY18と傘を広げたY19の二人が並んで近づいた。
[罪となるべき事実]
被告人は,D,U,J,Y18及びY19らと共謀の上,永岡一男(当時56歳)にVXを付着,浸透させて同人を殺害することを企て,平成7年1月4日午前10時30分ころ,東京都港区南青山〈番地略〉付近路上において,Y18が,永岡の後方から,あらかじめ準備していた注射器内のVXを永岡の後頸部付近に掛けて体内に浸透させたが,同人に加療69日間を要するVX中毒症の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかったものである。
XII 假谷事件(逮捕監禁致死,死体損壊)
(平成7年9月4日付け追起訴状記載公訴事実)
[第1(逮捕監禁致死)の犯行に至る経緯]
1  假谷某(大正15年10月22日生,以下「假谷」という。)は,平成7年2月当時,東京都江東区内の自宅に居住し,東京都品川区上大崎〈番地略〉所在の目黒公証役場(以下「公証役場」という。)に事務長として勤めていた。
假谷の実妹であるe1(以下「e1」という。)は,昭和62年,公証役場が1階にある建物及びその敷地(以下「e1方土地建物」という。)等を夫から相続により取得し,同建物の2階に居住していた。
2  e1は,平成5年10月ころ,ヨーガ教室で知り合った教団信者であるヨーガ指導者に誘われ,健康のためにヨーガ修行をすることとし,教団の在家信徒となり,教団東京総本部道場に通うようになった。e1は,東信徒庁長官のK,教団信者のY20やY21らから教団への布施を勧められ,平成7年1月20日ころまでに教団に合計約6000万円の布施をし,そのうち4000万円は同月20日ころ直接被告人に現金で手渡し,その際,被告人から,早く出家するよう言われた。
KやY21は,被告人の意を受け,e1を出家させてe1方土地建物を含む資産すべてを布施として教団に拠出させるため,e1に対し執ように出家を勧め,薬物を使用したイニシエーションを施すなどして,出家することを同年2月中旬ころ承諾させ,その後は,e1を出家前の信者として東京総本部道場に寝泊まりさせ,信徒対応の上手なPにe1と面談させるなどして全財産を教団に拠出するよう働き掛けた。e1は,假谷やその家族らに譲るつもりであったe1方土地建物を含めすべての財産を教団に取り上げられてしまうことを危ぐするなどしていたところ,同月24日,友人を入信させるために強羅に行くと言い置いて東京総本部道場を出,教団に連絡することなくその日は知人方に,同月25日及び翌26日は実兄の假谷方に,同月27日は別の知人方に泊まり,その間假谷や知人らと話合いをするなどして悩んだ末,後記のとおり,同月28日午後5時ころ,東京総本部道場に電話を掛け,Y21に対し,教団に出家するのをやめる旨伝えた。
3  Y21は,同月26日,e1が2日間も東京総本部道場に戻らず連絡もないことから,PやKにそのことを報告した。P及びKは,e1から従前e1方土地建物を実兄ら親族に譲渡する約束があると聞いていたことから,e1の親族がe1方土地建物を布施されるのを阻止するためにe1をらちした可能性があると考え,諜報省大臣のUにe1を捜す手伝いを頼んでUの配下のY20やY17をよこしてもらい,同日から翌27日にかけての深夜,e1方の様子を見にいくなどしたがe1の所在を突き止めることができず,被告人に電話でその旨を連絡した。
P,K及びY21らは,同月27日昼ころ,公証役場付近まで車で行き,Y21が一人で公証役場に様子を探りにいった。Y21は,公証役場から戻ってきて,PやKに「おかしいですよ。『e1さんはいますか。』と聞くと,『e1の兄だけど。』と名乗る人が出てきて『ここにはe1はいません。随分前から帰っていない。何の用ですか。』と言って,とても不審がるような感じで話をしてきました。その人の態度は不自然でした。」などと報告した。P及びKは,それを聞いて,假谷がe1と接触し,あるいは,その居場所を知っている可能性が高いと考え,假谷の動きを見張っていたところ,假谷がボディガードらしい男性と共に公証役場から出てきたのを見てこれを尾行したが,JR目黒駅で見失った。
P及びKは,假谷を見張っている際にUに応援を求めていたが,假谷の尾行に失敗した後,Uと合流し,同人に,e1が行方不明になった経緯や假谷を尾行した状況等について説明をした上,假谷の様子からして假谷がe1を監禁している可能性が高いなどと訴え,さらに,假谷からe1の居場所を聞き出すためにどうしたらいいかなど今後の対応について協議をした。Uは,「もう少し様子をみた方がいい。この時点では決められない。」などと言い,Pらにe1方を案内された後,PをUの車で東京総本部道場に送ったが,遅くともそれまでに,Pは,Uとの間で,假谷をらちしてe1の居場所を聞き出すしかないのではないかという話をした。
4(1)  被告人は,同月27日から翌28日にかけての深夜,第2サティアン3階の第2瞑想室において,C,D,U,P,Kや各支部の支部長ら数十名を集めて信徒対応責任者会議を開いた。K及びPは,その会議が終了した直後,同所において,被告人に対し,e1の居場所は分からなかった旨伝え,假谷を尾行した状況やその際の假谷の不審な行動,すなわち,Y21が公証役場に行った際e1の兄と名乗る假谷が出てきてe1はいないと言うなど不自然な態度であったこと,その後假谷は銀行や喫茶店に立ち寄ったが喫茶店では何も注文をせず電話をしただけで店から出るなど不自然な行動をとっていたこと,假谷は公証役場から帰る際女性とボディガードらしい暴力団員風の男性を連れていたこと,假谷がe1を監禁している可能性があることなどについて説明した後,e1の居場所を聞き出すため假谷をらちして聞き出す方法もあると思う旨報告した。被告人は,e1が出家して多額の布施をすることになっていたのに同人がいなくなりそれが難しくなったことから怒り,Kに対し,「おまえがたるんでいるんだからこんなことになるんじゃないか。東信徒庁の活動も落ちているじゃないか。」と言ってしっ責し,さらに「そんなに悪業を積んでいるんだったらポアするしかないんじゃないか。」などと言ってKらの言う假谷のらちだけでは済まされず,同人を殺害しなければならないほどの重大な問題であることを指摘した。被告人は,その際,Cから耳打ちされるなどして,これまで違法行為に関与したことのない信者も周りにいたことに気付き,「ポア」という言葉を撤回する趣旨で「じゃ,おまえたちの言うようにらちするしかないんじゃないか。」と言い,さらに「らち」という言葉も適当でないと直ちに思い直して「ほかしておこうか。」などとぼやくように言って部屋を出ていき,関係者だけでe1の件について話を続けるため,隣の尊師の部屋に移動し,C,U,P及びKらも被告人に続いて尊師の部屋に入った。
(2)  被告人は,假谷をらちし,麻酔薬を投与して半覚せい状態にし潜在意識に働き掛けて会話をする「ナルコ」を假谷に実施してe1の居場所を聞き出そうと考え,尊師の部屋において,U及びPに対し,假谷をらちしてナルコを実施しe1の居場所を聞き出すよう命じた上,更に具体的に,武道の得意なP及びY22が中心となって假谷をらちすること,假谷のボディガードにはCの開発したレーザー銃を使って目をくらませることとし,その役は以前レーザー銃を使ったことのあるY23にさせること,そのほか諜報省の信者にも手伝わせること,医師資格のあるJが假谷に麻酔薬を注射して眠らせ上九一色村まで連れてくることなどを指示し,U及びPはこれを承諾した。
5  その後,Pは,電話でY23を呼び,CやUを交えて上記らち計画について話をし,レーザー銃のバッテリーの充電に時間がかかることから,Y23はそれを終えて東京で合流することとした。また,Pは,Y22がEの部下で自分で運転のできるY24の運転手をしていることを知り,被告人にその旨報告したところ,被告人はEを呼び,Y24に運転手を付けたことをしかり,Y22を早く戻してPに渡すよう指示した。
Uは,第6サティアン2階で被告人の指示に基づき修行に入っていたJに対し,上記らち計画を説明し,東京でらちを実行する際相手を麻酔で眠らせてくれるよう頼んだ。Jはこれを承諾して,全身麻酔薬である筋肉注射用のケタラールと静脈注射用のチオペンタールナトリウムのほか,注射器,流射針,点滴セット等を工具箱とキャリーバッグに入れて用意し,東京に向かった。
6  U,P,J及びY23のほか,上記らち計画について説明を受けてこれを承諾した諜報省所属のY17,Y19及びY20は,同月28日午前11時ころ,ワゴン車(デリカ)及び普通乗用自動車(ギャラン)の2台のレンタカーに分乗して公証役場付近に到着し,しばらくしてY22も合流し,上記らち計画について説明を受けてこれを承諾した。
その後,Uは,Y23にレーザー銃を操作させ,通行人にレーザーを照射してレーザー銃の効果を実験したが,目くらましの効果がないことが判明したため,らち計画を練り直すこととし,U及びPが中心となり実行メンバー全員で話合いをした結果,假谷が公証役場から出てJR目黒駅に向かって歩いているところを襲うこととし,假谷が2人で出てきた場合は状況によっては中止し,3人で出てきた場合は中止すること,Y20がワゴン車を運転して左に入る路地に差し掛かったときに左折して假谷の進路を塞ぎ,P,Y22及びY19が後ろから假谷を抱き込むようにしてサイドドアからワゴン車内に押し込み,Y17がワゴン車内から假谷を引っ張り込み,Jが假谷に麻酔薬を注射して眠らせること,その後,Y20がそのままワゴン車を,Y23はギャランを運転して現場から逃走し,Uは現場指揮をとることなどのらちの方法と各自の役割分担が決められ,実行メンバー8名は,假谷が公証役場から出てくるのを待った。
7  Pは,同日午後4時30分ころ,假谷が公証役場から一人で出てきたのを発見し,Y22及びY19と共に,JR目黒駅に歩いて向かう假谷に近づいた。
[罪となるべき事実第1(逮捕監禁致死)]
被告人は,教団への出家を案じ身を隠した信徒e1の所在を聞き出すため,同人の実兄假谷某(当時68歳)をらちすることを企て,U,J及びPらと共謀の上,平成7年2月28日午後4時30分ころ,東京都品川区上大崎〈番地略〉付近路上において,同所を歩行中の假谷に対し,Pがその背後から假谷の身体に抱きついて転倒させ,大声で助けを求める同人の身体をY22及びY19と共に抱えるなどして,同所付近に停車させていた普通乗用自動車(ワゴン車デリカ)の後部座席に假谷を押し込むと同時に,同車内からY17が假谷の身体を引っ張り込むなどして假谷を逮捕した上,直ちにY20が同車を発進させて,假谷を自らの支配下に置き,同車内において,Jが假谷に全身麻酔薬を投与して意識喪失状態に陥らせ,その後Kから電話で,e1から出家を取りやめるとの連絡が入った旨知らされたものの,e1の居場所が分からないままであったし,被告人から新たな指示がない限り自分たちの判断で勝手に假谷を解放することもできなかったことから,Uらにおいて,假谷を上九一色村の教団施設に連れていきe1の居場所を聞き出すしかないと考えた上このまま計画を続行することとし,さらに,同日午後8時ころ,東京都世田谷区粕谷1丁目25番所在の都立芦花公園付近路上において,意識喪失状態のままの假谷の身体をPらが別の普通乗用自動車(マークⅡ)に移し替えた上,Y19が同車を運転しJ及びY17がこれに乗車して假谷を上九一色村の教団施設まで運ぶこととし,同車内において,Jが假谷に全身麻酔薬を投与して意識喪失状態を継続させながら,同日午後10時ころ,山梨県西八代郡上九一色村富士ヶ嶺〈番地略〉所在の第2サティアンに同人を連れ込み,そのころから同年3月1日午前11時ころまでの間,同サティアン1階の瞑想室(以下「1階瞑想室」という。)において,J及びVが假谷に全身麻酔薬を投与して意識喪失状態を継続させるなどして假谷を同所から脱出不能な状態に置き,もって,同人を不法に逮捕監禁し,同日午前11時ころ,同所において,大量投与した全身麻酔薬の副作用である呼吸抑制,循環抑制等による心不全により同人を死亡させたものである。
[第2(死体損壊)の犯行に至る経緯]
1  Jは,上記監禁中である同年2月28日午後10時ころ,第2サティアンに着いた後,第6サティアン3階に行き,Vに対し,「尊師が『クリシュナナンダに手伝ってもらえ。』と言われたので,一緒にやってください。」と言ってナルコへの協力を依頼した。Vは,これを承諾して第2サティアンに行き,J及びY17から假谷が同所に連れてこられた事情や状況,それまでの全身麻酔薬の投与状況等について説明を受けた後,医療器具等を用意し,同サティアン1階瞑想室で,假谷を診察した上,点滴を始めるなどしてその呼吸,循環等の管理に当たった。
2  Vは,同年3月1日午前3時ころ,第2サティアンに現れたUから,「e1から出家しない旨の電話がKにあったが,それでもe1の居場所を聞き出してくれ。」と言われたことから,Jと共に,1階瞑想室で,假谷に対しナルコを実施したが,e1の居場所は聞き出せなかった。その間,Uは,Pと共に,假谷の所持品を調べるなどし,e1の居場所の手掛かりをつかむことができなかったが,假谷の手帳の住所録欄に記載されている知人らしき人物がe1をかくまっているのではないかと考え,自らも加わり,再度假谷に対しナルコを実施したが,結局,e1の居場所を聞き出すことができなかった。そこで,U及びPは,今後の假谷の処置について被告人の指示を仰ぐために,被告人のいる東京に向かったが,上九一色村に戻る被告人と行き違いになり,会うことができなかった。
3  Cは,同日午前4時ころ,第2サティアンにきて,Jらから,假谷にナルコを実施した結果e1の居場所を聞き出すことができなかったことや,頭部に電気刺激を与えて記憶を消すニューナルコでは,教団にらちされたという假谷の記憶を消すことができないことなどを聞いた上,「そうか,帰せないかな。塩化カリウムでも打つか。」などと假谷を殺害する趣旨のことをほのめかし,Jに,らちを実行した際に着用していた衣服を早く焼却するよう指示し,さらに被告人は昼近くまで帰ってこないなどと言って帰っていった。
4  その後,Cは,被告人に対し,Jらから聞いた話の内容を報告し,今後の假谷の処置について指示を仰いだところ,被告人から,口封じのために假谷を殺害して従前と同様に証拠隠滅のためにその死体をマイクロ波焼却装置で焼却し,假谷の殺害に当たってはY22に假谷の首を絞めさせるという旨の指示を受けた。
5  Jは,同日午前6時30分ころから,らちを実行した際に着用していた衣服を焼却するなどした後,同日午前9時30分ころ,それまで假谷を意識喪失状態で管理していたVからその引き継ぎを受け,以後,第2サティアンの1階瞑想室で,假谷の意識喪失状態を保持したままその管理を続けた。
その後,Cは,同日午前10時ころ,第2サティアンを訪れ,Jに対し,「やっぱりポア。Y22に首を絞めさせろ。Y22にポアさせることによって徳を積ませる。Y22を今後ヴァジラヤーナで使うから。」などと言い,自分の言ったとおり假谷を殺害することになったという趣旨の発言をした上,塩化カリウムの注射ではなく,首を絞めることによって假谷を殺害し,しかも,Y22を今後教団の違法行為に関与させるために,実行役をY22にさせる旨の指示をした。そこで,Jは,まだ都内にいたUに電話をし,Y22を連れてくるように頼んだ。
Jは,その後も,假谷の様子をみていたが,部屋の外にいたY17に上記の被告人からCを介して指示された内容を伝えるために1階瞑想室から出て假谷から目を離した同日午前11時ころ,前記のとおり,假谷は死亡した。
U及びPは,Jからの上記依頼を受けて,そのころ,都内のファミリーレストランの駐車場でY22を乗せて上九一色村の教団施設に向かい,同日昼過ぎころ,第2サティアンに到着し,その際,Jから,假谷が死亡したことや上記の被告人からCを介して指示された内容について聞いた。
Jらは,被告人の指示に従い,Y22に假谷の死亡を知らせないまま,既に死亡していた假谷の首を絞めさせた。その後,JやPらは,假谷の死体を焼却するためにこれをマイクロ波焼却装置のある第2サティアン地下室に移動した。
6  その後,後記のとおり,假谷の死体がマイクロ波焼却装置のドラム缶の中に入れられ,その焼却が開始された後,U,J及びPは,二,三日間を要する死体焼却の監視にだれが立ち会うかについて被告人に指示を仰ぐため,同日夕方ころ,第6サティアン1階の被告人の部屋に行った。すると,被告人は,それまでにKから「假谷さんが車で連れ去られたことで,大崎警察署からあなたがたは知らないかという電話が入りました。」などと報告を受け,レーザー銃をうまく使わなかったために通行人に現場を目撃され警察に通報されてしまったと思い込んでいたことから,Uら3人に対し,「なぜ,無理してやったんだ。警察が動いてるじゃないか。レーザーを使わなかったんだろう。」としっ責し,これに対し,Uが,「レーザーは実験しましたが,使えませんでした。」などと弁明した。その後,Jが,被告人に,假谷の死体の焼却にはだれが立ち会えばいいか尋ねると,被告人は,「おまえたちでやるしかないんじゃないか。」と言って,假谷のらちを実行した者で責任を持って遺体を処理するよう指示した。
7  そこで,UやJらは,P,J,Y22及びY19の4人が交替で假谷の死体の焼却作業の監視に当たることにした。
[罪となるべき事実第2(死体損壊)]
被告人は,U,J及びPらと共謀の上,同年3月1日ころから同月4日ころまでの間,第2サティアン地下室において,假谷の死体をマイクロ波加熱装置とドラム缶等を組み合わせた焼却装置(マイクロ波焼却装置)の中に入れ,これにマイクロ波を照射して加熱焼却し,もって,同人の死体を損壊したものである。
XIII 地下鉄サリン事件(殺人,殺人未遂)
(平成7年6月6日付け起訴状記載公訴事実・同年9月20日付け訴因変更請求書・平成9年12月2日付け訴因変更請求書)
[犯行に至る経緯]
1(1)  平成7年1月1日,読売新聞朝刊に,「上九一色村で平成6年7月9日に悪臭騒ぎがあった際に現場から採取された土壌からサリンの残留物である有機リン系化合物が検出され,警察当局は,この悪臭騒動が松本サリン事件のほぼ12日後に起きている上,現場が隣接県にあることを重視し,山梨,長野県警合同で両事件の関連などについての解明に当たることになり,両県警では,全国警察の協力を求め,サリン生成に使う薬品の購入ルートを中心に捜査を急いでいる。」旨の記事が掲載された。被告人は,教団施設に対する捜索が近々行われるのではないかと考え,これに備えるため,Cらに対し,サリンプラントを停止して神殿化などの偽装工作をし,保管中のサリンやその中間生成物等を処分又は隠匿するよう指示した。
(2)  Rは,その指示を受けて,クシティガルバ棟において,残っていた青色サリン溶液等の中和処理作業をしていたが,サリン中毒になったため,Jがこれを引き継ぎ,サリン等の中和処理作業を進めた。Jは,その作業の途中,処理すべき化学物質のうちサリン生成の前段階の物質であるジフロについて,これを造るには手間がかかり,サリンプラントも使用できない状態になるとサリンを造ることができなくなることを慮り,ジフロの人った容器を持ち出して教団施設内に隠匿保管し,その後,CやUにジフロないしサリンの原料を隠していることを話した。
2(1)  被告人は,間近と思われた強制捜査が平成7年1月17日に発生した阪神淡路大震災の影響により立ち消えになったものと考えていたが,Uらに実行させた假谷事件がその事件直後から教団による犯行と疑われるに至り,警視庁による強制捜査の可能性がにわかに現実味を帯びてきたことから,これを避けるため,警視庁に近い帝都高速度交通営団(以下「営団」という。)地下鉄霞ヶ関駅構内にボツリヌストキシンを噴霧して混乱を起こそうと企て,Uらに指示して,同年3月15日に同駅にアタッシュケース型噴霧装置を置いてボツリヌストキシン様の液体を噴霧させたが,人を殺傷させることができず,その計画は失敗に終わった(以下,この事件を「アタッシュケース事件」という。)。
(2)  同月16日には,読売新聞に「假谷事件に使われたワゴン車が押収され,車体から事件関係者のものとみられる指紋も検出された。」旨の記事が掲載されたため,被告人やC,Uら教団幹部は,捜査の進展に危機感を抱き,教団施設に対する大規模な強制捜査に備え,自動小銃の部品等を隠したり,假谷事件にかかわった信者に対し,その記憶を消去するためにニューナルコを実施したりするなどした。
3(1)  被告人は,同月18日午前零時過ぎころから,東京都杉並区高円寺南にある教団経営の飲食店「◇◇」において,新たに正悟師に昇格したUやWら教団幹部ら約20名を集めて祝いの食事会を開いた。被告人は,その際,UやGらに対し,「エックス・デーが来るみたいだぞ。」「なあ,アパーヤージャハ(G),さっきマスコミの動きが波野村の強制捜査のときと一緒だって言ったよな。」などと間近に迫ったと思われる警視庁による教団施設に対する強制捜査を話題にしていたが,同日午前2時過ぎに食事会を終え,同所から上九一色村の教団施設への帰途その強制捜査への対応について検討しようと考え,C,G,U,N及びWに対し,被告人専用のリムジンに乗るよう指示した。
(2)  上九一色村に向かうリムジン車内において,被告人が,Cらに,間近に迫っている強制捜査にどのように対応すればいいかについて意見を求めると,Cが,阪神大震災が起きたから強制捜査が来なかったと以前被告人が話していたことに言及し,これに相当するほどの事件を引き起こす必要があることを示唆するとともに,アタッシュケース事件が失敗した原因は,噴霧口が目立たないようにメッシュを付けたために噴霧されたボツリヌストキシンがこれに当たって噴霧されなかったことにあるのではないかなどと言った。被告人が,Uに何かないのかと聞いたところ,Uは,ボツリヌス菌ではなくてサリンであれば失敗しなかったということなんでしょうかという趣旨の意見を述べ,Cも,これに呼応して地下鉄にサリンをまけばいいんじゃないかと発言し,地下鉄電車内にサリンを散布することを提案した。被告人は,首都の地下を走る密閉空間である電車内にサリンを散布するという無差別テロを実行すれば阪神大震災に匹敵する大惨事となり,間近に迫った教団に対する強制捜査もなくなるであろうと考え,「それはパニックになるかもしれないなあ。」と言ってその提案を容れ,Cに総指揮を執るよう命じ,Cもこれを承諾した。
続いて,Cが,被告人に,地下鉄電車内にサリンを散布する実行役として,近く正悟師になるX,Q,T及びSを使うことを提案すると,被告人は,これを了承するとともにVも実行役に加えるよう指示した。
さらに,地下鉄電車内に散布するサリンを生成することができるか否かについても話がされ,被告人が,Nに対し,「サリン造れるか。」と聞くと,Nは「条件が整えば造れると思います。」と答え,サリンの生成に携わることを承諾した。
(3)  リムジン車内では,そのほかに,地下鉄電車内におけるサリンの散布が教団によるものであることが発覚するのを防ぐために,教団が,敵対勢力に攻撃されたように見せ掛けてテロの被害者を装い,世間の同情を買うことなどについても話合いがされ,その自作自演の具体案として,Gが,教団に好意的な学者の自宅に爆弾を仕掛けることを,Uが,より直截に教団東京総本部道場を爆破することをそれぞれ提案したところ,被告人は,その双方を採用し,学者の自宅に爆弾を仕掛け,東京総本部道場には火炎瓶を投げるよう指示した。
(4)  また,被告人は,上九一色村の教団施設に向かうリムジン車内において,Uに対しても,東京における現場指揮を命じてその承諾を得,このようにして,被告人は,東京の地下鉄電車内にサリンを散布する無差別殺りく計画について,Cには総指揮を,Nにはサリンの生成を,Uには現場指揮をそれぞれ指示してその承諾を得,同人ら3名との間でその共謀を遂げた(以下,この共謀を「リムジン謀議」という。)。
4  被告人らを乗せたリムジンは,同月18日午前4時ころ,上九一色村の教団施設に到着した。
Cは,同日午前8時か9時ころ,第6サティアン3階のCの部屋に呼び集めたX,V,Q及びTに対し,「君たちにやってもらいたいことがある。これは…」と言って顔や視線を上に向けた後,「からだからね。」と言いながら顔及び視線を元に戻す仕草をして,上の者,すなわち,被告人からの指示であることを示した上で,「近く強制捜査がある。騒ぎを起こして強制捜査の矛先をそらすために地下鉄にサリンをまく。嫌だったら断ってもいいんだよ。」と言うと,4名共それが被告人の指示によるものであることを認識した上でその実行役となることを承諾した。
Cは,引き続き,「3月20日月曜日の通勤時間帯に合わせてやる。対象は,公安警察,検察,裁判所に勤務する者であり,これらの者は霞ヶ関駅で降りる。実行役のそれぞれが霞ヶ関駅に集まっている違う路線に乗って霞ヶ関駅の少し手前の駅でサリンを発散させて逃げれば,密閉空間である電車の中にサリンが充満して霞ヶ関駅で降りるべき人はそれで死ぬだろう。」と言い,さらに,Xらに対し,サリン散布の方法について,被告人の案であると断った上で,ジュース等の容器にサリンを入れてふたをし,散布するときにふたを開けて転がしてサリンを流出させるという方法を挙げ,他にいい考えがあれば考えておくように言った。また,Cは,実行役はかつらで変装する旨の被告人の指示や,実行役一人当たりのサリン散布量が約200mlであること,Sも実行役の一員であり,Uもこの計画に加わることなどを伝え,Xに対しUとの連絡役を務めるよう指示した。
5(1)  Cは,同月18日夕方ころ,第6サティアン3階のCの部屋に集まったQ,T,U及びXと共に,営団地下鉄千代田線(以下「千代田線」という。),同丸ノ内線(以下「丸ノ内線」という。),同日比谷線(以下「日比谷線」という。)の各霞ヶ関駅について駅付近の略図,各駅からの所要時間,出口に近い車両等を示した図等が記載されているUの持参した「地下鉄最新ガイドマップ」等を見ながら,サリンを散布する地下鉄の路線や散布する時刻等について検討し,日比谷線,丸ノ内線及び千代田線の3路線5方面の電車内で,同月20日の乗客の多い時間帯である午前8時に一斉にサリンを散布することなどを決めた。
その際,Uは,Cらに対し,実行役らが都内で集まる場所として諜報省の部屋を使うことができる旨申し出たほか,実行役の乗車駅までの搬送及び降車駅からの逃走のために自動車5台及び運転手5人が必要であることを説明し,Cも納得してその件は被告人に聞いてみる旨述べた。
(2)  Uは,Cの部屋での話合いが終わった後,Xに対し,準備ができ次第,実行役並びに運転手役候補者のY2,Y9及びY23を連れて,諜報省が東京における拠点の一つとして使用している今川の家に行くよう指示した。
(3)  Cは,同月18日,第6サティアン3階のCの部屋で,Sに対し,地下鉄にサリンを散布する仕事をすること及びUや他の実行役と連絡して行動することを指示し,Sはこれを承諾した。
6(1)  ところで,Cは,リムジン謀議後,第6サティアン2階のJの部屋に行き,Jに対し,「できるだけ早くサリンを造ってくれ。造れるだけ造ってくれ。地下鉄でサリンを使うんだ。」などと言って,Jの隠匿しているジフロを使ってNらと共にサリンを生成するよう指示していたが,Jはこれを承諾し,同月18日夕方までに,隠匿していたジフロをジーヴァカ棟に持参し,Nに渡した。Nは,青色サリン溶液をはじめこれまで教団で造ったサリンは最終工程においてジフロとジクロにイソプロピルアルコールを反応させて生成していたが今回はジクロがないことからジクロを使わないでジフロからサリンを生成せざるを得ず,そのためにはジフロにイソプロピルアルコールを加えればよいとされているものの,具体的な生成方法をも含めて検討する必要があると考え,Rに対し,ジフロからサリンを生成する方法について尋ねるとともに,Jから渡されたジフロが本当にジフロであるかどうかについて分析を依頼した。
(2)  Nは,同日午後11時ころ,Cに連れられて第6サティアン1階の被告人の部屋を訪れた。その際,被告人は,Nに対し,「ジーヴァカ,サリン造れよ。」などと言い,責任を持ってサリンの生成に取り組むよう念を押した。
(3)  Nは,その後,Jを呼び出して,Rから教わった生成方法に基づき,さらに具体的に議論を交わし,Rに相談するなどした上で,ヘキサンを溶媒として,NNジエチルアニリンを反応促進剤としてそれぞれ使いジフロにイソプロピルアルコールを滴下するという方法でサリンを生成することを決め,Rに対し,ジフロからサリンを生成するために必要な薬品等の量に関する物質収支メモを作成するよう依頼した。
7  Xは,同月19日午前8時ころ,Cから,皆で東京に行くように言われ,Q,S,T,Y2,Y9及びY23と共に自動車2台に分乗して出発し,同日午前11時ころ今川の家に着き,待機していた。しかし,Uが来ないことから,Xが中心になって,実行役がサリンを電車内に散布する担当路線等について話合いがされ,その結果,Xが日比谷線中目黒方面行き,Sが同線北千住方面行き,Qが丸ノ内線荻窪方面行き,Tが同線池袋方面行き,Vが千代田線代々木上原方面行きの各電車内でサリンを散布することが決められ,さらに,乗降車駅や乗車時刻等についても話合いがされ,引き続き,下見や買い物等に行くことになった。
Xら7名は,同日午後1時30分ころ,新宿に出て食事をしたり,ワイシャツやネクタイ,変装用のかつらや眼鏡等を購入したりした後,二手に分かれ,X,S及びY23はそのまま新宿でサリンを入れるのに適当な容器に入っている食料品を買うなどし,Q,T,Y2及びY9は,降車駅となる丸ノ内線四ッ谷駅や同線御茶ノ水駅を下見するなどして,7名は,同日午後7時ころまでに,今川の家に戻った。
8  前日の夜責任を持ってサリンの生成に取り組むよう念を押されたNは,同月19日正午前ころ,Cに連れられて第6サティアン1階の被告人の部屋を訪れた際,被告人から,「まだ,やっていないんだろう。」と言われて早くサリンの生成に着手するよう暗に指示され,部屋を出た後,Cからも「早くやってくれ。今日中にやってくれ。」などと督促された。
9  一方,C及びUは,同日午後1時過ぎころ,被告人に運転手役の人選や実行役との組合せ等について指示を仰ぐため,第6サティアン1階の被告人の部屋に行った。被告人は,サリンの生成など犯行の準備が進んでいないことにいら立ち,C及びUに対し,同人らの覚悟を確かめるため,「おまえら,やる気ないみたいだから,今回はやめにしようか。」と言い,同人らが黙っていると,被告人は,さらに「アーナンダ(U),どうだ。」と聞いた。これに対し,Uは,「尊師の指示に従います。」と答え,Cも「サンジャヤ師(Q)たちもやる気満々で,みんな下見に出掛けています。」などと答え,計画を実行する意思の強いことを示したので,被告人は,「じゃ,おまえたちに任せる。」と言った。
その後,Cが,被告人に対し,実行役の搬送及び逃走用の車の運転手役等について指示を仰いだところ,被告人は,D,Y2,Y25,Y16及びY19を運転手役として人選した上,VとD,XとY2,TとY25,QとY16,SとY19をそれぞれ組み合わせて実行するよう指示した。
10  C及びUは,被告人の部屋を出た後,今後の段取りについて相談の上,二人で手分けして実行役及び運転手役に連絡して,実行役及び運転手役全員を,同日午後8時ころ,諜報省の東京における活動拠点の一つである東京都渋谷区宇田川町所在の渋谷◎◎409号室(以下,単に「渋谷◎◎」という。)に集めることや,Uが都内ナンバーの自動車を5台用意することなどを決めた。
11  Uは,同日午後3時半過ぎに上九一色村の教団施設を出発して同日午後7時ころ今川の家に到着し,待機していたXらに対し,被告人の指示により運転手役がD,Y2,Y25,Y16及びY19の5名に決まったことなどを告げ,実行役及び運転手役に対し渋谷◎◎に移動するよう指示し,Y19に対し地下鉄にサリンを散布する計画を打ち明けその運転手役を務めるよう伝えた。
その後,Uは,リムジン謀議に基づき,2件の自作自演事件を実行するために,配下の信者らと共に,同日午後7時25分ころ,前記学者宅の前に時限爆弾を仕掛けて実際に爆発させ,続いて,教団の東京総本部道場に火炎瓶を投げ込むなどして騒ぎを起こし,いずれについても,現場に教団を誹謗する犯行声明文を置き,教団の敵対勢力による教団を対象としたテロであるように装った。
12  CやUの指示を受けた実行役のX,S,Q,T及びV並びに運転手役のY2,Y19,Y16,Y25及びDにUを加えた合計11名は,同日午後9時過ぎころまでに,渋谷◎◎に集結した。
Uは,同日午後10時ころまでの間に,同所において,実行役及び運転手役計10名に対し,散布するサリンの量が実行役1人につき1lになったことを伝えたほか,日比谷線中目黒方面行きはXとY2,同線北千住方面行きはSとY19,丸ノ内線荻窪方面行きはQとY16,同線池袋方面行きはTとY25,千代田線代々木上原方面行きはVとDがそれぞれ担当すること,サリン散布後降車する駅については,Xが秋葉原駅,Sが恵比寿駅,Qが御茶ノ水駅,Tが四ッ谷駅,Vが新御茶ノ水駅であること,サリンを散布する時刻はいずれの路線も同月20日午前8時とし,降車駅で降車する直前に電車内でサリンを散布すること,実行役は降車駅の二つか三つ手前の駅で乗車することとするが,午前8時にサリンを散布してその直後に降車駅で降車できるような電車を選び,しかも,霞ヶ関駅において警視庁への出口に近い車両に乗車することなどを指示した。
その後,実行役及び運転手役らは,同日午後10時ころ,数台の自動車に分乗して,それぞれの担当する路線の乗降駅に行って下見をし,乗車駅で乗車すべき電車の発車時刻や,サリン散布後の降車駅における待ち合わせ場所等を確認するなどし,渋谷◎◎に戻った。
13(1)  一方,被告人やCから早くサリンを生成するよう言われたNは,Jらと共に,Rの作成した前記物質収支メモ等に基づき,必要な薬品や器具等を準備し,同月19日夕方ころ,強制排気装置が残されているジーヴァカ棟内のドラフトルームで,ジフロ,ヘキサン,NNジエチルアニリンの溶液にイソプロピルアルコールの滴下を始めてサリンの生成を開始し,Rの協力を得てその溶液を加熱するなどしてこれを反応させ,同日午後8時ころ,ヘキサン,NNジエチルアニリンのほかサリンを約30%含有する約5ないし6lの溶液(以下「サリン混合液」という。)を生成した。サリン混合液は上下2層に分かれたが,RがGC/MSにより分析した結果,いずれもサリンを含有することを確認した。
(2)  Nは,サリン混合液からサリンだけを分留することを考えたが,Rから1日くらいかかると言われたことから,被告人の指示を仰ぐため,同日午後10時30分ころ,第6サティアン1階の被告人の部屋に行き,被告人に対し,「できたみたいです。ただし,まだ純粋な形ではなく,混合物です。」と報告すると,被告人は,「ジーヴァカ,いいよ,それで。それ以上やらなくていいから。」と,サリンを分留することなくそのまま使って構わない旨答えた。
(3)  被告人は,そのころまでに,サリンの散布方法について,Cと検討した上,サリンを袋詰めにし,これを先のとがった傘で突き刺してサリンを流出させ,気化させる方法を採用することにし,その意を受けたCの指示により,Jは,既に約20cm四方の四角形の密閉ナイロン・ポリエチレン袋(以下,単に「ビニール袋」という。)の一角が切り取られ注入口となっている五角形のビニール袋を作っていた。
(4)  N及びJは,サリンの分留が不要になったことから,Cの指示に基づき,その五角形のビニール袋に,1袋当たりサリン混合液を約500gないし約600gずつ注入した上注入口をシーラーで圧着するなどして,サリン混合液入りのビニール袋(以下「サリン入りビニール袋」という。)を11個作り,さらに,Cの指示を受け,実行時までのサリンの漏出に備え,いずれも新たに作った一回り大きいビニール袋に入れてビニール袋を二重にした後,段ボール箱に入れた。
14(1)  Uは,同月20日午前零時ころ,まだサリンが渋谷◎◎に届けられていなかったことから,サリンを受け取るために上九一色村の教団施設に向かった。
(2)  被告人は,実行役にサリン散布方法について練習をさせておくことが必要であると考え,Cにその旨指示した。Cは,Uに連絡して実行役全員を上九一色村の教団施設に呼び戻させようとしたが,Uとなかなか連絡がとれなかったため,Xに直接,実行役5名全員で第7サティアンに戻ってくるよう指示した。Xら実行役5名は,同日午前2時ころ,Y2及びY25の運転で普通乗用自動車2台に分乗して渋谷◎◎を出発して第7サティアンに向かった。
(3)  Uは,同日午前2時ころ,上九一色村の教団施設に到着し,第6サティアン1階の被告人の部屋に行き,被告人に自作自演事件を実行したことを報告した。被告人は,CからUが上九一色村の教団施設に向かっていて連絡がとれないことを聞いていたため,Uに対し,「何でおまえは勝手に動くんだ。」と怒った。そのとき,Cが同所にきて被告人に対し,1時間余りで実行役が第7サティアンにやってくることや,まだ傘を買っていないようであることを伝えた。
(4)  その後,Nが前記サリン入りビニール袋11個を入れた段ボール箱を持って同所に来て,被告人に対し,中にサリンが入っていることを説明し,被告人のエネルギーを注入することによってその物の効果を高める儀式である修法を求めてきたことから,被告人は,Nにそれを持たせたまま,段ボール箱の下に手を触れて瞑想をし修法を終えた。
15(1)  Cは,被告人の部屋から出た後,Uに指示し,同日午前2時30分ころ,コンビニエンスストアーでビニール傘7本を購入させた上,Oに指示して傘の先をグラインダーで削って鋭くさせた。
(2)  Xら実行役5名は,同日午前3時ころ,第7サティアンに到着した。Cは,第7サティアン1階で,実行役5名に対し,先をとがらせた傘の先端でサリン入りビニール袋を突き刺してサリンを流出させ,気化させる方法でサリンを散布することを説明した上,サリン入りビニール袋はビニール袋が二重になっているので,実行前に外側のビニール袋を取り外すこと,傘の先端に付いたサリンは水で洗い流し,傘は持ち帰ることなどを注意した。そして,実行役5名は,Cの指示でNが作った水入りビニール袋を使い,これをビニール傘の先端で突き刺す練習をした。その結果,乗客に不審を抱かれないようサリン入りビニール袋は新聞紙で包み,それを傘の先端で突き刺すことになった。
(3)  続いて,実行役5名は,Cから,サリン入りビニール袋が11個ある旨の説明を受け,Xが3個,他の4名の実行役が2個ずつを引き受けることになり,Cから,サリン入りビニール袋11個及び前記ビニール傘5本を受け取った。
また,Nは,Jから受け取っていた予防薬のメスチノンの錠剤を実行役5名に1錠ずつ配り,サリンを散布する2時間前にこの錠剤を飲むように言った。
さらに,Cは,料金所の係員に目撃されないよう,Xらに対し,被告人の指示として,東京への帰り道では河口湖インターチェンジを通行しないように伝えた。
(4)  Xら実行役5名は,普通乗用自動車2台に分乗して,同日午前5時ころ,渋谷◎◎に戻った。
16(1)  実行役5名は,渋谷◎◎で,サリン入りビニール袋を先に決めたとおり分配してXがそのうち内側のビニール袋からサリン混合液が漏れているもの1個を含む3個を,他の実行役4名は2個ずつを持ち,メスチノンを服用し,着替えをするなどした。また,Vが,他の実行役4名に対し,サリン中毒にかかったと思ったらこれを注射をするようにと言って,あらかじめ用意していた硫酸アトロピン入りの注射器を配った。
なお,Uは,Y19やXらに指示するなどして,同日午前6時ころまでに,在家信徒や出家信者から普通乗用自動車5台を借り受けてこれを用意していた。
(2)  実行役5名は,同日午前6時前後ころ,サリン入りビニール袋及びビニール傘等を用意するなど準備を終えた者から相前後して,それぞれの運転手役と共に,普通乗用自動車5台に分乗し,渋谷◎◎を出発した。
17(1)  Xは,Y2の運転する普通乗用自動車で,日比谷線上野駅まで送られる途中,新聞等を購入してサリン入りビニール袋3個を新聞紙で包むなどし,上野駅到着後,その新聞包みとビニール傘を入れた手提げ紙袋を持って自動車から降り,時間調整をするなどした後,上野駅かあるいは仲御徒町駅において,北千住始発中目黒行き日比谷線A720S電車に乗車し,次の秋葉原駅に到着するまでの間に,同電車の第3車両において,上記新聞包みを車両床上に落とし,ビニール傘を取り出した。
(2)  Sは,Y19の運転する普通乗用自動車で,日比谷線中目黒駅まで送られる途中,新聞を購入してサリン入りビニール袋2個を新聞紙で包むなどし,中目黒駅到着後,その新聞包みを入れたかばんとビニール傘を持って自動車から降り,時間調整をするなどした後,午前7時59分ころ発の同駅始発東武動物公園行き日比谷線B711T電車の第1車両に乗車し,次の恵比寿駅に到着するまでに,上記新聞包みを車両床上に置いた。
(3)  Qは,Y16の運転する普通乗用自動車で,丸ノ内線四ッ谷駅まで送られた後,サリン入りビニール袋2個を入れたかばんやビニール傘等を持って,丸ノ内線,JR線で池袋駅に行き,新聞を購入してサリン入りビニール袋2個を新聞紙で包むなどし,時間調整をした後,午前7時47分ころ発の同駅始発荻窪行き丸ノ内線A777電車に乗車し,御茶ノ水駅に到着するまでに,その第3車両において,かばんから上記新聞包みを取り出そうとしてむき出しになったサリン入りビニール袋2個を車両床上に落とした。
(4)  Vは,Dの運転する普通乗用自動車で,千代田線千駄木駅まで送られる途中,購入した新聞紙でサリン入りビニール袋2個を包むなどし,同駅到着後,その新聞包みを入れたショルダーバッグとビニール傘を持って自動車から降り,時間調整をするなどした後,同線北千住駅から,同駅午前7時48分ころ発の我孫子始発代々木上原行き千代田線A725K電車の第1車両に乗車し,新御茶ノ水駅に到着するまでに,上記新聞包みを車両床上に落とした。
(5)  Tは,Y25の運転する普通乗用自動車で送られ,サリン入りビニール袋2個を新聞紙で包むなどし,時間調整をした後,その新聞包み及びビニール傘を持って,荻窪始発池袋行き丸ノ内線B701電車に四ッ谷駅手前の駅で乗車し,四ッ谷駅に到着するまでに,その第5車両において,上記新聞包みを車両床上に移動した。
[罪となるべき事実]
被告人は,C,U,N,R,J,X,S,Q,V,T,Y2,Y19,Y16,D,Y25と共謀の上,いずれも東京都千代田区霞が関2丁目1番2号所在の営団地下鉄霞ヶ関駅に停車する日比谷線,千代田線及び丸ノ内線の各電車内等にサリンを発散させて不特定多数の乗客等を殺害しようと企て,
第1  平成7年3月20日午前8時ころ,東京都千代田区神田佐久間町1丁目21番所在の日比谷線秋葉原駅直前付近を走行中の北千住始発中目黒行き電車(A720S)内において,Xが,新聞紙に包まれたサリン入りビニール袋3個を所携の先端をとがらせた傘で突き刺し,サリンを流出気化させて同電車内等に発散させ,上記秋葉原駅から東京都中央区築地3丁目15番1号所在の同線築地駅に至る間の同電車内又は各停車駅構内において,後記の表1番号1ないし8記載のとおり,f1(当時33歳)ほか7人をしてサリンガスを吸入させるなどし,よって,同日午前8時2分ころないし同日午前8時30分ころから平成8年6月11日午前10時40分ころまでの間,同区日本橋小伝馬町11番1号所在の同線小伝馬町駅構内又はその付近ほか7か所において,同表番号1ないし7記載のf1ほか6人をサリン中毒により,同表番号8記載のf8(当時51歳)をサリン中毒に起因する敗血症により,それぞれ死亡させて殺害するとともに,後記の表2―1記載のとおり,f13(当時35歳)ほか2人をしてサリンガスを吸入させるなどしたが,同人らに対し,同表加療等期間欄記載の各加療等日数を要するサリン中毒の各傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった
第2  平成7年3月20日午前8時ころ,東京都渋谷区恵比寿南1丁目5番5号所在の日比谷線恵比寿駅直前付近を走行中の中目黒始発東武動物公園行き電車(B711T)内において,Sが,新聞紙に包まれたサリン入りビニール袋2個を所携の先端をとがらせた傘で突き刺し,サリンを流出気化させて同電車内等に発散させ,上記恵比寿駅から前記霞ヶ関駅に至る間の同電車内又は東京都港区虎ノ門5丁目12番11号所在の同線神谷町駅構内において,表1番号9記載のとおり,f9(当時92歳)をしてサリンガスを吸入させるなどし,よって,同日午前8時11分ころないし同日午前8時43分ころ,上記神谷町駅構内において,同人をサリン中毒により死亡させて殺害するとともに,後記の表2―2記載のとおり,f16(当時61歳)ほか1人をしてサリンガスを吸入させるなどしたが,同人らに対し,同表加療等期間欄記載の各加療等日数を要するサリン中毒症の各傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった
第3  同日午前7時59分ころ,東京都文京区湯島1丁目5番地8号所在の丸ノ内線御茶ノ水駅直前付近を走行中の池袋始発荻窪行き電車(A777)内において,Qが,サリン入りビニール袋2個を所携の先端をとがらせた傘で突き刺し,サリンを流出気化させて同電車内等に発散させ,上記御茶ノ水駅から東京都中野区中央2丁目1番地2号所在の同線中野坂上駅に至る間の同電車内又は上記中野坂上駅構内において,表1番号10記載のとおり,f10(当時54歳)をしてサリンガスを吸入させるなどし,よって,同月21日午前6時35分ころ,東京都新宿区所在の東京女子医科大学病院において,同人をサリン中毒により死亡させて殺害するとともに,後記の表2―3記載のとおり,f18(当時31歳)ほか2人をしてサリンガスを吸入させるなどしたが,同人らに対し,同表加療等期間欄記載の各加療等日数を要するサリン中毒症の各傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった
第4  同月20日午前8時ころ,東京都千代田区神田駿河台3丁目先所在の千代田線新御茶ノ水駅直前付近を走行中の我孫子始発代々木上原行き電車(A725K)内において,Vが,新聞紙に包まれたサリン入りビニール袋2個を所携の先端をとがらせた傘で突き刺し,サリンを流出気化させて同電車内等に発散させ,上記新御茶ノ水駅から同区永田町1丁目7番1号所在の同線国会議事堂前駅に至る間の同電車内又は前記の同線霞ヶ関駅構内において,表1番号11及び12記載のとおり,f11(当時50歳)ほか1人をしてサリンガスを吸入させるなどし,よって,同日午前9時23分ころから同月21日午前4時46分ころまでの間,同区所在の日比谷病院ほか1か所において,f11ほか1人をサリン中毒により死亡させて殺害するとともに,後記の表2―4記載のとおり,f21(旧姓〈省略〉,当時25歳)ほか1人をしてサリンガスを吸入させるなどしたが,同人らに対し,同表加療等期間欄記載の各加療等日数を要するサリン中毒症の各傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった
第5  同月20日午前8時ころ,東京都新宿区四谷1丁目1番地所在の丸ノ内線四ッ谷駅直前付近を走行中の荻窪始発池袋行き電車(B701)内において,Tが,新聞紙に包まれたサリン入りビニール袋2個を所携の先端をとがらせた傘で突き刺し,サリンを流出気化させて同電車内等に発散させ,上記四ッ谷駅から同線池袋駅で折り返した後前記の同線霞ヶ関駅に至る間の同電車内において,後記の表2―5記載のとおり,f23(当時37歳)ほか3人をしてサリンガスを吸入させるなどしたが,同人らに対し,同表加療等期間欄記載の各加療等日数を要するサリン中毒症の各傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった
ものである。

表1
1 被害者氏名(年齢) f1(当時33歳)
吸入等の場所 第1記載の電車内又は小伝馬町駅構内
死亡日時 平成7年3月20日午前8時2分ころないし同日午前8時30分ころ
死亡場所 小伝馬町駅構内又はその付近
2 被害者氏名(年齢) f2(当時29歳)
吸入等の場所 第1記載の電車内又は小伝馬町駅構内
死亡日時 平成7年3月20日午前10時2分ころ
死亡場所(東京都) 中央区日本橋兜町所在の中島クリニック
3 被害者氏名(年齢) f3(当時50歳)
吸入等の場所(東京都) 第1記載の電車内又は中央区八丁堀2丁目22番5号所在の日比谷線八丁堀駅構内
死亡日時 平成7年3月20日午前10時30分ころ
死亡場所(東京都) 新宿区所在の慶應義塾大学病院
4 被害者氏名(年齢) f4(当時42歳)
吸入等の場所 第1記載の電車内又は築地駅構内
死亡日時 平成7年3月20日午前10時30分ころ
死亡場所(東京都) 渋谷区所在の東京都立広尾病院
5 被害者氏名(年齢) f5(当時64歳)
吸入等の場所 第1記載の電車内又は築地駅構内
死亡日時 平成7年3月22日午前7時10分ころ
死亡場所(東京都) 千代田区所在の駿河台日本大学病院
6 被害者氏名(年齢) f6(当時53歳)
吸入等の場所 第1記載の電車内又は小伝馬町駅構内
死亡日時 平成7年4月1日午後10時52分ころ
死亡場所(東京都) 千代田区神田和泉町1番地三井記念病院
7 被害者氏名(年齢) f7(当時21歳)
吸入等の場所(東京都) 第1記載の電車内又は小伝馬町駅,中央区日本橋人形町2丁目6番5号所在の日比谷線人形町駅若しくは茅場町駅のいずれかの駅構内
死亡日時 平成7年4月16日午後2時16分ころ
死亡場所(東京都) 中央区所在の聖路加国際病院
8 被害者氏名(年齢) f8(当時51歳)
吸入等の場所 第1記載の電車内又は築地駅構内
死亡日時 平成8年6月11日午前10時40分ころ
死亡場所(千葉県) 松戸市新松戸1丁目380番地新松戸中央病院
9 被害者氏名(年齢) f9(当時92歳)
吸入等の場所 第2記載の電車内又は神谷町駅構内
死亡日時 平成7年3月20日午前8時11分ころないし同日午前8時43分ころ
死亡場所 神谷町駅構内
10 被害者氏名(年齢) f10(当時54歳)
吸入等の場所 第3記載の電車内又は中野坂上駅構内
死亡日時 平成7年3月21日午前6時35分ころ
死亡場所 第3記載の東京女子医科大学病院
11 被害者氏名(年齢) f11(当時50歳)
吸入等の場所 千代田線霞ヶ関駅構内
死亡日時 平成7年3月20日午前9時23分ころ
死亡場所 第4記載の日比谷病院
12 被害者氏名(年齢) f12(当時51歳)
吸入等の場所 千代田線霞ヶ関駅構内
死亡日時 平成7年3月21日午前4時46分ころ
死亡場所 前記駿河台日本大学病院

表2−1
1 被害者氏名(年齢) fl3(当時35歳)
吸入等の場所 第1記載の電車内又は築地駅構内
加療等期間 不A詳
2 被害者氏名(年齢) fl4(当時51歳)
吸入等の場所 第1記載の小伝馬町駅構内
加療等期間 104日間
3 被害者氏名(年齢) fl5(当時59歳)
吸入等の場所 第1記載の電車内
加療等期間 103日間

表2−2
1 被害者氏名(年齢) f16(当時61歳)
吸入等の場所 第2記載の電車内
加療等期間 58日間
2 被害者氏名(年齢) f17(当時23歳)
吸入等の場所 第2記載の電車内
加療等期間 36日間

表2−3
1 被害者氏名(年齢) f18(当時31歳)
吸入等の場所 第3記載の電車内又は中野坂上駅構内
加療等期間 不詳
2 被害者氏名(年齢) f19(当時53歳)
吸入等の場所 第3記載の電車内
加療等期間 67日間
3 被害者氏名(年齢) f20(当時60歳)
吸入等の場所 第3記載の電車内
加療等期間 61日間

表2−4
1 被害者氏名(年齢) f21(旧姓〈省略〉,当時25歳)
吸入等の場所 第4記載の電車内
加療等期間 73日間
2 被害者氏名(年齢) f22(旧姓〈省略〉,当時23歳)
吸入等の場所 第4記載の電車内
加療等期間 73日間

表2−5
1 被害者氏名(年齢) f23(当時37歳)
吸入等の場所 第5記載の電車内
加療等期間 60日間
2 被害者氏名(年齢) f24(当時51歳)
吸入等の場所 第5記載の電車内
加療等期間 43日間
3 被害者氏名(年齢) f25(当時25歳)
吸入等の場所 第5記載の電車内
加療等期間 37日間
4 被害者氏名(年齢) f26(当時25歳)
吸入等の場所 第5記載の電車内
加療等期間 37日間

【証拠の標目】〈省略〉
【弁護人の主張に対する判断】
[Ⅱ 田口事件について]
〔弁護人の主張〕
1  第34回公判期日の公判手続の更新の際に被告人が供述したように,本件は,修行に行き詰まった田口の苦しみを見かねたBらが,「田口を説得せよ。」との被告人の意向を超えて,田口の嘱託に基づいて田口を殺害したという,Bらによる嘱託段人であり,被告人は,Bらに田口の殺害を指示したことも,Bらとの間でその旨の共謀をしたこともなかった。被告人からそのような指示があったとするBの公判供述は信用することができない。
2  Bは,公判で,「被告人が『田口をポアするしかないな。』と言った。この場合『ポア』とは殺害を意味する。」旨供述するが,ここで被告人が言ったという「ポア」という言葉は殺害を意味するものではない。
すなわち,「ポア」とは,本来,意識を身体から抜き取ってより高い世界へ移し替えるチベット密教のヨーガ的秘法を指すものであり,教団では,通常,意識の変容という意味で使用され,それによってより高い宗教的な次元に達することを指し,あるいは,人の死に際して,その者を死後高い世界に転生させるために行う一種の宗教的儀式を意味する場合にも使われていたものであって,被告人は,説法や弟子たちとの話の中で度々ポアという言葉を用いたが,一度も殺人を肯定する意味で使用したことはない。タントラ・ヴァジラヤーナとは密教という意味であり,被告人に特異な教えではなく,殺人を肯定するものではない。被告人はいかなる説法においてもこれを具体的に実践せよと説いたことはなく,教義を理解しやすくするための方便として使用したにすぎない。
〔当裁判所の判断〕
第1  弁護人の主張1(被告人の指示ないし共謀の有無)に対する判断
1  関係証拠により容易に認められる前提事実は,判示田口事件の犯行に至る経緯(4を除く。)及び罪となるべき事実(被告人の共謀を除く。)のほか,次のとおりである。
(1) Bらは,田口の死亡後,被告人の指示に基づき,田口の遺体をドラム缶に入れ,富士山総本部の敷地内に設けた護摩壇に載せ,10時間くらいかけて焼却し,遺灰は水に混ぜてその敷地内にまいた。
(2) 被告人は,その後しばらくして,Bに対し,「真理を障害するものを取り除かないと真理はすたれるが,その障害を取り除くと悪業は殺生となる。私は,救済の道を歩いている。多くの人の救済のために,悪業を積むことによって地獄に至っても本望である。」などという内容のヴァジラヤーナの詞章を伝授し,これを毎日唱えるように指示した。Bは,それを受けて,この詞章は田口事件に関係するものと思った。
2  Bは,田口事件の共謀について,公判において要旨次のとおり供述する(以下,同供述を「B供述」という。)。
(1) 被告人は,平成元年2月3日深夜ないし同月4日未明に,サティアンビル4階の図書室に,B,C,D,E,Fらを集めた。
まず,被告人は,同所で,Bらに対し,「マンジュシュリー(C)が言うんだけれども,田口某がいるだろう。あいつがオウムを抜けようと思っているみたいだ。そして,わしを殺すとも言っているんだよ。」「まずいとは思わないか。田口は真島のことを知っているからな。このまま,わしを殺すようなことになったとしたら,大変なことになる。もうポアするしかないじゃないか。」などと田口が教団を抜け出したら真島事件のことも公表するかもしれないので田口を殺害するしかない旨のことを言った。その後,被告人は,真島事件に関与していないFに向かって,グルがポアしろと言ったらグルの命令に従うことができるかと聞くと,Fは,従う旨答えた。
被告人は,Cに対し,田口の状態を聞くと,Cは,「両手両足を縛っている。説法テープを聞かせているけれども,全然変わりませんね。」と答えた。
被告人は,「このままではまずいから。もう一度,おまえたちが見にいってこい。そして,わしを殺すという意思が変わらなかったり,オウムから逃げようという考えが変わらないならばポアするしかないな。」と言い,Eに対し,その点をよく確認するように指示した。田口を殺害することに反対する者はいなかった。
被告人は,殺害の方法について,血を見ないでやるほうがいいと言い,さらにDからロープならある旨聞いて,「なら,ロープで一気に絞めろ。その後は護摩壇で燃やせ。」と言って,殺害方法のほか遺体の処理方法まで指示した。なお,被告人は,「こういうときに溶鉱炉があればよかったのにな。」などと,溶鉱炉に突き落とせば証拠が残らない旨の含みを持たせて話していた。
(2) 田口の遺体を焼却中に,被告人がやってきて,「早く燃やす方法はないのか。」「骨がなくなるまで粉々にできないのか。」などとCに聞いたことがあった。
3  B供述の信用性について検討すると,同供述は,前記のとおり,田口に対する殺害の指示を受けた状況等について具体的かつ詳細に述べられたものであり,前記1の認定事実ともよく整合している。特に,真島の死亡を公にすることなくその遺体を秘密裏に焼却した経緯ないし理由や,田口をこのまま教団から脱会させると,真島事件に関与していた田口が真島事件について口外する可能性を否定することができないことに照らすと,被告人の指示内容についてB供述で述べられているところは自然かつ合理的である。また,Bは,他の共犯者の供述調書等に基づく詳細な反対尋問を受けながらも,その供述は揺らぐことなく,むしろ,その供述をより具体化し根拠づけてその信用性を増幅させている。Bは,本件殺人の実行行為を担当した者でありながら,自己の関与した行為について公判で相応に供述しており,自己の刑責を軽減させるために殊更被告人に不利益なうその供述をして被告人を無実の罪に陥れようとしている様子はうかがわれない。さらに,B供述の信用性を否定し得るほどの客観的証拠や第三者供述は見当たらない。
これらの事情等に照らすと,B供述の信用性は優に認められ,同供述に沿う事実を認めることができる。
そうすると,判示認定のとおり,被告人が,Bらに対し,田口が翻意しない場合に田口を殺害することを命じ,Bらとの間でその旨の共謀を遂げたことは明らかである。
4  なお,弁護人は,本件は嘱託殺人にとどまる旨主張するが,前記認定のとおり,田口は教団から脱会しようと考え,被告人を殺すとまで言ったことがあることや,被告人はBらに対する指示の中で,田口が被告人を殺す意思や教団から脱会する考えを変えないなら田口を殺害するしかない旨述べていることなどに照らすと,弁護人の主張するような田口から殺害してほしい旨の嘱託はなかったものと認められる。
以上のとおりであるから,弁護人の主張1は採用することができない。
第2  弁護人の主張2(「ポア」の意味)に対する判断
1  被告人が謀議の際「ポア」という言葉をどのような意味で使ったかについて検討すると,まず,被告人は,昭和62年1月の丹沢セミナーでの説法では,結論的には,功徳を積むのに無難なのは,殺さない,盗まないといった禁戒を守ることであるとしているが,他方で,どのような門でどのような修行法を行うか,どのようなステージにいるかによって,功徳になることは異なるとし,場合によっては,グルの指示に従って人を殺してその者を高い世界に上昇させることで功徳を積むことができるという説明の中で,人を殺すという意味で「ポア」という言葉を用いている。次に,被告人は,昭和63年10月の富士山総本部での説法では,教団がヴァジラヤーナのプロセスに入ってきたとして,絶対的な立場にあるグルである被告人に帰依することの重要性を説き,田口事件後である平成元年9月の世田谷道場での説法では,ヴァジラヤーナの考え方によれば,成就者が,地獄に堕ちるほど悪業を積んだ者を殺して天界へ上昇させた場合,これは立派なポアであり,偉大な功徳となる旨述べ,殺人をポアと称し,これを容認する考え方として「ヴァジラヤーナの教え」を用いている。
2  そして,田口事件に限らず,その後の坂本事件をはじめとする特定の人物に対する一連の殺人,殺人未遂事件において,その謀議にかかわった共犯者の多くが,被告人の上記説法に言及した上で,被告人が言ったポアとは殺害を意味する旨供述し,例えば,坂本事件では,E,B及びY1は,いずれも,公判において,瞑想室での謀議の際に用いられた「ポア」という言葉は,人を殺害する意味である旨供述し,それに伴い,Eは,「悪業をなしている人がいて,その人が将来にわたってますます悪業を積み,善業を全く積まないということが分かったときに,慈悲の心からその人を救済する意味で殺生した場合,これは一般的にみれば悪業であるが,それはヴァジラヤーナ的な観点からすると善業だという説法があった。当時,オウム真理教の教義では,グルである被告人が指示した場合,人を殺すことがポアとして許された。」旨供述し,Bは,「被告人は,丹沢セミナーでの説法で,功徳の意味合いについて,『クンダリーニ・ヨーガに向いている人は,グルの命令なら何でも従うことができる。たとえ殺人でもそうだ。その場合は功徳になる。もう死に近付いている者があったとしよう。その人をグルの命令でポアさせたら,それはたとえ弟子にやらせたとしても功徳だ。』と言っていたが,当時その教えはヴァジラヤーナの教えと言われていた。当時教団において殺生の意味でのポアをすることを決定することのできる者は最終解脱者である被告人だけであった。」旨供述し,Y1は,「被告人から,本来悪業である殺害であっても場合によっては許されることがあるという説法を聞いたことがある。人を殺すことが許されるかどうかを判断できる者は教団の最高指導者グルである被告人以外いないという理解だった。」旨供述する。
3  これらの点や「ポア」という言葉が使用された際の状況等に照らすと,田口殺害の謀議の際被告人が言った「ポア」という言葉は殺害を意味する旨の前記Bの公判供述の信用性に何ら疑問はなく,また,その後の坂本事件をはじめとする殺人,殺人未遂事件における謀議の中で,被告人が使った「ポア」という言葉も同様に殺害を意味するものであることは明らかである。
以上のとおりであるから,弁護人の主張2は採用することができない。
[Ⅲ 坂本事件について]
〔弁護人の主張〕
C,E,B及びDは,マスコミ等の教団に対する攻撃が理不尽極まりなく,殊に被害者の会を指導する坂本弁護士の活動は,サンデー毎日と双璧をなすものであり,教祖である被告人を侮辱し教団の存立を脅かす坂本弁護士を最大の敵と考え,被告人に無断で,坂本弁護士の殺害を計画し,実行犯6名でその旨の共謀を遂げた上,坂本弁護士方に赴いた。実行犯6名は,その後,同弁護士が現れず,同弁護士方の玄関の錠が開いていたことから,同弁護士方に侵入して坂本弁護士一家を殺害することに計画を変更し,これを実行したものである。被告人は,坂本弁護士又は坂本弁護士一家を殺害する旨の共謀をしていない。
〔当裁判所の判断〕
1  関係証拠によれば,判断の前提となる動かし難い事実として,判示犯行に至る経緯1ないし9,11(1),12,13,14(2),15及び罪となるべき事実(被告人の共謀を除く。)のほか,次の事実が認められる。
(1)  実行犯6名は,坂本弁護士一家3人を殺害した後,その3人の遺体を布団と共に運び出し,ビッグホーンの後部荷台に載せ,平成元年11月4日午前3時30分ころ,坂本弁護士方を出発し,往路と同様にビッグホーン及びブルーバードに分乗して,富士山総本部に向かった。なお,Jは,衣服に付けていた「プルシャ」という教団のバッジを坂本弁護士方寝室内に落としたが,同弁護士方を出る際だれもこれに気が付かなかった。
Cは,富士山総本部への帰途,被告人に電話で連絡をとり,坂本弁護士一家3人を殺害したことや富士山総本部への到着予定時刻などを伝えると,被告人から,午前7時ちょうどにサティアンビルから入るよう指示を受けた。
(2)  実行犯6名は,同日午前7時ころ,富士山総本部に戻ると,被告人の指示を受けた車両班リーダーに誘導され,通常は被告人専用車しか入れることのできない車庫内に2台の自動車を入れた。被告人は,実行犯6名の帰還を出家信者に見られないよう出家信者を道場に集めていたが,サティアンビルに入ってきたEらに対しねぎらいの声を掛けた。
その後,被告人は,サティアンビル4階で,C及びEらから,C及びEが犯行時に手袋をはめていなかったことや注射が全然効かなかったことなど坂本弁護士一家3人を殺害した状況について報告を受けた後,その3人の遺体をどうするかについてC及びEらから意見を聴いた上,ドラム缶に遺体を入れてできるだけ遠くにある山まで運び,穴を深く掘って遺体を埋め,ビッグホーン及びブルーバードを海に捨てるよう指示した。
(3)  実行犯6名は,被告人の指示を実行するため,坂本弁護士一家3人の遺体や着衣等を3本のドラム缶に入れた上,これをマツダボンゴワゴン(以下「ワゴン車」という。)に載せ,同日午前9時ころ,ワゴン車,ビッグホーン及びブルーバードの3台の車両に分乗して富士山総本部を出発した。
実行犯6名は,遺体が発見された場合に身元が分かり難いようにするため,3人の遺体を別々に,しかも,警察の管轄を異にする場所に埋めることとし,同日から同月6日にかけて,秋男,坂本弁護士,夏子の各遺体をそれぞれ長野県,新潟県,富山県の山中に埋めてこれを遺棄し,富山湾で,遺体等を入れていたドラム缶や遺体を埋めるときに使用したスコップ等を海に投棄し,坂本弁護士方の布団や同弁護士らの着衣等を海岸で焼却するなどした。Eが,電話で,被告人にその旨報告すると,被告人から温泉にでも入ってゆっくりするよう言われたため,実行犯6名は,近くの温泉街に行き,その後,京都市,鳥取市,境港市等を経由し,ブルーバードとビッグホーンを投棄する場所を探した。
Gは,同月8日,横浜法律事務所を訪れた際,同事務所の弁護士から,坂本弁護士一家が行方不明になったこと及び坂本弁護士方にプルシャが遺留されていたことを聞いた。被告人は,Gからの情報を受け,Eからの電話連絡の際,Eに対し,プルシャを坂本弁護士方に落とした者がいないか聞いた。Eは,他の実行犯5名に尋ねると,自分が落としたかもしれないとJが言うので,被告人にその旨報告した。その後,被告人は,Eに対し,坂本弁護士方でプルシャを落としたJ,同弁護士方で手袋をしなかったE及びCの3名について,早く富士山総本部に戻るよう指示し,自動車は海中に投棄しなくてもよい旨を告げた。そこで,まず,E,C及びJの3名がブルーバードで,その後,B,D及びY1の3名が自分たちの着衣等を処分した後,ビッグホーンとワゴン車でそれぞれ富士山総本部に帰った。また,被告人は,Eに対し,ブルーバードの車体の色を塗り替えるので車体にきずを付けてくるよう指示した。
(4)  被告人は,同月中旬ころ,実行犯数名が集まった際,Bから,坂本弁護士一家の転生先について聞かれ,「オウムに対して妨害をしている者は悪業を積んでいるのと同じだ。そして,悪業を積んだ人のお金で養われている家族は悪業という面から見れば同罪だ。」と言い,坂本弁護士は地獄界,同弁護士の妻子は餓鬼界又は動物界に転生したとして,いずれも三悪趣と呼ばれる,人間界に比べると低い世界を転生先として答えた。
(5)  被告人は,同月下旬ころから,多数の出家信者を連れて,ボン,ニューヨーク等に海外旅行をしたが,その際,C及びEに対し,手指の指紋を焼くよう指示し,同人らはこれに従った。同人らは,その後,指紋が再生してきたため,被告人の指示により,Jから指紋を除去する手術を受けた。
2  ところで,(1)平成元年11月2日深夜又は同月3日未明ころの瞑想室における謀議(以下「瞑想室での謀議」という。)の状況及び(2)同月3日坂本弁護士一家を殺害するよう計画が変更された際の電話による謀議(以下「電話謀議」という。)の状況について,Eは,公判において,要旨次のとおり供述する(以下,この供述を「E供述」という。)。
(1)  瞑想室での謀議の状況について
ア 被告人は,平成元年11月2日夜か同月3日未明に,サティアンビル4階の瞑想室において,C,B,D,J,私が同席している中で,「サンデー毎日はけしからん。もう今の世の中は汚れきっておる。もうヴァジラヤーナを取り入れていくしかないんだから,お前たちも覚悟しろよ。」と言った。私は,それを聞いて教団による救済の障害となるようなものに対しては,非合法的なものも含めてポアも含めてやっていく必要があるという意味だと思った。
被告人は,続いて,「今ポアをしなければいけない問題となる人物はだれと思う。」と教団に対して最も障害となっている人物はだれと思うかという意味のことを尋ねてきた。ここでポアというのは殺生という意味である。被告人は,「坂本弁護士が一番問題なんだ。坂本弁護士をポアしなければいけない。」と言った。私が「えっ,弁護士さんですか。」とつぶやくと,被告人は,すぐに「坂本弁護士は弁護士といっても被害者の会の実質的なリーダーなんだ。彼はその将来において,教団にとって非常な障害になる。」と言った。その後すぐに,被告人は,「実はいい薬があるんだよ。」と言って,すぐに全身が動かなくなる薬,使ったことが分からずに自然死する薬だという意味の話をした。
その薬をどうやって使うのかという話が次に出て,自宅への帰り道を襲って注射をするという話になったが,そんな簡単に注射させてもらえないという話が出てきた。すると,被告人が,「じゃ,気絶させればいいじゃないか。おまえたち,気絶させる自信がないのか。」と言うので,武道の達人を入れようかという話になった。武道大会で優勝したY1の名前が挙がった。そこで,Y1に対し,歩いている人を1発で気絶させる自信があるか聞いてみようということになり,被告人は,私とDに対し,Y1に聞いて,そのような自信があるようだったらメンバーにするように指示した。
イ 私は,サティアンビル4階から降りてY1を捜し,Y1に「歩いている男性を1発で気絶させる自信はあるか。」と聞いた。Y1は「まあ,できます。」と答えた。私は「実は教団に敵対する教団外部の人をポアしなければいけなくなった。ポアは別のメンバーがやるが,あなたは気絶させるだけでいい。歩いているところを1発で気絶させてくれ。これはグルがあなたを指名している。」と言うと,Y1は,しばらく考えた後,これを承諾した。私は,ポアする相手は,被害者の会の弁護士である坂本弁護士であることを付け加えた。
私は,Y1との話を終えると,被告人のもとに戻り,被告人に,「Y1君はオーケーです。」と報告した。
ウ 被告人は,Bに「お前が住所調べろ。」と指示した。Bが「弁護士録をGから借りましょうかね。」と言うと,被告人は「それはまずい。Gはまだ使えない。」ということを言った。
(2)  電話謀議の状況について
私は,坂本弁護士方に電話を掛けた後,Bから,無線で,坂本弁護士方のドアのキーが開いているなどと連絡を受け,もう本人が帰っているかもしれないので待っていてもあまり意味がないのでビッグホーンの方に戻るように言われた。ひょっとしたら被告人に連絡してくれと言われたかもしれない。その無線連絡の後,このような状況であれば被告人の指示を仰ぐしかないだろうなという話をDとして,被告人に電話を掛けた。
私は,被告人に「今,家の近くで待ってますが,まだ本人は来ません。実はアングリマーラ大師(B)が言われるんですけども,家のキーが開いているという話なんです。どうすればいいでしょうか。」と話すと,被告人は「ほほう,そうか。じゃ,入ればいいじゃないか。」と,家のかぎが開いているならば坂本弁護士方の中に入ればいいということを言ってきた。私は,自宅に入るとなると家族を巻き込むことになると思い,「じゃ,一緒にいる人はどうなるんですか。」と聞くと,被告人は「それは,しょうがないんじゃないか。一緒にやるしかないだろう。」と答えた。さらに,被告人は,悪業を積んでる者だからポアする必要があるということでは家族も同じだという意味のことを言い,その後,「人数的にもそんなに多くはいないだろうし,大きな大人はそんなにいないだろうから,おまえたちの今の人数でいけるだろう,いけるはずだ。」というようなことを言った。それに対して,私が,「ひょっとしたら,お父さん,お母さんなりが泊まってたら,そうもいかないんじゃないですか。」と聞くと,被告人は,「それなら調べればいいじゃないか。最初に見て,だれもいなければやれ。確認して家族だけだったらやれ。」と言った。それに対して,私が承諾し,「まだ今の時間では,ひょっとしたら帰っていないかもしれませんので。」と言うと,被告人は,「そうだな。今でなくても,やはり遅いほうがいいだろう。」と言った。「5時まで待て。」という話はなかった。私は,被告人との電話を終え,Dに「入れと言われた。」と伝えた後,ビッグホーンに戻り,C,B及びDに対し,遅い時間に,坂本弁護士方に入り坂本弁護士を一緒にいる家族もろとも殺害すること,家族以外の者が泊まっていれば計画は中止することなど被告人の指示を言われたとおり説明し,Cら3名と相談して,午前3時ころに坂本弁護士方に入ることとし,坂本弁護士が帰ってくるかもしれないので,DとJR洋光台駅前の方に戻った。
3  そこで,E供述の信用性について検討する。
(1)  まず,E供述は,瞑想室での謀議の際,被告人が,Cら実行犯に対し,坂本弁護士の殺害を指示した経緯等や,電話謀議の際,被告人が,Eに対し,従前の計画を変更して坂本弁護士一家の殺害を指示するに至った経緯等について,具体的かつ詳細にされたものである。
(2)  そして,このようなE供述の内容は,前記認定に係る事実の経緯と整合した自然なものである。
すなわち,同事実中,特に,被告人が,教団の勢力を伸ばすために,教団を宗教法人とし,次期総選挙に教団幹部らと共に出馬するために選挙の準備を進めていたこと,その過程で,マスコミ各社が教団や被告人に批判的な報道をし,教団に入信して家に帰ってこない子供の親たちが結成した被害者の会や坂本弁護士が,マスコミを通して,同様に教団や被告人を批判する意見を述べてきたこと,これに対し,被告人は,自らあるいは教団幹部に指示して,マスコミ各社や坂本弁護士に抗議をしたが,坂本弁護士は,教団に対する法的措置をとっていく旨の意思を表明し,被害者の会は,被告人に空中浮揚等を公開して実演するよう要求するなどしてきたこと,被告人は,被害者の会からマスコミに教団に関する情報が流されており,その被害者の会を組織化したのは坂本弁護士であることも知らされていたこと等の事実関係は,被告人が,将来教団にとって最も障害になる人物として坂本弁護士を名指しし,同人を殺害しなければならないと考え,その殺害を実行犯に指示した経緯等についてのE供述とよく整合し,よくこれを裏付けている。
さらに,前記認定事実中,実行犯6名が坂本弁護士方付近で数時間待ち伏せていても同弁護士が現れなかったこと,そこで,Bが同弁護士方の様子を探るなどし,Eらに対し,同弁護士方の室内の明かりがついていて,玄関の錠が掛けられていない旨伝えたこと,実行犯が坂本弁護士一家を殺害した後における被告人の言動,特に,被告人が実行犯に対し,坂本弁護士一家3人の死体の遺棄その他種々の証拠隠滅を指示し,坂本弁護士一家の転生先について答えたこと等の事実関係は,被告人が,実行犯に対し,当初の計画を変更し,坂本弁護士方に侵入して同弁護士を家族もろとも殺害することを指示した経緯等についてのE証言と整合し,よくこれを裏付けている。
また,被告人は,それまでの説法の中で,教団がヴァジラヤーナのプロセスに入ってきたとして,殺人をポアと称し,これを容認する考え方としてヴァジラヤーナの教えを説いてきたものであるが,E供述は,そのような事実関係ともよく整合する。
(3)  そして,瞑想室での謀議の状況については,Bが,公判において,要旨,「瞑想室での謀議の際,被告人は,『坂本弁護士をポアする。』と,坂本弁護士を殺す意味のことを言い,続けて,『坂本弁護士にこれ以上悪業を積ませてはいけない。坂本弁護士は法的手段をもって今後徹底的にたたいてくる。被害者の会も大きくなる。このまま放っておいたら大変なことになる。だからポアしなければいけないんだよ。』と言った。」と,E供述と同趣旨の供述をし,さらに,坂本弁護士殺害計画を前提として,判示犯行に至る経緯11(2)の事実(Bが坂本弁護士の住所を調べた上被告人に報告した際の状況)に沿う供述をしている。また,Jにおいても,表現はE供述及びBの前記公判供述とは異なるものの,公判で,この謀議の際に,被告人のほうから,坂本弁護士を殺害するのはどうかという意味のことを言ってきた旨供述している。
電話謀議の状況については,Bが,公判において,要旨,「私は,午後10時半を回ったころ,坂本弁護士方の様子を探り,Cに対し,『部屋に電気がついていて,ドアのかぎが開いている。もしかしたら,弁護士は帰っているかもしれませんよ。先生(被告人)に報告してください。』と話すと,Cは無線で駅前で待機しているEに対しその旨伝えた。Eは,午後11時前後に,戻ってきて,Cと私に対し,『尊師の指示は,もし坂本弁護士がこのまま帰らないんだったら家にいるはずだから家族共々やれ,まだ時間があるから最終電車まで見張りを続けろ,ということです。』と言った。」と,E供述と同趣旨の供述をしている。
これらBやJの公判供述はE供述を支えるものといえる。
(4)  これに加えて,Eは,公判において,「被告人は,坂本弁護士一家殺害事件後に,実行犯数名が集まり,Aに六法全書の条文を読ませた際に,『指示をしたわしも同じ罪だな。3人殺せば死刑だな。』と言った。」旨供述し,Bは,公判において,これと同旨の供述をするほか,「事件後,Jが,被告人に対し,坂本弁護士方でプルシャを落としたことについて謝っていたことがあり,また,被告人が,CやEが手袋を着け忘れたことや,私がUの名前を使って坂本弁護士の住所を聞いたことについて質した後,『一家3人が突然いなくなっても,家出したか蒸発したかと普通思われるだろう。そんなに問題にならないだろう。』と言っていたことがあった。」旨供述している。これらの供述は,瞑想室での謀議や電話謀議の内容とよく符合し,作り話とは思われない具体的なエピソードに係るものであり,E供述及び謀議に関するBらの前記公判供述と相まって瞑想室での謀議及び電話謀議に関する同人らの供述全体の信用性を高めている。
(5)  Eは,公判において,「私が最初に逮捕されたのは平成7年4月20日,脱会したのは同年5月中旬ころであるが,地下鉄サリン事件で被告人や教団幹部が起訴され,事情を捜査官から聞いて非常に絶望し,これで被告人の今生の救済計画ももう終わりという気持ちになったことなどから,同年6月終わりころ,坂本弁護士一家殺害事件について供述を始めた。そのときは被告人に対する信があったから,今生を超えたところでは被告人とのつながりや救済計画は自分の心の中に残っていた。今現在は,被告人を信じている部分もあるが,以前のように全面的に信じているかというと,やはり疑念も随分ある。」と公判供述時の心境を語り,また,証人尋問を受けている際に,被告人が不規則発言を続けたため退廷させられたとき,証言台に両手を置いてその上に突っ伏して泣き出してしまった理由について,後の公判で,いろんな思いが入り交じり,無性に悲しくなって自然に涙が出てきた旨供述している。
このようなEの供述内容や供述態度等に照らすと,その公判供述時において,被告人がCら実行犯に対し坂本弁護士一家殺害を指示した旨の被告人に決定的に不利益なうその供述をしなければならない事情は何らうかがわれないというべきである。
4  以上の事情等に照らすと,E供述及びこれと同趣旨のBらの前記公判供述は,判示犯行に至る経緯10,11(2),14(1)(3)に係る事実について十分信用することができるというべきであり,これらの各公判供述その他の関係証拠によれば,同各事実が認められる。
そうすると,被告人が,実行犯6名との間で,夜遅くまで待っても坂本弁護士が現れない場合には,坂本弁護士方に侵入し家族以外の者がいなければ坂本弁護士をその家族もろとも殺害する旨の共謀を遂げたことは明らかである。
以上のとおりであるから,弁護人の主張は採用することができない。
[Ⅴ サリンプラント事件について]
〔弁護人の主張〕
1  サリンプラントにおけるサリン生成の5工程のうち,第1ないし第4工程は順次試運転をしたがいずれも思うように機能せず,当初予定した生成能力にははるかに及ばず,第5工程は試運転すらできない状態で,平成6年12月末の時点においてサリンプラントは未完成であり,平成7年1月1日そのまま同プラントの建設は中止された。このプラントにおいてサリンが生成されたことはなく,その生成工程の一部はできていたとしてもプラントとしての機能を有するものではなかった。
したがって,本件公訴事実(なお,裁判所は前記のとおりほぼこれと同じ事実を認定した。)は殺人予備罪には該当しないから,被告人は無罪である。なお,本件公訴事実には罪となるべき事実が包含されていないから,公訴棄却の決定がされるべきである。
2  サリンプラントによるサリンの生成は,被告人が予言した最終戦争(ハルマゲドン)に備えて教団を防衛するためにCが提案した一連の荒唐無稽な企画の一つにすぎず,実際に最終戦争が起きるか否かは客観的には不明である上,それが起こったときに教団を防衛する手段として利用するにとどまり,現実に使用することまでを予定したものではなく,本件公訴事実に係る行為には具体的な殺人の目的があったとはいえないから殺人予備罪は成立しない。
3  サリンプラントによるサリンの生成は,Cが提案した一連の荒唐無稽な企画の一つであり,被告人は,その実現は不可能であると考えたが,Cや弟子たちのマハームドラーの修行にもなると考え,第7サティアンの使用を許可し,後はCのなすがままに任せたにすぎず,被告人には殺人の目的がなく,殺人予備の共謀もない。
〔当裁判所の判断〕
第1  前提事実
関係証拠によれば,前記「Ⅳ 教団の武装化」に係る事実のほか,次の事実が認められる。
1  前記のとおり,被告人は,平成5年6月ころ,Cらの意見を聴いた上,化学兵器の中でもサリンをしかもプラントで大量に製造しようと考え,Cを介するなどしてRに指示しその生成方法の研究をさせていたものであるが,同年8月末か9月初めころ,Oに対し,サリン70tの生成能力を有するサリンプラントを造るよう指示した。
Oは,図書館に通って資料を集め,不明な点はCらに相談するなどして一人で設計を始めた。Oは,機械装置類から設計を行い,その後,清流精舎のチームやY3の溶接担当チームに機械工作を要する装置類,溶接作業の必要な機械類や反応容器類の製作等を依頼したり,購入担当者に対し市販の遠心分離器,配管,部品類等の購入を依頼したりするなどした。また,Oは,機械装置類等の購入資金について,当初はDから受け取っていたが,その後,被告人から直接もらうようになり,平成6年3月ころからは教団の通常の経理手続を経て購入代金の支払がされるようになった。そのうち被告人から直接もらった回数は三,四回くらいを数え,1回に1000万円や2000万円を渡してもらったこともあり,その合計だけでも約5000万円にも上った。また,薬品類を除いたプラント本体だけでも3億円前後の費用を要した。
2  サリンプラントが造られる第7サティアンは,平成5年9月ころ,第3上九と称する上九一色村富士ヶ嶺〈番地略〉の土地上に,3階建てで吹き抜け部分も含めると各階とも五百数十m2程度の鉄骨亜鉛メッキ鋼板葺き建物として建設され竣工した。
3  Dは,同年10月ころから平成6年初めころにかけて,Y26に指示し,同人を代表者とする教団のダミー会社の名義で,大量のサリンを生成するのに必要な三塩化リン,フッ化ナトリウム,イソプロピルアルコール等の原材料を,Rの算出した数量に基づいて大量に購入するなどして調達した。
4  前記のとおり,Rは,平成5年11月ころ,5工程から成るサリンの大量生成方法を確立し,実際にその方法に基づき600gサリン溶液を生成した。600gサリン溶液は,第1次池田事件の際,農薬用噴霧器で噴霧され,噴霧にかかわったCら4名にサリン中毒の症状が現れた。
さらに,その後,Oらにより検討が加えられ,第1工程に必要なNNジエチルアニリンを節約するためにNNジエチルアニリン再生プロセスが,また,第3工程に必要な五塩化リンについては国内年間生産量を超える量を要することからこれを生成する五塩化リン生成装置が,さらに,この五塩化リンの生成に必要な塩素を生成する電解プラントがそれぞれ設けられることになった。
5  Oは,同年11月ころまでに,Rから,サリンの大量生成方法について口頭で説明を受け,また,前記5工程の反応のプロセス等がモル比入りで手書きされたメモをもらい,各物質の分子量等に基づき,同年12月ころ,前記5工程のメインプラント並びにこれに付属するNNジエチルアニリン再生プロセス,五塩化リン生成装置及び電解プラントなどの付属プラントについて,大量のサリンを生成するに当たり各工程ないしプロセスにおいて必要とされる物質,その重量等及び反応の過程等をブロックダイヤグラムの形式で表した物質工程表を作成した。
6  前記のとおり,Rは,同年12月ころ,同様の方法に基づき,3kgサリン溶液を生成した。C及びDは,第2次池田事件において,これを加熱し気化させて噴霧したが,逃走中Dがサリンに被ばくし,ひん死の状態に陥った。
7  Oは,平成6年2月ころ,第1工程の設計を七,八割方終え,主に電解プラント関係の調査を進めていた。
8  被告人は,同年2月下旬,中国旅行から帰国した後,ホテルオークラに真理科学技術研究所のメンバーらを集めた際,同所において,サリンプラントの建設を早く進めるために,各工程毎に設計担当者等の割り振りをし,第1,第2工程はOに,第3,第5工程及び五塩化リン生成装置はY27に,第4工程はMに,電解プラントはM及びCにそれぞれ担当させ,これらをCに統括させる旨を告げた。
9  Oら設計担当者は,その後清流精舎に詰めて設計をするようになり,被告人には週1回の割合でその進ちょく状況を報告した。
被告人は,同年3月ころのミーティングの際,Oに対し,Y28の配管チームをサリンプラントの建設に投入することにした旨を伝えた。同月ころ,第7サティアン内でプラントの組立て作業が始まり,Oは,清流精舎で設計をしながら,第7サティアンの現場でプラントの組立てについて指揮し,図面を見ながら具体的な指示をした。
10  被告人は,同年4月中ごろ,C,M及びOから,サリンプラント建設の進ちょく状況について報告を受けた際,同プラント建設の遅れを怒り,Oに対し,「4月25日までに完成させろ。グルの絶対命令だ。必ず完成しろ。そうしないとおまえは無間地獄行きだ。」などと脅し付け,新たにEをサリンプラントの現場の監督者に指名するなどして,サリンプラントの早期完成を命じた。
11  Oは,同月25日までにサリンプラントを完成させることはできなかったが,同年5月初めころまでに清流精舎において付属プラントも含めある程度の設計を済ませ,その後Eから指示を受けて第7サティアンに寝泊まりするようになった。
Oは,機械装置の据付けや配管配電作業の終了した工程から動かすこととし,同年6月ころ,第1工程の稼働を開始し,同月中は第1工程の試運転に精力を傾けた。
12  Oは,同年7月に2回にわたり,第1工程の稼働上の過誤により異臭騒ぎを起こし,付近住民が押し掛け,警察官もやってくるなどした。Oは,被告人にその旨を報告した際,強制捜査を受けるかもしれないなどの不安を抱き動揺していたが,被告人から「もうプラントをやめるか。おまえは人前でさらし者になるのが嫌かもしれないが,私はシヴァ大神の意思,真理に背くことは嫌だ。このまま続けないとおまえは後で絶対後悔するぞ。大丈夫だから。」などと言われ,そのままそのワークを続けることにした。また,被告人は,その際,Cに対し,実際にプラントを動かす初期の段階ではしっかり監督するよう指示した。
13  被告人は,同年6,7月ころ,第6サティアン1階の被告人の部屋で,C,M及びOとの間で,第5工程の反応釜の形状,材質等について話合いをし,ステンレス製の四角い釜にテフロンコーティングをしたものを第5工程の反応釜として使用するとともに,第4工程の反応釜も同様のものを使うことを決めた。
そして,同年6,7月ころ,サリンプラントの機械装置の据付けや配管配電作業が一応終了した。
14  被告人は,同年7月末ころ,第2サティアン3階に,自治省や科学技術省のメンバー数名ずつを呼び集め,同人らに対し,「これから第7サティアンでプラントのオペレーターをやってもらうが,そのボタン操作を誤ると富士山麓が壊滅する。このワークを40日間ずっと第7サティアン内に詰め込んで作業をやる。これは死を見つめる修行だ。全員菩長にする。」などと話し,サリンプラントの稼働要員として従事するよう指示し,サリンプラントの稼働責任者としてJを指名した。
Jは,第7サティアンに常駐するようになった稼働要員に対し,サリンプラント内を案内し,同プラントにおける各工程の説明をした。
15  稼働要員が第7サティアンに常駐するようになって間もない同年7月末ころ,Oは,第2工程の稼働を開始し,以後第1工程で亜リン酸トリメチルができる都度,第2工程を稼働させた。
同年8月末ころには,稼働要員の手により第1工程を連続して稼働させることができる状態になった。
第1工程については,同年12月まで反応自体の安定性がなく,種々のトラブル等が発生し,また,1回の反応が終わる都度ガスクロマトグラフィーで分析してその結果を見ながら遠心分離器にかける必要があり,同工程での自動化も予定していたレベルに達していなかったことなどから,生成量は当初の目標を大幅に下回る状態であったが,最終的には同工程で合計十二,三tくらいの亜リン酸トリメチルが生成された。
第2工程については,第3工程で使われる五塩化リンを大量に生成することができなかったため,第3工程に連動させることができず,第2工程で生成したジメチルはドラム缶に入れ,第7上九(上九一色村所在の多数の倉庫を設置した教団施設)で保管した。第1工程で生成された亜リン酸トリメチルはすべて第2工程に使用され,最終的には十二,三tのジメチルが生成された。
NNジエチルアニリン再生工程は,第1工程とほぼ同じ時期に稼働を始め,第1工程と同時に作動させ,同年8月末ころ,稼働要員がこれを操作し運転できるようになった。
16  CやOらは,同年9月か10月ころ,第3工程を初めて稼働させ,市販の五塩化リン約250kgを使い,また,同年3月に第7サティアン3階で造られた70ないし100lくらいのジクロとオキシ塩化リンの混合液も一緒に蒸留して単蒸留装置から出ている配管からジクロを取り出し,結局,50ないし80lくらいのジクロを生成した。
17  Cらは,ジクロを生成して間もない同年10月ころ,そのジクロを使って第4工程を稼働させたが,反応釜内部のテフロンコーティングがはがれ,また,反応釜に付いている熱交換器の冷却能力が足りずジフロが蒸発するなどしたため,ジフロを取り出すことができなかった。被告人は,C,M及びOからその旨の報告を受けて改善策について話合いをし,反応釜を同じ形状のハステロイ製のものに替えるとともに,熱交換器の冷却能力を増強することを決めた。
なお,サリンプラント建設の進ちょくがはかばかしくない状態であったため,同年10月ころ,Sが同プラント建設に投入され,第7サティアンに常駐することになった。また,Cは,同月ころ,Jに代わり,稼働要員のミーティングの指揮をとるようになった。
18  Mが担当していた電解プラントは,種々のトラブルが生じていたが,同年11月ころ,同プラントで造った塩素を五塩化リン生成装置に供給できる状態になり,同年12月末の時点では低出力であれば連続運転することができる状態であった。
19  Cらは,同年11月か12月ころ,前記の第3工程でできた残りのジクロを使い,第4工程を再度稼働させ,ジフロの生成に成功した。
20  被告人は,同年8月ころ,五塩化リン生成装置について,三塩化リンの液中に塩素を吹き込んで五塩化リンを生成するというY27の設計に係る当初の方法を変更し,Oの意見のとおり,塩素ガス中に三塩化リンを投入し反応させて五塩化リンを生成する方法を採用することとした。Oは,その指示に基づき,五塩化リン生成装置を数回にわたり設計し直すなどして,同年12月ころ,その装置を完成させ,一部市販の塩素ガスを使い,最終的には約300kgの五塩化リンを生成した。
21  CやOらは,同年12月後半,前記の五塩化リン生成装置で生成した五塩化リン約300kgを使用し,再度第3工程を稼働させ,前回と同様に配管からジクロを取り出し,結局,50ないし80lくらいのジクロを生成した。
22  第5工程の反応釜や配管等については,気密テストが行われ,配管の継ぎ目等から液が漏れるかどうかのチェックがされた。第5工程のハザード室(貯蔵室)や分取室(充てん室)は他の部屋から隔離するために気密性を保つようにされていた。また,第5工程に係る部屋と他の部屋や通路との間に前室を設けて同室でシャワー等による洗浄を経て出入りするような構造とされていた。
同年12月末時点において,第5工程関係の配管の気密テストが完全ではない上,いまだ同工程に係る部屋自体の気密テストの段階には至っていないことなどから,第5工程は稼働されなかった。
なお,第5工程は,蒸留も遠心分離も必要がなく,ジクロ,ジフロ,イソプロピルアルコールを1対1対2のモル比で反応させるという単純な工程であり,サリンプラントにはそれぞれを計量して第5工程の反応釜に投入する装置が付いていた。また,生成されたサリンは,第7サティアン2階の充てん室でポリタンクに入れた後,ビニール製の袋に入れ,真空引きしてシールし,ステンレス製の缶の中に入れて第7上九に保管する予定となっており,実際に同年10月か11月に包装機械や真空引きする機械等が,充てん室に運び込まれ,充てんする実験がされた。サリンの充てん作業をする際に着用する防護服は同年10月ころ支給されていた。
23  同年12月末の時点で,サリンプラントにおいて,サリンの生成に必要な機械装置類や配管は,若干未配線の部分や不具合の部分等はあるものの,ほぼ一応整っており,サリンプラントの稼働が停止されなければ,早晩同プラント内でサリンは生成され得る状態に至っていた。なお,第3工程で生成したジクロを自動的に第4工程及び第5工程に流すことが予定されていたが,同月末時点において,いまだそのような機能を備えるには至っていなかった。
24  平成7年1月1日,上九一色村でサリン残留物質が検出された旨の新聞報道がされたため,被告人は,強制捜査を受けることを恐れて,サリンプラントを停止して神殿化などの偽装工作をするよう指示し,Cらは,同プラントの稼働を停止し,配管等をできるだけ壊さないように同プラント全体が隠れるような形で神殿化をした。また,同プラントで生成されたジクロ等の中間生成物や原料の薬品類等は,苛性ソーダ等と反応させるなどして処分された。
以後,被告人が,サリンプラントを稼働させることはなかった。
第2  弁護人の主張1(殺人予備罪の該当性)に対する判断
1  弁護人は,前記の理由から,本件公訴事実は殺人予備罪に該当しない旨主張するので,前記認定事実を踏まえ,当裁判所が殺人予備罪に該当するものと判断した理由について補足して説明する。
2  殺人予備は,殺人の実行の着手に至らない段階における,殺人罪の構成要件実現に向けられた準備行為であるが,殺人予備罪の成否については,当該準備行為が,殺人罪の構成要件実現のために実質的に重要な意味を持ち,殺人罪の構成要件実現の現実的危険性を発生させ得る程度に客観的に相当の危険性を有するものであるか否かという観点から判断すべきである。
3  そこで,検討すると,平成5年11月ころまでに,(1)Rらによる研究,検討の結果,少量で多数の者を殺傷し得る化学兵器であるサリンを大量生成するための工程がほぼ確立され,その工程に基づき実際にサリンを含有する600gサリン溶液が生成されたこと,(2)その工程によりサリンを大量生成するために必要な化学薬品等が,教団のダミー会社を介して大量に購入され始めたこと,(3)サリンプラントが造られる予定の第7サティアンが建設されたこと,(4)Oがサリンプラントに用いる機械装置類の設計を始めたことは前記認定のとおりである。
これらの事実に照らすと,同年11月ころには既にサリンの大量生成工程がほぼ確立し,それに必要な大量の化学薬品等の購入が開始され,サリンプラントを設置する工場も完成するなどサリンの大量生成に向けての態勢が整えられていたのであるから,その時点以降の準備行為である,第7サティアン内に設置するサリンプラントの工程等に係る設計図書類の作成,同プラントの施工に要する資材,器材及び部品類の調達,その据付け及び組立て並びに配管,配電作業を行うなどして同プラントをほぼ完成させ,サリン生成に要する原料であるフッ化ナトリウム,イソプロピルアルコール等の化学薬品を調達し,これらをサリンの生成工程に応じて同プラントに投入しこれを作動させてサリンの生成を企てる行為は,大量殺人を実行するために実質的に重要な意味を有するものであり,また,大量殺人が実行される現実的危険性を発生させ得る程度に客観的に相当の危険性を有するものであって,殺人予備罪に該当するものと解される。
4  弁護人は,サリン生成の5工程のうち,第1ないし第4工程はいずれも思うように機能しない状態で当初予定した生成能力にははるかに及ばず,第5工程は試運転すらできない状態でサリンが生成されたことはなく,平成6年12月末の時点においてサリンプラントは未完成であり,プラントとしての機能を有するものではなかったから,殺人予備罪が成立しない旨主張する。
しかしながら,平成5年11月ころ以降のサリンの大量生成に向けてされた前記一連の行為が殺人予備罪に該当するものと解されることは前示のとおりであり,サリンプラントにおける第1ないし第4工程が思うように機能せず当初予定した70tという生成能力にははるかに及ばず,同第5工程においてサリンが生成されたことがないにしても,実際に,平成6年12月末までの間に,サリンプラントにおいて,第4工程まで稼働させて50ないし80lのジクロを2回にわたり生成し,そのうち1回分のジクロからジフロを生成することにも成功しているのであり,後は,第5工程関係の部屋や配管等について気密テストをするなどした上で,生成済みのジクロ及びジフロに調達済みのイソプロピルアルコールを加えて反応させれば相当量のサリンを生成させることができるまでの状態に至っているのであって,サリンプラントで生成されるサリンにより大量殺人が実行される現実的危険性を発生させ得る程度の客観的な相当の危険性は平成5年11月ころ以降徐々に高まりこそすれ,決して減少してはいないのであるから,平成5年11月ころから平成6年12月下旬ころまでの間のサリンの大量生成に向けてされた前記一連の行為は殺人予備行為というに何ら妨げないというべきである。この点に関する弁護人の主張は採用することができない。
また,弁護人は,本件公訴事実にはサリンが生成された事実が含まれていないから本件公訴事実は何らの罪となるべき事実を包含していないとして公訴棄却の決定がされるべきである旨主張する。
しかしながら,サリンプラントにおいてサリンが生成されたか否かが殺人予備罪の成否を左右しないことは,これまで説示してきたことから明らかであり,この点に関する弁護人の主張も採用することができない。
第3  弁護人の主張2,3(殺人の目的,殺人予備の共謀の有無)に対する判断
1  弁護人は,サリンは最終戦争が起こったときに教団を防衛する手段として利用するにとどまり,現実に使用することまでを予定したものではないなどの前記の理由により,本件公訴事実に係る行為には具体的な殺人の目的があったとはいえないから,殺人予備罪は成立しない旨主張し(弁護人の主張2),また,被告人はCの提案したサリンプラントによるサリンの生成は実現不可能であると考えたが,Cらのマハームドラーの修行にもなると考え,Cのなすがままに任せたにすぎないなどの前記理由から,被告人には殺人の目的がなく,殺人予備の共謀もないと主張する(弁護人の主張3)ので,これらの点について検討する。
2  前記認定事実によれば,被告人がサリンプラントの建設にかかわるようになった経緯及びその関与の態様は,次のとおりである。
(1) 被告人は,平成2年の衆議院議員総選挙に教団幹部らと共に立候補して惨敗したことから,同年4月ころ,教団幹部らに「今の世の中はマハーヤーナでは救済できないことが分かったので,これからはヴァジラヤーナでいく。現代人は生きながらにして悪業を積むから,全世界にボツリヌス菌をまいてポアする。」などと言って,無差別大量殺人を実行するよう宣言して以来,ボツリヌス菌の培養,ホスゲン爆弾の製造,自動小銃の製造,核兵器の開発,炭疽菌の培養等を教団幹部らに指示して教団の武装化を強力に推し進めてきたものであり,その一環として,平成5年6月ころ,サリンをプラントで大量に製造しようと考え,Cを介するなどしてRに対し,その生成方法について研究するよう指示した。
(2) 被告人は,Rが実験室レベルで少量のサリンの生成に成功した同年8月ころには,一部の教団幹部に「私の今生の目標は最終完全解脱と世界統一である。」旨の話をし,その後,同年8月末か9月初めころ,Oに対し,70tのサリンを生成できるプラントの設計を指示し,以後サリンの大量生成に必要な資金として多額の金員を出捐した。
(3) 被告人は,サリンをヘリコプターで上空から散布することも考え,ヘリコプターの購入を図り,出家信者にヘリコプターの操縦免許を取らせるために,同人らを,同年9月にはアメリカ合衆国に,平成6年2月にはロシア連邦に派遣した。
(4) 被告人は,Rらの研究等によりめどのついたサリンの大量生成の方法によって生成されたサリンを使い,かねてから敵対視し殺害の機会をうかがっていた池田を暗殺しようと考え,その旨Cらに指示し,平成5年11月及び同年12月の2回にわたり暗殺を試みたが,いずれも失敗に終わった。
(5) 被告人は,平成6年2月下旬,中国旅行をした際,約80名の同行した出家信者に対し,五仏の法則について体系的に説いた上,「1997年,私は日本の王になる。2003年までに世界の大部分はオウム真理教の勢力になる。真理に仇なす者はできるだけ早く殺さなければならない。」旨の説法をし,武力によって国家権力を倒し日本にオウム国家を建設して自らがその王となり,さらに世界の大部分を支配する意図を明らかにした。
(6) 被告人は,中国旅行から帰国後の平成6年2月27日ころ,ホテルオークラにおいて,同行してきた出家信者らに対し,「このままでは真理の根が途絶えてしまう。サリンを東京にぶちまくしかない。」などと言い,真理科学技術研究所のメンバーを集め,サリンプラントの設計担当者を追加して工程ごとに設計担当者を割り振るとともに,その設計を急ぐよう発破を掛けた。
(7) 被告人は,サリンプラント建設の進ちょくがはかばかしくないことから,同年4月中ごろ,Oに対し,「4月25日までに完成させろ。グルの絶対命令だ。必ず完成しろ。そうしないとおまえは無間地獄行きだ。」などと脅し付けるなどして,サリンプラントの早期完成を命じるとともに,Eを現場の監督者に指名した。
(8) 被告人は,同年7月,第7サティアンにおける2回にわたる異臭騒ぎが起きた際警察官もやってくるなどしたため強制捜査を受けるかもしれないなどの不安を抱き動揺していたOに対し,「もうプラントをやめるか。私はシヴァ大神の意思,真理に背くことは嫌だ。このまま続けないとおまえは後で絶対後悔するぞ。大丈夫だから。」などと言って,プラントの建設を続けさせた。
(9) 被告人は,同年6,7月ころ及び同年10月ころ,C,M及びOと話合いをした末,第4工程又は第5工程の各反応釜の形状,材質等について決定し,また,同年8月ころ,五塩化リン生成装置について,Y27の設計に係る当初の方法を変更し,Oの意見のとおり,塩素ガス中に三塩化リンを投入し反応させて五塩化リンを生成する方法を採用することを決めた。
(10) 被告人は,同年7月末ころ,サリンプラントの稼働要員となるメンバーに対し,「これから第7サティアンでプラントのオペレーターをやってもらうが,そのボタン操作を誤ると富士山麓が壊滅する。このワークを40日間ずっと第7サティアン内に詰め込んで作業をやる。これは死を見つめる修行だ。全員菩長にする。」などと話した。
(11) 被告人は,平成7年1月1日,上九一色村でサリン残留物質が検出された旨の新聞報道がされたことから,強制捜査を恐れ,サリンプラントの稼働を停止して神殿化などの偽装工作をするようCらに指示した。
3  以上に摘示した一連の事実に照らすと,被告人は,東京に大量のサリンを散布して首都を壊滅しその後にオウム国家を建設して自ら日本を支配することなどを企て,ヘリコプターの購入及び出家信者によるヘリコプターの操縦免許の取得を図るとともに,大量のサリンを生成するサリンプラントの建設を教団幹部らに指示したものというべきであるから,被告人が,最終戦争が起こったときに教団を防衛する手段としてサリンを使用するためにサリンプラントの建設を指示したものとは到底考えられない。
したがって,本件公訴事実に係る行為に具体的な殺人の目的が認められることは明らかであり,弁護人の主張2は採用することができない。
なお,Rは,公判(第235回)において,要旨「Cが,平成5年6月ころ,プラントにおける70tのサリンの生成方法等について検討するよう私に指示した際,Cは,このサリンは最終戦争が起きたときに自衛のために使う,オウムから仕掛けることはないという趣旨のことを話してくれたので,抵抗感が激減した。」旨の供述をしている。しかしながら,Rの供述内容の真偽はともかく,仮にCがその趣旨の内容の話を当時Rにした事実があったとしても,それはCがRにサリンの生成方法について検討させるための方便にすぎないとも考えられるのであり,むしろ,前記認定事実に照らすと,被告人は最終戦争の際に自衛的に使用するためにサリンを生成しようとしていたとは到底認め難く,Rの前記公判供述をもって,本件公訴事実に係る行為に具体的な殺人の目的が認められる旨の前記判断が左右されるものではない。
4  加えて,被告人は,その後も,サリンプラントの早期完成に向けて,(1)1年以上もの期間にわたり多額の金員と多数の人員をサリンプラントの建設に充てるなどし,(2)その進ちょくがはかばかしくないことにいら立って,随時人材を投入してサリンプラント建設担当者の増強を図ったり,Oに対し,グルの絶体命令だ,無間地獄行きだなどと脅し付けてサリンプラントの早期完成を命じたり,新たに現場の監督者を置いたりするなどし,(3)サリンプラントの稼働要員に対してはステージを上げることを約束するなどして危険な業務に従事させ,(4)他方で,サリンプラントで使用する反応釜の形状,材質等や五塩化リン生成方法など技術的な細部についても自ら裁定するなどし,(5)平成7年1月1日付けの前記新聞報道がされるや強制捜査を受けることを恐れ,サリンプラントを停止させて偽装工作をさせるなどしたものである上,実際にサリンプラントにおいてジクロ及びジフロを生成することができているのであるから,被告人はサリンプラントによるサリンの生成が実現可能であると考えていたものと認められるし,被告人がCらのマハームドラーの修行にもなると考えてCのなすがままに任せたものとは到底認め難い。
したがって,被告人に殺人の目的及び殺人予備の共謀が認められることはもとより明らかであり,弁護人の主張3は採用することができない。
なお,Jは,公判(第247回)において,要旨「私は,平成6年10月初めころ,被告人に呼ばれて第6サティアン1階に行くと,被告人がCをしかりつけ,Cに対し,サリンプラントを完成させることができるのかと聞くと,Cができる旨答えたので,被告人は『分かった。頑張ってくれ。』と言ってCを帰した。その後,被告人は私に『もうできない。第7サティアンはもうできないよ。おまえはもう第7サティアンから外れていい。マンジュシュリーの責任だからマンジュシュリーにやらせる。』と言った。」旨を供述している。しかしながら,自己の刑事責任を軽減させようとするJの一連の供述内容,態度や,現に被告人がCに引き続きサリンプラントの建設を担当させていることなどに照らし,果たして被告人がJに対し第7サティアンはもうできない旨の話をしたのか疑わしいのみならず,前記認定のとおり被告人は終始積極的かつ意欲的にサリンプラントの早期完成に取り組んでいたのであるから,被告人が内心においてサリンプラントが完成することはないと諦めていたとは思われず,Jの前記公判供述をもって,被告人に殺人の目的及び殺人予備の共謀が認められる旨の前記判断が左右されるものではない。
[Ⅵ 滝本サリン事件について]
〔弁護人の主張〕
1  次の理由から,青色サリン溶液を滝本車両に滴下したY11の行為(以下「本件行為」という。)は,人を死に至らせる危険性がないから,殺人の実行行為に該当しない。
(1)  本件で使用された青色サリン溶液が,サリン又はその関連物質であるか疑問である。
(2)  それがサリン又はサリンを含有するものであるとしても,その殺傷力はそれほど強いものではない。
(3)  しかも,サリンが揮発しやすい天候の下でその少量を滝本車両のボンネットのフロントウインドー部分付近に滴下しただけでは,同車両内へのサリンの流入可能性にも疑問があることなどから,人を死に至らせる危険性はない。
(4)  滝本弁護士の目の前が暗くなったという症状には疑問があり,そのような症状が出たとしても青色サリン溶液が原因ではない。
2  次の理由から,被告人は,滝本弁護士に対する殺意はなく,Y11ら5名との間で殺人についての共謀はなかった。
(1)  被告人及びその弟子であるY11ら5名には,滝本弁護士を殺害する動機が全くない。
(2)  被告人は,グルが弟子に対しその指示どおりの成果が出ないことを承知の上で無理難題とも思われるような課題を与え実行させるという修行であるマハームドラーの一環として,Y11らに対し,滝本車両に青色サリン溶液を滴下するよう指示したにすぎず,被告人及びY11ら5名は,青色サリン溶液又は滝本車両に滴下する液体が致死性を有するとの認識がなく,そのような行為に及んでも,人が死亡するとは思わなかった。
〔当裁判所の判断〕
第1  前提事実
関係証拠によれば,前記「Ⅳ 教団の武装化」並びに判示犯行に至る経緯及び罪となるべき事実(本件犯行についての被告人及び共犯者の殺意,共謀などの主観的側面に係る部分を除く。)に係る事実のほか,次の事実が認められる。
1  Y11は,平成6年5月9日午後1時15分ころ,滝本車両に青色サリン溶液を滴下した際,立った白い煙と共に気化したサリンを鼻で吸い込み,強い刺激臭を感じた。Y11は,青色サリン溶液を掛け終わると,正門の方に歩きながら,空になった遠沈管にふたをし,ビニール袋に収納してチャックを閉め,ポケットに入れ,正門を出て待ち合わせ場所である甲府地裁南側にある中央公園に行った。
他方,N及びJは,甲府地裁裏側駐車場でY11を降ろした後,パルサーで同公園に向かい,同所でY11と合流して,Y11を後部座席に乗せ,Gらとの待ち合わせ場所に向かった。
Y11は,車内で,Jから「身に着けているものですぐ取れるものをゴミ袋に入れるように。」と言われ,帽子,サングラス,マスク,ヤオハンで購入した手袋,合成樹脂製手袋,スーツの上着,遠沈管入りのビニール袋を,Jが合成樹脂製手袋を着用して持っているゴミ袋の中に入れた。
また,Y11は,Nから「どうだった。」と聞かれ,「液体を掛けたら白い煙が出て,鼻がツンとして詰まった。」旨答えると,Jに「目の前が暗くない。気持ち悪くない。」と聞かれ,「少し暗いかもしれない。」旨答えた。
2  Nらは,同日午後1時30分ころまでに,Gとの待ち合わせ場所に到着し,Y11が着替えをして,Jから渡された別のゴミ袋にブラウス,スカート,ストッキング,パンプス等を入れた。
また,Jは,後部座席で,Y11の目をのぞき込み脈を取るなどして診察をし,「少し瞳孔が縮んでいるな。」と言った。Y11は,Jから気分を聞かれ,最初に聞かれたときよりも目の前の暗さがひどくなってきていたことから,「目の前が暗いし,気持ちが悪い。頭も少し痛い。」と答えた。すると,Jは,「これはパムと言って,目の前が暗かったり気分が悪かったりする症状を和らげてくれる。」と言って,Y11にパムを注射した。
N及びJも,目の前が少し暗いなと言って,お互いにパムを注射し合った。
3  他方,Y10は,Y11が滝本車両に青色サリン溶液を滴下して正門から出た後も,引き続き,甲府地裁表側駐車場の正門より北側のスペースに駐車しているクラウン内で,窓を閉めた状態で,Gが戻るのを待っていたが,甲府地裁の職員から別の場所に駐車するよう注意され,その誘導により,甲府地裁の建物の西側にある正面玄関の南側のスペースにクラウンを駐車させられた。
Gは,同日午後1時30分ころ,正面玄関から出てきてクラウンに乗り込み,その駐車場所が滝本車両から十数mしか離れていないことから,Y10に対し,「こんな近くに停めたら危ないじゃない。」としかった。
Gらは,間もなく正面玄関から出てきた滝本弁護士が数名の男性と一緒に正門から出ていくのを見て,同所を出発し,同日午後1時40分ころ,待ち合わせ場所に到着し,Nらと合流した。
Gは,同所において,N及びJに対し,滝本弁護士がすぐには車には乗らず喫茶店にでも行ってしまった旨話した。
その後,G及びY10は,クラウンで先に出発し,直接上九一色村に戻った。
4  N,J及びY11は,Vと落ち合うために,同日午後2時ころ,パルサーで待ち合わせ場所である中央自動車道の甲府南インターチェンジに行った。
Y11は,同所で,Jに対し,まだ気分が悪く目の前が暗い旨訴えたので,Jは,サリンのような有機リン系のコリンエステラーゼ活性阻害剤には時間がたつとパムが効かなくなるエイジングという性質があることを考え,「パムは時間がたつと効かなくなるんだけど,一応,もう1本打っておこう。」と言って,Y11にパムを注射した。
Nらは,同所にVが来ないことから,そのまま上九一色村に帰り,同日午後3時ころ,第6サティアンに到着した。
5  G,N及びJは,その後しばらくして,第6サティアン1階の被告人の部屋で,被告人に対し,指示されたとおりやった旨を報告し,その際,Gが,滝本が車に戻らず喫茶店に行ってしまった旨話した。Y11が被告人の部屋に呼ばれた際,Jが,Y11がにおいをかいでしまったようなのでY11に注射をした旨被告人に報告すると,被告人がY11に大丈夫かと尋ねてきた。Y11は,被告人に心配を掛けたくなかったので「大丈夫です。」と答えた。
Y11は,同日夜,被告人の部屋で,被告人に「1時15分にやりました。」と言うと,被告人は,「ジャストタイミングだな。私もそのころ瞑想に入ったんだよ。」と言った。そして,Y11が被告人に「この仕事の成果は必ず私にも教えてください。」と頼むと,被告人は,「今調査中だから,分かったら教えるよ。」などと言った。
6  Y11は,同月10日ないし12日ころ,Y7から借りていた化粧ポーチ等をY7に返してくれるようJに頼んだ際,Jにまだ目の前が暗い症状がある旨を伝えると,Jから「すぐ消えるから大丈夫だよ。」と言われた。
また,被告人は,同月11,12日ころ,被告人の部屋にY11を呼び,Y11に液体を掛けたときの様子を教えてくれるよう言うと,Y11から「白い煙が立ち,臭いにおいがした。」と言われたので,「おかしいな。あれは無色無臭のはずだけど。」と言った。
被告人は,数日後,滝本弁護士が元気であることを確認し,「結果が出なかったな。」などと言った。
7  Jは,Y11が青色サリン溶液を滝本車両に滴下した際に着用していた衣服その他の物を,富士山総本部道場の焼却炉で燃やし,空になった遠沈管やサリンの入った遠沈管は,中和処理をした後,Nに返した。
8  滝本弁護士は,前記弁論期日を終え,甲府地裁の正門の外の歩道で,依頼人と立ち話をした後,平成6年5月9日午後1時30分過ぎころ,滝本車両に戻り,運転席側のドアを開けて乗り込み,エンジンを掛けて運転を開始し,別荘地の下見のため長野方面に向かった。エンジンが掛かると同時に内気循環でオートエアコンが作動した。
滝本弁護士は,甲府インターチェンジから中央自動車道に入り,八ヶ岳パーキングエリアに立ち寄った後,同日午後3時ころ,同所を出発して小淵沢インターチェンジで中央自動車道を下り,長野県富士見町近辺の保養地を回り,車の外や中から,何枚か写真を撮り,富士見町役場を訪れて別荘地に問題がないか尋ね,次いでもう1か所の別荘予定地にも寄った。滝本弁護士は,同日午後5時前ころ,小淵沢インターチェンジから中央自動車道に入り,同日午後6時ころ,相模湖インターチェンジで中央自動車道を下りたが,同所の料金所を通過するまでの間,自己の身体の変調を感じることはなかった。なお,滝本弁護士は,相模湖インターチェンジを下りる直前に,景色が広がる場所があり,さわやかな感じがするので,前の方に車が見えなければ10ないし20秒くらいの間外気導入に切り替えることが時々あった。
滝本弁護士は,同料金所を出た後,右側に見える太陽が黒っぽく見え,また,視野全体が暗く速度が出過ぎる感じがして怖くなり速度を落とし,他の車両はライトをつけていないのに自車だけ前照灯までつけている状態で,前のめりの態勢で前方の車を頼りにしてこれに追走した。同弁護士は,同日午後7時半か8時ころ帰宅したが,居間の蛍光灯が4本のうち2本しかついていないのではないかと思われるほど暗く感じた。
滝本弁護士は,家系上,くも膜下出血の前兆ではないかと思い,同年5月11日,前記の症状は出ていなかったが,横浜国際クリニックの脳神経外科を専門とする医師の診察を受け,その際,同医師に対し,同月9日に車を300Km運転したが,その後視野全体が暗くなった旨を話し,MRAとMSAの検査を受けたが,脳血管に異常はなく,脳が萎縮していることもないとの結果だった。滝本弁護士は,視野全体が暗くなる症状が出たのはこのときだけであり,本件行為時前及び同月11日以降そのような症状が出ることはなかった。同弁護士は,同月9日に別荘地の下見の際に写真を撮ったときには,八ヶ岳や別荘地に薄くもやがかかっているように見えたが,その数日後に現像された写真を見るとよく晴れ渡っている状況だった。
滝本弁護士は,同年6月17日に胸痛の症状が出たため,翌18日に医師の診察を受けたところ,気胸と診断され,同年7月に内視鏡手術を受け,肺胞を一部切除したが,そのころには視野全体が暗くなる症状はなかった。
第2  弁護人の主張1(殺人の実行行為性の有無)に対する判断
1  弁護人は,本件行為には殺人の実行行為性がない旨を主張する。
しかしながら,前記の認定事実に照らすと,本件行為は,化学兵器である強い殺傷力を有するサリンを相当程度含有する青色サリン溶液30ないし40ccを滝本車両の運転席側フロントウインドーアンダーパネルの溝部分及びその付近に滴下することにより,その後,同車両に乗り込んで同車両を運転し走行させる者に気化発散したサリンを吸入させ,その結果,同人をサリン中毒により直接的に又は交通事故等を介して間接的に死亡させる現実的危険性を有するものであり,現に滝本弁護士は気化したサリンを吸入してサリン中毒症にかかるなど死の危険にさらされたものであるから,本件行為が殺人の実行行為性を有することは明らかである。
2(1)  弁護人は,本件行為が殺人の実行行為に該当しない理由として,まず,本件で使用された青色サリン溶液がサリン又はその関連物質であるか疑問であることを挙げる。
しかしながら,①Y11が青色サリン溶液を滴下した滝本車両の運転席側のフロントウインドーアンダーパネルの溝及びその付近に対応するフロントウインドーアンダーパネル運転席側の表の面及びカウル右側水抜き穴の付着物から,いずれもサリンの第一次加水分解物であり,比較的安定性を有するメチルホスホン酸モノイソプロピルが検出されたこと(L甲32,86,野中弘孝[150,160回]等),②青色サリン溶液は,その生成時である平成6年2月において,サリンを70%くらい含有していたものであること(「Ⅳ 教団の武装化」12の事実,J[188,249回],O[185回],R[236回]等),③青色サリン溶液は平成6年6月下旬に実行された松本サリン事件にも使用されたものであるが,後記のとおり,犯行現場周辺や被害者の生体資料等からサリンやその第一次加水分解物であるメチルホスホン酸モノイソプロピル,第二次加水分解物であるメチルホスホン酸,サリンの副生成物であるメチルホスホン酸ジイソプロピルが検出されていること,④サリンは自然界には存在せず,かつ,他の化合物からサリンの分解物と同一物が得られることはなく,サリンの分解物であるメチルホスホン酸モノイソプロピル及びメチルホスホン酸が検出され,副生成物であるメチルホスホン酸ジイソプロピルが検出されたということは,実際にサリンが存在した化学的証拠となるとされていること(弁74),⑤その他後記のとおり青色サリン溶液の気化ガスを吸入してサリン中毒と同様の症状に陥った者が少なくないことなどを併せ考えると,本件で使用された青色サリン溶液がサリンを相当程度含有するものであることは明らかである。
(2)  これに対し,弁護人は,Rの公判供述等に基づき,青色サリン溶液生成の最終工程において,イソプロピルアルコールを過剰に加えてしまったために,副生成物であるメチルホスホン酸ジイソプロピルが3割くらいでき,しかも,かなりの量のイソプロピルアルコールが反応しないまま残っていたことから,生成したサリンは,生成後2か月の間に,イソプロピルアルコールの中ですべて分解された可能性がある旨を主張する。
この点について検討すると,まず,Oは,青色サリン溶液生成の最終工程において,当初予定された量のイソプロピルアルコールを投入した後,Jの指示を受け,目算で当初の予定量の4分の1ないし3分の1くらいの量のイソプロピルアルコールを追加して投入したものである(O[185回]。追加投入したのはOであり,追加した量に関するOの同旨の供述の信用性は高い。)。
そして,ジクロ1モルとジフロ1モルとイソプロピルアルコール2モルを反応させるとサリン2モルが生成されること,ジクロ1モルとイソプロピルアルコール2モルを反応させるとメチルホスホン酸ジイソプロピル1モルが生成され,ジフロ1モルとイソプロピルアルコール2モルを反応させるとメチルホスホン酸ジイソプロピル1モルが生成されること,メチルホスホン酸ジイソプロピルがサリンの分解物である可能性は低く,むしろサリン合成の際の副生成物と考えられていることなど関係証拠によって認められる事実関係に照らすと,イソプロピルアルコールを2モルを超えて投入した場合,例えば,予定量の4分の1を更に追加した2.5モルのイソプロピルアルコールを投入した場合には,ジクロとジフロ合わせて1.5モル分が1.5モルのイソプロピルアルコールと反応して1.5モルのサリンが生成され,残りのジクロとジフロ合わせて0.5モル分が残りの1モルのイソプロピルアルコールと反応して0.5モルのメチルホスホン酸ジイソプロピルが副生されるものと認められる(D甲566,弁74,角田紀子[85回],小林寛也[88回]等参照)。分子量は,サリンが140,メチルホスホン酸ジイソプロピルが180であるから,青色サリン溶液内でのそれらの質量比は7対3となるが,このことは,前記認定に係る,青色サリン溶液がサリンを70%くらい含有する事実とよく整合する(なお,青色サリン溶液中にフッ化水素ないし4フッ化ケイ素があるにしても,化学反応式及び分子量に照らすと,その量はサリンの十数分の一以下であり,前記認定を左右するものではない。)。そうすると,追加投入されたイソプロピルアルコールはほぼジクロ及びジフロと反応し,サリンを70%くらい,メチルホスホン酸ジイソプロピルを30%くらいそれぞれ含有する青色サリン溶液が生成されたものであり,その後の時間経過等を考慮しても本件行為時及び松本サリン事件の際にはなお相当程度サリンを含有するものというべきである。
したがって,本件行為時及び松本サリン事件の際には青色サリン溶液中のサリンはイソプロピルアルコール下ですべて分解されてメチルホスホン酸ジイソプロピルとなった旨のRの公判供述は信用することができず,これに依拠する弁護人の前記主張は,その前提を欠くものであるから,採用することができない。そして,このことは,松本サリン事件において,犯行現場周辺等からサリンやメチルホスホン酸ジイソプロピルが検出されたことをよく説明し得ている。
以上のとおりであるから,弁護人の主張1(1)は採用することができない。
3(1)  次に,弁護人は,教団で造った青色サリン溶液中のサリンの殺傷力はそれほど強いものではない旨を主張する。
しかしながら,①青色サリン溶液中には,1m3中にそれが0.1g存在する中にヒトが1分間さらされるとその半数が死に至るほどの強い殺傷力を持つサリンが相当程度含まれていること,②第1次池田事件において,青色サリン溶液を生成した方法と同様の方法に基づき生成したサリンを農薬用噴霧器で噴霧した際,同噴霧器を積載した乗用車に乗車していたC,D,J及びOの4名が,車内に流入したサリンにより,手足が震える,息が苦しくなる,目の前が暗くなるなどのサリン中毒の症状を呈し,パムの注射により事無きを得たが,その症状はJが被告人にサリンを吸って死にかかった旨報告するほどのものであったこと,③第2次池田事件において,青色サリン溶液を生成した方法と同様の方法により生成したサリンを噴霧した際,サリン噴霧車を運転していたDがサリンに被ばくして,視界が暗くなり,呼吸困難に陥り,やがてひん死の状態に至り,パムの注射その他の救急救命措置等により一命を取り留めたこと,④Y11が本件行為の際滝本車両に滴下した青色サリン溶液の気化したガスを吸い,次第に目の前が暗くなる,気持ちが悪くなるなどのサリン中毒の症状を呈したが,パムの注射により事無きを得たこと,⑤本件行為後Y11を乗せた乗用車内にいたNやJも目の前が少し暗くなるなどのサリンによる症状が出たこと,⑥後記のとおり松本サリン事件において,青色サリン溶液が使用されたことから,サリン中毒により住民7人が死亡するなどの重大な結果が生じたことなどを併せ考慮すると,青色サリン溶液中のサリンが強い殺傷力を有するものであることは明らかである。
(2)  これに対し,弁護人は,サリンの予防薬とされている臭化ピリドスチグミンは通常1回当たり30mgを投与することとされているが,メスチノン(1錠は臭化ピリドスチグミン60mg含有)は,それ自体アセチルコリンエステラーゼの活性を阻害するというサリンと同様の効果を持ち,これを服用するとサリンとの相乗効果により,重い中毒症状が出るものであり,第2次池田事件におけるDの症状は,Dが臭化ピリドスチグミン60mgを含有するメスチノン1錠を服用してサリンに被ばくしたことによるもの,すなわち,過剰投与した臭化ピリドスチグミンとサリンの相乗効果により生じたものであって,Dの症状をもって教団で造った青色サリン溶液中のサリンの殺傷力が高いとまではいえない旨を主張し,その根拠として,臭化ピリドスチグミンの過剰投与が有機リン系化合物被害の防御又は治療に逆効果となる旨の学術報告(弁71)があることを挙げる。
そこで検討すると,なるほど,弁71においては,マウスとモルモットを対象とし全血液のアセチルコリンエステラーゼのおよそ30%阻害を誘導するピリドスチグミン(モルモットでは0.47mg/kg,マウスでは0.2mg/kg)と,同60%阻害を誘導するピリドスチグミン(モルモットでは1.9mg/kg,マウスでは0.82mg/kg)をそれぞれ経口投与し,サリンを投与した後,アトロピンと2―PAMを投与したという実験をした結果,モルモットにおいては,①ピリドスチグミンを投与しなかった場合は保護率36.4,②ピリドスチグミン0.47mg/kgを投与した場合は保護率34.9,③ピリドスチグミン1.9mg/kgを投与した場合は保護率23.8,マウスにおいては,④ピリドスチグミンを投与しなかった場合は役護率2.1,⑤ピリドスチグミン0.2mg/kgを投与した場合は保護率2.2,⑥ピリドスチグミン0.82mg/kgを投与した場合は保護率2.0となったことが報告されている。
しかしながら,同報告にある測定値の下限及び上限をも考慮すると,マウスの場合の④⑤⑥の間,モルモットの場合の①②の間にはそれほどの差はなく,しかも,モルモットの場合で明らかに保護率が低下しているとみられる③のピリドスチグミンの投与量(アセチルコリンエステラーゼのおよそ60%を阻害する量)は,②のそれ(同30%を阻害する量)の4倍以上であること,アセチルコリンエステラーゼと可逆的に結合しサリンの予防薬とされている臭化ピリドスチグミンは通常1日3回1回当たり30mgを投与することとされており,ヒトが臭化ピリドスチグミン30mgを服用すると体内の20ないし40%のアセチルコリンエステラーゼが臭化ピリドスチグミンと結合することとされていること(弁73等),メスチノンは1錠中臭化ピリドスチグミン60mgを含む重症筋無力症の治療薬で,1日180mgを3回に分けて服用することとされ,ペンチを使用しても分割することの難しい錠剤であり,その投与が過剰な場合に,ムスカリン様作用として縮瞳等が現れることがあるとされているにとどまること(J[162,187回])などに照らすと,30mgの2倍にすぎない60mgの臭化ピリドスチグミンを含有するメスチノン1錠を1回服用しただけで,前記のDのようなひん死の状態に至るほどのサリンとの相乗効果が生じたとは考え難いというべきである。また,松本サリン事件において,青色サリン溶液が使用された結果,サリン中毒により住民7人が死亡するなどの重大な結果が生じたことなどを併せ考慮すると,青色サリン溶液中のサリンがそれほど殺傷力がないにもかかわらず過剰に投与したメスチノンとの相乗効果ゆえにDに前記の重い中毒症状が生じたなどといえないことは明らかであり,この点に関する弁護人の主張は採用することができない。
(3)  弁護人は,サリンには光学異性体としてプラス体のものとマイナス体のものとがあり,マイナス体のサリンは強い殺傷力を有するものであるのに対し,プラス体のサリンはほとんど毒性がないものであるが,教団で生成した青色サリン溶液中のサリンはほとんど毒性のないプラス体のものであるから,殺傷力の極めて弱いものであった旨を主張する。
しかしながら,サリンに光学異性体としてプラス体のものとマイナス体のものとがあり,そのいずれかによってその効力が極端に異なることがあるにしても,青色サリン溶液中のサリンあるいは教団においてこれと同様の生成方法で生成したサリンの殺傷力は,前記(1)でみてきたとおり,極めて強力なものであると認められるのであり,光学異性体の性質に言及して教団で生成した青色サリン溶液中のサリンの殺傷力が極めて弱いものであったとする弁護人の主張は採用することができない。
以上のとおりであるから,弁護人の主張1(2)は採用することができない。
4(1)  弁護人は,サリンが揮発しやすい天候の下でその少量を滝本車両のボンネットのフロントウインドー部分付近に滴下しただけでは,同車両内へのサリンの流入可能性にも疑問があることなどから,人を死に至らせる危険性はない旨を主張する。
(2)  しかしながら,①滝本車両を使用しての外気流入実験において,滝本車両の運転席側フロントデッキ部(運転席側フロントウインドーアンダーパネルの溝部分)にイソプロピルアルコール30ccを掛けた後,車両のドア,窓,ダンパー(外気取り入れ用)を閉め,オートエアコンを内気循環にした状態で車両を高速道路で約12分間走行させた後,検査をしたところ,車内の助手席側のサイドデフロスター付近の空気からイソプロピルアルコールが検知されたこと(L甲82,山田達雄[150,156回]),②滝本車両の運転席側フロントデッキ部にコーヒー30ccを掛けたところ,コーヒーは右側前部タイヤの後方の地面に流れ落ちたこと,③その流れ落ちた地点で発煙筒をたくと煙は上方に立ち上り,30秒後に運転席側ドアを開閉したところ車内に少量の煙が流入したこと,④同じ地点でドライアイスに水を加えると白色煙状のものが地面上に発生し,30秒後に運転席側ドアを開閉すると煙状のものが吸い込まれるように車内に流入したこと,⑤同車両の運転席側フロントデッキ部付近でドライアイスに水を加えると白色煙状のものが車体をはうように下方に流れ出し,30秒後に運転席側ドアを開閉すると,煙が車内に流入したこと(以上,L甲33,久米一郎[148,152回]),⑥N及びJが,事前に,滝本車両と同車種の車両を使用して,アンモニア水を同車のフロントグリル付近とフロントウインドー付近にそれぞれ滴下し,空気循環を外気導入の状態にして同車を走行させたところ,前者よりも後者のほうが車内でのアンモニア臭が強いことを確認したことなどを併せ考えると,サリンと上記各実験で用いられたイソプロピルアルコール,ドライアイス,アンモニア,コーヒーの化学的性質の種々の違い等を考慮に入れても,滝本車両のドア,窓,ダンパー(外気取り入れ用)を閉め,オートエアコンを外気導入にした場合はもちろんのこと,それを内気循環にした状態でも,滝本車両を走行させた場合,運転席側フロントウインドーアンダーパネルの溝部分に滴下したサリンの気化したガスが外気と共に車内に流入し得るものであること及び,滝本車両の同部分にサリン30ccを滴下した場合,その一部は車両右側前部のタイヤの後方地面に流れ落ちて同所で揮発し,運転席側ドアの開閉により気化したサリンが車内に流入する可能性があることを認めることができる。
(3)  そして,前記のとおりサリンの場合ヒトの経気道半数致死量が0.1g分/m3であることを考慮すると,サリンを相当程度含有する青色サリン溶液30ccを滝本車両の運転席側フロントウインドーアンダーパネルの溝及びその付近に滴下しただけでも,その場で及び走行中に気化したサリンガスを吸入させることなどにより,人を死に至らせる現実的危険性は大きいものと認められる。
以上のとおりであるから,弁護人の主張1(3)は採用することができない。
5(1)  弁護人は,本件行為に殺人の実行行為性が認められない理由の一つとして,滝本弁護士の目の前が暗くなったという症状には疑問があり,そのような症状があったとしても,それは青色サリン溶液中のサリンによるものではない旨を主張する。
(2)  しかしながら,滝本弁護士は,公判で,前記第1の8の認定事実に沿う供述をするところであるが,その中で,視野全体が暗くなる症状についても具体的かつ詳細に述べている上,同弁護士は,本件行為が行われたことさえ知らない平成6年5月11日に脳神経外科を専門とする医師の診察を受けた際,既に同医師に対し,同月9日車を300Km運転したがその後視野全体が暗くなった旨の話をしていた(L甲97,小瀧浩平[150,158回])のであり,同弁護士の前記供述の信用性を疑う余地はないというべきである。
(3)  そして,滝本弁護士は,本件行為の約15分くらい後である平成6年5月9日午後1時30分過ぎころに滝本車両の運転席側のドアを開けて乗り込んでその運転を開始し,同日午後5時前に帰途につくまでには,既に視野全体が暗くなる症状が出始めており,同日午後6時ころ,相模湖インターチェンジの料金所付近で更にその症状が進んでこれを自覚するに至ったこと,滝本弁護士は,本件行為時前に視野全体が暗くなる症状が出たことはなかったし,同症状は,同月11日には既に消失しその後そのような症状が出たことはなく,同月11日の診察においてもそのような症状を呈する脳疾患等の異常は何ら発見されなかったこと,視野全体が暗くなるのはサリンを吸入した場合の症状の一つであること,本件行為後,滝本弁護士が滝本車両に乗車して同車両を運転し走行させたが,その際,同車両内にサリンを流入させ,同弁護士にこれを吸入させることは物理的に可能であることなどを併せ考えると,滝本弁護士の視野全体が暗くなったという症状は青色サリン溶液中のサリンによるものと認められる。
(4)  なお,滝本弁護士の事務所の事務員である粕谷幸枝は,平成8年2月27日付け検察官調書(L甲104)において,「滝本弁護士は,平成6年6月17日依頼人との面談中,『おかしいな。暗い。胸が苦しい。』などと不調を訴え,面談を途中でやめた。同年7月4日に入院して気胸の手術を受けた後は,同弁護士が暗いなどと訴えたことはない。」旨供述する。
しかしながら,前記の滝本の公判供述の信用性に加え,視野全体が暗くなるというのは気胸の一般的な症状ではなく,また,滝本弁護士は呼吸が困難になるほど気胸の症状が重かったわけではないから,平成6年6月17日の気胸の症状として視野全体が暗くなるという症状が出たとは考え難いことや,事務員の粕谷は,滝本弁護士が同年5月11日ころ脳の検査を受けたが何も異常はなかったことを聞いていたこと(以上,前記小瀧浩平及び滝本某の各公判供述)などに照らすと,前記の粕谷供述は,粕谷が同年5月11日ころ聞いた滝本の症状と同年6月17日の出来事とを混同してされたものと疑われるのであり,直ちに信用することはできない。
したがって,弁護人の主張1(4)は採用することができない。
6  以上のとおりであるから,本件行為に殺人の実行行為性がない旨の弁護人の主張1は採用することができない。
第3  弁護人の主張2(殺意及び共謀の有無)に対する判断
1  弁護人は,被告人及びその弟子であるY11ら5名は,青色サリン溶液又は滝本車両に滴下する液体が殺傷力ないし致死性を有するとの認識がなく,本件行為に及んでも人が死亡するとの認識はなかった旨を主張する。
2(1)  しかしながら,まず,被告人についてみると,①被告人は,サリンの殺傷力について繰り返し説法等に及び,また,教団の武装化の一環として,平成5年6月ころ以降,CやR,O,Jらに対し,直接又は間接的に,サリンの生成を指示し,教団でサリンの生成に成功するとこれを使用して2回にわたり池田を殺害するようCらに指示し,平成6年2月に青色サリン溶液30kgが生成された旨の報告を受けた後は,Cらに対し,東京に70tのサリンをまいて壊滅すると言うなどして,サリンプラントの設計を急がせたこと,②被告人は,第1次池田事件の際,600gサリン溶液を噴霧していた乗用車に乗車していたJから,「サリンを吸って死にかかりました。」と報告を受け,Jに対し,「死ななくてよかったな。」と声を掛けたこと,③被告人は,第2次池田事件の際,Dが3kgサリン溶液中のサリンに被ばくし,ひん死の状態に陥った旨の報告を受け,Dが搬送された教団附属医院に赴き,同医院の医師であるVに対し,サリンで池田を殺害しようとしてDがサリンに被ばくした旨の説明をしてその治療をするよう指示したこと,④被告人は,平成6年5月8日夜,Y11に対し,ある人物をポアすることに加担するよう指示した際,その方法がY11にとって「ちょっと危険なワークだ。」と説明したこと,⑤Jが,本件行為を実行するに当たって,第2次池田事件のときのように重症のサリン中毒者が出た場合などを案じて,Vに手伝ってもらおうとした際,被告人がこれを了解したこと,⑥被告人は,本件行為後,Jから,Y11がにおいをかいでしまったようなのでY11にパムを注射した旨の報告を受けた際,Y11に大丈夫かと尋ねたこと,⑦被告人は,本件行為の数日後,滝本弁護士が元気であることを確認し,「結果が出なかったな。」などと言ったことなどの事実を総合すれば,被告人が青色サリン溶液中のサリンの殺傷力や本件行為の現実的危険性を認識した上で,G,N,J,Y10及びY11の5名に対し,滝本弁護士の殺害を指示し,同弁護士を殺害する旨の共謀を遂げたことは明らかである。
(2)  次に,Jについて検討すると,①Jは,被告人の進める武装化計画の一環として,被告人から,強い殺傷力を有するサリンを生成するよう指示を受けたものと認識した上で,そのようなサリンを生成しようと努めたこと(J[179回]等),②Jほか3名は,第1次池田事件の際,600gサリン溶液を噴霧していた乗用車に乗車中,車内に流入したサリンにより,手足が震える,息が苦しくなる,目の前が暗くなるなどのサリン中毒の症状が現れたが,パムの注射により事無きを得,その後,Jが,被告人に「サリンを吸って死にかかりました。」と報告したこと,③J及びNは,第2次池田事件の際,医療担当として現場付近に停めたワゴン車内で待機していたところ,Dが3kgサリン溶液中のサリンに被ばくし,ひん死の状態に陥ったため,パムの注射などその救急救命措置に当たりながら,Dを教団附属医院に搬送したこと,④Jは,青色サリン溶液を生成した際,その7割くらいがサリンである旨認識していたこと(J[162,249回],O[171回]等),⑤Jは,滝本車両に青色サリン溶液を滴下するのに備え,サリンの予防薬としてメスチノン,治療薬として硫酸アトロピンやパムを用意し,Y10に対し,NやJがサリン中毒になった場合には代わりにパムを注射してくれるよう頼んだ上,Vに対し,サリン中毒患者が出た場合に対処できるように準備して待機するよう依頼したこと,⑥Jは,クシティガルバ棟スーパーハウス内のドラフトで,防毒マスク及び合成樹脂製の手袋を着用した上で,青色サリン溶液を遠沈管に入れ,漏れない措置を施すなどして,滝本車両に滴下するサリンを準備したこと,⑦J及びNは,Y11がサリンを吸い込まないで所定の場所にサリンを掛けることができるように,Y11にサリンの代わりに水を自動車に掛ける練習をさせ,その際,JがY11に「掛けるときには顔を背けて,息は止めるように。手や服に付かないように気を付けるように。付いたらすぐに言うように。」などと注意したこと,⑧本件行為の前に,J,N,G,Y10及びY11の5名共,予防薬としてメスチノンを1錠ずつ飲んだこと,⑨Jは,サリン中毒予防のために,Y11に対し,合成樹脂製の手袋を渡し,これをヤオハンで購入した手袋の下に着用するよう指示したこと,⑩Jは,本件行為後,Y11と合流した際,同人に対し,身に着けているものですぐ取れるものをゴミ袋に入れるよう指示した上,目の前が暗くないか,気持ち悪くないかを尋ね,さらに,同人を診察して少し瞳孔が縮んでいることを確認し,同人から「目の前が暗いし,気持ちが悪い。」などと言われ,同人にパムを注射したこと,⑪その際,J及びNは,目の前が少し暗いと言ってお互いにパムを注射し合ったこと,⑫Jは,Vとの待ち合わせ場所でも,Y11からまだ気分が悪く目の前が暗い旨訴えられ,エイジングを恐れ同人に更にパムを注射したこと,⑬Jは,Y11が本件行為時に着用していた衣服等を焼却し,遠沈管を中和処理してNに返したことなどの事実を総合すれば,Jは,池田事件を通じて3kgサリン溶液など教団で生成したサリンが強い殺傷力を有するものであり,同様の方法で生成した30kgサリン溶液がサリンを7割くらい含有する旨認識し,そのサリンの殺傷力や本件行為の現実的危険性を認識した上で,本件行為を行うY11をはじめ現場に赴く5名がサリン中毒により死亡し又は重大な傷害を被ることのないよう事前に周到な準備をし,事後にも十全な注意を払ったものであり,Jが,被告人の前記の指示により,青色サリン溶液中のサリンの殺傷力や本件行為の現実的危険性を認識した上で,滝本弁護士を殺害する意思を持って,Y11ら4名と共に本件行為に及んだことは明らかである。
(3)  Nについて検討すると,前記の(2)(③,⑦,⑧,⑪)の事実のほか,①Nは,一般的に化学兵器であるサリンの殺傷力を知っていたが,被告人は,N,J及びGに対し,サリンの隠語である「魔法」という言葉を用いて「滝本の車に魔法を使う。」と言い,自動車のボンネットなどにサリンを滴下して外気の導入口を通じて車内に気化したサリンを流入させるという内容の話をしたことなどの事実を総合すれば,Nは,30kgサリン溶液など教団で生成したサリンの強い殺傷力を認識した上で,自分やY11らがサリン中毒により死亡し又は重大な傷害を被ることのないよう前記の種々の準備ないし行為に及んだものであり,Nが,被告人の前記の指示により,教団で生成したサリンの殺傷力や本件行為の現実的危険性を認識した上で,滝本弁護士を殺害する意思を持って,Y11ら4名と共に本件行為に及んだことは明らかである。
(4)  Gについて検討すると,Gは,検察官調書(L甲105)で,当時被告人の言った「魔法」という言葉がサリンの隠語であると認識していたかどうか覚えていない旨供述するが,①被告人が,Gらに対し,サリンの隠語である「魔法」という言葉を用いて「滝本の車に魔法を使う。」と言った際,Gは格別その意味について聞き返してはいないこと,②Gは,本件行為の当日,Y10と共に上九一色村を出発した後,予防薬を飲むのを忘れていたY10に注意して二人共メスチノンを飲んだこと,③Gが,同日午後1時15分ころ,口頭弁論に出廷するためクラウンから降りた際,その窓を閉め,Y10に「危険だから窓を開けるなよ。」と注意したこと,④Gが,同日午後1時30分ころ,滝本車両から十数mしか離れていない正面玄関南側のスペースに駐車していたクラウンに乗り込んだ際,Y10に対し,「こんな近くに停めたら危ないじゃない。」としかったことなどの事実に加え,Gが,前記検察官調書で,上記の供述をしながらも,「被告人の言った『魔法』については何らかの薬物だろうと思った。被告人はLSDのことはLSDと言っていた。本件行為より前の時点で,被告人の指示で,人の生命,身体に危害を及ぼすような揮発性のある液体をアメリカに運ぶという計画があった。その危険なものがサリンであり,魔法と呼ばれていたものであるとしたら,私もそのことを聞いていたかもしれない。そのころ,教団で化学兵器の研究もしているという話を聞いていた。」などとも供述していることを併せ考えると,Gは,被告人の指示内容が,化学兵器である強い殺傷力を有するサリンを滝本車両に滴下することにより気化したサリンを滝本弁護士に吸入させるなどして同弁護士を殺害することと理解した上で,同弁護士を殺害する意思を持って,Y11ら4人と共に本件行為に及んだことは明らかである。
(5)  Y10について検討すると,Y10は,公判において,「5月4日ころ,被告人の自宅で被告人に言われてLSDを飲んだとき,意識がなくなるなどして生死の境をさまようという非常にショッキングな強烈な印象が残ったから,滝本車両の外気取入口に仕掛けるものはLSDであり,これを使って滝本に交通事故を起こさせて殺害するのだと思った。」などと供述する。
しかしながら,(4)(②,③)の事実のほか,①Y10は,東京大学医学部を卒業した後同学部付属病院研修医を務めていた経歴を有すること,②Y10は,Jから,事前に飲んでおくように言われて予防薬を渡され,また,NやJが中毒になった場合にはパムを注射するよう頼まれたこと,③Y10は,本件行為後,滝本車両に滴下した液体の気化したガスを吸い込んだかもしれないと思い,NやJらと合流した際,自分にも注射を打ってくださいと頼んだこと,④LSDを服用したときには,Nや被告人から,その蒸気をかいだらおかしくなるなどの注意もなかったし,両名ともマスクをしていたことはなかったこと(以上,Y10[151,156回],J[169回])などの事実を総合して考えると,まず,Y10は,東京大学医学部を卒業した後同学部付属病院研修医を務めていたという経歴を有していた者であり,しかも,実際にLSDを服用したときにはその蒸気をかいではいけないなどの注意も受けていないのであるから,仮に滝本車両にLSDが掛けられるものと認識していたとすれば,Gから危険だからクラウンの窓を開けないように指示された際,滝本車両から相当程度離れたところにクラウンを駐車していたにもかかわらずなぜ危険であるのか疑問に思ってしかるべきであるのにそうではなかったこと,また,Y10は自らLSDを滝本車両に掛ける役割を務めるわけではなく,自分の役割を終えた後は前記クラウンで待機するだけであるのに,なぜ予防薬をしかも自分もGも飲まなければならないのか疑問を抱いてしかるべきであるのにそうではなかったこと,さらに,Y10は,本件行為後,LSDの蒸気を吸い込んだかもしれないという程度で,なぜ治療用の注射を打ってほしいとJらに頼んだのか疑問であること,そもそもY10は,滝本車両の外気取入口にLSDを滴下して車内に流入させ運転者を交通事故死させ得るものと理解したのか甚だ疑問であることなどからすれば,Y10が本件行為時において滝本車両にLSDを滴下するものと認識していた旨のY10の前記公判供述は信用することができない。むしろ,平成6年3月ころの被告人の説法において,教団が毒ガス攻撃を受けている話があり,その際,毒ガスとしてサリンも挙げられ,また,その一環として,「教団は,アセチルコリンと呼ばれる体内物質と反応し神経系の働きを完全に停止させ呼吸停止等により死に至らしめる毒ガスであるサリンやソマンと呼ばれる神経ガスの攻撃を受けているが,今,教団では,サリンやソマンに対し,それを消す実験,すなわち,弱アルカリ性の水酸化カルシウム等の水溶液を空気中に噴霧してサリンやソマン等と反応させて無毒化する方法を実験している。」などの説法もされ,Y10もこれを聞いてそのように認識していると推認されること(Y10[154回],弁26等)などをも併せ考えると,Y10は,被告人の指示を受け,強い殺傷力を強つサリンをはじめとする化学兵器を滝本車両に滴下し,これを滝本弁護士に吸入させるなどして同人を殺害する意思を持って,Y11ら4人と共に本件行為に及んだことは明らかである。
(6)  Y11について検討すると,本件行為の実行担当者であるY11は,公判において,「その液体によって,その車の持ち主の気分を悪くさせたり,ブレーキを効かなくさせたりして事故を起こさせるのかなと思った。その液体がどういう物質であるかは聞いていなかった。」などと供述する。
しかしながら,①Y11は,被告人から,「ちょっと危険なワークだ。」「ある人物をポアしようと思う。」と言われたこと,②Y11は,その当時,ポアの現実的な意味として殺すという意味があることを知っていたこと,③Y11は,N及びJからそのワークの手本を見せられ,その練習をした際,液体を車に掛けるときには,顔を背けて息を止め,手や服に付かないように気を付け,手や服に付いたらすぐ言うように注意を受けたことや,④Y11は,本件行為時までには,液体を掛ける車両の使用者が教団に敵対する人物であることを認識したこと(Y11[154,159回]),⑤前記のとおり,被告人により,平成6年3月ころには,教団がサリン等の毒ガス攻撃を受けているなどの説法がされ,その一環として,サリン等を無毒化する実験をしているなどの説法もされていたことなどを併せ考えると,Y11は,被告人の指示を受け,強い殺傷力を持つサリンをはじめとする神経ガスの液化したものを指定された車両に滴下し,その車両を運転する者にそのガスを吸入させるなどして同人を殺害する意思を持って,本件行為に及んだことは明らかである。
(7)  以上によれば,被告人は,青色サリン溶液中のサリンの強い殺傷力や本件行為の現実的危険性を認識した上で,滝本弁護士をそのサリンにより殺害しようと企て,G,N,J,Y10及びY11の5名に対し,サリンによる滝本弁護士の殺害を指示し,G,N,J,Y10及びY11の5名はいずれも被告人の指示内容を理解した上で,滝本弁護士を殺害する意思を持って,本件行為に及んだものであることを優に認めることができる。
3(1)  これに対し,弁護人は,サリンの生成過程や2回にわたる池田事件等に関与したC,J,Nらは,教団で生成されたサリンについては,強い殺傷力はなく,致死性はないものと認識するに至り,特に,Jは,教団生成のサリンは光学異性体であって一般のサリンより効力は数千倍も低く,また,臭化ピリドスチグミンを過剰投与した場合は,サリンとの相乗効果により,サリンの効果としてではなく,臭化ピリドスチグミンの効果としてサリンと同様の効果が生じるものとの認識を抱き,被告人は,CやJから,これらの報告を受けており,被告人においても,教団生成のサリンの殺傷力は強いものではなく,致死性はないとの認識を持っていた旨主張する。
(2)  この点に関し,Jは,公判において,上記弁護人の主張と同旨の供述をし,「第2次池田事件の際,メスチノンを飲んでサリンと類似の症状が出たということがあり,薬効からもそういうことが明らかなので,メスチノンの作用とサリンの作用が重なることはないのかと思って,事件の直後に図書館で調べたところ,メスチノンはむしろサリンに対しては予防効果がなくて害作用のほうが大きいという論文があったので,すぐに,Cや被告人に対し,メスチノンはサリンに関して効果がなく,むしろ害になることを話した。そして,私は,このような調査の結果,1錠が臭化ピリドスチグミン60mgの錠剤であるメスチノンを1錠を飲むと過量投与となり,Dはその過量投与となるメスチノン1錠を飲んだ上で,サリンに被ばくしたためにその症状がひどくなったのではないかと考えるに至った。」「平成6年1月にCらとロシアに行った際,Cがロシア科学アカデミーの関係者と会い,サリンには2種類あり,化学式が同じでも光学異性体であると毒性が数千倍違い,毒性の非常に強いサリンを選択的に造る方法もあるという話を聞いてきた。3回目のサリンを造るときにその方法を採用しようという話は出たが,全く違う方法であり,既に従前の方法で造り始めていたので,その新たな方法は採用しなかった。私は,ロシア訪問を経て,教団で造ったサリンは毒性の強いものと弱いものの混合物であり,その総体としては毒性の弱いものとの認識を持った。」などと述べ,教団で造ったサリンの毒性は低く,殺傷力はそれほどないと思っていた旨供述する。
(3)  しかしながら,①Jは,被告人から強い殺傷力のあるサリンを生成するよう指示を受けたものと認識した上でそのようなサリンを生成しようと努めていたのであるから,3回目にサリンを造る際に,それまで教団で造ってきたサリンの殺傷力に疑問を持っていたならば,たとえ既に従前の方法でサリンの生成に着手していても,関係者に相談するなどして毒性の非常に強いサリンを選択的に造る方法を採用し,あるいは,従前の方法とは違う方法で生成することを検討するなどして毒性の高い,強い殺傷力を持つサリンを造るように努めてしかるべきであるのに,そのようなことをすることなく,従前の方法によりサリンの生成を続けていること,②Jは,青色サリン溶液中のサリンの殺傷力が強いことを認識しているからこそ,前記の2(2)(⑤ないし⑬)のとおり,本件行為の前後において,周到かつ入念にサリン中毒の予防又は治療等の種々の行為に及んだものと考えるのが自然であること,③Jは,サリン中毒の予防薬としてメスチノンを準備し,本件行為前にY11ら5名に1人当たりメスチノン1錠分を渡して服用させたものである(Y11にはメスチノン1錠を半分に割って半錠分を渡したとのJの公判供述は,Y11の反対趣旨の供述等によりもとより信用することができない。)が,少なくとも第2次池田事件の直後において,臭化ピリドスチグミン60mgを含有するメスチノン1錠はサリン中毒の予防としては過量であると認識したのであるならば,各自にメスチノンを1錠ずつ服用させることは考えられず,むしろ,各自にメスチノン1錠を服用させていることは,Jが臭化ピリドスチグミンの過量投与について全く認識していなかったことを物語っていること,④Jは,捜査段階においては,メスチノン1錠がサリン中毒の予防としては過量であり,過量のメスチノンとサリンの相乗作用によりDの症状が重くなったこと,第2次池田事件の直後,図書館で調べた結果,そのようなことが分かり,その旨をCや被告人に伝えたこと,サリンには2種類あり,光学異性体であると毒性が数千倍違うことをロシア訪問で知ったこと,以上のことから,教団で造ったサリンの毒性は弱く,殺傷力がそれほどないとの認識に至ったことなどを供述してはおらず,むしろ,Jが教団で造ったサリンに強い殺傷力があること及びそのことを池田事件等により認識したことや,Jにメスチノン1錠が過量であるとの認識がなかったことなどを前提に,平成7年6月5日付け検察官調書(A甲12081)では「地下鉄サリン事件の際に,Nから予防薬を5錠くれと言われ,私は,サリン中毒の予防薬としても使えるメスチノン5錠(正式名称臭化ピリドスチグミン)を渡した。これは,両面をアルミ箔でパッケージしてある薬で,この予防薬の容量は1人1錠で,事前に飲んでおくものなので,地下鉄でサリンをまく実行グループは5人なのだろうと思った。」旨,同年7月28日付け検察官調書(L甲99)では,「第2次池田事件のとき,Dは本当に生命が危ない状況で,Dはこのとき予防薬を飲んでいたが,もしメスチノンを飲んでいなかったら死んでいたと思う。」「噴霧後,Cがそのまま防毒マスクを着けていたので何ともなかったのに対し,Dは,途中でマスクを外してしまったためにサリン中毒になったようだった。」旨,同年8月6日付け検察官調書(D甲805)では「松本サリン事件では,Y12とPに対し,噴霧したガスは非常に危険なガスであり,吸ったら死ぬ可能性があると言って注意した。」「12lもの大量のサリンを噴霧すれば,大勢の人が死亡したり負傷したりすることも,これまた十分過ぎるほど分かっていた。」旨,同日付け(D甲805)及び同月7日付け(D甲806)各検察官調書では「松本サリン事件の際にはあらかじめ全員がメスチノンを1錠ずつ飲んだ。」旨,同日付け検察官調書(D甲807)では「サリンの毒性の持続期間については実際のところよく分からず,これについて他の者と話し合ったこともなかった。私の読んだ文献にはほとんど記載されていなかった。だから,私の認識としては,長期間保管した場合,多少サリンの毒性が弱まることがあったとしても,噴霧して人を殺すことは十分できるだろうという程度のものだった。」旨,平成8年3月5日付け検察官調書(L甲103)では「Y11にサリンの代わりに水を使って車に掛ける練習をさせたのは,所定の場所にサリンを掛けさせるためと,非常に危険な物質であるサリンをY11が吸い込まないようにするためであった。」「実行役でないGやY10にメスチノンを飲ませたのは,第2次池田事件のときに,Dがサリンを吸って死にかかったことがあったので,怖かったというのが一番の理由だった。」旨をそれぞれ供述しており,後記のとおり,これらの供述の信用性が高いことや,Jが公判でこのような供述を変遷させたことについて合理的な説明をし得ていないことなどに照らすと,前記(2)のJの公判供述は信用することができない。
(4)  なお,弁護人は,Jの上記のものを含む検察官調書5通(L甲99ないし103)に関し,Jは,既に坂本事件,地下鉄サリン事件,松本サリン事件でも起訴されているし,逮捕された直後から,死刑になって責任をとるしかないと思っていたので調書の内容についてはどうでもいいという心境であり,検察官がそのような調書を作りたいと望んでいたので,検察官に妥協し,検察官の言うままに調書に署名指印したとして,Jの同旨の公判供述を援用した上,Jの同検察官調書における供述は信用することができない旨を主張する。
しかしながら,Jは,平成7年5月18日地下鉄サリン事件で逮捕され,事件については黙秘していたが,同月24日,弁護人と接見し,同月25日,事件について話すことを決意し,その心境について,同月26日,陳述書(L甲98)に「私は今回のサリンに関する事件に関与していた事実を認めます。私がこの事実を認める気持ちになったのは,何も知らないで,作業に従事した同僚や後輩のためです。そして,また,事件に全く関与することのなかった大部分の朋友のためです。C氏が,死去された今,私が弁護し,真実を明らかにしてやるべき者も数多く存在することと考えます。彼らのため,私は自らの責任を明確にし,罪なき者が苦しむことのなきよう,真実をお話しする所存です。」としたためて,事実関係を述べ始め,同年6月3日,同月5日及び同月6日にそれぞれ検察官調書(A甲12080ないし12082)が作成され,特にその同月3日付け検察官調書においては,「最初に,今回の地下鉄サリン事件のような大量殺人・殺人未遂に私が関与した動機について話をする。別の機会に詳しく話をしようと思っているが,私は,これまでに,坂本弁護士一家失踪事件,松本サリン事件,假谷さん拉致事件等の多くの事件に関与し,多くの人を殺してきた。」との記載がされていること,Jは,その後,他の事件についても事実関係を認め,少なくとも,同年7月28日から同年8月7日までの間に松本サリン事件について5通(D甲802ないし806,ただし,最初の2通は,池田事件及び青色サリン溶液生成に関するものでL甲99,100と同じもの。),同月24日から同月30日までの間に假谷事件について7通(J甲161ないし167),同年9月26日から同年10月3日までの間に坂本弁護士一家殺害事件について4通(G甲161ないし164),平成8年2月29日から同年3月5日までの間に3通(L甲101ないし103)の検察官調書がそれぞれ作成されたこと(J[193回]等)に照らすと,Jは,何も知らないで地下鉄サリン事件に関連する作業に従事した教団信者らのために,罪のない者が苦しむことのないように,真実を明らかにして自らの責任を明確にしようとして,地下鉄サリン事件について事実関係を供述し,引き続き,滝本サリン事件を含め他の事件についてもできる限り真実を明らかにしようと努め,供述してきたものと認められる。
そして,他方で,Jは,滝本サリン事件においては,検察官調書の中で,「滝本弁護士を殺す理由について,被告人の指示の時点ではっきりとは分からなかった。」「被告人の滝本弁護士を殺害する指示のときに,ポアという言葉を使ったかどうか記憶がはっきりしない。」などと供述しているほか,本件行為後Gらとの合流場所でY11の瞳孔を見て,「縮んでいるな。」と言ったのではないかとの検察官の問いに対し,「私は,そのように言った記憶はない。」旨,Y11が息苦しさを訴えたので2回目のパムを注射したのではないかとの検察官の問いに対し,「私の記憶では,Y11が息苦しさを訴えたようなことはなかったと思う。」旨,Y11は容器の中の液体が何らかの危険な物質であることは十分に分かったのではないかとの検察官の問いに対し,「それは,Y11の認識の問題なので,Y11に聞いてほしい。」旨それぞれ答えるなど,その供述内容は,検察官が作りたいと望んでいる調書に検察官の言うままに署名指印した者あるいは,調書の内容についてはどうでもいいという心境の持ち主が供述したものとは到底考えられない。
また,Jは,前記の最初の検察官調書(A甲12080)では,「私は,一般社会で生きていけない私を今日まで導いてくださったという意味で,今でも甲野太郎尊師に救われたと思っている。」と供述しており,その捜査段階における供述の経緯,内容や公判での供述内容,態度等に照らしても,Jが格別被告人との関係で被告人に不利益なうその供述をしているものとは考えられない。
なお,弁護人は,Jの公判供述が事実であるとの前提に立ったとしてもJが他に関与した事件のことを考慮すると,Jの刑事責任が軽減されるとは思われず,そのことはJも自覚している旨を主張する。しかしながら,Jの他の事件での供述内容や,滝本サリン事件で使用した青色サリン溶液が松本サリン事件でも使用されているものであることなどを併せ考えると,Jが,青色サリン溶液中のサリンの致死性又はこれに対する認識を否認したのは,Jを含め,サリンに関連する一連の犯行に関与した教団信者らの刑責を軽減する意図に出たものとみるのが自然である。
以上のとおりであるから,滝本サリン事件に関係するJの前記検察官調書(L甲99ないし103)におけるJの供述はその全部を信用することができるわけではないものの,前記(3)④記載の供述をはじめ自己に不利益な供述部分の信用性は高いというべきである。
(5)  したがって,被告人がJらから教団生成のサリンの殺傷力が強いものではなく致死性はない旨の報告を受けてそのような認識を有していた旨の弁護人の前記(1)の主張は採用することができない。
4  また,弁護人は,被告人は,教団信者の脱会について執着はなく,滝本弁護士が脱会にかかわっているにしても同弁護士に対して殺意を抱くほどの反感は持っていないし,滝本弁護士の空中浮揚写真を見せられたとしても修行とは無縁な者の写真は単なるまねごとにすぎないから,このような写真で被告人が滝本弁護士に対して殺意を抱くとは考えられないことなどを理由として,被告人には,滝本弁護士を殺害する動機が全くない旨を主張する。
しかしながら,前記犯行に至る経緯のとおり,当時,被告人は,オウム国家の建設に向け武装化計画の一環として大量の出家信者の獲得を目指していたものであり,そのような時期に,教団信者獲得の有力な手段の一つであったいわゆる被告人の空中浮揚の写真を真似た滝本弁護士自らの空中浮揚の写真を利用し教団の実態等を明らかにするなどして教団信者に対する出家阻止,脱会のためのカウンセリング活動を活発化させている滝本弁護士をそのまま放置することができないと考え,同弁護士の殺害を決意するに至ったものであり,その動機形成の経緯は,坂本事件や永岡VX事件の場合と同様に十分了解可能である。Jは,検察官調書(L甲101)で,滝本弁護士は教団と対立関係にある弁護士で悪業を積んでおり,教団の活動の妨げになるので何とかしなければならないと被告人が考えているという認識を持ったので,滝本弁護士殺害の指示の直前に,被告人とGとの間で,これに近い話が出ていたのではないかと思う旨供述しているが,J自身が滝本弁護士に関する被告人の心情について上記のような認識を持っていること自体,前記認定に係る動機の存在を物語っている。
したがって,弁護人の上記主張は採用することができない。
5  さらに,弁護人は,被告人は,グルが弟子に対しその指示どおりの成果が出ないことを承知の上で無理難題とも思われるような課題を与え実行させるという修行であるマハームドラーの一環として,Nらに対し,本件行為を指示したにすぎない旨を主張する。
しかしながら,被告人は,前記のとおり,教団信者に対する出家阻止,脱会のためのカウンセリング活動を活発化させている滝本弁護士をこのまま放置することはできないと考えてその殺害を積極的に意欲し,強い殺傷力をを持つサリンを滝本車両に滴下して気化発散したサリンを吸入させ,人の死という結果を発生させる現実的危険性を有する本件行為をNやJらに指示したものであり,その指示を受けたNやJらにおいても,本件行為がそのような現実的危険性を有するものであることを認識しながら,本件行為に及んだものである。したがって,被告人が,その指示どおりの成果が出ないことを承知の上で,マハームドラーの一環として,Nらに対し,本件行為を指示したものといえないことは明らかであって,弁護人の上記主張は採用することができない。
6  以上のとおりであるから,被告人に滝本弁護士に対する殺意及び同弁護士を殺害する旨の共謀がないとの弁護人の主張2は採用することができない。
[Ⅶ 松本サリン事件について]
〔弁護人の主張〕
1  次の証拠は,違法収集証拠として,証拠能力が否定されるべきである。
(1)  D甲540の鑑定資料である東山西駐車場の土砂は,司法警察員が付近の実況見分に際し採取したものであるが,その所有者の承諾を得ることなく被疑者の遺留物として領置した疑いが強い。したがって,D甲540の鑑定書は,その鑑定資料の押収手続に令状主義に反する重大な違法があるから,証拠能力はない。
(2)  D甲544の鑑定資料である東山一夫方(以下「東山方」という。)及びa8方(以下「a8方」という。)の各池の水は,司法警察員がその池の所有者の承諾を得ることなく領置したものである。したがって,D甲544の鑑定書は,その鑑定資料の押収手続に令状主義に反する重大な違法があるから,証拠能力はない。
(3)  D甲566の鑑定資料である△△生命寮302号室の浴室内にあった洗面器内の水は,司法警察員がその洗面器の所有者の承諾を得ることなく領置したものである。したがって,D甲566の鑑定書は,その鑑定資料の押収手続に令状主義に反する重大な違法があるから,証拠能力はない。
(4)  D甲693の鑑定書は,その鑑定資料である加熱容器3個(以下「本件加熱容器」という。)の押収手続に次のとおり令状主義に反する重大な違法があるから,証拠能力はない。
ア 本件加熱容器の捜索差押えは,いわゆる地下鉄サリン事件の被疑事実に基づいて発せられた捜索差押許可状(以下「本件捜索差押許可状」という。)によりいわゆる松本サリン事件の被疑事実に係る物件を対象として行われたものであるから,憲法35条2項に反する。
イ 本件捜索差押許可状に基づく捜索差押えは,平成7年5月23日に実施され,その後中断され,同年6月14日に捜索差押えが再開されたものであるとしても,到底同一の機会の捜索差押えが継続していることを前提とした中断とみることはできず,同日における本件加熱容器に対する捜索差押えは,それ以前の別の機会に行われた捜索差押えと共に1個の令状で済ませたものであり,憲法35条2項に違反する。
ウ 本件加熱容器を差し押さえた捜査官は当時本件加熱容器が地下鉄サリン事件で使用されたものでないことを認識していたから,本件加熱容器は,地下鉄サリン事件に係る本件捜索差押許可状記載の「サリンの生成,試験,保管又は運搬に使用したと思料される容器」に該当せず,同許可状記載の「差し押さえるべき物」の範囲を超えており,本件加熱容器に対する捜索差押えは,憲法35条1項,刑訴法219条1項に違反する。
(5)  D甲698の鑑定書は,その鑑定資料である本件加熱容器の付着物の収集手続に次のとおり令状主義に反する重大な違法があるから,証拠能力はない。
ア 本件加熱容器の押収手続に前記の違法があるから,その付着物の収集手続も違法である。
イ 本件加熱容器の付着物は,同容器に強く付着しているから,その所有権は,本件加熱容器の所有者にあるところ,捜査官は,その所有者を確認する努力もせず,鑑定処分許可状の要否を検討することもなく,漫然とその付着物を遺留物として領置したものであるから,その収集手続は令状主義を潜脱した違法がある。
(6)  D甲823の鑑定資料及びD甲825の鑑定資料のうち一覧表資料番号7ないし9は,鑑定受託者である医師がa6,a5,a1から採取した血液,脳,肺などの生体資料であるが,同医師は自らこれらの資料についての検査を行わず,これをいったん長野県警察本部(以下「長野県警」という。)に任意提出し,長野県警から科学警察研究所(以下「科警研」という。)に鑑定が嘱託されたものである。しかしながら,他の機関において鑑定させるのであれば,別個に鑑定処分許可状により資料の採取をさせるべきであって,上記のように死体解剖のための鑑定処分許可状をもって,これに代えることは許されない。したがって,この点において令状主義に反する重大な違法があるから,D甲823の鑑定書及びD甲825の鑑定書のうち資料番号7ないし9に係る部分は証拠能力がない。
(7)  D甲830の鑑定資料のうち一覧表資料番号1の水抽出物は,a8方の池の水について長野県警刑事部科学捜査研究所(以下「長野県警科捜研」という。)において抽出作業をした後のものであるが,この元になる池の水は,a8方の所有物であるのに,何らの令状もなく遺留品として領置したものである。したがって,D甲830の鑑定書は,上記の鑑定資料の押収手続に令状主義に反する重大な違法があるから,同鑑定資料に係る部分は証拠能力がない。
(8)  D甲825の鑑定資料のうち一覧表資料番号3,4は,△△生命寮,××ハイツにおいて窓や家具などを拭き取ったガーゼであるとされているが,この点については何らの立証もされていない。したがって,D甲825の鑑定書は,上記の鑑定資料については関連性がないから,同鑑定資料に係る部分については証拠能力がない。
(9)  D甲825の鑑定資料のうち一覧表資料番号10ないし15は,a6,a3,a7,a1,a2,a4の鼻汁,血液などの生体資料であるが,その採取手続には鑑定処分許可状又は捜索差押許可状が必要であるのに,被疑者が遺留した毒物を遺留物として領置したものである。したがって,D甲825の鑑定書は,上記の鑑定資料の採取手続に令状主義に反する重大な違法があるから,同鑑定資料に係る部分については証拠能力がない。
(10)  D甲827ないし829の医師福島弘文作成の各鑑定書は,科警研における血液や現場遺留物の鑑定の結果,サリン関連物質が検出されたことに依拠しているが,前記のとおり,科警研における鑑定資料の収集過程に令状主義に反する重大な違法があり,これに基づく科警研の鑑定書も証拠能力がない。したがって,同鑑定書に依拠したD甲827ないし829の各鑑定書も証拠能力がない。
2  発散現場又は被害者から採取された資料から検出されたものがサリン又はサリン関連物質であるとする各鑑定の結果には疑問の余地があり,発散されたものがサリンであったとの事実について,合理的な疑いをいれない程度の立証がない。
滝本サリン事件における弁護人の主張のとおり,青色サリン溶液中のサリンは,生成後約4か月を経た本件時点においてはサリンはすべてイソプロピルアルコールによって分解されている可能性が高い。
3  気化発散されたものがサリンであったとしても,本件後に周辺住民を対象としてされたアンケート調査では,平成6年6月27日午後8時から同日午後10時までの間に鼻水が出る,息が苦しいなどの症状を自覚していた人が計13名,本件実行行為から既に7時間以上経過している同月28日午前6時から同日午前11時までの間も多数の人が同様の症状を自覚していた旨の結果となっている。本件の実行行為より前に症状を自覚した前者の13名の症状については実行行為との因果関係が否定されるべきであり,後者の多数の者の症状については相当因果関係が否定されるべきであるが,どの時点より前あるいはどの時点より後であるなら因果関係が否定されるのか,その限界について,明らかにされていないから,結論において,どの被害者の症状について,実行行為と因果関係があるのかについて立証がなく,したがって,実行行為と被害者の死傷との間の因果関係が不明であるというべきである。
4  次の理由から,被告人は,CやDらとの間で,判示の松本市内でのサリンによる無差別殺りく,すなわち,松本市内でサリンを発散させて不特定多数の者を殺害する旨(松本サリン事件)の共謀をしていない。
(1)  検察官が松本サリン事件の謀議が遂げられたと主張する,平成6年6月20日ころ被告人の部屋で被告人,C,D,N及びJの間で行われた話合いにおいては,Cが突然サリンを散布する旨の提案をしたものの,DやJから散布する側の危険性を指摘されるなどして結局その提案は具体化されることなく否定されたものであって,その話合いは松本市内でサリンを発散させて人を殺害する旨の共謀と評価されるべき実体を持たないものである。また,被告人が,サリンを散布する対象を地裁松本支部から裁判所宿舎に変更することを指示又は了承したことはない。同事件は,Cが,サリンの新しい噴霧方法を実験してみたいと考え,独断でサリンを散布する計画を進め,Dら他の実行メンバー6名と共に,教団で生成したサリンを松本市内で発散させたものである。
(2)  そもそも被告人,D,N及びJは,池田事件又は滝本サリン事件等を通じて,教団で生成したサリンが殺傷力を有するものではないと認識するに至っていた。Cもその殺傷力に疑問を持たざるを得ない状況であったが,あきらめることなく噴霧方法の工夫に取り組んでいた。Y1は,サリンに殺傷力があることを知らず,P及びY12は,松本市内でサリンを散布すること自体を知らされていなかった。
(3)  また,被告人は,地裁松本支部に係属していた民事訴訟について,売買部分は勝訴するだろうとGから伝えられ,賃貸借部分は当初の予定より手狭な建物が完成している以上勝訴しても意味のないことと考えていたのであるから,教団の主張を排斥するおそれのある地裁松本支部の裁判官を殺害するために裁判所ないし裁判所宿舎を標的としてサリンを噴霧するという動機は成立し得ないものである。
〔当裁判所の判断〕
第1  弁護人の主張1(違法収集証拠排除)に対する判断
弁護人は,前記のとおり,鑑定書等について違法収集証拠としてその証拠能力が否定されるべきである旨を主張するので,当裁判所がこれらの証拠についていずれも証拠能力を肯定した理由について補足して説明する。
1  D甲540(東山西駐車場の土砂の鑑定書)について
関係証拠によれば,①平成6年6月27日深夜から翌28日未明にかけて松本市北深志1丁目において,多数の死傷者が発生した事件が起きたことから,松本警察署警察官樋口伸夫は,同日午前6時ころから同年7月5日午後9時15分ころまでの間,付近一帯の全般的な実況見分を行ったこと,②樋口警察官は,何らかの毒物を発生させたとするとその発生源はわずかに白く変色している部分のある東山西駐車場東側ではないかと考え,同月1日,実況見分の一環として,2m四方を1区画として同駐車場東側を27区画に分け,各区画から表面部分について握りこぶし大くらいずつの無価物でしかも毒物が混入している可能性のある土砂を採取したこと,③東山西駐車場の所有者である東山一夫は,同日,同駐車場における実況見分に立ち会い,駐車場の範囲等に関する樋口警察官からの質問に応じていたこと,④東山一夫は,同駐車場における実況見分について格別の異議を申し出ていないこと,⑤同駐車場は,車両出入口が2か所あり,いずれも鎖はあるが張ってなく,いつも自由に出入りできる状態になっていたことなどの事実が認められる。
以上の事実関係に照らすと,同駐車場東側における上記土砂の採取は,少なくともその所有者である東山一夫の黙示の承諾を得て行われたものであり,これを採取し領置した手続に違法はないというべきである。
2  D甲544(a8方及び東山方の各池の水の鑑定書)について
関係証拠によれば,①平成6年6月27日深夜から翌28日未明にかけて松本市北深志1丁目のa8方及びその周辺において,多数の死傷者が発生した事件が起きたが,松本警察署警察官山岸政則及び長野県警警察官宮下秀俊は,その報を受けるとともに,同本部警察官から,山岸警察官においてはa8方の実況見分をするように,宮下警察官においてはa8方の池の中に毒物が混入している可能性があることなどからその池などの水を採取するようにそれぞれ指示され,同日午前5時ころa8方に赴いたこと,②当時a8方で負傷者が出ていたためa8らは子供1人を置いて病院に行っており,a8方にやってきた友人の西田二夫がその留守を任されていたこと,③山岸警察官らはa8方で西田二夫の承諾を得て実況見分を始め,同人がその立会人となったこと,④宮下警察官はa8方の池に行き,その池の水を約250cc採取して領置し,さらに,フェンス等もなかったことからその南側にある東山方の池をa8方の池と誤信し,東山方の池の水を約250cc採取して領置したこと,⑤山岸警察官は,西田二夫の見ているところで,a8方の犬小屋の前にあった漬物樽のポリバケツ内の水を約250cc採取して領置したが,西田二夫に格別異議を述べられることはなかったことなどの事実が認められる。
これらの事実に照らすと,宮下警察官は,a8方及びその周辺で多数の死傷者が出たという状況の下で,a8方の留守を任されている西田二夫の承諾を得て開始されたa8方の実況見分の一環として,屋外にあるa8方の池の無価物でしかも毒物が混入している可能性のある水を約250cc採取したにすぎず,犬小屋の前のポリバケツ内の水の採取にも格別異議が述べられていないのであるから,a8方の池の水の採取については留守を任されている西田二夫の推定的承諾があったと認められ,したがって,その採取し領置した手続に違法はないというべきである。
また,宮下警察官は,東山方の池の水をその所有者の現実の承諾なく採取したものではあるが,a8方の適法な実況見分の一環として行う認識の下で,しかも,周囲の状況から東山方の池をa8方の池と誤信して,屋外にある東山方の池の無価物でしかも毒物が混入している可能性のある水を約250cc採取して領置したものであるから,東山方の池の水を採取し領置した手続に,これを鑑定資料とする鑑定書の証拠能力を否定するまでの瑕疵があったとはいえないというべきである。
3  D甲566(△△生命寮302号室浴室内の洗面器内の水の鑑定書)について
関係証拠によれば,①前記のとおり,平成6年6月27日深夜から翌28日未明にかけて松本市北深志1丁目において,多数の死傷者が発生した事件が起きたことから,長野県警警察官楜沢唯幸は,同警察官岡村繁和らを補助者として,同日午前6時5分ころ,同所にある△△生命寮について,同寮の管理人らを立会人として,実況見分を始めたこと,②同寮302号室の居住者a6は浴室内で倒れ病院に搬送され同日午前2時19分ころ死亡していたことから,楜沢警察官は,管理人に302号室のドアの錠を開けてもらい,同室の実況見分を始め,その後,同警察官から指示を受けた岡村警察官が,管理人の立会の下で,同室浴室内の洗面器内の無価物でしかも毒物が混入している可能性のある水を約250cc採取し領置したことなどの事実が認められる。
したがって,上記洗面器内の水の採取については,△△生命寮の管理人の承諾があるから,これを採取し領置した手続に違法はないというべきである。
4  D甲693(本件加熱容器の鑑定書)について
関係証拠によれば,①平成7年5月18日に発付された地下鉄サリン事件を被疑事実とする本件捜索差押許可状に基づき同月23日から第6サティアン等において捜索差押えがされたが,大規模複雑事案で捜索場所が広範で押収物が多数あることなどからその執行が中止されたこと,②その後,警視庁警察官天野新一は,上司から,Y3が松本サリン事件で使った本件加熱容器等を第6サティアンに捨てたと供述している旨聞かされ,本件加熱容器等の捜索差押えをするよう指示を受け,同年6月14日,本件捜索差押許可状に基づき捜索差押えを再開し,第6サティアンを捜索し本件加熱容器等を差し押さえたこと(以下,これを「第1次捜索差押え」という。),③Y3がその加熱容器を示され,それが松本サリン事件で使われたものと確認したことから,同月19日に発付された松本サリン事件を被疑事実とする差押許可状に基づき,同月20日,本件加熱容器について差押えがされたこと(以下,これを「第2次差押え」という。)などの事実が認められる。
そこで検討すると,本件加熱容器は,これに付着残留しているサリン関連物質の鑑定等を通じて地下鉄サリン事件で使われたサリンと松本サリン事件で使われたサリンが同じものであるか否かを明らかにすることにより,地下鉄サリン事件に係る裏付け証拠になり得るのであるから,第1次捜索差押えは,地下鉄サリン事件の被疑事実に係る証拠についてされたものであり,本件捜索差押許可状に基づくそれ以前の捜索差押えとの継続性も認められ,しかも,本件加熱容器は,地下鉄サリン事件の裏付け証拠となり得る松本サリン事件で使われた「サリンの保管及び運搬に使用したと思料される容器」に該当するものであって,第1次捜索差押えは,憲法35条,刑訴法219条1項に違反しないものと解するのが相当である。もとより,本件加熱容器は,松本サリン事件の被疑事実に係る差押許可状に基づき第2次差押えがされており,その押収過程に何ら違法はないというべきである。
5  D甲698(本件加熱容器の付着物の鑑定書)について
本件加熱容器の押収手続が違法でないことは前記のとおりであるから,その違法を前提とする弁護人の前記主張は理由がない。
次に,関係証拠によれば,警視庁警察官金原哲比己は,平成7年6月16日,警視庁築地警察署において,本件加熱容器の実況見分と並行して,上司の指示により,金ベラでこそぎ落としたりすくったりし,キムワイプでふき取り,ピンセットで直接つまみ,鑑識採証テープに押し当てて付着させるなどの方法により本件加熱容器の合計14か所から付着物を採取したことが認められる。そして,このようにして押収物である本件加熱容器からその付着物を取り去ること自体は,本件加熱容器の実況見分をするに当たっての押収物の処分として許されるところ,その取り去った付着物自体は無価物であるからその占有をそのまま取得できることは明らかである。したがって,本件加熱容器の付着物の収集手続に,その付着物を鑑定資料とする鑑定書の証拠能力に影響を及ぼす違法があるものとは考えられない。
6  D甲823,825(資料番号7ないし9関係)(a6,a5,a1から採取した血液の鑑定書)について
関係証拠によれば,①医師福島弘文は,平成6年6月28日,松本警察署からa1,a6及びa5の死因等について鑑定を嘱託され,同日,鑑定処分許可状に基づき,上記3人の死体を解剖し,その際,3人の心臓血,脳,肺の各一部を採取し,その毒物の含有の有無等について他の機関で検査してもらうために,これらを長野県警に任意提出し,同県警から鑑定嘱託を受けた科警研で,上記の資料のうち心臓血についてだけ鑑定がされ,その経緯及び結果についてD甲823,825の各鑑定書が作成されたこと,②福島医師は,その鑑定内容を参考にして,上記3人の死因等について鑑定を行い,D甲827ないし829の各鑑定書を作成したことが認められる。
ところで,死亡者の死因等について鑑定を受託した鑑定人は,鑑定について必要がある場合には,鑑定処分許可状に基づき死体を解剖することができるとされている(刑訴法225条1項,168条1項)が,死因等を鑑定するために解剖の際血液の一部を採取して保管し,その毒物含有の有無等について自ら検査するのみならず,自らの鑑定を補助させるために他の機関に毒物含有の有無等の検査を依頼する意図でこれを捜査機関に任意提出することもまた,格別遺族の権利ないし利益を新たに侵害することがないことから,許されるものと解するのが相当である。
したがって,福島医師は,死因等の鑑定のために,解剖の際血液の一部を採取して保管し,自らの鑑定を補助させるために他の機関にその毒物含有の有無等について検査を依頼する意図で,これを長野県警に任意提出したものであるから,その行為に違法があるとは認められない。もとより,関係証拠から認められる遺族感情等に照らすと,当該血液の処分について遺族の推定的承諾がないものとは考えられず,いずれにしても,前記の鑑定書の証拠能力が否定されるいわれはないというべきである。
7  D甲830(資料番号1関係)(a8方の池の水の抽出物)について
関係証拠によれば,①長野県警科捜研は,前記2のa8方の池の水について毒劇物含有の有無等について鑑定の嘱託を受け,その水についてノルマルヘキサンを加えて抽出操作をするなどして鑑定を実施したこと,②科警研は,長野県警から同県警科捜研で使用した残りについて毒物含有の有無等について鑑定の嘱託を受けて鑑定し,その鑑定資料を資料番号1とするD甲830の鑑定書を作成したことが認められる。
そうすると,上記a8方の池の水を採取し領置した手続に違法がないことは前記2のとおりであるから,D甲830の鑑定書(資料番号1関係)の証拠能力が否定される理由はないというべきである。
8  D甲825(資料番号3,4関係)(△△生命寮,××ハイツで窓や家具などをふき取ったガーゼの鑑定書)について
D甲19,25,825,樋口伸夫,小笠原吉春及び楜沢唯幸の各公判供述によれば,①D甲825の資料番号3は,平成6年6月28日及び同月29日に行われた△△生命寮の実況見分の際同寮302号室の各窓の外側・内側や家具等の表面をふき取ったガーゼ合計22枚であること,②D甲825の資料番号4は,同月28日及び同月29日に行われた××ハイツの実況見分の際同ハイツ3階の11室の窓や窓枠の外側又は内側をふき取ったガーゼ合計20枚であることが認められ,D甲825の資料番号3,4の鑑定資料について関連性を優に肯定することができる。
9  D甲825(資料番号10ないし15)(a6,a3,a7,a1,a2,a4の生体資料の鑑定書)について
関係証拠によれば,①長野県警警察官太田辰夫は,平成6年6月28日午前7時50分ころからa6ら死亡者7名の遺体の実況見分をした際,一定の地域で同時に7人の死者や多数の傷病者が出たことから,その原因物質と思われる毒物を可及的速やかに究明する緊急性及び必要性を認め,その指示によりa6,a3,a7,a1,a2及びa4の各遺体から,若干量の血液が医師により注射器で採取され,又は,若干量の鼻汁が警察官により採取され,いずれも領置手続がとられたこと,②これらの血液や鼻汁を資料番号10ないし15としてその毒物含有の有無等について鑑定嘱託がされ,科警研においてその経過及び結果を含むD甲825の鑑定書が作成されたことが認められる。
そこで検討すると,まず,鼻汁の領置については,鼻汁は無価物であり遺体を傷つけることなく容易に採取することができるから,その手続に違法があるとはいえない。次に,血液の領置については,毒物と思われる物により一定の地域で同時に多数の死傷者が発生したという重大事件の解明のために原因物質である毒物を早期に究明する緊急性及び必要性の認められる状況の下で,毒物が含有されていると思料される血液を,しかも,医師によりそれほど遺体を傷つけることなく少量採取して行われたものである上,関係証拠から認められる遺族感情等に照らすと,血液の採取について遺族の推定的承諾がないものとは考えられないことなどに照らすと,その領置手続に鑑定書の証拠能力を否定し得るほどの瑕疵があるとはいえない(なお,a1の鼻汁については鑑定がされていない。)。
10  D甲827ないし829(a6,a5,a1の死因等の鑑定書)について
関係証拠によれば,D甲827ないし829の各鑑定書は,遺体から採取された血液や鼻汁からサリン関連物質が検出された旨の科警研における鑑定結果を参考にしていることが認められるところ,科警研における上記鑑定資料の収集過程に令状主義に反する重大な違法はなく,科警研の鑑定書の証拠能力を否定することができないことは,これまで検討したとおり明らかであるから,その鑑定書を参考にしたD甲827ないし829の各鑑定書の証拠能力もまた否定される理由はないというべきである。
第2  弁護人の主張2(気化発散された物質がサリンか否か)に対する判断
1  関係証拠によれば,次の事実が認められる。
(1) 前記の噴霧場所から数mくらいしか離れていない東山方の池の北方十数mくらいのところにあるa8方にいたa9及びa8は,平成6年6月27日午後11時30分ころ,松本協立病院に搬入され,その際,a9は,心肺停止状態にあり,瞳孔は縮瞳し左右共2mmであり,血液中のコリンエステラーゼ値は8(同病院の計測による正常値が100ないし240)という状態であった。a8は,同病院に搬入された際,全身の筋肉の痙攣,著明な発汗,発熱等が見られ,瞳孔は縮瞳し1mmであり,血液中のコリンエステラーゼ値は低下し24(正常値は上記のとおり)であった。東山方の池の北東やや東よりに四十数mくらいのところにある××ハイツの208号室にいたa11は,同月28日午前1時ころ,同病院に搬入され,その際,呼吸困難,著明な発汗が見られ,瞳孔は縮瞳し左右共2mmであり,血液中のコリンエステラーゼ値は低下し12(正常値は上記のとおり)という状態であった。同病院における上記3人の診察,治療は,医師鈴木順らが担当した。同病院には同じころ上記3人の他にも同様の症状の患者が15人入院したが,これらの入院患者の介護や処置に当たった10人の看護婦全員から,目が痛む,周囲が暗く見えるなどの症状が認められた。(D甲75,851,鈴木順,薄井尚介等)
東山方の池の北東やや北寄りに四十数mくらいのところにある○○ハイツの404号室にいたa10は,同月28日午前1時25分ころ,信州大学医学部付属病院に搬入され入院した際,眼振があって注視することができない,口から泡沫状の分泌物が大量にある,呼吸状態が極めて不安定である,全身の筋肉に筋線維束攣縮があるなどの症状が認められたほか,瞳孔は縮瞳し左右共0.5mmであり,赤血球中のコリンエステラーゼ値は0.1以下(同病院の計測による正常値は1.1ないし2),血しょう中のコリンエステラーゼ値は21(同病院の計測による正常値は109ないし249)で共に低下していた。a10の診察,治療は,同病院医師森田洋が主治医を指名しこれを指導して行った。(森田洋)
(2) 松本警察署警察官が,平成6年6月28日午前2時56分ころから○○ハイツ204号室の,同日午前3時45分ころから同ハイツ306号室の,同日午前4時19分ころから同ハイツ406号室の各実況見分をした際,それぞれの室内で死亡していたa1,a2及びa3の各瞳孔はいずれも縮瞳し,左右共それぞれ,約2mm,約3mm,約2mmであった(D甲15ないし17,上垣外勝彦等)。
医師福島弘文は,平成6年6月28日午後2時58分から,東山方の池の東方二十数mのところにある△△生命寮の302号室で倒れたa6の,同日午後7時21分から○○ハイツで死亡したa1の,同日午後10時20分から××ハイツで死亡したa5の各死体解剖をした際,3人共,主要臓器の高度のうっ血,眼瞼結膜下に溢血点,暗赤色流動性血液などの強い急死所見が認められ,瞳孔はいずれもやや縮小し,a6及びa1においていずれも3mm,a5において4mmであり,また,3人とも農薬の異臭はなかった(D甲827ないし829,福島弘文等)。
(3) 長野県警科捜研技術吏員小林寛也らは,a6が倒れていた△△生命寮302号室の浴室で採取された前記洗面器内の水,東山西駐車場の東側から採取された前記の土砂並びに前記の採取に係るa8方の池の水,その池に注いでいる井戸の水,東山方の池の水及びa8方の犬小屋の前にあったポリバケツ内の水に毒劇物が付着しているかなどについて,平成6年6月28日から平成7年2月14日まで,GC/MS(EI法)等の方法により鑑定を行い,上記の洗面器内の水,土砂,a8方の池の水,東山方の池の水及びポリバケツ内の水がサリン,メチルホスホン酸モノイソプロピル,メチルホスホン酸及びメチルホスホン酸ジイソプロピルを含有する旨並びに上記の井戸の水がメチルホスホン酸モノイソプロピル及びメチルホスホン酸を含有する旨の鑑定結果を得た(D甲540,544,566,小林寛也等)。
(4) 科警研警察庁技官瀬戸康雄らは,上記小林寛也技術吏員らが上記のa8方の池の水についてノルマルヘキサンを加え抽出操作などをして鑑定をした,その残りの抽出物である有機溶媒層の部分が毒物を含有するかなどについて,平成6年7月1日から同年9月20日まで,GC/MS(EI法及びCI法)等の方法により鑑定を行い,上記の資料がサリン及びメチルホスホン酸ジイソプロピルを含有する旨の鑑定結果を得た(D甲830,瀬戸康雄等)。
(5) 瀬戸技官らは,前記の△△生命寮や××ハイツの実況見分の際同寮302号室及び同ハイツ3階の窓等をふき取ったガーゼ並びに○○ハイツ,××ハイツ及び△△生命寮で死亡した被害者7人から前記の実況見分又は死体解剖の際採取された血液又は鼻汁が毒物を有するかなどについて,平成6年6月29日から平成7年1月27日まで,GC/MS(EI法又はCI法)その他の方法により鑑定を行い,死亡被害者7人の各血液の血しょうブチリルコリンエステラーゼ(BChE)と赤血球アセチルコリンエステラーゼ(AChE)の各活性値(単位はU/ml),同各血液又は鼻汁におけるサリン,メチルホスホン酸モノイソプロピル(MIMP),メチルホスホン酸(MPA)及びメチルホスホン酸ジイソプロピル(DIMP)の含有の有無について下記の結果を得たほか,上記の窓等をふき取ったガーゼがメチルホスホン酸モノイソプロピル,メチルホスホン酸及びメチルホスホン酸ジイソプロピルを含有する旨の結果を得た。なお,健康人8人から採取した輸血用保存血について同様の測定条件で得たコリンエステラーゼ値については,BChEは1.84〜4.45で,その平均値は3.00,標準偏差は0.80,AChEは2.21〜7.56で,その平均値は4.91,標準偏差は1.62である(D甲823,825,瀬戸康雄等)。

a1 0.93と0.41
血液:MIMP,MPA,DIMP含有
a2 0.70と0.29
血液:MIMP,MPA,DIMP含有
鼻汁:サリン,MPA,DIMP含有
a3 0.51と0.66
血液:MIMP,MPA含有
a4 0.43と0.41
血液:MIMP,MPA,DIMP含有
鼻汁:MIMP,MPA,DIMP含有
a5 0.82と0.22
血液:MIMP,MPA,DIMP含有
a7 0.60と0.32
血液:MIMP,MPA含有
a6 1.26と0.59
血液:MPA,DIMP含有
鼻汁:MIMP,MPA,DIMP含有
(6) 科警研警察庁技官角田紀子らは,サリン噴霧車の噴霧装置を構成する本件加熱容器から採取された前記の付着物にサリン及びサリン分解物質が付着しているか否かについて,平成7年6月21日から同年10月2日まで,GC/MS(EI法及びCI法)等の方法により鑑定を行い,前記採取に係る付着物がサリンの第1次分解物であるメチルホスホン酸モノイソプロピル及び第2次分解物であるメチルホスホン酸並びにサリンの副生成物であるメチルホスホン酸ジイソプロピルを含有する旨の鑑定結果を得た(D甲698,角田紀子等)。
2  上記認定事実のとおり,①上記負傷被害者4人の病院搬入時における縮瞳等の症状や血液中のコリンエステラーゼ値低下の程度,②上記死亡被害者7人の縮瞳等の状況や血液中のコリンエステラーゼ値低下の程度,③同死亡被害者7人の血液又は鼻汁がサリン,サリンの第1次分解物であるメチルホスホン酸モノイソプロピル,第2次分解物であるメチルホスホン酸又はサリンの副生成物であるメチルホスホン酸ジイソプロピルを含有すること,④噴霧場所である東山西駐車場東側の土砂,a8方の池の水,同池に注いでいる井戸の水,東山方の池の水,a8方のポリバケツ内の水,△△生命寮302号室及び××ハイツ3階の窓等をふき取ったガーゼが,サリン,メチルホスホン酸モノイソプロピル,メチルホスホン酸及びメチルホスホン酸ジイソプロピルを含有すること,⑤サリン噴霧車の噴霧装置を構成する本件加熱容器の付着物がメチルホスホン酸モノイソプロピル,メチルホスホン酸及びメチルホスホン酸ジイソプロピルを含有することなどに照らすと,サリン噴霧車から加熱気化され発散された物質はサリンを含有するものであり,そのサリンに被ばくし,上記死亡被害者7人がサリン中毒により死亡し,上記負傷被害者4人がサリン中毒症の傷害を負ったものであることは明らかである。
そして,上記の生体資料や現場資料等の毒物含有の有無等に関する鑑定や,被害者の血中コリンエステラーゼ値の検査,縮瞳その他被害者に見られる症状の確認は,異なる研究所や病院において,異なる研究者や医師により,本件の手段方法が明らかでない時期に行われたものであり,しかも,その結果,いずれの鑑定資料からも,サリン,サリンの分解物又はその副生成物の少なくともいずれかが検出され,どの被害者にもサリンの中毒の症状である縮瞳や血中コリンエステラーゼ値の低下が認められるに至ったものであって,上記の鑑定,検査及び確認は,相互にその正確性ないし信用性を補強し合っているものといえる。
3  これに対し,弁護人は,(1)青色サリン溶液にサリンが含有されていたとしても,生成から4か月を経た松本サリン事件当時においてはサリンはすべてイソプロピルアルコールによって分解されている可能性が高い,(2)青色サリン溶液がサリンを含有するものであっても,本来のサリンとしての殺傷力を有するものか否かは不明であるなどと主張する。
しかしながら,滝本サリン事件における弁護人の主張に対する判断において,詳細に説示したとおり,青色サリン溶液は,松本サリン事件当時においても,なお相当程度サリンを含有していたというべきであり,また,それが強い殺傷力を有するものであることは松本サリン事件の結果をみても明らかである。
弁護人の上記主張は採用することができない。
4  弁護人は,小林寛也技術吏員ら作成の各鑑定書(D甲540,544,566)について,①同技術吏員は,毒劇物としてシアンを疑いながらこれを恣意的に除外してその検出を試みることなく,しかも,サリンとの当たりをつけ,質量スペクトルにおいても質量数が50未満のものは除外するなど恣意的に分析している,②GC/MSによる分析だけでは物質の同定としては不十分である,③質量スペクトルにおける各ピークの強度比の数値が鑑定書に記載されておらず明らかにされていない,④ライブラリーサーチの精度が8割というのではその精度そのものが疑わしいなどの理由から,上記各鑑定書の正確性に疑問がある旨を主張する。
しかしながら,関係証拠によれば,小林技術吏員は,現場の状況等から揮発性が高い有機リン系の毒物ではないかと考え,ただ有機リン系の毒物でガス状の物質が分からないので,とにかく加熱してガスを分析するという姿勢で操作をしたものであり,また,質量の小さいもののピークは元の化合物を推定するに当たってさほど特徴的な情報を与えない上,比較対照すべきニストのライブラリーも質量数50から表示されているので,質量数は50以上のものをとったものであって,分析が恣意的であるという非難は当たらない。次に,関係証拠によれば,GC/MSとは,物質に特有な保持時間と質量スペクトルを測定してその化合物が何であるかを同定する検査方法であり,GC/MSにおいて保持時間と質量スペクトルが一致するものがあれば,それは非常に強力な物質の同定の手段となると考えられているのであり,GC/MSだけでは物質の同定が不十分であるとはいえない。さらに,質量スペクトルにおける各スペクトルの強度比は数値では表されていないが,チャートは添付されているのであるから,正確性に欠けるとはいえない。関係証拠によれば,小林技術吏員は,ニストのライブラリーサーチにより,最初に類似度の最も高い物質としてサリンがヒットした際,高い確率で鑑定資料がサリンであるとの認識を有していたものである上,類似度第2位でヒットしてきた物質のスペクトルは明らかに違うスペクトルであったものであるから,サリンと同定した結論に格別の問題はないというべきである。
以上のとおりであるから,上記各鑑定書(D甲540,544,566)の正確性ないしは信用性に疑問がある旨の弁護人の主張は採用することができない。
5  弁護人は,角田紀子技官ら作成の鑑定書(D甲698)について,①GC/MSによる分析だけでは物質の同定としては不十分である,②サリンとの当たりをつけてピークを取捨選択するなど客観性を欠く分析をしている,③質量スペクトルにおける各ピークの強度比の数値が鑑定書に記載されておらず明らかにされていないなどの理由から,上記鑑定書の正確性に疑問がある旨を主張する。
しかしながら,①,③については前記4で説示したとおりであり,②については,関係証拠によれば,主たる鑑定事項は鑑定資料にサリン及びサリン分解物質が付着しているか否かであるから,サリン又はその関連物質と当たりをつけて分析してもその客観性に疑問はないし,実際には,機械によるよりも正確に判断できる肉眼により特定できるすべてのピークについて解析をした上で結論を出しているのであり,その分析の方法に格別問題があるとはいえない。
以上のとおりであるから,上記鑑定書(D甲698)の正確性ないし信用性に疑問がある旨の弁護人の主張は採用することができない。
6(1)  弁護人は,瀬戸康雄ら作成の各鑑定書(D甲823,825,830)について,①血液のコリンエステラーゼ活性値の測定の正確性に疑問がある,②血液の毒物検査について,GC/MSによる分析だけでは不十分である,③D甲823はa6の血液がメチルホスホン酸ジイソプロピルを含有するとするが,標品とはスペクトルが一致しておらず,EI質量スペクトルも得られていない,④D甲825の血液鑑定資料からメチルホスホン酸モノイソプロピル及びメチルホスホン酸が検出された点については,資料番号9の質量スペクトルしか添付されておらず,恣意的である上,死亡被害者によりメチルホスホン酸モノイソプロピルやメチルホスホン酸ジイソプロピルの検出の有無が区々であり,矛盾がある,⑤D甲830は,保持指標が文献値と完全に一致しているわけではなく,スペクトルの比較も不十分であり,CI法も分子量を確定することができるわけではなく,リンを含むとしてもサリンと矛盾しないというだけであるから,サリンと同定することはできない,⑥D甲825の資料14の鼻汁について,その質量スペクトルはサリンのそれとは一致していないから,同資料からサリンが検出されたとはいえず,同様に,D甲825の資料15の鼻汁について,その質量スペクトルはメチルホスホン酸モノイソプロピルのそれとは一致していないから,同資料からメチルホスホン酸モノイソプロピルが検出されたとはいえない,⑦瀬戸康雄技官は,標品としてサリンを合成し又は自衛隊から入手した疑いがあり,鑑定資料と標品とを比較するとサリンと同定することができなくなるため,標品の質量スペクトルを提出しない疑いがあるなどの理由から,上記鑑定書の正確性に疑問がある旨を主張する。
(2)  しかしながら,①についてみると,関係証拠によれば,死亡被害者らの血液のコリンエステラーゼ活性値の測定では,ピペッターの精度や分光光度計の読み等の誤差があるため誤差自体は避けられないが,その誤差は5%前後にとどまるものであり,また,瀬戸康雄技官は,上記の測定において,原則として1検体につき2回測定してその平均値を結果としたが,その差が10%を超える場合は測定回数を増やすなどして平均値を是正したものであるから,上記の測定にその正確性に疑問を抱かせるような事情は見出せないし,もとより,死亡被害者らの血液のコリンエステラーゼ活性値が正常人のそれに比し著しく低いことは前記認定に係る数値の比較から明らかである。
②については前記4で説示したとおりであり,GC/MSによる分析だけで不十分とはいえない。
③についてみると,関係証拠によれば,D甲823の鑑定資料のEI質量分析においては,妨害ピークが非常に強いため保持時間752秒に特異なピーク及び質量スペクトルは得られなかったものの,不純物の影響を受けにくいCI質量分析においては,妨害ピークが多いながらも,サリンの副生成物であるメチルホスホン酸ジイソプロピルの擬分子イオンピークm/z181及び特徴的なフラグメントイオンピークm/z139,97等が観測され,これらのイオンの強度比がメチルホスホン酸ジイソプロピルの標品のそれと類似しており,また,同鑑定資料からサリンの第2次分解物であるメチルホスホン酸が検出され,他の鑑定資料の血液からもメチルホスホン酸ジイソプロピルが検出されていることなどを総合考慮して,D甲823の鑑定資料がメチルホスホン酸ジイソプロピルを含有する旨の鑑定結果が出されたものであり,格別その鑑定結果に誤りがあるとは認められない。
④についてみると,関係証拠によれば,瀬戸康雄技官は,D甲825において,すべての検査結果のスペクトルチャートを添付すると膨大な量になり鑑定書として非常に見づらくなることを考え,代表的なもののみを鑑定書に添付することとしたものである上,サリンを含む4種のサリン関連化合物のそれぞれについて,検出しなかったものと検出したものに分け,後者についてはさらにトータルイオンクロマトグラムで明確なピークが出たもの,トータルイオンクロマトグラムでは若干見づらいがピークとしてはっきり見えるもの,トータルイオンクロマトグラムではっきり見えないがマスクロマトグラムを使うとピークとして出てくるものに分けて検出結果をまとめたものであり,格別その鑑定が恣意的であるとの疑いはない。また,関係証拠によれば,死亡被害者によりメチルホスホン酸ジイソプロピルが検出されなかったのは,沸点の異なるサリンとメチルホスホン酸ジイソプロピルが気化発散した後均一の状態で流れていき,双方が全く同じように体内に吸収され分解されたとはいえないなどの種々の理由により検出レベルに達していなかったことによると考えられるのであるから,死亡被害者によりサリン関連物質の検出の有無が区々となるのが矛盾であるとまではいえず,むしろ,上記鑑定が誠実かつ正確に行われたものであることを示唆している。
⑤についてみると,関係証拠によれば,GC/MSにおいて,同じDB―5のカラムを使う場合でもメーカーによる違い等があることから,保持指標の一致の有無の評価に当たっては,プラスマイナス10くらいまでは許容範囲であると認められる上,サリンの保持指標については文献上817から829までとされているのに対し,D甲830の鑑定資料の各測定法によるピークAの保持指標はその範囲内にある817,822,829のほか上記許容範囲内にある813であるから,鑑定資料の保持指標がサリンのそれと一致していると認めることに格別の支障はないというべきである。加えて,関係証拠によれば,四重極型GC/MS(EI法)において,保持時間4.97分のピークについて,ライブラリーサーチの結果,類似度第1位でサリンであることが示唆されたこと,イオントラップディテクター型GC/MS(EI法,CI法)においてもサリン特有のフラグメントイオンピークを持つ分子量140の化合物であることが示され,上記ピークがサリンであることが支持されたことなどに照らすと,D甲830におけるサリンの同定についての鑑定結果には何ら疑問がないというべきである。
⑥についてみると,関係証拠によれば,D甲825の資料14及び同15の各鼻汁について,イオントラップディテクター型GC/MS(EI法,CI法)等による分析がされ,資料14については,その保持時間406秒がサリンのそれと一致し,不純物を多く含む生体資料に由来する妨害を受けやすいEI法においてもサリンを比較的よく示す99と125のピークがEI質量スペクトルに含まれ,しかも,そのピークがサリンの場合と同様に3対1の割合で現れていること,不純物の影響を受けにくいCI質量スペクトルではサリンのそれとほぼ一致するスペクトルが得られたこと,窒素リン検出器付きGCによる検査でもサリンの場合と同等のピークが得られたことなどを総合して同資料がサリンを含有する旨の鑑定がされ,資料15については,EI質量スペクトルでは不純物による妨害が多くメチルホスホン酸モノイソプロピルを示しピークについては153のもののみ確認できるにとどまるが,不純物の影響を受けにくいCI法ではメチルホスホン酸イソプロピルの含有を強く支持する質量スペクトルが得られたことなどから,同資料がメチルホスホン酸モノイソプロピルを含有する旨の鑑定がされたものであり,これらの判断に誤りがあるとは認められない。
⑦については,瀬戸康雄技官らが,サリン標品の質量スペクトルと鑑定資料のそれとの不一致を隠ぺいしている趣旨の弁護人の主張は何ら根拠がないといわざるを得ない。
以上のとおりであるから,上記鑑定書(D甲823,825,830)の正確性ないし信用性に疑問がある旨の弁護人の主張は採用することができない。
7(1)  弁護人は,福島弘文医師作成の各鑑定書(D甲827ないし829)は,①同医師は,死体検案医師からの情報やマスコミ報道等により原因物質がサリンであるとの予断を抱いて,死亡被害者の死因をサリンによる中毒死とした,②信用性のない科警研の鑑定書を問題のないものと考え,これを引用して,死因についてサリンによる中毒死との結論を出している,③福島医師には,コリンエステラーゼ活性値についての判断能力が欠如している,④同医師は,原因物質はサリンであるとの予断に基づき,縮瞳が明確ではなかったにもかかわらず,縮瞳がある旨の所見を鑑定書に記載した,⑤同医師は,死亡被害者の急死所見として主要臓器のうっ血があったことを供述するが,鑑定書にその記載はなく,また,同医師のサリン中毒に関する見解は一般的なものではないし,毒物の摂取経路について経口からの可能性を考えることなく,胃の内容物の検査もしなかったなどの理由を挙げて,上記各鑑定書の正確性ないし信用性に疑問がある旨を主張する。
(2)  しかしながら,関係証拠によれば,同医師は,死体解剖の際の急死の所見や縮瞳の状況に加え,前記のとおり,血液からサリン関連物質が検出され,血液のコリンエステラーゼ値が低いという,信用性の高い科警研の鑑定結果をも総合考慮して上記の鑑定をしたものであって,原因物質がサリンであるとの予断に基づき恣意的に鑑定をしたとは認められない。また,同医師は,コリンエステラーゼ活性値についての判断能力が欠けているとはいえないし,同医師は,解剖時における瞳孔の大きさの標準である5mmと比較して各死亡被害者の瞳孔径3mm,4mmを縮瞳とみたものであり,それが誤りであるとはいえない。さらに,同医師は,公判で,鑑定書に基づきうっ血を示す所見を具体的に供述しているし,サリン中毒の具体的な機序については専門家により説明の仕方が千差万別であり同医師のそれも他の専門家と全く同じというわけではないが,サリンの中毒作用に関する同医師の見解は,アセチルコリンエステラーゼ活性の阻害を中心に考える一般的なものである。加えて,同医師は,上記鑑定に当たり,胃の内容物の検査はしていないが,少なくとも農薬由来の異臭がないことは確認しており,その検査をしなかったことが鑑定結果を左右するとは考えられない。
以上のとおりであるから,上記各鑑定書(D甲827ないし829)の正確性ないし信用性に疑問がある旨の弁護人の主張は採用することができない。
8(1)  弁護人は,①負傷被害者4人がサリン中毒による傷害を負ったとするには,カーバメイト系薬物,メチルホスホン酸モノイソプロピル,メチルホスホン酸などのサリン以外の薬物による中毒でないことが客観的に判断される必要があるが,これらの被害者を診察した医師は,そのような判断をすることなくサリン中毒の診断をしている,②a8を診察した鈴木順医師は,その重要な臨床所見として著明な発汗を挙げたが,医師記録や看護記録にその記載がないから,そのような所見はなかったものである,③a11について,診断書(D甲851)の根拠となった診療所見表は縮瞳の記載に誤りがあるなど症状の記録がでたらめである上,保険診療録にはサリン中毒の記載がなく,同被害者の転院前の診療所見が中等症とされているのに対し,転院後の薄井尚介医師の診療所見は重症としているのは不合理である,④a10の治療に当たった森田洋医師は,その治療の過程において,ジアゼパム及び硫酸アトロピンを投与したがパムを投与していないなどサリン中毒を念頭に置いた治療をしておらず,また,同被害者には心室性期外収縮(いわゆる不整脈)が生じているがこれは本件で散布された物質による中毒の症状ではないことなどを理由として,負傷被害者4人がサリン中毒の傷害を負った旨の鈴木順医師,薄井尚介医師及び森田洋医師の各公判供述並びに診断書(D甲851,a11関係)は信用することができない旨を主張する。
(2)  しかしながら,①についてみると,関係証拠によれば,(ア)a9,a8及びa11の3人を診察した松本協立病院医師鈴木順は,これら3人にみられた縮瞳,呼吸困難,著明な発汗等の症状やコリンエステラーゼ値の低下などから有機リン中毒を疑い,さらに,現場からサリンが検出された旨の警察発表を踏まえ,上記の症状がサリン中毒の症状と合致すること,被害者から農薬を服用したときのような異臭がしないことや,被害者らと長く接触していた看護婦らに目が痛み周囲が暗く見えるなどの二次汚染が生じたことなどを併せ考慮して,上記被害者3人がサリン中毒の傷害を負った旨の診断をしたものであること,(イ)転院後のa11の診断治療に当たった城西病院医師薄井尚介は,まず縮瞳やコリンエステラーゼ値の低下などから有機リン中毒の一種と考え,現場から有機リンの一種であるサリンが発見された旨の警察発表から,縮瞳やコリンエステラーゼ値の低下が何百人単位で起きていることも併せ考慮した上で,同被害者がサリン中毒の傷害を負った旨の診断をしたこと,(ウ)a10の主治医を指導した信州大学医学部附属病院医師森田洋は,a10の縮瞳,筋線維攣縮,呼吸状態等やコリンエステラーゼ値の低下などから有機リン系の毒物による中毒を最も疑い,最終的には,周囲からサリンが検出された旨の警察からの情報を踏まえ,集団で中毒が発生していることや,a10の尿を分析したところ,サリンの分解物であるメチルホスホン酸及びメチルホスホン酸モノイソプロピルを検出したことなどを併せ考慮し,同被害者がサリン中毒の傷害を負った旨の診断をし,あるいは,その旨の公判供述をしたことが認められ,これらの医師の診断又は公判供述に格別不合理な点はないというべきである。
②についてみると,鈴木順医師は,公判で,看護記録や医師記録にa8の著明な発汗について記載がされていないことを認めた上で,6月28日午前8時半ころ同人に著明な発汗があり,それゆえに全身の脱水を考え,重症看護記録に記載されているように合計2500ccの点滴をした旨の,具体的な根拠に基づく信用性の高い供述をしており,その供述に沿う著明な発汗があったと認められる。
③についてみると,関係証拠によれば,(ア)弁護人の指摘する診療所見表には若干の記載ミスがあるものの,診断書(D甲851)には縮瞳について正確に記載されており,(イ)保険診療録にはサリン中毒の記載がないが,保険診療の事実上の制約から,疑われる他の傷病名が記載されたものであり,(ウ)サリン中毒は症状判断が確立していない傷病で,重症かどうかの判断について専門家の間で見方の相違があったとしても不思議ではなく,薄井尚介医師はa11のコリンエステラーゼ値が死亡被害者より低いことに着目して重症である旨の診断をしたものであって,その診断に不合理な点はうかがわれない。
④についてみると,関係証拠によれば,森田洋医師は,a10の傷病名について当初はサリンと特定することなく何らかの有機リン系の毒物による中毒であると判断した上で,パムを使うと他にも存在するかもしれない毒物が別の症状を引き起こすのではないかと考え,パムの使用経験が少ないことや,現に硫酸アトロピンで症状が改善してきていることなどもあってパムの使用を控えたものであるが,前記のとおり,同医師は,現場からサリンが検出された旨の警察情報などをも併せ考慮して最終的にa10がサリン中毒の傷害を負った旨の診断をしたのであるから,上記の経緯があったからといって,その診断が誤ったものであるということにはならない。また,森田洋医師は,公判で,「a10は,今回の事件の前に心電図の異常を指摘されたことがなく動悸も感じたことがなかったのに今回の事件後は自覚症状として動悸を感じるようになるとともに,事件後現れた徐脈が改善してきた段階で,著しい心室性期外収縮(いわゆる不整脈)が出現し,その後改善傾向を示していることに照らすと,上記の心室性期外収縮は今回の事件によって生じた傷害である。」旨の同医師の診断結果及び根拠を供述しているが,その診断内容は,格別不合理な点はないというべきである。なお,この点に関連して,弁護人は,a10が回復までに長期間かかったとしてもそれがすべて本件で散布された物質によるものではない旨を主張するが,関係証拠にもれば,同人が加療等を要する症状は,上記の心室性期外収縮だけではなく脳波異常も含まれ,しかも,いずれの症状もサリンによるもので加療等日数として613日間を要するものと認められるのであるから,もとより,弁護人の上記主張は理由がないというべきである。
以上のとおりであるから,負傷被害者4人がサリン中毒の傷害を負った旨の鈴木順医師,薄井尚介医師及び森田洋医師の各公判供述並びに診断書(D甲851)は信用することができない旨の弁護人の前記主張は採用することができない。
第3  弁護人の主張3(因果関係の存否)に対する判断
サリンを気化発散させた本件実行行為により死亡被害者7人がサリン中毒により死亡し,負傷被害者4人がサリン中毒症の傷害を負ったこと,すなわち,本件実行行為と死傷被害者合計11人の死傷との間に因果関係が存することについては,これまで個別に検討してきたことから明らかであり,それ以上に一般的にどの時点より前あるいはどの時点より後であるなら因果関係が否定されるのかについてまで明らかにする必要はないというべきであるから,弁護人の主張3はそれ自体失当というべきである。
なお,弁護人の主張にかんがみ検討すると,松本市地域包括医療協議会作成の松本市有毒ガス中毒調査報告書(弁70)によれば,松本市が本件実行行為がされた現場に隣接し居住する住民に対し,平成6年7月中旬,自覚症状の有無等を調査し被害の実態を把握するため健康に関するアンケート調査を実施した結果,アンケート回答者で自覚症状を感じた者約470人のうち,本件実行行為がされる前の時点である同年6月27日午後10時までの間に自覚症状を感じたと回答した者が13人いたものであるところ,その自覚症状には,くしゃみが出た,鼻水が出た,せきが出た,息苦しかったなど,サリン中毒以外の原因で起こる症状も少なくないし,また,そのうち1人は,同日午後8時から同日午後9時までの間に目の前が暗いという症状を自覚したものでもあるが,2週間以上も後の調査でその時間帯を覚えていたのかどうか,実際に「目の前が暗い」と感じたのかどうか,どのように目の前が暗いと感じたのかなどという点について十分な吟味もされていないのであるから,同日午後10時までの間に自覚症状を感じたと回答した者が13人いたことから直ちに,本件実行行為と死傷被害者11人の死傷との因果関係が否定されることになるわけではない。さらに,同報告書によれば,同月28日午前6時以降自覚症状を感じたと回答した者が多数に及んでいるが,そのころ以降現場付近で採取された土砂や水からサリンが検出されたことに照らすと,そのころ起床した人が,残存していたサリンの影響により,種々の自覚症状を感じたということも十分考えられることであり,さして不可思議な現象とはいえないから,そのことから,直ちに上記の因果関係が否定されることになるわけではない。むしろ,同報告書によれば,自覚症状を感じた時間のピークが同月27日午後11時からの1時間で全体の約30%を占め,同日午後10時台以降自覚症状を感じた者が全体の97%以上に及んでいるのであり,そのこと自体が本件実行行為と死傷被害者11人の死傷との間の因果関係の存在を裏付けているものといえる。
第4  弁護人の主張4(被告人の指示ないし共謀の有無)に対する判断
1  関係証拠によれば,判示犯行に至る経緯及び罪となるべき事実(本件犯行についての被告人及び共犯者の殺意,共謀に係る部分を除く。)に係る事実のほか,松本サリン事件におけるサリンの噴霧開始以後の経緯について,次の事実が認められる。
(1) ワゴン車内のDらは,サリンの噴霧が始まった後,周囲の見張り等をしていたが,Y12の防毒酸素マスク内に酸素ボンベから酸素が流入しなかったことから,Y12が「空気が出ない。空気が出ない。」と言ってパニック状態になり,騒ぎ出したため,Jは,予備のボンベに切り替えるなどした。
(2) Cは,サリンを約10分間噴霧し続けた後,噴霧を終え,Y1に指示をしてサリン噴霧車を発進させ,これに続き,ワゴン車も同駐車場を出たが,その際ワゴン車が,右側面を出口の石柱にこすって車体に傷を付けた。ワゴン車内の実行メンバー5名は,出発後もしばらくは防毒酸素マスクを着けていたが,そのうち1.5m3の酸素ボンベから各人の防毒酸素マスクに酸素が供給されなくなったため,その後は7m3の酸素ボンベから出ているホースを順に回して口に当て酸素を分け合って吸った。
当初はサリン噴霧車の後にワゴン車が走っていたが,なお噴霧車からサリンが少し出ていたことから,Jは,車内の者に,危ないからワゴン車が先に行こうと言ったことがあった。
(3) その後,実行メンバー7名は,松本市内のサンリン駐車場にワゴン車とサリン噴霧車を停め,2台の車両から偽造ナンバーのシールをはがし,農薬用噴霧器等で中和剤をサリン噴霧車やワゴン車の外側に掛けて中和作業をし,サリン噴霧車のコンテナの開口部を閉めるなどし,同所を出発して,平成6年6月28日午前1時か2時ころ,上九一色村の教団施設に到着した。
(4) Jは,同日午後,クシティガルバ棟で,Y3に手伝ってもらい,手袋と防毒マスクを着用した上で,サリン噴霧車の内部及び外部に農薬用噴霧器等を使って中和液を掛けたり,配管内に中和液を入れたりするなどして中和作業をし,その廃液をポリタンクに入れて富士川の河川敷に捨てた。
また,Jは,サリンが付着した物をすぐに処分することが怖かったことから,サリンの保管や噴霧等に使用したテフロン容器,灯油用ポンプ,ポリタンク等は中和剤の水溶液に二,三日浸した後,焼却した。
(5) Nは,同月29日,Y2と共に,ワゴン車で東京都内のファミリーレストランに行き,その駐車場で,ワゴン車の前記の損傷部位と同じ箇所をわざと柱に擦り付け,同所で初めて同箇所の損傷が生じたかのように警察官に届け出て事故証明書を得た上,レンタカー会社にワゴン車を返した。
2  ところで,被告人の松本サリン事件への関与について,D及びNは,公判で次のとおり供述する。
(1) まず,Dは,公判で,ア 平成6年6月20日ころ行われた松本サリン事件の謀議の状況,イ 省庁制の発足式における被告人との会話,ウ サリンを噴霧する目標を裁判所から裁判所宿舎に変更した際の状況,エ サリンを噴霧した後上九一色村の教団施設に帰る途中電話で被告人に報告した際の様子について,要旨次のとおり供述する。
ア 「6月20日ころ,第6サティアン1階の被告人の部屋に,被告人,C,私,N及びJが集まったとき,被告人が『オウムの裁判をしている松本の裁判所にサリンをまいてサリンの効果を試してみろ。』という趣旨のことを言い出した。続いて,Cが『昼間,まくことになる。サリンの噴霧車ができあがり次第,実行する。』旨言った。私は,第2次池田事件の際警備していた車に追い掛けられてサリンに被ばくしひん死の状態に陥ったことから,そのようなことを心配し,『警察とか警備の人が来たらどうしますか。』と尋ねると,被告人は『警察が来たら排除すればいいじゃないか。』と答えた。私が『どうやって,排除をすればいいのですか。』と尋ねると,被告人は『ウパーリ,シーハ,ガフヴァを使えばいい。』と言った。防毒マスクについては,Cが第2次池田事件の際使用した防素酸素マスクを使用することを提案し,被告人もこれを了承した。被告人の指示で,サリン噴霧車の運転をY1がすることになった。そして,サリン噴霧車ができたらすぐ計画を実行するということになり,被告人が『あとはおまえたちに任せる。』と言って話合いが終わった。」
イ 「私は,省庁制の発足式の際,Cから明日昼ころ出発すると聞いた後,被告人に『あしたCさんと一緒に行きますから。』と言うと,被告人は,しっかりやってこいというような感じの激励の言葉を掛けてくれた。」
ウ 「私は,八望の駐車場で休憩した際,既に裁判所が閉まっている時間であったので,Cに対し,『裁判所は閉まっているけど,どうするんですか。』と尋ね,『裁判所の官舎なら地図で調べられますよ。』と言って,裁判所と裁判所の官舎が同じページにある住宅地図を見せながら,裁判官をねらうなら時間帯から考えて裁判所では意味がないのでサリンを噴霧する目標を裁判所から裁判所宿舎に変更することを暗に提案し,『考えてください。』と言うと,Cは,その地図を持って,駐車場内の公衆電話ボックスの方に歩いて行った。私は,トイレの方に行きながら,Cが電話ボックス内に入るのを見た。それを見て,私は,C1人の判断では決断できないから,被告人の指示を仰ぐのかなと考えた。私が小用を足すなどして車の方に戻ると,Cが私に『官舎にするから。』と言って,サリンを噴霧する目標を裁判所から裁判所の官舎に変更する旨を伝えた。」
エ 「上九一色村に戻る途中,被告人から電話があった際,私は,暗号で,サリンをまいて,今帰っているという趣旨の返事をした。」
(2) また,Nは,公判で,オ 松本市内でサリンを噴霧して上九一色村の教団施設に戻った後,被告人にその旨を報告した際の状況等,カ 松本サリン事件の報道を聞いた際の被告人の様子等について,要旨次のとおり供述する。
オ 「私は,被告人に報告するためにJと共に,第6サティアン1階の被告人の部屋に行くと,既にCとDがいた。私とJは,『今戻りました。』と報告すると,被告人から『ご苦労。』と声を掛けられた。そして,私が『現場から出るとき車をぶつけてしまったんですが,どうしたらいいでしょうか。』と指示を仰ぐと,被告人が『だれが運転したんだ。』と聞くので,私は『シーハ師です。』と答えた。すると,被告人が『だれがシーハに運転させたんだ。』と聞くので,私が『ミラレパ正悟師です。』と答えると,被告人は『どうしてシーハなんかに運転させるんだ,しょうがないな。』と言った。その後被告人はワゴン車の傷について『ガンポパ(Y2)に直させろ。』と私に指示した。それで,私は,Y2にその旨を伝えにいき,Y2に修理を頼んだが傷が大きすぎて簡単な修理では手に負えないと言われたことから,その旨を被告人に伝えると,被告人から『ガンポパと東京にでも行って,同じところをぶつけて事故証明をもらって,返せ。』と指示された。それで,被告人に言われたとおり実行した後,事故証明をとったことやワゴン車を返したことを被告人に報告した。」
カ 「私が松本サリン事件の報道記事を見た前後ころ,被告人が『まだ原因がわからないみたいだな。うまくいったみたいだな。』と言っていたのを聞いて,報道自体が何者かによる行為ではなくて単なる事故として報道されているので,被告人がそのようなことを言ったのだと思った。」
3(1)  D及びNの上記2の各公判供述(アないしカ)の信用性について検討すると,アないしカの各公判供述は話合いや発言の内容等について具体的かつ詳細に再現されたもので,相互に符合してその信用性を互いに補強し合い,特に,Dのアの公判供述については,JやNも,公判で,被告人から裁判所にサリンをまく旨の指示があった事実を含め大筋においてこれと同旨の供述をし,Dのエの公判供述については,これを裏付けるNの公判供述があり,Nのオの公判供述については,Jも公判でこれと同旨の供述をしている。また,上記アないしカの各公判供述は,前記認定の松本サリン事件の犯行前後の状況を述べたものとして自然であるのみならず,当時,被告人が,東京に大量のサリンを散布するなどして首都を壊滅して国家権力を倒しオウム国家を建設して自らその王となり日本を支配するという野望を抱き,一方では,出家信者の大量獲得に動き,自動小銃の製造を企て出家信者に射撃等の軍事訓練をさせ,サリンプラントの早期完成を目指してそのメンバーに強く発破を掛けるなどして教団の武装化を強力に推し進めるなどし,他方では,将来の国家体制を担うオウム国家の憲法草案の起草を命じて国家権力を主権の属する神聖法皇である被告人に集中させる旨の草案を作成させ,組織を改編して国家の行政組織に習い被告人を頂点とする省庁制を採用することとした事実関係ともよく整合するものである。
したがって,上記のD及びNの各公判供述の信用性は高いというべきであり,同公判供述のほか関係証拠を総合すれば,被告人が,CやDらとの間で,松本市内の裁判所宿舎に向けてサリンを発散させて不特定多数の者を殺害する旨の謀議を遂げた事実をはじめとして判示犯行に至る経緯に係る事実及び罪となるべき事実を認めることができる。
(2)  なお,Dは,捜査段階で検察官に対し,「サリン噴霧の場所の変更を裁判所から裁判官官舎にしたことについては,自分は被告人に了解を取ったり,連絡したりしていないし,Cも報告しておくとは言ってなかった。携帯電話をそれぞれ持っていたし,店にも公衆電話があったので被告人に電話をすることはできたが,私はしていないし,Cもしなかったと思う。」旨供述し,Dのウの公判供述と異なる供述をしている。
しかしながら,Dは,公判で,この点について「捜査段階では,被告人をかばい立てし,被告人の心証を少しでもよくしようと考えて,私とCの2人が独断で噴霧目標を官舎に変更したように供述した。この部分は私しか知らない事実であり,その事実を述べるのは忍び難かった。私が証言することによって,かつての朋友たちが苦しむとしたならば,それは慈悲に反するのではないかと考えて慈悲の実践として黙秘,証言拒否をしてきたが,被告人に関しては,被告人自身は迷妄に陥ってなく,むとんちゃくの実践をしているから,私が何を言おうが苦しまない,だから,証言をすることとした。」旨供述しているところ,6月20日ころの謀議についてはJやNも知っていることであるのに対し,八望の駐車場でCがサリン噴霧目標の変更に関するDの提案を受けた後公衆電話ボックスのところに行ってボックス内に入り,その後戻ってきた際にDにサリン噴霧目標の変更を告げたという事実関係については被告人を除けばDしか知り得ないことであり,捜査段階ではその事実を述べることが忍び難く,被告人をかばい立てしたというDの心情は容易に理解できるところである。また,前記認定に係る,Dが,松本市内でサリンを噴霧して上九一色村の教団施設に帰る途中に被告人から電話を受けた際の報告内容,Dらが第6サティアン1階の被告人の部屋で被告人に報告した際の状況,被告人が松本サリン事件に関する報道記事に接した際の被告人の話の内容は,CとDが被告人に断りなくサリンの噴霧目標を変更したことを前提としたものとは言い難いし,前記のとおり強く教団の武装化を推進していた当時の被告人の教団幹部らに対する命令服従関係等を考慮すると,そもそもこのような重大な事柄についてC及びDが被告人の了承を得ることなく変更すること自体不自然であることなどに照らすと,Dのウの公判供述の信用性は高いというべきである。
4  以上に認定した事実関係に照らすと,被告人は,平成6年6月20日ころ,C,D,N及びJに対し,他にY1,P及びY12を使い,地裁松本支部にサリンを発散させて不特定多数の者を殺害することを指示し,Cら4名がこれを承諾して同人らとの間でその旨の謀議(以下「6月20日ころの謀議」という。)を遂げ,その後,Dから上記殺害計画の実行を指示されこれを承諾したY1,P及びY12との間でもその旨の謀議を遂げ,さらに,同月27日午後8時ころ,Cから電話を受けて,サリンの噴霧目標を地裁松本支部から裁判所宿舎に変更する旨のCの提案を了承し,Cを介して他の実行メンバーにもその旨告げられてその承諾が得られ,ここに改めてCら実行メンバー7名との間で,裁判所宿舎にサリンを発散させて不特定多数の者を殺害する旨の謀議を遂げたことは明らかである。
以上のとおりであり,6月20日ころの謀議とされている話合いは松本市内でサリンを発散させて人を殺害する旨の共謀と評価されるべき実体を持たない旨及び松本サリン事件はCの独断で行われたものである旨の弁護人の主張4(1)は,いずれも採用することができない。
5(1)  ところで,弁護人は,前記弁護人の主張4(2)のとおり,被告人やD,C,N及びJは教団で生成したサリンに,Y1はサリンそのものにそれぞれ殺傷力があるとは考えておらず,P及びY12は松本市内でサリンを噴霧することを知らなかった旨を主張する。
(2)  しかしながら,被告人が滝本サリン事件当時において青色サリン溶液中のサリンに強い殺傷力があることを認識していたことは滝本サリン事件における弁護人の主張に対する判断において説示したとおりであり,滝本サリン事件の後,滝本弁護士が元気であり,結果が出なかったことを確認したものの,①被告人は,N及びJらと同様に,そのサリンを使用する態様が,滝本車両の外気導入口付近に少量の青色サリン溶液をただ単に滴下させそれを自然に気化発散させてこれを吸入させるというものであると認識していたこと,②被告人は,滝本サリン事件後,G,N及びJからその報告を受けた際,Gから,滝本車両にサリンを滴下したがその後滝本が車に戻らず喫茶店に行ってしまった旨聞いたこと,③被告人は,N及びJらと同様に,Dが第2次池田事件の際教団で生成したサリンに被ばくしてひん死の状態に陥ったのを目の当たりにしたことなどに照らすと,滝本サリン事件の結果が出なかった原因としては,滝本弁護士が滝本車両に乗車するまでにサリンが全部気化して雲散霧消したためではないかなどとまず考えるのが自然であり,滝本サリン事件の結果が出なかったとの一事をもって,直ちに被告人が青色サリン溶液中のサリンに殺傷力がない旨認識するに至ったとは考えられない。
むしろ,④被告人は,Cと相談した上で,Dがサリンに被ばくしてひん死の状態に陥った第2次池田事件の際に使用した加熱式噴霧装置とは熱源等が異なり,電気ヒーターでサリンを加熱する新たな噴霧装置を搭載したサリン噴霧車を製作し,加熱気化したサリンガスを噴霧してどの程度の死傷の結果が発生するかを実験しようと考え,それゆえに6月20日ころの謀議の際,「オウムの裁判をしている松本の裁判所にサリンをまいて,サリンが実際に効くかどうかやってみろ。」とC,D,N及びJに指示し,その際,第2次池田事件で使用した防毒酸素マスクが有効であった旨の報告を聞いて,それと同じ防毒酸素マスクを使用することを了承したこと,⑤被告人は,松本市内でサリンを噴霧して帰ってきたC,D,N及びJから報告を受けた際,Nから,現場から出るときレンタカー業者から借りたワゴン車をぶつけて同車両に傷を付けた旨を聞いて,再度その部分を別の場所でぶつけ事故証明をもらって業者に返すように罪証隠滅工作を指示し,松本サリン事件が教団による犯行であることの発覚を防ごうとしていること,⑥被告人は,松本サリン事件の報道内容を知って,格別これを意外に思うことなく,「うまくいったみたいだな。」などと期待したとおりの結果であることに満足している旨の発言をNの目の前でしていることなどは,被告人が,青色サリン溶液中のサリンに殺傷力がある旨認識していることを物語っている。
したがって,被告人が松本サリン事件当時においても青色サリン溶液中のサリンに強い殺傷力があることを認識していたことは明らかである。
(3)ア  次に,J及びNが,滝本サリン事件当時において青色サリン溶液中のサリンに強い殺傷力があることを認識していたことは前記(滝本サリン事件における弁護人の主張に対する判断)のとおりであり,その後,滝本サリン事件の後,滝本弁護士が元気であり結果が出なかったことを知らされたものの,前記(2)の①ないし③の事情のほか,⑦J及びNは,滝本サリン事件の際,Y11がサリンを滝本車両に滴下する際にサリンガスを吸って気分が悪くなり目の前が暗くなったことからパムを注射し,J及びN自身も目の前が少し暗く感じたのでお互いにパムを注射し合ったことなどに照らすと,被告人の場合と同様に,直ちに青色サリン溶液中のサリンに殺傷力がない旨認識するに至ったとは考えられない。
イ むしろ,Jについては,前記(2)の④⑤の事情のほか,⑧Jは,あらかじめ,サリン中毒を予防,治療するために予防薬のメスチノン,治療薬のパム等,注射器,防毒酸素マスク,酸素ボンベ等を準備したこと,⑨Jは,エアラインを通して空気が供給される防毒マスクと手袋を着用してサリン噴霧車のタンクにサリンを注入したこと,⑩Jは,その際,自分がサリン中毒になったときに備えてNにジーヴァカ棟に待機してもらっていたこと,⑪Jは,松本市に行く途中,実行メンバー全員に対し,予防薬を渡して飲ませたこと,⑫Jは,松本市に行く途中,DやNも乗車しているワゴン車内で,Y12及びPに対し,噴霧するガスは非常に危険なガスで,吸ったら視界が暗くなり呼吸が困難になるなどの症状が出るので症状が出たらすぐ申し出るように注意したこと,⑬Jは,サリンを噴霧するに当たり,他の実行メンバーに防毒酸素マスクを着用され,実行メンバー7名は,サリンの噴霧を終え現場から出発して逃走中もしばらくは防毒酸素マスクを着用して酸素を吸い,1.5m3のボンベから各人の防毒酸素マスクに酸素が供給されなくなった後は,7m3の酸素ボンベから出ているホースを順に回して酸素を分け合って吸ったこと,⑭サリンの噴霧開始直後,D,N,J,P及びY12の乗車しているワゴン車内で,Y12の着用している防毒酸素マスク内に酸素ボンベからの酸素が流入しなかったことから,Y12が「空気が出ない。空気が出ない。」と言ってパニック状態になり騒ぎ出したため,Jが予備のボンベに切り替えるなどしたこと,⑮Jら実行メンバーは,松本市内でサリンを噴霧後ほどなくして別の駐車場で,サリン噴霧車やワゴン車の外側に中和剤を掛けて中和作業をしたこと,⑯Jは,上九一色村に帰った後も,サリン噴霧車の外部,内部及び配管について念入りに中和作業を行い,サリンの保管,注入に使用したテフロン容器,灯油用ポンプ等は中和剤の水溶液に二,三日浸した上,焼却したことなどに照らすと,Jは,松本サリン事件当時においても,青色サリン溶液中のサリンに強い殺傷力があることを認識していたことを優に認めることができる。
これに対し,Jは,公判で,滝本サリン事件と同様に,青色サリン溶液中のサリンに殺傷力があるとは思っていなかった旨供述するが,その公判供述に信用性が認められないことや,Jの検察官調書における反対趣旨の供述,すなわち,「サリンが非常に危険な毒ガスであることは十分過ぎるほど分かっており,12lもの大量のサリンを噴霧すれば,目標としている裁判官のみならず,裁判官が住んでいる官舎の住民及び官舎周辺に居住している大勢の人が死亡したり負傷することも,これまた十分過ぎるほど分かっていました。」などの供述の信用性が高いことは,滝本サリン事件における弁護人の主張に対する判断において説示したとおりであるほか,上記の事実関係に照らしても明らかである。
ウ また,Nについては,前記(2)の④ないし⑥や上記⑩ないし⑮の事情に照らすと,Nは,松本サリン事件当時においても,青色サリン溶液中のサリンに強い殺傷力があることを認識していたことを優に認めることができる。
これに対し,Nは,公判で,滝本サリン事件と同様に青色サリン溶液中のサリンをまいても人が死ぬとは思っていなかった旨供述するが,その供述に信用性が認められないことは,滝本サリン事件における弁護人の主張に対する判断において説示したとおりであるほか,上記の事実関係に照らしても明らかである。
(4)  Dは,第2次池田事件の際,教団で生成したサリンを加熱式噴霧装置により加熱し気化させて噴霧したサリンガスに被ばくしてひん死の状態に陥ったことから,そのような方法で噴霧した教団で生成したサリンには強い殺傷力がある旨認識するに至ったものと認められるところ,前記(2)の④⑤や(3)の⑪ないし⑮の事情に照らすと,Dは,松本サリン事件当時において,教団の生成した青色サリン溶液中のサリンに強い殺傷力があることを認識していたことを優に認めることができる。
これに対し,Dは,公判で,青色サリン溶液中のサリンの効果について,謀議の時点では死傷者が出る可能性はあるかもしれないと思っていたが何人の人が死ぬとかそのようなことまで考えていたわけではない旨述べ,青色サリン溶液中のサリンが強い殺傷力を有するとの認識までなかったかのような供述をするが,その公判供述に信用性が認められないことや,Dの検察官調書における「サリンについては,私自身は池田事件の時にその怖さは身をもって体験しているので,サリンを直接吸ったり浴びたりすれば,解毒剤など急には用意できないでしょうから,その人はまず間違いなく死ぬだろうと思っていました。」などの供述の信用性が高いことは,上記の事実関係に照らし明らかである。
(5)  Cは,第2次池田事件の際,教団で生成したサリンを加熱式噴霧装置により加熱し気化させて噴霧したサリンガスにDが被ばくしてひん死の状態に陥ったのを目の当たりにしたことから,Dと同様に,そのような方法で噴霧した教団で生成したサリンには強い殺傷力がある旨認識するに至ったものと認められるところ,前記(2)の④⑤,(3)の⑪⑬⑮の事情のほか,Cは,松本サリン事件当時,被告人の指示により,サリンプラントの建設を統括する立場にあったこと,Cは,教団で生成したサリンの効果を最大限に引き出すために自ら新しい加熱式噴霧装置の開発製造に取り組んだこと,Cは,松本サリン事件の報道記事内容についてNやJらに知らせていること(N及びJの公判供述)などに照らすと,Cは,松本サリン事件当時において,教団の生成した青色サリン溶液中のサリンに強い殺傷力があることを認識していたことを優に認めることができる。
(6)ア  Y1は,平成6年6月25日にDと共に地裁松本支部周辺の下見に行った際に,Dから,同裁判所に向けてサリンを噴霧する計画があり,その際,Y1がサリン噴霧車の運転をすることになっている旨告げられてこれを承諾したこと,P及びY12は,同月27日早朝までに,Y1と共に,Dから,同日松本に行き地裁松本支部に向けてサリンを噴霧すること及びサリンを噴霧している最中に警察官等による妨害があった場合には3人でこれを排除することを告げられ,3人はこれを承諾したこと,サリンについてはその殺傷力や予防治療法を含め,被告人の説法の中で,そのころまでに繰り返し言及されていたことのほか,前記(3)の⑪ないし⑮の事情等を併せ考えると,Y1,P及びY12のいずれも,Dから地裁松本支部に向けてサリンを噴霧する旨を告げられてこれを承諾し,また,CやDらからサリンを噴霧する目標を地裁松本支部から裁判所宿舎に変更する旨を告げられてこれを承諾した際,サリンを噴霧するとこれを吸入した不特定多数の者が死に至ることを認識していたものと認められる。
イ これに対し,Y1は,公判で,サリンを噴霧しても鼻水が出るとかだるくなる程度の効果しかなく,付近の人が死ぬかもしれないということは考えていなかった旨供述するが,上記の事実関係のほか,Y1の検察官調書における反対趣旨の「毒ガスのサリンをまけば裁判所にいる人がサリンを吸って死んでしまうということは分かりました。」という上記の事実関係によく符合する供述を公判で上記のとおり変更させた理由について合理的な説明をし得ていないことなどに照らすと,上記の公判供述を信用することはできない。
ウ また,Pは,公判で,「平成6年6月27日昼過ぎに,ヴィクトリー棟において,Dから,Y1及びY12と共に,これから松本の裁判所に裁判の邪魔をしに行くので,その警備をしてもらうと言われ,街宣車でその裁判所に行って街宣活動的な形の邪魔をすると思った。毒物をまくという発想はなかった。現地に着いてマスクをかぶれと言われてマスクをかぶった。何かまいてもどうせ効果は出ないのだから,単にここで捨てるつもりなのかなというふうにしか思っていなかった。」旨,Y12は,公判で,「平成6年6月27日昼過ぎころ,ヴィクトリー棟において,Dから『松本にガスをまきにいく。Y12とPはCが作業している間に警察官など邪魔する者が来たらぼこぼこにしろ。』と言われた。それを聞いて,教団施設にガスをまいている相手方にガスをまき返すのだと思った。ただ,まき返すガスは,一,二回まいたくらいでは健康被害が生じない程度のものだと認識していた。」旨それぞれ供述して,両名共に強い殺傷力のあるものを散布する旨の認識を否定し,Dも,公判で,「平成6年6月27日午後2時くらいに,ヴィクトリー棟で,Y1,P及びY12に対し,『今から松本の裁判所に裁判の邪魔をしに行く。警備の人が来たら対処をしてほしい。』と言った。サリンをまきに行くんだということは伝えていない。行く道中のワゴン車内でサリンは話題になっていなかった。」旨供述する。
しかしながら,サリンを噴霧する最中に警察官等による妨害があった場合に,これを排除するのがPら3人の役割であるから,Dとしては,Pらの安全のために,殺傷力を有するサリンを噴霧することを同人らに伝えてしかるべきであること,実行メンバーが,あらかじめ予防薬を飲み,噴霧時には防毒酸素マスクを着用するなどしているのに,何ら効果のない物を捨てるくらい,あるいは,一,二回まいたくらいでは健康被害が生じない程度のガスをまき返すくらいの認識しかなかったというのは不自然不合理であること,その他前記アで摘示した事実関係に照らすと,P及びY12の上記各公判供述は到底信用することができない。
加えて,Dは,検察官調書において,「平成6年6月27日の未明か早朝に,Y1,P及びY12に対し,『明日松本に行き松本の裁判所にサリンをまいてくる。サリンをまいている最中,警察等が来て妨害があった場合は君たち3人でその妨害を排除してほしい。』旨言った。」旨供述するところ,さらに,「私が3人に説明したときには『サリンをまく』とはっきりと『サリン』という名前を出しており,『毒ガス』とか『あるもの』とか中途半端な言い方はしていない。」と付加して,サリンをまく旨明確に伝えた旨を供述し,あるいは,「3人が実際にどのような道具を持っていったかどうかについては,結果的に使わずにすんだせいか余り記憶がないのでこの3人に聞いてください。」と述べて,3人に関して供述が難しい部分はその旨断るなど,その意味ではDが真しな態度で供述していることがうかがわれること,Dの上記公判供述の内容が真実であるなら,捜査段階で検察官に対しなぜこのような供述をしたかについて合理的な説明をし得ていないこと,むしろ,Dの公判供述は,かつての部下であるPやY12がサリンを噴霧する旨の認識や共謀を争っていることから,これに自身の供述を合わせてPやY12の刑事責任を軽減させるために,捜査段階で検察官に対し述べたことと異なることを公判で供述するに至ったとの疑いが濃厚であることなどをも併せ考えると,Dの上記公判供述は直ちに信用することができない。
(7)  以上のとおりであるから,弁護人の主張4(2)は採用することができない。
6  弁護人は,弁護人の主張4(3)のとおり,被告人は,地裁松本支部に係属している民事訴訟において,売買部分は勝訴するものと考え,賃貸借部分は勝訴しても意味のないものと考えていたのであるから,教団の主張を排斥するおそれのある地裁松本支部の裁判官を殺害するためにサリンを噴霧するという動機は成立しない旨主張する。
しかしながら,前記認定のとおり,被告人は,平成4年12月に行われた教団松本支部の開設式における説法の中で,地主,不動産会社や裁判所が一緒になって平気でうそをついたため,教団松本支部道場は当初の予定の3分の1くらいの大きさになってしまった旨述べ,地主やその申立てを認めて教団松本支部を手狭にした地裁松本支部裁判官に反感を抱いていたこと,賃貸借部分については勝訴すれば支部道場を拡張することも物理的には可能となるのであり,賃貸借部分について勝訴しても全く意味がないとはいえず,むしろ,敗訴することによって,教団松本支部道場をこれ以上拡張できなくなることが決まってしまうこと,のみならず,住民側代理人は売買部分と賃貸借部分の結論が異なることの不合理性などを主張しており,Gも,売買部分について,勝訴するとまでの断定的な言い方は控えるなどし,被告人においても,場合によっては賃貸借部分のみならず売買部分も敗訴してしまうのではないかという思いを完全には払拭し切れなかったこと,そして,被告人は,「またヴァジラヤーナを始めるぞ。」と言って教団の武装化を再開し,あるいは,全国の大学での講演会で「これから2000年にかけて,筆舌に尽くしがたいような,激しい,しかも恐怖に満ちた現象が連続的に起きる。世界的に戦争が起き,そこでは核兵器だけではなく生物兵器や化学兵器も使用される。その結果,文明国では10人中9人は死んでしまう。」などと説いていたころ,前記の教団松本支部開設式において,「私たちの近い未来において大いなる裁きが訪れることを予言している。」「圧力を加えている側から見た場合,どのような現象になるのかを考えると,私は恐怖のために身のすくむ思いである。」などと述べ,地裁松本支部裁判官や地主ら反対派住民を敵対視し,これらの者には将来恐るべき危害が加えられることを予言する旨の説法をしたことなどに照らすと,被告人が,新たに開発製造する加熱式噴霧装置による教団で生成したサリンの噴霧実験の対象として,被告人が反感を抱きこれまで敵対視してきた,そして,現に継続中の民事訴訟事件において教団側の主張を排斥する判決を言い渡すのではないかという思いを払拭し切れない地裁松本支部裁判官を選んだと認められるところ,そのような被告人の動機は十分に成立し得るというべきである。
したがって,弁護人の主張4(3)の主張は採用することができない。
7  以上のとおりであるから,被告人は,CやDらとの間で,松本サリン事件の共謀をしていない旨の弁護人の主張4は採用することができない。
[Ⅷ 小銃製造等事件について]
〔弁護人の主張〕
1  捜査官は,第2サティアンの検証や判示第2の小銃(以下「本件小銃」という。)の押収等に際し,第2サティアンの建物を構成している鉄骨を破壊し,また,便所室の壁等を破壊したが,これは,検証場所として「第2サティアン内,付属建物である車庫,ボイラー室及びコンテナ」としか記載のない検証許可状による検証や,捜索差押えに伴い許容される物の破壊の限界を明らかに超える違法なものである。したがって,その検証手続は違法であり,その違法な手続によって押収された本件小銃やこれを鑑定の対象とした鑑定書(E甲135)その他本件小銃や小銃部品に関する書証には証拠能力がない。
2  本件小銃は,銃としての機能,特に,発射される弾丸が殺傷力を有することについて立証がされておらず,また,実際に銃としての機能を備えていないから,武器に該当しない。
3  被告人は,弟子たちに対し,自動小銃の製造を指示してはいない。被告人は,Cの提案した自動小銃製造計画について,到底実現できるはずもないと考えたが,弟子たちのマハームドラーの修行になるためあえてこれを禁じることなくCのなすに任せていたにとどまるから,被告人には自動小銃製造の故意も共謀もない。
〔当裁判所の判断〕
第1  弁護人の主張1(違法収集証拠排除)に対する判断
1  関係証拠によれば,次の事実が認められる。
(1) 捜査官は,武器等製造法違反の罪の関連被疑者が同罪の証拠品となるものを第2サティアン2階の3本の鉄骨の中に隠匿した旨の供述をしたことから,その証拠品が隠匿されている状態を検証するとともに,これを押収するために,①検証場所を「第2サティアン並びに同サティアン付属建物である車庫,ボイラー室及びコンテナ」とする検証許可状,②被疑事実が小銃製造未遂の武器等製造法違反で,捜索すべき場所を第2サティアン等上記の場所,差し押さえるべき物を本件に関係あると認められる小銃,銃器部品などとする捜索差押許可状の発付を受け,鉄骨を切断する技術を有する専門家を補助者として同道させ第2サティアンに赴いた。
(2) 捜査官は,上記被疑者が図面を作成して特定した第2サティアン2階の3本の鉄骨の位置に天井から床まで柱状に石膏ボードがあったことから,その中にその鉄骨があると考えて石膏ボードを除去すると,中に鉄骨があり,しかも,3本とも天井から約40cm辺りの部分の色が他と違い濃い赤色を呈していたので,この部分を切り取って中に証拠品を隠し再度ふたをしてして塗装し直したのではないかと考え,ガスバーナーで鉄骨に穴を開け,スコープで内部を見て何かが隠されていることを確認した。
そこで,横二十数cm,縦数十cmの四角の穴を鉄骨の上の方から開け,中に手を入れて物を取り出しては更にその下に同様の穴を開けて中の物を取り出すことを繰り返すと同時にその隠匿状況等について検証するなどし,それを3本の鉄骨について行い,本件小銃や銃器部品等を押収した。
(3) その間,捜査官は,3本の鉄骨のうち本件小銃が発見された鉄骨とは異なる鉄骨1本がある便所室が狭い上に多量の薬品が隠匿されていたことから通気を図って安全を確保するためにその便所室と隣の瞑想室との間の壁,便所室内の仕切りや汚物洗い場を撤去した。
2  ところで,刑事訴訟法222条1項が準用する同法129条は,検証については,物の破壊その他必要な処分をすることができる旨を,同様に準用されている同法111条1項は,差押状又は捜索状の執行については,錠をはずし,封を開き,その他必要な処分をすることができる旨をそれぞれ規定し,後者の処分に物の破壊が含まれることは明らかである。もちろん,差押状若しくは捜索状の執行又は検証に際して,物の破壊をする場合でも,それには性質上自ずから限界があり,捜索差押え又は検証の目的を達するため,必要でかつ最小限度のものに限られ,その方法も社会的に相当なものでなければならないが,そうである限り,物の破壊は許容されることになる。
そこで,上記1の認定事実に照らし,判断すると,捜査官は,関連被疑者がその中に武器等製造法違反の証拠品があると供述して特定した第2サティアン2階の3本の鉄骨を捜し当てた上,その鉄骨に新しい塗装痕を発見したことからその中に何かが隠匿されている可能性が高いと判断し,まず鉄骨に小さい穴を開けてスコープにより中に何かが隠匿されていることを確認し,横二十数cm,縦数十cmの四角の穴を上方から一つずつ開けて順次中の物を取り出し押収するとともにその隠匿状況について検証するなどしたものであって,これらの行為は,捜索差押えの執行又は検証の目的を達するために必要でかつ最小限度にとどまり,その方法も相当であったというべきであるから,上記の検証及び本件小銃等の押収手続に違法があったとは認められない。また,上記のとおり,鉄骨内の検証又は捜索差押えに当たり便所室の仕切りや壁などを撤去した点についても,多量の薬品が隠匿されていたことから安全を確保するためにそのような行為に至ったことなどを考慮すると,そのことが,上記の押収手続や検証手続全体に,これらに関する証拠能力を失わせるほどの違法性をもたらすものとはいえない。
以上のとおりであるから,本件小銃やこれを鑑定対象とする鑑定書(E甲135)その他本件小銃や小銃部品に関する書証の証拠能力はない旨の弁護人の主張1は採用することができない。
第2  弁護人の主張2(本件小銃の武器該当性の有無)に対する判断
1  関係証拠(特に,田尾三喜の公判供述及び同人ら作成の鑑定書[E甲135],資料入手報告書[E甲369]等)によれば,次の事実が認められる。
(1) 本件小銃は,全長約93.5cm,重さ約3.6kgの突撃銃ようのものであり,銃身の内径は約5.4mmで銃腔には右回転4条のライフルが認められる。
(2) 警視庁科学捜査研究所物理研究員田尾三喜が本件小銃の銃としての機能の有無について鑑定をした際,本件小銃の薬室後端の内径がAK―74の適合実包のきょう体の径よりもやや小さく,同実包を本件小銃に装てんすることが不可能であったことから,同実包のきょう体外周部をヤスリで切削してきょう体の径を小さくすることにより装てん可能とした上,同実包の発射薬量を半分にしたものを本件小銃に装てんして撃発操作を繰り返したところ,4回目の撃発操作により弾丸が発射され,また,同実包の発射薬量を減らさない全量のものを本件小銃に装てんして撃発操作を繰り返したところ,3回目の撃発操作により弾丸が発射された。
(3) 田尾研究員が,後者の発射の際,銃口から約1mの位置に,弾速測定器(四角い箱状のものでその中に弾丸を通すことによりその速度を測る器械)を置いてその位置での弾丸の速度を測定した結果,秒速約831.6mであった。その発射された弾丸にはライフルマークが印象されていた。
(4) 1940年代に旧ソ連で開発され,旧ソ連軍制式ライフルとして採用されたAK―47は7.62mm口径で,発射された弾丸の初速は秒速約710mであり,1974年に開発され旧ソ連軍に採用されたAK―74は5.45mm口径で,発射された弾丸の初速は秒速900mである。
(5) 上記(2)の発射実験の際に,1回の撃発操作で弾丸が発射されなかったのは,本件小銃の撃針の形状がAK―74のそれと比べて平面状になっているため打撃力が分散された上,AK―74の適合実包は軍用銃のライフル実包であることから誤爆を防止するために起爆しにくくされ,また,湿気等によって起爆しにくくなるのを防ぐため雷管に塗料などが塗られていることから,本件小銃の撃針では,一,二回程度の打撃による雷管自体の起爆が困難であったことによる。
2  以上の認定事実に照らし,本件小銃が銃砲に該当するかどうかについて判断すると,まず,上記鑑定では,1回目の撃発操作により弾丸を発射することができなかったが,その原因は上記1(5)のとおりである上,三,四回目の撃発操作により金属性弾丸を発射することができたのであるから,本件小銃については,金属性弾丸を発射する機能を有するものというべきである。
次に,本件小銃から発射された弾丸が殺傷力を有するかどうかについてみると,上記鑑定では,弁護人の指摘するような貫通力等について実験がされなかったものの,本件小銃の銃口から約1mの位置に置かれた弾速測定器に向かってAK―74の適合実包(きょう体外周部をヤスリでやや切削したもの)を発射してその弾丸の速度を測定したところ,秒速831.6mで,AK―74の初速である秒速900mには及ばないもののこれに準じる速度であり,1940年代に旧ソ連軍に採用されたAK―47の初速である秒速710mを上回るものであって,貫通力等の実験をするまでもなく,本件小銃から発射された弾丸が殺傷力を有することは明らかである。
3  したがって,本件小銃は,銃砲に当たるから,武器等製造法に定める「武器」に該当するものと解するのが相当である。本件小銃が武器に該当しない旨の弁護人の主張2は採用することができない。
第3  弁護人の主張3(被告人の指示ないし共謀の有無)に対する判断
1  関係証拠(特に,Qの公判供述等)によれば,前記「Ⅳ 教団の武装化」(特に,5,14(2),17)に係る事実のほか,次の事実を認めることができる。
(1) Qは,平成6年秋ころ,ミーティングの際に,まだAK―74の銃身の成分を調べていないという話が出たことから,被告人に「一応調べてみろ。」などと言われ,業者に成分の分析を依頼し,その結果,マグネシウムを多く含む鉄でチタンが添加されていることが分かった。
(2) Qは,平成6年8月初めころ,銃身の製作をTから引き継いだ際,銃腔に深さ0.1mmの溝をらせん状に四条付けるライフリングの作業の見込みが立たない状態であり,工夫を凝らしたもののうまくいかず,同月中旬ころ,被告人にその旨報告すると,被告人は「放電加工機で行え。」と言った。Cが「ちょっと時間がかかって無理じゃないですか。」と言ったが,被告人は,「いいからやってみろ。」とQに指示した。そこで,Qは,絶縁油の中に素材を浸して電極と素材との間で放電させて素材を徐々に融解させながら加工する機械である放電加工機で実験してみたところ,うまくできそうな結果が出たが,放電加工機の加工範囲が銃身より短かったため,銃身の長さ分のライフリングができず,その旨Cに報告した。Cは,被告人から大型の放電加工機を購入するよう指示され,同年9月末ころ,1300万円で形彫り放電加工機を購入し,第12サティアンに設置した。Qは,これを使ってライフリング作業をしたがうまくいかず,被告人にその旨報告すると,被告人から「回転機構を造って,ライフリングと銃腔の穴開けを一体で行え。」と指示され,そのように試したところ,二,三cmの深さの穴を開けるのに二,三日かかり,しかも,それ以上加工することができなかったことから,同年10月半ばころ,被告人に,当初の穴開け後のライフリングのみを形彫り放電加工機で行うという方法でやっていることを話すと,被告人から「指示どおりの方法で造れ。回転機構を早く造れ。一体でやれ。」などと強くしっ責された。
(3) 結局,Qは,穴開けについて,銃身の素材を当初よりもやや固めに焼き入れをすることによって深穴ボール盤とガンドリルでもまっすぐに開く率が高くなり,形彫り放電加工機によって深さ0.1mmの溝を加工することができたことから,同年11月末ころ,その旨をCに報告した。Cからそのことを聞いた被告人は,第6サティアン1階の被告人の瞑想室にQを呼び,「できたそうじゃないか。やればできるじゃないか。」とうれしそうに言い,Qから「まだライフリングと穴開けを一体でやっていないんですが。」と聞いても,「結果が出れば方法なんかどうでもいいんだ。」などと言った。
被告人は,その際,Qのほうから「あと2週間くらいで完成すると思います。」と言われ,「年内にできればいいな。」と言い,年内に自動小銃1丁を完成させるよう指示した。
(4) そこで,Qは,Tにもその旨を話し,同人らは,平成6年12月下旬ころから平成7年1月1日までの間,清流精舎において,自動小銃1丁の必要部品一式を取りそろえるなどした上,これらを組み立てて小銃1丁(本件小銃)を製造した。なお,本件小銃は,急ごしらえのため若干の不具合があり,自動連射機能を欠くものであった。
(5) Q及びTは,平成7年1月1日夜,第6サティアン1階の被告人の部屋に本体小銃を持参し,被告人に小銃ができた旨を報告した。すると,被告人は,「今日はすごい日だな,知ってるか。」「今朝の読売新聞に上九一色村でサリン濃厚という記事が出たんだ。新聞にはこのような記事が出るし,おまえたちは小銃を持ってくるし,今日はほんとにすごい日だな。」などと言い,Qらから本件小銃を受け取り,Tから操作の仕方を教わると,自ら上部遊底を引いて弾を込める動作をして引き金を引く動作をするなどし,「よくやった。」と言ってQらをほめた。被告人は,その際,Qに「弾丸を造れ。」と,Tに「もっと大型の砲を作れ。」とそれぞれ言って新たな指示を出した。
(6) 被告人は,上記の新聞報道により教団施設に対する強制捜査がされるおそれがあると考え,Eに本件小銃や小銃部品を第2サティアン近くの小屋の地中に埋めてある鉄管に隠すよう指示し,Eの指示に基づき,Qらは,本件小銃や小銃部品をその場所に隠した。Q及びTは,教団施設に対する強制捜査の気配がなくなったことから,同年1月半ばころ,隠した部品類を取り出し,同年2月初めころから,自動小銃の部品の製造作業を再開した。
(7) Qが,同年4月20日前後ころ,被告人と話した際に,上九一色村の教団施設の鉄下室を警察が捜しているという話があったので,本件小銃は大丈夫かどうか聞いたところ,被告人は,どこかの壁の中に隠した旨答えた。
2  ところで,弁護人は,上記認定の主たる証拠であり,同認定事実に沿うQの公判供述(以下「Q公判供述」という。)について,その信用性がない旨主張する。
しかしながら,被告人が,中国旅行から帰ってきた後の平成6年2月終わりころ,ホテルオークラにサリンプラント設計担当者らを集めて同人らにその設計を急ぐよう発破を掛け,あるいは,その翌日にホテル「ザ・マンハッタン」に自動小銃製造担当者らを集めて同人らにその製造を急ぐよう発破を掛けたことは,QだけでなくD,U,Oらの教団幹部も公判で認める,動かし難い事実であるところ,Q公判供述は,その事実とよく符合している。また,Q公判供述は,多額の資金と多数の人員を必要とする自動小銃製造計画について被告人がこれをCのなすに任せているとは考え難いという点からも,自然で合理的である。また,Qは,公判で,「平成6年8月初めくらいに銃身の製作をTから引き継いだ際,Cから技術的なライフリングの仕方についての指示を受けた記憶はあるが,そのほかの人から指示を受けた記憶はない。」旨述べ,検察官から「被告人から,Tから引き継いでやれと言われたことがないか。」と尋ねられても「自分の記憶としてはない。」旨答え,あるいは,弁護人から「主尋問では,大型放電加工機の購入については,被告人から直接指示があったということになっているが,間違いないか。」と尋問された際に,「直接というか,Cから,被告人の指示で大きいのを買えという指示があったから,買うということを聞いている。」旨誤解のないように答えるなど,自己の記憶に忠実に証言していることがうかがわれ,殊更被告人に不利益なうその供述をしようとする態度は見受けられない。
これらの点に照らすと,Q公判供述の信用性は高いというべきであり,同供述その他の関係証拠を総合すると,前記1の事実を優に認めることができる。
3  そして,前記認定事実によれば,被告人は,サリンプラント計画と並ぶ教団の武装化の柱である自動小銃製造計画を推し進めるため,第9,第11,第12各サティアンや清流精舎などの教団施設を使用し,多数の教団信者をかかわらせた上,あらかじめ武器の情報を集めるためにロシアにCら数名を1か月近く派遣し,1台三,四百万円もするマシニングセンターを22台,1300万円もする大型の放電加工機1台を購入するなど多額の資金を投入するなどしたものであり,その計画は,到底Cのなすに任せるような事柄とは認め難い。加えて,被告人は,平成6年2月28日,ホテル「ザ・マンハッタン」で,Qらに対し,自動小銃1000丁を造るよう指示し,その後,ミーティングで,Qらから直接作業の進行状況や問題点などを聞き,自動小銃の機関部の21種類の金属部品についてはマシニングセンターで造るように言い,ライフリング作業については大型の放電加工機で穴開けと一体化してやるように言うなど技術的な指示をしたこと,被告人は,平成7年1月1日,Qらから,完成した本件小銃1丁の献上を受けた際,よくやったと言って同人らをほめ,早速次の段階としてQには弾丸を造るよう指示したこと,被告人は,同日,教団施設に対する強制捜査がされるおそれがあると考え,本件小銃や小銃部品を隠匿するよう指示したことなどを併せ考えると,被告人は,教団の武装化の一環として,自動小銃製造計画を進め,約1000丁の自動小銃を製造することを企て,弟子たちに指示して,判示第1及び第2の各犯行に及んだことは明らかである。
4  以上のとおりであるから,被告人の小銃製造の指示ないしは共謀がなかったとする弁護人の主張3は採用することができない。
[Ⅸ 落田事件について]
〔弁護人の主張〕
1  被告人は,b1のカルマを清算させるため,落田の首を素手で絞め失神させた後直ちに蘇生方法を講じれば,落田は怖い思いをし,これに懲りて悪業を犯さなくなるだろうと考え,b1に対し,その意図を伏せて,「素手で落田の首を絞めれば帰してやる。」旨告げたにすぎず,落田の殺害を指示してはいない。
被告人は,しばらくして物音などが途絶えたので,b1のカルマ落としの行為が終了したと思い,「蘇生させろ。」と指示したが,既に落田は死亡していた。落田の死亡は,b1の行為に対し,落田が激しく反抗したため,その場にいた弟子たちがb1の行為に加功した結果発生したものである。被告人は,弟子たちに対し,落田にビニール袋を被せろとかロープを使って首を絞めろなどb1に協力させる旨の指示はしていない。
2  被告人は,落田の死体の取扱いについては,予期しない落田の死亡による驚きと失意のため,Cに対し,「あとは任せる。」とだけ告げてその場から去ったのであり,被告人には死体損壊の認識も共謀も存在しない。
〔当裁判所の判断〕
1  関係証拠によれば,動かし難い事実として,①C,D,Jら被告人の弟子たち及びb1が共謀の上,平成6年1月30日未明,第2サティアン3階の尊師の部屋において,b1が,落田に対し,ロープを巻いてその頸部を絞め,落田を窒息死させて殺害したこと,②C,Y14ら被告人の弟子たちが共謀の上,同日,第2サティアン地下室において,落田の死体をマイクロ波焼却装置の中に入れ,これにマイクロ波を照射して加熱焼却したことのほか,③b1は,平成6年1月30日午前5時ころ,b3の車で上九一色村の教団施設を出て帰宅し,手荷物だけを持って自宅から逃げ出し,ホテルを転々とした後,秋田県内のアパートに身を隠したこと,④被告人は,その後,b1が道場に出てこないことから,その所在を調査させてb1が秋田県にいることを突き止めた上,同年2月中旬ころ,Cら弟子たちにb1を連れ戻すよう指示し,C,D,U,Y8,P,J,V,Y14,Y15らは,被告人の指示に基づき,秋田に向かい,UとPがb1に会って説得して連れて帰り,説得できなければ全員で力ずくで連れ帰ることとしたが,Uらがb1の居住するアパートに行った際,b1により警察に通報されたため,同人を連れ戻すことに失敗したこと,⑤b1は,その夜のうちにそのアパートを出てホテルを転々としたり海外に行くなどし,帰国後も教団に見つからないように注意して暮らしていたことを認めることができる。
2  次に,被告人がC,Dら弟子たちやb1に対し,落田を殺害することを指示したかどうか,被告人がCやY14ら弟子たちに対し,落田の死体を焼却することを指示したかどうかについて判断すると,関係証拠(各認定事実の後の括弧内に記載した証拠は,同事実を認定した主たる証拠)によれば,次の事実を認めることができる。その認定に供した証拠の信用性が高いことについては後記3のとおりである。
(1)  被告人は,判示第1の犯行に至る経緯4のとおり,Y2が運転し乙川花子の同乗する被告人専用車両で,第6サティアンを出発した直後,「今から処刑を行う。」と言った(Y2の公判供述)。
(2)  被告人は,判示第1の犯行に至る経緯6のとおり,尊師の部屋で,C,D,U,Y2,Y8及びY13に対し,「これからポアを行うがどうだ。」と言って,落田及びb1を殺害するつもりであることを話すと,弟子たちは,いずれも賛意を表し,あるいは,同調した(Y2の公判供述)。
(3)  判示第1の犯行に至る経緯8のとおり,被告人は,尊師の部屋に呼び入れたb1に対し,「おまえは帰してやるから安心しろ。ただし条件がある。それはおまえが落田を殺すことだ。それができなければおまえもここで殺す。」などと言って,落田を殺害することを指示し,b1は,悩んだ末,これを承諾した(b1,Y2及びY14の公判供述)。
(4)  被告人は,判示第1の犯行に至る経緯9のとおり,その後,弟子たちによりロープが準備され,これで首を絞めて殺害する方法に変更してはどうかという提案がされてこれを了承し,その際,落田が催涙ガスを使ったことを指摘して落田に催涙スプレーを掛けるよう指示し,催涙スプレーが落田に使用され催涙ガスが室内に拡散して窓が開けられた際,「なんで窓を開けるんだ。閉めろ。」と指示した(b1,Y2及びY14の公判供述)。
(5)  被告人は,判示罪となるべき事実第1のとおり,b1が落田の頸部を絞めている間,Jから落田の脈拍の有無について報告を受け,b1に対し落田の頸部を更に絞め続けるよう指示し,判示第2の犯行に至る経緯のとおり,落田の死亡をJに確認させた(b1,Y2及びY14の公判供述)。
(6)  被告人は,判示第2の犯行の至る経緯のとおり,Cと相談の上,第2サティアン地下室にあるマイクロ波焼却装置で落田の死体を焼却することとし,Cにその焼却を指示する(Y2の公判供述)とともに,Y15,Y16及びY14の3名に対し,Cの指示に従って落田の死体を処理するよう指示し(b1,Y2及びY14の公判供述),b1を帰す際に,同人に対し,落田の殺害について口止めをした(b1及びY2の公判供述)。
(7)  D及びUは,その後,被告人からb1をb3の車まで送るよう指示を受け,第2サティアンからワゴン車でb1を第6サティアン付近で待っているb3のもとに送り届けた際,b1に対し,「とにかく1週間に1度は道場に来い。来ないとこちらから行くぞ。」と念を押した後,「父親には『母親を助けにいったが,母親の具合が悪いというのは落田の勘違いで実際は母親の病気はかなりよくなっていてもうすぐ退院できるんだ。落田はここで被告人ともう1回話をして修行をやる気になったから教団に残ることになったんだ。』ということを言いなさい。」とうその話をするよう指示した(b1の公判供述)。
3  上記2の認定に係るb1,Y2及びY14の各公判供述の信用性について検討すると,まず,これらの各公判供述は,いずれも被告人が落田の殺害及びその死体焼却を指示した状況等につき,具体的かつ詳細に述べられたものであり,事柄の核心部分についてよく合致し,相互にその信用性を補強し合っている。のみならず,そこで述べられている内容は,一連の落田事件の事実経過,すなわち,①b1は,落田に誘われ,落田と共にb2を連れ出すために第6サティアンに侵入した際,教団信者に捕らえられ,第2サティアンに連行されたこと,②b1は,第2サティアン3階の尊師の部屋において,被告人と話をした後,被告人の前で,数名の教団信者の手を借りながら落田の頸部をロープで絞め続けて殺害したが,その間その場にいた教団信者のだれからもb1の行為を制止されることもなく,その後においても,被告人から「これからは,また,入信して週1回は必ず道場に来い。一生懸命修行しなさい。」と言われるにとどまり格別b1が落田を殺害したことについてしっ責されることなく家に帰ることを許されたこと,③b1は,それにもかかわらず,帰宅直後,教団との接触を断つために自宅を出て行方をくらまし,そのため,教団から所在を突き止められ無理やり連れ戻されそうになったこと,④他方,落田の死体は落田が殺害された後,直ちに,第2サティアン地下室でマイクロ波焼却装置により焼却されたことなどの事態の推移について,非常によく説明し得ている自然で合理的なものである。
また,Y2の公判供述にある「第6サティアンを出発した直後被告人が『今から処刑を行う。』と言った」ことの根拠について,Y2は,公判で,「被告人が第6サティアンを出た際,『今から処刑を行う。』と言っていたので,第2サティアンに着いた際車の中で待機していると後でしかられるかと思い,自分はどうしたらいいか尋ねると,被告人から一緒に来てくれと言われたことから,被告人専用車両のベンツの向きを変えることなく,直ちに車から降りて階段を駆け上がった。」旨の説明を加えているところ,他方で,Y2は,公判で,「被告人が,Cから,落田の死体を焼却するのに人手が欲しい旨頼まれた際に,『警備の者がいるんじゃないか。』と言い,それに対して私がY15とY16が表にいると思う旨答えたが,そのことを知っていたのは第2サティアンに着いたときにベンツの方向転換を彼らに頼んだからである。」などと供述しており,これらの一連のY2の供述は,Y2が,第6サティアンを出発する際,被告人が「今から処刑を行う。」と言うのを聞いたため,第2サティアンに着いた際被告人に,自分はどうしたらいいか尋ねると,一緒に上に来てくれと言われたことから,いつもは自らベンツの向きを変えるところ,その余裕がなかったためその方向転換を表にいたY15やY16に頼み,それゆえに,被告人が,Cから,落田の死体を焼却するのに人手が欲しいと言われた際に,「警備の者がいるんじゃないか。」と言ったのに対して,Y15とY16が表にいると思うと答えることができたという事実の経過をよく説明し得ているのであり,その供述の信用性は高いというべきである(弁護人は,Y2の上記公判供述について,「ベンツの向きの入れ替え作業をしないまま被告人と一緒にベンツから降りて第2サティアンに入っていくことはベンツの運転手として絶対にない。」旨のY8の公判供述を根拠として種々論難するが,もとより採用することができない。)。
これらの点に照らすと,上記2の認定に係るb1,Y2及びY14の各公判供述の信用性は高いというべきである。
そして,上記b1,Y2及びY14の各公判供述によれば,被告人が落田の殺害及びその死体の焼却を指示したことを優に認定することができる。
4  弁護人は,被告人の検察官調書(B乙1ないし6[書45])における「私は,b1に落田の首を絞めさせ,柔道でいう絞め落としをして後で蘇生させることによって落田を懲らしめるために,b1に対し,『素手で落田の首を絞めれば帰してやる。』と言っただけで,殺せとは指示していない。また,ビニール袋を落田に被せろとかロープを使って首を絞めろという指示は決して出していない。数分間たってから,落田の『助けてくれえ。』という声が聞こえ,その声が10秒くらい続き,その声が聞こえなくなったので,すぐに私は『生きかえせ。』と言って,落田を蘇生させるよう命じたが,Jから落田が死んでしまったことを知らされた。私は,その後,落田の死体をどうするかについては,その部屋にいた弟子たちに『あとは任せるよ。』と声を掛けて,すぐこの部屋を出た。」旨の供述や,第34回公判における公判手続の更新の際における被告人の「私は,落田の殺害の指示はしていない。弟子たちがその直感的なものによって落田を殺したものである。」旨の供述に基づき,前記「弁護人の主張」のとおり,主張する。
しかしながら,被告人が捜査段階において自認するとおり,このとき現場にいた最高責任者は被告人であり,被告人の指示以外のことをやるのであれば,当然被告人の許可を受けなければならないのであるから,被告人が,b1に対し,素手で落田の首を絞めるよう指示したのであれば,なぜb1がロープで落田の首を絞めて殺害したのか,しかも,なぜそばにいた弟子たちはだれ一人としてこれを止めようとせずむしろb1にロープを渡し,これに加勢したのか甚だ疑問である。また,被告人は,落田の死亡を確認した後も,b1や弟子たちに対し,被告人の指示に反してロープで落田の首を絞めて殺害したことについてしっ責することはなかったというのも不自然である。逆に,被告人は,b1をしっ責することなく家に帰したにもかかわらず,道場に出てこないからといって,行方をくらましているb1の所在を調査の上突き止め,弟子たちに無理にでも連れて帰るよう指示したというのも不可解である。
したがって,被告人の上記供述は,落田事件の一連の事実経過に照らし,不自然不合理といわざるを得ず,信用性の高い前記b1,Y2及びY14の各公判供述に照らし,信用することができない。
5  また,Y8及びY13は,公判で,被告人からは落田を殺害する旨の指示はなかったなどと供述する。
しかしながら,Y8及びY13は,公判で,上記の供述をするものの,被告人の指示がなかったのであれば,なぜb1が被告人の前で落田を殺害し,被告人の弟子たちもこれを止めることなく逆にこれに加勢したのかなどその事実経過について合理的な説明をすることができない上,Y8は,被告人に対する信と帰依があることを明言し,Y13は,「過去に被告人に対して帰依をしていた。少なくともそういう状態で,てのひらを返すということは言動ではしたくないという意思はある。被告人のいない教団には興味がないことから脱会した。」と述べるなど,いずれも,被告人をかばい立てするために被告人に不利な供述を回避しようとする態度が明らかであり,また,信用性の高い前記b1,Y2及びY14の各公判供述に照らし,Y8及びY13の上記各公判供述は信用することができない。
6  以上のとおりであるから,被告人が弟子たちに落田の殺害及びその死体の焼却を指示していない,あるいは,弟子たちとそのような共謀をしたことはない旨の弁護人の主張は採用することができない。
[Ⅹ 冨田事件について]
〔弁護人の主張〕
本件当時教団施設に毒ガス攻撃が行われており,被告人は,少なくともその旨信じていたものであるが,女性信者熱傷事件が発生し,その水の化学分析の結果イペリットが検出されたことから,公安警察等のスパイにより教団の生活用の水に毒ガスが混入されたものと思い,そのスパイ捜しをさせたところ,教団の生活用の水を運搬する作業に従事していた冨田についてポリグラフ検査で陽性反応が出た旨の報告を受けたため,Dに対し,冨田がスパイであるかどうか,冨田がスパイである場合に毒ガスを混入させた背後関係はどうかについて調査を指示しただけであって,拷問により冨田を自白させることや冨田を殺害することを指示したことはないし,冨田の死体の焼却についても一切指示したことはない。
本件は,スパイの摘発を任務とする自治省の大臣であるDが,拷問をしてでも冨田を自白させたいとの責任感から,被告人の上記調査の指示を,場合によっては拷問を加えてでも自白させることと勝手にそんたくして冨田に拷問を加え,ついには同人を死に追いやったものである。
〔当裁判所の判断〕
1  まず,弁護人は,本件当時教団施設に毒ガス攻撃が行われており,そのような事実がないとしても,少なくとも被告人は教団が毒ガス攻撃を受けていたと信じていた旨主張する。
しかしながら,判示のとおり,被告人は,平成5年10月25日以降,説法で,家族や弟子に頭痛,吐き気等の症状が出たが,これは第2サティアンがイペリットガスのようなびらん性ガスや,サリン,VXのような神経系の毒ガスが混ざった物で長期にわたり攻撃された結果としての現象であるなどと述べているところ,このように何者かが,長期にわたり,イペリットのようなびらん性毒ガスや,サリン,VXのような神経系の毒ガスが混合した毒ガスを教団施設に対し噴霧して攻撃しているということ自体,荒唐無稽で到底信用することができない。むしろ,被告人は,以前から,NやRらに対し,ボツリヌス菌や炭疽菌等の細菌兵器や,サリン,イペリット等の化学兵器の研究,培養・生成等を指示し,その進ちょく状況等について報告を受け,種々の菌類,中間生成物やサリン等が教団施設で培養,生成されて存在していることや,教団施設においてそれらの菌類や化学物質に由来する種々の異臭事件が発生したことなどを熟知しており,上九一色村の教団施設内の教団信者らに体調の変化が見られたならば,まずもって,上記の培養,生成等に由来するのではないかと疑ってしかるべきである。そうであるのに教団が国家権力等をはじめとする敵対組織から毒ガス攻撃を受けているなどという到底信用できない説法をしたのは,教団の武装化を推進していた被告人が,信者らに体調の変化が見られたことを逆手にとり,教団における生物兵器や化学兵器の製造等を隠ぺいするとともに,教団信者の危機意識を高め,国家権力等に対する敵がい心をあおるために話をすりかえたものと見るのが自然である。また,仮に第6サティアンの生活用の水にイペリットが混入されたのであれば,女性信者熱傷事件だけでなく第6サティアンに居住する多数の教団信者に同様の被害が生じたであろうことは,被告人においても容易に思い及ぶことであるにもかかわらず,なお,女性信者熱傷事件の原因が,タンクローリーで第6サティアンに水を運搬する作業に従事していた冨田がスパイとして第6サティアンの生活用の水にイペリットを混入したことであると考えるのは,教団が毒ガス攻撃を受けていたと信じる者の発想としても不自然かつ不合理といわざるを得ない。
そうすると,本件当時教団施設に毒ガス攻撃が行われた事実も,被告人が教団が毒ガス攻撃を受けていたと信じていた事実もなく,判示のとおり,教団が毒ガス攻撃を受けているというのは被告人の創作したうその話であることは明らかである。
2  そして,被告人は,教団に敵対する組織等のスパイが毒ガスを教団施設の生活用の水に混入したものではないことを認識していたのであるから,冨田をそのようなスパイであると真実考えたこともなかったのであり,したがって,被告人は,冨田が教団施設の生活用の水にイペリットを混入したスパイでないにもかかわらず,判示の理由からそのようなスパイに仕立て上げようと考え,拷問をしてでも冨田を自白させようとしたことを優に認めることができる。そのことは,被告人が,Dらから女性信者熱傷事件についてその当日同女が湯を張った後わずかの間その場を離れたことがあった旨の報告を受けた際には,だれかが,同女がその場を離れているすきに毒ガスを混入させたか,浴室のすきまから毒ガスをまいたのではないかなどと言っていたのに,その2日後くらいには,タンクローリーで教団の生活用の水を第6サティアンに運搬する冨田が第6サティアンの生活用の水に毒を混入させたらしいなどと前記のとおり到底ありそうにないことを言うに至る(Dの公判供述)など,被告人の女性信者熱傷事件の原因に対する見方が不自然に変遷していることや,冨田がスパイと疑われるような事情はこれまで見当たらず,冨田は判示認定の拷問を加えられても,教団の生活用の水に毒を混入したスパイであることを一貫して否定し,拷問を加えていたDらも冨田がそのようなスパイでない可能性は高いと思っていたこと(D及びY2の公判供述)などからも,明らかである。
なお,弁護人は,被告人が冨田をスパイに仕立て上げ,教団の生活用の水に毒物を混入したことにしようとしたものであれば,教団信者に対し,冨田がスパイであることを知らせなければその目的を達することができないはずであるのに,被告人が冨田を殺害しその死体を焼却し,しかも,その事実を関係者以外に知らせていないのは矛盾する旨主張する。
しかしながら,被告人は冨田をスパイに仕立て上げるために強制的にでも自白させようとしたがそれができず,結局冨田をスパイに仕立て上げることに失敗したことから,冨田がスパイであることを公表することができなかったのであり,他方で,このような拷問を加えた以上は口封じのために殺害するほかないと考え,冨田を殺害したものであるから,弁護人の主張は当たらない。
3(1)  次に,弁護人は,被告人は,Dに対し,冨田がスパイであるかどうか,冨田がスパイである場合に毒ガスを混入させた背後関係はどうかについて調査を指示しただけであって,拷問により冨田を自白させることや冨田を殺害することを指示したことはない旨主張する。
(2)  しかしながら,まず,Dは,公判で,①被告人が,平成6年7月10日ころ,Dに対し,強制的にでも教団の生活用の水に毒ガスを混入したことやその背後関係について冨田を自白させるよう指示するなどしたこと(犯行に至る経緯4),②被告人が,バルドーの導きが始まった後,Dを呼んで進ちょく状況を尋ね,強制的に冨田を自白させるのをY2に担当させるよう指示するなどしたこと(犯行に至る経緯6),③被告人は,Dから「冨田は自白しませんが,どうしましょうか。」と聞かれ,Dに対し,冨田をマイクロ波焼却装置を使って焼却するように指示するなどしたこと(犯行に至る経緯8),④Dは,冨田を殺害した後第6サティアン1階の被告人の部屋に行き,被告人に「終わりました。」と報告すると,被告人から「どうだったんだ。」と聞かれ,「ロープ使ってしまいました。」と答えると,被告人から「ああそうか。何でロープを使ったんだ。」と言われ,「どうもすいませんでした。」と言って謝ったこと,⑤その際,冨田を下向したことにして,車両省大臣にその旨申し出ることや当時冨田と親しかった女性信者が冨田の下向に不審を抱く懸念があったため,同女に冨田の死を知られないように,同女をロシア支部に転属させることが話し合われたことなどについて供述する(以下,この供述を「D供述」という。)。
(3)  そこで,D供述の信用性について検討すると,D供述の中で被告人について述べられている部分は,冨田を教団に敵対する組織のスパイに仕立て上げ,そのスパイが教団の生活用の水にイペリットを混入したといううその話を教団信者に知らしめることにより,教団が毒ガス攻撃を受けているといううその話をもっともらしくすることができるなどと考えていた被告人がとるべき行動として,あるいは,冨田をスパイに仕立て上げることに失敗した場合に被告人がとるべき事後措置として,極めて自然で合理的な内容を含む具体的なものである。また,D供述中,DがY2に対し被告人の指示内容を伝えて指示した部分は,Y2が冨田を拷問し殺害する際にDから受けた指示に関するY2の公判供述ともよく符合している。さらに,D供述は,Vの公判供述,すなわち,「被告人が『冨田は…』と言った後,こぶしを握って親指だけ立てた状態で胸の辺りから上に首目掛けて切り上げるような動作をすると同時に『…したから。』と言うなどし,冨田がポアされてしまったと解釈できるような動作をした。」旨の供述とも合致している。
そして,Dは,捜査段階では,冨田事件における被告人からの具体的な指示内容について黙秘し,公判で供述するに至った理由について,公判において,「自分と被告人しか謀議の場面を知っている者はいないことから,自分が言わなければ謀議の部分は明らかにならないと考え,被告人からの具体的な指示内容については黙秘していた。私が証言をすることによって,他の共犯者の朋友の人たちで苦しむ人はいるが,被告人は空を悟っているので,私が何を言っても苦しまないと考えた。現在も被告人は最終解脱をした者だと信じている。被告人に対する帰依は現在もある。」旨供述しているところ,捜査段階において,被告人のほかには自分しか知り得ない被告人に不利な事実について,被告人をかばい立てするためにその具体的な供述を拒否したというDの心情は理解するに難くない上,Dは証言時においても被告人に対する帰依を維持しながらも,被告人の面前でためらいながらではあるがあえて被告人に不利益な事実を内容とする供述(D供述)をしたものである。
加えて,仮に弁護人が主張するように,Dが拷問をしてでも冨田を自白させたいとの責任感から,被告人の指示を,場合によっては拷問を加えてでも自白させることと勝手にそんたくして冨田に拷問を加えたものと見たとしても,更に進んでそのようなDがなぜ被告人に無断で冨田の頸部をロープで絞めて殺害したのかを説明することは困難というほかなく,結局Dには被告人の指示がないのに冨田を殺害する動機は何ら見当たらないというべきである。
(4)  これらの点に照らすと,D供述の信用性が高いことは明らかであり,その供述に沿う事実を認めることができる。
弁護人は,被告人がマイクロ波焼却装置の使用によって冨田を殺害することができるとは考えていなかった旨主張するが,被告人は,少なくとも,落田事件においてマイクロ波焼却装置により落田の死体を焼却したことなどからも,マイクロ波焼却装置の殺傷力を十分認識していたのであるから,この点に関する弁護人の主張は採用することができない。
以上のとおりであるから,被告人がDに対し,冨田の殺害を指示したことはない旨の弁護人の主張は採用することができない。
なお,前記認定によれば,被告人がマイクロ波焼却装置で冨田を殺害するよう指示したのに対し,Dらはロープによる絞殺の方法で冨田を殺害したものであるが,Dが冨田を殺害した後被告人にその旨の報告をした際における被告人との会話内容,Dらは冨田を殺害した後マイクロ波焼却装置を使用してその死体を焼却したこと,落田事件では被告人の指示により落田を絞殺した後その死体をマイクロ波焼却装置により焼却していたことなどに照らすと,Dらによる殺害行為が被告人の指示の範囲を逸脱していたとはいえず,被告人が冨田の殺害について共謀共同正犯としての責任を負うことは明らかである。
4  弁護人は,被告人はDに対し冨田の死体の焼却について一切指示したことはない旨主張する。
しかしながら,前記認定のとおり,被告人は,Cと相談の上,冨田に対し,マイクロ波焼却装置を使うことにしたものであるところ,被告人としては,冨田を殺害した後はその死体をそのまま放置するわけにいかず罪証隠滅のために死体について何らかの措置を講じる必要があることや,被告人は,落田事件において,落田をロープで絞殺した後,マイクロ波焼却装置によりその死体を焼却するよう指示したことなどに照らすと,冨田にマイクロ波焼却装置を使うようにとの被告人のDに対する指示は,同装置により冨田を殺害するのみならず,殺害後はその装置で死体を焼却することまでをも含んだものとしてされたことは明らかである。
したがって,弁護人の上記主張は採用することができない。
[XI VX3事件について]
〔弁護人の主張〕
1  Y18が,VX3事件を実行する際,水野,濵口及び永岡に掛けた注射器中の液体は,VXではなく,また,殺傷力を有するものでもない。
2  被告人は,そもそも,教団で生成したとされるVXに殺傷力があることを認識していなかった。
3  VX3事件は,UやDら弟子たちが被告人に無断で計画し実行したものであり,被告人は,UやDら弟子たちに対し,水野,濵口及び永岡を殺害する旨を指示したことはなかった。
〔当裁判所の判断〕
第1  弁護人の主張1(被害者3名に掛けた液体がVXであるか否か)に対する判断
1  永岡VX事件において永岡に掛けた液体について
(1) 関係証拠によれば,次の事実が認められる。
ア Y18が,平成7年1月4日午前10時30分ころ,永岡にVXを掛けた際,VXは,永岡の後頸部及び同人の着用していたジャンパーの後ろ襟元に掛かった。
イ 永岡は,液体を掛けられたことに気付かないまま帰宅したが,昼食後,多量の発汗,全身けいれん等の状態に陥ったため,同人の妻が救急車を呼び,同日午後1時53分ころ,救急隊が永岡方に到着した。その際,永岡は,全身のけいれんや筋肉の硬直,多量の発汗や唾液等の分泌がみられ,痛み刺激を加えるとかろうじて目を開ける程度の意識状態であった。
同人は,同日午後2時25分ころ,昏睡状態で慶應義塾大学病院に搬送され,やがて呼吸停止状態となり,瞳孔は右眼が直径5mm,左眼が直径7mmで,若干散瞳傾向がみられ,対光反射はない状態であったため,藤島清太郎医師は,直ちに気管内挿管をして人工呼吸器を装着した。永岡は,約1時間後,両眼の瞳孔が1.5mmに縮瞳し,急激に徐脈の状態になり,重篤な状態になったことから,硫酸アトロピンが投与され,徐脈は改善されたものの昏睡状態のままで縮瞳も続いた。なお,同人から農薬臭はなかった。
同月5日の時点における同人の血液中のコリンエステラーゼ値は14IU/l(同病院の計測による正常値は245〜470IU/l)と低値であったことから,藤島医師は,これまでの永岡の症状等を総合し,有機リン中毒と判断し,呼吸器管理に加え,硫酸アトロピン及びジアゼパムの投与を行ったところ,同人は,徐々にコリンエステラーゼ値が改善し,意識状態も同月6日には回復の兆候が見られ,同月10日には意思の疎通もできるようになり,同月18日退院した。
なお,藤島医師は,公判において,永岡の症状について有機リン中毒と診断するが,その症状はVX中毒と考えると非常によく説明することができる旨述べている。
ウ 警視庁科学捜査研究所(以下「警視庁科捜研」という。)薬物研究員野中弘孝が,永岡の着用していた前記のジャンパーにVX及びその分解物が付着しているか否かについて,GC/MS(EI法,CI法)の手法により鑑定をした結果,そのジャンパーの襟部分からVXの加水分解物であるメチルホスホン酸モノエチル及びその加水分解物であるメチルホスホン酸を検出した。
(2) 上記認定のとおり,①Y18に液体を掛けられた後永岡に現れた種々の症状やそれに対する治療の内容,効果等は,その症状がVX中毒によるものと考えると非常によく説明し得ること,②Y18に液体を掛けられた永岡のジャンパーの襟部分からVXの加水分解物であるメチルホスホン酸モノエチルやその加水分解物であるメチルホスホン酸が検出されたこと,③後記のとおり,その液体は,Rが判示の3工程から構成されるVXの生成方法に基づきVXを造ろうとして生成した物質であること,④その液体は,永岡にVXを掛けろという被告人の指示に基づき,Jが用意してY18が永岡に掛けたものであることなどを併せ考えると,Y18が永岡に掛けた液体は,VXを含有する溶液か純粋なVXのいずれかであり,しかも,殺傷力を有するものであることは明らかである。
(3) なお,弁護人は,永岡の血清中からフェニトロチオンが検出された旨の篠塚達雄作成の有機リン系農薬検査成績に基づき,永岡がフェニトロチオンを摂取した可能性を否定することができない旨主張する。
関係証拠によれば,永岡から平成7年1月4日に採取した血清中からフェニトロチオンが検出されたものであることが認められる。しかしながら,他方,その濃度は18.3μg/mlであり,マウスに関する文献から推定すると,フェニトロチオンの50%乳剤を四,五百mlくらい飲まないと出ない極めて高い数値である上,文献によれば,フェニトロチオンを摂取して死亡した者の摂取後5時間くらいの時点におけるその血中濃度が16μg/mlであるところ,篠塚の検査結果はそれを上回っていること,同日永岡の体調が急変する前に同人がフェニトロチオンその他の有機リン系農薬を摂取したことをうかがわせる事情が全くないこと,永岡の治療に当たった医師も,永岡の身体から農薬臭を全く感じなかったこと,篠塚自身も自己の検査結果に疑問を抱いていたこと,科警研警察庁技官角田紀子において,同日永岡から採取された血液のうち血清を除いた部分や翌1月5日に永岡から採取された血清等について鑑定した結果,いずれからもフェニトロチオンやその分解代謝物である4―ニトロ―m―クレゾールを検出しなかったことが認められるのであり,これらの事実のほか,上記(1)(2)の事実等を併せ考慮すると,篠塚達雄もその可能性を肯定するとおり,鑑定資料と比較対照をするために標準品のフェニトロチオンについても鑑定資料と同様に抽出等の作業を行っており,その過程でフェニトロチオンの付着したピペットの先端や手袋等が鑑定資料のガラス器具等に触れるなどして鑑定資料中にフェニトロチオンが混入汚染し,それゆえに,元々鑑定資料中にフェニトロチオンが含有されないにもかかわらずこれが検出されるに至ったものと認めることができる。
したがって,弁護人の上記主張は採用することができない。
(4) また,弁護人は,前記の野中弘孝研究員の鑑定の手法及び推論過程について種々論難してその鑑定結果には疑問があると指摘し,永岡に掛けられた物質は,Jが平成6年12月31日にY6から受け取った,VXの前駆体であるエチルメチルホスホノクロライドである可能性が極めて高い旨主張する。
しかしながら,関係証拠によれば,野中研究員の前記鑑定の手法及び推論過程には格別疑問を差し挟むような事情があると認められず,その鑑定結果に誤りがあるとはいえない。
また,関係証拠によれば,①Rは,平成6年11月30日ころ,CからVX塩酸塩ではなくVXを50g至急生成するように指示を受け,Y6に2―(N,N―ジイソプロピルアミノ)エタンチオールを準備させるなどしてY6とVX約50gを含有する二百数十ccの溶液(VX溶液)を生成し,Cから分留しなくてもよいと言われ,分留することなくVX溶液をそのまま容量250ccの耐熱ねじ口瓶に入れ,中に入っている液体がVXであることが分かるような表示をしたラベルをそのねじ口瓶に貼ったこと,②Nが,そのVX溶液の中から若干量を注射器2本に吸引してこれをJに渡し,そのVX溶液が水野VX事件に使われたこと,③その後,RはCからそのVX溶液の効果があることが分かった旨聞いたこと,④Dは,同年12月20日ころ,小林某にVXを掛けるよう指示を受けた際,RからVX溶液の入れられた瓶を受け取ったこと,⑤Rは,同月25日,CからVXを室温くらいで固化させたい旨を聞き,VXと何らかの溶媒を混ぜて固化させようと考え,そのためにまずVXを生成しようとして,前回VX溶液を生成したのと同じ工程でY6と共にVXを含有する溶液を生成した後,さらに,分留をして純粋なVX約50gを生成し,その一部は固化実験で使用されたり,Cにより一部持ち出されたりするなどし,同月31日には,残った四十数gの純粋なVX(以下「純粋VX」という。)を,耐熱ねじ口瓶に入れて保管していたこと,⑥Jは,同日,Rのいるクシティガルバ棟に赴き,R又はY6に対し,VXをくれということが分かるような言い方で神通力をくれなどと言って,渡された瓶の中に入っている液体から若干量を注射器に吸引するなどし,それが永岡VX事件に使用されたことが認められる。そして,これらの認定事実によれば,同日,クシティガルバ棟にはVXについてはVX溶液入りのねじ口瓶と純粋VX入りねじ口瓶の両方があったか,純粋VX入りねじ口瓶があったかのいずれかであり,R及びY6はいずれもVX溶液及び純粋VXの両方の生成にかかわったものであることからすると,JからVXをくれということが分かるように言われて同人に渡した物は,渡した者がRであろうとY6であろうと,VX溶液入りねじ口瓶か純粋VX入りねじ口瓶のいずれかであったことは明らかである。なお,Rは,公判で,VX溶液を生成した後寝て起きてみたらVX溶液入りねじ口瓶がなくなっており,その後一切見たことはない旨供述するが,上記認定事実(特に④)に照らし,信用することができないというべきである。
したがって,弁護人の上記主張は採用することができない。
(5) 以上のとおりであるから,永岡に掛けた液体が殺傷力を有するVXではない旨の弁護人の前記主張は採用することができない。
2  水野VX事件において水野に掛けた液体について
(1) 関係証拠によれば,次の事実が認められる。
水野は,平成6年12月2日午前8時30分ころ,その後頭部付近にY18によりXYを掛けられた後,自宅に戻ったが,間もなく激しい吐き気を催して数回おう吐し,意識不明の状態に陥るなどしたことから,c1が救急車を呼び,同日午前10時27分ころ,救急隊が到着した。その際の水野は,仰向けになって倒れ,瞳孔は右眼が1mmと縮瞳し,対光反射も鈍く,痛み刺激を与えるとかろうじて手足を動かすような反応を示す意識状態であった。水野は,酸素吸入を施されながら,同日午前10時48分,東京医科大学病院救命救急センターに搬送されたが,その際,意識状態はそのまま変わらず,手足を突っ張って硬直した状態であり,瞳孔は左眼1mmと縮瞳し,対光反射がなく,下顎呼吸であり,そのまま放置しておくと窒息の危険があるので,松本晶平医師は,気管内挿管をして人工呼吸器を装着し,また,高血圧に対する降圧剤の投与等を行ったところ,全身状態が改善したため,同月8日一般病棟に移った。水野の血液中のコリンエステラーゼ値は,同月9日においても0.42(同病院の計測による正常値は0.56〜1.31)と低い数値を示していたが,その後徐々に数値が改善していった。なお,水野は,病院に搬送された際,農薬臭はなく,また,1時間でも発見が遅れていれば,あるいは,直ちに適切な処置が施されなければ死亡する可能性のある重篤な状態であった。
松本医師は,公判において,水野の症状について,これがVXによるものだとするならば,急激な意識障害,瞳孔の不調,縮瞳,コリンエステラーゼ値の低下,呼吸の失調などをよく説明することができる,一過性脳虚血発作ではこのような状態にはならない旨述べている。
(2) 上記認定のとおり,①水野は,Y18に液体を掛けられた後,短時間のうちに急激に上記の種々の症状が生じ,直ちに適切な処置がとられていなかったならば死亡していた可能性のある重篤な状態に至ったこと,②そのような症状は,VX中毒によるものと考えると非常によく説明し得ること,③さらには,前記のとおり,その液体は,Rが,VX塩酸塩ではなくVXを造れと指示されて,判示の3工程から構成されるVXの生成方法に基づきVXを造ろうとして生成したVX溶液であり,永岡VX事件に使用されたものと同じものか,少なくとも,永岡VX事件に使用されたものと同じ工程で生成されたものである(ただし,分留はしていない。)こと,④また,後記のとおり,水野にVXを掛けろという被告人の指示に基づき,JやNが用意してY18が水野に掛けたものであることなどを併せ考えると,Y18が水野に掛けた液体は,VXを含有する溶液であり,しかも,殺傷力を有するものであることは明らかである。
(3) 以上のとおりであるから,水野に掛けた液体が殺傷力を有するVXではない旨の弁護人の前記主張は採用することができない。
3  濵口VX事件において濵口に掛けた液体について
(1) 関係証拠によれば,次の事実が認められる。
ア 濵口は,平成6年12月12日午前7時過ぎころ,Y18にVXを掛けられた際,首筋に注射針を刺され,痛みを感じたことから,逃走するDらを追い掛けたが,間もなく二百数十m離れた路上に倒れ,警察からの連絡で救急隊が到着した同日午前7時27分ころには,うつぶせになって倒れており,痛み刺激に対して全く反応を起こさない意識不明の状態で,心肺は停止し,瞳孔は左眼2mmで縮瞳状態であり,対光反応はなく,血中酸素飽和度は65%(正常人の場合は98〜100%)と低値を示した。濵口は,救急隊により人工呼吸と心臓マッサージを同時に行う心肺蘇生術を施されながら,同日午前7時51分ころ,大阪大学医学部附属病院特殊救急部に搬送された。
濵口は,病院に搬送された際,依然として意識はなく心肺停止状態であり,また,気管内挿管後において瞳孔は左右共1mm程度の縮瞳であった。濵口は,同病院で心臓マッサージと人工呼吸が実施されて約15分ないし20分後,心臓が動き始め,上半身に著しい発汗が見られたが,意識は戻らなかった。濵口から翌13日朝採取された血液中のコリンエステラーゼ値は166U/l(同病院の計測による正常値は2700〜5600U/l)と著しく低い数値であった。濵口については入院後しばらくして胃洗浄が行われたが有機リン中毒特有のにおいはなく,胃液の性状等は有機リンのものではなかった。担当の森本文雄医師は,濵口について突然心停止に至る原因となり得るような特段の健康上の問題を発見することができなかった。濵口は,意識の戻らないまま,同月16日脳死状態に陥り,同月22日心停止となり死亡した。
なお,森本医師は,公判で,濵口の死因はVX中毒と考えて矛盾しないとするのみならず,コリンエステラーゼ値の低下,縮瞳,心拍再開後の大量の発汗,心臓や脳に異常のないこと,通勤途中突然倒れてしまったことなど濵口の上記症状からすると,VX中毒以外考えられないと供述している。
イ 大阪府警察本部刑事部科学捜査研究所技術吏員土橋均は,同月12日に濵口から採取した血清に薬毒物含有の有無等について,GC/MS(EI法,CI法)の手法により鑑定をした結果,同血清から,生体内におけるVXの解毒的代謝産物である二つの化合物,すなわち,2―(ジイソプロピルアミノ)エチルメチルサルファイド及びメチルホスホン酸モノエチルを検出した。
(2) 上記認定のとおり,①Y18に液体を掛けられた後濵口に現れた上記の種々の症状は,その症状がVX中毒によるものと考えると非常によく説明し得ること,②濵口の血清から,生体内におけるVXの解毒的代謝産物である上記(1)イの二つの化合物が検出されたこと,③さらには,前記の認定に照らすと,その液体は,Rが判示の3工程から構成されるVXの生成方法に基づきVXを造ろうとして生成した物質であるVX溶液である可能性が極めて高いこと,④その液体は,濵口にVXを掛けろという被告人の指示に基づき,Jが用意してY18が濵口に掛けたものであることなど併せ考えると,Y18が濵口に掛けた液体は,殺傷力を有するVXを含有する溶液であることは明らかである。
(3) なお,弁護人は,上記の森本医師の公判供述や土橋技術吏員の鑑定結果の信用性等について種々論難するが,関係証拠によれば,森本医師の公判供述に,格別同医師の判断結果に影響を及ぼすような不合理な点はうかがわれないし,土橋技術吏員の前記鑑定の手法や推論過程にも何ら疑問を差し挟むような事情があるとは認められず,その鑑定結果に誤りがあるとはいえない。
(4) 以上のとおりであるから,濵口に掛けた液体が殺傷力を有するVXではない旨の弁護人の前記主張は採用することができない。
第2  弁護人の主張2(VXの殺傷力の認識の有無)及び弁護人の主張3(被告人の指示ないし共謀の有無)に対する判断
1  関係証拠によれば,判示VX事件に至る経緯,第1ないし第3の事実中,U,D,J,Y18,Y19及びY17の6名(判示実行メンバー6名)が共謀の上,水野,濵口及び永岡を殺害しようと企て,同人らにVXを掛けて,濵口をVX中毒により死亡させて殺害し,水野及び永岡に対してはVX中毒の傷害を負わせたにとどまり殺害の目的を遂げなかったことを優に認めることができる。
2  次に,被告人がUやDらに上記の各殺害行為を指示したか否かについて判断すると,関係証拠(各認定事実の後の括弧内に記載した証拠は,同事実を認定した主たる証拠)によれば,次の事実を認めることができる。その認定に供した証拠の信用性が高いことについては後記3のとおりである。
(1) 被告人は,判示VX事件に至る経緯1(3)のとおり,平成6年9月中旬ころ,Dらに対し,第1次滝本VX事件の実行を指示した(Dの公判供述)。
(2) 被告人は,判示VX事件に至る経緯1(4)のとおり,同年10月中旬ころ,Uに対し,第2次滝本VX事件の実行について指示した(Uの公判供述)。
(3) 被告人は,判示VX事件に至る経緯4のとおり,同年11月26日ころ,D及びUらに対し,第1次水野事件の実行について指示した(U及びDの公判供述)。
(4) 被告人は,判示VX事件に至る経緯5のとおり,第2次水野事件の実行の前に,Dから,実行役をUからY18に変更することについて確認を求められてこれを了解した(Dの公判供述)。
(5) 被告人は,判示VX事件に至る経緯7のとおり,U,D,Y18らから第2次水野事件の報告を受けた際に,ねぎらいの言葉を掛け,Y18には「この毒液はVXという最新の化学兵器だ。」などと話し,また,Uらに対し,水野にVXを掛けた結果について確認していないことをしかり,至急水野の状態を確認するよう指示した(U,D及びY18の公判供述)。
(6) 被告人は,判示VX事件に至る経緯9のとおり,同年12月1日ころ,Dに対し,水野VX事件の実行について指示した(Dの公判供述)。
(7) U及びDらは,水野VX事件後,水野方の電話を盗聴し,同人の親族間の会話内容から,水野が急に苦しがって吐き,そのときにあごが外れたかもしれないことや,水野が東京医科大学病院に搬送され集中治療室にいることなどを知った。
そこで,Uは,被告人から携帯電話に電話が掛かってきた際,被告人に対し,VXをうまく掛けたこと,救急車がきたこと及び水野が集中治療室にいることについて暗号で伝え,続いて,Dが,被告人に対し,水野の容体についてあごが外れた,仰向けになっておう吐していたなどと暗号を使わないでそのまま報告すると,被告人から「電話でそんなことを言うな。」と言われ,電話を切られた。
その後,被告人は,杉並区高円寺にある教団経営の飲食店である◇◇の前路上に停めた被告人専用車の中で,U及びDから報告を受けた際,「ミラレパ(D),電話であごが外れたなんて露骨な表現をするな。」「電話の報告はこれからアーナンダがやるように。」などと言った。また,被告人は,その際,マハーバーラタに登場する主人公であるクリシュナの話をし,「クリシュナはシヴァ神の化身で,普段はぼうっとして女と戯れて遊んでばかりいるんだが,戦うときには相手を一気にせん滅するんだ。これはおれにそっくりだろう。」と言い,続けて,「神々の世界に行くためにはポアしまくるしかない。」などと言った(被告人との会話内容について,U,D及びY18の公判供述)。
(8) 被告人は,判示第2の犯行に至る経緯3のとおり,同月8日から同月9日にかけての深夜,U及びDに対し,濵口VX事件の実行について指示した(Uの公判供述)。
(9) Uは,濵口VX事件後,被告人に電話を掛け,濵口にVXを掛けたこと及びその結果を確認していることを伝えると,被告人は「ああ,そうかそうか,分かった分かった。」と答えた。その後,Uは,Y17をして濵口の勤務先に電話を掛けさせ,同人が会社に出勤しておらず病院に行っていることを確認して,ホテルコンソルトに戻った。Uは,Y18から,VXを濵口に掛けるときに誤って注射器の針を外さず付けたまま掛けたため濵口の首筋に注射針を刺してしまったことを聞き,警察に発覚することを恐れた。
Dは,先に上九一色村の教団施設に戻り,濵口VX事件について被告人に報告した後,U及びJも,同月12日から翌13日にかけての深夜,第2サティアン3階の被告人の部屋で,濵口にVXを掛けたことのほか,Y18が間違って注射針で濵口を刺したことなどを報告した。被告人は,Jに「VXということがばれるか。」と尋ねると,Jは「大きな病院だったらばれるんじゃないでしょうか。VX中毒というかもしれません。」と答えた。
Jは,被告人から濵口の容体を確認するよう指示され,同月14日,濵口方に電話を掛けて大阪大学医学部附属病院に入院していることを聞き出した上,同病院に電話をして濵口が入院していることを確認した。(被告人との会話内容について,Uの公判供述)
(10) 被告人は,判示第3の犯行に至る経緯3のとおり,Dに対し,同月30日昼ころ,永岡VX事件の実行について指示した。また,そのころ,「100人くらい変死すれば教団を非難する人がいなくなるだろう。1週間に1人ぐらいはノルマにしよう。」などと言った(Dの公判供述)。
(11) 判示第3の犯行に至る経緯5のとおり,U及びDは,同月30日から同月31日にかけての深夜,Jを一緒に連れていくなどして,被告人に対し,永岡VX事件の実行の際,実行役等にVXが付着した場合の治療に不安があることから,Jが現場に行かなくていいかどうかを再度確認し,これに対して,被告人は,Jを現場に行かせない旨話してUやDらを納得させた(U及びDの公判供述)。
(12) Uらは,永岡VX事件後の平成7年1月4日午後2時ころ,□□マンションに救急車が到着して永岡が病院に搬送されたことを確認し,その後,U及びDは,上九一色村の教団施設に戻り,同日夕方ないし夜ころ,第6サティアン1階の被告人の部屋に行き,Y18がうまく永岡にVXを掛けたこと,その後数時間で救急車がきたこと,永岡は慶応病院に収容されたはずであることなどを報告した。
被告人は,Jを呼ぶよう指示し,やってきたJに対し,Dらの報告内容をそのまま伝えた上,「慶応病院に電話して確認してこい。ミラレパ(D)と一緒に確認してこい。」と指示した。
そこで,Jら3名は,永岡が慶應義塾大学病院に入院していることを確認した後,被告人に対し,その旨報告した。被告人は,「慶応病院なら,クリシュナナンダ(V)が詳しいから,調べてもらえ。」と指示したほか,「永岡は後悔しているだろうなあ。おれのアストラル(夢のようなビジョンの世界の意味)で乙川さんごめんなさい,ごめんなさいと言っていたんだよ。ポアできなくても成功だな。」などと言った(被告人との会話内容について,U及びDの公判供述)。
3  上記2の認定に係るU,D及びY18の各公判供述の信用性について検討すると,まず,これらの各公判供述は,いずれも,被告人から指示を受けた状況や,事件実行後に被告人に報告した状況等につき,具体的かつ詳細に述べられたものであり,出来事の核心部分についてよく合致し,相互にその信用性を補強し合っている。特に,被告人に対する帰依心を失ってはいない一方でUをかばうのをやめて同人の事件への関与や役割を明らかにしようという気持ちで証言に臨んでいるDと,かつてのグルである被告人に対する気持ちの整理をした上で被告人の事件への関与を明らかにしようという思いで証言しているUと,被告人に対しUに責任を被せるようなまねは余りにもひきょうでありやめてもらいたいなどと呼び掛けるY18の三者が,被告人の指示等について一致した供述をしていることはより一層その三者の公判供述の信用性を高めているといえる。さらに,U,D及びY18の各公判供述は,その述べられている一連のVX事件の事実経過それ自体に不自然さがないのみならず,教団の武装化の一環として信徒の拡大と出家者の大量獲得をもくろんでいた被告人が,教団信者の出家阻止,脱会に向けて行動している滝本弁護士,水野及び永岡並びに教団の分派活動にかかわっている公安のスパイと誤信した濵口らをこれ以上放ってはおけないと考え,同人らを相手としてとるであろう行動について述べたものとして,極めて自然である。むしろ,平成6年11月には教団施設に強制捜査が入るとのうわさがあり,平成7年1月1日には,新聞に,上九一色村からサリンの残留物が検出され警察が松本サリン事件との関連を捜査している旨の記事が掲載されたという状況の中で,教団信者の出家阻止,脱会に向けて行動し,あるいは,教団に批判的な立場にある者に対する暗殺事件を次から次へと企てることは,弟子の立場からすれば,これらの事件が教団による犯行であると疑われ,ひいては教団施設が強制捜査を受けるに至るおそれがあって教団の存続に重大な影響を及ぼすものではないかと容易に思い及ぶ事柄であって,教団の代表者であり,教団幹部らのグルでもある被告人に何の断りもなく,弟子である教団幹部らが独断でこれを決定し実行することは合理性を欠き,考え難いというべきであり,その点からも,被告人の指示,関与等を認めているU,D及びY18の前記各公判供述の信用性は高いというべきである。
4  以上のとおりであるから,被告人が,U及びDらに対し,水野,濵口及び永岡にVXを掛けて同人らを殺害する旨を指示し,その殺害の実行行為をさせたことは明らかである。なお,被告人が水野,濵口及び永岡を殺害する旨指示した動機についても,判示認定事実中の各犯行に至る経緯に判示したとおり,被告人において水野,濵口及び永岡に対する殺意を形成するに十分な事実関係を認めることができる。
したがって,前記の弁護人の主張3,すなわち,被告人が,教団幹部らに,水野,濵口及び永岡を殺害する旨の指示をしたことはなく,これらVX3事件は,UやDら弟子たちが被告人に無断で計画し実行したものである旨の主張は採用することができない。
5  ところで,弁護人は,永岡VX事件に関して,平成7年1月1日,被告人は,教団施設に対する強制捜査に備えるため,教団で生成したサリンやVX等の処分を指示したから,それ以降教団内にVXがあるとは思わず,VXが使用されることはないものと考えていた旨主張する。
しかしながら,①被告人は,同日,その新聞記事についてUから知らされた以降において,UやDらに対し,永岡VX事件の実行を中止するようにとの指示をしていないこと(U及びDの公判供述)や,②被告人は,永岡VX事件の実行後,U及びDから,同事件について報告を受けた際にも,同人らがVXを処分することなく永岡VX事件を実行したことについてしっ責することなく,「ポアできなくても成功だな。」などとその結果についても相応に満足していたことのほか,③被告人が平成7年1月1日にしたサリンプラントの神殿化や保管中のサリンの処分等に関する指示は,同日の新聞朝刊に「上九一色村で悪臭騒ぎがあった現場から採取された土壌からサリン残留物が検出され,警察当局が松本サリン事件との関連等について解明に当たることになった。」旨の記事が掲載されたことに起因するものであり,当時永岡VX事件の実行のために今川の家に保管されていたVXを処分する趣旨のものではないと考えられることなどを併せ考慮すると,被告人は,平成7年1月1日以後においても,永岡VX事件を実行する意思を有していたことは明らかである。
6  また,弁護人は,そもそも被告人は教団で生成したVXに殺傷力があるとの認識を持っていなかった旨(弁護人の主張2)主張する。
しかしながら,①被告人は,説法等において,殺傷力の高い化学兵器としてサリンと共にVXも挙げており,一般論として,VXというものの殺傷力が高いことは認識していたこと,②そして,被告人は,当然のことながら,そのような殺傷力を有する化学兵器としてのVXを生成するようにとの趣旨で,VXの生成を指示したものであること,③被告人は,第2次水野事件後,Uら実行メンバーから報告を受けた際,「よくやった。」などとねぎらいの言葉を掛け,Y18には「この毒液はVXという最新の化学兵器だ。」と言うなど,その効果を確認する前において教団で生成し第2次水野事件で使用した液体が化学兵器としてのVXであることに相応に自信を持っていたこと,④被告人は,その液体がVXとは化学的性質の異なるVX塩酸塩であったために殺傷力がなかったことを知り,VX塩酸塩ではなくVXそのものを生成するよう指示したこと,⑤被告人は,その後,新たにVXが生成されたことを聞き,「新しいVXができた。これで水野をポアしろ。今度は大丈夫だろう。」と言って水野VX事件の実行を指示したこと,⑥被告人は,水野VX事件の実行後,Uらから,水野が,急に苦しがって吐きあごが外れるほどの状態であったことや救急車で運ばれ病院の集中治療室にいることなどVXの効果について報告を受けてもこれを意外とするような様子はなく,むしろ,「神々の世界に行くためにはポアしまくるしかない。」などと言って,VXの殺傷力に対する自信を深めるに至ったこと,⑦被告人は,その後,濵口VX事件や永岡VX事件の実行を指示したが,VXの殺傷力に対する確信を抱きこそすれ,その自信が揺らぐことはなかったこと,⑧被告人は,水野,濵口及び永岡にVXを掛けるよう指示した際,実行役等にVXが付着した場合の治療について配慮し,水野,濵口に対する実行を指示したときには治療役を同行するよう指示し,永岡に対する実行を指示したときにはネブライザーでパムを吸入するか教団附属医院で治療を受けるよう指示したことなどを併せ考えると,被告人は,教団で生成したVXの殺傷力について,水野VX事件の実行を指示した際には,おそらく殺傷力はあるであろうという程度の認識は少なくとも有していたものであり,濵口VX事件及び永岡VX事件の実行を指示した際には,水野VX事件あるいは濵口VX事件の結果を踏まえ,十分な殺傷力を有することを認識するに至っていたことを優に認めることができるのであって,もとより,被告人の指示内容に照らすと,いずれの事件の際にも,被告人が相手方に対する確定的殺意を有していたことは明らかである。
したがって,被告人は教団で生成したVXに殺傷力があることの認識を有していなかった旨の弁護人の主張2は採用することができない。
[XII 假谷事件について]
〔弁護人の主張〕
1  假谷の死因は不明で特定することができず,少なくともチオペンタールナトリウムの過剰投与が原因でないことは明らかであるから,逮捕監禁行為と假谷の死亡との間に因果関係は認められない。
2  被告人は,出家を約束したe1が所在不明になっている件についてPから報告を受け,Uに対しe1の探索を手伝うよう指示したにとどまり,Uらに対し,假谷のらちや,その死体を焼却することを指示したことはない。假谷のらちは,Cが提案し,Uが無理やり現場で指揮をして引き起こしたものであり,假谷の死体の焼却は,Jが言い出し,U及びPとの暗黙の了解により決まり実行されたものであって,被告人は,假谷のらちについても,その死体焼却についても共謀した事実はない。
〔当裁判所の判断〕
第1  弁護人の主張1(因果関係の存否)に対する判断
1  関係証拠によれば,次の事実が認められる。
(1) Jは,平成7年2月28日午後4時30分ころ,假谷がワゴン車内に押し込まれた後,直ちに,その右足ふくらはぎに筋肉注射用のケタラール約3.5mlないし4ml(塩酸ケタミン約150mgないし約200mg含有)を注射し,間もなく假谷は入眠した。
(2) Jは,上記のとおり入眠し意識喪失状態にある假谷に対し,同日午後5時ころから,その静脈に点滴ラインを確保した上,チオペンタールナトリウム約0.5gを含有する水溶液を三,四回に分けて静脈に注入した。その後,假谷は,一時呼吸停止状態に陥ったが,人工呼吸などにより呼吸を回復した。Jは,その後第2サティアンに到着する同日午後10時ころまで断続的にチオペンタールナトリウム合計約2.0gないし2.5gを含有する水溶液を假谷の静脈に注入し,假谷の意識喪失状態を継続させた。
(3) Vは,Jから,上記(1)(2)の経緯について説明を受けた後,管理に必要な医療器具等を用意し,第2サティアンの1階瞑想室で,假谷を診察した。その結果,呼び掛けても反応がなく,痛みに対してもほとんど反応がなく,睫毛反射はなく,対光反射は少しあり,眼球も少し動き,瞳孔は縮瞳気味であるなど,少し浅い麻酔状態で,懸念された心臓や呼吸の状態には異常がなかったことから,Vは,とてもすぐには麻酔は覚めないが保温しておけば時間の経過とともに覚せいするであろうと考え,覚せいさせるための治療を始め,点滴ラインを確保し,假谷が狭心症の予防薬であるニトロールを持っていたことから狭心症の発作を予防するために血管を拡張させるフランドルテープに類するテープを貼るなどした。また,当初5%グルコースの点滴を500cc弱実施した後,同年3月1日午前1時ころから同日午前9時半ころまでの間,ソリタT3Gの点滴を1時間当たり40ないし60ccの割合で注入した。
(4) Vは,ナルコを実施する前に,假谷の身体を揺すぶって呼び掛けると,假谷が「オウムがやった。オウムがやった。」と言い,睫毛反射も対光反射も眼球の動きも普通にあることから,Jと共に,同日午前3時ころ,假谷にナルコを実施するため,チオペンタールナトリウム合計約0.325gないし0.375gを含有する水溶液を静脈に注入し,いったん深い麻酔を入れて覚ました後,ナルコを実施し,e1の居場所がどこかと聞いたが,いくら聞いても,假谷からは「オウムがやった。オウムがやった。」という答えしか返ってこなかった。
(5) Vは,同日午前6時半過ぎころ,假谷の覚め具合をみるために揺するなどすると假谷が体動して起き上がりそうになったことから,同人に対し,チオペンタールナトリウム合計約0.01gないし0.02gを含有する水溶液を2回にわたり静脈に注入した。その後も,Vは,同日午前9時半ころまで,假谷の血圧を測ったり,脈を見たり,瞳孔の状況を見たりしたが,假谷の入眠状態は続いていた。
(6) Jは,同日午前9時半ころ,Vから,入眠状態の假谷の管理を引き継ぎ,以後,同人に睫毛反射が出現したらチオペンタールナトリウムを投与するようにして同人の入眠状態を継続させていた。Jは,同日午前10時ころ,Cから被告人の指示を聞き,Uに電話で,Y22を連れてくるように伝えるなどした後,1階瞑想室の隣の広間で寝ているY17にも事情を説明しておく必要があると思い,過剰に投与したチオペンタールナトリウムの麻酔作用による舌根沈下を防ぐためにエアウェイを假谷の口にはめた上で,15分足らずの間広間に出てY17を起こし,被告人の指示内容を説明するなどして同日午前11時過ぎころ1階瞑想室に戻ってみると,假谷は呼吸も心臓も停止し死亡していた。このとき,假谷の口にはめていたエアウェイは口の中にあったが,舌から外れた状態であった。
なお,Vは,当初医療道具をそろえた際にエアウェイも幾つか用意しており,救急医療の常識としてあらかじめ假谷に合うものがあるかどうか確認したが,その中には假谷に合うエアウェイがなかった。
(7) チオペンタールナトリウムは静脈内に投与する全身麻酔薬であり,10分ないし15分で終了するような短時間の小手術や,麻酔導入剤として用いられ,いずれの場合も,体重50kg程度の成人の場合,通常0.2gないし0.25gくらいを投与し,手術の時間が予定よりも延びた場合には追加投与することがあるが,当初から投与されたものとも合わせて1gを超えないように指導されている。
チオペンタールナトリウムの副作用には呼吸抑制と循環抑制がある。呼吸抑制の場合,呼吸中枢が抑制され,呼吸が弱くなり,呼吸の回数や換気量が減少し,完全に呼吸が止まることもあり,また,舌根沈下による気道閉塞,喉頭けいれんによる声帯閉塞,気管支けいれんを引き起こす。循環抑制の場合,循環中枢が抑制されると同時に,心筋そのものも抑制されてその収縮力が弱まるとともに末梢の血管が拡張され,心臓から送り出される血液量も減り血圧が低下し,心停止に至ることがある。また,循環抑制により脳の血流量が減ると,それが呼吸抑制を引き起こす。
2  ところで,上記の認定事実を前提とした上で,昭和大学医学部麻酔学教室の増田豊助教授及びVの各公判供述に係るその知見内容を総合すると,(1)一般的に,全身麻酔薬であるチオペンタールナトリウムを投与する場合には,被投与者がその副作用である呼吸抑制及び循環抑制による危険な状態に陥るのを予防するために,揺り動かせば応答する程度の不完全な覚せい状態までのみならず,完全に覚せいするまで被投与者の状態を管理し,完全に覚せいするまでのいつでも起こり得る呼吸抑制及び循環抑制の副作用に対し適切な処置をとらないと被投与者を死亡させる可能性があること,(2)チオペンタールナトリウムの投与許容量は,一機会にせいぜい2gであるから,假谷に対するチオペンタールナトリウムの投与(約2.8gないし約3.4g)は過剰投与であり,假谷に対し,その副作用である呼吸抑制及び循環抑制に対する適切な処置をしなければ,危険な状態を招くおそれがあったこと,(3)假谷は,平成7年3月1日午前11時ころの時点において,意識喪失状態にあり,麻酔状態が遷延し,呼吸抑制及び循環抑制の状態にあったこと,(4)それゆえに,假谷は,①呼吸中枢が抑制されて呼吸が停止した,②エアウェイの装着が不完全であり,舌根沈下により気道が閉塞した,③合わないエアウェイの装着を契機として,呼吸抑制に起因する喉頭けいれんを誘発し,声帯が閉塞し呼吸ができない状態になった,④循環中枢が抑制され心停止に至った,⑤循環抑制により心筋そのものに抑制作用が働くなどして心停止に至った,⑥循環抑制が呼吸抑制を引き起こし呼吸が停止した,以上の①ないし⑥の機序のいずれか又はその複合により心不全に陥り死亡したことが認められる。
したがって,假谷が死に至った具体的な過程は必ずしも特定することはできないものの,いずれにしても,假谷は,大量の全身麻酔薬を投与され呼吸抑制及び循環抑制の状態に陥り,それが原因で心不全により死亡したと認められるから,假谷を監禁するための手段である全身麻酔薬の投与と假谷の死亡との間に因果関係があることは明らかである。
3  なお,Jは,公判で,假谷を第2サティアンに連れてくるまでに假谷に投与したチオペンタールナトリウムは約2.0ないし2.5gであり,また,假谷が死亡する直前に假谷にエアウェイを装着しなかった旨供述し,前記の認定に沿う検察官に対する供述と異なる供述をしている。
しかしながら,(1)Jは,捜査段階においては,自ら「假谷さんに対する麻酔薬投与の状況」と題する書面や,「假谷さんに使用したエアウェイの形状」と題する図面を作成し,それに基づき詳細に供述している上,前記のとおり,Jは,平成7年5月に捜査官に対し陳述書を提出して以降,地下鉄サリン事件その他の事件について自白をし,その一環として,假谷事件についても上記のとおり供述したものであり,その供述の信用性は公判供述に比し相対的に高いと認められること,(2)Jが,公判で,上記のとおり捜査段階と異なる供述をした理由について述べるところは取り立てて合理性があるとは認められないこと,(3)Jは,公判で,「Vと一緒にいるとき假谷にエアウェイを袋着しようとしたことがあり,捜査段階ではその場面と混同して述べてしまった。」旨供述するが,Vは,公判で,そのような場面はなかった旨明確に否定していること,(4)Jは,公判で,假谷事件を含む一連の事件について,自己の刑事責任を軽減させるために不自然不合理な供述をしている部分が少なくないことなどに照らし,Jの上記公判供述は信用することができない。
4  ところで,弁護人は,假谷は,低色素性貧血症の既往歴があり,また,狭心症の薬であるニトロールを携帯していた事実を挙げて,このような状況の下では假谷の死因を特定することができないとも主張する。
しかしながら,関係証拠(増田豊,落合光雄の公判供述等)によれば,貧血があるときは低たんぱく血症を伴うことが多く,その場合,麻酔薬と結合するたんぱくが少ないことから,麻酔薬の作用が強く働くものとされていること,假谷の主治医は,平成5年7月以降,数回假谷の心電図をとったが,いずれも正常であり,心疾患の異常はなく,假谷が心臓に不安を抱いていたことから,その不安感を取り除くために,お守りの意味も兼ねてニトロールを処方して持たせたものであることが認められるのであり,弁護人の指摘する上記事実は上記の因果関係の判断を左右するものではない。
5  以上のとおりであるから,判示の逮捕監禁行為と假谷の死亡との間に因果関係はない旨の弁護人の主張1は採用することができない。
第2  弁護人の主張2(被告人の指示ないし共謀の有無)に対する判断
1  関係証拠によれば,U,J及びPらが共謀の上,判示罪となるべき事実第1,第2のとおり,假谷を逮捕監禁して死亡させ,その死体を焼却した事実並びに判示第1の犯行に至る経緯1ないし3,5ないし7及び判示第2の犯行に至る経緯1ないし3,5,7の事実は優にこれを認めることができる。そこで,被告人が,UやPらに対し,これらの行為を指示したかどうかについて検討する。
2  まず,Uは,公判で,判示第1の犯行に至る経緯4の事実及び第2の犯行に至る経緯6の事実に沿う供述(以下「U公判供述」という。)をしている。
次に,Pは,假谷のらちについて,捜査段階において検察官に対し,「第2サティアン3階の第2瞑想室での会議が終わった後,詳しい場所は言えないが,第2サティアン内で教団の『最高幹部』から,K,私,Uが呼ばれ,この4名の話合いの中で,この『最高幹部』の指示により假谷をらちすることが決まった。Cも後から話に参加したような気がする。假谷事件の実行の指示が被告人によるものであったかについて否定はしないが,現段階では私の口からは『最高幹部』としか言えない。」と述べた上,Pが假谷のらちを中心に行うこと,Uに手伝ってもらうこと,Y22とJを使うこと,Cの開発したレーザー銃を使うことなどが決まった旨供述し,さらに,「このような決定は,私やKやUなどのレベルの判断ではなく,教団の『最高幹部』の指示によるものだったから,絶対に従わなければならず,もちろん私たちが勝手に変更したり中止したりすることのできないものだった。」と付け加えている。また,Pは,假谷の死体の焼却について,捜査段階において検察官に対し,「私は,U,Jと一緒に,第6サティアンにいた『最高幹部』に假谷が死亡したことなどを報告し,假谷の遺体の焼却にだれが立ち会えばよいのかなどについて相談した。その結果,『最高幹部』の指示により,假谷のらちを実行した者で責任を持って遺体の処理をするということに決まった。『最高幹部』が被告人であるかについて否定はしないが,今のところは『最高幹部』とだけしか言えない。」旨供述している(以下,これらの供述を「P供述」という。)。Pがこれらの供述の中で言う「最高幹部」は,その言葉の用いられた趣旨ないし文脈に照らし,被告人を指すものであることは明らかである。
さらに,Jは,公判で,判示第2の犯行に至る経緯6の事実に沿う供述をしている(以下「J公判供述」という。)。
3  そこで,U公判供述等の信用性について検討すると,U公判供述は,被告人が假谷のらちやその死体の焼却に関して指示したことについて,P供述やJ公判供述とよく合致し,相互にその信用性を補強している上,そこで述べられている内容についてみても,これまで違法行為に関与したことのない教団信者のいるところで「ポア」という言葉を使ったことについて弟子から注意されて「らち」と言い換え,さらに「ほかしておこうか。」とぼやくに至ったくだりは,被告人がe1を放っておこうという趣旨のことを言いながらその直後別室でe1の実兄をらちしてe1の居場所を聞き出すよう指示した経緯をよく説明し得ているし,假谷らちの現場を目撃され警察が動き出している旨の報告を既に受けていた被告人が,レーザー銃の使用に関してUと交わした一連の会話の内容も相応の具体性と現実性を有するなど,その前後における事態の推移ともよく符合し自然で合理的である。また,教団においては,平成7年1月1日以来,教団施設に対する強制捜査は相当の関心事となっていたものであり,出家を約束した資産家の教団信者が教団から布施を強要されるあまり所在不明となっていた状況で,その信者の実兄をらちした場合,同人がその前日にはボディガードらしき人物を付けるなど教団の違法行為に対して警戒をしていたふしがあることなどを併せ考慮すると,まずもって警察から疑われるのは教団であり,ひいては,教団施設が強制捜査を受けることにもなりかねず,このような教団の存続にも影響を及ぼしかねない行為を,弟子たちが教団の代表者であり弟子たちのグルでもある被告人に無断で計画し実行するとは到底考え難い。Jは,当時,被告人の指示に基づき修行に入っていたにもかかわらず,假谷らちの実行計画にかかわるよう指示を受けているのであり,そのような指示をすることができるのは被告人をおいてほかにいないことも,U公判供述の信用性を補強している。
さらに,Uは,VX3事件における公判供述と同様に,かつてのグルである被告人に対する気持ちの整理をした上で被告人の事件への関与を明らかにしようという思いで,被告人の面前で供述し,しかも,被告人に対する信仰心に特に変化はないと公判で明言するPが,捜査段階において検察官に対し,被告人であることを明言するのを避け最高幹部という言葉を用いながらではあるが被告人から假谷のらちやその死体の焼却に関して指示があったことについてU公判供述と合致する供述をしていることに照らすと,Uが,自己の刑事責任を軽減するために無実の被告人を引き込もうとして被告人に不利益なうその供述をしたとは認められない。
これらの点に照らすと,U公判供述,P供述及びJ公判供述の信用性は高く,これらの供述をはじめ関係証拠を総合すれば,判示第1の犯行に至る経緯4の事実及び第2の犯行に至る経緯6の事実が認められ,被告人がUに対し,假谷のらち等やその死体焼却の指示をしたことは明らかである。
4  そして,①判示第2の犯行に至る経緯3のとおり,平成7年3月1日午前4時ころ,Cが,第2サティアンに来てJに対し,塩化カリウムを注射して假谷を殺害する趣旨のことをほのめかした上,被告人は昼近くまで帰ってこないなどと言ったこと,②同経緯5のとおり,それから6時間くらい経過した同日午前10時ころになって,第2サティアンを訪れたCが,Jに対し,自分の言ったとおり假谷を殺害することになったという趣旨の発言をした上,塩化カリウムの注射ではなく,首を絞めることによって假谷を殺害し,しかも,Y22を今後教団の違法行為に関与させるために,その実行役をY22にさせるという指示をしたこと,③さらには,前記認定のとおり,被告人がe1の所在を聞き出すために假谷をらちすることをUらに指示したこと,④假谷を殺害する以上はその証拠を隠滅するためこれまでの落田事件や冨田事件と同様にその死体を焼却する必要があり,それは被告人やUらの間で当然の了解事項であったこと,⑤被告人が假谷の死体の焼却は假谷のらちを実行した者が責任を持ってするようにJらに指示したことなどの事実関係を総合すると,被告人は,同日午前10時ころまでに,Cと相談の上,Y22に假谷の首を絞めさせて假谷を殺害し,その死体はマイクロ波焼却装置で焼却することを決意し,その旨Cを介してJに指示したものと認められる。
なお,Jらは,Cを介して被告人の指示を受け,東京からY22を呼びその到着を待ってY22に假谷を殺害させようとしたが,その前に假谷が死亡したため,被告人の指示に従い,その死体をマイクロ波焼却装置で焼却したものである。
5  これに対し,Pは,公判で,假谷のらちについても,その死体の焼却についても被告人から指示はなかった旨供述する(以下,この供述を「P公判供述」という。)。
しかしながら,U公判供述の信用性を基礎づける前記の種々の理由のほか,Pが,捜査段階で検察官にした供述と異なる供述を公判でするに至った理由について合理的な説明をしていないこと(すなわち,Pは,公判で,「検察官調書に署名する際には,尊師との会話を供述調書に残したくなかったので,尊師が何々言ったという表現があったらまずいので,それについてはチェックした。」旨供述するところ,そうであるならば,調書上被告人を指すことが明らかである「最高幹部」が何を言ったかという点についても当然に確認しているはずである。)や,Pが公判で被告人に対する信仰心に特に変化がない旨明言しており,検察官調書中の教団の最高幹部とはCを指すと供述するなど被告人をかばい立てするために被告人に有利なうその供述をしていることがうかがわれることなどに照らすと,P公判供述は信用することができないというべきである。
6  以上のとおりであるから,被告人は假谷のらち及びその死体の焼却についてUらに指示をしていない旨の弁護人の主張2は採用することができない。
[XIII 地下鉄サリン事件について]
〔弁護人の主張〕
1  地下鉄サリン事件において散布された物質がサリンであることについては重大な疑問がある。すなわち,現場遺留品とされる新聞紙に包まれたサリン入りビニール袋内等の液体についてサリンを含有するとの鑑定結果があるが,その現場遺留品と鑑定資料との同一性について証明がされていないし,その鑑定方法も鑑定資料からサリンが検出されたと結論づけるには十分なものとはいえない。
2  サリンに被ばくしたとされる被害者らが,実際にサリンに被ばくし,その結果サリン中毒により死傷したことについては証明がされていない。
3  地下鉄サリン事件は,教団に対する強制捜査が迫ったことに危機感を抱いたC及びUが,被告人を差し置いて,相談し企画立案した上で,指揮を執り,実行役をして実行させたものであり,被告人が,C,U及びNらに対し,地下鉄電車内にサリンを散布するよう指示をした事実はなく,被告人が同席していたリムジン車内においても地下鉄サリン事件の実行について何ら決定されていなかったものであるから,被告人には地下鉄サリン事件に係る殺人の共謀は存しない。
〔当裁判所の判断〕
第1  弁護人の主張1(現場遺留品がサリンを含有するか否か)に対する判断
1  関係証拠によれば,次の事実が認められる(なお,特に年月日を記載していない時刻は平成7年3月20日のものであり,営団地下鉄の駅名については駅名のみ記載した。)。
(1) Xは,日比谷線A720S電車の第3車両に持ち込みその床上に落とした新聞紙で包まれたサリン入りビニール袋3袋(以下「新聞包み①」という。)を傘で突き刺した後,直ちに秋葉原駅で降車した。同電車は,午前8時ころ,同駅を出発し,午前8時2分ころ,小伝馬町駅に到着したが,その間,新聞包み①からサリン混合液が床上に流れ出すとともにサリン等が気化して車両内に拡散して刺激臭を発するなどしたため,同車両内の乗客が,異臭を感じ,また,息苦しくなってきたことから,同駅で,新聞包み①をホーム上に押し出した。同電車は,午前8時3分ころ,同駅を出発し,人形町駅,茅場町駅,八丁堀駅に順次停車した後,午前8時10分ころ,築地駅に到着し,同駅で運転が中止された。
警察官が,小伝馬町駅ホームで新聞包み①を発見し,午前10時35分ころ,応援に駆け付けた警察官にこれをビニール袋,布袋,大型ビニール袋に重ねて入れさせて回収した。同回収物は,午後3時5分ころから,大宮市にある陸上自衛隊化学学校で仕分けされた結果,新聞包み①を収納していたビニール袋内に黒褐色の油様の液体が若干量あり,その新聞紙は同液体で湿っていたことや,新聞包み①の中には,約20cm四方の四角形の一隅が切り落とされた五角形の密封型のビニール袋2袋と,同様の形のビニール袋1袋を更に約25cm四方の大型のビニール袋に密封したもの1袋があることが判明した。
同液体の毒物含有の有無等について,警視庁科捜研薬物研究員安藤皓章らにより鑑定がされ,同液体がサリンを含有する旨の結果が得られた。
[X,栗原俊明,中村康宏,武田敏文,進藤力,山口勝久,花田和教,安藤皓章,A甲65,11675,11676,11678ないし11680,11683,11768等]
(2) Sは,日比谷線B711T電車の第1車両に持ち込みその床上に置いた新聞紙で包まれたサリン入りビニール袋2袋(以下「新聞包み②」という。)を傘で突き刺した後,直ちに恵比寿駅で降車した。同電車は,午前8時2分ころ,同駅を出発し,広尾駅,六本木駅に順次停車し,午前8時11分ころ,神谷町駅に到着したが,その間,新聞包み②からサリン混合液が床上に流れ出すとともにサリン等が気化して車両内に拡散するなどしたことから,せき込んだり,けいれんを起こしたりする乗客が出るなどしたため,同駅で同車両内の乗客はすべて降車し,同車両を空にした状態で,同電車は,午前8時18分ころ同駅を出発し,午前8時20分ころ霞ヶ関駅に到着し,同駅で運転が中止された。
警察官が,午前9時25分ころ,日比谷線霞ヶ関駅に停車していた同電車の第1車両内の床上にぬれた新聞包み②を発見し,機動隊処理班に指示し,その周辺の床上に流出した液体を脱脂綿に付け,それをビニール袋に入れて領置し,警視庁科捜研係員に渡すとともに,新聞包み②もビニール袋に入れて領置した。後者の領置物は,午後6時50分ころから,大宮市にある陸上自衛隊化学学校で仕分けがされた結果,新聞包み②の中に,約20cm四方の四角形の一隅が切り落とされた五角形の密封型のビニール袋2袋があることが判明した。
上記脱脂綿に付着させた液体の毒物含有の有無等について,警視庁科捜研薬物研究員安藤皓章らにより鑑定がされ,同液体からサリンが検出された旨の結果が得られた。
[S,栗原俊明,f16,f17,中野静治,佐藤剛,萬屋信義,山口勝久,花田和教,安藤皓章,A甲11695,11696,11698ないし11700,11769]
(3) Qは,丸ノ内線A777電車の第3車両に持ち込みその床上に落としたサリン入りビニール袋2袋(以下「ビニール袋③」という。)を傘で突き刺した後,直ちに御茶ノ水駅で降車した。同電車は,午前7時59分ころ,同駅を出発し,淡路町駅,大手町駅等の各駅を経て,午前8時25分ころ,中野坂上駅に到着したが,その間,ビニール袋③からサリン混合液が床上に流れ出すとともにサリン等が気化して車両内に拡散するなどしたことから,倒れたり,目の前が暗く感じたり,せき込んだりする乗客が出るなどし,同駅において,異常に気付いた同駅の駅員が,倒れた乗客を運び出すとともに,同車両内のドア付近の床上にあったビニール袋③を新聞紙に乗せてホーム中央に置き,さらにそれをビニール袋に入れて同駅事務室に運んだ。警察官は,午前9時30分ころ,駅員から同ビニール袋について任意提出を受けてこれを領置した。なお,同電車は,午前8時30分ころ,同駅を出発し,その後新高円寺駅等に停車した後,午前8時40分ころ,終点の荻窪駅に到着した。
上記の領置物は,平成7年3月24日午後4時34分ころから,大宮市にある陸上自衛隊化学学校で仕分けがされた結果,ビニール袋③の中に,約20cm四方の四角形の一隅が切り落とされた五角形の密封型のビニール袋2袋があり,そのうち1袋に無色及び薄茶色の2層をなす液体が在中していることが判明した。
同液体の毒物含有の有無等について,警視庁科捜研薬物研究員野中弘孝らにより鑑定がされ,同液体がサリンを含有する旨の結果が得られた。
[Q,栗原俊明,f20,f19,長山静,菅原良昭,花田和教,金原哲比己,小松隆,安藤皓章,野中弘孝,A甲11708,11710,11712,11715,11770]
(4) Vは,千代田線A725K電車の第1車両に持ち込みその床上に落とした新聞紙に包まれたサリン入りビニール袋2袋(以下「新聞包み④」という。)を傘で突き刺した後,直ちに新御茶ノ水駅で降車した。同電車は,午前8時4分ころ,同駅を出発し,大手町駅,二重橋前駅,日比谷駅に停車した後,午前8時12分ころ,霞ヶ関駅に到着したが,その間,新聞包み④からサリン混合液が床上に流れ出すとともにサリン等が気化して車両内に拡散するなどしたことから,座席に倒れ込んだり,せき込んだりする乗客が出るなどした。同駅においては,f11助役やf12助役らが,同車両内から新聞包み④をホーム上に出し,同車両内に流れ出ていた液体を新聞紙でふき,ふいた新聞紙や新聞包み④をビニール袋に入れて千代田線駅事務室に運んだ。警察官は,午前11時27分ころ,駅員から同ビニール袋の任意提出を受け,機動隊処理班に回収させてこれを領置した。なお,同電車は,同駅を午前8時14分ころ出発し,午前8時16分ころ国会議事堂前駅に到着し,運転を中止した。
上記の領置物は,同月24日午後1時50分ころから,大宮市にある陸上自衛隊化学学校で仕分けがされた結果,新聞包み④の中に,約20cm四方の四角形の一隅が切り落とされた五角形の密封型のビニール袋2袋があり,そのうち1袋に無色及び薄茶色の2層をなす液体が在中していることが判明した。 同液体や上記領置物中の湿った新聞紙の毒物含有の有無等について,警視庁科捜研薬物研究員安藤皓章らにより鑑定がされ,同液体は約615ml(以下,この液体を「霞ヶ関駅物件」という。)であり,サリンを含有し,新聞紙からサリンが検出された旨の結果が得られた。
[V,栗原俊明,f22,豊田利明,堀之内忠文,花田和教,金原哲比己,黒田作,関塚昭雄,安藤皓章,野中弘孝,A甲11729,11730,11733,11734,11738,11740,11743ないし11745,11771]
(5) Tは,6両編成の丸ノ内線B701電車の第5車両に持ち込みその床上に移動した新聞紙に包まれたサリン入りビニール袋2袋(以下「新聞包み⑤」という。)を傘で突き刺した後,直ちに四ッ谷駅で降車した。同電車は,午前8時2分ころ,同駅を出発し,赤坂見附駅,国会議事堂前駅等の各駅を経て,午前8時30分ころ,終点の池袋駅に到着し,折り返し新宿行きのA801電車として午前8時32分に池袋駅を出発し,午前8時42分に本郷三丁目駅に到着したが,その間,新聞包み⑤からサリン混合液が床上に流れ出すとともにサリン等が気化して車両内に拡散するなどしたことから,せき込んだり,視界が暗く感じたりする乗客が出るなどした。同駅で,駅員が,同電車の第2車両(B701電車の第5車両に相当する。)から新聞包み⑤をちりとりに掃き入れ,そのころ,警察官がその任意提出を受けて領置し,ゴミ用ビニール袋に入れた。
上記の領置物は,同月25日午前9時40分ころから,大宮市にある陸上自衛隊化学学校で仕分けがされた結果,新聞包み⑤の中に,約20cm四方の四角形の一隅が切り落とされた五角形の密封型のビニール袋2袋があり,いずれにも無色及び薄茶色の2層をなす液体が在中し,液量は一方が少なく他方が多いことが判明した。
同液体の毒物含有の有無等について,警視庁科捜研薬物研究員安藤皓章らにより鑑定がされ,同液体は一方は約50ml,他方は約630ml(以下,後者の液体を「本郷三丁目駅物件」という。)であり,いずれもサリンを含有する旨の結果が得られた。
[Y2,栗原俊明,f23,f24,f25,f26,鈴木良正,石塚英雄,花田和教,安藤皓章,野中弘孝,A甲11757,11760,11761,11764,11767,11773,11774]
2  上記認定によれば,地下鉄サリン事件の実行担当者が地下鉄車両内に持ち込み傘で突き刺した新聞包み①②④⑤内の各ビニール袋及びビニール袋③の中にあった液体又はそのビニール袋から流れ出た液体について警視庁科捜研において鑑定がされ,いずれもサリンを含有する又はサリンが検出されたとの鑑定結果が得られた事実を優に認めることができる。そのことは,地下鉄サリン事件の実行に使用されたビニール袋を製作したJが,公判において,鑑定資料の一部であるビニール袋の写真を見て自分が作った袋である旨認めていることや,鑑定結果の内容も,サリンの生成にかかわったN,J及びRの認識とも格別異なるものではないことからも明らかである。
したがって,現場遺留物と鑑定資料の同一性が証明されていない旨の弁護人の主張は採用することができない。
3  次に,警視庁科捜研における上記鑑定の経過ないし方法についてみると,関係証拠(主として1の鑑定関係の証拠等)によれば,(1)警視庁科捜研研究員において,①全鑑定資料について,GC/MS(EI法)による分析を行い,信頼性の置けるニストのライブラリーにあるサリンのスペクトルや他のサリンのデータとも照合した上で,サリンと同定したこと,②霞ヶ関駅物件及び本郷三丁目駅物件について,CI法による分析を行い,サリンの分子量と一致するスペクトルを得たこと,③霞ヶ関駅物件に関し,水素とリン31について核磁気共鳴法(NMR)を実施し,同物件がメチルホスホン酸タイプのリン化合物でリンとフッ素が結合している旨の結果を得たこと,④霞ヶ関駅物件について水酸化カリウム水溶液により加水分解したところ,メチルホスホン酸モノイソプロピルエステルを確認することができ,また,同物件を,エタノールに金属ナトリウムを溶かした物に加えたところ,メチルホスホン酸エチルイソプロピルエステルを確認することができるなど,同物件がサリンであることの裏付けを得たこと,⑤全鑑定資料について,サリンのほかに,サリンの副生成物であるメチルホスホン酸ジイソプロピルエステル及びジフロからサリンを生成する際に発生するフッ化水素をトラップすると同時に反応促進剤の役割を果たすNNジエチルアニリンを検出したこと,⑥数個の鑑定資料から,工業用ノルマルヘキサンの成分であるノルマルヘキサン,2―メチルペンタン,3―メチルペンタン及びメチルシクロペンタンを検出したこと,⑦霞ヶ関駅物件についてNMRにより分析した結果,同物件中にサリンが約35%の割合で含まれている旨の結果を得たこと,(2)科警研においては,GC/MSによる分析がされ,霞ヶ関駅物件中にサリンが約30%含まれている旨の鑑定結果が得られたことなどが認められる。
上記認定に係る鑑定の経過ないし方法に照らすと,上記鑑定資料である液体にサリンが含有されている,又は,同液体からサリンを検出した旨の鑑定結果は十分に首肯するに足りるものというべきである。さらに,その鑑定結果は,教団において,そのサリンが,ヘキサンを溶媒としNNジエチルアニリンを反応促進剤として使い,ジフロにイソプロピルアルコールを滴下させて生成されたものであること,サリン生成後に,RがGC/MSなどにより,生成した液体にサリンが約30%含有されていることを確認したこと,後記のとおりサリンに被ばくした被害者のうち数人の血液中からサリンの第1次加水分解物であるメチルホスホン酸モノイソプロピルが検出されたことともよく整合している。
これらの点に照らすと,地下鉄サリン事件の実行担当者が地下鉄車両内に流出させた液体はサリンを含有するものであったことは明らかである。
以上のとおりであるから,弁護人の主張1は採用することができない。
第2  弁護人の主張2(死傷被害者らがサリンに被ばくしたか否か)に対する判断
1  f1について
(1) f1は,普段自宅から茅場町駅が最寄り駅である会社に通勤するため,東武伊勢崎線で北千住駅まで行き同駅で同駅始発の日比谷線電車に乗り換え茅場町駅で下車していた。同人は,平成7年3月20日も午前7時15分ころ,会社に出勤するため自宅を出て,東武伊勢崎線を利用して北千住駅に午前7時45分前後ころ到着し,同駅で日比谷線電車(午前7時46分発のA720S電車の可能性が高い。)に乗車したが,小伝馬町駅に到着した際,降車を余儀なくされた。同人は,午前8時30分ころ,既に死亡した状態で,小伝馬町駅の地上出入口である佐工ビル口付近で他の傷病者と共に自動車に乗せられ,聖路加病院に搬送された。
黒田直人医師らの鑑定によれば,同月21日に採取されたf1の心臓内血液中の血清コリンエステラーゼ値は41IU/l(同医師らの計測による正常値は245〜470IU/l),赤血球真コリンエステラーゼ値は0.1U/ml(同正常値は1.2〜2.0U/ml),赤血球偽コリンエステラーゼ値は1.4U/ml(同正常値は4.1〜8.5U/ml)であり,いずれも異常低値とされた。
同医師らは,遺体の主要臓器全体において強いうっ血が見られたことから,死亡の直前に急激な呼吸循環障害が生じていたとした上,主要臓器のうっ血は上記のコリンエステラーゼ阻害による呼吸不全が生じたため低酸素状態又は窒息状態に陥って心機能・循環障害を引き起こしたことによるものとし,他に急激な呼吸循環障害を生じた原因となる異常が認められないことから,死因はコリンエステラーゼ阻害性毒物中毒による急性呼吸循環不全である旨の鑑定をした。
なお,科警研瀬戸康雄技官らの鑑定において,f1の解剖時に採取された血液中の血しょうに係るブチリルコリンエステラーゼの活性値は0.58U/mlであり,赤血球に係るアセチルコリンエステラーゼの活性値は0.15U/mlであり,正常値(同技官らの計測による正常人8名の血しょうに係るブチリルコリンエステラーゼの活性値は1.84〜4.45U/mlで平均値は3.0U/mlであり,同赤血球に係るアセチルコリンエステラーゼの活性値は2.21〜7.56U/mlで平均値は4.9U/mlである。)と比較して低い値とされた。
[A甲73,11935,11950,伊藤和男,黒田直人,瀬戸康雄]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,f1は,北千住駅から日比谷線A720S電車に乗車し,同電車内又は小伝馬町駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
(3) なお,弁護人は,A甲11935(黒田直人ら作成の鑑定書)について,経口による毒薬物の摂取を調べるための胃内容物の検査を怠っており,コリンエステラーゼ値の低下が致死の程度にあったとの証明もなく,他の死因も否定し切れず,死因の鑑定として不十分である旨主張する。
しかしながら,黒田直人医師は,コリンエステラーゼ活性を阻害するものとしては有機リン系ガスのほかに有機リン系農薬やカーバメイト剤があるが,致死量の有機リン系農薬やカーバメイト剤を飲んでいれば強いにおいがするはずであるのにそれを疑う所見がなかったことから,胃内容物の詳しい検査をしなかったものであり[黒田直人],関係証拠に照らしても,同医師の鑑定手法や上記の判断過程に誤りがあるとはいえず,この点に関する弁護人の主張は採用することができない(このことは,同医師ら作成の他の鑑定書であるA甲11937,11939,11943,11945についても同様である。)。
(4) 弁護人は,A甲11950(瀬戸康雄ら作成の鑑定書)について,①鑑定資料である血液は,遺体解剖をした医師が解剖に際し採取して捜査機関に任意提出し捜査機関から科警研に鑑定嘱託されたものであるが,他の機関に鑑定させるならば別個の令状により血液の採取をさせるべきであって,死体解剖のための鑑定処分許可状をもってこれに代えることは許されないから,鑑定資料の収集過程に令状主義に反する重大な違法があり,同鑑定書には証拠能力がない,②鑑定資料や比較対象である正常人血液についてのコリンエステラーゼ活性値の測定の正確性や,両数値を比較する作業における手法の正確性,客観性に問題がある旨主張する。
しかしながら,前記(松本サリン事件における当裁判所の判断第1)のとおり,死亡者の死因等について鑑定を受託した鑑定人は,鑑定について必要がある場合には,鑑定処分許可状に基づき死体を解剖することができるとされているが,死因等を鑑定するために解剖の際血液の一部を採取して保管し,自らの鑑定を補助させるために他の機関に毒物含有の有無等の検査を依頼する意図でこれを捜査機関に任意提出することもまた,格別遺族の権利ないし利益を新たに侵害することがないことから,許されるものと解するのが相当であり,黒田直人医師らは,上記の趣旨で解剖の際採取した血液の一部を捜査機関に任意提出したものであるから,その行為に違法があるとは認められない。もとより,関係証拠から認められる遺族感情等に照らすと,当該血液の処分について遺族の推定的承諾がないものとは考えられず,いずれにしても,上記の鑑定書の証拠能力が否定されるいわれはないというべきである(このことは,同技官ら作成の他の鑑定書であるA甲11955,11960,11965,11970,11975,11980,11985,11990,11995,12000についても同様である。)。
また,関係証拠に照らしても,瀬戸康雄技官らによるコリンエステラーゼ活性値の測定の正確性に疑いを抱かせる事情は見出し難いし,同活性値の正常値を求める過程において検体を8人とした点も不合理とはいえず(このことは,同技官ら作成の上記他の鑑定書についても同様である。),さらに,f1の血液の同活性値が正常値と比較して低い値であったとする点も何ら疑問はないというべきである。
以上のとおりであるから,A甲11950に関する弁護人の上記主張は採用することができない。
2  f2について
(1) f2は,普段自宅から霞ヶ関駅が最寄り駅である会社に通勤するため,自宅から歩いて5分くらいのところにある日比谷線北千住駅で電車に乗り同線霞ヶ関駅で下車していた。同人は,平成7年3月20日も会社に出勤するため午前7時33分ないし39分ころ自宅を出て,日比谷線北千住駅で電車(午前7時46分発のA720S電車の可能性が高い。)に乗車したが,小伝馬町駅に到着した際,降車を余儀なくされた。同人は,午前8時過ぎころ,同駅構内で大声で奇声を発し足をばたつかせ鼻水やよだれが出ている状態で救護され,午前9時8分ころ,縮瞳し既に心肺機能が停止している状態で判示中島クリニックに搬入され,午前10時2分ころ,同クリニックで死亡した。同クリニックで行われたf2の血液化学検査では,血しょう中コリンエステラーゼ活性値は0.03(同クリニックでの正常値は0.70〜1.20)であった。
髙取健彦医師らの鑑定によれば,同月21日の解剖時に採取されたf2の脳組織(前頭葉皮質部分)のアセチルコリンエステラーゼ活性値は26.6mU/g(同医師らの計測による正常値は110.0±8.1mU/g)で,著しく低下していたとされ,また,赤血球由来のアセチルコリンエステラーゼに結合しているリン酸化合物としてサリンの第1次分解物質であるメチルホスホン酸モノイソプロピル及び第2次分解物質であるメチルホスホン酸が検出された。また,同医師により,脳組織のアセチルコリンエステラーゼに結合しているサリン分解物の検出が試みられ,脳組織からメチルホスホン酸が検出された。
同医師らは,解剖所見は急死の所見が認められるのみで内因死を考えなければならない所見は認められないことや,上記の検査成績や検出結果等を総合した上で,f2の死因は急性サリン中毒死である旨の鑑定をした。
なお,科警研瀬戸康雄技官らの鑑定において,f2の解剖時に採取された心臓血中の血しょうに係るブチリルコリンエステラーゼの活性値は0.58U/mlであり,赤血球に係るアセチルコリンエステラーゼの活性値は0.15U/mlであり,前記の正常値(ブチリルコリンエステラーゼの活性値は1.84〜4.45U/mlで平均値は3.0U/ml,アセチルコリンエステラーゼの活性値は2.21〜7.56U/mlで平均値は4.9U/ml)と比較して低い値であるとされ,また,同人の心臓血がサリンの第1次分解物質であるメチルホスホン酸モノイソプロピルを含有するとされた。
[A甲74,11955,12003,瀬戸康雄,大室勉,髙取健彦]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,f2は,北千住駅から日比谷線A720S電車に乗車し,同電車内又は小伝馬町駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
(3)ア これに対し,弁護人は,①A甲12003(髙取健彦ら作成の鑑定書)について,髙取医師ら自身が鑑定をしていない疑いがある上,その鑑定の手法及び推論の過程に重大な疑問がある旨,②同鑑定書及び第54回公判調書中の同医師の供述部分(速記録24丁〜38丁)について,同医師は,鑑定終了後も,死体解剖保存法に違反して,遺族の承諾等のないまま死体の一部である脳の一部を保管し続け,その一部を消費して検査行為等を行ったものであり,そのような違法な行為によって収集した検査結果を証言することによりその不備を補完した同鑑定書並びに同検査過程及び結果について証言した同医師の供述部分は違法収集証拠に基づくものとして証拠から排除されるべきである旨,③鑑定資料である心臓血がメチルホスホン酸モノイソプロピルを含有するとしたA甲11955(瀬戸康雄ら作成の鑑定書)について,保持指標から計算したサリンの保持時間が他の鑑定書と5秒異なる上,本来一つであるべき標品の保持時間が2種類あるなど,GC/MSによる検査の正確性等について著しい疑問がある旨を主張する。
イ しかしながら,関係証拠によれば,(ア)髙取医師は,解剖には少なくとも補助者として立ち会い,鑑定作業の中で補助者を使用している部分もあるが,鑑定書の内容については相鑑定人と討論するなどしてすべてチェックしており,(イ)参考にしたカルテ等が鑑定書に添付されていないものの,そのことから直ちに検査成績等の鑑定への引用に信用性が欠けるわけではなく,(ウ)カーバメイト製剤についても,これを溶かしている有機溶剤の異臭が遺体に認められないことを確認するなど検討がされており,(エ)メチルホスホン酸やメチルホスホン酸モノイソプロピルの検出からサリンに被ばくしたことを推定しても不合理とはいえず,(オ)脳組織のアセチルコリンエステラーゼ活性値の測定経過や赤血球アセチルコリンエステラーゼ結合性リン酸化合物の検出経過は合理的であり鑑定手法としてこれを否定するいわれはないなど髙取医師の鑑定手法ないし鑑定経過やその判断において,格別疑問を差し挟むような事情はうかがわれない(このことは,同医師ら作成の他の鑑定書であるA甲12005,12007[なお,同医師自ら解剖したものである。],12009についても同様である。)。
なお,髙取医師は,上記鑑定において,鑑定資料の全血におけるアセチルコリンエステラーゼの活性値と正常人の血清中のブチリルコリンエステラーゼ活性値とを比較可能な条件で測定しているか証拠上判然としないが,瀬戸康雄技官らによる鑑定によれば,鑑定資料に係るアセチルコリンエステラーゼ活性値及びブチリルコリンエステラーゼ活性値はいずれも正常値と比較して明らかに低い値であると認められるのであるから,結局,上記の不明確さが上記鑑定の結果を左右するものとはいえない。
これらの事情等に照らすと,弁護人の上記①の主張は採用することができない。
ウ 次に,髙取医師は,A甲12003に係る鑑定終了後も,遺族の明示の承諾のないまま遺体の一部である脳の一部を保管し続け,その一部を消費して検査行為等をしていたものである。脳組織のアセチルコリンエステラーゼに結合しているサリン分解物の検出を試み,脳組織からメチルホスホン酸を検出し,その検出経過及び結果も公判で証人として供述したものである[髙取健彦]。
ところで,死体解剖保存法は,大学医学部の法医学の教授が解剖する場合や刑事訴訟法225条1項の規定により解剖する場合などに死体の解剖をすることができる者は,医学の教育又は研究のため特に必要があるときは,遺族から引渡しの要求がない限り,解剖をした後その死体の一部を標本として保存することができる旨を規定している(18条)が,サリンに被ばくした者の脳組織については医学の教育又は研究のため特にこれを保存する必要があるものと言い得る上,いったん鑑定は終了したとして鑑定書を提出していても当該事件の公判審理が終了するまでは一定の限度で鑑定の補充ないし追加や再試の必要性が生じることも考えられるから,そのために鑑定資料を返還することなく保存することにも理由が全くないわけではなく,実際に,髙取医師は,鑑定受託事項に関する鑑定の補充ないし追加として,上記認定のとおり,脳組織からサリン分解物の検出を試みてメチルホスホン酸を検出し,公判において,証人としてその検出経過及び結果について供述したものである。また,遺族から引渡し要求があったと認めるに足りる事情もうかがわれない。したがって,このような事実関係の下では,遺族の承諾等がないとしても,上記鑑定書(A甲12003)提出後の鑑定の補充ないし追加に関する公判供述がその証拠能力を否定されるほどの重大な違法を帯びているとはいえないし,もとより,上記鑑定書(A甲12003)までが違法に収集された証拠になるものではない。したがって,弁護人の上記②の主張は採用することができない。なお,髙取医師は,脳組織のアセチルコリンエステラーゼ活性値の正常値を得るために,遺族の承諾を得ずに集めていた別件の脳組織を使用しているが,上記の趣旨に準じて考慮すると,鑑定書の証拠能力に影響するような重大な違法があるとはいえないというべきである。また,脳組織のアセチルコリンエステラーゼに結合しているサリン分解物であるメチルホスホン酸を検出した手法,経過及び判断内容それ自体にも不合理な点はうかがわれない(以上の点は,髙取医師ら作成の他の鑑定書であるA甲12005,12007,12009やそれらの鑑定内容に関する同医師の公判供述においても同様である。)。
エ A甲11955についてみると,関係証拠によれば,サリンの保持時間の記載に2種類あるのは単なる誤記であり,メチルホスホン酸モノイソプロピルの保持時間の記載に2種類あるのは誤差を考慮したものであって,いずれも鑑定結果を左右するものではなく,その他の点においても瀬戸技官らが鑑定資料からGC/MSによりメチルホスホン酸モノイソプロピルを検出した手法,経過及び結果について格別不合理な点はうかがわれず,その正確性に疑問を差し挟む事情は見当たらない。弁護人の上記③の主張は採用することができない(このことは,瀬戸技官ら作成のA甲11960についても同様である。)。
3  f3について
(1) f3は,普段,東西線を利用して茅場町駅まで行き同駅で日比谷線に乗り換え同線を利用して目黒区中目黒にある会社に通勤していた。同人は,平成7年3月20日朝も,通勤途中,日比谷線茅場町駅で電車(A720S電車の可能性が高い。)に乗車したが,次の八丁堀駅に到着した際,降車を余儀なくされ,同駅のホームに保険証を入れたかばんや紙袋を遺留したまま,同駅から救急車で慶應義塾大学病院まで搬送され,午前10時30分ころ,同病院で死亡した。
黒田直人医師らの鑑定によれば,同月21日に採取されたf3の心臓内血液中の血清コリンエステラーゼ値は50IU/l(同医師らの計測による正常値は245〜470IU/l),赤血球真コリンエステラーゼ値は0.1以下U/ml(同正常値は1.2〜2.0U/ml),赤血球偽コリンエステラーゼ値は1.7U/ml(同正常値は4.1〜8.5U/ml)であり,いずれも異常低値とされた。
同医師らは,遺体の主要臓器全体において強いうっ血が見られたことから,死亡の直前に急激な呼吸循環不全が生じていたとした上,上記の重症のコリンエステラーゼ障害や後記の科警研における心臓血からメチルホスホン酸モノイソプロピルが検出された旨の鑑定結果をも踏まえ,上記の主要臓器のうっ血はサリン中毒による呼吸不全が生じたため低酸素状態又は窒息状態に陥って心機能障害を含む循環障害を引き起こしたことによるものとし,他に急激な呼吸循環障害を生じた原因となる異常が認められないことから,死因はサリン中毒による急性呼吸循環不全である旨の鑑定をした。
なお,科警研瀬戸康雄技官らの鑑定において,f3の解剖時に採取された心臓血中の血しょうに係るブチリルコリンエステラーゼの活性値は0.63U/mlであり,赤血球に係るアセチルコリンエステラーゼの活性値は0.00U/mlであり,前記の正常値(ブチリルコリンエステラーゼの活性値は1.84〜4.45U/mlで平均値は3.0U/ml,アセチルコリンエステラーゼの活性値は2.21〜7.56U/mlで平均値は4.9U/ml)と比較して低い値とされた。
[A甲72,75,11937,11960,黒田直人,瀬戸康雄]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,f3は,茅場町駅から日比谷線A720S電車に乗車し,同電車内又は八丁堀駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
4  f4について
(1) f4は,普段,自宅から六本木駅が最寄り駅である会社に通勤するため,東西線を利用して茅場町駅まで行き同駅で日比谷線に乗り換えて六本木駅で下車していた。同人は,平成7年3月20日朝も,通勤途中,日比谷線茅場町駅で電車(A720S電車の可能性が高い。)に乗車したが,築地駅から救急車で都立広尾病院まで搬送され,午前10時30分ころ,同病院で死亡した。
黒田直人医師らの鑑定によれば,同月21日に採取されたf4の心臓内血液中の血清コリンエステラーゼ値は63IU/l(同医師らの計測による正常値は245〜470IU/l),赤血球真コリンエステラーゼ値は0.1U/ml(同正常値は1.2〜2.0U/ml),赤血球偽コリンエステラーゼ値は1.9U/ml(同正常値は4.1〜8.5U/ml)であり,いずれも異常低値とされた。
同医師らは,遺体の主要臓器全体において強いうっ血が見られたことから,死亡の直前に急激な呼吸循環障害が生じていたとした上,主要臓器のうっ血は上記のコリンエステラーゼ阻害による呼吸不全が生じたため低酸素状態又は窒息状態に陥って心機能・循環障害を引き起こしたことによるものとし,なお,血清中のトリグリセライド,リン脂質,遊離脂肪酸,総コレステロール及び遊離コレステロールが高値を示しているのは高脂血症又は食後の脂質値上昇によるもので直ちに死因となり得る異常とはいえず,他に急激な呼吸循環障害を生じた原因となる異常が認められないことから,死因はコリンエステラーゼ阻害性毒物中毒による急性呼吸循環不全である旨の鑑定をした。
なお,科警研瀬戸康雄技官らの鑑定において,f4の解剖時に採取された心臓血中の血しょうに係るブチリルコリンエステラーゼの活性値は0.80U/mlであり,赤血球に係るアセチルコリンエステラーゼの活性値は0.43U/mlであり,前記の正常値(ブチリルコリンエステラーゼの活性値は1.84〜4.45U/mlで平均値は3.0U/ml,アセチルコリンエステラーゼの活性値は2.21〜7.56U/mlで平均値は4.9U/ml)と比較して低い値とされた。
[A甲72,76,11939,11965,黒田直人,瀬戸康雄]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,f4は,茅場町駅から日比谷線A720S電車に乗車し,同電車内又は築地駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
5  f5について
(1) f5は,普段自宅から神谷町駅が最寄り駅である会社に通うため,東武伊勢崎線を利用し北千住駅から日比谷線に入り神谷町駅で下車していた。同人は,平成7年3月20日朝も,会社に行くため北千住駅に午前7時46分前ころ到着するような時刻に自宅を出て,電車に乗り日比谷線北千住駅を経由して(北千住駅始発の午前7時46分発のA720S電車に乗り換えた可能性が高い。)築地駅に到着した後,救急車で駿河台日本大学病院まで搬送された。その時点においては,同人の血液中のコリンエステラーゼ活性の低下が観察され,著明な縮瞳が認められた。同人は,同病院でパムの投与などの治療を受け,血液中のコリンエステラーゼ活性値はほぼ正常に回復したものの,同月22日午前7時10分ころ,同病院で死亡した。
髙取健彦医師らの鑑定によれば,同日の解剖時に採取されたf5の脳組織(前頭葉皮質部分)のアセチルコリンエステラーゼ活性値は33.8mU/g(同医師らの計測による正常値は110.0±8.1mU/g)で,著しく低下していたとされ,また,赤血球由来のアセチルコリンエステラーゼに結合しているリン酸化合物としてサリンの第1次分解物質であるメチルホスホン酸モノイソプロピル及び第2次分解物質であるメチルホスホン酸が検出された。また,同医師により,脳組織のアセチルコリンエステラーゼに結合しているサリン分解物の検出が試みられ,脳組織からメチルホスホン酸が検出された。なお,脳神経細胞と血管との間には障壁すなわち血液脳関門があり,治療薬であるパムはこれを通って脳神経細胞に達することができないため,パムの投与により血液中のコリンエステラーゼ活性値が正常値に回復したにもかかわらず脳組織のコリンエステラーゼ活性値が著しく低下したままであることに矛盾はない(この点は,f12についても同様である。)。
同医師らは,解剖所見では急死の所見が認められるのみであること,肝硬変の所見が認められたが中等度のものであるなど経過及び解剖所見より考えて死因となる得る程度のものではないことや,上記の検査成績や検出結果等を総合した上で,f5の死因はサリン中毒死である旨の鑑定をした。
[A甲72,77,12005,髙取健彦]
(2) 上記の事実関係に加え,判示第1の1の認定事実をも併せ考えると,f5は,北千住駅から日比谷線A720S電車に乗車し,同電車内又は築地駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
6  f6について
(1) f6は,普段,自宅から最寄り駅が人形町駅である会社に通勤するため,JR線を使って上野駅まで行き,同駅で日比谷線に乗り換え人形町駅で下車していた。同人は,平成7年3月20日朝も,通勤途中,上野駅から日比谷線の電車(A720S電車に乗った可能性が高い。)に乗車したが,小伝馬町駅に到着した際,降車を余儀なくされ,同駅ホーム上に押し出された新聞包み①から約4.5m離れたホーム上で全身をけいれんさせて仰向けに倒れていたところ,午前8時35分ころ,乗降客に一時介抱してもらい,午前9時ころ,縮瞳,心肺停止の状態で三井記念病院に搬送され,蘇生術が施行され,心拍は回復したが,意識は戻らなかった。血液中のコリンエステラーゼ値は,同日に17単位/l(同病院での計測による正常値は186〜490単位/l)であり,4日目に151単位とやや回復したが正常範囲には至らなかった。f6は,3日目の脳波検査では脳波平坦で,8日目の聴性脳幹反射検査でも誘発電位が得られず,脳死状態であり,以後,心臓機能が低下し,呼吸器感染,腎不全が続発し,同年4月1日に同病院で意識の回復しないまま死亡した。
支倉逸人医師は,f6の解剖所見及び臨床経過症状等を総合し,①解剖所見では,異常所見として,脳が全体として硬度を失い,泥状に近い状態であったが,これは脳の機能がほぼ失われた後,長期間人工呼吸器により延命されていた状況で脳死の所見を呈している,②同人の心臓は肥大しているが,心筋梗塞や冠状動脈狭窄などの直ちに死因となる所見はない,③左右肺には急性肺炎の像が認められたが,これは脳死状態から心停止に至る過程で随伴的に発現したものであるなどとした上で,f6は,有機リン系の有毒ガスを吸引して心臓及び呼吸機能が停止したため脳機能が障害され,心拍は回復したが,脳死状態となって13日間その状態が続き,諸臓器の機能が低下し,最後は肺炎が起こって呼吸が障害され,心臓停止に至ったものであり,死因は有機リン中毒である旨の鑑定判断をした。
なお,科警研瀬戸康雄技官らの鑑定において,f6の解剖時に採取された心臓血中の血しょうに係るブチリルコリンエステラーゼの活性値は0.87U/mlであり,赤血球に係るアセチルコリンエステラーゼの活性値は1.30U/mlであり,前記の正常値(ブチリルコリンエステラーゼの活性値は1.84〜4.45U/mlで平均値は3.0U/ml,アセチルコリンエステラーゼの活性値は2.21〜7.56U/mlで平均値は4.9U/ml)と比較して低い値とされた。
[A甲17,79,11975,12019,光野充,支倉逸人,瀬戸康雄]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,f6は,上野駅から日比谷線A720S電車に乗車し,同電車内又は小伝馬町駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
(3) 弁護人は,f6は心停止,呼吸停止の状態で病院に収容されたものの,蘇生術と人工呼吸装置により呼吸循環機能を回復し維持することができたが,肺炎を発症し,これに抗生物質を投薬して重篤な副作用を生じさせ,その結果,敗血症,引き続いて腎不全を発症させ,ついには医師の手によって人工呼吸装置が外され,窒息死に至ったものであり,A甲17(支倉逸人医師作成の鑑定書)は明らかに誤りである旨主張する。
しかしながら,同医師は,公判で,この点に関し,「すべての臓器に障害が来ているが,呼吸できる状態でないという意味では肺炎が最も直接的に心臓に障害を与えたものである。そして,その肺炎を起こしたのは脳死の状態にあったことによるものであり,その原因は有機リン中毒である。」旨供述しているところであり,関係証拠に照らしても,その供述内容や鑑定結果に格別不合理な点を見出すことはできないのであって,同医師の鑑定結果に明らかな誤りがある旨の弁護人の上記主張は採用することができないというべきである。
7  f7について
(1) f7は,普段,自宅から最寄り駅が茅場町駅である会社に通勤するため,北千住駅まで東武伊勢崎線を,同駅から茅場町駅までは日比谷線をそれぞれ利用していた。同人は,平成7年3月20日朝も,午前8時30分の勤務開始時刻に間に合うように自宅を出て,電車に乗った(北千住駅から日比谷線A720S電車に乗った可能性が高い。)が,小伝馬町駅,人形町駅又は茅場町駅のいずれかの駅から聖路加国際病院に搬送された。同人は病院搬入時には心肺停止状態にあり,その後蘇生術等が施され,呼吸循環機能は一応回復したが,脳死状態となり,意識の戻らないまま,同年4月16日,死亡した。なお,同人の血液中のコリンエステラーゼ活性値は,同年3月20日午前11時に6(同病院での計測による正常値はおよそ50〜150),正午に10であったが,パム等の投与の効果が出て,午後3時30分には100になり,正常値に回復した。
石山昱夫医師は,f7の解剖所見及び臨床経過症状等を総合し,①f7は脳死状態において全身感染症を引き起こして死亡した,②臨床的には,抗アセチルコリンエステラーゼ物質による中毒作用の急性中毒期(コリン作動性発作期。コリン作動性の末梢細胞における中毒作用の発現期で,縮瞳,筋肉のけいれん,呼吸循環不全,意識障害等が発現する時期である。)に見られる発作の発生が捕捉されており,パム等の効果があったことから,有機リン中毒の存在があった可能性を十分に肯定できる,③病理組織学的には,大脳の脳死状態,脊髄及び末梢神経系の軸索変性を中心とした病巣,骨格筋や心筋の変性が認められ,特に,脊髄や末梢神経系に認められたOPIDN(有機リンによる遅発性神経症候群期。有機リンに被ばくして2ないし4週間後になって四肢の麻痺が生じる型で,病理組織学的には末梢神経が侵襲を受け,また,脊髄の神経経路にも重篤な侵襲が生じる。)の存在が特徴的である,④有機リン系化学物質の中で,ホスホン酸化合物であるサリンはOPIDNを起こし得ると推定されており,サリンに被ばくしたというのであれば,脊髄及び末梢神経線維に認められた病変はサリンによって生じたということは十分考えられるなどとして,上記脳死状態は重篤な有機リン中毒によって引き起こされた可能性が強く,死因は重篤な有機リン系の化学物質(リン酸又はホスホン酸系統の有機リン化合物)による中毒である可能性が高い旨の鑑定判断をした。
なお,科警研瀬戸康雄技官らの鑑定において,f7の解剖時に採取された心臓血中の血しょうに係るブチリルコリンエステラーゼの活性値は0.87U/mlであり,赤血球に係るアセチルコリンエステラーゼの活性値は2.06U/mlであり,前記の正常値(ブチリルコリンエステラーゼの活性値は1.84〜4.45U/mlで平均値は3.0U/ml,アセチルコリンエステラーゼの活性値は2.21〜7.56U/mlで平均値は4.9U/ml)と比較して低い値とされた。
[A甲80,11941,11980,石山昱夫,瀬戸康雄]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,f7は,北千住駅から日比谷線A720S電車に乗車し,同電車内又は小伝馬町駅,人形町駅又は茅場町駅のいずれかの駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
(3) これに対し,弁護人は,A甲11941(石山昱夫医師作成の鑑定書)及び石山医師の公判供述について,同医師は,軸索,髄鞘の変性について判断する能力に欠けており病理組織学上の所見は信用できない,個々の所見について他の原因を十分検討することなく,有機リン,特にサリンに結び付けて結論を導こうとしており公正中立さに欠ける,OPIDNについての所見もこれまでの症例とは明らかに異なるなど,同医師の鑑定内容は信用できるものではない旨主張する。
しかしながら,関係証拠に照らすと,弁護人は病理組織学上の所見につき,添付写真等をもとに種々論難しているが,鑑定書の記載内容で補充訂正すべき部分は公判供述により補充訂正されている上,石山医師の個別の所見を誤りとしなければならないような事情があるとは認められないし,同医師の個別の所見がサリンに被ばくしたとの予断に影響されて歪められていることを疑わせる事情もうかがわれない。また,OPIDNについての石山医師の所見がこれまでの症例とは明らかに異なるとはいえないことも同医師の公判供述から明らかである。この点に関する弁護人の上記主張は採用することができない。
8  f8について,
(1) f8は,普段埼玉県内の自宅から東京都港区西新橋1丁目にある職場まで通う経路の一部として日比谷線を利用していた。同人は,平成7年3月20日朝も,職場に向かうため,日比谷線電車(A720S電車の可能性が高い。)に乗車したが,築地駅に到着した後,同駅から救急車で日本医科大学附属病院に搬送された。同人は,同病院搬入時には,意識を喪失して心肺停止状態にあり,直ちに蘇生術が開始しれた。また,同人には,同日,縮瞳や唾液・喀痰分泌の亢進が見られ,血清中のコリンエステラーゼの活性値が極端に低下し,22IU/l(同病院での計測による正常値は540〜1300IU/l)であり,同年5月9日時点でも同活性値は373IU/lであった。同人は,1年2か月以上にわたり医療行為を施されたが,意識の戻らないまま,平成8年6月11日に死亡した。
髙取健彦医師らは,治療を担当した医師のカルテ及び解剖所見を総合し,①平成7年3月20日の時点の状態からf8は有機リン系毒物の中毒で心肺停止と意識障害を来し,その後,医師が何度かレスピレーターからの離脱を図ろうとしたができなかったものである,②このような遷延的に継続する意識障害に対しては,気管切開,中心静脈栄養,尿道内カテーテル挿入等の生存に不可欠な医療行為を施す必要があり,実際にf8に対して最大限の医療行為が施されている,③このような医療行為が長期にわたって施されると,不可避的に肺炎や尿路感染,静脈注射部位からの細菌感染,褥瘡からの細菌感染などを合併し敗血症で死亡することが多いが,f8の解剖所見として,心内膜炎,腎臓及び心筋内の微小膿瘍並びに脾炎の存在が認められ,これらは医療行為に不可避的に合併して死亡の数箇月以内に形成されたものであり,同人は敗血症により死亡したものである,④末梢神経において,座骨神経では有髄線維は比較的よく保たれているのに対し,腓腹神経では有髄線維,無髄線維とも変性脱落し,特に大径有髄線維がより強く脱落しているが,これらの所見は,逆行性死滅型の軸索末梢神経障害に一致し,有機リン剤による神経炎の所見としても矛盾しない,⑤1か月以上たってもコリンエステラーゼ活性値が回復していない状況では当該毒物はカーバメイト製剤ではあり得ないなどと判断した上で,f8は,平成7年3月20日の時点で有機リン系毒物中毒の状態となって意識障害,呼吸停止,低酸素脳症を来し,それに対する1年以上にわたる生存に不可欠な医療行為が施された結果,その医療行為に不可避的な合併症として細菌感染から細菌性心内膜炎を起こし,最終的には敗血症で死亡したものである旨の鑑定判断をした。
[A甲72,90,12015,12032,f8’,髙取健彦]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,f8は,日比谷線A720S電車に乗車し,同電車内又は築地駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒に起因する敗血症によって死亡したものと認められる。
(3)ア これに対し,弁護人は,A甲12032(髙取健彦ら作成の鑑定書)について,①髙取医師ら自身が鑑定をしていない疑いがある,②カルテ等の写しが添付されておらず鑑定の客観性が担保されていない,③f8は新松戸中央病院に転院直後の平成8年2月4日に心停止の状態が生じ,これが死亡につながる直接の契機となったものであるから,これにより因果関係が中断されている,④所見が軸索末梢神経障害に一致すると言えるのか疑問であるなどとして同鑑定書の内容は信用することができない旨主張する。
イ しかしながら,関係証拠によれば,①鑑定の中には神経内科の知見に委ねた部分もあるが,鑑定内容の信用性を左右するものではなく,②カルテ等の写しは添付されていないが,その内容は弁護人のカルテに基づく反対尋問により公判供述に詳細に現れている上髙取医師のカルテ等の検討結果に誤りがあるとは言えず,③f8の転院後の心停止が死亡に影響を与えた可能性は否定し切れないが,だからといって因果関係の中断があるとは言えず,④所見が軸索末梢神経障害に一致する旨の同医師の判断に疑問があるとは言えないのであって,髙取医師らの上記の鑑定手法,判断過程及び判断内容に格別の不合理ないし誤った点があるとは認められない。この点に関する弁護人の上記主張は採用することができない。
9  f9について
(1) f9は,普段,八丁堀で仕事をするために自宅の最寄り駅である恵比寿駅から日比谷線を利用していた。同人は,平成7年3月20日朝も,仕事に行くため日比谷線恵比寿駅で電車(B711T電車の可能性が高い。)に乗車したが,神谷町駅で降車を余儀なくされ,午前8時43分ころ,既に死亡した状態で,救急隊員らにより同駅の地上出入口に運ばれ,同所から救急車で都立広尾病院に搬送された。
黒田直人医師らの鑑定によれば,同月21日に採取されたf9の心臓内血液中の血清コリンエステラーゼ値は29IU/l(同医師らの計測による正常値は245〜470IU/l),赤血球真コリンエステラーゼ値は0.1以下U/ml(同正常値は1.2〜2.0U/ml),赤血球偽コリンエステラーゼ値は1.3U/ml(同正常値は4.1〜8.5U/ml)であり,いずれも異常低値とされた。
同医師らは,遺体の主要臓器全体において強いうっ血が見られたことから,死亡の直前に急激な呼吸循環障害が生じていたとした上,主要臓器のうっ血は上記のコリンエステラーゼ阻害による呼吸不全が生じたため低酸素状態又は窒息状態に陥って心機能・循環障害を引き起こしたことによるものとし,冠動脈の一部に70%の内腔狭窄を伴う動脈硬化症が見られるなど加齢に伴う全身動脈硬化症が認められるが,急激な呼吸循環障害を起こす直接の原因としては冠動脈硬化症などより重症のコリンエステラーゼ障害のほうが寄与度が大きいこと,アルブミンが低値であるがこれは主として加齢性変化による肝機能低下によるものと推察され,直ちに死因となり得る所見ではないこと,他に急激な呼吸循環障害を生じた原因となる異常が認められないことなどから,死因はコリンエステラーゼ阻害性毒物中毒による急性呼吸循環不全である旨の鑑定をした。
[A甲72,81,11943,阿出川浩,黒田直人]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,f9は,恵比寿駅から日比谷線B711T電車に乗車し,同電車内又は神谷町駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
10  f10について
(1) f10は,普段,自宅の最寄り駅から総武線快速を利用し東京駅で丸ノ内線に乗り換えて新宿三丁目駅まで行き,同駅で都営新宿線に乗り換えるなどして職場のある幡ヶ谷まで通っていた。同人は,平成7年3月20日朝も,職場に向かうため東京駅で丸ノ内線A777電車に乗車したが,新宿三丁目駅で降車することなく,午前8時25分ころ中野坂上駅に到着後,救助され,同駅から救急車で東京女子医科大学病院に搬送されたが,同月21日午前6時35分ころ,同病院で死亡した。
黒田直人医師らの鑑定によれば,同日に採取されたf10の心臓内血液中の血清コリンエステラーゼ値は142IU/l(同医師らの計測による正常値は245〜470IU/l),赤血球真コリンエステラーゼ値は0.3U/ml(同正常値は1.2〜2.0U/ml),赤血球偽コリンエステラーゼ値は3.2U/ml(同正常値は4.1〜8.5U/ml)であり,いずれも異常低値とされた。
同医師らは,遺体の主要臓器において全体に強いうっ血が見られたことから,死亡の直前に急激な呼吸循環障害が生じていたとした上,主要臓器のうっ血は上記のコリンエステラーゼ阻害による呼吸不全が生じたため低酸素状態又は窒息状態に陥って心機能・循環障害を引き起こしたことによるものとし,なお,総蛋白等の低値は過去の胃切除による消化管からの栄養摂取障害によるものと考えられること,癌胎児抗原の高値については,癌などの悪性腫瘍が増殖している形跡は認められず死因となり得る異常が生じていたとは考えられないこと,他に急激な呼吸循環障害を生じた原因となる異常が認められないことなどから,死因はコリンエステラーゼ阻害性毒物中毒による急性呼吸循環不全である旨の鑑定をした。
[A甲72,82,83,11945,f20,黒田直人]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,f10は,東京駅から丸ノ内線A777電車に乗車し,同電車内又は中野坂上駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
11  f11について
(1) f11は,千代田線霞ヶ関駅の駅務助役を務めていたが,平成7年3月20日午前8時12分ころ同駅に到着した千代田線A725K電車の第1車両内にあった新聞包み④をホーム上に出し同車両内に流れ出ていたサリン混合液を新聞紙でふき,これらを片付けるなどして意識を失い,日比谷病院に搬送された。その時点において,同人には著明な縮瞳が認められた。同人は,午前9時23分ころ,同病院で死亡した。
髙取健彦医師らの鑑定によれば,同月21日の解剖時に採取されたf11の脳組織(前頭葉皮質部分)のアセチルコリンエステラーゼ活性値は20.3mU/g(同医師らの計測による正常値は110.0±8.1mU/g)で,著しく低下していたとされ,また,赤血球由来のアセチルコリンエステラーゼに結合しているリン酸化合物としてサリンの第1次分解物質であるメチルホスホン酸モノイソプロピル及び第2次分解物質であるメチルホスホン酸が検出された。また,同医師により,脳組織のアセチルコリンエステラーゼに結合しているサリン分解物の検出が試みられ,脳組織からメチルホスホン酸が検出された。
同医師らは,解剖所見では急死の所見が認められるのみであり,冠動脈硬化症及び心筋内における軽度の陳旧性心筋梗塞像が認められるがこれらは死因となり得る程度のものではなく,他に内因死を考えなければならない所見も認められないことや,上記の検査成績や検出結果等を総合した上で,f11の死因はサリン中毒死である旨の鑑定をした。
なお,科警研瀬戸康雄技官らの鑑定において,f11の解剖時に採取された心臓血中の血しょうに係るブチリルコリンエステラーゼの活性値は0.94U/mlであり,赤血球に係るアセチルコリンエステラーゼの活性値は0.11U/mlであり,前記の正常値(ブチリルコリンエステラーゼの活性値は1.84〜4.45U/mlで平均値は3.0U/ml,アセチルコリンエステラーゼの活性値は2.21〜7.56U/mlで平均値は4.9U/ml)と比較して低い値とされた。
[A甲85,11995,12007,豊田利明,f22,f11’,瀬戸康雄,髙取健彦]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,f11は,千代田線霞ヶ関駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
12  f12について
(1) f12は,千代田線霞ヶ関駅の乗務助役を務めていたが,平成7年3月20日午前8時12分ころ同駅に到着した千代田線A725K電車の第1車両内に流れ出ていたサリン溶液をふき取った新聞紙や新聞包み④等を片付けるなどして意識を失い,救急車で駿河台日本大学病院に搬送された。その時点において,同人の血液中のコリンエステラーゼ活性の低下と著明な縮瞳が認められた。同人は,同病院でパムの投与などの治療を受け,血液中のコリンエステラーゼ活性値は正常値に回復したものの,同月21日午前4時46分ころ,同病院で死亡した。
髙取健彦医師らの鑑定によれば,同日の解剖時に採取されたf12の脳組織(前頭葉皮質部分)のアセチルコリンエステラーゼ活性値は17.2mU/g(髙取健彦医師らの計測による正常値は110.0±8.1mU/g)で,著しく低下していたとされ,また,赤血球由来のアセチルコリンエステラーゼに結合しているリン酸化合物としてサリンの第1次分解物質であるメチルホスホン酸モノイソプロピル及び第2次分解物質であるメチルホスホン酸が検出された。また,同医師により,脳組織のアセチルコリンエステラーゼに結合しているサリン分解物の検出が試みられ,脳組織からメチルホスホン酸が検出された。
同医師らは,解剖所見では急死の所見が認められるのみであり,極めて軽度の陳旧性心筋梗塞巣及び脂肪肝が認められるがこれらはいずれも死因となり得る程度のものではなく,他に内因死を考えなければならない所見も認められないことや,上記の検査成績や検出結果等を総合した上で,f12の死因はサリン中毒死である旨の鑑定をした。
[A甲72,86,12009,豊田利明,f22,f12’,髙取健彦]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,f12は,千代田線霞ヶ関駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
13  f13について
(1) f13は,普段自宅から神谷町駅が最寄り駅である会社に通勤するため,JR総武線等で秋葉原駅まで行き,同駅で日比谷線に乗り換え神谷町駅で下車していた。同人は,平成7年3月20日朝も,会社に出勤途中,秋葉原駅で日比谷線の電車(A720S電車に乗った可能性が高い。)に乗車したが,築地駅で倒れていたところを救護され,午前9時5分ころ,救急車で東京都立墨東病院に搬送された。同病院搬入時においては,同人は昏睡状態で,全身を強直させるようなけいれんをし,瞳孔は1.5mmと縮瞳し,分泌物が非常に多い状態であった。午後には同人の血液中のコリンエステラーゼ値が0.06(同病院での計測による正常値は0.6〜1.1)と異常に低い値であることが確認されたが,同人に硫酸アトロピンやパムが投与された結果,その数値は正常値に近いところまで回復した。
同人の治療をした濱邊祐一医師は,臨床症状等から,f13は,有機リン系の毒物による中毒症である旨の診断をした。
[A甲94,12023,濱邊祐一]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,f13は,秋葉原駅から日比谷線A720S電車に乗車し,同電車内又は築地駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
14  f14について
(1) 関係証拠(A甲12034,12059,12060,12075,栗原俊明,f27等)によれば,次の事実が認められる。
ア f14(以下「f14」という。)は,平成7年3月20日当時,東京都足立区花畑6丁目に居住し,同所から川崎市中原区小杉町にある会社まで通勤していた。そのような通勤の場合,東武伊勢崎線の自宅最寄り駅から電車に乗り,北千住駅から日比谷線を利用して中目黒駅まで行き,同駅で東急東横線に乗り換えて勤務先会社の最寄り駅である武蔵小杉駅まで行くという経路ないし方法を選択するのが最も合理的であり,同人は,同日もその経路ないし方法により会社に出勤しようとした可能性が高い。
イ f27(以下「f27」という。)は,乗車していた日比谷線電車が午前8時12分ころ小伝馬町駅に到着して運転中止となり,大勢の客が座り込んだり倒れ込んだりしていた同駅ホームで15分くらい待っていたが,運転再開の見込みがない旨の構内放送を聞いて地上に出ると,駅ホームと同様に座り込んだり倒れ込んだりしている人が多数いたが,自分も目が痛く,また,暗く感じ,のども痛み,せき込む状態で体の具合が悪かったので,近くの喫茶店で休むこととし,同駅から歩いて5分くらいのところにある喫茶店に入った。
ウ f14は,同日朝通勤途中,体の具合が悪くなったため,f27よりも前に,同喫茶店に入り休んでいたが,同店内で,腕がしびれて動かない,目が見えないなどと訴え,救急車を呼んでくれるよう助けを求めた。
f27は,これを聞いて,周囲の状況から救急車を呼んでもこないだろうからタクシーでf14を病院に連れて行こうと考え,f14の席に行き,f14が自力で立ち上がれない状態だったので肩を貸して店を出,タクシーを拾って東京医科歯科大学医学部附属病院までf14を乗せていき,同病院で車いすを借りてf14を乗せ診察室まで連れていった。なお,f27は,タクシーに乗り込む際に,他の者からも具合が悪いので病院に連れていってくれと頼まれその者も乗せた。
エ f27は,同病院で,f14から,同人の勤務先の電話番号等の記載された名刺を渡され,会社に連絡してほしい旨頼まれたことから,同人の勤務先に電話を掛け,f14が小伝馬町駅の近くで具合が悪くなったので東京医科歯科大学病院に連れていった旨を連絡した。
その後,f27は,同病院の医師に,f14と同じ症状が出ているので診察を受けるよう言われて診察を受け,1日入院した。
オ f14は,同病院で診察を受け,点状の縮瞳が認められたため,精査加療を目的として午後1時ころ緊急入院した。f14は,入院時,縮瞳(径1mm)しており,労作時の息切れ,軽度の頭痛,上肢のしびれや暗黒感などがあった。また,同人の血液中のコリンエステラーゼ値は47U/l(同病院での計測による正常値は181〜440U/l)と低値であったが,パムの投与などにより,翌日には151U/l,同年4月5日には197U/lまで回復した。
f14の病状については,医師により,サリン中毒と診断された。
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,f14は,小伝馬町駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
15  f15について
(1) f15は,平成7年3月20日,通勤途中,北千住駅から日比谷線A720S電車の第3車両に乗車した。同人は,同車両内では,新聞包み①から流れ出た液体の近くに立っていたが,秋葉原駅に着いたときにその刺激臭を感じて息苦しくなり,人形町駅で下車してからは周囲が薄暗く見えるようになった。
同人は,会社に出勤した後,東京医科歯科大学附属病院で診察を受け,ピンポイントの著明な縮瞳が見られ,血液中のコリンエステラーゼ値が108U/l(同病院での計測による正常値は181〜440U/l)と低下していたことから,サリン中毒と診断され,緊急入院した。同人は,入院後,硫酸アトロピンとパムの投与を受け,同月23日には,コリンエステラーゼ値が236U/lとなり,瞳孔も両眼共径2mmと散瞳傾向が見られたため,退院した。
[A甲12036,12060,栗原俊明,f15]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,f15は,北千住駅から日比谷線A720S電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
16  f16について
(1) f16は,平成7年3月20日,仕事の現場に向かう途中,中目黒駅から日比谷線B711T電車の第1車両に乗車した。同人は,同車両内では,新聞包み②の付近に立っており,そのにおいをかいだりしたが,神谷町の駅のホームに出たころ,目の前が暗くなるなどし,さらにその後頭がふらつくなどしたので,仕事の現場に到着した後,栄寿総合病院に行き診察を受け,ピンポイントの著明な縮瞳が見られたので入院した。血清中のコリンエステラーゼ値は880U/L(同病院での計測による正常値は1800〜4000U/L)と低下していたが,硫酸アトロピンの投与を受けるなどして,退院した同月22日には同値は1160U/Lであった。同人は,医師からはサリン中毒である旨の診断を受けた。
[A甲12038,12061,栗原俊明,f16]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,f16は,中目黒駅から日比谷線B711T電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
17  f17について
(1) f17は,平成7年3月20日,通勤途中,中目黒駅から日比谷線B711T電車の第1車両に乗車した。同人は,同車両内では,新聞包み②を左斜め前方に見る,同包みの向かい側の座席に座り,そのにおいを感じるなどしたが,神谷町の駅のホームに出たころ,視野が狭窄したようになり,頭痛がするなどし,さらに全身が震えてくるようになり,救急車で東京慈恵会医科大学附属病院に搬送され,入院した。同人は,病院搬送時には,ピンポイントの著明な縮瞳,呼吸困難,徐脈が見られ,また,コリンエステラーゼ値は120と同病院での計測による正常値に比し著しく低下していた。同人は,硫酸アトロピンやパムの投与を受け,コリンエステラーゼ値は同月21日には401,同月24日には429と著しく改善し,同月28日退院した。なお,同人は,医師により,急性揮発性ガス中毒と診断された。
[A甲72,12040,12062,栗原俊明,f17]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,f17は,中目黒駅から日比谷線B711T電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
18  f18について
(1) f18は,平成7年3月20日,最寄り駅が丸ノ内線新高円寺駅である会議の開かれる場所に行くため午前7時20分ころJR金町駅に到着し同駅から千代田線に入る電車に乗り,同線霞ヶ関駅で丸ノ内線電車(A777電車に乗った可能性が高い。)に乗り換えたが,途中の中野坂上駅で降車を余儀なくされ,意識がなく,呼吸や脈もないなどの状態で救護され,午前9時15分ころ,同駅から救急車で心肺蘇生法を施されながら昏睡状態で東京医科大学病院に搬送された。同人は,病院搬入時において,縮瞳(径1mm)し,呼吸は弱く,脈拍もかろうじてふれる程度であった。また,血清中のコリンエステラーゼ値は0.14(同病院での計測による正常値は0.56〜1.31),赤血球内のコリンエステラーゼ値は0.1未満(同病院での正常値は1.2〜2.0)と異常に低い値であり,パムや硫酸アトロピンが投与され,循環動態は安定してきたが,意識状態の回復はなかった。血清中のコリンエステラーゼ値は同月24日には1.12に,赤血球内のコリンエステラーゼ値はその後同年5月23日になって1.2になりそれぞれ回復したものの,意識障害を伴った脳障害等が残っている。f18の病状については,牧野義文医師により,サリン中毒及び意識障害を伴った脳障害と診断された。
[A甲72,2998,2999,12021,12024,牧野義文]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,f18は,霞ヶ関駅から丸ノ内線A777電車に乗車し,同電車内又は中野坂上駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
19  f19について
(1) f19は,平成7年3月20日,最寄り駅が新宿御苑前駅である会社に出勤する途中,東京駅から丸ノ内線A777電車の第3車両に乗車したが,急に目の前が暗くなって新聞が読めなくなり,頭痛,めまい,吐き気,鼻水が出てきたため新宿御苑前駅で降りて何とか会社にたどり着いた後,東京女子医科大学病院の救命科により同病院に搬送され,診察を受けたが,その際,ピンポイントの著明な縮瞳,歩行障害,運動障害が見られ,血液中のコリンエステラーゼ値は0.56(同病院での計測による正常値は0.6〜1.2)と低く,硫酸アトロピンやパムの投与を受けるなどし,一時意識レベルが低下したが,縮瞳が改善するなどし,同月23日にはコリンエステラーゼ値は0.81に回復した。同人の病状については,医師により,サリン中毒と診断された。
[A甲12042,12063,栗原俊明,f19]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,f19は,東京駅から丸ノ内線A777電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
20  f20について
(1) f20は,平成7年3月20日,同人の妻及びf10と共に,東京駅から丸ノ内線A777電車の第3車両に乗車し,妻と一緒に銀座駅で降車したが,周囲が異常に暗く見え,くしゃみや鼻水が出てきた。f20は,会社に到着したが,その後,目の痛みや頭痛も重なり,同日,眼科を受診した際,医師から縮瞳していると言われた。同人は,同月22日の時点でも,目の痛み,くしゃみ,鼻水,頭痛があり,体に力が入らない状態であったため,銀座医院で診察を受け,医師に,サリン中毒と診断された。
[A甲12044,12046,12064,12065,f20]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,f20は,東京駅から丸ノ内線A777電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
21  f21について
(1) f21は,平成7年3月20日,千代田線A725K電車の第1車両に乗車したが,国会議事堂前駅に到着した際,座席に倒れ込んでいるところを救助され,パトカーに乗せられ,f22と共に東京警察病院に搬送された。
f21は,同病院搬送時には,縮瞳(径1mm)が見られ,血液中のコリンエステラーゼ値も163(同病院での計測による正常値は300〜700)と低値であったが,硫酸アトロピンやパムの投与を受けるなどし,午後3時には367と正常値に回復した。
同人の病状は,医師により,急性薬物中毒(サリン)と診断された。
[A甲12048,12066,12076,f22]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,f21は,千代田線A725K電車に乗車し,国会議事堂前駅に至る間の同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
22  f22について
(1) f22は,平成7年3月20日,大手町駅から千代田線A725K電車の第1車両に乗車したが,せきが出て止まらず視界がセピア色になり,流れ出たサリン混合液でぬれた床を踏んで座席のところに行き座り込んだ。同人は国会議事堂前駅に到着した後,ホームに出たが,せきや鼻水が激しくなっていたのでホームに座り込むなどした後,駅員に地上まで連れていってもらい,パトカーに乗り,f21と共に東京警察病院に搬送された。
f22は,同病院搬送時には,縮瞳(径1mm)が見られ,血液中のコリンエステラーゼ値も190(同病院での計測による正常値は300〜700)と低値であったが,硫酸アトロピンやパムの投与を受けるなどし,同月22日には308と正常値に回復した。
同人の病状は,医師により,急性薬物中毒(サリン)と診断された。
[A甲12050,12067,f22]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,f22は,大手町駅から千代田線A725K電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
23  f23について
(1) f23は,平成7年3月20日,池袋駅から丸ノ内線のB701電車の折り返し電車であるA801電車の第2車両に乗車したが,本郷三丁目駅で駅員が新聞包み⑤を取り出すなどした際に,その異臭をかぎ,その後目の前が暗くなり,頭痛や吐き気がしてきたが,職場まで行った。
f23は,その後,自衛隊中央病院で診察を受け,その際,縮瞳(径1.5mm)が見られ,血しょう中のコリンエステラーゼ値も159(同病院での計測による正常値は230〜470)と低値であったが,硫酸アトロピンやパムの投与を受けるなどし,翌日には196まで回復した。
同人の病状は,医師により,急性薬物中毒(サリン)と診断された。
[A甲12052,12068,栗原俊明,f23]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,f23は,池袋駅から丸ノ内線A801電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
24  f24について
(1) f24は,平成7年3月20日,池袋駅から丸ノ内線のB701電車の折り返し電車であるA801電車の第2車両に乗車したが,目がしょぼしょぼしたり,鼻水が出たりするようになり,本郷三丁目駅で駅員が新聞包み⑤を取り出すなどしたり,御茶ノ水駅で駅員が新聞包み⑤のあった辺りの液体でぬれた床をモップでふいたりするのを見ていたところ,次第にその症状が悪化し,さらに目の周りが暗く感じるようになるなどしたが,何とか職場までたどり着いた。
f24は,その後,九段病院で受診したが,その際,ピンホールの著明な縮瞳や低酸素血症が認められ,硫酸アトロピンの投与を受けるなどした。また,同人は,入院後翌日くらいまで,目の裏辺りから頭全般に強い痛みを感じた。同人の病状は,医師により,サリン中毒と診断された。
[A甲12054,12070,栗原俊明,f24]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,f24は,池袋駅から丸ノ内線A801電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
25  f25について
(1) f25は,平成7年3月20日,池袋駅から丸ノ内線のB701電車の折り返し電車であるA801電車の第2車両に乗車し,新聞包み⑤の近くに立っていたが,異臭を感じた後,新聞の字が見づらくなり,その後目の前が暗くなった。同人は,会社に着き,同僚の見送りなどした後,会社の診療所で診察を受けたところ,縮瞳が認められ,酸素吸入を受け,その後都立広尾病院に搬送され,硫酸アトロピンの投与等の治療を受けた。血清中のコリンエステラーゼ値は,同月20日に84(同病院での計測による正常値は220〜470),同月21日に99など低値を示した。
f25の病状は,医師により,サリン中毒と診断された。
[A甲12056,12071,栗原俊明,f25]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,f25は,池袋駅から丸ノ内線A801電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
26  f26について
(1) f26は,平成7年3月20日,東京駅から丸ノ内線のB701電車の第5車両に乗車し,新聞包み⑤の近くの座席に座っていたが,鼻水が止まらずせき込むようになり,新大塚駅で下車した後は視界が暗くなり,頭が痛くなった。
同人は,会社に着いた後,日本通運健康保険組合東京病院に行って診察を受け,その際,縮瞳(径1mmくらい)が見られ,血液中のコリンエステラーゼ値も35ないし41(同病院での計測による正常値は100〜240)と低値であったが,硫酸アトロピンやパムの投与を受けるなどし,徐々に回復していった。
同人の病状は,中西堯朗医師により,急性サリン中毒と診断された。
[A甲12058,12072,栗原俊明,f26,中西堯朗]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,f26は,東京駅から丸ノ内線B701電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
27  以上のとおり,上記の死亡被害者12人及び負傷被害者14人が実際にサリンに被ばくし,その結果サリン中毒(f8についてはサリン中毒に起因する敗血症)により死傷したことは明らかであるから,弁護人の主張2は採用することができない。
なお,弁護人は,地下鉄サリン事件の実行行為が殺人の実行行為であるといえるためには,大気中のサリンの量が人を殺すに足りる一定濃度以上存在し,あるいは,人が一定時間以上その場に留まっていることが必要であるが,その点の証明がなく,地下鉄サリン事件の実行行為が殺人の実行行為であることには疑問があるという趣旨の主張をしている。
しかしながら,前記認定のとおり,サリン中毒により死亡した被害者は12人はサリンが流出し気化した電車内又は地下鉄駅構内においてサリンガスを吸入してサリン中毒により又はサリン中毒に起因する敗血症により死亡し,サリン中毒症の傷害を負った被害者14人も同様にサリンが流出し気化した電車内又は地下鉄駅構内においてサリンガスを吸入して縮瞳,コリンエステラーゼ値の低下をはじめ重いサリン中毒症の傷害を負ったものであり,本件サリン散布の各実行行為が,死亡被害者12人に対する関係はもとより負傷被害者14人に対する関係においても,人の死という結果発生の危険性のある行為として殺人の実行行為性を有することは明らかである。この点に関する弁護人の上記主張は採用することができない。
第3  弁護人の主張3(被告人の指示ないし共謀の有無)に対する判断
1  関係証拠によれば,判示犯行に至る経緯(ただし,2(1)のうち被告人が強制捜査を避けるためUらに指示してアタッシュケース事件を起こしたこと,3(1)のうち被告人が食事会で教団施設に対する強制捜査を話題としたこと,3(2),3(3)のうち被告人の自作自演事件の実行指示が地下鉄サリン事件の実行計画を前提としていること,3(4),6(2),8,9,13(2),13(3)のうち被告人が地下鉄サリン事件で実行されたサリン散布方法を採用し,CのJに対する指示がその意を受けたものであること,14(2)のうち被告人が実行役にサリン散布の練習をさせることが必要と考え,Cにその旨指示したこと,14(3)(4)を除く。)及び判示罪となるべき事実(ただし,被告人の共謀を除く。)のほか,次の事実を認めることができる。
(1) Cは,地下鉄サリン事件の犯行後,Q,S及びTの3人が上九一色村の教団施設に帰ってきたので,平成7年3月20日午後5時ころ,その3名と共に第6サティアン1階の被告人の部屋に報告に行くと,被告人は,「科学技術省の者にやらせると結果が出るな。」「ポアは成功した。シヴァ大神,すべての真理勝者方も喜んでいる。」と言った。
Sが,「姿を見られてしまいました。」と言うと,被告人は,「変装していたんだろう。大丈夫だよ。見た人はいってるよ。」と答えた。Sは,「見た人はいってるよ。」という言葉について,Sのことを見た人がサリンにより死んでいるので心配することはないという意味だと思った。続いて,Qが「女子中学生に気付かれそうになって車両を換えました。サリンの袋はむき出しのまま置きました。」と報告すると,被告人は,「わしは,みんなのアストラル(潜在意識)をずっと見ていたんだよ。サンジャヤ(Q)のアストラルが暗かったのでどうしたんだろうと思ったが,そういうことだったのか。」と言った。また,Qは,被告人から「サンジャヤが一番修行が進んだな。」と言われ,被告人がQのことを悪いカルマを積むのを恐れていてマハーヤーナの救済にこだわっているようなことを以前言っていたので,そのような者がヴァジラヤーナの実践をしたのでほめてくれたのだと思った。
そして,被告人は,3名に対し,「偉大なるグル,シヴァ大神,すべての真理勝者方にポアしてもらってよかったね。」というマントラを1万回唱えるように言った。
(2) D,X及びY2は,地下鉄サリン事件の犯行後,上九一色村の教団施設に帰り,第6サティアン1階の被告人の部屋に報告に行き,各自ホーリーネームを名乗ると,被告人は,「今回はご苦労だったな。」と答えた。Dが,「ニュースで,死者が出ています。」と言うと,被告人は,「そうか。」と言って,大きく深くうなずいた。被告人は,「帰りがずいぶん遅かったじゃないか。」と言うので,Y2が「今回使った衣類などを焼却していて遅くなりました。Uも焼却に加わっていたんですけれども,八王子で別れて,Uは東京に戻りました。」と報告した。
被告人は,「これはポアだからな,分かるな。」と言い,続いて「これから君たちは瞑想しなければいけない。『グルとシヴァ大神とすべての真理勝者方の祝福によって,ポアされてよかったね。』のマントラを1万回唱えなさい。これによって君たちの功徳になるから。」と言った。
(3) Vは,同日午後9時ころ,上九一色村の教団施設に戻り,同日午後10時ころないし午後11時ころ,第6サティアン1階の被告人の部屋に行き,被告人に対し,名前を名乗って「今戻りました。やってきました。」と報告すると,被告人は,「そうか。」と言ってうなずき,続いて,Cの指示に従って治療棟の地下にフッ化ナトリウム等を隠すよう指示し,さらに,「シヴァ大神とすべての真理勝者方にポアされてよかったね。」とのマントラを1000回唱えるように言った。
2(1)  ところで,判示犯行に至る経緯に係る事実のうち,①犯行に至る経緯2(1)のうち被告人の指示によりUが地下鉄霞ヶ関駅構内にボツリヌストキシン様の液体を噴霧したこと,②犯行に至る経緯3(1)のうち被告人が食事会の際教団施設に対する強制捜査について話していた内容,③犯行に至る経緯3(2)のリムジン内における地下鉄サリン事件に関する被告人らの会話の内容,④犯行に至る経緯9のC及びUが運転手役の人選や実行役との組合せについて被告人に指示を仰ぎにいった際の被告人とC及びUの話の内容,⑤犯行に至る経緯14(3)(4)のUが平成7年3月20日午前2時ころ上九一色村の教団施設に戻った際の被告人とC及びUの話の内容や,被告人がサリンを修法した際の状況について,Uが,公判において,判示認定に沿う供述(以下「本件U証言」という。)をしているほか,⑥犯行に至る経緯3(2)のうちリムジン内での被告人とNの会話の内容,⑦犯行に至る経緯6(2)の同月18日午後11時ころ被告人がNに話した内容,⑧犯行に至る経緯8の同月19日正午前ころ被告人やCがNに話した内容,⑨犯行に至る経緯13(2)の同日午後10時30分ころの被告人とNとの会話の内容について,Nが,公判において,判示認定に沿う供述(以下「本件N証言」という。)をしているが,本件U証言及び本件N証言の信用性は優にこれを認めることができる。その理由は次のとおりである。
(2)  これまでみてきたとおり,被告人は,国家権力を倒しオウム国家を建設して自らその王となり日本を支配するという野望を抱き,多数の自動小銃の製造や首都を壊滅するために散布するサリンを大量に生成するサリンプラントの早期完成を企てるなど教団の武装化を推進してきたものであるが,このような被告人が最も恐れるのは,教団の武装化が完成する前に,教団施設に対する強制捜査が行われることであり,平成7年に入り,上九一色村の土壌からサリンの残留物が検出された旨の新聞報道がされ,さらに,被告人がUらに実行させた假谷事件がその事件直後から教団の犯行と疑われ,同事件に使用された車両から事件関係者のものとみられる指紋も検出された旨の新聞報道がされるに至っては,現実味を増した教団施設に対する大規模な強制捜査を阻止することが教団を存続発展させ,被告人の野望を果たす上で最重要かつ緊急の課題であったことは容易に推認されるのであって,阪神大震災が発生したため間近と思われた教団施設に対する強制捜査が立ち消えになった旨認識し,かつ,東京にサリン70tを散布することまでも考えこれまでも松本サリン事件等の実行を指示してきた被告人が,阪神大震災に匹敵する大惨事を人為的に引き起こすことをもくろむことなく,教団に対する世間の同情を引くためだけの自作自演事件だけをUらに指示するということは考え難い。また,教団施設でサリンの生成に取り掛かった後に強制捜査があった場合,あるいは,地下鉄サリン事件が失敗しそれが教団による犯行であることが発覚した場合には教団は多大な打撃を受けるに至るのであり,そのような教団の存続にかかわる重大な事柄について,被告人の弟子であるCやUらが,グルである被告人に無断で事を進めることもまた考えられない。
その意味で,本件U証言及び本件N証言は,このような当時の被告人を取り巻く教団における内部事情をよく説明し得ている上,前記1の認定に係る犯行に至る経緯に係る事実ともよく整合し,のみならず,相互に符合し,互いにその信用性を補強し合っている。
(3)  また,本件U証言及び本件N証言は,前記1(1)ないし(3)で認定した,地下鉄サリン事件の犯行後,実行役5名及び運転手役2名が被告人に同犯行について報告した際の,被告人と実行役及び運転手役との会話の内容ともよく整合している。
弁護人は,この点について,弟子たちが勝手に行ったとはいえ,生じた被害に驚いている弟子たちもいたことから,教祖として慰めの言葉を掛けたにすぎず,そのこと自体が被告人の共謀及び殺意を認定する根拠とはならない旨主張する。
しかしながら,「科学技術省の者にやらせると結果が出るな。」「これはポアだからな,分かるな。」などをはじめ,前記認定に係る,被告人が実行役らにした話の内容は,到底弟子たちが被告人に無断で地下鉄サリン事件の犯行に及んだ際のものとはいえないというべきであり,弁護人の上記主張は採用することができない。
(4)ア  Uは,平成7年5月から同年6月にかけての捜査段階では,被告人とはグルと弟子の関係にあり9年間くらい被告人を信仰していたことから,被告人が出てくる場面については一切供述せず,それ以外の差し障りのないことについては供述していたが,同年10月ころ,被告人の落田事件に関する供述調書で弟子が勝手にやった趣旨の供述がされている旨の新聞報道に接し,被告人への信仰が揺らぎ始め,検察官に対し,リムジン車内での話の概要だけ供述し,その後,気持ちの整理をした上で,被告人の面前で本件U証言をし,しかも,被告人の不規則発言にもその供述内容は動揺しなかったものであり,このような事情等に照らすと,Uが,地下鉄サリン事件について被告人の指示がないのに被告人から種々の指示が出された旨のうその供述をあえてしたものとは認め難い。
イ ところで,関係証拠に照らすと,Uは,地下鉄サリン事件の犯行において東京における現場指揮者というCに次ぐ重要な立場にあったにもかかわらず,公判では,地下鉄サリン事件の実行については,Cが総指揮を執り,Uは自動車を手配したり,実行役と運転手役の組合せを渋谷◎◎に伝えたりするなどの手伝いをしたにすぎず,むしろ,自分は自作自演事件を主に担当していたという趣旨の供述をするなど,自己の刑事責任を軽減させるために既に死亡しているCや逃亡中であったXに一部責任を転嫁し,自己の役割をわい小化する不自然不合理な供述をしている。しかしながら,自己の刑責を軽減させるために死亡した者や逃亡中の者に一部責任を転嫁する供述がみられることから直ちに,長い間グルとして信仰してきた被告人の面前で供述した,地下鉄サリン事件に被告人が関与している旨の本件U証言の信用性が左右されるものではなく,その信用性が高いことはこれまで説示したきた理由から明らかというべきである。
ウ なお,弁護人は,Uの公判供述の信用性が認められない理由として,地下鉄サリン事件で使用されたサリンの生成原料となったジフロについて,Uは,公判で,平成7年1月初めころ,Jから隠しておいてくれと言われてVXを預かり,その際Jからサリンの材料を一部どこかに隠したことを聞いたが,そのとき,ジフロは預かっていない旨供述するところ,その供述は,Cが発見したジフロをCの提案でUに預けたというJのジフロに関する公判供述に照らし,信用することができないことを挙げる。
しかしながら,Jは,捜査段階で検察官に対し,Uの上記公判供述に符合し,判示犯行に至る経緯1(2)のJがジフロを隠匿保管した事実に沿う供述をしており,その検察官調書における信用性が高いことは滝本サリン事件等における当裁判所の判断の中で説示したとおりであること,Jは,公判で,地下鉄サリン事件について,捜査段階の供述と異なり,Cから地下鉄内でサリンを使うという話は聞いていない,サリンを生成するのはすぐに使うためではなく保存しておくためであると思ったなどと自己の刑事責任を軽減させるための不自然不合理な供述をしていること,Nが,公判で,「Jから今回のサリン生成の原料となったジフロの由来について,Jがクシティガルバ棟にあったジフロを1本持ち出して取っておいた旨を聞いた。その話の内容からして,ジフロを隠したことにはCがかかわっていない。」旨供述していること,Uがジフロを保管していたならば,CがジフロをUから預かりJに渡してNのもとに届けさせるのは迂遠であり,むしろ,CがJをしてNのもとにジフロを届けさせたのは,Jがジフロを隠匿保管していた証左であるといえることなどに照らすと,Jのジフロに関する公判供述は信用することはできず,Uのジフロに関する公判供述の信用性は高いというべきであるから,弁護人の上記主張は採用することができない。
(5)  次に,関係証拠に照らすと,Nも,Uと同様に,公判で,自己の刑事責任を軽減させるために,サリンの生成に関しその責任の一部をJやRに転嫁することになるうその供述をし,あるいは,サリン生成について被告人の指示した内容の理解等について不自然不合理な供述をしている。
しかしながら,本件N証言の信用性が高いことはこれまで説示してきたとおりである上,Nは,公判で,Jがジフロを隠匿保管していたことについて被告人はある時期までは知らなかったはずであるなどと被告人に有利な事情についても供述しており,グルであった被告人の面前で,被告人がサリン生成にかかわる指示をしていないにもかかわらず,そのような指示があったといううその供述をしたことをうかがわせる事情は見出すことができない。したがって,Nが上記のとおりサリン生成に関し自己の刑責を軽減させるために一部うその供述をしているからといって,直ちに,サリン生成に関する被告人の指示等に関して供述した本件N証言の信用性が左右されるわけではないというべきである。
3(1)  上記のとおり信用性の高い本件U証言及び本件N証言その他関係証拠を総合すると,判示犯行に至る経緯3(2)ないし(4)のとおり,被告人は,上九一色村の教団施設に向かうリムジン車内において,C,N及びUとの間で,地下鉄電車内にサリンを散布する無差別殺りくについてその共謀を遂げ,その後,C又はNを介して,地下造鉄電車内に散布するサリンの生成に関する被告人の指示がJ及びRに伝えられ,また,C又はUを介して地下鉄電車内にサリンを散布する旨の被告人の指示が実行役5名及び運転手役5名に伝えられ,これら12名との間でも地下鉄電車内にサリンを散布する無差別殺りくについて共謀が成立したことは明らかである。
(2)  なお,弁護人は,リムジン車内では地下鉄電車内にサリンを散布することはまだ決定していなかった旨のUの公判供述を根拠として,被告人が同席していたリムジン車内においては,地下鉄サリン事件の実行については何ら決定されていないから,同車内において地下鉄サリン事件の共謀は成立していない旨主張する。
しかしながら,リムジン車内においては,教団施設に対する強制捜査を阻止するという犯行の目的,地下鉄電車内にサリンを散布するという犯行の方法,犯行の指揮はC及びUが,サリンの生成はNが,サリン散布の実行はX,S,Q,V及びTがそれぞれ務めるという犯行の役割分担など犯行の重要部分が決定されているほか,このリムジン謀議の後地下鉄サリン事件の実行に至るまでの被告人のC,U及びNに対する種々の指示内容や,実際にリムジン車内で決められたとおりに犯行の準備がされ実行されたことなどに照らすと,リムジン車内において,被告人とC,U及びNの間で,地下鉄電車内にサリンを散布する無差別殺りくについて共謀が成立していたことは明らかである。
したがって,Uの上記供述は信用することができず,弁護人の上記主張は採用することができない。
4  以上のとおりであるから,被告人には地下鉄サリン事件に係る殺人の共謀が在しない旨の弁護人の主張3は採用することができない。
【法令の適用】
被告人の判示田口事件,坂本事件第1ないし第3,落田事件第1,冨田事件第1及び濵口VX事件の各所為並びに松本サリン事件及び地下鉄サリン事件第1ないし第4の各所為のうち各殺人の点はいずれも平成7年法律第91号附則2条1項により同法による改正前の刑法60条,199条に,判示滝本サリン事件,水野VX事件及び永岡VX事件の各所為並びに松本サリン事件及び地下鉄サリン事件第1ないし第5の各所為のうち各殺人未遂の点はいずれも同法60条,203条,199条に,判示サリンプラント事件の所為は同法60条,210条(199条)に,判示小銃製造等事件第1の所為は包括して同法60条,武器等製造法31条3項,1項(平成11年法律第160号による改正前の武器等製造法4条)に,判示小銃製造等事件第2の所為は前記改正前の刑法60条,武器等製造法31条1項(前記改正前の武器等製造法4条)に,判示落田事件第2,冨田事件第2及び假谷事件第2の各所為はいずれも前記改正前の刑法60条,190条に,判示假谷事件第1の所為は同法221条(220条1項)にそれぞれ該当するところ,判示松本サリン事件及び地下鉄サリン事件第1はいずれも1個の行為が11個の罪名に,判示地下鉄サリン事件第2は1個の行為が3個の罪名に,判示地下鉄サリン事件第3ないし第5はいずれも1個の行為が4個の罪名にそれぞれ触れる場合であるから,同法54条1項前段,10条によりいずれも1罪としてそれぞれ犯情の最も重いa1,f1,f9,f10及びf11に対する各殺人罪の刑,f23に対する殺人未遂罪の刑で処断し,判示假谷事件第1については同法10条により同法220条1項所定の刑と同法205条1項所定の刑とを比較し,重い傷害致死罪の刑で処断し,判示田口事件,坂本事件第1ないし第3,松本サリン事件,落田事件第1,冨田事件第1,濵口VX事件及び地下鉄サリン事件第1ないし第5の各罪については各所定刑中いずれも死刑を,判示滝本サリン事件,水野VX事件及び永岡VX事件の各罪については各所定刑中いずれも無期懲役刑をそれぞれ選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法46条1項本文,10条により犯情の最も重い判示地下鉄サリン事件第1の罪につき選択した死刑で処断して他の刑を科さず,被告人を死刑に処し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
【量刑の理由】
1(1)  被告人は,自分が解脱したとして多数の弟子を得てオウム真理教(教団)を設立し,その勢力の拡大を図ろうとして国政選挙に打って出たものの惨敗したことから,今度は教団の武装化により教団の勢力の拡大を図ろうとし,ついには救済の名の下に日本国を支配して自らその王となることを空想し,多数の出家信者を獲得するとともに布施の名目でその資産を根こそぎ吸い上げて資金を確保する一方で,多額の資金を投下して教団の武装化を進め,無差別大量殺りくを目的とする化学兵器サリンを大量に製造してこれを首郡東京に散布するとともに自動小銃等の火器で武装した多数の出家信者により首都を制圧することを考え,サリンの大掛かりな製造プラントをほぼ完成し作動させて殺人の予備をし(サリンプラント事件),約1000丁の自動小銃を製造しようとしてその部品を製作するなどしたがその目的を遂げず,また,小銃1丁を製造した(小銃製造等事件)。
(2)  そして,被告人は,このような自分の思い描いた空想の妨げになるとみなした者は教団の内外を問わずこれを敵対視し,その悪業をこれ以上積ませないようにポアするすなわち殺害するという身勝手な教義の解釈の下に,その命を奪ってまでも排斥しようと考え,しかも,その一部の者に対しては,教団で製造した無差別大量殺りく目的の化学兵器であるサリンあるいは暗殺目的の最強の化学兵器であるVXを用いることとしてその殺傷力の効果を測るための実験台とみなし,弟子たちに指示し,以下のとおり,一連の殺人,殺人未遂等の犯行を敢行した。
すなわち,被告人は,教団からの脱会を表明しこれを阻止しようとする被告人を殺すとまで言うようになった信者や教団から脱走した上教団信者を連れ出すために教団施設に侵入した信者を,被告人に離反したり背いたりしたとの理由で殺害し(田口事件,落田事件。落田事件では更に死体をマイクロ波焼却装置で焼却損壊した。),自己に敵対する者であるとの理由で,オウム真理教被害者の会を支援する弁護士業務に従事していた弁護士をその妻及び幼子ともども殺害し(坂本事件),オウム真理教被害対策弁護団の一員として教団信者の出家阻止,脱会活動に精力的に取り組んでいた弁護士をサリンを吸入させて殺害しようとしたがサリン中毒症を負わせたにとどまりその目的を遂げず(滝本サリン事件),同弁護士らと協力して教団信者に対する出家阻止,脱会に向けたカウンセリングをしていた,オウム真理教被害者の会の代表者に対し,あるいは,教団から脱会しようとした信者を支援していた男性に対し,それぞれVXを掛けて殺害しようとしたがいずれもVX中毒症を負わせたにとどまりその目的を遂げなかった(永岡VX事件,水野VX事件)。
のみならず,被告人は,ある男性が警察のスパイではないのに一方的にそのように疑った上,VXを掛けてその男性を殺害し(濵口VX事件),さらには,ある信者がスパイでないことを知りながら教団が敵対組織から毒ガス攻撃を受けているという話を真実味のあるものとし教団の武装化に向けて信者らの危機意識や国家権力等に対する敵がい心をあおるためにその信者をスパイに仕立て上げようと拷問を加えた上,その信者を殺害した(冨田事件。更に死体をマイクロ波焼却装置で焼却損壊した。)。
また,被告人は,多額の布施を引き出す目的で資産家である信者の所在を聞き出そうとしてその兄をらち監禁し自白を強要するため全身麻酔薬を注射するなどして死亡するに至らせた(假谷事件。更に死体をマイクロ波焼却装置で焼却損壊した。)。
(3)  被告人の犯罪は,以上のような特定の者に対する殺害等にとどまらず,化学兵器であるサリンを使用した不特定多数の者に対する無差別テロにまで及ぶ。すなわち,被告人は,弟子たちに指示し,教団で新たに造った加熱式噴霧装置の性能ないしこれにより噴霧するサリンの殺傷力を実験的に確かめておこうと考え,その実験台として仮処分事件で教団松本支部の建物を当初の予定より縮小させる原因を作ったなどとして敵対視してきた長野地裁松本支部の裁判官を選び,裁判所宿舎を標的として同宿舎及びその周辺にサリンを発散させ,住民ら不特定多数の人々を殺害し,かつ,殺害しようとしたがサリン中毒症を負わせたにとどまりその目的を遂げず(7人を殺害し,4人に重傷を負わせた。松本サリン事件),また,阪神大震災に匹敵する大惨事を引き起こせば,間近に迫った教団に対する強制捜査を阻止できると考え,東京都心部を大混乱に陥れようと企て,地下鉄3路線5方向の電車内等にサリンを発散させて乗客,駅員ら不特定多数の人々を殺害し,かつ,殺害しようとしたがサリン中毒症を負わせたにとどまりその目的を遂げなかった(12人を殺害し,14人に重傷を負わせた。地下鉄サリン事件)。
(4)  松本サリン事件及び地下鉄サリン事件で多数の訴因が撤回された後においても死亡被害者27人,負傷被害者21人に上るこの13件の誠に凶悪かつ重大な一連の犯罪は,自分が解脱したものと空想してその旨周囲にも虚言を弄し,被告人に傾倒する多数の取り巻きの者らを得ると,更に自分が神仏にも等しい絶対的な存在である旨その空想を膨らませていき,自ら率いる宗教団体を名乗る集団の勢力の拡大を図り,ついには救済の名の下に日本国を支配しようと考えた,被告人の悪質極まりない空想虚言のもたらしたもの,換言すれば,被告人の自己を顕示し人を支配しようとする欲望の極度の発現の結果であり,多数の生命を奪い,奪おうとした犯行の動機・目的はあまりにもあさましく愚かしい限りというほかなく,極限ともいうべき非難に値する。
2  そして,本件は,これまでみてきたとおり,その被害が誠に膨大で悲惨極まりないこと,犯行の態様が人命の重さや人間の尊厳を一顧だにしない無慈悲かつ冷酷非情で残酷極まりないこと,長期間にわたって多数の犯罪を繰り返しついには無差別大量殺人に至るまで止めどなく暴走を続けたこと,多数の配下の者を統制して組織的・計画的に敢行し更に一層大掛かりなものへとその規模を拡大させたこと,宗教団体の装いを隠れ蓑として被告人に都合のいいようにねじ曲げあるいは短絡化させた宗教の解釈によって犯行を正当化しつつ更に凶悪化させていったこと,犯行により被害者,その家族近親者ら及び被害を生じさせた地域の人々はもとより広く我が国や諸外国の人々を極度の恐怖に陥れたもので人間社会に与えた影響が甚大かつ深刻で広範に及ぶことにおいて,これまで我々が知ることのなかった誠に凶悪かつ重大な一連の犯罪である。
3  被告人の犯行によって命を奪われ,また,奪われようとした多数の人々は,誰一人としてそのような被害に遭わなければならないような落ち度等は一切なかった。そうであるのに,3人の信者は,いずれも教団の密室内等に身体を拘束され取り囲まれて助けを求めることが不可能な状況に追い込まれた上,あるいは首をロープで絞められた挙げ句両手でひねられて殺害され,あるいは爪の間に待ち針を差し込まれるなど手ひどい拷問を受けた挙げ句ロープで首を絞められて殺害され,証拠隠滅の意図でその身体を跡形もなく焼却損壊され,また頭からビニール袋をかぶせられ催涙ガスを吹き込まれた挙げ句ロープで首を絞められて殺害され,証拠隠滅の意図でその身体を跡形もなく焼却損壊された。オウム真理教被害者の会を支援していた弁護士の一家は,深夜自宅で休息の床にあるところを突如襲われ,必死の抵抗も適わず,「子供だけはお願い。」との妻の悲痛な叫びもむなしく,幼子もろとも首を絞められるなどして殺害され,証拠隠滅の意図で一家はばらばらに遠く人里離れた山中に埋められた。オウム真理教被害対策弁護団の一員である弁護士は,裁判所構内に駐車した乗用車にサリンを仕掛けられ,帰途車を運転中にサリン中毒症に襲われ,交通事故死等の危険に見舞われた。VXに襲われた3人は,あるいは朝の通勤途上,路上で突然後方から注射器でVXを身体に掛けられ,犯人を追跡しようとしたもののごく短時間のうちに路上に転倒,絶命させられ,あるいは朝自宅近くに家庭ゴミを出しに行った際,また,あるいは朝食を済ませた後自宅近くのポストに年賀状を投函しに行った帰り途,いずれも自宅と目と鼻の先の路上で突然後方から注射器でVXを身体に掛けられ,帰宅後重度のVX中毒症に襲われて生死の淵をさまよい,かろうじて一命を取り留めた。松本サリン事件では,一日の終わりにそれぞれの自宅で憩いや休息などの時を迎えていた多数の人々が,加熱式噴霧装置で気化発散させられたサリンの突然の侵襲を受け,まさに悶絶のうちに命を奪われ,また奪われようとし,地下鉄サリン事件では,朝の通勤時間帯に密閉空間ともいえる地下鉄内で,多数の人々が,発散させられたサリンの急襲を受け,同様悶絶のうちに命を奪われ,また奪われようとした。一時に多数の人々がサリンに襲われ極度の苦しみにあえぐその被害の有様は想像を絶するすさまじさであり目を覆うばかりである。資産家の信者の兄は,夕刻路上で手荒くらちされ麻酔薬を注射されながら教団の密室内に連れ込まれ自白強要のため更に麻酔薬を注射されるなどして命を奪われるに至り,証拠隠滅の意図でその身体を跡形もなく焼却損壊された。残虐非道極まる犯行の数々というほかはない。
4  被告人の犯行によって命を奪われた多数の人々は,あるいは死の恐怖を味あわされつつ絶命させられ,あるいは死への途にあることすら知ることもできずに絶命させられ,またサリン中毒症との長期にわたる闘いの果てに絶命させられたのである。将来においてさまざまな出来事や人々と巡り会いさまざまな感動に出会いながら家族,近親者,友人,仲間らとともに精一杯に充実させて生きていくはずであったその人生をことごとく無惨にも奪われたその無念さは,余りにも大きく言葉では表現できようはずもない。そして,命を奪われた被害者の遺族らの悲嘆は誠に深くその衝撃は甚大である。その心奥からの精神的苦痛はこれをわずかでも和らげようとすることすらできようもない。
かろうじて一命を取り留めた多数の人々も,今なお死にも等しい状態に置かれ苦しみ続ける人があり,重い後遺症によりその人生の実質をほとんど奪われて苦しみ続ける人々があり,また心身の重い不調に苦しむ人も少なくない。その精神的肉体的苦痛は癒されようもなく大きい。そして,その家族及び近親者らの精神的苦痛やのしかかるさまざまな負担も誠に大きく耐え難いものである。
命を奪われた被害者の遺族ら,命を奪われようとした被害者及びその家族,近親者らはこれまで長期間にわたって日夜苦しみ続け,今後もその苦しみは果てることがなく,まさにその心身を切りさいなまれる日々である。これらの人々の被告人に対する怒りはこのような苦しみや悲しみから発するもので,その処罰感情がこれ以上はないほど厳しいのは誠に当然である。
5  そうであるのに,被告人は,かつて弟子として自分に傾倒していた配下の者らにことごとくその責任を転嫁し,自分の刑事責任を免れようとする態度に終始しているのであり,今ではその現実からも目を背け,閉じこもって隠れているのである。被告人からは,被害者及び遺族らに対する一片の謝罪の言葉も聞くことができない。しかも,被告人は,自分を信じて付き従ったかつての弟子たちを犯罪に巻き込みながら,その責任を語ることもなく,今なおその悪しき影響を残している。
6  他方,被告人は,幼いころから視力に障害があり恵まれない生い立ちであった。将来の希望と目的を持ち,妻子と共にその人生を生き抜こうとしてきた時期もあったであろう。被告人の身を案じる者もいることであろう。
しかし,これまで述べてきた本件罪質,犯行の回数・規模,その動機・目的,経緯,態様,結果の重大性,社会に与えた影響,被害感情等からすると,本件一連の犯行の淵源であり主謀者である被告人の刑事責任は極めて重大であり,被告人のために酌むべき上記の事情その他一切の事情をできる限り考慮し,かつ,極刑の選択に当たっては最大限慎重な態度で臨むべきであることを考慮しても,被告人に対しては死刑をもって臨む以外に途はない。
(裁判長裁判官・小川正持,裁判官・伊名波宏仁,裁判官・浅香竜太)


「選挙妨害 ポスター」に関する裁判例一覧
(1)令和元年 5月24日 東京地裁 平28(ワ)17007号 選挙供託金制度違憲国家賠償請求事件
(2)平成30年 7月20日 福岡地裁久留米支部 平28(ワ)69号 損害賠償請求事件
(3)平成30年 2月23日 東京地裁 平27(行ウ)73号 難民の認定をしない処分取消請求事件
(4)平成28年 9月28日 東京地裁 平25(ワ)29185号 選挙無効等確認請求事件
(5)平成28年 1月13日 熊本地裁人吉支部 平26(ワ)51号 損害賠償請求事件
(6)平成27年11月18日 福岡地裁 平26(ワ)2716号 謝罪広告等請求事件
(7)平成25年12月25日 東京地裁 平24(ワ)25051号 労働組合員権利停止処分無効確認等請求事件
(8)平成25年11月29日 東京地裁 平25(ワ)18098号 被選挙権侵害による損害賠償請求事件
(9)平成24年 9月27日 東京高裁 平24(ネ)1676号 組合長選挙無効確認等請求控訴事件 〔全日本海員組合事件〕
(10)平成24年 1月16日 最高裁第三小法廷 平21(あ)1877号 殺人、銃砲刀剣類所持等取締法違反、公職選挙法違反、火薬類取締法違反被告事件
(11)平成23年 5月30日 東京高裁 平23(ネ)378号 損害賠償、損害賠償等反訴請求控訴事件
(12)平成23年 3月17日 名古屋高裁 平22(ネ)496号 損害賠償請求控訴事件
(13)平成22年12月15日 東京地裁 平21(ワ)16235号 損害賠償請求本訴事件、損害賠償等請求反訴事件
(14)平成22年10月29日 東京地裁 平19(ワ)31252号 損害賠償等請求事件
(15)平成22年 7月 1日 東京地裁 平20(ワ)31122号 損害賠償等請求事件
(16)平成22年 3月25日 岐阜地裁大垣支部 平20(ワ)253号 損害賠償請求事件
(17)平成20年10月 8日 東京地裁 平13(ワ)12188号 各損害賠償請求事件
(18)平成20年 5月26日 長崎地裁 平19(わ)131号 殺人、銃砲刀剣類所持等取締法違反、公職選挙法違反等被告事件
(19)平成20年 1月10日 東京地裁 平19(ワ)20886号 損害賠償等請求事件
(20)平成19年12月26日 東京地裁 平19(行ウ)171号 退去強制令書発付処分取消請求事件
(21)平成18年 6月29日 東京地裁 平16(特わ)973号 国家公務員法違反事件 〔国家公務員赤旗配付事件〕
(22)平成16年 3月29日 神戸地裁姫路支部 平10(ワ)686号 新日本製鐵思想差別損害賠償請求事件
(23)平成16年 2月27日 東京地裁 平7(合わ)141号 殺人、殺人未遂、死体損壊、逮捕監禁致死、武器等製造法違反、殺人予備被告事件 〔オウム真理教代表者に対する地下鉄サリン事件等判決〕
(24)平成15年 7月24日 東京地裁 平13(刑わ)2337号 有印私文書偽造、同行使被告事件
(25)平成14年 7月30日 最高裁第一小法廷 平14(行ヒ)95号 選挙無効確認請求事件
(26)平成13年 1月29日 東京地裁 平10(ワ)15657号 損害賠償等請求事件
(27)平成12年 2月23日 東京高裁 平11(ネ)5203号 謝罪広告等請求控訴同附帯控訴事件
(28)平成11年12月13日 大阪地裁 平11(ワ)8121号 損害賠償請求事件 〔大阪府知事セクハラ事件民事訴訟判決〕
(29)平成11年 9月21日 東京地裁 平10(ワ)1177号 謝罪広告等請求事件
(30)平成11年 5月19日 青森地裁 平10(ワ)307号 定時総会決議無効確認請求、損害賠償請求事件
(31)平成 9年 3月18日 大阪高裁 平8(行コ)35号 供託金返還請求控訴事件
(32)平成 8年 8月 7日 神戸地裁 平7(行ウ)41号 選挙供託による供託金返還請求事件
(33)平成 8年 3月29日 東京地裁 平5(特わ)546号 所得税法違反被告事件
(34)平成 6年12月 6日 東京地裁 平2(ワ)2211号 除名処分無効確認請求事件
(35)平成 5年 8月24日 前橋地裁 昭51(ワ)313号 損害賠償請求事件 〔東京電力(群馬)事件〕
(36)平成 5年 5月13日 大阪地裁 平4(ワ)619号 損害賠償請求事件
(37)平成 5年 4月14日 福岡高裁宮崎支部 平3(行ケ)2号 選挙の効力に関する審査申立に対する裁決取消請求事件 〔伊仙町町長選挙無効裁決取消請求訴訟〕
(38)平成 3年 5月28日 大阪地裁 昭61(ワ)7005号 市議会議員選挙投票済投票用紙差押事件
(39)平成 2年12月13日 福岡地裁小倉支部 昭61(ワ)838号 懲戒処分無効確認等請求事件 〔国鉄清算事業団(JR九州)事件〕
(40)平成 2年10月30日 大阪地裁 昭61(わ)1691号 公正証書原本不実記載、同行使、公職選挙法違反等被告事件
(41)平成 2年 3月28日 名古屋地裁 昭63(ワ)2433号 損害賠償請求事件
(42)昭和57年 6月 8日 東京地裁 昭52(ワ)3269号 除名処分無効確認等請求事件
(43)昭和56年 7月 9日 東京地裁八王子支部 昭49(特わ)242号 公職選挙法違反被告事件
(44)昭和55年10月30日 最高裁第一小法廷 昭53(オ)940号 慰謝料請求事件 〔スロットマシン賭博機事件〕
(45)昭和55年 2月14日 最高裁第一小法廷 昭54(行ツ)67号 選挙無効審査申立棄却裁決取消請求事件
(46)昭和54年11月30日 京都地裁 昭53(ワ)260号 謝罪文掲示等請求事件
(47)昭和54年 1月30日 高松高裁 昭49(う)198号 国家公務員法違反被告事件 〔高松簡易保険局選挙応援演説事件・控訴審〕
(48)昭和53年 3月30日 松山地裁西条支部 昭48(わ)107号 公職選挙法違反被告事件
(49)昭和52年 6月16日 福岡高裁 昭50(行ケ)4号 町議会議員選挙無効の裁決の取消請求事件
(50)昭和49年 6月28日 高松地裁 昭40(わ)250号 国家公務員法違反被告事件 〔高松簡易保険局員選挙応援演説事件・第一審〕
(51)昭和48年 3月29日 仙台地裁 昭42(わ)120号 公職選挙法違反被告事件
(52)昭和46年 8月27日 大阪高裁 昭46(行ケ)4号 選挙無効請求事件
(53)昭和45年12月21日 東京地裁 昭40(行ウ)121号 不当労働行為救済命令取消請求事件 〔大分銀行救済命令取消事件〕
(54)昭和44年 7月 3日 札幌高裁 昭43(う)326号 公職選挙法違反被告事件
(55)昭和43年 8月30日 福岡地裁 昭42(行ウ)18号 救済命令処分取消請求事件 〔九建日報社救済命令取消事件〕
(56)昭和42年 6月29日 東京高裁 昭39(う)1553号 名誉毀損・公職選挙法違反被告事件
(57)昭和42年 6月13日 福岡高裁 昭41(う)934号 恐喝等被告事件
(58)昭和42年 4月25日 東京地裁 昭40(特わ)579号 公職選挙法違反被告事件
(59)昭和42年 3月23日 東京地裁 昭40(特わ)636号 公職選挙法違反被告事件
(60)昭和41年10月24日 東京高裁 昭38(ナ)6号 裁決取消、選挙無効確認併合事件 〔東京都知事選ニセ証紙事件・第二審〕
(61)昭和41年 5月18日 大阪地裁 昭38(ワ)1629号 委嘱状不法発送謝罪請求事件
(62)昭和40年11月26日 東京高裁 昭39(う)642号 公職選挙法違反被告事件
(63)昭和40年 3月11日 東京高裁 昭39(う)1689号 公職選挙法違反被告事件
(64)昭和39年11月18日 東京高裁 昭39(う)1173号 公職選挙法違反被告事件
(65)昭和39年 6月29日 東京高裁 昭38(ネ)1546号 貸金請求控訴並に同附帯控訴事件
(66)昭和39年 5月29日 東京地裁 昭34(わ)2264号 公職選挙法違反被告事件
(67)昭和38年 5月27日 名古屋高裁 昭32(行ナ)2号 行政処分取消請求事件
(68)昭和37年12月21日 福岡地裁 昭33(わ)1043号 地方公務員法違反事件 〔福教組勤評反対闘争事件・第一審〕
(69)昭和37年 4月18日 東京高裁 昭35(ナ)15号 選挙無効確認請求事件
(70)昭和37年 3月15日 最高裁第一小法廷 昭36(オ)1295号 選挙無効確認請求
(71)昭和36年10月30日 東京高裁 昭32(ナ)1号 住民投票無効確認請求事件
(72)昭和36年 6月30日 東京高裁 昭34(ナ)15号 選挙無効確認訴訟請求事件
(73)昭和35年10月24日 名古屋高裁金沢支部 昭34(ナ)1号 町長選挙無効請求事件
(74)昭和35年 8月24日 札幌高裁 昭35(う)203号 名誉毀損、公職選挙法違反事件
(75)昭和35年 6月18日 東京高裁 昭34(ナ)12号 選挙無効請求事件
(76)昭和35年 5月24日 大津地裁 昭34(ワ)32号 解職行為取消請求、資格確認請求併合事件
(77)昭和33年 7月15日 東京高裁 昭32(う)562号 名誉毀損被告事件
(78)昭和32年12月26日 東京高裁 昭31(ナ)5号 選挙無効確認請求事件
(79)昭和32年 2月28日 東京高裁 昭30(ナ)28号 市議会議員選挙無効確認訴訟事件
(80)昭和31年12月27日 福岡地裁 昭30(ナ)5号 町長選挙無効確認事件
(81)昭和31年11月13日 大阪高裁 昭31(ナ)2号 選挙無効確認事件
(82)昭和31年 5月21日 東京地裁 昭28(ワ)7177号 損害賠償請求事件
(83)昭和31年 3月 5日 大阪高裁 昭30(う)1028号 傷害事件
(84)昭和30年 9月15日 東京高裁 昭30(ナ)5号 衆議院議員選挙無効確認請求事件
(85)昭和30年 4月27日 東京高裁 昭30(ナ)2号 衆議院議員選挙無効訴訟事件
(86)昭和29年11月29日 大阪高裁 昭29(う)1684号 公職選挙法違反事件
(87)昭和28年12月 4日 甲府地裁 事件番号不詳 住居侵入公務執行妨害強要暴行被告事件
(88)昭和25年12月25日 東京高裁 昭24(ナ)16号 村長解職投票無効事件
(89)昭和23年10月18日 名古屋高裁 事件番号不詳 食糧緊急措置令違反被告事件
(90)昭和 5年 9月23日 大審院 昭5(れ)1184号 衆議院議員選挙法違反被告事件


■選挙の種類一覧
選挙①【衆議院議員総選挙】に向けた、政治活動ポスター貼り(掲示交渉代行)
選挙②【参議院議員通常選挙】に向けた、政治活動ポスター貼り(掲示交渉代行)
選挙③【一般選挙(地方選挙)】に向けた、政治活動ポスター貼り(掲示交渉代行)
選挙④【特別選挙(国政選挙|地方選挙)】に向けた、政治活動ポスター貼り(掲示交渉代行)


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選挙事務所/後援会連絡所届出代行 公職選挙法の上限/立て札看板設置 1台から可能な選挙立札看板設置
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