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「選挙 コンサルタント」に関する裁判例(71)平成12年 3月14日 名古屋高裁 平10(う)249号 収賄、贈賄被告事件

「選挙 コンサルタント」に関する裁判例(71)平成12年 3月14日 名古屋高裁 平10(う)249号 収賄、贈賄被告事件

裁判年月日  平成12年 3月14日  裁判所名  名古屋高裁  裁判区分  判決
事件番号  平10(う)249号
事件名  収賄、贈賄被告事件
裁判結果  破棄自判  上訴等  上告  文献番号  2000WLJPCA03140005

要旨
◆賄賂の授受行為について、これを認める被告人四名の捜査段階の自白の信用性を否定して無罪とした原判決を破棄し、その自白の信用性を認めて有罪を認定した事例
◆被告人四名は、警察の取調べの初日から贈収賄の具体的事実を供述し、保釈に至るまで贈収賄の具体的事実を自白しており、その具体的内容も合致していて捜査段階の自白の任意性及び信用性が認められるのに反し、保釈後否認に転じた公判供述は、推測を加えて述べているためどこまでが真実であるのか不明であり措信できない。株式会社甲野(以下、甲野という。)には、被告人Aに賄賂を渡す動機があり被告人四名の捜査段階の自白及びこれを裏付ける証拠により、被告人B、同C、同Dが被告人Aに現金二〇〇万円の賄賂を供与した事実が認められるのに、これらの自白の信用性を否定して犯罪の証明がないとして無罪を言い渡したのは、事実を誤認したものである。

裁判経過
原審 平成10年 6月 3日 名古屋地裁 判決 平7(わ)94号

出典
判タ 1054号286頁
高刑速 平成12年 165頁(687号)

参照条文
刑法197条1項(平7法91改正前)
刑法197条の5(平7法91改正前)
刑法198条(平7法91改正前)
刑法60条(平7法91改正前)

裁判年月日  平成12年 3月14日  裁判所名  名古屋高裁  裁判区分  判決
事件番号  平10(う)249号
事件名  収賄、贈賄被告事件
裁判結果  破棄自判  上訴等  上告  文献番号  2000WLJPCA03140005

主文
原判決を破棄する。
被告人Aを懲役二年、同Bを懲役一年六月、同C及び同Dを各懲役一年四月にそれぞれ処する。
この裁判確定の日から、被告人Aに対し四年間、同B、同C、同Dに対し各三年間、それぞれの刑の執行を猶予する。
被告人Aから金二五〇万円を追徴する。
訴訟費用のうち、原審証人吉田金太郎、同松浦正明に支給した分は被告人Aの負担とし、原審証人土屋貢に支給した分は被告人B、同C、同Dの連帯負担とし、原審証人栗木賢、同服部さきえ、同髙橋かおる、同太田肇、同箕浦久志、同水野清一、同春田哲(ただし、平成九年六月一八日に支給した分は除く)、同濱稔幸、同横澤好、同傍嶋喜仁、同水谷木綿子、同高田松佶、同加藤光男、同加藤了市郎、同板津猛、同若山大輔、同山田博、同小嶋正志に支給した分はこれを二分し、その一を被告人Aの負担とし、その一を同B、同C、同Dの連帯負担とする。

理由
被告人Aの控訴趣意は、被告人Aの弁護人石原金三、同花村淑郁、同石原真二名の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官津野正文名義の答弁書に、それぞれ記載のとおりであるからこれらを引用する。
検察官の控訴趣意は、名古屋高等検察庁検察官津野正文提出にかかる名古屋地方検察庁検察官松永榮治名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、被告人Aの弁護人石原金三、同花村淑郁、同石原真二連名の答弁書及び被告人B、同C、同Dの弁護人田嶋好博、同水谷博之連名の答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるからこれらを引用する。
第一  被告人Aの弁護人の控訴趣意
所論は、原判決が、罪となるべき事実として
「被告人Aは、愛知県小牧市長として同市を統轄代表し、同市の事務を管理執行するとともに、同市が発注する土木建築工事の設計、管理業務委託に関し、委託業者を選定し、請負契約を締結する等の職務権限を有していた。被告人Dは、建築並びにその附帯設備の設計、監理等を営業目的とする株式会社甲(代表取締役B)の小牧事務所長であった。
被告人Aは、平成三年八月九日午前七時ころ、小牧市大字久保一色〈番地略〉所在の同被告人方において、被告人Dから、小牧市発注の仮称小牧市総合福祉会館建築工事の基本計画等作成業務委託契約の業者選定及び今後も同市発注予定の土木建築工事の設計、監理業務委託等について好意ある取り計らいを受けたい趣旨のもとに供与されるものであることを知りながら、現金五〇万円の供与を受け、もって、公務員たる自己の前記職務に関し賄賂を収受した」と認定したことに関して、次のように主張する。
一  原判決挙示の関係証拠によれば、右五〇万円は、被告人DがB、Cと相談の上、株式会社甲(以下、甲という)から被告人Aに供与したものであると認められるのに、原判決が、甲からではなく、被告人Dから供与を受けたと認定したのは、理由不備もしくは理由齟齬である。
二  原判決が、被告人Aの受取った現金五〇万円の趣旨を、平成三年八月施行の小牧市長選挙の陣中見舞いであるとする同被告人らの原審公判供述を排斥して、これを前記のとおりの趣旨の賄賂であると認定したのは、事実を誤認したものであり、被告人Aと甲との旧来からの親密な関係、小牧市からの受注実績等からすれば平成三年八月に至って突如として五〇万円の賄賂を贈って発注に便宜を図ってもらう必要性はなかった。また、原判決が、二〇〇万円供与に関与する被告人四名の自白調書の信用性を否定しながら、右五〇万円に関する右四名の自白調書の信用性を肯定して五〇万円を賄賂と認定したのは、明らかに法令に違反して証拠の取捨選択をする誤りを犯したものである。
三  原判決の事実認定の補足説明における判断に関し、原判決が、
(一)  被告人Aが、鈴木一成小牧市福祉事務所福祉課長に、甲を受注業者にする意向を示した日は八月五日から一二日の間のいずれかの日としか認定できないのに、これを平成三年八月九日であるとして、五〇万円授受の日と同日と認定している点
(二)  絵画赤富士贈呈の趣旨について、被告人Aの「乙株式会社金山工場の設計のお礼と陣中見舞いの返礼の両者の趣旨を併せてなされた」ものであるとの供述を認めず、赤富士贈呈の事実は収賄の意思のないことの証拠であるとの主張を排斥した点
(三)  昭和六二年の小牧市長選挙において甲から被告人Aに五〇万円の陣中見舞いがなされたことを否定した点
はいずれも事実誤認である。
そこで、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果を合わせ斟酌して検討する。
所論一について
判決に記載する罪となるべき事実は、被告人の認識した、即ち故意の対象たる犯罪を構成する事実であるところ、被告人Aが五〇万円をD個人からではなく、甲の小牧事務所長であるDから供与されるものであることを認識していたことは証拠上明らかである。原判決の罪となるべき事実の記載の趣旨も、前段においてDが甲の小牧事務所長であることを認定していることから判断すると、個人としてのDからではなく、甲小牧事務所長であるDから供与されたと認定したものと解されるから、原判決には理由不備ないし齟齬は認められない。
所論二について
この点については、原判決が、その一〇頁から四三頁にかけて説示するところは、各被告人の検察官調書の信用性に関するものを含め、事実認定及び判断とも正当なものとして是認できる。のみならず、被告人A、同B、同C、同Dの各原審公判供述によれば、Dは、被告人Aの選挙事務所が既に開設されていることを知りながら、現金五〇万円を、人目に付く選挙事務所に堂々と届けることなく、わざわざ午前七時という人目に付きにくい早朝に被告人Aの自宅に届けていること、五〇万円の授受に際しても、陣中見舞いであることを口にしなかったばかりでなく、五〇万円の現金の入っていることすら告げず現金と共に和菓子の入った紙袋を、ただ、会社からですと言って被告人Aに渡していること、政治献金であればその旨を明示的に伝えた上法人税の寄付金控除を受けるため領収書を求めるべきであるのにそのことを口にもせず、被告人Aもそれを発行していないこと、Dは、平成三年七月下旬にBに被告Aへの五〇万円の提供を相談した際、今度の選挙は無投票で被告人Aに決まりだと思いますと言い、「陣中見舞いということでお願いしたい」と言ったと述べ、陣中見舞いを届ける際Bに同行を頼んだことにつき「福祉会館のこともあるからBに行ってもらった方がいいという気持ちがないと言えば嘘になる」とも述べていること(Dの供述)、政治献金であれば甲の帳簿上も寄付金として出金すれば足りるのに、Bに対する仮払金と記帳していること、仮払金の処理をしたCは、その理由について、役人に差し上げる金なので公になったとき賄賂じゃないかと誤解を受ける虞があったから被告人Aの名前を出さず仮払金の処理をしたと述べていること(Cの供述)、Bはこの五〇万円の仮払金を政治献金として表に出すことなく虚偽の出張旅費の形で精算したこと(Bの供述)、被告人Aは、貰った五〇万円を政治資金として処理することなく、しかもそれを政治活動に使用することもなく全く私的な目的に使用したこと(被告人Aの供述)などが認められるところ、これらの状況に鑑みれば、被告人Aにおいていかなる弁解をしようとも、授受された五〇万円は陣中見舞いなど政治献金であるはずもなく、賄賂と判断するほかないものである。即ち、被告人らの原審公判供述だけによっても、五〇万円が賄賂であることが明らかである。
そうすると、五〇万円が賄賂であることを認める被告人Aら四名の各検察官調書は、いずれも極めて合理的であって十分に信用しうるものであり、無理に供述させられたかのように言う各被告人の原審公判供述は到底措信し難い。
また、昭和六一年から平成二年までの五年間の甲の小牧市からの受注額合計が五九二二万円余であるのに対し総合福祉会館の設計監理業務受託契約の合計金額がそれを一〇〇〇万円近く超える六八六八万円であること、そのため平成四年度だけでも前記五年分に匹敵する五七〇二万円余の小牧市からの受注額となっていることなどに鑑みれば、甲が五〇万円を小牧市長である被告人に贈ってでも受注しようとしたことは何ら異とするに足りず、被告人Aとの親密な関係や小牧市からの受注実績等から五〇万円の賄賂を贈って発注に便宜を図って貰う必要性がなかったとする所論は採用の限りでない。
所論三について
これらに関する原判決の認定判断(原判決三一頁から三三頁、三七頁九行メートルから四一頁四行目、四一頁五行目から四三頁四行目においてそれぞれ説示しているところ)は、関係証拠に照らし相当なものとして是認できる。なお、陣中見舞いには返礼をするが賄賂には返礼をしないという社会的慣例があるわけでもないから、例え返礼をしたからといって賄賂が賄賂でなくなるわけではないので、所論(二)は賄賂性の認定に決定的な意味を持つものではない。また、過去の被告人Aの選挙において陣中見舞いの名目で金員を贈ったとしても、その当時の具体的状況が明らかでない以上、本件の五〇万円と対比することは相当でないから、所論(三)も本件五〇万円の賄賂性を否定する根拠とはなりえない。三の各所論は理由がない。
所論はそのほかにも縷々主張するので検討するも、原判示事実の認定に疑問を差し挟むような事情は認められず、いずれも理由がない。
以上被告人Aの控訴は理由がない。
第二  検察官の控訴趣意
所論は、「一 被告人Aは、平成四年四月二五日ころ、自宅において、被告人Dから、小牧市発注の小牧市総合福祉施設ふれあいセンター建築工事の基本計画等作成業務委託契約の業者選定等について好意ある取り計らいを受けたことに対する謝礼並びに同工事の設計・工事監理各業務委託契約の業者選定及び今後、同市発注予定の建築工事の設計、監理業務委託等についても、前同様、好意ある取り計らいを受けたい趣旨のもとに供与されるものであることを知りながら現金二〇〇万円の供与を受け、もって自己の職務に関し賄賂を収受し、もって自己の職務に関し賄賂を収受し
二 被告人B、同C、同Dは、共謀の上、右一記載の日時場所において、被告人Aに対し、右一記載の趣旨のもとに現金二〇〇万円を供与し、もって、被告人Aの職務に関し賄賂を供与したものである」との公訴事実に関し、原判決が、これを認める被告人四名の検察官に対する自白調書の信用性を、右自白調書を除いた関係証拠によって認定できる事実と対比して検討し、被告人Bらにおいて五〇万円の賄賂を贈った上更に被告人Aに二〇〇万円の賄賂を供与するような動機があったか否か、賄賂の原資となった二〇〇万円が存在したか否か、被告人B及び同Cが平成四年四月二四日の午後に被告人Dに賄賂として供与すべき二〇〇万円を交付する機会があったか否か、甲で同日購入した万年堂の和菓子が被告人Aに届けられたか否か、被告人Dが同月二五日午前七時ころ被告人A方を訪問したか否かなどの重要な点において、これらの事実を認定するにはなお合理的な疑いを差し挟む余地があるから、これらの各点を肯定している被告人四名の各検察官調書の信用性には重大な疑問が残ると言わざるをえないとし、結局、右各公訴事実について、犯罪の証明がないとして無罪の言い渡しをしたのは、事実を誤認したものであるという。
所論に鑑み、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果を合わせ斟酌して検討する。
一  各被告人の各検察官調書の任意性、特信性
各被告人の各検察官調書(乙六(甲一七一)、九、一一(甲一七五)、一二、一四、一六(甲一七九)、一七、一九、二一(甲一八三)、二二、甲一七二)の任意性ないし特信性については、原判決が五〇頁五行目から八行目において引用している各被告人の検察官調書(乙三、五、七、甲一七三、一七四、一七六ないし一七八、一八〇ないし一八二、一八四)の任意性ないし特信性に関する一〇頁から一六頁にかけての説示と同一の理由で、これを肯定することができる。各被告人の原審公判廷における供述には、かなり不誠実でいい加減なものが見受けられることを勘案すると、事実関係はもとより取調べ状況に関する原審公判廷における供述はたやすく措信できないものがあると言うべきである。
二 被告人Dの各検察官調書の信用性
証人栗木賢の原審公判供述によると、同人は、被告人Dと昭和四五、六年ころから友人として今日まで付き合っているが、平成六年一一月六日に訪ねてきた被告人Dが、涙を浮かべて、「警察で調べを受け、愛北青果協業組合の建物設計の関連から話を聞かれ、最後に福祉センターの問題になり、会社のために五〇万円と二〇〇万円を被告人Aの自宅に届けましたと話した」と述べ、会社を首になることを心配していたので、同人は、自分から辞任届は出さないようにアドバイスしたところ、被告人Dは、栗木さんに言われてすっきりしたというようなことを言って帰ったことが認められる。また、被告人Dの妻であるEの警察官に対する供述調書(甲四二)によると、二回目の警察の調べを受けて戻った被告人Dが、同女に、「市長さんのところにお金を持って行ったことで県警本部に呼ばれて、俺、みんな話してきた」と言ったので、同女が「隠して悩むより全部話してすっきりしたんだから、その方がよかったんじゃない」と言うと、被告人Dは少し気が楽になった様子であったことが認められる。以上のような事実のあったことについては、被告人Dも原審公判で認める供述をしている。もし、被告人Dが警察で嘘を述べたとして悩んでいたのなら、そうした趣旨の発言がなされてしかるべきであるのに、そうした発言は右いずれの供述にもない。そうすると、被告人Dは、自分が警察で話したことが真実であることを前提に、栗木や妻に前記のようなことを述べたものであり、またそれを聞いた右両名も被告人Dが警察で真実を話したものと理解したことが認められる。こうした状況に鑑みると、被告人Aに五〇万円と二〇〇万円の賄賂を渡したという被告人Dの捜査段階における供述は真実を述べたものと判断するのが相当である。そうすると、原判決が、栗木の供述について一四三頁から一四五頁にかけて、Eの供述について一四六頁から一四七頁にかけて、それぞれ説示するところは是認できない。
ところで、被告人Dは、県警本部における在宅取調べの初日に、五〇万円と二〇〇万円の賄賂を被告人Aに届けたことを供述し、その旨の上申書を作成しているが、当時警察側では、そうした賄賂のあった事実を具体的に把握していたことは窺えないから、捜査官が誘導してそのような供述がなされたものでないことは明らかである。そうすると、同日からの取調べにおける、金額、供与日時、供与の状況などに関する供述は、被告人Dが任意に述べたものと判断される。
被告人Dは、取調べ初日の平成六年一〇月二六日から前記公訴事実に添う供述をし、以後任意捜査の間はもとより平成七年一月九日の逮捕、同月一一日の勾留、同年二月一日の保釈に至るまでその自白供述を維持していたのに、釈放後被告人B、同Cと談合する機会を持つに至るや一転して否認するに至ったものであり、しかも原審公判廷で証人として取調べられた者たちとの弁護人の事前面接において、他の被告人たちと共に同席したり、或いは同一事項の複数の証人予定者と同席して供述のすり合わせをするなど、証拠隠滅工作と疑われかねない行動のあったことも認められる。
以上のような事実関係によると、被告人Dの捜査段階における供述の信用性は極めて高いものと判断されるのに対し、原審公判廷における否認供述の信用性には疑問があるから、右公判供述によって捜査段階における自白の信用性が直ちに害されることはないと言うべきであり、自白の信用性に疑問を抱かせるべき特段の事実が証明されない限り、五〇万円と二〇〇万円の現金を被告人Dが被告人Aに届けたことは、真実と認めるのが相当である。なおまた、五〇万円と二〇〇万円の賄賂の供与は、一連の事実として述べられているのであるから、五〇万円の供与が真実であれば、二〇〇万円の供与も真実と見るべきものである。
三 その余の被告人たちの各検察官調書の信用性
被告人B、同Cの両名も任意取調べの初日から逮捕・勾留・起訴の間を通じて前記五〇万円と二〇〇万円の贈賄の事実を自白し、その具体的内容を述べていたのに、保釈後否認に転じたことは、被告人Dと同様であり、その自白内容は被告人Dと同趣旨であり、保釈後の行動も被告人Dと同様である。
被告人Aは、逮捕当日(取調べ初日でもある)の平成七年一月九日から保釈に至るまで右五〇万円と二〇〇万円の収賄の事実を自白しており、その具体的内容も被告人Dと同趣旨であったのに、保釈後否認に転じているが、右収賄の事実を否認する原審公判供述は、事実と推測を一緒にして述べ、どこまでが事実なのか不分明であったり、都合が悪くなると記憶ございませんと逃げるなどたやすく措信できないものである。
贈賄側と収賄側の双方が、ともに右のような状況で五〇万円と二〇〇万円の授受を供述していることは、それが真実であることを強く推認させるものである。
以上に鑑みると、被告人B、同C、同Aの原審公判における否認供述は信用し難く、信用性の極めて高いと判断される被告人Dの自白調書と符合している捜査段階における自白供述の方が信用性が高いと言うべきである。
以下において、被告人ら四名の検察官調書の信用性を害すべき特段の事実が認められるかという観点から原判決の判断を検討する。
四 二〇〇万円供与の動機の存在
原判決が、この点の前提事実として五二頁から五七頁にかけて認定した事実及び検討として五七頁から六一頁末行にかけ説示するところは、六〇頁三行目から五行目の後記指摘の点を除き、ほぼ正当なものとして是認できる。
原判決が、六〇頁三行目から五行目にかけて「これらの協議事項は、前記仕様書の内容と対比すると、明らかに基本設計の内容を超えており、実施設計や工事監理業務に関するものを含んでいる」とするのは誤りである。即ち、原判決が指摘する甲一一の別紙二九の基本設計の仕様書の業務内容の項には「基本計画(これは、原判決が五九頁において基本設計の業務内容として記載する①から⑦である。)に基づき基本設計を行い、実施設計の前提となるあるゆる事項を細部にわたって検討し、デザインとして総合化する」と記載され、しかも成果品の中の工事概算書は(建物、備品、外溝、植栽、その他)となっているから、四月九日に被告人Dが福祉課の担当者と打合せた事項(原判決五九頁末行から六〇頁二行目に記載された項目①ないし⑨)は基本設計の範囲を超えているとは考えられない。また、原判決六一頁一行目に「同月一七日」とあるのは「同年四月一七日」の誤りである。
原判決が、六二頁二行目から四行目にかけ「以上の事実関係からすると、被告人Dや加藤課長らは、平成四年四月の段階で、甲が実施設計を受注できることを前提として、福祉課の担当者らとの間で協議を進めていたことが認められる」と判断しているのも是認できない。即ち、前記のとおり、基本設計の範囲を超え実施設計の具体的内容に立ち入った協議をしたことは認められないのであるから、実施設計を受注できることを前提として協議をしていたとまでは認められない。
原判決が、六三頁一〇行目から六四頁四行目にかけて、甲と福祉課の担当者の間で、平成四年四月上旬ころから中旬ころにかけて、実施設計の受注を前提にその具体的内容について複数回話合いの機会を持ち、実施設計の受注に向けて協議を進めていたとするのも誤りである。仕様書自体が実施設計を前提に基本設計をすることを求めているから、それに応じた協議をしたにすぎないのであり、また、基本設計自体が五月一五日に完成提出されているのであるから、それ以前の四月に実施設計の具体的内容についての協議をするはずもなく、そうした形跡も全く認められない。したがって、この点との関連で、原判決が六四頁五行目から六五頁二行目において、被告人Dの検察官調書の動機に関する供述の信用性に疑問を呈するのは誤りである。
したがってまた、六六頁において小括として「そうすると、実施設計及び監理業務を受注できない危機感から、被告人Aに二〇〇万円を贈賄することになった旨の被告人Dの検察官調書(乙二一(甲一八三))の供述の信用性には、合理的な疑いを容れる余地があり」とする点も是認できない。
二〇〇万円が供与された時期は基本設計の納付期限である平成四年三月二五日を過ぎていながらまだそれを完成できていない同年四月二五日ころであること、それを完成させて小牧市役所に提出したのは同年五月一五日であること、実施設計委託契約はその半月後の同年六月一日に締結されていること、基本設計完成までの過程において甲の技術の低さが小牧市役所の中で話題になるほど甲の提出した設計図などは評判が悪かったこと、昭和六一年から平成二年までの五年間の甲の小牧市からの受注額が合計五九二二万円余であるのに対し総合福祉会館の設計監理業務受託契約の合計金額はそれを一〇〇〇万円近く超える六八六八万円余(基本設計委託料六九九万九八八〇円、実施設計委託料三七〇五万五二八〇円、工事監理委託料二四六二万八三三〇円)であること、それを受注した結果平成四年度の甲の小牧市からの受注額は五七〇二万円余となっていることなどが認められるところ、こうした契約金額の大きさから考えると、例え基本設計の受託者がその後の実施設計などを受注するのが普通であり、総合福祉会館についてもそのようになることが予想されたとしても、基本設計の完成が実施設計受託契約直前まで遅れたこととその完成までの甲の設計図などの評判の悪さを知悉している被告人Dらが、万が一受注できないことへの危機感から、実施設計などの受注をより確実なものとするため二〇〇万円の賄賂をワンマン市長の被告人Aに贈ってこれに取り入ろうと考えることは、極めて自然なことである。まして、被告人Aが、人事権を盾に市政を恣意的に運営し、自己の意見を絶対的なものとして部下に押し付けてきたことを考えるなら、そうした噂を耳にしていた被告人Dらが賄賂を贈ろうとしたことは異とするに足りない。
そうすると、甲には小牧市長である被告人Aに二〇〇万円の賄賂を贈るべき動機があったと判断できるのであるから、原判決が、その六五頁から六六頁において、「基本設計を受注した建築事務所が実施設計や監理業務を受注するのが業界の通例であるということができる。そして、前記のとおり、小牧市側の担当者らにおいても、甲に総合福祉会館の実施設計を行わせるのは当然のことと考えており、被告人Aを含めて、他の設計事務所に担当させる意向や動きがあったとは窺われないことからすると、被告人Dの右公判供述(「実施設計受注について危機感を抱く気持ちはなかった」との部分)を不自然であるとしてたやすく排斥することはできない」としたのも是認できない。そもそも他の設計事務所に担当させる動きがあってからでは遅きにすぎるのであって、そうならないように賄賂を供与するのであるし、またワンマン市長である被告人Aの意向が小牧市の担当者の意向如何に関わらず大きくものをいう危険があると考えたから同被告人に賄賂を供与するのであるから、原判決の右説示では、被告人Dに二〇〇万円の賄賂を供与する動機のあったことを否定する理由として十分ではない。即ち、甲側には実施設計等の受注のため賄賂を供与する動機があったと判断するのが相当である。
したがって、動機についての供述との関係で、被告人D、同B、同Cの各検察官調書の信用性に合理的な疑いを入れる余地があるとする原判決の判断は是認できない。
五 二〇〇万円の原資の存在
被告人B、同Cは、捜査段階では、Fから裏金で受取った設計監理費二〇〇万円を被告人Aに対する賄賂に充てたと供述していたのに、原審公判では、Fから受取った裏金は一〇〇万円で、その一〇〇万円は平成二年八月二日に三治経済研究所に賛助金として寄付したので、二〇〇万円の賄賂を贈ったとされる平成四年四月にはその二〇〇万円に該当する裏金は存在しなかったと述べ、原判決は、裏金が一〇〇万円か二〇〇万円かは確定できないものの、そのうち一〇〇万円が三治経済研究所への寄付金に充てられているので、被告人Aに贈るべき二〇〇万円は存在しなかったと判断している。
(一)  原判決が、右Fから甲に裏金が渡された時期などについて、六八頁二行目から七〇頁六行目にかけて説示するところは正当なものとして是認できる。そうすると、裏金授受の時期は、平成二年七月末ころから八月初めころの間と認められる。
次に裏金の金額について検討する。
甲の設計士としてF邸の設計監理を担当した太田肇は、検察官の取調べでは、現金二〇〇万円の裏金をFから受取った、裏金を受取ることになったのはFからの要望によると述べており(甲一二七)、原審公判廷では、設計監理費の詳細な金額は忘れたが、工事代金の八パーセント位で七五〇万円近い金額で、平成二年二月二三日に五五〇万円とその消費税の振込みがあり、残りの設計監理費は一〇〇万円か二〇〇万円だと思う、前の取調べの時の記憶では、設計監理費が七五〇万円で、内二〇〇万円が現金で支払われた、現金支払いは、Fからの強い要望による簿外の金で、工事完了後の同年七月二七日ころ、Fが甲の事務所に来て帯封のついた一〇〇万円の束を二つ出した記憶だ、被告人Bに報告した上被告人Cに渡した、個人住宅の設計監理費は五ないし九パーセントの上の方だと思う、設計監理費が何パーセントかは設計室のみんなが一般知識として大体知っていると思います、と述べている。また、当時甲の設計士として太田の下でF邸の設計に携わった高橋かおるは、原審公判で、工事見積額は八八〇〇万円、設計監理費は住宅の場合九ないし一〇パーセント位であり、このことは会社の中でよく話が出るので知っている、F邸の設計管理費は八〇〇万円位と思っていた、Fが二〇〇万円位を裏金にしたいと言っていると太田から聞いた、平成二年八月にFが甲の事務所に来たとき、太田が、Fが鞄から一万円の札束をぽんと机の上に出したので驚いたと言っていた、金額は今は覚えていない、と述べている。施主であるFは、検察官に対しては、工事請負契約の金額は八八〇〇万円、見積書、請求書の設計監理費は消費税抜きで五五〇万円だが、このほか現金で二〇〇万円払っている、したがって実際の設計監理費は七五〇万円です、二〇〇万円は当日郵便局で私名義の貯金から下ろした帯封をかけた一〇〇万円束二つです(甲一三一)と述べ、原審公判では、設計監理費は個人住宅の場合普通一〇パーセントだと思うが、私の場合一〇パーセント以下だったと思う、現金で支払ったのが一〇〇万円か二〇〇万円かは記憶がない、現金についても消費税抜きと言うことはないと思う、自分の方から現金払いを申し出たことはない、現金を支払ったのは新しい家に引越した七月末の後のことと思う、検察庁ではいろんなことを聞かれたので私なりに意見を申し上げたと思います、と述べる。
なお、現金で支払われたのが裏金かどうか、一部現金支払いを言い出したのがFか甲かの二点で、Fと甲側とで供述が対立しているが、太田とFの置かれた立場とその供述内容からすると、Fのこの点に供述は措信し難いと言うべく、更に、Fの公判供述は、裏金である現金の支払い金額に消費税を付けたとする点、現金は自分名義の貯金を郵便局から下ろしたとする点を含め必ずしも誠実な供述をしているとは思われず、信用し難い点が多い。
しかしながら、右三名の供述によれば、Fから支払われた裏金は二〇〇万円であったという被告人B、同Cの各検察官調書の信用性を肯定することに支障はない。これに反する原判決の説示は是認できない(なお、被告人B及び同Cの警察官調書である当審検三六、三七、四六にも、F邸の設計監理被告が七五〇万円であったことを根拠を挙げて説明した記載がある。)。
原判決は、七三頁において、「Fは、前記のとおり、郵便局で二〇〇万円を払い戻した旨供述しているところ、その裏付捜査は容易であると思われるのに、右供述を裏付ける証拠は何ら提出されていない」とするが、右裏付けは容易ではなく、現に裏付けが取れなかったことは当審検二号証によって認められる。他人名義や架空名義の定額貯金口座が多数存在していたことは顕著な事実であるから、F本人が裏金の元となった払戻し口座の正しい名義などを明らかにしない限りその裏付けは不可能である。そうすると、原判決の右説示も是認できない。
(二) 参議院議員であった三治重信の秘書をしていた河合英孝は、原審公判で、平成二年八月二日、甲から三治議員を支援する団体である三治経済研究所への一〇〇万円の賛助会費を受取り、領収書を発行した、年会費以外に甲から寄付を受けたのはこの一回だけだと供述している。そして、被告人Bと同Cは、原審公判で、Fから受取った裏金の一〇〇万円をこれに充てたと述べている。
所得として計上しない、したがってその収支を会計帳簿に載せることのできない裏金を表に出せない被告人Aへの賄賂に充てるのなら理解できるが、会計帳簿に載せることのできる政治献金に充てたばかりか領収書まで受取り、しかもそれを保存していたけれど帳簿には載せていないというのは理解に苦しむところである。まずこの点で、被告人B、同Cの公判供述はそれ自体として信用し難いというべきである。したがって、Fからの裏金の一〇〇万円を三治経済研究所に寄付したという両被告人の供述は、たやすく措信し難いところである。また、当審における事実取調べの結果(検五、弁一七、一八、四三、四四)によれば、甲が、昭和六二年一二月一〇日に三治の中京経済振興会に四〇万円、同六三年一一月二日に三治経済研究所に六二万円、平成元年一二月二五日に右河合英孝に一〇万円、三治事務所に一〇〇万円とそれぞれ年会費以外に金員を渡していることが認められ、しかもこれらは甲の帳簿上も明らかであるので、河合の前記証言は、全体として必ずしも措信できるものではないと言うべきである。更に、裏金なるものが裏金と分かるような形で存在していたり、保管されていたりするはずもないのであるから、被告人たちが裏金の存在を供述していないからといって、甲の裏金がFから受取った金員以外に存在しなかったことを前提にすることにも疑問がある。そのことを別にしても、証拠上認められる甲の会計処理(当審検一〇)によれば、一〇〇万円や二〇〇万円の金員を何らかの名目を付けて捻出することは可能であると言わざるをえないのである。現に、右に挙げた三治関係の金員は、河合に対するものは外注費、それ以外は被告人Bに対する立替金として処理されているのであるし、その他にも被告人Bらは、甲の帳簿上(当審弁一四、一五)、「昭和五四年八月七日設計事務費 A 五〇〇〇〇〇」、「昭和六二年八月二〇日 立替金 五〇〇〇〇〇」と記載されているものも被告人Aへの政治献金であると主張するのである。
以上によれば、甲には被告人Aに供与すべき原資がなかったとする原判決の判断は、三治経済研究所への一〇〇万円の寄付の真偽に関わらず、相当ではないと言うべきであり、賄賂の原資に関する被告人B、同Cの検察官調書が客観的事実に反し信用性に重大な疑いがあるとの結論も採用できない。そうすると、平成四年四月二四日ころ、甲には被告人Aへの賄賂に充てるべき二〇〇万円の原資が存在したと判断するのが相当である。
六  平成四年四月二四日の被告人B、同C、同Dの行動
(一)  証人横澤好、同加藤了市郎、同傍嶋喜仁の原審証言によると、四月二四日に開かれた株式会社石田技術コンサルタントにおける現場説明会の午後の部(遅くとも午後二時半以降)には、被告人Dは出席していなかったと判断される。現場説明会に最後まではいないで中座したことになるが、そうとすると同被告人のビジネスダイアリーに格別の予定の記載のないことからすると、被告人Dの検察官調書(乙二一(甲一八三))記載のとおり、甲の名古屋の本社事務所へ行ったと考えるのが相当であろう。もっとも、右石田技術コンサルタントの建築部長であった横山昭男は、被告人Dが午後もいたと原審で証言しているが、甲の設計部員であって同日午前から被告人Dと共に右現場説明会に出席していた市川幹央は、第二〇回、第二一回公判では、横山と同旨の証言をしていたが、第四二回公判では、二四日午前に被告人Dがいたが午後にいたかは分からないと述べるとともに、前回証言の前に、被告人Dから電話連絡を受け、自分と横山昭男、被告人Dの三人が、弁護人二名、被告人B、同Cのいる席で、証言の打合せをした、そうした集まりが三、四度あった、当時自分としては覚えていないことが殆どであった、横山が鮮明に覚えていたが自分の記憶はそれに合う点も食い違う点もあった、そのため前回までの証言は自分の記憶と違う部分があると証言する。横山自身も、現場説明会が四月二四日というのは、証人尋問の話があったとき、被告人Dや市川と打合わせをして確認したとか、記憶していなかったが甲の現場説明書を見て確認したなどと述べる。しかし、被告人Dが現場説明会の午後もいたという横山証言は、同人の年齢から考えられる記憶力や原審証言にいたるまでの状況と前記横澤、加藤、傍嶋の証言内容に照らし信用できない。
そうすると、被告人Dが、二四日に甲の本社に行く時間のあることは間違いないところといえる。しかしながら、被告人Dが本社へ行ったことを裏付ける客観的証拠は存在しない。即ち、五〇万円の賄賂については、供与前日の八月八日に被告人Dがそれを受取りに本社へ行ったことを裏付ける同被告人使用のビジネスダイアリーの記載と小牧名古屋間のタクシー代請求書が存在するが、二〇〇万円を本社で受取ったとされる四月二四日に関しては、右ビジネスダイアリーに記載がないだけでなく小牧名古屋間の旅費が請求されたりタクシー代が支払われたことを窺わせる証拠もない。しかしながら、私的なメモというビジネスダイアリーの性質上、予定などの記載が常に必ずなされていたとも、或いは記載漏れがないとも考えにくいし、被告人D自身予定のすべてを常にビジネスダイアリーに記載していたわけでないことを認めている(原審第一一回公判)から、記載されていることは一応そういう事実があったと考えられるとしても、記載されていないからといって直ちにそういう事実がないとは言い難いと判断される。
また、五〇万円については、陣中見舞いという名目(ただし、名目の如何に関わらず実質から賄賂と認定されることはありうる)があったので、あまり疚しさを感じずビジネスダイアリーに記載し旅費も請求したが、二〇〇万円についてはこれを合理化する理由に乏しく賄賂になるのではないかと考えていたので、そのような記載をしなかったことも考えられる。現に、被告人B、同C、同Dの各検察官調書(乙一一(甲一七五)、一六(甲一七九)、二一(甲一八三))には、二〇〇万円を被告人Dに渡す際、被告人Cが「くれぐれも慎重にお願いしますよ、ばれたら大変だからね」という趣旨の発言をしたことが記載されているのに対し、五〇万円授受の際にそのような発言のあったことを窺わせる証言はないから、被告人Dが、賄賂供与の発覚の端緒を残さぬための配慮をし、ビジネスダイアリーへの記載を避けたとしても不合理ではないと考えられる。
結局、ビジネスダイアリーなどに被告人Dの行動を裏付ける記載のないことによって、被告人Dの自白の信用性が害されるかということに帰するが、既に述べたように右自白の全体としての信用性の高さから考えると、右のような記載がないからといって、四月二四日に被告人Dが甲本社事務所に出かけなかったと判断できるわけではないから、その信用性は害されないと判断される。
のみならず、被告人Dは、自白の当初から万年堂の和菓子と共に二〇〇万円を被告人Aに贈ったと述べていた(証人水野清一原審第三二回公判供述)ところ、四月二四日に甲が万年堂の和菓子を購入したことは証拠上明らかであるから、甲が用意したその和菓子と共に二〇〇万円を、四月二五日午前七時ころ被告人A方へ持参したという自白の信用性は高く、したがってまた、右和菓子と二〇〇万円を受取るため、その前日の二四日に被告人Dが甲の本社事務所に赴いたという自白も信用性が高いと言うべきである。
(二)  被告人Bの四月二四日の行動に関する原判決の八八頁から九〇頁までの認定は、一応肯定できるが、被告人Cの同日の行動に関する認定は、九〇頁、九一頁の前提となる事実を除き必ずしも首肯できるものではない。即ち、原判決は、午後二時二〇分から三時四五分までの間、被告人Cは期日に呈示を失念した約束手形を小切手に書換えて貰うため今津清直と共に振出人の共栄染工有限会社(以下、共栄染工という)の藤原克彦専務方へ行っていたと認定しているが、これは極めて疑わしいと思われる。水谷木綿子の原審証言によると、同日に今津清直と共に共栄染工へ行ったのが被告人Cではなく高田松佶であった可能性は否定しきれないし、原審証人今津清直及び同高田松佶の証言も、被告人Cが当日共栄染工へ行ったことを裏付けるには不十分である。被告人Cの検察官調書(乙一六(甲一七九))によると、被告人Bから被告人Dが午後三時ころ金を取りに来ると言われたこと、二〇〇万円授受の席には自分もいたこと、自分はこの日の夕方から外出する予定があり、被告人Dらと雑談もせず直ぐに部屋から出たことが述べられており東京湾観光へ出かけることを想定した供述はあるが、共栄染工へ行くことを想定した供述はない。これは共栄染工へこの日被告人Cが行っていないことを示唆しているとも解しうるものである。また、一緒に行ったという今津は、設計の企画がほぼ固まった段階ですので、被告人Cは予算関係の打合わせに行ったのではないかと思うと述べるだけで、手形の決済を失念したため小切手へ書換えてもらいに行ったことを全く述べていないが、このことは、今津と一緒に共栄染工へ行ったのが被告人Cであることに疑問を抱かせるものである。更に、この日が金曜日であるから午後三時過ぎて小切手を受取っても資金化できないことや、後で述べるようにこの四月二四日には共栄染工の当座預金口座にはその小切手を決済する資金がなかったことを考えると、二四日の午後三時前後に小切手書換えのため急いで共栄染工に行く必要はなく、小切手を受取るのは、それが決済された四月二八日以前であれば何時でもよかったはずであると考えられる。そうすると、被告人Cがこの二四日に共栄染工へ行ったというのは疑わしいと言わざるをえない。その点を置くとしても、被告人Bが午後三時ころから四時三〇分ころまで、被告人Cが午後三時四五分ころから三時五五分ころまで、それぞれ甲の本社事務所にいたことは間違いのないところである。
(三) 右(一)、(二)によると、被告人Dが、四月二四日午後に被告人B、同Cから二〇〇万円を受取ることは可能と判断できる。
(四)  原判決は、一三〇頁、一三一頁において、被告人Bの検察官調書の内容について疑問を呈している。被告人Dに対し、二四日午後というだけで受取時間を指定したような状況がないと言うが、事件の二年半後に取調べられての供述であるから、はっきりと印象されている点だけ述べられ、事実経過を逐一述べていないとしても異とするに足りない。もっとも、被告人Bが、被告人Cに対し、被告人Dが午後三時ころに来ると告げたことが認められることからすると、被告人Dに対しても同様の時間を告げたと判断してもおかしくはない。また、原判決は、被告人Cが共栄染工へ行くことになっていたのに、被告人Bとの間で時間の調整をした状況が調書上窺えないとも言うが、そもそも右両名の検察官調書には共栄染工へ行くことが述べられていないのであるから、それを前提とした供述がなくて当然であろう。しかも、二四日午前中に被告人Cから被告人Bに被告人Dに渡す二〇〇万円が渡されており、それを被告人Bが被告人Dに渡すのであるから、同日午後における被告人Cの都合など無用のことであったはずである。更に付け加えるなら、東京湾観光へ行ったことが述べられておりながら、共栄染工へ行ったことが述べられていないことは、被告人Cがこの日共栄染工へ行ったという同被告人の原審公判供述の信用性に疑問を投げかけるものでもあるのである。
原判決は、更に、一三一頁や一四一頁において、二五日のことにつき、甲の代表者である被告人Bが賄賂を自ら持って行かないで、被告人Dを一人で行かせたのはおかしいかのように判示するが、代表者が賄賂を持参するのが当然とは言い難いから、被告人Dが一人で持参しても格別不思議ではない。のみならず、被告人Bの警察官調書(当時検三六)には、「私の本当の気持ちとしては、そんな賄賂を市長に自ら届けることについてはやばいという気持ちがあり、できればD一人に行ってもらおうと思っておりましたので、自分の予定のある日を選び、Dに電話したのです。そして、私は週末はちょっと忙しいのでDさん一人で行ってほしいと話したのです」との記載がある。そうすると、被告人Bの検察官調書に対する疑問はいずれも理由のないものである。
(五)  原判決は、被告人Cの検察官調書について、「午後三時四五分ころの時点で現金二〇〇万円の授受がなされたのであれば、その直後に東京湾観光へ出掛ける予定という状況下において、当然、慌ただしい中での授受ということについても供述があってしかるべきであるのに、そのような供述記載もない」(一三二頁)というが、被告人Cの検察官調書(乙一六(甲一七九))には、「私はこの日の夕方から外出する予定があったのでDに雑談もせず、すぐ部屋を出た覚えです」と、警察官調書(当審検三七)にも「確かこの日は夕方から外出の予定があって、このときは時間的に慌てており、菓子を置いて直ぐに部屋を出た覚えであります」とそれぞれ記載されており、被告人Dに会った時間が午後三時五五分に近い時間であることを示す供述がなされている。したがって、原判決の右指摘は是認できない。
(六)  原判決は、一三二頁、一三三頁において被告人Dの検察官調書につき、被告人Bと被告人Dとの間で二〇〇万円授受の時間の打合わせの記載がないのはおかしいと疑問を呈している。時間打合わせの記憶がなければその記載がなくても当然であるし、また、授受に格別の支障のあったことなどが特に印象に残っていなければ、二年半前の出来事でもあるのでそうした供述記載がなくとも不自然ではない。
また、原判決は、右検察官調書に、四月二四日午後六時過ぎころの小牧事務所での土屋貢との打合わせに関する供述記載がないことについて、ビジネスダイアリーの「土屋氏」とあるのを捜査官が「名古屋」と読み違えたとの被告人Dの原審公判供述を採用し、それ故、四月二四日の夕方、被告人Dが甲の本社に出向いたとする供述記載は、被告人Dの記憶に基づくものではなく、捜査官の誤導による供述とみるのが相当であると言う(一三二頁、一三三頁)。しかし被告人Dの警察官調書(当審検一)には、ビジネスダイアリーに基づいて、この日の夜土屋氏が小牧事務所に寄られたものと思いますという供述をしたことが記載されているから、捜査官がビジネスダイアリーの「土屋氏」との記載を「名古屋」と読み間違えたとは考えられず、原判決の右判断は、誤りと言うべきである。
七 四月二四日に購入された万年堂の和菓子の行方
被告人Cは、原審公判で、手形を小切手に書換えて貰いに行った際、万年堂の和菓子を自ら購入し共栄染工の藤原方へ持参したと述べる。他方、共栄染工の専務取締役であった藤原克彦は、被告人Cが来るときは必ず何か手土産を持参する、四月二四日については、はっきりとは覚えていないが持参したと思う、何かは記憶にないと原審公判で述べる。
ところで、東京湾観光の加藤光男は、平成七年の春から夏にかけてのことだが、電話だと思うが、被告人高田から、一社の事務所に行ったときにお菓子を持って行ったんだけど記憶してくれていないかと聞いてきた、用件はそれだけだった、女性事務員などに聞いたが記憶していないとのことだったと証言している。これによると、被告人Cが、万年堂の和菓子を藤原方に持参したという確たる記憶を有していたわけではないと判断される。そうすると、被告人Cが例え藤原方へ手土産を持参した事実があったとしても、それが万年堂の和菓子であるとは断じえないところである。
更に言えば、被告人Cが四月二四日に藤原方へ行ったと認定するには疑問のあることは前記六(二)記載のとおりであるが、例え行ったとしても、その目的が手形の呈示を忘れたから小切手に書換えて貰いに行ったというのは、極めて疑わしい。手形を小切手に書換えて貰うための斡旋を被告人Cに頼まれ藤原と連絡を取ったという大和ハウス工業株式会社の川口清文は、この額面八二四万円の約束手形が共栄染工から甲に交付されたとき、手形を直ぐに割引に出したり対外的に回したりすると、資金繰りができていないので不渡りになるから満期の四月二〇日まで動かさないでくれという条件であった。そのことは自分が被告人Cに伝えた、その際大和ハウスも同じ条件で一億九〇〇〇万円の約束手形を受取った、大和ハウスは右四月二〇日の期日前に資金繰りがついたか確認していると原審公判で証言している。しかるに、被告人Cは、そうしたことを失念し、満期前に資金手当の確認をすることも満期に取立てに回すことも忘れたという。しかも、大和ハウスに対する右一億九〇〇〇万円の支払いをしてしまうと、満期日には、共栄染工の支払揚所である名古屋銀行淨心支店の当座預金口座には前記八二四万円を決済する資金はなく、四月二一日の残高は三一六万円余で当座貸越契約もなかっただけでなく、共栄染工が予定していたという融資が行われなかったため、満期日から八日も後の四月二八日になされた手形割引によって得た金員などで同日決済されているのである(甲一六五、当審検六〇など)。しかるに、前記藤原は、右満期日の口座残高が三〇〇万円余りしかなく前記約束手形の決済ができない状態にあったことを知らないという証言をしているが、これは全く不可解としか言いようがなく、手形書換えの理由に関する証言の信用性を著しく害するものである。また、前記Bの証言も、四月二〇日ころ共栄染工の前記口座に前記八二四万円の約束手形の決済資金があったことを前提にしている点で、手形から小切手への書換え理由に関する証言内容の信用性を害するものである。こうした状況に鑑みると、小切手への書換えは、甲からの申出ではなく資金手当のできなかった共栄染工から申出てなされたと判断するのが合理的である。そうとすると、被告人Cが小切手に書換えて貰うために共栄染工へ出向いたというのは疑問であるし、例え出向いたとしても手土産など持っていくいわれはないと考えるのが相当である。こうした事情に前記加藤光男の証言を併せ考えると、万年堂の和菓子は藤原方には持参されていないと判断される。川口清文、藤原克彦、被告人Cの各供述は、この三者間で手形から小切手への書換えに関し何らかの連絡を取り合い書換えが行われたという限度でしか信用できない。したがって、この点に関する原判決の説示も是認できない。
八 四月二五日における被告人Dの行動
原判決は、被告人Dのビジネスダイアリーの平成三年八月九日の欄には被告人A方を訪問する予定の記載があるのに、平成四年四月二五日の欄には被告人A方を訪問する予定の記載がないこと及び四月二四日に甲が購入した万年堂の和菓子が(共栄染工の藤原方に届けられていて、存在しないから)被告人A方へ届けられた証拠がないことを理由に、被告人Dが被告人Aを訪問したと認定できる客観的証拠はないとする。原判決が述べる客観的証拠とはいかなるものを想定するのか意味不明であり、またそのような客観的証拠なるものが常に必ず存在すると考えているのか不明であるが、もしそのようなものが常に存在し、本件ではそのようなものがないから、被告人Dが被告人Aを訪問したことは認定できないというのなら、その判断自体が誤っていると言わざるをえず、原判決の右判断は是認できない。
更に、万年堂の和菓子が共栄染工の藤原方へ届けられていないことは既に述べたとおりであるから、藤原方へ届けられたことを前提に被告人A方へ届けられた証拠がないとする判断は、誤りと言わざるをえない。
また、被告人Dのビジネスダイアリーの八月九日と四月二五日の記載の比較から、被告人Dが被告人A方へ行っていないとする判断も是認できない。四月二五日の欄に被告人A方を訪問することを示す記載のないことは指摘のとおりであるが、八月九日の欄の記載も、「B所長 AM7:00欠」と記載されているだけであって、被告人A方を訪問する予定自体は何ら明示されてはいないのである。しかも、右記載の意味は、被告人A側の都合を確認した上、同被告人方を訪問するため、八月九日午前七時に被告人Bと落ち合う予定時刻を記載したものであって、被告人A方を訪問すること自体を記載したものではないのであり、そして後に被告人Bが差支えで来られなくなったので「欠」と記載したというものである。四月二五日については、同日には市長の出張がないことを確認の上被告人Bの都合を聞くと、都合が悪いので一人で行ってくれと言われ、被告人Dは一人で行くことにしたというのであるから、被告人Bと落ち合う時刻を記載する必要はなく、ビジネスダイアリーに八月九日のような記載がなくとも不思議ではないのであって、その記載がないからといって、被告人Dが被告人A方へ行かなかったと判断しなければならないというものではない。そうすると、四月二五日のビジネスダイアリーに八月九日のような記載がないからといって、四月二五日に被告人A方へ行ったという被告人Dの自白の信用性が害されることはないというべきである。
九  原判決は、一三八頁から一四一頁にかけて、被告人Dの検察官調書の二〇〇万円授受に関する供述が五〇万円授受の際の体験により供述した疑いが残るという。しかしながら、季節こそ違え同じ時間帯に被告人A方を被告人Dが一人で訪問し、同じ総合福祉会館に関する一連の契約に関し賄賂を渡したというのであるから、その状況に類似点の多々ある方が自然であって、原判決のように考える必要はない。のみならず、被告人A方を訪問した際の応対者や当日の被告人Aの服装など五〇万円の場合と二〇〇万円の場合とで相違する点も幾つかあるのである。
また、原判決は、一四二頁において、被告人Aが、五〇万円を受取った際には直ちに業者選定の指示をしたのに、二〇〇万円を受取った際には直にその指示をしないのは不自然だと判示する。しかしながら、特段の事情がなければ基本設計を受託した甲に実施設計も委託されるということであり、周囲もそのように考えている状況にあったというのであるから、急いでそうした指示を出す必要がないばかりでなく、基本設計の完成が三月二五日の納期限を大幅に遅れやっと五月一五日に提出されたというのであるから、未だその完成を見ない四月二五日の二〇〇万円授受の段階で、賄賂を貰ったからといって直にそうした指示を出す方が不自然であるから、原判決の説示は是認できない。
一〇 原判決は、一四八頁、一四九頁において、五〇万円の賄賂に関する各被告人の検察官調書は信用できるが、二〇〇万円の賄賂に関する検察官調書については信用できない理由について、平成四年三月ころの時点では実施設計の受注について危機感を抱くような状況もあったことからすると、捜査官が、(五〇万円のほかに)更に賄賂の授受があったのではないかと予断を持ち、被告人らを厳しく追及したであろうことは十分窺うことができるから、その結果記憶に反する事実を述べてしまったものであるとする。
しかしながら、被告人Dの自白の信用できることは既に述べたとおりである。例えいかに厳しい追及を受けたとしても、在宅取調べの初日から存在しない事実を供述することなど考えられないところである。しかも、被告人Dの初日の取調べは、建築工事確認の前にプリカット工場の建築に着工したという建築基準法嫌疑に関する事実から始まり、被告人Aとの関係、ついで贈賄の事実の追及へと続いたもので、被告人らが存在しないという二〇〇万円の追及のみが行われていたわけではないのである。また、五〇万円と二〇〇万円の賄賂は一連のものとして述べられたものであるから、一方の授受に関する供述のみが信用でき、他方の供述は信用できないというのは、片方の供述のみが虚偽であることの特段の事情でも窺われない限り、首肯できないところである。したがって、原判決の右説示では二〇〇万円の賄賂に関する供述の信用性を否定するのに根拠不十分である。
更に、被告人Dが虚偽の自白をしたというなら、その後においても、逮捕されるまでの二か月余の任意捜査の段階だけでなく、逮捕されたその日において、あるいは勾留尋問において、更には弁護人との面接において、その旨を申し述べて、二〇〇万円に関する自白を明確に否定して撤回する機会はあったはずであるのに、そうした行動に出たことは認められない。そうすると、原判決が、二〇〇万円の賄賂に関する被告人Dの検察官調書を信用できないと言う理由はこれを認めることができない。
そのほかの被告人たちも、取調べ初日から二〇〇万円の授受を自白しており、その内容も被告人Dの自白と符合するものである。そうすると、これらの被告人の検察官調書の信用性も肯定するのが相当であるから、これを否定する原判決の判断は是認できない。
一一  以上の説示の次第であるから、原判決が、被告人四名の各検察官調書の信用性に疑問があるとして縷々説示し、結局被告人四名を二〇〇万円の贈収賄の事実について無罪としたのは、これを是認することができず、後記証拠の標目記載の各証拠によって、被告人四名を、右贈収賄の事実について有罪と認定するのが相当である。
そうすると、原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があると判断される。検察官の所論は理由がある。
よって、刑訴法三九七条一項、三八二条によって原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書きを適用し、更に判決する。
(罪となるべき事実)
被告人Aは、愛知県小牧市長として同市を統轄代表し、同市の事務を管理執行するとともに、同市が発注する土木建築工事の設計、監理業務委託に関し、委託業者を選定し、請負契約を締結する等の職務権限を有していたもの、同Bは、建築並びにその附帯設備の設計、監理等を営業目的とする株式会社甲の代表取締役、同Cは、同社取締役総務部長、同Dは、同社小牧事務所長であったものであるが
第一  被告人Aは
一  平成三年八月九日午前七時ころ、小牧市大字久保一色〈番地略〉の自宅において、Dから、小牧市発注の仮称小牧市総合福祉会館建築工事の基本計画等作成業務委託契約の業者選定及び今後の同市発注予定の土木建築工事の設計、監理業務委託等に関し、株式会社甲について好意ある取計らいを受けたい趣旨のもとに供与されるものであることを知りながら、現金五〇万円の供与を受け
二  同四年四月二五日午前七時ころ、前記自宅において、Dから、右工事の基本計画等作成業務委託契約の業者選定等に関し、右会社について好意ある取計らいを受けたことに対する謝礼並びに同工事の設計・工事監理各業務委託契約の業者選定及び今後の同市発注予定の建築工事の設計、監理業務委託等についても、前同様、好意ある取計らいを受けたい趣旨のもとに供与されるものであることを知りながら、現金二〇〇万円の供与を受け
もって、自己の前記職務に関し賄賂を収受し
第二  被告人B、同C及び同Dは、共謀の上、前記第一の二記載の日時、場所において、前記Aに対し、前記第一の二記載の趣旨のもとに現金二〇〇万円を供与し、もって、右Aの職務に関し賄賂を供与したものである。
(証拠の標目)〈省略〉
(法令の適用)
被告人Aにかかる判示第一の一、二の各所為は、いずれも平成七年法律第九一号による改正前の刑法一九七条一項前段に、被告人B、同C、同Dにかかる判示第二の所為は、同法六〇条、一九八条にそれぞれ該当するが、被告人B、同C、同Dについて所定刑中いずれも懲役刑を選択し、被告人Aにかかる右第一の一、二の各罪は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条を適用して犯情の重い判示第一の二の罪の刑に法定の加重をし、以上各刑期の範囲内で、被告人Aを懲役二年に、同Bを懲役一年六月に、同C及び同Dを各懲役一年四月にそれぞれ処し、情状に鑑み同法二五条一項を適用し、この裁判確定の日から、被告人Aに対し四年間、同B、同C、同Dに対し各三年間それぞれの刑の執行を猶予し、被告Aが右第一の一、二、で収受した合計二五〇万円の賄賂は既に費消し没収できないので同法一九七条の五後段によりその価額である二五〇万円を同被告人から追徴する。訴訟費用のうち、原審証人吉田金太郎、同松浦正明に支給した分は、刑訴法一八一条一項本文を適用して被告人Aの負担とし、原審証人土屋貢に支給した分は、同法一八一条一項本文、一八二条を適用して被告人B、同C、同Dの連帯負担とし、原審証人栗木賢、同服部さきえ、同高橋かおる、同太田肇、同箕浦久志、同水野清一、同春田哲(ただし、平成九年六月一八日に支給した分を除く)、同濱稔幸、同横澤好、同傍嶋喜仁、同水谷木綿子、同高田松佶、同加藤光男、同加藤了市郎、同板津猛、同若山大輔、同山田博、同小嶋正志に支給した分はこれを二分し、その一を同法一八一条一項本文により被告人Aの負担とし、その一を同法一八一条一項本文、一八二条を適用して被告人B、同C、同Dの連帯負担とする。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官笹本忠男 裁判官神沢昌克 裁判官天野登喜治)
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