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政治と選挙Q&A「屋外広告物法 ポスター貼り(掲示交渉)代行」に関する裁判例(41)平成 7年 6月23日 最高裁第二小法廷 平元(オ)1260号 損害賠償、民訴法一九八条二項による返還及び損害賠償請求事件 〔クロロキン薬害訴訟・上告審〕

政治と選挙Q&A「屋外広告物法 ポスター貼り(掲示交渉)代行」に関する裁判例(41)平成 7年 6月23日 最高裁第二小法廷 平元(オ)1260号 損害賠償、民訴法一九八条二項による返還及び損害賠償請求事件 〔クロロキン薬害訴訟・上告審〕

裁判年月日  平成 7年 6月23日  裁判所名  最高裁第二小法廷  裁判区分  判決
事件番号  平元(オ)1260号
事件名  損害賠償、民訴法一九八条二項による返還及び損害賠償請求事件 〔クロロキン薬害訴訟・上告審〕
裁判結果  上告棄却  文献番号  1995WLJPCA06230001

要旨
◆厚生大臣による医薬品の日本薬局方への収載及び製造の承認等の行為と国家賠償法一条一項の違法性
◆厚生大臣による医薬品の日本薬局方への収載及び製造の承認等の行為が国家賠償法一条一項の適用上違法ではないとされた事例
◆厚生大臣が医薬品の副作用による被害の発生を防止するために薬事法上の権限を行使しなかったことと国家賠償法一条一項の違法性
◆厚生大臣が医薬品の副作用による被害の発生を防止するために薬事法上の権限を行使しなかったことが国家賠償法一条一項の適用上違法とはいえないとされた事例
◆厚生大臣による医薬品の日本薬局方への収載及び製造の承認等の行為は、その時点における医学的、薬学的知見の下で、当該医薬品がその副作用を考慮してもなお有用性を肯定し得るときは、国家賠償法一条一項の適用上違法ではない。
◆厚生大臣がクロロキン製剤につき日本薬局方への収載及び製造の承認等の行為をした昭和三五年から同三九年までの間は、その副作用であるクロロキン網膜症に関する報告が内外の文献に現れ始めたばかりで、報告内容も長期連用の場合のクロロキン網膜症の発症の危険性及び早期発見のための眼科的検査の必要性を指摘するにとどまり、クロロキン製剤の有用性を否定するものではなく、我が国で報告されたクロロキン網膜症の症例は少数であったなど判示の事実関係の下においては、厚生大臣の右各行為は、国家賠償法一条一項の適用上違法ではない。
◆厚生大臣が医薬品の副作用による被害の発生を防止するために薬事法上の権限を行使しなかったことが、当該医薬品に関するその時点における医学的、薬学的知見の下において、薬事法の目的及び厚生大臣に付与された権限の性質等に照らし、その許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、右権限の不行使は、国家賠償法一条一項の適用上違法となる。
◆昭和三四年から同五〇年までの間にクロロキン製剤を服用した患者らがその副作用であるクロロキン網膜症にり患した場合において、この間のクロロキン網膜症に関する医学的、薬学的知見の内容がクロロキン製剤の有用性を否定するまでのものではなく、クロロキン製剤は、難病である腎疾患及びてんかんに対する有効性が認められ、クロロキン網膜症を考慮してもなお有用性を肯定し得るものとして臨床の現場でその使用が是認されていたこと、厚生大臣は、昭和四二年以降、クロロキン製剤を劇薬及び要指示医薬品に指定し、使用上の注意事項等を定めて医薬品製造業者等に対する行政指導によりこれを添付文書等に記載させるなどの措置を講じ、右各措置がその目的及び手段において一応の合理性を有することなど判示の事情があるときは、厚生大臣が右各措置以外に薬事法上の権限を行使してクロロキン製剤の日本薬局方からの削除、製造の承認の取消し等の措置を採らなかったことは、国家賠償法一条一項の適用上違法とはいえない。

新判例体系
公法編 > 憲法 > 国家賠償法〔昭和二二… > 第一条 > ○公権力の行使に基く… > (三)違法性 > D 薬事・医療関係 > (2)違法性を認めなかった事例
◆一 厚生大臣がクロロキン製剤につき日本薬局方への収載及び製造の承認等の行為をした昭和三五年から同三九年までの間は、その副作用であるクロロキン網膜症に関する報告が内外の文献に現れ始めたばかりで、報告内容も長期連用の場合のクロロキン網膜症の発症の危険性及び早期発見のための眼科的検査の必要性を指摘するにとどまり、クロロキン製剤の有用性を否定するものではなく、我が国で報告されたクロロキン網膜症の症例は少数であったなど判示の事実関係の下においては、厚生大臣の右各行為は、国家賠償法第一条第一項の適用上違法ではない。
二 昭和三四年から同五〇年までの間にクロロキン製剤を服用した患者らがその副作用であるクロロキン網膜症にり患した場合において、この間のクロロキン網膜症に関する医学的、薬学的知見の内容がクロロキン製剤の有用性を否定するまでのものではなく、クロロキン製剤は、難病である腎疾患及びてんかんに対する有効性が認められ、クロロキン網膜症を考慮してもなお有用性を肯定し得るものとして臨床の現場でその使用が是認されていたこと、厚生大臣は、昭和四二年以降、クロロキン製剤を劇薬及び要指示医薬品に指定し、使用上の注意事項等を定めて医薬品製造業者等に対する行政指導によりこれを添付文書等に記載させるなどの措置を講じ、右各措置がその目的及び手段において一応の合理性を有することなど判示の事情があるときは、厚生大臣が右各措置以外に薬事法上の権限を行使してクロロキン製剤の日本薬局方からの削除、製造の承認の取消し等の措置を採らなかったことは、国家賠償法第一条第一項の適用上違法とはいえない。

公法編 > 行政諸法 > 医薬品、医療機器等の… > 第四章 医薬品、医薬… > 第一四条 > ○医薬品等の製造販売… > (三)承認相当の事例
◆一 厚生大臣がクロロキン製剤につき日本薬局方への収載及び製造の承認等の行為をした昭和三五年から同三九年までの間は、その副作用であるクロロキン網膜症に関する報告が内外の文献に現れ始めたばかりで、報告内容も長期連用の場合のクロロキン網膜症の発症の危険性及び早期発見のための眼科的検査の必要性を指摘するにとどまり、クロロキン製剤の有用性を否定するものではなく、我が国で報告されたクロロキン網膜症の症例は少数であったなど判示の事実関係の下においては、厚生大臣の右各行為は、国家賠償法第一条第一項の適用上違法ではない。
二 昭和三四年から同五〇年までの間にクロロキン製剤を服用した患者らがその副作用であるクロロキン網膜症にり患した場合において、この間のクロロキン網膜症に関する医学的、薬学的知見の内容がクロロキン製剤の有用性を否定するまでのものではなく、クロロキン製剤は、難病である腎疾患及びてんかんに対する有効性が認められ、クロロキン網膜症を考慮してもなお有用性を肯定し得るものとして臨床の現場でその使用が是認されていたこと、厚生大臣は、昭和四二年以降、クロロキン製剤を劇薬及び要指示医薬品に指定し、使用上の注意事項等を定めて医薬品製造業者等に対する行政指導によりこれを添付文書等に記載させるなどの措置を講じ、右各措置がその目的及び手段において一応の合理性を有することなど判示の事情があるときは、厚生大臣が右各措置以外に薬事法上の権限を行使してクロロキン製剤の日本薬局方からの削除、製造の承認の取消し等の措置を採らなかったことは、国家賠償法第一条第一項の適用上違法とはいえない。

 

裁判経過
控訴審 昭和63年 3月11日 東京高裁 判決 昭57(ネ)184号・昭57(ネ)204号・昭57(ネ)219号・昭57(ネ)281号・昭57(ネ)311号・昭57(ネ)320号・昭57(ネ)325号・昭57(ネ)335号・昭57(ネ)336号・昭57(ネ)337号・昭57(ネ)338号・昭57(ネ)339号・昭57(ネ)343号・昭57(ネ)344号・昭57(ネ)349号・昭57(ネ)357号・昭57(ネ)370号・昭57(ネ)387号 損害賠償請求併合控訴、民事訴訟法一九八条二項による返還請求事件 〔クロロキン薬害訴訟・控訴審〕
第一審 昭和57年 2月 1日 東京地裁 判決 昭50(ワ)10797号・昭51(ワ)9124号・昭52(ワ)9359号・昭53(ワ)11787号・昭53(ワ)2877号 損害賠償請求事件 〔クロロキン薬害訴訟・第一審〕

出典
民集 49巻6号1600頁
裁時 1149号1頁
訟月 42巻10号2341頁
判タ 887号61頁
判時 1539号32頁
判例地方自治 143号42頁

評釈
山下郁夫・最高裁判所判例解説 民事篇(平成7年度) 583頁
山下郁夫・判解26事件・曹時 50巻1号237頁
二子石亮=鈴木和孝・判タ 1356号7頁
山下郁夫・ジュリ 1084号86頁
北村和生・ジュリ臨増 1091号36頁(平7重判解)
宇賀克也・判評 446号50頁(判時1555号203頁)
府川繭子・ジュリ別冊 236号458頁(行政判例百選Ⅱ 第7版)
磯部哲・ジュリ別冊 219号26頁(医事法判例百選 第2版)
府川繭子・ジュリ別冊 212号472頁(行政判例百選Ⅱ 第6版)
吉村良一・ジュリ別冊 200号176頁(消費者法判例百選)
天野淑子・ジュリ別冊 183号58頁(医事法判例百選)
西埜章・ジュリ別冊 182号458頁(行政判例百選Ⅱ 第5版)
西埜章・ジュリ別冊 151号292頁(行政判例百選Ⅱ 第4版)
光石忠敬・ジュリ別冊 140号76頁(医療過誤判例百選 第2版)
山下郁夫・ジュリ増刊(最高裁時の判例1) 184頁
桑原勇進・法協 114巻6号143頁
高橋宏之・訟月 42巻10号2341頁
松村弓彦・NBL別冊 45号286頁
水上洋・判例にみる 使用者の責任 400頁(千種秀夫監修・高井伸夫編,新日本法規,平成16年)
保木本一郎・法教 183号90頁
天野淑子・宮崎産業経営大学法学論集 18巻1号25頁
松村弓彦・年報医事法学 11号126頁
古崎慶長・リマークス 13号78頁(1996年下)
日本評論社・法時 68巻2号108頁
浜秀樹・行政関係判例解説 平成7年 329頁

参照条文
国家賠償法1条1項
民法709条
民法715条1項
薬事法12条(昭54法56改正前)
薬事法13条1項(昭54法56改正前)
薬事法14条(昭54法56改正前)
薬事法24条(昭54法56改正前)
薬事法41条(昭54法56改正前)
薬事法44条(昭54法56改正前)
薬事法45条(昭54法56改正前)
薬事法46条(昭54法56改正前)
薬事法47条(昭54法56改正前)
薬事法48条(昭54法56改正前)
薬事法49条(昭54法56改正前)
薬事法49条1項(昭54法56改正前)
薬事法50条(昭54法56改正前)
薬事法51条(昭54法56改正前)
薬事法52条(昭54法56改正前)
薬事法53条(昭54法56改正前)
薬事法54条(昭54法56改正前)
薬事法55条(昭54法56改正前)
裁判官
中島敏次郎 (ナカジマトシジロウ)  現所属 定年退官
平成7年9月1日 ~ 定年退官
平成2年1月24日 ~ 平成7年8月31日 最高裁判所
昭和62年9月 ~ 平成2年1月23日 駐中華人民共和国特命全権大使
昭和59年12月 ~ 駐オーストラリア国特命全権大使
昭和57年10月 ~ 外務審議官
昭和55年1月 ~ 駐シンガポール国特命全権大使
昭和54年12月 ~ 北米局長
昭和52年9月 ~ アメリカ局長
昭和51年1月 ~ 条約局長
昭和50年10月 ~ 在連合王国日本国大使館特命全権公使
昭和42年8月 ~ 条約局条約課長
昭和23年9月 ~ 外務省入省

大西勝也 (オオニシカツヤ) 第5期 現所属 定年退官
平成10年9月9日 ~ 定年退官
平成3年5月13日 ~ 平成10年9月8日 最高裁判所
平成1年11月27日 ~ 平成3年5月12日 東京高等裁判所(長官)
昭和63年2月 ~ 平成1年11月26日 事務総局事務総長
昭和61年12月 ~ 東京高等裁判所(部総括)
昭和60年6月 ~ 甲府地方裁判所(所長)、甲府家庭裁判所(所長)
昭和59年9月 ~ 事務総局事務次長
昭和56年2月 ~ 事務総局人事局長
昭和52年9月 ~ 事務総局総務局長
昭和50年5月 ~ 事務総局秘書課長兼広報課長
昭和49年6月 ~ 東京地方裁判所(部総括)
昭和46年5月 ~ 大阪地方裁判所(部総括)
昭和45年7月 ~ 大阪高等裁判所
昭和41年6月 ~ 事務総局第一課長兼制度調査室長
昭和39年4月 ~ 事務総局第二課長兼第三課長
昭和38年4月 ~ 函館地方裁判所、函館家庭裁判所
昭和28年4月 ~ 京都地方裁判所、京都家庭裁判所

根岸重治 (ネギシシゲハル) 第5期 現所属 定年退官
平成10年12月3日 ~ 定年退官
平成6年1月11日 ~ 平成10年12月2日 最高裁判所
平成2年5月 ~ 東京高等検察庁検事長
昭和63年3月 ~ 最高検察庁次長検事
昭和60年5月 ~ 最高検察庁刑事部長
昭和59年11月 ~ 最高検察庁総務部長
昭和57年9月 ~ 法務大臣官房長
昭和54年10月 ~ 大津地方検察庁検事正
昭和53年9月 ~ 最高検察庁検事
昭和51年11月 ~ 法務大臣官房審議官
昭和50年6月 ~ 東京地方検察庁公判部長
昭和47年5月 ~ 法務省刑事局刑事課長
昭和40年8月 ~ 内閣法制局参事官
昭和28年4月 ~ 東京地方検察庁

河合伸一 (カアイシンイチ) 第9期 現所属 定年退官
平成14年6月10日 ~ 定年退官
平成6年7月25日 ~ 平成14年6月9日 最高裁判所
平成4年1月 ~ 平成6年7月24日 司法試験考査委員
平成2年11月 ~ 法制審議会司法試験制度部会委員
昭和53年7月 ~ 法制審議会民事訴訟法部会委員、法制審議会強制執行制度部会委員
昭和47年4月 ~ 大阪弁護士会副会長
昭和37年4月 ~ 弁護士登録
昭和33年8月 ~ ハーバード・ロー・スクール
昭和33年1月 ~ 司法研修所付
昭和32年4月 ~ 大阪地方裁判所

訴訟代理人
上告人側訴訟代理人
後藤孝典, 弘中惇一郎,山口紀洋,藤沢抱一

被上告人側訴訟代理人
米田泰邦, 高田利広,小海正勝,永松義幹,石井正夫

被引用判例
平成29年10月10日 福島地裁 判決 平25(ワ)38号 原状回復等請求事件
平成29年 9月22日 東京地裁 判決 平27(ワ)37455号 損害賠償請求事件
平成29年 3月17日 前橋地裁 判決 平25(ワ)478号 損害賠償請求事件
平成27年 3月23日 新潟地裁 判決 平19(ワ)279号 損害賠償請求事件(第1事件)、損害賠償請求事件(第2事件)、損害賠償請求事件(第3事件)、損害賠償請求事件(第4事件)、損害賠償請求事件(第5事件)、
平成26年 3月31日 熊本地裁 判決 平19(ワ)1355号 国家賠償等請求事件
平成25年12月25日 大阪高裁 判決 平24(ネ)1796号 損害賠償請求控訴事件
平成25年 4月30日 那覇地裁 判決 平21(ワ)407号 損害賠償請求事件
平成25年 1月11日 最高裁第二小法廷 判決 平24(行ヒ)279号 医薬品ネット販売の権利確認等請求事件
平成24年 9月26日 広島地裁 判決 平22(ワ)1354号 損害賠償請求事件
平成24年 7月 9日 東京地裁 判決 平19(ワ)2491号 損害賠償請求事件
平成24年 6月22日 東京高裁 判決 平21(ネ)3362号 損害賠償請求控訴事件
平成24年 3月14日 東京高裁 判決 平22(ネ)2176号 損害賠償請求控訴事件
平成23年11月24日 横浜地裁 判決 平20(ワ)3542号 損害賠償請求事件
平成23年 7月11日 東京地裁 判決 平23(ワ)3479号 損害賠償請求事件
平成23年 3月23日 東京地裁 判決 平20(ワ)31330号 損害賠償請求事件
平成22年 9月15日 京都地裁 判決 平20(ワ)3967号 損害賠償請求事件
平成22年 7月16日 佐賀地裁 判決 平20(ワ)580号 求償金請求事件
平成22年 5月19日 大阪地裁 判決 平18(ワ)5235号 損害賠償請求事件 〔大阪泉南地域アスベスト国賠訴訟・第一審〕
平成16年10月15日 最高裁第二小法廷 判決 平13(オ)1196号 損害賠償、仮執行の原状回復等請求上告、同附帯上告事件 〔水俣病関西訴訟・上告審〕
平成16年 4月27日 最高裁第三小法廷 判決 平13(受)1760号 損害賠償、民訴法二六〇条二項による仮執行の原状回復請求事件 〔筑豊じん肺訴訟(国賠関係)・上告審〕

関連判例
平成 7年 6月 9日 最高裁第二小法廷 判決 平4(オ)200号 損害賠償請求事件 〔未熟児網膜症姫路日赤事件・上告審〕
平成 6年 9月13日 東京高裁 判決 昭62(ネ)1615号 損害賠償、慰謝料請求控訴事件 〔クロロキン薬害第二次訴訟・控訴審〕
平成 5年10月 6日 大阪地裁 判決 昭63(ワ)10176号・昭63(ワ)3702号 損害賠償請求事件 〔豊田商法国家賠償大阪訴訟・第一審〕
平成 5年 5月26日 大阪地裁 判決 昭63(ワ)4149号 損害賠償請求事件
平成 5年 3月25日 熊本地裁 判決 昭56(ワ)666号 損害賠償請求事件 〔熊本水俣病民事第三次訴訟判決〕
平成元年11月24日 最高裁第二小法廷 判決 昭61(オ)1152号 損害賠償請求事件 〔監督権限不行使損害賠償請求事件〕
昭和63年 3月31日 最高裁第一小法廷 判決 昭57(オ)1345号・昭57(オ)1346号 損害賠償請求事件
昭和62年 5月18日 東京地裁 判決 昭55(ワ)12051号・昭55(ワ)799号・昭57(ワ)15782号 損害賠償請求併合事件 〔クロロキン薬害第二次訴訟・第一審〕
昭和59年 3月16日 福岡高裁 判決 昭53(ネ)180号・昭53(ネ)211号 損害賠償請求控訴事件 〔カネミ油症損害賠償控訴事件〕
昭和57年 9月29日 名古屋高裁 判決 昭55(ネ)357号 損害賠償請求控訴事件 〔名古屋掖済会病院未熟児網膜症訴訟控訴事件〕
昭和57年 3月30日 最高裁第三小法廷 判決 昭54(オ)1386号 損害賠償請求事件 〔日赤高山病院未熟児網膜症訴訟上告事件〕
昭和36年 2月16日 最高裁第一小法廷 判決 昭31(オ)1065号 損害賠償請求事件 〔東大輸血梅毒事件〕

Westlaw作成目次

主文
理由
一 上告人らは、クロロキン製剤の…
1 クロロキンは、昭和九年にドイ…
2 我が国においては、旧薬事法(…
3 厚生大臣は、昭和三五年一二月…
4 上告人らのうち患者本人である…
5 クロロキン網膜症は、クロロキ…
6 厚生省は、いわゆるサリドマイ…
7 厚生大臣は、昭和三七年以降、…
8 前記の医薬品全般の有効性及び…
二 薬事法によれば、医薬品の製造…
三 所論は、まず、厚生大臣が前記…
四 次に、所論は、厚生大臣がクロ…
1 日本薬局方に収載され、又は製…
2 厚生大臣は、右のような権限を…
3 これを本件についてみると、前…
五 以上によれば、クロロキン製剤…

裁判年月日  平成 7年 6月23日  裁判所名  最高裁第二小法廷  裁判区分  判決
事件番号  平元(オ)1260号
事件名  損害賠償、民訴法一九八条二項による返還及び損害賠償請求事件 〔クロロキン薬害訴訟・上告審〕
裁判結果  上告棄却  文献番号  1995WLJPCA06230001

上告人 横沢軍四郎
外二五八名
右二五九名訴訟代理人弁護士 後藤孝典
弘中惇一郎
山口紀洋
藤沢抱一
被上告人 国
右代表者法務大臣 前田勲男
右指定代理人 廣谷章雄
高橋宏之
被上告人 高知市
右代表者市長 松尾徹人
被上告人 医療法人微風会
右代表者理事 野木盈
右訴訟代理人弁護士 米田泰邦
被上告人 私立学校教職員共済組合
右代表者理事長 保坂榮一
被上告人 朝倉斌
右訴訟代理人弁護士 高田利広
小海正勝
永松義幹
石井正夫
被上告人 武内浩三
右訴訟代理人弁護士 高田利広
小海正勝
被上告人 岩森剛

 

主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。

理由
上告代理人後藤孝典、同弘中惇一郎、同山口紀洋、同藤沢抱一の上告理由第一部について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
同第二部及び第三部について
一  上告人らは、クロロキン製剤の副作用によりクロロキン網膜症に罹患した患者及びその家族であり、上告人らの被上告人国に対する本件請求は、厚生大臣がクロロキン製剤について製造の承認等をした違法及びクロロキン網膜症の発生を防止するために適切な措置を採らなかった違法を主張して、国家賠償法一条一項に基づき損害賠償を請求するものであるところ、原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
1  クロロキンは、昭和九年にドイツで合成に成功した化学物質であり、クロロキン製剤は、クロロキンの化合物(リン酸クロロキン、オロチン酸クロロキン、コンドロイチン硫酸クロロキン等)を含有する製剤である。クロロキン製剤は、当初はマラリヤに対する治療薬として開発されたが、後にエリテマトーデスや関節リウマチの治療にも使用されるようになった。
2  我が国においては、旧薬事法(昭和二三年法律第一九七号)の下で、リン酸クロロキン及びリン酸クロロキン錠が昭和三〇年三月公布の第二改正国民医薬品集に収載され、同年九月にレゾヒンⅠ(リン酸クロロキン錠)の輸入販売が開始され、その後、エレストロール(リン酸クロロキンを含有)、レゾヒンⅡ(リン酸クロロキン錠)及びキニロン(同)の製造、販売が行われた。これらのクロロキン製剤は、1記載の各疾患のほか、慢性腎炎、ネフローゼ等の腎疾患及びてんかんの治療にも使用された。
3  厚生大臣は、昭和三五年一二月、キドラ(オロチン酸クロロキン錠)について慢性腎炎を効能とする製造の許可(旧薬事法二六条三項)をした。
次いで、厚生大臣は、薬事法(昭和三五年法律第一四五号。昭和五四年法律第五六号による改正前のもの。以下、同じ。)の下において、リン酸クロロキン及びリン酸クロロキン錠を昭和三六年四月公布の第七改正日本薬局方に収載し、同年一一月から昭和三九年一一月までの間にキドラについて妊娠腎、リウマチ性関節炎、エリテマトーデス、てんかん等の効能追加の承認をし、昭和三七年三月にCQC(コンドロイチン硫酸クロロキン錠)について腎炎及びネフローゼを効能とする製造の承認をし、同年一二月にCQCについて関節リウマチの効能追加の承認をした。
4  上告人らのうち患者本人である者及び死亡した患者でその相続人が上告人となっているものは、腎疾患、てんかん、エリテマトーデス又は関節リウマチの治療のために前記各クロロキン製剤(レゾヒンⅠ、レゾヒンⅡ、エレストロール、キニロン、キドラ、CQC)のいずれかを服用し、その服用期間は昭和三四年から昭和五〇年までの間である。
5  クロロキン網膜症は、クロロキン製剤の副作用によって生ずる網膜の障害である。眼底黄斑部の障害、網膜血管の狭細化及びこれらによって引き起こされる暗転と視野狭窄による視野の欠損を主要な特徴とする不可逆性の障害であり、重症例では失明に至ることもまれではない。現在でもクロロキン網膜症の発生機序は解明されておらず、有効な治療法は知られていない。
外国では、昭和三四年に発表されたホッブスらの論文により、クロロキン製剤の副作用によって網膜に不可逆性の障害を生ずる例のあることが初めて報告された。我が国においては、昭和三七年に初めてクロロキン網膜症の症例が報告され、その後、昭和四〇年までの間に主要な外国文献の紹介とともにクロロキン網膜症に関する論文の発表や症例の報告がされたが、これらの論文や報告の多くは、クロロキン製剤を長期連用した場合にまれにではあるが不可逆性の網膜障害が生ずるとして、クロロキン網膜症の発症の危険性を警告し、早期発見のための定期的な眼科的検査の必要性を指摘する内容のものであり、クロロキン製剤の有用性を否定するものではなかった。我が国におけるクロロキン網膜症の症例報告は、昭和三七年に一件、同三八年に四件、同三九年に二件、同四〇年に九件、同四一年に八件であった。
リン酸クロロキン及びリン酸クロロキン錠は、クロロキン網膜症の存在が一般に知られるようになった後も、アメリカ合衆国薬局方及び英国薬局方にエリテマトーデス及び関節リウマチに対する治療薬として収載されており、クロロキン製剤の右各疾患に対する有用性は、国際的に承認されている。また、後記のとおり昭和五一年に腎疾患及びてんかんに対する有用性を否定する再評価の結果が公表されるまでは、クロロキン製剤は、相当数の治験成績報告や論文によって、腎疾患の重要な指標である蛋白尿の改善の効果及び抗てんかん薬の治療効果を高める補助薬剤としての有効性が認められ、臨床の現場においては、副作用であるクロロキン網膜症を考慮してもなお有用性を肯定し得るものとして、使用が是認されていた。
6  厚生省は、いわゆるサリドマイド事件を契機として、中央薬事審議会に医薬品安全対策特別部会及びその下部組織である副作用調査会を設置し、昭和四二年三月から、全国の主要な医療機関を通じて副作用に関する情報を収集する副作用モニター制度を実施するなど、副作用を含めた医薬品の安全性を確保するための組織、体制の整備を図った。次いで、昭和四二年九月に「医薬品の製造承認等に関する基本方針」(同月一三日付け厚生省薬務局長通知)を定め、医薬品の製造承認申請の際に添付すべき資料の内容の強化及び明確化を図るとともに、申請者に対して、製造の承認を受けた後の一定期間、副作用に関する情報の収集及び報告を義務づけた。また、厚生大臣は、薬効問題懇談会の昭和四六年七月七日の答申に基づき、日本薬局方に収載されている医薬品を含むすべての医薬品(昭和四二年一〇月以降に製造の承認を受けた新医薬品を除く。)について、その有効性及び安全性の再評価の作業を始めた。
7  厚生大臣は、昭和三七年以降、我が国においてクロロキン網膜症の症例報告が次第に増加してきたため、このまま放置しては右副作用による被害が増大するとの認識の下に、昭和四二年三月、クロロキン製剤を、長期間連続投与した場合に機能又は組織に障害を与えるおそれのあるもの(劇薬指定基準第二)として劇薬に指定するとともに、使用期間中に医学的検査がなければ危険を生じやすいもの(要指示薬基準第二)として要指示医薬品に指定した。右各指定は、薬事公報に掲載され、かつ、厚生省薬務局長から各都道府県知事あてに通知された。
次いで、厚生省薬務局長は、昭和四四年一二月、クロロキン製剤について、(1)連用により網膜障害等の眼障害が現れることがあるので、観察を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止すること、(2)既に網膜障害のある患者に対しては投与しないこと等の使用上の注意事項を定め、各都道府県知事に対し、医薬品製造業者等を指導して右注意事項の周知徹底を図るよう通知した。右通知に基づき医薬品製造業者等に対する行政指導が行われた結果、右注意事項は、クロロキン製剤の添付文書等に記載されるようになり、日本医事新報にも掲載された。
その後、昭和四七年、中央薬事審議会医薬品安全対策特別部会は、副作用モニター制度によるモニター病院に対しクロロキン製剤の副作用について報告を求めたところ、一四件のクロロキン網膜症の症例が報告されたため、厚生省は、同部会の副作用調査会に諮り、クロロキン網膜症の早期発見のための視力検査の内容を具体的に示し、その定期的な実施を求める「視力検査実施事項」を定めた。そして、医薬品製造業者に対し、右検査実施事項を記載した「クロロキン含有製剤についてのご連絡」と題する文書一二万通を関係医療機関に送付させるとともに、右検査実施事項と同一の内容をクロロキン製剤の添付文書等に記載させる措置を講じた。
8  前記の医薬品全般の有効性及び安全性の再評価作業の過程において、クロロキン製剤についても昭和四七年から再評価の作業が行われ、昭和五一年七月に公表された再評価の結果によれば、クロロキン製剤は、マラリア、関節リウマチ、エリテマトーデスについては有効性、有用性が認められたが、腎炎等の腎疾患については有効性が認められるものの、有効性と副作用を対比したとき副作用が上回る場合があるので有用性が認められないとされ、てんかんについては有効と判定する根拠がないとされた。
二  薬事法によれば、医薬品の製造業の許可を受けた者でなければ、業として医薬品の製造を行うことができず(一二条)、右許可の申請者が製造しようとする医薬品が日本薬局方に収載されていない場合において、その者が当該医薬品につき厚生大臣による製造の承認(一四条)を受けていないときは、その品目に係る許可を受けることができない(一三条一項)。また、薬局開設者又は医薬品の販売業の許可を受けた者でなければ、業として医薬品を販売することができず(二四条)、厚生大臣が毒性が強いものとして指定する医薬品(毒薬)及び劇性が強いものとして指定する医薬品(劇薬)については、販売の主体、方法等が制限され(四四条ないし四八条)、厚生大臣が指定する医薬品(要指示医薬品)は、医師から処方せんの交付又は指示を受けた者以外の者に対して販売をしてはならないものとされ(四九条一項)、医薬品の容器や添付文書等の記載事項及び記載禁止事項に関する規定(五〇条ないし五四条)に違反する医薬品の販売は禁止されている(五五条)。このように薬事法が医薬品の製造、販売等について各種の規制を設けているのは、医薬品が国民の生命及び健康を保持する上での必需品であることから、医薬品の安全性を確保し、不良医薬品による国民の生命、健康に対する侵害を防止するためである。
ところで、医薬品は、人体にとって本来異物であり、治療上の効能、効果とともに何らかの有害な副作用の生ずることを避け難いものであるから、副作用の点を考慮せずにその有用性を判断することはできず、治療上の効能、効果と副作用の両者を考慮した上で、その有用性が肯定される場合に初めて医薬品としての使用が認められるべきものである。すなわち、医薬品の製造の承認は、用法、用量、効能、効果等を審査して行われるが(薬事法一四条一項)、用法、用量の審査に当たっては、治療上の効能、効果とともに、当該用法、用量における副作用の発生とその危険性についても審査し判断しなければならないこととなる。このように、薬事法の前記の各規制は、医薬品の品質面における安全性のみならず、副作用を含めた安全性の確保を目的とするものと解されるのである。
三  所論は、まず、厚生大臣が前記一3記載のとおり、リン酸クロロキン及びリン酸クロロキン錠を日本薬局方に収載し、キドラ及びCQCについて製造の許可又は承認及び効能追加の承認をしたことが違法であると主張するので、この点につき判断する。
前記の薬事法の目的に照らせば、厚生大臣は、特定の医薬品を日本薬局方に収載し、又はその製造の承認(承認事項の一部変更である効能追加の承認を含む。以下、同じ。)をするに当たって、当該医薬品の副作用を含めた安全性についても審査する権限を有するものであり、その時点における医学的、薬学的知見を前提として、当該医薬品の治療上の効能、効果と副作用とを比較考量し、それが医薬品としての有用性を有するか否かを評価して、日本薬局方への収載又は製造承認の可否を判断すべきものと解される。したがって、厚生大臣が特定の医薬品を日本薬局方に収載し、又はその製造の承認をした場合において、その時点における医学的、薬学的知見の下で、当該医薬品がその副作用を考慮してもなお有用性を肯定し得るときは、厚生大臣の薬局方収載等の行為は、国家賠償法一条一項の適用上違法の評価を受けることはないというべきである。右の理は、製造の承認とその目的、性質を同じくする医薬品の製造の許可(旧薬事法二六条三項)についても変わるところはないものと解される。
これを本件についてみると、前記の事実関係によれば、厚生大臣がクロロキン製剤について前記一3記載の各行為をした昭和三五年から昭和三九年までの間においては、その副作用であるクロロキン網膜症に関する報告が内外の文献に現れ始めたばかりであって、報告内容も長期連用の場合のクロロキン網膜症の発症の危険性及び早期発見のための眼科的検査の必要性を指摘するにとどまり、クロロキン製剤の有用性を否定するものではなく、この間に我が国で報告された症例は合計七件であったというのであるから、これらの文献や症例報告に基づく当時の医学的、薬学的知見の下においては、厚生大臣が、腎疾患及びてんかんを含めた前記各疾患に対するクロロキン製剤の有用性を肯定し得るものとして行った前記各行為に違法はないというべきである。
四  次に、所論は、厚生大臣がクロロキン製剤の副作用による被害の発生を防止するために薬事法上の権限を行使して適切な措置を採らなかった違法を主張するので、この点につき判断する。
1  日本薬局方に収載され、又は製造の承認がされた医薬品が、その効能、効果を著しく上回る有害な副作用を有することが後に判明し、医薬品としての有用性がないと認められるに至った場合には、厚生大臣は、当該医薬品を日本薬局方から削除し、又はその製造の承認を取り消すことができると解するのが相当である。薬事法は、厚生大臣は少なくとも十年ごとに日本薬局方の改定について中央薬事審議会に諮問しなければならないと規定する(四一条三項)にとどまり、また、昭和五四年法律第五六号による改正後の薬事法七四条の二のような製造の承認の取消しに関する明文の規定を欠くが、前記の薬事法の目的並びに医薬品の日本薬局方への収載及び製造の承認に当たっての厚生大臣の安全性に関する審査権限に照らすと、厚生大臣は、薬事法上右のような権限を有するものと解される。
また、厚生大臣は、医薬品による被害の発生を防止するため、当該医薬品を毒薬、劇薬又は要指示医薬品に指定し(四四条、四九条)、医薬品製造業者等に対して必要な報告を命じ(六九条一項)、当該医薬品について公衆衛生上の危険の発生を防止するに足りる措置を命ずる(七〇条一項)等の権限を有し、また、薬事法上の諸権限を前提とし若しくは薬務行政に関する一般的責務に基づいて、医薬品製造業者等に対して指導勧告等の行政指導を行うことができると解される。
2  厚生大臣は、右のような権限を具体的な状況に応じて行使するが、その前提となるべき医薬品の有用性の判断は、当該医薬品の効能、効果と副作用との比較考量によって行われるものであるから、これについては、高度の専門的かつ総合的な判断が要求される。そして、右判断の要素となる医薬品の有効性と副作用及び代替可能な医薬品や治療法の有無等に関する医学的、薬学的知見は、研究、開発の成果などにより常に変わり得るものであるから、医薬品の有用性の判断は、その時点における医学的、薬学的知見を前提としたものとならざるを得ない。また、厚生大臣は、当該医薬品の有用性を否定することができない場合においても、その副作用による被害の発生を防止するため、前記のような権限を行使し、あるいは行政指導を行うことができるが、これらの権限を行使するについては、問題となった副作用の種類や程度、その発現率及び予防方法などを考慮した上、随時、相当と認められる措置を講ずべきものであり、その態様、時期等については、性質上、厚生大臣のその時点の医学的、薬学的知見の下における専門的かつ裁量的な判断によらざるを得ない。
厚生大臣の薬事法上の権限の行使についての右のような性質ないし特質を考慮すると、医薬品の副作用による被害が発生した場合であっても、厚生大臣が当該医薬品の副作用による被害の発生を防止するために前記の各権限を行使しなかったことが直ちに国家賠償法一条一項の適用上違法と評価されるものではなく、副作用を含めた当該医薬品に関するその時点における医学的、薬学的知見の下において、前記のような薬事法の目的及び厚生大臣に付与された権限の性質等に照らし、右権限の不行使がその許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使は、副作用による被害を受けた者との関係において同項の適用上違法となるものと解するのが相当である。
3  これを本件についてみると、前記の事実関係によれば、昭和三七年以降我が国においても、文献等による症例の報告により、クロロキン製剤の副作用であるクロロキン網膜症に関する知見が次第に広まってきたものの、その内容はクロロキン製剤の有用性を否定するまでのものではなく、一方、クロロキン製剤のエリテマトーデス及び関節リウマチに対する有用性は国際的に承認され、昭和五一年の再評価の結果の公表以前においては、クロロキン製剤は、根本的な治療法の発見されていない難病である腎疾患及びてんかんに対する有効性が認められ、臨床の現場において、副作用であるクロロキン網膜症を考慮してもなお有用性を肯定し得るものとしてその使用が是認されていたというのであるから、当時のクロロキン網膜症に関する医学的、薬学的知見の下では、クロロキン製剤の有用性が否定されるまでには至っていなかったものということができる。したがって、クロロキン製剤について、厚生大臣が日本薬局方からの削除や製造の承認の取消しの措置を採らなかったことが著しく合理性を欠くものとはいえない。
また、厚生大臣ないし厚生省当局は、副作用の面からの医薬品の安全性を確保するための組織、体制の整備を図り、その一応の体制が整えられた昭和四二年以降において、クロロキン製剤を劇薬及び要指示医薬品に指定し、使用上の注意事項や視力検査実施事項を定め、医薬品製造業者などに対する行政指導によりこれを添付文書等に記載させるなどの措置を講じていることは、前記一7記載のとおりである。これらの措置は、医師の関与によらないクロロキン製剤の使用を禁じるとともに、クロロキン網膜症に関する添付文書等の記載を充実させて医師、医療機関の注意を喚起し、医師の適切な配慮によってクロロキン網膜症の発生を防止することを意図したものと理解されるが、結果的には、これらの措置によってクロロキン網膜症の発生を完全に防止することはできなかったのであり、現在明らかになっているクロロキン製剤及びクロロキン網膜症に関する知見、特に昭和五一年に公表された再評価の結果から見ると、これらの措置は、その内容及び時期において必ずしも十分なものとは言い難い。しかし、医薬品の安全性の確保及び副作用による被害の防止については、当該医薬品を製造、販売する者が第一次的な義務を負うものであり、また、当該医薬品を使用する医師の適切な配慮により副作用による被害の防止が図られることを考慮すると、当時の医学的、薬学的知見の下では、厚生大臣が採った前記各措置は、その目的及び手段において、一応の合理性を有するものと評価することができる。
以上の点を考慮すると、厚生大臣が前記一7記載の各措置以外に薬事法上の権限を行使してクロロキン網膜症の発生を防止するための措置を採らなかったことが、薬事法の目的及び厚生大臣に付与された権限の性質等に照らし、その許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くとまでは認められず、国家賠償法一条一項の適用上違法ということはできない。
五  以上によれば、クロロキン製剤に関する厚生大臣の措置に国家賠償法一条一項の違法はないとした原審の判断は、是認することができる。原判決に所論の違法はなく、右違法のあることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。その余の論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するか、又は原審で主張、判断を経ていない事項について原判決の違法をいうものにすぎず、採用することができない。
同第四部について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右判断は、所論引用の各判例に抵触するものではない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官中島敏次郎 裁判官大西勝也 裁判官根岸重治 裁判官河合伸一)

別紙  上告人目録〈省略〉

上告代理人後藤孝典、同弘中惇一郎、同山口紀洋、同藤沢抱一の上告理由
《目次》
はじめに
第一部 上告理由第一点ないし第九点
第一節 上告理由第一点ないし第六点
クロロキン製剤の腎炎に対する有用性に関する上告理由
1 第一点 尿蛋白を減少させることが臨床的に有意義であるとした原判決の判示部分には論理の飛躍があり、理由不備と言わざるを得ない。また、右判示部分は証拠に基づかない認定に基づくものであり、採証法則にも違反するから、いずれにしても破棄されるべきである。
2第二点 樋口などの三論文によって尿蛋白の意義が認められ腎炎に対する評価が変わったとする原判決の認定は採証法則違反、経験則違反の誤りがある。
3 第三点 外国での不使用の事実を無視してクロロキン製剤が腎炎に有効と断定しているのは経験則違反の誤りがある。
4 第四点 クロロキン網膜症の知見が不十分であったとして、有用性を認める根拠の一つとした点は、判決の他の部分の認定と矛盾し、理由齟齬である。
5 第五点 クロロキン網膜症の発症率は極めて低いからとして、有用性を認めた点は論理に飛躍があり、理由不備、理由齟齬の誤りがある。
6第六点 クロロキンは腎炎に有用性がないとした再評価の結論を、その後の数編の論文を根拠に原判決が覆したのは経験則に違反し、審理不尽である。
第二節 上告理由第七点ないし第九点
てんかんに対する有効性・有用性に関する上告理由
7 第七点 てんかんに関し「クロロキンを補助薬として使用するときはかなり有効な場合が少なくないと評価して妨げない」とした原判決の判断は証拠に基づかない認定であり、理由不備の誤りがある。
8 第八点 有用性の判断に際して、副作用の情報源をてんかん関係の文献に限定したのは論理矛盾であり、他の部分の認定とも相容れず理由不備、理由齟齬である。
9 第九点 〈クロロキンはてんかんに有効性がない〉とした再評価の結論を、同じ文献を根拠に現判決が覆したのは経験則に反し、審理不尽である。
第二部 上告理由第一〇点ないし第二二点
第一節 憲法違反並びに薬事法違反に関する上告理由――その一
10 第一〇点 憲法二五条の解釈・適用の誤り、理由齟齬
11 第一一点 薬事法の解釈・適用の誤り、理由齟齬
12 第一二点 新薬の承認を、講学上の警察許可としたのは、薬事法の解釈を誤ったものである。
13 第一三点 厚生大臣に医薬品の安全性確保権限・義務がないというのは、憲法第二五条一項、二項の解釈適用を誤り、薬事法の解釈適用を誤ったものである。
14 第一四点 特別の緊急事態発生時を除いては、厚生大臣は新薬の承認の取消を行うことができないとした判決は、薬事法の解釈・適用を誤り、最高裁判例に違反し、かつ条理に反するものである。
15 第一五点 薬事法には、局方収載後、または製造・販売などの許可・承認後の副作用の調査、あるいは副作用が判明した後の対応について厚生大臣の権限・義務についての規定はない、とする原判決は薬事法の解釈・適用を誤り条理に違反する。
16 第一六点 能力差のゆえに、薬事法は新薬の安全性確保を、第一次的には製薬会社に委ねており、厚生大臣は、製薬会社の提出した資料の範囲で、新薬の承認をすればよい、というのは、憲法二五条に違反し、薬事法の解釈を誤り、また理由不備の違法、審理不尽の誤りを犯したものである。
17 第一七点 「薬事法は、医薬品の安全性の確保について第一次的にはこれを製薬業者に委ねている」「医薬品の副作用回避の義務は、第一に、医薬品を製造、輸入、販売する製薬会社にあり、厚生大臣のこの点における役割は後見的、補充的なもの」「薬事法は、副作用の調査や副作用が判明したときの対応については、製薬会社の処置に待ち、厚生大臣が自ら積極的に規制措置を取ることを予定して同大臣にこれにつき、権限を与えたり、義務を課したり、責任を負わせてはいない」とする原判決は、憲法二五条に違反、薬事法に違反し、かつ理由不備、理由齟齬の誤りを犯したものというべきである。
18 第一八点 医薬品の副作用により、国民の生命、健康の侵害される危険が顕在・切迫化し、他の方法が全くない場合でないと、厚生大臣は規制権限を行使する必要がない、というのは憲法二五条ならびに薬事法ならびに厚生省設置法の解釈適用を誤ったものである。
19 第一九点 本件クロロキン薬害の場合、①国民への危険の顕在化、切迫化、②危険回避の方法が厚生大臣の規制権限行使以外にない、との二つの要件が備わっていないとした原判決の認定は、審理不尽、理由不備の誤りを犯したものである。
20 第二〇点 グアノフラシン点眼剤などで厚生省の行った行政指導について、これを、単なる厚生大臣の一般的責務に基づく、製薬業者に対する各種の許認可権限を背景にした程度の、強制力のないものであり、従って、その行使が行政庁の裁量に委ねられ、また、営業の自由を侵害しないように、慎重・控え目になされるべき性質のもの、であり、行政指導をなさないことが厚生大臣の義務の怠慢となることは原則としてない、とした原判決は、薬事法に違反し、理由不備の誤りを犯したものである。
21 第二一点 本件において、薬務局長通知までの間、製薬会社の積極的対処を期待して経過を見守るということも怠慢といえない、とした原判決は、審理不尽、および理由不備ないし理由齟齬の誤りを犯したものである。
第二節 憲法違反並びに薬事法違反に関する上告理由――その二
22 第二二点 憲法第二二条一項及び憲法第二五条の解釈の誤り並びに薬事法の解釈の誤りがあり判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。
第一 原判決には、憲法第二五条の解釈の誤り及び判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。
一 はじめに――原判決の基本構造――
二 原判決は、薬事法第一条、第一四条の解釈、適用を誤っている。
1 製造承認の法的性質
(一) 有権解釈
(二) 医薬品の本質
(三) 承認の審査対象
(四) 文理解釈
2 原判決の依拠する根拠
3 日本の薬事法制史
(一) 毒薬劇薬取締方
(二) 医制
(三) 薬品営業並薬品取扱規則
(四) 売薬取締規則・売薬規則
(五) 売薬法
(六) 昭和一八年薬事法
(七) 昭和二三年薬事法
(八) 昭和三五年薬事法の立法過程
4 昭和五四年薬事法成立の経緯
(一) 改正の趣旨
(二) 第一条の「目的」
(三) 修正案の提出
三 原判決は、薬事法第四一条の解釈、適用を誤っている。
1 薬局方の法的性質
(一) 第四一条違背
(二) 薬局方の追補
(三) 薬局方の性格
2 薬局方改定に関する厚生大臣の責務と権限
第二 厚生大臣における違法性及び過失
一 厚生大臣の国民に対する医薬品安全性確保義務
1 憲法第二五条違反
2 原判決の誤り
(一) 原判決の論拠の誤り
(二) 「消極的警察取締作用」概念の機能
(三) 「薬事法の性格」論の誤り
3 薬事法の二重構造
(一) 薬事法第一条
(二) 安全性確保と法の二重構造
(三) 食品衛生法
(四) 薬事法
(五) 第七五条の意味
(六) 第七九条の意味
4 医薬品安全性確保義務の根拠
(一) 薬事法の目的
(二) 薬事法の方法――医薬品国定主義
(三) 薬事法の方法――立体的構造
(四) 薬事法の特殊性
(1) 法理論上の特殊性
(2) 対象物の特殊性
(イ) 医薬品からみた国民に対する関係
(ロ) 国民からみた医薬品に対する関係
二 違法性の根拠
1 局方収載医薬品の削除権限及び削除義務の根拠――不作為の違法性(一)
(一) 第四一条
(二) 第四一条三項
2 製造承認の違法――作為の違法
(一) 第一四条一項――先行医薬品がない場合
(1) 情報審査
(2) 審査基準の特異性
(二) 第一四条一項――先行医薬品がある場合
(1) 同一物である場合
(2) 同一薬効である場合
(三) 第一四条二項
3 製造承認の取消し権限及び義務の根拠――不作為の違法(二)
(一) 製造承認取消しの要件
(1) 製造承認取消し権限発生の要件
(2) 取消しと撤回
(3) 製造承認取消しについての法律上の問題点
(二) 既得承認利益の性質及び程度
(1) 既得承認利益
(2) 申請者資格
(3) 局方収載医薬品との対比
(三) 第四一条との対比
(四) 薬事行政実務
(1) 昭和二三年薬事法下の薬事行政実務
(2) 昭和三五年薬事法下の薬事行政実務
(3) 薬事行政実務の意味するもの
4 各種の安全性確保手段――不作為の違法(三)
(一) 安全性確保のための明文の存在
(二) 安全性確保手段の階梯
(三) 安全性確保手段の多様性
三 憲法第二五条と憲法第二二条――まとめ
1 憲法第二五条
2 原判決の誤り
第三部 上告理由第二三点及び第二五点
国家賠償法第一条一項の解釈の誤りがあり、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背並びに最高裁判例違反
はじめに
23 第二三点 厚生大臣の作為の違法行為を否定した原判決は、国家賠償法第一条一項の解釈を誤ったものであり、これは判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背である。
24 第二四点 厚生大臣の不作為の違法行為を否定した原判決は、国家賠償法第一条一項の解釈を誤ったものであり、これは判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背である。
25 第二五点 豊田製薬課長の不作為の違法を認めなかった原判決は、国家賠償法第一条一項の解釈を誤ったものであり、これは判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背であり、かつ、最高裁判例違反である。
第四部 上告理由第二六点ないし第二九点
医療機関の責任に関する上告理由
26 第二六点 原判決が、個々の医療機関の責任を論ずる前提として設定した臨床医一般の注意義務基準(医療水準)の判示部分は、民法第七〇九条、六四四条の解釈適用を誤り、かつ、最高裁の判決に違反する。
27 第二七点 被上告人医師らについて予見義務違反を認めなかった点についての原判決判示部分は、理由齟齬・理由不備および経験則違反の誤りが存する。
28 第二八点 奥田豊臣、寺島久夫、小村晴輝についての「一九七一(昭和四六)年一二月迄に既に長期間大量のクロロキン製剤を服用していたから、一九七二(昭和四七)年当初に至ってクロロキン製剤の投与が中止されるに至ったとしても、各原告のクロロキン網膜症罹患を回避出来なかったものである。それ故に、右原告らに投薬した医師の勤務する医療機関に対する民事上の責任を問うことは出来ない。」との趣旨の原判決は、民法第七〇九条の解釈適用を誤り、また証拠に基づかない認定であるうえ、かつ判決の他の理由部分と理由の齟齬があり、この誤りは判決の結論に影響を及ぼすものであるから、この点においても原判決は破棄を免れない。
29 第二九点 原判決が武内ならびに高知市について、武内医師および菅野医師が、クロロキン製剤投薬中にクロロキン眼障害もしくはクロロキン網膜症についての知見を有していたことを認定しつつ、説明義務違反を認めなかったことは理由齟齬ないし理由不備の誤りを犯したものというべく、またこの誤りが判決の結論に影響するものであることは明らかである。
以上
はじめに〈省略〉
第一部〈省略〉
第二部 上告理由第一〇点ないし第二二点
第一節 憲法違反並びに薬事法違反に関する上告理由―その一
第一〇点 憲法二五条の解釈・適用の誤り、理由齟齬
薬事法を消極的取締行政の法と位置付けたのは、憲法二五条に違反し、かつ、理由齟齬ないし理由不備の誤りが存する。
一(一) 憲法第二五条の一項は、「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とし、これにつづいて第二項は、「国は、すべての生活部面について社会福祉、社会保障および公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」として国の義務を定めている。
磯崎ら「医事。衛生法」(法律学全集16Ⅱ八頁〜)は、これについて
「日本国憲法第二五条は、その一項において、『すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。』と規定し、二項において、『国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。』と規定する。右の一項においては、いわゆる国民の生存権を保障し、二項においては、その保障の実を挙げるために必要な行政を国に要求するものである。日本国憲法が国民の基本的人権の保障に最も力を入れていることは多言を要しないが、とりわけ、いわゆる国民の生存権の保障の規定を設けたことは正にその画龍点晴ともいうべく、これあってこそ他の人権保障の諸規定も生きてくる。この画期的な意義深い生存権の保障ではあっても、ただ保障すると規定しただけでは十分ではない。そこで憲法は、更に第二段の用意として、右保障規定を実効あらしめるべき国の行政活動を要求した。用意周到というべきである。これからしても、いわゆる生存権の保障ということを憲法が如何に重要と考えているかが分かる。国民をして少なくとも健康で文化的な最低限度の生活を営ましめるべく、国は、憲法上必ず国民のすべての生活部面について社会保障、社会福祉及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。かくて、国の公衆衛生の向上及び増進を図る作用即ち衛生行政は、社会保障及び社会福祉の向上及び増進を図る作用とともに、憲法が直接に要求する行政となっている。重要度の極めて高い行政というべきである。」
としている。すなわち、薬事行政とは、憲法二五条に基づき国民の健康で文化的な生活維持のために、積極的に行われるべきものであり、消極的な取締として行われるようなものではないのである。
磯崎・前掲は、また、衛生行政は、きわめて科学的・技術的な行政であり、諸多の事情の変遷に伴って常に改善されなければならない行政であるとしている(前掲八〜九頁)。この点は、とりわけ薬事法について、特に重要な点というべきであろう。薬事行政は、医学・薬学上の知見の進歩・変遷に伴い、積極的に改善されていくべきものであり、消極的あるいは緩慢な対応は許されないものというべきである。
(二) 生存的基本権を実現するための行政においては、自由的基本権におけるような行政の消極的態度が許されないことについては、他にも多くの指摘がある。たとえば、俵静夫は、
「生存的基本権は自由権的基本権とその性質を異にし、またその保障の態様を異にする。したがって、それが行政においてもつ意義もまた同じではない。
自由権的基本権は、消極的に行政権の作用を非難することによって保障せられる。したがって、法は個人の権利と自由の尊重を第一義として行政権の発動をできるだけ抑制する機能をもつ。これに反して、生存権的基本権は、社会生活・経済生活に対する行政権の積極的な配慮をまって保障される。社会公共の福祉の見地から、国民の人間に値する生活を確保するため、ときには個人の自由を制限して顧みない。そのために、法は行政権の発動に方向と基準を示し、著しく積極的能動的な機能をもつ。戦後、とくに民生行政、衛生行政、労働行政等の分野があらたに急激な発展をみたのも、そうした行政がもはや国の恩恵的な社会救護としてあたえられるものではなく、国民の生存権的基本権を保障するため、国の責務として行われていることにもとづく。」
(行政法講座第一巻「行政と基本的人権」二三三頁)
と述べている。
二 チクロ事件
(一) 自由的基本権と生存的基本権とを区別し、後者のための法の遂行については、法の明文の規定にとらわれず、行政庁として国民の生命・健康を擁護するため積極的な対応をすべき権限の存することを明らかにしたものとしてチクロ使用禁止国家賠償請求事件がある。合成甘味料チクロは、従来「人の健康を害う虞のない」化学的合成品として、一般に製造・販売等を認められていたのであるが、厚生大臣は、昭和四四年一一月五日にチクロの製造等を禁止する措置をした。これに対してチクロ含有食品を取扱っていた業者が右処置を違法として損害賠償請求訴訟を提起したものである。
右訴訟において、厚生大臣は「いったん人の健康を害するおそれがないとして使用を認められても、後日新たな科学的知見が得られた等の理由によって人の健康を害するおそれがないとはいえないことが判明すれば、まだ人の健康を害するおそれがあるとは断定できるまでに至ってなくても、食品添加物としての適性を欠くものとして、その使用が禁止されるべきことは当然である。」
「食品添加物の指定は絶対的な安全性の保障ではなく、その当時の学問的技術的水準において、人の健康を害するおそれがないと認めたことを意味するにすぎないのであって、将来学問技術の進歩により、食品添加物として不適格であると認められるに至った場合には、その指定を取消すこともありうることは当然の前提としているのである。」
「食品業者が元来人の健康を害するおそれのある食品の販売製造をなすべきでないことは、法律による取消しをまつまでもなく当然のことであるから、チクロ含有の食品がチクロを含有しているために生じた損失は食品業者において受忍すべきものである」等と主張して、損害賠償責任も損失補償義務も存しない旨争ったのである。
また、原告が一挙に全面的に禁止をしたという規制の方法についても問題にしたのに対して、厚生大臣は、「チクロに食品添加物として問題があり、いずれ使用禁止になることを業者にのみ知らせ、一般国民には一切を秘匿して、業者手持ちのチクロ含有商品が売り尽くされてから使用禁止措置をとるというのは、はなはだしく不当な方法である。」とも述べている。
裁判所もこれを受けて「……右指定の取消がなされるべき要件は、当該化学的合成品等が本来指定をうけるべき要件である『人の健康を害するおそれのないこと』の理論的な確認がえられないことに尽きるのであって、指定にかかる化学的合成品について有害であること、あるいは有害のおそれのあることが確認されなければ指定を取消すことができないというものではないというべきである。」
「(食品衛生法の指定は)自然科学上の専門知識を基礎としてなされることが前提とされているのであるから、自然科学の発達により従来の知見が訂正されることによって、これにともない厚生大臣の指定が取消されることのあるのはいうまでもないところである」とし、あるいは原告の憲法上保障された営業の自由の主張に対して、「なんびとといえども…公衆衛生上有害あるいは有害のおそれのあるものを製造販売すべき権利を有するものとはいえない。たしかに食品添加物についての指定の取消は不確定性を有することは否定できないが、このことは対象物件の性質上やむをえないことであって、食品添加物を取扱う業者である原告にとっては右不可予測性も企業活動一般に伴う危険の一にすぎないものとして、業務を遂行する以上初めから覚悟し、受容すべきものというべきである」とし、規制の方法についても「厚生大臣としては、当該化学的合成品が指定の要件を欠くと認めるに至った場合においては、むしろ即時かつ全面的に使用禁止の措置をとるのを原則とすべきものである。…業者の利益保護等はいわば一切他事ともいうべきものであって、これを直接考慮の対象となすべきものでないことはいうまでもない」として、要するに厚生大臣の主張を全面的に支持し、損害賠償および損失補償責任を否定した(以上、東京地裁・昭和五二・六・二七判決 判例時報三〇頁)。
右判決について下山瑛二教授は、従来使用を認めていた食品添加物の使用禁止の処置が、従来の伝統的警察法的な考え方によれば、授益行為についての行政行為撤回に該当するものであり、そうだとすると、本件のような即時全面禁止の処置の当否は警察の比例原則上の問題が生ずるはずである。したがって、本件にかかる厚生大臣の主張および東京地裁の判決は、食品衛生行政を、消極的警察的取締ではなく、積極的行政と位置づけたものと解されるとしている。そして、その場合であれば、厚生大臣が主張し、東京地裁が是認したように、人の生命・健康という代替性のない価値を擁護するために、それまで合法的に認められていた物質を即時全面的に禁止することも是認されるし、それによる企業の営業損害についても、かかる物質を取り扱う企業活動一般に伴う危険の一にすぎぬとして無視することも妥当であると解説している(判例時報八六五号一三四頁、判例評論二二六号)。
そして、下山教授は、「国は従来、食品衛生行政を消極行政の一環として取扱う態度を示してきた。それに対して、本訴訟においては、国は食品衛生行政を積極行政の一環として取扱うべきことを強力に主張している。訴訟において勝訴するために、従来とことなる主張を無節操に援用するということは、国に関しては、許容されるべきでないと考えられるので、本訴訟において国が食品衛生行政において積極行政の必要性を唱いたということは、本件そのものに関する意義というよりは、今後の食品衛生行政一般に関する問題として、注目しておかねばならぬ点である」と指摘している。(右同)
(二) 右の法規は、基本的に薬事法にも当てはまるものというべきである。もちろん薬品と食品添加物とは同じではないし、また、薬事法と食品衛生法とでは厚生大臣の権限についての規定のしかたにも差異がある。しかし、その反面として、薬品と食品添加物には共通する面の方がはるかに多いし、行政としても共通するところが少なくない。
すなわち、まず、薬品も食品添加物も、人体に直接摂取される化学物質であり、人体にとって異物であり、当然に有害作用発現の可能性があるという共通点が存する。
しかも、新しく化学的に合成される物質だから、その有害作用の有無、程度、内容等が直ちに判明するとはかぎらず、一たん安全性に問題なしと判断された物が、医学・薬学・科学等の知見の進歩に伴い、安全性に疑義が生ずることも少なくない。また、この場合、一たん人体への使用を許された化学物質は、広く国民一般が、継続して使用するので、放置しておくと国民の生命・健康に重大な障害が生ずる可能性がある。さらに、一般国民はその化学物質の危険性を独自に判断することは不可能であること等々においても共通している。
そして国民の生命・健康の擁護が厚生行政の最大の目標であることは、食品行政においてであろうと、薬品行政においてであろうと共通していることはいうまでもない。
したがって、製造販売業者の経済的利益を配慮して国民の生命・健康を危うくするような行政が許されないことは当然であり、そうだとすれば当該物質の有害作用の知見が確立しなくとも、安全性に疑義が生じた段階で厚生大臣としては対処すべきであることについても共通して言えるはずである。
もちろん医薬品の場合には、食品添加物と違って、その有効性作用により、国民の生命・健康に役立つ面があるので一定の疾病の治療に不可欠で、代替医薬品の存在しないようなものの場合には、安全性に疑義が生じたといって直ちに製造・販売の中止の認められないこともありうる。その場合には、被害の発生を最小限にとどめるような使用上の注意を徹底させるとともに、安全性の疑義の解明を急ぐというような処置も必要であろう。しかし、原判決も認定しているとおり、本件クロロキン製剤が対応する各疾患に対する他の選択可能な薬剤(例えばアスピリンやステロイド製剤)の数はすくなくなかった(D六七八)のである。このように一定の疾病の治療に必要不可欠と言えない医薬品の場合には、食品添加物に対してと同様の処置(即時全面禁止)がとられてしかるべきであることはいうまでもない。
また、下山教授が的確に指摘しているように、厚生大臣が、食品行政においてであれ、消極的警察取消行政の姿勢を改めることを明確にしたことはきわめて重要というべきである。
前述したとおり、薬品行政と食品添加物行政とには共通する問題が多いのだから、右の態度決定は薬品行政においても重要な意味を有するはずである。訴訟において勝訴するために、その場その場の都合で、あるときは同性質の厚生行政について積極行政を主張し、あるときは消極行政を主張するようなことは、国たるものとして許されないことであり、また、裁判所としても、かかる主張を容認すべきではないのである。
薬事行政が、消極的な警察取締行政ではなく、積極的な行政であることを明確に検証したものとして、下山瑛二教授の学説がある。
原判決自身、その理由中において「薬事法は、憲法二五条一項の生存権保障規定を承けてさらにこれを発展させた同条二項の『国は、すべての生活部面について……公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。』とする国の政治的責務の実現のために制定された法律の一つである」としている。
そして、薬事法をこのように位置づける以上は、同法を著しく積極的能動的な機能を持つものと解するのが当然であることは、前掲諸学説からして明らかである。しかるに、原判決は、単に同法中に「許可」の規定がいくつか存することのみをもって、同法を消極的警察取締法規と結論づけている。しかしながら、憲法との関係で位置づけておきながら、法規中に「許可」の規定がいくつか存するというだけの理由をもって、当初位置づけた憲法との関係について矛盾する結論を導き出すというが如き原判決の論旨は、明らかに理由齟齬ないし理由不備の誤りを犯したものというべきである。
三 以上のとおりであるから、薬事行政が憲法第二五条に依拠するものであることを看過し、自由的基本権と生存的基本権との根本的差異を区別せずに、薬事行政を消極的警察取締法規と分類し、それを前提として厚生大臣の義務をきわめて狭少なものと認定した原判決は、憲法第二五条の解釈適用を誤ったものというべきであり、この誤りが原判決の結論に影響することは明らかである。
第一一点 薬事法の解釈・適用の誤り、理由齟齬
局方への収載を、製薬会社の申請に基づいて行うものとし、また、局方からの削除に付いて明文の規定がないとした原判決は、薬事法の明文の規定に違反したものであり、この誤りが判決の結論に影響を及ぼすものであることは明らかである。
また、右の認定は判決の他の判示部分と矛盾するものである。
(一) 原判決は、「特定の医薬品を日本薬局方に収載……に当たり、自ら積極的に資料を収集して、当該医薬品の一般に知られていない副作用の有無、程度等を調査する義務を課しているとはいえず、ただ申請の際に申請者が……自主的に提出した……資料に基づき……審査し、承認の可否を決すれば足りる」(E一〇〜一二)として、特定の医薬品を日本薬局方に収載する場合にも、メーカーからの申請があり、かつメーカーの提出資料に基づいて判断すれば足る旨判示している。
しかし、これは薬事法の規定をまったく無視した考え方であり、明白な誤りである。すなわち、薬事法四一条に規定されているとおり、日本薬局方は、厚生大臣が薬事審議会の意見を聞いたうえで、専ら厚生大臣の責任と権限で定めて公示するものであり、メーカーの申請などの余地はない。したがって、当然のことながら、厚生大臣は自ら積極的に資料を収集し、副作用についても調査を尽くさなければならないのである。メーカーの申請行為がないのであるから、もとよりメーカーからの提出資料も存しない。
別に述べるとおり、このように重要な医薬品、換言すれば医薬品の中の中核的部分について、厚生大臣が有効性・安全性について独自の調査義務を負っているということが、厚生大臣の医薬品についての安全性確保義務を考えるときに、きわめて重要なのである。ところが、原判決は、そもそも薬局方への収載の権限および手続について根本的な誤解をし、それを前提として、厚生大臣の医薬品についての安全性確保義務を消極的なものに位置づけたのである。
以上のとおりであるから、局方への収載に関する原判決の前記認定部分は明白な事実誤認ないし、法令の解釈の誤りを犯しているものであり、かつこれが判決の結論に影響を及ぼすものであることは明らかである。
(二) また、原判決は、「……特別の緊急事態が発生したときには、法文にその規定はなくても、この事態に対処するため厚生大臣に、当該医薬品について、これを薬局方から削除するとか……の特別、異例の権限が生ずる……」(E一六)として、厚生大臣において特別の緊急事態が発生した場合でなければ指定医薬品の局方からの削除をなしえないかのように認定しているが、これもまた薬事法の明文の規定に反し、かつこれまで局方の改正が繰り返し行われてきたという実務の状況も無視するものであり、まったく誤った認定である。すなわち薬事法四一条三項により、厚生大臣は「少なくとも一〇年ごとに日本薬局方の全面にわたって」改訂について検討する責務がある。
この一〇年というのは、最長期間であり、現実には五年程度で全面的見直しが行われてきたこともしばしばあるし、また、個別の収載・削除の問題については「追補」という形で随時行われてきたものである。原判決のこの点についての法令の解釈の誤りが判決の結論に影響を与えるものであることは明らかである。
原判決は、他方では、「旧法三〇条一項は、厚生大臣は、『医薬品の強度、品質及び純度の適正』をはかるために、薬事審議会の意見を聞いて、日本薬局方、国民医薬品集またはこれらの追補(すなわち「公定書」、同法二条八項)を発行し、公布しなければならないと定め、同条三項で、公定書に収められた医薬品は、その強度、品質及び純度が公定書に定める基準に適合するものでなければ、これを販売等してはならないと定めている。」として、薬局方あるいはその追補の発行、公布を厚生大臣の権限と認定している。法規に定めがあるのであるから当然のこととはいえ、この認定と前記認定部分とが矛盾し両立し得ないものであることは明白である。
第一二点 新薬の承認を、講学上の警察許可としたのは、薬事法の解釈を誤ったものである。
(一) 原審において、被上告人国は、薬事法一四条の新薬の製造承認を「講学上の警察許可」であり、しかも「授益的許可」であると述べ、それを前提として、この承認の取消は原則として不可である、という主張を展開した。
原判決は、この国の主張にひきずられて、右承認を「授益的な」「講学上の警察許可」と解し、それを前提として、その撤回がきわめて例外的にしか認められない旨認定した。
しかしながら、そもそも右承認は「講学上の警察許可」ではありえないし、したがっていわゆる「授益的処分」でもない。この判断の誤りはきわめて重大であり、判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
(二) 薬事法一四条の製造承認は「許可」ではなく「確認」である。
そもそも、「許可」とは、法令による一般的禁止(不作為義務)を特定の場合に解除し、適法に特定の行為をなすことを得しめる行為である。
許可の行為は、一般的な禁止(不作為義務)を解除し、適法に、特定の行為をなすことを得しめることにある。許可を受けることを要するとされている事項は、元来は、何人も自由になし得べき行為で、行政上の目的(警察上、統制上または財政上目的等)に照らし、法令により、一応、これを制限しているにすぎず、許可は、この禁止を解除することによって、その本来の自由を回復せしめ、適法にこれをなすことを得しめることを目的とする。
というものである(田中二郎法律学全集「行政法総論」三〇三〜四頁)。
ところで、昭和三五年薬事法第一四条の「承認」とは、申請された特定の化学物質について、医薬品としての適性を認めるという行為に過ぎず、特定の行為(=製造)の前提として必要ではあっても、直接特定の行為をなさしめる行為ではない。特定の行為(=製造)をなさしめるのは、同法第一二条の許可である。
ところで、そもそも「あらゆる化学物質が一般的に医薬品としての適性を有している」などということがありえないことは自明である。
したがって、医薬品の適性を承認するという内容の同法一四条の承認が、「本来の自由についての一応の制限を個別に解除」するものと解する余地はないと言わなければならない。この意味で、法第一四条の「承認」を講学上の許可と解することは基本的に誤っているものと言わざるを得ない。
(三) 厚生大臣においても、昭和三五年薬事法第一四条の承認について、これを一貫して「許可」ではなく「確認」あるいは「公認行為」と解してきた。
例えば、口語薬事法(自由国民社刊第二刷)によれば、薬事法第一四条の製造承認とは、講学上の準法律行為的行政行為である「確認」にあたるものであり、一般的禁止を特定の場合に解除するという意味での「許可」ではないことが明らかである。
また、この場合の「確認」とは、具体的には医薬品の有効性および安全性について、その時々における最新の医学・薬学の水準に照らして審査し、客観的に判定する行為である。
なお、該当箇所を引用すると左のとおりである。
「一 一二条の製造業の許可が前述したとおり製造所の構造設備と製造業者の人的欠格事由について審査して与えられるのに対し、個々の製造業者の製造する医薬品等自体について、それが一般に流通して国民の医療または保健に使用されることが適当か否かを判定するのが本条の承認である。ある医薬品等が国民の医療または保健に使用されることが適当か否かとは、換言すればその医薬品等が有効かつ安全であるか否かということである。医薬品等の有効性および安全性は、一定の目的に一定の成分のものを一定の方法で使用した場合における効能効果と副作用とを比較して総合的に判定すべきものであるが、この場合、総合的判定とはいっても判定者の主観によって左右されるものではなく、医学薬学という学問の本質からして当然に、判定時における最高の学問水準に照らせば客観的に定まってくる性質のものであるということができる。
したがって、本条の承認は、医薬品等の有効性および安全性について、その時々における最高の医学薬学の水準に照らして審査し、客観的に判定する行為であって、講学上の準法律行為的行政行為である「確認」にあたるものである。
二 このように本条の承認は、医薬品等の有効性および安全性について判定するものであるが、具体的な判定は、成分・分量、製造方法および規格・試験方法などの医薬品等の製造に関する事項と用法・用量、効能・効果および貯蔵方法・有効期間などの使用に関する事項を確定することによって行われる。これによって、承認どおりに製造された医薬品等を承認された目的・方法に従って使用するとき、その製品は有効かつ安全であるということになるわけである。」(前掲口語薬事法七〇〜七一頁)
なお、右「口語薬事法」の右箇所の執筆担当は、厚生省薬務局企画課であり、したがって、右の見解は、厚生省としての見解にほかならない。
(四) 薬事法一四条の製造承認が、講学上の「許可」ではなく「確認」であることは、以下の二点からも妥当と言える。
第一は、そもそも薬事法第一条に明らかなとおり、同法は「医薬品に関する事項を規制し、その適正をはかることを」目的としているのである。
右に明らかなとおり、薬事法は物であるところの医薬品の規制・適正化を中心的目的としているのであって、製造業者の営業活動保護を目的にしているわけではない。前掲口語薬事法によれば、「本法は保健衛生上の見地から、これらの物が他の一般商品とは異なる特性を有することに鑑み、その適正をはかることを目的とするものである。したがって、この解釈は、保健衛生の維持および向上をはかり、国民保健の増進に資することを目的とするものであり、医薬品に関する経済的規制を目的とするものではない」(八頁)とされている。
そして、右目的のもとに、薬事法は、その医薬品の有効性・安全性などの客観的性質あるいは、繁用の有無などの客観的事実に基づき、局方収載医薬品、製法・性状・品質・貯蔵等に関し基準を設けるべき医薬品、検定を必要とする医薬品、劇薬・毒薬、要指示薬などさまざまに分類し、それぞれ、その分類に従った規制を受けることにしているのである。すなわち、前記のとおりの目的に従い、物であるところの医薬品について、その客観的性質に即して、必要なコントロールを加えていくというのが薬事法の基本的な仕組みなのである。右のような基本的仕組みを前提に考えれば、一四条の製造承認についても、物であるところの特定の物質について、その客観的性質を検討し、医薬品としての適性を判定するということに尽きるとするのが合理的である。
第二に、一四条の製造承認は「物」についての判定に尽きるから、特定の製造業者がこれを製造しようとするときは、別個に薬事法第一二条により許可を受ける必要がある。この一二条の許可は、前掲口語薬事法においても一次的禁止を特定の者に解除するという、いわゆる講学上の許可であるとしている。このように、わざわざ一二条と一四条とを別個に設け、物への判定行為と、特定の業者への判断とを区別しているということからしても、一四条の承認は、一二条の許可とは異なる性質のものと考えるのが合理的である。そして、医薬品としての適性ということについては、その申請者の設備や製造能力、あるいは製造業者としての信頼性などとはまったく判断の次元を異にするものであり、純粋に医学・薬学上の見地から、判定しうるものである。
要するに、医薬品の製造承認とは、ある特定の化学物質を医学・薬学上の知見に照らして医薬品としての有効性・安全性を有しているということの判断作用としての確認行為にほかならないのである。したがって、医学・薬学上の知見の変化に伴い、右の判断を変更せざるを得なくなれば、当然に承認を取消しうべきものである。
第一三点 厚生大臣に医薬品の安全性確保権限・義務がないというのは憲法第二五条一項、二項の解釈適用を誤り、薬事法の解釈適用を誤ったものである。
一 薬事行政の構造・特色
(一) 公衆衛生に関する行政のうち、多数の国民の生命・健康に深刻な被害が生じて問題になったのは医薬品であり、これに次ぐものとしては、食品が存する。医薬品とはそれ身体人体にとって異物であり、生命・健康への危険性を内包している化学物質である。また、食品が問題になったのも、専ら、有害化学物質の混入(森永ヒ素ミルク、カネミ、チクロ等)であり、要するに、人体への化学物質の投与の承認ないし看過が問題なのである。しかも、これらの化学物質の危険性は国民の側で認識することは不可能であり、したがって回避の手段もない。他方、大量生産・大量消費の構造からして、被害は広汎・大量なものになりやすい。
薬事行政については、右のような特質が充分理解されるべきである。
(二) 他のすべての法律と同様に、薬事法の解釈にしても、法の基本的な趣旨目的、あるいは全体の構造を前提にした解釈が行われるべきであり、そこから遊離して個別の字句の存否にのみこだわるような解釈はつつしむべきである。
すべての法律において、法律の個々の条文の解釈は、状況の変化や価値観の変動によって可動的である。薬事法においても同様である。
薬事行政が不良不純医薬品の取締に力点を置いていたという時代があったとしても、そのことから直ちに、薬事法が、専ら、その取締のための法律であると結論づけることはできない。薬事法自体は、一貫して不良・不純医薬品だけでなく、純正医薬品の人体への有害性・副作用の存否を前提にし、それへの対処を問題にしているのである。以下、具体的に指摘する。
① まず、劇薬・毒薬の概念およびそれに分類したうえで規制を決定するという構造がそうである。昭和三五年薬事法は、毒性又は劇性が強いものとして厚生大臣の指定した医薬品については、それぞれ「毒」、「劇」の表示の義務づけ(同法四四条)、医薬品を収めた容器・被包に施した封を開封して販売することの禁止(同法四五条)、譲渡方法についての厳しい制限(同法四六条)、交付相手に対する制限(同法四七条)、貯蔵・陳列方法の制限(同法四八条)などを設けている。ところで、毒薬又は劇薬の指定基準は概ね次のようなものである。
(1) 急性毒性が強いもの。
(2) 慢性又は亜慢性毒性の強いもの(長期連続投与した場合、機能又は組織に障害を認められるもの)。
(3) 安全域の狭いもの(致死量(LD50)と有効量(ED50)比又は毒性勾配により判定する)。
(4) 臨床上中毒量と薬用量(常用量)の極めて接近しているもの。
(5) 臨床上薬用量(常用量)において副作用の発現率の高いもの、又はその程度の重篤なもの。
(6) 臨床上蓄積作用の強いもの。
(7) 臨床上薬用量(常用量)において薬用作用の激しいもの。
そして、右の(1)〜(7)のいずれかに該当すれば、毒薬又は劇薬に指定されるのが通例である(牛丸義留「薬事法詳解」二六九頁、厚生省薬務局「薬事法」ぎょうせい・三四五頁、「口語薬事法」一六〇頁)。右(2)および(5)に明らかなとおり、長期連続投与により機能又は組織に障害が生じるもの、あるいは副作用の発現率が高いもの、または重篤な副作用のあるものについては、毒薬又は劇薬とし規制を施すことが予定されていたのである。この一事をもってしても、昭和三五年薬事法が純正医薬品の人体への有害な副作用を問題にしていたことは明らかである。
② ついで、昭和三五年薬事法四九条の要指示医薬品の規定がある。
すなわち、厚生大臣が指定した医薬品については、医師の指示なくしては販売できないこととされており、この趣旨は、副作用が強い医薬品などを素人がみだりに使用することを防止しようというものである(前掲「薬事法詳解」二七六頁、「薬事法」三五一頁、「口語薬事法」一六八頁)。してみると、ここにおいても、昭和三五年薬事法が純正医薬品の副作用を問題にしていたことが明らかである。
③ また、そもそも新薬の承認について、成分や効能・効果を審査するだけでなく、用法・用量についても審査の対象とするということも然りである。用法や用量は本来、不良・不純医薬品とは何の関係もないことである。医薬品が用法・用量を誤るとかえって生命・健康に危険であることは古くから知られていることであり、したがって、これを厳重に規制することとしているのである。
原判決も「医薬品たる化学合成物質は……そもそも生体にとって歓迎されない異物であり、……有効性とその効果以外の副作用等の有害性とを相伴うもので、両者は表裏の関係にあって、『両刃の剣』のようなものであり、選び方、使い方、使う量を誤まれば、毒でしかなくなる」(D五八六)、「医薬品は、一般には副作用を発生することが知られている量より格段に少ない安全な領域で日常薬用量が定められ」(D五八八)としてこのことを認めている。すなわち用法・用量を審査して薬用量を定めるという薬事行政の基本的行為自体が、純正医薬品の副作用を問題にしているというべきなのである。
さらに、
④ 使用上の注意についてそれを使用者に周知徹底させることとし、その記載の不充分な医薬品は、不良・不純医薬品同様厳しく取締ることとしているのも同様である。すなわち、昭和三五年薬事法五〇条は医薬品の直接の容器等についての記載事項を、同五二条は添付文書などの記載事項を定め、同五三条はそれらの記載が目立つようになされていることを求め、同五四条は逆に、添付文書等に記載してはならない事項を定め、同五五条は右の必要記載事項を落としたり、記載禁止事項を記載してある場合について、医薬品自体の販売・投与・貯蔵・陳列を禁止し、八五条三号では、これに違反した者に懲役二年以下などの重い刑罰を規定している。
ここで右五二条の必要記載事項の中には、「使用および取扱い上の必要な注意」が規定され、また、五四条の記載禁止事項には「虚偽もしくは誤解を招くおそれのある事項」「保健衛生上危険がある用法・用量・使用期間」が規定されている。そして、厚生省は右の記載義務事項および記載禁止事項の内容について、例えば昭和四五年四月二一日薬務局監視課長通知により、以下のとおり述べている。
すなわち、不適正な表示例の代表例として、「医学薬学上認められている範囲の副作用を記載していないもの、あるいはその副作用の存在を否定するもの」「副作用の発現頻度を過小化して記載したもの」などをあげ、また、記載義務事項として、副作用についての記載方法について詳細に明示している。
もとより、右は昭和四五年時点での通知であるから、具体的な記述方法については、その時点時点における考え方の相違はあろう。しかしながら、薬事法の、前述のような規定のしかた、規制の構造からして、副作用を防止するための使用上の注意を記載する義務が存し、副作用の記載や程度を糊塗するような記載の許されないこと自体は、動かしがたい事実である。
また、前述のとおり、これに違反した場合の刑罰を含む厳しい規制措置からして、昭和三五年薬事法が副作用の問題を重視していたことは明らかである。
ところで、昭和三五年薬事法は前述の諸規定と別に、不良・不純医薬品の製造・販売禁止を右の諸規定より後の第五六条において設けている。
⑤ 最後に、局方への収載あるいは局方からの削除に際しては、古くからその安全性についても考慮されてきたことが挙げられる。
以上のとおり、昭和三五年薬事法、昭和二三年薬事法において、「安全性」「副作用」の字句が存しないから、そこにおいては安全性の問題は念頭になかったとか、副作用に対する薬事行政は行えなかった、などと結論づけることはできない。医薬品に危険性はつきものであるとの認識からしても、右に述べたとおりの薬事法の全体構造からしても、安全性と副作用のことは薬事行政上当然の前提にされていたのである。
(三) そもそも、要指示薬、劇薬指定あるいは用法・用量についての適正な規制、使用上の注意の完全な伝達、局方からの削除などが的確に行われていれば、本件を含めて、薬害の発生の大部分は、未然に、あるいは軽微な被害の段階で、防止し得たものである。
昭和三五年薬事法、昭和二三年薬事法においては、昭和五四年薬事法のような新医薬品の再審査、医薬品の再評価、厚生大臣の緊急命令のような規定は存しない。しかし、これらの規定が存しなかったからといって、厚生大臣が医薬品の副作用について考える必要がなかったとか、薬害防止のために有効な処置をなしえなかったなどと結論づけることはできない。むしろ、新設された規定は、それまでも解釈上、厚生大臣の権限とされていた事柄について、疑義をなくすために明文化されたものにすぎないというべきである。仮に然らずとしても、前述したような要指示薬、劇薬指定などにより、大半の場合は薬害の防止が可能なのであり、現行法と旧法との差は、厚生大臣の権限を若干強化したにすぎないのである。法の基本的目標や全体としての薬事行政の構造に変化がないことは明らかである。
現行薬事法と昭和三五年薬事法とで、行政権行使の要件あるいは行使できる行政権の内容は大差ない。表面的に加入された字句のみに目を奪われて、現行薬事法と昭和三五年薬事法との相違を誇張することは不当である。
二(一) 薬事法は、一たん製造承認を与えた医薬品についても、剤型を変更する場合、申請メーカーが異なる場合などについては、すべてあらためて承認申請を行い(昭和三五年薬事法一四条一項)、適応症拡大、用法・用量の変更などの場合にもその変更についての承認申請を行うこと(同一四条二項)とし、あらためて有効性・安全性について審査することとしている。
この場合、同一の医薬品について他のメーカーの申請の際にすでに承認をしているとか、あるいは他の剤型や他の適応症に関して承認しているということは、有効性・安全性についての有利な判断材料とされ、それに応じて審査も簡略化されるものである。(昭和四二年一〇月二一日の「医薬品の製造承認等に関する基本方針の取扱いについて」は、安全性の見地から薬事行政を従来に比して格段に厳しくしたものであるが、ここでも用法用量や効能効果のみの変更の場合には、提出資料がきわめて簡略化されている。)
しかし、また別の見方をすれば、このような事後の申請に対しては、その審査時点での医学薬学上の知見に基づいて有効性・安全性を再検討するものであることも明らかであるから、結局、剤型を変えたり、適用症が拡大されたり、他のメーカーが類似品を開発したりして、製造販売の量や幅が拡大していくような医薬品については、その都度くり返し、有効性や安全性がチェックされるという仕組みになっているのである。
そして、医学・薬学上の知見の進歩に伴い、厚生大臣において、当該医薬品の有効性や安全性についての判断を従前と異にし、承認すべきでないとの結論に達したような場合には、当然、過去の同種の医薬品(剤型や適応症が異なるだけで、化学物質としては同一のものはもちろん、主たる成分が同一で薬としての薬効、薬理作用が同一のものも含む)についても、必要な処置を講じる義務がある。
厚生大臣は、国民の健康・生命を擁護するという立場にあり、そのために医薬品の製造についても、その有効性・安全性を審査するものである。したがって、特定の医薬品の安全性について危険性を具体的に認識しながら、必要な処置の対象を、申請された特定の物に対する不承認にとどめ、市場に流通している同様の医薬品については放置し、国民の健康・生命を危機にさらしたままにしておく、などということが許されるはずがないからである。
第一四点 特別の緊急事態発生時を除いては、厚生大臣は新薬の承認の取消しを行うことができないとした判決は、薬事法の解釈・適用を誤り、最高裁判例に違反し、かつ条理に反するものである。
一 厚生大臣は、安全性に問題があることが判明した場合には新薬の製造承認を取消すことができる。
製造を承認した新薬について、その後に、有効性や安全性に重大な疑問が発生したような場合には、薬事法の解釈からして、厚生大臣は一たん行った製造承認を取り消すことができるし、かつその安全性の問題が生命健康への重大な被害につながるような場合には、取り消すことが義務であると言える。
このことは以下の五点から明らかである。
第一に、瑕疵ある行政行為は無効もしくは取消しうべきものであることは、通説・判例である。したがって新薬の承認についても、それが法の定める要件に適合せずになされたり、公益の目的に反するようなものである場合には、瑕疵ある行政行為として、少なくとも取消しを免れ得ない。重大な副作用の存在を看過してなされた承認は、一般にこの瑕疵ある行政行為に該る。
第二に、前述のとおり医薬品の製造承認は講学上の「許可」ではなく「確認」である。特定の者への授益行為ではなく、医学・薬学上の知見を前提にした物の性質についての公的判断にすぎない。したがって、学問の進歩とともに判断内容が維持できなくなれば、これを撤回・変更できることは当然である。
第三に、医薬品の局方への収載およびそれからの削除、あるいは薬事法四二条〜四九条に基づく医薬品についてその性状等に応じてのさまざまの規制の実施については、厚生大臣において国民の健康確保の目的のもとに自由になしうるものである。
このような薬事法の根本的構造を前提にして考えれば、新薬の製造承認についてのみ、これを製造業者の既得権として手厚く保護し、仮に有効性・安全性について重大な疑問が発生しても、製造承認を取り消せない、などと解釈することは著しく不合理である。
第四に、授益的行政行為であり、かつ法令上直接その撤回について明文の規定がなくても、公益上の必要性があれば、これを撤回しうるものであることは通説的見解であり、最高裁判例もこの立場をとっている。
第五に、厚生大臣自身が、製造承認の取り消し(撤回)が可能であるとの見解を有し、それを前提に行政を運用してきたという歴史的事実が存する。
以下、順次詳述する。
二(一) まず第一の点である。
行政行為が行政行為として完全にその効力を生ずるためには、行政行為の根拠又は基準たる法の定める要件に適合することを必要とするのみならず、法の範囲内において行政庁の自由裁量が認められる場合においても、公益の目的に適合するものであることを必要とする。行政行為が法の定める要件に適合しない場合(違法の行政行為)又は公益に反する場合(不当の行政行為)には、その行政行為は完全にはその効力を生ずることができない。かように、行政行為の効力の発生を妨げる事情を行政行為の瑕疵といい、かような瑕疵をもった行政行為を一般に瑕疵ある行政行為と呼ぶ。
行政行為に瑕疵があるときは、行政行為は、完全にはその効力を生じ得ないのが原則で、権限ある行政庁は、職権によりこれを取消し、自らその効力を否定することができる(以上田中二郎「行政法総論」法律学全集三二四ページ)。
(二) 原判決も指摘するとおり、人の生命健康へ重大な被害をもたらすような有害な物質は本来医薬品たりえない。仮に、そのような有害物質をどうしても医療に必要とするだけの有用性が大きいとしても、その有害性を発現させることのないようにコントロールできる場合でなければならない。
昭和三五年薬事法一四条の承認は、ある化学物質が医薬品たりうるかを一定の方法で使用した場合における効能と副作用とを比較して総合的に有効性・安全性を判定するものである。したがって有害性が強く、またその有害性を上回るような有効性が存しないような物質については、昭和三五年薬事法一四条の要件を充足していないものというべきである。仮にそうでないとしても、そのようなものを医薬品として使用させることが公益の目的に反することは明らかである。
この場合、「法の定める要件への適合」あるいは「公益の目的への適合」は、あくまでも、客観的事実により決定されるものであり、その処分をなした公務員の客観的過失の有無は必要ない。このことは当該行政行為そのものに何ら瑕疵がなくとも、先行行政行為に瑕疵があれば、その瑕疵を承継するとされていることからも明らかである。
したがって、法一四条により、承認を与えた厚生省職員が、その時点では、一定の水準の調査・検討を行ったとしても、客観的にその物質に重大な有害性が存し、医薬品としての適性を欠いておれば、瑕疵ある行政行為としてこれを取り消すことができるのである。
三 第二の、製造承認が、講学上の「許可」ではなく、「確認」であることについては、第三点において詳述したとおりである。
四 第三の薬事法のしくみとの権衡について以下述べる。
(一) まず局方収載薬品との関係である。すなわち、昭和三五年薬事法、昭和二三年薬事法においても、①局方などの公定書収載医薬品については、あらためて製造の許可・承認を得なくとも、製造販売が可能であったこと。②医薬品の局方等への収載あるいはそこからの削除は、厚生大臣の権限として可能であり、しかも、医学・薬学の知見の進歩を前提にして、一定期間内ごとの収載・削除の見なおしが義務づけられていたことは、法文上明らかである。③さらに、新薬の製造許可・承認について、それが局方等に収載されているのと基本的に同一(主たる成分が同一)であるものの場合には、その有効性、安全性が推認されることからして、審査が簡略化されていた(包括建議など)ことも公知の事実である。そうである以上、局方に収載されていた医薬品について、医学・薬学の知見の進歩・変化に伴い、以前収載されていた医薬品が削除されることは当然ありうるし、現実にも存したが、この場合、それを製造販売していたメーカーが製造・販売できなくなることは当然のことであり、制度上もメーカーの既得の利益などまったく考慮する余地のないものである。この場合、従前局方に収載されていた医薬品と基本的に同一物質(つまり、主たる成分が同一)であり、そのことを前提として製造の許可・承認が与えられていた医薬品についても、その前提が喪失したのだから、製造・販売が許されなくなる(具体的には許可・承認を取り消す)というのは当然の結論である。
それでは、類似の物質(つまり、主たる成分が同一)が局方に収載されていない医薬品についてはどうか。ここで、局方とは、治療上も重要で広汎に用いられている医薬品が収載される仕組みになっていることに思いを至すべきである。すなわち、重要で繁用されている医薬品については、局方に収載されるということで、製造の承認・許可が不要になり、その上で、後日、有効性・安全性に問題が生ずれば局方からの削除という形で、製造・販売ができなくなるという仕組みになっているのである。医薬品の中の中核的部分、最も代表的な部分について、医学薬学上の知見の変化に伴い、このような処置が何の問題もなくできるのに、治療上の重要性も劣り、使用頻度も少ないような、いわば価値の低い医薬品のみが、いったん製造の許可・承認を許されると、医学薬学の知見が変化しても、許可・承認が取り消されないなどということは、全体のバランスからしてあり得ない解釈である。
(二) 明文上明らかな「医薬品」へのさまざまの規制
薬事法は、局方への収載および新薬の製造承認という形で、医薬品として認めた物についても、その作用の性質、内容に応じて、さまざまの規制を加えることを定めている。すなわち、毒薬・劇薬の指定(薬事法四四条〜)、要指示薬への指定(同四八条)、法四二条による製法・性状・品質・貯法についての基準を充たすべき医薬品の指定、検定を経るべき医薬品の指定(同四三条)等である。
すなわち、医薬品として製造承認を受け、かつ薬事法一二条による製造業の許可を受けたからといって、製造業者はその医薬品を自由に製造販売できるわけではないのである。当該医薬品が薬事法四二条ないし四九条の指定を受ければ、その製造や販売について厳しい規制を受けるものであり、しかもこのような医薬品に対して国民の健康確保のためにさまざまの規制を加えることがそもそもの薬事法の基本的目的なのである(同法一条参照)。
薬事法四二条ないし四九条の指定を行うこと、および局方から特定の医薬品を削除することは、厚生大臣において、国民の健康確保という視点から自由になしうるものであり、製造企業の権益を考慮する必要がまったくないものであることは、法文上も明らかである。
もとより、特定の医薬品について、これを局方から削除したり、あるいは薬事法四二〜四九条の指定をすれば、製薬企業としては、従来の商品についての製造・販売方法が抜本的に覆されるものであるから、大変な損害を被ることもありうる。かぜ薬の配合基準の変更により製薬企業が大打撃を受けたということもあった。しかし、もともと医薬品というのは、国民の健康確保のために製造・販売されるものであり、しかも有効性・安全性についての知見が日進月歩であることも当初より分かっていることである。医薬品製造業者においては、このことは当初より前提にしているリスクにすぎず、したがって、製薬業者の損害を考慮して、医薬品に対する必要な規制を施さないなどということはまったく本末転倒の議論であり、認める余地のない考え方である。
原判決も「当裁判所は、製薬業者は当該医薬品との因果関係を疑うに足りる相当な理由のある副作用情報を得たときには、直ちに右因果関係の有無の検討に着手すべきであり、かつ、その疑いが医学等の見地から完全に払拭されない限り、結果回避措置に踏み切るべきであると解する。」(D五九六)としている。
以上要するに国民の健康保険のため必要と判断すれば、可及的速やかに、局方からの削除、薬事法四二〜四九条による指定をしなければならないのであり、その結果製薬業者が被害を蒙ることについては、考慮する必要はないのである。
五 そもそも、いったん製造を許可・承認した医薬品について、この取消を行うことが、現実的にはメーカーの権益を奪うものでないことに注意する必要がある。原判決も認めているとおり、当該医薬品の有効性および安全性についての知見については、これを開発し、製造販売しているメーカーが最もよく知りうる立場にあるのである。そうだとすれば、当該医薬品において、有効性や安全性について重大な問題が発生したときには、それについての情報も、当該メーカーがまっ先に入手しうるはずのものである。その結果、特に重大な副作用の問題が生じたような場合には、その疑念が払拭されるまで、とりあえず製造販売を中止しその結果回避措置をすることは、メーカーとしての義務であり、原判決もかかる義務の存在を認めているものである。そうだとすれば、メーカーにおいて、かかる重大な義務に違反して、その医薬品の製造販売を漫然と継続して利益をあげていたとしても、それが法的保護に値しない利益であることは明らかである。
したがって、重大な副作用が問題になった局面では、昭和三五年薬事法一四条の承認を授益的行政処分かどうかを問題にする意味自体が存しないものというべきである。かかる意味においても、重大な副作用の問題が生じた際に、当該医薬品についての製造承認を取り消すことは、当然に認められるべきと言えるのである。
また判例・学説上も、法律上の明文の規定の有無にかかわらず、授益的行政処分でさえも公益上の必要があるときは、原則として、自由に撤回し得るものと解されている。
例えば、最近では最高裁第二小法廷は、優生保護法一四条一項による人工妊娠中絶を行うことのできる医師の指定について「指定医師の撤回による医師の蒙る不利益を考慮しても、なおそれを撤回すべき公益上の必要性が高いと認められるから、法令上その撤回について直接明文の規定がなくても、指定医師の指定の権限を付与されている医師会は、その権限において右指定を撤回することができる」との判決を下している(最二小六三・六・一七 判例時報一二八九号三九頁)。
したがって、薬事法第一四条による製造承認について、これを授益的行政行為と解釈する余地があるとしても、公益上の必要があれば、厚生大臣においてその承認の取消をなしうることは当然である。
六 厚生大臣が製造承認の取消可能と解釈し行政を運用してきたこと
(一) まず、アンプル入り風邪薬事件の発生に伴い、厚生省は昭和四〇年五月一一日薬発第三六〇号薬務局長通知をもって、すでに承認を受けているアンプル入り風邪薬については、日を限って製造品目の廃止届けを提出させること、指定期限までに廃止届けを提出しない場合には、「当該品目については……製造承認の取消を行なう方針である」旨を明言した。
(二) 昭和四四年七月二三日薬発第五六二号薬務局長通知「アミノ塩化第二水銀(白降汞)を含有する製剤等の取り扱いについて」は、すでに製造についての承認および許可を受けている白降汞含有一般製剤については、「可及的すみやかにその製造を中止させるものとし、かつ、遅くとも本年八月三一日までに…製造品目の廃止の届出を行わせること。なお、当該製造業者が同日までに自主的に上記の措置を講じない場合には、当該品目についての製造の承認および許可の取消処分を行う方針である」とした。
(三) 昭和四五年五月一九日内田厚生大臣は、国会(衆議院決算委員会)において、「前の承認が誤りであった、また、前の承認と条件その他が違ってきて今日無効であることが客観的に学界等の検証によって認められます場合には、行政行為によって承認をいたしたものでありますから、今日の薬事法上も承認の取消ということはできる、こういう解釈に私どもは立っております」旨を、言明した。
(四) 昭和四八年一一月二一日薬発第一一四二号薬務局長通知は、医薬品の再評価として、「医薬品再評価が終了した単味剤たる医療用医薬品の取り扱いについて」、次のように取扱われる旨が通知された。すなわち、「第一、有用性を示す根拠がないものと判定された医薬品に対する措置 1 日本薬局方収載医薬品については、日本薬局方から当該医薬品を削除する 2 日本薬局方外医薬品については、当該医薬品の製造(輸入)承認及び当該医薬品にかかる製造(輸入販売を含む…)業の許可の取消しを行う」と。
(五) 昭和四九年一〇月一三日のサリドマイド薬害について締結された確認書において、厚生大臣は、「国民の健康保護のため必要な場合、承認の取消し、販売の中止、市場からの回収などの措置をすみやかに講じ、サリドマイド事件にみられるごとき、悲惨な薬害が再び生じないよう最善の努力をすることを確約する」とした。
ところで、国に関しては、その性格上、いかなる形態であれ、国の姿勢を表明し、一定の具体的事項について確約した場合は、エストッペルの法理により、これに反した措置をとることは許されないとされている。
厚生大臣は右に述べたとおり、さまざまの形で、医薬品の製造承認の取消しを行い得ることを明らかにしているものであり、したがって、この点についての厚生大臣としての公権的解釈は、確定しているものというべきである。
したがって、国民の立場からすれば、厚生大臣が必要に応じて製造承認の取消しを含む規制権限を発動してくれることについて期待するのが当然の状況にあったものである。そして、厚生大臣が、国民の健康保護のためには、製造承認の取消しが可能であると解釈し、実務を運用しているような場合には、特段の事情のない限り、裁判所としても、かかる実務の解釈運用を尊重して、当該行政行為の撤回は可能と解釈するべきものである。
七 結論
以上の二項ないし四項で述べたところからして、薬事法の解釈適用として、品目製造許可又は製造承認を与えた医薬品について、後日有効性や安全性に重大な疑問が発生した場合には厚生大臣はその製造承認を取消すことができるものと解すべきである。また、然らずとしても、四項ないし六項で述べたことからして、条理上、厚生大臣は安全性に重大な疑義が生じたときには製造承認を取消すことができるものと解すべきである。
このことは昭和六三年六月一七日の最高裁第二小法廷判決(判例時報一二八九号三九頁)からも結論づけられる。
以上と判例を異にする原判決の解釈は薬事法の解釈適用を誤り、もしくは条理に反し、かつ、最高裁判例に違反する解釈を行ったものと言うべきであり、この誤りは判決の結論に影響するものであるから、この点においても原判決は、破棄を免れない。
第一五点 薬事法には、局方収載後、または製造・販売などの許可・承認後の副作用の調査、あるいは副作用が判明した後の対応について厚生大臣の権限・義務についての規定はない、とする原判決は薬事法の解釈・適用を誤り条理に違反する。
原判決は、「昭和三五年薬事法には、薬局方収載後または製造・販売等の許可・承認後の副作用の調査、あるいは、副作用が判明した後の対応に関する厚生大臣の権限、義務等について規定するところはない(この点は、新法の一四条の、二、三、七四条の二等と対照すると明らかである)。」とし、これを前提に、後日副作用が判明した場合の厚生大臣の権限・義務について消極的な解釈を採っている。
しかし、これは明らかに薬事法の解釈・適用を誤ったものである。
一 すなわち、昭和三五年薬事法上、後日副作用が判明した後の対応についての厚生大臣の権限・義務を定めた規定は、多数存する。
まず、厚生大臣に、定期的に日本薬局方の改訂を行う権限・義務が存したことは昭和三五年薬事法第四一条に明記されている。
第二に、昭和三五年薬事法第四四条により、厚生大臣は、重大な副作用の判明した医薬品を毒薬・劇薬に指定して、その流通・使用を厳しく制限することが可能であった。
第三に、昭和三五年薬事法第四九条により、厚生大臣は、副作用の判明した医薬品を要指示医薬品に指定し、買薬による薬害の発生を防止することが可能であった。
第四に、昭和三五年薬事法第四二条、四三条等により、必要に応じて医薬品の性状、品質、性能、有害性等に対応する規制をすることによって、副作用の被害を防止することが可能であった。
第五に、昭和三五年薬事法第五〇条ないし五五条に基づき、後日判明した副作用についても、その副作用情報を充分周知徹底させることにより、被害の発生を防止することが可能であった。
第六に、昭和三五年薬事法第六六条により、後日判明した副作用についての情報を前提に広告に対して規制を行うことが可能であり、これにより被害の拡大を防止することが可能であった。
第七に、昭和三五年薬事法第六九条、七〇条により、厚生大臣は製薬企業に対して「必要な報告を命ずる権限」、あるいは、添付文書などに副作用情報や使用上の注意が充分記載されていない医薬品の「廃棄その他公衆衛生上の危険の発生を防止するに足りる措置を採るべきことを命ずる」権限があった。
これらにより、新たに判明した副作用についても製薬企業に対し、被害防止のため強力な規制を行うことが可能であった。
第八に、厚生大臣は、昭和三五年薬事法第七五条により、薬事関係法令に違反した業者についてある品目についての製造業の許可又は事業許可の取消、業務の停止を命ずる権限を有していた。後日判明した副作用についても、業者は、薬事法上、それを前提にした使用上の注意や薬害を添付文書に明記したり、広告に反映させる義務が生ずる。したがって、それを遵守しないような業者についてはその事業許可自体を取消すことが可能であったものである。この点でも厚生大臣としては、後日判明した副作用についての被害防止に強力な権限を有していたものである。
二 本件クロロキン製剤についても、厚生大臣は、重篤な副作用を認識した時点で、①局方からクロロキン製剤を削除する。②直ちに(昭和四二年などという遅い時期ではなく)、劇薬に指定する。③直ちに、要指示薬に指定する。④法六九条に基づきクロロキン製剤を製造している業者に対して当該副作用(クロロキン網膜症)についてどのように認識しており、被害発生防止のためにどのような対処をする予定であるか(製薬業者が直ちに解明確認に着手すべきであり、かつそれに先立って、一時的販売停止をすべきものであることは原判決も認定している(D五九五))について、納得のいくまで報告を求める。⑤クロロキン製剤が安全であるとか、長期使用を奨励するような広告を行わせないようにする。⑥クロロキン網膜症の危険およびその発現防止のために必要な注意事項をすべての医師が認識できるように添付文書に具体的に、かつ「見やすく」「理解しやすく」記載させる、等の処置が薬事法上明記された規定に基づく権限行使として執れたものである。そして、これらの措置が迅速にかつ充分に行われていれば、我が国におけるクロロキン網膜症の被害の多くは、防止し得たはずのものである。
三 原判決は、昭和五四年法の一四条の二、三あるいは七四条の二等の新設を誇大に評価し、この規定が設けられるまでは、厚生大臣には後日判明した副作用について何の権限もなかったかのような認定をしている。
しかしながら、厚生省薬務局自身が、例えば、同七四条の二の規定について「本条は、昭和五四年の改正により、追加された規定であり、この改正前は、承認の取消し等に関する明文の規定はなかった。このような場合、いわゆる行政行為の撤回が可能かどうかについては、積極に解する立場と消極に解する立場とがあるが、医薬品等の製造又は輸入の承認の取消し(撤回)については、従来から積極に解し、運用してきた。そこで、このような疑義をなくし、より明確にするため、撤回根拠を法文上明記したものである」として、実務上確立していた解釈・運用を、「疑義をなくすために」明文化したにすぎないことを明らかにしているのである(逐条解説「薬事法」厚生省薬務局四四〇ページ)。
要するに原判決の前記認定は、実務を無視し、条理に反するものと言わざるをえない。
四 以上のとおりであるから、昭和三五年薬事法に副作用が事後的に判明した場合についての厚生大臣の権限・義務についての明文の規定はまったくないとし、それを前提に、その場合の厚生大臣の権限・義務をきわめて消極的な狭いものと解した原判決の認定は薬事法の解釈・適用を誤り、条理に反するものであり、また、この誤りが原判決の結果に影響を与えたものであることは明らかであるから、この点においても原判決は破棄を免れ得ない。
第一六点 能力差のゆえに、薬事法は新薬の安全性確保を、第一次的には製薬会社に委ねており、厚生大臣は、製薬会社の提出した資料の範囲で、新薬の承認をすればよい、というのは、憲法二五条に違反し、薬事法の解釈を誤り、また理由不備の違法、審理不尽の誤りを犯したものである。
一 メーカーの能力が厚生大臣の能力を上回っているとするのは不当である。
(一) 原審判決は、「厚生大臣の限られた審査能力、一方、製造業者の調査・研究の高度な能力等(いずれも当裁判所に顕著である)に鑑みると、薬事法は、医薬品の安全性の確保について、第一次的にはこれを製造・販売する製薬業者に委ねている…」として、要するに、メーカーが調査・研究について厚生大臣を上回る能力を有しているかのように認定している。しかしながら、このような認定を裏付けるような証拠は皆無であり、しかも、本件のクロロキン製剤に限定しても、まったく事実に反する認定である。すなわち、わが国において、メーカーとしてクロロキン製剤を製造販売していた業者は左記のとおりであり、きわめて小規模な業者も少なからず存したのである。
とくに、リン酸クロロキンについては、これが公定書に収載されていたことから、格別の調査・研究を行わずしても、外国より原末を輸入して錠剤に加工し販売することは簡単にできたし、現に、そのようにしていた業者も少なからず存したのである。
なお、被告の製薬業者六社の製造販売量が、わが国の全体としてのクロロキン製剤の製造販売量のどの程度の割合であったかについては、製造販売量についての原告側の再三の釈明要求にもかかわらず、裁判所がこの釈明命令を行わなかったため、一切不明である。しかし、これだけの企業が現実には製造についての許可・承認を得ていた以上、中小規模のメーカーの製造販売量が無視できる程度のものでなかったことは容易に推認される。ところで、資本金が数百万円、総従業員数が数十名程度の規模の企業において、その調査・研究能力のレベルがかなり低いものであることは、容易に推認しうるところである。この点だけからしても、原判決の前記認定の誤りは明らかである。
(二) つぎに、被告の製薬会社六社の範囲に限定しても、原判決の認定を裏づけるような証拠はなく、原審における主張、証拠を総合すれば、むしろ結論は逆になるというべきである。例えば、本件において小野薬品と科研薬化工はいずれも昭和四二年以前にはクロロキン網膜症についての認識すら有していなかったと主張している。そして原判決は、これらのメーカーについて過失責任は認定したが、故意責任は斥けたのである。
ところで、製薬メーカーの場合、利益の確保が第一次的な目標であるから、ともすれば新薬の開発や適応症の拡大、これを通じての製造・販売量の拡大の方に力点が行き、安全性や有効性の見直しの方はおろそかになりがちである。原判決は、本件当時は、医薬品行政の中心は不良医薬品・不純医薬品の規制であり、安全性に対する意識は不十分であったように認定しているが、国民の健康を守るべき立場にある厚生省としては、そのような状況のときに、高度成長経済のもと、利益拡大に必死になっている企業が、安全性の問題に力点を置くことなど、ありえないことだったことは十分知悉していたはずである。いかに企業の規模が大きくても、その企業がおよそ力を入れていない部門において、格別の力が発揮できるはずはないことは見易い道理である。
また、利益獲得を基本的な目標にしているメーカーとしては、仮に副作用についての情報に接しても、その発現率がかなり低いものであって、損害賠償の問題を考えても、製造販売に踏み切った方がはるかに利益につながると考えられる場合や、その副作用の情報がそれほど明確なものでなく、他方で、安全性を強調するような情報もある場合には、得てして副作用情報を軽視しがちである。これに対して、個別の医薬品の売上について利害関係がなく、また国民全般の健康について責任を負っている厚生大臣としては、発現率が低いからといって深刻な副作用を無視するとか、それほど明確でなくても具体的に危険性を警告する情報がある場合にこれを放置するなどということには、ならないはずのものである。

クロロキン製剤メーカーの企業規模
日本会社録第4版(昭和40年11月)日本興行銀行編
(財)美術社出版
資本金 従業員 売上高
(主として80/3又は79/9月期)
伊藤由製薬
稲畑産業 7.5億 903人 142億
岩城製薬 6,000万 200人 (6億)年商内高
小野薬品 4.5億 1,100人 37億
太田製薬
科研薬化工 3.7億 495人 34億
関東医師製薬 750万 80人 (2.3億)年商内高
小林化工 300万 15人
平和薬品
塩野義製薬 48億 4,844人 151億
住友化学工業 252億 12,262人 372億
ゼリア 5億 570人 (16億)年商内高
大正製薬 20億 5,065人 192億
武田薬品 150億 12,500人 488億
中央薬品 600万 120人 (2億)年商内高
同仁医薬化工 400万 80人 (11億)年商内高
中滝製薬 10.5億 472人 8.4億
中野薬品工業 1,200万 120人 (1.3億)年商内高
日本医薬品工業
日本商事 1億 630人 46億
藤本製薬
北陸製薬
堀田薬品工業
山之内製薬 22.5億 1,814人 64億
吉富製薬 10.8億 1,463人 44億

しかも、問題になるのは、全体的な経済力ではなく、安全性についての情報収集能力である。これについては、当時各メーカーがそれほどの能力を有していたとは簡単には結論づけられない。例えば、本件薬害の場合には、有効性の問題になる診療科目が内科や皮膚科であるのに、副作用が問題になる診療科目が眼科であって、異なるという問題がある。このため眼科医の間ではすでにクロロキン網膜症の問題が常識化した段階でも、内科や皮膚科医には充分情報が伝わっていなかったという時期がある。メーカーは、開発した医薬品を使用してもらい、また、必要な情報を集めるために医師や学会と密接な連絡をとるが、この場合、対象は、医薬品を使用してくれる可能性のある医師や学会である。クロロキン薬害で国立の大学病院が被告になった事件で、国は「一つの大学病院の眼科で常識化しているクロロキン網膜症も、同じ病院の内科には伝わっていなかったし、そのことは当時の科目を異にする医師の交流状況からしてやむをえないことだ」と主張しつづけた(判例時報九〇一号 五〇頁)。医学の世界がそういう状況であるならば、メーカーとしても、いかに情報収集に努力していても、眼科領域の情報の入手まではできなかったということは、充分ありうるのである。
つぎに、情報収集能力というのは、経済力や人員の数などよりも、むしろその立場というのが最も重要な要因である。厚生省は、中央薬事審議会などの諮問機関、国立衛生試験所、予防研究所などの研究機関を有し、また全国の国立病院や保健所の頂点にあって、恒常的にかつ広範に医薬品の有効性や安全性についての情報が入手できる立場にあった。
また、新しい医薬品の製造承認行政、能書や広告における使用上の注意の記載についての監視行政、局方の収載や削除の作業、などを通して日常的に膨大な数の医薬品の安全性の問題を検討していたものであり、この過程で入手した情報量もまた膨大なものであったはずである。
さらに、医薬品の場合、重要なのは国際的な情報ネットワークである。日本はWHOに加盟していたから、担当省である厚生省としては、医薬品の副作用に関する情報についても、これを、広範に、しかも恒常的に、かつ容易に、入手しうる立場にあった。これに対してメーカーの場合には、吉富、武田がバイエルと提携した場合のように、個別的に特定の他国の情報を入手することはありえても、広範かつ恒常的に入手するなどという方法はなかったはずのものである。
以上、さまざまな点において厚生大臣がメーカーとは比べものにならないほど、広範かつ容易に医薬品の副作用情報を入手していたことは明らかである。この点において原判決の認定の誤りは明らかである。
二 厚生大臣の審査方法をメーカーの資料の範囲に限定するのは不当である。
(一) 原判決は、医薬品の製造承認申請が数多くなされること、厚生大臣の限られた審査能力等に鑑みると、「厚生大臣に対し、特定の医薬品を日本薬局方に収載し、またはその製造の承認を行うに当たり、自ら積極的に資料を収集し、当該医薬品の一般に知られていない副作用の有無、程度等を調査する義務を課しているとはいえず、ただ申請の際に申請者が自らの責任と誠意において自主的に提出した基礎実験、臨床実験に関する資料に基づき、それによって当該医薬品の有効性、副作用の有無等を、そして最終的には有用性を審査し、承認の可否を決すれば、足りるとしているものと解せられる」としている。
(二) しかし、右の判示は誤りである。
そもそも、厚生大臣の審査能力がメーカーに比して劣っているかのように認定しているのが誤りであることは、前述したとおりである。
厚生大臣が、医薬品を局方に収載したり、局方から削除することについての責任と権限を有していること一つをとっても、厚生大臣の医薬品についての情報収集能力が相当程度のものであることは明らかである。
しかも、「一般に知られていない副作用の調査義務がない」からということで、そこから前述のようなメーカー提出資料に依存しての審査で足りるなどという結論を導き出せるはずがないのである。
一方において数多くの申請がされ、他方において審査能力には一定の限界があるというのは、世の中のあらゆる審査、あらゆる許認可行政に共通することである。この場合、審査の合格水準を問題にする必要のない場合はともかくとして、審査の合格水準を維持する必要があるようなケースにおいては、限られた審査能力で数多くの申請に対処するための工夫が必要となるのである。通常、予算や人員の増加、審査方法の合理化が問題になるし、それがまにあわなければ、過渡的にある程度の遅延はやむをえないとされよう。しかも、新薬の審査や、適応症の拡大の審査の場合、現実に審査方法の工夫により、安全性を確保できる審査水準を維持することは容易かつ現実的であった。端的に言えば、①厚生大臣の手元に備えつけてあるような医薬品情報書を参照することと、②釈明権を的確に行使すること、である。
①とは、NND、PDR、SED等であり、これを参照するだけのわずかな手間で、その医薬品の安全性についての国際的に認識されている知見は容易に判明するのである。②とは、厚生大臣において、当該医薬品の安全性や有効性につきなんらかの疑念が存すれば、それが払拭できるまでメーカーに対して、釈明権を行使することである。具体的には疑念についての質問および必要な資料の提出要求を行うことである。
本件のクロロキン製剤についても、右の程度の審査を行っていれば、クロロキン網膜症の問題を容易に認識し、それについての何の検討も対策も講じていないようなメーカーの製造承認申請あるいは適応症拡大承認申請が認められたはずがないのである。
原判決も「遅くとも昭和三七年以降厚生省当局はNNDを各国の薬局方とともに、日本薬局方と並ぶ公的資料と考え、その旨関係業者に公表してきた」(D一七九)
として、厚生大臣としてNNDが基本的かつ公的な資料であったことを認定している。
特に強調したいのは、NNDとかPDRとかSED、それにハンドブック・オブ・ポイゾニングなどという本は、入手困難なものではなく、法律家の大六法のように、厚生省薬務局の担当者の机の上にいつもころがっているような種類の本であるという事実である。原判決理由中第三節、第一、四の1から7にかけて認定されているように、NNDの一九六一年一版にはクロロキンによる網膜症の発生が明記されていたし、PDRの一九六一年版もそうであり、SEDは一九六〇年版にクロロキンによる黄斑部変性と暗点視、視野欠損、網膜色素沈着が明記されていたのである。つまりクロロキン網膜症は、一九六一年には「一般に知られていた副作用」なのである。これら世界的に権威の認められた基本的薬理書は、厚生省薬務局の職員にとって、まさにデスク・レアランス(DR)であったものである。特に薬務局製薬課の職員が、第一四条一項の製造承認又は同二項の変更承認審査の度にこれら基本書にあたって薬効効果を調べるのは当然の職務のうちである。これを要求するのは「自ら積極的に資料を収集し」などという大げさなことではないのである。一九六一年当時においてでさえ、クロロキン網膜症は「手元の本さえ調べればすぐわかる」ものだったのである。
(三) そもそも、本件のような審査の場合、メーカーの誠意を前提にして、専らメーカーの提出した資料に基づいて審査を行うということ自体が、審査の意味をほとんど無意味にするものであって、許されるはずのないことである。
原判決のような認定では、メーカーが故意に副作用についての情報を提出しなかった場合、あるいは有効性について誇張したデータを提出した場合、もしくは、悪意はなくても、調査不足のため当然提出するべき副作用についての資料を提出しなかったような場合に、厚生大臣は的確な審査ができないことになってしまう。
厚生大臣は、薬事法一四条一項に基づき、医薬品の有効性、安全性を審査するのであるが、これは憲法二五条一項および二項に由来するものである。原判決のような解釈を前提にしては、厚生大臣が憲法二五条一項二項により、国民から負託された責務を果たせるはずがない。このような解釈の誤りは明らかである。
三 以上要するに、厚生大臣の医薬品の局方収載および新薬承認についての権限を国民の生命・健康の保持が困難になるなど、不当に狭く限局して解釈した原判決の前記判示は、憲法第二五条一項二項ならびに薬事法第一四条一項の解釈・適用を誤ったものであり、また、なんの証拠もなくして、医薬品についての調査・研究能力においてメーカーが厚生大臣を上回る能力を有していると断定し、それを前提として、厚生大臣はメーカーの提出資料に基づいて医薬品の有効性・副作用の有無を審査すれば足りるとの結論を導いた原判決は、審理不尽ないし、理由不備の誤りを犯したものというべきである。
そして、右の憲法・薬事法の解釈・適用の誤りおよび審理不尽ないし理由不備の誤りが原判決の結論に影響するものであることは明らかであるから、この点においても原判決は破棄を免れない。
第一七点 「薬事法は、医薬品の安全性の確保について第一次的にはこれを製薬業者に委ねている」「医薬品の副作用回避の義務は、第一に、医薬品を製造、輸入、販売する製薬会社にあり、厚生大臣のこの点における役割は後見的、補充的なもの」「薬事法は、副作用の調査や副作用が判明したときの対応については、製薬会社の処置に待ち、厚生大臣が自ら積極的に規制措置を取ることを予定して同大臣にこれにつき、権限を与えたり、義務を課したり、責任を負わせてはいない」とする原判決は、憲法二五条に違反、薬事法に違反し、かつ理由不備、理由齟齬の誤りを犯したものというべきである。
一 厚生大臣の責任を二次的あるいは後見的とするのは不当である。
(一) 「一次的責任」「二次的責任」というように責任の存否についての序列をつけること自体が不当である。そもそも厚生大臣とメーカーとでは医薬品に関する立場がまったく異なる。メーカーは、営利追求の手段として、医薬品の製造販売をするものである。これに対して、薬事法は、国が認めたものしか医薬品とは認めないという法制、いわば医薬品国定主義を採用している。厚生大臣は、かかる法制の下において、公務員として国民の生命・健康を擁護する立場にあり、かかる立場に立って医薬品の有効性・安全性を審査し、その製造販売を規制すべき立場にある。
このように立場が異なり、したがってその内容が質的に異なる責任について、一次、二次と序列をつけることは不可能である。原審は薬害における医師の責任とメーカーの責任との関係について、それぞれの責任内容が異なり、したがってそれぞれが責任を負うことを明らかにしている(D七一五)。このことはメーカーと国の場合でも同様のはずである。
もし、強いて、メーカーと国の責任について、一次的・二次的という序列をつけるというならば、次のようなことしか考えられない。すなわち、メーカーは自分で有効性・安全性についての情報を入手して、医薬品を開発する立場にあるのだから、安全性についての情報を他に先んじて入手することが多く、かつ安全性に問題のあることが判明した場合も、「開発を中止する」「きわめて限定した用途の医薬品として販売する」などの対応を自分の判断で直ちに行いうる。
販売開始後に安全性に問題があるとの情報が現われた場合にも、メーカーは、自社の製品であるから、他に先んじて情報を入手する可能性がある。そして問題があると思えば、「販売中止、回収」「医師への情報伝達」などの対応を自分の判断で直ちになしうる。
ということに着目して、責任の大きさを強調し、また、右のような意味で、情報入手にしても、対応にしても、厚生大臣が迅速性、融通性、機動性等で劣っていることを指摘したということである。
しかし、右のような差異を前提にし、また一次、二次と名前をつけても、そこから、厚生大臣が監督責任自体を放棄し、事態を放置しておいてよい、という結論が出るはずがない。厚生大臣は厚生大臣としての責任を負わなければならないことにはなんの変わりもないからである。
(二) 「後見的」責任という言葉の意味はさらに不明瞭である。辞書によれば、「後見」とは、日常語では、「年少者などのうしろだてとなって補佐すること。また、その人」という意味であり、また法律用語としては、「禁治産者または親権者のない未成年者を保護・監督し、その法律行為を代表する権限」と記載されている(広辞苑)。
そうすると、本件のような場合、メーカーは年少者か禁治産者か未成年者に該るということになるのか? 一部上場企業たる大会社について、その責任能力を否定するような解釈がなりたつ余地はない。善解すれば、原判決の言わんとするところは、「本人ではない」、「監督する立場にある者」の、責任ということであろう。しかし、「監督」となると、法律上の常識として、被監督者に対して広汎な指揮命令権があり、その結果、行為者本人以上の責任を負うことになる(民法七一四条の責任無能力者の監督者の責任、同七一五条の事業監督者の責任など)ので、敢えて「監督者的責任」と言わずに、「後見人的責任」という言葉で内容を曖昧にしたものと思われる。思うに、原審の言わんとするところに最も近い適切な表現を使うとすれば、「監視責任」というべきであろう。医薬品の製造販売の実行の主体者はあくまでもメーカーであり、厚生大臣は、それが法規に適合しているかどうかを監視し、必要とあらば法規に基づいて干渉を行う程度の立場でしかない、ということであろう。
この監視責任の内容・程度については取締役の代表取締役に対する監視責任が参考になる。すなわち、取締役は、業務の執行権はないが、代表取締役の業務執行についての監視責任は存するのであり、故意又は過失によりその義務に違反し、この結果第三者に損害を与えた場合には、直接第三者に対しても損害賠償責任を負うのである(最大四四・一一・二六民集二三―一一―二一五〇など)。裁判所は、第三者の利益保護を重視して、名目的取締役や表見的取締役の場合でさえ、この監視義務を認めているのである。要するに、「監視する立場でしかない」「実行者本人ではない」、と言ってみても、「監視すべき重大な責任を有している」ことには何の変わりもないのであり、その固有の責任を免らしめるはずがないのである。
(三) 結局、原判決の言わんとすることは、薬害における厚生大臣の責任の程度は、メーカーの責任と比べると、相対的に小さいものである、といったことに尽きると思われる。このこと自体は、原告としても、異論のないところであり、したがって、請求金額についても、メーカーと国とで、敢えて区別していたものである。しかし、このことから導き出せるのは、国とメーカー間での責任の分担の程度を決めるに際して、メーカーの方を大きくすべきということ(場合においては学説の一部が主張するように国の内部的責任をゼロにすること)にすぎないのであり、被害者である国民に対する責任の存否を決定するときには、およそ意味のない議論である。厚生大臣の責任について、メーカーに比べて相対的に小さいものであるとか、二次的なものであるとか、あるいは監視の限度でしか関与していないとか、評価し、理論づけをしても、結局のところ、厚生大臣としては、憲法二五条一項及び二項ならびに薬事法に基づく固有の責任というものは存するのであり、その固有の責任を全うしていなければ賠償責任が発生するはずである。
二 原判決の判断を前提にしても、厚生大臣に釈明権行使権限・義務はある。
クロロキン薬害において、これを怠った過失責任の存在は明らかである。
(一) 原判決は、厚生大臣の新薬承認の安全性調査権限・義務をきわめて狭少なものと判示しているが、それでも「安全性の確認および確保のための調査権限」として、「安全性に疑義がある場合、申請者に釈明を求め、必要な実験資料等の提出や追加を促したり、命じたりする権限」は当然に付与されていると認定している(E一二)。ただし、原判決のように、この釈明命令・資料の提出命令の権限(以下、まとめて釈明権という)を、新薬承認申請に対する審査の時点に限定することは適当ではない。厚生大臣の釈明権は、後日当該医薬品の副作用の問題が発生したような場合にも存すると解すべきである。その理由は以下の三点である。
第一に、「釈明権」という権限自体、薬事法上に明文の字句が存するわけではない。新薬に対する審査時点で釈明権が存するというのも、厚生大臣の審査権限ということを具体的・現実的に把えれば、そのような釈明権の存在を抜きにしては考えられないということ、別の言い方をすれば、現実の審査事務の遂行は釈明権の行使という形で行われているということにほかならないのである。
ところで、薬事法の明文の規定上明らかなとおり、厚生大臣は、例えば、必要な使用上の注意の記載が欠如している等の場合についても、規制権限の発動ができるのである(薬事法五二条、五五条、七〇条など)。また、これ以外にも、原判決の認定によれば、審査について、国民への危険が顕在化・切迫化し、かつ厚生大臣が規制権限を行使する以外に他に方途がないような場合には、厚生大臣において必要な規制権限行使をなしうるというのである。要するに、後日当該医薬品の副作用の問題が発生した場合にも、厚生大臣としては、安全性確保のために権限を行使すべき局面が存するということであるが、かかる権限行使についても、これを具体的・現実的に把えれば、釈明権の行使が中心的位置を占めるものというべきである。
例えば、原判決の掲げる「薬害回避のために厚生大臣による直接の規制介入をまつほか、方途が他に全くない」か、どうかを認識するについても、まず、各製薬会社に対して、その医薬品の副作用についていかなる認識を有し、いかなる対処をしつつあるのか、ということを確かめることがまずもって必要なはずである。
以上に鑑みれば、新薬の承認審査時と同様に、事後的権限発動においても、釈明権の存在は当然是認されるべきである。
第二に、新薬承認申請の審査時しか釈明権が存在しないとすると、著しい不都合がある。例えば、製薬会社が故意または過失で、当然提出するべき副作用についての資料を提出せず、その結果、本来なら厚生大臣において釈明権を行使すべきところを、その機会を逸してしまい、承認後にそのことが発覚したとする。この場合に、厚生大臣はこの段階では副作用の問題について釈明権の行使ができないということになれば、行政本来の新薬についての安全性審査権限の行使を不当に永久に奪われることになるのであり、かかる不都合な事態が認められるべきではない。
第三に、厚生大臣は、新薬の承認に限らず、医薬品の要指示薬・劇薬指定、製造業の許可・更新、医薬品の局方への収載・削除など、薬事法上極めて広汎な権限を有している。厚生大臣は、国民の生命・健康の擁護という目的のもとに、かかる権限を適切に行使する責任が存するのであるが、そのためには、具体的に医薬品を輸入・製造・販売している製薬会社に対し、適宜必要な情報の提供を求め、実態に即した形で、行政権を行使していく必要がある。要するに、釈明権の行使は全体としての厚生行政の遂行のために必要不可欠なものなのであって、新薬承認の審査においてのみ、必要になるような性質のものではありえないのである。
原判決は厚生大臣の義務を後見的なものとしている。その当否は別にして、薬事行政を後見的なもの、すなわち監視行為が中心のものとするならば、その中核になるのは釈明権の行使のはずである。
(二) 厚生大臣の立場、能力等に鑑みると、かかる釈明権はきわめて重要なものであり、実務上、厚生大臣の権限の中心的部分として位置すべきものであり、これを的確に行使すれば、大半の薬害を未然に防止できるほどのものである。ここで、「釈明権の行使」とは、具体的には、以下のようなものであるはずである。
まず、「安全性」についての釈明である。一定のテスト資料により、安全性には問題がない旨の申し述べがあれば、そのテストの方法・資料の内容に問題がないか、納得のいくまで、釈明権を行使する、ということである。
つぎに、「危険性」についての釈明である。申請書に記載のあるときはもちろん、医薬品情報誌への記載、事件の発生、第三者からの通報、他機関からの連絡、その他危険性についての具体的な情報を入手したときには、その「危険性」に対していかに対処するかを決めるために、納得いくまでメーカーに釈明権を行使する必要がある。
具体的には
A その「危険性情報」について、できるかぎり、すべてのかつオリジナルの情報を提供させること
B その「危険性情報」について、メーカーがどの程度の資料を入手しており、また入手する予定であるかを確かめること
C メーカーがその「危険性情報」を前提に、安全性確保について、どのような対応をしているか、また対応する予定であるかを確かめること
D 右のBCのうち、「予定」を含めて、資料入手・対応が不十分であると判断されるときには、それについて万全を期そうとしないことの理由を確かめること
E 右のBCのうち「予定」にすぎないものについては、相当期間経過後に実際に「予定」が、どのように実行されたかを確かめること
F CEを含めて、メーカーの対応により、事態がどのように変化したかについて、メーカーおよび適当な機関に報告させることである。
(三) 原判決は、「厚生大臣がその時点(=昭和四〇年三月の時点)で直ちに迅速な対処を要するような重大な事態が生じている事実を認識していたものとは認められず」として、厚生大臣の責任を否定しているが、公務員としてのあるべき注意義務をもってすれば、事態の重大性を容易に認識したはずである。仮に、そのような認識に至っていなかったとすれば、それは、その前提となるべき釈明権の行使について重大な懈怠が存したためであり、いずれにしても厚生大臣として責任を免れられるはずがない。
三 以上のとおり、憲法第二五条二項並びに薬事法に基づくところの厚生大臣の固有の権限の存在を看過し、かつ厚生大臣の釈明権行使権限・義務の範囲を合理的な理由なくきわめて狭いものとして解釈した原判決は、憲法第二五条二項および薬事法に違反し、かつ理由不備、理由齟齬の誤りを犯したものというべきであり、又この誤りが原判決の結論に影響するものであることは明らかである。
第一八点 医薬品の副作用により、国民の生命、健康の侵害される危険が顕在・切迫化し、他の方法が全くない場合でないと、厚生大臣は規制権限を行使する必要がない、というのは憲法二五条ならびに薬事法ならびに厚生省設置法の解釈適用を誤ったものである。
一 原判決は、医薬品の副作用が後日になって判明したような場合には、厚生大臣において、原則としては、何らの積極的規制措置をとるべき義務もないとしつつ、以下のような要件の存する場合に限り、例外的に積極的規制措置をとるべき義務が存すると判示している。
その要件とは、イ その副作用のために、国民の生命・身体・健康の侵害される危険が顕在・切迫化していること、ロ これを回避するには、厚生大臣による直接の規制、介入をまつほか、方途が他に全くないこと、の二点である。
二 しかしながら、右のような概念的・硬直的な要件の設定のしかたは、厚生行政の存在意義を失わしめ、また厚生行政の現実の姿とまったくかけ離れたものであって、到底承服しがたい。
そもそも、医薬品の副作用のために、国民の生命・身体、健康の侵害される危険が顕在・切迫化しているというが如き事態は、そのこと自体で特別の緊急事態というべき事柄である。
医薬品の開発、販売・使用の開始、販売・使用の拡大ということは、相当程度の時間をかけて徐々に進められていくものであり、他方、医薬品の副作用についての認識も、個別の症例報告の積み重ねから、さまざまの研究や実験を経て、一般的知見の確立という過程を経るのが通常である。瞬時に緊急事態が発生するなどということは、およそ考えられないことである。
したがって、右のような過程の中で、業者としては、遂次、入手する副作用の内容や程度に応じて、医薬品の使用・販売の拡大を手控えたり、医師や国民に必要な情報を流したりすることが可能である。また、厚生省においても、適宜前述するような釈明権の行使をメーカーに対して行うなどして、国民への危険が顕在・切迫化するような緊急事態に至るのを未然に防止し得うるのである。
三 このように、通常の注意義務を尽くしていれば、薬害の発生ないし拡大は、大事に至る前に防止できるはずのものである。にもかかわらず、国民への危険が顕在・切迫化していると言えるほど事態が悪化しているというのは、製薬業者において、当該医薬品副作用情報にまったく気付いていないか、あるいは、その業者が能力と責任感に著しく欠けており、そのため副作用情報についての誠実な検討を行わないとか、副作用に気付いていても、敢えて、危険回避の手段を講じようとしない、などの事情が存するはずである。
同時に、事態がそこまで至っているというのは、厚生省においてもその時点までの釈明権行使などに重大な手ぬかりがあった、ということを意味するのである。
四 以上のとおりであるから、厚生大臣が積極的規制措置をとるべき義務発生の要件としては、原判決のいうイの国民への危険の顕在・切迫化だけで充分のはずのものである。
これまでくり返し述べたとおり、厚生大臣は製薬業者と別個の立場での国民に対する責任を有しているのである。国民への危険が切迫・顕在化しているという緊急事態が発生しているのに、なお考えられる限りの他の者の行動による事態の解決の可能性を詮索し、その可能性が全くないことを確認したうえでなければ動き出す必要がないなどとするのは、不当に迂遠な方法を採ることを求め、かつ、その間の被害の拡大を容認するものであり、あまりにも不合理な解釈である。
畢竟、右の如き原審の解釈は、憲法二五条二項、薬事法ならびに厚生省設置法に定められた厚生大臣の責務に違反したものであり、またこの解釈適用の誤りが原判決の結論に影響を及ぼすべきものであることも明らかというべきである。
第一九点 本件クロロキン薬害の場合、①国民への危険の顕在化、切迫化、②危険回避の方法が厚生大臣の規制権限行使以外にない、との二つの要件が備わっていないとした原判決の認定は、審理不尽、理由不備の誤りを犯したものである。
一(一) 原判決は、厚生大臣の権限不行使が違法となる場合の基準として、イ 国民の危険の顕在化、切迫化、ロ 危険回避のための手段が厚生大臣の規制権限行使以外にない、の二つの要件の存在を挙げている。そして、その上で本件においては、①製薬会社は故意にクロロキン網膜症を発症させたものではない、②製薬会社の医薬品の安全性の調査・確保能力の存在、③クロロキン製剤の有効性・有用性、④クロロキン網膜症の発生状況、の四点を挙げて、右のイ、ロの要件を充たしていない旨判示している(E一七)。
しかし、この①〜④の事実の認定ならびにこの①〜④に基づいてイ、ロの要件を充たしていない旨の判断はいずれも不当である。以下順次述べる。
(二) まず、②の「(クロロキンの)製薬会社が医薬品の安全性の調査や確保について、なお、十分な能力を有していた」という認定が誤っていることについては、第七点において述べたとおりである。
原判決は、本訴で被告となった製薬会社の範囲でのみ論じているが、クロロキンの製造販売をしていたのは他にも多数のメーカーがあり、その中には、第七点において具体的に指摘したとおり極めて規模の小さい業者も多数存したのである。
また、被告となった製薬会社についても、厚生省に比べて情報収集能力が著しく劣っていたことも第七点において述べたとおりである。
つぎに、③のクロロキン製剤の有効性・有用性を認めることのできなかったことについては、別に(上告理由第一点ないし第六点)述べたとおりである。
最後に、④のクロロキン網膜症の発生状況として、原判決の認定しているのは、「昭和三九年中までの我国での症例報告数は七件、その後同四〇年に九件、同四一年に八件(以上の合計は二四件、年平均は八件)」ということである。しかしながら、これはまったくの事実誤認である。
すなわち、たまたま一審原告が書証として裁判所に提出した論文に基づき、原判決の認定したところだけでも、例えば、昭和三九年まででも、中野彊 一例、佐藤清祐 一例、永田誠 一例、大木寿子 二例、島薗安雄 三例、倉知与志 三例、窪田靖夫 二例、緒方鐘 一例、松野千代子 一例、三宅勝一例の合計一六例がある(D一九三〜D二一六)。
原判決の認定した七件の二倍以上である。
しかも、実際の発症件数がこの一〇倍以上存したであろうことは当時の厚生大臣としても容易に推認し得たことである。
すなわち、右の症例報告論文は、たまたま原告が入手したものにすぎず、原告の調査能力からして、入手していないものが多数存するであろうことは、明らかである。また、原告においても、入手した症例報告論文のすべてを提出したわけではない。原告の主張を立証するのに必要にして十分なものしか提出していないのである。
さらに、学会等で症例報告がなされても、そのすべてが雑誌に掲載されるわけではない。ことに地方の学会での症例報告などはそうである。
また、右甲か号証でも明らかなとおり、予定の報告以外に、会場での追加報告がなされることが少なくないが、そのようなものは雑誌に掲載されないことの方が多い。しかも、そもそも、症例報告というのは、報告に値するだけの新しい問題提起ができるときになされるのであって、症例を持っていたからといって、それを常に報告するものではない。むしろ、報告する方が稀なのである。これはすべての判例が法律雑誌に掲載されるということのありえないことを考えればすぐにわかることである。
以上のとおりであるから、昭和三九年までだけでも、わが国のクロロキン網膜症の発生数は一六名の一〇倍の一六〇人以上いたことは容易に推認しうるところである。
(三) しかも、仮に原判決の認定しているような、①〜④の事実が存在していたとしても、そのことから、前記イ 国民の危険の顕在化・切迫化、ロ 危険回避のための手段が厚生大臣の規制権限行使以外にない、の二つの要件を充足していないとして結論づけられるはずがないのである。
まず、製薬会社が医薬品の安全性の調査・確保能力を有しており、かつ故意にクロロキン網膜症を発生させたのではないとの前提に立っても、そのことから製薬会社がクロロキン網膜症の危険についての情報を入手しており、かつ、危険回避のための手段を講じることが期待できるという結論を導きだせるはずがない。右のことだけでは製薬会社が、クロロキン網膜症の危険についての情報を充分入手していたとか、入手しつつある、ということにはならないし、仮に何らかの情報を入手していても、利益獲得を基本的目標にしている製薬会社としては、クロロキン網膜症の危険性について過小評価する可能性は高かったものである。現に昭和四〇年の段階で、すべての製薬会社がクロロキン網膜症発生防止のための有効な手段を何一つ講じていなかったのであるから、一般的・抽象的に調査能力を有しているということをもって、クロロキン網膜症の問題への対処を製薬会社に委ねられることになるはずがなかったのである。
また、仮に、クロロキン製剤が医薬品として有効・有用であったとしても、そうだとすればかえってそれゆえに、使用量が拡大し、被害が増大することになるのだから、国民への危険の顕在化・切迫化という点では、むしろ問題のはずである。
そもそも、有効・有用な医薬品が少数の国民へとりかえしのつかない被害をもたらすということについて、いかに対処すべきかなどというレベルの問題の対処を個々の製薬会社に委ねられるはずがないのである。利益追及を旨とし、他社との厳しい販売競争にある製薬会社が当面の利益獲得にマイナスの方針を率先して採るなどということを期待できるはずがない。要するに、右のようなレベルの問題においてこそ、公衆衛生、あるいは国民の健康擁護を基本目標としている厚生大臣の果たすべき役割が大きいのである。さらに、クロロキン網膜症の症例報告数が昭和四一年段階で仮に二〇〜三〇例であったとしても、右症例報告からも明らかなとおり、クロロキン網膜症とは、クロロキン製剤を相当期間服用後に発症し、また、網膜障害の自覚症状が発現するのは、発症よりかなり遅れるものであり、しかもクロロキン製剤の投薬中止後も、症状が悪化進行するというタイプの症状であったのである。また、クロロキン製剤の製造・販売量は、国民皆保健制の実施、高度成長経済の始まりとともに、昭和三〇年代後半ごろから、急速に増えつつあったのである。
したがって、昭和三七年〜四一年ごろの雑誌に掲載された症例報告とは、クロロキン製剤がわが国で使用された当初頃にクロロキン製剤を服用された少数の人の中で発生した被害に関するものであり、前述したクロロキン網膜症の症状やクロロキン製剤の製造・販売量の急速な増加を考えれば、近い将来、被害が多発するであろうことが容易に予測がついたものである。仮に、厚生大臣として、クロロキン製剤の製造・販売量の増加について正確な情報を入手していなかったとしても、クロロキン製剤の新薬の承認申請や適応症拡大の承認申請を通して、相当の増加傾向にあることは充分知悉していたはずのものであ(D一九二〜D二二六)。
以上、要するに、昭和三七年〜四一年の雑誌掲載報告症例を真剣に検討していれば、国民の危険の顕在化・切迫化を認識するのが当然であり、これを消極的に解する根拠などになるはずがなかったのである。
なお、厚生省薬務局自身、昭和四二年三月にクロロキン製剤の劇薬・要指示薬指定に踏み切った根拠になったのは、昭和四〇年三月二五日に報告された井上・高尾論文(甲か二五、三五、三八、四五号証)である、と認めているのである。
(四) 以上、要するに、原判決の①製薬会社は故意にクロロキン網膜症を発症させたものではない、②製薬会社の医薬品の安全性の調査・確保能力の存在、③クロロキン製剤の有効性・有用性、④クロロキン網膜症の発生状況の四点を認定したうえ、それに基づき、イ 国民への危険の顕在化・切迫化、ロ 危険回避のための手段が厚生大臣の規制行使権限以外にない、の二つの要件の充足の否定、という論理構造は、①〜④の四点の事実認定自体が誤っているうえ、このような①〜④の四点の事実を前提にして、イロの要件を否定した、その論理の運びにおいても誤っているものである。そして、この事実認定および論理の運びの誤りが、原判決の結論に重大な影響を及ぼすものであることも明らかである。
二(一) 原判決の認定しているとおり、当時薬務局製薬課長の職にあった豊田勤治は、昭和三九年九月以降リウマチ治療のためにレゾヒンを買薬して服用していたところ、昭和四〇年四月頃、医薬品安全性委員会の委員長である福地言一郎から同年三月に開催された日本リウマチ学会で不可逆性のクロロキン網膜症の症例報告があったとして、その報告の抄録を受け取ったので、自分の視力が同年一月頃から急に衰えたのもレゾヒンのせいかも知れないと思い、その服用を止めたものである(D六三九)。
医薬品安全性委員会の委員長という立場にある福地言一郎が、わざわざ厚生省に訪れて報告したという点においても、また、日本リウマチ学会での症例報告(この具体的内容は、原判決がD二一八〜D二二〇で認定しているとおり)を呈示したという点においても、その信憑性・重要性の高いものであることは豊田課長として容易に認識し得たはずのものである。
そして、豊田氏自身、自分の視力の衰えをレゾヒンの副作用かもしれないと心配し、服用を即時中止したというのであるから、この報告についてきわめて深刻に受け止めたものであることも容易に推認しうるところである。
(二) ところで、昭和四〇年六月以降にも、左記のとおり、厚生大臣は、クロロキン製剤について、くり返し輸入ないし製造の承認を与えた。

a 昭和四〇年一二月一四日 硫酸ヒドロキシクロロキン
(ウィンスロップ・ラボラトリースへの輸入承認)
b 昭和四一年一一月三〇日 プラキニール錠
(山之内製薬)
c 昭和四二年 一月一九日 ロンドミン錠
(中野薬品工業)
d 昭和四二年一二月二〇日 硫酸ヒドロキシクロロキン
(伊藤由製薬)
e 昭和四三年 二月 八日 OHクロロキン錠
(北陸製薬)
f 昭和四三年 二月 五日 ロイマジャスト CQ
(堀田薬品工業)
g 昭和四三年一二月二五日 リウマピリンSQ錠
(日本医薬品工業)
h 昭和四五年 一月三一日 トレモニール錠
(岩城製薬)
原審は、クロロキン製剤に関して、昭和四〇年五月以降においては「その後新たな承認がなされた形跡はない」旨認定しているが、そのように認定できる根拠はまったくない。のみならず、右に具体的に指摘したとおり、厚生大臣は、昭和四〇年五月以降もくり返し、クロロキン製剤の審査を行い、かつ、その製造承認を行ったものである。
一般的な安全性追跡調査義務違反だけが問題になるようなケースであれば、厚生大臣としては、限られた情報収集能力の中で、すべての副作用情報を入手することは困難とか、何らかの情報に接してもとりあえずメーカーの対応を期待して経過を見まもる、ということも許される場合があるかもしれない。しかし、クロロキン製剤の場合はそうではない。右に指摘したとおり、昭和四〇年五月以降においても、厚生大臣はくり返しクロロキン製剤の製造承認申請を受理し、その審査を行っていたものである。この時点では、クロロキン網膜症について内外に多数の文献が存したうえ、最高責任者の豊田製薬課長自身が、具体的かつ深刻に、クロロキン網膜症についての知見を得ていたのであるから、クロロキン網膜症の問題を看過できないこと、それを考慮すれば、製造承認を行うべきでないことは、当然認識していたはずである。そして、のみならず、この場合には、すでにそれまで輸入・製造承認を与えたことにより、あるいは局方に収載されていることにより、多数のクロロキン製剤が市場に流通していることも明らかなことだったのであるから、前述したとおり、これを契機として、これらのクロロキン製剤についても、承認の取り消し、局方からの削除、もしくはそれを背景にしての製造中止・販売回収の指示などの処置を執るべきだったのである。
しかるに、豊田証言によれば、厚生省は、①クロロキン製剤の製造量・販売量の調査もせず、②FDAへの問い合わせもせず、③学者への調査・検討依頼などもせず、④症例報告をした学者への照会もせず、⑤関係メーカーとの協議や連絡も行わなかった(以上豊田証人尋問証書 昭和五三・二・七東京地裁第一五回口頭弁論)ということであり、およそこのような場合に想定しうる釈明権の行使や調査をなに一つとして行わなかったというものである。
要するに豊田製薬課長は、製薬課長という公的な立場に基づいてクロロキン網膜症についての具体的な情報を獲得しながら、この情報を自分自身の服用中止→自分個人についての副作用発症防止というきわめて私的な利益にのみ使用し、国民一般の眼障害発症防止という公的な面での利用を怠ったものである。それどころか一項で述べたとおり、豊田製薬課長はそれ以降も何の条件も附さずにクロロキン薬剤の製造承認を続けたものであり、このような同課長の背任的ないし職権濫用的行為は、本件で国の責任を考えるときにきわめて重要である。
三 以上のとおり、本件クロロキン薬害において、①国民への危険の顕在化、切迫化、②危険回避の方法が厚生大臣の規制権限行使以外にない、との二つの要件が備わっていないとした原審の認定は、
第一に原審自身が挙げる四つの論点についての判断認定が誤っているという点において、
第二に、その四つの論点をもって、前記二つの要件を判断できるはずがないという論理上の誤りを犯している点において、
第三に、本件の場合には豊田製薬課長が具体的かつ深刻な問題としてクロロキン網膜症のことを知らされながらそれを個人的利益にとどめて公的には無視し、しかもむしろ、それ以降もクロロキン製剤の製造を承認しつづけたという重大な問題が存するのに、このことを看過しているという点において、
重大な審理不尽、理由不備の誤りを犯したものというべきである。そしてこの誤まりが原判決の結論に影響を及ぼすべきものであることは明らかである。
第二〇点 グアノフラシン点眼剤などで厚生省の行った行政指導について、これを、単なる厚生大臣の一般的責務に基づく、製薬業者に対する各種の許認可権限を背景にした程度の、強制力のないものであり、従って、その行使が行政庁の裁量に委ねられ、また、営業の自由を侵害しないように、慎重・控え目になされるべき性質のもの、であり、行政指導をなさないことが厚生大臣の義務の怠慢となることは原則としてない、とした原判決は、薬事法に違反し、理由不備の誤りを犯したものである。
一 行政当局が行政指導をしなかったために国民が損害を被った場合に、その不作為を違法として国家賠償責任を問うことができるかということは、従前より議論されている問題である。
この場合、当該行政指導を①法令の根拠に基づいてなされる行政指導、②行政機関の権限を背景にしてなされる行政指導、③法令の根拠に基づかないでなされる行政指導の三つに分け、②と③については、原則として不作為を違法行為とする余地はないが、①については不作為が違法行為になる場合があると解されている(古崎慶長「国家賠償法の理論」七二ページ以下)。
二 ところで、原審判決は、グアノフラシン点眼剤などで厚生省の行った行政指導について、これを右の②の行政機関の権限を背景にしてなされる行政指導と解したうえで、原則として不作為が違法になることはないとの結論を導いた。
しかしながら、これらグアノフラシン点眼剤などで厚生省の行った行政指導は、①の法令の根拠に基づいてなされる行政指導であるから、この前提部分において原判決の解釈は誤っていると言わざるをえない。
すなわち、原判決の掲げるグアノフラシン点眼剤以下の医薬品への行政指導のかなりの部分は添付文書等へ記載すべき「使用上の注意事項」に関するものである。ところで、昭和三五年薬事法五二条ないし五四条は「使用上の注意事項」を添付文書等へ記載すること、それが見やすく、読みやすく、理解しやすいものであること、逆に保健衛生上危険のある事項を記載してはならないことなどを明文をもって定め、これに違反する医薬品の販売等を禁止し(同法五五条)、かつ違反医薬品については厚生大臣等が「廃棄その他公衆衛生上の危険の発生を防止するに足りる措置を採るべきことを命じることができる」(同法七〇条)としている。
以上の法の仕組からすれば、厚生大臣があらかじめ添付文書等へ記載すべき「使用上の注意事項」を示すのは、それに従わなければ、廃棄命令などの強力な権限を行使することもあるという意思表示を含むものであり、単に監督官庁としての立場から任意の協力を求めるなどという性格のものでないことは明らかである。
三 また、原審が挙げるもののうちには、DMSOや経口避妊薬の承認をしなかったことがある。
しかしながら、医薬品の製造承認が厚生大臣の具体的かつ固有の権限であることは昭和三五年薬事法第一四条一項により明らかであり、これを単なる監督官庁としての行政指導などと解する余地はない。
四 してみると残るのは、アンプル入り風邪薬等についての回収や製造・販売禁止の問題だけである。ところで原審の認定によれば、アンプル入りかぜ薬については、当初添付文書等への「使用上の注意」の記載についての指導を行っていたが、それでも死亡事故が続出したので、かかる強力な処置をしたということである。ところで、そもそもアンプル入りかぜ薬がいかに「使用上の注意」を具体的に、わかりやすく、目立つように記載しても、死亡などの重大な事故が続出するのを防げないとしたら、それはこのアンプル入りかぜ薬は、あまりにも危険な物質であり、そもそも医薬品として承認すべきものではなかったということになるはずである。第五点で述べたとおりこのような場合、厚生大臣は瑕疵ある行政行為としてこの承認を職権で取消すことができるものである。したがってかかる処置は昭和三五年薬事法一四条一項に基づく厚生大臣の権限行使にほかならない。そもそも「製造・販売の禁止」というのは、一方的かつ強制的な権力行為であって「相手方の任意の協力を期待する」というような行為ではありえないから、この点でも、このような処置を「一般的な監督官庁としての行政指導」などと解することはできない。
そして「製造・販売の禁止」という強権が発動できる場合に、とりあえず「販売の自粛」や「製品回収の配慮余を求める」ということがあったとしても、これが具体的な権限行使を背景にした行政指導であって、「一般的な監督官庁としての行政指導」などと解する余地はないことは明らかである。
五 以上のとおりであるから、グアノフラシン点眼剤以下の諸問題について厚生省の行った行政指導をすべて厚生大臣の一般的責務に基づく、製薬業者に対する各種の許認可権限を背景にした程度の強制力のないものであり、従って、その行使が行政庁の裁量に委ねられ、また、営業の自由を侵害しないように、慎重、控え目になされるべき性質のものであり、行政指導をなさないことが厚生大臣の義務の怠慢となることは原則としてないとし、それを前提としてクロロキン製剤についても同種の措置を行わないことが義務違反になることは原則としてないとの結論を導いた原判決は、薬事法の解釈適用を誤り、また何の理由も示さずに、これらの行政指導を監督官庁としての一般的監督権に基づく強制力のないものとした点において理由不備の誤りを犯したものというべく、この誤りが判決の結論に影響するものであることも明らかである。
第二一点 本件において、薬務局長通知までの間、製薬会社の積極的対処を期待して経過を見守るということも怠慢といえない、とした原判決は、審理不尽、および理由不備ないし理由齟齬の誤りを犯したものである。
一 原審は、承認後に医薬品の副作用が判明した場合に厚生大臣が行うべき処置について、これを法に根拠のない、監督官庁としての一般的立場で行う強制力を伴わない行政指導と解し、それを前提として厚生大臣がそのような処置を行わないことが、義務の懈怠となるのはきわめて例外的な場合であると解したうえで、本件においては①厚生大臣の義務は後見的・補充的なものにすぎない、②クロロキン製剤はすべての適応症について有用性が認められるか、すくなくとも有用性を否定できない、③クロロキン製剤によるクロロキン網膜症の発症率は高くなく、またわが国の発症件数も少なかった、④わが国のクロロキン製剤販売量は昭和四四年以降逐年減少していた、⑤クロロキン網膜症は生命に影響しないの五点を挙げ、これらを総合すると本件クロロキン薬害における厚生大臣の不作為について、例外的な義務懈怠に該るとは言えないとの結論を導いている。
二 右のうち、厚生大臣の行うべき処置を法に根拠のない、監督官庁としての一般的立場で行う強制力を伴わない行政指導と解したのが誤りであることは上告理由第二〇点において詳述したところである。
しかも、仮にこの点を措くとしても原判決が右の一般的な基準を本件に当てはめるべく掲げる右の①〜⑤の論点自体がすべて判決の認定する他の箇所と矛盾するか、もしくはその内容自体無意味なものであって、結局これら①〜⑤をもってして、クロロキン薬害における厚生大臣の不作為を義務の懈怠に当らないと結論づけることはできないものというべきである。以下述べる。
まず①の点であるが、厚生大臣の義務を後見的・補充的と解するのは不当であり、厚生大臣は固有のかつ重大な義務を負っているものであることについては、すでに上告理由第一七点として詳述したとおりである。また②の点については、クロロキン製剤が有用性を欠いていたことは上告理由第一点ないし第六点において述べるとおりである。
次に③のクロロキン網膜症の発症率であるが、原判決の認定によれば、クロロキン網膜症の発症率はクロロキン長期服用者中の一パーセント前後ということである(D三八)。発症率が高いか低いかは、副作用の重篤度との関係で評価されるべきことである。不可逆進行性で治療方法のない網膜症という点からして、一パーセントという発症率は相当に高いものと言うべきである。例えばクロラムフェニコールによる再生不良性貧血の発症率などは二万人に一人と言われているが、それでも使用上の注意の記載などの処置が施されたのである。
次に症例報告数が実際の患者発症数のごく一部に過ぎないことについても別に(上告理由第一九点)述べたとおりである。
次に④のクロロキン販売量である。原告のうち大多数の者は昭和四四年以前に、クロロキン製剤の全部または大部分を投与されたものである。また、厚生大臣の作為義務が問題になっているのも、遅くとも昭和四〇年の時点である。昭和四四年以降の時点だけを把えて、その範囲でのクロロキン販売量の減少を云々することは、本件において殆ど意味のないことである。なお、上告人らとしては、クロロキン製剤の製造量、販売量の推移は国の責任を考えるうえできわめて重要な間接事実と考え、再三裁判所へ釈明命令を発するよう求めていたのに、裁判所はこれを容れなかったものである。この一点においても破棄差戻のうえ、審理を遂げるべきであり、この点を放置したまま昭和四四年以降の製造量のみで原審のような結論を導き出すことには到底承服し難い。
最後に⑤の点であるが、失明ということが、一人の人間にとって、またその家族にとってどれほど苛酷なものであるかは、多言を要しないところである。生命に別条ないのだからという理由で失明という重篤な障害を軽視する原判決の認定には到底承服し難い。
三 以上のとおりであるから、原判決の掲げる①〜⑤の論点は、その内容自体失当であり、到底厚生大臣の義務懈怠を軽減する理由にならないもの(④と⑤)か、あるいは、その認定が誤っているかもしくは判決の他の認定部分と齟齬しているもの(①、②、③)ばかりである。したがってこれら①〜⑤の論点のみを掲げ、他に何の理由も示さずに本件クロロキン薬害における厚生大臣の不作為は、義務懈怠として責められるべき場合に該らないとの原判決の判示は審理不尽および理由不備ないし、理由齟齬の誤りを犯したものというべく、また、この誤りが本判決の結論に影響を与えることも明らかである。
第二節 憲法違反並びに薬事法違反に関する上告理由―その二
第二二点 憲法第二二条一項及び憲法第二五条の解釈の誤り並びに薬事法の解釈の誤りがあり判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。
第一 原判決には、憲法第二五条の解釈の誤り及び判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。
一 はじめに ――原判決の基本構造――
原判決は、被上告人国の国家賠償法上の責任を否定した。その理由の基礎となる部分は左の点にある。
まず、薬事法の基本的性質につき原判決は次のように規定する。
「そして、その主要な取締規制である薬局方収載外医薬品の製造承認(一四条)、医薬品製造業、輸入販売業の許可[(一二条、二二条)。なお旧法の薬局方収載医薬品の製造業、輸入販売業の登録(二六条一項、二八条)。]、薬局開設の許可(五条)及び販売業の許可(二六条、二八条、三〇条、三五条)等は、いずれも、いわゆる講学上の「許可」に該当し、一般的な禁止の解除と解せられる。したがって、薬事法は、基本的には警察取締法規としての性格を有しているものとみるべきである。しかも、その取締規制は憲法二二条一項の定める職業選択、職業活動の自由保障の要請とのかねあい上、薬事法七五条、七九条の規定からうかがえるように、消極的な取締りを念頭に置いているというべきである。」
右を前提として原判決は、薬事法上の厚生大臣の権限、義務につき次のように解している。
「しかし、薬品営業竝薬品取扱規則(明治二二年法律第一〇号)、売薬法(大正三年法律第一四号)、昭和一八年薬事法、同二三年薬事法等我国の薬事立法は一貫して、医薬品の性状、品質の適正確保、つまり、粗悪不良医薬品の規制、さらにいえば、医薬品まがいの物の排除を主目的として立法されており、正規の医薬品についてその副作用からの安全性の確保ということは、予期しないか少なくとも主目的としてはいなかったのであって、薬事法も同様な考えに沿って立法されているのであるから、前記のように薬事法が厚生大臣に役割を課し、権限を与えているのも、医薬品の性状、品質の適正をはかるためであって、前記副作用からの安全性を確保するためではない。したがって、薬事法には、医薬品の安全性の確保に関する明文の定めはなく、右安全性に関して厚生大臣に、具体的に義務、責任を課したり、権限を与える旨の明文の定めもないのである(この点、新法の一条には「この法律は、医薬品の……安全性を確保することを目的とする。」とあり、同一四条二項には、製造・承認につき、厚生大臣は「…副作用等を審査して行う。」とある。)」
右引用部分を被上告人国の責任に関する判断部分全体と対照しつつ、原判決の理由を要約すれば、原判決論理骨格は、つまり、薬事法は消極的な警察取締法であって、厚生大臣に対し、医薬品の安全性確保に関しての権限を与えたり責任を負わせたりしたものではないと解せられるから、上告人が被上告人国の医薬品の安全性確保に関する作為・不作為をとらえて薬事法に違反するものとして国家賠償法上の責任を追及することは原則として許されない、というところにある。
この解釈は原判決の国の責任に関する判断部分の全体を貫く根幹の論理であるから、この解釈が誤っている場合には、判決の結論は覆るに至ること必至である。
ところが、原判決の薬事法に対する右解釈は信じられないほど古色蒼然たるものであり、一九世紀的行政警察の理解であって、現行憲法下においては到底許されない。薬事法は医薬品からの安全性確保を主目的とした法的性格を有していることはきわめて明白であるといわねばならない。
この第二部においては、次の構成を以って上告理由を展開することとする。まず第一においては、原判決が、薬事法は不良医薬品の規制を目的とする法であって、正規の医薬品からの安全性の確保を主目的とする法ではないと判断した根拠として列挙する各点について個々的に反論を加える。この反論の方法として、反論の根拠となる資料については繁を厭わず掲記引用することとし、第二における上告理由の展開の基礎を準備することとする。
次いで、第二においては、原判決が、薬事法を消極的警察取締法規と理解したのは、憲法及び薬事法の解釈として誤っていることを論証し、同時に、薬事法上厚生大臣は医薬品の安全性を確保すべき権限と法的義務を負っていることを積極的に論証し、以って原判決を破棄すべき理由を明らかにする。
二 原判決は、薬事法第一条、第一四条の解釈、適用を誤っている。
1 製造承認の法的性質
(一) 有権解釈
まず、原判決の薬事法の法的性格並びに厚生大臣の権限、責務に関する誤解は、そもそもの出発点である、医薬品の製造承認の法的性質についての誤解の部分に端を発している。
つまり、原判決は、薬事法(昭和三五年法律第一四五号、以下同法を現行法、又は、昭和三五年薬事法ともいう)の薬局方収載外医薬品の製造承認等は、講学上の「許可」に該当すると解することによって薬事法全体を警察取締法規としての性格を有すると規定し、あわせて、同法は厚生大臣に対して医薬品の安全性の確保に関する権限、義務、責任を明文をもって規定していないと解することによって、同法は、医薬品の製造承認の段階においても、製造承認後の段階においても、厚生大臣に対し医薬品の安全性確保に関する権限を与えたり、義務を課したり、責任を負わせてはいないと断定しているのである。
しかしながら、医薬品製造業、輸入販売業の許可(旧法下の製造業、輸入販売業の登録)、薬局開設の許可、販売業の許可(二六条、二八条、三〇条、三五条)と並列的に、薬局方収載外医薬品の製造承認(一四条)についてまで、講学上の許可に該当すると解するのは明らかに製造承認の法的性質を誤解するものである。製造承認とは、当該申請にかかる物質が医薬品として適切であるとする公認行為であり、国による積極的な医薬品適格性付与行為である。断じて消極的な禁止の解除ではない。
現行薬事法が、昭和二三年法律第一九七号の改正法として、国会において審議せられたのは昭和三五年であるが、その前年の七月に厚生省薬務局長の職に就き、薬事法改正の問題に直面することになった高田浩運は、その著「薬剤師法薬事法の解説」増補新版(時事通信社、昭和三五年三月一五日発行)によって現行法の逐条解説書を著わし、その一九〇頁以下において第一四条を解説して次のように述べている。
ます第一四条の要旨として、「本条によって局方外医薬品、医薬部外品、化粧品又は医療用具については、それぞれ品目ごとに吟味して承認を与え、もって、不良ないし不適当な医薬品等の出現を防止しようとするものである。」
次いで、第一四条の説明として、「本条の規定による承認は一にその品目の医薬品等の物自体について与えられるのである。つまり、その物が医薬品等として適当なものであるか否かという点についての判断がなされるのであって、申請者にその物を製造する能力があるか否か、即ちその物を製造するに足る構造設備を備えているか否かについての審査は、本条ではなくて、第一二条又は第一八条の規定による許可に際して行われる。この点、旧法において規定する品目ごとの許可については、両方の面の審査を一本で行う形になっていたのであるが、今回、これを品目の承認と製造業の業体の許可とに明確に分離して規定し、観念の整理がなされたのである。従って、品目ごとの承認という本条に規定する行政行為の性質は、いわゆる一般的禁止の解除という警察的性格のものではなくて、いわば、一種の公認行為と解されるのである。」
これに加えて、現行薬事法が国会で審議せられた昭和三五年の五月以降、厚生省薬務局長の地位にあった牛丸義留は「薬事法詳解」(学陽書房、昭和三七年九月一日発行)を著わし、その一五四頁以下において、同法第一四条の解説として次のように述べている。
「本条の承認は、もっぱら、申請に係る物が医薬品等として適当な物であるか否か、すなわち無害かつ有効な医薬品等であるか否かに関するものであって、申請者にその品目を製造する能力があるか否か、すなわち申請者がその物を業として製造するに足る構造設備を有しているか否かに関する審査は、第一二条又は第一八条の規定による許可に際して行われる。したがって、本条の承認という行政行為は、一種の公認行為と解され、一般的禁止の特定の場合の解除たる許可とはその性質を異にする。」
また、昭和五四年法律第五六号によって改正せられた後の薬事法についての解説書である厚生省薬務局編「逐条解説薬事法」(ぎょうせい、昭和五七年八月二五日初版発行)においても、その二〇三頁において、第一四条の承認について、右牛丸義留の解説とほぼ同文の解説を掲げている。
右の通り、現行薬事法成立前後に、現行薬事法改正案の立案作業に携わった薬務局長高田と、改正法成立後の法律施行作業に携わった薬務局長牛丸が、ともに第一四条の承認の法的性質について解説を加え、一般的禁止の解除たる許可ではなく、公認行為であると明言している。
原判決はかかる公権的解釈を採用せず、第一四条の承認を目して、講学上の許可であると明言する以上、いかなる根拠に基づいてそのように判断したのか理由を明らかにすべきであろう。しかし原判決を仔細に検討するも第一四条の承認の法的性格につき批判に耐えうる検討を加えた形跡は皆無である。
(二) 医薬品の本質
そもそも、第一四条の承認の法的性質を明らかにするためには、薬事法がその全法条を通じて、「規制し、その適正をはかる」(第一条)こととしている医薬品の根本的性質に立ち戻った検討を必要としているであろう。
ところで原判決は、医薬品の根本的性質について、その理由中の第五節、第二、一「化学合成物質の医薬品としての特性」の項において、次のようにすでに判示している。
「未知の副作用の一般的な危険が否定できないことのゆえをもって、現に薬効の認められる化学合成物質の医薬品としての使用を断念するのでは、医学及び薬学の進歩は期待できないこともまた自明であろう。医薬品の有用性はその有効性と副作用等による有害性を比較衡量の上で決定されるものであり、右の有効性、有害性はその時々における医学及び薬学の最高水準に照らして判定されるべきものであるから、化学合成物質が一般的に未知の副作用の危険性を帯有しているということは、それだけでは当該物質の医薬品としての有用性を否定する根拠とはなり得ない。」
そして、右に引き続く、二「医薬品の危険性についての留意事項」において、医薬品の有効性と有害性との関係につき、次のように判示している。
「病気の治療や予防に用いられる医薬品たる化学合成物質は、本来、生体の、ある組織器官に対し特異的に作用するからこそ薬効が生ずるのである。したがって、それはそもそも生体にとって歓迎されない異物であり、その医薬品が目的とする効果である有効性とその効果以外の副作用等の有害性とを相伴うもので、両者は表裏の関係にあって、『両刃の剣』のようなものであり、選び方、使い方、使う量を誤れば、毒でしかなくなる。
このような危険物を、人道的、科学的に使用して人体に活かすのが医薬品である。どうしても医療に必要とするだけの有用性が大きければ、そのもつ有害性をわきまえて使用し、有害性を発現させることなく、いかに使うかが重要となる。」
つまり、原判決は、そもそも医薬品という化学物質は、その有効性と副作用等の有害性との両者によって構成されるものであること、副作用等の有害性もまた医薬品の本質であることを承認しているのである。
したがって、仮にもし、薬事法が原判決のいう通り、有害性については、まったく何の言及もしていないとすれば、薬事法は医薬品の半面についてのみ規定するものにすぎないこととなり、有効性と有害性を併せもつことを本質とする医薬品についての法ではないこととなり、まことに片手落ちの法律という外はない。
かくして、医薬品についての「承認」を定める第一四条は、医薬品の本質との関係において解釈されねばならないこともまた当然であろう。第一四条の「承認」から有害性を欠落させる解釈は、あまりにも合理性に欠け、失当というべきである。
(三) 承認の審査対象
厚生省薬務局参事官の経歴をもつ、下村孟はその著「医薬品の実際知識」(東洋経済新報社、昭和四五年七月四日第一刷発行)一八六頁において、医薬品の製造承認の性質につき次のように述べている。
「医薬品の製造承認とはなにかといえば、個々の医薬品についてその成分、分量、用法、用量、効能、効果等からみて、当該医薬品が世の中に存在することが、いいかえれば医薬品として世の中に流通することが適当か否かについての厚生大臣の判断である。すなわち、厚生大臣がこのような毒性が強いものは医薬品として存在すべきでないと判断すれば、不承認となる。また、ある効能、効果について疑問があればそのことに関して不承認となる。あらゆる医薬品について原則として承認が必要で承認を受けていない医薬品は、製造することも、販売することもできない。ただし、ここに一つの例外がある。それは日本薬局方に収載されている医薬品である。」
つまり、毒性が強く医薬品として存在すべきでないものは「承認」されない旨を明瞭に述べて、第一四条の製造承認が有害性をも審査対象とするものであることを指摘している。
このことを更に明瞭に指摘しているのは、穴田秀男監修「薬事法」(自由国民社、口語六法全書第二七巻、一九七七年八月一日第三刷)である。厚生省薬務局企画課がその第一編の執筆を分担して(同書の「はしがき」参照)第一四条に解説を加え(同七〇頁)、次のように述べている。
「一、一二条の製造業の許可が前述したとおり製造所の構造設備と製造業者の人的欠格事由について審査して与えられるのに対し、個々の製造業者の製造する医薬品等自体について、それが一般に流通して国民の医療または保健に使用されることが適当か否かを判定するのが本条の承認である。ある医薬品等が国民の医療または保健に使用されることが適当か否かとは、換言すればその医薬品等が有効かつ安全であるか否かということである。医薬品等の有効性および安全性は、一定の目的に一定の成分のものを一定の方法で使用した場合における効能効果と副作用とを比較して総合的に判断すべきものであるが、この場合、総合的判定とはいっても判定者の主観によって左右させるものではなく、医学薬学という学問の本質からして当然に、判定時における最高の学問水準に照らせば客観的に定まってくる性質のものであるということができる。
したがって、本条の承認は、医薬品等の有効性および安全性について、その時々における最高の医学薬学の水準に照らして審査し、客観的に判定する行為であって、講学上の準法律行為的行政行為である「確認」にあたるものである。
二、このように本条の承認は、医薬品等の有効性および安全性について判定するものであるが、具体的な判定は、成分・分量、製造方法および規格・試験方法などの医薬品等の製造に関する事項と用法・用量、効能・効果および貯蔵方法・有効期間などの使用に関する事項を確定することによって行われる。これによって、承認どおり製造された医薬品等を承認された目的・方法に従って使用するとき、その製品は有効かつ安全であるということになるわけである。」
つまり、第一四条の「承認」とは、医薬品の有効性と安全性についての判定なのである。
(四) 文理解釈
右の解釈は、薬事法の文理解釈によっても肯定される。
(1) まず、第五四条において、第一四条の規定によって承認を受けていない効能又は効果は、添付文書等に記載することが禁止されていること、また第五六条においては、第一四条の規定によって承認を受けていない成分又は分量の医薬品は製造、販売等が禁止されているのであるから、第一四条の承認には医薬品の安全性確保の法意が存することは明らかである。
(2) 次いで、第一四条は、薬局方外医薬品についてそれを製造しようとする者から申請があったときは、厚生大臣は「その成分、分量、用法、用量、効能」を審査するだけではなく、「効果等」をも審査すべきことを定めている点に注目すべきなのである。「効能」だけの審査であれば、有効性のみの審査にすぎないことになろうが、その外に、「効果等」の審査が別途に規定されている法意は、医薬品の本質的性格上、当該申請者が製造によって目的的に実現しようとする「効能」の外に、目的的に実現しようとするわけではないが、医薬品の本質的性格上発現することがまれではない、それ以外の効果、つまり副作用、毒性についても審査する趣旨と解するほかはない。「効果等」が単に有効性の意味だけであるとすれば、「効能」に加えて別途に規定する意味がないからである。
他方、現行法が有効性のみを指そうとする場合は、「効能」とのみ言い、「効能、効果等」との言いまわし方をしてはいない事実が参考になる。現行法第六六条は、医薬品、医薬部外品、化粧品、医療用品の誇大広告を禁止する法意である。有害性ないしはマイナスの側面の誇大広告はありえない以上、有効性ないしはプラスの側面の誇大広告を禁ずる趣旨であることは明瞭であるが、「効能、効果又は性能」という表現方法をとっている。「効能、効果、又は性能」という表現はプラスの側面、ないしは、有効性のみを意味していることは明瞭である。仮に、もし第一四条の「効能、効果等」がプラスの側面ないし有効性のみを意味しているのであれば、第一四条においても第六六条と同様に「効能、効果又は性能」という表現をとっていたであろう。同一の法律においては、同一の表現は同一の意味に、異なる表現は異なる意味に理解すべきであるとの法文解釈の一般原則を現行薬事法においてのみ排除すべき理由はない。したがって、第一四条の「効能、効果等」は第六六条のいうプラスの側面以外の意味があると解釈すべきなのである。
「効能」とは異なる「効果等」に独立の法的意味がある以上、それは医薬品の本質に照らし、申請者の意図せざる効果、つまり副作用、毒性等を意味することは、きわめて明瞭である。つまり、第一四条は副作用、毒性等についても厚生大臣の審査権限を規定した条文なのである。かくして、現行「薬事法には、医薬品の安全性の確保に関する明文の定めはない」とする原判決は、重大な誤りを犯していること明白なのである。
2 原判決の依拠する根拠
右の解釈に対し、原判決は、現行薬事法には医薬品の安全性の確保に関する明文の定めはないと判断する二つの点を挙げてその根拠としている。一つは我国薬事法制は一貫して粗悪不良医薬品の排除を主目的としてきたとする薬事法制史上の根拠である。その第二は、昭和五四年法律第五六号薬事法(以下五四年薬事法又は新法ともいう)の第一条に「この法律は、医薬品の……安全性を確保することを目的とする」と明定されたこと、及び同第一四条に「副作用」の用語が明定されたことをもって、逆に現行法には医薬品の安全性の規定はないとする、新法の文言上の根拠である。
しかしながら、まず法制史上の根拠について詳細に検討するに、我国薬事法制が医薬品の安全性に関する規定を欠いていたなどとは決して言うことができないことは明白である。
3 日本の薬事法制史
(一) 毒薬劇薬取締方
明治以降最も早く、医薬品の販売に関してその規制を目的とした法規は、明治七年九月一九日文布達「毒薬劇薬取締方」であろう。しかし、いち早く制定せられたこの法規であっても、「粗悪不良医薬品の規制」を主目的としたものではない。医薬品の品質、性状が適正であったとしても、砒石、ストリキニーネ等は、「性功峻烈ニシテ若シ其用ヲ錯マルトキハ忽チ人命ヲ傷害スヘキ毒薬ト相成リ妄リニ難取扱品柄ニ候所是迄売買ノ規制無之何人ニ限ラス随意ニ売渡シ或ハ尋常之雑薬間ニ錯列シ動モスレハ其器ヲ取違ヘ不測ノ危害ヲ醸シ候等弊害不尠候ニ付」一定の医薬品については、貯蔵法を規制し、「医師ノ処方書ニ拠テ調合スル外ハ医師薬舗主化学家売薬家及工職家ヨリ需要之趣旨ヲ記シタル証書ヲ以テ求ムルニ非サレハ決シテ販売スルヲ許サス」こととしたのである。つまり、毒薬劇薬の取扱いを規制する現行薬事法第四四条、四五条、四七条、四八条と略々趣旨を同じくする規定であって、毒薬という、品質、性状には問題がない医薬品の安全性確保を主目的とした法規なのである。
次いで制定された太政官布告明治一〇年第二〇号「毒薬劇薬取締規則」もまた、不良医薬品の取締のみを目的とした法律ではない。この「規則」は毒薬、劇薬の定義を明らかにし、毒劇薬については医師の証書をもって求める者でなければ販売してはならないことを定め、その違反者に対しては罰金を課すこととしている。粗悪不良品ではない正規の医薬品の安全性確保を目的とした法規であることは間違いない。
(二) 医制
注目すべきは、これより早く制定せられた明治七年八月一八日の「医制」の発布である。右「医制」は衛生行政全般にわたる我国初の総合的法制ともいうべきものであるが、全文七六条のうち、薬事に関する第五四条以下には、正規の医薬品についての安全性確保の条文がいくつも定められている。その内注目すべきは左の条文である。
第六十四条 薬舗主及ヒ手代ハ必ス医師ノ処方書其外一定普通ノ薬方ヲ記シテ需ムル者ニアラサレハ調合スルヲ許サス
但シ単味ノ品ハ劇薬ニアラサレハ医師ノ外タリトモ販売自由タルヘシ
第六十五条 医師ヨリ投スル所ノ処方書ハ其方ニ従テ精細ニ調合シ毫モ私意ヲ加フヘカラス
第六十六条 薬舗ニテ調合シタル薬剤ハ病人ノ姓名薬名分量用法及ヒ年月日ヲ記シ印ヲ押シテ之ヲ与フヘシ
第六十七条 処方書ハ順次ニ基本書ヲ貯ヘ一箇月宛一冊トシテ二十年ノ間紛失スヘカラスモシ薬舗主病死或ハ事故アリテ薬舗ヲ廃スルトキハ其処方書ヲ束子テ医務取締ニ出スヘシ
但調薬兼帯医師自己ノ処方モ又右ニ準ス
第六十八条 劇薬ハ司薬場検印ノ品ニアラサレル調合及ヒ販売スルヲ許サス(当分)劇薬ニ限ラス品ニヨリテハ検査スルコトアルヘシ
第六十九条 劇薬ハ医師ノ処方書ニ拠テ調合スルノ外ハ同業ノ者化学家及ヒ調薬免許ノ医師ヨリ其需要ノ旨趣ヲ詳記シタル証書ヲ以テ求ムルニアラサレハ決シテ販売スルヲ許サス
第七十条 右ノ規則ニ準ヒ劇薬ヲ販売スルトキハ其品ヲ固封シ印ヲ押シテ表書薬名ノ傍ニ毒ノ一字ヲ大書スヘシ
劇薬販売ノ節ハ薬名分量年月日及ヒ買人ノ姓名ヲ別帳ニ記シ買人ヨリ送ル所ノ証書ハ二十年間紛失スヘカラス
第七十一条 売薬ハ其薬味分量功能用法及ヒ代価ヲ記シ地方庁ヲ経テ衛生局ニ出シ免許ヲ受クル者ニアラサレハ調製ヲ許サス
但シ薬味分量等有害ノモノ或ハ其功能書ニ照シテ不当ナルモノハ調製発売ヲ禁シ或ハ之ヲ改正セシムヘシ
(旧字体は新字体に修正した。以下同)
右のうち、六八条、六九条、七〇条は劇薬(あるいは毒薬)についての安全性確保の条文である。最も重要なのは第七一条の但書である。「薬味(つまり有効成分のこと)分量等有害ノモノ」或は「其功能書ニ照シテ不当ナルモノ」は「調製発売ヲ禁シ或ハ之ヲ改正セシムヘシ」とは、明らかに一般の医薬品についての安全性確保を目的とした条文であり、しかも現在われわれがいう副作用をふくめての安全性確保を目的とした条文である。
前記明治一〇年第二〇号太政官布告を廃止した明治一三年第一号太政官布告「薬品取扱規制」においても、「粗悪不良医薬品の規制」だけを目的としたわけではない。全文七条のうち第二条は第一類医薬品(薬品中最も注意して精選すべきもの)の粗製品の販売を禁ずることを定めるものではあるが、第四条、第五条は毒薬、劇薬についての安全性確保を目的とした条文である。
(三) 薬品営業並薬品取扱規則
原判決は「薬品営業並薬品取扱規則」(いわゆる薬律)明治二〇年法律第一〇号を引用し、我国の薬事法制が一貫して「粗悪不良医薬品の規制」を目的としてきたと断定している。しかしながら、同規則を仔細に検討するも、そのように断定することはできない。左にその全文を掲げる。
第一章 薬剤師
第一条 薬剤師トハ薬局ヲ開設シ医師ノ処方箋ニ拠リ薬剤ヲ調合スル者ヲ云フ薬剤師ハ薬品ノ製造及販売ヲ為スコトヲ得
第二条 薬剤師ハ其学術試験ヲ受ケ年齢二十年以上ニシテ内務大臣ヨリ薬剤師免許状ヲ得タル者ニ限ル
第三条 薬剤師免状ヲ得ントスル者ハ試験及第証書ヲ以テ地方庁ヲ経由シ内務省ニ願出ヘシ
第四条 薬剤師免状ヲ得ル者ハ免状下付ノ節手数料金三円ヲ納ムヘシ
第五条 薬剤師免状ヲ得タル者ノ氏名本籍ハ内務省ノ薬剤師名簿ニ登録シ之ヲ公告スヘシ
第六条 薬剤師免状ヲ毀損亡失シ又ハ氏名本籍ヲ変換スル等免状面ニ異動ヲ生シタルトキハ其事由ヲ記シ地方庁ヲ経由シ免状書換ヲ内務省ニ願出ヘシ
第七条 書換ノ免状ヲ得タル者ハ免状下付ノ節手数料金壱円ヲ納ムヘシ
第八条 薬剤師廃業又ハ死亡シタルトキハ十日以内ニ地方庁ニ届出ヘシ
第九条 薬剤師ニ非サレハ薬局ヲ開設スルコトヲ得ス
第十条 薬剤師薬局ヲ開設シ又ハ閉鎖シタルトキハ十日以内ニ地方庁ニ届出ヘシ
第十一条 薬剤師一人ニシテ二箇所以上ノ薬局ヲ開設スルコトヲ得ス但支局ヲ設クルトキハ別ニ薬剤師ヲ置キ之ヲ管理セシムヘシ
第十二条 薬局ニハ日本薬局方第一表ノ薬品ヲ備フヘシ
第十三条 薬局ニ備付ノ秤量器ハ最モ精確ナルヲ要シ権衡少クモ一「サンチグラム」ヲ定量シ得ルモノヲ備フヘシ
第十四条 薬剤師ハ患者ノ氏名、年齢、薬名、分量、用法、用量、処方ノ年月日及医師ノ氏名ヲ自記シ又ハ調印シタル処方箋ニ拠リ調剤スヘキモノトス
但処方箋中疑ハシキ廉アルトキハ其医師ニ質シ証明書ヲ得ルニ非サレハ調剤スルコトヲ得ス薬剤師ハ調剤録ヲ備ヘ処方箋ヲ謄写シ置クヘシ
第十五条 処方箋ヲ受ケタルトキハ昼夜ヲ問ハス何時ニテモ調剤スヘキモノトス正当ノ事故ナクシテ之ヲ拒ムコトヲ得ス
第十六条 処方箋中ノ薬品ニ欠乏アルトキハ其医師ニ通知シテ指揮ヲ乞フヘシ薬剤師随意ニ之ヲ省略シ又ハ他薬ヲ代用スルコトヲ得ス
第十七条 毒薬劇薬ノ処方箋ハ薬剤師検印シテ処方箋ノ日付ヨリ満十年間之ヲ保存スヘシ
第十八条 毒薬劇薬ハ一回使用セシ処方箋ニ拠リ再ヒ調剤スルコトヲ得ス但特ニ医師ノ通知アルモノハ此限ニアラス
第十九条 患者ニ与フル薬剤ノ容器又ハ包紙ニハ処方箋ニ拠リ内外用ノ別、用法、用量、年月日、患者ノ氏名、薬局ノ地名及薬剤師ノ氏名ヲ記スヘシ
第二章 薬種商
第二十条 薬種商トハ薬品ノ販売ヲ為ス者ヲ云フ
第二十一条 薬種商ハ地方庁ノ免許鑑札ヲ受クヘシ
第二十二条 毒薬劇薬ハ衛生試験所又ハ薬剤師製薬者ニ於テ封緘シタル容器ヲ開キテ零売スルコトヲ得ス
第三章 製薬者
第二十三条 製薬者トハ単ニ薬品ヲ製造シ自製ノ薬品ヲ販売スル者ヲ云フ
第二十四条 製薬者ハ地方庁ノ免許鑑札ヲ受クヘシ
第二十五条 毒薬劇薬ハ適当ノ容器ニ納メ之ヲ封緘スヘシ其容器ヲ開キテ零売スルコトヲ得ス
第二十六条 日本薬局方ニ記載スル所ノ薬品ハ其性状、品質、該局方ノ所定ニ適合スルモノニ非サレハ販売若クハ授与スルコトヲ得ス
第二十七条 日本薬局方ニ記載セサル薬品ハ其拠ル所ノ外国薬局方名ヲ記スヘシ其性状、品質、該局方ノ所定ニ適合シタ何レノ薬局方ニモ記載セサル新規ノ薬品ハ衛生試験所ノ検査ヲ経其試験成績ヲ記スルモノニ非サレハ販売若クハ授与スルコトヲ得ス
第二十八条 薬局方中特ニ貯蔵法ヲ示シタルモノハ其所定ニ従フヘシ
第二十九条 毒薬劇薬ハ他ノ薬品ト区別シ毒薬ハ鎖鑰ヲ備ヘタル場所ニ貯蔵スヘシ
第三十条 毒薬劇薬ハ職業上必要ト認メタル者ヨリ其薬名、量数、使用ノ目的、年月日及住所、氏名職業ヲ記シ且捺印シタル証書ヲ差出スニ非サレハ之ヲ販売若クハ授与スルコトヲ得ス
前項ノ証書ハ其日付ヨリ満十年間之ヲ保存スヘシ
第三十一条 毒薬劇薬ハ前条ニ記載シタル証書アルモ幼稚ノ者其他不安心ト認ムル者ニハ交付スヘカラス
第三十二条 毒薬劇薬ハ薬品ノ容器又ハ包紙ニ其名称及販売授与者ノ住所氏名ヲ記シ毒薬ハ毒字劇薬ハ劇字ヲ付記スヘシ
第三十三条 薬剤師ニ於テ医師ノ処方箋ニ拠リ患者ニ与フル薬剤ハ第三〇条及第三二条ノ手続ヲ為スヲ要セス
第三十四条 薬剤師薬種商製薬者ノ間ニ於テハ第三〇条及第三二条ニ記載シタル手続ヲ要セス其薬剤師薬種商製薬者タルノ証明書ヲ以テ毒薬劇薬ヲ売買スルコトヲ得
第三十五条 毒薬劇薬ノ品目ハ内務省令ヲ以テ之ヲ定ム
第三十六条 薬品ノ容器又ハ包紙ニハ仮名又ハ漢字ヲ以テ其薬名ヲ記スヘシ但羅甸語又ハ他ノ外国語ト併記スルハ妨ケナシ
第三十七条 薬品ノ容器又ハ包紙ニハ製造者ノ住所氏名ヲ記スヘシ其外国製ニ係ルモノハ引取人ノ住所氏名ヲ記スヘシ但薬品製造会社ニ在テハ其所在地名及会社名ヲ記スルモ妨ケナシ
第三十八条 内務大臣ハ監視員ヲシテ薬局及薬品ヲ販売又ハ製造スル場所ヲ巡視セシムルコトアルヘシ
監視員ハ巡視ノ際其証票ヲ携帯スヘシ
第四章 罰則
第三十九条 官許ヲ得スシテ薬剤師ノ業ヲ為シタル者又ハ第一六条第一八条第二二条第二五条第二六条第二七条第三〇条第一項ニ違背シタル者ハ十円以上百円以下ノ罰金ニ処ス
第四十条 第一一条第一四条第一項第一七条第一九条第二〇条第三〇条第二項第三一条第三二条ニ違背シタル者ハ二円以上十円以下ノ罰金ニ処ス
第四十一条 第六条第八条第一〇条第一二条第一三条第一四条第二項第一五条第二一条第二四条第二八条第三六条第三七条ニ違背シタル者ハ一円以上一円九五銭以下ノ科料ニ処ス
第四十二条 内務大臣ハ此規則実行ノ責ニ任シ之カ為メ必要ナル命令及訓令ヲ発布スヘシ但薬種商製薬者取締ニ係ル細則ハ北海道庁長官府県知事カ之ヲ定ムヘシ
附則
第四十三条 医師ハ自ヲ診療スル患者ノ処方ニ限リ第二六条第二七条第二九条ニ従ヒ自宅ニ於テ薬剤ヲ調合シ販売授与スルコトヲ得此場合ニ於テハ第三八条ノ監視ヲ受クヘシ
医師ハ第三四条ニ従ヒ医師タルノ証明書ヲ以テ薬剤師薬種商製薬者ヨリ毒薬劇薬ヲ買収ルコトヲ得
第四十四条 此規則施行以前ニ於テ内務省ヨリ薬舗開業免許状ヲ受ケタル者ハ薬剤師タルノ効ヲ有ス
第四十五条 阿片売買ニ関スル事項ハ明治一一年八月第二一号布告ニ拠ル
第四十六条 医科大学薬学科ノ卒業証書ヲ有シ年齢満二〇年以上ノ者ハ其証書ヲ以テ此規則第三条ニ拠リ薬剤師免状ノ下付ヲ願出ルコトヲ得此場合ニ於テハ内務大臣ハ試験ヲ要セスシテ免状ヲ授与スルコトアルヘシ
第四十七条 此規則ハ明治二三年三月一日ヨリ施行ス
第四十八条 明治一三年一月第一号布告薬品取扱規則ハ此規則施行ノ日ヨリ廃止ス
原判決は、右条文のどこを目して「不良医薬品の規制」を主目的とするものと断定したのであろうか。条文の検討さえしていない疑いが濃厚である。「医薬品の性状、品質の適正をはかる」条文としては、日本薬局方医薬品と局方外医薬品の販売授与に関する第二六条と第二七条が存することは確かであるが、これとても「不良医薬品の規制」のみを目的としたものということはできない。全文四八条のうち、罰則及び附則を除いた第一条から第三条までの間、ほとんどの条文が医薬品による安全性確保に関する条文である。第一条から第一九条は薬剤師の資格とその職務上の義務に関する規定であり、医薬品を買い求め服用する患者を保護するための規定である。第二八条から第三八条までは医薬品取扱に関する安全性確保を目的とした条文であり、その内でも第二九条から第三五条までは毒薬劇薬についての安全性確保を目的とした条文なのである。
(四) 売薬取締規則、売薬規則
(1) 売薬については、右と異なり、すでに明治三年一二月二三日太政官により「売薬取締規則」が布告せられて以来別途の規制の歴史がある。同規則の全文は次の通りである。
今般売薬取締之儀大学東校所轄ニ被仰付別冊之通規則被相定候絛府藩縣ニ於テ管内売薬之者共ヘ相達取締可致且従来之売薬薬方書並功能用法定價等詳細相記シ東校ヘ差出事
(別冊)
売薬取締規則
一 売薬類自今大学東校ニ於テ名実功否検査ノ上免状ヲ与ヘ売粥ヲ許スヘキ事
一 従来売薬ニ勅許御免等ノ字ヲ用ヒ又ハ神仏夢想家傳秘方抔ノ稱ヲ用ヒ候儀自今一切禁止ノ事
一 新規売薬発行致シ度者ハ薬方功能定價・目方何程ニ付・等明細相記シ東校ヘ願出免状ヲ受ヘキ事
一 抜群有益ノ薬方又ハ製薬類新ニ発明スル者ハ七ケ年ノ間当人ノ専売ヲ許シ発明ノ賞トス七ケ年ノ後ハ其薬法ヲ明細ニ記シ諸国一般ニ布告シ広く発行スルヲ許スヘキ事
一 諸売薬薬品原価巨細ニ相糺シ東校ニ於テ相当ノ定価ヲ極メ免状ヘ記シ相渡候絛定価ノ外聊タリトモ増価ノ儀堅ク禁止ノ事
明治三年の当初から、現行薬事法第六六条に相当する誇大広告を禁止する規定が置かれていることは注目に値する。これも売薬の安全性を確保する法意である。売薬取締の管轄については、明治五年太政官布告第二〇二号によって大学東校が廃せられ、明治六年太政官布告第四二九号によって文部省に移ったが、その理由としては、
「抑抑売薬トハ医師ニ非サル者丸散丹円等ノ諸剤ヲ調整シテ曚昧ノ習俗ニ投シ一薬方ヲ以テ万病ニ効アリト称シ公売ニ供スルモノノ謂ニシテ多年盛ニ行ハルルトイエトモ往々毒劇薬ヲ配伍スル等ノ事アリ或ハ之カ為ニ危険ニ陥ルモノ亦少カラサルヲ見ル是レ首トシテ検査禁許ノ挙アル所以ナリ」
という点にあった(高田浩運著「薬剤師方・薬事法之解説」昭和三六年時事通信社、二六頁)。売薬においても、薬品に対する公衆保護の観点は、不良品排除の点にではなく、それ自体としては不良品ではない「毒劇薬ヲ配伍」する売薬にあったことは注目に値するといえよう。
(2) 明治一〇年一月二〇日太政官布告第七号により「売薬規則」が制定せられた。左にその全文を掲げる。
売薬規則
第一章
第一条 此規則ニ称スル処ノ売薬トハ丸薬膏薬煉薬水薬散薬煎薬等家方ヲ以テ合剤シ販売スルモノヲ云フ
第二条 此売薬営業者ハ薬味分量用法服量功能ヲ詳記シタル書ニ族籍氏名ヲ記シ其管轄庁ヲ経由シテ内務省ニ願出免許鑑札ヲ受クヘシ
第三条 内務省ニ於テハ願書ヲ検査シ其製薬配伍ノ薬品劇毒微毒ニ拘ハラス取扱上失誤ヲ生シ易キモノ及ヒ毒薬取締ニ関係スルモノハ之ヲ許ササルヘシ
第四条 第八条ニ記シタル期限中薬味分量用法服量能書ヲ改正セント欲スルモノ其由ヲ届出旧鑑札ヲ返納シテ更ニ新鑑札ヲ願受クヘシ
第五条 売薬ヲ請売セント欲シ其営業者ノ許諾ヲ得タルモノハ族籍氏名ヲ記シタル願書ニ営業者所持スル官許公文ノ写及ヒ営業者ト取結タル約定書トヲ添其管轄庁ヘ願出内務省ノ免許鑑札ヲ受クヘシ
第六条 売薬営業者及ヒ請売者共必ス免許ノ看板ヲ掲クヘシ
第七条 売薬営業者及ヒ請売者ニ於テ自ラ行商シ又ハ売子ヲ派出シテ行商ヲ為セシメント欲スルトキハ其由ヲ管轄庁ヘ届出行商鑑札ヲ願受ケ行商スル時ハ必ス之ヲ所持スヘシ
第八条 営業鑑札請売鑑札行商鑑札ハ其鑑札記載ノ月ヨリ満五年ヲ以テ免許ノ期限トス此期限ヲ過キ尚免許ヲ得ント欲スルモノハ旧鑑札ヲ返納シ更ニ新鑑札ヲ願出クヘシ
第九条 第八条ニ記シタル期限中第四条ノ改正発売ヲ願出之ヲ免許スル時ハ新鑑札記載ノ月ヲ以テ一期ノ初月トナスヘシ
第十条 免許期限内トイエドモ其製薬第三条ニ掲クル処ノ有毒品ナルヲ更ニ発見スル時或ハ営業者製薬ヲ粗悪ニスル等ノコトアル時ハ直ニ鑑札ヲ取上ケ発売ヲ禁止スルコトアルヘシ
第十一条 営業者廃業スルカ又ハ禁止セラルル時ハ其請売者及ヒ売子共其販売ヲ許サス
第十二条 諸鑑札ヲ遺失シ又ハ水火盗難ニ因テ毀失シタル時ハ其仔細ヲ詳記シテ管轄庁ヘ届出再ヒ之ヲ願出クヘシ
第十三条 免許鑑札ヲ他人ニ譲渡サント欲スル者ハ双方連印ノ願書ヲ管轄庁ニ差出シ名前書換ヲ請フヘシ
第十四条 売薬営業者及ヒ請売者免許期限中其相続人ニ於テ之ヲ相続スル時ハ免許鑑札ヲ改ムルニ及ハストイエドモ其由ヲ届出ツヘシ
第十五条 売薬営業者廃業シ若シクハ禁止セラレタルトキハ営業者ハ勿論其請売者ニ於テモ総テ諸鑑札ヲ返納スヘシ
第二章
第十六条 売薬営業者及ヒ請売者ハ左ノ通税金並鑑札料ヲ上納スヘシ
売薬営業税   薬剤一方ニ付一箇年       金二円
右鑑札料    薬剤一方ニ付一枚        金二十銭
売薬請売鑑札料 薬剤ノ方数ニ拘バラス一枚    金二十銭
売薬行商鑑札料 薬剤ノ方数ニ拘ハラス一人一枚  金二十銭
第十七条 水火盗難ニ因リ鑑札ヲ毀失シ更ニ新鑑札ヲ願受ル時ハ其鑑札料ノ半高ヲ納ムヘシ
第十八条 税金ハ毎年両度ニ区分シ前半年分ハ七月三十一日限リ後半年分ハ翌年一月三十一日限リ鑑札料ハ其都度並ニ管轄庁ニ上納スヘシ
第十九条 税金ハ六月以前免許ノ者ハ全年分七月以後ハ半年分廃業ノ者ハ七月以後ハ全年分六月以前ハ半年分ヲ納ムヘシ
但第十条ノ有毒品ナルヲ更ニ発見セシ時ニ限リ月割ヲ以テ税金ヲ納メシムヘシ
第三章
第二十条 無鑑札又ハ鑑札ヲ借受ケ自ラ行商シ又ハ行商セシムル者及ヒ之ヲ貸ス者又ハ期限過タル鑑札ヲ以テ自ラ行商シ又ハ行商セシムル者ハ其鑑札ヲ取上ケ薬剤一方ニ付五円ノ罰金ヲ科スヘシ
第二十一条 無鑑札又ハ鑑札ヲ借受ケ又ハ期限過タル鑑札ヲ以テ請売スル者及ヒ無鑑札ノ者ヲシテ請売セシメ又ハ鑑札ヲ貸ス者ハ其鑑札ヲ取上ケ製薬ヲ没入シ薬剤一方ニ付十円ノ罰金ヲ科スヘシ
第二十二条 免許ヲ受ケスシテ私ニ薬味分量用法服量能書等ヲ改更シ又ハ許可ヲ経スシテ無稽ノ妄説ヲ記載シ世人ヲ幻惑スル者ハ其鑑札ヲ取上ケ製薬ヲ没入シ薬剤一方ニ付十円以上二十五円以下ノ罰金ヲ科スヘシ
第二十三条 無鑑札ニテ営業スル者ハ其製薬及ヒ売得金ヲ没入シ薬剤一方ニ付二十五円以上五十円以下ノ罰金ヲ科スヘシ
第二十四条 諸鑑札ヲ偽造シ又ハ他人ノ売薬ヲ贋造シテ発売スル者ハ其製薬及ヒ其売得金ヲ没入シ薬剤一方ニ付五十円以上百円以下ノ罰金ヲ科スヘシ
第二十五条 私ニ有毒薬ヲ配伍スル者ハ其鑑札ヲ取上ケ製薬及ヒ其売得金ヲ没入シ薬剤一方ニ付百円以上五百円以下ノ罰金ヲ科スヘシ
第二十六条 以上ノ犯則者ヲ見届ケ訴出ル者アル時ハ事実取糺ノ上相違ナキニ於テハ其賞トシテ其罰金ノ半高ヲ与フヘシ
なお、明治一一年太政官布告第二七号によって同規則が一部改正せられ、右規則第三条の「毒薬」の下に「劇薬」の二字を加えること、右規則第一〇条、第一九条但書の「有毒」を「有害」に改めることとされた。
注目すべきは第三条と第一〇条である。第三条においては「取扱上失誤ヲ生シ易キモノ」については販売が許可されなかった。不良薬品の排除ではなく、純正薬品であっても、その取扱方によって危害が生じ易いものについての(売薬営業者による)販売を禁止するものであり、第一〇条はいったん免許鑑札を得た後であっても(有毒品)有害品であることが判明すれば鑑札を取り上げて販売を禁止するものである。不良薬品の排除に主眼があるのではなく、純正薬品であっても、公衆に有害なものの販売を禁止するところに主眼があるのは明瞭である。
(3) なお、同規則の施行に関して発せられた左記明治四二年四月四日衛甲第二九号衛生局長通牒はまことに注目すべきものがある。
「近来売薬ノ許否往々ニ粗漏ニ流レ候或ノ聞有之候処仰々売薬ナルモノハ多クノ患者又ハ其家人等自ラ其病症ヲ推測シ効能書ニ依リ之ヲ使用スルモノニシテ而モ其ノ推測ハ多クハ疾病ニ就テ容易ニ的中ヲ期スヘカラサルノミナラス適当ノ時期ニ於テ之ヲ使用スル能ハサル等ニ依リ完全ニ治療ノ効ヲ奏センコトハ至難ナルヘシト錐モ幸ニ其ノ推測適中シ且適当ノ時期ニ使用シタリトセンカ効能書ニ記載セル病症ニ関シ相当ノ効能アルヘキモノタラサルヘカラス単ニ無害ヲ目的トシテ配伍ノ主薬カ効能書ニ記載シタル病症ニ関シ殆ト何等ノ効能アルヘシト認メ難キ売薬ヲ免許スルカ如キハ法ノ精神ニ背反スルモノト存候ニ就テハ自今売薬免許ニ関シテハ一層周密ナル調査ヲ遂ケシメラレ候様致度」
この文意は、売薬は従来、無害無効であっても許可してきた傾向にあったが、今後は無害有効でなければ許可しない方針である、という点にある。医薬品と異なる売薬についても「無害」の原則が採用されていた事実は注目に値する。不良売薬を排除する趣旨ではなく、正規の売薬についての安全性確保の趣旨であることは明白である。
(五) 売薬法
さらに、原判決は「売薬法」大正三年法律第一四号もまた同様「粗悪不良医薬品の規制」を主目的とする法律であり、正規の医薬品についてその副作用からの安全性を確保することを主目的とする法律ではないと断定する。しかしながら、附則をふくめ全文二六条のこの法律を仔細に検討すれば、原判決の如くに断定することは著しく失当である。左にその全文を上げる。
第一条 本法ニ於テ売薬営業者ト称スルハ売薬ヲ調整又ハ輸入若ハ移入シテ販売スル者ヲ云フ
原料品ニ加工セスシテ売薬ト為スモノハ本法ノ適用ニ付テハ之ヲ売薬ノ調製ト看做ス
第二条 売薬営業者売薬ヲ発売セムトスルトキハ方名、原料品名及其ノ分量、調製ノ方法、用法、用量竝効能ヲ記載シ主タル営業所所在地ノ地方長官ノ免許ヲ受クヘシ之ヲ変更セムトスルトキ又同シ
前項ノ場合ニ於テ日本薬局方ニ記載セサル原料品ヲ使用セムトスル者ハ其ノ見本品ヲ提出スヘシ
第三条 売薬営業者二箇所以上ノ営業所ヲ設ケタルトキハ営業所毎ニ所在地ノ地方長官ニ届出ツヘシ
第四条 売薬ニハ毒薬、劇薬及其ノ性状又ハ配伍ノ結果ニ由リ危害ヲ生スルノ虞アル薬品ヲ使用スルコトヲ得ス但シ毒薬、劇薬ハ其ノ用法、用量ニ依リ行政官庁ニ於テ危害ヲ生スルノ虞ナシト認メタルモノハ此ノ限ニ在ラス
第五条 売薬ノ原料品ハ日本薬局方ニ記載スルモノハ其ノ所定ノ性状品質、之ニ記載セサルモノハ第二条第二項ノ見本品ト同様ノ性状品質ヲ具備スルヲ要ス
第六条 薬剤師、薬剤師ヲ使用スル者又ハ医師ニ非サレハ売薬ヲ調整シテ販売スルコトヲ得ス
第七条 売薬免許ハ前条ニ掲クル者ニ限リ之ヲ譲受ケ又ハ相続スルコトヲ得
第八条 売薬ノ効能ニ関シテハ文書、言語其ノ他何等ノ方法ヲ以テスルヲ問ハス免許ヲ得タル事項ヲ説明スルノ外之ヲ誇張シテ公示スルコトヲ得ス
第九条 売薬ニ関スル広告、売薬ノ容器若ハ被包又ハ売薬ニ添附シ若ハ添附セスシテ頒布スル文書ニハ左記ノ事項ヲ記載スルコトヲ得ス
一 猥セツニ渉ル記事又ハ図書
二 避妊又ハ墮胎ヲ暗示スル記事
三 虚偽誇大ノ証明若ハ医師其ノ他ノ者カ効能ヲ保証シタルモノト世人ヲシテ誤解セシムルノ虞アル記事
四 医治ノ無効ヲ暗示シ或ハ暗ニ医師ヲ誹謗スルカ如キ記事
第一〇条 地方長官ハ衛生上危害ヲ生スルノ虞アリト認ムルトキハ売薬営業者ニ対シ其ノ免許ヲ得タル事項ノ変更ヲ命スルコトヲ得
第十一条 売薬営業者ニシテ本法若ハ本法ニ基キテ発スル命令ニ違反シ又ハ本法若ハ本法ニ基キテ発スル命令ニ依ル処分ニ違反シタル者ニ付地方長官ハ其ノ免許ヲ取消スコトヲ得
第十二条 行政官庁ハ当該官吏ヲシテ売薬ヲ調整シ若ハ販売スル場所ニ臨検セシメ又ハ売薬ノ検査ヲ為サシムコトヲ得
第十三条 行政官庁ハ試験ノ用ニ供スル為必要ナル分量ニ限リ当該官吏ヲシテ売薬又ハ其ノ原料品ヲ無償ニテ収去セシムコトヲ得
第十四条 第二条第一項若ハ第四条ノ規定又ハ第一〇条ノ処分ニ違反スル売薬ハ地方長官其ノ所有者ヲシテ之ヲ廃棄セシメ又ハ直接ニ廃棄シ其ノ他必要ナル処分ヲ為スコトヲ得但シ所有者又ハ所持者ニ於テ衛生上危害ヲ生スル虞ナキ方法ニ依リ処置セムコトヲ云フトキハ之ヲ許可スルコトヲ得
第十五条 第二条第一項、第五条若ハ第六条ノ規定又ハ第一〇条ノ処分ニ違反シタル者ハ五百円以下ノ罰金ニ処ス
第十六条 第八条若ハ第九条ノ規定ニ違反シタル者又ハ当該官吏ノ臨検若ハ検査ヲ拒ミタル者ハ二百円以下ノ罰金ニ処ス
第十七条 第三条又ハ第二〇条第二項ノ規定ニ違反シタル者ハ科料ニ処ス
第十八条 売薬営業者又ハ売薬請売営業者未成年者又ハ禁治産者ナルトキハ本法又ハ本法ニ基キテ発スル命令ニ依リ之ニ適用スヘキシ罰則ハ之ヲ法定代理人ニ適用ス但シ其ノ営業ニ関シ成年者ト同一ノ能力ヲ有スル未成年者ニ付テハ此ノ限ニ在ラス
売薬営業者又ハ売薬請売営業者ハ其ノ代理人戸主家族同居者雇人其ノ他ノ従業者ニシテ其ノ業務ニ関シ本法又ハ本法ニ基キテ発スル命令ニ違反シタルトキハ自己ノ指揮ニ出テサルノ故ヲ以テ処罰ヲ免カルルコトヲ得ス
第十九条 明治三三年法律第五二号ハ本法又ハ本法ニ基キテ発スル命令ニ依ル犯罪ニ之ヲ準用ス
第二十条 輸出又ハ移出スル売薬ニ付テハ第二条乃至第一一条、第一四条及第一五条ノ規定ヲ適用セス其ノ取締上必要ナル規定ハ勅令ヲ以テ之ヲ定ム
前項ノ売薬ヲ調製セムトスル者ハ営業所毎ニ之ヲ地方長官ニ届出ツヘシ
附則
第二十一条 本法施行ノ期日ハ勅令ヲ以テ之ヲ定ム
第二十二条 売薬規則ハ之ヲ廃止ス
他の法令中売薬規則トアルハ本法ヲ指シタルモノト看做ス
第二十三条 従前ノ規定ニ依リ受ケタル売薬免許ハ之ヲ本法ニ依リ受ケタル売薬免許ト看做ス
第二十四条 本法交付ノ際現ニ売薬営業者タル者ハ第六条又ハ第七条ノ規定ニ拘ラス売薬ヲ調製シテ販売シ又ハ売薬免許ヲ譲受ケ若ハ相続スルコトヲ得但シ売薬ヲ輸入若ハ移入シテ販売スル者又ハ法人ハ此ノ限ニ在ラス
第二十五条 本法公布前免許ヲ受ケタル売薬ニシテ毒薬、劇薬又ハ薬品営業竝薬品取扱規則ノ指定薬品ヲ含有セサルモノニ付テハ第六条及第七条ノ規定ヲ適用セス
第二十六条 第三条及第二〇条ノ届出ハ売薬税法ノ適用ニ付テハ之ヲ免許ト看做ス
第一五条以下の罰則、第二一条以下の附則を除く、いわば本文にあたる一四箇条のうち、「医薬品の性状、品質の適正確保」を主目的とする条文は、日本薬局方及び局方外医薬品に関する第二条但書、第五条のみであって、医薬品による衛生上の危害の防止を目的とする条文は数多い。その第四条は、毒薬劇薬以外の医薬品であっても、「其ノ性状又ハ配伍ノ結果ニ由リ危害ヲ生スルノ虞アル薬品」は(売薬には)使用してはならないとしており、その法意は、(現在われわれがいう)副作用をふくめての安全性確保を目的とした条文であることは明白である。「其ノ性状又ハ配伍ノ結果ニ由リ危害ヲ生スル」との文言中には、正規の薬品がもつ副作用による危害がふくまれている。
さらに、第八条、第九条が売薬の効能について誇張して公示することを禁じ、広告、添付文書等で虚偽誇大の証明等の記載を禁ずる趣旨は、現行薬事法第五四条と同旨であって、品質、性状が適正である医薬品についての安全性確保の条文であることは明白である。
外にも、地方長官が衛生上危害を生ずる虞があると認めた場合には売薬業者の免許事項の変更を命令できることを定めた第一〇条、それにこの処分等に違反した売薬については地方長官がそれを廃棄し又はその他必要な処分をなしうることを定めた第一四条もまた、現行薬事法第七〇条と同様、品質、性状に問題のない医薬品についての安全性確保を目的としていることは明白である。
(六) 昭和一八年薬事法
(1) 昭和一八年薬事法についても、原判決は「粗悪不良医薬品の規制」を主目的とした法律であると断定している。はたしてそうであろうか。
明治二二年の薬律は前述の通り、薬品(医薬品)の取扱に関する規定の外、薬剤師に関する規定をも包含するものであったが、薬剤師によるいわゆる混合販売が薬律第一四条に違反するとした大審院判決(大正六年三月一九日宣告)に端を発し、薬剤師についてのみは別途「薬剤師法」(大正一五年三月施行)が成立した。従って、薬律のうち、薬品の製造販売をする薬品営業者に関する規定、薬品の販売授与に関する規定、それに薬品の性状品質に関する規定が右薬律によって規制されるものとして残されていたのであるが、昭和一八年薬事法は、その第一条に「本法ハ薬事衛生ノ適正ヲ期シ国民体力ノ向上ヲ図ルヲ以テ目的トス」と掲げ、右「薬剤師法」を廃止してこれを吸収するとともに、右薬律中に残された部分と売薬法とを統一する構成をもつものであった。特に医薬品の取扱に関しては、昭和一八年薬事法の第二二条は、次のように規定している。
第二二条 医薬品ノ製造業ヲ行ハントスル者ハ命令ノ定ムル所ニ依リ主務大臣ノ許可ヲ受クベシ但シ命令ヲ以テ別段ノ定ヲ為シタル場合ハ此ノ限ニ在ラズ
医薬品製造業者ハ医薬品ノ性状品質ヲ適正ナラシムル為命令ノ定ムル所ニ依リ薬剤師ヲ置クベシ但シ命令ヲ以テ別段ノ定ヲ為シタル場合ハ此ノ限ニ在ラズ
前二項ニ規定スルモノノ外医薬品ノ製造ノ設備及管理、製品ノ封緘其ノ他製造ニ関シ必要ナル事項ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム
前三項ノ規定ハ医薬品ノ輸入販売業又ハ移入販売業ニ之ヲ準用ス
(2) なお、右医薬品の意義について付言する。従来の制度では、薬品と売薬、それに売薬部外品についてそれぞれ別個の法規制があり、薬品については「薬品営業並薬品取扱規制」が、売薬については「売薬法」が、売薬部外品(疾病の予防又は皮膚障害の予防又は除去、滋栄、強壮、脱毛の防止等に効能ありとする薬物)については「売薬部外品取扱規則」(昭和七年内務省令二五号)の規制があった。また薬品についても、日本薬局方収載品、外国薬局方収載品、それにいずれの薬局方にも収載されていない、いわゆる新薬新製剤の区別があったが、右昭和一八年薬事法は、薬品と売薬との区別を撤廃した上、右いずれの薬品についても一括して医薬品として取扱うことにしたものであり、かつ、あわせて、売薬部外品のうち保健衛生上緊要なものについても医薬品にふくめて取扱うこととし、戦時下の要請に応じ、不急不要医薬品の発売の抑制と緊急医薬品の重点的確保を図るとの観点から、いずれの医薬品についても届出制を廃し、医薬品の製造業はすべて許可を要するとした点において大きな特長をもつものである。
(3) 厚生事務官高田浩運は、昭和一八年薬事法につき「薬事法概説」を著し(昭和一八年九月三〇日松華堂書店発行)、右第二二条第二項にいう「性状品質」につき解説を加えて次のように述べている(同一五七頁)。
「なほ、ここに「性状品質」とは、「薬品営業竝薬品取扱規則」第二六条及び第二七条に『……其性状、品質、該局方ノ所定ニ適合……』、『売薬法』第五条に『売薬ノ原料品ハ日本薬局方ニ記載スルモノハ其ノ所定ノ性状品質……』とあると同義にして、即ち『性状』とは物の性能(作用)、形状、色、臭味を謂ひ、『品質』とは物の真贋精粗を謂うのである。」
「品質」が物の真贋精粗を謂うにしても、「性状」は性能(作用)、形状、色、臭味をいうとしており、「性状、品質」が原判決の如く「粗悪不良医薬品」だけとか「医薬品まがいの物」だけを意味してはいない点は注目すべきである。この「性状」が性能(作用)を意味する以上、そこには副作用がふくまれるからである。これに加え右「薬事法概説」は第二二条二項全体の意義につき次のように解説している(一五六頁)。
「次に、第二項であるが、医薬品は事人命に関し、毒薬劇薬の如きその性状作用猛烈にして微量よく人を殺傷するものがあり、またその他のものでも分量用法の如何により良薬一変して身体に危害を生ずるものがあるのみならず、医薬品の多くはその作用が微妙なため、性状品質によっては、或はその効力を減失したり、或は予期に反する効果を生じたり、或はまた非常な副作用を伴ったりするものがあるのであって、従って性状品質の適正を欠くに於ては、これが使用に当り不測の障害を生ずることなきを保し難いのである。即ち、医薬品はその効果の適確を期すべく純良を保持することが最も肝要なのであり、そしてこれがためには、製造に当り万全の技術的留意を施し、よく純雑の別を弁じ性状品質異違なからしめんことを要するのであって、これ即ち医薬品製造の実際につき、薬学に関し専門的知識を有し相当の技術を保有する薬剤師をして原則としてこれに参与せしめることとした所以である。」
つまり、「医薬品」は、その「性状品質」によっては、「非常な副作用を伴ったりするものである」としているのであって、この解説に前記「性状品質」についての定義をあわせ読めば、著者高田浩運は、「品質」とは「真贋精粗」つまり、「まがい物」とか「粗悪不良」品などを意味するとし、かつ他方「性状」とは、色、臭味の外、副作用をふくめた医薬品の性質、作用、つまり「正規の医薬品」のもつ、積極的効果とともにマイナスの側面あるいは消極的効果をふくめて意味していることは明瞭である。
(4) 右に加え、昭和一八年薬事法中には「性状品質」に関して直接に規定する条文として左記の第二六条がある。
「第二六条 日本薬局方ニ収載セル医薬品ハ其ノ性状品質日本薬局方ノ所定ニ適合スルニ非ザレバ之ヲ販売若ハ授与シ又ハ販売若ハ授与ノ目的ヲ以テ製造、輸入、移入、貯蔵若ハ陳列スルコトヲ得ズ
主務大臣ハ保健衛生上特ニ必要アリト認ムル医薬品ニ付性状品質ノ適正ヲ図ル為必要ナル命令ヲ発スルコトヲ得」
右第一項の文意は判然としており論ずるまでもない。第二項につき同じ高田浩運著「薬事法概説」(一七七頁)は次のように説く。
「次に、第二項は新たに設けられた規定であって、主務大臣は保健衛生上特に必要ありと認むる医薬品につき性状品質の適正を図るため必要なる命令を発し得ることとしたのである。
既に屡々述べたように、医薬品は用法用量の適確にして誤なきことを要するは勿論、また取扱如何により微量にして不測の危害を招来するものがあるのみならず、その性状作用が微妙なため、性状品質の如何によっては或はその効力を減失したり、或は予期しない効果を生じたり、或は甚だしい副作用を伴ったりするもの等があるのであって、特にその性状品質の適正なることを要するのである。よって保健衛生上特に必要ありと認むる医薬品については、特定機関の検査を受けしめ、または一定の規格に従はしめ、或は医薬品検査営業に関し規定を設ける等必要なる措置を講じて性状品質の適正を図るに遺憾なからしめることとしたのである。」
「性状品質」に副作用をふくめていることは歴然としている。
しかも、前述の通り、昭和一八年薬事法第二二条にいう「性状品質」が「薬品営業並薬品取扱規則」第二二条、二七条にいう「……其性状、品質」それに「売薬法」第五条にいう「性状品質」と同義であるとされている以上、「薬品営業並薬品取扱規則」も「売薬法」もまた同様に、副作用をふくめて医薬品の適正を図ることを目的としていたといいうる。
(5) 「薬品営業並薬品取扱規則」第二六条の「性状品質」が日本薬局方との適合性の意味で使われ、同第二七条が外国薬局方との適合性の意味で使われており、昭和一八年薬事法第二六条第一項の「性状品質」が日本薬局方に対する適合性の意味で使われていることは確かである。しかし、後述の通り、薬局方には繁用され、医薬品としての評価が定まったものが収載されるのであるから、薬局方適合性を不良医薬品の規制の意味だけで捉えるのは相当ではなく、安全性が確保されている意味でも理解すべきである。その上、「薬品営業並薬品取扱規則」第二七条二項には「何レノ薬局方ニモ記載セサル新規ノ薬品」が規定されており、「売薬法」第五条には日本薬局方に「記載セサルモノ」が規定されており、これを統合した昭和一八年薬事法第二二条二項、同第二六条にいう医薬品には、前述の通り、薬局方収載外医薬品がふくまれている。従って、この昭和一八年薬事法第二二条二項の「医薬品ノ性状品質ヲ適正」、それに同第二六条二項の「医薬品ニ付性状品質ノ適正」は、そもそも薬局方所定の規格に対する適合性を意味するはずがありえない。つまり、薬局方適合性以外の意味においても医薬品の「性状品質」の適正が要求されているのである。局方外医薬品であっても、その製造業者は同法第二二条一項により主務大臣の許可を要するのであるから、その医薬品は「正規の医薬品」である。したがって、局方外医薬品について要求されているこの「性状品質の適正」は、原判決のいう「粗悪不良品」或は「医薬品まがいの物」の排除の意味では断じてありえない。つまり、局方外医薬品についての「性状品質の適正」は何を意味するかといえば、まさに「正規の医薬品についてその副作用からの安全性の確保」しかありえないのである。
その上、前記「医制」の第七一条但書が「薬味分量等有害ノモノ或ハ其功能書ニ照シテ不当ナルモノハ調製発売ヲ禁シ或ハ之ヲ改正セシムヘシ」と規定している事実、売薬法第四条が「売薬ニハ毒薬、劇薬及其ノ性状又ハ配伍ノ結果ニ由リ危害ヲ生スルノ虞アル薬品ヲ使用スルコトヲ得ス」と規定し、第八条、第九条が売薬の効能等につき誇張広告、虚偽誇大の証明、医師等が効能を保証したものと世人を誤解させる記事、文書等を禁止した上、第一〇条において「地方長官ハ衛生上危害ヲ生スルノ虞アリト認ムルトキハ売薬業者ニ対シ其ノ免許ヲ得タル事項ノ変更ヲ命スルコトヲ得」と規定しているなど、正規の医薬品によって発生することあるべき危害を事前の防除せんとする諸規定を置いている事実に照らせば、「我国の薬事立法は、一貫して、……正規の医薬品についてその副作用からの安全性の確保ということは、予期しないか少なくとも主目的としてはいなかった」という原判決は、明らかに誤っており、我国薬事法制について重大な誤解をするものという外はない。
(七) 昭和二三年薬事法
(1) 原判決は、昭和二三年薬事法についても「粗悪不良医薬品の規制、さらにいえば、医薬品まがいの物の排除を主目的として立法されており、正規の医薬品についてその副作用からの安全性の確保ということは予期しないか少なくとも主目的としていなかった」と断定している。しかしながら、日本国憲法第二五条によって「国民に保障されているところの健康で文化的な生活を営む権利を確保し、公衆衛生の向上及び増進を図るため必須の条件である」ものとして、その第一条で「この法律は、薬事を規整し、之れが適整を図ることを目的とする」と宣言する昭和二三年薬事法が、正規の医薬品についての安全性についてまったく条文上の配慮を欠いているとは到底考えれないところである(厚生省医務局薬務課厚生事務官中村光三著「新薬事法解説」学陽書房、七頁参照)。
たしかに、敗戦後の大混乱期においては、品質の粗悪不良なものが横行し又は表示の信用できぬものが屡々発見される状況にあったことから、昭和二三年薬事法においては、不良医薬品、不正表示医薬品の取締に関する第四〇条、第四一条等の条文が新設されている(同書、五頁参照)。しかし、仔細に検討すると、それら不良医薬品、不正表示医薬品の取締に関する条文は、原判決のいうような、まがい物の排除と正規の医薬品についての安全性とを区別する考え方を前提にして、前者だけを取締の対象とするものではない。
同第四〇条は、四号にわたって不良医薬品を定義し、第四四条ではそれら不良医薬品の製造、販売等を禁止している。具体的には、第四〇条二号は、「公定書に収められた名称を表示している医薬品であって、その強度が公定書で定められた基準と異なるか、又はその品質若しくは純度が公定書で定められた基準に及びないもの」を不良医薬品と定義している。品質、純度が公定書(日本薬局方及び国民医薬品集又はこれらの追補をいう。第二条八項)で定められた基準に及ばないものを不良医薬品と定義することは当然としても、注目すべきは、強度が公定書に定められた基準と異なるものをも不良医薬品と定義している点である。ここで「異なる」とは、公定書に定める基準に及ばない場合ばかりではなく、基準を上まわる場合をもふくむとされている(同書、七六頁参照)。強度が公定書に定められた基準を上まわる場合には、その医薬品を「まがい物」というのは適切ではない。しかし、安全性の点においては問題があり、強度が強すぎるため安全性に欠ける場合がありうるであろう。第四〇条四号の局方外医薬品の強度についても、右とまったく同様のことがいいうる。
このように、同法の不良医薬品は、原判決のように、「まがい物」と正規の医薬品の安全性不存在とを峻別し、前者だけをいうのではなく、この両者をふくんでいるのである。もともと、憲法第二五条の「公衆衛生の向上及び増進」確保の観点からすれば、まがい物である不良医薬品を排除することと副作用からの安全性確保とは等価値であって、両者を区別する意味はまったくない。まがい物たる医薬品も、副作用のある医薬品も、ともに安全性に欠けるのであり、ともに、公衆衛生の向上、増進のためには、これを阻止、予防する必要がある。昭和二三年薬事法であれ、昭和三五年薬事法であれ、これが仮に、原判決のいうように、消極的取締を目的とする警察法規であるとしても(そのように簡単にいうことができないことは第二で詳細に論ずる)、まがい物である不良医薬品を排除することが消極的警察取締として正当化され、他方、正規の医薬品の副作用からの安全性確保が消極的警察取締の範疇には入らないとする根拠はない。原判決は合理的根拠もなく、両者を区別するものであり、失当である。法律の解釈は、個別法規の条文内容に即してなされなければならない。
(2) 不正表示医薬品については、不良医薬品以上に、副作用からの安全性確保の観点がより判然としている。第四一条は不正表示医薬品を定義し、第四四条は不正表示医薬品の製造、販売等を禁止している。
具体的には、まず、第四一条四号は公定書に収められていない医薬品であって、臭化物、ヒ素、ヂギタリス葉、水銀、ストリキニーネ等又はこれらの誘導体若しくは製剤を含有しているときは、その効力の有無にかかわらず、それらの名称及び分量又は割合をその標示(医薬品の直接の容器又は直接の被包に記載される文字、図形、その他の表示をいう、第二条一〇項)に記載すべきであり、この記載のないものを不正表示医薬品としている。その理由は、これら含有される物質の毒性、劇性が強いことから、これらを含む医薬品はその効能に関係あると否とにかかわらず記載を義務づけるところにある(同書、八一頁)。
第四一条六号は、アルファ並びにベタオイカイン等習慣性があるとして厚生大臣が指定する物質を含有しているにもかかわらず、その標示に「注意――習慣性あり」等の記載のないものを不正表示医薬品としているが、これは、同号記載の品目は、いずれも麻薬、局所麻酔剤又は催眠薬であって連用すると習慣性が強いので特に「注意――習慣性あり」の記載をさせて保健衛生上万全を期そうとするものである(同書、八一頁)。昭和三五年薬事法第五〇条八号と同一の法意であって、まがい物の排除ではありえず、まさしく、正規の医薬品について副作用からの安全性を確保することを主目的とする条文である。
第四一条七号は、厚生大臣の指定するペニシリン、ストレプトマイシン等について、その標示に医師の処方箋又はその指示によって使用すべきである旨の注意が記載されていないものを不正表示医薬品としている。これは昭和三五年薬事法第四九条、第五〇条九号の先駆形態ともいうべきものであるが、不良医薬品の排除を目的とするものではありえず、特定の、正規の医薬品につき、副作用をふくめ、素人療法による危害の発生を防止しようとするものである。
第四一条八号は、医薬品の表示書(添付文書等をいう、第二条第一一号)に、「イ、使用上の適当な注意、ロ、疾病の状況により、又は幼児にとり、保健上危険を生ずる虞がある場合の使用に関し、又は危険な使用の分量、方法若しくは使用期間に関し、公衆保健の保護のために必要な注意」の記載がないものを、不正表示医薬品としている。これは昭和三五年薬事法第五二条、第五四条と同一法意であって、不良医薬品の排除を目的とするものではなく、まさに正規の医薬品について副作用の発現を防止し、医薬品の安全性を確保することを主目的とする条文であること明瞭である。
また、第四一条一一号が、「表示書に記載されている用法、用量又は使用期間が保健上危険があるもの」を不正表示医薬品としているのも、右とまったく同様に、正規の医薬品につき副作用の発現を防止し医薬品の安全性を確保することを主目的にする条文である。
(3) 同法第二六条三項は、医薬品の製造業者が公定書に収められていない医薬品を製造しようとするときは、品目ごとに、その製造について、厚生大臣の許可を受けなければならないと規定し、同四項は、「厚生大臣が、新医薬品その他公定書に収められていない医薬品について前項の許可を与えるには、薬事委員会の建議に基づいて、これをしなければならない」と規定している。これは、新医薬品(化学構造式、組成又は適応が一般には知られていない医薬品をいう。第二条五項)又は公定書に収められていない医薬品については、医薬品としての一般的な基準がないのであるから、これの製造、発売を放置するときは、保健衛生上恐る可き危害を生ずる虞れがあるので、かかる物を新に医薬品として製造し販売するには、先ず薬事委員会の専門家に意見を求め、これによって、当該物質の医薬品としての性状、品質を確認させ、然る後、厚生大臣の許可を受けさせようとするものである(同書、一四頁、五三頁参照)。昭和三五年薬事法第一四条とおおむね同一の法意である。新医薬品或は公定書収載外医薬品につき、右許可を受けさせる法意には、まがい物など不良医薬品の排除の目的も存在することは確かである。しかし、それだけの目的であれば、厚生大臣の許可を受けさせるだけで足りるのであって、専門家の審査、建議を必要とはしない。薬事委員会という専門家の意見を求める理由は、人の生命、身体の安全にかかわる医薬品として流通に置くことが適切であるか否かという、医学薬学的判断を求める点にある。すなわち、有効性と共に安全性の審査を求めなければならない点にある。
(4) 前記以外に、昭和二三年薬事法が、まがい物など不良医薬品の排除を目的とするのではなく、正規の医薬品について副作用からの安全性を確保することを目的とする条文は数多い。
第三三条が、厚生大臣の指定した医薬品については、厚生大臣の指定した者の検査を受け、合格したものでなければ、販売等をしてはならないと規定している。これは、正規の医薬品であることを前提として、保健衛生上特に必要がある医薬品(特に抗菌性物質製剤、生物学的製剤)について、副作用発生防止をふくめ安全性を確保することを目的としている。昭和三五年薬事法第四二条、第四三条とほぼ同一の法意である。
第三四条は、医薬品についての虚偽又は誇大な広告を禁止するものである。これは正規の医薬品であることを前提にして、副作用の発現をふくめ、医薬品の不適切な使用から発生するおそれのある危害を防止することを目的とするものである。昭和三五年薬事法第六六条、六七条と同一の法意である。
第三五条、第三六条、第三七条、第三八条、第三九条は毒薬、劇薬の標示、封緘、販売、貯蔵、陳列について規制している。これも、正規の医薬品であることを前提にして、副作用の発現を防止することを目的とした条文である。昭和三五年薬事法第四四条、四五条、四六条、四七条と同一の法意である。
監督規定のうち、不良医薬品の廃棄を規定する第四八条は、不良医薬品の定義が前述の通りであるから、原判決のいう、まがい物などの不良な医薬品の廃棄だけでなく、(及び第四〇条一号、四号の不良医薬品とともに)安全性に欠ける意味での不良医薬品の廃棄をも規定するものであって、副作用をふくめ医薬品の安全性を確保する規定である。第四八条の、不正表示医薬品の廃業を定める部分については、改めて論ずるまでもなく、副作用の発生防止をふくめた、医薬品の安全性確保を目的とするものである。
最後に、報告の徴求、立入検査を定める第四九条が、原判決のいう不良医薬品の排除ばかりではなく、副作用の発生防止をふくめた、医薬品の安全性確保を目的とする条文であることは論ずるまでもない。
(八) 昭和三五年薬事法の立法過程
(1) 原判決は、昭和三五年薬事法も、明治二二年の薬品営業並薬品取扱規則以降の薬事法規と同様、「正規の医薬品についてその副作用からの安全性の確保ということは、予期しないか少なくとも主目的としてはいなかった」と断定する。しかしながら、国会における昭和三五年薬事法の成立過程を検討するだけでも、右のように断定するのは、誤っていることは明白である。本上告理由書第二部の第一、第二においては、以下順次昭和三五年薬事法の法意の分析を進めようとするものであるが、ここでは、立法過程の分析を加えるものである。昭和三五年法制定の出発点は、昭和三四年三月厚生大臣が薬事審議会に対してなした「薬剤師、薬局、医薬品製造業、医薬品販売業等現行薬事制度において改善すべき点」と題する諮問と、これを受けての昭和三五年二月一日付薬事審議会薬事制度調査特別部会の厚生大臣への「現行薬事制度において改善すべき点に関する答申案」である。改正の主眼が、薬剤師、薬局、製造業者、販売業者等の医薬品関係業者間の利害再調整にあったこと、特に、昭和二三年法において曖昧であった薬剤師の任務及び薬事関係における中心的な位置を明確化したうえ、薬剤師法を薬事法から分離して単独の法律とするところにあった。
このため国会における審議も、右の点が集中的に審議されており、医薬品の副作用は主要なテーマにはなっていない。しかし、第一条の目的、第二九条の指定とか、第四二条の基準、第六六条誇大広告の禁止、第六七条の特定疾病用医薬品の広告の制限をめぐっては、保健衛生上の安全性の確保とか、医薬品の副作用との関係でも審議がなされている。原判決の言う如く安全性や副作用の問題が予期されていなかったわけでは決してない。
(2) 昭和三五年四月二八日参議院社会労働委員会において、藤田藤太郎理事と厚生省薬務局長高田浩運との間で、昭和三五年薬事法第一条について、次のように質疑答弁が行われている(同委員会議事録第二九号六、七頁)。「○藤田藤太郎君 私も今の登録とは違うのですがね、適正配置の問題に含んで関連ですが、この薬事法の目的ですね、法の目的は、現行の薬事法が『薬事を規整し、これが適正を図ることを目的とする。』今度の法律は『医薬品、医薬部外品、化粧品及び医療用具に関する事項を規制し、その適正をはかることを目的とする。』ということで、二条にどういうものだということが書かれておるわけです。そうしてきのうからのまた憲法の論議になるのですが、二十二条の居住権、職業の選択の自由ということで、『公共の福祉に反しない限り、』というところから六条の問題がきのう高野委員から言われたのですが、問題は、私はやはり人間の生存権に関係するのが医療の問題だと思うのです。だから、単にこの販売だけをこの一条は規制しているのか、この目的と言うものは。販売の規制を五項に分けてこういうものだということを規制しているのか。国民にすべからく福祉の面を、この販売を区分けしながら、国民が販売の面のすべからくその供与を受けるというのですか、そういうやはり本来の憲法の公共の福祉の問題や生存権の問題との関連においてこの法律が立てられているのか。この目的の解釈がきのうから論議をすると少しよくわからなくなってきたので、その目的の解釈をお尋ねしたい。
○政府委員(高田浩運君) いわゆる社会保障を拡充して人間の生存あるいは生活というものを確保しあるいは向上していく、これがまあいわば厚生行政の目標であり、社会保障の目的であるということにつきましては同感でございますが、その目的を達成するのにどういう手段を講ずるかということだと思うのでございますが、この法律はごらんの通り、それからまた従前の薬事法、あるいはその前からの引き続きの薬事関係の法令、考え方としては、いわゆる医薬品、それからそれらのものに関する事項を規制をいたしまして、いわゆる保健衛生上支障がないように確保する、公衆衛生上の安全性を確保する、それが一つの目的になっておるわけでございます。その範囲内において法律がいわば組み立てられておるわけでございます。従いまして、これより以上にたとえば経済的な繁栄を来すとか、その他の事項というものは一応これは別個の手段によってそれを、目的を達成するという考え方に立っているわけでございまして、従って、今お話のありました目的を達成するについては、やはりこの法律だけでどうこうということでなしに、ほかの予算的な手段でありますとか、あるいは経済的な助成でありますとか、あるいは経済的な秩序の確立でありますとか、ほかの法規あるいは行政上の手段に合わせていかなければこれはいけないと思うのでございます。そういう意味に考えております。
○藤田藤太郎君 いや、私はこの法律で経済的な問題のものから行政的な問題のものまでを全部法律で規制せいとは言いませんが、この目的としているところは、今の千四百の無医村の問題をどういうふうにいたすか。それは、経済的な面の裏づけは他に政策や法律があるわけですけれども、この法律自身の目的としているところは無医村の解消であるのですね。また、それを含めて適正な配置、予算措置は高野委員が言われたように、医療金融公庫がどういう工合に処置をしていく、こういう問題がやはりこの目的に含まれていますか、精神的に。こういうことを聞いているのです。
○政府委員(高田浩運君) いわゆる何と申しますか、経済的な関連を含めての、いわゆる適正配置と申しますか、それを達成をするということは、直接的にはこの法律としては目的にしていないと申しますか、この法律のいわゆる使命の限度というものは、どこまでもやはり保健衛生上の安全性の確保、公衆衛生上の安全性の確保ということがこれはねらいになっておるわけでございます。それより以上のものは、ごらんになりますように、その外だという考え方で組まれておるわけでございます。」
このように、同法は、しかも、その目的は、薬事法が医薬品関係事業者の経済活動を規制することを目的とするわけではない、という意味で明確化されている点は、薬事法の法的性格を論ずる上で注目すべき点である(第二で更に論ずる)。その第一条で、保健衛生上の安全性を確保することを目的としていることが明確にされている。
また同日、同高田浩運は、その答弁において、第四二条の基準が、保健衛生上の安全度の基準であることを明らかにしている(同議事録一四頁)。
「○ 政府委員(高田浩運君) 四十二条の基準につきましては、保健衛生上必要な限りにおいての基準でごさいますので、これを下ればまあいわば衛生上困るというのが一つの目安になるわけでございます。それより以上のいわゆる理想的の意味での基準というのは、これはまた別個の立場での考え方になるわけでございますが、ただ、お話のように、そういう趣旨におきましても、いわゆる安全度の限界というものの見方が、ある場合においては幅のある場合もあり得ると思うのでございますが、これについては薬事審議会のいわゆる学者等の意見を十分しんしゃくをして、この辺ということで、大体その答申を基礎にして決めるということにいたしておりますのでございますが、今お話し承りますと、過去において行き過ぎた例があるような話でございますが、これらの点については、私よく調べて検討してみたいと思うわけでございます。」
(3) 昭和三五年五月九日参議院社会労働委員会において、医薬品の広告を厳しく制限すべきであると迫る谷口弥三郎委員の質問に対して、厚生省薬務局長高田浩運、厚生大臣渡辺良夫は次のように答弁している(同議事録第三〇号七、八頁)。
「○政府委員(高田浩運君) 大臣からもお話があると思いますが、その前に私から申し上げます。まあお話の趣旨は、よく私どもも理解できるつもりでございますが、広告については考えますと、経済的な側面とそれから保健衛生上の側面と二つの面があるのじゃないかと思います。前者は、要するに企業経営の一つの手段として、自社の製品を相手方にいかによく知らせるかと、これについてはもちろん最小限度のいわば費用で相手に知らせ最大限度の経済的な効果、その辺とのからみ合いによっていかなる媒体を使うかということが、これは合理的な企業経営の立場からおのずからきまってくる、そういうものだと思うのです。しかし、これも完全な自由にいたしますというと、保健衛生上やはり支障を生ずる、そういう観点からいたしまして、従来もたとえば誇大広告等はいけないとか、そういったいわゆる保健衛生上の制限を加えておったわけでございます。それより以上に、たとえば今お話のように、もっと広範に広告のやり方について制限を加えることが適当かどうかということについては、その意味においてのいわゆる企業経営のいわば自由と申しますか、そういった観点と、保健衛生上の観点との接触点をどこに求めるかということが一つの問題点ではなかろうかと思うのでございます。そういういわば自由を制限するというのは、やはり相当しぼられた場合でないと、いろいろな観点から適当でないということも考えられますし、そういう意味において新たに六七条、六八条等の規定を置いたわけでございますが、これらについては一番初めに御説明申し上げましたように、また今申し上げました趣旨からして、ごくしぼられた場合に限ってこういう措置をとる根拠の規定を置いたわけでありまして、その辺御趣旨の点はよく私どもも理解できるのでございますが、そういった両者の絡み合いというものをやはりこの辺に置くことが一番適当ではなかろうかと、そういう趣旨でございますので、御了承いただきたいと思います。
○国務大臣(渡邊良夫君) なかなかこの問題点は、私は経済上あるいは企業の自由という問題と、それから保健衛生上、製薬業者のいわゆるあらゆる薬物に対するところの取り締まりというものはなかなか困難であろう。ただいま局長が申されましたように、どこに焦点を置くかというようなことでございますが、できるだけ私どもはやはり薬物である以上は保健衛生に重点を置いたような考え方をしていかなければならないと思っております。電通広告社の調べによりますというと、薬の広告というものは年に一四二億やっておるそうでございます。それでそれが薬の生産額の9.7%に当たる。これは企業の上におきましてもなかなか容易ならぬ私はことであろうと考えられるのでございまするが、ただ私どもは副作用のともなうような薬についての誇大広告などに対しましてはやはり薬事審議会等の答申に基づきましてできるだけこれを制限いたしたいと、かように現在も措置をとっておるような次第でございまして、これらの点につきましては十分に考慮いたしまして処置をいたしたい、かように考えております。
右の答弁において、(a)医薬品の広告の規制を、医薬品に関与する業者の営業の自由と保健衛生上の観点、つまり、保護さるべき国民の利益との均衡において捉えようとする理解と、(b)副作用の伴う医薬品についての誇大広告を厳しく制限しようとする理解が明らかにされている。右の(a)の部分は、薬事法の少なくとも一部が、憲法第二二条と憲法第二五条の、各保護する法的利益の衝突と均衡によって構成されている、との解釈を示唆している。又、(b)の部は、副作用のある場合には、憲法第二二条が保護する法的利益は、第二五条が保護する法的利益に劣後すべきであるとの解釈を示唆している点で、本訴訟においてはきわめて重要な視点を提供している。この点は、昭和三五年薬事法の法的構造を分析する部分で詳細に論ずる。
(4) 昭和三五年五月一〇日参議院社会労働委員会において、厚生省薬務局長高田浩運は、第六七条について次のように答弁している(同議事録三一号一頁)。
「○政府委員(高田浩運君) 実はこの点につきましては、一番初めに御説明申し上げたときにお話申し上げたかと思いまするが、たとえばガン等に使いまするザルコマイシンでありますとか、マイトマイシンでありますとか、そのほかにもございますが、こういったものについては、一面においては病気がそういう特殊な病気でございまするし、かたがた非常に副作用が強い、従って、医師の特別の指導のもとでなければ非常に危険である、そういうような二つの観点からいたしまして、こういった薬の、いわゆる製薬の許可をいたします場合に、もちろんこれらを許すか許さないかということについては、相当数の実験例に基づいて、薬事審議会において、専門家の手でいろいろ検討した結果、許す、許さぬということを決定いたしているのでございまするが、これを許す場合に、そういうような点をも考慮して、一般に広告しないということを一つの条件にして許しているのが実情でございます。これは実際上の措置でございますけれども、そういった専門家のいろいろな考慮のもとになされた妥当な措置ではなかろうかと思います。それらの点は、やはりこれは法律上の根拠に基づいて、適正に行う考慮を払うことが適当である、そういうような考え方に基づいて、この六七条が出てきたわけでございます。従って、現在私どもが考えておりますこの特殊疾病というものは、ガンとか白血病であるとか、あるいは肉腫というものを考えております。しかもこれらの疾病につきましても、今申し上げましたいわゆる治療法、病気と薬との関連におけるそういった弊害というものが妥当な、進歩に伴って心配ない状態になれば、当然これから解除して、一般の広告の問題として取り扱う、そういうような考慮を念頭に置いて、この六七条の規定を置いた次第であります。」
右のように、第六七条は、医薬品の副作用からの危害の発生防止を主眼として立法されたことは明瞭である。また第六七条の政令による医薬品の指定が、医学薬学の進歩によって変化するものであることを指摘している点において、薬事法上の行政行為の内在的性質を示唆するものがあると考える。
同じ日、同薬務局長高田浩運は、第二九条薬種商販売業者に関する指定医薬品の販売の禁止について、きわめて注目すべき答弁をしている(同議事録第三一号一三頁)。
「○政府委員(高田浩運君) 第一にいわゆる二九条の指定医薬品、これにつきましては、従来も第一には薬理作用が非常に激しいか、または複雑であるか、または著しく好ましくない副作用を伴うか、あるいは蓄積作用が強い、こういったグループのもの、それから品質については、経時変化が大きいもの、それからさらに習慣性があるか耐性を生じるか、あるいは特異的な反応の事例が多いか、そういうものでありますとか、あるいは化学療法剤であって、その対象となる疾病の病原微生物がまれなものであるために、その医薬品について特別の知識を要するというもの、そのほかにも条件がございますが、そういったものについて指定を一応しておるわけでございますけれども、これらは今お話のありましたように、いわゆる日進月歩の状態でございますから、いわば随時検討を加えてあるいは削除し、あるいは追加指定をする、そういうようなことをやらなければならないと思います。この点については、それらの点を十分勘案をいたしまして慎重に検討して参りたいと思います。」
右答弁は次の二点に置いて注目すべき内容を含んでいる。
(a) 第二九条により、薬種商販売業者が販売を禁止される医薬品の指定理由には、当該医薬品が、好ましくない副作用を伴う場合が含まれるという事実。
(b) 厚生大臣によって指定される右医薬品は、(医学薬学等の知験の)日進月歩によって、指定が削除されることも、追加指定される場合もありうるという事実。
第二九条における右医薬品の指定の削除(取り消し)については薬事法中になんの規定もない。しかし、日進月歩する医学薬学の知験と共に、当然指定を削除できるとしていること、その上追加指定は薬種商販売業者に不利益を与えるにもかかわらず、これも当然に許されるとしていることは、薬事法上の医薬品の法的性質並びに薬事法上の「指定」の法的性質を分析するにあたって、きわめて重要な示唆を与えるものである。後に、薬事法の性質を論じる部分で詳細に論じる。
(5) 昭和三五年五月一二日参議院社会労働委員会において、広告制限に関して、山本杉委員と厚生大臣渡辺良夫との間で次のような質疑がなされている(同議事録第三二号一一頁)。
「○山本杉君 もう一つ大臣に伺いたいのでございますけれども、これはさっき坂本委員の御質問の広告に関連して参りますけれども、今日医学が進歩して、もっとはっきりしなければならないのに、あのような誇大だとか暗示と言われるような広告が横行しておるということは、この面に関する限り無知もうまいさが感じ取られるわけでございまして、これは薬事法を改正し、また、薬剤師法を改正しようとする御趣旨に反することだと受け取れるのでございます。そこで、今日改正をなさるにあたって、もっと適切になさればいいということを私どもは非常に望むわけでございます。しろうと療法が蔓延しておるという事実、それから自律神経系の障害者がふえていくという社会の問題、それから薬の中毒患者が多くなりつつあるということ、それからまた、睡眠薬による自殺者が実にたくさん出ておるわけでございますが、こういうものに対して、大臣は、この法律の改正にあたってどのようなお考えをお持ちでございましょうか。
○国務大臣(渡邊良夫君) 広告の問題と関連いたしまして、いわゆる副作用の伴うような、こういう薬剤につきましての広告につきましては、十分これは規制をいたしていきたい、かように考えております。もちろん先ほどから申しましたように、実質の内容の伴わない質的な劣悪なるものにつきましての誇大広告につきましては、これは十分取り締まり、指導をいたしていきたいと、かように考えております。」
右の通り、副作用を含めた、医薬品の危害発生を防止する観点から、第六六条以下の広告制限が論じられているのである。
(6) 昭和三五年五月一七日参議院社会労働委員会において、坂本昭理事と薬務局長高田浩運との間において、第六七条にある「危害を生ずるおそれが特に大きいもの」の意味をめぐって、次のような質疑がなされている(同議事録第三三号五頁)。
「○坂本昭君(略) それからなお、次に薬事法の六七条の問題、竹中委員がすでに再三質問された点でありますが、どうも御説明に納得しかねるのでもう一度お尋ねしたい。この六七条に『危害を生ずるおそれが特に大きいものについては』云々というこの規定がありますが、この危害という言葉の意味ですが、これはどういうふうにあなたの方では理解しておられますか。
○政府委員(高田浩運君) 危害についての薬理学的なあるいはその他専門的な話になりますというと、これはむしろ坂本委員の方が専門家でございますので、的確に御満足のいくお答えができるかどうかわかりませんが、私どもここで考えておりますのは、この前から申し上げておりますように、たとえばザルコマイシンでありますとか、あるいはマイトマイシンでありますとか、そういうガン等を対象といたしまして、しかもこれらを普通に使用するにおいては相当副作用が激しいために現実にこれらの製薬許可にあたって一般用の広告というものをやらないというふうにいわば条件をつけて製薬の許可を許している、そういう程度のものでございまして、たとえば御承知のように、マイトマイシン等について言いますというと、副作用としては御承知のように、白血球の減少でありますとか、あるいは血しょう板の減少に伴います出血の傾向でありますとか、そういうようなことがございますし、それからまた、ザルコマイシン等についても血管痛でありますとか、あるいはそれに類するような副作用がございますわけでございまして、そう言えばそれはほかの薬についても対象の、相手の特異体質等を考えればいろいろ考えられる点はあると思いますけれども、一般的に言ってこういうふうな相当顕著な副作用を伴うということが一般的であって、しかもこれを防止するのはやはり医師の相当な指導のもとに使われなければ危害を生ずる、そういうふうな考え方でごくしぼった意味で考えておるわけでございます。」
第六七条は、ガンその他の特殊疾病を対象とする医薬品についてではあるが、右の質疑によって、同条の「危害」とは、副作用のことを意味していることが明らかにされている。
薬事法は第六七条の外にも、第三四条で「保健衛生上支障を生ずるおそれ」、第五四条、第五七条で「保健衛生上危険」、第六五条で「保健衛生上の危険を生ずるおそれ」、第七〇条で「公衆衛生上の危険の発生」、第四二条一項で「保健衛生上特別の注意」、第四二条二項及び第七九条で「保健衛生上の危害」と略同じような言葉を合計九回使用している。そのうち、第六五条は、医療用具だけについての、第四二条二項は医薬品以外についての使用例であるが、他の七例は医薬品だけか医薬品をも含めて使用されている。そして、この七例はいずれも、医薬品の危険性から国民を保護する法意で使用されている。このように「危害」とは副作用のことであり、「支障」、「特別の注意」、「危険」、「危害」が特に意味を異にするわけではなく、いずれにおいても医薬品のもつ危険性から国民を保護する趣旨で使用されている以上、原判決が、薬事法は「正規の医薬品についてその副作用からの安全性を予期しない」というのは、暴論という外はない。
4 昭和五四年薬事法成立の経緯
(一) 改正の趣旨
原判決は、昭和三五年薬事法は医薬品の安全性確保に関する規定をもたないと断定し、その根拠の一つとして昭和三五年薬事法第一条に対する昭和五四年薬事法(以下、新法ともいう)第一条の文言の変化を指摘する。昭和三五年薬事法第一条は、「この法律は、医薬品、医薬部外品、化粧品及び医療用具に関する事項を規制し、その適正をはかることを目的とする。」と規定し、新法第一条は、「この法律は、医薬品、医薬部外品、化粧品及び医療用具に関する事項を規制し、もってこれらの品質、有効性及び安全性を確保することを目的とする。」と規定する。この表現の差は明らかではあるが、この差は原判決が断定する如く、昭和三五年薬事法には医薬品の安全性確保に関する規定はなく、新法にはそれが存するというほど重大な変化であろうか。注目すべきは、国会における新法審議の経緯である。
昭和五四年五月二四日、第八七回国会衆議院社会労働委員会において、内閣から、医薬品副作用被害救済基金法案と薬事法の一部を改正する法律案が提出付議された。しかしながら、内閣提出案中には、昭和三五年薬事法一条の改正案はふくまれておらず、また、第一四条の改正案中はもちろん、改正案のいずれの部分にも「副作用」の言葉は全くふくまれていなかったのである。昭和三五年薬事法第一条の改正も、第一四条に「副作用」の言葉を挿入したのも、いずれも同委員会における修正によるものであった事実は極めて注目すべきである。
橋本龍太郎厚生大臣は、内閣提案による薬事法改正の趣旨を次のように述べている(同委員会議事録第一六号九頁)。
「○橋本国務大臣 非常にむずかしい御質問でありますが、私なりに考えておるところを率直にお聞きをいただきたいと思います。
御承知のように、現在薬事法の改正案を御審議を願っておるわけでありますが、前回の薬事法の全面改正というものは昭和三十五年に行われたと承知をいたしております。当時私どもまだ国会におらない時代でありますから、むしろその経緯は大原さんやなんかの方が詳しいと思いますけれども、その時代においては、医薬品というものはまず第一に安全であるということが一つの前提であり、同時に特殊な医薬品について、延命効果その他の上で非常に効果があるものについては、ある程度の副作用があってもやむを得ないんだというような考え方が基本にあったのではないだろうか。そしてそういう中で、とにかく基本的に医薬品というものは安全なんだ、安全性がまず前提なんだということが根底にあって、その上で、むしろ有効性の部分についていろいろな規定を加えた現行の薬事法がつくられたのではないだろうか、私はそのように想像をいたしております。
当時、世界各国において薬事法というものの改正作業が進められておったわけでありますが、その中で、日本は比較的早い時期にその薬事法改正の作業を終了した。ところが、その翌年に御承知のようにサリドマイド事件が発生をし、非常に大きなショックを世間に与えたわけでございます。
そして、それ以来、現行の薬事法の規定を使いながら、行政行為によってその足らざるところを補いつつ、今日まで薬事行政というものは進められてきたと私は承知をいたしておりますが、その中において、一方では医療制度全体との絡みの中で、またあるいは、国民的に薬というものに対する信頼感が非常に強かった等の原因もあって、いろいろな原因が積み重なって、今日の非常に厳しい御批判を世間から浴びるような情勢を惹起したのではなかろうか、私はそのように考えております。
そうした中で、今日、私どもは、薬事法改正の一番の急務の部分として、その安全性の問題に着目をし、従来行政行為で行ってまいりましたものをきちっと法律の中に取り込むことによって前進を図りたいということを考えて、現在御審議を願っておるという状況だろうと思います。」
つまり、安全性の問題を中心として、従来行政措置でなされていた事項につき法律上の根拠を明確にするための改正案の提出であった。にもかかわらず、第一条(目的)についての改正案は提出されてはいなかったのである。
(二) 第一条の「目的」
これに対して、大原亨委員は次のように追及し(同一五頁)、これに対する橋本厚生大臣の答弁は次のようなものであった。
「○大原(亨)委員 (略)
そこで、そういうことから、薬事法の第一条について、しばしば議論がありますように、その目的を、公害その他とは違った特殊性があるとは言いながら、有効性と安全性の問題について、患者や国民が安心できるような薬務行政としての目標を明確に示す必要がある。いまの第一条は非常に抽象的でございまして『この法律は、医薬品、医薬部外品、化粧品及び医療用具に関する事項を規制し、その適正をはかることを目的とする。』何を書いているかわからぬ第一条であります。ですから、これをいまの議論等を踏まえてやっていく、こういう改正をしていくということについて、法の基本を決めるという意味において、大臣はいままでの議論をどのように受けとめておられるか、お聞きをいたします。
○橋本国務大臣 いま大原委員のいろいろな角度からの御指摘があったわけでありますが、最初に申し上げましたように、今回の薬事法の改正というものが、従来の不良医薬品等の取り締まりを主眼とした薬事法から、これにとどまらず、承認時はもちろんでありますけれども、承認後におきましても、有効性のないあるいは安全でない医薬品等が流通するのを防止するために、必要な規定の整備を図ろうとしているわけであります。
そういう考え方というものは、私は、現行の薬事法の第一条の目的において十分読み取れるものであると考えておりますけれども、先ほどからの御意見もあるわけでありますし、本院の御審議の経過において何らかの方向が与野党の中で御意見の一致を見る場合がありましたならば、決して私どもは別にそれに固執をするものではありません。」
つまり、大原委員が、安全性の問題を第一眼目として薬事法を改正するのであれば、第一条の目的に、その旨を明確に謳えと迫ったのに対し、厚生大臣は、安全性確保の趣旨は改正法第一条で十分読み取れるから改正案を提案しなかっただけである、だから第一条中に安全性確保を謳うよう修正案が提出されるならそれに反対する考えはないと述べているのである。
これと同種の質問、答弁は、質問者が交代するごとに繰り返して行われている。例えば、橋本厚生大臣は、工藤晃委員の質問に対して、次のようにも答弁している(同第一六頁)。
「○工藤委員 (略)
まず第一番に、薬事法の改正については、一言で申せば目的規制の中に医薬品の有効性、安全性の確保という言葉が一切入っていない。これはぜひ入れるべきであって、もしこれが入っていなければ、結局有効性、安全性という言葉の遊びに終わるのではないかというふうな趣旨の話をしたはずでございます。
この問題については、やはり薬事法改正の一番重要なところであるということも指摘申し上げました。それについて大臣に一言、その問題についての御見解をもう一度承りたいと思います。
○橋本国務大臣 (略)
さて、いま御指摘になりました、薬事法の第一条についての問題点、前回も御指摘があったところでありますが、私どもとしては、従来行政措置で対応しておりましたものを、正式に今回改正法の中に取り入れていくことによって、その安全性の担保というものを実現をしようということでまいったわけでありまして、その限りにおいて、私は、強いて従来の第一条を変更する必要はないのではないかということを先般も申し上げました。しかし、重ねての御指摘でありますし、本院の御審議の過程におきまして、与野党いろいろな御意見が出ておるわけでありますから、そうした点についても、各党の中での御相談がまとまりました場合には、必ずしも私は従来の見解に固執はいたしません。」
右と同様の質問、答弁は、金子みつ委員と橋本厚生大臣との間でも(同第二〇頁)、浦井洋委員と橋本厚生大臣との間でも繰り返されている(同第四二頁)。
昭和五四年五月九日、同じ社会労働委員会においても川本敏美委員と厚生省薬務局長中野徹雄との間で次のような質疑がなされている(同委員会議事録第一五号、一一頁)
「○中野委員 (略)
まず大切なことは、薬事法第一条の目的規定だと私は思うわけです。これはアメリカのキーフォーバー・ハリス法ですけれども、ここでは『医薬品の安全性、有効性および信頼性を保証し、医薬品名の基準化の権限を認め、監視権限を明確にしかつ強化するため、連邦食品・医薬品・化粧品法を改正して、公衆の健康を保護する。』とこういうふうに、国が公衆の健康を保護するのだということが明確に書かれておるわけです。ところが、現行の薬事法の第一条では『医薬品、医薬部外品、化粧品及び医療用具に関する事項を規制し、その適正をはかることを目的とする。』これでは、大臣は安全性、有効性を確保するために今度の薬事法の改正を行うのだと言っておられるけれども、それはいままでのいわゆる薬務局長通知、通達、そのたぐいをただ法制化しただけであって、安全性、有効性のもとに国民の健康を守るということを明確に打ち出していない限り、私は消極的な改正だとしか受けとめることはできないわけです。私はそこで、有効性、安全性の確保ということについては少なくとも法律の文言上で明らかにされなければならぬと思っておるわけです。薬事法あるいは薬事行政が国民のサイドに立つのかあるいは企業のサイドに立つのか、その性格というものはこの第一条の規定で決まるわけですけれども現行法はきわめてあいまいで、疑義を生ずる余地を残しておる。今日までのスモン訴訟の中でも見られるように、いわゆる薬事行政の混乱とか無責任さというものが出てきた、そのあげくの果てがこの未曾有な薬害事件を引き起こしたわけですから、私は少なくとも、この薬事法の第一条というものを改正して『医薬品、医薬部外品、化粧品及び医療用具等の安全性、有効性を確保し、もって国民の生命、健康の保持増進を図ることを目的とする。』こういうように改正しなければ、私はせっかくの法改正の目的が達せられないと思うわけです。この目的を達成するためには、私はおのずから、国の義務というものとそして事業者の義務というものが明確にされなければいけないと思っておるわけです。医薬品等の有効性、安全性に関する総合施策の策定とか、国民の健康を守るための必要な措置を講ずるという責任なり義務が国にはある。事業者には世界の最高の科学水準による注意義務を払って、そして薬の表示とか広告等の適正化といいますか、いわゆる先ほど申し上げました企業の一つの責任の限界というものを明らかにする必要があるのではないか。そういう二点について私は考えておるのですけれども、その点について局長、ひとつどうですか。
○中野(徹)政府委員 私ども、この法案を策定します段階におきまして、具体的にたとえば国の製造承認に関する審査がいかにあるべきかとか、あるいはGMP規定を盛り込むことによって医薬品の品質確保を図らなければならないとか、あるいは副作用情報を収集しこれを伝達するといったような、法律上具体的に明確にし得るものをその法律の中に最大限取り込んだつもりでございます。
先生の冒頭のいわゆる目的規定についてでごさいますけれども、これについてはいろいろな考え方もございましょうが、私どもとしましては、現段階では現行条文の「適正をはかる」ということで足りているのではないかというふうに考えておりますが、仮に先生の御発言のように、御指摘のようにたとえば条文を整理いたしますと、実はこの日本の薬事法は非常に変わっておりまして、変わっておるというのは、世界にちょっと例がないのですが化粧品、医療用具まで全部取り込んでおるわけです。先生御承知のとおりに、化粧品には有効性という観念がございません。そこで、医薬品、部外品、化粧品あるいは医療用具を通じまして安全性あるいは有効性の確保というようなことが、法律上の概念としては適さないということもございまして、私どもとしては、現段階ではこの現行条文で足りているのではないかというふうに判断をいたしたわけでございます。
なお、先生の御質問の後段にありますところの国の責務あるいは企業側の責務ということにつきましては、これは単に精神規定を入れるということでは法律上の意味をなしませんので、具体的に何をしなければならないか、国が何をするのかということをめぐりまして、製造承認、GMP、モニタリング、情報収集その他再評価とか、そういう現実に行政の場におきまして取り上げなければならないところの具体的な問題、具体的な施策、またその要件というようなものを明確に法律で定めることに意味があるというふうに考えて、やったところでございます。当然その中には、先生の御指摘の国の行政上の責務、それから企業側の、製薬企業であることに伴うところの、製薬企業のあり方に伴ういろいろな製薬企業としての義務というようなものは、法律上これで明確にされておるというふうに考えておるわけでございます。
ただ、先生御指摘の目的規定の点につきましては、先生御指摘のような条文の表現も可能かと思いますが、ただ、化粧品そのものが有効性という観念がございませんので、そのようないわば一種の法律技術的な問題があるということだけを申し添えておきたいと思います。」
つまり薬務局長は、化粧品をもあわせ規定していることとの技術的問題のため第一条の改正を提案しなかったまでであり、法律改正の趣旨は従前の第一条によって充分まかなえるとしているのである。
また谷口是臣委員と厚生省薬務局長中野徹雄との質疑においても次のようにやりとりされている(同二八頁)。
「○谷口委員 (略)
そこでまず伺いたいのは、第一条の目的です。これも午前中も論議がされたと思いますが、この目的は、ここにはこう書いてありますね。『この法律は、医薬品、医薬部外品、化粧品及び医療用具に関する事項を規制し、その適正をはかることを目的とする。』私はこれは不十分だと思いますね。この法の目的は、やはり安全性と有効性を保つために薬事法があるわけでありますから、こういう業務の内容を通じて安全性と有効性を保つ、生命の安全を保つための一つの手段として薬事法があるわけでありますから、そうなってくると私は当然この第一条の目的は明確にすべきであると思う。重ねて見解を伺っておきます。
○中野(徹)政府委員 先生の御指摘の点は私どもとしても大いに同感される面もあるわけでございますけれども、現行の薬事法が世界各国の法令に比べましてやや特徴を持っている点は、一つは、先ほども触れましたように、医療用具やあるいは化粧品をも同一の法体系で規制をしているという点にあるわけでございます。確かに、医薬品というものをとらえて考えまする場合に、今回の薬事法の改正に関しましては、まさしく医薬品の有効性、安全性の確保ということが一つの主眼だったことは事実でございますが、現行の法体系が医療用具あるいは化粧品等も広く包括して規制しております法体系であるために、この目的規定について現行規定で手直しをするということは、いわば法文の技術的な側面でなかなかむずかしかったことと、「その適正をはかる」ということによって、その文面表現によりまして一応読み取れるという判断で、この第一条の目的規定を現行のままとするという判断を一応したわけでございます。
私ども、その判断が十分なものであったかどうかという点につきましては、私どもなりにもう少し工夫の仕方があったかなという気もいたしますが、いずれにせよ最大の理由は、有効性という観念のない化粧品をも含めてのいわば立法であるという点から、現状のような提案になったという経緯を御説明しておきたいと存じます。」
(三) 修正案の提出
右のやりとりをうけて、昭和五四年六月五日の衆議院社会労働委員会においては、竹内黎委員から自由民主党、日本社会党、公明党・国民会議、民社党、日本共産党・革新共同及び新自由クラブを代表して、薬事法の一部を改正する法律案に対する次のような修正案が提出された。
「薬事法の一部を改正する法律案に対する修正案、
薬事法の一部を改正する法律案の一部を次のように修正する。
目次の改正規定の次に次のように加える。
第一条中『その適正をはかる』を『もつてこれらの品質、有効性及び安全性を確保する』に改める。
第十四条の改正規定のうち、第十四条第二項中『性能等』を『性能、副作用等』に改める。
第十四条の次に二条を加える改正規定のうち、第十四条の二第一項第一号中『六年』の下に『(厚生大臣が中央薬事審議会の意見を聴いて指定する医薬品については、六年を超えない範囲内において厚生大臣の指定する期間。次号において同じ。)』を加える。」
右修正案提出の理由は次の通りであった。
「第一に、法律の目的を、医薬品の品質、有効性および安全性を確保することに改めること。
第二に、製造承認の審査項目として、副作用を明示すること。
第三に、新医薬品等で、厚生大臣が中央薬事審議会の意見を聴いて指定するものについての再審査期間は、六年を超えない範囲内において厚生大臣の指定する期間とすること。」
右修正案は直ちに社会労働委員会において議決され、衆議院本会議においてもその通りに議決されたのである。参議院社会労働委員会においても昭和五四年六月七日以降審議されたが、なんの修正もなく、結局審議未了となり、第八八臨時国会に右修正部分を盛り込んだ改正案が再度提出され、九月四日衆議院社会労働委員会で全会一致で可決された後、翌五日には衆院本会議で可決、六日に参議院社会労働委員会で可決、七日参議院本会議で全会一致で可決されて、新法が成立したのである。
右国会での審議の経過を検討すると、左記二点を明瞭に指摘することができる。
政府委員は、昭和三五年薬事法第一条と新法第一条とは(化粧品についての法技術的問題を除き)同一の趣旨であるとしていたこと、及び昭和三五年薬事法第一四条一項に「効能、効果等」とあるのは、新法第一四条二項の「効能、効果、性能、副作用等」と同義であるとしていた事実である。特に、新法第一四条に「副作用」なる言葉を入れるべきか否かとの論議は、直接には、まったくなされてもいない事実が注目されるのである。従って、昭和三五年薬事法第一条の「医薬品に関する事項を規制し、その適正をはかる」ことには(新法と同様)安全性確保の法意がふくまれていると解釈することに妨げはないのであり、また昭和三五年薬事法第一四条「効能、効果等」には医薬品の有害性又は安全性がふくまれていると解することもまた理由があるのである。
このように、昭和五四年の薬事法改正は、医薬品の安全性確保を目的とする条文が新設されたことは確かではあるが、それは新たに薬事法の内容を変更したものではなくて、昭和三五年薬事法の下においても、安全性確保の行政措置を執りえたとの解釈及び安全性確保の行政措置を現に執ってきた事実(この点については、第二、二、3、(四)の薬事行政実務で詳論する)を前提にして、それら安全性確保措置を執りうることを条文上も一見明白とするための条文新設にすぎないのである。つまり、確認的な改正であって創設的な改正ではないのである。
かくして、原判決が、昭和五四年薬事法第一条に「安全性」、第一四条に「副作用」なる文言が置かれたことを根拠として、逆に、昭和三五年薬事法は安全性や副作用を配慮しないものであったと判定するのは、あまりにも条文の文字面に拘泥するものであり、昭和五四年薬事法改正の経緯を無視するものであって、結局、昭和三五年薬事法の解釈を誤ったものというべきである。
三 原判決は、薬事法第四一条の解釈、適用を誤っている。
1 薬局方の法的性質
(一) 第四一条違背
以上の通り、原判決は、現行法第一四条についての有権解釈を無視しているばかりか、薬事法制史を誤解しており、かつ、新法成立過程を誤解することによって、現行法第一四条の「承認」が、医薬品の有効性と安全性の両者を審査対象とする承認であることを見落とすという基本的かつ重大な誤りを犯している。そればかりか原判決は、この基本的な誤りに引き続き、薬局方の基本的性質についても、信じられないほどの重大な誤りを犯している。原判決は、その理由中第六節、第二、一、4において次のように判示している。「4 もっとも、先に述べたような薬事法の消極的な警察取締法規性並びに同法が医薬品それ自体の安全性の確保に関する厚生大臣の具体的な権限、義務、責任を明文をもって規定していないこと、医薬品の製造承認申請が数多くなされること、厚生大臣の限られた審査能力、一方、製造業者の調査、研究の高度な能力等(いずれも当裁判所に顕著である。)にかんがみると、薬事法は、医薬品の安全性の確保について第一次的にはこれを製造・販売する製造業者に委ねているのであって、厚生大臣に対し、特定の医薬品を日本薬局方に収載し、またはその製造の承認を行うに当たり、自ら積極的に資料を収集して当該医薬品の一般に知られていない副作用の有無、程度を調査する義務を課しているとはいえず、ただ申請の際に申請者が自らの責任と誠意において自主的に提出した基礎実験、臨床実験に関する資料に基づき、それによって当該医薬品の有効性、副作用の有無等を、そして最終的には有用性を審査し、承認の可決を決すれば足りるとしているものと解せられる。しかし、右の限度ではなお、厚生大臣に安全性の有無に関し審査する義務はあるといわなければならないし、そのために、厚生大臣には、少なくとも承認申請についての審査に必要な限度で、安全性の確認及び確保のための調査権限(例えば、安全性に疑義がある場合、申請者に釈明を求め、必要な実験資料等の提出や追加を促したり、命じたりする権限)が当然付与されているものと解すべきである。」
原判決は、右引用部分において、特定の医薬品を薬局方に収載するにあたり、厚生大臣は自ら積極的に資料を収集して副作用の有無程度等を調査する義務はなく、ただ申請者の提出した資料に基づいて調査すれば足りるとし、この点において薬局方への医薬品の収載と第一四条の製造承認とがまったく同一の性質を有するとしている。
しかしながら、この解釈は薬事法第四一条に違反することあまりに明白である。第四一条の文言上、日本薬局方制定の権限及びそれを改定する権限が厚生大臣にのみ付与されていることは論ずるまでもなく明白であって、制定及び改定にあたって「申請者」なる概念を容れる余地はまったくない。原判決の誤りはあまりにも重大である。
その上、更に原判決は、薬局方医薬品の削除についても重大な誤りを犯している。原判決は、第六節第二、三、2において、次のように言う。
「医薬品の副作用が後日になって判明した場合において、その副作用のために、国民の生命、身体、健康の侵害される危険が顕在、切迫化し、これを回避するには厚生大臣による直接の規制、介入をまつほか、方途が他に全くないような特別の緊急事態が発生したときには、法文にその規定はなくても、この事態に対処するため厚生大臣に、当該医薬品について、これを薬局方から削除するとか、製造の許可・承認の全部または一部を取り消す等の特別、異例の権限が生ずるとともに、同時にそれが、厚生大臣の関係国民に対する義務ともなるといい得よう。」
つまり、原判決は、厚生大臣が医薬品を薬局方から削除しうる権限は、法文にその規定はない、との前提に立っている。これは驚くべき誤りである。第四一条三項は、少なくとも一〇年ごとに日本薬局方の全面にわたって、中央薬事審議会の検討が行われるよう、その改定について中央薬事審議会に諮問することを厚生大臣に義務づけている。原審は、この条文は、諮問することを義務つけているだけであると解したのであろうか。諮問を義務づけているのは、医薬品に関する医学、薬学等の知見が日進月歩するものであることから、薬局方をその時その時の知見に合致させるべく改定するためである。第四一条三項は、厚生大臣に薬局方医薬品を削除し、追加する権限を与え、それを義務づけた規定であることは明らかである。そして削除する理由たる医学薬学の日進月歩する知見の中には、医薬品の安全性、副作用についての知見がふくまれることは当然である。なぜなら(原判決も認めている通り)医薬品の本来の性質として、副作用、危険性を有するものだからである。
医薬品の危険性が顕著であるにもかかわらず、薬局方医薬品の削除が許されないとすれば、薬事法は、薬事法の目的である、保健衛生上の危害の発生を防止する(第七九条二項)ことと矛盾する。原判決の解釈は、薬事法の目的を理解しない決定的な誤りである。後に詳論する。
(二) 薬局方の追補
(1) 厚生大臣に制定と改定の権限を付与している日本薬局方はいかなる性質を持つものであろうか。その意味を明らかにするにあたっては、まずその歴史を検討するのが便宜である。日本薬局方の制定は、明治一三年一〇月衛生局長長与専斎の建議に基づいて、内務卿松方正義が次の如く太政官に伺書を提出したのに始まる。
「第一、本邦未た薬局方の律書あらす処方製剤に一定の標準なく、英局方の用量に従て独局方の製剤を与ふるか如き危険の誤謬を生し易し、第二、製薬をなす者各国各異の薬局方に依りて便宜製煉するより其名均しくして其質同しからす其性同しけれども其称異なる物市場に紛聚するの弊害を続出せり、第三、輸入薬品の検査に際し我に其良否を判決すへき一定の憑拠なきを以て各輸出国の局方に依りて特別の試験を要するか如き当事者其煩雑に堪えす。加之近今製剤業者我薬局方の制なきに乗し外国局方中原質廉の価者を撰みて調調の用に充て名実紊乱射利相競ふの風日を遂て滋々甚しとす。而して此等の諸弊を妨遐するの途一に日本薬局方の制を定むるに在るのみ因て之か選定編纂の事を挙て中央衛生会に委任あらんことを謂ふ。」
すなわち、日本薬局方建議の目的の第一は、誤った用量による危害回避にあったのである。
(2) 第一版日本薬局方制定から、第八改正日本薬局方制定に至る経緯を、財団法人日本公定書協会(会長下村孟)昭和六一年五月一日発行の「一一改正日本薬局方」掲記の「日本薬局方沿革略記」に基づいて略記すれば次の通りである(同略記中主として委員の名称を省略した)。
(イ) 明治一三年一一月、太政官から中央衛生会に日本薬局方の選定を委任し、一四年一月、日本薬局方編集総裁および委員の任命があった。
一四年一月日本薬局方編集委員会を開始し、その第一回において、まず薬局方の通則、体例および詳略の程度を定める件等を議決した。そののち、明治一〇年ドイツ文をもって日本薬局方稿本を起草することを議決し、まず収載すべき薬品および附表の品目を定め、続いて明治一五年から薬局方稿本の編集およびその成案に対する審議を進行した。
一八年七月、参事院議官子爵土方久元が日本薬局方編集総裁を解かれ、内務大輔芳川顯正がこれに代わった。明治一八年一〇月一三日、薬局方を全部完成し、総裁はこれを内務卿に具申し、一二月、総裁および委員はことごとくその任を解かれた。こうして一九年六月二五日、内務省令をもって、初めて日本薬局方を発布し、二〇年七月一日からこれを施行した。
この第一版日本薬局方に収載した薬品数は四六八、終りに製剤の通則、試薬、定規液および常貯薬以下の六表を附け、また全部ラテン語の訳本を作って内務省から発行した。こうして薬局方の基礎となったドイツ語稿本の起草は最初ゲールツおよびランガルトが分担し、そののち、エーキマンが主として担当した。明治二三年になって内務省衛生局はエーキマンの起稿に係る第一版日本薬局方註釈を発行した。
(ロ) 明治二一年四月、第一版日本薬局方を改正するため帝国大学医科大学教授ドクトル長井長義その他を日本薬局方編集委員とし、五月、内務省衛生局長長與専齊を日本薬局方調査委員長、海軍軍医大監實吉安純を同委員とした。
日本薬局方調査委員はまず当時の薬局方に追加すべき薬品の品目を議し、塩酸コカインおよびアンチフェブリンの二品を採り、その稿案を議定し、明治二一年九月内務省令をもってこれを発布した。そののち、委員は改正に急を要するところを調査したが、その条項が非常に多く、これを追加で発布することは通覧する上に不便があり、むしろ全面的に修正し、改正薬局方をもって現行薬局方に変更する方が優れていると認め、すみやかに改正の業を完成することに決めた。明治二一年九月から、改正薬局方稿案の起草に着手し、二三年一〇月に至るまで順次成案について審議し、明治二四年三月全部の改正稿案を完成し、これを内務大臣に具申し、内務大臣は中央衛生会に諮問して同年五月内務省令をもって、改正日本薬局方を発布し、明治二五年一月一日からこれを施行した。
(ハ) 第二版日本薬局方が発行されてから、ほとんど一〇年、医学および薬学の進歩に伴って、再度の改正を必要とするようになり、明治三三年三月勅令第八〇号をもって、日本薬局方調査会官制が発布され、同年四月内務省衛生局長長谷川泰を日本薬局方調査会長に任命した。同調査会は明治三三年五月、内務省において初回の会議を開き、調査の順序を定め、かつ、現行薬局方はその収載の薬品品目が比較的少数のため、実際上不便があるのでその範囲を拡張することを議決した。
しかし、大改正することは長時日を要するので、全部の改正に先だち、新薬その他の薬品で当時広く使用されていたもの、すなわち没食子酸ほか三二品、つぎにヂフテリア血清ほか二品、つぎに消毒用石炭酸水ほか一品を現行薬局方に追加することを決め、順次その稿本を議定した。すなわち、明治三三年一一月内務省令第四八号、三六年六月内務省令第三号、三七年五月内務省令第八号で発布したものがこれである。
明治三九年三月に至り、全編の改正を完了し、これを内務大臣に具申し、内務大臣は同三九年七月内務省令第二一号をもってこれを発布し、同四〇年一月一日より、施行した。第三改正日本薬局方がこれである。
日本薬局方の調査はこれを継続する必要があり日本薬局方調査会を常設することとし、明治三九年三月勅令第五三号をもって日本薬局方調査会官制が発布された。
明治三九年四月、職員の任命を行い、以来調査を続行し、その結果としてつぎの諸令の発布を見ることとなった。
明治四〇年七月内務省令第一八号、防疫用石炭酸追加の件ほか四件。明治四一年一二月内務省令第二一号、バクチ水の条項改正の件ほか四件。明治四二年一一月内務省令第二二号、硼酸の条中改正の件ほか三四件。明治四三年五月内務省令第二一号、阿片の条中改正の件。明治四四年一二月内務省令第二〇号、タンニン酸の条項改正の件ほか一一件。明治四五年五月内務省令第四号、ヨードホルム綿の条中改正の件ほか五件。大正二年三月内務省令第二号、アセトアニリードの条中改正の件ほか三三件。大正二年一二月内務省令第二〇号、含水ラノリンの条項改正の件ほか八件。
(ニ) 第三改正日本薬局方が発行されたのち、その間、数次の改正を行ったとはいえ、医学および薬学の進歩に伴い、ことに欧州戦乱の影響によって大改正の必要を認め、大正四年三月日本薬局方第四次改正を議決し、四月より調査に着手したが、全部の終了には長時日を要するので、急を要するものはそのたびごとにその発布を具申した。すなわち大正四年一〇月内務省令第一一号、ヂフテリア血清の条項改正の件ほか一件、大正五年一月内務省令第一号乳酸の条中改正の件がこれである。こうして大正九年五月全部の調査を完了し、新たに収載したもの七三品、削除されたもの九四品で、その間、五年二箇月を要した。大正九年一二月内務省令第四四号をもって発布された第四改正日本薬局方がこれである。
第四改正日本薬局方が発布されたのち、改正されたものはつぎのとおりである。
大正一二年一〇月内務省令第四三号、クレゾール石鹸液の貯法改正の件。大正一四年一二月内務省令第二七号、凡例中改正の件ならびにアセトアニリードの条中改正の件ほか七二件および試薬燐酸のほか二件追加の件。昭和二年五月内務省令第二九号、コパイババルサムの条中ほか一件改正の件および試薬メチルロート溶液追加の件。昭和三年一一月内務省令第四一号、アヘンエキスの条項改正の件ほか三件条中改正の件。
(ホ) 第四改正日本薬局方が発行されてから一〇年、その間に前後五回にわたり一〇〇余種数一〇項についての改正を行ったが、学術の進歩に伴い新薬新製剤の製出は益々多くなり薬局方の根本的改正を促進する結果となった。そこで昭和四年四月日本薬局方第五次改正を行うこととなり同年九月第一回本会議を開き、大改正の調査に関する全般の方針を定め、同年一〇月より主査委員は各担当の科目について調査に着手し、全部の改正に先だち緊急を要するものはその都度その発布を具申した。昭和五年一〇月内務省令第三一号、クレゾール石鹸液の条中改正の件及びほか一件条項改正の件ならびに海人草ほか三件追加の件、昭和五年一二月内務省令第三五号、バクチ水削除の件ほか杏仁水の条中改正の件及び葡萄糖ほか六件追加の件がこれである。また昭和六年一二月に至る二年三箇月間に、主査委員会六四回、本会議二八回を開催し、全編の改正を完了し内務大臣に具申した。この改正において新たに収載した薬品四六品、削除した薬品八五品、実験および調査により改正または加除したもの九〇〇余件、その他字句文章の改訂はほとんど全部にわたり行った。
昭和七年六月内務省令第二一号でこれを発布し、同年一〇月一日から施行した。すなわち第五改正日本薬局方がこれである。
日本薬局方調査会官制は昭和一〇年九月勅令第二七四号をもって新たに改正公布され、同時に明治三九年勅令第五三号日本薬局方調査会官制は廃止された。
昭和一三年一月厚生省が新設され、日本薬局方調査会は内務大臣から厚生大臣の監督に属することになった。昭和二三年七月に法律第一九七号をもって薬事法が新たに改正公布され、同法第六一条によって、昭和一〇年勅令第二七四号日本薬局方調査会官制は廃止され、同法に基づいて薬事委員会を設立し同委員会内に公定書小委員会が設置され、公定書すなわち日本薬局方および国民医薬品集ならびにそれらの追補に関する原案を厚生大臣に提出する機関として新たに発足することになった。また同法第三〇条に基づき、ここに厚生大臣は公定書を発行し公布することになった。
第五改正日本薬局方を発布したのち、改正されたものはつぎのとおりである。
昭和七年一〇月内務省令第三四号、試薬稀硝酸中改正の件。昭和八年一二月内務省令第五〇号、一般試験法中改正の件ならびに葛澱粉の条中改正の件ほか四件および定規液十分定規チオ硫酸ソーダ液中改正の件。昭和一一年七月内務省令第一八号、ベタナフトールの条中改正の件および劇薬表中改正の件。昭和一二年五月内務省令第二〇号、乳酸の条中改正の件ほか二一件。昭和一三年六月厚生省令第九号、ホルマリン石鹸液の条中改正の件ほか五件。昭和一四年八月厚生省令第二七号、一般試験法中改正の件ならびにアセトンの条中改正の件ほか一〇三件、常備薬表、毒薬表および劇薬表中改正の件、アセタルゾールほか六三件追加の件およびキナ酒ほか一件削除の件。昭和一六年一二月厚生省令第五五号、凡例中五項目追加の件、一般試験法中改正の件ならびにアセトアニリードの条中改正の件ほか一六六件および劇薬表中改正の件、甘藷澱粉ほか四件追加の件およびゲンチアナエキス削除の件。昭和一七年一一月厚生省令第五七号、凡例中改正の件ならびにクレゾールの条中改正の件ほか一四件および常備薬表中改正の件、アセトスルファミンほか四件追加の件およびクレゾールほか三件削除の件。昭和一八年一一月厚生省令第四九号、白糖の条中改正の件ほか一件。昭和一九年四月厚生省令第一五号、凡例中改正の件、一般試験法中改正の件ならびにアセタルゾールの条中改正の件ほか八四件および試薬中改正の件、玉蜀黍澱粉ほか二五件追加の件および塩酸キニーネ丸ほか三件削除の件。昭和一九年九月厚生省令第三二号、塩化カルシウムの条中改正の件ほか二件、硫酸コデインほか二件追加の件、ルゴール液削除の件およびアミノ安息香酸エチルほか二三件別名追加の件。昭和二〇年三月厚生省令第八号、イヒチオール坐剤の条中改正の件ほか一〇件および消毒用アルコールほか一件追加の件。昭和二一年三月厚生省令第一三号、ビタミンC末の条中改正の件ほか三件およびヅルチン追加の件。昭和二一年六月厚生省令第二七号、常備薬表中改正の件。昭和二一年一〇月厚生省令第四四号、ビタミンB2注射液の条中改正の件。昭和二二年一月厚生省令第三号、リゾールの条中改正の件ほか二件。昭和二三年五月厚生省令第一五号、ビタミンB1液の条中改正の件ほか八件。
(ヘ) 昭和七年六月に公布した第五改正日本薬局方は発布以来前後一六回の改正が行われた。その間、薬局方の全面的改正の必要があったが、当時戦時下の国情では到底実現の困難なものであった。従って昭和一四年および昭和一九年に行われた改正は、収載医薬品も六五八品目から七五八品目に増加され、改正の事項もはなはだ多岐にわたり、本質的には改版に等しいものであった。その後の科学の進歩発達、新医薬品の発見発明は治療界に画期的な影響を与え、昭和二〇年第二次世界大戦の終結と共に、わが国においても急速に医薬品の変貌を見るに至ったので、これに応じてわが国の薬局方も全面的改正の必要に迫られた。ことにわが国に重大な関係のあるアメリカ合衆国薬局方は、一九四七年に改正されたので、昭和二二年五月日本薬局方調査会は第六次改正を行うことを議決し、同年七月この新薬局方を範として調査に関する全般の大方針を決定するに至った。また組織についても広く知識を糾合して調査の万全を期する目的で、総括、有機、無機、生薬、製剤、血清ワクチン及び試薬の各部会を設置し、有機、無機、生薬及び製剤の各部会は更に第一部会(東京)及び第二部会(関西)に分けて結成し、部会長及び部員の任命を行い、これを運営する大綱を定め、直ちに具体的調査に着手した。このようにして昭和二二年七月改版に従事してから昭和二五年八月に至るまで三年一箇月の間、委員会五回、総合連絡会四回、総括部会一一六回、有機第一部会四二回、有機第二部会五一回、無機第一部会二一回、無機第二部会三七回、生薬第一部会四一回、生薬第二部会六五回、製剤第一部会五六回、製剤第二部会三九回、血清ワクチン部会二〇回及び試薬部会二〇回を開催し全編の改正を終了した。これより先、厚生省設置法の施行に伴う関係法令の整理に関する法律(昭和二四年五月法律第一五四号)により、薬事法の一部を改正し、薬事委員会は薬事審議会に改め、緒方章が引き続き会長の任に当り、公定書小委員会は公定書小審議会と改称して引き続き調査に従事し、昭和二五年一〇月薬事審議会の議決を経て原案を厚生大臣に提出した。厚生大臣は昭和二六年三月厚生省告示第三一号をもって、第六改正日本薬局方として公布した。この改正において新たに収載したもの一四一品、削除したもの二四三品、収載品目は六四三品であった。
第六改正日本薬局方公布後、追補をもって、改正および追加されたものはつぎのとおりである。
昭和二六年一二月厚生省告示第二八一号、緒言中改正の件、通則中改正の件および通則第四九項追加の件、亜鉛華の条中改正の件ほか一六七件、製剤総則中改正の件、一般試験法中改正の件、一九四九年万国原子量表中改正の件、INDEX NOMINUM中改正の件ならびに日本名英名対照表中の件。昭和二七年八月厚生省告示第二二三号、常水基準およびブドウ酒基準追加の件ならびに一般試験法中試薬および容量分析用標準液に一部追加の件。昭和二八年一〇月厚生省告示第三一九号、安息香酸ナトリウムの条中改正の件ほか二二件および常水基準中改正の件。昭和三〇年三月厚生省告示第六四号、通則中改正の件、アヘン末の条中改正の件ほか三七件、塩酸オキシテトラサイクリンの条ほか三条追加の件、塩酸ストレプトマイシンの条ほか一〇条削除の件、ブドウ酒基準中改正の件、製剤総則中改正の件およびエリキシル剤の項ほか二項目追加の件ならびに一般試験法中改正の件、吸光度測定法の項ほか六項目および試薬、試液、指示薬、容量分析用指示薬試液、容量分析用標準液に一部追加の件。昭和三〇年一二月厚生省告示第三九二号、通則中改正の件。インシュリン注射液の条中改正の件、製剤総則中改正の件および一般試験法中改正の件。昭和三一年一二月厚生省告示第三七九号、アセタルゾールの条中改正の件ほか二五件、注射用アルゼノベンゾールナトリウムの条ほか四条追加の件、常水基準中改正の件、製剤総則中改正の件ならびに一般試験法中改正の件および試薬、試液に一部追加の件。昭和三三年五月厚生省告示第一四三号、アルコールの条中改正の件ほか一六件、ジギタリス末の条追加の件および一般試験法中改正の件。昭和三四年一一月厚生省告示第三三九号、カオリンの条中改正の件ほか一〇件、製剤総則中改正の件および一般試験法中改正の件。
この間、薬事審議会は、審議会等の整理のための厚生省設置法等の一部を改正する法律(昭和二六年六月法律第一七四号)により、薬事法の一部を改正し、公定書小審議会は公定書部会に改められ、部会長には緒方章が引き続きこの任に当たった。さらに、新たに薬事法(昭和三五年八月法律第一四六号)の制定に伴い、薬事審議会は中央薬事審議会と改め、公定書部会は日本薬局方部会と改称し、部会長緒方は引き続きこの任に当たった。また、同法附則第八条の規定により、第六改正日本薬局方および第二改正国民医薬品集はそれぞれ日本薬局方第一部および日本薬局方第二部とみなすこととなった。
(ト) 第六改正日本薬局方を昭和二六年三月公布したのち、医薬品の急激な進歩、試験法の発達などの情勢に伴い、日本薬局方の全面的改正の必要を生じ、薬事法第三〇条(昭和二三年法律一九七号)の規定により、薬事審議会は厚生大臣の諮問に応じて第七次改正日本薬局方の作成に着手することになった。しかし当時、追補および第二改正国民医薬品集の作成にもっぱらあたっていたので、昭和三〇年三月第二改正国民医薬品集の改正終了と共に、引き続き直ちに第七次改正日本薬局方の調査に着手した。まず、同年九月組織およびその改正の方針を決定した。組織については大改正の調査に万全を期する目的で、東西連絡会、関東総括部会、関西総括部会、関東および関西の生薬部会、同じく製剤部会の各専門部会を順次結成し、さらに特殊専門部会として、分析小委員会および薬用量小委員会を設け、それぞれ部会長および調査員を委嘱した。こうして昭和三〇年改正に着手してから昭和三六年三月までの間、公定書部会四回、東西連絡会四回、関東総括部会五八回、関西総括部会三五回、関東生薬部会四九回、関西生薬部会三八回、関東製剤部会三六回、関西製剤部会三七回、分析小委員会七〇回、薬用量小委員会九回を開催し、全編の調査を終了した。なお、原案の作成については東京医薬品工業協会技術委員会および大阪医薬品協会技術委員会の協力を得た。この間、薬事法(昭和三五年法律一四五号)の制定により、同法第四一条の規定にしたがって第六改正日本薬局方および第二改正国民医薬品集はそれぞれ日本薬局方第一部および日本薬局方第二部とみなされることとなった。これにより本改正は第七改正日本薬局方第一部として、昭和三六年三月二三日薬事審議会の議決を経て、原案を厚生大臣に答申した。厚生大臣は昭和三六年四月一日厚生省告示第七六号をもって、第七改正日本薬局方として公布した。この改正において新たに収載したもの一七七品目、改正前の日本薬局方第一部から引き続き収載したもの三七九品目、改正前の日本薬局方第二部から転載したもの二〇七品目で全収載品目数は七六三品目である。なお、改正前の日本薬局方第一部から日本薬局方第二部に移したものは一九五品で、また、削除したもの(日本薬局方外医薬品となったもの)は七四品目である。第七改正日本薬局方第二部は薬事法(昭和三五年法律第一四五号)第四一条の規定に基づき、昭和三六年四月厚生省告示第七六号をもって公布されたが、同法第四一条第二項に「第二部には、主として混合製剤及びその原薬たる医療品を収める」と規定されているので、その趣旨に従い第六改正日本薬局方から一九五品目、第二改正国民医薬品集から二六九品目計四六四品目が選定された。しかしながら当時は薬事法の公布に伴い日本薬局方第一部の制定に専念していたため、その改定はのちに行うこととし、とりあえず品目の選定だけが行われた。従って同じ日本薬局方でありながら第一部と第二部では表現の方法が異なるほか、通則、製剤総則、一般試験法が異なるという矛盾が生じたため、早急にこれらを統一する必要がおきた。このような状況から昭和三六年一二月厚生大臣は中央薬事審議会に対し、第二部改定の可否に関する諮問を行い、同審議会は同年一二月一八日、日本薬局方部会を開催して改定を行うべきことを議決し、これらを調査審議するための組織及び改定方針の決定を行った。改定方針としてはまず表現方法を第一部に統一することとし、内容については必要やむを得ない事項のみを改定することとした。次にこれらを審議する組織としては常任調査部会、化学薬品調査部会、生薬調査部会、製剤調査部会及び特殊専門調査部会の五調査部会が設けられた。その後三五回におよぶ調査部会の審議を経て原案が厚生大臣に答申され、昭和三七年一二月厚生省告示第四一六号をもって第二部を改定公示したが、この改定において削除したものは日本ケイ皮及びショウキョウシロップの二品目、新たに収載したものはイクタモール軟膏、オレイン酸、石ケン・カンフルリニメント及び炭酸水素カリウムの四品目、計四六六品目が収載されたのである。
しかるに以上の改定においてはその改定方針にも示されているように表現方法を第一部に統一することに止め、品目の改廃をほとんど行わなかったため、日進月歩の医薬品業界の実態に沿うような新しい第二部の作成が強く望まれたのである。
このような事情から昭和三八年二月二二日、日本薬局方部会で、昭和四〇年度に第二部の全面的な改定を行うべきことが議決され、さらに日本薬局方調査会総合調査部会(常任調査部会を改称)において改定方針が審議された。すなわち、その収載基準は薬事法第四一条第二項の規定に従うことは勿論であるが、これが参考に資するため、現行第二部に収載している医薬品の使用頻度調査及び削除あるいは新たに収載を希望する品目の調査を行うこと、また命名小委員会を設置して正名の検討を行うことが議決された。
昭和三八年一二月厚生省は日本公定書協会に対し第二部収載医薬品の使用頻度調査の実施方を依頼し、同協会は病院二〇九九件、薬局二一六五件、医薬品製造業九一〇件、生薬取扱業九四件を対象とし、昭和三七年一〜一二月を調査対象期間としてこの調査を実施した。さらに同協会は、使用頻度調査と併行して日本医師会等関係諸団体の品目改廃と新収載希望品目の調査を実施し、それらの結果が昭和三九年三月厚生省薬務局長に報告があった。その結果を参考とし、三回におよぶ総合調査部会で検討されたのち、収載予定品目を選定、ひき続き昭和四〇年二月一七日中央薬事審議会日本薬局方部会、同年三月二三日同常任部会に上程、審議議決されて収載全品目が厚生大臣に答申された。
この答申に基づき各調査部会では原案作成の審議が開始され、化学薬品調査部会六〇回、製剤調査部会一四回、生薬調査部会四八回が開催され、その間必要の都度特殊専門調査部会の調査員が出席して油類等の検討が行われるとともに、命名小委員会で名称の統一が行われるなど、ここに収載全品目の調査審議が終了したのである。
その後、総合調査部会における総括審議を経て、昭和四〇年一二月一八日、中央薬事審議会日本薬局方部会、昭和四一年二月七日、常任部会に上程、審議議決されて原案が厚生大臣に答申された。
この答申に基づき旧第二部から継続収載されたもの二七〇品目、削除されたもの一九六品目、新たに収載されたもの一〇三品目、計三七三品目が収載された。
第七改正日本薬局方第一部公布後、改正及び追加されたものは、つぎのとおりである。
昭和三七年一二月一日厚生省告示第四一六号、リン酸リボフラビンの条中改正の件および一般試験法中改正の件。昭和三八年四月六日厚生省告示第一七六号、アセチルサリチル酸の条中改正の件ほか五件、一般試験法改正の件および試薬、試液、容量分析用標準液中追加の件。昭和三八年一一月二九日厚生省告示第五四〇号、アセチルサリチル酸の条中改正の件ほか三五件、一般試験法中改正の件および試薬、試液中追加の件。昭和四〇年五月二八日厚生省告示第二九五号、アセチルサリチル酸の条中改正の件ほか三〇件、一般試験法中改正の件および容量分析用標準液中追加の件。昭和四四年八月一一日厚生省告示第二七六号、エリスロマイシンの条中改正の件ほか二九件および硫酸コリスチンの条ほか一条追加の件。昭和四四年一二月二〇日厚生省告示第四〇三号、カンフルの条中改正の件ほか三件改正の件。
(チ) 昭和四一年四月一日厚生省告示一六三号をもって第七改正日本薬局方第二部が改正されたが、第二部改正の終了時には、既に第七改正日本薬局方の全面改正を検討すべき時期を迎えており、昭和四一年四月厚生大臣は薬事法(昭和三五年法律第一四五号)第四一条第三項の規定に基づき、日本薬局方の改定について中央薬事審議会に諮問した。同審議会は同年九月日本薬局方部会を開催し、改正作業を円滑に行うため、年度別の審議日程及び収載基準などの基本的改正方針並びに調査組織として総合調査部会、化学薬品調査部会、生薬調査部会、製剤調査部会、特殊専門調査部会、収載品目検討小委員会、標準品小委員会、命名小委員会、一般試験法小委員会、手引小委員会の五調査部会、五小委員会からなる日本薬局方調査会の設置を決定した。
一方において同部会は、日本薬局方の改正について昭和四二年五月とりあえず次のような意見書を作成し、同年六月常任部会に上程、審議議決を経て、厚生大臣に答申した。
『日本薬局方の改定についての意見
近年の急激な医薬品の進歩、試験方法の発達する情勢に対処し、また諸外国の薬局方に見られるように、日本薬局方を時代に即応したものとするため、抜本的な改革を実施するよう、下記の意見を答申する。

1. 日本薬局方は医療品の試験規格にとどまらず、医薬品全般にわたっての参考事項も収載し、医師、歯科医師、薬剤師、獣医師等医薬関係者に広く活用できるよう配慮されること。
2. 日本薬局方の改定にあたって、その円滑化と実用面の便宜化を考慮し、第一部、第二部の改定が同時に行えるよう配慮されること。
3. 日本薬局方の改定期間について、近代の医学、薬学の急速な進歩に対応させる改定が必要であるので、その改定期間を少なくとも五年をめどとすること。
4. 日本薬局方の改定を円滑適切に実施できるようにするため、予算、人員等の確保による改定体制の整備を図られること。
付記 招来の日本薬局方の制定方式については、権威ある団体において作成したものを、厚生大臣が日本薬局方として承認する制度を検討されたい。』
日本薬局方調査会は、まず薬局方記載の手引を作成するとともに収載品目の選定を行い、順次、総則関係、医薬品各条へと審議を進めた。その後、更に審議の円滑化を促進するため、調査会組織を改組し、一般試験法小委員会に標準品小委員会を含めて通則・一般試験法調査部会と改称し、その他の小委員会をすべて調査部会と改称し、化学薬品調査部会を有機無機調査部会、ビタミン・酵素等調査部会、麻薬調査部会のそれぞれ独立した調査部会とし、またホルモン調査部会、常用量等調査部会を新設し、計一三の調査部会に編成した。このようにして昭和四六年一月までに総合調査部会八回、手引調査部会七回、収載品目検討調査部会一六回、命名調査部会八回、通則・一般試験法調査部会七六回、製剤調査部会五四回、有機無機調査部会三〇九回、ビタミン・酵素等調査部会一二六回、麻薬調査部会一六回、生薬等調査部会二九回、ホルモン調査部会一九回、常用量等調査部会一〇回、特殊専門調査部会一二回を開催し、原案を完成した。なお、この原案の作成にあたっては日本公定書協会、東京医薬品工業協会技術委員会及び大阪医薬品協会技術研究委員会の協力を得た。また収載品目の選定及び常用量、極量の審議に際しては日本公定書協会が行った使用頻度調査及び常用量調査の結果を参考とした。
第八改定日本薬局方第二部の同時改定については、さきに中央薬事審議会の答申においても要望されており、昭和四三年八月日本薬局方調査会において、これを実施することを決定し、混合製剤の試験法の追加、試験方法の改定及び記載内容の統一を行う等の改正についての基本方針を定め、直ちに作業に着手した。このようにして第二部についての審議も第一部として並行して進められ、前記の調査部会のうち総合調査部会一回、通則・一般試験法調査部会一回、収載品目検討調査部会三回、生薬等調査部会七回、有機無機調査部会四回、特殊専門調査部会一一回をこれにあてた。
この調査会原案は昭和四五年一一月および昭和四六年一月に開催された日本薬局方部会で審議、同年三月常任部会において可決したのち、厚生大臣に答申された。厚生大臣は昭和四六年四月一日厚生省告示第七三号をもって第入改正日本薬局方として公布した。
この改正の結果、第八改正日本薬局方第一部には七三五品目を収載し、このうち第七改正日本薬局方第一部から引き続き収載したもの六二五品目(うち六品目は改正前の三品目をそれぞれ二品目ずつに分割収載した)、新たに収載したもの一一〇品目であり、第八改正日本薬局方第二部には三九六品目を収載し、このうち第七改正日本薬局方第一部から引き続き収載したもの二三品目、同第二部から引き続き収載したもの三六四品目、新たに収載したもの九品目である。削除したものは第一部一二〇品目、第二部九品目である。
第八改正日本薬局方公布後、改正及び削除されたものは、次のとおりである。
昭和四六年七月一七日厚生省告示第二六九号、インフルエンザワクチンの条ほか一一条の改正の件。昭和四七年九月二一日厚生省告示第三〇一号、製剤総則の注射剤の項、アクリノールの条ほか四条及び一般試験法の改正の件。昭和四八年一二月二〇日厚生省告示第三三〇号、アセトンの条ほか七条の改正の件。昭和五〇年一二月一日厚生省告示第三三八号、テストステロン水性懸濁注射液の条の削除の件。
(3) 右経緯においては、いったん制定せられた薬局方が次に全面的に改定せられるまでの間の、いわば、中間期に、いつ部分的追加又は削除があったかを記したが、これと、改正七局の解説書である、福地言一郎、江本龍雄著「日本薬局方表解」(昭和三七年五月一五日発行、廣川書店)九、一〇頁とを併せ参照すると、第一版日本薬局方制定から改正九局制定直前までの、各中間期における追加又は削除、つまり追補の回数は次の通りである。
初版日本薬局方   明治一九年六月二五日   追補一回
第二改正薬局方   明治二四年五月二〇日   追補三回
第三改正薬局方   明治三九年七月二日    追補一〇回
第四改正薬局方   大正九年一二月一五日   追補六回
第五改正薬局方   昭和七年六月二五日    追補一八回
第六改正薬局方   昭和二六年三月一日    追補八回
第七改正薬局方   昭和三六年四月一日    追補六回
第八改正薬局方   昭和四六年四月一日    追補四回
また一回の追補においても複数の医薬品について追加、削除が行われるのが通常であり、例えば、第六改正日本薬局方につき昭和三〇年三月厚生省告示第六四号においては、一度に、アヘン末の条改正のほか三七件、塩酸オキシテトラサイクリンの条ほか三件の追加がなされ、同時に、塩酸ストレプトマイシンの条のほか一〇条が削除されている。このように、追加、削除がいかに頻繁になされたかが明らかである。
なお、昭和三五年薬事法制定とともに、日本薬局方第二部に吸収せられた国民医薬品について追記すると、初版国民医薬品集についての追補は三回であり、第二改正国民医薬集についての追補は四回であった。
(三) 薬局方の性格
前述した、福地言一郎、江本龍雄著「日本薬局方表解」一乃至六頁によれば、薬局方の性格として、次の諸点を挙げることができる。
(1) 定義
第一に、厚生大臣が原案を作成し中央薬事審議会の意見を聞いて制定し公布するものであり、法規命令と解される。
第二に、医薬に供する重要な医薬品を収載するものである。
重要な医薬品とは、現在、医薬上使用されている代表的医薬品をさすとされ、医薬品も時代とともに変遷し、科学の発達に伴って常に新しいものがでるため、薬局方も恒常的なものではなく、常に更新され、衆望に応えていかければならない、とされる。
第三に、医薬品の「性状および品質についての基準」である。
この意味は、品質、純度、強度の基準と解されているが、薬局方はこれ以外にも、法律的に委任されている範囲内で、常用量、極量の規定、有効年月などについても規定している。
(2) 制定の方針
制定の方針として、医薬品の規格、名称についての原則の外に、収載医薬品選定の方針として、有効で繁用される重要な医薬品が選定される。改正第七局制定にあたっては、全国の主要な病院六〇〇を対象として、医薬品の使用頻度の調査が行われた。
(3) 薬局方制定の目的
(イ) 薬局方制定の目的には二つがあるとされる。まず、第一には医薬品の投与を受ける者の保護である。前記「日本薬局方表解」によれば次のように述べられている。
「疫病の治療または予防に有効で、品質が一定の医薬品を供給することが、その第一の目的である。薬局方が医薬品の品質、純度、強度について、その医薬品を使用する場合、有効で、しかも無害であり更に純良なものであるべきことを科学的方法によって規整していることは、一に医薬の投与を受ける者を保護しようとする目的にほかならない。すなわち、厳重な規定を設け、医薬の投与を受ける者の立場を先づ考え、医薬品に関する限りにおいては医薬の知識の無い人々でも安心して治療を受け、医薬を服用し得られるようにすることである。この様にして薬局方の規格を強要することは、一方においては危害を未然に防止し、他方においては安心感を以て適切な医療措置が講じられることである。このことは薬局方が法的強制力を持つため、不良医薬品を防遏する結果ともなり、これによって取締りを行い、ひいては製薬業の健全な発展を助長することにもなる。」
右においては、医薬品が有効であり、かつ、無害であることと純良であることが、医薬品の投与を受ける者を保護するという目的の下に統一されていることに十分の注意が払われるべきであろう。憲法第二五条の下に、公衆衛生の向上及び増進がはかられなければならないという命題の下においては、原判決の如く、不良医薬品の排除だけが薬事法の目的であって、副作用からの安全性の確保は薬事法の目的ではないと区別することは、合理性のない区別をなすものというべきである。
(ロ) 第二に、医師、薬剤師への利便であるとされる。同書によれば、これは次のように述べられている。
「薬局方の対象は主として医師および薬剤師であり、記述の内容もこれ等医薬に関する専門の知識を有する人々にのみ理解出来る程度となっている。従って、これ等の人々が実際に使用する場合に便利なように出来ており、医薬品の良否の試験または医薬品を使用する場合、試験の方法、確認の方法、常用量、極量および貯法に至るまで詳細な規定を定めている。これらはすべて医薬を投与される者を保護する主旨から出たもので、常に医薬品の取扱上において医師、薬剤師が責任を持って医療に従事することが出来るようにするための実用指針となるものである。」
(4) 収載の基準
従来、薬局方に収載する品目を選定する基準の定めがなかったが、第七改正においては、新たに、薬局つまり公定書の収載基準の設定が行われた。当時は国民医薬品集と日本薬局方の二本立てであったことから、その基準は次の如くに定められた。
「(1) 公定書収載基準
a 繁用されている医薬品
b 繁用されてはいないが、薬効が明らかで治療上重要な医薬品
例 国産されていないが輸入されている重要医薬品、ジギタリス製剤等
c 治療上必要なもので、使用にあたって危険を伴うおそれがあるから規格を作成する必要のある医薬品
例 亜硝酸アミル、亜酸化窒素等の吸入麻酔剤、覚醒剤、麻薬、水銀剤、ヒ素剤等
d 医薬品の原料(製剤用)として使用されるもの
例 溶解補助剤、賦形剤、懸濁化剤等
e 以上の四つの条件には、いずれも規格がほぼ確立されていることを付帯条件とする。
(2) 日本薬局方収載基準
a 原薬〔(3)のaを除く〕
b その倍散、顆粒剤、錠剤、カプセル剤および注射剤等第一次製剤
c 特に繁用されるエキス剤、チンキ剤、丸剤、軟膏剤および二種以上の原薬を含む注射剤等
d 特に繁用される生物学的製剤、抗菌性物質製剤
(3) 国民医薬品集収載基準
a 専ら家庭薬や混合製剤の原料として使用される原薬およびこれに準ずる原薬
(注)これに準ずる原薬とは原薬のうちでもその重要性が日本薬局方に収載するほどのことではないが、公定書に残す必要があるものを意味する
例 塩化亜鉛、四塩化炭素等
b 混合剤およびaの製剤
例 アセトアニリドカフェイン散、健胃散、ルゴール液、四塩化炭素カプセル等」
(右基準が定められた後薬事法が改正せられ現行薬事法が施行されたが、同法第四一条二項について
「2 日本薬局は、第一部及び第二部に分け、第一部には主として、繁用される原薬たる医薬品及び基礎的製剤を収め、第二部には、主として、混合製剤及びその原薬たる医薬品を収める。」と規定されて、日本薬局方に一本化され、国民医薬品集は薬局方第二部に吸収されることとなったことから、前述の日本薬局方収載基準が第一部の、国民医薬品集収載基準が第二部の基準に該当することとなった。)
2 薬局方改定に関する厚生大臣の責務と権限
それでは、前述した通りの歴史をもち、かつ前述の如き性格をもつ、昭和三五年薬事法の下における日本薬局方の制定と改定について、厚生大臣はいかなる責務と権限を有するであろうか。また、その権限の行使にあたっては、いかなる法的製薬がありうるのであろうか。
まず第一、前述したところであるが、第四一条においては、特定の医薬品を日本薬局方に収載するにあたり、「申請者」なる概念を容れる余地はまったくない。この点は第一四条の承認と著しく異なる点である。日本薬局方への収載は、厚生大臣だけの責務と判断によるものであることは、その条文の構造上きわめて明白であって、なんらかの申請を予定するものではありえない。
第二に、第四一条三項は、「厚生大臣は、少なくとも十年ごとに日本薬局方の全面にわたって中央薬事審議会の検討が行われるように、その改定について中央薬事審議会に諮問しなければならない」と規定しているのであって、一度定められた薬局方を改正すること自体を厚生大臣の責務と権限としていること、明瞭である。言葉をかえれば、一度局方に収載した医薬品を引続き収載し続けるか否かを決する責務と権限も、特定医薬品を局方から削除する責務及び権限もまた厚生大臣に付与されているのである。
第三に右第二から直ちに導かれるところであるが、日本薬局方の改定についても、収載医薬品を製造する製薬会社等の申請をまって、いわば受動的・消極的に厚生大臣の権限が発動されるわけではなく、厚生大臣が自ら積極的に発動すべきものとして、厚生大臣のみに付与されているのである。
第四に、右削除は、どの特定の医薬品についても、また、いつでも行うことができる事実である。第四一条第三項は、「少なくとも十年ごとに日本薬局方の全面にわたって」改定すべきことを定めているのであるから、改定の対象たる特定の医薬品の数量についての最小単位の定めがあるわけでもなく、改定と次の改定との間の期間についても、その最小単位の定めがあるわけではない。これは、医薬品の特性上、削除、追加すべき合理的理由がある場合には、いかなる医薬品についても、迅速に削除、追加すべきことを予定している法意というべきであろう。前述した日本薬局方の歴史において検討した通り、初版日本薬局方の制定以来、いったん定められた薬局が次ぎに全面改定されるまでの間に、再々にわたって特定医薬品の削除と追加が反復されてきているのである。
第五に、薬局方の改定及び薬局方から特定医薬品を削除する手続きとしては、中央薬事審議会に諮問すること以外に、当該特定医薬品を製造ないし販売、あるいは輸入販売、又は使用(処分あるいは服用等)する者の利益を保護するための、なんらの手続きをも要しないという事実である。この点は、薬事法第七五条の処分をなすにあたっては、第七六上の聴聞手続きを経ることを要することに対比し、きわめて重要な意味を有する(右五点の意義については、更に、第二において詳論する)。
以上、要するに厚生大臣は、日本薬局方につき、製薬会社からの申請によってではなく、厚生大臣の独自の責務と権限において、いつでも合理的理由があれば、(中央薬事審議会への諮問の手続きを経た上)いかなる特定の医薬品についても、日本薬局方から削除することができたものなのである(事実としても、厚生大臣は、リン酸クロロキンとリン酸クロロキン錠を第九改正薬局方から削除しているのである。)。
本訴訟においては、リン酸クロロキン及びリン酸クロロキン錠が一九五五年三月一五日、第二改正国民医薬品集に収載されて以降第七局、第八局にも収載され続けたが、それが第一審被告製薬会社の申請によるものではなく、まして、第三者の申請によるものでもなく、まさに被上告人の独自の責任と権限のみによって収載され続けたことが、本件国家賠償請求原因たる被上告人の過責と違法性を基礎づける根本の事実なのである。
原判決は、リン酸クロロキン及びリン酸クロロキン錠が第二改正国民医薬品集、第八局に収載された事実については認定していながら(理由中、第一節、第一、二、1)、薬事法第四一条の解釈、適用を誤って、収載すること及び収載を継続することは、被上告人独自の責務と権限によるものであることを見落とすという、重大な誤りを犯している。これは、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背である。
第二 厚生大臣における違法性及び過失
一 厚生大臣の国民に対する医薬品安全性確保義務
1 憲法第二五条違反
人の生命・健康の保全が国政の中心に据えられるべきことは新憲法下の今日では自明のことである。
憲法は前文で「……そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。……」とうたい、一三条では「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と、更に二五条では「①すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。②国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と定めている。これらをふまえれば基本的人権尊重主義を掲げた、新憲法は、第二五条の生存権的基本権を、絶対不可侵なものとして、国政の重要な目標と宣言したものといわねばならない。
生存権的基本権の性質について、俵静夫は次のように説いている(「行政法講座」、第一巻二三三頁)。
「このような意味において、生存権的基本権は自由権的基本権とその性質を異にし、またその保障の態様を異にする。したがって、それが行政においてもつ意義もまた同じではない。
自由権的基本権は、消極的に行政権の作用を抑制することによって保障せられる。したがって、法は個人の権利と自由の尊重を第一義として行政権の発動をできるだけ抑制する機能をもつ。これに反して、生存権的基本権は、社会生活・経済生活に対する行政権の積極的な配慮をまって保障される。社会公共の福祉の見地から、国民の人間に値する生活を確保するため、ときには個人の自由を制限して顧みない。そのために、法は行政権の発動に方向と基準を示し、著しく積極的能動的な機能をもつ。戦後、とくに民生行政、衛生行政、労働行政等の分野があらたに急激な発展をみたのも、そうした行政がもはや国の恩恵的な社会救護としてあたえられるものではなく、国民の生存権的基本権を保障するため、国の責務として行われていることにもとづく。」
衛生行政を、国民の生存権的基本権を保障するための、積極的能動的行政として把握しなければならない。磯崎辰五郎・高島学司は、衛生行政を憲法が直接に要請する行政であると、次のように説いている(「医事・衛生法」新版、法律学全集16Ⅱ巻、六頁)。
「日本国憲法二五条は、その一項において、『すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。』と規定し、二項において、『国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。』と規定する。右の一項においては、いわゆる国民の生存権を保障し、二項においては、その保障の実を挙げるために必要な行政を国に要求するものである。日本国憲法が国民の基本的人権の保障に最も力を入れていることは多言を要しないが、とりわけ、いわゆる国民の生存権の保障の規定を設けたことは正にその画竜点睛ともいうべく、これあってこそ他の人権保障の諸規定も生きて来る。この画期的な意義深い生存権の保障ではあっても、ただ保障すると規定しただけでは十分ではない。そこで憲法は、更に第二段の用意として、右保障規定を実効あらしめるべき国の行政活動を要求した。用意周到というべきである。これからしても、いわゆる生存権の保障ということを憲法が如何に重要と考えているかが分かる。国民をして少なくとも健康で文化的な最低限度の生活を営ましめるべく、国は、憲法上必ず国民のすべての生活部面について社会保障、社会福祉及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。かくて、国の公衆衛生の向上及び増進を図る作用即ち衛生行政は、社会保障及び社会福祉の向上及び増進を図る作用とともに、憲法が直接に要求する行政となっている。重要度の極めて高い行政というべきである。」
薬事行政は、衛生行政の中核として、憲法二五条が直接に要求する行政であり、国による積極的能動的施策を要求する行政なのである。
原判決は、憲法二五条と薬事法との関係につき、「薬事法は、……国の政治的責務の実現のために制定された法律の一つ」と把握するのみであって、薬事法が、憲法二五条に基づき国に対して積極的能動的施策を要求する根拠法であることを看過し、薬事法を消極的警察取締法規と分類し、それを前提として厚生大臣の義務をきわめて制限的に解するという誤りを犯している。
原判決は、いかなる根拠で、薬事法を消極的警察取締法規というのであろうか。
2 原判決の誤り
(一) 原判決の論拠の誤り
原判決は、薬事法は消極的取締法規であるという。これは左の部分(第六節、第一)に最も集中的に現れている。
「薬事法(中略)は、憲法二五条一項の生存権保障規定を承けてさらにこれを発展させた同条二項の『国は、すべての生活部面について……公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。』とする国の政治的責務の実現のために制定された法律の一つである。
ところで、薬事法は、右の『公衆衛生の向上及び増進』を達成するための法技術的手段として、直接個々の国民の衛生を対象とせず、『医薬品……に関する事項を規制し、その適正をはかる……』(一条)と規定しているように、医薬品という物質を中心としてその取り扱う関係業者に対する各種規制(取締り)を通じて公衆衛生、すなわち国民の生命、健康の維持、増進をはかるという建前を採用している。そして、その主要な取締規制である薬局方収載外医薬品の製造承認(第一四条)、医薬品製造業、輸入販売業の許可(一二条、二二条。なお旧法の薬局方収載医薬品の製造業、輸入販売業の登録(二六条一項、二八条)。)、薬局開設の許可(五条)及び販売業の許可(二六条、二八条、三〇条、三五条)等は、いずれも、いわゆる講学上の『許可』に該当し、一般的な禁止の解除と解せられる。したがって、薬事法は、基本的には警察取締法規としての性格を有しているものとみるべきである。しかも、その取締規制は、憲法二二条一項の定める職業選択、職業活動の自由保障の要請とのかねあい上、薬事法七五条、七九条の規定からうかがえるように、消極的な取締りを念頭に置いているというべきである。
薬事法の性格が右のようなものであるとすれば、同法の定めるところにより厚生大臣の行う薬事行政も、基本的には消極的な警察取締作用と観念し位置付けざるを得ない。」
右引用部分は、被上告人国の責任を否定する原判決の理由のうち、最も基礎となっている核心ともいうべき部分である。しかし、一読して、論証過程には飛躍があることは明白である。
(1) まず、憲法条文の検討のレベルにおいて、憲法二五条一項二項を指摘しながら、憲法二二条一項との関係については、「ところで」という接続詞で結んでしまい、せっかく指摘した憲法二五条一項二項が薬事法の解釈にあたって、どのような位置を占めるのか、まったく言及しておらず、結局、憲法二五条一項二項を薬事法の解釈指針から排除してしまっており、憲法二二条一項だけを薬事法解釈の指針としてしまっている。
現行憲法下においては、薬事法の解釈にあたり、憲法二五条一項二項と憲法二二条一項とが、共に問題になり、鋭い対立関係として登場してくるのは当然のことであって、問題は憲法二五条一項二項と憲法二二条一項とが、薬事法の個別規定の中で、いかなる条件の下に、どのような価値序列関係として具現しているのか、という点にある。この両者の関係を「ところで」などという接続詞で結ぶなどという態度は、薬事法の解釈として、あまりにも精確さに欠けるといわねばならない。
(2) 原判決は、右引用部分で二度にわたり、薬事法は、「基本的には」警察取締法規であると強調している。しかし問題なのは、何故に「基本的には」という枕詞を付けざるをえないのか、という点にある。この枕詞自体が言外に警察取締法規とは言い切れないニュアンスを秘めている。
したがって、「基本的には」という限定語を付けざるをえないにもかかわらず、いきなり、業者許可が講学上の許可であるからとして、「したがって」薬事法は警察取締法規であるなどと簡単に結論づけるのは、あまりにも乱暴な論旨運びである。薬事法には業者許可に関連する取締り規定だけではなく、数多くの医薬品そのものに関する規定が存在している。この意味をまったく把握もしないで警察法規であると断定するのは、薬事法の解釈としてあまりに粗雑であるとの非難を免れない。
(3) 第一四条の承認を第五条、第一二条、第二六条等の許可とまったく同性質の講学上の許可であるとしてしまっている点もまた著しく粗雑であり、かつ誤りである。この点は第一、二、1「製造承認の法的性質」で既に詳論したところである。
このように見てくると、原判決が被上告人国の責任を否定するという誤りを犯した根本の原因は、薬事法を消極的警察取締法規であるとしたところにある。それでは、原判決は、いかなる理由でそのように判断したのかを検討すると、右引用部分から明らかのように、その根拠は左の二点である。
イ 薬事法は、医薬品を中心としてその取り扱う関係業者に対する各種取締り法規を通じて公衆衛生をはかる建前を採用していること。
ロ そして、主要な取締規制である第一四条の承認、第一二条、二二条の製造業、輸入業の許可、第五条の開設許可、第二六条、二八条、三〇条、三五条の販売業の許可は、いずれも講学上の許可であること。
そして、右取締り規制が消極的なものでなければならないとした根拠は次の点にある。
ハ 第七五条、第七九条からうかがえる憲法二二条一項の要請
以下、右イ、ロ、ハによっては、薬事法を消極的警察取締法規であるとすることはできない理由を述べ、併せて、薬事法の法的性格を明らかにし、順次、原判決を取り消すべき理由を述べる。
(二) 「消極的な警察取締作用」概念の機能
(1) 従来、国家賠償請求事件において、個別的行政法規の法的性格が消極的警察法規であると論じられる場合の関心事は、当該原告の請求にかかる違法に侵害されたとされる利益は、当該個別行政法規が保護せんとする法的利益ではなく、単なる反射的利益にすぎないことを基礎づけることにあった。しかし、この反射的利益論は、一連のスモン国家賠償請求事件において裁判所の採用するところではなく、本件原判決においてもこれを否定している。
したがって、原判決が、薬事法を目して消極的警察取締法規であると再々にわたって強調する理由は、医薬品の局方収載、製造承認の前後を問わず、被上告人国は、憲法二二条一項の定める営業の自由の保障とのかねあい上、医薬品の安全確保についても第一次的には製薬会社の処置にまつべきであって、積極的に国民に対して安全確保措置をとるべき義務はないことを基礎づけるところにある。
すなわち、原判決は、警察消極の原則を、薬事法上厚生大臣に認められる権限を消極的にのみ行使すべき根拠として位置づけている。
しかしながら、警察消極の原則はいかなる歴史的経緯から発達してきたかが問われなければならない。
一八世紀絶対君主国における人民に対する絶対支配の総合概念としての警察に対し、一九世紀末に成立した警察概念は、危険排除を中核概念とし、特別の法律の根拠なくして人民に命令を発する一般警察権限を制限する論理として発達した(土屋正三「警察概念の変遷と警察法分解の立法」警察研究第四二巻第一二号)。特に、「いわゆる『警察の限界』の理論は、人民の権利・自由を保障しようとする観点から、警察権の行使をその目的に照らし、必要な最小限度に止まらしめようとして、一九世紀初頭以来、ドイツにおいて提唱され、次第に確立されるに至った理論にほかならない」(田中二郎、「新版行政法下Ⅱ」二六頁)。
特に、わが国においては、明治憲法第九条が「天皇ハ……公共ノ安寧秩序ヲ保持シ及臣民ノ幸福ヲ増進スル為メニ必要ナ命令ヲ発シ又ハ発セシム但シ命令ヲ以テ法律ヲ変更スルコトヲ得ス」と独立命令を規定していたため特殊日本的状況があった。この独立命令のため、政府は法律に留保された事項を除き、議会の制定する法律に基づくことなく、公共の秩序保持のためだけではなく、積極的に人民の幸福増進の為にも命令を制定する権限を有していた。しかもこの独立命令の実効性は都道府県知事を通じて警察組織によって担保された。「ここに旧憲法下の行政が国民の意思を離れて執行され、他方警察組織によって人民の権利、自由がじゅうりんされる制度的基礎があった。而もこのような警察組織の違法な行政作用に対して司法裁判所による救済が認められなかった。かくの如き行政府の独立性、中央集権的警察組織の下において、当時の学説は警察の任務を消極的な治安の維持に限定することにより人民の権利、自由を確保しようとした」(綿貫芳源「行政法概論」三二四頁)。
つまり、ドイツにおいても、日本においても、歴史的には、行政警察権力に対し国民の権利、自由を確保せんとするところに、警察消極の原則が説かれる根本の理由があった。原判決が、憲法二二条一項の職業活動の自由保障とのかねあい上警察消極の原則を捉えるのも、右歴史的経緯に合致していると一応いいうるように見える。
しかしながら問題は、第一に、原判決の右歴史的な理解は、独立命令が廃せられ、違法な行政措置に対する司法救済を肯定する憲法三二条と憲法三三条以下の人権保障規定とをもつ現行憲法下においても、同様に成立するかという重大な疑問である。原判決は、あまりにも旧憲法下の観念にとらわれすぎている。現法憲法下においては、個別法規に対して警察法規であるとのレッテルを貼り、そうすることによって警察消極の原則の適用を論ずる必要性がそもそも消滅している。該当法規の内容を解釈することを以て足りるというべきである。
第二に、右に見た通り、歴史的な警察消極の原則は、「個別的法律の根拠なしに行動し得る範囲を限定するところに、その原則は存在意義を有していたのである。」(高山敏「現代行政の展開と警察法」公法研究第三四号二二八頁)。
つまり、行政権力の行使に対して、国民の権利、自由を保障しようとするところにこの原則の機能があった。重要な点は、本件製薬会社も権利、自由を保障さるべき国民であるにしても、本件上告人もまた同様その権利と自由を保障さるべき国民であるという事実である。憲法上、行政権力との関係において、製薬会社も国民であるが薬害による被害者らも等しく国民であって、その地位は対等である。製薬会社の権利と自由のみが優越した保護を受けるべき理由はない。
現行憲法下においても仮に警察消極の原則が承認されるとしても、その故に製薬会社の営業活動の自由が被害者国民の基本的人権と自由に対して優越的保護を受けるというのであれば、それはもはや被害者国民の基本的人権と自由とを踏みにじるものというべきであり、警察消極の原則の前記理念が逆転したものという外はない。
原判決が、製薬会社が有する憲法二二条一項の営業の自由とのかねあいのみを論ずるのは著しく片手落ちであって、被害者原告が有する憲法二五条一項の権利及び憲法一三条の自由及び権利を同時に論ずるべきものであろう。
(2) 薬事法上の行政措置の多くは、その名宛人として製造業者、販売業者等を予定するものであり、その限りにおいて、警察消極の原則を論ずるべき余地は認められるものの、
薬事法の中には、第四一条の如く、まったく名宛人を予定しないきわめて重要な行政措置が存するのであって、これについては警察消極の原則をそもそも論ずる余地がはじめからありえず、前述した通り、第四一条が医薬品規制の最も中心となる規定であることを考えれば、薬事法全体を警察法規という一色のラベルを貼ることによって性格決定をすること自体合理性を欠くのである。
薬事法は、そもそも、有効性と安全性のある医薬品を国民に対して供給するという立法事実を前提として、公権力によって、「薬事に関する事項を規制しその適正をはかることを目的とする」法律なのであるから、医薬品を体内に摂取吸収する国民を当然に予定している。そうである以上、薬事法全体の解釈としては、業者にのみ関係する警察自由の原則だけを解釈指針とするのは片手落ちであって、公権力の行使の結果逃れようもなく不可避的影響を受けざるをえない一般の国民の法的立場に立脚した解釈指針、つまり憲法二五条一項二項をも同時にその視野に入れるべきものであろう。
(三) 「薬事法の性格」論の誤り
(1) 現行憲法下においても、一般の行政法学の成書においては、薬事行政を行政警察の一つとして分類してきた(田中二郎「新版行政法下Ⅱ」二九四頁)。しかしながら、それら成書においても、後述するような昭和三五年薬事法の内容分析に立ち入った上で、行政警察である理由を論証しているわけではなく、明治憲法下の成書における分類を無批判に継承しているきらいがある(例えば、美濃部達吉「行政法撮要下巻一二八頁「第八節衛生警察」の記述と前記田中二郎「新版行政法下Ⅱ」二九三頁「衛生警察」の項との類似性)し、現在までに昭和三五年薬事法の法的性質を詳論した文献さえ公刊されておらず、昭和三五年薬事法の法的性格についての学説が確定しているわけではない。薬事法の性格を論じた判決としてよく引用される最高裁昭和五〇年四月三〇日大法廷判決(最高裁民事判例集第二九巻第四号五七二頁)も、せいぜい(その理由四、(一)、(2)、(イ)において)「薬事法は、医薬品の製造、貯蔵、販売の全過程を通じてその品質の保障及び保全上の種々の厳重な規制を設けているし、……そしてこれらの規制違反に対しては、罰則及び許可又は免許の取消等の制裁が設けられているほか、不良医薬品の廃棄命令、施設の構造設備の改繕命令、薬剤師の増員命令、管理者変更命令等の行政上の是正措置が定められ、更に行政機関の立入検査権による強制捜査も認められ、このような行政上の検査機構として薬事監視員が設けられている。これらはいずれも、薬事関係各種業者の業務活動に対する規制として定められているものであり、刑罰及び行政上の制裁と行政的監督のもとでそれが励行、遵守されるかぎり、不良医薬品の供給の危険の防止という警察上の目的を十分に達成することができるはずである。」
と論じているだけであって、原判決の如く、薬事法全体の性格が警察法規であると速断しているわけではないのである。
右最高裁判決においては、薬局開設許可条件としての距離制限の合憲性を主張する(当該被上告人の)論拠の一つが、距離制限を認めなければ薬局が偏在しその結果過当販売競争が行なわれその結果医薬品の適正供給に種々弊害が発生することになる、というものであったこととの関係上、その主張を論破するための根拠として、薬事法が、国民の保健上有害な医薬品の供給を防止するため、製造、販売に携わる各種業者に対する規制をどのように定めているかを右に論じたのである。つまり、右最高裁判決の関心事は、医薬品の供給という側面における薬事法上の規制の性質いかんに限定されており、供給される医薬品についての規制の性質ではない。
右最高裁判決は、薬事法に規定する「薬事関係各種業者の業務活動に対する規制」は、「不良医薬品の供給の危険の防止という警察上の目的」(を実現するためのもの)であるとしているだけである。したがって、右最高裁判決との関係で、警察消極目的の原則が薬事法に適用があると論じるにしても、右の限度でそのように言いうるにとどまるのであって、供給される医薬品そのものについての薬事法の規制の性質についてまで、右最高裁判決の射程距離が及んでいるとすることはできない。右最高裁判決は、医薬品そのものについての薬事法の規制の性質については(そこまで論じる必要もなかったことから)沈黙したままなのである。
被上告人国による医薬品安全性確保義務違反を主張する本件上告においては、医薬品そのものについての薬事法の規制の法的性質こそが問われるのであるから、右最高裁判決は本件上告事件に適用すべき先例とはならない。
学説においても、右最高裁判決は、「薬局の適正配置に関する旧薬事法六条二項、同四項による薬局不許可処分につき、不良医薬品の供給の防止という薬事法の目的からみて、右規定は不必要・合理性がなく、職業の自由に関する憲法二二条一項に違反するという理由で取り消したケースである。このようなケースを、キノホルム、クロロキン等医薬品の副作用に関する安全確保義務と同じ次元でとらえることは許されない。」(沢井裕「規制権限不発動と国の責任」法律時報五七巻九号一三頁の註12)として、おおむね、右最高裁判決の射程距離につき同様の見解を示している。
ここで最も問題とすべきは、厚生大臣の規制権限の発動を消極的、第二次的、後見的なものであるとするために、その前提として、薬事法は消極的警察取締法規であるという一色のラベルを貼ってしまった原判決の態度にある。
このように、単純な分類が可能であろうか、また正当であろうか。この問題に立ち入る前に、右最高裁判決は、薬事関係各種業者に対する薬事法上の規制が警察的性質であることを判旨するのみであって、薬事法全体の性格が消極的警察法規であるなどとは決して言及していないことを、まず確認する必要がある。
(2) そもそも、薬事法の性格については、学説上も、単純に警察法規であるとしたわけではなかった。兼子仁は「ただ行政法としての分類ですと、警察法規か統制法規かというようなことになるのですが、薬事法は必ずしも行政法的な分野では割り切れないのではないか。薬事に関する独特な法と申しますか、広い意味では医療に関する法の一部だと思いますが、要するに薬事に関して国民の健康増進のために望ましい規制をする独特な法、そういうとらえ方もできるように考えられます。」(ジュリスト四七三号八八頁、座談会「薬事法をめぐる問題点」)と指摘していた。阿部泰隆は、薬事法の立法趣旨・目的が不良医薬品の取締りを目的とする警察法規であるとしても、それは経済統制法規ではないという趣旨にすぎず、消費者に対し安全確保義務を負わないという意味ではない、とした上、右最高裁判決についても、
「薬局の距離制限は薬局の過当競争及び経営悪化の防止それ自体を目的とするものではないという趣旨で薬事法を警察法としているにとどまる。むしろ、警察法とは国民の安全を守るため個人の自由に介入する法であって、もともと国民の安全確保という視点は存在したのである。したがって、薬事法を警察法と分類したところで国民の安全確保義務の有無はなにも明らかにならないのである。そもそも、薬事法が警察法か福祉法かはマクロ的に見た一つの傾向的な分類概念であって、たんに相対的な考え方の違いにすぎないから、こうした分類学から、実定法上のミクロの解釈問題を一刀両断的に解決しようとすることは、それこそ東京判決の非難する実定法規を離れたア・プリオリな思考(二二七、二三一頁)にほかならない。実定法規をつぶさに検討することから解釈学ははじまるのである。」(「薬事法の性格と薬害にたいする国家賠償責任」判例タイムズ三七六号四七頁)と述べて、マクロ的分類によって、個別実定法規の解釈が定まるわけのものではないことを指摘している。山村恒年も
「現在の複雑な行政法規については、警察取締法→警察行政→消極的性格という単純なシェーマは妥当しない。この点、福岡判決が取締法ということから国の安全確保義務の有無が論理的に出てこないとしているのは正当である。」(「薬事行政過程における安全管理法理の論点と課題」判例タイムズ三七六号五頁)と述べて、薬事法を警察取締法規であると単純化しえないと指摘している。
(3) その上、行政法学においても、警察が消極的の目的をもつとする点で見解の一致を見ていたわけのものでもなく、その境界領域は次第に曖昧になりつつあると論じられているのである。
元々、美濃部達吉においては、消極的に社会の秩序を保持しその障害を除くことを目的とするだけではなく「積極的ノ福利ノ目的ニ属スルコト」をも警察観念にふくまれるとし、「積極的ノ目的ノ為ニモ法律ノ特別ノ規定ニ依リ警察権ノ行ハレ得ベキコトヲ認ムル例尠カラズ……。随テ警察ノ観念ヲ定ムルニ当リテハ之ヲ消極的ノ目的ノ為ニスル作用ニノミ限定スルコトヲ得ズ」(行政法撮要下巻五頁以下)としていた(この点につき、須貝脩一「警察の概念」法学論叢第八五巻五号は、警察概念についての「中義説」としている)のであるから、薬事行政警察が消極目的の原則に従うとしているわけでは必ずしもなかったのである。
そして、明治憲法第九条独立命令の如き規定の存しない現行憲法下においては、積極的福利増進のための権力作用を警察の概念から除外する理由がなくなったとして、学問上同一の性質の作用は一括して同一の概念にふくませるべきであるとの観点から、積極的福利増進の目的のためにする作用も警察の観念にふくませるべきであるとする、柳瀬良幹の見解がある(「行政法教科書」一八五頁)。
これらの見解の下では、薬事法を警察法規であるとしても、消極目的の原則の適用があることにはならないことになる。その上、注目すべきは、現行憲法下における複雑多様な行政実定法規の登場につれて、伝統的警察観念の境界領域は次第に不明確になりつつあると指摘されている点である。
まず成田賴明、南博方、園部逸夫編「行政法講義下巻」は、「……これが一般に「消極目的の原則」といわれるものである。ただ、最近の行政の実態においては、従来、消極的な秩序維持行政(警察)の作用と目されていた作用が、積極的な社会公共の福祉の増進にも奉仕すべく期待され、その結果、具体的には、消極的な秩序維持の行政作用か、積極的な秩序整序の行政作用か不明確なものも少なくないようである。
たとえば、食品衛生法、理容師法、美容師法、興行場法、旅館業法、公衆浴場法、クリーニング業法などによる規制は、従来、典型的な秩序維持行政(警察)的規制と目されていたところである。が、「環境衛生関係営業の運営の適正化に関する法律」によって、この分野についても、過当競争の防止の観点から、料金などの規制その他経営の安定をもたらすための措置を講ずることができるとされている。しかし、これは、同法一条に「当該営業における過度の競争により、適正な衛生措置を講ずることが阻害され若しくは阻害されるおそれがある場合に」、これらの措置を講ずることができると明定されているので、一応、公衆衛生を維持するための秩序維持(警察)目的の作用であるとみることもできようか(参照、最判昭和三〇・一・二六刑集九巻一号八九頁)。しかし、屋外広告物法が「公衆に対する危害の防止」のほかに「美観風致の維持」を目的とし(同法一条)、住宅地造成事業に関する法律が「災害の防止」とともに「環境の整備」をその目的にあげている(同法一条)のなどは、まさに、消極的な秩序維持の作用か、積極的な秩序維持の作用を規律するのか不明確なものの適例ということができよう。」と論じている(同二四頁)。
杉村敏正は「従来衛生警察といわれてきたものは、原則的にはむしろ公衆衛生行政そのものとして理解されるべきではないかと考える」としている(「行政法概説」八〇頁)。
遠藤博也も、比較的まとまりのある統一的法理の存在が認められる分野であった警察法についてさえ、まとまりのある独自の法理(警察消極目的、警察比例、民事関係不介入)の存在する分野としてみとめられるかについて疑問が感じられる。その外在的理由としては、田中二郎博士の規制法の提唱に象徴されるように、ある面で警察作用に酷似していながら、いくつかの面でこれをはみだし異なる法理に服すべき多様な行政作用の登場であり、内在的理由としては、災害対策、道路交通規制、建築規制など、元来が伝統的な警察から出発したものが極めて複雑な内容をもつものとなっており、目的においても手段においても昔日の単純さをなくしている、と指摘し(「行政法Ⅱ」一三一頁)、さらに言を進めて、「比較的まとまった法理を提供するものとして知られる警察の法理についても、今日の目から見ると問題がないわけではない」以上は、「むしろ、分類上の概念にいうところの道具概念としての機能を期待すること自体、すなわち、法的諸問題に対する解答の体系的整理に従って行政作用が分類できることを期待すること自体に問題があるといわなくてはならないであろう。」(「規制行政の諸問題」、雄川一郎、塩野宏、園部逸夫編「現代行政法大系1所収、四七頁)としているのである。
加えて、高田敏は、衛生警察観念の消滅を論じている。高田敏は、近代から現代への警察観念の変化を論じた上で、現代行政の展開とともに、警察作用と行政作用の混淆領域において、二つの点で変化が生じたとし、
「第一は、混淆領域の目的との関連における、警察作用の他種の行政作用への転化である。それは、衛生法や公害行政法の領域においてみられる。まず、衛生法といわれる領域は、今や憲法第二五条第二項にいう「公衆衛生の向上及び増進」を目的とする法領域でなければならなくなった。そして従来衛生警察といわれていた作用は、原則的には積極目的としての公衆衛生目的のための手段と理解されるべきである(とすれば、一般保健・医事・薬事・防疫警察といった領域は消滅する)。(中略)従来の危険防除作用と消極目的との必然的関連を断ち、前者が積極目的のためにも存在し得ると考えれば、右の作用を生存権保障目的のための危害防止作用と解することも可能となり、その場合には衛生警察といわれるものは一切消滅することとなる。」と論じて明確である。
そして、第二には、「現代行政の展開にともなって、混淆領域における警察行政の比重が下ったことである」と指摘し、結局、西ドイツ連邦憲法裁判所もいうように、狭義の警察法は「公共の安全と秩序の維持が唯一で直接的な法律目的をなす場合」をいうこととなろうとし、当該領域で目的が交錯し、危険防除機能が一つの付属物をなすような場合は、それを警察法に包摂させず、その領域を独立せしめるべきであろう、と結論づけている(「現行行政の展開と警察法」公法研究三四号二二六頁以下)。
(4) かくして、「警察消極目的の原則」が本来的意味をもちえたのは、「警察権の発動が、個々の法律による授権を要せず、包括的授権で足りるとされる段階においてであった。」(高田敏、前記、二二八頁)。前記最高裁判決に照らしても、行政法学の現況に照らしても、薬事法全体を警察法規であるとし、そうすることによって、薬事法全体に警察消極目的の原則の適用があるとする原判決の態度は、いわば一九世紀的古色蒼然たるものであるとの非難は免れず、ここで問われている個別実定法規としての薬事法の解釈態度としては失当である。
現代の行政法学の現況に照らせば、薬事法は積極的福利増進を目的とした法規であると理解することに妨げはないといってよい。また、仮に、原判決の言う通り、薬事法には消極的取締りを目的とする警察法規としての性質があるとしても、実は、薬事法には、積極的に、国民を医薬品の有害性から保護する性格もあるとすることとは矛盾しないのである(佐藤英善「食品・薬品公害をめぐる国の責任2」法律時報五一巻七号七三頁)。そうである以上、問題は、薬事法に法規分類上の一色ラベルを貼ることではなく、薬事の個々的規定をどのように理解すべきかにあると言うべきであろう。
3 薬事法の二重構造
(一) 薬事法第一条
薬事法全体をどのように解釈すべきかの出発点は、やはり第一条の把握にある。前記最高裁判決の判旨との対比で注目すべきは、第一条は「この法律は、医薬品……に関する事項を規制し、その適正をはかることを目的とする」としており、「薬事関係各種業者の業務活動に対する規制」を目的とするとはしていない点である。すなわち、医薬品を規制しその適正を図ることを目的とする法であって、業者を規制することを目的とする法ではないのである。
しかし、薬事法は、前記最高裁判決が判旨する如く、各種業者を取締る規定を置いていることも事実である。そうである以上、第一条の目的と各種業者に対する規制とはいかなる関係にあると理解すべきであろうか。
この観点から、先に「2 原判決の誤り、(一)原判決の論拠の誤り」で引用した原判決部分のうち、最も注意すべき部分は「薬事法は、……医薬品という物質を中心としてその取り扱う関係業者等に対する各種規制(取締り)を通じて」、……国民の生命、健康の維持、増進をはかるという建前を採用している、という部分である。(右の文章は舌たらずで意味が曖昧である。善解すれば、医薬品という物質を中心として、それを取り扱う関係業者に対する各種規制(取締り)を通じての意味であろう。)
しかしながら原判決は、右部分に引き続き、製造承認、医薬品製造業、輸入販売業の許可は、講学上の許可であり、「したがって」薬事法は警察取締法規であると結論づけてしまっているだけで、薬事法が、どのように医薬品という物質を中心としているかという検討をまったくおこなっていない。薬事法は、医薬品を取り扱う業者に対する取締りを置いていることはその通りであるが、一方では、医薬品という物質に関する各種の規定を置いている。いなむしろ(原判決のいう通り)、医薬品という物質に関する規定こそが薬事法の中心となっているのである。
したがって、医薬品という物質に関する規定を検討しないで、薬事法の性質を軽々にいうことはできないのである。薬事法は医薬品そのものに関する規定(以下これを物規定と仮称する)と業者に関する規定(以下これを業者規定と仮称する)との二重構造を基礎構造とし、更に、その上に、業者規定についても、物規定についても、特定の医薬品を行政庁が一方的に指定することによって、医薬品からの安全性を確保するという上層構造を持っており、医薬品の安全性を確保するために、きわめて周到な配慮がなされている、立体構造をもった法規なのである。
(二) 安全性確保と法の二重構造
薬事法にとどまらず、公衆の健康又は身体の安全に直接影響を与える業種、あるいは産業に関する法規は、物規定と業者規定の両者を置き、その両者を通じて公衆の安全性を確保するという慎重な配慮をしているのが一般である。薬事法の二重構造を明らかにする準備作業として他の諸法規の構造について簡単な検討を加える。
(1) 消費生活用製品安全法(昭和四八年法律第三号)
同法は、第二条二項で消費生活用製品のうち、構造、材質、使用状況等からみて一般消費者の生命又は身体に対して特に危害を及ぼすおそれが多いと認められる製品で政令で定めるものを「特定製品」とし、同三項で、その製品又は輸入の事業を行う者のうちに、一般消費者の生命又は身体に対する危害の発生を防止するため必要な品質の確保が困難である者がいると認められる特定製品で政令で定めるものを「第一種特定製品」と定義する。そして、第八条において、
「第八条 第一種特定製品の製造の事業を行う者は、主務省令で定める第一種特定製品の製造の事業の区分(以下「事業区分」という。)に従い、主務大臣の登録を受けることができる。
2 前項の登録を受けようとするものは、次の事項を記載した申請書を主務大臣に提出しなければならない。
一 氏名又は名称及び住所並びに法人にあっては、その代表者の氏名
二 事業区分
三 当該第一種特定製品を製造する工場又は事業場の名称及び所在地
四 当該第一種特定製品の製造のための設備で主務省令で定めるもの(以下「特定製造設備」という。)の名称、性能及び数
五 当該第一種特定製品の検査のための設備で主務省令で定めるもの(以下「特定検査設備」という。)の名称、性能及び数
六 当該第一種特定製品の欠陥により一般消費者の生命又は身体について損害が生じ、その被害者に対してその損害の賠償を行う場合に備えてとるべき措置
3 前項の申請書には、工場又は事業場の図面その他の主務省令で定める書類を添付しなければならない。」
として業者登録を規定し、第九条で登録欠格事由を、第一〇条で登録の基準、第一一条で登録簿、第一二条で登録証を定める。これが業者規定であることは明らかである。そして他方、第二三条は、
「第二三条 登録製造事業者は、製造しようとする第一種特定製品の型式について、主務省令で定める第一種特定製品の型式の区分(次項、次条、第二四条の二〔指定検定期間の試験〕第二項及び第三二条の四〔外国登録製造事業者に係る第一種特定製品の型式の承認等〕第一項において単に「型式の区分」という。)に従い、主務大臣の承認を受けることができる。
2 前項の承認を受けようとする者は、次の事項を記載した申請書を主務大臣に提出しなければならない。
一 氏名又は名称及び住所並びに法人にあっては、その代表者の氏名
二 登録の年月日及び登録番号
三 型式の区分
3 前項の申請書には、主務省令で定める数量の試験用の第一種特定製品及びその構造図その他の主務省令で定める書類を添えなければならない。ただし、第二四条の二第一項の試験に合格した第一種特定製品について第一項の承認を受けようとするときは、当該試験に合格したことを証する書面を添えることをもって足りる。」
として第一種特定製品の型式の承認について規定し、第二四条で承認の基準、第二四条の二で承認についての指定機関による試験、第二五条で承認の有効期間を定めている。これは物規定であることは明らかである。
同法はこの業者規定と物規定を置いた上で、右登録を受けた業者が右型式承認を受けた第一種特定製品を製造ないし販売する場合について、その登録業者に対し、安全基準適合義務を課し(安全基準とは右第二三条一項に基づく通商産業省関係特定製品の安全基準等に関する省令をいう)、一定の表示禁止義務を課し(二九条)、一定の改善義務を課し(三〇条)、一定の危害防止義務を課し(三五条)ている。
これら義務設定方法は、業者規定と物規定の両面からの構成になっていることは明らかである。その上で、第一九条は登録の取り消し事由を規定し、かつ、第三二条で型式承認の取り消し事由を別途に規定している。消費生活用製品安全法が、業者規定と物規定の両方から消費生活向けの製品についての安全性を確保しようとしていることは明瞭である。
(2) 電気用品取締法(昭和三六年法律第二三四号)
同法は第二条二項で、構造又は使用方法その他の使用状況からみて特に危険又は障害の発生するおそれが多い電気用品であって、政令で定めるものを「甲種電気用品」と定義する(具体的には電気用品取締法施行令別表第一の上欄記載の電線、電気温床線、ヒューズ、電線器具、電熱器具等をいう)。
その上で、第三条で、甲種電気用品の製造事業を行おうとする者に通産大臣への登録を義務づけており、第四条で、登録申請者記載事項、第五条で登録欠格事由、第六条で登録の基準、第七条で登録簿、第八条で登録証を規定している。これが業者規定であることは明らかである。そして他方、第一八条で、登録製造業者に対し、その製造しようとする甲種電気用品の型式について、通商産業省令で定める型式の区分に従い、通産大臣の認可を受けることを義務づけており、第一九条で認可の申請書記載事項、第二〇条で認可の基準、第二一条で特定の型式についての指定試験機関による試験を定めている。これは物規定であることは明らかである。
同法はこの業者規定と物規定とを置いた上で、右登録を受けて、業者が右型式認可を受けて、型式の甲種電気用品を製造ないし販売する場合には、その登録業者に対し第二〇条(認可の基準)第一号の通産省令で定める技術上の基準に適合すべき義務を課し、一定の表示義務を課し(第二五条)、一定の改善義務を課し(第四七条)、また一定の場合における業務停止義務を課している(第四八条)。その上で、第一四条は登録の取消し事由を規定し、第二五条の二は認可の取消し事由を別途に規定している。
電気用品取締法が、業者規定と物規定の両面から、一般消費者向けに使用される電気器具のうち、構造又は使用方法上危険又は障害の発生するおそれのある電気器具の安全性を確保しようとしていることは明確である。
(3) 液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律(昭和四二年法律第一四九号) 同法第二条七項は、この法律において「液化石油ガス器具等」とは、主として一般消費者等が液化石油ガスを消費する場合に用いられる機械、器具又は材料(一般消費者等が消費する液化石油ガスの供給に用いられるものを含む。)であって、政令で定めるものをいう、と定義し、同八項で、この法律において「第一種液化石油ガス器具等」とは、構造、使用条件、使用状況等からみて特に液化石油ガスによる災害の発生のおそれが多いと認められる液化石油ガス器具等であって、政令で定めるものをいうと定義する(具体的には、同法施行令別表第一に掲げる液化石油ガスコンロ、特定の液化石油ガス用バーナー付密閉燃焼式ふろがま、特定の液化石油ガス用ストーブなどをいう)。
そして同法第四三条は、
「第一種液化石油ガス器具等の製造の事業を行う者は、通商産業省令で定める第一種液化石油ガス器具等の製造の事業の区分(以下「事業区分」という。)に従い、通商産業大臣の登録を受けることができる。
2 前項の登録を受けようとする者は、次の事項を記載した申請書を通商産業大臣に提出しなければならない。
一 氏名又は名称及び住所並びに法人にあっては、その代表者の氏名
二 事業区分
三 当該第一種液化石油ガス器具等を製造する工場又は事業場の名称及び所在地
四 当該第一種液化石油ガス器具等の製造のための設備であって通商産業省令で定めるもの(以下「特定製造設備」という。)の名称、性能及び数
五 当該第一種液化石油ガス器具等の検査のための設備であって通商産業省令で定めるもの(以下「特定検査設備」という。)の名称、性能及び数
3 前項の申請書には、工場又は事業場の図面その他の通商産業省令で定める書類を添附しなければならない。」
と業者の登録について規定し、第四四条で登録欠格事由、第四五条で登録の基準、第四六条で登録簿、第四七条で登録証を定める。他方、第五八条で
「登録製造事業者は、製造しようとする第一種液化石油ガス器具等の型式について、通商産業省令で定める型式の区分(以下単に「型式の区分」という。)に従い、通商産業大臣の承認を受けることができる。
2 前項の承認を受けようとする者は、次の事項を記載した申請書を通商産業大臣に提出しなければならない。
一 氏名又は名称及び住所並びに法人にあっては、その代表者の氏名
二 登録の年月日及び登録番号
三 型式の区分
3 前項の申請書には、通商産業省令で定める数量の試験用の第一種液化石油ガス器具等及びその構造図その他の通商産業省令で定める書類を添えなけれはならない。ただし、第六〇条〔指定検定機関等の試験〕第一項の試験に合格した第一種液化石油ガス器具等について第一項の承認を受けようとするときは、当該試験に合格したことを証する書面を添えることをもって足りる。」
と定めて、第一種液化石油ガス器具等の型式の承認について規定し、第五九条で承認の基準、第六六で指定検定機関による試験、第六一条で承認の有効期間を定める。
同法はこのように業者規定と物規定をおいた上で右登録を受けて、業者が右型式承認を受けた第一種液化石油ガス器具等を製造する場合につき、登録業者に対して、第六二条で、
「第五八条〔第一種液化石油ガス器具等の型式の承認〕第一項の承認を受けた登録製造事業者が当該承認に係る型式の第一種液化石油ガス器具等を製造する場合においては、第四一条〔合格及び表示〕の通商産業省令で定める技術上の基準に適合するようにしなければならない」(技術上の基準とは、液化石油ガス器具等の検定等に関する通商産業省令第二六条をいう)と
して、基準適合義務を課し、第六四条で、
「通商産業大臣は、第五八条〔第一種液化石油ガス器具等の承認〕第一項の承認を受けた登録製造事業者が製造した第一種液化石油ガス器具等であって、当該承認に係るもの(第六二条〔基準適合義務等〕第一項ただし書の適用を受けて製造されたものを除く。)が第四一条〔合格及び表示〕の通商産業省令で定める技術上の基準に適合していない場合において、災害の発生を防止するため特に必要があると認めるときは、当該登録製造事業者に対し、一年以内の期間を定めて前条の規定による表示を付することを禁止することができる。」
と定めて、第六三条に定める第一種液化石油ガス器具である旨の表示を禁止すべき義務を課し、第六五条では特定の場合における製造又は検査の改善義務を課している。その上で、第五四条において、右に設置され義務に違反する登録業者に対して登録を取り消すべき場合を規定し、他方これとは別に第六七条において、型式承認を取り消すべき場合を規定している。
同法第一条は、
「この法律は、一般消費者等に対する液化石油ガスの販売、液化石油ガス器具等製造及び販売等を規制することにより、(液化石油ガスによる災害を防止するとともに液化石油ガスの取引を適正にし、)もって公共の福祉を増進することを目的とする。」
と規定するのであるが、その目的追求の方法として、単に製造販売業者を規制するだけではなく、物規定と業者規定の両面から追求しようとする構造にあることは明確である。
(4) ガス事業法(昭和二九年法律第五一号)
同法第三九条の二は、
「この法律において『ガス用品』とは、主として一般消費者等(液化石油ガス法第二条〔定義〕第二項に規定する一般消費者等をいう。以下同じ。)がガスを消費する場合に用いられる機械、器具又は材料(同条第七項に規定する機械、器具又は材料を除く。)であって、政令で定めるものをいう。」
と定め、同第二項で、
「この法律において『第一種ガス用品』とは、構造、使用条件、使用状況等からみて特にガスによる災害の発生のおそれが多いと認められるガス用品であって、政令で定めるものをいう」と定義する(具体的には、ガス事業法施行令別表第一記載の特定のガス瞬間湯沸器、ガスストーブ、ガスバーナー付ふろがま、ガスぶろバーナー、ガスふろバーナー元栓、ガス圧力なべ及びガス圧力がまをいう)。」
そして同法第三九条の七は第一種ガス用品の製造事業を行うものは、通商産業大臣の登録を受けることができる旨を定める。そして他方、第三九条の八は、前条の登録を受けた者は、製造しようとする第一種ガス用品の型式について、通商産業大臣の承認を受けることができること、第三九条の九で同業者は第一種ガス用品について指定検定機関が行う試験を受けることができること、第三九条の一〇で右承認の有効期間と更新について定めている。その上で、右承認を受けて、登録業者が当該承認を受けて、型式の第一種ガス用品を製造する場合について、第三九条の一一で通商産業省令で定める技術上の基準に適合すべき義務を課し、第三九条の一二で通商産業省令で定める表示をなすことを義務づけ、第三九条の一三で、通商産業省令で定める技術上の基準に適合しない場合であって、災害を防止すため特に必要があると認めるときは、その登録業者に対し、一年以内の期間を定めて右表示を禁止すべきことを義務づけることができる旨を定めている。
そして、第三九条の一四第一項は、右業者登録の登録を取消すべき場合を規定し、同第二項は、右承認の取消すべき場合を規定している。また第三九条の三、同の四、同の五は第一種ガス用品の販売事業を行う者について、通商産業大臣又は通商産業大臣が指定をした者の行うその販売せんとする第一種ガス用品について、通産大臣の定める技術上の基準に適合した旨の検定に合格し、検定に合格した旨の表示を付したものでなければ、第一種ガス用品を販売し又は販売目的で陳列することを禁止している。
このように、同法が、業者規定と物規定の両面から、一般消費者向けの第一種ガス用品についての安全性を確保しようとしていることは明瞭である。
(三) 食品衛生法(昭和二二年法律第二三三号)
(1) 食品衛生法は、同法が対象とする食品の定義として、その第二条一項で、薬事法に規定する医薬品および医薬部外品以外のすべての飲食物をいうとしており、同二項で添加物を、同三項で化学的合成品をも同法の取扱う対象として定義づけているのであるから、同法は消費者に対してもろもろの諸製品或は物質からの安全性を確保することを目的とする諸法の内で、最も薬事法と近似した目的及び性質をもつ法律であるということができる
したがって、食品衛生法の構造は、前述した消費生活用製品安全法、電気用品取締法、液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律、ガス事業法(以下、右四法を製品安全法等と総称する)よりも、薬事法の法構造への理解に寄与するものがあると考えられ、薬事法の解釈にあたって充分参照されるべきものと考えられる。
(2) 食品衛生法もまた、業者規定と物規定の両者から公衆の安全を確保しようとするものであるが、その規制対象物は飲食に使用される物であることから、業者規定より物規定の方がより広範かつ徹底した内容を持っている点が充分注目されなければならない。
まず業者規定として、農水産業による食品採取業以外の一切の食品、添加物(器具、容器についてはふれない)の製造、販売業者等を対象としており、対象業者自体がきわめて広範である。そして特定の営業につきその施設の基準を定め(第二〇条)てその施設が基準に適合すべき事を要求し営業自体を都道府県知事による許可制としている(第二一条)。その許可を要する営業の種類は食品衛生法施行令第五条に定められ、飲食店、喫茶店の営業から添加物製造業に至るまできわめて広範である。そして許可後も当該基準に違反した営業者に対しては許可を取り消す旨を規定する(第二四条)。この構造は、薬事法第一二条、一三条、七五条と基本的には同一である(聴聞手続については後にふれる)。
物規定については、不衛生食品の販売禁止を定める第四条、疾病にかかり又はその疑いでへい死した獣畜の肉等の販売を禁止する第五条や食品又は添加物の表示の基準を定める第一一条、虚偽又は誇大な表示又は広告を禁ずる第一二条の注目すべき規定があるが、最も注目すべきは、六条、七条、一三条である。
第六条は、人の健康を害う虞のない場合として厚生大臣が食品衛生調査会の意見を聞いて定める場合を除いては、食品添加物として用いることを目的とする化学的合成品及びその製剤につき、製造、販売することを禁止している。第七条一項は、添加物の製造方法についての基準とその成分についての規格を定めることができる旨を規定し、第一三条においても第七条一項により基準又は規格が定められた添加物について、厚生大臣に食品添加物公定書の作成を義務づけている。
これは薬事法第四一条にきわめて近似している。その上で食品衛生法は、第七条一項の基準又は規格に違反する添加物の製造、販売、使用を禁止した上(第七条二項)、この禁止違反と右第六条の違反があった場合は、第二二条において、その違反営業者に対し、その添加物の廃棄を命じ、又は、食品衛生上の危害を除去するために必要な処置をとることを命じ、又はその営業許可を取り消すことができると規定している。
このように、食品衛生法は、人の健康を害う虞のない場合として定める以外の化学的合成品の製造、販売、使用を禁止し、これに違反する営業者の営業許可を取り消す構造となっている。つまり、食品添加物たる化学的合成品の製造、販売等を原則として禁止し、その例外として、人の健康を害う虞のない場合として厚生大臣が定める化学的合成品のみが製造、販売等を許されるという構造にある。この構造は、同じ化学的合成品たる医薬品について規制する薬事法の解釈にあたり充分参考とされなければならない。
(3) 食品衛生法第六条は、食品の添加物として用いることを目的とする化学的合成品およびこれを含む製剤は、食品衛生調査会の意見に基づいて厚生大臣が人の健康を害する虞のないものとして指定した以外は、添加物として販売、使用することができないと規定し、食品添加物として認められたものは、食品衛生法規則第三条、同別表第二に収録されている。この立法方法は同表に指定されていない化学的合成品の使用を自動的に禁止する仕組みであることから、指定制度、許可品目公示方式、あるいはポジティブリスト方式と呼ばれている。その核心は、食品添加物たる化学的合成品の国定主義である。物自体について、原則的禁止と行政上の指定があった場合に限って販売、使用を許容する仕組みは薬事法と同様の構造にあたることが充分留意さるべきであろう。
ただし薬事法第四一条の医薬品公定書に対応するのは食品衛生法第一三条の食品添加物公定書ではなく、同第六条の指定であることが留意されなければならないだろう。
なぜなら、食品衛生法第六条、同規則第三条、同別表第二は、厚生大臣による直接の指定という構造である点において薬事法第四一条と同じ法規命令であるのに対比し、食品衛生法第一三条は告示を必要とせず、ただ作成されることに意味があるだけであって、それ自体が法規の性質をもつものではないからである。つまり食品衛生法第一三条の食品添加物公定書は、同法第七条第一項により、厚生大臣は添加物の製造、加工等の方法についての基準と添加物の成分についての規格を定めることができるとの規定をうけて定められた、昭和三四年一二月二八日厚生省告示第三七〇号「食品添加物等の規格基準」の中から、食品添加物に関する規格基準のみを別に収載して発行されるものにすぎないからである。いわば、煩雑な法規にあたる不便を避けるための便覧という性格をもつにとどまるからである。
(4) ところで、食品衛生法第六条による指定はいかなる基準に依拠してなされるのであろうか。
昭和四〇年七月一五日、食品衛生調査会は「食品添加物の指定および使用基準の設定改正について食品衛生調査会において調査審議を行う際の基準」(通称「指定基準」)を厚生大臣に答申した。以後厚生大臣はこれに従って食品添加物の指定を行うこととなった(科学技術庁資源調査会編「食品添加物の現状と問題点」一一〇頁又は、食品衛生研究一九六五年八月号二七頁)。右「指定基準」は次の通りである。
「1 目的
本基準は食品衛生法第六条により食品添加物として用いることを目的とする化学的合成品を定める場合ならびに同法第七条により、食品衛生調査会において検討を行う際の基礎となる考え方および検討を行う資料等について規定するものである。
2 食品添加物の指定に関する考え方
(一) 食品添加物は、安全性の実証されるかまたは確認されるものでなければならない。
(二) 食品添加物は、その使用が食品の消費者に何らかの意味の利点を与えるものでなければならない。そのため次の条項が考慮されることとする。
① 指定し得る添加物としては、次の各条項のいずれかに該当することが実証または確認されることを必要とする。
ア 食品の製造加工に必要不可欠なもの
イ 食品の栄養価を維持させるもの
ウ 商品の損耗を少なくするために腐敗、変質その他の化学変化などを防ぐもの
エ 食品を美化し魅力が増すもの
オ その他食品の消費者に利点を与えるもの
② 次の各項のいずれかに該当すると見做される場合は、指定し得ないものとする。
ア 粗雑な製造または加工による食品を変装する場合
イ 粗悪な品質の原料または食品に用いて消費者を欺瞞する場合
ウ 食品の栄養価を低下させる場合
エ 疾病の治療その他医療効果を目的とする場合
オ 対象となる食品の製造法または加工法の改善変更が比較的安価に実行可能であり、改善変更した結果その添加物を使用しないで済む場合
(三) 食品添加物は、その目的に関し十分な効果が期待されるものでなければならない。また、新しい食品添加物の指定に際しては、そのものがすでに指定されている同目的の食品添加物に比較して、同等以上の効果があるか、または別の効果を併用するものであることが望ましい。
(四) 食品添加物は、原則として添加した食品の化学分析により、その添加を確認し得るものでなければならない。
3 審議の対象とする資料
(一) 新しい食品添加物については、次の各項目の資料を審議の対象とする。ただし、資料の作成が技術的に不可能な場合は、その理由が明確正当であることを必要とする。
① 名称
ア 一般名
イ 化学名
② 化学構造
化学構造が明確でない場合は化学式、化学的組成などのような化学的本質を明らかにするような記載をする。
③ 製造工程
できるだけ詳細に記載する。
④ 理化学的性質および純度
ア 性状および理化学的性質
イ 確認試験
ウ 不純物の種類およびその試験
エ 含量および定量法
⑤ 食品中の分析
ア 定性試験
イ 定量試験
ウ 同様な目的をもつ他の食品添加物等との分離定量
エ 食品中の安定性または化学変化および食品中の栄養成分に及ぼす影響に関する試験
オ その他必要な試験
ただし、使用基準を設定する必要がない場合はイおよびウを省略し、その他必要がない場合は各項を適宜簡略にすることができる。
⑥ 使用目的、使用量および使用方法
⑦ 効果
効果に関する基礎試験の資料および食品に添加後の効果に関する資料を必要とし、同様な目的をもつ他の食品添加物との比較資料を含めることが望ましい。
⑧ 食品添加物の一日摂取量
食品添加物の安全性を考慮するための資料として用いられる食品一日摂取量の決定は別添によるものとする。食品添加物の審議においては対象食品の一日摂取量から計算される当該食品添加物の一日摂取量と毒性試験より知られる安全量または中毒量との比が考慮されるものとする。また目的の食品添加物が二種以上複合摂取される場合のことも検討されなければならない。
⑨ 毒性試験
ア 急性毒性試験
イ 慢性毒性試験
慢性毒性試験の実験期間は、原則として短い寿命の実験動物の全生涯にわたる期間とし、かつ、次世代に及ぼす影響の試験を行うこととする。しかし食品衛生調査会が特に承認した場合は、慢性毒性試験の期間等を適宜変更することができる。
また、食品添加物として毒性がないと一般に認められるもの、最終食品に残存しないことが証明されるもの、その他慢性毒性試験を必要とないことが確認されるものについては、試験を簡略にすることができる。
⑩ その他の生物学的試験
生理的機能に重要な影響をもつと考えられるものについては、次の資料を必要とする。
ア 食品添加物が生体の機能に及ぼす影響に関する試験(血液学的、生化学的、生理学的、細菌学的検査等)
イ 食品添加物の生体内運命に関する試験
ウ その他必要な特殊試験
⑪ その他参考文献
(二) 毒性試験は次のように行うこととする。
① 急性毒性試験
ア マウスおよびラットを用いて、経口投与による五〇%致死量(LD50)を求める。LD50は、原則として一週間観察した場合の値とする。
イ 経口投与による急性の中毒症を原則として一〜二週間にわたり観察する。必要に応じてウサギ、イヌ、サル等を使用することが望ましい。
ウ 病理学的検査を行うことが望ましい。
② 慢性毒性試験
ア 原則として、ラットおよびマウスを用いて平均寿命に近い期間の経口投与毒性試験および次世代に及ぼす影響の試験を行う。この際場合によっては、その一一ヶ月以上の中間成績を毒性の判断を行う資料とすることもある。また必要ある場合は、非齧歯類たとえばイヌまたはサルを用いた亜急性毒性試験(実験動物の寿命の1/10程度)を行う。
イ 動物は慢性毒性を判定するために十分な数の雌雄両性を用いる。
ウ 必要がある場合は、動物の離乳直後から投与を開始する。
エ 投与量としては、最大安全量、最小中毒量および確実中毒量の三種類が判断できるような量を段階的に設定する。そのためには、あらかじめ亜急性毒性試験を行い、その結果から慢性毒性試験の投与量を決定することが望ましい。
オ 病理学的検査はできるだけ多くの臓器について行う。
(三) すでに指定されている食品添加物について、新しく使用基準を設定または改正する場合は、次の各項目の資料を審議の対象とする。
① 使用目的、使用量及び使用方法
② 効果
内容は3―(一)―⑦に準ずる。
③ 食品添加物の一日摂取量
内容は3―(一)―⑧に準ずる。
④ 食品中の分析
内容は3―(一)―⑤に準ずる。
⑥ その他参考文献
(四) 資料は権威ある試験研究機関で作成されたものとする。毒性試験は原則として二カ所以上の国内の機関で作成されたものを必要とする。ただし、そのうち十分な外国文献があるときは、一カ所はこれにかえることができる。
(五) 資料は原著とし、外国文献には邦文抄録を必要とする。
(六) 審査に当たっては、必要な資料の提出を求めることとする。
4 審議の順序
(一) 新しい食品添加物の指定の審議については、3に定められたもののうち、まず次の資料を検討するものとする。
① 名称
② 化学構造
③ 製造工程
④ 理化学的性質および純度
⑤ 使用目的、使用量および使用方法
⑥ 効果
⑦ 一日摂取量
⑧ 急性毒性試験
⑨ 慢性毒性試験計画
なお、この資料以外に慢性試験の投与量を決定するために行った亜急性毒性試験の資料があることが望ましい。
検討の結果上記の資料が適切にして充分なものと判断された場合は、食品中の分析および⑨の計画によって実施された慢性毒性試験の結果の提出を求める検討を行うものとする。
なお、審議の結果必要がある場合は、資料を追加して審議を継続することとする。
(二) 食品添加物の使用基準を設定または改正するための審議は、前記の3の(三)の資料について行うものとする。
なお、審議の結果必要がある場合資料を追加して審議を継続することとする。
(別添)
食品の一日摂取量
食品の平均一日摂取量は原則として国民栄養調査成績に示されている数値を採用するが、他にも信頼すべき資料がある場合は、それらのうちの最大値を採用する。各人の食品摂取量は、年齢、性、地域、季節、環境、境遇、嗜好等によって総合的にも、種類別も、かなりにその相違があると思われる。
それ故、添加物の安全性を考慮するためには、状況の異なる各人を総合した考えとして、この一日平均摂取量にある係数を乗じた数量を一日に摂取すると判断することが望ましい。この係数をここでは摂取係数と呼び一〜一〇の値とする。
摂取係数は食品の摂取量と取扱頻度等を考慮して決められるので、社会状態、人口分布、立地条件等の変化により当然その数値も変わってくるものと考えられるが、基本的には摂取頻度の高い種類については係数は小さく、低い種類については係数は大きくすべきだと考えられる。」
右「指定基準」のうち「2 食品添加物の指定に関する考え方」の四項目は注目すべきものである。その(一)が、「食品添加物は、安全性の実証されるかまたは確認されるものでなければならない」というのは、まさに安全性の存在を指定の積極的要件とすることを意味している。これに対し同(二)が「消費者に何らかの意味の利点を与えるものでなければならない」とするのは、添加物の有効性を積極的要件とする意味であるといえよう。
ところで、食品衛生法第六条は「人の健康を害う虞のない場合として……定める」と規定している。これを文字通りに解すれば同条は、安全性の不存在を指定の消極的要件としていると解せられる。この意味で右「指定基準」は、安全性の存在を積極的要件としている点において、同第六条より、より安全性の確度を高度に要求しているということができるであろう。
なお、右指定にあたっては、実務上は、食品添加物製造業者や食品製造業者が、食品添加物としての価値を裏付ける科学的資料を厚生大臣に提出して指定を申請し、厚生大臣が食品衛生調査会の審査を経て指定するということが少なくない(前同書一一五頁。藤井清次、慶田雅洋共著「解説食品添加物」一三頁、光生館。AF2が上野製薬の申請によって指定されたことにつき、中尾昌也「AF2使用禁止をめぐる問題点」ジュリスト五七三号八七頁)が、法律上は厚生大臣だけの責務と権限において指定されるものであることは明白である。
(5) 次いで、いったん厚生大臣によって指定された添加物たる化学合成品は、その指定からはずしうるか否かが問題となる。つまり指定の取消又は撤回の可否である。なぜなら、食品衛生法中に指定の取消、撤回を明定した条文が存しないことは明らかだからである。
食品添加物は前記の通り安全性が確認されてから指定されるが、指定当時安全と判断されたものでもその後の科学技術の進歩により、かならずしも安全とは断言できなくなる場合もある。我国では昭和三七年から、慢性毒性試験を中心に食品添加物の再検討が行われはじめ、昭和四九年からは国際的ガイドラインにそって、発ガン性を加味した実験が推進されてきた。その結果や内外の知見をもとに、安全性に疑いがある、使用実態がなくなった等の理由で、昭和三七年から昭和五三年までの間に四五品目が指定から削除されてきた。その具体例は次の通りである(「国民衛生の動向」昭和六一年版、厚生の指標、臨時増刊第三三巻九号、二七〇頁、財団法人厚生統計協会)。

食品添加物の削除品目
昭和三七年(六二)〜昭和六〇年(八五)
削除年月日 添加物名
昭三九・七・一五 クロルスチロール
ブロムスチロール
メチルナフトキノン

四〇・四・一 食用赤色一号
食用赤色一〇一号

四〇・七・五 ニトロフラゾーン
ニトロフリルアクリル酸アミド

四一・七・一五 食用赤色四号・食用赤色五号
食用だいだい色一号・食用だいだい色二号
食用黄色一号
食用黄色二号
食用黄色三号

四二・一・二三 食用緑色一号およびそのアルミニウムレーキ
四三・七・三 ズルチン
四四・一一・五 サイクラミン酸カルシウム
サイクラミン酸ナトリウム

四五・五・二九 亜硫酸カリウム
過酸化窒素
食用緑色二号およびそのアルミニウムレーキ
プロトカテキユ酸エチル
没食子酸イソアルミ

四六・二・二六 亜硫酸カリウム
過マンガンカリウム
クマリンおよびその誘導体
クロラミンB
クロラミンT
臭素化油
食用赤色一〇三号
ソルビン酸ナトリウム
鉄クロロフイリンカリウム
銅クロロフイリンカリウム
パラオキシ安息香酸セカンダリブチル
ハラゾーン
硫酸銅

四七・一二・一三 食用紫色一号およびそのアルミニウムレーキ
フタル酸ジブチル
ブチルフタリルブチルグリコレート

四九・八・二七 二―(二―フリル)―三―(五―ニトロ―二―フリル)
アクリル酸アミド

五〇・七・二五 塩化アルミニウム(結晶)、塩化アルミニウム(無水)
サリチル酸

五三・八・二二 チオ硫酸ナトリウム
ラウリルトリメチルアンモニウム―二、四、五―トリクロルフェノキサイド

右のうち、特に注目すべきは、昭和四四年一一月五日のサイクラミン酸カルシウム、同ナトリウムの削除である。このサイクラミン(シクラミンともいう)酸のカルシウム塩とナトリウム塩は通称「チクロ」と呼ばれ、昭和三一年五月二五日に食品添加物として指定された食品用合成甘味料である。
ところが岩手大学の田中が昭和三九年に、サイクラミン酸塩を妊娠初期のマウスに投与し、LD50よりはるかに少ない量で、その胎仔を致死させ、あるいはその胎生発育を著しく阻害または遅延させることを報告したこと、また一九六八年一一月にFDAのLegatorが遺伝上害があり、奇形児を生む恐れのあることを明らかにしたこと、つづいて生体内および試験管内実験により、このサイクラミン酸塩の体内分解物はかなりの染色体を破壊することをLegatorが発表した(一九六九年一〇月)ことなどの実験結果などを考慮にいれて、一九六九年一〇月にアメリカ政府はサイクラミン酸塩の全面的使用禁止に踏み切った。このアメリカの決定はわが国にも大きな影響を及ぼし、昭和四四年一一月一〇日をもって食品添加物から削除されたものである(川城巌著「食品衛生学」第二版一七八頁、光生館)。
このように、食品衛生法中には、同第六条によりいったん添加物として指定された後に、その指定の効力を失わせる行政行為をなしうる権限を、厚生大臣に付与する旨の明文の規定が存しないにもかかわらず、再々にわたって同規則第三条、別表第二からの削除、つまり指定の撤回ないしは取消がなされてきている。その削除の理由についても、使用実態がなくなったことを理由とする場合は別として、安全性に疑いがあることを理由として削除されていることは極めて重要である。特に、チクロの事例は、薬事法第四一条の公定書からの削除の可否(したがって、ひきつづき同第一四条の承認の取消、撤回の可否)を考察するにあたり、それとの対比において、きわめて重要な意味を有する。なぜなら、薬事法第四一条と食品衛生法第六条の両者は、左の各点において共通の法的性質を有しているからである。
a 両者とも、人の体内に摂取され、人の生命、身体に直接の危害を発生しかねない化学的合成物に関する条文である。つまり、業者規定ではなく物規定である。
b 両者とも、物の、人の生命、身体に対する危害の回避に関する、つまり安全性に関する条文である。
c 両者とも、特定の国民による厚生大臣に対する申請行為を前提とするものではなく、厚生大臣による国民一般に対する、一方的な、行政措置を規定する条文である。つまり、両者とも国定主義を採っている。
d 両者とも、国民に対して、一定の属性を有する化学合成物質全般につき、一般的な使用禁止を課した上で、ある特定の化学合成物質につき、使用することを許す行政措置を根拠づける条文である。
e 右c及びdを併せ考えれば、両者とも、ある特定の化学合成物質を使用することを得る利益は国民一般に付与されるのであり、ある特定の業者に特定の法的利益を付与する規定ではないということができる。
f 両者とも、いったんなされた右dの行政措置を、後日取消すことを得る旨の明文規定を置いていない。したがってまた、取消に先立ち、特定の国民又は業者の利益保護手続きとしての聴聞に関する規定を置いていない。
このような法的共通性があることから、次のような想定が許されるであろう。つまり、食品衛生法第六条に基づいて、いったん指定されたチクロにつき、これを製造する業者が、食品衛生法第二二条、第二三条、第二四条の業者規定に基づいて、その営業許可を取消され、ないしは一部禁止等がなされたことによってではなく、チクロが同法規則第三条、別表第二から削除されたということによって、チクロを製造販売しえなくなった以上は、その業者は、事実上、チクロを製造販売しえなくなったことに起因して何らかの損失を蒙ったであろう。
そして仮に、その製造業者が、国に対し、後日取られたチクロ使用禁止措置を違法として、それを原因に国家賠償を請求したとして、判決によって、右チクロ使用禁止措置が違法でないことを理由に右請求が棄却されたとすれば、その判決は、本件に重大な先例となるということができる。
なぜなら、いったん厚生大臣によって、製造販売することが許容された化学合成物質そのものについて、業者規定によってではなく、当該物質そのものの製造販売を、後日、一方的に禁止することは違法ではないことを法律上認める点において、チクロとクロロキンとは、まったく法的に同一の性質を有するからである。
この意味において、チクロに関する東京地裁昭和五二年六月二七日判決(判例時報八五四号三〇頁)及びその控訴審判決である東京高裁昭和五三年一一月二七日判決(判例タイムズ三八〇号九四頁)は、本件に重大な先例となることが根拠づけられるのである(なお、右チクロ二判決は、原告において、厚生大臣が後日チクロの使用禁止措置をとる権限がないことを請求原因とするものではないが、判決は、法理論上、右措置をとりうる権限を肯定していることは明らかであるから、後日使用禁止措置をとることを違法ではない判例と理解する妨げとなるものではない。なお、近藤昭三「判例研究食品添加物の指定撤回をめぐる諸問題」法政研究第四四巻第三号四八五頁。林修三「チクロ使用禁止の措置は国家賠償又は損失補償の対象にならない」(上)(下)時の法令九八四号、九八五号。下山瑛二・判例評論第二二六号一三四頁。秋山義昭「チクロ使用禁止と国家賠償訴訟第一審判決」ジュリスト昭和五二年度重要判例解説二七頁。植木哲「チクロ使用禁止国家賠償請求事件第一審判決」判例タイムズ三六七号二五四頁。参照)。
そして現に厚生大臣は、昭和四四年一〇月三〇日薬発第八四九号「シクラミン酸カルシウム及びシクラミン酸ナトリウムを含有する医薬品等の取扱いについて(通知)」によって右医薬品等については今後次のように取扱うとして、「1、シクラミン酸カルシウム及びシクラミン酸ナトリウム(以下「シクラミン酸塩類」という)を成分として配伍する医薬品等の製造(輸入を含む。以下同じ。)は、今後承認しないこと。2、製造の承認及び許可を受けている医薬品等であってシクラミン酸塩類を含有するものについては、今後その製造を中止させること。」と、厚生省薬務局長通知を発していたのであった。これは第一四条の製造承認(及び昭和二三年薬事法第二六条三項の品目製造許可)取消しそのものではないが、厚生大臣に製造承認(及び品目製造許可)取消権限があることを前提にして、それを背景とする行政措置というべきである。
(四) 薬事法
(1) 明治三年以降の我国の幾多の薬事法規、就中三五年薬事法(昭和三五年法律第一四五号)が、物規定と業者規定の両者によって、国民に対して保健衛生上の安全性を確保しようとするものであることは、すでに明白である。
薬事法においては、製品安全法等よりも、物規定と業者規定の区別が明確になされている(以下においても、医薬部外品、医療用具についてはふれない)。業者規定については、薬剤師法を別途に分離したとはいえ、薬局開設者のほか、製造業者(第一二条)、輸入販売業者(第二二条)のほか、一般販売業、薬種商販売業、配置販売業、特例販売業と四つもの形態の販売業者(第二五条)をも認めたため、第五条から第四〇条に至るまでと条文数がきわめて数多くなっている。
特に医薬品の取扱については、特別の知識を必要とするのであるから、その販売業者の範囲は、薬剤師又は薬剤師と同等の知識を有する者或はそれらを雇傭する業者のみに限定するのが望ましいにもかかわらず、一般販売業の外に、薬種商販売業ばかりか、医薬品についての知識を有しない配置販売業、特例販売業まで認めてしまった結果、これら業者の取扱いうる医薬品の範囲等について制限規定を置かざるをえなくなり(第二九条、第三一条、第三二条、第三六条等)、このため条文数が多くなっている。
しかし条文の構造としては、複雑ではなく、第一四条を除けば、おおむね各業態ごとの営業許可基準と、その営業制限に関するものである。
他方、物規定については、まず第二条において医薬品を定義し、第一条と並んで同法が医薬品を中心とした法規であることを明らかにした後、第四一条、四二条、四三条で医薬品の一般的基準、保健衛生上特別の注意を要する医薬品についての基準及び厚生大臣の指定する医薬品についての検定手続を定め、第四四条から第五八条にかけて、さまざまな側面から医薬品の取扱についての制限規定を置いている。第五五条から第五八条にかけては医薬品全般についての取扱について、第四四条から第四八条にかけては医薬品のうち毒薬劇薬の取扱い方法について、第四九条は要指示薬の取扱い方法についての規定である。第六六条、第六七条、第六八条は広告の制限に関するものであるが、これも広告される商品が医薬品という特殊なものであることからくる制限であるから、医薬品についての規制の一種である。
(2) このように薬事法は、業者規定と物規定を別々に定めた上で第六九条から第七七条にかけて立入検査、廃棄、検査命令、改善命令等の監督規定を置いているのであるが、その監督規定のうち注目すべきは第七五条許可の取消し、第七六条聴聞手続の構造である。第七五条は医薬品の製造業者、輸入販売業者、販売業者に対するその営業許可の取消し、業務停止を規定するのみであり、従って第七六条もその関係での聴聞手続にすぎない。薬事法は第一四条の承認医薬品たる物そのものについて医薬品たる法的地位を剥奪する規定をまったく置いていないのである。これは、特定の商品から発生する危害に対して、一般消費者を保護しようとする前記製品安全法等に対比して、著しい特徴である。
消費生活用製品安全法においては、その第一九条では、登録をうけた製造業者について、その登録の取消しを規定するばかりでなく、第三二条においては、承認をうけた第一種特定製品の型式の承認取消しについても規定している。
つまり、業者として法的地位を剥奪する規定の外に、特別の法的地位を認められた物そのものについての、その法的地位の剥奪をも規定しているのである。しかも第三二条の承認取消しの理由は、第三五条(危害防止命令)の違反等を掲記しているところから明らかなように、「一般消費者の生命又は身体について危害が発生するおそれがあると認める場合」に発せられる危害防止命令に違反したことなどを理由とするものであって、明らかに消費者の安全性を確保する観点から右型式承認の取消しが規定されているのである。そして聴聞手続についても、右業者登録の取消し処分をする場合に聴聞手続が保証されているだけではなく、右の型式承認の取消し処分をする場合についても聴聞手続が保証されているのである(第九〇条)。
電気用品取締法においても同様である。同第一四条は登録を受けた業者の登録の取消しについて規定するとともに、第二五条の二において、認可を受けた甲種電気用品の型式について、認可の基準違反等があるときは、その取消しができる旨を規定している。そして第五一条は右登録取消し、型式認可取消し処分等をふくめて同法に基づく処分に対し異議申立てがあったときは、聴聞を行わなければならない旨を定めている。
液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律においても同様である。同法第五四条で登録を受けた製造業者のその登録の取消し事由を規定し、第六七条において、第一種液化石油ガス器具等の型式の承認を受けた場合について、製造方法等の改善命令に違反したことなどの事由がある場合に、その承認を取消すことができる旨を規定している。そして第九〇条においては、右登録の取消しについても右型式の承認取消しの場合についても、それらを処分をしようとするときは、事前に聴聞を行わなければならない旨を定めている。
ガス事業法においても同様である。同法第三九条の一四第一項は登録を受けた第一種ガス用品製造業者の登録の取消しについて規定をするとともに、同第二項は第一種ガス用品の型式の承認の取消しについても(それぞれ液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律の第五四条、第六七条を準用して)規定している。そして、第四九条は右登録の取消しだけでなく型式の承認取消しの場合においても、その処分をしようとするときは事前に聴聞を行わなければならない旨を定めている。
このように、一般の消費者の生命、身体に危害をあたえるおそれの強い生活用品、電気器具、液化石油ガス器具、ガス器具の製造、販売について、それら製造販売業者に対し業者登録等の取消しという規制方法を採用するだけではなく、それら製造販売される物それ自体について、型式承認等の取消しという方法によっても規制しているのである。
これに対比し、営業許可の取消しのみを規定し、添加物たる化学的合成品の指定取消しの規定をもたない食品衛生法や、医薬品の製造、輸入販売、販売業の許可の取消しのみを規定し(公定書収載医薬品の公定書からの削除を別とし)第一四条の医薬品製造承認の取消しを規定しない薬事法の特殊性は明白である。
電気器具やガス器具は消費者に危害をあたえかねない危険性ある生活用品である。しかし、口から摂取する食品に含まれる添加物はそれ以上に消費者に危害を与える危険性が高い。にもかかわらず添加物指定の取消しに関する条文はない。これは、条文がないから取消しができないと解すべきではない。取消しができることは余りにも当然であるから条文をおかなかったと解する外はない。だからこそ前記チクロ二判決は取消しを肯定しているのである。
これとまったく同様に、医薬品は電気器具やガス器具や食品添加物よりはるかに人身にとって危険性がたかい。にもかかわらず(公定書からの削除を別とし)第一四条の製造承認の取消しを規定する条文がないのは、できることは当然であるから条文をおかなかったのだと解する外はないのである。問題となるのは、いかなる要件の下において取消しが許されるか、という点だけである。
(五) 第七五条の意味
(1) 原判決は、(前記引用部分において)薬事法は、「七五条の規定からうかがえるように、消極的な取締りを念頭においているというべきである」と述べ、第七五条の存在を以って、薬事法が消極的な取締り法規であるとすることの根拠の一つとしている。仮に、そうだとすれば、第七五条は薬事法全体の中でどのような位置を占めると考えるべきであろうか。
ところで、ある特定の事業をなすことについての許可、その許可の取消し、及び許可取消し処分前に当該業者に有利な証拠を提示し、意見を述べる機会を与える聴聞手続という一連の規定は、人の生命、身体に重大な危険を与えかねない物の製造、販売等の営業の規制に関する法規には、かならずといってよいほど置かれている。
例えば、火薬類の製造、販売等を規制することにより、火薬類による災害を防止し、公共の安全を確保することを目的とする火薬類取締法(昭和二五年法律一四九号)の第三条火薬類製造業の許可、第五条火薬類販売業の許可、第四四条の製造業又は販売業の許可の取消し、第五四条聴聞はその典型である。
高圧ガスの製造販売等を規制することなどによって、高圧ガスによる災害を防止するなど公共の安全を確保することを目的とする高圧ガス取締法(昭和二六年法律二〇四号)第五条製造業の許可、第六条販売業の許可、第三八条許可の取消し、第七六条聴聞の諸規定も同様である。
保健衛生上の見地から毒物及び劇物の取締を行うことを目的とする毒物及び劇物取締法(昭和二五年法律三〇三号)の第四条製造業輸入業の登録、第一九条登録の取消し、第二〇条聴聞、麻薬の濫用による保健衛生上の危害を防止し、公共の福祉の増進を図ることを目的とする麻薬取締法(昭和二八年法律一四号)の第三条麻薬輸入業者麻薬製造業者等の免許、第五一条免許の取消し、第五二条聴聞、医療及び学術研究の用に供するあへんの供給の適正を図るため、けしの栽培及びあへんの譲渡等について取締を行うことを目的とするあへん法(昭和二九年法律七一号)の第一二条けし栽培の許可、第四二条許可の取消し、第四三条聴聞、覚醒剤の濫用による保健衛生上の危害を防止するため、覚醒剤等の輸入、製造などに関して取締を行うことを目的とする覚醒剤取締法(昭和二六年法律二五二号)の第三条覚醒剤製造業者の指定、第八条一項指定の取消し、第八条二項聴聞等の規定も同様である。
これら諸法規においては、いずれも人の生命、身体に危害を与えかねない物品に関する取締法規ではあっても、その取締りの方法は、その物品を製造、輸入、販売等をする業者についてその業をなすことを得る旨の許可を与え、あるいはその許可を取消すという業者取締の方法のみを採用しており、食品衛生法や薬事法の如く、業者取締規定の外に、物品それ自体を規制する規定を置いていない。この意味でも、食品衛生法と薬事法が業者取締規定の外に、物品そのものを規制する規定をもつ二重構造になっていること、薬事法では特に、公定書、医薬品の製造承認、医薬品の取扱い方法など、物品そのものを規制することを中心とする法構造になっている点に注意が払われなければならない。
他方、ある特定の事業につき、その事業をなし得るか否かを行政庁の許可にかかわらしめ、一定の要件を充す場合にはその許可を取消しうること、及び許可の取消しにあたっては、事前にその事業者に聴聞の機会を与えなければならない旨を規定する法規は、前記人の生命、身体に危害を与えかねない物品の製造、輸入、販売等に関する法規以外にも数多い。
例えば、善良の風俗と清浄な風俗環境を保持すること等を目的とする風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(昭和二三年法律一二二号)の第三条、第八条、第四一条、質屋の取締りを目的とする質屋営業法(昭和二五年法律一五八号)の第二条、第二五条、第二六条、古物商の取締りを目的とする古物営業法(昭和二四年法律一〇八号)第二条、第二四条、第二五条、公衆衛生の見地から旅館業を取締る旅館業法(昭和二三年法律一三八号)の第三条、第八条、第九条、公衆を入浴させる施設の取締りを目的とする公衆浴場法(昭和二三年法律一三九号)第二条、第七条第一項、同第二項などはその例である。
これら諸法規は、典型的な営業取締りのための、いわゆる警察取締法規であって、当然のことながら、取扱う物品について基準を設定したり、それを変更したり等の規定はない。
(2) 一般消費者の生命、身体に危害を与えかねない生活用品の製造、販売等の規制に関する消費生活用製品安全法、電気用品取締法、液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律、ガス事業法のいずれにおいても、登録を受けた業者の登録取消し事由を規定し、かつ聴聞をなすべき旨を規定している事実、それに、一般消費者を相手方とするものではないが、人の生命、身体に重大な危害を与えかねない物品の製造、販売等の営業の規制に関する火薬類取締法、高圧ガス取締法、毒物及び劇物取締法、麻薬取締法、あへん法、覚醒剤取締法のいずれにおいても許可(登録、免許)を受けた業者について、その許可等の取消し事由を規定し、かつ、事前に聴聞をなすべき旨を規定している事実、それに典型的警察取締法規である風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(以下風俗営業法という)、質屋営業法、古物営業法、旅館営業法、公衆浴場法においても営業許可、許可の取消し事由、聴聞の規定を置いている事実を総合勘案すれば、これら営業の許可(登録、免許)、許可取消し、聴聞の構造は憲法第三一条法定手続条項の要請の下に、講学上の警察取締り目的と当該営業者のもつ憲法上保障された営業の自由との、両価値の対立とその調製とみるべきものであろう(今村成和「行政法入門」一六頁参照)。
したがって薬事法第七五条の許可取消し、第七六条の聴聞は、右一連の諸法規と同様の構造にあるものと理解すべきであろう。
この意味で原判決が「薬事法は、基本的には警察取締法規としての性格を有しているものとみるべきである」とし、かつ「その取締規制は、憲法二二条一項の定める職業選択、職業活動の自由保障の要請とのかねあい上、薬事法七五条」の「規定からうかがえるように、消極的な取締を念頭に置いているというべきである」とした判断は、正当であるとしなければならないであろう。
しかしながら、原判決は右の限度において正当であるにすぎないのである。すなわち、薬事法が、医薬品製造業の許可(第一二条)、輸入販売業の許可(第二二条)、薬局開設者の許可(第五条)、販売業の許可(第二五条)と、特定の営業について許可にかかわらしめ、第七五条でそれら許可の取消し、業務停止を規定し、第七六条でその為の事前の聴聞の規定を置いている限りにおいては薬事法は講学上の警察法規であり、営業の自由とのかねあい上消極的な取締りを目的としている警察法的取締規定だといいうるにすぎないのである。
しかし他方、薬事法は医薬品たる物品そのものを規制する個別の法規をもっており、これに関する限り、原判決の判断は妥当しないのである。原判決は、医薬品そのものに関する製造承認第一四条を、医薬品の製造業の許可(第一二条)、輸入販売業の許可(第二二条)、販売業の許可(第二五条)、薬局開設の許可(第五条)とまったく同列に論じてしまうという決定的誤りを犯してしまっている。消極的取締りを目的とする業者規制と積極的取締りを目的とする物規制とは法的性質が異なることをまったく見落としてしまっている。
消極的取締りを目的とする右許可等も、一般公衆に対する保健衛生上有害な結果の発生を未然に防止しようとする趣旨で憲法二二条一項の下においても合憲と解せられる(最判昭和四〇年七月一四日刑集一九巻七号五五四頁)以上、消極的取締りを目的とする法規群と積極的取締りを目的とする法規群とが一つの薬事法中に存在することは、なんら矛盾ではない。薬事法は、業者規制とともに、これとはまったく個別の法規群である医薬品たる物規制の諸法規をもっているところが、前記風俗営業法とか質屋営業法などの警察取締法規とはまったく違う特質なのである。
(3) 薬事法における第一条、第二条および第一四条、並びに第四一条から第五八条にかけての一連の物規定のように、直接に物品そのものを規制する法規は、前記典型的警察取締法規である風俗営業法、質屋営業法、古物営業法等にはまったく見られず、一般消費者を想定しているわけではないが、人の生命、身体に重大な危害を与えかねない物品を取り扱う営業の取締りに関する火薬取締法、高圧ガス取締法、毒物劇物取締法、麻薬取締法、あへん法、覚醒剤取締法にも存在しないのに対して、個別法規が取扱い対象とする物自体が一般人の生命、身体に重大な危害を招来しかねない場合、例えば、消火器(消防法二一条の二から二一条の一六の七までの検定対象機械器具等の検定の規定及び自主表示対象機械器具等の表示等の規定)、有害物質を含有する家庭用品(有害物質を含有する家庭用品の規制に関する法律第四条の基準)、農薬(農薬取締法第一条の三の公定規格)、自動車(道路運送車両法第四〇条から第四五条にかけての自動車の構造、装置等についての基準)、航空機(航空法第一〇条耐空証明、第一二条型式証明等の規定)を規制する諸法律には必ず存在するものであり、前記の如く、一般消費者の日常生活においてそれら消費者の人命、身体に重大な危害を与えかねない生活用品の規制に関する消費生活用製品安全法、電気用品取締法、液化石油ガスの保安の確保等に関する法律、ガス事業法においては、いずれの法律にも存在しているものであり、特に、食品衛生法においては、顕著に存在するものである。
この事実は、物規定が一般人又は一般の消費者の生命身体に重大な危害を与えかねない物品について、直接に一般人又は消費者の安全を確保するための規定であることを端的に示唆している。つまり薬事法における一連の物規定は、製造、輸入、販売等に従事する業者を取締る規定ではなく、医薬品を使用する一般の消費者の安全を保護することを目的とした規定なのである。特に、第一四条の製造承認と第四一条の公定書収載の規定は、医薬品の基準を定める規定であるから、食品添加物指定に関する食品衛生法第六条と同一の法的性質をもち、薬事法の物規定の中でも中核をなす規定であり、したがって、医薬品の安全性確保の中心をなす規定なのである。
薬事法が、業者規定、特に第七五条許可の取消し、第七六条聴聞の規定に関する限り、営業の自由とのかねあいから、消極的取締りを目的としているにしても、物規定、特に第一四条製造承認基準、第四一条公定書収載基準は、医薬品の本質たる有効性と安全性の基準を規定するものであって、業者規定ではないのであるから、そもそも、営業の自由とのかねあいを考慮しようもない性質なのであり、したがって消極的取締りなどとは縁もゆかりもない規定なのである。
原判決が、薬事法のかかる物規定の法的性質につきなんらの分析検討も加えないまま、薬事法全体を警察取締法規であると断定したのは、薬事法の解釈を誤ること著しいものがあるという外はない。
(六) 第七九条の意味
原判決は、右に引用した部分において、薬事法を消極的取締法規と判断する根拠として、第七五条の外に第七九条をも引用している。原判決の真意は、第七九条二項に「前項の条件は、……許可を受けるものに対し不当な義務を課することとならないものでなければならない」と規定されていることを把えて、業者に対する控え目の規制をなすべき根拠であるとしていると解せられる(前記昭和五〇年四月三〇日最高裁判決についての最高裁判所判例解説民事篇昭和五〇年度二〇頁も、薬事法七九条二項の規定の文言は、同法の許可、承認に関する規定が警察法規としての域を出ないことを示すもののように読める、としていた)。
しかしながら、第七九条をもって、薬事法が消極的警察取締り法規であるとすることの根拠とはなしえないのである。以下二点にわたって理由を述べる。
(1) まず、明らかに営業者に対する消極的取締りを目的としている風俗営業法、質屋営業法、古物営業法、旅館営業法、それに毒物及び劇物取締法、麻薬取締法、あへん法、覚醒剤取締法においてはそもそも営業許可に条件を付しうる旨の規定がなく、従って、当然、条件が当該営業許可を受けた業者に対し不当な義務を課すこととならないものでなければならない旨の規定もないからである。
他方、明らかに営業者に対する消極的取締りを目的としている法規の中でも、火薬類取締法第四八条一項は、火薬類製造業、同販売業の許可をなすにあたって条件を付すことができること、同第二項でその条件は、災害の防止又は公共の安全の維持をはかるため必要な最小限度のものに限り、かつ、許可を受けるものに不当な義務を課することとならないものでなければならないとの、規定(以下、便宜のため、この二つの制限を限度規定と呼ぶ)を置いている。また高圧ガス取締法も第六五条一項は高圧ガスの製造業販売業の許可には条件を付しうること、同二項には、ほぼ右同様の限度規定を置いている。
しかしながら、火薬類製造、販売業者や高圧ガス製造、販売業者が、特に毒物劇物の製造、販売業者よりもその営業の自由を高く尊重されなければならないとの合理的理由がない。逆に、公衆浴場法第二条は、公衆浴場の経営には許可を要するとし、その許可には条件を付しうるとしながら限度規定を置いていないのである。特に、公衆浴場の許可にあたっては、その構造設備が「公衆衛生上不適当であると認めるとき」は許可を与えないことができるとしているだけではなく、「その設置の場所が配置の適正を欠くと認めるとき」にも許可を与えないことができるとされていることから、公衆浴場法は公衆衛生法規としての性質の外に、公衆浴場経営の保護の性質を併せもっているといわざるをえない(昭和三八年法律一三五号による薬事法の一部改正たる第六条二項、四項について、これを憲法第二二条一項違反とする最高裁昭和五〇年四月三〇日大法廷判決に対比し、公衆浴場法第二条二項後段の規定を憲法第二二条に違反するとは認められないとする最高裁昭和三〇年一月二六日大法廷判決参照)にもかかわらず限度規定をもっていないのである。
また食品衛生法第二一条も、飲食店営業その他公衆衛生に与える影響が著しい営業については、許可を要するとするとともに、その許可には条件を附けることができる旨規定しているけれども、やはり限度規定が存しない。
このように限度規定の存否は各法規によってまちまちであって、消極的取締りを目的としている法規が常に、許可に条件を付しうる旨の規定と限度規定とをもっているわけではない。したがって、許可に条件を附しうる規定のみで限度規定がないからといって、条件が当該法規の立法目的を超えて、不必要、不当な条件をも附しうることを許容するものとも解しえないのと同様に、限度規定があるからといって当該法規が営業の自由とのかねあいから消極的取締りを目的としているとも速断することもできないのである。
(2) 右は消極的な理由であるが、それに加えて、第七九条を以て薬事法を消極的警察取締り法規と解する根拠とはなしえない積極的理由がある。
第七九条二項は、条件は「許可を受ける者に不当な義務を課することとならないものでなければならない」と規定し、許可と承認とを明白に区別し、右制限を附しうる対象から承認を排除しているからである。
この点につき、同二項に許可とのみあるのは、特に承認を除く趣旨ではないとする見解がある(穴山秀男監修「薬事法」二二三頁)。しかしながら、この見解は失当である。
なぜなら、まず第一に、許可と第一四条の承認(薬事法中には第一四条の承認とは性質を異にする第一五条の承認も存在してはいるが、本上告理由においては第一五条は触れる必要がないし、議論の複雑化をさけるためにも第一五条には触れない)とは、まったく性質を異にするからである。この点は既に述べた。
第二に、一般の立法作業(特に原案作成過程)においては、慎重の上にも慎重に一字一句用語が選択せられており、特に、このような法律用語の選択においてはそうであって、同一条文の一項に許可、承認の語があるのに、二項において、その一つを不注意で脱落させたとは経験則上到底考えられないからである。昭和五四年の薬事法改正の際にも第七九条の字句は一切改められることがなかった事実も、承認の語が不注意で脱落したわけではないことを推認させる。
第三に、これが最も重要な点であるが、あらゆる現行実定法規を検討しても、許可、承認等複数の行政措置を掲記して、それらに条件を附しうる旨を規定していながら、その複数の行政措置のうちの一つの行政措置についてだけは、条件が不当な義務を課するものとなってはならない旨の制限を置きえない旨を規定する法規は、薬事法七九条の外には存在しないからである。
これを現行実定法規に即して具体的に述べると、現行実定法規の中で、(その多くは第一項で)許可、承認、認可など複数の行政措置を先行掲記してこれらに条件を附しうる旨を規定し、(その多くは第二項で)その条件は、(その法規の目的に照らし、或は公衆の利益を増進し、又は公共の利益を増進する等の観点から)必要最少限度のものに限る(これを簡略化のため最少限度規定と呼ぶ)とか、不当な義務を課することとならないものでなければならない(これを簡略化のため不当義務制限規定と呼ぶ)とかの制限に服する、ないしは、最少限度規定と不当義務制限規定の両者(つまり限度規定)に服する旨を後行規定する法案においては、(多くは第二項の)後行規定の仕方には左の五通りがある(許可とか指定とかの一つの行政措置に条件を附しうる旨を先行規定し、その条件が最少限度規定と不当義務制限の両者又はそのいずれかの制限に服する旨を規定する条文は数多いが、当然ここではそれらを分析する必要はない)。
a分類 先行掲記された許可、承認、認可等の複数の行政措置をすべて反復明記して、附せられる条件は最少限度規定にも不当義務制限規定にも服する旨を規定するもの。いわば反復特定二重制限型。
河川法九〇条
下水道法三三条
技術士法二五条
労働安全衛生法一一〇条
社会福祉士及び介護福祉士法二三条
卸売市場法七五条
電気事業法一〇〇条
ガス事業法四〇条
石油業法四〇条
石油パイプライン事業法三二条
核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律六二条
放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律四一条の二〇
鉄道事業法五四条
道路運送法一二〇条
通運事業法三四条
海上運送法二三条の四
港湾運送事業法二九条
航空法一二五条
電波法一〇四条の二
有線テレビジョン放送法二六条
b分類 先行掲記された複数の行政措置をすべて反復明記して、附せられる条件は最少限度規定に服する旨を規定するもの。いわば反復特定最少限度制限型。
電気通信事業法八九条
c分類 先行掲記された複数の行政措置をすべて反復明記して、附せられる条件は不当義務制限規定に服する旨を規定するもの。いわば反復特定不当義務制限型。
都市計画法七九条
道路法八七条
d分類 先行掲記された複数の行政措置のうち最初に掲記した行政措置(例えば認可)のみを明記しこれに「等」を附して(或は「認可等」の定義を明記することによって)、先行掲記したすべての行政措置につき、附せられる条件は最少限度制限規定に服する旨を規定するもの。いわば代表型。
労働金庫法九一条の二
銀行法五四条
長期信用銀行法一九条
信用金庫法八七条の二
相互銀行法一六条
外国為替銀行法一三条
e分類 先行掲記された複数の行政措置のいずれについても特定しないまま、「前項の条件は」という表現で一括して、附せられる条件は最少限度制限にも不当義務制限にも服する旨を規定するもの。いわば省略型。
倉庫業法二三条
右の如く、許可、認可、承認、免許、指定等の複数の行政措置を先行掲記して、それに「条件」を附しうる旨を規定し、かつ、その条件は最少限度規定又は不当義務制限規定或はその両者(つまり限定規定)に従わなければならない旨を規定する実定法規は、かなりの数に達するが、その先行掲記される行政措置と限定規定或は最小限度規定又は不当義務制限規定との関係においては、右のa、b、c、d、e等の型の相違があるにしても、いずれの型であっても、先行掲記する複数の行政措置のすべてについて、限定規定或は最少限度規定又は不当義務制限規定が働く旨を規定するものばかりであって、先行掲記される複数の行政措置の一つについてだけは、限度規定或は最少限度規定又は不当義務制限規定が働かない旨を規定するものは存在しない。
要するに、複数の行政措置に条件を附しうること及びその条件は一定の制限に従う旨を規定する条文はかなりの数に達するが、複数の行政措置のうちの一つにだけは右制限が働かない旨を規定する例は、薬事法七九条しか存在しないのである。この事実から、薬事法七九条二項の「許可」は「承認」を排除していないと解するには無理があり、同法は意図的に「許可」と「承認」とを区別し、七九条二項の「許可」から「承認」を排除していると解する外はないのである。数多くの実定法規を分類してみると、これが立法者の意図に最も合致した解釈であると考えられるのである。
かくして、薬事法七九条の最も正しい解釈としては、許可にも承認にも条件を附しうるが、その条件は、ともに「保健衛生上の危害の発生を防止するため必要な最少限度のものに限」られるのであり、かつ、許可に附される条件は「許可を受ける者に対し不当な義務を課することとならないものでなければならない」のである。「保健衛生上の危害の発生を防止するため必要な最少限度のものに限」るという部分は、後述の通り、薬事法の目的を反復明確化する機能をもつ部分であるから、薬事法上の許可にも承認にも及ぶのは当然であると理解されるのに対し、「許可を受ける者に対し不当な義務を課することとならないものでなければならない」とい部分は、薬事法上の許可が「消極目的の原則」の適用を受ける警察許可であるから、これもまた当然の制限であると理解されるのである。そして最も重要な点は、承認に附する条件については、「承認を受ける者に対し不当な義務を課することとならないものでなければならない」ことにはなぜならないかといえば、そもそも第一四条の承認は、薬事関係業者のうちの誰かの「者」に与えられる性質(つまり授益的性質)は極めて微弱であって、第一四条の下に申請される「物」に与えられる性質のものだからである。つまり第一四条の承認に条件を附したからといって「業者」に不当な義務を課すことがもともとありえないからである。
かくして、七九条を以て、薬事法全体が消極的取締りを目的とする法規であると理解する原判決(及び前記最高裁判例解説)は誤っており、失当という外はない。ただ、七九条二項が許可についてだけは不当義務制限規定が働くことを指摘する限度においては、薬事法は消極的取締りを目的とするとする原判決(及び前記最高裁判例解説)は正当であるということができる。しかし、その限度にとどまるのであって、薬事法第一四条の承認には不当義務制限規定は及ばないのであり、したがって、第一四条の承認には消極的取締りの制限は働かないのである。
このようにして、仔細に検討すると、薬事法は許可と承認とを区別しており、したがって、業者規定と物規定とを区別しており、業者規定については消極的取締りを目的としているけれども、医薬品の規制については、消極的な取締りを目的とはしていないことが明らかなのである。むしろ、医薬品の規制については、後述する通り、第四一条の存在、第一四条の構造及び指定制度の構造から、薬事法は、いわば医薬品国定主義を採用し、公衆保護の観点から、被上告人国に対し積極的な安全確保手段をとるべきことを規定しているのである。
4 医薬品安全性確保義務の根拠
(一) 薬事法の目的
なんらかの公益確保の見地から、ある営業の取締りを目的とする、いわゆる警察取締法規において、許可に条件を附しうる旨を規定し、かつ、その条件には一定の限度がある旨を規定する例は、いくつかの法規のなかに見られる。
しかし、それら限度規定をもって、当該法規が消極的取締りを目的としていると速断はできないことは前述した通りである。むしろ原判決の意図したところとは逆に、かかる限度規定は、当該法規の立法目的を明確に示すことがまれではない。なぜなら、いわゆる警察許可においては原則自由、一般禁止を論理上の前提としての特定解除の性質をもつものであるから、当該法規が特定の取締り目的の下に定める一定の要件に該当するときは許可を与えることを原則とする。
したがって、かかる許可に条件を付しうる場合は(その条件は講学上の条件ではなく、当該許可に伴う制限を課す意味での負担であるから)無制限に条件をつけることを許せば再度の禁止に逆戻りし、許可を与えるとした当該法規の立法目的に反しかねない。このような事態に陥るのを防ぐため、その条件が当該法規の立法目的に反しないよう、念のため、限界を設定する趣旨で、限定法規が置かれているからである。この典型例は、火薬類取締法に端的に示されている(行政行為の附款の限界につき、田中二郎「行政法総論」法律学全集六、三一八頁、成田頼明「行政行為の附款の限界」行政法演習Ⅰ、二〇四頁参照)。
同第一条は「この法律は、火薬類の製造、販売、貯蔵、運搬、消費その他の取扱を規制することにより、火薬類による災害を防止し、公共の安全を確保することを目的とする」として、同法の立法目的を明示している。そして同法第四八条一項は、火薬類の製造、販売業等の営業許可には条件を附しうるとした上、同条二項は「前項の条件は、災害の防止又は公共の安全の維持をはかるため必要な最小限度のものに限り、且つ、許可を受ける者に不当な義務を課することとならないものでなければならない。」として、付しうる条件の限界は同法第一条に規定された同法の立法目的であるとすることによって、同法の立法目的を反復している。この意味で条件を附しうる限界は、当然のことを指摘しているだけであり、念のため規定されているにすぎない。
高圧ガス取締法においてもまったく同様である。同法第一条は「この法律は、高圧ガスによる災害を防止するため、高圧ガスの製造、販売、貯蔵、移動その他の取扱及び消費並びに容器の製造及び取扱を規制するとともに、高圧ガス保安協会による高圧ガスの保安に関する自主的な活動を促進し、もって公共の安全を確保することを目的とする」と規定する。そして、同法第六五条は一項で、高圧ガスを製造しようとする者、高圧ガスの販売の事業を営もうとする者に対する許可には条件を附することができるとした上、同二項は「前項の条件は、公共の安全の維持又は災害の発生の防止を図るため必要な最小限度のものに限り、且つ、許可を受ける者に不当の義務を課することとならないものでなければならない。」と、同法第一条に規定をした立法目的を反復している。
薬事法第七九条二項は、前述の通り、承認に附される条件と許可に附される条件とを区別する点において、火薬類取締法や高圧ガス取締法の如く許可という一つの行政措置についての条件の限界を規定する事例や、前述した複数の行政措置のいずれについても条件を附しうるとした上でその条件が最小限度規定又は不当義務制限規定或はその両者(つまり限定規定)の制限に服する旨を規定する諸事例とは構造を異にするのではあるが、同法が定める許可と承認に附される条件は、ともに「保健衛生上の危害の発生を防止するため」必要な最小限度のものに限ると規定する限りにおいては、やはり同法が定める医薬品製造業、販売業の許可に条件を附する場合の限界を示すことによって、結局、同法の立法目的を反復しているのである。
この意味で第七九条二項は、条件は薬業経済の安定をはかる等の目的で附すことは許されず、薬事法の立法目的によって制限されることを示す、いわば当然のことを述べるにすぎない、入念規定である(厚生省薬務局「逐条解説薬事法」四五六頁上段四、厚生省官房長高田浩運「薬剤師法薬事法の解説」三〇一頁参照。)。
したがって、薬事法第七九条二項は、薬事法の立法目的が「保健衛生上の危害の発生を防止する」ことにあることを示す根拠規定ということができるのである。
薬事法第七九条二項と、前述した通り、医薬品に関する事項を規制しその適正をはかることを目的とすると規定する第一条とを併せ読めば、薬事法は、医薬品によって公衆に保健衛生上の危害が発生しないよう、これを防止するため、医薬品に関する事項を規制し、その適正をはかることを目的とする、と整理されるのである(昭和三五年月二八日参議院社会労働委員会議事録第二九号七頁上段の厚生省薬務局長高田浩運の答弁参照)。
このように、薬事法は、医薬品の安全性を確保することを第一次的目的とする法であることはきわめて明らかである。
(二) 薬事法の方法――医薬品国定主義
薬事法は、第一条、第七九条二項規定の薬事法の目的を実現する立法上の方法として、流通に置かれる医薬品は国が定めるという方法を採用している。
薬事法上の医薬品は第二条一項において定義されている。同一号の物、つまり日本薬局方収載物は、それ自体において製造可能適格性を有しているが、これは第四一条において、厚生大臣が定め、公示することによってのみ同一号の医薬品となるのであり、それ以外の方法で同一号の医薬品としての法的地位を取得することはありえない。
高度の安全性を確保しなければならない物は数多く存在するが、その物自体を国が定める事例はそれほど多くはない。例えば、消防法第二一条の四の、消防の用に供する機械器具等についての型式承認は、自治省令で定める規格に適合しているか否かの判断にすぎず、有害物質を含有する家庭用品の規制に関する法律第四条は、厚生大臣が、指定家庭用品に含有される有害物質等の基準を定めるとするものにすぎず、農薬取締法一条の三は、農林大臣が、農薬に含有すべき有効成分の量、有害成分の最大値等についての規格(公定規格)を定めるものにすぎず、道路運送車両法第四〇、第四一条は、自動車及びその装置が運輸省令で定める技術基準に適合しなければならないものとするにすぎず、航空法第一二条の航空機の型式証明は、運輸大臣が運輸省令で定める技術上の基準に適合するか否かの判断にすぎず、いずれも国が判定の基準を定めるとするにすぎず、物自体を定めるのではない。
他方、火薬類取締法二条は火薬類につき、毒物及び劇物取締法二条は毒物、劇物、特定毒物につき、それぞれ立法によって定めており、行政官庁が定める法制をとっていない。これに対し、食品衛生法六条は、食品添加物として用いることを目的とする化学的合成品そのものは、厚生大臣が定めるとする法制をとっており、薬事法第四一条も同様である。薬事法第二条一項二号及び三号は目的主義をとっており、医薬品として効能効果等を標榜する物は、いかなる物であれ、器具器械、医薬部外品、化粧品及び食品を除き、医薬品とされるのであるが(昭和三六年二月八日薬発第四四号「薬事法の施行について」薬務局長通知のうち「一 医薬品の定義に関する事項」、穴田秀男監修「薬事法」一〇頁参照)、その物が医薬品としての製造可能適格性を取得するためには、必ずその物自体について第一四条の承認を得なければならず、かつそれ以外の方法はありえない。
つまり、ある物を薬事法上の医薬品として製造するためには、その物が厚生大臣によって日本薬局方に収載された物であるか、或は、厚生大臣によって第一四条一項の承認を得た物であるかいずれかしかない。この意味において、薬事法は医薬品国定主義を採用するものである。すなわち、薬事法は、立法政策上、国が国の責任において、医薬品の安全性を確保するという方法を採用しているのである。したがって、国の製造可能適格性附与に起因して国民に傷害が発生したものである以上、国こそが第一次的責任を負うべきである。
(三) 薬事法の方法―立体的構造
(1) 薬事法は、第一条、第七九条二項の目的を実現するため、その方法として、まず基礎的構造として二重構造を採用し、医薬品の製造(輸入)業者、販売業者等を規制することを目的とする業者規定と医薬品たる物品を規制することを目的とする物規定との両者を置き、それぞれの規定において、厚生大臣に特定の規制権限を与える構造をとっている。
業者規制を目的とする規定においては、厚生大臣の規制の対象は、薬事関係各種業者であるから、厚生大臣としては、憲法二二条一項とのかねあいから、薬事関係各種業者の営業の自由を軽視することは許されず、その限りにおいては、憲法二五条一項に基づく国民に対する医薬品安全確保業務との調整を必要とし、厚生大臣の規制権限の行使は消極的になされなければならない。
これに対して、医薬品それ自体を規制することを目的とする規定においては、厚生大臣の規制の対象は、医薬品それ自体であり、その規制権限は、医薬品の(有効性とともに)安全性を確保するために憲法二五条一項に基づいて厚生大臣に与えられている権限であるから、厚生大臣としては、憲法二二条一項とのかねあいを重視すべきではなく、薬事関係業者の営業の自由を無視ないしは軽視すべきであって、国民に対する安全性確保を優越的かつ第一義的目的として、積極的に行使すべきである。
医薬品それ自体の規制を目的とする諸規定は、警察取締りの性質をもたないのであり、かつ、憲法二五条一項の、国民が国に対して有する健康な生活を営む権利に直接の基礎を置くものである。これらの規定においては、国と国民との間には、医薬品製造業者、販売業者等を介在しないか或はその介在の仕方が二義的であって、国と国民との間の直接の権利義務関係を規定している法規群なのである。医薬品それ自体を規定することを目的とする規定のうち、国と国民との間に、薬事法の構造上、製造業者、販売業者が介在しない例は第四一条であり、介在するにしてもその仕方が二義的である事例の第一は、第一四条であり、その第二は次に述べる「指定」制度である。
(2) 薬事法は、右の基礎構造の上に、行政庁による医薬品の「指定」という上層構造をもっている。この指定とは行政庁によって一方的に、ある特定の医薬品を指定する行政措置であって、業者規定、物規定を問わず存在する。具体的には次のものをいう。
第二九条。薬種商販売業者は、指定医薬品を販売することを禁止される。
第三〇条、第三一条。配置販売業者は、指定医薬品以外の販売を禁止される。但し、その指定は、厚生大臣の定める基準に基づかなければならない。
第三五条、第三六条。特例販売業者は指定医薬品以外の販売を禁止される。
第四二条。全ての業者につき、保健衛生上特別の注意を要する医薬品として製法、性状等に「基準」が設定せられ、この「基準」が設定せられた以上は、これに適合しない医薬品は販売が禁止される(第五六条三号)。「指定」という文言はないが、行政庁の一方的措置により、ある特定の医薬品のみが(設定された基準に適合しない場合には)販売を禁止される点では、他の「指定」と同じ性質をもっている。
第四三条。全ての業者につき、指定された医薬品は、(検定に合格するという)ある特定の方法によらない限り販売を禁止される。
第四四条一項二項。全ての業者につき、毒薬、劇薬と指定された医薬品は、ある特定の方法以外の方法で販売することは禁止される。
第四九条。薬局開設者又はすべての販売業者は、指定された医薬品については、(処方箋に基づくという)ある特定の方法以外の販売を禁止される。
第五〇条八号、第五五条。全ての業者につき、指定せられた医薬品は、(「注意―習慣性あり」の文字が、その医薬品の直接の容器又は直接の被包に記載されるという)ある特定の方法によらない限り、販売を禁止される。
第五〇条九号、第五五条。全ての業者につき、(第四九条の)指定された医薬品は、(「注意―医師の処方箋・指示により使用すること」の文字が直接の容器又は直接の被包に記載されるという)ある特定の方法によらない限り、販売、授与、貯蔵等が禁止される。
第六七条。全ての業者につき、(法定の要件の下に)指定された医薬品は、一般人を対象とする広告方法等が制限される。
以上の一〇種類の「指定」につき、その指定をなす権限を有する行政庁は、第三〇条、第三一条は県知事であり、第六七条は内閣であるが、他はすべて厚生大臣である。又、右「指定」のうち、第二九条、第三〇条、第三五条は、業者規定中にある指定であり、他はすべて物規定中にある指定である。
右「指定」に共通する法的性質は、左の点にある。
まず第一に、すでに一般の流通に置くことが法的に認められた医薬品のうち、ある特定の医薬品についてのみ、業者に不利益を課す行政措置である。第三〇条、第三五条の指定だけでは、指定を受けることによって、販売が可能となるから、不利益を課すものではない。しかし、第二九条の指定については、指定の削除とともに追加指定(つまり不利益な行政措置)も行政庁の一方的措置として許されると解される(昭和三五年五月一〇日参議院社会労働委員会議事録第三一号一三頁、厚生省薬務局長高田浩運の答弁参照)こと、薬事法、薬剤師法の体系上、第三〇条配置販売業者、第三五条特例販売業者は医薬品についての特別の知識がないのに許される、本来きわめて危険性の多い販売業態であること(昭和三五年五月一二日参議院社会労働委員会議事録第三二号七頁、高野一夫理事と厚生省薬務局長高田浩運との質疑参照)を併せ考えれば、第三〇条、第三五条については、同じ指定権者である知事によって、指定を削除すること(つまり業者に不利益を課すこと)も許されると解されるから、この意味において、他の指定と一括して議論することが許されよう。
第二に、右の反面として、ある特定の医薬品につき、販売等をある特定の方法によるべしとすることによって、医薬品の危険性から国民の利益を保護しようとする行政措置である。
第三に、右の如く業者に対し、法的不利益を一方的に課す行政措置でありながら、これら指定については、第七六条の業者保護規定の適用も、他に何の業者保護規定をもないことである。つまり、これら「指定」は、業者の利益に対して、国民の利益を優先して保護しようとする法意を具体化した制度であることは明白である。
このように、薬事法は、業者規定と物規定の二重構造の外に、「指定」制度をもうけて、国民の安全を保護する、実に周到な配慮をしているのである。
(四) 薬事法の特殊性
(1) 法理論上の特殊性
薬事法が、かかる立体構造を採用した理由は、法理論上の理由と、対象たる医薬品についての特殊性の両面から観察する必要がある。
法理論上は、まず第一に、憲法第二五条一項の法的価値が憲法第二二条一項の法的価値と衝突する場合があり、これを同一の価値水準において、調節する必要があるからである。医薬品が国民に対する有益性だけでなく、有害性をも併せ持つからといって、医薬品に関する全ての事項につき、国と国民との直接的法律関係としてのみ構成するときは、医薬品を製造、販売する業者はすべて薬事法から駆逐されざるを得ない。しかしこれはあまりにも業者の利益を否定するのであって、資本主義的企業経済社会の現実にそぐわない。逆に、医薬品に関する国家と国民との法律関係をすべて否定し、業者と国民との関係にのみ委ねるときは、業者の恣意的利益追求をも放置することとなり、医薬品からの国民の安全を期しえない。したがって、国民の安全と業者の利益との調整をはかるべく、薬事法に、業者としての法的地位を与える許可、この地位を奪う許可の取消し、業者の利益保護のための聴聞等の業者規定を置かざるを得ない。
ついで第二に、後述する通り、医薬品の特殊性から、憲法第二五条一項と憲法第二二条一項とを常に同一価値水準において調整することは妥当でなく、前者を後者に対して優越した価値として扱わなければならない場合があるからである。医薬品においては、国民の安全と業者の利益とを、常に同一価値水準において捉えるときは、業者に取り返しのつかない不利益は発生しないのにかかわらず、国民にのみ取り返しのつかない不利益が発生する場合がありうる。かかる場合に備え、業者の利益保護の配慮を否定するか軽視し、国民の利益保護のみを配慮するか重視する規定を薬事法中に置く必要がある。これが一つには、医薬品そのものについての物規定であり、二つには、医薬品そのものについての指定制度である。
(2) 対象物の特殊性
医薬品の特殊性についても、医薬品からみた国民に対する関係と、国民からみた医薬品に対する関係の両面から観察する必要がある。
(イ) 医薬品からみた国民に対する関係
第一に、医薬品からみて国民に対する関係については三つの局面がある。
その一は、医薬品は、もとをただせば単なる物質、その多くは単なる化学合成物であって、これに、その物質が客観的に本来有している化学的性質、物理学的性質、薬理学的性質、医学的性質等の属性に関する情報、それに適応症、使用量、使用方法、使用期間など、本来物質それ自体が客観的にもっているのではなく、業者等が意図的に特定の使用目的に使用する場合にはじめて問題となる、いわば主観的情報と合体した存在であることである。
第二条一項一号の医薬品、つまり日本薬局方収載医薬品は、第四一条により医薬品の性状および品質(具体的には、性状、確認試験方法、純度試験方法、定量法、常用量、極量、貯法など)が公定されているにすぎないが、新しい医薬品について第一四条の審査制度が存在することとの均衡上、繁用医薬品であって医薬品としての価値が定まったものだけが同薬局方に収載されるのであるから、同薬局方に収載されたものである以上当然に、医薬品としての右客観的情報が存在することを前提にしている。また、日本薬局方収載医薬品は、第四一条において第一四条の承認事項と同一の事項を規定してはいないが、新しい医薬品について第一四条の審査制度が存在することとの均衡上、同薬局方に収載されたものである以上当然に、第一四条の承認事項である、用法用量及び効能効果等についても、医学薬学上一般に認められた範囲で使用されることが前提とされている(穴田秀男監修「薬事法」第一編、七一頁、厚生省薬務局企画課執筆分担)。つまり、特定の使用目的の下に導かれる主観的情報の存在を前提としている。第二条一項一号及び二号の医薬品については、ある特定の医学的使用目的を標榜する物であることを要件としている。つまり、これを分析的に言えば、客観的な医学的効能の存在とある主観的使用目的の存在とを要件としている(昭和四六年六月一日薬発第四七六号厚生省薬務局長通知「無承認無許可医薬品の取締りについて」参照)。
以上、要するに、薬事法上の医薬品は、単なる物質と右客観的情報及び右主観的情報との合体物と概念づけられるのである。
その二は、右客観的情報の真実性はその判断時点での化学、生物学、薬理学、医学等の学問水準に照らして判断されるものであるから、右学問水準が進歩、変革、向上するにつれて、(物質それ自体は変化しないのにかかわらず)真実性それ自体が変動する性質をもつ。まして右主観的情報は、外国ないし他業者による新医薬品の開発、新しい特許の成立などのために(物質は同一であるにもかかわらず)自社製品の販路を拡大するため新たに適応症を開発しなければならないといった経営上ないし経済的理由、あるいは新しい疾病の流行ないしは発見による新たな適応症の開発に迫られるといった医学的理由など、実にさまざまな業者の主観的意図によっても変化をきたすものである。また勿論、薬理学、医学的知見及びその学問水準の進歩、変革、向上によっても変動する性質をもつ。つまり、二つの客観的及び主観的情報は学問的知見、学問水準によっても変動せざるを得ないのである。
その三は、にもかかわらず、一般の流通に置くことが薬事法上認められる医薬品は、第二条一項の外に、薬事法上さまざまな法的制限を設定せられる事実である。第二条一項一号の医薬品は、厚生大臣によって薬局方に収載されることだけで一般の流通に置かれるものであるが、なお、厚生大臣、県知事等によって、前記一〇種類の指定のうちのいずれか一つまたは複数の指定を受けることがある。第二条一項二号及び三号の医薬品は、厚生大臣によって第一四条の製造承認を得なければ一般の流通に置かれうる法的資格がない上に、更に、厚生大臣、県知事等によって前記一〇種類の指定のうち一つまたは複数の指定を受けることがある。したがって、(第二条一項の)医薬品は、局方収載、製造承認、指定等の行政措置によって、それぞれ特定の制限をうけ、このため、特定の法的性質を帯有する医薬品として、それら行政措置がなされた時点で、静的に固定されざるをえない。
薬事法上の医薬品は、客観的情報の変動及び主観的情報の変動とともに、必然的に変動せざるを得ない本質を有しているのにかかわらず、同時に他方、国民に向けて一般の流通に置かれるやいなやさまざまな局面に置いて、その局面に対応した医薬品であることを法技術上要請されることにより、静的に固定されざるを得ない。この動的かつ静的な二つの性質は、薬事法上の医薬品がもつ根本的矛盾である。
かくして、薬事法は、この矛盾を解決する方法を用意せざるを得ない。つまり、いったん静的に固定した医薬品を、客観的情報と主観的情報の流動にフィードバックして、固定した医薬品をもう一度変動させる法規を内包せざるを得ない。
その変動の方法は、一つは、医薬品の流通過程における方法であって、追加指定又は指定削除により、ある特定の業態の販売業者は販売できるが他の業態の販売業者は販売できないとする指定制度のレベルでの方法である。その二は、医薬品の流通の源における方法であって、製造承認の取消し、或は薬局方からの削除の方法であって、いかなる業者も、製造も販売もできないようにしてしまう製造制度レベルでの方法である。もし薬事法中に、右二つの方法を認める法規がないとしたら、医薬品は日進月歩する医学薬学等の知見から取り残され陳腐化することとなり、医薬品の本質である有効性と安全性の発現を期しえない。したがって、もし右二つの方法を認める明文の規定がない場合には、解釈によって補わざるを得ない必然がある。
(ロ) 国民からみた医薬品に対する関係
第二に、国民から見た医薬品に対する関係についても三つの局面において捉える必要がある。
その一は、国民にとって医薬品は、まず、ある特定の疾患等に対して有効性がなければならない。
次いで、医薬品は国民にとって安全なものでなければならない。この有効性と安全性は、程度の違いこそあれ、電気家庭用品、ガス器具、食品添加物等、国民が日常生活において、一般に広く使用する物品と基本的には変わるところはない。
その二は、にもかかわらず国民は、医薬品の有効性と安全性について、判断できるだけの知識も、探知しうる手段も持ってはいない事実である。国民は何が医薬品であるかさえ知らないのである。この点は、一方では、食品添加物に類似しているが、他方、電気家庭用品、ガス器具等とは根本的に異なる特殊性である。国民は、皆保険制度の下にある医療機関からあるいは薬局から、要指示薬又は非要指示薬を処方せられ、取得し、所持し、服用し、摂取し、体内に吸収し、かつ、これを日常的に反復継続している。国民は医薬品に対して無防備であり、医薬品の有効性と安全性についての規制権限は厚生大臣の手中にある。物質に医薬品としての法的地位を与え(第四一条)又は一般の流通に置かれうる医薬品としての法的地位を与え(第一四条)或はこれを奪う権限をもつのは厚生大臣であるから、医薬品の有効性と安全性を規制する第一次的責任は厚生大臣にある。
その三は、国民は医薬品からの回避的可能性がない事実である。電気器具、ガス器具等家庭用品については勿論、食品添加物についても、国民は回避可能である。そもそもそれらを使用しなければよいのである。それらを使用しないからといって自己の生命、健康維持に支障があるわけでもない。食品添加物については、その添加物についての知識を持たないけれども、無添加食品を選択することが可能だからである。しかし医薬品については、医薬品を必要とする状況(つまり疾病状況)に置かれているからこそ医薬品を服用、摂取するのであるから、自己の意思で、医薬品を必要としない状態を選択することは不可能である。この点は医薬品が食品添加物と決定的に性質を異にする点であり、かつ、医薬品の安全性が食品添加物以上に確保されなければならない根拠である。
これら医薬品の特殊性ゆえに、単なる物質を、薬事法上の医薬品として認知し又は一般の流通に置き、かつ、それら医薬品としての法的地位を継続せしめている厚生大臣は、国民に対し、電気器具、ガス器具等家庭製品や食品添加物における行政庁とは、桁違いの高度な安全性確保義務を負わざるをえない根拠がある。
二 違法性の根拠
1 局方収載医薬品の削除権限及び削除義務の根拠――不作為の違法性(一)
(一) 第四一条
火薬類取締法は、第二条で同法でいう火薬類の範囲を法定し、毒物及び劇物取締法も、第二条で同法でいう毒物及び劇物の範囲を法律によって定めている。このように対象物品の範囲につき法定主義をとっている以上、火薬類取締法にいう火薬類の範囲の縮少ないし削除、取消しについても、同法の改正による外はない。毒物及び劇物についても同様である。
これに対し、食品衛生法第六条は、食品添加物たる化学的合成品の範囲につき、概括的に定めるのみで具体的に法定しているわけではなく、なにを以って製造、販売を許す食品添加物たる化学的合成品となすかにつき、これを指定しうる権限を厚生大臣に付与している。
ところで食品衛生法第六条でいったん指定せられた食品添加物につき、その指定の取消しをいかなる法的根拠で説明するかについては、行政行為の撤回として考える説と法規命令として考える説との二通りがありうる。
前記チクロ一審判決を論評する学説は、同判決を、法規命令の観点からではなく、指定を行政行為と把握し、主として、公益性を理由として行政行為の撤回が肯定された判決例として論じている(植木哲「チクロ使用禁止国家賠償請求事件第一審判決」判例タイムズ三六七号二五四頁、秋山義昭「チクロ使用禁止と国家賠償訴訟第一審判決」ジュリスト六六六号二七頁、下山瑛二・判例評論二二六号一三四頁、阿部泰隆「事例解説行政法」六五頁)。
これに対して、食品衛生法第六条の指定は、同第六条によって設定される一般的禁止を前提として、厚生大臣が特定する物質については、一般的かつ抽象的にこの禁止を解除する法的効果をもつことを考えれば、法律の委任に基づく法規命令というべきであって、法規命令である以上、制定の授権規定は改正廃止の授権をふくむと解せられる(田中二郎「行政法総論」法律学全集六、三七一頁参照)から、同指定の取消しも同第六条に基づき当然に許されることとなる。
しかし、右チクロ判決は、同第六条の指定取り消しが法規命令であるか行政処分の撤回であるかは、明示しない構成をとっている(近藤昭三「食品添加物の指定撤回をめぐる諸問題」法政研究第四四巻第三号四八五頁以下四八八頁)。
このように、食品衛生法第六条の指定が法規命令であるか否かについては疑問の余地があると解せられるが、薬事法第四一条の日本薬局方が法規命令であることには異論はないであろう。法規命令である以上、日本薬局方から特定の物質を削除する権限の根拠は同じ第四一条であるとすることにも異論はないであろう。
(二) 第四一条三項
日本薬局方は、前述した通り、明治一九年六月二五日内務省令を以って発布せられたのを蒿矢とするが、第五改正日本薬局方(昭和七年内務省令第二一号)に至るまで省令によって独立に定められており、個々の法規において日本薬局方が引用されるという法制上変則的な形をとっていた。明治八年の「医制」第六二条、明治二二年の「薬品営業並薬品取扱規則」第二六条、第二七条、第二八条、大正三年の「売薬法」第二条二項、第五条は、いずれも、個別独立に制定せられた日本薬局方の存在を前提としてそれを引用する構造となっており、したがって当然、日本薬局方収載医薬品の削除に関する法文はどこにも存在しなかった。
昭和一八年薬事法は、その第二五条で「主務大臣ハ医薬品ニ付局方ヲ定メタルトキハ之ヲ日本薬局方ニ収載スベシ」と規定して、日本薬局方の法律上の根拠を与えた。しかし同法においても、日本薬局方収載医薬品の削除に関する明文は置いていない。
これに対し、昭和二三年薬事法は、その第二条四項で「この法律で『医薬品』とは、左の各号に掲げる物をいう」として、その一号に「公定書に収められたもの」とし、その八項で、「この法律で『公定書』とは、薬局方、医薬品集又はこれらの追補をいう」と規定して、薬局方だけでなくその追補が制定せられることまで規定した。しかも同九項で「この法律で『薬局方』又は『医薬品集』とは、日本薬局方又は国民医薬品集の最新版をいう」として、最新版が法律上の効力をもつことまで明らかにしていた。そして、その三〇条一項で「厚生大臣は、医薬品の強度、品質及び純度の適正を図るために、薬事委員会の提出する原案に基づいて、日本薬局方、国民医薬品集又はこれらの追補を発行しこれを公布しなければならない」と規定したことにより、日本薬局方の追補についても法律上の根拠が定められた。追補は、収載医薬品の削除と新医薬品の追加収載であるから、同条は厚生大臣に収載医薬品の削除権限並びに同義務を根拠づけたものであった、その上、第一六条は「委員会は、少なくとも一〇年ごとに、薬局方の改訂の原案を少なくとも二年半ごとに、その追補の原案を、厚生大臣に提出しなければならない」と規定したから、右削除義務を遂行すべき期間についても、特段の事情のない限り、少なくとも二年半ごとであることが明確であった。
右日本薬局方についての法制の変遷を見れば、昭和三五年薬事法第四一条三項は、厚生大臣に、日本薬局方制定の権限だけでなく、削除義務を課していることが明瞭である。
第四一条三項は、まず第一に、日本薬局方の改定、したがって収載医薬品の削除は、当該収載医薬品を製造する製薬会社から申請行為を待って、いわば受動的、消極的、第二次的或は後見的に改定権限を発動するのではなく、厚生大臣が自ら、積極的、第一次的に権限を発動すべきことを定めている。
第二に、収載医薬品のどの特定の医薬品についても、右削除権限が及ぶ事実である。第四一条三項は「日本薬局方の全面にわたって」その検討を中央薬事審議会に諮問しなければならない、と定めるのであるから、いかなる医薬品についても削除対象としうることは明らかである。
第三に、右削除はいつでも行いうる事実である。第四一条三項は「少なくとも一〇年ごとに」日本薬局方の全面にわたって検討が行われるよう中央薬事審議会に諮問しなければならないと定めるのであるから、削除しうる時期についての制限があるわけではない。
削除するにあたっては、その手続として、厚生大臣はあらかじめ中央薬事審議会に諮問し、その答申を得ることを要するが、薬事法第三条二項に基づき制定せられた中央薬事審議会令(昭和三六年政令第一二〇号)は第六条で、同審議会に常任部会とともに、日本薬局方部会を常設している(昭和二三年薬事法第一〇条においても、薬事委員会に「公定書小委員会」を常設していた)。日本薬局方部会は、同第六条四項で、日本薬局方の改定に関する事項を調査審議することがその任務権限とされているにすぎず、中央薬事審議会としての答申は、同第五条による同審議会の議決によることを原則としているが、同令第一二条に基づいて制定せられた中央薬事審議会規程第四条一項二号、三号、四号は日本薬局方部会の決定事項を常任部会の決議をもつて中央薬事審議会の決議とすることを決めるとともに、同第五条で、日本薬局方部会の決定事項のうち比較的軽易なものであり、かつ、緊急を要するため中央薬事審議会又は常任部会の調査審議を経る暇のないものについては、会長の同意を得て、当該部会の決議をもって中央薬事審議会の決議とすることができると定めている。つまり、日本薬局方改定の答申をなすにあたり、日本薬局方部会の決議を以って日本薬事審議会の答申となしうる規定を置いている。これには緊急事態に対応するための規定であることは明らかであるが、緊急といっても、例えば新しい疾病の流行によって新しい医薬品を緊急に必要とする場合があったとしても、第一四条で対応した方が、合議体による手続を要しないだけに、より迅速に対応できるのであるから、新医薬品を緊急に日本薬局方に収載する必要は考えられず、したがって、緊急のうちでも、この規定は、緊急に日本薬局方から削除する場合に備えた規定であることは明らかである。
第四に、第四一条三項は、日本薬局方からの削除を厚生大臣に義務づける根拠規定である。文面上は、中央薬事審議会に、少なくとも一〇年ごとに改定について諮問することを義務づけているだけであるが、これは、中央薬事審議会が特定の医薬品を日本薬局方から削除すべしと答申した場合に、合理的理由もなく削除しない自由を厚生大臣に保障しているものと解することはできない。中央薬事審議会への諮問を義務づけている趣旨は、事柄が医学薬学等の専門的技術的知識を要することから、判断の適正を担保するため学識経験者等(中央薬事審議会令第二条一項)の意見を聞くことにあるからであり、厚生大臣の恣意的判断の可能性を制度的に排除するところにあるからである。
厚生大臣の削除義務は、憲法第二五条一項に基づく、国の国民に対する直接の健康確保義務の具体的実現としての、厚生大臣の国民に対する医薬品の安全性確保義務である。この義務は薬事法上規定された、さまざまな医薬品安全性確保義務のうちでも、最も基本となる、国が国民に対して負う第一次的義務である。
原判決が、薬事法には、医薬品の安全性確保の権限を厚生大臣に与えたり、安全性確保義務を課した条文がない、などと言うのは重大な誤りである。厚生大臣が、この義務に違反して局方医薬品を削除しない場合(いかなる要件の下にこの削除義務が発生するかについては、後述第二四点で承認取消しの要件とともに論ずる)には、国家賠償法上、違法であり、故意又は過失は推定されるのを原則とし、損害を受けた国民に対し、国家賠償法上の損害賠償義務を負うものである。厚生大臣が、ある医薬品の有害性が有効性を上回っている事実、あるいは有効性があるにしても、重大な有害性があることを、少なくとも知ったときに、医薬品製造、販売業者らの営業上の利益を考慮して、当該医薬品を公定書から削除しないのは、「一切他事」を考慮するものというべく、国民に対し違法に削除義務を行使しないものという外はない。
この点において、前記チクロ二判決は、本件にとって重要な先例となるものである。薬事法は、業者の利益を保護してはいるが、その保護の仕方は、ある化学合成物を医薬品とするか否かの判断とは別の構造によるものであることは、すでに詳細に論じた通りである。
2 製造承認の違法――作為の違法
(一) 第一四条一項――先行医薬品がない場合
先行医薬品がない場合の製造承認は当該医薬品の審査行為に尽きるし、これが作為であることにも問題はない。しかし、以下の場合に共通する問題として、承認の法的構造及び審査基準の特異性について、ここで明らかにしておく。
(1) 情報審査
承認取消しの法的性質を明らかにするのに先立ち、まず承認の法的構造が明らかにされなければならない。第一四条一項の製造承認は、日本薬局方に収められていない医薬品を製造しようとする者からの申請に基づき、厚生大臣はその名称、成分、分量、用法、用量、効能、効果等を審査した上で、品目ごとにその承認を与える仕組みである。したがってこの手続の中心をなしているのは申請された「もの」に対する審査である。
ところで、まずその審査の対象は、主として、物質そのものではなく、物質に関する情報であって、物質そのものは物質に関する情報の確認の意味しかない事実に十分の注意が払われなければならない。日本薬局方に収載されていない医薬品とは、つまり第二条一項二号及び三号の物であるが、同条文に明らかな通り、同二号及び三号の物は、使用目的と合体した物であって、より分析的には、前述の通り、当該物質が客観的に帯有している化学的性質、物理学的性質、薬理学的性質、医学的性質等その物質の属性たる客観的性質に関する情報と特定の使用目的を導入した時にはじめて問題となる適応症、有効性、使用量、使用方法、使用期間等の主観的情報との合体物であるからである。
薬事法施行規則第一七条は法第一四条一項による製造承認の申請を様式第一〇による申請書を提出することによって行うものと定め、同様式第一〇は、当該医薬品の名称、成分及び分量又は本質、製造方法、用法及び用量、効能又は効果、貯蔵方法及び有効期間、規格及び試験方法を申請書に記載すべきことを求めている。この記載すべき事項はまさに右の客観的情報と主観的情報である。同施行規則第二〇条が、当該申請になる医薬品の基礎実験資料の提出を義務づけているのは、主として、右客観的情報の相当性判定の資料の意味であり、臨床成績の提出を義務づけているのは、主として、右主観的情報の相当性判定の資料の意味であると解せられる。また同施行規則第二〇条が当該申請になる医薬品若しくはその原料の見本品の提出を義務づけているのは、当該物質を直接審査する意味ではなく、当該申請になる医薬品が法第七八条二項、同施行規則第六四条の二の医薬品である場合(特別審査品目)に、国立衛生試験所において、右様式一〇に記載された規格及び試験方法の相当性を実地に審査するための規定であって(厚生省薬務局監修「医薬品製造指針」一九六六年版一一頁)、様式一〇に記載された右客観的情報の相当性判定の一環と解せられる。
第一四条一項の承認事項のうち、「名称、成分、分量」というのは、当該医薬品の客観的性質に関する情報であり、主として医薬品の製造設備、製造方法に関係する情報であって、第一二条の製造業の許可、第一八条の製造品目変更追加許可についての審査の前提となる情報である。
これに対し同一項の承認事項のうち「用法、用量、効能、効果等」というのは、二条一項二号又は三号の目的に向って使用する場合に問題となる主観的情報である。この主観的情報は、薬事法上の「指定制度」のうちの、いずれの指定をなすべきか、或は一切の指定をする必要がないか、つまり第四四条の毒薬、劇薬の指定、第四九条の要指示薬の指定、第五〇条八号の「習慣性あり」の指定等の必要の有無および指定の場合の内容を決定するための情報であって、第一四条一項の審査は主として、この主観的情報の審査である。甲し第五号証の二、同号証の七等、厚生省が医薬品製造承認の判定結果を記載する表の最上段に、効能基準として、毒、劇、要指示、習慣性の欄を作成していることからも、第一四条一項の審査についての行政実務は、右主観的情報の審査を中心とするものであるということができる。
かくして、第二条一項二号及び三号の医薬品の定義と第一四条一項の審査対象とを併せ考えれば、第一四条一項の承認とは、当該申請者が当該物をある特定の目的(疾病の診断、治療、予防、若しくは人体構造又は機能に影響を与える目的)に使用するためその物を製造したいと求めてくることに対し、当該申請者が提出する情報、資料がその求めている使用目的を根拠づけるに足る合理的情報、資料であるか否かの審査の結果、合理的情報、資料であるとする判断(ないしその否定判断)であるということができる。物規定の核心は、情報の適否の判定なのである。
しかも同施行規則第二〇条が提出を求める「基礎実験資料」のうち毒性に関する資料は、長期連用される品目については必ず慢性毒性資料を提出すべきものとされていたこと、また同規則第二〇条が提出を求める「臨床実験に関する資料」は、「申請品目が実際に応用されて如何なる効果あるいは如何なる副作用を示すかを明らかにするもので効果判定に際しての重要な資料である」とされていたのであるから(甲さ第四号証、厚生省薬務局監修「医薬品製造指針」一九六二年版一八三頁)、第一四条の合否判定の行政実務は、有効性とともに安全性についても審査した上での判定であったものである(甲さ第六号証、厚生省薬務局監修「医薬品製造指針」一九六六年版八頁)。
(2) 審査基準の特異性
ところで一般に、承認なる概念は、論理上当然、承認の基準の存在を前提とする。第一四条の承認もその例外ではありえない。前述した消費生活用製品の安全性がその第二〇条で第一種特定製品の型式の認可についての基準を定めており、電気用品取締法二〇条で甲種電気用品の型式の許可の基準を定めており、液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律がその第五九条で第一種液化石油ガス器具の型式の承認の基準を定めており、ガス事業法第三九条の四第三項において第一種ガス用品の型式の承認の基準を定めていることに対比し、薬事法が第一四条承認の基準を明定していないのは著しい特徴である。
そればかりではない。物それ自体が人身に対して高度の危険性を有する各種の物について各個別法規が技術上の基準を各担当行政庁に付与する旨規定している。消防法二一の二第二項の検定対象機械器具についての自治省が定める技術上の規格、有害物質を含有する家庭用品の規制に関する法律第四条の指定家庭用品について厚生大臣が定める基準、農薬取締法第一条の三の農林大臣が定める公定規格、道路運送車両法第四〇条第四一条の自動車の構造、装置について運輸省が定める技術上の基準、航空法第一〇条の運輸省が定める技術上の基準等々がみなその例であり、食品衛生法第七条一項の食品添加物について厚生大臣が定める製造使用基準及び成分規格(したがって同一三条の食品添加物公定書)もその例である。
これらに対比し薬事法が第一四条承認の基準を定める権限を厚生大臣に付与していないのはきわめて特異である。立法者が失念したのであろうか。ここでの基準は、安全性確保のための基準だけではなく、医薬品としての適性判定基準であるから、有用性判定基準でもある。医薬品としての有用性判定基準を立法者が失念したと考えるのはあまりにも合理性がない。そうではなくて、実は、薬事法が承認の基準を定めていないことこそが第一四条の承認の性質をあざやかに指し示しているのである。
なぜなら、第一四条の承認は、右消費生活用製品安全法等における型式の認可の如く、物理的形態を有する物体に直接かかわるものではなく、物質の使用目的に関する情報にかかわるからである。すなわち医薬品を特定の疾病の診断、治療等の目的に使用する場合に関する医学的情報の適否についての判断であるが故に、判断の対象も判断の基準も、ともに日進月歩する医学薬学等の知見つまり情報だからである。日進月歩するものに静点に固定した法的基準を設定すること自体が自己矛盾だからである。
このことから、第一四条承認の論理上の前提である基準とは、その判断時点における医学薬学等の知見水準において、一般に承認された知見と、抽象的に定義づけられるほかない性質のものなのである。
しかし第一四条の承認は、本質的に可変的、浮動的性質をもっているのである。このことは、甲さ第六号証、厚生省薬務局監修「医薬品製造指針」一九六六年版六頁において、この「承認基準(内規)は流動性をもつものである」として体系だった形で厚生省が公表してこなかったことから明らかである。これが、第七九条で承認にも条件(負担)を附しうるものとし、かつ、承認に附す条件については不当義務制限規定を排除している理由なのである。
講学上の確認には、仮に、確定力があるにしても(柳瀬良幹「準法律行為的行政行為の種別について」、「元首と機関」所収)、薬事法七九条一項は明文をもって第一四条の承認には条件を附しうると規定し、かつ、不当義務制限規定を排除することによって、第一四条の承認がきわめて可変的、浮動的な性質を有することを明らかにしているのである。
昭和四二年九月一三日薬発第六四五号「医薬品の製造承認等に関する基本方針について」の第五が「日本薬局方収載医薬品及び製造承認を受けている医薬品のいずれにも有効成分として含有されていない成分をその有効成分として含有している医薬品又は既に製造承認を受けている医薬品の薬効と明らかに異なる薬効を有すると認められる医薬品ごとに新たに製造承認を与えられた者は、当該医薬品の製造承認を得たのち、少なくとも三年間は当該医薬品を使用した結果生じたとみられる副作用に関する情報を収集し、これを薬務局長に報告をしなければならない。」として、右に定義する、いわゆる新開発医薬品については三年間の副作用報告を義務づけるとしている根拠は、第一四条承認につき第七九条の条件を附しうるからにほかならないのである(穴田秀男監修「薬事法」二二二頁参照)。
法律上かかる条件を附しうる以上、その結果、例えば右副作用報告の結果、重大な副作用発生が判明した場合には、当該承認が取消され(或は撤回され)ることが当然許容されなければならない。そうでなければ、そもそも右条件を附しうるとしたことの合理性がないからである。むしろ、条件を附した結果であるか否かを問わず、かかる重大な副作用が判明した場合には、当該承認を取消すことこそ、可変的、浮動的な判断である第一四条の承認の性質に合致しているというべきである。
なお、第一四条の承認の法的性質として、講学上の確認と考えられること、第七九条一項の条件は、附款の一種たる負担と解せられることから、準法律行為的行政行為たる確認には附款は附しえないのではないかとの疑問もありうるかとも考えられる。
しかし、まず第一に、西ドイツにおいては、連邦行政手続法三六条につき、附款の許容性に関して法律行為的行政行為と準法律行為的行政行為の区別が語られることはないこと(塩野宏「附款に関する一考察」田中二郎追悼論文集「公法の課題」所収、二七五頁註19、同二八八頁)、我国行政法学においても、法律行為的行政行為と準法律行為的行政行為の分類それ自体に疑問が提起されていること(藤田宙靖「行政行為の分類学」、室井力、塩野宏編「行政法を学ぶⅠ」一一〇頁、藤田宙靖「行政行為の分類学」自治研究第五三巻第九号三頁以下)、
第二に、受理は準法律行為的行政行為と解されるのに、デモ行進の許可制は届出制であることから、進路変更条件つき許可は負担つき届出受理であると解する判例が存すること、(東京地裁昭和四二年七月一〇日決定行政事件裁判例集第一八巻第七号八五九頁、小高剛「附款の限界と争訟手段」ジュリスト増刊「行政法の争点」九五頁、近藤昭三「行政行為の附款」演習行政法(上)二二三頁、塩野宏・前掲書二八一頁参照)など、いわゆる準法律行為的行政行為にも附款が許される場合がありうること、
第三に、法律が明文で認める場合には、いわゆる準法律行為的行政行為であっても附款は附しうるとされていること(道路法四七条四項に基づく車両制限令一二条の認定と同但し書き及びこれに関する最高裁昭和五七年四月二三日判決最高裁判所民事判例集第三六巻第四号七二九頁、塩野宏・前掲書二八八頁、柳瀬良幹「行政行為」行政法講座第二巻所収八一頁)から、結局、薬事法七九条一項は、明文をもって承認にも条件を附しうる旨を定めるものであるから、第一四条の承認が講学上の確認であるとすることと矛盾するわけではないのである。
(二) 第一四条一項――先行医薬品がある場合
(1) 同一物である場合
右は、新開発医薬品の場合である。つまり、日本薬局方、欧米薬局方収載医薬品並びに先行する製造、輸入承認医薬品の中に、当該申請になる医薬品の成分となる医薬品が存在しなかった場合の承認の構造である。これに反し、日本薬局方、欧米薬局方収載医薬品並びに先行製造輸入承認医薬品の中に当該申請になる医薬品の成分となる医薬品が存在する場合にはその先行医薬品との関係において承認がなされることになり、先行医薬品がない場合に比し、承認の可変性、浮動性は相対的に減少する。
第一四条の製造承認申請書様式第一〇は、当該医薬品の「成分及び分量又は本質」を記載すべきこととしているが、その申請になる医薬品が、日本薬局方に収載されている医薬品を成分とする場合、行政実務においては、成分、分量又は本質の具体的記載方法としては、「日本薬局方○○○ ××瓦」と記載することとされている(甲さ第三号証の二「厚生省薬務局監修・医薬品製造指針」一九六二年版四二頁)。また日本薬局方に収載されていない医薬品を成分とする場合でなくても、当該成分が国際薬局方、米国薬局方、米国国民医薬品集、NNR、英国薬局方、ドイツ薬局方、フランス薬局方、スイス薬局方等のいずれかに収載されている場合には、日本薬局方に収載されている医薬品を成分とする場合に準じた記載をすることができると定められている(甲さ第三号証の二、四三頁)。
これと同様に、すでに製造(輸入)承認を受けた日本薬局方外医薬品を成分とする場合には、例えば、「○○製薬株式会社(昭和三六年九月一日 三六(A)第一〇〇〇号承認)○○○ ××瓦」というように記載し、すでに製造(輸入)承認を受けている製造(輸入)業者名、製造(輸入)承認年月日、承認番号を必ず記載しなければならないものとしている(甲さ第三号証の二、四四、四五頁、甲さ第六号証七五、七六、七七頁)。
このようにして、先行する(日本薬局方、欧米薬局方収載医薬品並びに先行する)承認医薬品が、当該申請になる医薬品の成分となる場合には、当該申請医薬品についての第一四条一項の審査の行政実務は、その先行医薬品との関係においてなされるのであり、当該申請医薬品が第一四条一項の要件の下において医薬品として適切であると判定されるということは、その成分において、先行承認医薬品と同一であるとの確認である。すなわち行政実務上、当該申請医薬品を第一四条一項の医薬品として承認するときには、同時に、その先行承認医薬品をも、第一四条一項の医薬品として再確認していることなのである。
第一四条一項の審査行政実務は、先行承認医薬品が存在する場合においても、存在しない場合においても、前述した通り、同施行規則二〇条所定の資料を提出させて有効性についても安全性についても審査するのであるから、当該申請になる医薬品を、その成分として、先行承認医薬品と同一であると確認して、第一四条一項の要件の下に、有効性とともに安全性もある医薬品として承認したということは、同時に、先行承認医薬品についても、有効性とともに安全性もあると再確認することなのである。
したがって、当該申請になる医薬品の成分たる先行承認医薬品に、重大な毒性ないしは副作用が発生し有用性のないことが当該申請医薬品の審査時において、当時の医学薬学の最高の水準に照らして判明しており、又は厚生大臣ないし厚生省の審査担当者において現に知っていた場合においては、厚生大臣は当該申請になる医薬品について第一四条一項の承認を否定すべきであるばかりか、先行承認医薬品についての承認をも取消すべきである。そうであれば、仮に厚生大臣が当該申請になる医薬品につき第一四条一項の承認をしたとすれば、それは直に、先行承認医薬品について(取消しをしなかった不作為の違法があるのではなく)、作為により、第一四条一項の承認医薬品として再確認した違法があるというべきなのである。
(2) 同一薬効である場合
右においては、当該申請になる医薬品につき第一四条一項の承認をしたときは、同時に、先行承認医薬品(先行する医薬品が日本薬局方収載医薬品である場合をもふくむ)についても、第一四条一項の医薬品として再確認したこととなるのは、当該申請医薬品が先行承認医薬品をその成分とする場合であって、先行品と化学物質として同一(例えば、リン酸クロロキンとして同一物)である場合であった。
ところで、右の再確認の関係は、前後の医薬品が物質として同一でなくても、薬理作用の点において、主たる成分が同一であれば(リン酸クロロキンとオロチン酸クロロキンがクロロキンの部分において同一)同じことがいいうる。再確認の対象は、薬理作用の再確認だからである。
右の場合、第一四条一項の承認申請の実務においては、「基源または発見の経緯に関する資料」をできる限り提出するようにすべきであるとされているにすぎず(甲さ第四号証、一八二頁)、様式一〇にも記載すべき事項とされているわけではない。
しかしながら薬事行政の実務においては、劇薬、要指示薬を指定するにあたっての薬理作用の判定において、主たる成分が同一であるときは、医薬品が同一である場合と同様の扱いがなされている。
例えば、昭和四二年三月二七日薬発第二〇五号薬務局長通知(乙(A)第三〇号証)のⅠ、3、(3)においては、新たに劇薬に指定されたものは、「クロロキン、ヒドロキシクロロキン、それらの塩類及びそれらの製剤」であって、リン酸クロロキンとかオロチン酸クロロキン、コンドロイチン硫酸クロロキン(を当然ふくんでいるが)とかの表現ではない。また同Ⅱ、1において要指示医薬品に指定されたのは、「クロロキン」という「医薬品、その誘導体、それらの塩類及びそれを含有する製剤」であって、リン酸クロロキンとかオロチン酸クロロキン、コンドロイチン硫酸クロロキン(をふくんでいるか)とかの表現ではない。同通知記載のクロロキン以外の医薬品についても同様である。劇薬、要指示薬に指定すべき薬理作用を有する部分は、リン酸クロロキンやオロチン酸クロロキンの主たる成分クロロキン(この部分を原体ともいう。同号証の参考資料参照)の部分だからである。
主たる成分が同一であるときは、医薬品が同一物である場合と同様の扱いがなされている事例は他にもある。薬発第九九九号昭和四四年一二月二三日付厚生省薬務局長通知「スルファミン製剤等の使用上の注意事項について」(乙(A)第三五号証)においてクロロキンについての使用上の注意事項が通知されたが、それはクロロキン剤の名称を個々的に掲記するのではなく「クロロキン、その誘導体又はそれらの塩類を含有する製剤」として一括特定するものであった。これは「スルファミン、その誘導体又はそれらの塩類を含有する製剤の使用上の注意事項」においてもまったく同様である。
これは、医薬品の本質が薬理作用にある以上当然の扱いである。「医薬品再評価結果」(甲さ第二号証)や「クロロキン含有製剤についてのご連絡」(乙(A)第三八号証の一)の如く、クロロキン剤の製造会社ごとにその製造になるクロロキン製剤の名称を特定する必要がある場合は個別の名称を掲記するにしても、医薬品の薬理作用の同一性が問題となっている場合には、その薬理作用を発現する主たる成分が同一である以上、医薬品が同一物である場合と同一の扱いをするのは、医薬品の性質上当然である。
したがって、第一四条の承認のレベルにおいても、薬理作用の点において、主たる成分が同一であれば、同一の判断がなされるのである。このため、当該申請になる医薬品の主たる成分が、薬理作用において、先行承認医薬品の、その主たる成分と同一である場合においても、当該申請医薬品について第一四条一項の承認がなされるということは、先行承認医薬品についても、第一四条一項の承認医薬品として再確認がなされることに他ならない。しかも、この場合、再確認された先行承認医薬品は、薬理作用を同一とする(原体が同一である)すべての医薬品をふくんでいる(日本薬局方収載医薬品もふくむ)。右において、薬理作用として主たる成分が同一であるという表現は、医学薬学的表現であるが、法律的に言いなおせば、同一の効能効果等であることであり、同一の有効性・安全性ということでもある。
したがって、当該申請になる医薬品と同一の効能効果等をもつ先行承認医薬品(日本薬局方収載医薬品をふくむ)には、重大な毒性ないし副作用が発生し有用性のないことが、当該申請医薬品の審査時において、当時の医学薬学の最高水準に照らして、判明しており、又は厚生大臣ないし厚生省の審査担当者において現に知っていた場合においては、厚生大臣は当該申請になる医薬品について第一四条一項の承認を否定すべきであるばかりか、同一薬効先行承認医薬品全部についての承認をも取消すべきである(日本薬局方収載医薬品については、第四一条所定の手続を経た上で局方から削除すべきである)。
仮に厚生大臣が、にもかかわらず当該申請になる医薬品につき第一四条一項の承認をしたとすれば、それは直に、同一薬効先行承認医薬品全部について、(取消しをしなかった不作為の違法があるのではなく)、作為により、第一四条一項の承認医薬品として(日本薬局方収載医薬品については同収載医薬品として)再確認した違法があるというべきである。
なぜ、ある特定の医薬品についての第一四条一項の承認が他の医薬品についても再確認になるかといえば、両者の医薬品は、薬理作用の点において(言いなおせば、効能効果等又は有効性・安全性の点において)同一だからである。薬理作用が同一である複数の医薬品において、ある一つの医薬品に対して、前記の通り、劇薬、要指示薬の指定、使用上の注意という行政措置を執ったときに、他の医薬品についても同様の行政措置を執ったのは、それら医薬品が薬理作用において同一であるからに他ならず、その一つにつき、劇薬、要指示薬の指定、使用上の注意の行政措置を執りながら、他の医薬品について同じ行政措置を執らないことは不合理だからである。薬理作用が同一である限り同一物と同じ扱いが許され、かつ、同一の扱いをすべきところに、効能効果等を本質とする、薬事法上の医薬品の「物」として特質が存するのである。
したがって、薬理作用が同一である複数の医薬品において、ある一つの医薬品に対して、第一四条一項の承認という薬事法上の「作為」がなされたときは、他の薬理作用を同一とする医薬品に対しては、「不作為」であるというのは適切ではなく、むしろ「作為」たる再確認がなされたというべきなのである。
(三) 第一四条二項
第一四条二項は、同一品目である限りは、同一項で承認せられた承認事項の一部変更の承認をなしうることを規定している。第一項と同一品目であることを前提としているため、この二項の変更承認の審査構造は、前記(二)先行医薬品がある場合であって、(1)同一物である場合の審査構造ときわめて類似することとなる。事実、二項の「承認事項一部変更承認申請」は、施行規則第一九条が定める様式十一を提出することによって行うものとされ、この様式十一は様式一〇に、承認番号、承認年月日の欄を追加しただけのものであり、同施行規則二〇条は、同一九条による申請の場合にも、法一四条一項申請の場合と同様の資料提出を義務づけているから、法一四条二項による変更承認についての審査の実務は、同一物たる先行承認医薬品が存在する場合のそれにきわめて類似した構造となる。
しかしながら、二項の変更申請は、一項と同一品目でなければならないとの制限があるため、その審査対象の範囲は、一項の審査対象範囲に比し著しく狭くなる。
この同一品目の意味については法定されていないが、第一四条一項の承認が、第一二条製造業の許可、第一八条製造品目の変更追加許可の前提になっている事実と、「指定制度」のうちのいずれの指定をするか(又はしないか)の判断の前提になっている事実、及び二項の変更承認を認めることによって一項の存在が無意味となるようなことは許されないことを考えれば、医薬品としての物理的、化学的基礎をなす部分、つまり前記客観的情報に関する部分が同一でなければならないとの意味であると解せられる。
したがって、一項の承認事項のうち、名称、成分、その分量、など製造に関係する部分の変更の場合は品目の同一性が失われ第一項の承認申請を要するが、用法、用量、効能、効果など医薬品の使用に関する部分の変更については第二項の変更申請が許されることとなる(穴田秀男「薬事法」七三頁)。後者の、医薬品の使用に関する部分とは、つまり、前記主観的情報と同一である。実務上も、第一四条二項の変更承認申請がなされる事例のうち多くは効能効果である適応症の追加変更であって、用法、用量の変更がさなれる場合もある(甲し第二号証の一ないし六、甲し第三号証の一ないし六、甲し第四号証の一ないし六)。
このことから重要な帰結が導かれる。第一四条二項の審査は、同一医薬品については勿論、同一の効能効果等を有するすべての医薬品(日本薬局方収載医薬品をふくむ)についての再審査であり、第二項の変更承認は、即第一項の再確認(日本薬局方収載医薬品については同収載医薬品としての再確認)であるという事実である。
厚生大臣は、変更申請の審査にあたって同一医薬品の効能効果等について再審査する機会をもつことから、同第一項の承認事項のうちの効能効果等については、日進月歩する医学薬学等の新しい知見によって見なおしを行ないうるのであり、本件においては現に、キドラの副作用についての再検討を行っているのである(甲し第四号証の三には副作用の文字がある)。そればかりか厚生大臣は、ある医薬品(例えばオロチン酸クロロキン)の効能効果等についての変更申請を審査する際に、同一の効能効果等を有する他の医薬品(例えばリン酸クロロキン、コンドロイチン硫酸クロロキン)についてもその効能効果等を再審査しているのである。
したがって、厚生大臣において、ある医薬品の効能効果等についての第一四条二項の変更承認申請を審査する際に、その医薬品について重大な毒性ないしは副作用が発生し有効性に比し有用性のないことが、当時の医学薬学等の最高水準に照らして知られており、又は厚生大臣ないし厚生省の審査担当者において現に知っていた場合においては、厚生大臣は当該変更申請の承認を否定すべきであるばかりか、その医薬品について与えた第一項の承認そのものを取り消すべきであり、かつ、その医薬品と同一の薬理作用をもつ他の承認医薬品についても第一項の承認を取消すべきであったものである(日本薬局方収載医薬品については第四一条の手続を経た上で局方から削除すべきである)。
仮に、厚生大臣において、にもかかわらず当該変更承認申請を承認したとすれば、それは直に、その医薬品について(承認取消をしなかった不作為の違法があるのではなくて)、作為により、第一四条一項の承認医薬品として、かつ、他の同一薬理作用のある医薬品についても、第一四条一項の医薬品として(日本薬局方収載医薬品については同収載医薬品として)再確認した違法があるというべきである。
なぜある特定の医薬品についての変更承認が、他の医薬品についても再確認になるかといえば、両者の医薬品は、薬理作用、つまり効能効果等、言いなおせば、有効性・安全性が同一だからである。前述の通り、劇薬指定、要指示薬指定、使用上の注意についての通知などの行政措置が、キドラ或はCQCなど特定のクロロキン剤についてだけなされたのではなく、クロロキン剤すべてについてなされたのは、薬理作用が同一だからであった。
したがって、キドラの変更承認は、すなわち、CQC及び、レゾヒン、エレストール、キニロンのいずれについても、医薬品として有効性と安全性があるとの、作為による、再確認なのである。CQCの変更承認も他クロロキン剤すべてに対して同様である。薬理作用が同一である複数の医薬品間においては、ある特定の医薬品に対する薬事法上の「作為」たる行政措置は、他の医薬品に対しても、「不作為」ではなく、同様に、薬事法上の「作為」がなされたものといわねばならないのである。
このように、第一四条一項においても同二項において、薬理作用を同一とするごとに、行政措置を一個の作為行為として把握するのが、「物」たる「医薬品に関する事項を規整し、その適正をはかる」ことを目的とする、薬事法第一条に最も合致する、合理的解釈である。
かくして、本訴訟における被上告人の、国家賠償法第一条の「職務を行う」との「行為」は、主として、薬事法上の作為行為である。「不作為」として把握すべきは、リン酸クロロキンを日本薬局方から削除すべき義務の外は、第一四条一項の承認時でもなく、同二項の変更承認時でもない。それ以外の時点だけに限定されることとなる。
次に、既に論じた日本薬局方からの削除義務以外の「不作為」の違法を根拠づける作為義務成立の根拠を論ずる。
3 製造承認の取消し権限及び義務の根拠――不作為の違法(二)
(一) 製造承認取消しの要件
(1) 製造承認取消し権限発生の要件
第一四条一項の承認は、第一条、第七九条二項の目的の下に、前述の通り、当該申請になる医薬品についての客観的情報と主観的情報を対象として、医薬品として製造することが適切か否かの観点並びに製造することが適切であるとしても、流通に置かれるにあたっては、その医薬品の安全性の程度に応じて指定制度のうちのいずれの指定をするのが適切かという観点から審査する構造であった。
この指定制度の内容は、二つの大別され、一つは四つの販売業態の各々につき、その有する、医薬品についての専門的知識のレベルに応じて、販売しうる医薬品を特定するという意味における対業者関係指定と、業態とは関係なく、当該医薬品のもつ薬効の性質に応じて医薬品を使用する公衆を保護する観点からの、劇薬、毒薬、要指示薬、習慣性の有無等の特定という意味における対公衆関係指定であった。つまり、第一四条一項の審査は、単なる承認不承認にとどまらず、同時に、対業者関係指定、対公衆関係指定のうちのいずれの指定を行なうべきか、或は一切指定の必要がないかの判断をも行うものである。例えば、劇薬として承認する場合一つをとってみても明らかな通り当該申請になる医薬品の薬理作用、つまり有効性、安全性をも必然的に審査せざるを得ない構造であった。
したがって、第一四条一項で承認されたということは、当該申請になる医薬品は、有効性とともに安全性もあるという行政判断がなされたものである。(第一四条二項についても、右の判断構造に関する限りは、まったく同様であるから、以下においては、特に区別する意味のある場合は別として、一項二項を区別せず、単に第一四条とのみ言うが、その場合は、二項による変更承認をもふくんでいる趣旨である。)
ところで、有効性と安全性の法律上の意味及び両者の相互関係を検討するに(この点は、各種の不作為の違法を一括して議論する際に再度論ずる)、まず有効性とは、当該医薬品が第二条一項二号又は三号の目的との関係でそれを実現する性能を有することを意味している。この性能を有していなければ、医薬品国定主義の下に、当該医薬品を第一四条で承認する意味がないことを考えれば、有効性の存在は第一四条承認の最小限の要件である。
次いで安全性について、これが単に有害性の意味であるとすれば、毒薬、劇薬、要指示薬指定、第六七条の指定等の対公衆関係指定の制度そのものの存在意義が失なわれてしまうことから、単なる有害性の意味とすることはできない。
薬事法が、医薬品には有害性がありうることを前提にして、対公衆関係指定制度と対業者関係指定制度、特に前者を置いていることから考えれば、薬事法は、有害性の程度がいかにはなはだしいとしても、対公衆関係指定制度(と対業者関係指定制度)によって制御できないほどには至らないことを第一四条承認許容の最大限度としていると解せられる。
更に、進んで、薬事法が、有害性のある医薬品を対公衆関係指定制度と対業者関係指定制度を置いてまで、その医薬品を医薬品として法的に保護しようとする理由は、前記有効性があること及び有害性に比し非常に高度の有効性のある場合がありうることに外ならないことを考えると、結局、薬事法は、有効性の程度を上まわらない程度の有害性の小ささを第一四条承認の許容限界としていると解せられる。
右を法的表現として整理すれば、有効性の存在は第一四条承認の積極的要件であり、有害性の程度が有効性の程度を上まわらないことが第一四条承認の消極的要件であるということができる。そうである以上、右積極的要件と消極的要件のいずれかが欠けているにもかかわらず第一四条の承認がなされたとすれば、その承認は、その承認の時点にいて、法的要件が欠けていたのであるから、講学上の職権取消しをすることができるといわねばならない。
(2) 取消しと撤回
医学薬学上の知見は日進月歩し、それにつれて第一四条承認の審査基準は進展変化するものであるから、第一四条の承認の時点において判明していなかった隠れた有害性及びその程度が、後日になって判明するという場合が考えられないではなく、この場合には、取消しではなく撤回にあたると一応いいうるように見える。
しかしながら、日進月歩しそれにつれて進展・変化するのは、第一四条承認の審査基準であって、承認の対象たる成分、用法、用量、効能、効果等の承認事項ではない。後者は、承認の時点をもって静的に固定するのである。そして、有害性及びその程度が発現する原因は当該承認事項たる成分、用法、用量、効能、効果等に存するのである。そうである以上、承認における消極的要件は、承認の時点において、客観的には不存在であったものである。したがって、医学薬学等の新知見によって、承認に消極的要件が欠けることが後日判明した場合であっても、撤回ではなく、取消しを以って応接すべきである。
仮に、右が認められず、撤回が正しいとしても、本件においては、クロロキン網膜症の発生することは、製薬会社に対する第一四条一項の承認又は同二項の承認が与えられた各時点よりもおおむね、早い時期に判明していたから、ほとんどの事例につき、結論には変りがなく、取消しを以って応接すべきである。すなわち、クロロキン網膜症の発生することは、厚生省が公定書に準ずる扱いをしていたNND、及びPDRの一九六一年版において明記されていたところであったし、世界的に権威ある薬理書であるSEDの一九六〇年版にも、「ハンドブック・オブ・ポイゾニング」一九六三年版も同様であった(原判決、理由中、第三節、第一、四の1ないし7、各認定)。
したがって、以下においては、主位的に取消しを、予備的に撤回をすべきであったものとして論ずる(特に区別しない場合には、取消しは、この両者を意味するものとする)。
(3) 製造承認取消しについての法律上の問題点
(イ) 第一四条の製造承認を職権取消しすることについて、第七五条が許可取消し事由を明定しているのに、承認取消しを明定する条文が存しないことから、薬事法上これが可能か否かが問題とされてきた。原判決が第七五条の条文を摘示したのは、薬事法の消極性を指摘するためとともに、この意味もあったからであろう。
しかしながら、第七五条の存在は、第一四条の製造承認を取消しえない根拠とはならないことは、すでに第二、一、3、(五)において詳細に論じた。これを簡潔に述べれば、第七五条が取消しの対象としているのは、薬局、医薬品製造業、医薬品各種販売業などのいわゆる事業許可にすぎないのであり、しかもその取消事由は、右各業者の薬事法上の義務違反、及び同許可の消極要件たる物的並びに人的要件の欠缺にすぎない。
これは、いったん許可を受けた各種業者が行政庁の恣意的判断によって許可を取消されないよう、その取消し事由を制限列挙(昭和二三年薬事法第四六条三項が各種薬事関係業者登録の取消し及び業務停止の理由を概括的に規定していることに対比すれば明らかである)し、第七六条の聴聞手続とあいまって、各業者を保護するものにすぎず、製造承認された医薬品についての物的危険性を原因とする第一四条の承認取消しを許容しない趣旨をふくむものではありえないのである(原田尚彦「薬害と国の責任」判例時報八九九号一五頁)。第一四条製造承認の取消しが可能であることは、薬事法の業者規定によってではなく、一連の物規定によって根拠づけられるものであることは再々述べてきたところである。
(ロ) 業務停止(第七五条)や改善命令(第七二条)といったよりおだやかな行政措置を執るにあたって法律上の根拠を必要とするのに、最もきびしい処分である医薬品製造承認の取消し、撤回については法律上の根拠を必要としないのは、はなはだしく疑問であるとする見解がありうるにしても(例えば遠藤博也「職権取消しの法的根拠について」、田上穣治喜寿記念「公法の基本問題」所収、二七八頁参照)、右の見解は、まず第一に、現行憲法下における各種の行政実定法規のうちで、主として憲法二二条一項の保護対象たる事業者についての許可等の行政措置と、主として憲法二五条一項二項の保護対象たる公衆の身体、生命の安全性に関与する行政措置とを区別しないで議論するものであって、各憲法条文との関連で各行政実定法規の対公益性との関連性のレベルの違いを捉えていない点で不充分な議論というべきであること、
第二に、ここで論じている第一四条承認の取消し、撤回は、第七五条の如く事業許可そのものを取消して薬事法各種業者の息の根を止めてしまうものではまったくなく、当該医薬品品目及び薬理作用を同一とする範囲における医薬品品目の製造禁止(製造承認の取消しは、第一三条、第一二条によりその品目についての製造許可の取消しをもたらすと解せられる)並びに製造医薬品の販売禁止にすぎず、薬事各種業者は右品目以外の医薬品の製造、販売はなんら禁止されないのであるから、少なくとも、本件には適切な議論ではない。
第三に、第一四条承認を取消しうることを明定する条文はないにしても、薬事法があらゆる実定法規の中で、業者規定と物規定とを截然と区別していること及び流通に置かれた医薬品についてはその医薬品の有害性の程度に応じた指定をなしうる指定制度を別途に置いている法意を考えれば、薬事法は、医薬品の安全性を確保しようとしていることは明らかであり、第一四条承認の取消し、撤回を認めていると解しうること、後述の通りである。
(ハ) 行政行為は、常に法律又は公益に合致しなければならないとする命題から、行政行為の取消しは、適法性の回復又は行政目的適合性の回復であるから、法律上の明文はなくても、これをなしうると解するのが通説である(田中二郎「新版行政法上巻全訂第二版」一五〇頁)。ただ、法律による行政の原理と当該行政行為の相手方たる私人の保護という二つの利益が衝突する場合には、授益的行政行為の取消しについては、両者の利益衡量を必要とし、これに反する取消しは許されないとするのが学説である(塩野宏「行政法第一部講義案(上)」一二八頁)。
行政行為の撤回についても、行政行為は、事情の変遷に応じ、常に公益に適合しなければならないことから、公益性の回復としての撤回は、法律上の明文がなくても許されるとするのが通説である(田中二郎、前掲書一五五頁)。ただ、通説においても、行政行為の取消の場合と同様、あるいはそれ以上に、国民の既得の権利利益の保護の見地から一定の制限をうけるとしている(市原昌三郎「行政行為の取消・撤回」別冊ジュリスト「続判例展望」五七頁)。
要するに、取消しについても撤回についても、適法性又は公益適合性回復の観点から、明文がなくても法律上可能ではあるが、取消し又は撤回される行政行為によってその名宛人たる私人が権利又は利益を得ている場合には、回復さるべき適法性ないし公益性との比較衡量によらなければ、一義的に決することはできないとするものである。そうである以上、第一には公益性の内容であり(兼子仁「現代行政法における行政行為の三区分」、田中二郎古稀記念「公法の理論上」所収、三二四頁)、第二に、授益性の有無及びその性質と程度が問題になるというべきであろう。
最高裁は、授益的行政行為の取消しにつき、明文がなくても、これを肯定していると解せられ、取消しの制限については、処分を放置することによる公益上の不利益と処分の取消しにより関係人に及ぼす不利益との比較考量により、前者が後者に対して大である場合には取消しを肯定するもののように解せられる(最高裁判決昭和三一年三月二日民集第一〇巻三号一四七頁、同昭和四三年一一月七日民集第二二巻一二号二四二一頁、及び後者についての最高裁判所判例解説民事篇昭和四三年度(下)一二八〇頁以下)。
また、最高裁は、行政行為の撤回についても、公益に適合しない状態が生じた場合は、直接の明文がなくても肯定していると解せられ、撤回の制限についても、撤回すべき公益上の必要性と撤回によってその行政行為の名宛人の被る不利益との比較考量により、前者が後者に比し優越する場合には撤回を肯定するものと解せられる(最高裁判決昭和六三年六月一七日、判例時報一二八九号三九頁)。
なお、内閣法制局は、明文の規定がなくても、行政行為の撤回は可能であるとしている(「公衆浴場の許可の取消について」昭和二八年一二月九日法制局第一部長回答、厚生省公衆衛生局長あて、「法制局意見年報」第二巻昭和二八年度二二一頁。「指定医療機関の指定の取消について」昭和三〇年三月二九日法制局次長回答、厚生事務次官あて、「法制局意見年報」第三巻昭和二九年度二〇四頁)。
薬事法第一四条製造承認の取消しにつき、「不相当な副作用のある医薬品の販売を続行させることは公共の福祉に反するものであるから」これを肯定すべしとする見解(阿部泰隆「薬事法の性格と薬事にたいする国家賠償責任」判例タイムズ三七六号五〇頁)や、「行政行為によって生じた法律状態が、社会的に有害な結果をもたらす虞れを生じたときは、明文の規定の有無にかかわらず、撤回可能と解しなくてはならぬであろう。これは許可制や認可制などによって個人の行為を行政的規制の下においた法の趣旨から導かれることで、まったく法律上の根拠がないのに個人の権利・自由を制限・剥奪する場合と同一に論ずるべきではない」とする見解(今村成和「行政法入門」三版一〇一頁)がある。
以上を総合すれば、薬事法第一四条の製造承認取消し、撤回の能否は、取消し、撤回をしない場合の公益上の不利益と取消し、撤回をした場合に製薬会社が被る不利益の有無、その性質及び程度によって決せられることとなると解せられる。しかし、取消訴訟と違い、クロロキン網膜症の被害が現に発生している本件国家賠償訴訟においては、公益上の不利益はあまりにも明らかであって論ずるまでもないから、第一四条の製造承認によって、製薬会社らがいかなる法的利益を得ていたかを検討すれば足りるというべきである。
(二) 既得承認利益の性質及び程度
(1) 既得承認利益
例えば、甲がAなる医薬品について第一四条一項の承認を得たとする。ところが何かの事情で、その後、乙が同一のAなる医薬品について、甲が厚生大臣に対して甲が提出したと全く同一の情報、資料を提出したとしても、厚生大臣は、すでに甲に対して承認を与えてしまつたことを以って乙に対する承認を拒みうるわけではなく、したがって、乙は、甲が得たと同様に第一四条一項の承認を得ることができるのである。
右の例の場合、乙は甲からAに関する情報を窃取したのかもしれないが、それは刑法、あるいは特許法違反の問題ではあっても、薬事法上の問題ではありえない。また右の例で乙は甲からAに関する情報を私法的契約によって入手したのかもしれないが、それもやはり薬事法の関知するところではない。かくして、同一の物についての同一の使用目的、同一の成分、分量、用量、効能、効果等について複数の申請者に承認が与えられうるのであって、先に承認を得た甲が、後に同一の承認が乙に与えられたことを以って、厚生大臣に対し、自己の「利益」が侵害されたと主張することは許されないのである。なぜなら、自己の(薬事法上の)いかなる利益も侵害されてはいないからである。
第一四条の製造承認が、このような性質を有する理由は二つある。第一に、第一四条の製造承認は、対物的承認であって、対人的承認ではない点にある。当該申請になる医薬品が一般の流通に置くことが適切であるかどうかの判定であって、甲業者或は乙業者に当該医薬品を製造する権利を与えるか否かの判断ではない点にある。
第二に、第一四条の製造承認は、その承認基準が、日進月歩する医学薬学の進歩とともに進歩変化することを当然の前提にしていることから、たとえ同一物に対してであっても、判定の時点によっては、異なる判定結果になりうることを予定する構造だからである。
(2) 申請者資格
前述した、消費生活用製品安全法においては、その第二三条で、登録を受けた業者に対して第一種特定製品の型式認可を受けることを義務づけており、液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律では、第五八条で、登録を受けた業者は第一種液化石油ガス器具等の型式の承認を受けうると定めており、ガス事業法においても、第三九条の八において、登録を受けた業者は第一種ガス用品の型式についての承認を受けることができる旨を定めて、それぞれ特定の生活用品の型式の承認(認可)の申請をなしうる業者の申請者資格を登録を受けた業者に限定している。
しかし薬事法第一四条は承認申請者の資格をなんら制限していない。医薬品製造業者に制限されているわけではなく(但し、昭和二三年薬事法第二六条三項の品目製造許可は登録製造業者に制限されていた)、誰でも承認の申請をなしうるのである。また同一の承認申請を複数の者が連名でなすことも許される。
この事実は、第一四条の承認が、提出されたデーター、資料に基づき、申請された客観的、主観的情報の医学薬学的適切性を確認するだけのものにすぎず、承認を得た者に特別の法的利益を付与する性質をもっていないことを端的に示している。
(3) 局方収載医薬品との対比
ある者が第一四条一項又は二項の承認を得た場合において、その者が現実に当該品目の製造をなそうとすれば、別途第一二条の許可又は第一八条の製造品目変更追加許可を得なければならないのであるから、その者が得た利益があるとしても、それは当該品目につき第一二条(又は第一八条)の製造許可をうることができうる地位を取得したことにとどまるのである。この法的地位は、すべての者が第四一条の局方収載医薬品に対してもつ法的地位とまったく同一である。
第一四条の承認医薬品と第四一条の収載医薬品との性質の異同につき、第一四条の承認は、当該品目について、承認を得た者だけがもつ法的地位であり、第四一条の収載医薬品については、まったく無限定にあらゆる者が同一の法的地位に立つ点が違うということは確かではあるが、この差はきわめて微細であって、例えば、前述の通り、薬事法上は、同一医薬品について同一の承認事項、同一の承認内容の承認が別人に与えられることはありうるのであって、論理上は、かかる承認が無数の者に与えられることも薬事法上は許される構造にあることを考えれば、右の差異はほとんど存在しないといってもよいくらいに微弱なものである。
少なくとも、特定の医薬品につき、その安全性の不存在或は消極的要件の不存在を理由に医薬品たる法的地位を奪う行政措置をとろうとする場合に、その行政措置をとることを許さないことを根拠づけうるほどの法的利益ではありえない。特に、安全性の不存在を理由に第四一条の医薬品を局方から削除することが許される場合であれば、当該局方収載医薬品と同一の薬理作用をもつことから同様に安全性不存在の性質をもつ第一四条の承認医薬品につき、承認取消し又は撤回が許されないとするほどの、強い授益的性質を有するものではない。
第一四条の承認が、仮に授益的行政行為であるとしても、右にみたように、きわめて微細な利益にすぎないものである以上、承認を維持することが公益に反する場合には、承認を取消し又は撤回することは、法律上、当然に認められる。
この場合、取消し又は撤回を基礎づける明文上の根拠は必要としないわけではあるが、第一四条一項二項の立法目的が、日本薬局方未収載医薬品について、一般の流通に置く医薬品とする足るだけの有効性安全性があるか否かを審査し、日本薬局方収載医薬品とあいまって、一般社会に流通する医薬品の有効性安全性を確保することにある、ことを考えれば、第一四条一項二項には、取消し及び撤回を肯定する法意がふくまれているということができる(阿部泰隆「行政の危険防止責任下」判例評論二三三号一二頁、同「国家補償法」一九五頁参照)。
(三) 第四一条との対比
第四一条の日本薬局方に収載される化学合成物は、同第二項、及び日本薬局方の歴史から明かな如く、有効性と安全性につき、すでに評価の定まったものが収載されることが予定されている。
かかる評価の定まった医薬品についても、第四一条三項は、少なくとも一〇年に一度見直しの検討を行い、削除することを義務づけている。そうである以上、新規に開発され、評価の定まっていない化学合成物を医薬品としうることを認める第一四条の承認医薬品について、薬事法が承認取消しを認めていないとすれば、著しくバランスを欠くといわざるをえない。第四一条の評価の定まった医薬品さえ削除しうる以上、いわんや、評価の定まらない新薬について、承認の取消し又は撤回ができないはずはない。したがって、承認取消し権限及び義務の条文上の根拠の二つ目は、第四一条である。
(四) 薬事行政実務
(1) 昭和二三年薬事法下の薬事行政実務
(イ) 昭和二三年薬事法第二六条三項に規定する品目製造許可は、昭和三五年薬事法第一四条の製造承認と同第一二条、第一八条の許可とを分離せず、両方の審査を一本で行う構造となっていたが、両方の審査を一つの手続で行うという手続の点で違いがあるだけで、審査の内容、性質に違いがあるわけではなかった(高田浩運「薬剤師法薬事法の解説」一九一頁、牛丸義留「薬事法詳解」一五二頁)。
したがって、昭和三五年薬事法第一四条に関する前述の議論は、昭和二三年薬事法第二六条三項の品目製造許可にもそのまま妥当するものである(但し、昭和二三年薬事法第二六条四項により、品目製造許可は薬事委員会の建議に基づかなければならない点でも違いはある。しかし、このため、品目製造許可がより公正、厳重に行われる仕組みになっていたとは言いうるにしても、判断手続の違いであり、内容、性質の違いではない)。
(ロ) 昭和二三年薬事法においても、昭和三五年薬事法と同様、法文中に、副作用、安全性の文字があるわけでもなく、また、同第二六条三項の品目製造許可の取消しについての条文があったわけでもない(同四六条三項は医薬品製造業者、販売業者などの登録取り消し及び業務停止を規定するにすぎない)。にもかかわらず、昭和二三年薬事法を施行する薬事行政実務においては、副作用の発生を規制することを目的とする(同法第七条に基づく)薬事委員会の建議や厚生省薬務局長通知等が数多く存在し或は発せられている。
a 昭和二三年一〇月一九日 薬発第五二四号、都道府県知事宛、厚生省薬務局長(以下では、日付と薬発番号のみを記載する)「薬事法施行に関する件」
右は、昭和二三年薬事法の施行にともない五点にわたり一般的な法施行方針を通知するものであるが、その「第五 取締その他について」は広告についての取締方針を明らかにしている。
その(イ)は新医薬品及び用具の取締範囲を記しその(ニ)において「左に掲げるような用語による広告、宣伝は不可とすること」として、左のように定めている。
「1 効力一〇〇%、根治妙薬又はこれらに類似する用語
2 例えばペニシリンより良く効く(醫薬品又は用具によっては事實限られた範囲で、規制醫薬品又は用具より効能、効果又は性能のすぐれている場合に眞實を記載してあるものは差支えない)
3 全ての症状に良く効く
4 實験報告を記載する場合マイナス的結果を除外し好結果のみを集計してあるもの及び副作用のあるものについて、これが記載を全く欠くもの
5 厚生省推薦その他、かゝる事實なく厚生省又は都道府縣の名を冠したもの」
b 昭和二四年四月二五日付、薬事委員会の厚生大臣宛「薬事法の規定による建議」
同建議別紙「薬事法第二六条の規定による医薬品製造許可(避妊薬)について」の第一、二、の2は「主薬はその用量の範囲に於て何等の副作用があってはならない」としている。
c 昭和二四年六月一四日 薬発第九三号「医薬品適正広告基準について」
右は、虚偽誇大広告を禁止する薬事法三四条に基づいて定めた、七項目にわたる「医薬品適正広告基準」についての解釈指針であるが、右「基準」の五に「医薬品の品質、効能、効果に関して最大級の形容詞は用いてはならない」としている点について、最大級の形容詞とは次のようなものであるとして具体例を挙げた中で「副作用のある医薬品であって副作用のない旨を記述することも最大級の形容詞を用いたものと認めること」としている。
d 昭和二四年一二月二四日付、薬発第一九九〇号、「生物学的製剤製造指導要領」
右の(一―九)は、当該製剤に「継続した安全性」を要求した上、(一―一一)において、「安全性という語は、製剤を注意深く投与した場合、その製剤をそのときの患者の容態と考え合わせて、その処方された者に対する有毒な結果の比較的ないことと解釈する」としている。
e 昭和二五年一月三一日 薬発第六六号「生物学的製剤製造業登録及び品目製造許可手続指導要領」
右の五は、「業務の全面的停止または登録の取消」とする場合を定め、その1、2において次のように定めている。「1、登録された製造所又は許可された製剤が法規又は基準書の定めるところに適合しないとき。
2、右の欠陥のため許可製剤の供給販売が、保健の障害となるとき、及び製造業者が右のような欠陥の通告を受けてその欠陥の改善の措置をとらなければ製剤の供給販売が保健の障害となるとき」としている。
f 昭和二五年六月一四日 薬発第三七一号「輸入オーレオマイシン並びにクロロマイセチンの取扱いについて
右の「二、使用について」はオーレオマイシン及びクロロマイセチンの使用条件を詳細に定めた上、その(六)(七)(八)で、「(六)副作用としてときに胃腸障害(悪心嘔吐等)を見ることがあるが、これは食餌(パンその他)と共に本剤を投与することにより殆ど防止することができる。(七)患者について本剤投与の前後における詳細な観察(特に副作用についても)及び検査を行う。(八)本剤服用者で死亡例あるときはできうる限り剖検により死因を明らかにするようにする。」としている。
g 昭和二六年六月二六日 薬発第二八七号「フラシン類を配伍する点眼剤について」
右は、グアノフラシン及びフラシンを含有する点眼剤の即時製造中止、既発売品の全面的回収を周知徹底させる旨の極めて重要な通知であるので、重要部分の全文を左に引用する。
「一 グアノフラシンを配伍する点眼剤関係
さきにグアノフラシン(五・ニトロ・二・フルフリジン・アミノグアニジン塩酸塩)を配伍する点眼剤に、その使用に起因すると思われる副作用として、使用者中から稀にではあるが使用の一ヶ月乃至数カ月に至って睫毛及び眼瞼皮膚の白変を来たすものがあるという、全く予測されなかった副作用があることが判明し、発生の状況、症状発現部位の特殊性、経過等諸般の状況からみて、この副作用の発生を根源において至急に絶つ必要を認めたので、とりあえず此種点眼剤の全製造業者に対し、右の状況を伝えて自発的に即時製造を中止し、配伍成分を変更し、且つ既発売の製品を全面的に回収するよう要望したところ、製造業者並びにその所管都道府県庁の全幅的協力によってひとまず右の応急の措置を了ったが製品の回収については一部になお回収漏れの残品があった例もあるので、これらの残品が今後一切販売されることのないよう、薬局、医薬品販売業者に通知徹底させると共に、一般人、医師方面に対しても注意を喚起することにいたしたいから、貴管下関係方面に対し、左記の(一)(二)(三)により何分の御指導並びに御配慮を煩わしたい。
追って右の結果については、左記の(四)により七月末日迄に漏れなく取りまとめて八月十五日迄に必着するよう御回報願いたく、又グアノフラシンを配伍する点眼剤の製造業者については、当方における万一の調査漏れを防ぐため、貴管下医薬品製造業者を御調査の上、該当製造業者がある場合は、一応全部その登録番号、名称、所在地並に該当品目名を、さきの報告と別途に折りかえし御報告願いたい。

(一) 薬局及び医薬品販売業者に対する措置
(イ) グアノフラシン配伍点眼剤の残品がもしある場合には一切販売しないように周知させること。
(ロ) グアノフラシン配伍点眼剤の残品を保有するものがある場合には、当該品の残量を販売名別に(製造業者の住所氏名を必ず併記のこと)報告させると共に、この調査の結果に基づいて当方より当該点眼剤の製造業者に対し個別に行う別途回収指示により、回収が行われる迄、そのまま保管しておくように通知すること。
(二) 一般人に対する注意喚起の措置
適当な方法によってグアノフラシンを配伍する点眼剤(容器に記載の成分表示に注意させること)に、前記の副作用が稀に発生することを知らせ、注意させること。
(三) 医師方面に対する措置
(イ) グアノフラシン末(富山化学工業株式会社製品)の眼科領域に対する適用に、前記の副作用があることが判明したので、新製品には眼科領域関係の用法効能が削除されて居り、旧製品についても訂正文書が後添されたが、既に販売された製品には訂正の及び得なかったものもあると思われるのでこの旨を周知させること。
(ロ) 前記副作用発現患者がある場合には、その正確且つ詳細な状況、治療法並びにその経過の報告を求めること。
(四) 前記各措置についての要回報事項
(イ) 薬局及び医薬品販売業者中、グアノフラシン配伍点眼剤の残品を保有するものより提出される報告書とその管下集計表
(ロ) 貴管下において本剤による副作用が発生した事例がある場合は出来るだけ詳細な且つ正確な状況、治療法並にその経過
二 フラシンを配伍する点眼剤関係
最近フラシン(五・ニトロ・二・フルアルデヒド・セミカルバゾン)を配伍する点眼剤についても、前記グアノフラシン配伍点眼剤におけると同様の副作用事例が、その数においては前者より更に少なく、その発現の契機等についてもなお検討の余地を残しているものの現実に発生しており、現在慎重に調査を進めているが、配伍有効成分であるフラシンが前記グアノフラシンに近似する薬品であること等よりみて、本剤についても、その真因その他の状況が詳細に判明する迄、とりあえず、関係業者の協力を求めてその製造並びに販売を一時中止することにいたしたいので、左記により御協力並びに御指導を願いたく、又一般人に対しても本剤の副作用に関して適切に注意を喚起するよう併せて何分の御配慮を煩わしたい。
追って右の結果については、グアノフラシン配伍点眼剤についての報告と同時に御回報願いたく又フラシンを配伍する点眼剤の製造業者についても、当方における万一の調査漏れを防ぐため貴管下医薬品製造業者を御調査の上、該当業者がある場合には一応全部その登録番号、名称、所在地並びに該当品目名をさきに報告と別途に折りかえし御報告願いたい。

(一) フラシンを配伍する点眼剤の製造業者に対する措置
当該点眼剤の製造中止方については別添写の通り本通牒と同時に当方より各製造業者宛状況を伝え、自発的製造並びに販売の中止方を要望するが、なお貴庁におかれてもその主旨を充分に了解させられて、中止が早急に遺憾なく行われるようお願いする。
(二) 薬局及び医薬品販売業者に対する措置
(イ)フラシン配伍点眼剤はとりあえず今後の販売を中止するよう協力を求めること。
(ロ)フラシン配伍点眼剤を保有するものについて、当該品の保有量を、販売各別に製造業者の住所氏名を必ず併記させて報告すること。
(三) 一般人に対する注意喚起の措置
グアノフラシン配伍点眼剤に対する措置に準ずること。
(四) 医師方面に対する措置
前記副作用発現患者がある場合にはその正確且つ詳細な状況、治療法並びにその経過の報告を求めること。
(五) 前記各措置についての要回報事項
(イ) 薬局及び医薬品販売業者中、フラシン配伍点眼剤を保有するものより提出される報告書とその管下集計表
(ロ) 貴管下において本剤による副作用が発生した事例がある場合は出来るだけ詳細且つ正確な状況、治療法並にその経過
(後略)」
h 昭和二七年六月二四日 薬発第二九七号
これは、イソニコチン酸ヒドラジド(INHA)の表示書について、その効能を過大に記載しないよう通知するものであるが、その二において、表示書(第二条第一一項に定義される医薬品添付文書)は概ね次の範囲を超えない記載に止めること、とし、その(二)作用においては、「動物実験及び試験管内試験の結果、生体内における吸収、分布、蓄積及び排泄、結核菌の本剤に対する耐性、毒性及び副作用」としている。
i 昭和二七年九月一九日 薬発第三六八号
これは、副作用のため製造許可が留保されていたチオアセタゾン(新結核薬チビオン)に製造許可を与えるにあたっての許可方針を通知するものであるが、その三において、同医薬品を薬事法第四一条七号(要指示薬)に指定すること、その六において「使用上の注意は次の通りとし、表示書に記載すること」として、「各種の副作用(食欲不振、悪心、発疹、白血球減少、肝臓障碍等)に注意しながら用いる。白血球減少、肝臓障碍等は本剤の使用に当たって特に注意を要する。」としている。
j 昭和三一年八月二八日 医務局長薬務局長連名医発第七四三号「ペニシリン製剤による副作用の防止について」
右は「近時ペニシリン製剤による副作用の事例が報告され、その使用について不安を惹起しているが、ペニシリン製剤は疾病の治療に際して顕著な効果をもち、かつ価格が比較的低廉である点からみて国民保健衛生上重要な医薬品であり、今後とも十分評価されるべきものである。」とした上で、「ペニシリン製剤による副作用を防止するとともに、ペニシリン製剤に対する無用の不安により正当な医療の機会を失することのないようにするため」第一として、医師及び歯科医師に対する注意事項として、使用前の注意と使用上の注意を区別して詳細に定め、第二、医薬品製造業者等に対する指導事項として「表示書」にペニシリン製剤の副作用内容、使用にあたっての注意事項、濫用を避けるべきこと等を記載すべきことを細かく定めている。
(2) 昭和三五年薬事法下の薬事行政実務
(イ) 昭和三五年薬事法下における薬事行政においては、医薬品の安全性を確保するための具体的方策がいくつも採られているが、これらはすでに原判決が認定しているところであるから、再説をさけ、原判決理由中、第六節、第二、3、の(一)(二)(三)及び(四)の(3)、(4)、(5)、(6)、(7)、(8)、それに同(五)のうち、一行目の「また、承認段階でも」から「…いまだ承認をしていない」の部分までをここに引用する。そして、特に重要な事実である左記二点を主張する。
(ロ) 厚生大臣の自認
昭和四五年五月一九日、第六三回国会衆議院決算委員会において、内田常雄厚生大臣は、鳥居一雄の質問に対し次のように答弁している(同日、同委員会議事録第一七号閉会中審査、一四頁)。
「○鳥居委員 (略)
厚生省がこれまでに製造許可をしてきた薬品、医薬品の数は、昭和四四年現在、十万五千三百二種類に及んでいるわけです。この中には、いまもお話にありましたとおり、整理をしなければならない薬品がかなりあるように思います。ところが、さきに大臣の答弁の中にもありましたけれども、現在の薬事法の精神からいきますと、内閣法制局のほうの見解は、副作用がなければその取り消しができない。これを考えてみますと、FDAあたり、これは食品薬品庁、こちらのほうは、きき目のないような薬はどんどん回収して、かなり強い措置をとっておる、こういう観点から考えてみまして、薬事法の改正は、そういった意味で急務であるように思うわけです。
たとえば、さきにこれは広告することを禁じられた薬の中で、ベルツガンという梅毒によくきくといわれていた薬でありますけれども、結局きかないことがわかった。きかないことがわかって、そして製造許可の取り消しができるかというと、それができない。厚生省がとった措置は、広く売ることをなるべく押さえたいという弱い措置から、広告するのを禁じた、こういうふうに私ども受け取っておるわけでありますけれども、こういうように、確かに年々薬の数はふえております。十万種類をこえるような、しかも、その中にはもう役に立たないような薬があるわけであります。この整理を早急にやるべきだと思う。そのためには、ただいま田中委員のほうからも話がありました薬事法の改正をすべきである、こう思いますけども、大臣、どうですか。
○内田国務大臣 毎年相当の数にのぼる薬の承認をいたしておるようでございます。しかし、世の中が進歩してまいりますので、かつて承認をした薬でもその後再検討の対象になるべきものは、私は、正直に申して、あるのではないかと考えます。ところが、法律の改正をいたさなくても、本当に前の承認が誤りであった、また、前の承認と、条件その他が違ってきて、今日無効であることが客観的に学界等の検証によって認められます場合には、行政行為によって承認をいたしたものでありますから、今日の薬事法上も承認の取り消しということはできる、こういう解釈に私どもは立っておりますので、取り消しの条文がないから消さないということではございません。
(略)」
厚生大臣は右答弁をもって、第一四条の承認取消しが法律上可能であると自認していた事実は、本裁判において、きわめて重大である(なお、豊田勤治も取消可能なことは自認している)。
(ハ) 承認取消し薬務局長通知
昭和四〇年五月一一日薬発第三六〇号、各都道府県知事あて厚生省薬務局長通知「かぜ薬の製造(輸入)承認および製造(輸入)許可について」は、左の通り、製造承認の取り消しを通知している。
「アンプル入りかぜ薬の事故対策については種々御高配を煩わしたところであるが、五月七日付で中央薬事審議会から別紙の答申があり、これに基づきすでに製造承認を受けているアンプル入りかぜ薬に関する取扱並びに今後のかぜ薬の製造(輸入)承認及び製造(輸入)許可は、下記により行うこととしたので関係製造(輸入販売)業者に対し周知徹底を図るとともに、円滑な事務処理が行われるよう何分の御配慮を煩わしたい。

1 すでに製造許可を受けているアンプル入りかぜ薬について
上記の剤型については、六月末日までに製造品目の廃止届を提出させること。
また、同日まで廃止届を提出しない場合は、提出しない者の氏名(法人にあってはその名称)及び当該品目名を七月一〇日までに当局に報告すること。
当該品目については、上記報告に基づき当局において製造承認の取消を行なう方針である。
2 アンプル剤型以外の剤型のかぜ薬について
上記については、別添の配伍・効能基準により製造(輸入)承認を行なうこととし、次により事務の処理を行なうこととしたこと。
(1) 新たに製造(輸入)承認されるかぜ薬は、この配伍・効能基準によること。
(2) 現に製造(輸入)承認申請中のものについてもこの配伍・効能基準に適合するよう所要の措置をとらせること。
(3) すでに承認されているかぜ薬で、この基準に適合しないものについては、とりあえず製造をみあわせるよう指導すること。
なお、このかぜ薬の今後の処理については、おって通知するところによること。
(4) (1)及び(2)の承認、許可事務の処理を円滑に遂行するために、申請書及び進達書の表の上欄余白に風と朱書し、他の申請書と区別すること。
3 輸出については、1及び2に準じて指導されたいこと
(別紙)
答申
昭和四〇年三月二日薬発第四一号をもって諮問のあったアンプル入りかぜ薬の可否については、下記の通り答申する。

アンプル入りかぜ薬は、次の理由により、その製造販売を禁止すべきである。
(理由)
(1) 死亡例についての剖検所見から使用者に或る種の体質又は異常状態のあるときは、かぜ薬の主成分の極量以下の使用によっても中毒を起こすことがあり、大量に服用するときはその危険性がより大きいことが判明したこと。
(2) 国立衛生試験所で行なった動物実験の結果により、アンプル剤型のかぜ薬は他の剤型のかぜ薬に比べて吸収速度が極めて早いため血中濃度が急速に高値に達し、その毒性の発現が著しく強いことが判明したこと。
(3) 近年におけるかぜ薬の生産量の急増は、個々人の使用の量及び機会の増大を意味し、このことが中毒事故発生の体質的基盤の形成をはじめ事故発生の機会を増大する可能性を推定させること。
(3) 薬事行政実務の意味するもの
(イ) 原判決は、右に引用した、薬事行政実務における各種行政措置を認定した、そのすぐ後で、「厚生省が現実に行ってきた各種医薬品に対する措置は、その多くは明文の根拠規定に基づかないいわゆる行政指導に属する」という。
しかしながら、これはあまりにも粗雑、かつ誤った判断である。「その多くは」という以上、行政措置のうちのいずれかは明文の根拠規定に基づいているかの如き口吻である。にもかかわらず、それがどの行政措置であるかも指摘していない。原判決の認定、論理は粗雑であるという外はない。
昭和二三年薬事法においても、まがいものの医薬品の排除だけではなく、正規の医薬品であることを前提にして、その医薬品の安全性を確保するための明文を置いていることは、第一、二、3、(七)において見た通りである。昭和三五年薬事法についても、正規の医薬品であることを前提にして、医薬品の安全性を確保するための数多くの明文が存在していることは明らかであり、ここまで詳論してきたところであって、原判決の誤りは明白である。
薬事関係各種業者の営業の自由とのかねあいでは、法律による行政の原理を重視するかの如くに見える原判決が、昭和二三年から昭和四〇年にわたる数多くの安全性確保のための行政措置については、法律による行政の原理から何の疑問も呈していない。このような論理運びは偏頗であり、合理性に欠けるという外はない。
(ロ) 昭和二三年薬事法下においても、昭和三五年薬事法下においても、前述或は原判決から引用した各種の行政措置は、「その多くは」ではなく、その全部が明文の根拠規定に基づいた行政措置である。
したがって、前述した、或は引用した行政措置、それに厚生大臣の発言は、厚生省が、昭和二三年法についても昭和三五年法についても、正規の医薬品について、国に安全性確保義務があると解し、自認していたことを示す事実なのである。薬事法上の医薬品安全性確保義務の存在を当然の前提として、現実の行政需要に対応して、かかる国の義務の具体化、顕在化として、前記各種の行政措置がなされてきたのである。これが、法律による行政の原理に最もよく整合する理解であろう。
4 各種の安全性確保手段――不作為の違法(三)
(一) 安全性確保のための明文の存在
最後に、各種の不作為の違法をまとめて述べることとする。まず、薬事法が、医薬品の有害性から国民の安全を確保するための明文を置いていることは明白な事実である。
第一条と第七九条二項は、薬事法が、医薬品による保健衛生上の危害の発生を防止することを目的とする旨の明文である。
第一四条一項が、厚生大臣に対し製造承認申請品目につきその効能効果等を審査しうると規定するのは、厚生大臣がその安全性を審査しうる旨の明文である。
第二九条の指定、第三一条の指定、第三五条の指定は当該販売業者の有する医学薬学等の知識の程度を勘案した、医薬品の安全性を確保するための明文である。
第四二条の基準、第四四条一項及び二項の指定、第四九条の指定、第五〇条八号及び九号の指定、第六七条一項の指定はいずれも医薬品そのものの安全性を確保するための明文である。
そして第六九条の、厚生大臣が「必要があると認めるときは、医薬品……を業務上取り扱う者に対して、必要な報告を命じ」うる規定は、医薬品の安全性を確保するための明文である。
特に第六九条の報告命令は、厚生大臣が必要があると認めるときは、いつでもいかなる医薬品についても発動しうるきわめて広範な権限である。その上、業者に対して報告を命ずるだけであって業者に過大な負担を課するものではないから、迅速に発動しうる権限である。他方、業者の側からみれば、この報告命令に従わなければ、或は虚偽の報告をすれば、立ち入り、検査、質問、廃棄等のより厳重な措置を執られるかもしれず、或は特定の医薬品について前記指定制度のうちのいずれかの指定がなされるかもしれず、これを恐れて、必要な報告をせざるを得ない。従って、この報告命令は、きわめて有効な方法である。
製造業者が第一四条一項の承認申請又は同二項の変更申請をしてくる際に、当該医薬品の安全性に疑いがあれば、厚生大臣は当該業者に対し第六九条に基づいた報告を命ずることができるはずであり、同施行規則二〇条により安全性に関する参考資料の提出を命ずることもできるものである。
以上の如く、厚生大臣は、医薬品の安全性を確保するため、実にさまざまな段階に応じた行政措置を執りうる明文上の根拠を有しているのである。
(二) 安全性確保手段の階梯
薬事法は国民の安全保護のため、医薬品の特殊性に対応して、物規定と指定制度、そして第六九条以下の監督制度を置いている。
ところで、指定制度は、特定の物質が日本薬局方に収載されることによって、第一二条、第一八条の許可を経て一般の大衆に向けて流通に置かれうるという法的地位を取得した医薬品、それに、第二条一項二号及び三号の物質が第一四条の承認を得て、同じく第一二条、第一八条の許可を経て一般の大衆に向けて流通に置かれうるという法的地位を取得した医薬品(より厳密には、特定の人の特定の疾患に使用されることを目的とする処方箋によって調剤されるクスリ及び第二条一項二号又は三号の医薬品であっても、いわゆるニセグスリ或は治験用、実験用等の一般の流通に置くことが認められていない医薬品を除いた全ての医薬品)であることを前提にして、それら法的地位を取得した医薬品のうちの、特定の医薬品のみについて、販売業者のもつ医学薬学知識のレベルの高低及び、或は、当該医薬品の危険性の高低を理由として、医薬品からの安全性を確保しようとする仕組みであった。監督制度は、物規定と業者規定とを前提として、行政庁が医薬品からの安全性確保のため直接に業者を取締る仕組みであった。
それでは、薬事法は、全体として、医薬品からの安全性確保の諸手段をどのような価値序列で配置しているであろうか。
これは、薬事法が業者の利益と国民の利益との対向関係を基本として構成されていることを考えれば、業者規定、物規定、指定制度等の全体を通じて、薬事法がどのように業者の利益を保護し、或は保護していないかを検討することによって明らかになるはずである。
業者の利益との関係で、薬事法は、医薬品の安全性確保にあたって、次の四つの段階を設定している。
第一段、指定制度。すでに医薬品としての法的地位をもつもののうち、特定の品目のみについて、特定の、或はすべての業者に対して不利益を与える。しかし、第七六条の聴聞手続の保護はない。
第二段、監督制度。第六九条の報告命令或は、立入検査、第七〇条の医薬品そのものについての廃棄等の処分命令、第七一条の医薬品そのものについての検査命令、第七二条の業者の構造施設の改善命令、使用禁止命令は、いずれも特定の業者に対し、相当に重い不利益を課すものである。しかし第七六条の保護はない。
第三段、第四一条三項の薬局方からの削除及び第一四条の承認の取消し。すべての局方医薬品が削除の対象になりうるものであり、かつ、削除されたときは、すべての業者に対して不利益を与える。しかし第七六条の保護はない。第一四条の製造承認の取消しもすべての承認医薬品が対象になりうるものであり、かつ、承認が取消されたときは、当該医薬品に関与するすべての業者が不利益を受けるものである。しかし第七六条の保護はない。但し、医薬品としての地位の喪失は、当然のことながら、当該医薬品に関与する業者に、かつ、当該医薬品についてのみの不利益を与えるものにすぎない。
第四段、第七五条の営業許可の取消し、又は業務停止命令。業者は特定の品目についてだけではなく、営業全体の息の根を止められることもある。但し、その処分においては特定の業者のみに課される不利益である。第七六条による右処分前の保護がある。
(三) 安全性確保手段の多様性
薬事法上の医薬品は、一般の流通に置くことが認められた医薬品である。かかる医薬品には、一般の公衆保護の観点から高度の公益性が要求されるため、有効性と安全性が存在しなければならない。
この両者の関係を考えると、まず、有効性が存在しなければ、医薬品としてそもそも問題にもならない。次いで、安全性に疑いがある、つまり、有害性があるにしても、そのことだけを以って、直に医薬品としての法的地位を否定することにはならない。すなわち、有害性があってもそれを上回る有効性がある場合には、適切な指定を行うことによって医薬品として使用することが可能だからである。
これに対して、有害性の程度が有効性の程度を上回る場合すなわち、有用性が存しない場合には、医薬品としての法的地位を否定すべきであると考えられる。本件クロロキンの場合は少なくとも一九六一年以降はこれにあたる。食品添加物たる化学的合成品に対比しても、また薬事法第一条、第七九条二項規定の薬事法の目的、並びに、第四一条、第一四条が憲法第二五条一項に直接の根拠を置く規定であることに照らしても、医薬品としての法的地位を有しうるための要件としては、有効性を積極的要件とし、有害性の程度が有効性の程度を上回らないことを消極的要件とすると言うべきであろう。
右積極的要件と消極的要件がともに存在する場合には、日本薬局方に収載するか否か及び承認するか否かにつき、厚生大臣の裁量が認められるが、右消極的要件が不存在である場合(つまり、有害性の程度が有効性の程度を上回る場合)には、積極的要件が不存在である場合(つまり、有効性がない場合)と同様、局方収載及び第一四条の承認は、法的要件を欠くものとして違法である。局方収載後、又は承認後、当該医薬品に副作用の存在することが明らかとなり、消極的要件を欠くことが判明したときは、法的要件を初めから欠いていたのであるから、局方から削除されるべきであり、又はその承認は取消すべきである。
にもかかわらず局方から削除されず、又は承認が取消させないときは、削除又は承認取消しの手続きに要する合理的期間経過後は、厚生大臣の不作為は国家賠償法上違法となる。
右消極的要件を欠いているいずれの場合においても、厚生大臣には、局方から削除するか否か或は承認を取消すか否かの裁量は認められない。なぜなら、有効性を上回る有害性が存するのであり、その有害性の程度は、対業者関係指定制度によっても対医薬品関係指定制度によっても、つまり薬事法上認められたいかなる方法を執ることによっても制禦できない程度なのであるから、厚生大臣として薬事法上与えられた権限によっては当該医薬品を薬事法上の医薬品として維持するか否かを判断する余地がないからである。
仮に、承認取消しが、講学上の撤回であるとしても、承認の授益性は極めて微弱であること、及び、消極的要件の不存在が判明したときは、既に医薬品としての法的地位を維持するに足る公益性に欠けるのであるから、承認を撤回しうる。
局方収載に際し又は承認に際し、有効性は存在するが、有害性も存在し、かつ、有害性が有効性を上回ってはいないことが判明していたときには、一応積極的要件と消極的要件とが存在するから、局方収載並びに承認は違法とはいえないが、その有害性の程度が相当に高い場合には、厚生大臣は指定制度を活用し、当該医薬品の性質、及び有害性の程度に対応した適切な、いずれかの指定をなすべき義務を負うというべきである。かつ、厚生大臣は、当該医薬品を製造又は販売する業者に対し、後日監督制度のうちのいずれかの手段、特にそのうちでも最も軽微な(業者にとって負担の軽い)監督手段である第六九条の手段である「必要な報告を命じ」る義務があるというべきである。
この場合厚生大臣には、いずれの指定を執るべきかについては裁量が認められる。執りうる指定の範囲はかなり広く、当該医薬品の有害性の程度及びその性質、当該医薬品が惹起している被害状況、当該医薬品を医療上必要としている状況等々に対応して、最も適切かつ合理的な指定が選択、判断されなければならないからである。但し、その裁量はいずれの指定を行うべきかの裁量であって、いずれの指定をも行わないとの裁量は認められない。
局方収載後及び第一四条の承認後、有害性の存在することが判明したが、その有害性がいまだ有効性を上回るには到らない程度ではあっても相当の有害性であることが判明したときは、厚生大臣は、直に、指定制度を活用し、当該医薬品の性質、使用頻度等及び有害性の程度、発現頻度等に対応した適切な、いずれかの指定をなすべき義務を負うというべきである。かつ、厚生大臣は、当該医薬品を製造又は販売する業者に対して、少なくとも、最も軽微な監督手段たる第六九条の「必要な報告を命じ」る義務を負うというべきである。
この場合においても、厚生大臣は、前記と同様、状況に応じて適切かつ合理的な指定を選択しうる裁量が認められる。しかし、そのいずれの指定をも行なわないとの裁量は認められない。
加えて、厚生大臣が前記報告命令を発する義務を負う場合のいずれにおいても、当該報告命令を受けた製造業者或は販売業者がその命令に従わない場合には、厚生大臣はその職員をして第六九条規定の工場又は店舗へ立ち入らせ、帳簿書類その他関係文書等の検査をさせ、関係者に質問させる等の措置を取らせ、或は、第七〇条規定の、医薬品を業務上取り扱う者に対し、第四四条三項違反、第五五条違反、又は第五六条違反の医薬品として廃棄その他公衆衛生上の危険の発生を防止するに足る措置を採るべきことを命ずる義務を負うものというべきである。
三 憲法第二五条と憲法第二二条――まとめ
1 憲法第二五条
薬事法第四一条並びに第一四条においては、薬局開設者、医薬品製造、輸入業者、販売業者らに対する利益保護の配慮は存在せず、これら業者が憲法第二二条一項に基づいて有する営業の自由に対して、憲法第二五条一項の国民の利益を優先して保護している。したがって、薬事法第四一条と第一四条は、国と国民との直接的関係性において立法されているのであり、憲法第二五条第一項の、国民の国に対する健康な生活を営む権利に直接基づいて規定された条文なのである。薬事法は、同法第一条と第七九条二項によって規定する同法の目的たる、医薬品によって国民の上に発生するかもしれない危害の予防を、ある物質を医薬品とするか否かという、薬事に関する根本の地点で、実現しようとするものである。
薬事法の法体系としての構造は次の如きものである。すなわち、薬事法は、医薬品の危険性から国民の利益を保護するにあたって、医薬品製造、販売業者らの営業の自由に基づく利益との関係において、業者の利益を国民の利益とを同一水準において捉え、両者の均衡関係によって、且つ、均衡関係の限度において国民の利益を保護しようとする性質の規定と、国民の利益を業者の利益より優先して保護しようとする性質の規定とを併せもっている。
そして、国民の利益を業者の利益よりも優先させる場合においても、優先の程度に強弱をつけ、ある程度は業者の利益をも配慮する場合から、業者の利益をまったく配慮せず、国民の利益を完全に優先させる場合まである。つまり、憲法第二五条が実現しようとする国民の利益と憲法第二二条が実現しようとする国民の利益との均衡と価値序列という法思想によって薬事法を体系づけているのである。
薬事法のかかる複合構造を理解せず、薬事法は国民の安全を確保する条文を置いていないという原判決は粗雑であり、薬事法の解釈を誤ったものであるという外はない。
2 原判決の誤り
消費生活用製品安全法においては、登録製造業者の登録の取り消しだけではなく、第一種特定製品の型式の承認の取り消しについても、聴聞を行わなければならない旨規定されており(同第九〇条一項)、液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律においても、登録製造業者の登録の取り消しだけではなく、第一種液化石油ガス器具等の型式の承認の取り消しについても聴聞を行わなければならない旨規定されており(同第九〇条一項)、ガス事業法においても、登録製造業者の登録の取り消しだけではなく、第一種ガス用品の型式の取り消しについても聴聞を行わなければならない旨規定されており(同第四九条一項)、電気用品取締法においても、同法の規定による処分についての異議申立があったときは、異議申立人に対し聴聞を行わなければならない旨規定し(同第五一条)、登録製造業者に対する登録の取り消し(同第一四条)だけでなく、甲種電気用品の型式の認可の取り消しの場合であっても、右異議申立及び聴聞の保護を与えている。
このように、右製品安全法等は、業者登録についてだけではなく製品の型式の承認(認可)についても、その取消しは、同製造業者らに不利益を与えるものとして、聴聞手続きの保護を与えている。
これに対して、食品衛生法においては逆に、飲食店等の営業(食品衛生法施行令第五条)の許可の取消し(同法第二二条、二三条)についてだけではなく、食品添加物たる化学的合成品の指定取消しについても(指定取消しの根拠条文はないが、これをなしうることは、前記チクロ二判決の通り)、聴聞手続きの保護を与えていない。これは食品衛生法が、食品衛生上の危害(同第二二条)という、電気器具、ガス器具等による危害よりはるかに危険性のレベルの高い、人の生命・身体の安全にかかわる危害については、その除去にあたり、業者らの利益よりも国民の利益が優先するとする思想に立っていることを示している。
薬事法においても、食品衛生と同様ないし、それ以上に、第四一条三項局方からの削除、第一四条新医薬品の承認取消しという、人の生命・身体の安全にかかわる危害の発生を防止するにあたり、業者の利益より、国民の利益を優先させるという明確な思想に立っているのである。
このように、薬事法第四一条と第一四条においては、薬局開設者、医薬品製造業者、輸入業者、販売業者らに対する利益保護の配慮は存在せず、これら業者らが憲法第二二条一項に基づいて有する営業の自由に対して、憲法第二五条一項の利益を優先して保護しているのである。
その上、薬事法は、毒薬劇薬の指定、要指示薬の指定などさまざまな医薬品指定制度を置いて、製造業者、販売業者等に医薬品に関する制限的な負担を課すという方法によって医薬品の危険性から国民の安全を保護するという、業者の利益との均衡において国民の利益を保護する周到な用意をしているのである。
更に、薬事法は、第六九条、第七〇条の業者監督規定を置き、厚生大臣が業者に対して直接命令して負担を課すという方法によっても医薬品の危険性から国民の安全を保護するという、業者の利益との均衡において国民の利益を保護する周到な用意をしているのである。
薬事法は、その上で、最後の手段として、業者の利益を全面的に否定する、当該業の許可の取消し、又は期間を定めて業務の全部又は一部の停止命令を規定しているのである。
原判決は、薬事法が業者の利益保護と国民の利益保護という二本の柱によって構成されており、医薬品の有する有害性のレベルによって、ある場合には業者の利益を相対的に優位において保護し、ある場合には国民の利益を相対的に優位を置いて保護するという、複雑なバランス構造をもつ法体系であることをまったく見落とすという重大な誤りを犯している。
原判決は、その上、日本薬事法制史を誤解し、昭和三五年薬事法の立法過程を分析せず、昭和五四年薬事法制定の過程を検討せず、特に、薬事法中に医薬品安全性確保に関する明文の規定があることを見落とし、指定制度、監督制度の法意を見落とし、薬事法全体を捉えて、ただ漫然と、憲法第二二条一項の定める職業選択、職業活動の自由保障とのかねあいから、消極的取締を念頭に置いた警察取締法規としての性格を有しているとして、医薬品の安全性確保のための国の第一次的義務を否定したのは、明らかに、薬事法の解釈を誤るものであり、且つ、憲法第二二条一項及び第二五条の解釈を誤ったものである。
第三部 上告理由第二三点及び第二五点 ―― 国家賠償法第一条一項の解釈の誤りがあり、判決に影響を及ぼすこと明らかな判例違背並びに最高裁判例違反
はじめに
上告理由第一点ないし第二二点を前提として、第三部においては国家賠償法上の公務員の責任を論ずる。
本件クロロキン薬害発生につき国家賠償法上の責任を負う公務員は二種類存在する。その一は厚生大臣であり、その二は豊田製薬課長である。また、右公務員が国家賠償法上の責任を負う違法行為には二つの形があり一つは作為であり、その二は不作為である。厚生大臣は国家賠償法上、作為の違法行為と不作為の違法行為の二つの違法行為により責任を負うものであり、豊田製薬課長は不作為によりその職務義務に違反したことにより責任を負うものである。
厚生大臣の作為の違法行為の具体的内容は、製薬会社に対して、クロロキン製剤の製造・輸入・効能追加等を品目製造(輸入)許可、製造承認、変更承認したということと、リン酸クロロキン及びクロロキン錠を第七改正日本薬局方に収載したということであり、これらはすべて作為の形によって行われたものである。これを上告理由第二三点とする。上告理由第二二点においては、右日本薬局方収載の点については、不作為の違法としてしか論じていないが、国家賠償法上の違法を論ずる上告理由第二三点ないし第二五点においては、日本薬局方収載を作為の違法としても捉えるものである。
厚生大臣の不作為の違法行為は、右違法な作為行為をなしたものである以上、クロロキン網膜症発生防止のためあらゆる手段を講ずる義務があったにもかかわらず、漫然放置したすべての不作為をいうものである。リン酸クロロキン及びクロロキン錠の第七改正日本薬局方収載それ自体が違法であった以上、厚生大臣が右結果発生を防止すべき作為義務が成立することは自明であるから詳細に論ずる必要もないと考える。これを上告理由第二四点とする。
豊田製薬課長の違法行為は不作為の形によるものである。同課長は、昭和四〇年四月頃、クロロキン網膜症発生について具体的な情報を入手しながら、その職務義務に違反して漫然放置したものであるから、違法行為としては不作為の類型に属するものである。これを上告理由第二五点とする。
なお、上告人らは、国の国家賠償法上の責任を問うにつき、右三つの形態があることを従来特別に指摘していたわけではないが、この三形態の責任の基礎になる事実については具体的に主張してきたものであるから、上告審において新たな主張を展開するわけではない。最終審に鑑み従来の主張を法律的に明確に整理、分類するものにすぎない。
第二三点 厚生大臣の作為の違法行為を否定した原判決は、国家賠償法第一条一項の解釈を誤ったものであり、これは判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背である。
一 原判決は、一九六〇年一月の時点でクロロキン網膜症の予見可能性を認定している。すなわち、原判決は、製薬会社の責任を論ずるについて、一九四八年五月のアルビング論文、一九五八年のホッブスとカルナンの報告等によりクロロキン製剤の服用に伴う眼障害の問題状況を用意に知り得たという背景を前提にすれば、一九五九年一〇月のホッブスの論文とそれに続くフルドの書簡のランセット誌掲載により、遅くとも一九六〇年一月頃には、クロロキン製剤の連用による網膜症の発症を予見することは可能であったと認定し、かつそれ以後は、年を追うごとにその予見が容易になったものと認定している(D六一〇〜D六一四)。
前述(第一六点)のとおり、医薬品の副作用情報入手能力において、国が製薬会社より劣っていたということはない。むしろ、厚生省の権限・任務・組織・能力ならびに情報収集に適した立場等からして、医薬品副作用の情報収集能力という面では、製薬会社にはるかに勝っていたものである。従って、国においても一九六〇年一月頃にはクロロキン網膜症についての予見は可能であり、かつそれ以後は年ごとにその予見が容易になったはずである。
二 ところで厚生大臣は、一九六〇年一月以降に左記のとおり、クロロキン製剤の品目製造許可、製造承認、輸入承認に、効能拡大承認等の処分を行い、あるいはクロロキン製剤を局方に収載する処分をした。

① 一九六〇年一二月六日に
効能を慢性腎炎としてキドラの品目製造許可(昭和二六年薬事法二六条三項)
② 一九六一年四月一日に
リン酸クロロキン及びリン酸クロロキン錠を第七改正日本薬局方に収載(昭和三五年薬事法四一条)
③ 同年一一月六日に
キドラにつき慢性腎炎およびリウマチ性関節炎に効能追加承認(同法第一四条二項)
④ 一九六二年三月三一日に
効能を腎炎、ネフローゼとしてCQCの製造承認(同法一四条一項)
⑤ 同年九月一三日に
CQCにつき関節ロイマチスに効能追加承認(同法一四条二項)
⑥ 一九六三年一二月一三日に
キドラにつき気管支喘息、エリテマトーデス等に効能追加承認(同右)
⑦ 一九六四年一一月一三日に
キドラにつきてんかんに効能追加承認(同右)
⑧ 一九六五年一二月一四日に
ウィンスロップ・ラボラトリースに対し、硫酸ヒドロキシクロロキンの輸入承認(同法二三条および一四条一項)
⑨ 一九六六年一一月三〇日に
山之内製薬に対し、プラキニール錠の製造承認(同法一四条一項)
⑩ 一九六七年一月一九日に
中野薬品工業にロンドミン錠の製造承認(同右)
⑪ 同年一二月一〇日に
伊藤由製薬に硫酸ヒドロキシクロロキンの製造承認(同右)
⑫ 一九六八年二月八日に
北陸製薬にOHクロロキン錠の製造承認(同右)
⑬ 同年二月五日に
堀田薬品工業にロイマジャストCQの製造承認(同右)
⑭ 同年一二月二五日に
日本医薬品工業にリウマピリンSQ錠の製造承認(同右)
⑮ 一九七〇年一月三一日に
岩城製薬にトレモニール錠の製造承認(同右)
三(一) 前述(第二部第二節第二、二の1および2)したとおり、昭和二三年薬事法の二六条三項の新薬の品目製造許可、昭和三五年薬事法一四条一項および二項の新薬の製造承認および効能追加承認は、いずれも一定の化学物質を一定の用法・用量で用いた場合に、特定の疾病に対して、医薬品としての適性を有するとの公的判定行為である。
この場合、判定の対象となるのは、特定の化学物質であり、判定において考慮されるのは、これを特定の疾病に対して、一定の用法・用量で投与した場合に、どのような有効性が期待でき、またその反面、どのような危険が考えられるかという事実である。この判定は、その時点での医学薬学上の知見に基づいて行われるのであるが、前述したとおり(上告理由第二二点の第二、一、4、(四)、(2))、かかる知見は、医学薬学上の学問の進歩や、実際に医薬品として使用してみて観察された新たな事実の報告の出現等により、日々変化するものである。そうだとすれば、ある化学物質について一たん下した判定の内容は、医学薬学上の知見の変化によって修正されることが必要である。
このことは昭和三五年薬事法上、以下のような仕組みの中で実現されるようになつていた。すなわち、甲社に対しAなる化学物質について医薬品としての製造承認を認めていた場合に、その後乙社がまったく同一の化学物質を医薬品として製造しようとするのであっても、あらためて厚生大臣の承認を得ることを義務づけている。仮に特定の化学物質が医薬品としての適性を有するか否かという判定が、時間を経ても不変であるのなら、これはおよそ無意味な義務づけとも言えよう。ところが実際には、右に述べたとおり、この判定は時間の経過に伴う医学薬学上の知見の変化により変わりうるから、この義務づけには、充分意味があるのである。
そして、薬事行政の趣旨目的が、国民の生命健康を擁護することにあることからして、厚生大臣において、右の判定に伴い、付随的に一定の処分を行うべき事態の存することがある。すなわち、あるAなる化学物質についてその有害性が著しいために医薬品としての製造を承認できないと判定した場合である。以前に、それと同一薬理作用のBなる化学物質について、その時点ではその有害性についてその知見が得られていなかったために、これを医薬品として製造を許可・承認していたということがあれば、厚生大臣において、Aへの不承認処分の機会に、Bについても何らかの処置を行うべきである。すなわち、厚生大臣がAなる化学物質について製造承認を与えないのは、その物質が医薬品としての適性を欠くと判定したからであるが、この判定を前提にすれば、Bなる化学物質も同一薬理作用である以上医薬品としての適性を欠くことは明らかである。厚生大臣は、医薬品としての適性の有無の判定という処分を国民の生命健康擁護を目的として行っているのである。すなわち、Aへの検討・判定をした時点においては、厚生大臣として、Bについても、医薬品としての適性を欠いているということを認識したものである。そうだとすれば、せっかくAなる化学物質の安全性について判定を行い、もって国民への危険を防止したのに、他方で、これと同種のBなる化学物質の製造使用をそのまま放置して、国民の生命健康を危機に瀕せしめるなどということが、許されるはずがない。それではあまりにも片手落ちであり、薬事行政の目的に反するからである。
以上のとおりであるから、厚生大臣が一定の時点で、ある化学物質について製造承認もしくは効能追加承認などの処分を行うということは、当該物質について医薬品としての適性を認めるということにとどまらず、以前製造承認をし、医薬品としての製造販売を許しているところの同一物質もしくは同一薬理作用を有する物質についても、それらが医薬品としての適性を有しているということを再確認するという意味をももつものである。
このようにして、一個の製薬会社に対して限られた効能の範囲で判定された医薬品としての適性の判断は、その後製造業者が増えたり、効能が拡大されていくにつれ、くり返し再確認されていくのである。逆に言えば、新たな承認申請の機会に医薬品として問題のあることが発見されてその機会にその化学物質について、国民の生命健康を護るために必要な処置がとられることもあるのである。このように、昭和三五年薬事法も、医学薬学上の知見の進歩という当然の問題を踏まえたうえで、国民の生命健康を擁護するという薬事行政の眼目が貫徹できるような重層的な構造になっていることを充分認識するべきである。
(二) 右に加えて、特定の医薬品を局方に収載し、あるいは局方から削除するという処分が存する。これは、厚生大臣において、医薬品としての重要性や使用実績などを考慮し、いわば医薬品としての適性を有することが確立していると判断した化学物質を、局方に収載し、この製造あるいは効能の追加については、あらためて個別の判定を不用とするものである。
したがって、仮に、局方収載医薬品について、そもそも認識していなかったような危険な副作用のあることが後日判明し、それを前提にすれば医薬品としての適性の存在に疑念が生ずるような事態になれば、厚生大臣としては、直ちに、その医薬品の局方からの削除(局方の改正を行わなくても追補という形で厚生大臣の権限として、いつでも容易に行い得る)を含む、適切な手段を講ずべきである。
四(一) 後日、特定の医薬品についての重篤な副作用が判明した場合に、厚生大臣のとりうべき処置としては左記のようなものがある。

① 局方収載医薬品については、局方からの削除
② 右以外の医薬品については、製造承認(もしくは品目製造許可)の取消し
③ すでに、市場に流通している製品については、廃棄その他公衆衛生上の危険の発生を防止するに足りる措置を執ることの命令
④ 窮極的に、右の①、②、③の強力な権限を執り得ることを背景にしての、さまざまの行政指導
⑤ 昭和三五年薬事法四二条ないし四九条所定の劇薬・要指示薬などの各種の指定
⑥ 昭和三五年薬事法六九条一項に基づく必要な報告の命令
(二) 右のうち①②を行い得ることについては、すでにこれまで(第四点、第八点)述べたとおりである。
③は、昭和三五年薬事法七〇条に基づくものである。重篤な副作用が後日新たに判明したような場合には、その製品の添付文書等には、その副作用被害の発生を防止するのに充分な使用上の注意などの記載がないのが通常であろう。それにもかかわらず、製薬業者が市場に流通している製品の回収等の措置を行おうとしないのであれば、その製品は昭和三五年薬事法五二条ないし五四条違反の医薬品として、五五条に該当するから、七〇条により、廃棄などの処分の対象にもなるものである。
④は、例えば医薬品の製造中止、製品の回収、添付文書の改訂、ドクターレターの発送やプロパーの派遣による医師への伝達など、さまざまのものがある。製造中止や製品の回収が実効的に行われれば、それにより副作用被害の発生・拡大の危険は未然に防止できる。したがってそれが現実に行なわれ、効果を挙げているのであれば、承認の取消しや製品の廃棄などの権限行使をする必要はなくなる。また、新たに判明した重篤な副作用であっても、その予防方法が確立されていて患者や医師においてコントロールが充分にできるようなものであり、かつそれについての情報の伝達が迅速確実に行われているのであれば、それ以上の強力な権限行使は不要になる。
いずれにしても、以上のような製薬会社の自主的な処置は、それを効果的に行なわないと、厚生大臣において①〜③の強力な権限行使がなされるという背景があってはじめて期待できるものである。換言すれば、厚生大臣においては、この自主的処置の実効については充分な監視を行ない、強力な権限を背景にして適切に行政指導を行なう必要がある。
⑤は前述(第二部第二節第二の二の4の(二)および(三))したとおりである。薬事法はさまざまの形で「厚生大臣の指定」という形での医薬品の使用への規制を認めている。
⑥は、以上の①や⑤と異なり、最終的な処分方法ではない。これを決める前提としての情報収集行為である。
(三) 具体的に特定の医薬品についての副作用の危険が危惧されるに至った場合に、厚生大臣が右のうち、いかなる処置をとるべきかを一義的に決めることはできず、
①その副作用の内容―重篤か軽症か、可逆的か不可逆的か、発症頻度の大・小、発症防止方法の存在・不存在、②有効性の内容―有効性が顕著か否か、代替医薬品が存在するか否か、また、③その医薬品の使用状況、④医療用医薬品か大衆医薬品か、⑤すでに薬事法上の指定等何らかの処置がとられているか、⑥国内・国外における副作用被害の現実の発生状況、⑦国民や医師の側でその副作用についての知識が得られているか否か、得られているとしてどの程度のものか、⑧製薬業者の方で副作用被害防止に有効な処置を行いつつあるか否か、などさまざまの要素を総合勘案してとるべき処置を決めることになる。
いずれにせよ国民の生命健康というかけがえのないものを擁護するために行うのであるから、厚生大臣のとる処置は適切有効なものでなければならない。そのためには、副作用情報の収集、被害発生状況の調査、製薬業者への報告命令権などを最大限に行使して、適切有効な処置が何であるかを判断できるだけの情報を絶えず収集しなければならない。
以上要するに、製造承認(品目製造許可)後に特定の医薬品についての副作用の存在が判明もしくは危惧されるに至ったような場合には、厚生大臣は、第一に、副作用の内容、これについての関係者の認識状況、代替医薬品の存在の有無、その医薬品の使用状況、副作用被害の発生状況、副作用被害の発生防止あるいは拡大防止について現にどのような処置が講ぜられているか、などを即刻調査すべきである。
第二に、厚生大臣は、その入手した情報を前提にして、副作用被害の発生防止、あるいは拡大防止に有効適切な処置を行うべきである。
第三に、厚生大臣は、その行った処置がどのような効果を挙げたかを即刻調査して、仮に執った処置が十分な効果をあげていないという疑いがある場合には、直ちにより強力、より有効適切な処置を行うべきである。
五(一) 本件のクロロキン製剤ならびにクロロキン網膜症について、一九六〇年一月当初段階で、厚生大臣において知り得た情報は以下のとおりである。
第一に、クロロキン網膜症とは失明に至る重篤な眼障害であり、不可逆進行性で治療方法もなく、また有効な防止方法もなかった。その発症頻度も無視できるほど小さいものであると判定できる根拠はなかった。
原判決も、一九五九年までの論文により、クロロキン網膜症が不可逆的で進行性であり、ついには失明に至る病変で早期発見が非常に困難であるうえ、マラリヤ治療の場合を除き、安全限界値を提示することが不可能であることを認識しえたと判示している(D七七〜D八〇)。また原判決は発症頻度についても当初一パーセント、二パーセント、15.4パーセント、一六パーセントなどと言われ、その後の報告の集積によっても長期服用者の一パーセント前後とみるべきと認定している(D三八)。
重篤な副作用が一パーセント前後も発現するということは、国民の健康上きわめて重大な問題であることは明らかである。
第二に、日本では腎炎をクロロキン製剤の主たる適応症としつつあり、これにより使用量が急速に増加しつつあったが、腎炎をクロロキン製剤の適応症とすることは他国に例を見ないものであったし、またクロロキン製剤が腎炎に有効との根拠としていた医学論文はきわめて科学性の乏しいものであった。
第三に、その他の適応症であるリウマチやルーパスについてはステロイドホルモンなどの代替医薬品が存在していた。
以上を前提にすれば、クロロキン製剤の医薬品としての適性は存しないものというべきであった。また、患者や医師において眼障害の発症を防止しながらクロロキン製剤を使用するという方法も発見されていなかった。むしろ、それとは逆に、右に述べたとおり、早期発見困難、薬量の安全限界値提示不可能と認識されていたのである。
このような場合に、厚生大臣が副作用被害防止のためにとるべき有効適切な処置とは、クロロキン製剤の医薬品としての適性を否定する(せいぜいマラリア治療薬としての限定した使用のみを認める)ということであったはずである。
(二) にもかかわらず、厚生大臣は、前述のとおり一九六〇年一二月六日のキドラの製造許可(適応症 慢性腎炎)を初めとして、くり返しクロロキン製剤の製造・輸入および効能追加を許可・承認してその医薬品としての適性を違法に容認しつづけたものである。
第二項において指摘したとおり、一九六〇年一月以降には、厚生大臣において、クロロキン網膜症被害の予見は年を追うごとに容易になったものであるし、発症頻度が相当高率であること、治療方法がないこと、投薬を中止しても症状が進行増悪すること、わが国でも被害が現実に発生しかつ次第に拡大していること、なども年を追うごとに容易に認識し得たところである。
したがって厚生大臣のくり返し行ったクロロキン製剤の製造輸入および効能追加承認の違法性も、年ごとに顕著になっていったものである。
さらに厚生大臣は一九六一年四月一日にリン酸クロロキン及びリン酸クロロキン錠を第七改正日本薬局方に収載したが、これもこの時点までに判明したクロロキン網膜症被害の内容やその反面としてのクロロキン製剤の有効性・使用状況からして違法な処置というべきである。
そのうえ、一九六五年四月頃には、豊田製薬課長において、福地言一郎日薬連医薬品安全性委員会委員長よりクロロキン網膜症について、具体的に警告を受け同課長自身この服用をやめた。つまり、きわめて現実的・具体的に知ったのである。後述のとおり、豊田課長はこの情報に基づいて何らの有効な処置を行なわなかったのであるが、少なくとも一九六五年五月ごろに医薬品安全性委員会の懇談会の席で、厚生省製薬課長として発言していることからして、このときまでに薬務局長などへの報告は行なっていたものと考えざるをえない。
したがってこの時点では厚生大臣としても現実的具体的にクロロキン網膜症の危険についての認識を有するに至ったはずのものである。したがって、どんなに遅くともこの時点においては厚生大臣として前述のような調査を直ちに行い、有効適切な処置を行うべきであった。
しかるに、厚生大臣は、このような調査を何一つ行わず、のみならず前述のとおり、その後もくり返しクロロキン製剤の製造・輸入を漫然と承認しつづけたのである。
(三) 以上要するに、本件クロロキン製剤において厚生大臣の行った作為の違法行為とは、上告理由第二点、二、2で整理した事実に基づく行為であり、第一に、①一九六〇年一二月六日時点でのキドラの製造許可、②一九六一年一一月六日時点でのキドラの効能追加承認、③一九六二年三月三一日時点でのCQCの製造承認、④同年九月一三日の時点でのCQCの効能追加承認、⑤一九六三年一二月一三日の時点でのキドラの効能追加承認、⑥一九六四年一一月一三日の時点でのキドラの効能追加承認である。
本来厚生大臣としては、右の各時点でクロロキン剤の医薬品としての適性を否定し、申請に対し不許可・不承認にするとともに、併せて、右各時点で既に製造販売されていたクロロキン製剤に対して局方からの削除、製造承認(品目製造許可)の取消し、製品の廃棄またはそれらの強力な権限を背景にした行政指導などの有効適切な処置を行うべきであった。
しかるに、厚生大臣は、これとは逆に、右各時点での申請に対し、ことごとく許可承認処分を行い、クロロキン剤の医薬品としての適性を認めるという違法な処分をなしたものである。
厚生大臣の行った作為の違法行為の第二は、一九六一年四月一日の第七改正日本薬局方の制定の際、リン酸クロロキン及びリン酸クロロキン錠を収載したことである。
厚生大臣の行った作為の違法行為の第三は、上告理由第二二点の第二、二、2に整理した事実に基づく行為であって、一九六五年一二月一四日以降一九七〇年一月三一日まで少なくとも八回にわたり、くり返しクロロキン製剤の輸入・製造を承認したことである。
右第三の処分が厚生大臣の義務に違反していることの趣旨は第一の場合と同様であるが、すでに厚生大臣において具体的現実的にクロロキン網膜症のことを知悉していたという点において、違法性が格段に顕著というべきである。
以上のとおり、厚生大臣の違法行為は、合計一四回にわたるクロロキン製剤についての製造・輸入および効能追加の許可・承認と局方の収載行為である。この一五の作為類型による違法行為は、時点が遅れるほど違法性が顕著になるという関係にある。また、例えば、一九六〇年一二月時点では厚生大臣が製造許可を与えたことがやむを得ないと評価されるとしても、次の一九六一年一一月六日時点ではその時点での情報を前提にすれば効能追加承認を行なうべきではなかったという関係になり、以後も同様である。
要するに、一九七九年一月の時点まで、厚生大臣の違法行為は、次第にその違法性の色を濃くしながら繰り返し行なわれたのであり、その中聞のどこかでそれが絶ち切られ有効適切な手段が講じられていれば、それ以降の本件クロロキン網膜症被害の発生及び拡大は防止し得たはずのものである。
原審判決は、「医薬品の副作用回避の義務は、第一に、医薬品を製造、輸入、販売する製薬会社にあり、厚生大臣のこの点における役割は後見的、補充的なものであって、厚生大臣が副作用の発生を認識した時に直ちに積極的な対策を講ずることが要求されるわけではなく、製薬会社が必要な措置を講じないで放置し、製薬会社の自主的な措置をもはや期待し得ず、国民の健康保持の見地から看過し得ない事態が生じていることが明らかになったとき初めて、厚生大臣が適切な措置をとるべきものであり、そのとるべき措置も、むしろ控え目なものであるべきである。」として、本件クロロキン薬害における厚生大臣の責任を全面的に否定した。
しかし右に述べた通り、厚生大臣の責任は一一年間の間の具体的な一五個の作為の存在を前提に判断されるべきである。
原判決は、厚生大臣のこれらの作為については一切触れることなく、あたかも不作為のみが問題であるかのような前提に立って前述のような判断を下したものであり、およそ本件クロロキン薬害事件の実態を踏まえていないものと言わなければならない。
六 厚生大臣の違法行為についての結論
以上の通り、原判決は第一に昭和三五年薬事法一条、二条、一四条の解釈適用を誤り、医薬品が使用量や適用症の拡大につれくり返し医薬品としての適性を判断されるという構造になっていることを看過し、また同法四一条、六九条、七〇条の解釈適用を誤って、これらにおいて厚生大臣が薬害発生拡大防止のための強力な権限を有していることの趣旨を認識せず、さらに必要な審理を遂げず、何の証拠もないまま一九六五年五月以降にはクロロキン製剤の輸入製造承認は存在しないものと速断し、その上で、本件クロロキン薬害における厚生大臣の責任を否定したものである。したがって、この点についての原審の判示するところには、薬事法一条、二条、一四条、四一条、六九条、七〇条の解釈適用の誤りと、また審理不尽、理由不備の誤りを犯したものというべく、これらが判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、この点においても原判決は破棄を免れない。
第二四点 厚生大臣の不作為の違法行為を否定した原判決は、国家賠償法第一条一項の解釈を誤ったものであり、これは原判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背である。
一 不作為の違法行為も国賠法第一条一項の違法に該当するとする点については異論をみない。
厚生大臣がリン酸クロロキン及びリン酸クロロキン錠を日本薬局方から削除する権限を有し、義務を負っていたことは、上告理由第二二点の第二、二、1に論じたところから明らかである。また厚生大臣がその余のクロロキン剤の製造承認(及び品目製造許可)を取消すべき権限を有し、義務を負っていたことは、上告理由第二二点の第二、二、3に論じたところから明らかである。また厚生大臣が、リン酸クロロキン及びリン酸クロロキン錠並びにその余のクロロキン剤につき、劇薬指定その他の各種対公衆関係指定並びに対業者関係指定又はその他の各種安全確保手段の措置を執るべき権限を有し義務を負っていたことは、上告理由第二、二、4に論じたところから明らかである。
二 薬事法上の前記厚生大臣の権限の不行使という不作為がいかなる法的要件の下において、国賠法上の違法になるかという観点から、学説においてはさまざまな議論がある。そのうち最も著名なものが裁量権収縮論である。
しかしながら、裁量権収縮論は、薬事法上の厚生大臣の行為を捉えて国家賠償法上の違法を根拠づける議論としては精確さに欠け、適切ではないと考える。なぜなら、それは権限がある一定の極限状況下において義務に転化するとする理論にすぎないのであって、薬事法下における厚生大臣の右三つの権限は、単なる権限ではなく、そもそもが義務であるからである。
国賠法上の違法性を論拠づける観点からの右裁量権収縮論を説く、少なくとも我国の学説においては、いずれを検討しても、(残念ながら)その理論を適用すべき特定の実定法規がいかなる法的特色を有するかという配慮があまりにも不足しており、むしろ、適用すべき実定法規をはなれて、あらゆる実定法規を通じ、一般的に妥当する原理の如くに論じている。
しかしながら、このような論理構成は、憲法、各種実定法規の諸体系の存在と法律による行政の原理が貫徹すべき法の世界に対する理論として疑問なしとしない。まずもって、当該実定法規の内容の分析こそ重視すべきものであると考える。本上告理由は、前記厚生大臣の三種の権限は、薬事法下における厚生大臣の権限であると同時に、薬事法そのものが厚生大臣に課している国民に対する義務であることを強調するものであって、裁量権収縮論の特殊の理論を要しないと考える。
裁量権収縮論が、終局のところ「法律が授権した行政権限を行政庁が適正に行使せず、不作為を続けるならば、そもそも法律が行政庁に権限を授権した意味そのものが無意味となるような事態においては、行政庁にはその権限を発動すべき法的義務がある」(原田尚彦 判例タイムズ三一〇号一〇四頁)という見解に到るものであるとすれば、右見解そのものが、実は当該実定法規は、行政庁に対し権限ばかりでなく義務をも課していることを意味しているとするのにほかならないというべきである。
いずれにせよ上告人らは、厚生大臣の右三つの医薬品安全性確保義務は、上告理由第二二点で明らかにした通り、日本の薬事法制史、日本薬局方発展の経過、昭和一八年法、昭和二三年法の内容、昭和五四年法成立の経緯からみても、また昭和三五年法の内容からみても、かつ昭和二三年及び昭和三五年法の薬事行政実務の実態からみても、昭和二三年法及び昭和三五年法のいずれの薬事法においても厚生大臣の日本国民に対する義務であるというべきである。その一方、一九六〇年、一九六一年当時においてクロロキン網膜症の発生がNND、PDR、SED等権威ある薬理書に記載されており、かつ、クロロキン剤の腎炎に対する有効性はきわめて疑わしく、リウマチ及びてんかんに対しても有効性は疑わしい。従ってクロロキン網膜症の存在があるにもかかわらずクロロキン剤を使用せざるをえないまでの必要性がなかったのであるから、かかる義務の不履行は、国家賠償法上違法であるというにはばからないと考える。
かくして、厚生大臣の右不作為の違法を否定した原判決は、国家賠償法第一条一項の解釈を誤ったものというべきであり、これは原判決に影響を及ぼすこと明らかである。
第二五点 豊田課長の不作為の違法を認めなかった原判決は、国家賠償法第一条一項の解釈を誤ったものであり、これは判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背であり、かつ、最高裁判例に違反するものである。
一 豊田証言によれば、当時製薬課長であった同証人がクロロキン網膜症についての情報を得たのは、一九六五(四〇)年四月頃に、福地言一郎氏(当時、日薬連医薬品安全性委員会委員長)が同年三月の第九回リウマチ学会の学会抄録を資料として持参し、わざわざ厚生省に出向いて右資料を提供して報告連絡してくれたのが最初だということである。
豊田氏は、当時まで自分自身リウマチ治療のためにレゾヒンを薬局で買い求め継続して服用していたのであるが、この報告を聞いて直ちにそれを中止したということである。このとき福地氏はクロロキン網膜症のことを報告するためにわざわざ厚生省へ出向いたというのであるから、単に学会報告の抄録を手渡すというにとどまらず、クロロキン網膜症について学会で行われた報告について相当詳しい説明を行ったはずである。また、豊田氏としても、製薬課長としての職務上の必要と、自分自身が六ヶ月間も服用しつづけていた医薬品に関することであるから、内容についても真剣に問い質したはずである。そして豊田氏がこのクロロキン網膜症についての報告を重要でありかつ信憑性が存するものとして受けとめたことは、福地氏の立場(中央薬事審議会日本薬局方部会の委員として第七改正日本薬局方の調査改正に従事した)、学会抄録が提供されたこと並びに自分自身が直ちに服用を中止したこと等から明らかである。
事実豊田証人自身「このとき福地氏は、このクロロキン網膜症がイルリバーシブル(不可逆性)ということを話してくれた」旨証言している。不可逆性の眼障害というものが、副作用としてきわめて重大なものであることは明らかである。
この第九回リウマチ学会におけるクロロキン眼障害についての報告として最も重要と考えられるのは東京大学の間得之の研究報告(甲か第一一五号証)であった。
この間報告は、東京大学の物療内科の間得之・佐々木智也と眼科の井上治郎の共同研究を基礎とするものであり、この共同研究は当時国内でも症例報告の累積していたクロロキン眼障害について、東京大学物療内科に通院していた患者(主としてリウマチ患者)を対象として眼障害の発症率を調査しようとするものであった。
すなわち、この時点では、国内の学会でもクロロキン製剤が重篤な眼障害を惹起することは当然の前提として、その発症率の解明が問題とされているような段階であったのである。
またこの間得之の研究報告は、すでに国外で一〇〇件以上、国内でも一三件以上のクロロキン網膜症報告の症例があることを明らかにしていたのであり、クロロキン網膜症についての被害発生がきわめて憂慮される段階にあることを示していたのである。
また、厚生大臣が一九六七(昭和四二)年三月一七日にクロロキン製剤を劇薬・要指示薬に指定した際に根拠とした医学論文は、井上治郎らの研究報告(甲か第二五号証、同三八号証)であるが(甲か第一三号証の一〜三)、右に述べたとおり、そもそもこの井上治郎らの研究とは右間得之の研究と同一のものである。換言すれば、厚生省としては、間研究を認識した段階で、有効適切な処置をとるのに必要にして充分なクロロキン網膜症についての医学的情報を入手していたということになるのである。
二 豊田証言(地裁第一五回口頭弁論昭和五三年二月七日、八一丁〜八五丁、一〇四丁〜一一一丁)によれば、当時の製薬課長であった豊田勤治は、
① せっかく抄録まで提供されながら、リウマチ学会で報告した医師への照会や連絡をしなかった。
② 外国論文はもとより国内の文献調査も翌年一九六六(四一)年まで行わなかったし、その指示も行わなかった。
③ NNDやPDRを参照してみることもその指示もしなかった。
④ FDAやWHOへの照会や連絡もしなかった。
⑤ 国内のクロロキン製剤のメーカーに対して報告を求めることをしなかっただけでなく、照会や連絡すらしなかった。
⑥ 中央薬事審議会に諮問することもしなかったし、眼科の専門医に検討を依頼することもしなかったし、照会・連絡することさえもしなかった。
⑦ 製薬課の内部に、特別にクロロキン薬害の問題を検討する班などもつくらなかった。
⑧ クロロキン製剤の製造量、販売量あるいはその変化の調査をしたこともなかった。
というものである。
一九六九(四四)年一二月以前に豊田氏の行ったこととしては、一九六五年五月並に一九六七年三月および同年七月に業界の自主組織である医薬品安全性委員会で若干の注意を促す発言をしたことと、一九六七年三月にクロロキン製剤を劇薬・要指示薬に指定したことのみである。
しかしながら、この医薬品安全性委員会での非公式の発言については、製薬会社にどの程度伝わったかも不明(被告であった小野や科研はこの発言の存在自体を否定している)であったうえ、この発言によりクロロキン製剤のメーカーがクロロキン網膜症防止のためのなんらかの処置を行った形跡すらない。
また、要指示薬劇薬指定たるものは、原判決自身が
「(クロロキン剤を)投与して治療に当たる医師自身の立場からすれば、……右の指定がされたからといってこのこと自体に関し格別重要な意味を感じとらなかったとしても無理はない面がある」と認定(F三〇)している程度のものにすぎなかったのである。
いずれにしても、豊田氏が、わずかに実施したと主張している医薬品安全性委員会での発言についても、要指示薬・劇薬指定にしても、薬害防止としてほとんど意味のない処置であった。とりわけ重要なのは、豊田氏において、これらの処置について、それがクロロキン網膜症の発生拡大の防止としてどのような効果をあげたか(クロロキン剤メーカーがどのように対応したかとか、医師にどのように情報が伝わったかとか、)について何の情報収集も検討もしていないということである。前述したとおり、薬害への対処として処置を行う場合には、その処置の効果を確認したうえで、それを続行するとか別の手段に切り換えるというフィードバックの過程が極めて重要である。処置はするが、それがどのような結果を産んだかについておよそ省みないというのでは、処置をする意味は無いに等しいというべきである。
三 国家賠償法(以下国賠法という)一条の違法な公務員の「公権力の行使」に、作為のみならず不作為の態様のものも含まれることについては異論がない。問題は、いかなる場合に公務員に法的作為義務が認められ、その不作為が違法と評価されるか、ということに尽きる。
しかし、「国民の生命健康の安全を維持する」ということは近代国家成立以来最も基本的な国の責務とされてきたことであり、とりわけそのために行政が具体的かつ強力な法令上の権限を有しているような分野については、国民の信頼と期待は大きく、行政の責任は重要と言わざるをえない。したがって、国民の生命・身体に対して差し迫った危険が発生しあるいは発生することが予想される場合には、行政庁はその危険回避のために法に定められた権限を有効適切に行使すべきであり、合理的理由なくこれらを行使しない場合には行政権の不行使は違法となるものである(最高裁判所判例解説 民事編昭和五七年度 法曹会 三四頁ページ)。
学説では右の点について、「法律が授権した行政権限を行政庁が適正に行使せず、不作為を続けるならば、そもそも法律が行政庁に権限を授権した意味そのものが無意義となるような事態においては、行政庁にはその権限を発動すべき法的義務がある」(原田尚彦 判例タイムズ三一〇―一〇四)とか「差し迫った生命・身体・財産に対する危険があり、公務員の方でたやすくその権限を行使することができ、その権限行使が危険回避にとって有効適切であることが具体的に認められるのに、なお、公務員が権限を行使しないときは不作為が違法になる」(古崎慶長 民商七八巻 臨時増刊 (4)二二五ページ)などと解説している。
四 ところで、一九六五年四月当時、豊田勤治は厚生省薬務局製薬課の課長の職にあったものである。当時の製薬課が医薬品の製造承認の事務並びに医薬品の安全対策に関する事務を所掌していたことは、当事者間に争いがなく、かつ法理上も明らかなところである。
したがって、豊田は製薬課長として、国内ですでに使用されている医薬品について、新たに重篤な副作用の存在すること、もしくはそれが危惧されるという情報を入手した場合には、直ちに必要な情報収集を行うとともに、安全対策のために有効適切な処置を行うべき職務上の権限を有し、かつこれを適切に行使する職務上の義務を負っていたものである。この職務義務は日本国憲法二五条一項二項、薬事法一条、一四条、四一条、その他四四条、四九条、五〇条八号、六七条、二九条、三〇条、三五条の各指定に関する法条、六九条、七〇条、七一条、七五条の監督規定及び七九条等、ならびに厚生省設置法四条及び厚生省組織令に基づくものであり、厚生大臣の機関たる職員として負担する職務上の義務である。
前述のとおり一九六五年四月に豊田課長は、福地言一郎医薬品安全性委員会委員長よりクロロキン製剤の重篤な副作用の危険について具体的な報告を受けたものである。
この報告の重大性・信憑性からして、豊田課長としては、職務上の義務として、直ちにまず情報の収集・検討を行なうべきであった。具体的には、①リウマチ学会での報告者への照会、②内外の症例報告等の文献調査、③NNDやPDRなどの基本的薬理書の参照、④FDAやWHOへの照会、⑤国内のクロロキン製造業者への必要な報告命令、⑥中央薬事審議会ないし眼科専門医への諮問もしくは問い合わせ、などであり、さらには⑦クロロキン製剤の製造販売状況の調査や、⑧ク網症の国内外での被害発生状況の調査などである。このうちでも①②③⑤などはきわめて容易になしうることであり、④⑥⑦も実施するのに格別の支障もなく、⑧についても、若干の時間を要するとしても充分可能なことであった。
そして、豊田課長においてこれらの情報収集・検討を行なっていれば、一九六五年四月の時点で、クロロキン製剤がその重大な副作用発症防止のための警告が何一つなされないまま漫然と大量製造販売されていること、並びにクロロキン網膜症の被害が失明に至る重篤なものであり、その発症率も小さいものではないうえに、現に被害が発生しつつあることなどの知見を速やかに得たはずのものである。
そうであれば、豊田課長として、一方で厚生大臣に以上の事実を報告して、厚生大臣をしてクロロキン製剤の製造承認の取消、局方からの削除、市場に流通している製品の廃棄などの処置を行なうようにするか、もしくは厚生大臣をしてこれらの強力な権限を背景にしての行政指導を行なうようにすることができたはずである。他方で、豊田課長は、現に主要なクロロキン剤製造業者とは日常的に接触する機会が存したのであるから、厚生大臣において強力な権限行使を行いうることを背景にして、直接適切な行政指導を行なうことが可能だったはずのものである。
しかるに、前述したとおり、豊田課長は、そもそも必要な情報収集行為のほとんどすべてを懈怠したものであり、その結果として、クロロキン製剤の副作用に対する有効適切な手段を何一つとして講じなかったものであり、これは重大な職務義務違反である。現に広く国内で使用されている医薬品において重篤な副作用が存し、かつ医師や国民がそのことについて知識を有していないとなれば、これが国民の生命身体に差し迫った危険が生ずる場合に該ることは明らかである。そして医薬品の安全対策事務の責任者がこれについての報告を受けながら、合理的な理由もなく、それについて情報の収集も検討もせず放置しているなどということが許されるはずのないことも明らかである。かかる不作為は、前述の原田基準によっても、また古崎基準によっても違法となるものである。
五 公務員の不作為違法を原因として国家賠償責任を肯定する判決例のうち本件の先例になるものは、下級審では造成宅地の擁壁崩壊事故に関する大阪地判昭和四九年四月一九日(判例時報七四〇号三頁)、古ビニール等の廃棄物による漁業被害に関する高知地判昭和四九年五月二三日(判例時報七四二号三〇頁)があり、最高裁判決のうちでは、土地区画整理事業の施行者が仮換地上の建物の移転除却を怠った事例に関する最判昭和四六年一一月三〇日民集二五巻八号一三八九頁(最高裁判所判例解説民事篇昭和四六年度四一五頁)、少年院に収容中の少年が在院者の暴行により死亡した事例に関する最判昭和四七年五月二五日民集二六巻四号七八一頁(最高裁判所判例解説民事篇昭和四七年度二七〇頁)、海浜に打ち上げられた旧陸軍の砲弾により人身事故が生じた事例に関する最判昭和五九年三月二三日民集三八巻五号四七五頁(最高裁判所判例解説民事篇昭和五九年度九七頁)等がある。
これらは、いずれも公務員の不作為によるその職務義務違反を理由として国賠法上の責任を肯定するものである。また右最高裁判決及び左記最高裁判決は、不作為の前提たる職務義務が、個別実定法上の国民に対する直接の義務ではなくて、国又は当該公権力主体に対する職務上の義務であっても、国賠法上の責任を肯定するものである。本件豊田の職務義務違反は、人の身体の安全性に関する極めて重大な法益にかかわる職務義務違反であって、右引用及び左に引用する判決例における職務義務違反よりはるかに重大である。
最高裁判決のうち、特に本件の先例になるものは、最高裁第三小法廷昭和五七年一月一九日判決・民集三六巻一号一九頁(最高裁判所判例解説民事篇五七年度二〇頁)である。これは、
酒に酔って飲食店でナイフを振るい客を脅したとして警察署に連れてこられた者の引渡しを受けた警察官が、右の者の飲食店における行動などについて所要の調査をすれば容易に判明しえた事実から合理的に判断すると、その者に右ナイフを携帯させたまま帰宅することを許せば帰宅途中他人の生命又は身体に危害を及ぼすおそれが著しい状況にあったというべきであるような判示事実関係のもとにおいて、右の調査を怠り、漫然と右の者から右のナイフを提出させて一時保管の措置をとることなくこれを携帯させたまま帰宅させたことは、違法である。
としたものである。
右の件は、警察官として瞬間に判断するしかない事柄であり、また所要の調査をしたところで、ナイフを携帯させたまま帰宅を許せば必ず他人に危害を及ぼすとまで言い切れず、せいぜいその危険の存在が認識されたという事案である。これに比べれば、クロロキン製剤の副作用については、豊田課長において、何をなすべきかについて考慮する時間は充分あったし、また専門家に相談したり、メーカーに質問したりするなどの余裕も充分存したものである。
さらに、前述のとおり、所要の調査を行なっていれば、クロロキン製剤が、その副作用について何の警告も何の防止策もないまま、漫然と大量に販売使用されており、このままでは必ず相当数の重篤不可逆な網膜症被害者が発生することを認識しえたはずである。
さすれば、本件クロロキン薬害における豊田課長の責任は、右のナイフ傷害事件における警察官の責任よりもはるかに重大であることは明らかである。
六 以上のとおりであるから、一九六五年四月以降の豊田勤治製薬課課長の不作為についてこれを違法としなかった原判決は、国家賠償法第一条一項の解釈適用を誤り、かつ先に指摘した昭和五七年一月一九日最高裁判決に違反するものであるから、この点においても原判決は破棄を免れない。
第四部〈省略〉
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政治と選挙Q&A「屋外広告物法 ポスター貼り(掲示交渉)代行」に関する裁判例一覧
(1)平成29年12月20日 東京地裁 平27(ワ)16748号・平28(ワ)32555号・平28(ワ)36394号 建物明渡等請求事件、賃料減額確認請求事件(本訴)、賃料増額確認請求反訴事件(反訴)
(2)平成29年 5月11日 大阪地裁 平28(ワ)5249号 商標権侵害差止請求事件
(3)平成29年 3月16日 東京地裁 平26(特わ)914号・平26(特わ)1029号 薬事法違反被告事件
(4)平成28年11月17日 大阪地裁 平25(わ)3198号 公務執行妨害、傷害被告事件
(5)平成28年10月26日 東京地裁 平24(ワ)16956号 請負代金請求事件
(6)平成28年 3月25日 東京地裁 平25(ワ)32886号 未払賃料請求事件
(7)平成27年 3月31日 東京地裁 平24(ワ)22117号 損害賠償等請求事件
(8)平成26年 2月27日 東京地裁 平24(ワ)9450号 著作物頒布広告掲載契約に基づく著作物頒布広告掲載撤去損害賠償請求事件
(9)平成25年 9月12日 大阪高裁 平25(う)633号 詐欺被告事件
(10)平成25年 1月22日 名古屋地裁 平20(ワ)3887号 損害賠償請求事件
(11)平成24年12月 7日 静岡地裁 平19(ワ)1624号・平20(ワ)691号 損害賠償請求(第一事件)、保険金請求(第二事件)事件
(12)平成23年11月18日 東京地裁 平23(レ)307号・平23(レ)549号 損害賠償等請求控訴事件、同附帯控訴事件
(13)平成23年 9月30日 東京地裁 平20(ワ)31581号・平21(ワ)36858号 損害賠償請求事件(本訴)、同反訴請求事件(反訴)
(14)平成23年 2月23日 東京高裁 平21(ネ)2508号 損害賠償請求控訴事件
(15)平成23年 1月14日 大阪高裁 平22(う)460号 大阪市屋外広告物条例違反被告事件
(16)平成22年10月 5日 京都地裁 平19(ワ)824号 損害賠償請求事件
(17)平成22年 7月27日 東京地裁 平20(ワ)30423号・平21(ワ)3223号 損害賠償請求事件(本訴)、払戻金返還請求事件(反訴)
(18)平成22年 3月29日 東京地裁 平20(ワ)22960号 建物明渡請求事件
(19)平成22年 2月 8日 東京地裁 平21(ワ)8227号・平21(ワ)21846号 損害賠償請求事件
(20)平成22年 1月27日 東京地裁 平21(ワ)9971号・平21(ワ)9621号 土地建物所有権移転登記抹消登記請求事件、鉄塔明渡請求事件
(21)平成22年 1月27日 東京地裁 平21(ワ)13019号 屋外広告塔撤去請求事件
(22)平成21年12月24日 東京地裁 平20(行ウ)494号 計画通知確認処分取消等請求事件
(23)平成21年 7月22日 東京地裁 平19(ワ)24869号 損害賠償請求事件
(24)平成21年 1月20日 那覇地裁 平19(行ウ)16号・平20(行ウ)2号 建築確認処分差止請求事件(甲事件)、建築確認処分差止請求事件(乙事件)
(25)平成20年10月17日 東京地裁 平20(行ク)214号 執行停止申立事件
(26)平成20年 9月19日 東京地裁 平19(行ウ)274号・平19(行ウ)645号 退去強制令書発付処分取消請求事件
(27)平成20年 4月11日 最高裁第二小法廷 平17(あ)2652号 住居侵入被告事件 〔立川反戦ビラ事件・上告審〕
(28)平成19年 2月21日 東京地裁 平18(行ウ)206号 損害賠償請求事件(住民訴訟)
(29)平成17年12月21日 東京地裁 平15(ワ)14821号 看板設置請求事件
(30)平成17年 3月31日 東京地裁 平15(ワ)27464号・平15(ワ)21451号 商標使用差止等請求本訴、損害賠償請求反訴事件 〔tabitama.net事件〕
(31)平成17年 2月22日 岡山地裁 平14(ワ)1299号 損害賠償請求事件
(32)平成13年12月21日 秋田地裁 平10(ワ)324号・平12(ワ)53号・平12(ワ)416号 土地明渡等請求、損害賠償請求事件
(33)平成13年 2月23日 大阪地裁 平10(ワ)13935号 損害賠償請求事件
(34)平成11年 2月15日 仙台地裁 平9(行ウ)6号 法人税更正処分等取消請求事件
(35)平成 9年 7月22日 神戸地裁 平8(ワ)2214号 損害賠償請求事件
(36)平成 8年 6月21日 最高裁第二小法廷 平6(あ)110号 愛媛県屋外広告物条例違反、軽犯罪法違反
(37)平成 8年 4月12日 最高裁第二小法廷 平4(あ)1224号 京都府屋外広告物条例違反
(38)平成 8年 3月 8日 最高裁第二小法廷 平4(オ)78号 損害賠償請求事件
(39)平成 8年 3月 8日 最高裁第二小法廷 平4(オ)77号 損害賠償請求事件
(40)平成 7年12月11日 最高裁第一小法廷 平4(あ)526号 各滋賀県屋外広告物条例違反、軽犯罪法違反
(41)平成 7年 6月23日 最高裁第二小法廷 平元(オ)1260号 損害賠償、民訴法一九八条二項による返還及び損害賠償請求事件 〔クロロキン薬害訴訟・上告審〕
(42)平成 6年 2月21日 福岡高裁 平元(ネ)608号 接見交通妨害損害賠償請求事件
(43)平成 4年 6月30日 東京地裁 平3(ワ)17640号・平3(ワ)16526号 損害賠償請求事件
(44)平成 4年 6月15日 最高裁第二小法廷 平元(あ)710号 大阪府屋外広告物条例違反、軽犯罪法違反被告事件
(45)平成 4年 6月15日 最高裁第二小法廷 平元(あ)511号 大阪市屋外広告物条例違反、軽犯罪法違反
(46)平成 4年 2月 4日 神戸地裁 昭49(ワ)578号 損害賠償請求事件 〔全税関神戸訴訟・第一審〕
(47)平成 4年 2月 4日 神戸地裁 昭49(ワ)578号 損害賠償請求事件 〔全税関神戸訴訟・第一審〕
(48)昭和60年 7月22日 最高裁第一小法廷 昭59(あ)1498号 所得税法違反被告事件
(49)昭和59年 9月28日 奈良地裁 昭58(行ウ)4号 都市計画変更決定一部取消請求事件
(50)昭和59年 7月17日 福岡高裁 昭58(う)487号 大分県屋外広告物条例違反被告事件
(51)昭和58年10月27日 最高裁第一小法廷 昭57(あ)859号 猥褻図画販売、猥褻図画販売目的所持被告事件
(52)昭和58年 8月24日 福岡高裁 昭57(う)254号 軽犯罪法違反、佐賀県屋外広告物条例違反事件
(53)昭和58年 6月21日 大分簡裁 昭55(ろ)66号 大分県屋外広告物条例違反被告事件
(54)昭和57年 3月 5日 佐賀簡裁 昭55(ろ)24号 軽犯罪法違反、佐賀県屋外広告物条例違反事件
(55)昭和56年 8月 5日 東京高裁 昭55(う)189号 軽犯罪法違反被告事件
(56)昭和56年 7月31日 神戸簡裁 昭56(ろ)167号 軽犯罪法違反、兵庫県屋外広告物条例違反事件
(57)昭和55年 4月28日 広島高裁松江支部 昭54(う)11号 公職選挙法違反被告事件 〔戸別訪問禁止違憲事件・控訴審〕
(58)昭和54年12月25日 大森簡裁 昭48(う)207号・昭48(う)208号 軽犯罪法違反被告事件
(59)昭和53年 7月19日 横浜地裁 昭51(ワ)1147号 損害賠償事件
(60)昭和53年 5月30日 大阪高裁 昭52(ネ)1884号 敷金返還請求事件
(61)昭和51年 3月 9日 東京高裁 昭47(う)3294号 埼玉県屋外広告物条例違反等被告事件
(62)昭和51年 1月29日 大阪高裁 昭50(う)488号
(63)昭和50年 9月10日 最高裁大法廷 昭48(あ)910号 集団行進及び集団示威運動に関する徳島市条例違反、道路交通法違反被告事件 〔徳島市公安条例事件・上告審〕
(64)昭和50年 6月30日 東京高裁 昭47(う)3293号 埼玉県屋外広告物条例違反・軽犯罪法違反被告事件
(65)昭和50年 6月12日 最高裁第一小法廷 昭49(あ)2752号
(66)昭和50年 5月29日 最高裁第一小法廷 昭49(あ)1377号 大阪市屋外広告物条例違反被告事件
(67)昭和49年12月16日 大阪高裁 昭49(う)712号 神戸市屋外広告物条例違反等事件
(68)昭和49年 5月17日 大阪高裁 昭45(う)868号
(69)昭和49年 5月17日 大阪高裁 昭45(う)713号 大阪市屋外広告物条例違反被告事件
(70)昭和49年 4月30日 東京高裁 昭48(行コ)35号 行政処分取消請求控訴事件 〔国立歩道橋事件〕
(71)昭和48年12月20日 最高裁第一小法廷 昭47(あ)1564号
(72)昭和48年11月27日 大阪高裁 昭48(う)951号 大阪市屋外広告物条例違反被告事件
(73)昭和47年 7月11日 大阪高裁 昭43(う)1666号 大阪府屋外広告物法施行条例違反事件 〔いわゆる寝屋川ビラ貼り事件・控訴審〕
(74)昭和46年 9月29日 福岡高裁 昭45(う)600号 福岡県屋外広告物条例違反被告事件
(75)昭和45年11月10日 柳川簡裁 昭40(ろ)61号・昭40(ろ)62号 福岡県屋外広告物条例違反被告事件
(76)昭和45年 4月30日 最高裁第一小法廷 昭44(あ)893号 高知県屋外広告物取締条例違反・軽犯罪法違反被告事件
(77)昭和45年 4月 8日 東京地裁 昭40(行ウ)105号 法人事業税の更正決定取消請求事件
(78)昭和44年 9月 5日 金沢地裁 昭34(ワ)401号 損害賠償請求事件 〔北陸鉄道労組損害賠償請求事件〕
(79)昭和44年 8月 1日 大阪地裁 昭44(む)205号 裁判官忌避申立却下の裁判に対する準抗告事件
(80)昭和44年 3月28日 高松高裁 昭42(う)372号 外国人登録法違反・高知県屋外広告物取締条例違反・軽犯罪法違反被告事件
(81)昭和43年12月18日 最高裁大法廷 昭41(あ)536号 大阪市屋外広告物条例違反被告事件
(82)昭和43年10月 9日 枚方簡裁 昭41(ろ)42号 大阪府屋外広告物法施行条例違反被告事件
(83)昭和43年 7月23日 松山地裁 昭43(行ク)2号 執行停止申立事件
(84)昭和43年 4月30日 高松高裁 昭41(う)278号 愛媛県屋外広告物条例違反・軽犯罪法違反被告事件
(85)昭和43年 2月 5日 呉簡裁 昭41(ろ)100号 軽犯罪法違反被告事件
(86)昭和42年 9月29日 高知簡裁 昭41(ろ)66号 外国人登録法違反被告事件
(87)昭和42年 3月 1日 大阪地裁 昭42(む)57号・昭42(む)58号 勾留請求却下の裁判に対する準抗告事件
(88)昭和41年 2月12日 大阪高裁 昭40(う)1276号
(89)昭和41年 2月12日 大阪高裁 事件番号不詳 大阪市屋外広告物条例違反被告事件
(90)昭和40年10月21日 大阪地裁 昭40(む)407号 勾留取消の裁判に対する準抗告事件
(91)昭和40年10月11日 大阪地裁 昭40(む)404号 勾留取消の裁判に対する準抗告申立事件
(92)昭和39年12月28日 名古屋高裁 昭38(う)736号 建造物損壊、建造物侵入等事件 〔東海電通局事件・控訴審〕
(93)昭和39年 8月19日 名古屋高裁 昭39(う)166号 軽犯罪法違反被告事件
(94)昭和39年 6月16日 大阪高裁 昭38(う)1452号
(95)昭和29年 5月 8日 福岡高裁 昭29(う)480号・昭29(う)481号 外国人登録法違反等事件
(96)昭和29年 1月 5日 佐賀地裁 事件番号不詳 外国人登録法違反窃盗被告事件
(97)昭和28年 5月 4日 福岡高裁 昭28(う)503号 熊本県屋外広告物条例違反被告事件

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