【選挙から学ぶ判例】crps 裁判例 lgbt 裁判例 nda 裁判例 nhk 裁判例 nhk 受信料 裁判例 pl法 裁判例 pta 裁判例 ptsd 裁判例 アメリカ 裁判例 検索 オーバーローン 財産分与 裁判例 クレーマー 裁判例 クレプトマニア 裁判例 サブリース 裁判例 ストーカー 裁判例 セクシャルハラスメント 裁判例 せクハラ 裁判例 タイムカード 裁判例 タイムスタンプ 裁判例 ドライブレコーダー 裁判例 ノンオペレーションチャージ 裁判例 ハーグ条約 裁判例 バイトテロ 裁判例 パタハラ 裁判例 パブリシティ権 裁判例 ハラスメント 裁判例 パワーハラスメント 裁判例 パワハラ 裁判例 ファクタリング 裁判例 プライバシー 裁判例 プライバシーの侵害 裁判例 プライバシー権 裁判例 ブラックバイト 裁判例 ベネッセ 裁判例 ベルシステム24 裁判例 マタニティハラスメント 裁判例 マタハラ 裁判例 マンション 騒音 裁判例 メンタルヘルス 裁判例 モラハラ 裁判例 モラルハラスメント 裁判例 リストラ 裁判例 リツイート 名誉毀損 裁判例 リフォーム 裁判例 遺言 解釈 裁判例 遺言 裁判例 遺言書 裁判例 遺言能力 裁判例 引き抜き 裁判例 営業秘密 裁判例 応召義務 裁判例 応用美術 裁判例 横浜地裁 裁判例 過失割合 裁判例 過労死 裁判例 介護事故 裁判例 会社法 裁判例 解雇 裁判例 外国人労働者 裁判例 学校 裁判例 学校教育法施行規則第48条 裁判例 学校事故 裁判例 環境権 裁判例 管理監督者 裁判例 器物損壊 裁判例 基本的人権 裁判例 寄与分 裁判例 偽装請負 裁判例 逆パワハラ 裁判例 休業損害 裁判例 休憩時間 裁判例 競業避止義務 裁判例 教育を受ける権利 裁判例 脅迫 裁判例 業務上横領 裁判例 近隣トラブル 裁判例 契約締結上の過失 裁判例 原状回復 裁判例 固定残業代 裁判例 雇い止め 裁判例 雇止め 裁判例 交通事故 過失割合 裁判例 交通事故 裁判例 交通事故 裁判例 検索 公共の福祉 裁判例 公序良俗違反 裁判例 公図 裁判例 厚生労働省 パワハラ 裁判例 行政訴訟 裁判例 行政法 裁判例 降格 裁判例 合併 裁判例 婚約破棄 裁判例 裁判員制度 裁判例 裁判所 知的財産 裁判例 裁判例 データ 裁判例 データベース 裁判例 データベース 無料 裁判例 とは 裁判例 とは 判例 裁判例 ニュース 裁判例 レポート 裁判例 安全配慮義務 裁判例 意味 裁判例 引用 裁判例 引用の仕方 裁判例 引用方法 裁判例 英語 裁判例 英語で 裁判例 英訳 裁判例 閲覧 裁判例 学説にみる交通事故物的損害 2-1 全損編 裁判例 共有物分割 裁判例 刑事事件 裁判例 刑法 裁判例 憲法 裁判例 検査 裁判例 検索 裁判例 検索方法 裁判例 公開 裁判例 公知の事実 裁判例 広島 裁判例 国際私法 裁判例 最高裁 裁判例 最高裁判所 裁判例 最新 裁判例 裁判所 裁判例 雑誌 裁判例 事件番号 裁判例 射程 裁判例 書き方 裁判例 書籍 裁判例 商標 裁判例 消費税 裁判例 証拠説明書 裁判例 証拠提出 裁判例 情報 裁判例 全文 裁判例 速報 裁判例 探し方 裁判例 知財 裁判例 調べ方 裁判例 調査 裁判例 定義 裁判例 東京地裁 裁判例 同一労働同一賃金 裁判例 特許 裁判例 読み方 裁判例 入手方法 裁判例 判決 違い 裁判例 判決文 裁判例 判例 裁判例 判例 違い 裁判例 百選 裁判例 表記 裁判例 別紙 裁判例 本 裁判例 面白い 裁判例 労働 裁判例・学説にみる交通事故物的損害 2-1 全損編 裁判例・審判例からみた 特別受益・寄与分 裁判例からみる消費税法 裁判例とは 裁量労働制 裁判例 財産分与 裁判例 産業医 裁判例 残業代未払い 裁判例 試用期間 解雇 裁判例 持ち帰り残業 裁判例 自己決定権 裁判例 自転車事故 裁判例 自由権 裁判例 手待ち時間 裁判例 受動喫煙 裁判例 重過失 裁判例 商法512条 裁判例 証拠説明書 記載例 裁判例 証拠説明書 裁判例 引用 情報公開 裁判例 職員会議 裁判例 振り込め詐欺 裁判例 身元保証 裁判例 人権侵害 裁判例 人種差別撤廃条約 裁判例 整理解雇 裁判例 生活保護 裁判例 生存権 裁判例 生命保険 裁判例 盛岡地裁 裁判例 製造物責任 裁判例 製造物責任法 裁判例 請負 裁判例 税務大学校 裁判例 接見交通権 裁判例 先使用権 裁判例 租税 裁判例 租税法 裁判例 相続 裁判例 相続税 裁判例 相続放棄 裁判例 騒音 裁判例 尊厳死 裁判例 損害賠償請求 裁判例 体罰 裁判例 退職勧奨 違法 裁判例 退職勧奨 裁判例 退職強要 裁判例 退職金 裁判例 大阪高裁 裁判例 大阪地裁 裁判例 大阪地方裁判所 裁判例 大麻 裁判例 第一法規 裁判例 男女差別 裁判例 男女差别 裁判例 知財高裁 裁判例 知的財産 裁判例 知的財産権 裁判例 中絶 慰謝料 裁判例 著作権 裁判例 長時間労働 裁判例 追突 裁判例 通勤災害 裁判例 通信の秘密 裁判例 貞操権 慰謝料 裁判例 転勤 裁判例 転籍 裁判例 電子契約 裁判例 電子署名 裁判例 同性婚 裁判例 独占禁止法 裁判例 内縁 裁判例 内定取り消し 裁判例 内定取消 裁判例 内部統制システム 裁判例 二次創作 裁判例 日本郵便 裁判例 熱中症 裁判例 能力不足 解雇 裁判例 脳死 裁判例 脳脊髄液減少症 裁判例 派遣 裁判例 判決 裁判例 違い 判決 判例 裁判例 判例 と 裁判例 判例 裁判例 とは 判例 裁判例 違い 秘密保持契約 裁判例 秘密録音 裁判例 非接触事故 裁判例 美容整形 裁判例 表現の自由 裁判例 表明保証 裁判例 評価損 裁判例 不正競争防止法 営業秘密 裁判例 不正競争防止法 裁判例 不貞 慰謝料 裁判例 不貞行為 慰謝料 裁判例 不貞行為 裁判例 不当解雇 裁判例 不動産 裁判例 浮気 慰謝料 裁判例 副業 裁判例 副業禁止 裁判例 分掌変更 裁判例 文書提出命令 裁判例 平和的生存権 裁判例 別居期間 裁判例 変形労働時間制 裁判例 弁護士会照会 裁判例 法の下の平等 裁判例 法人格否認の法理 裁判例 法務省 裁判例 忘れられる権利 裁判例 枕営業 裁判例 未払い残業代 裁判例 民事事件 裁判例 民事信託 裁判例 民事訴訟 裁判例 民泊 裁判例 民法 裁判例 無期転換 裁判例 無断欠勤 解雇 裁判例 名ばかり管理職 裁判例 名義株 裁判例 名古屋高裁 裁判例 名誉棄損 裁判例 名誉毀損 裁判例 免責不許可 裁判例 面会交流 裁判例 約款 裁判例 有給休暇 裁判例 有責配偶者 裁判例 予防接種 裁判例 離婚 裁判例 立ち退き料 裁判例 立退料 裁判例 類推解釈 裁判例 類推解釈の禁止 裁判例 礼金 裁判例 労災 裁判例 労災事故 裁判例 労働基準法 裁判例 労働基準法違反 裁判例 労働契約法20条 裁判例 労働裁判 裁判例 労働時間 裁判例 労働者性 裁判例 労働法 裁判例 和解 裁判例

「選挙 立候補 ポスター」に関する裁判例(3)令和元年 6月25日  東京地裁  平26(行ウ)615号 損害賠償等請求事件

「選挙 立候補 ポスター」に関する裁判例(3)令和元年 6月25日  東京地裁  平26(行ウ)615号 損害賠償等請求事件

裁判年月日  令和元年 6月25日  裁判所名  東京地裁  裁判区分  判決
事件番号  平26(行ウ)615号
事件名  損害賠償等請求事件
文献番号  2019WLJPCA06259006

出典
裁判所ウェブサイト

裁判年月日  令和元年 6月25日  裁判所名  東京地裁  裁判区分  判決
事件番号  平26(行ウ)615号
事件名  損害賠償等請求事件
文献番号  2019WLJPCA06259006

主文

1  本件各訴えのうち別紙1「訴え却下部分目録」記載の部分をいずれも却下する。
2  原告のその余の請求を棄却する。
3  訴訟費用は,原告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求
1  公安調査庁長官が平成26年12月1日に公安審査委員会に対してした更新の請求の際にした,原告が無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律(以下「団体規制法」という。)5条1項3号にいう「当該無差別大量殺人行為が行われた時に当該団体の役員(団体の意思決定に関与し得る者であって,当該団体の事務に従事するものをいう。)であった者が当該団体の役員である」との認定を取り消す。
2  公安審査委員会が平成26年12月8日に官報において公示した「ア(中略)は,両サリン事件当時,(中略)イに次ぐ「正大師」の位階にあり,当時の「a」が敷いていた省庁制度において,(中略)「法皇官房大臣」として,本団体の重要な業務を統括し,本団体の意思決定に関与し得る立場の役員であったと認められる。そして,現在も,(中略)ア(中略)も,本団体の内部組織である「b」の幹部構成員等と連絡を取りながら,「b」の活動方針等の重要事項の意思決定に関与しており,(中略)ア(中略)は,現在も,本団体の役員であると認められる」との公安調査庁長官の更新の処分の請求に係る告示を取り消す。
3  被告は,原告に対し,1000万円及びこれに対する平成27年1月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2  事案の概要
公安調査庁長官は,平成26年12月1日,公安審査委員会に対し,団体規制法12条1項後段及び5条4項の規定に基づき,公安調査庁長官の観察に付する処分(以下,団体規制法5条1項の規定に基づく処分を「観察処分」といい,同条4項の規定に基づく処分を「観察更新処分」という。)の期間の更新の請求(以下「本件更新請求」という。)をしたところ,その際,観察更新処分の理由となる事実の一つである同条1項3号該当性について,「(前略)ア(中略)は,両サリン事件当時,(中略)イに次ぐ「正大師」の位階にあり,当時の「a」が敷いていた省庁制度において,(中略)「法皇官房大臣」として,本団体の重要な業務を統括し,本団体の意思決定に関与し得る立場の役員であったと認められる。そして,現在も,(中略)ア(中略)も,本団体の内部組織である「b」の幹部構成員等と連絡を取りながら,「b」の活動方針等の重要事項の意思決定に関与しており,(中略)ア(中略)は,現在も,本団体の役員であると認められる。」(以下「本件認定」という。)とした。また,公安調査庁長官は,同日,本件認定を含む本件更新請求をしたことについて,報道機関に公表(以下「本件公表」という。)した。そして,公安審査委員会は,同月8日,本件更新請求があった旨を同日付けの官報において公示した(以下「本件公示」という。)際,更新の理由となる事実の一部として,本件認定も公示した。
本件は,本件認定及び本件公示がいずれも「処分」(行政事件訴訟法3条2項)に該当することを前提に,本件認定が事実を誤認した違法なものであるとして,原告が,被告に対し,本件認定及び本件公示の各取消しを求める(以下,本件各訴えのうち本件認定及び本件公示の各取消しを求める部分を「本件行政訴訟部分」という。)とともに,公安調査庁長官が本件認定及び本件公表をしたことが,いずれも,原告との関係で,国家賠償法1条1項にいう「違法な公権力の行使」に該当し,原告がそれらの行為により多大な精神的苦痛を受けたとして,同項に基づき,慰謝料として各500万円(合計1000万円)及びこれに対する本件各訴えに係る訴状が被告に送達された日(平成27年1月13日)の翌日である同月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める(以下,本件各訴えのうち国家賠償法に基づく損害賠償を求める部分を「本件国賠訴訟部分」という。)事案である。
1  関係法令の定め
別紙2「関係法令の定め」のとおりである(同別紙で定める略称等は,以下においても用いることとする。)。
2  前提となる事実関係(以下「前提事実」という。なお,証拠等の掲記のない事実は,当事者の間に争いがないか,又は当裁判所に顕著な事実である。)
(1)  当事者等
ア 原告は,イことウ(以下「ウ」という。ただし,証拠の内容を引用等する際には,「イ」,「イ」,「イ」等と記載することがある。)とエ(旧氏名オ。以下,改名の前後を問わず「オ」といい,証拠の内容を引用等する際には,「オ」,「イの妻」,「母」等と記載することがある。また,いわゆるホーリーネーム(aにおける宗教名のこと。以下同じ。)は,㋔である。なお,以下において,証拠の内容を引用する際,特に断りなく,ホーリーネームで当該者の氏名を記載することがある。)との間の三女(昭和58年4月生)であり(以下,証拠の内容を引用等する際には,原告のことを「ア」,「ア」,「三女」等と記載することがある。),ウを教祖・創始者とするaにおいて,ウから,「㋐」(以下,単に「㋐」ということがある。)とのホーリーネームを付けられた。なお,ウとオとの間には,原告の他に5人の子(女性3名,男性2名。なお,男性2名は,いずれも原告よりも後に出生した者である。)がある。
イ ウは,遅くとも昭和63年10月頃,原告を自己の後継者として定め,それを公言するようになっていた(ただし,その後に,後継者としての地位に変動があったか否かについては,当事者の間に争いがある。)。ウは,同年12月頃,原告が大乗のヨーガ(自他との区別を滅した解脱者になるためのヨーガ。以下同じ。)を成就(解脱とほぼ同義。以下同じ。)した旨を認定したが,これは,ウが大乗のヨーガを成就したと認定した最初の事例であった。なお,オが,大乗のヨーガを成就したとウから認定を受けたとされるのは,平成3年7月のことである。
ウ 原告は,おおむね,昭和63年頃以降平成8年11月頃までは,山梨県内にあったaの関連施設に,同月下旬以降平成10年9月までは,福島県いわき市内に,同年秋頃以降平成18年3月22日までは,東京都八王子市内に,同日以降は,埼玉県内に,それぞれ居住して生活をしていた(甲59,乙155)。
(2)  団体規制法に基づく観察処分がされるに至る経緯等
ア ウは,「主神をシヴァ神として崇拝し,創始者であるイの説く教義を根本とし,全ての生き物を輪廻の苦しみから救済して絶対自由・絶対幸福・絶対歓喜の世界(マハー・ニルヴァーナ,涅槃の境地)に導くことを最終目的として,シヴァ神の化身であるイに対する絶対的な浄信と帰依を培った上,自己の解脱(成就)・悟りに到達する道である小乗(ヒナヤーナ)を修めるとともに,衆生の救済を主眼とする道である大乗(マハーヤーナ)及び衆生救済に至る最速の道である秘密金剛乗(タントラ・ヴァジラヤーナ)の各修行を実践する」ことをその要旨とする小乗仏教等の複数の宗教の教義を混交した教えをとりまとめ,昭和59年2月頃以降,「c」との名称の団体で活動を開始し,昭和62年7月頃には,上記の教えを「a」と称してそれを広めて実現する活動(日本シャンバラ化計画)を続け,ウを教祖・創始者とするaの教義を広め,これを実現することを目的とし,ウが主宰し,ウ及びaの教義に従う者によって構成される団体(以下「本団体」ということがある。)が形成された。その後,本団体は,全国各地に拠点となる施設を開設するなどした後,平成元年8月29日,宗教法人法上の宗教法人となり(宗教法人aの設立),法人格を取得した。
宗教法人aにおいては,位階(「ステージ」ともいう。以下同じ。)の制度があり,平成6年7月頃には,「正大師」,「正悟師」,「菩師長」,「愛師長補」,「菩師」,「愛師」,「師」等の位階が設けられていた。また,ウは,自己を最終解脱者である「尊師」として,上記の位階の頂点にあるものとした上で,位階が下位にある者は,位階が上位にある者の指示に服従するよう求めていた(ただし,これが絶対的な服従を求めるものであったか否かは,当事者の間に争いがある。)。なお,位階が同じ場合には,その位階に早く達した者の方が,後に当該位階に達した者よりも位階が上にあるものとして取り扱われていた。
また,ウは,平成7年3月17日付けで,「皇子のステージをサマナの全ステージの上に置くものとする。」との「イ通達」(以下「本件通知」という。)を発出した(乙149)。
イ ウは,平成6年6月頃,宗教法人aに,国の行政機構と類似した「法皇官房」,「大蔵省」,「建設省」,「治療省」等と名付けられた部門からなる「省庁制」とされる組織(なお,「法皇官房」とされる部門については,当初は,内閣官房と称されていた。以下,改称の前後を問わず,「法皇官房」というが,証拠の内容を引用等する際には,「内閣官房」と記載することがある。)を構築し,それぞれの部門の長には,正大師,正悟師等の宗教法人aにおける高位の位階にある者が就いた。各「省庁」とされる部門の長は,当該部門に属する者の人事,担当業務に関する決定権等を付与され,担当業務に主体的に関与することが可能な地位及び権限を有していた(ただし,法皇官房についても同様であったか否かについては,当事者の間に争いがある。)。
法皇官房は,イニシエーション(aにおける特定の儀式のこと。以下同じ。)の実施,他の部門(省庁)への連絡,信徒のとりまとめ等の業務を担当する部門であり,法皇官房の長である法皇官房大臣(法皇官房長官とも呼称されており,呼称については当事者の間に争いがある。以下,法皇官房の長を「法皇官房大臣」という。)には,法皇官房が発足した当初から,原告が就いていた(乙16)。
ウ ウは,平成6年6月27日,カ(以下「カ」ということがある。)らと共謀の上,長野県松本市内の市民らを殺害しようと企て,同市内において,噴霧車を用いて猛毒であるサリンを散布し,8名を殺害するとともに,多数の者を負傷させた(いわゆる松本サリン事件。以下同じ。)。
ウは,平成7年3月20日,カらと共謀の上,東京都内の地下鉄(3路線)を現に走行中の電車に乗っていた者らを殺害しようと企て,同電車内でサリンを散布し,12名を殺害するとともに,多数の者を負傷させた(いわゆる地下鉄サリン事件。以下同じ。また,松本サリン事件と併せ総称するときは,「両サリン事件」という。)。
地下鉄サリン事件が発生した当時,ウに次ぐ位階である正大師の位階にあったのは,平成2年12月に正大師の位階にあるものとウから認定されたとされる原告及び平成3年7月に正大師の位階にあるものとウから認定されたとされるオを含めて5名(原告,オ,カ,キ(以下「キ」ということがある。なお,ホーリーネームは,である。)及びク)のみ(なお,以下において,個人の位階を摘示するときは,全て地下鉄サリン事件当時のものである。)であった。なお,上記の当時,ウとオとの間の子のうち宗教法人aにおける位階を有していたのは,原告のみであった。
エ 宗教法人aは,平成7年5月11日,キを本部長とする緊急対策本部を設置し,「省庁」という用語を廃止したり,ウから委任を受けて一切の法律問題の対応をしたりすることとしたが,同月16日にウが逮捕された(乙74)。
宗教法人aが設置した緊急対策本部は,同月20日,宗教法人aの最高意思決定機関を同日の時点で身柄を拘束されていない成人の正大師3名(オ,キ及びク)並びに正悟師6名から構成される「正大師/正悟師会議」とし,オを宗教法人aの代表代行とすること等を決めたが,同年6月21日,宗教法人aに係る規則上の最高意思決定機関である責任役員会の構成員の代務者としてケ(以下「ケ」ということがある。なお,本団体における位階は,正悟師である。)ら9名を選任し,最高意思決定機関の構成員を実質的に変更した(乙75)。
その後,オが,同月26日,キが,同年10月7日,それぞれ逮捕されて宗教法人aの意思決定に参加できなくなり,さらに,宗教法人aは,同年12月19日,宗教法人法81条の規定による解散命令の確定により法人格を喪失して清算手続に移行した。
オ(ア) 公安調査庁長官は,平成8年1月,本団体に係る破防法11条の請求(破防法7条に基づく解散の指定の処分の請求)をするに先立ち,弁明の期日を開いた。ウは,同年5月28日,本団体の代表及び教祖としての立場を退く旨の意思を表明し,本団体は,同年6月21日,ウとオとの間の男子2名を教祖とし,原告を座長としてケ,コ(以下「コ」ということがある。),サ(以下「サ」ということがある。)ら6名の正悟師の位階にある者を加えた「長老部」と称する組織(以下「長老部」という。)を本団体の意思決定機関とすることとし,原告も,長老部が廃止されるまでの間,長老部として開催された会議に参加していた。
(イ) 原告は,平成8年8月24日から同年10月下旬にかけて,原告らがその内容を決定した「観念崩壊セミナー」と称する行事(以下「観念崩壊セミナー」という。)を本団体として開催することに同意し,本団体の構成員を観念崩壊セミナーに参加させることにも同意した。観念崩壊セミナーにおける取組みにおいては,断食,長時間の蓮華座(足の組み方の一つ)等の過酷な内容のものも含まれ,参加者の中には,負傷者等も出た。
(ウ) 公安調査庁長官は,平成8年7月11日,公安審査委員会に対し,破防法11条に基づき,破防法7条の処分の請求をしたが,公安審査委員会は,平成9年1月31日,上記の請求を棄却する旨の決定をした。
カ(ア) 東京地方裁判所は,平成9年3月24日,キに対し,偽証等の罪により,懲役3年に処する旨の有罪を言い渡す判決の宣告をし,同判決は,平成10年8月26日,確定した。キは,同判決に基づく懲役刑の執行を受け,平成11年12月29日,刑事収容施設から釈放された(乙73)。
(イ) 団体規制法は,平成11年12月7日に公布され,同月27日から施行されたところ,公安調査庁長官は,同日,公安審査委員会に対し,団体規制法12条1項前段の規定に基づく請求(観察処分の請求)をした。
公安審査委員会は,平成12年1月20日,団体規制法16条の規定に基づき,本団体から,公開による意見聴取をした上で,同月28日,本団体に対し,団体規制法22条1項3号の規定に基づき,3年間の観察処分(以下「本件観察処分」という。)をし,同年2月1日,団体規制法24条3項の規定に基づき,本件観察処分をした旨及びその理由を官報に公示した。(以上,乙2)
(ウ) 本団体は,本件観察処分に先立つ,平成12年1月18日,本団体の名称を「d」とすること,教組を置かないこと,長老部を廃止し,キを中心とし,ケら6名の正悟師も加えて構成される「正悟師・正大師会合」を集団合議制の執行部として設けること等を内容とする「事件に関する総合的見解表明及び抜本的教団改革の概要」を公表し,同年2月4日付けで,「宗教団体・d」を発足させた(乙76)。
(エ) 原告は,平成12年1月21日午前3時頃から同日午前5時50分頃までの間,ウとオとの間の二女(以下「二女」という。なお,証拠の内容を引用する際には,「次女」と記載することもある。)及び4名の者とともに,正当な理由がないのに,茨城県内にある本団体の施設に立ち入った後,ウとオとの間の長男(以下「長男」という。)とともに,同施設から出た。
原告は,同年2月19日,茨城県警察鉾田警察署に出頭し,住居侵入の被疑事実により逮捕された。その後,水戸地方検察庁検察官から上記の住居侵入に係る被疑事件の送致を受けた水戸家庭裁判所は,同年4月4日,上記の事件につき,保護観察所の保護観察に付する旨の保護処分をし,その頃,同保護処分は,確定した。(以上,甲52)
(オ) 原告は,平成12年6月頃,キから,本団体のロシアにおける信者の一人がウを奪還する目的でテロを起こす計画(なお,同計画は未遂に終わっている。この未遂に終わった計画を含む一連の事実関係を,以下,「シ事件」という。)の中止を呼びかけるビデオ撮影に応じてほしい旨の連絡を受けてそれを応諾し,その頃,ビデオカメラの前で,㋐としての立場で,㋐の考えとして,事件を起こすことはあってはならない旨の話をした(甲59,乙127)。
(3)  本件観察処分後の経緯等
ア 公安調査庁長官は,平成14年12月2日,公安審査委員会に対し,団体規制法12条1項後段の規定に基づく請求(観察更新処分の請求。以下「観察更新請求」という。)をした。公安審査委員会は,平成15年1月8日,本団体から,口頭による意見の敷えんを受けた上,同月23日,本団体に対し,団体規制法26条6項が準用する団体規制法22条1項3号の規定に基づき,3年間の観察更新処分をし,同月29日,団体規制法26条6項が準用する団体規制法24条3項の規定に基づき,観察更新処分をした旨及びその理由を官報に公示した。(以上,乙3)
イ 「d」は,その名称を,平成15年2月6日付けで「e」に,平成20年5月20日付けで「b」に,それぞれ,変更した。
ウ 原告は,平成15年夏頃,オとともにeの構成員と会ったり,単独でeの施設を訪れたりしたほか,キをeの運営から外すか否かを検討する会議にも参加した(甲59)。キは,平成15年10月,eの運営から外れ,その後は,ケら5名の正悟師で構成される「正悟師会合」という名称の合議体(以下「正悟師会合」という。)が,eの意思決定をすることとなった。
エ 公安調査庁長官は,平成17年11月25日,公安審査委員会に対し,観察更新請求をした。公安審査委員会は,平成18年1月10日,本団体から,口頭による意見の陳述を受けた上,同月23日,本団体に対し,団体規制法26条6項が準用する団体規制法22条1項3号の規定に基づき,3年間の観察更新処分をし,同月30日,団体規制法26条6項が準用する団体規制法24条3項の規定に基づき,観察更新処分をした旨及びその理由を官報に公示した。(以上,乙4)
オ eにおいては,平成18年7月,正悟師会合が機能しなくなっていたことから,新たに「合同会議」と称する合議体(以下「合同会議」という。)が設置されてeの事実上の意思決定機関となった(乙110)。
その後,キ及び本団体の構成員の一部は,平成19年3月,eから脱退し,同年5月7日付けで,「f」との名称による組織(以下「f」という。)を設立した(乙24,25。以下,平成12年1月18日から後でf設立前の本団体を指すときは,名称変更の前後を問わず,「e」ということがあり,f設立後の本団体の内部組織を特定するときは,名称変更の前後を問わず,「b」,「f」などということがある。)。
bは,平成19年12月14日,合同会議を正式な意思決定機関とする旨を公表した(乙110)。
カ ス(以下「ス」という。なお,本団体における位階は,愛師長補で,ホーリーネームは,㋜である。)は,平成20年3月26日,原告に対し,「㋐正大師」との書き出しで,「先日の教団に対する私(スのこと。以下,この項において同じ。)の見解は正大師(原告のこと。以下,この項において同じ。)ご指摘の通りで,軽率だったと反省しております。教団に関する心情表現には感情が乗り,少し誤解を招いてしまったように感じています。そのため私が教団(サンガ)を否定し,自らは別の立場において突き放しているように受け止められてしまったように感じました。もし,そのような受け止め方をされたとすれば,それは少し違います。お伝えしたかった真意は教団否定や批判を目的としたものではなく,「このように困った状態になっている」という客観的事実として知った現状をふまえ,正大師だからこそ話せた私の率直な印象でした。私はこれまで教団やサマナ(本団体の施設で生活しながら修行をしている信者のこと。以下同じ。)に対しどのように考えどのように対峙してきたのか,正大師はよくご存じだと思っておりますが,これまでにおいて私自身の言葉足らずや説明不足も多々あったと思います。私はそれ故に誤解を招いたと感じていますが,それは私の思いこみであって正大師ご自身は,また違ったお考えで話されておられるかも知れません。(中略)最近,教団の師(㋝(本団体の構成員で,菩師長補の位階にあるセ(以下「セ」ということがある。ホーリーネームは㋝)のこと),㋞(本団体の構成員で,愛師の位階にあるソ(以下「ソ」という。ホーリーネームは㋞)のこと),㋟(本団体の構成員で,菩師の位階にあるタ(以下「タ」という。ホーリーネームは㋟)のこと),㋠(本団体の構成員で,菩師の位階にあるチ(以下「チ」ということがある。ホーリーネームは,㋠)のこと))と会って話しました。一つの方向で話をまとめているようです。(中略)やっと動こうとしているようで評価したいと思っています。(中略)同様に,やはり気になったのは先日からの相談事などは教団内部でほとんど議論が進んでいないことです。㋞(ソ)さんはこれまで誰と話してきているのでしょうか,二人の師はそのようなことは全く知らないようでした。教団全体の意思でもって争わなければならない問題は,少なくとも代表者が確定しなくては難しいと思われます。今はその代表者を決める段階なので,もう少し時間がかかりそうです。以上いくつかの問題に関して私なりの考えを述べさせていただきました。未熟であるが故に多くの考え違いがあると思っています。どうか考えの誤りをご指摘いただいて,ご指導下さるようよろしくお願いいたします。㋜師」などと記載された文書(以下「本件文書」という。)を送付した(乙11,94)。
キ 公安調査庁長官は,平成20年12月1日,公安審査委員会に対し,観察更新請求をした。公安審査委員会は,平成21年1月13日,本団体から,口頭による意見の陳述を受けた上,同月23日,本団体に対し,団体規制法26条6項が準用する団体規制法22条1項3号の規定に基づき,3年間の観察更新処分をし,同月30日,団体規制法26条6項が準用する団体規制法24条3項の規定に基づき,観察更新処分をした旨及びその理由を官報に公示した。(以上,乙5)
ク 公安調査庁長官は,平成23年11月28日,公安審査委員会に対し,観察更新請求をした。公安審査委員会は,平成24年1月10日,本団体から,口頭による意見の陳述を受けた上,同月23日,本団体に対し,団体規制法26条6項が準用する団体規制法22条1項3号の規定に基づき,3年間の観察更新処分をし,同月30日,団体規制法26条6項が準用する団体規制法24条3項の規定に基づき,観察更新処分をした旨及びその理由を官報に公示した。(以上,乙6)
ケ 原告は,二女及び長男と連名で,本団体の構成員に対し,平成26年1月19日,別紙3のとおりの手紙(以下「本件手紙1」という。)を,同年2月13日,別紙4のとおりの手紙(以下「本件手紙2」といい,本件手紙1と総称するときは,「本件各手紙」という。)を,それぞれ送付した(乙11,18)。本件各手紙は,同年頃に開催されたbの会合(以下「八潮説明会」という。)において,その概要が紹介された(乙17の1・2)。
(4)  本件更新請求等
ア 公安調査庁長官は,平成26年12月1日,公安審査委員会に対し,観察更新請求(本件更新請求)をし,その際,本件認定をした。公安調査庁長官は,同日,本件認定を含む本件更新請求をしたことについて,報道機関に公表(本件公表)した。
イ 公安審査委員会は,平成26年12月8日,本件更新請求があった旨を同日付けの官報において公示した(本件公示)際,更新の理由となる事実の一部として,本件認定も公示した(乙1)。
公安審査委員会は,平成27年1月14日,本団体から,口頭による意見の陳述を受けた上,同月23日,本団体に対し,団体規制法26条6項が準用する団体規制法22条1項3号の規定に基づき,3年間の観察更新処分をし,同月30日,団体規制法26条6項が準用する団体規制法24条3項の規定に基づき,観察更新処分をした旨及びその理由を官報に公示したところ,上記の理由においては,本件認定に係る部分は,「アについて論ずるまでもなく」とされて何らの判断も示されず,本件認定は,上記の観察更新処分の理由の一部を構成していない(乙7)。
(5)  本件各訴えの提起等
原告は,平成26年12月9日,東京地方裁判所に対し,本件各訴えを提起した。なお,本件各訴えは,当初は,本件行政訴訟部分のうち本件認定の取消しを求める部分及び本件国賠訴訟部分に係る各請求から構成されていたが,原告は,平成27年8月3日,行政事件訴訟法19条2項の規定に基づき,民事訴訟法143条の規定の例により,本件行政訴訟部分のうち本件公示の取消しを求める部分に係る請求を追加的に併合する旨の申立てをした。
3  争点
(1)  本案前の争点-本件行政訴訟部分の適法性(本件認定及び本件公示の処分性・争点1)
(2)  本案の争点-公安調査庁長官がした本件認定及び本件公表の違法性(争点2)
(3)  本案の争点-原告に生じた損害及び損害額(争点3)
4  争点に関する当事者の主張の要点
別紙5のとおりである(同別紙で定める略称等は,以下においても用いることとする。)。
第3  当裁判所の判断
1  争点1(本案前の争点-本件行政訴訟部分の適法性(本件認定及び本件公示の処分性))について
(1)  取消訴訟の対象となる行政庁の行為について
行政事件訴訟法3条2項は,同法において,処分の取消しの訴えとは,「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(同条3項の裁決に当たるものを除く。以下「処分」という。)の取消しを求める訴訟をいう旨を規定するところ,ここでいう処分とは,公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち,その行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうと解される(最高裁昭和39年10月29日第一小法廷判決・民集18巻8号1809頁参照)。
したがって,処分の取消しの訴えの対象である行政庁の行為は,上記の意味における処分に該当するものでなければならず,これに該当しないものの取消しを求める訴えは,取消訴訟としては不適法なものというべきである。
(2)  本件認定の処分性について
ア 本件認定は,公安調査庁長官が,本件更新請求をするに当たり,更新の理由となる事実の一部として,一定の事実を認定した行為を指すものと解されるところ,上記の行為は,公安調査庁長官が本件更新請求をした当時に有している事実に関する認識を明らかにするにとどまるものであるから,その性質上,当該行為により直接原告の権利義務を形成し又はその範囲を確定する効果を有するとはいえないことが明らかである。
したがって,本件認定は,前記(1)に判示した意味における「処分」には該当しないものというべきである。
イ 原告は,①行政機関の内部的行為が対外的に直ちに実質的な影響力を持ち,後続の正規の処分を待っていては実害の救済を全うし難いような特別の事情がある場合には,例外的に出訴が許されるべきである,②行政庁の行為がそれ自体は直接法的効果を伴わないものであっても,その威嚇的な効果等の事実上の影響により当事者又は第三者に実質的な危害を及ぼすものであるときは,訴訟の対象性を否定すべきではないなどと主張し,本件認定を取り消すことを求める旨の訴えが適法である旨主張する。
しかし,原告が上記に主張する効果,不利益等は,いずれも事実上のものである(このことは,上記の原告の主張自体からも明らかである。)にとどまり,本件認定が前記(1)に判示した意味における「処分」に該当することを基礎付ける事情とはいえない上,他に,本件認定が前記(1)に判示した意味における「処分」に該当することを基礎付ける法令上の根拠も見当たらない。
したがって,原告の主張は,採用することができない。
(3)  本件公示の処分性について
ア 本件公示は,公安審査委員会がした本件認定を含む本件更新請求の理由となるべき事実を官報に公告することによって公示した行為を指すものと解されるところ,上記の行為は,団体規制法26条4項,5項,17条2項の規定に基づき,公安調査庁長官がした本件更新請求における更新の理由となるべき事実を本団体に通知する行為(事実行為)であるから,その性質上,当該行為により直接原告の権利義務を形成し又はその範囲を確定する効果を有するとはいえないことが明らかである。
したがって,本件公示は,前記(1)に判示した意味における「処分」には該当しないものというべきである。
イ 原告は,①本件公示がされた段階で原告にこれを争う機会を付与しなければ,原告に生じた名誉侵害を救済することができない,②本件公示の内容は,原告の具体的な権利若しくは義務又は法律上の利益に重大な関わりを持っているから,告示そのものを争わせなければその権利救済を全からしめることができないような特殊例外的な場合に当たる,③本件公示は,原告に対しても向けられているものと解すべきであり,特定人に対する個別的処分として抗告訴訟の対象となる旨主張する。
しかし,原告が上記に主張する本件公示の効果,不利益等は,いずれも事実上のものであるにとどまる上,本件公示が,その性質上,原告を名宛人とするものとは認め難いから,原告の主張するところは,本件公示が前記(1)に判示した意味における「処分」に該当することを基礎付ける事情とはいえない。そして,他に,本件公示が前記(1)に判示した意味における「処分」に該当することを基礎付ける法令上の根拠(なお,団体規制法には,公安審査委員会がした公示についての不服申立ての手続は定められていない。)も見当たらない。
したがって,原告の主張は,採用することができない。
(4)  まとめ
以上によれば,本件行政訴訟部分は,いずれも,「処分」(行政事件訴訟法3条2項)に該当しない行政庁の行為の取消しを求めるものであって,その余の点について判断するまでもなく,取消訴訟の訴訟要件を欠く訴えであり,不適法なものとして,却下を免れないというべきである。
2  争点2(本案の争点-公安調査庁長官がした本件認定及び本件公表の違法性)の判断の枠組み等について
原告は,公安調査庁長官がした本件認定及び本件公表がいずれも国家賠償法上違法なものである旨主張するから,まず,同法1条1項にいう「違法」の意味を検討し(後記3),その後に,本件認定の前提となる団体規制法5条1項3号が規定する要件等を検討し(後記4),その後に,当該要件について,本件の事案に沿って更に詳細に検討を加える(後記5から7まで)こととする。
3  国家賠償法1条1項にいう「違法」の意味について
(1)  国家賠償法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに,国又は公共団体がこれを賠償する責任を負う旨規定するところ(最高裁昭和60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁等参照),公権力の行使に当たる公務員の行為に同項にいう違法があったとの評価を受けるためには,当該公務員が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該行為をしたと認め得るような事情が存することが必要であると解するのが相当である(最高裁平成5年3月11日第一小法廷判決・民集47巻4号2863頁,最高裁平成11年1月21日第一小法廷判決・裁判集民事191号127頁参照)。
そうすると,本件認定については,公安調査庁長官が,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と原告を団体規制法5条1項3号にいう「当該団体の役員」である旨の事実を認定した上で本件更新請求をしたと認め得るような事情が存することが必要であり,本件公表については,公安調査庁長官が,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と本件認定を報道機関に公表したと認め得るような事情が存することが必要であるというべきである。これに反する原告の主張は,採用することができない。
そして,上記のような枠組みを前提とすると,公安調査庁長官が,本件認定又は本件公表をした当時,公安調査庁長官が収集していた又は容易に収集し得た証拠の記載等に基づき,公安調査庁長官が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と本件認定又は本件公表をしたか否かを判断すべきものと解すべきである。
(2)  なお,原告は,公安調査庁長官が,本件認定及び本件公表をするに先立ち,原告に意見を述べる機会を与えなかったとして,本件認定及び本件公表に係る原告に対する手続的保障がなかったことが国家賠償法1条1項にいう「違法」を基礎付ける事情となる旨主張するが,団体規制法を始めとする関連法令において,公安調査庁長官が,観察更新請求の基礎となる事実を認定する場合又は観察更新請求をしたこと及びその理由を官報において公示する場合に,それらの行為をするに先立って関係者に意見を述べさせる機会を与えなければならない旨の定めは見当たらないから,前記(1)に判示した点を超えて公安調査庁長官に何らかの法令上の義務が課されていたとは解し難い。したがって,原告の主張は,採用することができない。
4  団体規制法5条1項3号の要件等について
(1)  団体規制法5条1項3号の規定と同号が定める要件について
団体規制法5条1項柱書きは,公安審査委員会が観察処分を行うことができるための要件を,その団体の役職員又は構成員が当該団体の活動として無差別大量殺人行為を行った団体が,同項各号に掲げる事項のいずれかに該当し,その活動状況を継続して明らかにする必要があると認められる場合と規定し,同項3号は,当該無差別大量殺人行為が行われた時に当該団体の役員であった者の全部又は一部が当該団体の役員であることと規定する。
そうすると,ある者が,団体規制法5条1項3号にいう「当該団体の役員」に該当するというためには,①団体の役職員又は構成員が当該団体の活動として無差別大量殺人行為を行った団体と,観察処分の対象となる団体が同一であること,②同号にいう「当該団体の役員」に該当するとされる者が,上記①の無差別大量殺人行為が行われた時に観察処分の対象となる団体の役員であったこと及び③上記②の者が,観察処分の請求がされた当時,観察処分の対象となる団体の役員であることの全ての要件を満たす必要があるものと解すべきであり,これは,観察更新処分における場合についても,同様に解すべきものというべきである。
したがって,本件においては,Ⓐ団体の役職員又は構成員が当該団体の活動として無差別大量殺人行為を行った団体として観察処分を受けた団体と,観察更新処分の対象となる団体が同一であること,Ⓑ原告が,上記Ⓐの無差別大量殺人行為(両サリン事件)が行われた当時に観察更新処分の対象となる団体の役員であったこと及びⒸ原告が,本件更新請求がされた当時,上記Ⓐの観察更新処分の対象となる団体の役員であることの全ての要件を満たす必要があるものと解するのが相当である。
(2)  団体規制法5条1項3号にいう「役員」の意味について
団体規制法5条1項3号は「役員」について,団体の意思決定に関与し得る者であって,当該団体の事務に従事するものをいう旨の定義を置いているところ,原告は,ある団体が同項に該当するというためには,当該団体が再び無差別大量殺人行為の準備行為を開始するとの具体的危険性を要求する趣旨のものと解すべきであるとし,同項3号の役員については,単にそれらの者が当該団体において役員としての地位を有しているだけでは足りず,無差別大量殺人の準備行為に着手し得る権限ないし影響力を伴った地位を有することが必要であると解すべきである旨主張する。
しかし,団体規制法5条1項には,破防法5条1項柱書きのような厳格な要件を規定した文言は見当たらず,団体規制法の規制対象団体について,無差別大量殺人行為を行う蓋然性や,破防法にいうような厳格な要件の充足が必要であるとは解し難いから,団体規制法5条1項が,無差別大量殺人行為に及ぶ現在の具体的危険性が存することを,同項を適用するための要件としているとは解することができないというべきである。また,これに加え,同項3号が「意思決定に関与し得る者」と規定していることにも照らすと,同号にいう「役員」が無差別大量殺人の準備行為に着手し得る権限ないし影響力を伴った地位を有することが必要であるとも解し難い。
したがって,原告の主張は,その前提を異にするものであって,採用することができない。
5  「本団体」について
(1)  観察処分を受けた団体と観察更新処分の対象となる団体との同一性の判断基準等
団体規制法5条4項にいう「第1項の処分を受けた団体」と同条1項にいう観察処分の対象となった「当該団体」の同一性の判断基準について,団体規制法に明確な定めはないものの,団体規制法4条2項の定めによれば,団体規制法の「団体」とは,結合性や継続性等の人的関係・組織構成よりも,当該団体が特定の共同目的を有していることに着目し,その点に特色がある概念であるということができるから,上記の同一性の判断基準としては,団体規制法5条4項にいう「第1項の処分を受けた団体」と同条1項にいう観察処分の対象となった「当該団体」の双方の団体において,①構成員個人の意思とは離れて当該団体としての行動をする際の指針となり得る特定の共同の目的に同一性があるかどうかが最も重要であり,②団体の結合性や継続性といった人的関係・組織構成についても,構成員や役職員が上記双方の団体間で一致していなければならないということではなく,各構成員が,上記共同の目的を達成するための意思決定に従うなどの共同の目的に沿った行動をするという点において人的結合性や組織としての継続性が認められ,この点に上記の双方の団体間に同一性があるかどうかを考慮して,上記の同一性を判断すべきものと解するのが相当である。
(2)  本件観察処分を受けた団体と本件更新請求における被請求団体である「本団体」との同一性について
ア 本件において提出された証拠の記載
本件における証拠には,次のような記載のあるものが含まれていることが認められる。
(ア) 官報
a 平成12年2月1日付け官報(乙2)に掲載されている公安審査委員会告示第2号
(a) 第4の1(3) 被請求団体の教義
「(前略)aの教義は,原始密教,チベット密教,小乗仏教,大乗仏教,秘密金剛乗等の教義を混交したウの説く教えを取りまとめたものであり,その要旨は「主神をシヴァ神として崇拝し,創始者であるウの説く教えを根本とし,(中略)シヴァ神の化身であるウに対する絶対的な浄信と帰依を培った上,自己の解脱・悟りに到達する道である小乗(ヒナヤーナ)を修めるとともに,衆生の救済を主眼とする道である大乗(マハーヤーナ),及び衆生救済に至る最速の道である秘密金剛乗(タントラ・ヴァジラヤーナ)の各修行を実践する」というものである。
ウは,その中でも,衆生救済への最速の道であるタントラ・ヴァジラヤーナを最も重視し,これに関する説法の中で,「悪業を積んでいる魂は早く命を絶つべきである」とする「アクショーブヤの法則」や「真理の実践を行う者にとっては結果が第一であり,結果のためには手段を選ばない」とする「アモーガシッディの法則」など「五仏の法則」の重要性を強調し,タントラ・ヴァジラヤーナを実践すれば必ず最終解脱できる旨説くとともに,「例えばグルがそれを殺せという時は・・相手はもう死ぬ時期にきている。そして,弟子に殺させることによって,その相手をポアさせるというね,一番いい時期に殺させるわけだね。」(昭和62年1月4日丹沢集中セミナーでの説法),「わたしたちは,すべての魂を・・救済したいと考える。・・しかし,時がない場合,それをセレクトし,必要のない魂を抜いてしまうこともやむなしと考える智慧あるもの,あるいは徳のある魂があったとしてもそれはおかしくはない。」(平成5年4月18日杉並道場での説法)等と説き,「教祖」であり「最終解脱者」であるウの指示があれば殺人を行うことも正当化され,死者の魂は「ポア」ないし「ポワ」されて高次の精神世界に転生するなどとしている。(後略)」
(b) 第4の1(4) 被請求団体の政治上の主義
「ア 被請求団体が政治上の主義を有するに至った経緯被請求団体は,(中略)その教義の実践として衆生の救済を行うことを目的とし,その教義に沿った理想郷の建設を目指す中で,平成元年ころ,最終的にはウを独裁者とする祭政一致の専制国家体制を樹立するという政治上の主義を有するに至った。
イ 政治上の主義の先鋭化
被請求団体にあっては,この政治上の主義を推進するため,ウを含む構成員合計25名が平成2年2月施行の衆議院議員総選挙に立候補したが,全員が大差で落選した。(中略)
ウ 武装化の状況
(中略)
(オ) まとめ
(前略)同2年ころには,かかる国家体制を樹立するためには,武力によって我が国の現行国家体制を破壊する必要があり,また,被請求団体に反対する者は殺害するほかはないとして,積極的に武装化を推進するなどしていたことが認められる。
そして,後述のとおり,被請求団体は,かかる政治上の主義を推進する目的で,団体の活動として平成6年6月から同7年3月にかけて「松本サリン事件」及び「地下鉄サリン事件」の両事件を敢行した。」
(c) 第4の2 被請求団体が法第4条第2項の「団体」に該当すること
「1で検討したように,被請求団体は,ウを教祖・創始者として結成され,ウの説くaの教義を広め,これを実現することを共同目的とし,その目的を達成するための多数人の継続的結合体であると認められ,法第4条第2項前段に規定する「団体」に該当する。」
b 平成21年1月30日付け官報(乙5)に掲載されている公安審査委員会告示第1号のうち「第4の1 被請求団体の現況」
「当委員会は,平成15年1月23日付けで期間更新決定(中略)を受けた,(中略)被請求団体を,平成18年1月23日付けで,3年間,公安調査庁長官の観察に付する処分の期間を更新する旨の決定(以下「第二回の期間更新決定」という。)をし(中略)た。
被請求団体は,第二回の期間更新決定時には,「宗教団体e」の名称を用いる集団(以下「e」という。)を中心として活動していたところ,平成20年5月20日,「e」は,その名称を「b」に変更した。
また,第二回の期間更新決定後である平成19年3月8日,キ(中略)を中心とする一部の構成員が「e」から脱退した旨を表明し,同年5月7日,「f」の名称を用いる集団(以下「f」という。)の設立を表明した。(中略)これらの事実を総合すると,「f」は,ウに対して帰依し,ウの説くaの教義に従う者によって,観察処分を免れ,ウの意思を実現することを目的として組織されたものであると認められ,その後の活動状況等を考慮しても,「f」は,依然として,ウ及び同人の説くaの教義を共通の基盤としつつ,被請求団体の重要な一部を構成しているものと認められる。」
c 平成24年1月30日付け官報(乙6)に掲載されている公安審査委員会告示第1号のうち「第4の1 被請求団体の現況」
「当委員会は,平成15年1月23日付けの期間更新決定(中略)及び平成18年1月23日付けの期間更新決定(中略)を受けた(中略)被請求団体を,平成21年1月23日付けで,3年間,公安調査庁長官の観察に付する処分の期間を更新する旨の決定(以下「第三回の期間更新決定」という。)をし(中略)た。
被請求団体は,第三回の期間更新決定時には,「b」の名称を用いる集団(以下「b」という。)と「f」の名称を用いる集団(以下「f」という。)を中心として活動していたところ,第三回の期間更新決定後も,「b」は,その基本的性質に変化はなく,(中略)ウ(中略)に対する絶対的帰依を明示的に強調して活動している。
一方,「f」については,ウに対して帰依し,ウの説くaの教義に従う者によって,観察処分を免れ,ウの意思を実現することを目的として組織されたものであり,ウ及び同人の説くaの教義を共通の基盤としつつ,被請求団体の重要な一部を構成しているものと,当委員会が第三回の期間更新決定において認定したところである。「f」は,同決定後も,引き続き,表面上はウやaとの関係を否定しつつも,実質的にはウや同人の説くaの教義に絶対的に帰依することを説き,また,aにおいて認められた,修行体系や(中略)構想を維持していると認められるほか,「b」及び「f」の双方から構成員として報告されている者が複数存在するなど,第三回の期間更新決定時と基本的性質に変化はなく,依然として,被請求団体の重要な一部を構成しているものと認められる。」
(イ) 判決書
a 東京地方裁判所民事第2部が平成23年12月8日に言い渡した平成21年(行ウ)第341号事件の判決に係る判決書(乙26。以下「本件判決書」という。)のうち第3章第5の2(2)ア(ウ)の部分(本件判決書184ないし185頁)
「(前略)本件観察処分を受けた団体は,(中略)ウを教祖・創始者とするaの教義を広め,これを実現することを共同の目的としていたものであって,その構成員もこの共同の目的を達成し,これに沿った行動をする結合性を有した「結合体」であったといえる。
他方,(中略)原告ら集団(以下「原告ら集団」という。)の構成員が信仰している教義内容や原告ら集団の活動状況をみると,原告ら集団の構成員においても,依然として「ウを教祖・創始者とするaの教義を広め,これを実現する」という特定の共同目的を有していると認められ,これらの原告ら集団は,上記教義やウの意思を推量して,上記特定の共同目的に沿って,団体としての意思決定をし,活動していると認められるから,上記共同の目的は構成員個人の意思とは離れて原告ら集団としての行動をする際の指針となっていると認められる。
また,これら原告ら集団の構成員らが有しているウへの帰依心や同構成員らが原告ら集団の方針に従って活動していることにも鑑みれば,同構成員らは互いに上記共同の目的を達成するためにこれに沿った行動をとり得る関係にあるといえる。
そうすると,原告ら集団は,(中略)団体規制法4条2項にいう「共同目的」を有し,これを達成するための「結合体」としての基本的な結合関係は保たれており,団体規制法にいう「団体」に該当すると認められるし,原告を含む本団体と本件観察処分を受けた団体の間には同一性が認められる。」
b 東京高等裁判所第22民事部が平成25年1月16日に言い渡した平成24年(行コ)第36号事件(原審・東京地方裁判所平成21年(行ウ)第341号事件)の判決に係る判決書(乙130)のうち第3の2の柱書きの部分(同判決書10頁)
「原判決を次のとおり補正するほかは,原判決の「第3章 当裁判所の判断」の(中略)「第5 本件更新決定の要件の有無等に関する判断について(後略)」に記載のとおりであるから,これを引用する。」
イ 検討
(ア) 前記アに記載した証拠の記載を前提とすると,公安調査庁長官が,前記アの各証拠の記載を前提として,本件観察処分を受けた団体について,次のような事実があると認識及び認定したものと推認することができる。
a aの教義は,衆生救済を最終目的としそれを最速で達成するためには,たとえ自己は悪業を積むことになっても他者に対して善業となるならば,それを最高の実践課題として実践するという点に特色があるタントラ・ヴァジラヤーナ(具体的規範として,悪業を積んでいる魂は早く命を絶つべきであるとか,結果のためには手段を選ばないとする五仏の法則がある。)を最上位の教えとして位置付け,シヴァ神の化身であるウに対する絶対的帰依を培い,ウと心を合一させることにあるということができる。
b aは,その教義における理想郷として,ウが独裁者として統治する祭政一致の専制国家体制を樹立するとの政治上の主義を有するようになり,これを実現するため,ウら構成員が,平成2年2月に施行された衆議院議員総選挙に立候補したものの,全員が落選したことから,ウは,上記の政治上の主義を武力によって実現し,敵対勢力の排除及び現行国家体制の破壊を行うための手段として,サリンを生成するなどの武装化を推進し,両サリン事件を引き起こした。
c 前記a及びbによれば,本件観察処分を受けた団体は,前記bの政治上の主義と密接不可分なaの教義を広め,これを実現することを共同の目的としていたということができ,その構成員もこの共同の目的を達成するために,aという団体の構成員として,結合していたということができる。
(イ) 前記アに記載した証拠の記載を前提とすると,公安調査庁長官が,前記アの各証拠の記載を前提として,本件更新請求の対象とした団体について,次のような事実があると認識及び認定したものと推認することができる。
a bは,ウに対する絶対的帰依を明示的に強調して活動している。
b fは,ウに対して帰依し,ウの説くaの教義に従う者によって,観察処分を免れ,ウの意思を実現することを目的として組織されたものであり,表面上は,ウやaとの関係を否定しつつも,実質的にはウやウの説くaの教義に絶対的に帰依することを説き,また,aにおいて認められた修行体系とほぼ同様の修行体系を維持している。
c 前記a及びbによれば,bもfも,「ウを教祖・創始者とするaの教義を広め,これを実現する」という特定の共同目的を有していると認められ,これらの集団は,ウの意思の捉え方に相違があるものの,同一の上記の特定の共同目的を保持し,その達成のために役職員及び構成員が活動している継続的結合体であって,b及びfは,本団体の内部組織であり,本団体は依然として団体としての同一性を保持している。
(ウ) 前記(ア)及び(イ)に加え,前提事実(3)キ及びクのとおり,公安審査委員会が,2度にわたり,本件観察処分を受けた団体と公安調査庁長官が観察更新請求をした団体が同一である旨の認定をしたこと及び前提事実(3)キについては,裁判所も公安審査委員会の認定を是認したこと(乙26,130)を併せ考慮すれば,公安調査庁長官が,本件更新請求において,b及びfが,団体規制法4条2項にいう「共同目的」を有し,これを達成するための「結合体」としての基本的な結合関係も保たれていて,それらが団体規制法にいう「団体」に該当し,かつ,「本団体」と本件観察処分を受けた団体の間には同一性が認められる旨の事実を認定したとしても,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該事実を認定したとまでは認め難い。
(エ) 原告は,①キは,平成11年末に刑務所から出所した後,絶対者であるウが指示して作らせた体制を覆し,ウを信仰対象とするのではなく,複数いる経典の解釈者の一人として位置付けることによって信仰対象すら変更したeを設立し,ウが指示したはずの教祖は置かれず,長老部も廃止されたから,e又はbと宗教法人aとは断絶している,②fは,ホームページを見る限り,aの教義とは関係のない団体であるなどとして,宗教法人aとe又はb,更にはfは,全く別の団体であり,「本団体」は実在しない旨主張する。
しかし,公安調査庁長官が,前記(ア)及び(イ)のとおりの本件更新請求をするに当たって収集した証拠の記載等を前提とすると,前記(ウ)のような認定をしたことに相応の根拠と合理性があったものと認めるのが相当であるから,原告の主張するところをもっても直ちに,前記(ウ)の判断を覆すには足りない。
したがって,原告の主張は,採用することができない。
(3)  まとめ
前記(2)のとおり,公安調査庁長官が,本件更新請求において,b及びfが,団体規制法4条2項にいう「共同目的」を有し,これを達成するための「結合体」としての基本的な結合関係も保たれていて,それらが団体規制法にいう「団体」に該当し,かつ,「本団体」と本件観察処分を受けた団体の間には同一性が認められる旨の事実を認定したとしても,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該事実を認定したとまでは認め難いものである。
したがって,本件観察処分を受けた団体と本件更新請求における被請求団体である「本団体」が同一であるとの事実が実際に存在していたか否かを検討するまでもなく,公安調査庁長官が,本件観察処分を受けた団体と本件更新請求における被請求団体である「本団体」が同一である旨の事実を認定したことについても,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該事実を認定したとまでは認め難いというべきである。
6  原告が両サリン事件当時に「役員」であったとされることについて
(1)  当事者の間に争いのない事実
原告が両サリン事件当時に「役員」であったとされることを裏付ける事情として被告が指摘する事実のうち,①原告が,両サリン事件当時,宗教法人aにおいて,ウに次ぐ高い位階である正大師の位階にあったこと,②原告が,オよりも早く正大師の位階にあるものとウから認定されたこと,③位階が同じ場合には,その位階に早く達した者の方が,後に当該位階に達した者よりも位階が上にあるものとして取り扱われたこと,④本件通知が存在すること,⑤ウが,かつて,原告を後継者とする旨の発言をしていたこと,⑥原告が,両サリン事件当時,宗教法人aの部門の1つである法皇官房の長とされる法皇官房大臣の地位に就いていたこと,⑦宗教法人aの「省庁」とされる部門の長(大臣)が,当該部門において相応の権限を有していたこと,⑧原告が,ウ及び宗教法人aの各部門の長で構成される「大臣会議」の場にいたこと,⑨ウが,平成8年6月に長男及び次男を本団体の教祖としたこと及び⑩ウが,原告を長老部の座長に任命したことの各事実は,いずれも当事者の間に争いがない。
(2)  本件において提出された証拠の記載
前記(1)の当事者の間に争いのない事実を除く事実について,本件において被告が提出した証拠にある記載は,次のとおりである。
ア 原告が本団体において実質的にウに次ぐ地位にあったとされること
(ア) 本団体において位階が上位の者の命に位階が下位の者が従う上命下服が浸透していたとされること
a ウがしたとされる説法の一部
(a) 昭和63年1月のもの(乙43)
「(前略)いいか,下克上だけはするなよ。きちんとリーダーの言う意思を実現して(中略)そしてグルの意思というもの,リーダーの意思というものを確実に表現し,ね,そして功徳を積んでください。(後略)」
(b) 昭和63年4月20日のもの(乙43)
「(前略)そしてここはポイントだぞ。このジュニアーナ・ヨーガの成就者は,いいか,決定権を持つ。つまりこのジュニアーナ・ヨーガの成就者には逆らうことはできない。(後略)」
(c) 昭和64年1月2日のもの(乙43)
「(前略)もし君たちがだよ,わたしに至る途中の過程の大師を否定するとしたならば,君たちは結果的にはわたしも否定することになるよね。どうだそれは。(後略)」
(d) 平成元年12月9日のもの(乙43)
「(前略)大師の指導に逆らわないように,わたしの言葉としてそれを受け止め全力でやるようにしなさい。いいね。(後略)」
(e) 平成2年8月13日のもの(乙43)
「(前略)シャモンが実際に大師の指示に従わなかった例,あるいは大師が実際にマハームドラー以上の指示に従わなかった例,こういうのが連続で出てきてると。
いかにこれは日頃身を捨てる,自己を捨てるということを訓練していない証拠である。(中略)こういう全体的な動きの場合は,だれの指示に従わなきゃなんないと思うか。自分の考えか,それともマハームドラーの成就者の指示か,どうだ。(中略)こういう原則的なことが理解できていない。(後略)」
(f) 平成2年12月29日のもの(乙44)
「(前略)グルの弟子たちに対して,絶対的な清らかな信を持ち帰依をすると。これはそのサマナのお手伝いをする。あるいはそのサマナが法を語ってるとき,それをグルと見,その法を実践するということである。(後略)」
(g) 平成3年3月8日のもの(乙44)
「(前略)四つの預流支とは何かと。まずこれは三宝に対する帰依である。では,三宝とは何かと。これはシヴァ大神の化身である,あるいは諸々の仏陀のすべての智慧を集積した象徴であるグル,グルに対して帰依をすることである。そして,第二番目は,そのグルの教えに対して帰依をすることである。(中略)向煩悩滅尽多学男や,向煩悩滅尽多学女,これはどういうことかというと,煩悩滅尽に向かっている,真理を多く知り実践している男性や女性の出家修行者に対して帰依をするということである。これはaでいったら,師,あるいは正悟師,正大師ということになるだろう。これらの者に対する帰依というのは何かというと,奉仕をし,布施をし,教えを受けるということである。(後略)」
(h) 平成5年2月4日のもの(乙44)
「わたしたちが真理へ到達するとき最も必要なもの,それは一般に三宝であるといわれている。その三宝とは,グルあるいは真理勝者,そして真理,そして真理を実践する先輩方である。(後略)」
b コの供述等-コの著書における記載
「(前略)上には唯々諾々と従う。それが帰依であり,教団内で求められる秩序関係なのです。」(乙45・15枚目)
「(前略)最後には三女がこう言い放ちました。「上の人の言うこと聞くのが帰依でしょ。(後略)」(後略)」(乙45・21枚目)
c 本件判決書(乙26)のうち第3章「当裁判所の判断」第5「本件更新決定の要件の有無等に関する判断について(争点7ないし争点12)」1「本件更新決定の要件の有無等に関して認定した事実」(1)「aの沿革・組織・活動実態等」ア「aの沿革,組織規模及び運営態勢等」(イ)の部分(本件判決書128頁)
「aは,これらの構成員に対し,(中略)「ステージ」という独特の位階(中略)を与え,この位階制度により,ウを頂点として位階の高い者が位階の低い者を支配・管理する上命下服の組織構造を有していた。(後略)」
(イ) ウの血を引く子女がオを含む他の構成員よりも上位にあるとされることa本団体の構成員又は元構成員の供述等
(a) コの著書における記載(乙45)
「(前略)イの子どもは,すべての出家者の上のステージに置かれていました。その下にキらの正大師,さらに下には私を含めた正悟師と続きます。こうなったらどんなに頑張っても血筋には勝てないというわけです。(後略)」(乙45・15枚目)
「(前略)三女がこう言い放ちました。「(前略)皇子(イの子ども)はどのサマナよりもステージが上だよね。私のほうが上だよね。」(後略)」(乙45・21枚目)
(b) コの供述等(乙47・6枚目)
「(前略)オと㋐に間には,間違いなく力関係があります。オが何かの会合の時,ああだこうだと発言したところ,当時,20歳位の㋐がオに対し,あなたは黙っていなさいと怒鳴り,オが黙ったままの状態になるということがありました。つまり教団では,母娘であってもイの血を分けた者には勝てないということです。」
(c) ツ(以下「ツ」という。なお,本団体における位階は,菩師である。)の供述等(乙46・27枚目)
「(前略)教団の決まり事として,イの妻や子供の方がキさんよりステージが高いというのがありました。(中略)普通の正大師とアさんなどとは,クルタの色分けもされていました。(中略)恐らく,末端のサマナに,子供は違うんだとアピールしていたんだと思います。イ自身も,子供は血を引いているからステージが高いんだということをしょっちゅう言っていました。(後略)」
(d) 本団体の構成員の供述等(乙55・6枚目)
「(前略)平成8年当時,サマナは皆と言ってもよいくらいに,イ逮捕後の組織内序列として,同格で長男(中略)と次男(中略)を筆頭に,次に四女(中略),その次に三女・ア,そして,同格で妻・オと長女(中略)と次女(中略)の順で形式的には認識していたものの,実質的には,(中略)三女・アを,(中略)絶対的な存在と捉えていた。(後略)」
(e) 本団体の構成員の供述等(乙78・3枚目)
「三女は,1994年頃,周りのサマナから「イ教祖の後継者」「高い魂」と言われてました。また,私も含め他のサマナは,キなどの他の正大師よりも,三女が一番上という認識を持っていました。三女が,「高い魂」「正大師の中でも一番上」であることは,当然のことであり,珍しくありませんでした。(後略)」
(f) 八潮説明会におけるテの発言(乙17の1・102枚目)
「(前略)イの血を受けてらっしゃる方々は,私は特別だと思ってたんですけど,その中で㋐正大師と(中略)は3名ですよね。で,(中略)㋔正大師はそもそも紫のクルタじゃないし」
(g) トによるインターネット上の記事(乙126・10枚目)
「(前略)イの子女は皆「皇子(こうし)」とされ,イより「皇子をすべてのステージの上に置く」と通達されたため,イに次いで神格化されていた存在でした。(後略)」
b クルタの色について
(a) 本団体が発行した機関誌(平成7年9月25日付け)の記載等(乙150・4及び5枚目)
「(前略)aで青緑のクルタを着ている人は「正大師」ワインレッドのクルタなら「正悟師」クルタの色や称号は「ステージ」を示している(後略)」
なお,同機関誌には,右上から左下にかけて順に,青緑色の衣服を着用したク,オ,キ及びカの写真並びにワインレッド色の衣服を着用したナ(本団体における位階は,正悟師である。)ほか2名の写真が掲載された頁が含まれている。
(b) 本団体が発行した機関誌(平成11年3月20日付け)に掲載されている写真(乙150・8ないし10枚目)
同機関誌には,長男及び次男が青紫色の衣服を着用した写真が掲載されている。
(c) 本団体が発行した機関誌(平成11年5月20日付け)の記載(乙150・12ないし15枚目)
「五月三日,(中略)㋐正大師が登場され,(中略)祭典の始まりです。(中略)今回の祭典のメインプログラムは,(中略)㋐正大師と,四人の正悟師方による歌のエンパワーメントでしょう。(後略)」
なお,同機関誌には,中央に青紫色の衣服を着用した原告及びその左右に2名ずつワインレッドの衣服を着用した者(合計4名)の5名がマイクを手に歌っている写真が掲載された頁が含まれている。
(d) ツの供述等(乙46・27枚目)
「(前略)普通の正大師とアさんなどとは,クルタの色分けもされていました。普通の正大師が着るクルタの色は緑でしたが,アさんは紫のクルタを着ていました。(後略)」
(e) 平成17年頃のニの発言(乙68・6及び7枚目)
「(前略)皇子方には,その,特別な青紫のクルタというものを,まあ,与えられて,(中略)この青紫というのは,イが赤紫に変わる前に着ておられた,そういう90年代のクルタなんです。これは特別な色というか,非常に重要な色で(中略)青紫の霊的な意味です。これを皇子の方々に与えられて,皇子の方はこれを着ることが認められた。(後略)」
c 本団体が公安調査庁長官に対してした報告(乙151)
eが平成12年3月2日に公安調査庁長官に対して提出した「第1回報告書」と題する文書には,「※位階の表記について」として,位階の正式名称が「皇子」であるものについて,「皇子」と表記する旨の表を含む文書及び「イ氏の子女と周りの人々でdに未入会の者(後略)」との表題の下で,ウとオの間の子の全員の氏名と「脱会時の位階」が「皇子」である旨が記載された表が含まれている。
なお,eは,その後も,平成14年8月15日までの間,11回にわたって,公安調査庁長官に対し,表題を少しずつ変えつつも,ウとオとの間の子の全員(ただし,平成12年11月15日以降にされた報告書においては,全て長女が除かれている。)の氏名と「脱会時の位階」が「皇子」である旨が記載された同様の表を添付した報告書を提出している。
(ウ) 原告の地位が本団体において実質的には四女,長男及び次男よりも上位にあったとされること
a 本団体の構成員の供述等(乙55・6枚目)
「(前略)イを含むa幹部が平成7年,地下鉄サリン事件等の一連の事件により逮捕された後,特に,その直後のa内におけるイ三女・アの位置付けは,私を含めサマナの共通認識として,イに代わる絶対的なものでした。(中略)平成8年当時,サマナは皆と言ってもよいくらいに,イ逮捕後の組織内序列として,同格で長男(中略)と次男(中略)を筆頭に,次に四女(中略),その次に三女・ア,(中略)の順で形式的には認識していたものの,実質的には,長男(中略)と次男(中略)が幼少であったこと,四女(中略)が性格的に弱かったことなどから,三女・アを,長男(中略),次男(中略),四女(中略)より上,絶対的な存在と捉えていた。正直,私は,三女・アについては,ほかのご子息と比して,その目つきも違うし,カリスマ性を感じていました。(後略)」
b 本団体の構成員であったヌ(以下「ヌ」という。なお,本団体における位階は,菩師長補である。)の供述等(乙56・9及び10枚目)
「(前略)「観念崩壊セミナー」における㋐の関与について,私は,このセミナーの開催当時,㋐が教団全体としてイに次ぐステージに位置する正大師であったと認識していました。(中略)私を含め,多くの信者は,㋐が教団の中で修行内容を決定することができるステージを持つ者であり,㋐が一番高いところに位置すると認識していました。(後略)」
c 本団体の構成員の供述等(乙67・3枚目)
「地下鉄サリン事件当時,㋐ことアは教団内で正大師のステージであり,イの三女でもあったことから,同じ正大師の中でも他のク,キ,カらより,一段上の存在とされ,イに次ぐナンバー2の位置付けでした。(中略)㋐は,イの子供の中でも,長女,二女よりもステージが高く,イの後継者と見られていました。(後略)」
d トによるインターネット上の記事(乙126・10枚目)
「(前略)この状態で,皆のよりどころとなれるのはイが「後継者」としていたイの三女(㋐正大師)しかいないと考えました。(中略)特に三女は昔からイより「後継者」と言われ,さまざまな神秘力を発揮すると宣伝されており,信者の間で神格化されていた存在でした。(中略)しばらくして三女が皆の前に姿を現すこととなり,皆は大いに活気付きました。(中略)皆「イが認めていただけあって,やはり三女はすごい」と喜び安心し,三女自身も持ち前の女王性・カリスマ性を発揮して強く皆を指導していった(後略)」
e ウが平成8年6月5日に本団体の代理人弁護士と接見した際に述べたとされるもの(乙152・8枚目)
「(前略)教団からもう一度イを教祖にかつぐ動きを起こすように動いてほしい※降りたが適用されたら自分が出なければ教団が壊滅させられる」
f ウが平成8年7月12日に本団体の代理人弁護士と接見した際に述べたとされるもの(乙152・14枚目)
「(前略)わたしの指示で動くか動かないかが決まるということだろうが,そのためにわたしは2歳と3歳の子供を教祖にした。教祖が2歳と3歳の子供だから純粋な信仰団体でしかないということになる。」
(エ) 原告がウの家族に対する支援者からの献金を受領して管理していたとされること
a 四女の供述等-四女の著書における記載(乙57・30及び31枚目)
「(前略)今もなお,甲家の周りには20人近くにのぼる側近たちが存在します。(中略)現在,表向きは脱会して会社員や自営業などをして無関係を装ってはいますが,稼いだお金を献金して経済的に甲家を支え続けています。(後略)」
b 四女の供述等-四女が作成した陳述書における記載(乙147)
(a) 「6,姉アの普段の生活」のうち「(2)姉アの生活費について」と題する部分(乙147・21及び22枚目)
「姉アは,(中略)新築マンションに住んでいます。2年ほど前に,姉アが,脱会信者から得たお金で,購入したと聞いています。(中略)実質的には姉アの所有物です。私が家族との生活に疑問を持って家を出たのは,家族が信者たちからの献金によって生活していることが大きかったと思います。(中略)そんなお金を姉アが稼げるのでしょうか。(中略)さんは脱会していても信仰心のある信者です。(中略)さんはプログラマーをしていて収入がいいので,姉アのために,それくらいのマンションを購入する資金は提供できるのでしょう。(中略)さんは,姉アのお付きの信者です。(中略)さんは,名目上教団を脱会していますが,今も信仰を捨てていません。(中略)姉アにとても忠実で,姉アがインターネットでダイエット商品を買うときも,姉アの言いなりでお金を払ってあげていました。(中略)姉アを含めた甲家の家計は,(中略)さんを経由して献金される(中略)さんの収入によって支えられています。(中略)さんも,姉アのお付きの信者で,(中略)経済的管理をしていました。(中略)さんが稼ぐ月200万円もの収入から,かなりの額が,給料として(中略)さんに支払われ,それが,姉アを含めた甲家の収入に回されるという形がとられていました。その話は,姉アから直接聞きました。(後略)」
(b) 「8,お付きの信者たちによる莫大な献金」と題する部分(乙147・24及び25枚目)
「(前略)脱会はしたけど信仰心を捨ててはいない信者たちは,稼ぎの全額を姉アらに献金しています。姉アに献金している現場を何度も見たことがあります。いずれも手渡しで献金しているので,何か証拠が残ることはありませんし,税金もかかっていないはずです。(中略)2005年に,私が,(中略)さんから聞いたところによると,上記のプログラミングチームと,ネットオークションチームは,姉アに対し,年間2000万円もの献金をしていたそうです。(中略)この2000万円の献金とは別に,(中略)さんが(中略)さんを介して月200万円,(中略)さんが月25万円,(中略)さんが月27万円を献金していますので,姉アに対し年間で払われているお金は,莫大な金額になります。信者らが,姉アに対し,献金されたお金は,茨城県にある母(オのこと。以下同じ。)が住んでいる家の2階にある神や仏の像がある部屋に保管されていました。(後略)」
c 四女の裁判所における証言(乙59・7ないし10枚目。「」より前の()部分は,代理人による質問であり,「」の部分が四女による証言である。)
(前略)(アさんは生活費をどのように賄っていたのですか。)「献金によって賄っていました。」
(だれからの献金ですか。)「(前略)さんたち,形式的に脱会した信者たちからです。」
(信者の皆さんは,自分の収入からどのように献金を行っていたのですか。)「収入の全額を献金して,生活費などは反対に経費として,姉からもらっていました。」
(アさんが経費として渡していたということね。)「はい。」
(アさんが,具体的に献金について,側近の信者に指示をすることはあったのですか。)「その月の収入が少ない信者とかに怒ったりとか,冷たい態度を取ったりしていました。」
(信者は,お金をどのようにしてアさんに渡すのですか。)「現金で手渡ししていました。」
(集めたお金はどこに保管するのですか。)「(中略)にある修法室というところです。」
(あなたが(中略)お金を持っていったことはありますか。)「あります。」
(それはだれの指示ですか。)「2番目の姉か3番目の姉の指示です。」
(どういうふうに持っていったのですか。)「現金の札束を銀行の封筒に入れたものを紙袋にまとめて入れてあるものを,そのままか,自分のかばんに入れたりして持っていきました。」
(何回ぐらい持っていったことがありますか。)「大体10回程度だったと思います。」
(中略)
(紙袋の中に銀行の封筒が入っているとおっしゃいましたけれども,本当に銀行の封筒なのですか。ちゃんと確認しましたか。)「はい。三井住友の緑色の封筒とかが入っていました。」
(中略)
(銀行の封筒の厚さは,おおよそ何センチぐらいありましたか。)「一番厚いもので5センチぐらいだったと思います。」
(中略)
(修法室はどんな部屋なのですか。)「aの最高神として祭られているシヴァ神の像とか,父のいすとか,父の大きな写真とかが飾ってある部屋です。」
(龍ヶ崎のおうちからお金をどこかに運んだことはありますか。)「あります。」
(それはだれの指示なのですか。)「それも2番目の姉か3番目の姉の指示です。」
(このときは,どういうふうに持っていったのですか。)「そのときは,何かその持って行くものの形状を言われて,その銀行の封筒だったら封筒に何か書いてあったりとかして,何とかと書いてあるやつを持ってきて,みたいなそういう感じで言われて,持っていきました。」
(持っていったのはどこですか。)「持っていったのは3番目の姉がいた(中略)のマンションとかです。」
(では,銀行の封筒の表に,何か書いてあったことがありますか。)「鉛筆で数字とかが書かれていました。」
(具体的に何か数字は覚えていますか。)「437というのが印象に残っています。」
(437というのはどういう意味なのですか。)「437万円入っているという意味だと2番目の姉が言っていました。」
(中略)
(封筒に書いてあった数字で,ほかに覚えている数字はありますか。)「二百幾つとか,四十幾つとか,二十幾つとか書いてありました。」
(後略)
d 八潮説明会におけるニの発言(乙128・16,17及び24枚目。ただし,人名は,本判決における略称に合わせて変えている。)
「(前略)あの,オと次男が。まあ,具体的には一つは,あのー,その,ま,原告の警備をしている,ある男性の,まあサマナって言っていいのか,人が個人事業をやっているんですね,やってるらしいんですね。その事業の元でオも,こう,まあ,生活及びその,長男及び次男,大学生でいらっしゃいますから,まあ,その,学費とか全部,まあ,仕事をされてるみたいなんですけども,それも,なんか,打ち切られたみたいなんですよ。(中略)だから,こう,その,生計を立てる収入源とかですね,まあ,それが一つ。まあ,それでかなり,生活的にちょっと,こう,困窮し始めているっていう話しが一つ。(後略)」
(オ) 本団体の構成員が原告の発言を命令として受け取っていたとされること
a 本団体の構成員であったヌの供述等(乙56・10及び11枚目)
「(前略)㋐が述べたことについては,教団の上層部は,それを承諾するしかなく,(中略)この修行については,教団上層部ですら,中止を求めることや,口を挟むことなどはできないものでした(後略)」
b 法皇官房に所属していた本団体の元構成員の供述等(乙71・3及び4枚目)
「(前略)三女は,高い魂の存在,救世主なわけですから,三女の何気ない発言も,私を含め他のサマナには,「何かしらの意味があるのだろう」と考えさせられました。また,自分にとって非常に辛いことや自分を否定される発言であっても,「ありがたい」と思うだけで,発言の真意を三女に確認することなどできませんでした。(中略)三女の発言は,本人が意図しているか否かにかかわらず,受け手には,命令と受け取られました。(後略)」
イ 原告が法皇官房大臣の権限を行使していたこと
(ア) 原告が両サリン事件当時に宗教法人aの構成員の位階の認定に関与をするなどの業務に携わっていた及び宗教法人aの人事に関する提言をしたとされること
a ウの発言とされるもの(なお,ウの発言の前後にある()内の記載は,編集部とされる者による発言等の記載がある部分である。)
(a) 「(前略)現代の子供と違った,一次元高い子供達と考えた方がいいと思うね。(中略)知識に関しては,今生での知識がないから,そこを攻められると弱いけれども,それ以外は大丈夫なんじゃないかね。知識に関係しないこと,一つのことを論理的に考えることというのはね。大師方も,かなり答えられない質問をされているみたいだからね。」(乙10・11枚目)
(b) 「(前略)㋐の動きをよく見ていると,相手のカルマに応じて彼女が行動しているんだということに気付き出したんだね。(中略)㋐がいじって修行が一気に進んだとか,あるいは彼女がいたがために,修行の引っ掛かりが取れたとかね,そういうことがいろいろと出てきたんだよね。(後略)」(そうですね。成就のための手伝いをしているわけですから,(中略)大乗のヨーガですね。)(乙10・12枚目)
(c) ((前略)㋐の今後果たすべき役割は何なのでしょうか。)「やっぱり,ここ五年,十年というものは,富士の道場にいて,成就させるときのマハー・ムドラー的な手伝いをしてくれるんじゃないかね。例えば,引っ掛かっているエネルギーをはずすとか。成就する,しないを選別するとかね。」(乙10・14枚目)
(d) 「(前略)ところで,私の三女(中略)はアストラル世界に出入りしているんだね。まだ五歳だというのに,特別な子だよ。(中略)自分の力で成長していく子なんだ。あの年齢で,大師にマハー・ムドラー(その人の心を一度具現化させることによって指導する方法)をかけたりもしている。(中略)三女の場合,(中略)生まれながらにして精神レベルが高いのである。(後略)」(乙166・13及び14枚目)
(e) 「(前略)わたしは,(中略)㋐の智慧というものは,相当に優れているなと思うね。(中略)彼女は,もうすでに六歳にして,(中略)少なくとも親子という枠組みを離れた判断をする力はあるだろうと。そして,いろんなシッシャからいろんな問題点が上がってきて,(中略)の答えを聞くと,わたしの言っている説法をそのまま実践していると。(中略)もう二歳の子供に対してマハームドラーをかけてるわけだね。(後略)」(乙168・5及び6枚目)
b 宗教法人aが発行した書籍における記載
(a) 「(前略)㋐の誕生である。わずか五歳にして,大乗のヨーガという高いステージに到達したこの清らかな魂は,成就者を輩出させるために多大な貢献をしている。彼女の,個々の状態に見合ったカルマ落としやシャクティーパットでのエネルギー移入などにより,ステージを上げた修行者は多い。(後略)」(乙167・10枚目)
(b) 「(前略)もう一つのポイントは㋐だね。やっぱり,あれが成就の采配を振るっているんじゃないかと私は思っています。」とのウの発言が記載されている下部に掲載されている写真には,原告が,成就の証とされる帯を成就者とされる者に授与している様子が写し出されている。(乙169・5枚目)
(c) (例えば,(中略)㋐は,サマナの修行を進めるために,いろいろなマハー・ムドラーをサマナにかけたり,またはエンパワーメント(エネルギー移入),シャクティーパットをよくしますよね。それで修行者のカルマを結構しょうことがあると思うんだけれども,そういうときは,の状態というのもやっぱり悪くなるんですよね。)「はい。」
(そういうときは,イはどう㋐に接しますか。)「例えば,教学させたり,修行させたり,瞑想させたり,「ヴァジラヤーナの帰依」をしてカルマを取ってくれます。」
(乙170・8枚目。()部分が,クによる質問であり,「」部分が,原告による回答部分であるとされている。)
(d) 「※(中略)㋐は大変快くインタビューに応じてくださいました。一言一言しっかりと語ってくださった言葉の中に,父であるイに対する敬愛の念が感じられました。(後略)」(乙170・10枚目)
(e) 「(前略)ネさんは無償のお布施を始められましたが,そのきっかけは,イの三女で既に大乗のヨーガを成就されている(中略)㋐の一言だったのです。(中略)といろいろやりとりがあって,そのときに『お金に執着しているんでしょう。駄目だからね。一日三千円お布施!』って言われたんですよ(中略)確かに(中略)㋐の言葉どおり,まとまったお金が入ったことで餓鬼のカルマが出て,お金に執着していた部分があったのかもしれない-ネさんはそう思い,今ではその餓鬼のカルマを落とすために(中略)㋐がおっしゃってくれたのだと,心から感謝していらっしゃるのです。(後略)」(乙171・9枚目)
(f) ウが修法したとされる飴を原告が持っている写真が前記(c)の記載の右下に掲載されている(乙170・8枚目)。また,ウが修法したとされる飴を原告が信者に配布している写真が掲載されている宗教法人aが発行した書籍がある(乙173・9枚目)。
(g) 「㋐正大師からのメッセージ」として,「信徒・サマナの皆さん,今はふるいにかけられている時期だと考えられたらいかがでしょうか。だからこそ,修行,瞑想,グル,シヴァ大神,すべての真理勝者方に対する帰依を,今こそ培いましょう。そのふるいに残れるかどうかは,皆さんの努力しだいです。それでは皆さん,がんばりましょう。(一九九五年五月十六日 INS放送より)」(乙174・4枚目)
c ノの公判廷における供述要旨(乙16)
「(前略)省庁制導入により,私は内閣官房次官に任命された。任命の際,「お前は,内閣官房次官だ。㋐をよろしく補佐してやってくれ」と言われた(中略)長官に㋐が,次官にハとイの次女(中略)が就任した。内閣官房は,省庁制が導入されて数ヶ月後,法皇官房と名称が変更された。(後略)」
d ツの供述等(乙46)
「(前略)1994年(中略)7月になり,富士の総本部にある第2サティアンで,イから何か液体の入ったワイングラスを渡され,飲みました。幻覚が見えました。その後,イの自宅へ呼ばれ,体験を話すと,よしと言われました。第6サティアン2階に移動すると,5~6人の人がおり,イの三女であるアさんから,師になりましたと言われました。いわゆる,イニシエーション成就です。(後略)」
e 本団体の構成員の供述等(乙67・3及び4枚目)
「(前略)㋐はイの子供の中でも,長女,二女よりもステージが高く,イの後継者と見られていました。また,㋐は,教団組織としては法皇官房トップの立場にいましたが,年齢的にはまだ小学校高学年の子供であったので,実質的には,イのブレーン的存在であったノが法皇官房を動かしていました。(中略)また,具体的な事例は覚えていませんが,は,「ある信徒が頑張っているから重用すべき」といった人事的なことについて発言していたと記憶しています。(後略)」
f 本団体の元構成員の供述等(乙71・4枚目)
「(前略)法皇官房においても,例えば,三女が,修行について発言すれば,本人に確認などせず,彼女の意思をおもんばかり,「これは修行の課題として全省庁に伝達すべきだ」と他省庁に伝達していました。(後略)」
g 本団体の構成員の供述等(乙72・3枚目)
「(前略)アさんは,aの省庁制時代,まだ中学生くらいだったと記憶していますが,法皇官房の大臣でした。法皇官房は,全ての省庁にかかわる部署で,修行のテーマを決めて実行させたり,修行システムを考案するなどしていました。アさんは,大臣会議に参加し,修行のテーマなどを決める権限を有していましたが,次官のノさんやハさんのサポートを受けていました。(後略)」
h 原告のブログにおける記載(乙162・7枚目)
「父がいた当時,わたしはかなり内向的で,本当に思ったことは口に出せませんでした。またうまくしゃべることもできなかったため,他の人との意思疎通に困ることがよくありました。わたしの発音が悪く,言葉を聞き取ってもらえないのです。(後略)」
(イ) 原告がウから直接指示を受けていた又は法皇官房に所属する構成員から業務の報告を受けていたとされること
a 本団体の構成員の供述等(乙67・4枚目)
「(前略)ノら法皇官房幹部は,日常的にイ及び同人の家族が住んでいた第6サティアン地下1階の住居に赴き,法皇官房の運営などについて話し合っていましたが,それにはたいていイの家族が同席していました。私や他の法皇官房メンバーも,同地下に出入りしていたので,しばしば話し合いの様子を見たことがあります。その際,㋐がイの前で話し合いに割って入って発言することもありました。しかし,イが㋐をとがめることはありませんでした。(中略)は,イからステージが高く洞察力があり神の啓示を受けているとされていたので,㋐が発した言葉にイが意味付けをして,教団活動に反映されることもありました。」
b 本団体の元構成員の供述等(乙71・4枚目)
「(前略)法皇官房では,特に初期の頃,イから「皇子を支えるように」と言われていました。イは,指示を次官(中略)に伝えることもありましたし,大臣の三女に直接伝えることもありました。もちろん,次官(中略)は,指示を三女に報告していましたし,指示の結果も報告していました。しかし,法皇官房発足後しばらくすると,三女の法皇官房への関わりは薄くなっていきました。省庁の大臣会議や次官会議は,存在しました。(中略)大臣会議には,イも参加していました。当時,三女と長女は,イの目として,イと常に行動を共にしていました。ですから,大臣会議には,三女も参加していたはずです。」
(3)  前記(2)に掲げた証拠における記載の一般的な信用性等について
ア 原告は,被告が指摘する供述証拠の一部に供述者が匿名であるものが含まれていることを指摘し,そのような供述証拠はおよそ信用性がない旨主張する。
しかし,被告が提出する供述証拠は,その体裁に照らし,個人を識別し得る情報に限って,事後的に塗りつぶしを施したものと認められ,その体裁自体から,ねつ造がうかがわれるものとはいえないほか,本件全証拠によっても,それらの供述等の内容自体が明らかに虚偽のものであることをうかがわせる事情等は見当たらない(原告がるる指摘するとおり,供述の一部に,客観的な事実とのそご,供述相互間の矛盾又は不合理な点が存すること自体は否定し難いものの,それらのものの内容に照らすと,原告が指摘するような事情が当該供述等の核心部分についての信用性を根本的に揺るがすものとまでは認め難い。)上,複数の供述が大筋で一致しており,相互にその信用性を高め合っていると評価し得ることや,当事者の間に争いのない事実又は客観的な証拠によって裏付けられた事実と整合している部分もあることにも照らすと,供述者が匿名とされていることにより原告がその信用性を直接弾劾することが困難であることを踏まえたとしても,公安調査庁長官が,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と,それらの供述証拠を信用することができるものと判断し,かつ,これらのものを本件認定の基礎とすることができる証拠として使用したことになるとまでは認め難い。
したがって,原告の主張は,採用することができない。
イ 原告は,公安調査庁の職員が供述者に対して金品を提供して公安調査庁に都合の良い供述を得るための利益誘導をしてきたから,公安調査庁が収集した供述証拠は,金品を提供することによって得られた信頼性が全く認められないものである旨主張する。
しかし,仮に,本件において証拠として提出された供述証拠の一部又は全部について,公安調査庁の職員が供述者に対して金品を提供した事実が存することを前提としたとしても,当該事実のみから直ちに,当該供述証拠がおよそ信用することができないものであると推認することはできず,当該供述証拠の信用性を低下させる1つの事情になるにとどまる。そして,本件においては,被告が提出した供述証拠の内容が,必ずしも被告の主張に沿うものばかりではなく,原告の主張に沿うものも複数含まれている(例えば,前記(2)イ(イ)bのとおり,匿名の供述者の供述には,「しかし,法皇官房発足後しばらくすると,三女の法皇官房への関わりは薄くなっていきました」という被告の主張とは必ずしも整合しない供述が録取されている。)上,前記アのとおり,その体裁自体から,ねつ造がうかがわれるものとはいえないほか,それらの供述等の内容自体が明らかに虚偽のものであることをうかがわせる事情等も見当たらないことに照らすと,公安調査庁長官が,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と,それらの供述証拠を信用することができるものと判断し,かつ,これらのものを本件認定の基礎とすることができる証拠として使用したことになるとまでは認め難い。
したがって,原告の主張は,採用することができない。
ウ 原告は,被告が提出した供述証拠には,推測で述べられた根拠のない供述又は伝聞情報について述べられた不確かなものが多く含まれ,原告と敵対的な関係にある者の供述も含まれており,信用性がない旨主張する。
被告が提出した供述証拠について,原告が上記に指摘する事情が存するものが含まれていること自体はそのとおりであって,当該供述証拠を安易に信用すべきではないという限度で,当該供述証拠の信用性を低下させる事情を内在するものであり,その信用性には一定の限界があるとはいえるものの,前記ア及びイと同様の理由により,原告が上記に指摘する点をもって直ちに,公安調査庁長官が,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と,それらの供述証拠を信用することができるものと判断し,かつ,これらのものを本件認定の基礎とすることができる証拠として使用したことになるとまでは認め難い。
したがって,原告の主張は,採用することができない。
エ 原告は,原告に関するウの発言及び宗教法人aが発行した書籍の記載について,これらは全て宗教的なプロパガンダにすぎず,原告が,真に,ウの発言や書籍に記載のあるような行為をする能力を有していたことを意味しないのであって,子供がそのような行為を真に行い得ると考える者もいないはずである旨主張する。
しかし,仮に,原告に関するウの発言及び宗教法人aが発行した書籍の記載が,いずれも宗教的なプロパガンダであって,真実の原告の能力とは必ずしも一致しないものであることを前提としたとしても,例えば,原告の言動とされるものが本団体の構成員に強い影響力を及ぼし得るものであったこと,また,原告が少なくとも年齢相応の能力を有していたことを推認し得る1つの事情であるということはできるから,原告が上記に指摘する点をもって直ちに,公安調査庁長官が,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と,それらの発言又は記載を信用することができるものと判断し,かつ,これらのものを本件認定の基礎とすることができる証拠として使用したことになるとまでは認め難い。
したがって,原告の主張は,採用することができない。
(4)  検討
ア 本団体において位階が上位の者の命に位階が下位の者が従う上命下服が浸透していたとされることについて
被告は,本団体において位階が上位の者の命に位階が下位の者が従う上命下服が浸透していた旨主張し,それを裏付ける証拠として,ウがしたとされる説法の一部等を挙げる。本件においては,前記(2)ア(ア)のとおり,被告が提出した証拠のうち被告の主張に沿うものとして,ウがしたとされる説法の一部,本団体の元構成員の供述等及び本件判決書の一部の各記載があるところ,これらの証拠の記載の内容自体に加え,本件判決書のような公安調査庁以外の公的機関が認定した事実も含まれていることにも照らすと,公安調査庁長官が,本団体において位階が上位の者の命に位階が下位の者が従う上命下服が浸透していた旨の事実を認定したとしても,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該事実を認定したとまでは認め難い。
原告は,上位者の指示に従うようにという趣旨の説法が何度もされていること自体,上位者の指示に従わない事例が多々あったことを裏付けている,コの供述等自体からも,原告が尊重されていないことがうかがわれるなどとして,本団体において上命下服が浸透していたとはいえない旨主張するが,仮に,原告が上記に主張する事情が存在することを前提としたとしても,それらの事情の内容に照らすと,それらの事情によっては直ちに,公安調査庁長官が,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該事実を認定したことがうかがわれるとはいえないから,上記の認定及び判断を覆すには足りない。
イ ウの血を引く子女がオを含む他の構成員よりも上位にあるとされることについて
(ア) 被告は,ウの血を引く子女がオを含む他の構成員よりも上位にある旨主張し,それを裏付ける証拠として,本団体の構成員の供述等,本団体が発行した機関誌の記載等及び本団体が公安調査庁長官に対してした報告の各記載を挙げる。本件においては,前記(2)ア(イ)のとおり,被告が提出した証拠のうち被告の主張に沿うものとして,本団体の構成員の供述等の一部,本団体が発行した機関誌の一部及び本団体が公安調査庁長官に対してした報告の一部の各記載があるところ,これらの証拠の記載の内容に加え,Ⓐ原告がオよりも早く正大師の位階にあるものとウから認定されたこと,Ⓑ本団体においては,位階が同じ場合には,その位階に早く達した者の方が,後に当該位階に達した者よりも位階が上にあるものとして取り扱われていたこと,Ⓒ本件通知が存在すること等の当事者の間に争いのない事実も前提とすると,公安調査庁長官が,ウの血を引く子女がオを含む他の構成員よりも上位にある旨の事実を認定したとしても,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該事実を認定したとまでは認め難い。
(イ) a原告は,本件通知は守られていなかった,皇子は位階を表すものではなく単にウの子女であることを示す呼称であるにすぎない,eが原告を皇子として報告していたことは何も知らなかったなどと主張し,ウの血を引く子女が他の構成員よりも上位にあるとはいえない旨主張するが,これらの事情は,その内容に照らし,前記(ア)に指摘した証拠等の信用性を直ちに消滅させたり,公安調査庁長官がした認定を直ちに覆滅したりするものとまではいえず,仮に,原告が上記に主張する事情が存在することを前提としたとしても,それらの事情によって直ちに,公安調査庁長官が,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然とウの血を引く子女がオを含む他の構成員よりも上位にある旨の事実を認定したことがうかがわれるということにはならないから,それらの事情は,前記(ア)の認定及び判断を覆すには足りない。
b 原告は,オが,ウの妻であり,年齢的にも他の構成員よりも上であったために他の全ての構成員よりも抜きん出た存在であった,ウが逮捕された後に代表代行の地位に就いたなどとして,原告がオよりも上位にあったとはいえない旨主張し,これに沿う証拠もある。
しかし,前記(ア)に述べたところに加え,当事者の間に争いのない事実が被告の主張するところを裏付ける事実に含まれ,これに沿う複数の供述等及び書籍の記載等が存するという証拠構造にあることや,両サリン事件以降,その当時に本団体において最高の位階にあった者が,本団体の代表者等に必ずしも就いているわけではないこと(前提事実(2)エ参照)にも照らすと,仮に,原告が上記に主張する事情が存在することを前提としたとしても,それらの事情によって直ちに,公安調査庁長官が,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然とウの血を引く子女がオを含む他の構成員よりも上位にある旨の事実を認定したことがうかがわれるということにはならないから,それらの事情は,前記(ア)の認定及び判断を覆すには足りない。
c 原告は,クルタの色について,原告が着用するクルタの色は,時期によって異なっており,長女及び二女が白色のクルタを着用していたこともあったから,クルタの色は,ウの血を引く子女がオを含む他の構成員よりも上位にあることを裏付ける旨の被告の主張を裏付けるものとはいえない旨主張する。
しかし,原告の主張するところを前提としたとしても,長女及び二女は,いずれも,宗教法人aにおける位階を有しておらず,原告のみが,正大師の位階にあったこと(前提事実(2)ウ)を前提とすると,被告の主張するところが客観的事実と完全に矛盾し,およそあり得ないものとまではいえないから,公安調査庁長官が,被告が指摘する証拠の記載(前記(2)ア(イ)b)を本件認定の基礎としたとしても,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と,それらの発言又は記載を信用することができるものと判断し,かつ,これらのものを本件認定の基礎とすることができる証拠として使用したことになるとまでは認め難い。
したがって,原告の主張は,採用することができない。
ウ 原告の地位が本団体において実質的には四女,長男及び次男よりも上位にあったとされることについて
(ア) 被告は,原告の地位が,本団体において実質的には,四女,長男及び次男よりも上位にあった旨主張し,それを裏付ける証拠として,本団体の構成員の供述等及びウがしたとされる発言を挙げる。本件においては,前記(2)ア(ウ)及び(エ)のとおり,被告が提出した証拠のうち被告の主張に沿うものとして,本団体の構成員の供述等及びウがしたとされる発言の一部の各記載があるところ,これらの証拠の記載の内容に加え,Ⓐウがかつて原告を後継者とする旨の発言をしていたこと,Ⓑ原告が法皇官房の長の地位に就いていたこと,Ⓒウが,原告を長老部の座長に任命したこと等の当事者の間に争いのない事実も前提とすると,公安調査庁長官が,原告の地位が本団体において実質的には四女,長男及び次男よりも上位にあった旨の事実を認定したとしても,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該事実を認定したとまでは認め難い。
(イ) 原告は,ウが平成8年6月に長男及び次男を教祖に就けたことから,原告がウの包括的な後継者であるとはいえなくなった,長女も宗教法人aにおける重要な部門の長に就いていた,ウが原告よりも四女の方が霊性が高い旨の発言をしたなどとして,被告の主張が誤っている旨主張し,これに沿う事実(当事者の間に争いのない事実)及び証拠もある。
しかし,前記(ア)に判示したところに加え,Ⓐ公安調査庁長官が,長女がその長の地位にあった部門と原告がその長の地位にあった法皇官房との比較において,法皇官房の方がより重要であると解したとしても,公安調査庁長官において把握することができたとうかがわれるそれらの部門の業務内容とされるものの記載(乙13)に照らすと,それが明らかに不合理,不自然であるとまでは解し難いこと,Ⓑ上記のウの発言とされるもの以外には,本団体が,四女について,前記(2)における原告と同様又はそれを上回るような内容の記載のある書籍を公刊したり,構成員の発言を紹介したりしたことをうかがわせる証拠が見当たらず,本団体において四女が原告よりも上位にあることに沿う本団体の構成員又は元構成員の供述等も見当たらないことも併せ考慮すると,原告が上記に主張する事情によって直ちに,公安調査庁長官が,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と原告の地位が本団体において実質的には四女,長男及び次男よりも上位にあった旨の事実を認定したことがうかがわれるということにはならないから,それらの事情は,前記(ア)の認定及び判断を覆すには足りない。
エ 本団体の構成員が原告の発言を命令として受け取っていたとされることについて
(ア) 被告は,本団体の構成員が原告の発言を命令として受け取っていた旨主張し,それを裏付ける証拠として,本団体の元構成員の供述等を挙げる。本件においては,前記(2)ア(オ)のとおり,被告が提出した証拠のうち被告の主張に沿うものとして,本団体の元構成員の供述等の一部の記載があるところ,これらの証拠の記載の内容に加え,これまでに判示してきたところにも照らすと,公安調査庁長官が,本団体の構成員が原告の発言を命令として受け取っていた旨の事実を認定したとしても,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該事実を認定したとまでは認め難い。
(イ) 原告は,構成員のクに対する態度と原告に対する態度との間には格段の違いがあった,正悟師の位階にある者は原告を子供扱いしていたなどとして,被告の主張が誤りである旨主張する。
しかし,これまでに判示してきたところに加え,本件の証拠関係の下においては,原告の発言が本団体においておよそ無視されていたとか,原告の意向に沿って動いた又は動こうとした者が本団体においては皆無であったとかいうことをうかがわせる事情が見当たらないこと(なお,両サリン事件よりも後の事情ではあるが,観念崩壊セミナーの開催やその内容について,原告の意向が少なくともある程度は反映されていたことは,原告自身も認めるところである。)にも照らすと,仮に,原告が上記に主張する事情に沿う事情があったことを前提としたとしても,それらの事情によって直ちに,公安調査庁長官が,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と本団体の構成員が原告の発言を命令として受け取っていた旨の事実を認定したことがうかがわれるということにはならないから,それらの事情は,前記(ア)の認定及び判断を覆すには足りない。
オ 原告が両サリン事件当時に宗教法人aの構成員の位階の認定に関与をするなどの業務に携わっていた及び宗教法人aの人事に関する提言をしたとされることについて
(ア) 被告は,原告が,両サリン事件当時に,宗教法人aの構成員の位階の認定に関与をするなどの業務に携わったり,宗教法人aの人事に関する提言をしたりした旨主張し,それを裏付ける証拠として,ウがしたとされる発言,書籍の記載,本団体の構成員又は元構成員の供述等を挙げる。本件においては,前記(2)イ(ア)のとおり,被告が提出した証拠のうち被告の主張に沿うものとして,ウがしたとされる発言の一部,宗教法人aが発行した書籍の記載の一部,本団体の構成員又は元構成員の供述等の一部の各記載があるところ,これらの証拠の記載の内容に加え,Ⓐ原告が法皇官房の長の地位に就いていたこと,Ⓑ「省庁」とされる部門の長(大臣)が当該部門において相応の権限を有していたこと等の当事者の間に争いのない事実も前提とすると,公安調査庁長官が,原告が,両サリン事件当時に,宗教法人aの構成員の位階の認定に関与をするなどの業務に携わったり,宗教法人aの人事に関する提言をしたりした旨の事実を認定したとしても,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該事実を認定したとまでは認め難い。
(イ) 原告は,両サリン事件当時,小学校に通学していなかったため,文字も知らずに本もまともに読めなかった上,滑舌が悪く,しゃべれないことに劣等感を抱いていた状態であったから,様々な物事を理解し,本団体の様々な事務や業務を遂行する能力を有していなかった旨主張し,これに沿う証拠(なお,前記(2)イ(ア)hも参照)もある。
しかし,原告の滑舌が悪かったとされることについては,原告のブログにそれに沿う記載がある(前記(2)イ(ア)h)が,それを裏付けるような公安調査庁長官が従前収集した又は容易に収集し得たと思われる原告自身の供述等を除く証拠又は事情は見当たらない上,原告の著書(甲59)が公刊されたのは,本件各訴えが提起された後のことであり,弁論の全趣旨によれば,原告の音声とされるもの(甲68,69)及び原告が記載した日記とされるもの(甲70)は,本件各訴えに係る審理の過程において初めて,原告が対外的に明らかにしたものであると認められるから,公安調査庁長官が,本件認定に先立って収集した又は容易に収集し得たと思われる証拠を前提とする限り,原告が,両サリン事件当時,原告が主張するような能力の状態であったことをうかがわせる証拠又は事情は見当たらなかったものということができる。
その上で,これまでに判示したところに加え,前記(ア)に記載した証拠における記載の内容(前記(2)イ(ア))も併せ考慮すれば,仮に,原告が上記に主張する事情に沿う事情があったことを前提としたとしても,それらの事情によって直ちに,公安調査庁長官が,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と原告が両サリン事件当時に宗教法人aの構成員の位階の認定に関与をするなどの業務に携わったり宗教法人aの人事に関する提言をしたりした旨の事実を認定したことがうかがわれるということにはならないから,それらの事情は,前記(ア)の認定及び判断を覆すには足りない。
(ウ) 原告は,Ⓐ法皇官房の業務として携わったのは,長袖Tシャツを決めたこととウの誘導や介助くらいである,Ⓑ両サリン事件当時は,法皇官房が何をしている部門か知らなかった,Ⓒ法皇官房は,実質的にウに直属し,原告を通すことなく,直接ウと話し合って物事を決めていたから,原告は何もすることができなかった,Ⓓ法皇官房次官のノを任命したのも,人事権を行使していたのもウ自身であり,法皇官房の業務内容もウが重きを置いていたもので,ウを差し置いて原告が何かを決める権限も理由もなかった,Ⓔ「師になりました」と告げた事実があったとしても,それは文字通り子供の使いとしての行為にすぎないなどとして,被告の主張が誤っている旨主張し,これに沿う証拠もある。
しかし,仮に,上記に原告の主張する各事情が存在することを前提としたとしても,原告が法皇官房の業務に携わったことがあり,これを法皇官房の長としての権限の行使と解することも可能である(上記Ⓐ及びⒺ)から,仮に,そのことの意味を詳細に理解していなかったとしても(上記Ⓑ),その余の権限をノらが実際に行使していたとしても(上記Ⓒ及びⒹ),前記(ア)に記載した証拠における記載の内容と明らかに矛盾しているとまでは認め難いというべきである。
そうすると,これまでに判示してきたところも併せ考慮すると,原告が上記に主張する各事情によって直ちに,公安調査庁長官が,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と原告が両サリン事件当時に宗教法人aの構成員の位階の認定に関与をするなどの業務に携わったり宗教法人aの人事に関する提言をしたりした旨の事実を認定したことがうかがわれるということにはならないから,それらの事情は,前記(ア)の認定及び判断を覆すには足りない。
(エ) 原告は,公安調査庁長官が,平成11年12月22日,原告は,地下鉄サリン事件当時12歳であり,実質的な役員としての任務を果たしていたとは認め難い旨の報告を受けており,公安調査庁自身,原告が両サリン事件当時に本団体の役員ではない旨を認定していた旨主張し,これに沿う証拠もある。
しかし,公安調査庁長官が,平成11年12月22日当時及び本件更新請求当時において,いずれも同じ資料を基に事実を認定したことはうかがわれず,むしろ,異なる資料を基に事実を認定したものとうかがわれるから,上記のとおり,公安調査庁長官が,平成11年12月22日当時,原告が両サリン事件当時に本団体の役員ではないと認定していたとしても,そのことが,本件更新請求の当時に上記と異なる認定をしたことの違法性を基礎付けるものとは認め難い。
したがって,上記の事情は,前記(ア)の認定及び判断を左右しない。
カ 原告がウから直接指示を受けていた又は法皇官房に所属する構成員から業務の報告を受けていたとされることについて
(ア) 被告は,原告がウから直接指示を受けていた又は法皇官房に所属する構成員から業務の報告を受けていた旨主張し,それを裏付ける証拠として,本団体の元構成員の供述等を挙げる。本件においては,前記(2)イ(イ)のとおり,被告が提出した証拠のうち被告の主張に沿うものとして,本団体の構成員の供述等の一部の記載があるところ,これらの証拠の記載の内容に加え,Ⓐ原告が法皇官房の長の地位に就いていたこと,Ⓑ「省庁」とされる部門の長(大臣)が当該部門において相応の権限を有していたこと,Ⓒ原告が,「大臣会議」の場にいたこと等の当事者の間に争いのない事実も前提とすると,公安調査庁長官が,原告がウから直接指示を受けていた又は法皇官房に所属する構成員から業務の報告を受けていた旨の認定をしたとしても,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該事実を認定したとまでは認め難い。
(イ) 原告は,目の不自由なウのためにウの誘導や介助をしていたにとどまる,「大臣会議」の場に原告がいたとしても,それは,ウの介助のためにその場に居合わせたにすぎず,会議に参加していたわけではないなどと主張し,これに沿う証拠もある。
しかし,前記(ア)に判示したところに加え,原告に関するウの発言とされるもの及び宗教団体aが発行した書籍の記載等,本団体における原告の公式の取扱い等のこれまでに述べたところや,原告の主張が評価の違い(会議の場に居合わせたのか,会議に参加していたのか)にとどまるともいえることも踏まえると,それらの事情によって直ちに,公安調査庁長官が,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と原告が両サリン事件当時にウから直接指示を受けていた又は法皇官房に所属する構成員から業務の報告を受けていた旨の事実を認定したことがうかがわれるということにはならないから,それらの事情は,前記(ア)の認定及び判断を覆すには足りない。
(5)  まとめ
前記(4)のとおり,公安調査庁長官が,①本団体において位階が上位の者の命に位階が下位の者が従う上命下服が浸透していた,②ウの血を引く子女がオを含む他の構成員よりも上位にある,③原告の地位が本団体において実質的には四女,長男及び次男よりも上位にあった,④本団体の構成員が原告の発言を命令として受け取っていた,⑤原告が,両サリン事件当時に,宗教法人aの構成員の位階の認定に関与をするなどの業務に携わったり,宗教法人aの人事に関する提言をしたりした,⑥原告がウから直接指示を受けていた又は法皇官房に所属する構成員から業務の報告を受けていた旨の各事実を認定したとしても,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該事実を認定したとまでは認め難いものである。
これに加え,前提事実及びその余の当事者の間に争いのない事実も踏まえると,公安調査庁長官が,原告が,両サリン事件当時,本団体の意思決定に関与し得た者であり,かつ,本団体の事務に従事していた旨の事実を認定したとしても,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該事実を認定したものとまでは認め難いということができる。
したがって,原告が,両サリン事件当時,本団体の意思決定に関与し得た者であり,かつ,本団体の事務に従事していたとの事実が実際に存在していたか否かを検討するまでもなく,公安調査庁長官が,原告が,両サリン事件当時,団体規制法にいう「団体」の意思決定に関与し得た者であって,当該団体の事務に従事していた者である,すなわち,「当該団体の役員」(団体規制法5条1項3号)に該当した者である旨の事実を認定したことについても,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該事実を認定したものとまでは認め難いというべきである。
7  原告が本件更新請求当時に「役員」であったとされることについて
(1)  当事者の間に争いのない事実
原告が本件更新請求当時に「役員」であったとされることを裏付ける事情として,被告が指摘する事実のうち,①原告が,観念崩壊セミナーの開催及びその内容の決定に関与したこと,②原告が,ウが乗り移ったと称する構成員が所属していた本団体の施設に赴いたこと,③eにおいて,平成14年,師の位階にあるものと認定された者が出たこと,④キが,平成15年頃,本団体の運営から外れたこと,⑤コ,ケ,サら5名の正悟師から構成される正悟師会合が,上記④の後,本団体の意思決定機関となったこと,⑥四女が,本団体の運営に関与しようとしたが,オだけではなく原告もこれに反対し,最終的には,四女が本団体の運営に関与することは,実現しなかったこと,⑦コ,ケ及びヒが,順次本団体の運営から離れたこと及び⑧原告,二女及び長男が,連名で,本団体の構成員に対し,本件各手紙を送付したことの各事実は,当事者の間に争いがなく,以上のもののほか,⑨原告が,シ事件の際,㋐正大師という立場において,計画の断念を呼びかける旨のビデオ撮影に応じたことについても,当事者の間に争いがない。
(2)  本件において提出された証拠の記載
前記(1)の当事者の間に争いのない事実を除く事実について,本件において被告が提出した証拠にある記載は,次のとおりである。
ア 観念崩壊セミナーについて
(ア) 本団体の構成員の供述等(乙55・4ないし7枚目)
「(前略)「観念崩壊セミナー」とは,(中略)三女・アを中心に,(中略)トら師クラスのサマナが話し合った結果,平成8年初夏頃から同年初冬頃までの間,(中略)組織の引き締めを目的とし,複数回に渡って開催されたものです。(中略)「観念崩壊セミナー」の修行内容は,私の知る限り様々なものがありました。(中略)修行内容は,初期の頃はまだ,肉体的に負担の掛かるものは少なかったですが,しばらく回数を重ねると段々エスカレートし,(中略)過酷を極めたものとなりました。(中略)三女・アの位置付けは,私を含めサマナの共通認識として,イに代わる絶対的なものでした。(中略)「観念崩壊セミナー」については,(中略)絶対的な存在の三女・アに対し,(中略)トは,「今,大変なときだから,教団をまとめてください。何かやってください。」などと提言し,三女・アがこういった師クラスのサマナらの提言を採用した結果,開催されることになったのです。「観念崩壊セミナー」の修行内容についても,三女・アが師クラスの提言を受けて採用したものだと思われますが,(中略)修行の指示は,三女・アが直接,対象者一人一人を呼び出し,個別に課題となる修行を与える形で行われ,例えば,私の(中略)という修行については,私が三女・アに呼び出されて,三女から直接,課せられた修行です。さらに,三女・アは課題となる修行を与えるだけでなく,その修行状況を視察したり,ときには,例えば,夜中の寒い中,水を掛け続けられて死にかける者が出た修行では,三女・ア自身が水を掛けるなど,直接指導する場合もありました。(中略)少なくとも,当時のaで三女・アの許可なく何かを行うなどということはあり得ませんでしたので,三女・アが「観念崩壊セミナー」において,形式的な関与にとどまるといったことは絶対になかったと思います。(後略)」
(イ) ヌの供述等(乙56・6,7及び9ないし11枚目)
「(前略)教団の修行においては,霊的な能力が優れていることが一番重要視されており,その能力が一番高かった㋐が主催するセミナーであるということで,私たち信者は,躊躇することなく,このセミナーへの参加を決めました。(中略)師を対象としたセミナーでは,(中略)まともな修行でした。(中略)一方,パソコン会社の信者を対象としたセミナーでは,参加した信者は,教団の指導者の指示で,立位礼拝,呼吸法,野外水掛,断水断食,強制摂食,野外放置などの修行を強いられる形で実施されました(中略)参加者の中には,足の感覚が麻痺し歩行支障を来すなどの肉体的に異常を来す者も見られました。(中略)サリン事件後,イが逮捕されて不在となった時点において,私も含め,多くの信者は,㋐が教団の中で修行内容を決定することができるステージを持つ者であり,㋐が一番高いところに位置すると認識していました。なお,私は,㋐がこのセミナーにおいて,直接,この修行の場を訪れて修行内容を伝えることはなかったと記憶しています。(中略)しかし,私たち参加者は,㋐が,このセミナーの内容を全て掌握しており,それの主催者として全責任を負っていると認識していました。ただし,㋐は,その当時は12,3歳の子供であり,大人の社会のように修行の目的や内容を企画・提案し,その内容を検討して決定するといった手順を踏むことはありませんでした。(中略)このセミナーの開催についても,㋐が,修行をやりましょうと考えて決まったものでしたし,その修行内容についても,㋐が全て単なる思い付きで決めたものでした。(後略)」
(ウ) 本団体の構成員の供述等(乙66・4及び5枚目)
「1996年の秋に,aによる「観念崩壊セミナー」という,出家信徒を対象にした大々的な修行が行われました。(中略)この大々的な修行は三女さんの発案だということでした。そのことは,出家信徒は皆知っていたと思います。(中略)三女さんは子供でしたが,あちらの世界では実年齢は関係ありません。未成年であること,成人していないなどということは問題ではなく,霊性が重要です。(中略)参加者は施設2階のかなり広い部屋に整列し,参加者と向かい合うように三女さんと(中略)師の指導者4,5人ぐらいが並んでいました。(中略)修行は,まず,一人ずつ自分の苦手な修行を与えられて,それを指導員が監督,指導しました。三女さんは,私たちが修行している場所に来て様子を見て回られました。(後略)」
(エ) 本団体の構成員の供述等(乙78・4枚目)
「(前略)1996年当時,三女は,「観念崩壊セミナー」と称する過酷な修行をサマナに行わせ,教団を宗教的に固めていくことに必死でした。三女は,このセミナーの目的について,イ教祖の後継者の地位を,自分自身から猊下に移すため,「猊下に対するサマナの信,帰依を固めていこう」と言っていました。当時,猊下は,まだ3才ほどで幼かったため,サマナは,帰依の対象として猊下を見ることに抵抗がありました。(中略)このセミナーの開催について,(中略)反対する声もありましたが,三女は,「反対されてもやる。皆がばらばらになることだけは避けなければならない」と言って聞く耳を持ちませんでした。(中略)三女自身も最初から最後まで指導者として参加しましたが,参加者に直接指示するのは,三女ではなく取り巻きのサマナが行っていました。(後略)」
(オ) トによるfのホームページ上の記載(乙126・13枚目)
「はじまりは,ある意味子どもの思いつから始まったようなもので,三女の(中略)思いに,一般の「自己啓発セミナー」の体験者の経験が合わさって,効果がありそうなのでと試しに企画されたセミナーでした。(中略)私が監督としてかかわった初期の頃は,「解脱のために観念を崩壊する」ということで,まずは,監督自らがそのようにしなければならないという三女の指示に基づき,皆の前で例えば次のようなことを行いました。(中略)私も一緒になって行った「突っ込み」と呼ばれたものでは,(中略)三女が許可を出すまで続けるということを行いました。(中略)数日経ったとき,その矛先が(中略)監督の1人である私に向けられ,三女の指示のもと,三女と他の監督たちから,罵声・軽蔑・無視されるなどのことが行われ,「お前はどうしようもないヤツだ」ということで,監督から排除されることになりました。(中略)このセミナーで三女は出家信者たちから,恐怖を伴う神格化をされました。セミナーの課題は三女が出し,その課題をこなせたかどうかの判定も三女の独断です。三女がOKしなければ苦痛と恐怖の伴う尋常でない修行と呼ばれるものを続けなければなりません。三女に気に入られなければならないのです。三女を「三女のグルとしての力量を知った」「マハームドラーをかけて後輩弟子を導くことのできるステージ」と言って賞賛し,さらに神格化する人がたくさん出ました。一方,脱会させないために行ったセミナーであったはずなのに,三女に恐怖してそのまま脱会した人もたくさん出る結果となりました。(後略)」
イ ウが乗り移ったと称する構成員を排除したことについて
(ア) 本団体の構成員の供述等
a 本団体の構成員の供述等(乙79・5及び6枚目)
「(前略)事の起こりは,福岡支部所属の在家信徒の中に,「イが乗り移った」と言い出した者がおり,(中略)信徒がイニシエーションを施したり,師がその信徒に対して懺悔したりするような,信じられない流れが出来上がってしまったことから始まります。(中略)支部では一番古株の師である㋫ことフすら,すっかりその信徒の信奉者になっていたということです。これに対して教団は,㋐正大師を先頭に,(中略)サ(中略)など,大勢の正悟師クラスを大挙派遣し,粛正に乗り出したといいます(中略)支部の看板を掲げて公然と反旗をひるがえされたのは,今回が初めてのことではなかったかと思われます。福岡支部に乗り込んだ㋐正大師は,「ここは動物的空間になっている。入っただけでおかしくなる」と言い,荷物を取りに入るのも許さず,すぐに閉鎖させたそうです。そして問題の信徒をその場で破門にして,㋫他数人の幹部サマナが,完全に影響されているということで,極限修行に入れるからと,連れ帰ったと聞いています。(後略)」
b 本団体の構成員の供述等(乙80・2ないし5枚目)
「(前略)1月4日に,空路福岡入りした㋐正大師など本部側が(中略)サマナであるヘ(中略)などを批判した。1月5日,本部側は,(中略)サマナを4台の車に乗せ,大阪方面に集中修行という名目で連れていき,軟禁状態にしている。(中略)1月5日午前,福岡市内で借りた2台のレンタカー(中略),乗用車1台(福岡53な●●●●)(中略)に分譲し,福岡支部を出て行った。車両4台には,㋐正大師など本部側と福岡支部のフ支部長(中略)及び広島道場のサマナヘ(中略)など45人が乗り込んだ。(中略)また,連れ出された(中略)サマナの内,私どもが確認しているのは,㋐正大師が居住している福島県いわき市(中略)に(中略)4人(中略)である。(後略)」
(イ) 公安調査官が作成した調査書の記載(乙177・2ないし4枚目)
「(前略)平成9年1月6日午後2時ころから平成9年1月7日午後2時ころまでの間,(中略)a幹部が居住する福島県いわき市(中略)所在の家屋付近に赴き,同家屋への信徒及び車両の出入り状況等について,下記のとおり調査した。(中略)平成9年1月7日〇 午前2時43分ころ,自動車登録番号「福岡53る●●●●」に(中略)ヘ,(中略)フ(中略)の8人が乗車し入る。〇 午前8時08分ころ,自動車(中略)にア,(中略),セ(中略)の7人が乗車し入る。(後略)」
ウ お供物を変更したことについて
(ア) 本団体が作成した「お供物工場からのお知らせ」と題する文書(平成11年7月21日付け)の記載(乙82)
「(前略)規定量とは,(中略)1週間に1度の「旧パン,メイト1個ずつと緑の錠剤1袋」です。(中略)他のお供物を規定量で1週間分とっていなくても,緑の錠剤は毎日規定量とってください。(後略)」
(イ) 本団体の構成員の供述等(乙81・3及び4枚目)
「平成16年頃,元出家信徒(中略)から「三女の指示で,粉末食品『スピルリナ』を固めた『緑の錠剤』をお供物に加えた」と聞いたことがあります。(中略)は,三女から指示を受けた時期について話しませんでしたが,「緑の錠剤」が配られるようになったのは平成14年頃だったので,この頃に指示を受けていたと思います。お供物は,教団にとって,エネルギーを注入するためのイニシエーションであり,種類はもちろん材料や製造方法まで,地下鉄サリン事件以前にイが決めたものです。このため,仮に出家信徒の健康管理という合理的な理由があったとしても,お供物班の上長や正悟師の判断で,宗教的意義が強いお供物の内容を変更することはできません。こうした判断ができるとすれば,イ本人か,後継者とされた長男・二男あるいは三女だけです。(中略)三女が長男らの後見人のような立場にいたことを鑑みると,(中略)三女の指示でお供物に変更が加えられたのは間違いないと思います。(中略)は,(中略)脱会するまでのほとんどの期間,お供物作りに携わっていました。(中略)イから信頼されていなければ,イニシエーションであるお供物の製造に従事し続けることはありませんし,事件後もお供物を担当し続けていた(中略)は,イだけでなく三女からも信頼されていたはずです。(中略)両者が,直接会っていたかどうかは分かりませんが,少なくともお互いの連絡先は確認していたことは間違いありません。」
エ 師の位階にある旨の認定に関与したことについて
(ア) コの供述等(乙47・4枚目)
「(前略)出家信徒・ホが成就したときには,が黒塗りの車で世田谷区南烏山の教団施設に乗り込んできて,本当に成就したのかどうか確認しに来たことがありました。(後略)」
(イ) 本団体の構成員の供述等(乙100・3及び4枚目)
「(前略)そもそも成就認定は,イ教祖の専権事項であったものの,当時のキが,一般サマナの修行意欲を高めるためには成就者を出す必要があると判断し,それをイ開祖の三女であるアにも話をして,この2人の正大師が実質的に成就認定を行う,ということで始まったものである。詳しくは分からないが,形としては最終解脱者の了承を得なければならないとして,猊下方,つまりイ教祖の息子さんたちに,事前の了承は得ていたのではないかと思う。(中略)マの成就は,キと三女の完全な合意があり,当時の正悟師も納得した形で認定された。三女はもともと霊性が高く,幹部の中でも,霊性だけで言えば,キよりも高いとされていた。つまりマの場合は,キが心の成熟度やその他総合的な面,三女が霊性に関する体験をそれぞれ分析・検討し,2人の合意で認定する,という,組織としては理想的な状態であった。(中略)キと三女の意見の食い違いは,次のホから始まった。(中略)三女は,その体験について異論があったそうで,まだ早いのではないかという意見だったそうである。結局,それをキが押し切り,自らホーリーネームまで授けた。(後略)」
オ キ外しについて
(ア) コの供述等
a コの著書における記載(乙45・14ないし16枚目及び18ないし21枚目)
「(前略)2003年の6月上旬,私は突然甲家の三女に呼び出されました。(中略)「㋖正大師(中略)のやっていることがおかしいの。彼の言うことを聞かないで,陰で私に協力して」要するに彼女の主張は,キの教団運営を批判するものでした。教祖である父をないがしろにして,キ自身が教祖になろうとしている,という内容です。(中略)「私が陰から教団に指示をするから,あなたはそれに従って。他の正悟師や師も従うって言っているから大丈夫。㋖正大師の言うことは聞かないで。でも指示は私が出しているっていうのは,㋖正大師にも秘密よ」(中略)要するに,3人とも表立っては教団に口出しできないので,裏から指示をするというわけでした。(中略)甲家3人と正悟師5人が会した2003年6月26日の「秘密会議」でのことでした。(中略)三女は渋々席を立ち,1時間ほどキと電話で話をしたあとに,私たちにこう告げました。「これから㋖正大師とここにいる全員で話をすることになったから。彼には修行に入ってもらうことにする。みんなでそう言ってね」(中略)キも交えた会議は教団のマイクロバスで行うことになりました。(中略)会議が始まったのは日付が変わった27日。(中略)8対1でキを攻める議論が始まり,まずオが彼を攻撃しました。(中略)最後には三女がこう言い放ちました。「上の人の言うこと聞くのが帰依でしょ。皇子(イの子供)はどのサマナよりもステージが上だよね。私の方が上だよね」結局,この後キは修行に入ることになりました。こうして甲家による裏支配の始まりです。(後略)」
b コの供述等(乙102・11ないし13枚目)
「(前略)私は,平成15年6月15日から16日にかけて沖縄道場に出張した際,三女のアから「会いたい」旨の電話をもらいました。(中略)三女から,「キがやっているイ外しの教団運営方針はおかしいので,従わないで欲しい。今後は,秘密裏に自分が指揮するので,正悟師のメンバーで協力してもらえないか」という内容の話を聞きました。(中略)その後,6月26日か27日の夕方には,(中略)正悟師全員が,オ,次女,三女に呼び出されて(中略)集まりました。(中略)三女がその場からキに電話することになりました。三女は,キに対して「今の教団の運営方針は間違っている」などと抗議していましたが埒があかず,会合した正悟師全員と「ご家族」が直接キに会って糾弾しようという流れになりました。(中略)その結果,キは三女の意見に従うこととなり,当面修行に入って教団運営からは一時的に手を引くことになりました。(後略)」
(イ) ツの供述等(乙46・11,12,15,18枚目,20ないし22枚目及び24ないし26枚目)
「(前略)私は(中略),2003年の6月下旬ころ(中略)サさんから,東京都内のカラオケボックスに呼ばれたことがありました。(中略)私(中略)の3人が席に着くと,アさんが,これから話すことは誰にも言わないでください。最後は,墓場まで持って行ってくださいと話し出しました。(中略)アさんは(中略)パソコン画面を見ながら,イの意向ですが,イが逮捕された時に弁護士を通じて,キ色を消せとのお達しがあると言っていました。(中略)当時,対外的にはオさんやご家族の方は,教団とは関係ないみたいなスタンスをとっていました。しかし,(中略)実際は実権を握っていたんだと思います。(中略)別れ際に,アさんから,電話番号を教えるからということで携帯電話の番号を教えてもらいました。私の携帯電話の番号も教えました。(中略)アさんから電話がある度に,必然的にキさんの様子を報告するようになりました。(中略)キさんは2003年秋に軟禁状態に入るのですが,アさんへの電話報告は,キさんが軟禁状態に入る前まで続きました。それ以降,アさんから電話が掛かってくることはありませんでした。(中略)2003年の夏ころにケさんから聞いた話ですが,烏山にいたキさんのところに直接,アさんが来たらしいのです。その時に,あなたはおかしい。魔境だから修行に入りなさいとアさんがキさんに直接言ったということをケさんから聞きました。(後略)」
(ウ) 四女の供述等
a 四女の著書における記載(乙57・9及び10枚目)
「(前略)母は出所して戻ってくるなりキさんの排斥を画策し始めました。母が出所して間もなく,すでに一人暮らしを始めていた三女が母と次女,そして私をスキーに誘いました。その帰りの車の中で,母と姉たちはキさんを排斥し教団の実権を握るための謀議をしていたのです。(中略)翌年の夏ごろには,キさんの路線に対する不満が顕在化し,彼は事実上失脚しました。甲家が裏で指示を出し始めたということもありましたが,キさんの過激な改革に不満を抱いていた信者もかなりいたようです。(後略)」
b 四女の裁判所における証言(乙59・4及び5枚目。「」より前の()部分は,代理人による質問であり,「」の部分が四女による証言である。)
(前略)(オさんは,キさんのことをアさんに対して,どのように言っていましたか。)「あの男を信用してはいけない。あなたはだまされていると言いました。」
(その後,アさんは,どういう行動を取りましたか。)「教団の信者に電話をかけて,キさんの言うことを聞かないようにという指示を出しました。」
((前略)アさんが信者に対して電話をかける様子が書いてあります。これは,どうしてあなたはこのことを知っているのですか。)「実際に目の前で,その当時の(中略)マンションで,実際にしているのを見たからです。」(後略)
c 四女が作成した陳述書における記載(乙147・15ないし17枚目)
「(前略)母は,キさんを信じてはいけないと姉アを説得し(中略)たのです。その結果,キさんと姉アの接点くらいしか教団との接触がなかったのが,反キのための活動を始めることになりました。(中略)姉アは,迷っていました。(中略)姉アは,自分と同じ正大師である母にしきりに聞いていました。その後,姉アは迷いながらも決断し,天に誓いを立て,祈りを捧げるのでした。「自分がこれからやることは相手を傷つけることですが,どうか自分が過ちを犯したときに返ってきますように……」と。(中略)姉アは,携帯電話を教団用に契約して,信者たちを説得していました。私も何度か電話をしているところを見たことがあります。かけている相手は,チさんやセさんといった教団信者でした。電話をするとき,姉アは怒鳴ったりして怖かったです。例えばセさんに電話をかけて,彼が出るや否や「お前,何しているのか分かっているのか!」と叫び,(中略)ドアを1枚か2枚隔てたところから姉アの怒鳴る声が聞こえてきました(中略)。その後,「(中略)㋝(中略)は99%裏切らないだろう。あれだけ怒っても大丈夫だったから」と姉アは言っていました。(後略)」
(エ) 本団体の構成員が作成したfのホームページ上の記事の記載(乙92・21ないし23枚目)
「(前略)2003年の6月の下旬のことです。(中略)携帯電話が鳴りました。その電話に出てみると,聞き慣れない声で,「お姉さん,誰だかわかる?」と言われました。(中略)「もしかして,㋐正大師ですか?」といったところ,「忘れてしまうなんて,お姉さんひどいね」と言われ(中略)ました。㋐正大師(中略)は,私の個人的な話(中略)について,「お姉さんは,イとの縁を傷つけた。このままだと地獄に墜ちるから,このマントラを唱えた方が良い」と言われました。それは,脅しと同じような感じでした。その後,「シャクティーパットの影響で,キ代表の調子が悪い,おかしい」という話になり,「キ代表を修行に入れたい」と言うに話になりました。そして,そのために協力して欲しいことがある,ということでした。できれば,直接会って話をしたいということでしたので,指定された場所に向かいました。(中略)㋐正大師と再会しました。(中略)2時間くらいだったでしょうか,話を聞きました。その内容は,ひたすらキ代表の悪口(と思えた)でした。(中略)彼女は,(中略)私を次の場所に連れて行きました。(中略)そして,三女が,キ代表の問題点をいくつか話をし,最後に「今日,ここで話をしたことは,決して誰にも言わないように。(後略)」ときつく言われたのです。(中略)三女から何度も携帯に電話が入りましたが,一度も出ませんでした。(中略)サ氏が電話を私に持ってきて,出るように言われたので,出てみたところ,三女からでした。三女は,私に,「なぜ電話にでなかったか」を聞き(中略)ました。(中略)この2003年の6月の後,10月に至って,キ代表は,完全に修行に籠もる,すなわち,教団の活動から離れることになりました(離されました)。(後略)」
(オ) 本団体の構成員の伝聞供述等(乙101・3及び4枚目)
「(前略)ケさんは(中略)㋐正大師ことアさんと久し振りに会ったそうです。この時は,オさんはおらず,3人だけで会ったそうです。㋐正大師は,「㋖正大師がおかしい。お父さんに取って代わって,教団を自分のものにしようとしている。㋖正大師の体制を覆さなければいけない。止めなければいけない。㋖正大師を修行に入れたい」とキさん排除に向けた協力を要請してきました。それを聞いたケさんは,(中略)特に疑問を挟むことなく,協力することに同意していたそうです。(中略)A派とM派の衝突が表面化したのは,キさんがイからの脱却を標榜して,全国の道場をM派にしようと動き回っていた2003年6月頃であったと聞いています。A派側は,㋐正大師が中心になって,オさん(中略)及び5人の正悟師が集まり,キさん排除のための話し合いを何度か行ったそうです。(中略)会合ではご家族が具体的な指示や命令をするのではなく,「㋖正大師は許せないね」,「止めなければいけないね」という示唆のような話をしたそうです。(中略)会合では最上位の㋐正大師が中心でしたが,㋐正大師は宗教性は高いものの,勉強嫌いのせいか,うまく意思を表現することができず,政治的なことにはちゃらんぽらんなところがあったため,オさんが会合の座長としての㋐正大師を立てるような形で補佐して,企画や水面下での交渉事などの実務面を担当していたそうです。㋐正大師がカリスマ性の高い大将で,オさんが作戦参謀といったところでしょう。このことについては,㋐正大師も,「㋖正大師は捕まっている時からずっとお父さんを亡き者にしようとしていた。でも,どうすることもできず,お母さんが出所してくるのを待っていた」などと述べており,饒舌なキさんに対抗するには自分の力だけでは足りないことを自覚していたそうです。(後略)」
(カ) 本団体の構成員の供述等(乙118・2枚目)
「(前略)平成14年にオさんが出所すると,状況が一転する。もともとキと余り合わなかった彼女が,その後,キの打ち出した「イ教祖隠し」という方針に反対し,娘である三女や次女(中略)と結託して,先ずキを追いやるのである。(後略)」
カ キ外しの後の関与について
(ア) コの供述等
a コの著書における記載(乙45・21ないし23枚目及び29枚目)
「(前略)甲家が裏から糸を引く無責任な体制が行き詰まるまでに,さほど時間はかかりませんでした。(中略)サがブチ切れたのは,キの修行入りから1ヵ月ほど経った頃でした。(中略)「㋐正大師が責任を持つって言うから協力したんだ。陰に隠れて全然責任取らないじゃん!!(中略)」甲家の指示でやったことも,一般信者からの不満の矛先は正悟師です。それに対して甲家は全く責任を取りません。(中略)いざ三女を目の前にした会議が始まると,サは借りてきた猫のように黙ったままなのです。(中略)仕方なく私が代わりに問題点を切り出します。「やはりご家族の指示というのが秘密で出せないところで,正悟師としてもサマナを納得させられない問題があります。あるいは結局誰が責任を取るのかということになってきます」すると三女は,語気を強めて反論しました。「そんなこと言ったって今の私たちの状況じゃ表に出られないよね!仕方ないよね!!」(中略)三女に威圧されたまま,問題が解決されないまま,会議は終わりました。しかしサは(中略)しばらくして私に電話をかけてきました。「もう俺,何が何だかわけがわからなくなってきたよ」(中略)心配した私は,三女に電話してこの状況を伝えました。三女はサを直接励ますといって電話を切りました。(中略)実務的な話に介入するのはほとんどオでしたが,たまに三女も口出ししてきました。頻度が少ない分,こちらのほうがやっかいなこともありました。「あんた一体何やってんのよー!!」「は!?」「あなた権力にとらわれているのよ。いい加減にしなさいよ」「な,何のことでしょうか?」いきなり電話をかけてきて,理由も言わず怒鳴ることもしばしばでした。(中略)しかし私などはまだマシなほうで,三女から「あなた,そんなんじゃ無間地獄行きだね」と宣告されたサマナもいたようです。(後略)」
b コの供述等(乙102・13ないし27枚目)
「(前略)7月4日,府中市内の公共施設に「ご家族」と正悟師5人が集まって会議を開きました。この会議は,キ抜きで,その後の教団運営の方針について個別の案件にまで踏み込んで話し合われたものです。(中略)この日の会議では,まず,修行に入ったキの近況が確認されました。(中略)こうした報告を聞いていた三女やオは,(中略)などとキを批判していました。(中略)その後の話で,「どうもキは,正大師秘書室の(中略)を通じて指示を出しているのではないか。(中略)」という話になり,今後は正大師秘書室に三女の指示を徹底させることとし,私がその担当になりました。また,役員会の通達などに関しても,オか三女のどちらかに通して事前承認を取るようにした方が良いという指示が,三女の方からありました。三女の方からは,私に対して,「キはコがしっかり押さえるしかない。正大師秘書室の師には,はっきりと『㋐正大師からの指示だ』と言うこと」を念押しされました。(中略)また,三女が,(中略)「(前略)今回のキもおかしくなっている」と発言し,「煩悩に悪魔が入り込む。帰依があったら入れないので,長老会議のメンバーが協力して帰依で対抗するしかない」と強調していました。(中略)ご家族は,教団運営についても細かく口を挟んで来ており,三女からは「サマナに厳しくしだした方が,教団が安定して来た。我々は,出家教団を維持できるだけの光を放たなければならない。無心の帰依,無償の布施が出来るようにすることで,今の出家者の甘さをなんとかし,在家信徒にも厳しく修行させる」という話がありました。三女は,イに対する帰依を維持することについて,「私たち自身が確信を持てなくなっているんじゃないか。意識レベルを引き上げられる人を引き上げねばならない」として,師の意識レベルをどれだけ引き上げられるかを試すのに,光音天で師の修行を行うことを提案しました。そこで決まったのが,8月の夏期集中セミナーが終わってから師の修行を行うということでした。(中略)この師の修行に関しては,三女から「私の指示と言わないでやれ」と言われていました。また,「飴のイニシエーション」も,この時からやることが決まったものです。これは,今でも財施などで成績を上げたサマナに施されているイニシエーションで,普通の甘露飴を三女が修法したものを授けるものです。(中略)また,この当時は,キの指示で成就修行に取り組んでいた(中略)などがいましたが,(中略)サマナの意識レベルが下がっているので教団内の浄化が済むまでは成就者は出せないことを説明するために,三女自らが成就者候補に会う案も出されました。三女は,「自分が会いに行くと,秘密にしておくことは難しいんじゃないか」などと言っていましたが,(中略)実際に三女が(中略)にまで行き,成就修行を行っていたサマナらに会って,「今は成就より下積みの修行に励むべきだ」と説得したそうです。三女らは,こうしてキが選んだ信者の成就は阻むものの,その一方では成就できるシステムがないとみんな頑張らないこともあり,師の修行などで意識レベルを引き上げて「正月には成就者を出したい」と言っていました。(中略)「ご家族」は,我々正悟師に指導する姿勢でおり,この日の会議でも(中略)三女からは,「自分たちが救済する側と思っちゃ駄目だ。救済の駒に過ぎないと考えなさい」と言われました。(中略)また,「ご家族」は,間近に迫っていた夏期集中セミナーや,そこで取り扱うイニシエーションのことなどについても積極的に発言していました。まず,正悟師から現状説明として,「キの正大師説法会がないと資金的にも苦しい。年間の道場収入が,約4000万円ぎりぎりになっている」という報告がなされたのに対し,「ご家族」からは,「8月の集中セミナーでは,キの説法会を他の何かと変えよう」という意見が出されました。(中略)「ご家族」の方から,「ヨーガ行法のセミナーにし10万円から20万円集めれば良いのでは」という意見が出され,夏のセミナーは「来世を確定させるための瞑想セミナー」として参加費を10万円,特別な飴のイニシエーションを30万円で行い,法輪祝福やタン,甘露水などを授けることなどを決めました。(中略)過去に30万円で行ったことがある「狂気の集中修行」のような「極限成就修行」を,今回は8月9日から17日の予定で30万円を取って行うことや,セミナーで行う特別修法甘露水のイニシエーションにしても,10万円,30万円,50万円の三段階に価格を設定し,50万円の人は,そのうちの20万円を無償の布施とすることが決まりました。これは,お布施も極限でやらないと成就しないという「ご家族」の意見で,こつこつ続けさせることで,冬の成就修行に向けて頑張るためのステップにするという考え方によります。(中略)以上が7月4日に行われた,キ抜きの「ご家族」と正悟師5人の会議内容です(中略)。7月18日は,一応の修行期間の終了となり,三女が(中略)の施設までキの状態をチェックしに来ました。施設前には警察や公安調査庁の監視の目があるので,目隠しのフィルムが貼ってある車でシャッター付きのガレージに乗り付け,外からは見えないようにして(中略)に入って来ました。キと三女が部屋の中で話をし,私が玄関口で見張りに立ち,人が入らないようにしていました。二人の話し合いは長い間続き,一時,水を飲みに部屋から出て来た時には,双方が怒って興奮している状態で,会談決裂という雰囲気がありありと伺えました。結局,この日の会談の結論として,三女は「キには修行が足りないので教団運営は任せられない。自分がやる」とキに言い渡しました。このことは,会談終了後,私も三女から聞きました。こうした経緯で,その後も正悟師に対して,陰からオや三女が指示を出す体制が続くこととなりました。(中略)平成15年7月28日ころ,師以上が(中略)施設に集まった会合で,ようやく折り合いのついた内容について,キが幹部クラスの師70人余りを前に謝罪表明しました。この際もキがかなり抵抗しており,謝罪内容で足りない部分については,予め三女から指示されていた私が演壇に立ったキの横から(中略)メモを2回ほど渡しました。(中略)記憶が明確ではありませんが,この謝罪会合の最後の方で,三女が幹部の師全員の前に姿を見せたと思います。(中略)8月中旬から9月にかけては,師クラスの修行を8月に1回,9月に1回行いました。これは,7月4日の「ご家族」と正悟師5人の会議で,三女から「幹部クラスの師の修行が足りないので,全員を八潮に集めて一週間修行するように」と指示されていたものです。8月の修行では,(中略)私の判断で二班に分けて私が修行監督することにしましたが,三女の考えと違っていたことから,9月に再度師全員を集めて行いました。修行内容についても,三女から「『夢見のヨーガ』をやらせたい」という指示がありました。(中略)具体的な行法とそれに対する指導説明の仕方まで詳細に指示連絡があり,そのとおり実施しました。また,個人個人がどういう体験をしたかまで,三女に報告しました。一回目の修行の終わりに,三女が特別に修法した食べ物を八潮まで持って来て,修行で頑張った師に配りました。三女は,二回目の修行の際にも来る予定にしていたようですが,この時は公安調査庁が動きを察知しているとの情報があり,当日になって取り止めています。こうした些末なことも織り交ぜながら,三女を中心とした「ご家族」の教団運営への関与は,陰の部分で強まって行きました。(後略)」
c コの供述等(乙103・3及び4枚目)
「(前略)2003年当時,教団の組織運営に対するイのご家族の介入によって正大師・キが組織運営から遠ざけられたことから,組織運営の方針は,正悟師たちで話し合った後,ご家族に話し合いの結果をメールで送信し,1週間経っても返信がなければご家族から了解を得たと判断するというやり方で決定していました。(中略)この二つの文書は,2003年9月25日から10月2日にかけて,私がご家族とやりとりしたメールを印刷したものです。(後略)」
なお,供述等の本文の後ろに,資料1及び資料2として,次のような内容の文書(メールをプリントアウトしたもの。ただし,文書中の略称等は,コの供述等するところに従い,本判決の略称を用いて書き換えているほか,「>」については,文字数の関係で,忠実に再現し切れていないところがある。)
(a) 資料1とされるメール
(9月25日午前3時59分にコが送信したとされるもの)
「原告様
オ様
二女様
サ正悟師含む5人の正悟師会議で,今後シャクティーパットの代金を振り替えに当てるものも含めて,どのようなものを信徒にイニシエーションなりで与えて布施を募るかということが検討されました。
1●シャクティーパットの代わりとして
・ストゥーパ イのご法髪をちょっとでも(中略)
・超サットヴァ甘露水1年分(量は検討)
・小型PSI(中略)伝授
2●今後の年末年始セミナーの企画について
・GDV(サがロシアから買ってきた生体エネルギーを測定するもの,原告様ご存じ)測定による鑑定書(中略)
3●直近10,11月にある連休を利用したミニセミナーについて
(中略)
3番目についてだけは,もう期日が近いので,もし問題がありました今日中くらいに返信頂きたいのですが。(後略)」
(同日午前10時36分にオがコに対して返信したとされるもの)
「(前略)
>・GDV((中略)原告様ご存じ)測定による鑑定書(中略)
? わたしは知らないので,原告さまご判断を。(後略)」
(同日午後8時9分に原告がコに対して返信したとされるもの)
「(前略)
>・ストゥーパイのご法髪をちょっとでも(中略)
御宝髪はまだ残っているのですか?>
・超サットヴァ甘露水1年分(量は検討)
>・小型PSI(中略)伝授
出すんですか?イから伝授されたものではないのですか?
(中略)
>・GDV((中略)原告様ご存じ)測定による鑑定書(中略)
これはどれくらい信憑性があるのですか? やったこともデーターを見たこともないのでよく分かりません。
>3●直近10,11月にある連休を利用したミニセミナーについて
(中略)
オ達に任せます。」
(同月26日午後9時31分に原告がコに返信したとされるもの)
「(前略)
>>御宝髪はまだ残っているのですか?(中略)
>私のとっておきのを出します ^^;;
出し惜しみして下さいね。大事に大事に使いましょう。
(中略)
>>出すんですか? イから伝授されたものではないのですか?
(中略)
>あ,超小型です。(中略)
>超サットヴァはどうでしょうか?
そうなんですか。それなら問題ないですね。でも,それについては疑問なのですが,イの脳波を変えているんですよね??それで少し心配しています。でも今更ですね。これは。はい。超サットヴァは良く分からないのです。どこまでどうヴァイブレーションがはいるのか。マントラならマントラの全体が入りますが,脳波となるとどうなのでしょう。でもこれも公然とやられているので,今更ですね……。
(中略)
>>これはどれくらい信憑性があるのですか?やったこともデーターを見たこともないのでよく分かりません。(中略)
>サ曰くには,原告様も試されたとか・・・。ご記憶無いです>か?
試した記憶が無いです。これって最近のですよね。ただそういうのがあるというのを知っていたのでその話しをしたことがあります。それで勘違いされてしまったのかな。(中略)はどうなりそうですか。相当悩んでいるのですね(T^T)。」
(b) 資料2とされるメール
(平成15年10月2日午後10時36分にコがオに対して送信したとされるもの)
「(前略)
但し以下のような直訴が来ていますので,一応上げさせてください。(中略)
師に居てもらった方が,いいと思うのですが,㋐正大師に頼んで頂けないでしょうか?(中略)本当は,㋐正大師でも,コ正悟師でもこの症状を理解していれば,はじめから,このワークには付けないと思うのです。(中略)このメールを㋐正大師に送って頂いても構いませんので,(中略)師を,(中略)にいて頂けるように,許可をとって頂けないでしょうか。(後略)」
(イ) ツの供述等(乙46・28枚目)
「(前略)2004年ころ,(中略)当時の教団運営は,表向きは5人の正悟師が取り仕切っていましたが,裏では違っていました。オさんとアさんが取り仕切っていたようです。(後略)」
(ウ) 四女の供述等
a 四女の著書における記載(乙57・10及び11枚目)
「(前略)キさんは失脚したものの,今度は母と三女の諍いが絶えませんでした。表向きは教団を脱退したことになっている母でしたが,実際は積極的に教団運営に関わり,父の作った教団を潰したくないようでした。一方の三女は教団など潰れてもかまわないので,ついてこられる信者だけでやっていければいいという考えでした。(中略)三女は(中略)信者たちを100人ほど抱え,世間にばれないように活動していくつもりだったようです(中略)。名をとる母と実をとる三女の狭間で私と弟たちは,(中略)振り回されるばかりでした。(中略)私は知り合いの信者に母や姉たちに抱いた違和感やズレについて,愚痴をこぼしたことがありました。(中略)母の権力は三女の存在によって成り立っています。私が姉のことを悪く言っているということが母の耳に入れば,母は権力を守るためにどんな手段を使ってくるかわかりません。(後略)」
b 四女の裁判所における証言(乙59・5,6及び11枚目。「」より前の()部分は,代理人による質問であり,「」の部分が四女による証言である。)
(前略)(アさんが派閥のことを話しているのを聞いたことはありますか。)「あります。」
(それは何と言っていたのですか。)「キ派にいる信者は,キさんと特別仲が良いか,あるいは,自分に特別な恨みがある信者だから仕方がないけど,中間派にいる信者は,自分と仲の良かった人もいるから,中間派が一番許せないというようなことを言っていました。」
(アさんは,キさんに反対するグループのことを何と言っていたのですか。)「A派と言っていました。」
(中略)((前略)キさんがA派のAは㋐のAだ。命名した張本人が言うのだから間違いないですと電話で話したことが書いてあるのですけれども,これを聞いて,あなたはどのように思いましたか。)「私自身が経験したことと一致していたので,そうなんだろうなと思いました。」
(中略)(ウの死刑が確定しても,なお,アさんがミ弁護士に事件を依頼していることを知って,あなたはどのように思いましたか。)「父が死刑になったら,姉が本当のトップになることになるので,もしかしたら姉は,父の命よりも教団の権力の方が大事なんじゃないかという思いが一瞬,頭をよぎるほど信じられませんでした。」(後略)
(エ) 本団体の構成員の伝聞供述等(乙101・5枚目)
「(前略)キさんが長期修行に入り教団運営に関与しなくなってからは,名目上は週1回の「正悟師会議」が最高意思決定機関になったのですが,実際には「正悟師会議」での決定事項を㋐正大師及びオさんにお伺いをして,了解を得るという手続きが必要になったそうです。コさんが正悟師会議の議事録を作って,㋐正大師及びオさんにメールを送っていたと聞いています。そして,いつしか教団で何をするにも,ご家族の了解がなければできなくなり,ご家族の裏支配体制が自然にでき上がったということでした。つまり,いつの間にかご家族が教団運営の最高意思決定機関になっていということです。対外的にはご家族は教団運営に関与していないことになっているのが暗黙の了解でしたので,誰も表立って口外したことはないと思われますが,教団内の一般サマナの大半は何故かこの事実を知っているようでした。」
(オ) 本団体の構成員の供述等(乙118・3枚目)
「(前略)キを長期修行へ入れてしまった。この後,正悟師による運営が形式的に始まる。形式的というのは,実質的な権限は「ご家族」が握り,正悟師は常にその存在を意識しなければならなくなったからである。正悟師の担当に余り変更はなかったが,人事をはじめとする各部署に対する「ご家族」の意向が師を通じて反映され始めていた。(後略)」
キ 四女が本団体の運営に関わろうとした際にこれを排除したとされることについて
(ア) コの供述等-コの著書における記載(乙45・39及び40枚目)
「(前略)キらの一派と原理派である教団本体の分裂は,私が出所した2005年末の時点でほぼ決定的でした。(中略)しかしその原理派の一角を崩す動きが起こりました。甲家四女の家出です。(中略)家出した四女が教団に連絡をしてきたのです。四女は,「ご家族」と神聖視されていた甲家の内幕をひとつ,ふたつ明らかにすると,話を聞いた信者たちの中には(中略)目を覚ます者もいたほどです。ケ正悟師もそのひとりで,甲家の陰支配に疑問を呈するようになります。(後略)」
(イ) 四女の供述等
a 四女の著書における記載(乙57・11ないし15枚目)
「(前略)06年2月,家を出てほどなく,キさんと会う機会がありました。(中略)本題の口火を切ったのはキさんでした。(中略)キさんから「一緒に新しい宗教を立ち上げましょう」と提案された時,私は彼の理論とaでいう私の霊性を融合させれば,それなりの宗教ができるのではないか,と考えキさんを手伝うのも悪くないと思いました。しかし,(中略)私はキさんに協力するのをやめたのです。キさんと会ってからしばらくして,正悟師たちの会議がありました。(中略)教団には長老会議という意思決定機関があり,教団の運営方針を決める最高機関でした。(中略)三女が座長を務めていましたが,議決で揉めると行方をくらませてしまったりして,長老会議は全く機能していなかったのです。そこで四人の正悟師は,私が座長になれば母とキさんの争いも収まるのではないかと提案しました。(中略)彼らの切実そうな願いに流されて私は座長を務めることを承諾してしまいました。(中略)その話はすぐに母と姉たちの知るところとなり,計画を耳にした母と三女は黙っていませんでした。争いはさらに激化し,わずか2日ですべては白紙に戻りました。私はたった2日間だけ実質的に教団運営に関わったわけですが,それを新しい派閥争いにしたくありませんでした。母や三女は信者に私が統合失調症だとか魔境(aの概念でいわゆる霊障のようなもの)になったとか吹聴しましたが,私は何も言い返さず黙っていました。そのうちに私の意見に賛同していた信者も離れていったのです。(後略)」
b 四女の裁判所における証言(乙59・10枚目。「」より前の()部分は,代理人による質問であり,「」の部分が四女による証言である。)
(前略)((前略)あなたが2006年2月ごろに家出をしてケやコさんのところに行った(中略)の(中略)は事実なのですか。)「事実です。」(後略)
c 四女が作成した陳述書における記載(乙147・23枚目)
「(前略)2006年2月ごろ,私は,(中略)カラオケボックスで,(中略)姉アと会いました。そのとき私は,姉アに教団か弟たちの世話かどちらかをして,どちらかは私にしばらく任せるようにという提案をするつもりでした。しかし,姉アは「教団とは関わってないよ」と言うのです。私が,「だって,A派って,㋐のAが由来なんでしょう」と聞くと,姉アは「A派?ニさんのAじゃないの」とか言って,とぼけていました。(中略)私は,キさんから直接A派の名前の由来を聞いていたし,姉アが,信者に対して,命令的口調で,いろんな指示を出していたことや,教団の会議に出席していたのも知っていたので,姉アが言っていることは,明らかに嘘と分かりました。(中略)最後の別れ際に私は「私はキさんたちとやっていくから」と言いました。姉アは「姉の私よりキさんを信じるなんてこの子は……」と苦笑していた(中略)のです。(後略)」
(ウ) 本団体の構成員が作成したfのホームページ上の記事の記載(乙92・27枚目)
「(前略)2006年の3月頃には,甲家の四女が,家出をしたという情報が入ってきました。四女は,オさんや三女のやり方に反発をし,家出をしたようで,反代表派(反キ派)よりも,代表派(キ派)の方に理解があったようです。(後略)」
(エ) 本団体の構成員の供述等(乙108・3及び4枚目。ただし,文中に四女の名前が出てくるところは「四女」と置き換えている。)
「2006年,A派とM派の軋轢が深まり,両派の関係が修復不可能な状態になる中,イの四女は,「なんで宗教団体で戦っているの」とか,「教団が戦場になっちゃった」などと,当時の教団の状況に疑問を呈するなどして,教団に干渉するとともに,三女が次男をいじめていると家族の不和を訴えたといいます。それで,教団の行く末を案じていたケさんとコさんは,四女の霊性の高さや(中略)ステージの高さを実感して,「バラバラになっている教団をまとめることができるのはこの人しかいない」と確信するようになり,教団を立て直すために四女の教団入りを後押しするようになったそうです。それで,四女に師と面談してもらい,四女の教団入りに対する支持を呼びかけたところ,師の多くは一度は支持したそうです。これに対して,オさんは,「本当は四女が弟をいじめていたのに,それを㋐ちゃんのせいにしている」,「四女は子どもとしての義務を果たさなかった」などと述べて,三女と一緒になって,四女が教団に干渉するのを断たせるとともに,家族から放逐するようになったそうです。なお,「㋐ちゃん」とは三女(中略)のことです。このとき,オさん及び三女は,長男に,「四女は狂っている。長男及び次男は四女の考えとは違うよ」というようなことを言わせ,その音声を多くの師に聞かせたそうです。それで,四女を支持していた師のうち(中略)を除く師は翻意し,四女の教団入りは阻止されてしまったそうです。」
(オ) 本団体の構成員の供述等(乙114・3枚目)
「今年の2月初め頃から,A派の首謀者の一人であったケに大きな変化が現れました。これまで,キやM派に対して執拗に批判を繰り返していたケが,2月に入りぱったりと批判を止めてしまいました。変化の理由については,様々な要因があるようですが,ケより位階の高い人物からの助言によるところが大きいようです。(後略)」
(カ) ケが週刊誌の記者に対して述べたとされる内容を掲載した週刊誌の記事(乙187・4枚目)
「(前略)06年,事態は意外な方向へ転がる。イの四女が(中略)家から飛び出してきて,教団施設で暮らすようになったのである。「ある日,突然連絡があって,“三女が長男に暴力をふるっている”と彼女が言うのです。それで相談に乗っているうちに彼女と通じるものがあると気がついたんです。イの子供たちの中でも四女は(中略)それだけ霊性が高いと言ってもいい。キさんと㋐の泥沼の抗争を収めるためには,2人より霊性の高い四女に教団に入ってもらうしかない。私はそう思ったのです」(中略)一時は教団のほとんどの正悟師が四女の支持に回り,キ氏も四女の取り込みに動いたことがあったほどだった。ところが,四女の影響力が大きくなってきたことを一番警戒したのが,イの妻と三女だった。「イの奥さんが電話をかけてきて“彼女の言うこと信じるの!?”と詰め寄られたこともありました」(後略)」
ク 複数の正悟師を本団体の運営から排除したとされることについて
(ア) コについて
a コの供述等-コの著書における記載(乙45・33,34及び37枚目)
「(前略)2005年12月26日,執行猶予の判決で教団に戻った私を迎えたのは,ケ正悟師とス(中略)でした。スは(中略)教団幹部の中で,唯一正面切って甲家とコンタクトできる人物なのです。(中略)その彼に聞いてみました。(中略)「私がどうしたらいいか,聞いてほしいんだけど」「捕まっていたわけですから,しばらく修行していたらいいんじゃないですか?」(中略)「でもあなたが㋐正大師(イ三女)と会う機会があって,私のことについて聞く機会があるなら聞いてみてほしいんだけど」「わかりました。聞いてみます」(中略)一日ほど経ってスから伝言がありました。三女に確認したという私の処遇は,やはり「修行」という名の軟禁でした。(後略)」
b 本団体の構成員の供述等(乙109・2及び3枚目)
「(前略)コは,(中略)釈放された後,(中略)今後の教団運営等について意見交換を行ったが,事件が教団に及ぼす影響やA派・M派の対立関係に関する同人の身の処し方などに関して厳しく追及され,(中略)長期修行に入ることとなった。本件に関して,コは,(中略)「(前略)八潮で会談した際のケの強硬姿勢の背景には,お母さん(イの妻オ)を始めとするイの家族の意向を強く感じた。(後略)」と語っており,当面,実務面からも外された形となる見込みである。(後略)」
(イ) ケについて
a コの供述等-コの著書における記載(乙45・40及び41枚目)
「(前略)ケ正悟師も(中略),甲家の陰支配に疑問を呈するようになります。その結果として甲家からも疎まれ,徐々に教団内で窓際の立場に追いやられていきます。(中略)四女の話に目を覚ましたケ正悟師は,もはや甲家からはイエスマンとはみなされなくなりました。オはケ正悟師に次のような言葉を残して,連絡を絶つようになったようです。「あなたは私たちを大事にしなかった」(後略)」
b 本団体の構成員の供述等(乙114・3枚目)
「(前略)ケは,オから修行に入るように言われたようで,教団内の対立に嫌気がさしていたケは素直に修行に入り,代わりにサがA派の代表格になりました。」
c 本団体の構成員の供述等(乙115・3及び4枚目。ただし,文中に四女の名前が出てくるところは「四女」と置き換えている。)
「(前略)席上,四女(中略)の家出に端を発したケ問題((前略)ケが四女から母や三女から受けた非道の実態を聞き,それまでの(中略)キ魔境説を翻して路線転換の意思を表明した事案)への対応が話し合われ,ケには当面,各道場を回って説法を行ったりする所謂「道場回り」を禁止する処分が下された模様です。(中略)経理部門などは,ケ問題が起きる前からご家族が実務担当者に直接指示を出していたようですから,ケの去就は全く影響しないと思います。(中略)一方,水面下では,ご家族((前略)オ及び三女・正大師ア)からの意向が強く働いた模様で,ケに代わる看板正悟師としてサを据えることが伝えられたようです。(中略)既にA派の中では,四女の問題に関するサ名義の文書が回されているようです。(中略)この文書は,一読しただけでサの書いたものではないと分かるものでした。(中略)ご家族の指示を受けたスらが裏で動いている構図に変わりはないようです。」
d ケが週刊誌の記者に対して述べたとされる内容を掲載した週刊誌の記事(乙187・4枚目)
「(前略)四女の影響力が大きくなってきたことを一番警戒したのが,イの妻と三女だった。(中略)その結果,イ一族が選んだのは四女を支持するケ氏を放逐することだった。権限を剥奪されたケ氏は,説法会の仕事も回ってこなくなり,(中略)本部から遠ざけられる。(後略)」
(ウ) ヒについて
a 本団体の構成員の供述等(乙116・2及び3枚目)
「(前略)ヒは,2004年の夏ころ,テレビ朝日からのインタビュー依頼を受け,これをオさんや三女にメールで相談したところ,反対されてしまったそうだ。(中略)結局,そのインタビューに関しては,ニ君がオさんや三女にその必要性を説き,出演の許可を貰うことになったが,ヒは,そのころからオさんや三女離れが進み,オさんと教義に関してぶつかったことが原因でその会合から手を引くようになり,更に2005年に職安法で逮捕される前後から教団運営からも手を引いてしまった。(後略)」
b 本団体の構成員の供述等(乙118・3枚目)
「(前略)キを長期修行へ入れてしまった。この後,正悟師による運営が形式的に始まる。形式的というのは,実質的な権限は「ご家族」が握り,正悟師は常にその存在を意識しなければならなくなったからである。(中略)例えば,平成16年にヒが担当していたメディアの上長にはソが「ご家族」によって起用され,何かにつけて「ご家族」の代弁的発言を繰り返すようになり,結局,彼はこの担当を降りてしまった。(中略)平成14年から同17年ころまで,ヒは,前述のメディアのほか,社会融和,慈愛,パールヴァティーの担当を兼務していたが,先ず社会融和の担当を外れ,次にメディアを外れ,慈愛及びパールヴァティーのみを担当することとなった。その状況で平成17年に彼は職安法事件で逮捕されてしまった。そして,釈放された翌18年には,責任者として不適格とされ,(中略)結局,無担当となり,やがて教団運営自体から離れてしまったのである。(後略)」
c ヒの供述等(乙119・3枚目)
「私は,平成19年7月に教団(「宗教団体e」)を脱会しましたが,脱会の大きな理由は,オさん(中略)と教義のことなどで対立し,オさんから疎んじられたことで,教団の役職を外され,居場所がなくなっていったことです。(後略)」
d 本団体の構成員の供述等(乙120・4枚目。文中の「ヒ」は,ヒのことである。)
「(前略)ヒさんは,南伝仏教の翻訳をしていた時,教義の表記の問題でオさんと意見が割れて,お互いに一歩も譲らなかったといいます。その時,ヒさんは,オさんと一緒にやっていくのは無理だと判断したそうです。この衝突が原因で,ヒさんはオさんに決定的に嫌われてしまい,後に脱会せざるを得なかったと,ヒさんから聞きました。(後略)」
ケ 前記クの後の関与について
(ア) 各種文書の記載
a 本件文書の記載(乙94・4及び5枚目)
前提事実(3)カのとおりである。
b 本件文書と同時に警察が押収した文書の記載(乙94・5及び6枚目。なお,この項において出てくる「A正大師」は,原告のことであり,「A」は,弁論の全趣旨によれば,ムであると認められる。)
この文書には,概ね,①「A」とされる出所した元出家信者が,本団体に戻る希望を有していること,②原告が20回近くAに対して差入れをしたこと,③Aが,出所したら,ウに対して差入れをするとともに原告に挨拶することを考えていること,④Aがスに対し,「先日の伝言は伝えてくれましたか?」と聞いてきたので,スがAに対し,「メールでお送りしています。しかし,ご返事を頂けるかどうかは私の方では分かりません。因みに,これまで誰方に限らず『A正大師に質問等をしているのですが,ご返事を頂けません』と嘆かれている話は良く耳にしています。」と答えたこと,⑤Aがウの処刑を阻止するという希望を実現するための活動に関し原告等の承諾を得ようと考えているようであること,⑥スは,Aからは,書面を原告に渡しておいて意見を聞き,特に返事がなければ承認されたという考えではどうかと聞かれているが,そのような方法を執るべきではないと考えていること,⑦スは,上記⑥のように考える理由として,「何故なら内容によってはいくらA正大師であられても俄に判断できないことも多くあると思う。それを特に返事がなかったから了解されたと考えるのは無謀というもので,それをもってA正大師の承認を得たとすることは単なる責任転嫁にならないだろうか?そのようなやり方はA正大師にも大変なご負担をお掛けすることになる」としていること,⑧スも,原告に「ご意見を伺うことはありますが,仮に許可つまり重要なものは事前の説明は必要ですが,責任を転嫁するのではなく内容チェックのためのもので,許可の有無にかかわらず責任は全て自分のものとして対処すべき」と認識していること及び⑨スがAに対して上記⑥から⑧までの趣旨を説明したところ,Aがじっと考えていたようであったことが記載されている。
c 公安調査官が平成26年にした立入検査の際に入手した文書(乙159)
公安調査官は,平成26年6月16日,本団体の施設に対する立入検査をしたところ,別紙6のとおりの文書があることを確認した。同文書には,原告と二女が中央の円内にあり,その左に長男と「三女派」との記載があり,「三女派」との記載の下には,スが原告の側近である旨の記載がある。また,中央の円の右側には,オ及び次男を原告及び二女が排斥したという趣旨の矢印と「排斥」との文字が記載されているほか,中央の円の真下には,チ及びタを始めとした数名の者の氏が「三女と継続的に直接やり取りをしている人」という趣旨で記載されている。
d 警察が押収したメが平成24年9月10日付けで作成した実父宛ての手紙の記載(乙160・5枚目)
「(前略)を外部交通者の友人から親族へと関係を変更して,その空いた枠に,第一希望として(中略)氏,第二希望として(中略)を新たに申請予定。厳しくなっているようですので,「承諾書」((前略)氏が私との交流に必要で(中略)規律を乱さず心情の安定に努める(中略)等の誓約)を添付してです。アさんに手配して貰って,届き次第提出します。(後略)」
なお,上記の「第一希望」とされた者は,eが,平成12年3月2日から平成18年2月15日までの間,本団体の構成員として,公安調査庁長官に報告していた者である。
e 警察が押収したメが平成25年9月頃に作成した手紙の記載(乙160・6枚目。ただし,文中に次男の名前が出てくるところは「次男」と置き換えている。)
「(前略)次男さんに「ヴァジラ・ダラへの道」のグルのエピソードと私の体験談と投稿を抜粋して,少しずつ送ってください。(中略)アさんの批判をグルや神々からの叱咤として受け止めて,アさんに感謝して・・・アさんが神々,グルの代わりに厳しくしてくださったのでしょうね。(後略)」
(イ) 関係者の供述等
a 八潮説明会におけるニの発言(乙17の1・16枚目。乙128・19枚目も同じ。)
「(前略)正悟師が,「年末に連絡を取ってた時はそんなこと何も言わなかったぞ」と。ま,年末に連絡来たのは,三女の方々と,年末に,まあの,信徒の方が年末にこう亡くなられるということがあったみたいで,そのまあ,転生祭,その関係で,メールによる連絡をまあ取られたということがあった(後略)」
b 四女が作成した陳述書における記載(乙147・24枚目。ただし,文中に四女の名前が出てくるところは「四女」と置き換えている。)
「(前略)2007年の6月頃,私が拘置所でばったり会った信者何人かに脱会を勧めたところ,姉アの言葉として,各信者に通達が出されていることなどのいくつかのことを教えてくれました。通達の内容は「四女が家族と離れて信者に脱会を勧めている。このことについて㋐正大師にお伺いしたところ,従うべきなのは家族の主流であって,たとえ私(㋐正大師)が離れることがあったとしてもついてきてはいけないとのことでした」というもので(中略)した。(後略)」
c 平成26年9月17日の本団体の構成員の警察官に対する供述等(乙160・2枚目)
「dの内部で起きている騒動については,dの現在の最上位幹部であるサが,中堅幹部である女性信者2名を除名にしたというものである。(中略)サが,勝手に他の信者を除名にできるものではなく,そこには(中略)オ(中略)の指示があった。(中略)二男(中略)を次期教祖にしたいウの妻やサと,それに待ったをかけたウの三女で意見が対立し,三女寄りの意見であった中堅幹部の女性に対して,ウの妻が除名の指示をした(後略)」
d 平成25年12月4日の本団体の構成員の警察官に対する供述等(乙160・3及び4枚目。なお,文中に出てくる「モ」は,本団体の構成員が起こした各種の犯罪に関与し,死刑に処する旨の確定判決を受け,その執行を受けたモのことである。)
「東京拘置所に行くと,(中略)三女(中略)によく会います。特に三女の人とは向こうから話しかけてくれることがあり,悩み事等,よく話したりします。(中略)メさんやモ(中略)さんが,三女の人に私と仲良くするように言ってくれたらしいです。イさんの家族に会うために,サマナ(中略)がわざわざ東京拘置所に来て,出待ちみたいなことをしたり,イさんの家族に会うだけで,泣き出したりするサマナもいます。(中略)三女は東京拘置所に月1,2回来ていて,私は偶然会う程度。・・・三女はすごいですよ。絶対的な存在なんです。教団のみんなが言うことを聞く。わざわざ会いに来るサマナもいる。直接,教団の事に口出ししているかどうかは分からないけど,影響力は絶対にある。」
(ウ) 警察官がした所持品検査の結果(乙160・4枚目)
埼玉県警所属の警察官は,平成26年10月6日,本団体の構成員を器物損壊被疑事件の被疑者として逮捕した際に実施した所持品検査において,同構成員が,ラミネート加工された原告の写真2枚を所持していたことを把握した。
コ 次男が本団体の運営に関わろうとした際にこれを排除したとされることについて
(ア) 本件各手紙
a 本件手紙1(別紙3)
別紙3記載のとおりである。
b 本件手紙2(別紙4)
別紙4記載のとおりである。
(イ) 八潮説明会におけるニの発言とされるもの(乙17の1・14及び16ないし19枚目。乙17の2・7ないし10枚目及び乙128・19及び20枚目も同じ。)
「(前略)1月4日から6日,ちょうど道場のセミナーが行われている最中,まあ6日が最終日ですけど,その間に,(中略)三女の方が,㋠師の手引で,案内で,えーこのセミナーに関わった多数の道場の師とこう面会する,ということがこの間にありました。(中略)1人,もしくは2人,そういう順次,呼び出されたという形で,(中略)そういう密会が設定されて,(中略)面談を重ねていったということがありました。(中略)次男の方が,えー今後,???教団に戻ろうとしても,えー受け入れないで欲しい。というお願いを,道場の師の方,まあ要するに合同会議のメンバーで,今の教団の運営に直接関わっている人たちですね,に対して要請をしたと,いうことだったんですね。(中略)教団の(中略)活動の動きに関連して,教団は最近(中略)叩かれていると,そういう状況の中で,教団がこう信徒が増えてるというまあ話があるみたいだけど,そういうことは今はしないようがいいと。教団拡大は良くないんだという話も,(中略)そういう問題にされてる教団に,次男が戻ることはよくないと,そういう話(中略)が,(中略)かなり大半の道場の師の方に対して,この三女の方が話し????いうことがありました。(中略)こういう話を,三女の方と面会した,男性の師3人が,えー,正悟師に報告したわけですね。(中略)師の方が,えー三女の方????として,「あなたたちは,弟が,次男が教祖として立ったとして,その方をグルとして仰げるんですか。あなた方のグルはいったい誰なんですか」ということを,まあ三女にまあ言われたんだと。(中略)更に,「弟は精神的におかしくなってると。言われてる人が教祖として立ったとして,その方から,あなた方はイニシエーション受けられますか」と,まあそういう問いかけもされたという話をまあ,正悟師に(中略)翌1月10日(中略)の合同会議(中略)の終わる間際に,㋠師が,前に登場してきて,三女の方からちょっと皆さんにお伝えしたいメッセージがありますということで,ま,予定になかったそういうメッセージの読み上げ(中略)が急きょ行われた。行われることになったわけですね。その内容というのが,(中略)この事件の発端は,母親が次男を教団に戻そうとしたことにありますと。で えー次男もすっかりもう戻る気になってしまっている。(中略)その動きをマスコミがいち早く嗅ぎつけて,母親と次男のことについて聞いてきたと。(中略)正悟師に話が行くような事態になる前に。えー,この話を終わらせたかった(中略)と。(中略)四女の二の舞いは避けたいので,(中略)教団側で軽挙妄動などないようにお願いしますと。(中略)そういう趣旨のメッセージ,ま,これが読み上げられたんですね。(中略)この合同会議の後にですね,やはり㋠師の手引で,三女の方がこの一部の師の方と,やはりこう面会をしたと。(中略)1月15日ですね,正悟師から,えー合同会議に参加した師上流士宛に,メールが送られました。(中略)その内容というのは,(中略)三女の方の行為は,外から見れば,教団運営にこう直接的に干渉している風に見られても仕方がない行為であると。まあそんなことをさせたことは,要するに,ご家族を無用なこう社会的な危険にさらすことになってしまったのではないかと。(中略)1月22日,翌週ですけども,次女の方,三女の方,長男の方,三人の方のこの連名のこの一斉の文書,簡易書留ですけども,これが,(中略)合同会議の師おそらく全員と,あと正悟師ですね,宛に送られた。(中略)2月14日,今度はまた次女の方三女の方長男の方連名の一斉文書,簡易書留の2通目(中略)の文書が,2月13日付けで届きました。(後略)」
(ウ) サが寄稿したとされる文章の記載(乙125・7枚目)
「(前略)今年1月,2月の計2回,全師,上流士宛に,三女から届いた手紙の内容は,(中略)たとえ(中略)猊下を当局に売ってでも,自分が前面には決して立たず,裏で権力を握り,影響力を維持したいという(中略)ものでした。その手紙の中には,「私たちは,教団に対して支配力を及ぼしていませんし,今後及ぼすつもりもありません。」と書かれていますが,これは,過去においては嘘としか言いようがないですし,現時点においては,それに反して今現在も,三女は,一部の教団関係者と関わりを保持し(中略)ています。(後略)」
(エ) 公安調査官の調査の結果(乙158)
公安調査官は,平成26年2月17日,原告が,京都市内の飲食店において,チ及びタと面談していたことを把握し,その様子を報告書にまとめている。
サ 原告が管理しているとされる信徒からの献金をオ及び次男に渡さなくなったとされることについて-八潮説明会におけるニの発言(乙17の1・87枚目。乙128・24枚目も同じ。ただし,人名は,本判決における略称に合わせて変えている。)
「(前略)その,お二人が,教団に戻ろうとしている(中略)そういう動きがある事を前提に,その,お姉さんたちのこの,側近の人たちっていうんですかね,ま,警備の人たちですね(中略)その人たちから,非常にこう,プレッシャーを受けていると,あの,オと次男が。まあ,具体的には一つは,あのー,その,ま,原告の警備をしている,ある男性の,まあサマナって言っていいのか,人が個人事業をやっているんですね,やってるらしいんですね。その事業の元でオも,こう,まあ,生活及びその,長男及び次男,大学生でいらっしゃいますから,まあ,その,学費とか全部,まあ,仕事をされてるみたいなんですけども,それも,なんか,打ち切られたみたいなんですよ。その理由ってのが,えーと,その二人が教団に戻ろうとしてると,そういう連絡が,いきなり,この,その事業をしている警備の人から,オの側にあったらしいですね。で,いったいそれ何のことなんですかと,何を根拠にそんなこと言っているんですかってう,そんな事実ありませんていう返事をすると,いや,姉たち,お姉さんたちから聞いていますよって。いうことを言って,言ってきたらしいんですね。(中略)だから,こう,その,生計を立てる収入源とかですね,まあ,それが一つ。まあ,それでかなり,生活的にちょっと,こう,困窮し始めているっていう話しが一つ。(後略)」
シ その他の事情について
(ア) 本団体が発行した機関誌(平成10年9月20日付け)のうち「㋐正大師からサマナの皆さんへ」と題する記事の記載(乙180・5,7及び8枚目)
「(前略)㋐です。(中略)大きな道場が失われ,一カ所に集うこともなく,離ればなれの生活になってから,どれくらいの時が流れたでしょう。(中略)修行がしにくい中,法則で身・口・意を統御できていますか?わたしはサマナの皆さんを見ていると悲しくなり,思うのです。どうかもっとグルを見てほしいと。グルに集中してほしいと。自己の苦悩に没入せず,グルの救済活動に意識を向けてほしいと。(中略)イはおっしゃっています。(中略)その意味をもう一度考えてください。わたしたちがグルを求めなければならないのです。(中略)皆さん,グルを見ましょう!グルに集中しましょう!(中略)最後にもう一度。皆さん決して忘れないでください。出家できたというこの大きな功徳を,偉大なグルに巡り合えたこの大きな喜びを。(中略)いつかグルと合一しようではありませんか。」
(イ) 本団体が発行した機関誌(平成11年5月20日付け)のうち「名古屋で「説法と歌と合奏の祭典」」と題する記事の記載(乙150・12及び13枚目。乙181・5及び6枚目も同じ。)
「(前略)㋐正大師が登場され,a三唱-いよいよ祭典の始まりです。冒頭からいきなり,信徒さんに対して思い掛けないプレゼントがありました。正大師から,(中略)信徒の皆さん一人一人に,コース名を刻んだ新製のバッジが授与されたのです。正大師直々の授与ということで,バッジを手にして座席に戻る信徒さんの中には,うれしさのあまり,思わず笑みがこぼれる方もたくさんいらっしゃいました。今回の祭典のメインプログラムは,(中略)㋐正大師と,四人の正悟師方による歌のエンパワーメントでしょう。(中略)正大師・正悟師方の発される力強くて透明なヴァイブレーションが,会場の隅々にまで行き渡り,その場にいたすべての人がエンパワーメントされたのです。(中略)プログラム最後は,正大師・正悟師方含めて会場全員総立ちでの大合唱-。正大師を中心に,みんなの心が救済に向けて一つになった,素晴らしい祭典の締めくくりとなりました。(後略)」
(3)  検討
以下,被告が指摘する事情の順に検討を加える。なお,供述証拠の信用性等については,前記6(3)と同様である。
ア 観念崩壊セミナーについて
被告は,原告が観念崩壊セミナーを主導的に開催した旨主張し,それを裏付ける証拠として,被告の主張に沿う複数の供述等を挙げる。本件においては,前記(2)アのとおり,本団体の構成員又は元構成員による複数の供述等があるところ,前記(2)アにおいて摘示したこれらの証拠に記載された内容に加え,原告自身,原告が観念崩壊セミナーの開催及びその内容の決定に関与したこと自体は認めていることにも照らすと,公安調査庁長官が,原告が観念崩壊セミナーを主導的に開催した旨の事実を認定したとしても,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該事実を認定したとまでは認め難い。
原告は,トらが,ウがいなくなった後に全ての責任をかぶってくれる存在としての原告を都合の良いところだけ利用し,その責任を全て原告に負わせているにすぎない,仮に,原告が分からないことは分からないというべきであったとしても,当時の原告は自分の名前も書けない程度の能力しか有しておらず,何が分からないか理解することを求めること自体が酷であるなどと主張し,原告の供述等にこれに沿う部分があるが,本件の証拠関係の下においては,トらが原告が主張するような行動を取っていたとまでは認めるに足りず,また,観念崩壊セミナーの開催やその内容の決定に影響を及ぼすことと原告の能力がいかほどのものであるかということとは,直接的に関連しない(このことは,上記のとおり,原告自身が観念崩壊セミナーの開催及びその内容の決定に関与したことを認めていることからも明らかである。)から,原告が上記に指摘する事情によっては直ちに,公安調査庁長官が,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と原告が観念崩壊セミナーを主導的に開催した旨の事実を認定したことがうかがわれるということにはならないのであって,上記の認定及び判断を覆すには足りない。
イ ウが乗り移ったと称する構成員を排除したことについて
(ア) 被告は,原告が,ウが乗り移ったと称する構成員が出現した際,本団体の引き締めを図るため,同構成員を本団体から排除するとともに,これに同調したその他の構成員に対して指導を行った旨主張し,それを裏付ける証拠として,被告の主張に沿う複数の供述等のほか,原告の当時の住居にウが乗り移ったと称する構成員に同調した構成員が入っていった事実を挙げる。本件においては,前記(2)イ(ア)のとおり,本団体の構成員による複数の供述等に加え,前記(2)イ(イ)のとおり,これを裏付ける事実が記載された証拠もあるところ,前記(2)イにおいて摘示したこれらの証拠に記載された内容を前提とすると,公安調査庁長官が,原告が,ウが乗り移ったと称する構成員を排除することに関与し,当該構成員に同調した者が原告の指導を受けた可能性があるとの限度において,ウが乗り移ったと称する構成員を排除した旨の事実を認定したとしても,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該事実を認定したとまでは認め難い。
(イ) 被告は,前記(ア)のとおり,原告が,ウが乗り移ったと称する構成員が出現した際に同構成員を本団体から排除し,他の構成員に対して指導をしたとの事実が存する旨主張する。
しかし,公安調査庁長官は,本件認定において,被告が上記に主張するような詳細な事実関係を認定していないから,被告が上記に主張するところは,公安調査庁長官が本件認定をする前提として認識したとされる本件認定の間接事実となるべき事実関係を指摘するものにすぎないのであって,公安調査庁長官が,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と本件認定をしたか否かという認定及び判断とは,直接的な関連を有しておらず,その意味において,その主張の適否が前記(ア)の認定及び判断に直ちに影響を及ぼすものとはいえない。
この点をひとまずおき,被告の上記の主張の適否を検討するに,前記(ア)に判示したところに加え,前記6(3)のとおり,被告が提出した証拠の信用性について一定の限界があり,そのことは,その性質上,公安調査庁長官においても当然に認識し得る事情であるということができることも踏まえると,本件の証拠関係の下においては,公安調査庁長官は,前記(2)イに摘示した証拠の記載からは,前記(ア)において認定した限度を超えて,原告が主体的に関わったとまで認定することは困難であることも,当然に認識し得たものというべきである。
したがって,被告の主張は,上記の限度で,採用することができない。
ウ お供物を変更したことについて
(ア) 被告は,原告が,遅くとも平成11年頃までには,粉末食品を固めた錠剤をお供物に加えるよう指示した旨主張し,それを裏付ける証拠として,被告の主張に沿う本団体の構成員の供述等を挙げる。本件においては,前記(2)ウのとおり,本団体の構成員による供述等のほか,実際に当該錠剤がお供物に加えられていることを示す文書の記載もあるところ,前記(2)ウにおいて摘示したこれらの証拠に記載された内容に照らすと,公安調査庁長官が,原告がお供物を変更するよう指示した旨の事実を認定したとしても,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該事実を認定したとまでは認め難い。
(イ) 原告は,粉末職員を固めた錠剤がお供物に加えられた事実があるとしても,それを指示したのは,お供物に関する業務を担当していた長女であり,原告ではない旨主張し,これに沿う原告の供述等もある。
前記(2)ウのとおり,本件において被告が提出した証拠の記載を前提としても,一方の証拠においては,「平成14年頃だったので,この頃に指示を受けていたと思います」との記載がある(前記(2)ウ(イ))が,他方の証拠の作成日が平成11年7月21日であること(同(ア))からすると,証拠の相互間に整合しない点がある上,原告が平成11年当時に16歳であったことも踏まえると,前記(2)ウの本件において被告が提出した証拠の記載自体から,原告が遅くとも平成11年頃までに指示したものではない可能性があることはうかがわれる。
もっとも,①本団体において上命下服が浸透していたとされること,②原告が本団体において実質的にウに次ぐ地位にあったとされること,③本団体の構成員が原告の発言を命令として受け取っていたとされること等の原告の本団体における地位,本団体における影響力等に関する事実関係については,前記6(4)のとおり,公安調査庁長官がそれらの事実を認定したとしても,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然とそれらの事実を認定したとまでは認め難いと評価することができることに加え,原告が上記に主張する事実は,それを裏付ける的確な客観的な証拠はなく,また,当該事実が,公安調査庁長官が本件認定をした当時に既に公知のものであったとか,公安調査庁長官が当該事実を知っていたとかいうことをうかがわせる事情を認めるに足りる証拠も見当たらないことにも照らすと,原告が上記に主張するところを踏まえたとしても,公安調査庁長官が,前記(2)ウのとおりの本件において被告が提出した証拠の記載等をもって,原告がお供物を変更するよう指示した旨の認定をしたとしても,そのことをもって直ちに,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と原告がお供物を変更するよう指示した旨の事実を認定したことがうかがわれるということにはならないから,前記(ア)の認定及び判断を覆すには足りない。
エ 師の位階にある旨の認定に関与したことについて
被告は,原告が,平成14年頃,マ及びホが師の位階にある旨の認定に関与した旨主張し,それを裏付ける証拠として,被告の主張に沿う複数の供述等を挙げる。本件においては,前記(2)エのとおり,本団体の構成員又は元構成員による複数の供述等があるところ,前記(2)エにおいて摘示したこれらの証拠に記載された内容に照らすと,公安調査庁長官が,マ及びホが師の位階にある旨の認定に原告が関与した旨の事実を認定したとしても,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該事実を認定したとまでは認め難い。
原告は,マ及びホが師の位階にある旨の認定に原告が関与した事実はなく,これをしたのはキである旨主張し,これに沿う原告の供述等もあるが,原告が主張するところは,それを裏付ける的確な客観的な証拠はなく,上記に指摘した証拠等の信用性を直ちに消滅させるものとも認められないから,原告の主張するところをもって直ちに,公安調査庁長官が,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然とマ及びホが師の位階にある旨の認定に原告が関与した旨の事実を認定したことがうかがわれるということにはならないのであって,上記の認定及び判断を覆すには足りない。
オ キ外しについて
(ア) 被告は,原告が,平成15年6月頃,キを本団体の運営から排除するため,本団体の幹部構成員の説得に当たったり,自己が本団体においてウに次ぐ地位にあることを利用してキに本団体の運営から退くように強く迫ったりした旨主張し,それを裏付ける証拠として,被告の主張に沿う複数の供述等を挙げる。本件においては,前記(2)オのとおり,四女,本団体の構成員又は本団体の元構成員による複数の供述等があるところ,前記(2)オにおいて摘示したこれらの証拠に記載された内容に加え,前記ウ(イ)と同様,公安調査庁長官が原告の本団体における地位,本団体における影響力等に関する事実(①本団体において上命下服が浸透していたとされること,②原告が本団体において実質的にウに次ぐ地位にあったとされること,③本団体の構成員が原告の発言を命令として受け取っていたとされること等)を認定したとしても,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然とそれらの事実を認定したとまでは認め難いと評価することができることにも照らすと,公安調査庁長官が,原告が,平成15年6月頃,キを本団体の運営から排除するため,本団体の幹部構成員の説得に当たったり,自己が本団体においてウに次ぐ地位にあることを利用してキに本団体の運営から退くように強く迫ったりした旨の事実を認定したとしても,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該事実を認定したとまでは認め難い。
(イ) 原告は,本団体の幹部構成員の説得に当たったりするなどしてキ外しをした事実はなく,本団体の運営に関わったこともない,仮に,被告の主張を前提としたとしても,キ外しを主導したのはオであって,原告ではないことが明らかである旨主張し,これに沿う原告の供述等もある。
本件においては,被告が提出した証拠においても,キ外しにオが積極的に関与したことがうかがわれる記載が散見されるものの(乙45・14,17,18及び20枚目,乙46・16及び17枚目,乙57・9枚目,乙59・4枚目,乙100・4枚目,乙101・3及び4枚目,乙118・2枚目,乙147・15,17枚目,乙187・3及び4枚目),上記の各証拠には,前記(2)オのとおり,原告がキ外しに積極的に関与した旨の記載(他方で,上記の各証拠には,原告が従属的な関与にとどまっていた旨の記載は見当たらない。)もあり,かつ,オが積極的にキ外しに関与した事実と原告がキ外しに積極的に関与した事実とが相互に矛盾するものではなく,併存し得る事実関係であることにも照らすと,仮に,キ外しを主導したのがオであることを前提としたとしても,そのことをもって直ちに,公安調査庁長官が,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と原告が平成15年6月頃にキを本団体の運営から排除するために本団体の幹部構成員の説得に当たったり自己が本団体においてウに次ぐ地位にあることを利用してキに本団体の運営から退くように強く迫ったりした旨の事実を認定したことがうかがわれるということにはならないから,前記(ア)の認定及び判断を覆すには足りない。
また,原告が主張するその余の事情は,それを裏付ける的確な客観的な証拠はなく,前記(ア)に指摘した証拠等の信用性を直ちに消滅させるものとも認められないから,原告の主張するところをもって直ちに,公安調査庁長官が,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と上記の事実を認定したことがうかがわれるということにはならないのであって,やはり,前記(ア)の認定及び判断を覆すには足りない。
カ キ外しの後の関与について
(ア) 被告は,原告が,キが本団体の運営から外れた後,本団体の具体的な運営に関与して様々な指示を出したり,キに近い構成員を牽制したりしていた旨主張し,それを裏付ける証拠として,被告の主張に沿う複数の供述等を挙げる。本件においては,前記(2)カのとおり,四女,本団体の構成員又は本団体の元構成員による複数の供述等があるほか,コの供述等については,それに沿う内容が記載されているメールも添付されているところ,前記(2)カにおいて摘示したこれらの証拠に記載された内容に加え,前記オ(ア)と同様,公安調査庁長官が原告の本団体における地位,本団体における影響力等に関する事実を認定したとしても,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然とそれらの事実を認定したとまでは認め難いと評価することができることにも照らすと,公安調査庁長官が,原告が,キが本団体の運営から外れた後,本団体の具体的な運営に関与して様々な指示を出したり,キに近い構成員を牽制したりしていた旨の事実を認定したとしても,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該事実を認定したとまでは認め難い。
(イ) 原告は,被告が主張するような事実は全く存在しない,本団体の運営に関与しているという意識もなかった旨主張し,原告の供述等にこれに沿う部分があるが,原告が主張するところは,それを裏付ける的確な客観的な証拠はなく,上記に指摘した証拠等の信用性を直ちに消滅させるものとも認められないから,原告の主張するところをもって直ちに,公安調査庁長官が,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と原告がキが本団体の運営から外れた後に本団体の具体的な運営に関与して様々な指示を出したりキに近い構成員を牽制したりしていた旨の事実を認定したことがうかがわれるということにはならないのであって,前記(ア)の認定及び判断を覆すには足りない。
また,原告は,本団体の運営に関与し,細かい指示を出していたのはオであり,オが原告の名前だけを利用して好きなことをしていた旨も主張し,これに沿う証拠もあるが,前記オ(イ)及び上記に判示したところと同様の理由により,原告の主張するところをもって直ちに,公安調査庁長官が,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と上記の事実を認定したことがうかがわれるということにはならないから,やはり,前記(ア)の認定及び判断を覆すには足りない。
キ 四女が本団体の運営に関わろうとした際にこれを排除したとされることについて
(ア) 被告は,原告が,オとともに,長男及び次男の権威を利用し,本団体の幹部構成員を説得するなどして,四女が本団体の運営に関与することを阻止し,本団体における地位及び影響力を維持しようとした旨主張し,それを裏付ける証拠として,被告の主張に沿う複数の供述等を挙げる。本件においては,前記(2)キのとおり,四女,本団体の構成員又は本団体の元構成員による複数の供述等があるところ,前記(2)キにおいて摘示したこれらの証拠に記載された内容に加え,四女が本団体の運営に関与することに反対したこと自体は原告も認めていること及び前記オ(ア)と同様,公安調査庁長官が原告の本団体における地位,本団体における影響力等に関する事実を認定したとしても,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然とそれらの事実を認定したとまでは認め難いと評価することができることにも照らすと,公安調査庁長官が,原告が,オとともに,本団体の幹部構成員を説得するなどして,四女が本団体の運営に関与することを阻止し,本団体における地位及び影響力を維持しようとしたとの限度において,四女が本団体の運営に関わろうとした際に原告がこれを排除したとされる旨の事実を認定したとしても,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該事実を認定したとまでは認め難い。
(イ) 被告は,前記(ア)のとおり,原告が,長男及び次男の権威を利用した旨主張するが,前記イ(イ)と同様の理由により,その主張の適否が前記(ア)の認定及び判断に直ちに影響を及ぼすものとはいえない。
この点をひとまずおき,被告の上記の主張の適否を検討するに,前記(ア)に判示したところに加え,前記6(3)のとおり,被告が提出した証拠の信用性について一定の限界があり,そのことは,その性質上,公安調査庁長官においても当然に認識し得る事情であるということができることも踏まえると,本件の証拠関係の下においては,公安調査庁長官は,前記(2)キに摘示した証拠の記載からは,前記(ア)において認定した限度を超えて,原告が長男及び次男の権威を利用したとまで認定することは困難であることも,当然に認識し得たものというべきである。
したがって,被告の主張は,上記の限度で,採用することができない。
(ウ) 原告は,四女が本団体の運営に関与することに反対したこと自体は認めつつも,それは,家族として本団体に関わろうとすることに反対したに過ぎず,本団体における地位及び影響力を維持しようとしたことはない,オと一緒になって本団体の幹部構成員を説得した事実はない旨主張し,原告の供述等にこれに沿う部分があるが,原告が主張するところは,それを裏付ける的確な客観的な証拠はなく,前記(ア)に指摘した証拠等の信用性を直ちに消滅させるものとも認められないから,原告の主張するところをもって直ちに,公安調査庁長官が,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と原告がオとともに本団体の幹部構成員を説得するなどして四女が本団体の運営に関与することを阻止し本団体における地位及び影響力を維持しようとした旨の事実を認定したことがうかがわれるということにはならないのであって,前記(ア)の認定及び判断を覆すには足りない。
ク 複数の正悟師を本団体の運営から排除したとされることについて
(ア) 被告は,原告が,オとともに,複数の正悟師を本団体の運営から排除した旨主張し,それを裏付ける証拠として,被告の主張に沿う複数の供述等を挙げる。本件においては,前記(2)クのとおり,本団体の構成員又は元構成員による複数の供述等があるところ,前記(2)クにおいて摘示したこれらの証拠に記載された内容に加え,前記オ(ア)と同様,公安調査庁長官が原告の本団体における地位,本団体における影響力等に関する事実を認定したとしても,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然とそれらの事実を認定したとまでは認め難いと評価することができることにも照らすと,公安調査庁長官が,複数の正悟師を本団体の運営から排除したことに原告も関与したとの限度において,原告が複数の正悟師を本団体の運営から排除した旨の事実を認定したとしても,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該事実を認定したとまでは認め難い。
(イ) 被告は,原告が,オとともに,複数の正悟師を本団体の運営から排除した旨主張するが,前記イ(イ)と同様の理由により,その主張の適否が前記(ア)の認定及び判断に直ちに影響を及ぼすものとはいえない。
この点をひとまずおき,被告の上記の主張の適否を検討するに,前記(ア)に判示したところに加え,前記6(3)のとおり,被告が提出した証拠の信用性について一定の限界があり,そのことは,その性質上,公安調査庁長官においても当然に認識し得る事情であるということができることも踏まえると,本件の証拠関係の下においては,公安調査庁長官は,前記(2)クに摘示した証拠の記載からは,前記(ア)において認定した限度を超えて,原告が複数の正悟師を本団体の運営から排除したことに主体的に関わったとまで認定することは困難であることも,当然に認識し得たものというべきである。
したがって,被告の主張は,上記の限度で,採用することができない。
(ウ) 原告は,複数の正悟師を本団体の運営から排除したのはオであって,原告がそのようなことをした事実はない旨主張し,原告の供述等にこれに沿う部分がある。
本件においては,被告が提出した証拠においても,オが複数の正悟師を本団体の運営から排除したことに主導的に関与したことがうかがわれる記載が散見されるものの(乙45・41枚目,乙109・3枚目,乙114・3枚目,乙116・3枚目,乙119・3及び4枚目,乙120・4枚目),前記オ(イ)に判示したところと同様の理由により,そのことをもって直ちに,公安調査庁長官が,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と複数の正悟師を本団体の運営から排除したことに原告も関与した旨の事実を認定したことがうかがわれるということにはならないから,前記(ア)の認定及び判断を覆すには足りない。
ケ 前記クの後の関与について
(ア) 被告は,原告が,複数の正悟師を本団体の運営から排除した後も,本団体の幹部構成員を通じるなどして本団体の運営に継続的に携わっていた旨主張し,それを裏付ける証拠として,本件文書に加え,被告の主張に沿う本団体の構成員の供述等を挙げる。本件においては,前記(2)ケのとおり,複数の文書の記載,本団体の構成員による複数の供述等及び警察官による捜索差押の結果があるところ,前記(2)ケにおいて摘示したこれらの証拠に記載された内容に加え,前記オ(ア)と同様,公安調査庁長官が原告の本団体における地位,本団体における影響力等に関する事実を認定したとしても,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然とそれらの事実を認定したとまでは認め難いと評価することができることにも照らすと,公安調査庁長官が,これらの証拠の記載等を踏まえて,原告が,複数の正悟師が本団体の運営から離脱した後も,本団体の幹部構成員を通じるなどして,本団体の運営に継続的に携わっていた旨の事実を認定したとしても,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該事実を認定したとまでは認め難い。
(イ) 原告は,スやサからメールが来たことはあるかもしれないが,それを読んだ記憶がない,スに対して仮に何らかの意見を述べたことがあったとしてもそれは単なる参考意見でしかない,サからのメールはオと共有していたアドレスに対するものである,被告が主張するような事実に関与していたのは全てオであるなどと主張し,これに沿う証拠もある。
しかし,仮に,オが積極的にサやスとの間でメールをやり取りするなどして,本団体の運営に継続的に携わっていたとの事実を前提としたとしても,当該事実と原告もこれに関与している事実とが相互に矛盾するものではなく,併存し得る事実関係である上,原告が指摘する証拠(甲62)においても,オが原告に対して本団体の運営に関する様々な情報を継続的に提供したり,ソが原告に対して本団体の運営に関して同意を求めたりしていること(甲62のメール17ないし21,23ないし29及び31)がうかがわれ,原告がおよそ本団体とは関係していないという原告の主張とは必ずしも整合しない状況が存するとうかがわれることにも照らすと,仮に,本団体の運営に主導的に関与しているのがオであることを前提としたとしても,そのことをもって直ちに,公安調査庁長官が,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と原告が複数の正悟師が本団体の運営から離脱した後も本団体の幹部構成員を通じるなどして本団体の運営に継続的に携わっていた旨の事実を認定したことがうかがわれるということにはならないから,前記(ア)の認定及び判断を覆すには足りない。
コ 次男が本団体の運営に関わろうとした際にこれを排除したとされることについて
(ア) 被告は,原告が,次男が本団体の運営に関わることを阻止することにより,自己の本団体における地位及び影響力を維持しようとした旨主張し,それを裏付ける証拠として,本件各手紙に加え,被告の主張に沿う本団体の構成員による発言等を挙げる。本件においては,前記(2)コのとおり,本件各手紙の記載,本団体の構成員による発言等があるところ,前記(2)コにおいて摘示したこれらの証拠に記載された内容及び次男が本団体の運営に関与することに反対したこと自体は原告も認めていることに加え,前記オ(ア)と同様,公安調査庁長官が原告の本団体における地位,本団体における影響力等に関する事実を認定したとしても,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然とそれらの事実を認定したとまでは認め難いと評価することができることにも照らすと,公安調査庁長官が,原告が,自己又は本団体の利益を図る目的で,次男が本団体の運営に関わることを阻止したとの限度において,次男が本団体の運営に関わろうとした際にこれを排除した旨の事実を認定したとしても,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該事実を認定したものとまでは認め難いというべきである。
(イ) 被告は,原告が,自己の本団体における地位及び影響力を維持しようとして次男が本団体の運営に関与することに反対した旨主張するが,前記イ(イ)と同様の理由により,その主張の適否が前記(ア)の認定及び判断に直ちに影響を及ぼすものとはいえない。
この点をひとまずおき,被告の上記の主張の適否を検討するに,前記(ア)に判示したところ,特に,本件において被告が提出した証拠には,原告が自己の本団体における地位及び影響力を維持しようとする目的を有していたことをうかがわせる個別的な事情に関する具体的な記載が見当たらないこと(乙125)に加え,前記6(3)のとおり,被告が提出した証拠の信用性について一定の限界があり,そのことは,その性質上,公安調査庁長官においても当然に認識し得る事情であるということができることも踏まえると,本件の証拠関係の下においては,公安調査庁長官は,前記(2)コに摘示した証拠の記載からは,前記(ア)において認定した限度を超えて,原告が自己の本団体における地位及び影響力を維持しようとする目的を有していたと断定的に認定することは困難であることも,当然に認識し得たものというべきである。
したがって,被告の主張は,上記の限度で,採用することができない。
(ウ) 原告は,次男がその当時未成年であった上,心身ともに治療を要する状態であったことから,家族として次男を心配する気持ちにより,次男が本団体の運営に関与することに反対したにすぎない旨主張し,これに沿う証拠もある。
しかし,原告が自己又は本団体の利益を図る目的を有することと,原告が上記に主張する動機を有することとは,相互に矛盾するものではなく,併存し得る事実関係である上,これまでに判示してきたところを前提とすると,公安調査庁長官が,原告が,自己又は本団体の利益を図る目的で,次男が本団体の運営に関わることを阻止した旨の事実を認定したとしても,それが職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該事実を認定したものとまでは認め難いということができる。
したがって,仮に,原告の主張するところを前提としたとしても,そのことをもって直ちに,公安調査庁長官が,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と原告が自己又は本団体の利益を図る目的で次男が本団体の運営に関わることを阻止した旨の事実を認定したとうかがわれるということにはならないから,前記(ア)の認定及び判断を覆すには足りない。
サ 原告が管理しているとされる信徒からの献金をオ及び次男に渡さなくなったとされることについて
被告は,原告が,次男が本団体の運営に関与するか否かについての問題が発生した後に,自らが管理しているとされる信徒からの献金をオ及び次男に渡さなくなった旨主張し,それを裏付ける証拠として,被告の主張に沿う本団体の構成員の発言を挙げる。本件においては,前記(2)サのとおり,本団体の構成員による発言があるところ,前記(2)サにおいて摘示した当該発言の内容及び当該証拠が発言そのものを録音した結果であって伝聞性が比較的低いという当該証拠の性質に加え,公安調査庁長官が,原告がウの家族に対する支援者からの献金を受領して管理していた旨の事実を認定したとしても,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該事実を認定したとは認め難いこと(前記6(2)ア(エ)参照)にも照らすと,公安調査庁長官が,原告が,次男が本団体の運営に関与するか否かについての問題が発生した後に,自らが管理しているとされる信徒からの献金をオ及び次男に渡さなくなった旨の事実を認定したとしても,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該事実を認定したとまでは認め難い。
原告は,原告がウの家族に対する支援者からの献金を受領して管理していた事実はなく,仮にこの点をひとまずおくとしても,当該事実と本団体とは何らの関係もない旨主張し,これに沿う原告の供述等もあるが,原告が主張するところは,それを裏付ける的確な客観的な証拠はなく,上記に指摘した証拠等の信用性を直ちに消滅させるものとも認められない上,原告がウの家族に対する支援者からの献金を受領して管理していたとされる事実と原告が本団体の運営に影響力を及ぼしていたとされる事実との間には,何らの関連性もないとまでは評価し難いから,原告の主張するところをもって直ちに,公安調査庁長官が,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と原告が次男が本団体の運営に関与するか否かについての問題が発生した後に自らが管理しているとされる信徒からの献金をオ及び次男に渡さなくなった旨の事実を認定したことがうかがわれるということにはならないのであって,上記の認定及び判断を覆すには足りない。
(4)  まとめ
前記(3)のとおり,公安調査庁長官が,原告が,①観念崩壊セミナーを主導的に開催した,②ウが乗り移ったと称する構成員を排除することに関与し,当該構成員に同調した者が原告の指導を受けた可能性がある,③お供物を変更するよう指示した,④マ及びホが師の位階にある旨の認定に関与した,⑤キを本団体の運営から排除するため,本団体の幹部構成員の説得に当たったり,自己が本団体においてウに次ぐ地位にあることを利用してキに本団体の運営から退くように強く迫ったりした,⑥キが本団体の運営から外れた後,本団体の具体的な運営に関与して様々な指示を出したり,キに近い構成員を牽制したりしていた,⑦オとともに,本団体の幹部構成員を説得するなどして,四女が本団体の運営に関与することを阻止し,本団体における地位及び影響力を維持しようとした,⑧複数の正悟師を本団体の運営から排除したことに関与した,⑨複数の正悟師が本団体の運営から離脱した後も,本団体の幹部構成員を通じるなどして,本団体の運営に継続的に携わっていた,⑩自己又は本団体の利益を図る目的で,次男が本団体の運営に関わることを阻止した及び⑪次男が本団体の運営に関与するか否かについての問題が発生した後に,自らが管理しているとされる信徒からの献金をオ及び次男に渡さなくなった旨の各事実を認定したとしても,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該事実を認定したとまでは認め難いものである。
これに加え,当事者の間に争いのない事実及び前記(2)シに摘示した証拠の記載も踏まえると,公安調査庁長官が,原告が,少なくとも平成8年頃から平成26年初め頃までの期間にわたり,様々な場面で,宗教的な内容,意思決定機関の構成員等の本団体の運営の根幹に係る内容を含む本団体の運営について,継続的に関与してその結果にも影響を及ぼしていたとの事実を認定したとしても,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該事実を認定したものとまでは認め難いということができる。
したがって,①原告が,本件更新請求の当時,本団体の意思決定に関与し得る者であり,かつ,本団体の事務に従事していたとの事実が実際に存在していたか否かの点,②原告が,長女の下から長男を奪還して最終解脱者とされる長男の権威も利用することにより,実質的にウに次ぐ地位にあることを維持し,本団体の運営に優越的に携わろうと考え,平成12年1月21日,二女及び支援者4名とともに,茨城県内の施設に赴いて長女に対し,長男の引渡しを要求したもののこれを拒否されたため,長女の支援者と思われる者に暴行を加えて長男を連れ去った旨の被告の主張(別紙5の2(被告の主張の要点)(2)オ(エ))の適否の点を検討するまでもなく,公安調査庁長官が,原告が,本件更新請求の当時においても,団体規制法にいう「団体」の意思決定に関与し得る者であって,当該団体の事務に従事する者である,すなわち,「当該団体の役員」(団体規制法5条1項3号)に該当する者である旨の事実を認定したことについても,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該事実を認定したものとまでは認め難いというべきである。
8  本件国賠訴訟部分についてのまとめ
(1)  本件認定について
これまでに検討したところを前提とすると,公安調査庁長官が,本件更新請求をした当時,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と本件認定をしたものとは認められないから,公安調査庁長官がした本件認定が国家賠償法1条1項にいう「違法」なものであるとは認められない。
(2)  本件公表について
本件公表は,公安調査庁長官が,本件更新請求をした際にされたものであるところ,前記(1)のとおり,本件認定が国家賠償法1条1項にいう「違法」なものとはいえず,かつ,観察更新請求については,その内容が官報に公示されることが法令上当然に予定されているものであり(団体規制法26条4項,5項,17条2項),実際に,本件更新請求についても,本件更新請求がされた1週間後には本件認定も含めてその内容が官報に公示されたこと(前提事実(4)イ)にも照らすと,公安調査庁長官が,本件公表をした当時,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と報道機関に対して本件認定をした事実を公表した(本件公表をした)とは認め難いから,公安調査庁長官がした本件公表が,国家賠償法1条1項にいう「違法」なものであるとは認められない。
(3)  まとめ
したがって,その余の点について判断するまでもなく,本件国賠訴訟部分は,理由がない。
9  結論
以上の次第で,本件各訴えのうち本件行政訴訟部分はいずれも不適法であるから,これらをいずれも却下し,本件各訴えのうち本件国賠訴訟部分は,理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第38部
(裁判官 福渡裕貴 裁判官 獅子野裕介)
裁判長裁判官朝倉佳秀は,転官のため,署名押印をすることができない。
裁判官 福渡裕貴

別紙

「選挙 立候補」に関する裁判例一覧
(1)令和元年10月 8日  神戸地裁  平29(ワ)1051号 損害賠償請求事件
(2)令和元年 9月 6日  大阪地裁  令元(わ)2059号 公職選挙法違反被告事件
(3)令和元年 6月25日  東京地裁  平26(行ウ)615号 損害賠償等請求事件
(4)令和元年 5月24日  東京地裁  平28(ワ)17007号 選挙供託金制度違憲国家賠償請求事件
(5)平成31年 4月26日  大阪高裁  平30(行ケ)1号 裁決取消請求事件
(6)平成31年 4月25日  東京高裁  平30(ネ)4794号 総会決議無効確認等請求控訴事件
(7)平成31年 4月12日  大阪地裁  平29(ワ)7325号 賃金等請求事件
(8)平成31年 4月 9日  甲府地裁  平27(行ウ)6号 違法公金支出金返還等請求事件
(9)平成31年 3月20日  水戸地裁 平29(わ)655号
(10)平成31年 3月 7日  知財高裁  平30(行ケ)10141号 審決取消請求事件
(11)平成31年 3月 5日  東京高裁  平30(う)1422号 政治資金規正法違反被告事件
(12)平成31年 3月 5日  東京地裁  平29(ワ)18277号 謝罪広告等請求事件
(13)平成31年 1月17日  盛岡地裁  平30(行ウ)8号 旧庁舎解体等公金支出等差止請求事件
(14)平成31年 1月15日  名古屋地裁  平28(ワ)3178号・平28(ワ)3179号 損害賠償請求事件
(15)平成30年11月29日  東京地裁  平29(行ウ)149号・平29(行ウ)375号 不当労働行為再審査申立棄却命令取消事件
(16)平成30年11月22日  東京地裁  平30(ワ)16336号 損害賠償等請求事件
(17)平成30年11月22日  東京地裁  平28(ワ)31683号 損害賠償請求事件
(18)平成30年10月31日  東京地裁  平27(ワ)18282号 損害賠償請求事件
(19)平成30年10月24日  仙台高裁  平29(行コ)26号 政務調査費返還履行等請求控訴事件
(20)平成30年10月11日  東京高裁  平30(う)441号 政治資金規正法違反被告事件
(21)平成30年10月 5日  東京地裁  平27(ワ)36817号・平28(ワ)18096号 損害賠償請求事件、損害賠償等請求事件
(22)平成30年10月 4日  東京地裁  平27(ワ)2650号 代表権不存在確認等請求事件
(23)平成30年 9月28日  東京地裁  平26(ワ)10773号・平29(ワ)3602号 損害賠償請求事件(本訴)、損害賠償請求反訴事件(反訴)
(24)平成30年 9月28日  東京地裁  平28(ワ)23496号 損害賠償請求事件
(25)平成30年 9月27日  大阪高裁  平29(行コ)173号 高等学校等就学支援金支給校指定義務付等請求控訴事件
(26)平成30年 9月27日  東京地裁  平28(ワ)36676号 総会決議無効確認等請求事件
(27)平成30年 9月19日  東京高裁  平30(ネ)2451号 社員総会決議不存在確認等,代議員選挙無効確認等請求控訴事件
(28)平成30年 8月30日  東京高裁  平30(行コ)111号 労働委員会救済命令取消請求控訴事件
(29)平成30年 8月28日  東京地裁  平28(行ウ)281号 政務活動費返還請求事件
(30)平成30年 7月25日  東京高裁  平30(行ケ)8号 裁決取消請求事件
(31)平成30年 7月20日  福岡地裁久留米支部  平28(ワ)69号 損害賠償請求事件
(32)平成30年 6月27日  東京地裁  平27(特わ)2148号 各政治資金規正法違反被告事件
(33)平成30年 5月24日  東京高裁  平30(行ケ)4号 選挙無効及び当選無効請求事件
(34)平成30年 4月25日  東京地裁  平28(ワ)31号・平28(ワ)37044号・平28(ワ)37820号 証書真否確認、立替金等返還債務不存在確認等請求事件、立替金返還請求反訴事件、立替金請求反訴事件
(35)平成30年 4月20日  高松高裁  平29(行コ)21号 権利変換計画不認可処分取消等請求控訴事件
(36)平成30年 4月18日  東京高裁  平29(行コ)302号 埼玉県議会政務調査費返還請求控訴事件
(37)平成30年 3月30日  東京地裁  平27(ワ)37147号 損害賠償請求事件
(38)平成30年 3月26日  東京地裁  平28(ワ)31536号・平28(ワ)44146号 社員総会決議不存在確認等請求事件、代議員選挙無効確認等請求事件
(39)平成30年 3月19日  東京地裁  平28(ワ)1085号 損害賠償等請求事件
(40)平成30年 3月13日  東京高裁  平29(う)1154号 公職選挙法違反被告事件
(41)平成30年 3月 8日  東京地裁  平29(ワ)30031号 損害賠償及び慰謝料請求事件
(42)平成30年 2月21日  東京地裁  平28(行ウ)6号 労働委員会救済命令取消請求事件
(43)平成30年 2月13日  東京地裁  平29(行ウ)45号 非常勤職員報酬返還請求事件
(44)平成30年 2月 6日  東京高裁  平29(行ケ)35号
(45)平成30年 2月 6日  東京地裁  平27(ワ)35223号 仮払金精算請求事件
(46)平成30年 1月22日  東京地裁  平27(特わ)2148号 政治資金規正法違反被告事件
(47)平成30年 1月18日  東京高裁  平29(行ケ)27号・平29(行ケ)28号 裁決取消請求事件
(48)平成29年12月21日  東京地裁  平29(ワ)24097号 損害賠償等請求事件
(49)平成29年12月19日  最高裁第三小法廷  平29(行フ)3号 執行停止決定に対する抗告棄却決定に対する許可抗告事件
(50)平成29年12月19日  千葉地裁  平28(行ウ)5号 農業委員会会長解任無効確認請求事件
(51)平成29年12月15日  福岡地裁  平26(わ)1284号・平27(わ)231号・平27(わ)918号 組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律違反、銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件
(52)平成29年12月 8日  札幌地裁  平24(行ウ)3号 政務調査費返還履行請求事件
(53)平成29年11月16日  東京地裁  平28(ワ)6761号 懲戒処分無効確認等請求事件
(54)平成29年11月 2日  東京地裁  平28(ワ)32978号 損害賠償請求事件
(55)平成29年11月 2日  仙台地裁  平26(行ウ)2号 政務調査費返還履行等請求事件
(56)平成29年10月11日  東京高裁  平28(ネ)5794号 理事長及び理事の地位確認等請求控訴事件
(57)平成29年10月11日  東京地裁  平28(ワ)38184号 損害賠償請求事件
(58)平成29年10月11日  神戸地裁  平28(行ウ)49号 退職手当金不支給処分取消請求事件
(59)平成29年10月 2日  東京地裁  平29(ワ)21232号 発信者情報開示請求事件
(60)平成29年 9月28日  東京地裁  平26(行ウ)229号 難民不認定処分取消請求事件
(61)平成29年 9月26日  東京地裁  平28(ワ)18742号 損害賠償請求事件
(62)平成29年 9月25日  東京地裁  平27(行ウ)331号・平28(行ウ)526号 観察処分期間更新決定取消請求事件、訴えの追加的変更申立て事件
(63)平成29年 9月25日  東京地裁  平27(行ウ)444号 観察処分期間更新処分取消請求事件
(64)平成29年 9月20日  徳島地裁  平28(行ウ)9号 権利変換計画不認可処分取消等請求事件
(65)平成29年 9月 8日  東京地裁  平28(行ウ)117号 難民の認定をしない処分取消等請求事件
(66)平成29年 9月 1日  青森地裁  平29(わ)55号・平29(わ)67号・平29(わ)71号 公職選挙法違反被告事件
(67)平成29年 8月25日  東京地裁  平27(行ウ)732号 難民不認定処分等取消請求事件
(68)平成29年 8月25日  青森地裁  平28(ワ)143号 損害賠償請求事件
(69)平成29年 7月25日  青森地裁  平29(わ)48号・平29(わ)56号・平29(わ)66号・平29(わ)70号 公職選挙法違反被告事件
(70)平成29年 7月24日  東京地裁  平28(特わ)807号 公職選挙法違反被告事件
(71)平成29年 7月12日  広島高裁松江支部  平28(行コ)4号 市庁舎建築に関する公金支出等差止請求控訴事件
(72)平成29年 6月27日  東京地裁  平28(ワ)26217号 損害賠償請求事件
(73)平成29年 5月22日  東京地裁  平28(特わ)807号 公職選挙法違反被告事件
(74)平成29年 5月18日  東京高裁  平28(う)1194号 公職選挙法違反被告事件
(75)平成29年 5月 9日  東京地裁  平28(ワ)36100号 決議無効確認請求事件
(76)平成29年 4月13日  東京地裁  平27(行ウ)480号 退去強制令書発付処分等取消請求事件
(77)平成29年 4月11日  東京地裁  平26(ワ)10342号 損害賠償請求事件
(78)平成29年 4月 7日  東京地裁  平26(ワ)27864号 土地建物所有権移転登記抹消登記手続等請求事件
(79)平成29年 3月29日  東京地裁  平28(ワ)4513号・平28(ワ)28465号 マンション管理組合法人総会決議無効確認請求事件、反訴請求事件
(80)平成29年 3月28日  東京地裁  平25(ワ)28292号 謝罪広告等請求事件
(81)平成29年 3月28日  仙台地裁  平28(ワ)254号 損害賠償請求事件
(82)平成29年 3月24日  東京地裁  平26(ワ)30381号 損害賠償請求事件
(83)平成29年 3月15日  東京地裁  平27(行ウ)403号 地位確認等請求事件
(84)平成29年 3月 8日  東京地裁  平26(行ウ)300号 地位確認等請求事件
(85)平成29年 2月 9日  静岡地裁  平28(ワ)409号 損害賠償請求事件
(86)平成29年 2月 2日  東京地裁  平26(ワ)25493号・平27(ワ)20403号 株式代金等請求事件(本訴)、損害賠償請求反訴事件(反訴)
(87)平成29年 2月 1日  仙台地裁  平26(行ウ)31号 海外視察費返還履行請求事件
(88)平成29年 1月31日  大阪高裁  平28(ネ)1109号 損害賠償等請求控訴事件
(89)平成29年 1月31日  高松高裁  平28(行コ)23号 資格決定処分取消請求控訴事件
(90)平成29年 1月31日  東京地裁  平27(行ウ)360号 難民の認定をしない処分等取消請求事件
(91)平成29年 1月31日  神戸地裁豊岡支部  平28(わ)63号
(92)平成29年 1月17日  静岡地裁  平28(わ)407号 公職選挙法違反被告事件
(93)平成28年11月28日  名古屋高裁  平27(う)131号 受託収賄、事前収賄、公職にある者等のあっせん行為による利得等の処罰に関する法律違反被告事件
(94)平成28年11月21日  東京地裁立川支部  平27(ワ)2775号 理事長及び理事の地位確認等請求事件
(95)平成28年11月18日  東京地裁  平28(特わ)1764号 公職選挙法違反被告事件
(96)平成28年11月16日  大阪高裁  平27(ネ)3176号 損害賠償請求控訴事件
(97)平成28年11月15日  東京高裁  平28(行ケ)16号 選挙無効請求事件
(98)平成28年11月10日  東京高裁  平28(行ケ)17号 選挙無効請求事件
(99)平成28年11月 9日  東京地裁  平27(ワ)1724号 損害賠償等請求事件
(100)平成28年10月31日  東京地裁  平28(特わ)1764号 公職選挙法違反被告事件


■選挙の種類一覧
選挙①【衆議院議員総選挙】に向けた、政治活動ポスター貼り(掲示交渉代行)
選挙②【参議院議員通常選挙】に向けた、政治活動ポスター貼り(掲示交渉代行)
選挙③【一般選挙(地方選挙)】に向けた、政治活動ポスター貼り(掲示交渉代行)
選挙④【特別選挙(国政選挙|地方選挙)】に向けた、政治活動ポスター貼り(掲示交渉代行)


【ドブ板実績 No.1】ガンガン飛び込み営業のプロが魅せる政治活動広報支援!
【資料】政治活動用事前街頭ポスター新規掲示交渉実績一覧【PRドットウィン!】選挙,ポスター,貼り,代行,ポスター貼り,業者,選挙,ポスター,貼り,業者,ポスター,貼り,依頼,タウン,ポスター,ポスター,貼る,許可,ポスター,貼ってもらう,頼み方,ポスター,貼れる場所,ポスター,貼付,街,貼り,ポスター,政治活動ポスター,演説会,告知,選挙ポスター,イラスト,選挙ポスター,画像,明るい選挙ポスター,書き方,明るい選挙ポスター,東京,中学生,選挙ポスター,デザイン


①選挙立候補(予定)者専門のポスター掲示依頼(お願い)は、選挙ドットウィン!
②選挙立候補(予定)者専門のビラ・チラシ設置依頼(お願い)は、選挙ドットウィン!


(1)政治活動/選挙運動ポスター貼り ☆祝!勝つ!広報活動・事前街頭(単独/二連)選挙ポスター!
勝つ!選挙広報支援事前ポスター 政治選挙新規掲示ポスター貼付! 1枚から貼る事前選挙ポスター!
「政治活動・選挙運動ポスターを貼りたい!」という選挙立候補(予定)者のための、選挙広報支援プロ集団「選挙.WIN!」の事前街頭ポスター新規掲示プランです。

(2)圧倒的に政界No.1を誇る実績! 政治ポスター(演説会告知|政党|個人|二連三連)掲示交渉実績!
地獄のポスター貼りやります! ドブ板選挙ポスタリストが貼る! ポスター掲示交渉実績を大公開!
政治ポスター貼りドットウィン!「ドブ板選挙を戦い抜く覚悟のあなたをぜひ応援したい!」事前街頭PRおよび選挙広報支援コンサルティング実績!

(3)今すぐ無料でお見積りのご相談 ☆大至急スピード無料見積もり!選挙広報支援プランご提案
ポスター掲示難易度ランク調査 ご希望のエリア/貼付箇所/貼付枚数 ☏03-3981-2990✉info@senkyo.win
「政治活動用のポスター貼り代行」や「選挙広報支援プラン」の概算お見積りがほしいというお客様に、選挙ドットウィンの公職選挙法に抵触しない広報支援プランのご提案が可能です。

(4)政界初!世界発!「ワッポン」 選挙管理委員会の認証確認済みPR型「ウィン!ワッポン」
完全無料使い放題でご提供可能! 外壁街頭ポスター掲示貼付ツール 1枚から対応/大至急/一斉貼付け!
「ガンガン注目される訴求型PRポスターを貼りたい!」というお客様に、選挙ドットウィンの「ウィン!ワッポン」を完全無料使い放題でご提供する、究極の広報支援ポスター新規掲示プランです。

(5)選べるドブ板選挙広報支援一覧 選挙.WIN!豊富な選挙立候補(予定)者広報支援プラン一覧!
政治家/選挙立候補予定者広報支援 祝!当選!選挙広報支援プロ集団 世のため人のため「SENKYO.WIN」
アポイントメント獲得代行/後援会イベントセミナー集客代行/組織構築支援/党員募集獲得代行(所属党本部要請案件)/演説コンサルティング/候補者ブランディング/敵対陣営/ネガティブキャンペーン(対策/対応)

(6)握手代行/戸別訪問/ご挨拶回り 御用聞きによる戸別訪問型ご挨拶回り代行をいたします!
ポスター掲示交渉×戸別訪問ご挨拶 100%のリーチ率で攻める御用聞き 1軒でも行くご挨拶訪問交渉支援
ご指定の地域(ターゲットエリア)の個人宅(有権者)を1軒1軒ご訪問し、ビラ・チラシの配布およびアンケート解答用紙の配布収集等の戸別訪問型ポスター新規掲示依頼プランです。

(7)地域密着型ポスターPR広告貼り 地域密着型ポスターPR広告(街頭外壁掲示許可交渉代行)
街頭外壁掲示許可交渉代行/全業種 期間限定!貴社(貴店)ポスター貼り サイズ/枚数/全国エリア対応可能!
【対応可能な業種リスト|名称一覧】地域密着型ポスターPR広告(街頭外壁掲示許可交渉代行)貼り「ガンガン注目される訴求型PRポスターを貼りたい!」街頭外壁掲示ポスター新規掲示プランです。

(8)貼る専門!ポスター新規掲示! ☆貼!勝つ!広報活動・事前街頭(単独/二連)選挙ポスター!
政治活動/選挙運動ポスター貼り 勝つ!選挙広報支援事前ポスター 1枚から貼る事前選挙ポスター!
「政治活動・選挙運動ポスターを貼りたい!」という選挙立候補(予定)者のための、選挙広報支援プロ集団「選挙.WIN!」の事前街頭ポスター新規掲示プランです。

(9)選挙立札看板設置/証票申請代行 絶対ここに設置したい!選挙立札看板(選挙事務所/後援会連絡所)
選挙事務所/後援会連絡所届出代行 公職選挙法の上限/立て札看板設置 1台から可能な選挙立札看板設置
最強の立札看板設置代行/広報(公報)支援/選挙立候補者後援会立札看板/選挙立候補者連絡所立札看板/政治活動用事務所に掲示する立て札・看板/証票申請代行/ガンガン独占設置!


政治活動用事前街頭ポスター新規掲示交渉実績一覧
政治活動用事前街頭ポスター新規掲示交渉実績一覧【PRドットウィン!】選挙,ポスター,貼り,代行,ポスター貼り,業者,選挙,ポスター,貼り,業者,ポスター,貼り,依頼,タウン,ポスター,ポスター,貼る,許可,ポスター,貼ってもらう,頼み方,ポスター,貼れる場所,ポスター,貼付,街,貼り,ポスター,政治活動ポスター,演説会,告知,選挙ポスター,イラスト,選挙ポスター,画像,明るい選挙ポスター,書き方,明るい選挙ポスター,東京,中学生,選挙ポスター,デザイン


【政治活動用(事前街頭外壁)ポスター掲示交渉代行】選挙候補(予定)者様専用フォーム
選挙ドットウィン!の政治活動用の事前街頭ポスター新規掲示交渉につきまして概算お見積りをさせていただいております。
掲示交渉難易度調査のため、候補(予定)者様の出馬される「政党」「選挙区」「政策」「弁士のお相手(2連ポスター)」「サイズ」「枚数」等の必要事項をご記入の上、お問い合わせください。 【お問い合わせフォームはコチラ!】
営業専門の会社「僕俺株式会社」は「貼る!のプロ集団!」政治活動に際の数多くのドブ板選挙代行・支援実績がございます。
①指定エリアの有権者(民家・飲食店・その他の施設など)に対して、新規ご挨拶回り→→→完全無料
②選挙立候補(予定)者の名刺およびビラの手渡し→→→完全無料
③留守宅への名刺およびビラなどの投函(想定ターゲットに完全100パーセントのリーチ率!)→→→完全無料
④政治活動用事前街頭ポスターの新規掲示交渉→→→ポスター掲示(貼付)許可交渉は、完全成果報酬|完全成功報酬
⑤掲示(貼付)交渉後における、掲示許可承諾者に対してのフォローおよびクレーム対応→→→完全無料
選挙候補(予定)者様専用フォーム【政治活動用(事前街頭外壁)ポスター掲示交渉代行】

【政治活動用】事前街頭ポスター新規掲示に関するお問い合わせ
【選挙.WIN!】選挙ポスター貼る専門!政治ポスター貼る専門!(二連ポスター、三連ポスター、政党ポスター、演説会告知ポスター、個人ポスター)ガンガン貼る!広報支援ポスター新規貼付/政治活動/選挙運動/事前街頭選挙ポスター新規貼付掲示のプロ集団/独占貼り・多数貼り・無断(無許可)貼り・実店舗飲食店コラボ貼り・(政治活動/選挙運動用)選挙立候補(予定)者事前街頭ポスター新規掲示(1)ポスター貼付/掲示プラン(2)ポスターの性質(3)貼付/掲示地域(エリア)(4)貼付/掲示場所(箇所)(5)貼付/掲示枚数(6)貼付/掲示期間(7)貼付/掲示における注意事項/特記事項/独占掲示許可承諾書/ビラ・チラシの配布および投函(ポスティング)/アンケート配布および回収/ご挨拶訪問代行/訪問アポイントメント獲得/選挙立候補(予定)者のための、戸別訪問/選挙立候補(予定)者のための、ヒアリング(行政への要望やその他ヒアリング)/各種新規開拓営業代行など

関連記事一覧

  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。