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政治と選挙Q&A「政党 公認 候補者 公募 ポスター」に関する裁判例(43)平成27年10月29日 東京地裁 平23(行ウ)738号・平24(行ウ)174号・平24(行ウ)249号・平24(行ウ)250号・平24(行ウ)251号・平24(行ウ)252号・平24(行ウ)253号・平24(行ウ)254号・平24(行ウ)255号・平24(行ウ)256号・平24(行ウ)258号・平24(行ウ)260号・平24(行ウ)262号・平24(行ウ)263号・平24(行ウ)265号・平25(行ウ)94号・平25(行ウ)336号 原爆症認定申請却下処分取消請求事件

「政党 公認 候補者 公募 ポスター」に関する裁判例(43)平成27年10月29日 東京地裁 平23(行ウ)738号・平24(行ウ)174号・平24(行ウ)249号・平24(行ウ)250号・平24(行ウ)251号・平24(行ウ)252号・平24(行ウ)253号・平24(行ウ)254号・平24(行ウ)255号・平24(行ウ)256号・平24(行ウ)258号・平24(行ウ)260号・平24(行ウ)262号・平24(行ウ)263号・平24(行ウ)265号・平25(行ウ)94号・平25(行ウ)336号 原爆症認定申請却下処分取消請求事件

裁判年月日  平成27年10月29日  裁判所名  東京地裁  裁判区分  判決
事件番号  平23(行ウ)738号・平24(行ウ)174号・平24(行ウ)249号・平24(行ウ)250号・平24(行ウ)251号・平24(行ウ)252号・平24(行ウ)253号・平24(行ウ)254号・平24(行ウ)255号・平24(行ウ)256号・平24(行ウ)258号・平24(行ウ)260号・平24(行ウ)262号・平24(行ウ)263号・平24(行ウ)265号・平25(行ウ)94号・平25(行ウ)336号
事件名  原爆症認定申請却下処分取消請求事件
文献番号  2015WLJPCA10298003

要旨
〔判示事項〕
◆原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項の規定による原爆症認定の各申請を却下する旨の処分の全部又は一部が違法であるとして取り消された事例
〔裁判要旨〕
◆原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項の規定による原爆症認定の各申請を却下する旨の処分の取消請求について、被爆者の被曝線量を評価するに当たっては、当該被爆者の被爆状況、被爆後の行動、活動内容、被爆後に生じた症状等に照らし、様々な形態での外部被曝及び内部被曝の可能性がないかどうかを十分に検討して、被爆者において、健康に影響を及ぼすような相当量の被曝をしたのかどうかについて判断していく必要があるというべきであり、平成25年12月16日に再改定された原爆症認定の運用に関する「新しい審査の方針」における放射線起因性を積極的に認定する範囲は、個々の被爆者の申請疾病の放射線起因性を判断する際の目安の一つであるとはいえるものの、個々の被爆者が同範囲に該当しない場合であっても、個々の被爆者の被爆状況や被爆後の健康状況、被爆者の罹患した疾病等の性質、他原因の有無等を個別具体的に検討した結果、当該被爆者の申請疾病の放射線起因性が肯定される場合もあるところ、本件の事実関係の下においては、前記の各申請に係る疾病のうち、下咽頭がん、腎細胞がん(2名)、胃がん、左乳がん術後皮膚潰瘍、膀胱がん、前立腺がん(2名)、胃切除後障害としてのダンピング症候群、心筋梗塞(2名)、狭心症(2名)、脳梗塞(2名)、甲状腺機能低下及びC型慢性肝炎について放射線起因性及び要医療性が認められるから、これらの申請を却下した上記処分は違法である。

裁判経過
控訴審 平成30年 3月27日 東京高裁 判決 平27(行コ)421号

出典
裁判所ウェブサイト

裁判年月日  平成27年10月29日  裁判所名  東京地裁  裁判区分  判決
事件番号  平23(行ウ)738号・平24(行ウ)174号・平24(行ウ)249号・平24(行ウ)250号・平24(行ウ)251号・平24(行ウ)252号・平24(行ウ)253号・平24(行ウ)254号・平24(行ウ)255号・平24(行ウ)256号・平24(行ウ)258号・平24(行ウ)260号・平24(行ウ)262号・平24(行ウ)263号・平24(行ウ)265号・平25(行ウ)94号・平25(行ウ)336号
事件名  原爆症認定申請却下処分取消請求事件
文献番号  2015WLJPCA10298003

当事者の表示 別紙1当事者目録記載のとおり

 

 

主文

1  処分行政庁が別紙2主文関係目録「却下処分日」欄記載の日付で同目録「申請者」欄記載の者に対してした原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項の認定の申請を却下する旨の処分をいずれも取り消す。
2  処分行政庁が平成22年3月19日付けで原告X13に対してした原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項の認定の申請を却下する旨の処分(ただし,申請疾病を胃切除後障害としてのダンピング症候群とするものに限る。)を取り消す。
3  原告X13のその余の請求を棄却する。
4  訴訟費用は,原告X13に生じた費用の2分の1と被告に生じた費用の34分の1を原告X13の負担とし,その余は被告の負担とする。

 

事実及び理由

第1章  請求
第1  原告X1,原告X2,原告X3,原告X4,亡X5訴訟承継人原告X6,原告X7及び原告X8,亡X9訴訟承継人原告X10,原告X11,原告X12,原告X14,原告X15,原告X16,原告X17,原告X18,原告X19,原告X20並びに原告X21
主文同旨
第2  原告X13
処分行政庁が平成22年3月19日付けで原告X13に対してした原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項の認定の申請を却下する旨の処分を取り消す。
第2章  事案の概要
第1  紛争の概要
本件は,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(以下「被爆者援護法」という。)1条の被爆者である原告X1(以下「原告X1」という。),原告X2(以下「原告X2」という。),原告X3(以下「原告X3」という。),原告X4(以下「原告X4」という。),X5(以下「X5」という。),X9(以下「X9」という。),原告X11(以下「原告X11」という。),原告X12(以下「原告X12」という。),原告X13(以下「原告X13」という。),原告X14(以下「原告X14」という。),原告X15(以下「原告X15」という。),原告X16(以下「原告X16」という。),原告X17(以下「原告X17」という。),原告X18(以下「原告X18」という。),原告X19(以下「原告X19」という。),原告X20(以下「原告X20」という。)及び原告X21(以下「原告X21」という。)が,被爆者援護法11条1項の規定による認定(以下「原爆症認定」という。)の申請をしたところ(以下,上記17人を「本件申請者ら」という。),処分行政庁からこれらの申請をいずれも却下する旨の処分(以下,併せて「本件各却下処分」という。)を受けたため,原告らが,被告に対し,本件各却下処分の取消しを求めている事案である。なお,本文及び別紙中において定義した略称のうち,主なものは,別紙3「略語表」のとおりである。
第2  法令の定め
1  被爆者援護法の目的
被爆者援護法の前文は,被爆者援護法の目的について,「昭和20年8月,広島市及び長崎市に投下された原子爆弾という比類のない破壊兵器は,幾多の尊い生命を一瞬にして奪ったのみならず,たとい一命をとりとめた被爆者にも,生涯いやすことのできない傷跡と後遺症を残し,不安の中での生活をもたらした。このような原子爆弾の放射能に起因する健康被害に苦しむ被爆者の健康の保持及び増進並びに福祉を図るため,原子爆弾被爆者の医療等に関する法律及び原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律を制定し,医療の給付,医療特別手当等の支給をはじめとする各般の施策を講じてきた。また,我らは,再びこのような惨禍が繰り返されることがないようにとの固い決意の下,世界唯一の原子爆弾の被爆国として,核兵器の究極的廃絶と世界の恒久平和の確立を全世界に訴え続けてきた。ここに,被爆後50年のときを迎えるに当たり,我らは,核兵器の究極的廃絶に向けての決意を新たにし,原子爆弾の惨禍が繰り返されることのないよう,恒久の平和を念願するとともに,国の責任において,原子爆弾の投下の結果として生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害であることにかんがみ,高齢化の進行している被爆者に対する保健,医療及び福祉にわたる総合的な援護対策を講じ,あわせて,国として原子爆弾による死没者の尊い犠牲を銘記するため,この法律を制定する。」と規定する。
2  被爆者
被爆者援護法において,「被爆者」とは,次の(1)ないし(4)のいずれかに該当する者であって,被爆者健康手帳の交付を受けたものをいう(被爆者援護法1条)。
(1) 原子爆弾が投下された際当時の広島市若しくは長崎市の区域内又は政令で定めるこれらに隣接する区域内に在った者(同条1号。なお,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律施行令(以下「被爆者援護法施行令」という。)1条1項,別表第一は,上記の「政令で定めるこれらに隣接する区域」として,広島県安佐郡祇園町(1号)等及び長崎県西彼杵郡福田村のうち,大浦郷,小浦郷,本村郷,小江郷及び小江原郷(5号)等を規定している。)
(2) 原子爆弾が投下された時から起算して政令で定める期間内に上記(1)の区域のうちで政令で定める区域内に在った者(被爆者援護法1条2号。なお,被爆者援護法施行令1条2項は,上記の「政令で定める期間」を,広島市に投下された原子爆弾(以下「広島原爆」という。)については昭和20年8月20日まで,長崎市に投下された原子爆弾(以下「長崎原爆」という。)については同月23日までとしており,同条3項,別表第二は,上記の「政令で定める区域」として,広島市のうち楠木町1丁目等(1号)及び長崎市のうち西北郷等(2号),おおむね爆心地から2km以内の区域を規定している。)
(3) 上記(1)及び(2)に掲げる者のほか,原子爆弾が投下された際又はその後において,身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者(被爆者援護法1条3号)
(4) 上記(1)ないし(3)に掲げる者がそれぞれに規定する事由に該当した当時その者の胎児であった者(同条4号)
3  被爆者健康手帳
被爆者健康手帳の交付を受けようとする者は,その居住地(居住地を有しないときは,その現在地とする。)の都道府県知事(広島市又は長崎市にあっては,当該市の長(被爆者援護法49条)。以下同じ。)に申請しなければならず(被爆者援護法2条1項),都道府県知事は,同申請に基づいて審査し,申請者が上記2(1)ないし(4)のいずれかに該当すると認めるときは,その者に被爆者健康手帳を交付するものとする(同条3項)。
4  被爆者に対する援護
(1) 健康管理
都道府県知事は,被爆者に対し,毎年,厚生労働省令で定めるところにより,健康診断を行い(被爆者援護法7条),同健康診断の結果必要があると認めるときは,当該健康診断を受けた者に対し,必要な指導を行うものとする(被爆者援護法9条)。
(2) 医療の給付
処分行政庁は,原子爆弾の傷害作用に起因して負傷し,又は,疾病にかかり,現に医療を要する状態にある被爆者(ただし,当該負傷又は疾病が原子爆弾の放射能に起因するものでないときは,その者の治癒能力が原子爆弾の放射能の影響を受けているため現に医療を要する状態にある場合に限る。)に対し,必要な医療の給付を行う(被爆者援護法10条1項)。
上記の医療の給付の範囲は,①診察,②薬剤又は治療材料の支給,③医学的処置,手術及びその他の治療並びに施術,④居宅における療養上の管理及びその療養に伴う世話その他の看護,⑤病院又は診療所への入院及びその療養に伴う世話その他の看護,⑥移送であり(同条2項),これら医療の給付は,処分行政庁が被爆者援護法12条1項の規定により指定する医療機関に委託して行うものとする(同条3項)。
上記の医療の給付を受けようとする者は,あらかじめ,当該負傷又は疾病が原子爆弾の傷害作用に起因する旨の処分行政庁の認定(原爆症認定)を受けなければならない(被爆者援護法11条1項)。
(3) 一般疾病医療費の支給
処分行政庁は,被爆者が,負傷又は疾病(上記(2)の医療の給付を受けることができる負傷又は疾病,遺伝性疾病,先天性疾病及び処分行政庁の定めるその他の負傷又は疾病を除く。)につき,都道府県知事が被爆者援護法19条1項の規定により指定する医療機関から上記(2)①ないし⑥に掲げる医療を受け,又は,緊急その他やむを得ない理由により上記医療機関以外の者からこれらの医療を受けたときは,その者に対し,当該医療に要した費用の額を限度として,一般疾病医療費を支給することができる(被爆者援護法18条1項本文)。
(4) 医療特別手当の支給
都道府県知事は,原爆症認定を受けた者であって,当該認定に係る負傷又は疾病の状態にあるものに対し,医療特別手当を支給する(被爆者援護法24条1項)。
上記の者は,医療特別手当の支給を受けようとするときは,上記の要件に該当することについて,都道府県知事の認定を受けなければならない(同条2項)。医療特別手当は,月を単位として支給するものとし,その額は,1箇月につき13万5400円とする(同条3項。なお,上記の額は,後記(9)の規定により,平成17年以降,ほぼ1年ごとに改定されている。)。医療特別手当の支給は,上記の認定を受けた者が同認定の申請をした日の属する月の翌月から始め,上記の要件に該当しなくなった日の属する月で終わる(同条4項)。
(5) 特別手当の支給
都道府県知事は,原爆症認定を受けた者に対し,その者が医療特別手当の支給を受けている場合を除き,特別手当を支給する(被爆者援護法25条1項)。
上記の者は,特別手当の支給を受けようとするときは,上記の要件に該当することについて,都道府県知事の認定を受けなければならない(同条2項)。特別手当は,月を単位として支給するものとし,その額は,1箇月につき5万円とする(同条3項。なお,上記の額は,後記(9)の規定により,平成17年以降,ほぼ1年ごとに改定されている。)。特別手当の支給は,上記の認定を受けた者が同認定の申請をした日の属する月の翌月から始め,上記の要件に該当しなくなった日の属する月で終わる(同条4項)。
(6) 健康管理手当の支給
都道府県知事は,被爆者であって,造血機能障害,肝臓機能障害その他の厚生労働省令で定める障害を伴う疾病(原子爆弾の放射能の影響によるものでないことが明らかであるものを除く。)にかかっているものに対し,その者が医療特別手当,特別手当又は原子爆弾小頭症手当の支給を受けている場合を除き,健康管理手当を支給する(被爆者援護法27条1項。なお,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律施行規則(以下「被爆者援護法施行規則」という。)51条は,上記の「厚生労働省令で定める障害」として,造血機能障害(1号),肝臓機能障害(2号),細胞増殖機能障害(3号),内分泌腺機能障害(4号)等を規定している。)。
(7) 保健手当の支給
都道府県知事は,被爆者のうち,原子爆弾が投下された際に爆心地から2kmの区域内に在った者又はその当時その者の胎児であった者に対し,これらの者が医療特別手当,特別手当,原子爆弾小頭症手当又は健康管理手当の支給を受けている場合を除き,保健手当を支給する(被爆者援護法28条1項)。
(8) その他の手当等の支給
都道府県知事は,一定の要件を満たす被爆者等に対し,原子爆弾小頭症手当(被爆者援護法26条),介護手当(被爆者援護法31条)等を支給する。
(9) 手当額の自動改定
医療特別手当,特別手当,原子爆弾小頭症手当,健康管理手当及び保健手当については,総務省において作成する年平均の全国消費者物価指数が平成5年(上記各手当の額の改定の措置が講じられたときは,直近の当該措置が講じられた年の前年)の物価指数を超え,又は,下るに至った場合においては,その上昇し,又は,低下した比率を基準として,その翌年の4月以降の当該手当の額を改定するものとし,その改定の措置は,政令(被爆者援護法施行令17条)で定める(被爆者援護法29条)。
5  原爆症認定の手続等
(1) 原爆症認定の申請
原爆症認定を受けようとする者は,厚生労働省令で定めるところにより,その居住地の都道府県知事を経由して,処分行政庁に申請書を提出しなければならない(被爆者援護法施行令8条1項)。
上記申請書は,① 被爆者の氏名,性別,生年月日及び居住地並びに被爆者健康手帳の番号,② 負傷又は疾病の名称,③ 被爆時の状況(入市の状況を含む。),④ 被爆直後の症状及びその後の健康状態の概要,⑤ 医療の給付を受けようとする指定医療機関の名称及び所在地等を記載した所定の様式の認定申請書によらなければならない(被爆者援護法施行規則12条1項)。また,上記申請書には,医師の意見書及び当該負傷又は疾病に係る検査成績を記載した書類を添えなければならず(同条3項),医師の意見書には,①疾病等の名称,②被爆者健康手帳の番号,③被爆者の氏名及び生年月日,④既往症,⑤現症所見,⑥当該疾病等に関する原子爆弾の放射線起因性等についての医師の意見及びその理由並びに⑦必要な医療の内容及び期間を記載すべきものとされている(被爆者援護法施行規則様式第6号)。
(2) 審議会等の意見聴取
処分行政庁は,原爆症認定を行うに当たっては,当該負傷又は疾病が原子爆弾の傷害作用に起因すること又は起因しないことが明らかであるときを除き,審議会等(国家行政組織法8条に規定する機関をいう。)で政令で定めるものの意見を聴かなければならない(被爆者援護法11条2項)。そして,被爆者援護法施行令9条は,上記の審議会等で政令で定めるものを,疾病・障害認定審査会としている。
疾病・障害認定審査会は,厚生労働省に置かれ(厚生労働省組織令132条),委員30人以内で組織される(疾病・障害認定審査会令1条1項)。同審査会には,必要に応じて臨時委員及び専門委員を置くことができ,委員,臨時委員及び専門委員は,学識経験のある者等のうちから処分行政庁が任命する(同令1条2項,3項,2条)。同審査会には,被爆者援護法の規定により疾病・障害認定審査会の権限に属させられた事項を処理する分科会として,原子爆弾被爆者医療分科会(以下「医療分科会」という。)が置かれ(同令5条1項),医療分科会に属すべき委員,臨時委員及び専門委員は,処分行政庁が指名する(同条2項)。
(3) 認定書の交付
処分行政庁は,原爆症認定の申請書を提出した者につき原爆症認定をしたときは,その者の居住地等の都道府県知事を経由して,認定書を交付するものとする(被爆者援護法施行令8条4項)。
第3  前提事実
証拠等の掲記がないものは当事者間に争いがない。
1  原子爆弾の投下
米国軍は,昭和20年8月6日午前8時15分,広島市に広島原爆を投下し,同月9日午前11時2分,長崎市に長崎原爆を投下した。広島原爆はウラン爆弾であり,長崎原爆はプルトニウム爆弾であった(公知の事実)。
2  「原爆症認定に関する審査の方針」の策定
医療分科会は,平成13年5月25日,以下のような内容の「原爆症認定に関する審査の方針」(以下「旧審査の方針」という。)を策定し,原爆症認定に係る審査は,これに定める方針を目安として行うものとした(乙A2)。
(1) 原爆放射線起因性の判断
ア 判断に当たっての基本的な考え方
申請に係る疾病等における原爆放射線起因性の判断に当たっては,原因確率(疾病等の発生が原爆放射線の影響を受けている蓋然性があると考えられる確率)及びしきい値(一定の被曝線量以上の放射線を曝露しなければ疾病等が発生しない値)を目安として,当該申請に係る疾病等の原爆放射線起因性に係る「高度の蓋然性」の有無を判断する。
この場合にあっては,当該申請に係る疾病等に関する原因確率が,① おおむね50%以上である場合には,当該申請に係る疾病の発生に関して原爆放射線による一定の健康影響の可能性があることを推定し,② おおむね10%未満である場合には,当該可能性が低いものと推定した上で,当該申請者の既往歴,環境因子,生活歴等も総合的に勘案して判断を行う。また,原因確率又はしきい値が設けられていない疾病等に係る審査に当たっては,当該疾病等については原爆放射線起因性に係る肯定的な科学的知見が立証されていないことに留意しつつ,当該申請者に係る被曝線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案して,個別に判断する。
イ 原因確率
原因確率は,白血病,胃がん,大腸がん,甲状腺がん,乳がん,肺がん,肝臓がん,皮膚がん(悪性黒色腫を除く。),卵巣がん,尿路系がん(膀胱がんを含む。),食道がん,その他の悪性新生物及び副甲状腺機能亢進症について,それぞれ,申請者の性別,被曝時年齢及び被曝線量に応じた所定の率とする。
ウ しきい値
放射線白内障のしきい値は,1.75シーベルトとする。
エ 原爆放射線の被曝線量
申請者の被曝線量は,初期放射線による被曝線量の値に,残留放射線(誘導放射線)による被曝線量及び放射性降下物による被曝線量の値を加えて得た値とする。そして,① 初期放射線による被曝線量は,申請者の被爆地及び爆心地からの距離(2.5kmまで)の区分に応じた所定の値とし,② 残留放射線による被曝線量は,申請者の被爆地,爆心地からの距離(広島原爆については700mまで,長崎原爆については600mまで)及び爆発後の経過時間(72時間まで)の区分に応じた所定の値とし,③ 放射性降下物による放射線の被曝線量は,原爆投下の直後に所定の地域に滞在し,又は,その後,長期間にわたって当該所定の地域に居住していた場合についてそれぞれ所定の値とする。
(2) 要医療性の判断
要医療性については,当該疾病等の状況に基づき,個別に判断する。
3  旧審査の方針の見直し
(1) 「新しい審査の方針」の策定
医療分科会は,平成20年3月17日,以下のような内容の「新しい審査の方針」を策定し,原爆症認定に係る審査は,「被爆者援護法の精神に則り,より被爆者救済の立場に立ち,原因確率を改め,被爆の実態に一層即したものとするため」,これに定める方針を目安として行うものとした(乙A1の1。以下,この「新しい審査の方針」を「新審査の方針」という。)。
ア 放射線起因性の判断
(ア) 積極的に認定する範囲
①被爆地点が爆心地から約3.5km以内である者,②原爆投下から約100時間以内に爆心地から約2km以内に入市した者又は③原爆投下から約100時間経過後から,原爆投下から約2週間以内の期間に,爆心地から約2km以内の地点に1週間程度以上滞在した者から,放射線起因性が推認される以下の疾病についての申請がある場合については,格段に反対すべき事由がない限り,当該申請疾病と被曝した放射線との関係を積極的に認定する(以下,後記の改定後の新審査の方針及び再改定後の新審査の方針を含め,このような認定方法による認定を「積極認定」といい,積極認定の対象となる被爆態様及び疾病を,それぞれ「積極認定対象被爆」,「積極認定対象疾病」という。)。
a 悪性腫瘍(固形がんなど)
b 白血病
c 副甲状腺機能亢進症
d 放射線白内障(加齢性白内障を除く。)
e 放射線起因性が認められる心筋梗塞
この場合,認定の判断に当たっては,積極的に認定を行うため,申請者から可能な限り客観的な資料を求めることとするが,客観的な資料がない場合にも,申請書の記載内容の整合性やこれまでの認定例を参考にしつつ判断する。
(イ) それ以外の申請について
上記(ア)に該当する場合以外の申請についても,申請者に係る被曝線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案して,個別にその起因性を総合的に判断する(以下,このような認定方法による認定を「総合認定」という。)。
イ 要医療性の判断
要医療性については,当該疾病等の状況に基づき,個別に判断する。
(2) 新審査の方針の改定
医療分科会は,平成21年6月22日,新審査の方針を改定し,積極認定対象疾病(前記(1)ア(ア)aないしe)に,「放射線起因性が認められる甲状腺機能低下症」及び「放射線起因性が認められる慢性肝炎・肝硬変」を追加した(乙A1の2。以下,この改定された新審査の方針を「改定後の新審査の方針」という。)。
(3) 新審査の方針の再改定
医療分科会は,平成25年12月16日,新審査の方針を以下のとおり再改定した(乙A16。以下,この再改定された新審査の方針を「再改定後の新審査の方針」という。)。
ア 放射線起因性の判断
放射線起因性の要件該当性の判断は,科学的知見を基本としながら,総合的に実施するものである。特に,被爆者救済及び審査の迅速化の見地から,現在の科学的知見として放射線被曝による健康影響を肯定することのできる範囲に加え,放射線被曝による健康影響が必ずしも明らかでない範囲を含め,次のとおり積極認定の範囲を設定する。
(ア) 積極認定の範囲
a 悪性腫瘍(固形がんなど),白血病及び副甲状腺機能亢進症については,①被爆地点が爆心地から約3.5km以内である者,②原爆投下から約100時間以内に爆心地から約2km以内に入市した者又は③原爆投下から約100時間経過後から,原爆投下から約2週間以内の期間に,爆心地から約2km以内の地点に1週間程度以上滞在した者のいずれかに該当する者から申請がある場合については,格段に反対すべき事由がない限り,当該申請疾病と被曝した放射線との関係を原則的に認定する。
b 心筋梗塞,甲状腺機能低下症並びに慢性肝炎及び肝硬変については,①被爆地点が爆心地から約2km以内である者又は②原爆投下から翌日までに爆心地から約1km以内に入市した者のいずれかに該当する者から申請がある場合については,格段に反対すべき事由がない限り,当該申請疾病と被曝した放射線との関係を積極的に認定する。
c 放射線白内障(加齢性白内障を除く。)については,被爆地点が爆心地から約1.5km以内である者から申請がある場合については,格段に反対すべき事由がない限り,当該申請疾病と被曝した放射線との関係を積極的に認定する。
これらの場合,認定の判断に当たっては,積極的に認定を行うため,申請者から可能な限り客観的な資料を求めることとするが,客観的な資料がない場合にも,申請書の記載内容の整合性やこれまでの認定例を参考にしつつ判断する。
(イ) それ以外の申請について
上記(ア)に該当する場合以外の申請についても,申請者に係る被曝線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案して,個別にその起因性を総合的に判断する(総合認定)。
イ 要医療性の判断
要医療性については,当該疾病等の状況に基づき,個別に判断する。
4  本件各却下処分の経緯等
(1) 原告X1
ア 原告X1は,昭和9年○月○日生まれの男性であり,被爆者健康手帳の交付を受けた広島原爆の被爆者である(乙Dイ1・1177頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料1)。
イ 原告X1は,平成21年1月30日,下咽頭がんを申請疾病とする原爆症認定申請をした。これに対し,処分行政庁は,疾病・障害認定審査会の意見を聴いた上で,平成22年8月26日付けで原告X1の上記申請を却下する旨の処分をした(乙Dイ1・1177頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料1)。
ウ 原告X1は,平成22年10月29日,処分行政庁に対し,上記イの処分に対する異議申立てをした(弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料1)。
エ 処分行政庁は,平成23年12月22日,上記ウの異議申立てを棄却した(弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料1)。
オ 原告X1は,平成24年3月27日,前記イの処分の取消しを求める本件訴えを提起した(当裁判所に顕著な事実)。
(2) 原告X2
ア 原告X2は,昭和8年○月○日生まれの男性であり,被爆者健康手帳の交付を受けた長崎原爆の被爆者である(乙Dロ1・239頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料1)。
イ 原告X2は,平成20年10月27日,右腎がん(腎細胞がん)を申請疾病とする原爆症認定申請をした。これに対し,処分行政庁は,疾病・障害認定審査会の意見を聴いた上で,平成22年10月25日付けで原告X2の上記申請を却下する旨の処分をした(乙Dロ1・239頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料1)。
ウ 原告X2は,平成23年1月12日,処分行政庁に対し,上記イの処分に対する異議申立てをした。
エ 原告X2は,平成24年3月27日,前記イの処分の取消しを求める本件訴えを提起した(当裁判所に顕著な事実)。
オ 処分行政庁は,平成24年4月27日,前記ウの異議申立てを棄却した(弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料1)。
(3) 原告X3
ア 原告X3は,昭和3年○月○日生まれの男性であり,被爆者健康手帳の交付を受けた広島原爆の被爆者である(乙Dハ1・705頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料1)。
イ 原告X3は,平成21年7月31日,右腎がん(腎細胞がん)を申請疾病とする原爆症認定申請をした。これに対し,処分行政庁は,疾病・障害認定審査会の意見を聴いた上で,平成22年11月26日付けで原告X3の上記申請を却下する旨の処分をした(乙Dハ1・705頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料1)。
ウ 原告X3は,平成23年1月31日,処分行政庁に対し,上記イの処分に対する異議申立てをした(弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料1)。
エ 原告X3は,平成24年3月27日,前記イの処分の取消しを求める本件訴えを提起した(当裁判所に顕著な事実)。
オ 処分行政庁は,平成24年4月27日,前記ウの異議申立てを棄却した(弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料1)。
(4) 原告X4
ア 原告X4は,昭和12年○月○日生まれの女性であり,被爆者健康手帳の交付を受けた長崎原爆の被爆者である(乙Dニ1・345頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料1)。
イ 原告X4は,平成20年3月28日,胃がんを申請疾病とする原爆症認定申請をした。これに対し,処分行政庁は,疾病・障害認定審査会の意見を聴いた上で,平成22年5月27日付けで原告X4の上記申請を却下する旨の処分をした(乙Dニ1・345頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料1)。
ウ 原告X4は,平成22年8月12日,処分行政庁に対し,上記イの処分に対する異議申立てをした(乙Dニ3・1頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料1)。
エ 原告X4は,平成24年3月27日,前記イの処分の取消しを求める本件訴えを提起した(当裁判所に顕著な事実)。
(5) X5
ア X5は,昭和11年○月○日生まれの女性であり,被爆者健康手帳の交付を受けた長崎原爆の被爆者である(乙Dホ1・209頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料1)。
イ X5は,平成20年8月29日,左乳がん術後皮膚潰瘍を申請疾病とする原爆症認定申請をした。これに対し,処分行政庁は,疾病・障害認定審査会の意見を聴いた上で,平成22年10月25日付けでX5の上記申請を却下する旨の処分をした(乙Dホ1・209頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料1)。
ウ X5は,平成22年12月22日,処分行政庁に対し,上記イの処分に対する異議申立てをした(弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料1)。
エ X5は,平成24年3月27日,前記イの処分の取消しを求める本件訴えを提起した(当裁判所に顕著な事実)。
オ X5は,平成25年4月10日,死亡し,本件に係る権利関係は,X5の長女X6(昭和45年○月○日生),長男X7(昭和47年○月○日生)及び二女X8(昭和50年○月○日生)が承継した(以下,X6,X7及びX8を併せて「原告X5承継人ら」という。)(弁論の全趣旨・平成26年3月19日付け訴訟手続承継の届出書)。
(6) X9
ア X9は,大正10年○月○日生まれの男性であり,被爆者健康手帳の交付を受けた広島原爆の被爆者である(乙Dヘ1・755頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料1)。
イ X9は,平成22年6月30日,膀胱がんを申請疾病とする原爆症認定申請をした。これに対し,処分行政庁は,疾病・障害認定審査会の意見を聴いた上で,平成23年7月29日付けでX9の上記申請を却下する旨の処分をした(甲Dヘ3・11枚目,乙Dヘ1・755頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料1)。
ウ X9は,平成23年10月3日,処分行政庁に対し,上記イの処分に対する異議申立てをした。
エ X9は,平成24年3月27日,前記イの処分の取消しを求める本件訴えを提起した(当裁判所に顕著な事実)。
オ X9は,平成26年4月9日,死亡し,本件に係る権利関係は,X9の妻X10(昭和7年○月○日生)が承継した(以下,X10を「原告X9承継人」という。)(弁論の全趣旨・平成26年11月28日付け訴訟手続承継の届出書)。
(7) 原告X11
ア 原告X11は,昭和13年○月○日生まれの男性であり,被爆者健康手帳の交付を受けた長崎原爆の被爆者である(乙Dト1・387頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料1)。
イ 原告X11は,平成18年10月6日,前立腺がんを申請疾病とする原爆症認定申請をした。これに対し,処分行政庁は,疾病・障害認定審査会の意見を聴いた上で,平成22年4月27日付けで原告X11の上記申請を却下する旨の処分をした(乙Dト1・387頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料1)。
ウ 原告X11は,平成22年7月23日,処分行政庁に対し,上記イの処分に対する異議申立てをした(乙Dト1・8枚目,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料1)。
エ 原告X11は,平成24年3月27日,前記イの処分の取消しを求める本件訴えを提起した(当裁判所に顕著な事実)。
(8) 原告X12
ア 原告X12は,昭和17年○月○日生まれの男性であり,被爆者健康手帳の交付を受けた長崎原爆の被爆者である(乙Dチ1・173頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料1)。
イ 原告X12は,平成20年5月27日,前立腺がんを申請疾病とする原爆症認定申請をした。これに対し,処分行政庁は,疾病・障害認定審査会の意見を聴いた上で,平成22年6月24日付けで原告X12の上記申請を却下する旨の処分をした(乙Dチ1・173頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料1)。
ウ 原告X12は,平成22年8月27日,処分行政庁に対し,上記イの処分に対する異議申立てをした。
エ 原告X12は,平成24年3月27日,前記イの処分の取消しを求める本件訴えを提起した(当裁判所に顕著な事実)。
(9) 原告X13
ア 原告X13は,昭和20年○月○日生まれの男性であり,被爆者健康手帳の交付を受けた広島原爆の被爆者である(乙Dリ1・2837頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料1)。
イ 原告X13は,平成20年6月6日,胃がんを申請疾病とする原爆症認定申請をした。これに対し,処分行政庁は,疾病・障害認定審査会の意見を聴いた上で,平成22年3月19日付けで原告X13の上記申請を却下する旨の処分をした(乙Dリ1・2837頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料1)。
ウ 原告X13は,平成22年5月27日,処分行政庁に対し,上記イの処分に対する異議申立てをした(乙Dリ1・5枚目,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料1)。
エ 原告X13は,平成24年3月27日,前記イの処分の取消しを求める本件訴えを提起した(当裁判所に顕著な事実)。
(10) 原告X14
ア 原告X14は,昭和6年○月○日生まれの男性であり,被爆者健康手帳の交付を受けた長崎原爆の被爆者である(乙Dル1・29頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料1)。
イ 原告X14は,平成20年4月28日,心筋梗塞を申請疾病とする原爆症認定申請をした。これに対し,処分行政庁は,疾病・障害認定審査会の意見を聴いた上で,平成22年1月28日付けで原告X14の上記申請を却下する旨の処分をした(乙Dル1・30頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料1)。
ウ 原告X14は,平成22年3月30日,処分行政庁に対し,上記イの処分に対する異議申立てをした。
エ 処分行政庁は,平成24年3月23日,上記ウの異議申立てを棄却した(弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料1)。
オ 原告X14は,平成24年3月27日,前記イの処分の取消しを求める本件訴えを提起した(当裁判所に顕著な事実)。
(11) 原告X15
ア 原告X15は,昭和7年○月○日生まれの男性であり,被爆者健康手帳の交付を受けた広島原爆の被爆者である(乙Dワ1・79頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料2)。
イ 原告X15は,平成20年10月31日,狭心症を申請疾病とする原爆症認定申請をした。これに対し,処分行政庁は,疾病・障害認定審査会の意見を聴いた上で,平成22年5月27日付けで原告X15の上記申請を却下する旨の処分をした(乙Dワ1・79頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料2)。
ウ 原告X15は,平成22年8月12日,処分行政庁に対し,上記イの処分に対する異議申立てをした(乙Dワ1・7枚目,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料2)。
エ 原告X15は,平成24年3月27日,前記イの処分の取消しを求める本件訴えを提起した(当裁判所に顕著な事実)。
(12) 原告X16
ア 原告X16は,昭和8年○月○日生まれの男性であり,被爆者健康手帳の交付を受けた広島原爆の被爆者である(乙Dヨ1・1062頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料2)。
イ 原告X16は,平成20年4月21日,心筋梗塞を申請疾病とする原爆症認定申請をした。これに対し,処分行政庁は,疾病・障害認定審査会の意見を聴いた上で,平成22年3月19日付けで原告X16の上記申請を却下する旨の処分をした(乙Dヨ1・1062頁,14枚目,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料2)。
ウ 原告X16は,平成22年6月2日,処分行政庁に対し,上記イの処分に対する異議申立てをした。
エ 処分行政庁は,平成23年9月30日,上記ウの異議申立てを棄却した。
オ 原告X16は,平成24年3月27日,前記イの処分の取消しを求める本件訴えを提起した(当裁判所に顕著な事実)。
(13) 原告X17
ア 原告X17は,昭和10年○月○日生まれの男性であり,被爆者健康手帳の交付を受けた長崎原爆の被爆者である(乙Dタ1・136頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料2)。
イ 原告X17は,平成18年6月9日,脳梗塞を申請疾病とする原爆症認定申請をした。これに対し,処分行政庁は,疾病・障害認定審査会の意見を聴いた上で,平成22年2月23日付けで原告X17の上記申請を却下する旨の処分をした(乙Dタ1・136頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料2)。
ウ 原告X17は,平成22年4月26日,処分行政庁に対し,上記イの処分に対する異議申立てをした。
エ 原告X17は,平成24年3月27日,前記イの処分の取消しを求める本件訴えを提起した(当裁判所に顕著な事実)。
(14) 原告X18
ア 原告X18は,昭和16年○月○日生まれの女性であり,被爆者健康手帳の交付を受けた長崎原爆の被爆者である(乙Dソ1・607頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料2)。
イ 原告X18は,平成22年5月28日,甲状腺機能低下を申請疾病とする原爆症認定申請をした。これに対し,処分行政庁は,疾病・障害認定審査会の意見を聴いた上で,平成23年8月26日付けで原告X18の上記申請を却下する旨の処分をした(乙Dソ1・607頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料2)。
ウ 原告X18は,平成23年10月28日,処分行政庁に対し,上記イの処分に対する異議申立てをした。
エ 原告X18は,平成24年3月27日,前記イの処分の取消しを求める本件訴えを提起した(当裁判所に顕著な事実)。
(15) 原告X19
ア 原告X19は,昭和3年○月○日生まれの女性であり,被爆者健康手帳の交付を受けた広島原爆の被爆者である(乙Dネ1・1066頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料2)。
イ 原告X19は,平成18年6月9日,C型肝炎(C型慢性肝炎)を申請疾病とする原爆症認定申請をした。これに対し,処分行政庁は,疾病・障害認定審査会の意見を聴いた上で,平成22年1月28日付けで原告X19の上記申請を却下する旨の処分をした(乙Dネ1・1066頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料2)。
ウ 原告X19は,平成22年3月30日,処分行政庁に対し,上記イの処分に対する異議申立てをした(乙Dネ1・5枚目,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料2)。
エ 処分行政庁は,平成23年5月27日,上記ウの異議申立てを棄却した(弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料2)。
オ 原告X19は,平成23年12月20日,前記イの処分の取消しを求める本件訴えを提起した(当裁判所に顕著な事実)。
(16) 原告X20
ア 原告X20は,昭和11年○月○日生まれの男性であり,被爆者健康手帳の交付を受けた長崎原爆の被爆者である(乙Dナ1・3頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料2)。
イ 原告X20は,平成21年4月22日,脳梗塞を申請疾病とする原爆症認定申請をした。これに対し,処分行政庁は,疾病・障害認定審査会の意見を聴いた上で,平成24年7月27日付けで原告X20の上記申請を却下する旨の処分をした(乙Dナ1・3頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料2)。
ウ 原告X20は,平成25年2月20日,上記イの処分の取消しを求める本件訴えを提起した(当裁判所に顕著な事実)。
(17) 原告X21
ア 原告X21は,昭和6年○月○日生まれの女性であり,被爆者健康手帳の交付を受けた長崎原爆の被爆者である(乙Dラ1・38頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料2)。
イ 原告X21は,平成23年6月24日,狭心症を申請疾病とする原爆症認定申請をした。これに対し,処分行政庁は,疾病・障害認定審査会の意見を聴いた上で,平成24年1月27日付けで原告X21の上記申請を却下する旨の処分をした(乙Dラ1・38頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料2)。
ウ 原告X21は,平成24年4月6日,処分行政庁に対し,上記イの処分に対する異議申立てをした(乙Dラ6・1頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(5)の認定資料2)。
エ 処分行政庁は,平成24年12月14日,上記ウの異議申立てを棄却した。
オ 原告X21は,平成25年6月10日,前記イの処分の取消しを求める本件訴えを提起した(当裁判所に顕著な事実)。
5  関連事件の訴訟終了
B1(以下「B1」という。)の相続人であるB2,B3,B4,B5及びB6(以下,併せて「B1の相続人ら」という。),B7(以下「B7」という。),B8(以下「B8」という。),B9(以下「B9」という。)並びにB10(以下「B10」という。)の相続人であるB11(以下「B10の相続人」という。)は,平成24年3月27日,原爆症認定申請を却下する旨の処分の取消しを求める訴えを提起し,本件と弁論が併合されて審理されていた。
しかしながら,B7については,平成25年10月3日,B7が訴えの取下げをし,同月21日,被告がこれに同意し,B1,B8,B9及びB10については,処分行政庁がB1,B8,B9及びB10に対する上記処分を撤回した上で,原爆症認定をしたことから,平成26年6月17日,B1の相続人ら,B8,B9及びB10の相続人が訴えの取下げをし,同月26日,被告がこれに同意し,いずれも訴訟が終了した。
6  放射線
(1) 種類
原爆による被曝で問題となる放射線としては,アルファ線(α線),ベータ線(β線),ガンマ線(γ線)及び中性子線が挙げられる(乙B52・1頁,乙B62,乙B63・28頁,29頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)11頁,12頁)。
ア アルファ線
2個の陽子(プラスの電荷を帯びた粒子)と2個の中性子から成る粒子線である。ラジウム,プルトニウム,ウラン,ラドンなどの特定の放射性原子の自然崩壊によって生じる。物質との相互作用が強く,物質通過中に急速にエネルギーを失っていくので,透過力(物質を通過する力)は極めて小さい。空気中では数センチメートル程度しか飛ばず,薄い紙1枚で完全に止めることができる。
イ ベータ線
陽子や中性子の質量の約2000分の1の質量を持つ高速度の電子(マイナスの電荷を帯びた粒子)から成る粒子線である。トリチウム(水素の同位体),炭素14,リン32,ストロンチウム90など特定の放射性物質の自然崩壊によって発生する。空気中では数十センチメートルないし数メートルの距離まで届く。
ウ ガンマ線
粒子線であるアルファ線やベータ線と異なり,電磁波であり,質量や電荷を持たないため,物質との相互作用の程度が弱く,物質を通過する際になかなかエネルギーを失わないため,透過力が大きい。コバルト60のガンマ線は人体の深部まで透過することができるので,がんの放射線治療にも広く使用されている。
エ 中性子線
電荷を持たない中性子粒子から成る粒子線である。中性子粒子はウランやプルトニウムなどの核分裂によって発生する。原爆の爆発に至る原子核の連鎖反応を引き起こすのは中性子線であるといわれる。中性子自体は電荷を帯びていないので,細胞に損傷を与えることはほとんどないが,中性子が水素の原子核,すなわち,正の電荷を帯びた陽子にぶつかると,体内で電離を引き起こすとされる。中性子の質量は大きいが,電荷を持たないため,透過力は大きい。
(2) 単位
放射線の量は,放射線が物質や人体に及ぼす作用や影響の大きさにより評価され,どのような作用や影響に注目するかによっていくつかの線量とその単位が定義されて用いられている(弁論の全趣旨・被告準備書面(2)106頁ないし108頁)。
ア 吸収線量(グレイ,ラド)
吸収線量とは,放射線のエネルギーがどれだけ物質に吸収されたかを表す単位であり,放射線が物質との相互作用を行った結果,その物質の単位質量当たりに吸収されたエネルギーをいう。吸収線量は,放射線の種類や物質の種類に関係なく使用される。1グレイは物質1kg当たり1ジュールのエネルギー吸収があるときの吸収線量である。
1グレイは,100センチグレイ又は1000ミリグレイであり,ラドは,1ラド当たり1センチグレイで換算される。
イ 等価線量(シーベルト)
等価線量(シーベルト)とは,ある組織や臓器への影響はどのくらいあるかを表す単位である。人体に放射線が当たった場合,同一の吸収線量であっても,放射線の種類やエネルギーによって与えられる影響の程度は異なることから,条件の異なった放射線照射により人体に与えられるリスク(危険度)を,同一尺度で計算し,放射線防護の目的で比較したり,加え合わせたりするために考え出された単位である。放射線の種類とエネルギーによって与えられる影響の程度が異なることを考慮するため,吸収線量(グレイ)に放射線荷重係数を掛けることになる。例えば,ベータ線やガンマ線は1,アルファ線は20とされ,中性子線は,エネルギーにより,5ないし20とされている。
なお,1シーベルトは,1000ミリシーベルト又は100万マイクロシーベルトである。
ウ 実効線量(シーベルト)
実効線量(シーベルト)とは,等価線量に個別の人体組織についての放射線感受性を表す組織荷重係数を掛けたものを,放射線を受けた組織について加え合わせたものであり,人体が受けるリスクの大きさを表す。人体が放射線を受けた場合,等価線量が同じでもその影響の現れ方は人体の組織や臓器によって異なるため,人体の様々な組織への影響を合計して評価するために定義された単位である。
エ 放射線を出す側,すなわち,放射能に着目した単位(ベクレル,キュリー)
ベクレルとは,放射線源に含まれる放射性同位元素の量を表す単位である。1ベクレルは,1秒間に1個の原子が崩壊するときの放射能の強さである。1キュリーは370億ベクレルに相当する。なお,1キュリーの1兆分の1が,1ピコキュリーである。
レントゲン(R)は,空気中に放射線(X線やガンマ線)を照射すると原子がイオン化(電離)される放射線の総量であり,1レントゲンは,放射線の照射によって標準状態の空気1cm3当たりに1静電単位(esu)のイオン電荷が発生したときの放射線の総量と定義される。1レントゲンは,ほぼ0.87ラドに相当する(乙B15・227頁)。
7  原爆傷害調査委員会及び放射線影響研究所
原爆傷害調査委員会(ABCC。以下「ABCC」という。)は,昭和22年,広島及び長崎の原爆被爆者の健康影響を調査するため,米国学士院により広島市及び長崎市に設立された(甲A503・1頁)。
ABCCは,昭和30年,昭和25年の国勢調査時に行われた原爆被爆者調査から得られた資料を用いて,固定集団の対象者になり得る者の包括的な名簿を作成した。具体的には,この国勢調査により,全国で28万4000人の日本人被爆者が確認され,このうち,昭和25年当時に広島又は長崎のいずれかに居住していた約20万人が基本群となり,この基本群から選ばれた副次集団について被爆者調査が実施された(甲A503・6頁)。
そして,昭和50年,放射線影響研究所(放影研。以下「放影研」という。)が日米両国政府の共同出資によって設立され,ABCCの被爆者調査は,放影研に引き継がれている(甲A503・1頁)。
8  原子放射線の影響に関する国連科学委員会
原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR。以下「UNSCEAR」という。)は,1950年(昭和25年)初頭に頻繁に行われた核実験による環境影響及び人間への健康影響を世界的に調査するために,1955年(昭和30年),国連に設置された委員会であり,現在では,1年に1回,世界21箇国から各国政府の代表団として100人程度の科学者が集まり,放射線による人体への影響についてその時点での最新の科学的知見を議論し,その結果を報告書にまとめている。この報告書は,国際放射線防護委員会(ICRP。以下「ICRP」という。)及び国際原子力委員会(IAEA。以下「IAEA」という。)の基礎資料となり,世界各国の放射線防護の基準の参考となっている(弁論の全趣旨・被告準備書面(1)33頁)。
第4  争点及び当事者の主張
1  総説
本件における争点は,① 原爆症認定における放射線起因性の判断基準,② 本件申請者らの原爆症認定要件該当性(放射線起因性及び要医療性)であり,これらの争点に関する当事者の主張は,別紙4「原告らの主張」及び別紙5「被告の主張」に記載のとおりであるが,その要旨は次のとおりである。
2  原爆症認定における放射線起因性の判断基準
(1) 原告らの主張の要旨
被爆者援護法の前文は,被爆者援護法制定の経緯,被爆者援護法の趣旨,目的等について宣言しているが,この前文の精神こそが,被爆者援護法の解釈及び適用に当たっての出発点でなければならない。そこに示されたものは,核廃絶への願いであり,被爆者の置かれた状況への理解である。
そうであるならば,被爆者援護法を解釈するに当たっては,原爆被害の実相を正しく受け止めるところから出発しなければならない。その上で,原爆被害であることを公的に認定する唯一の制度である原爆症認定の在り方を問うべきである。
そして,被爆者援護法の趣旨及び目的等から,原爆症認定の要件は,被爆者に過重な負担を掛けることのないよう解釈,運用されなければならず,起因性の要件に関しては,放射線被曝に関する当初の調査が不十分であったこと等からすれば,相当線量を被曝したと認められる事情にあり,当該被爆者が,放射線に影響があることが疫学的に予測される負傷又は疾病にかかった場合には放射線起因性が推定され,放射線の影響を否定し得る特段の事情が認められない限り,その負傷又は疾病は原爆放射線の影響を受けたものとして原爆症認定がされるべきである。
その場合,残留放射線や疫学調査における影響を受ける疾病の範囲の拡大,更には疾病発生の背景にある低線量部まで認められる炎症の持続や免疫の低下を考慮すべきである。
(2) 被告の主張の要旨
放射線起因性の要件該当性については,通常の民事訴訟と同様の立証の程度が要求されるべきである。すなわち,放射線起因性の要件該当性が認められるためには,「特定の被爆者の原爆放射線被曝」という特定の事実が,「特定の被爆者の申請疾病の発症」という特定の結果発生を招来した関係を是認し得る程度の高度の蓋然性を証明することが必要であり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることが必要である。そして,その主張立証責任はいうまでもなく個別の原告らに帰せられるべきものである。
この立場に依拠しつつ,本件申請者らの申請疾病のように原爆放射線被曝によらずに一般的に発症し得る疾病について放射線起因性の要件該当性を判断する場合の論理的構造を考察すると,以下の3点を順次検討することが不可欠ということになる。すなわち,① 放射線と疾病の発症との関係に係る疫学的な知見の的確な分析及び適用(因果関係判断の基礎となるべき疫学的知見の有無及びその内容),② 上記①の疫学的知見に特定の被爆者を当てはめ,特定の被爆者について原爆放射線被曝による発症のリスクを導き出すための科学的な知見に基づく的確な線量評価,③ 原爆放射線に基づく罹患リスクとそれ以外のリスク(原爆放射線被曝にかかわらずに発症することが医学的に一般的に認められている場合の罹患リスク等)を対比した上で,なお,高度の蓋然性をもって当該被爆者の原爆放射線被曝により当該被爆者の申請疾病を発症したと評価し得るかというリスクの的確な評価という3段階を経なければ,特定の被爆者が,当該被爆者が受けた原爆放射線に起因して当該被爆者の申請疾病を発症したということを,高度の蓋然性をもって証明したといえるか否かを判断することはできない。
3  本件申請者らの原爆症認定要件該当性
(1) 原告X1
ア 原告X1の主張の要旨
(ア) 原告X1は,平成20年9月,申請疾病である下咽頭がんと診断されたものである。
(イ) 下咽頭がんは,改定後の新審査の方針における積極認定対象疾病であるが,原告X1の被爆態様が積極認定対象被爆に当たらないため,総合認定の対象となるところ,原告X1の申請疾病には,以下のとおり,放射線起因性が認められる。
a 下咽頭がんは,改定後の新審査の方針における積極認定対象疾病であり,放射線起因性の認められる疾病であることは明らかである。
b 原告X1は,広島原爆の投下から5日後,放射性降下物や誘導放射化された物質により高度に汚染されていたと考えられる広島の爆心地から約500mの地点近辺において,家族の捜索のため数時間滞在し,スコップで地面を掘ったり,水を飲んだりしており,外部被曝だけでなく,放射能に汚染された塵埃や水を体内に取り込んで内部被曝をした可能性が高い。しかも,原告X1は,その後も繰り返し爆心地付近で家族の捜索を行っている。また,原告X1が広島市内で接した多数の被爆者は,自らの体液や骨が誘導放射化された者や放射性降下物で高度に汚染されていた者であると考えられる。さらに,原告X1には,被爆後,胃腸が弱くなり下痢が多くなるという体調不良が生じている。
加えて,原告X1は11歳という若年時に被爆しており,被爆者調査で報告されている発がんリスクが高い群に極めて近い。また,申請疾病である下咽頭がんだけではなく,食道がんと胃がんにも罹患しているところ,こうした多重がんと放射線被曝との間には相関関係が認められている。
よって,これらの事情からすれば,原告X1は,相当量の残留放射線に被曝したということができる。
c 改定後の新審査の方針においては,「原爆投下から約100時間以内に爆心地から約2km以内に入市した者」を積極認定対象被爆とするが,「約100時間以内に約2km」という数字の算出根拠(科学的根拠)は不明であり,これを超える時期の放射線の影響については何ら説明をしていない。むしろ「約」という表現自体が幅のある表現であり,100時間を超えれば途端に放射線影響が0になるわけではないことを表している。
そして,原告X1が「約100時間後」よりも僅か1日後ないし1日半後に入市し,その後「約2km」よりもはるかに近距離(約500m以内)にまで到達したことからすれば,改定後の新審査の方針の積極認定対象被爆に匹敵する入市者であるといえる。各種判決でも,このような場合に放射線起因性を認めたものがある。
(ウ) 原告X1は,現在でも,下咽頭がんの治療のために通院治療中であり,定期的な頚部超音波検査及び内視鏡検査を受けており,申請疾病には要医療性が認められる。
イ 被告の主張の要旨
(ア) 原告X1が広島市中町の自宅付近まで入市したことによる原告X1の誘導放射線による推定積算線量は,0.003グレイを下回る。自らの人体が誘導放射化されたり,放射性降下物で高度に汚染されたりしていた多数の被爆者に接したことによる被曝線量もごく僅かにすぎない。内部被曝による被曝線量も微量にすぎない。
(イ) 原告X1の身体症状は,放射線被曝による急性症状とはいえない。
(ウ) 原告X1が若年被爆者であるとの主張は,放射線起因性を認める根拠とはなり得ない。また,原告X1が多重がんであることも,原告X1の下咽頭がんにつき放射線起因性を認める根拠とはならない。
(エ) 原告X1には,下咽頭がんの重大な危険因子である性差,加齢,喫煙及び飲酒が存在している。
(オ) 原告X1について放射線起因性の要件を満たすというためには,原告X1において,被告が指摘する原告X1の危険因子(性差,加齢,喫煙及び飲酒)の影響を超えて,原告X1の下咽頭がんの発症が原爆放射線により生じたことについて,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の証明をすることが必要である。
そして,原告X1の放射線被曝の程度,急性症状の有無,申請疾病(下咽頭がん)と放射線被曝に関する知見の状況及び喫煙,飲酒等の危険因子の状況を総合考慮すれば,原告X1の申請疾病(下咽頭がん)が,危険因子の影響を超えて,原爆放射線により発症したことについて,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の証明があるとはいえない。むしろ,その発症は,喫煙,飲酒等の原爆放射線以外の要因によるとみるのが自然かつ合理的である。
したがって,原告X1の申請疾病については,被爆者援護法10条1項の放射線起因性の要件を満たすということはできない。
(2) 原告X2
ア 原告X2の主張の要旨
(ア) 原告X2は,腎臓に腫瘍があることが分かったことから,平成17年1月,右腎臓摘出手術を受け,申請疾病である腎細胞がんが確認されたものである。
(イ) 腎細胞がんは,改定後の新審査の方針における積極認定対象疾病であり,かつ,原告X2は,長崎原爆の投下翌日に,爆心地から600mないし800mの地点まで入市したものであるから,積極認定対象被爆に該当する。原告X2の申請疾病には,以下のとおり,放射線起因性が認められるはずである。
a 腎細胞がんは,改定後の新審査の方針における積極認定対象疾病であり,放射線起因性の認められる疾病であることは明らかである。
b 原告X2の被爆態様は,積極認定対象被爆に当たることから,原告X2の発症した腎細胞がんに放射線起因性が認められることも明らかである。
c 原告X2は,被爆後,屋外で自宅の周りの様子を見たり,片付けをしたりしている時,雨に体を打たれた。原告X2は,その雨が多少黒かったと記憶している。また,原告X2は,長崎原爆の投下当日も,長崎駅辺りまで入市している。
d 原告X2は,被爆して1週間ないし10日後から,吐き気,下痢及び発熱が続き,前頭部分の頭髪が抜けるなどの症状を生じた。その後,口内炎になり,喉の具合も悪くなった。また,体のあちらこちらに紫斑が出現した。原告X2は,翌年(中学校の3学期),肺門リンパ腺炎との診断を受け,休学した。原告X2は,この頃から,医師から貧血状態であるとの指摘を受けるようになり,腰などが痛むようになった。
その後,成人した後も,慢性的に貧血状態にあり,腰や膝の痛みも続いていた。また,喉の調子は悪くせきが出て,いつもたんが出るようになり,せき払いが習慣になった。
平成21年10月,がんが肝臓に転移した疑いが持たれ,原告X2は,同年11月に入院して抗がん剤治療を受けた。平成22年3月23日,肝部分切除手術を受け,肝臓にがんが転移していることが確認された。原告X2は,同年6月,同年7月及び同年9月,抗がん剤治療を受け,更に同年11月には再度,肝部分切除手術を受けた。原告X2は,平成23年11月8日から同月29日まで,急性虫垂炎及び腹膜炎で手術を受けた。さらに,原告X2は,同年12月7日から同月22日までの間,肝がんの治療のため,肝臓に経皮的エタノール注入手術を4回受けた。その後も経過観察をしていたが,平成24年4月末に,肝臓にがん転移が確認された。
(ウ) 原告X2の腎細胞がんは,肝臓に転移し,肝部分切除手術(平成22年11月16日)及び経皮的エタノール注入手術(平成23年12月から平成24年1月まで)を受け,外来で経過観察中であり,申請疾病には要医療性が認められる。
イ 被告の主張の要旨
(ア) 原告X2が長崎原爆の投下当日及び翌日に入市した事実は認められず,原告X2は「原爆投下から約100時間以内に爆心地から約2km以内に入市した者」には当たらない。雨に打たれたことによる原告X2の放射性降下物による被曝線量は微量にすぎない。原告X2の推定被曝線量は,全体量としても約0.0003グレイにすぎない。
(イ) 原告X2に紫斑が出現した事実は認められず,原告X2が挙げる各身体症状が出現していたとしても,その身体症状は放射線被曝の影響によるものとは認められない。
また,原告X2は,被爆後の病歴等を羅列するが,それらの疾病等の罹患が原告X2の腎細胞がんについて放射線起因性が認められることの根拠となる理由について何ら主張,立証がされてないから,原告X2の上記主張は放射線起因性の判断に影響を与えない単なる事情と理解するほかない。
(ウ) 腎細胞がんは,他のがんと比較して放射線被曝との関連性の程度が低い。
(エ) 原告X2には,腎細胞がんの重大な危険因子である性差,加齢,喫煙及び肥満が存在している。
(オ) 原告X2について放射線起因性の要件を満たすというためには,原告X2において,被告が指摘する原告X2の危険因子(性差,加齢,喫煙及び肥満)の影響を超えて,原告X2の腎細胞がんの発症が原爆放射線により生じたことについて,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の証明をすることが必要である。
そして,原告X2の放射線被曝の程度,急性症状の有無,申請疾病(腎細胞がん)と放射線被曝に関する知見の状況及び加齢,喫煙等の危険因子の状況を総合考慮すれば,原告X2の申請疾病(腎細胞がん)が,危険因子の影響を超えて,原爆放射線により発症したことについて,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の証明があるとはいえない。むしろ,その発症は,加齢,喫煙等の原爆放射線以外の要因によるとみるのが自然かつ合理的である。
したがって,原告X2の申請疾病については,被爆者援護法10条1項の放射線起因性の要件を満たすということはできない。
(3) 原告X3
ア 原告X3の主張の要旨
(ア) 原告X3は,平成21年3月,申請疾病である腎細胞がんに罹患したものである。
(イ) 腎細胞がんは,改定後の新審査の方針における積極認定対象疾病であり,かつ,原告X3は,原爆投下から2週間以内の期間に,爆心地から2km以内の地点に1週間以上滞在したものであるから,積極認定対象被爆に該当する。原告X3の申請疾病には,以下のとおり,放射線起因性が認められるはずである。
a 腎細胞がんは,改定後の新審査の方針における積極認定対象疾病であり,放射線起因性の認められる疾病であることは明らかである。
b 原告X3は,昭和20年8月11日に広島市に入市し,爆心地付近を通り,広島市西天満町の自宅を経て,爆心地から約1.5kmの地点にある小河内橋付近のB12(以下「B12」という。)の自宅及び祖父の住む借家に合わせて同年10月頃まで滞在した。これは,積極認定対象被爆に該当する。また,小河内橋のある天満南三篠地区は黒い雨の降雨地域であった上,親族の安否確認のため死傷者の収容所を訪問して顔を確認したり,死亡した親族の遺体を素手で運んだりするなどして死傷者に直接接触し,遺体焼却に伴って発生する粉塵等を吸引することで,内部被曝を含め相当程度の残留放射線に被曝したことが認められる。さらに,被爆直後の疲れやすいという体調の変化や,多重がんに罹患した事実からも,原告X3が相当量の被曝をしたことが推測される。
(ウ) 原告X3は,平成24年10月に腎細胞がんが肺に転移したため手術を受け,現在も定期検診を受けており,申請疾病には要医療性が認められる。
イ 被告の主張の要旨
(ア) 原告X3が昭和20年8月12日から同年10月頃まで爆心地から約1.5kmの地点にあるB12の自宅及び祖父の住む借家に滞在したとは認められず,原告X3の推定被曝線量は,全体量としても0.016グレイを下回る程度である。
(イ) 原告X3の主張する身体症状は,放射線被曝を原因とする身体症状とはいえない。
(ウ) 多重がんであることは,原告X3の腎細胞がんにつき放射線起因性を認める根拠とはならない。
(エ) 原告X3には,腎細胞がんの重大な危険因子である性差,加齢,高血圧,肥満及び喫煙が存在している。
(オ) 原告X3について放射線起因性の要件を満たすというためには,原告X3において,被告が指摘する原告X3の危険因子(性差,加齢,高血圧,肥満及び喫煙)の影響を超えて,原告X3の腎細胞がんの発症が原爆放射線により生じたことについて,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の証明をすることが必要である。
そして,原告X3の放射線被曝の程度,急性症状の有無,申請疾病(腎細胞がん)と放射線被曝に関する知見の状況及び加齢,高血圧等の危険因子の状況を総合考慮すれば,原告X3の申請疾病(腎細胞がん)が,危険因子の影響を超えて,原爆放射線により発症したことについて,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の証明があるとはいえない。むしろ,その発症は,加齢,高血圧等の原爆放射線以外の要因によるとみるのが自然かつ合理的である。
したがって,原告X3の申請疾病については,被爆者援護法10条1項の放射線起因性の要件を満たすということはできない。
(4) 原告X4
ア 原告X4の主張の要旨
(ア) 原告X4は,平成19年12月,食欲不振の症状により受診し,検査を受けたところ,申請疾病である胃がんと診断されたものである。
(イ) 胃がんは,改定後の新審査の方針における積極認定対象疾病であるが,原告X4の被爆態様が積極認定対象被爆に当たらないため,総合認定の対象となるところ,原告X4の申請疾病には,以下のとおり,放射線起因性が認められる。
a 胃がんは,改定後の新審査の方針における積極認定対象疾病であり,放射線起因性の認められる疾病であることは明らかである。
b 原告X4は,直爆したのみならず,直後に黒い雨に全身を打たれており,しかも,その汚れはなかなか落ちなかったというのであって,直爆による放射線以外にも大量の放射線被曝をしたものと考えられる。また,原告X4は,被爆後に急性症状としての下痢を発症していること,成人した頃から現在に至るまでの長期にわたり,後記dの被爆者によくみられる体調不良に悩まされていることからすれば,相当程度の放射線被曝をしたものと考えられる。
c 原告X4の被爆地点は,長崎の爆心地から約3.6kmの地点であり,総合認定の対象となるとはいえ,積極認定対象被爆である「爆心地から約3.5km以内である者」と比較して,僅か100mほど離れた場所にすぎない。そもそも,この「約3.5km」という数字の算出根拠(科学的根拠)は不明であり,これを超える距離の放射線の影響については何ら説明をしていない。むしろ「約」という表現自体が幅のある表現であり,3.5kmの地点を僅かでも超えれば途端に放射線影響が0になるわけではない。各種判決でも,3.5kmを超える場合に放射線起因性を認めたものがある。
d 原告X4は,被爆の約1年後には,右足のすねに出来物ができ,血の膿が出た。この跡は今でも残っている。
その後,原告X4は,13歳頃から25歳頃まで,顔全体に赤黒い吹き出物が出て,血が混じった膿だらけになるという症状に悩まされ続けた。原告X4は,20歳前後の頃から,体温調節機能の異常を自覚し,また,20歳代の頃から不眠に悩まされており,平成4年には,これらの体温調節機能の異常と不眠について,自律神経失調症との診断を受けている。そして,原告X4は,このような体調不良のほか,これまで次のような病気に罹患している。原告X4は,昭和60年6月,十二指腸潰瘍により17日間入院し,手術はせずに投薬治療によって進行を抑えた。原告X4は,平成元年,肺炎により,約1箇月入院した。平成5年には痔核の手術が行われた。原告X4は,平成7年頃,白内障の診断を受け,現在も投薬治療中である。平成15年には平成5年の痔核治療の予後が悪く,痔核の再手術が行われた。
(ウ) 原告X4は,胃がんの切除手術を受けた後も,再発予防のための経過観察中であり,二,三箇月に1回,検査のため通院していることから,申請疾病には要医療性が認められる。
イ 被告の主張の要旨
(ア) 原告X4の推定被曝線量は,全体量としても約0.0007グレイにすぎない。
(イ) 原告X4に下痢や血の膿が出現したとは認められないし,仮にこれらが認められるとしても,放射線被曝による急性症状の特徴を有するとはいえない。
(ウ) 原告X4は,原告X4の被爆後の病歴等を羅列するが,それらの疾病等の罹患が原告X4の胃がんについて放射線起因性が認められることの根拠となる理由について何ら主張,立証がされていないから,原告X4の上記主張は放射線起因性の判断に影響を与えない単なる事情と理解するほかない。
(エ) 原告X4は若年被爆者であるが,そのことは放射線起因性を認める根拠となり得ない。
(オ) 原告X4には胃がんの重大な危険因子である加齢及びヘリコバクター・ピロリの感染が存在している可能性は否定することができない。
(カ) 原告X4について放射線起因性の要件を満たすというためには,原告X4において,被告が指摘する原告X4の危険因子(加齢及びヘリコバクター・ピロリの感染)の影響を超えて,原告X4の胃がんの発症が原爆放射線により生じたことについて,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の証明をすることが必要である。
そして,原告X4の放射線被曝の程度,急性症状の有無,申請疾病(胃がん)と放射線被曝に関する知見の状況及び加齢等の危険因子の状況を総合考慮すれば,原告X4の申請疾病(胃がん)が,危険因子の影響を超えて,原爆放射線により発症したことについて,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の証明があるとはいえない。むしろ,その発症は,加齢,ヘリコバクター・ピロリの感染などの原爆放射線以外の要因によるとみるのが自然かつ合理的である。
したがって,原告X4の申請疾病については,被爆者援護法10条1項の放射線起因性の要件を満たすということはできない。
(5) X5
ア 原告X5承継人らの主張の要旨
(ア) X5は,昭和59年5月,申請疾病である左乳がん術後皮膚潰瘍の原疾病である乳がんと診断されたものである。
(イ)a X5の申請疾病は,左乳がん術後皮膚潰瘍であり,かつ,X5は爆心地から約3kmの地点にある長崎市馬町の自宅で被爆しているため,改定後の新審査の方針において積極認定の対象となるものである。
b X5の被爆態様は積極認定対象被爆であり,48歳の時に罹患した乳がんにより乳房切除手術を受け,患部に放射線照射を受けた後に,手術創の辺りに皮膚潰瘍が発生しているため,この皮膚潰瘍は,原疾病である乳がん(手術)と局所への放射線治療による連続的,一体的結果であって,積極認定対象疾病に当たる。よって,X5の申請疾病である左乳がん術後皮膚潰瘍には放射線起因性が認められる。
(ウ) X5は,左乳がん術後皮膚潰瘍について平成19年12月から南郷外科・整形外科医院で治療を受けている。治療を受けていた部位については,植皮による手術の必要性も指摘されており,手術がされなかったのは当時うつ病であったX5の「手術をしたくない」との意向からであり,やむなく塗り薬で対処していたものであり,仮に一時的に皮膚潰瘍に瘡蓋ができたとはいえ,完治というにはほど遠いものであった。実際に原爆症認定申請直後の平成20年9月の診療録には,「ulcer(潰瘍)+」と記載されており,その直前の原爆症認定申請時において,皮膚潰瘍が存在して治療が必要な状態にあったことは明らかであり,申請疾病には要医療性が認められる。
イ 被告の主張の要旨
(ア) X5の左胸部に皮膚潰瘍が生じたこと自体は認められるとしても,更に上記皮膚潰瘍が乳がんの手術又は放射線治療の結果生じた「左乳がん術後皮膚潰瘍」であることを認めることはできない。よって,X5の申請疾病である左乳がん術後皮膚潰瘍が被爆者援護法10条1項の放射線起因性の要件を満たすとはいえない。
(イ) X5の乳がんについて,再発,転移等による要医療性は認められない。また,皮膚潰瘍についても,少なくとも原爆症認定申請時において,「現に医療を要する状態にある」皮膚潰瘍は存在しておらず,せいぜい経過観察が行われていたにすぎないから,要医療性は認められない。
(6) X9
ア 原告X9承継人の主張の要旨
(ア) X9は,平成20年,申請疾病である膀胱がん(膀胱腫瘍)と診断されたものである。
(イ) 膀胱がんは,改定後の新審査の方針における積極認定対象疾病であり,かつ,X9は,爆心地から約3.5kmの地点にある「暁二九五三部隊」の練兵場で被爆し,翌日,同爆心地から約1.5kmの地点である広島日赤病院付近まで入市したものであるから,積極認定対象被爆に該当する。X9の申請疾病には,以下のとおり,放射線起因性が認められるはずである。
a 膀胱がんは,改定後の新審査の方針における積極認定対象疾病であり,放射線起因性の認められる疾病であることは明らかである。
b X9の被爆態様は,積極認定対象被爆に当たることから,X9の発症した膀胱がんに放射線起因性が認められることも明らかである。
c X9は,入市した後,発熱,嘔吐,下痢,貧血,めまい,食欲不振といった症状に悩まされることになった。X9は,発熱や嘔吐などのために兵舎において休養しなければならないときもあり,そのような症状が発生すると3日ないし4日くらい悩まされることになった。X9は,復員後の昭和25年頃から,体が重くなり,季節の変化で風邪を引きやすくなった。医者にかかるようになり,医師の指示によってレントゲン撮影を行ったところ,医師から心筋梗塞の気及び心臓肥大の傾向があるとの診断を受けた。それ以来,X9は,心臓の病気については通院を続けていた。
(ウ) X9は,平成20年の手術以降も治療や再手術を重ね,平成26年4月9日に死亡するまで治療を継続した。よって,申請疾病には要医療性が認められる。
イ 被告の主張の要旨
(ア) X9が爆心地から約3.5kmの地点にある「暁二九五三部隊」の練兵場で被爆したと認めることはできず,X9は,爆心地から約4.79kmの地点にある陸軍船舶司令部で被爆したと認められる。
(イ) X9が広島原爆の投下翌日に爆心地から約1.5kmの地点である広島日赤病院付近まで入市した事実は認められず,爆心地から約1kmの地点である県病院付近まで入市した事実も認められない。むしろ,X9が同日に入市した地点は,爆心地から約2.5kmの地点である御幸橋付近までであったと認定すべきである。
(ウ) 膀胱がんについて,放射線被曝との有意な関連性が認められているのは0.1グレイないし0.2グレイ以上の放射線被曝の場合であるところ,X9の被爆態様からすると,X9の推定被曝線量は,全体量としても0.0001グレイを更に下回る程度にすぎず,膀胱がんの放射線起因性が認められる程度の線量の放射線被曝を受けたとは認められない。
(エ) X9に嘔吐及び食欲不振が出現したとは認められず,X9が挙げる身体症状を全体としてみても,放射線被曝による急性症状とはいえない。
(オ) 原告X9承継人は,X9の被爆後の病歴等を羅列するが,それらの疾病等の罹患がX9の膀胱がんについて放射線起因性が認められることの根拠となる理由について何ら主張,立証がされていない。したがって,原告X9承継人の上記主張は失当である。
(カ) X9には膀胱がんの重大な危険因子である性差及び加齢が存在している。
(キ) X9について放射線起因性の要件を満たすというためには,原告X9承継人において,被告が指摘するX9の危険因子(性差及び加齢)の影響を超えて,X9の膀胱がんの発症が原爆放射線により生じたことについて,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の証明をすることが必要である。
そして,X9の放射線被曝の程度,急性症状の有無,申請疾病(膀胱がん)と放射線被曝に関する知見の状況並びに性差及び加齢という危険因子の状況を総合考慮すれば,X9の申請疾病(膀胱がん)が,危険因子の影響を超えて,原爆放射線により発症したことについて,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の証明があるとはいえない。むしろ,その発症は,性差,加齢などの原爆放射線以外の要因によるとみるのが自然かつ合理的である。
したがって,X9の申請疾病については,被爆者援護法10条1項の放射線起因性の要件を満たすということはできない。
(7) 原告X11
ア 原告X11の主張の要旨
(ア) 原告X11は,平成15年8月,申請疾病である前立腺がんと診断されたものである。
(イ) 前立腺がんは,改定後の新審査の方針における積極認定対象疾病であるが,原告X11の被爆態様が積極認定対象被爆に該当しないため,総合認定の対象となるところ,原告X11の申請疾病には,以下のとおり,放射線起因性が認められる。
a 前立腺がんは,改定後の新審査の方針における積極認定対象疾病であり,放射線起因性の認められる疾病であることは明らかである。
b 原告X11は,長崎の爆心地から約3.8kmという距離で被爆しただけでなく,近距離で被爆し被爆後数日中に死亡した伯父のB13(以下「B13」という。)や,B13を7人で連れだって長崎市城山町周辺まで捜索に行き連れ帰った原告X11の母ら親族の身辺にいた。これらの親族は,爆心地を通過し往復して戻ってきており,原告X11がB13や7人の親族の衣服,身体,頭髪等に付着した放射性降下物や誘導放射化された物質に由来する多量の残留放射線により,放射線感受性の高い幼少期(7歳)に被曝していることは明らかである。特に,救援には原告X11の母も参加し,原告X11は母やその他の親族にまとわりつき,B13の様子を間近に見たであろうことは十分に考えられ,何よりB14(以下「B14」という。)の自宅で起居していた原告X11は,救援に行った7人中,3人と一つ屋根の下で寝起きしたことになる。それ以外の親族も隣あって大家族のように住んでいたものである。さらに,被爆後,ガス状や粉塵になって大気中に存在した放射性物質を吸引し,あるいは,飲食物と共に摂取して内部被曝をしている可能性も大きい。被爆直後から強い倦怠感や鼻出血があり,これらは典型的な放射線による急性症状であった可能性が高いし,わざわざ母が保健所に連れて行くことや,白血球減少を指摘されることも,日常的にはない出来事であり,母として放っておけないような体調の変化や変調があったことの証左である。
そして,原告X11が前立腺がんの診断を受けたのが65歳と若い時期の発症であることも,被曝の影響を疑わせるものである。
c 原告X11の被爆地点は爆心地から約3.8kmの地点であり,総合認定の対象となるとはいえ,積極認定対象被爆である「被爆地点が爆心地から約3.5km以内である者」と比較して,僅か300mほど離れた場所にすぎない。3.5kmの地点を超えれば途端に放射線影響が0になるわけではなく,各種判決でも放射線起因性を認めたものがある。
d 原告X11は,被爆の約半年後に,歯茎が腫れて切開手術を受け,昭和28年頃と昭和33年頃の2回にわたって蓄膿症となり,手術を受けた。また,原告X11は,平成10年頃,白内障と診断され,治療を受けた。さらに,原告X11は,平成15年頃,頚椎ヘルニアと診断された。原告X11は,前立腺がん摘出手術の3日後に脳梗塞を発症した。
(ウ) 原告X11は,前立腺がんの切除手術を受けた後,前立腺がんが再発し,現在に至るまで治療を継続しており,申請疾病には要医療性が認められる。
イ 被告の主張の要旨
(ア) 原告X11の主張を前提としても,原告X11の初期放射線による被曝線量は,0.0003グレイを下回る程度である。近距離で被爆して数日中に死亡した伯父等の身辺にいたことによる被曝線量もごく僅かにすぎない。内部被曝による被曝線量も微量にすぎない。
(イ) 原告X11の身体症状は放射線被曝による急性症状とはいえない。
(ウ) 原告X11は,原告X11の被爆後の病歴を羅列して主張するが,これらの疾病の一つ一つが放射線被曝によって生じたことや,これらの疾病等の罹患が原告X11の前立腺がんについて放射線起因性が認められることの根拠となる理由について何ら主張,立証がされていないから,原告X11の上記主張は放射線起因性の判断に影響を与えない単なる事情と理解するほかない。
(エ) 原告X11が若年被爆者であるとの主張は,放射線起因性を認める根拠にならない。
(オ) 原告X11には前立腺がんの重大な危険因子である加齢及び喫煙が存在している。
(カ) 原告X11について放射線起因性の要件を満たすというためには,原告X11において,被告が指摘する原告X11の危険因子(加齢及び喫煙)の影響を超えて,原告X11の前立腺がんの発症が原爆放射線により生じたことについて,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の証明をすることが必要である。
そして,原告X11の放射線被曝の程度,急性症状の有無,申請疾病(前立腺がん)と放射線被曝に関する知見の状況並びに加齢及び喫煙という危険因子の状況を総合考慮すれば,原告X11の申請疾病(前立腺がん)が,危険因子の影響を超えて,原爆放射線により発症したことについて,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の証明があるとはいえない。むしろ,その発症は,加齢,喫煙などの原爆放射線以外の要因によるとみるのが自然かつ合理的である。
したがって,原告X11の申請疾病については,被爆者援護法10条1項の放射線起因性の要件を満たすということはできない。
(8) 原告X12
ア 原告X12の主張の要旨
(ア) 原告X12は,平成19年11月,申請疾病である前立腺がんと診断されたものである。
(イ) 前立腺がんは,改定後の新審査の方針における積極認定対象疾病であるが,原告X12の被爆態様が積極認定対象被爆に当たらないため,総合認定の対象となるところ,原告X12の申請疾病には,以下のとおり,放射線起因性が認められる。
a 前立腺がんは,改定後の新審査の方針における積極認定対象疾病であり,放射線起因性の認められる疾病であることは明らかである。
b 原告X12は,放射線の影響を受けやすい2歳という幼少時の被爆であり,かつ,直爆したのみならず,その後も昭和37年までその場所に住み続けている。長崎では,地形などの影響から爆心地の南東方向の原告X12の被爆地点にも相当量放射性降下物が飛散したと考えられ,原告X12は相当程度の放射線被曝をしていると考えられる。
また,幼少時にしばしば下痢を発症し,幼少期を過ぎてからも,リンパ腺が腫れるなどの症状が続き,成人になる頃まで倦怠感に悩まされ続けるなど,体調不良状態が長く継続しており,被曝の影響が強く体に現れているといえる。
さらに,本来高齢者に多い前立腺がんを,65歳という若年で発症していることからしても,原告X12は,相当程度の放射線被曝をしたものと考えられる。
c 原告X12の被爆地点は,長崎の爆心地から約3.6kmの地点であり,総合認定の対象となるとはいえ,積極認定対象被爆である「被爆地点が爆心地から約3.5km以内である者」と比較して,僅か100mほど離れた場所にすぎない。3.5kmの地点を超えれば途端に放射線影響が0になるわけではなく,各種判決でも放射線起因性を認めたものがある。
d 原告X12は,成人後も,扁桃腺肥大で,風邪を引きやすい体質であった。原告X12は,55歳頃,風邪で都立府中病院に1週間入院している。原告X12は,平成9年頃からは,高血圧で2箇月に一度,東京女子医科大学成人医学センターへの通院を続けている。平成19年か平成20年頃には,医師から腹部大動脈瘤が腫れているとの指摘があった。
(ウ) 申請疾病の要医療性
原告X12は,前立腺がんの切除手術を受けた後も,再発予防のための経過観察中であり,2箇月に1回,検査のため通院していることから,申請疾病には要医療性が認められる。
イ 被告の主張の要旨
(ア) 原告X12の初期放射線による被曝線量は,0.0006グレイを下回る程度である。放射性降下物による被曝線量も微量である。
(イ) 原告X12に下痢及び倦怠感を含めて何らかの身体症状が出現したとは認められず,原告X12が挙げる各身体症状が出現していたとしても,放射線被曝による急性症状とはいえない。
(ウ) 原告X12は,原告X12のこれまでの病歴を羅列し,原告X12の健康状態をもって前立腺がんの放射線起因性が認められる根拠の一つとしているが,これらの疾病等の一つ一つが放射線被曝によって生じたことや,これらの疾病等の罹患が原告X12の前立腺がんについて放射線起因性が認められる根拠となる理由について何ら主張,立証がされていないから,原告X12の上記主張は放射線起因性の判断に影響を与えない単なる事情と理解するほかない。
(エ) 原告X12が若年被爆者である旨の主張は,放射線起因性を認める根拠とはなり得ない。
(オ) 原告X12には前立腺がんの重大な危険因子である加齢,飲酒及び喫煙が存在している。
(カ) 原告X12について放射線起因性の要件を満たすというためには,原告X12において,被告が指摘する原告X12の危険因子(加齢,飲酒及び喫煙)の影響を超えて,原告X12の前立腺がんの発症が原爆放射線により生じたことについて,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の証明をすることが必要である。
そして,原告X12の放射線被曝の程度,急性症状の有無,申請疾病(前立腺がん)と放射線被曝に関する知見の状況並びに加齢,飲酒及び喫煙という危険因子の状況を総合考慮すれば,原告X12の申請疾病(前立腺がん)が,危険因子の影響を超えて,原爆放射線により発症したことについて,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の証明があるとはいえない。むしろ,その発症は,加齢,飲酒,喫煙などの原爆放射線以外の要因によるとみるのが自然かつ合理的である。
したがって,原告X12の申請疾病については,被爆者援護法10条1項の放射線起因性の要件を満たすということはできない。
(9) 原告X13
ア 原告X13の主張の要旨
(ア) 原告X13は,平成5年,申請疾病である胃がんと診断されたものである。
(イ)a 原告X13の申請疾病は,胃がんであり,かつ,原告X13は広島原爆の投下翌日又は昭和20年8月8日に爆心地付近に入市しているため,改定後の新審査の方針において積極認定の対象となるものである。
なお,胃切除後障害は胃がんの摘出術の後遺症であるところ,「胃がん」での申請は,当然に「胃切除後障害」をも含めて原爆症認定を求める趣旨であることは明らかである。かかる解釈は,別件同種訴訟や認定実務においても実例がある。
b 胃がんは,改定後の新審査の方針における積極認定対象疾病であり,放射線起因性の認められる疾病であることは明らかである。
原告X13は,生後6箇月という若年で,母に背負われ,昭和20年8月8日(広島原爆の投下翌日である同月7日の可能性もある。)に,正に爆心地至近(広島市基町,同市紙屋町及び同市十日市町)を通過して市内を東西に往復しており,原告X13が放射性降下物や土壌及びがれき中の誘導放射化された物質による多量の残留放射線に被曝していることは明らかである。また,粉塵等の吸入や汚染された食べ物,水の摂取により内部被曝をしている可能性も大きい。したがって,原告X13が相当量の放射線被曝をしたことは明らかである。
c 胃を切除しなければ胃切除後の後遺症は発症しないのであるから,胃がん自体に放射線起因性が認められるのであれば,当然,胃切除後の後遺症にも放射線起因性が認められる。平成20年6月5日付け認定申請書の「被爆直後の症状及びその後の健康状態の概要」の欄には,「平成6年,胃がん手術,その後,今日まで,後遺症として,ダンピング症候群,鉄分不足で悩まされ,現在治療中」との記載があり,同申請書添付の虎の門病院医師のC1の平成20年5月23日付け意見書(以下「C1意見書」という。)には,「現症所見」の欄に,「現時点で,ビタミンB12の継続的な注射を行っているが,後遺症としてダンピング症候群,逆流性食道炎,鉄欠乏性貧血がみられる」との記載がある。
また,原告X13の胃切除後の上記症状が胃がんの治療として胃を切除したことによるものであることは,胃切除後障害の医学的機序からして明らかである。
さらに,原爆症認定申請は,原告X13が胃がんの摘出術を受けてから14年が経過した時期にされたものであり,医療を要する状態にあるのは,胃がんの再発に対する経過観察のみならず,胃切除後障害の治療のためでもある。
よって,原告X13に発症した胃がんのみならず,胃切除後障害にも放射線起因性が認められる。各種判決からも明らかであり,別件同種訴訟においても実例がある。
(ウ)a 原告X13は,胃がんについては,1年に一度の再発予防と残胃がんの確認のための胃カメラ検査を行っており,申請疾病のうち胃がんについては要医療性が認められる。
b(a) ダンピング症候群の治療には,原則として食事療法が行われ,苦痛を緩和するための対症療法には,薬物療法が行われる。薬物療法には,一般に消化剤や整腸剤が使用される。
原告X13は,継続的な食事療法のほか,約3箇月に一度の経過観察のための通院,治療薬のアセナリン,ベリチーム等の処方を受けており,原爆症認定申請後はビオフェルミンの処方も受けている。
原告X13は,整腸剤や消化剤の服用のほか,医師から,とにかく食事をゆっくり少量に分けて数回に,できれば1日6回とかそういう状況で食べて,胃を慣らすようにしてよくかんで,ゆっくり休みながら時間を掛けて食べるようにとの食事療法の指導を受けているとしており,実際に退院後から現在まで,毎食時,医師から言われた食事療法をできる限り心掛けて実行している。また,医師から飲酒量を抑えるように言われており,原告X13は,その指示に従って休肝日を週2回設けているとしているものであって,食事療法を実行しているものである。
(b) 逆流性食道炎の治療には,食事指導のほか,薬物療法が行われる。薬物療法には,ヒスタミンH2受容体拮抗薬などが使用される。
原告X13は,3箇月に一度,経過観察のため通院し,治療薬として,ガスター等の処方を受けている。ガスターは,胃酸分泌抑制薬(ヒスタミンH2受容体拮抗薬)であり,逆流性食道炎の治療薬であることは明らかである。
(c) 鉄欠乏性貧血の治療には,鉄剤が経口投与される。
原告X13は,3箇月に一度,経過観察のため通院し,平成20年5月8日には鉄剤であるフェロ・グラデュメットの処方を受けている。
(d) 巨赤芽球性貧血の治療には,巨赤芽球性貧血の予防の観点からビタミンB12の定期的な注射が行われる。
原告X13は,3箇月ないし6箇月に一度,経過観察のため通院し,ビタミンB12を補うためのメチコバールの注射を受け続けている。
(e) 以上のとおり,原告X13の受けているこれらの治療は,胃がんのための胃切除に伴う必然的,不可避的な治療であり,胃がんに罹患したことに起因して発症した後遺症に対する治療であることは明白であり,原告X13が医療を必要とする状態にあることが明らかである。したがって,申請疾病のうち胃切除後障害としての上記各疾病についても要医療性が認められる。各種判決及び別件同種訴訟の実例も同様である。
イ 被告の主張の要旨
(ア) 「現に医療を要する状態にある」にいう「医療」とは,原爆症認定に係る負傷又は疾病について医療効果の向上を図るべく,医師による継続的な医学的管理の下に,必要かつ適切な内容において行われる範囲の医療をいうものと解するのが相当である。したがって,再発予防の治療等も既に終了し経過観察をしているにすぎない場合や,医師による医療であっても不必要,不適切な内容の医療は,上記医療には当たらない。
(イ) 原爆症認定の要件としての要医療性についても原告X13が主張立証責任を負っているところ,原告X13は,原告X13の要医療性について抽象的な主張をするのみであり,申請疾病等の要医療性を基礎づける行為の実施時期も,当該行為の具体的内容も,何ら主張,立証がされていない。したがって,このような原告X13の主張,立証の状況だけをみても,原告X13の要医療性に係る主張は失当である。
(ウ) 原告X13の胃がんに要医療性があるとはいえない。
(エ) 原告X13が原爆症認定申請時においてダンピング症候群を発症していたか否か明らかでなく,仮にダンピング症候群を発症していたとしても,要医療性があるとはいえない。
(オ) 原告X13が原爆症認定申請時において逆流性食道炎を発症していたとは認められない。また,仮に逆流性食道炎を発症していたとしても,胃の部分切除に伴うものとは認められないし,要医療性があるとはいえない。
(カ) 原告X13が原爆症認定申請時において鉄欠乏性貧血を発症していたとは認められず,仮に鉄欠乏性貧血を発症していたとしても,要医療性があるとはいえない。
(キ) 胃切除後障害としての巨赤芽球性貧血の予防を目的とした投薬をもって,巨赤芽球性貧血に要医療性があるとはいえない。
(10) 原告X14
ア 原告X14の主張の要旨
(ア) 原告X14は,平成11年3月25日から2週間,通院して精密検査を受け,申請疾病である心筋梗塞と診断されたものである。
(イ) 心筋梗塞は,改定後の新審査の方針における積極認定対象疾病であり,かつ,原告X14は,長崎の爆心地から約3.5kmの地点で直爆を受け,また,長崎原爆の投下翌日には長崎市内に入市して爆心地付近を通過したものであるから,再改定後の新審査の方針による積極認定対象被爆にも該当する。原告X14の申請疾病には,以下のとおり,放射線起因性が認められるはずである。
a 心筋梗塞は,改定後の新審査の方針における積極認定対象疾病であり,放射線起因性の認められる疾病であることは明らかである。
b 原告X14は,被爆時年齢14歳で,爆心地から約3.5kmの地点で遮蔽物のない状態で直爆を受けた。のみならず,原告X14は,その後約20分にわたり黒い雨に打たれ,また,長崎原爆の投下翌日に爆心地付近まで入市するなど,放射性降下物や誘導放射化された環境に身を置いたことにより,残留放射線にさらされることとなった。そのため,原告X14は,被爆前は健康体であったが,被爆直後から吐き気,嘔吐,発熱,歯茎からの出血,下痢,脱毛,倦怠感などの急性症状を発症した。加えて,原告X14は,その後も後記cの様々な疾病に苦しんだ上で,今回の申請疾病である心筋梗塞の発症に至っている。
c 原告X14は,昭和22年頃からは,慢性の下痢の症状が始まり,その症状はその後約40年近く続いた。原告X14は,昭和27年,肛門周囲膿瘍にかかり手術を受けたが,その後も膿みが止まらなかったため入院し,退院するまで3回も同じ手術を受けた。原告X14は,昭和31年及び昭和39年,内痔核の手術を受けたが,その後,再発し,現在も座薬や軟膏などの薬で治療を受けている。原告X14は,昭和31年,肺結核にかかり,その後2年間,治療のために国立療養所に入院した。原告X14は,昭和54年,変形性脊椎症にかかり,現在も治療している。原告X14は,平成14年,前立腺肥大症にかかり,同年3月には温熱療法による治療を受けたが,症状は改善せず,現在でも治療を続けており,さらに,平成24年1月6日,下腹部に痛みを感じ,杏林大学附属病院でMRI検査を受けたところ,前立腺がんの可能性がある,骨転移の可能性もあると診断された。原告X14は,同月17日,大量の下血があり,同月18日に同病院に入院し,同月21日まで精密検査を受けたが,がんの特定には至らなかった。しかし,同年8月27日,再び同病院でMRI検査を受けたところ,前回検査より前立腺が軽度増大しており,前立腺がんの疑いとの診断がされた。さらに,原告X14は,同年12月11日にも大量の下血があったため,同月12日から同月18日まで同病院に入院して精密検査を受けたが,がんの特定までには至らなかった。
(ウ) 原告X14は,現在,杏林大学附属病院には3箇月に1回の頻度で,木下循環器クリニックには1箇月に1回の頻度でそれぞれ通院し,主治医の指示による内服治療を継続していることから,申請疾病には要医療性が認められる。
イ 被告の主張の要旨
(ア) 原告X14が長崎原爆の投下翌日に入市した事実を認めることはできず,昭和20年8月12日に入市したと認めるべきである。
(イ) 原告X14の初期放射線による推定被曝線量は約0.0008グレイである。黒い雨に打たれたことによる原告X14の放射性降下物による被曝線量は微量にすぎない。爆心地付近に入市したことによる原告X14の誘導放射線による推定積算線量は0.0057グレイを下回る。
以上によれば,原告X14の推定被曝線量は,全体量としても,0.0065グレイを大きく下回る程度にすぎない。
(ウ) 原告X14に吐き気,嘔吐,発熱,歯茎からの出血,下痢,脱毛及び倦怠感が出現したとは認められないし,仮にこれらが認められるとしても,放射線被曝による急性症状の特徴を有するとはいえない。
(エ) 原告X14が羅列する被爆後の病歴等については,それらの疾病等の罹患が原告X14の心筋梗塞について放射線起因性が認められることの根拠となる理由について何ら主張,立証がされていないから,放射線起因性の判断に影響を与えない単なる事情と理解するほかない。
(オ) 原告X14には虚血性心疾患の重大な危険因子である加齢,喫煙,高血圧及び脂質異常症が存在している。
(カ) 原告X14について放射線起因性の要件を満たすというためには,原告X14において,被告が指摘する原告X14の危険因子(加齢,喫煙,高血圧及び脂質異常症)の影響を超えて,原告X14の心筋梗塞の発症が原爆放射線により生じたことについて,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の証明をすることが必要である。
そして,原告X14の放射線被曝の程度,急性症状の有無,申請疾病(心筋梗塞)と放射線被曝に関する知見の状況並びに加齢,喫煙,高血圧及び脂質異常症という危険因子の状況を総合考慮すれば,原告X14の申請疾病(心筋梗塞)が,危険因子の影響を超えて,原爆放射線により発症したことについて,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の証明があるとはいえない。むしろ,その発症は,加齢,喫煙,高血圧,脂質異常症などの原爆放射線以外の要因によるとみるのが自然かつ合理的である。
したがって,原告X14の申請疾病については,被爆者援護法10条1項の放射線起因性の要件を満たすということはできない。
(11) 原告X15
ア 原告X15の主張の要旨
(ア) 原告X15は,平成9年7月頃,自覚症状が出たことにより,精密検査を受けた結果,申請疾病である狭心症と診断されたものである。
(イ) 原告X15は,広島の爆心地から約1kmの地点で被爆しており,改定後の新審査の方針における積極認定対象被爆である。また,狭心症は,発生機序など積極認定対象疾病である心筋梗塞と極めて類似した疾患である。そして,原告X15の申請疾病は,以下のとおり,放射線起因性が認められる。
a 原告X15の狭心症は,動脈硬化性の狭心症である。心筋梗塞と動脈硬化性の狭心症の発生機序は全く同じである。心臓の血管が閉塞にまで進んで心筋の壊死に至るかどうかの違いしかない。病態的には何ら差はなく,両者を区別することは科学的根拠に欠ける。
そして,心筋梗塞は,改定後の新審査の方針における積極認定対象疾病であり,放射線起因性の認められる疾病であることは明らかである。
よって,狭心症には放射線起因性が認められる。
b 原告X15は,広島の爆心地から約1kmの地点で被爆し,出血した状態で傷口を保護することもなく広島市内を徒歩で移動している。そして,被爆直後から血尿,血性下痢,発熱及び嘔吐が続き,やけどや外傷は化膿して1箇月以上治らず,顔面から首の左半分と右腕にケロイドが残った。ケロイドは被爆後68年を経ても目視で確認することができるほどであり,以前は更にはっきりと跡が残っていたことから,原告X15は人の目が気になって嫌な思いをしてきた。左腕には今でもガラス片と思われる異物が残存している。しばらくして顔,腕及び足に紫斑が出現し,常にだるさを感じ,疲れやすくなり,耐久力もなくなった。このように,原告X15には,近距離での被爆者にみられる症状がそろっており,相当量の初期放射線及び残留放射線に被曝したと考えられる。
c 左足の外側や背中の左側は麻痺して感覚のない状態が被爆後10年くらい(背中は20年くらい)続き,右手は今でもうまく握ることができない。その後,原告X15は,42歳の頃,十二指腸潰瘍で九段坂病院に入院し,47歳の頃,糖尿病を患い,平成7年にインスリンが導入された。また,平成21年頃からは,めまいが頻繁に起こるようになった。平成23年12月頃,高熱が続いて入院し,それから数箇月間,原告X15は入退院を繰り返した。この時の検査で脳梗塞が3箇所発見された。左耳の難聴や左目の視力低下も顕著となった。原告X15は,平成25年2月,急性腎盂腎炎で入院した。
(ウ) 原告X15は,現在も主治医の指示による内服治療を継続中である。また,原告X15は,平成24年3月にも経皮冠動脈形成術(PCI)を施された上,日常の軽い労作でも胸痛を感じている。今後も毎月の定期検査の結果を受けて,更に手術を受けることとなる可能性も高く,申請疾病には要医療性が認められる。
イ 被告の主張の要旨
(ア) 原告X15が直爆を受けた場所が広島の爆心地から約1kmの地点である広島市雑魚場町付近であると認めることはできず,原告X15の直爆の地点は爆心地から約1.92kmの地点にある広島駅前であると認められる。
(イ) 原告X15の初期放射線による被曝線量は約0.110711グレイである。傷口を保護することなく広島市内を徒歩で移動したことにより相当量の残留放射線に被曝したとの主張は全く不明確であり,その具体的な根拠も示されていない。
(ウ) 原告X15に血尿,血性下痢,発熱,嘔吐,紫斑及び倦怠感が出現した事実は認められない。原告X15に出現した血性でない下痢は,放射線被曝の影響によるものとは認められない。また,原告X15が主張する各症状は,放射線被曝による急性症状とはいえない。
(エ) 原告X15が羅列する病歴のうち脳梗塞を除く各疾病については,その一つ一つが放射線被曝によって生じたことについて何ら個別に主張,立証がされていない上に,これらの疾病等の罹患が原告X15の狭心症について放射線起因性が認められることの根拠となる理由についても何ら主張,立証がされていない。また,脳梗塞の既往についても,一般に脳梗塞について放射線との関係は認められないし,そもそも,他の疾病につき放射線との関係が認められるからといって,原告X15の狭心症につき放射線起因性が認められることにはならない。
(オ) 原告X15には虚血性心疾患の重大な危険因子である加齢,高血圧,脂質異常症及び糖尿病が存在している。
(カ) 原告X15について放射線起因性の要件を満たすというためには,原告X15において,被告が指摘する原告X15の危険因子(加齢,高血圧,脂質異常症及び糖尿病)の影響を超えて,原告X15の狭心症の発症が原爆放射線により生じたことについて,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の証明をすることが必要である。
そして,原告X15の放射線被曝の程度,急性症状の有無,申請疾病(狭心症)と放射線被曝に関する知見の状況及び加齢,糖尿病等の虚血性心疾患(動脈硬化)の危険因子の状況を総合考慮すれば,原告X15の申請疾病(狭心症)が,危険因子の影響を超えて,原爆放射線により発症したことについて,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の証明があるとはいえない。むしろ,その発症は,加齢,高血圧,脂質異常症,糖尿病などの原爆放射線以外の要因によるとみるのが自然かつ合理的である。
したがって,原告X15の申請疾病については,被爆者援護法10条1項の放射線起因性の要件を満たすということはできない。
(12) 原告X16
ア 原告X16の主張の要旨
(ア) 原告X16は,平成19年4月20日,自覚症状が出たことから,病院に救急搬送された結果,申請疾病である心筋梗塞と診断されたものである。
(イ) 原告X16は,広島の爆心地から約2.5kmの地点で被爆した。そして,心筋梗塞は,改定後の新審査の方針における積極認定対象疾病であり,再改定後の新審査の方針においてもそれは維持されている。
ただし,再改定後の新審査の方針においては,「心筋梗塞」に関する積極認定対象被爆が「被爆地点が爆心地から約2km以内である者」又は「原爆投下から翌日までに爆心地から約1km以内に入市した者」に限られ,これらに該当しない場合には,総合認定の対象であるとされている。
しかしながら,原告X16の被爆態様が,悪性腫瘍等であれば積極認定対象被爆となるのに,疾病が異なると積極認定対象被爆の対象外となるのは,何ら理由なく不合理である。
そして,原告X16に生じた具体的事情を総合的に考慮すれば,原告X16の申請疾病には,以下のとおり,放射線起因性が認められる。
a 心筋梗塞は,改定後の新審査の方針における積極認定対象疾病であり,放射線起因性の認められる疾病であることは明らかである。
b 原告X16は,11歳の時に,広島の爆心地から約2.5kmの屋外で被爆し,被爆時に外傷を負い,更に周囲が暗くなるのを感じたり,逃げる際に暗い中を逃げたりするなど,放射性粉塵や放射性降下物により内外部を被曝したものと考えられる。また,爆心地付近で被爆した母と広島原爆の投下当日から昭和20年8月11日までの6日間,間近で寝泊まりをしていることなどから,かなり濃厚な放射性物質が漂う空間におり,体表面や呼吸を通じて被曝したと考えられることからも,相当量の放射線に被曝したことが明らかである。
そして,被爆後外傷の治癒が遅延したこと,各所に湿疹が生じすぐには治らなかったことに加え,成人してからも,会社での検診で貧血の指摘を受け,通学していた大学を休学するなどし,微量の炎症反応や,免疫能の低下を思わせる状態が継続していた可能性がある。
また,被爆時,原告X16とほぼ同じ行動をとった弟は,31歳の時に胃と十二指腸から出血して死亡した。また,妹も,平成20年に狭心症の発作を起こして倒れ,以来,ニトログリセリンを服用している。これらの事実は,原告X16と同様に,原爆放射線の影響が幼かった弟や妹に影響を及ぼしたことを推測させるものである。
(ウ) 原告X16は,2箇月に1回くらいの頻度で検査のために通院し,心筋梗塞の治療を受け,また,二次予防のために利尿剤(平成21年5月30日まで),降圧剤,脂質異常症治療薬,抗凝固薬など11種類の薬を退院後継続して服用している。原告X16は,平成20年6月2日ないし同月4日及び平成23年2月15日ないし同月17日に経過観察のため,心臓カテーテル検査を受けている。よって,申請疾病には要医療性が認められる。
イ 被告の主張の要旨
(ア) 原告X16の初期放射線による被曝線量は,0.0125199グレイ程度にすぎない。放射性粉塵や放射性降下物による外部被曝及び内部被曝による被曝線量は微量にすぎない。広島原爆の投下当日から昭和20年8月11日までの6日間,母の間近で寝泊まりをしたことによる被曝線量もごく僅かにすぎない。
(イ) 原告X16が,被爆後外傷の治癒が遅延したとか湿疹が治らなかったとし,また,被爆後の病歴等を羅列する点については,これらが放射線被曝の影響によるものであることについても,これらの疾病等の罹患が原告X16の心筋梗塞について放射線起因性が認められることの根拠となる理由についても,何ら主張,立証がされていないから,放射線起因性の判断に影響を与えない単なる事情と理解するほかない。
(ウ) 原告X16には虚血性心疾患の重大な危険因子である加齢,高血圧及び脂質異常症が存在している。
(エ) 原告X16について放射線起因性の要件を満たすというためには,原告X16において,被告が指摘する原告X16の危険因子(加齢,高血圧及び脂質異常症)の影響を超えて,原告X16の心筋梗塞の発症が原爆放射線により生じたことについて,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の証明をすることが必要である。
そして,原告X16の放射線被曝の程度,急性症状の有無,申請疾病(心筋梗塞)と放射線被曝に関する知見の状況並びに加齢,高血圧及び脂質異常症という危険因子の状況を総合考慮すれば,原告X16の申請疾病(心筋梗塞)が,危険因子の影響を超えて,原爆放射線により発症したことについて,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の証明があるとはいえない。むしろ,その発症は,加齢,高血圧,脂質異常症などの原爆放射線以外の要因によるとみるのが自然かつ合理的である。
したがって,原告X16の申請疾病については,被爆者援護法10条1項の放射線起因性の要件を満たすということはできない。
(13) 原告X17
ア 原告X17の主張の要旨
(ア) 原告X17は,平成17年1月,申請疾病である脳梗塞に罹患したものである。
(イ) 原告X17は,長崎の爆心地から約1.5kmの地点で被爆し,また,長崎原爆の投下翌日から連日,爆心地付近まで入市した。これは,改定後の新審査の方針における積極認定対象被爆に該当する。しかし,脳梗塞が積極認定対象疾病に当たらないため,総合認定の対象となるところ,原告X17の申請疾病には,以下のとおり,放射線起因性が認められる。
a 被爆者調査では,被爆者の脳梗塞を包含する「脳卒中」の死亡率の有意な増加が報告されている。また,被爆者と被爆者以外を比較した場合には被爆者の罹患率が高くなっていること,そして,脳梗塞の原因は脳血管の動脈硬化であり,その悪化要因が高血圧や慢性腎臓病,更には脳血管内膜に生じた無症状性の持続的炎症状態に関連していることは医学的に確立した知見であり,それらが放射線被曝に関連していることをも考えれば,脳梗塞が放射線起因性の認められる疾病であることは明らかである。
b 原告X17は,10歳の時に,長崎の爆心地から約1.5kmの地点にある長崎市家野町の小川の中で被爆し,同爆心地から約2.2kmの地点にある自宅に徒歩で移動中に灰のようなものを浴びた。原告X17は,長崎原爆の投下翌日からは連日,父に連れられて,爆心地付近を通過する経路で長崎市坂本町へ行き,遺体の運搬や処理などを行う父のそばにいた。原告X17は,飲み水は近くの小川の水を使い,長崎原爆の投下後は炊き出しのおにぎりや近所からもらった野菜などを食べていた。
このように,原告X17は近距離で被爆し,また,被爆翌日から爆心地付近に連日入市しているが,いずれの被爆態様も,改定後の新審査の方針における積極認定対象被爆である。また,自宅近くの小川の水,炊き出しのおにぎり,野菜などを飲食しており,これらも放射能に汚染されていたと考えられる。
したがって,原告X17は,放射線感受性の高い若年時に,初期放射線に加え,放射性降下物や誘導放射化された物質による残留放射線を外部及び内部から多量に浴びたことにより,相当量の被曝をしているものである。
c 原告X17は,平成13年,虎の門病院において両下肢静脈瘤の手術をし,糖尿病と高血圧を指摘された。また,原告X17は,平成17年,脂質異常症と診断され,現在まで治療中である。平成21年11月12日,脳内出血があり,東京慈恵会医科大学付属病院に入院することとなった。原告X17は,その約1箇月後に浮間中央病院に転院して治療を行い,平成22年1月15日に退院した。
(ウ) 原告X17は,現在も内服治療を継続しており,申請疾病には要医療性が認められる。
イ 被告の主張の要旨
(ア) 原告X17が直爆を受けた場所が爆心地から約1.5kmの地点にある長崎市家野町の小川の中であると認めることはできず,原告X17は,爆心地から約3.2kmの地点にある長崎市川平町の自宅前の小川の中で被爆したと認めるのが相当である。
(イ) 原告X17が長崎原爆の投下翌日から連日,父に連れられて長崎市坂本町と長崎市川平町を往復し,その際に爆心地付近を通過したとの主張に裏付けがあるとは認められない。
(ウ) 原告X17の初期放射線による被曝線量は,0.002グレイを下回る程度である。長崎市川平町の自宅に帰宅する途中で灰のようなものを浴びたことによる被曝線量は微量である。入市被爆による放射線被曝は認めることができない。遺体の運搬等を行っていた父のそばにいたことによる残留放射線の被曝線量も微量である。内部被曝による被曝線量も微量である。
(エ) 原告X17は,原告X17のこれまでの病歴を羅列して主張するが,これらの疾病等の一つ一つが放射線被曝によって生じたことや,これらの疾病等の罹患が原告X17の脳梗塞について放射線起因性が認められることの根拠となる理由についても何ら主張,立証がされていないから,原告X17の上記主張は放射線起因性の判断に影響を与えない単なる事情と理解するほかない。
(オ) 原告X17には脳梗塞の重大な危険因子である加齢,高血圧,脂質異常症,糖尿病及び肥満が存在している。
(カ) 原告X17について放射線起因性の要件を満たすというためには,原告X17において,被告が指摘する原告X17の危険因子(加齢,高血圧,脂質異常症,糖尿病及び肥満)の影響を超えて,原告X17の脳梗塞の発症が原爆放射線により生じたことについて,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の証明をすることが必要である。
そして,原告X17の放射線被曝の程度,申請疾病(脳梗塞)と放射線被曝に関する知見の状況及び加齢,高血圧,糖尿病等の危険因子の状況を総合考慮すれば,原告X17の申請疾病(脳梗塞)が,危険因子の影響を超えて,原爆放射線により発症したことについて,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の証明があるとはいえない。むしろ,その発症は,加齢,高血圧,糖尿病等の原爆放射線以外の要因によるとみるのが自然かつ合理的である。
したがって,原告X17の申請疾病については,被爆者援護法10条1項の放射線起因性の要件を満たすということはできない。
(14) 原告X18
ア 原告X18の主張の要旨
(ア) 原告X18は,平成20年7月7日,検査を受けた結果,甲状腺機能亢進が認められて投薬を受け,さらに,平成21年1月7日,診察を受けた結果,申請疾病である甲状腺機能低下と診断されたものである。
(イ) 原告X18は,長崎の爆心地から約2.3kmの地点で被爆した。申請疾病は甲状腺機能低下であるが,原告X18は,原爆症認定申請時に甲状腺機能亢進症の治療のために通院中で,その治療過程で申請疾病である甲状腺機能低下状態にあったものであり,原告X18の抱える疾患は甲状腺機能亢進症である。そして,甲状腺機能亢進症は積極認定対象疾病に当たらないため,総合認定の対象となるところ,原告X18の申請疾病には,以下のとおり,放射線起因性が認められる。
a 甲状腺機能亢進症を含む甲状腺疾患については有意な線量反応関係が認められ,甲状腺機能亢進症の有症率と放射線量の関連を示唆する文献も存在する。甲状腺機能亢進症についての原爆被爆者と一般人口の有病率比較によっても原爆被爆者の有病率が明らかに高率となっている。また,放射線起因性が認められている甲状腺機能低下症と甲状腺機能亢進症には同質性,近似性も認められる。その他,放射線が甲状腺機能亢進症の発症に影響を与えているという報告が複数存在する。以上の前提において確定した各裁判例を基に判断するならば,甲状腺機能亢進症に放射線起因性が認められると判断するのが相当である。
b 原告X18は,3歳という幼年期に,爆心地から約2.3kmの地点で直接被爆した上に,左肩に裂傷を受けながらその付近に約1時間とどまっていた。その後,灰や塵が舞う中をより爆心地に近い金比羅山(爆心地から約1.6km)に登り,その途中で直接黒い雨に肌を打たれた。その後,下痢や発熱といった急性症状もあった。そして,原告X18は,金比羅山で約1箇月生活した。
このような原告X18の被爆時及び被爆後の状況からすれば,黒い雨を含む放射性降下物や誘導放射化された物質による多量の残留放射線に被曝したことが明らかである。また,周囲の粉塵を直接体内に取り込んだり,食生活などを通じたりして,多量に内部被曝をした可能性が高い。
c 原告X18は,四,五歳の頃はよく微熱が出ていた。被爆を境に急に元気がなくなり,原告X18は,母や祖母から,虚弱体質になったと言われていた。小学生になっても体調はよくならず,原告X18は,貧血気味で授業にも集中することができず,小学校3年生くらいまではよく早退していた。運動場で行われる朝礼の間,立っていられなくてうずくまることもあった。原告X18は,校庭での体育の授業には参加することができなかった。その後は,原告X18は,昭和50年,胆のう炎に罹患し,平成12年からは高血圧の治療をしている。
(ウ) 原告X18は,原爆症認定申請時に,甲状腺機能亢進症の治療のために通院中であり,原告X18が原爆症認定申請時に甲状腺機能低下状態にあったのは,甲状腺機能亢進症の治療の過程での投薬の影響からである。すなわち,原告X18は正に甲状腺機能亢進症の治療の最中であった。
したがって,原告X18は医療が必要な状態にあったものであり,申請疾病には要医療性が認められる。
イ 被告の主張の要旨
(ア) 原告X18が長崎原爆の投下当日に爆心地から約1.6kmの地点にある金比羅山に登り,その後,約1箇月間,金比羅山で生活した事実は認められない。原告X18が金比羅山に向かう途中で黒い雨に打たれた事実も認められない。
(イ) 原告X18の初期放射線による被曝線量は,約0.0465424グレイである。原告X18は,昭和20年8月12日午前5時頃まで,爆心地から約1.6kmの地点にある金比羅山や爆心地から約2.3kmの地点にある自宅付近に滞在していたものであるが,このことによる被曝線量は0.0000291グレイを下回る程度にすぎない。内部被曝による被曝線量も微量にすぎない。原告X18についてはそもそも黒い雨に打たれた事実は認められないことから,その被曝線量を考慮する必要はない。
(ウ) 原告X18は,四,五歳の頃はよく微熱が出ており,また,貧血気味で小学生の頃,運動場で行われる朝礼の間,立っていられなくてうずくまることもあり,体育の授業にも参加することができなかった,小学校3年生くらいまではよく早退していたなどとして健康状態に関する主張をしているが,上記の事実主張に関しては,放射線起因性の要件との関係すら何も主張されておらず,原告X18の上記主張は放射線起因性の判断に影響を与えない単なる事情と理解するほかない。
(エ) 原告X18に被爆直後に発熱が出現した事実は認められず,同期間に下痢が出現した事実も認められない。原告X18に下痢や発熱が出現したとしても,放射線被曝による急性症状であるとはいえない。
(オ) 若年被爆者の場合にバセドウ病の発症が多いといった科学的知見は見当たらず,原告X18が若年被爆者である旨の主張には理由がない。
(カ) 前記のとおり,原告X18の推定被曝線量は,全体量としても,0.0465715グレイを下回る程度にすぎない。これは,2回程度のCT検査で受ける被曝線量程度の低線量である。
そして,バセドウ病については,原爆被爆者でなくても発症し得る一般的な疾病であるから,当該被爆者の被曝線量の程度や,他の原因,症状の具体的態様等にかかわらず,一律に原爆放射線によるものであるということはできない。
そうすると,原告X18の放射線被曝の程度,バセドウ病と放射線被曝に関する知見の状況等を総合考慮すれば,原告X18の甲状腺機能亢進症が原爆放射線により発症したことについて,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の証明があるとはいえない。
したがって,甲状腺機能亢進症の治療により生じた原告X18の申請疾病である甲状腺機能低下については,被爆者援護法10条1項の放射線起因性の要件を満たすということはできない。
(15) 原告X19
ア 原告X19の主張の要旨
(ア) 原告X19は,平成8年頃,申請疾病であるC型慢性肝炎と診断されたものである。
(イ) 原告X19は,昭和20年8月8日に広島の爆心地から500m以内に入市している。そして,C型慢性肝炎は,「慢性肝炎・肝硬変」の一種として改定後の新審査の方針における積極認定対象疾病とされており,再改定後の新審査の方針においてもそれは維持されている。
ただし,再改定後の新審査の方針においては,「慢性肝炎・肝硬変」に関する積極認定対象被爆が,「被爆地点が爆心地から約2km以内である者」又は「原爆投下から翌日までに爆心地から約1km以内に入市した者」に限られ,これらに該当しない場合には,総合認定の対象であるとされている。
しかし,原告X19の被爆態様が,悪性腫瘍等であれば積極認定対象被爆となるのに,疾病が異なると積極認定対象被爆の範囲外となるのは,何ら理由なく不合理である。
そして,原告X19に生じた具体的事情を総合的に考慮すれば,原告X19の申請疾病には,以下のとおり,放射線起因性が認められる。
a 原告X19の申請疾病はC型慢性肝炎である。C型慢性肝炎から肝がんに至る医学的な分野におけるこれまでの全ての研究は,一連の関係を被曝因子とC型肝炎ウイルス(HCV)因子の共同成因の過程として捉えており,その方向で研究が積み重ねられているというのが実態である。放射線起因性と肝機能障害に関する現代医学や科学の到達点は着実にこれまでの同種訴訟の判決に取り入れられ,その内容に反映されており,肝機能障害の放射線起因性を否定した判決は一例も存しない。したがって,C型慢性肝炎を含む慢性肝炎の放射線起因性は認められる。
b 原告X19は,広島原爆の投下当日や翌日に救護のために多くの重傷者と接触し,誘導放射化された人体に接したことによる被曝をした。また,原告X19は,昭和20年8月8日(原爆投下から約48時間後以降)に入市し,爆心地付近を訪れ,それから五,六日間,爆心地から500m以内の自宅に通い続け,がれきを掘り返しながら家族の捜索を行った。この時,原告X19は,残留放射線にさらされたほか,放射性降下物が堆積する場所で粉塵等を吸引し,内部被曝をした。さらに,原告X19は,重傷者である姉の看病を付添いで行った際にも,被曝の影響を受けている。
そして,原告X19は,入市後や終戦後以降,下痢,紫斑,吐き気,倦怠感,歯茎出血,生理不順など,いわば典型的ともいえる数々の急性症状を発症している。また,その後も貧血気味である,若いうちから歯が抜ける,倦怠感があるなどの体調不良状態が長く続いており,被曝の影響が強く体に現れているといえる。
さらに,原告X19は,後記cのとおり,様々な疾病に罹患しており,中でも肺がんにより既に原爆症認定を受けているということからすれば,原告X19の体に被曝の影響が生じていることを,被告自身が認めているものである。
よって,これらの事情を総合すれば,原告X19は,内部被曝を含め相当程度の残留放射線に被曝していることが推定される。
c 原告X19は,今から25年くらい前に関節リウマチとなり,また,20年くらい前に骨粗しょう症になった。さらに,原告X19は,高血圧,脂質異常症,胃悪性リンパ腫などにもなっている。加えて,原告X19は,平成21年7月,肺がんとなった。原告X19は,平成23年,心臓の弁を人工弁に変える手術を行い,平成25年以降は座骨神経痛に苦しんでいる。
(ウ) 原告X19は,荻窪病院において現在もC型慢性肝炎に対する内服治療を継続しており,定期的に腹部エコー検査及び血液検査を受けている。また,平成24年8月頃,肝硬変の診断を受け,投薬が増えた。よって,申請疾病には要医療性が認められる。
イ 被告の主張の要旨
(ア) 原告X19が爆心地に接近した正確な距離は明らかでないが,広島原爆投下の約二日後に広島の爆心地から500mの地点に入市し,その後,無限時間同じ所にとどまっていたという仮定に基づいて算出した誘導放射線の積算放射線量によれば,原告X19の誘導放射線の積算放射線量は0.012グレイを下回るといえる。
また,原告X19は,誘導放射化された人体による被曝の影響を主張するようであるが,このような主張は漠然とした抽象的なものであり,これにより一定程度高線量の被曝をしたことになる具体的な根拠も示されていない。放射線により誘導放射化された人体に接したことによる被曝線量はごく僅かにすぎない。衣服や身体に付着した放射性降下物による被曝を受けた人体に接したことについても,放射性降下物の量自体が極めて少ないことからすれば,同様である。
さらに,原告X19は,残留放射線による内部被曝を主張するようであるが,このような主張は,漠然とした抽象的なものであり,これにより一定程度高線量の被曝をしたことになる具体的な根拠も示されていない。かえって,仮に原告X19が内部被曝をしていたとしても,その被曝線量は誤差の範囲に収まる程度の微量にすぎない。
(イ) 原告X19の身体症状は,放射線被曝による急性症状とはいえない。
(ウ) 原告X19は,原告X19の被爆後の病歴等を羅列するが,これらの疾病の一つ一つが放射線被曝によって生じたことについて何ら個別に主張,立証がされていないから,原告X19の上記主張は放射線起因性の判断に影響を与えない単なる事情と理解するほかない。
(エ) 改定後の新審査の方針やC型慢性肝炎の放射線起因性を認める裁判例の存在は,C型慢性肝炎の放射線起因性を認める根拠とはならない。
(オ) 前記のとおり,原告X19の推定被曝線量は,全体量としても,0.012グレイを下回る程度にすぎない。これは,1回のCT検査で受ける被曝線量程度の低線量である。また,原告X19に発現したという下痢,紫斑,吐き気,倦怠感,歯茎出血,生理不順等の各身体症状が放射線被曝による急性症状の特徴を有しているとはいえず,これらをもって原告X19に放射線被曝による急性症状を発現し得る程度の線量の放射線被曝があったということはできない。さらに,少なくとも原告X19のような低線量の放射線被曝とC型慢性肝炎との関連性を認める科学的な知見はない。むしろ,C型肝炎ウイルス(HCV)の感染源は,C型肝炎ウイルス(HCV)が混入(C型肝炎ウイルス(HCV)に感染)したヒトの血液であり,そもそも放射線によって感染することなどということはあり得ない。そして,感染から平均10年で感染者の70%ないし80%が慢性肝炎に至るとされており,更に感染から平均21年後(平均的な慢性肝炎の発症から約11年後)に肝硬変に至るとされている。原告X19がC型肝炎ウイルス(HCV)に感染した時期は不明であるが,C型慢性肝炎と診断されてから既に11年以上経過しているにもかかわらず,いまだ肝硬変に進展していないということになり,上記の一般的な慢性肝炎から肝硬変に至る経過に比して,むしろ,原告X19のC型慢性肝炎の進展の程度は緩やかであって,肝硬変の発症が促進されているともいえない。
以上のような原告X19の放射線被曝の程度,急性症状の有無,申請疾病(C型慢性肝炎)と放射線被曝に関する知見の状況等を総合考慮すれば,原告X19の申請疾病(C型慢性肝炎)が原爆放射線により発症したことについて,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の証明があるとはいえない。
したがって,原告X19の申請疾病については,被爆者援護法10条1項の放射線起因性の要件を満たすということはできない。
(16) 原告X20
ア 原告X20の主張の要旨
(ア) 原告X20は,平成16年6月8日,申請疾病である脳梗塞を発症したものである。
(イ) 原告X20は,長崎の爆心地から約3.7kmの地点で被爆した。そして,申請疾病は,脳梗塞である。よって,改定後の新審査の方針における積極認定対象被爆よりも若干距離があり,また,申請疾病が積極認定対象疾病に当たらないため,総合認定の対象となるところ,原告X20の申請疾病には,以下のとおり,放射線起因性が認められる。
a 原告X17の主張の要旨において既に述べたとおり,脳梗塞は放射線起因性が認められる疾病である。
b 原告X20は,9歳の時に爆心地から約3.7kmの地点で被爆した。原告X20は,昭和20年8月15日頃から同年9月中旬までの間,数度にわたり爆心地に近い工場跡に行き,がれきをかき分けて,拾ったボールベアリングを叩いてさびを落として遊んでおり,相当の粉塵を吸い込んだと思われる。また,原告X20は,放射性降下物が多かった長崎の西山地区のカボチャを日常的に食べていた。このようなことから,原告X20は,誘導放射化された物質にさらされたり,堆積した放射性降下物の粉塵等を吸引したり,放射性降下物により汚染された野菜を口にすることにより体内に取り込んだりして,外部被曝や内部被曝をした可能性が大きい。
そして,原告X20は,被爆後に下痢,発熱,倦怠感といった,いわば典型的ともいえる数々の急性症状を発症している。また,その後も倦怠感が続き,傷が化膿しやすいという被爆者によくみられる体調不良が続いており,被曝の影響が強く体に現れている。
c 原告X20は,昭和37年7月,激しいけいれんと共に意識を失うという発作に襲われ,山口大学付属病院に入院し,治療を受けた。原告X20は,平成16年5月11日,めまいと吐き気,平衡感覚失調に襲われて救急搬送された。
(ウ) 原告X20は,現在でも,申請疾病である脳梗塞の治療のため,初富保険病院に入院中であり,申請疾病には要医療性が認められる。
イ 被告の主張の要旨
(ア) 原告X20の初期放射線による被曝線量は約0.0004グレイである。原告X20が赴いたという工場跡について,工場の名称も場所も全く特定されていないが,爆心地に近い工場跡に行ったことによる原告X20の誘導放射線による推定被曝線量は0.00004グレイを下回る。長崎の西山地区のカボチャを日常的に食べていたことによる被曝線量も微量にすぎない。
(イ) 原告X20について,倦怠感が被爆直後に出現していた事実を認めることはできない。原告X20に下痢,発熱及び倦怠感が出現したとしても,これらが放射線被曝による急性症状であるとはいえない。
(ウ) 原告X20がこれまで罹患したという疾病等は,その一つ一つが放射線被曝によって生じたことについても,これらの疾病等の罹患が原告X20の脳梗塞に放射線起因性が認められることの根拠となる理由についても,何ら主張,立証がされていないから,放射線起因性の判断に影響を与えない単なる事情と理解するほかない。
(エ) 原告X20には脳梗塞の重大な危険因子である加齢,高血圧及び心血管疾患が存在している。
(オ) 原告X20について放射線起因性の要件を満たすというためには,原告X20において,被告が指摘する原告X20の危険因子(加齢,高血圧及び心血管疾患)の影響を超えて,原告X20の脳梗塞の発症が原爆放射線により生じたことについて,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の証明をすることが必要である。
そして,原告X20の放射線被曝の程度,申請疾病(脳梗塞)と放射線被曝に関する知見の状況及び加齢,高血圧等の危険因子の状況を総合考慮すれば,原告X20の申請疾病(脳梗塞)が,危険因子の影響を超えて,原爆放射線により発症したことについて,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の証明があるとはいえない。むしろ,その発症は,加齢,高血圧等の原爆放射線以外の要因によるとみるのが自然かつ合理的である。
したがって,原告X20の申請疾病については,被爆者援護法10条1項の放射線起因性の要件を満たすということはできない。
(17) 原告X21
ア 原告X21の主張の要旨
(ア) 原告X21は,40歳ないし50歳の時に,申請疾病である狭心症と診断されたものである。
(イ) 原告X21は,長崎の爆心地から約1.3kmの地点で被爆しており,改定後の新審査の方針における積極認定対象被爆である。また,狭心症は,発生機序など積極認定対象疾病である心筋梗塞と極めて類似した疾患である。そして,原告X21の申請疾病には,以下のとおり,放射線起因性が認められる。
a 原告X21の狭心症は,動脈硬化性の狭心症である。心筋梗塞と動脈硬化性の狭心症の発生機序は全く同じである。
そして,心筋梗塞は,改定後の新審査の方針における積極認定対象疾病であり,放射線起因性の認められる疾病であることは明らかである。
よって,狭心症にも放射線起因性が認められる。
b 原告X21は,爆心地から僅か約1.3kmの地点で被爆し,しばらく近くの山に避難し,同所にとどまっていた。また,原告X21は,被爆後から脱毛,血便,血尿,嘔吐,発熱など複数の急性症状を発症し,一緒にいた同僚も同様の症状を発症し,近距離の被爆者にみられる症状を発症している。
その後も風邪を引きやすい,胃腸が弱くなる,貧血を起こしやすいなど虚弱な状態が続き,更には皮膚がんと診断され,原爆症認定を受けたこともある。
以上の被爆態様及び被爆後の症状からすれば,原告X21は,相当量の初期放射線及び残留放射線による被曝をしているものである。
なお,原告X21の狭心症は,動脈硬化性の狭心症であるところ,血管造影検査の結果をみると,右冠状動脈#3の狭窄が進行して90%に達していたためステント留置が行われており,狭窄は強度でそのまま放置すれば心筋梗塞を発症してもおかしくない状態であったものである。
c 原告X21は,30歳代に,高血圧と診断され,以後,高血圧の薬を飲んでいる。原告X21は,狭心症と診断されて以後,ニトログリセリンを持ち歩くようになった。
そして,原告X21は,40歳代の時に,子宮筋腫と診断され,平成16年頃,子宮筋腫の摘出手術を行った。原告X21は,胆のう炎に罹患し,胆のうも摘出した。
(ウ) 原告X21は,内服治療を継続しており,平成25年2月にはステント留置術を行っている。よって,申請疾病には要医療性が認められる。
イ 被告の主張の要旨
(ア) 原告X21が狭心症と診断されたのは,平成22年2月である。
(イ) 原告X21は爆心地から約1.4kmの地点で被爆したと認められるから,原告X21の初期放射線による被曝線量は1.4996グレイを下回る程度となる。そして,誘導放射線については,原告X21の主張を前提にしても,その誘導放射線量(積算線量)は約0.0000903グレイである。
(ウ) 原告X21の身体症状は,放射線被曝による急性症状とはいえない。
(エ) 原告X21は,原告X21の被爆後の病歴等を羅列するが,原告X21が羅列する疾病等の一つ一つが放射線被曝によって生じたことについて何ら個別に主張,立証がされていないから,原告X21の上記主張は放射線起因性の判断に影響を与えない単なる事情と理解するほかない。
被爆後,原告X21に血尿が出現したと認めることはできない。仮に原告X21に血尿が生じていたとしても,放射線被曝の影響による症状であると認めることはできない。
(オ) 原告X21には虚血性心疾患の重大な危険因子である加齢,高血圧及び脂質異常症が存在している。
(カ) 原告X21について放射線起因性の要件を満たすというためには,原告X21において,被告が指摘する原告X21の危険因子(加齢,高血圧及び脂質異常症)の影響を超えて,原告X21の狭心症の発症が原爆放射線により生じたことについて,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の証明をすることが必要である。
そして,原告X21の放射線被曝の程度,急性症状の有無,申請疾病(狭心症)と放射線被曝に関する知見の状況及び加齢,高血圧等の虚血性心疾患の危険因子の状況を総合考慮すれば,原告X21の申請疾病(狭心症)が原爆放射線により発症したことについて,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の証明があるとはいえない。むしろ,その発症は,加齢,高血圧,脂質異常症などの原爆放射線以外の要因によるとみるのが自然かつ合理的である。
したがって,原告X21の申請疾病については,被爆者援護法10条1項の放射線起因性の要件を満たすということはできない。
第3章  当裁判所の判断
第1  原爆症認定における放射線起因性の判断基準
1  放射線起因性の立証の程度等
被爆者援護法10条1項,11条1項の規定によれば,原爆症認定をするためには,① 被爆者が現に医療を要する状態にあること(要医療性)のほか,② 現に医療を要する負傷若しくは疾病が原子爆弾の放射線に起因するものであるか,又は,上記負傷若しくは疾病が放射線以外の原子爆弾の傷害作用に起因するものであって,その者の治癒能力が原子爆弾の放射線の影響を受けているため上記の状態にあること(放射線起因性)が必要であると解される。
そして,被爆者援護法は,給付ごとにそれぞれ支給要件を規定しているところ,健康管理手当及び介護手当の支給要件については,それぞれ「原子爆弾の放射能の影響によるものでないことが明らかであるものを除く。」(被爆者援護法27条1項),「原子爆弾の傷害作用の影響によるものでないことが明らかであるものを除く。」(被爆者援護法31条)などと,いずれも原因と結果の関係につき弱い因果関係があれば足りることが規定上明らかにされていることと対比すると,上記の放射線起因性については,放射線と負傷若しくは疾病の発症又は治癒能力の低下との間に通常の因果関係があることが要件とされていると解するのが相当である。
ところで,行政処分の要件として因果関係の存在が必要とされる場合に,その拒否処分の取消訴訟において原告がすべき因果関係の立証の程度は,特別の定めがない限り,通常の民事訴訟における場合と異なるものではない。そして,訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とすると解すべきである。
そうであるところ,原爆症認定の要件としての放射線起因性については,上記の特別の定めはないから,原告において,原爆放射線に被曝したことにより,その負傷若しくは疾病又は治癒能力の低下を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明する必要があり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを要すると解すべきである(最高裁平成10年(行ツ)第43号同12年7月18日第三小法廷判決・裁判集民事198号529頁参照)。
2  具体的な判断方法
放射線起因性について上記1のとおり解するとしても,人間の身体に疾病等が生じた場合に,その発症に至る過程においては,多くの要因が複合的に関連しているのが通常であり,特定の要因から当該疾病等の発症に至った機序を逐一解明することには困難が伴う。殊に,放射線が人体に影響を与える機序は,科学的にその詳細が解明されているものではなく,長年にわたる調査にもかかわらず,放射線と疾病等との関係についての知見は,統計学的,疫学的解析による有意性の確認など,限られたものにとどまっており,これらの科学的知見にも一定の限界が存する。
そこで,放射線起因性の判断に当たっては,当該疾病の発症等に至った医学的,病理学的機序を直接証明することを求めるのではなく,当該被爆者の放射線への被曝の程度と,統計学的,疫学的知見等に基づく申請疾病等と放射線被曝との関連性の有無及び程度とを中心的な考慮要素としつつ,これに当該疾病等の具体的症状やその症状の推移,その他の疾病に係る病歴(既往歴),当該疾病等に係る他の原因(危険因子)の有無及び程度等を総合的に考慮して,原爆放射線の被曝の事実が当該申請に係る疾病若しくは負傷又は治癒能力の低下を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性が認められるか否かを経験則に照らして判断するのが相当である。
3  被曝線量の評価方法
(1) 検討対象
放射線起因性の判断に当たっては,当該被爆者の放射線への被曝の程度が中心的な考慮要素の一つとなる。
今日の科学的知見においては,一般に,原爆に関する被曝として,外部被曝と内部被曝がある。外部被曝には,初期放射線による被曝と残留放射線による被曝があり,残留放射線による被曝については,放射性降下物による被曝と初期放射線の中性子線によって誘導放射化された物質による被曝があると解されている。原爆症認定の審査においても,これらによる被曝の影響の有無及び程度を考慮した上で審査がされているものである(弁論の全趣旨・被告準備書面(2)10頁)。
そこで,以下,これらの被曝について被曝線量や影響を検討するとともに,上記の各点に関連するものとして,遠距離被爆者及び入市被爆者に被爆後に生じた急性症状等について検討する。
(2) 初期放射線の被曝線量
ア 総説
初期放射線とは,原爆のウランあるいはプルトニウムが臨界状態に達し,原爆が爆発する直前に瞬時に放出される放射線である(弁論の全趣旨・被告準備書面(2)14頁)。その主要成分は,ガンマ線と中性子線であり,線量としては,取り分けガンマ線の占める割合が高いといわれており(乙B5・4頁,335頁,乙B9・129頁),原爆から放出された放射線の90%以上はガンマ線で,残りは中性子線であるともされている(乙B64・2枚目)。
原爆症認定の審査においては,初期放射線による被曝線量評価方法に関しては,旧審査の方針の下ではDS86(Dosimetry System1986)が用いられていたが,新審査の方針の下では,DS86を更新するDS02(Dosimetry System2002)に基づく線量推定方式により線量評価が行われ,改定後の新審査の方針及び再改定後の新審査の方針においても,基本的にはこれを踏襲しているものと認められる(弁論の全趣旨・被告準備書面(2)15頁)。
イ 各種知見
(ア) DS86
a 1965年(昭和40年)に米国のオークリッジ国立研究所(ORNL)の科学者によって線量評価システムであるT65D(Tentative1965Doses)が提案され,放影研による被爆者の疫学調査においては,この線量評価システムによって計算した線量が使用されていた。T65Dは,ネバダ砂漠にある米国ネバダ核実験場における長崎型原爆の爆発テスト,高い鉄塔に設置した小型原子炉あるいは強力なコバルト60源を用いた実験,日本家屋を建設して行った遮蔽実験等の結果を,広島原爆及び長崎原爆に当てはめ,放射線量を推定したものであった(乙B5・343頁,344頁,乙B6・1頁,2頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)15頁)。
しかしながら,1970年(昭和45年)代後半以降,T65Dに対してその信頼性に対する疑問が提起されるようになったことから,米国では,1981年(昭和56年)に線量再評価検討委員会,更にその結果を評価,吟味するための上級委員会が設置され,これに対応して日本側でも厚生省によって検討委員会と上級委員会が組織され,米国と共同してこの問題に当たることとなった(乙B5・343頁,乙B6・1頁,2頁,乙B7の1・2頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)15頁,16頁)。
昭和61年(1986年)に日米合同上級委員会において,新しい線量評価システムであるDS86が策定された(乙B5・343頁,乙B6・2頁,乙B7の1・3頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)16頁)。
b DS86は,広島原爆及び長崎原爆の物理学的特徴と,放出された放射線の量及びその放射線が空中をどのように移動し,建築物や人体の組織を通過した際にどのような影響を与えたかについての核物理学上の理論的モデルとに基づいて,放射線量の計算値を算出したものであり,具体的には,原爆放射線を構成するガンマ線及び中性子線の光子や粒子の1個1個の挙動や相互作用を最新の放射線物理学の理論によって忠実に再現し,最終的に全てのガンマ線と中性子線の動きを評価するものである(乙B5・332頁ないし342頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)16頁)。
DS86は,当時としては,最高の大型コンピュータを駆使した膨大な計算結果に基づいて作成されたものであり,その信頼性は高いものとされ,その線量推定方式は,後記の放影研を中心とした疫学調査や,原子力発電所及び医療用放射線の線量推定にも応用されていた(乙B8の1・ⅴ頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)16頁)。
c DS86では,放射線量を計算する前提として,広島原爆及び長崎原爆の出力について,複数の推定方式を用いた結果,広島原爆の出力は15kt(ktとは,原爆のエネルギーをTNT火薬の量で示したときの単位をいう。),誤差は±3ktの範囲に,長崎原爆の出力は21kt,誤差は±2ktの範囲に,それぞれあるとされた(乙B5・333頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)17頁)。
その上で,DS86では,① 爆弾から空気中を伝播してきた放射線量で被爆者周囲の遮蔽を介する前の被曝線量である空気中カーマ,② 被爆者の周囲の構造物による遮蔽を考慮した被曝線量である遮蔽カーマ,③ 人体組織による遮蔽も考慮した被曝線量である臓器カーマの計算モデルを統合し,被爆者の遮蔽データを入力して,初期放射線による被曝量が計算された(乙B5・334頁ないし336頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)17頁)。
d DS86は,実際の被曝試料を用いたガンマ線及び中性子線による検証がされ,それによって線量評価システムの客観性がおおむね裏付けられたものであったが,その一方で,様々な問題が指摘されていた(乙B8の1・ⅴ頁,13頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)18頁)。
すなわち,DS86の精度を評価するに当たり,まず,線量として占める割合の高いガンマ線の計算値を検証するために,熱ルミネセンス法(熱ルミネセンスとは,被曝した瓦やタイルに含まれている石英に熱を与えると光を発生する性質であり,熱ルミネセンス法とは,この光の量が被曝したガンマ線量に比例するため,この性質を利用して原爆の放射線量を見積もる測定法をいう。)による直接測定の結果(測定値)とDS86による計算結果(計算値)とを比較する方法が採られたが,広島においては,爆心地から1km以遠で測定値は計算値より大きく,近い距離においては逆に小さくなっており,長崎においてはこの関係は逆になった(乙B10・7頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)18頁,108頁)。
また,線量として占める割合が低い中性子線の計算値を検証するために,広島又は長崎で原爆の中性子によって特定の物質(元素)中に生成された放射性核種の放射線を測定し,この測定値から推定した中性子線量を,DS86の計算値と比較するという方法が採られた。硫黄が速中性子線(運動エネルギーの高い中性子線をいう。)により誘導放射化されて生ずるリン32は半減期が14.26日と短いため,DS86検討時には測定することができなかったが,原爆投下の数日後に測定したデータを再検討したところ,DS86による計算値との間には差がみられないとされた(乙B10・8頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)19頁)。しかしながら,コバルトが熱中性子線(運動エネルギーの低い中性子線をいう。)によって誘導放射化されたコバルト60については,爆心地から290mの地点においてDS86による計算値が測定値の1倍ないし1.5倍,爆心地から1180mの地点において上記計算値が測定値の3分の1倍であり(乙B10・8頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)19頁),このような比較を他の物質(元素)についても行った結果,熱中性子線によって誘導放射化された放射性核種ユーロピウム152及び塩素36由来の放射線の測定値と,これに対応するDS86による計算値との間に系統的な乖離がみられ,爆心地から近距離では計算値の方が測定値より高く,遠距離では逆に測定値の方が計算値より高くなっていた。この傾向は,DS86が策定されて以降,測定値の数が増加するとともに特に広島において顕著なものとなっており,長崎においても広島と同様の乖離を示すデータもあった(乙B10・9頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)19頁,20頁)。
(イ) DS02
a 平成12年,DS86策定後の研究の成果を踏まえてその問題を解決することを目的として日米合同実務研究班が設立され,DS86の再評価が行われることとなった(乙B8の1・2頁,13頁,14頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)20頁)。
すなわち,日米合同実務研究班では,DS86における評価方法を踏襲した上で,① 広島原爆及び長崎原爆の放射線出力及び放射線輸送の再計算を行う,② 試料を用いた既存の放射線測定値を全て再評価する,③ 新たに開発された測定方法により,ニッケル63を測定することによる速中性子の測定とそのモデル化計算を行う,④ 超低レベルバックグラウンドの測定施設でユーロピウム152の試料を再測定する,⑤ 花崗岩試料を用いた塩素36の熱中性子による放射化測定に関して,精度保証の伴った相互比較調査をする,⑥ 目印となる既知の場所を用いて,現在の新都市計画地図と1945年(昭和20年)の米国陸軍地図を合わせて爆心地を再決定する,⑦ 爆心地の補正とその他の誤差を考慮して,被曝試料の採取位置を修正する,⑧ 大きな地形の陰となったことによる遮蔽を放射線輸送計算に含める,⑨ 学校など大型の木造建造物や長崎の大きな工場の遮蔽を含め,遮蔽計算と遮蔽モデルを改良する,⑩ 被曝試料測定データを用いて出力と爆発高度の適合度解析を実施する,⑪ ガンマ線及び中性子線の両方について一致が得られるような新たな線量推定方式のパラメータ(原爆投下時の爆撃機の飛行方向,爆央,爆弾の出力及び爆発時の爆弾の傾きといった条件)を再決定する,⑫ 被爆者ごとの被曝線量の計算について誤差を解析するといったことが行われた(乙B8の1・13頁ないし16頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)20頁,21頁)。
b DS86の再評価の焦点は,当初,熱中性子による放射化の計算値と測定値の不一致の問題に関し,原爆からの放射線出力を再計算することに当てられており,DS86策定時よりも更に進歩した最新の大型コンピュータを駆使し,最新の核断面積(誘導放射化が起こる確率,すなわち,毎秒f個の粒子が単位面積当たりN個の原子核を含む物質の薄い層の標的に垂直に入射したとき,誘導放射化はσfN回起こるところ,このときの比例定数σを核断面積といい,誘導放射化の起こりやすさの指標となる。)データ等を使い,かつ,DS86策定後に可能になった手法である離散座標法(放射線が進む状況を計算で推定し,各位置における放射線量を推計する手法(乙B8の1・159頁参照))とモンテカルロ計算(ガンマ線及び中性子が物質中を動き回る様子を探るために考案された手法)等を用いるなどして,更に緻密な計算が行われ,その結果,広島原爆については以前の出力推定値よりも1kt高い出力が推定されたものの,DS86における熱中性子による放射化の計算値と測定値の不一致の問題を説明することはできず,かかる不一致が原爆からの放射線出力の計算に起因するものではないとされた(乙B8の1・16頁,17頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)21頁,108頁,109頁)。その上で,かかる不一致の原因となり得る他の要因の検討が進められ,ニッケル63による速中性子測定,超低レベルバックグラウンドでのユーロピウム152による熱中性子測定,塩素36の精度保証付き相互比較測定等を実施したところ(乙B8の1・26頁ないし37頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)21頁,22頁),広島の爆心地から1km以遠における中性子の不一致は,測定値における説明不可能なバックグラウンド値によるものであり,計算値の基本的問題によるものではなく(乙B8の1・16,17頁),広島原爆の真下における中性子の過大計算は,爆発高度が少し低く推定されていたためであるとされた(乙B8の1・17頁)。
c 上記検討と併せて,広島及び長崎両市におけるガンマ線量測定値の再評価も行われ,各測定値の検証,バックグラウンドや熱ルミネセンス法による測定自体の誤差等が検討されたが,現行の熱ルミネセンス法による測定値のうち,爆心地から約1.5km以遠の測定値については,原爆によるガンマ線量がバックグラウンド線量と同量となることから,バックグラウンド線量の誤差が測定線量に大きく影響を与えるため,その測定値をもって正確なガンマ線量を評価することが不可能であるとされた(乙B8の1・402頁,403頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)25頁)。
d このような再評価の過程で,更に新しい線量評価システムであるDS02が策定されるに至り(乙B8の1・46頁),科学的緻密性及び厳密性の見地からは,DS02がDS86に勝るものとされ,その結果,DS02は,平成15年3月以降放影研が実施する被爆者生存者追跡調査で用いる新たな線量推定方式として承認された(弁論の全趣旨・被告準備書面(2)26頁)。
ウ 検討
(ア) DS86は,広島原爆及び長崎原爆の物理学的特徴と核物理学上の理論的モデルに基づき放射線量の計算値を算出したものであり,当時としては,最高の大型コンピュータを駆使した膨大な計算結果に基づき作成されたものであるところ,DS02は,このようなDS86における評価方法を踏襲した上で,更に進歩した最新の大型コンピュータを駆使し,最新のデータやDS86の策定後に可能となった最新の計算方法を用いるなどして,DS86よりも高い精度で被曝線量の評価を可能にしたものであり,一方で,DS02の計算過程に疑問を抱かせる事情や,より高次の合理性を備えた線量評価システムが他に存在することを認めるに足りる証拠はない。
そうすると,DS02は,被爆者の初期放射線による被曝線量を高い精度で算定することが可能な相当程度の科学的合理性を有するものであるということができる。
(イ)a もっとも,DS02は,コンピュータによるシミュレーション計算の結果を基礎として策定されたものである以上,それに基づく被曝線量の計算値(推定値)は,飽くまでも近似的なものにとどまらざるを得ないものと認められる。
確かに,DS02以前においては,米国ネバダ核実験場における長崎型原爆の爆発テスト,高い鉄塔に設置した小型原子炉あるいは強力なコバルト60源を用いた実験,日本家屋を建設して行った遮蔽実験等が行われている。しかしながら,このような実験において,距離以外の初期放射線の減衰要因の計測時の状況は,当時の広島及び長崎におけるそれと同一とはいえないという問題があり,例えば,地形の変化に乏しい乾燥したネバダ砂漠と違って,広島でも長崎でも水分量の分布の変化は激しいとの指摘があるところである(甲A7・108頁)。また,広島原爆については,広島原爆と同じ砲身式のウラン爆弾の爆発実験は行われておらず,広島原爆のレプリカと呼ばれる模擬原子炉の実験装置を用いた実験が行われたのみであり,現実の原爆の爆発で起こった即発放射線の火薬部分による中性子の吸収及び散乱と,模擬原子炉での吸収及び散乱とでは異なる可能性がある(甲A7・107頁)。
b 初期放射線のうちガンマ線については,DS86では,広島においては,爆心地から1km以遠で測定値は計算値より大きく,近い距離においては逆に小さくなっているとされている。この点については,DS02でも,広島及び長崎両市において,爆心地から約1.5km以遠の測定値については,原爆によるガンマ線量がバックグラウンド線量と同量となることから,バックグラウンド線量の誤差が測定線量に大きく影響を与えるため,その測定値をもって正確なガンマ線量を評価することが不可能であるとされている。同様のことは,全体の線量としてはさほど多いものとは認められないものの,広島の爆心地から1km以遠における中性子についてもいえるのであって,これらに照らすと,遠距離における過小評価の可能性は,DS02による検証を経てもなお完全には否定することができないというべきである。
この点については,DS02自体も,被爆者線量の誤差が広島及び長崎の両市とも30%程度であるが,合計線量の27%ないし45%の範囲であるとしており(乙B8の1・45頁),一定の誤差が生じていることを認めているものである。
(ウ) 以上によれば,DS02においても,特に爆心地から約1.5km以遠において初期放射線の被曝線量を過小評価している可能性を完全には否定することができない。もっとも,爆心地から遠距離における初期放射線の被曝線量の測定値と計算値との相違については,線量が小さくバックグラウンドとの区別が困難であることなどの測定値の不確実性等によるものと考えられ,過小評価の可能性があるとしても,その絶対値はそれほど大きなものであるとは考え難いから,これを過大視することはできないというべきである。
(エ) 以上を総合すれば,DS02は相当の科学的合理性を有し,これによって初期放射線の被曝線量を推定することには一定の合理性があるが,その適用については,上記の観点から一定の限界が存することにも留意する必要があるというべきである。
(3) 放射性降下物による放射線の被曝線量
ア 総説
放射性降下物による放射線とは,原爆の核分裂によって生成された放射性物質(放射性降下物。「フォールアウト」ともいう。)から発せられる放射線である(弁論の全趣旨・被告準備書面(2)27頁)。
核分裂により生ずる放射性物質は,質量数90及び140付近の物質で約200種以上に及ぶが,核分裂によって生成される放射性物質の大部分は短寿命核種であるため,その放射能は急速に減衰し,放射線量も急速に減衰する(乙B5・352頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)27頁)。
旧審査の方針では,この放射性降下物の線量は,DS86を基にしていたところ,新審査の方針策定後の審査においては,従前の科学的知見に加え,DS86策定後に現れた最新の科学的知見をも踏まえ,その線量評価が行われることとなった(乙A6・2頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)27頁,28頁)。
イ 各種知見
(ア) 放射性降下物の測定調査
広島及び長崎においては,次のとおり,広島原爆及び長崎原爆の投下直後から複数の測定者が放射線量の測定調査をしており,広島では己斐高須地区,長崎では西山地区で放射線の影響が比較的顕著にみられるとの調査結果が得られたとし,原爆の爆発後,己斐高須地区及び西山地区において激しい降雨があり,これによって放射性降下物が降下したものであることが確認された。
a 仁科芳雄の調査
理化学研究所の仁科芳雄は,昭和20年8月8日,陸軍調査団と共に広島市に入り,同月9日,爆心から5km以内の28箇所の地点において土壌試料を収集した。同試料は,理化学研究所において分析され,銅線から放射能が検出されたことから,広島に原爆が投下されたことが確認された(乙B11・157頁)。
b 浅田常三郎らの調査
大阪帝国大学教授の浅田常三郎らは,昭和20年8月10日,広島において原爆の調査に着手した。浅田常三郎らは,同月11日,広島市内数箇所から砂を採取し,ガイガーミュラー計数管を使用して放射能を測定したところ,己斐駅付近及び爆心地付近(護国神社,西練兵場入口)において比較的放射能が高いことを確かめた。具体的には,自然計数が毎分27であるのに対し,己斐駅付近のある地点では毎分90,己斐駅付近の別の地点では,自然計数より稍少,護国神社では毎分120,西練兵場入口では毎分90であった(乙B11・157頁,乙B13・1頁ないし4頁,乙B66・12頁)。
c 荒勝文策らの調査
京都帝国大学教授の荒勝文策らは,昭和20年8月10日,広島において原爆の調査に着手した。荒勝文策らは,同月13日及び同月14日には,広島市の内外約100箇所において数百の試料を採集し,ガイガーミュラー計数管を使用して放射能を測定したところ,己斐駅に近い旭橋付近で採集された試料に比較的強い放射能を認めた。具体的には,自然計数が毎分18程度であるのに対し,旭橋東詰では,毎分106であった(乙B11・157頁,乙B12・5頁,6頁,9頁,乙B66・13頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)29頁)。
d 山崎文男らの調査
理化学研究所の山崎文男らは,昭和20年9月3日及び同月4日の二日にわたり,広島市内外に残留するガンマ線の強度を,ローリッツェン検電器を用いて測定した。その結果は,爆央付近に極大値をもつバックグラウンドのおよそ2倍程度のガンマ線が残留することを認めたほか,己斐から草津に至る山陽道国道上において,古江東部に極大を持つ上記爆央付近で見たと同程度のガンマ線の存在を確認したというものであった(乙B14・25頁)。
e マンハッタン管区原子爆弾調査団の調査
米国のマンハッタン管区原子爆弾調査団は,昭和20年9月20日から同年10月6日までの間,長崎に,同月3日から同月7日までの間,広島に派遣され,原子爆弾の影響を調査し,1946年(昭和21年),調査結果を「マンハッタン管区原子爆弾調査団最終報告書」としてまとめた(甲A602・3頁,4頁)。「マンハッタン管区原子爆弾調査団最終報告書」は,長崎の西山地区では1時間当たり1.8ミリレントゲンが観測され(甲A602・4頁),爆心地の西側の三重や野母半島でもそれぞれ1時間当たり0.014ミリレントゲン,1時間当たり0.013ミリレントゲンが観測されたとしている(甲A602・8頁)。
f チボートらの調査
チボートらは,マンハッタン技術部隊が昭和20年9月21日から同年10月4日までに長崎において行った調査に基づいて,西山地区における原爆の爆発1時間後から無限時間を想定した地上1mの地点での積算線量を算定し,これを29レントゲン又は24レントゲンないし43レントゲンと報告した(乙B15・215頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)30頁)。
また,チボートらは,マンハッタン技術部隊が同月3日から同月7日までに広島において行った調査に基づいて,己斐高須地区における原爆の爆発1時間後から無限時間を想定した地上1mの地点での積算線量を算定し,これを1.2レントゲンと報告した(乙B15・217頁,218頁・弁論の全趣旨・被告準備書面(2)31頁)。
g 藤原らの調査
藤原らは,昭和20年9月,広島において,ローリッツェン検電器を用いた放射線量の測定を行い,己斐高須地区における原爆の爆発1時間後から無限時間を想定した地上1mの地点での積算線量を算定し,これを1レントゲンと報告した(乙B15・217頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)30頁,31頁)。
h 日米合同調査団の調査
日米合同調査団は,昭和20年10月3日から同月7日までの間,広島の100箇所及び長崎の900箇所においてガイガーミュラー計数管を使用して調査を行い,両爆心地と風下に当たる広島の高須地区,長崎の西山地区で放射能が高いことを確認した(乙B11・157頁)。
i ペイスらの調査
ペイスらは,米国のNaval Medical Research Institute(NMRI。以下「NMRI」という。)が昭和20年10月15日から同月27日にかけて長崎において行った調査に基づいて,西山地区における原爆の爆発1時間後から無限時間を想定した地上1mの地点での積算線量を最大で42レントゲンと報告した(乙B15・215頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)30頁)。
また,ペイスらは,NMRIが同年11月1日及び同月2日に広島において行った調査に基づいて,己斐高須地区における原爆の爆発1時間後から無限時間を想定した地上1mの地点での積算線量を0.6レントゲンないし1.6レントゲンと報告した(乙B15・217頁,218頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)31頁)。
j 宮崎らの調査
宮崎らは,昭和21年1月27日から同年2月7日にかけて広島においてNeher宇宙線チャンバーを用いた測定を行い,己斐高須地区における原爆の爆発1時間後から無限時間を想定した地上1mの地点での積算線量を3レントゲンと報告した(乙B15・217頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)31頁)。
k ミラーの調査
ミラーは,昭和57年,核実験による放射性降下物の影響が大きくなる以前の昭和31年に採取されたセシウム137の測定データに基づいて,長崎の西山地区における原爆の爆発1時間後から無限時間を想定した地上1mの地点での積算線量を40レントゲンと報告した(乙B15・216頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)31頁,32頁)。
(イ) エドワード・荒川「広島及び長崎被爆生存者に関する放射線量測定」
昭和35年発表のABCCのエドワード・荒川の「広島及び長崎被爆生存者に関する放射線量測定」(以下「エドワード・荒川報告」という。)は,① 原爆の一次放射線を除けば,広島及び長崎の被爆生存者が有意線量を受けたという証左はほとんどなく,中性子に誘発された放射能は存在したが,これは恐らく被爆者が受けた総線量にほとんど寄与しなかったものと思われる,② 1954年(昭和29年)のビキニ核実験でマーシャル群島住民及び日本漁船の第五福龍丸が受けた種類及び程度の降下物の局地的落下は広島及び長崎にはなかった,③ 広島及び長崎における放射性降下物が少量であったのは,二つの因子によるものであり,一つは,投下された原爆がキロトン級のもので,そのエネルギーはビキニ核実験のメガトン級の約1000分の1であったこと,もう一つは,ビキニ核実験における局地的にみられた降下物は主として大気に吸い込まれた土及び破壊物であり,それらが中性子によって放射能を持ち,その大きな粒が降下物の形で大地に再び落下したが,広島及び長崎の場合,空中で爆発したので火球は大地に接触しなかったことから,上述のような事実はほとんど惹起しなかったことであるとしている(乙B18・6頁,7頁)。
(ウ) 岡島俊三らの調査
長崎大学医学部原爆後障害医療研究施設の岡島俊三らは,昭和44年から昭和46年までの間,原爆による放射性降下物が長崎の西山地区の住民に及ぼした細胞遺伝学的影響について3次にわたる染色体調査を実施したところ,染色体数の分布に関しては,西山地区の住民の群と他の群に余り差がなかったが,染色分体及び不安定型染色体異常は西山地区の住民の群に高い傾向がみられ,安定型染色体異常は,直接被爆者の群に最も高く,次いで西山地区の住民の群がやや高い傾向を示した。岡島俊三らは,この差は統計的に有意を示すまでには至らなかったとしながらも,体内あるいは尿中のセシウム137に関する測定値と平行した結果を示しており,放射性降下物による原爆直後の影響と共に長期微量放射能の影響を示唆しているように思われるとしている(乙B177・232頁,233頁,236頁)。
(エ) 「予研―ABCC寿命調査,広島・長崎 第5報 1950年10月-1966年9月の死亡率と線量との関係」
厚生省国立予防衛生研究所(予研)とABCCは,昭和25年から昭和41年までの寿命調査(LSS)対象者10万人中における死亡者1万5285人を調査し(なお,寿命調査(LSS)については,後記第2の1参照),「予研―ABCC寿命調査,広島・長崎 第5報 1950年10月-1966年9月の死亡率と線量との関係」(以下「LSS第5報」という。)としてまとめ(乙B99・1頁),昭和45年に発表した。
LSS第5報は,① 原爆投下時市内にいなかったが,原爆投下後30日以内に入市したと報告した者を早期入市者,これ以後に入市した者を後期入市者とし(乙B99・63頁),全死因について早期及び後期入市の別,また,原爆投下時に市内にいたか,いなかったかの別によって検討を加えると,早期入市者における死亡が相対的に少ないようである(乙B99・65頁),② 長崎では差はないが,広島においては早期入市者と後期入市者とのがん死亡率に差があり,早期入市者の方が死亡率が低いとしている(乙B99・69頁)。
(オ) 「原爆被爆者の死亡率調査 7. 1950-78年の死亡率;第2部.癌以外の死因による死亡率及び早期入市者の死亡率」
放影研は,昭和25年から昭和53年までの寿命調査(LSS)対象者の死亡率を調査し,「原爆被爆者の死亡率調査 7. 1950-78年の死亡率;第2部.癌以外の死因による死亡率及び早期入市者の死亡率」(以下「LSS第7報第2部」という。)としてまとめ(乙B100・193頁),昭和57年に発表した。
LSS第7報第2部は,① 全死因による死亡率について,早期入市者と後期入市者の間に有意差はない,② 早期入市者の白血病及びその他のがんの増加は認められなかった(乙B100・203頁),③ この調査対象中の早期入市者には,白血病又はその他の悪性腫瘍による死亡の増加は認められないとしている(乙B100・193頁)。
(カ) 「寿命調査第9報 第2部 原爆被爆者における癌以外の死因による死亡率,1950-78年」
放影研は,昭和50年から昭和53年までの4年間の寿命調査(LSS)対象者中の死亡者数を調べ,昭和25年からの28年間の死亡率を算定し,がん以外の死因による死亡率も増加しているかどうか,あるいは,放射線による非特異的な加齢促進が起こるかどうかを調べ,「寿命調査第9報 第2部 原爆被爆者における癌以外の死因による死亡率,1950-78年」(以下「LSS第9報第2部」という。)としてまとめ(乙B208・1頁),昭和57年に発表した。
LSS第9報第2部は,① 全死因による死亡率について,早期入市者と後期入市者との間に有意差はない,② 早期入市者の白血病は,被爆群に白血病が多く現れた昭和25年から昭和33年までには現れず,後になって現れたとしている(乙B208・19頁)。
(キ) 国連環境計画(UNEP)「放射線 その線量,影響,リスク」
昭和63年発表の国連環境計画(UNEP)の「放射線 その線量,影響,リスク」(以下「UNEP報告」という。)は,① 大気圏の核実験により生じた放射性物質(破片)の一部は,爆発地点に近いところに降下し,一部は大気圏の低い層,すなわち,対流圏にとどまり,風と共に地球の同緯度を移動し,その間に少しずつ大地に降下する,② 対流圏には,平均して約1箇月間とどまっているが,大部分のものは大気圏の2番目の層である成層圏(約10kmから約50km)に打ち上げられ,そこに何箇月もとどまり,徐々に地上に降下してくるとしている(乙B21・32頁)。
(ク) 「原爆線量再評価 広島および長崎における原子爆弾放射線の日米共同再評価」第6章
平成元年発表の「原爆線量再評価 広島および長崎における原子爆弾放射線の日米共同再評価」(以下「DS86報告書」という。)第6章は,前記(ア)の放射性降下物の測定調査を総括し,① 放射性降下物による累積的被曝の推定の大部分はよく一致しており,放射性降下物の累積的被曝への寄与は,広島の己斐高須地区では,恐らく1レントゲンないし3レントゲンの範囲であり,長崎の西山地区では,恐らく20レントゲンないし40レントゲンの範囲である(乙B15・218頁),② 組織吸収線量に換算すると,広島については0.6ラドないし2ラド(0.006グレイないし0.02グレイ),長崎については,12ラドないし24ラド(0.12グレイないし0.24グレイ)になるとしている(乙B15・228頁)。
また,放射性降下物の線量評価は,Xt=X1・t-1.2(Xtは測定被曝率,X1は原爆の爆発後1時間目における計算被曝率であり,tは1時間単位の爆発後の時間である。)の式で計算され,べき指数が-1.2とされた(乙B15・213頁)。
もっとも,DS86報告書第6章は,① 緊迫した状況であったことや,計器及び訓練された人員が不足していたことにより,関心のある地域についてのグリッド測定ができていなかったので,放射性降下物地域のデータがどれくらい代表的であるかは不明である,② 原爆の爆発後の3箇月間には広島で900mm,長崎で1200mmの大量の降雨があり,さらに,両市とも昭和20年9月17日に台風に遭い,広島は同年10月9日に2回目の台風に遭ったものであり,放射性降下物が測定の行われる前に風雨の影響により散乱されたかもしれない,③ 一般的に,降雨は地表の物質を斜面から低地帯又は排水装置へ洗い落とす傾向があるが,平坦な地域では放射性降下物を保持するかもしれない,④ 試料採取場所についての詳細な知識なしには風雨の影響を評価するのは不可能であり,それゆえ,測定データは風雨の影響に対する補正なしに使用されたとしている(乙B15・213頁,214頁)。
(ケ) 本田武夫ら「長崎市西山地区住民の染色体調査(第2報)」
放影研の本田武夫らは,原爆の放射性降下物による残留放射線被曝の人体に及ぼす影響が四十数年後にも染色体異常頻度を指標として検出可能であるか等を目的とした研究を行い,「長崎市西山地区住民の染色体調査(第2報)」(以下「本田武夫ら報告」という。)としてまとめ(乙B205・607頁),平成2年に発表した。
本田武夫ら報告は,長崎の西山地区住民30人のうち,原爆被災時の行動が判明している6人について,物理的な方法と細胞遺伝学的な方法により被曝線量の再検討を試みたところ,上記30人の原爆の放射性降下物による被曝線量を物理的方法では平均7.35ラド(0.0735グレイ),細胞遺伝学的方法では平均6.25ラド(0.0625グレイ)と推算したとしている(乙B205・610頁)。
(コ) 「黒い雨に関する専門家会議報告書」
広島県及び広島市が設置した黒い雨に関する専門家会議は,広島の残留放射能による被曝が住民の健康に影響を与える量であったかどうか,また,黒い雨の降雨地域が正しく判定されているかなどを検討し,「黒い雨に関する専門家会議報告書」としてまとめ(乙B97・「はじめに」,2頁),平成3年に発表した。
「黒い雨に関する専門家会議報告書」は,黒い雨に含まれる低線量放射線の人体への影響について,赤血球のMN血液型決定抗原であるグリコフォリンA蛋白遺伝子に生じた突然変異頻度及び末梢血リンパ球に誘発された染色体異常頻度の検討を行ったところ,グリコフォンA蛋白遺伝子に関しては,広島市己斐町,同市古田町,同市庚午町,広島県安佐郡祇園町などの降雨地域に当時在住し黒い雨にさらされた40人(男性20人及び女性20人)と広島市宇品町,同市翠町,同市皆実町,同市東雲町,同市出汐町,同市旭町などの対照地域に当時在住し黒い雨にさらされていない53人(男性21人及び女性32人)について調査した結果,降雨地域に統計的に有意な体細胞突然変異細胞の増加を認めず,染色体異常に関しても,同様に降雨地域の60人(男性29人及び女性31人)と対照地域の132人(男性65人及び女性67人)について検討したが,どの異常型においても統計的有意差は証明されなかったとしている(乙B97・7頁)。
(サ) 藤間清ら「広島原爆の早期調査での土壌サンプル中のセシウム137濃度と放射性降下物の累積線量評価」
広島大学工学部の藤間清らは,広島原爆の投下3日後に爆心地から5km以内で収集された土壌サンプル(仁科芳雄の調査で収集された試料)中のセシウム137濃度を測定し,放射性降下物が地表から1cmに分布したと仮定して,単位重さ当たりの放射能を面積当たりのセシウム沈着に換算することにより放射性降下物による累積被曝を評価し,「広島原爆の早期調査での土壌サンプル中のセシウム137濃度と放射性降下物の累積線量評価」(以下「藤間清ら報告」という。)としてまとめ(乙B16の1,乙B16の2・1頁,3頁,4頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)32頁,33頁),平成8年に発表した。
藤間清ら報告は,得られた放射性降下物による累積被曝は,強い放射性降下物地域を除く爆心地から5km以内では,1kg当たり0.31ミリキューリー(0.12±0.02レントゲン),広島の己斐高須地区の強い放射性降下物地域では1kg当たり1.0ミリキューリー(4レントゲン)であるとしている(乙B16の1,乙B16の2・4頁)。
(シ) UNSCEAR2000年報告書
UNSCEAR2000年報告書は,大気圏内核実験に伴う被曝は実験が行われた地点に限定されることなく,世界的に広がっており,現在でも世界中に核実験によるバックグラウンドが検出されるとしている(乙B20,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)37頁,39頁)。
(ス) 藤間清「「黒い雨」にともなう積算線量」
平成17年発表の広島大学大学院工学研究科の藤間清の「「黒い雨」にともなう積算線量」(以下「藤間清報告」という。)は,① 広島の高須地区の家屋の壁に残っていた黒い雨の痕跡に含まれているセシウム137の濃度を測定したところ,藤間清ら報告の積算線量の前提となった土壌サンプル(己斐橋付近のもの)中のセシウム137の濃度とほぼ一致している,② その濃度は,核実験フォールアウトのセシウム137の濃度の8分の1であった,③ セシウム137の測定データからの集積線量の推定値も基本的には線量率からの推定値と一致すべき値であり,長崎の場合,DS86報告書のセシウム137の測定データからの集積線量の推定値は線量率からの推定値とよく一致している,④ 広島の場合にはセシウム137の測定データからの集積線量の推定値がこれまで報告されていなかったが,この報告でそのデータを得ることができ,その値は3.7レントゲンとなり,線量率からの推定値よりやや高いがほぼ一致している,⑤ 己斐高須地区以外の広島市内のフォールアウトの線量は平均約0.10レントゲンと推定され,この値は爆心付近の集積線量の約100分の1であり,爆心から約2km付近における誘導放射線による集積線量に相当するとしている(乙B11・159頁ないし162頁)。
(セ) 放影研「原爆被爆者の長期健康影響調査に関する「Q&A」」
平成18年発表の放影研の「原爆被爆者の長期健康影響調査に関する「Q&A」」は,放射性降下物について,① 広島原爆及び長崎原爆は地上500mないし600mの高度で爆発し,巨大な火球となり,上昇気流によって上空に押し上げられた,② 爆弾の中にあった核物質の約10%が核分裂を起こし,残りの90%は火球と一緒に大気圏へ上昇したと考えられ,その後,火球は冷却され,放射線物質の一部がすすと共に黒い雨となって広島や長崎に降ったが,残りのウランやプルトニウムのほとんどは恐らく大気圏に広く拡散したと思われる,③ 当時,風があったので,雨は爆心地ではなく,広島では北西部(己斐高須地区),長崎では東部(西山地区)に多く降った,④ プルトニウム汚染については,原爆後早期に長崎で行われた測定があるが,ウラン又はプルトニウムが核分裂して生じる放射線原子の中で,フォールアウトによる線量への寄与が最も大きい原子(セシウム137)からの放射能レベルよりもはるかに低いレベルであった,⑤ 広島におけるウランの測定については,放射能レベルが低いため,測定値の解釈は困難であるとしている(乙B19・4頁目,5頁目)。
(ソ) 近藤久義ら「長崎市入市被爆者の死亡率と入市日の関連」
長崎大学大学院医歯薬学総合研究科原爆後障害医療研究施設の近藤久義らは,長崎市被爆者健康手帳保持者の中の入市被爆者について,残留放射線の被曝線量が高いと思われる早期入市被爆者とそれ以外の入市被爆者の死亡率を比較し,「長崎市入市被爆者の死亡率と入市日の関連」(以下「近藤久義ら第1報告」という。)としてまとめ(甲A614の15・198頁),平成22年に発表した。
近藤久義ら第1報告は,原爆の爆発時に長崎市内にいなかったが,昭和20年8月9日から同月23日までの間に長崎市内の爆心地付近(爆心地からおおむね2km以内に区分される町域)に入った入市被爆者で,昭和45年に生存し長崎市内に在住していた男性7980人及び女性7230人(入市時の平均年齢は男性24.1歳,女性23.3歳)を対象に,死亡を観察したところ(甲A614の15・198頁),長崎の爆心地付近に同月9日又は同月10日に入った早期入市者は,同月11日以降の入市者に比べて,全死因と脳血管疾患,心疾患の死亡率が高く,残留放射線被曝による後障害の可能性が示唆されたとしている(甲A614の15・201頁)。
(タ) 秋月辰一郎「死の同心円」
平成22年発表の長崎で被爆した医師の秋月辰一郎の「死の同心円」(以下「秋月辰一郎著書」という。)は,① 昭和20年9月17日の枕崎台風の豪雨が去った朝,秋月辰一郎や他の被爆者が一様にすがすがしい気持ちを味わった,② これは同月2日の豪雨の後に経験したものと同じものであり,更にそれ以上のさわやかさであった,③ この台風を境にして,急に病院付近の死亡者数が減少した,④ 秋月辰一郎や職員らの悪心や嘔吐,血便も回復し,頭髪も抜けなくなったとしている(甲A602の2の16・174頁,175頁)。
(チ) 平井裕子ら「歯エナメル質の電子スピン共鳴法による解析は大部分の遠距離被爆者が多量の放射線に被曝したことを示唆しない」
放影研の平井裕子らは,残留放射線からの線量が現行のがんリスク推定値や線量反応関係が無効になるほど大きい可能性があるという提言があることを受けて(乙B200の1,乙B200の2・1頁),歯エナメル質に含まれるCO2-ラジカルを電子スピン共鳴法(ESR)により測定することで,遠距離被爆者(爆心地から約3km以遠の者)の大半が大量に被曝したかどうかを検証する目的で調査を行い,その結果を「歯エナメル質の電子スピン共鳴法による解析は大部分の遠距離被爆者が多量の放射線に被曝したことを示唆しない」(以下「平井裕子ら報告」という。)としてまとめ(乙B200の1,乙B200の2・2頁),平成23年に発表した。
平井裕子ら報告は,① 広島で爆心地から約3km以上離れた場所で被爆し,DS02による推定線量(直接被曝線量)が5ミリグレイ(0.005グレイ)未満である49人の被爆者から提供された56本の大臼歯について,電子スピン共鳴法(ESR)による歯のエナメル質のCO2-ラジカルの測定を行った結果,推定線量値は-200ミリグレイ(-0.2グレイ)から500ミリグレイ(0.5グレイ)にわたり,中央値は,頬側試料では17ミリグレイ(0.017グレイ),舌側試料では13ミリグレイ(0.013グレイ)であった,② 以上の結果は,遠距離被爆者の大多数が浸透力の大きい残留放射線によって大きな線量(例えば1グレイ)を受けたという主張を支持しなかったとしている(乙B201)。
なお,平井裕子ら報告では,17歳から23歳までの非被爆者(一般人)から寄付された20個の親知らず(永久歯になってからおおむね10年程度)に放射線を照射して,その歯から得られた電子スピン共鳴信号をグラフにして,被曝線量と電子スピン共鳴信号の換算グラフを作成する手法が採られている。また,電子スピン共鳴信号は他の放射線(レントゲンなどの医療被曝)や紫外線などでもその量が増加することが知られており,そのような状況から,一般人と比較して電子スピン共鳴信号が低く出た被爆者については,-の被曝線量が結果として表示されることになるものである(弁論の全趣旨・被告準備書面(21)31頁)。
(ツ) 近藤久義ら「長崎市遠距離被爆者の死亡率と残留放射線との関連」
長崎大学大学院医歯薬学総合研究科原爆後障害医療研究施設の近藤久義らは,長崎市被爆者健康手帳保持者の中の遠距離被爆者について,残留放射線に被曝したと思われる群と残留放射線に被曝していない群の死亡率を比較し,「長崎市遠距離被爆者の死亡率と残留放射線との関連」(以下「近藤久義ら第2報告」)としてまとめ(乙B234・268頁),平成24年に発表した。
近藤久義ら第2報告は,① 長崎の爆心地から3km以遠で被爆後,残留放射線への被曝が考えられる昭和20年8月10日までに爆心地付近に立ち入った遠距離被爆者において,残留放射線被曝によると考えられる死亡率の増大は観察されなかった(乙B234・270頁),② この研究では,残留放射線による被曝線量が高いと考えられる早い時期に爆心地付近に立ち入った遠距離被爆者と立ち入らなかった遠距離被爆者の死亡率に差は認められず,近藤久義ら第1報告とは異なる結果が得られた,③ その理由については現時点では不明であるが,低線量の放射線を事前に照射すると,その後の放射線被曝による生物障害が軽減される現象(適応応答)が知られており,遠距離被爆者の残留放射線被曝群で死亡率の増大が観察されなかった理由の一つである可能性が考えられる,④ この研究においても,交絡因子の影響を除外することができず,今回得られた知見のみから,遠距離被爆者における残留放射線被曝による後障害を論じることはできないとしている(乙B234・269頁)。
(テ) 冨田哲治ら「リスク地図に基づく広島原爆被爆者の癌死亡の地理的分布の円非対称性の調査:空間的生存データの分析」
広島大学の冨田哲治らは,広島大学原子爆弾放射線医科学研究所に登録された原爆被爆者のデータベースを用いて,場所により評価したリスクに基づく地図を作成し,「リスク地図に基づく広島原爆被爆者の癌死亡の地理的分布の円非対称性の調査:空間的生存データの分析」(以下「冨田哲治ら第1報告」という)としてまとめ(甲A650の2の1,甲A650の2の2・2頁,弁論の全趣旨・原告ら最終準備書面81頁),平成24年に発表した。
冨田哲治ら第1報告は,① 爆心地から2kmの距離の危険率に焦点を当てると,最高と最小の相対リスクは1.6であり,このことは,直接被爆以外の原因による約0.6の過剰相対リスク(ERR)を示唆する,② この値は,もし,この付加的なリスクが直接被爆に含まれない外部被曝により生ずるとすれば相当大きな線量(1グレイ以上)となる,③ このことは,例えば,環境サンプルによる事後的な熱ルミネセンス法による実験で証明された直接被曝線量ではなさそうであり,追加的な慢性持続的被曝と内部被曝による個人的多様性が大きな影響を与えた可能性があり得る,④ 社会経済的地位,生活スタイル及び環境要因により,観察された非対称性を部分的に説明することができる,⑤ 利用することのできるデータが限られていることから,これらの要因を調査することは困難であるとしている(甲A650の2の2・4頁)。
(ト) 冨田哲治ら「広島原爆被爆者における死亡危険度地図の推定範囲拡大の試み」
県立広島大学経営情報学部の冨田哲治らは,広島原爆被爆者コホートデータベースの整備に伴い,新たに被爆時所在地の座標化が行われたコホートデータを用いて,固形がん死亡危険度地図の推定範囲の拡大を行い,また,固形がん死亡の年齢依存性について三相多段階発がん数理モデルを用いて定式化し,年齢依存性を考慮した死亡危険度地図の推定を試み,「広島原爆被爆者における死亡危険度地図の推定範囲拡大の試み」(以下「冨田哲治ら第2報告」という。)としてまとめ(乙B242・222頁),平成26年に発表した。
冨田哲治ら第2報告は,① 爆心地から離れるにつれて死亡危険度は減少しているが,西地域は減少が緩やかであり,他の方角に比べて死亡危険度が高い傾向にあった,② 爆心地から南の海岸線付近の死亡危険度が高い傾向にあった,③ 爆心地から西の地域に死亡危険度が高いことは,黒い雨等による放射線降下物による間接被爆の影響であると考えられる,④ 爆心地から南の海岸線地域の死亡危険度が高いことについては,その理由に関して更に議論を積み重ねる必要があるとしている(乙B242・224頁,225頁)。
(ナ) C2の意見
立命館大学国際関係学部教授のC2は,① 広島原爆の爆発により1核分裂破片当たり平均4種類ほどの核種が生成し,結果として,亜鉛30からテルビウム65に至る36種類の元素,約300種類の放射性核種が生み出され,これらの元素は様々な核特性を持ち,単体としての,あるいは,化合物としての物理的,化学的性質は一様ではない(甲A303・7頁),② 核分裂によって生み出された放射性原子核はプラズマ状態(周囲の電子を剥ぎ取られた裸の原子核の状態をいう。)で大気中に放出されたが,温度の低下に従って大気中の酸素原子などと結合し,例えばセシウム137が過酸化セシウムとなるように,様々な化合物に変化していった,③ それらの放射性核物質は火球と共に上昇するが,熱線と爆風の作用によって作り出された火事嵐も強い上昇気流を発生させ,大量の煤煙(不完全燃焼によって生じるすすなどの大気汚染物質)を爆心地周辺の上空一帯に充満させた,④ 核爆発によって発生した多種多様な放射性化合物は,大気中の水分子を付着させて細かい水滴になったり,すすに付着したりして空気中を漂い,原子雲(キノコ雲)の流動及び拡散に応じて複雑な挙動を示した,⑤ これらの放射性粒子は,条件次第では黒い雨などの降水となって地上に降り,土や構造物の表面の放射能汚染をもたらした,⑥ 粒子の大きさが微細な場合には沈降速度は極めて遅く,地表面に達するには何日も何週間も掛かる場合もあり,その間に風に運ばれて爆心から遠く離れた地域に運ばれていった,⑦ これらの放射性核種は大気中を漂いながらもベータ線やガンマ線を放射し,高さに応じて通過地域にいる者に大小の放射線被曝を与えた(甲A303・8頁),⑧ ベータ線は透過力がガンマ線に比して小さいため,放射性物質が対外にある場合には被曝線量評価の上で軽視されがちであるが,ベータ放射体が体表面の近傍に存在する場合やベータ放射体が一面を覆っている地面に被爆者が横たわっている場合などではベータ線による被曝は無視することのできないレベルに達し得る(甲A303・9頁),⑨ 広島原爆の爆発に伴って原子核分裂反応を起こしたウラン235は約1kgと僅かであり,残りの約50kgのウランは未分裂のまま周囲に放出された,⑩ ウラン原子核から放出されるアルファ線の飛ぶ距離は空気中でも数センチメートルにすぎないため,対外にウランが存在している場合,アルファ線の外部被曝が問題となることはないが,アルファ放射体が呼吸器系,消化器系,皮膚などを通じて体内に侵入した場合には,細胞レベルでの被曝が問題となり得るとしている(甲A303・10頁)。
(ニ) C3の意見
名古屋大学名誉教授のC3は,① 原爆が投下されたとき,広島及び長崎上空では,100万分の1秒間という極めて短時間にウラン235及びプルトニウム239の原子核が次々と核分裂を起こす連鎖反応が数十段階も繰り返され,広島では約800gのウラン235の原子核が,長崎では約1kgのプルトニウム239の原子核が核分裂した,② ウラン235及びプルトニウム239の核分裂の連鎖反応により作られた大量のガンマ線と中性子線が,爆弾容器を貫いて大気中に放出された(甲A271・5頁,6頁),③ 放出されたガンマ線の大部分を吸収した周辺の大気は,数百万度,数十万気圧という超高温,超高圧のプラズマ状態の火球を作り出した,④ 火球の内部には,ウラン235及びプルトニウム239の核分裂によって作られた核分裂生成物の原子核が3兆の1兆倍個あるいは5兆の1兆倍個,核分裂しなかったウラン235の原子核が150兆の1兆倍個,核分裂しなかったプルトニウム239の原子核が20兆の1兆倍個,中性子を吸収して誘導放射化された原爆機材及び容器の原子核が2兆ないし5兆の1兆倍個作られたと推定される,⑤ 火球の膨張によって,火球表面にショックフロントと呼ばれる大気の超高圧の層が形成され,ショックフロントの高圧層の伝搬速度が火球の膨張速度を超えると,火球から離れて強い衝撃波となって外に向かって伝搬した,⑥ 衝撃波と大気の圧力差によって外向きの強烈な爆風が作られ,衝撃波の通過直後に爆風が襲って衝撃波で分解された建造物を破壊し倒壊させた,⑦ これらは原爆の爆発後10秒間で起こり,衝撃波が発生して火球から離れたとき,大量の放射性物質は火球の内部にあり,これら放射性物質が爆風によって吹き飛ばされたわけではない,⑧ 火球が急上昇して冷却すると放射性原子核は電子を捉えて放射性の原子になり,大気中の酸素や窒素と結合して分子になり,更に合体して放射性微粒子になる,⑨ 放射性微粒子には大気中の水蒸気が吸着されて水滴が作られ,原子雲が形成される(甲A271・6頁,7頁),⑩ 原子雲の中央部分は圏界面(地上約10km前後)に達しても上昇を続け,雨滴は氷塊になって結合して大きくなり,重くなっていわゆる激しい黒い雨として降下した,⑪ 1時間後の広島原爆の原子雲は,高度が約15km,横の広がりも約15kmであり,40分後の長崎原爆の原子雲は,南側は爆心地から約20kmの長崎の野母崎地区まで,北側も長崎県大村市付近まで広がっている(甲A271・7頁),⑫ 下降した水滴は温度の上昇によって水分を蒸発させ,放射性粒子となって下降した(甲A271・7頁,8頁),⑬ 放射性物質の大部分は地表面を流れた雨水と共に流失し,また,地表面に堆積して乾燥した放射性物質は風によって運び去られたと考えられ,この可能性を考慮すると,土壌への残留率は,地形や土壌の雨水吸収能力及び雨水保持能力に大きく依存するとしている(甲A271・9頁)。
(ヌ) C4の意見
琉球大学理学部のC4は,① 放射性降下物が爆風によって四散したというのは間違った見解である(甲A278・7頁),② 原爆の爆発直後に爆風が地上に襲来する時には,地上で生じた中性子誘導放射化原子を除いて,一切の放射能原子は上空の火球と火球が膨張,冷却して原子雲になる前の気塊の内部にある,③ 高温の火球がゆっくり膨張しながら上昇し,原子雲ができる(甲A278・8頁),④ 水平方向に広がる原子雲を形成した放射性原子は,その後,下降気流や雨と一緒になって地上に降り注ぐ(甲A278・9頁),⑤ 放射性物質を体に浴びたり,飲み込んだり,吸い込んだりするのは,爆風の収まった後からであり,降り注ぐ範囲も原子雲の広がった範囲全域であると考えられる,⑥ 原子雲から降る雨には放射性物質が含まれているが,雨が降らない地域であっても,下降気流に乗って放射性微粒子が降り注ぐ(甲A278・9頁,10頁),⑦ 黒い雨が降った地域ではセシウム137が確認され,特に広島の己斐地区の太田川縁で測定値が高い結果を示している反面,逆に黒い雨が降らなかった地域にはセシウム137は確認されていないか,計測量が僅かであるが,このことをもって放射性降下物はあったとしても黒い雨の降雨地域に限られ,黒い雨の降らなかった所には放射性降下物はなかったというのは誤りである,⑧ 放射性降下物は,雨が降ることにより,雨に溶けたものが雨と共に土壌中に滲入するのであり,空気中に放射性降下物が濃厚に存在しても,これらは土壌中には滲入せず,原爆投下後3日目では,乾燥した放射性降下物はまだ空中浮揚のものが多量であることが推測される(甲A278・13頁),⑨ 核分裂生成原子は,1回ベータ線を出しても安定な状態になるとは限らず,次々とベータ崩壊を繰り返し,これらが体内に入った場合は,放射系列を無視して計算した場合の何倍もの被曝を与える(甲A278・21頁),⑩ 放射系列を形成する場合,いずれの場合も系列の中の長い半減期に従うことになり,放射能の強度は,最初の原子の崩壊だけの場合よりもはるかに強いものになる,⑪ 1週間以上の崩壊系列最長半減期は,核分裂生成原子の崩壊系列で62%を占めており,2週間時点での放射線強度は,投下直後に比べて大して減少していないとしている(甲A278・23頁)。
(ネ) C5及びC6の意見
国際医療福祉大学放射線医学センター長のC5及び大分県立看護科学大学学長のC6は,① 放射性降下物が多かった例の代表であるビキニ核実験では,大量の放射性降下物が地上に降下し,広範囲に影響を及ぼしたが,これは地表面で核爆発を引き起こした結果,未分裂の核物質や核分裂生成物が大量の土砂と共に巻き上げられ,放射性降下物として周辺に降下したからであり,一方,広島原爆及び長崎原爆は,上空での爆発であり,未分裂の核物質や核分裂生成物の大半は,瞬時に蒸散して火球と共に上昇し,成層圏にまで達した後,上層の気流によって広範囲に広がったものであり,広島市及び長崎市に降り注いだ放射性降下物は極めて少なかったと考えられている,② 黒い雨は,火災によりすすが巻き上げられ,雨と共に降下したものであり,黒い雨と放射性降下物は必ずしも同じものではない,③ 黒い雨の原因となる炭素は,吸収断面積が3ミリバーンであり,放射化されにくい核種であるから,黒い雨が有意な放射能を有するわけではなく,例えば,鉄の吸収断面積は2.81バーンであり,炭素はその900分の1である(なお,バーンについては,後記(4)アを参照),④ 放射性降下物が取り込まれた黒い雨が降った地域は,広島の己斐高須地区及び長崎の西山地区に限られており,これら以外の地域においては極めて微量なものであったため,これが人体に付着したとしても有意な被曝線源となることは考えられない(乙B17・13頁),⑤ 広い範囲の地面にほぼ均等に付着した放射性降下物からの外部被曝線量(線量率)は,地面からのどの位置(高さ)で計測したとしても異なるものではない(乙B17・14頁),⑥ 放射性降下物が直接皮膚に付着して相当量の被曝があったとすれば,必ず,紅斑,水疱などの放射線皮膚障害が生じたはずであるが,実際には,黒い雨を直接浴びた場合であっても,放射線皮膚障害がみられたとの報告はない(乙B17・14頁,15頁),⑦ 原爆の爆発後に行われた複数の調査結果を基にして,原爆の爆発1時間後から現在に至るまでとどまり続けていたという仮定をした場合,己斐高須地区で0.006グレイないし0.02グレイ,西山地区で0.12グレイないし0.24グレイと想定されており,これは放射性降下物による外部被曝線量を地上1mの高さで推定しているが,そのことは現在の線量評価の常識から考えて問題はないとしている(乙B3・13頁)。
(ノ) C6の意見
大分県立看護科学大学学長のC6は,① 黒い雨が人体に付着したことを重視する見解があるが,人の皮膚は常に新陳代謝が行われており,あかと一緒に落ちるので,仮に汚染されて入浴もしなかったとしても,だいたい1週間から10日経てば,あかとして落ちてしまう(乙B22の1・111項),② 放射線が距離の二乗に反比例して急激に低減するといった法則が当てはまるのは点線源の場合であるところ(乙B22の1・149項),残留放射線は面線源である(乙B22の1・152項)から,残留放射線について,地面すれすれのところで測定したとしても,地面から1mの高さで測定したとしてもそう違いはないとしている(乙B22の1・147項)。なお,上記②については,厚生労働省健康局総務課作成の「点線源と面線源それぞれにおける,線源からの距離と被曝線量との関係」も同旨である(乙B27)。
(ハ) C7らの意見
東京理科大学総合研究所教授のC7らは,① 雨が黒いことと放射性降下物を含有していることとは必ずしも対応しない,② 原爆の爆風によって舞い上がった粉塵及び原爆の熱線によって燃焼した火災煙は,必ずしも原爆の中性子線によって放射化されておらず,爆発時においては,爆心地から遠距離の地点では,放射性核種を含んでいないものが大部分であったと考えられるとしている(乙B25・4頁)。
ウ 検討
(ア) 広島原爆及び長崎原爆の放射性降下物については,「原爆被爆者の長期健康影響調査に関する「Q&A」」のように,そのほとんどが大気圏に広く拡散したとする見解がある(エドワード・荒川報告,UNEP報告及びUNSCEAR2000年報告書も同趣旨)。また,C7らの意見は,爆心地から遠距離の地点の降下物は放射性核種を含んでいないものが大部分であったと考えられるともしている。
(イ) この点,広島及び長崎において,原爆投下の数日後から複数の測定者による放射性降下物の測定調査が行われ,これらの調査の結果,広島の己斐高須地区及び長崎の西山地区において,それぞれ放射線の影響が比較的顕著にみられることが判明し,これは,原爆の爆発後,己斐高須地区及び西山地区において激しい降雨があり,これによって放射性降下物が降下したことによるものであることが確認されている。そして,DS86報告書第6章は,これらの測定調査を総括して,放射性降下物の累積的被曝への寄与は,己斐高須地区では,恐らく1レントゲンないし3レントゲンの範囲であり,西山地区では,恐らく20レントゲンないし40レントゲンの範囲であるとし,組織吸収線量に換算すると,広島については0.6ラドないし2ラド(0.006グレイないし0.02グレイ),長崎については12ラドないし24ラド(0.12グレイないし0.24グレイ)になると結論付けている。DS86報告書第6章は,上記のとおり原爆投下直後の複数の測定調査を総括したものであり,その後の調査結果による推定値もこれと特に矛盾するものではないこと等をも考慮すると,DS86報告書第6章の放射性降下物による放射線の外部被曝線量の算定方法は,一定の科学的根拠に基づくものということができる。
(ウ) しかしながら,放射性降下物の測定結果については,DS86報告書第6章自体が測定等の精度の非常に低いことを強調している。特に,べき指数が-1.2とされたことについては,放射性降下物が風雨の影響を全く受けず,その場にとどまった場合の理論値であり(甲A602・17頁),風雨の影響により放射性物質の減衰が早まる場合には,崩壊べき指数の-の数値は大きくなるように補正される必要があることが認められる。実際,上記放射性降下物の調査の多くは風雨による影響を受けた後に行われたものである。また,広島においては,仁科芳雄の調査,浅田常三郎らの調査及び荒勝文策らの調査のように早期の段階で調査が行われたものもあるが,これらの調査についても観測地点が限られているなどの限界がある上,さほど離れているわけではないのに放射線量が大きく異なっているものがあること(浅田常三郎らの調査の己斐駅付近の地点の調査)が認められる。枕崎台風の後に被爆者の体調が回復したという秋月辰一郎著書も実際の体験として軽視することはできないものである。
そして,チボートは,① 核分裂生成物からのベータ線とガンマ線の全放射線の強度を求める関数について,べき指数の値は,実験室系における核分裂生成物では-1.2,ニューメキシコの核実験で地面に広がった核分裂生成物では-1.5であった,② 長崎のように放射性降下物が雨などにより浸食を受けやすい場合には,べき指数の値はニューメキシコの核実験の-1.5に近い値と考えられた,③ 原爆から6週間後,長崎の西山地区の水源地での最も強いガンマ線の線量率は1時間当たり1.8ミリレントゲンであり,これは27レントゲン(べき指数の値が-1.2の場合)ないし110レントゲン(べき指数の値が-1.5の場合)の積算放射線量に相当するとしている(甲A602・18頁)。チボートが,西山地区での積算放射線量を27レントゲンないし110レントゲンとしていることについては,その前提となっているマンハッタン管区原子爆弾調査団の調査のデータが,大地からの自然放射線を十分に評価していない等の指摘からすれば(弁論の全趣旨・被告準備書面(18)13頁),そのまま採用することはできないものの,DS86報告書第6章の算定よりも相当程度高くなっていた可能性は否定することできない。
また,ウィルソンも,西山地区の生涯累積線量の計算において,原爆投下二日目以降はべき指数の値を-1.5として,生涯累積線量を100レントゲンと推定している(甲A602・19頁)。
加えて,DS86報告書第6章に対しては,① 衣服や身体に付着した物の残留放射線による被曝による影響や,② 残留放射線による被曝線量は,地面から1mの高さで評価したものであるところ,放射線量は放射線源からの距離の二乗に反比例して急激に低減するといった物理的法則に照らしても,地面付近で作業をしたり,横たわったりなどした場合や放射性物質が衣服や身体に付着した場合には,更に被曝線量が高かったことなどの指摘もされているのであって(弁論の全趣旨・被告準備書面(2)38頁),C5及びC6の意見,あるいは,C6の意見を踏まえても,このような指摘が全く当たらないとはいえない。
そうであるとすれば,DS86報告書第6章の算定方法による放射性降下物による放射線の外部被曝線量の算定については,上記のような測定精度や測定試料等の制約から一定の限界が存するというべきである。
(エ) 放射性降下物による累積被曝を少なく評価する藤間清ら報告や藤間清報告に対しては,まず,藤間清ら報告については,前記のとおり,報告の前提である仁科芳雄の調査について観測地点が限られているなどの限界がある上,同調査により広島原爆の投下3日後に爆心地から5km以内で収集された土壌試料についても,検出することのできたセシウム137が放射性降雨に含まれて地中に浸透することができたものだけであって,大部分は,地表面を流れて失われ,また,地表面に堆積したものは風によって運び去られたとの指摘があり(甲A303・6頁,7頁),この点は,C3の意見やC4の意見も同様の趣旨である。また,被曝線量を算定するに当たって,原爆により生じた全核分裂生成物に換算するとされてはいる(乙B22の1・112項,113項)ものの,実際に測定されたのはセシウム137のみであることから,その換算にも限界はあるものといわざるを得ない。
一方,藤間清報告については,黒い雨の痕跡の残る壁面は,昭和42年に自宅改装の際に広島平和記念資料館に寄贈されたものであり,その一部が拭き取られるなどしており(乙B11・160頁),適切な保存状態にあったとまではいえない。
したがって,これらの報告によっても,放射性降下物による被曝線量が無視することのできる範囲であったと解することはできない。
(オ) LSS第5報,LSS第7報第2部及びLSS第9報第2部は,全体として,早期入市者と後期入市者との間に死亡率には有意差がなかったとしているが,飽くまでも死亡率のみの比較であり,有病率を比較したものではない上,LSS第5報においては,全死因について早期入市者における死亡が相対的に少ない等とされていたところ,LSS第7報第2部においては,全死因による死亡率について,早期入市者と後期入市者の間に有意差はないとされ,更にLSS第9報第2部においても同様とされているのであって,このような変化が生じている理由を後記の健康者選択効果に求めるかどうかは考慮の余地があるとしても,少なくとも,死亡率についても徐々に早期入市者と後期入市者の率に逆転がみられつつあったという事実は認めることができる。
(カ) 遠距離被爆者の大多数が浸透力の大きい残留放射線によって大きな線量を受けたという主張を支持しなかったとする平井裕子ら報告も,少数の被爆者を対象としたものであって,これが本件申請者らを含めた他の被爆者に同様に当てはまるかについては明らかでないといわざるを得ない上,電子スピン共鳴法(ESR)はガンマ線のみ,300ミリグレイ(0.3グレイ)以上しか測定することができないというのであって(甲A653・8枚目),その測定にも限界があるというべきである。
(キ) かえって,C3の意見は,大量の放射性物質が爆風によって吹き飛ばされずに原子雲を形成し,黒い雨として降下したとしており,1時間後の広島原爆の原子雲は,高度が約15km,横の広がりも約15kmであり,40分後の長崎原爆の原子雲は,南側は爆心地から約20kmの長崎の野母崎地区まで,北側も長崎県大村市付近まで広がっているとしている。
C4の意見も同趣旨であり,さらに,C4の意見は,核分裂生成原子が放射系列を形成する場合,いずれの場合も系列の中の長い半減期に従うことになり,放射能の強度は,最初の原子の崩壊だけの場合よりもはるかに強いものになり,1週間以上の崩壊系列最長半減期は,核分裂生成原子の崩壊系列で62%を占めており,2週間時点での放射線強度は,投下直後に比べて大して減少していないとしている。
また,一方で,C2の意見は,広島原爆の爆発により1核分裂破片当たり平均4種類ほどの核種が生成し,結果として,亜鉛30からテルビウム65に至る36種類の元素,約300種類の放射性核種が生み出され,これらの元素は様々な核特性を持ち,単体としての,あるいは,化合物としての物理的,化学的性質は一様ではないとしており,これは長崎原爆の爆発においても同様に当てはまるものと考えられるところ,このような多種の元素や放射性核種の中には半減期の極めて短い元素や放射性核種もあったものと考えられる。そして,そのように半減期の極めて短い元素や放射性核種については,その大半がすぐに消失してしまうため測定することができないものである。
(ク) 近藤久義ら第1報告と近藤久義ら第2報告については,これらの報告を総合すれば,被爆者に対する残留放射線の影響を必ずしも明確に示したものとまではいえないが,後記(6)の急性症状等において検討するとおり,遠距離被爆者や入市被爆者において,初期放射線による被曝では説明することのできないような放射線の影響によるものと思われる急性症状等が生じているのも事実である。
(ケ) 上記(ウ)ないし(ク)で検討した点に鑑みれば,広島原爆及び長崎原爆の爆発によって,相当量の放射性降下物が広範囲に降下したことは否定することができないというべきである。
なお,長崎の西山地区において,比較的早期の時期から染色体調査が行われており(岡島俊三らの調査),同調査では,統計的に有意を示すまでには至らなかったとしている。また,本田武夫ら報告も,放射性降下物による被曝線量は僅かであると推算している。しかしながら,岡島俊三らの調査は,同時に,放射性降下物による原爆直後の影響と共に長期微量放射能の影響を示唆しているように思われるともしており,一方で,本田武夫ら報告については,対象者の数が少ないこと等を指摘することができ,上記の結論を左右する調査及び報告とまでは認められない。
(コ) さらに,冨田哲治ら第1報告や冨田哲治ら第2報告によれば,放射性降下物による被曝線量は必ずしも同心円状に減衰するわけではないということができるのであって,地形や気象条件等によって,放射性降下物がより遠くへ飛散し,降下したことにより,強い放射線を発した場合もあったものというべきである。
この点,「黒い雨に関する専門家会議報告書」は,広島市宇品町,同市翠町,同市皆実町,同市東雲町,同市出汐町,同市旭町などを対照地域として,降雨地域における体細胞突然変異細胞の増加や染色体異常の有意差を否定しているが,対照地域とされている地域にも放射性降下物があった可能性は否定することができないのであって,その検討結果について疑問を差し挟む余地がある。
(サ) 以上の点を考慮すると,放射性降下物による放射線の被曝線量について,実際に被爆者の被曝線量を評価するに当たっては,広島の己斐高須地区又は長崎の西山地区以外の地域にも放射性降下物が相当量降下し又は浮遊していた可能性を考慮に入れ,かつ,当該被爆者の被爆後の行動,活動内容,被爆後に生じた症状等に照らし,放射性降下物による様々な形態での外部被曝及び内部被曝の可能性がないかどうかを十分に検討する必要があるというべきである。
(4) 誘導放射線の被曝線量
ア 総説
(ア) 誘導放射線とは,地上に到達した初期放射線の中性子が,建物や地面を構成する物質の特定の元素の原子核と反応を起こし((誘導)放射化),これによって生じた放射性物質が放出する放射線である(弁論の全趣旨・被告準備書面(2)49頁)。
(イ) 放射化は,安定した原子核(非放射性)が中性子を吸収することによって生じるものであるが,吸収反応が起こる確率,すなわち,放射化の程度(吸収断面積又は核反応断面積といい,物理量(バーン)で表される。)は,中性子のエネルギーと原子核の種類によって大きく異なり,中性子を吸収しても,別の安定した核種となり,放射化しないものがあることが知られている。瞬間的,すなわち,極めて短時間の間に誘導放射化する元素は限られており,全ての元素が放射化するわけではないことも知られている(乙B3・10頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)50頁,51頁)。
例えば,鉄(鉄56)の吸収断面積は,2.81バーンであるが,木材を構成する炭素の吸収断面積は,3ミリバーンで鉄の900分の1にすぎず,極めて放射化しづらい核種である(乙B17・13頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)51頁)。
(ウ) 原爆中性子線の瞬間的な中性子照射によって起こりやすい反応としては,アルミニウム28,マンガン56,ナトリウム24,鉄56といった金属元素が高速中性子(速中性子)を吸収することによって起こされる反応(荷重粒子放出反応)がある(乙B3・10頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)51頁)。被曝に寄与する誘導放射性核種は,核種ごとに半減期が物理的に決まっており,速中性子の吸収によって新たに生じた放射性核種の半減期は比較的短いことが特徴である(弁論の全趣旨・被告準備書面(2)51頁)。
中性子は,爆央から大気中を伝播する過程において大気中の水蒸気等との相互作用により,急速にエネルギーを低下させ熱中性子へと変化する。エネルギーが低くなった原爆中性子(熱中性子)の吸収によって生ずる反応(捕獲反応)は,ホウ素,カドミウム,ユウロピウム,ガドリニウムなどの元素にみられるが,これらは土壌中にはほとんど存在しない(乙B3・10頁)。
(エ) 広島及び長崎の土壌中の組成で比較的高い誘導放射線を示す核種は,アルミニウム28,マンガン56及びナトリウム24であるが,アルミニウム28の半減期は,2.31分と極めて短い(乙B15・83頁,85頁,220頁)。なお,鉄は,1g当たりの重量が比較的高いが,その大半を占める鉄56の核種が中性子を捕捉しても,安定元素である鉄57となるだけであるため,放射能を出さない。一方,中性子を捕捉して半減期の短い鉄59となる鉄58は自然界にほとんど存在しないため,放射能量は極めて低い(乙B29,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)53頁)。
(オ) 新審査の方針策定後の審査においては,誘導放射線について,DS86策定後に現れた科学的知見を踏まえて,その線量評価が行われている(弁論の全趣旨・被告準備書面(2)49頁)。
イ 各種知見
(ア) 橋詰雅ら「広島・長崎における中性子誘導放射能からのガンマ線量の推定」
ABCCの橋詰雅らは,中性子によって土壌及び建築材料に誘導された放射能からのガンマ線量を実験データに基づいて推定し,「広島・長崎における中性子誘導放射能からのガンマ線量の推定」(以下「橋詰雅ら報告」という。)としてまとめ(乙B32・1頁),昭和44年に発表した。
橋詰雅ら報告は,① 土壌中の誘導放射能からのガンマ線量は,主として,ナトリウム24及びマンガン56に負うものであることが判明した,② 原爆投下後1日目に広島の爆心地付近に入り,そこに8時間滞在した者の推定被曝線量は3ラド(0.03グレイ)である,③ 広島の爆心地から500m及び1000mの距離における線量は,それぞれ爆心地の線量の18%及び0.07%であった,④ 原爆の爆発直後から無限時までの累積ガンマ線量は,広島では爆心地で約80ラド(約0.8グレイ),長崎では同じく約30ラド(約0.3グレイ)であると推定されたとしている(乙B32・1頁)。
(イ) グリッツナーらの線量評価
グリッツナーらは,昭和61年にDS86による原爆の初期放射線の被曝線量評価が策定された際に,広島及び長崎の実際の土壌中の元素の種類,含有量及びこれらの元素の吸収断面積を基に生成された放射能量を計算し,その結果,原爆の爆発後1時間における誘導放射線量は,広島では爆心地から700m,長崎では爆心地から600mの地点に至ると,ほぼ0.001グレイにまで低減するとした(乙B5・349頁,351頁,乙B31・7頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)53頁,54頁)。
また,グリッツナーらは,爆心地における土壌の放射化による線量率が時間とともに減衰する様子を計算したが,線量率の変化は,見掛け上,三つのふくらんだ部分から成っていた。このうち,第一の部分は,主として短寿命のアルミニウム28の寄与であり,約30分後からの第二の部分は,マンガン56及びナトリウム24の寄与であり,1週間後からの第三の部分は,鉄59及びスカンジウム46の寄与によるものであった。そして,約1年後には,マンガン54(半減期312日)やセシウム134(半減期2.06年)の寄与が主となった(乙B5・350頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)55頁)。
鉄59やスカンジウム46による誘導放射線について,爆心地において,1時間当たりの線量率は,0.00001グレイを下回っていた。なお,アルミニウム28による1時間当たりの線量率は極めて高いものの,その半減期は2.31分と極めて短く(前記ア(エ)),爆心地において原爆の爆発直後からアルミニウム28による誘導放射線の被曝をしても,その最大積算線量は,広島において0.48グレイ,長崎において0.336グレイであった(乙B30・6頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)55頁,56頁)。
(ウ) DS86報告書第6章
平成元年発表のDS86報告書第6章は,橋詰雅ら報告等を総括し,爆心地での誘導放射能からの外部放射線への潜在的最大被曝は,広島について約80レントゲン,長崎について30レントゲンないし40レントゲンであると推定され(乙B15・227頁),組織吸収線量に換算すると,広島では約50ラド(0.5グレイ),長崎では18ラドないし24ラド(0.18グレイないし0.24グレイ)になるとしている(乙B15・227頁,228頁)。
(エ) JCO臨界事故
平成11年9月30日午前10時35分頃,東海村のJCOウラン加工工場で臨界事故が発生し,ウラン精製作業中の3人の従業員が大量の放射線に被曝した(甲A280・ⅳ頁)。そのうち最も線量推定が大きかった16グレイないし25グレイの被曝をした者(甲A280・48頁)の誘導放射化を調べたところ,その被曝線量は,一番高かった右肩部でも1時間当たり10.1マイクロシーベルト程度であった(甲A280・118頁)。
(オ) 今中哲二「DS02に基づく誘導放射線量の評価」
京都大学原子炉実験所の今中哲二は,グリッツナーらの線量評価をDS02に応用することにより,誘導放射能による地上1mでの外部被曝を評価し,「DS02に基づく誘導放射線量の評価」(以下「今中哲二報告」という。)としてまとめ(乙B9・150頁),平成16年に発表した。
今中哲二報告は,① 原爆の爆発1分後の爆心地での放射線量率は,広島で1時間当たり約600センチグレイ(約6グレイ),長崎で1時間当たり約400センチグレイ(約4グレイ)となっているが,広島,長崎ともに,1日後には1000分の1に,1週間後には100万分の1に減少している(乙B9・151頁),② 原爆の爆発直後から無限時間同じ場所に居続けたと仮定したときの放射線量(積算線量)は,爆心地では広島で120センチグレイ(1.2グレイ),長崎で57センチグレイ(0.57グレイ),爆心から1000mでは広島で0.39センチグレイ(0.0039グレイ),長崎で0.14センチグレイ(0.0014グレイ),爆心から1500mでは広島で0.01センチグレイ(0.0001グレイ),長崎で0.005センチグレイ(0.00005グレイ)となり,これ以上の距離での誘導放射線被曝は無視して構わないとしている(乙B9・152頁,153頁)。
(カ) 田中憲一ら「広島原爆の放射化土壌によるβ線及びγ線皮膚線量の評価」
広島大学の田中憲一らは,皮膚被曝について,ベータ線及びガンマ線の両方が関与し得たと考えられ,特に,放射化土壌が皮膚に付着した場合にはベータ線の寄与が支配的になる例が考えられるとし,ベータ線及びガンマ線由来の皮膚線量を,放射化した地面による被曝及び皮膚に付着した放射化土壌による被曝の両方について評価し,「広島原爆の放射化土壌によるβ線及びγ線皮膚線量の評価」(以下「田中憲一ら報告」という。)としてまとめ(乙B28・33頁),平成19年に発表した。
田中憲一ら報告は,① 放射化土壌による皮膚線量は,原爆の爆発から1週間の期間について,爆心で地面からの高さ1mにおいて0.84グレイと,脱毛が起こるとされている2グレイ程度よりも低い結果となった,② このうち,放射化した地面による被曝は99%程度で,このうちガンマ線によるものは75%であり,一方,皮膚に付着した放射化土壌による被曝は1%程度であり(乙B28・33頁),0.00936グレイであった,③ 同様に,爆心地から500mの地点の皮膚線量は0.001339グレイ,爆心地から1kmの地点の皮膚線量は0.00003294グレイであり,これに寄与する放射線は,ほぼベータ線であった(弁論の全趣旨・被告準備書面(2)48頁),④ 土壌の厚さのばらつきや放射性降下物などの要因を考慮すると,より大きな線量が算出される可能性もあり,また,脱毛と被曝線量の相関の研究においては,付着土壌の厚さや入市者の爆心からの距離の時間変化に加えて,内部被曝の評価も必要と考えられるとしている(乙B28・33頁)。
(キ) 鎌田七男ら「0.5Sv以上の残留放射線に被曝したと推定される事例―白血球数と染色体異常率からの検証」
平成19年発表の広島大学名誉教授の鎌田七男らの「0.5Sv以上の残留放射線に被曝したと推定される事例―白血球数と染色体異常率からの検証」(以下「鎌田七男ら第1報告」という。)は,原爆の中性子により様々な金属が放射化され,例えば,1km以内の922本の電柱及び電柱1本につきガラス10個ないし20個が焼失,折損で地上に落ちたとしている(甲A270添付資料・9枚目)。
(ク) George Kerrら「原爆放射線量に関する報告のワークショップ―残留放射線被曝:今後の研究に関する最近の研究と示唆」
Kerr ConsultingのGeorge Kerrらは,広島と長崎における残留放射線被曝の最新の課題を検討する必要性があるとの認識の下に2012年(平成24年)に行われた,米国カリフォルニア州サクラメントでの第57回保健物理学会年次会合の技術セッションにおける最近報告された研究を再検討し,「原爆放射線量に関する報告のワークショップ―残留放射線被曝:今後の研究に関する最近の研究と示唆」(以下「Kerrら報告」という。)としてまとめ(甲A606の1,甲A606の2・1頁),平成25年に発表した。
Kerrら報告は,① 広島と長崎における爆心地域付近の最も考え得る残留放射線の重要な被曝源は,〈ア〉誘導放射化された土壌及びその環境にあった物の,原爆の爆発の爆風の土壌への衝撃による大気への巻き上げと〈イ〉爆風によって地面や水から水平的にこすり取られたかすやくずで,誘導放射化された物質がより遠い距離へと運ばれたものである(甲A606の1,甲A606の2・6頁),② 被爆者の皮膚は,〈ア〉原爆の爆発による爆風によって浮遊した土壌やその他の環境物質の大気中の浮遊,〈イ〉中性子で誘導放射化された放射性物質である地面や川の水塵の爆風による遠距離への移動及び〈ウ〉汚染された物質を扱うことによる汚染した身体の移動により汚染されたかもしれない(甲A606の1,甲A606の2・7頁),③ 土壌粒子の大きさの分布と汽水の塩分濃度の測定が勧告された今後の研究である(甲A606の1,甲A606の2・8頁),④ 被爆者の生物学的影響の非対称性及び異常性を示唆するいくつかの研究があり,これらはDS02では説明することができないものである(甲A606の1,甲A606の2・9頁),⑤ 日本と米国の調査者ともに,DS02の計算による爆心地を囲む評価線量のシンメトリーと比較したときに,広島及び長崎の原爆の爆発に関するいくつかの調査結果に例外がみられることを認めたが,この例外の可能な説明は,多様で場所的に均一でない残留放射線による被曝である,⑥ これらの被曝の起源は,汚染された雨か,中性子線で活性化した土壌を削り取り一掃する爆風の作用であるかもしれない,⑦ 現時点では,これらの特異的事象を説明する量的証拠は僅かしかないが,このワークショップは,残留放射線に関するよりよい理解を導くであろう更なる研究への多くのアイデアを発展させており,放射線防護の分野に対して,原爆放射線量の重要性を考えると,これらの理解は必須であるとしている(甲A606の1,甲A606の2・9頁,10頁)。
(ケ) C3の意見
名古屋大学名誉教授のC3は,① 起伏に富む広島及び長崎の地形や建造物の存在は,ほとんど平坦とみなすことのできるネバダ砂漠とは異なり,そのために生じる衝撃波及び爆風の非等方性が熱中性子や放射性物質の移動にも影響を与えたことが考えられる,② ネバダ砂漠のような平坦な場所では,強烈な衝撃波による爆風は1秒以内に内向きの吹き返しの風に変わり,衝撃波で巻き上げられた土砂や埃の移動は差し引きほぼ0となる,③ しかし,広島や長崎のように山に挟まれた吹き出し口があると,衝撃波及び爆風は放射性物質を含んだ「黒い津波」のようになって周辺部に向かって広がる,④ その一方で,米国ネバダ核実験場の核爆発実験でみられたような中心部に向かう吹き返しの風はそれほど強くならず,その結果,放射能を含んだ空気や土砂,建造物の破片は遠方に運ばれたまま残される,⑤ 全壊ないし半壊になった建造物が密集していると,これらに囲まれた地表付近では,被爆者は放射能を帯びた埃の中で呼吸し,放射能で汚れた飲食物を口にすることになり,山が高く,接近している長崎ではこうした地形の効果はいっそう顕著に現れるはずであり,事実,稲佐山の中腹から,長崎市稲佐町のすぐ対岸の長崎駅と長崎港付近を見ていて,この地域が黄色いもやのようなものでしばらく覆われていたという証言があるとしている(甲A7・75頁,甲A26・10頁,11頁)。
(コ) C8の意見
C8は,① 爆心地から約7.5km離れた長崎の間の瀬地区に住む住民を調査したところ,黒い雨に遭ったとする者が相当数おり,脱毛も認められた(証人C8・調書3頁ないし5頁),② 九州帝国大学理学部教授の(甲A602の2の2・53頁,65頁)篠原健一は,長崎の西山地区の水源地の南側で取れた泥のようなもののついた木の葉が変色していたことから,西山地区を調査したところ,放射線が非常に高い線量であるのを確認した,③ 西山地区において泥の雨が降ったとされており,放射性粉塵と思われる(証人C8・調書19頁,20頁),④ 放射性粉塵の影響は,長崎の東長崎地区まで広がったと推測される(証人C8・調書20頁),⑤ 放射性粉塵には距離依存性はないとしている(証人C8・調書28頁)。
ウ 検討
(ア) 橋詰雅ら報告等を総括したDS86報告書第6章が計算した誘導放射線からの被曝量は極めて少ないところ,放射性降下物において検討したとおり,DS86報告書第6章に対しては,① 衣服や身体に付着した物の残留放射線による被曝による影響や,② 残留放射線による被曝線量は,地面から1mの高さで評価したものであるところ,放射線量は放射線源からの距離の二乗に反比例して急激に低減するといった物理的法則に照らしても,地面付近で作業をしたり,横たわったりなどした場合や放射性物質が衣服や身体に付着した場合には,更に被曝線量が高かったことなどの指摘もされており(弁論の全趣旨・被告準備書面(2)38頁),DS86報告書第6章が計算した誘導放射線からの被曝量を直ちに採用することはできない。
(イ) 今中哲二報告は,グリッツナーらの線量評価をDS02に応用したものであり,誘導放射能による地上1mでの外部被曝を評価した結果,原爆の爆発直後から無限時間同じ所に居続けたと仮定したときの放射線量(積算線量)は,爆心地では広島で120センチグレイ(1.2グレイ),長崎で57センチグレイ(0.57グレイ),爆心から1000mでは広島で0.39センチグレイ(0.0039グレイ),長崎で0.14センチグレイ(0.0014グレイ),爆心から1500mでは広島で0.01センチグレイ(0.0001グレイ),長崎で0.005センチグレイ(0.00005グレイ)となったとし,これ以上の距離での誘導放射線被曝は無視して構わないとしている。
(ウ) しかしながら,初期放射線について,DS02自体も,被爆者線量の誤差が広島及び長崎の両市とも30%程度であるが,合計線量の27%ないし45%の範囲であるとしているところであって(乙B8の1・45頁),一定の誤差が生じていることを認めているものであり,これを前提とした誘導放射線の線量評価についても,初期放射線の誤差に従い誤差が生じてくることは否定することができない。
(エ) また,田中憲一ら報告は,放射化土壌による皮膚線量は,原爆の爆発から1週間の期間について,爆心で地面からの高さ1mにおいて0.84グレイであったとしているが,土壌の厚さのばらつきや放射性降下物などの要因を考慮すると,より大きな線量が算出される可能性もあるとしており,また,内部被曝の評価も必要と考えられるとしているのであって,誘導放射線の線量評価に当たっては,初期放射線のみならず,このような土壌の状態や後記(5)の内部被曝をも考慮する必要があるということができる。
(オ) さらに,鎌田七男ら第1報告は,原爆の中性子により様々な金属が誘導放射化され,多数の電柱やガラスが焼失,折損で地上に落ちたとしており,土壌自体からの誘導放射線に加え,これらによる誘導放射線も考慮する必要があるといえる。
(カ) 誘導放射化されたのは,物に限らず,人体も想定することができるというべきである。
この点,JCO臨界事故の調査結果は,高線量被曝をした者の誘導放射化による被曝線量について極めて低い数値となっている。しかしながら,人体にはナトリウム23,リン31,カリウム39,カリウム41,カルシウム44といった熱中性子により放射化されやすい核種が含まれているところ,このうちナトリウム23から生成されるナトリウム24は,生成放射能が多く,全身に均等分布し,半減期も14.96時間と適度に長く,また,検出しやすい高エネルギーガンマ線を放出するとされているところ(甲A280・17頁),臨界事故は,平成11年9月30日午前10時35分頃に発生しているのに対し,測定は翌日の同年10月1日午後4時53分に行われているのであって(甲A280・118頁),線量が減衰していた可能性は否定することができない。臨界事故当日の同年9月30日午後3時25分頃のGMサーベイメータ測定において,異常に高い数値であることが報告されたことは,このことを裏付けるものといえる(甲A280・117頁)。また,TLD(熱ルミネセンス線量計)については,患者自身での装着が不可能であったため,布団の上から装着し,布団についても測定時間中必ず掛けていたわけではないとされている(甲A280・118頁)ことからすれば,10.1マイクロシーベルトとの測定結果自体についてもその正確性に疑問を差し挟む余地がある。
(キ) さらに,Kerrら報告やC8の意見のように,広島原爆及び長崎原爆の投下により放射性粉塵が発生し,これが周囲に降り注いだとする見解もあるところ,かかる見解も相応の根拠に裏付けられているものであって,誘導放射線による被曝を検討するに当たり,このような放射性粉塵による被曝の可能性について推測の域を出ないものとして一概に否定することもできない。特に,放射性粉塵による誘導放射線については,汽水の誘導放射化が重要であると認められる。
(ク) そして,放射性降下物において説示したことと同様に,後記(6)の急性症状等において検討するとおり,遠距離被爆者や入市被爆者において,初期放射線による被曝では説明することのできないような放射線の影響によるものと思われる急性症状等が生じているのも事実であるし,残留放射線の被曝線量について,同心円状に減衰していくわけではない(C3の意見)ことも考慮すべきである。
(ケ) 以上の点を考慮すると,誘導放射線の被曝線量について,実際に被爆者の被曝線量を評価するに当たっては,爆心地から相当程度離れた地域にも誘導放射化された物質が相当量存在していた可能性を考慮に入れ,かつ,その被爆状況,被爆後の行動,活動内容,被爆後に生じた症状等に照らして,誘導放射化された物質による様々な形態での外部被曝及び内部被曝の可能性を十分に検討する必要があるというべきである。
(5) 内部被曝の影響
ア 総説
(ア) 内部被曝とは,呼吸,飲食,外傷,皮膚等を通じて体内に取り込まれた放射性物質が放出する放射線による被曝をいう。原爆で問題となる内部被曝は,放射性降下物及び誘導放射線によるものである(弁論の全趣旨・被告準備書面(2)62頁)。
(イ) 内部被曝を検討するに当たっては,取り込まれた放射性核種の量のみならず,その代謝による排出も考慮する必要がある。原爆の核分裂生成物であるセシウム137とストロンチウム90の物理的半減期はそれぞれ約30年,約29年であるが,体内に取り込まれた放射性核種は,その物理的崩壊による減衰だけではなく,人体に備わった代謝機能により,各元素に特有の代謝過程を経て,最終的には腎臓,消化管などから体外に排泄される(乙B35,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)63頁)。
体内に取り込まれた放射性物質は,その臓器親和性に従って種々の臓器や組織に分布し,その後,排出されるものであり,生物学的減少は実際には複雑な過程をたどるが,指数関数的に減少するものと仮定し,排泄機構により体内量が2分の1になるまでの時間を生物学的半減期という。放射性物質の体内量の減少は,①放射性崩壊による物理的減衰と②排泄機構による生物学的減少の二つに支配され,この両者による放射性物質の体内量の減少を併せて表したものを有効半減期(実効半減期)という(乙B36・294頁)。
例えば,セシウム137の生物学的半減期は,約110日とされている(乙B35)。経口摂取されたセシウム137は,その全てが胃腸管から血中に吸収され,10%は生物学的半減期2日で,90%は生物学的半減期110日で体外へ排せつされるとされており,10年後には7.3×10-11,すなわち,100億分の1以下に減衰することになる。一方,経口摂取されたストロンチウム90は,30%が血中に吸収され,残りは便として排せつされるとされており,1ベクレルを経口摂取した場合には,10年後には軟組織全体に残留しているのは1.2×10-4ベクレル,すなわち,約8300分の1以下に減衰することになる(乙B37・3頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)64頁,65頁)。
また,放射性物質の中には,それぞれ特異的に集積する臓器が決まっているものがあり,例えば,ヨウ素131は甲状腺に,ストロンチウム90は骨に集積する性質がある(乙B39,乙B22の1・177項)。
イ 各種知見
(ア) 内部被曝に関連する理論
内部被曝に関連する理論として,①逆線量率効果,②バイスタンダー効果,③ゲノム不安定性及び④ホット・パーティクル理論の各理論が挙げられる。
a 逆線量率効果
(a) 意義
逆線量率効果とは,同じ被曝線量であれば,長期にわたって被曝した場合の方が,リスクが上昇することをいう(弁論の全趣旨・原告準備書面(1)39頁)。
(b) 低線量放射線影響分科会「低線量放射線リスクの科学的基盤―現状と課題―」
平成16年発表の低線量放射線影響分科会の「低線量放射線リスクの科学的基盤―現状と課題―」(以下「低線量放射線影響分科会報告」という。)は,① 高LET放射線(LETとはLinear Energy Transferの頭文字をとったものであり,日本語では線エネルギー付与と訳され,放射線が物質中(生物体内など)を通過する際に,その物質に与えるエネルギーを指す。LETの値の高低によって,放射線を高LET放射線と低LET放射線に区別する(弁論の全趣旨・被告準備書面(3)37頁)。),取り分け核分裂中性子線については,低線量率照射の方が高線量率照射よりも影響が大きい場合が報告されている,② 培養細胞での試験管内がん化を指標にした研究では,核分裂中性子線による細胞照射について明らかな逆線量率効果が報告され,低LET放射線でも,毎分0.1ミリグレイ(0.0001グレイ)ないし1ミリグレイ(0.001グレイ)程度の線量率で突然変異の誘発を指標に逆線量率効果がみられるとの報告がある(乙B113・18頁),③ 多くの場合,培養系を用いた実験で逆線量率効果がみられているが,これらの実験では,対数増殖期の細胞群を数百時間にわたって照射するもので,このような長期実験を緻密に制御する困難さや,微妙な細胞周期の偏りが突然変異頻度や試験管内がん化頻度に影響すること,また,動物個体レベルの発がん実験で逆線量率効果は一般的にはみられないことなどから,これがヒトの低線量リスク評価に大きく寄与するものとは現在のところ考えにくいとしている(乙B113・19頁)。
b バイスタンダー効果
(a) 意義
バイスタンダー効果とは,被曝した細胞から周辺の被曝しなかった細胞へ遠隔的に被曝の情報が伝えられ,被曝しなかった細胞にも遺伝的影響が及ぶ現象をいう(弁論の全趣旨・原告準備書面(1)39頁)。
(b) 低線量放射線影響分科会報告
平成16年発表の低線量放射線影響分科会報告は,① 1990年(平成2年)代半ばからアルファ線照射を受けた細胞に隣接し,自身は照射を受けていない細胞に染色体異常,突然変異あるいは細胞がん化などの遺伝的効果が生ずることが指摘されるようになった,② バイスタンダー効果の存在は,放射線による遺伝的影響の標的分子がDNAだけでない可能性を示唆している,③ 加えて,低線量や低線量率照射の場合には,放射線を被曝しなかった細胞にもDNAの損傷が生ずることから,高線量や高線量率照射に比べ単位線量当たりの遺伝的効果リスクが高くなることを示唆するものであり,低線量放射線のリスク評価のために解決すべき重要な課題であるとしている(乙B113・19頁)。
c ゲノム不安定性
(a) 意義
ゲノム不安定性とは,放射線被曝によって生じた初期の損傷を乗り越え生き残った細胞集団に遺伝的不安定性が誘導され,長期間にわたって様々な遺伝的変化が非照射時の数倍ないし数十倍高い頻度で生ずる状態が続く現象をいう(弁論の全趣旨・原告準備書面(1)40頁,41頁)。
ゲノム不安定性の特徴は,非標的性(DNAの損傷を受けていない部位において突然変異が生ずること)と遅延性(放射線を受けた細胞において,何代もの分裂を経過しても,突然変異頻度が遅延的に誘発され続けること)であるとされている(乙B114・87頁)。
(b) 低線量放射線影響分科会報告
平成16年発表の低線量放射線影響分科会報告は,① 近年になり,放射線による間接的な突然変異誘発機構としてのゲノム不安定性の誘導が注目を集めるようになった,② 哺乳類胎児培養細胞を用いた実験で,100ミリグレイ(0.1グレイ)ないし200ミリグレイ(0.2グレイ)の低線量域では,培養細胞でDNA突然変異の頻度よりも悪性形質転換の頻度の方が圧倒的に高いことから,DNAではなく細胞膜の異変から発がん過程が始まるモデルが提唱されている,③ ゲノム不安定性などの間接的な発がん機構は,その誘導にある一定以上の線量を必要とすることが十分に予想され,その意味で低線量リスクにとって重要な意味をもつ,④ ゲノム不安定性誘導の分子機構がいまだに不明である現時点においてその低線量リスクへの関わりは明確ではないとしている(乙B113・20頁)。
d ホット・パーティクル理論
(a) 意義
肺や皮膚の発がんリスクは均一な被曝よりも非常に不均一な被曝の方がずっと高いという考え方をいい,内部被曝についていえば,体内に取り込まれた放射性微粒子による不均一な局所被曝の方が,他の被曝より危険性が高いとする理論である(乙B48の1,乙B48の2,弁論の全趣旨・被告準備書面(6)34頁)。
(b) チャールズらによる動物実験
チャールズらは,1988年(昭和63年)頃,ホット・パーティクル理論が,極小範囲に集中的に高線量を被曝すると発がんリスクが高まるとしていることから,その真偽を確認するため,① 均等被曝(広範囲にまんべんなく均等な線量を被曝する態様),② 不均等被曝(極小範囲に集中的に高線量を被曝する態様)とそれぞれ被曝態様を変え(ただし,両者の照射範囲内の総被曝線量は同一とする。),放射線を動物の皮膚組織に照射して,両者で皮膚がんの発生率が変化するか否かを検証した。具体的には,①均一照射の場合(均等被曝に相当する。面線源から照射)のほか,②32箇所線源の場合(①と後記③の中間の被曝態様),③8箇所線源の場合(ホット・パーティクル理論に最も近い被曝態様)の3通りの被曝態様になるよう,ツリウム170線源(ベータ線,ガンマ線放出核種)を配置して面積8cm2の皮膚に放射線を照射したところ,累積腫瘍発生率は①が最大で,③が最小であった(乙B47の1・乙B47の2,乙B48の1・乙B48の2,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)73頁ないし77頁)。
(c) ICRP1991年勧告
ICRP1991年勧告は,① 低線量での広い範囲の不均一照射では,皮膚がんのリスクが被曝した面積,すなわち,照射された細胞数,そして皮膚への平均線量に比例するということが合理的な考えであり,ホット・パーティクル理論が知られてきたが,何年間にもわたって均一被曝よりも不均一被曝の方が効果が弱いという逆の考え方が同意されており,この主張はアルバートらの研究で支持されていた,② これらの研究者は電子線とベータ線を用いて,ふるい状の照射で皮膚の腫瘍発生が低下し,格子状の場合に腫瘍発現が遅延することでそのことを示した,③ これらの研究者はまた,遮蔽された領域が低線量被曝を受けると,その腫瘍発生は均一照射に匹敵することにも注目した,④ これらの結果は,照射されていない細胞が皮膚腫瘍の発生に,あるいは,恐らく成長に影響を与えていることを示している,⑤ チャールズらによる動物実験は,均一被曝が最も発がん性が高いことを明確に示した,⑥ 不均一被曝の余剰効果が細胞不活性化の相違によって説明されるとは思われないとしている(乙B48の1,乙B48の2)。
(イ) 内部被曝に関する事故
これまでに発生した内部被曝に関する事故としては,①トロトラストの事例,②ロッキーフラットでの内部被曝事例,③チェルノブイリ原発事故及び④ゴイアニア事故が挙げられる。
a トロトラストの事例
トロトラストはアルファ線を放出する二酸化トリウムコロイドであり,1930年(昭和5年)代ないし1940年(昭和15年)代において造影剤として用いられており,静注することで脳動脈撮影などにおける血管構造を可視化したが,肝臓,脾臓及び骨の網内系においてトロトラストが長期間滞留したために,生涯にわたるアルファ粒子被曝が引き起こされた。リスク評価に用いることができる主なコホートは,トロトラストに曝露されたドイツ人,デンマーク人及び日本人の患者であるところ,約3700例において,1999年(平成11年)までに681例の肝がんが報告されており,白血病(慢性リンパ性白血病を除く。)の発生率は,5倍ないし20倍増加した(乙B47の1,乙B47の2・19頁)。なお,トリウムの生物学的半減期は400年であり(乙B84・7頁),また,トロトラストの1回の標準的な注射の後では,1年当たりの被曝量は約400ミリグレイ(約0.4グレイ)であると見積もられている(乙B85の1,2)。
b ロッキーフラットでの内部被曝事例
1965年(昭和40年),米国のロッキーフラットで火災が発生し,プルトニウムを肺に吸入したという内部被曝事例が発生したが,40年以上経た後も,内部被曝者のうち肺がんを発症した者は,一人もいなかった(乙B22の2・402項ないし411項)。
c チェルノブイリ原発事故
チェルノブイリ原発事故は,1986年(昭和61年)4月26日に発生し,同年5月6日にかけて,300メガキュリーの放射性物質が放出された。300メガキュリーの放射性物質のうち,ヨウ素131は40メガキュリーであり,短寿命放射性ヨウ素は100メガキュリーであった(乙B40・149頁)。
チェルノブイリ原発事故では,事故後10年後辺りから甲状腺がんの有意な増加がみられるようになった。チェルノブイリ原発事故の一般住民に対する身体的影響は,原爆被爆者の場合とは大きく異なっており,甲状腺がんの発生が顕著であるとされ,特に小児甲状腺がんが多数発生した(乙B40・150頁)。これは,ミルク摂取等によりヨウ素131が体内に入り,これによる内部被曝を受けたことが主因であるとされている(乙B39,乙B40・151頁)。チェルノブイリ原発事故では原子炉が溶解したため,揮発性の放射性ヨウ素が拡散し,これが牧草に取り込まれ,牧草から乳牛へ,乳牛から牛乳へ,牛乳から人間へという食物連鎖を通じて人体内に取り込まれた結果,放射性ヨウ素による内部被曝の影響が顕著に現れたものであった(乙B42,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)71頁)。
d ゴイアニア事故
ゴイアニア事故とは,1987年(昭和62年)9月,ブラジルのゴイアニア市の廃院に放置されていた放射線療法用の医療機器内の放射線源格納容器が解体され,露出した線源からセシウム137が周囲の環境に拡散して多数人が被曝し,うち4人が放射線障害で死亡したという事故である(乙B34の2・45頁,46頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)82頁)。
ゴイアニア事故では,地面を掘り起こして土を廃棄したり,民家を解体したりして,汚染除去作業が行われた(乙B34の2・45頁,46頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)82頁)。
(ウ) 岡島俊三らの調査
長崎大学の岡島俊三らは,昭和44年,長崎の西山地区の住民を対象とし,ホールボディカウンター(人間の体内に摂取された放射性物質の量を体外から測定する装置)を用いて,セシウム137による放射線量を実測し,内部被曝線量の評価をした。その結果,対照群と比較すると,長崎原爆の放射性降下物による寄与は,男性で1kg当たり13ピコキュリー,女性で1kg当たり10ピコキュリーであった(乙B15・219頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)65頁,66頁)。
また,岡島俊三らは,昭和56年にも,昭和44年の上記調査において比較的高い線量値を示した者を対象として同様の測定調査を行ったところ,昭和44年当時の平均値である1kg当たり48.6ピコキュリーは,1kg当たり15.6ピコキュリーにまで低下しており,環境半減期は7.4年となった。なお,環境半減期とは,土壌中のセシウム137が食物摂取に寄与する程度がどの程度減っていくかをみたものであり,身体に入った特定のセシウム137がどの程度の期間で体外に排出されるかをみた生物学的半減期(セシウム137の場合は約110日とされている。)とは異なるものである(乙B15・219頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)66頁)。
そして,岡島俊三らは,上記のデータを用いて,昭和20年から昭和60年までの40年間に及ぶ内部被曝線量を積算したところ,男性で0.0001グレイ,女性で0.00008グレイであるとした(乙B15・219頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)66頁)。
岡島俊三らの調査は,セシウム137のガンマ線量を基に,ベータ線量も加算して内部被曝線量の積算をしたものであった。なお,セシウム137は,アルファ線を放出しない(乙B22の1・173項,乙B38・19頁)。
(エ) 今中哲二報告
平成16年発表の今中哲二報告は,DS02に基づき,原爆当日に広島で8時間の焼け跡の片付けに従事した人々の塵埃吸入を想定して,内部被曝による線量評価を試みているが,0.06マイクロシーベルトにすぎず,外部被曝に比べ無視することのできるレベルであったとしている(乙B9・153頁,154頁)。
(オ) 丹羽太貫ら「放射性物質による内部被ばくについて」
平成23年発表のICRPの丹羽太貫らの「放射性物質による内部被ばくについて」(以下「丹羽太貫ら報告」という。)は,内部被曝の健康影響について,外部被曝と比較して線量が同じであれば同等かあるいは低いことが示されており,内部被曝をより危険とする根拠はないとしている(乙B83・40頁)。
(カ) 放影研「「残留放射線」に関する放影研の見解」
平成24年発表の「「残留放射線」に関する放影研の見解」(以下「平成24年放影研見解」という。)は,① 広島及び長崎に投下された原爆の放射線被曝線量については,放影研や,その他多くの研究者によって解析されてきており,その結果,「残留放射線」の関与は「初期放射線(直接放射線)」の被曝線量推定値の誤差範囲内にあることが示されている(乙B105・1頁),② 放影研はこれまでに「残留放射線」の影響が無視することのできる程度に少なかったと考えられる証拠を種々の実測データ解析結果や調査報告例により提示してきた(乙B105・3頁),③ 平成24年放影研見解を出した理由について,放影研は以前から「残留放射線」の関与は「初期放射線(直接放射線)」の被曝線量推定値の誤差範囲内にあることを公表し,説明してきたが,「残留放射線のデータが考慮されていない」との批判や疑問も繰り返し提起されてきた(乙B105・1頁),④ 放影研での原爆放射線によるがん罹患,死亡等のリスク評価は,1グレイないし4グレイという高線量に被曝した者のリスク推定値が被曝線量に対して明確な量反応関係を示していることに立脚しており,10ミリグレイ(0.01グレイ)ないし100ミリグレイ(0.1グレイ)程度と見積もられる残留放射線被曝を受けた少数の者が,初期放射線量が0や低線量である多数の者の中にある程度含まれていたとしても,主として100ミリシーベルトを超える高線量被曝の結果から算出されたリスク推定値に対して大きな影響を与えるものではない(乙B105・4頁),⑤ 依然として「内部被曝は外部被曝よりも1000倍危険」などと心配されているが,これを説明する科学的根拠はない,⑥ 重要なことは,どちらの場合でもリスクの大きさは,がん発症の当事者たる細胞(組織の幹細胞と考えられる。)が受ける放射線の量に依存し,被曝が外部か内部かの問題ではないということである,⑦ ICRPは,体内に取り込まれた粒子からの放射線(つまり「内部被曝」)によるがん化について,放射性物質が全身に均等に分布した場合に「外部被曝」と同等になり,偏在した場合にはむしろ低下するのではないかと考えている,⑧ これは,大量の動物を使った高精度の動物実験において,放射性ヨウ素投与による「内部被曝」とX線による「外部被曝」を比較して,甲状腺発がん頻度に差のないことで実証されている(乙B105・5頁),⑨ 以上のような観点から,被曝線量を考慮せず,「内部被曝の方が外部被曝より危険だ」という単純な主張には全く根拠がないことが分かるとしている(乙B105・6頁)。
なお,平成19年発表の「原爆症認定の在り方に関する検討会報告」も,内部被曝は,外部被曝に比して,同じ臓器線量であれば,影響は同等であるとしている(乙A6・2頁)。
(キ) 鳥居寛之ら「放射線を科学的に理解する―基礎からわかる東大教養の講義」
東京大学教養学部の鳥居寛之らは,一般の読者に放射線について科学的に理解してもらうことを目的として放射線の知識を「放射線を科学的に理解する―基礎からわかる東大教養の講義」(以下「鳥居寛之ら教科書」という。)としてまとめ(乙B207・ⅳ頁),平成24年に発表した。
鳥居寛之ら教科書は,① トータルの被曝線量が同じでも,短時間で浴びる急性被曝と,長期間で浴びる慢性被曝とでは,危険性や体への影響が異なると考えられている,② 同じ被曝線量を受けても低線量率で長時間受ける方が影響は少ないと考えられている,③ 直感的には長期間の被曝の方がむしろ大きな影響が出ると思うかもしれないが,ゆっくり浴びるのであればその都度修復の作用が間に合うと考えられる,④ 一度に浴びると修復が利く前にDNAの損傷の量が限度を超えてしまう可能性があり,細胞が分裂することができなくなってしまうのが急性被曝である(乙B207・140頁),⑤ ICRPが内部被曝を考慮していないというのは正しくない,⑥ 内部被曝については,放射性核種がどのように摂取された場合に,どの程度が体内に取り込まれ,全身に運ばれるか,又は,特定の臓器に集まるかあるいは排泄されるかといったモデルに基づいて計算を行い,放射能(ベクレル)から内部被曝線量(シーベルト)への換算係数(実効線量係数)が導かれている,⑦ 内部被曝量自体の計測が難しいこともあり,実際に精度よく評価することができるわけではないことは確かである,⑧ ICRPを批判するヨーロッパ放射線リスク委員会(ECRR)という名の市民団体が,ストロンチウムの内部被曝の影響を600倍に見積もるなどして危険を説いているが,科学的根拠に乏しく論理的整合性もないとして,大方の専門家からは評価されていないとしている(乙B207・211頁)。
(ク) C2の意見
立命館大学国際関係学部教授のC2は,① 現在,ICRRが採用している内部被曝線量評価方法の原型は,アメリカ核医学会内に設置された医学内部放射線量委員会によって開発されたミルド法(MIRD法)である,② ある放射性核種による体内汚染に伴って,ある臓器にどれだけの被曝線量がもたらされるかを評価するためには,〈ア〉体内にいつどれだけの放射性核種が入ってきたか,〈イ〉その放射性核種が,注目する臓器及び周辺臓器にどのような時間的変化で存在したか,〈ウ〉注目する臓器内及び周辺臓器内での放射性核種の崩壊に伴って,内部被曝線量を評価しようとする臓器にどれだけの放射線エネルギーが与えられたか及び〈エ〉当該臓器の質量の四つの情報が必要であるところ,ミルド法が発展させたのは〈ウ〉だけであり,原爆被爆者の場合,原爆投下直後の時期における〈ア〉についての実測的情報は皆無に等しく,仮説によらざるを得ない(甲A303・11頁,12頁),③ 〈ア〉が不明である以上,〈イ〉の正確な情報も望むことができず,また,放射性物質を体内摂取した場合,その体内残留量は単純な時間の関数で減少するわけではなく,多くの核種の場合,排泄速度の異なるいくつかの相から成る複雑な時間的推移を示す,④ 〈エ〉についても,例えば肝臓の質量は被爆者によって異なるのでミルド法によって標準化されたデータからは大きく乖離する場合があり(甲A303・13頁),臓器質量の差が線量評価にもたらす誤差は無視することのできる範囲を超えており,一般には,特定の臓器の被曝線量を評価する場合には,当該臓器に取り込まれた放射性物質による被曝線量だけでなく,他の臓器に沈着した放射性物質から放出される透過性の放射線,主としてガンマ線やX線,エネルギーの強いベータ線などによる被曝線量への寄与も評価しなければならない,⑤ 放射性核種別の体内摂取量,各臓器への移行量やその時間変化などの情報も定かでない被爆者について,ある仮説に基づいて内部被曝線量の評価を試みるにしても,そこには極めて大きな誤差を伴うとしている(甲A303・14頁)。
(ケ) C9の意見
放射線医学総合研究所のC9は,上記複数の研究者によるセシウム137の降下量の調査を基に,浦上川の河川水を汚染した可能性のある放射性核種の放射能について,① 最も高い推定値は長崎の西山地区における1cm2当たり3.3ベクレルであり,爆心地付近での降下量は西山地区の10分の1程度と考えられていることから,浦上川の水面への降下量は西山地区の値である1cm2当たり3.3ベクレルを超えていたとは考えにくい,② 核分裂によるストロンチウム90の生成量はセシウム137よりも少ないので,ストロンチウム90の水面への降下量も1cm2当たり3.3ベクレルを超えていたとは考えにくい,③ 被爆者が飲んだ河川水の量を1リットルと仮定すると,この水中の放射能は,セシウム137,ストロンチウム90のいずれの放射性核種についても330ベクレル以下となる,④ ICRPの線量換算係数によれば,1ベクレル経口摂取したときに肝臓の受ける線量の50年間の合計は,セシウム137では1.4×10-8シーベルト,ストロンチウム90では6.6×10-10シーベルトであるから,330ベクレル経口摂取した場合の肝臓の受ける線量の50年間の合計は,セシウム137が4.6×10-6シーベルト,ストロンチウム90が2.2×10-7シーベルトと算出されるとしている(乙B37・2頁)。
(コ) C5及びC6の意見
国際医療福祉大学放射線医学センター長のC5及び大分県立看護科学大学学長のC6は,① 現在は,線量換算係数を用いて,摂取した放射性核種の量から内部被曝線量を算定することができる,② 体内に摂取した放射性核種の量は,ホールボディカウンターや肺モニター,体内から排出される尿などを測定することによって把握することができ,このように放射性核種による内部被曝に関しては,かなり研究が進んでいる(乙B3・14頁),③ 1グレイの被曝がもたらされる場合の1回の摂取量は,例えば,広島原爆については,マンガン56であれば,土壌36kgを,ナトリウム24であれば,土壌111kgを,それぞれ摂取する必要がある(乙B17・23頁。なお,C6について,乙B22の1・163項ないし167項も同旨である。),④ 放射性核種の種類によって,排せつされる速度や割合を生物学的半減期として測定することができるとしている(乙B2・19頁)。
また,C6は,放射性物質は50核種くらいであり,半減期等を考慮すると,内部被曝が問題となる核種としては,セシウム137とストロンチウム90を考えればよいとしている(乙B22の1・175項)。
ウ 検討
(ア) 岡島俊三らの調査は,昭和20年から昭和60年までの40年間に及ぶ内部被曝線量を積算した結果,男性で0.0001グレイ,女性で0.00008グレイであるとしており,今中哲二報告は,DS02に基づき,原爆当日に広島で8時間の焼け跡の片付けに従事した人々の塵埃吸入を想定して,内部被曝による線量評価を試みた結果,0.06マイクロシーベルトであるとしている。確かに,これらの調査や報告の示す線量は,極めて僅かなものであって,それ自体は放射線被曝による影響をさほど考慮しなくてもよい数値である。
この点,マハーラーらは,1981年(昭和56年),ミラーは,1982年(昭和57年),長崎の西山地区におけるセシウム137の降下量を調査しているところ,その中でも最も高い推定値は,1km2当たり900ミリキュリー(マハーラーらの推定値。なお,ミラーの推定値では1km2当たり130ミリキュリーである。),すなわち,1cm2当たり3.3ベクレルであり,爆心地付近ではこの10分の1程度と考えられている(乙B15・216頁,乙B37・2頁)。そして,上記の調査を基にすれば,広島では,放射性核種が高く検出された己斐高須地区においても,セシウム137の降下量は1km2当たり3ミリキュリーないし10ミリキュリーとされ,マハーラーらの推定値と比較すると90分の1以下となり,爆心地付近ではこの10分の1程度と考えられているのであって(乙B5・354頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)67頁),マハーラーら及びミラーの調査は,岡島俊三らの調査や今中哲二報告を支持するものとなっている。
(イ) しかしながら,まず,岡島俊三らの調査についてみると,調査が行われたのは昭和44年以降であり,短期間で大きな内部被曝を生じさせる可能性のある放射性物質(短半減期核種)による内部被曝線量が考慮されていないという問題や,ホールボディカウンターで計測したセシウム137から放出されたガンマ線を調査したにすぎず,このようなホールボディカウンターによる計測では標準以下のエネルギーしか有していないベータ線を測定することができない(甲A237・16頁,17頁,甲A267の1・24頁,甲A602の2の25・11頁)という問題を指摘することができるのであって,これをもって内部被曝の積算線量の程度が上記のように僅少であると断定することはできない。一方,今中哲二報告についても,今中哲二報告は,おおよその仮定を基にどの程度の被曝になりそうか見積もってみたものにすぎず,吸入の対象とした放射能は土壌中のナトリウム24とスカンジウム46に限られているのであって(乙B9・153頁),これをもって内部被曝の程度が上記のように僅少であるともいえない。
マハーラーら及びミラーの調査も,セシウム137の降下量を測定したにとどまるものである上,その推定値も,両者において大きな開きがあるものである。
さらに,爆心地付近に限らず局地的に放射性降下物や誘導放射化された物質が集積するなどしている場合があり得ることも考慮すると,内部被曝線量は無視し得る程度のものであると評価することには,なお疑問が残るといわざるを得ない。
(ウ) 内部被曝については,丹羽太貫ら報告や平成24年放影研見解のように,人体に与える影響では,外部被曝と余り違いがないとする見解や,C9の意見やC5及びC6の意見のように,内部被曝の影響が生ずるには飲食物の大量摂取が必要であるとする見解もある。
しかしながら,内部被曝に関係する理論は,内部被曝が人体に与える影響が,外部被曝よりも大きいことを示唆するものである。
このうちホット・パーティクル理論については,ロッキーフラットでの内部被曝事例やチャールズらによる動物実験に整合せず,ICRP1991年勧告も,チャールズらによる動物実験が,均一被曝が最も発がん性が高いことを明確に示したとしているが,内部被曝の機序について必ずしも科学的に解明されているわけではない。
一方,逆線量率効果,バイスタンダー効果及びゲノム不安定性については,低線量放射線による継続的被曝が高線量放射線の短時間被曝よりも深刻な障害を引き起こす可能性を指摘するものであるところ,低線量放射線による継続的被曝については,鳥井寛之ら教科書のように同じ被曝線量を受けても低線量率で長時間受ける方が影響は少ないと考えられているとする見解や,放射線ホルミシスや適応応答のように,むしろ微量放射線によって生体に刺激作用がもたらされるとか,生体の防御機能が増強されるとする見解もあるものの(乙B114・131頁),低線量放射線影響分科会報告は,逆線量率効果,バイスタンダー効果及びゲノム不安定性の可能性を指摘しているのであって,このような科学的知見を無視することはできないものというべきである。
また,トロトラストの事例は静注に基づく内部被曝であり,原爆による内部被曝にそのまま当てはめることはできないとしても,チェルノブイリ原発事故の事例は,内部被曝が特定の臓器に影響を与えることを裏付けるものであり,ゴイアニア事故では,土を廃棄したり,民家を解体したりして汚染除去作業まで行われている。そうであるとすれば,やはり,内部被曝については,外部被曝とは異なり,場合によっては外部被曝よりも人体に大きな影響を与える場合があることは否定することができないものというべきである。また,C2の意見のように,臓器の質量等による個人差を考慮する必要もある。
(エ) 確かに,放射線医療の現場においては,放射性核種を投与して診断に役立てており(乙B43・151頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)71頁),この核医学では体の特定の部位に集まる放射性核種を投与するということが行われている。そして,例えば,テクネシウム99mを用いた場合は骨等に,ヨード125やヨード131を用いた場合は甲状腺組織に集まることが分かっており,これを診断に役立てることになるが,その場合の線量は,テクネシウム99mの場合,7.5ミリグレイ(0.0075グレイ),ヨード131の場合,1405.4ミリグレイ(1.4054グレイ)などとなっている(乙B44・82頁,83頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)71頁)。
しかしながら,このように放射線医療の現場において,相当量の放射性核種が投与されているからといって,これにより内部被曝の影響が生じていないとする根拠はないし,医療上の必要により放射性物質が投与される場合には,現代の医療水準に基づき,放射性物質による影響をできる限り少なくするための処置が講じられていると考えられるのであって,全く無防備で特段の事後対応もされなかった原爆被爆者の場合と同視することはできないといわざるを得ない。
(オ) 以上によれば,被爆者の被曝線量を評価するに当たっては,当該被爆者の被爆状況,被爆後の行動,活動内容,被爆後に生じた症状等に照らして,放射性降下物及び誘導放射化された物質を体内に取り込んだことによる内部被曝の可能性がないかどうかを十分に検討する必要があるというべきであり,加えて,内部被曝による身体への影響には,一時的な外部被曝とは異なる特徴があり得ることを念頭に置く必要があるというべきである。なお,その際には,IAEAのレポートに,「放射性核種は,洗浄,溶解あるいは,剥離物質の皮膚への塗布により,除去されるべきである。全身への汚染の拡大は,是非とも防がなければならない。ルールは,表皮剥離を避けるというものである。皮膚を通しての物質の通過を促進する物質を使ってはならず,主要な皮膚の汚染除去は,その部分だけで行われるべきである。」とあるように(甲A282の1,甲A282の3・16頁),被爆者が外傷を負っているか否かについても,内部被曝においては考慮すべき重要な事情であるというべきである。
(6) 急性症状等
ア 総説
(ア) 下痢に関する一般的な医学的知見
a 概要
下痢とは,元来,糞便中の水分の増加を意味する。日本人の1日の糞便量は約150gで,水分含有量はその60%ないし70%であるが,80%ないし90%になると軟便から泥状便,90%以上では水様便になる(乙B116・727頁)。下痢は,持続期間により,2週間以内のものについては「急性」,2週間ないし4週間のものについては「持続性」,4週間を超過するものについては「慢性」と定義されている(乙B117・261頁)。
下痢の原因としては,種々のものがあり,その症状も様々である(乙B117・262ないし266頁,乙B118・83頁)。
b 急性下痢症
急性下痢症は,90%以上が感染症によるものであり,感染性下痢症は,一般的には,ヒトや動物の便に由来する病原体が,汚染された食物や水を介して経口的に感染して起こるとされている。感染性下痢症の症状としては,しばしば嘔吐,発熱及び腹痛を伴うことが挙げられる。腸管内には,500種類以上の細菌が常在しているが,これらが下痢の原因となることはほとんどなく,感染性下痢症は,胃腸に侵入した病原微生物が宿主の胃酸,消化酵素,粘液分泌,蠕動及び細菌による抑制などの防御機能を圧倒あるいは回避することによって起こる(乙B117・262頁)。
c 慢性下痢症
慢性下痢症の場合は,急性下痢症とは対照的に,その原因のほとんどが非感染性である。また,慢性下痢症の原因を病態生理に基づいて分類すれば,分泌性,浸透圧性,脂肪性,炎症性,腸管運動機能不全等に大きく分類できる(乙B117・264頁)。
分泌性の下痢は,腸管において水分や電解質の分泌を促進して起こる下痢である。慢性分泌性下痢症の原因として最も多いのは,薬物や特定の毒素(砒素など)の定期的な摂取による副作用であり,ほかにも,腸管切除,腸管疾患,腸管瘻や,ホルモン等も原因として挙げられる。分泌性の下痢は,痛みを伴わず,絶食後も持続する水様で大量の便排出によって特徴づけられている(乙B116・727頁,乙B117・264頁)。
浸透圧性の下痢は,吸収されにくく浸透圧の高い物質が摂取されて腸管内に多くの液体を吸い込み,その量が結腸の再吸収能を上回る場合に起こる下痢である。便への水分排出は,溶質の摂取量に比例して増加する。浸透圧性の下痢の原因としては,マグネシウムを含む制酸薬,健康サプリメントや下剤の摂取によるものなどが挙げられる。浸透圧性の下痢は,絶食や原因物質の摂取を止めることにより収まるのが特徴である(乙B117・265頁)。
肪肪性の下痢は,脂肪の吸収不良による下痢である。油分が多く,悪臭を伴う下痢を生じ,しばしば体重減少や栄養失調を引き起こす。また,腸管内での消化不良を引き起こすこともある(乙B117・265頁)。
炎症性の下痢は,一般的に,疼痛,発熱,出血,その他の炎症所見を伴う下痢である。炎症性の下痢では,炎症による滲出や腸管の運動性亢進などが原因となり得る(乙B117・265頁)。
腸管運動機能不全による慢性下痢症は,腸管の内容物の通過時間の異常を原因とするものである。腸の運動機能が低下した場合であれば,腸管の内容物の停滞による細菌の過剰増殖が起こり,結果として下痢を引き起こすことがある。また,腸の運動機能が亢進した場合(過敏性腸症候群や甲状腺機能亢進症)も,結果として下痢を引き起こす。非常に頻度の高い疾患である過敏性腸症候群は,腸管(特に大腸)の機能的疾患であり,副交感神経系の持続的緊張亢進状態によって,腸管の運動亢進や分泌亢進が起こり,腹痛,下痢,粘液便,便秘,腹部膨満などを起こす状態をいう。便通の状態により,便秘型,下痢型及び下痢便秘交代型に分けられるが,同一例に種々の型が出現する。このうち,下痢型は,しばしば突発する腹痛と共に起こり,排便により寛解する。過敏性腸症候群は,粘液便を伴うことが多く,青壮年層に多くみられ,精神的ストレスや環境の変化によって増悪するとされている(乙B116・410頁,727頁,乙B117・266頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(7)8頁)。
d 乳幼児及び小児期の下痢
乳幼児及び小児期には,急性感染性下痢症や過食,風邪に伴う下痢が多いとされており,その多くは原因が判明しないうちに治癒に至る。急性下痢症の原因であるウイルス性胃腸炎は,乳幼児及び小児にも多くみられることが特徴的であるとされている。現在,ウイルス性胃腸炎を引き起こすウイルスとしては,ロタウイルス,アデノウイルス,ノーウォークウイルス,ノロウイルス及びアストロウイルスの五つが知られている(乙B116・1872頁,乙B119・1338頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(7)8頁)。
(イ) 脱毛に関する一般的な医学的知見
脱毛症とは,正常に存在していなければならない毛が欠如しているか,脱落してまばら又は消失している状態をいう。一般に脱毛症として問題にされるのは毛髪に被われた頭部の毛であるところ,頭毛の数は,個人差はあるが約10万本とされており,1日に50本程度の抜け毛は生理的に生じる(乙B116・1573頁)。
器質的異常としての脱毛は,臨床上,先天性脱毛症と後天性脱毛症とに大別される。先天性脱毛症にはびまん性(隅々まで広がる性質)のものと限局性のものとがあり,後天性脱毛症には症候性のものと非症候性で他の皮膚病変を伴わないものとがある(乙B116・1573頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(7)9頁)。
後天性脱毛症のうち,主な類型としては,① 円形脱毛症(遺伝的背景や自己免疫,精神的ストレスが原因とされている。),② 男性型脱毛症(壮年性脱毛症。男性ホルモンが原因とされている。),③ 薬物による脱毛症(抗腫瘍薬や抗精神薬等の薬物が原因とされている。),④ 外傷性脱毛症(物理的外力が原因とされている。),⑤ 休止期脱毛状態(成長期毛が休止期毛に移行して起こる脱毛をいう。持続性高熱,難産,外科的ショック,ストレス,出血,急激なダイエットなどが原因とされている。),⑥ 感染性脱毛症(種々の病原体の感染により毛や毛包が傷害を受けて生じた脱毛の総称をいう。),⑦ 全身性疾患に伴う脱毛症などが挙げられ,さらに,全身性疾患に伴う脱毛症としては,栄養障害及び代謝障害に伴う脱毛,内分泌障害に伴う脱毛,膠原病に伴う脱毛,全身性感染症(梅毒等)に伴う脱毛並びに腫瘍による脱毛が挙げられる。このように,脱毛症の種類及び原因には様々なものがある(乙B120・518ないし525頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(7)9頁)。また,脱毛症の頻度としては,円形脱毛症と男性型脱毛症(壮年性脱毛症)が多いとされている(乙B121・246,247頁)。
円形脱毛症は,脱毛の程度や部位などから主に四つに分類される。①通常型は最も多くみられる型であり,孤立性の脱毛巣が一,二個できる単発型と,脱毛巣がより多く出現する多発型とがある。通常型以外には,②全頭脱毛症(頭髪のほとんどが脱落する型),③汎発性脱毛症(頭髪のみならず,眉毛,睫毛,ひげ,腋毛,陰毛及び体毛も抜ける型)及び④蛇行状脱毛症(後頭部から側頭部の毛の生え際に沿って境界鮮明な帯状で不整形に脱毛する型)がある(乙B120・519頁,乙B122・23頁,24頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(7)9頁,10頁)。
(ウ) 出血傾向に関する一般的な医学的知見
出血傾向とは,正常にあるべき止血機構が障害された結果生ずる易出血状態又は止血困難な状態をいう。一般的には,皮膚,粘膜などの紫斑,組織内への自然出血,1箇所以上の出血,局所に異常がない鼻出血,産婦人科的疾患がない過多月経や性器出血,軽度の打撲後の易出血性などが挙げられる(乙B119・229頁)。
正常な止血機構は,血管,血小板,血漿蛋白(凝固線溶因子)などの制御機構が正常に働くことによりされている。大きな動脈や静脈が損傷を受けたときや局所に出血を引き起こす原因となる疾患がある場合は,正常の止血機構が働いていても,多量の出血を来す。しかし,そのような外傷や原因がなくても出血又は止血困難を呈する場合は,先天性又は後天性に正常の止血機構が障害されており,血管,血小板,血漿蛋白(凝固線溶因子)などの量的,質的異常が出血傾向を招来していると考えることができる(乙B119・229頁)。
出血傾向を引き起こす原因としては,血小板異常(血小板減少症及び血小板機能異常症),血管異常及び血漿蛋白(凝固線溶因子)異常に分けられ,それぞれ多種多様の疾患の存在が考えられる(乙B119・232頁)。
後天性の血管異常を引き起こす「壊血病」は,ヒトにおけるビタミンC欠乏症として古くから知られている疾患である。壊血病は,点状出血,歯肉の出血,毛嚢の角化症,毛包周囲の出血,関節痛,関節の浸出,疲労感,抑うつ症や心気症によって特徴づけられ,また,感染に対する抵抗力が低下するとされている。壊血病は,栄養状態が改善している現在の日本ではほとんどみられないが,先進国であっても,アルコール中毒症,栄養的無知及び貧困によって生じ得るとされている(乙B123・213頁,乙B124・121頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(7)10頁,11頁)。
また,後天性の血漿蛋白(凝固線溶因子)異常を引き起こす「ビタミンK欠乏症」により,血液を凝固させる因子の合成に関わっているビタミンKが欠乏すると,血が固まりにくくなり,出血傾向となる(乙B124・114頁,116頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(7)10頁,11頁)。ビタミンKには,緑葉に多いビタミンK1と細菌が産生するビタミンK2の2種が存在している(乙B116・2079頁)。ビタミンK1は植物に広く分布しており,また,ビタミンK2はヒトの体内の腸内細菌によって必要量にほぼ見合う量の産生ができるため,ビタミンK欠乏症は健常人の間では一般的ではない(乙B123・200頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(7)11頁)。そのため,成人におけるビタミンK欠乏の原因は,主として疾病あるいは薬物療法による二次的なものとされており,現在では,食事制限によりビタミンKの摂取が少ない患者や,抗生物質を投与され非経口栄養に頼っている患者などにビタミンK欠乏による出血傾向が一般に観察されやすいことが知られている。また,成人とは異なり,新生児の場合は,胎盤を通してのビタミンKの輸送が乏しいため,ビタミンKの貯蔵は出生直後には低く,また,新生児の腸管は無菌状態であるため,しばらくの間はビタミンK1の合成ができないことに加え,母乳中のビタミンK含有量も低いことから,ビタミンK欠乏による出血傾向が多くみられ,注意が必要であるとされている(乙B123・200頁,201頁,乙B124・116頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(7)11頁,12頁)。
イ 各種知見
(ア) 急性放射線症候群
a 総説
1グレイを超す急性被曝を全身に受けた場合に被曝した放射線量の線量に応じて発現する骨髄障害,皮膚障害,口腔粘膜障害,消化管障害,中枢神経障害などの放射線による確定的影響は,「急性放射線症候群」として整理されている。この概念は,広島原爆及び長崎原爆の被爆医療調査や米国における原子力の軍事応用の開発初期に起こった被曝事故の診療経験をまとめる過程で出来上がったものとされている(乙B130・75頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(7)16頁)。
上記のとおり,急性放射線症候群は,しきい値を超えて被曝した場合に症状が出現する確定的影響に属するものとされており,しきい値以下の被曝では症状が出現しないことが大きな特徴の一つである(乙B52・2頁)。なお,同じ被曝線量であっても,分割照射による被曝又は持続的であるが時間当たりの線量が低い被曝の場合には,しきい値線量の値が高くなり,被曝線量の総量に比して症状は少なく,放射線障害も軽いとされている(乙B52・2頁,乙B130・79頁)
また,急性放射線症候群は,① 前駆症状と呼ばれる症状が一過性に発現する「前駆期」(被曝後48時間以内),② 前駆症状が消え無症状となる「潜伏期」(被曝後3日ないし1箇月程度),③ 主症状としての種々の症候群(骨髄障害,皮膚障害,消化管障害等)を発症する「発症期」,④ その後の「回復期」(又は死亡)という時間的経過をたどるという大きな特徴がある(乙B52・3頁,4頁,乙B130・75頁,77頁,79頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(7)16頁)。
b 前駆期の症状(前駆症状)の特徴
最低1グレイ以上(発熱は2グレイ以上)の放射線に被曝すると,48時間以内に,悪心,嘔吐,下痢,発熱,初期紅斑,唾液腺の腫脹等の前駆症状と呼ばれる症状が一過性に出現する。これらの前駆症状は,消化管の蠕動運動が高まること(亢進)や,消化管ホルモンの分泌が高まること,皮膚や粘膜の毛細血管の拡張及び透過性が高まること,神経血管反応が高まることなどの基礎病態に基づいている(乙B130・75頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(7)17頁)。
出現する前駆症状の種類は,被曝線量により異なり,前駆症状の出現時期も被曝線量により異なる。被曝線量が高くなれば前駆症状の出現までの時間は早くなる(乙B130・79頁)。
この前駆症状自体は,日常的にもみられる非特異的な症状であることから,急性放射線症候群であるか否かを判断するためには,更に潜伏期以降の症状の現れ方をみなければならない(乙B130・79頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(7)18頁)。
前駆症状として出現する下痢は,4グレイないし6グレイの全身被曝であれば,被曝後3時間ないし8時間の間に一過性に出現し(発現頻度は10%未満),6グレイないし8グレイの全身被曝であれば,被曝後1時間ないし3時間の間に一過性に出現する(発現頻度は10%以上)が,4グレイ以下であれば,出現しない(乙B52・3頁,4頁)。
この前駆症状として出現する下痢は,上記のとおり,毛細血管の透過性や消化管の蠕動運動が高まることによって生じるものであることから水様性であるという特徴があり,また,潜伏期に入るとすぐに軽減することも明確な特徴ということができる(弁論の全趣旨・被告準備書面(7)20頁)。
c 潜伏期の特徴
潜伏期とは,放射線感受性が高い組織の細胞死に伴う細胞欠落症状が発現するまでの,比較的無症状の期間をいう。すなわち,前駆期を過ぎると,一時的に前駆期にみられた前駆症状は消え,無症状の時期(潜伏期)に入る(乙B130・75頁)。これは,前駆症状は炎症反応とされるところ,人の体の中には炎症反応が起きると,それを抑えようとする恒常性を保つという反応が起きて,この炎症を抑えることができるようになることによるものである(乙B34の1・6頁)。したがって,前駆期にみられる前駆症状としての下痢は,その後すぐに軽減し,消えてしまう(乙B34の1・10頁)。この潜伏期の存在が,放射線被曝による急性症状の大きな特徴の一つとされている(弁論の全趣旨・被告準備書面(7)20頁)。
この潜伏期の長さも被曝線量に依存し,被曝線量が高いほど短くなる(乙B130・75頁)。
d 発症期の症状(主症状)の特徴
潜伏期を経て発症期に入ると,主症状としての種々の症候群(骨髄障害,皮膚障害,消化管障害等)が発症する。主症状も,被曝線量に応じて出現する種類及び時期が異なる。
もっとも,発症期における主症状も非特異的なものであることから,単にこれらの症状がみられたというだけでは,その原因が放射線被曝であると判断することはできない(乙B52・4頁,乙B130・79頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(7)21頁,22頁)。
発症期における主な主症状の特徴は,以下のとおりである。
(a) 骨髄障害(出血傾向等)
1グレイ以上の全身被曝では,主症状としての骨髄症候群が発症する。これは,放射線被曝によって骨髄の造血幹細胞の細胞死が加速して減少することにより生じる病態であり,白血球が減少することによる易感染性,血小板が減少することによる出血傾向(歯茎からの出血,紫斑など)などが挙げられる(乙B130・75頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(7)22頁)。
このうち,出血傾向についてみると,例えば,4グレイないし5グレイ以下の骨髄機能が回復する可能性のある放射線被曝の場合は,おおよそ被曝後1時間以降(48時間以内)に嘔吐,微熱,更には軽度頭痛などの前駆症状が出現し,2週間ないし3週間の潜伏期を経て,血小板の減少に伴い出血傾向の症状が出現する(乙B130・75頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(7)22頁)。
この点,一般に,血小板数は2万/μLないし3万/μL(0.2ないし0.3×1011/L)以下にならなければ,日常生活で出血傾向を来すことはまずないとされているところ,UNSCEAR1988年報告書によれば,被曝線量に応じた被曝後の血小板数の変化については,2グレイ程度以上被曝した場合に0.2ないし0.3×1011/Lを下回り,出血傾向が生じる(乙B130・79頁,乙B132・2頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(7)22頁)。
そして,2グレイ程度の被曝の場合であれば,血小板数は,被曝後10日過ぎ頃から急激に低減し,被曝後3週間程度経過した頃に最も低下するが,被曝後1箇月余りで回復に向かう(乙B52・4頁,5頁,乙B130・79頁)。したがって,このような血小板数の変化に伴い,出血傾向も,被曝後3週間程度経過した頃から出現し,血小板数の回復に沿って消失することになる(弁論の全趣旨・被告準備書面(7)23頁)。
このように,急性放射線症候群による主症状としての出血傾向は,前駆期や潜伏期に相当する時期には出現しないということと,出血傾向が長期間継続しないということが極めて大きな特徴であるということができる(弁論の全趣旨・被告準備書面(7)23頁)。
(b) 皮膚障害(脱毛等)
急性放射線症候群による主症状としての皮膚障害としては,被曝線量によっても異なるが,時間の経過とともに脱毛,色素沈着,落屑,水疱等が生じる。また,ICRP1991年勧告においても,それぞれのしきい線量と出現時間が明らかにされている(乙B52・6頁)。
上記の皮膚障害のうち,脱毛は,3グレイ程度以上被曝した場合に生じるとされており,このようなしきい値があることが大きな特徴の一つである(乙B52・6頁)。
急性放射線症候群による主症状として生じる脱毛は,毛髪の元となる毛母細胞が放射線被曝により障害されて少なくなることにより,通常よりも成長しない細い毛髪が根本に生えることから既存の太い毛髪を支えられなくなって生じる。3グレイ程度の全身被曝をした場合,頭髪の一部だけが抜けたり,少量ずつ抜けたりすることはない。また,3グレイ程度の被曝であれば,被曝後15日以降に脱毛が生じ,8週間ないし12週間後には発毛がみられるが,7グレイ程度の被曝であれば,被曝後11日以降に生じ,永久脱毛となる。放射線被曝による主症状として生じる脱毛が,1年,2年,あるいは,十数年と継続した後で発毛することはない(乙B22の1・46項ないし60項,乙B34の1・12頁ないし14頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(7)24頁)。
(c) 消化管障害(主症状としての下痢等)
急性放射線症候群による主症状としての消化管障害は,約8グレイないし10グレイ以上の被曝で発症するとされている(乙B52・5頁)。急性放射線症候群による主症状としての消化管障害は,放射線による粘膜上皮細胞(消化管の上皮細胞)の幹細胞が死滅して粘膜組織が欠落し,しかも,粘膜上皮細胞の再生が障害されることによって生じるものであり,腸管蠕動障害,吸収障害及び下痢が出現し,更に粘膜組織の剥奪が進行すると血管がむき出しになる一方で,上記のとおり,骨髄障害により血小板が減少していることから,消化管内の血管が破綻し,制御不能の消化管出血が生じることになる(乙B34の1・10頁,乙B52・5頁,乙B130・76頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(7)24頁,25頁)。
このように,放射線被曝による主症状としての下痢は,前駆症状としての下痢とはその程度も内容も全く異なり,大量出血を伴う重篤かつ血性の下痢であるという大きな特徴があり,主症状としての下痢を発症するような事態に至れば,消化管の細胞を再生させる医療技術がないため,現代の医学水準をもってしても救命可能性はないとされている(乙B34の1・10頁,11頁,乙B130・82頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(7)25頁)。
また,主症状としての下痢は,6グレイ以上の極めて重傷ないし致死的な急性放射線症候群の症状であり,4グレイないし6グレイの被曝による重傷の急性放射線症候群であっても,出現するのがまれであるということも大きな特徴である(乙B130・77頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(7)25頁)。
(イ) 被曝以外の原因による身体症状
被爆後に被爆者に生じた症状について,被曝以外の可能性のあるものとして,①戦時下の栄養状態,②戦時下の生活環境,③当時よくみられていた下痢及び腸炎の可能性並びに④心的なトラウマ体験が挙げられる。
a 戦時下の栄養状態
戦時下においては,深刻な食糧難の状況にあり,国民の多くは,栄養失調を来して体力の低下が著しい状況にあった(乙B125・68頁ないし74頁,乙B126・74頁ないし82頁)。日本人一人当たりのカロリー摂取量についてみると,戦前である昭和6年ないし昭和15年を100とした場合,戦中の昭和18年は87,昭和19年は86,昭和20年は60と急激に落ち込んでいった。その背景には,農業人口の流失及び農業生産資材の窮乏等による農業生産高の減少や,漁業における魚介類の水揚げ高の深刻な落ち込み(昭和14年を基準とすると昭和20年にはその13%)があった(乙B125・68頁,71頁)。
法制度上も,昭和13年4月に国家総動員法が公布され,国内の人的物的資源が統制されることとなった。生活物資の統制については,ガソリン,米穀,木炭,砂糖及びマッチの配給統制等が敷かれ,昭和16年4月には,生活必需物資統制令が公布されるなど相次いで物資の統制が進められた。このような状況の中で,国民生活は貧困を極めていき,食糧事情は終戦まで悪化の一途をたどり,国民は,配給制の下,配給物資に欠乏する状態で,野草を食用とするなどしていた(乙B125・72頁ないし74頁,乙B126・74頁ないし82頁)。
このような食糧難と栄養失調状態は,学童,妊婦,胎児,成人などあらゆる世代の国民の体位や体力を低下させていた(乙B126・76頁ないし82頁)。
b 戦時下の生活環境
戦時下においては,保健衛生の観点からみても劣悪な生活環境にあった。例えば,伝染病についてみると,昭和6年以降,赤痢,ジフテリア,狸紅熱などを中心として,年々増加の傾向を示し,昭和14年を最高として以後次第に減少していったが,戦時下の昭和18年になると,腸チフス,パラチフス及びジフテリアの増加が顕著となり,赤痢及び狸紅熱も増加した。その他の疾病についても,戦争が長期化し,本格化するにつれ,保健衛生のほか,国民の体力そのものの低下もあって,罹病者が増加する傾向を示していた(乙B126・68頁,69頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(7)13頁)。その一方で,医薬品については元々輸入に頼っていた面が強いこともあり,極度の不足を来していた(乙B126・51頁ないし55頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(7)14頁)。
c 当時よくみられていた下痢及び腸炎の可能性
当時,下痢及び腸炎はよくみられる疾患であった。厚生省大臣官房統計調査部による昭和28年の患者調査によれば,病院の1日における「下痢及び腸炎(新生児を除く)」は3492人,「新生児下痢」は20人であり(乙B87・73頁),一般診療所の1日における「下痢及び腸炎(新生児を除く)」は2588人,「新生児下痢」は8人であり(乙B87・76頁),歯科診療所の1日における「下痢及び腸炎(新生児を除く)」は6人,「新生児下痢」は1人であった(乙B87・78頁)。そして,抽出間隔は,病院5.2734,一般診療所50.2687,歯科診療所208.5044であることから(乙B87・9頁),1日における下痢の患者数は,病院は,(3492人+20人)×5.2734=1万8520人,一般診療所は,(2588人+8人)×50.2687=13万0498人,歯科診療所は,(6人+1人)×208.5044=1460人であり,合計15万0478人であった(弁論の全趣旨・被告準備書面(4)28頁)。
d 心的なトラウマ体験
最近の精神医学における研究によれば,戦争体験等の心的なトラウマ体験が身体的健康に影響する可能性があるとされている(乙B128・465頁・466頁)。
具体的な例としては,次のようなものが挙げられる。
(a) 大規模な自然災害
阪神・淡路大震災,中越沖地震などの自然災害の被災者において,被災後,嘔吐,発熱,下痢,鼻出血,倦怠感,不眠といった様々な身体症状の発症が確認されており,心身医学の分野では,これらが被災後に発症したものである場合には,被災による精神的影響と考えられている。なお,自然災害で脱毛がみられたとの報告はない(乙乙B22の2・340項ないし344項,B49・3頁,4頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)80頁,81頁)。
(b) 東京大空襲
東京大空襲の経験者には様々な発症時期の脱毛がみられたことが分かっており(乙B50・181項ないし186項),自然災害では確認されない集団的な脱毛が,戦争体験では確認されていることについては,心身医学の立場から自然災害と戦争体験とで受ける精神的影響の格段の違いと,現代と昭和20年頃の衛生環境及び栄養状態の格段の違いによるとされている(乙B22の2・346項ないし351項,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)81頁)。
(c) JCO臨界事故のウラン加工工場の周辺住民
JCO臨界事故のウラン加工工場の周辺住民は,事故後2年以上を経過した段階において,様々な身体症状を発症しており,その発症率はウラン加工工場から離れるに従って減少していくことが統計的に有意に認められており,これらの身体症状は,自分も被曝をしているのではないかといった不安や風評被害などに基づく精神的影響によるものであり,その精神的影響がウラン加工工場から離れるに従って低減し,その結果,身体症状の発現率もウラン加工工場から離れるに従って減っていったとする見解がある(乙B22の2・354項ないし360項,乙B51,弁論の全趣旨・被告準備書面(2)81頁,82頁)。
(ウ) 放射線被曝と多重がんとの関連についての報告
放射線被曝と多重がんとの関連についての報告としては,以下のものがある。
a 朝長万左男「原爆被爆者医療の最近の動向」
長崎大学医学部原爆後障害医療研究施設の朝長万左男は,平成14年,平成14年度原子爆弾被爆者指定医療機関等医師研修会において,「原爆被爆者医療の最近の動向」と題する講演(以下「朝長万左男講演」という。)を行った(甲A41文献27・1枚目)。
朝長万左男講演は,① 被爆者では一般集団のそれを上回る多重がんの発生がみられるか調査が必要となってきた,② 放射線の全身照射を受けた被爆者では,複数の臓器が被曝していると容易に想像することができ,被爆者のがん発生リスクを個体レベルで考える上で,この多重がんの問題は大きな影響を与えるとしている(甲A41文献27・2枚目)。
b 関根一郎ら「長崎原爆被爆者の重複癌の発生に関する検討」
長崎大学医歯薬学総合研究科原爆後障害医療研究施設の関根一郎らは,長崎原爆被爆者の腫瘍に関する分子疫学研究の一環として,病理学的診断の裏付けのある重複がん症例の病理学的検討を行い,「長崎原爆被爆者の重複癌の発生に関する検討」(以下「関根一郎ら報告」という。)としてまとめ(甲A67・144頁),平成16年に発表した。
関根一郎ら報告は,① 昭和37年から平成11年までの37年間に観察された長崎原爆被爆者の腫瘍症例から,668例の重複がん症例を抽出し検討したところ,被爆距離に反比例して重複がんの頻度が高かった,② 頻度の増加は昭和63年以降顕著となった,③ 若年被爆者に重複がんの頻度は高かった,④ 重複がんは胃がんと大腸がんの組み合わせが最も多かったとしている(甲A67・150頁)。
c 中島正洋ら「長崎原爆生存者における多重原発癌の発症率:放射線被爆との関連」
長崎大学医歯薬学総合研究科原爆後障害医療研究施設の中島正洋らは,多重原発がん発症率への原爆放射線被曝の影響を評価するため,長崎原爆生存者における第二原発がん発症率と被爆距離との関連を解析し,「長崎原爆生存者における多重原発癌の発症率:放射線被爆との関連」(以下「中島正洋ら報告」という。)としてまとめ(甲A290,弁論の全趣旨・原告主張要約書68頁),平成20年に発表した。
中島正洋ら報告は,① 長崎原爆生存者における第二原発がん発症率と被爆距離との関連を解析したところ,7572人のがん発症生存者において,511人の多重原発がんが認められ,粗発症率は10万人年につき27.6であった,② 第二原発がん発症率は爆心地からの距離が増加するのに従って有意に減少し,相対リスクは1kmにつき0.89(95%信頼区間は0.84ないし0.94)であった,③ 第二原発がんの到達年齢に基づいて被爆時年齢が高齢であるほど第二原発がん発症率は減少することも認められ,相対リスクは1年につき0.91(95%信頼区間は0.90ないし0.92)であった,④ これらの所見は,被爆が多重原発がん発症率に影響を及ぼしたことを示唆する,⑤ さらに,第一原発がんと比較すると,生存者における第二原発がん発症率へのより強力な距離効果が示唆された,⑥ この研究は,生存者における多重原発がんへの原爆被爆の有意な影響を示唆するものであるとしている(甲A290)。
(エ) B15の事例
B15は,昭和20年8月6日午前9時30分頃,広島市宇品町に到着した後,爆心地から1.5kmの位置にある広島日赤病院に行き,救援活動に当たった。B15は,部下と共に,広島日赤病院の池の水を沸騰させて飲んだところ,同月8日,全員に下痢の症状が出て,活動不能となった。B15は,その後,広島市西天満町の実家にいる家族の救出に当たることになり,同月9日,下痢の体調で,爆心地を通過した。B15は,体に紫斑が出て,頭髪や体毛が脱毛した(甲A276・5頁ないし8頁)。
(オ) 九州大学第二外科が実施した胃液検査
九州大学第二外科は,昭和20年9月頃,被爆者40人を対象として胃液検査を実施したところ,その際に確認された白血球数について,2km以遠で被爆した21人の被爆者のうち10人に白血球数減少が認められた(甲A602・67頁ないし69頁)。
(カ) 篠原健一ら及び松浦啓一の調査
九州帝国大学理学部の篠原健一らは,昭和20年10月1日,同月15日,同月28日,その後連続して4回の調査を長崎市西山町4丁目の住民に対して行ったところ(甲A602の2の42・990頁),各年齢を通じて白血球数が増加の傾向を有した(甲A602の2の42・998頁)。
一方,九州大学医学部の松浦啓一は,その後も継続調査を行い,白血球数の増加が被爆後8箇月頃を頂点として1年半余りにわたり明瞭に認められ,一次放射線被曝量によって分けた各群間には差を認めず,また,二次放射能の被曝推定線量の大小によっては明らかな差異を認め得なかった。松浦啓一は,この特異な現象は,核分裂生成物からの体外,体内照射による影響であると考察した(甲A602の2の20・614頁,615頁,625頁,626頁)。
(キ) 陸軍軍医学校臨時東京第1陸軍病院「原子爆弾による広島戦災医学的調査報告」
昭和20年作成の陸軍軍医学校臨時東京第1陸軍病院の「原子爆弾による広島戦災医学的調査報告」は,① 陸軍軍医学校は,同年8月8日から広島市において救護及び調査活動に従事したが(乙B96・285頁),脱毛患者の発生地域は,爆心から半径約1.03kmの地点以内の地域であった(乙B96・340頁),② 陸軍船舶練習部第10教育隊のB32隊(同月6日夕刻から爆心から0.3kmの地点にある広島市紙屋町に露営し,同月11日まで,爆心から1km以内で死体発掘その他の作業に服した。)や,B33隊(同月8日から,爆心から0.2kmないし1.5kmの地点で宿営しつつ,同月11日夜半まで清掃作業を行った。)等,広島原爆の投下後1週間以内に爆心地付近に入り,作業を行った兵員について,白血球数等の検査を実施したところ,同年9月24日に白血球数が3200であった一人を除き,全く異常を認めなかった(乙B56・387頁,388頁),③ 同月15日から同月30日までの間,宇品分院外来において,広島市宇品町で被爆した後中心地で行動した市民20人に血液検査を実施したが,白血球減少者はおらず(乙B56・388頁),同年8月10日に広島に帰り,爆心から500mの地点において各種作業を行った一人については,白血球数が少なかったものの,すぐに回復し,脱毛等の症状もなかったとしている(乙B56・389頁)。
なお,半径約1.03kmは,半径約1.3kmの誤記である可能性がある(乙B96・339頁,340頁)。
(ク) 「マンハッタン管区原子爆弾調査団最終報告書」
1946年(昭和21年)作成の「マンハッタン管区原子爆弾調査団最終報告書」は,① 爆心地から2.25kmないし4.25kmで被爆した男女46人中8人に脱毛がみられ,2.25kmないし3.35kmで被爆した41人中14人に皮下出血がみられた(乙B182),② 生存した症例のうち放射線に起因する症状や所見を示したものの多くは,爆心から1kmないし1.5kmで被爆したことが明らかであるが,長崎においては4kmまでの距離の被爆者に放射線の影響がみられたことを示唆する日本側のデータがあるとしている(乙B183・106頁)。
(ケ) 日米合同調査団の報告書
昭和26年作成の日米合同調査団の報告書は,長崎において,脱毛は,爆心地から3.1kmないし4kmの地点で1.3%,爆心地から4.1kmないし5kmの地点で0.4%であり,紫斑は,爆心地から3.1kmないし4kmの地点で1.4%,爆心地から4.1kmないし5kmの地点で0.4%であるとしている(甲A19・93頁)。また,遮蔽の有無によっても差が生じている(甲A19)。
(コ) 家森武夫「原子爆弾症(長崎)の病理学的研究報告」
山口県立医学専門学校教授の家森武夫は,山口県立医学専門学校研究治療班が昭和20年9月14日から約1週間剖検を行った13例を検討し,「原子爆弾症(長崎)の病理学的研究報告」(以下「家森武夫報告」という。)としてまとめ(甲A276資料36・1244頁),昭和28年に発表した。
家森武夫報告は,① 11歳の女性は,爆心地から約3kmの地点において木造家屋の下敷きとなって,右足を骨折した,② 被爆後10日程元気であったが,その後,咽頭痛,点状出血及び発熱があり,脱毛はなかったが,更に歯根の腫脹出血と食欲不振が出た(甲A276資料36・1253頁),③ 同女性の卵巣について,graaf氏瀘胞の変性があり,やや多数の原始瀘胞を認め,約二層の顆粒層及び著明な卵丘を有する卵胞を認めるが,顆粒層は卵胞膜から剥離している(甲A276資料36・1254頁),④ リンパ濾胞は減少している(甲A276資料36・1272頁),⑤ 大腿骨骨髄の肉眼的所見は,骨幹部はおおむね黄色脂肪髄であるが,時に赤色味を帯びており,これは充血や出血の結果であると思われる,⑥ 通常造血の行われている骨端部の骨髄では反対に稍黄色を帯びた赤色で水腫性であるとしている(甲A276資料36・1274頁)。
(サ) 沢田藤一郎ら「原子爆弾症の臨床的研究(1)」
昭和28年発表の九州大学医学部教授の沢田藤一郎らの「原子爆弾症の臨床的研究(1)」(以下「沢田藤一郎ら報告」という。)は,① 原爆の爆発当日遠隔地に在り,数時間後ないし翌日から爆心地に居住する者10人中成人8人の白血球数は最低4400,最高8200で,1人を除いては5400以上を呈し,成人8人の平均は6350で全く正常値であった,② 爆発当日長崎市又はその近郊にあり,数時間後から爆心地に居住する者7人中成人6人の白血球数は最低3000,最高7320,平均4600であり,6人中3人は3200以下で明らかに減少していた,③ 九大救護班員13人についての成績は最低5200,最高8200,平均6440で全く正常値であった(乙B58・1055頁),④ この成績からみて,原爆に直接被爆しなければ,現地に居住しても,残存放射能によって大した障害を起こすものではなく,爆心地滞在によって少なくとも爆発1箇月後において,人体に影響が認められることを証明することはできなかった(乙B58・1055,1056頁),⑤ 救護班員として現地に滞在した後に,疲労感あるいは下痢を訴えた者があり,これを残存放射能の作用に帰し,また,白血球が減少したと危惧した者もあったが,このような者らを再検査したところ正常であり,当時の長崎市における食糧,宿舎及び仕事の量等を想起する時,むしろ,かかる訴えは疲労,不摂生等によって起こったり,また,神経性で起こったりしたものもあったと考えられるとしている(乙B58・1056頁)。
(シ) 中島良貞ら「長崎市における原子爆弾による人体被害の調査」
昭和28年発表の九州帝国大学医学部教授の中島良貞らの「長崎市における原子爆弾による人体被害の調査」(以下「中島良貞ら報告」という。)は,① 爆心地から1000mないし1500mにあった三菱兵器大橋工場の従業員110人について,昭和20年9月10日及び同月11日に白血球数の集団検診を行ったところ,33人が4000以下であった(乙B59・949頁,950頁),② 原爆の爆発当日に遠隔地にいて原爆の直撃を受けず,その直後又は数日中に同工場に駆け付け同月10日まで約1箇月間救護その他に当たった17人については,一人として白血球数4000以下の者はいなかった(乙B59・954頁,956頁),③ 爆心地並びにその付近の土地は人体に傷害を及ぼす程の残留放射能を有していないとしている(乙B59・978頁)。
(ス) 都築正男「医学の立場から見た原子爆弾の災害」
昭和29年発表の東京大学名誉教授の都築正男の「医学の立場から見た原子爆弾の災害」(以下「都築正男報告」という。)は,① 原子爆弾に遭った者らがその後何年か経た後に訴える特徴のない諸症状を一括して「慢性原子爆弾症」と呼ぶ,② これは,主として,第一次放射能の傷害により,身体の諸臓器にそれぞれある程度の影響を被ったものの,その程度が軽かったために,中度以下の放射線病にかかったが,回復し,又は,放射線病の症状は示さなかったが,いわゆる潜在性放射線病者として経過した者らで,それぞれの業務を営んではいるが,常に疲れやすいことを訴え,業務に対する興味ないし意欲が少なく,しばしば感冒や胃腸障害,特に下痢に悩んでいる者らのことをいい,健康者と病者との中間に位置する(甲A41文献3・83頁),③ 慢性原子爆弾症の診断は,〈ア〉 被爆当時,どのくらいの第一次放射能の傷害を受けたか,〈イ〉 急性放射線病の症状を発したか,発症した場合には,その程度はどうであったか,〈ウ〉 被爆直後1箇月ないし2箇月の間に第二次放射能の影響を受ける機会が濃厚であったかから判断するほかない(甲A41文献3・84頁),④ 以上の3点を調べて,相当の放射能傷害を被っている疑いが濃厚である者が,後になって明らかに他の疾患又は状態で惹起されたと考えられないような訴えがあったら,ひとまず慢性原子爆弾症ではないかと判断するのが妥当ではないかとしている(甲A41文献3・85頁)。
(セ) 於保源作「原爆残留放射能障碍の統計的観察」
広島市翠町の於保源作は,広島市内の一定地区(爆心地から2kmないし7km)に住む被爆生存者3946人について,被爆条件,急性原爆症の有無及び程度,被爆後3箇月間の行動等を各個人ごとに調査し,「原爆残留放射能障碍の統計的観察」(以下「於保源作報告」という。)としてまとめ(甲A20・21頁,22頁),昭和32年に発表した。
於保源作報告は,① 原爆直後中心地に入らなかった屋内被爆者の場合,〈ア〉 有症率は20.2%を示し,被爆距離別の有症率は被爆距離と反比例し,被爆距離が短いほど高率であった,〈イ〉 急性原爆症の各症候の発現率も被爆距離が短いほど高く,それが長いほど低率になっており,その低下の具合はかなり整然としている,② 原爆直後中心地に出入りした屋内被爆者の場合,〈ア〉 有症率は36.5%を示し,被爆距離別の有症率は被爆距離の延長に従って低率を示さなかった,〈イ〉 急性原爆症の各症候の距離別発現率も被爆距離に反比例して整然と低下はしていない,③ 原爆直後中心地に入らなかった屋外被爆者の場合,〈ア〉 有症率は44%を示し,屋内被爆者よりも高率であり,被爆距離別有症率は,被爆距離に反比例して低下している,〈イ〉 急性原爆症の各症状の発現率も被爆距離に反比例している,④ 原爆直後中心地に出入りした屋外被爆者の場合,有症率は51%であり,被爆距離別有症率がその距離に反比例して低率を示さなかった(甲A20・22頁,23頁),⑤ 原爆直後入市した非被爆者の場合,〈ア〉 原爆直後から20日以内に中心地に出入りした者に有症率が高く,1箇月後に中心地に入った者の有症率は極めて低かった,〈イ〉 中心地滞在時間が4時間以下の場合は有症者が少なく,10時間以上の場合は有症率が高いとしている(甲A20・23頁,24頁)。
C3は,於保源作報告の急性原爆症の発症率を図にまとめているところ,同図によれば,「屋外被爆,中心地出入りなし」,「屋内被爆,中心地出入りあり」,「屋内被爆,中心地出入りなし」,「屋外被爆,中心地出入りあり」のいずれも,爆心地からの距離が離れるにつれ,おおむね急性症状の発症率が減少してきてはいるが,中心地に出入りした被爆者は,4km以遠においても20%以上の有症率となっており,また,中心地出入りなしの3km以遠で,屋外被爆が屋内被爆に比較して有症率が増加している(甲A48・図15)。
(ソ) 厚生省公衆衛生局「原子爆弾被爆者実態調査」
厚生省公衆衛生局は,昭和40年における被爆者の状況について実態調査を実施し,「原子爆弾被爆者実態調査」(以下「実態調査」という。)としてまとめ(甲A276資料30・1頁),昭和42年に発表した。
実態調査は,「病気にかかりやすい」,「体力がない」,「原爆ぶらぶら病」などの言葉はしばしば耳にするところであり,これらには一面心理的要因が働いていることも想像されるが,調査の結果は,これらの事実を肯定する資料も否定する資料も得ることはできなかったとしている(甲A276資料30・46頁)。
(タ) 西山地区の白血病及び甲状腺結節発症例
白血病の発生率は,10万人に約6人であるところ,長崎の西山地区の人口約600人中,昭和45年までに慢性骨髄性白血病が2例発生した(甲A602・52頁,53頁)。
また,平成元年,原爆投下後10年以上西山地区に居住している住民247人のうち184人に甲状腺の超音波断層検査が行われ,9人に甲状腺結節が見つかった。対照として行った非被爆者では,甲状腺結節は,368人中3人であった(甲A602・53頁)。
(チ) 調来助ら「長崎ニ於ケル原子爆弾災害ノ統計的観察(抄録)」
長崎医科大学教授の調来助らは,昭和20年10月から同年12月までの3箇月長崎の各地区を訪問し,調査票を基にした聴取りにより,各地区ごとの罹災状況を調査し,爆心からの距離と死亡率との関係等について統計的観察を試み,「長崎ニ於ケル原子爆弾災害ノ統計的観察(抄録)」(以下「調来助ら報告という。」)としてまとめ(甲A602・59頁,甲A602の2の52資料2・1頁),昭和57年に発表した。
調来助ら報告は,① 発熱,下痢,出血傾向及び脱毛について,いずれの症状も爆心地からの距離が遠くなるほど発現率が低くなる距離依存性を示し,4kmを超えても0とはならない(甲A602・61頁,甲A602の2の52資料2・69頁,75頁,80頁,87頁),② 下痢について,4kmを超えても0とならない理由は,普通の健康人でも夏季中に1回くらい下痢をすることがあり,これも統計の中に入っているものと思われる(甲A602の2の52資料2・69頁),③ 発熱について,生存者の頻度が4kmを超えても0とならないのは,他の原因に基づくものが算入されたものと想像されるとしている(甲A602の2の52資料2・75頁)。
なお,調来助は,脱毛について,調査時期が秋であり,自然脱毛も統計の中に入っていると思われるとしている(甲A602の2の52・86頁)。
(ツ) 日本原水爆被害者団体協議会「日本被団協「原爆被害者調査」第1次報告」
昭和61年発表の日本原水爆被害者団体協議会の「日本被団協「原爆被害者調査」第1次報告」(以下「日本被団協報告」という。)は,① いわゆる「原爆ぶらぶら病」については,「あった」と答えた被爆者は60.5%,「なし」と答えた被爆者は21.4%であった,② 「被爆したために健康状態が変わった」と答えた被爆者は,「すっかり」と「すこし」を合わせると43.4%であった,③ 現在の体調について,「病がち」と答えた被爆者は44.7%,「元気」と答えた被爆者は4.3%であった,④ 入通院しているか「仕事を休んでいる」と答えた被爆者は76.3%であったとしている(甲A52の2・4頁)。
(テ) 日本放送出版協会「ヒロシマ残留放射能の四十二年」
昭和63年発表の日本放送出版協会の「ヒロシマ残留放射能の四十二年」は,入市被爆者に生じたとされる急性症状に関する専門家の見解を次のとおりであるとしている。
すなわち,近畿大学教授(乙B101・178頁)の近藤宗平は,① 細胞はいろいろな条件で死ぬものであり,脱毛を放射線に結びつけることはない,② 被曝はほとんどしていないかもしれないが,極限状態で重労働をして,多数の死体を片付けるといったことをしており,過度に働いたための疲れや精神的なストレスが脱毛の形で出ていると考えられ,いろいろな程度や形の脱毛があっても不思議ではないとし(乙B101・188頁),国立名古屋病院院長(乙B101・178頁)の大北威は,① 広島原爆及び長崎原爆は空中爆発であり,地表爆発であるビキニ核実験と比べてフォールアウトの量が桁違いに低く,ほとんど誘導放射能だけであった,② 広島及び長崎において,後々まで健康を害するほどの影響を受けた者は少ないと考えてよいとし(乙B101・189頁,190頁),放射線医学総合研究所(乙B101・178頁)の丸山隆司は,局所的に降った土を頭から被ったか,そのような土が混じった水を被ったということで,ベータ線を入れれば,皮膚線量が100ラド(1グレイ)を超えた可能性もあると思われ,いずれにしても脱毛を起こした原因として考えられるベータ線の問題やこれらを含む内部被曝の問題をもっと細かくみていかなければならないとしている(乙B101・188頁)。
(ト) 丸山隆司「賀北部隊工月中隊の被曝線量の物理的計算」
昭和63年発表の放射線医学総合研究所の丸山隆司の「賀北部隊工月中隊の被曝線量の物理的計算」(以下「丸山隆司報告」という。)は,① DS86のデータから計算した中性子誘導放射能は,先発隊が11.8ラド(0.118グレイ),第一小隊が3.4ラド(0.034グレイ),原子雲(フォールアウト)は,先発隊が0.08ラド(0.0008グレイ),第一小隊が0.04ラド(0.0004グレイ),衝撃塵(フォールアウト)は,先発隊が0.02ラド(0.0002グレイ),第一小隊が0.01ラド(0.0001グレイ),火災煙(フォールアウト)は,先発隊が0.1ラド(0.001グレイ),第一小隊が0.04ラド(0.0004グレイ)である,② 先発隊,第一小隊ともに内部被曝線量はいずれも約1.14マイクロラド(約0.0000000114グレイ)と推定される,③ この値は,土壌のナトリウム24のみを考えており,実際の線量を過小評価している,④ 今後,放射性降下物による被曝線量について検討する必要があり,その結果によっては,その被曝線量は修正されると思われるとしている(乙B196・222頁)。
なお,賀北部隊工月中隊は,広島県賀茂郡在住の部隊であり,昭和20年8月7日に広島市内に入市し,西練兵場付近で救護活動などの作業に4日間ないし7日間滞在して従事しており,入市被爆者の中で最も多く被曝していると考えられるともされている(乙B199・238頁)。
(ナ) 加藤寛夫ら「賀北部隊工月中隊の疫学的調査」
放影研の加藤寛夫らは,昭和62年に賀北部隊工月中隊99人を対象に疫学調査を行い,「賀北部隊工月中隊の疫学的調査」(以下「加藤寛夫ら報告」という。)としてまとめ,昭和63年に発表した。なお,調査方法は,アンケート形式であり,面会による聴取りを原則とし,会うことができない場合は電話による聴取りを行い,死亡者については可能な限り近親者の答申を得るようにして行われた(乙B196・226頁)。
加藤寛夫ら報告は,① 急性放射線症状としては,頭髪の脱毛,歯根出血,皮膚の点状出血,口内炎,嘔吐,下痢などの胃腸障害などが典型的なものであるところ,42年前の記憶を基に,面接又は電話による応答でこのような急性放射線症状があったと答えた者は32人いた,② 下痢,歯根出血,口内炎などは被爆直後の栄養障害や過酷な肉体労働,精神的ストレスを受けたことを考えれば,放射線に直接起因するものではなく,これらの異常環境要因で起きたことも充分に考えられることから,症状の重症度(脱毛を例にとると,脱毛の範囲が頭髪の3分の2以上,3分の2ないし4分の1,4分の1以下に分けている。),経過期間などにより,それぞれ確実なものと不確実なものとに分けた,③ ほぼ確実な急性放射線症状があったと思われるものは,脱毛6人(うち3分の2以上頭髪が抜けた者が3人),歯根出血5人,口内炎1人及び白血球減少症2人であり,このうち2人は脱毛と歯根出血の両症状が現れていた,④ 今回の調査対象者のような低線量被曝者では急性放射線症状は現れないか,現れたとしても頻度は非常に小さい,⑤ はっきりと急性症状を示した者は数人みられたが,同様の症状は,放射線以外の栄養障害や種々のストレスによっても起こると考えられるので,急性放射線症状の頻度をここで問題にすることは適当ではなく,むしろ,このような低い推定線量(最大約12ラド(約0.12グレイ),全隊員平均約1.3ラド(約0.013グレイ))の放射線に被曝したにもかかわらず,急性放射線症状を現したものがいる(らしい)という事実に注目すべきである(乙B196・230頁,231頁),⑥ もし,放射線による急性症状とすれば,前述の特殊環境下における人体の放射線に対する抵抗性の低下によることも考えられるし,また,飲食物による内部被曝の影響の可能性も否定し切れない(ただし,フォールアウトによる被曝線量はほとんど無視することができることが今回の調査で明らかになった。)としている(乙B196・232頁)。なお,加藤寛夫ら報告は,① 死亡追跡調査について,42年間の総死亡率は99分の27(27.3%)であり,日本全国の生命表の平均死亡率と差異は認められなかった,② がんで死亡したと判断されたのは6人,その割合は27分の6(22.2%)であり,日本全国の死亡統計の28.7%とほとんど変わりはみられない,③ 調査対象者の被曝後42年間の死亡率は日本全国の年平均死亡率とほとんど変わらなかったと結論付けることができる(乙B196・229頁,230頁)ともしている。
(ニ) 鎌田七男「賀北部隊工月中隊における残留放射能被曝線量の推定―染色体異常率を基にして―」
広島大学原爆放射能医学研究所の鎌田七男は,昭和20年8月7日から7日間,西練兵場付近で救護活動に従事し,調査当時広島県賀茂郡在住の賀北部隊工月中隊員28人と,同年齢で同一地域(広島県賀茂郡)に在住する10人(対照者)について,数回の個人面接を行い,広島市内への入市日,行動経路,作業内容,当日の服装,帰省後の身体状況,その後の体調,医療用放射線被曝の回数とその内容などを聴き取り,末梢血10mlを採血して染色体分析を行い,「賀北部隊工月中隊における残留放射能被曝線量の推定―染色体異常率を基にして―」(以下「鎌田七男報告」という。)としてまとめ(乙B196・236頁),昭和63年に発表した。なお,賀北部隊工月中隊員28人とその対照者10人について,全員染色体標本の作製が可能であったが,面接調査で判明した10回以上の胃,十二指腸透視をしている者や腰痛障害によって頻回のレントゲン線照射を受けている者26人(賀北部隊工月中隊員18人及び対照者8人)は,当時受けた残留放射線とそれ以後受けた医療用放射線の両方の影響が考えられるため対象外とされた(乙B196・236頁)。
鎌田七男報告は,① 賀北部隊工月中隊員の染色体異常率は非常に少なく,不安定型細胞と安定型細胞を合計しても最低500観察細胞中1細胞の者から18細胞の者しか認められなかった,② 放射線により傷つけられた染色体部位数(ヒット)は,1ないし36に分布していた,③ これらの資料により,既に求められている染色体異常数に基づく被曝線量の推定式に当てはめてみると,5例が6ラド(0.06グレイ)以上(13ラド(0.13グレイ)が1例,10ラド(0.1グレイ)が3例及び6ラド(0.06グレイ)が1例)の被曝線量と推定され,残りの5例は1ラド(0.01グレイ)未満であった,④ 対照群では,いずれも2ラド(0.02グレイ)以下の被曝線量と推定された,⑤ 賀北部隊工月中隊の入市被爆者の被曝線量はせいぜい10ラド(0.1グレイ)前後と考えられたとしている(乙B196・236頁,237頁)。
(ヌ) ダニエル・ストラムら「重度の脱毛に関する資料を用いての原爆放射線被曝線量推定方式DS86の解析」
放影研のダニエル・ストラムらは,放射線被曝急性効果としての重度の脱毛に関する広島及び長崎の資料を,DS86及びT65Dにより再解析し,「重度の脱毛に関する資料を用いての原爆放射線被曝線量推定方式DS86の解析」(以下「ストラムら報告」という。)としてまとめ(乙B93・1頁),平成元年に発表した。
ストラムら報告は,脱毛の訴え率は,75ラド(0.75グレイ)辺りから線量に伴って著しく増大し,250ラド(2.5グレイ)辺りから横ばいとなり,最後には低下傾向を示すという非線形性を示したとしている(乙B93・1頁,6頁)。なお,この脱毛発症率は,医学的に脱毛の診断を受けた者ではなく,記憶に基づいて重度脱毛を訴えた被爆者の値を純粋プロットしたものであり,バックグラウンド発症頻度を差し引く作業等は行われていない(乙B93・7頁,乙B94,弁論の全趣旨・被告準備書面(4)42頁)。
(ネ) 「原爆放射線の人体影響1992」
平成4年発表の「原爆放射線の人体影響1992」は,① 賀北部隊工月中隊員20人と原爆投下直後から3日以内に爆心地付近に入った者20人を対象とし,長期入市滞在者(賀北部隊工月中隊員)10人(A群),長期入市滞在者で医療被曝の多い者(賀北部隊工月中隊員)10人(B群),短期入市滞在者6人(C群)及び短期入市滞在者で医療被曝の多い者14人(D群)の4群に区分し,染色体分析を行ったところ,推定線量は,A群が1ラド(0.01グレイ)以下ないし13.5ラド(0.135グレイ)で平均4.8ラド(0.048グレイ),B群が1ラド(0.01グレイ)以下ないし71.2ラド(0.712グレイ)で平均13.9ラド(0.139グレイ),C群が1ラド(0.01グレイ)以下,D群が1ラド(0.01グレイ)以下ないし21.2ラド(0.212グレイ)で平均1.9ラド(0.019グレイ)であった(甲A37・238頁ないし240頁),② 滞在期間の差が染色体異常に反映された,③ 同じ群の中でもばらつきが大きいが,これらの成績を単純に考えると長期滞在者の原爆放射能は4.8ラド(0.048グレイ)以下で,短期滞在者のそれは1ラド(0.01グレイ)以下となり,長期滞在者は短期滞在者と比べて3.8ラド(0.038グレイ)ほど多く原爆放射能を受けたことになるとしている(甲A37・241頁)。
(ノ) デイル・プレストンら「原爆被爆者における脱毛と爆心地からの距離の関係」
放影研のデイル・プレストンらは,放影研で行っている寿命調査(LSS)対象者について集められたデータに基づいて脱毛と爆心地からの距離との関係を検討し,「原爆被爆者における脱毛と爆心地からの距離の関係」(以下「プレストンら第1報告」という。)としてまとめ(甲A91・251頁),平成10年に発表した。
プレストンら第1報告は,① 爆心地から2km以内での脱毛の頻度は爆心に近いほど高く,爆心地からの距離とともに急速に減少し,2kmから3kmにかけて緩やかに減少し(3%前後),3km以遠でも少しは症状が認められているが(約1%),ほとんど距離とは独立である,② 脱毛の程度についてみると,遠距離にみられる脱毛はほとんど全てが軽度であったが,2km以内では重度の脱毛の割合が高く,このようなパターンを総合すると,3km以遠の脱毛が放射線以外の要因,例えば被爆によるストレスや食糧事情などを反映しているのかもしれず,特に低線量域では,脱毛と放射線との関係について論ずる場合や脱毛のデータから原爆被曝線量の妥当性について論ずる場合には注意を要すると思われる,③ 遠距離の脱毛が放射線以外の要因を反映しているのかもしれないことが示唆されたとしている(甲A91・251頁・252頁)。
(ハ) 京泉誠之ら「SCID-hu Miceにおけるヒトの毛嚢の放射線感受性」
放影研の京泉誠之らは,重症免疫不全の22匹のマウスに対して5体のヒトの胎児から採取した頭皮組織を移植し,移植の約5箇月後,1グレイ未満から6グレイまでの範囲で放射線を照射し,前後で約100本の毛髪のうち何本が抜けるかを測定してヒトの毛嚢の機能に対する放射線照射の効果を評価し,「SCID-hu Miceにおけるヒトの毛嚢の放射線感受性」(以下「京泉誠之ら報告」という。)としてまとめ(甲A78資料4の1,甲A78資料4の2,乙B95),平成10年に発表した。
京泉誠之ら報告は,① 放射線照射後第1週目には抜けた髪はなかった,② 6グレイを照射された移植片でさえも同様の結果であったが,基質の不活性化により毛球が明らかに縮小し,脂肪層における毛嚢の深さは浅くなった,③ 放射線照射後第2週目には,2グレイ以上の大量照射群において脱毛が観察され始めた,④ 放射線照射後第3週目には,照射前の毛髪数と比較することにより脱毛率が計測され,1グレイまでは脱毛は観察されず,2グレイないし3グレイ以降で脱毛率が急激に上昇することが分かった,⑤ 3グレイ以上では半分以上の毛髪が脱落し,4.5グレイないし6グレイの照射では10%に満たない毛髪しか残らなかった,⑥ 放射線照射後第5週目には,6グレイが照射された皮膚移植片においても,毛嚢の一部が再生し始め,黒髪が生え始めた,⑦ 放射線照射後第9週目には,6グレイを照射後再生した毛嚢も組織学的に正常の毛嚢と異なるところはなく,1グレイ又は2グレイでは毛髪数はほぼ回復した,⑧ 放射線照射後第22週目にも,3グレイ及び6グレイでも,それぞれ7%,33%の毛髪が再成長しなかったとしている(乙B95・2枚目)。
(ヒ) 横田賢一ら「長崎原爆における被爆距離別の急性症状に関する研究」
長崎大学医学部附属原爆後障害医療研究施設の横田賢一らは,長崎の被爆者3000人を対象に急性症状の頻度等の解析を行い,「長崎原爆における被爆距離別の急性症状に関する研究」(以下「横田賢一ら第1報告」という。)としてまとめ(甲A107・247頁),平成10年に発表した。
横田賢一ら第1報告は,① 脱毛の程度について,近距離ほど中等度,重度の割合が多くなっている(甲A107・248頁),② 2km以遠の脱毛について,放射線を要因とするものか否かを判断するためには更に詳細な調査が必要であるとしている(甲A107・250頁)。
(フ) 横田賢一ら「被爆状況別の急性症状に関する研究」
長崎大学医学部附属原爆後障害医療研究施設の横田賢一らは,爆心地からの距離が4km未満の1万2905人(男性5316人及び女性7589人)を対象に,脱毛の発症頻度等を調査し,「被爆状況別の急性症状に関する研究」(以下「横田賢一ら第2報告」という。)としてまとめ(甲A106・256頁),平成12年に発表した。
横田賢一ら第2報告は,① 脱毛の頻度について,爆心地から2km以遠においても遮蔽の有無で明らかな差がみられ,脱毛の程度について,爆心地から2km以遠においても被爆距離との相関がみられた,② ただし,これらのことから直ちに要因が放射線であると判断することはできず,放射線との因果関係を調査するためには染色体分析調査などにより,個人レベルで放射線を受けたことを確認する調査を行う必要があるとしている(甲A106・257頁)。
(ヘ) C10の証人調書
平成16年作成の被爆後爆心地から約6kmの地点にある広島県安芸郡戸坂村で診療に当たっていた医師のC10の証人調書(以下「C10調書」という。)は,1週間後に広島に入り,夫を探して1週間歩いた後,広島県安芸郡戸坂村を訪れた松江の女性が,C10の診察を受けた時の状況について,当初風邪と思って診察したが,同女性の胸元に紫色の斑点が出ており,その後,二,三週間経ってから吐血をして,脱毛して死亡したとしている(甲A36の1・1頁,13頁ないし15頁,81頁)。
(ホ) 島方時夫ら「三次高等女学校の入市被爆者についての調査報告書」
平成18年作成の弁護士島方時夫らの「三次高等女学校の入市被爆者についての調査報告書」(以下「島方時夫ら報告」という。)は,① 広島県立三次高等女学校から派遣された被爆者救護隊の一員として,昭和20年8月19日から同月25日までの間,広島市の爆心地から350mの地点にある本川国民学校において,1週間の救護活動に従事した救護隊二十数人のうち氏名等が判明したのは,死没者13人,生存者10人の23人であった(甲A187・1頁,2頁),② 平成17年12月31日現在の生存者の年齢はおおよそ76歳であるところ,平成16年簡易生命表によると,女性10万人の出生に対して76歳の生存者数は8万3711人となっており,上記救護隊の生存者の割合(10人÷23人=43%)は,上記簡易生命表における生存者の割合(8万3711人÷10万人=83.7%)に比べ,非常に低い(甲A187・9頁),③ 生存者について,ほとんど全員(10人中6人)に急性症状をみることができたとしている(甲A187・10頁)。
(マ) 横田賢一ら「長崎原爆被爆者の急性症状に関する情報の確かさ」
平成18年発表の長崎大学大学院医歯薬学総合研究科附属原爆後障害医療研究施設の横田賢一らの「長崎原爆被爆者の急性症状に関する情報の確かさ」(以下「横田賢一ら第3報告」という。)は,① 被爆直後の調査と被爆から15年ないし20年後の調査について両方の回答をしていた627人を対象に急性症状の有無に関する回答の一致率について検討したところ,前者の調査を基準とした場合は脱毛と皮下出血の一致率が高く,後者の調査を基準とした場合は下痢と嘔吐の一致率が高かったが,いずれの場合も高い一致率を示したものはなく,回答は安定していなかった,② 爆心地から2km以上の地点では,嘔吐,脱毛及び歯茎出血の一致率が低かった(乙B60・228頁),③ カッパ係数は最大のものでも皮下出血の0.46であったとしている(乙B60・227頁)。なお,カッパ係数(カッパ統計量)は,1に近づくほど一致率が高く,1になった場合は「完全な一致」,0.75超から1の間にあれば「極めてよく一致」,0.4から0.75の間にあれば「比較的よく一致」,0から0.4未満の間にあれば「一致性に問題あり」とされている(乙B61・76頁)。
(ミ) 鎌田七男ら「フォールアウトによると思われる3重癌と3つの放射線関連疾患を持つ1症例」
平成20年発表の広島大学名誉教授の鎌田七男らの「フォールアウトによると思われる3重癌と3つの放射線関連疾患を持つ1症例」(以下「鎌田七男ら第2報告」という。)は,① 爆心地から4.1kmの地点にある広島市古田町の29歳の女性は,被爆時,同町の藁葺き小屋内におり,産後で動けないため,親戚から届けられた食物と小屋近くの畑にあった野菜などを食べ,井戸の水を飲んで2週間を過ごし,その後,広島市草津町(広島の高須地区の隣町)の自宅に帰った,② 同女性は,60歳頃から骨粗しょう症となり,68歳の時に卵巣のう腫摘出手術を受け,82歳の時に肺がんと胃がんの手術を,83歳の時に残胃がんの手術を,84歳の時に大腸がんの手術をそれぞれ受けた,③ 組織型は,肺がんが中分化型腺がん,胃がんが低分化型腺がん,大腸がんが高分化ないし中分化型管状腺がんであった(乙B67・335頁),④ 同女性は,87歳の時に甲状腺機能低下症となった(乙B67・336頁),⑤ 染色体検査において,二動原体染色体,環状染色体,転座染色体,微小染色体など染色体型異常が1142分裂細胞観察中25個(2.19%)にみられ,特に二動原体染色体2個と環状染色体3個(計5個,出現率0.44%)はそれぞれ断片を伴っており,被曝後間もない分裂細胞であることが想定された,⑥ 日本人60歳以上の正常人での染色体型異常出現率の平均値が0.4%(二動原体染色体と環状染色体の和の出現率が0.14%)と観察されており,同女性の値はかなり高率な出現であると考えることができるとしている(乙B67・338頁,339頁)。
(ム) 土山秀夫「被爆地の一角から」
平成20年発表の元長崎大学学長で病理学を専門とする土山秀夫の「被爆地の一角から」(以下「土山秀夫エッセー」という。)は,昭和20年8月10日午前5時頃,医師の兄と二人で佐賀から道ノ尾駅にたどり着き,長崎で10日ほど救援活動に当たっていたところ,兄に急に脱力や嘔吐,脱毛,鼻出血や皮下出血の症状が現れ,一時は生命も危ぶまれるほどの状態であったとしている(甲A286の1)。
(メ) 齋藤紀ら「入市被爆者の亜致死的放射線急性症状」
わたり病院の齋藤紀らは,米国国立公文書館において確認された医学専門学校の医学生の手記に基づいて入市被曝線量を推定し,「入市被爆者の亜致死的放射線急性症状」(以下「齋藤紀ら報告」という。)としてまとめ(甲A614の16・331頁),平成24年に発表した。
齋藤紀ら報告は,① 同医学生は,昭和20年8月8日,広島市内に入市し,親族の捜索の後,同月10日から,爆心地から0.3kmの地点にある本川国民学校において救護や遺体の処理に従事したところ,そのうちに吐き気,頭痛などの体調の変化が生じ,同月15日に意識を喪失したため,郷里の父の医院に戻って治療を受けた,② 臨床経過中において,高熱,唾液腺痛,点状出血斑,更には歯茎の化膿,喉頭壊死などの口腔症状が出現した,③ 救護活動後間もなく発症した同医学生の一連の症状を急性放射線症候群とみれば,2グレイないし5グレイ相当の症状と理解することができる(甲A614の16・332頁),④ 土壌の構成元素に限定した誘導放射線で残留放射線被曝量を推定するならば,同医学生が崩壊建造物に近接し,高線量被爆者の介護に当たり,遺体を焼いたときの粉塵に当たる等の実際の行為に関わる外部被曝及び内部被曝が看過されることになる,⑤ 土壌以外の誘導放射線の外部被曝及び内部被曝の問題が残されているとの指摘もあるとおり,入市被爆者の線量評価はより根本的な訂正が求められているといわざるを得ないとしている(甲A614の16・333頁)。
(モ) 「広島・長崎における原子爆弾の影響」
日本映画社の記録映画である「広島・長崎における原子爆弾の影響」は,広島市船入町の自宅の2階で被爆した姉弟の事例を紹介しているところ,同姉弟は,その外見にほとんど外傷が観察されないにもかかわらず,脱毛が生じている(甲A602・56頁)。
(ヤ) C8の意見
C8は,① ABCCの山田広明とオークリッジ国立研究所のT.Jonesが,昭和47年,広島で爆心地から1600m以遠で被爆し,黒い雨を浴びた236人について,放射線被曝による急性症状の発現率を分析したところ,黒い雨を浴びた群では発熱が13.56%,下痢が16.53%,脱毛が68.64%であり,高率に急性症状が認められた(甲A615の1・1頁),② 山田広明らの分析結果について,対象者が236人と少なく,コンピュータリストにも不備があったことから正確な結論を導き出すことができなかったため,放影研から提供を受けた資料を基に山田広明らの解析と同じ手法を用い,黒い雨の人体影響に関する再検証を行った(甲A615の1・6頁),③ 爆心地から1600mないし2000mの地点の群の脱毛率は8.8%,爆心地から2000mを超える地点の群の脱毛率は1.7%であり,有意な差がみられた(甲A615の1・9頁),④ 2000mを境にストレスや栄養失調,殺鼠剤等の薬物への曝露に違いがあるとは考えられない,⑤ DS86によれば,広島の初期放射線は,爆心地から1600mの地点で330ミリグレイ(0.33グレイ),爆心地から2000mの地点で70ミリグレイ(0.07グレイ)であり,初期放射線の影響だけで説明することはできず,残留放射線の影響によるものと考えるのが合理的であるとしている(甲A615の1・10頁)。
ウ 検討
(ア) 遠距離被爆者に生じた症状について
a 遠距離被爆者に生じた症状については,「原子爆弾による広島戦災医学的調査報告」が,脱毛患者の発生地域は爆心から半径1km程度の地点以内の地域であり,比較的近距離にのみ脱毛が発生したとし,プレストンら第1報告が,遠距離の脱毛が放射線以外の要因を反映している可能性があることが示唆されたとするなど,原爆放射線による被曝との関連性を否定する報告も存在する。
b しかしながら,於保源作報告は,爆心地からの距離が離れるにつれ,おおむね急性症状の発症率が減少しており,中心地出入りなしの3km以遠で,屋外被爆が屋内被爆に比較して有症率が増加しているとしている。
同様に,「マンハッタン管区原子爆弾調査団最終報告書」や日米合同調査団の報告書,調来助ら報告,横田賢一ら第1報告及び横田賢一ら第2報告も,被爆距離に応じて脱毛の症状の発生率等が減少するが,2kmないし3km以遠においても症状が発生したとしているものである。
これらの報告の中には,自らの報告内容の正確性に一定の疑義を呈しているものもあるが(横田賢一ら第3報告等),これだけの報告が遠距離被爆者における脱毛等の症状を報告し,しかも,おおむね爆心地からの距離が離れるに従って,症状が減少していく傾向を示し,遮蔽の有無によっても差が生じているなどとしている事実は重視すべきである。
c 個別の具体的な症例についてみても,「広島・長崎における原子爆弾の影響」では,広島市舟入町で被爆した姉弟に脱毛が生じている。同姉弟の被爆地点については,爆心地から約1kmであるとする文献もある(乙B193,乙B194)。しかしながら,仮に爆心地から約1kmであるとすれば,かなりの近距離被爆であるというべきところ,このような近距離被爆であることは,同姉弟の外見にほとんど外傷が観察されていないことと整合しないものというべきである。むしろ,記録映画のプロデューサーであるC11の製作ノートは,同姉弟の被爆地点については,爆心から西南2kmであるとしている(甲A651・3枚目)ところ,その距離は,同姉弟の外見とも整合するものであり,同姉弟は,爆心地から2kmの地点で被爆したものと認めるのが相当である。
家森武夫報告は,爆心地から約3kmの地点において被爆した11歳の女性について,卵巣や大腿骨骨髄等に変性がみられたとし,特に,大腿骨骨髄の肉眼的所見は,骨幹部はおおむね黄色脂肪髄であるが,時に赤色味を帯びており,通常造血の行われている骨端部の骨髄では反対に稍黄色を帯びた赤色で水腫性であるなどとしている。この点,齋藤紀は,放射線の障害性は物理的エネルギーの付与(障害)として対象(臓器及び細胞)を制限しないのに対し,血液疾患,栄養障害,感染症等の障害性はそれぞれ特有の関わり方をし,放射線のような臓器(細胞)無差別的な障害性を持っていないとして(甲A301の1・9頁),放射線の障害とそれ以外とは明確に区別することができるとしているところ,家森武夫報告は,骨端部の黄色脂肪髄の変化については「赤色で水腫様である」としており,他原因による骨髄障害との差異があるとしているのであって(甲A301の1・12頁,13頁),家森武夫報告も,残留放射線の影響が遠距離被爆者に及んでいることを示唆するものである。
d 朝長万左男講演を始めとする放射線被曝と多重がんとの関連についての報告は,放射線被曝と多重がんとの因果関係を強く推測させるものである。多重がんの発症自体は被爆者固有のものではないということができるとしても(乙B69・2枚目),原爆による外部被曝が全身被曝であり,全身の細胞に影響を与えるものであることから,被爆者に多重がんが発生していることは,被爆者の放射線量が相当程度に上ることの徴表の一つであるというべきである。そうすると,鎌田七男ら第2報告の多重がんの事例は,遠距離被爆者について多量の残留放射線の影響を受けたことを示唆する重要な事実であるというべきである。確かに,鎌田七男ら第2報告については,同女性について,転座染色体に着目すると,その頻度は1142分裂細胞中7個であり,出現率は,約0.61%となり(乙B67・337頁),70歳以上の者の出現率が平均約1.07%であることや(乙B73の1,乙B73の2・2枚目),92歳の者の出現率が2.31%であることと比べると(乙B75の1・5枚目,乙B75の2・2枚目,弁論の全趣旨・被告準備書面(21)60頁)むしろ低くなっているという事実があるものの,全体としてみれば,同女性の染色体型異常出現率の値はかなり高率であるというべきである。この点,C6も,鎌田七男ら第2報告について,同女性の染色体型異常出現率が原爆の影響であることを否定まではしていないものである(乙B22の2・132項)。
e そして,九州大学第二外科が実施した胃液検査や篠原健一ら及び松浦啓一の調査にみられるように,白血球数の調査について遠距離被爆者において異常を示す結果が出ていることや,長崎の西山地区において白血病や甲状腺結節が高率で発生していることも併せ考慮すれば,遠距離被爆者に生じている脱毛,紫斑等の症状は,放射線による影響も存するものと推認するのが相当である。
(イ) 入市被爆者に生じた症状について
a 入市被爆者に生じた症状についても,「原子爆弾による広島戦災医学的調査報告」や沢田藤一郎ら報告,さらには,中島良貞ら報告が,入市被爆者に白血球の減少がほぼなかったとし,「ヒロシマ残留放射能の四十二年」の専門家の見解の中には,入市被爆者に生じたとされる脱毛について,疲れや精神的なストレスを指摘するものがあるなど,原爆放射線による被曝との関連性を否定する報告も複数存在する。
b しかしながら,「ヒロシマ残留放射能の四十二年」の専門家の見解の中には,逆に,局所的に降った土を頭から被るなどして,ベータ線を入れれば,皮膚線量が100ラド(1グレイ)を超えた可能性もあるとして,脱毛を起こした原因として考えられるベータ線の問題やこれらを含む内部被曝の問題を指摘するものもある。そして,於保源作報告は,急性原爆症の発症率について,中心地に出入りした被爆者は,4km以遠の被爆者においても20%以上の有症率であるとし,さらに,原爆直後入市した非被爆者の場合,原爆直後から20日以内に中心地に出入りした者の有症率が高い一方で,1箇月後に中心地に入った者の有症率は極めて低いとし,また,中心地滞在時間が4時間以下の場合は有症者が少なく,10時間以上の場合は有症率が高いとしており,爆心地に入った時期が早く,また,滞在期間が長いほど有症率が高いとしているものである。
c 個別の具体的な症例についてみても,B15の事例や,C10調書,島方時夫ら報告,土山秀夫エッセー及び齋藤紀ら報告は,入市被爆者に下痢,紫斑,脱毛等の症状が出たとしているのであって,これだけの事例において症状が出ている事実は重視すべきである。
d 賀北部隊工月中隊については,丸山隆司報告がDS86のデータからの計算により被曝線量を推定し,また,鎌田七男報告や「原爆放射線の人体影響1992」が染色体異常を基に被曝線量を推定しているところ,これらによれば,被曝線量自体は非常に少ない結果となっている。
しかしながら,丸山隆司報告については,DS86自体の問題点を指摘することができる。また,鎌田七男報告や「原爆放射線の人体影響1992」についても,不安定型染色体異常は,非被曝者にはほとんどみられず,放射線に対する特異性が高いが,細胞分裂により失われることから,被曝後長期間が経過すると指標として使うことができなくなり,一方,安定型染色体異常は,放射線に対する特異性が低く,バックグラウンド値が高いためにバックグラウンド値を無視することができるほどの高線量被曝時(具体的には1シーベルト以上),又は,被曝前のバックグラウンド値が分かっているときにのみ線量推定が可能であることが明らかになっているというのであって(甲A652・2枚目,弁論の全趣旨・原告最終準備書面66頁,67頁),さほど高線量とはいえない放射線の影響を調べることは困難なものであるということができる。そうであるとすれば,上記知見から直ちに入市被爆者が健康に影響を及ぼすような線量の放射線に被曝していないとまでは認められないといわざるを得ない。
むしろ,加藤寛夫ら報告は,脱毛や歯根出血等の急性放射線症状があったと答えた者が多数いたとしているのであって,賀北部隊工月中隊についても,疫学的な調査からこのような症状があったことを重視すべきである。
以上によれば,入市被爆者に生じている脱毛,紫斑等の症状は,放射線による影響も存するものと推認するのが相当である。
(ウ) 急性放射線症候群との関係について
a 被爆者にみられる被爆後の症状は,急性放射線症候群の概念からは説明することができないものではある。
しかしながら,急性放射線症候群は,透過性の放射線の外部被曝を念頭に置いているものと認められるところ(乙B34の1・6頁,7頁),原爆による被爆者については,外部被曝に加えて,内部被曝も軽視することができないというべきである。さらに,本件申請者らのような被爆者は,原爆の爆発等によって外傷を負っている場合もあるところ,外傷によって放射性物質を体内に取り込みやすくなっている場合もある(乙B34の2・12頁)。また,外部被曝についても,ゴイアニア事故において,被爆者の線量評価をすることが非常に困難であるとしている上(甲A281の1,甲A281の2・7頁),JCO臨界事故においても,線量の評価については,一定の幅がみられるのであって(甲A280・103頁,乙B34の1・2頁),その評価自体も誤差が生じていることは否定することができない。
b ストラムら報告は,脱毛の訴え率が75ラド(0.75グレイ)辺りから線量に伴って著しく増大しているものであるところ,ストラムら報告については,急性放射線症候群の見地から,脱毛についての3グレイというしきい値に矛盾し(乙B52・6頁,7頁),現在の医学的常識と異なり,また,不確かな記憶に依存しているとの批判もあり(乙B34の1・15頁),京泉誠之ら報告も,必ずしもストラムら報告と整合するものではない。しかしながら,脱毛についての3グレイというしきい値の根拠は,ブタ等の動物実験から得られたものであったというのであって(乙B34の2・18頁),人体に対するしきい値として相当なものかについては疑問を差し挟む余地もある。また,ストラムら報告のデータは,放影研のデータで重度の脱毛(67%以上)としてコード化されているものを使用している(甲A288の2・3頁)というのであって,その情報の正確性についても一定程度は認められるというべきである。
したがって,急性放射線症候群についても,いまだ科学的に不動の概念であるとまではいえないというべきであって,被爆者にみられた症状が急性放射線症候群とその特徴が異なるものであったとしても,それが原爆による放射線の影響でないということはできない。
c 倦怠感については,そもそも急性放射線症候群としてみられる症状に含まれておらず,実態調査も「病気にかかりやすい」,「体力がない」,「原爆ぶらぶら病」などの言葉はしばしば耳にするところであり,これらには一面心理的要因が働いていることも想像されるが,調査の結果は,これらの事実を肯定する資料も否定する資料も得ることはできなかったとしている。
しかしながら,都築正男報告は,「慢性原子爆弾症」との名称で,被爆者にみられる症状として倦怠感を挙げており,日本被団協報告も,いわゆる「原爆ぶらぶら病」については,「あった」と答えた被爆者は60.5%にも上るとしている。さらに,「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律により行う健康診断の実施要領について」(昭和33年衛発第727号厚生省公衆衛生局長通知)も,被爆者の中には原爆による熱線又は爆風により熱傷又は外傷を受けた者及び放射能の影響により急性又は悪急性の造血機能障害等を出現した者のほかに,被爆後10年以上を経過した今日,いまだに原子爆弾後障害症というべき症状を呈する者があり,特に,この種の疾病には被爆時の影響が慢性化して引き続き身体に異常を認める者と,一見良好な健康状態にあるかにみえながら,被爆による影響が滞在し,突然造血機能障害等の疾病を出現する者がある(甲A15・241頁)としていたのであって,このような各種知見からすれば,被爆者にみられる倦怠感も,原爆放射線による症状の一つとして考えるべきである。
(エ) 他原因について
被爆者らの訴える身体症状について,戦時下の栄養状態や戦時下の生活環境等,被曝以外の原因によって生じたものが存在する可能性は否定することができないが,遠距離被爆者について爆心地からの距離や遮蔽の存在等に応じて脱毛等の症状が減少するといった傾向や,入市被爆者について,爆心地に入った時期が早く,また,滞在期間が長いほど有症率が高いといった傾向がみられるのであって,このような傾向に照らすと,当該症状の多くが放射線被曝以外の原因によるものと理解することは困難というべきであり,仮に,原爆放射線以外の原因によって一定割合で身体症状が生じていたとしても,直ちに上記の評価を左右するものということはできない。この点は,C8の意見も,爆心地から1600mないし2000mの地点の群の脱毛率が爆心地から2000mを超える地点の群の脱毛率に比べて有意な差がみられるところ,2000mを境にストレスや栄養失調等に違いがみられないことから,これらの脱毛が残留放射線の影響によるものと考えるのが合理的であるとしているところである。
エ 小括
以上によれば,個別の遠距離被爆者及び入市被爆者に生じた上記のような症状が放射線被曝による急性症状であるか否かについては,これらの症状が放射線被曝以外の原因によっても生じ得るものであること等を踏まえて慎重に検討する必要があるとしても,遠距離被爆者及び入市被爆者に生じた症状が,およそ放射線の影響によるものではないとすることは不合理であり,遠距離被爆者及び入市被爆者であっても有意な放射線被曝をすることによって急性症状を生じ得ることは否定することができないというべきである。なお,明確な急性症状がないからといって,直ちに有意な放射線被曝をしていないということにはならないのも当然である。
(7) まとめ
以上によれば,被爆者の被曝線量を評価するに当たり,DS02等により算定される被曝線量は,飽くまでも一応の目安とするにとどめるのが相当であって,当該被爆者の被爆状況,被爆後の行動,活動内容,被爆後に生じた症状等に照らし,様々な形態での外部被曝及び内部被曝の可能性がないかどうかを十分に検討した上で,被爆者において,健康に影響を及ぼすような相当量の被曝をしたのかどうかについて判断していく必要があるというべきである。
4  再改定後の新審査の方針
(1) 再改定後の新審査の方針の策定の経緯
ア 前記のとおり,行政における原爆症認定審査の指針を定めたものとして,新審査の方針(乙A1の1)及び改定後の新審査の方針(乙A1の2)が策定されており,これらに基づき認定実務が運用されてきた。
その後,平成21年12月に「原爆症認定集団訴訟の原告に係る問題の解決のための基金に対する補助に関する法律」(平成21年法律第99号。以下「基金法」という。)が制定され,その附則2条において,「政府は,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律第11条の認定等に係る制度の在り方について検討を加え,その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする。」とされた。これを受け,平成22年12月,処分行政庁の下,医学,放射線防護学,法律,財政学等の専門家や被爆者団体の代表といった有識者によって構成された「原爆症認定制度の在り方に関する検討会」(以下「在り方検討会」という。)が設置され,3年間にわたって検討が続けられた。在り方検討会では,全ての被爆者を対象として手当を支給すべきとする被爆者団体の代表による意見もある中,多数意見としては,引き続き放射線起因性を要件とする必要があるとした。また,その多数意見は,残留放射線については基本的に健康に影響を与えるような量が確認されていないことや,非がん疾病(心筋梗塞,甲状腺機能低下症,慢性肝炎及び肝硬変並びに白内障)はしきい値がないとはいえず,低線量での影響は認められないことなどを,現時点における科学的知見の到達点として確認した。そして,検討の最終的な結果として,平成25年12月4日,「原爆症認定制度の在り方に関する検討会報告書」(以下「在り方検討会報告書」という。)が取りまとめられた。在り方検討会報告書においては,従来の行政認定と司法判断との乖離については,現在でも行政認定は救済の観点から厳密な科学的知見を超えて放射線起因性を認めているのに対し,判決を一般化して基準を設定するのは難しいとした上,3.5km以内の直接被爆等の従来の基準は放射線の影響が不明確な範囲にまで広げており,現状以上に緩和することは慎重に考えるべきであり,また,残留放射線に着目して積極認定の範囲を現行以上に広げることも適当ではないが,非がん疾病については従来の基準が分かりづらいことから一定の距離等の外形的な標準を示し,それを満たしているものは柔軟に認定することが適当であり,その標準を定めるに当たってはこれまでの認定範囲を狭めることがあってはならないとされた。医療分科会では,この在り方検討会報告書及び自民党の議員連盟が行った決議等を踏まえて作成された再改定後の新審査の方針の案について検討がされ,現在の科学的知見からは健康影響を肯定することのできる範囲から相当拡大されているとの指摘があったものの,被爆者援護の精神に基づく提案であるとして了承され,同月16日,基金法の附則2条の「必要な措置」として,原爆症認定に関する方針である改定後の新審査の方針が再改定された(再改定後の新審査の方針。乙A14ないし乙A16,弁論の全趣旨・被告準備書面(17)1頁ないし3頁)。
イ 再改定後の新審査の方針は,「悪性腫瘍(固形がんなど),白血病及び副甲状腺機能亢進症」,「心筋梗塞,甲状腺機能低下症及び慢性肝炎・肝硬変」,「放射線白内障(加齢性白内障を除く)」という7種類の疾病のカテゴリについては,被爆地点の爆心地からの距離や,原爆投下からの一定の時間内に爆心地からの一定の距離の範囲内に入市し,又は,一定時間滞在したことといった基準により,これに該当する場合に原則的に又は積極的に原爆症と認定するとし(積極認定),積極認定に該当する場合以外の申請についても,申請者に係る被曝線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案して,個別にその起因性を総合的に判断するとした(総合認定)。なお,要医療性については,改定後の新審査の方針と同じく,当該疾病等の状況に基づき,個別に判断するものとされている(乙A16)。
(2) 検討
ア 上記のとおり,再改定後の新審査の方針は,7種類の疾病のカテゴリについて,被爆地点が爆心地から一定の距離の範囲内にある,あるいは,原爆投下からの一定の時間内に爆心地からの一定の距離の範囲内に入市し又は一定時間滞在したといった基準を設け,これに該当する場合に積極認定とするものとしてその範囲を明確にしたことに意義があるということができる。そして,かかる再改定後の新審査の方針は,専門家や有識者によって構成された在り方検討会において長期間にわたって検討が続けられるなどした結果,策定されたものであって,このような経緯により策定された積極認定の範囲は,個々の被爆者の放射線起因性を判断する際の目安の一つであるとはいえる。
イ もっとも,原爆放射線による被曝を検討するに当たっては,初期放射線に加えて,放射性降下物や誘導放射線,更に内部被曝といった残留放射線の影響も十分に考慮しなければならないことは前記3で検討したとおりであり,また,後記で検討するとおり,若年被爆者にみられるように,放射線に対する感受性には個人差があり,このような感受性の差異によって,同一線量の放射線においても,被曝の影響が生じる場合と生じない場合があるのも事実であって,必ずしも,爆心地から同心円状に被曝の影響が徐々に減衰していくものということはできない。
さらに,再改定後の新審査の方針は,積極認定対象疾病を限定しているところ,狭心症等,再改定後の新審査の方針の積極認定対象疾病以外の疾病についても一般に放射線起因性が認められる疾病があることは第2で検討するとおりである。
そうであるとすれば,個々の被爆者が積極認定の範囲に該当しない場合であっても,個々の被爆者の被爆状況等や被爆後の健康状況,被爆者の罹患した疾病等の性質,他原因の有無等を個別具体的に検討した結果,当該被爆者の放射線起因性が肯定される場合もあるものというべきである。
そして,この点については,再改定後の新審査の方針も,積極認定の範囲に該当する場合以外の申請についても,申請者に係る被曝線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案して,個別にその起因性を総合的に判断する(総合認定)としているところである。
第2  申請疾病の放射線起因性
1  疫学調査
(1) ABCC及び放影研による疫学調査
ABCC及び放影研は,疫学調査として,寿命調査(LSS)及び成人健康調査(AHS)を行っている。
ア 寿命調査(LSS)は死因調査を中心とするものであり,寿命調査(LSS)集団は,基本群(昭和25年の国勢調査により確認された日本人被爆者のうち,同年当時に広島又は長崎のいずれかに居住していた者)に含まれる被爆者の中で,本籍が広島か長崎にあり,効果的な追跡が可能な条件を満たす者の中から選ばれ,① 爆心地から2000m以内で被爆した「基本群」被爆者全員から成る中心グループ(近距離被爆者),② 爆心地から2000mないし2500mで被爆した「基本群」全員,③ 中心グループと性及び年齢が一致するように選ばれた,爆心地から2500mないし10000mで被爆した者(遠距離被爆者),④ 中心グループと性及び年齢が一致するように選ばれた,1950年(昭和25年)代前半に広島及び長崎に居住していたが,広島原爆及び長崎原爆の投下当時に広島,長崎両市内にいなかった者(原爆時市内不在者。入市被爆者も含まれている。)の4群から構成されている(甲A503・6頁,7頁)。なお,現在の解析では,原爆時市内不在者の群は,解析に含まれていない(弁論の全趣旨・原告最終準備書面88頁)。
寿命調査(LSS)集団は,当初,9万9393人で構成されていたが,その後,集団を拡大し,現在では,12万0321人となっている(甲A503・7頁)。
イ 成人健康調査(AHS)は,2年ごとの健康診断を中心とした臨床調査プログラムである。その主な目的は原爆放射線の健康に及ぼす影響を調査することにあり,寿命調査(LSS)集団の中から選ばれた1万9961人について,昭和33年から追跡調査が行われている。そして,対象者の健康診断により収集されたデータを用いて,各種疾患の有病率や発生率,生理学的及び生化学的検査結果の変動について長期にわたる追跡調査を実施しており,解析結果はある程度集計されるごとに公表されている(甲A503・8頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(3)9頁)。
中心グループは,昭和25年当時生存していた爆心地から2000m以内で被爆し,急性放射線症状を示した4993人である。このほかに,都市,年齢及び性を一致させた三つのグループ(いずれも中心グループとほぼ同数)から成る。三つのグループとは,① 爆心地から2000m以内で被爆し,急性放射線症状を示さなかった者,② 広島では爆心地から3000mないし3500m,長崎では3000mないし4000mで被爆した者,③ 原爆投下当時,広島及び長崎にいなかった者であり,その後,集団を拡大して,2万3418人となっている(甲A503・8頁)。成人健康調査(AHS)集団でも,原爆時市内不在者の群は解析に含まれていない(甲A306文献1・7頁)。
(2) 疫学調査の問題
ア このようなABCC及び放影研による疫学調査については,次のような問題があると指摘することができる。
(ア) 残留放射線の評価について
上記のABCC及び放影研による疫学調査においては,調査対象者に割り当てられている線量は初期放射線だけであり,放射性降下物及び誘導放射線といった残留放射線が考慮されていないところ(甲A601・56頁),被曝線量の評価に当たっては,残留放射線も無視することができないというべきである。そして,残留放射線に被曝した者が対照群に含まれてしまう結果,放射線による疾病の発症に係る超過リスクが現れにくくなることになる。
(イ) 調査開始までの死亡被爆者について
ABCC及び放影研による疫学調査については,調査が開始された昭和25年における生存者のみを対象としているため,それまでの死亡者に係るデータが反映されておらず,相対的に放射線に対する耐性の強い者が調査対象として選別されてしまっているおそれがある。この点については,アリス・スチュワートが,健康者選択効果として,被爆生存者は,例外的に高いレベルの免疫的能力を持っていると提唱しているものである(甲A130の2・2頁)。
健康者選択効果に対しては,現在寿命調査(LSS)で得られているリスク推定は,「被爆者のうち昭和25年当時生存していた者」という集団におけるリスク推定となるが,現時点において生存している被爆者は,昭和25年の時点においても生存していたのであるから,昭和25年時点での生存者に原爆放射線のリスク評価としてABCC及び放影研による疫学調査の結果を応用することの問題は少ないとの批判もあるが(乙B107・9頁),現時点において生存している被爆者が昭和25年の時点においても生存していたからといって,当該被爆者が例外的に高いレベルの免疫的能力を持っているとは限らないから,このような批判は当たらないというべきである。
イ 以上によれば,ABCC及び放影研による疫学調査については,申請疾病の放射線起因性を判断するに当たって,その有用性は一定の範囲で肯定することができるというべきであるが,上記のような問題により,原爆放射線が人体に及ぼす影響を過小評価する結果に傾きがちになることも十分踏まえた上で,検討するべきである。
(3) 疫学調査を検討する上での留意点
さらに,ABCC及び放影研による疫学調査を検討するに当たっては,次の点にも留意する必要がある。
ア 疾患名について
(ア) ABCC及び放影研による疫学調査については,例えば,「固形がん」や「心疾患」などといった大項目の疾患名に関して検討結果を報告しているものも存在する。
(イ) この点,心筋梗塞を例に挙げれば,確かに,心臓に生じた病態を細分化した小項目の疾患名で認識することは,疾病を治療していく場合に必要なことである(甲A649・9頁)。
しかしながら,一方で,病態を心臓疾患全体として統合的に理解することは,放射線被曝の影響を適正に検出しようとする場合,特に有意義なものであるということができる。細分化した小項目の疾患名では個々の事例数が時に過小となり,むしろ放射線被曝の影響を適正に検出することができなくなるおそれがある。また,現在の医療では,症例によっては,冠動脈の完全閉塞を未然に防止し,部分的な心筋壊死や虚血状態に押しとどめることができるため,被曝の影響は心筋梗塞の死亡率のリスクには反映せず,心不全や高血圧性心疾患の死亡率増加に反映することになるのであって,このような場合,「心疾患」という大項目の疾患名で事例数を集約することで初めて被曝の有意の影響を見出すことができることになる(甲A649・9頁)。さらに,後記で検討するとおり,循環器系一般にも関連すると思料される心筋梗塞の危険因子についても,放射線起因性が認められることからすれば,報告の対象である疾患を心筋梗塞に特定していなくても,そのことから心筋梗塞の放射線起因性を判断することに対する有用性が否定されることにはならないというべきである。
(ウ) そうであるとすれば,小項目の疾患名の放射線被曝の影響を検討するに際しては,大項目の疾患名の放射線被曝の影響を検討することは有意義であるというべきである。
イ P値及び信頼区間について
ABCC及び放影研による疫学調査については,例えば,P値が基準であるとされる0.05未満でなかったり,過剰相対リスクの場合に信頼区間が0をまたいでいたりするものもある。
しかしながら,P値についてみると,文献では,例えば,「臨床のための疫学」は,0.05未満のP値で表される差は,しばしば統計学的に有意とされているが,その区切り点を0.05に定めるのは全く便宜的なものであり,理論的な者は,より高い値を認容したり,より低い値を主張したりするかもしれないが,それぞれの置かれた状況における偽陽性の結論の重要性によって決めているようであるとしているし(甲A292の8・205頁),「数学いらずの医科統計学」も,P値が0.05とされている理由は「習慣上」とされ,その根拠が必ずしも明確ではなく,0.10に設定する場合もあるとしている(甲A292の10・107頁,108頁)。このように,一般に「確からしさ」とは,あるかないかの二者択一ではなく,元来,連続性を持った概念であり,P値が基準を上回っていても,放射線起因性の法律判断の前提となり得る資料として採用することは許容されるものというべきである。
そして,同じことは信頼区間にも当てはまるものである。
2  本件申請者らの疾病
本件申請者らの申請疾病については,①固形がん,具体的には,下咽頭がん,腎細胞がん,胃がん,膀胱がん及び前立腺がん,②乳がん術後皮膚潰瘍,③心筋梗塞,④狭心症,⑤脳梗塞,⑥甲状腺機能低下(ただし,甲状腺機能亢進症によるものであることから,検討の対象としては甲状腺機能亢進症となる。)並びに⑦C型慢性肝炎に分類することができる。そこで,以下,これらの疾病の放射線起因性について,個別に検討することとする。
3  各疾病等の検討
(1) 固形がんの放射線起因性
ア 総説
(ア) 腫瘍一般
人体は数十兆個の細胞から構成されているところ,この細胞に由来し,進行性に増えたものを腫瘍という。腫瘍は,その生物学的性格に応じて,良性と悪性に分類される。良性腫瘍は,局所に限局して増殖し,基本的には宿主の死にはつながらない腫瘍である。一方,悪性腫瘍とは増殖が局所にとどまらず,周囲組織に浸潤し,ひいては遠隔臓器にも転移して宿主を死に至らしめるものである。固形がんは悪性腫瘍に含まれる(弁論の全趣旨・被告準備書面(3)28頁)。
(イ) 下咽頭がん
下咽頭は,喉の奥につながる部分を指し,この部分にできたがんを下咽頭がんという(乙Dイ2・1枚目及び2枚目)。下咽頭がんは,喫煙や飲酒との因果関係が強いとされており,喫煙量や飲酒量が多いほど下咽頭がんにかかりやすく,これらの者は,下咽頭がんの「高危険群」とされている。また,男性は女性の4倍から5倍の頻度で下咽頭がんが発生し,年齢は50歳代から60歳代に多く,下咽頭がん全体の60%はこの年代に発症する(乙Dイ2・3枚目)。
また,下咽頭がんにかかった者の25%ないし30%に食道がんが見つかっており,これは食道がんの発生が下咽頭がんと同様に,喫煙や飲酒と関係があることが原因と考えられている(乙Dイ2・2頁,乙Dイ3・1668頁)。一方,食道がんについては,頭頚部がんや胃がんとの重複が比較的多いことが知られている(乙Dイ4・436頁,乙Dイ5・A-24頁)。
(ウ) 腎細胞がん
腎臓は,肋骨の下端の高さの左右両方にあるソラマメのような形をした臓器で,血液をこして尿を生成し,血圧のコントロールに関するホルモンや,造血に関するホルモンを産生している(乙Dハ2・1枚目)。腎臓にできるがんには,成人に発生する腎細胞がんと,腎盂がん,小児に発生するウィルムス腫瘍があり,また,まれながんとして肉腫がある(乙Dハ2・1枚目,乙Dハ3・3頁)。
腎細胞がんの年間発生患者数は1万人から1万2000人と推定されており(乙Dハ4・1枚目),年齢別にみた腎細胞がんの罹患率は,50歳から70歳まで増加し(乙Dハ2・1枚目),発生頻度は,男女比2ないし3対1で,男性に多いがんとされる(乙Dハ3・4頁,乙Dハ4・1枚目)。また,死亡率も,男性の方が女性より高く,男性の死亡率は女性の約3倍である(乙Dハ2・1枚目)。
腎細胞がんの確立されたリスク要因は,喫煙と肥満とされている。その他,高血圧,降圧薬服用,利尿剤の服用(特に女性)及びフェナセチン含有鎮痛剤がリスク要因の候補に挙げられている。また,アスベストやテトラクロロエチレン曝露などの職業性曝露が可能性のあるリスク要因として指摘されている。さらに,基礎疾患や発生しやすい家系があることも判明している(乙Dハ5・10枚目)
喫煙という危険因子を保有している場合は,これを保有していない場合に比べ,腎細胞がんの発症リスクが約2倍程度になるとされている(乙Dロ12・1枚目)。また,肥満によって,腎細胞がんに罹患するリスクは4倍になる(乙Dロ13・3頁)。
(エ) 胃がん
悪性新生物(悪性腫瘍)が我が国の死亡率の第1位であるところ,その中で,胃がんは,部位別のがん死亡率では肺がんに次いで第2位である。また,胃がんの罹患数は,平成11年では10万3685人と,全部位でのがん罹患数の19.6%と最も多い(乙Dニ6・832頁)。年齢別にみると,40歳以上に好発するが,最近では70歳以上の高齢者が占める割合が増加してきている(乙Dニ7・1700頁)。
胃がんの原因はいまだ明らかにされていないものの,その発生に関与する要因は,宿主要因(内因)と環境要因(外因)の大きく二つに分けることができ,これらが互いに関与しているが,胃がんの場合,後者が大きな要因であることが疫学的,統計学的に指摘されている(乙Dニ7・1700頁)。
宿主要因としては,遺伝及び性が挙げられる。他方,環境要因として最も大きいものは食物であり,そのリスクファクターとして,塩分の過剰摂取,炭水化物,燻煙した肉類,焼け焦げた魚介類などが挙げられ,また,その他のリスクファクターとして,喫煙,飲酒,ヘリコバクター・ピロリの感染などが挙げられる(乙Dニ7・1700頁,1701頁)。ヘリコバクター・ピロリは,胃を守っている粘液を減らし,酸の攻撃を受けやすくする作用を有するほか,Vac Aという毒素を出したり,胃粘膜に炎症を引き起こしたりするなど,様々な形で胃粘膜を傷つけることで胃や十二指腸の粘膜がえぐられて消化性潰瘍を発症させる要因となるとされており,こうした胃粘膜刺激の繰り返しにより胃がんになる場合があるとされている。また,最近の研究では,ヘリコバクター・ピロリはCag Aと呼ばれる蛋白を胃粘膜上皮細胞に注入することが分かっており,この蛋白は胃粘膜上皮細胞を変化させることで,前記のメカニズムと併せ,胃のがん化を進めるのではないかとも考えられている。ヘリコバクター・ピロリの発がん性は医学的に明らかであることから,WHO/IARC(世界保健機構の国際がん研究機関)においても,確実な発がん因子(group Ⅰ)と認定されている(乙Dニ8,乙Dニ9・316頁ないし318頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(15)12頁)。
日本人のヘリコバクター・ピロリ感染率は,先進国の中では際だって高率であり,世代別では,上下水道などの衛生環境が十分に整っていない時代に生まれ育った者ほど感染率が高く,50歳代以上では80%程度である(乙Dニ14,乙Dニ15・71頁)。ヘリコバクター・ピロリの陽性者では,胃がんのリスクが5倍になるといわれており(乙Dニ16の1,乙Dニ16の2),胃がんは60歳を超えると急速に発生が増加する(乙Dニ15・74頁)。
(オ) 膀胱がん
膀胱がんは,年齢別にみた罹患率では,男女とも60歳以降で増加し,40歳未満の若年では低いとされる。また,女性よりも男性の方が罹患率が高く,男性の罹患率は,女性の約4倍であるとされている。膀胱がんの危険因子は,上記の加齢(高齢者)のほか,喫煙や職業性曝露による,ナフチルアミン,ベンジジン,アミノビフェニル等があるとされている(乙Dヘ4・1頁)。
(カ) 前立腺がん
前立腺がんは,加齢とともに増加するがんの典型とされており,特に,その罹患率は65歳以上で増加するとされている。前立腺がんの中には比較的進行が遅く,寿命に影響を来さないであろうと考えられるがんも存在しており,他の原因で死亡した日本人男性においても,70歳を超える者の2割ないし3割,80歳を超える者の3割ないし4割に前立腺がんが発生しているとされている。前立腺がんの発生には,IGF-1といったホルモンバランスの変化が影響していると考えられている(乙Dト3・1頁,2頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(8)13頁,14頁)。
前立腺がんの危険因子としては,加齢(高齢者)のほか,人種,家族歴が一般的な医学的知見として確立されており,他にも脂質,乳製品,カルシウム,喫煙,体格,アルコール,身体活動等も関連する可能性があるとされている(乙Dト3・2頁)。
イ 各種知見
(ア) 松田正裕ら「広島大学原医研附属原爆被災学術資料センターに保存されている被爆者剖検例前立腺癌の特徴」
広島大学原爆放射能医学研究所の松田正裕らは,前立腺がんと被爆との関連性を明らかにするために,広島大学原爆放射能医学研究所附属原爆被災学術資料センターに保存されている被爆がん死亡者剖検例のうち,男性被爆者前立腺がん症例を用いて,年齢別,組織型別及び被爆距離別に分類し,その特徴について検討し,「広島大学原医研附属原爆被災学術資料センターに保存されている被爆者剖検例前立腺癌の特徴」(以下「松田正裕ら報告」という。)としてまとめ(甲A80文献7・373頁),平成4年に発表した。
松田正裕ら報告は,① 対照群の粗発生頻度は1.15%であるのに対し,被爆者群の粗発生頻度は2.03%であり,統計学的に1%以下の危険率で有意さを示し,被爆者群において粗発生頻度の高いことが示された(甲A80文献7・373頁,374頁),② 前立腺がん自体が高齢者に多い疾患でもあり,被爆者全体に高齢者が多いので,年齢による訂正が必要であると考えられるとしている(甲A80文献7・376頁)。
(イ) デズモンド・トンプソンら「原爆被爆者におけるがん発生率。第2部:充実性腫瘍,1958-1987年」
放影研のデズモンド・トンプソンらは,寿命調査拡大集団(LSS-E85)における原爆被爆者の充実性腫瘍罹患データとリスク推定を検討し,「原爆被爆者におけるがん発生率。第2部:充実性腫瘍,1958-1987年」(以下「トンプソンら報告」という。)としてまとめ(甲A80文献4・1頁),平成6年に発表した。
トンプソンら報告は,① 死亡に関するこれまでの寿命調査(LSS)所見と同様に,全充実性腫瘍について統計学的に有意な過剰リスクが立証された(1シーベルトでの過剰相対リスクは0.63),② 胃(1シーベルトでの過剰相対リスクは0.32),結腸(1シーベルトでの過剰相対リスクは0.72),肺(1シーベルトでの過剰相対リスクは0.95),乳房(1シーベルトでの過剰相対リスクは1.59),卵巣(1シーベルトでの過剰相対リスクは0.99),膀胱(1シーベルトでの過剰相対リスクは1.02)及び甲状腺(1シーベルトでの過剰相対リスクは1.15)のがんにおいて,放射線との有意な関連性が認められた,③ 放射線と肝臓(1シーベルトでの過剰相対リスクは0.49),及び黒色腫を除く皮膚(1シーベルトでの過剰相対リスクは1.0)のがん罹患との関連性がみられた(甲A80文献4・2頁),④ 前立腺がんについては,1.5グレイ未満では放射線の影響があることを示す証拠はなく,有意な線形や非線型線量反応も認められず,年齢(被爆時又は到達)あるいは時間による影響修飾を示す兆しもなかったとしている(甲A80文献4・70頁)。
(ウ) 藤原恵ら「原爆被爆者における顕性前立腺癌の検討」
広島赤十字・原爆病院の藤原恵らは,生検又は手術で組織学的に確認した顕性前立腺がんを検討し,「原爆被爆者における顕性前立腺癌の検討」(以下「藤原恵ら報告」という。)としてまとめ(甲A80文献6・333頁),平成10年に発表した。
藤原恵ら報告は,① 今回の検討でも前立腺がんは被曝線量に比例していないことから,被爆との関係は否定的であるものの,臨床的に発見される進行した前立腺がんはどの角度からみても遠距離被爆群に多く発生していた,② 推測の域を出ないものの,低線量の被曝が前立腺がんに関わっている可能性は否定することができないとしている(甲A80文献6・335頁)。
(エ) UNSCEAR2000年報告書
UNSCEAR2000年報告書は,① 放射線起因性がんについて,最も単純な説明は線形関係であり,入手可能な機序面でのデータや量的データのほとんどと一致する,② 線形しきい値なし線量反応関係(LNT仮説)は,低線量電離放射線によるがんリスク評価として一般的に国内及び国際組織から受け入れられてきた,③ この仮説は,線量増加に伴って直線的にがん増加のリスクがあること,しきい値は存在しないことを意味しているとしている(甲A661の4の1,甲A661の4の2・1頁,2頁)。なお,LNT仮説とは,低線量領域においても,放射線被曝線量の増加に正比例してがんが発生するという見解である(弁論の全趣旨・被告準備書面(3)37頁)。
(オ) 「原爆被爆者の死亡率調査 第13報 固形がんおよびがん以外の疾患による死亡率:1950-1997年」
放影研は,昭和25年から平成9年までの47年間の原爆被爆者集団の死亡率を追跡調査し,固形がんとがん以外の疾患による死亡について検討し,「原爆被爆者の死亡率調査 第13報 固形がんおよびがん以外の疾患による死亡率:1950-1997年」(以下「LSS第13報」という。)としてまとめ(甲A77資料11-1・1頁),平成15年に発表した。
LSS第13報は,① 固形がんの過剰リスクは,0ミリシーベルトないし150ミリシーベルトの線量範囲においても線量に関して線形であるようだ,② 子供の時に被爆した者は相対リスクが最も高い(甲A77資料11-1・1頁),③ 前立腺がんの1シーベルト当たりの過剰相対リスクは0.21(90%信頼区間は-0.3未満ないし0.96)であるとしている(甲A77資料11-1・43頁)。
(カ) UNSCEAR2006年報告書
UNSCEAR2006年報告書は,放射線被曝に伴って前立腺がんリスクが統計学的に有意に増加することを示すものはないとしている(乙Dト6・100頁)。
(キ) デイル・プレストンら「原爆被爆者における固形がん罹患率:1958-1998年」
米国HiroSoft International Corporationのデイル・プレストンらは,広島及び長崎の原爆被爆者から成る寿命調査(LSS)集団における固形がん罹患率に対する放射線の影響に関する2回目の全般的な検討を行い,「原爆被爆者における固形がん罹患率:1958-1998年」(以下「プレストンら第2報告」という。)としてまとめ(甲A614の1の2・1枚目),平成19年に発表した。
プレストンら第2報告は,① 1回目よりも追跡調査を11年間延長し,市内不在群を新たに解析に含めた結果,がん症例が56%増加した(甲A614の1の3・9頁),② 0グレイないし2グレイの範囲では一貫して線形の線量反応関係が認められ,さらに,被曝線量が0.15グレイ以下の対象者に解析を限定した場合にも,統計的に有意な線量反応が認められた(甲A614の1の2・1枚目),③ 被爆時年齢が30歳の場合,70歳における固形がん罹患率は,1グレイ当たり,男性で約35%(90%信頼区間は28%ないし43%),女性で約58%(90%信頼区間は43%ないし69%)増加すると推定された(甲A614の1の2・1枚目,2枚目),④ 過剰絶対率は調査期間を通じて増加するようにみられ,放射線に関連したがん罹患率の増加が,被爆時年齢にかかわらず生涯を通じて持続することを更に裏付けている,⑤ 口腔がん,食道がん,胃がん,結腸がん,肝がん,肺がん,黒色腫以外の皮膚がん,乳がん,卵巣がん,膀胱がん,神経系がん及び甲状腺がんを含む,ほとんどのがん部位について放射線に関連したリスクの有意な増加が認められた,⑥ 膵臓がん,前立腺がん及び腎臓がんについては統計的に有意な線量反応は示唆されなかったが,これらの部位の過剰相対リスクも,全固形がんを一つのグループとした場合のそれと一致していた,⑦ 全ての組織型群(扁平上皮がん,腺がん,その他の上皮性がん,肉腫及びその他の非上皮性がん)についてリスクの増加が認められたとしている(甲A614の1の2・2枚目)。
(ク) ICRP2007年勧告
ICRP2007年勧告は,① 約100ミリグレイ(約0.1グレイ。低LET放射線又は高LET放射線)までの吸収線量域では,どの組織も臨床的に意味のある機能障害を示すとは判断されない(乙C29・16頁),② ICRPが勧告する実用的な放射線防護体系は,約100ミリシーベルトを下回る線量においては,ある一定の線量の増加はそれに正比例して放射線起因の発がん又は遺伝性影響の確率の増加を生じるであろうという仮定に引き続き根拠を置くこととするとしている(乙C29・17頁)。
(ケ) 放影研の要覧
平成20年発表の放影研の要覧(以下「平成20年放影研要覧」という。)は,① 胃,肺,肝臓,結腸,膀胱,乳房,卵巣,甲状腺,皮膚などの主要な固形がんの場合には,有意な過剰リスクが認められている,② 統計学的に常に有意であるわけではないが,他の多くの部位におけるがんにもリスクの増加が認められる,③ したがって,被爆者のデータは,放射線が事実上全ての部位におけるがんの過剰リスクを増加させるという見解と合致しているとしている(甲A503・15頁)。
(コ) UNSCEAR2010年報告書
UNSCEAR2010年報告書は,固形がんの低線量における死亡率に対する線量反応関係について,統計学的に有意なリスク上昇は100ミリグレイ(0.1グレイ)ないし200ミリグレイ(0.2グレイ)又はそれ以上で観察され,疫学研究だけではこれらのレベルを大きく下回る場合の有意なリスク上昇を同定することはできそうにないとしている(乙Dイ11・9頁)。
(サ) 「原爆被爆者の死亡率に関する研究 第14報 1950-2003年:がんおよびがん以外の疾患の概要」
放影研は,昭和25年から平成15年までの原爆被爆者の集団である寿命調査(LSS)集団での死亡状況を追跡調査し,「原爆被爆者の死亡率に関する研究 第14報 1950-2003年:がんおよびがん以外の疾患の概要」(以下「LSS第14報」という。)としてまとめ(甲A614の3・1頁),平成24年に発表した。
LSS第14報は,① がんの死亡率が17%増加し,特に被爆時年齢10歳未満の群で58%増加した,② 固形がんに関する付加的な放射線リスクは,線形の線量反応関係を示し,生涯を通して増加を続けている,③ 全固形がんについて,線型モデルに基づく男女平均の1グレイ当たりの過剰相対リスクは,30歳で被爆した者が70歳になった時点で0.42(95%信頼区間は0.32ないし0.53)であり,そのリスクは,被爆時年齢が10歳若くなると約29%増加した(95%信頼区間は17%ないし41%),④ 全固形がんについて過剰相対リスクが有意となる最小推定線量範囲は,0グレイないし0.2グレイであり,定型的な線量しきい値解析(線量反応に関する近似直線モデル)ではしきい値は示されず,0線量が最良のしきい値推定値であった(甲A614の3・1頁),⑤ 主要部位のがん死亡リスクは,胃,肺,肝臓,結腸,乳房,胆のう,食道,膀胱及び卵巣で有意に増加した一方,直腸,膵臓,子宮,前立腺及び腎実質では有意な増加は認められなかった(甲A614の3・1頁,2頁),⑥ 特定部位のがんにおける年齢の影響は全固形がんの場合と類似していたが,大部分は統計学的に有意ではなかったとしている(甲A614の3・9頁,10頁)。
(シ) 近藤久義ら「長崎市原爆被爆者の癌罹患率の被爆状況による比較と推移(1970-2007年)」
長崎大学大学院医歯薬学総合研究科原爆後障害医療研究施設の近藤久義らは,放射線被曝の発がんへの影響を正確に評価するため,がん死亡率ではなくがん罹患率を調べる必要があるとし,長崎県がん登録室の資料を使用して,昭和45年から平成19年までの37年間の60歳以上の長崎市原爆被爆者について,被爆状況別にがんの年齢調整罹患率を調査し,「長崎市原爆被爆者の癌罹患率の被爆状況による比較と推移(1970-2007年)」(以下「近藤久義ら第3報告」という。)としてまとめ(甲A614の5・191頁),平成24年に発表した。
近藤久義ら第3報告は,① 37年間で,男性8855人,女性8487人ががんに罹患している(甲A614の5・191頁),② 近距離被爆者群は男女の全がん,男性の前立腺がん及び女性の乳がんの年齢調整罹患率が遠距離被爆者群及び入市被爆者群よりも高い状態が続いていることが示唆された,③ 前立腺がん及び乳がんの年齢調整罹患率は上昇傾向にある(甲A614の5・193頁),④ プレストンら第2報告では,被曝放射線量と罹患率との間の明確な関連は観察されなかったが,罹患数が限られているなどの理由で結論が出されておらず,実際,プレストンら第2報告の前立腺がんの罹患数が387例であるのに対して,対象数と観察期間が少ないにもかかわらず,この研究では2倍以上の998例の罹患が報告されており,最近の罹患数の増加を考慮して評価する必要があると思われるとしている(甲A614の5・192頁)。
(ス) 「原爆放射線の人体影響 改訂第2版」
平成24年発表の「原爆放射線の人体影響 改訂第2版」は,① 腎細胞がんリスクと放射線量の間には量反応関係の存在が示唆されているが,被曝線量1グレイ当たりの過剰相対リスクは0.13(90%信頼区間は-0.25ないし0.75),過剰絶対リスクは0.08(90%信頼区間は-0.16ないし0.44)であり,膀胱がんに比べてはるかに小さく,腎細胞がんについては放射線被曝に起因して発生したと推計されるがん症例数が少ないため,現段階ではその影響について断定的な結論を下すことは困難といえる,② 前立腺がんについても,被曝線量と過剰リスクの間に量反応関係の存在が示唆されているものの,0.005グレイ以上の放射線被曝における寄与割合は2.2%と小さく,過剰相対リスクは被曝線量1グレイ当たり0.11(90%信頼区間は-0.10ないし0.54),過剰絶対リスクは0.34(90%信頼区間は-0.64ないし1.60)であり,いずれも統計学的に有意な上昇は認められておらず,腎細胞がん同様,被曝による過剰発生と考えられる症例数が限られており,放射線被曝のがん罹患リスクに対する影響の有無はいまだ結論を出しにくい状況であるとしている(乙Dト5・144頁,145頁)。
(セ) 古川恭治ら「日本人原爆被爆者における甲状腺がん:被爆後60年の長期的傾向」
放影研の古川恭治らは,放射線に誘発される甲状腺がんリスクの長期傾向や被爆時年齢による変動を特徴づけるため,日本人原爆被爆者の寿命調査(LSS)対象者10万5401人における昭和23年から平成17年までの甲状腺がん罹患データを解析し,「日本人原爆被爆者における甲状腺がん:被爆後60年の長期的傾向」(以下「古川恭治ら報告」という。)としてまとめ(甲A614の4の1,甲A614の4の2),平成25年に発表した。
古川恭治ら報告は,① 1グレイの放射線被曝に対する甲状腺がんの過剰相対リスクは,10歳時で急性被曝後の60歳時において,1.28(95%信頼区間は0.59ないし2.70)と推定された,② リスクは被爆時年齢とともに急速に減少し,20歳時以降に被爆した者に対しては有意な甲状腺がんの上昇はみられなかった,③ 20歳未満で被爆した者の甲状腺がんのうち,約36%が放射線被曝と関連していると推定された,④ 過剰リスクの大きさは到達年齢の上昇あるいは被爆後の経過時間とともに減少したが,小児期での被爆に関連した甲状腺がんの過剰リスクは,被爆後50年以上を経てもなお存在するとみられるとしている(甲A614の4の1,甲A614の4の2)。
ウ 改定後の新審査の方針及び再改定後の新審査の方針
改定後の新審査の方針は「悪性腫瘍(固形がんなど)」を積極認定対象疾病としており,再改定後の新審査の方針も同様である。
エ 検討
(ア) 固形がんについては,トンプソンら報告が,全充実性腫瘍について統計学的に有意な過剰リスクが立証されたとし,平成20年放影研要覧も,主要な固形がんの場合には,有意な過剰リスクが認められており,統計学的に常に有意であるわけではないが,他の多くの部位におけるがんにもリスクの増加が認められるとしており,これらの知見を含めた前記各種知見を総合し,改定後の新審査の方針は「悪性腫瘍(固形がんなど)」を積極認定対象疾病としており,再改定後の新審査の方針も同様であることも併せ考慮すれば,固形がんは,一般的に放射線被曝との関連性が認められる疾病であるというべきである。
この点,一部のがんについて,UNSCEAR2006年報告書が,放射線被曝に伴って前立腺がんリスクが統計学的に有意に増加することを示すものはないとし,LSS第14報が,主要部位のがん死亡リスクは,直腸,膵臓,子宮,前立腺及び腎実質では有意な増加は認められなかったとするなど,放射線被曝との関連性に消極的と思われる報告が複数あり,また,「原爆放射線の人体影響 改訂第2版」も,腎細胞がんと前立腺がんについて,放射線被曝のがん罹患リスクに対する影響の有無はいまだ結論を出しにくい状況であるとして,これらのがんの放射線被曝との関連性を留保している。
しかしながら,一方で,松田正裕ら報告は,前立腺がんについて,被爆者群は,対照群に比べ,粗発生頻度の高いことが示されたとし,近藤久義ら第3報告も,近距離被爆者群は,男女の全がん,男性の前立腺がん及び女性の乳がんの年齢調整罹患率が遠距離被爆者群及び入市被爆者群よりも高い状態が続いていることが示唆されたとしている。また,藤原恵ら報告は,前立腺がんは被曝線量に比例していないことから,被爆との関係は否定的であるとしながらも,低線量の被曝が前立腺がんに関わっている可能性は否定することができないとし,プレストンら第2報告も,膵臓がん,前立腺がん及び腎臓がんについて,統計的に有意な線量反応は示唆されなかったとしながらも,これらの部位の過剰相対リスクも,全固形がんを一つのグループとした場合のそれと一致していたとしている。LSS第14報も,全体としてみれば,全固形がんについて放射線リスクを検討しているのであって,一部のがんについて放射線起因性を排除するものとまでは認められない。
以上によれば,固形がんについては,全固形がんに放射線被曝との関連性が認められると解するのが相当である。
(イ) 固形がんのしきい値について,確かに,UNSCEAR2010年報告書が,固形がんの低線量における死亡率に対する線量反応関係について,統計学的に有意なリスク上昇は100ミリグレイ(0.1グレイ)ないし200ミリグレイ(0.2グレイ)又はそれ以上で観察されるとしている。
しかしながら,一方で,プレストンら第2報告は,0グレイないし2グレイの範囲では一貫して線形の線量反応関係が認められ,さらに,被曝線量が0.15グレイ以下の対象者に解析を限定した場合にも,統計的に有意な線量反応が認められたとしている。また,LSS第14報も,全固形がんについて過剰相対リスクが有意となる最小推定線量範囲は,0グレイないし0.2グレイであり,定型的な線量しきい値解析ではしきい値は示されず,0線量が最良のしきい値推定値であったとしている。LNT仮説については,フランス医学アカデミーが同仮説に反対する(乙C30・33頁)など,いまだ定説がない状況にあるということができるものの,全米科学アカデミーのBEIR委員会が,発がんリスクは低線量域でもしきい値なく線形で連続しているとの結論に達したとし(甲A660・6頁,甲A661の7の1,甲A661の7の2,乙C30・33頁),ICRP2007年勧告も,その勧告する実用的な放射線防護体系は,約100ミリシーベルトを下回る線量においては,ある一定の線量の増加はそれに正比例して放射線起因の発がん又は遺伝性影響の確率の増加を生じるであろうという仮定に根拠を置くこととするとしているのであって,かかる仮説を一概に否定することはできない。この点については,UNSCEAR2000年報告書も,LNT仮説が,低線量電離放射線によるがんリスク評価として一般的に国内及び国際組織から受け入れられてきたとしているものである。
近時においても,1985年(昭和60年)から2008年(平成20年)までにCT検査を受けた22歳未満の者に対する後ろ向きコホート研究において,17万6587人中135人が脳腫瘍と診断され,CT検査による線量と脳腫瘍との間に正の相関を認めたとの英国での報告もある(マーク・ピアースら「幼児期CTスキャンによる放射線被曝と白血病及び脳腫瘍リスク:後ろ向きコホート研究」。甲A661の8の1,甲A661の8の2)。
これらの知見を含めた前記各種知見を総合すれば,固形がんのしきい値は観念されないものというべきである。なお,固形がんが確率的影響に係る疾病であること自体については,被告も積極的に争っていないものと認められる(弁論の全趣旨・被告準備書面(25)116頁)。
(ウ) 若年被爆者への影響については,LSS第13報が,子供の時に被爆した者は相対リスクが最も高いとし,LSS第14報も,過剰相対リスクは被爆時年齢が10歳若くなると約29%増加したとしており,さらに,甲状腺がんに限定してではあるが,古川恭治ら報告も,リスクは被爆時年齢とともに急速に減少し,20歳時以降に被爆した者に対しては有意な甲状腺がんの上昇はみられなかったとした上で,小児期での被爆に関連した甲状腺がんの過剰リスクは,被爆後50年以上を経てもなお存在するとみられるとしており,これらの知見を総合すれば,若年での被爆はリスクを相当程度高めるものというべきである。
(2) 乳がん術後皮膚潰瘍
ア 総説
(ア) 乳房は,母乳(乳汁)をつくる乳腺と,乳汁を運ぶ乳管,それらを支える脂肪などからなる。それぞれの乳腺は小葉に分かれ,小葉は乳管という管状の構造でつながっている。乳がんは,乳管や乳腺小葉の上皮が悪性化したものである(乙C50の1・1頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(3)56頁)。
(イ) 乳がんの治療には,外科療法,放射線療法及び薬物療法がある。外科療法と放射線療法は治療を行った部分にだけ効果を期待することができる「局所療法」であり,薬物療法は「全身療法」として位置づけられる(乙C50の1・5頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(3)59頁)。
(ウ) 放射線治療について,乳がんでは,外科手術でがんを切除した後に乳房やその領域の再発を予防する目的で行う術後照射と,胸壁再発や遠隔転移に対して行われるものがある。放射線を照射する範囲や量は,放射線治療を行う目的,病巣のある場所,病変の広さなどによって選択される(乙C50の1・6頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(3)62頁)。
(エ) 乳がんの放射線治療後に副作用として皮膚障害が発生する可能性があるが,独立行政法人国立がん研究センターがん対策情報センターは,① 照射開始後2週ないし3週,照射量20グレイないし30グレイの場合,第1度皮膚炎(赤み,脱毛及び皮膚乾燥)の症状が現れ,治療後2箇月ないし3箇月で回復する,② 照射開始後3.5週ないし4.5週,照射量35グレイないし45グレイの場合,第2度皮膚炎(著明な赤み,腫れ及び痛み)の症状が現れ,色素沈着及び皮膚の乾燥状態が残るが,徐々に正常皮膚に回復する,③ 照射開始後5週ないし6週,照射量50グレイないし60グレイの場合,第3度皮膚炎(水疱,びらん及び易出血)の症状が現れ,皮膚の萎縮,色素沈着,永久的脱毛,毛細血管の拡張,皮下硬結などが残る,④ 耐用量以上の照射量の場合,第4度皮膚炎(回復不可能な皮膚潰瘍及び壊死(皮膚の欠損))の症状が現れ,外科的切除及び皮膚移植が必要であるとしている(乙C50の2・2枚目,弁論の全趣旨・被告準備書面(3)63頁)。
(オ) 放射線治療による急性の皮膚障害は,治療中から治療終了直後に起こるが,その多くは一時的な症状であり,治療終了後1箇月ないし3箇月で回復する(乙C50の2・2枚目)。
また,放射線治療による皮膚障害は,頻度は低いものの,晩期障害としても起こり得るところであり,放射線治療終了後,数箇月から数年を経過して潰瘍を形成する場合があるなど,回復に時間を要することもある(乙C50の2・2枚目)。
(カ) 皮膚組織は,外面に接している面から順次,表皮,真皮及び皮下組織の三層に分けられる(乙C56・4頁)。皮膚潰瘍とは真皮ないし皮下組織に達する深い組織欠損の状態をいい,表皮までの欠損を意味する「びらん」よりも深い傷である。通常,潰瘍の底面に出血及び漿液浸出,膿苔,痂皮を伴い,先行病変の一部が残存することが多い。びらんでは治癒後に痕跡を残さず表皮が再生するが,潰瘍は痕跡を残して治癒する。皮膚潰瘍は,一般に,膠原病や糖尿病,血管炎など血行障害を起こしやすい病気に引き続いて起こることが多く,何らかの感染症で発生する場合もある(乙C56・48頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(3)64頁)。
イ 改定後の新審査の方針及び再改定後の新審査の方針
改定後の新審査の方針は「悪性腫瘍(固形がんなど)」を積極認定対象疾病としており,再改定後の新審査の方針でも同様である。
ウ 検討
(ア) 乳がんは,固形がんに該当するところ,前記(1)のとおり,一般的に放射線被曝との関連性が認められる疾病であるというべきである。なお,乳がんのしきい値については,固形がんにおいて検討したとおりであり,乳がんはしきい値が観念されない疾病であると解するのが相当である。
(イ) 乳がん術後皮膚潰瘍についても,乳がんの放射線治療によって生ずる障害であるから,同様に,一般的に放射線被曝との関連性が認められる疾病であるというべきである。
(3) 心筋梗塞
ア 意義
(ア) 心筋梗塞は,いわゆる虚血性心疾患の一種であり,冠動脈の部分的な又は完全閉鎖によって,急激に冠動脈血流が減少し,これにより心筋壊死を来す疾患をいう(乙Dカ5・585頁,乙Dカ6・503頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(8)19頁)。すなわち,心筋梗塞は,心筋虚血(心筋への血液供給が阻害され,その結果,心筋細胞が酸素不足(虚血)に陥った状態)が一定時間持続した結果,心筋が壊死(心筋細胞死)するに至った不可逆的虚血である(乙Dカ6・503頁,乙Dカ7・9頁ないし12頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(8)19頁)。なお,急性期の状態は急性心筋梗塞症と称される(乙Dカ6・503頁)。
(イ) 心筋梗塞は,大部分の症例で冠動脈硬化が原因と考えられている(乙Dカ5・585頁)。動脈硬化病変のうち最も頻度の高い動脈硬化病変が粥状(アテローム)動脈硬化であり(乙Dカ8・21頁),血管内に形成されたアテローム(粥腫)により局所に血栓が形成され,血管が塞がれることにより心筋梗塞に至ると考えられている(弁論の全趣旨・被告準備書面(8)20頁)。
(ウ) 虚血性心疾患の危険因子(動脈硬化の危険因子)としては,喫煙,高血圧,脂質異常症及び糖尿病のいわゆる4大危険因子のほか,年齢(加齢。男性45歳以上,女性55歳以上),肥満,家族歴(遺伝),ストレスなどが挙げられ,保有している危険因子の数が多いほど冠動脈疾患の発症リスクは上がることが知られている(弁論の全趣旨・被告準備書面(8)20頁)。
a 喫煙すると,血中の一酸化窒素(NO)が低下し,その結果,活性酸素(O2-)が増加して動脈壁(内皮)を繰り返し損傷し,その都度,これを修復するために,平滑筋細胞の増殖が過度に促進され,コラーゲンなどの基質を形成して内膜の肥厚を増大させる。また,血流中の単球は内皮下に滑り込んだ後マクロファージに変換されるが,マクロファージは種々の炎症性サイトカイン等を放出し,低比重リポ蛋白LDLを酸化して酸化LDLとして取り込み,さらに,これが多くの単球及びマクロファージを引き寄せるとともに,ついには泡沫細胞に変質して蓄積し,冠動脈の内膜にコレステロール状の層が次第に沈着し,内膜が強く肥厚して血管の内腔が狭められ粥状動脈硬化の状態となり,それが虚血性心疾患,すなわち,心筋梗塞をもたらす原因となる(乙Dカ13・106頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(8)22頁)。
b 血液が血管内を流れていく場合に血圧が高いことは,血管の壁に高い圧力が掛かることを意味するところ(乙Dカ10・1枚目),一般に高血圧によって血管に負担が掛かると,血管の内皮細胞に傷がつき,内皮細胞が有する動脈硬化を防ぐ働きが失われるとされている。また,高血圧は細動脈の硬化を促すほか,高血圧になると,心臓も高い圧力で血液を全身に送らなければならなくなるので,心臓にもそれだけ余計な負担が掛かることになる(弁論の全趣旨・被告準備書面(8)21頁,22頁)。
このような高血圧の要因としては,一般に塩分の取り過ぎや,年齢,喫煙,肥満などがリスクファクターとなる(乙Dカ11,弁論の全趣旨・被告準備書面(8)22頁)。
c 動脈硬化予防の標準的診療を提示する日本動脈硬化学会によるガイドラインでは,従来,動脈硬化の危険因子の一つとして「高脂血症」という表現が用いられていたが,動脈硬化性疾患の危険因子として,高LDLコレステロール血症のみならず,低HDLコレステロール血症(低HDL-C血症)も含まれることは既に世界的な一般的知見として確立していた(乙Dカ9・7頁,13頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(8)20頁,21頁)。日本動脈硬化学会は,重要な脂質異常である低HDLコレステロール血症(低HDL-C血症)を含む表現として,従前の「高脂血症」という表現は適切ではなく,また,諸外国における表現との統一を図るという見地から,「動脈硬化性疾患予防ガイドライン 2007年度版」において,従前の「高脂血症」という表現を変更し,①高LDLコレステロール血症,②低HDLコレステロール血症(低HDL-C血症)及び③高トリグリセライド(中性脂肪)血症を総合した表現として「脂質異常症」という表現を用いることとし,脂質異常症の診断基準(空腹時採血)を定めた。これによれば,高LDLコレステロール血症は,LDLコレステロールが140mg/dl以上,低HDLコレステロール血症は,HDLコレステロールが40mg/dl未満,高トリグリセライド血症は,トリグリセライドが150mg/dl以上である(乙Dカ9・5頁,6頁,11頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(8)21頁)。
従前の「高脂血症」である①高LDLコレステロール血症及び③高トリグリセライド血症については,動脈壁への刺激となり,血管内膜の組織障害が生じることで動脈硬化に発展することになるが,②低HDLコレステロール血症も動脈硬化性疾患の危険因子である(乙Dカ9・7頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(8)21頁)。
d 糖尿病は,血液中の糖の濃度(血糖値)が異常に高くなる病気であり,食生活,運動不足等の生活習慣の変化により,最近増加している病気である。糖尿病による高インスリン血症が動脈硬化に有意に関与することになるほか,高血圧,低HDLコレステロール血症などもしばしば起こるようになる(乙Dカ12,弁論の全趣旨・被告準備書面(8)22頁)。なお,糖尿病の患者は正常の患者と比較して心臓発作及び脳卒中の発生率が3倍高いとの報告もある(乙Dカ10・2枚目)。
e 肥満は,高血圧,脂質異常症,糖尿病と並び死に結び付きやすい重要なリスクファクターとされる。肥満は,血液中の脂肪が過多になりやすい状態となるほか,高血圧,高尿酸血症,糖尿病などを合併しやすいため,血管内膜を傷害する危険因子となる(弁論の全趣旨・被告準備書面(8)23頁)。
f 心身にストレスを感じると,交感神経を異常に興奮させ,これによりホルモンバランスが崩れ,血圧上昇,不整脈及び腎臓病を来し,心臓発作の引き金になることから,心筋梗塞の発症のリスクファクターであるといわれ,阪神・淡路大震災等の世界中の大地震では心筋梗塞の発生率が増加したとの報告もある(乙Dカ10・2枚目)。
また,几帳面で周りの社会や組織に気を配る性格のタイプの者(「タイプA」)とそうでない,のんびり型,マイペース型のタイプの者(「タイプB」)とを比較すれば,前者(タイプA)の方が心筋梗塞に罹患する割合が2倍多いとの報告もある(乙Dカ10・3枚目,弁論の全趣旨・被告準備書面(8)23頁)。
g 過度の飲酒は,動脈硬化のリスクファクターとなると考えられている(弁論の全趣旨・被告準備書面(8)23頁)。
h 以上の危険因子は,多くなればなるほど有病率は加速度的に増加するとされているといわれ,中でも高血圧,高脂血症(脂質異常症)及び喫煙は,動脈硬化の3大危険因子といわれる(乙Dカ14・6枚目)。
米国マサチューセッツ州フラミンガムで危険因子と心臓病の関係を明らかにするための疫学調査が行われ,その結果,総コレステロールに高血圧,喫煙,耐糖能異常(糖尿病),更に心電図異常(左室肥大)が加わるにつれ,心筋梗塞や狭心症などの心疾患の頻度が高くなった(乙Dカ14・6枚目)。
イ 各種知見
(ア) LSS第9報第2部
昭和57年発表のLSS第9報第2部は,がん以外の特定死因で,原爆被爆との有意な関係を示すものはみられないとしている(乙B208・1頁)。
(イ) 「寿命調査 第11報 第3部 改訂被曝線量(DS86)に基づく癌以外の死因による死亡率 1950-85年」
放影研は,寿命調査(LSS)集団における昭和25年から昭和60年までの死亡調査を行い,がん以外の死因による死亡について被曝線量との関連を調べ,「寿命調査 第11報 第3部 改訂被曝線量(DS86)に基づく癌以外の死因による死亡率 1950-85年」(以下「LSS第11報第3部」という。)としてまとめ(甲A41文献29・1頁),平成4年に発表した。
LSS第11報第3部は,① まだ限られた根拠しかないが,高線量域(2グレイ又は3グレイ以上)において,がん以外の疾患による死亡リスクの過剰があるように思われ,統計学的にみると,二次モデル又は線形―しきい値モデル(推定しきい値線量1.4グレイ(0.6グレイないし2.8グレイ))の方が,単純な線形又は線形―二次モデルよりもよく当てはまる,② がん以外の疾患による死亡率のこのような増加は,一般的に昭和40年以降で若年被爆群(被爆時年齢40歳以下)において認められ,若年被爆者の感受性が高いことを示唆している(甲A41文献29・1頁),③ 昭和25年から昭和60年までの循環器疾患による死亡率は,線量との有意な関連を示し,脳卒中以外の循環器疾患は全期間で有意な傾向を示した,④ 後期(昭和41年から昭和60年まで)になると,被爆時年齢が低い群(40歳未満)では,循環器疾患全体の死亡率及び心疾患の死亡率は,線量と有意な関係を示し,線量反応曲線は純粋な二次又は線形―しきい値型を示した,⑤ 心疾患群のうち最も死亡者数が多い冠状動脈性心疾患の死亡率は,同じ期間,同じ被爆時年齢区分の心疾患と同じ傾向を示しているとしている(甲A41文献29・12頁)。
(ウ) 「原爆放射線の人体影響1992」
平成4年発表の「原爆放射線の人体影響1992」は,膵臓は放射線感受性の低い臓器と考えられており,放射線被曝の急性期においても数百ラドの放射線被曝では組織学的にも内分泌学的にも異常は報告されておらず,放射線被曝と糖尿病発症との関連については,インスリン分泌低下,糖尿病頻度,糖尿病発症率及び合併症についての報告がみられるが,いずれも否定的な見解が得られているとしている(甲A37・129頁)。
(エ) 「成人健康調査第7報 原爆被爆者における癌以外の疾患の発生率,1958-86年(第1-14診察周期)」
放影研は,昭和33年から昭和61年までに収集された成人健康調査(AHS)集団の長期データを用いて悪性腫瘍を除く19の疾患の発生率と電離放射線被曝との関係を初めて調査し,「成人健康調査第7報原爆被爆者における癌以外の疾患の発生率,1958-86年(第1-14診察周期)」(以下「AHS第7報」という。)としてまとめ(乙Dネ6・1頁),平成6年に発表した。
AHS第7報は,① 心臓血管系の疾患について,いずれにも有意な線量反応関係は認められなかった,② しかし,近年,若年被爆者では心筋梗塞の発生が増加しており,特に最近二,三年ではこの傾向はほかの調査でも認められる,③ 成人健康調査(AHS)において心筋梗塞と確認された症例は77例に限られ,この中には致死症例は含まれておらず,今回有意な結果が得られなかったのは症例数の不足のためかもしれないとしている(乙Dネ6・2頁)。
(オ) 「原爆被爆者の死亡率調査 第12報,第2部 がん以外の死亡率:1950-1990年」
放影研は,放影研の寿命調査(LSS)集団のうち被曝線量が推定されている8万6572人の原爆被爆者におけるがん以外の死亡率調査をし,「原爆被爆者の死亡率調査 第12報,第2部 がん以外の死亡率:1950-1990年」(以下「LSS第12報第2部」という。)としてまとめ(乙Dネ14・1頁),平成11年に発表した。
LSS第12報第2部は,① 今回の解析結果は,放射線量とともにがん以外の疾患の死亡率が統計的に有意に増加するという前回の解析結果を強化するものであり,有意な増加が循環器疾患に観察された,② 1シーベルトの放射線に被曝した者の死亡率の増加は約10%で,がんと比べるとかなり小さかった,③ 今回のデータからはっきりした線量反応曲線の形を示すことはできなかった,④ 統計的に非直線性を示す証拠はなかったが,0.5シーベルト未満では,リスクを無視することができるほど小さいか0である線量反応曲線にも矛盾しなかった(乙Dネ14・1頁),⑤ 潜在的な重要交絡因子の影響は極めて小さく,寿命調査(LSS)集団において放射線とがん以外の死因による死亡率との間にみられる関連性は交絡に起因するものではないと思われるとしている(乙Dネ14・16頁)。
(カ) F.Wongら「原爆被爆者の血清総コレステロール値の経時的変化における放射線の影響」
平成11年発表の放影研のF.Wongらの「原爆被爆者の血清総コレステロール値の経時的変化における放射線の影響」(以下「ワンら報告」という。)は,1グレイ当たりのコレステロールの最大の増加は,女性では昭和5年のコホートで52歳だった者にみられ,広島で2.5mg/dl(95%信頼区間は1.6mg/dlないし3.3mg/dl),長崎で2.3mg/dl(95%信頼区間は1.5mg/dlないし3.1mg/dl)であり,男性では昭和15年のコホートで29歳だった者にみられ,広島で1.6mg/dl(95%信頼区間は0.4mg/dlないし2.8mg/dl),長崎で1.4mg/dl(95%信頼区間は0.3mg/dlないし2.6mg/dl)であったとしている(乙C61の1・736頁,乙C61の2)。
(キ) 佐々木英夫ら「原爆被爆者の血圧に対する加齢および放射線被曝の影響」
放影研の佐々木英夫らは,成人健康調査(AHS)集団について連続的に測定されたデータに混合影響モデルを当てはめることにより,血圧における年齢に関連した変化の検討及び放射線影響の検出を目的とした研究を行い,「原爆被爆者の血圧に対する加齢および放射線被曝の影響」(以下「佐々木英夫ら報告」という。)としてまとめ(乙C64の1,乙C64の2・1頁),平成14年に発表した。
佐々木英夫ら報告は,① 今回の解析では,収縮期血圧と拡張期血圧の縦断的変化のいずれにも,小さいが統計的に有意な電離放射線の影響が認められ,この現象は電離放射線が血管の変性に影響を与えることを示唆している(乙C64の1,乙C64の2・1頁),② 昭和15年に生まれ,1グレイの原爆放射線に被曝した男性の40歳における収縮期血圧の平均値は,同様の条件の非被曝者男性よりも約1.0mmHg(95%信頼区間は0.6mmHgないし1.5mmHg)高かった(乙C64の1,乙C64の2・9頁),③ 昭和15年に生まれ,1グレイの原爆放射線に被曝した男性の40歳における拡張期血圧の平均値は,同様の条件の非被曝者男性よりも約0.8mmHg(95%信頼区間は0.2mmHgないし1.2mmHg)高かったとしている(乙C64の1,乙C64の2・10頁)。
(ク) 林奉権ら「原爆放射線のヒト免疫応答に及ぼす影響(第17報):原爆放射線における炎症応答マーカーの放射線量依存的上昇」
放影研の林奉権らは,原爆被爆者の免疫機能の低下がバクテリアなどの感染を介して持続的な炎症を誘起しているのではないかとの仮説の検証のために,炎症の指標と考えられているC-反応性蛋白(CRP)とインターロイキン(IL)-6の血漿中レベルに対する放射線の長期的影響並びにそれら炎症マーカーの血漿中レベルとCD4ヘルパーT細胞(ヘルパーT細胞とは,蛋白質やT細胞依存性抗原に対するB細胞の抗体産生を助ける働きをするT細胞をいい,CD4ヘルパーT細胞は,リンホカイン(リンパ球由来の活性因子で,遅延型アレルギーなどの細胞免疫現象を仲介する一種の作用物質)を産生する。)の割合との関係について調べ,「原爆放射線のヒト免疫応答に及ぼす影響(第17報):原爆放射線における炎症応答マーカーの放射線量依存的上昇」(以下「林奉権ら第1報告」という。)としてまとめ(甲A98・231頁),平成14年に発表した。
林奉権ら第1報告は,① 前向き研究ではないために,要因ではなく結果である可能性を否定することができないものの,心筋梗塞の既往歴のある被爆者ではC-反応性蛋白(CRP)レベルとインターロイキン(IL)-6レベルの有意な上昇が認めている,② 原爆放射線による免疫機能の低下と炎症の亢進が被爆者に発症する心血管疾患の一部に関連している可能性が示唆される,③ 今後,前向き研究を進めるとともに,腫瘍壊死因子(TNF)-αなどの他の炎症関連因子に及ぼす放射線の影響を調べ,心血管疾患などに対する炎症反応の関与について,更に検討する必要があるとしている(甲A98・233頁)。
(ケ) LSS第13報
平成15年発表のLSS第13報は,① がん以外の疾患による死亡率に対する放射線の影響については,追跡調査期間中(昭和25年から平成9年まで)の最後の30年間では,1シーベルト当たり約14%の割合でリスクが増加しており,依然として統計的に確かな証拠が示された,② 心臓疾患に関して統計的に有意な増加がみられたが,約0.5シーベルト未満の線量については放射線影響の直接的な証拠は認められなかった(甲A77資料11-1・2頁),③ 被爆者において,大動脈弓石灰化,収縮期高血圧並びにコレステロール及び血圧の年齢に伴う変動など,がん以外の疾患のいくつかの前駆症状について長期にわたる僅かな放射線との関連が報告されており,最近の調査では,被爆者に持続性の免疫学的不均衡及び無症状性炎症と放射線との関連が認められた,④ これらは,がん以外の広範な疾患に対する放射線影響の機序と関連するかもしれない,⑤ 寿命調査(LSS)におけるがん以外の疾患に関する所見は,これらの疾患の率に対する放射線影響の機序を同定あるいは否定する上で役立つであろう更なる調査の必要性を強調しているとしている(甲A77資料11-1・41頁)。
(コ) 「成人健康調査第8報 原爆被爆者におけるがん以外の疾患の発生率,1958-1998年」
放影研は,昭和33年から平成10年までの成人健康調査(AHS)受診者から成る約1万人の長期データを用いて,がん以外の疾患の発生率と原爆放射線被曝線量との関係を調査し,「成人健康調査第8報 原爆被爆者におけるがん以外の疾患の発生率,1958-1998年」(以下「AHS第8報」という。)としてまとめ(乙C7・25頁),平成16年に発表した。
AHS第8報は,① 高血圧(P値は0.028)と40歳未満で被爆した者の心筋梗塞(P値は0.049)に有意な二次線量反応を認め,喫煙や飲酒で調整してもその結果は変わらなかった(乙C7・1頁),② 血清総コレステロール値に関する成人健康調査(AHS)の縦断的解析では,被爆者のコレステロール値が非被爆者より有意に高いことを示しており,同じ傾向が若年コホートの血圧傾向においてもみられた,③ これらの増加は,若年被爆者の心筋梗塞の発生率の上昇をある程度説明するのかもしれないとしている(乙C7・9頁)。
(サ) 楠洋一郎ら「原爆放射線が免疫系に及ぼす長期的影響:半世紀を超えて」
平成16年発表の放影研の楠洋一郎らの「原爆放射線が免疫系に及ぼす長期的影響:半世紀を超えて」(以下「楠洋一郎ら報告」という。)は,① 原爆放射線が人体にどのような生物学的影響を与えるのか,また,これらの影響ががんだけではなくがん以外の疾患を含む多くの異なる病気をどのように引き起こすのかについては明確な解答はないが,最近,原爆被爆者においてがん以外のほとんどの主要な疾患による死亡率と放射線量との間にも明確な関連性が観察されている,② 興味深い意見として,これらの放射線関連疾患,特に,がん以外の疾患には免疫系への放射線影響がある程度関係しているかもしれないという仮説がある,③ 被爆者の免疫系には過去の放射線被曝の顕著な影響がリンパ系細胞の構成や機能に観察されている,④ これらの影響によって生じる変化の大部分は,被曝線量1グレイ当たり数パーセントと小さいように思われるので,免疫系におけるこの僅かな変化のために特定の疾患に罹患するという筋書きは描きにくいかもしれないが,僅かな免疫学的変化でさえ,その変化が数十年以上継続する場合には,原爆被爆者集団にしばしば観察される疾患のリスクを増加させたかもしれないと考えることは可能である(甲A87・7頁),⑤ 成人健康調査(AHS)対象者においてこれまで実施した調査から得たデータを綿密に解析した結果,広島で原爆に被爆した時に20歳未満だった者は,2型糖尿病の有病率と放射線量との間に有意な正の相関関係が示唆された,⑥ 20歳未満の若年高線量被爆者における糖尿病のリスクに強く関わる免疫系の何らかの構成要素は,特定の遺伝子の影響を受けると考えられる(甲A87・11頁),⑦ 原爆放射線が長期にわたる炎症を誘発し,それが疾患の発生につながったとの仮説も考えられ,放影研の多面的な研究環境により,原爆被爆者における疾患発生の基盤を成す免疫学的機序について包括的な研究を実施することができると考えており,原爆被爆者における糖尿病,冠状動脈性心疾患等の疾患の発生に関し,免疫,炎症の媒体と生活習慣因子との相互作用の有無について調査する予定であるとしている(甲A87・13頁)。
(シ) 森下ゆかりら「原爆放射線のヒト免疫応答におよぼす影響 第23報:炎症マーカーの長期的上昇」
放影研の森下ゆかりらは,インターロイキン(IL)-6及びインターロイキン(IL)-6により誘導される炎症指標の一つであるC-反応性蛋白(CRP)以外の炎症マーカー及び免疫グロブリン(Ig)の血漿レベルを測定し,被曝線量との関係を総合的に検討し,「原爆放射線のヒト免疫応答におよぼす影響 第23報:炎症マーカーの長期的上昇」(以下「森下ゆかりら報告」という。)としてまとめ(甲A292の1資料8・413頁),平成18年に発表した。
森下ゆかりら報告は,① 被曝線量の増加に伴い,〈ア〉炎症性サイトカインの腫瘍壊死因子(TNF)-α,インターフェロン(IFN)-γ及びインターロイキン(IL)-10,〈イ〉赤血球沈降速度並びに〈ウ〉Total免疫グロブリン(Ig),免疫グロブリン(Ig)A及び免疫グロブリン(Ig)Mレベルの各マーカーが統計学的に有意に上昇することを見出した,② 放射線被曝と加齢のどちらもこの研究で調べたほとんどの炎症マーカーの上昇を伴っていたことから,放射線の影響を加齢に換算して検討を行ったところ,1グレイの放射線被曝は,被爆者の赤血球沈降速度(ESR)と腫瘍壊死因子(TNF)-α,インターロイキン(IL)-10及びTotal免疫グロブリン(Ig)レベルから判断して,約9年の免疫学的加齢に相当する効果を示すことが分かった,③ これらの結果は,原爆放射線が炎症状態の加齢による亢進を更に促進しているということを示しているのかもしれないとしている(甲A292の1資料8・415頁,416頁)。
(ス) UNSCEAR2006年報告書
UNSCEAR2006年報告書は,① 約1グレイないし2グレイ未満の線量域での致死的な心血管疾患と放射線被曝の関連を示す証拠は,これまで日本における原爆被爆者のデータ解析から得られているだけである,② その他の研究は,約1グレイないし2グレイ未満の放射線量による心血管疾患のリスクに関する明確なあるいは一貫した証拠を提供していない,③ 科学的データも,約1グレイないし2グレイ未満の線量における電離放射線への被曝と心血管疾患の罹患との間に因果関係があると結論付けるには現在不十分である(乙Dル7・6頁),④ 冠状動脈心疾患について,0.5シーベルト未満での過剰リスクの証拠もほとんどなかった(乙Dル7・349頁),⑤ 被曝した対象において,いくつかの炎症マーカーに関して統計的に有意な線量影響関係が認められた,⑥ 電離放射線によって持続的に炎症が続く状態は,非がん疾患のリスクを増加させるかもしれない,⑦ 被曝した者らに認められる心筋梗塞などの心血管疾患の発症に炎症反応が重要な役割を果たしていることを示しているとしている(甲A661の5の2・180頁,181頁)。
(セ) 赤星正純「原爆被爆者の動脈硬化・虚血性心疾患の疫学」
放影研の赤星正純は,放射線被曝の心血管疾患及びその危険因子に及ぼす影響について,主に放影研で行われた調査を基に,これまでに分かったことを検討し,「原爆被爆者の動脈硬化・虚血性心疾患の疫学」(以下「赤星正純報告」という。)としてまとめ(甲A604・205頁),平成20年に発表した。
赤星正純報告は,① 放射線が血圧に及ぼす影響については,1930年(昭和5年)代以降に生まれた若年被爆者において,加齢に伴う収縮期血圧及び拡張期血圧経過が上方に偏位している(甲A604・207頁),② 高血圧,高脂血症及び炎症にも放射線被曝が関与していることも明らかになったとしている(甲A604・208頁)。
(ソ) 清水由紀子ら「放射線被曝と循環器疾患リスク:広島・長崎の原爆被爆者データ,1950-2003」
清水由紀子らは,昭和25年から平成15年までの寿命調査(LSS)集団を対象として,原爆放射線と脳卒中及び心疾患を原因とする死亡率との線量反応関係を調査し,「放射線被曝と循環器疾患リスク:広島・長崎の原爆被爆者データ,1950-2003」(以下「清水由紀子ら報告」という。)としてまとめ(乙Dタ10),平成22年に発表した。
清水由紀子ら報告は,① 心疾患の1グレイ当たりの過剰相対リスクの推定値は14%(95%信頼区間は6%ないし23%。P値は0.001未満)で線型モデルが最もよく適合し,低線量でも過剰リスクの存在が示唆された,② 0グレイないし0.5グレイに限定した場合,線量反応は有意ではなかった,③ 前向き研究で得られた喫煙,飲酒,教育歴,職歴,肥満及び糖尿病のデータは,心疾患の放射線リスク推定にもほとんど影響を及ぼさず,がんが循環器疾患と誤診されることも,観察された関係を説明することができなかった,④ 結論として,0.5グレイを超える被曝線量では,心疾患のリスクの増加がみられたが,低線量でのリスクの程度は明らかでなく,被爆者において,脳卒中と心疾患を合わせた放射線関連の過剰死亡数はがんによる過剰死亡数の約3分の1である(乙Dタ10),⑤ 心疾患について,しきい値線量の最高の推定値は0グレイであり,95%信頼区間の上限でおよそ0.5グレイであった(乙Dタ12・6頁),⑥ 2グレイ以下の放射線被曝が循環器疾患を引き起こし得るメカニズムについての知識は非常に限定されており,証拠といえることといえば,放射線に誘発されたような炎症反応,内皮細胞の細胞喪失や機能変化あるいは微小血管性損傷などが,放射線関連の心疾患の病理学的な変化につながる病原性変化の初期の現象といえるかもしれないということである,⑦ これらは,他の危険因子,例えば,高血圧,高脂血症,喫煙,糖尿病や感染症など心疾患を促進する因子を増加させているのかもしれない,⑧ 放射線被曝線量と炎症マーカーの長期間レベルとの関連について,被爆者を対象として調査がされてきたが,放射線が腎臓実質の微小血管や血管内皮細胞の障害を引き起こすことが高血圧や虚血変化を促進しているかもしれないとしている(乙Dタ12・11頁,12頁)。
(タ) UNSCEAR2010年報告書
UNSCEAR2010年報告書は,① 放射線被曝に関連した致死的な心血管疾患の過剰リスクを示す唯一の明確な証拠は,心臓への線量が約1グレイないし2グレイ未満では,原爆被爆者のデータから得られている,② 約1グレイないし2グレイ未満の線量の被曝と心血管疾患の過剰発生との間の直接的な因果関係についての結論を下すことはできなかった,③ これらの疾患の低線量における線量反応関係の形状はまだ明らかでない,④ 1グレイないし2グレイ未満の線量,また,はるかに低い線量の場合においても,非がん疾患のリスクが増加することを示す最近の疫学調査からの新たな証拠があるが,関連するメカニズムはいまだ不明瞭で,低線量におけるリスク推定には問題が残るとしている(乙Dル9・16頁)。
(チ) ICRP2011年勧告
ICRP2011年勧告は,不確実性は残るものの,循環器疾患のしきい吸収線量は,心臓に対しては,0.5グレイ程度まで低いかもしれないことを医療従事者は認識させられなければならないとしている(乙C12の1,乙C12の2)。
(ツ) LSS第14報
平成24年発表のLSS第14報は,① 非腫瘍性疾患では,循環器疾患で放射線によるリスクの増加が示されたが,放射線との因果関係については今後の研究が必要である(甲A614の3・2頁),② 過剰リスクの有意な増加が循環器系(0.11(95%信頼区間は0.05ないし0.17))で認められた(甲A614の3・12頁),③ 追跡調査の初期(昭和25年から昭和40年まで)におけるがん以外の疾患の死亡率の線量反応関係には約1.5グレイ未満で放射線影響は基本的には認められなかったが,後期(昭和41年から平成15年まで)においては,全体的にがん以外の疾患についてほぼ線形の線量反応関係が認められ,両期間における線量反応の形状の差異は有意であるが,循環器疾患では両期間に差異は認められなかったとしている(甲A614の3・12頁,13頁)。
(テ) 林奉権ら「放射線と加齢の影響に特に関連した原爆被爆者の全身性炎症指標の評価」
放影研の林奉権らは,活性酸素(ROS),インターロイキン(IL)-6,腫瘍壊死因子(TNF)-α,C-反応性蛋白(CRP),インターロイキン(IL)-4,インターロイキン(IL)-10及び免疫グロブリン(Ig)の血漿中レベル並びに赤血球沈降速度(ESR)から成る8種類の炎症指標により,442人の原爆被爆者の無症候性の炎症状態について調査し,これらの指標に対する過去の放射線被曝と自然老化の影響を個々人について評価比較した上で,これらの指標の相互関係によって隠されていた炎症と放射線被曝又は加齢の生物学的に重要な関連を評価するために,選択した指標の線形結合によるスコアを多変量統計解析を用いて計算し,全身性炎症指標を評価し,「放射線と加齢の影響に特に関連した原爆被爆者の全身性炎症指標の評価」(以下「林奉権ら第2報告」という。)としてまとめ(甲A614の14の1の1,甲A614の14の1の2),平成24年に発表した。
林奉権ら第2報告は,① 活性酸素(ROS),インターロイキン(IL)-6,C-反応性蛋白(CRP)及び赤血球沈降速度(ESR)の線形結合によって炎症状態を最もよく表すことができることを示し,また,そのスコアにより炎症に対する統計学的に有意な放射線量と加齢の影響が明確に示されることが分かった,② これらの結果は,総合的に判断して,放射線被曝が自然老化と共に原爆被爆者の持続的炎症状態を亢進している可能性を示唆しているとしている(甲A614の14の1の1,甲A614の14の1の2)。
(ト) ICRP2012年勧告
ICRP2012年勧告は,① 最近更新された原爆被爆者データの分析(清水由紀子ら報告)によると,心疾患の推定しきい線量は0グレイとされ,95%信頼区間の上限は0.5グレイであった,② しかしながら,0グレイないし0.5グレイの範囲を通して,線量反応関係は統計学的に有意ではなく,低線量の情報が不十分であることを示している(乙Dル11の1,乙Dル11の2・4頁),③ 0.5グレイ以下の線量域における,いかなる重症度や種類の循環器疾患リスクも,依然として不確実であることが強調されるべきであるとしている(乙Dル11の1,11の2・5頁)。
(ナ) 「原爆放射線の人体影響 改訂第2版」
平成24年発表の「原爆放射線の人体影響 改訂第2版」は,① 原爆被爆後60年以上を経た今日においても,被爆者の免疫系,すなわち,細胞集団の構成及び細胞機能に放射線被曝に関連した変化が観察されており,それらは,Tリンパ球を中心とする適応免疫の低下と活性化された自然免疫によると考えられる軽度な炎症状態である,② 放射線がどのようにして免疫系に長期にわたる影響を及ぼすのか,その機序はほとんど分かっていないが,放射線被曝に関連してみられる免疫系の変化の多くは加齢に伴って免疫機能が衰退していく様相と類似しており,原爆被爆者では過去の放射線被曝によって免疫老化が促進している可能性が示唆される,③ 放射線被曝者では,免疫老化の促進に伴って炎症応答が増強され,それにより炎症が関わる疾患発生のリスクが高くなる可能性があると考えられるとしている(甲A614の14の2・284頁)。
(ニ) 齋藤紀の意見
わたり病院医師の齋藤紀は,① 非がん疾患でも,多種の細胞と組織(血管,筋肉等)で構成される臓器(心臓)の機能低下が晩発的に生じてくる場合,しきい値を有する確定的影響となるかどうかはアプリオリにはいえない,② 心疾患という統合的機能低下は,単一細胞の遺伝子変異の結果ではないが,心臓を構成する多様な細胞群及び心臓に影響を与える全身を循環する様々な細胞(群),因子(群)を通じて,被曝による多面的な影響を受けているとみられる,③ 心疾患と被曝との間にみられた線形の相関性を非がん疾患だからとして否定することはできないとしている(甲A649・9頁)。
ウ 改定後の新審査の方針及び再改定後の新審査の方針
改定後の新審査の方針は,「放射線起因性が認められる心筋梗塞」を積極認定対象疾病としており,再改定後の新審査の方針も「心筋梗塞」を積極認定対象疾病としている。
エ 検討
(ア) 心筋梗塞については,LSS第9報第2部,LSS第11報第3部,LSS第12報第2部,LSS第13報,LSS第14報,清水由紀子ら報告等によって,疫学的知見が集積されてきている。これらの報告は,当初は,LSS第9報第2部が,がん以外の特定死因で原爆被爆との有意な関係を示すものはみられないとして,心筋梗塞と放射線被曝との関連性について否定的であったが,その後は,例えば,LSS第14報が循環器疾患で放射線によるリスクの増加が示されたとし,清水由紀子ら報告が心疾患の1グレイ当たりの過剰リスクの推定値は14%で線型モデルが最もよく適合しているとするなど,おおむね心筋梗塞と放射線被曝との関連性を肯定するものとなっている。
これらの知見を含めた前記各種知見を総合し,改定後の新審査の方針は「放射線起因性が認められる心筋梗塞」を積極認定対象疾病とし,再改定後の新審査の方針も「心筋梗塞」を積極認定対象疾病としていることも併せ考慮すれば,心筋梗塞は,一般的に放射線被曝との関連性が認められる疾病であるというべきである。
(イ)a 次に,心筋梗塞のしきい値について検討する。
b この点,清水由紀子ら報告は,心疾患について,0グレイないし0.5グレイに限定した場合,線量反応は有意ではなく,95%信頼区間の上限でおよそ0.5グレイであったとし,UNSCEAR2010年報告書も,約1グレイないし2グレイ未満の線量の被曝と心血管疾患の過剰発生との間の直接的な因果関係についての結論を下すことはできなかったとしている。UNSCEAR2006年報告書,ICRP2011年勧告及びICRP2012年勧告も,少なくとも0.5グレイ程度に満たない低線量の被曝についてはその影響を否定するかのようなものとなっている。
c しかしながら,清水由紀子ら報告は,同時に,心疾患のしきい値線量の最高の推定値は0グレイであったともしている。
一方,心筋梗塞に関する危険因子に関する知見として,林奉権ら第1報告が,原爆放射線による免疫機能の低下と炎症の亢進が被爆者に発症する心血管疾患の一部に関連している可能性が示唆されるとし,「原爆放射線の人体影響 改訂第2版」が,放射線被曝者では,免疫老化の促進に伴って炎症応答が増強され,それにより炎症が関わる疾患発生のリスクが高くなる可能性があると考えられるとし,さらに,林奉権ら第2報告が,放射線被曝が自然老化と共に原爆被爆者の持続的炎症状態を亢進している可能性を示唆しているとしている。また,森下ゆかりら報告は,1グレイの放射線被曝は,約9年の免疫学的加齢に相当する効果を示すことが分かったともしている。そして,佐々木英夫ら報告は,電離放射線が血管の変性に影響を与えることを示唆しているとし,AHS第8報やワンら報告は,被爆者のコレステロールの増加を指摘している。糖尿病については,「原爆放射線の人体影響1992」が放射線被曝と糖尿病発症との関連についてインスリン分泌低下,糖尿病頻度,糖尿病発症率及び合併症についての報告がみられるが,いずれも否定的な見解が得られているとしているものの,楠洋一郎ら報告は,これとは異なり,広島で原爆に被爆した時に20歳未満だった者は,2型糖尿病の有病率と放射線量との間に有意な正の相関関係が示唆されたとしているものである。加えて,赤星正純報告が,高血圧,高脂血症及び炎症には放射線被曝が関与していることが明らかになったとし,清水由紀子ら報告も,放射線に誘発されたような炎症反応,内皮細胞の細胞喪失や機能変化あるいは微小血管性損傷などが,放射線関連の心疾患の病理学的な変化につながる病原性変化の初期の現象といえるかもしれず,これらは,他の危険因子,例えば,高血圧,高脂血症,喫煙,糖尿病や感染症など心疾患を促進する因子を増加させているのかもしれないとしているのであって,少なくとも心筋梗塞に関する危険因子である高血圧,脂質異常症及び糖尿病については放射線被曝との関連性が認められる症状であるというべきである。さらに,齋藤紀の意見も,心疾患という統合的機能低下は,心臓を構成する多様な細胞群及び心臓に影響を与える全身を循環する様々な細胞(群),因子(群)を通じて,被曝による多面的な影響を受けているとしているのであって,これらの知見を含めた前記各種知見を総合すれば,心筋梗塞についても,固形がんと同様,しきい値がないものとして考えるのが相当というべきである。
(ウ) 若年被爆者への影響について,LSS第11報第3部が,がん以外の疾患による死亡率の増加は,一般的に昭和40年以降で若年被爆群(被爆時年齢40歳以下)において認められ,若年被爆者の感受性が高いことを示唆しているとしている。また,AHS第7報が,若年被爆者では心筋梗塞の発生が増加しているとし,AHS第8報も,若年コホートの血圧傾向において被爆者が非被爆者より有意に高いとしており,これらの知見からすれば,若年被爆者におけるほど放射線の影響は大きいものと優に推認することができるものというべきである。
(エ) さらに,交絡因子については,LSS第12報第2部が,潜在的な重要交絡因子の影響は極めて小さく,寿命調査(LSS)集団において放射線とがん以外の死因による死亡率との間にみられる関連性は交絡に起因するものではないと思われるとし,AHS第8報が,喫煙や飲酒で調整しても,高血圧と40歳未満で被爆した者の心筋梗塞の有意な二次線量反応の結果は変わらなかったとし,清水由紀子ら報告も,前向き研究で得られた喫煙,飲酒,教育歴,職歴,肥満及び糖尿病のデータは,心疾患の放射線リスク推定にほとんど影響を及ぼさないとしていることからすれば,心筋梗塞においてはそもそもその影響が極めて小さいものであることが認められる。
(4) 狭心症
ア 総説
狭心症は,一過性の心筋虚血を原因とし,胸部又はその周辺の不快感を主症状とする臨床症候群であり,心筋梗塞と同じ虚血性心疾患の一つであるが,疾病経過としては可逆的である点が心筋梗塞と異なる。狭心症は,発生機序,誘因及び経過の観点からそれぞれ分類があるが,大まかには,主に動脈硬化が原因となり器質的に(物理的に)冠動脈が狭窄することによって起こるもの(器質性狭心症)と,必ずしも器質的な病変を伴わないが冠動脈平滑筋が攣縮することによって起こるもの(冠攣縮性狭心症)とに分けることができる(乙C14・9頁,10頁,12頁,乙C15・9頁ないし12頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(10)21頁,22頁)。
このうち,器質的な病変を伴う場合の危険因子については,心筋梗塞と共通しており(虚血性心疾患の危険因子),喫煙,高血圧,脂質異常症,糖尿病,年齢(加齢。男性45歳以上,女性55歳以上),家族歴などが危険因子とされる(弁論の全趣旨・被告準備書面(10)22頁)。
狭心症は,原爆に被爆していなくても,誰にでも発症し得る疾患であり,一般的には生活習慣病の一つとされている。そして,発症要因が不明とされる疾患も多数ある中で,狭心症は,上記のリスク要因(危険因子)が存在し(特に喫煙,高血圧,脂質異常症(高脂血症)及び糖尿病が4大危険因子と言われている。),これらの危険因子が多くなればなるほど有病率が加速度的に増加するなど,そのリスク要因やリスク上昇の程度が,疫学上もメカニズム上も比較的明瞭にされている疾患である(弁論の全趣旨・被告準備書面(10)22頁)。
イ 検討
狭心症そのものに対する疫学調査は存在しないと認められるものの(弁論の全趣旨),LSS第14報及び清水由紀子ら報告は,循環器疾患ないし心疾患全体の検討の中で狭心症を含めて疫学調査をし,放射線被曝の影響を指摘しているものである。そして,心筋梗塞が心筋虚血が一定時間持続した結果,心筋が壊死するに至った不可逆的虚血であるのに対して,狭心症は一過性の心筋虚血を原因とし,胸部又はその周辺の不快感を主症状とする臨床症候群であり,心筋梗塞と同じ虚血性心疾患の一つであって,いわば同質の疾病である。そうであるとすれば,狭心症についても,心筋梗塞に準じて考えることができるものというべきである。
したがって,狭心症は,一般的に放射線被曝との関連性が認められる疾病であり,しきい値もないものとして考えるのが相当である。さらに,狭心症は,若年被爆者におけるほど放射線の影響が大きい疾病であって,交絡因子の影響も極めて小さいものと認めるのが相当である。
(5) 脳梗塞
ア 総説
(ア) 脳梗塞は脳血管障害の一つである。脳血管障害は,脳の一部が虚血あるいは出血により一過性又は持続性に障害を受けるか,脳の血管が病理的変化により一次的に侵される場合,又は,この両者が混在する全ての疾患と定義され,脳卒中の同義語として用いられている(乙C1・1761頁)。
(イ) 脳梗塞は,米国立神経疾患・脳卒中研究所(NINDS)による脳血管障害の臨床的分類によれば,脳出血,くも膜下出血及び動静脈奇形による頭蓋内出血と共に,局所性脳機能障害の一つである脳卒中の一病型として分類されている(乙C1・1762頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(3)7頁)。なお,脳出血,くも膜下出血及び動静脈奇形による頭蓋内出血を総称して「出血性脳卒中」と呼び,脳梗塞を「虚血性脳卒中」と呼ぶ場合もある(乙C2・11頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(3)7頁)。
また,脳梗塞の臨床病型は,①心原性脳塞栓症,②アテローム血栓性脳梗塞及び③ラクナ梗塞に分類されている(乙C1・1762頁)。
(ウ) 脳梗塞は,何らかの原因で脳の虚血(動脈血量の減少による貧血)が発生している状態をいう。そして,虚血の発生機序は,①血栓性(動脈硬化により,その部分に血栓が形成され虚血を呈するもの),②塞栓性(血流の上流から栓子が流入して,血流を塞いで虚血を呈するもの)及び③血行力学性(灌流圧の低下により,灌流圧の最も低い部分(分水嶺)が虚血となるもの)に大別される(弁論の全趣旨・被告準備書面(3)7頁)。
(エ) 上記の発症機序を前提に臨床病型をみると,心原性脳塞栓症は,心臓由来の血栓(心房細動が主な原因となる。)により血管が詰まるもの(塞栓性),ラクナ梗塞は,細い血管病変に血栓ができることで起きるもの(血栓性)ということができる。また,アテローム血栓性脳梗塞は,頭蓋内外の主幹動脈のアテローム硬化(コレステロールなどの脂質が動脈壁内に沈着することによりできる粥状硬化)により血栓を生じるなどするもの(血栓性),栓子が流れてきた際に詰まるもの(塞栓性),あるいは,血流不足が生じやすいなどの原因で当該部位が閉塞するもの(血行力学性)ということができる(乙C2・12頁,13頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(3)8頁)。
(オ) 脳卒中(脳血管障害)は生活習慣病の一つとされ(乙C3・1枚目),悪性新生物,心疾患,肺炎に続いて国民の死因の上位(平成23年で4位,全死亡の9.9%)を占めている(乙C4・14頁)。脳卒中データバンク2009によれば,脳梗塞は,入院加療となる脳卒中の症例のうちの4分の3を占めており(乙C2・11頁),その臨床病型は,アテローム血栓性脳梗塞,ラクナ梗塞,心原性脳塞栓症の症例でほぼ3分されている(乙C2・13頁)。
脳梗塞を起こしやすくする危険因子としては,高血圧,脂質異常症,糖尿病,心房細動,喫煙等が挙げられている(乙C5・21頁ないし36頁,C6・22頁ないし26頁)。
イ 各種知見
(ア) LSS第9報第2部
昭和57年発表のLSS第9報第2部は,がん以外の特定死因で,原爆被爆との有意な関係を示すものはみられないとしている(乙B208・1頁)。
(イ) LSS第11報第3部
平成4年発表のLSS第11報第3部は,① まだ限られた根拠しかないが,高線量域(2グレイ又は3グレイ以上)において,がん以外の疾患による死亡リスクの過剰があるように思われ,統計学的にみると,二次モデル又は線形―しきい値モデル(推定しきい値線量1.4グレイ(0.6グレイないし2.8グレイ))の方が,単純な線形又は線形―二次モデルよりもよく当てはまる,② がん以外の疾患による死亡率のこのような増加は,一般的に昭和40年以降で若年被爆群(被爆時年齢40歳以下)において認められ,若年被爆者の感受性が高いことを示唆している(甲A41文献29・1頁),③ 昭和25年から昭和60年までの循環器疾患による死亡率は,線量との有意な関連を示したが,脳卒中による死亡率にはそのような関連は認められなかった,④ 後期(昭和41年から昭和60年まで)になると,被爆時年齢が低い群(40歳未満)では,循環器疾患全体の死亡率及び脳卒中の死亡率は,線量と有意な関係を示し,線量反応曲線は純粋な二次又は線形―しきい値型を示したとしている(甲A41文献29・12頁)。
(ウ) LSS第12報第2部
平成11年発表のLSS第12報第2部は,① 今回の解析結果は,放射線量とともにがん以外の疾患の死亡率が統計的に有意に増加するという前回の解析結果を強化するものであり,有意な増加が循環器疾患に観察された,② 1シーベルトの放射線に被曝した者の死亡率の増加は約10%で,がんと比べるとかなり小さかった,③ 今回のデータからはっきりした線量反応曲線の形を示すことはできなかった,④ 統計的に非直線性を示す証拠はなかったが,0.5シーベルト未満では,リスクを無視することができるほど小さいか0である線量反応曲線にも矛盾しなかった(乙Dネ14・1頁),⑤ 潜在的な重要交絡因子の影響は極めて小さく,寿命調査(LSS)集団において放射線とがん以外の死因による死亡率との間にみられる関連性は交絡に起因するものではないと思われるとしている(乙Dネ14・16頁)。
(エ) LSS第13報
平成15年発表のLSS第13報は,① がん以外の疾患による死亡率に対する放射線の影響については,追跡調査期間中(昭和25年から平成9年まで)の最後の30年間では,1シーベルト当たり約14%の割合でリスクが増加しており,依然として統計的に確かな証拠が示された,② 脳卒中に関して統計的に有意な増加がみられたが,約0.5シーベルト未満の線量については放射線影響の直接的な証拠は認められなかったとしている(甲A77資料11-1・2頁)。
(オ) UNSCEAR2006年報告書
UNSCEAR2006年報告書は,① 心血管疾患やがんとは異なる全ての疾患群の死亡について,約1グレイないし2グレイ未満の線量の放射線被曝との関連を示す証拠は,原爆被爆者データの解析から得られているだけである,② その他の研究からの科学的な証拠は,約1グレイないし2グレイ未満の線量の放射線被曝との因果関係を推論するためには,その集団における心血管疾患に関する証拠よりも更に不十分である(乙Dル7・6頁),③ 脳卒中について,0.5シーベルト未満での過剰リスクの証拠もほとんどなかったとしている(乙Dル7・349頁)。
(カ) 清水由紀子ら報告
平成22年発表の清水由紀子ら報告は,① 脳卒中の線形線量反応モデルに基づく1グレイ当たりの過剰相対リスクの推定値は9%(95%信頼区間は1%ないし17%。P値は0.02)であったが,上向きの曲線傾向がみられることから,低線量では比較的リスクが少ないことが示唆された,② 0グレイないし0.5グレイに限定した場合,線量反応は有意ではなかった,③ 前向き研究で得られた喫煙,飲酒,教育歴,職歴,肥満及び糖尿病のデータは,脳卒中の放射線リスク推定にもほとんど影響を及ぼさず,がんが循環器疾患と誤診されることも,観察された関係を説明することができなかった,④ 結論として,0.5グレイを超える被曝線量では,脳卒中のリスクの増加がみられたが,低線量のリスクの程度は明らかでなく,被爆者において,脳卒中と心疾患を合わせた放射線関連の過剰死亡数はがんによる過剰死亡数の約3分の1である(乙Dタ10),⑤ 脳卒中について,しきい値線量の最良の推定は0.5グレイであり,95%の信頼限界の上限は2グレイであったが,下限は0を超えるものではなく,しきい線量は存在しないかもしれないとしている(乙Dタ12・6頁)。
(キ) UNSCEAR2010年報告書
UNSCEAR2010年報告書は,① 約1グレイないし2グレイ未満の線量の被曝と心血管疾患以外の非がん疾患の過剰発生との間の直接的な因果関係についての結論を下すことはできなかった,② これらの疾患の低線量における線量反応関係の形状はまだ明らかでない,③ 1グレイないし2グレイ未満の線量,また,はるかに低い線量の場合においても,非がん疾患のリスクが増加することを示す最近の疫学調査からの新たな証拠があるが,関連するメカニズムはいまだ不明瞭で,低線量におけるリスク推定には問題が残るとしている(乙Dル9・16頁)。
(ク) ICRP2011年勧告
ICRP2011年勧告は,不確実性は残るものの,循環器疾患のしきい吸収線量は,脳に対しては,0.5グレイ程度まで低いかもしれないことを医療従事者は認識させられなければならないとしている(乙C12の1・乙C12の2)。
(ケ) LSS第14報
平成24年発表のLSS第14報は,① 非腫瘍性疾患では,循環器疾患で放射線によるリスクの増加が示されたが,放射線との因果関係については今後の研究が必要である(甲A614の3・2頁),② 過剰リスクの有意な増加が循環器系(0.11(95%信頼区間は0.05ないし0.17))で認められた(甲A614の3・12頁),③ 追跡調査の初期(昭和25年から昭和40年まで)におけるがん以外の疾患の死亡率の線量反応関係には約1.5グレイ未満で放射線影響は基本的には認められなかったが,後期(昭和41年から平成15年まで)においては,全体的にがん以外の疾患についてほぼ線形の線量反応関係が認められ,両期間における線量反応の形状の差異は有意であるが,循環器疾患では両期間に差異は認められなかったとしている(甲A614の3・12頁,13頁)。
(コ) 高橋郁乃ら「広島・長崎の原爆被爆者の致死的・非致死的脳卒中と放射線被曝の関連についての前向き追跡研究(1980-2003年)」
高橋郁乃らは,原爆による放射線被爆者9515人について昭和55年から24年間追跡を行い,日本人原爆被爆者における放射線被曝と脳卒中発生の関連を調べ,「広島・長崎の原爆被爆者の致死的・非致死的脳卒中と放射線被曝の関連についての前向き追跡研究(1980-2003年)」(以下「高橋郁乃ら報告」という。)としてまとめ(甲A614の8の1),平成24年に発表した。
高橋郁乃ら報告は,① 昭和55年から平成15年までの研究期間中に,235人の出血性脳卒中及び607人の虚血性脳卒中が確認された,② 年齢及び危険因子の調整後,出血性脳卒中のリスクは,男性では被曝線量が0.05グレイ未満の群から2グレイ以上の群に増加するに伴い,直線的な線量反応関係で増加した(P値は0.009),③ 1グレイ未満の群においても,しきい値のない発生率の増加を認めた(P値は0.004),④ 女性では被曝線量の増加に伴い出血性脳卒中のリスクが増加したが,しきい値1.3グレイ未満ではリスク増加は認められなかった,⑤ 男女ともに被曝線量と虚血性脳卒中に関連は認めなかったとしている(甲A614の8の1)。
(サ) ICRP2012年勧告
ICRP2012年勧告は,① 最近更新された原爆被爆者データの分析(清水由紀子ら報告)によると,脳卒中に関しては,推定しきい線量は0.5グレイとされ,95%信頼区間の上限は2グレイであった(乙Dル11の1,乙Dル11の2・4頁),② 0.5グレイ以下の線量域における,いかなる重症度や種類の循環器疾患リスクも,依然として不確実であることが強調されるべきであるとしている(乙Dル11の1,乙Dル11の2・5頁)。
(シ) C12らの意見
生協きたはま診療所医師のC12らは,脳梗塞の原因が脳血管の動脈硬化であり,その悪化要因が高血圧や慢性腎臓病,更には脳血管内膜に生じた無症状性の持続的炎症状態に関連していることも医学的に確立した知見であり,それらが放射線被曝に関連している以上,被爆者の疾病発生リスクの増加につながっていることは否定することができないとしている(甲A613・13頁)。
ウ 検討
(ア) 脳梗塞についても,心筋梗塞と同様,LSS第9報第2部,LSS第11報第3部,LSS第12報第2部,LSS第13報,LSS第14報,清水由紀子ら報告等によって,疫学的知見が集積されてきている。これらの報告は,当初は,LSS第9報第2部が,がん以外の特定死因で原爆被爆との有意な関係を示すものはみられないとして,脳梗塞と放射線被曝との関連性について否定的であったが,その後は,例えば,LSS第14報が循環器疾患で放射線によるリスクの増加が示されたとし,清水由紀子ら報告が脳卒中の線形線量反応モデルに基づく1グレイ当たりの過剰相対リスクの推定値は9%であったとするなど,おおむね脳梗塞と放射線被曝との関連性を肯定するものとなっている。
これらの知見を含めた前記各種知見を総合し,改定後の新審査の方針は「放射線起因性が認められる心筋梗塞」を積極認定対象疾病とし,再改定後の新審査の方針も「心筋梗塞」を積極認定対象疾病としているところ,脳梗塞は,心筋梗塞とは循環器疾患であるという点において共通することも併せ考慮すれば,脳梗塞は,一般的に放射線被曝との関連性が認められる疾病であるというべきである。
(イ) この点,高橋郁乃ら報告は,出血性脳卒中のリスクが,男性では直線的な線量反応関係で増加したとしつつも,男女ともに被曝線量と虚血性脳卒中に関連は認めなかったとしている。しかしながら,高橋郁乃ら報告に対しては,① 死亡例に関して,線量反応関係でほとんど0に近いとされているグループにおいて脳梗塞が一定程度認められる,② 久山町研究は,我が国における成人病の有病率の調査としては,非常に国際的な評価の高い精緻な調査であるところ,全く被曝のない集団を対象とした久山町研究と被爆者の集団とを比較した場合に,被爆者の集団は,脳梗塞の有病率が高いことが認められるなどの批判があり(証人C12・調書21頁ないし22頁),高橋郁乃ら報告についても,疫学調査の問題として指摘したところが当てはまるのであって,高橋郁乃ら報告が上記のような報告をしているからといって,前記各種知見の総合に基づく脳梗塞の放射線起因性が否定されることにはならないというべきである。
(ウ) 次に,脳梗塞のしきい値について検討するに,UNSCEAR2006年報告書,UNSCEAR2010年報告書,清水由紀子ら報告,ICRP2011年勧告及びICRP2012年勧告は,少なくとも0.5グレイ程度に満たない低線量の被曝についてはその影響を否定するかのようなものとなっている。
しかしながら,C12らの意見は,脳梗塞の原因が脳血管の動脈硬化であり,その悪化要因が高血圧や慢性腎臓病,更には脳血管内膜に生じた無症状性の持続的炎症状態に関連していることも医学的に確立した知見であり,それらが放射線被曝に関連している以上,被爆者の疾病発生リスクの増加につながっていることは否定することができないとしているのであって,脳梗塞についても,心筋梗塞で検討したところと同様の理由から,しきい値がないものとして考えるのが相当というべきである。
(エ) 若年被爆者への影響について,LSS第11報第3部が,がん以外の疾患による死亡率の増加は,一般的に昭和40年以降で若年被爆群(被爆時年齢40歳以下)において認められ,若年被爆者の感受性が高いことを示唆しているとしている。また,脳梗塞は,心筋梗塞とは循環器疾患であるという点において共通するところ,心筋梗塞について,若年被爆者におけるほど放射線の影響は大きいものと推認することができることからすれば,脳梗塞についても,若年被爆者におけるほど放射線の影響は大きいものと優に推認することができるものというべきである。
(オ) さらに,交絡因子については,LSS第12報第2部が,潜在的な重要交絡因子の影響は極めて小さく,寿命調査(LSS)集団において放射線とがん以外の死因による死亡率との間にみられる関連性は交絡に起因するものではないと思われるとし,清水由紀子ら報告が,前向き研究で得られた喫煙,飲酒,教育歴,職歴,肥満及び糖尿病のデータは,脳卒中の放射線リスク推定にもほとんど影響を及ぼさないとしていることからすれば,脳梗塞においてはそもそもその影響が極めて小さいものであることが認められる。
(6) 甲状腺機能亢進症
ア 総説
(ア) 甲状腺機能亢進症とは,甲状腺自体の活動が亢進し,そのため甲状腺における甲状腺ホルモンの合成,分泌が高まっている病態を指す。バセドウ病(グレーブズ病ともいう。)とは,自己免疫異常の関与により甲状腺において過剰の甲状腺ホルモンが合成,分泌される疾患をいい,甲状腺機能亢進症の最も代表的な疾患であり(乙Dソ2・1349頁,1350頁),原告X18もバセドウ病との診断を受けていることから(後記第3の14参照),以下,バセドウ病を中心に検討する。
(イ) バセドウ病は自己免疫疾患の一つであり,その発生機序としては,TSH受容体に対する自己抗体(抗TSH受容体抗体。この抗TSH受容体抗体には,受容体機能を刺激する甲状腺刺激抗体が含まれている。なお,自己抗体が生じる詳細な機序は未解決とされている。)が,甲状腺刺激ホルモン(TSH)の代わりにTSH受容体に結合してこれを持続的に刺激することによりTSH受容体の機能が活性化し,抑制が効かない状態で,TSH受容体から甲状腺ホルモンが大量に生産,放出されて体内に多くの甲状腺ホルモンが存在する状態(甲状腺機能亢進症)となるとされている(乙Dソ2・1350ページ,乙Dソ3・169ないし171頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(13)9頁,10頁)。すなわち,バセドウ病は,甲状腺自体に異常を来しているわけではなく,飽くまでも異常な物質(甲状腺刺激抗体が含まれている抗TSH受容体抗体)がTSH受容体を刺激することで,甲状腺の働きを異常にしてしまうものである(弁論の全趣旨・被告準備書面(13)10頁)。
(ウ) バセドウ病の原因としては,環境的要因と遺伝的要因があると考えられており,環境的要因(環境因子)としては,ストレス,喫煙,感染,ヨード摂取量,ホルモン,妊娠などが重要であるとされている(乙Dソ2・1350頁)。
(エ) バセドウ病の主な治療法としては,① 薬物で甲状腺ホルモンの合成を抑制する「抗甲状腺薬による治療」,② 手術により甲状腺を減らし,残存甲状腺が正常人と同じ程度のホルモン生成及び分泌を行うようにする「手術療法」,③ 放射性ヨード(ヨウ素131)の内服によって,放射線により甲状腺を破壊縮小して過剰のホルモン合成を抑制する「放射線ヨード治療」の三つに大きく分けられる(乙Dソ2・1353頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(13)10頁,11頁)。
(オ) 一方,慢性甲状腺炎の発生機序は,甲状腺ホルモンを合成する甲状腺そのものに慢性の炎症が起き,甲状腺が徐々に破壊された結果,甲状腺ホルモンを十分に産生できなくなり,甲状腺機能低下症の症状に至るものであるとされている。慢性甲状腺炎では,自己免疫の結果として,抗サイログロブリン抗体(抗Tg抗体(TgAb))や抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(抗TPO抗体(TPOAb))などが検出され,これらは診断に活用されている(乙Dソ4・98頁,101頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(13)11頁)。しかし,これらの抗体は生体内で慢性甲状腺炎の病態そのものに影響を与えるものではないと考えられており(乙Dソ4・98頁,99頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(13)12頁),細胞傷害性T細胞という免疫担当細胞の一種により直接甲状腺細胞が破壊されることが病態の主要メカニズムとして考えられている(乙Dソ6の1,乙Dソ6の2,弁論の全趣旨・被告準備書面(13)12頁)。
(カ) また,一般に内分泌腺は発育中あるいは増殖状態にある場合にはより感受性が高くなり,甲状腺についても,成人よりも小児の方がより放射線の影響を受けやすいとされている(乙C44・40頁)
イ 各種知見
(ア) 横田素一郎ら「原爆被爆者にみられた甲状腺障碍について」
長崎原爆病院の横田素一郎らは,昭和33年から昭和35年までの約2年5箇月の間に4回の定期検診を除き,何らかの愁訴をもって来院した外来患者7735人中54人(0.69%)の甲状腺疾患患者を経験したことから,臨床的及び統計的観察をし,「原爆被爆者にみられた甲状腺障碍について」(以下「横田素一郎ら報告」という。)としてまとめ(甲A293文献4・750頁),同年に発表した。
横田素一郎ら報告は,① 単純性甲状腺腫が25人で最も多く,以下,甲状腺機能亢進症,悪性甲状腺腫及び甲状腺機能低下症の順であった,② 2km内外の被爆距離別発現頻度では,甲状腺機能亢進症と単純性甲状腺腫においては,全く有意の差を認めることはできなかったが,甲状腺機能低下症と悪性甲状腺腫では,2km以内の発現頻度が高かったとしている(甲A293文献4・750頁)。
(イ) 片山茂裕ら「放射線照射に関連した甲状腺機能亢進症」
昭和58年発表の埼玉医大の片山茂裕らの「放射線照射に関連した甲状腺機能亢進症」(以下「片山茂裕ら報告」という。)は,甲状腺機能亢進症が放射線療法後に散見され,放射線照射に関連した甲状腺機能亢進症が,患者99人中10人に認められたことにより,甲状腺機能亢進症の発症機序に放射線が重要な役割を果たすものと結論付けられるとしている(甲A306文献12)。
(ウ) 伊藤千賀子「原爆被爆者の甲状腺機能に関する検討」
広島原爆被爆者健康管理所の伊藤千賀子は,甲状腺機能に及ぼす原爆放射線の影響を検討することを目的として,1.5km以内の直接被爆者と3km以遠の直接被爆者を対象として,血中の甲状腺刺激ホルモン(TSH)値と抗甲状腺抗体の検索を中心にして,両群における甲状腺刺激ホルモン(TSH)レベル,甲状腺機能低下症の頻度並びにその成因について比較検討し,「原爆被爆者の甲状腺機能に関する検討」(以下「伊藤千賀子報告」という。)としてまとめ(甲A293文献5・18頁),昭和60年に発表した。
伊藤千賀子報告は,甲状腺機能低下症の頻度は,1.5km以内の直接被爆者の群及び3km以遠の直接被爆者の群について,男性ではそれぞれ1.22%,0.35%,女性ではそれぞれ7.08%,1.18%であり,男女とも1.5km以内の直接被爆者の群で有意に高率であったとしている(甲A293文献5・19頁)。
(エ) ICRP「電離放射線の非確率的影響」
昭和62年発表のICRPの「電離放射線の非確率的影響」は,① 核実験による放射性降下物に5歳以下の時に被曝したマーシャル群島の5人の少年のうち2人に甲状腺機能の著しい低下がみられ,この甲状腺機能低下には発育遅滞が伴い,体外ガンマ線と体内に沈着した放射性ヨウ素による7グレイないし14グレイの線量を甲状腺に受けたためとされた,② 同様に,10歳以下の年齢で被曝したマーシャル群島の子供達で甲状腺の線量が平均12グレイであったと推定される22人のうちの7人にそれ以後顕性の甲状腺機能低下あるいは無症候性の甲状腺予備能力の低下,すなわち,血清中の甲状腺刺激ホルモン(TSH)の基礎レベルの増加,又は,サイロトロピン放出ホルモンに対するTSH反応の亢進が起こった,③ 被曝時に10歳以上であった子供達で甲状腺の線量が平均4グレイよりやや少ないと推定された45人のうち4人に甲状腺予備能力の低下を示す,同様なある種の臨床症状として現れない証拠が認められた,④ 頚部の腫瘍にX線分割照射を行った成人で,粘液浮腫を伴う甲状腺損傷が26グレイないし48グレイの照射後4箇月以内から3年間に発生したことが報告されている,⑤ これらの観察から甲状腺全体が照射された場合,正常な成人の甲状腺に対するこのような重篤な機能的損傷のしきい値は,30日間の分割照射で約25グレイないし30グレイ程度であると推定されるが,もっと低線量でも臨床症状として現れない損傷を受ける可能性はあるとしている(乙C44・40頁,41頁)。
(オ) 井上修二ら「長崎原爆被爆者における甲状腺疾患の調査(第3報)」
放影研の井上修二らは,昭和59年から長崎の成人健康調査(AHS)集団を対象とし,全ての甲状腺疾患の発生頻度について調査を行い,「長崎原爆被爆者における甲状腺疾患の調査(第3報)」(以下「井上修二ら報告」という。)としてまとめ(甲A293文献7・587頁),昭和63年に発表した。
井上修二ら報告は,① 原爆被爆の人体に及ぼす長期影響として,高線量被曝者に結節性甲状腺腫の発生頻度の増加を,低線量被曝者のみに橋本病による甲状腺機能低下症の有意の増加を認めた,② 今後は,高線量被曝のみならず低線量被曝の人体に及ぼす影響を注意深く調査する必要があると考えられたとしている(甲A293文献7・591頁)。
(カ) LESLIE DeGroot「放射線と甲状腺疾患」
昭和63年発表の米国ローデアイランド大学教授のLESLIE DeGrootの「放射線と甲状腺疾患」(以下「DeGroot報告」という。)は,甲状腺へのX線照射は,腺腫と甲状腺機能低下の高い発生率を含む他の組織学的異常を誘発するだけではなく,自己免疫性甲状腺疾患の罹患率の増加と恐らく眼球突出やグレーブズ病の発症と関係しているとしている(甲A306文献11の1,甲A306文献11の2)。
(キ) 長瀧重信ら「放射性降下物地域における甲状腺結節の高有病率」
長瀧重信らは,被爆後,長崎の西山地区に少なくとも10年以上住み,調査時点で長崎市に住む247人のうち,184人について甲状腺疾患を調査し,「放射性降下物地域における甲状腺結節の高有病率」(以下「長瀧重信ら第1報告」という。)としてまとめ(甲A614の21の1,甲A614の21の2),平成元年に発表した。
長瀧重信ら第1報告は,対照群では368人中1人に甲状腺機能亢進症の病歴があったのに対し,西山地区では184人中4人に甲状腺機能亢進症の病歴があり,うち1人は被爆前の病歴があったとしている(甲A614の21の1,甲A614の21の2)。
(ク) AHS第7報
平成6年発表のAHS第7報は,① 甲状腺疾患発生率と放射線との有意な正の線量反応が認められた(乙Dネ6・16頁),② ただし,甲状腺疾患とは,非中毒性結節性甲状腺腫,び慢性甲状腺腫,甲状腺中毒症,甲状腺炎及び甲状腺機能低下症のうち一つ以上が存在する疾患であると広義に定義した,③ 特に若年者の甲状腺は悪性腫瘍だけでなく,その他の甲状腺疾患をもたらすということでも電離放射線の影響に敏感であることが示された,④ 電離放射線とがん以外の特定の種類の甲状腺疾患の関係は,それを解明するために特別に企画された調査を通して検討しなければならないとしている(乙Dネ6・22頁)。
(ケ) 長瀧重信ら「長崎原爆被爆者における甲状腺疾患」
長崎大学医学部教授の長瀧重信らは,放影研の長崎の成人健康調査(AHS)集団における甲状腺疾患の現状を明らかにすることを目的として,昭和59年から昭和62年にかけて実施された長崎の成人健康調査(AHS)対象者2856人のうち2587人について調査研究をし,「長崎原爆被爆者における甲状腺疾患」(以下「長瀧重信ら第2報告」という。)としてまとめ(甲A306文献7・64頁),平成6年に発表した。
長瀧重信ら第2報告は,① がん,腺腫,腺腫様甲状腺腫及び組織学的診断のない結節を含む充実性結節並びに抗体陽性特発性甲状腺機能低下症(自己免疫性甲状腺機能低下症)においては有意な線量反応関係が認められたが,他の疾患では認められなかった(甲A306文献7・64頁),② この調査によって,原爆被爆者において自己免疫性甲状腺機能低下症の有病率が増加していることが初めて示され,線量反応曲線は上に凸で,約0.7シーベルトで最大に達するが,これは比較的低線量の放射線が甲状腺に及ぼす影響を更に研究することの必要性を示しているとしている(甲A306文献7・73頁)。
(コ) 今野則道ら「北海道在住成人における甲状腺疾患の疫学的調査―ヨード摂取量と甲状腺機能との関係―」
北海道社会保険中央病院の今野則道らは,札幌及び本道沿岸の5地域の住民について甲状腺疾患の疫学調査を行い,ヨード摂取量と甲状腺機能異常の頻度との関係を検討し,「北海道在住成人における甲状腺疾患の疫学的調査―ヨード摂取量と甲状腺機能との関係―」(以下「今野則道ら報告」という。)としてまとめ(甲A614の20の2・614頁,615頁),平成6年に発表した。
今野則道ら報告は,平均年齢46.0歳±10.0歳の男性及び平均年齢44.9歳±10.2歳の女性の札幌群において,低血中甲状腺刺激ホルモン(低TSH)の頻度は0.61%であり,バセドウ病の頻度は0.39%であったとしている(甲A614の2の2・615頁,617頁)。
(サ) 新内科書
平成8年発表の新内科書は,① バセドウ病は自己免疫性の甲状腺疾患であり,TSH受容体に結合する自己抗体の存在によって甲状腺が刺激されるため機能亢進が起こるものと考えられているが,甲状腺に対する自己免疫の成立する機序についてははっきりしていない,② バセドウ病と橋本病(甲状腺機能低下症)でみられる遺伝的,免疫学的な特徴はほとんど共通しており,また,経過中に両者の間を移行する症例もみられることから,これらは実は本来同種の自己免疫性甲状腺疾患であって,TSH受容体刺激性抗体が優位か細胞障害性免疫が優位かによって現れ方が違うだけではないかという考え方があるとしている(甲A620・1057頁)。
(シ) D.Shilin「ロシア領内のチェルノブイリ原発事故における放射線汚染地域に住むGraves病の子どもにおける放射線被曝の臨床症状と病歴についてのいくつかのデータ」
平成12年発表の卒後教育のためのロシア医学アカデミーのD.Shilinの「ロシア領内のチェルノブイリ原発事故における放射線汚染地域に住むGraves病の子どもにおける放射線被曝の臨床症状と病歴についてのいくつかのデータ」(以下「Shilin報告」という。)は,① コホートの中でグレーブズ病に罹患する平均相対リスクは,チェルノブイリ原発事故以後最初の5年間と比較すると,最近の5年間(1995年(平成7年)ないし1999年(平成11年))では約3倍に増加した,② 1986年(昭和61年)ないし1994年(平成6年)のグレーブズ病の罹患率は低く,年当たり100分の0.45というごく少数の子供が記録されたが,その後,1995年(平成7年)ないし1999年(平成11年)の間に1.02に増加し,残りの多数が含まれる,③ 個体発生の早期における低線量被曝は,小児の甲状腺自己免疫病態の進展において,発病前のリスクファクターであるかもしれないとしている(甲A306文献10の1,甲A306文献10の2)。
(ス) UNSCEAR2000年報告書
UNSCEAR2000年報告書は,① 労働者や小児に放射線被曝に関連しない甲状腺結節の発生がみられる以外には,チェルノブイリ原発事故の影響を受ける集団の中で甲状腺異常が生じる証拠はない,② 1991年(平成3年)から1996年(平成8年)までの間にチェルノブイリ笹川健康医療コーポレーションが実施した事故時に10歳未満の小児16万人を対象とした大規模なスクリーニングプログラムにおいてさえ,電離放射線に関連する甲状腺機能低下症,甲状腺機能亢進症及び結節性甲状腺腫のリスクは増加しなかった,③ いくつかのマイナーな研究とは矛盾するが,甲状腺抗体の増加もみられなかったとしている(乙Dソ8の1,乙Dソ8の2)。
(セ) Christie Ehemanら「総説 環境による甲状腺被曝に伴う自己免疫性甲状腺疾患」
平成15年発表の米疾病予防管理センター(CDC)のChristie Ehemanらの「総説 環境による甲状腺被曝に伴う自己免疫性甲状腺疾患」(以下「Ehemanら報告」という。)は,① 甲状腺機能の異常は,甲状腺機能亢進症としても甲状腺機能低下症としても出現し得る,② 両コンディションの鑑別診断は大変広範囲に渡るが,臨床的に有意な甲状腺機能障害の共通の原因は,自己免疫プロセスにおいて甲状腺特異抗原に対する抗体によって仲介されることである,③ TSH受容体を刺激する抗体は,結果として甲状腺機能亢進状態を起こし,対照的に,甲状腺内での慢性炎症性破壊過程に関与する抗体は,甲状腺機能低下症を引き起こし得る(甲A306文献3の1,甲A306文献3の2・2頁),④ 抗甲状腺抗体の発現は,多くの部分は被曝した者の免疫機構によって決定されているので,放射線起因性の抗体形成は,厳密に線量に相関した現象ではないであろう,⑤ 反応性に富む免疫機構を持った患者では,低線量の被曝による少数の抗原への曝露ですらも大量の抗体形成の結果,甲状腺疾患の発症へと至ることができるとの仮説を立てることができ,環境被曝と個人被曝線量との線形の線量反応関係がないことをもって,原因と効果の関係を除外することはできない,⑥ 主に生態学的研究の形で,低線量の環境被曝は,期待されるよりも高い抗甲状腺抗体発症率を伴うであろうということを示すいくつかのエビデンスがあるとしている(甲A306文献3の1,甲A306文献3の2・10頁)。
(ソ) AHS第8報
平成16年発表のAHS第8報は,① 放射線と関連した甲状腺異常が,延長された経過観察中に発生し続けた,② 悪性,良性の甲状腺腫瘍が原爆での被曝線量に伴い増加したにもかかわらず,大半の症例が複数の甲状腺異常を有しており,また,甲状腺機能試験及び超音波検査法が定期的に実施されなかったため,特定の甲状腺疾患に対する放射線の影響はこの段階では評価することは不可能であった,③ 平成12年に開始された広島及び長崎で進行中の成人健康調査(AHS)甲状腺研究(後記の今泉美彩ら報告を指す。)は,特定の甲状腺疾患への放射線の影響を検証し,また,甲状腺機能低下症と自己免疫性甲状腺疾患に関する最近の成人健康調査(AHS)の知見を確証するために有用となるであろうとしている(乙C7・6頁)。
(タ) 今泉美彩ら「広島・長崎の原爆被爆者における甲状腺疾患の放射線量反応関係」
放影研の今泉美彩らは,長瀧重信ら第2報告が,長崎における昭和59年から昭和62年までの甲状腺調査で成人健康調査(AHS)集団において甲状腺結節と自己免疫性甲状腺疾患の線量反応を評価したことを受けて,平成12年から平成15年までの平均年齢71歳の広島及び長崎の成人健康調査(AHS)対象者3185人(男性1023人,女性2162人)について甲状腺疾患の臨床調査を実施し,「広島・長崎の原爆被爆者における甲状腺疾患の放射線量反応関係」(以下「今泉美彩ら報告」という。)としてまとめ(甲A306文献4の1・13頁,甲A306文献4の2),平成17年に発表した。
今泉美彩ら報告は,① 甲状腺抗体陽性率,甲状腺自己抗体陽性甲状腺機能低下症及びバセドウ病の有病率は,それぞれ28.2%,3.2%及び1.2%であった(甲A306文献4の1・13頁,甲A306文献4の2),② バセドウ病有病率と放射線量の関連が示唆されたが,統計的に有意なレベルには達しなかった(95%信頼区間は-0.06ないし1.69。P値は0.10)(甲A306文献4の1・14頁,15頁,甲A306文献4の2),③ 線量反応解析では,甲状腺自己抗体陽性率と甲状腺自己抗体陽性甲状腺機能低下症のいずれについても有意な放射線量反応関係は認められなかった,④ この結果は,ハンフォード核施設からのヨウ素131に若年で被曝した者らに関する最近の報告結果及び原爆被爆者に関する以前の疫学調査結果と一致している,⑤ 自己免疫性甲状腺疾患は放射線被曝には有意に関連していなかったとしている(甲A306文献4の1・16頁,甲A306文献4の2)。
(チ) 第16回在北米被爆者健康診断
2007年(平成19年),ロサンゼルス,ホノルル,サンフランシスコ及びシアトルの4都市において,被爆者426人(うち70人は被爆二世)を対象に第16回在北米被爆者健康診断が行われた(甲A306文献8・162頁)。診断の結果,被爆二世を除く被爆者356人のうち7人に甲状腺機能亢進症の既往又は治療が認められたが(甲A306・6頁),受診した被爆者について被爆状況別に検討した結果,被爆状況との間に統計的に有意な関連を認めた疾患や検査所見はなかった(甲A306文献8・162頁)。
(ツ) UNSCEAR2008年報告書
UNSCEAR2008年報告書は,① 甲状腺線量と自己免疫性甲状腺疾患との関連について,いかなる決定的証拠をも提供しなかった,② この研究はハンフォード核施設及び広島と長崎の原爆投下によって被曝した者らの研究の知見と一致する(乙Dソ19・176頁),③ これまでの証拠は,放射線被曝と臨床的に意味のある自己免疫性甲状腺炎との関係を示唆していないとしている(乙Dソ19・185頁)。
(テ) ICRP2012年勧告
ICRP2012年勧告は,甲状腺機能亢進症は,35グレイを超える線量の分割照射の約8年後程度から発症する可能性があるが,それほど一般的ではないとしている(乙Dソ20の1,乙Dソ20の2)。
(ト) 「原爆放射線の人体影響 改訂第2版」
平成24年発表の「原爆放射線の人体影響 改訂第2版」は,① 昭和26年から昭和60年までの広島の原爆被爆者を対象として放影研が行った3821例の剖検結果では,腺腫様甲状腺腫と甲状腺被曝線量との間に有意な関連は認められない(乙C49・211頁),② 甲状腺機能亢進症に関しては,現在のところ明らかな放射線被曝の影響を示唆する結果はないが,研究自体が少なく今後の検討課題である,③ 甲状腺機能亢進症に関しては,ホジキン病の放射線治療や甲状腺結節のヨウ素131内照射治療による高線量被曝で発症のリスクが高まるとの報告があるが,甲状腺被曝線量と線量反応関係は不明で,結論は出ていない(乙Dソ9・213頁),④ 昭和59年ないし昭和62年に長崎の成人健康調査(AHS)対象者に行われた甲状腺調査(長瀧重信ら第2報告)では,甲状腺機能亢進症(TSH低値かつfT4高値)は有意な甲状腺被曝線量(DS86)との関連を認めず,また,平成12年ないし平成15年の広島及び長崎の成人健康調査(AHS)対象者における甲状腺調査(今泉美彩ら報告)では,甲状腺機能亢進症の主な原因であるバセドウ病に関して解析が行われたが,長崎の結果と同様に甲状腺被曝線量(DS02)との有意な関連を認めなかった(乙Dソ9・215頁),⑤ 低ないし中線量の被曝による甲状腺機能亢進症の研究は少なく,ハンフォード核施設周辺住民の調査(平均甲状腺線量0.17グレイ)及びウクライナにおけるチェルノブイリ原発事故後の検討(平均被曝線量0.77グレイ)では,いずれも甲状腺機能亢進症と甲状腺被曝線量との有意な関連を認めなかったとしている(乙Dソ9・216頁)。
(ナ) チェルノブイリ原発事故後の調査報告
チェルノブイリ原発事故後,高度汚染地区のベラルーシでは,甲状腺機能亢進症が0.16%ないし0.18%にみられ,ロシアやウクライナの0.05%ないし0.08%より多い(甲A306・8頁)。また,甲状腺機能亢進症と甲状腺機能低下症について,ベラルーシのモギリョフにおける割合がそれぞれ0.16%,0.06%,ウクライナのキエフにおける割合がそれぞれ0.08%,0.05%となっており,甲状腺機能低下症よりも甲状腺機能亢進症の患者数が多くなっている(甲A306文献9の1・399頁)。
(ニ) C12の意見
C12は,① 甲状腺機能低下症は甲状腺ホルモンが不足している状態であるのに対し,甲状腺機能亢進症は,甲状腺ホルモンが過剰になっている状態であり,臨床的には区別すべき問題である,② しかしながら,その発生機序について考察すると,両者とも,自己免疫疾患とされており,未解明な部分が数多くある,③ 甲状腺機能亢進症と診断されている患者の中に甲状腺機能低下症の代表的な疾患である橋本病の自己抗体を有している割合も一定程度あり,また,逆のこともある,④ 甲状腺機能亢進症から同じ共通の自己免疫疾患である橋本病に実際に病態が移行しているというケースもあるとの報告があり,この二つの疾患は,自己免疫という現象では共通している,⑤ したがって,甲状腺機能低下症と甲状腺機能亢進症を全く別の疾患であると考えるのは一面しかみておらず,放射線の影響を考える際には,もう少し様々な角度からこの二つの疾患の有する共通性を十分に考える必要性があるとしている(証人C12・調書35頁)。
ウ 改定後の新審査の方針及び再改定後の新審査の方針
改定後の新審査の方針は,「放射線起因性が認められる甲状腺機能低下症」を積極認定対象疾病としており,再改定後の新審査の方針も「甲状腺機能低下症」を積極認定対象疾病としている。
エ 検討
(ア)a 甲状腺機能亢進症(バセドウ病)については,UNSCEAR2008年報告書が甲状腺線量と自己免疫性甲状腺疾患との関連について,いかなる決定的証拠をも提供しなかったとし,第16回在北米被爆者健康診断も,診断の結果,被爆二世を除く被爆者356人のうち7人に甲状腺機能亢進症の既往又は治療が認められたが,受診した被爆者について被爆状況別に検討した結果,被爆状況との間に統計的に有意な関連を認めた疾患や検査所見はなかったとしている。UNSCEAR2000年報告書も同趣旨であり,また,「原爆放射線の人体影響 改訂第2版」も,甲状腺機能亢進症に関しては,甲状腺被曝線量との線量反応関係は不明で結論は出ておらず,複数の報告でも,甲状腺機能亢進症ないしバセドウ病と甲状腺被曝線量の有意な関連は認められていないとしている。
このように放射線被曝との関連性を否定するかのような知見が複数ある一方で,「電離放射線の非確率的影響」やICRP2012年勧告のように,そもそも高線量被曝のみを前提としているような知見もある。
しかしながら,AHS第7報は,甲状腺疾患を非中毒性結節性甲状腺腫,び慢性甲状腺腫,甲状腺中毒症,甲状腺炎及び甲状腺機能低下症のうち一つ以上が存在する疾患であると広義に定義した上で,甲状腺疾患発生率と放射線との有意な正の線量反応が認められたとし,AHS第8報は,特定の甲状腺疾患に対する放射線の影響を評価することは不可能であったとしながらも,放射線と関連した甲状腺異常が発生し続けたとしている。このような報告を経た上で,今泉美彩ら報告は,統計的に有意なレベルには達しなかったとしながらも,バセドウ病有病率と放射線量の関連が示唆されたとしているものである。この点については,片山茂裕ら報告及びDeGroot報告も同趣旨であり,また,井上修二ら報告は,甲状腺疾患に関し,低線量被曝の人体に及ぼす影響を注意深く調査する必要があるともしているものである。
一方,今野則道ら報告は,平均年齢46.0歳±10.0歳の男性及び平均年齢44.9歳±10.2歳の女性の札幌群において,バセドウ病の頻度は0.39%であったとしているところ,今泉美彩ら報告は,平均年齢71歳の広島及び長崎の成人健康調査(AHS)対象者について甲状腺疾患の臨床調査を実施したところ,バセドウ病の有病率は1.2%であったとしており,両報告には年齢に差異がある等の批判があることを考慮してもかなりの高率であると認められる。同様に,長瀧重信ら第1報告も,長崎の西山地区に少なくとも10年以上住んでいた184人のうち,4人に甲状腺機能亢進症の病歴があるとしているのであって,うち1人は被爆前の病歴があったことを考慮しても,対照群が368人中1人にしか甲状腺機能亢進症の病歴が認められないことと比較してかなりの高率であると認められる。
さらに,Shilin報告やチェルノブイリ原発事故後の調査報告などにおいても,チェルノブイリ原発事故後に甲状腺機能亢進症の増加が認められる。
b 横田素一郎ら報告や伊藤千賀子報告は,甲状腺機能低下症と原爆放射線との関連を示す報告をしており,また,長瀧重信ら第2報告も,原爆被爆者において自己免疫性甲状腺機能低下症の有病率が増加していることが示されたとしているところ,改定後の新審査の方針が「放射線起因性が認められる甲状腺機能低下症」を積極認定対象疾病とし,再改定後の新審査の方針も「甲状腺機能低下症」を積極認定対象疾病としていることも併せ考慮すれば,甲状腺機能低下症は,一般的に放射線被曝との関連性が認められる疾病であると認めることができる。
一方,甲状腺機能低下症と甲状腺機能亢進症(バセドウ病)との関係について,新内科書は,甲状腺に対する自己免疫の成立する機序についてははっきりしておらず,バセドウ病と橋本病(甲状腺機能低下症)でみられる遺伝的,免疫学的な特徴はほとんど共通しており,また,経過中に両者の間を移行する症例もみられることから,これらは本来同種の自己免疫性甲状腺疾患であって,TSH受容体刺激性抗体が優位か細胞障害性免疫が優位かによって現れ方が違うだけではないかとの考え方があるとしており,C12の意見も,甲状腺機能低下症,甲状腺機能亢進症とも自己免疫疾患とされており,未解明な部分が数多くあるとした上で,両者を全く別の疾患であると考えるのは一面しかみておらず,放射線の影響を考える際には,もう少し様々な角度からこの二つの疾患の有する共通性を十分に考える必要があるとしている。この点は,Ehemanら報告もおおむね同趣旨である。
これらの知見によれば,両疾病は,相互に関連性の高い疾病であると認められる。
c 以上の各種知見を総合すれば,甲状腺機能低下症と並んで甲状腺機能亢進症(バセドウ病)も,一般的に放射線被曝との関連性が認められる疾病であるというべきである。
(イ) 次に,甲状腺機能亢進症(バセドウ病)のしきい値について検討するに,長瀧重信ら第2報告は,自己免疫性甲状腺機能低下症の線量反応曲線が上に凸で,約0.7シーベルトで最大に達し,比較的低線量の放射線が甲状腺に及ぼす影響を更に研究することが必要であるとし,Shilin報告も,個体発生の早期における低線量被曝は,小児の甲状腺自己免疫病態の進展において,発病前のリスクファクターであるかもしれないとしている。また,Ehemanら報告は,抗甲状腺抗体の発現は,多くの部分は被曝した者の免疫機構によって決定されているので,放射線起因性の抗体形成は,厳密に線量に相関した現象ではないであろうとした上で,反応性に富む免疫機構を持った患者では,低線量の被曝による少数の抗原への曝露ですらも大量の抗体形成の結果,甲状腺疾患の発症へと至ることができるとの仮説を立てることができ,環境被曝と個人被曝線量との線形の線量反応関係がないことをもって,原因と効果の関係を除外することはできないとしており,甲状腺については,放射線被曝の影響との関係では,感受性の程度が大きく影響していると考えられるとしている。さらに,甲状腺に対する自己免疫の成立する機序についてははっきりしていないとされている(新内科書)ことからすれば,甲状腺機能亢進症(バセドウ病)についても,固形がんと同様,しきい値がないものとして考えるのが相当というべきである。
(ウ) 若年被爆者への影響について,前記アのとおり,甲状腺については,成人よりも小児の方がより放射線の影響を受けやすいとされているところ,AHS第7報が,若年者の甲状腺は悪性腫瘍だけでなく,その他の甲状腺疾患をもたらすということでも電離放射線の影響に敏感であることが示されたとし,Shilin報告が,個体発生の早期における低線量被曝は,小児の甲状腺自己免疫病態の進展において,発病前のリスクファクターであるかもしれないとしていることからすれば,若年被爆者におけるほど放射線の影響は大きいものというべきである。
(7) C型慢性肝炎
ア 総説
(ア) 慢性肝炎は,慢性肝機能障害の一つであるところ,本来的には病理学的な概念であり,持続性の炎症性病変としての肝門脈域を中心とした単核球浸潤と繊維増殖がその基本であり,その成立には,ウイルス,自己免疫,薬物,金属(銅など)のほか,先天性代謝異常(ウィルソン病等)など幹細胞障害をもたらす因子が持続的に存在することが必須であるとされている(乙C35・1頁,2頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(3)43頁)
このうち,ウイルス性の慢性肝炎は,臨床的には6箇月以上の肝機能検査値の異常とウイルス感染が持続している状態(新犬山分類)と定義されており,慢性の肝障害の90%を占めている。現在知られている肝炎ウイルスは五つ存在するが,持続感染によって慢性化するのは,B型,C型及びD型の肝炎ウイルスである。全国における慢性肝炎の患者数は150万人ないし200万人とされており,その4分の3はC型肝炎ウイルス(HCV)が原因であるとされている(乙C32・1845頁,1846頁,乙C33・B-19頁,B-25頁,B-26頁,乙C34・16項,乙C35・1頁,2頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(3)43頁)。
(イ) C型慢性肝炎とは,C型肝炎ウイルス(HCV)の感染によって起こる慢性肝炎である(乙C39・9枚目)。
C型肝炎の感染源は,C型肝炎ウイルス(HCV)に感染しているヒトの血液であり,具体的な感染経路は輸血,刺青,人工透析,血液製剤,滅菌が不十分な医療器具による医療行為,医療従事者の針刺事故,注射器の回し打ち等が指摘されている(乙C33・B-25頁,乙C39・26枚目,弁論の全趣旨・被告準備書面(3)45頁)。
C型肝炎ウイルス(HCV)に感染すると,半月から半年以内に急性肝炎症状を発症する。また,一旦感染すると,持続感染により慢性肝炎を発症する例が多く,C型肝炎ウイルス(HCV)感染者の70%ないし80%が慢性肝炎に至るとされており(乙C33・B-25頁,乙C34・22項,46項,48項,230項,乙C35・2頁,4頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(3)45頁),C型肝炎ウイルス(HCV)のキャリアは,感染後平均10年で繊維化が進行して慢性肝炎に至り,さらに,肝病変が徐々に進行して,ウイルス感染の時から平均21年後に肝硬変に,平均29年後に肝細胞がんに進展したとの症例報告もある(乙C38・25頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(3)45頁,46頁)。そして,C型肝炎ウイルス(HCV)初感染者の70%前後は持続感染状態に陥り,C型肝炎ウイルス(HCV)持続感染者(C型肝炎ウイルス(HCV)キャリア)100人が適切な治療を受けずに70歳まで過ごした場合,10人ないし16人が肝硬変に,20人ないし25人が肝がんに進行すると予測されている(乙C39・35枚目)。
イ 各種知見
(ア) LSS第11報第3部
平成4年発表のLSS第11報第3部は,① 昭和25年から昭和60年までの消化器疾患の死亡率には,線量に伴う有意な増加傾向が認められ,この傾向は後期(昭和41年ないし昭和60年)の被爆時年齢が低い群で認められる,② 消化器疾患のうち,肝硬変の死亡率は消化器疾患全体と同じ線量反応を示しているとしている(甲A41文献29・12頁)。
(イ) 「原爆放射線の人体影響1992」
平成4年発表の「原爆放射線の人体影響1992」は,① 昭和37年に広島市の原爆医療認定申請書を用いて行った統計的調査において,被爆者の肝疾患の頻度は国民健康調査と比べて3倍近く高率であり,近距離被爆者で特に高い傾向を認めた(甲A37・181頁),② 昭和50年からの2年間に,成人健康調査(AHS)対象中の1グレイ以上の高線量被爆者全員と,その対照者として性,年齢及び受診年月日を一致させた0グレイないし0.9グレイ線量群の同数を選び,その総計2566人についてHBs抗原と抗体の測定を行ったところ,HBs抗体の陽性率に差はみられなかったが,HBs抗原の陽性率は1グレイ以上の高線量群の方が対照群よりも有意に高く(3.4%対2.0%),その傾向は被爆当時20歳以下の若年の者につきより明らかであり,高線量被曝群での免疫能の低下を示唆するものではないかと考えられた,③ 放影研の疫学的調査研究の結果,寿命調査(LSS)集団での昭和25年から昭和60年までの非腫瘍性疾患の死亡調査では,肝硬変による死亡が放射線量により明らかな増加を認め,この傾向は特に比較的若年被爆者に最近みられるようであり,また,成人健康調査(AHS)集団における発生率の解析でも,慢性肝炎又は肝硬変の発生と放射線被曝の関連を示唆する結果が得られつつあり,一方,寿命調査(LSS)集団でより確実な情報である腫瘍登録データを用いた解析では,初めて原発性肝がんと放射線の有意な関連が示されてきているとしている(甲A37・182頁,183頁)。
(ウ) AHS第7報
平成6年発表のAHS第7報は,① 放射線被曝との有意な正の関連性(P値は0.05未満)が慢性肝疾患及び肝硬変にあることが判明した(乙Dネ6・14頁ないし16頁),② ウイルス性肝炎では,昭和33年から昭和61年までの成人健康調査(AHS)対象者には統計的に有意な放射線の影響はみられなかったとしている(乙Dネ6・16頁)。
(エ) トンプソンら報告
平成6年発表のトンプソンら報告は,① 死亡に関するこれまでの寿命調査(LSS)の所見と同様に,全充実性腫瘍について統計学的に有意な過剰リスクが立証された(1シーベルトでの過剰相対リスクは0.63),② 放射線と肝臓(1シーベルトでの過剰相対リスクは0.49)のがん罹患との関連性がみられたとしている(甲A80文献4・2頁)。
(オ) Keisuke Iwamotoら「原爆被爆者の肝細胞癌におけるp53突然変異の頻度」
放影研のKeisuke Iwamotoらは,原爆による肝細胞がんリスクの増加を説明する一助となる分子事象を究明するために,0ミリシーベルトないし1569ミリシーベルト(肝臓線量)の様々な放射線量に被曝した原爆被爆者120人の肝細胞がん組織試料におけるp53遺伝子(がん抑制遺伝子)を解析し,「原爆被爆者の肝細胞癌におけるp53突然変異の頻度」(以下「岩本ら報告」という。)としてまとめ(乙Dネ16の1,乙Dネ16の2・1頁),平成10年に発表した。
岩本ら報告は,① 腫瘍組織にp53突然変異を有する肝細胞がん組織試料の割合には,統計学的に有意な線量反応があった(乙Dネ16の1,乙Dネ16の2・2頁),② 放射線の直接の標的は,放射線誘発突然変異によって突然変異誘発因子へと変化する遺伝子である可能性が高い,③ 突然変異誘発遺伝子の誘発は線量に伴い増加すると考えられ,これにより単一の細胞又はその子孫が,正常細胞からがん細胞への変換に必要な複数の突然変異を蓄積すると思われる,④ p53突然変異と細胞死,再生,損傷の慢性周期を導くB型及びC型肝炎ウイルス感染(日本人の肝細胞がん患者集団で頻繁に観察される)の関連について,更に被爆者集団を用いて調査することにより,放射線が誘発する肝がんの病因についてより明確な手掛かりが得られるであろうとしている(乙Dネ16の1,乙Dネ16の2・3頁)。
(カ) LSS第12報第2部
平成11年発表のLSS第12報第2部は,① 慢性肝疾患がB型及びC型肝炎ウイルス感染と関係があることはよく知られている,② 放射線被曝がB型肝炎ウイルス(HBV)・キャリアの率の増加に関連していることは成人健康調査(AHS)において観察されているとしている(乙Dネ14・27頁)。
(キ) 藤原佐枝子ら「原爆被爆者におけるC型肝炎抗体陽性率および慢性肝疾患の有病率」
放影研の藤原佐枝子らは,原爆放射線被曝がC型肝炎ウイルス(HCV)感染陽性率を変化させるかどうか,あるいは,C型肝炎ウイルス(HCV)感染後に慢性肝炎への進行を促進するかどうかを検討するため,広島及び長崎の原爆被爆者から成る成人健康調査(AHS)対象者6121人について血清抗HCV抗体陽性率を調査し,「原爆被爆者におけるC型肝炎抗体陽性率および慢性肝疾患の有病率」(以下「藤原佐枝子ら報告」という。)としてまとめ(甲A275添付資料3・1頁),平成12年に発表した。
藤原佐枝子ら報告は,① 抗HCV抗体陽性率は,線量0の者に比べて線量を持つ者では低かったが(相対有病率0.84。P値は0.022),スムーズな線量反応関係はみられなかった,② しかし,これらのデータから,慢性肝疾患に対する放射線量反応関係は,抗HCV抗体陰性の被爆者に比べて,抗HCV抗体陽性の被爆者において大きいことが示唆された,③ 抗HCV抗体陽性率と被曝線量との間に線量反応関係はみられなかったが,抗HCV抗体陽性者において,慢性肝疾患に対する放射線量反応の増加の可能性が示唆された(甲A275添付資料3・1頁,乙Dネ21の2),④ 慢性肝疾患の有病率は,抗HCV抗体陽性の対象者と陰性の対象者の両方について放射線量とともに増加し(95%信頼区間は,陽性の場合,-1.05ないし9.02,陰性の場合,-0.05ないし0,46),線量反応関係を示す曲線は,抗HCV抗体陽性の対象者において20倍近く高い勾配を示したが,これは有意に近いが有意ではなかった(P値は0.097)(甲A275添付資料3・9頁,乙Dネ21の2),⑤ 結論として,放射線被曝は,C型肝炎ウイルス(HCV)感染に関連した慢性肝疾患の進行を促進するのかもしれないとしている(甲A275添付資料3・1頁)。
なお,藤原佐枝子は,抗HCV抗体陽性における慢性肝疾患の有病率について,放射線の影響がみられていないともしている(乙Dネ20・135項)。
(ク) 中島栄二ら「主成分分析を用いた原爆被爆者における炎症性検査の解析」
放影研の中島栄二らは,線量(DS86),喫煙など資料のそろった成人健康調査(AHS)対象者6304人について,複数の炎症性検査から成るデータに対し主成分分析を適応することにより得た個体の炎症状態を最もよく反映する指標(主成分分析からの標準化スコア)と線量との相関を調べ,「主成分分析を用いた原爆被爆者における炎症性検査の解析」(以下「中島栄二ら報告」という。)としてまとめ(甲A275添付資料9・267頁),平成12年に発表した。
中島栄二ら報告は,① 慢性肝疾患に線量との有意な相関が認められた(甲A275添付資料9・268頁),② 慢性肝疾患に線量との有意な相関が認められたのは,各種肝炎ウイルスによる持続的炎症の存在が考えられる,③ 被爆者の免疫障害が背景にあると考えられ,予備的研究でCD4ヘルパーT細胞比と炎症性検査は有意な負の相関が認められ,自己抗体陽性者では特に強い負の相関が認められたとしている(甲A275添付資料9・269頁)。
(ケ) LSS第13報
平成15年発表のLSS第13報は,① 寿命調査(LSS)の肝がん罹患率に関する放影研での最近の解析結果は,肝がんの過剰相対リスクが被爆時年齢に依存することを示唆しており,20歳代で被爆した者に高いリスクが認められたが,10歳未満あるいは45歳以上で被爆した者に過剰リスクはほとんど認められなかった(甲A77添付資料11の1・24頁),② 消化器疾患に有意な過剰リスクが認められるとしている(甲A77資料11-1・36頁)。
(コ) ジェラルド・シャープら「原爆被爆者における肝細胞癌:C型肝炎ウイルス感染と放射線の有意な相互作用」
放影研のジェラルド・シャープらは,肝細胞がんのリスクに及ぼす放射線とB型肝炎ウイルス(HBV)及びC型肝炎ウイルス(HCV)の同時効果について調査するため,原爆に被爆した日本人被爆者集団においてコホート内症例対照調査を実施し,「原爆被爆者における肝細胞癌:C型肝炎ウイルス感染と放射線の有意な相互作用」(以下「シャープら第1報告」という。)としてまとめ(乙Dネ17の1,乙Dネ17の2・1頁),平成15年に発表した。
シャープら第1報告は,① 肝硬変に罹患していない者について,肝臓の放射線被曝とC型肝炎ウイルス(HCV)の間に肝細胞がんのリスクにつき有意な正の相互作用がみられた(P値は0.017),② 肝硬変に罹患していないC型肝炎ウイルス(HCV)感染者の肝細胞がんのリスクは肝臓線量1シーベルト当たり58倍増加するが,このオッズ比の95%信頼区間は広い(1.99ないし無限大),③ 肝硬変を伴う肝細胞がんの発症においてC型肝炎ウイルス(HCV)と放射線の間に有意な相互作用はみられなかった(オッズ比は0.4。P値は0.67)(乙Dネ17の1,乙Dネ17の2・7頁),④ C型肝炎ウイルス(HCV)感染者は特に放射線被曝に対する感受性が高く,逆もまた同様であることを示唆しているとしている(乙Dネ17の1,乙Dネ17の2・12頁)。
(サ) AHS第8報
平成16年発表のAHS第8報は,① 肝疾患における1シーベルトでの推定相対リスクは,1.15(95%信頼区間は1.06ないし1.25。P値は0.001)であった,② 慢性肝疾患には,アルコール性肝疾患,慢性肝炎,飲酒歴のない肝硬変,胆汁性肝硬変及び他の非アルコール性慢性肝疾患が含まれるところ,非アルコール性慢性肝疾患を主として,昭和61年6月以降,大幅な症例数の増加を来たし,非アルコール性慢性肝疾患は発症症例数の69%を占めていた,③ 平成3年以降,超音波検査法がルーチンに行われ,脂肪肝の診断を劇的に増加させる結果となったが,他の慢性肝疾患の診断に関しては顕著な変化はなかった,④ 昭和61年以降に発生した脂肪肝単独と他の全ての慢性肝疾患での放射線影響を調べたところ,全ての肝疾患で有意な線形線量反応があり,1シーベルトでの推定相対リスクは,1.14(95%信頼区間は1.0ないし1.32。P値は0.054)であった,⑤ 脂肪肝の445症例のみでは1シーベルトでの推定相対リスクは1.16(95%信頼区間は0.99ないし1.37。P値は0.073)であり,線形線量反応が考えられたが,他の慢性肝疾患の199症例では,1シーベルトでの推定相対リスクは1.06(95%信頼区間は0.84ないし1.40。P値は0.64)であり,放射線の影響は有意ではなかった(乙C7・4頁),⑥ 成人健康調査(AHS)での放射線量に伴う慢性肝疾患及び肝硬変の発生率の有意な上昇は,寿命調査(LSS)での知見と一致している,⑦ 日本での慢性肝炎及び肝硬変の主因はC型肝炎ウイルス(HCV),B型肝炎ウイルス(HBV)の各感染症及び過度のアルコール摂取であるところ,平成5年から平成7年までの抗HCV抗体陽性率に関する成人健康調査(AHS)は線量反応を示さなかったが(全陽性率は9%),慢性肝疾患での放射線量に関連した上昇の可能性が,抗HCV抗体陽性者の者にみられ,この研究での慢性肝疾患及び肝硬変の線量に関係した発生率の上昇は,高線量の被爆者でのB型肝炎ウイルス(HBV)持続感染,又は,活性化したC型肝炎ウイルス(HCV)感染の促進により,部分的には説明されるかもしれないとしている(乙C7・7頁)。
(シ) 戸田剛太郎「肝機能障害の放射線起因性に関する研究」
財団法人船員保険会せんぽ東京高輪病院の戸田剛太郎は,現時点における肝疾患に関する基礎的,臨床的研究の成果を踏まえて,被爆が慢性肝障害の原因となり得るか,ウイルス性慢性肝障害(慢性肝炎及び肝硬変)の発症及び進展に関わっているかについて,被爆者における慢性肝障害に関する過去の研究によってどこまで解明されたかを明らかにすることを目的とした研究を行い,「肝機能障害の放射線起因性に関する研究」(以下「戸田剛太郎報告」という。)としてまとめ(乙Dネ8の1・2頁),平成18年に発表した。
戸田剛太郎報告は,C型肝炎ウイルス(HCV)感染に対する被爆の影響について,① 平成5年から平成7年までの2年間の成人健康調査(AHS)受診者において,被爆者にC型肝炎ウイルス(HCV)持続感染者の比率は多いという知見は得られず,むしろ有意に低率であり,C型肝炎ウイルス(HCV)持続感染成立に関する被爆の促進的な効果については否定的な結果であった,② C型肝炎ウイルス(HCV)感染者における肝障害発現についても,C型肝炎ウイルス(HCV)が持続感染していると考えられるHCV抗体高力価陽性者において,慢性肝障害有病率について有意の線量反応はみられず,C型肝炎ウイルス(HCV)感染者において被爆が肝障害発現を促進する可能性を示す知見は得られなかった,③ C型慢性肝炎成立には被爆は関わっていないと考えられるとしている(乙Dネ8の3・1頁)。
(ス) 田中英夫「原爆による放射線被爆と慢性肝疾患発症との関連性」
大阪府成人病センターの田中英夫は,藤原佐枝子ら報告のデータセットを用いて,ロジスティック回帰分析によりC型肝炎ウイルス(HCV)感染者540人について線量カテゴリ別の調整オッズ比を算出し,肝障害発現について線量しきい値の設定が可能かどうかについて検討し,「原爆による放射線被爆と慢性肝疾患発症との関連性」(以下「田中英夫報告」という。)としてまとめ(乙Dネ8の1・30頁),平成18年に発表した。
田中英夫報告は,① B型肝炎ウイルス(HBV)感染者,C型肝炎ウイルス(HCV)感染者いずれにおいても,有意に肝障害発現頻度が高い線量カテゴリはなく,統計学的有意性をもってしきい値の設定を考えた場合,その設定は困難であった,② 続いて,肝障害発現について検討したところ,C型肝炎ウイルス(HCV)感染非被爆者及びC型肝炎ウイルス(HCV)感染被爆者のオッズ比は,それぞれ15.057,15.056であり,差はみられなかったとしている(乙Dネ8の1・30頁)。
(セ) ジェラルド・シャープら「電離放射線急性被曝と肝硬変との間に関連性はない」
放影研のジェラルド・シャープらは,広島及び長崎の原爆被爆者に関する以前の調査には,急性放射線被曝による肝硬変リスクの有意な増加を示したものと,慢性肝疾患リスクの有意な増加を示したものがあるが,これらの調査ではB型肝炎ウイルス(HBV)感染が考慮されていなかったとして,B型肝炎ウイルス(HBV)感染,併発する原発性肝がん及びその他の交絡因子を調整した上で,電離放射線急性被曝と肝硬変との関係を検討し,「電離放射線急性被曝と肝硬変との間に関連性はない」(以下「シャープら第2報告」という。)としてまとめ(乙Dネ12の1,乙Dネ12の2・1頁),平成18年に発表した。
シャープら第2報告は,① 肝がんの有無にかかわらず,喫煙及び肝臓線量は肝硬変に関連していなかった,② 死亡年が昭和45年以前,昭和45年から昭和54年まで,昭和54年以降の対象者について放射線による肝硬変のリスクを検討したところ,被爆後経過時間にかかわらず,放射線被曝は肝硬変に関係していなかった,③ 線量1シーベルトにおける調整していない粗のオッズ比は1.07であり,原発性肝がんの有無,B型肝炎ウイルス(HBV),他の交絡となり得る因子について調整した後は0.59に減少した(乙Dネ12の1,乙Dネ12の2・8頁),④ 急性被曝とは対照的に,電離放射線への慢性被曝は肝硬変リスクを有意に増加させるとしている(乙Dネ12の1,乙Dネ12の2・10頁)。
(ソ) 大石和佳「原爆被爆者における肝細胞癌リスクへの放射線被曝と肝炎ウイルス感染の影響」
放影研の大石和佳は,肝炎ウイルス感染,飲酒量,BMI及び喫煙習慣の調整後でも,放射線被曝が肝細胞がんの独立リスク因子であるかを究明するため,保存血清を用いて原爆被爆者におけるコホート内症例対照研究を行い,また,放射線,飲酒量,BMIの増加及び喫煙習慣が非B非C型肝細胞がんのリスク増加に寄与するかどうかについても評価し,「原爆被爆者における肝細胞癌リスクへの放射線被曝と肝炎ウイルス感染の影響」(以下「大石和佳報告」という。)としてまとめ(乙Dネ19・21頁),平成23年に発表した。
大石和佳報告は,① 肝細胞がん診断前の6年以内に収集されていた229例の血清試料のうち保存血清の状態が良好でなかった5例を除く224例を調査対象とし,コホート内症例対照方式により,1症例当たり3対照血清を,性,年齢,都市,血清保存の時期及び方法を一致させ,放射線量に基づくカウンターマッチングによって選択した(乙Dネ19・21頁)結果,カテゴリ化飲酒量,BMI及び喫煙習慣の調整後でも,肝細胞がんと放射線量若しくは肝炎ウイルス感染の間に有意な関連が認められ,放射線と肝炎ウイルス感染を一緒に適合させてもほとんど変わらなかった(乙Dネ19・23頁),② ウイルスによる放射線リスクの仲介がある場合には,ウイルス感染の有無を調整した場合にはリスクは減少するはずであるが,減少はしなかったとしている(乙Dネ19・24頁)。
(タ) LSS第14報
平成24年発表のLSS第14報は,肝硬変は,調査期間全体(昭和25年から平成15年まで)と昭和40年以降のいずれでも放射線リスクの増加を示さなかった(前者は1グレイ当たりの過剰相対リスク0.11(95%信頼区間は-0.07ないし0.34),後者は1グレイ当たりの過剰相対リスク0.17(95%信頼区間は-0.04ないし0.42))としている(甲A614の3・12頁)。
(チ) 「原爆放射線の人体影響 改訂第2版」
平成24年発表の「原爆放射線の人体影響 改訂第2版」は,① 原爆被爆者では,被曝線量が抗HCV抗体陽性者の増加に関連するという知見は,現在のところ得られていない(乙Dネ9・243頁),② これまでに報告された慢性肝疾患における線量反応関係の有意性が脂肪肝と関連することを示唆しているとしている(乙Dネ9・247頁)。
(ツ) 放影研の要覧
平成26年発表の放影研の要覧(以下「平成26年放影研要覧」という。)は,① 昭和61年以降に限ると,慢性肝疾患の相対リスクは1.14(95%信頼区間は0.84ないし1.40)であり,有意ではない,② 慢性肝疾患を脂肪肝と脂肪肝以外に分類した場合,脂肪肝のリスクのみ放射線量に示唆的関連を認めることから(相対リスク1.16(95%信頼区間は0.99ないし1.37)),慢性肝疾患における線量反応関係の有意性が脂肪肝と関連する可能性が示唆されているとしている(乙C73・25頁)。
ウ 改定後の新審査の方針及び再改定後の新審査の方針
改定後の新審査の方針は,「放射線起因性が認められる慢性肝炎・肝硬変」を積極認定対象疾病としており,再改定後の新審査の方針も,「慢性肝炎・肝硬変」を積極認定対象疾病としている。
エ 検討
(ア)a C型慢性肝炎については,戸田剛太郎報告が,C型慢性肝炎成立には被爆は関わっていないと考えられるとし,「原爆放射線の人体影響 改訂第2版」と平成26年放影研要覧が,慢性肝疾患における線量反応関係の有意性が脂肪肝と関連することを示唆しているとするなど,放射線被曝との関連性を否定する報告もある。なお,肝硬変についてであるが,LSS第14報は,放射線リスクの増加を示さなかったとしている。
しかしながら,一方で,「原爆放射線の人体影響1992」は,被爆者の肝疾患の頻度が高率であるとし,B型肝炎ウイルス(HBV)に関してであるが,LSS第12報第2部は,放射線被曝がキャリアの率の増加に関連しているとしている。B型肝炎ウイルス(HBV)とC型肝炎ウイルス(HCV)とでは,肝硬変組織形成能において,前者が後者よりも高いという違いはあるものの(甲A275・15頁),両者は同じく持続感染によって慢性化する肝炎ウイルスであり,C型慢性肝炎の放射線被曝との関連性を検討する上では,B型肝炎ウイルス(HBV)に関する報告も参考になるものというべきである。
また,AHS第7報は,放射線被曝との有意な正の関連性が慢性肝疾患及び肝硬変にあることが判明したとし,AHS第8報も昭和61年以降に発生した脂肪肝単独と他の全ての慢性肝疾患での放射線影響を調べたところ,全ての肝疾患で有意な線形線量反応があり,慢性肝疾患及び肝硬変の線量に関係した発生率の上昇は,活性化したC型肝炎ウイルス(HCV)感染の促進により部分的には説明されるかもしれないとしている。確かに,これらの報告は,C型慢性肝炎に特定したものではないが,前記アのとおり,ウイルス性の慢性肝炎は慢性の肝障害の90%を占めており,慢性肝炎の4分の3はC型肝炎ウイルス(HCV)が原因であるとされているとされ,C型肝炎ウイルス(HCV)感染者の70%ないし80%が慢性肝炎に至るとされている。そして,C型肝炎ウイルス(HCV)のキャリアは,感染後平均10年で繊維化が進行して慢性肝炎に至り,さらに,肝病変が徐々に進行して,ウイルス感染の時から平均21年後に肝硬変に,平均29年後に肝細胞がんに進展したとの症例報告もあるのであって,C型慢性肝炎が慢性肝疾患及び肝硬変の主要部分を占めるものであることは疑いのない事実である。この点,慢性肝炎以外の慢性肝疾患についてみても,① 慢性肝疾患のうち慢性肝炎の次に多いとされているのはアルコール性肝障害であるが,全肝疾患の中でも10%前後とされ,② 薬物性肝障害も更に稀少であり,当該薬物の中止や適切な治療で改善することがほとんどであり,③ 近年その実態が解明されつつある自己免疫性肝炎も独立した疾患としての頻度は低く,治療効果も得られ,自然寛解するものも知られているとされているのであって(甲A292の1・30頁,31頁),このことからも,C型慢性肝炎以外の肝疾患の慢性肝疾患及び肝硬変に占める割合は極めて低いものということができる。
一方,AHS第8報は,平成3年以降,超音波検査法がルーチンに行われ,脂肪肝の診断を劇的に増加させる結果となったが,他の慢性肝疾患の診断に関しては顕著な変化はなかったとし,慢性肝疾患のうちC型慢性肝炎の占める割合が低いかのような結果となっているが,この点についても,AHS第8報の後半の10年間において,血液製剤のウイルス・スクリーニングが徹底されるようになったために新規のウイルス性肝炎の発症が減少したことを反映していると考えられるのであって(甲A292の1・33頁),C型慢性肝炎が慢性肝疾患及び肝硬変の主要部分を占めるとの上記認定を左右するものではない。
また,AHS第8報は,前記のとおり,全ての肝疾患で有意な線形線量反応があったとしつつも,脂肪肝では線形線量反応が考えられたが,他の慢性肝疾患では放射線の影響は有意ではなかったともしているところ,C型慢性肝炎は「他の慢性肝疾患」に含まれるものであるが,これは199症例と極めて少ない症例を対象としたことから生じたとも考えることができるのであって,このことをもってC型慢性肝炎と放射線被曝との関連性を否定する根拠とはならない。
そうであるとすれば,AHS第7報やAHS第8報は,C型慢性肝炎について,放射線被曝との有意な線形線量反応を示唆する有力な報告であるというべきである。なお,このような前提に立てば,LSS第11報第3部が,肝硬変の死亡率について線量に伴う有意な増加傾向が認められるとしていることも,C型慢性肝炎の放射線起因性を示唆するものということができる。
さらに,藤原佐枝子ら報告は,慢性肝疾患の有病率は,抗HCV抗体陽性の対象者と陰性の対象者の両方について放射線量とともに増加し,線量反応関係を示す曲線は,抗HCV抗体陽性の対象者において20倍近く高い勾配を示したことにつき,これは有意に近いが有意ではなかったとしつつ,結論として,放射線被曝は,C型肝炎ウイルス(HCV)感染に関連した慢性肝疾患の進行を促進するのかもしれないとしており,藤原佐枝子ら報告も,全体としてみれば,C型慢性肝炎と放射線被曝との関連を裏付ける報告というべきである。
加えて,シャープら第1報告も,C型肝炎ウイルス(HCV)感染者は特に放射線被曝に対する感受性が高く,逆もまた同様であることを示唆しているとしているものである。
なお,田中英夫報告は,肝障害発現について,C型肝炎ウイルス(HCV)感染非被爆者及びC型肝炎ウイルス(HCV)感染被爆者のオッズ比に差はみられなかったとしているが,そもそも田中英夫報告の目的は,肝障害発現について線量しきい値の設定が可能かどうかについて検討することにあったのであり,田中英夫報告の上記結果をもって,C型慢性肝炎と放射線被曝との関連性を否定することはできない。
b 原発性肝がんの95.6%が肝細胞がんであり,その76.0%が抗HCV抗体陽性のC型肝がんである(甲A292の1資料1・240頁)ことからすれば,C型肝炎ウイルス(HCV)と放射線被曝との関連性を検討するに当たっては,肝がんと放射線被曝との関連性を検討することも有用であるというべきである。特に,C型慢性肝炎による肝細胞がん発生の機序は,C型肝炎ウイルス(HCV)によって生じる持続炎症により発生した活性酸素が直接遺伝子を傷害し,炎症がもたらした肝細胞壊死が細胞周期を早め,このように炎症によって肝細胞の遺伝子異常が蓄積してくると考えられているとされているところであり(甲A292の1・4頁),この見解を前提とすれば,放射線被曝がC型慢性肝炎という経過を経て肝がんに寄与する面も否定することができないというべきである。
そこで,肝がんと放射線被曝との関連性について検討するに,岩本ら報告は,腫瘍組織にp53突然変異を有する肝細胞がん組織試料の割合には,統計学的に有意な線量反応があり,放射線の直接の標的は,放射線誘発突然変異によって突然変異誘発因子へと変化する遺伝子である可能性が高く,突然変異誘発遺伝子の誘発は線量に伴い増加すると考えられ,これにより単一の細胞又はその子孫が正常細胞からがん細胞への変換に必要な複数の突然変異を蓄積すると思われるとしており,放射線ががん抑制遺伝子であるp53遺伝子に影響を与えるという機序があることを示唆しているものである。
しかしながら,岩本ら報告は,p53突然変異と細胞死,再生,損傷の慢性周期を導くB型及びC型肝炎ウイルス感染の関連について,更に被爆者集団を用いて調査することにより,放射線が誘発する肝がんの病因についてより明確な手掛かりが得られるであろうともしているのであって,岩本ら報告は必ずしも放射線被曝がC型慢性肝炎の発症に寄与しないことを意味するものではないというべきである。
また,大石和佳報告も,肝細胞がんと放射線量若しくは肝炎ウイルス感染の間に有意な関連が認められ,放射線と肝炎ウイルス感染を一緒に適合させてもほとんど変わらなかったとしているが,このことは放射線被曝が肝細胞がんの独立リスク因子であることを指摘するにとどまるものであって,岩本ら報告と同様,必ずしも放射線被曝がC型慢性肝炎の発症に寄与しないことを意味するものではないというべきである。
そして,肝がんを含む固形がんについて放射線起因性が認められるのは前記(1)で検討したとおりであり,トンプソンら報告は,放射線と肝臓のがん罹患との関連性がみられたとし,LSS第13報は,寿命調査(LSS)の肝がん罹患率に関する放影研での最近の解析結果は,肝がんの過剰相対リスクが被爆時年齢に依存することを示唆しており,20歳代で被爆した者に高いリスクが認められたとしている。なお,LSS第13報は,10歳未満で被爆した者に過剰リスクはほとんど認められなかったとしているが,過剰リスクを完全に否定するものでもない。
c シャープら第2報告は,電離放射線急性被曝と肝硬変との関係の有無を調査した近年の報告であり,肝臓線量が肝硬変に関連していなかったとしているものの,調査集団は,原発性肝がんに罹患した335人及び罹患していない776人に限られており(乙Dネ12の1,乙Dネ12の2・2頁),母数として少ないものである。また,シャープら第2報告は,放射性降下物や放射性粉塵,内部被曝を考慮していないという問題もある(甲A275・16頁)。そもそも,放射線被曝をした方が肝硬変を発症しにくいという結果自体,奇異なものであり,このような結論は,上記調査集団の母数の問題や放射性降下物等を考慮していないことから生じた可能性を否定することはできないのであって,シャープら第2報告をそのまま支持することはできないというべきである。なお,シャープら第2報告は,一方で,急性被曝とは対照的に,電離放射線への慢性被曝は肝硬変リスクを有意に増加させるとしているところ,このこと自体は,原爆放射線の内部被曝による影響を受けていると思料される被爆者にとっては考慮すべき知見であるということができる。
また,シャープら第1報告も,肝硬変を伴う肝細胞がんの発症においてC型肝炎ウイルス(HCV)と放射線の間に有意な相互作用はみられなかったとしているが,肝硬変に罹患しており,被曝情報が完全である142人のみについて解析しているというのであって(乙Dネ17の1,乙Dネ17の2・9頁),シャープ第2報告と同様,調査集団の母数の問題があったことから生じた可能性を否定することはできないのであって,シャープら第1報告の上記結論をそのまま支持することはできないというべきである。むしろ,シャープら第1報告は,肝硬変に罹患していない者について,肝臓の放射線被曝とC型肝炎ウイルス(HCV)の間に肝細胞がんのリスクにつき有意な正の相互作用がみられたという点に意義があるものというべきである。
d さらに,前記(3)で検討した森下ゆかりら報告は,被曝線量の増加に伴い,インターフェロン(IFN)-γが増加するとしている。確かに,インターフェロン(IFN)-γは,C型慢性肝炎の治療に有用ではあるが,インターフェロン(IFN)-γは高力価製剤の大量投与によって初めてウイルス排除が可能となるものである上,現在でもインターフェロン(IFN)-γの単独投与ではC型慢性肝炎の治癒を十分に期待することができず,いくつかの製剤による多剤療法が進められているというのであって(甲A662・10頁),上記の事象をもって,C型慢性肝炎の放射線被曝との関連を否定することはできない。
e 以上の各種知見を総合し,改定後の新審査の方針が「放射線起因性が認められる慢性肝炎・肝硬変」を積極認定対象疾病とし,再改定後の新審査の方針も「慢性肝炎・肝硬変」を積極認定対象疾病としていることも併せ考慮すれば,C型慢性肝炎は,一般的に放射線被曝との関連性が認められる疾病であるというべきである。
(イ) C型慢性肝炎のしきい値についてみるに,中島栄二ら報告は,慢性肝疾患に線量との有意な相関が認められ,各種肝炎ウイルスによる持続的炎症の存在が考えられるとし,予備的研究でCD4ヘルパーT細胞比と炎症性検査は有意な負の相関が認められるとしている。そして,シャープら第1報告も,肝硬変に罹患していない者について,肝臓の放射線被曝とC型肝炎ウイルス(HCV)の間に肝細胞がんのリスクにつき有意な正の相互作用がみられたとしていることやC型慢性肝炎にしきい値があるとする有力な知見もないことからすれば,C型慢性肝炎についても,固形がんと同様,しきい値はないものとして考えるのが相当というべきである。
第3  本件申請者らの原爆症認定要件該当性
1  原告X1
(1) 認定事実
前提事実に加え,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 被爆状況等
(ア) 原告X1は,昭和9年○月○日生まれの男性であり,広島原爆の投下当時,11歳であった。原告X1は,被爆前,健康状況に特段の問題はなかった。原告X1は,学童疎開により,爆心地から約500mの地点にある広島市中町の自宅を離れ,爆心地から50km以上離れた広島県双三郡神杉村(以下「神杉村」という。)で集団生活をしていた(前提事実4(1)ア,甲Dイ1・1頁,甲Dイ2・1頁)。
(イ) 原告X1は,昭和20年8月11日,その日の朝に岡山県から迎えに来た伯父と共に,自宅で暮らしていた母,弟及び祖父母の安否を確認するため,広島市に向かった。原告X1は神杉村から汽車で矢賀駅まで行き,矢賀駅から線路沿いに広島駅まで歩いた(甲Dイ1・2頁,甲Dイ2・1頁)。
原告X1は,同日午後,広島駅に到着し,広島駅から線路沿いに荒神橋と稲荷橋を渡り,福屋百貨店まで歩き,福屋百貨店を南方向に曲がり,本通りと思われる道を歩いた(甲Dイ2・1頁,原告X1本人・調書13頁)。鉄筋の建物はところどころ残っていたが,ぼろぼろになった人々が歩いており,異臭が漂っていた(原告X1本人・調書3頁)。原告X1は,暑さのため,歩く途中,広島市内の所々で壊れた水道管から出ている水を持参した水筒に入れ,水分を補給することを繰り返した(甲Dイ2・1頁,原告X1本人・調書4頁,5頁)。
広島市中町と思われる場所は一面が焼け野原となっており,自宅がどこにあったのかも分からないような状況であった(甲Dイ1・2頁,原告X13頁・4頁)。そのため,原告X1は,伯父と共に,自宅があったと思われる場所を探し回ったり,スコップで地面を掘り返したりして,土や埃の舞う中,家族の手掛かりを探し続けたが,燃えかす以外は,何も出てこなかった。原告X1は,水道管から水を汲んで飲むなどし,2時間余り滞在した(甲Dイ2・1頁,原告X14頁)。
原告X1は,袋町小学校などにも行き,重症を負った被爆者の中に家族がいないかを探したが,家族のみならず,知り合いすら見つけることもできなかった。原告X1は,大勢の者が広島市段原町方面へと避難したという話を聞いたことから,広島市中町から広島市段原町方面へと歩きながら,各所にある救護所を回って,瀕死の重傷を負った被爆者の中に家族がいないかを探し続けた。しかしながら,原告X1は,家族を見つけることができず,段原の救護所で支給されたサツマイモと麦飯を食べ,一晩を過ごした。救護所に収容されていた者らは,皆瀕死の重体であり,夜中に「水を飲みたい。」とか,「水をくれ。」と言ってうめき声を上げていた(甲Dイ1・3頁,原告X1本人・調書6頁)。
(ウ) 原告X1は,昭和20年8月12日朝,再び広島市中町と思われる場所に戻り,前日と同様,付近を歩き回ったり,スコップで地面を掘り返したりして,家族を探したが,結局,誰も見つからず,昼に一旦家族を探すのを中断し,行きと同様の道順で神杉村に帰った(甲Dイ1・3頁,甲Dイ2・2頁)。
(エ) 原告X1は,終戦後の昭和20年8月16日から数日間,再び神杉村から広島市中町まで行き,一人で自宅があったと思われる場所で家族を探したが,見つからなかった(甲Dイ1・3頁,甲Dイ2・2頁,原告X1本人・調書7頁)
イ 被爆後の健康状況等
(ア) 原告X1は,被爆後,数年経ってから,胃腸が弱くなり,下痢が多くなった(甲Dイ1・4頁,原告X1本人・調書20頁)。原告X1の下痢の症状は,腹を冷やしたり,冷たいものを食べたりしたときに起こるものであり,病院に入院してもその原因が分からず,神経性の下痢ではないかとの診断であった(原告X1本人・調書14頁,15頁)。
(イ) 原告X1は,平成13年,食道がんとの診断を受けて入院し,化学療法と放射線治療を受けた(甲Dイ2・2頁)。
(ウ) 原告X1は,平成16年,早期胃がんとの診断を受け,胃粘膜切除手術を受けた(甲Dイ2・2頁)。
(エ) 原告X1は,平成20年,声帯腫瘍の切除手術を受けた(甲Dイ2・2頁)。
(オ) 原告X1は,平成20年9月,下咽頭がんとの診断を受け,切除手術を受けた(甲Dイ2・2頁)。原告X1は,下咽頭がんの治療のため通院加療中であり,定期的な頚部超音波検査や内視鏡検査を受けている(甲Dイ2・4頁)。
(カ) 原告X1の伯父は,平成2年に肝がんで死亡した(甲Dイ1・5頁)。
ウ C12の意見
C12は,① 原告X1は,11歳であったが,爆心地から500mの地点に自宅があり,自宅にいた家族を探すということで,昭和20年8月11日から入市している,② 広島では,同日の時点で水道が復旧しており,水道管から水が出ていたが,この水は放射性物質に汚染された浄水場から来たものであり,このような水をたくさん飲めば,当然,内部被曝が起こる,③ スコップで地面を掘り起こして遺骨を探す中で,粉塵等による被曝をする,④ 救護所で様々な食料を支給されているところ,食料にも一定程度放射線の汚染の可能性がある,⑤ 被爆後の症状は,下痢や,その後の晩発性障害としての食道がんがあり,被爆者にみられる後遺症と考えてよいとしている(証人C12・調書38頁)。
(2) 原告X1の放射線被曝の程度
ア 初期放射線
原告X1は,広島原爆の投下当時,爆心地から約500mの地点にある広島市中町の自宅を離れ,爆心地から50km以上離れた神杉村で集団生活をしていたことから,初期放射線による被曝はないものと認められる。
イ 放射性降下物
原告X1は,広島原爆の投下当時,神杉村で集団生活をしており,黒い雨に打たれたといった事情も認められない。
しかしながら,原告X1は,昭和20年8月11日に広島駅から徒歩で爆心地付近まで入市し,家族を探すために数時間滞在し,同月12日も,朝から昼に掛けて爆心地付近で家族を探している。原告X1は,家族を探している間,スコップで地面を掘り返すなどしており,土や埃が舞うなどしている。また,原告X1は,家族を探すため,爆心地付近の小学校などに行き,各所にある救護所を回り,救護所で一晩を過ごすなどしている。さらに,原告X1は,同月16日,広島市中町に入市し,家族を探すために数日間滞在している。原告X1は,この間,多数の被爆者とも接触している。
原告X1が爆心地付近に入市した時期は,広島原爆の投下から間もない頃であり,爆心地付近は放射性降下物に相当程度汚染されていたものということができる。接触した被爆者も放射性降下物に汚染されていたと考えられる。
ウ 誘導放射線
原告X1の上記のような被爆状況等からすると,原告X1が誘導放射化された物質や放射性粉塵による誘導放射線に被曝した可能性は高いものと認められる。原告X1が接触した多数の被爆者は,誘導放射化された物質や放射性粉塵に汚染されたり,誘導放射化されたりしていたと考えられる。
エ 内部被曝
原告X1の上記のような被爆状況等からすると,原告X1は,放射性降下物や誘導放射化された物質,放射性粉塵を吸引した可能性がある。原告X1は,放射性降下物や誘導放射化された物質,放射性粉塵に汚染されたと考えられる爆心地付近の水を飲んでいる。また,原告X1が救護所で支給されて食べたサツマイモと麦飯が,放射性降下物や誘導放射化された物質,放射性粉塵に汚染されていた可能性もある。
オ 急性症状等
放射線被曝を裏付けるものとして,原告X1は,被爆後,胃腸が弱くなり,下痢が多くなるという体調不良が生じている。また,原告X1は,多重がんにも罹患している。
カ その他
原告X1は,被爆当時11歳であり,比較的若年での被爆であると認められる。
また,原告X1と共に入市した原告X1の伯父も,肝がんで死亡している。
キ 小括
以上の事実を総合すれば,原告X1は健康に影響を及ぼすような相当量の被曝をしたものと認められる。
(3) 申請疾病の放射線起因性
原告X1の申請疾病は下咽頭がんである。下咽頭がんは固形がんの一つであり,積極認定対象疾病に該当するところ,前記第2の3(1)で検討したとおり,一般的に放射線被曝との関連性が認められる疾病である。
(4) 他原因の検討
ア 被告は,原告X1には,下咽頭がんの重大な危険因子である性差,加齢,喫煙及び飲酒が存在している旨主張する。
イ この点,原告X1は男性であるところ,下咽頭がんの罹患率は女性の4倍ないし5倍とされている。原告X1が下咽頭がんと診断されたのは,被爆の63年後であって,好発期である50歳から60歳代を優に超えた74歳の時である。
原告X1は,20歳代から喫煙を始め,平成13年12月の時点で,喫煙を40年間続けており,1日当たりの喫煙量も30本程度である(乙Dイ7・26頁,原告X1本人・調書19頁)。また,原告X1は,元々酒が合わない体質であったが(原告X1本人・調書16頁ないし18頁),20歳の時に上京する以前から飲酒を始め(原告X1本人・調書19頁),ブランデーダブル約60mlを2杯ないし3杯飲むこともあったものである(乙Dイ7・26頁)。さらに,原告X1は,下咽頭がんを発症した平成20年9月の時点においても,禁酒することなく,1回当たりビール350ml及びワイン180mlを付き合い程度の頻度で摂取している(乙Dイ6・10頁)。
ウ ところで,疾病の発症に関する放射線起因性については,前記第1の1で説示したとおり,放射線と疾病の発症との間に通常の因果関係があることが要件とされていると解するのが相当であるところ,疾病の発症においては,一般に,複数の要素が複合的に関与するものであるから,他の疾病要因と共同関係があったとしても,原爆の放射線によって当該疾病の発症が促進されたと認められる場合には,放射線の影響がなくとも当該疾病が発症していたといえるような特段の事情がなければ,放射線起因性が否定されることはなく,放射線起因性を肯定するのが相当である。
これを原告X1についてみると,前記(2)のとおり,原告X1は,健康に影響を及ぼすような相当量の被曝をしたと認められ,また,前記(3)のとおり,原告X1の申請疾病である下咽頭がんは,一般的に放射線被曝との関連性が認められる疾病であるところ,原告X1の上記イの事情については,上記特段の事情とまでは認められず,むしろ,上記イの事情の下で,原爆の放射線によって下咽頭がんの発症が促進されたものと認めるのが相当である。
(5) 原告X1の下咽頭がんの放射線起因性
以上によれば,原告X1が発症した下咽頭がんの放射線起因性を認めることができるというべきである。
(6) 申請疾病の要医療性
原告X1は,下咽頭がんの治療のため通院加療中であり,定期的な頚部超音波検査や内視鏡検査を受けているから,申請疾病について要医療性が認められる。
(7) 総括
以上のとおり,原告X1は,処分当時,原爆症認定申請に係る下咽頭がんについて放射線起因性及び要医療性の要件を満たしていたものと認められるから,原告X1に係る原爆症認定申請却下処分は違法であり,取り消されるべきである。
2  原告X2
(1) 認定事実
前提事実に加え,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 被爆状況等
(ア) 原告X2は,昭和8年○月○日生まれの男性であり,長崎原爆の投下当時,12歳であった。原告X2は,被爆前,健康状況に特段の問題はなかった。原告X2は,長崎市の長崎中学校に在籍していた。自宅は,爆心地から約4kmの長崎市東小島町であり,母と生活していた(前提事実4(2)ア,甲Dロ2・1枚目,甲Dロ4・1頁)。
(イ) 原告X2は,昭和20年8月9日,長崎原爆の投下直前,自宅1階の東側にあるベランダの横の部屋にいたが,空襲警報が解除されたのに爆音が聞こえてきたことから不審に思い,ベランダに出て北側を見た。すると,爆音のする方角から「白いもの」が見えたので,原告X2は,何かと思って一生懸命見ていると,それが激しく光り,目の前が一瞬真っ白になった(甲Dロ6・2頁,3頁)。
原告X2は,驚いて部屋に戻り,走って部屋を駆け抜け,庭にある防空壕に入った。防空壕に入る前に大きな音がし,背中に爆風が感じられたが,防空壕に入ることはできた(甲Dロ6・3頁)。防空壕に入る直前に,自宅のガラスが散り散りに砕け散って,腕の付け根から手首の辺りと,半ズボンでむき出しになっていたすねの横側に刺さった(甲Dロ6・3頁,21頁)。ガラスの破片は,左右両側に刺さったが,右側の方が特にひどかった(甲Dロ6・21頁)。
防空壕に入ってしばらくすると,辺りが静かな様子になったことから,原告X2が外に出てみると,自宅の廊下のガラス戸や障子が吹き飛ばされ,部屋の天井も50cmほど全体に吹き上がっていた。その後,原告X2は,屋外で自宅の周りの様子を見たり,片付けをしたりしていたが,暗くなって雨が降り始めたことから,その雨に体を打たれた(甲Dロ6・3頁,4頁,22頁)。雨は多少黒ずんでいた(甲Dロ6・23頁)。
当時自宅の2階には,長崎市立商業中学校の教員をしていた夫とその妻(以下,教員をしていた夫を「教員の夫」,教員の夫の妻を「教員の妻」という。)が間借りをしていた(甲Dロ6・6頁)。午後になり,教員の夫が,両手や肩の辺りにひどいやけどを負い,シャツもちぎれたような姿で帰宅したが,長崎医科大学附属病院に行ったまま帰らない教員の妻を心配して,爆心地から600mないし800mの地点にある長崎医科大学附属病院に向かった(甲Dロ6・7頁,8頁,弁論の全趣旨・原告最終準備書面221頁)。
原告X2は,教員の夫がやけどをしていたことから手助けになればと思い,教員の夫に一緒について行くこととした(甲Dロ6・8頁)。
原告X2と教員の夫は,長崎駅まではたどり着いたものの,そこから先は火の手が強かったため行くことができず,やむなく二人で自宅に戻った(甲Dロ6・9頁)。
(ウ) 原告X2と教員の夫は,教員の妻が自宅に帰って来なかったことから,長崎原爆の投下翌日も,長崎医科大学附属病院に向かった。この時は既に火の手も収まっていたが,長崎医科大学附属病院までの道のりでは,全てが破壊され焼かれており,あちらこちらに死体が転がっていた(甲Dロ6・9頁,10頁)。
原告X2と教員の夫は,長崎医科大学附属病院にたどり着くことができたものの,同病院は,コンクリートの壁が崩れて中は燃え尽きており,廃墟となっていた(甲Dロ4・2頁,3頁)。病院の中には死体が数多くあり,死体の相当数はがれきの下敷きになっていた(甲Dロ4・3頁,甲Dロ6・10頁)。原告X2と教員の夫は,時間を掛けて念入りに探したものの,教員の妻を見つけることはできなかった(甲Dロ6・11頁)。
(エ) 教員の夫は,長崎医科大学附属病院で教員の妻を探した翌日,高熱を発して寝たきりとなり,やけどの傷が腐ってウジが湧き,原告X2の母がウジを取り消毒するなどして看病したが,数日後に死亡した。原告X2は,教員の夫の遺体を長崎市の中心部の焼け跡まで運び,材木を積んで焼いた(甲Dロ6・11頁)。
イ 被爆後の健康状況等
(ア) 原告X2は,被爆7日ないし10日後から,吐き気,下痢及び発熱が続き,前頭部分の頭髪が抜けた。その後,口内炎となり,喉の具合も悪くなった。また,体の様々な部分に紫斑が出た。昭和21年に入ると,肺門リンパ腺炎との診断を受けて休学を余儀なくされ,この頃,医師から貧血との指摘を受けるようになり,腰などが痛むようになった(甲Dロ4・4頁)。
(イ) 原告X2は,成人後も,慢性的に貧血状態にあり,腰や膝の痛みも続いた。また,喉の調子が悪く,せきやたんが出るようになり,せき払いが癖になった(甲Dロ4・5頁)。
(ウ) 原告X2は,平成16年11月には尿潜血反応の指摘を受け,精密検査の結果,腎臓に腫瘍があることが分かった。平成17年1月に右腎摘出手術を受け,腫瘍ががんであることも確認された。原告X2は,東京に転居し,再発予防の治療を受けた(甲Dロ4・5頁)。
(エ) 原告X2は,平成21年10月,がんの肝臓への転移の疑いが持たれ,同年11月,入院して抗がん剤治療を受けた(甲Dロ4・5頁)。
(オ) 原告X2は,平成22年3月23日,肝部分切除手術を受け,肝臓にがんが転移していることが確認された(甲Dロ4・5頁)。
(カ) 原告X2は,平成22年6月,同年7月及び同年9月に抗がん剤治療を受け,更に同年11月16日,肝部分切除手術を受けた(甲Dロ1,甲Dロ4・5頁)。
(キ) 原告X2は,平成23年11月8日から同月29日まで,急性虫垂炎及び腹膜炎で手術を受けた(甲Dロ4・5頁)。
(ク) 原告X2は,平成23年12月7日から同月22日までの間,肝がんの治療のため,肝臓に経皮的エタノール注入手術を4回にわたり受けた(甲Dロ4・5頁,弁論の全趣旨・原告最終準備書面223頁)。
(ケ) 原告X2は,経過観察中の平成24年4月末,肝臓にがんの転移が確認された(甲Dロ4・5頁)。
ウ C12の意見
C12は,① 原告X2は,被爆時,初期放射線が届く距離ではなかった,② 原告X2は,長崎原爆の投下当日,爆心地の近くである長崎医科大学附属病院に向かったが,長崎駅までしか行けなかった,③ 原告X2は,長崎原爆の投下翌日,長崎医科大学附属病院にたどり着いたが,その状況は残留放射線の中を歩いて行ったというものであった,④ 被爆7日ないし10日後に吐き気や下痢,発熱などの急性症状があり,脱毛も起こった,⑤ これらの状況を考えると,原告X2が一定の線量を受けていることは間違いないとしている(証人C12・調書47頁)。
(2) 事実認定の補足説明
ア 入市の有無について
(ア) 被告は,原告X2が長崎原爆の投下当日及び翌日に入市した事実は認められない旨主張する。
(イ) しかしながら,原告X2は,平成20年10月23日付け認定申請書(乙Dロ1・239頁ないし241頁)のみならず,平成17年5月26日付け認定申請書(甲Dロ2)においても,長崎原爆の投下当日及び翌日に入市したとしているものであり,その内容も具体的なものである。また,原告X2は,両申請の間である平成20年5月15日に発行された機関誌「大友」においても,長崎原爆の投下翌日に入市したとしているものである(甲Dロ3)。
(ウ) 確かに,昭和32年6月6日付け被爆者健康手帳交付申請書においては,原告X2が入市した事実については記載がなく(乙Dロ1・252頁),機関誌「大友」においても,長崎原爆の投下当日に入市した事実については記載がない(甲Dロ3)。
この点,原告X2は,陳述書では,昭和32年6月6日付け被爆者健康手帳交付申請書において原告X2が入市した事実の記載がないことについて,① 被爆者健康手帳の申請は,原告X2が入った勤務先銀行の寮の管理人であるB16,B17夫妻(以下「B16夫妻」という。)の強い勧めによるものであった,② B16夫妻は,役所で原告X2が被爆当時長崎市東小島町に居住していたことの証明人となってくれた,③ 原告X2は,B16夫妻から「申請書に本籍,住所,氏名及び被爆地を書いてとにかく出せ。」と言われており,被爆者健康手帳を取得するためには長崎市東小島町で被爆したことをもって十分であり,入市の事実まで書く必要はなく,当時は,B16夫妻も原告X2も忙しかったことから直爆の事実のみを書いてB16夫妻に渡した,④ 寮は二,三人の相部屋であったが,長崎以外から来た者が多く,原告X2としては被爆したことは余り言いたくないという気持ちが強く,また,翌日,長崎医科大学附属病院まで行ったことについて,興味本位で爆心地に行ったと思われたくなかったという気持ちがあったとしており,機関誌「大友」においても長崎原爆の投下当日に入市した事実については記載がないことについて,二日にわたって市内に行ったとなるとまるで物見遊山に行ったかのように思われかねず,事実のとおりに書くことがはばかられたとしている(甲Dロ4・3頁,4頁)ところ,このような理由はいずれも不自然,不合理なものとまではいい切れない。
むしろ,昭和32年6月6日付け被爆者健康手帳交付申請書において,「中心地から二K以内の地域に,投下後二週間以内にはいりこんだ時と場所とその理由」の欄は空欄になっているにすぎず(乙Dロ1・252頁),一方,機関誌「大友」において,「二階のご主人は上半身に火傷を負い帰宅された。未だ帰られない奥さんを案じ,また浦上の方へ探しに行かれた。翌日は私も一緒に奥さんを探しに行ったが見付からなかった。」と記載されており(乙Dロ1・261頁),これらはいずれも原告X2が原爆投下の当日及び翌日入市しなかった事実を積極的に否定する内容とはなっていないことからすれば,上記認定を左右するものとはいえないというべきである。
(エ) したがって,原告X2は,長崎原爆の投下当日及び翌日に入市したものと認められる。
イ 紫斑の出現の有無について
(ア) 被告は,原告X2に紫斑が出現した事実は認められない旨主張する。
(イ) 確かに,昭和32年6月作成の原告X2の原爆被爆者調書票の「皮下に血のはんてんがでた」の欄には何も記載されていない(乙Dロ1・253頁)。
(ウ) この点,原告X2は,血の斑点が紫の斑点と同一ものかどうかが分からなかったとしているところ(甲Dロ6・13頁),血の斑点と紫斑とが同一の意義であると解さなかったとしても不自然,不合理なものではない。また,「その他」の欄にも何ら記載がないが(乙Dロ1・253頁),そうであるからといって,原告X2が当時,紫斑が生じていなかったとの記憶の下で「その他」の欄をあえて空欄としたものとまでは推認することはできない。むしろ,原告X2は,平成17年5月26日付け認定申請書(甲Dロ2)以降,一貫して,紫斑が出たとしているのであって,その信用性は高いものというべきである。
(エ) したがって,原告X2には紫斑が出現したものと認められる。
(3) 原告X2の放射線被曝の程度
ア 初期放射線
原告X2は爆心地から約4kmの地点で被爆しており,DS02による初期放射線の被曝線量は僅少であると認めることができる。
しかしながら,DS02による初期放射線の被曝線量には一定の誤差があり,過小になっている可能性があることは考慮すべきである。
イ 放射性降下物
原告X2は,長崎原爆の投下直後,自宅付近で多少黒ずんでいる雨に打たれているところ,この雨が放射性降下物を含んでいた可能性は高いものと認められる。この点,放射性降下物は,長崎においては,一般に,土壌のプルトニウム調査の結果から,爆心地の真東から北に15度,南に10度の扇形の方向に広がったと考えられてはいるが(乙Dタ4・37頁,乙Dタ5・4頁,5頁),地形の影響等により上記以外の場所にも広がった可能性があることは前記第1の3(3)で検討したとおりであり,爆心地から南南東方向の(乙D全3)原告X2の自宅付近にも飛散した可能性も十分にあるというべきである。また,原告X2は,教員の夫と共に,長崎原爆の投下当日に長崎駅に,翌日に爆心地から600mないし800mの地点にある長崎医科大学附属病院に行っている。原告X2は,この間,多数の死体とも遭遇している。さらに,原告X2は,教員の夫の遺体を焼け跡まで運び,焼いている。
原告X2が爆心地付近に入市した時期は,長崎原爆の投下から間もない頃であり,爆心地付近は放射性降下物に相当程度汚染されていたものということができる。遭遇した死体も放射性降下物に汚染されていたと考えられる。原告X2が行動を共にし,その遺体も焼いた教員の夫が放射性降下物に汚染されていた可能性もある。
ウ 誘導放射線
原告X2の上記のような被爆状況等からすると,原告X2が誘導放射化された物質や放射性粉塵による誘導放射線に被曝した可能性は高いものと認められる。原告X2が遭遇した多数の死体は,誘導放射化された物質や放射性粉塵に汚染されたり,誘導放射化されたりしていたと考えられる。教員の夫が誘導放射化された物質や放射性粉塵に汚染されたり,誘導放射化されたりしていた可能性もある。
エ 内部被曝
原告X2の上記のような被爆状況等からすると,原告X2は,放射性降下物や誘導放射化された物質,放射性粉塵を吸入したり,負傷部位からこれらが侵入したりした可能性がある。
オ 急性症状等
放射線被曝を裏付けるものとして,原告X2は,被爆7日ないし10日後から,吐き気,下痢及び発熱が続き,前頭部分の頭髪が抜けたり,口内炎になったりしている。また,原告X2は,体の様々な部分に紫斑が出た上,肺門リンパ腺炎や貧血状態等にもなっている。
カ その他
原告X2は,長崎原爆の投下翌日に,爆心地から600mないし800mの地点まで入市しており,積極認定対象被爆に該当する。
キ 小括
以上の事実を総合すれば,原告X2は健康に影響を及ぼすような相当量の被曝をしたものと認められる。
(4) 申請疾病の放射線起因性
原告X2の申請疾病は腎細胞がんである。腎細胞がんは固形がんの一つであり,積極認定対象疾病に該当するところ,前記第2の3(1)で検討したとおり,一般的に放射線被曝との関連性が認められる疾病である。
(5) 他原因の検討
ア 被告は,原告X2には,腎細胞がんの重大な危険因子である性差,加齢,喫煙及び肥満が存在している旨主張する。
イ この点,原告X2は男性であり,また,原告X2が腎細胞がんと診断されたのは,被爆の59年後であって,好発年齢の71歳の時である。
原告X2は,1日40本程度の喫煙を22歳の頃から約10年程度続けている(甲Dロ6・38頁,乙Dロ11)。また,原告X2は,身長が165cmないし166cmであるのに対し,体重は重いときには七十四,五キログラム程度である(甲Dロ6・38頁,39頁)。
ウ しかしながら,前記1(4)のとおり,他の疾病要因と共同関係があったとしても,原爆の放射線によって当該疾病の発症が促進されたと認められる場合には,放射線の影響がなくとも当該疾病が発症していたといえるような特段の事情がなければ,放射線起因性が否定されることはなく,放射線起因性を肯定するのが相当である。
これを原告X2についてみると,前記(3)のとおり,原告X2は,健康に影響を及ぼすような相当量の被曝をしたと認められ,また,前記(4)のとおり,原告X2の申請疾病である腎細胞がんは,一般的に放射線被曝との関連性が認められる疾病であるところ,原告X2の上記イの事情については,上記特段の事情とまでは認められず,むしろ,上記イの事情の下で,原爆の放射線によって腎細胞がんの発症が促進されたものと認めるのが相当である。
(6) 原告X2の腎細胞がんの放射線起因性
以上によれば,原告X2が発症した腎細胞がんの放射線起因性を認めることができるというべきである。
(7) 申請疾病の要医療性
原告X2の腎細胞がんは,肝臓に転移しており,平成22年11月16日,肝部分切除手術を受け,平成23年12月,肝がんの治療のため,肝臓に経皮的エタノール注入手術を4回にわたり受けたが,経過観察中の平成24年4月末,肝臓にがんの転移が確認されているのであって,申請疾病について要医療性が認められる。
(8) 総括
以上のとおり,原告X2は,処分当時,原爆症認定申請に係る腎細胞がんについて放射線起因性及び要医療性の要件を満たしていたものと認められるから,原告X2に係る原爆症認定申請却下処分は違法であり,取り消されるべきである。
3  原告X3
(1) 認定事実
前提事実に加え,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 被爆状況等
(ア) 原告X3は,昭和3年○月○日生まれの男性であり,広島原爆の投下当時,17歳であった。原告X3は,被爆前,健康状況に特段の問題はなかった(前提事実4(3)ア,甲Dハ2・1枚目,甲Dハ7・1頁)。原告X3の自宅は広島市西天満町〈以下省略〉にあったが,原告X3は,米国のサンフランシスコで生まれ育ったため英語が堪能であり,当時は,東京の阿佐ヶ谷付近の陸軍情報部で通信解読の任務に従事していた(甲Dハ1・1頁)。
(イ) 原告X3は,陸軍から広島に大きな爆弾が落とされたことを聞き,家族の安否確認のため,帰省するように指示を受けた。そこで,原告X3は,昭和20年8月7日又は同月8日,東京を出発し,列車内で宿泊しつつ広島に向かった(甲Dハ1・1頁)。
(ウ) 原告X3は,昭和20年8月11日早朝,広島駅に到着し,広島駅から市電の線路上を歩いて八丁堀を通過し,爆心地付近である原爆ドームの脇を通り,さらに,相生橋を渡った。原告X3は,広島市十日市町,土橋を通過し,天満橋を渡り,爆心地から約1.5kmの地点にある広島市西天満町の自宅付近に到着した(甲Dハ1・1頁,甲Dハ7・1頁,弁論の全趣旨・原告最終準備書面230頁)。
自宅付近は,焼け野原となっていた。原告X3は,自宅付近にあった個人経営の会社の従業員寮を目印に自宅を探し,建物が焼失している自宅跡地にたどり着いた(甲Dハ1・1頁,2頁)。
原告X3は,隣家の者から,原告X3の家族が遠縁の衆議院議員であるB12の自宅に身を寄せていることを教えられ,B12の自宅に向かった(甲Dハ1・2頁)。B12の自宅は広島市南三條町〈以下省略〉にあり(甲Dハ8・2枚目),爆心地から約1.5kmの小河内橋の付近にあった(甲Dハ7・1頁,甲Dハ9・3枚目)。小河内橋のある天満南三條地区は,黒い雨の降雨地域であった(甲Dハ7・3頁)。
原告X3は,B12の自宅で,原告X3の父母と姉に再会することができた(甲Dハ1・2頁)。
原告X3の母は,自宅で被爆し,家屋の下敷きになったところを救助されたとのことであり,全身が傷だらけになっていた(甲Dハ1・2頁)。
原告X3の父は,広島市大州町の中国電力の営業所敷地の屋外で被爆した際,強い爆風により体が飛ばされたとのことであったが,目立った怪我はなかった(甲Dハ1・2頁)。
原告X3の姉は,広島日赤病院の待合室のドアの横に立っていた時に被爆したとのことであったが,やけどはなかった(甲Dハ1・2頁)。
しかし,原告X3の弟は,広島市十日市町付近で建物疎開作業をしている時に被爆し,翌日,死亡したとのことであった(甲Dハ1・2頁)。
原告X3は,再会した家族と共にB12の自宅で世話になることになった(甲Dハ1・2頁)。
(エ) 原告X3は,B12の自宅に滞在したまま,従兄弟のB18と共に,親族の安否確認のため,負傷者や遺体の収容所として使用されていた病院や学校等を訪れ,負傷者や遺体の顔を確認しながら2週間にわたり親族を探し回った(甲Dハ1・2頁,甲Dハ4,甲Dハ5)。
原告X3は,福島川の川原において,親戚の遺体を焼くのを手伝った(甲Dハ1・2頁,甲Dハ3・1頁,甲Dハ5)。その際,原告X3は,遺体を手で運び,焼け残った木片などの上に遺体を積み重ねる作業をした(甲Dハ1・2頁)。
(オ) その後,原告X3は,B12の自宅を出て,小河内橋の広島市中広町側で,小河内橋から約100mの場所にある祖父の住む借家に移り住んだ(甲Dハ1・2頁)。
(カ) 原告X3は,米国軍が昭和20年10月7日頃に広島県呉市に上陸すると(甲Dハ10・3頁),広島市役所の指示により,広島駅前において,来日した外国人の通訳や案内をするようになった(甲Dハ1・3頁,甲Dハ5)。
(キ) 原告X3は,昭和20年10月頃まで,祖父の住む借家に住んでいた(甲Dハ1・2頁,3頁)。
イ 被爆後の健康状況等
(ア) 原告X3は,被爆直後,1日が長く感じるようになり,夕方になると疲れを感じるようになった(甲Dハ1・3頁)。
(イ) 原告X3は,昭和30年,肝臓病に罹患した(甲Dハ1・3頁)。
(ウ) 原告X3は,昭和61年,十二指腸潰瘍に罹患した(甲Dハ1・3頁)。
(エ) 原告X3は,平成4年,高血圧及び甲状腺がんになった(甲Dハ1・3頁)。
(オ) 原告X3は,平成8年,S字結腸がんに罹患した(甲Dハ1・3頁)。
(カ) 原告X3は,平成15年,多発性脳梗塞に罹患した(甲Dハ1・3頁)。
(キ) 原告X3は,平成21年2月,腎細胞がんに罹患し,下大静脈腫瘍塞栓も発見されたため,手術を受けた。原告X3は,同年,帯状疱疹,腸感染症及び多発性胃潰瘍を発症した(甲Dハ1・3頁,乙Dハ6・152頁)。
(ク) 原告X3は,平成22年,胃酸逆流の症状が現れた(甲Dハ1・3頁)。
(ケ) 原告X3は,平成23年2月頃,心不全に罹患した(甲Dハ1・3頁)。
(コ) 原告X3は,平成24年10月,腎細胞がんが肺に転移したため,肺がんの手術を受け,現在も定期検診を受けている(甲Dハ7・3頁,弁論の全趣旨・原告最終準備書面234頁,235頁)。
ウ C12の意見
C12は,① 原告X3は,17歳の時に入市しているが,広島市西天満町の自宅に戻るときに,爆心地を通らざるを得なかった,② その後,爆心地から約1.5kmの地点にある知人の自宅に身を寄せて親族の捜索を行っており,その間に様々な遺体処理も手伝ったものであり,この中で残留放射線による被曝は相当あると思われる,③ 被爆後の症状も,倦怠感があり,甲状腺がん,S字結腸がん等のいわゆる異時多重がんであり,これは被爆者によくみられる現象であるとしている(証人C12・調書38頁,39頁)。
(2) 事実認定の補足説明
ア 被告は,原告X3が昭和20年8月12日から同年10月頃まで爆心地から約1.5kmの地点にあるB12の自宅及び祖父の住む借家に滞在したとは認められない旨主張する。
イ 確かに,昭和59年9月8日付け被爆者健康手帳交付申請書には,原告X3がB12の自宅に向かったとの記載があるのみであり,原告X3がB12の自宅や祖父の住む借家に滞在したとの記載はない(乙Dハ1・722頁)。
しかしながら,原告X3の当時の行動を知る第三者が記載した被爆証明書には,原告X3がB12の家に世話になったことがあることや遺体処理に当たって一定期間滞在していた旨が記載されている(甲Dハ3)。また,原告X3の従姉妹である(弁論の全趣旨・原告最終準備書面233頁)B19が作成した陳述書にも,同旨の記載があるのであって(甲Dハ5),原告X3がB12の自宅に滞在した事実は優に認定することができるというべきである。そして,原告X3の陳述書は,B12の自宅への滞在の事実とともに,小河内橋の広島市中広町側で,小河内橋から約100mの場所にある祖父の住む借家に移り住んだとしており,その内容に矛盾はない上,祖父の住む借家の場所も極めて詳細なものであることからすれば,その信用性は高いものというべきである。
ウ したがって,原告X3は,昭和20年8月12日から同年10月頃まで爆心地から約1.5kmの地点にあるB12の自宅及び祖父の住む借家に滞在したものと認められる。
(3) 原告X3の放射線被曝の程度
ア 初期放射線
原告X3は,広島原爆の投下当時,東京にいたことから,初期放射線による被曝はないものと認められる。
イ 放射性降下物
原告X3は,昭和20年8月11日に爆心地付近である原爆ドームの脇を通るなどして,爆心地から約1.5kmの地点にある自宅付近に行き,その後,爆心地から約1.5kmの付近にあるB12の自宅に2週間滞在しているところ,B12の自宅のあった地域は,黒い雨の降雨地域である。また,原告X3は,B12の自宅にいる間,負傷者や遺体の収容所として使用されていた病院や学校等を訪れ,負傷者や遺体の顔を確認したり,川原で遺体を焼くのを手伝ったりしている。さらに,原告X3は,同年10月頃まで,B12の自宅の近辺の祖父の住む借家に住んでいる。
原告X3が爆心地付近に入市した時期は,広島原爆の投下から間もない頃であり,爆心地付近は放射性降下物に相当程度汚染されていたものということができる。接触した負傷者や遺体も放射性降下物に汚染されていたと考えられる。
ウ 誘導放射線
原告X3の上記のような被爆状況等からすると,原告X3が誘導放射化された物質や放射性粉塵による誘導放射線に被曝した可能性は高いものと認められる。原告X3が接触した負傷者や遺体は,誘導放射化された物質や放射性粉塵に汚染されたり,誘導放射化されたりしていたと考えられる。
エ 内部被曝
原告X3の上記のような被爆状況等からすると,原告X3は,放射性降下物や誘導放射化された物質,放射性粉塵を吸引した可能性がある。
オ 急性症状等
放射線被曝を裏付けるものとして,原告X3は,被爆後疲れやすくなり,肝臓病,多重がん,多発性脳梗塞及び心不全に罹患している。また,後記で検討するとおり,原告X3は,高血圧でもある。
カ その他
原告X3は,昭和20年8月11日に入市し,爆心地付近を通り,爆心地から約1.5kmの地点に同年10月頃まで滞在したものであり,積極認定対象被爆に該当する。
キ 小括
以上の事実を総合すれば,原告X3は健康に影響を及ぼすような相当量の被曝をしたものと認められる。
(4) 申請疾病の放射線起因性
原告X3の申請疾病は腎細胞がんである。腎細胞がんは固形がんの一つであり,積極認定対象疾病に該当するところ,前記第2の3(1)で検討したとおり,一般的に放射線被曝との関連性が認められる疾病である。
(5) 他原因の検討
ア 被告は,原告X3には,腎細胞がんの重大な危険因子である性差,加齢,高血圧,肥満及び喫煙が存在している旨主張する。
イ この点,原告X3は男性であり,原告X3が腎細胞がんと診断されたのは,被爆の六十三,四年後であって,80歳の時である。
原告X3は,平成4年に高血圧になり,更に平成15年4月から日本赤十字社医療センターにおいて高血圧の診療を受けており(乙Dハ7・106頁),降圧剤を服用している(乙Dハ7・37頁)。原告X3の身長は,平成8年当時,164cmであったが,体重は74.5kg,BMIは27.7であり,肥満傾向にあったものである(乙Dハ7・44頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(27)141頁)。また,喫煙歴もある(乙Dハ6・44頁)。
ウ しかしながら,前記1(4)のとおり,他の疾病要因と共同関係があったとしても,原爆の放射線によって当該疾病の発症が促進されたと認められる場合には,放射線の影響がなくとも当該疾病が発症していたといえるような特段の事情がなければ,放射線起因性が否定されることはなく,放射線起因性を肯定するのが相当である。
これを原告X3についてみると,前記(3)のとおり,原告X3は,健康に影響を及ぼすような相当量の被曝をしたと認められ,また,前記(4)のとおり,原告X3の申請疾病である腎細胞がんは,一般的に放射線被曝との関連性が認められる疾病であるところ,原告X3の上記イの事情のうち,性差,加齢,肥満及び喫煙については,上記特段の事情とまでは認められず,むしろ,これらの事情の下で,原爆の放射線によって腎細胞がんの発症が促進されたものと認めるのが相当である。
また,高血圧については,そもそもこの症状が放射線被曝との関連性が認められるものであって,この症状があることをもって原告X3の腎細胞がんの放射線起因性を否定することはできないというべきである。
(6) 原告X3の腎細胞がんの放射線起因性
以上によれば,原告X3が発症した腎細胞がんの放射線起因性を認めることができるというべきである。
(7) 申請疾病の要医療性
原告X3は,平成24年10月,腎細胞がんが肺に転移したため,肺がんの手術を受け,現在も定期検診を受けており,申請疾病について要医療性が認められる。
(8) 総括
以上のとおり,原告X3は,処分当時,原爆症認定申請に係る腎細胞がんについて放射線起因性及び要医療性の要件を満たしていたものと認められるから,原告X3に係る原爆症認定申請却下処分は違法であり,取り消されるべきである。
4  原告X4
(1) 認定事実
前提事実に加え,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 被爆状況等
(ア) 原告X4は,昭和12年○月○日生まれの女性であり,長崎原爆の投下当時,8歳であった。原告X4は,被爆前,健康状況に特段の問題はなかった。原告X4は,伊良林国民学校に在籍していた。原告X4の自宅は,長崎市矢ノ平町にあり,爆心地から約3.6kmの地点にあった(前提事実4(4)ア,甲Dニ1・1頁,甲Dニ2・1頁)。
(イ) 原告X4は,昭和20年8月9日,長崎原爆の投下当時,伊良林国民学校に登校していたところ,空襲警報が発令されたため,同校から自宅に帰った。空襲警報は間もなく解除されたが,原告X4は,母から,爆音がかすかに聞こえるので自宅の庭にある防空壕に入るようにと言われた。防空壕は,土を1mほど掘って上に板と土を乗せただけのものであり,三,四人くらいが入ることのできる程度の簡易なものであった。原告X4が姉と共に防空壕に入ったところ,すぐに長崎原爆の投下を受けた(甲Dニ1・1頁)。閃光があり,原告X4は,爆音と爆風を受けてしばらくの間気絶した(甲Dニ1・1頁,2頁)。自宅は,爆風で壊れ,輪郭は残っていたものの,屋根は一部吹き飛び,畳も飛んでいた(甲Dニ1・2頁)。
原告X4が防空壕からはい出ると,それまで晴れていた空が暗くなり,その直後に黒い雨が降ってきた。原告X4は,自宅の縁側に座ったが,屋根がほとんどなくなっていたため,雨に全身を打たれた。原告X4は,風呂の水もない状態だったことから,雨による汚れをしばらく落とすことができなかった(甲Dニ1・2頁)。
(ウ) その後,原告X4は,昭和29年頃まで,自宅に住み続けた(甲Dニ1・2頁)。
イ 被爆後の健康状況等
(ア) 原告X4は,長崎原爆の投下の1週間後くらい水様の激しい下痢に見舞われ,このような下痢の症状は2週間くらい続いた(甲Dニ1・2頁,乙Dニ1・346頁,乙Dニ3・3頁)。
(イ) 原告X4は,13歳頃から25歳頃まで,顔全体に赤黒い吹き出物が出て,血の混じった膿が大量に出るという症状が続いた(甲Dニ1・3頁)。
(ウ) 原告X4は,昭和60年6月,十二指腸潰瘍により17日間入院し,投薬治療を受けた(甲Dニ1・3頁)。
(エ) 原告X4は,平成元年,肺炎を患い,約1箇月間入院した(甲Dニ1・3頁)。
(オ) 原告X4は,20歳前後頃から,体温調節機能の異常を自覚するようになり,夏に寒さを感じたり,逆に,冬に暑さを感じたりし,不眠もあったが,平成4年,これらの症状について,自律神経失調症との診断を受け,神経薬であるドグマチール・セパゾンと精神安定剤であるアルプラゾラム錠を処方されて服用するようになった(甲Dニ1・3頁)。
(カ) 原告X4は,平成5年,痔核を患い,痔核の手術をした(甲Dニ1・4頁)。
(キ) 原告X4は,平成7年頃,白内障との診断を受けた(甲Dニ1・4頁)。
(ク) 原告X4は,平成15年,痔核の再手術をした(甲Dニ1・4頁)。
(ケ) 原告X4は,平成19年12月,食欲不振の症状があったため,受診し,内視鏡検査を受けたところ,胃がんの診断を受けた。原告X4は,複十字病院に40日間入院し,胃の約半分を切除する手術を受け,その後も,経過観察のため,同病院に二,三箇月に1回の割合で通院している(甲Dニ1・4頁)。
(コ) 原告X4の母と姉は,自律神経失調症を患っている(甲Dニ1・3頁)。
ウ C12の意見
C12は,① 原告X4は8歳での被爆である,② 爆心地から約3.6kmの自宅での被爆であり,初期放射線量はそれほどではないが,その後に黒い雨に打たれる等している,③ 被爆直後に下痢を起こし,そのほか,皮膚病に非常に悩まされ,20歳頃からは体温調節機能の異常といったような症状が出ており,これらは被爆者の健康調査で指摘されているところであり,一定の残留放射線の被曝を含めた被曝の状態にあると考えられるとしている(証人C12・調書39頁)。
(2) 事実認定の補足説明
ア 下痢の出現の有無について
(ア) 被告は,原告X4に下痢が出現した事実は認められない旨主張する。
(イ) 原告X4の被爆後の下痢については,平成20年3月3日付け認定申請書において,下痢が何日間か続いたという抽象的なものであった(乙Dニ1・346頁)が,平成22年8月11日付け異議申立書において,長崎原爆の投下後1週間後くらいから水様の激しい下痢に見舞われ,それが2週間くらい続いた(乙Dニ3・3頁)とし,更に,陳述書においては,長崎原爆の投下翌日くらいから10日間くらいにわたり,激しい下痢に見舞われた(甲Dニ1・2頁)としている。
このうち,平成20年3月3日付け認定申請書と平成22年8月11日付け異議申立書については,これらが相互に矛盾するものとまではいえず,また,その信用性に疑いを差し挟むべき特段の事情も見当たらない。一方,陳述書については,同異議申立書よりも後に作成されたものであることから,当時の記憶が薄れている可能性を否定することができず,その信用性が同異議申立書よりも高いものとはいえない。
(ウ) したがって,原告X4には下痢が出現したものと認められ,その内容については,長崎原爆の投下後1週間後くらいから水様の激しい下痢に見舞われ,それが2週間くらい続いたものと認められる。
イ 血の膿の出現の有無について
(ア) 原告X4は,被爆の約1年後には,右足のすねに出来物ができ,血の膿が出た旨主張する。
(イ) しかしながら,原告X4は,陳述書において初めて血の膿の出現を記載しているものであり(甲Dニ1・2頁),それ以前にかかる事実について全く触れなかったことについて,合理的,説得的な説明はしていない。
(ウ) したがって,原告X4に,被爆の約1年後に右足のすねに出来物ができ,血の膿が出た事実は認められない。
(3) 原告X4の放射線被曝の程度
ア 初期放射線
原告X4は爆心地から約3.6kmの地点で被爆しており,DS02による初期放射線の被曝線量は僅少であると認めることができる。
しかしながら,DS02による初期放射線の被曝線量には一定の誤差があり,過小になっている可能性があることは考慮すべきである。
イ 放射性降下物
原告X4は,長崎原爆の投下直後,自宅付近で黒い雨に全身を打たれ,雨による汚れをしばらく落とすことができなかったものである。また,原告X4は,その後も黒い雨の降った地域に住み続けている。この黒い雨が放射性降下物を含んでいた可能性は高いものと認められる。
この点,放射性降下物は,長崎においては,一般に,土壌のプルトニウム調査の結果から,爆心地の真東から北に15度,南に10度の扇形の方向に広がったと考えられてはいるが(乙Dタ4・37頁,乙Dタ5・4頁,5頁),地形の影響等により上記以外の場所にも広がった可能性があることは前記第1の3(3)で検討したとおりであり,爆心地から南東方向の(乙D全3)原告X4の自宅付近にも飛散した可能性も十分にあるというべきである。
ウ 誘導放射線
原告X4の上記のような被爆状況等からすると,原告X4は,誘導放射化された物質や放射性粉塵による誘導放射線に被曝した可能性がある。
エ 内部被曝
原告X4の上記のような被爆状況等からすると,原告X4は,放射性降下物や誘導放射化された物質,放射性粉塵を吸引した可能性がある。特に,原告X4は,黒い雨に全身を打たれ,また,黒い雨の降った地域に住み続けているものである。
オ 急性症状等
放射線被曝を裏付けるものとして,原告X4は,被爆後,1週間後くらいから水様の激しい下痢に見舞われ,それが2週間くらい続いたものであり,また,13歳頃から25歳頃まで顔全体に赤黒い吹き出物が出て,血の混じった膿が大量に出るという症状が続いている。さらに,原告X4は,成人した頃から現在に至るまでの長期間にわたり,自律神経失調症に悩まされている。
カ その他
原告X4は,被爆当時8歳であり,若年での被爆であると認められる。
また,原告X4は,爆心地から約3.6kmの地点で被爆しており,積極認定対象被爆に近い態様での被爆である。
さらに,原告X4の母と姉も,原告X4と同様,自律神経失調症を患っている。
キ 小括
以上の事実を総合すれば,原告X4は健康に影響を及ぼすような相当量の被曝をしたものと認められる。
(4) 申請疾病の放射線起因性
原告X4の申請疾病は胃がんである。胃がんは固形がんの一つであり,積極認定対象疾病に該当するところ,前記第2の3(1)で検討したとおり,一般的に放射線被曝との関連性が認められる疾病である。
(5) 他原因の検討
ア 被告は,原告X4には胃がんの重大な危険因子である加齢及びヘリコバクター・ピロリの感染が存在している可能性は否定することができない旨主張する。
イ この点,原告X4が胃がんと診断されたのは被爆の62年後であって,胃がんの好発年齢である70歳の時である。
また,前記第2の3(1)ア(エ)のとおり,日本人のヘリコバクター・ピロリの感染率は,50歳代以上では80%程度である。
ウ しかしながら,前記1(4)のとおり,他の疾病要因と共同関係があったとしても,原爆の放射線によって当該疾病の発症が促進されたと認められる場合には,放射線の影響がなくとも当該疾病が発症していたといえるような特段の事情がなければ,放射線起因性が否定されることはなく,放射線起因性を肯定するのが相当である。
これを原告X4についてみると,前記(3)のとおり,原告X4は,健康に影響を及ぼすような相当量の被曝をしたと認められ,また,前記(4)のとおり,原告X4の申請疾病である胃がんは,一般的に放射線被曝との関連性が認められる疾病であるところ,原告X4の上記イの事情のうち,加齢については,上記特段の事情とまでは認められず,原爆の放射線によって胃がんの発症が促進されたものと認めるのが相当である。
なお,ヘリコバクター・ピロリへの感染についてみれば,原告X4がこれに感染していると認めるに足りる証拠はない(乙Dニ10・6頁参照)。
(6) 原告X4の胃がんの放射線起因性
以上によれば,原告X4が発症した胃がんの放射線起因性を認めることができるというべきである。
(7) 申請疾病の要医療性
原告X4は,胃がんについて切除手術を受け,その後も,経過観察のため,二,三箇月に1回の割合で通院していることから,申請疾病について要医療性が認められる。
(8) 総括
以上のとおり,原告X4は,処分当時,原爆症認定申請に係る胃がんについて放射線起因性及び要医療性の要件を満たしていたものと認められるから,原告X4に係る原爆症認定申請却下処分は違法であり,取り消されるべきである。
5  X5
(1) 認定事実
前提事実に加え,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 被爆状況等
X5は,昭和11年○月○日生まれの女性であり,長崎原爆の投下当時,9歳であった。X5は,長崎原爆の投下直前,爆心地から約3kmの地点にある長崎市馬町〈以下省略〉の自宅の玄関前の屋外にいた。X5は,長崎原爆が爆発した瞬間,激しい光と爆風を感じ,真正面から被爆した(前提事実4(5)ア,乙Dホ1・210頁)。
X5は,恐怖を感じて自宅に駆け込んだところ,X5の母は,X5の妹を抱いてX5の弟を探していた。X5の弟は,頭から血を流していた(乙Dホ1・210頁)。
イ 被爆後の健康状況等
(ア) X5は,昭和59年5月,乳がんの診断を受け,同月末頃,東京慈恵会医科大学青戸病院に入院して左乳房切除手術を受け,乳房から胸筋,脇の下のリンパ腺などを全て切除した(乙Dホ1・210頁,227頁)。X5は,同年11月末頃まで,患部に放射線照射を受けるため,東京慈恵会医科太学付属病院(本院)に通った(甲Dホ1・2頁,甲Dホ9・2枚目,乙Dホ1・227頁)。出血は,放射線照射後2週間ほどで止まったが,その後,放射線照射を受けた部位が崩れて皮膚潰瘍となり,二日に一度ほど50ccくらいの血のようなものがたまるようになった(乙Dホ1・227頁)。X5が受診したところ,手術痕の下の毛細血管が切れているとの診断を受け,昭和60年1月上旬,再度入院し,止血のための再手術を受けた(甲Dホ2・2頁,乙Dホ1・227頁,228頁)。その後も左腕に力が入らない,手術痕が引きつれ違和感があるという状態が続いた(甲Dホ2・2頁)。
(イ) 皮膚潰瘍は小康状態を保っていたが,平成19年12月頃,皮膚潰瘍の傷が広がった。X5は,同月,乳房切除手術の術前の診断を受けた近所にある南郷外科・整形外科医院を受診した。受診後半年ほどしてから瘡蓋ができ,皮膚潰瘍の広がりが一旦止まったものの,更に出血の状態は続いた。X5は,平成20年9月,皮膚潰瘍について治療を受けた(甲Dホ2・2頁)。
(ウ) この頃までに,X5は,うつ病のため,医療法人財団神経科土田病院(以下「土田病院」という。)で入退院を繰り返していた(甲Dホ1・2頁,甲Dホ2・2頁,甲Dホ7)。
(エ) X5の父は,長崎三菱製鋼所で稼働していたが,長崎原爆投下の3日後に死亡した(乙Dホ1・210頁)。
(オ) X5の母は,昭和25年,胃がんで死亡した(甲Dホ2・1頁)。
(2) 事実認定の補足説明
ア 被告は,X5の左胸部に皮膚潰瘍が生じたこと自体は認められるとしても,更に上記皮膚潰瘍が乳がんの手術又は放射線治療の結果生じた「左乳がん術後皮膚潰瘍」であることを認めることはできない旨主張する。
イ この点,確かに,平成20年8月27日付け認定申請書添付の四ツ木診療所医師のC13の意見書によれば,同人自身は,X5の乳房切除術の執刀医ではなく,乳房切除手術を受けた当時の診療録は焼却されて存在していないことが認められる(乙Dホ1・211頁)。また,南郷外科・整形外科医院の診療録には,X5から,乳がんが原爆に関連して発生したとの証明ができないかとの質問があり,同医院医師のC14が難しいのではないかとの回答をしたこと,この時,X5は,放射線治療を40回受けたと述べたことが記載されていることが認められる(乙Dホ2・14頁)。
ウ しかしながら,まず,X5が乳がんの手術を受けたことについて,X5が葛飾区の被爆者の会である葛友会の会合の記録をしていた手記には,昭和59年5月に左乳がんの手術を受けたことが記載されており(甲Dホ9・2枚目,弁論の全趣旨・原告最終準備書面243頁),X5が日常生活の記録をしていた手記も,乳がんの手術を受けるまでの詳細な経緯が記載されている(甲Dホ3・4枚目)。X5の夫も,手術後に,執刀医から,重い乳がんであり,広い範囲で切除したがいつ転移するか分からないので,生命の保証はできないと言われている(甲Dホ2・1頁,乙Dホ1・227頁)。
原告X6は,X5の手術に叔母と一緒に立ち会い,X5の病気が乳がんであると聞いてショックを受けたことを覚えており,X5が昭和60年に再手術のために入院していたことも覚えている(甲Dホ1)。
以上によれば,X5が乳がんの確定診断を受け,乳がんの手術をしたことは疑いのない事実であるというべきである。
エ 次に,皮膚潰瘍が乳がんの手術又は放射線治療の結果生じたものであることについて,C14の平成22年4月24日付け意見書は,① 左前胸部の乳房は切除されており,左前胸部から左腋窩に至る手術創瘢痕と皮膚瘢痕があり,同部に色素沈着を認める,② こうした状態は,乳房切除術及び周術期に施行された放射線療法の結果生じたものと考えられる,③ 平成20年9月5日,乳がん術後皮膚瘢痕部に1cm大の不正円形皮膚潰瘍が生じた,④ 同皮膚潰瘍の発生は,乳がん治療のために必要とした放射線治療の影響が考えられるとしているところ,同人は,実際にX5の皮膚潰瘍の治療に当たっていたものである(乙Dホ1・231頁)
また,X5の皮膚潰瘍については,左乳がん手術後の放射線治療によるもの以外には,その原因は特段見当たらないものである。
そうであるとすれば,X5の皮膚潰瘍は左乳がん手術後の放射線治療の結果生じたものであると強く推認することができるというべきである。
なお,確かに,X5の左乳がん術後皮膚潰瘍については,植皮による治療等が行われていないものであるが,後記(6)で検討するとおり,これはX5がこのような治療を望んでいなかったことによるものであるから,治療方法が通常と異なっていたことによってX5の皮膚潰瘍が左乳がん手術後の放射線治療の結果生じたものであるとの推認が覆るものではない。
そうであるとすれば,X5は,乳がん手術後に受けた放射線療法により左乳がん術後皮膚潰瘍となったものと認められる。
オ そして,このような認定は,X5の疾病を左乳がん術後皮膚潰瘍とするC13の意見書(乙Dホ1・211頁)やC14の診断書(乙Dホ1・214頁)の各記載にも沿うものである。
カ したがって,X5は,左乳がん術後皮膚潰瘍に罹患したものと認められる。
(3) X5の放射線被曝の程度
ア 初期放射線
X5は爆心地から約3kmの地点で被爆しており,DS02による初期放射線の被曝線量は僅少であると認めることができる。
しかしながら,DS02による初期放射線の被曝線量には一定の誤差があり,過小になっている可能性があることは考慮すべきである。
イ 放射性降下物
X5が黒い雨に打たれたといった事情は認められないものの,爆心地から約3kmの地点にある自宅付近で被爆したことからすると,同所付近が放射性降下物に汚染されていた可能性がある。この点,放射性降下物は,長崎においては,一般に,土壌のプルトニウム調査の結果から,爆心地の真東から北に15度,南に10度の扇形の方向に広がったと考えられてはいるが(乙Dタ4・37頁,乙Dタ5・4頁,5頁),地形の影響等により上記以外の場所にも広がった可能性があることは前記第1の3(3)で検討したとおりであり,爆心地から南東方向の(乙D全3)X5の自宅付近にも飛散した可能性も十分にあるというべきである。
ウ 誘導放射線
X5の上記のような被爆状況等からすると,X5は,誘導放射化された物質や放射性粉塵による誘導放射線に被曝した可能性がある。
エ 内部被曝
X5の上記のような被爆状況等からすると,X5が放射性降下物や誘導放射化された物質,放射性粉塵を吸引した可能性を否定することはできない。
オ 急性症状等
X5に急性症状等が生じたか否かについては不明である。
カ その他
X5は,爆心地から約3kmの地点で被爆しており,乳がんとの関係で積極認定対象被爆に該当する。
また,被爆当時X5の近くにいたX5の母も胃がんで死亡している。
キ 小括
以上の事実を総合すれば,X5は健康に影響を及ぼすような相当量の被曝をしたものと認められる。
(4) 申請疾病の放射線起因性
X5の申請疾病は,左乳がん術後皮膚潰瘍である。乳がんは固形がんの一つであり,積極認定対象疾病に該当し,前記第2の3(1)で検討したとおり,一般的に放射線被曝との関連性が認められる疾病であるところ,乳がん術後皮膚潰瘍も,前記第2の3(2)で検討したとおり,一般的に放射線被曝との関連性が認められる疾病である。
(5) X5の左乳がん術後皮膚潰瘍の放射線起因性
以上によれば,X5が発症した乳がんについては,放射線起因性を認めることができ,また,X5は,乳がんを発症したことによって,その治療として放射線治療を受けることを余儀なくされたものであり,X5の左乳がん術後皮膚潰瘍は,乳がんの放射線治療によって生じたものであると認められるから,X5が発症した左乳がん術後皮膚潰瘍の放射線起因性も認めることができるというべきである。
(6) 申請疾病の要医療性
X5は,左乳がん術後皮膚潰瘍について,平成19年12月から南郷外科・整形外科医院で治療を受けている。
確かに,X5の左乳がん術後皮膚潰瘍について,植皮による治療等は行われていない。しかしながら,X5は,うつ病で土田病院の診療を受け,入退院を繰り返していたものである。このような状況の中で,南郷外科・整形外科医院医師のC14は,平成20年12月3日,土田病院医師のC15に対し,X5に植皮による治療を勧めたものの,X5が手術をしたくないとの意向であったため,局所の消毒のみ行った旨伝えているのであり(甲Dホ8),植皮による治療等が行われなかったのは,うつ病を患っていたX5の意向によるものである。そして,X5の左乳がん術後皮膚潰瘍は,一次的に皮膚潰瘍に瘡蓋ができたとはいえ完治には至っていなかったものであり,再発の可能性も否定することができないものであったということができる(乙Dホ1・214頁)。
現に,この間の同年9月5月には,乳がん術後皮膚瘢痕部に1cm大の不正円形皮膚潰瘍を生じ,同年12月3日まで治療したとされており(乙Dホ1・231頁,乙Dホ2・3枚目),内服薬の処方として平成19年12月26日と平成20年9月5日の2回,抗生物質製剤であるフロモックス(乙Dホ7)が5日ないし7日分処方され(乙Dホ2・9頁,14頁),診察の際の処置として外用消毒剤であるイソジンゲル(乙Dホ8)が塗布されており(乙Dホ2・14頁),乳がん術後皮膚潰瘍はいまだ完治しておらず,治療が必要な状態であったと認められる。
この点,C12も,① X5の乳がんの手術は恐らく拡大手術であり,乳腺及び周辺組織を徹底的に取るものであった,② そのため非常に胸が薄くなっていたが,その状況で放射線治療を行ったことで皮膚の状態が非常に悪化した,③ 繰り返し腫瘍ができて困っていたところ,主治医としては当然,植皮による治療を考えていたが,X5が同意しなかったものであるとしている(証人C12・調書43頁)。
以上によれば,申請疾病について要医療性が認められる。
(7) 総括
以上のとおり,X5は,処分当時,原爆症認定申請に係る左乳がん術後皮膚潰瘍について放射線起因性及び要医療性の要件を満たしていたものと認められるから,X5に係る原爆症認定申請却下処分は違法であり,取り消されるべきである。
6  X9
(1) 認定事実
前提事実に加え,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 被爆状況等
(ア) X9は,大正10年○月○日生まれの男性であり,広島原爆の投下当時,24歳であった。X9は,被爆前,健康状況に特段の問題はなかった。X9は,昭和16年,20歳の時に徴兵検査を受け,昭和17年4月から近衛歩兵部隊に入隊した。X9は,昭和18年以降は,南方への輸送部隊として,輸送船で台湾,パラオ,フィリピン,ラバウル等を転々とした(前提事実4(6)ア,甲Dヘ1・1頁,2頁)。
X9は,昭和20年4月から,広島市宇品町の爆心地から約4.79kmの地点にある陸軍船舶司令部に配属され,兵器係として勤務していた(甲Dヘ1・2頁,乙Dヘ10の6)。陸軍船舶司令部には,本部や兵舎,兵器庫,弾薬庫等の施設があった(乙Dヘ1・763頁,X9本人・調書15頁)。
(イ) X9は,昭和20年8月6日,広島原爆の投下当日の朝,陸軍船舶司令部の屋外東側におり,朝礼に参加していたところ,朝礼の途中で空襲警報が鳴った(X9本人・調書2頁)。X9は,休憩の号令によって休んでいたところ,雲の中から現れた爆撃機から落下傘を付けた黒い物体が投下されるのを見た。強烈な光線及び熱線が目の前を走り,顔や手が熱くなった(X9本人・調書2頁,3頁,21頁)。
X9は,他の部隊員と共に兵舎や物陰に避難したが,その際,左側の腰を強打して負傷した。X9が空を見上げると,晴れていた空は巨大な黒い雲に隠れ,雲と共に真っ赤な炎が天に浮いて降りてくるように見えた。やがて雷鳴がして,雨が降り始め,辺りは夕暮れのような暗さになった(甲Dヘ1・2頁)。
X9は,各自の勤務場所の状況を確認することとなったため,兵器庫の事務室に戻った。兵舎は,ガラスの破片や落下物により負傷者が多数出ており,X9は,窓の補修や兵舎の倒壊を修理する応援に出て,夜まで仕事をした(甲Dヘ1・2頁,3頁)。
(ウ) X9は,広島原爆の投下翌日,朝礼後の午前9時半頃に,上司の中隊長の命令により,上司の中隊長と共に自転車で防空隊のある広島市己斐町に行くことになった(甲Dヘ1・3頁,X9本人・調書3頁)。X9は,上司の中隊長を追い掛ける形となったが,間もなく追いついた(X9本人・調書3頁)。X9と上司の中隊長は,自転車で市電の電車道をたどりながら広島市己斐町に向かった(X9本人・調書4頁)。広島の町は一面焼け野原であり,遠くの山がかすんで見えた(甲Dヘ1・3頁)。X9は,夢中で上司の中隊長について行き,御幸橋を渡って,爆心地から約2.3kmの地点にある御幸橋の西詰めを通過した(甲Dヘ1・添付図面,甲Dヘ4,X9本人・調書4頁)。
X9は,御幸橋を渡ったところで,白い制服を着た女学生らしい集団の死体を見た。死体は折り重なるようにして倒れており,白い制服の半袖から出ていた細い腕が黒く焼け,半袖の布地に覆われている部分は焼けていなかった(甲Dヘ1・3頁,X9本人・調書4頁,5頁)。
X9は,御幸橋を渡った後も同様に広島市己斐町の方に向かったが,御幸橋を渡って5分ないし10分ほど走った地点で自転車のタイヤがパンクした。X9は上司の中隊長にパンクしたことを伝えようと呼び掛けたが,上司の中隊長は,振り向きもせず自転車で先に進んでしまった(X9本人・調書5頁)。X9は,上司の中隊長の命令には軍人として従うほかなく,タイヤがパンクしてからも10分ないし15分ほどの間は,自転車を引きながら歩いて上司の中隊長を追い掛けたが,結局追いつけず,爆心地から約1.5kmの地点にある広島日赤病院の付近で陸軍船舶司令部に引き返すこととした(甲Dヘ1・4頁,添付図面,X9本人・調書6頁,23頁)。
X9は,自転車を引きながら再び御幸橋を渡り,午前11時半頃に陸軍船舶司令部に戻った(X9本人・調書6頁,7頁)。
(エ) X9は,昭和20年8月8日,兵舎や担当の兵器庫の状態を見て回るなどした(X9本人・調書7頁)。
また,仮の収容所となっていた兵器庫には,重症の被爆者が15人ほど収容されており,衛生兵二,三人が治療に当たっていたが,陸軍船舶司令部にいる兵士のうちの手の空いている者が救護の応援を行うこととなり,X9も,救護に当たることとなった(X9本人・調書7頁,8頁)。X9は,兵器庫の仕事をしながら救護の補助をし,3人くらいの被爆者を救護した。救護は,仮設ベッドを雨戸や板で作り,軍用の毛布や枕などを使用して行われた(甲Dヘ1・4頁,X9本人・8頁)。重傷者らは黒く焼けており,男女の区別の付かない者もいた(甲Dヘ1・5頁,X9本人・調書8頁)。X9は,衛生兵が重傷者の傷に薬を塗った後に,包帯を巻くなどの作業を行った(X9本人・調書8頁)。X9は,1回当たり2時間ほどの時間を掛けて,二,三回作業を行った(X9本人・調書9頁)。
(オ) X9は,昭和20年8月15日,陸軍船舶司令部の営庭において,他の兵士と共に玉音放送を聞き,同月25日頃から連合軍の兵器接収の準備をした(甲Dヘ1・5頁)。
(カ) X9は,昭和20年9月1日,復員した(甲Dヘ1・5頁)。
イ 被爆後の健康状況等
(ア) X9は,広島原爆の投下翌日に入市した後,発熱,下痢,貧血,めまい,吐き気,食欲不振といった症状があった。X9は,38℃の発熱や嘔吐などのために兵舎で休養しなければならないこともあり,そのような症状は一旦発生すると,三,四日続いた(甲Dヘ1・5頁,X9本人・調書10頁)。そのような時には,下士官の軍曹が,X9を休ませてくれたこともあった(X9本人・調書10頁)。しかしながら,陸軍船舶司令部は,負傷した市民の看護で手一杯だったため,X9が医務室を利用したり,衛生兵から治療を受けたりする機会はなかった(甲Dヘ1・5頁)。
(イ) X9は,昭和25年頃から,体調の不調が著しくなり,季節の変化で風邪を引きやすくなるなどした。X9は,医者にかかるようになり,医師の指示によってレントゲン撮影を行ったところ,心筋梗塞の疑い及び心臓肥大の傾向があるとの診断を受けた。以後,X9は,心臓の疾患について通院を続けた(甲Dヘ1・5頁,6頁,乙Dヘ1・19枚目,X9本人・調書11頁)。
(ウ) X9は,平成20年,東京都立墨東病院において,膀胱腫瘍の診断を受け,通院治療を始めたが,症状が悪化したため,同年11月25日,入院し,同月27日,経尿道的膀胱腫瘍摘出手術を受け,同年12月5日,退院した。なお,腫瘍はがんであった(甲Dヘ1・6頁,乙Dヘ1・757頁,X9本人・調書12頁)。
(エ) 以後,X9は,化学療法である動注化学療法を受けるなどしたが,平成21年8月20日,再び経尿道的膀胱腫瘍摘出手術を受けた(甲Dヘ1・6頁)。X9は,手術後も,週に1回の割合で,膀胱の内視鏡検査を受けたり,投薬治療を受けたりした(X9本人・調書13頁)。
ウ C12の意見
C12は,① X9は24歳の被爆であるところ,被爆地点は,爆心地から約3.5kmの地点の広島市宇品町であり,初期放射線は少ない地域である,② 自転車を使って北上し,御幸橋の辺りで自転車がパンクして先に行くことができずに戻り,また,その後,重傷者の看護をするようになったことから,当然,放射能でまみれた重傷者からの被曝もある,③ 入市後に,熱が出る,下痢を起こす,貧血症状が出るという症状があり,およそ被爆者の急性症状の一つであると考えられるので,一定の被曝があったことは間違いないとしている(証人C12・調書39頁,40頁)。
(2) 事実認定の補足説明
ア 被爆地点について
(ア) X9が被爆した地点について,原告X9承継人は爆心地から約3.5kmの地点にある「暁二九五三部隊」の練兵場である旨主張し,被告は,爆心地から約4.79kmの地点にある陸軍船舶司令部である旨主張する。
(イ) この点,「暁二九五三部隊」とは,船舶砲兵第一連隊の名称であり,同部隊は,昭和16年7月26日に「軍令陸甲第四二号により船舶高射砲連隊」として編成下令,同年8月5日に編成完結し,昭和17年7月7日に「軍令陸甲第九七号により編成改正下令」,同月31日に編成完結し,同日,船舶高射砲連隊から船舶砲兵第一連隊へ改称している(乙Dヘ5・2枚目)。その後,同部隊は,昭和20年3月17日に「軍令陸甲第五二号により編成改正下令」,同月20日に「福山において編成改正完結」となり,同年8月15日に「福山において停戦」として,そのまま終戦を迎えている(乙Dヘ5・3枚目)。船舶砲兵第一連隊は,昭和20年8月6日当時,広島の宇品地区に所在した陸軍部隊集団には含まれていない(乙Dヘ6)。
X9は,陳述書において,近衛歩兵部隊に入隊し,昭和17年12月まで半年ほど皇居などで勤務した後,船舶砲兵第三部隊(暁二九五三部隊)という新しい部隊が編成されるということで,近衛歩兵部隊からX9を含めて30人ほどが広島の部隊に転属とされ,南方への輸送部隊として各地を転々としたとしている(甲Dヘ1・1頁)ところ,「暁二九五三部隊」は船舶砲兵第三部隊を指す名称ではなく,その編成時期についても,昭和17年12月以降に初めて編成されたものではなく,また,同月頃に編成改正がされたとの証拠もない。
また,X9は,本人尋問等において,X9が被爆した地点付近には,本部や兵舎,兵器庫,弾薬庫等の施設があったとし(乙Dヘ1・763頁,X9本人・調書15頁),広島原爆が投下された時に本部に残っていた者については,兵舎のガラスの破片や落下物で負傷者が多数出ていたとしているが(甲Dヘ1・2頁,乙Dヘ1・16枚目),「在広主要部隊配置図」(乙Dヘ7・36頁)には,船舶砲兵第一連隊に係る記録はなく,船舶砲兵第一連隊は,「福山」において編成改正完結となり,そのまま終戦を迎えたものであり,広島市内に本部があったとも考え難いものである。
さらに,X9の部隊の被災状況についてみるに,X9は,平成4年3月25日付け被爆者健康手帳交付申請書において,三,四日で倒れた兵舎も修復することができて起居することができる状態になり,通常と変わりなく勤務が続いたとし(乙Dヘ1・764頁),本人尋問においても,昭和20年8月8日は兵舎やX9が担当の兵器庫がどのような状況か分からないので見回りをしたところ,異常がなかったようであったが,兵舎の中には屋根がめくれたり,半壊したりしている兵舎もあったとしている(X9本人・調書7頁)。しかしながら,広島市において,半壊又は半焼以上の被害を受けた建物の割合は,爆心地から3.5kmの地点では76.9%,同4.5kmの地点では60.0%,同5kmの地点では17.6%とされており(乙Dヘ8・732頁),X9の部隊の被災状況とは隔たりがある。
以上によれば,爆心地から約3.5kmの地点に「暁二九五三部隊」の練兵場があったとは認められず,X9が同所で被爆したとも認められない。
(ウ) 陸軍船舶司令部は宇品地区に所在する部隊であり,その所在地は,広島市宇品海岸付近であり,爆心地から約4.79kmの地点に位置する(乙Dヘ7・36頁,乙Dヘ10の1・1枚目)。陸軍船舶司令部は通称「暁」部隊と呼ばれており(乙Dヘ9・706頁,乙Dヘ10の1・1枚目),暁二九五三部隊と一部名称が共通しているものである。
また,X9が原爆投下直後の情景を描いたものとして広島平和記念資料館のホームページ上で公開されている複数の絵の説明書きによれば,X9が被爆した地点は,爆心地から約4.79kmの地点にある陸軍船舶司令部であり,その所在地は,現在の「宇品海岸三丁目」ないし「宇品三丁目」であると明記されている(乙Dヘ10の1ないし6)。同じくX9が描いたものとして広島平和記念資料館のホームページ上で公開されている絵のうち,入市状況を描いた絵の裏側にX9自身が記載したとされる説明書きでは,昭和20年8月7日午前9時頃,上司の中隊長の後を追って,被爆で焼け野原となった道を自転車で走り,破片が散乱した道を走ってタイヤがパンクし,3km余りの道を自転車を押しながら部隊へ帰ったとされており,爆心地から約2kmの地点にある御幸橋付近を描いたとされていることからすれば(乙Dヘ10の7),X9は,昭和20年8月7日,御幸橋付近で自転車のタイヤがパンクし,その後部隊に引き返したが,引き返した地点から部隊まで約3kmの距離があったと認められる。X9が引き返した地点は後記のとおり爆心地から約1.5kmの地点にある広島日赤病院付近であったと認められるところ,陸軍船舶司令部は,爆心地から約4.79kmの地点にあることから,引き返した地点から部隊まで約3kmの距離があったということと整合する。
なお,平成4年3月25日付け被爆者健康手帳交付申請書には,被爆地点について,爆心地から4kmの広島市宇品町であると記載されているが(乙Dヘ1・761頁),このことはX9が爆心地から約4.79kmの地点にある陸軍船舶司令部で被爆したことと矛盾するとまではいえない。
(エ) したがって,X9が被爆した地点については,爆心地から約4.79kmの地点にある陸軍船舶司令部であると認められる。
イ 入市地点について
(ア) 被告は,X9が広島原爆の投下翌日に広島日赤病院付近まで入市した事実は認められない旨主張する。
(イ) この点,X9は,本人尋問において,どこまで入市したかという点について,はっきり分からないとしながらも(X9本人・調書23頁),御幸橋から5分ないし10分ほど自転車で走行した後,自転車のタイヤがパンクしたため,10分ないし15分ほど自転車を引いて徒歩で向かったと供述しているものであり(X9本人・調書5頁,6頁),その供述は具体的である。また,X9は,平成22年6月26日付け認定申請書添付の申述書に,広島日赤病院辺りまで行った記憶がある旨記載しており(乙Dヘ1・756頁),この記載は上記供述と整合する。なお,X9は,陳述書において,爆心地から1km以内の県病院の辺りまで入市したとしており(甲Dヘ1・4頁),上記申述書と齟齬がみられるが,大きな齟齬とまでは認められない。
また,広島原爆戦災誌第五巻所収の「被爆者救済活動の手記集(暁部隊)」によれば,広島原爆の投下当日及び翌日,陸軍船舶練習部の複数の者が,救援等のため組織的に広島の宇品方面から北上して御幸橋を渡っている(甲Dヘ5・429頁,433頁,497頁,542頁)。特に,陸軍船舶練習部第10教育隊兵長のB20は,宇品方面から,御幸橋,広島日赤病院へと北上しているのであって(甲Dヘ5・510頁),この軌跡は,X9の主張する軌跡と一致するものである。
なお,平成4年3月25日付け被爆者健康手帳交付申請書には,X9が御幸橋を渡って間もなく,釘や金物の破片が刺さってタイヤがパンクしたため,上司の中隊長に同行することができなくなり,上司の中隊長は広島市己斐町に向かって走っていったが,X9は自転車を引きながら部隊に帰ってきたとの記載がある(乙Dヘ1・764頁)が,この記載によっても,X9が御幸橋付近で直ちに引き返したかどうかは不明であり,X9の本人尋問における供述と矛盾するものでもない。
(ウ) したがって,X9は,爆心地から約1.5kmの地点にある広島日赤病院付近まで入市したものと認められる。
ウ 嘔吐及び食欲不振の出現の有無について
(ア) 被告は,X9に嘔吐及び食欲不振が出現したとはいえない旨主張する。
(イ) 確かに,嘔吐及び食欲不振については,平成4年3月25日付け被爆者健康手帳交付申請書の「(6ヶ月以内にあらわれた症状の有無)」欄に記載がないが,そもそも嘔吐及び食欲不振については,同欄の項目に挙がっておらず,仮にこれらを記載するとすれば,あえて「その他」の欄に記載する必要があるものである(乙Dヘ1・762頁)。そして,X9には様々な急性症状等が出現しており,それらの症状については,該当する項目に丸印を付したり,記載をしたりしているのであって,同欄に嘔吐及び食欲不振の記載がないことについては,X9において,急性症状等が余りに多数であったため,記載漏れが生じたと考えることも十分可能である。
そして,X9は,平成22年6月26日付け認定申請書添付の申述書において,被爆後,食欲不振があったとしており(乙Dヘ1・756頁),更に,陳述書及び本人尋問において,嘔吐,吐き気や食欲不振があったとしているものである(甲Dヘ1・5頁,X9本人・調書10頁)。
(ウ) したがって,X9には嘔吐及び食欲不振が出現したものと認められる。
(3) X9の放射線被曝の程度
ア 初期放射線
X9は,爆心地から約4.79kmの地点で被爆しており,DS02による初期放射線の被曝線量は僅少であると認めることができる。
しかしながら,DS02による初期放射線の被曝線量には一定の誤差があり,過小になっている可能性があることは考慮すべきである。
イ 放射性降下物
X9は,広島原爆の投下翌日,自転車及び徒歩で爆心地から約1.5kmの地点まで入市している。X9は,この間,多数の死体とも遭遇している。また,X9は,陸軍船舶司令部に戻った後も,重症被爆者らの救護に従事している。
X9が爆心地付近に入市した時期は,広島原爆の投下から間もない頃であり,爆心地付近は放射性降下物に相当程度汚染されていたものということができる。遭遇した多数の死体も放射性降下物に汚染されていたと考えられる。救護に従事した重症被爆者らが放射性降下物に汚染されていた可能性もある。
ウ 誘導放射線
X9の上記のような被爆状況等からすると,X9が誘導放射化された物質や放射性粉塵による誘導放射線に被曝した可能性は高いものと認められる。X9が遭遇した多数の死体は,誘導放射化された物質や放射性粉塵に汚染されたり,誘導放射化されたりしていたと考えられる。また,救護に従事した重症被爆者らが誘導放射化された物質や放射性粉塵に汚染されたり,誘導放射化されたりしていた可能性もある。
エ 内部被曝
X9の上記のような被爆状況等からすると,X9は,放射性降下物や誘導放射化された物質,放射性粉塵を吸引した可能性がある。救護に従事した重症被爆者を通じて放射性降下物や誘導放射化された物質,放射性粉塵を吸引した可能性もある。
オ 急性症状等
放射線被曝を裏付けるものとして,X9は,入市後,発熱,下痢,貧血,めまい,吐き気,食欲不振といった症状が現れ,嘔吐もあったものである。また,X9は,心筋梗塞の疑い及び心臓肥大の傾向があるとの診断を受けている。
カ その他
X9は,広島原爆の投下翌日に,爆心地から約1.5kmの地点まで入市しており,積極認定対象被爆に該当する。
キ 小括
以上の事実を総合すれば,X9は健康に影響を及ぼすような相当量の被曝をしたものと認められる。
(4) 申請疾病の放射線起因性
X9の申請疾病は膀胱がんである。膀胱がんは固形がんの一つであり,積極認定対象疾病に該当するところ,前記第2の3(1)で検討したとおり,一般的に放射線被曝との関連性が認められる疾病である。
(5) 他原因の検討
ア 被告は,X9には膀胱がんの重大な危険因子である性差及び加齢が存在している旨主張する。
イ この点,X9は男性であり,また,X9が膀胱腫瘍(膀胱がん)と診断されたのは被爆の63年後の87歳の時である。
ウ しかしながら,前記1(4)のとおり,他の疾病要因と共同関係があったとしても,原爆の放射線によって当該疾病の発症が促進されたと認められる場合には,放射線の影響がなくとも当該疾病が発症していたといえるような特段の事情がなければ,放射線起因性が否定されることはなく,放射線起因性を肯定するのが相当である。
これをX9についてみると,前記(3)のとおり,X9は,健康に影響を及ぼすような相当量の被曝をしたと認められ,また,前記(4)のとおり,X9の申請疾病である膀胱がんは,一般的に放射線被曝との関連性が認められる疾病であるところ,X9の上記イの事情については,上記特段の事情とまでは認められず,むしろ,上記イの事情の下で,原爆の放射線によって膀胱がんの発症が促進されたものと認めるのが相当である。
(6) X9の膀胱がんの放射線起因性
以上によれば,X9が発症した膀胱がんの放射線起因性を認めることができるというべきである。
(7) 申請疾病の要医療性
X9は,平成20年11月27日に経尿道的膀胱腫瘍摘出手術を受けて以降,治療及び再手術を重ね,平成26年4月9日に死亡するまで治療を継続していたのであるから,申請疾病について要医療性が認められる。
(8) 総括
以上のとおり,X9は,処分当時,原爆症認定申請に係る膀胱がんについて放射線起因性及び要医療性の要件を満たしていたものと認められるから,X9に係る原爆症認定申請却下処分は違法であり,取り消されるべきである。
7  原告X11
(1) 認定事実
前提事実に加え,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 被爆状況等
(ア) 原告X11は,昭和13年○月○日生まれの男性であり,長崎原爆の投下当時,7歳であった。原告X11は,被爆前,健康状況に特段の問題はなかった。原告X11は,国民学校に在籍していた。原告X11は,長崎県佐世保市において,母及び長崎原爆の投下当時5歳であった弟と共に生活していたが,空襲で焼け出されてしまったため,長崎市館内町の父方の親族であるB14の自宅に身を寄せていた(前提事実4(7)ア,甲Dト1・1頁,乙Dト1・397頁,399頁)。当時,B14の自宅には,原告X11,原告X11の母,原告X11の弟のほかに,B14の子のB21(以下「B21」という。)も同居していた(甲Dト4・1頁)。B14の自宅は,爆心地から約3.8kmの地点にあった(甲Dト2・1頁)。また,原告X11の伯父のB13,B13の妻,子等の原告X11の多数の親族は,被爆当時,原告X11の近所に集まって生活していた(甲Dト4・1頁,2頁)。
(イ) 原告X11は,長崎原爆の投下直前,近所に住む友人から少年雑誌を借りてB14の自宅近くの路上で読んでいたが,上空から爆撃機の爆音が聞こえてきたため,防空壕に避難しようと走り出したところ,強烈な閃光があった。原告X11は,とっさに目の前の駄菓子屋に飛び込んだが,ほぼ同時に猛烈な爆風に襲われた。駄菓子屋の中の陳列品は飛び散り,原告X11は,両手で頭を抱えて座り込んだ(甲Dト1・1頁,原告X11本人・調書2頁)。
しばらくすると,爆風が止み,原告X11は,防空壕に避難した。原告X11は,防空壕の中で,母や弟と合流した(甲Dト1・1頁,2頁)。
長崎放送局に勤務していたB13は,爆心地から約800mの地点にある八幡神社付近で被爆した(甲Dト1・2頁,甲Dト4・2頁,甲Dト5)。
B13は,長崎原爆の投下翌日,原告X11の母やB21らの7人の親族に救助され,戸板に乗せられて帰宅した(甲Dト1・2頁,甲Dト4・2頁ないし4頁)。7人の親族は,爆心地を通過して大橋付近まで至り,そこから引き返して八幡神社の境内でB13を救助した後,再び長崎市館内町を目指し,体中埃や泥だらけになりながら汗だくの状態でB13を連れ帰ったものであった(甲Dト4・3頁,4頁)。原告X11は,弟と共に,B13の救助に向かった親族を待っていた(甲Dト4・2頁)。B13は,顔以外の全身が焼けただれるほどの重度のやけどを負い,被爆後数日のうちに死亡したが(甲Dト4・4頁),原告X11は,B13が寝ているそばでその様子を見ていた(原告X11本人・調書5頁)。
(ウ) 防空壕には近隣の住民など数多くの者が避難していたが,長崎原爆の投下翌日か翌々日には,やけどをして皮膚がぼろぼろになった者も来たことがあった(原告X11本人・調書3頁)。
原告X11は,しばらくの間,B14の自宅と防空壕とを行ったり来たりしており,そのような者らを間近で見た(原告X11本人・調書3頁,19頁)。
被爆者の遺体は,毎日,B14の自宅近くの広場において焼かれ,原告X11は,その様子を見ていた(甲Dト1・2頁)。
(エ) 原告X11は,被爆から1週間ほど経った頃,母や弟と共に,佐賀県杵島郡中通村にある母の郷里に疎開することとなり,B14の自宅から徒歩で長崎駅に行き,長崎駅から汽車で疎開先に向かった(甲Dト1・2頁,原告X11本人・調書5頁)。原告X11は,汽車に乗っているとき,車窓から,田の中に家畜の死体が数多く転がっているのを見た(甲Dト1・2頁,原告X11本人・調書5頁,6頁)。
イ 被爆後の健康状況等
(ア) 原告X11は,被爆後,全身がだるい状態が続き,また,よく鼻血を出し,貧血気味であった(甲Dト1・3頁,甲Dト2・2頁)。全身がだるい状態は被爆後3年程度継続し,原告X11の母が心配して原告X11を保健所に連れて行ったところ,白血球が減少しているとのことであった(甲Dト1・3頁,甲Dト2・2頁)。
(イ) 原告X11は,被爆から半年ほどしてから,歯茎が腫れたため,切開手術を受けた(甲Dト1・3頁)。
(ウ) 原告X11は,昭和28年頃,蓄膿症で手術を受け,昭和33年頃も同様に蓄膿症で手術を受けた(甲Dト1・3頁)。
(エ) その後も,原告X11は,結婚に際し,被爆していることを気にしてちゅうちょしたり,妻の出産の際に健康な子が生まれるかを気にしたりして,被爆のことを忘れることができなかった(原告X11本人・調書9頁)。
(オ) 原告X11は,平成10年頃,白内障と診断され,治療を受けた(甲Dト1・3頁)。
(カ) 原告X11は,平成15年頃,頚椎ヘルニアと診断された(甲Dト1・3頁)。
(キ) 原告X11は,平成15年10月,健康診断を受けたところ,前立腺がんが発見された。診断は,針生検では,高分化腺がんであったが,摘出した前立腺の病理組織診断では,増生する中ないし低分化腺がんが主体で,前立腺被膜及び傍神経への浸潤が認められた進行がんであった(甲Dト2・2頁)。
(ク) 原告X11は,摘出手術の3日後,脳梗塞を発症した(甲Dト2・2頁)。
(ケ) 原告X11は,摘出手術後,3年程度にわたり,ホルモン注射を受けた。原告X11の症状は,平成16年8月には,傷がややケロイド状となっており,痛がゆいというものであった(甲Dト2・2頁)。
(コ) 原告X11は,平成18年9月,一旦,注射を終了し,定期的に経過観察となったが,徐々に腫瘍マーカーが上昇し,平成21年10月から治療が再開された(甲Dト2・2頁)。
(サ) 原告X11は,現在も,毎月1回,定期的に医師の診察を受け,その都度,薬剤の処方を受けている(甲Dト2・2頁)。
ウ C12の意見
C12は,① 原告X11は,爆心地から約3.8kmで被爆しており,初期放射線による被曝はほとんどないと思われる,② その後,近距離被爆者のB13が重症の被爆により担ぎ込まれ,原告X11は,B13のそばにずっといたことから残留放射線による被曝をした,③ 原告X11は,被爆時7歳であることから,若年被爆であり,被爆後の倦怠感や貧血の症状,白血球の減少は被曝によるものであると思われる,④ 前立腺がんは高齢者に多いがんであり,原告X11が発症時60歳代半ばであることからすると,若い時期の発症であると思われる,⑤ 前立腺がんは残留放射線被曝でもかなり発症するとしている(証人C12・調書40頁,41頁)。
(2) 原告X11の放射線被曝の程度
ア 初期放射線
原告X11は爆心地から約3.8kmの地点で被爆しており,DS02による初期放射線の被曝線量は僅少であると認めることができる。
しかしながら,DS02による初期放射線の被曝線量には一定の誤差があり,過小になっている可能性があることは考慮すべきである。
イ 放射性降下物
原告X11は,被爆後,爆心地付近で被爆したB13や爆心地付近にいたB13を連れ帰った原告X11の親族の身近にいたものである。また,原告X11は,防空壕に避難してきた被爆者を間近で見たり,毎日,被爆者の遺体が焼かれる様子を見たりしている。接触したB13及び原告X11の親族は放射性降下物に汚染されていたと考えられる。防空壕に避難してきた被爆者及び被爆者の遺体が放射性降下物に汚染されていた可能性もある。
ウ 誘導放射線
原告X11の上記のような被爆状況等からすると,原告X11は,誘導放射化された物質や放射性粉塵による誘導放射線に被曝した可能性がある。B13は,誘導放射化された物質や放射性粉塵に汚染されたり,誘導放射化されたりしていたと考えられ,原告X11の親族も誘導放射化された物質や放射性粉塵に汚染されていたと考えられる。また,防空壕に避難してきた被爆者及び被爆者の遺体が誘導放射化された物質や放射性粉塵に汚染されたり,誘導放射化されたりしていた可能性もある。
エ 内部被曝
原告X11の上記のような被爆状況等からすると,原告X11が放射性降下物や誘導放射化された物質,放射性粉塵を吸引した可能性を否定することはできない。
オ 急性症状等
放射線被曝を裏付けるものとして,原告X11は,被爆後,倦怠感や鼻血があり,白血球も減少し,歯茎が腫れるなどしており,白内障や脳梗塞にも罹患している。
カ その他
原告X11は,被爆当時7歳であり,若年での被爆であると認められる。
キ 小括
以上の事実を総合すれば,原告X11は健康に影響を及ぼすような相当量の被曝をしたものと認められる。
(3) 申請疾病の放射線起因性
原告X11の申請疾病は前立腺がんである。前立腺がんは固形がんの一つであり,積極認定対象疾病に該当するところ,前記第2の3(1)で検討したとおり,一般的に放射線被曝との関連性が認められる疾病である。
(4) 他原因の検討
ア 被告は,原告X11には前立腺がんの重大な危険因子である加齢及び喫煙が存在している旨主張する。
イ この点,原告X11が前立腺がんと診断されたのは,被爆の58年後であって,正に前立腺がんの好発年齢である65歳の時である。
また,原告X11は,20歳頃から60歳頃まで,1日当たり20本ないし30本程度の喫煙をしていたことが認められる(原告X11本人・調書18頁)。
ウ しかしながら,前記1(4)のとおり,他の疾病要因と共同関係があったとしても,原爆の放射線によって当該疾病の発症が促進されたと認められる場合には,放射線の影響がなくとも当該疾病が発症していたといえるような特段の事情がなければ,放射線起因性が否定されることはなく,放射線起因性を肯定するのが相当である。
これを原告X11についてみると,前記(2)のとおり,原告X11は,健康に影響を及ぼすような相当量の被曝をしたと認められ,また,前記(3)のとおり,原告X11の申請疾病である前立腺がんは,一般的に放射線被曝との関連性が認められる疾病であるところ,原告X11の上記イの事情については,上記特段の事情とまでは認められず,むしろ,上記イの事情の下で,原爆の放射線によって前立腺がんの発症が促進されたものと認めるのが相当である。
(5) 原告X11の前立腺がんの放射線起因性
以上によれば,原告X11が発症した前立腺がんの放射線起因性を認めることができるというべきである。
(6) 申請疾病の要医療性
原告X11は,前立腺がんの治療として摘出手術を受け,一旦は経過観察となったものの,徐々に腫瘍マーカーが上昇したため,平成21年10月から治療が再開され,現在も,毎月1回,定期的に医師の診察を受け,その都度薬剤の処方を受けており,申請疾病について要医療性が認められる。
(7) 総括
以上のとおり,原告X11は,処分当時,原爆症認定申請に係る前立腺がんについて放射線起因性及び要医療性の要件を満たしていたものと認められるから,原告X11に係る原爆症認定申請却下処分は違法であり,取り消されるべきである。
8  原告X12
(1) 認定事実
前提事実に加え,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 被爆状況等
(ア) 原告X12は,昭和17年○月○日生まれの男性であり,長崎原爆の投下当時,2歳であった(前提事実4(8)ア,甲Dチ1・1頁)。原告X12は,被爆前,健康状態に特段の問題はなかった(原告X12本人・調書2頁)。原告X12の自宅は,長崎市今籠町(○番地)にあり,被爆地点は,爆心地から約3.6kmの自宅前の路上であった(甲Dチ1・1頁)。
(イ) 原告X12は,昭和20年8月9日,長崎原爆の投下直前,自宅前のアスファルトと石畳の道路で,隣家の子らと共に,ろう石で絵を描いて遊んでいた。原告X12は,長崎原爆の投下直後,爆風に襲われたが,隣家の者が,原告X12を隣家に引っ張り込んで布団を被せたため事なきを得,特に怪我もしなかった(甲Dチ1・1頁,2頁)。原告X12の自宅は,倒壊は免れたものの,瓦はほとんど飛んでしまい,壁も破損した(原告X12本人・調書3頁)。
(ウ) 原告X12は,昭和37年に大学進学のために長崎を離れるまで自宅に住み続けた(甲Dチ1・2頁)。
イ 被爆後の健康状況等
(ア) 原告X12の被爆直後の健康状態やその後の健康状態については不明であり,原告X12の母も,原告X12との間で,これらを話題に出したことはなかった(乙Dチ1・173)。
(イ) 原告X12は,自宅や病院で,貧血により失神することがよくあった(甲Dチ1・3頁)。原告X12は,小学校の低学年の頃,足の付け根のリンパ腺が腫れ,病院で治療を受け,1週間ほど学校を休んで家で寝ていたこともあった。原告X12は,小学生の半ば頃までは,体力がなく,病気にかかりやすかった(甲Dチ1・3頁,原告X12本人・調書5頁)。原告X12は,20歳頃まで倦怠感にも悩まされた(甲Dチ2・2頁)。
(ウ) 原告X12は,成人後,扁桃腺肥大により風邪を引きやすい体質を有しており,55歳頃,風邪で都立府中病院に1週間入院した(甲Dチ1・3頁)。
(エ) 原告X12は,平成9年頃から2箇月に1度,高血圧で東京女子医科大学成人医学センターに通院している(甲Dチ1・3頁)。
(オ) 原告X12は,平成19年ないし平成20年頃,医師から腹部大動脈瘤の腫れを指摘され,平成19年11月,東京女子医科大学成人医学センターで前立腺がんと診断され,平成20年3月,東京女子医科大学病院で手術を受けた。原告X12は,現在も,約2箇月おきに通院しており,腫瘍マーカー等の検査による経過観察を継続している(甲Dチ1・3頁)。
ウ C12の意見
C12は,① 原告X12は,爆心地の南約3.6kmの地点で被爆し,そこで生活し続けたものであり,同地域は,長崎の西山地区とも近く,一定程度の残留放射線がある地域であると思われる,② 原告X12は,2歳であったことから,記憶がはっきりと残っているわけではないが,被爆後の病態として,下痢に悩まされる,貧血が続くなどの症状があり,健康状態がよくなかったものである,③ 前立腺がんを65歳という若年で発症しているところ,長崎では最近でも前立腺がんの発症が多いという報告があり,放射線の一定の被曝とその影響が十分考えられるケースであるとしている(証人C12・調書41頁,42頁)。
(2) 事実認定の補足説明
ア 下痢の発症の有無について
(ア) 原告X12は,幼少時にしばしば下痢を発症していた旨主張する。
(イ) この点,昭和37年5月30日付け被爆者健康手帳交付申請書添付の原爆被爆者調査表の「原爆による急性症状(おゝむね六ケ月以内)」の欄には,下痢や脱毛等の身体症状について記載する欄が設けられているところ,何も記載がされていないことが認められる(乙Dチ1・181頁)。一方で,同調査表には,被爆前に,下痢の症状を通常伴う赤痢に罹患していた旨も明記されている(乙Dチ1・181頁)。
原告X12は,平成20年5月23日付け認定申請書においても,被爆直後の健康状態やその後の健康状態について,当時の身体的状況は分からず,戦後の病状についても,母から特に聞いたことはないとしているものである(乙Dチ1・173頁)。
確かに,平成22年8月27日付け異議申立書には,原告X12が被爆直後の3歳頃から,しばしば下痢の症状で苦しみ,病院にも通院したとの記載があり(乙Dチ1・10枚目),陳述書にも,被爆直後3歳頃からよく腹を壊して病院に通院していたとの記載があり(甲Dト1・2頁),原告X12は,本人尋問においても,原告X12の母から下痢をして食事が取れずに何回も死にかけたといった話を聞かされた旨供述している(原告X12本人・調書12頁)が,このような変遷について,何ら合理的な説明はされていない。
(ウ) したがって,原告X12が幼少時にしばしば下痢を発症していた事実は認められない。
イ 下痢以外の倦怠感等の身体症状の出現の有無について
(ア) 被告は,下痢以外についても,倦怠感を含めて何らかの身体症状が出現したとは認められない旨主張する。
(イ) 確かに,平成20年5月23日付け認定申請書には,倦怠感等の身体症状に関する記載はない(乙Dチ1・173頁)。
しかしながら,同申請書は,これらの症状がなかったとまではしておらず,かえって,昭和37年5月30日付け被爆者健康手帳交付申請書添付の原爆被爆者調査表では,「現在の健康状態」の欄の「つかれやすい」との項目に丸印が付いており(乙Dチ1・181頁),平成22年8月27日付け異議申立書(乙Dチ1・10枚目,11枚目)や陳述書(甲Dチ1・3頁)では,貧血(気味)でよく失神することがあり,足の付け根のリンパ腺が腫れて,病院で治療を受け,家で療養したこともあったとし,さらに,陳述書(甲Dチ1・3頁)では,倦怠感に悩まされ続けたともしており,その内容は一貫している。
(ウ) したがって,原告X12には認定事実記載のとおりの身体症状が出現したものと認められる。
もっとも,原告X12は,本人尋問において,倦怠感の内容は登山した際に他人よりも早く疲れるというものであるとしているにすぎず(原告X12本人・調書10頁),極めて抽象的で漠然としていることからすれば,倦怠感については,その程度は軽かったものと認められる。
(3) 原告X12の放射線被曝の程度
ア 初期放射線
原告X12は爆心地から約3.6kmの地点で被爆しており,DS02による初期放射線の被曝線量は僅少であると認めることができる。
しかしながら,DS02による初期放射線の被曝線量には一定の誤差があり,過小になっている可能性があることは考慮すべきである。
イ 放射性降下物
原告X12が黒い雨に打たれたといった事実は認められないものの,被爆後生活していた自宅が長崎の西山地区の付近に位置することからすれば,同所付近が放射性降下物に汚染されていた可能性がある。この点,放射性降下物は,長崎においては,一般に,土壌のプルトニウム調査の結果から,爆心地の真東から北に15度,南に10度の扇形の方向に広がったと考えられてはいるが(乙Dタ4・37頁,乙Dタ5・4頁,5頁),地形の影響等により上記以外の場所にも広がった可能性があることは前記第1の3(3)で検討したとおりであり,爆心地から南東方向の(乙Dチ3)原告X12の自宅付近にも飛散した可能性も十分にあるというべきである。
ウ 誘導放射線
原告X12の上記のような被爆状況等からすると,原告X12は,誘導放射化された物質や放射性粉塵による誘導放射線に被曝した可能性がある。
エ 内部被曝
原告X12の上記のような被爆状況等からすると,原告X12が放射性降下物や誘導放射化された物質,放射性粉塵を吸引等した可能性を否定することはできない。
オ 急性症状等
原告X12が幼少時にしばしば下痢を発症していた事実を認めることはできず,原告X12に急性症状が生じたか否かについては不明である。しかしながら,放射線被曝を裏付けるものとして,原告X12は,貧血により失神することがよくあり,小学生の低学年の頃,足の付け根のリンパ腺が腫れ,病院で治療を受け,1週間ほど学校を休んで家で寝ていたことがある。また,原告X12は,程度は軽いものの,倦怠感にも悩まされている。さらに,原告X12は,成人後,扁桃腺肥大により風邪を引きやすい体質を有しており,55歳頃,風邪で1週間入院したこともあり,高血圧で通院もしている。
カ その他
原告X12は,被爆当時2歳であり,若年での被爆であると認められる。
また,原告X12は,爆心地から約3.6kmの地点で被爆しており,積極認定対象被爆に近い態様での被爆である。
キ 小括
以上の事実を総合すれば,原告X12は健康に影響を及ぼすような相当量の被曝をしたものと認められる。
(4) 申請疾病の放射線起因性
原告X12の申請疾病は前立腺がんである。前立腺がんは固形がんの一つであり,積極認定対象疾病に該当するところ,前記第2の3(1)で検討したとおり,一般的に放射線被曝との関連性が認められる疾病である。
(5) 他原因の検討
ア 被告は,原告X12には前立腺がんの重大な危険因子である加齢,飲酒及び喫煙が存在している旨主張する。
イ この点,原告X12が前立腺がんと診断されたのは被爆の62年後であって,好発年齢である65歳の時である。
また,原告X12は,飲酒の習慣があり(原告X12本人・調書14頁),58歳頃まで,1日当たり1箱ないし40本程度の喫煙もしていた(原告X12本人・調書15頁)。
ウ しかしながら,前記1(4)のとおり,他の疾病要因と共同関係があったとしても,原爆の放射線によって当該疾病の発症が促進されたと認められる場合には,放射線の影響がなくとも当該疾病が発症していたといえるような特段の事情がなければ,放射線起因性が否定されることはなく,放射線起因性を肯定するのが相当である。
これを原告X12についてみると,前記(3)のとおり,原告X12は,健康に影響を及ぼすような相当量の被曝をしたと認められ,また,前記(4)のとおり,原告X12の申請疾病である前立腺がんは,一般的に放射線被曝との関連性が認められる疾病であるところ,原告X12の上記イの事情については,上記特段の事情とまでは認められず,むしろ,上記イの事情の下で,原爆の放射線によって前立腺がんの発症が促進されたものと認めるのが相当である。
(6) 原告X12の前立腺がんの放射線起因性
以上によれば,原告X12が発症した前立腺がんの放射線起因性を認めることができるというべきである。
(7) 申請疾病の要医療性
原告X12は,前立腺がんの手術を受け,その後も,約2箇月おきに通院して,腫瘍マーカー等の検査による経過観察を継続しており,申請疾病について要医療性が認められる。
(8) 総括
以上のとおり,原告X12は,処分当時,原爆症認定申請に係る前立腺がんについて放射線起因性及び要医療性の要件を満たしていたものと認められるから,原告X12に係る原爆症認定申請却下処分は違法であり,取り消されるべきである。
9  原告X13
(1) 認定事実
前提事実に加え,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 被爆状況等
(ア) 原告X13は,昭和20年○月○日生まれの男性であり,広島原爆の投下当時,生後6箇月であった。原告X13は,乳児ではあるものの,被爆前の健康状況について特段の問題はなかった。原告X13は,神杉村廻神に疎開していた(前提事実4(9)ア,甲Dリ1・1頁,原告X13本人・調書5頁,6頁)。
(イ) 原告X13は,広島原爆の投下翌日から昭和20年8月8日までの間又は同日から同月9日までの間,原告X13の母や二人の姉と共に,広島の造船所に勤務していた原告X13の父を探すため,爆心地付近に入市した。原告X13は,母に背負われて,芸備線の汽車に乗って広島駅に行き,広島駅からは広島市南観音町の自宅方面に向かって市電の線路沿いを歩き,広島市紙屋町,同市基町,同市十日市町辺りまで歩いたが,周囲はがれきに埋もれ,それ以上歩いて進むことができなかったことから,広島市十日市町を過ぎた辺りで来た道を再び引き返した(甲Dリ1・1頁,2頁)。
その後も,原告X13,原告X13の母及び二人の姉は,広島市内に二日ほどとどまり,原告X13の父を探した(甲Dリ1・2頁)。
イ 被爆後の健康状況等
(ア) 原告X13が乳児であったため,被爆による急性症状があったかどうかは不明である(甲Dリ1・3頁)。
(イ) 原告X13は,17歳の頃,腎臓病を発症し,40日間入院した(甲Dリ1・3頁)。
(ウ) 原告X13は,平成5年に人間ドックを受けた際に,胃がんが発見され,平成6年2月,幽門側胃切除術を受け,胃の3分の2を切除した(甲Dリ1・3頁,乙Dリ1・2838頁)。
原告X13は,経過観察として,1年に一度,定期的に,内視鏡検査を受けるなどの再発防止のための通院を続けているが,再発は認められない(甲Dリ2・4頁,原告X13本人・調書14頁)。
しかしながら,原告X13は,その後も,胃切除後障害を発症しているとされ,具体的には,ダンピング症候群,逆流性食道炎及び鉄欠乏性貧血を指摘されている(甲Dリ1・3頁)。
(2) 事実認定の補足説明
ア 原告X13の申請疾病について
原告X13は,認定申請に当たって,平成20年6月5日付け認定申請書の「負傷又は疾病の名称」の欄に「胃がん」と記載している(乙Dリ1・2837頁)。
しかしながら,原告X13は,同申請書の「被爆直後の症状及びその後の健康状態の概要」の欄に,後遺症としてダンピング症候群があり,鉄分不足で悩まされ,現在治療中である旨記載し(乙Dリ1・2837頁),同申請書添付のC1意見書も,「現症所見」の欄に,現時点で,ビタミンB12の継続的な注射を行っているが,後遺症としてダンピング症候群,逆流性食道炎及び鉄欠乏性貧血がみられる(乙Dリ1・2838頁)としていることからすれば,胃がんのみならず,胃切除後障害としてのダンピング症候群,逆流性食道炎,鉄欠乏性貧血及びビタミンB12の欠乏による巨赤芽球性貧血についても申請疾病に含まれるものと解するのが相当である。
イ 胃切除後障害の発症の有無について
(ア) ダンピング症候群
a 胃切除後障害(胃切除術後症候群)とは,胃切除に伴う食物貯留能の低下や食物消化経路の変更などによって生じる機能的障害(早期及び後期ダンピング症候群,消化吸収障害及び貧血,骨障害等)及び器質的障害(逆流性食道炎等)をいう(乙Dリ4・129頁)。
ダンピング症候群とは,胃切除後の患者において食後にみられる様々な症状を呈する病態を指し,食後20分ないし30分で生じる早期ダンピング症候群と,食後2時間ないし3時間で生じる後期ダンピング症候群に分類される(乙Dリ4・129頁)。
早期ダンピング症候群とは,胃切除後の患者において,腸蠕動亢進,腹部不快感,腹痛,悪心及び嘔吐,下痢などの腹部症状と,全身倦怠感,めまい,頻脈,発汗及び動悸を呈する血管運動性症状(全身症状)が食後20分ないし30分で生じ,1時間ないし2時間持続するものをいう。早期ダンピング症候群の発症頻度は10%ないし20%とされている。早期ダンピング症候群の発生機序としては,胃切除後,胃の貯蔵能が低下して高張(浸透圧が高い状態)な食物が十二指腸や空腸に急速に流入することにより,循環血漿量の減少,上部空腸の拡張進展,消化ホルモン(血管作動体液性因子。セロトニン,ヒスタミン,ブラジキニン等)の増加が生じ,上記の各症状が生じるとされている(乙Dリ4・129頁,乙Dリ5・369頁,乙Dリ6・533頁,534頁,乙Dリ7・A-54頁,乙Dリ8・81頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(9)16頁)。
b 早期ダンピング症候群の診断は,①臨床症状,②ダンピング誘発試験(チューブを空腸内に留置して50%ブドウ糖液を5分以内に急速注入し,症状の発現,循環血流量及び消化ホルモン測定を行う。)及び③食後の血糖や血清インスリン,C-ペプチド,IRI(免疫活性インスリン)の測定により行う(乙Dリ4・129頁,乙Dリ5・369頁,370頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(9)16頁)。また,日本消化器外科学会が昭和46年に提案した中間報告案によれば,食事との関連で生ずる種々の症状や身体所見で診断が可能であるとされており,11項目(①冷や汗をかく,②動悸がする,③めまいがする,④しびれや失神がある,⑤顔色が赤くなる,⑥顔色が青くなる,⑦全身が熱くなる,⑧全身がだるく力が抜けるようになる,⑨眠くてたまらなくなる,⑩頭痛や頭重がある及び⑪胸苦しくなる)のうちの一つでも当てはまれば早期ダンピング症候群と判定するとされている(甲Dリ7・117頁)。
c C1意見書は,原告X13に胃切除後障害としてのダンピング症候群がみられるとしている(乙Dリ1・2838頁)。
また,原告X13は,平成6年2月に胃切除術を受けたが,その後,同年3月17日に下痢の症状があり(乙Dリ9・175頁),同月28日にも腹痛及び下痢の症状があることから,治療薬としてアセナリンとベリチーム等が継続的に処方されている(乙Dリ9・176頁)。原告X13は,同年5月9日も下痢及び腹痛があり(乙Dリ9・176頁),平成12年3月23日(乙Dリ9・182頁),平成13年4月5日及び同年7月19日(乙Dリ9・183頁),ダンピングがあると診断され,平成14年1月31日(乙Dリ9・183頁),胸焼けがあり,ダンピングがあると診断され,さらに,原爆症認定申請直前の平成20年5月8日も食後の冷や汗があり,ダンピングがあると診断され(乙Dリ9・188頁),原爆症認定申請直後の同年8月7日も同様に冷や汗があり,ダンピングがあると診断されている(乙Dリ9・189頁)。
原告X13の各症状は,胃切除術を受ける前には全くなかったものである(原告X13本人・調書7頁)。
そして,上記のとおり,原告X13は,冷や汗があり,上記中間報告案の早期ダンピング症候群の判定基準も満たしている。
d したがって,原告X13は,胃切除後障害としての早期ダンピング症候群を発症しているものと認められる。
(イ) 逆流性食道炎
a 逆流性食道炎は,胃液の食道内逆流によって発生する疾病である。胃粘膜は,細胞傷害性及び消化力の強い胃液に対する防御機構を持っているが,食道はそのような防御機構が弱いため,逆流した胃液に長時間接すると,粘膜上皮が傷害を受け,傷害を受けた食道には強い炎症が起こり,びらんや潰瘍が形成される。この状態が逆流性食道炎と呼ばれる。逆流性食道炎は,極めて高頻度にみられる疾患であり,一般人口の10%程度にみられる。また,最近,ヘリコバクター・ピロリ除去などによる日本人の胃酸分泌能の増加と食生活の欧米化(高脂肪及び高蛋白食)に伴って増加傾向にある(乙Dリ12・800頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(9)22頁)。
胃切除後障害としての逆流性食道炎は,胃切除により噴門や下部食道括約筋(LES)の機能障害を生じ,胃液などの消化液が食道に逆流して起きる食道炎をいう(乙Dリ5・370頁)。胃全摘後であれば胆汁や膵液が,胃部分切除後であればこれに胃液を混入したものが食道内に逆流することになるが,手術術式の改善などによって,胃切除後障害としての逆流性食道炎は減少傾向にあるとされている(乙Dリ12・801頁)。胃切除後障害としての逆流性食道炎は,術後1年以内にみられるとされている(乙Dリ13・90頁)。
逆流性食道炎の治療は,生活及び食事指導,薬物治療並びに手術治療の三つに分けられる。薬物治療では,主に胃酸分泌を抑制する胃酸分泌抑制薬(ヒスタミンH2受容体拮抗薬やプロトンポンプ阻害薬)と,分泌された酸を中和する酸中和剤(水酸化マグネシウム/水酸化アルミニウムゲルなど)が用いられる(乙Dリ12・802頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(9)22頁,23頁)。胃切除後障害としての逆流性食道炎の場合は,胃部分切除後の例では,胃酸分泌抑制薬や酸中和剤も用いられているが,それ以外に膵液中のトリプシンの作用を阻害して食道粘膜の損傷を防ぐために蛋白分解酵素阻害薬であるメシル酸カモスタットの投与が行われる(乙Dリ12・802頁,803頁)。
b C1意見書は,原告X13に胃切除後障害としての逆流性食道炎がみられるとしている(乙Dリ1・2838頁)。
しかしながら,上記のとおり,胃切除後障害としての逆流性食道炎は,術後1年以内にみられるとされているところ,原告X13は,平成6年2月に胃切除術を受けているが,原爆症認定申請直前の平成20年5月8日,逆流性食道炎がないとの診断を受けており(乙Dリ9・188頁),逆流性食道炎については,同年10月28日の内視鏡検査で食道裂孔ヘルニア(滑脱型)と合わせて初めて診断を受けたものであって,その程度も軽度である(乙Dリ9・22頁)。また,食道裂孔ヘルニア(滑脱型)は,逆流性食道炎を合併することがあるとされていること(乙Dリ12・800頁)や,アルコールの摂取は逆流性食道炎の原因とされているところ(乙Dリ22・1枚目),原告X13がアルコールを継続的に摂取していたことも認められる(乙Dリ9・182頁,184頁,192頁,原告X13本人・調書10頁,11頁,16頁ないし18頁)。
これらの点に鑑みると,原告X13が胃切除後障害としての逆流性食道炎を発症した事実は認めることができない。
(ウ) 鉄欠乏性貧血
a 貧血とは,末梢血中のヘモグロビン濃度(Hb)が基準値以下に低下した状態をいう。通常は末梢血中のヘモグロビン濃度が最もよい貧血の指標とされている。WHOでは貧血の基準値を成人男性で13g/dl未満,成人女性で12g/dl未満と定義しているが,高齢になると健常人でもヘモグロビン濃度が低下し,男女差が少なくなるとされている(乙Dリ14・14頁)。
貧血のうち,鉄欠乏性貧血とは,鉄の欠乏によって,ヘモグロビン合成が低下して起こる貧血をいい,貧血の中では最も頻度が高い。鉄欠乏性貧血を来す原因としては,胃切除後や鉄の摂取量が少ないことによる「吸収低下」,妊娠や成長期などの「需要増大」,慢性消化管出血などの「喪失亢進」に大別される(乙Dリ14・22頁,23頁)。
なお,胃切除後障害としての貧血には,鉄欠乏性貧血(小球性低色素性貧血)のほかに,後記のビタミンB12の吸収障害による巨赤芽球性貧血もある(乙Dリ5・370頁)。
鉄欠乏性貧血の診断は,血液検査から容易に行うことができ,①貧血(貧血の指標であるヘモグロビン値が12g/dl以下)があり,②小球性(平均赤血球容積(MCV)が82fl以下)で,かつ,③鉄欠乏状態(体内貯蔵鉄の指標である血清フェリチン値が12ng/ml未満)であれば,鉄欠乏性貧血と診断することができる(乙Dリ15・587頁,乙Dリ23・13頁)。なお,血清鉄値が40μg/dl以下であることも鉄欠乏性貧血の所見の一つに挙げられるが(乙Dリ16・G-20頁),血清鉄は体内の鉄の貯蔵量を反映するものではなく,慢性炎症による貧血などでも低値となるため,必ずしも鉄欠乏の指標にはならず,必ず血清フェリチン値をみて鉄剤投与の必要性を判断するものとされている(乙Dリ15・587頁)。
鉄欠乏性貧血の治療は,鉄剤(フェリチン錠やフェロ・グラデュメット錠)の経口投与が原則とされている(乙Dリ14・25頁,乙Dリ15・587頁,乙Dリ16・G-20頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(9)25頁)。もっとも,治療対象となる鉄欠乏性貧血の目安は,ヘモグロビン値10.0g/dl未満,血清フェリチン値12ng/ml未満とされている(乙Dリ17・38頁)。そして,鉄剤の経口投与による治療においては,症状が改善しても,貯蔵鉄を反映する血清フェリチン値が正常化するまで服用を続けることが重要であるとされている(乙Dリ14・25頁,乙Dリ16・G-20頁)。
b C1意見書は,原告X13に胃切除後障害としての鉄欠乏性貧血がみられるとしており(乙Dリ1・2838頁),また,虎の門病院医師のC16の平成6年3月30日付け診断書も,鉄欠乏性貧血と診断し,今後も経過観察が必要であるとしている(乙Dリ9・222頁)。
しかしながら,原告X13は,ヘモグロビン値が13g/dlを下回ったことはあるものの,12g/dl以下であったことはなく,平均赤血球容積(MCV)も82fl以下であったことはない。血清フェリチン値も,平成23年10月6日の時点ではあるが,22ng/mlである(乙Dリ9,弁論の全趣旨・被告準備書面(9)別紙2)。
c したがって,原告X13が胃切除後障害としての鉄欠乏性貧血を発症した事実は認められない。
(エ) 巨赤芽球性貧血
a 貧血のうち,巨赤芽球性貧血は,骨髄に巨赤芽球が出現する貧血の総称をいう。成因は,①ビタミンB12欠乏と,②葉酸欠乏に大別されるが,ビタミンB12欠乏によるものが最も多い。原因としては,自己免疫が関与する胃粘液萎縮による貧血(悪性貧血)と,胃全摘によるものが大部命を占める。ビタミンB12欠乏に伴う症状として,舌炎や神経症がある(乙Dリ14・28頁ないし31頁,乙Dリ16・G-34頁ないしG-36頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(9)28頁)。
巨赤芽球性貧血の診断には,特徴的な検査所見とされる血清ビタミンB12の低下が参考となる(乙Dリ14・28頁,乙Dリ16・G-35頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(9)28頁)。
巨赤芽球性貧血の治療としては,ビタミンB12製剤のメチコバールの筋肉注射が一般的である(乙Dリ14・30頁,乙Dリ15・590頁,乙Dリ16・G-35頁)。
b 医師意見書では,原告X13が胃切除後障害としての巨赤芽球性貧血の予防を目的としてメチコバールの注射を3箇月から6箇月ごとに受け続けているとし(甲Dリ2・6頁),C12も,370台あったビタミンB12がどんどんと減り,調べる度に減って250くらいになっており,これは何年か経って起こってくるものであるが,ビタミンB12が欠乏し始めているということを示しているものであって,主治医が巨赤芽球性貧血であると考えたことは間違いないとしている(証人C12・調書45頁)。
しかしながら,原告X13のビタミンB12の数値が正常値の範囲外となったのは,平成22年10月21日の1回のみである上,そもそも,平成16年4月15日から平成22年10月20日までの間は,ビタミンB12の測定すらされていないものであり(乙Dリ9,弁論の全趣旨・被告準備書面(9)別紙2),メチコバールを注射しなければビタミンB12が正常値を下回るほど減少してしまうような状況にあったのかについて疑問がある。また,医師意見書やC12の意見も飽くまで巨赤芽球性貧血の予防を前提としており,その発症を前提としているものではない。
c その他,原告X13が胃切除後障害としての巨赤芽球性貧血を発症した事実を認めるに足りる証拠はない。
(3) 原告X13の胃がんの放射線起因性
原告X13が発症した胃がんの放射線起因性が認められることについては,当事者間に争いがない。
(4) 原告X13の胃切除後障害としてのダンピング症候群の放射線起因性
上記のとおり,原告X13が発症した胃がんの放射線起因性を肯定することができるところ,原告X13は,胃がんを発症したことによって,その治療として胃の切除手術を受けることを余儀なくされたものであり,原告X13が胃がんを発症したことと胃の切除手術を受けたこととの間には因果関係があるというべきである。そして,原告X13の胃切除後障害としてのダンピング症候群は,その発症時期からしても,胃の切除手術によって発生したものであることが明らかであるから,原告X13が発症した胃切除後障害としてのダンピング症候群の放射線起因性を認めることができるというべきである。
(5) 申請疾病の要医療性
ア 原告X13の胃がん
(ア) 被爆者援護法10条1項は,処分行政庁は,原子爆弾の傷害作用に起因して負傷し,又は,疾病にかかり,現に医療を要する状態にある被爆者に対して必要な医療の給付を行うと規定し,同条2項は,上記医療の給付の範囲を,① 診察,② 薬剤又は治療材料の支給,③ 医学的処置,手術及びその他の治療並びに施術,④ 居宅における療養上の管理及びその療養に伴う世話その他の看護,⑤ 病院又は診療所への入院及びその療養に伴う世話その他の看護,⑥ 移送としている。これらの規定に照らすと,疾病等が「現に医療を要する状態にある」(要医療性)とは,当該疾病等に関し,同項の規定する医療の給付を要する状態にあることをいうものと解するのが相当である。
そして,積極的な治療行為を伴わない定期検査等の経過観察については,広い意味での「診察」に含まれ得るとしても,「負傷し,又は疾病にかかり,現に医療を要する状態にある」という文言の自然な意味内容のほか,被爆者援護法が「健康管理」と「医療」とを区別し,健康管理(第3章第2節)の内容として,都道府県知事が,被爆者に対し,毎年,厚生労働省令で定めるところにより,健康診断を行うものとして(被爆者援護法7条),一般検査の結果必要があれば精密検査を行うものとし,その検査の方法は特に制限されていないこと(被爆者援護法施行規則9条)等に照らすと,当該疾病につき再発や悪化の可能性が高い等の特段の事情がない限り,上記の「医療」には当たらないと解するのが相当である。
(イ) 原告X13は,胃がんについて,平成6年2月に幽門側胃切除術を受けた後,再発が全く認められていないものである。原告X13は,経過観察として,1年に一度,定期的に,内視鏡検査を受けるなどの再発防止のための通院を続けているものの,その程度は一般に実施される胃がん検診等(乙Dリ3の2・3頁)と同程度のものであるというべきであって,原告X13の胃がんについては既に要医療性がないものというべきである。なお,一般に,悪性腫瘍の治癒判定については手術後5年とされているものである(乙Dリ2・50頁)。
この点,C12は,原告X13は,定期的に胃カメラ検査を受けており,主治医は,胃切除後の残胃に発生する胃がんを再発後見逃さないように細心の注意を払って指導していると思うとしているが(証人C12・調書46頁),このことは一般に実施される胃がん検診等であっても同様であるというべきであって,C12の意見によっても,原告X13の胃がんの要医療性が否定されることは揺るがない。
(ウ) 以上によれば,申請疾病のうち胃がんについて要医療性は認められない。
イ 原告X13の胃切除後障害としてのダンピング症候群
(ア) 原告X13の胃切除後障害としてのダンピング症候群は早期ダンピング症候群であるところ,早期ダンピング症候群の治療方法としては,原則として食事療法が行われ,薬物療法は重症例等で行われる。薬物療法には,一般に消化剤や整腸剤が使用される(甲Dリ2・5頁,甲Dリ7・117頁,甲Dリ8,甲Dリ9・215頁,乙Dリ4・129頁,乙Dリ5・370頁,乙Dリ6・534頁,乙Dリ7・A-54頁,乙Dリ8・81頁,乙Dリ12・843頁)。
(イ) 原告X13は,3箇月に1回ほどの割合で通院し(乙Dリ9,原告X13本人・調書10頁),早く食べない,アルコールを減らす等の継続的な食事療法(乙Dリ9・179頁,184頁)のほか,消化酵素剤であるベリチーム等の処方を受けており(乙Dリ9・176頁,乙Dリ10,原告X13本人・調書10頁),原爆症認定申請後ではあるが,整腸剤のビオフェルミンの処方も受けているのであって(乙Dリ9・145頁,乙Dリ11),原告X13のダンピング症候群の要医療性は認められる。
なお,食事療法により軽快するダンピング症候群は軽度のダンピング症候群に限られ(乙Dリ8・81頁),全てのダンピング症候群に当てはまらない上,原告X13のダンピング症候群が長期間にわたり継続していることからすれば,原告X13のダンピング症候群は,食事療法により軽快するダンピング症候群ではないものと認められる。
この点,C12も,① ダンピングの治療の基本は食事療法であり,1度に食事を取ると胃から小腸に急激に食物が移動し,多量の水分が出て下痢を起こすことから,回数を細かく分けて食べるように指導をするものであり,原告X13に対してもこのような指導が行われていると判断することができる,② 同時に,原告X13に対して,胃の運動を押さえたり,腹痛を抑えたり,消化を助けたりといった,様々な本人の苦痛を緩和するための胃腸薬が継続的に処方されていることが分かるとしているものである(証人C12・調書45頁,46頁)。
(ウ) 以上によれば,申請疾病のうち胃切除後障害としてのダンピング症候群について要医療性が認められる。
(6) 総括
以上のとおり,原告X13は,処分当時,原爆症認定申請のうち胃切除後障害としてのダンピング症候群については,放射線起因性及び要医療性の要件を満たしていたものと認められるから,原告X13に係る原爆症認定申請却下処分はその範囲において違法であり,取り消されるべきである。
10  原告X14
(1) 認定事実
前提事実に加え,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 被爆状況等
(ア) 原告X14は,昭和6年○月○日生まれの男性であり,長崎原爆の投下当時,14歳であった。原告X14は,被爆前,健康状況に特段の問題はなかった。原告X14は,爆心地から約3.5kmの地点にある長崎市麹屋町〈以下省略〉の原告X14の自宅で生活していた。原告X14の家族も,同所において生活していたが,被爆当時,原告X14の家族は,長崎県南高来郡加津佐町にある原告X14の母の実家に疎開していた(前提事実4(10)ア,甲Dル1・1頁,乙Dル1・29頁)。
原告X14は,被爆当時,長崎商業学校に在籍しており,さらに,昭和19年4月1日からは学徒動員で三菱兵器大橋工場に勤務し,原告X14の自宅に残って生活していた。原告X14の自宅の一部は他人に賃貸しており,原告X14は,自宅の2階の1室に住んでいた(甲Dル1・1頁)。
(イ) 原告X14は,長崎原爆の投下当日である昭和20年8月9日,朝から三菱兵器大橋工場で働いていたが,警戒警報が発令されたため,会社から,学生は警戒警報が解除されるまで工場から離れて自宅の町内の消防団の仕事を手伝うようにとの指示を受けた。原告X14は,会社からの指示に従い,長崎市麹屋町内の消防団の詰所に行ったところ,消防団から,学生は空襲警報が発令されるまで自宅で待機するようにと言われたため,原告X14の自宅に戻り,2階の自室で待機していた(甲Dル1・1頁)。
午前11時頃,爆音が上空からしたため,原告X14は,自室の窓ガラスを開け,窓際から上空を見上げた。すると,爆撃機が上空を飛んでおり,爆撃機から落とされた落下傘がゆらゆらと落下してくるのが見えた。その瞬間,落下傘の方向が,激しく光った(甲Dル1・1頁)。
激しい閃光があった直後,爆風が襲い,原告X14の自宅2階の自室の隣の部屋の屋根が大きな音を立てて崩れ落ち,原告X14の自室にも大量の粉塵が入ってきた。原告X14の自宅は,屋根が崩れるなどして半壊したが,火事にはならなかった(甲Dル1・1頁,2頁)。
原告X14は,更なる空襲に備え,すぐに原告X14の自宅の敷地内にあった防空壕に一時的に避難し,その後,正午過ぎ頃,近所の者らと共に,長崎市寺町にあった墓地の周辺の竹林に避難した。原告X14が竹林に到着した頃,黒い雨が20分ほど降り,原告X14も黒い雨に打たれてずぶ濡れとなった(甲Dル1・2頁)。
原告X14は,同日は,近所の者らと共に,竹林の中で野宿した(甲Dル1・2頁)。
(ウ) 原告X14は,昭和20年8月12日,長崎医科大学に通っていた友人の遺骨を探しに爆心地から約500mの地点にある同大学に行った(甲A8の2,乙Dル1・36頁)。
イ 被爆後の健康状況等
(ア) 原告X14は,昭和20年10月頃から,強い倦怠感に悩まされ,その症状は昭和21年3月頃まで続いた(甲Dル1・3頁)。
(イ) 原告X14は,昭和22年頃から,慢性の下痢の症状が始まり,その症状はその後40年近く続いた(甲Dル1・3頁)。
(ウ) 原告X14は,昭和27年,肛門周囲膿瘍にかかり手術を受けたが,その後も膿が止まらなかったため,入院し,退院するまで同じ手術を3回にわたり受けた。原告X14は,昭和31年及び昭和39年,内痔核の手術を受けたが,その後,再発し,現在も座薬や軟膏などの薬剤での治療を受けている(甲Dル1・3頁,4頁)。
(エ) 原告X14は,昭和31年,肺結核にかかり,その後2年間にわたり,治療のために国立療養所に入院した(甲Dル1・4頁,原告X14本人・調書1頁)。
(オ) 原告X14は,昭和54年,変形性脊椎症にかかり,現在も治療を受けている(甲Dル1・4頁)。
(カ) 原告X14は,58歳の時に脂質異常症を指摘された(乙Dル4・7頁)。
(キ) 原告X14は,平成11年3月6日,激しい胸痛等の発作が起こり,同月10日から同月21日までの間,久我山病院に入院し,その後,同月25日から2週間,杏林大学附属病院に通院して精密検査を受けた結果,心筋梗塞と診断された(甲Dル1・4頁,5頁)。
なお,原告X14の血圧は,同月7日に久我山病院で受診した際の収縮期血圧が140mmHgであり,高血圧であった(弁論の全趣旨・被告準備書面(27)244頁)。
(ク) 原告X14は,平成14年,前立腺肥大症にかかり,同年3月,温熱療法による治療を受けたが,症状は改善せず,現在も治療を続けている(甲Dル1・4頁)。
(ケ) 原告X14は,平成24年1月6日,下腹部に痛みを感じ,杏林大学附属病院でMRI検査を受けたところ,前立腺がんの可能性があり,骨転移の可能性もあると診断された(甲Dル1・4頁)。
同月17日,大量の下血があり,原告X14は,同月18日,同病院に入院し,同月21日まで精密検査を受けたが,がんの特定には至らなかった(甲Dル1・4頁)。
原告X14は,同年8月27日,再び同病院でMRI検査を受けたところ,前回検査よりも前立腺が軽度増大しており,前立腺がんの疑いと診断された(甲Dル1・4頁)。
さらに,同年12月11日,大量の下血があり,原告X14は,同月12日から同月18日までの間,同病院に入院して精密検査を受けたが,がんの特定までには至らなかった(甲Dル1・4頁)。
(コ) 原告X14は,現在も3箇月に1回の割合で杏林大学附属病院に通院している。また,原告X14は,平成16年3月16日から,併せて1箇月に1回の割合で木下循環器科クリニックに通院している。原告X14は,いつ心筋梗塞の発作が起こるか分からないことから,外出する際には,ニトログリセリン,健康保険証及び被爆者健康手帳を常に携帯している(甲Dル1・5頁)。
ウ C12の意見
C12は,① 原告X14は,残留放射線の被曝であり,黒い雨に打たれている,② 原告X14は,長崎原爆の投下翌日,まだ火災煙や粉塵が残っている中で爆心地付近を通って長崎医科大学まで行っており,その中で誘導放射線や残留放射線の被曝を受けた,③ その結果,原告X14は,吐き気,下痢及び発熱の急性症状が出現し,10日ほど後,脱毛が始まった,④ これらからすると明らかな被曝の実態があるとしている(証人C12・調書15頁)。
(2) 事実認定の補足説明
ア 入市状況について
(ア) 原告X14は,原告X14が長崎原爆の投下翌日に爆心地付近まで入市した旨主張している。
(イ) この点,原告X14は,陳述書や本人尋問において,入市の経緯について以下のとおりであるとしている(甲Dル1・2頁,3頁,原告X14本人・調書4頁ないし9頁)。
a 原告X14は,長崎原爆の投下翌日,一緒に竹林に避難した近所の者から,同人の息子が長崎医科大学に通っているが,大学から帰って来ないので探しに行ってくれないかと頼まれた。
そこで,原告X14は,その息子を探すため,同日正午過ぎ頃に長崎医科大学に向かって出発した。原告X14は,徒歩で,電車道を通って北上し,長崎市松山町の辺りで東の方に曲がり,爆心地付近を通過して長崎医科大学にたどり着いた。
b 長崎市内は,一面焼け野原であり,ほとんどの建物が崩れ落ちており,まだ火がくすぶっている建物もあった。黒焦げになった人の死体が,至る所に転がっていた。原告X14は,長崎駅を過ぎた辺りで,2倍くらいの大きさにふくれあがった馬の死体を目撃し,また,浦上駅の辺りは特に異臭が強く,何度も吐き気を催すほどであった。さらに,原告X14は,三菱長崎製鋼所の鉄骨が激しく折れ曲がっているのを目撃し,爆弾の威力の大きさに衝撃を受けた。
c 原告X14が長崎医科大学のあった辺りに到着すると,がれきの山になっていた。原告X14が現地にいた大学関係者と思われる者に尋ねると,爆弾が落ちた当時は木造校舎の中で授業中であったため,教員も学生もほとんど即死したのではないかとのことであった。
d 原告X14は,長崎医科大学で1時間ほど捜索を続けたが,近所の者の息子を発見することはできなかった。原告X14は,やむを得ず,来たときと同じ道順で長崎市寺町に引き返し,午後5時頃,長崎市寺町の竹林にたどり着いた。
(ウ) しかしながら,原告X14が記載した昭和32年6月18日付け被爆者健康手帳交付申請書添付の居所証明書には,「中心地から2K以内の地域に,投下後二週間以内にはいりこんだ時と場所とその理由」の欄の「はいりこんだ時」の欄に「八月十二日」,「はいりこんだ場所」の欄に「坂本町」,「その理由」の欄に「当時医専の学生であった友人の遺骨さがし。医大の構内に。」と記載されている(乙Dル1・36頁,原告X14本人・調書4頁,6頁)。同記載によれば,原告X14は,長崎原爆の投下から3日後,爆心地付近に所在する長崎医科大学の学生であった友人が既に死亡していることを前提に,その遺骨を探すために入市をしたということになるところ,原爆投下から3日を経て,爆心地付近の原爆による被害が極めて甚大であることについて,ある程度理解した上での行動としては整合的なものであり,内容に十分な合理性があるものというべきである。
また,同証明書については,原告X14と同じ町内に居住していたB22とB23の二人が証明人として署名押印しているものである(乙Dル1・36頁)。
以上によれば,同証明書は極めて信用性が高いというべきであり,一方で,原告X14は,供述等が変遷している理由について何ら合理的な説明をしていないことからすれば(原告X14本人・調書5頁,6頁),長崎原爆の投下翌日に入市した旨の原告X14の供述等を採用することはできないものというべきである。
(エ) したがって,原告X14が長崎原爆の投下翌日に爆心地付近まで入市した事実は認められず,原告X14は,昭和20年8月12日に入市したものと認められる。
イ 急性症状の発症の有無について
(ア) 原告X14は,被爆直後から吐き気,嘔吐,発熱,歯茎からの出血,下痢,脱毛,倦怠感などの急性症状を発症した旨主張する。
(イ) しかしながら,原告X14は,昭和32年6月18日付け被爆者健康手帳交付申請書添付の原爆被爆者調書票の「原爆による急性症状(おゝむね六ヶ月以内)」の欄に,上記症状について一つも記載していないものである(乙Dル1・37頁)。この点につき,原告X14は,本人尋問において,被爆の事実をできるだけ隠したいという気持ちから特に記載しなかった旨供述するが(原告X14本人・調書10頁,11頁,24頁,25頁),記載しなかったものが被爆者健康手帳交付申請書の添付書類であることからすると,そのような理由に合理性はないというべきである。
(ウ) したがって,原告X14が被爆直後から吐き気,嘔吐,発熱,歯茎からの出血,下痢,脱毛,倦怠感などの急性症状を発症した事実は認められない。
(3) 原告X14の放射線被曝の程度
ア 初期放射線
原告X14は爆心地から約3.5kmの地点で被爆しており,DS02による初期放射線の被曝線量は僅少であると認めることができる。
しかしながら,DS02による初期放射線の被曝線量には一定の誤差があり,過小になっている可能性があることは考慮すべきである。
イ 放射性降下物
原告X14は,長崎原爆の投下直後,長崎市寺町において,長時間にわたり黒い雨に打たれているところ,この雨が放射性降下物を含んでいた可能性は高いものと認められる。この点,放射性降下物は,長崎においては,一般に,土壌のプルトニウム調査の結果から,爆心地の真東から北に15度,南に10度の扇形の方向に広がったと考えられてはいるが(乙Dタ4・37頁,乙Dタ5・4頁,5頁),地形の影響等により上記以外の場所にも広がった可能性があることは前記第1の3(3)で検討したとおりであり,爆心地から南南東方向の(乙Dル3)長崎市寺町にも飛散した可能性も十分にあるというべきである。
また,原告X14が長崎原爆の投下翌日に爆心地付近まで入市した事実は認められないが,原告X14は,昭和20年8月12日に爆心地付近の長崎医科大学に行っている。
原告X14が爆心地付近に入市した時期は,長崎原爆の投下から間もない頃であり,爆心地付近は放射性降下物に相当程度汚染されていたものということができる。
ウ 誘導放射線
原告X14の上記のような被爆状況等からすると,原告X14は,誘導放射化された物質や放射性粉塵による誘導放射線に被曝した可能性がある。
エ 内部被曝
原告X14の上記のような被爆状況等からすると,原告X14は,放射性降下物や誘導放射化された物質,放射性粉塵を吸引した可能性がある。
オ 急性症状等
原告X14が被爆直後から吐き気,嘔吐,発熱,歯茎からの出血,下痢,脱毛,倦怠感などの急性症状を発症した事実は認められない。しかしながら,放射線被曝を裏付けるものとして,原告X14は,しばらくしてから,倦怠感や下痢などの症状に悩まされている。また,後記で検討するとおり,原告X14は,高血圧があり,脂質異常症も指摘されている。さらに,原告X14は,前立腺肥大症や前立腺がんの疑いと診断されている。
カ 小括
以上の事実を総合すれば,原告X14は健康に影響を及ぼすような相当量の被曝をしたものと認められる。
(4) 申請疾病の放射線起因性
原告X14の申請疾病は心筋梗塞である。心筋梗塞は積極認定対象疾病に該当するところ,前記第2の3(3)で検討したとおり,一般的に放射線被曝との関連性が認められる疾病である。
(5) 他原因の検討
ア 被告は,原告X14には虚血性心疾患の重大な危険因子である加齢,喫煙,高血圧及び脂質異常症が存在している旨主張する。
イ この点,原告X14が心筋梗塞と診断されたのは,被爆の54年後であって,68歳の時であり,虚血性心疾患の危険因子として加齢を考慮する45歳を大きく超えている。
また,原告X14は,20歳から50歳まで30年にわたり喫煙を続けている(乙Dル4・7頁)。
喫煙量について,原告X14が平成23年11月に受診した杏林大学附属病院の診療記録によれば,1日20本である(乙Dル4・7頁)。なお,原告X14は,本人尋問において,1日五,六本であり,多くても10本を超すことはなかったとしているが(原告X14本人・調書13頁),上記診療記録に照らし,採用することはできない。
なお,原告X14は,50歳頃から,年に一,二回の頻度で胸痛発作がみられており(乙Dル4・7頁),この時点で既に狭心症を発症していた可能性が高いと認められる。
原告X14は,58歳の時に脂質異常症を指摘されており,平成23年11月28日の栄養指導指示箋・指導記録によれば,この時点においても,① 食事以外は甘い物をよく食べている,② オレンジジュースとピルクルを水代わりに飲んでいる,③ まんじゅう,カステラ,ピーナッツ,チョコレートなどをよく食べているとのことであり(乙Dル4・172頁,原告X14本人・調書31頁,34頁ないし36頁),① 1日1食を二,三食にする,② 量とバランスに気をつけて食べる,③ 1800キロカロリー食にする,④ 嗜好品を控える,⑤ 減塩するなどといった栄養指導がされている(乙Dル4・172頁)。
原告X14の血圧は,平成11年3月7日に久我山病院で受診した際の収縮期血圧が140mmHgであり,その後,同年8月24日に降圧剤の処方が中止されたが(乙Dル4・13頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(27)244頁),その後の外来診療時においても収縮期血圧が140mmHgを超える日が複数回認められる(乙Dル4・15頁)。「高血圧治療ガイドライン2009」によれば,上記の血圧値は,血圧分類では「Ⅰ度高血圧」の範疇に当たり,また,① 心筋梗塞の発症当時,65歳以上であり,② 30年にわたる喫煙歴があり,③ 58歳の時に脂質異常症を指摘され,その後の食生活も良好なものであったとはいい難く,④ 狭心症を発症させていた可能性も高いことから,「リスク第三層」に該当し,当時の脳心血管リスクは高リスクであった(乙Dカ20・14頁ないし16頁)。
ウ しかしながら,前記1(4)のとおり,他の疾病要因と共同関係があったとしても,原爆の放射線によって当該疾病の発症が促進されたと認められる場合には,放射線の影響がなくとも当該疾病が発症していたといえるような特段の事情がなければ,放射線起因性が否定されることはなく,放射線起因性を肯定するのが相当である。
これを原告X14についてみると,前記(3)のとおり,原告X14は,健康に影響を及ぼすような相当量の被曝をしたと認められ,また,前記(4)のとおり,原告X14の申請疾病である心筋梗塞は,一般的に放射線被曝との関連性が認められる疾病であり,さらに,前記第2の3(3)のとおり,心筋梗塞については,そもそも交絡因子の影響が極めて小さいものであるところ,原告X14の上記イの事情のうち,加齢及び喫煙については,上記特段の事情とまでは認められず,むしろ,これらの事情の下で,原爆の放射線によって心筋梗塞の発症が促進されたものと認めるのが相当である。
また,高血圧及び脂質異常症,更には狭心症については,そもそもこれらの症状が放射線被曝との関連性が認められるものであって,これらの症状があることをもって原告X14の心筋梗塞の放射線起因性を否定することはできないというべきである。
(6) 原告X14の心筋梗塞の放射線起因性
以上によれば,原告X14が発症した心筋梗塞の放射線起因性を認めることができるというべきである。
(7) 申請疾病の要医療性
原告X14は,3箇月に1回の割合で,杏林大学附属病院に,1箇月に1回の割合で木下循環器科クリニックに通院しており,ニトログリセリンの処方も受けていることが認められ,申請疾病について要医療性を認めることができる。
(8) 総括
以上のとおり,原告X14は,処分当時,原爆症認定申請に係る心筋梗塞について放射線起因性及び要医療性の要件を満たしていたものと認められるから,原告X14に係る原爆症認定申請却下処分は違法であり,取り消されるべきである。
11  原告X15
(1) 認定事実
前提事実に加え,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 被爆状況等
(ア) 原告X15は,昭和7年○月○日生まれの男性であり,広島原爆の投下当時,13歳であった。原告X15は,被爆前,健康状況に特段の問題はなかった(前提事実4(11)ア,甲Dワ1・1頁)。原告X15は,広島県立呉第二中学校に在籍しており,広島県呉市内神町(以下「内神町」という。)にある親戚の家に住んでいた(甲Dワ1・1頁,甲Dワ2・2頁)。
(イ) 原告X15は,昭和20年8月6日,広島原爆の投下直前,学徒動員で爆心地から約1.92kmの地点にある広島駅前にいた(乙Dワ9の2・19頁,22頁)ところ,写真機のストロボが目の前でたかれたような強烈な閃光を感じるとともに,爆風で吹き飛ばされて気を失った(甲Dワ1・2頁,甲Dワ2・1頁)。
気がつくと,原告X15は,気を失う前に倒れていた場所とは違う場所に倒れていた。被っていた制帽はなくなっており,開襟シャツやズボンも破れていた。原告X15は,特に左側の顔面が腫れ上がっているような感覚であった(甲Dワ1・2頁)。また,右腕が腫れ上がり,両足もやけどを負っていた(甲Dワ1・2頁,原告X15本人・調書4頁)。さらに,左腕は,ガラス片によって負傷していた(甲Dワ2・1頁)。
辺りには砂埃や黒煙が立ちこめていた(原告X15本人・調書4頁)。
原告X15は,とにかく内神町にある親戚の家に帰らなければならないと考え,広島駅の方に逃げることとした。多数の被爆者が列を作って歩いていたことから,原告X15も,この列について行った(甲Dワ1・2頁,原告X15本人・調書5頁)。
広島駅は破壊されており,列車の運行は不可能となっていた(甲Dワ1・2頁)。原告X15は,駅の北口にある集会所のような建物に避難したが,大怪我をした者が次々と押し寄せるように集まってきたことから,歩くことのできる者は出て行くようにとの指示を受け,広島駅を出て線路に沿って歩き続けた(甲Dワ1・2頁,3頁)。
向洋駅の手前辺りには怪我人が集まっている建物があり,原告X15は,この建物の中に入ってしばらくの間休んだ(甲Dワ1・3頁)。原告X15が建物の中で休んでいると,灰色の雨が降り始め,原告X15は,その飛沫を浴びた(甲Dワ1・3頁,原告X15本人・調書7頁,28頁)。
原告X15は,このままここで死んでしまうのではないかとの不安に駆られたため,夕方頃,建物を出て,再び,海田市駅を目指して歩き始めた。原告X15が海田市駅に着くと,列車は動いていなかった。また,海田市駅にも多数の負傷者がいた。原告X15は,数時間ほど列車が動くのを待ったところ,列車が折り返し運転を始めたので,周囲の者に手助けしてもらって,呉駅行きの列車に乗せてもらった(甲Dワ1・3頁,原告X15本人・8頁)。
原告X15が呉駅に着くと,心配した母が駅で待っていた。しかしながら,原告X15の顔が腫れ上がっていたため,原告X15の母は,原告X15が近づいていっても自分の息子とは気付かなかった。原告X15が話しかけると,原告X15の母は,驚いた顔をした。原告X15は,母に再会した途端,一歩も歩くことができなくなり,そのまま呉駅の近くにある海軍の共済病院に運ばれて入院した(甲Dワ1・3頁)。
(ウ) 原告X15は,病院では治療らしい治療を受けることはできず,母が原告X15の右腕に湧いたウジを箸で1匹1匹取り除くような状態であった。原告X15は,およそ1週間後,自力で歩くことはできなかったが,板の担架に乗せられて退院し,内神町にある親戚の家に戻った(甲Dワ1・3頁,4頁)。
(エ) 原告X15は,終戦後は,広島県尾道市の奥の方に転居したが,その時も動けるような状態ではなく,荷馬車に乗せられて移動し,同所でも寝たきりの生活をしていた(原告X15本人・調書10頁)。
イ 被爆後の健康状況等
(ア) 原告X15は,被爆直後から血尿,血性下痢,発熱及び嘔吐が続いた。しばらくすると,顔,腕及び足に紫斑が出現し,常にだるさを感じ,疲れやすくなり,耐久力もなくなった(甲Dワ1・4頁)。発熱は,昭和20年8月末か同年9月初め頃まで,血尿や血性下痢は,同月末頃まで続いた(原告X15本人・調書12頁)。
(イ) やけどと外傷は,化膿して1箇月以上治癒せず,顔面から首の辺りの左半分には目立つケロイドが残り,右腕にもケロイドが残った。原告X15の左腕にはガラス片と思われる異物が残った(甲Dワ1・4頁)。
(ウ) 原告X15の左足の外側や背中の左側は,麻痺して感覚がなく,そのような状態は左足の外側については10年ほど,背中の左側については20年ほど続いた。右手は今でもうまく握ることができないような状態である(甲Dワ1・4頁)。
(エ) 原告X15は,42歳の頃,十二指腸潰瘍で九段坂病院に入院した(甲Dワ1・5頁)。
(オ) 原告X15は,47歳の頃,糖尿病を患い,平成7年からインスリンが導入された(甲Dワ1・5頁,乙Dワ1・84頁)。
(カ) 原告X15は,平成9年7月頃から,息苦しさを覚えるようになったことから,中野総合病院で診察を受けたところ,同病院の紹介により,心臓血管研究所付属病院に入院し,精密検査を受けた結果,狭心症と診断された(甲Dワ1・5頁,甲Dワ2・3頁)。この時の冠動脈造影検査の結果は,冠動脈の主要な3本の血管である右冠動脈,左前下行枝,左回旋枝のいずれにも狭窄が認められ,3枝病変であった。バルーン拡張術(POBA)と経皮的冠動脈再建術(PTCRA)が施行された(甲Dワ2・3頁)。
(キ) 原告X15は,平成11年,冠動脈造影検査で前下行枝と回旋枝に再狭窄が見つかったため,同年6月17日,心臓血管研究所付属病院で冠動脈バイパス手術を受けた(甲Dワ2・3頁)。
(ク) 原告X15は,平成19年,冠動脈造影検査を受け,右冠動脈にステントを挿入した。原告X15は,平成20年にも,同様にステントを挿入した(甲Dワ2・3頁)。
(ケ) 原告X15は,平成21年頃から,頻繁にめまいが起こるようになった(甲Dワ1・5頁)。
(コ) 原告X15は,平成23年,ステントを挿入した(甲Dワ2・3頁)。
(サ) 原告X15は,平成23年12月頃,40℃の高熱が続いて入院し,その後,数箇月間にわたり,入退院を繰り返した。この時の検査により脳梗塞が3箇所発見された。また,左耳の難聴や左目の視力低下も顕著であった(甲Dワ1・5頁,6頁)。
(シ) 原告X15は,平成24年2月,冠動脈造影検査でステント内再狭窄が判明し,同年3月13日,再度ステントを挿入した。以後,原告X15は,少なくとも毎月1回,検査のために心臓血管研究所付属病院に通院し,年に一,二回,心臓カテーテル検査を受けている。また,原告X15は,薬の服用も継続している(甲Dワ2・3頁)。
(ス) 原告X15は,平成25年2月,急性腎盂腎炎で入院した(甲Dワ1・6頁)。
(セ) 原告X15には,高血圧と脂質異常症がある(甲Dワ2・5頁,原告X15本人・調書28頁)
ウ C12の意見
C12は,① 1kmという近距離被爆である,② その後,被爆により受けた傷や,その後の症状も典型的な近距離被爆者のものといえる,③ 狭心症という病名により却下処分がされたものと思われるが,実際には平成11年から平成24年まで5回にわたり手術を受け,ステントを入れていることから,狭心症から心筋梗塞に進行しないように医療が救護した結果である,④ ステントを入れることは,そもそも冠動脈狭窄があるということであり,動脈硬化性の狭心症であって,放置しておくと心筋梗塞になるというケースであり,心筋梗塞と同様に放射線起因性は十分にあるとしている(証人C12・調書18頁,19頁)。
(2) 事実認定の補足説明
ア 被爆地点について
(ア) 原告X15が被爆した地点について,原告X15は爆心地から約1kmの地点である旨主張し,被告は爆心地から約1.92kmの地点にある広島駅前である旨主張する。
(イ) この点,原告X15の被爆者健康手帳は,被爆の場所が,爆心地から1kmの地点にある広島市雑魚場町であるとしている(乙Dワ1・135頁)。しかしながら,被爆者健康手帳は,後記のABCCの調査記録よりも相当期間経過した後である昭和35年に作成されたものである。広島市雑魚場町付近は,動員学徒等の約80%が死亡したとされており(乙Dワ10・33頁),甚大な被害状況であったということができるが,このような状況と原告X15の負傷状況とはやや一致しないものといわざるを得ない。
(ウ) また,原告X15は,平成22年8月11日付け異議申立書(乙Dワ1・8枚目)や陳述書(甲Dワ1・2頁)では,被爆地点が広島市雑魚場町付近であったとしており,被爆者健康手帳と合致しているものの,本人尋問では,爆心地から約900mの地点にある(乙Dワ6)中国新聞社の付近であったとしており(原告X15本人・調書18頁),変遷がみられるものである。陳述書や本人尋問において,原告X15が被爆後の経路として挙げている猿猴橋についても,実際には,欄干の上の猿の彫刻や欄干の猿の彫り物などなかったにもかかわらず(乙Dワ7,乙Dワ12の1・2枚目),そのようなものがあったとしているものであり(甲Dワ1・2頁,原告X15本人・調書5頁,21頁),実際の状況と一致していない。
(エ) 一方,ABCCの調査記録は,直爆の地点について,爆心地から約1.92kmの地点にある広島駅前としている(乙Dワ9の2・19頁,22頁)。確かに,ABCCの調査に対しては,被爆者において,ABCCが治療をしないとの不信や,何度も検査を受けなければならなくなることへの嫌悪から,少なくとも急性症状については過小に申告することがあったことが認められ(甲A296の5・3頁,4頁),ABCCの調査記録の信用性を検討するに当たっては,このような特殊性を考慮すべきであるといえるところ,本件のような直爆の地点についての記録部分に関しては,その懸念は小さいものということができる。そして,ABCCの調査記録が,原爆投下の僅か8年後である昭和28年に行われた調査に基づくものであり,しかも,原告X15に対する聴取りを情報源とし,調査員もその内容の信頼度を「公正」としていることからすれば(乙Dワ9の2・19頁,22頁),その信用性を肯定することができる。
(オ) したがって,原告X15が被爆した地点については,爆心地から約1kmの地点ではなく,爆心地から約1.92kmの地点にある広島駅付近であるものと認められる。
イ 血尿,血性下痢,発熱,嘔吐,紫斑及び倦怠感の出現の有無
(ア) 被告は,原告X15に血尿,血性下痢,発熱,嘔吐,紫斑及び倦怠感が出現した事実は認められない旨主張する。
(イ) この点,ABCCの調査記録は,昭和20年10月に二日間,血性でない下痢があったとしているにとどまるものであり,血性下痢,発熱,嘔吐及び紫斑については,むしろ症状がないとしている(乙Dワ9の2・18頁,21頁,22頁)。
しかしながら,前記のとおり,ABCCの調査については,少なくとも急性症状については過小に申告することがあったことが認められるところ,原告X15は,平成20年10月27日付け認定申請書添付の申述書では血性下痢,発熱及び倦怠感があったとし(乙Dワ1・80頁),陳述書(甲Dワ1・4頁)及び本人尋問(原告X15本人・9頁,12頁)においては,一貫して,血尿,血性下痢,発熱,嘔吐,紫斑及び倦怠感があったとしているものである。
更にいえば,血尿及び倦怠感については,ABCCの調査記録も症状を訴えていないとしているにとどまるものである(乙Dワ9の2・18頁)。
(ウ) 以上のような証拠関係の下においては,原告X15には,血尿,血性下痢,発熱,嘔吐,紫斑及び倦怠感が出現したものと認めるのが相当であり,この認定を覆すに足りる証拠はない。
(3) 原告X15の放射線被曝の程度
ア 初期放射線
原告X15は,爆心地から約1.92kmの地点で被爆しており,DS02による初期放射線の被曝線量は0.1グレイ程度のものである(乙Dワ14)。
ただし,DS02による初期放射線の被曝線量には一定の誤差があり,過小になっている可能性があることは考慮すべきである。
イ 放射性降下物
原告X15は,被爆後,気を失っているが,気がつくと,辺りには砂埃や黒煙が立ちこめている。原告X15は,向洋駅付近で灰色の雨の飛沫も浴びている。この砂埃や黒煙,灰色の雨の飛沫が放射性降下物を含んでいた可能性は高いものと認められる。この点,放射性降下物は,広島においては,爆心地から約3kmの距離で西に向けて発生したとされてはいるが(乙B15・210頁,211頁),地形の影響等により上記以外の場所にも広がった可能性があることは前記第1の3(3)で検討したとおりであり,爆心地から東の(乙D全2)広島駅付近や南東方向の(弁論の全趣旨・被告準備書面(10)20頁)向洋駅付近にも飛散した可能性も十分にあるというべきである。
また,原告X15は,広島駅付近や向洋駅付近,海田市駅において,多数の被爆者や負傷者と接触している。接触した被爆者や負傷者は,放射性降下物に汚染されていたと考えられる。
ウ 誘導放射線
原告X15の上記のような被爆状況等からすると,原告X15が誘導放射化された物質や放射性粉塵による誘導放射線に被曝した可能性は高いものと認められる。原告X15が接触した多数の被爆者や負傷者は,誘導放射化された物質や放射性粉塵に汚染されたり,誘導放射化されたりしていたと考えられる。
エ 内部被曝
原告X15の上記のような被爆状況等からすると,原告X15は,放射性降下物や誘導放射化された物質,放射性粉塵を吸引したり,体中の負傷部位からこれらが侵入したりした可能性がある。
オ 急性症状等
放射線被曝を裏付けるものとして,原告X15は,被爆直後から,血尿,血性下痢,発熱及び嘔吐が続き,また,顔,腕及び足に紫斑が出現し,常にだるさを感じ,疲れやすくなり,耐久力もなくなっている。さらに,原告X15は,十二指腸潰瘍や脳梗塞に罹患し,後記で検討するとおり,高血圧や脂質異常症があり,糖尿病にも罹患している。
カ 小括
以上の事実を総合すれば,原告X15は健康に影響を及ぼすような相当量の被曝をしたものと認められる。
(4) 申請疾病の放射線起因性
原告X15の申請疾病は,狭心症である。狭心症は,積極認定対象疾病に該当しないが,前記第2の3(4)で検討したとおり,一般的に放射線被曝との関連性が認められる疾病である。
(5) 他原因の検討
ア 被告は,原告X15には,虚血性心疾患の重大な危険因子である加齢,高血圧,脂質異常症及び糖尿病が存在している旨主張する。
イ この点,原告X15は,平成8年12月頃から胸痛が出現している(乙Dワ3・80頁,弁論の全趣旨・被告準備書面(27)281頁)。原告X15は,当時64歳であり,虚血性心疾患の危険因子として加齢を考慮する45歳を大きく超えている。
また,原告X15は,胸痛が出現する20年ほども前の47歳の頃に糖尿病に罹患しており,平成4年5月から中野診療所を受診し,平成7年からはインスリンが導入されている(乙Dワ3・80頁)。原告X15は,少なくとも平成5年7月には,糖尿病による合併症である糖尿病性網膜症に罹患している(乙Dワ3・2頁裏,原告X15本人・調書28頁)。
加えて,原告X15には,高血圧と脂質異常症もある。
ウ しかしながら,前記1(4)のとおり,他の疾病要因と共同関係があったとしても,原爆の放射線によって当該疾病の発症が促進されたと認められる場合には,放射線の影響がなくとも当該疾病が発症していたといえるような特段の事情がなければ,放射線起因性が否定されることはなく,放射線起因性を肯定するのが相当である。
これを原告X15についてみると,前記(3)のとおり,原告X15は,健康に影響を及ぼすような相当量の被曝をしたと認められ,また,前記(4)のとおり,原告X15の申請疾病である狭心症は,一般的に放射線被曝との関連性が認められる疾病であり,さらに,前記第2の3(4)のとおり,狭心症については,そもそも交絡因子の影響が極めて小さいものであるところ,原告X15の上記イの事情のうち,加齢については,上記特段の事情とまでは認められず,原爆の放射線によって原告X15の狭心症の発症が促進されたものと認めるのが相当である。
また,高血圧,脂質異常症及び糖尿病については,そもそもこれらの症状が放射線被曝との関連性が認められるものであって,これらの症状があることをもって原告X15の狭心症の放射線起因性を否定することはできないというべきである。
(6) 原告X15の狭心症の放射線起因性
以上によれば,原告X15が発症した狭心症の放射線起因性を認めることができるというべきである。
(7) 申請疾病の要医療性
原告X15には,ステントの挿入が繰り返されており,原告X15は,少なくとも毎月1回,検査のために心臓血管研究所付属病院に通院し,年に一,二回,心臓カテーテル検査を受けている。また,原告X15は,薬の服用も継続している。なお,原告X15は,日常の軽い動作でも胸痛があり,毎月の定期検査の結果によっては,今後,更に手術を受ける可能性もある(甲Dワ2・5頁)。
以上によれば,申請疾病について要医療性が認められる。
(8) 総括
以上のとおり,原告X15は,処分当時,原爆症認定申請に係る狭心症について放射線起因性及び要医療性の要件を満たしていたものと認められるから,原告X15に係る原爆症認定申請却下処分は違法であり,取り消されるべきである。
12  原告X16
(1) 認定事実
前提事実に加え,証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 被爆状況等
(ア) 原告X16は,昭和8年○月○日生まれの男性であり,広島原爆の投下当時,11歳であった。原告X16は,昭和20年春,学童疎開をしたが,梅雨明けの頃から体調不良のため,爆心地から約2.5kmの地点にある広島市牛田町〈以下省略〉の自宅に母,弟及び妹と共に住んでいた(前提事実4(12)ア,甲Dヨ1・1頁,甲Dヨ2・1頁)。
(イ) 原告X16は,昭和20年8月6日,広島原爆の投下当日の朝,自宅にいた(原告X16本人・調書2頁)。原告X16の母は,原告X16の薬を処方してもらうため,早朝から爆心地の近くである八丁堀付近の医院に出掛けていた(甲Dヨ1・1頁,原告X16本人・調書2頁)。原告X16は,爆音を聞いて,弟,妹と共に庭に飛び出し,頭上を見上げたところ,北上する爆撃機の機体を見た。原告X16は,一瞬,その機体に閃光が走ったのを見るとともに,顔の右側に熱風のようなものを感じ,意識を失った(甲Dヨ1・1頁)。
その後,原告X16は意識が戻り,暗闇の中で遠くに小さな光のようなものが見えたり,自分が自宅の薄暗い裏手にいると思ったりしつつ,二度にわたり意識を失った(原告X16本人・調書3頁,4頁)。
原告X16は,意識が完全に戻り,隣組の防空壕に逃げたが,顔や手足から血を流した隣組の者らが集まってくるなどした。原告X16自身も,左足のかかとの出血がひどく,布きれでしばってもらい,表の道に出ると,自宅周辺の道には人が倒れたり,うずくまったりしていた(甲Dヨ1・2頁,原告X16本人・調書4頁)。原告X16は,自宅の中にあった非常袋を取りに庭に入ったが,自宅内は損壊しており,障子とふすまが燃え始めていたため,怖くて中に入ることができなかった(原告X16本人・調書4頁,5頁)。
原告X16は,隣組の者に連れられて,自宅から150m先にある早稲田神社の森に避難した。原告X16が神社の高台から市内を一望すると,神田川の向こう岸は,巨大な火柱が上がっていた(甲Dヨ1・2頁,原告X16本人・調書5頁)。
(ウ) 原告X16の母は,昭和20年8月6日の夕方,隣組の者に抱きかかえられて戻ってきた。原告X16の母は,衣服やもんぺが焼け焦げてぼろぼろになっていたものの,顔だけは真っ白であったが,翌日になると,状況は一変し,顔,両手,両足など,服から出ているところは全てひどいやけどとなっており,特に顔は崩れ落ちたようになり,目や鼻が区別できないような状態であった(原告X16本人・調書6頁,7頁)。原告X16の母は,同月11日,死亡した。原告X16は,この間,ずっと原告X16の母に付き添い,寝泊まりをしていた(甲Dヨ1・2頁,3頁,原告X16本人・調書7頁)。水をあげることは止められていたものの,原告X16の母が余りに水を欲しがるため,原告X16は,水差しを使って少しずつ飲ませた。原告X16も,その水を飲んだ(原告X16本人・調書7頁)。原告X16の自宅の周辺の道には黒焦げになった遺体が数多く散乱しており,何日も放置され,異臭が立ちこめていた(甲Dヨ1・3頁)。
イ 被爆後の健康状況等
(ア) 原告X16は,被爆によって,左右のすねと左足のかかとを負傷したが,かかとの傷は化膿がひどく,ウジが湧いた(甲Dヨ1・3頁)。かかとの傷は,治るまでに三,四箇月を要し(原告X16本人・調書9頁),現在でもすねの傷は残っており,左足のかかとのウジが湧いた所はケロイド状となっている(甲Dヨ1・3頁)。
(イ) 原告X16は,被爆後三,四箇月ほどしてから,全身が皮膚病のような状態となり,広島の白島にある逓信病院で治療を受けた。皮膚病のような状態となった箇所は,主に胸や背中であったが,それ以外にも体中の様々な所に湿疹のような出来物ができ,所々化膿し,風呂に入ることもできない状態であった。これらは,治るまでに3箇月ないし5箇月を要した(甲Dヨ1・3頁,原告X16本人・調書9頁)。
(ウ) 原告X16は,上京し,夜間,大学に通いながら働いていたが,昭和31年頃,当時勤務していた税務署の健康診断で嘱託医から貧血を指摘された(甲Dヨ1・3頁)。原告X16は,嘱託医から余り無理はしない方がいいとの指導を受けたため,同年4月から1年間大学を休学したが,体調は余りよくならなかった(甲Dヨ1・3頁,4頁,原告X16本人・調書10頁)。
(エ) 原告X16の弟は,昭和46年,胃潰瘍と十二指腸潰瘍により大量吐血と大量下血をし,31歳で死亡した。原告X16は,上京後,周囲の者から顔色がよくなく,どこか悪いのではないかと言われていたこともあって不安になり,被爆者検診を受けることとなった(原告X16本人・調書10頁,27頁)。なお,原告X16の妹は,平成20年,61歳で狭心症の発作を起こして倒れ,現在もニトログリセリンを携行している(甲Dヨ1・4頁)。
(オ) 原告X16は,平成16年頃から,時々胸が苦しくなることがあったが,平成19年4月20日,朝から自宅で胸が苦しい状態が続き,午後11時になっても症状が治まらず我慢することができなくなったため,救急車を呼び,土浦協同病院に搬送された。入院時の同月21日の血圧検査の結果は,収縮期血圧が158mmHg,拡張期血圧が88mmHgであり,LDLコレステロール値は162mg/dlであった。原告X16は,心筋梗塞を発症しており,直ちにカテーテルによる治療を受け,同年5月8日及び同月14日,カテーテルによる経皮的冠動脈形成術を受け,合計5箇所にステントを挿入した(甲Dヨ1・4頁,甲Dヨ2・5頁,乙Dヨ2・200頁,355頁)。
原告X16は,退院後も,2箇月に1回ほどの割合で通院し,諸検査(血液,心電図及びエコー)を受けるとともに,血栓ができるのを防ぐバイアスピリン錠など11種類の薬を継続して服用している(甲Dヨ1・4頁,5頁)。
また,原告X16は,平成20年6月2日から同月4日までの間及び平成23年2月15日から同月17日までの間,経過観察のため,心臓カテーテル検査を受けている(甲Dヨ1・5頁)。
ウ C12の意見
C12は,① 原告X16は若年被爆であるところ,爆心地から約2.5kmの地点での被爆は,初期放射線が届く距離ではあるが,それだけでは僅かな被曝である,② しかし,その中で,原告X16は,周囲が非常に薄暗かったとの記憶であり,このことは,放射性降下物ないし放射性生成物による放射性粉塵のようなものが立ちこめている状況にあったことを表現している,③ 爆心地から500mほどの地点にある八丁堀で原告X16の母が全身に大やけどを負って帰宅したところ,原告X16は,母に付き添っていたものであり,原告X16の母が,放射能によって非常に汚染されている状況であり,原告X16が付き添っていたことによって受ける被曝も評価する必要がある,④ 原告X16は,被爆後の健康状態も良好ではなく,免疫力の低下を思わせるような症状があり,大学を1年間休学したことは体調が非常に悪かったことを示している,⑤ いわゆる「原爆ぶらぶら病」といわれるような全身倦怠感に悩まされていた時期があったと思われ,原告X16の心筋梗塞の放射線起因性は否定することができないとしている(証人C12・調書16頁,17頁)。
(2) 原告X16の放射線被曝の程度
ア 初期放射線
原告X16は爆心地から約2.5kmの地点で被爆しており,DS02による初期放射線の被曝線量は僅少であると認めることができる。
しかしながら,DS02による初期放射線の被曝線量には一定の誤差があり,過小になっている可能性があることは考慮すべきである。
イ 放射性降下物
原告X16は,広島原爆の投下後,自宅付近において,周囲が暗闇ないし薄暗い状況であったとの印象であり,同所付近が放射性降下物に汚染されていた可能性がある。こ