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「政治活動 選挙運動」に関する裁判例(10)平成29年 9月28日 東京地裁 平26(行ウ)229号 難民不認定処分取消請求事件

「政治活動 選挙運動」に関する裁判例(10)平成29年 9月28日 東京地裁 平26(行ウ)229号 難民不認定処分取消請求事件

裁判年月日  平成29年 9月28日  裁判所名  東京地裁  裁判区分  判決
事件番号  平26(行ウ)229号
事件名  難民不認定処分取消請求事件
文献番号  2017WLJPCA09288034

裁判年月日  平成29年 9月28日  裁判所名  東京地裁  裁判区分  判決
事件番号  平26(行ウ)229号
事件名  難民不認定処分取消請求事件
文献番号  2017WLJPCA09288034

茨城県牛久市〈以下省略〉入国者収容所東日本入国管理センター収容中
原告 X
同訴訟代理人弁護士 本田麻奈弥
同 小川隆太郎
東京都千代田区〈以下省略〉
被告 国
同代表者兼処分行政庁 法務大臣 A
処分行政庁 東京入国管理局長 B
処分行政庁 東京入国管理局主任審査官 C
指定代理人 別紙指定代理人目録のとおり

 

 

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。
2  訴訟費用は原告の負担とする。

 

事実及び理由

第1  請求
1  法務大臣が,平成24年7月4日付けで原告に対してした難民の認定をしない処分を取り消す。
2  東京入国管理局主任審査官が平成24年7月10日付けで原告に対してした退去強制令書発付処分が無効であることを確認する。
3  東京入国管理局長が平成24年7月5日付けで原告に対してした出入国管理及び難民認定法61条の2の2第2項による在留特別許可をしない処分が無効であることを確認する。
第2  事案の概要
本件は,イラン・イスラム共和国(以下「イラン」という。)の国籍を有する外国人男性である原告が,①出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)の規定による難民認定申請(以下「本件難民認定申請」という。)をしたところ,法務大臣から難民の認定をしない処分(以下「本件不認定処分」という。)を受け,さらに,②東京入国管理局長(以下「東京入管局長」という。)から入管法61条の2の2第2項による在留特別許可をしない処分(以下「本件在特不許可処分」という。)を受け,③東京入国管理局(以下「東京入管」という。)の主任審査官から退去強制令書の発付処分(以下「本件退令処分」という。)を受けたため,本件不認定処分の取消しを求めるとともに,本件在特不許可処分及び本件退令処分の無効確認を求める事案である。
1  前提事実(争いのない事実,顕著な事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)  原告の身分事項
原告は,1984年(昭和59年)○月○日,イランにおいて出生したイラン国籍を有する外国人男性である。
(2)  原告の本邦への入国状況
原告は,平成24年3月18日,成田国際空港(以下「成田空港」という。)に到着し,東京入管成田空港支局(以下「成田空港支局」という。)の入国審査官に対し,他人名義の偽造のイスラエル旅券を示して上陸許可申請をした。同審査官は,入管法9条5項(平成26年法律第74号による改正前のもの)の規定により原告を同支局特別審理官に引き渡した。(乙1,5,6)
(3)  原告に係る退去強制手続
ア 成田空港支局特別審理官は,原告が行使した旅券が偽造旅券であったことから,平成24年3月18日,原告を入管法24条1号(不法入国)該当容疑者として同支局入国警備官に通報し,同警備官は,同日,原告に係る違反調査を行った(乙1,7)。
イ 成田空港支局入国警備官は,平成24年3月18日,原告が入管法24条1号に該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして,同支局主任審査官から収容令書の発付を受け,同日,同収容令書を執行し,原告を同支局収容場に収容した(乙8)。
ウ 成田空港支局入国警備官は,平成24年3月19日,原告に係る違反調査(2回目)を行い,原告を入管法24条1号該当容疑者として,同支局入国審査官に引き渡した上で,同月21日にも違反調査(3回目)を行った(乙9~11)。
エ 成田空港支局入国審査官は,平成24年3月23日及び28日,原告に係る違反審査を行い,その結果,同日,原告が入管法24条1号に該当する旨の認定をし,原告にその旨を通知したところ,原告は,同日,特別審理官による口頭審理の請求をした(乙12~15)。
オ 原告は,平成24年3月29日,入管法違反及び偽造有印私文書行使の被疑事実により逮捕された。成田空港支局主任審査官は,同年4月17日,上記イの収容令書中の原告の収容場所を東京入管収容場に変更した。(乙1,8)
カ 原告は,平成24年5月29日,千葉地方裁判所において,入管法違反及び偽造有印私文書行使により,懲役1年6月,執行猶予3年の有罪判決を受け,同判決は,同年6月13日,確定した。東京入管入国警備官は,同年5月29日,上記オの収容場所変更後の収容令書を執行し,原告を東京入管収容場に収容した。(乙2,3,8)
キ 東京入管特別審理官は,平成24年6月12日,原告に係る口頭審理を行い,その結果,上記エの認定に誤りがない旨の判定をし,原告にその旨を通知したところ,原告は,同日,法務大臣に対し,異議の申出をした(乙16~18)。
ク 法務大臣から権限の委任を受けた東京入管局長は,平成24年7月9日,原告に対し,上記キの異議の申出は理由がない旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をし,同日,東京入管主任審査官にその旨を通知した(乙19,20)。
ケ 上記クの通知を受けた東京入管主任審査官は,平成24年7月10日,原告に本件裁決がされた旨を通知するとともに,退去強制令書発付処分(本件退令処分)をした。東京入管入国警備官は,同日,原告に対し,退去強制令書を執行し,原告を引き続き東京入管収容場に収容した。(乙21,22)
コ 東京入管入国警備官は,平成24年10月30日,原告を入国者収容所東日本入国管理センター(以下「東日本センター」という。)へ移収した。その後,原告は,平成25年7月30日,仮放免の許可を受け,東日本センターを出所した。(乙22,23)
なお,原告は,平成27年4月26日頃,殺人未遂罪の被疑事実により逮捕された後,公務執行妨害罪と器物損壊罪により起訴され,同年10月15日に懲役1年に処する旨の有罪判決を受け,立川拘置所や静岡刑務所に収容されたが,平成28年8月頃,釈放された。これを受けて,名古屋入国管理局入国警備官は,同月8日,上記ケの退去強制令書を執行し,原告を名古屋入国管理局収容場に収容した。その後,原告は,同年12月5日,同収容場から東日本センターに移収された。(乙47,48,弁論の全趣旨)
(4)  原告に係る難民認定手続
ア 原告は,前記(3)キの口頭審理後の平成24年6月13日,法務大臣に対し,難民認定申請(本件難民認定申請)及び仮滞在許可申請をした(乙24)。
イ 東京入管難民調査官は,平成24年6月22日,原告に対し,事情聴取を行った(乙25)。
ウ 法務大臣は,平成24年7月4日,本件難民認定申請について,原告に対し,難民の認定をしない処分(本件不認定処分)をし,同月10日,原告にその旨を通知した(乙27)。
エ 法務大臣から権限の委任を受けた東京入管局長は,平成24年7月5日,原告について,入管法61条の2の2第2項による在留特別許可をしない処分(本件在特不許可処分)をし,同月10日,原告にその旨を通知した(乙1,28)。
オ 法務大臣から権限の委任を受けた東京入管局長は,平成24年7月5日,本件難民認定申請に係る仮滞在を許可しない決定をし,同月9日,原告にその旨を通知した(乙1,26)。
カ 原告は,平成24年7月11日,本件不認定処分に対し,異議申立て(以下「本件異議申立て」という。)をした(乙29)。
キ 東京入管難民調査官は,平成25年2月5日,原告に係る口頭意見陳述及び審尋(以下,これらを併せて「審尋等」という。)を実施した(乙32)。
ク 法務大臣は,平成25年11月20日,原告の本件異議申立てを棄却する決定をし,同年12月20日,原告にその旨を通知した(乙33)。
(5)  本件訴えの提起
原告は,平成26年5月16日,本件訴えを提起した(顕著な事実)。
2  争点
(1)  本件不認定処分の適法性(原告の難民該当性)
(2)  本件在特不許可処分の無効事由の有無
(3)  本件退令処分の無効事由の有無
3  争点に関する当事者の主張の要旨
(1)  争点(1)(本件不認定処分の適法性〔原告の難民該当性〕)について
(原告の主張の要旨)
ア 難民の意義等
入管法2条3号の2,難民の地位に関する条約(以下「難民条約」という。)1条及び難民の地位に関する議定書(以下「難民議定書」という。)1条の「難民」はいずれも同義でなければならず,締約国において何らの留保を付することも認められていない(難民条約42条1項,入管法2条3号の2)。そして,この「難民」の定義における「迫害」については,条約法に関するウィーン条約(以下「条約法条約」という。)31条及び32条に基づいて解釈する必要があるところ,国際連合難民高等弁務官(以下「UNHCR」という。)作成の「難民認定基準ハンドブック」(甲20。以下「ハンドブック」という。)に示されている解釈は,同条に定める「解釈の補足的手段」として大きな役割を果たしているというべきである。
また,「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖」については,ハンドブックが示すとおり,原則として申請者が立証責任を負うものの,申請者が一般に最小限の必需品のみを所持して逃亡してくることからすれば,難民認定の要件となる事実の立証責任は,申請者と審査官において分かち合うべきであり,根拠法(国内法か条約か),当事者の置かれた状況(普通人か難民か),審理の構造(対審構造か否か),立証の対象(難民認定では将来予測的要素,主観的要素が対象となる。)といった点において大きく異なる我が国の訴訟手続における立証責任をそのまま当てはめるべきではない(現に,法務省入国管理局長も,難民認定制度の制定当時,我が国の衆議院法務委員会において,申請者と難民調査官が難民該当性の立証を協力的に行うことを想定した答弁をしている。また,このことは,入管法61条の2の14の規定や,法務省が難民関係公表資料として米国国務省報告書や英国内務省報告書の日本語訳を掲載していること,法務省入国管理局が出身国情報を公表していることからも裏付けられる。)。
そして,上記恐怖が存在するというためには,ハンドブック,難民法専門家らのほか,難民条約の締約国(イギリス,アメリカ合衆国,カナダ,オーストラリア等)の判例が示すとおり,迫害の可能性が客観的に50パーセント以上存在することを要さず,たとえその可能性が10パーセント程度であっても,その本人が真に恐怖を感じ,申請者と同じ立場に置かれている他の者にとってもその恐怖が合理的なものであれば,その恐怖は「十分に理由のある」ものということができる。
イ イランの一般情勢
(ア) イランにおいては,1979年(昭和54年)のイラン・イスラム革命以降,シャリーア(イスラム法)に従った統治が行われており,イスラム聖職者から選出される最高指導者が国家元首とされ,大統領(4年任期制)は行政府の長とされている。そして,このようなイスラム法による統制を守るため,警察及び陸海空軍に加え,イラン革命防衛隊及びバシジ(民兵組織)が存在し,また,諜報機関として大統領直属のイラン情報安全保障省(MOIS,エッテラート)が存在する。
イランでは,1989年(平成元年)以降,セイエド・アリー・ハメネイ師(以下「ハメネイ師」という。)が最高指導者の地位にあり,2005年(平成17年)6月の大統領選挙では,保守派のアフマディネジャードが大統領に選出された。
(イ) その後,2009年(平成21年)6月の大統領選挙では,アフマディネジャード(当時の現職大統領)と改革派のムサビ(首相経験者)との争いとなり,ムサビの支持者は,キャンペーンカラーである緑色のリストバンド,鉢巻き,シャツ等を身に着けて支持を表明し,こうした動きは「グリーン・ムーブメント(グリーン革命)」と称されていた。しかし,上記選挙の結果,現職のアフマディネジャードが当選したため,ムサビの支持者らは,選挙の不正を疑い,抗議行動を展開し,その際も引き続き緑色のアイテムを着用していたことから,緑色のアイテムの着用は,反アフマディネジャードないし反体制という強い政治的メッセージを持つものへと変容した。これに対し,イラン政府は,イラン革命防衛隊やバシジ等を用いて徹底的に上記抗議活動を弾圧し,多数の死傷者及び逮捕者が発生することとなり,NGOの設立や参加をしなくても,現状に対する抗議の意思を表明するだけで投獄される危険があるとされている。
(ウ) 2013年(平成25年)6月には,全てのイラン国民のために社会的平等と正義の実現を約したハッサン・ローハニが大統領に就任し,何人かの政治囚が解放されるなどしたものの,イランの人権状況に本質的な変化はなく,現在でも,処刑者数の増加,少数民族に対する差別,少数派宗教の信者に対する迫害,ジャーナリスト等の逮捕を通じた表現の自由に対する抑圧が継続している。そして,イラン政府は,英国のロンドンにあるイラン大使館の屋上からビデオ撮影をするなど国外における政治活動の監視を行っているほか,イラン情報安全保障省も,イラン国外での諜報活動を行っている。
(エ) このように,イランでは,政権や現体制に反対するいかなる意思表示も弾圧の対象となっている上,2009年(平成21年)の大統領選挙におけるムサビのキャンペーンカラーであった緑色が,その後の抗議運動の過程を経て反体制ないし反アフマディネジャードを意味するものとなっており,現在でも,政府に敵対するムサビらが自宅拘禁等の迫害を受け続けている状況にある。実際に,2009年(平成21年)6月に開催されたサッカーワールドカップ予選において緑色のリストバンドを着用して試合に出場したイラン代表選手6名のうち4名が永久追放されたほか(被告が指摘するD選手も一旦追放されたことは事実であり,他の3選手についてはいずれも欧州で活躍するなど著名な選手であったにもかかわらず,その後,ワールドカップを含む全ての国際試合に出場できていない。),同年8月には緑色のリストバンドを着用していた15歳のイラン人少年が逮捕され,20日間身柄拘束を受けた上,暴行や強制性交等の拷問を受けている。
そして,イランでは,イラン情報安全保障省を中心とする諜報活動が盛んであり,同省は,反政府的な人物に関する情報を積極的に収集し,これらの者に対する弾圧を行うとともに,イラン革命防衛隊やその指揮下にあるバシジと協力・連携してデモの鎮圧を行うなどして,反政府活動家への監視・弾圧網を形成している。イラン政府は,イラン国民に対し,これらの活動に協力するよう求めており,これに非協力的な態度を示した者は,反政府的な人物とみなされ,当局から拉致されて消息不明になるなどして迫害を受けるおそれがある。
ウ 原告に係る個別事情
(ア) 原告は,大学在学中,他の多くの大学生と同様にムサビを支持しており,2009年(平成21年)6月の大統領選挙の際,頻繁にムサビの支持者の集会に参加し(投票日の2週間前からはほぼ毎日,ムサビの支持者の集会に緑色の布を身に着けて出席するなどしていた。),選挙直後も一度,選挙結果に異議を唱える他の支持者らとともに抗議活動に参加した(原告は,本件難民認定申請においても上記の経験について誇張することなく率直に説明しており,その供述態度も真摯なものであるから,上記の経験に係る事実は真実であるというべきである。)。
(イ) 原告は,幼い頃からレスリングを続けており,2002年(平成14年)にイラン国軍が開催したレスリング大会で優秀な成績を収め,兵役を経験した後,2010年(平成22年)には総合格闘技(MMA)を始め,同年及び2011年(平成23年)に開催された国際試合でも優秀な成績を修めるなどした。そして,同年夏頃には,原告の姉の友人からの依頼により,イランの社会問題について若者が語るという内容のテレビ番組に出演することとなり,テヘラン市内の「Ferdowsi Cinema」という名称の映画館で収録に臨んだが,その際,2009年(平成21年)から使用していた緑色の布製チョーカー(以下「本件チョーカー」という。)を着用し,上衣の襟元を開けていたため,本件チョーカーが外部から見える状態となっていた。原告は,番組の収録の途中で,監督からの合図を受けて上衣の襟のボタンを留めて本件チョーカーを隠し,上記収録後もしっかり編集すると言われていたが,実際には原告が本件チョーカーを隠す前の映像も放映された(原告が出演した上記番組の映像〔甲33の1〕の精巧さに加え,同映像の内容〔司会者による進行の下りやコンピューターグラフィックスの質など〕からすれば,上記映像がイラン国内においてテレビ番組として放映されたものであることは明らかである。)。
(ウ) その後,原告は,総合格闘技の競技者である友人のE(以下「E」という。)から,スポーツのあっせんをしているというF(以下「F」という。)を紹介され,Fに複数回会う中で,総合格闘技につき報酬が得られる大会や様々な国際試合に出場できるようにするとの話をされ,原告もその話に魅力を感じていた。しかしながら,Fは,2011年(平成23年)の終わり頃,原告に対し,政府に刃向かう者を抑えるための組織に協力してほしいと告げ,原告が断っても,協力すれば国から様々な援助を受けられるなどの提案をして原告の説得を続けたが,原告はこれを拒否し続けた。これを受けて,Fは,原告に対し,自らがイラン情報安全保障省の関係者であるとして身分証明書らしきものを提示し,原告がテレビ番組で本件チョーカーを着用していた事実を指摘するとともに,上記組織への協力を断る場合には家族にも原告の居所が分からなくなるので覚悟するよう脅し,原告がその場を取り繕うために少し考えさせてほしいと答えると,原告の旅券を取り上げた(Fが政府関係者であることについては,Fが原告をデモ鎮圧部隊に勧誘したこと,短期間のうちに数か月前に原告が本件チョーカーを着用して出演した映像を発見するなど情報収集能力が一般人のレベルを超越していること,脅迫の内容が国家権力による迫害をほのめかすものであること等からも明らかである。)。そのため,原告は,自らが極めて危険な状況にあると察知し,知人宅を転々としながら出国の準備を進め,ブローカーを通じて偽造のイラン旅券を入手してイランを出国し,さらに,タイ王国(以下「タイ」という。)において偽造のイスラエル旅券を入手して,成田空港から日本に上陸したものである(原告は,Fから勧誘や脅迫を受けた事実につき,本邦に入国した翌日の違反調査の時点から一貫して当時の心情を含めて詳細に事実関係を説明し続けており,その供述内容も具体性及び迫真性に富んだものであって,後述するEの経験とも合致するものであるから,上記事実は真実であるというべきである。)。この点につき,被告は,Fが民兵組織のバシジと国家機関であるイラン情報安全保障省(エッテラート)の二つの組織に所属していることが不自然であるなどと主張するが,同一人物(特にデモ鎮圧を職務とするFのような者)が状況に応じて立場を使い分けるために上記の二つの組織に所属していたとしても何ら不自然ではない。
このように,イランでは,政府関係者からデモ鎮圧部隊への勧誘を受けて断った者は行方不明になることがよくあり,ブラックリストに掲載されるため,帰国すれば当局から追及を受けることになる。原告の友人であるEも,Fをとても危険で政府の力を持っている人物であると評し,Fから事務所に呼ばれてスポーツ団体への勧誘を受けた後,二つの組織(バシジ及びイラン情報安全保障省)への勧誘を受けたが,電話でこれを断った結果,バシジが実家にEを探しに来るなどしたことから,Fによる追跡を免れるため,親戚の家を経由するなどしてスウェーデンに避難し難民認定を受けているところ,その供述は,Fの身長や服装及びその事務所の所在地等について具体的に説明したものであり,原告に対する迫害のおそれを基礎付ける極めて重要なものといえる。この点につき,被告は,Eの難民認定申請に係る個別事情の内容やその具体的な出国経路が不明であるなどと主張するが,Eも既に難民認定を受けた他のイラン人と同様に,イラン情報安全保障省による監視の網をかいくぐって国外に脱出したことは明らかであり,Eが国外に脱出した理由がFによる勧誘を拒否したことによるものであることは明らかであって,原告とEに係る迫害の原因となった人物がいずれもFであること,そのきっかけがいずれもFによる組織への勧誘を拒否したことにあることからすれば,Eに係る事情は,原告の難民該当性の判断において極めて重要なものというべきである。また,被告は,Eがイランから出国した後はイラン政府から放置されている旨主張するが,Eの母は,バシジの事務所に連行されて事情聴取を受けているから,Eの捜索が一旦中断されたとしても,Eの個人情報が既にバシジやイラン政府に把握され管理されていることは明らかであり,Eは,現在も引き続きイラン政府により殊更注視されているというべきである。
なお,原告は,イランにおいて社会的にも経済的にも恵まれた環境で暮らしており,金銭的に困窮していたわけではなかった上,原告の親族が日本で生活していたり,総合格闘技が日本で盛んであったりしたという事情もない中で,自らの政治的意見を理由にイラン政府から迫害を受けるおそれがあったために,やむなく日本に来ざるを得なかったものである。また,原告は,イランに在住する家族から危険な目に遭ったという話を明確に聞いたことはない旨を供述しているところ,盗聴等により通話内容がイラン政府当局に覚知される危険性を考慮すれば,危険な目に遭った旨の話がないからといって原告の家族が何ら危険な目に遭っていないということはできない上,原告の父が本邦において身柄拘束を受けている原告の現状を知りながら,原告に対して帰国しないよう忠告していることからすれば,イランにおいては,原告が帰国した場合にその安全が保証できない状況が継続しているというべきである。
エ 原告の難民該当性
上記のとおり,原告は,2009年(平成21年)6月の大統領選挙時にムサビ支持の立場で選挙運動に加わり,上記選挙後に出演したテレビ番組内で反体制を意味する本件チョーカーを着用した姿を撮影・放映され,イランの諜報機関であるイラン情報安全保障省の関係者であるFにもそのことを把握されて指摘を受けているから,原告は,イラン政府当局の反政府デモに対する行動に同調せず,反政府デモ鎮圧組織に参加しないという政治的意見(ムサビ支持ないし反アフマディネジャード)を理由に,迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有する者に当たるというべきである。被告は,原告が本件チョーカーを着用してテレビ番組に出演した当時,その着用が特段問題視されなかったことを指摘するが,問題は,上記番組への出演から数か月も後になって,原告の過去の言動に着目して調査をしたFから,本件チョーカーの着用の事実について指摘され,反政府的な人物ではないかと個別に疑われたことにあり,Fからの指摘があったことを捨象して本件チョーカーの着用自体の危険性を論ずる意味はないというべきである。
(被告の主張の要旨)
ア 難民の意義等
入管法2条3号の2,難民条約1条及び難民議定書1条の「難民」の定義における「迫害」とは,通常人において受忍し得ない苦痛をもたらす攻撃ないし圧迫であって,生命又は身体の自由の侵害又は抑圧をいう。また,「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由がある恐怖を有する」とは,申請者が,迫害を受けるおそれがあるという恐怖を抱いているという主観的事情のほかに,通常人が当該申請者の立場に置かれた場合にも迫害の恐怖を抱くような客観的事情が存在していることが必要である。そして,「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由がある恐怖」とは,迫害を受ける抽象的な可能性があるだけでは足りず,迫害を受けるおそれを抱くといえるような個別具体的な事情が存することが必要である。
難民認定をいかなる手続で行うかについては,難民条約に規定がなく,各締約国の立法政策に委ねられていると解されるところ,入管法の規定の仕方のほか,難民認定が難民の地位に基づく種々の利益的取扱いを受ける要件となっている点で授益処分といえること,一般に申請者が難民該当性を基礎付ける資料のほとんどを保有していることからすれば,難民であることの立証責任は難民であると主張する者にあるというべきであって,申請者と認定機関が立証責任を分かち合うべきものではない(法務省入国管理局が行っている出身国情報の公表も難民認定申請の透明化及び客観化の観点から行っているもので,立証責任の負担を理由とするものではない。)。さらに,行政事件訴訟法7条は,同法に定めのない事項については民事訴訟の例によると規定しているところ,民事訴訟において主要事実を立証しようとする者は,合理的な疑いを容れることができないほど高度の蓋然性が認められる程度の証明をしなければならないから,申請者は,自己が難民であることについて,上記の程度の証明をしなければならない(特別の定めがない以上,原告の立証責任を軽減することも許されない。)。
以上を前提として,以下の事情に鑑みると,原告は,その政治的意見によって,イランに帰国した場合に迫害を受けるという十分に理由のある恐怖を有するとはいえない。
イ イランの一般情勢
(ア) イランは,イスラム共和制の国であり,国家元首である最高指導者(現在はハメネイ師)が国政全般の決定権を有し,政府,司法府,議会,軍等の上に立ち,大統領(現在はハッサン・ローハニ)は行政権のみを有し,司法や軍への権限を有しない。
イランにおいては,1997年(平成9年)にハタミが大統領に就任してから,出版の自由化,地方自治の拡大,西欧諸国等との関係改善を内容とする穏健改革路線が推進されたが,厳格なイスラム体制維持を目指す保守派の抵抗が続いたため,改革は難航し,2004年(平成16年)になると,保守派が総選挙で圧勝し,2005年(平成17年)の大統領選挙においても,保守強硬派のアフマディネジャードが勝利し,大統領に就任した。
アフマディネジャードは,2009年(平成21年)に実施された大統領選挙においても改革派のムサビを破って勝利したが,選挙の不正を主張するムサビの支持者による大規模な抗議行動が各地で発生し,テヘランで行われたデモの参加者が革命以来最大規模となる数十万人に達するなどし,一連の混乱の中で治安部隊の銃撃等により30名が死亡した。また,マシュハド,シスファハーン等の主要地方都市等でも抗議デモが行われ,多数の死傷者が発生する事態に進展し,収束までに数か月を要したが,その後は,改革派等によるデモの呼び掛けは散発的となり,デモ参加者も減少し,2012年(平成24年)3月の国会議員選挙も平穏裡に行われた。
(イ) イランの治安状況については,イラクやアフガニスタンとの国境付近及び南東部(シスタン・バルチスタン州及びケルマーン州)等を除き,首都のテヘランを含め,全般的におおむね平穏に推移している。
(ウ) 原告は,イラン代表チームのサッカー選手が緑色のリストバンドを着用していたために永久追放されるなど,緑色のアイテムを着用することはグリーン・ムーブメント(グリーン革命)の参加者であることを意味し,それ自体危険性があるなどと主張するが,これらのサッカー選手は知名度,露出度及び情報の発信力等が高い上,永久追放されたはずのD選手は,その後もワールドカップ予選にイラン代表として8回出場し,2014年(平成26年)からイラン代表チームのコーチにも就任しているので,緑色のアイテムを着用していたことをもって,直ちにイラン政府から反政府的な人物とみなされる危険があるとはいえない。
ウ 原告に係る個別事情
(ア) 原告は,イラン政府関係者であるFから脅迫されたなどと主張するが,Fが同政府関係者であることを示す客観的な資料はない上,原告は,本件難民認定申請やその後の難民調査官による調査においては,Fの身分につき,正確なことは分からないが少なくとも官憲の協力者か政府側の人物であると思う旨の抽象的な供述にとどまっていたにもかかわらず,本件異議申立てに係る審尋等においては,Fから写真付きのイラン情報安全保障省の身分証明書を見せられたなどと,Fの身分関係に関する核心部分について難民該当性が認定されやすくなる方向に供述内容を変遷させている(その後,原告は,本人尋問においてはFの身分証明書を見たことはないなどと全く正反対の供述をしている。)。また,原告は,上陸許可申請の際には難民該当性に関する主張をしておらず,自己名義の旅券を所持していない理由についても選挙活動により逮捕された際に政府に没収されたと供述し,Fについて何ら言及していない上,入国警備官による事情聴取においても,イランに送還されれば,偽造のイスラエル旅券を行使した罪で逮捕されるおそれがあると供述するのみであった。そうすると,原告の供述するFが実際にイラン政府関係者であるかについては疑問がある(イラン国内では総合格闘技が禁止されているという原告の供述を前提にすると,イラン政府側の人物とされるFがイラン国内で禁じられている総合格闘技の組織の主宰者であるというのも不可解である。)から,原告がFから脅迫されていた旨の原告の供述は信用できない。
原告が指摘するEについても,いかなる個別事情を主張して難民認定申請をしているかは不明であるから,直ちに原告と同視することはできない上,Eに関する原告の供述内容には客観的な裏付けがなく,また,その供述によってもFの組織内における地位は不明である。そして,その供述内容も,Fが原告には身分証明書を提示しなかったにもかかわらずEにはこれを提示している点や,EがFのことを怖い人物であると認識していたにもかかわらずFから呼ばれて事務所に赴くなどしている点において極めて不自然である。さらに,Eが,イランから出国した後は,イラン政府から放置されており,その動向を殊更注視されていたともいえない以上,Eに係る事情をもって,原告の難民該当性が基礎付けられるとはいえない。
(イ) 原告は,テレビ番組への出演の時に本件チョーカーを着用していたことを理由に,Fから反政府的な人物であると疑われているなどと主張するが,原告は,平成24年3月21日に実施された違反調査時には,上記番組の形態につき街頭インタビューのような形であったと供述していたが,本件異議申立てに係る代理人の意見書において映画館での収録であった旨の記載がされ,その審尋等の際には,以前に街頭インタビューのような形であったと供述したことを否定するに至っており,その供述内容が合理的な理由なく変遷している。また,原告は,上記番組への出演の裏付けとして写真やDVDを提出しているが,原告の供述によれば,上記番組のテレビ局は,官憲の検閲を意識して緑色のアイテムに特別の注意を払っていたというのであるから,本件チョーカーを着用した原告が映し出されている場面を外部に流出させるとは考えにくく,原告がその写真やDVDを入手していること自体も不自然であるといわざるを得ないから,上記写真が実際に放映された映像の一部であるかは甚だ疑わしいというべきである(加えて,イランでは,8チャンネル全てが国営放送であり,その放映時間も短時間ではないから,その番組内で緑色のアイテムを着用していた出演者全員が逮捕,拘束されるとは考え難い。)。また,原告自身も,上記番組が生放送ではなかったため,収録後,本件チョーカーが映っていれば編集等により削除されるものと思っていたなどと述べ,専らテレビ局の善処を期待する態度に終始しており,その後も編集の有無につきテレビ局に確認すらせず,実際の番組の放送も視聴しなかったこと,Fから原告が上記番組内で本件チョーカーを着用していたことを指摘された後もそのことを当然の前提とするようなやり取りをし,上記番組を見たとされる知人に対しても編集の有無について全く確認をせず,テレビ局の関係者らにも一切不満や苦情を述べていないことからすれば,原告の一連の態度は不自然であるといわざるを得ず,上記番組の他の出演者からも原告が本件チョーカーを着用していることについて隠した方がよいなどの指摘や原告を心配する声などもなかったこと,原告が上記番組に出演するまでの間,本件チョーカーの着用を差し控えたり隠したりした方がよいとの指摘も受けなかったことに照らせば,原告が上記番組に出演した当時,イラン政府が緑色のアイテムの着用について殊更注視していたものとはいい難い。
(ウ) 原告は,2009年(平成21年)6月の大統領選挙の投票日の2週間前からはほぼ毎日ムサビ陣営の集会に緑色の布を身に着けて参加していたと主張し,本件異議申立てに係る審尋等においても同様の供述をしているが,本件難民認定申請の際には,集会に参加したのは1回のみで,ムサビ陣営の応援集会を見掛けたため,応援のためのシュプレヒコールを上げたのみで,表立って現政権に対する反対の意思を表明したことはないと供述していた上,上記審尋等においても,同月の投票日以後に行われたデモに参加したか否かについて場当たり的に供述内容を変遷させている(原告の供述を前提としても,投票前には集会やデモは自由に許されており,選挙後に参加した集会も祭りのようなものであったなどと供述しているのであるから,殊更注視すべきものとはいえない。)。
(エ) このほか,原告の供述によれば,イランに在住する原告の両親及び姉が原告の事情を理由にイラン政府等から暴行や事情聴取を受けたり,拘束されたりしたことはなく,金銭的に困ることもなく健康に生活しているというのであり,原告が,テレビ番組への出演に係る写真及びDVDや原告の出生証明書及びイラン国民カードをイランに在住する家族から特段の支障なく取り寄せることができていることからすれば,イラン政府が原告や原告の家族の動向を殊更注視しているとはいえないというべきである。そして,原告は,本邦への経由地であるタイにおいて庇護を求めずに偽造のイスラエル旅券を入手しており,本邦に入国した目的についても難民認定申請であったと述べていながら本邦への上陸許可申請において難民該当性を主張せずに「観光」の欄にチェックを入れ,偽造旅券であることも申告せずに上陸許可申請を行っていることからすれば,原告が真に難民認定を受けることを目的として本邦に入国したものでないことは明らかである。
エ 原告の難民該当性
以上によれば,原告が主張する事情はいずれも原告の難民該当性を基礎付ける事情とはいえず,原告につき,迫害を受けるおそれを抱くような個別具体的な事情の存在が立証されているとはいえないから,原告は難民に該当しないというべきであって,本件不認定処分は適法である。
(2)  争点(2)(本件在特不許可処分の無効事由の有無)について
(原告の主張の要旨)
法務大臣等(法務大臣及び法務大臣から権限の委任を受けた地方入国管理局長をいう。以下同じ。)は,難民条約33条1項,拷問及び他の残虐な,非人道的な又は品位を傷つける取扱い又は刑罰に関する条約(以下「拷問禁止条約」という。)3条1項に定めるノン・ルフールマン原則を遵守する義務を負っているところ,原告が難民条約上の難民に該当することは前記(1)(原告の主張の要旨)記載のとおりであり,原告がイランに送還されれば,上記ノン・ルフールマン原則及びこれを前提に規定された入管法53条3項に違反することは一見して明白であり,入管法の根幹に関する重大な過誤を有するものである。
したがって,本件在特不許可処分は,違法無効である。
(被告の主張の要旨)
ア 入管法61条の2の2第2項に基づく在留資格未取得外国人を対象とする在留特別許可の許否については,法務大臣等に極めて広範な裁量権が認められているから,その判断が裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たるとして違法とされるのは,法律上当然に退去強制されるべき外国人について,なお我が国に在留することを認めなければならない積極的な理由があったにもかかわらずこれが看過されたなど,在留特別許可の制度を設けた入管法の趣旨に明らかに反するような極めて特別な事情が認められる場合に限られるというべきである。
イ 原告が難民に該当しないことについては,前記(1)(被告の主張の要旨)で主張したとおりであり,原告には在留を特別に認めるべき極めて特別な事情は何ら存しない。
ウ よって,原告に在留特別許可を付与しない旨の東京入管局長の判断に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用はないから,本件在特不許可処分は適法であり,同処分に無効事由である重大かつ明白な瑕疵はない。
(3)  争点(3)(本件退令処分の無効事由の有無)
(原告の主張の要旨)
原告は,難民であるにもかかわらずイランを送還先とする本件退令処分を受けたものであるから,本件退令処分は,難民条約33条1項,拷問禁止条約3条1項並びにこれらを前提とする入管法53条3項に違反する重大な違法があるため,無効というべきである。
(被告の主張の要旨)
主任審査官は,退去強制手続において,法務大臣等から異議の申出は理由がないとの裁決をした旨の通知を受けた場合,速やかに退去強制令書を発付しなければならず,その発付について裁量の余地はないから,本件裁決が適法である以上,本件退令処分も当然に適法である。
なお,原告は難民に該当しないから,原告をイランに送還したとしても難民条約33条1項及び拷問禁止条約3条1項(ノン・ルフールマン原則)に違反する余地はないから,本件退令処分の送還先をイランと指定している点についても何ら瑕疵はない。
よって,本件退令処分は適法であり,同処分に無効事由である重大かつ明白な瑕疵はない。
第3  当裁判所の判断
1  争点(1)(本件不認定処分の適法性〔原告の難民該当性〕)について
(1)  難民の意義等
入管法2条3号の2は,同法における「難民」の意義について,難民条約1条の規定又は難民議定書1条の規定により難民条約の適用を受ける難民をいうと規定している。したがって,入管法にいう「難民」とは,「人種,宗教,国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために,国籍国の外にいる者であって,その国籍国の保護を受けることができないもの又はそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まないもの」(難民条約1条A(2),難民議定書1条2項)をいうことになる。
そして,上記の「迫害」とは,通常人において受忍し得ない苦痛をもたらす攻撃ないし圧迫であって,生命又は身体の自由の侵害又は抑圧を意味するものと解するのが相当であり,また,上記の「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有する」というためには,当該人が迫害を受けるおそれがあるという恐怖を抱いているという主観的事情のほかに,通常人が当該人の立場に置かれた場合にも迫害の恐怖を抱くような客観的事情が存在していることが必要であると解される。
また,難民の認定における立証責任の帰属については,入管法61条の2第1項の文理のほか,難民認定処分が授益処分であることなどに鑑みれば,その立証責任は原告にあるものと解すべきである。そして,難民該当性を基礎付ける事実の立証の程度については,証拠に基づいて事実についての主張を真実と認めるべきことの証明を要すること(行政事件訴訟法7条,民事訴訟法247条,180条1項等)は通常の場合と同様であり,その立証の程度を通常の場合と比較して緩和すべき理由はないものというべきである。
そこで,以上の観点から,以下,イランの一般情勢及び原告に係る個別事情を踏まえ,原告の難民該当性について検討する。
(2)  認定事実
前記前提事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア イランの一般情勢
(ア) イランは,1979年(昭和54年)3月の国民投票により王政から共和制へ移行し,同年4月にイスラム共和国の成立が宣言されたイスラム共和制の国家である。専門家会議によって選出される国家元首である最高指導者が国政全般の決定権を有し,政府,司法府,議会,軍等に対する指揮権限を有する一方,選挙によって選出される大統領は,行政権のみを有し,司法府や軍に対する権限を有しないものとされている。(乙34,35)
(イ) イランにおける上記の共和制への移行後最初の最高指導者はイスラム教シーア派の指導者であるホメイニ師であったが,1989年(平成元年)6月3日,ホメイニ師が死亡したことから,保守派のハメネイ師が後継の最高指導者に就任するとともに,穏健派のラフサンジャニ国会議長が大統領に就任した。
その後,穏健派と左派による支援を受けた改革派のハタミが,1997年(平成9年)5月,ラフサンジャニ大統領の任期満了に伴う大統領選挙において大勝したことにより大統領に就任し,新聞や雑誌等の出版の自由化や地方自治の拡大,アラブや西欧諸国との関係改善を目指す「穏健改革路線」を推進した。ハタミは2001年(平成13年)6月に実施された大統領選挙において再選されたが,厳格なイスラム体制維持を目指す保守派の抵抗が続いたため,上記の穏健改革路線による改革は難航し,2004年(平成16年)2月及び5月に実施された総選挙においては,改革の停滞に対する国民の不満を背景に,保守派が圧勝した。(以上につき,乙34,35)
(ウ) その後,テヘラン市長の職にあった保守強硬派であるアフマディネジャードは,2005年(平成17年)6月17日,ハタミ大統領の任期満了に伴う大統領選挙において,保守穏健派のラフサンジャニ最高評議会議長を破って当選し,同年8月,新大統領に就任した。そして,改革派やラフサンジャニに近い人物を要職から追放し,イラン革命防衛隊の出身者を重用した。
その後,2009年(平成21年)6月12日に実施された大統領選挙においては,決選投票を待たずにアフマディネジャードが再選されたとの発表が内務省によりされたが,対立候補であった改革派のムサビ元首相が上記選挙の不正を主張し,各地で上記選挙に対する抗議行動が発生した結果,同月15日にテヘランにおいて行われたデモの参加者は数十万人に達した。最高指導者のハメネイ師は,同月19日,上記選挙の不正を否定してアフマディネジャードの再選を支持し,護憲評議会も同月29日に上記選挙に係る大規模な不正の存在を否定する旨の発表をしたため,アフマディネジャードの再選が確定した。(乙34,35)
(エ) 公益評議会戦略研究所長の職にあったハッサン・ローハニは,2013年(平成25年)6月(本件不認定処分後)に実施された大統領選挙において当選し,同年8月,新政権を発足させた(乙35)。
(オ) 2013年(平成25年)6月10日付け外務省海外安全ホームページによれば,イランの治安状況は,イラクやアフガニスタンとの国境付近及び南東部(シスタン・バルチスタン州及びケルマーン州)等を除き,首都のテヘランを含めて全般的におおむね平穏に推移しているとされている。2009年(平成21年)6月の大統領選挙(前記(ウ)第2段落)の後には,首都のテヘランのほか,マシュハド,イスファハーン,シーラーズ等の主要地方都市等において抗議デモが行われ,多数の死傷者が発生する事態に進展し(当局の発表によれば,この一連の混乱により,合計30名が治安部隊による銃撃等を原因として死亡したとされている。),事態が落ち着くまでに数か月を要したが,その後,改革派等によるデモへの呼び掛けは散発的になり,参加する市民も減少したため,2012年(平成24年)3月の国会議員選挙は平穏に行われた。なお,2013年(平成25年)6月の大統領選挙(上記(エ))の前には,立候補者の集会等において一部の参加者が政治的抗議活動を行い,治安当局により拘束される事態が発生した。(乙36)
イ 原告に係る個別事情
(ア) 原告は,1984年(昭和59年)○月○日,イラン国籍を有する父母の間の二人姉弟の長男として,イランにおいて出生し,2004年(平成16年)10月から20か月間,兵役に従事するとともに,2005年(平成17年)10月頃からは,兵役中ではあるものの特別に許可を受けてテヘラン市内にある大学に入学し,電化製品の設計等の勉強を開始し,大学在学中の2006年(平成18年)頃からテヘラン市内において電化製品の設計技師の仕事に従事するなどしていたが,2009年(平成21年)3月頃から,仕事を優先して行うために学籍を残したまま大学への通学を中断した。その後,2010年(平成22年)12月頃から,アマチュアの総合格闘技の選手としての活動に専念するため,設計技師の仕事を辞め,実家で家事の手伝いをしながら,2011年(平成23年)3月,ロシア連邦のモスクワにおいて開催された総合格闘技(MMA)の大会に参加し,85kg級で2位の成績を修めた。(前記前提事実(1),乙7,9,11,12,14,25,31,原告本人〔1頁〕)
(イ) 原告は,2011年(平成23年)12月頃,友人を介してブローカーの紹介を受け,他人名義の旅券の交付を受けてイランを出国し,タイに入国した後,別のブローカーの紹介を受けて,偽造のイスラエル旅券等の交付を受け,スリランカを経由して,平成24年3月18日,本邦に入国した(乙9,11)。
(ウ) 原告は,これまでにイランや他の国において警察に逮捕されたり裁判を受けたりしたことはなく,他国及びその大使館やUNHCRに庇護を求めたこともない。また,原告及びその家族は,その政治的意見等を理由に逮捕,抑留,拘禁その他の拘束や暴行等を受けたことはなく,逮捕状の発付又は手配を受けたこともない(乙24)。
(エ) 原告の両親及び姉は,いずれもイラン国籍を有し,テヘラン市内で生活している。原告の父は政府から年金の支給を受けており,原告の母は専業主婦をしており,原告の姉は会計関係の仕事に従事している。原告は,イランを出国した後,両親及び姉と1週間に1回程度の頻度で電話による連絡を取り合っているところ,原告の両親及び姉は,原告が反政府的な人物であると疑われていることやイランから出国したことを理由に,イラン政府等から暴行を受けたり,拘束されたり,事情聴取を受けるなどしたことはなく,通常に生活している。また,原告は,これらの家族から,原告が本件チョーカーを着用してテレビ番組に出演したとする場面の写真及びDVDのほか,出生証明書や国民カードを取り寄せている。(甲10,33の1・2,同37,乙7,9,11,12,14,25,原告本人〔13頁,22~23頁〕)
(3)  原告の難民該当性についての検討
原告は,イランの諜報機関の関係者から反政府的な人物であると疑われており,その政治的意見を理由にイラン政府から迫害を受けるという十分に理由のある恐怖を有していた旨主張するので,以下この点について検討する。
ア 原告は,大学在学中,他の多くの大学生と同様にムサビを支持しており,2009年(平成21年)6月の大統領選挙の際,投票日の2週間前からほぼ毎日,ムサビの支持者の集会に緑色の布を身に着けて出席していたと主張し,これに沿う陳述(甲38)をする。
しかしながら,他方において,原告は,平成24年6月12日に実施された口頭審理(前記前提事実(3)キ)において,イラン国内において反政府活動を行ったことはない旨や,ムサビの支持者による集会に行ったことはあるが,捕まることを恐れたため,デモには参加しなかった旨を述べており(乙16〔9~11頁〕),また,本件難民認定申請に係る難民認定申請書(同月13日付け)や同月22日付けの難民調査官による調査(前記前提事実(4)ア及びイ)においても,イラン政府に敵対する組織に属していたことはなく,同政府に敵対するような政治的意見を表明し又は行動をとったこともない旨の回答をするとともに,集会に参加したのは1度だけで,前回(2009年〔平成21年〕6月)の大統領選挙におけるムサビ陣営の応援集会を見掛けて一緒にシュプレヒコールを上げただけである旨の供述をしていた(乙24〔4頁〕,25〔19~21頁〕)。そして,本件不認定処分を受けた後の本件異議申立てに係る審尋等(平成25年2月5日付け)において初めて,それまでの供述と異なり,陳述書(甲38)におけるのと同様の,ムサビの支持者の集会への頻繁な参加を内容とする陳述に至ったものである(乙32〔6~7頁〕)。このような反政府活動への参加に関する原告の供述内容の変遷の経緯に照らせば,原告がイランにおいて反政府活動に参加していたとする原告の上記陳述は信用し難く,大統領選挙におけるムサビ陣営の応援集会に1回参加した程度の事実しか認めることができないというべきである。
イ(ア) 原告は,2011年(平成23年)夏頃に出演したテレビ番組において本件チョーカーを着用し,その映像を見たイラン政府関係者であるFから反政府的な人物であると指摘された上,反政府活動を鎮圧する組織への加入を拒むならば危害が及ぶ旨の脅迫を受けた旨を主張し,これに沿う証拠(甲10,33の1・2)を提出するとともに,本人尋問においてもこれに沿う供述(原告本人〔12~13頁〕)をする。また,イランにおいてFなる人物が実在し,格闘技の選手等に対して反政府活動を鎮圧する組織に加入するよう勧誘していたことは,原告をFに紹介したとされるEも,原告代理人らからの質問に対しこれを認める旨の発言をしているところである(甲41)。
(イ) しかしながら,原告は,本邦に上陸した当日である平成24年3月18日付け上陸許可申請の際には,Fの関係について一切言及することなく,本邦に入国した目的について,イラン国内で禁止されている総合格闘技(MMA)の大会において優勝した経験もあるため,日本で総合格闘技の経験をいかしながら働きたい旨を述べるとともに,真正な旅券を所持していない理由として,以前選挙活動により逮捕された際にイラン政府から旅券を没収された旨を述べており(乙6〔別紙(上陸口頭審理記録書)2頁〕),同日に実施された1回目の違反調査の際にも,本邦に入国した理由として,日本でスポーツ選手として働きたいことやイランに滞在したくない理由があったことを述べる一方,帰国できない理由としては,偽造のイスラエル旅券を行使した罪でイラン政府から逮捕されるおそれがある旨を述べるにとどまり(乙7〔3頁,6頁〕),イラン政府又はその関係者から反政府的な人物と疑われている旨の供述はなかったものである。その翌日である同月19日に実施された2回目の違反調査においては,友人を介して知り合ったFから,総合格闘技の団体に勧誘され,遠征用のビザを取得するために必要であると言われて旅券を渡したが,その後,反政府活動を鎮圧する組織への加入の勧誘を受け,これを断ると,Fから,「言うことを聞かなければ,さらなるトラブルに巻き込まれる危険がある」と脅された上,以前に本件チョーカーを着用してテレビの取材を受けたことを理由に反政府活動に関与している者ではないかとの言い掛かりをつけられ,旅券を返してもらえなかった旨を供述している(乙9〔4~6頁〕)ものの,このようなFとのやり取りを通じて「民主的でないイランでの生活が嫌になり,イランから出国しようと思った」と供述するにとどまり,自らが反政府的な人物としてイラン政府から迫害を受けるおそれについては言及していない。また,同月21日に実施された3回目の違反調査においては,このままFの誘いを断り続ければ反政府活動をしていると疑われ逮捕されてしまうのではないかと考えた旨の供述をする一方で,帰国したくない理由として,偽造旅券により出国したことや本邦に入国する際にイスラエル旅券を使用したことからイランに帰国すれば何らかの罪に問われる可能性がある旨を繰り返し述べている(乙11〔9頁,28~29頁〕)。そして,入国審査官による違反審査(平成24年3月28日)に至って初めて,反政府活動に関わっている者と疑われているため帰国すれば逮捕される可能性がある旨の供述をするようになったものである(ただし,ここにおいても,偽造旅券により出国した罪に問われるおそれがあることは,なお繰り返し述べている。乙14〔6頁〕)。
このように,原告は,真正な旅券を所持していない理由につき,本邦に入国した当日にした供述の内容(選挙活動によりイラン政府に逮捕された際に没収された)と明らかに矛盾する内容の供述(Fに旅券を渡した後,返してもらえなかった)をしている上,イランに帰国したくない理由についても,偽造旅券で出国したことや本邦に入国する際にイスラエル旅券を使用したことにより帰国後に罪に問われるおそれがあることを,入国警備官による違反調査及び入国審査官による違反審査の手続において一貫して供述していたのに対し,Fから反政府的な人物であると指摘された点については,当初においては具体的な言及がなく,その後も,出国に至るまでの経緯を説明する中で言及されたにとどまり,上記の手続の終盤頃に至ってようやく,帰国したくない理由の一部に加えられたものである。
(ウ) また,原告の上記主張は,Fがイラン政府の関係者であるか,少なくとも同政府と密接な関わりを有し,Fから反政府的な人物であるとの疑いをかけられることが同政府からの迫害につながることを前提とするものであるところ,Fがそのような地位を有する者であることを裏付けるに足りる客観的かつ的確な証拠はない。かえって,原告は,2回目及び3回目の違反調査の際には,Fの所属組織や肩書について全く述べていなかった(乙9〔4~6頁〕,11〔7~9頁〕)のであり,平成24年6月13日付けの本件難民認定申請に係る陳述書において初めて,FはMMAフェルドゥースィー・チームの主宰者であり,セパ(注:イラン革命防衛隊)の代表であるなどと述べる(乙24〔訳文12頁〕)に至ったものである。そして,同月22日付けの難民調査官による調査においては,Fの総合格闘技の団体は設立の準備中であり,その名称は不明であり,Fの肩書についても正確なことは分からないが少なくとも官憲の協力者だと思う旨や政府側の人物であることは確かである旨を述べる(乙25〔16~17頁〕)などしてその供述を後退させた後,本件異議申立てに係る審尋等(平成25年2月5日付け)においては,Fからイラン情報安全保障省の写真付きの身分証明書を見せられたため,同省に所属する者であることは確定的である旨を述べる(乙32〔21~22頁,25~27頁〕)など,その供述内容を再び具体化させたが,その後,平成29年4月26日の本人尋問においては,Fから身分証明書を見せられたことはなく,原告に協力してもらいたい組織の名前についても直接言われなかったなどと述べている(甲38〔8頁,11頁〕,原告本人〔8頁,21頁,25頁〕)。このように,原告は,自らを脅迫してイラン政府による迫害の危険を感じさせた相手であるはずのFにつき,その所属する組織や言動に関する供述の内容を二転三転させており,このような供述内容の変遷について合理的な理由の存在はうかがわれない。
(エ) さらに,原告の上記主張は,テレビ番組における本件チョーカーの着用をFから指摘されたことが,イラン政府により原告が反政府的な人物であると疑われる危険性を生じさせるものであることを前提としている。しかし,原告の供述によれば,原告の主張に係るテレビ番組の収録がされた2011年(平成23年)当時,大統領選挙から既に2年が経過していたため,デモ等はそれほど発生しておらず,緑色のアイテムを着用することについてもその当時はそれほど特別な意味を有するものではなくなっていたというのである(原告本人〔12頁〕。なお,原告は,緑色のアイテムの着用が反政府活動を象徴するものであったとして証拠〔甲1~8,16,17等〕を提出するが,上記証拠は,その大半が2009年〔平成21年〕ないし2010年〔平成22年〕頃におけるイラン国内の情勢に関するものであるから,上記証拠をもって,上記番組への出演の当時である2011年〔平成23年〕頃において緑色のアイテムの着用がイラン政府から殊更注視されていたと認めることはできない。)。そして,現に,原告は,上記出演の当時,普段から本件チョーカーを着用していたというのであり,上記番組を見た原告の知人から,本件チョーカーの着用がムサビの支持者であることを意味するなどとして心配されたこともなく(原告本人〔18頁〕),また,国営の放送局である上記番組のテレビ局も,本件チョーカーを着用した原告の姿を撮影した映像をそのまま編集せずに放映したものであり(乙32〔16~17頁〕,原告本人〔10頁,13頁〕),これらに照らしても,原告が上記番組において緑色の本件チョーカーを着用したことが,反政府的な人物であることを疑わせるものとしてイラン政府から殊更注視されるものであったとは考え難い。
加えて,上記番組の内容も,イラン社会における新しい物事について若者が語るという内容であり(原告本人〔10~11頁〕),イラン政府を批判するような側面を有するものではなかったのであるから,番組内容と原告の本件チョーカーの着用とがあいまって上記番組を見る者に何らかの政治的な印象を与えるものであったとも認め難い。
なお,原告は,テレビ局の関係者から上記番組の収録中に本件チョーカーを隠すよう指示されたと主張するが,原告の供述によっても,遠くから身振りにより襟元を整えてボタンを留めるように合図されたにとどまるというのであり(原告本人〔25頁〕),上記番組の画像(甲10)によれば原告のシャツは当初第2ボタンが開いた状態になっていたと認められることに照らせば,イランにおいては公共の場で胸部を露出することが禁じられているためにシャツの第2ボタンを留めるよう指示されたにすぎないものと解することもできるものであり,このような指示がされたことをもって,テレビ番組の関係者が本件チョーカーの着用について視聴者に反政府的な印象を与えるものと認識していたとは認め難い。
(オ) 以上によれば,仮に,原告主張のようにイランにおいてFなる人物が実在し格闘技の選手等に対して反政府活動を鎮圧する組織に加入するよう勧誘しており,原告に対してもこのような勧誘がされた事実が認められるとしても,前記(ウ)のとおり,Fの地位やイラン政府に対する影響力は不明である上,前記ア及びイ(エ)のとおり,原告はこれまでに反政府活動を行った経歴がなく,Fから指摘されたテレビ番組出演時の本件チョーカーの着用も,これを見る者に反政府的な印象を与えるものとはいえないのであるから,原告がFからの勧誘を断ったからといって,直ちにイラン政府から反政府的な人物であると疑われ,迫害を受けるおそれがあったとは認め難い。また,原告やその家族がイラン政府等から事情聴取を受けたなどの事実はなく(前記認定事実イ(エ)),そのほかに原告が反政府的な人物としてイラン政府から殊更注視されていたことをうかがわせる事実も証拠上認められない。そして,前記(イ)のとおり,原告自身も,入国警備官による違反調査及び入国審査官による違反審査の手続において,イランに帰国したくない理由として,偽造旅券を使用したことなどを挙げ,Fとの関係についてはこれらの手続の終盤頃に至ってようやく帰国したくない理由の一部に加えているにすぎないのであるから,原告が,真に,Fとの関係を理由にイランに帰国した際に自らが迫害を受けるおそれがあると感じていたものとは認め難いというべきである。したがって,これらの事情を併せ考慮すると,原告がFとの関係を理由にイラン政府から迫害を受けるという恐怖を抱いていたとはいえず,また,通常人が原告の立場に置かれた場合にも迫害の恐怖を抱くような客観的事情が存在していたと認めることもできない。
ウ 原告は,原告と同様にFからの勧誘を拒否したEがスウェーデンにおいて難民認定を受けたことなどを指摘して,同様の事情を有する原告についても難民該当性が認められるべきであるなどと主張し,Eに対するFの勧誘等に関する証拠(甲39~43)を提出する。
しかしながら,そもそも,Eがスウェーデンにおいて難民認定を受けたことや,仮に難民認定を受けたとしてもその理由がFからの勧誘を拒否したことと関係するものであることを認めるに足りる客観的かつ的確な証拠はない。また,仮にEについてそのような事実があるとしても,これが直ちに原告の難民該当性を肯定する根拠となるものともいえない。すなわち,原告の提出する上記証拠によれば,Eは,Fの勧誘を断った直後に自宅を出て親戚の家に宿泊したところ,その翌日にバシジの者が自宅を訪れたことを母からの電話によって知り,そのまま自宅に戻ることなく出国したこと,Eの母は,バシジの下に連行されて事情聴取を受けたこと(甲41〔10頁,12頁〕),Eはイランを出国した後は自分の家族と連絡を取らなくなったこと(甲39〔訳文2頁〕)などがうかがわれるのに対し,原告は,本邦に入国した後もイランに在住する家族と1週間に1回程度の頻度で連絡を取り合っており,原告のテレビ番組への出演に係る資料や出生証明書等の送付も受けているほか,原告の家族は原告の所在等についてイラン政府等から事情聴取を受けるなどしていない(前記認定事実イ(エ))のである。これらに照らすと,Eについては,原告に比べて,F又はその関係者による追及の程度が厳しかったものと認められ,原告とEの間にはその抱える事情につき相応の差異があったといわざるを得ないから,仮にEがスウェーデンにおいて難民認定を受けたとしても,これをもって直ちに,原告についてイラン政府から迫害を受けるという十分に理由のある恐怖を有していたことを基礎付けるものとすることはできないというべきである。
エ 小括
前記アないしウのとおり,そもそも原告がイランにおいて反政府活動をしていた事実は認められず,仮に原告がFからの反政府活動の鎮圧のための組織への加入の勧誘に対しこれを断った事実が認められるとしても,このことを理由にイラン政府から身柄拘束や暴力,脅迫等の加害行為を受けるおそれがあると認めるに足りる的確な証拠はないところ,前示の諸事情に加え,(ア)原告が本邦に入国する以前に他国及びその大使館やUNHCRに庇護を求めたことがなく,その政治的意見等を理由に逮捕等の身柄拘束や暴行等を受けたこと等がないこと(前記認定事実イ(ウ)),(イ)イランの治安状況についても,2009年(平成21年)6月に実施された大統領選挙の直後には首都や主要地方都市等において抗議デモが行われて多数の死傷者が発生する事態が生じたものの,その後,改革派等によるデモへの呼び掛けは散発的になり,参加する市民も減少したため,本件不認定処分がされた平成24年7月に近接する2012年(平成24年)3月の国会議員選挙は,平穏に行われたこと(前記認定事実ア(オ))といった事実も併せ考慮すれば,他に通常人が原告の立場に置かれた場合にも迫害の恐怖を抱くような客観的な事情があったとは認められないから,原告は,本件不認定処分当時,その政治的意見等を理由にイラン政府から迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有していたものとはいえず,入管法2条3号の2所定の「難民」に該当しないものというべきである。
(4)  以上によれば,本件不認定処分は適法というべきである。
2  争点(2)(本件在特不許可処分の無効事由の有無)について
(1)  原告は,原告が難民条約上の難民に該当し,また,イランに戻れば迫害を受けるおそれがあると信ずるに足りる実質的な根拠があったので,本件在特不許可処分は,難民条約33条1項及び拷問禁止条約3条1項に定めるノン・ルフールマン原則に反するものとして,違法である旨主張する。
(2) 難民は,その生命又は自由が脅威にさらされるおそれのある国へ送還してはならず(難民条約33条1項,入管法53条3項),難民と認められない者であっても,その者に対する拷問が行われるおそれがあると信ずるに足りる実質的な根拠がある国へ送還してはならない(拷問禁止条約3条1項)とされており,これらはノン・ルフールマン原則と称されている(以下「送還禁止原則」という。)。
そして,法務大臣等は,在留資格なく本邦に在留し,難民の認定の申請をした外国人について,難民の認定をしない処分をするときは,当該外国人の在留を特別に許可すべき事情があるか否かを審査するものとされる(入管法61条の2の2第2項,69条の2)ところ,法務大臣等は,この審査に当たり,当該外国人に退去を強制してその本国へ送還することが送還禁止原則違反となるか否かを考慮すべきであり,同原則違反となる場合には在留特別許可をすべきであるということができる。
入管法61条の2の2第2項の在留特別許可の許否の判断において,法務大臣等は,入管法50条1項の在留特別許可の場合と同様に,広範な裁量権を有するが,他方で,上記の送還禁止原則の意義等に照らすと,仮に送還禁止原則違反となる事情があるにもかかわらず在留特別許可を付与しないならば,当該不許可処分は裁量権の範囲を逸脱し又は濫用したものとして違法となるものと解される。
(3)  これを本件について検討するに,前記1において判断したところによれば,平成24年7月の本件在特不許可処分の当時,原告は,難民に該当したと認めることはできず,また,前記1において難民該当性について検討したところを踏まえれば,原告がイランに帰国した場合に,原告に対しイラン政府による拷問が行われるおそれがあると信ずるに足りる実質的な根拠があったとも認められないから,本件において送還禁止原則違反の問題は生じないものというべきである。
また,前記認定事実イ(ア)及び(エ)によれば,原告は,イランで出生し成育しており,同国での兵役や稼働の経験を有する成年者である上,イランには原告の両親及び姉がおり,本邦に入国した後も1週間に1回程度の頻度で電話による交流を継続していることが認められるから,原告がイランで生活していく上で支障はないと認められ,他方,原告は本邦に入国するまで(入国時28歳)本邦とは何ら関わりがなかったのであるから,本件において難民該当性が認められず送還禁止原則違反の問題も生じない以上,原告に在留特別許可を付与しなかったことが裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たるということはできない。その他,原告に対して入管法61条の2の2第2項による在留特別許可を付与しなかったことにつき,裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たると解すべき事情の存在は認められない。
(4)  以上によれば,本件在特不許可処分は適法というべきであり,本件在特不許可処分につき無効事由は存しない。
3  争点(3)(本件退令処分の無効事由の有無)について
原告は本件裁決の適法性について争っていないところ,退去強制の手続において,法務大臣等から異議の申出は理由がないとの裁決をした旨の通知を受けた場合,主任審査官は速やかに退去強制令書を発付しなければならないのであって(入管法49条6項),主任審査官には退去強制令書を発付するか否かにつき裁量の余地はないのであるから,本件裁決が適法である以上,本件退令処分も適法というべきであり,本件退令処分につき無効事由は存しない。
第4  結論
以上によれば,原告の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第51部
(裁判長裁判官 清水知恵子 裁判官 和田山弘剛 裁判官吉賀朝哉は,転官につき,署名押印することができない。裁判長裁判官 清水知恵子)

 

〈以下省略〉

 

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