【選挙から学ぶ判例】crps 裁判例 lgbt 裁判例 nda 裁判例 nhk 裁判例 nhk 受信料 裁判例 pl法 裁判例 pta 裁判例 ptsd 裁判例 アメリカ 裁判例 検索 オーバーローン 財産分与 裁判例 クレーマー 裁判例 クレプトマニア 裁判例 サブリース 裁判例 ストーカー 裁判例 セクシャルハラスメント 裁判例 せクハラ 裁判例 タイムカード 裁判例 タイムスタンプ 裁判例 ドライブレコーダー 裁判例 ノンオペレーションチャージ 裁判例 ハーグ条約 裁判例 バイトテロ 裁判例 パタハラ 裁判例 パブリシティ権 裁判例 ハラスメント 裁判例 パワーハラスメント 裁判例 パワハラ 裁判例 ファクタリング 裁判例 プライバシー 裁判例 プライバシーの侵害 裁判例 プライバシー権 裁判例 ブラックバイト 裁判例 ベネッセ 裁判例 ベルシステム24 裁判例 マタニティハラスメント 裁判例 マタハラ 裁判例 マンション 騒音 裁判例 メンタルヘルス 裁判例 モラハラ 裁判例 モラルハラスメント 裁判例 リストラ 裁判例 リツイート 名誉毀損 裁判例 リフォーム 裁判例 遺言 解釈 裁判例 遺言 裁判例 遺言書 裁判例 遺言能力 裁判例 引き抜き 裁判例 営業秘密 裁判例 応召義務 裁判例 応用美術 裁判例 横浜地裁 裁判例 過失割合 裁判例 過労死 裁判例 介護事故 裁判例 会社法 裁判例 解雇 裁判例 外国人労働者 裁判例 学校 裁判例 学校教育法施行規則第48条 裁判例 学校事故 裁判例 環境権 裁判例 管理監督者 裁判例 器物損壊 裁判例 基本的人権 裁判例 寄与分 裁判例 偽装請負 裁判例 逆パワハラ 裁判例 休業損害 裁判例 休憩時間 裁判例 競業避止義務 裁判例 教育を受ける権利 裁判例 脅迫 裁判例 業務上横領 裁判例 近隣トラブル 裁判例 契約締結上の過失 裁判例 原状回復 裁判例 固定残業代 裁判例 雇い止め 裁判例 雇止め 裁判例 交通事故 過失割合 裁判例 交通事故 裁判例 交通事故 裁判例 検索 公共の福祉 裁判例 公序良俗違反 裁判例 公図 裁判例 厚生労働省 パワハラ 裁判例 行政訴訟 裁判例 行政法 裁判例 降格 裁判例 合併 裁判例 婚約破棄 裁判例 裁判員制度 裁判例 裁判所 知的財産 裁判例 裁判例 データ 裁判例 データベース 裁判例 データベース 無料 裁判例 とは 裁判例 とは 判例 裁判例 ニュース 裁判例 レポート 裁判例 安全配慮義務 裁判例 意味 裁判例 引用 裁判例 引用の仕方 裁判例 引用方法 裁判例 英語 裁判例 英語で 裁判例 英訳 裁判例 閲覧 裁判例 学説にみる交通事故物的損害 2-1 全損編 裁判例 共有物分割 裁判例 刑事事件 裁判例 刑法 裁判例 憲法 裁判例 検査 裁判例 検索 裁判例 検索方法 裁判例 公開 裁判例 公知の事実 裁判例 広島 裁判例 国際私法 裁判例 最高裁 裁判例 最高裁判所 裁判例 最新 裁判例 裁判所 裁判例 雑誌 裁判例 事件番号 裁判例 射程 裁判例 書き方 裁判例 書籍 裁判例 商標 裁判例 消費税 裁判例 証拠説明書 裁判例 証拠提出 裁判例 情報 裁判例 全文 裁判例 速報 裁判例 探し方 裁判例 知財 裁判例 調べ方 裁判例 調査 裁判例 定義 裁判例 東京地裁 裁判例 同一労働同一賃金 裁判例 特許 裁判例 読み方 裁判例 入手方法 裁判例 判決 違い 裁判例 判決文 裁判例 判例 裁判例 判例 違い 裁判例 百選 裁判例 表記 裁判例 別紙 裁判例 本 裁判例 面白い 裁判例 労働 裁判例・学説にみる交通事故物的損害 2-1 全損編 裁判例・審判例からみた 特別受益・寄与分 裁判例からみる消費税法 裁判例とは 裁量労働制 裁判例 財産分与 裁判例 産業医 裁判例 残業代未払い 裁判例 試用期間 解雇 裁判例 持ち帰り残業 裁判例 自己決定権 裁判例 自転車事故 裁判例 自由権 裁判例 手待ち時間 裁判例 受動喫煙 裁判例 重過失 裁判例 商法512条 裁判例 証拠説明書 記載例 裁判例 証拠説明書 裁判例 引用 情報公開 裁判例 職員会議 裁判例 振り込め詐欺 裁判例 身元保証 裁判例 人権侵害 裁判例 人種差別撤廃条約 裁判例 整理解雇 裁判例 生活保護 裁判例 生存権 裁判例 生命保険 裁判例 盛岡地裁 裁判例 製造物責任 裁判例 製造物責任法 裁判例 請負 裁判例 税務大学校 裁判例 接見交通権 裁判例 先使用権 裁判例 租税 裁判例 租税法 裁判例 相続 裁判例 相続税 裁判例 相続放棄 裁判例 騒音 裁判例 尊厳死 裁判例 損害賠償請求 裁判例 体罰 裁判例 退職勧奨 違法 裁判例 退職勧奨 裁判例 退職強要 裁判例 退職金 裁判例 大阪高裁 裁判例 大阪地裁 裁判例 大阪地方裁判所 裁判例 大麻 裁判例 第一法規 裁判例 男女差別 裁判例 男女差别 裁判例 知財高裁 裁判例 知的財産 裁判例 知的財産権 裁判例 中絶 慰謝料 裁判例 著作権 裁判例 長時間労働 裁判例 追突 裁判例 通勤災害 裁判例 通信の秘密 裁判例 貞操権 慰謝料 裁判例 転勤 裁判例 転籍 裁判例 電子契約 裁判例 電子署名 裁判例 同性婚 裁判例 独占禁止法 裁判例 内縁 裁判例 内定取り消し 裁判例 内定取消 裁判例 内部統制システム 裁判例 二次創作 裁判例 日本郵便 裁判例 熱中症 裁判例 能力不足 解雇 裁判例 脳死 裁判例 脳脊髄液減少症 裁判例 派遣 裁判例 判決 裁判例 違い 判決 判例 裁判例 判例 と 裁判例 判例 裁判例 とは 判例 裁判例 違い 秘密保持契約 裁判例 秘密録音 裁判例 非接触事故 裁判例 美容整形 裁判例 表現の自由 裁判例 表明保証 裁判例 評価損 裁判例 不正競争防止法 営業秘密 裁判例 不正競争防止法 裁判例 不貞 慰謝料 裁判例 不貞行為 慰謝料 裁判例 不貞行為 裁判例 不当解雇 裁判例 不動産 裁判例 浮気 慰謝料 裁判例 副業 裁判例 副業禁止 裁判例 分掌変更 裁判例 文書提出命令 裁判例 平和的生存権 裁判例 別居期間 裁判例 変形労働時間制 裁判例 弁護士会照会 裁判例 法の下の平等 裁判例 法人格否認の法理 裁判例 法務省 裁判例 忘れられる権利 裁判例 枕営業 裁判例 未払い残業代 裁判例 民事事件 裁判例 民事信託 裁判例 民事訴訟 裁判例 民泊 裁判例 民法 裁判例 無期転換 裁判例 無断欠勤 解雇 裁判例 名ばかり管理職 裁判例 名義株 裁判例 名古屋高裁 裁判例 名誉棄損 裁判例 名誉毀損 裁判例 免責不許可 裁判例 面会交流 裁判例 約款 裁判例 有給休暇 裁判例 有責配偶者 裁判例 予防接種 裁判例 離婚 裁判例 立ち退き料 裁判例 立退料 裁判例 類推解釈 裁判例 類推解釈の禁止 裁判例 礼金 裁判例 労災 裁判例 労災事故 裁判例 労働基準法 裁判例 労働基準法違反 裁判例 労働契約法20条 裁判例 労働裁判 裁判例 労働時間 裁判例 労働者性 裁判例 労働法 裁判例 和解 裁判例

「選挙 コンサルタント」に関する裁判例(100)昭和52年 9月30日 名古屋地裁 昭48(わ)2147号 商法違反、横領被告事件 〔いわゆる中日スタジアム事件・第一審〕

「選挙 コンサルタント」に関する裁判例(100)昭和52年 9月30日 名古屋地裁 昭48(わ)2147号 商法違反、横領被告事件 〔いわゆる中日スタジアム事件・第一審〕

裁判年月日  昭和52年 9月30日  裁判所名  名古屋地裁  裁判区分  判決
事件番号  昭48(わ)2147号・昭48(わ)1977号・昭48(わ)1611号・昭48(わ)1384号
事件名  商法違反、横領被告事件 〔いわゆる中日スタジアム事件・第一審〕
文献番号  1977WLJPCA09300013

要旨
◆いわゆる冒険的不動産取引において、商法四八六条一項所定の第三者図利目的が認められないとして、同条の特別背任罪の成立を否定した事例

出典
判タ 353号139頁

評釈
奥田洋一・ジュリ増刊(実務に効く企業犯罪とコンプライアンス判例精選) 64頁

参照条文
刑事訴訟法336条
商法486条

裁判年月日  昭和52年 9月30日  裁判所名  名古屋地裁  裁判区分  判決
事件番号  昭48(わ)2147号・昭48(わ)1977号・昭48(わ)1611号・昭48(わ)1384号
事件名  商法違反、横領被告事件 〔いわゆる中日スタジアム事件・第一審〕
文献番号  1977WLJPCA09300013

主文
1  被告人石山建二郎を懲役二年に、同岡崎礦市及び同和泉善一の両名を各懲役一年六月に、それぞれ処する。
2  この裁判の確定した日から、被告人石山建二郎に対し五年間、同岡崎礦市及び同和泉善一の両名に対し各三年間、当該被告人の右各刑の執行を猶予し、被告人石山建二郎を右猶予の期間中、保護観察に付する。
3  被告人加古徳次及び同横地雄八郎は、起訴されたすべての公訴事実について、同和泉善一は、昭和四八年七月二八日付起訴状記載の公訴事実第一の一及び同年九月一日付起訴状記載の公訴事実第一の各事実について、同石山建二郎は、同年七月二八日付起訴状記載の公訴事実第一の二、同年九月一日付起訴状記載の公訴事実第二及び同年一一月二〇日付起訴状記載の公訴事実第一ないし第三の各事実について、被告人岡崎礦市は、同年一一月二〇日付起訴状記載の公訴事実第一の事実について、いずれも無罪。
4  訴訟費用中、証人村山甚三及び同西沢岩蔵に各支給した分は、いずれもこれを二分し、その一ずつを、被告人石山建二郎及び同岡崎礦市の両名にそれぞれ負担させる。

理由
(理由目次)
(罪となるべき事実)
第一、被告人石山建二郎及び同岡崎礦市の横領罪
第二、被告人和泉善一の商法違反罪
(投機取引罪)
(証拠の標目)
(有罪部分に関する若干の補足説明)
一、判示第一の横領罪の成否について
二、判示第二の商法違反罪(投機取引罪)の成否について(被告人石山建二郎の確定裁判を経た罪)
(法令の適用)
(無罪部分の理由)
第一、無罪にかかる各公訴事実の要旨
第二、当裁判所の判断
〔注〕
一、被告人らの経歴及び本件各不動産取引に至る経緯等
(一) 各被告人の経歴
(二) 中スタの機構の概況及び被告人加古の地位
(三) 中スタのおける不動産取引の推移・実態
(四) 中スタと栄善の関係
(五) 中スタと石山物産の関係
(六) 本件各不動産取引の状況
1、いわゆる福王山物件について
2、いわゆる大安町物件について
3、いわゆる額田町物件について
4、いわゆる下呂物件について
5、いわゆる音羽町物件について
6、いわゆる森町物件について
7、いわゆる田辺物件について
8、いわゆる姫路物件について
(七) 中スタの倒産に至る経緯
二、主たる争点及びこれに対する当裁判所の基本的見解
三、被告人加古の第三者図利目的の有無等について(その一・総論)
(一) 被告人加古の検察官調書の信ぴよう性について
(二) 被告人加古の犯行の動機に関する検察官の主張について
1、中スタにおける自己の地位を保全するための犯行であるとの主張について
2、いわゆるリベート欲しさの犯行であるとの主張について
(1) 栄善関係について
(2) 石山物産関係について
(三) 取引の行なわれた背景及び具体的事情等について
1、空前の不動産ブームのもとでの取引であること
2、従前地揚げの実績のあつた業者を相手方とする取引であること
3、平岩社長の決定した大方針に基づく取引であること
4、手形による取引であること
四、被告人加古の第三者図利目的の有無について(その二・各論)
(一) いわゆる福王山物件について
1、地揚げの可能性及び被告人加古の認識について
2、恵那物件への資産の流用等について
(二) いわゆる大安町物件について
1、中スタの被告人和泉に対する信頼は、福王山物件の地揚げ失敗にもかかわらず、ほとんど揺らいでいなかつたと見られること
2、福王山物件と異り、他の大手業者が未だ全く目をつけておらず、現実の利用状況等からみても、地揚げが容易であるように思われたこと
3、実質上、福王山物件の継続事業であると見られること
4、福王山物件代金の恵那物件への流用という前記の操作をも、そのまま引きついだ契約であること
5、被告人和泉の不正行為が発覚するに及んで被告人加古が激怒していること
(三) いわゆる額田町物件について
1、中スタの被告人和泉に対する信頼がはほんど揺らいでいなかつた時点での契約であること
2、被告人和泉の不正行為が発覚するに及んで、被告人加古が激怒していること
3、地揚げが難航するに及び、中スタからも職員を応援に派遣して、真険に地揚げに取組んでいること
4、中間金の支払いは、平岩社長の意思によるものであること
(四) いわゆる下呂物件について
1、地揚げの可能性と被告人加古の認識について
2、契約成立と同時に、代金の半額が石山物産に支払われたことについて
3、被告人石山の資金流用の意図に関する被告人加古の認識について
(五) いわゆる音羽町物件について
1、地揚げの可能性及び被告人加古の認識について
2、宅地造成等の許可を得るため積極的な努力をしていないという点について
3、開発可能性のない物件であつたとの主張について
4、被告人石山の資金流用の意図を認識していたとの主張について
(六) いわゆる森町物件について
1、地揚げの可能性及び被告人加古の認識について
2、被告人石山の地揚げに対する熱意の有無の点(とくに、石山物産と大黒地所との契約との関連において)について
3、被告人石山の資金流用の意図を認識していたとの主張について
(七) いわゆる田辺物件について
1、地揚げの可能性と被告人加古の認識について
2、被告人石山に短期の手形を交付したこと等について
3、被告人石山の資金流用の意図を認識していたとの主張について
(八) いわゆる姫路物件について
五、被告人加古の第三者図利目的の有無について(その三・総括)
第三、結語
(罪となるべき事実)
第一  被告人石山建二郎は、不動産業有限会社石山物産の取締役会長をしていたもの、被告人岡崎礦市は、株式会社フアースト・ジヤパンの代表取締役をしていたものであるが、昭和四七年一二月二八日中日スタジアム株式会社が、村山恵一こと村山甚三から兵庫県姫路市砥堀所在の山林一六九万五、一七二平方メートルを代金一三億円で購入するに際し、有限会社石山物産が、その売買契約の立会人となつたところから、昭和四八年二月一四日名古屋市中川区八島町一丁目三三番地中日スタジアム株式会社の事務所において、同会社が村山甚三に対し、右売買の残代金六億五、〇〇〇万円を中日スタジアム株式会社振出の金額五、〇〇〇万円の約束手形一三通(金額合計六億五、〇〇〇万円)をもつて支払うにあたり、右山林の共有者中二名分の持分権につき、その移転登記が未了であつたので、右移転登記の履行保全のため、これに立会つた被告人石山建二郎において、右移転登記完了の時点まで右手形一三通のうちの一通を保管し、右移転登記完了の際、これを村山甚三に手交する約定のもとに、中日スタジアム株式会社振出名義、額面五、〇〇〇万円の約束手形(手形番号BB三九四四九)一通を右中日スタジアム株式会社の経理局長長江修一から受取つて預かり、これを村山甚三及び中日スタジアム株式会社のための保管中、ここに被告人石山建二郎、同岡崎礦市は共謀のうえ、右預かり保管中の約束手形一通を割引して株式会社フアースト・ジヤパンの資金繰りなどに充てようと企て、被告人岡崎礦市において、同四月二八日、ほしいままに右約束手形を、東京都新宿区四丁目三番二〇号大同信用金庫本店で割引して、その割引金四、八五二万四、二六五円を、同店の株式会社フアースト・ジヤパン名義の普通預金口座に入金し、もつて右約束手形一通を横領した
二  被告人和泉善一は、不動産の売買、仲介、あつ旋、分譲及びこれに付帯する業務を営業目的とする栄善株式会社の代表取締役をしていたものであるが、同会社の営業の範囲外において、投機取引を行なつて利を得ようと企て、商品取引員である名古屋市中区錦三丁目一一番二六号所在丸村商事株式会社に対し、繊維、穀物の商品取引を委託し、別紙一覧表記載のとおり、昭和五七年六月七月ころ昭和四八年三月八日ころまでの間、前後三五回にわたり、いずれも前記栄善株式会社において、右取引の委託証拠金、差捐金として、同会社等振出名義の小切手三六通、額面合計三億一、〇七五万二、〇〇〇円を丸村商事株式会社に支払い、もつて会社の営業の範囲外において、投機取引のために、会社財産を処分したものである。
(証拠の標目)〈略〉
(有罪部分に関する若干の補足説明)
一  判示第一の横領罪の成否について
被告人石山建二郎及び同岡崎礦市の弁護人は、右被告人石山建二郎が中日スタジアム株式会社(以下単に中スタという。)及び村山甚三から預かつた判示五、〇〇〇万円の手形一通に関して、中スタ及び右村山の双方は、右被告人石山建二郎が(自らまたは自己以外の第三者に依頼するなどして)これを便宜割引換金することを予め了解していたものであり、しかも、右被告人石山建二郎はもちろん、同岡崎礦市もまた、村山が判示山林の共有者中、残り二名の持分権につきこれが移転登記を完了すれば、遅滞なく右手形金額に相当する金員を同人に支払う意向であつたから、これを割引換金した右被告人らの本件所為は毫も本件手形保管の趣旨にもとるものではなく、したがつて、同被告人両名につき、横領罪の成立する余地は全くない旨主張し、被告人両名もまた公判廷等において弁護人の右主張に副う供述をしている。
しかしながら、前掲各証拠によつて明らかな、次のような諸事実、すなわち、本件約束手形一通は、判示のとおり、村山甚三において未だ中スタに対する移転登記手続を完了していない一部共有地主(二名)の持分について、これが移転登記義務の履行を保全確保するために、中スタ及び村山の了解のもとに、被告人石山建二郎がこれを預かつたものであるところ、これを村山の側から見れば、右手形は、とりもなおさず将来自己に支払われるべき残代金そのものであつて、当時、この手形を、事実上の仲介者である右被告人をして該手形のままで保持させるのか、それともこれを現金化させたうえその現金等の一時的使用流用を許容するのかは、自己の残代金債権回収の確実性の程度という点において、格段の相違があるものと思料されたこと、右村山らが右手形の保管を右被告人に委ねた当時、村山は、右手形が、すでに同人に交付された他の一二通の手形と同様、同人(村山)あてとなつているものと思い込み、したがつてこれを右被告人らが勝手に割引に出すことはできないものと考えていたこと、その後、右村山において、移転登記未了の地主のうち一名の共有持分につきその移転登記を終え、また他の一名の地主の持分についても買受け交渉成立の見通しがついたため、昭和四八年四月ころ、被告人岡崎礦市に対し、(諸般の状況から右手形が同被告人の手裡にあるものと判断して、)右手形の引渡しを求めたところ、同被告人は、当時すでに、右手形の割引換金を完了していたにもかかわらず、この情を秘し、「早速弟(被告人石山建二郎のこと)に連絡してみるが、大事な手形だから、中日スタジアムの金庫の中にしまつてあるかもしれない。」とか、「もう一件の分の移転登記ができなければ手形は渡せない、と石山が言つている。」などと申向け、さらにまた、村山が、被告人らにおいて右手形を割引費消してしまつたのではないかとの危惧の念をいだいて、被告人岡崎礦市に対してこの点を追及した際にも、同被告人は、「神明に誓つて使つていない、手形はちやんとある。」などと言い、村山に対し、終始一貫して、手形割引の事実を秘匿し続けていたこと、被告人石山建二郎も村山に対し「警察から姫路の物件のことで調べを受けた時には、保全金として預かつた分のうち、一、五〇〇万円はすでにあなたが請求して受取つたことにしてほしい。金はいずれ払うから、一、五〇〇万円の領収書を遡つた日付で作つて岡崎に渡してくれ。」などと申し向けて、証拠隠滅工作をはかつていること、などに照らして考察すると、関係当事者間においては、本件手形の授受に際し、被告人石山建二郎及び同岡崎礦市をして、村山の許諾等を得ることなく右手形を割引換金させて、これを同被告人ら個人又はその関係企業等の一般財産のうちに混同させることを許容するような合意が存在しなかつたことは明らかであり、村山及び中スタが被告人石山建二郎に対して本件手形の保管を委ねた趣旨は、村山からの内金の支払要求に応ずるため、その許諾のもとにその割引をする場合を除いて、被告人石山建二郎をして、―残り二名の地主の持分権移転登記の完了と引換にこれを村山に交付するまで、―これをそのまま保管せしめる趣旨であつたと認めるのが相当かつ合理的である。弁護人の援用する、昭和四八年四月ころから六月こににかけて、被告人岡崎礦市から村山に対し、地揚げ資金として合計七〜八〇〇万円の現金が支払われている事実も、何ら右認定を左右するものではない。そうすると、被告人両名が共謀のうえ、判示のとおり本件五、〇〇〇万円の手形一通を預かつた後、村山の許諾等を得ることもなく、これを判示大同信用金庫本店において割り引き、該割引金を、同店におけるフアースト・ジヤパン名義の普通預金口座に入金してしまつたことの明らかな本件においては、被告人両名が、その後地揚げ資金の一部を村山に対して支払つているという事実を十分考慮に容れても、右被告人両名の本件所為が、判示手形一通についての横領罪を構成することは疑いのないところである。
二  判示第二の商法違反罪(投機取引罪)の成否について
被告人和泉善一の弁護人は、商法四八九条四号にいう「会社ノ営業ノ範囲外ニ於テ」なしたる投機取引行為とは、取締役ら商法四八六条一項所定の会社の役職員が、その権限を濫用し、私利を図る目的のもとに、相場などに会社の資金を使用した場合を指すものであつて、会社の定款の範囲外の行為ではあつても、本件における同被告人のごとく、利益を私する意思に出でることなく、会社の行為としてこれを公然と行ない、現に利益があつた場合にこれを会社の増収として取扱つていたような場合においては、右行為は同法四八九条四号所定の罪を構成しないというべきである旨主張している。
しかしながら、会社の取締役等が、社会通念上、定款所定の目的にそう事業又はその遂行上必要な付帯的業務の通常の範囲をこえて、そう範囲外の客観的に別個独立な経済活動とみなされるような投機取引をしたときは、当該取締役等がこれによつて私利を図る意図であつたか、会社の利を図る意図であつたかを問わず、同条所定の投機取引罪が成立すると解するのが相当である(最高裁判所昭和四六年一二年一〇日決定・判例時報六五〇号九九頁参照)。このような立場から、本件における被告人和泉善一の行為を見ると、前掲証拠によれば、同被告人は「不動産の売買、仲介、あつ旋、分譲及びこれに付帯する業務」を定款上の業務目的とする資本金五〇〇万円の栄善株式会社の代表取締役であるが、前後三五回にわたり、右定款所定の目的とは全く関係のない判示のような投機取引を行なつて利を図つたことが明らかであり、右行為に出でた際における同被告人の主観的意図が弁護人主張のようなものあつたと否とにかわりなく、同被告人の右所為が、前記の意味において、営業の範囲外においてなされた投機取引罪として、同条所定の罪の構成要件を充足するものであることは、きわめて明らかである。
(被告人石山建二郎の確定裁判を経た罪)
被告人石山建二郎は、昭和四八年四月二日名古屋地方裁判所で強要、銃砲刀剣所持等取締法違反及び暴力行為等処罰に関する法律違反の各罪により、懲役二年、但し三年間刑執行猶予の判決を言い渡され、同判決は同月一七日に確定したものであつて、該事実は、岐阜地方検察庁検察事務官作成の前科調書によつて、これを認める。
(法令の適用)
被告人石山建二郎及び同岡崎礦市の判示第一の所為は、刑法六〇条、二五二条一項に、被告人和泉善一の判示第二の各所為は包括して、商法四八九条四号に、それぞれ該当するので、被告人和泉善一の判示第二の罪につき、その所定刑中懲役刑を選択するが、被告人石山建二郎の判示第一の罪は同被告人の前記確定裁判を経た罪と刑法四五条後段の併合罪の関係に立つので、同被告人については、同法五〇条により、未だ裁判を経ていない判示第一の罪につき、さらに処断することとし、右の被告人三名に関する各所定刑期の範囲内において、被告人石山建二郎を懲役二年に、同岡崎礦市及び同和泉善一の両名を各懲役一年六月にそれぞれ処し同法二五条一項により、この裁判の確定した日から、被告人石山建二郎に対し五年間、同岡崎礦市及び同和泉善一の両名に対し各三年間、それぞれ右各刑の執行を猶予し、被告人石山建二郎については、さらに同法二五条の二の一項前段にのつとり、右猶予の期間中、同被告人を保護観察に付し、なお、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して、被告人石山建二郎及び同岡崎礦市の両名をして主文末項掲記のとおりこれを負担させることとする。
(無罪部分の理由)
第一  無罪にかかる各公訴事実の要旨
本件右公訴事実の要旨は、
被告人加古徳次は、名古屋市中川区八島町一丁目三三番地所在中日スタジアム株式会社の取締役兼開発局長として、同会社の経営全般に関する重要事項を合議し、代表取締役を補佐するとともに、同会社の営業目的である不動産売買に関する業務全般を掌理していたもの、被告人和泉善一は、不動産販売、仲介、あつ旋、分譲およびこれに付帯する業務を営業目的とする同市中区栄三丁目一八番一一五号西本ビル内栄善株式会社の代表取締役として、同会社の業務を統轄していたもの、被告人石山建二郎は、同市中区栄五丁目二五番二六号所在、不動産業有限会社石山物産の会長として、同会社の業務を事実上統轄していたもの、被告人横地雄八郎は、右石山物産の代表取締役として、同会社の業務を掌理していたもの、被告人岡崎礦市は、株式会社フアースト・ジヤパンの代表取締役として、同会社の業務を統轄していたものであるが、被告人加古徳次は、中日スタジアム株式会社のため不動産物件の買付けをするに際しては、同会社の資金繰りの実情等を勘案し、物件の取得が契約期限内に可能であるかどうかを慎重に調査したうえ売買契約を締結するとともに、売買代金の支払いに当つては、物件取得の可能性および取得の進行程度に応じて相応妥当な支出にとどめる等同会社の堅実かつ円滑な経営のため最善の措置をとるべき任務がある。しかるに、
一  被告人加古徳次は、右任務に背き、被告人和泉善一は、加古徳次が右任務に背くものであることを知りながら、ここに被告人両名は共謀のうえ、栄善株式会社の利益を図る目的をもつて、
(一)1 昭和四七年七月二一日、前記中日スタジアム株式会社において、同会社が契約期限内に取得できる可能性のない三重県三重郡菰野町大字田口字福王山二、四〇四番の三所在、大字田口外五字共有の山林約一九八万八、八八二平方メートルにつき、物件取得の可能性について何らの調査もしないで、同会社と栄善株式会社との間に、売買代金を八億八、〇〇〇万円、契約履行期限を同年八月二一日以内とする不動産売買契約を締結させたうえ、栄善株式会社の資金援助をするため、右物件の取得交渉が全く進行せず、かつ取得の可能性もなくて、中日スタジアム株式会社に損害を加える危険性のあることを知りながら、前記中日スタジアム株式会社において、同会社から栄善株式会社に対し、右売買の手付金および中間支払金の名目で
(1) 同年七月二一日 一億七、六〇〇万円
(2) 同年八月二六日 四億円
(3) 同年九月一六日 二億円
(4) 同月二九日 一億四〇〇万円
をいずれも中日スタジアム株式会社提出名義の約束手形で支払いさせ、
2 前記1物件買付けが失敗に終つたことを知るや、同年一二月一一日、前記中日スタヂアム株式会社において、前記1の物件の代替として、さらに、同会社が契約期限内に取得できる可能性のない三重県員弁郡大安町大字宇賀所在、石榑森林組合等共有の山林三二〇筆約一九八万三、四二〇平方メートルにつき、同会社取締役会の承認を得ることなく、かつ物件取得の可能性について何らの調査もしないで、同会社と栄善株式会社との間に、売買代金を一二億一、八〇〇万円、契約履行期限を昭和四八年三月三〇日とする不動産売買契約を締結させたうえ、右契約の売買代金の一部として既に支払済の前記1物件の売買代金八億八、〇〇〇万円を充当することとし、栄善株式会社の資金援助をするため、物件の取得交渉が全く進行しておらず、かつ取得の可能性も殆んどなくて、中日スタジアム株式会社に損害を加える危険性のあることを知りながら、前記中日スタジアム株式会社において、同会社から栄善株式会社に対し、1の物件との差額代金の名目で
昭和四七年一二月一一日三億三、八〇〇万円
を、中日スタジアム株式会社振出名義の約束手形で支払いさせ、
その結果、右1、2記載の物件をいずれも中日スタジアム株式会社に取得させることを不能にし、もつて同会社に対し合計一二億一、八〇〇万円相当の財産上の損害を加え、(48.7.28付起訴状の公訴事実第一の一の事実)
(二) 昭和四七年一二月一〇日ころ、前記中日スタジアム株式会社において、同会社が契約期限内に取得できる可能性のない愛知県額田郡額田町大字鹿勝川字玉沢一番地外二四三筆の田、山林、原野、畑、墓地、宅地等約一六五万平方メートルにつき、物件取得の可能性について何らの調査もしないで、同会社と栄善株式会社との間に、売買代金を九億円、契約履行期限を昭和四八年四月二〇日までとする不動産売買契約を締結させたうえ、栄善株式会社の資金援助をするため、右物件の取得交渉が殆んど進行せず、かつ取得の可能性もなくて、中日スタジアム株式会社に損害を加える危険性のあることを知りながら、前記中日スタジアム株式会社において、同会社から栄善株式会社に対し、右売買の手付金および中間支払金の名目で、
(1) 昭和四七年一二月一一日
九、〇〇〇万円
(2)同月二二日
一億円
(3) 昭和四八年 二月 九日
五、〇〇〇万円
(4)同月一三日
一億円
(5) 同月一七日
二億円
をいずれも中日スタジアム株式会社振出名義の約束手形および小切手で支払いさせ、その結果右物件を中日スタジアム株式会社に取得させることを不能にし、もつて同会社に対し合計五億四、〇〇〇万円相当の財産上の損害を加え、(48.9.1付起訴状の公訴事実第一の事実)
二  被告人加古徳次は、前記任務に背き、被告人石山建二郎、同横地雄八郎は、いずれも加古徳次が前記任務に背くものであることを知りながら、ここに被告人ら三名は共謀のうえ、いずれも有限会社石山物産の利益を図る目的をもつて、
(一) 昭和四七年一二月二二日、前記中日スタジアム株式会社において、同会社が契約期限内に取得できる可能性の殆んどない岐阜県益田郡下呂町湯之島字芦谷所在、森田八市外九名共有の山林九筆約一万一、九九三平方メートルにつき、物件取得の可能性について何らの調査もしないで、同会社と有限会社石山物産との間に、売買代金を一億六、三二五万四、六〇〇円、契約履行期限を昭和四八年三月一三日とする不動産売買契約を締結させたうえ、有限会社石山物産の株式購入の資金援助をなすべく、物件の取得交渉が全く進行しておらず、かつ契約期限内に物件を取得できる可能性が殆んどなくて、中日スタジアム株式会社に損害を加える危険性のあることを知りながら、右契約日、前記中日スタジアム株式会社において、同会社から有限会社石山物産に対し、右売買の手付金および中間支払金の名目で、八、二六五万九二〇円を中日スタジアム株式会社振出名義の約束手形で支払いさせ、その結果、右物件を中日スタジアム株式会社に取得させることを不能にし、もつて同会社に右金額相当の財産上の損害を加え、(48.7.28付起訴状の公訴事実第一の二の事実)
(二) 昭和四八年一月一九日、前記中日スタジアム株式会社において、同会社が契約期限内に取得できる可能性がなく、かつ都市計画等に等による規制のため、宅地開発がきわめて困難である愛知県宝飯郡音羽町大字赤坂字五本松および字内山地内山林、田、畑等約四九万五、八六〇平方メートルにつき、物件取得の可能性および宅地開発の法的規制等について何らの調査もしないで、宅地造成用地として、同会社と有限会社石山物産との間に売買代金を九億四、五〇〇万円、契約履行期限を同年七月二〇日とする不動産売買契約を締結させたうえ、有限会社石山物産の資金援助をするため、右物件の取得交渉が進行せず、かつ取得の可能性もなく、右法的規制のもとで宅地開発がきわめて困難な状態であつて、中日スタジアム株式会社に損害を加える危険性のあることを知りながら、右契約同日、前記中日スタジアム株式会社において、同会社から有限会社石山物産に対し右売買の手付金支払の名目で、一億八、九〇〇万円を中日スタジアム株式会社振出名義の約束手形で支払いさせ、その結果右物件を中日スタジアム株式会社に、宅地開発物件として取得させることを不能にし、もつて同会社に右金額相当の財産上の損害を加え、(48.11.20付起訴状の公訴事実第二の事実)
(三) 昭和四八年三月二日ころ、前記中日スタジアム株式会社において、同会社が契約期限内に取得できる可能性の全くない静岡県周智郡森町字向天方一、三四七番地の一外の山林、原野、田、畑等約一六五万二、八九〇平方メートルにつき、物件取得の可能性について何らの調査もしないで、同会社と有限会社石山物産との間に、売買代金を一三億五、〇〇〇万円、契約履行期限を昭和四八年八月三一日とする不動産売買契約を締結させたうえ、有限会社石山物産の資金援助をするため、物件の取得交渉が全く進行しておらず、かつ取得できる可能性もなくて、中日スタジアム株式会社に損害を加える危険性のあることを知りながら、右契約同日、前記中日スタジアム株式会社において、同会社から有限会社石山物産に対し、右売買の手付金および中間支払金の名目で四億二、〇〇万円を中日スタジアム株式会社振出名義の約束手形で支払いさせ、その結果、右物件を中日スタジアム株式会社に取得させることを不能にし、もつて同会社に右金額相当の財産上の損害を加え、(48.9.1付起訴状の公訴事実第二の事実)
三  被告人加古徳次は、前記任務に背き、被告人石山建二郎は、加古徳次が右任務に背くものであることを知りながら、ここに被告人両名は共謀のうえ、有限会社石山物産の利益を図る目的をもつて、すでに中日スタジアム株式会社と有限会社石山物産との間に売買契約を締結した和歌山県田辺市芳養町字後路茂谷六五五番の一ほか一一三筆六六万一、一五〇平方メートルの買増予定地である同市芳養町大屋谷三六〇番ほか田、畑約一五万五、一〇〇平方メートルにつき、昭和四八年三月三〇日、前記中日スタジアム株式会社において、同物件取得の可能性について何ら調査もしないので、有限会社石山物産の資金援助をするため、右買増物件の取得交渉が全く進行しておらず、かつ取得の可能性もなく、売買契約の締結さえできない状態であつて、中日スタジアム株式会社に損害を加える危険性のあることを知りながら、同買増物件の内金の名目で、何らの担保もないまま、一億三、〇〇〇万円を、中日スタジアム株式会社振出名義の約束手形で支払いさせ、もつて同会社に右金額相当の財産上の損害を加え、(48.11.20付起訴状の公訴事実第三の事実)
四  被告人加古徳次は、中日スタジアム株式会社のため不動産物件の買付けをするに際しては、物件の所有者と直接売買価格等について折衝し、適正妥当な価格で契約を締結することはもとより、同会社の資金繰りの実情等を勘案し、物件の取得が契約期限内に可能であるかどうか買付目的に沿つた利用ができるかどうか等を慎重に調査したうえ売買契約を締結するとともに、売買代金の支払いに当つては、物件取得の可能性および取得の進行程度に応じて相応妥当な支出にとどめ、かつ適正な支払をなす等同会社の堅実かつ円滑な経営のため最善の措置をとるべき任務があるのにかかわらず、被告人加古徳次は、前記任務に背き、被告人石山建二郎、同岡崎礦市は、いずれも、加古徳次が前記任務に背くものであることを知りながら、ここに被告人ら三名は共謀のうえ、被告人石山建二郎、同岡崎礦市両名の利益を図る目的をもつて、昭和四七年一二月二八日、前記中日スタジアム株式会社において、買主中日スタジアム株式会社と売主村山恵一こと村山甚三との間に、兵庫県姫路市砥堀字寺谷一、三六二番地ほか三筆の山林約一六九万五、一七二平方メートルの売買契約を締結するに際し、同物件売買の事実上の仲介人となつた被告人石山建二郎、同岡崎礦市両名が、売主村山甚三との間に取り決めた売買価格に上のせした価格をもつて、右売買契約を締結させ、その差額金を右被告人両名が不法に取得するものであることを知りながら、売主村山甚三と直接売買価格等について折衝することなく、右被告人両名の要請どおり、価格一三億円で売買契約を締結したうえ、右物件の代金として、前記中日スタジアム株式会社において、同日三億五、〇〇〇万円、昭和四八年一月二四日、三億円、同年二月一四日、六億五、〇〇〇万円を、いずれも中日スタジアム株式会社振出名義の約束手形で支払いさせ、内、上のせ金額二億六、〇〇〇万円を、右被告人両名に不法に取得させ、もつて中日スタジアム株式会社に対し、右金額相当の財産上の損害を加え(48.11.20付起訴状の公訴事実第一の事実)
たものである。
というのである。
第二  当裁判所の判断
〔注〕
1 本件各取引をめぐる事実関係に関しては、たしかに細部にわたる部分において微妙な事実認定上の争点もあるが、基本的な事実関係ともいうべき諸事実は、おおむね、取調べた関係各証拠に照らして明白である。そこで、以下の説明にあたつては、原則として、各事実を認定するに必要な証拠の個別的、具体的な引用はこれを省略し、事実認定上問題となりうると思われる点についてだけ、適宜具体的な証拠を挙示引用することとした。
2 引用する証拠の略語は、おおむね、次の例による〈略。なお、本文中の証拠もすべて略〉
一  被告人らの経歴及び本件各不動産取引に至る経緯等
(一) 各被告人の経歴
被告人加古徳次(以下、単に被告人加古という。)は、昭和四一年ころ、株式会社中日新聞(以下、中日新聞という。)のいわゆる子会社で野球場経営、不動産の売買等を目的とする中日スタジアム株式会社(以下、単に中スタという。)に、非常勤の嘱託として入社し、その後、昭和四六年に、同社の機構改革によつて開発局が新設されるや、取締役兼開発局長に就任し、じ来、同社の不動産取引に関する業務全般の責任者の地位にあつたもの、被告人和泉善一(以下、単に被告人和泉という。)は、昭和三二年ころ、自己の経営する和泉紡績株式会社が倒産したところから、不動産取引に手を出すようになり昭和三九年には、和泉商事株式会社(以下、単に和泉商事という。)を設立し、さらに、昭和四七年一月には、折からの不動産ブームに乗つて取引を拡大するため、名古屋市中区栄三丁目八番一五号に、不動産業栄善株式会社(資本金五〇〇万円、なお、以下、単に栄善という。)を設立して、自らその代表取締役となり、じ来、主として中スタとの間で、大がかりな不動産取引を行なつていたもの、被告人石山建二郎(以下、単に被告人石山という。)は、昭和四五年ころ、名古屋市内の不動産会社早稲田開発株式会社に入社し、約三か月間不動産売買、仲介等の業務に従事した後、不動産業三喜開発株式会社を設立して、自ら不動産業をはじめたが、昭和四六年二月ころ、同社を解散したうえ、同年九月には、新たに、不動産業有限会社石山物産(資本金一〇〇万円、なお、以下、単に石山物産という。)を設立し、宅地建物取引主任者の免許を有する知人の被告人横地雄八郎に依頼して、同被告人を同社の名目上の社長に据え、自らは、取締役会長として、実質上、同社の業務を専決していたもの、被告人横地雄八郎(以下、単に被告人横地という。)は、名古屋市中村区内の東洋郵船株式会社名古屋支店に勤務して、同社の不動産部の仕事をしているうちに、宅地建物取引主任者の免許を取得し、昭和四六年九月ころには、被告人石山の誘いをうけて、前記石山物産の名目上の代表取締役社長に就任したが、同社においてはすべての決定権を被告人石山が事実上が独占しておつたため、被告人横地は、実質的には同社の従来員としての地位しか有していなかつたもの、被告人岡崎礦市(以下、単に被告人岡崎という。)は、被告人石山の実兄で、昭和四七年九月ころ、東京都新宿区内にゴルフ場の建設及びその経営などを目的とする株式会社フアースト・ジヤパン(以下、単にフアースト・ジヤパン)を設立し、その代表取締役に就任していたものである。
(二) 中スタの機構の概況及び被告人加古の地位
中スタは、昭和二三年八月に、「株式会社中部日本スタジアム」として設立されたが、昭和二六年五月には、「中日スタジアム株式会社」とその商号が変更され、その営業目的も、数次の定款変更を経て、昭和四五年二月以降は、「(一)職業野球団及び球場並びに各種運動設備、遊技設備の経営(二)野球試合、ボクシング試合その他各種運動競技の興業及び仲介(三)芸能興業(映画、演芸、舞踊、音楽等)の開催及び仲介(四)土地建物の売買、所有、利用、管理及び売買の仲介、あつ旋(五)宅地の造成及び分譲(六)ホテル、旅館、ロツジ、飲食店、喫茶店、駐車場等の経営(七)体育スポーツに関する書籍及び出版物の刊行(八)運動競技用器具の製造、販売(九)前各号に付帯する一切の業務」となつていた(なお、同社の資本金は、昭和三六年三月からは、二億五、〇〇〇万円である。)。ところで、右中スタでは、その発足の当初においては、取締役会、代表取締役のもとに、総務、球場管理及び営業の三部門が置かれていたに過ぎないが、その後、機構改革によつて、局室制がとられるに至り、とくに、昭和四七年三月以降は、代表取締役社長平岩治郎、常務取締役丹羽武夫のもとに、総務、経理、球場、開発、商事の五局のほか、企画室が置かれ、被告人加古が統括する開発局は、土地開発事業関係などを担当し、二名の局次長(西部利男及び井上弘次郎)のもとに、業務部及び管理部が置かれていた。ちなみに、中スタの組織規程によれば、取締役社長(以下、単に社長という。)の基本職能は、「会社の経営全般を掌理し、代表取締役として会社を代表する」ことであり、常務取締役のそれは、「取締役社長を補佐し、会社の経営全般を掌理し、取締役社長事故あるときはその職務を代行する」ことであり、その他の常勤取締役のそれは、「常勤役員会の構成員として経営全般に関する重要事項を合議し、常に代表取締役の企画、組織、統制などの各機能に関して補佐し、助言するとともに代表取締役より権限の一部を委任され、部門の業務全般を掌理する」ことであり、局・室長のそれは「代表取締役および担当取締役の命令を受け、所属員を指揮監督して部内業務の執行を統括する。部門業務、執行に関する方針を決定し、これを運用する。部門業務執行上必要な事項で、自己の権限を超えるものについて禀議・決裁を得てこれを実施する」ことであり、さらに次長のそれは「局、室、部長の補佐として業務を分掌して当該局、室、部長の命令を受け、又は自己の権限の範囲内において所属員を指揮監督し、当該局、室、部長の所管業務を掌理し、その責に任ずる」こととされていたけれども、同社の平岩社長は、いわゆるワンマン社長で、同社の営業に関する重要事項を、事実上ほとんど専決し、取締役会において、同社長に反対の意見を述べるような役員は、ほとんば見当らないような状態であつた。
(三) 中スタにおける不動産取引の推移・実態
中スタが、不動産物件の取引に、手を広げるようになつたのは、昭和三九年一一月に岐阜県吉城郡上宝村中尾地内の山林一筆約二三五平方米(以下、m2と略記する。)の物件を購入したことに始まり、当初は開発(取得土地の開発)事業が中心で、ロツジの建設・経営別荘地の造成・分譲、マンシヨンの建設・分譲などを散発的に行なう程度であつたが、昭和四六、七年以降になつて、その取引件数、取引額とも、急激に増大するに至つたもので、とくに、昭和四七年には、その不動産部門の名目上の収入は、三六億四、四一二万円に達し、中スタの全収入の80.6%の高率を占めるに至つていた。
このように、昭和五六、七年以降中スタの不動産取引がとくに急激に増大するに至つたのは、平岩社長が、当時の大巾な金融緩和と空前の不動産ブームを、業績拡大のための絶好の機会としてとらえ、積極的に不動産取引を行なおうとしたことによるものである。すなわち、平岩社長は、前記のとおり、同社においてはいわゆるワンマン社長であつたが、他方、自己が新聞記者出身でないのことなどの事情もあつて、親会社ともいうべき中日新聞(いわゆる本社)から、比較的冷遇されていたため、自ら壮大な事業を興して本社の幹部にその業績を誇示したいと考えており、昭和四四年ころからは、その建設に巨額の費用を要する全天候野球場(いわゆるアストロドーム球場)建設の夢を抱くに至つていた。ところで、中スタは、昭和四五年五月ころ、それまで無償で借受けていた中日球場及びその周辺の敷地の買取方を、地主(熊谷組の子会社である土地興業株式会社)から求められ、五億五、〇〇〇万円でこれを買取らざるを得なくなつたが、右平岩は、これが買収資金の捻出に苦慮した末、これまでの散発的な取引で収益を挙げてきた不動産取引を、さらに活発化して増収をはかろうと考えるようになり、さらに、昭和四六、七年になつて、業界が前記のような空前の不動産ブームで活況を呈するようになると、これを、自社の業績拡大ひいてはアストロドーム球場建設という年来の夢実現のための絶好の機会としてとらえ、不動産取引の飛躍的な増大を企図するに至つたもので、被告人加古がその責任者として行なつた後記のような一連の取引は、平岩社長の右のような意向を体して行なわれたものに外ならない。
ところで、中スタが、運用しうる手持資金量の寡少という難点を克服して、その不動産取引を前記のように飛躍的に拡大させることができたからくりは、中スタと栄善及び石山物産との間で行なわれた手形による取引にあつた。すなわち、被告人加古は、昭和四六年五月ころ、中スタが買入れた不動産物件を仲介した和泉商事の経営者として被告人和泉を知るようになり、間もなく、同社に対する仲介料金等の支払いを中スタ振出しの約束手形(以下、手形又は約手という。)で行なうようになつたが、右のような事情を知つた平岩社長は、このような手形による代金支払の方法に着目し、これをもつて、手持資金の少ない中スタの業績を拡大させる格好の手段であると評価し、同年八月ころ、右被告人和泉及び同被告人の持込む約手の割引に応じていた一宮市在住の林茂(金融業林株式会社―以下、単に林(株)という―の経営者で、被告人和泉とは、小学校時代以来の親友である。)の両名を、名古屋市中区の料亭「翠芳園」へ招いたうえ、同両名に対して右手形取引に関する全面的な協力方を要請したところ、右両名においてもこれを承諾したので、以後、中スタと和泉商事及びその後身である栄善との取引は、すべてこの方式によることとなり、さらに、昭和四七年九月以降は、石山物産との取引も、この方式によることとなつた(なお、以下、右翠芳園における三者の会合を、翠芳園の会合という。)。ちなみに、右手形による取引とは、中スタは、栄善らが持込む第三者所有の土地を栄善らから買受ける契約をし、その代金の一部又は全部の支払のために手形サイド(振出日から満期日までの期間、以下同じ。)三、四か月の約手を栄善らに振出交付し、栄善らは、このようにして取得した約手を林(株)で割引いて現金化したうえ、地主から土地を買収するなどの作業(多数の権利関係者間の意見を調整して目的物件を取得し、かつ、その取得目的に照らして、各種法規制に適合するよう諸般の措置を講ずること。以下、右のような作業を、地揚げということがある。)をすすめ、履行期限内に中スタに対する所有権移転登記手続と物件の引渡し(以下、両者を一括して引渡し等という。)を行なうというものであるが、さらに、中スタは、振出した約手の満期到来以前に右引渡し等を受けた土地を第三者へ転売し、これによつて取得する代金の一部をもつてさきに栄善らに対して振出した約手の支払いにあてることを予定するものであるから、地揚げ及び転売が順調に行なわれる限り、中スタは、自らはほとんど資金の準備をすることなしに、巨額の利益(転売差額)を挙げることが理論上可能となるものである。
かくして、中スタの不動産取引は、翠芳園の会合以降漸次増大するに至つたが、とくに、昭和四七年五月ころ、平岩社長が米国のアストロドーム球場の視察から帰国して以降は、しばしは、同社長の口ぐせともいうべき「アストロドーム球場建設に全人生を賭ける。」「虎穴に入らずんば虎児を得ず。」「ナツシングアドヴエンチユア、ナツシングハウ」などのことばとともに、名球場建設の計画が次第に現実味を帯びたものとして熱つぽく語なられるようになり、また、右のような社長の積極的な姿勢に刺激されて、被告人加古らの行なう不動産取引も巨大化の一途をたどり、それとともに、栄善や石山物産との従来の取引に関する限り、地揚げ失敗等のために中スタが現実に損害を受けるというようなケースもなかつたところから、右両社が持込む物件については、その地形上ないし地理的な条件からする商品価値の検討は別として、地揚げの可能性については、中スタ独自の調査などを行なわずに、右両者の言分をそのまま信用して取引するようになつた。
(四) 中スタと栄善の関係
被告人和泉と中スタとの接触は、和泉商事時代の昭和四六年五月ころ、同被告人が、福井県坂井郡金津町所在の土地(いわゆる北潟湖物件)を、名古屋市の不動産会社永楽土地株式会社の二村社長の口ききで、中スタへ仲介したことにはじまつた。その後、同被告人は京都市伏見区所在の物件二箇所(いわゆる京都車坂物件及び同深草物件)を相いついで中スタへ仲介したが、その際、仲介手数料を中スタ振出しの約手で支払つてほしい旨中スタに申入れたのであるが、このことが、折から、乏しい手持資金で不動産取引を拡大することを企図していた平岩社長の気持をとらえ、さらに、前記のような経緯で行なわれた翠芳園の会合の後は、その(被告人和泉の)いかにも大物然とした物腰・風貌や、中央の政財界にも知己の多い顔の広さ、わけても、地元の有力な金融業者である林との緊密な関係などから、いつそう、右平岩社長の信任を得るようになり、じ来中スタと緊密な取引関係を持ようになつた。いま、被告人和泉が、和泉商事及び栄善の代表者として、中スタと取引をした物件の概略(右車坂及び深草物件以後の分)を示すと、次のとおりである(かつこ内には、中スタとの契約年月日、物件名、中スタの買入価格の順に記載する。)。
1 いわゆる岡山草ケ部物件(46.12.15岡山市草ケ部字佐山一、一九五所在の一万二、〇一八坪、二億三、〇〇〇万円)
2 いわゆる作手(第一次)物件(47.5.20愛知県南設楽郡作手村所在の約五〇万坪、八億円。その後47.10.20縮少して再契約、二億二、八四一万四、二〇〇円)
3 いわゆる松坂(第一次)物件(①47.5.25三重県松坂市山室町字順出二、七三二所在の約七万坪、二億八、七〇〇万円、②47.7.31同町字餅出二、六七二所在の二万九、〇〇〇坪、一億七、四三〇万円、③47.10.11同市久保町字ツツジ谷一、九三〇番所在の八、〇〇〇坪、四、八〇〇万円)
4 いわゆる松坂(第二次)物件(47.7.10松坂市山室町字西一、九一二番所在の約、三、三三〇坪、一億円)
5 いわゆる福王山物件(47.7.21後記(六)1参照)
6 いわゆる三岳物件(47.8.14長野県木曾郡三岳村字三郎沢八、二二二の四所在の約一〇万坪、二億八、八〇〇万円)
7 いわゆる千代田物件(47.8.21名古屋市中区千代田三丁目所在の三三五坪、一億八〇〇万円)
8 いわゆる西浅井物件(①47.10.3磁賀県伊香郡四浅井町所在の約八〇万坪、一二億八、〇〇〇万円、②47.12.11同町所在の約二〇万坪、三億二、〇〇〇万円)
9 いわゆる伏見物件(47.11.9京都市伏見区醍醐上端山町一一番所在の二万一、八〇〇m2、三億円)
10 いわゆる鳥羽物件(47.11.13鳥羽市小浜字大井筒二九六所在の三万四、〇〇〇坪、七億三、七八〇万円)
11 いわゆる平谷物件(47.11.13長野県下伊那郡平谷村字合川四〇三番の一七所在一、二〇〇坪、二億七四〇万円)
12 いわゆる額田町物件(47.12.10後記(六)3参照)
13 いわゆる大安町物件(47.12.11後記(六)2参照)
14 いわゆる作手(第二次)物件(47.12.11前記作手村大字田原所在の三八万五、七〇〇坪、八億六、七八二万五、〇〇〇円)
15 いわゆる恵那物件(47.12.28岐阜県恵那郡蛭川村所在の約五一万坪、二一億五、〇〇〇万円)
右各取引のうち、本件で問題とされている5.12.13の各物件については、その地揚げが完全な失敗に終つたが、1、4、7、9など比較的小型の物件は、完全に地揚げが成功し、中スタに多大な利益をもたらした。その余の物件については、結局において、多かれ少なかれ地揚げ上の問題を生じ、いずれも当初の契約どおりに地揚げを完了するまでには至らなかつたが、計画を縮少・変更して再契約をしたり(たとえば、作手第一次物件)するなど、適宜の処置をとることにより、中スタには相応の利益をもたらしており、中スタに実損をもたらしたような物件取引は他には見当らない。
このように、中スタと栄善との取引は必ずしもすべて完全に成功したわけではないが、さりとて、いわゆる福王山物件の地揚げ失敗までは、その取引が完全に失敗して中スタが実損をこうむるという例はなかつたうえ、栄善の背後にある林(株)が、その豊富な資金量に物をいわせ、中スタの手形についてはほとんど無条件で割引に応じてくれるため、平岩社長は、栄善との取引を拡大することにいつそう熱中し、昭和四七年九月ころからは、栄善に対し、「中日スタジアム代行」という名称の使用を許すまでになつた。また、被告人和泉は、中スタが、自社との取引を急激に拡大してくれたことに対する感謝の気持ちから、被告人加古を通じ、昭和四七年一二月ころ、中スタの機密費ないし政治資金として、金五〇〇万円を中スタへ寄附し、右金員は間もなく同被告人から平岩社長の手にわたされた。
(五) 中スタと石山物産の関係
被告人石山と中スタとがはじめて接触したのは、昭和四六年一一月ころ被告人石山が実弟岡崎治樹(株式会社サンキハウスー以下、単にサンキという―の経営者)から相談を受けて、長野県霧ケ峰所在の物件(いわゆる霧ケ峰物件)の転売先を、中スタに紹介しようとしたときであるが、大手業者の介入等の障害によつて、中スタが右物件の入手をあきらめたため、右の取引は実現するに至らなかつた。
その後、被告人石山は、昭和四七年三月ころ、出入りの不動産業者から聞込んだ後記福王山物件を中スタに地揚げさせようとして折衝し、被告人加古にこれを承諾させたが、間もなく、被告人和泉の経営する栄善が右物件に強く食込んでいることを知つた被告人加古から、右物件は栄善に任せた方がよい旨申渡されて、やむなく、右物件からも手を引いた。
しかしながら、被告人石山は、その後、同年夏ころになると、中スタと他の会社との不動産取引を、つづけて二件仲介して、いずれもこれを成功させるに至り(①47.7ころ、いわゆる岡山物件、中スタから大蔵屋への売却、②47.8〜9ころ、いわゆる松川物件、栄和興業株式会社から中スタへ、さらに、中スタから三共開発株式会社への各売却)、その実績を買われて、同年九月一日には、中スタとの間で、後記(六)7記載の経緯により、和歌山県田辺市芳養町茨谷所在の山林約二〇万坪(いわゆる田辺物件の本体)について、売買契約を締結することに成功し、同年一一〜一二月ころから、栄善同様、「中スタ代行」なる名称の使用を許されるようになつた。しかして、被告人石山は、前記のような手形によつて行われた右田辺物件(本体)の取引について、履行期限(47.12.5)にわずかにおくれはしたが、完全にその地揚げを成功させるという成果を挙げて、いよいよ被告人加古の信頼を得、その後は、後記のように、下呂物件以下の大型物件を、つぎつぎに中スタへ売渡す契約を締結するようになつた。なお、石山物産と中スタとの間に行なわれた不動産の取引のうち、本件において刑事訴追の対象とされていないものを列挙すると、
1 いわゆる有松物件(仲介)(47.11.30名古屋市緑区有松町桶狭間所在の物件、仲介手数料約一、〇〇〇万円)
2 いわゆる守山物件(売買)(47.12.12名古屋市守山区大字小幡所在の約一、四〇〇坪、代金一億一、一四〇万一、六〇〇円)
3 いわゆる大安町物件(仲介)(47.12.27後記(六)2の大安町物件、中スタから東海興業株式会社へ。仲介手数料双方から各九〇〇万円)
4 いわゆる仙台矢本物件(仲介)(47.12.8宮城県桃生郡矢本町所在の物件、松島建築研究所から中スタへ、さらに中スタから松島建築研究所へ売りつぐことによつて、中スタへ五、〇〇〇万円の利益を計上)
などがあり、いずれも、石山物産が関与した限度では取引として成功し、ことに右3を除くその余の取引においては、中スタに多大の利益を挙げさせているが、他にも、石山物産から、中スタの関連会社である中日小松開発株式会社に一億円で売渡された。いわゆる保土谷物件(横浜市保土谷区所在の物件)の取引(47.11.15)につき、その翌日これをフアースト・ジヤパンが一億一、〇〇〇万円で買取るという形で取引を成功させ、右中日小松にわずか一日で一、〇〇〇万円の利益を計上させた。
また、被告人石山は、被告人加古が、自己を信頼して相いついでこのような大型物件の取引に応じてくれたことに対する感謝の気持もあつて、いわゆる機密費を持たない中スタのために、これら取引による自己又は石山物産の利益の一部を、中スタの機密費ないし政治資金として還元しようと考え、昭和四七年九月ころから、同四八年一月ころまでの間に、数回にわたり、合計約二、〇〇〇万円を、小切手又は現金で、被告人加古に手交した。
(六) 本件各不動産取引の状況
このような状況の中において、中スタは、栄善及び石山物産等から、つぎつぎに不動産を買受ける契約などをし、その都度、代金の一部又は全部を約手で支払つていつたが、本件において、被告人加古らの刑事責任が追及されている取引は、①いわゆる福王山物件、②いわゆる大安町物件、③いわゆる額田町物件(以上、売主は栄善)、④いわゆる下呂物件、⑤いわゆる音羽町物件、⑥いわゆる森町物件(以上、売主は石山物産)、⑦いわゆる田辺物件(石山物産に土地買付資金を預けたというもの)、⑧いわゆる姫路物件(売主は村山甚三)の八個である。そこで、以下においては、証拠によつて認められる右各取引の状況を概観することとするが、説明の便宜上、各取引の冒頭に、中スタとの間で締結された契約内容の概略及び現に支払われた代金等(いずれも約手によるもの)を摘記し、ついで右契約締結に至る経緯及びその後の履行状況等を記載することとする。
1 いわゆる福王山物件について(48.7.28付起訴状の公訴事実第一の一の1の事実関係、売主は栄善)
(1) 契約の内容等
① 契約日 47.7.21
② 対象物件 三重県三重郡菰野町大字田口福王山二、四〇四番地三所在の山林一九八万八、八八二m2(大字田口外五字共有、約六〇万坪)
③ 履行期限 47.8.21
④ 代金 八億八、〇〇〇万円(ただし、契約成立と同時に手付金八、八〇〇万円を支払い、残金は、48.8.21以内に支払う。)
⑤ 支払われた代金
(ⅰ) 47.7.21
一億七、六〇〇万円
(ⅱ) 〃.8.26 四億円
(ⅲ) 〃.9.16 二億円
(ⅳ) 〃.9.29 一億四〇〇万円
(以上合計八億八、〇〇〇万円)
(2) 契約締結に至る経緯及びその後の履行状況
いわゆる福王山物件は、右(1)記載の約六〇万坪の広大な物件で、福王山山麓の菰野町大字田口、同田口新田、同県員弁郡大安町大字門前、同南金井、同大井田、同梅戸の六字の共有に属し、右六字の代表者で構成する福王山管理委員会(以下、福管委という。)がこれを管理していた。栄善出入りの不動産ブローカーである伊藤嘉彦こと伊藤明から右物件の持込みを受け、「六字共有で各字の代表者(区長)を口説けば入手できる。」旨の情報を得た被告人和泉は、昭和四七年五、六月ころ、早速、右福管委の委員長小川甚太夫を訪れて、その協力方を要請したところ、右小川から、「競争相手が多くて一寸難しいが、骨は折ろう。」「売る場合は、六字まとめて売りたい。」という話があつたので、伊藤らの協力を得て、各区長を各個撃破することとした。その後、同被告人は、右物件が、形式上は、前記六字の共有であるが、戸数の最も多い梅戸地区(六字合計一、二〇〇戸のうち四〇〇戸が同地区にある。)に北垣内という部落があり、右北垣内も、事実上独立の一字として右物件の管理に介入しておつて、その同意がなければ売ることができず、しかも、右北垣内の区長(三崎重治)が、仲々手ごわい人物である、などの事情も判明したので、まず、右北垣内の三崎区長から口説こうと考え、前記伊藤や栄善の専務小林邦夫らを通じて、右三崎区長と接触し、同人を再々温泉地へ招待して饗応するなどして、その説得に努めた結果、同区長から、「中スタへ売ろう。」という返答を引き出すことに成功した。これに勢を得た同被告人は、その後、大井田の区長(藤田要)とも接触し、その言動から、まずその協力も得られると判断することができたので、ここに、同被告人は、最大の難関を突破して、右物件地揚げの目途がついたと考え、これを中スタへ持込み、平岩社長や被告人加古に対し、「六区中、一番難しい梅戸を味方につけたので、必ず手に入る。」「フジタ工業が一二億で買うといつている。」などと説明したところ、中スタにおいては、かつて石山物産の紹介で右物件の買収を行なおうとしたことがあつて、これについての予備的知識もあつたことから、急激に話が具体化し、同年七月二一日平岩社長及び被告人加古の主唱により中スタは右物件を栄善から前記1の条件で買受ける旨の契約を締結した(なお、右物件の売買代金は、栄善から地主へ支払う分―一字一億円とし、北垣内をも一字として扱い、この分を含めて計七億円―に、栄善の利益一億円と、手形の割引手数料一割を上乗せして、八億八、〇〇〇万円と定められた。)。その後、被告人和泉は、他の共有者である田口と田口新田の各区長を攻略しようと考え、田口の区長谷久男、田口新田の区長鈴木一三の両名らを、湯の山温泉に招待して、前同様饗応し、両区に対して、各一、〇〇〇万円の寄附をするなどの挙に出たため、右両区長も、栄善(中スタ)へ売ることについてほぼ承諾するような態度を見せるに至つたが、そのころから、共有者たる各字の住民の間で、売買代金の分配をめぐつて、種々の思わくを生じ、共有者間の話合いが難航しだしたため、それ以上の進展が見られないようになり、契約履行期限である前記八月二一日を過ぎても、物件の引渡しや移転登記手続などを行なうまでには至らなかつた。ところで、被告人和泉は、当時、右物件と併行して、岐阜県恵那郡蛭川村字若山等所在の山林一六九万一三九m2(約五〇万坪、以下、恵那物件という。)の買収工作をしており、右物件についても、いずれ中スタと売買契約を締結する(ただし、右物件については、第三者の借地権がついているので、借地権者との合意により、これを解消することができた段階で、中スタと栄善との契約をする。)旨、平岩社長の了解を得ていたが、平岩は、右物件の取得にも熱心で、被告人和泉に対し、是非ともこれを獲得するよう命じていた。このような状勢の中で、中スタは、本件福王山物件の売買代金として、前記のとおり七月二一日に一億七、六〇〇万円、八月二六日に四億円、九月一六日に二億円、九月二九日に一億四〇〇万円と、計八億八、〇〇〇万円の売買代金を、物件の引渡しを待たずに完済してしまつたが、右のうち、九月一六日と二九日に支払われた計三億四〇〇万円は、中スタが栄善から後刻買い受ける予定の前記恵那物件の地揚げ資金として使用するということを、平岩社長自身承諾して、その了解のもとに支払われたものであり、また、八月二六日に支払われた四億円は、(栄善の)取引銀行である幸福相互銀行金山支店(以下、幸相金山という。)における栄善の手形割引の枠を広げるために右手形金を同銀行支店に預金する必要があるということで、平岩社長の了承のもとに支払われたものであつた。
被告人和泉らは、その後も、本件福王山物件を買い受けるため、前同様の地揚げ作業を行なつていたが、はかばかしい事態の進展も見られないでいるうち、同年一〇月に入るや、大手の不動産業者である株式会社大蔵屋(以下、大蔵屋という。)が、突然、共有部落の一つである門前から、その持分権を二億円で買い取るという予想外の行動に出たため、驚いた被告人加古は、急きよ、被告人和泉に指示して、右田口及び田口新田の両字から、栄善がその持分権を買い受けた旨の仮契約書を栄善と右両字間で取り交わさせ、これを携えて単身上京、大蔵屋から門前の持分権を譲り受けるべく交渉したが成功せず、結局、同月末ころには、本件福王山物件に関する中スタと栄善との取引が失敗に終るであろうことはほとんど確実な状況となつた。
2 いわゆる大安町物件について(48.7.28付起訴状の公訴事実第一の一の2の事実関係、売主は栄善)
(1) 契約の内容等
① 契約日 47.12.11
② 対象物件 三重県員弁郡大安町大字宇賀所在の山林約一九八万三、四二〇m2(石榑森林組合等所有の合計三二〇筆、約六〇万坪)
③ 履行期限 48.3.30
④ 代金 一二億一、八〇〇万円(ただし、契約成立と同時に三億三、八〇〇万円を支払い、残金八億八、〇〇〇万円は、すでに前記1の福王山物件に関して支払つた分をこれに充当する。)
⑤ 支払われた代金 右④のとおり
(2) 契約締結に至る経緯及びその後の履行状況
前記のごとく福王山物件に関する地揚げの失敗がほとんど確実となつて間もない昭和四七年一一月ころ、被告人和泉は、前記伊藤から、「福王山物件の隣の大安町に格好の物件がある。」旨の話を聞き込み、折から、福王山物件のあと始末の方法について苦慮していた折でもあつたので、ただちに伊藤とともに現地へ出向いて、地元の実力者である大安町宇賀区長神谷欽一と面談し、地揚げについてその協力を要請したところ、同人は、確答は避けながらも、「区長在任中は動けないが、来年一月に区長をやめたら、それ以後は協力しよう。」などと右要請に応ずるかのような態度を示した。
ところで、右大安町物件とは、三重県員弁郡大安町大字宇賀所在の山林等約六〇万坪のことであるが、右物件は、(1)宇賀区区有林、(2)石榑森林組合所有山林、(3)石部神社の所有地、(4)多数の個人所有地などからなり、右宇賀区区有林の実質上の所有権者の数だけでも優に一〇〇名を超えるうえ、右区有林の一部である久多羅木地区についてはすでに名古屋の不動産業者株式会社名大の実質上の経営者筒井福松が、その一部を買い集めるなどの挙に出ていたけれども、被告人和泉は、前記のような神谷の態度等に徴していずれその協力が得られると考え、また、福王山物件の場合と異り、他に有力な競争相手も見当らず、しかも、右物件がゴルフ場として絶好の条件を備えていることなどから、右物件の地揚げをすることによつて、福王山物件の失敗を埋め合わせようと考え、右の話を早速中スタへ持込んだ。しかして、被告人和泉と同様、福王山物件のいわゆる敗戦処理に頭を悩ましていた平岩及び被告人加古の両名は、それこそ天の助けであるとして、ただちに右被告人和泉の話に飛びつき、福王山物件に関する契約の対象物件を大安町物件に変更して、新たに契約を締結し直すという方法で、同年一二月一一日栄善から右物件を買い受ける旨の契約(代金一二億一、八〇〇万円)をし、前記(1)の④⑤記載のとおり、即日、右物件の代金全額の支払いをすませ、その後、同月二七日には、被告人石山の仲介で、これを東海興業株式会社(以下、単に東海興業という。)へ、代金一五億円(なお、契約の履行期限は昭和四八年三月三一日)で転売した。しかして、被告人和泉は、前記伊藤のほか、中スタから応援のため派遣された同会社従業員数名をも督励して、右物件の地揚げをいそいだが、足もとを見た地元住民の価格つり上げにあつて、作業は容易に進捗せず、履行期限である昭和四八年三月三〇日に至つて、ごく一部の地揚げが完了したに過ぎない状態(甲山地区と久多羅木地区がほぼ完了したほか薯畑地区の一部が完了したのみ)であつたところ、同年四月中旬に至り、中スタは、転買人たる東海興業から、債務不履行を理由とする売買契約の解除を通告され、しかも、すでに受領ずみの手付金(三億円)の倍額につき、これが返還請求を受けるという事態に立ち入り、右大安町物件に関する契約も完全な失敗に終つた。
3 いわゆる額田町物件について(48.9.1付起訴状の公訴事実第一の事実関係、売主は栄善)
(1) 契約の内容等
① 契約日 47.12.10
② 対象物件 愛知県額田郡額田町大字鹿勝川字玉沢一番地ほかの田、山林、原野、畑、墓地、宅地等約一六五万m2(合計二四四筆、約五〇万坪)
③ 履行期限 48.4.20
④ 代金 九億円(ただし、契約成立と同時に九、〇〇〇万円、47.12.22に一億円、残金は484.20.までに支払う。)
⑤ 支払われた代金
(ⅰ) 47.12.11 九、〇〇〇万円
(ⅱ) 〃.12.22 一億円
(ⅲ) 48.2.9 五、〇〇〇万円
(ⅳ) 48.2.13 一億円
(ⅴ) 〃.2.17 二億円
(以上合計五億四、〇〇〇万円)
(2) 契約締結に至る経緯及びその後の履行状況
いわゆる額田町物件は、昭和四七年四月ころ、栄善の嘱託である春日井今朝郎によつて栄善へ持込まれたが、調査の結果、「急な谷や岩盤が多くてゴルフ場用地としては適当でない。」ということが判明したため、栄善としては、右物件についての地揚げをあきらめ、これと同時に持込まれた隣接地の愛知県宝飯郡音羽町所在の物件(ちなみに、後に中スタが石山物産との間で売買契約を締結した音羽町物件とは異別の物件である。)について買収を進めることとし、同年八月三一日、地元の不動産ブローカーで、音羽町長(堀内重昭)に対しても顔がきくという近藤和一、同志津夫の両名(親子)との間で、代金一一億七〇〇万円でこれを買受ける契約をした。ところが、同年一〇月中旬ころに至り、日本ゴルフ同友会の傘下となることが予定され、当時設立準備中であつた株式会社キヤツスル(代表者坂巻宏)から、栄善に対し、右額田町物件の買取方の申入れがあつたので、有力な買手を得た被告人和泉は、前記近藤らとの間でさきに契約した音羽町所在の物件の地揚げを一時中止して、急きよ、額田町物件について地揚げをすることとし、同年一一月一〇日ころ、右近藤らとの間で、右物件を栄善が買受ける旨の契約(代金は七億五、〇〇〇万円、履行期限は、うち三〇万坪につき昭和四八年一月末日、残りの二〇万坪につき同年三月又は四月末日とする口頭の契約)をするとともに、右近藤らを督励して、地揚げをいそいだけれども、間もなく、右土地の一部(約七万坪)が、近藤らの仲間の一人である、地揚げ屋の江川釤一郎から、他の業者である豊臣工業株式会社へ売渡され、すでに移転登記手続も完了していることが判明し、地揚げの前途には、必ずしも楽観を許さないものがあつた。しかしながら、被告人和泉は、当時中スタの平岩社長が、折からの不動産ブームに乗つて同社の不動産取引を飛躍的に増大させようと焦慮していた折でもあり、また、右物件について適当な買手(前記キヤツスル)がついたことでもあつたので、この際、多少の危険を冒してでもこれを中スタへ売込み、さらに、これをキヤツスルへ転売させて、中スタともども利益をあげようと考え、これを中スタへ持込んだところ、平岩社長及び被告人加古もこれに同調し、一二月一〇日栄善と中スタとの間において、前記(1)記載の条件で、右物件に関する売買契約が締結せられた。なお、右契約締結に先だち、中スタからの依頼を受けて右物件の調査をした中日不動産鑑定所長寺島鐐太は、右物件について、「ゴルフ場には向かない。一部について他業者の先買いもあり、権利関係が複雑である」旨の消極意見を述べ、また、開発局次長西部利男も、同様に消極の意見であつたが、被告人加古らは、「先買い部分については、地元の有力者に頼んで買戻しをする。」旨の被告人和泉の言を安易に信用して、右契約の締結に踏み切つたものである。その後、中スタは同年一二月二〇日右物件を、前記日本ゴルフ同友会に対し、代金九億七、五〇〇万円(坪当り単価一、九五〇円)で売渡す契約(ただし、履行期限は、うち三〇万坪につき昭和四八年二月末日、残りの二〇万坪については同年五月末日)をしたが、昭和四八年に入つても近藤らによる右物件の地揚げ作業は、はかばかしく進捗せず、また、豊臣工業との買戻しの交渉も容易も進展せず(第一次の履行期限の二月末日当時でわずかに三万坪余りしか地揚げができず、その後も約二万坪の地揚げができたに止る。)、かかる状況のうちに、同年五月二五日中スタの倒産を迎えるに至つた。なお、本物件は、農業振興地域(以下、農振地域という。)の指定を受けた部分が約半分を占めていたが、被告人和泉及び同加古その他の係関者は、いずれも右規制の存在を看過して、契約に及んだものである。
4 いわゆる下呂物件について(48.7.28付起訴状の公訴事実第一の二の事実関係、売主は石山物産)
(1) 契約の内容等
① 契約日 47.12.22
② 対象物件 岐阜県益田郡下呂町湯之島字芦谷所在の山林約一万一、九九三m2(森田八市外九名共有の九筆、約三、六〇〇坪)
③ 履行期限 物件引渡の時期を48.3.10とし、登記の時期を48.3.13とする。
④ 代金 一億六、三二五万四、六〇〇円(ただし、契約成立と同時に八、二六五万九二〇円、残金は物件の引渡等と引換えに48.3.10までに支払う。)
⑤ 支払われた代金
47.12.22 八、二六五万九二〇円
(2) 契約締結に至る経緯及び履行状況
昭和四七年一二月初ころ、自己のかつての使用人で、不動産業大興地販(ただし、その名義人は野村昌宏)の事実上の経営者である野村忠義から、岐阜県下呂町所在の物件の持込みを受けた被告人石山は、ただちに現地へ出向いて見分したが、中央に墓地があつたりして商品価値に乏しいと判断されたので、右物件の買受けを断つた。ところが、被告人石山は、右野村がその後さらに持込んだもう一つの下呂町所在の物件(本件下呂物件)については、場所柄も良く、リゾートマンシヨン建設用地に最適であると判断し、また右野村から「右物件は一〇名の共有だが、地主らが三年前から売り出しており、いつでも買える。開発上障害となる規制はない。」との報告を受けたので、地揚げ可能な物件であると判断して、同月九日ころこれを中スタの開発局長である被告人加古に持込み、その買受けを交渉するとともに、同被告人の指示により、中日不動産鑑定所長寺島鐐太に依頼して、右物件を鑑定させた。被告人加古は、右寺島の鑑定結果(坪当りの時価四万円ないし五万円相当とするもの)を参考にして、坪当り四万五、〇〇〇円でこれを石山物産から買受けようと考え、その旨被告人石山に通知し、これを受けた同被告人は、石山物産において前記大興地販から右物件を買受ける契約(代金は坪当り三万一、〇〇〇円とし、履行期限を昭和四八年二月末日とするもの。)をすることとし、同月二〇日石山物産の名目上の代表取締役社長である被告人横地をして、同売買契約書に署名させた(なお、以下において、石山物産が契約したという場合は、特段のことわりのない限り右と同様、被告人石山が、同横地をして契約書に署名させるという形式で行なわせることを意味する。)他方、中スタ側においても、被告人加古が右物件の購入について平岩社長及び取締役会の了承をとりつけ、ここに中スタは、同月二二日前記(1)記載の条件で、右物件を石山物産から買受ける旨の契約をしたが、右契約において、中スタが、契約成立と同時に、代金の半額にあたる金額を支払うこととしたのは、被告人石山から、「当初半額払つてくれれば残額は契約上の文言にかかわらず、三月一〇日の履行期限まででなくてもよい。右の支払いは、中スタの建設予定のマンシヨンが完成した時点でよい。」との趣旨の申出があり、これを中スタが受容れたためであつた。ところで、右下呂物件は、愛知県知多郡武豊町在住の森田八市外九名の共有物件で、右森田らも、もともと投資目的でこれを購入したのであつたから、同人らが、価格さえ折合えば、これを売却する意向であることは明らかであつた。しかして、被告人石山は、昭和四八年三月中旬ころまでに、右共有者一〇名中の四名から、坪当り三万四、〇〇〇円の割合で売渡す旨の承諾を得たが、残りの六名との間においては、主として価格の点で交渉が難航し、同年六月ころに至つて、ようやくすべての共有者から売渡しの承諾を得ることができ、契約調印の運びとなつていたところ、被告人石山らが、本件に関連して逮捕されたため、結局、契約締結までには至らなかつた。なお、被告人加古は、「中スタの株を、従業員や出入りの業者に持たせて、安定株主を得たい。」という平岩社長のかねてよりの方針に従い、昭和四七年一二月末ころ、被告人石山に対し、たまたま市場に売り出された中スタの株式一五万株の買取りを求めたところ、折から、被告人石山においても、不動産取引の増大につれて飛躍的は株価が上昇していた中スタの株式に注目していた折でもあつたので、右被告人加古の話をただちに了承し、同月二八日ころ、山種証券名古屋支店営業部長溝口鉦三を通じ、右株式一五万株を代金六、六〇〇万円で買受けたが、右買受代金中約六、〇〇〇万円は、中スタから石山物産に対して前記下呂物件の手付金及び中間金として支払われた約束手形を、被告人石山において他で割引・現金化して支払つたものである。
5 いわゆる音羽町物件について(48.11.20付起訴状の公訴事実第二の事実関係、売主は石山物産)
(1) 契約の内容
① 契約日 48.1.19
② 対象物件 愛知県宝飯郡音羽町大字赤坂字五本松及び字内山地内の山林、田、畑等約四九万五、八六〇m2(金子伸一外一二〇各所有の約一五万坪)
③ 履行期限 48.7.20
④ 代金 九億四、五〇〇万円(ただし、契約成立と同様に一億八、九〇〇万円、残金は、物件の引渡し等と引換えに、48.7.20までに支払う。)
⑤ 支払われた代金
48.1.19 一億八、九〇〇万円
(2) 契約締結に至る経緯及びその後の履行状況
いわゆる音羽町物件は、昭和四七年一一月ころ、被告人石山の実弟で、サンキの経営者である岡崎治樹から石山物産に持込まれたもので、被告人石山が右岡崎及びサンキの従業者小管育徳らに物件の調査をさせたところ、「地主は約七〇名で、一部に共有地がある。なお、一部砂防の指定を受けている部分もあり、市街化調整区域となつている。」などの事実が判明したが、右小管らも、「地揚げに日数はかかるが、まとまる。」という見通しを述べたので、被告人石山は、同年一二月末ころ、右物件を扱う地揚げ業者である明日香商事こと宮田二郎外四名に対し、手付金一〇〇万円を交付するとともに、同人らとの間で、「宮田二郎外四名は、右物件を3.3m2当り五、一五〇円で石山物産に売渡す。昭和四八年一月初旬、改めて該不動産売買に関する契約書を取交すこと」などを内容とする合意を成立させ、その旨の念書を作成した。被告人石山から右物件を持込まれた被告人加古は、ただちに前記寺島に鑑定を命じたが、該土地については、前記のとおり市街化調整区域の指定と一部砂防の指定がなされているほかは、宅地造成上障害となるような点も見当らなかつたので、平岩社長及び取締役会の了承を得て、昭和四八年一月一九日、中スタが石山物産から右物件を買受ける旨の契約(ただし、代金は、総額九億四、五〇〇万円で、うち、一億八、九〇〇万円は、即日払い、残額は同年七月二〇日までに右物件の引渡しと引換に支払うこととし、特約条項として、「当該物件は、市街化調整区域及び砂防指定地域であるため、宅地造成開発行為の許可を条件とする。」旨の一項が付されている。)を締結した。その後、被告人石山は、前記宮田らを督励して、右物件の地揚げをいそぎ、全面積の約二〇%に相当する部分についての地揚げを完了させ、残りの八〇%についても関係地主らと漸次折衝中であつたところ、同年五月二五日に中スタが不渡手形をだして倒産し、しかも同年七日七日被告人石山らが本件に関連して逮捕されたため、右契約の履行は事実上不可能となつた。なお、右物件については自然公園法に基づく区域指定のなされていたことが、後刻判明したが、この点については、右物件の鑑定に当つた寺島すらも気付いておらず、被告人石山及び同加古の両名とも、全くこれを知らずに本件契約に及んだものである。
6 いわゆる森町物件について(48.9.1付起訴状の公訴事実
第二の事実関係、売主は石山物産)
(1) 契約の内容
① 契約日 48.3.2
② 対象物件 静岡県周智郡森町字向天方一、三四七番地の一ほかの山林、原野、田、畑等約一六五万二、八九〇m2(約五〇万坪)
③ 履行期限 48.8.31
④ 代金一三億五、〇〇〇万円(ただし、契約成立と同時に四億二、〇〇〇万円、残金は、物件の引渡し等と引換えに48.8.31までに支払う。)
⑤ 支払われた代金
48.3.2 四億二、〇〇〇万円
(2) 契約締結に至る経緯及びその後の履行状況
昭和四七年一一月ころ、サンキの柳沢敏彦から石山物産に持込まれたいわゆる森町物件(静岡県周智郡森町字向天方一、三四七番の一外の山林、原野等で、当初の買収予定面積は約七〇万坪、後に後記の事情で五〇万坪に縮小された。)は、その地形的ないし地理的条件からゴルフ場に最適と見られた。そこで、被告人石山が被告人加古を誘つて現地を視察したところ、同被告人も、右物件に深い興味を持つに至つた。かくして、被告人加古は、その後、中スタの開発局次長井上弘次郎を再々現地へ派遣し、同人をして、該土地の買収につき多大の影響力を持つと見られる前記森町助役鈴木重男や、右物件の約半分を占める土地の所有者である社団法人報徳社の理事(社長と呼称されている。)山崎多三郎らと接触させ、状況を把握させるとともに、右鈴木重男らに対し地揚げについての政治的な協力方を要請させ、他方、同年一二月中旬ころには、現実に該土地の地揚げを担当させる業者として被告人石山が連れてきた地元の不動産業者株式会社大黒地所の取締役営業部長稲田龍一とも面談して価格の交渉をするなどし、さらに、被告人石山の「フジタ工事がゴルフ場を作る予定であるから、大黒地所に地揚げさせて中スタで買上げ、フジタ工業に転売したらどうか。」との言を容れて、中スタの取締役会にも、「今後検討のうえ、取上げていきたい」旨語り、その了承を得た。その後、被告人加古は、前記寺島の鑑定により、右物件には、中央に茶畑があり、しかも農振地域の指定もあるため開発上いろいろな困難が予想されること、地主が一〇〇名以上もいて、地揚げ作業も簡単ではないことなどの難点もあることを知つたが、現地へ派遣した前記井上から該物件の取得を強く進言されたこともあつて、右買収の実現に熱意を燃やし、右井上に、前記山崎や鈴木と再々接触させたり、具体的なゴルフ場開発計画を記載した事業計画書(土地利用調書と題するもの、証一〇号)を町当局に提出させたりして、当局の出方等、状況の推移をうかがううち、右事業計画書が、却下されずに一応受理されたうえ、現地で行なわれた地揚げのための中スタの事務所開きには、最大の地主である前記報徳社から山崎社長ら幹部数名が、招きに応じて出席してくれたことなどから、地揚げも開発も、その成功の見込みありと考えるに至つた。そこで、被告人加古は、いまひとつの問題である前記農振地域の指定の点については、当初の七〇万坪の買収計画を五〇万坪に縮少して、農振地域をできる限り計画からはずすなどの方法で対処することとし、平岩社長及び取締役会の了承を得たうえ、昭和四八年三月二日中スタが石山物産から右物件(面積約五〇万坪)を代金一三億五、〇〇〇万円で買受ける旨の契約(ただし、うち四億二、〇〇〇万円は即時払い、残金は、同年八月三一日までに右物件の引渡しと引換えに支払うというもの。)を締結し、即日、右四億二、〇〇〇万円を約手で支払い、他方、被告人石山は、サンキの岡崎治樹を通じ、同月二七日ころ、大黒地所から代金一二億五、〇〇〇万円で右物件を買受ける契約(ただし、物件の引渡期限は、同年八月三一日で、同年一〇月三一日まで延長を認める。というもの。)をした。その後、被告人石山は、大黒地所を督励して、地揚げ作業を進めさせ、同年六月末現在で、二二名の地主から約一万四、〇〇〇坪の土地買上げに成功したが、最大の地主である報徳社との話合いは、その後さしたる進展を見せるに至らなかつた。
7 いわゆる田辺物件について(48.11.20付起訴状の公訴事実第三の事実関係、石山物産の預け金)
(1) 契約内容
① 契約日 48.3.30
② 対象物件 和歌山県田辺市芳養町大屋谷三六〇番ほかの田、畑約一五万五、〇〇〇m2(約四万七、〇〇〇坪)
③ 契約内容 中スタがさきに石山物産から買受けた和歌山県田辺市芳養町字後路茂谷六五五番の一ほか一一三筆(六六万一、一五〇m2)の周辺にくい込む右②記載の土地の買増しを石山物産に依頼し、その資金として一億三、〇〇〇万円を預けるというもの。
④ 支払われた金員
48.3.30 一億三、〇〇〇万円
(2) 預け金交付に至る経緯及びその後の履行状況
昭和四七年八月ころ、被告人石山は、出入りの不動産ブローカーである和幸林融の長屋和夫から、和歌山県田辺市芳養町字後路茂谷所在の山林約二〇万坪(いわゆる田辺物件の本体)の持込みを受け、これを中スタへ持込んだところ、被告人加古においても、以前別のルートで右物件を調査したことがあつて、その状況を把握していたところから該土地の取得について積極的な姿勢を示した。そこで、関係者がただちに価格等に関する折衝を遂げた結果、まず右和幸林融が事実上の地主である浜地堯去から該土地を買上げて、石山物産に売り、中スタがこれをさらに石山物産から買上げる、という線で話がまとまり、同年九月一日中スタと石山物産の間においては、右土地を代金一二億九、〇〇〇万円で前者が後者から買受ける旨の契約が締結された。しかして、右物件の地揚げは順調に進み(同年一二月末ころ、無事引渡し完了)、また、中スタ側においても、当時、中スタの開発局部長待遇として、開発局のスタツフの一員となつていた前出の中日不動産鑑定所長寺島鐐太を現地等に派遣し、右物件の開発に不可欠な上水道用の水源確保等について田辺市や隣接する南部町当局に働きかけさせるなどしながら、適当な転売先を物色していたが、昭和四八年一月ころに至つて、いわゆるもみじ型をしている右物件を開発するにあたつては、これにくい込むような形で存在する周辺の農地約四万七、〇〇〇坪(所有者約一一名)を買増しすることが、やはり必要であるということになつたため、被告人加古は、右寺島や前記開発局次長長井上弘次郎を、再々現地へ派遣して、被告人石山とともに地揚げの交渉に当たらせることとし、右の指示を受けた寺島らは、田辺市農業協同組合の専務理事で田辺農業委員会の会長でもある有力者桑原達雄に対し、地揚げについての協力方を要請した。ところで、右要請を受けた桑原は、現職の地元農業委員会々長であることから慎重な態度を取りながらも、井上に対し、「本当にやる気があるのなら、中スタも、田辺農協に一億円位預託してほしい。」などと言つたり、また、寺島から、地揚げ完了の時期について、その見とおしをたずねられると、「六月の田植えころには何とかなる。」などと気を持たせる返答をしたため、右井上、寺島らにおいては、このような桑原の発言等を目して、「立場上表立つては動けないが、裏では協力する意思がある。」との趣旨を同人が暗示しているものと受取り、桑原の協力が得られるから地揚げは有望である旨を被告人加古に報告した。そこで、被告人加古は、右桑原の協力を一層確実なものとするため、同人の前記示唆に従い、ひとまず同年三月ころ被告人石山に命じて、金一億円を調達させ、これを被告人加古の名義で田辺市農協に預託させたが、このような情勢にかんがみ、買増し予定の農地約四万七、〇〇〇坪の地揚げが十分に可能であると判断し、これを、前記本体の部分と一括して他へ転売することとし、同年三月二九日被告人石山が転買人として紹介してきた新日本実業株式会社(以下、新日本実業という。)との間において、右本体部分と買増し予定部分(右四万七、〇〇〇坪のうち、とくに開発上不可欠な部分の面積三万坪)を一括して、中スタから新日本実業に売渡す旨の契約(ただし、右土地の実測面積が確定されていなかつたため、代金額は一応、一八億四、六五五万七、〇〇〇円と定められたが、中スタが合計実測二三万坪以上の土地をその責任において確保してこれを譲渡する際には、面積二三万坪以下の分については坪当り九、〇〇〇円で、またそれを超える面積部分については時価で計算して後刻正確な代金額を確定精算する。なお、新日本実業は、右代金中、内金及び中間金の合計金八億円を同年四月一〇日に支払い、残金を同月一六日に該物件の引渡し等と引換えに支払う、というもの。)を締結し、そのころ、新日本実業から、右内金及び中間金に相当する同社振出しの約手四通(額面合計八億円、いずれも四月一〇日満期のもの)を受取つた。他方、被告人加古が、被告人石山に対し、右買増し部分の地揚げをいそがせた際、同被告人から、該地揚げ資金(土地買収費のほか、各種補償費、業務代行報酬の一部等)などとして、新日本実業から中スタへ交付された金額合計八億円の約手のうち、四億円分を預からせてほしい旨の要望が出されたけれども、右の四億円という金額が、当面の追加買収予定代金額を上回る高額であつたため、被告人加古は、いつたん、右要望を容れ難いとして断つたが、被告人石山から、さらに、「せめて、土地の買収代だけでも出してほしい。」旨強く要望され、また、寺島からも、「土地代だけでも一刻も早く出してほしい。」旨口添えされたので、新日本実業への土地引渡期限が切迫していることなどを考慮して、土地買収費の一部を石山物産に預けることを承諾し、翌三月三〇日取締役会の了承を得て、当面の追加買収予定土地三万坪の予定代金額のほぼ半額に相当する一億三、〇〇〇万円を、地揚げ資金として被告人石山に手渡した。しかるに、被告人石山は、その後、右土地の地揚げについてさして熱意を示さず、さきに、右預り金として受取つた手形のうち、約二、〇〇〇万円を田辺物件の地揚げの費用に使つただけで、残る一億円以上を、未だ中スタが石山物産から買受けることを承諾していない石川県能登半島所在の物件(いわゆる能登物件)等の地揚げ資金に流用し、また、さきに田辺市農協へ被告人加古名義を用いて預金しておいた一億円の資金についても、これが地揚げに必要であると称し、預金契約を解約して引下ろしてしまつた。そのため、右田辺物件(買増し分)の地揚げ作業は、事実上さしたる進展もなく、五月二五日、中スタの倒産を迎えるに至つた。
8 いわゆる姫路物件について(48.11.20付起訴状の公訴事実一の事実関係、売主は村山甚三)
(1) 契約の内容
① 契約日 47.12.28
② 対象物件 兵庫県姫路市砥堀字寺谷一、三六二番地ほか三筆、山林約一六九万五、一七二m2(約五二万坪)
③ 代金 一三億円
④ 支払われた代金
(ⅰ) 47.12.28
三億五、〇〇〇万円
(ⅱ) 48.1.24 三億円
(ⅲ) 〃.2.14
六億五、〇〇〇万円
(以上合計一三億円)
(2) 契約締結に至る経緯及びその後の履行状況
いわゆる姫路物件は、大阪市在住の村山甚三が、個人として買集めていたものを、不動産業畑中紀代子及び笹本敬三を通じて、昭和四七年一二月中旬ころ、被告人岡崎に持込んだものである。被告人岡崎は、早速、被告人石山に連絡のうえ、右笹本から該物件の地揚げの見とおし等について説明を受けたところ、「地揚げはほとんど終了している。なお、売主は、『仲介料は出さない。坪単価二、二〇〇円の割で払つてもらいたい。しかし、それに仲介者の利益を適当に上乗せした代金額を定めて売つてくれることについては異存がない。』といつている。」との話であつたので、この旨を被告人石山に報告し、被告人石山が、早速、中スタへこの話を通じ、「新日鉄や大末組などが買いに入つており、坪二、八〇〇円位でかたまつているが、坪二、五〇〇円位なら話がつく。」などといつて買受けをすすめたところ、被告人加古も平岩社長も、右物件がすでにまとまつていて直ちに取引ができるという点を重視して、これが買収に気乗になり、ただちに、寺島鐐太に鑑定を命じた。その後、被告人石山及び同岡崎は、物件の視察をかねて現地へ出向き、村山と接触したりしたが、同月二三日ころになつて、被告人石山及び同岡崎の両名間で、「坪当り二、五〇〇円(合計一三億円)で中スタへ売りつけ、村山へ支払う分(坪当り二、二〇〇円)との差額を利得しよう。」と話がまとまり、被告人石山において、同加古に対し、「姫路物件を一三億円で買取つてほしい。」「口銭は売主からもらうので、中スタからは払つてもらわなくていい。」などと正式に右物件の買受け方を求めた。それに対し、被告人加古は、被告人石山の右のような話から、同被告人らが、ある程度の金銭を売主側から受取ることになつているのではないかなどと考えたりしたが、すでに、寺島から、「地理的条件は最高である。新幹線の駅から一〇キロ圏内だから、坪二、五〇〇円ラインなら妥当な価格である。」旨の報告を受けていたことや、該物件はすでに村山がほとんどまとめていて、同物件につき買収失敗等の取引上の危険のごときはまず考えられない状況であつたことなどから、右被告人石山の申出を了承することとし、平岩社長及び取締役会の了承を得て、同月二八日中スタが村山甚三から右物件を一三億円で買受ける旨の契約を締結し、即日、同人に対して、被告人石山を通じて三億五、〇〇〇万円を支払つたほか、昭和四八年一月二四日三億円を、同年二月一四日六億五、〇〇〇万円を、右と同様の方法で村山に支払つた(なお、二月一四日支払いの六億五、〇〇〇万円のうちの五、〇〇〇万円の約手一通は、罪となるべき事実第一記載のような事情で、村山には手交されず、被告人石山の手に留保されたものである。)。その間において、被告人石山は、右契約締結の前日である昭和四七年一二月二七日、被告人岡崎と相談のうえ、村山に対し、売値(同人に対して支払うべき金額)をさらに減額させるべく交渉したところ、同人が「坪二、〇〇〇円でよい。」旨譲歩するに至つたため、右被告人両名は、たちまち、坪当り五〇〇円相当の代金差額を仲介料として利得できることとなり、中スタから支払われた前記売買代金のうち、合計二億七、〇〇〇万円(一二月二八日支払の分から、一億七、五〇〇万円、二月一四日支払の分から九、五〇〇万円。ただし、右被告人両名が本来取得することのできる金額は、計算上二億六、〇〇〇万円となる筈であつたが、計算上の過誤により、右金額を一、〇〇〇万円だけ超過する二億七、〇〇〇万円が右の代金差額として計上せられた。)が、前記村山との約定に基づいて、被告人石山及び同岡崎の利得するところとなつた。
(七) 中スタの倒産に至る経緯
昭和四八年に入ると中スタは、買付けた一連の不動産の地揚げが思うように進行しないことや、中スタの子会社である中日レジヤーサービス株式会社(代表取締役門田敦、以下、単にレジヤーという。)をして担当させていた商事部の営業(主として、娯楽機器の売買)の不振、さらには、同年三月初めから実施された金融引締めの影響もあつて、次第に資金繰りに苦しむようになつたため、同年四月初めには、平岩社長が自ら金策の陣頭に立ち、中山一夫に巨額の融通手形を交付し、同人を介して資金を入手するなどして急場をしのごうとしたけれども、予期に反して、右中山からの入金が所要資金量のごく一部に止まつたため、かえつて事態を悪化させてしまい、同月一一日には、銀行の取引時間を経過しても、なお二億円の手形決済資金が不足するという重大な危機に立至つた。右の事態を知つた被告人加古は、急きよ、被告人和泉と連絡をとり、同被告人の口ききで林(株)から、緊急の融資を受けて、ひとまず、危機を回避したが、右の事件を契機として、中スタに対する林(株)の態度が厳しくなり、従前割引いていた手形の支払期日の延期(いわゆるジヤンプ)には応ずるものの、それまで無担保であつた融資について担保の差入れを要求してくるなどの情勢となつたうえ、同月中旬ころには、前記中山に交付した手形が市場に氾濫しているという噂も広がつて、中スタは、いつそう資金繰りに苦しむようになつた。資金繰りが自己の手に負えなくなつた平岩社長は、同年五月初旬ころ、中スタの非常勤の役員をも含めた臨時役員会を開いて、不動産取引の実情を説明して対策を協議する一方、中日新聞傘下の関連会社等に、被告人加古を差向けて、その援助を要請させたりしたが、同月中旬に至り、突如前記中山が所在不明となつて、さきに同人に交付した十数億円の約束手形を詐取されたことが確実となるに及び、ついに、それまで秘匿していた中山への手形交付の事実や前記レジヤーの発行した多額の手形にも共同振出人として中スタが券面保証をしていることなどを被告人加古に打明けるに至り、事態はいよいよ緊急を告げた。その後、平岩社長は、突如所在不明となつたうえ、同月二三日には、右平岩が三重県下で入水自殺をしたことが判明するなど諸般の情勢は中スタにとつて最悪の事態となり、同月二五日中スタは二億七、〇〇〇万円余の不渡り手形を出して倒産するに至つた。
二  主たる争点及びこれに対する当裁判所の基本的見解
検察官の主張によれば、被告人加古は、右各物件の不動産取引をするに際し、取締役兼開発局長としての任務に違背し、前記第二、一、(六)の1ないし3の各取引については栄善の、4ないし7の各取引については石山物産の、また、8の取引については該物件の仲介人たる被告人石山及び同岡崎の各利益を図る目的でこれを行ない、被告人和泉、同石山及び同岡崎は、いずれもその際、被告人加古と意思あい通じ共謀のうえ、右被告人加古の行為に加担したものであつて、被告人らは、右各行為により、中スタに右各支払金額相当の損害を加えたというのである。しかして、検察官は、被告人加古は、取締役として前記(六)の1ないし7の各取引については、中スタのため各不動産物件の買付けをする際に、「同会社の資金繰りの実情等を勘案し、物件の取得が契約期限内に可能であるかどうか等を慎重に調査したうえ売買契約を締結するとともに、売買代金の支払いに当つては、物件取得の可能性及び取得作業の進行程度に応じて相応妥当な支出にとどめる等、同会社の堅実かつ円滑な経営のため最善の措置を措るべき任務」に違反したと主張し、また、前記(六)8の取引については、「物件の所有者と直接売買価格等について折衝し、適正妥当な価格で契約を締結するなどの任務」に違反したと主張する。ところで検察官所論のうち、右後者の任務違背の点については、後記四(八)において説示するところに譲り、いま前者の任務違背の点について考えると、不動産売買等を営業目的とする会社の取締役兼開発局長として、その不動産売買に関する業務全般を掌理する地位にあるものが、一般的にいつて、検察官の主張するような任務を有するということは、条理上一応首肯できることであり、また、被告人加古が、前記(六)の1ないし7の各取引をするに際し、各物件の取得(いわゆる地揚げ)の可能性について、十分な事前調査をしていなかつたことは、同被告人自身、当公判廷において認めており、証拠上も明らかなところである。したがつて、このような点からすれば、被告人加古が、検察官の主張するような任務を尽くすことなく、形式上これに違背する行為に出たということも、これを首肯しえないわけではなく、また、その結果、中スタに対し、おおむね支払われた代金に相当する財産上の損害を与えたといつてよいであろう。
しかしながら会社の取締役等の地位にある者が、客観的に見てその任務に違背する行為をし、その結果、本人(会社)に財産上の損害を与えたという事実があつたとしても、そのことの故に、当該取締役等につき、ただちに、商法所定の特別背任罪が成立するわけではない。当該取締役等につき、商法所定の特別背任罪が成立するのは、同人らが、「自己若ハ第三者ヲ利シ又ハ会社ヲ害センコトヲ図リテ」右任務違背の行為に出でた場合だけであることは、商法四八六条一項の規定の文言に徴してもきわめて明らかなとところであるが、検察官は、本件において、被告人加古は、出入りの不動産業者である栄善(前記1ないし3の右取引)、石山物産(前記4ないし7の各取引)並びに被告人石山及び同岡崎(前記8の取引)の各利益を図る目的をもつて、前記各不動産売買契約を中スタに締結させたものである旨主張している。これに対し、被告人加古及びその弁護人らは、同被告人には、右検察官主張のよな目的が全くなく、本件各取引は、いずれも、本人たる中スタの利益を図る目的で行なわれた正常な取引である旨主張しており、その余の被告人及び弁護人も、ほぼ右と同旨の主張をしているのである。
一般に、商法四八六条一項にいう第三者の利を図る目的(以下、第三者図利の目的という。)ありというためには、当該任務違背行為をすることが、第三者の利益となることを認識することが必要であると解せられるが、具体的行為に出る際に、右のような認識をいささかでも有しておれば、すべての場合に、必ず第三者図利の目的ありというのは明らかに広きに失しよう。たとえば、需給関係の極端な逼迫等、商品価格の大巾な高騰要因の発生を見込んで行なう投機的ないし冒険的取引の中には、買主があえて売主から当該時点における市場価格を超える価格で大量の商品を仕入れ、そのことによつて売主に対して通常の取引におけるよりも大きな経済上の利益を与えておきながら、なお、買主の側においてもその後の商品価格の異常な騰貴によつて、多大の転売利益を受け得るという事態のありうることも考えられないわけではなく、会社の取締役等が、そのような取引を主として会社の利益を目的として行ない、結果においてこれが失敗して会社に損害を与えたというような場合にまで、刑事処罰の範囲を広げることは、本来自由な競争にまかされるべき経済取引をいたずらに委縮させ、ひいては経済の発展を阻害することとなつて、疑問である(このような取引を行なつて会社に損害を与えた取締役等に対しては、それが、法令又は定款に違反すると認められる限り、商法上の損害賠償責任を追及し得ることはいうまでもない。)。したがつて、会社の取締役等が、該取引によつて、取引の相手方に対し、通常の取引よりも多くの利益を与える結果となることを認識していた場合でも、右取締役等が、これによつて本人たる会社にも多大の利益をもたらし得ると考え、主として会社の利益を目的としてこれを行なつたと認められる場合には、付随的に、該取引の結果、取引の相手方を通常の取引以上に利することになるという認識があつたという一事をもつて、未だ、いわゆる第三者図利の目的があるということはできないと解するのが相当である。これを本件に即していうと、被告人加古が中スタをして、本件各不動産に関する販売契約を締結させるに際し、右各取引の結果、栄善や石山物産に対し、通常の不動産取引におけるよりも多くの利益を与える結果となるということを認識していたとしても、それにもかかわらず、同被告人が、右各取引の結果、中スタに対しても利益をもたらし得ると信じており、かつ、主として右後者の利益を考えて右各取引を行なうことに踏み切つたのであるとすれば、同被告人に、第三者図利の目的ありとはなし難いこととなる。このように、本件において、被告人加古が、中スタをして本件各不動産売買契約を締結させるに際し、その主たる目的が中スタの利益を図るにあつたのか、出入りの不動産業者の利益を図るにあつたのかは、本件における被告人加古さらにはその共犯者とされるその余の刑責の有無を決するうえで、もつとも重要な争点であるといわなければならないのであるが、被告人加古の右のような意味における第三者図利の目的の有無を決するには、同被告人が中スタに締結させた当該各不動産売買契約の条項の内容等を形式的に観察して検討するだけでは足らず、該取引が成功する見込み(蓋然性)、成功した場合における中スタの得べかりし利益の程度、右各契約の締結されるに至つた経緯及びその際に同被告人が果たした具体的な役割、右契約締結によつて得た同被告人の個人的利得の有無、さらには、当時の客観的な経済情勢など、諸般の事情を総合して、慎重に検討する必要があるのである。
三  被告人加古の第三者図利目的の有無について(その一・総論)
右のような基本的な見解のもとに、以下、本件各取引における被告人加古の第三者図利の目的の有無について、順次検討することとする。
まず、この点に関する検察官の主張の骨子は、被告人加古が行なつた本件一連の不動産取引は、その契約の内容及びそれが締結されるに至つた経緯等から見て、主としてその相手方である栄善及び石山物産に対する地揚げ資金の援助の目的で行なわれたものと認められ、とうてい、正常な取引行為であるとは認められないから、右は、第三者を利する目的で行なわれたものと認めるべきであるというのであり、さらに検察官は、同被告人が右のような行為をするに至つたのは、(1)中スタ内において、いわゆる平岩体制を確立するため、不動産取引の拡大に熱心であつた平岩社長の方針に協力し、自己の社内における地位を保全するためには、契約の内容はともかく、当面、名目上の契約高を増大させる必要があると考えたこと、及び、(2)右取引に関連して、栄善及び石山物産からいわゆるリべートを出させ、自己の金銭上の欲望をも満たそうと考えたこと、などにあると主張している。しかしながら、被告人加古が栄善及び石山物産らを相手に行なつた前記一連の取引は、その契約締結に至る過程が社撰であり、その内容が相手方にやや有利に過ぎるのではないかとの感を禁じ得ないにしても、ともかく、一応取引行為として行なわれたものであるから、同被告人が、これを主として中スタの利益を考えて行なつたと考える余地がないかどうかについて慎重な検討が必要であること、言うをまたないところである。そこで、つぎに、このような観点から、個々の物件取引の具体的な問題点の検討に入る前に、各物件取引に共通する基本的な問題点等について、二、三検討を加えておくこととする。
(一) 被告人加古の検察官調書の信ぴよう性について
検察官の援用する加古検面には、前記のような検察官の主張にほぼ符合する供述が記載されていることが明らかであるから、もしも、右加古検面の記載が、全面的に措信できるとすれば、そのこと自体によつて、本件における被告人加古の第三者図利の目的については、その存在を肯定すべき有力な立証があつたということができることになろう。しかしながら、右加古検面には、その調書作成の経過に次のような問題があるのであつて、その信ぴよう性の判断は、とりわけ慎重でなければならない。すなわち、(1)被告人加古は、昭和四八年七月七日、前記下呂物件に関する商法特別背任罪で逮捕されて以来、同年一一月二四日保釈により釈放されるまで、合計一四〇日余りにわたつて、身柄の拘束を受け、その当初の段階の取調べにおいては、犯行を強く否認したもののその後に行なわれた警察官及び検察官の長期にわたる取調べに対し、順次、本件各取引を栄善及び石山物産の利を図る目的をもつて行なつた旨検察官の主張に副う供述をするに至つたものであるが、右逮捕にさきだち、同被告人は、同年五月三一日から約一か月間全身衰弱により東京慈恵医科大学附属病院へ入院し、右逮捕当時は一応退院した直後であつて、未だ体調の回復も十分でなかつたものである。同被告人は、同年二、三月ころ以来、自己の関係する一連の不動産取引の地揚げが失敗したばかりか、自己の関係していない中スタの他の部門でも多くの不手際が重なつて中スタが極度の資金不足に陥るや、その危機を乗切るべく種々奔走していたが、ついに、同年五月下旬、平岩社長の自殺と中スタの倒産という最悪の事態を迎えるに至り、肉体的な疲労と極度の心労とが重なつて、前記のとおり、約一か月の入院加療を余儀なくされたものであるところ、退院後の同被告人の病状の回復は思わしくなく、身柄拘束中も歩行困難を訴えていたばかりでなく(取調べに当つた岡村一九警察官の供述によると、同被告人は、当時肝硬変の疑いもあり、通常人に比べ、かなり歩行も困難でよく転ぶので、取調べが終つても、すぐに立たせることができず、関節をマツサージさせてから、おもむろに椅子を引いて立たせた、という。その後は、拘禁性のノイローゼ状態に陥つたことも明らかである。(2)同被告人に対する取調べの時間は、おおむね、午前二時間、午後三時間位で、一日当りの取調べ時間としては、とりわけ長時間であつたとはいえないが、それにしても右のような取調べが、逮捕後延々四か月余にわたつており、前記のような健康状態にあつた同被告人にとつて、いつ果てるとも知れない捜査官の取調べは、精神的にも肉体的にも相当な重圧であつたと考えられる。(3)右岡村警察官は、取調べに当り、かつて、自己が担当した選挙違反事件の捜査に際し、否認していた候補者の妻が、右岡村の忠告に従つて、事実関係を供述したため、早期に釈放された例があることなどを話し、同被告人に対しても、暗に、自供すれば早期に釈放されるのではないかという期待を抱かせるような取調べの仕方をしている。(4)検察官の取調べも、当初は、警察官の取調べと全く同じ愛知県警察本部で行なわれ、その後検察庁で行なわれるようになつた後も、取調べ担当の岡村警察官又は佐久間警察官が交代で検察官の取調べに立会うなど、警察官の取調べの影響が十分にしや断されない状態で、しかも、大部分の物件に関する取調べにおいては、作成ずみの被告人の検察官に対する供述調書を土台として行なわれた。(5)同被告人の行なつた一連の不動産取引が、通常の取引形態と異り、一見、相手方に著しく有利であるように見えるだけに、捜査官から、「栄善及び石山物産の利を図る目的で行なつたのではないか。」と理結めで厳しく追及されると、そうではない旨自己の主張を貫徹することは、同被告人にとつて、かなりの気力と体力を必要とすることであつたと思われる。これらの諸点に加え、同被告人が、これまで警察や検察庁で取調べを受けた経験の全くない、いわゆるインテリ階級に属する人間で、長期間の接見禁止(文書図画の授受禁止を含む。)を伴う身柄拘束や取調べが、とくに身にこたえたと考えられること、同被告人がくり返し供述するところの、捜査官の不当な取調べの方法がすべて事実であつたかどうかは、しばらくこれを措くとしても、前掲岡村供述などから見て、捜査官の取調べがかなり厳格なものであつたことが推察されることなどをも総合して考察すると、被告人加古の検面は、それが同被告人の不利益事実の承認を内容とするという一事から、ただちに高度の信ぴよう性を有すると断定するのは危険であり、とくに、その犯意や第三者図利の目的等の主観的事実に関する部分につていは、その内容が他の客観的証拠と符合する合理的なものであるかどうかなどの観点から、その信ぴよう性を慎重に吟味する必要があると考えられる。
(二) 被告人加古の犯行の動機に関する検察官の主張について
被告人加古は、本件当時、自己が生涯の働き場所と定めて入社したという中スタにおいて、取締役兼開発局長の地位を占め、平岩社長の信任も厚かつたものであるから、従前どおり、無難に勤めておりさえすれば、将来ともに、それ相応の社会的地位と経済的安定を保障されていたということができよう。このような立場にあつた同被告人が、検察宮の主張によれば、自己の取締役兼開発局長としての任務に違背して、とうてい正常な取引とは認め難い、出入り業者に対する一方的な資金援助行為をしたということになるのであるが、もしもそうであるとすれば、同被告人が、何故にそのような無謀な行為をするに至つたのか、その動機が合理的に説明されなければならないであろう。何故ならば、同被告人のように、社会的・経済的にほぼ安定した地位にある者が、特段の理由もなく、場合によつては、自己の社会的地位を根底から覆すおそれのある犯罪行為を実行するということは、通常考えられないことであるからである。
そこで、右の観点から、被告人加古の動機に関する前記検察官の主張の合理性について検討してみよう。
1 中スタ内における自己の地位を保全するための犯行であるとの主張について
平岩社長が、かねてより、壮大な事業を興して、中日新聞(いわゆる本社)の幹部を見返してやりたいと考えていたこと、とくに、昭和四七年五月ころ、米国視察から帰国して後は、いわゆるアストロドーム球場建設の夢が、きわめて現実味を帯びたものとして熱つぽく語られるようになり、被告人加古の担当する不動産部門が、右球場建設のための資金源としての役割を担わされるようになつたこと、被告人加古の行なつた本件一連の不動産取引が、右のような平岩社長の意を体して行われたことなどは、すでに、前段に詳細認定したとおりである。ところで、検察官は、被告人加古は、「平岩体制確立の暁には副社長か常務にしてやる。そのためには、不動産部門で思い切つたことをする必要がある」旨の平岩の言に従い、自己の中スタ内での地位を保全するため、前記のような取引に及んだものである旨主張している。たしかに、加古検面中には、右検察官の主張に副う記載が見られ、また、同被苦人が、平岩から、ゆくゆくは常務の椅子を与える旨示唆されたことも事実であつたようである。しかしながら、被告人加古が常務の椅子をめざして平岩体制の確立に協力するということが、果たして、検察官の主張するように、同被告人が中スタを裏切り第三者の利を図るというような事に出る合理的な動機となるであろうか。いうまでもないことながら、平岩体制の確立といい、副社長ないし常務の地位といつても、もともと、中スタあつてのことである。被告人加古の行為によつて、いかに中スタの外見上の経理が好転し、見せかけの業績が拡大したとしても、それが、真に中スタの利益とならず、一方的に相手方を利するだけのものであつたとすれば、そのような虚構の上に立つた平岩体制が永続するはずはなく、同被告人の常務の椅子も幻の椅子に終るであろうことは、誰にでも容易に理解できるところであつて、同被告人が、この程度の理屈すら忘れて、中スタの見せかけだけの利益を追求していつたとは、にわかに考え難いのである。もともも、平岩が、中日本社の人事介入により、近く更迭されるるであろうことを予想して、これを阻止しようと企て、一時的に、外観上の利益を計上するなどして、自己の地位の延命を図るような挙に出でたというような事情があつたのであれば、被告人加古が、平岩との多年のつき合いから、右平岩の方針に従つて行動するということも考えられないことではないが、関係証拠を精査しても、平岩が、右に述べたような意味において、異常に追いつめられた状況にあつたとは、とうてい認められない。このように考えてくると、この点に関する検察官の主張は、被告人加古の犯行の動機として、吾人を納得させるに足りる合理性を有しているとは認め難いといわなければならない。
2 いわゆるリベート欲しさの犯行であるとの主張について
前記のとおり、検察官は、被告人加古が、栄善及び石山物産等に一方的な資金援助をして、取引を拡大していつたのは、右栄善らから、合計数千万円に及ぶ多額のリベートを得ていたからであつて、本件は、同被告人が、いゆるリベート欲しさから行なつた犯行であると主張している。しかして、同被告人において検察官の主張するような多額のリベートを得て私腹を肥やしていたことが事実であるとすると、同被告人が、右のようなリベート欲しさに目がくらんで、中スタに対する背信的な行動に出るということは、経験上もあり得るところと思われるから、右のリベート問題の如何は、同被告人の第三者図利目的の有無を決するうえで、きわめて重要な間接事実であるといわなければならない。
(1) 栄善関係について
被告人和泉から同加古ないし中スタに対する取引外の金銭の動き及びそのような金銭の動いた原因、趣旨は、証拠上、必ずしも明確ではない。右の点につき、加古検面には、「昭和四七年一二月ころ、社長から、自民党の衆議院議員の候補者に選挙資金を寄附したいから、栄善から一、〇〇〇万円都合してもらつてくれといわれ、そのころ被告人和泉にその旨伝えたところ、同月二〇日前後ころ、現金一、〇〇〇万円をくれたので、これを社長に渡した。その二、三日後、社長からポケツトマネーとして一二〇万円渡されたので、右栄善からの一、〇〇〇万円の一部だと思つたが、自分がこれまで栄善に対しいろいろ有利にしてやつたことの謝礼という意味でもらつた。」旨の記載があるが、同被告人は、公判廷においては、「社長の話を被告人和泉に伝えて、一、〇〇〇万円受取つたと思つていたが、和泉がそんなに渡していないというので、記憶ちがいだったかもしれず、じつさいはもつと少なかったかもしれない。社長から一二〇万円もらつたという点は、取調官に、どうしても一五〇万円ばかり金の出入りが合わないと厳しく追求されてその旨供述したが、それは、自分の金を幸福相互銀行金山支店に積んでおいた分を、社長からもらつた金として供述したものである。もつとも、和泉からは、実弟の開業資金として五〇〇万円借りたことがあるほか、石山の依頼で、管内を連れていつて、五〇〇万円位ずつ二回位借りてやつた記憶がある。自分が個人として借りた五〇〇万円は返してあり、和泉が、五〇〇万円ずつ三回貸したといつているのは、右管内の分をも混同しているのだと思う。」旨供述している。これに対し、被告人和泉は、当公判廷において、「四七年の衆議院の選挙の時、政治資金が要るということで、平岩さんに頼まれて、三〇〇万円か五〇〇万円を渡したことがあるが、その際一、〇〇〇万円を加古さんに渡したり、それ以上の金額を渡したことはない。ただ、加古さんには、五〇〇万円ずつ三回位個人的に貸したことがあるが、全部返してもらつた。加古さんにまいないまで出して取引を有利にしようという事情は一つもなかつた。」旨供述している。なお、検察官は、同被告人が捜査当時においては、「被告人加古を通じて中スタへ一、〇〇〇万円同被告人個人に対して二、〇〇〇万円を贈つた。」旨供述していると主張しているが、検察官から提出された同被告人の検面には、そのような記載は全くうかがわれない。何かの誤解であろう。)これらの供述及び長江供述などによると、昭和四七年一二月二〇日ころ、被告人和泉から中スタの機密費ないし政治資金として五〇〇万円が被告人加古を通じて平岩に渡されたこと、及び、時期は明らかでないが、被告人加古が同和泉から、義弟の開業資金として五〇〇万円を個人的に借受けたことは、明らかであると認められるが、それ以上に、他に一、〇〇〇万円以上の金員を、被告人加古が同和泉から個人的に提供を受けて利得したという検察官の主張を確実に裏付ける証拠は十分でないといわなければならない。ところで、被告人加古が同和泉から借受けた五〇〇万円について、被告人加古の義弟の高松嘉幸は、未だに被告人加古に返済していない旨供述しいているので、被告人加古は、同和泉の公判廷における弁解にもかかわらず、被告人加古も、同和泉にこれを返済していないのではないかという疑いが強く、右貸借に、返済の期限、条件等何らの約定もなされていなかつたことなどからすると、右五〇〇万円の貸借は、被告人和泉から同加古に対する事実上の贈与に近いものであつたのではないかとの疑いを禁じ得ないのであるが、かりに、そうであるとしても、他に、被告人加古が、個人的な快楽を追求し、欲求を満足させるため、同和泉から贈与を受けて、多額の金員で私腹を肥やしていたというような不法な行状があつたとは認められない本件においては、被告人加古が、たかだか一回限りの右五〇〇万円の貸借の故に、自己の中スタにおける地位を根底から覆すおそれのある、検察官主張のような犯罪行為に出たと考えることは、いささか唐突に過ぎるように思われる。
(2) 石山物産関係について
関係証拠を総合すると、昭和四七年九月ころから、同四八年一月ころまでの間に、被告人石山から被告人加古に対し、機密費等として、合計二、〇〇〇万円前後の金員が、小切手又は現金等で手渡されたことが認められる。しかして、右金員のうちには、被告人加古の娘の結婚祝としての一〇〇万円(被告人石山、同岡崎及び岡崎治樹三名からのもの)や、海外渡航の際の餞別四〇万円など、純粋に被告人加古個人に対するものであつたが、その大部分は、機密費の少ない中スタの実情を察した被告人石山が、連続的に多数の契約を締結してくれたことに対する中スタへの謝礼の意味をこめて、中スタの取締兼開発局長としての被告人加古に対して贈つたものと認めるのが相当であり(もつとも、石山物産の経理上は、「K氏仮払金」として処理されている。)、また、「これらのリベートは、いずれも平岩社長に渡しており、これを個人的な用途に費消したことはない。」旨の被告人加古の公判廷における供述を排斥し、同被告人が、右リベートで私腹を肥やしていた事実を認めるに足りる的確な証拠は見当らない。もつとも、右のような認定に対しては、①被告人加古が、中央相互銀行今池支店(以下、中相今池という。)に、一、〇〇〇万円の定期預金を有していたこと、②昭和四八年四月ころ、被告人石山から仮払金の清算を求められた際に、被告人加古が、個人として所有する中スタの株式二万七、〇〇〇株を担保に差入れたこと、などの事実を理由として、右一連のリベートは、被告人加古が個人として利得していたのではないかと反論することもあるいは可能であるかもしれない。しかしながら、被告人加古は、右①の点について、「金はすべて平岩社長に渡したが、右一、〇〇〇万円だけは、社長に命ぜられて、一時銀行へ入れておくよう指示され、事実上自分が保管を命ぜられていただけである。」旨弁解しているし、また、同被告人が、自己の利得金として隠匿するつもりであれば、何も、わざわざ人目につき易い中スタの取引銀行である中相今池に預金するはずがないとの弁護人の指摘も一理あるところと考えられる。また、前記②の点についても、同被告人は、「四月中旬ころ、石山から仮払金の清算を求められたが、当時は、中スタの資金繰りをめぐつて、重大な段階を迎えていたため、社長の耳に入れるのもはばかられ、とりあえず、自己の一存でこのような措置をとつたに過ぎない。」旨弁解しているところ、平岩社長をはじめ役員一同が、中スタ倒産という最悪の事態を回避するため、日夜金策に奔走していた当時の状況を前提とすると、被告人加古が右②のような措置をとつたという一事から、同被告人が前記リベートを個人的に利得したという事実を推認することは、問題であるといわなければならない。
以上のとおり、石山物産関係で、被告人加古が受取つたリベートを、同被告人が個人として利得したという事実を認めるに足りる証拠は十分でなく、また、同被告人が、被告人石山、同岡崎から受けた前記のようなその余の金銭的利益(なお、検察官は、被告人加古が、被告人石山、同岡崎から、マンシヨンの提供を受けたとも主張するが、この点も、被告人加古の公判廷における弁解を排斥して、同被告人が、これを無償で贈与されたものと認めるには、証拠上いささか無理がある。)は、通常の社交上の儀礼としてはやや高額に過ぎる嫌いがないではないが、さりとて、同被告人をして、(これらの金銭的利益を目あてに)中スタに対する背信行為に走らせるに足りるような高額な金額ではなく、結局、同被告人が、リベートほしさから、石山物産に対する一方的な資金援助行為に出たという検察官の主張は、とうてい当裁判所を納得せしめるに至らない。
(三) 取引の行なわれた背景及び具体的事情等について
たしかに、検察官の主張するとおり、いわゆる理念型としての不動産取引は、「それが第三者所有の土地であれば、売渡承諾書等によりその所有者の売渡の意思を確認し、また、土地の上に多くの権利関係や公法上の規制関係等が錯綜しているときは、予め権利者間の意思を調整したり、規制解除の見とおしを立てるなどしたうえで契約を締結し、しかも、手付金の支払は、契約額の一、二割に止め、その後は買収の進捗状況に応じて合理的な限度で中間金を支払い、所有権移転登記と引換えに残代金の支払を行なう。」という形態で行なわれるべきものであつて、現実に世上多くの正常な不動産取引が、右のような方法によつて行なわれていることは、何人も異論のないところであろう。これは、土地が、人間の生産手段として最も基本的なものであつて、土地所有者の土地に対する執着心が一般的にきわめて強いこと、物件上に公法上・私法上の権利関係が錯綜することが多いこと、土地の売買代金は高額であることが多く、その取引の成功・不成功は、社会生活上重大な影響を持つこと、などの点から見ても、まことにもつともなところである。しかして、ここで問題となる本件一連の不動産取引が、右の理念型としての不動産取引とは、へだたることかなりほど遠い姿で行なわれたことも、すでに詳細に説示したとおりである。したがつて、中スタ取締役兼開発局長として、同社の不動産取引の責任者の地位にあつた被告人加古には、一般的な意味において、その任務に違背した行為があつたといわれても、やむを得ないものがあるであろう(ただし、後記姫路事件については、右任務違背の点についても疑問がある。)。しかしながら、被告人加古の行なつた不動産取引が、理念型としての不動産取引とその形態を異にするということから、ただちに、現に行なわれた取引が、明らかに成算を度外視して行なわれたもので、被告人加古の本件各行為が一方的に相手方を利するそれであつたと断定するのは早計である。本件各取引が、真に右のようなものであつたのかどうかについては、該取引の行なわれた背景及び具体的事情をも考慮したうえで、さらに、慎重な検討を加える必要があろう。なぜなら、通常の経済状勢のもとにおいてはおそらく成算のありえないと思われるような取引であつても、ある特殊な事情のもとにおいては、それが実効ある経済取引として優に成り立ちうる場合もあるだろうし、また、客観的に見れば取引としては採算が合わないと思われるようなものであつても、取引をする本人自身は、なお、一定の成算を考えてこれを行なうということもありうるだろうからである。右のような観点から見ると、本件においては、次のような特殊な背景ないし具体的事情の存在したことが、注目されなければならない。
1 空前の不動産ブームのもとででの取引であること。
経済の高度成長に伴つて、一貫して高騰を続けてきた土地価格(以下、地価という。)は、昭和四七年に至り、時の内閣総理大臣田中角栄が提唱した、かのいわゆる「日本列島改造論」に刺激され、しかもおりからの金融超緩和政策を背景として、異常に高騰し、また土地取引の件数等もこれに伴つて爆発的な伸びを示すなど、ここに、空前の不動産ブームを現出するに至つた。この間の事情は、国土庁編の国土利用白書(昭和五〇年版及び同五一年版、証四九、五〇号)の記載からも、これをうかがうことができるが、いまここで、右白書の記載中特記すべき点を列挙すると、(1)昭和四七年から同四八年にかけての地価の年間上昇率は三〇%を越える高率を示していること、(2)右は、主として、いわゆる資金の過剰流動性を背景とした法人の活発な土地投資に基因すること、(3)全国法人企業の土地資産の年間増加額は、昭和四六年度の約一兆三、〇〇〇億円から、同四七年の約二兆七、〇〇〇億円と倍増しており、これらの土地取得のかなりの部分が、将来の地価の上昇を見込んだものであつたこと、(4)このような法人の土地投資は、とくに、山林に対する投資の増加という点に特徴があること、(5)山林に対する土地投資の増加は、ゴルフ場用地、別荘用地等に対する投資需要が増加したためであり、その結果、比較的安定していた山林素地価格を全国的に騰貴させたこと、(6)土地投資の波は、市街化調整区域、農振地域にも及び、これらの区域の土地価格をも大巾に上昇させたこと、等の事実がある。右白書の記載からもその一端がうかがわれるとおり、本件当時の不動産ブームの実情は、まさに壮絶というべきものであつて、巷間、「土地は必ずもうかる。」「土地があればまず買え。」などという、いわゆる土地神話を生み、あらゆる企業が、土地の買占めに狂奔し、ゴルフ場、別荘地の開発、のほか、いわゆる土地ころがしに熱中して巨利をはくしたことは、未だ吾人の記憶に新しい。このような異常な不動産ブームのもとにおいては、市場は、一方的な売手市場となり、そのため、買手は、あらゆる手段を用いて物件の取得に全力を挙げることとなり、現実の取引社会においては、前記のような理念型としての不動産取引とは、かなり異った形態の取引が行なわれるようになる。たとえば、一般に、保安林指定など公的規制のある土地は当該規制の種類、態様等に応じてこれが開発にはそれ相応の困難が伴うから、開発の対象物件として物色されることが少なく、したがつて、売買の対象にもなりにくいと考えられるが、右の不動産ブームのもとにおいては、当面の開発目的が不成功に終るかもしれないというある程度の危険性を覚悟しながらも、なお当該物件の単価が安いことなどに着目して、将来の指定解除を狙い、あるいは更にすすんで投機の対象として、あえてこれを取得しようとするものが、大手の業者の中にも現に存在したという事実を看過すべではないであろう。そして、地揚げの対象物件が大型化すると、当然のことではあるが、地主等多数の関係者の出方に応じて、さまざまの適時適切な対処の方法を講ずる必要に迫まれる場合も多くなり、地揚げの手段、方法が複雑化するのは、どうしても避け難いところであつて、これらが当初に支払う手付金の高額化、高率化の傾向に拍車をかけ、その割合が代金額の三割から五割に達する例とか、あるいは、また、―物件の商品価値の高い場合には―現に地揚げを終えた土地面積と売買対象物件の全面積との割合には関係なく、買手が、中間金名下に代金の一部を支払うことによつて、地揚げ業者の地揚げを資金的、経済的な側面から事実上応援し、物件の取得に遺漏なきを期するという事例があつた(同供述 ―四四)としても、それほど異とするにはあたらないであろう。さらに、このような経済情勢のもとにおいては、買手は、物件の取得さえできれば、これを開発または転売することによつて、いずれは巨利をはくすることの可能な立場にあつたため、売手(地揚げ業者)側による物件引渡しが多少期限におくれるようなことがあつても、買手が、そのことを理由に契約解除の挙に出るというような事例は比較的少なく、むしろ、買手において、たとえ期限を事実上延長することを許容しても物件の引渡しを受けたいと希望する場合が多くなり、いきおい、売手側において、当初の契約によつて定められた物件の引渡期限の徒過が契約破棄に連る重大な意味合いを有するとまでは考えないようになり易くなつてきたのである。
このように、過般の異常な不動産ブームのもとに展開された各般の土地取引のなかには、前記理念型としての不動産取引とは大きくその型態を異にする取引事例が少なからず存在したことも否定しえない事実であつて、そのような取引もまた、需給関係その他所与の経済的諸条件を背景として、現実的に展開された取引として、当該経済社会において、一時的にもせよ、十分に通用していたことを考えると、被告人加古の行なつた本件一連の取引が、―右のような異常な不動産ブームという状態ではない、いわば―正常な状態における通常の取引形態と比較して、その形態を異にするという一事から、ただちに、それが一方的に相手方を利するために行なわれたものであると断ずるのは早計であるといわなければならない。
2 従前地揚げに実績のあつた業者を相手方とする取引であること
被告人加古が行なつた本件一連の不動産取引において、中スタ側が、事前に地揚げの可能性について全く独自の調査を行なわず、また、地主の売渡承諾書すら確認することなく、いわば、被告人和泉及び同石山らの説明を鵜呑みにした形で、数十万坪にも及ぶ広大な土地の売買契約を締結している点は、それがいかに異常な不動産ブームのもとにおけるものであるとはいえ、たしかに、一見異常の感を抱かせよう。しかしながら、この点については、すでに詳細説示したとおり(第二、一、(四)及び(五))、取引の相手方である栄善及び石山物産が、中スタとの従前の取引において、地揚げについて相当な業者であることが想起されなければならない。しかも、右両社は、それまでの実績によつて、平岩社長から、いずれも「中スタ代行」の名称の使用を許されており、その後は、平岩社長も被告人加古も、両社を取引の相手方というよりは、むしろ、中スタの地揚げの代行機関ないしは共同事業者的な立場に立つものとして考えていたやにうかがわれる。そしてまた、右のような両社の立場の変化に伴い、中スタと両社との間の土地売買契約も、次第に本来の意味での売買契約としての実体を失い、中スタが、右両社を自社の代行機関として地揚げを実行させる、地揚げ契約とでもいうべき一種独特の契約関係に変質していつたと認められるのである。このような中スタと両社との関係、両者間の売買契約の実質的内容などを総合して考察すると、中スタが、地揚げの見通しについては、右両社の判断に任せ、自らは特段独自の調査をしないで売買契約に及ぶという形態の本件取引形態も、これを当事者間の右のような信頼関係を前提として考察すると、―右契約の締結が、相手方を深く信じ過ぎるの余り、取締役としての任務に違背する結果となるにしても、―それはなお取引の一種たるを失わないということができるのであつて、このような形態の取引をしたからといつて、ただちにこれを相手方を一方的に利する行為であると断ずることはできないであろう。また、中スタと栄善との取引については、前記のとおり、被告人和泉が、中スタ振出の不動産関係の手形の割引を全面的に引受けていた林(株)の社長林茂と密接な関係にあり、いわば「金主に対するパイプ役」ともいうべき重要な立場にあつたことも、惹起されるべきである。なぜなら、このような立場にある者を相手方とする契約においては、相手方に対し、当該契約上、通常の取引におけるそれ(利益)に比較してより以上の利益を与えることになるとしても、当該契約外の場において、逆にこれに見合つた、あるいはそれ以上の利益を受けることが可能であるから、右契約は、これを実質的総合的に見ると、これが必ずしも相手方に一方的に利益な契約であるとはいえないことになるからである。本件一連の不動産取引の内容についでは、これらの点をも十分に念頭に置いて検討を加える必要がある。
3 平岩社長の決定した大方針に基づく取引であること
平岩社長が、たまたま際会した空前の不動産ブームにあたり、これを年来の夢であるアストロドーム球場建設のための千載一遇のチヤンスであるとして、その資金捻出のため、中スタの不動産取引を飛躍的に増加させようと考えたこと、被告人加古が行なつた本件一連の不動産取引は、右平岩社長の意を体して行なわれたものと見るべきであることなどは、すでに詳細に認定したとおりである(前記第二、一、(三))。また、検察官が、被告人加古の考案にかかると指摘する不動産の手形による取引(いわゆる中スタ商法)にしても、その当初の段階においては、被告人和泉に対する仲介手数料を手形によつて支払うというだけに過ぎなかつたものであつて、中スタ振出の手形を前記のように大規模な不動産取引の代金決済手段として利用するいわゆる中スタ商法を本格的に採用するようになつたのは、前記翠芳園の会合以後のことであり、その意味で、中スタ商法の実質的な創始者は、平岩社長であつたということができるであろう。このように、被告人加古の行為は、終始、中スタにおける最高の決定権者たる平岩社長の意に副つて行なわれたと認められるのであつて、その間、ことに基本的に重要な事項等につき同被告人独自の思惑や考慮の入り込む余地はきわめて乏しかつたというべきであろう。したがつて、平岩社長の意図が、ある程度の危険を覚悟してでも、あえて大胆に巨大な利益の追及を目ざして決断し実行しようという点にあつたと認められる以上は、同被告人の意図もまたこれと同様のものであつたと推認するのが相当かつ自然であり、そうではなく、平岩社長の意図が右のようなものであつたにもかかわらず、同被告人が中スタに損失をもたらすことを知悉しながらあえて本件の各取引にふみ切つたと認定するためには、このような認定を可能ならしめるような特段の周辺的諸事情がなければならないのではなかろうか。
4 手形による取引であること
本件一連の不動産取引が、中スタ振出しの約束手形によつて行われたことは前述したとおりであるが、検察官は、さきにみたような手形操作による取引そのものが、地揚げ不成効の場合に中スタに莫大な損害を与えるおそれのある危険な取引であつたと主張している。中スタにおいて、このような手形操作による取引を本格的に採用するに至つた契機は、前記翠芳園の会合で、林茂が平岩社長の依頼に応じたことにあり、右のように形式による取引を中スタに採用させた責任が、すべて被告人加古にあるとする検察官の主張には、証拠上にわかに左袒できないものがあるが、いま、この点はしばらく措き、このような手形による取引の功罪について検討してみるに、右のような取引が、その取引方法自体のうちに、検察官の主張するような危険を内包するものであつたことは、何人もこれを否定し得ないであろう。
しかしながら、このような手形による取引は、地揚げさえ確実に行なわれるならば、中スタが事業を拡張するための絶好の手段であったこともまた否定することのできない事実である。昭和四七年から同四八年にかけての不動産ブームの時代には、業種の如何にかかわらず、少なからざる企業が都市銀行その他の金融機関からの融資を目いっぱいに活用して、土地の売買に狂奔したことは、さきに述べたとおりであるが、中スタのように、もともと手持資金に乏しく、また、銀行の融資枠にも自ら限度のある中堅企業が、この不動産ブームに便乗して、一躍その業績を拡大するための方法として、これ以上都合の良い方法は見当らなかったと言っても過言ではないくらいである。本件はおける一連の取引は、地揚げに関する見通しの甘さと、能力以上に取引を拡張し過ぎたこと、さらには、昭和四八年三月以降にはじまつた金融引締めの動きなどの故に蹉跌を来たし、そのうえに、平岩社長が中山一夫に巨額の手形を騙取されたり、入水自殺を図るなどの不幸な事件が重なつて、ついに決定的な破局を迎えるに至つたが、もしも、右取引が、正しい見通しと適正な規模において行なわれていたならば、このような不動産ブームを機会に、中スタが―現実の事態とは逆に、―一段と飛躍していたという可能性も、これを一概には否定できないであろう。このように、本件のような手形による取引は、それがある程度の危険を内包する冒険的な取引であることを否定できないにしても、本質的にその危険性があまりにも強過ぎるために、取引社会における現実的な手法として全く問題とされる余地がないというような類いのものではなく、前記のような空前の不動産ブームのもとにおいては、業績拡大の一手段として、優にその社会的存在と経済的有用性を主張し得たと考えられるのであつて、事後的・客観的に観察して、右取引方法に伴う前記のような危険性を過大視するのあまり、これまで述べたような右取引方法の長所に目をふさいで、その有害性だけを強調するのは必ずしも正当な態度とはいいえないであろう。
四  被告人加古の第三者図利目的の有無について(その二・各論)
以下においては、前記三において検討した諸点を前提として、被告人加古の行なつた個々の不動産取引について、個別的にその問題点を検討し、同被告人の第三者図利目的の有無を判断する。
(一) いわゆる福王山物件について
検察官は、福王山物件の取引に関して、被告人加古の背任性を表徴する特徴的な事実として、1同物件の地揚げは、当初から諸般の客観情勢の故に著しく困難なことが予想されたのであり、被告人加古は、このことを認識しながら、売買契約を締結したと見られること、2同被告人は、契約の締結後、栄善に対し、物件の地揚げが全く進行していないのに、栄善の行なう他物件の地揚げ資金調達の便宜を図る等の目的で、多額の残代金を支払つたこと、などの点をとくに強調して指摘するので、以下、これらの諸点に重点をおいて検討する。
1 地揚げの可能性及び被告人加古の認識について
いわゆる福王山物件が、ア、約六〇万坪にものぼる大型物件で六字(事実上は北垣内を含めた七字)の共有に属し、六(ないし七)字の意思が合致しなければ、これを買受けることのできないものであること、イ、昭和四七年春ころまでに、すでに二〇数社という多数の業者が福管委に対して買入れ申込書を提出し、買入れの意思を表示していたこと、ウ、栄善からの接触に対し、必ずしも全部の区長が色よい返事をしていたわけではないこと、などの諸点は、証拠上、いずれも検察官の主張するとおりであつたと認められ、これらの点からすれば、右物件は、客観的に見て、被告人和泉のいうほど、地揚げの容易なものであつたとは考えられない。しかしながら、他方、証拠によれば、エ、右物件の管理を任されていた福管委においては、昭和四六年二、三月ころ、すでに、右物件から固定資産税の負担に耐える程度の収入すら挙らなくなつたことなどの理由から、これを売却換金しようという点で基本的な意思の合致を見ていたこと、オ、多数の競争業者のうち、福管委の委員や各区長と、決定的な人的な関係を形成するに至つた業者は、未だ見当らない状況であつたこと、カ、六(ないし七)字の共有であるため、各字の区長の抱込みにさえ成功すれば、これを通じて住民の賛成も得られる公算が大きく、その意味では、所有者が多数の個人である場合よりも、かえつて、地揚げが容易であるともいえること、キ、被告人和泉は、地元との接触開始後たちまちにして、最大の難関と目された北垣内の三崎区長の抱込みに成功し、大井田の藤田区長の協力も得られる見通しと判断されたのであつて、同被告人が、右物件の地揚げに相当の自信を持つたのも、あながち、同被告人の独断であるとばかりもいえず、現に、同被告人は、中スタとの契約後、間もなく田口と田口新田の各区長を味方につけ、じつに、七字中の過半数にあたる四字の区長の抱込みに成功していること。なお、大井田の藤田区長は、「昭和四七年八月ころ、中スタへ行つて、平岩社長や被告人加古に会つたが、その際、転売目的の話なら売らないとはつきり断つた。」旨供述しているが、同人自身、他方において、①いわゆる中スタ派と見られる田口、田口新田の各区長とともに、中スタの招きを受けて、同社へ出向き、社長や常務と懇談したあと、名古屋効外所在の森林公園のゴルフ場を見学したり、外国製時計のおみやげをもらつたりしたこと、②その際の話も、「絶対売らない。」というような強い調子のものではなかつたこと、③被告人和泉の招待に応じて、湯の山温泉で再々饗応にあずかつたことなどを、いずれも認めているのであつて、これらの点に、同人が、大安町物件の買付けの際、被告人和泉のため、わざわざ神谷欽一に対する紹介状を書いていること、さらには被告人和泉の検面や公判廷における供述も併せ考えると、同人が、検察官の主張するように、中スタないし栄善に冷やかな態度をとつていたものとは考えられず、いまひとつその態度が明確でないうらみはあつたにしても、被告人和泉に対し、優に期待を抱かせるような思わせぶりな態度を取つていたものと考えられる。ク、福王山物件の契約に至るまでの、それ以前の栄善の地揚げに関する実績は絶対であり、被告人和泉の申出に従つて契約をした物件で地揚げが思うように進行しない物件は未だ一つも見当らない状態であつたこと(すなわち、この段階までにした栄善との取引のうち、北潟湖、京都深草、同車坂、岡山草ケ部の各物件の取引は、完全に地揚げが成功し、大型物件である作手第一次、松阪第一次の各物件の地揚げも順調に進行していた。作手物件は、後に、単価の値上りなどで、戦線縮小再契約のやむなきに至つたが、右再契約の時期は昭和四七年一〇月二〇日であり、右物件の地揚げに問題ありと感ぜられるようになつたのは、同年八〜九月以降のことである。)などの事実も、証拠上きわめて明らかなところである。
このような点から考えると、福王山物件の地揚げが、中スタと栄善との契約時において、客観的に見て、検察官のいうほど、しかく困難を伴うものと判断すべき状況にあつたと断ずるのは疑問であり、「一か月以内に地揚げを完了する」という被告人和泉の見通しは、いささか甘きに失するにしても、ある程度の期間をかければ、いずれ、共有者間の意見統一が可能であると判断しても差支えないような状況であつたと考えられるのであつて、同被告人から絶対の自信を持つて早期地揚げが可能である旨報告を受けた被告人加古において、そのように信じて前記売買契約の締結に踏み切つたということも決して考えられないわけではなく、同被告人がこのような判断をしたとしても、あながち、これをもつて、荒唐無稽の経率きわまりない判断であると非難することはできないであろう。
なお、付言するに、栄善及び中スタが福王山物件の地揚げに失敗した最大の理由は、前記(第二、一、(六)、1)のとおり、大蔵屋が、六字の一つである門前から、二億円でその持分を買受けたことであるが、右二億円という金額が、当時の関係者の予想を超えた高額で、しかも、すでに栄善が、四字の区長と、強烈な人的関係を形成してしまつた後において、残りの一字のみと、単独でその持分の売買契約を結び代金を完済してしまうことが、いかに危険・無謀な行動であるかは、弁護人が力説するとおりであると認められ(被告人加古の弁護人連名の弁論要旨第三章第二(一))、右大蔵屋の動きは、中スタ及び栄善にとつて、まさに、青天のへきれきともいうべきものであつたと考えられるのであつて、これをもつて、当初から予想された当然の結末であると決めつける検察官の主張には、にわかに賛成することができない。
2 恵那物件への資金の流用等について
福王山物件の代金は、中スタから栄善に対して、前記のとおり①47.7.21契約成立と同時に一億七、六〇〇万円、②8.26四億円、③9.16二億円、④9.29一億四〇〇万円と順次支払われ、右物件の地揚げ完了はおろか、その一部の引渡しもすまない間に、その全額の支払いが完了しているのである。そして、このような代金支払いの状況は、たしかに、正常な取引においては通常考えられない異常な点であり、しかも、右②の支払いは、その支払われた金員(約手)を栄善がその取引銀行である幸相金山に預金して、その手形割引の枠を広げる必要があるという理由で、また、③④の支払いは、その支払われた金員(約手)を当時栄善が併行して手がけていたいわゆる恵那物件の地揚げ資金に流用するという前提で行なわれたというのであるから、これらの点だけから見れば、右はたしかに、中スタが栄善に対して行なつた一方的な資金援助行為であると見られないことはない。
しかしながら、まず右②の支払いについて考えると、右支払いの時点は、47.8.26で、その当時、被告人和泉は、すでに、田口及び田口新田の両区の抱込みに成功し、前記大井田や事実上の共有者たる北垣内をも含めて、七字中じつに過半数の四字の区長を味方につけたと見られ、中スタにとつて、地揚げ完了は、いずれ時間の問題と考えられていた時期である。各字の共有という特殊性から、部分的な移転登記・引渡しということが不可能であり、通常の単独所有の場合のように、地揚げの割合に応じた中間金の支払いということが考えられない本件のような売買契約においても、最終的な一括移転登記の時点までの間に、合理的な限度で中間金の支払いをするということは常識上十分考えられるのであるが(なお、不動産ブーム下の取引の特殊性について、前記第二、三、(三)1を参照)、右②の支払いは、このような意味において、必ずしも常識上考えられないような、不合理な支払いではないと考えられる。また、被告人和泉の申出によれば、右支払いを受けた金員は、これを栄善の取引銀行である前記幸相金山に入金し、中スタの手形に関する割引枠を一〇億円に拡大するというのであり、その結果は、中スタにとつてもある程度の見返りの考えられることであつたから(すなわち、中スタ手形に関する銀行の割引枠が拡大すれば、栄善は、その分だけ金利の高い林(株)で手形を割らなくてもよいことになり、中スタから栄善に対する将来の売買代金の支払いも、比較的に低率な右銀行の割引率に見合つた金利を見込んで支払えばよいことになる。)、その意味においても、中スタにとつて、一方的に不利益な結果をもたらすものではないといえよう。
次に、前記③④の支払いについて考えると、右支払いの行なわれた時期は、契約上の履行期限をすでに大巾に経過した時期であり、地揚げ作業についてもその後、さしたる状況の進展がなく、そのうえ、九月一〇日ころには、福管委の委員長小川甚太夫から、「六区の意思不統一のため共有林の処分は困難である。」旨の通知があつたりして、むしろ、状況はかなり楽観を許さないものとなつていたと思われるのであるから、この時期において、本件物件の売買代金を、その引渡しを受けることなしにそのまま完済してしまうというようなことは、常識上考えられないことであり、その意味においても、右は、中スタの栄善に対する一方的な資金援助行為ではないかとの疑いを招きかねない問題のある行為であつたということができるであろう。ところで、証拠によれば、右支払いは、栄善をして、その支払われた金員を当時栄善が併行して手がけていた、将来中スタにおいて買受ける予定のいわゆる恵那物件の地揚げ資金にあてさせる(右恵那物件に対し事実上の先行投資をする。)という前提でなされたものであるということを認めることができる。そこで、右のような前提でなされた金員の支払いを目して、栄善に対する一方的な資金援助行為であるというべきであるかどうかについて検討すると、たしかに、このように、未だ売買契約の締結すらされていない物件に対する地揚げ資金を、他物件の売買代金の支払いという形で行なうということは、当事者間の権利関係をいたずらに不明確にするおそれがあるなどの点において、一般的に推奨さるべき方法ではないといわなければならない。しかしながら、本件において中スタの先行投資の対象となつた恵那物件については、ア、きわめて高い商品価値を有する物件で、その地揚げに成功すれば、中スタに巨額の利益をもたらすことが予想されていたこと(現に、右物件については、後に中スタと栄善との間で、代金二一億五、〇〇〇万円で売買契約が締結されたが、栄善は、これを二七億五、〇〇〇万円で中スタから買戻して、中スタに差引六億円の売買差益を取得させたうえ、さらに、国土コンサルタントへ三四億円で売却している。恵那蛭川村地区関係書類綴―証七三号―)、右物件については、当時、借地権者たる恵那観光開発株式会社(代表取締役風間清)との間で、右借地権の処理の問題が未解決であり、中スタとしては、栄善にこれを完全に解決させたうえ、できれば昭和四八年に入つてから正式な売買契約を締結したいと考えていたこと、などの事情があつたことが証拠上明らかであり、平岩社長が、右のような事情のある恵那物件について、将来これを確実に取得したいという考えのもとに、福王山物件の代金支払いに名を藉りて事実上の先行投資をしようと考えた気持も、あながち理解できないことではない。このように考えてくると、本件において中スタ側のとつた福王山物件の代金支払に名を藉りてする、恵那物件に対する事実上の先行投資ともいうべき行動は、一般的には、たしかに問題のある行為というべきではあるけれども、右のような特殊な実状のもとにおいて、信頼すべき栄善を相手に行なつた本件行為に限つてみれば、これが必ずしも右栄善のみを一方的に利する資金援助行為であると断ずることができず、むしろ主として、中スタの利益という観点から行なわれた取引行為であつたと考える余地が十分にあるものといわなければならない。
(二) いわゆる大安町物件について
大安町物件の契約をめぐる中スタ側の措置については、検察官も指摘するとおり、疑問の点が多いことは事実である。いま、その主なものを列挙すると、ア、福王山物件の地揚げが失敗に帰した直後であるというのに、またもや、被告人和泉の言い分を頭から信用して、地揚げの可能性等について何ら独自の調査をすることもなしに、いとも簡単に、一二億一、八〇〇万円にものぼる巨額の売買契約を締結していること、イ、大安町物件について、新たな契約を締結するのであれば、失敗に終つた福王山物件について、いつたん契約解消の手続をとつたうえ、改めて大安町物件についての契約を結ぶのが筋であるのに、わざわざ日付を遡らせた栄善名義の陳情書を作成させたりして形式を整えたうえ、福王山物件に関する契約の対象物件を大安町物件に変更して契約をし直すという方法で栄善と契約していること、ウ、右契約締結については、取締役会に諮つた形跡もなく、しかも、右契約成立と同時に、福王山物件の関係で支払つた八億八、〇〇〇万円に加えて、残代金三億三、八〇〇万円を支払うという、契約の相手方に著しく有利な取扱いをしていること、などがこれである。これらの点からすると、右契約は被告人加古において、前記のような変則的な形式で行なつた福王山物件の地揚げ失敗の事実が表面化し、自己に対する責任追及によつて、その地位が危うくなるのをおそれる余り、とりあえず、福王山物件に代る物件に契約を切替えることによつて、面表を糊塗するために締結したのではないかという検察官の指摘にも、ある程度、もつともな点があるといわなければならない。
ところで、証拠によれば、本件大安町物件についての契約締結に、もつとも熱意を示したのは、平岩社長であつたと認められ、被告人加古は、右平岩の命によつて、契約締結のために立働いたに過ぎないと認められるが、それにしても、被告人加古において、右に述べたような意図のもとに、右物件の契約締結の衝に当つたのであれば、同被告人につき、(平岩との共謀による)特別背任罪が成立すると考える余地が十分ある。しかしながら、結論的にいえば、当裁判所は、あらゆる証拠を検討しても、被告人加古が、右物件についての契約締結の衝に当つた際、右に述べたような気持からではなく、なお、中スタの利益を信じて行動していたのではないかという合理的な疑いを、ついに払拭することができなかつたのである。その理由は、次のとおりである。
1 中スタの被告人和泉に対する信頼は、福王山物件の地揚げ失敗にもかかわらず、ほとんど揺らいでいなかつたと見られること。
前記福王山物件の契約後も、中スタは栄善との間で、つぎつぎと大小の物件の売買契約を締結していつた。いま、その物件名を、契約日の順に列挙していくと、①47.7.31松阪山室町物件(買増し)、②8.20三岳物件、③8.21中区千代田物件、④10.3西浅井(第一次)物件、⑤10.11松阪山室町物件(買増し)、⑥11.9京都伏見物件、⑦11.13鳥羽物件、⑧11.13平谷物件、⑨12.11作手(第二次)物件、⑩12.11西浅井(第二次)物件等であるが、右のうち、③⑥の各物件の地揚げは、完全に成功し、その余の物件の地揚げも順調に進行していた。ただ、福王山物件より前に契約した作手(第一次)物件が、単価の値上りで戦線縮小のやむなきに至つていたけれども、再契約によつて、中スタには五、〇〇〇万円の利益が計上されており、完全な失敗に終つたのは、福王山物件だけであつた。そして、福王山物件の地揚げを失敗に終らせた最大の原因は、前記のような大蔵屋の常識を絶する無謀な行動であると見られたのであり、そのことの故に、被告人和泉の地揚げ能力に対する中スタ側の信頼が大きく揺らぐには至つておらず、むしろ、当初、出遅れておりながら、地揚げ工作に着手するや、たちまち多数の競争業者を押しのけて、前記のとおり最有力の地位を占めるに至つた点について、「さすがは栄善」という評価さえ残つたようである。
2 福王山物件と異り、他の大手業者が未だ全く目をつけておらず、現実の利用状況等からみても、地揚げが容易であるように思われたこと。
証拠によれば、大安町物件は、福王山物件に隣接しゴルフ場の開発にはきわめて適わしい地理的条件をそなえているのにもかかわらず、大手の不動産業者が未だ全く目をつけていないという特殊な条件があつたことが明らかである。もつとも、当時、名古屋の不動産業者「名大」の実質上の経営者である筒井福松が、久多羅木地区の共有林を一部買収しはじめていたが、栄善において右筒井からその取得部分を買受けることが、さして困難なこととも思われないような情勢にあり、現に、栄善は、後に筒井から、右共有林を買上げることに成功しているのである。また、右物件は、その現況が雑木地として放置されたままであり、その現実の利用状況等から見ても、これが地元住民の生活の基本にかかわるような重要な土地であるなどとはとうてい考えられないような状態であつた。なお、中スタ及び栄善は、右物件が農振地域に指定されていることを後刻知らされたが、右契約の段階においては、被告人和泉や前記伊藤明の接触した地元関係者のうちの唯一人として、これが農振地域に指定されていることをにおわせた者もいない(現に、地元のいわゆる実力者で宇賀地区の区長である神谷欽一は当時、右物件が農振地域に指定されていることを知らなかつた旨供述している。)。そのうえ、伊藤明及び被告人和泉が、物件買収の見通しを打診するため最初に接触した右神谷は、現職の区長であるということから、確答を避けながらも、伊藤明及び被告人和泉に対して、同被告人の行なう地揚げに協力を約する趣旨にとられてもやむをえないような態度を示したのである。このような点から考えると、被告人和泉が、地揚げに関する従前の経験にかんがみ、右物件の地揚げは容易であると直観的に判断したということも、十分考えられるところであり、そして、また同被告人から、右のような報告や判断を聞いた中スタ側が、同被告人のこれまでの地揚げに関する実績に徴し、その見通しを全面的に信用して、いわゆる大安町物件の契約に及んだという想定も、あながち不合理であるとばかりはいえないように思われる。
3 実質上、福王山物件の継続事業であると見られること。
福王山物件の地揚げが、大蔵屋の意外な行動にあつて挫折し、その敗戦処理に頭を悩ましていた中スタ関係者とくに平岩社長にとつて、本件大安町物件の話が、まさに救いの神であるとして歓迎されたのは無理からぬところである。当時の平岩社長にしてみれば、すでに経済誌の記者会見において、昭和四七年中に五〇億円の不動産取引高を達成する旨大見栄を切つていた(中部経済新聞抜粋写し―証六七号―)手前、いま八億八、〇〇〇万円の大型物件である福王山物件が完全な失敗に終つたことを公にすれば、せつかく高揚しつつある社内の志気にも影響し、対外的にも、大きなイメージダウンとなることを免れないだけでなく、右福王山物件に関する契約の完全な清算を求めれば、これまで順調に進展してきた栄善との手形による不動産取引を以後継続していくことも不可能になるおそれがあろう、ということに想いを致さざるを得なかつたのではなかろうか。平岩社長が、福王山物件に関する契約の清算から生ずる右のようなマイナスの要因を考えて、被告人和泉からもたらされた大安町物件の話に飛びつき、これを福王山物件の実質上の継続事業として処理したからといつて、―新たに持込まれた大安町物件に関する契約に相当の成算が見込まれる限り、―これをもつて、直ちに契約の相手方のみに一方的に利益をもたらし、逆に中スタには不利益を与えるような行為、すなわち中スタに対する背任行為であると断ずるのは失当ではなかろうか。もつとも、それにしても、右契約を締結するにあたり平岩社長及び被告人加古が、右のような事情を取締役会に対して報告せず、「福王山物件の継続事業である」ということから、その承認を受けることなしに独断で契約に踏切つたことはたしかに問題であつて、「社長独走」のそしりを免れないところであろう。しかしながら、取調べた全証拠によつても、被告人加古が、右のような平岩社長の意向を離れて、自己に対する責任追及と中スタにおける地位の失墜をおそれるあまり、右契約案件を取締役会へ諮ることをことさらに避けたとまではとうてい認められない(一二月一一日の取締役会における被告人加古の説明が、平岩社長の命によるものであることは、同被告人が、捜査当時以来、極力弁疏するところであり右加古供述の信ぴよう性を疑わせる決定的な証拠は見当らない。)。
4 福王山物件代金の恵那物件への流用という前記の操作をも、そのまま引きついだ契約であること
福王山物件の代金として支払われた金員中の三億四〇〇万円(第三回及び第四回支払分)が、その支払いの段階から、実質上恵那物件への事実上の先行投資としてなされたものであることは、さきに述べたとおりであるが、当初、幸相金山で手形割引枠を拡大するという目的で支払われた四億円も、結局、平岩社長の了解を得て、恵那物件の地揚げ資金として使用されるに至つていたため(加古供述 ―二二、和泉検面47.7.25付九項)、名実ともに、福王山物件の地揚げ資金として栄善に支払われたのは、第一回の支払分である一億七、六〇〇万円に過ぎなかつた。そのうえ、その後、中スタは、同年一一月に至つて、右金額をはるかにこえる合計四億円を、預り金名下に栄善から返戻されているのであつて(一一月一三日に一億円、同月二九日に三億円。司警・捜報48.7.27付)、福王山物件に関する限りは、実質上、栄善の利得分は全くなく、むしろ、栄善が中スタから受取つた金員以上のものを中スタのために出捐していたという関係になる(加古供述 ―四〇)。中スタと栄善の間の右のような取引関係の実質に着目すれば、中スタが栄善に対し、大安町物件に関する契約の締結と同時に、改めて、右物件の地揚げ資金に使用させるため、名目上の残代金総額にあたる三億三、八〇〇万円を支払うことにしたからといつて、必ずしも、右契約の内容が、栄善のみにとつて、一方的な利益をもたらす不当なものであつたと断ずることはできないように思われる。
5 被告人和泉の不正行為が発覚するに及んで、被告人加古が激怒していること
昭和四八年に入つて、物件の地揚げが思うように進捗しないことに不審を感じた被告人加古が、同和泉に対して、地揚げ状況の正確な報告を求めたこと、その後、さらに、公認会計士から、栄善に対する売買代金の支払いが杜撰である旨の指摘を受けて、同和泉をさらに追及した結果、栄善に対し中スタが買上げた一連の物件の売買代金として中スタから支払われた金員のうちの相当額が、中スタの買受け物件ではない栄善独自の取引物件(能登半島、国東半島、敦賀等所在の各物件)の地揚げ資金として使われている疑いが出てきたため、被告人加古がこれを、同和泉の中スタに対する不信行為であるとして激怒し、平岩社長に辞表を提出したりするなどの事実のあつたことは、証拠上明らかなところであるが、もしも、被告人加古が、本物件の契約にあたり中スタの利益を無視して、一方的に栄善の利益を考えて行動していたのであるとすると、被告人和泉が、地揚げ資金を他へ流用している疑いを生じたというだけで、これほど真剣に同被告人の非をなじるというような態度に出ることは、常識上理解に苦しむところである。被告人加古の右のような行動は、同被告人和泉の手腕と中スタへの忠誠を確信し、該取引によつて、中スタに利益のもたらされることを信じていたからであると考えない限り、合理的な説明ができないのではあるまいか。
(三) いわゆる額田町物件について
額田町物件について、検察官の強調する問題点は1地主が多数で、もともと地揚げが困難と見られるうえに、他の業者(豊臣工業株式会社)が、すでに共有林のうち約六〜七万坪を先買いしていたという事実のごときは福王山物件における大蔵屋の先買いのケースにも似ており、地揚げの困難性は容易に推測された場合であつたのに、被告人加古は、中日不動産鑑定所長寺島鐐太や開発局次長西部利男らの消極意見をも斥けて、地揚げの可能性について何らの調査もせずにあえて契約に踏切つたこと、2被告人加古は、昭和四八年二月七日ころ、公認会計士から福王山、大安町関係の代金支払いが杜撰である旨の指摘を受けながら、何らこれを意に介することなく、同年同月九日、一三日、一七日の三回にわたつて、計三億五、〇〇〇万円もの支払いをしたこと、などの点であり、検察官は、これらの点から見て、中スタと栄善との間で締結された本件額田町物件に関する売買契約及びその代金支払いは、とうてい正常な取引行為と見ることができず、前者から後者に対する一方的な資金援助行為である、との主張をしている。
しかしながら、当裁判所は、本物件の取引についても被告人加古が、一方的に栄善の利益を考えたが故に、右のような行為に出たと認めるべき証拠は十分でないと考える。その理由は、次のとおりである。
まず、右の検察官の主張1のうち、豊臣工業の先買い問題について考えると、被告人加古、同和泉及び右被告人両名の弁護人らは、両被告人がこれを知つたのは、昭和四八年二、三月ころであり、中スタと栄善との契約締結当時においては、これを知らなかつた旨主張している。しかしながら、この点については、検察官が論告において援用する右被告人両名の各検面、西部利男、春日井今朝郎、小林邦夫、堀内重昭らの各検面、寺島鐐太の供述等に照らし、被告人和泉において、右契約時に豊臣工業の先買いの事実を知らなかつたとする同被告人の公判供述は、にわかにこれを措信することができず、また、被告人加古においても、右先買いをした業者名及び先買いの範囲などの詳細については別として、少なくとも、右物件につき他の業者がすでに買いに入つているという事実については、これを了知しておりながら、右寺島らの消極意見を抑えて、あえて、契約に及んだと認めるのが相当である。ところで、一般に、すでに他の業者がその一部を先買いしている物件を後発の業者が地揚げしようとする場合には、右業者からの価格つり上げなどが予想されて、そうでない場合に比べ地揚げの困難さが増すということは否定できない。また、右の点を別にしても、右物件が、約五〇万坪に及ぶ広大な土地で、所有者の数も多く、一般的にいつて地揚げの容易な土地といえないことも検察官の主張するとおりである。しかしながら、それにもかかわらず、右物件に関する中スタと栄善との売買契約が、前者から後者に対する一方的な資金援助行為であると考えるには、次のような点において、なお疑問が残ることを否定することができない。
1 中スタの被告人和泉に対する信頼が、ほとんど揺らいでいなかつた時点での契約であること
本件物件の契約の時点は、昭和四七年一二月一〇日であり、中スタと栄善の信頼関係は、大安町物件の契約の時点におけるそれと、全く変りはない。ところで、被告人和泉は、本物件を中スタへ売渡す契約をする約一月前(同年一一月一〇日ころ)に、すでに地元の不動産ブローカーである近藤和一から、これを買受ける契約をし、実質上の地揚げにかかつていたが(一二月上旬までに近藤、宮下らに対し、合計一億八、五〇〇万円を地揚げ資金として渡し、五万坪の地揚げが完了している。小林邦夫検面48.8.4付七項)、右近藤が、右物件中の約一割を所有する大地主である音羽町長堀内重昭を、かつて使用していたことがあり、同町長に顔がきくという触込みであつたため、当初地揚げにかなり楽観的な見通しを持つていたと思われ、その後、豊臣工業の先買いの事実が判明した後も、右音羽町長が、豊臣工業に好感情を有しておらず、栄善の嘱託春日井今朝郎に対して、かねがね、「豊臣工業の土地を中スタの所有にしたら、地揚げの協力にも相談に応じよう。」との趣旨の発言をしていたこともあつて、その地揚げの見通しを大きく修正するまでには至らなかつたものと思われる。そうすると、被告人加古が、同和泉から、「地元の有力者に頼んで買戻しをする。」旨自信あり気な報告を受けて、他業者の先買いの点を、深く気に留めることなく、契約に踏切つたということも、それほど不自然な想定ではない。ちなみに、他業者が、すでに買いに入つている物件でも、あとからこれを買取ることが、絶対に不可能というわけではないことは、大安町物件について、現に、栄善が、一部を先買いしていた筒井福松からその部分を買取つた例や、本物件を中スタから買取る予定であつたキヤツスルが、中スタ倒産後、豊臣工業からこれを買取るべくねばり強く交渉を続けている事実などからも明らかである。また、検察官は、本物件における豊臣工業の先買いは、福王山物件における大蔵屋の行動を想起させると主張するが、共有物件の持分(六分の一)を、他の共有者の持分を買受ける目途の全くつかない状態で、時価よりはるかに高額と見られる価格で買取つた大蔵屋の異常な行動(それは、まさに自己の取引の成算を度外視して、やみくもに、栄善の取引の成功の阻止だけを狙つた無謀な行動のようにも見える。)と、中スタが本格的に関心を示す約半年前に、すでに、物件の一部の地揚げをしていた額田町物件における豊臣工業の行動(それは、自己の利益を追求した正常な取引行為と見られるから、価格の交渉によつて、これを豊臣工業から買取ることが、それほど困難なこととは言えないであろう。)とが、必ずしも類似性を有するものでないことは明らかであり、この点に関する検察官の指摘には、とうてい左袒できない。
2 被告人和泉の不正行為が発覚するに及んで、被告人加古が激怒していること
この点は、大安町物件について述べたところと同一である。被告人加古が、本物件の契約の際、栄善に対する一方的な資金援助をするつもりであつたのであれば、被告人和泉の資金流用の事実(それは、元来、契約時に、被告人両名の間で当然に予定された行動であつた筈である。)が判明したということで、被告人加古においてこれほど真剣に怒りを表わすというがごときことは、まさに理解に苦しむ行動であるといわなければならない。
3 地揚げが難航するに及び、中スタからも職員を応援に派遣して、真剣に地揚げに取組んでいること
地揚げの難航にしびれを切らした被告人加古は、右2記載の事件と、ほぼあい前後して開発局次長西部利男及び同職員小川興児らを現地へ出張させ、いわゆる中スタの総力を挙げて本物件の地揚げに取組む姿勢を示しているが、同被告人が、右のように地揚げに熱意を燃やしていたという事実も、右2に記載したと同様の意味において、同被告人の第三者図利の目的を認定するうえで、障害になると思われる。
4 中間金の支払いは、平岩社長の意思によるものであること
検察官の指摘するとおり、右2記載の被告人和泉の不信行為が表面化した後において、なお、三回にわたり(昭和四八年二月九日、同月一三日、同月一七日)、合計三億五、〇〇〇万円にものぼる金員が、額田町物件の中間金として中スタから栄善へ支払われている点は、たしかに問題であるといわなければならない。地揚げが一向に進捗せず、また、被告人和泉の不信行為が表沙汰になつた直後であるだけに、いかに従前から信任の厚い同被告人の申出があつたとはいえ、右の段階で高額の中間金を支払うことは、合理的根拠に乏しく、「栄善の資金ぐりのために支払つてやつた」旨の加古検面の記載には、一見高度の信ぴよう性があるようにも見える。しかしながら、ひるがえつて考えて見ると、一方において、被告人和泉の行なつた地揚げ資金の他物件への流用の事実をとらえて、中スタに対する不信行為であるとして激怒し、社長に辞表を提出し、今後栄善とは一切新たな契約を結ばないとまで決意したという被告人加古が、他方において、栄善の資金ぐりが苦しいからといつて、三億五、〇〇〇万円にものぼる多額の中間金の支払いに応ずるということは、まことに前後矛盾した奇妙な行動であるといわなければならない。同被告人が、第三者の目を意識して、自己の保身上、被告人和泉に対して表面上激怒して見せただけであつたと考えれば、あるいは、一応の説明が可能であるかもしれないが、当裁判所が、公判の審理の過程を通じてしたしく見聞したところからうかがわれる同被告人の人格、性質などから見ると、同被告人が、そのような芝居がかつた演技のできる人物であるとはとうてい思われない。このように考えてくると、右中間金の支払いは、同被告人が公判廷において弁疏するように、被告人和泉が、同加古から中間金の支払いを拒絶されたため、平岩社長と直接折衝して支払つてもらつたものであると考える方が合理的であるように思われる。なお、被告人和泉は、「加古さんから難詰された地揚げ資金の流用の点は、相手の誤解であつて、当時は加古さんが興奮していたので、あえて弁解しなかつたけれども、公認会計士には十分説明して納得してもらい、いつたん取上げられた印鑑や預金証書も、あとから平岩社長から返してもらつた」旨の供述をしているが、被告人和泉の右供述からしても、同被告人の弁解に納得した平岩社長が、同被告人の要求する中間金の支払いに応ずるということは、十分に考えられる事態であつたといわなければならない。
(四) いわゆる下呂物件について
本物件の取引が、正常な不動産取引ではなく、中スタから石山物産に対する一方的な資金援助行為であるという根拠として、検察官の極力強調する点は、要するに、1、地揚げの可能性が乏しい物件であつたのに、被告人加古は、右可能性について、何らの調査もせずに契約に応じていること、2、契約成立と同時に、特段の理由もないのに、売買代金の半額に当る八、二六五万九二〇円が中スタから石山物産に支払われていること、3、被告人石山は、右代金のうち約六、〇〇〇万円を中スタの株式一五万株を購入する資金にあてているが、被告人加古は、同石山の右のような資金流用の意図を察知しながら、その支払いに応じていると見られること、などの点である。
しかしながら、当裁判所は、右検察官の主張には証拠上にわかに賛同し難い点があると考える。
1 地揚げの可能性と被告人加古の認識について
下呂物件は、もともと森田八市外九名が、投資の目的で購入していたものであり、共有者はいずれも、値段さえ折合えば、売却する意思のあることが明らかであつたから、一〇名の共同所有に属するとはいつても、その地揚げが客観的に見て、きわめて困難な物件であるとはいえないと思われる。もつとも、右共有者の間では、美浜町在住の西村喜義ら四名(以下、美浜組という。)と武豊町在住の森田八市ら六名(以下、武豊組という。)との間に、若干意見の対立はあつたようであるが、しよせんは、売買価格についての意見の相違であつて、根本的に売却そのものに反対する者は、一人もいなかつたことに注目する必要がある。また、現実の地揚げの経過を見ても、石山物産は、昭和四八年三月中旬ころまでに、美浜組四名からその持分を買受けることに成功し、予定よりややおくれはしたが、武豊組の六名についても、同年六月ころには売渡の承諾を得るまでに至つていたのである。このような客観的な事実を前提とすると、被告人石山が、右物件の地揚げについて絶対の自信を持つたというのも、あながち、強がりばかりとも考えられず、当時、それまでの地揚げの実績から、被告人石山の手腕に絶大な自信をおいていた被告人加古が(前記第一、一、(五))、右のような自信に満ちた被告人石山の報告に接して、地揚げに楽観的な見通しを持つたということは、十分ありうることであつて、この段階において、同被告人が、右物件の地揚げの可能性を度外視して、一方的に石山物産に対する資金援助をする目的で、本契約に及んだと考えるのは、証拠に忠実な見方ではないというべきであろう。
2 契約成立と同時に代金の半額が石山物産に支払われたことについて
不動産ブームの時代においては、具体的事情によつて、当初、売買代金の三割ないし五割の金員を支払うというような事例の他に存在したことは、すでに指摘したとおりであつて(前記第一、三、(三)1参照)、本件における代金の支払方法も、ことにそれが約手による支払いで、売主側では、該手形を取得しても、手形割引による満期までの金利を負担しなければならないことをも考慮すると、それ自体、それほどとりたてて問題にしなければならないようなものではない。そのうえ、加古供述、加古検面、石山供述などを総合すると、右物件は、中スタにおいて、リゾートマンシヨン用として自社開発を予定していた物件であつたが、開発にあたる中日小松開発株式会社の態勢が未整備で着工の時期が明確でなかつたところ、被告人石山から、「代金の半額を払つてもらえれば、石山物産の方で物件を確保しておくので、残代金の支払いは、中スタが右物件を現に必要とする時でよい。」旨の話があつたので、中スタ側も右支払いに応じたものであることが認められる。右のような事情が存在するとすれば、右代金半額の支払いは、いつそう合理性を有するものと認めることができ、右の支払いが、中スタから石山物産に対する一方的な資金援助行為であるという検察官の指摘は、説得力を欠くこととなろう。なお、検察官は、当時の中スタの資金繰りの状況からすれば、八、〇〇〇万円余にものぼる大金を投じた土地を寝かせておくような経済的余力はなかつた筈であるなどとも主張するが、中スタが、物件を取得してこれを自社開発しようとすれば、投下資本の回収に相当期間を必要とすることは明らかなことであつて、そのような意味からすれば、右のような被告人石山の提案は、中スタにとつても、決して悪い話ではないのみならず、中スタの資金繰りが本格的に悪化したのは、昭和四八年三、四月以降のことであつて、本物件の契約当時において、中スタにその程度の経済的余力もなかつたとは考えられないから、右検察官の指摘も当裁判所を納得させるに至らない。
3 被告人石山の資金流用の意図に関する被告人加古の認識について
被告人石山が、中スタから支払いを受けた本物件の売買代金の大半(約六、〇〇〇万円)を、その直後に、中スタの株式一五万株の購入資金に流用したことは、証拠上明らかなところである。しかして、中スタから本物件の代金の支払いのなされた日と、被告人石山が山種証券へ右株式の買付依頼をした日が、同じ昭和四七年一二月二二日であること、被告人加古が、同石山の株式購入について、山種証券との間に立つなどしていることなどからすると、被告人加古が、同石山の資金流用の意図を容認していたのではないかとの疑いもないわけではないが、他方、従業員や出入りの業者に中スタの株式を持たせて、いわゆる安定株主をつくるということは、平岩社長のかねてよりの方針であつて、被告人石山に株式購入をすすめる話は、すでに同年七月ころからなされていたものであること、本件中スタの株式一五万株は同年一一月二〇日ころ、まとめて売りに出されたため、山種証券名古屋支店の溝口営業部長から、かねて被告人加古に対し、安定株主のあつせん依頼がなされていたところ、たまたま、同年一二月二〇日ころ、同被告人に出会つた溝口から再度買主あつせんの依頼がなされたため、同被告人石山にこの話を持込んだものであつて、右株式購入の時期と下呂物件の売買に関する交渉の時期とが重なつたことについては偶然の要素が強いと考えられること、被告人加古において、同石山が右売買代金を株式購入資金に充てることを承諾する趣旨の発言をしたとか、または、そのことを当然の前提とするような会話を同石山との間で交わしたというような証拠は全く存在せず、もとより、被告人加古において、右流用を容認して下呂物件の契約に及んだというような同被告人自身の供述のごときは捜査当時以来一度もなされてはいないこと、などの諸点をも総合して考察すると、被告人加古が、右契約当時同石山の資金流用の意図を認識し、かつこれを容認していたと断定するには、なお、証拠上ちゆうちよさせるものが残るといわなければならない。
このように見てくると、中スタの本物件に関する売買契約の締結を目して、被告人加古が中スタに対する背任的意思のもとに敢行した石山物産に対する一方的な資金援助行為であるとする検察官の主張は、その主要な根拠が、証拠上、いずれもその前提を欠いて採用できないこととなり、他に、右主張を裏付けるに足りる的確な証拠は見当らないから、右検察官の主張は、未だその証明が十分ではないというのほかない。
(五) いわゆる音羽町物件について
本物件の取引をもつて、これが正常な不動産取引ではなく、中スタから石山物産への一方的な資金援助行為に当ると認めるべき根拠として検察官の極力強調するところは、1、地主が一〇〇名をこえる多数で、その中には、当初から絶対に売らない旨を明言していたものもあつて、このような状況にかんがみると、引渡期限(昭和四八年七月二〇日)までに地揚げを完了することが、きわめて困難なことは当初から予想されたところであり、しかも中スタは、該契約の締結当時、福王山物件等の地揚げに失敗した直後であつたのに、右物件の地揚げの可能性等について何ら独自の調査をすることもなく、簡単に石山物産との間において、本物件の売買契約を締結していること、2、右物件を宅地として造成するには、関係官庁から宅地造成の許可及び砂防地指定の解除に関する処分を受けることが不可欠の条件となるところ、被告人加古においては、石山物産の側で右のような許可を受けるについては諸般の障害のあることを知りながら、その障害除去のための真剣な努力をしなかつたこと、3、右物件については、当時すでに自然公園法に基づく区域指定がなされており、また、給排水問題等についても容易に除去しえない諸種の障害事由があつて、右物件は、常識的にみて、もともと、開発の不可能な土地と認めるべきであつたこと、4、石山物産が右物件の地揚げのために使用した金額は、中スタから受取つた売買代金中のわずか一〇数%に過ぎず、石山物産は、受領金額中の大部分を他の使途に流用していたのに、被告人加古が、同石山の右のような行為を認識し、かつ容認していたこと、などの点である。しかしながら、当裁判所は、検察官の指摘する右の諸点に焦点をあてて、取調べたすべての証拠をつぶさに吟味し、被告人加古(及び同石山)の所論背任の意思の有無などを慎重に検討してみたが、結論的にいえば、本件のあらゆる証拠によつても、本物件に関する取引が、被告人加古の石山物産に対する意図的かつ一方的な資金援助行為に当るものと断定するに足りる証拠は未だ十分でないと考えるものである。以下、この点について若干の説明を加えることとする。
1 地揚げの可能性及び被告人加古の認識について
本物件については、もともと、いわゆる地元の有力者である山脇源助、金子泉のほか、不動産業者の宮田二郎らが、本件の三年位前にも他へ売ろうとして奔走し、その際、約三万坪の範囲で地主の取りまとめに成功した(ただし、右売却の話は、道路の問題などで壁に突当り、挫折した。)という実績があり、しかも右物件は、そのほとんどがかつて酪農組合と開拓組合とに帰属していたもので、その後これら組合の解散によつて、一応その構成員らの個人所有にはなつているものの、旧組合の組合長が依然としてこれら各土地の実質的な処分権限を有している、という山脇らの話もあり、また、豊川市議会議長であるという触込みの右山脇が、簡単に「一五万九、〇〇〇坪の売渡しを承諾する」旨の売渡承諾書の作成に応じたことなどもあつて、被告人石山及びサンキの岡崎治樹らは、本物件の地揚げについてかなり楽観的な見通しを持つたもののようである。その後、右山脇には本物件の処分につき格別の権限のないことが判明したが、同年一二月末ころになると、同人に代つて、本物件中に約四町歩(約一万二、〇〇〇坪)を所有する大地主で、旧組合の副組合長でもある金子泉が地揚げに協力することを約するに至つたし、もう一人の大地主である足立万二にも簡単に買収に応じそうな気配がうかがえたので(現に、同人は、昭和四八年一月に入つて間もなく、石山物産との売買契約に応じている。)、被告人石山らが本物件について、当初の地揚げの見通しを、根本的に修正しなかつたとしても、それほど不思議なことではない。たしかに、検察官も主張するとおり、本物件については、所有者の数も多く、中には、買収に応じない意向を示していた者もいたわけであるから、客観的に見れば、石山物産が、中スタとの契約の引渡期限である昭和四八年七月二〇日までに本物件の地揚げをすべて完了することは困難なことであつたかもしれないが、地揚げに要する期間の点はさておき、ある程度の時間さえかければ、地揚げができるということ自体については、関係者の観測が一致しており、なかでも、金子は、早期地揚げに、かなりの自信を持つていたようにもうかがわれる。このような状況のもとにおいて、従前地揚げに実績のある被告人石山から、右物件の持込みを受けた被告人加古が、右被告人石山や岡崎治樹の言を信用して、前記昭和四八年七月二〇日までに地揚げができると考えて(なお、不動産ブームのもとにおける契約においては、物件の引渡期限に関する定めが、必ずしも絶対的な意味合いを持つものでなかつたことについて、前記第二、三、(三)2参照)、本契約の締結に応じたということは、十分考えられるところであろう。なお、検察官は右契約の時点においては、すでに福王山物件等について、地揚げの失敗が明白になつていたとの事実をも指摘するが、右指摘にかかる物件は、いずれも栄善の扱つた物件であり、本物件の契約までの段階で、石山物産の扱つた物件中地揚げが失敗したものは一つも存在しないことが明白であるから、検察官の右指摘は必ずしも正鵠を射たものではないといわなければならない。
2 宅地造成等の許可を得るため積極的な努力をしていないという点について
本物件中に、市街化調整区域及びいわゆる砂防地域の各指定を受けていた部分があつて、これを宅地として開発するには、関係当局の宅地造成に関する開発認可及び砂防地指定の解除に関する各処分を経由する必要があつたことは明らかなところであり、中スタと石山物産との売買契約においても、とくに、「当該地は、市街化調整区域及び砂防指定地域であるため、宅地造成開発行為の許可を条件とする」ことが、特約事項として記載されている。ところで、右特約条項の趣旨は、文言上いささか明確を欠くうらみはあるが、結局のところ、右開発許可について、なんぴとの名義で該許可申請をするかは別として、実質上は石山物産の方で該許可の獲得に努力するということに尽きるものと思料されるところ、該特約条項によれば、石山物産としては、地揚げの進捗状況など諸般の情勢に配意しながら、その誠意ある自主的判断に基づき、前記許可処分等を獲得するために最も有効適切であると思われる諸措置を適宜講ずることが必要であり、かつそれで足りるのであつて、このような諸措置の具体的内容と当該具体的措置を講ずべき時期を一義的に確定することは、事柄の性質上そもそも不可能なことといわなければならないだろう。そうすると、石山物産及び中スタにおいて、未だ石山物産による本物件の地揚げが終了していない段階において、右開発許可等を受けるための具体的な手続を開始していなかつたからといつて、被告人加古が、本物件の取引を、まじめに考えていなかつたということにはならない。なお、検察官も指摘するように、なるほど加古検面中には、被告人加古の検察官に対する供述として「石山物産で、開発許可を取ることが難しいことはわかつていた」旨の記載部分があるが、当時、右物件の周辺で、現に大規模な宅地開発が続々と行なわれていたことなどの事実に徴し、当時、被告人加古や同石山が本物件の開発許可を得ることが、しかく困難であると考えていたものと速断することはできず、右加古検面の記載は、にわかに信用できない。
3 開発可能性のない物件であつたとの主張について
本物件を宅地として開発するためには、右2に述べた点のほか、さらに給水源の確保など給排水問題を解決することが必要であつたことは、たしかに検察官の指摘するとおりであるが、この問題が対象地内の小河川を利用することで優に解決可能と考えうるような状況にあつたことは、前掲寺島鑑定書によつても明らかである。その他、本物件が自然公園に基づく区域指定を受けた土地に該当することについては、右寺島鑑定書中に、この点に関する何らの記載もなかつたばかりでなく、証拠を検討しても、予めこのことに気付いていた関係者があつたというような形跡すらなく、もとより被告人加古が、右の点を知りながら、あえて、本物件に関する売買契約に及んだことをうかがわせるような証拠は、全く見当らない。
4 被告人石山の資金流用の意図を認識していたとの主張について
被告人石山が、本物件の代金として中スタから受取つた一億八、九〇〇万円のうち、大部分を本物件の地揚げ以外の用途に流用したことは、証拠上明らかであるが、被告人加古において、予め同石山が右のような行為にでるであろうことを予測し、かつこれを容認しながら、あえて、本物件の売買契約に及んだというような事実を認めるに足りる的確な証拠は見当らず、したがつて、この点に関する検察官の主張も、当裁判所を納得させるに至らない。
(六) いわゆる森町物件について
本物件の取引についても検察官は、これが正常な不動産取引ではなく、中スタから石山物産への一方的な資金援助行為にほかならない旨を主張し、その論拠として、1、物件が約五〇万坪というがごとき広大なもので、地主も多く(一〇〇名以上)、なかんずく最大の地主である社団法人報徳社が「絶対に売らない」旨を役員会で決議していた。また、右物件の中には茶畑などいわゆる農振地域に指定されている部分があり、地元の町当局においても大規模なゴルフ場の開発には反対の意向が強かつた。このような状況にかんがみ、本物件の買収開発の困難なことは、寺島鑑定書にも明確に記載されており、被告人加古も、これらのことを熟知しながら、あえて本物件を買受ける契約を締結している。2、被告人石山が、本物件を真剣に地揚げしようとしていなかつたことは 石山物産と下請けの大黒地所との契約が、石山物産と中スタとの契約よりもおくれて締結されていること、 石山物産と大黒地所との契約においては、違約の場合の手付倍返しの規定を排除する、売手に有利な内容が合意されていること、 右契約においては、石山物産と中スタとの契約によつて定められた履行期より二か月も後の履行期が定められていること、などの点から見て明らかである。3、被告人石山は、本物件の代金として中スタから受取つた金員のうち、その三分の一にも満たない部分を右物件の地揚げに使用したに過ぎず、その余はすべて他物件の地揚げ資金等へ流用しているが、被告人加古は、右のような同石山の意図を知りながら、通常の契約におけるよりも多額の四億二、〇〇〇万円を契約成立と同時に支払つている、などの点を指摘する。そこで、以下、右検察官指摘の論拠について順次検討しよう。
1 地揚げの可能性及び被告人加古の認識について
本物件が、面積約五〇万坪にも及ぶ広大な物件で、その地主の数も一〇〇名を超えるものがあるなど、一般的にいつてもその地揚げが容易な物件であるとは考えられず、ことに、本物件中には茶畑等の農振地域が包含されていたこと、当時、地元の町当局もレジヤー向きの開発に反対の態度を打ち出す可能性が予測されていたこと、その他、地元住民の与論の動向が必ずしも地揚げに好意的、協力的ではなかつたことなどに徴し、本物件が開発上種々の問題点を包含する物件であつたことは、寺島鑑定書48.2.23付からも明らかなところである。そして、他の物件の場合と異り、被告人加古が、本物件の右のような問題点を了知しながら、あえて、本物件を取得すべく、石山物産との売買契約に踏切つたことは、前認定(第二、一、(六)、6)のとおりである。その意味で、被告人加古の本物件に関する態度には、検察官の主張するような疑問を招いてもやむを得ないようなふしのあつたことは、これを否定することができない。しかしながら、関係証拠を仔細に検討すると、次のような事実が明らかであり、これらの点をも総合して考察すると、本物件についても、被告人加古が、取引の成算を度外視して、一方的に石山物産への資金援助をするために所論の売買契約を締結したものとまで断ずるのは困難であると考えられる。すなわち、
(1) 本物件が、地形的に見て、ゴルフ場としての適合性が高く、その意味で、高度の商品価値を有するものと考えられたこと
右の点は、〈証拠〉などによつて、明らかなところであるが、とくに、当初現地へ派遣された開発局次長井上弘次郎は、右物件がいたく気に入り、被告人加古に対し強くその取得をすすめたのであつて、そのため、同被告人も本物件の取得に強く心を動かされたと考えられる。
(2) 井上による地元との事前折衝が先行していること
本物件については、その地揚げや開発にまつわる問題点が、当初からある程度確実に把握できたため、被告人加古は、他物件の場合と異なり、開発局次長井上弘次郎を地元に派遣して、町当局や地元有力者に働きかけさせるなど、比較的慎重な態度をとつた。しかして、右井上が、再々森町当局の実力者鈴木重男助役に対し、その協力方を求めた結果は、必ずしも満足すべきものではなかつたが、さりとて、その協力が全く期待できないというほど、はつきりと拒絶されたわけでもなく、かなり政治的な含みを持たせた応待であつたうえ、中スタから提出された事業計画書(証一〇号)が、却下されずに町当局で受理されたこともあつて、同人は、物件の地揚げ・開発について、持つていき方次第では、町当局の協力が得られるものと望みをつないだ(前掲井上供述)。また、本物件の約半分を占める土地を所有する社団法人報徳社では、昭和四八年一月に開かれた役員会で、一応「絶対に売らない」旨の決定をしたもののごとくであるが、他方、実質的に報徳社を支配し、ひいては本物件地揚げの成否の鍵を握るとさえ思われた右山崎は、昭和四八年一月二〇日ころ行なわれた中スタ主催にかかる現地事務所開きに出席して、中スタ側の説明に耳を傾けるなどの態度を示している(しかも、井上弘次郎検面48.8.16付一五項によれば、その雰囲気は悪くなかつた、という。)ばかりでなく、結局、さきに役員会で決めた前記のような売却反対の意思を、中スタに対して明確に伝達しなかつた疑いが強いのであつて、現に、右井上も、山崎の協力を受けることを断念するには至つていない。ちなみに、右井上は、最終的には本物件の取得について、消極的な意見に変つたが、それは、地揚げや開発が困難であるからということに由来するのではなく、買収価格が―自社開発をするのには―高くなりすぎたから、という理由に基づくものであつて、同人から被告人加古に対して本物件の地揚げや開発の困難を指摘した意見が具申された形跡のごときは、証拠上これを認め得ない。このように、本物件の中スタによる自社開発を目論んでいた右井上が、本物件の取得について、その態度を遽かに消極論に改変したのは、同人が、該物件の単価の高騰の故に、これを取得して自社開発してみても、恐らく採算に合わないであろうとの判断に達したためであるから、右井上の目論見とは異なり、当時、すでに自社開発の構想を廃棄し、相当の転売差益をもつてする他開発業者への転売をも考えていた被告人加古にとつて、該物件買収単価の若干の高騰が本物件の買収を断念しなければならないような重大な障害に当るものと考えなかつたとしても、そのこと自体決して不思議なことではないといえよう。
(3) 当初の七〇万坪の計画を五〇万坪に縮小して契約していること
証拠によると、本物件の買収計画は、当初七〇万坪(四五ホール用)であつたが、現実の石山物産との契約においては、これが五〇万坪(三六ホール用)に縮小されていることが明らかである。ところで、被告人加古は、右計画が縮小された理由につき、「寺島鑑定のもとになつた七〇万坪の計画では、開発上問題があるので、茶畑の買収をできる限りカツトし、買収する茶畑部分もアクセサリーとしてそのまま残すという方法でレイアウトした」旨供述しており、右供述の信ぴよう性を疑うべき的確な証拠は見当らない。そして、右鑑定書を作成した寺島鐐太も、「計画が五〇万坪に縮小されれば、右二〇万坪の位置いかんによつて、鑑定の結論が変つたかもしれない。」旨供述しているのであつて、このような事情に照らすと、本物件中に、一部茶畑など農振地域が含まれていたからといつて、そのことだけから、これがゴルフ場として開発することの事実上不可能な物件であることが、被告人加古にとつても当時すでに明らかであつたと断ずることはできないことになる。
2 被告人石山の地揚げに対する熱意の有無の点(とくに石山物産と大黒地所との契約との関連において)について
証拠によると、本物件に関する石山物産と大黒地所との契約をめぐつては、検察官の指摘する前掲 の各事実の存することが明らかである。しかしながら、まず右 の点は、そのような事実が存在するからといつて、そのことが、必ずしも石山物産において真剣に地揚げする意思をもつていなかつたことの証左とならないことは事柄の性質上いうまでもないところであるのみならず、被告人加古が、当時、被告人石山の側の右のような当該物件に対する接近の程度とか物件取得のための行動計画等を十分に了知しながら、右契約に及んだという証拠も見当らない。次に、右 の点については、物件が大規模で、地揚げをすすめるにあたつていかなる障害が発生するかもわからないため、そのような場合に備え、契約当事者ことに大黒地所側のリスクを軽減する趣旨で、所論指摘のような特約をしたというのであり、該特約は、売手市場ともいうべき当時の土地取引において、契約自由の原則に従い、売主たる大黒地所側の意向を容れて決められたものであつて、内容的にみても、それほど不合理なものではないと考えられる。また、 の点については、被告人石山は、中スタに対する引渡しの期限が、契約上の期限より約二か月おくれる可能性があるということを、当時平岩社長にも伝えて、了解を得ておいたというのであり、不動産ブームのもとでの取引においては、契約内容が、売手に有利に傾き易いこと、契約の履行期限が必ずしも絶対的な意味を持たず、究極的に地揚げを完遂することに主眼を置いて契約を締結する例が多かつたことは、前述のとおり(第二、三、(三)1)であり、これらの点をも考慮に容れて検討すると、右 ないし の点が認められるからといつて、そのことの故に、ただちに、被告人加古において、該契約が現実に履行(石山物産側の履行)されることの可能性を度外視して、右契約に及んだと考えるのは早計である。
3 被告人石山の資金流用の意図を認識していたとの主張について
被告人石山が、中スタから受取つた本物件の売買代金四億二、〇〇〇万円のうち、その三分の一弱の金員を右物件の地揚げに使用するにとどめ、その余の金員を能登物件等他の物件の地揚げ資金に流用していることは、証拠上明らかなところである。ところで、右のような資金の流用を、被告人加古が予め容認して、右支払いに応じたのかどうかについて考えると、まず、加古検面中には、被告人加古の検察官に対する供述として、「石山は、当時、能登物件三〇万坪とか、……その他中スタとは関係のない物件の買収にかかつており、資金繰りに困つて、森町物件の売買を急いでいた」旨、あたかも、被告人加古において、同石山が本物件の代金を他へ流用することを予め容認していた趣旨にとれる記載部分があり、また、同日付の石山検面中には、被告人石山の検察官に対する供述として、「森町物件の代金のうち、大黒地所に支払つた残りは、後から加古さんに話をして、多治見、赤坂の物件の支払いにあてたが、代金の支払いを受ける段階から、流用を考えていたのではない」旨、前記加古検面とは、ややニユアンスを異にするものの、結局において、被告人加古が、石山による資金の流用を是認していた趣旨の記載部分がある。ところで、被告人石山は、当公判廷において、右資金の流用につき、当初検察官の質問に対しては、「加古さんの口頭の承諾を得た」旨捜査段階におけると同旨の供述をしたが、その後、弁護人の質問に対し、「了承を得たと言明はできないが、取引の経過において、局長も当然納得されてあつたということですね。」事前にも事後にも、「これは森町の金で買つたというような確定的な報告はしていない」旨供述を変更し、その後も、これを維持しているのである。これらの供述関係に照らすと、被告人加古が、同石山の資金流用を、少なくとも黙示的に是認していたとの事実は、一見その証明が十分であるようにもうかがえる。しかしながら被告人加古は、当公判廷において、「森町や田辺の金が他へ流れているとは夢にも考えなかつた。その事実を知つたのは警察の取調べの時がはじめてで、警察や検察庁の調書に書かれていることは、自分の真意ではない。」という弁解をしているので、さらに検討を加えるに、被告人加古の検面には、すでに詳細に指摘したような問題点(前記第二、三、(一))があつてこれに万全の信を措き難いうらみがあるうえ、被告人石山の捜査段階における供述は、本件商法違反の被疑事実に対する関係では、不利益事実を承認するという意味を持つが、他方、自己が将来かけられるおそれのある詐欺とか横領の嫌疑(ちなみに、同被告人は、逮捕前から、詐欺とか横領の嫌疑を受けるおそれのあることは、ある程度これを予測していた模様である。)に対する関係では弁解としての意味合いをも有するのであつて、それが不利益事実の承認であるという一事から、ただちに、高度の信ぴよう性があると断ずるのは疑問である。被告人石山の公判廷における供述には、前後あい矛盾する部分が多く、その言うところは、結局において、「取引の経過等から、自己の資金の流用を、被告人加古はわかつたはずだ。」という趣旨に帰着すると思われるが、被告人石山が、右立論の根拠として述べる具体的な事実関係を前提としても、疑いもなく被告人加古が被告人石山の右資金の流用の意図等に気付いた筈であるということを推認すべき情況事実としては未だ不十分なものがあると思われることなどから見て、被告人石山が同被告人の認識ないし判断として供述する右指摘の点が、結局、同被告人の一人合点であつたという可能性もこれを否定できない。のみならず、さきにも説示したように、被告人加古は、被告人和泉の行なつた代金の他物件への流用の事実が判明した際、これを中スタに対する不信行為であるとして激怒し、以後、栄善とは一切取引関係を結ばないというほどの重大な決意をしたという事実が明らかであるが(前記第二、四、(三))、同被告人が、右の事件とあい前後して生じた被告人石山の同様な資金流用の件についてだけは、特段の理由もないのに、これに明示又は黙示の承諾を与えるというがごとき首尾一貫しない行動にでたというようなことは、にわかに首肯し難いところというべきではなかろうか。このように考えてくると、被告人石山によるいわゆる森町物件代金の他物件購入資金への流用行為につき被告人加古が承諾を与えていたとの点もまた、証拠上合理的な疑いを容れないほどにまでその証明があつたものということはできないものとしなければならない。
(七) いわゆる田辺物件について
本物件の取引が、正常な不動産取引でなく、中スタから石山物産への一方的な資金援助行為であると認めるべき根拠として、検察官の極力主張するところは、1、対象の土地が、約四万七、〇〇〇坪にのぼる農地で、その地主らにこれを手放す意思はなく、また、中スタが被告人石山に一億三、〇〇〇万円を交付した時点において、同被告人は、未だ直接地主に当つて地揚げ交渉をする段階にも至つておらず、その地揚げの見通しは全くついていなかつた。しかるに、被告人加古は、右のような事情を知りながら、あえて契約に及んだものである。2、中スタから石山物産に支払われた一億三、〇〇〇万円の手形は、満期日が昭和四八年四月一六日という短期のもので、現金にも等しい価値を有するものであるが、被告人加古が、地揚げの見通しが未だ全くついていない段階で、このような手形による多額の金員を交付したことは、同被告人が、買収の成否を度外視していたからと考えられる。3、被告人石山は、右一億三、〇〇〇万円のうち、二、〇〇〇万円ないし三、〇〇〇万円を本物件の地揚げに使用しただけで、その余は、能登物件その他中スタとの取引の予定されない他物件の地揚げ資金に流用しており、被告人加古は、同石山の右のような意図を容認しながら、あえて前記金員の支払いに及んだ、などの諸点である。しかしながら、当裁判所は、検察官の右所論にもかかわらず、本件のあらゆる証拠によつても、被告人加古の所論背任の意思の存在を肯認することは困難であると考える、すなわち、
1 地揚げの可能性と被告人加古の認識について
本物件(買増し部分)が、約四万七、〇〇〇坪にのぼる農地であつて、一般的にいつて、その地揚げが容易な物件であるとはいえないこと、地主の多くは、生計の基本である右農地を手放すつもりがなかつた旨供述していること、などは、検察官の主張するとおりである。しかしながら、他方、本物件の地揚げ及びその見通しをめぐつては、次のような事情の存在したことも証拠に徴して明らかである。
(1) 地元の有力者である桑原達雄の協力が得られる見込みであつたこと
証拠によると、被告人加古は、本物件が、その買収上前記のような問題を包蔵する物件であることにかんがみ、昭和四八年一月以降、開発局次長井上弘次郎及び当時中スタの開発局部長待遇として開発局のスタツフの一員となつていた、前記中日不動産鑑定所長寺島鐐太の両名を現地へ派遣し、地元の有力者に働きかけさせるなどしていたが、右寺島らの協力要請に対して、田辺市農協の専務理事で、田辺市農業委員会の会長でもある、地元の有力者桑原達雄が、前記(第二、一、(六)、7)のとおり、かなり好意的にとれる態度を示したため、右寺島らは、桑原の協力が得られるから地揚げは有望である旨被告人加古に報告していたことが明らかである。右の点について、桑原は、「農地の問題について頼りにされては困るので最初から、農地問題では協力できない、とはつきり言つてあり、表面と裏面で態度を変えるのではないかと疑われるような、あいまいな態度は一切とつていない。」旨断言するが、他方、右桑原との交渉に当つた寺島鐐太、井上弘次郎及び被告人石山は、当時いずれも桑原の協力が期待できるとの感触を得ていたことが明らかであるところ、右桑原供述中には、「寺島らに、農地買収の依頼を受けたことはないが、こちらから先に、はつきりと断つた。」などというがごとき、証拠上明らかな事実(寺島らが桑原に対して農地買収に関する協力依頼をした事実)に反してまで、自己の立場を弁明しようとする部分もあつてにわかにこれに全面的な信を措き難いばかりでなく、現実に右桑原の示唆によつて、中スタから田辺市農協への金一億円の預金がなされたり、中スタから右桑原に対する土地の買付依頼書が送られていること、右桑原がかねてフジタ工業と親密な関係にあつて、本物件の開発工事を同社にあつせんしようと考えていたことなどから見ても、右桑原が、すでに認定したような言動をとつたという右寺島供述等は、優に信用できると思われ、そうであるとすると、右寺島らからその旨の報告を受けた被告人加古が、当公判廷で供述しているように、本物件の買収については右桑原の協力を期待できると考えたとしても、不思議ではないといわなければならない。
(2) 寺島が中スタ内部の人間であつたこと
弁護人も指摘するとおり、寺島鐐太は、当時すでに中スタの開発局部長待遇の地位を与えられ、いわば中スタ開発局のスタツフの一員として現地へ派遣されていたものであつて、このような立場の者から、地揚げが有望であるという報告を受けた被告人加古が、該報告を信用して買増しに踏切るということは、十分ありうるところと考えられる。
(3) 地揚げを担当するのが、石山物産であつたこと
石山物産は、かねて地揚げに実績のあつた業者であり、現に本件田辺物件の本体部分については、期限にわずかにおくれはしたが、二〇万坪近い物件の完全な地揚げに成功している。本件金員交付の時点において、下呂物件の地揚げが、期限までに完了していなかつたこと、主として、栄善関係の物件ではあるが、昭和四七年夏以来、福王山、大安町の各物件などの地揚げが連続的に失敗し、三岳、額田町の各物件の地揚げも思わしくないという状況にあつたため、被告人加古においても、本物件の地揚げにつき、一抹の不安を持つたであろうことは想像に難くないが、少くとも、石山物産関係では、前記下呂物件以外、地揚げが大巾に遅れて履行期を徒過しているという物件は一つも見当らない状況であつたから、被告人加古の同石山に対する信頼が、この時点で大巾に揺らいでいたと見ることはできない。
これらの事情をも加味して、総合考察すると、被告人加古が、本物件の地揚げがきわめて困難であることを承知しながら、取引の成算を度外視して、あえて前記金員(約手)を被告人石山に交付したものであるとは、にわかに断じ難いのではなかろうか。
2 被告人石山に短期の手形を交付したこと等について
被告人加古は、正規の契約書を作成することもなしに、一億三、〇〇〇万円にものぼる手形を被告人石山に交付した理由について、「新日本実業への引渡期限が切迫しており、寺島からも、『時間的に差迫つた作業なので、一刻も早く金を出してほしい』旨求められ、また、自分が契約書を作つたらどうかと言つたのに対しても、寺島から、『値段がはつきりしないので預り金として出してやつてくれ。』と言われて、そのようにした覚えである。」旨弁解しており、右供述の信ぴよう性を疑うべき的確な証拠は見当らない。また、交付した手形の満期が、きわめて短期であることは、その余の中スタ振出手形のサイドが一般にかなり長期であるのと対比して、一見異常の観をいだかせるが、被告人加古としては、当初、右寺島と被告人石山の両名から、「新日本実業から支払われる八億円の手形のうち四億円分を、買収費として頂らせてほしい」旨の申入れを受け、これを拒絶したところ、前記のとおり、寺島らから、重ねて強い要望を受けたために本件手形を交付するに至つたものであり、新日本実業への物件の引渡期限が切迫していること、同社から受取つた八億円の手形が四月一六日には、満期が到来して落ちる予定であつたこと、などの諸点をも考慮すると、被告人加古による石山物産への右金員(約手)の交付行為にも、一応の合理的理由がないとはいえないように思われる。
3 被告人石山の資金の流用の意図を認識していたとの主張について
被告人石山が、中スタから受取つた右金員(約手)のうち約二、〇〇〇万円を本物件の地揚げ資金として使用するにとどめ、残余を能登物件など他物件の地揚げ資金に流用したことは、証拠上明らかなところであり、しかも、同被告人は、公判廷等において、右流用の事実については、被告人加古から(明示的ないし黙示的に)了承を与えられていた旨供述している。しかしながら、被告人石山の右供述は、前掲森町物件の項で述べたところと同一の理由によつて、必ずしも全面的には措信し難いものと考えられ、他に、右の点に関する検察官の主張を支持するに足りる的確な証拠は見当らない。
(八) いわゆる姫路物件について
本物件の取引においても、被告人加古に背任の所為があつたとする検察官の主張の根拠は、要するに、同被告人は1、不動産仲介業者から持込まれた物件の売買価格が、客観的に適正な価格であるか否か等について、十分な調査を尽くさなかつた。2、売主と直接(仲介業者を介することなく)売買価格等について折衝し、真実の売値を確認したうえ、売買契約を締結すべきであるのに、そのような努力をしなかつた。3、被告人石山、同岡崎においては、村山甚三と取決めた真の売買価格に上乗せした価格をもつて中スタと村山とに売買契約を締結させようとしていること及び右の上乗せ額が正規の仲介手数料額を超過することなどの事情を察知しながら、何ら上乗せ額を調査することなく、あえてこれを被告人石山及び同岡崎の利益のために容認し、そのまま中スタの損害と負担において本件契約の締結に踏切つたという点である。
そこで、検討すると、本物件の取引の経過が、前記第二、一、(六)、8に認定したとおりであることは、証拠上明らかなところである。すなわち、被告人加古は、同石山、同岡崎から持込まれた本物件について、まず中日不動産鑑定所長寺島鐐太にその価格等に関する鑑定を命じ、右寺島から坪二、五〇〇円ラインは妥当な価格である旨の報告を受けて、本件契約の締結に及んだものであつて、該事実によれば、被告人加古は寧ろ本物件の適正価格把握のための相当な措置を講じたものというをうべく、同被告人が、検察官主張の右1の任務に違背したことを疑うべき証跡を見出し得ない。次に、同被告人が、本物件の売買価格の決定にあたり、売主と直接折衝し、真の売値を確認したりするなどの挙に出ていないことはたしかに検察官所論のとおりであるが、およそ仲介者を介在させる本件のごとき不動産取引において、買主が売主との間で直接価格の折衝をするというようなことは、むしろ避けるべきであるとされるのが通常であつて、仲介者の不公正な行為の存在を疑わせるような特段の事情でも認められない限り、不動産取引における買主に、右検察官主張の右2のような任務があるとはいえないであろう。そこで、本件における被告人加古が、検察官主張3のように、被告人石山及び同岡崎の持込んだ売買価格が、真の売値を大巾に上回るものであることを察知していたのかどうかが、被告人加古の任務違背及び第三者図利目的の存否を決すべき重要な論点となる。なぜなら、たしかに、本件のようないわゆる指値売買においては、仲介者である被告人石山、同岡崎が、ある程度の利巾の上乗せをして、中スタと売買の交渉をすることは、社会通念上当然に許容されることであつて、その上乗せ分が適正な範囲をいでない限り、売主側はもちろん買主側においてもこれに容喙する必要のないことではあるが、それにしても、本件における被告人石山らのように、仲介者でありながら、売主の真の売値に二割五分もの高率の利巾を見込んだ価格で買主に買取らせようとしていることを、買主側で察知した場合には、(仮に、買主側において、その価格自体は客観的に相当なそれであると判断した場合においても)、右仲介者と折衝して自己に対する売値の減額を求めるのが通常であると考えられ、営利を目的とする株式会社の不動産取引部門の責任者の地位にある者にとつては、むしろ、右のような減額交渉をなすべき任務を生ずるとも考えられるからである。
そこで、被告人加古が、被告人石山らの右のような大巾な価格の上乗せの事実を察知していたのかどうかについて検討するに、検察官から、被告人加古が右上乗せの事実を察知していたと疑うべき根拠として主張されている点は、①同被告人が、契約の前日、名古屋国際ホテルで、被告人石山らを交えて、売主の交渉相手である笹本敬三らと会つたのに、同人らとの間では、価格について何らの交渉も確認もしてはいないこと、②その際、被告人加古は、同石山や同岡崎から、「この取引では、自分達にも利益があるから、中スタからは仲介料はもらわない」旨告げられたこと、③さらに、その際被告人加古は、同石山から「取引完了後、あなたに対する相当の謝礼も考えている」旨告げられたこと、④被告人加古は、手付金及び中間金の支払いにあたり、被告人石山らから二億五〇〇万円、五、〇〇〇万円、四、五〇〇万円という不自然な金額の手形を振り出すことを求められたこと、⑤被告人加古の検面中には、「同被告人が、右①ないし④の事情から、被告人石山、同岡崎らにおいて、両契約当事者から得られる正規の仲介手数料(合計六%)より若干多い代金の水増しをしているかもしれないと察知した」旨の記載があること、などの点である。しかして、右検察官主張にかかる事実は、右③の点を除いて、いずれも証拠上、きわめて明らかなところである。しかしながら、被告人加古は、前記のとおり寺島からの報告により、被告人石山から持込まれた坪当り二、五〇〇円の価格を、取引上の適正価格と信じていたと認められること、被告人石山及び同岡崎は、当初村山から坪当り二、二〇〇円の指値で売却依頼を受け、坪三〇〇円の利巾を見込んで中スタと売買の交渉をし、中スタから坪当り二、五〇〇円で買受ける旨の内諾を得ていたところ、契約成立の前日に至り、(しかし、時間的には、検察官主張の前記①②のごとき接触、会話が行なわれた時刻よりも後の時点において)、さらに村山と交渉した結果、同人をしてその売却価格(指値)を坪当り二、〇〇〇円にまでまけさせることに成功したものであつて、右の点については、被告人加古がこれを知る機会は全くなかつたことなどの点も、証拠上明らかなところであり、また、被告人石山が、中スタに対して物件の売買の仲介をしながら、仲介料の請求をしないというようなことは、他にも例のあることであつて、さして特異な事態でもないものということができよう。そして、これらの事実関係をもあれこれ勘案して考えると、検察官主張の①、②、④の各事実が認められるからといつて、ただそれだけで、被告人加古が被告人石山らによる価格の大巾な上乗せ工作に気付いていた旨の事実を推認するのは、相当ではないものといわなければならない。また、前記③の点について考えると、たしかに、加古検面中には、被告人加古の供述として、右検察官の主張に副う趣旨の記載があるけれども、他方、同被告人は、公判廷において、同石山との間にそのような会話の交されたことを強く否認しており、かつ、右の加古検面に副うがごとき関係の供述は全く見当らないこと、その他、被告人加古の検面の記載の信ぴよう性には、前に述べたような問題があることなどの諸点を考え合わせると、右加古検面の記載をそのまま措信するのには、なおちゆうちよせざるを得ないものがあるばかりでなく、仮に右の点を証拠上肯認することができるとしても、石山物産と中スタとの間において不動産売買または仲介等の取引が行われた場合には、該取引の終了後、被告人石山の側から、中スタに対して、取引の謝礼等の意味をこめた金員が贈られるということは、他にも例のあつたことであつて(前記第二、一、(五))、被告人加古と同石山との間に検察官指摘のような会話がなされたとしても、そうだからといつて、被告人加古が、売主の提示した売却価格(指値)に著しく不当な利巾を上乗せした価格によつて当該物件を中スタに売り込もうとする被告人石山らの意図や工作を当然に察知できたはずであるとするのは合理的な推理ではなく、速断のそしりを免れないであろう。さらに、前記⑤のごとき加古検面の記載をそのまま措信することの危険であることは、これまで述べてきたところから明らかであるといわなければならない。
このように考えてくると、被告人加古が、同石山らによる価格の大巾な上乗せの意図や工作を察知しながら、あえて本件契約に及んだという検察官の主張には、証拠上にわかに左袒することのできないものがあり、結局、本取引に関して、被告人加古に任務違背の所為はもちろん第三者図利の目的も存在したとする検察官の主張は、これを肯認するに足りる措信しうる証拠がなく、とうてい採用できないものというべきである。
五  被告人加古の第三者図利目的の有無について(その三・総括)
これまで詳細に説示してきたところから明らかなとおり、当裁判所は、検察官が商法四八六条一項所定の特別背任罪を構成すると主張する、被告人加古の合計八個の不動産取引に関する行為は、いずれも、同被告人がこれを、第三者を利する目的のもとに、ことさらにその任務に背いて行なつたと認めるべき証拠が十分でない(なお、いわゆる姫路物件に関する行為については、そもそも同被告人に任務違背と評価しうるような外形的行為があつたか否かの点においても、これを積極的に認定するための証拠が十分ではない)と考えるものである。たしかに、被告人加古の行動は、激烈な取引社会(わけても、生き馬の目をも抜くといわれる不動産取引の社会)を生き抜く経済人のそれとしては、あまりにもその見通しが甘く、軽卒な点が多かつたとの非難を免れないであろう。この点は同被告人自身、当公判廷において、十分これを認めているところである。しかしながら、証拠によつて認められる同被告人の行動から見て、同被告人が、これを中スタの利益をはなれて、栄善や石山物産の利を図る目的から行なつたとは、どうしても考えられない。そこに認められるのは、空前の不動産ブームに便乗して、一大飛躍を遂げようとする社長平岩治郎の方針に忠実たらんとして、自己の能力をこえた大規模な不動産取引に取組みながら、結局は出入りの業者その他の関係の善意と手腕を信用し過ぎて、適当に翻弄された、一人のあわれな、実直な男の姿だけであつて、同被告人の行動が、商法特別背任罪の構成要件を充足すると考えるのは、形式と(事件の)結果に目を奪われて、実質と(事件の)底流に対する正当な認識を欠いた議論であるといわなければならない。他方、被告人和泉及び同石山は、同加古から絶大な信頼を受け、その取引の当初においてこそ、その信頼に応える働きをしたけれども、次第に同被告人の姿勢の甘さを見くびつて、地揚げに取組む態度に真剣さが薄れたばかりか、中スタから受取つた地揚げ資金を他の物件へ流用するなどの不信行為にまで出るようになつたものであつて、その行為は、まことに遺憾である。しかしながら、右のような観点からする商道徳上の非難は別として、本犯とされる被告人加古につき特別背任罪の成立を認め得ない以上、これに共同加功したとされるその余の被告人(右被告人両名のほか、石山物産の名目上の社長で、契約の締結に実質的にはほとんど関与していなかつた被告人横地、及び姫路物件の取引にのみ関与した同岡崎を含む。)について、理論上同罪の成立する余地のないことも、明らかなところといわなければならない。
第三  結論
以上の次第であつて、被告人ら五名に対する本件特別背任罪(商法四八六条一項該当の罪)の前記各公訴事実については、いずれもその証明がないことに帰着するから、刑事訴訟法三三六条後段により、各被告人に対し、当該各関係事実につきいずれも無罪の言渡しをすることとする。
よつて、主文のとおり判決する。
(服部正明 木谷明 黒木辰芳)

別紙一覧表〈略〉
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