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「選挙 コンサルタント」に関する裁判例(91)昭和61年 6月23日 大阪地裁 昭55(ワ)5741号 

「選挙 コンサルタント」に関する裁判例(91)昭和61年 6月23日 大阪地裁 昭55(ワ)5741号

裁判年月日  昭和61年 6月23日  裁判所名  大阪地裁
事件番号  昭55(ワ)5741号・昭55(ワ)6355号・昭56(ワ)3187号・昭56(ワ)3188号・昭57(ワ)8507号
事件名
文献番号  1986WLJPCA06236002

出典
労判 479号10頁

裁判年月日  昭和61年 6月23日  裁判所名  大阪地裁
事件番号  昭55(ワ)5741号・昭55(ワ)6355号・昭56(ワ)3187号・昭56(ワ)3188号・昭57(ワ)8507号
事件名
文献番号  1986WLJPCA06236002

A事件原告・B事件被告 山村正雄(以下「山村」という。)
B事件被告 黒川乳業株式会社(以下「会社」という。)
右代表者代表取締役 黒川繁八
C1事件原告 上坂勲(以下「上坂」という。)
C2事件原告 原田一男(以下「原田」という。)
右四名訴訟代理人弁護士 今中利昭
右同 坂東平
右同 角源三
B事件被告会社・山村訴訟復代理人弁護士 吉村洋
A事件被告、B事件原告、D事件被告 関西単一労働組合(以下「組合」という。)
右代表者執行委員長 吉田宗弘
A事件被告 関西単一労働組合黒川乳業分会(以下「黒川分会」という。)
右代表者分会長 神田朝男
C1事件被告、C2事件被告 吉田宗弘(以下「吉田」という。)
C1事件被告 神田朝男(以下「神田」という。)
B事件原告、C1事件被告 朴時夫(以下「朴」という。)
B事件原告、C1事件被告 田野尻聖子(以下「田野尻」という。)
C1事件被告 新行内六三(以下「新行内」という。)
C2事件被告 園山了(以下「園山」という。)
B事件原告 廣部文樹(以下「廣部」という。)
D事件被告 白川忠(以下「白川」という。)
右一〇名訴訟代理人弁護士 井上英昭
右同 竹岡富美男
右同 藤田正隆
右同 甲田通昭
右同 中道武美
B事件被告、D事件原告 松村勝正(以下「松村」という。)
B事件被告 熊澤大介(以下「熊澤」という。)
右二名訴訟代理人弁護士 北村義二

 

 

主文

一  組合及び黒川分会は山村に対し、各自金五万円及びこれに対する昭和五五年一〇月二四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二  会社及び山村は組合に対し、各自金七万七〇〇〇円及びこれに対する昭和五五年九月一三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
三  松村、熊澤は各自、組合に対し金二二万円、田野尻に対し金八八万円、廣部に対し金一一万円、朴に対し金七万七〇〇〇円、並びに右各金員に対する昭和五五年九月一三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
四  吉田、神田、朴、田野尻、新行内は各自上坂に対し、金五万四七〇〇円及びこれに対する昭和五六年七月一〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
五  吉田は原田に対し、金二万六五五〇円及びこれに対する昭和五六年七月一〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
六  組合及び白川は松村に対し、各自金五万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五七年一二月一〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
七  山村の組合及び黒川分会に対するその余の各請求、田野尻、廣部、朴の会社、山村に対する各請求、及び松村、熊澤に対するその余の各請求、組合の会社、山村、松村、熊澤に対するその余の各請求、上坂の吉田、神田、朴、田野尻、新行内に対するその余の各請求、原田の園山に対する請求、原田の吉田に対するその余の請求、松村の組合及び白川に対するその余の各請求をいずれも棄却する。
八  訴訟費用の負担については、A事件について生じた訴訟費用は、これを三分し、その二を山村の、その余をA事件被告らの負担とし、B事件について生じた訴訟費用中、組合・田野尻・廣部・朴(以下「組合ら」という)に生じた費用はこれを一〇分し、その一を会社・山村(以下「会社ら」という)の、その四を松村・熊澤(以下「松村ら」という)の、その余を組合らの負担とし、会社らに生じた費用はこれを一〇分し、その四を組合らの、その余を会社らの負担とし、松村らに生じた費用はこれを二分し、その一を組合らの、その余を松村らの負担とし、C1事件について生じた訴訟費用は、これを二分し、その一をC1事件被告らの、その余を上坂の負担とし、C2事件について生じた訴訟費用中、原田に生じた費用の二分の一と吉田に生じた費用の二分の一を吉田の負担とし、吉田に生じた費用のその余を原田の負担とし、原田に生じたその余の費用と園山に生じた費用(合計)は原田の負担とし、D事件について生じた訴訟費用は、これを三分し、その二を松村の、その余をD事件被告らの負担とする。
九  この判決は、各原告の各勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

 

 

事実

第一  当事者の求めた裁判
一  A事件
1  請求の趣旨(山村)
(一) 組合及び黒川分会は山村に対し、各自金二〇〇万円及びこれに対する昭和五五年一〇月二四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は組合及び黒川分会の負担とする。
(三) 仮執行の宣言
2  請求の趣旨に対する答弁
(一) 本案前の答弁(黒川分会)本件訴えを却下する。
(二) 本案についての答弁(組合、黒川分会)
(1) 山村の請求をいずれも棄却する。
(2) 訴訟費用は山村の負担とする。
二  B事件
1  請求の趣旨(組合、朴、田野尻、廣部)
(一) 会社、山村、松村及び熊澤は各自、組合に対し金三四五万円、田野尻に対し金一一五万円、朴及び廣部に対し各金五七万五〇〇〇円並びに右各金員に対する昭和五五年九月一三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は、会社、山村、松村及び熊澤の負担とする。
(三) 仮執行の宣言
2  請求の趣旨に対する答弁(会社、山村、松村、熊澤)
(一) 組合、朴、田野尻及び廣部の各請求をいずれも棄却する。
(二) 訴訟費用は右四名の負担とする。
三  C1事件
1  請求の趣旨(上坂)
(一) 吉田、神田、朴、田野尻及び新行内は各自、上坂に対し、金一〇〇万九四〇〇円及びこれに対する昭和五六年七月一〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は、吉田、神田、朴、田野尻及び新行内の負担とする。
(三) 仮執行の宣言
2  請求の趣旨に対する答弁(吉田、神田、朴、田野尻、新行内)
(一) 上坂の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は上坂の負担とする。
四  C2事件
1  請求の趣旨(原田)
(一) 吉田及び園山は各自、原田に対し、金一〇一万三一〇〇円及びこれに対する昭和五六年七月一〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は、吉田及び園山の負担とする。
(三) 仮執行の宣言
2  請求の趣旨に対する答弁(吉田、園山)
(一) 原田の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原田の負担とする。
五  D事件
1  請求の趣旨(松村)
(一) 組合及び白川は各自、松村に対し金二〇〇万円及びこれに対する昭和五七年一二月一〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は、組合及び白川の負担とする。
(三) 仮執行の宣言
2  請求の趣旨に対する答弁(組合、白川)
(一) 松村の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は松村の負担とする。
第二  当事者の主張
一  A事件
1  本案前の主張(黒川分会)
組合は、関西地方のあらゆる労働者で組織する個人加盟の労働組合であり、地域又は事業所ごとに分会を置いているが、黒川分会を含むこれらの分会は、組合の活動方針のもとに、その指導・指示に従って活動するものであり、使用者に対する交渉権・妥結権・争議権を有せず、独自の財政を持たず、その経費は組合からの交付金等で賄われており、分会規約の制定・改正の権利も有しない。
したがって、黒川分会は、人的にも財政的にも活動においても独自性を有せず、組合の有機的組織の一部にすぎないものであって、独立した社団としての実体を有しないものであるから、本訴の当事者能力を欠くものである。
2  本案前の主張に対する反論(山村)
黒川分会は、組合とは別個・独自の規約を有しており、その組織においても、組合とは別個独自に、分会役員として代表者である分会長のほか、副分会長、書記長、会計を擁し、その執行機関として執行委員会、決議機関として分会大会を有し、これらの機関を通じて、組合とは別個・独自の活動を行っている。また、財政面においても、その資金は組合から受けているとしても、黒川分会は、その責任において資金を自己の用途に供し、独自に会計監査を受け、分会大会に決算報告をすることになっている。更に、黒川分会は、分会独自の事項については、独自の交渉権・妥結権・争議権を有しており、現にこれらの権利を行使しており、その他、分会独自の機関紙として「タンポ」を発行している。
したがって、黒川分会は、組合とは別個に自立的活動を行う社団としての実体を有しており、代表者の定めもあるから、いわゆる「権利能力なき社団」として、民事訴訟法四六条により、本訴の当事者能力を有するものである。
3  請求原因
(一) 当事者
(1) 会社(B事件被告)は、大阪市に本社及び営業所を、豊中市に工場及び営業所を、堺・神戸・門真の各市に営業所を置き、牛乳類の製造・販売を営んでいるものであり、約一五〇名の従業員を擁している。
山村は、昭和五二年三月ころから会社の労務担当顧問に在任している者である。
(2) 組合は、関西地方のあらゆる労働者で組織する個人加盟の権利能力なき社団たる労働組合であり、黒川分会は、被告組合員のうち、会社の従業員をもって組織する右組合の下部組織であるが、独自の規約・決議機関・執行機関・代表者を有して、自主的な活動を行っている権利能力なき社団である。
(二) 山村に対する抗議演説
組合員及び黒川分会員ら一〇数名は共同して、左記の各日時に、いずれも、山村の住宅前付近において、宣伝車に備え付けられたマイクを使用して、左記の各内容の抗議演説(以下、「本件演説(1)」と各個を番号で表示し、全体を「本件演説」という。)をなした。

(1) 日時 昭和五四年一〇月四日午後三時ころから午後四時ころまで
演説の内容 別紙(1)記載のとおり
(2) 日時 昭和五四年一〇月一四日午前一一時ころから午前一二時ころまで
演説の内容 別紙(2)記載のとおり
(3) 日時 昭和五五年九月二三日午後三時三〇分ころから午後四時三〇分ころまで
演説の内容 別紙(3)記載のとおり
(4) 日時 昭和五五年一〇月二三日午後六時三〇分ころから午後七時ころまで
演説の内容 別紙(4)記載のとおり
(三) 抗議ビラの配布
組合員ら及び黒川分会員らは共同して、(1) 昭和五四年一〇月四日に別紙(5)の内容のビラを、(2) 同月九日に別紙(6)の内容のビラを、(3) 同月一四日に別紙(7)の内容のビラを、(4) 同年一一月一四日に別紙(8)の内容のビラを、(5) 昭和五五年七月五日に別紙(9)の内容のビラを、いずれも山村の住宅近辺の少くとも五〇戸以上の家庭に配布(以下、全体を「本件ビラ配布」といい、各個を「別紙(5)ビラ配布」等と番号で示す。)した。
(四) 違法性
(1) 騒音
主として、組合執行委員長吉田及び黒川分会長神田が街宣車のマイク及びハンドマイクを使用する等組合員及び黒川分会員らは、前(二)記載の各本件演説をなす際、スピーカーの音量を最大限近くまで上げてなしたため、極めて高い音量を継続的に発生させ、その受忍限度を超える騒音という物理的暴行ともいうべき態様によって、山村及びその家族に不快感と苦痛を与えた。
因みに、山村は昭和五五年八月七日、本訴を提起すると共に同月二二日大阪地方裁判所に対し、被告らの高音による不法連呼行為等差止の仮処分申請をなしたところ、同裁判所は、同年一〇月一八日に被告らの前記違法行為とその継続のおそれを認定して右申請を認容し、組合に対し、「労働者の生き血をすすって生きているダニ」「人の皮をかぶったケダモノ」等の山村の名誉を毀損し、或いは、山村を侮辱する発言を、宣伝車或いは拡声器(ハンドマイクも含む。)を使用して、原告の私的生活の平穏を害する程度の高音で、連呼宣伝してはならない旨の仮処分命令を発したものであるが、組合員及び黒川分会員らは、右仮処分発令後も昭和五五年一〇月二三日にも前同様の山村の人格権を侵害する抗議行動の行為をした。
(2) 名誉毀損
本件各演説及び前(三)記載の各ビラ中には、左記のとおり、虚偽の事実を摘示して山村の名誉を毀損する部分(以下「本件名誉毀損言辞」という。)があった。

(ア) 組合つぶしのために三〇万円もらっている。
(イ) 資本から金をもらって労働組合をつぶす仕事についた。
(ウ) 暴力をもって組合つぶしをする仕事をして歩き回っている。
(エ) 組合つぶしをして歩き回ってつくった金で、こうした大きな家を建てて、住んでいる。
(オ) 組合つぶしの張本人であるところの、組合つぶしを専門とする、職業とする、それでもって飯を食っている。
(カ) 労働者をいじめてまわって、組合をつぶしてまわっている。
(3) 侮辱
本件各演説及び前(三)記載の各ビラ中には、左記のとおり、山村を侮辱する部分(以下「本件侮辱言辞」という。)があった。
(ア) 労務ゴロ
(イ) 犯罪的な役割
(ウ) 暴力でもって、テロリンチでもって、肉体的に抹殺せんとする、そのような悪らつな行為
(エ) 労働者の生き血をすすって生きているこのダニ
(オ) ゴロツキ
(カ) 分会員の生き血を吸ってもうける
(キ) 私たち組合をつぶすヤカラ、ダニ、人の皮をかぶったケダモノ
(ク) 山村正雄のこのような、まさしく腐敗、堕落をした、労働者に対する敵対
(ケ) われわれの生活をめちゃめちゃにしている張本人
(コ) 労務ゴロ山村の押し込み強盗
(サ) 善良づらをしたそのばけの皮
(シ) 山村正雄のテロリンチ加担を許さない
(ス) 組合つぶしを専門とし、職業としている吸血鬼
(五) 責任
本件演説及び本件ビラの配布(以下両者を併せて「本件抗議行動」という。)は、いずれも、組合及び黒川分会の各組織の意思決定機関において討議、決定のうえ、各組織の代表者又はその構成員が、右機関決定に基づいて各組織の事業の執行として共同してなしたものであるから、組合及び黒川分会は、民法四四条一項、七一五条一項、七一九条により、連帯して後記損害を賠償すべき責任がある。
また、本件抗議行為は、前記の事実によれば、各組織自体の行為とみることもでき、かつ、組合及び黒川分会はこれを共同してなしたものであるから、民法七〇九条、七一九条により、連帯して後記損害を賠償すべき責任がある。
(六) 損害
組合員及び黒川分会員らは、本件各演説に伴う受忍限度を超える騒音により、山村とその家族に不快感と苦痛を与え、その家庭生活の平穏と安寧が害され、しかも、本件各演説が山村の住宅付近でなされたため、付近の住宅地一帯の平穏が害され、山村及びその家族が、付近の住宅への迷惑を慮っていたたまれない思いを強いられた。そして、抗議演説ビラ配布は本件各演説の前記回数にとどまらず、別に昭和五四年一〇月九日、同年一一月一四日、昭和五五年七月三日、同月五日、同月一三日、同年九月七日の合計六回もその態様及び内容が本件各演説と殆んど変わらない状況でなされ、さらに、昭和五四年九月下旬及び同五五年七月上旬頃山村の住宅周辺の電柱、阪急電鉄箕面線桜井駅の地下道、同駅付近の電柱、箕面市役所近辺の電柱、山村の三男剛士(当時一二歳)の通学する箕面第三中学校をねらい、その近辺の電柱に、黒川分会、或いは組合外一名の作成名義の「労務ゴロ山村正雄を追放せよ」等侮辱的文言を表現した、山村の顔写真入りや、同写真なしのビラを多数貼付した背景事情があるのであって、山村及び右三男等家族の心痛は受忍限度をはるかにこえたものであった。
しかも、右背景下の本件抗議行動の内容たるや、山村の名誉を毀損し、又は山村を侮辱することのはげしい内容のものが含まれており、しかも右内容が山村の住宅一帯に伝播されたため、これにより著しく山村の名誉ないし名誉感情が侵害された。
これらの人格権侵害による山村の精神的苦痛を慰謝するための金銭は、金二〇〇万円をもって相当とする。
(七) 結論
よって、山村は、組合及び黒川分会に対し、不法行為による損害賠償として、各自金二〇〇万円及びこれに対する右不法行為の後である昭和五五年一〇月二四日から完済まで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
4  請求原因に対する認否
(一)(1) 請求原因(一)(1)の事実は認める。
(2) 同(一)(2)のうち、組合が関西地方のあらゆる労働者で組織する個人加盟の労働組合であること、黒川分会が被告組合員のうち、会社の従業員をもって組織する右組合の下部組織であることは認めるが、その余の事実は否認する。
(二) 同(二)の事実は認める。
(三) 同(三)のうち、五〇戸以上の家庭に配布したことは知らないが、その余の事実は認める。
(四)(1) 同(四)(1)のうち、原告主張の仮処分決定が発せられたことは認め、その余の事実は否認する。
(2) 同(四)(2)(ア)ないし(カ)記載の各文言が本件各演説及び本件各ビラ中に含まれていたことは認めるが、同各文言が山村の名誉を毀損する文言であることは争う。いずれも表現の自由の範囲内のものである。
(3) 同(四)(3)(ア)ないし(ス)記載の各文言が、本件各演説及び本件各ビラ中に含まれていたことは認めるが、同各文言が山村を侮辱する文言であることは争う。これも表現の自由の範囲内のものである。
(五) 同(五)は争う。
(六) 同(六)は争う。
5  抗弁
(一) 労使紛争の経緯と背景
(1) 組合は、昭和四七年一二月一日、会社に黒川分会を結成した。
これに対し、会社は、黒川分会結成の五日後に会社の係長等を中心として、第二組合たる黒川乳業労働組合(以下「黒川労組」という。)を結成させ、右分会の破壊を図った。
(2) 黒川分会は、会社の分会破壊工作をはねのけ、結成時から昭和五〇年にかけて、会社からパート・嘱託制の廃止、五〇年九月二五日付協定で、週休二日、週三五時間労働制(以下「五〇年九月協定」という。)一律賃上げ方式、企業内最低賃金、年令別最低保障賃金制の採用、退職金制度の確立、解雇・配転同意約款等の労働条件及び組合活動の権利を協約締結により獲得した。
(3) 会社は、組合、黒川分会の組合活動を嫌忌し、昭和四九年ころ、「人権とくらしを守る会」(以下「守る会」という。)所属の池田善実を、労務担当顧問として雇い入れた。
(4) 守る会は、経営相談、労務相談、暴力対策、公害、交通事故相談、選挙者の推薦等を看板にしているが、その実体は経営者が主体であるに拘らず、労働組合活動家を擁し、その種の相談にも応じることを誇示し、右経営者と活動家が懇親会で親交を深めており、役員には大阪総評不当弾圧委員会、「労務屋」対策小委員会により所謂労務屋と指摘されている前記池田(事務局長)、山村(理事長)が任命されており、後記小林木村家争議における右役員らの役割に照らせばその実体は、構成員を企業に労務担当顧問として送り込み、組合破壊活動を行ういわゆる労務屋の集団である。そして、山村、池田は使用者側に転向前昭和四〇年頃迄印刷関係労組の役員であり松村と大阪総評事務所で活動を共にしていた関係にあり、転向後も友人関係にあり、守る会においてはその構成員である会社社長黒川繁八、同専務黒川直明、熊澤らと共に同会主催の親睦会、懇親会に参加して親密な関係にあるものである。
(5) 会社及び池田善実は、昭和四九年六月二一日、夏期一時金をめぐる黒川分会のストライキに対し、職制及び正体不明の男等約三〇名を組合のピケットラインに突入させ、これにより、組合員、黒川分会員一〇数名を負傷させた。
(6) 組合及び黒川分会は、右傷害事件につき、会社に強く抗議したところ、会社はこれを謝罪し、昭和四九年八月六日、今後第三者を介入させない旨の誓約書と謝罪文を組合に提出し、池田との雇傭契約を解除した。
(7) しかるに、会社は、昭和五一年七月、右誓約に反して再び池田を雇傭したが、再び組合、黒川分会は抗議闘争を展開し、池田の介入及び労働協約に違反する賃金カット等の不当労働行為につき大阪地方労働委員会(以下「大阪地労委」という。)に救済申立をし、昭和五二年三月、同地労委における和解により、会社は再び池田との雇傭契約を解約し、同人を退社させた。
(8) しかし、会社は、池田が退社した直後である昭和五二年三月、同じく守る会所属の山村を労務担当顧問として雇入れた。
(9) 更に、会社は、昭和五二年三月ころ管理職を増員して黒川労組執行部から大幅に登用し、黒川労組を山村と密接な関係にある総評全国一般労働組合大阪地方本部(以下「全国一般」という。)に加入させ同労組をいわゆる御用組合化させた。
(10) 会社は、昭和五二年三月三一日、会社が倒産の危機にあるとして、「会社再建案」を黒川分会に対し提示してきた。
右会社再建案は、組合、黒川分会が獲得してきた企業内最低賃金制度、年令別最低保障賃金、週休二日制、週三五時間労働制等を廃止する内容のものであって、組合、黒川分会の受入れられる内容のものではなかった。
(11) 組合は、右会社再建案を拒否し、これに抗議したが、会社は、組合との団交をほとんど行うことなく、昭和五二年五月一一日からこれを強行実施した。
これに対し、組合は、右同日からこれまで通りの労働条件により就労するという抵抗闘争に入り、黒川労組もこれに同調したが、会社は、労働協約を無視して賃金カットを強行した。
(12) しかし、これに対し、昭和五二年六月一五日、天満労働基準監督署から会社に対し、賃金カット回復の勧告がなされ、会社も右勧告に従いカット分の回復をした。
(13) 会社は、更に昭和五二年六月三〇日から会社再建案を強行実施したので、組合は再び抵抗闘争に入る一方、同年七月一九日大阪地方裁判所に対し現行労働条件保全の仮処分申請をした。
(14) 会社は、七月分からの賃金カットはしなかったものの、会社再建案の内容をなすパート制度の復活、初任給の設定を実施し、パート及び本工の採用をした。
そして、会社は、会社再建案実施についての組合との団交を拒否しつつ、その一方で、会社は山村をして黒川労組の上部団体である全国一般幹部である熊澤らと協議せしめ、その結果、会社と黒川労組は、不明朗な「ボス交渉」の末、昭和五二年八月八日、〈1〉平均七パーセントのベースアップをする、〈2〉本工を対象に夏季一時金一・三五ケ月分を支給する、〈3〉週休一日制、週四〇時間労働とする、〈4〉営業部の人員削減、製造部の時差出勤、昼一斉休憩の廃止をそれぞれする、〈5〉解決一時金三〇〇万円を支払う旨の内容をもって会社再建案につき妥結(以下右〈3〉〈4〉の条項を「妥結再建案」という。)した。
(15) 会社は、黒川労組と妥結後、妥結再建案は全従業員につき労働協約として一般的拘束力があるとして、組合に対しても右妥結再建案に基づく労働条件に従うよう要求してきた。
(16) 昭和五二年九月二二日、大阪地方裁判所は、前(13)記載の仮処分申請につき、組合の申請を全面的に認容する決定をした。
(17) 昭和五二年八月以降、就中(16)の仮処分決定後、会社は、妥結再建案等で妥結した黒川労組との間では毎年団交し賃上げ一時金を支給していながら、右妥結案に従わない黒川分会員に対しては、賃上げをせず、一時金につき一切回答、団体交渉を拒否し、ひいて、未妥結を理由に賃上げ、一時金の支給をせず、仮支給にも応じず、いわば兵糧攻めにし、もって差別取扱いをするに至った。これに対し、組合は、会社と団体交渉による解決を求めたが、会社は、四〇分から一時間足らずの短時間の交渉を行うのみで、一方的に交渉を打切り退席することをくり返す等誠実な交渉を行わなかった。
(18) ついで、昭和五二年一一月一九日の団体交渉の席上、山村が、組合の運営方針に介入する発言をし続けたので、組合員がこれを制止したところ、山村はこれに藉口し、「だまれと言われたら交渉できない。」と告げるや一方的に席を立ち団体交渉を拒否し、以来昭和五五年二月まで組合からの団交の申入れをかたくなに拒否し続け、不当労働行為を継続した。
右に対し、組合は、大阪地労委に不当労働行為の救済申立をしたところ、同地労委は、昭和五四年一二月二七日組合の申立を認め、会社は組合と団交を行うこと、カットした賃金を回復し、一時金・賃上げを仮支給・仮実施すること、謝罪文を手交すること等を会社に命じたが、会社は本件抗議行動当時右命令を履行していない。
他方、組合は、このような態度の会社に対し、幾度となく団体交渉申入れ書を手交して、団体交渉の再開を求めて来たのであるが、これに対し会社総務部長は、団体交渉開催の判断権がなく山村の判断権に委ねられているらしく、「山村に尋ねないと何とも言えない」と逃げるばかりであり、他方、山村は常勤している訳ではなく、偶々出勤しても一〇分とか長くて一時間ぐらいしか在社せず、しかもその在社時間も定かでなく、「日程の打合せができない。」「忘れた。」とかの不誠実な回答がなされるばかりであった。
(19) 右のような状況を打開するために、昭和五四年九月、組合が中心となって黒川乳業闘争共闘会議(以下「共闘会議」という。)が結成された。そして、組合は、会社に対してストライキ等の争議手段に訴える一方、山村が団体交渉の場に登場するように心理的圧迫を加え、山村が組合つぶしを職業とするいわゆる労務屋集団である守る会の理事長として会社の労務を左右していることを広く世間に訴えるために、街宣活動をする必要に迫られ、後記(21)の団体交渉が再開されるまでになされた街宣活動(以下「第一次街宣活動」という。)を開始せざるをえなかった。
(20) ところが、組合が本件抗議行動を開始すると、これに呼応して、会社・山村・松村・熊澤は共謀のうえ、就中、山村はその妻や息子をも加担せしめて、B事件請求原因(三)記載のとおりの不法行為をなした。
(21) 会社は、昭和五五年二月、ようやく組合との団体交渉に応じるに至ったので、組合は山村等に対する第一次街宣活動をやめた。
(22) ところが、会社は、またもや昭和五五年四月三日の団体交渉において会社・松村が一体となって昭和五四年一一月五日になした組合破壊行為につき、組合の大谷書記長が抗議するや、「松村にやらせたといわれれば団交できない。」と告げて退席してしまい、その後一ケ月間に亘り団体交渉を拒否し、黒川労組と賃上げを妥結した後再び団体交渉を再開するという不当労働行為をなした。
さらに、同年五月から再開した団体交渉においても、同年六月二七日の団交の際、山村の組合侮辱に対し、組合が抗議するや、またも同人は退席して、再び団体交渉を拒否するに至った。
そこで、組合は、山村に対する昭和五五年七月以降の街宣活動(以下「第二次街宣活動」という)をする必要に迫られたのである。
(二) 名誉毀損、侮辱の違法性阻却事由
仮に、組合員らの本件抗議行動における言論が、原告の名誉を毀損するものであったとしても、以下のとおり、その違法性は阻却される。すなわち
(1) 本件抗議行動は、(一)で記載したとおり、究極的には会社における長期間の団交拒否の状態を打開する目的があったが、直接的な目的は、会社において山村が労務顧問として率先してなしてきた数々の不法行為、団交拒否等の不当労働行為の実態をありのままに暴露し、憲法上保障されている労働基本権、生存権の保障に関し、広く一般の理解を求め、かつ、山村が理事長をしている守る会が、その名称において市民の権利を擁護するかの如く装いつつ実態は各地の労働争議において労働者の団結権を暴力によって破壊する集団であることを暴露し、その会の実態について、広く一般の正しい認識を求めることにあった。
したがって、本件抗議行動において摘示した事実は公共の利害に関する事実であり、かつ公益を図る目的で事実を摘示したものである。
(2) 前(一)で記載した外、B事件1(二)記載の小林木村家事件、株式会社ECC事件、中外日報社事件にみるとおり、山村及び守る会は、これまで数々の組合破壊工作や不当労働行為をなしてきており、組合員らが本件抗議行動で摘示した事実は、右(一)で記載した事実によって根拠づけられているとおり全て真実であり、仮にそうでないとしても、被告らが真実と判断するについての相当の資料に基づいて表現したものである。
そして、侮辱とされる評価部分も、右摘示した事実を基にすれば、当然の内容であって、侮辱に価しない。
(三) 正当な組合活動による免責
会社と原告組合との労使紛争の経緯、背景、山村と「守る会」の関係は、前(一)で述べたとおりであるところ、黒川分会員は、昭和五二年八月以降賃上げ、一時金の支給はストップされたまま、仮支給もなされない状態にあり、しかも、昭和五二年一一月一九日以降は長期に亘り団体交渉が拒否されて開かれないまま推移していた。
しかも、会社の団体交渉の拒否のイニシアティブは全て山村がとっており、会社の団体交渉の諾否に対する判断に山村が重要な役割を果していることは明らかであった。そして、山村は、会社の労務問題における実質上の最高責任者として会社の不当労働行為、団体交渉拒否等を指導しており、会社再建案の作成、組合との団体交渉の中心的人物でもあり、かつ、山村の妻も、会社及び山村の不当労働行為に加担してきた。さらに会社は、組合の申請を認容した大阪地労委の団体交渉拒否等の不当労働行為に対する救済命令は勿論、大阪地方裁判所の妥結再建案が組合員には及ばない旨の仮処分決定にも、いずれも従おうとしなかった。
したがって、こうした長期化した労働争議下にあっては、この状況を打開するために、広く市民として散在する労働者及び一般市民に対し、右争議においての会社、山村の労働者の生存を脅かし、団結権を侵害する行為、さらに山村と前記守る会の実態を、暴露し、右市民の理解を求め、個別企業労働者をこえて右市民として散在する労働者の連帯及び市民的世論の形成をもって労働争議を有利に導き、守る会を市民的監視下におく必要があり、山村に対する抗議はその自宅に向ける必要性があったのである。本件抗議行動は山村に対し団体交渉拒否に対する抗議と再開の要求と右一般市民に対する宣伝の目的に出たものであって、正当な目的による組合活動である。したがって、仮に前(二)項の主張が認められないとしても、右組合活動の目的、態様の正当性により労組法八条により免責を受ける。
6  抗弁に対する認否と反論
(一)(1) 抗弁(一)(1)のうち、組合が昭和四七年一二月一日、会社に黒川分会を結成したことは認めるが、その余の事実は否認する。
(2) 同(一)(2)の事実は否認する。
(3) 同(一)(3)のうち、会社が昭和四九年ころ、守る会所属の池田善実を労務担当顧問として雇い入れたことは認めるが、その余の事実は否認する。
(4) 同(一)(4)のうち、守る会の理事長が山村であること、会社の社長黒川繁八、同専務黒川直明が守る会の構成員であることは認めるが、その余の事実は否認する。右会が労務屋集団でないことは、その役員中に大阪府知事、市長、亀田得治同知事選候補者らが加入し、同会主催の懇親会等に出席して交遊している点からも明らかである。
(5) 同(一)(5)の事実は否認する。
(6) 同(一)(6)のうち、昭和四九年八月六日に会社が組合に対し誓約書を提出したことは認めるが、その余の事実は否認する。
(7) 同(一)(7)のうち、会社が昭和五一年七月に再び池田を雇傭したこと、組合が池田の介入及び労働協約に違反する賃金カット等が不当労働行為であるとして大阪地労委に救済申立をなしたこと、昭和五二年三月に同地労委における和解により、会社は池田との雇傭契約を解約し、同人を退社させたことは認めるが、その余の事実は否認する。
(8) 同(一)(8)の事実は認める。
(9) 同(一)(9)の事実は否認する。
(10) 同(一)(10)のうち、会社が昭和五二年三月三一日、黒川分会に対し会社再建案を提示したことは認めるが、その余の事実は否認する。
(11) 同(一)(11)のうち、会社が昭和五二年五月一一日から、会社再建案のうち、週四二時間労働、週休一日制並びに病気欠勤及び生理休暇の無給化を実施したこと、会社が同年五月度の賃金をカットしたことは認めるがその余の事実は否認する。
(12) 同(一)(12)の事実は認める。
(13) 同(一)(13)のうち、組合が昭和五二年七月一九日大阪地方裁判所に対し現行労働条件保全の仮処分申請をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。
(14) 同(一)(14)のうち、会社が昭和五二年七月度以降賃金カットをしていないこと、会社が同月に会社再建案中パートタイマー制度の導入及び初任給の改訂を実施したこと、同年八月八日に会社と黒川労組との間で〈1〉〈2〉〈3〉記載の内容を含む内容で会社再建案につき妥結したことは認めるが、その余の事実は否認する。
(15) 同(一)(15)の事実は争う。会社は、昭和五二年八月一六日、組合に対し、五〇年九月協定を事情変更を理由に破棄し、同年九月一日から妥結再建案同様の労働時間の実施を告げたものである。
(16) 同(一)(16)の事実は否認する。
(17) 同(一)(17)のうち、会社が黒川分会員に対し、賃上げをせず、一時金の支給をしていないことは認めるが、その余の事実は否認する。
(18) 同(一)(18)のうち、昭和五二年一一月一九日の団体交渉の席上黒川分会員の一人が「だまっていろ。」と暴言を吐いたこと、同日以後昭和五五年二月ころまで組合と団体交渉は開かれていないこと、組合が大阪地労委に対し不当労働行為の救済申立をしたこと、同地労委が会社に対し抗弁主張日時に主張内容の救済命令を発し、会社が本件抗議行動の当時右命令を履行していないことは認めるが、その余の事実は否認する。団交開催決定権限は黒川社長、専務等会社役員にあり山村にはない。したがって山村が団体交渉不開催について抗議を受けるいわれはない。
(19) 同(一)(19)のうち、昭和五四年九月に共闘会議が結成されたことは認めるが、その余の事実は否認する。
(20) 同(一)(20)の事実は否認する。
(21) 同(一)(21)のうち、会社が組合と昭和五五年二月に団体交渉を再開したこと、これに伴い組合が山村に対する抗議行動を中断したことは認めるが、その余は争う。
(22) 同(一)(22)の事実は否認する。
(二) 同(二)は争う。
本件抗議行動における請求原因(四)(2)記載の言論は、いずれも公共の利害に関する事実でもなく、その目的も専ら山村の個人の尊厳と家庭生活の安寧を破壊する意図をもってしたもので何ら公益を図る目的はなかったものであり、その摘示した事実はいずれも虚偽の事実である。
(三) 同(三)は争う。
本件抗議行動は、正当な組合活動の範囲を逸脱する違法、不当なものであり、何ら免責を受け得ないものである。
(四) 会社が、昭和五二年一一月一九日の団体交渉を最後に同五五年二月七日まで、団体交渉を行っていなかったことについては、不当労働行為意思によるものではなく、以下のとおり正当理由がある。
(1) 従来から組合は団体交渉の席上でも、しばしば、会社側交渉委員に対し、悪口雑言をはき、暴力行為を始めとし、不穏当な態度を示して来たところ、組合及び黒川分会は、(ア) 昭和五二年一一月一九日の団体交渉の席上、黒川分会員朴が山村に対し、「黙っていろ。」と暴言をはき、更に出席した組合役員の氏名を問いただされて名のらず、(イ) 同年一一月三〇日組合委員長吉田が黒川専務に傷害を負わせ、同日訴外高井課長に謝罪文を強要し、(ウ) 同年一二月八日、会社を組合旗等の窃盗呼ばわりし、(エ) ストライキ通告書を前日までに出さず、(オ) 同五三年二月九日、黒川分会組合員訴外伊沢が飲酒の上工場事務所を訪れ、居合わせた上阪課長に対し「殺してやる。」と告げ、(カ) 同年五月一日付の組合ビラ等で会社の名誉を毀損する記事をのせたことがあり、自ら団体交渉が円滑に進行するための交渉ルールの確立を阻害しつづけたので、会社は交渉委員の身辺の安全に危惧の念を抱き、組合に対し、その都度謝罪を要求したが、組合は全く謝罪することなく、右ルールの確立がなかった。
(2) 前記中断した団体交渉当時は、会社と黒川労組間には妥結再建案の新協約が締結済の結果、約九割の多数労働者は右再建案に基づく労働条件によっていたため、会社は極少数派の黒川分会に対し、右妥結再建案と異なる取扱いをなすことができず、労働時間、週休日数等につき、会社、組合間の双方の主張は全く平行線のままで、完全に団体交渉は行き詰まり、事情の変更のない限り団体交渉をもつことは無意味であった。
二  B事件
1  請求原因(組合、田野尻、廣部、朴)
(一) 当事者
(1) 組合、会社の組織、山村の地位等はA事件請求原因(一)(1)(2)記載のとおりである。
(2) 田野尻、廣部、朴は会社の従業員であり、組合の組合員であり、かつ会社において黒川分会を結成している者である。
(3) 松村は、全国一般の副執行委員長、熊澤は、同執行委員であり、争議対策部長の地位にある者である。
(二) 本件不法行為等に至る経緯と背景
(1) B事件被告らが、後記記載の不法行為等をなすに至った経緯と背景についてはA事件抗弁(一)(1)ないし(19)記載のとおりと、以下(2)記載のとおりであり、これを要するに、その特色は、池田、山村、松村、熊澤は守る会を軸として、人的物的に強いつながりをもち、闘う労働組合が発生するや、資本の意向を受けて資本と一体となり、第二組合を結成させ、スト破り、組合員に対する暴力的対応により、資本、第二組合の双方から闘う労働組合の破壊をなして来たところにある。
(2)(ア) 昭和五三年四月初旬ころ、訴外株式会社小林木村家(以下「小林木村家」という。)は、守る会から池田善実を労務担当顧問として雇入れた。
同月一一日、組合の小林木村家分会が結成されたが、小林木村家及び池田は、その二日後の同月一三日に第二組合を結成させ、第二組合を全国一般に加入させた。そして、小林木村家は同月一八日に予定していた小林木村家と同分会との団体交渉を拒否した。
(イ) これに対し、小林木村家分会は、昭和五三年四月一九日及び同月二〇日にストライキをなしたが、同月二一日に松村と池田は小林木村家の社長とともに右ストライキの拠点となった同会社芦原工場内を徘徊し、組合旗を無断で引きずり降ろし、就労中の小林木村家分会員の襟首をもって揺さぶる等して威嚇し、これに抗議した当時の組合の書記長鳥海豊に対し、押す、蹴る等の暴行を加え、全治七日間の傷害を加えた。
(ウ) 昭和五三年四月二四日、吉田及び小林木村家分会長新行内は、右松村らの不法行為につき謝罪を求めるために全国一般の事務所を訪れたところ、逆に松村ら全国一般組合員及び小林木村家職制ら約三〇名によって殴る、蹴る等の暴行を受け、吉田、新行内はそれぞれ全治三週間を要する傷害を受けた。
(エ) 組合は、小林木村家、池田、松村らの一体となった暴力的組合破壊活動に抗議して、昭和五三年五月三日にストライキをしたところ、組合のピケットラインに、池田、松村らが先頭に立って突入し、このために、小林木村家分会浦本侑男は、一ケ月の入院加療を要する傷害を受けた。
(オ) 訴外株式会社イーシーシーの経営するECC外語学院において、昭和五二年二月二八日、全国一般東京地本ECC教職員労働組合が結成され、同年三月三一日にはその大阪支部が結成された。
そして、右大阪支部は、労働条件の改善等を訴外株式会社イーシーシーに要求したが、同会社は、組合破壊対策を労務屋集団であるCL教育センター及び松村に委ね、同センターのメンバーを右会社の労務担当の管理職として雇入れた。
松村は、全国一般東京地本大阪支部を全国一般大阪地本大阪一般合同労組ECC支部に改組し、同支部の副委員長にCL教育センターのメンバーである労務屋の田中修二をあて、労働組合と同会社が一体となって労働者の弾圧をした。
(カ) 訴外株式会社中外日報社において、昭和五二年ころ、労働条件の改善を訴えていた第一組合が全国一般京都地本に加盟するや、右会社は、そのころ池田善実を労務担当として雇い入れた。そこで、松村及び池田は相謀って、第二組合を全国一般大阪地本大阪一般合同労組に加盟させ、右第一組合が、右会社、池田、松村の癒着関係を暴露するや、右大阪一般合同労組員らを右会社に差し向け、右第一組合員を 喝(ママ)する等して暴力的な組合破壊活動を行った。
(キ) 昭和五八年ころ、大阪四條畷カントリー倶楽部において、大盛起業株式会社と四條畷カントリー倶楽部が経営権を争い、労働者の雇傭不安が生じていたが、その中で右大阪四條畷カントリー倶楽部内に全国一般大阪地本四條畷カントリー労組が結成された。
ところが、松村及び熊澤は、昭和五九年四月に大盛起業株式会社の意向を受けて、同ゴルフ場内に全国一般大阪地本大阪一般合同労組大盛起業支部を結成させ、右四條畷カントリー労組と敵対させた。そして、昭和五九年四月一七日午前一時ころ、右大阪一般合同労組員が、全国一般大阪地本福井書記長宅に押しかけ、同書記長を脅迫して謝罪文の作成を強要した。
(三) 本件不法行為(若しくは(5)につき債務不履行(以下「B事件不法行為」という。)
以下のB事件不法行為は、いずれもその当日の前後及び現場の状況並びに前(二)記載の経緯、背景に照らせば、その共通の特色は右経緯、背景のなかでなされて来た山村、松村らの介入手口と全く同様である。したがって、各個の不法行為の時間、場所、直接の実行行為者を異にしても、いずれも、会社における組合の活動を圧殺する目的で、昭和五四年一〇月一九日以前に、B事件被告ら全員(被告会社については代表者若しくは従業員山村ら)において周到な打合せ等事前の共謀のうえ、加えるに(2)の行為については会社は一〇月一五日頃役員会で決行を決定し、同(4)については、その直後堀淵会社総務部長が廣部保管の社員住所録により、当時殆んどの社員不知の朴の新住所を確認した上で共謀のうえ、仮にそうでないとしても、B事件被告らは現場において、相互に暗黙のうちに他人の行為を利用しつつ、他方自己の行為も他人に利用されることを認容する意思で加担したうえ、以下の行為がなされた。
(1) 昭和五四年一〇月一九日、山村は、その妻山村一子をして、田野尻の両親に、田野尻の組合活動を誹謗中傷する別紙(10)記載内容の手紙を出させ、同人を組合から脱退ないし離反させようとした(以下「手紙事件」という。)。
(2) 同月二〇日午後五時二〇分ころ、山村は、会社の役員、職制ら二〇名と共に、大阪市淀川区十三東三丁目一六番一二号所在の組合の事務所に乱入し、同事務所内にいた組合の書記長大谷修に対し、所携のハンドマイクの音量を最大にしたうえ、同人の耳もとで「お前いいかげんにしろ。」「これ以上つづけると承知せんぞ。」「ふざけるな。」などと罵倒して脅迫し、更に同所にあった折りたたみ椅子を振り上げたり、テープカッターを投げつけたり、身体を小突きまわすなどの暴行脅迫を加え、同事務所内にあった同組合所有の別紙(8)と同一のビラ(以下「B事件ビラ」という。)約一〇〇〇枚を強奪した(以下「組合事務所乱入事件」という。)。
(3) 同日午後七時ころ、松村は、「全国一般」と名乗る約一〇名の男達とともに吉田の自宅に赴き、同所において応待した吉田の妻に対し、「これ以上続けると承知せんぞ。」「いっぺんいてもうたる。」等と組合が組合活動をやめるよう脅迫した(以下「吉田宅抗議事件」という。)。
(4) 同日、松村は、朴の自宅に、「朴よ、全国一般の者や、余りなめたまねスルト、家にも帰れなくなるよ、近いうちに又来るからマットレヨ、ワカッタカ。」と記載した脅迫状を投げこんだ(以下「朴宅脅迫状事件」という。)。
(5)(ア) 同年一一月五日午後三時五〇分ころ、松村及び熊澤は、外六名の男達とともに、大阪市北区南森町二丁目二番二七号所在の会社の本社事務所に赴き、同所において勤務中の田野尻、廣部、朴らに襲いかかり、こもごも手拳でその顔面を殴打したうえ、髪の毛を引っ張ったり、床に押し倒して足蹴にするなどの暴行を加え、もって、田野尻に対し、通院加療二七六日(うち実治療日数三七日)を要する頭部・顔面・右前腕・右肩・左上腰・左腰部・左大腿・右大腿・左足背各挫傷・頸部捻挫・右頸部捻挫による頸肩腕症候群などの傷害を、廣部に対し、通院加療一週間を要する右足背、背部挫傷・頸部捻挫の傷害を、朴に対し、通院加療一週間を要する右前腕挫傷の傷害をそれぞれ負わせ、更に、同人らに対し、同所営業本部室において、組合の活動として松村に対する街宣活動を止める旨の「謝罪文」を強要し、その場で同文書を作成せしめた(以下「一一月五日事件」という。)。
(イ) そして右同日正午過頃会社総務部長堀淵は朴に対し、今後会社は組合に対し暴力的に対応する旨予め通告していたものであり、右事件発生時は、松村、熊澤らは、右暴行脅迫を開始するにあたり、予め会社常務取締役小川謳の了解を求め、その同意を得て、しかも会社事務所内において右暴行を開始し、他方山村や会社役員らは、その場で右暴行を現認しながら、廣部らが警察に通報するように要求したにもかかわらず、これを拒否し、暴行を制止せず、あまつさえ、暴行脅迫、謝罪文作成強要の場所として、わざわざ営業本部室まで提供し、松村、熊澤らの暴行脅迫行為に協力・加担して幇助した。
(ウ) そうでないとしても、会社の幹部である右小川、山村等は、かねて昭和五三年四月、五月に被告松村らが、しかも五月については会社において、原告組合吉田委員長、田野尻に対し暴力事件を起していることを知っていたのであるから、被告松村らの抗議申入れが容易に原告組合員に対する暴力事件に発展することが明らかであったに拘らず、職制として右抗議申入れを了解し、会社の業務指揮下で就労中の従業員である田野尻、廣部、朴に対する熊澤、松村らの暴行、脅迫行為を制止せず、放置し、また、警察通報要請を拒否して従業員の安全に対する配慮を欠いた。
(四) 違法性
(1) 前(三)(5)(イ)の不作為による違法性
前(三)(5)(イ)において、会社及び山村は、従業員である田野尻、廣部、朴が会社事務所内において就業中に、松村及び熊澤らから暴行・脅迫を受けていることを現認していたのであるから、条理上、自ら制止するか、又は警察に通報する等してこれを制止すべき作為義務があった。したがって、会社及び山村自ら右松村、熊澤らの暴行脅迫を制止せず、不作為のまま終始した点については、不作為による違法行為を構成するというべきである。
(2) 団結権等の侵害
B事件被告らは、右(二)記載の事実からも明らかなように、組合の労働組合活動を圧殺する目的で本件不法行為をなしたものであり、右不法行為の直後、黒川分会員三名が組合を脱退し、将来の組合活動に対する不安感等で黒川分会の組合活動に著しい停滞が発生し、組合の組織と運動の拡大を妨害され、組合結成の目的の達成が著しく阻害されたもので、右は労働組合法七条三号所定の不当労働行為を構成するものである。
したがって、本件不法行為は、直接に暴行、傷害、脅迫を受けた田野尻、廣部、朴に対してはもちろん、組合に対する関係においても、憲法二八条で保障された団結権及び団体行動権(以下「団結権等」という。)に対する侵害としても違法性があるものというべきである。
(五) 責任
(1) (不法行為)
すべてのB事件被告らはB事件原告らに対し、(三)冒頭の事前共謀に基づき、本件不法行為のすべてにつき民法七〇九条、七一九条に基づき、連帯してB事件不法行為によるB事件原告らの後記損害を賠償すべき責任がある。
(2) (前同)
若しくは、B事件被告ら全員の事前共謀による不法行為が認められないとしても、
(ア) 山村は、前(三)(1)(2)の不法行為につき、松村は前(三)(3)(4)の不法行為につき民法七〇九条に基づき、組合が被った後記損害を賠償すべき責任がある。
(イ) 前(三)(2)の行為は、会社が役員会の決定に基づいてなした会社の組織的行為であるから、会社は、同じく実行行為者である山村とともに、直接民法七〇九条、七一九条に基づき、若しくは、右不法行為は、被用者である山村らが事業の執行につきなしたものであるから、民法七一五条に基づき、いずれも前同様の責任がある。
(ウ) 松村及び熊澤は、前(三)(5)の不法行為につき、他の氏名不詳者数名と共謀のうえなしたものであるから、民法七〇九条、七一九条に基づき、B事件原告らが被った後記損害を賠償すべき責任がある。
(エ) 会社及び山村は、前(三)(5)の不法行為に現場で共謀して加担又は幇助したものであり、かつ、右を共同してなしたものであるから、直接民法七〇九条、七一九条に基づき(イ)同様に民法七一五条に基づき、いずれも前同様の責任がある。
(3) (債務不履行)
会社は、その職場において被用者らが労務に服する過程において、生命や健康を損わないように配慮すべき雇傭契約に付随する注意義務(安全配慮義務)を有するところ、会社は、前(三)(5)(ウ)記載のとおり被用者である田野尻、廣部、朴が、職場において就業中に、部外来者たる松村及び熊澤らから暴行脅迫を受けているのを知り、そのうちの廣部から警察に通報するように要求を受けたものであるが、かかる場合使用者は右部外来者を制止し、若しくは、自ら制止できないときは、少くとも警察に緊急電話通報をなす等できうる限り、従業員を危害から保護すべき義務があるに拘らず、被告の安全配慮義務の履行補助者である前記山村、小川、堀淵、原田ら職制は、拱手傍観し、右安全配慮義務を履行しなかったものである。
したがって、会社は、田野尻、廣部、朴に対し、債務不履行に基づき、右B事件原告ら三名の右(三)(5)の暴行等により被った後記損害を賠償すべき責任がある。
(六) 損害
(1) 組合は、本件不法行為により、前(四)(2)記載のとおり、黒川分会員三名が組合を脱退し、黒川分会の組合活動に著しい停滞が発生し、組合の組織と運動の拡大を妨害され、組合結成の目的の達成が著しく阻害された。しかも、B事件不法行為は、いずれも組合の活動を圧殺する目的でなされたものであり、執拗にして凶暴な行為であった。
よって、組合は多大の非財産的損害を被ったものであるが、右組合が被った非財産的損害を金銭に換算すれば、金三〇〇万円をもって相当とする。
(2) 田野尻、廣部及び朴は、それぞれ前(三)(5)(ア)記載の各傷害を受け、多大の肉体的精神的苦痛を受けた。
右苦痛を慰謝するための慰謝料額は、田野尻につき金一〇〇万円、廣部及び朴につき各五〇万円をもって相当とする。
(3) B事件原告らは、B事件被告らが損害賠償義務を履行しないので、やむなく本訴の提起と追行を弁護士であるB事件原告ら訴訟代理人らに委任し、その手数料及び報酬として、右損害額の一割五分を支払うことを約した。
(七) 結論
よって、B事件原告らはB事件被告らに対し、不法行為による損害賠償請求権(うち、会社に対しては予備的に債務不履行に基づく損害賠償請求権)に基づき、連帯して、組合に対しては三四五万円、田野尻に対しては一一五万円、廣部及び朴に対しては各五七万五〇〇〇円、及び右各金員に対する不法行為以後若しくは会社に対する訴状送達の翌日である昭和五五年九月一三日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2  請求原因に対する認否と反論
(会社、山村)
(一)(1) 請求原因(一)(1)(2)の事実は認める。
(2) 同(一)(3)の事実は知らない。
(二)(1) 同(二)(1)の事実についての認否は、A事件抗弁に対する認否(一)(1)ないし(19)と同一である外すべて否認する。
(2) 同(二)(2)の事実はすべて知らない。
(三)(1) 同(三)冒頭の事実は否認する。
(2) 同(三)(1)のうち、山村の妻山村一子が田野尻の両親に対し手紙を出したことは認めるが、その余の事実は否認する。右は、山村一子が、A事件請求原因(二)(1)(2)記載の抗議演説及び同(三)(1)ないし(3)記載のビラの配布を受けた直後にこのような田野尻の違法・不当な組合活動の中止を要請するためになしたまでのものである。
(3) 同(三)(2)のうち、昭和五四年一〇月二〇日午後五時二〇分ころ、山村及び会社の役員職制ら一〇数名が組合の事務所を訪れたこと、山村がB事件ビラ約一〇〇〇枚を持ち帰ったことは認めるが、その余の事実は否認する。右持ち帰りは、ただ預ったに過ぎない。右事務所を訪れた目的は後記抗弁記載のとおりである。
(4) 同(三)(3)、(4)の事実は知らない。
(5) 同(三)(5)(ア)のうち、昭和五四年一一月五日に松村、熊澤らが会社の本社事務所を訪れたことは認めるが、(ア)のその余及び同(イ)(ウ)はいずれも否認する。
(四) 同(四)(1)(2)は争う。
(五)(1) 同(五)(1)の事実は否認し、その余は争う。
(2) 同(五)(2)(ア)(イ)(エ)は争う。
(3) 同(五)(3)は争う。安全配慮義務違反が成立するためには、業務と災害の間に相当因果関係の存することを要し、そのためには、業務遂行性と業務起因性を要するが本件では、そのいずれも存しない。
(六) 同(六)の事実は否認する。
(松村、熊澤)
(一)(1) 請求原因(一)(1)のうち、山村に関する部分については不知、その余は認める。
(2) 同(一)(2)のうち、田野尻、廣部、朴が会社の従業員であることは認めるが、その余の事実は知らない。
(3) 同(一)(3)の事実は認める。
(二) 同(二)(1)の事実は否認する。但し、引用のA事件抗弁の認否は以下のとおり。
(1) A事件抗弁(一)(1)のうち、組合が昭和四七年一二月一日、会社に黒川分会を結成したことは知らない。その余の事実は否認する。
(2) 同(一)(2)(3)の事実は知らない。
(3) 同(一)(4)のうち、松村、熊澤が守る会の親睦会・懇親会に参加していることは否認し、その余の事実は知らない。
(4) 同(一)(5)ないし(8)の事実は知らない。
(5) 同(一)(9)のうち、昭和五二年三月ころ、黒川労組が全国一般に加入したことは認めるが、その余の事実は否認する。
(6) 同(一)(10)の事実は知らない。
(7) 同(一)(11)のうち、会社が黒川労組にも会社再建案を提示し、昭和五二年五月一一日からこれを実施したこと、これに対し、黒川労組が抵抗闘争をなしたことは認めるが、その余の事実は知らない。
(8) 同(一)(12)(13)の事実は知らない。
(9) 同(一)(14)のうち、会社と黒川労組が会社再建案につき妥結したことは認めるが、妥結内容については否認する。その余の事実は知らない。
(10) 同(一)(15)ないし(19)の事実は知らない。
(11)請求原因(二)(2)はすべて争う。
(三)(1) 同(三)冒頭の事実は否認する。
(2) 同(三)(1)(2)の事実は知らない。
(3) 同(三)(3)(4)の事実は否認する。
(4) 同(三)(5)(ア)のうち、松村、熊澤らが、田野尻、朴、廣部に暴行脅迫を加えたことは否認し、その余及び同(イ)の事実は知らない。
(四) 請求原因(四)(1)(2)は争う。
(五)(1) 同(五)(1)の事実は否認し、その余は争う。
(2) 同(五)(2)(ア)(ウ)は争う。
(六) 同(六)の事実は否認する。
3  抗弁(会社、山村)
(一) 昭和五四年一〇月二〇日の件は、以下のとおり会社職制の人格権を守るための正当防衛もしくは自救行為として違法性が阻却される。即ち同日会社職制らが組合事務所を訪れた目的は、(1)組合及び黒川分会による山村及び黒川専務宅への違法な本件抗議行動の中止要請、(2)組合の常軌を逸した違法、不当な組合活動である、A事件抗弁に対する認否及び反論欄(四)(1)(ア)ないし(カ)の行為及び昭和五三年一〇月三一日に神田分会長が、山村の机を足でけりあげ、机を毀損した行為に対する謝罪要請、であったところ、右各要請は組合の違法行為より個人の人格権を守るための正当な目的行動であって、しかも組合事務所には多数組合員がおり、却って悪口雑言をあびせられ、場合によっては暴行を受けるおそれも存したので、その場合にあっても対等の関係で、右抗議や要請を行う必要があるため、一〇数名の人数となったものである。
(二) 同年一一月五日の件につき、(ア)会社は、労働組合間の紛争に巻き込まれることを嫌い、就業時間中でもあったので、松村、熊澤ら全国一般組合員に対し、会社外に退去するように要請したのであるが、聞き入れられなかったのでやむを得ず、即刻田野尻らの就労義務を免除した上、営業本部室の短時間の使用を認めたに過ぎない。したがって、右就労義務免除により、その時点から、会社には、安全配慮義務、若しくは条理上の作為義務を負うものではない。(イ)しかも本件暴行脅迫行為は、もともと会社にとってその発生を予見しえない瞬間的現象であったから、不可抗力の事態であり会社に帰責事由はない。
4  抗弁に対する認否
いずれの事実も否認し、その余は争う。
三  C1・C2事件
1  請求原因
(一) 当事者
(1) 上坂は、会社の庶務課長、原田は、会社豊中工場の工場次長の地位にあったものである。
(2) 吉田、神田、朴、田野尻、新行内、園山は、いずれも組合の組合員であり、神田、朴、田野尻は、いずれも会社の従業員である。
(二) 本訴被告らの不法行為事実
(1) 吉田、神田、朴、田野尻、新行内ら組合員約二〇名は、昭和五五年一一月二二日午前七時二二分ころ、会社豊中工場正門付近に集結し、「ストライキ決行中」と大きく書かれた立看板を正門横に掲げ、組合発行のビラを出勤してくる会社従業員に配布し、午前七時三五分ころ、組合の宣伝車一台を右工場構内に駐車させた。
(2) 黒川京正工場長及び原田は、右工場構内に宣伝車が駐車されていると工場の出荷作業に支障をきたすので、吉田に対し、同日七時四〇分ころ、宣伝車を工場構外に移動して欲しい旨申入れた。
ところが、吉田は、右申入れを無視したので、原田は、再び宣伝車を工場構外に移動するよう申入れたところ、吉田は原田に「おまえ、えらそうにやっているやないか。」と言って、やにわに二、三歩後退し、はずみをつけて吉田の右肩で原告の左胸部に体当りした。
(3) その後、組合員らは、同日午前八時直前に、前記黒川工場長にストライキ通告書を手渡し、抗議演説をなした後、午前九時二〇分ころから隊列を組んで工場構内をデモ行進した。
(4) 上坂は、同日午前九時四〇分ころ、組合員らが、牛乳の充填作業中の工場充填室の開放された中央入口扉付近で、ハンドマイクを充填室内に向けてシュプレヒコールを行っているのを目撃した。
そこで、上坂は、食品衛生法に基づき、充填作業中の充填室の扉は、開放が禁止されているので、開放された入口扉に寄りかかるようにして立っていた新行内に対し、「製造作業中であるから扉は閉めなければだめだ。」と言って注意をしたが、新行内は、上坂の右注意を無視した。
(5) そこで、上坂は、新行内に対し、再び右同様の注意をしたところ、新行内は原告に対し、「今はストライキ中や。わかっているのか。」と怒鳴り、いきなり上坂の襟首をつかんで力まかせに前後に二、三回揺さぶった。
この時、横にいた神田は、上坂の耳もと約一〇センチメートルの近くからハンドマイクで、上坂のスト破りを許さないぞ。」と怒鳴り、その付近にいた朴、田野尻ら多数の組合員は、上坂を取囲み交互に小突き始めた。上坂は、取囲んでいる右組合員らに対し、大声で「製造中は扉を閉めなあかんのや。」と言ったが、右組合員らは「ストをやっとるんや、わかってんのか。」等と口々に怒鳴り、上坂を揺さぶり続け、新行内が上坂の上腕部を、朴が上坂の左肩を押えこんだ。
神田が上坂に対し、再びハンドマイクを突きつけたとき、上坂の右頬にハンドマイクのスピーカーが当った。上坂は、右スピーカーが当った痛みと、マイクの大音量に耐えかね、「何をするんだ。」と言ってそのハンドマイクのスピーカーを払いのけたところ、スピーカーが神田の手から離れて地面に落ちた。そこで、神田は逆上し、「おのれ、何をさらすんじゃ。」と言って、飛びかかるようにして上坂の襟首をつかみ、前後に数回激しく揺さぶった。これに呼応して、朴、田野尻、新行内ら多数の組合員らが、上坂の上着、ネクタイ、ワイシャツ等をつかみ、大声で怒鳴りながら揺さぶり続けた。上坂は、右組合員らによって、その場所から二メートル程のところにあるクリーム仕入作業場のところにあるコントロールボックス付近まで押しやられた。そのとき、上坂の後には、バターを溶解した一缶二五キログラム入りの容器五個が手押し車の上に乗せてあり、その溶解されたバターの温度は摂氏約一〇〇度の高温であったところ、右組合員らによって危くその上に突き倒されようとした原告を、千貫芳美製造第二課長が必死に支えてくれたので、原告は大火傷を免れることができた。
(6) つづいてこの場に来た吉田は、上坂を、約一五メートル離れたクリーム添加物倉庫室前まで引き立てて行ったが、右倉庫室前で立ち止まり、両手で上坂の襟首をつかみ、前後に激しく二、三回揺さぶりながら「ストライキをやっとるのにわからんのか。何をしとるんじゃい。」等と怒鳴り、上坂を取囲んでいた朴、田野尻、神田らも口々に「ストライキを妨害するのか。」等と怒鳴りながら原告を小突き続けた。
上坂は、吉田の両手が上坂の襟首をつかんでいるのを目で指しながら「これはどういうことだ。暴力をふるうのか。」と抗議したところ、しばらくして吉田は両手を離した。それと同時に、周囲にいた朴ら数名の組合員が、再び上坂の襟首をつかみ、上坂を前後左右から揺さぶり、小突き続けていたところ、約一メートル程離れたところにいた神田が大声で怒鳴りながら、上坂を取り囲んでいる組合員らを押しのけるようにして上坂に飛びかかり、両手で上坂の襟首をつかんで二回激しく揺さぶった後、上坂を突き飛ばした。
上坂は突き飛ばされた衝撃で左足の踵に物が当り、尻もちをつく姿勢でその場に置いてあったポリ容器数個の上に倒れ込み、その際、全治一週間を要する右足関節部挫傷の傷害を受けた。
(7) 原田は、同日一〇時前ころ、前記のとおり、吉田らが上坂を充填室からクリーム添加物倉庫前まで引き立てていくのを充填室から目撃したので、上坂が引き立てられていく方向に行こうとしたところ、園山ら組合員数名が原田を取り囲み、原田の両腕をつかまえて抗拒不能の状態にした。そして園山は、右抗拒不能の状態にある原田の左胸部に激しく体当りをした。
(8) 原田は、前(2)記載の吉田の暴行及び右(7)記載の園山の暴行により、加療五日間を要する左胸部打撲症の傷害を受けた。
(三) 本訴被告らの責任
(1) 神田、朴、田野尻、新行内は、上坂に対し、共同して前(二)(5)記載の暴行をなしたものであり、吉田、神田、朴、田野尻は、上坂に対し、共同して前(二)(6)記載の暴行をなし、傷害を与えたものであるから、いずれも民法七〇九条、七一九条に基づき、上坂が被った後記損害を賠償すべき責任がある。
(2) 吉田は、原田に対し前(二)(2)記載の暴行をなし、園山は、原田に対し、前(二)(7)記載の暴行をなし、原田は、前(二)(8)記載の傷害を受けたのであるが、右傷害は、右吉田、園山のいずれの暴行により受けたものであるかを知ることができないから、吉田及び園山は、民法七〇九条、七一九条(一項後段)に基づき、原田が被った後記損害を賠償すべき責任がある。
(四) 損害
(1) 上坂の損害
(ア) 上坂は、前(二)(6)記載の傷害を受けたことにより、昭和五五年一一月二二日及び同年一二月二日の二度にわたり木佐貫診療所で治療を受け、初回に五五二〇円、二回目に三八八〇円合計九四〇〇円の治療費を支払い、同額の損害を被った。
(イ) 上坂は、食品衛生法上充填作業中は充填室の扉を開放してはならず、右課長の立場から右扉を閉めるように注意したものであり、C1事件被告らは、右扉を開放してはいけないことを知りながら、上坂の右注意を無視し、共同して暴行を加え、前記(6)記載の傷害を負わせたものであり、約五ケ月を経過しても後遺症として受傷部位に痛みが残っている。
右C1事件被告らの暴行・傷害により受けた上坂の精神的苦痛を慰謝するための金銭は、金一〇〇万円をもって相当とする。
(2) 原田の損害
(ア) 原田は、前(二)(8)記載の傷害を受けたことにより、昭和五五年一一月二三日、同月二五日、同年一二月四日の三度にわたり市立豊中病院で治療を受け、初回に三一九五円、二回目に四三八五円、三回目に五五二〇円合計一万三一〇〇円の治療費を支払い、同額の損害を被った。
(イ) 吉田、園山の暴行は、争議行為中であったことを考慮しても到底許されるものではなく、約五ケ月を経過しても後遺症として受傷部位に痛みが残っている。
右吉田、園山の暴行、傷害により受けた原田の精神的苦痛を慰謝するための金銭は、金一〇〇万円をもって相当とする。
(五) 結論
よって、上坂はC1事件被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、連帯して金一〇〇万九四〇〇円、及びこれに対する前記不法行為の日以後である昭和五六年七月一〇日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金、原田は吉田・園山に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、連帯して金一〇一万三一〇〇円、及びこれに対する同じく右同日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。
2  請求原因に対する認否と反論
(一) 請求原因(一)(1)(2)の事実は認める。
(二)(1) 同(二)(1)のうち、吉田、神田、朴、田野尻、新行内ら組合員が、昭和五五年一一月二二日に、会社豊中工場正門横に「ストライキ決行中」と記載した立看板を掲げたこと、組合発行のビラを出勤してくる会社従業員に配布したこと、組合の宣伝車一台を右工場構内に駐車させたことは認めるが、その余の事実は否認する。
組合及び黒川分会は、昭和五五年一一月二二日昭和五四年冬期一時金低額回答、一時金における病気欠勤控除条項の改悪、分会組合員に対する差別的基本給に対するおしつけ等に抗議してストライキに入ったものである。
また、組合の宣伝車は、従前の争議の際にも工場構内に入れており、このことにつき会社から抗議を受けたことは過去に一度もなかった。
(2) 同(二)(2)の事実は否認する。
原田は、吉田に対し、「車をどけんか。」と強く胸をはって迫ってきたので、吉田もこれに対し同様に胸をはって応対した際、突然原田は右足を半歩下げ、胸ごと吉田に突っかかってきたので、吉田がとっさに左足を引いて身構えたところ、原田の左胸が吉田の右肩に当ったものである。
(3) 同(二)(3)のうち、黒川工場長にストライキ通告書を手渡したことは認めるが、その余の事実は否認する。
(4) 同(二)(4)(5)の事実は否認する。
上坂は、充填室の開放された扉の前に立っていた新行内の左胸をいきなり無言で強く突き放し、右扉を閉めかけた。新行内は二、三歩のけぞりながらも上坂の行為に対し抗議すると、上坂は今度は引きずり出すように強く引っぱったり、新行内は、横に数歩よろけ倒れかけた。しかし、新行内は立ち直り、再度閉めかけられた右扉を開けようとしたところ、上坂は、更に左手で新行内の右手首を持って手前に強く引っ張ったので、新行内は、身体を左に四分の一回転させ、上体がのめり、その勢いで側にいた組合員蘇英年にぶつかった。新行内は、右上坂の暴行により、筋々膜性腰痛症が悪化し、一週間の安静加療を要する傷害を受けた。
右上坂の暴行を目撃した神田は、「上坂のスト破りは許さないぞ。」とシュプレヒコールをした。更に、神田がシュプレヒコールをしようとしてデモ隊の方角に右まわりに廻ったところ、突如神田は上坂から持っていたハンドマイクのスピーカーをたたき落された。そこで、神田は、上坂に対し、右行為につき抗議をしたところ、上坂は、神田がつけていたゼッケンをつかみ、ひきちぎった。
田野尻、朴らは、上坂がハンドマイクを落した行為につき上坂に抗議したところ、上坂は、突然右肩を前に押し出すようにして田野尻の左肩に体当りをした。田野尻は、上坂の右暴行により頸肩腕症候群が悪化し、一週間の安静加療を要する傷害を負った。
以上のように、神田、朴、田野尻、新行内は、何ら暴行をしていないし、逆に上坂が、新行内、神田、田野尻に暴行をしたものである。
(5) 同(二)(6)の事実は否認する。
神田は、クリーム添加物倉庫前に移動していた上坂の姿を認め、再度ハンドマイクをたたき落した件等につき抗議し、上坂の左肩を右手で一回軽く押したところ、上坂は後ずさりして真後にあったポリタンクの上にふわりと座りこんだだけで直ぐに立ち上り正常に歩行して、事務所の方に行ったものである。
吉田、朴、田野尻は、上坂に対し暴行をしていないし、神田の右行為も暴行というに足りないものであり、上坂は傷害を受けていない。
(6) 同(二)(7)の事実は否認する。
園山は、原田が、C1事件被告らが上坂に抗議しているところに行こうとして移動しているのを目撃し、紛糾を避けるためにデモ隊列から抜け出して原田と正対し、そのまま原田を約一〇メートル先の添加物倉庫前まで誘導した。しかし、原田は、なおも強引に園山を押し上坂の方へ行こうとするので、一、二分間同人の体を押えたまでで、原田が主張するような暴行はしていない。
(7) 同(二)(8)の事実は否認する。
(三) 同(三)(1)(2)はいずれも争う。
(四)(1) 同(四)(1)(ア)の事実は知らない。同(イ)の事実は否認する。
(2) 同(四)(2)(ア)の事実は知らない。同(イ)の事実は否認する。
(3) 仮に、本訴被告らの不法行為が成立するとしても、上坂又は原田の慰謝料を算定するについては本事件本項(二)(1)(2)(4)ないし(6)に記載した事実、並びにA事件抗弁(一)記載の事情を十分斟酌してこれを算定すべきである。
3  抗弁
(一) 労組法八条による免責
C1事件について、被告らは、請求原因に対する認否(二)(4)、(5)記載のとおり、上坂が充填室の扉を実力で閉めようとして同所にいた新行内に対し暴行を加え、更に、神田に対し、その持っていたハンドマイクのスピーカーを払い落し、神田が着用していたゼッケンをひきちぎる等の暴行を加える等の団結権侵害行為に出たので、これに抗議するために本件所為に出たものであるから、その所為は目的において正当であった。
また、抗議の態様についても、C1事件被告らは、上坂に迫って中央出入口前から約三メートル後退させ、吉田が上坂の着衣の右襟首をつかんで同所から約一七メートル引っ張って連れて行き、神田が上坂の左肩を一回押し、ポリタンクが置かれていたため後退できなかった上坂が同ポリタンクの上に座り込んだという程度のものであった。
つぎにC2事件について、園山は、原田が、C1事件被告らより上坂が団結権侵害行為に抗議を受けているのを目撃し、上坂を救出しようとして同人の傍に行くのを阻止するために、原田を約一〇メートル先の添加物倉庫前まで誘導し、一、二分間同人の体を押えていたにすぎないのであり、上坂が解放されると直ちに原田を解放しているのである。
したがって、以上C1事件被告ら及びC2事件被告園山の各本件所為は、いずれもその目的・態様において団結権侵害を排除するための正当な争議行為であったというべきであるから、労組法八条により、違法性が阻却されるべきである。
(二) 相殺若しくは斟酌されるべき上坂、原田の各過失
仮にC1事件被告らにつき不法行為が成立するとしても上坂は、請求原因に対する認否(二)(4)、(5)の各反論記載のとおりむしろ、先行して暴行をなしたもので、C1事件被告らの暴行を誘発した過失がある。
つぎに仮にC2事件被告らにつき不法行為が成立するとしても、前同認否(二)(1)(2)反論のとおり吉田は、原田及び黒川工場長に対し争議時に宣伝車を会社構内に入れることに異議をのべない従前の慣行は守られるべきであり、もし、仕事の妨害になるなら車を移動する旨回答しているのに拘らず、原田は、かえって、吉田に対して激しい口調で「車をどけんか。」と言って強く胸を張って迫ってきたものであり、原田にも吉田の暴行を誘発した過失がある。
さらに園山は、前同認否(二)(6)記載のとおり、原田が強引に園山を押し、上坂の方向へ行こうとしたことにより、園山の暴行を誘発した過失がある。
4  抗弁に対する認否
抗弁(一)、(二)の事実はいずれも否認する。
四  D事件
1  請求原因
(一) 当事者
(1) 松村の地位は、B事件請求原因1(一)(3)記載、組合の組織は、A事件請求原因3(一)(2)記載のとおりである。
(2) 白川は、組合の組合員である。
(二) 本訴被告らの不法行為
白川を含む組合の組合員一〇名数は、共謀のうえ、昭和五四年一一月一一日午前九時二〇分ころ、大阪市平野区平野元町一丁目一〇番三二号、日本電信電話公社東住吉電話局前路上において、松村がB事件不法行為を働いたと因縁をつけ、白川において松村の左右顔面、腹部を手拳で殴打し、その他の組合員らにおいて松村の左大腿部を蹴りつける等の暴行を加え、もって松村に対し、加療約一〇日間を要する顔面打撲傷、左大腿部打撲の傷害を負わせたものである。
(三) 本訴被告らの責任
(1) 白川は、他の組合員らと共謀し、又は少くとも現場で意思を相通じて前記暴行をなしたものであるから、民法七〇九条、七一九条により、松村が被った後記損害を賠償すべき責任がある。
(2) 組合は、松村に対する(二)の不法行為を伴う抗議行動を、その意思決定機関において討議・決定のうえ、組合員たる白川らがこれを実行したものであるから、本件不法行為は組合自身の行為というべきであるから、民法七〇九条、七一九条により、実行者白川と連帯して松村が被った後記損害を賠償すべき責任がある。
仮に、右本件不法行為をなすこと自体の意思決定が認められないとしても、右のとおり本訴不法行為は、原告に対する抗議行動をなす旨の組合の組織決意に基づき、右組合の抗議行動をなすにつき、組合員白川によりなされたものであるから、組合は民法七一五条により松村が被った後記損害を賠償すべき責任がある。
(四) 松村の損害
(1) 松村は、公衆の面前で白川らにより前記暴行を受けて受傷したものであり、その精神的・肉体的苦痛は甚大である。
右精神的損害を慰謝するための金銭は、二〇〇万円をもって相当とする。
(2) 松村は、同人の訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、着手金として一〇万円、報酬として三〇万円を支払うことを約した。
(五) 結論
よって、松村は、組合及び白川に対し、不法行為による損害賠償請求として、連帯して右損害の内金二〇〇万円及びこれに対する右不法行為の日以後である昭和五七年一二月一〇日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2  請求原因に対する認否
(一) 請求原因(一)(1)(2)の事実は認める。
(二) 同(二)ないし(四)の事実は否認する。
(三) 仮に、組合又は白川の不法行為が認められるとしても、松村の慰謝料を算定するについては、A事件抗弁(一)(1)ないし(19)記載の事実、B事件請求原因(二)(2)及び(三)記載の事実特に松村らがB事件不法行為をなした事実を十分斟酌し、その慰謝料額は零ないし少額に算定されるべきである。
3  抗弁
(一) 労組法八条による免責
仮に白川らに有形力の行使があったとしても、右有形力の行使は、前項(三)記載の経過のもとに会社、守る会所属の「労務屋」、松村らの三者一体による組合ら闘う労働組合つぶしの一環として松村らがB事件のうち一一月五日事件により組合の団結権を侵害したために、右侵害行為を排除し原告の反労働者的性格を糾弾するために、団体行動権の行使として全体として整然となされたもので、その目的、態様ともに正当であるから、正当な組合活動として労組法八条により違法性が阻却されるべきである。
(二) 民法七一五条一項但書による免責
仮に白川らが有形力の行使をしたとしても、組合は、松村に対する糾弾抗議行動を計画・実行するにあたり、夜間を避け、人員も通常の情宣活動の場合と同様に小人数に制限し、女性を多くする等の配慮をし、実行責任者である白川には、いささかでも暴力事件が発生しないよう松村の挑発にのらないように注意する等の配慮をした。
したがって、組合は、抗議行動参加者の選任及び抗議行動をなすにあたっての監督につき相当の注意をなしたものであるから、民法七一五条一項但書により、同項本文の責任を免れるものである。
4  抗弁に対する認否
抗弁(一)、(二)の事実は否認する。
第三  証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

 

 

理由

以下、特に記載のない限り、当事者及び主張の記載はその項の事件におけるそれを指称し、証拠の表示については併合前に当該事件について取調べた証拠方法の名称表示によることとする。
第一  A事件について
一  本案前の主張について
法人に非ざる社団が成立するためには、団体としての組織をそなえ、多数決の原則が行われ、構成員の変更にかかわらず団体が存続し、その組織において代表の方法、総会の運営、財産の管理等団体としての主要な点が確定していることを要し、かつ、それで足りるものと解すべきである(最高裁昭和三九年一〇月一五日第一小法廷判決・民集一八巻八号一六七一頁参照)。
そこで、本件についてみるに、(証拠略)によれば、黒川分会は昭和四七年一一月二七日に会社の従業員である関西単一労働組合員で結成され、右同日に分会の規約が制定され、同日から施行されたこと、右規約に従い、黒川分会は最高議決機関として全分会員で構成する大会を有し、多数決原理に基づき、分会活動の報告、運動方針の決定、役員の選出、予算の決定及び決算の承認等を議決しており、現に分会結成当時から大会は毎年秋ころに分会長が招集し開催されていること、黒川分会は、右規約に従って分会結成当時から大会で選出された代表者たる分会長を有し、現在の分会長は神田であること、黒川分会は、右規約に従い、分会結成当時から執行機関たる執行委員会を有し、組合業務と組合活動の執行と指導にあたり、その議決は多数決原理に基づき行われていること、黒川分会員が納入する組合費は、組合本部に納入されるが、その組合費の三割が組合本部から黒川分会に交付され、右交付金と分会に対する寄付金をもって同分会が独自に予算を組み、右財源により、同分会は自主的な活動をなしていること、黒川分会は、昭和五一年夏ころ約五名が加入し、昭和五四年一二月ころ三名が脱退する等その構成員の加入・脱退を認め、右構成員の変更にかかわらず同分会として存続していて(ママ)おり、現に顕在分会員は五名であること、黒川分会は、組合本部の規約により、分会に関する事項につき組合の委譲をうけて独自に使用者と団体交渉、労働協約の締結、争議行為をなしてきたこと、黒川分会は、分会作成名義の独自の機関誌「タンポ」を発行し、同様名義の独自の立看板をたてる等して情宣活動を行ってきたこと、組合が会社に対して要求書、抗議書、ストライキ通告書を出すときは、ほとんど全部について、黒川分会と連名の作成名義で出しており、黒川分会が組合と別個の主体となりうることを表示してきたことが認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。
右事実によれば、黒川分会は組合の下部組織であり、法人格を有していないが、併せて、組合本部とは別個に社団が成立するための前記の要件を充足しているものと認められるから、いわゆる権利能力なき社団と認めることができる。したがって民訴法四六条に基づき本件訴訟における当事者能力を有するものというべきである。
よって、本案前の抗弁は理由がない。
二  請求原因(一)ないし(四)について
1  当事者
請求原因(一)(1)の事実、及び同(2)のうち組合が関西地方のあらゆる労働者で組織する個人加盟の労働組合であること、黒川分会が被告組合員のうち、会社の従業員で組織する右組合の下部組織であることは当事者間に争いがなく、そして同分会が独自の権利能力なき社団であることは右一で認定したとおりである。
2  山村に対する抗議行動
請求原因(二)の事実、及び同(三)のうち、五〇戸以上の家屋に配布した点を除くその余の事実は当事者間に争いがなく、右争いのない事実と(人証略)によれば、被告らは本件各ビラをそれぞれ山村の住宅近辺の少くとも五〇戸以上の家庭に配布したことを認めることができ、(証拠判断略)、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。
3  名誉毀損及び侮辱の言動について
(一) 請求原因(四)(2)及び(3)のうち、本件名誉毀損言辞、侮辱言辞が使用された事実についてはいずれも当事者間に争いがない。
(二) まず、本件侮辱言辞のうち、(ア)の表現は、山村を「労務ゴロ」と指称したものであるが、右「労務ゴロ」という表現は、事実を摘示するものでなく、一種の評価を述べるものであるところ、社会一般人の認識、感覚に照らせば、労務界におけるゴロツキ、ヤクザの類を指称するもの若しくはこれらを連想せしめるものとして著しく侮蔑的な表現であって、一般人の間で公然とこれを述べ、あるいはこれを記載した文書を配布することは、山村に対する侮辱行為というべきである。
(三) 次に、本件侮辱言辞(イ)ないし(ス)の言辞についても、いずれも山村に対する侮辱の言辞であって、一般人の間で公然とこれを述べ、あるいはこれを記載した文書を配布することは、山村に対する侮辱行為に当ることは明らかである。
(四) また、別紙(1)ないし(4)は、その内容から明らかなとおり、組合、黒川分会員らが会社との労使関係の経過、その中での山村の経歴、役割についての自らの見解を山村方住所付近地域住民に対し訴え、併せて、山村に対し、団体交渉の再開を訴え、同人を労使関係から追放する意意(ママ)を表明し、組合の闘志をシュプレヒコールで高揚しているものであり、別紙(5)ないし(9)は右同趣旨の情宣ビラであり、本件名誉毀損言辞(ア)ないし(カ)の各表現は、殆んど演説部分、ビラの記事部分に混入されたものである。右表現は、いずれも、山村を前記侮辱的言辞である「労務ゴロ」なる表現をやや抽象的ながらも具体化した事実摘示というべく、その事実内容は、前項侮辱言辞と相俟って、労使関係事務にたずさわる関係者にとっては、最も質の悪い行動とされる不当労働行為のうち最たるものである「組合つぶし」を、しかも業として報酬を得て使用者を転々とする者という趣旨のものであって、労働界においては、最もいみきらわれる性質の事実というべく、これを公然(不特定又は多数の者に対し)告知することは、それが、後記三記載のとおりの労使紛争のなかでの不当労働行為を受けている少数組合が、争議の手段としてなす抗議と情宣組合活動としてなされた点に照らし、或る程度の誇張、調子の激越化はやむをえないものであるとしても、また、このような抗議、宣伝としての別紙(1)ないし(4)、(5)ないし(9)の前後の文脈を総合しても、なお、山村の名誉毀損行為に該当するという外ない。
(五) 以上のとおりであって、後記のとおり、労働組合も抗議、情宣活動として表現の自由をもつことはいうまでもないが、それが、前記のように組合活動として行使されるときにおいても、組合活動なるがゆえに違法性が阻却されることがあることは格別として、その言動内容自体が、民法七〇九条の違法類型行為としての名誉毀損や侮辱行為に該当すること自体につき、組合活動のゆえに特段厳格に解すべき根拠もない。したがって、前記本件抗議行動が労働組合の表現の自由内の許された行為とする組合らの主張は採りえない。
4  本件演説の騒音の違法性について
(一) 前示のとおり請求原因(二)の全事実が争いなく、同(四)のうち主張日時に主張内容の仮処分決定があったことも当事者間に争いがなく、右争いない事実と(証拠略)によれば次の事実が認められる。
(1) 山村宅付近は住宅専用地域で、階段状地勢の中腹にあり、音が上方の住宅に反響し易い状況であるところ、本件演説及び後記第一次(本件演説(1)(2)の外昭和五四年一〇月九日、一一月一四日の二回)、同第二次(本件演説(3)(4)の外、同五五年七月三、五、一三日、八月七日、九月七日の五回)各街宣活動は、右(4)のみハンドマイク、他はすべて宣伝車備付け拡声機により、或る程度の高音でなされ、山村は昭和五五年七月一三日以外、右両街宣時に不在であり、少くとも本件各演説時に同人の息子(二男)が、同(1)時に同人の妻が在宅していた。
(2) 昭和五四年の右第一次街宣時に、本件ビラ配布の過半数が併行してなされ、山村宅付近電柱にも右類似ビラがはられたところ、山村宅付近に住み、永らく同所地域自治会の庶務係役員である訴外早瀬保之は、本件演説(1)の際、組合の委員長である吉田に対し、労使交渉の場でないとしてうるさいので中止方を抗議し、同人より、第一次街宣活動の目的趣旨の説明の上断わられたが、爾後は在宅する限り所轄警察に右街宣活動の停止方の出動要請をなし、ついで第二次街宣開始と共に付近住民から苦情が寄せられるにつけ、同五五年九月一二日、自治会役員数人の連署をえた文書で、それまでの警察の対応が手ぬるいとして所轄警察署に街宣活動の取締要請をなし、山村の仮処分申請に疎明書を提出して協力した。
(3) 山村は、昭和五四年一〇月二〇日、第一次街宣活動に対する報復的抗議としてB事件右同日事件を敢行した後、翌五五年七月三日の第二次街宣活動開始と共に所轄警察署に被害届を提出して右活動の制止要請をなすと共に、同八月二二日前記仮処分申請をなした。
(4) 同年九月二三日の本件演説(3)の際、示し合わせた早瀬ら近隣住民数人が一斉に出て、吉田らに対し、要旨「裁判中なのになぜくるのか。」「交渉の場が違う。」「やかましい。」「がまんも限界に来た。」等と、こもごも中止方の抗議をし、同人が、後記の長期労使紛争下での山村の長期の不当な団体交渉拒否、同B事件における山村の関与を訴え、言論の自由を理由に反論しつつ、応じないため緊張した雰囲気となったことがあった。
以上のとおり認められ、前掲山村本人は「本件演説外である昭和五五年七月一三日の際には、ラジオ、テレビの音が全部取り消される程の音量であり、妻や息子からの伝聞によれば、本件各演説時は、チリ紙交換宣伝車のマイクの何倍もの音量であって、戸を閉めていてもテレビの音がかき消される程であった。或る近隣住民がいら立ち調子が悪くなる旨苦情をのべていた。」旨、前掲証人早瀬は「第一次は二回、第二次は三回在宅したが、すべて何を言っているかわからなかった。」「マイクのボリューム一杯と思った。」「室内のテレビが聞えず、飛行機の音よりひどかった。」旨各供述する。右事実関係によれば、本件各演説時に山村の留守家族がなんらかの右演説による騒音被害を受けたであろうことは推認するに難くないが、その程度、受忍限度をこえるものであるかにつき以下検討する。
(二) 騒音の違法性は、被害態様、加害者の主観、公的規制基準との対比、地域性、被害者の過失等、加害者側、被害者側双方の一切の事情を相関的に総合考慮して、被害が社会生活上受忍すべきと思われる限度を越えたか否かを判断してなされるが、そもそも、騒音被害現象自体が、本来感覚的なもので、聴く側の環境や条件により著しく左右されるものであり、加えて、個人差が大きい性質のものであるから、騒音被害の把握には、客観的騒音レベルの測定(ホーン値等による)が重要な手段とされ、個人が耐えうる騒音の限界も、前同様条件差と個人差が著しいため、その判断には平均人を基準とした各種公的騒音規制値が重要な資料とされる。
ところで、本件演説の騒音被害と、その耐えうる限界は、山村の本人若しくは家族の住居宅内部でのそれが問題となるところ、前(一)項冒頭掲示の証拠によれば、山村宅にいた同人の妻、息子は、当初段階で吉田らと口論して立腹して、爾後挑戦的態度をとり、早瀬も本件演説(1)時に吉田に演説停止を拒否され、その頃自治会として環境美化のため、組合が電柱に貼付したビラはがしに苦労したり、配布された組合のビラやシュプレヒコールのなかの文言、鉢巻き・ゼッケン姿の街宣隊の服装をみるにつけ、終始「組合が『下品な文言』入りのビラや演説により平穏・上品な住宅地をみだし、無関係な労使紛争にまき込む」ものと評価して立腹と反感をいだいていたこと、前認定の要請により数回、現場に出動した警察官らは、演説終了まで看視していたが、吉田に右要請の趣旨を告げて、音量をさげるように注意したことがあったに止まり、これに対し、吉田らが一度は応じたものの、他はこれに応じなかったが、各演説を制止することまでしなかったこと、組合自身も本件街宣活動により、付近住民に対し、騒音により迷惑を与えることを目的としたものでなく、右住民に対し、長期の労使紛争と長期の不当団体交渉拒否状態での山村の役割を訴えることが目的であり、音量を上げ過ぎると音が割れて情宣の目的を達しない点に予め留意していたこと、前認定の早瀬や、住民が一斉に抗議した際にも、拡声機の直近でも双方の会話に特段の支障もなかったこと、が各認められ、これを覆すに足る証拠もない。
(三) 右認定事実と前示の騒音被害の特質に照らせば、前同(一)項載記の山村の家族、早瀬の供述は、それ自体主観的比喩的説明であるが、右早瀬、山村の家族には騒音を誇大に感ずる余地があり、しかも、供述に現われるチリ紙交換、ラジオ、テレビ、飛行機の音自体も、本来、その各個別条件によって異なりうるもので、そのいずれの音量レベルの客観的概数値すら立証がないので右両供述自体全面的に信用できず、一部騒音被害状況をのべるものとしても、客観的把握基準のない主観的表現に過ぎ、前(一)項認定の事実関係と総合しても、なお、本件各演説時における山村の居宅内部における騒音の客観的程度(概略値)すら明らかでなく、したがって、右時期の山村の留守家族の本件演説による騒音被害の程度を推認することはできないという外なく、他にこれを認めるに足る証拠もない。
したがって、また、右騒音被害が受忍限度を果してこえるものであったかどうかも判断し難いという外ない。
よって、請求原因(四)(1)は理由がない。
三  労使紛争の経緯と背景について
本項は、全事件当事者について共通して判断する。
以下山村、会社、原田、上坂を甲グループ、組合、黒川分会、吉田、神田、朴、田野尻、新行内、廣部、園山、白川を乙グループ、松村、熊澤を丙グループとそれぞれいう。
1  被告らの抗弁(一)のうち、組合が昭和四七年一二月一日、会社に黒川分会を結成したこと、会社が昭和四九年ころ、守る会所属の池田善実を労務担当顧問として雇い入れたこと、守る会の理事長が山村であること、会社の社長黒川繁八、同専務黒川直明が守る会の構成員であること、昭和四九年八月六日に会社が組合に対し誓約書を提出したこと、会社が昭和五一年七月に再び池田を雇傭したこと、組合が池田の介入及び労働協約に違反する賃金カット等が不当労働行為であるとして大阪地労委に救済申立をなしたこと、昭和五二年三月に同地労委における和解により会社は池田との雇傭契約を解除し、同人を退社させたこと、会社が、池田が退社した直後である昭和五二年三月、同じく守る会所属の山村を労務担当顧問として雇入れたこと、会社が同月三一日、黒川分会に対し会社再建案を提示したこと、会社が同年五月一一日から会社再建案のうち、週四二時間労働、週休一日制、並びに病気欠勤及び生理休暇の無給化を実施したこと、会社が同年五月度の賃金をカットしたこと、同年六月一五日、天満労働基準監督署から会社に対し賃金カット回復の勧告がなされ、会社が右勧告に従いカット分の回復をしたこと、組合が同年七月一九日大阪地方裁判所に対し現行労働条件保全の仮処分申請をしたこと、会社が同年七月度以降賃金カットをしていないこと、会社が同月に会社再建案中パートタイマー制度の導入及び初任給の改訂を実施したこと、同年八月八日に会社と黒川労組との間で〈1〉平均七パーセントのベースアップをする、〈2〉本工を対象に夏期一時金一・三五ケ月分を支給する、〈3〉週休一日制、週四〇時間労働とする等を含む内容で会社再建案につき妥結したこと、会社が黒川分会員に対し賃上げをせず、一時金の支給をしていないこと、同年一一月一九日の団体交渉以後昭和五五年二月ころまで、会社が組合と団体交渉を開いていないこと、組合が大坂地労委に対し不当労働行為の申立をなしたこと、同地労委が会社に対し昭和五四年一二月二七日、会社は組合と団交を行うこと、カットした賃金を回復し、一時金・賃上げの仮支給・仮実施をすること、謝罪文を手交すること等を内容とする救済命令を出したこと、本件抗議行動当時、会社が右命令を履行していなかったこと、昭和五四年九月に共闘会議が結成されたこと、会社が組合と昭和五五年二月に団体交渉を再開したこと、これに伴い組合が山村に対する抗議行動を中断したことは、甲グループ・乙グループ間に争いがない。
2  被告らの抗弁(一)のうち、昭和五二年三月ころ、黒川労組が全国一般に加入したこと、会社が黒川労組にも会社再建案を提示し、昭和五二年五月一一日からこれを実施したこと、これに対し、黒川労組が抵抗闘争をしたこと、会社と黒川労組が会社再建案について妥結したことは、乙グループ・丙グループ間に争いがない。
3  右1・2記載の争いのない事実、甲、丙グループ間においても、A事件における被告らの自白と山村、神田の各本人の供述により認められる前二2認定の事実、(証拠略)を総合すれば、次の事実を認めることができる。
(一) 黒川分会は、会社の従業員のうち組合に所属する組合員をもって昭和四七年一一月二七日に結成され、同年一二月一日、公然化し、会社に対し労働条件の改善を要求するとともに団体交渉を申し入れた。
ところが、同月五日、黒川労組が会社の従業員をもって結成され、同月八日会社に対し労働条件の改善等を申し入れ、会社内に二つの労働組合が併存するに至った。
(二) 組合及び黒川分会は、闘う労組として、会社に対応し、次のとおり逐次有利な先進的労働条件を協約締結により獲得しその実施をえた。
(1) 昭和四七年一二月二六日、年末年始の休暇を一二月三〇日から一月四日までの六日間とし、有給休暇とする等
(2) 同四八年三月二七日、早朝時間外手当及び休日割増手当を五割増、右以外の時間外手当を三割増とする、国民の祝日を有給休日とする、年次有給休暇を一〇日とし、勤続一年増す毎に一日を加算する、但し二〇日を限度とする、精勤手当を廃止し、正社員については一律三〇〇〇円、パートタイマーについては一時間一五円の割合で基本給にくみ入れる、賃金支払形態を日給月給制とし、基礎日数を二六日とする、病気休暇を有給とする、労災による休業補償を一〇割とする等
(3) 同年五月二日、年令別最低保障賃金を定める、一律賃上げ制、毎年五月一日を有給休日とする、女子につき生理休暇を三日間とする等
(4) 同月一〇日、住宅手当として世帯主八〇〇〇円非世帯主六〇〇〇円を支給し、寮費を無料とする等
(5) 同年一一月二八日、三週間以内の有給つわり休暇、有給の産前産後休暇(各八週間)を与える等
(6) 同年一二月一〇日、組合事務所を豊中工場に貸与する外、組合活動は原則として時間外に行うが、組合及び黒川分会が必要と認めた場合には時間内の組合活動を認める等
(7) 昭和四九年四月一八日、年令別最低保障賃金を改訂する、健康保険、厚生年金保険の労使負担割合を三対七とする等
(8) 同日、退職金を基準表のとおり支払う等(自己都合、会社都合の区別はない。)
(9) 同年六月二八日、夏期休暇を無査定一率に六日間とする等
(10) 昭和五〇年五月一三日、一時金の支給に際して、年次有給休暇、慶弔休暇、生理、つわり、産前産後休暇、病気休暇(一ケ月以上を除く)自己都合による欠勤等の理由で査定は行わない、三〇分以内の遅刻容認の慣習を尊重する等
(11) 同年九月二五日、同年一〇月一日より一日七時間を基礎とした一週間三五時間の労働時間で週休二日制を実施する、右は祝祭日及び創立記念日を含む三五時間労働とする、夏期休暇を六日から五日に短縮する等(以下「五〇年九月協定」という。)
(12) 昭和五〇年一二月三日、慶弔有給休暇として、本人の結婚の場合七日、配偶者及びその父母、本人の父母、子の場合七日、二親等の血族、配偶者の祖父母、子の配偶者の場合五日を与える、入社年度における年次有給休暇は、入社後二ケ月経過した残りの月数に一ケ月に一日の割合で与える等
以上の労働条件は、概ね黒川分会員以外の会社従業員にも実施された。
(三) 守る会は、昭和三九年八月結成され、その会則によれば、人権とくらしを守ることを目的とし、右目的に賛同する団体、学識経験者、経営者で構成し、事業として、会員の企業経営、税務、金融、法律、労務、交通災害、公害に関する相談、関係官庁への交渉、指導援助、会員の知識向上をはかる教育及び情報の提供等の事業を行う旨定められており、五〇年当時、役員には、最高顧問として、大島靖大阪市長、亀田得治弁護士、副理事長として黒川社長(後に副会長)、専務理事として、山村(後に理事長)、常任理事として、池田善実(後に理事)、後日理事に尾崎政市、参与として、黒川直明会社取締役専務(以下「黒川専務」という。)らが就任していた。他方、山村は昭和四〇年頃に使用者側に転向するまでは、労働界にあり、総評全印総連の書記長をつとめ、右池田も使用者側に転向前は右山村の下部役員として、全印総連の組合事務所のあるPLP会館で執務していた。松村は、昭和三七年三月頃より同じPLP会館に組合事務所を隣接していた総評全国一般大阪地本一般合同労組に加入し、合同労組の役員として同事務所で執務していた。このような関係で山村と池田、池田と松村は転向後も続いている永年の友人関係であり、熊澤は全国一般の執行委員として昭和五〇年頃黒川労組の学習会に招かれたことがきっかけで同労組のオルグを担当する関係となり、松村、熊澤は共に守る会の親睦会にも参加しており、昭和五二年五月二二日に開かれた守る会主催の麻雀大会には、松村、池田、会社の黒川直明専務も参加して、松村が入賞したり、他方全国一般主催のゴルフコンペに、池田、黒川直明専務、松村が参加したこともあった。他方、大阪総評・不当弾圧対策委員会「労務屋」対策小委員会は、昭和五三年二月に、「労務屋」ないしコンサルタントとして中間集約した一覧表において、守る会所属の前記池田と山村を掲記し、介入対象として、池田については村上商店を、山村については、徳岡印刷、黒川乳業、大阪芸能労組を掲記したところ、全印総連大阪地連の申出により再検討され、同年四月右対策委員会において、介入先徳岡印刷と山村の関連記載を最終集約一覧表から削除した。
(四) 昭和四九年ごろ、会社は、守る会所属の前記池田を労務顧問として雇い入れ、その後同年六月二一日に、組合及び黒川分会は夏期一時金要求のためにストライキを決行し、ピケットラインを張っていたところ、会社の職制及び非組合員ら約三〇名が右ピケットを張っていた組合員を実力でごぼう抜きし、この際組合員、黒川分会員一〇数名が負傷した。
(五) 右事件と池田の存在につき、組合及び黒川分会より抗議され、会社は組合に対し、昭和四九年八月六日、「労使交渉において第三者を出席させないことを誓約する。」旨の誓約書を提出し、昭和五〇年一二月三日、「昭和四九年夏期一時金交渉において、会社がその交渉の場に第三者を入れ、労使関係を悪化させたことは『正常な労使関係を持つ』ことから大きく後退させたことであり、深く反省すると共に遺憾の意を表明致します。」旨の文書を提出し、池田を一時団体交渉の場等に出席させなかった。
(六) ところが会社は、再び昭和五一年七月二日、豊中工場へ池田を派遣し、同月一二日、同日午前一〇時三〇分より同一一時までの三〇分間、朴、田野尻らに対し賃金カットを行う旨申し入れしめ、これを実施した。組合及び黒川分会は、右池田の派遣は(五)記載の誓約に反し、賃金カットについては不当労働行為であるとして抗議すると共に、直ちに、池田を再使用しないこと及び右賃金カットの回復を求める救済命令の申立を大阪地労委に対してなした。
(七) 昭和五二年三月二九日、(六)記載の各救済命令申立事件について、大阪地労委において、会社は朴らに対し賃金カット分を回復する旨の和解が成立し、池田はこれを機に同年三月一〇日に退社した。
(八) ついで、会社は、昭和五二年三月中旬ころ、前記守る会の理事長である山村を労務担当顧問として雇い入れ、以後、山村は本社に専用机を与えられ、非常勤で労働問題の専門家として労務担当役員である黒川専務を補佐し、取締役会、その他会社の重要問題の決定に関与し、団体交渉には会社側交渉員として原則として出席し、会社側交渉員のなかで主導的役割を果すこととなった。
(九) 他方黒川労組は、昭和五一年の夏期一時金闘争で低額回答をのんだため、田野尻ら五名が組合に移ったことがあり、黒川労組役員らは、同労組が上部団体に加入するかどうかについて検討し、当時全国一般のオルグであった熊澤に上部団体の加入につき相談した結果、昭和五二年三月に至り、黒川労組は上部団体である全国一般に加入した。
(一〇) 会社は、昭和五二年三月三一日、突然会社が倒産の危機にあるとして、従前の労働条件の変更を求める左記の内容の「会社再建案」を、黒川分会及び黒川労組の双方に提示した(なお〔 〕内は労働協約又は慣行に基づく従来の労働条件である。)。

(1) 初任給を高卒(一八才)八万九〇〇〇円、大卒(二二才)一〇万六〇〇〇円とする。〔高卒一二万〇五〇〇円、大卒一三万〇五〇〇円〕
(2) 労働の内容を正当に評価し、悪平等を是正するため賃金体系を全面的に改訂する。〔基本給は年齢別最低保障賃金であり、昇給は一率同額とし、査定は行わない。〕
(3) 労働時間を週四二時間に延長し、週休一日制とする。〔週三五時間、週休二日制〕
(4) 夏期休暇を三日間、年末年始休暇を四日間とする。〔夏期休暇五日間、年末年始休暇六日間〕
(5) 慶弔休暇を現行からそれぞれ二日減日する。
〔前(二)(12)記載の上おり〕
(6) 病気欠勤、生理休暇、つわり休暇、産前産後休暇を無給とする。〔いずれも有給〕
(7) 年次有給休暇を第一年度六日間とし、入社年度の支給は廃止する。なお、年度末での有休の買取りは行わない。〔前(二)(12)記載のとおりで、休暇残日数については買取りが行われていた。〕
(8) 残業割増率を法定の二五パーセントとする。〔五〇パーセント〕
(9) 遅刻、早退の賃金カットを厳密に行う。〔三〇分以内賃金カットせず〕
(10) 退職金支給は自己都合と会社都合に分け、支給率をかえる。〔退職理由たる右両都合の区別がなかった。〕
(11) 社会保険(健保、厚生年金)の労使負担割合を折半にする。〔労三割、使七割〕
(12) 給食負担金を二五〇円にする。〔一〇〇円〕
(13) 寮費を三〇〇〇円徴収する。〔無料〕
(14) 営業における外交、集金は本来の職務内容とする。〔外交は営業担当者が慣行として行っており、集金人が行っていた。)
(15) パートタイマー制度の導入をする。〔事実上廃止されていた。〕
(16) 就業時間中の組合活動を禁止する。〔前(2)(6)記載のとおり〕
(一一) これと共に右同日、会社は会社再建築案を全面的に承認することを条件として黒川分会及び黒川労組の双方に対し、左記のとおり賃金改訂案を提示した。

(1) 賃上げ総額は基本給総額の七パーセントとする。
(2) 右総額は賃金体系の是正に充当する。
(3) 賃金体系を是正する際、会社は査定を行う。
(一二) 組合及び黒川分会は、会社再建案が、黒川分会結成以来闘争と交渉によりせっかく獲得してきた労働条件の全面的引き下げである上、倒産の危機は虚偽であるとしてこれに強く反発し、昭和五二年四月中に開催された数回の団体交渉においても会社再建案の白紙撤回を求めた。
(一三) 会社は組合との再建案と抵触する従来の協約を無視して、昭和五二年五月七日、組合との団体交渉の席上、五月九日に社員総会を開催し、その場で五月一一日から会社再建案を実施することを決定する旨一方的に通告して交渉を打ち切った。
(一四) そして同月九日、会社は、黒川分会及び黒川労組からボイコットされながら、社員総会を非組合員のみの出席で開催し、会社再建案を同月一一日から実施する旨決定した。
(一五) 同月一一日、会社は、黒川分会との従前の協定の改変手続をとることなく、一方的に全従業員に対し、文書を配布し、同日から労働条件を会社再建案の内容に変更する旨通知した。
(一六) 黒川分会及び黒川労組とも、前同日以降も会社再建案の実施を認めず、両組合員は従前の労働条件に従って就労したところ、会社は、右従前の労働条件で就労した者に対し、五月分の賃金から会社再建案と抵触する部分を賃金カットした。
(一七) そして右両組合は同月一七日協調ストを決行し、組合は黒川労組の右ストを歓迎した。
ついで、同年六月一五日、天満労働基準監督署の労働基準監督官から会社に対し、前(一六)のカットを違法としてその賃金を回復するように勧告がなされ、やむなく会社は同月三〇日に賃金カット分の回復をした。
(一八) 会社は、なおも、同月一八日、組合及び黒川分会に対し、会社再建案を組合に提示後九〇日を経過した同月三〇日から一方的に実施する旨を一方的に通告した。
これに対し、黒川労組は同月三〇日大阪地労委に再建案、賃上げ、一時金につきあっせんを申立てたところ、組合は、これを労働者側の大幅譲歩を承認することを前提とするものとして、会社労働者全員に対する裏切りであり、また、組合の予定する行政、司法、双方の救済申立てを無意味にするものとして、右申立の取下げを要求すると共に、自らは、同年七月一七日大阪地方裁判所に対し、現行労働条件保全の仮処分を申請した。
(一九) これに先だつ昭和五二年六月下旬ころ、会社は事実上廃止されていたパート制度を導入し、パート労働者二名を採用し、かつ、組合との協約を無視して、年令別最低保障賃金を下回る賃金により本工労働者一名を採用し、もって、会社再建案を一部実施した。
(二〇) 同年七月二五日に、会社は組合に対し「七月度賃金も従前どおり支払う。夏期休暇についても今年度限り従前どおり五日間とする。」旨通知した。
(二一) 同年七月二六日、会社は組合との団体交渉で、会社再建案のうち、前(一〇)(1)ないし(3)、(8)、(9)、(11)、(15)記載の七項目に限って実施したいと提案した。しかし、組合は右提案に反対し、前(一九)記載の会社再建案の一部の実施の撤回を求めたが、会社は右に答えないまま団体交渉を打ち切った。
(二二) 同年八月五日、会社は組合と団体交渉を開催し、組合側から要求が出されていた賃上げ、夏期一時金について、「〈1〉同年九月一日から週休一日制(週四二時間労働)を実施すること、〈2〉営業部の配達ルートの縮少(人員削減)、〈3〉売上げ増進、〈4〉工場における時差出勤によるロス・タイムの解消に協力することを条件として平均七パーセントの賃上げを妥結月から実施し、夏期一時金として基本給の一・三ケ月分を八月一三日と八月三一日に分割して支給する。ただし、賃上げについては査定を行い、その方法については賃金小委員会で煮詰める。夏期一時金については出勤状況による査定を行う。妥結する場合には以上の条件を一括して行う。(以下「一括妥結条件」という。)」旨回答し、右についての会社側の説明を行っただけで当日の団体交渉は打ち切られた。なお、右一括妥結条件は会社の役員会で決められたことであった。
(二三) 他方、全国一般及び黒川労組は、昭和五二年七月二三日から同年八月八日まで小委員会方式を混え会社と団体交渉を重ねていたが、新組合員は一時金の早期取得をのぞみ、他方闘争積立金もなく労働金庫との取引もない状況を考え同月八日会社との間で左記の内容で賃上げ、夏期一時金問題で妥結再建案(3)(4)を含んだ左記の協定を妥結した。

(1) 同年八月分賃金から現行基本給の平均七パーセントの賃上げを実施する(配分については労使で賃金小委員会を設置し、賃金体系の是正を考慮して協議・決定する。)。
(2) 夏期一時金については、一・三五ケ月分を支給するが、同年八月一三日に〇・七ケ月分、同月三一日に〇・六五ケ月分を分割して支給する。但し、出欠勤の評価を行う。
(3) 同年九月一日から週休二日制を廃止し、日曜を除く六日勤務、週四〇時間労働制を実施する。
(4) 営業におけるルートの縮少、売上増進、工場における時差出勤によるロス・タイムの解消等は、現場における条件を労使で検討し、同年九月一日より実施する。
(5) 同年五月一一日より同年八月九日までの休日出勤については、同年一二月末日までの間に代休を与えることとし、割増賃金分のみを支払う。
(6) 会社は黒川労組に対し、同年八月二二日に解決一時金を支払う。
(二四) 同月一〇日、つづいて会社は、組合及び黒川分会に対し、前項(1)ないし(4)記載と同一内容による一括妥結条件による回答書(以下「八月一〇日回答」という。)を提出し、さらに翌一一日の団体交渉の席上でそれを説明した。組合側は右のうち、夏期一時金の額及びその支払方法についてのみ妥結する旨会社に回答したが、会社は、一括妥結条件に固執し、夏期一時金についてのみの妥結を拒否すると共に、週休一日制、営業・製造部の合理化は組合側の同意がなくても同年九月一日から一方的に実施するが、夏期一時金の支給及び賃上げは、組合側が八月一〇日回答について一括妥結しない限り行わない旨述べ、当日の団体交渉は決裂した。
(二五) 組合は、前記黒川労組、会社間の妥結を、「会社が御用組合たる全国一般と黒川労組の熊澤等一部幹部をたらし込んでボス交渉によってなしたもので、全国一般、黒川労組の階級的裏切りである。」と評価して、同年八月九日、黒川分会機関紙タンポ(以下「タンポ」という。)で激しく右両組合を批難し、同月一五日、会社に対し、タンポで前記一一日の団体交渉における会社の態度は、組合破壊を企図したものであると激しく抗議し、組合が一部妥結する旨通告した夏期一時金の支払いを求めた。
ところが、同月一六日、会社は、組合及び黒川分会に対し、根拠説明もせずに会社と組合側とは現在無協約状態にあるところ、同月九日に前(二三)記載の妥結再建案について協約を締結した黒川労組の全員及びその後右協約と同内容の協約に署名捺印をした非組合員を加えると全従業員の四分の三を超えるので、妥結再建案は労組法一七条の一般的拘束力により組合員にも効力が及ぶ旨主張して、組合の存在を軽視し、八月一〇日付回答書の内容を実施する旨通告した。なお昭和五七年一月二九日右一般的拘束力の主張は後期(二七)仮処分事件の本案判決において排斥された。
(二六) 同年九月一日、会社は、全従業員に対して週休一日制等を実施したが、組合員は従前どおりの労働条件で就労を続けた。
(二七) 昭和五二年九月二二日、大阪地方裁判所は、前(一八)記載の仮処分申請事件について、五〇年九月協定等現行協約の解約告知の疎明なく会社疎明の経営状態、業界の現状だけでは未だ著しい事情の変更があったものと認めることはできない旨の理由で、組合員らが会社に対し、「現行勤務表記載の勤務時間、休日の定めに従ってのみ就労する義務があることを仮に定める。」旨の仮処分決定をした。
(二八) 右仮処分決定以降昭和五二年一一月一九日の団体交渉までの間、組合及び黒川分会は、会社に対し、文書又は団体交渉の席上において、同年度の夏期一時金さらに冬期一時金を支払うように要求したが、会社は労働条件において、極少数派の黒川分会に対して、多数派黒川労組員外非組合員と異なる取扱いはありえないものときめてかかり、あくまで八月一〇日回答の一括妥結条件に固執し、妥結に至らなかった。
(二九) 昭和五二年一一月一九日に開かれた団体交渉の席上においても、会社及び組合側の主張は前(二八)記載のとおり並行線のまま推移したが、右席上、山村が組合の基本的運動方針を批判介入するが如き発言をしたのに対し、朴が「黙っていろ。」と反論したところ、山村はこれを受けて「黙っていたら団交はできない。」とのべ席を立とうとし、さらにその際に発言した大谷修組合本部執行委員に対し、「あの男は誰だ。名前を名乗れ。」と言ったが、大谷が名乗らなかったのを機に団体交渉を打切った。
なお、大谷は、山村が労務顧問となる以前から本部執行委員として従前から団体交渉に出席しており、会社側が名前を知らないはずがなかった。
(三〇) 同月二一日、会社は組合に対し、前(二九)記載の朴発言を取り消し、会社に謝罪すること、及び支援組合員が氏名を明らかにすることについて組合が応じない限り、今後一切の団体交渉に応じない旨文書で申し入れた。
(三一) 昭和五二年一一月一九日の団体交渉以降昭和五五年二月七日の団体交渉までの間、組合及び黒川分会は、再三団体交渉の申入れをなしたが、会社は一切拒否し、その理由として、当初は前(三〇)記載の会社側の申し入れに組合側が応じなかったことをあげ、その後は逐次後記(三三)記載の抗議行動における暴行・強要事件、後記(三四)記載の組合が会社を窃盗犯呼ばわりしたこと、昭和五三年四月一〇日のストライキの際ストライキ通告書の正本を会社に手渡すのが遅れたこと、同年一〇月三一日のストライキの際、神田が山村の机を蹴ったこと、退職した黒川分会員の伊沢倉次が昭和五四年二月九日に飲酒のうえ会社の課長に対して「殺してやる。」と言ったことがあったのを機に、これらのすべてについて組合が会社の謝罪要求に応じなかったことを逐次団体交渉拒否の理由に加えた。
そして、また、この間、組合及び黒川分会は、再三に亘り、団交拒否の抗議をなすと共に、少くとも、毎年の賃上げ、夏、冬の一時金の支払い要求時期には、団体交渉の申入れ(同五三年には少くとも五回)をなしたが、会社は、窓口である堀渕総務部長が「山村に尋ねないと何ともいえない。」と確答しないことがあったり、山村は非常勤で、出勤時間も、在社時間も定かでなく、同人を含む会社側交渉員全員の「日程の打合せができない。」とかの応答をすることがあったりして、組合らをして団体交渉開催について不誠実を感ぜしめることがあり、かつ、右賃上げ、一時金の要求事項に対しては、黒川労組との妥結再建案である週休一日、週労働時間四〇時間条項との一括妥結を前提条件として固執し、組合が右条件をのまない限り、一切回答を拒否する旨の態度をつづけ、昭和五四年四月二日付組合に対する申入書においては、なおも一般的拘束力の主張を保持しつつ、同年五月七日に至り、漸く、右一括妥結条件に加え、妥結月在籍組合員支払い条件を付加して、賃上げ、一時金の回答をなすに至った。
組合は、このような会社の態度に対し、昭和五二年末ころ、大阪地労委に対し、会社の前記団体交渉拒否、賃上げ、一時金の不支給が組合に対する不利益待遇、支配介入に当る旨主張して、救済申立てをなすとともに、同五三年中の五回を始めとして再三ストにより対抗したが、成果を見なかった。
(三二) かくして、会社は、昭和五二年九月一日以降も従前の労働条件に従って就労する組合員に対し、賃金カットはしなかったものの、昭和五二年三月三一日に会社再建案を提示して以降、昭和五五年一二月一九日までの間、協定未締結を理由に、一度も賃上げをせず、毎年の夏期及び冬期の各一時金を全く支給をしていない(但し、後記第三、二1記載のとおり、五五年一一月八日に、昭和五五年度夏期一時金につき仮支給する旨の協定が成立した。)。
(三三) 昭和五二年一一月三〇日、黒川専務は、組合がストライキ中に本社社屋に貼ったステッカーをはがしにかかり、その際抗議した吉田に押されて左手首を負傷したとしてその場で高井宇一総務課長に「警察を呼べ。」と命じたが、高井課長が、同人の連絡により臨場した警察官の事情聴取に対し、「何もありませんでした。」等としか答えなかったため、警察官はそのまま帰ったことがあった。ついで、組合が、高井課長に対し警察官を呼んだことにつき抗議したのに対し、同人は、「組合の争議に事実も知らず警察を呼んだことは誠に申し訳ありませんでした。今後争議に警察を介入さすことは一切致しません。」という謝罪文を書いて組合に渡したところ、後日、黒川専務は、右暴行傷害を受けたとして、また高井課長は謝罪文の作成を強要されたとして、それぞれ警察に告訴し、これにより吉田は逮捕勾留され、取調べを受けたが、結局起訴されなかった。
(三四) 昭和五二年一二月初旬ころ、組合が本社に立てていた会社の不当労働行為を抗議する内容の立看板及び組合旗が持ち去られたことがあり、組合はこれを会社が盗んだものであるとして抗議し、会社はこれを否定した。
(三五) 会社は組合との旧来の協定(前(二)(3)(6)認定)の正規の改定手続をとらずに、昭和五三年二月二一日に組合がその組合員川尻の配転について抗議活動をなしたことに対し、賃金カットをなし、田野尻が同年六月二七日ないし二九日の生理休暇中に同二八日約二時間組合活動に参加したことを生休権の乱用として同二八、二九日の両日の賃金カットをなした。
(三六) 他方、(ア) 昭和五二年頃、訴外中外日報社において、労働組合の全国一般京都地本加盟後間もなく、前記池田が労務担当として雇い入れられ、多数派別組合が、松村が書記長であった大阪一般合同労組(以下「合労」という。)に加入し、前者の組合が、右経過を使用者、池田、松村のゆ着関係と主張したことがあった後、同五三年二月九日頃、合労組合員と本社営業局との間で紛争が生じた。(イ) 同五二年二月末、訴外ECC外語学院において、全国一般東京地本ECC教職員労組の結成後、間もなく、大阪一般合労ECC支部が結成された。(ウ) 同五三年四月頃、訴外株式会社小林木村家において、組合同社分会の結成公然化後間もなく、第二組合が結成され、前記池田が労務顧問として雇い入れられ、ついで右第二組合は全国一般に加盟し、その下部組織となったところ、同年四月二一日の組合前同会社分会のストの際に、松村、池田、守る会所属の尾崎がスト拠点現場に姿を見せ、紛争が生じたことがあり、吉田委員長が、同月二四日全国一般組合事務所を訪ねた際、同委員長が松村により負傷したと主張する紛争が生じた。
ところで、組合は、右(ア)ないし(ウ)の事件の態様の真相は、組合のB事件主張1(二)(2)どおりであると理解し、右各事件及び本件黒川紛争の共通の特色は、「右各使用者及び『労務ゴロ』、すなわち、争議に介入して使用者から報酬をえて、闘う体質の労働組合つぶしを業とする者らの集団である守る会に巣喰う、『労務ゴロ』山村、同池田らとが、更に大阪全国一般の一部腐敗幹部である松村、熊澤らと、ゆ着結託して一体となって、闘う体質の労働組合が結成されると、間もなく使用者や労務屋が、松村らの支配下に入るべき御用組合たる第二組合を結成させ、ついで、使用者と右御用組合の双方が、右各会社における組合の分会若しくは闘う同志組合を、暴力的につぶしにかかっている。」ものであると考えるに至った。
(三七) 会社が、前記のとおり、団体交渉をせず、したがって協定未妥結のゆえに、長期に亘り賃上げ、一時金の支給をしないため、その状況を打開するために、昭和五四年九月に、組合が中心となって一四の団体の参加のもとに共闘会議を結成された。そこで前(三六)の組合の守る会、山村、松村らに対する理解と同様の理解に立って、運動方針としてスト決行、街宣活動、山村に対する情宣活動が決定された。そしてまず同月二六日、組合及び黒川分会は、共闘会議の支援を得てストライキをなし、決起集会を豊中工場構内で開催し、同構内デモや、工場近辺で情宣活動をした。
(三八) さらに、同年一〇月四日頃、組合及び黒川分会は、組織決定において、前(三六)の組合の理解のもとに、「山村を会社労務政策の決定に最も影響力のある人物で、前記長期の組合つぶしと不当な団体交渉拒否、一時金等不支給状態作出の中心的人物である」と考え、共闘会議の支援のもとに、山村の自宅周辺で抗議演説、抗議ビラを配布し、以って、住居地域では温厚な人物として多分通っているであろう山村の黒川争議での右「労務ゴロ」としての実態を暴露し、附近住民から非難、反感、白眼視をおこさせ、この社会的規制力、或いは圧力により山村を困惑させ、山村に心理的圧迫を加えて、団体交渉を再開させ、会社の右長期に亘る組合に対する不当労働行為の状態を打開しようと企図して、第一次街宣活動を始めることを決定した。そこで、組合及び黒川分会は、本件抗議行動を含め、昭和五四年一〇月四日(本件演説(1)、同内容別紙(1)、ビラ配布(1)、ビラ別紙(5))九日(同配布(2)、ビラ別紙(6))一四日(同演説(2)、同内容別紙(2)、ビラ配布(3)、ビラ別紙(7))、同一一月一四日(同ビラ配布(4)、ビラ別紙(8))(以上一〇月一四日のみ休日)の四回に亘り、本件演説同様の規模、音量、場所、態様による名誉毀損、侮辱言辞混入の抗議、情宣演説をなし、別に、同年一〇月五日、九日の二回に亘り、黒川専務宅へも本件演説同様の方法態様による自宅抗議、演説とビラ配布をなしたが、爾後は山村一人に対象をしぼった。しかし、右第一次街宣活動に対する反応として、後記B事件が発生したため、これに対する対応策に追われたりして、右街宣活動はさらに続行されなかった。
(三九) 昭和五四年一〇月九日、組合及び黒川分会は、共闘会議の支援を得て豊中工場においてピケッティングストライキをなし、このため、会社の操業は始業時から午前一一時ころまで停止した。
(四〇) 昭和五四年一〇月当時、会社の従業員のうち、黒川労組に所属している者は約八〇名、黒川分会に所属している者は九名であり、黒川分会員のうち、豊中工場に勤務している者は五名、会社の本社及び大阪営業所に勤務している者は四名であった。
以上(一)ないし(四〇)のとおり認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。
4  昭和五四年一〇月一九日から同年一一月五日までのB事件にかかる経過については、後記第二、二1(二)、2(二)、3(一)ないし(三)、5(二)判示のとおりである。
5  前三1記載の争いがない事実、前二2記載の事実、(証拠略)を総合すれば、次の事実を認めることができる。
(一) 昭和五四年一二月二七日大阪地労委は、組合のかねての救済の申立に対し、会社は組合と同五二年、五三年各賃上げ、同五二年末以降同五三年末迄の各一時金及び組合が要求した事項について団体交渉拒否及び右賃上げ一時金不支給状態を不当労働行為とみとめ、右要求事項について速やかに、誠意をもって団体交渉を行うこと、会社は黒川分会員に対して未妥結の右賃上げ及び未妥結の一時金を黒川労組と組合の週間労働時間比率により仮に支給し、謝罪文を組合に手交すること等を会社に命じた。
(二) 会社は右命令を受けて、翌昭和五五年二月七日、組合と団体交渉を再開し、未妥結の一時金、賃上げについて協議しようとしたが、同年一二月一八日右命令同旨の一時金仮支給協約が成立するまでの間同五五年夏の一時金仮支給を除き、右命令に応じなかった。
(三) その後、会社は同年二月一五日、同年四月三日と継続して組合と団体交渉をもったが、右四月三日の団体交渉において組合側告訴のB事件一一月五日事件等を刑事告訴事件について、組合が警察、検察庁へ出頭したときは賃金カットされ、組合員以外の者が出頭したときは賃金カットされなかったところ、組合はこれを差別的取扱いである旨抗議する中で、大谷書記長が「組合員が出頭する原因は、会社が(全国一般に)やらせたからだ。」と述べたところ、即座に、山村は、「今の発言は、会社が全国一般にやらせたと解釈されるので、大谷発言の取消と謝罪を要求する。」と述べ、組合側がこれに応じなかったのを機会に会社側は「会社がやらせたといわれて団交できない。」と言って当日の団体交渉を打ち切り、さらに同月七日文書により右同旨の発言取消を要求し、同年五月二日まで組合側からの団体交渉の申入れを拒否した。
(四) 会社と組合との団体交渉は、漸く昭和五五年五月二日に再開され、同月六日、同年六月一八日、同月二七日と続けられ、そこで一時金問題等について継続して協議されたが、右六月二七日の団体交渉の席上、会社側交渉委員である清水営業部長に対し、田野尻及び神田が「お前は何も知らんのやから黙れ。」と発言し、さらに組合側が同年夏期一時金の前記救済命令同様の仮支給案を示したのに対して、山村が、「そこまで譲歩するなら会社主張まで譲歩しろ。」と発言し、これに立腹した神田が「お前ら帰れ。」と叫んだところ、これを機に、会社は団体交渉を打ち切り、同年七月七日文書で右神田らの発言の取消しと謝罪を要求した。
組合は、右会社の要求を拒否し、団体交渉の申し入れをしたが、会社は右要求に固執して、右申し入れを拒否したままであった。
(五) そこで、組合及び黒川分会は、前3(三八)同様の企図のもとに同五五年六月二七日以降拒否のままの団体交渉を再開させるため、第二次街宣活動として、中断していた山村宅附近への自宅抗議と情宣活動を再開することを決定し、本件抗議行動を含め、同年七月三日、五日(本件ビラ配布(5)、ビラ別紙(9))、一三日(休日)、同年九月七日、二三日(休日)(本件演説(3)、同内容別紙(3))、同年一〇月二三日(休日)(同演説(4)、同内容別紙(4))の六回に亘り、前記本件演説同様の場所、規模、方法、音量、(ただし、本件演説(4)は、ハンドマイクにかえ音量も他に比し低減させた。)態様による抗議演説、情宣をなし、同年七月七日に附近電柱に山村、黒川社長の各顔写真入り侮蔑的表現入りのビラを貼布し、同月一八日には宣伝車で山村宅付近公民館や同人の息子の通学する中学校付近を宣伝してまわった。
以上(一)ないし(五)の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
6  そこで、右1ないし5の事実関係における会社、山村の態度につき検討する。
乙グループは会社、山村の態度は不当労働行為である旨主張し山村、会社は、前認定の長期に亘る団体交渉拒否については正当事由があり、また、山村は団体交渉開催決定権なく黒川専務の補佐役に過ぎない旨主張するのでみる。
(一) 前記1ないし5の事実関係、就中3(三)(四)の事実及びB事件における山村本人の供述によれば、山村が昭和五二年三月中旬会社に入ったのは、従来の労使交渉の中で組合に逐次有利な労働条件をとられたため、これに対抗するために、その経歴を買われて労務顧問の専門家として迎えられたものと推認でき、これに前記会社の労使関係における山村入社後の労使交渉のなかでの会社の強い姿勢への変化を併せ考えれば、団体交渉、文書作成においては、すべて山村が事実上主導的役割で中心的に行動していることが推認されるので、会社内部の組織法上の労務問題の決定権者は社長ないし黒川専務であるとしても、その判断の実質的内容を事実上左右していたのは山村であると推認できる。よって、右山村らの主張は理由がない。
(二) ついで、山村、会社が主張する長期の団体交渉拒否の理由についてみるに、拒否の始まりである主張(1)(ア)については、そのいきさつは前3(二九)(三〇)認定のとおりであり、朴発言、大谷の氏名告示拒否は、いずれも団体交渉の席上における言動としては大人げない不適切なものであることは明らかであるが、山村の組合批判に誘発されたものであり、同人らの態度も挑発的であったことや、それまでの会社の再建案実施に関する少数派の組合及び黒川分会の存在を軽視した一方的態度等全体の経緯、これに加えて、もともと再建案を早急に実施しなければ会社が倒産の危機にひんする経済事情も、右提案から実施までの前認定の経過の中で、会社が組合に対し誠意を尽した態様で団体交渉を行った事実も、いずれも認めるに足る証拠がない点を総合すれば、右朴、大谷の言動が、その後の団体交渉を一切拒否することを正当とするほどのものとは到底認め難い。その外の理由として主張する前同主張(1)(イ)ないし(カ)の事情は、前認定の限度でその存在が認められるところ、いずれも団体交渉自体の手続、態様についての団交ルールに関係する事情ではなく、それに対する対応は別個になしうるものであり、また、これらの事情から会社側交渉員が団体交渉の場での身辺の安全に危惧の念を抱くことは考えられず、また、当然に謝罪文を要求する権利があるわけのものでもなく到底長期にわたる一切の団体交渉を拒否することを正当付けるものとは認め難い。
つぎに第二次街宣活動の発端となった前記5(四)の昭和五五年六月二七日の会社の団体交渉拒否の理由についてみるのに、神田分会長の言辞が団体交渉の席上での言動としては適切を欠くことはいうまでもないことであるが、他方、(証拠略)及び前記3ないし5の経緯によれば組合が二年間に亘り、併存他組合が定期の賃上げ、一時金の支給を受けており、この点につき仮支給の救済命令が発せられているのに、なおもこれらを全く受けられないままの苦しい状況下で、なおも、絶対に譲れない線として頑張って来た週休、週間労働時間数について、清水、山村が、挑発的発言をしたことに端を発していることが認められる点、右時期の団体交渉拒否によって受ける労使双方の損害の対比、前認定の従来からの会社側の組合との団体交渉に対する一貫した拒否的姿勢に照らせば、組合側が右不適切な発言の取消と謝罪に応じないことを以って組合に団体交渉の意思ないものときめつけ団体交渉拒否することは、拒否の正当な理由と認めがたい。
(三) 山村、会社は交渉が平行線で行詰った状況であったから団体交渉をもつことは無意味であるから拒否の正当事由があると主張する。しかしながら、前認定の会社、組合間の交渉経過と前項を併せ考えれば、会社は再建案について誠意ある十分な団体交渉を経ずに一方的実施にふみ切り、多数派の黒川労組と妥結後は、組合の存在に拘らず、一般的拘束力を主張して右妥結再建案を組合員に対し一方的に実施を試み、併せて、右妥結再建案の全面承認を賃上げ、一時金問題を妥結する前提条件であるとして、この一括妥結条件にあくまで終始一貫して固執して来たものと認められ、右固執する前に、妥結再建案自体、一括妥結条件の内容、合理性につき柔軟な姿勢で誠実に団体交渉をつくしたことを認めるに足る証拠がない。ところで一方、前認定事実によれば、そもそも会社が再建案によって改変しようとした週休二日、週三五時間等の五〇年九月協定、その他労働者に有利な労働条件を定める従前の協定は、組合が闘争によって獲得し、その成果を組合の誇りとして来たものであって、組合からみれば右各協定の全面改悪であり、多数派とはいうものの御用組合とみている黒川労組が、幹部秘密交渉により不明朗な形で妥協した、労働者に対する裏切りとみなしている妥結再建案を、そのまま全面的に承認することは、組合の従前からの闘う運動方針から、到底受け入れがたい事柄であり、このことは会社側にとっても容易に知りうることであり、しかも、全従業員中一割にも満たない数の組合員との間で、週休日数、週間労働時間について、四〇対三五程度の労働条件の差異が生じていても、この差異を至急に黒川労組員ら他の従業員と同条件に合わさなければ困るような差し迫った支障が会社に生じることも考えられず、その立証もない、したがって右差異の解消を一時金、賃上げ問題の前提とすべき必然性も認められないのである。そして、他方、組合員も右週間労働時間の比率の限度で労働し、会社に貢献しているのであり、賃上げ、一時金は、日常労働に対する対価というべき性質をもつ側面もあるのであって、この一時金、賃上げの長期不実施は黒川分会組合員にとって甚大な生活上の損害をもたらし、のみならずこれを毎年えている他方の黒川労組と対比すれば黒川分会、組合の組織団結力に動揺を生じかねないことは明らかである。ところで使用者が団体交渉において、それ自体違法、不当でない条件を賃上げ、一時金問題妥結の前提条件として呈示すること自体は、団体交渉における取引の自由原則に照らし許されないものではないが、それに固執するときは、その態様、いきさつによっては、誠実団体交渉義務に反することとなり、固執による団体交渉の行詰りは、爾後の団体交渉拒否の正当理由となりえないというべきである。本件においては、前認定の、会社の一方的再建案強行実施姿勢、組合に対する団体交渉における消極的逃避的態度、組合の路線と組合にとって再建案及び妥結再建案がもつ意味、妥結再建案を極く少数派の組合員に対しても早急に全面的に実施すべき必要の程度、会社組合間の本件紛争の全経緯を総合すれば、会社の妥結再建案の一括妥結条件固執は、むしろ、固執の結果一時金、賃上げ問題の協定不妥結により生ずる組合員の経済的不利益とこれによる心理的動揺ないしは組合の団結の弱体化の結果を計算ないし意図して、ことさらになされたものと推認できるのであって、右会社の固執による一時金、賃上げ問題に対する団体交渉の行詰りは、誠実団交義務を負う会社にとって、団体交渉拒否の正当事由となりえないというべきである。よってこの点の山村、会社の主張は理由がない。
(四) 叙上のところよりすれば、前記認定の昭和五二年一一月一九日より同五五年二月七日迄の間の再三に亘る、及び同年六月二七日の、会社の各団体交渉拒否はいずれも不当労働行為に該当するというべきである。そして、さらに叙上の事実関係によれば、前記長期に亘り、昭和五二年夏、同五三年夏、冬の一時金賃上げを協約未妥結ゆえに実施しなかった会社の行為のうち、少くとも右一時金については組合に対する支配介入にも該当するものというべきである(以上最高裁昭和五九年五月二九日第三小法廷判決・民集三八巻七号八〇二頁及び同六〇年四月二三日第三小法廷判決・同三九巻三号七三〇頁参照)
四  侮辱、名誉毀損の違法性阻却事由の抗弁(抗弁(二))について
1  前記のとおり、請求原因(四)(3)記載の各言辞は、山村に対する侮辱の言辞と解すべきところ、右各言辞は事実を摘示するものではなく、被告ら組合員が右各言辞を公然と表現したこと自体を違法とするものであるから、被告らが抗弁(二)において主張する要件の存否によって、被告らの違法性ないし責任が阻却される余地はないものというべく、この点に関する被告らの抗弁(二)の主張は、主張自体失当である。
2  次に、請求原因(四)(2)の各表現は、事実を摘示した表現であるから、これにつき、抗弁(二)の事由の存否につき検討する。
前三3(三八)、5(五)認定のとおり、被告らの最大の目的は、山村に心理的圧迫を加え、会社と被告らの団体交渉が長らく開けないでいて、黒川分会員の賃上げ、一時金支給が昭和五二年度以降なされていない状況を打開するために本件抗議行動をなしたものであり、前二2認定のとおり、本件抗議行動が専ら山村の自宅周辺において、山村に非難を集中する形でなされたものである。
なお、被告ら代表者は、被告ら組合員は山村を組合つぶしを職業とする人間との認識をもち、かかる公人としての山村の実態を一般市民に理解してもらうことも大きな目的の一つであった旨供述するが山村の労務顧問としての地位は公人とは到底認められず、また前三認定の労使紛争の経緯、とりわけ、右前三3(三八)、5(五)認定の事実、並びに前二2認定の事実に照らし採用できないばかりか、右事実に照らせば、本件抗議行動及びこれに伴う請求原因(四)(2)の言動をなすに至った目的は、被告らが、組合がかつて勝ちとった有利な労働条件が、前3の労使紛争下で会社の攻勢により黒川労組の妥結再建案同様水準まで下げられようとし、右攻勢下の長期の団体交渉拒否とこれによる賃上げ一時金不支給状態のなかにおいて、右団体交渉を再開させ、そのなかで右労働条件低下を防ぎ、賃上げ、一時金を獲得することを内容とする被告らの私益追求にあったことは明らかであり、専ら公益を図る目的に出でたものではない。
よって、その余の判断に及ぶまでもなく、被告らの抗弁(二)は理由がない。
五  正当な組合活動による免責について
(一)  本件抗議行動の経緯、目的、態様、組織的組合活動性は、前記二4、三1ないし3、6、判示のとおりであり、労働組合が、このような情宣、団体交渉要求、抗議をなすことそれ自体は、もとより憲法上保障される団体行動、表現の自由として許されるところであるが、その結果、叙上判示のとおり、市民法上の名誉毀損、侮辱に亘る違法な結果が生じたとき、組合及び黒川分会は、なお労組法八条により、右違法結果による市民法上の責任は免責される旨主張するので、労組法八条が組合活動についても適用ないし準用されるとしても、本件抗議行動につき組合活動としての正当性が認められるか否かにつきみる。
(二)  本来、個別的労使紛争は、団体交渉能力と争議力を背景として、労使の誠実な団体交渉による労使自治によるべく、右交渉を有利に進めるため、労働者には争議行動権が認められ、さらに情宣活動を含む組合活動もまた有用な手段とされ、右団体交渉が正常に機能しないときのために、法は労働委員会による行政救済制度を用意しているところ、一方、右情宣を含む組合活動の場が当然に労使の事業場に限定されるものではないとともに、他方、組合活動たる抗議行動、情宣活動が、必然的に名誉毀損、侮辱を伴わなければできないわけのものでなく、労組法一条二項の趣旨に照らし、私生活の平穏、名誉感情等の基本的な人格権的法益が労働法の領域においても、労使双方に対し、十分に尊重に価し、保護されるべき法益であることはいうまでもない。
(三)  ところで、本件についてみるに、本件演説、同ビラの内容は別紙(1)ないし(4)と同(5)ないし(9)((8)(9)は山村の顔写真入り)のとおりであり、その態様、規模、方法は前二、三、3(三八)、5(五)、二4(二)(四)後記七判示のとおり、住宅専用地域のなかにある山村宅前路上で各回約小一時間なす、長期の会社の不当労働行為とそこでの山村の役割、同人の実態に関する組合の理解を訴える情宣と抗議演説、シュプレヒコールのなかに、労務担当者にとっては、極めていみきらうべき性質の名誉毀損、侮辱言辞を混入して、拡声器により、附近住民に広くききとれるように或る程度高音で放送し、ビラも右演説と同様内容の情宣、抗議文章のなかに名誉毀損、侮辱言辞を混入したものを山村の近隣約五〇戸以上に配布する方法でなされ、しかも、本件演説(1)(2)、本件ビラ配布(1)ないし(3)は、第一次街宣活動のなかで、同演説(3)(4)、同ビラ配布(4)は、その後約八ケ月後の第二次街宣活動のなかで、しかも、右演説(3)(4)は山村、黒川社長両名の顔写真入りの、抗議先として右両名の電話番号を記載したビラを、山村宅付近や駅付近の電柱に多数貼付し、山村の息子通学の中学校付近を山村の侮辱的言辞を含んだ演説、シュプレヒコールを宣伝車で巡回放送したことがあった後になされたものであって、右本件各抗議行動はいずれも、山村の家族、付近住民をまき込んで、山村の家庭と住居の平穏を少なからず害する態様のものであった。他方、本件抗議行動を含む第一、第二次街宣活動は、約二年に亘る不当労働行為と認められる団体交渉不開催、一時金不支給状態のなかで組合の窮状打開のために窮余の策としてとられた面もあり、この点に照らせば、本件抗議行動に少しは行き過ぎがあったり、抗議、情宣の表現内容に少しは激越或いは誇張に走り過ぎ、名誉毀損、侮辱的措辞が含まれたとしても、やむをえない場合もありうるというべきであるが、前記名誉毀損、侮辱的言辞の態様に照らせば、限度をこえたものとして、なおやむをえないものとはいいがたい。そしてまた、組合、分会主張のように、山村の人格を労使関係における側面とその余の市民生活上の側面に分別し無関係とみることは難しく、前者の非難攻撃が、後者の場においてなされる限り、必然的に同側面に影響を及ぼさざるをえず、前者の非難目的のゆえに、後者への加害を正当化しえないことはいうまでもない。次に、組合が、前記長期の団体交渉不開催状況打開のために、会社側の反応如何に拘らず、逐次、会社内における正規の窓口、手順、方式による団体交渉の申込手続を、今少し繁をいとうことなく頻繁にとり、これを前提として、逐次労働委員会に対する法的救済手続をとったことを認めるに足る証拠はなく、かえって、前記三の認定事実によれば、組合は、従前の度重なる抗議スト等の争議行為が、使用者に効果的打撃を与えるに至らなかったことにかんがみ、前記状態打開に最も影響力をもつと思われる山村に対し、その家族及び附近住民に、組合自らの理解する山村の実態と本件黒川争議における同人の役割を拡声機による演説とビラ配布、貼布により情宣し、住民より山村及びその家族に対する非難、白眼視をおこさせ、これによって山村に圧力をかけ、労使紛争を有利に打開することを狙ったものというべきである。しかしながら、このような組合活動の手段は、本来、法が、団体行動の当事者として予定する個別的労使関係の外にある第三者である住民をも個別労使紛争にまき込むものであって、右第三者からの圧力がたえがたいほど大きくなっても、使用者は労使紛争処理の本来的手段であるべき団体交渉力及び争議対抗行為によっては有効に対処しえない関係にある。また、このような態様による相手の家庭、住居の平穏を害する手段が、特段の事情を要することなく許されることとなれば、前記の法が予定し、用意した労使自治等の紛争解決手段の活用に地道な努力がなされないことにもなりかねず、また本来許容要件を満たさない自力救済或いは私的報復を容易に招きかねず、労組法の理念に反することとなりかねない。したがって、証拠上右特段の事情が認められない本件においては、このような手段は、労使紛争の解決手段としての組合活動としては、俄かに正当な手段といい難い。
以上のとおり、本件抗議行動は、そのもたらした被害の態様、その企図する目的、手段の態様に照らし、なお、正当な組合活動とはいい難い。よって、抗弁(三)も理由がない。
六  責任
証人大谷修の証言、被告ら各代表者の供述によれば、本件抗議行動は、被告らの各意思決定機関において討議し、その担当者を被告ら各代表者及び組合書記長大谷修として実施する旨決定し、右三名を含む組合員及び黒川分会員が、右機関決定に基づき、被告らの各団体行動たる組合活動として共同してなしたことが認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。
右事実によれば、被告らは山村に対し、民法四四条一項、七一五条一項、七一九条により、連帯して、山村が被った後記損害を賠償すべき責任があるものというべきである。
七  損害
(一)  本件抗議行動の内容、なされるに至った経緯、名誉毀損、侮辱言辞の内容、違法性、それが山村の私宅周辺において山村の家族と面識ある附近の多数住民に伝播される態様でなされたこと、本件抗議行動中の山村の妻、息子と街宣隊、附近住民と街宣隊との対応、その余の第一、第二次街宣活動においても右抗議行動類似の演説、ビラ配りがなされたことは、前二、2ないし4、三、3(三八)、5(五)、判示のとおりであり、さらに、山村本人の供述により成立を認める(証拠略)、同供述により同人が昭和五五年七月九日その住所付近路上で撮影した、組合、共闘会議作成の電柱に貼布された状況のビラと認めることができる(証拠略)及び右本人の供述、被告ら各代表者の供述と弁論の全趣旨によれば、第二次街宣活動のうち、昭和五五年七月七日頃には、組合、共闘会議は、同両名作成の黒川社長と山村の各顔写真入りの、「黒川乳業に雇われた労務ゴロ山村正雄(人権とくらしを守る会)を追放せよ」「黒川乳業は全面合理化、暴力的組合つぶしをやめろ」と記載し、抗議先として右各人の自宅等の電話番号を付記したビラを、阪急桜井駅の壁、山村宅付近の電柱、山村の三男の通学している中学校や、公民館付近の電柱に多数、のりで貼りつけ、同年七月一八日には、右中学校付近を宣伝車で「労務ゴロ山村を追放せよ。」と拡声器により連呼してまわったこと、本件抗議行動を含む第一、第二街宣活動のため、山村の三男は友人より、ビラで冷かされたりしたため、家族のなかで最も衝撃を受けたこと、二、三度、近隣住民より、山村の妻に右街宣活動に関する苦情が寄せられ、息子に対しても「もういいかげんに解決するよう親父に話したらどうだ。」とか言われたことがあったこと、山村の妻子より山村に対し、右街宣活動のために「会社をやめたらどうか。」と苦情がいわれたこと、第二次街宣活動中に大阪地方裁判所の前記侮辱言辞の連呼禁止仮処分後の本件演説(4)の最中に、山村より組合に対し団体交渉申入れが通知されたこと、がそれぞれ認められ、右をこえ、山村の三男が、本件抗議行動のために塾等をやめた旨の前掲山村本人の供述部分は俄かに措信しがたく、他に右認定を窮(ママ)すに足る証拠もない。右事実関係によれば、山村が本件抗議行動により、精神的苦痛を感じたことは明らかである。
(二)  そして、右事実に加え、別紙(1)ないし(8)、前項、後記第二、二の一認定事実を総合すれば本件侮辱言辞のうち「労務ゴロ」以外のものは、本件演説、本件ビラのなかでは極く少なく散見できる程度の比重のさして大きいものではなく、山村が主に打撃ないし苦痛を覚えた要因は、本件演説(1)のうち、組合つぶしの報酬で居宅を買った旨の虚偽の宣伝をされ、本件顔写真入りビラ(別紙(8)(9))をまかれ、本件抗議行動以外の第二次街宣活動時に駅や附近の電柱に顔写真入りビラを貼付され、三男の通学校付近で拡声器による抗議宣伝をされ、同三男が大きな衝撃を受けたことと、第一、第二情宣活動を通じ、終始一貫、「組合つぶしを業とする労務ゴロ」の趣旨をビラ、演説等街頭で拡声器で宣伝されたこと、にあるものと推認できるところ、居宅購入の点は組合も本件演説(1)だけに止めたもようで、右演説及び別紙(8)ビラに対しては、山村自身が既にB事件組合事務所乱入事件により自力救済的対応をすませてしまっており、また、山村の妻も右B事件のうち、手紙事件に、息子は右乱入事件に加担したり、右両名とも本件演説及び第一次街宣活動中も、組合に対し挑戦的に対応していることが認められる。一方、前三1ないし3、6判示の、組合、分会が本件抗議行動に至った経緯、動機、長期の不当労働行為状態における山村の主導的役割に照らせば、山村は、むしろ、本件抗議行動誘発の一端の責任を自らになっていたものというべく、さらに、山村においても、人は誰であれ極端に追いつめられれば、窮余の反撃に出ることがあることは予想しえないものではないと考えられる。他方、組合、黒川分会が、山村を前記意味の「労務ゴロ」呼ばわりし、これに関連して、本件侮辱言辞、及び(エ)以外の本件名誉毀損言辞を使用したことは、前記の、総評不当弾圧対策委員会「労務屋」対策小委員会が昭和五三年二月作成の「労務屋ないしコンサルタントの中間集約一覧表」に山村を介入先黒川乳業として掲載していること、同人の前記長期の不当労働行為状態での役割、後記B事件組合事務所乱入事件における態度、を併せ考えるとき、全く根も葉もない悪意の中傷ともいいがたい面がある。
(三)  以上(一)(二)判示のところに、本件全事件共通の判断にあらわれた諸般の事情を総合斟酌すれば、山村の本件抗議行動による精神的苦痛を慰謝するための金額は、金五万円とするのが相当である。
八  よって、組合及び黒川分会は、山村に対し、連帯して金五万円、及びこれに対し、遅滞に陥ったこと明らかな本件抗議行動終了の後である昭和五五年一〇月二四日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務を有するというべきである。
第二  B事件について
一  当事者
1  原告らと会社、山村間において、請求原因(一)(1)(2)の事実については、争いがなく、松村及び熊澤各本人の供述によれば、請求原因(一)(3)の事実を認めることができる。
2  原告らと松村、熊澤間において、請求原因(一)(1)のうち、山村に関する部分を除くその余の事実、同(一)(2)のうち田野尻、廣部・朴が会社の従業員であること、並びに請求原因(一)(3)の事実は争いがなく、被告山村・原告田野尻・同朴・同廣部各本人の供述によれば、右請求原因(一)(1)のうち山村に関する部分及び同(一)(2)のその余の部分が認められる。
二  B事件不法行為について
本項は、全事件当事者について共通して判断する。
1  手紙事件について
(一) 甲・乙グループ間において、山村の妻山村一子が、田野尻の両親に対し別紙(10)の手紙(以下「本件手紙」という)を出したことは争いがない。
(二) 右争いがない事実と、(証拠略)によれば、山村の妻である山村一子が、田野尻の両親宛に本件手紙を昭和五四年一〇月一九日付で差し出し、数日後に右両親方に右手紙が届いたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。
山村一子が右の手紙を出す直前には、組合及び黒川分会員らが第一次街宣活動として五四年一〇月四日本件演説(1)本件ビラ配布(1)を、同月九日同ビラ配布(2)を、同月一四日同演説(2)同ビラ配布(3)をなし、このため、山村及びその家族が困惑等の精神的打撃を被っていたことは、前第一、七認定のとおりである。
また、(証拠略)によれば、会社の社員住所録には、田野尻を含む従業員の本籍地は記載されていないこと本件手紙には団体交渉に出席している山村でなければ知りえない組合の状態、田野尻の会社における言動等が具体的かつ詳しく記載されていることが認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。
一方、被告山村本人は、社員住所録に後日のために田野尻らの本籍地を記入し、右住所録を会社関係の書類とともに自宅の机の上に置いておいたところ、前認定の自宅抗議に激怒した妻である山村一子が山村に無断で住所録を見て、そこに記載されていた田野尻の本籍地に対し、右不当な自宅抗議を中止させるべく本件手紙を独断で差し出したもので自分は関知しない旨供述し、なるほど会社内での出来事を夫が妻に話したり、労務担当顧問である山村が従業員の本籍地を住所録に記入することも共にあり得ないことではないし、また、前認定の自宅抗議の際に山村一子においても組合員と口論しやりあっているのでかなり激怒したであろうことは認められるところであるから、右手紙を差し出すことが山村一子の方から発案されたことは十分考えられるところではある。
しかしながら、前記手紙の内容にある如く相当詳しく会社における労使問題に関する出来事を話合っている家庭において夫の勤務先の従業員の両親に手紙を出すことに限り妻が夫に無断でなすことは通常考えられず、また、通常住所録に記載すると限らないような帰省先本籍地を、偶々一括しておかれた会社関係の書類のなかから、さがし出すことは山村の関与なくしてできうることとは考えられないところである点に照らせば、前記山村本人の供述部分は到底措信しがたいところである。
したがって、以上の事実を総合すれば、本件手紙を差し出すことが山村一子の発案に該るものであるとしても、山村において、田野尻の両親に手紙を差し出すこと及び差し出す手紙の大筋の内容を知り、又は少くともこれを予見して認容したうえで、一子に対し田野尻の本籍地を教示し、一子が前記手紙を差し出すにまかせたものと推認することができ、さらに、本件手紙の内容は、自宅抗議に対する単なる激怒に基づく中止要請若しくは抗議ないし情報提供に止まらず、田野尻の両親の田野尻に対する影響力又は圧力を借りて田野尻に対し組合からの脱退ないし組合活動をやめさせることを企図した内容であることは明らかであり、山村が右の手紙の内容を予見し、これを認容したうえで山村一子をして田野尻の両親に手紙を差し出すにまかせたものと推認することができる。
なお、右手紙の投函について、その余のB事件被告(会社については代表者本人)が関与したことを認める証拠はない。
(三) そうだとすると、原告組合の現場共謀に関する主張は理由なく、右認定事実によれば、右山村の行為は、組合の運営に対する支配介入として労組法七条三号の不当労働行為に該当するのみならず、第一、三、1ないし3、6、前項認定事実によれば、山村において右該当性の認識を有し、若しくは当然認識しうべきであったものと推認できるので、憲法上労働組合保障された団結権、団体行動権を尊重すべき公序に反する、組合に対する、故意過失に基づく違法な行為というべく、組合に対する関係においても不法行為を構成するものというべきである。
2  組合事務所乱入事件について
(一) 甲、乙グループ間においては、請求原因(二)(2)のうち昭和五四年一〇月二〇日午後五時二〇分ころ、山村及び会社の役員、職制らが組合の事務所を訪れたこと、別紙(8)同一の印刷物であるB事件ビラ約一〇〇〇枚を山村が持ち帰ったことは争いがない。
(二) 右同日以前に山村、会社黒川専務が自宅抗議を受けたことは前第一、二、三3(三八)認定のとおりであって、右争いがない事実、前第一、三3(三八)認定の事実、(証拠略)によれば、次の事実を認めることができる。
(1) 前記のとおり、昭和五四年一〇月四日、九日、一四日に山村が、同月五日、九日に黒川専務が自宅抗議を受け、山村は第一次街宣活動に対し家族と共に虚偽の事実を街宣したといたく立腹し、息子にとらせた録音テープを会社で管理職に聞かせる等し、他方、息子が友人と共に暴走する気配を感じ、その対策を考えていたところ、昭和五四年一〇月一五日ころに開かれた会社の役員会の席上において山村の発案もあり、右自宅抗議に対する抗議と予防対策を協議した結果、山村の息子と役員、職制らが集合して組合の事務所に行き、自宅抗議をやめるように抗議することを決定した。
(2) かくして、昭和五四年一〇月二〇日午後五時過ぎころ、山村及びその息子ら、社長を除く、黒川専務外の役員、職制ら二〇数名がハンドマイク二台、テープレコーダー等を携帯して淀川区役所前に集合し、全員で組合の事務所へ向かった。到着するや、同事務所が狭いために、山村、黒川専務ら一〇数名が同日午後五時二〇分ころ、事務所内に入り、そこで一人で事務を執っていた大谷修組合書記長に対し、山村において、「吉田を出せ。吉田はどこにいる。神田を出せ。神田はどこにいる。」と言ったところ、大谷は、「何だ。突然入ってきて不法侵入ではないか。帰れ。」「帰らないなら警察を呼ぶぞ。」と退去を要求した。
(3) しかしながら、山村らは、これに応ずることなく「お前ら、ええ加減にせえ。」「おれのうちへ来やがって。」、黒川直明専務においてハンドマイクを使用して、「ふざけるな。」「ええ加減にせい。」等と大声で発言し、事務所内に入っていた職制らもこもごも自宅抗議をやめるよう強い口調で抗議した。
これに対し、大谷が「団交を開け」を応酬すると山村において「朴暴言を取消せ。」と言い返す等のやりとりがあった。つづいて山村は、前記同人宅の自宅抗議の際に録音したテープをテープレコーダーにかけて再生し、そのボリュームを上げ、更に携帯してきたハンドマイクをテープレコーダーに当てて再生音を一層大きくした。その際、「人権とくらしを守る会の看板をかかげる山村正雄・池田善実・尾崎政市ら労務ゴロを社会的に追放せよ。」と表題に書かれ、山村の顔写真が掲載されている別紙(8)と同一の印刷ビラのうちB事件ビラ約一〇〇〇枚が束にして机の上に置いてあったところ、山村は同東上貼付の一枚のビラに目を通し、「こんなビラをまかれちゃ名誉毀損だから預って帰る。修正を要求する。」と言いつつ、右貼付のビラを取り上げると共に、ビラの束に手をかけようとした。ここで取られまいとしてそのビラの束を抱きかかえこむ大谷と取り返そうとする山村らがもみあいとなったところ、そばにいた山村の息子は、興奮してパイプ製の椅子を顔のあたりまで持ち上げ、山村に制止され、つづいてテープカッターを大谷に目がけて投げつけたが、大谷が胸のあたりに抱えていたビラの束に当ったため、傷害はなかった。そして、その直後に大谷が、山村から、前方より机を押しつけられて、ひるんだ隙に、山村の息子が、右ビラの束を持って室外にとび出してしまったところ、大谷は「預り証を書け。」を叫んだが、山村らはこれを無視して同日六時前ころ同事務所をひき上げた。
以上の事実を認めることができ、(証拠判断略)、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。そして、更に前記(1)の役員会及び乱入現場に山村以外のB事件被告(会社については代表者本人)が居合わせる等関与していたことを認めるに足る証拠もない。
(三) 組合及び黒川分会が、右同日迄に第一次街宣活動として、黒川専務宅に二回の自宅抗議、情宣活動と共に本件演説(1)(2)、本件ビラ配布(1)ないし(3)をなし、少くとも右各本件行為がいずれも、山村に対する不法行為を構成するものであることは第一、判示のとおりである。
したがって、抗議を受けた山村、黒川専務が、組合に対し、自己の名誉を毀損し、侮辱にわたる内容の私宅抗議やビラ配布の中止を要請すること自体は、その手段、態様が正当である限り、許さるべきものである。
しかしながら、前認定のとおり、山村らが多人数で押しかけ、無断で組合事務所に入りこみ、退去の要求と抗議を継続して受けながらこれに応ずることなく、大谷書記長に対し、その耳もとへハンドマイクを向けて大声で抗議し、パイプ製の椅子を顔のあたりまで持ち上げ、テープカッターを投げつけ情宣ビラを持ち帰ったことは、行為者が対立する労使紛争の一方の当事者である会社の管理職及びその共同実行行為者であり、右各行為を受けた者がその相手方当事者である組合書記長であり、しかも持ち帰ったものが情宣用ビラで、その枚数がその場に用意された約一〇〇〇枚にのぼる点に照らせば、組合の情宣活動を含む組合運動に対する違法な妨害行為として、前記1(三)同様の理由で組合に対する不法行為を構成するものと解すべきである。
なお、右持ち帰りビラ中には、山村の名誉を毀損し、山村を侮辱する内容記載部分があるが、同部分の量、態様に照らせば、同部分を抹消しても、なお情宣用ビラとして十分利用しうる余地があると認められることは、別紙(8)より明らかであるから、情宣活動に対する違法な妨害行為として不法行為成立の妨げとなるものではない。
(四) 山村らは、自救行為ないしは正当防衛行為として違法性が阻却されると主張(B事件3(一))するが、そもそも、私力の行使は、法律に定める手続によっていたのでは、権利に対する違法な侵害に対抗して現状を維持することが不可能か、または著しく困難であると認められる緊急やむをえない特別の事情が存する場合においてのみ、その必要の限度をこえない範囲内で、例外的に許されるべきものであり、正当防衛は、自己または他人の権利を防衛するため已むことをえざる場合、すなわち、当該加害行為をなす以外に適切な方法がないときに許されるべきものであるところ、山村らが、右抗弁で主張するところは、いずれも、右自力救済許容の要件である緊急やむをえない特別事情、正当防衛許容の要件である已むをえざる場合に当るものでないこと明らかであるから、いずれも主張自体理由がない。
(五) 右不法行為事実は、右(二)認定の事実によれば、山村ら会社の管理職、山村の息子らが、その現場で意思を相通じて、相互に行為者の行為を認容しつつ利用し共同してなしたものと認められるから、右全員が各実行行為の全てにつき、民法七一九条に基づく共同不法行為に該当するというべきである。また、前(二)(3)末段説示のとおりであるから、山村を除くその余のB事件被告らの現場共謀に関する原告組合の主張は理由がない。
3  吉田宅抗議事件について
(一) (証拠略)によれば、昭和五四年一〇月二〇日午後六時ころ、松村は、約一〇名の男とともに吉田宅に赴き、応対に出た吉田の妻文枝に対し、「全国一般のもの」と名乗った後、吉田の所在を聞き、文枝が吉田はいない旨答えるや、「わしらが労働者を食いものにしているとかあちこちで言いふらしてるけど、お前らが食いもんにしてるやないか。」「ここら辺でマイク持ってきてがなったろか。」「ビラまいたうか。」「やってもうたらええんや。」と言ったこと、松村らが吉田宅を訪れてから帰宅するまでの時間は、約二〇分間であったことが認められ、右認定に反し同行を否定する被告松村本人の供述は(証拠略)及び後記(三)判示の事実関係に照らし採用できないし、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。
(二) 原告らは、右認定をこえて、松村らが「これ以上続けると承知せんぞ。」「いっぺんいてもうたる。」と組合が組合活動をやめるよう脅迫した旨主張するが、右脅迫文言を松村が言ったことを認めるに足りる証拠はなく、組合活動自体をやめさせるような言葉を発したこと及び、松村を除くその余のB事件被告らが右私宅抗議現場に居合わせたことは、いずれもこれを認めるに足りる証拠はない。
(三) そこで、前(一)認定事実が組合に対する不法行為を構成するか否かにつきみる。
組合が、黒川労組の妥結再建案締結を「労務屋」山村と全国一般幹部のゆ着により労働者を裏切ったものと理解し、ついで昭和五三年四月頃の前記小林木村家労使紛争を機に、会社、山村、松村ら「全国一般腐敗分子」の共同による闘う姿勢の「組合つぶし」攻勢であると理解し、右を非難する情宣活動をなしたことは、第一、三3、(二五)、(三六)、(三七)記載のとおりであり、(証拠略)によれば、組合は、右情宣活動の外、昭和五三年、五四年の各メーデーの際、前記黒川労組の妥結再建案締結に関し全国一般幹部非難のビラ多数を配布し、同五三年四月から六月にかけ、数回、前記組合の理解を記載したビラや立看板で、松村を名指しにし、翌五四年の第一次街宣活動のなかでは、松村を「全国一般一部幹部」と暗に指して非難攻撃したところ、松村、熊澤は、右組合の非難を組合と対立関係にある全国一般及び自分らに対するいわれのない誹謗中傷と評価し憤慨していたが、同五四年一〇月頃には、全国一般の一部組合員からも「放置してよいのか。」との声が松村ら幹部のもとへ寄せられるに及び、松村ら周辺に労働組合間の礼儀を失したものとして放置できない旨の気運がもり上って来たことが認めることができる。
したがって、右及び前(一)の事実関係を総合すれば、かえって、松村らは、組合及び黒川分会の使用者に対する本来の組合活動を問題とするものではなく全国一般一部幹部への非難攻撃の中止を求めるために、しかも、組合員の家族に対するいやがらせまで意図せず組合の委員長である吉田宅に吉田本人に会って直接抗議するために赴いたものと推認することができ、他に右推認をくつがえすに足りる証拠はない。
そして、右認定のとおり、組合が松村ら全国一般の一部幹部を腐敗分子ときめつけ、更に会社と右全国一般の幹部がゆ着していると記載したことは、自主的に労働組合運動を推進している労働組合員としては放置することができない中傷であり、右のビラに対し抗議し、ビラの配布の中止を要請すること自体はその手段方法が正当である限り、労働組合として当然許されるべきものであるところ、前示のとおり右抗議は吉田委員長の留守中の私生活の平穏をみだす態様でなされた点で相当な方法といえない側面がないではないが、赴いた目的が前示のとおりで、その人数は約一〇名程度であり、拡声器によらず肉声による抗議であって、抗議した時間も二〇分程度に止まり、発言中には多少不穏当な表現も認められるが、正当な組合活動そのものを中止させる意味のものはないこと(なお発言中に「やってもうたらええんや。」との言葉があるが、右は前後の関係から「マイクを持ってきてがなる」「ビラをまく」ことを「やる」との意味であり、吉田に暴行を加えたり、殺したりすることの意味ではないと解せられる。)の事実を総合すれば、右程度の態様による組合代表者の私生活の平穏のびん乱が右組合の団結権、団体行動権の行使に阻害的影響を招来する性質のものとはいえない。よって、本件抗議が組合に対する不法行為を構成するものと解することはできない。
(四) よって、組合のB事件被告各自に対する請求原因(二)(3)に基づく請求は、その余の判断に及ぶまでもなく理由がない。
4  朴宅脅迫状事件について
(一) (証拠略)に照らせば、昭和五四年一〇月二〇日夜、「朴よ、全国一般の者や、余りなめたまねスルト、家にも帰れなくなるよ、近内に又来るからマットレヨ、ワカッタカ。」と記載した書状が朴宅に投函されていたことを認めることができ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。
そして松村が同夜、吉田委員長宅へ抗議に赴いたことが認められるのは前3項認定どおりであるが、この事実から直ちに、松村が自ら右書状を投函し、またはその意を受けた全国一般の組合員をして、投函せしめた事実を推認するに足らず、他に右事実を認めるに足る証拠はない。
(二) つぎに、会社の共謀加担の主張につきみるに、(証拠略)、原告朴本人の供述中には昭和五四年一〇月二〇日現在において、朴の同年六月に変更した新住所を知っている者は、住所録保管者である廣部とその上司である会社の管理職しか知らないはずであり、会社の管理職が朴宅の住所を全国一般の者に教示し、朴宅に脅迫状を投函させた旨の部分がある。そしてたしかに証人堀渕建の証言によれば、前同日前に堀渕が山村に朴、神田の変更後の住所を教えたことが認められる。
しかしながら、他方、証人堀渕の証言、原告廣部本人の供述によれば、朴の住所変更届は、朴の直属の上司である大政係長、営業課長、営業本部長、廣部の直属の上司である曽我部係長、総務課長等を経由し、住所録は廣部と曽我部係長の中間にある袖机に保管され、右両人以外にも右住所録をみることができ、右曽我部は黒川労組員であることが認められるので、会社の管理職に限らず、右大政、曽我部からも、ひるがえって、朴本人からも、会社の同僚、その他の友人を通じ、直接又は間接に全国一般の者に伝えられる可能性もないとはいえないのであって、この点に照らせば、(証拠略)朴本人の供述部分は、なお、根拠不十分な推測の域を出ず、俄かに採用できず、また、右住所録の保管状況、山村が朴の新住所を事前に知っていたことから直ちに、山村或いは会社又はその管理職が事前に全国一般の者若しくは投函者に朴の住所を知らせ、若しくは共謀のうえ朴宅に書状を投函したことを推認するに足りず、他に右各事実を認めるに足りる証拠はない。
(三) よって、原告組合の被告会社・山村・松村に対する請求原因(二)(4)に基づく請求は、その余の判断に及ぶまでもなく理由がない。
5  一一月五日事件について
(一) 昭和五四年一一月五日に松村、熊澤らが会社の本社事務所を訪れたことは、甲、乙グループ間に争いがない。
(二) 組合が黒川労組の妥結再建案締結、小林木村家事件後、その独自の理解に立って、松村ら、全国一般幹部を明示、黙示的に非難攻撃し、全国一般松村ら周辺に右非難を放置できない気運がもり上がり、吉田宅抗議事件へ進展した経緯は、第一、三3(二五)(三六)(三八)本3項(三)判示のとおりであり、右事実に、(証拠略)を総合すれば、次の事実を認めることができる。
(1) 組合は、前2(二)、3(一)、4(一)各認定の事件が同じ昭和五四年一〇月二〇日にほぼ時間を同じくして発生したことから、いよいよ会社の組合つぶし攻撃と会社とゆ着した松村ら全国一般の一部幹部が事前に共謀のうえ一斉共同攻撃をかけて来たものと考え、早速翌二一日に共闘会議参加団体に呼びかけて代表者会議を招集した。そして、右会議で協議の結果、〈1〉地域に散在する労働者や市民が集まる集会や地域、会社の得意先に対し、山村や会社と松村らのゆ着による組合つぶしの実態を暴露する内容のビラを撒き、社会的に宣伝をする、〈2〉右各事件について大阪地労委に不当労働行為の救済申立をする、〈3〉昭和五三年四月二四日にPLP会館において松村が吉田に暴行を加えたという容疑の事件を告訴する、〈4〉昭和五四年一一月三日に会社でストライキをする、〈5〉松村の自宅に押しかけて抗議と情宣をする五点を行動方針として決定した。
(2) 右〈2〉〈3〉〈4〉を完了して、同月一一月三日、吉田委員長は、組合員ら二〇数名と共に松村の自宅に赴き、宣伝車備付けのマイクで吉田が批判演説を開始したが、松村及び家族不在が判明したため、中止し、会社と全国一般の一部の幹部を批判するビラを松村宅及び付近の電柱等に貼りつけ、近隣民家の郵便受けに投函する等して引き揚げた。
(3) 松村は、前記3(三)の憤慨の上に右(2)の組合の報復的対応に対し、労組間の信義に反するとして強く立腹し、その後黒川労組の担当執行委員であった熊澤に右事件を電話連絡し、相談の結果同月五日に会社に行けば、分会員に会えるので、会社へ赴いて、黒川分会員らに抗議することを決定し、詳細な打合せは当日にすることとした。
(4) 昭和五四年一一月五日朝に、松村は全国一般大阪地本の事務所に電話し、大阪一般合労の寺田勝彦に対し、「うちにビラを貼られたことで黒川乳業に抗議に行きたいから五、六人動員しとけ。」と命じた。
松村は、同日午後三時ころに全国一般の事務所に赴き、その後、熊澤、寺田、及び動員された氏名不詳者五名(以下「氏名不詳者ら」という。)とともに会社に向った(会社大阪営業所、本社営業本部室及び会計室等の配置は、別紙図面(1)記載のとおりである。但し、営業本部室の机の配置は、昭和五四年一一月五日当時と異っている。)。
(5) 右同日午後三時五〇分ころ松村、熊澤、氏名不詳者は、暗黙のうちに、その日の抗議行動の詳細は指揮者松村に委ね、これに従う旨意思を通じ合って、一般来客と同様に、出入りの自由な大阪営業所南側入口より同所に入り、田野尻の席の横のカウンターの外に松村が残り、熊澤らその余の者は、就業時間中に黒川分会員らに抗議をすることについて会社の了解を得るために、棟続きの更に奥にある会社本社に入ったが、居合わせた小川常務が中心となって熊澤と面会することになったので、その余の氏名不詳者らは大阪営業所にもどった。
(6) 松村は、氏名不詳者らが大阪営業所の方に戻ってきたので、会社の了解が得られたと思い込み、組合黒川分会員を意思に反し、実力を行使してでも、社屋外に引きずり出して抗議しようと考え、随行の氏名不詳者らに対し、田野尻と朴を指して、「何をしてるんや。早くやらんか。」と言って、田野尻と朴を室外へ出すように指示し、ついで危険を感じて田野尻が警察に電話しようとして、ダイヤルを回しはじめるのをカウンターごしに受話器を取り上げて制止した。
そのとき、カウンターから大阪営業所事務所内部に入り込んでいた氏名不詳者らは、口々に「表へ出んかい。」「外へ出え。」といいながら田野尻とその後斜の席で勤務していた朴の両腕等を引っ張って外へ出そうとしたところ、二人は約二・六米引きづられ、朴が付近の柱(別紙図面(1)中「柱」を記載してある部分)にしがみつき、同人に田野尻もしがみついて防禦しつつこの間、田野尻は「やめてえ。」「警察に電話してえ。」等と叫んだが、応ずる者なく、松村はこの状態の朴と田野尻に対し「なんで三日の日にビラ貼りに来たんや。」「お前ら逆に自分とこへ来られたらどんな気持するかわかるやろが。」と抗議し、これに対し田野尻が「お前らは会社とグルや。二〇日には委員長の家に押しかけて来たやないか。」と大声で応酬した。
(7) 一方、右田野尻の言い争う声を聞いて、本社事務室で執務していた廣部は、急ぎ大阪営業所へとんで行き、熊澤も右了解の結着のつかないまま、廣部に続いて大阪営業所へもどり、小川常務、居合わせた堀澤総務部長、山村もこれに続いた。
(8) 廣部が「やめたらんか。」と言いながら松村らのところに割って入ろうとしたところ、氏名不詳者らが「お前も関単労か。」と言って廣部の左頬を手拳で殴打し、つづいて松村も、そばの熊澤に分会員であることを確めた上、廣部の右下腿部あたりを二回蹴りつけ、さらに、つづいて田野尻と廣部の髪の毛をつかんで後に引き倒したので、田野尻は後頭部を強打し、軽い脳震とうを起して一瞬気を失った。廣部は、田野尻を抱き起し共に、机伝いに西方向へ一・七米逃れたところ、偶々向い側付近に立って見ていた原田大阪営業所長に対し、「警察に電話して下さい。」と訴えたが、原田は「業務外のことは外でやって下さい。」と分会員、松村ら全員に向って告げるだけでこれに応じず、さらに、廣部は、同僚の斎藤にも「斎藤、警察へ電話してくれよ。」と訴えたが、斎藤もこれに応じずその場をはなれたので、やむなく廣部は、自ら受話器をとって警察に通報しようとしたが、氏名不詳者によって受話器をとり上げられ、また、別の氏名不詳者により後髪をつかんで机に左額部を二回打ちつけられた。そのとき、田野尻は、再び松村より頭髪をつかんで後に引き倒され、後頭部を再び強打し、軽い脳震とうを起して一瞬意識を失った。
田野尻及び廣部は、再び起き上がって机伝いに右回りし、西北の方向に約三メートル逃げたが、氏名不詳者らにつかまり、二人とも顔面を殴打されたり、体を蹴られたりして、廣部は、そのためにめがねを床に落とし、さらに引っ張られながらも少しづつ約四米移動し、廣部が偶々机の向う側にいた堀渕部長に対して、「警察へ電話してくれ。」と訴えたが、堀渕部長はこれを無視して、分会員、松村ら双方に対し、「表へ出て話して下さい。」と告げるだけで、やはり電話をしなかった。ついで更に廣部と田野尻は、約四・五米離れた朴の机の付近まで移動したところで田野尻が熊澤を認め、「あんた熊澤さんやろ。」と言ったのに対し、同人は、「お前ら、全国一般をなめたらあかんぞ。」と言って、田野尻の体をつかんで引っ張った。
(9) 一方、朴は、別の氏名不詳者らより腕や体を引っ張って柱から引き離そうとされ、「やめろ。」「警察を呼んでくれ。」と叫んだが、原田営業所長は、「業務外のことですから外に出てして下さい。」と分会員、松村ら双方に対し告げるのみで警察には通報しなかった。その間、朴は、氏名不詳者より左後頭部を押され、このため右頬骨付近を柱にぶつけ、ついで、松村より、「お前は在日朝鮮人やが、人の家にこんなことをしに来たら告訴するぞ。そうしたら本国に送還になるぞ。」と言われた。ついで朴は、田野尻と廣部が朴の机付近に来たのを認め、柱から離れて田野尻らと合流して田野尻の机のあたりまで逃げ込みひきずり出されないよう三人でスクラムを組んだ。松村らは、田野尻らを引っ張って朴がそれまでしがみついてきた柱の付近まで移動させたが、このとき、氏名不詳者の一人が田野尻の左顔面を殴打した。以上(6)ないし(9)の間、田野尻はさらに二度自ら警察へ電話しようと試みたが、いずれも右松村らによって阻止された(以上(6)ないし(9)の松村らの田野尻らに対する暴行を、以下「引きずり出し暴行」という。)。
(10) かくするうちに松村は、分会員を外へ引きずり出すことをあきらめ、社内で謝罪文をとろうと考えて、引きずり出しをやめ、熊澤に対し、「応接室はないのか。」と聞いたところ、小川常務が「営業本部室がある。こっちや。」と言って営業本部室を指示した。
(11) 右(8)ないし(10)記載のとおり、約二〇分に亘り、田野尻、朴、廣部が引きずり出されようとして暴行を受けながらにげまわっている間、山村、及び会社の管理職である小川常務、堀渕総務部長、原田大阪営業所長らは右松村らが全国一般の者らであることを知りつつ傍観し、この間、廣部らから警察への通報を求められながら、右原田ら会社職制は右通報しなかったところ、これは原田、堀渕は一般来客ならば格別、松村らの引きずり出し暴行を、組合、全国一般間の組合間紛争とみて、会社としてその巻き添えをくいたくないと考えたためであった。
(12) (10)につづいて松村らが田野尻、廣部、朴を引き立てて営業本部室に入るや、執務中であった清水次長らが「ここを使うのなら出て行きます。」と言い残して室外へ出て行き空室となったところ、松村らは、田野尻、廣部、朴を椅子に座らせた後「謝罪文を書け。」と要求し、「謝罪文を書くまでここから出さへんぞ。」「書かへんかったらいてまうぞ。」と脅迫し、これに対し田野尻が「暴力を振うのはやめてくれ。」と抗議すると、氏名不詳者の一人が「ふざけるな。」と言って平手で同女の左耳付近を殴打し、これに対し、廣部が「話したらわかるでしょう。」と抗議すると、また、氏名不詳者の一人が、「何ぬかしやがんねん。話したらわかるなら言うてみよ。」と言って手拳で廣部の顎と頬を殴打した。
引続き、朴は、松村に促され、その口授に従い、差出された紙片に「今後、全国一般大阪地本松村副委員長をヒボウ、中傷する類の行為は行いません。また、今までのヒボウ、中傷について事実無根であることを謝罪します。」との内容の全国一般大阪地本宛に謝罪文章を書きとめ署名した。
さらに、廣部も、熊澤の口授に従い、「11月3日に松村副委長宅へおしかけ、周辺に全国一般をひぼうするビラをはりめぐらし、ビラ入れした内容については事実無根であり、今後一切役員宅へおしかけたりすることは致しません。」との内容の謝罪文章を書きとめ、これに署名、指印し、田野尻もこれに連署した。
そこで、松村らは、右両文書を受取り「これを守らへんかったらどないなるかわかっているやろな。」と言い残して同日四時半ころ全員で引き揚げた(以下、(12)を「謝罪文強要」という。)。
(13) 松村らが営業本部室に入ってから田野尻らに(12)の文書を書かせている間、山村、小川、堀渕が透明ガラスを隔てた隣室からこれをのぞき見していた。
(14) 田野尻は、以上の松村らの暴行により、頭部、顔面、右前腕、右(ママ)前腕、右肩、左上膊、左腰部、左大腿、右大腿、右足背各挫傷、頸部捻挫の傷害を受け、昭和五四年一一月五日から昭和五五年八月五日までの間に三六日間通院して治療を受け、その後も右頸部捻挫による頸肩腕症候群(左頸肩背部のこりと痛み、自発痛、左下肢のしびれ)により治療を継続している(なお、原告らは、昭和五五年八月五日までの田野尻の実治療日数を三七日と主張しているが、前記甲B八〇号証、原告田野尻本人の供述によれば、田野尻は昭和五四年一一月五日前の同月三日に上口唇火傷により豊田医院で治療を受けていることが認められるので、本件暴行による実治療日数は、前記甲B八〇ないし八二号証記載のとおり三六日に止まるものと認めることができる。)。
また、以上の松村らの暴行により、廣部は、通院加療一週間を要する頸部捻挫、右足背及び背部挫傷の傷害を受け、朴は、通院加療一週間を要する右前腕挫傷の傷害を受けた。
また、松村らの前記暴行により、田野尻の衣服がはだけ、かけていたメガネのフレームが曲がり、朴のズボンのベルトの通し穴が一ケ所外れ、ワイシャツのボタンが一つ外れ、セーターに穴が空いた。
以上の事実を認めることができる。
ところで、(ア)証人原田一男、同堀渕建、被告山村本人は、前記松村らの田野尻らに対する暴行、脅迫等がなされていた間、松村らの暴行を目撃していない、警察を呼ぶ雰囲気ではなかった、又は仕事ができない状態ではなかった旨供述し、(イ)被告松村、同熊澤各本人は、右認定の暴行、脅迫の一部をしていないし、氏名不詳者らがそのような暴行、脅迫をしたことを目撃していない旨、甲B一三二号証の記載中にも右同旨の部分等、右認定に副わない供述及び記載がある。また(ウ)被告山村及び同熊澤は、同人らが大阪営業所に入ったときは、前認定のときより相当遅れており、松村らの暴行をほとんど目撃していない旨等右認定に副わない供述をしている。
しかしながら、右(ア)部分については、前(14)の受傷事実及び一方、(証拠略)によれば、黒川労組員である西口麗子は、松村らの前記暴行中自分の身をかばうために自席から離れ、会計室の直近の集金係の席まで逃げて行き、恐しさの余り顔を伏せたり、顔を上げたりし、この間田野尻が二回も警察へ電話しようとしたのを目撃していたこと、他の従業員も自席から離れ、遠まきにして松村らの暴行を目撃していたこと、松村らが部屋を去った後、かなり部屋がちらかっており、松村も帰り際、会社側の者に誰に対して言うこともなく「ちらかして、すいません。」とことわって帰っていること、田野尻ら三名は、いずれも松村らが帰った後、襟を服からはみ出したり、服がのびきる等着衣を乱していたこと、甲B七九号証の三の田野尻の署名は、本人尋問の際の宣誓の署名と比較すると甲B七九号証の三の署名の方がかなり乱れていることが認められる点に照らし、(イ)、(ウ)部分は同じく右証拠によれば、松村は、廣部が入ってきた直後に廣部が黒川分会員であることを熊澤に直接確かめて知ったこと、田野尻・廣部は、大阪営業所において松村から暴行を受けている途中に、山村ら会社の管理職が遠まきにして見ていたのを目撃していることが認められる点に照らしいずれも措信できず、その余の右認定に副わない部分は、右各証拠に照らし、いずれも措信できない。そして、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
(三) 松村、熊澤及び右両名に同行した氏名不詳者ら合計八名の右(二)、(6)、(8)、(9)、(12)記載の田野尻・朴・廣部に対する各暴行、脅迫行為、謝罪文の作成の強要行為は、右各原告ら個人に対する違法な行為として故意に基づく不法行為を構成することはいうまでもない。
のみならず、他方組合は会社及び松村らがゆ着して共謀の上、組合つぶしを計っているとの理解に立って、会社に対する組合活動のなかで、併せて一体として、会社とゆ着する松村ら全国一般一部幹部を非難攻撃して来たことは前(二)判示のとおりであるから、組合にとっては松村らに対する攻撃(情宣活動)を封じられることは、一面組合の重要な組合活動の制約を受けることを意味するところ、松村、熊澤らは、組合の右運動方針を熟知の上で組合及び黒川分会の前記理解に基づく松村ら全国一般の幹部の一部に対する批判活動を封じる目的で暴力により事務所外に引きずり出し抗議しようとし、謝罪文を作成させたことは前項認定事実より明らかであり、しかも行為の対象者である原告田野尻ら三名は、前第一、三、3(四〇)認定のとおり、黒川分会所属従業員の三分の一に該当する中心的活動家であったこと、その他暴行、脅迫が衆人看視のなかで、警察への救助手段も断たれた孤立無援のなかを傍若無人に加えられ、謝罪文の作成が強要された前認定の経過と態様等に照らすと、これらの暴行、脅迫、謝罪文の作成の強要行為は、その結果組合の爾後の組合活動の著しい抑制作用をもたらす性格のものであったというべきである。したがって、松村、熊澤らの右各行為は、田野尻、朴、廣部の個人的な法益の侵害にとどまらず、組合自体に対しても憲法上保障された団結権団体行動権を尊重すべき公序に反し違法な行為として組合に対する関係においても不法行為を構成するものというべきである。
(四) 松村、熊澤ら八名の前記不法行為事実は、前(二)認定の事実によれば、右八名が、その現場で意思を相通じて、相互に行為者の行為を認容し利用しつつ共同してなしたものと認められるから、右八名全員が各実行行為の全てにつき、民法七一九条に基づく共同不法行為に該当するというべきである。
6  B事件全部に関する全被告による事前共謀について
(一) B事件原告らは、その主張どおりのB事件に至る経緯と背景及び、その特色(A事件抗弁(一)(1)ないし(19)、B事件請求原因二1(二)(2)、同(三)冒頭)によれば、B事件不法行為のすべては、B事件被告ら全員(会社については代表者若しくは従業員山村ら)が、昭和五〇年一〇月九日以前に、周到な打合せ等事前の共謀(以下「B事件事前共謀」という。)の上、各事件の実行者に敢行させたものである旨主張する。
そして弁論の全趣旨により成立を認める甲B一一三号証の一、二には、B事件請求原因二1(二)(2)(キ)主張(以下「四條畷事件」という。)に副うかの趣旨の部分、前掲甲B一〇八号証、同一三一号証の一と原告組合代表者吉田、原告田野尻、同廣部、同朴の各供述には四條畷事件、B事件事前共謀の各主張に副う部分があるので以下検討する。
(二) しかしながら、B事件事前共謀の主張自体が具体性のある特定がなくあいまいであるところ、まず、右B一一三号証の一、二はB事件よりはるか後日の四篠畷事件に関する関係当事者の一方的な意見を記載した文書であり、その余の前項各甲B号証と供述は、右文書及び、これと同様性格の文書を根拠とする推測意見とみられる側面が強く、いずれも、直ちに、それを採用することができず、他に四條畷事件の主張事実を認めるに足る証拠もない。
(三) つぎに、(一)の原告主張に対しては、守る会、山村、黒川社長、黒川専務、松村、熊澤の相互関係については前記第一、三3(三)の、B事件請求原因二1(二)2(ア)ないし(カ)については前同第一、三3(三六)のA事件抗弁(一)(1)ないし(19)については右同第一、三3の、それぞれの限度で、認められるに止まり、また、原告ら主張のように、一一月五日事件の当日正午頃、堀渕総務部長が朴に対し、爾後の暴力的対応を予告した事実は、これを認めるに足る証拠はない。
そうだとすると、右限度で認められるB事件前後の背景事情、本件B事件各不法行為内容、同不法行為と主張される際の、前記二1ないし5認定事実、特に一一月五日事件において、山村ら会社職制が、松村らの引きずり出し暴行を傍観しながら制止せず、田野尻らに求められながら警察への通報をせず、松村らに求められるままに営業本部室を貸与したこと、本件B事件の1、2、3がほぼ時期を同じくして行われたこと、右B事件前後の背景のうち、黒川労使紛争において、前第一、三、6認定の山村が主たる役割を演じた不当労働行為状態があったこと、以上のすべての事実を総合しても、なお、B事件全被告らによる事前の周到な共謀事実を推認することはできない。そして他に右事件共謀を認めるに足る証拠はない。
よって、(一)の本件B事件事前共謀主張は理由がない。
7  一一月五日事件の現場共謀の存否について
(一) 原告らは、一一月五日事件は当日B事件被告ら全員(会社については前6(一)に同じ)が現場において積極的同意等の共謀、或いは相互に相手の行為を利用し、利用されることを認識し合って(以下「共同意思」という。)松村らの実行分担によりなされた旨主張し、(証拠略)及び原告組合代表者、吉田、原告田野尻、同朴の各供述には右主張同旨の部分がある。しかしながら、右証拠は、いずれも推測意見の側面が強く、そのまま直ちに採用できない。
(二) ところで、一一月五日事件において、松村、堀渕、原田、小川ら会社職制が、前記引きずり出し暴行の開始、継続を制止せず、田野尻らの求めに応じて警察連絡せず、原田所長、堀渕部長は「業務外のことは外でやって下さい。」と加害者双方に告げるだけで、終了まで傍観に終始し、付近の従業員も右求めに応ぜず席をはずしさけ、ついで松村らに求められるままに、小川常務が営業本部室を貸与し、同室で執務中の従業員が席をはずし、その後従業員が松村ら同伴者の一人に求められるままに、用紙とボールペンを貸与し、これを使用して本件謝罪文強要がなされ、謝罪文作成時に、小川、堀渕、山村が前同室の外部窓からガラス戸越しに同室内をのぞき見していたことは前記5(二)認定のとおりである。
(三) しかしながら、他方、前記のとおり、右事件当日堀渕が朴に対し、爾後の暴力的対応の予告をしたことが認められず、同日小川常務が熊澤の要求に応じて、田野尻らに対する抗議を了承し、これに基いて本件引きずり出し暴行がなされたこと、小川常務が営業本部室を貸与した際、受動的態度をこえ、積極的に呼応したこと、その際爾後の謝罪文強要を予見して貸与したこと、右傍観、回避をこえて、前記以外に職制ら、及び付近の従業員が、引きずり出し暴行の実行を容易にする他の何らかの行為を、自発的に、若しくは松村らから求められ、それに積極的に呼応したことは、いずれも認めるに足る証拠なく、むしろ、前記原田、堀渕の所為は労働組合間抗争に巻き添えとなるのをさけるためであることは前認定のとおりであり、他の付近従業員の回避的態度は、自らが松村らの暴行の巻添えを受けるのをおそれたためであることは前5(二)認定事実関係から容易に推認できるところである。
(四) そうだとすると、右(三)の事情に照らせば、右(二)の事実に、前6(三)の背景事情を総合しても、なおこれから、直ちに現場における積極的共謀、若しくは共同意思を推認することができず、他に右事実を認めるに足る証拠はない。よって、この点の原告らの主張も理由がない。
8  幇助、或いは不作為による不法行為について
(一) 原告らは、前7(二)の、会社職制、従業員らの行為は松村らの幇助行為若しくは不作為であるとしても違法行為に当ると主張するので検討する。
ところで、前7(二)のうち、〈1〉職制の不制止と傍観行為、〈2〉付近従業員の回避行為、〈3〉小川の室貸与、〈4〉従業員の退室と筆記用具貸与が、客観的には、一応、〈1〉〈2〉が引きずり出し暴行を、〈3〉〈4〉が謝罪文強要を容易にした幇助行為としての側面を有するということができ、山村らののぞき見は右側面すらないというべきである。
(二) そして、右〈1〉ないし〈4〉の行為者が自己の行為の右幇助的側面を認識していたことは、これを認めるに足る証拠なく、さらに、7判示の故意による幇助としての共同意思を有したことは前7判示と同じ理由により、これを認めるに足る証拠はない。
(三) つぎに他方、右〈1〉の行為は不作為とみられるとすれば、違法行為とみられるためには、作為義務が肯定されることを要し、右〈1〉及び〈2〉ないし〈4〉が注意義務又は結果回避義務違反として過失による不法行為(幇助)を構成するかについてみる。
前掲証人原田、同堀渕の各証言、同山村本人の供述によれば、原田大阪営業所長は、田野尻、朴の直属の上司で、堀渕総務部長、小川常務は、右両名、及び廣部の上司で、山村は単なる労務顧問であって、前三者はそれぞれ各部下の田野尻らに会社組織法上の指揮命令関係にあることが認められるが、他方、山村もまた、右組織法規上指揮命令関係にあること、又は、右原田ら四名が、右上下の指揮命令関係以外に、上司としての地位又は同僚従業員中年輩者等何らかの地位において同じ従業員たる田野尻らとの関係で会社組織法規上保護後見等の会社内部の社会規範上の義務を定められていること、については、これを認めるに足る証拠はない。
そうだとすると、右原田ら三名及び、山村と、右B事件原告らとの関係は、特別の法的関係に支配されるものでなく、一般不法行為法上の不可侵義務を負うに止まる、単なる職場を同じくする従業員同僚の関係に過ぎず、この点で、右〈2〉〈4〉の行為をした従業員と変りがないというべきである。
そして、前5(二)認定の事実関係と前掲証人西口の証言によれば、本件引きずり出し暴行は組合間抗争としてなされていることが現場にいるものにも事態推移と共に認識しえたもので、その態様は、多人数により、衆人看視のなかで傍若無人に、田野尻らが三度まで自ら警察への通報を試みるのを実力で阻止し、女子に対してまで、殴る、蹴る、引きずり倒すなどの、同僚の女子従業員が恐怖の余り正視できず顔を伏せたほどの暴力を伴う継続的行為であったことが認められ、他方、右会社職制ないし同室にいた従業員が、本件一一月五日の松村らの組合員に対する抗議訪問若しくは本件引きずり出し暴行の惹起に対し、その直接の原因となるような何らかの先行的行為をなしたことは、証拠上認められないのである。
そうだとすると、右のような趣旨、態様の暴行の継続が眼前でなされている状況下において、傍に居合せた者にとって自己に対する暴力若しくは脅迫の波及(とばっちり)の危険が容易に危ぶまれたというべきであるから、この危険をおかしてまで、同僚として、本件引きずり出し暴行の開始と継続を阻止若しくは制止に入ったり、田野尻らが眼前で実力により阻止されているに拘らず、自発的または求めに応じて、右制止のためにその場で警察への緊急電話をなしたり、室外の電話を利用するために行動をおこすべきことが、条理上要求されるものとは、他に特段の事情も認められない本件においては、俄かにいい難いところである。
そうだとすると、前記原田ら職制は勿論、同室に居合わせた同僚従業員の不制止と傍観的態度が不作為による違法行為を構成するものといいがたい。
つぎに、〈1〉を作為とみたときの〈1〉及び〈2〉ないし〈4〉の行為が過失による幇助を構成するかにつきみる。
まず、前記態様の強烈な引きずり出し暴行が開始、継続する状況下においては、前記〈1〉の作為義務を否定したのと同理由により、同僚関係に過ぎない〈1〉〈2〉の行為者に、危険を顧みず警察への通報等結果を回避すべき義務、若しくは、自己の行為による右暴行幇助の結果を認識すべき注意義務、は共に肯定すべき条理を見出し難い。つぎに〈3〉〈4〉の際、小川常務や従業員が、松村らが謝罪文強要をなそうとしていることまで容易に予測できたことは証拠上認められず、加えて、前5(二)の認定事実によれば、松村らが引きずり出し暴行を中止して部屋の寸借を求めたのは、同人らが暴力に訴えてでも遂げるべく予定して来たと思われる一連の行動を遂げたためでなく、なお続行するなかで、爾余の行動の場所を予定の屋外から隔離された部屋に移そうとしたこと、このことは右小川らにも明らかであったことが認められ、直前の暴行態様、それが周囲の者に被害の波及をおそれさせるものであったことは前認定のとおりであるから、右〈3〉〈4〉の具体的状況下においては、同僚関係に過ぎない右小川らに、危険を顧みず松村らの要求を断わる等して、爾後の被害発生を回避すべき義務、もしくは、右結果を予見すべき注意義務、は共に肯定すべき条理を見出し難い。
よって、その余の点につき考えるまでもなく、〈1〉ないし〈4〉の各行為は、過失による幇助行為をも構成しないというべきであって、この点の原告らの主張も理由がない。
9  安全配慮義務違反について
(一) 原告らは、会社幹部職制は、かねて、松村らが前年の昭和五三年五月には会社において、吉田委員長、田野尻に対し、暴力事件を起していたことを知っていたのであり、松村らの田野尻らに対する抗議申入れが容易に暴力沙汰に発展することが明らかであったのであるから、使用者としては、右のような部外来者を事前に制止し、暴力行為をなすに至っては少くとも警察に緊急通報をなし、できうる限り就業中の従業員を危害から保護すべき義務があるに拘らず、右義務に反し、被告は右部外来者の従業員に対する抗議を了解し、暴力へ発展後も制止は勿論警察通報もせず供手傍観して、松村らの暴力行為を放置した旨主張するので以下検討する。
使用者は雇用契約なる法律関係の付随義務として信義則上、労働者が、労務提供のため使用者の設置する場所、設備若しくは器具等を使用し、又は使用者の指示のもとに、労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負っており、その具体的内容は、労働者の職種、労務内容、労務提供場所等安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によって異なるべきものである(最高裁昭和五〇年二月二五日第三小法廷判決・民集二九巻二号一四三頁、同五九年四月一〇日第三小法廷判決・民集三八巻六号五五七頁等参照)。
(二) これを本件についてみるに、まず、前5(二)認定の本件引ずり出し暴行、謝罪文強要は、そのいきさつ、態様によれば、田野尻、朴、廣部の従業員として会社の指揮のもとに義務としてなすべき執務に関連して発生したものではなく、会社との指揮命令関係を離れた、会社と対等関係にある労働組合間の対立紛争のなかで、組合の活動に原因して、しかも労使以外の第三者である全国一般の松村らによって発生したものである。
もとより、安全配慮義務は従業員が使用者に対し、負うべき労務に基づかない事故、または、労使関係以外の第三者による事故についても認められるものではあるが、そのためには、当該事故が概括的にであれ、使用者にとって予見可能であることを要するというべきである。けだし、そうでないと、使用者は安全配慮義務として発生すべき具体的義務内容を予測して、義務の具体化とともにその義務の履行ができるよう予めその準備をなすことすらできず、無限定の義務の履行を問われる酷な結果となりかねないからである(前記最高裁昭和五九年四月一〇日判決参照)。
以下この点につきみる。まず、会社が、本件一一月五日事件の計画を事前に予知していたことを認めるに足る証拠はない。
ついで、昭和五二年黒川労組の妥結再建案締結以来、組合が黒川労組を「御用組合」呼ばわりし、会社、同組合の上部団体である全国一般幹部の松村、熊澤、会社労務顧問山村を一体としてゆ着関係にあり、共同して「組合つぶし」をはかって攻撃をかけて来ている旨理解し、昭和五三年春にはその理解を記載した同一ビラで山村、松村を名指しにする等して、激しく攻撃し、翌年の第一次街宣活動の際にも、松村らを暗に指して非難攻撃をしていたこと、本件一一月五日事件の直接の発端は、組合の一一月三日夜の松村の留守宅へのマイクを使っての集団による抗議情宣にあるものと予想されること、昭和五二年五月二二日黒川専務、松村が、守る会主催の麻雀大会に参加したことがあり、山村と池田、池田と松村が旧い友人関係にあることがそれぞれ認められることは第一、三3(三)、(二五)、(三六)ないし(三七)、第二、二2(二)(1)、3(三)、5(二)判示のとおりであり、(証拠略)によれば、昭和五三年五月頃、組合が会社本社前路上に立てた松村を非難する立看板の撤去要求をめぐり、田野尻が来訪した松村から負傷せしめられた旨主張したことがあったことが認められ、会社が組合の松村に対する平素の情宣活動を知っていたことは前記第一、三3、の事実関係より容易に推認できるところである。
しかしながら、他方、右立看板撤去紛争の際の松村らの田野尻との接触の詳細、経緯、右接触に対する会社の関与、または会社がこれを爾後了知したことは証拠上認められず、かえって、(証拠略)及び朴本人の供述によれば、組合の意識ですら、昭和五三年夏以降同五四年一〇月頃迄松村・熊澤と組合間に対立はなかったと認識してきており、いわんや、就業中に、松村らが本件引きずり出し暴行のために会社にまで押しかけて来ることは予想していなかったこと、組合事務所は、別に会社豊中工場に存在し、本社、大阪営業所には存在しないことが認められる。
右の点に照らせば、前記事実関係から直ちに会社の代表者において、松村らが、何らかの経過の末、抗議のために、就業時間中に、本件大阪営業所の事務所で勤務中の田野尻、朴らを訪ねて来社した上、本件引ずり出し暴行に及ぶであろうこと、若しくは右暴行に続いて社内で本件謝罪文強要にまで及ぶであろうことまで、予見が可能であったと推認することはできず、他に右各予見が可能であった事情を認めるに足る証拠はない。
そうだとすると、会社に、本件引きずり出し暴行につき、ついで、本件謝罪文強要についてもいずれも安全配慮義務の発生の余地がないというほかない。
よって、その余の点に判断するまでもなく、右義務に関するB事件請求原因五(3)は理由がない。
三  被告らの責任
1  山村は、前二1、2認定の不法行為事実につき、民法七〇九条の規定に基づき、また、会社は、被用者である山村が労務顧問として担当した前認定の長期の団体交渉拒否に関して発生した自宅抗議に対抗してなした不法行為であるので、会社の事業の執行につき右不法行為をなしたものというべきであるから、民法七一五条一項の規定に基づき、それぞれ組合の被った後記損害を賠償すべき責任がある。
2  松村、熊澤は、前記のとおり、前二5認定の不法行為事実につき、民法七〇九条、七一九条に基づき連帯して原告らの被った後記損害を賠償すべき責任がある。
四  損害
1  原告組合代表者吉田の供述によれば、前二1、2、5認定の不法行為から約一ケ月後の昭和五四年一二月初めころ、豊中工場に勤務していた黒川分会員の岡山良子、渡辺良子、野瀬千恵子の三名が組合及び黒川分会を脱退し、豊中工場勤務の黒川分会員は二人となったことが認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はないところ、原告代表者吉田は、右三名の脱退の決定的な原因は前二1、2、5認定の不法行為である旨供述している。
ところで、組合員には加入、脱退の自由があり、組合選択の自由が存することも明らかである。そして、一方、前第一、三認定の事実によれば、会社と組合との間においては、昭和五二年一一月二〇日以降団体交渉が開かれず、昭和五二年度以降賃上げ、一時金の支給がなされていなかったのであるから、右経済的不利益が右三名の組合脱退の要因となったことは十分あり得ることである。
しかしながら、他方、前二1、2、5認定の不法行為、とりわけ、前二1、5認定の不法行為は、九名しかいない黒川分会員、特に女子分会員にとって相当の精神的打撃であったことは、容易に推認できるところであり、右経済的不利益は継続的なもので、特に右脱退時に右不利益が表面化する等して分会員の忍耐をたえがたいものとする特別事情が発生したことを認めるに足る証拠もない点を総合すれば、決定的な要因とまではいえないまでも、少くとも前二1、5認定の不法行為が右女子三名の組合及び黒川分会脱退の要因に寄与したものと推認することができる。
また、前二1、2、5認定の事実によれば、右三名の脱退に止まらず、直接の被害者である田野尻らはもちろんのこと、他の組合員にも相当の精神的打撃、動揺を与え、爾後、自由な組合活動を躊躇、抑制せしめる作用を与え、さらに、前二、2、5の不法行為はその傍若無人な性格に照らし、組合がこのような攻撃の甘受を容易に強いられるような労働組合と、他から評価されかねず、労働組合としての権威、信用を失墜したことは容易に推認することができ、結局、組合は相当の非財産的損害を被ったというべきである。
2  しかしながら、前二1、2認定の不法行為は、前第一認定の山村の自宅に対する違法な抗議行動に端を発したものであり、松村、熊澤らの前二5認定の不法行為は、前3(三)、5(二)(2)認定の事情に端を発しているものであって、原告らにおいても右の点につき反省すべきであると考えられる。
3  右1、2記載の事情並びに前認定の諸事情を総合して判断すれば、山村及び会社の前二1、2記載の不法行為により被った組合の非財産的損害は、金七万円、松村及び熊澤の前二5記載の不法行為により被った組合の非財産的損害は、金二〇万円と評価算定するのが相当である。
4  田野尻、廣部、朴は、松村、熊澤及び会社の前二5認定の不法行為により、同二5(二)(14)認定のとおりの傷害を受け、田野尻については、昭和五五年八月五日以降も治療を継続していることが認められ、右原告らが相当の精神的苦痛を被ったことは明らかである。
しかしながら、松村らが右不法行為に及んだ背景には前2認定の事情があることが認められ、その他前認定の一切の事情を総合して判断すれば、田野尻、廣部、朴の被った本件引きずり出し暴行と謝罪文強要により蒙った精神的苦痛を慰謝するための金銭は、田野尻につき金八〇万円、廣部につき金一〇万円、朴につき金七万円と認めるのが相当である。
5  弁論の全趣旨によれば、原告らは、被告らに対する本件損害賠償請求の訴の提起とその追行を弁護士である原告ら訴訟代理人らに委任し、相当額の手数料及び報酬を支払うことを約したことが認められる。
そして、被告らの不法行為と相当因果関係にある原告らの弁護士費用の損害は、会社、山村の組合に対する前二1、2記載の不法行為につき、金七〇〇〇円、松村及び熊澤の組合に対する前二5記載の不法行為につき金二万円、松村及び熊澤の田野尻に対する前二5記載の不法行為につき金八万円、同廣部に対する不法行為につき金一万円、同朴に対する不法行為につき金七〇〇〇円と認めるのが相当である。
五  よって、会社、山村は、組合に対し、連帯して金七万七〇〇〇円及びこれに対し遅滞に陥ったこと明らかな本件手紙事件及び組合事務所乱入事件の各終了後である昭和五五年九月一三日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務を有し、松村、熊澤は連帯して、組合に対し二二万円、田野尻に対し金八八万円、廣部に対し金一一万円、朴に対し金七万七〇〇〇円及び右各原告に対し、各右支払金につき各遅滞に陥ったこと明らかな本件一一月五日事件の後である右同五五年九月一三日から各完済まで前同様年五分の割合による遅延損害金を支払う義務を有するというべきである。
第三  C1・C2事件について
一  当事者
請求原因(一)(1)、(2)の事実は、当事者間に争いがない。
二  本件不法行為事実について
1  本件ストライキに至る経緯について
第一、三認定の事実関係に加え、(証拠略)を綜合すれば、次の事実を認めることができる。
(一)  会社は、黒川分会員に対し、昭和五二年度以降昭和五五年度まで、労使協定が成立していないとして、一時金の支給又は仮支給をせず、賃上げも実施していなかったが、昭和五五年一一月八日に開催された会社と組合及び黒川分会の団体交渉において、漸く昭和五五年度の夏期一時金につき、黒川分会員以外の従業員に支給した同一時金の四〇分の三五の割合により計算した額を、黒川分会員に仮に支給する旨の協定が成立した。
(二)  組合及び黒川分会は、更に昭和五五年一一月一七日に開催された会社との団体交渉で、昭和五二年度ないし昭和五四年度の各夏・冬の一時金、昭和五五年度の冬期一時金の支給又は仮支給、賃上げ問題につき交渉したが、妥結に至らず、次回の団体交渉の日を同月二五日と定めて、その日の交渉を打ち切った。
(三)  会社は、右団体交渉の日に、昭和五五年度の冬期一時金の回答額を示し、かつ、右一時金につき病気欠勤を査定し、控除する旨申し入れた。しかし、組合は、右冬期一時金の回答額が著しく低額であること、病気欠勤を査定し、控除することは不当であること、大阪地労委が救済命令で命じているに拘らず、昭和五五年度夏期一時金以外の未払の各一時金を支給又は仮支給しないことは不当であること等を理由に、右団体交渉の直後にストライキを実施することを決定し、ストライキの日を次回団体交渉前であり、会社と黒川労組との団体交渉予定日の前でもある昭和五五年一一月二二日と定め、共闘会議の各構成団体に通知した。
以上の事実を認めることができ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。
2 正門前の暴行事件について
(一)  被告らが、昭和五五年一一月二二日に、会社豊中工場正門横に「ストライキ決行中」と記載した立看板を掲げたこと、組合発行のビラを出勤してくる会社従業員に配布したこと、組合の宣伝車一台を会社豊中工場構内に駐車させたことは、当事者間に争いがない。
(二)  右争いがない事実と(証拠略)によれば、次の事実を認めることができる。
(1)  会社豊中工場の建物等の配置は、概ね別紙図面(2)記載のとおりである。
(2)  昭和五五年一一月二二日午前七時二〇分ころ、神田は、吉田及び支援団体員片岡万里子を同乗させた組合の宣伝車(ライトバン)一台を運転して会社豊中工場内に乗り入れ、通路の南側のブロック塀に沿って、コンプレッサー室の南付近に東向きに駐車させた。そして、会社は、右工場においては、構内への出入りにつき、予め、又は門前その他で、一々チェックする等の許可制をとらず、また許否の基準を設けていたものでもなかったところ、神田らは、これまで行われた一〇回以上あるストライキの際にも宣伝車を構内に駐車しており、これまで会社側から構内駐車につき異議が出たこともなかったし、明示の許可を受けたこともなかった。
(3)  そして、吉田らは、「ストライキ決行中」と記載した立看板を正前に立て、鉢巻、ゼッケンを身につけたり、従業員に配るビラを取り出す等のストライキの準備をした。
(4)  原田は、同日午前七時半ころ会社に自家用車で出勤し守衛の鎌田文雄から「関単労が来ています。宣伝カーが中に入っています。」旨の報告を受けた上、作業服に着替えるために更衣室に向った。
(5)  神田らは、ストライキの準備が終った後、ストライキに参加するために集ってきた大谷修らの組合員とともに、正門前で出勤してくる従業員に対しビラ配りを開始し、吉田は指揮者として、右ビラ配り等を看守していた。
(6)  同日午前七時三五分ころ、黒川京正工場長(以下「工場長」という。)が自家用車で出勤し、車から降りた後吉田に対し、「今日は何や。」と問いかけた。吉田は、これに対し「今日はストライキや。」と答えて、ストライキ通告書を工場長に手渡した。
工場長は、従来のパターンとしてさして業務に支障がなさそうならば様子を見ておこうと思っていたものの、吉田に対し作業の邪魔になることを理由に宣伝車を構外に出すことを要求したが、吉田はもともと労働者は、ストライキ権の行使の際には多少の業務支障があっても当然の権利として工場施設を使用できるものと理解しているため、本日はストライキであること、従前のストライキ時にも構内駐車につき会社の許可を受けることなく構内駐車をなして来ており、構内駐車は労使慣行となっていること、作業の邪魔になるときは移動する旨反論した。
(7)  つづいて同日午前七時四〇分頃、原田は正門前に来て、右工場長と吉田の右話し合いをきくや、前記のとおり従来より入構許否が厳格でなく、また、後刻、現実に原料乳一〇トン車が二度来たときには組合の宣伝車の位置や邪魔になったか否かについては気にも留めなかったにも拘らず、従来の黙認も許可のうちであり、右一〇トン車の原乳受入れに邪魔になるとの自己独自の判断を持って、工場長と話し合いに加わり、むしろ、積極的に吉田に対し、無許可と邪魔を理由に宣伝車を構外へ出すことを要求し、前(6)同様の反論を受けた。そこで、原田は、一方的に実力で宣伝車を移動させようと考え、工場長と共に宣伝車まで行ったが、鍵が見当らなかったため果せず、引き返して、再び吉田に対し、大声で「鍵を出せ、俺が動かす。」と要求した。
吉田は、これを無視し、しばらくして宣伝車まで歩いて行き、宣伝テープを作動させ演説放送を流し始めて正門のところまで戻ってきた。
(8)  原田は、吉田が右宣伝車のところまで行ったのを自己の要求に応じて車を移動させるものと独断していたため、その期待を裏切られて激昂し、吉田に近づき大声で「車をどけろといったら車をどけんか。」と怒鳴りながら、吉田の胸に接着するまで胸をせり出して迫った。これに対し、吉田も、原田の執拗な要求と同日の居丈高な態度に対し立腹し「うるさい、ええかげんにせい。」と怒鳴りながら、自分も胸を張って対峙し、双方、上体が接触する状態で、原田がなおも、吉田の態度に興奮の極に達して声を荒げて迫ったところ、吉田も「お前、今日はえらそうにしとるやないか。」「だまれ。」などと怒鳴りつつ、これを迎えて、体勢を沈めるように右肩を突き出したため、吉田の右肩部分が迫って来た原田の左胸部分に当たり、その衝撃で原田は上体を後方にのけぞるような姿勢となり、「何するねん。」と叫んだが、吉田はこれを無視した。
(9)  傍にいた工場長が原田に吉田の体重が重いから注意するよう注意し、原田、吉田とも、右以上の行動に出ず、原田は、工場長に促されて共にその場を引上げたところ、右正門前には、組合員数名が目撃していたが、同人ら、工場長とも、原田、吉田の双方いずれに対しても抗議、仲裁等の特段の行動をとることもなく終った。
(10)  原田は、事務所で、工場長より、特に業務に支障のない限り、同日のストライキは様子を見ようと指示され、その後翌日まで平常勤務に就いていたが、翌二三日、左胸部に痛みを覚え、市立豊中病院整形外科の佐々木哲医師の診察を受けた結果、加療五日間を要する左胸部打撲症との診断を受け、引続きレントゲン撮影を経て合計三回に亘る通院加療を受けた。
以上の事実を認めることができる。
(三)(1)  ところで、吉田は自己の体当りを否定し、真実は原田が右足を半歩下げて胸ごと吉田に突っかかってきたため原田の左胸が吉田の右肩に当ったまでである旨主張し、被告吉田本人(一回、二回)、同神田本人はいずれも右主張に副う供述をなし、(証拠略)にも右主張に副う供述記載がある。
しかしながら、他方、
(ア) 前認定のとおり翌日、原田は市立豊中病院で佐々木医師より左胸部打撲症の診断と三回の治療を受けているが、右佐々木医師が専門家としての自主的診断、治療を怠り専ら原田の症状訴えにより不正確な診断、無用の治療をなしたり、原田が右受診までの間本件と無関係な負傷をなしたなどの特段の事情を認めるに足る証拠もなく、後記のとおり、本件後の園山の暴行が認められないので、右左胸部打撲症は、吉田との身体接触によるものと認めざるをえないところ、通常左胸部は心臓部を擁し、人体中最も大切な部分であるため、むしろ瞬時においても人が本能的に庇護する部位であるから、原田が意識的に吉田に暴行を加えようとしたのならば、特段の事情もなく、わざわざ右左胸部の突き出しによることは不自然であって考えられない。
(イ) (人証略)は、同人がもともと吉田、原田工場長の間の本件紛争を逐一凝視しているべき立場にはなく、また偽証をなすべき理由を認めるに足る証拠もないので、原田ののけぞりを見た前の状況証言部分に変遷、あいまいな部分があるとしても、前(ア)認定の診断受診事実と符合するため、右原田がのけぞったのを見た部分は信用できるところ、前(ア)末段の点に照らせば、右のぞけりは、原田の自傷行為によるものとは考えられず、さける間のない近接した外力によってこそ生じたものと推認できる。
(ウ) 後記認定の、ホール前での上坂に対する抗議事実と前掲神田、吉田本人の各供述によれば、組合員らは、デモその他の団体行動に対し、使用者側から少しでも抵抗ないし妨害的対応があるときは、激しく抗議するのが常であると認められるのに、前(8)(9)認定どおり、周囲で看視していた吉田及び組合員から原田の行為に対し何らの抗議がなされず、かえって原田の方から抗議の叫びがあがっている。
以上(ア)ないし(ウ)の点及び、吉田本人の被害状況の前記供述部分自体今一つ発生のいきさつがあいまいで唐突感を免れない点に照らせば、本項冒頭の各証拠部分は到底措信できず、前認定のとおり吉田の暴行が認定できるのであって、被告吉田の前記主張は理由がない。
(2) ついで、原告原田は請求原因において、吉田の暴行の態様につき二、三歩後退し、はずみをつけて体当りをした旨主張し、(証拠略)と証人鎌田の証言及び原告原田の供述には右同旨及び原田の供述には吉田が「頭に来た腹いせ」のためになした旨の部分がある。
しかしながら、(ア) 右鎌田の供述部分は多分に推測による面があり俄かに措信できず、原田の右部分の供述も、前後のいきさつに照らし、唐突感を免れず、前記受傷部位の重要性に照らし、一米五〇糎前方から身構えて突進して来たのであれば、十分さけられる余裕がある筈であって不自然である。(イ) 前認定の事実関係によれば、原田は、上司の眼前で、一方的実力行使を辞さない態度で宣伝車を構外へ出すことを求めたが、完全に無視の上むしろ「お前今日はえらそうにしているやないか。」と揶揄されたものであるから、原田の激昂振りは相当激しかったことは容易に推認できる。他方、これに比べ、吉田の方は、要求されたものの、これのため、当日のデモ、ストライキの初段階行動予定は現実の支障なく順調に進んでいるのであり激昂の動機がなく、原田の執拗、感情的な抗議が組合のストライキ行動権に対する挑戦と吉田が受けとめ立腹したとしても、吉田の供述によれば、吉田は、原田ら会社職制が組合のストに対し、常に暴力的に対応し、警察導入の機会を狙っているものと理解して警戒していたことが認めるのであるから、吉田が組合の責任者の立場にありながら、立腹興奮の余り幹部職制の眼前で、あからさまな暴力を行使して、職制につけ入られ、警察官導入等により、当日の行動予定をつぶしかねない軽挙に出でることは考えにくい。以上(ア)(イ)の点に照らせば、前掲各証拠は到底措信できず、前記原告主張は理由がない。
(四)  なお、前認定の事実、後記3(一)、4(一)認定事実、(証拠略)、神田、原田の各本人の供述によれば、(1) 原田は、当日本件直後予定どおり平常勤務し、(2) 原田は、当日ホール前紛争時に受傷した上坂を受診させながら、自己は受診せず帰社し、(3) その直後組合代表者に右上坂の受傷の抗議をした際も、原田は、自己の受けた本件暴行にはふれず、(4) 翌日にも、エーデルワイスへの出荷作業で、原田は、一八キロタンポの交替運搬業務に従事し、(5) 結局、原田は会社に対しことあらためて職制を通じ本件受傷を報告せず、同月二五日団体交渉の際、原田、上坂出席のもとに、本件二二日スト時の紛争につき、会社側、組合側双方から相手側の暴力に対し抗議文を提出して応酬したが、会社側文書には原田の本件負傷にふれていなかったことがそれぞれ認められる。
しかしながら、前記(二)、後記3(一)、4(一)認定事実と(証拠略)、原田本人の供述によれば、本件受傷の態様は、むしろ原田本人の自傷に近いような態様で、軽微なものであり、痛みも大したことなく、翌日から、漸く気になる程度のものであり、二二日当日は、ホール前紛争時には工場長は留守であり、原田が責任者であったところ、同人は予め、工場長より、業務支障のない限り様子を見るよう指示されていたため、同人はむしろ、事を荒立てたくないように伺われ、原田は同人の本件暴行については上坂の被害報告を通じて会社に伝えられていたことを知っていたことが認められる。右認定事実によれば、前記程度の受傷は、(1)の仕事はいうまでもなく、(4)の作業の障害になるようなものでなく、原田は、上坂を受診させた際も、自己の痛みを感ずる程度でもなく、工場長の留守番の責任者として上坂の紛争につき組合との間で抗議などの処理をなすのに精一杯であった、そして、また、原田は、右工場長の当日のデモストに対する対応方針と、本件受傷が右工場長の方針に照らし、多分に勇み足的な挑戦的態度に起因する自傷に近い態様であったため、自ら正式に事故報告して大げさに問題とすることに躊躇を感じた、会社も抗議においては、政策的に重点的に事件をあげた、とも推認できないではない。
したがって、前記(1)ないし(5)の事実は、被告主張のように、前(二)項の事実認定の妨げとなるものではない。
3 充填室前ホールにおける暴行事件について
(一)  (証拠略)によれば、次の事実を認めることができる。
(1)  充填室前ホール(別紙図面(3)記載の蒸気釜、オイルタンク、温水タンク、ポリ缶収納棚、洗函機等が設置されている場所をいう。以下「ホール」という。)及びその付近の状況は、別紙図面(3)記載のとおりである。
(2)  組合員らは、昭和五五年一一月二二日午前八時に始業のベルが鳴ると同時に工場中央付近にある冷蔵庫前の通路に集まり、集会を開いた。
組合員らは同日午前九時四〇分ころ集会を終え、約三〇名の組合員らが三列縦隊になり、神田を指揮者として構内デモ行進を開始し東西に縦列してホールの充填室中央扉前までデモ行進した。
そこで、新行内が隊列から前に進み出て過去の例のように、折から閉まっていた右中央扉の二枚のうち、北側の扉を全開して、これに寄りかかり、デモ隊に向かってもう少し前に出るように手で合図した。神田はこれに呼応してデモ隊を二、三歩前進せしめ、ここで、神田、新行内両名は右開放した扉辺でハンドマイクで神田のリードによりデモ隊と共に充填室内に向かって「再建案粉砕」「兵糧攻め粉砕」等のシュプレヒコールを開始した。
(3)  ところで、充填室は、牛乳を容器に充填する等の工程作業をする場所であって、大阪府公告第六〇号食品衛生法に基づく管理運営基準(昭和四九年一一月一五日実施)により、施設の窓、出入口等は開放しないように大阪府衛生部食品衛生課及び豊中保健所から指導されており、右官庁からの立入検査も時々なされていた。会社も右指導を受けて、庶務課と試験室の間の通路に「食品衛生法に基づく管理運営要領」と題する畳一畳分位の書面の掲示をし、「出入口、窓は開放しない」旨の注意を記載し、朝礼の際にも同旨の注意を呼びかけたことがあった。
しかしながら、午前中には出庫業務が多いため、充填室の扉を開けたままで作業することがしばしばあり、時にはトラックがエンジンを切らないまま出庫業務をすることもあるため、排気ガスが充填室の中に入ることもある等右扉開放禁止の注意は必らずしも厳格に守られていなかった。
また、組合が、これまで同工場で構内デモを行うときは、ほとんどの場合充填室前のホールへ行進するが、その場合工場で作業する労働者にシュプレヒコールの内容を理解してもらうために充填室の中央扉を開けてシュプレヒコールを行うことが多かった。
現に本件当日も、ホール北側で作業をしていた千貫芳美製造第二課長は、充填室の扉を開けて組合員らがシュプレヒコールをしている事実を目撃したが、すぐに終るだろうと考えてあえて右扉を閉めさせようとはせずに、そのままその場で作業を続けていた。
(4)  上坂は、所用で組合事務所付近を歩行しているとき、デモ隊がホールでシュプレヒコールをしていることに気付き、充填作業に支障がないかどうかの様子を見るためにホールまで行ったところ、充填室の中央扉を開放して、その開放された扉に新行内が右肩を扉に接着させてもたれかかっているのを目撃した。
そこで、上坂は、デモ隊の横を通って新行内のところに行き、「牛乳製造中だから扉閉めないかん。」と注意した。しかし、新行内は意に介せずそのままハンドマイクでシュプレヒコールを続けていたので、実力を行使してでも無理に閉めようと考え、もう一度耳もとで同じ注意をするとともに新行内の身体を右手で押しのけたところ、新行内は二、三歩後にのけぞって、「今日はストやのに、わかってんのか。」と叫んだ。上坂は、新行内を押しのけると同時に左手で扉を閉めかけ、次いで右手に持ちかえて扉を半分程閉めた際、新行内が閉まりかけた扉の間に自分の体を入れ、扉を閉めさせまいとした。そこで、上坂は、左手で新行内をホール側へ出そうとしたが、新行内は出されまいとして踏んばっていた。
(5)  C1事件被告らは勿論、組合員らは、従来より、ストライキ権と会社施設利用について、前2(二)(6)の吉田委員長同様の考えに立ち、したがって、これに対する使用者側の抵抗ないし妨害的行動ありと考える事態が生じたときは、労働者の団結権、団体行動権に対する許しがたい重大な侵害として憤りを感じ、組合及び労働者として、直ちに、きびしく抗議し、場合によっては、謝罪させるのが、筋道であると考え、このような理解と感情に基づき行動して来たものであったところ、新行内及び神田ともに、突嗟に、右新行内の抵抗的行為は当然のことで、上坂の扉を閉めようとする行為は当日のストライキ行動に対する許しがたい重大な妨害と考え、神田は、右上坂の行動に対応して、同人の側に近づき、同人に向けて、「上坂のスト破りを許さないぞ。」「上坂のスト破壊弾劾。」等とシュプレヒコールの内容を変えた。
神田はこのとき、マイクとスピーカーが分離してコードで連結されている大型のハンドマイクのスピーカー部分を左肩に担いでシュプレヒコールをしていたが、余りに上坂に近づきすぎていたため、スピーカーが上坂の右頬に当った。
上坂は、突嗟に、神田が故意に当てたものと早合点し、いきなり右手でスピーカーを上から下に払い落したところ、スピーカーは、かなり大きな音をたてて床に落ちた。
神田は、いきなりスピーカーをたたき落されたことで逆上し、「おのれ、何さらすんじゃ。」等と言って上坂の襟首をつかみ、前後に激しく揺さぶった。
これに抗して上坂も興奮して神田のゼッケンをつかんでひきちぎった。
神田は、上坂からゼッケンをすぐに取り返し、これを右手にかざして激しい口調で抗議した。
(6)  神田がゼッケンを右手にかざして抗議しているとき、前記シュプレヒコールの内容が変ったことに続いてスピーカーの落ちた大きな音を聞いて、デモ隊のうち、分会員である朴、田野尻、廣部、と本部書記長である大谷が、立場上、上坂がどんなストライキ行動妨害をなしたのか見極め、抗議せねばならないと憤りを感じ隊列を離れていっせいに上坂の周囲にかけつけ、左から玄番、朴、田野尻、神田、廣部の順に扇状に上坂をとり囲み、ここで上坂の許しがたい「スト破り」があったと考え、これに、集団で抗議すべく暗に意思を通じ合い、口々にマイクをたたき落したこと、ゼッケンを引きちぎったこと、新行内を押しのけて扉を閉めようとしたことの三点につき口ぎたなく激しく抗議しつつ、こもごも上坂の上体を押したり小突いたりした。
上坂は「お前らが扉を開けたからだ。」とか対抗してはみたが、朴と田野尻の間から脱出しようとして、右肩を田野尻の左肩にぶつけたところ、すかさず入れ替った大谷に立ちふさがれ果さず、さらに、ひるんだ田野尻以外の右組合員らから、同女に対する右ぶつかりも含めて、以前以上に口ぎたなく抗議しつつ、すごい見幕で体の接触をも辞さない勢いで胸を張って迫まられたため、組合員らの右勢いに押されて充填室中央扉付近から北東方向(別紙図面(3)記載の手押車の方向)に向けて後ずさりした。
(7)  当時別紙図面(3)記載の手押車(縦横各約四〇センチ、床からの高さ約二五センチメートル、一方に取手のある台車)には、四個の深さ約三五センチメートルのステンレス缶が載せられており、この中には摂氏約一〇〇度に溶解された原料油脂が容れられていたところ、千貫芳美製造第二課長は、右手押車の付近で作業に従事していたが、上坂が後ずさりして来るのに気付き、台車の取っ手の南東側に腹を接着させ、左肘で上坂が手押車に当らないように防いだ。
上坂は、同人の背中が、千貫の左肘に当る程度まで後ずさりしたが、折から朴が手押車に上坂が当るのを防ぐために左手で上坂の右腕を引っ張って、北側の方向(別紙図面(3)記載のコントロールボックスの方向)へ後退の進路を変更させるため別紙図面記載のコントロールボックスのところまで更に後ずさりし、そこで、神田、朴、大谷ら組合員から、引続いて集団抗議を受けた。
そして右(6)(7)の集団抗議の間、組合員らは、胸を張って激しく迫まったため、前記の外にも、組合員らと上坂の間には、身体の接触が生じることもあった。
(8)  吉田は、警察導入などを警戒するため、デモ隊列に入らずにホールの南側付近でデモ隊の状況を看守していたところ、組合員らがホール北側で上坂に抗議している様子であり、折から、原田が充填室中央扉前で上坂の方をうかがい田野尻と話しているのを見付けた。そこで吉田はホール北側付近は、床面に油脂が付着して滑りやすく、場所も狭いので、組合員及び管理者に負傷者がでるのを避けるためと、併せて、原田は以前より組合に対し暴力的に対応するものと考えていたため、同人が上坂の処へ行くと暴力沙汰が生じかねないものと慮り、他所へ上坂をつれ出して厳格に抗議しておくべきものと考え、早速コントロールボックス付近まで行き、「上坂、ちょっとこっちへ来い。」と言って、左手で上坂の右襟をつかんで無理矢理引っ張る程でもなく引き立て、上坂も強いて抵抗することもなく、二人並んで歩行して、前同図面記載のホール東南側の二本柱のうち西側の柱の横まで連れて行った。神田、朴、大谷、田野尻、新行内は、吉田が上坂を右同所へ連行して抗議の続行をなすものと判断し、神田はこれまでの間停止していたデモ隊の指揮に戻り、朴らその余の組合員は吉田、上坂の後に続いた。
(9)  上坂が、後刻事務所に戻った際、帽子とネクタイピンが紛失しており、ネクタイが曲がっていた。
(10)  新行内及び田野尻は、同日芦原病院医師牧野正直の診察を受け、新行内については、一週間の安静加療を要する筋々膜性腰痛症悪化、田野尻については、一週間の安静加療を要する頸肩腕症候群悪化の診断を受けた。
以上の事実を認めることができる。
(二)  そこで、前記認定に副わない主張と証拠につき以下検討する。
(1)  原告上坂は、新行内に口頭で注意したのみであるのに、同人が襟首をつかんで前後に二、三回揺さぶった旨請求原因で主張し、原告上坂本人は、右主張に副う供述をなし、(証拠略)には、右主張にそう供述記載がある。
なるほど前認定の組合員のストライキ権意識によれば、新行内が口頭による注意ですら、団体行動権に対する重大介入として許しがたい感情で受けとめたことは推測するに難くないが、他方、前認定事実関係によれば新行内としては、もともとわずかの間の充填室向けシュプレヒコールでありすでに扉を開け切ってシュプレヒコールを実施しえているのであるから、そのまま無視して続行することが十分可能であり、かねて、会社側の組合に対する警察導入等によるきびしい対応を熟知しながら、敢えて、当日の予定行動の始まりの時期において、自分の方から先制的、積極的に、手出しをして、会社側に当日のストライキ行動に対する介入の好機を与え、自らに不利益を招来させるには、その原因ないし動機が証拠上不十分という外なく、また、上坂自身、爾後再三の抗議の連続のなかで、一々相手の非をあげて弁解しながら、この新行内の暴行についてはあげた形跡がないが、他方、神田のシュプレヒコールが上坂のスト破りを非難する内容に変わり、爾後組合員は上坂の暴行について抗議し、新行内が前(一)(10)記載の傷害を受けている点並びに(証拠略)、原告神田本人の供述に照らすと、冒頭各証拠部分は俄かに措信しがたく、他に、冒頭主張のうち新行内の右暴行事実を認めるに足る証拠はない。
(2)  (証拠略)及び上坂本人の供述には、(ア)神田のゼッケンを引きちぎったことがない趣旨の、(イ)田野尻にぶつかったことがない旨の、各部分があるが、(イ)については前(一)(10)認定事実に照らし、また右(ア)(イ)ともに(証拠略)に照らしいずれも俄かに措信できない。
(3)  (ア)(証拠略)及び被告神田本人の供述には、マイクをたたき落された後神田は上坂の襟首をゆすぶったことがない旨の部分があり、(イ)(証拠略)及び、証人大谷証言並びに右被告神田、同田野尻、同朴の各本人の供述には、上坂が前記手押車まで後退する間、同人を押したり、衣服をつかんだり、小突いたりしたことはない旨の部分がある。しかしながら、(ア)については、前認定のマイクたたき落しにより神田が立腹逆上したことは容易に推認でき、上坂が、マイクを当てられた痛さと立腹のために、マイクをたたき落すだけで足りずに、ゼッケンまで引きちぎりにかかって行くことはいささか原因ないし動機不足の感をいなめず、神田の右逆上による暴行が契機となったと考える方が自然であり、前認定の上坂の帽子、ネクタイピンが紛失し、ネクタイが曲っていた事実と(証拠略)と上坂本人の供述に照らし俄かに措信できず、(イ)については、前認定のマイクたたき落し、田野尻へのぶつかりによる集団抗議に参加した組合員の激昂と迫り方のほどは、前認定の組合員らのストなど団体行動に対する使用者側の妨害的対応に対する考え方や方針に照らし、相当激しかったことは容易に推認される点と、右(ア)についての判示末記載書証に照らし、俄かに措信できない。
(4)  原告上坂は、請求原因において、組合員らに取り囲まれ小突いたり揺すぶったりして押されたため、手押車に当り、弓なりになり、危く高温の原油脂の上に倒れそうになった旨主張し、(証拠略)、前記証人千貫の証言、上坂本人の供述のなかには右同旨の部分がある。しかしながら、証人千貫の証言するほど危険な事態であれば、同人が急を告げて叫ぶなどの行動がありそうなものであるのに、右行動に出た形跡がなく、また、弓なりになった上坂を、千貫が左腕で三、四秒にわたって支えたという同人の証言部分は、大げさであるとの印象を否めなく、上坂の供述と同記載については、内容が転々と変わりそれ自体不自然である上に、同人のいうほど危険極まりなかったのであれば、後記4(一)(3)(4)の抗議を受けて、反論した際に、この事件を挙げてもよさそうであるのに、これにふれた形跡なく、さらに、前(一)(7)認定の朴の行動と、(証拠略)に照らし、俄かに措信できず、前記原告上坂の主張は理由がない。
(5)  以上の外、前記(一)認定に副わない(証拠略)、原田本人の供述部分は、(証拠略)、上坂本人の供述に照らし措信できない。
(三)  以上のとおりで、他に前(一)認定を覆すに足る証拠はない。したがって、右(一)認定をこえる請求原因主張は理由がない。
4 ホール東南柱付近における暴行について
(一)  (証拠略)によれば、次の事実を認めることができる。
(1)  吉田は組合員が上坂の暴力に抗議しているので自分としても厳格に抗議しておかなければいけないものと考え、前3(一)(7)認定のホール東南側に二本並んでいる柱の西横まで上坂を連れて行き、そこで正面から、両襟をつかみ直して、ゆすりつつ、「ストライキやっとるのにわからんのか。お前何をしとるんじゃ。」と詰問と共に抗議したところ、上坂が吉田に対し「委員長、これどういうことや、暴力ふるうのか。」と詰問したので、吉田は手をはなしたが上坂はこれに対し答えなかった。
(2)  そこへ大谷、田野尻、廣部、朴が寄って来て上坂を囲み、吉田に代わり大谷、田野尻が再び「スト妨害」について抗議したところ、上坂は、この抗議をさけるために前記二本の柱を中心にして少しずつ右回りに回りはじめ、大谷及び上坂を取囲んでいた田野尻、朴らも抗議しながら上坂につづいて右二本の柱の東横にまで回った。その頃、朴は、園山、新行内が後記5(一)(3)のとおり、原田が上坂の方へ来ようとしているのをさえぎっているのを見て、原田が上坂の方に来て紛糾し、右上坂に対する抗議が円滑に行なえなくなるのを防ぐために、園山らに協力するべく同人の方へ行った。
(3)  一方、神田は、前3(一)(8)のとおり、デモ隊をUターンさせて前記ホール東南側二本柱のうち北側柱の手前辺まで誘導して来たところ、吉田、大谷が右二本柱の東横付近で、上坂に抗議しているところを目撃し、デモ指揮者及び分会長として、上坂の行為は労働組合に対する重大な破壊行為として、再度厳密に抗議して謝罪させておくべきものと考え、デモ隊をそのままにして、大谷らの抗議の場へ参加した。そこで、神田は、上坂に対し「お前なんでスト破りするんじゃ。」など非難すると共に、新行内をつきとばしたこと、ゼッケンをひきちぎったこと、田野尻にぶつかったことを逐一列挙して抗議し、田野尻もこれに参加して、「謝れ」などと激しく抗議に同調した。
これに対し、上坂は、新行内をつきとばした点については、「お前らがドアを開けたからや。」と応酬し、その余の二点については弁明せず無言のままであったが、神田のマイクをたたき落した点に対しては、上坂は逆に「お前が当てたからや。」と応酬しつつ神田につめ寄ったところ、神田は、「かすっただけやないか。」と反論するやいなや右手で上坂の左肩付近を強く突き押したため、上坂は二、三歩よろめいて後退したが、柱付近に、二〇リットル入りポリエチレン製の空容器が置いてあったため、それにさまたげられ、その上に尻もちをつく形で座り込んだ。そしてそれを機に組合員らの抗議は終った形となった。
(4)  上坂は、座りこんだ、その直後に右足首に激しい痛みを感じたので、「痛い。」と言って、長ぐつの上から右足首を押え、そのまましばらくポリ容器の上に座り込んでいたが間もなく立ち上がって周辺の組合員に対し「おぼえとれ」と捨てぜりふを残して、びっこをひきながら庶務課事務所の方向へ歩き出した。折から、添加物倉庫入口付近で前進をはばまれていた原田が解放されて、「上坂大丈夫か。」と声をかけて助けに来ようとするのを「もういいですわ。」と辞して、そのまま事務所へ原田と共に引き上げた。
(5)  上坂は、事務所に戻ってまもなく、原田の車で送ってもらって会社の近くの木佐貫診療所の木佐貫章医師の診察を受け、全治一週間を要する右足関節部挫傷の診断を受けた。そして、同日午後、警察に本件につきC事件被告らを告訴した。なお、上坂は、前同年一〇月一五日に右足首を骨折し、同年一一月六日までギブスをはめていたが、右ストライキ当日までには正常に歩行できるまでに回復していた。
以上のとおり認めることができる。
(二)  原告上坂は、請求原因において、(ア)朴、神田、田野尻らも上坂を小突いたこと、(イ)神田がいきなり上坂に飛びかかり、両手で上坂の襟首をつかんで、二回激しく揺さぶった後、原告を突き飛ばしたことを主張し、(証拠略)と右原告本人の供述にも同旨の部分がある。
しかしながらまず、(イ)の点は、当時、神田が左手でマイクを持ち、スピーカーを左肩から下げていたことが同人の供述により認められるので両手で上坂の襟首をつかんで揺さぶるのは、事前の経過事実なくしては無理と思われるが、右経過事実は証拠上認められない。のみならず、右(ア)、(イ)ともに前(一)記載の(証拠略)、証人大谷修の証言、被告ら各本人の供述に照らし、いずれも採用することができず、他に右各主張事実など前(一)認定をこえる請求原因事実を認めるに足る証拠はない。
5 園山の暴行について
(一)  (証拠略)、原告原田、被告朴、同園山各本人の供述によれば、次の事実を認めることができる。
(1)  原田は、同日午前九時四〇分ころまでペンキ塗りをしていたが、組合員らの声が遠くなったので、様子を見に行こうと考え、庶務課現場事務所から工場建物内に入り、充填室内を通って北側の窓から覗いてみたところ、コントロールボックス前で上坂が組合員から抗議を受け、吉田が上坂を連れて行こうとしているところを目撃し、上坂を救出しようとしたが、あわてていたので北側の扉を開けることができず、やむなく中央扉からホール内へ出たところ、組合員数名に取り囲まれたが、原田は、前方(東方)を吉田や他の組合員らとともに歩行している上坂に対し、「上坂、大丈夫か。」と声をかけ、取り囲んでいる組合員らに「事情を説明しろ。」と問いかけた。
(2)  園山は、かねてストに対し暴力的対応をなすときいていた原田の姿を認め、上坂と原田が合流すれば混乱が更に大きくなると思い、原田を取り囲んでいる組合員らに合流し、他の組合員らとともに口々に「上坂がスト破りをした。」等と原田に言った。原田は、上坂を気にして東方に歩を進めたので、園山は、原田を上坂の方向に行かせないために身体の接触も辞さずに腕組みをしたり、両手をあげたりして、原田が上坂の方へ進めないように原田をさえぎりつつ後ずさりして歩き、通函置場の東北端からは、通函に沿って南に向かって両者とも歩行した。そして通函置場の東北端付近からは、原田は、園山一人から、前同様の姿勢で向い合う形で進路の妨害を受けながらこれをさけつつ迂回する形で通函に沿って南進した。以上の間、原田が園山に立ちはだかれながらこれをさけつつ、上坂のところへ行こうとする間に園山との間で、上半身の接触がすることがあったところ、そのうち、上坂が吉田や大谷とそれほどのトラブルもなく話合っている状態であったので、原田はあえて園山をふりほどいてまで上坂の方へ行こうともしなかった。
(3)  園山と原田は、組合事務所とホールの中間点位まで南進した後、ゆるやかに左回りをして東の方に進み、ここで園山同様、原田を上坂の方へ行かせないために合流して来た新行内とともに北進し、クリーム添加物倉庫の南で更に前同目的で合流して来た朴とともにクリーム添加物倉庫の前まで北進した。
(4)  そこで、原田は、右倉庫の扉を背にしてもたれかかり、新行内が原田の体にもたれかかり、朴が、原田に対し、上坂のした行為を詳しく説明し、原田もこれを聞いていたところ、そのうち、上坂が立ち上がって庶務課事務所の方に向かったので、園山らも原田を解放して、その傍から離れた。
以上の事実が認められるにとどまる。
(二)  原告原田は、請求原因において組合員数名が原田の両腕をつかまえて、抗拒不能の状態にしたうえ、園山が原田の左胸部に激しく体当りをした旨主張し、(証拠略)及び同原告本人の供述にも同旨の部分がある。
しかしながら、右各証拠は、園山が、体当りをする直前に何も発言せず、いきなり体当りをしたというのであって、暴行の経緯が唐突の感を感ぜしめ、右原田の記載と供述は、正門前で吉田に当られたより痛みが大きかった、そしてその直後添加物倉庫扉前で解放される際自ら暴行被害の確認をした旨述べながら、右確認のなかに体当りされた暴行を含めていないなど、整合性に欠けるきらいがある。のみならず、前3、4各(一)認定のとおり、上坂の周辺は、突発的な前記神田の最終段階での暴行を除き、急ぎ上坂を救い出す必要を感ぜしめるような緊迫した状態でなかったのであり、右証拠がいうように原田の東進が可能であったこと自体、抗拒不能でなかったことを伺わしめ、さらに、前記原田本人の供述及び同記載によれば、原田はその直後の新行内、吉田委員長に対する抗議の際にも右園山の暴行に言及した形跡なく、ついで出先より帰って来た工場長に対し、留守中の事務報告をなす際も、上坂の受傷について報告しながら、右園山の暴行については報告した形跡がないのである。
以上の諸点に照らし、かつ(証拠略)と対比すれば、前記各証拠部分はいずれも俄かに措信できない。
なお、前認定のとおり、原田が園山をさけつつ迂回して歩く間、両者間に身体接触があったが、この接触のうちに原田主張の左胸部に痛みを感ずるような強い接触があったことは、これを認めるに足る証拠もなく、他に請求原因主張暴行を認めるに足る証拠はない。
よって、前記請求原因部分は理由がない。
三 被告らの責任
1  前二5のとおり、園山の原田に対する請求原因事実は認めることができず、同2(二)認定の事実によれば、吉田は、原田に対し同(8)記載の暴行を加え、原田は、吉田の右暴行により同(10)記載のとおり加療五日間を要する左胸部打撲症の傷害を受けたことが認められるので、吉田は、原田に対し、民法七〇九条に基づき後記損害を賠償すべき責任がある。
2(一) 前二3(一)認定事実によれば、神田は、単独、独断で同(5)記載の上坂の襟首をつかんでの激しく前後に揺さぶる暴行(以下「暴行〈1〉」という)をなしたものというべきである。
(二)  ついで、前同(6)(7)認定のとおり、神田のシュプレヒコールの内容が「上坂のスト破り」を非難するものに変更し、マイクの落下音がしたのを契機に、朴、田野尻ら組合員が抗議のため参集し、吉田以外のC1事件被告全員が、こもごも激しい口調と身体接触も辞さぬ迫まり方で上坂をとりまき抗議し、その過程で、上坂が田野尻に突進してその場を逃れるのに失敗した後は、以前にも増して激しい口調と迫まり方をなしつつ、こもごも上坂を押したり、小突いたりする暴行(以下「暴行〈2〉」という)を混えつつ集団抗議を展開し、コントロールボックス前へ至ったのである。
そして、右吉田を除くその余のC1事件被告らが、自分等集団抗議者の中の者が右暴行〈2〉を混えつつ抗議していることを熟知しつつこれを容認して集団抗議を続行していたことは、右同(6)(7)の事実関係のとおりであり、また、同(5)認定のとおり、同人らは、組合は、本来ストライキ行動のためには業務支障が生じても会社施設利用をなす権利を有し、これに対する抵抗、妨害は、労働者及び組合の団体行動権に対する許し難い侵害と理解し、厳格に抗議し、さらには、謝罪させるのが筋道である旨の共通の考え方を持っていたのである。
以上の事実を総合すれば、吉田以外のC1事件被告らが神田のもとへ参集し、上坂に「スト破り」の抗議を始めた段階で、上坂の「スト破り」に対する集団抗議行動をとることを目的とする相互の意思共同(相手の行為を利用し、利用されていることを相互に認容する意思)と、これによる集団が暗黙裡に成立し、ついで、上坂が田野尻に突き当ったことに対する暴行〈2〉を混えた抗議を展開し始め継続している間に、右意思共同は、身体接触、小突いたり、押したり程度の軽い暴行を含むことも辞さない集団抗議をなす旨の意思共同(以下「軽暴行認容意思共同」という。)に内容が変更したものと推認でき、他に右推認を妨げる証拠もない。ついで、前同(8)認定の吉田が右集団抗議の場に参入し、自らも上坂の襟首をつかんでの連行した後に柱付近で両襟をつかんでゆするに至る暴行(以下「暴行〈3〉」という。)を開始するに及んで、吉田も、前示のところよりすれば、眼前の集団抗議が前記程度の軽い暴行を現に含み、これを辞さない趣旨のものであることは容易に察知したものと推認できるので、この時期より、同人も右軽暴行認容意思共同に参加したものということができる。なお、前同4(一)(2)記載のとおり、朴が、また、前同5(一)(3)記載のとおり、新行内が、それぞれ、ホール東南柱付近での集団抗議の場より離れ、原田のもとへ行ってはいるが、いずれも、右集団抗議の障害防止のための行動であるから、なお、前記軽暴行認容意思共同より離脱したものではなく、また、前3(一)(8)、4(一)(3)記載のとおり神田が一時デモ隊列整理のため右集団抗議の場より離れてはいるが、前同記載の爾後の同人の行動に照らし、同人も右意思共同より一旦たりとも離脱したものではない。
(三)  そして、以上の軽暴行認容意思共同による集団抗議の最終段階で前同4(一)(3)(4)の神田の突き飛ばし暴行(以下「暴行〈4〉」という。)が発生し、ここで右集団抗議が終るのであるところ、前記(一)の神田の単独の暴行〈1〉開始から右(二)の共同意思形成、その内容変更、吉田の参加右暴行〈4〉終了までの間の一連の行動は、意思共同の面においては、右(一)の行動と、右(二)(三)の連続の集団行動とは別個とみられるが、社会的には、上坂の新行内に対する介入行為に端を発した所謂「スト破り」対抗行為として一連一個の一体のものとみられ、これに基づく、被害者上坂にとっても、精神的苦痛については、右社会的に一個とみられる全過程による一個不可分の苦痛を生じたものというべきである。
(四)  そうだとすると、C1事件被告ら全員は、暴行〈4〉による前認容傷害につき民法七〇九条、七一九条(一項前段)の共同不法行為を構成するというべく、右傷害による後記財産上の損害を連帯して賠償すべき義務を有するというべきである。ついで、上坂の暴行〈1〉ないし〈4〉による一個不可分の精神的苦痛については、その発生に共同して寄与したものとして、結局、C1事件被告ら全員が前同七〇九条、七一九条(一項前段)の共同不法行為を構成し、同じく、連帯して、右苦痛に対する慰藉料を支払うべき義務を有することとなる。
四 労組法八条による免責の抗弁
暴力の行使が正当な労働組合の正当な行為と解釈されてはならないことは右労組法一条二項但書の定めるところであり、この趣旨は労組法八条の解釈においても妥当すべきものと解すべきである。そして、前記暴行〈1〉ないし〈4〉がいずれも右暴力の行使に当ることは前述のところより明らかであるから、右〈1〉ないし〈4〉がたとえ争議行為としてなされたものとしても、到底正当なものということはできず、その余の判断に及ぶまでもなく被告らの抗弁(一)は理由がない。
五 損害
1  前二2認定の事実、(証拠略)、原田本人の供述によれば、原田が受傷後当日の昼の痛みは、それ程大した痛みではなかったものの、就寝後寝返りをうったり、深呼吸をしたり、咳をしたりするとき等に強い痛みを覚え、昭和五五年一一月二三日、市立豊中病院において五日間の加療を要する左胸部打撲症の診断を受け、湿布処置と痛み止め薬の投薬を受けたこと、右病院には、右同日、同月二五日、同年一二月四日の三回通院し、一回目に三一九五円、二回目に四三八五円、三回目に五五二〇円をそれぞれ治療費等として支払ったこと、深呼吸の際の痛み解消のために胸サポーターを同年末ころまで使用したことを認めることができ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。
2  前二4認定の事実、(証拠略)、上坂本人の供述によれば、上坂が受傷後しばらくして、同人の足首関節部分が直径五センチメートルの円状に五ミリメートル程盛り上がって腫れたこと、木佐貫診療所において全治一週間を要する右足関節部挫傷の診断を受け、湿布処置と痛み止め薬の投薬を受けたこと、右診療所には、昭和五五年一一月二二日と同年一二月二日の二回通院し、一回目に治療費等として五五二〇円、二回目に治療費として三八八〇円を支払ったこと、受傷の翌日から二、三日間通勤時に自家用の運転困難のため他の管理職による送迎を受けたが、机上事務に支障はなかったものの右足首の痛みは約二週間継続したことを認めることができ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。
3  原田の過失相殺と治療費等の損害
(一)  前二2認定の事実によれば、吉田らが会社構内に許可を得ずに駐車したことにつき吉田が、本件以前のストライキの際にも工場構内の場所に宣伝車を駐車していること、業務の支障になるときは移動させる旨弁明し、原田も従来ストライキの際許可なく宣伝車が構内に駐車しているのをとがめなかったことがあったにもかかわらず、原田は独り、本件のときのみ独特の理由をかまえ、しかも一方的に実力による車の移動を試みようとしたり執擁に抗議し、本件受傷直前には、原田の方から激昂して身体が接着するまでにつめ寄って激しい口調で抗議し、自傷に近い態様で暴行を受けたもので、原田の方にも吉田の本件暴行を誘発した過失があるものというべきである。
右事実及び以上認定の諸事情を考慮すれば、本件吉田の暴行についての原田の過失は、五割と認めるのが相当である。
(二)  よって、原田が吉田に対し、民法七〇九条に基づき請求することができる治療費等の損害は、右五2認定のとおり原田が本件傷害により市立豊中病院に支出を余儀なくされた一万三一〇〇円から、五割の過失相殺をした六五五〇円と認めるのが相当である。
4 上坂の過失相殺と治療費等の損害
(一)  前二3、4認定の事実によれば、本件ストライキ当日、神田らが、充填室の扉の開放が禁止されているのにこれを解放してシュプレヒコールを実施したことにつき一端の責任があるものの、充填室の扉の開放禁止は、本件ストライキ以前には、必らずしも厳格に守られていなかったのであるから、上坂としては新行内に対し有形力を行使する前に、組合の最高責任者である吉田又はデモの指揮者である神田に充填室の扉を閉めるよう組合の組織系統を通して交渉する余地があったものというべきであること、上坂が新行内を押しのけた態様及び神田のマイクを叩き落し、神田のゼッケンを引きちぎった行為が過剰気味ないし挑発的であり、田野尻の左肩にぶつかったこと、並びに、本件受傷直前に右四点につき抗議した神田に対しつめ寄ったことが挑戦的であると認められ、以上の点につき、上坂の方にも、神田らの本件暴行を誘発した過失があるものというべきである。
右事実並びに以上認定の諸事情を総合すれば、本件の神田らの暴行についての上坂の過失は、五割と認めるのが相当である。
(二)  よって、上坂がC事件被告らに対し、民法七〇九条、七一九条に基づき請求することができる治療費等の損害は、右本項1認定のとおり上坂が本件傷害により木佐貫診療所に対し支出を余儀なくされた九四〇〇円から、五割の過失相殺をした四七〇〇円と認めるのが相当である。
5 原田、上坂の慰謝料
原告原田、同上坂の各本人の供述によれば、本訴は会社総務部長の指示に基づき、訴訟費用も会社が負担し、原田、上坂自身は負担しなくてもよい条件で、訴訟代理人の選任等手続一切は会社が代行して提起されたものであることが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
そして、右事実の外、前二1、2ないし4、本項1ないし3各認定の諸事情、並びに、その他前認定の一切の諸事情を総合して判断すれば、原田が前記吉田の門前の暴行により被った精神的苦痛を慰謝するための金銭は、金二万円と認めるのが相当であり、上坂が神田の暴行〈1〉、吉田以外のC1事件被告らの暴行〈2〉、C1事件被告らの暴行〈3〉〈4〉及び〈4〉による傷害により不可分的に被った精神的苦痛を慰謝するための金銭は、金五万円と認めるのが相当である。
六 よって、被告吉田は、原告原田に対し金二万六五五〇円及びこれにつき遅滞に陥ったこと明らかな不法行為の日である昭和五五年一一月二二日の後である同五六年七月一〇日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を、被告吉田、同神田、同朴、同田野尻、同新行内は、連帯して原告上坂に対し、金五万四七〇〇円及びこれにつき遅滞に陥ったこと明らかな前同昭和五六年七月一〇日から右完済まで前同率による前同損害金を、それぞれ支払う義務を有するというべきである。
第四  D事件
一  当事者
白川が組合員であることは、当事者間に争いがない。
二  本件不法行為事実
1  前第二、二認定の事実、並びに(証拠略)、被告組合代表者吉田の供述によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 前第二、二5認定のとおり、昭和五四年一一月五日に、松村らが、組合員である田野尻、朴、廣部に対し、暴行を加え、傷害を与えたので、組合は、同月六・七日ころ、共闘会議の参加各団体に呼びかけて、緊急代表者会議を招集し、その会議で討議した結果、松村に対し、〈1〉 昭和五三年四月二四日に松村らがPLP会館の全国一般の事務所において、吉田、新行内に暴行を加え、傷害を与えたこと、〈2〉 昭和五四年一〇月二〇日に松村らが吉田の自宅に来て家人を脅迫したこと、〈3〉 同年一一月五日に松村らが田野尻・朴・廣部に暴行を加え、傷害を与えたことの三点について抗議し、謝罪を求めること、右松村に対する抗議行動は、昭和五四年一一月一〇日、一一日の両日に松村の自宅において行うこと、右抗議行動の指揮及び責任者は、白川とすることを決定した。
(二) 白川ら組合員及び支援団体員ら一〇数名は、昭和五四年一一月一〇日午前七時ころ、松村宅に赴き、応対に出た妻に対し、右(一)記載の三点につき謝罪を求めに来たので松村に会わせて欲しい旨申し出たが、松村が居留守をつかって白川らの前に出なかったため、白川らは、「松村出てこい。」「組合つぶしはやめろ。」等と数回のシュプレヒコールをして引き揚げた。
(三) 白川ら組合員及び支援団体員らは、前(一)同目的で再度松村に抗議するために、翌一一日午前九時に大阪市平野区平野元町一〇番三二号日本電信電話公社東住吉電話局前に集合することとし、白川は同日午前八時五五分ころから組合員らが集合するのを右電話局前で待機していた。一方、松村は、大阪総評主催の集会に出席するために、同日午前九時一七分ころ自宅を出て、同九時二〇分ころ右電話局前の道路の反対側を歩行中、白川らの姿を認め立ち止まり、白川らもほぼ同じころ松村の姿を認め、「松村だ。」と叫んで組合員らに松村がいることを知らせた。松村は、国鉄関西線平野駅へ行くために右道路を斜め横断しようとしたところ、その道路中央付近で白川ら組合員及び支援団体員の男女一〇数名に取り囲まれた。そこで、白川は松村に対し、「よくも黒川へ来てやったな。」「謝罪せよ」と申し向け、他の組合員らも口々に「謝罪せよ。」と言ったが、松村は、「やっていない。」と言って謝罪を拒んだので、白川は、「こっちへ来い。」と言って松村の腕を引っ張り、他の組合員が松村の体を押す等して松村を右道路中央から右電話局前の路側端まで連行し、同電話局前の石垣を背にして立たせ、その回りを組合員らが半円状に取囲んだ。ここで、白川が更に松村の正面から同人に対し、前(一)記載の三点につき抗議し、その余の組合員らと共に謝罪を求めたところ、松村が、「俺は関係ない。」「やっていない。」と言い張るや、白川は、右松村の態度を卑怯極りないものと立腹し、いきなり松村の左眼の付近の顔面を右手拳で殴打し、このためその拍子に松村のかけていた眼鏡がとれてずり落ちた。なおも、白川らは引続き松村に対し数回にわたり謝罪を求めたが、松村は「謝罪する必要がない。」等と言ってこれを拒みつづけたので、白川は、再び松村の左顔面部を右手拳で殴打し、その余の組合員らは、こもごも松村の左大腿部外側付近を蹴りつけ、更に、白川は、「謝罪せんかい。」「よくもやったな。」と言いながら手拳で松村の腹部を一回殴打した。ここで、白川は、一般市民が遠まきに見ているのに気づき、一旦松村の正面から離れて組合員ら二人にビラを市民に配って松村に対する抗議の趣旨を理解してもらうように指示した後、再び囲みの中にもどり松村の正面から、松村に再び謝罪を求め、「やってもうたるか。」「自分のやったことを覚えてないなら同じようなことをやったろうか。」等と申し向け、松村がそれに対して「殺す気か。」と叫ぶや、白川は「お前みたいな殺したってしやないわ。」などと答える等の応酬があったところ、組合員の一人が白川に対し、市民の人が警察に通報したかも知れない旨耳うちしたので、白川は、最後に松村の右顔面を一回手拳で殴打し、「またやったるからな。覚えておれよ。」と言い残して、約一〇分間に亘った抗議行動を終って、全員で引き揚げた。
(四) 松村は、右白川らの暴行により、加療約一〇日間を要する顔面打撲傷、左大腿部打撲の傷害を受けた。
(五) その後、松村は、全国一般の事務所に暴行被害を受けたことを電話で連絡し、平野警察署へ被害届を提出し、ついで、松村は、羽野病院へ赴き、当直医である岩津医師に受傷個所を説明した上診察を受けたが、その結果、左眼窩部に圧痛、右顔面の耳介部から顎関節にかけて圧痛と軽度の腫脹がみられ、鎮痛剤、消炎剤、湿布外用薬の投与を受けた。
(六) 松村は、右病院の指示により診断書を求めるため、翌一二日にも羽野病院を訪ね、安井医師の診察を受け、その際、左大腿部圧痛と頸部痛のみを訴えたが、その結果、同医師は左大腿部圧痛と右顔面の耳介後部から顎関節部にかけて、長さ約七ないし八センチメートル、幅約三センチメートルの軽度から中等度のびまん性の腫脹がみられる旨の診断をなし、左大腿部に湿布処置をした。しかし、その後は松村は、同月一九日に、同医院から湿布外用薬の投与を受けたのみであった。
以上の事実を認めることができる。
2(一)  ところで、被告らは、白川の暴行を全面的に否認して、(1)松村の供述によれば、松村はほぼ連続して暴行を加えられたというのであるところ、後記岡本は白川らの暴行を目撃していない点と対比すればむしろ暴行の事実は存しなかったというべきである上、(2)当日の受診カルテには松村の左頬の部分の傷害の記載なく、同人自身も翌日受診時に安井医師に対して左頬の痛みを訴えすらしていないのであって、右(1)(2)の事情に照らせば、松村が白川らの暴行事件を意図的に捏造した疑いがある旨主張し、(証拠略)には本件の刑事事件における、白川の、松村に対し、多少のもみあいによる身体的接触はあったものの、暴力を振ったことはない旨の右主張同旨の供述記載があり、たしかに(証拠略)には(1)同旨の、(証拠略)には(2)同旨の各記載がある。
(二)  しかしながら、まず、(証拠略)によれば、本件現場から約一〇〇メートルの場所に居住する岡本晋一は、白川らが抗議行動をしていた前記時刻ころ、人が騒ぐ声を聞いて現場の近くに行き、所用のためその場を離れるまで二ないし三分間、男女一〇数人が一人の眼鏡をかけていない男を取囲み、口々に「謝まれ。」等と言っているところを目撃したが、その際、取囲まれている男が左頬辺を押えながら「この傷どないしてくれんね。」と抗議しているのを聞いたことが認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。
ところで、右(一)(1)の点については、他方(証拠略)(松村の供述調書)は、当日の白川らの松村に対する抗議行動の時間は、約一〇分間にわたって行われたものであり、この間白川は眼鏡をずり落した松村の腹部を殴打してから一旦その場の囲みを離れ、組合員二人にビラを市民に配るように指示し、再び囲みの中に戻って松村に謝罪を求めるやり取りをした後、別れ間際に松村の右顔面を殴打した(腹部に対する暴行と帰る間際の暴行との時間的間隔がほんのしばらくであったとする点は、右抗議行動の所要時間、〈証拠略〉に照らし、記憶違いとみるべきである。)というのである点に照らせば、むしろ、岡本は、白川が松村の腹部に暴行を加えた後に現場付近に到着し、白川が松村の右顔面を殴打する前に現場を去ったものと推認することができるから、同人が直接暴行現場を目撃していないことは別段不自然とはいえず、このことから直ちに白川の暴行がなかったとはいえない。
次に右(一)(2)の点については、(証拠略)によれば、松村は暴行を受けた当日に医師の診察を受けたが、その際左頬の痛みの訴えはなく、診察の結果、松村の訴えどおり左眼窩部に圧痛が認められたことが認められるところ、左眼窩部を指す状態は左頬に掌を当てているようにみえるものであるから、特にその場の受傷部位の確認に別段関心と必要ももたないであろう傍観者の岡本が、右状態を松村が左頬に掌を当てているように見たことは十分にありうることであるから、この点に照らせば、岡本の松村の状況目撃供述記載と受診時に松村が左頬の痛みの訴えていないことは矛盾するものでもなく、また、左頬の受傷がないことから直ちに他の暴行までなかったと推認しうるものでもない。しかして、右(一)(1)(2)両点ともに白川の暴行否定の根拠となしえず、かえって、前認定の岡本の目撃状況と、当日及び翌日の医師の診断にかかる松村の前1(五)(六)認定の負傷状況は松村の(証拠略)による白川の暴行事実に関する供述と符号し、これを推認せしむるに十分である。これに比し、(証拠略)の白川の供述記載は、松村が強引に通りすぎようとするのを腕をつかんで引きとめ石垣附近まで押して行き抗議し、謝罪に対し松村が、卑怯と感じるように言を左右にして頑として謝罪に応じないのに対し、なおも激しく謝罪を要求し、その間眼鏡がずり落ちたことがあり、松村が「殺す気か。」と応酬し、組合員が警察を気にした旨のべながら、全く暴行を否定する点でかえって不自然さをぬぐえない。以上の次第で、(証拠判断略)、被告らの主張は採用できない。そして、他に右1認定を覆すに足る証拠はない。
三  被告らの責任
1  前二認定の事実及び、その余の組合員が白川の松村に対する有形力の行使を当初から制止しようとしたことを認めるに足る証拠がないことを綜合すれば、白川及び本件松村に対する抗議行動に参加したその余の組合員らは、その現場で意思を相通じて、相互に行為者の行為を認容して利用しつつ共同して本件暴行をなしたものと認められるから、各実行行為の全てにつき、民法七一九条(一項前段)七〇九条に基づく責任を負うものと解すべきである。
2  前二1(一)認定の緊急代表者会議で、松村に対する集団による抗議行動を組織決定した際、本件不法行為をなすことまで黙示的にも決定したことは、これを認めるに足る証拠がない。
3  民法七一五条一項にいう「事業」とは、非営利、一時的なものを含み、「使用者」とは、ある者を実質的に指揮監督して仕事をさせる関係にある者をいうことは前示のとおりであるところ、前一、二認定の事実によれば、なるほど白川は、前記共闘会議で選任された者であるが、白川は、組合の組合員であり、組合は、右共闘会議で中心的な役割を担って松村に対する抗議行動につき、抗議の内容、日時、場所等詳細な指示を与えて本件松村に対する抗議行動を実行せしめたものと認められるから、組合は、組合員たる白川に対する指揮、統制権を有するばかりでなく、本件松村に対する抗議行動自体を把えても実質的に指揮、監督して抗議行動をさせた者であるから、右抗議行動のなかでなされた前記白川の松村に対する不法行為につき、白川の使用者として、松村に対し、民法七一五条一項の責任を負うべきことは明らかである。
四  被告らの抗弁について
1  労組法八条による免責
被告らの抗弁(一)は、前第三、四記載と同旨の理由により、その余の判断に及ぶまでもなく主張自体失当である。
2  民法七一五条一項但書による免責
前二認定の事実、並びに(証拠略)、被告組合代表者吉田の供述によれば、組合代表者である吉田は、白川に対し、前二1(1)記載のとおりの指示を与えた際、「白昼衆人看視の中で公明正大にやれ。」「松村の挑発に乗るな」「市民に対する情宣ビラを持って行け。」と注意をし、動員は黒川分会員以外の六団体に対し、各二名ほどの人選を各団体に委ね、特に女性何人とし、男は屈強でない者に限る等の指示までしなかったが結果的に女性が三分の二程を占めることとなったことの事実を認めることができるに止まる。
そして、以上の事実のみでは、なお使用者として被用者の選任、監督につき相当の注意をしたものということはできず、他に本件不法行為の発生の防止するために組合が白川らの選任、監督につき相当の注意をなした事情についての主張、立証はない。
よって、組合の右抗弁も理由がない。
五  損害
1  慰謝料
前二認定の白川らの暴行により、松村は前二1(五)認定のとおりの傷害を受け、それ相応の精神的苦痛を被ったことは明らかである。そして、以上認定の諸事情、とりわけ、前第二3、5、前第四、二認定の諸事情を総合して判断すれば、松村が被った精神的苦痛を慰謝するための金銭は、金五万円と認めるのが相当である。
2  弁護士費用
弁論の全趣旨によれば、松村は、被告らに対する本件損害賠償請求の訴の提起とその追行を、弁護士である訴訟代理人に委任し、相当額の報酬を支払うことを約したことが認められる。そして、被告らの不法行為と相当因果関係にある松村の弁護士費用の損害は、金五〇〇〇円と認めるのが相当である。
六  よって、被告組合及び同白川は連帯して、被告松村に対し、金五万五〇〇〇円及びこれにつき遅滞に陥ったこと明らかな本件不法行為の日である昭和五四年一一月一〇日の後である同五七年一二月一〇日から右完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務を有するというべきである。
第五  結論
よって、第一、八、第二、五、第三、六、第四、六判示のとおりその余の判断に及ぶまでもなく、いずれも不法行為による損害賠償請求権に基づき、(一)A事件請求は、原告山村が被告組合及び同黒川分会に対し、各自金五万円及びこれに対する昭和五五年一〇月二四日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、(二)、B事件請求は、原告組合が、被告会社及び同山村に対し各自金七万七〇〇〇円、被告松村、同熊澤に対し各自金二二万円を、原告田野尻が金八八万円、同廣部が一一万円、同朴が金七万七〇〇〇円、並びに右各金員に対する昭和五五年九月一三日から完済まで前同割合による遅延損害金の支払をそれぞれ被告松村、同熊澤各自に対し求める限度で理由があるからこれを認容し、原告田野尻、同廣部、同朴の被告会社及び同山村に対する各請求及び同松村、同熊澤に対するその余の請求、原告組合の被告会社、同山村、同松村、同熊澤に対するその余の各請求は各失当であるからそれぞれ棄却することとし、(三)、C1事件請求は、原告上坂が被告吉田、同神田、同朴、同田野尻、同新行内に対し、各自金五万四七〇〇円及びこれに対する昭和五六年七月一〇日から完済まで前同割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、上坂の右各被告に対するその余の請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、(四)、C2事件請求は、原告原田が被告吉田に対し、金二万六五五〇円及びこれに対する前同日から完済まで前同割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、原告原田の被告吉田に対するその余の請求、同園山に対する請求は、いずれも失当であるからこれを棄却することとし、(五)、D事件請求は、原告松村が被告組合及び同白川に対し、各自金五万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五七年一二月一〇日から完済まで前同割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については、民訴法八九条、九二条、九三条を適用して、A事件について生じた訴訟費用は、これを三分し、その二を山村の、その余をA事件被告らの負担とし、B事件について生じた訴訟費用中、組合・田野尻・廣部・朴(以下「組合ら」という)に生じた費用はこれを一〇分し、その一を会社・山村(以下「会社ら」という)の、その四を松村・熊澤(以下「松村ら」という)の、その余を組合らの負担とし、会社らに生じた費用はこれを一〇分し、その四を組合らの、その余を会社らの負担とし、松村らに生じた費用はこれを二分し、その一を組合らの、その余を松村らの負担とし、C1事件について生じた訴訟費用は、これを二分し、その一をC1事件被告らの、その余を上坂の負担とし、C2事件について生じた訴訟費用中、原田に生じた費用の二分の一と吉田に生じた費用の二分の一を吉田の負担とし、吉田に生じた費用のその余を原田の負担とし、原田に生じたその余の費用と園山に生じた費用(合計)は原田の負担とし、D事件について生じた訴訟費用は、これを三分し、その二を松村の、その余をD事件被告らの負担とし、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 杉本昭一 裁判官 波床昌則 裁判官田中清は、職務代行終了につき、署名押印することができない。裁判長裁判官 杉本昭一)

 

別紙(1)
○……するような、三十万にも上るような賃金を受け取って、それで君の生活が成り立っているんじゃないか。そんなことがわからないのか。気楽にスクーターなんか乗ってるけれども、その金はどこから出てるんだ。黒川乳業だけで月三十万もらってるんだぞ。組合つぶしのために三十万もらってるんだよ。山村正雄は、そんな仕事を幾つ受け持ってるんだ。大阪市内で幾つ組合つぶしに回ってると思ってるんだ。われわれは山村のおかげでどういう生活に追い込まれているか、君は知っているのか。われわれの生活を見たまえ。われわれは三年前から一切賃上げされていないんだぞ。みんな十万から十二万の賃金で食ってるんだぞ。家族を養ってるんだぞ。夏の一時金も冬の一時金もずっと出てないんだぞ。われわれの怒りがわかるか。君のようにのほほんと大学生活を送っている者にはわからんだろう。君のおやじが何をしてるのか。山村正雄が何をしてるのか。はっきりと自分の目で見たまえ。はっきりとおやじを批判しなければだめだ。おやじを乗り越えない限り、おやじを批判しない限り、君はろくな人間にならないぞ。おやじと同じように労働者をいじめて回って、組合つぶして回って、そういうことでしか生きられない人間になるぞ。君、もう一度自分のおやじをはっきりと見たまえ。われわれがなぜこうまでして、地域住民の皆さんにまで訴えなければならないのか。われわれはこれまで、三年以上にわたって闘いを展開してきたんだ。しかしながら、山村正雄は、資本の意を向けて、資本から金をもらって、われわれ労働組合の前に立ちふさがってる限り、黒川資本とわれわれとの間には、正常な労働関係、労使関係は持ち得てないんだ。黒川資本は、一切を山村に任せきって、団体交渉にも出てこないじゃないか。労使の問題は団体交渉で決着するべきだ。しかしながら、山村がいることによって、黒川資本は団体交渉を拒否してるじゃないか。その結果われわれは、二年前から賃上げされていないんだ。労働条件は一つ一つ剥奪されていくんだ。われわれがその剥奪を許さないために、職場でどれだけ血のにじむような思いをして闘っているか、君にわかるか。われわれは、何も好きこのんでこんなとこへ来ているわけではない。しかしながら山村は、まさに地域においては、市民として、温厚な人物として通っているだろう。しかしながら、その本質というのは一体何だ。労務ゴロじゃないか。元総評の組合幹部をしていて、その経験を生かして、今度は資本に金をもらって、組合つぶしをするために走り回ってるんじゃないか。もともと総評の組合幹部であっただけに、労働組合のことについてはよく知っている。知っておるし、どうすれば労働組合がつぶれるか、つぶせるかということをよく知っているんだ。だからこそ黒川乳業は、月々三十万もの金を払って――三十万というのが、われわれにとってどんな金かわかるか。われわれの給料、賃金の倍にも三倍にも当たるんだぞ。そして、われわれが毎日汗水ぬらして働いてつくった金だ。その金を、資本は労務ゴロ山村正雄に月々三十万も渡して、われわれの組合つぶしをさせているんだ。こんなことが黙ってられるか。われわれは、山村正雄をはっきりと追及しない限り、地域から、われわれの前から、そしてこの地域からはっきりと追放しない限り、われわれの闘いの勝利はないと思っている。このためには、われわれは何度も何度も山村のところに押しかけてくるだろうし、そしてそのことを通じて、地域の住民の皆さんを含めて、山村正雄がどういう人物であるのかということをよく知ってもらいたい。
○地域住民の皆さんに、再度、われわれ関西単一労働組合、そして黒川乳業分会、そして黒川乳業分会支援共闘会議の名をもって、この山村正雄がいかにわれわれ労働組合をつぶそうとして躍起になっているか、その真実の姿を訴えたいと思います。喫茶店用のフレッシュであるとか、あるいは業務用の牛乳であるとか、そして学校給食用の牛乳であるとかを製造、販売している黒川乳業、本社は南森町にあります。そして工場は豊中にあります。この黒川乳業において、われわれは七二年に関西単一労働組合の分会を結成しました。組合ができたわけです。その中で、それまであった低い賃金を、大幅な賃上げでもって高くし、そして男女同一労働、同一賃金を勝ち取り、そして同じ仕事をしている者には同じように賃金を支払うという、同一労働、同一賃金の原則をも勝ち取りました。それだけではありません。一般的には当然とされているところのパート、嘱託、アルバイト、そういった労働者に対する差別的な取り扱い、雇用形態をやめさせ、総評を含めた既成の労働組合では絶対に勝ち取れなかったところの、差別的な労働形態を一掃させました。しかしながら、このことによって利潤が上がらなくなったと見た黒川乳業資本は、労務ゴロ池田善実を導入して、七四年のわれわれの夏一時金の闘争に対して、暴力的な解決でもって、われわれの側に十数名の負傷者を出すというような暴力的な弾圧によって、われわれに対する組合破壊攻撃をかけてきました。しかしながらわれわれは、そういった組合つぶしに断固として闘い、そしてわれわれの勝ち取ってきた労働条件を守ってきました。したがって、われわれの組合がつぶれないと見たところの黒川乳業資本は、池田善実ではもの足りないとして、池田善実の親分であるところの労務ゴロ山村正雄を導入して、われわれ組合に対する組織的な破壊攻撃をかけてきたわけです。山村正雄は、文字どおり、われわれ関単労を破壊する、組合つぶしをやる、その陣頭指揮をもって、会社再建案なるところのわれわれの労働条件、そして賃金を含めたところの、実際これまで勝ち取ってきたところの権利を一切剥奪する会社再建案なるものを提出し、これをのまなければ賃上げを行わないというふうな形で、われわれに敵対してきたわけです。しかしながら、そういった会社再建案というものは、われわれは絶対に認めることはできません。こういった再建案を認めるならば、われわれ労働者の賃金は低められてしまうし、そして労働者の間の賃金はばらばらにされてしまうし、同じような仕事をしていても賃金は全く違うというふうな、差別的な雇用形態が復活するし、そういったものは絶対認められないということで、われわれは断固として闘いを展開してきました。こういった中で大阪地方裁判所は、われわれの訴えを取り上げて、そして、われわれを会社は週休一日制をとらない限り、賃上げも一時金も支払わないということは不当であるとして、われわれのこれまで勝ち取ってきた労働条件をそのまま行使していくことが、大阪地方裁判所の仮処分裁判においても認められてきたわけです。しかしながら黒川資本は、この労務ゴロ池田、山村正雄を使って、黒川乳業にあるところのもう一つの組合、第二組合ですけれども、全国一般第二組合黒川労組を、総評全国一般大阪地本に加入させることでもって、その二組の一部御用分子をたらし込んで、会社の差別的な労働条件を一切剥奪するところの、その攻撃に屈服したわけです。われわれは、この黒川資本と、そして労務ゴロと、そして総評全国一般大阪地本、一体となった、わが組合つぶしの攻撃に対して、現在職場においても、断固とした抵抗闘争をもって闘いを貫徹しております。そして、この黒川乳業の闘いを絶対的に勝利に導くために、先ごろ九月六日に、大阪において、関西において、階級的に労働者の権利を本当に守って闘っていくところの労働組合、多くの労働組合の結集をもって、黒川乳業闘争支援共闘会議を結成し、並びに大きな闘いに第一歩を踏み出しているわけです。われわれがとりわけ重要だと思っているのは、この労務ゴロ山村正雄を、われわれの前から徹底的に追放していく、そういった闘いです。この山村正雄は、この地域社会において、文字どおり温厚な市民として通っているだろうけれども、その本質は、本当の仕事というのは一体何をやっているのか。山村は、元総評全印総連大阪地本の幹部であったわけです。すなわち、労働組合については一から十まで、隅から隅まで知っている。山村は、そういった自分の経験を十分に利用して、今度は労働組合をやめて、資本から金をもらって、労働組合をつぶす仕事についたわけです。山村正雄が労務ゴロとして、資本に金をもらって組合つぶしに回っているのは、われわれ黒川乳業の会社だけではありません。大阪において、本当の意味で労働者の権利を思って闘っている労働組合を資本がつぶそうとしたとき、文字どおり、この山村正雄はその資本から金をもらって、その最前線に立って、ときには暴力をもってまで組合つぶしを行ってくる、そういった仕事をして歩き回っている。文字どおり、この家をどのぐらいの価格で買ったのか知らないけれども、まさにわれわれ労働者には一生かかっても持てないような家を、山村は、こうして組合つぶしをして歩き回ってつくった金で、こうした大きな家を建てて、市民として住んでいる。われわれは、こういった山村を絶対に許すことはできません。山村が入ることでもって、黒川資本は、この山村の指導のもとに、二年間余りにわたって、われわれとの間で団体交渉を行っていません。労働組合と資本とのいろいろな問題は、団体交渉において取り決められるはずですけれども、まさにこの山村の指導によって、黒川資本は、この不況の折に当たって、不当にも団体交渉を一切行っていません。その結果われわれは、七七年から一切賃上げも行われていないし、そして夏の一時金も、冬の一時金も支払われないというふうな目に遭っています。山村は、黒川資本で、月々、会社顧問料としてもらっている三十数万円の金というのは、まさにわれわれ労働者が月々得ている賃金、十万から十二、三万にしかすぎない、この金の二倍にも三倍にも当たるわけです。山村は、こうして大きな家を買って、そして家族を養っている、その金は、われわれが毎日汗水たらして働いてつくった金の中から、黒川資本が、われわれの組合をつぶすために三十数万も支払ってるわけです。われわれは、こういった山村正雄を断じて許すことはできません。山村正雄をわれわれの前から追放しない限り、われわれ黒川乳業闘争の勝利はあり得ないであろうし、そして、こういうことを、われわれは、こうして地域住民の皆さんに山村正雄の真実の姿がどんなものであるかを知っていただくために、こうして山村の家まで糾弾に来ているわけです。
○本日は終わり。
○ええっ。何言ってるんだ。 山村と闘ってるんじゃないか。 ために、賃上げしてない、一時金を出さないために、 できないんだよ。
○皆さん、地域住民の皆さん、われわれはこうして、山村の家に糾弾に来、そしてマイクで地域住民の皆さんに、山村正雄の正体が一体どんなものであるのかということを暴露しているときに、あの大学生であるところの山村正雄の息子は、バイクでもって、私の方に向かって突っ込んでくるというふうなことまでやっています。
○駐車禁止やで。
○こんなこのとは何だ。
○生活がかかってるんだ。 どうしてくれるんだよ。ええっ。知らないって、おまえの亭主がやってるんじゃないか。
○あんたの亭主のお金で食べてるんじゃないの、あんた。そうでしょ。どうして知らんと言い切れるの。
○暴力を振るって組合つぶしをやってな。
○自分の生活や自分の子供だけ守ったらいいのか。そうでしょ。
○どん底で生活してるやつなんかな、そんな ないんだよ。
○ あんたの亭主がや るんじゃないの。あんたの亭主が、そういうことやられるだけのことをやってるのよ。あんたの亭主に言ったらいいよ、責任は。
○何でそんなこと言うの。ちゃんとわかってるのと違う。
(多数の声重複)
○労務ゴロだ。ええっ、おまえさんとこの亭主は、一日何時間机の前に座ってるんだよ。一時間座って、三十万取ってるんじゃないか。組合つぶしをやって。ええっ。そうじゃないか。おまえさんの亭主、認めてるんだぞ。ちゃんと言いなさい。
(バイクの排気音通過)
(シュプレヒコール続く)
○シュプレヒコール!(オー!) 黒川乳業の組合つぶしを許さないぞ!(〃) 労務ゴロ山村を使った組合つぶしを許さないぞ!(〃) 兵糧攻めを許さないぞ!(〃) 三年間にも上る賃上げ兵糧攻めを許さないぞ!(〃) 団体交渉拒否を許さないぞ!(〃) 直ちに団体交渉を行え!(〃) 山村は直ちに団体交渉を行え!(〃) 山村を追放するぞ! 山村を追放するぞ!(〃) 社会的に追放するぞ!(〃) 山村は組合つぶしをやめろ!(〃)黒川乳業から出ていけ!(〃) われわれは闘うぞ!(〃) 山村を追い出すまで闘うぞ!(〃) 労務ゴロ山村を追放するぞ!(〃) 組合破壊攻撃を粉砕するぞ!(〃) われわれは闘うぞ!(〃) 勝利まで闘うぞ!(〃) 闘うぞ!(〃) 勝利するぞ!(〃) 闘うぞ!(〃)
(録音終了)

別紙(2)
○……全国一般のみんなが、あるいは国家権力を動員し、われわれをつぶそうとしている。われわれは絶対に許すわけにはいかない。われわれは断固として闘う。山村正雄を追放する。社会的に葬り去る。組合は山村のような男は絶対に許すわけにいかない。
地域住民の皆さん、私たちは関西単一労働組合と黒川乳業闘争支援共闘会議です。私たちは本日、黒川乳業闘争をぶっつぶし、組合をつぶしている極悪人、労務ゴロ・山村正雄に対する糾弾のために、ここに来ています。地域住民の皆さん、私たちはこの間、皆さんに対しても、マイクや、あるいはビラで、黒川乳業の組合つぶしについて、そしてまた、この組合つぶしの張本人であるところの、組合つぶしを専門とする、職業とする、それでもって飯を食っているところの、この山村正雄の真実の姿について皆さんに明らかにしてきました。私たちは……、私たちはこの山村正雄によって、すでに三年半にわたって一時金、賃上げがなされてません。私たちの生活は、これをもって実に七年間、被害を及ぼしています。私たちはこの山村労務ゴロの果たしている役割と、労働者に対する生活と権利を剥奪する役割を、その犯罪的な役割を絶対に許すことができません。山村正雄は、単に私たちの組合つぶしのために、私たちの生活や権利を破壊しているだけでなしに、私たちの組合に対して、生活と暮らしを守る会である、そういう集団の中にいる池田善実や尾崎政市らを使って、私たちの組合に対する暴力的な介入を繰り返しています。池田善実らは、人権と暮らしを守る会を、この山村正雄が弁護士をし、そして自分の子分である池田らは、はっきりと私たちの組合に対して、暴力でもって、私たちの組合員を順々にけがをさせるという、そういった悪らつな組合つぶしを行っています。あるいはまた、昨年の二月においては、この労務ゴロと山村たちと癒着したところの全国一般大阪地本の腐敗分子たちが、私たちの組合の委員長や、あるいは分会長を二時間半にもわたり、組合による、組合のためにということで、殴る、けるのリンチを加えています。このように、まさしく労働者が労働者として生きる、労働者が労働者としてあたりまえのことを言う、権利を主張することに対して、三年半にわたらんとする賃上げ、一時金を支払わないで、私たちの生活を破壊するだけではなしに、そういった観点で抗議をすれば、あるいは総決起をすれば、暴力でもって、テロリンチでもって、肉体的に抹殺せんとする、そのような悪らつな行為を行っているわけです。生活と暮らしを守る会という看板を二つも、もっともらしい看板を持ちながら、やっていることは、このように徹底した労働者の権利と生きる道を断つ、そのような非常に反社会的な行為を行ってきます。山村正雄は元全印総連大阪地連の組合幹部であったし、大阪総評の組合幹部であったり、あるいはまた、労働委員会という国家機関の労働者側の参与委員であったし、そのように労働者の、労働組合の重要な役職を果たしながら、そういった経験を逆に組合つぶしのために使っています。いままで労働者の味方をして闘ってきたかに見えることが全く逆で、それはまさしく、いま労働者の生き血を吸う、そのような行為となって、資本となって、現在私たちに襲いかかってきています。山村正雄は私たちの闘いの中で、大阪地方労働委員会が出した、中央の労働委員会として、その労働という言葉に大きなこだわりを持っています。この労働委員会の場で山村正雄は、ゴロツキとは一体何かということを私たちに質問しました。みずからゴロツキであることを、どういうことか。はっきりと自分の良心の苛責に耐えきれないのかどうか知らないけれども、社会的に体面が悪いというふうに思うのかどうか知らないけれども、ゴロツキとは何かというふうな質問を発する労務ゴロが、われわれとしては明らかです。みずからの本性をわれわれに問いかける。質問をする。まさしく彼のその本質が、社会的には民主化をして通りたい。しかし陰に隠れて極悪非道なことをしている、こういったことをごまかすための、あるいはそのものについて、あくまでも自分は紳士であったと言い張ってきたり、また、その次にわれわれが、このような言葉でもってあらわれるだろうと思います。地域住民の皆さん、山村正雄はこのように世間に対しては、自分は紳士である。自分は市民である。自分は平和な住民であるということを繰り返して言うだろうし、それで町内会のその形成に向けても、いかにももっともらしい形で参画しているかもしれません。しかし皆さん、山村正雄が言う、労働者の生き血をすすって生きているこのダニが、まさしくこのやっていること、言葉になってあらわれていることと、逆にいかに非人間的に、まさしく反労働者的に、絶対に許すことができない腐敗、堕落ぶりを示しているわけです。山村正雄が私たちのこの闘いの中で、みずから争議の現場にあらわれようとはしません。彼はこの十月の の私たちの抗議に対して、社長や、あるいはまた、自分一人では来れないものだから、自分の手下であるところの池田善実や尾崎政市などを引き連れて、黒川乳業の工場の隣にある駐車場の中で、こそこそと陰謀会議を行っているわけです。私たちの面前にあらわれて、はっきりとものを言うということを全くしないで、そして警察を導入すれば、こそこそとわれわれの面前から消え去っていきます。このように実にひきょう極まりない内容を示してきました。いまは組合つぶしの先頭に、組合つぶしの先頭にいるとするならば、はっきりとわれわれのストライキの前にあらわれるべきではないでしょうか。ところがそういったことについては、自分は全手下どもに取り囲まれて、前に出ようとしないんです。そしてもうけるときだけは、分会員の生き血を吸ってもうける。このひきょう極まりない、実に悪賢い、こういったヤカラが山村正雄であるわけです。山村正雄はいま、私たちの組合つぶしのために、いまから三年前において三十万の謝礼を黒川乳業から受け取っておりました。昨年、あるいはことしと、黒川直明という黒川乳業の息子である専務が、私たちに言った言葉によりますと、約十五万の賃上げをしたそうであります。役員については。私たちには一銭も金を払わない。そういったことをしながら、やつらはそういうことでもうけている、ということであります。私たちは、そういった意味で、山村正雄が一昨年三十万であったのが、さらに十五万ぐらい上がっているかもしれない。労働者の生き血を吸って生きている彼らが、まさしく私たちの生活を破壊をしているということを断じて許すことができません。地域住民の皆さん、私たちがそういった意味で断固としてこの私たちの組合をつぶすヤカラ、ダニ、人の皮をかぶったケダモノ、このような男を絶対許さないで、断固として闘うことを明らかにし、皆さんの支援と、そしてご理解を要請したいと思います。
(シュプレヒコール始まる)
○シュプレヒコール!(オー!)山村正雄を追放するぞ!(〃) 黒川乳業の組合つぶしを許さんぞ!(〃) 関単労破壊攻撃を許さんぞ!(〃) 国家権力を使った組合つぶしを許さんぞ!(〃) 会社の横暴を許さんぞ!(〃) 再建案を粉砕するぞ!(〃) 再建案を粉砕するぞ!(〃)合理化攻撃を粉砕するぞ!(〃) 団体交渉拒否を許さんぞ!(〃)
団体交渉拒否を許さんぞ!(〃) 労働者攻撃を粉砕するぞ!(〃) 労働者攻撃を粉砕するぞ!(〃) 全国一般の腐敗分子の一派を許さんぞ!(〃) 松村一派を許さないぞ!(〃) 松村一派を大阪労働界から放逐するぞ!(〃) われわれは闘うぞ!(〃) 支援共闘会議は闘うぞ!(〃) 山村正雄を追放するぞ!(〃) 社会的に葬るぞ!(〃)
われわれは闘うぞ!(〃) 山村正雄を追放するぞ!(〃) 追放するまで闘うぞ!(〃) 組合つぶしを粉砕するまで闘うぞ!(〃) 関単労は闘うぞ!(〃) 支援共闘会議は闘うぞ!(〃) 支援共闘会議は闘うぞ!(〃) 勝利するまで闘うぞ!(〃) 勝利するぞ!(〃) 闘うぞ!(〃) 勝利するぞ!(〃) 闘うぞ!(〃)
○桜井町に住むすべての住民の皆さんに、朝早くからお騒がせするわけですけれども、私たちは関西単一労働組合と支援共闘会議の者です。この桜井町に住む山村正雄を私たちは絶対に許すわけにいきません。なぜならば、彼は現在、黒川乳業に雇われている労務ゴロであり、私たちの組合をつぶす目的で雇われ、その間、三年半にわたる団体交渉を拒否し、あるいは賃上げ、一時金を三年間も支払わないでいます。その間の争議の経過を報告していきたいと思います。
私たちは七二年の暮れに黒川乳業において組合を結成しました。結成以前の労働者の状態はどうだったのか、多くの未組織のところもそうですけれども、非常に低い賃金、そして劣悪な労働条件のもとに置かれ、私たちは月に三日も休めない状態でした。それで業務形態が違うということで、一般労働者あるいはパート労働者、あるいはほかの労働者は、べらぼうに低い賃金とされ、私たちはこのような状態のもとで、あたりまえの、労働者としてのあたりまえの生活をし、権利を守るために、七二年の末に結成しました。私たちの結成に驚いた黒川資本は、三日後に会社の手によって黒川乳業労働組合なるものをデッチ上げ、この黒川乳業の組合は、豊富なカタリと、等の特典に恵まれ、明らかに会社がつくったと思われる組合 私たちはこの黒川労組、第二組合を絶対に許さぬ、ストライキをもって労働者の権利として、生活を守るために、労働上そして労働条件の向上をかち取ってきました。これは何よりも、現在、多くの労働事件が発生しているところの の問題、あるいは 問題等の労働者をいじめている中にあって、私たちはその賃金形態と、 差別を一体になって、ばらばらの賃金を出さんとしているさらには の差別を許さないために、男女同一賃金を確保する闘いを闘い抜いてきました。その結果、私たちの黒川乳業では、このような賃金による差別、あるいは労働条件、 差別は一切なくなりました。このような私たちの基本的な闘いによって、以前のようなぼろもうけが歴然とした黒川資本は、七四年の夏期一時金闘争によって、私たちが団体交渉を行いたいということに対して……
(録音中断)
○……そして黒川乳業闘争の支援共闘会議が最後の訴えを行っていきたいと思います。関西単一労働組合、黒川乳業分会は、あの七七年度の賃上げ、一時金を一切支払わないという黒川乳業の関単労つぶしを目的とする、その中で、そして会社再建案という名目によるところの労働条件の全面的な剥奪と、一切を せんとするところ、わが関単労に対する腐敗分子に対して、三年にものぼるところの 闘いをやってきたわけです。そして去る十月九日、黒川乳業において、支援共闘会議の第二波の行動として、工場ストライキを貫徹したわけです。しかしながら黒川資本は、大阪府警豊中署の制服、私服合わせて四十数名もの官権を導入することによって、われわれのストライキを破壊してきました。この黒川乳業の官権を使ったところのストライキ破壊を陰で助けんとして走り回って日参し、指導したのは、必ずこのここに住むところの山村正雄、労務ゴロ・山村正雄であるということを、われわれははっきりと明らかにしておきたいと考えます。山村正雄は会社再建案を作成して、そしてこの関単労を破壊せんがために……、会社再建案なるものを貫徹せんとして、そしてそのために、黒川乳業において、労働者の権利と自由を真に守って闘っているところのわが関西単一労働組合がじゃまであるとして、わが関単労を 勝利を確認して、引き続き することによって、われわれ関単労に対する破壊攻撃をしてきたんです。そしてこの労務ゴロ・山村正雄は、全面的な指導のもとに、黒川乳業資本は、七七年からこの間、三年にもわたって一切の団体交渉を行わんというふうな形で、そして賃上げ、一時金さえ支給しないというふうな形でもって、われわれに対する破壊攻撃をしてきたわけです。しかしながら、われわれはこういった破壊攻撃に屈することなく、断固として闘争を継続しているわけです。われわれは、黒川資本とわれわれとの間の会社によって、正常な団交が一切持たれない。その指導をしているのは、ほかならぬ、ここに住む労務ゴロ・山村正雄であることから、はっきりと山村を黒川乳業から、そしてこの労働運動のただ指導することなしには、黒川乳業闘争の支援、 はあり得ない。そして山村だけではなく、真にその子分としていろんな行為をしている組合、組合員に対して、組合破壊攻撃を承っているところの労務ゴロ・山村正雄の子分であるところの池田善実であるとか、あるいは尾崎政市等々、人権と暮らしを守る会に巣くう労務ゴロどもを徹底的に、社会的に追放し、葬り去ることなしには、黒川乳業闘争の勝利はあり得ないと考えています。それでこそわれわれは、一切われわれの前に出てこない山村正雄に対し、こうして山村の自宅にまで赴いて糾弾をしているわけです。われわれの闘争に対する絶大な支援を再度地域住民の皆様方に訴えるとともに、この山村正雄をこの桜井町から追放する、そういった闘いを の皆さんを含めて、ご理解くださることを再度訴えて、山村追放の関西単一労働組合、そして黒川乳業闘争支援共闘会議よりの訴えにしたいと思います。
(シュプレヒコール始まる)
○シュプレヒコール!(オー!)シュプレヒコール!(オー!)労務ゴロ・山村を追放!(〃) 労務ゴロ・山村正雄を追放するぞ!(〃) 労務ゴロ・山村を黒川から追放するぞ!(〃) 労務ゴロ・山村を黒川から追放するぞ!(〃) 労務ゴロ・山村を社会的に葬り去るぞ!(〃) 労務ゴロ・山村を社会的に葬り去るぞ!(〃) 関単労は闘うぞ!(〃) 支援共闘会議は闘うぞ!(〃) 黒川乳業の組合つぶし粉砕!(〃) 黒川乳業の組合つぶしを粉砕するぞ!(〃) 会社再建案を粉砕するぞ!(〃) 会社再建案を粉砕するぞ!(〃) 賃金体系改悪粉砕!(〃) 業務差別強化粉砕!(〃) 全面的な合理化粉砕!(〃) 組合つぶしを許さんぞ!(〃) 組合つぶしを許さんぞ!(〃) 週休二日制を守り抜くぞ!(〃) すべての労働者に適用させるぞ!(〃) 週休二日制を守り抜くぞ!(〃) 関単労は闘うぞ!(〃) 支援共闘会議は闘うぞ!(〃) 資本と一体の全国一般一切の組合つぶし粉砕!(〃) 企業、労務ゴロ、二組一体の組合つぶしを粉砕するぞ!(〃) 労務ゴロ・山村を追放するぞ!(〃) 労務ゴロ・山村を追放するぞ!(〃) われわれは闘うぞ!(〃) 黒川闘争に勝利するぞ!(〃) 関単労は闘うぞ!(〃) 支援共闘会議は闘うぞ!(〃) 勝利するまで闘うぞ!(〃) がんばろう!(〃) 闘うぞ!(〃) 勝利するぞ!(〃) 闘うぞ!(〃)
○山村、また来るぞ。
(録音終了)

別紙(3)
○団体交渉を拒否する、そのような行為に対しても、われわれは断じて許すことはできない。われわれは、団体交渉を拒否した張本人は、山村君ではないのか。七七年の十一月十九日の団体交渉においてしかり、本年四月三日の団体交渉においてしかり。さらにまた、六月二十七日に行われた団体交渉においてしかり。すべて一切、あたりまえの正常な団体交渉をぶち壊したのは、一体だれか。山村正雄、君じゃないのか。そのような団体交渉を拒否をして、四年間にわたって、われわれの一時金や賃上げをしないということは、まさしくわれわれの兵糧を攻めることによって、われわれの生活と、労働と、労働組合を破壊せんという悪質な許しがたい行為とわれわれは思う。われわれは、会社の、そして山村正雄のこういった行為を断じて許すことはできない。われわれは、現実の山村正雄に対するこの闘いを絶対にやめるわけにはいかない。現実の労働者に対する弾圧である。労働組合に対しての弾圧である。その道理が決して通るわけはないのだ。われわれは、この間のはっきりとした君の弾圧行為を、会社においても、そして君の自宅においても抗議をしてきた。しかし、山村正雄は、一体われわれに、一言たりとも謝罪をしたのか。われわれの、労働者が、十一月の五日の日に松村たちの暴力によってけがをさせられて、現在も苦しんでいるこの現実を、君は良心の苛責を覚えないのか。労働者が、まさしく君たち一体となった暴力によって、このように現在も苦しんでいるこの現状を、われわれは断じて許すことができない。われわれは、山村正雄のこのような、まさしく腐敗、堕落をした、労働者に対する敵対を、断じて許すことができないだろう。山村正雄出て来い。君は実に卑劣なふざけた態度を取っている。労働者の当然の権利を、まさしく住民を表に立てることによって剥奪せんとし、いまだ一度も出て来ないではないか。われわれは返答を得てないではないか。地域住民が、はっきりと、われわれに対するそのような要請などは、まさしく、山村正雄、おまえのその原因によって起こっていることを忘れるな。
われわれは、地域の住民の、そういった人たちを前面に立てて、自ら引っ込んでいる、そういう君の卑劣な行為こそ、われわれは粉砕する。まさしく、君の行っていることは、すべてそうではないのか。松村たちを扇動して、われわれに暴力行為を行った。それが君の態度ではないのか。会社に対して、まさしく、われわれの生きる権利を奪う、そういう常軌を逸した、それが君の態度ではないのか。ストライキにおいても、前面に出て来ず、うしろにこそこそと逃げるような、それが君の態度ではないのか。労働組合が、当然の権利として、このような話し合いにあたり、君の指揮によって起っているところの暴力行為が、労働者に対して許されるのであるなら、君は、自らわれわれに正面から敵対をしたければ、正々堂々と表へ出て来い。表へ出て来て、われわれとまともな一度話をしたらどうだ。
われわれは、このような卑劣を山村を断じて許すことができない。労働者が、一体いままで四年間にわたって、君の組合つぶしに対して、何回も抗議をしてきた。自宅に対しても、何回かそのことをもって抗議が行われてきた。しかし、君の態度は、一体何であったのか。一切そのようなものを無視し、それから、われわれに対する敵対ばかりやったのか、われわれは、あらゆる君らの、そのような攻撃や無視やら、あるいは一切の住民を前にさせてうしろに引っ込むような、そのような卑劣な行為は断じて許さないだろうし、絶対に君のその仮面をはぎ取って、君の本質を全住民と全労働者の前で明らかにし、徹底的に社会的に追放するまで、君の考える姿を明らかにしていく。われわれは、君のまさしく存在によって、われわれの生活がめちゃめちゃにされている。そのような張本人が、われわれの生活をめちゃめちゃにしている張本人が山村正雄、われわれが断じて許すわけにいかないのだ。われわれは、このような山村正雄を、はっきりと、最後の最後まで、その本質や、骨の髄まで明らかになるまで、そして、全労働者の、市民の中から放逐されるまで、断固として闘いを推し進めていくだろう。
○シュプレヒコール。黒川乳業の暴力的な組合つぶしを粉砕しよう。(〃) その指導者である山村正雄を徹底してやっつけよう。(〃) 山村正雄を追放するぞ。(〃) 社会的に追放するぞ。(〃) われわれは追放するぞ。(〃) 追放するまで闘うぞ。(〃) 山村正雄の を許さないぞ。(〃) 組合つぶしの介入を許さないぞ。(〃) すべての組合つぶしの介入を許さないぞ。(〃) われわれは許さないぞ。(〃) 勝利がくるまで闘うぞ。(〃) 全国一般の松村一派テロリストを許さないぞ。(〃) 会社と一体となったテロリストを許さないぞ。(〃) 謝罪をかち取るまで闘うぞ。(〃) 賃上げ一時金をかち取るまで闘うぞ。(〃) 兵糧攻めを粉砕するまで闘うぞ。(〃) 合理化攻撃を粉砕するぞ。(〃) 再建案を粉砕するぞ。(〃) 山村正雄を追放するまで闘うぞ。(〃) 謝罪をかち取るまで闘うぞ。(〃) 関単労は闘うぞ。(〃) 支援共闘会議は闘うぞ。(〃) 最後の最後まで闘うぞ。(〃) 闘うぞ。闘うぞ。闘うぞ。(〃)
○大体うるさいですわ。やかましいですわ。
○地域住民の皆さん。私たちは、関西単一労働組合と黒川乳業闘争を支援しておる共闘会議の者です。本日、われわれが、この山村正雄に対する団体交渉の要求と抗議行動は、仲間の ということを明らかにしておきたいと思います。
○もっとマイク使わんと言うてもらえませんか。迷惑ですわ。
○この桜井三丁目に住んでいる山村正雄は、人権とくらしを守る会、いかにも労働者あるいは市民の生活を守るというふうな看板を掲げているわけですけれども、その本質は、争議の組合に、争議の会社に介入し、そして労働組合をつぶし、労働者の労働条件と生活を破壊する目的を持ってあらゆる暴力的な態度等々を行っている人物であります。そのくらしと人権を守る会の専務理事をしているわけであります。その山村正雄が、黒川乳業に四年前に入り、そして、それまで、私たち関単労と黒川乳業の対話が一定の労使間であったにもかかわらず、この労務ゴロ山村正雄が入ることによって、全面的な組合つぶしと、労働者、労働組合の権利を一切否定し、労働組合をつぶすというふうな目的で、あくまでも攻撃をしかけてきています。彼は、会社に三十万で雇われているわけである。いわゆる労務顧問と称して、その実は、会社に二、三回、そしてたまにしか来ない。これを見てもはっきりしているだろうと思います。それも、会社の労務顧問ではなくして、はっきりと組合をつぶす労務ゴロとして活躍しているわけであります。そして、その攻撃の数々は、まず私たちの組合との団体交渉を拒否する、そして、私たちが守り抜いているところの労働条件を剥奪する、そして、私たちは、これにも屈しないと見るや、暴力的に組合をつぶす、そのあらわれが、昨年の十月二十日、わが組合事務所に会社役員、職制、そして山村正雄、その息子を連れての組合事務所への乱入であります。彼らは、組合事務所に乱入し、われわれの本部の書記長である書記長に対し、テープカッターを投げる、あるいはパイプいすを振り上げる等の暴力行為を行うほか、私たちの事務所内にあったビラ一千枚を、労務ゴロ山村とその息子が、暴力的に奪い去っていきました。これは、はっきりとわが組合を暴力的につぶす攻撃にほかならないであろうと思います。そして、さらには、この山村と密接な関係にある全国一般の松村勝正、そして、前田らは、昨年の十一月三日の日に、わが関単労の黒川乳業分会員三名に対して、松村、今川ら、対暴力分子ら八名は、勤務中のこの組合員に対して、白昼公然となぐるけるの暴行を働いたのです。そして、彼らは、わが組合員に、謝罪文を書かすという暴挙さえ行ったわけであります。
この謝罪文を書く場所を提供したのは、ほかならないこの山村正雄、さらには会社であったわけであります。この行為から見ても、山村正雄、会社、そして全国一般の対暴力分子、松村、今川らは一体であることが証明されるだろうと思います。労務ゴロと、そして総評全国一般の対暴力分子、組合の仮面をかぶった松村一派、これらの癒着ははっきりしているだろうと思います。これらの暴力的な組合つぶしの先頭に立っているのが、この山村正雄であります。
私たちは、この間闘い抜いてきたわけでありますけれども、山村は、一切われわれの前に姿をあらわさない。そして、団体交渉を行って逃げている。このような中にあって、私たちは、この山村正雄の自宅に団体交渉の要求に来ざるを得ないわけであります。そして、単に、山村だけではなくして、山村の息子、そして女房が一体となってわれわれの組合つぶしに加担してきているわけであります。だから、われわれは、この山村に対する、そして家族に対する断固たる抗議、そして団体交渉を要求をせざるを得ないわけです。
われわれは、この山村正雄の自宅の前に来たわけですけれども、山村は、一回もわれわれの前にあらわれない。
○ちょっとマイク貸してほしい。直ちにやめてほしい。こういうことはやめてほしい。
○山村出て来い。
○山村出て来い。何してんねんや。山村。住民の迷惑考えろ、山村。
○出て来い。
○君たちの要求を放送することではない。
○山村、近所の人に迷惑になるじゃないか。出て来い。私たちは山村に対し、暴力さえ受けたわけでありますけれども、会社は、山村は、一切われわれの前に出ないわけであります。山村出て来い。山村出て来い。山村、近所迷惑になるではないか、早く出て来い。
シュプレヒコール。山村出て来い。(〃)山村、出て来い。(〃)直ちに出て来い。(〃)団体交渉拒否を許さないぞ。(〃)直ちに団体交渉を行え。(〃)組合つぶしを許さないぞ。(〃)組合つぶしを許さないぞ。(〃)山村出て来い。(〃)
(シュプレヒコール続く)
○もうがまんも限界にきとるんです。
○何を言うとるねん。山村さんところとわれわれは一切関係ない。われわれは……。交渉の場は違うということを言うとるんです。われわれ……こんなひどいこと持ってるの恥かしいで。恥やで。こんな非常識な。
○憲法で、言論の自由は認められとるんです。
○何が 、組んだ以上は仲よくやりましょう、いうの……。
○暴行を働いたやつをな……。
○そんなことが関係があるか。何を言うとるか。
(一面終わり)

別紙(4)
○会社の押し込み強盗を許さないぞ。会社の組合事務所押し込み強盗を許さないぞ。労務ゴロ山村の押し込み強盗を許さないぞ。(〃) ビラ強盗を許さないぞ。(〃) 暴力的な組合つぶしを許さないぞ。(〃) 団交拒否を許さないぞ。(〃)
○山村出て来い。(〃) 責任を追及するぞ。(〃) テロリンチの謝罪を行え。(〃) 押し込み強盗の謝罪を行え。(〃) 組合つぶしを許さないぞ。(〃) 組合つぶしの張本人山村を追放するぞ。(〃) 労務ゴロ山村を追放するぞ。(〃) 社会的に追放するぞ。(〃) われわれは闘うぞ。(〃) 勝利するまで闘うぞ。(〃) 組合つぶしを粉砕するまで闘うぞ。(〃) 最後の最後まで闘うぞ。(〃) 関単労は闘うぞ。(〃) 支援共闘会議は闘うぞ。(〃) 闘うぞ。闘うぞ。闘うぞ。(〃)
シュプレヒコール。労務ゴロ山村を追放するぞ。(〃) 暴力的な組合つぶしを許さないぞ。(〃) 全国一般と一体となった暴力的な組合つぶしを許さないぞ。(〃) 松村一派と一体となった組合つぶしを許さないぞ。(〃) テロリンチを許さないぞ。(〃) わが組合員三名に対するテロリンチを許さないぞ。(〃) 直ちに謝罪を行え。(〃) 直ちに謝罪を行え。(〃) 会社による押し込み強盗を許さないぞ。(〃) 組合つぶし押し込み強盗を許さないぞ。(〃) 山村の松村を使った組合つぶしを許さないぞ。(〃) 山村の女房を使った組合つぶしを許さないぞ。(〃) 山村を追放するぞ。(〃) 団交拒否を許さないぞ。(〃) 直ちに団体交渉を行え。(〃) 兵糧攻めを粉砕するぞ。(〃) 賃上げ、一時金を支払え。(〃) 三年間の賃上げ、一時金を支払え。(〃) 再建案を粉砕するぞ。(〃) 合理化攻撃を粉砕するぞ。(〃) 賃金体系の改悪を許さないぞ。(〃) 賃金体系改悪を許さないぞ。(〃)
○山村正雄、出て来い。山村正雄。仮処分によってわれわれの、君の犯罪行為に対する抗議がやまるとでも思ったのか、地域住民をそそのかして し、報告書を出させ、そして裁判所をたぶらかして、それをもってわれわれの抗議行動をとめることができるとでも思ったのか。われわれは、君が関西単一労働組合をつぶしに回わっていることに、犯罪的な団体交渉を拒否する態度、あるいは四年間にわたって賃上げ、一時金を支払わなかったり、あるいはまた、全国一般の松村一派と結託をして、暴力をもってわが組合をつぶしにかかったり、そういったことに対して、君が謝罪するまで、われわれは断固として君に対する抗議行動をやめないだろう。
われわれは、いかに、どのような手段を使ってわれわれの抗議を妨害しても、われわれは絶対にそれをもってやめないということを、はっきりとここに言う。君の息子や、君の家族を動員して、われわれの君に対する抗議行動を 他におしたてるという、そういう卑劣な行為はやめたまえ。
自らが、真に労働争議の解決をはかるんであるならば、正面に出て来て、われわれと会って、まともに話し合ったらどうだ。家族を使って、そして、自らは一番うしろに引っ込んでいて、そして被害者面する、そういう態度をわれわれは断じて許すことはできない。
山村正雄、態度表明、正々堂々と申し開きをしたらどうだ。こそこそこそこそと、自分の家の中にかくれることや、会社の中にかくれることをしないで、あるいは、女房や子供たちを、われわれに対する威嚇のために使うという卑劣なことをしないで、はっきりとわれわれと話し合ったらどうだ。
山村正雄、君の態度がいかに卑劣であったとしても、そしていかに裁判など、そういった国家権力を使ってわれわれの抗議行動を禁止せんとしたとしても、そういったものは、われわれは絶対に許さないし、粉砕するだろうということを明らかにしておく。
七七年の三月、君が黒川乳業に労務ゴロとしてやってきてから、はや四年にならんとしている。その間、君は一体何をしてきたのか。労務ゴロとして雇い入れられて、一体何をしてきたのか。君のやったことは、労働者の権利を奪うこと、労働者の生活を奪うこと、労働者の生活を破壊すること、松村一派と組んで、労働者に対して暴力をふるうこと、労働組合を認めないこと、賃金、一時金を支払わないこと、さまざまないやがらせを行うこと。裁判所を悪用して、われわれの抗議行動を否定せんとすること、地域住民を扇動をして、自らの味方につけんと卑劣な行為を行うこと、家族を正面に立てて自分はうしろで引っ込んでいること、これがこの四年間、君の行ってきた行為ではないのか。これは、まじめに労働者と話し合う、労務担当として真に労働者の福祉の向上、労働条件を上げていくための役割を果たしてもらったものじゃないじゃないか。明らかに、組合つぶしのために、黒川乳業に雇われて、暴力を辞さず、一切合財何でも使えるものは一切使うという君の、言うならば、破廉恥きわまりない態度ではないのか。四年間にわたる労務ゴロ山村正雄の犯罪は、まさしくいま社会の前に、満天下に明らかになってきた。
すべての地域住民が、すべての労働者が、まさしくこういった問題を知るようになってきた。山村正雄は労務ゴロだ、えげつないことをやっているということは、この地域の住民だけではなしに、多くの住民たちが、労働者たちが、まさしくよく知るようになってきた。善良づらをしたそのばけの皮が、はっきりとはがれてきた。君が行ってきたことを、組合つぶしを行ってきた、そうしたものが、すべての労働者、市民の前に明らかになる中で、君の本性が明らかになったではないか。
君が、いかにわれわれをつぶすために兵糧攻めを行ったり、暴力をもって行ったとしても、すべてそれが君の犯罪行為として、満天下に明らかになってきた。われわれは、そのようなはっきりとした現実の前で、山村正雄よ、君を徹底的に糾弾するだろう。君が、労務ゴロをやめ、そしてまさしく労務ゴロであるために、社会から追放しつくすまで、われわれは闘うぞ。
山村正雄、出て来い。子供をわれわれに対するいやがらせの先頭に立てるというきたない手段をやめろ。出てきてはっきり組合つぶしを陳謝しろ。団体交渉を行え。われわれは、卑劣な行為を君が行うたびに、何回も何回も、君に対する抗議行動を行うであろうことを明らかにしておく。
○シュプレヒコール。労務ゴロ山村の組合つぶしを許さないぞ。(〃) 暴力的な組合つぶしを許さないぞ。(〃) 全国一般松村一派と一体となった組合つぶしを許さないぞ。(〃) われわれは闘うぞ。(〃) テロリンチを弾劾するぞ。(〃) 押し込み強盗を弾劾するぞ。(〃) 謝罪するまで闘うぞ。(〃) 謝罪するまで闘うぞ。(〃) 団交拒否を許さないぞ。(〃) 団体交渉を行え。(〃) 直ちに団体交渉を行え。(〃) 争議の拡大を許さないぞ。(〃) われわれは闘うぞ。(〃) 最後の最後まで闘うぞ。(〃) 労務ゴロ山村を追放するぞ。(〃) 社会的に追放するぞ。(〃) 兵糧攻めを許さないぞ。(〃) 四年間の賃上げ実施打ち切りを粉砕するぞ。(〃) 兵糧攻めを粉砕するぞ。(〃) 直ちに地労委命令を守れ。(〃) 中労委の勧告に従って支払え。(〃) 団交拒否を許さないぞ。(〃) 団交拒否を許さないぞ。(〃) 再建案を粉砕するぞ。(〃) 仮処分命令を粉砕するぞ(〃) 宣伝禁止の仮処分命令を粉砕するぞ。(〃) 最後の最後まで闘うぞ。(〃) 謝罪をかち取るまで闘うぞ。(〃) 組合つぶしを粉砕するまで闘うぞ。(〃) 関単労は闘うぞ。(〃) 支援共闘会議は闘うぞ。(〃)
○すべての地域住民の皆さん、われわれ、関西単一労働組合、そして黒川乳業闘争支援共闘会議は、先日、山村が、全く不当にも、われわれのこうした山村宅に対する抗議行動を禁止せよというふうな仮処分申請を、裁判所に対して行いました。文字どおり、こういった仮処分攻撃といったものは、争議の一切の責任、すなわち、七七年の会社再建案の提示によって、労働者の全面的な権利の剥奪と、そして、そのためにじゃま者であるところのわれわれ関単労を徹底的につぶしてしまう、まさに、そういった形で、労働者に対する攻撃をかけてきた、文字どおりその張本人であるところの、この労務ゴロ山村正雄は、自らの責任をたな上げにして、われわれの正当なる争議の手段を裁判所の命令をもって奪っていくという、全く卑劣きまわりない悪質な攻撃であるだろうというふうに思います。
われわれは、こういった仮処分申請が、そして大阪地裁が、一定、山村の申請を認めるような形で、われわれに対する決定を下してきた中にあって、われわれは、何としても、黒川闘争を徹底的に、最後の勝利まで闘い抜くために、こういった決定を、この不当な決定を、断固として粉砕していく覚悟でおります。われわれは、何としても、労務ゴロ山村を、黒川乳業から追放し、そして社会的に労務ゴロを追放し、われわれ関単労が結成以来の長い闘いの中でかち取ってきたところの、労働者の権利と自由と生活を、断固として最後の最後まで守り抜くために、会社再建案を絶対に粉砕していく、そして、この間四年間にもわたって黒川乳業、そして労務ゴロ山村が、われわれにかけてきておる賃上げも一時金も一切支払わない、そういった攻撃を断固として打ち破っていく決意です。
すべての地域住民の皆さん。労働者の全く正当なるこういった抗議に対して、山村は、先ほどもあの息子が、オートバイを乗り回わし、われわれのまわりを徘徊する、あるいはオートバイの爆音を最大限にうならせて、われわれの抗議行動を妨害するなど、文字どおり、息子を前面に立てる形で、われわれの抗議行動を妨害してきています。これほど卑劣な行為を、われわれは絶対に許すことができません。
われわれは、労務ゴロ山村正雄のいかなる争議手段の圧殺や、そして、われわれに対する暴力をも含めたさまざまな攻撃に対して、労働者階級の、真に階級的に、そして本当の労働者の利益を守り抜いていく労働組合として、そして、階級的な団結を、すべての労働者との間で固く固く結合していく。黒川乳業、そして労務ゴロ山村のこの関単労破壊攻撃、そして、労働者の権利の全面剥奪攻撃、大合理化攻撃を断固として粉砕していくまで、最後の最後まで闘っていきます。
すべての地域住民の皆さん、この山村正雄の正体をはっきりと見抜かれて、彼は、文字どおり、こうした一般の市民のような顔をして住んでいるわけだけれども、まさに、彼のその正体というものは、労働者の権利を圧殺し、そして剥奪し、そのためには暴力を使った組合つぶしをも何とも思わないような、そういった労務ゴロであるということを、その正体をはっきりと見抜かれて、山村正雄に対する地域住民の皆さんの断固とした抗議の声を上げられんことを、訴えておきたいというふうに思います。
○シュプレヒコール。労務ゴロ山村の組合つぶしを許さないぞ。(〃) 粉砕するまで闘うぞ。(〃) 再建案粉砕。(〃) 大合理化攻撃を粉砕するぞ。(〃) 賃金体系改悪を許さないぞ。(〃) 二組との賃金体系改悪を許さないぞ。(〃) 賃金体系改悪を粉砕するぞ。(〃) テロリンチを許さないぞ。(〃) 全国一般松村一派とのテロリンチを許さないぞ。(〃) テロリンチの加担を許さないぞ。(〃) 山村正雄のテロリンチ加担を許さないぞ。(〃) 直ちに謝罪を行え。(〃) 押し込み強盗を許さないぞ。(〃) 会社の押し込み強盗を許さないぞ。(〃) 直ちに謝罪を行え。(〃) 仮処分決定を粉砕するぞ。(〃) 宣伝禁止の仮処分決定を粉砕するぞ。(〃) 粉砕するまで闘うぞ。(〃) われわれは闘うぞ。(〃)
(録音終了)

別紙(5)~(9)…略(ビラ)

別紙(10)
突然 お手紙差し上げます
貴家の御息女聖子さんのことについて少々お知らせしたいことがありペンをとりました。
娘さんは大阪の黒川乳業の従業員として勤務されておられますが その中では 労働組合の活動家(関西単一労働組合員)として 男性以上に勇ましく、むしろ凄味のある人物であると聞いています。
この毎 私達一家は そちらの娘さんを含む十人余りの人達によって家の前の道路を占領され、地域住民に訴えるという名目のもとに 一言のことわりも無しに マイクを使用して 主人の仕事内容を厭がらせとおどしの形で つめ寄られたのです。
自分達の言い分が通らないことに対しての(賃上げ及び手当ての問題・労働条件等)腹いせの為、普通の精神状態ではとても考えることの出来ない手段で、家族の者に矢を向け 女、子供に対して 言葉の暴力をあびせて来たのです。
今迄に前後三回、一時間に及んで悪口雑言、聞くに堪えない個人攻撃、名誉毀損も甚しく御近所の人達にも大層 御迷惑を掛けてしまいました。 加えて降ってわいた様な異様な騒ぎに驚きはかくせません。
男性に混じって、女性は二人のみでしたが 遠く親元を離れ そちらからは伺い知れない娘さんのこの様な姿を御想像下さい。
純粋に男まさりでハキハキしているというのなら それは結構なことです。頼もしい人とも映るでしょう。しかし気違いじみたヒステリックには頼もしさ等みじんも感じることは出来ません。 同性として哀れを感じるだけです。 聖子さんにすればあの勇姿?に自己満足を覚えておられるのでしょう。
何時の頃から、誰かの思想的洗脳にすっかり染まられたのか 私には知る術もありませんが これから花も実もある若い娘さんの人生にして、一歩や二歩の誤りではない様な気がします。
思想が根元から間違っているからです。 自分の主張することは全面的に百パーセント正しくそれに添わない人の言葉は聞く耳をもたない… という態度や言動には 人々が反感をいだいて当然でしょう。
自らが勤める会社が倒産しようと知ったことでは無い、兎角自分の生活の安定が第一主義であり、取れるだけのものは取って 将来の保障をしてもらい度い云々…というのが娘さん達の属している組合の主張ですが、これは全従業員一六〇名中九名だけのことで身勝手もこゝ迄来れば何おか言わんやです。
人の心の痛みがわからない。そして協調性等、みじんの持ち合わせもない貴家の娘さんは 物の考え方見方を変えられない限り、これから先も厳しい社会の目の中で一生を空しい勝ちめのない斗いの日々に終止されることは明らかな事実でしょう。
社長に向かって「お前」呼ばわりは常のこと 話し合いの場では机の上にあぐらをかいて座し、机をたゝいて(おどかしのつもりでしょうけれど)上司にくってかかる……
親の庇護のもとにあった時の娘さんは如何だったのかは存じませんが 現在ある娘さんは以上の様な様子です
私はかつて浅間山麓でくりひろげられた赤軍派の辛辣をさえ思い出すのです
娘さんの年令の約二倍以上を生きて 胃の活動もにぶる程のひどい侮辱を受けては、私の気持もこのまゝ治めるわけには参りません。
父母にあたられる方に この事実を書き送り認識して頂くことが 私の務めだと思います。何等かのお返事をお待ちします。
かしこ
十月十九日
山村一子
田野尻様

 

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