【選挙から学ぶ判例】crps 裁判例 lgbt 裁判例 nda 裁判例 nhk 裁判例 nhk 受信料 裁判例 pl法 裁判例 pta 裁判例 ptsd 裁判例 アメリカ 裁判例 検索 オーバーローン 財産分与 裁判例 クレーマー 裁判例 クレプトマニア 裁判例 サブリース 裁判例 ストーカー 裁判例 セクシャルハラスメント 裁判例 せクハラ 裁判例 タイムカード 裁判例 タイムスタンプ 裁判例 ドライブレコーダー 裁判例 ノンオペレーションチャージ 裁判例 ハーグ条約 裁判例 バイトテロ 裁判例 パタハラ 裁判例 パブリシティ権 裁判例 ハラスメント 裁判例 パワーハラスメント 裁判例 パワハラ 裁判例 ファクタリング 裁判例 プライバシー 裁判例 プライバシーの侵害 裁判例 プライバシー権 裁判例 ブラックバイト 裁判例 ベネッセ 裁判例 ベルシステム24 裁判例 マタニティハラスメント 裁判例 マタハラ 裁判例 マンション 騒音 裁判例 メンタルヘルス 裁判例 モラハラ 裁判例 モラルハラスメント 裁判例 リストラ 裁判例 リツイート 名誉毀損 裁判例 リフォーム 裁判例 遺言 解釈 裁判例 遺言 裁判例 遺言書 裁判例 遺言能力 裁判例 引き抜き 裁判例 営業秘密 裁判例 応召義務 裁判例 応用美術 裁判例 横浜地裁 裁判例 過失割合 裁判例 過労死 裁判例 介護事故 裁判例 会社法 裁判例 解雇 裁判例 外国人労働者 裁判例 学校 裁判例 学校教育法施行規則第48条 裁判例 学校事故 裁判例 環境権 裁判例 管理監督者 裁判例 器物損壊 裁判例 基本的人権 裁判例 寄与分 裁判例 偽装請負 裁判例 逆パワハラ 裁判例 休業損害 裁判例 休憩時間 裁判例 競業避止義務 裁判例 教育を受ける権利 裁判例 脅迫 裁判例 業務上横領 裁判例 近隣トラブル 裁判例 契約締結上の過失 裁判例 原状回復 裁判例 固定残業代 裁判例 雇い止め 裁判例 雇止め 裁判例 交通事故 過失割合 裁判例 交通事故 裁判例 交通事故 裁判例 検索 公共の福祉 裁判例 公序良俗違反 裁判例 公図 裁判例 厚生労働省 パワハラ 裁判例 行政訴訟 裁判例 行政法 裁判例 降格 裁判例 合併 裁判例 婚約破棄 裁判例 裁判員制度 裁判例 裁判所 知的財産 裁判例 裁判例 データ 裁判例 データベース 裁判例 データベース 無料 裁判例 とは 裁判例 とは 判例 裁判例 ニュース 裁判例 レポート 裁判例 安全配慮義務 裁判例 意味 裁判例 引用 裁判例 引用の仕方 裁判例 引用方法 裁判例 英語 裁判例 英語で 裁判例 英訳 裁判例 閲覧 裁判例 学説にみる交通事故物的損害 2-1 全損編 裁判例 共有物分割 裁判例 刑事事件 裁判例 刑法 裁判例 憲法 裁判例 検査 裁判例 検索 裁判例 検索方法 裁判例 公開 裁判例 公知の事実 裁判例 広島 裁判例 国際私法 裁判例 最高裁 裁判例 最高裁判所 裁判例 最新 裁判例 裁判所 裁判例 雑誌 裁判例 事件番号 裁判例 射程 裁判例 書き方 裁判例 書籍 裁判例 商標 裁判例 消費税 裁判例 証拠説明書 裁判例 証拠提出 裁判例 情報 裁判例 全文 裁判例 速報 裁判例 探し方 裁判例 知財 裁判例 調べ方 裁判例 調査 裁判例 定義 裁判例 東京地裁 裁判例 同一労働同一賃金 裁判例 特許 裁判例 読み方 裁判例 入手方法 裁判例 判決 違い 裁判例 判決文 裁判例 判例 裁判例 判例 違い 裁判例 百選 裁判例 表記 裁判例 別紙 裁判例 本 裁判例 面白い 裁判例 労働 裁判例・学説にみる交通事故物的損害 2-1 全損編 裁判例・審判例からみた 特別受益・寄与分 裁判例からみる消費税法 裁判例とは 裁量労働制 裁判例 財産分与 裁判例 産業医 裁判例 残業代未払い 裁判例 試用期間 解雇 裁判例 持ち帰り残業 裁判例 自己決定権 裁判例 自転車事故 裁判例 自由権 裁判例 手待ち時間 裁判例 受動喫煙 裁判例 重過失 裁判例 商法512条 裁判例 証拠説明書 記載例 裁判例 証拠説明書 裁判例 引用 情報公開 裁判例 職員会議 裁判例 振り込め詐欺 裁判例 身元保証 裁判例 人権侵害 裁判例 人種差別撤廃条約 裁判例 整理解雇 裁判例 生活保護 裁判例 生存権 裁判例 生命保険 裁判例 盛岡地裁 裁判例 製造物責任 裁判例 製造物責任法 裁判例 請負 裁判例 税務大学校 裁判例 接見交通権 裁判例 先使用権 裁判例 租税 裁判例 租税法 裁判例 相続 裁判例 相続税 裁判例 相続放棄 裁判例 騒音 裁判例 尊厳死 裁判例 損害賠償請求 裁判例 体罰 裁判例 退職勧奨 違法 裁判例 退職勧奨 裁判例 退職強要 裁判例 退職金 裁判例 大阪高裁 裁判例 大阪地裁 裁判例 大阪地方裁判所 裁判例 大麻 裁判例 第一法規 裁判例 男女差別 裁判例 男女差别 裁判例 知財高裁 裁判例 知的財産 裁判例 知的財産権 裁判例 中絶 慰謝料 裁判例 著作権 裁判例 長時間労働 裁判例 追突 裁判例 通勤災害 裁判例 通信の秘密 裁判例 貞操権 慰謝料 裁判例 転勤 裁判例 転籍 裁判例 電子契約 裁判例 電子署名 裁判例 同性婚 裁判例 独占禁止法 裁判例 内縁 裁判例 内定取り消し 裁判例 内定取消 裁判例 内部統制システム 裁判例 二次創作 裁判例 日本郵便 裁判例 熱中症 裁判例 能力不足 解雇 裁判例 脳死 裁判例 脳脊髄液減少症 裁判例 派遣 裁判例 判決 裁判例 違い 判決 判例 裁判例 判例 と 裁判例 判例 裁判例 とは 判例 裁判例 違い 秘密保持契約 裁判例 秘密録音 裁判例 非接触事故 裁判例 美容整形 裁判例 表現の自由 裁判例 表明保証 裁判例 評価損 裁判例 不正競争防止法 営業秘密 裁判例 不正競争防止法 裁判例 不貞 慰謝料 裁判例 不貞行為 慰謝料 裁判例 不貞行為 裁判例 不当解雇 裁判例 不動産 裁判例 浮気 慰謝料 裁判例 副業 裁判例 副業禁止 裁判例 分掌変更 裁判例 文書提出命令 裁判例 平和的生存権 裁判例 別居期間 裁判例 変形労働時間制 裁判例 弁護士会照会 裁判例 法の下の平等 裁判例 法人格否認の法理 裁判例 法務省 裁判例 忘れられる権利 裁判例 枕営業 裁判例 未払い残業代 裁判例 民事事件 裁判例 民事信託 裁判例 民事訴訟 裁判例 民泊 裁判例 民法 裁判例 無期転換 裁判例 無断欠勤 解雇 裁判例 名ばかり管理職 裁判例 名義株 裁判例 名古屋高裁 裁判例 名誉棄損 裁判例 名誉毀損 裁判例 免責不許可 裁判例 面会交流 裁判例 約款 裁判例 有給休暇 裁判例 有責配偶者 裁判例 予防接種 裁判例 離婚 裁判例 立ち退き料 裁判例 立退料 裁判例 類推解釈 裁判例 類推解釈の禁止 裁判例 礼金 裁判例 労災 裁判例 労災事故 裁判例 労働基準法 裁判例 労働基準法違反 裁判例 労働契約法20条 裁判例 労働裁判 裁判例 労働時間 裁判例 労働者性 裁判例 労働法 裁判例 和解 裁判例

「選挙 コンサルタント」に関する裁判例(99)昭和55年 7月24日 東京地裁 昭54(特わ)996号 外国為替及び外国貿易管理法違反、有印私文書偽造、有印私文書偽造行使、業務上横領、議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律違反事件 〔日商岩井不正事件(海部関係)判決〕

「選挙 コンサルタント」に関する裁判例(99)昭和55年 7月24日 東京地裁 昭54(特わ)996号 外国為替及び外国貿易管理法違反、有印私文書偽造、有印私文書偽造行使、業務上横領、議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律違反事件 〔日商岩井不正事件(海部関係)判決〕

裁判年月日  昭和55年 7月24日  裁判所名  東京地裁  裁判区分  判決
事件番号  昭54(特わ)996号・昭54(特わ)1214号・昭54(刑わ)968号・昭54(刑わ)1200号
事件名  外国為替及び外国貿易管理法違反、有印私文書偽造、有印私文書偽造行使、業務上横領、議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律違反事件 〔日商岩井不正事件(海部関係)判決〕
文献番号  1980WLJPCA07240005

要旨
◆外国為替及び外国貿易管理法二七条一項四号違反の罪の成立が認められた事例
◆写真コピーと私文書偽造罪における文書性
◆議院証言法八条に規定する議院等による告発の及ぶ範囲
◆憲法六二条に規定する国政調査権の範囲及び限界
◆他人所有に属すべき物と自己の所有に属すべき物とが不可分一体の財物を横領した場合における横領罪の成立範囲

新判例体系
公法編 > 産業経済法 > 外国為替及び外国貿易… > 第五章 対内直接投資… > 第二七条 > ○支払の制限及び禁止 > (四)本条違反の罪 > D 第一項第四号の罪 > 犯罪成立の事例
◆本件非居住者との勘定の借記は、外国為替及び外国貿易管理法並びにその関係法令上日本銀行の許可を受ける余地のない違法なものというべきであって、同法第二七条第一項第四号の罪が成立する。

刑事法編 > 刑法 > 刑法〔明治四〇年法律… > 第二編 罪 > 第一七章 文書偽造の… > 第一五九条 > ○有印私文書偽造罪・… > (二)客体(私文書) > A 文書 > (2)事例 > (イ)該当する事例 > (ⅶ)写真コピー
◆写真コピーも、原本と同一の意識内容を保有し、証明文書としてこれと同様の社会的機能と信用性を有するものと認められるときは、私文書偽造罪の客体となる文書である。

刑事法編 > 刑法 > 刑法〔明治四〇年法律… > 第二編 罪 > 第三八章 横領の罪 > 第二五二条 > ○横領罪 > (四)行為 > B 横領 > (5)横領成立の範囲… > (ヘ)自己所有物と不可分
◆他人の所有に属すべき物と自己の所有に属すべき物とが不可分一体となっている財物を横領した場合には、当該財物全体について、横領罪が成立する。

 

出典
刑月 12巻7号538頁
判時 982号3頁

評釈
大林啓吾・ジュリ別冊 218号378頁(憲法判例百選Ⅱ 第6版)
孝忠延夫・ジュリ別冊 187号390頁(憲法判例百選 II 第5版)
孝忠延夫・ジュリ別冊 155号378頁(憲法判例百選Ⅱ 第4版)
孝忠延夫・ジュリ別冊 131号368頁(憲法判例百選Ⅱ 第3版)
佐々木善三・研修 604号47頁

参照条文
外為法27条
外為法70条
外為法73条
議院証言法8条
刑法159条1項
刑法252条
刑法253条
日本国憲法62条

裁判年月日  昭和55年 7月24日  裁判所名  東京地裁  裁判区分  判決
事件番号  昭54(特わ)996号・昭54(特わ)1214号・昭54(刑わ)968号・昭54(刑わ)1200号
事件名  外国為替及び外国貿易管理法違反、有印私文書偽造、有印私文書偽造行使、業務上横領、議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律違反事件 〔日商岩井不正事件(海部関係)判決〕
文献番号  1980WLJPCA07240005

目  次
主文
理由
第一章 当裁判所の認定した事実
第一節 関係会社の概要と被告人らの経歴
第一款 関係会社の概要
第一項 日商岩井株式会社
第二項 ニツシヨウイワイ・アメリカン・コーポレーシヨン
第三項 ザ・ボーイング・カンパニー
第四項 マクダネル・ダグラス・コーポレーシヨン
第五項 パシフイツク・サウスウエスト・エアラインズ及びジエツトエアー・リーシング・インコーポレイテツド
第二款 被告人らの経歴
第一項 被告人海部八郎
第二項 被告人山岡昭一
第三項 被告人今村雄二郎
第四項 関係人島田三敬
第三款 本判決中で使用する略称
第二節 ボーイング七四七SR型機特別口銭一〇五万ドル関係
第一款 特別口銭の受入、保管、支出状況の概要
第一項 B七四七SR型機の売込み状況
第一目 ボーイング旅客機部の発足とその初期の成果
第二目 B七四七SR型機の売込み
第三目 特別口銭契約
第二項 B七四七SR型機の引渡と特別口銭の入金状況
第一目 契約、引渡状況
第二目 特別口銭の入金状況
第三項 特別口銭の流れ
第一目 NIAC/SEAからの出金状況
第二目 NIAC/SFにおける処理状況
第三目 松尾達也に対する島田の指示(島田メモ)
第四目 カオル・マツバヤシ口座の開設
第五目 カオル・マツバヤシ口座入出金状況
第六目 キヨシ・ニシヤマ口座入出金状況
第二款 犯行に至る経緯
第一項 島田メモ発覚の経緯
第二項 キヨシ・ニシヤマ口座の閉鎖
第三項 三〇万ドルの交互計算処理
第三款 罪となるべき事実(第一)
第三節 RF四E型機オフイス・エクスペンス二三八万ドル関係
第一款 松野頼三に対する五億円の供与
第一項 F四E型機、RF四E型機売込みの経緯
第一目 防衛庁における選定経緯の概要
第二目 日商岩井とマクダネル・ダグラス社との契約状況等
第三目 F四E型機の販売状況
第四目 RF四E型機の販売状況
第二項 松野頼三に対する工作依頼と五億円の要求
第一目 松野頼三の経歴と防衛庁長官としての業績
第二目 松野頼三らに対する工作依頼
第三目 五億円の要求
第三項 松野頼三に対する供与状況及びその原資
第一目 第一次二億五〇〇〇万円関係
第二目 選挙資金五〇〇〇万円関係
第三目 第二次二億五〇〇〇万円関係
第二款 オフイス・エクスペンス二三八万ドルの支払契約とその実施状況
第一項 NIAC/NY前払金勘定補填状況
第二項 オフイス・エクスペンス支払契約の締結
第三項 オフイス・エクスペンス等の受入、処理状況
第一目 被告人山岡、同今村の関与
第二目 第一回入金分八四万三一一一ドルの受入、処理状況
第三目 第二回入金分五四万八九六二ドルの受入、処理状況
第四目 了解覚書の作成
第五目 第三回入金分二〇万ドルの受入、処理状況
第六目 第四回入金分八九万七三八三ドル五九セントの受入、処理状況
第三款 犯行に至る経緯
第四款 罪となるべき事実(第二)
第四節 参議院予算委員会偽証関係
第一款 いわゆる「海部メモ」関係
第一項 一九六五年七月二四日付川崎重工業砂野社長宛書簡作成の経緯
第一目 元総理大臣岸信介に対する陳情
第二目 川崎重工砂野社長宛書簡作成の状況
第三目 有森國雄の砂野社長宛書簡コピー入手の経緯
第二項 昭和四一年三月一八日付経理部長宛送金依頼書作成の経緯
第一目 ローデシア鉄道向貨車用台車輸出承認についての中村長芳への陳情
第二目 経理部長宛送金依頼書作成の状況
第三目 有森國雄の経理部長宛送金依頼書コピー入手の経緯
第四目 送金依頼書に基づく送金の状況
第三項 「海部メモ」流布の経緯
第一目 有森國雄が日商を退職した経緯
第二目 「海部メモ」が巷間流布された経緯
第二款 犯行に至る経緯
第一項 「海部メモ」関係
第二項 オフイス・エクスペンス二三八万ドル関係
第三項 特別口銭一〇五万ドル関係
第三款 罪となるべき事実(第三)
第五節 業務上横領関係
第一款 P・S・A及びジエツトエアー社から日商岩井への仲介手数料の入金、保管状況
第一項 全日空のP・S・A等からの旅客機賃借状況
第二項 P・S・A等からの日商岩井宛仲介手数料簿外化の経緯
第二款 被告人山岡がP・S・A等からの仲介手数料を業務上保管するに至つた経緯
第一項 被告人山岡の職務内容
第二項 被告人山岡が仲介手数料を受領、保管するに至つた経緯
第三款 罪となるべき事実(第四)
第二章 証拠の標目
第三章 争点に対する判断
第一節 外為法違反関係
第一款 外為法違反罪の成否
第一項 当事者の主張
第二項 当裁判所の判断
第一目 弁護人主張自体の失当性
第二目 キヨシ・ニシヤマ口座の性格
第三目 本件借記の原因となる行為
第二款 被告人海部の共謀の有無
第一項 副社長室における謀議の内容
第二項 共謀の成否
第二節 有印私文書偽造、同行使罪関係
第一款 弁護人らの主張
第二款 当裁判所の判断
第一項 前提となる事実の認識
第二項 私文書偽造罪における「文書」の意義
第三項 本件写真コピーの文書性
第四項 弁護人のその余の主張について
第三節 議院証言法違反関係
第一款 認定事実に対する補足説明
第一項 「三〇万ドルがどこからきた金かということは全然わからなかつた」旨の陳述について
第二項 「三〇万ドルの外為関係の財務処理については山岡昭一が逮捕されるまで知らなかつた」旨の陳述について
第二款 弁護人の法律上の主張に対する判断
第一項 本件告発の効力の及ぶ範囲
第二項 国政調査権行使の合法性、合憲性
第一目 総説
第二目 国政調査権行使の範囲
第三目 検察権との並行調査
第四目 供述拒否権の侵害
第四節 業務上横領罪関係
第四章 法令の適用
第五章 量刑の事情
別表 一
別表 二

 

被告人 海部八郎 外二名

 

主  文

被告人海部八郎を懲役二年に、同山岡昭一を懲役一年一〇月に、同今村雄二郎を懲役八月に、それぞれ処する。
この裁判確定の日から被告人海部八郎、同山岡昭一に対し各三年間、同今村雄二郎に対し二年間、右各刑の執行をいずれも猶予する。

 

理  由

第一章  当裁判所の認定した事実
第一節  関係会社の概要と被告人らの経歴
第一款 関係会社の概要
第一項 日商岩井株式会社
日商岩井株式会社は、昭和二年金融恐慌により解散した神戸市所在の株式会社鈴木商店の貿易部門を継承し同三年二月八日資本金一〇〇万円で設立された日商株式会社(創立者は、元鈴木商店ロンドン支店長高畑誠一、元貿易庁長官永井幸太郎ら)が、同四三年一〇月岩井産業株式会社と合併して商号を日商岩井株式会社と変更した会社である。資本金は、同五三年一一月三〇日現在二一六億五、六八一万七、六五〇円であり、代表取締役社長は、同五二年六月以降植田三男である(それ以前は、同三三年一〇月西川政一が、同四四年一一月辻良雄がそれぞれ就任していた。)。
日商岩井株式会社は、本店を大阪市東区今橋三丁目三〇番地に置いているが、経営の中枢は、東京都港区赤坂二丁目四番五号所在の東京支店(昭和四一年一二月以前は東京都千代田区大手町一丁目二番地、同四八年二月以前は同都中央区日本橋江戸橋一丁目一〇番地、なお日商岩井株式会社では、東京支店を東京本社と称している。)にあり、国内に四六箇所、海外に一一五箇所の事業所を有し、従業員約六、五〇〇人を擁する総合商社である。その営業目的は、内外の各種金属、繊維、機械、工具、船舶、航空機、原子力関係機器、穀類、砂糖、肥料、油脂、燃料その他諸物資の原材料、製品等の輪出入、国内取引並びに三国間貿易及びこれに関連する買付、販売、入札、輸送等の諸代理業務等であり、販売先並びに仕入先は、海外諸地域及び国内の各般にわたる産業分野に及んでいる。
日商岩井株式会社において、航空機の輸入、販売、仲介業務等を取り扱つている東京航空機部(昭和五四年七月以降宇宙航空機部と名称変更)の昭和三一年四月創設以降同五三年末ころまでの組織機構及び構成員の概要は末尾添付の別表一のとおりである。
第二項 ニツシヨウイワイ・アメリカン・コーポレーシヨン
ニツシヨウイワイ・アメリカン・コーポレーシヨン(Nissho-Iwai American Corporation略称NIAC)は、日商株式会社が全額出資して昭和二七年六月米国ニユーヨーク州ニユーヨーク市に設立したザ・ニツシヨウ・アメリカン・コーポレーシヨン、同三〇年七月米国カリフオルニア州サンフランシスコ市に設立したザ・ニツシヨウ・カリフオルニヤ・コーポレーシヨン(同三五年七月、ザ・ニツシヨウ・パシフイツク・コーポレーシヨンと商号変更)及び岩井産業株式会社の米国法人イワイ・インコーポレイテツドの三社が同四三年一〇月親会社の合併に伴つて合併し、商号をニツシヨウイワイ・アメリカン・コーポレーシヨンと変更した会社である。資本金は、同五四年三月三一日現在六、三〇〇万ドルである。
同社は、本店をニユーヨーク市に置き、シカゴ、ヒユーストン、デトロイト、ロスアンゼルス、サンフランシスコ、ポートランド、シアトル、セントルイス、アンカレツジに支店、アトランタ、ベルビユー、ワシントン、ボストンに出張所を有し、従業員四七二名を擁する総合商社である。営業目的は、各種製鉄原材料、鉄綱製品、非鉄原材料及び製品、機械類、航空機及びその部品、船舶及びその部品、繊維原材料及び製品、原木及びその製品、諸物資、原油及びその製品、化学品原材料及びその製品、穀類、油脂原料、食品、水産物等の米国内取引、貿易取引並びにその関連業務である。
第三項 ザ・ボーイング・カンパニー
ザ・ボーイング・カンパニー(The Boeing Company)は、一九一六年七月米国ワシントン州シアトル市に設立されたパシフイツク・エアロ・プロダクツ社が翌一九一七年四月にザ・ボーイング・エアプレーン・カンパニーと商号を変更し、更に一九六一年五月四日にザ・ボーイング・カンパニーと商号を変更した会社で、航空機の製造販売を行つている。同社は、本店をシアトル市に置き、四つの事業部門から成り、そのうちの民間航空機部門がボーイング・コマーシヤル・エアプレーン・カンパニーで、B七二七型機、B七三七型機、B七四七型機などを生産している(その余の事業部門としては、早期警戒機E三A等の軍用機やスペース・シヤトル計画に参加しているボーイング・エアロスペース・カンパニー、ヘリコプター中心のボーイング・バートル・カンパニー、航空機の改良、開発担当のボーイング・ウイチタ・カンパニーがある。)
第四項 マクダネル・ダグラス・コーポレーシヨン
マクダネル・ダグラス・コーポレーシヨン(McDonnell Douglas Corporation略称MDC)は、一九二〇年七月二二日米国カリフオルニア州ロングビーチ市に設立されたダグラス・エアクラフト・コーポレーシヨンと一九三九年七月六日米国ミズウリ州セントルイス市に設立されたマクダネル・エアクラフト・コーポレーシヨンが一九六七年四月二八日に合併して商号をマクダネル・ダグラス・コーポレーシヨンと変更した会社である。同社は、本店をセントルイス市に置き、七事業所(工場)を有し、各種航空機、エレクトロニクス、ミサイル等の設計、開発及び販売を主たる営業目的としている。事業所のうち、マクダネル・エアクラフト・カンパニー(略称MCAIR)は、主に軍用機(F四フアントム、F一五イーグル、F一八ホーネツト、AV八Bアドバンスト・ハリヤー戦闘機)を、ダグラス・エアクラフト・カンパニー(略称DAC)は、主に民間航空機(DC九、DC一〇旅客機)を、それぞれ生産している。
第五項 パシフイツク・サウスウエスト・エアラインズ及びジエツトエアー・リーシング・インコーポレイテツド
パシフイツク・サウスウエスト・エアラインズ(Pacific Southwest Airlines)は、一九四五年に設立され、本社を米国カリフオルニア州サンデイエゴ市に置き、定期航空輸送事業等を営業目的としている。同社は、一九六五年ころから全日本空輸株式会社に練習用航空機を貸与し、また、同社のパイロツトを技術指導するなど両社は極めて緊密な関係にあつた。
ジエツトエアー・リーシング・インコーポレイテツド(Jetair Leasing Incorporated)は、一九六八年一二月パシフイツク・サウスウエスト・エアラインズの全額出資により設立され、本社を同社と同所に置き、ジエツト航空機の賃貸事業を営業目的としている。
第二款 被告人らの経歴
第一項 被告人海部八郎
被告人海部八郎は、昭和二二年三月神戸商業大学(後、神戸経済大学と改称)を卒業後、同年四月大阪市東区今橋三丁目三〇番地日商株式会社に入社、機械部に所属し、ニユーヨーク勤務等を経て、同三七年一二月本社及び東京支店(社内では東京支社、その後東京本社と呼称)各機械第二部長(心得)となり、同三八年四月東京支店ボーイング旅客機部初代部長(心得)を兼務し、同年一一月同社取締役に選任された。同年一二月本社及び東京支店各機械第二部、東京支店ボーイング旅客機部担当及び右各部長を兼務、同三九年七月前記各部長兼務のまま本社及び東京支店機械第二本部長となり、同四〇年一二月本社船舶・航空機・輸送機総本部長兼本部長及び東京支店船舶、輸送機、航空機各部長を兼務、同四二年一一月同社常務取締役に就任、同年一二月機械第一総本部長となつた。その後、同四三年一〇月同社が岩井産業株式会社と合併して日商岩井株式会社と商号変更した後も、引き続き同社常務取締役として機械総本部長、船舶・航空機・輸送機械・建設本部長、原子力本部長を兼ね、同四四年四月機械総本部長、機械第三本部長、原子力・電機本部長、同四五年五月同社専務取締役となり、同四七年六月機械本部長、同四九年一一月二八日には同社代表取締役副社長に就任して、機械部門(東京航空機部を含む。)を管掌し、同五〇年四月一日同社社長補佐・機械部門管掌兼海外店管掌となつたが、本件発生後、その責任をとつて同五四年三月二六日代表取締役副社長を辞任して取締役となり、同五五年五月二日にはこれも辞任するに至つた。
第二項 被告人山岡昭一
被告人山岡昭一は、昭和一八年五月陸軍予科士官学校に入学、同一九年一〇月陸軍航空士官学校に進学したが、終戦とともに一時帰郷し、同二一年四月鉄道教習所に入所、同二四年三月卒業後、更に同年四月大阪商科大学に入学し、同二七年三月同大学を卒業して、同年四月日商株式会社に入社し、当初本社金属部に配属され、サンフランシスコ勤務等を経た後、同三三年八月東京支店航空機部勤務となり、以後航空機部門に専従することとなつた。同三八年四月東京支店ボーイング旅客機部創設とともに、同部課長代理となり、同三九年一〇月同部が航空機部に吸収されるに伴い、同部ボーイング課長代理、同年一一月同課長、同四〇年六月から同四七年一二月までの間ニツシヨウイワイ・アメリカン・コーポレーシヨン(昭和四三年一〇月以前はザ・ニツシヨウ・パシフイツク・コーポレーシヨン)シアトル事務所長、同四七年一二月帰国後東京航空機部次長兼ボーイング課長、同四八年一〇月一日東京航空機部長心得、同五〇年一〇月一日同部長、同五二年六月機械第三本部副本部長(昭和五四年三月以降機械第三本部長補佐と名称変更)兼東京航空機部長となつたが、本件により起訴された後の同五四年五月下旬諭旨退職処分になつた。
第三項 被告人今村雄二郎
被告人今村雄二郎は、昭和三〇年三月慶応義塾大学工学部電気工学科を卒業、同年四月古河電池株式会社に入社し、翌三一年六月退社して同年九月米国ケンタツキー州立大学に入学し、二年間の留学を終えて帰国した同三三年一〇月日商株式会社に入社し、東京支店航空機部に配属され、以後一貫して航空機部門を担当することとなつた。同四〇年一二月同部官需課長代理、同四一年八月からニツシヨウイワイ・アメリカン・コーポレーシヨン・ロスアンゼルス店に出向し、同四四年一〇月東京航空機部官需課長心得の発令を受け、同年一二月中旬帰国してその職に就き、同四五年一〇月同部官需第二課長心得、翌四六年一〇月一日同課長、同四九年四月一日同部長付兼官需第一兼第二課長を経て同五〇年一〇月一日同部次長兼第一兼第二課長となり、同五一年八月第一課長兼務を翌五二年一〇月第二課長兼務をそれぞれ解かれ、同五四年三月職制変更により東京航空機部部長補佐となつたが、本件により起訴された後の同年四月五日東京人事第一部長付となり、その後同年七月一日東京航空機部から名称変更された宇宙航空機部の部長補佐、同年一二月一日同部長付専門部長となつた。
第四項 関係人島田三敬
島田三敬は、昭和三一年四月日商株式会社に入社し、東京支店航空機部に勤務し、ザ・ニツシヨウ・パシフイツク・コーポレーシヨン・シアトル事務所長を経て、同四〇年七月東京支店航空機部ボーイング課長兼官需課長、同四一年一〇月同部次長兼ボーイング課長及び官需課長事務取扱、同四三年一〇月日商岩井株式会社東京航空機部長心得(次長待遇)、同四四年一〇月東京航空機部長兼ボーイング課長及び官需課長事務取扱、同四五年一〇月組織変更に伴い同部官需第一課長兼務となり、同四七年五月同社取締役に選任された。次いで、同四七年六月機械本部副本部長兼東京航空機部長となつたが、同四八年一〇月東京航空機部長の兼務を解かれ、同四九年五月機械本部副本部長(航空機・原子力・電機担当)兼機械総合開発室長付、同五〇年四月機械第三本部長等を経て、同五三年六月同社常務取締役に就任したが、同五四年二月一日死亡した。
第三款 本判決中で使用する略称
本文中で特に指示する場合及び第三章証拠の標目の前注で指示する場合のほか、本判決中で使用する一般的略称は、次のとおりである。

外為法 外国為替及び外国貿易管理法(但し、昭和五四年一二月一八日法律第六五号による改正前のもの)
外為令 外国為替管理令
議院証言法 議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律
日商 日商株式会社
日商岩井 日商岩井株式会社
NAC ザ・ニツシヨウ・アメリカン・コーポレーシヨン(The Nissho American Corporat-ion)
NIAC ニツシヨウイワイ・アメリカン・コーポレーシヨン(Nissho-Iwai American Corpo-ration)
NIAC/SEA 同シアトル店
NIAC/SF 同サンフランシスコ店
NIAC/LA 同ロスアンゼルス店
NIAC/NY 同ニユーヨーク店
NIAC/SL 同セントルイス店
ボーイング社 ザ・ボーイング・カンパニー(The Boeing Company)。その一事業部門であるボーイング・コマーシヤル・エアプレーン・カンパニー(Boeing Commercial Airplane Company)を指すこともある。
マクダネル・ダグラス社 マクダネル・ダグラス・コーポレーシヨン(McDonnell Douglas Corporation)
P・S・A パシフイツク・サウスウエスト・エアラインズ(Pacific Southwest Airlines)
ジエツトエアー社 ジエツトエアー・リーシング・インコーポレイテツド(Jetair Leasing Incorporated)
日航 日本航空株式会社
全日空 全日本空輸株式会社
三菱商事 三菱商事株式会社
三井物産 三井物産株式会社
伊藤忠 伊藤忠商事株式会社
丸紅 丸紅株式会社
三菱重工 三菱重工業株式会社
川崎重工 川崎重工業株式会社

第二節  ボーイング七四七SR型機特別口銭一〇五万ドル関係
第一款 特別口銭の受入、保管、支出状況の概要
第一項 B七四七SR型機の売込み状況
第一目  ボーイング旅客機部の発足とその初期の成果
日商は、昭和三一年三月ボーイング社と民間航空機の販売代理店契約を締結し、爾来、日航及び全日空に対し、ボーイング社製の航空機を売り込むべく努力してきたが、何らその成果を挙げ得なかつたため、同三八年二月初旬ころ、業を煮やしたボーイング社は、NPC/SEA事務所長の島田三敬に対し、日商との代理店契約を取り消し、今後は政財界に強い影響力を有すると目される三菱商事との契約に切り替える旨、通告するに至つた。島田からの通報に驚いた西川政一社長は、偶々船舶の契約交渉のためニユーヨークに滞在中の被告人海部(当時機械第二部長心得として、船舶・鉄道車両・自動車等、輸送機械の販売を担当)に架電し、島田を援けてボーイング社の飜意を求めるよう指示した。被告人海部は、西川社長の指示の仕方に不快の念を隠さず同人との間に種々鞘当てはあつたものの、結局これに従い、直ちにシアトルに赴き、初対面の島田とともにボーイング本社を訪れて、コネリー副社長らと鋭意折衝し、さらに、日商首脳(高畑会長、西川社長ら)と交渉するため訪日したコネリー一行の後を追って帰国し、西川社長や航空機部の幹部(担当常務、部長ら)ともども、従前の売込み方法の抜本的改善を約するなどしてコネリー一行に飜意を求め、ようやく解約を阻止することができた。
同年四月、日商は、コネリー一行の強い要請を容れ、B七二七―一〇〇型機の売込みを被告人海部に担当させるための機構改革を行ない、航空機部から独立して新たにボーイング旅客機部を創設し、被告人海部を初代部長に任命した。
被告人海部は、部下の被告人山岡や別件被告人有森國雄らを督励し、独創的売込み戦略・戦術を駆使して強力な競争機種であるトライデント(伊藤忠)、キャラベル(丸紅)、DC九(ダグラス)、BAC一一一(三井物産)を抑え、同三九年一月、日航、全日空に対しB七二七―一〇〇型機の売込みに成功した。
ボーイング旅客機部(昭和三九年一〇月、被告人海部が取締役機械第二本部長兼航空機部長となつてからは、航空機部ボーイング課に組織変更)は、その後順調に成績をあげ、昭和四一年六月、B七四七LR型機を日航に、同四三年二月、B七三七型機及び同四五年六月、B七二七―二〇〇型機をそれぞれ全日空に売込むことに成功した。
第二目  B七四七SR型機の売込み
B七四七LR型機は、ボーイング社が開発した長距離大量輸送機(三六〇人乗り)であり、国際線用であるため、世界各国のナシヨナル・フラツグ・キヤリア(国営航空)の需要が高く、五〇ヶ国位がこれを導入している。これに対し、B七四七SR型機はこれを短距離(シヨート・レンジ)用に改造し、五〇〇人乗りとするとともに、離着陸回数の増加に見合うよう脚部を補強したもので、当初から極東ことに日本のマーケツトを目標に開発製造したものである。アメリカやヨーロツパのマーケツトでも、中短距離輸送の需要はあるが、日本と異り、騒音問題や空港当りの便数規制が厳しくないので、二―三〇〇人乗りの航空機を多数回飛ばす方が航空会社にとつても乗客にとつても便宜であるため、SR型機を導入したのは、世界中で日航、全日空の二社以外にはない。日本でも、当初はあまりにも客席数が多いことから、事故発生時の大惨事を懸念し、注目を惹かなかつたが、シート・マイル・コストの安いことから次第にその経済性が注目されるようになり、日商岩井としても、ボーイング社側の強い要請を受けて、昭和四四、五年ころから日航、全日空両社に対する売込み活動を開始していた。
被告人海部は、国内のローカル線のみを運航し、従来、一一五人乗りのB七三七型機と一八〇人乗りのB七二七型機を飛ばしていたに過ぎない全日空が、いきなり五〇〇人乗りのB七四七SR型機を採用する可能性は少なく、まず三〇〇人乗り程度の航空機を採用し、徐々にパイロツトを訓練しながら国内線需要の伸びを見て次の段階でB七四七SR型機を導入するものと予測し、島田が全日空の大庭哲夫社長から五〇〇億円のいわゆる「M資金」を引当てにB七四七SR型機四機を購入する旨の英文メモを取得して来たときも、全く実現性がないとしてその場で右メモを破り棄てた程であり、売込みの主眼を日航においていた。ところが、B七二七型機、B七三七型機の売込み以来いわば内輪同士のつき合いで社内の情報を容易に入手することができた全日空の場合と異なり、保守的、官僚的体質の日航の場合は、被告人海部の力を以てしても、実権を握る松尾静磨社長をはじめ日航上層部との接触は不可能であり、売込みの端緒を得られずに苦慮していた矢先、昭和三九年ころからの知り合いで政界その他の情報入手先として利用していた元東京新聞政治部記者の伊大知昭司から、昭和四〇年春ころ、株式会社ジヤパン・ポスト社長でブラツクジヤーナリズムの草分けといわれる久保俊廣(筆名薩摩太郎、南城太郎)という人物が日航松尾社長の役人時代から親しくしており、日航上層部に強く、かつて日航に対し、世界中でわずか一五機しか売れなかつたという悪評の高いコンベア八八〇型機を九機も売り込んだ実績があることを聞知し(ちなみに、このときの商戦で日商はボーイング七二〇型機を担いで敗退したため、憤激した故高畑誠一会長が日航松尾社長に抗議文を送り付けるという一幕があり、その後両社間に感情的摩擦を生む一因となつていた。)、久保を紹介して欲しい旨、伊大知に依頼した。伊大知は、久保が恐喝罪(いわゆる「政界ジープ」事件)で服役中家族の面倒を見てやつたことなどから、性格的に取扱いの難かしい久保をコントロールできる自信をもつていたが、被告人海部や島田に直接接触させるにおいては後日のトラブルなきを保し難いものと思料し、同人らに「久保は毒薬だ、物凄く恐ろしい男だ」と直接交渉は見合わせるよう進言し、自ら仲介の労をとることを申し出た。かくして、被告人海部、島田らは伊大知を介して久保に日航に関する情報収集と売込工作を依頼したが、その後強敵と目されたダグラスDC一〇型機を向うに廻して、次第に情勢がB七四七SR型機に有利に展開して来るのを目のあたりにするに及び、さしもの被告人海部も、今更ながら久保の辣腕に脱帽するのみであつた。結局、昭和四七年一〇月三〇日、日航に対する売込みは成功をおさめたのである。
第三目  特別口銭契約
日商岩井とボーイング社間の代理店契約(Representation Agreement)は、数次に亘り締結されているが、昭和四七年一月二〇日締結のそれ(昭和五四年押第一九一〇号の符号15のうち)によれば、B七四七型機の販売手数料は、最初の八機につき一機当り三五万ドル、九号機以降一機につき二三万五〇〇〇ドル(以下「基本口銭」という。)と定められていた。
ところで、日商岩井は、さきに全日空に対しB七二七―二〇〇型機を売り込んだころから、全日空側の要請により、一機当り二万ドル程度のリベートの支払に応じて来ていた。被告人海部は、島田から、全日空が将来B七四七SR型機を購入する場合には従前と同様一機当り五万ドル程度のリベートを支払う必要がある旨聞知するや、到底正規の口銭からこれを支弁することはできないからボーイング社から追加口銭を貰わなければ仕方がないとして、島田、被告人山岡らに実務折衝に当らせた結果、昭和四七年七月三日、日商岩井、ボーイング社の間に「ボーイング社は、前記代理店契約所定の基本口銭のほかに、日航又は全日空が購入し昭和五二年一月一日以前に引渡されるB七四七SR型機の最初の一〇機につき、一機当り五万ドル(以下「追加口銭A」という。)をNIAC/SEAに支払う」旨のレター・アグリーメント(前同号の符号1のうち)が締結され、ボーイング社財務契約担当副社長R・W・ウエルチと被告人海部とがそれぞれこれに署名した。
さらに、被告人海部は、前述の如く(前記第二目参照)、日航に対するB七四七SR型機の売込みに際し、伊大知昭司及び久保俊廣の協力を得ており、成功報酬支払の必要を感じていたうえ、伊大知については、後記の如く、防衛庁に対するマクダネル・ダグラス社のF四Eフアントム戦闘機の売込みに関しても松野頼三代議士に対する工作を依頼しており、そのころ松野に支払つた五億円の謝礼のうちいくらかは伊大知の手に渡つているものと考えていたところ、その後同人から「政治家はずるい。あのときも一銭もくれなかつた。一度外遊させてもらつただけだ。実にひどい」旨常々愚痴をこぼされ、暗に謝礼を求める口吻を洩らされていたこともあり、また、久保については、島田から「日航に七四七SR型機が売れた場合、久保に対して五〇万ドル支払いたい」旨の申出があり、余りに高額なので三〇万ドル(一億円)程度にしてはどうかと相談した経緯もあつて、両名に対する謝礼金の原資を取得する必要があるものと考え、前記事情からB七四七SR型機の日本市場への売込みに必死になつているボーイング社に出捐を求めれば、交渉次第では出してもらえると目論み、来日した前記ウエルチやボーイング社極東地区販売部長ジヨン・スワイハートらに対し自ら「日航への売込みに当つて我々はX(エツクス、伊大知を指す。)やXX(ダブルエツクス、久保を指す。)の力を借りて大いに努力している。ついては、これらの者に謝礼もしなければならないので、一機当り一〇万ドル程度の追加口銭の支払いを考えてもらいたい」旨要請し、島田や被告人山岡らを実務折衝に当らせ、昭和四七年一〇月半ころ口頭で承諾を受け、昭和四八年三月七日、日商岩井とボーイング社との間に「ボーイング社は、前記代理店契約所定の基本口銭及び昭和四七年七月三日付レター・アグリーメント所定の追加口銭Aのほかに、日航又は全日空が購入し引渡を受けるB七四七SR型機の最初の一〇機につき、一機当り一〇万ドル(以下「追加口銭B」という。)をNIAC/SEAに支払う」旨のレター・アグリーメント(前同号の符号1のうち)が締結され、ボーイング社契約部長V・C・モアと被告人海部とがそれぞれこれに署名した(以下追加口銭A、同Bを「特別口銭」と総称する。)。
B七四七SR型機は、日航に七機売り込むことができたので、右各約旨に従い、ボーイング社から基本口銭(七機分合計二四五万ドル)のほか、追加口銭A三五万ドル、同B七〇万ドル、合計一〇五万ドルがNIAC/SEAを介して日商岩井に支払われることとなつた。なお、B七四七SR型機は全日空には売れず、日航に対してはリベートの支払を必要としなかつたため、追加口銭Aはリベートの原資とされることなく、日商岩井東京航空機部において自由に費消し得ることとなつた。追加口銭Bのうち、現実に伊大知、久保に対して支払われ、又は同人らに対する立替支出の穴埋めに用いられた金額以外の分についても同様である。右一〇五万ドルは、東京航空機部の簿外資金として米国内に留保され、簿外経費の支出等に充当されていたが、ロツキード事件の発覚後、その残金四〇万一一三二ドル〇八セントのうち三〇万ドルを東京航空機部の利益に公表計上する手段として、後記第三款に説示する如き外為法違反、私文書偽造同行使の所為が敢行されるに至つたものである。
第二項 B七四七SR型機の引渡と特別口銭の入金状況
第一目  契約、引渡状況
B七四七SR型機売却に関するボーイング社と日航との確定契約日及びその引渡状況は、次表に掲げるとおりである。
(A表)契約、引渡状況

番号 対象機(登録記号) 確定契約日 引渡日 関連番号(B表)
1 一号機(JA八一一七) 47 12 22 48 9 26 1、2
2 二号機(JA八一一八) 〃 48 12 21 1、3
3 三号機(JA八一一九) 〃 49 2 19 1、4
4 四号機(JA八一二〇) 〃 49 2 20 1、4
5 五号機(JA八一二一) 48 9 25 49 3 28 5
6 六号機(JA八一二四) 49 3 22 49 11 22 6
7 七号機(JA八一二六) 〃 50 4 2 7

(注)1 日付は昭和年月日を表わす(以下の各表において同じ。)。
2 関連番号は、本表と関連する他の表における対応の項番号を示す(以下の各表において同じ。)。
第二目  特別口銭の入金状況
右売却に伴いボーイング社からNIAC/SEAに支払われた特別口銭(追加口銭A及び同B)の入金状況は、次表に掲げるとおりである。
(B表)NIAC/SEAへの入金状況

番号 入金日 入金額(米ドル) 摘要 関連番号
A表 C表
1 48 2 21 一〇〇、〇〇〇 一ないし四号機分追加口銭Bの前受口銭(一機当り二五、〇〇〇ドル) 1~4 1
2 48 10 29 一二五、〇〇〇 一号機分追加口銭A(五〇、〇〇〇ドル)及び同B残金(七五、〇〇〇ドル) 1 2
3 49 2 13 一二五、〇〇〇 二号機分同右 2 3
4 49 4 1 二五〇、〇〇〇 三、四号機分同右 3、4 4
5 49 5 2 一五〇、〇〇〇 五号機分(追加口銭A五〇、〇〇〇ドル同B一〇〇、〇〇〇ドル) 5 5
6 50 1 8 一五〇、〇〇〇 六号機分同右 6 6
7 50 5 30 一五〇、〇〇〇 七号機分同右 7 7

計   一、〇五〇、〇〇〇 一ないし七号機分 1~7

(注) 右のうち、番号1ないし5はナシヨナル・バンク・オブ・コマース(NBC)、同6、7は東京銀行シアトル店のNIAC/SEA口座にそれぞれ入金した。
ところで、右期間中におけるNIAC/SEAのボーイング社からの受取口銭には、右一〇五万ドルのほか、昭和四八年中に全日空に引渡されたB七二七―二〇〇型機五機分の追加口銭一機当り二万ドル計一〇万ドル(基本口銭は一機当り一六万ドル)があり(同年一月から一〇月にかけて受入れ)、これは全日空に対するリベート用として受領したものであるから、全額簿外とし米国内で円換えしたうえ全日空に支払うべきものであった。ところが、その支払いが基本口銭に上乗せして一括して行なわれたため、事務上の手違いで、これを基本口銭の場合と同様、八割を日商岩井(東京航空機部)に送金し、二割をNIAC/SEAの利益に計上する経理処理がなされ、本来全日空に支払われるべき二万ドルが前記一〇五万ドルに混入されることとなつた。
(B表の二)全日空リベート分の入金状況

8 48 12 31 二〇、〇〇〇 全日空B七二七―二〇〇型機五機分追加口銭の二割   8

(注) NBCに入金。
NIAC/SEA店長石川光夫は昭和四七年一一月七日前任者の被告人山岡の後を継いで赴任したもので、それ以前は東京航空機部ボーイング課(課長島田三敬)課長代理の職に在つたものであり、追加口銭A、同Bのことは承知していた。
第三項 特別口銭の流れ
第一目  NIAC/SEAからの出金状況
B表番号1の一〇万ドルには支払明細書が添付されていなかつたため、石川は、どの口銭か分らず、仮受金(SUSP. RCVD.)で受入れ、被告人山岡(当時東京航空機部次長兼ボーイング課長)に問い合わせたところ、保留しておくよう指示されたが、ボーイング社に問い合わせた結果追加口銭Bの前渡金と分り、昭和四八年三月三〇日仮決算のためこれを前受金(ADV. RCVD.)に振替え、同年六月三〇日の中間決算に際し、被告人山岡に連絡して交互計算勘定で東京に送金するようにとの指示を受け、同日一〇万ドルを貸記帳した。
昭和四八年八、九月ころ、被告人山岡は、島田からの指示として、石川に対し、「追加口銭はとりあえずNIAC/SFに振替え、東京の金として別段でリザーブしてくれ」と伝えた。
ところが、同年一〇月二九日、B表番号2の一二万五〇〇〇ドルが入金した際、女事務員のアイリーン・タイアンがこれを通常の口銭と間違え、入金当日八割の一〇万ドルを交互計算で東京勘定に貸記し、二割の二万五〇〇〇ドルをNIAC/SEAの受取手数料とする経理処理をしてしまつた。
東京航空機部では、本来米国内に簿外資金として留保すべきであつた右二〇万ドルがNIAC/SEAから交互計算勘定によつて送金されて来てしまつたため、これを同部の利益として公表計上するについては、それが日航に対するB七四七SR型機売込みの特別口銭であることを秘匿する必要があつた。そこで、被告人山岡は、ボーイング課課長代理高島一次に命じ、これを日商岩井がB七四七型機及びB七三七型機をシンガポール・エアラインズに販売したことに伴いボーイング社から受領することとなつた口銭であるかの如く、仮装の経理処理を行わせた。
他方、NIAC/SEAでは、B表番号2の二万五〇〇〇ドルを誤つて受取手数料(COMM. INC.)として受入れたものの、本来同店の利益に計上すべきものでないため、同年一一月一〇日、これを東京勘定(NI―TKa/c)に振替えたうえ、同月三〇日、これをさらにサンフランシスコ勘定(SFa/c)に振替え、NIAC/SFに送金した。
B表番号3以降の入金分については、被告人山岡の指示どおり、逐次NIAC/SFに送金していたが(C表参照)、最後の番号7の入金分については、それまでNIAC/SFの経理担当者であり、旁々NIAC/SEAの経理も見てくれていた高木宏がNIAC/NYに転勤となり、他方、NIAC/LAには既に簿外口座が開設されていたので、被告人山岡の指示により、NIAC/SFを経由することなく、直接NIAC/LAに送金された(なお、この分については、NIAC/LAにおいて簿外口座を管理していた松尾達也の帰国との関連で特異な経理処理がなされているが、その点に関しては後述する。後記第六目参照。)。
(C表)NIAC/SEAからの出金状況

番号 送金日 送金額(ドル) 送金先(送金方法) 関連番号
B表 D表
1 48 6 30 一〇〇、〇〇〇 東京(交計勘定) 1
2 48 10 29 一〇〇、〇〇〇 東京(〃) 2
48 11 30 二五、〇〇〇 NIAC/SF(付替) 3
3 49 2 14 一二五、〇〇〇 〃(小切手) 3 1
4 49 4 3 二五〇、〇〇〇 〃(〃) 4 4
5 49 5 6 一五〇、〇〇〇 〃(銀行) 5 5
6 50 1 10 一五〇、〇〇〇 NIAC/SF(銀行) 6 6
7 50 6 2 一五〇、〇〇〇 NIAC/LA(〃) 7
計   一、〇五〇、〇〇〇

なお、前記B表の二番号8の全日空リベート分二万ドルについては、NIAC/SEAの利益に計上すべきものではないので、決算期である昭和四八年一二月三一日、借方・受入手数料(DR:COMM. INC.)、貸方・前受金(CR:ADV. RCVD.)と修正して利益計上を取消したうえ、昭和四九年二月一四日、〈1〉借方・前受金、貸方・東京勘定、〈2〉借方・東京勘定、貸方・当座預金(BANK)と経理処理し、これをNIAC/SFに支店間付替により送金した。
(C表の二)全日空リベート分

8 49 2 14 二〇、〇〇〇 NIAC/SF(付替) 8 2

第二目  NIAC/SFにおける処理状況
NIAC/SEAは、日商岩井の取引先であるボーイング社がシアトル市に在るため、同社からの口銭の代理受領の便宜等のため設けられた小規模のオフイスであり、専門の経理職員も居らず、その経理処理はNIAC/SFの経理担当者である高木宏(昭和五〇年以降は、ポートランド店の松橋、水野ら)に見てもらつている状況であつた。そこで、B七四七SR型機特別口銭の簿外管理については、昭和四八年一二月、島田が西海岸最大のオフイスであるNIAC/LAを訪れ、松尾達也にその管理を命ずるまでの間は、取敢えずNIAC/SFに送金してリザーブしておくよう指示がなされていたのである。かかる事情から、NIAC/SFは、NIAC/SEAからNIAC/LAに送金される間のいわばトンネル的な役割を果していたに過ぎない。NIAC/SEAからの入金は、次に説明する二万五〇〇〇ドルの分を除いては、いずれも入金の都度右から左にNIAC/LAに送金されているのである(D表参照)。
昭和四八年一一月三〇日に入金した二万五〇〇〇ドル(C表番号2の一部)については、若干の説明が必要である。これより先、同年八月一五日、日商岩井は東京においてG・F・スミスなる人物に工作資金として邦貨五〇〇万円を支払い、これを簿外資金から支弁するため一万八八六七ドル九二セントをNIAC/SEAに付替えて来たのであるが、当時NIAC/SEAに簿外資金はなく、また、ボーイング社から入金予定のB七四七SR型機特別口銭はすべてNIAC/SFに送金する予定となつていたところから、右一万八八六七ドル九二セントの債務は同年九月一日NIAC/SEAからNIAC/SFに付替えられた(NIAC/SEAにおける処理は、借方・サンフランシスコ勘定、貸方・東京勘定)。そこで、NIAC/SFでは、B七四七SR型機特別口銭の最初の入金である右二万五〇〇〇ドルのうち、一万八八六七ドル九二セントについては前記被立替債務の穴埋に充当し、残額六一三二ドル〇八セントのみを受入れて、これを昭和四九年三月一八日にNIAC/LAに送金したのである。
右のような事情で、NIAC/LAへの送金は、NIAC/SEAからの受入れ(前掲C表参照)の順序と若干異ることとなる。なお、本表から、前記全日空リベート分二万ドルを日時順にまとめて一括記載する。
(D表)NIAC/SFからNIAC/LAへの送金状況

番号 送金日 送金額(米ドル・セント) 関連番号 備考
C表 E表
1 49 2 14 一二五、〇〇〇・〇〇 3 2
2   二〇、〇〇〇・〇〇 8 3 全日空リベート分
3 49 3 20 六、一三二・〇八 2 4、5 一八、八六七ドル九二セントは穴埋に充当
4 49 4 3 二五〇、〇〇〇・〇〇 4 6、7
5 49 5 6 一五〇、〇〇〇・〇〇 5 8
6 50 1 10 一五〇、〇〇〇・〇〇 6 10
計   七〇一、一三二・〇八

(注) 番号1、2は加州三和ロスアンゼルス店に、その余は加州東銀ロスアンゼルス・ダウンタウン店に入金
第三目  松尾達也に対する島田の指示(島田メモ)
昭和四八年八月一二日、ロスアンゼルスに出張した島田は、NIAC/LA総務・経理課長松尾達也に対し、「ボーイング社から金が入つて来るが、それを簿外にしてプールしておいて、私が指定する人が取りに来たら金を渡してやつてもらいたい。このメモのとおり、海部さんの承認も得ているし、山村常務の了解も得ているのでよろしく頼む」旨指示し、宛先を「山村常務殿」とし、その下に「(写)海部専務殿」と記載し、本文を「昨年(昭和四七年一〇月)、B七四七SRを日本航空に契約した時、当時極めて難しい情勢下にあり(ロツキードL―一〇一一及びダグラスDC―一〇が有力候補であつた)何んとしても日航に契約したいとのボーイングの思惑もあり、資金はボーイングが負担すると言う事で特別工作をした。〈1〉対日航については××氏(成功の場合は五〇万ドル支払う約束で)日航内部工作を依頼し成功。〈2〉総理については直接に(成功の場合、日航、全日空両社の場合は二〇〇万ドル、一社の場合は一〇〇万ドルの献金を約束で)依頼し、日航については成功した。依つて〈1〉〈2〉両者合せて、一五〇万ドルがボーイングからNICに支払われて来るので、此れを円で支払う義務が生じた。(勿論NICに対する口銭は別途支払われくる)。入金、支払のスケジユール次表のとおりです(以下略)」と、欄外に「Kaifuさん承認」と記載し、昭和四八年一二月一〇日付で島田三敬の署名押印のある自筆のメモ(以下「島田メモ」という。)を示し、右特別工作の費用としてボーイング社から一機当り一五万ドルの追加口銭一〇機分合計一五〇万ドルが入金になる予定である旨説明した(但し、前掲A表記載のとおり、この時点では、五号機までの確定契約がなされていたに過ぎなかつた。)。松尾は、島田の話から、ボーイング社からのダブルエツクス(島田はその名を明かすことを拒否した。)に対する五〇万ドル及び田中角榮首相に対する一〇〇万ドルの特別工作資金という絶対他に洩れてはならない重大事項の管理を指示されたものと了解して緊張したが、右指示は海部、山村らも了承ずみの親会社のトツプからの特命事項であり、従わざるを得ないものと考え、NIAC/LAの上司(鈴木芳郎店長)にも明かさず、極秘裡に右任務を遂行することを決意し、即時、島田との間で、(一)簿外金の保管には、銀行に対しソシアル・セキユリテイ・ナンバー(社会保障番号)の通知を要し、かつ、口座開設がIRS(米国国税庁)に通知されるセイビング・アカウント(普通預金)を避け、仮名口座を作り易いチエツキング・アカウント(当座預金)オンリーとすること、(二)ダブルエツクスに対する第一回の支払いは、翌四九年一月四日ロスアンゼルスを訪れる伊大知なる人物に対し五万ドルと一〇万ドルのキヤツシヤーズ・チエツク(預手)を交付して行うこと、(三)人物の同一性の確認には割符を用いること、(四)右以降の支払指示は島田がすること、(五)支払が入金に先行する場合はNIAC/LAで立替払いすること、その他の細目について協議を遂げた。その際、島田は、割符として、自分の名刺二枚を重ね、一方を上方にずらして合せ目に自己の印鑑で割印し、その一枚を松尾に交付した。
第四目  カオル・マツバヤシ口座の開設
昭和四九年一月四日までにはボーイング社からの特別口銭の入金がなかつたため、松尾は、同日、大韓航空(KAL)に対する前払金という架空の名目でNIAC/LAの小切手を振出し、これをバンク・オブ・トウキヨウ・オブ・カリフオルニア(略称BOT又は加州東銀。東京銀行が過半数の株式を有する現地法人であるが、昭和五〇年一〇月現地の銀行と合併し、「カリフオルニア・フアースト・バンク」と行名変更した。)ロスアンゼルス・ダウンタウン支店に持込み、これと引換えに同店で一〇万ドルと五万ドルの預手を作成してもらい、ロスアンゼルス市内のアンバサダー・ホテルのロビーで割符を確認のうえ伊大知に一〇万ドル、久保に五万ドルの預手を交付した。
松尾は、後日、NIAC/SFから入金したD表番号1の一二万五〇〇〇ドル、同2の二万ドル(全日空リベート分)及び同3の六一三二ドル〇八セントのうち五〇〇〇ドルを右一五万ドルの穴埋にあて、大韓航空からの前払金の返済として経理処理した。そして、同4の二五万ドルが入金した際、うち二万ドルを全日空リベート分にあてることとし、円転して日本に送金した。
かくて、松尾の手許には同3の残金一一三二ドル〇八セントと同4の残金二三万ドルが残ることとなつたが、松尾は、島田の指示どおり、仮名口座を作つてこれを管理することとし、古くから懇意にしていた加州東銀ロスアンゼルス・ダウンタウン支店の井上巌次長にダミー口座を作りたい旨依頼し、同年四月二三日、同支店に「カオル・マツバヤシ」名義の口座を開設し、右二三万一一三二ドル〇八セントを振り込んだ(E表番号1ないし7参照)。
その後NIAC/SFからNIAC/LAに送金されて来たB七四七SR型機特別口銭はE表番号8、10のとおりであるが、この他、ボーイング社から全日空に対するリベート分としてさらに四万五〇〇〇ドルが入金したが、松尾は、これも右カオル・マツバヤシ口座に入金して一括保管していた(E表番号9参照)。
(E表)NIAC/LA入出金状況

番号 入金日 入金額(米ドル・セント) 出金日 出金額(米ドル・セント) 摘要 関連番号
D表 F表
1     49 1 4 一五〇、〇〇〇・〇〇 久保・伊大知に対する立替払(大韓航空前払金名義)
2 49 2 14 一二五、〇〇〇・〇〇   一二五、〇〇〇・〇〇 }右1の穴埋に充当 1
3 〃 二〇、〇〇〇・〇〇   二〇、〇〇〇・〇〇 2
4 49 3 20 六、一三二・〇八   五、〇〇〇・〇〇 3
5     49 3 20 一、一三二・〇八 }カオル・マツバヤシ口座へ 3 1
6 49 4 3 二五〇、〇〇〇、〇〇 49 4 19 二三〇、〇〇〇・〇〇 4 2
7     49 4 12 二〇、〇〇〇・〇〇 右3の穴埋に充当(全日空リベート分として送金) 4
8 49 5 6 一五〇、〇〇〇・〇〇 49 5 7 一五〇、〇〇〇・〇〇 カオル・マツバヤシ口座へ 5 5
9 49 6 25 四五、〇〇〇・〇〇 49 6 25 四五、〇〇〇・〇〇 同右(全日空リベート分)   6
10 50 1 10 一五〇、〇〇〇・〇〇 50 1 10 一五〇、〇〇〇・〇〇 同右 6 9

第五目  カオル・マツバヤシ口座入出金状況
カオル・マツバヤシ名義の仮名口座は、日商岩井東京航空機部の簿外預金であり、NIAC/LAの松尾が同店の上司にも内密に小切手帳を保管して管理し、島田三敬の直接の指示に従つて出金していたものである。
島田は、前記のとおり、松尾に対し、昭和四九年一月四日にロスアンゼルスを訪れた久保、伊大知に特別口銭分から一五万ドルを支払うよう指示したほか、三回に亘り、各一〇万ドル合計三〇万ドルの出金を指示し、実行させた。その第一回は昭和四九年四月三〇日で、松尾は、島田の指示により、カオル・マツバヤシ名義で一〇万ドルの小切手を振出し、これを加州東銀ロスアンゼルス・ダウンタウン支店に持込んで同行の受取人をデイーク・アンド・カンパニーとするキヤツシユーズ・チエツクを取組んでもらい、これを島田あてに送付した。島田からは、松尾の照会に対し、“rcvd. tks. shimada”(Received. Thanks. Shimada)とテレツクスで返信が届いた。第二回は昭和五〇年一月八日で、島田からテレツクスで指示されたとおり、昭和四九年一二月にNIAC/SEAが伊大知に対し立替払してある分の二万ドルの穴埋として二万ドルをNIAC/SEAに、三万ドルをシアトルにある伊大知の口座にそれぞれ送金したほか、五万ドルをキヤツシユで用意し、昭和五〇年二月にロスアンゼルスを訪れた島田に直接交付した(F表番号4、8参照。第三回は、カオル・マツバヤシ口座を閉鎖してキヨシ・ニシヤマ口座を開設した後のことであるから、後に説明する。)。
ところで、松尾は昭和五〇年二月一日付で日商岩井東京本社財務部次長に発令され、同年四月ころ東京に帰任する予定であつたため、既にカオル・マツバヤシ口座に入金していたB七四七SR型機六機分の残金及び今後入金予定の分についてどのように処理すべきかにつき、同年二月に島田が来訪した際同人の指示を仰いだところ、同人は「日航へのB七四七SR型機の売込みは七機で終り、最後の一五万ドルが五月末ころ入金するので貴方が最後まで管理してもらいたい、帰国の際は資料を持ち帰るように」と指示した。
他方、カオル・マツバヤシ口座の開設、管理に協力してくれていた加州東銀ロスアンゼルス・ダウンタウン支店の井上巌次長が同行リトル・トウキヨウ支店長に転出したため、松尾はカオル・マツバヤシ口座を閉鎖し、あらためてリトル・トウキヨウ支店にキヨシ・ニシヤマ名義の仮名口座を開設することとした(F表番号10、11参照)。
なお、全日空リベート分として昭和四九年六月二五日四万五〇〇〇ドルが入金しているが、松尾はそのうち二万五〇〇〇ドルを引出してNIAC/SEAの石川光夫に交付しており(石川はこれを全日空に支払うべきものとして保管していたが、ロツキード事件の発覚により支払が不能となつたため、昭和五一年九月三日NIAC/SEAの利益に計上した。)、残額二万ドルがキヨシ・ニシヤマ口座に引継がれることとなつた(F表番号3、6、7参照)。
(F表)カオル・マツバヤシ口座入出金状況(加州東銀ロスアンゼルス・ダウンタウン支店)

番号 入金日 入金額(米ドル・セント) 出金日 出金額(米ドル・セント) 摘要 関連番号
E表 G表
1 49 4 23 一、一三二・〇八       5
2 〃 二三〇、〇〇〇・〇〇       6
3     49 4 23 一〇、〇〇〇・〇〇 全日空リベート分
4     49 4 30 一〇〇、〇〇〇・〇〇 島田の指示による
5 49 5 8 一五〇、〇〇〇・〇〇       8
6 49 6 25 四五、〇〇〇・〇〇     全日空リベート分 9
7     49 10 17 一五、〇〇〇・〇〇 〃
8     50 1 8 一〇〇、〇〇〇・〇〇 島田の指示による
9 50 1 13 一五〇、〇〇〇・〇〇       10
10     50 3 11 三五〇、〇〇〇・〇〇 }キヨシ・ニシヤマ口座へ   1
11     50 3 24 一、一三二・〇八   2
計   五七六、一三二・〇八   五七六、一三二・〇八

第六目  キヨシ・ニシヤマ口座入出金状況
前記のような経過で、カオル・マツバヤシ口座の残高三五万一一三二ドル〇八セント(うち二万ドルは全日空リベート分)は、加州東銀ロスアンゼルス・リトル・トウキヨウ支店のキヨシ・ニシヤマ名義の仮名口座に引継がれた。
さきに述べたように、松尾は、島田からの直接の指示を受けてこれらの簿外預金を管理し、昭和四九年四月末、同年一〇月末、同五〇年一月末、同年四月末の四回に亘り、その残高を島田に報告していた(但し、カオル・マツバヤシ又はキヨシ・ニシヤマの口座名までは報告していない。)が、島田メモの記載及び島田の説明から、右簿外預金の管理状況については経理・総務本部長の山村謙二郎常務も当然承知しているものと信じていた。松尾が、帰国後の簿外預金の管理につき島田に相談したことは前述のとおりであるが、これより先、昭和四九年一二月中旬ころ、山村専務が東京経理部長大西敬二郎、東京財務部次長杉原明らを伴いNIAC/LAを訪れた際にも、既に東京転勤の内示を受けていたため、簿外預金の管理につき山村の指示を仰ごうと考え、山村が一人で居る機会を窺い、同人に島田メモを呈示して「私はそろそろ帰国することになりそうですが、本件は如何致しましようか」と訊ねたところ、山村は島田メモを一読して「ややこしいようだな」と所感を述べた後「持つて帰れ」と命じたので、後任者に引き継がずに資料一切を持ち帰れという意味に了解した。
このように、松尾は、山村、島田から帰国に際し後継者に簿外預金の管理を引継がないよう指示されていたため、昭和五〇年四月七日帰国するに先立ち、同月四日、加州東銀ロスアンゼルス・ダウンタウン支店のNIAC/LAの正規の口座から一五万ドルを引出し、七四七SR型機七号機の特別口銭としてキヨシ・ニシヤマ口座に入金し、NIAC/LAの伝票上は「借方・未収金(ボーイング社)、貸方・当座預金」と仕訳しておき、同年三月半ごろ赴任して来ていた後継者の長山昭二郎には「ボーイング社からの一五万ドルの口銭を未収金にあげてあるが、それは五月末ころ入る」とのみ伝えておいた(その後右一五万ドルは同年六月二日NIAC/SEAからNIAC/SFを経由せず直接NIAC/LAに入金し、「借方・当座預金、貸方・未収金」として正規の口座に穴埋された。C表番号7)。そして、帰国に際しては、島田メモ、カオル・マツバヤシ及びキヨシ・ニシヤマ名義の小切手帳、島田との往復テレツクス、入出金メモ、割符に用いた名刺等一切の関係資料を持ち帰り、会社の自己の机の抽斗に鍵をかけて保管しておいた。
昭和五〇年七月中旬ころ、島田から社内電話で、「今月二二日にロスへ行くが、例の金の中から一〇万ドル出して、五万ドルは小切手、五万ドルはキヤツシユでロスで受取れるよう手配してもらいたい」と指示されたので、NIAC/LAの長山、栗谷亘省に依頼し、正規の口座から指示どおりの出金をしてもらい、その穴埋としてキヨシ・ニシヤマ名義の一〇万ドルの小切手を振出し、同月一八日にロスアンゼルスに向う長山の夫人に託してNIAC/LAに届けた。これが島田の指示による最後の出金である。
かくして、キヨシ・ニシヤマ口座には四〇万一一三二ドル〇八セントの残高が残された(G表)。
(G表)キヨシ・ニシヤマ口座入出金状況(加州東銀ロスアンゼルス・リトル・トウキヨウ支店)

番号 入金日 入金額(米ドル・セント) 出金日 出金額(米ドル・セント) 摘要 関連番号(F表)
1 50 3 11 三五〇、〇〇〇・〇〇       10
2 50 3 24 一、一三二・〇八       11
3 50 4 4 一五〇、〇〇〇・〇〇     NIAC/LA口座より(NIAC/SEAの送金で後日穴埋) C表7
4     50 7 24 一〇〇、〇〇〇・〇〇 島田の指示による
(差引残高)四〇一、一三二・〇八

以上を総括すると、ボーイング七四七SR型機特別口銭としてボーイング社から入金したのは、一機当り一五万ドル七機分計一〇五万ドルである。
そのうち二〇万ドルは東京に送金され(C表番号1、2参照)、一万八八六七ドル九二セントはG・F・スミスに対する工作資金の穴埋に充当され(D表番号3参照)、また、島田の指示により四回に亘り合計四五万ドルが出金された(E表番号1ないし4、7、F表番号4、8、G表番号4参照)。従つて、その残高は三八万一一三二ドル〇八セントとなる。
このほか、全日空に対するリベート分として二回に合計六万五〇〇〇ドルの入金があり(B表の二番号8、C表の二番号8、D表番号2、E表番号9、F表番号6参照)、うち合計四万五〇〇〇ドルが出金され(E表番号3、7、F表番号3、7参照)、二万ドルが残つた。
両者の合計四〇万一一三二ドル〇八セントが、キヨシ・ニシヤマ口座の前記残高である。
第二款 犯行に至る経緯
第一項 島田メモ発覚の経緯
前記のとおり(第一款第三項第六目参照)、山村謙二郎専務取締役兼財経本部長兼総務本部長は、昭和四九年一二月中旬ころ、NIAC/LAを訪れた際、松尾達也から仮名預金の処理につき相談を受けたのであるが、一〇日以上に亘る海外旅行の終りのころで疲れていたこともあつて、「面倒な話なら書類を日本に持つて帰れ」と指示したのみで内容には深く気をとめず、帰国後そのことは失念していた。他方NIAC副社長兼米州管掌補佐秋山代治郎は、昭和五〇年秋ころ松尾の後継者である長山昭二郎から、「ロスに東京航空機部の関係らしい変な勘定の預金が動いている」旨聞知していたので、昭和五一年一月末ころ山村専務がニユーヨークを訪れた際、サンフランシスコで開催された西部店経理会議に同行し、その機会に同人に長山の話をひそかに耳打ちしたところ、山村は「早速調べてみよう」と約束した。
山村は、同年二月四日帰国したが、東京航空機部の裏金とすれば海部副社長が絡んでいるので容易ならざる事態であると考え、調査着手を逡巡するうち、いわゆるロツキード事件が発覚し、全日空や丸紅の幹部が国会で追究されるような事態に進展したため、同年三月初ころ辻良雄社長から「うちは大丈夫か、何か問題ないか」と確かめられ、「気にかかつていることがあるから早速調べてみます」と返事し、大西敬二郎財経本部副本部長に調査を命じた。大西は、一両日中に「松尾に聞いたが、仮名預金のことは山村さんもご存じの筈だと言つている」旨報告したので、山村は直ちに松尾を呼び寄せると、同人は島田メモを示し、「島田さんは、このことは社長も知つているし、海部さんも承知している。山村さんにも話してあると言つていた。私は当然山村さんもご存知だと思つていた。前にロスで引継書類のことで山村さんにお話した筈です」と述べた。山村は、「ロスで引継云々の話があつたことは朧気に思い出したが、島田メモは見たことがない。第一、経理に依頼した云々と書いてあるが何のことか判らない」旨述べると、大西が「いや、これは経理じやなくて総理ですよ」と言つたので仰天した。他方、島田の説明から山村も当然事情を知つているものと信じていた松尾は、山村から「島田に言われたのならどうして私に一言でも確認を取らなかつたのか」と強く叱責され、范然自失して退席した。
同月三日、山村は、島田を自室に呼び、大西を立ち会わせたうえで島田メモを突き付けて島田を追究した。島田は、「申訳ない。島田メモは山村さんや社長に見せたこともないし、了解も受けていない。もちろん海部さんは知つており、承認してもらつている。現地(松尾を指す。)の協力を得られないと思つて山村さんや社長の名を使つた。」旨平身して謝つた。島田は、メモの内容につき、「B七四七SR型機の追加口銭は一機当り五万ドルと一〇万ドルの二本の契約で一〇機分合計一五〇万ドル入ることになつていたが、実際に入るのは一三五万ドルで、一〇五万ドルはその一部である。一機一〇万ドルの口銭は無期限だが、一機五万ドルの方は期限があつて、既に引渡ずみの七機分で打ち切られる」旨説明した。山村は、大西を退席させたうえで、島田に対し支払先を追究したところ、「ダブルエツクスというのは久保と伊大知のことで、二人に合計二〇万ドル渡してある。」と言い、その二人がどういう人間で何故金をやるのかという詰問に対しては「それは絶対に言えません。言つたら命が危ない。殺される。」とひどく脅えた様子で目を据え、あくまで回答を拒否した。山村もそれ以上その点を追究することを断念し、島田の受取つた二五万ドルについて訊ねると、「確かに受取り、海部さんに全額渡した。海部さんは、それを海外の預金口座に入れたと思う」と述べ、山村が、かねてから海部がスイスの銀行に預金している旨の噂があつたことを想起して「スイスの銀行に数十万ドルあると聞いているが、そういう預金になつているのか」と訊ねると、「数十万どころではなくて、数百万です」との回答であつた。さらに、総理との関係につき訊ねると、島田は「総理には払つていません。今後払う必要はありません。」と答えるのみであつた。
山村は、直ちに社長室に赴き、右の調査結果を報告に及ぶと、辻社長は吃驚し、沈痛な表情を浮べて、「できるだけ早い機会に島田、海部から事情を聞いて処分を考えよう。海部君とは刺し違えて辞めることも考えている。」と洩らした。
山村は、以上の経過、特に山村及び辻社長が島田メモを関知しなかつた事情を大西に口述して確認書を作成させ、さらに念を入れて昭和五一年三月五日付で古川静夫公証人役場の確定日付を取らせる処置を取つた。
第二項 キヨシ・ニシヤマ口座の閉鎖
山村は、島田メモの内容を知ると同時に、島田、大西に対し、キヨシ・ニシヤマ口座の残高については、直ちにこれを解約して正常なルートに戻すよう命じた。
大西は、残高四〇万一一三二ドル〇八セントを公表経理に戻す具体的方法をかれこれ検討したが、どの案にも実行困難な点があつたため、いつそのこと単純に同額をNIAC/NYの雑収入に計上し、直ちに同口座を閉鎖するという方法によることを考えたが、当時ロツキード事件との関連で米国証券取引委員会(SEC)がボーイング社の調査を始めており(のちに日商岩井も、IRSの依頼による大阪国税局の調査を受けることとなつた。)、ボーイング社の日商岩井に対する支払手数料と日商岩井のボーイング社からの受取手数料とのトータルチエツクが行なわれれば、右のような経理処理では直ちに不正が発覚することとなるため、翌四日山村に右処理方法を説明すると「そんな処理では駄目だ。収益と費用を対応させ、ニユーヨークと相談して入と出の両建で慎重に処理せよ」と指示されたので、同日午後一一時過ぎころNIAC/NYのアシスタント・トレジヤラー原田景一に対し、「ボーイング社からの受入口銭B七四七SR型機分一〇五万ドルのうち二〇万ドル、B七二七型機分一四万五〇〇〇ドルのうち八万ドルだけが東京に公表計上されていて、残り八五万ドルと六万五〇〇〇ドルの二口合計九一万五〇〇〇ドルが公表未計上である。そのうち費消してしまつた分があり、ロスアンゼルスの仮名口座に四〇万一一三二ドル〇八セントだけ残つている。山村専務は未計上分全額を公表計上せよと言つている。そのうち三〇万ドルは山村さんは承認していないが東京航空機部の利益に計上することとなると思う(後記第三項参照)ので、残り六一万五〇〇〇ドルについては、そちらでCPA(公認会計士)対策も考えて、目立たないような受入名目を考えてくれ。費消分五一万三八六七ドル九二セントについては、商品経費か何かで処理してくれ。」と依頼した。
原田は、経理課長福田次雄、同課長代理松田寿郎、同課員高桑英介らに事情を説明して相談のうえ、(一)ボーイング社からの受入手数料六一万五〇〇〇ドルについては、これをNIAC/LAで代理受領してもらつたことにし、「借方・ロスアンゼルス勘定、貸方・受入手数料」とし、(二)費消分五一万三八六七ドル九二セントについては、NIAC/LAに商品仕入又は売上のコミツシヨンを支払うための仕入諸掛として「借方・商品仕入、貸方・ロスアンゼルス勘定」とし、(三)NIAC/NYの利益に計上すべき一〇万一一三二ドル〇八セントについては、NIAC/LAから品質クレーム金、解約違約金等の取立を依頼されたこととし「借方・売掛金、貸方・ロスアンゼルス勘定」とすることとした(以上でロスアンゼルス勘定は貸借平均する。)。右協議に基づき、(一)については、経理課員杉本滋が同額の付替伝票を起票し、(二)については、杉本が機械課一口一〇万三八六七ドル九二セント、高桑が繊維課六口計一一万ドル、同課員川崎則雄が金属課一三口計三〇万ドル、合計二〇口五一万三八六七ドル九二セントの各架空仕入伝票を作成し、(三)については、大西と連絡のうえメンガス・アルベス・リミターダ社ほか三社に対する売掛金(品質クレーム金等の未収金)として計上し、高桑において架空のデビツトノート四通を作成した(H表参照)。
(H表)

番号 相手会社(所在地) 科目 金額(米ドル・セント)
1 メンガス・アルベス・リミターダ社(MENGAS ALVES LIMITADA)(ポルトガル) 契約キヤンセル違約金 二一、三三四・二一
2 ヨークシヤー・デ・メヒコ社(YORKSHIRE DE MEXIOO, S.A.)(メキシコ) 品質クレーム、船積チエーン数量相違 三二、九六五・三七
3 カンシヤン社(KANGSHAN FACTORY)(台湾) 品質クレーム 八、〇〇〇・〇〇
4 ヒロサ社(HIROSA, S.A.)(エル・サルバドル) 契約キヤンセル違約金 三八、八三二・五〇
計     一〇一、一三二・〇八

NIAC/NYの決算締切目は一二月末日であるため、原田は東京の大西の了解を得て、以上の会計処理を昭和五〇年一二月三〇日付のバツクデイトでインプツトした。
大西は、松尾に対し、額面三〇万ドル及びH表記載の各金額による小切手五通(合計四〇万一一三二ドル〇八セント)を振り出してキヨシ・ニシヤマ口座を閉鎖し、同金額をNIAC/LAを通じてNIAC/NYに送金するよう指示した。松尾は指示に従いキヨシ・ニシヤマ名義の小切手五通を振出してNIAC/LAの長山昭二郎に送付し、長山は昭和五一年三月一二日これをカリフオルニア・フアースト・バンク(旧加州東銀)・ロスアンゼルス・リトル・トウキヨウ支店に持参して井上巌支店長に対し、キヨシ・ニシヤマ口座から残高全部を引出して同口座を閉鎖し、キヨシ・ニシヤマ名義で三〇万ドル、H表記載の名義、金額で一〇万一一三二ドル〇八セントをザ・バンク・オブ・トウキヨウ・トラスト・カンパニーのNIAC/NY口座に送金するよう依頼し、同月一五日、依頼どおりの金額がNIAC/NYの口座に入金した。これによりNIAC/NYでは、前記(三)の未収金につき「借方・当座預金、貸方・売掛金」として売掛金を貸借平均させた(右三〇万ドルについては、後述のように「借方・当座預金、貸方・日商岩井東京勘定」として交互計算の仕訳を行なつた。)。
第三項 三〇万ドルの交互計算処理
日商岩井では、各部課ごとに独立採算制を取つていたが、昭和五一年三月当時、東京航空機部にはバツクログ(契約後引渡未了の機体)がなく、受入口銭が少いため決算数字が極度に悪く、被告人山岡は、株式売却による補填を考えるなど、その対策に腐心していた。前示のおり、同月三日、山村専務が島田を追究し、島田、大西に対しキヨシ・ニシヤマ名義の簿外仮名預金を解約して正規の公表ルートに戻すことを命ずるや、被告人山岡は、同日夕刻逸早く大西を訪れ、その一部を航空機部の利益に計上できないかと打診したが、色よい返事は得られなかつた。翌四日夕刻、山岡の案内で島田が大西を訪れ、「決算が苦しいので、三〇万ドル東京に利益計上したい」旨申し出たが、大西は「一存では決めかねる」として、島田を山村専務の所に案内したが、山村は、前日の経緯もあり、剣もほろろに島田の申出を一蹴した。島田は、なおも断念せず、同月一〇日ころ、再び山村、大西と面談し、山村が「大体こんな勝手なことをしておいて、まだそんな話を持つて来るのか」と取合おうともせず席を立つたのになおも追いすがつて懇願を続けたため、最後には山村も「そんなら勝手にしろ」と言い棄てる有様であつた。山村は、山村の意向が分らず去就に迷つている大西に対し、「あんな奴らの言うことは話にならん。好きなようにやらせておけ」と指示したので、大西は、山村が島田の申出を不承不承了解したものと解釈し、翌日ころNIAC/NYの原田に対し、「三〇万ドルは東京航空機部で利益に計上することになつた」旨電話で伝えた。
これより先、同年二月末ころ、前記のように、近くSECがボーイング社に対し強制調査に入る旨の新聞報道がなされるや、被告人山岡は、ボーイング社からのB七四七SR型機特別口銭受入の事実が公表される可能性があるものと考え、これに備えてキヨシ・ニシヤマ名義の口座を閉鎖し、残高約四〇万ドルを東京航空機部の利益に計上するに如かずと思料し、その旨島田に相談したところ、同人もこれに賛同し、「俺達だけでは決められないから、海部さんに相談しよう」と提案したので、その後間もなく両名で海部の部屋を訪れ、島田から右事情を説明し、仮名口座を閉鎖して残高約四〇万ドルを引出し、交互計算勘定を使つて東京に送金し、名目を変えて航空機部の利益に計上することにつき海部の了承を求めたところ、同人は、「そうするより仕方ないんじやないか。細かいことは経理と良く相談してうまくやつてくれや」と述べてこれを了承した(この点の詳細については後記第三章第一節第二款第一項参照。)。
島田、山岡らが山村専務に執拗に懇願したのは、右のような事情によるものである。そして、前示経過で曲りなりにも山村専務の了解を取りつけるや、被告人山岡は、三月一〇日ころ、岩井道仁(ボーイング課長)、辻野英朗(同課員)らに対し、航空機の販売に関しアメリカにリザーブしておいた三〇万ドルをニユーヨークから送らせて決算に充当するから、受入名目を検討するようにと指示を与えた。
岩井課長は、辻野に対し、(一)昭和五一年三月末までにボーイング社が機体引渡を完了していること、(二)三〇万ドルの口銭に見合うよう機数は二機程度であること、(三)売込先の海外エアラインの付近に日商岩井の事務所があることという条件を充たすような実際の取引を捜すことを命じ、辻野の作成したボーイング社のデリバリー状況のメモから、トランスポルテス・アエレオス・デ・アンゴラ(アンゴラ航空)に対するB七三七―二〇〇C型機二機の取引を右条件に最も適合するものとして選定し、右取引を日商岩井が仲介したかの如く仮装して、架空の受入口銭名目とすることに決定した。
かくして、岩井は、女子社員に命じて「アンゴラ航空向に販売協力したB七三七型機二機に対する協力口銭三〇万ドルをNIAC/NYから受領する」旨の交互計算勘定貸借記許可申請書(許可書を兼ねる様式となつている。以下「交計許可書」という。)を作成させ、被告人山岡の決裁を得、営業経理(受渡第一部機械業務第一課がこれに当る。)を経由して経理部海外経理課に提出しようとしたが、営業経理からバウチヤー(証憑書類)の添付がないことを指適されたため、辻野と相談して、後記罪となるべき事実第一の二記載のようなボーイング社と日商岩井との間の口銭支払に関するレター・アグリーメント一通を偽造し、日商岩井側代理人として被告人山岡の署名を得たうえ、これを交計許可書に添付すべきバウチヤーとして営業経理を介して海外経理課に提出し、同第一の一記載のような交互計算処理を行わせた。
第三款 罪となるべき事実(第一)
(被告人海部に対する昭和五四年四月二三日付起訴状記載の公訴事実並びに同山岡に対する同月四日付起訴状記載の公訴事実第一の一及び二)
被告人海部、同山岡らは、前示のような経緯で、日商岩井が、大蔵大臣の許可を得ずに非居住者であるカリフオルニア・フアースト・バンク・ロスアンゼルス・リトル・トウキヨウ支店に架空人キヨシ・ニシヤマ名義で当座預金していた四〇万一一三二ドル〇八セントのうち三〇万ドルを日商岩井機械第三本部東京航空機部の利益に計上せんものと画策し、
一 被告人海部、同山岡は、島田三敬(機械第三本部長)、岩井道仁(東京航空機部ボーイング課長)、辻野英朗(同課員)らと共謀のうえ、法定の除外事由がないのに、日商岩井の業務に関し、昭和五一年六月一六日ころ、東京都港区赤坂二丁目四番五号日商岩井東京本社において、情を知らない同社東京経理部海外経理課員をして、前記のとおり日商岩井が非居住者であるNIAC/LAをして前記キヨシ・ニシヤマ名義当座預金口座から三〇万ドルを引出させ、これをNIAC/NY名義の当座預金口座に入金させたことによつて生じた日商岩井のNIACに対する三〇万ドル(邦貨九〇九〇万円)の債権を、日商岩井のNIACとの交互計算勘定元帳に、後記二のボーイング社との約定に基づく仲介斡旋手数料として借記させ、もつて非居住者との勘定の借記をなし、
二 被告人山岡は、前記岩井及び辻野と共謀のうえ、前記一の交互計算勘定に借記すべき債権が、日商岩井がボーイング社から受領すべき仲介斡旋手数料をNIACをして代理受領させたことによつて生じたものであるかの如く仮装するため、海外経理課に提出する交互計算勘定貸借記許可申請書に証憑書類として添付し、借記終了後は大蔵省為替検査官の立入検査に備えて海外経理課において保管すべき契約書写を偽造しようと企て、昭和五一年三月末ころ、前記東京本社東京航空機部ボーイング課事務室等において、行使の目的をもつてほしいままに、被告人山岡の指示に基づき前記岩井及び辻野において、真正な契約文書からボーイング社の社名入りレターヘツド部分のみを複写機(ゼロツクス)で複写した用紙に、同人らの起案に基づき情を知らない同部タイピスト谷道代をして英文タイプライターにより日付欄を「一九七四年九月二〇日」(September 20, 1974)、名宛人を日商岩井M・島田取締役(Attention:Mr. M. Shimada. Director)、合意事項を「ボーイング社は、トランスポルテス・アエレオス・デ・アンゴラ(Transportes Aereos de Angola.アンゴラ航空)がボーイング七三七型機を二機購入した場合、日商岩井に対し、一機当り一五万米ドルのコンペンセイシヨンを支払う」旨(大意)、及び日商岩井はこれに「同意する」(accepted and agreed)旨等と記載させたタイプ用紙を貼付し、これを複写機で複写し、そのボーイング社側の署名欄に、真正な契約文書からボーイング社契約部長ヴアージル・C・モアの真正な署名部分を複写機で複写して作成した“V.C. Moe”の署名を切り取つて貼付し、これを複写機で複写し、さらに、被告人山岡においてその日商岩井側の署名欄に代理人“Sho. Yamaoka”と署名し、さらにこれを複写機で複写し、もつて他人の署名を使用した権利義務に関する私文書であるV・C・モア作成名義のレター・アグリーメント写一通(昭和五四年押第一九一〇号の符号3)の偽造を遂げ、これを前記交互計算勘定貸借記許可申請書に添付すべき真正な証憑書類として海外経理課に提出し、情を知らない同課員をして前記NIACとの交互計算勘定元帳に借記した同年六月一六日ころ、同課交互計算勘定貸借記許可書海外経理課控に編綴のうえ同課ロツカーに備え付けさせて行使し
たものである。
第三節  RF四E型機オフイス・エクスペンス二三八万ドル関係
第一款 松野頼三に対する五億円の供与
第一項 F四E型機、RF四E型機売込みの経緯
第一目  防衛庁における選定経緯の概要
昭和四〇年代初頭、航空自衛隊は、ノースアメリカンF八六F八個飛行隊、ロツキードF一〇四J(スターフアイター)七個飛行隊を保有していたが、第四次防衛力整備計画(以下「四次防」という。)の対象期間(昭和四七年度から同五一年度まで)において、F八六F八個飛行隊の大部分が廃止され、F一〇四J一個ないし二個飛行隊の減勢が見込まれるうえ、F一〇四Jの能力の相対的低下に対処する必要があつたため、昭和四二年三月一四日の閣議決定(「第三次防衛力整備計画(以下「三次防」という。)の主要項目について」)において、「新戦闘機の機種を選定の上、その整備に着手す」べき旨が定められた。対象機種としては、当時自由圏諸国で使用し、又は開発中の次の九機種が選定された。

(1) ロツキード社(米) CL一〇一〇、CL一〇一〇―二
(2) マクダネル・ダグラス社(米) F四
(3) ノースロツプ社(米) F五
(4) 同右 P五三〇
(5) ゼネラル・ダイナミツクス社(米) F一一一
(6) BAC社(英) ライトニング
(7) マルセルダツソー社(仏) ミラージユF一
(8) サーブ社(スウエーデン) ヴイゲン
(9) セペカツト社(英仏共同) ジヤガー

防衛庁は、同年一〇月一九日から一二月一六日まで七名の海外資料収集班を欧米に派遣し、その資料により、(一)総合的に要撃機としてF一〇四J型機より優れていること、(二)全天候要撃能力を有すること、(三)所要の時期までに我国において取得し得るものであること、(四)我国に対して提供される可能性のあること等の基準を考慮して右九機種から候補三機種(CL一〇一〇―二、F四E、ミラージユF一C)を選定し、同四三年五月二九日、増田甲子七長官からこれを発表した。同年七月一九日から九月五日まで、緒方景俊空将を団長とする新戦闘機調査団が米、仏に海外調査を行い、同年一〇月八日、航空幕僚長はF四E型機が最適との結論を得て長官に上申し、同年一一月一日、増田長官は、佐藤栄作内閣総理大臣の了解を得てF四E型機採用決定を発表した。
他方、航空自衛隊は、昭和三六年にノースアメリカンRF八六F偵察機を以て偵察部隊を新編し、運用して来たが、その耐用命数により、四次防期間中の昭和四七年度以降遂次減勢し、昭和五〇年度末には全機用途廃止される見込みであつたため、同期間中に機種更新の必要があつた。そこで、防衛庁では、昭和四四年一〇月一四日の有田喜一長官指示に基づき、四次防計画案の一環として新偵察機に関する検討を開始し、対象を自由圏諸国で使用中又は開発中の戦術偵察機に求め、

(1) マクダネル・ダグラス社 RF四C・E・M(米・西独・英空軍)
(2) 同右 RF一〇一G・H(米空軍)
(3) ノースアメリカン・ロツクウエル社 RA五C(米海軍)
(4) リング・テムコ・ボート・エアロスペース社 RF八G(同右)
(5) マルセルダツソー社 ミラージユIIIR(仏空軍)
(6) サーブ社 S三五R(スウエーデン空軍)
(7) ロツキード社 RF一〇四G(西独空軍)

を選定し、種々の条件を考慮して、細部検討の対象をRF四C・E、RF一〇四J、RT二改(次期支援戦闘機T二改の偵察型)の三機種に絞つた。航空自衛隊では、航空偵察能力、取得の容易性、確実性、後方支援、成長可能性からみてRF四E型機が最適との結論を得、同四五年三月六日、防衛庁参事官会議を以て、航空自衛隊案のとおり、新偵察機としてRF四E型機を適当と認め、四次防中期以降、RF八六F型機をRF四E型機に機種更新する旨、庁の方針を決定した。昭和四七年度予算要求において、防衛庁は、RF四E型機一八機を要求し、一四機が認められ、同年四月二八日右予算案が成立した。
ところが右予算案審議の過程において、国防会議が未だRF四E型機を正式に採用決定していなかつたところから衆議院予算委員会で紛糾を来した結果、同年二月二五日、四次防主要項目の内容が決定され、衆議院議長がこれを確認するまでの間、右航空機導入に関する予算の執行を停止(いわゆる予算凍結)することとなつた。その後同年一〇月九日、国防会議及び閣議において「四次防五か年計画の主要項目」が決定され、四次防期間中にRF四E型機一四機導入が正式決定されるとともに、衆議院議長の確認も受け、同月一一日ころ右予算凍結は解除されるに至つた。防衛庁調達実施本部は、これを受けて早速日商岩井との間で売買契約締結交渉に入り、同年一一月二八日、日商岩井宛にRF四E型機一四機発注内示通知書を発した。
第二目  日商岩井とマクダネル・ダグラス社との契約状況等
日商航空機部は、昭和三八年ころからマクダネル社製の戦闘機F四フアントム型機が米国空軍の主力戦闘機と予定され、その性能も極めて優秀であることに着目し、第二次FX商戦においては右航空機の売込みを図るべく、折から来日した同社販売担当副社長C・M・フオーサイスと同社製航空機の日本における販売代理店になりたい旨の交渉を重ねるなどした結果、翌三九年二月一八日、同社との間に同社製戦闘機F四Eフアントム型機及び偵察機RF四E型機の販売代理店契約を締結するに至つた。右契約における日商の手数料は、マクダネル社の総受取金額の一パーセントであつた。
続いて日商は、同四〇年二月一二日、マクダネル社との間で右代理店契約の第一次改訂を行い、これによれば日商の受取る手数料はマクダネル社の受取金額を基準として、最初の二五〇〇万ドルについては二パーセント、次の五〇〇〇万ドルについては一パーセント、それを超える額については〇・五パーセントと定められていた。
更に日商は、同四一年六月二一日、マクダネル社との間で手数料に関する第二次改訂を行い、これによつて日商の受取る手数料はマクダネル社の受取金額を基準として、最初の一〇〇〇万ドルについては五パーセント、次の四五〇〇万ドルについては二パーセント、それを超える額については一パーセントとなつた。これによつて定められた手数料率は以後、マクダネル社とダグラス社の合併によるマクダネル・ダグラス社への商号変更、戦闘機F一五イーグル型機の取扱品目への追加等による数次の改訂にもかかわらずF四E型機及びRF四E型機に関する限りそのまま維持され、日商岩井とマクダネル・ダグラス・インターナシヨナル・セールス・コーポレーシヨン(略称MDISC)間の同五二年一月一〇日締結にかかる代理店契約書でもそのまま引継がれていた(もつともこれとは別に後記のとおりRF四E型機に関するオフイス・エクスペンス(事務所経費)名目の特別手数料支払の約定が締結、実施されていたものである。)。
第三目  F四E型機の販売状況
日商岩井東京航空機部では被告人海部らにおいて後記の如き売込工作を図るなどして、販売活動に尽力した結果、昭和四三年一一月、F四E型機の売込みに成功したものであるが、引続き同四四年一月一〇日の国防会議及び閣議におけるF四E型機一〇四機を国産する旨の正式採用決定を受けて、マクダネル・ダグラス社とF四E型機をライセンス生産する三菱重工及び川崎重工間の交渉を仲介、調整するなどし、同年三月ころ、マクダネル・ダグラス社と三菱重工間のライセンス及び技術援助契約が締結され、さらに四月二日F四E型機第一次契約三四機分の予算成立を受けて、同四五年三月、防衛庁と主契約者三菱重工、従契約者川崎重工間でF四EJ型機三四機のライセンス生産契約が締結された後は、右両社とF四EJ型機輸入代行契約を結んで、右両社とマクダネル・ダグラス社間のF四E型機国産用資材の売買契約の円滑な遂行を図る等の業務に従事した。なお、この間東京航空機部では、F四E型機に関する諸般の業務遂行のためマクダネル・ダグラス社の本店所在地米国ミズウリ州セントルイス市に事務所を設けることを企図し、昭和四四年五月ころNIAC/SLを新設させ、東京航空機部官需課員岩井道仁を赴任させてマクダネル・ダグラス社との連絡折衝及びF四E型機用資材の調達、輸出業務等にあたらせていた。
その後F四EJ型機の生産は遂次進捗し、昭和四七年一〇月九日の二四機追加及び同五二年一月一九日の一二機追加の各国防会議決定を経て、最終的には防衛庁において総数一四〇機を購入することとなり、その大半が完成納入されて現在に至つている。
第四目  RF四E型機の販売状況
日商岩井東京航空機部においては、F四E型機と併行して、偵察機RF四E型機の防衛庁に対する売込みも続けてきたものの、RF四E型機に関しては、既にF四E型機が採用決定されていたこともあつて比較的簡単に採用決定に至つたうえ、他に強力な売込みを図つた有力対抗機種もみうけられなかつたため、F四E型機の場合の如き激烈な販売活動を展開する事態には至らず、防衛庁航空幕僚監部の要請に応じてマクダネル・ダグラス社から関係資料を取り寄せたり、説明会を開催する程度であつた。しかるに、防衛庁では、RF四E型機について、三菱重工に依頼した国産化見積額が極めて高額であつたため、マクダネル・ダグラス社からの完成機輸入により調達する方針を固めていたが、その際日商岩井に中間に介在して自ら契約当事者となることを求めたため、売買契約交渉の段階に至つてにわかに紛糾することとなつた。
すなわち、RF四E型機売買契約の締結業務にあたつた防衛庁調達実施本部においては、マクダネル・ダグラス社と直接契約することは、言語上の障害、相手方会社についての情報収集の困難性、経費の増大化、過去の実績等諸般の事情に照らして不適当と判断し、昭和四七年一一月二二日ころ、日商岩井との間で契約を結ぶことを決定したうえ、同月二八日、前記のとおり本部長名で日商岩井に対しRF四E型機一四機購入について同社と契約する予定である旨の発注内示通知書を発したのである。これを受けて、日商岩井においては同月三〇日、被告人海部名義でマクダネル・ダグラス社に対し同じくRF四E型機一四機の発注内示書を送付し、以後契約当事者として同社の要求する輸入売買契約の内容を踏まえながら、防衛庁との契約条項をそれと合致させるべく同庁調達実施本部輸入課との交渉にあたつていつた。ところが、マクダネル・ダグラス社との契約はドル建、防衛庁とのそれは円建とされたことに象徴されるように、同社は、比較的売主たる民間企業に有利かつ保護的な米国政府との契約条件を基礎に契約を締結することを求め、他方、防衛庁側は、官庁の民間に対する契約として一方的に民間企業に契約上の危険を負担させる内容の契約条項を提示したため、それぞれの売買契約条項の相違は極めて大きく、仮に双方の要求に応じた形でそれぞれ契約を結んだ場合、契約金額が厖大な額に亘るため日商岩井が莫大な損失を被ることも危惧された。そこで被告人海部の指示の下に島田三敬東京航空機部長以下、当麻春彦官需第一課長、曽束晃平同課員らは、同庁調達実施本部輸入課との交渉に際して、契約条項の作成にあたり、マクダネル・ダグラス社との契約内容に相応する内容を固執して、同社が提示する条件は防衛庁もすべて受け入れ、日商岩井において契約上危険を被ることがないよう強く要求するとともに、一方マクダネル・ダグラス社に対しては、日商岩井において契約当事者となることにより、契約上の危険を負うとともに、NIAC/SL及び東京本社等において契約当事者としての業務遂行のため多大の経費を必要とすると称して、前記代理店契約所定の手数料以外の特別手数料を要求していた。
防衛庁との契約条件交渉に際して特に問題となつたのは、円の変動相場制移行に伴う為替差損の保障、米国政府からの官給品たるFMS調達部分の精算、契約上の危険負担、瑕疵担保責任の程度等の問題であり、島田らは防衛庁からの要請により日商岩井が防衛庁とマクダネル・ダグラス社の間に入つて契約当事者となるのであるから、防衛庁において日商岩井の提示するマクダネル・ダグラス社との契約と同一内容の契約条件をすべて受諾すべきであると主張し、交渉の過程においては、一旦日商岩井の防衛庁からの受取手数料として三億六〇〇〇万円以上を要求し、防衛庁が同社要求にかかる契約条件をすべて受諾すれば手数料については同庁提示の六〇〇〇万円程度でもよい旨提案するなどしたが、防衛庁側は予算制度や大蔵省からの指導等の事情により、従前の他の契約同様の契約条件を提示し、日商岩井の要求には応じられないとの姿勢を容易に崩さなかつたため、交渉は極めて難航した。しかし、日商岩井側は、被告人海部の強い指示を受け、あくまで同社提示の契約条件が受諾されなければ、契約締結に至らなくても止むを得ないとの態度で通したところ、予算執行最終日の昭和四八年三月三一日深夜に至り、折角予算凍結解除に至つたRF四E型機関係の予算が契約締結に至らず流れてしまうことを恐れた防衛庁上層部の決断によつて、同庁側が日商岩井の要求を実質上全面的に受け入れる形で契約が締結されることとなり、同日付で、防衛庁調達実施本部本部長江藤淳雄と日商岩井代表取締役副社長橋本仲介との間で、RF四E型偵察機一四機及び初度部品等について契約金額概算一九五億七三五三万円(昭和五〇年七月一四日付精算契約金額一八九億四八五九万一三三一円)で売買契約が締結されるに至つた。
被告人海部は、島田らから右の経緯につき説明を受け、翌四月一二日ころ日商岩井を代表して同社とマクダネル・ダグラス社間のRF四E型機一四機の売買契約書に署名し、右両社間では同月一九日付で、RF四E型機一四機を契約金額総額六八四五万九四七二ドル及び同月二〇日付で、初度部品を契約金額一二一万六八八六ドル六五セント合計六九六七万六三五八ドル六五セント(精算契約金額六六八五万一一二六ドル五七セント)で売買契約を締結するに至つた。
右RF四E型機一四機は昭和四九年一一月ころから同五〇年五月ころまでの間に全機防衛庁へ引渡され、契約金額も同年七月ころまでに全額支払われたものである。
第二項 松野頼三に対する工作依頼と五億円の要求
第一目  松野頼三の経歴と防衛庁長官としての業績
松野頼三(以下、「松野」という。)は、昭和一五年三月慶応義塾大学卒業後日立製作所に入社したが、同年九月海軍に入り、終戦時には海軍主計少佐であつた。昭和二二年四月衆議院議員に初当選して以来連続一二回当選したが、この間、昭和三三年六月岸内閣の総理府総務長官、引続き同三四年六月から同三五年七月まで同内閣労働大臣、同四〇年六月佐藤内閣の防衛庁長官、同四一年八月から同年一二月まで同内閣の農林大臣を歴任した。党務に関しては、昭和四九年一二月から政調会長、同五一年九月から同年一二月まで総務会長の職にあつた。
松野の父鶴平は、日商の前身である鈴木商店が倒産した際、同商店傘下の再製樟脳という会社(その後日本テルペン化学株式会社と商号変更し、現在松野の兄良助が代表取締役)を引受けたことがあり、また、鈴木商店の残務整理に関し債権者に全く迷惑をかけなかつたということで、同商店の後継者で日商の創立者である高畑誠一を高く評価し、親交を結んでいた。
鶴平は、松野が防衛庁長官に就任する三ヶ月位前に死亡したが、長官就任に際し、高畑から松野に対し祝いの電話があり、「先生のことはお父さんからよく聞いてかねがね政治家として尊敬申し上げております。自分の後継者に、海部という者が居り、伺わせるので私同様今後引立ててやつていただけませんか」ということであつたが、松野は、大臣在任中に特定の商社の人と親しくするのは好ましくないと考え、高畑にその旨伝え、大臣を辞めてからお会いすることとしたいと一応断つた。
松野は、防衛庁長官に就任するに際し、佐藤総理から防衛庁の内部が非常に乱れているので立て直せとの指示を受けていた。これは、前任の小泉長官時代に「三矢研究」等の機密が暴露されたことを指し、この機密を野党に流したのは海原治官房長のようだから、同人には十分注意せよということであつた。小泉前長官からの引継ぎによれば、「前年の概算要求で海原の推すT三八型機を入れており、今年も入れて来るだろうが、これは自分の真意ではない。内外の圧力で遮二無二入れられたものであるから、白紙に戻してもらつて結構である。」ということであつたので、松野は、T三八型機はノースロツプ社製の練習機であるが、これに装備を施せば戦闘機のF五型機になるので、次期FXの選定作業も始つていない現段階でT三八型機を導入するのは、次期FXに伊藤忠の推すF五型機を売込むための既得権を確保しようとする海原の魂胆であると考え、大蔵省に概算要求を削られた段階でT三八型機を復活折衝から外し、代りに練習艦を要求して白紙還元した。
三次防計画の素案は、松野が在任中に決定したものであり、全体を六年計画として従来の五年計画の継ぎ目をダブらせるローリング方式を採ることにより予算効率を高めるという北村国防会議事務局長の構想を採用したものであつた。右素案ではFXをどうするという具体的な計画は含まれなかつたが、六年間のうちに、FXも入れられるだけの予算の幅を取つておいたということであつた。
松野は、昭和四一年四月、陸・海・空三幕僚長を同時交替させるという異例の「松野人事」を行い、話題を呼んだが、その際、従来内局が一切人事権を握つていたのを改め、制服組の人事は各幕で選ばせるようにすべきだとの方針をとつたため、浦茂航空幕僚長の後任には、有力視されていた田中耕二幕僚副長ではなく、パイロツト出身の牟田弘国航空総隊指令官が就任した。
以上の動きは、松野自身の意図はどうであれ、結果的に見れば、防衛庁内部のTX派を抑え、FXことにF四Eフアントム型機の売込みを策していた日商岩井・海部らにとつてまとこに好都合な事態の展開であつたことは否めないところである。
第二目  松野頼三らに対する工作依頼
被告人海部の活躍によりボーイング七二七型機の売込みに成功するまでは、日商は、民間航空機の売込みに失敗続きであつたことは、さきにも述べたとおりであるが、軍用機等の官需部門においても、第一次FX商戦ではノースロツプN一五六型機をかついで、伊藤忠のグラマンF一一型機と丸紅のロツキードF一〇四型機との間の熾烈な空中戦から逸早く脱落し、バツジシステムの売込みではリツトン社製をかついで伊藤忠のヒユーズ社製に敗退し、連戦連敗の憂目を見ていた。
被告人海部がボーイング七二七型機の売込みに専念していたころ、航空機部では、石谷常務を頂点に桧野沢部長、前田課長、有森國雄らのほか、航空自衛隊出身の升本清らが、防衛庁に対するF四E型機の売込みに努力していた。被告人海部は、ボーイング七二七型機の売込みに成功した後は、F四E型機売込みにも参画することとなつた。
第二次FX商戦における対抗機種としては、ロツキードCL一〇一〇型機、ノースロツプF五型機、マルセルダツソー社のミラージユF一型機等が有力であつたが、ミラージユF一型機はいかに優秀な戦闘機であるとはいえ、フランス製であることから、対米依存の強い我国の防衛体系から採用困難と見られ、また、ロツキードCL一〇一〇型機は、設計上の難点から墜落事故が多く、「ウイドウメーカー」とまで酷評されたF一〇四型機の改良型で、設計が大幅に遅れている事情があり、ノースロツプF五型機は軽量で戦闘攻撃力が弱く、F四Eフアントム型機の比ではないということで、防衛庁内制服組の間では重戦闘機F四E型機が好評であつた。
ところが、当時防衛庁内部で「天皇」とまで呼ばれる実力を誇示していた海原治官房長は、伊藤忠派と目され、現実問題として我国が仮想敵国と実戦を交えるような情勢は程遠いから、制服組の欲しがるような重装備の高価な戦闘機を導入する必要はなく、国家予算の問題から考えても、コストの安いノースロツプT三八型機(戦闘用はF五型機)でパイロツト訓練用としては十分であるとの独特の持論を有していた。F四Eフアントム型機は爆弾塔載能力が大であり、航続距離も長い重戦闘爆撃機であつて、我国がこれを装備するのは憲法上許される自衛力の範囲をこえるのではないかとの論議が国会でも取上げられ、マスコミでも大々的に報道されたりしていた。
対抗商社の伊藤忠は、防衛庁内に瀬島龍三の強力な人脈を有し、有力政治家の後楯があるうえ、日商より早くから東京に進出し、航空機の商戦にかけては数段上の実力を有し、瀬島の如きは、「日商には戦術あつて戦略なし」と豪語する有様であつた。そこで、日商としては、F四E型機が如何に優秀な性能を誇り、戦術的には勝利疑いなしとしても、性能だけで勝負のつかない軍用機の売込みに際しては、従来不得手であつた戦略面を重視する必要を痛感し、被告人海部がこれを推進することとなつた。
すなわち、マクダネル社から入手した技術情報を基にF四E型機に関する各種情報を印刷した文書をダイレクト・メールで防衛庁関係者や業界紙に配付したり、日商出入りの朝雲新聞、軍事研究、航空情報といつた業界紙にPR用の資料を提供してF四E型機の利点を強調した記事を掲載させたり、升本の顔を利用して全国各地の航空自衛隊を巡回し、現地部隊に対するF四E型機のPRを行わせる一方、政界筋に働きかけて日商側に有利な情勢を作ることに努力を傾注したのである。
初期の段階では、田中六助の紹介で昭和三九年ころ知合つた岸事務所の中村長芳秘書に対し、F四E型機の性能や三次防の動き、防衛庁内の人脈を説明し、このままでは海原官房長や浦航空幕僚長らのTX派にやられてしまう、海原が官房長で居る限りFXは陽の目を見ないことになるかも知れないから、どうにかして欲しい等と陳情し、幕僚長はパイロツト出身でなければ飛行機のことは分らない、浦幕僚長の後任には田中幕僚副長が有力と伝えられているが、パイロツト出身の牟田弘国航空総隊司令官が適任と思うなどと言つたり、単刀直入に、海原の首を切つて下さいよなどと申し向けるなどして工作を続けていた。
前記松野人事により、浦幕僚長の後任が牟田弘国となり、幕僚副長には牟田の腹心でF四E派と見られていた大室猛が就任し、田中副長が航空総隊司令官に転出したのは、被告人海部にとつては極めて好結果であつた。
被告人海部は、中村との接触を通じ、同人の言動には総論あつて各論なく、入手する情報も大風呂敷で何かお願いするごとに金を要求されて付合いが泥沼化するという印象を受け、また、その横柄な態度も気質に合わなかつたので、同被告人の方から次第に疎遠にするようになつた。
伊大知昭司は、昭和三五年ころいわゆる松野番記者となつて以来松野と知合い、同人のゴースト・ライターを勤めるなどして同人の信頼を得、同四〇年ころには何時でも同人と会つて自由に取材できるいわゆるお茶の間記者の一人に数えられるようになつていたが、同四一年一二月、同人が黒い霧事件に捲込まれて農林大臣を辞め、数多いお茶の間記者も離散して逆境にあつたときも交際を続け、同人の一層厚い信頼を得ていたものであるが、そのころ、被告人海部に対し、「第一次FXでも分るように、戦闘機というものは容易なことでは売込めないですよ。良い性能の飛行機が必ずしも採用されるものとは限らず、その売込みにはやはり政治家のバツクがないと難しいですよ。松野先生に頼んだらどうですか」と助言した。
同被告人は、第一次FX商戦の裏情報など耳にするにつけ、政界工作の重要性を実感していたので、伊大知の助言を受けるや、直ちに高畑会長や西川社長にF四E型機の売込みに関し松野の力添えを得ては如何かと進言し、その賛同を得て、西川社長に同道し、議員会館に松野を訪れてF四E型機の売込に対する力添えを陳情した。その後、同被告人はホテル・ニユージヤパン内の松野事務所に二〇回位足を運び、この間島田を同道して松野に紹介するなどして、交々陳情を重ねた。
同被告人が松野の政治力に期待したのは、かつて防衛庁長官を勤め、庁内事情に精通しており、当時佐藤派の若手実力者として党内でも敏腕を謳われていた同人に、防衛庁内部でもF四E型機を導入したいとの声が湧き上るような環境作りをすること、大蔵省、国会に根回しするなどしてF四E型機購入予算が認められるよう有利に導くこと、内閣あるいは国防会議の最高方針として国防強化のためF四E型機程度の重戦闘機が必要であるとの意思決定をするよう働きかけることといつた遠大な構想であつたが、具体的には、防衛庁内の伊藤忠派を一掃すること、伊大知を使つて、F四E型機に不利益な野党議員の国会質問を事前に封じたり、F四E型機が国防上最適であるという情報を流してマスコミを操作することなどに松野の助力を期待していた。
昭和四二年一月ころ、牟田空幕長が早期に退任して、後任にTX派の前記田中耕二が有力であるとの噂が流れたので、被告人海部は、牟田空幕長を留任させること、留任が困難であるとしても、後任には田中ではなく、パイロツト出身者を充てること、海原官房長を辞めさせることにつき、前記中村及び松野に執拗に書面による陳情を繰返した。
当時の防衛庁長官は増田甲子七であつたが、牟田空幕長の留任は実現し、また、同年七月末ころ、自他ともに次期事務次官候補と目されていた海原官房長は、国防会議事務局長に転出した。
同被告人は、NIAC/SLの当麻春彦を経由して、マクダネル社のフオーサイスらに対し、インフルエンシヤル・ポリテイシヤンにお願いして防衛庁内の人事に介入し、F四E型機採用に有利に取運んでいる旨、逐一具体的に報告していた。
第三目  五億円の要求
昭和四三年五月二九日、増田防衛庁長官は、次期FX候補機をロツキードCL一〇一〇型機、マクダネルF四Eフアントム型機、マルセルダツソー・ミラージユF一C型機の三機種に絞ることを発表したが、被告人海部らとしては、T三八型機が排除されたことによりこれでF四E型機にほぼ決りかけたとの感触を得た。
同被告人は、政治家に願いごとをしている以上、いずれ相当の謝礼はしなければならないと考えていたが、当時、念頭にはせいぜい一、二億円の額を浮べていたところ、そのころ、ホテル・ニユージヤパンの松野事務所を訪れた際、松野から五億円の大金を所望された。
同被告人は、到底一存では決定しかね、松野には「会社に戻つて社長と相談のうえ御連絡しましよう」と返答し、帰社後早速西川社長に報告した。西川社長は「五億円か。それまた大きいな。」と言つたので、同被告人は「とりあえず半分だけでどうでしようか。いずれ将来の収益状況をにらみながら考えたいと思いますが。」と提案し、同社長の了承を得、松野に電話し、「いずれまた考えさせていただくことにして、とりあえず半分だけでも」と返事して同人の了解を得たうえ、金の受渡時期、場所、方法等については、島田と連絡をとつて取計らつていただきたいと申し向け、島田に対してもその旨の指示をした。
第三項 松野頼三に対する供与状況及びその原資
第一目  第一次二億五〇〇〇万円関係
昭和四三年六月一三日、一四日開催の日商会議の期間中にもたれた西川社長、貞広副社長、被告人海部及び山村謙二郎経理総本部長の会合において、日商からF四Eフアントム型機売込協力の件に関する謝礼として松野頼三に対し、二億五〇〇〇万円を供与することが決まつたため、金員支出担当部門の責任者たる山村は、そのころ、日商東京支社経理本部長室に井上潔東京経理部長を呼び、F四E型機売込みの件で松野先生に二億五〇〇〇万円出すこととなつたが、支払時期等詳細は海部常務や島田航空機部次長の方から言つてくるので、君の方でその資金を準備して貰いたい旨指示した。他方、被告人海部も、そのころ、島田に対し二億五〇〇〇万円の支払方が西川社長以下日商首脳部に承認されたので、以後松野と具体的な引渡時期、方法等につき連絡をとつて、井上と打ち合わせつつ、金員の支払を実行するようにと指示した。かくて、山村から二億五〇〇〇万円の捻出、支出方につきその実行を一任された井上は、先ず島田から「航空機部利益計画書」と題する二億五〇〇〇万円の支払計画と航空機部の今後の利益からのその返済計画を記した書面を示され、説明を受けて、一応将来の補填について納得したうえで、爾後松野及び被告人海部の意を受けた島田からの連絡に従つて金員を準備していつた。
井上は、山村から指示を受けるに際して、明言はされなかつたものの、支払先、支払額等からして到底公表できるような性質の金員支出ではないことを十分認識していたため、右二億五〇〇〇万円の調達、支出を公認会計士の監査及び国説調査等から秘匿する必要性を痛感し、秘かに多額の金員を支出でき、しかもそれを航空機部の利益中から順次返済するまで当分の間実質上欠損状態のままで保有しうる部署としては、国外にあり営業規模も大きいNAC(昭和四三年一〇月以降NIAC)が最も適当であると考え、同社を利用して裏金を捻出すべく、NAC/NYの経理担当者にあらかじめ連絡したうえ、NAC/NYの取引先である第三者に対する前払金勘定により金員を捻出して帳簿上その旨処理させ、日本への送金に際しても架空送金人名義で仮名口座宛送金させることにより、支払資金の調達、支出が一切表に出ないようにする方法を案出した。そこで、井上は、当時同人の部下中最も信頼厚く、かつ、職責上東京銀行関係者と日常接触している関係上、同行に対し外貨送金の受入、円転払戻の手続を公表しない形で行なう処理を依頼し易い立場にあつた外国為替第二課長松尾達也を、前記経理本部長室に呼び、極秘事項であると念を押したうえ、支払の相手先を明らかにしないまま、秘かに政界工作資金を調達するため、NAC/NYから外貨を送金させ、国内で円転処理する方法の検討を命じた。松尾は、直ちに東京銀行丸の内支店(以下「東京/丸の内」のように表記する。)に赴き、日頃親しく接触している同支店担当者に、事情を伏せたままで、ニユーヨークからの外貨送金を、貿易外受取報告書提出等の正規の受入手続をふむことなく、架空名義の口座を作つて、秘かに受入、円転する処理をして貰いたい旨依頼し、その了承を受けて井上へ報告し、以後その実行にあたることを指示された。そのころ井上は、NAC/NY駐在のNAC社長森駿郎及び同社の経理、財務担当責任者たる経理課長安達勉に対しても、日商首脳部の了解を得ていることを明らかにしたうえ、日商において公表できない特別な政治工作資金を捻出する必要があるため、NAC/NYにおいて爾後井上からの指示に従つて秘かに外貨を送金し、その出金分は架空の前払金勘定で処理してそのままNAC/NYで保有するように指示連絡した。安達は、井上の指示を受け、NAC/NYでの出金経理の処理方法につき財務担当課長代理古川信一及び経理担当課長代理福田次雄と協議した結果、公認会計士の監査及び税務調査等を受けても十分説明できる取引先として、あらかじめ代金を前払いして鉱山を開発させ、その後に鉱石を引取るという長期的先行投資の取引形態を採ることがある鉱山会社の名義を利用することとし、中南米に実在するデメララ・ボーキサイト・カンパニー・リミテツド(De-merara Bauxite Co. Ltd.以下「デメララ・ボーキサイト」という。)名義の前払金勘定を作つて、これを利用して東京送金分の資金を捻出することとした。
井上は、同月中旬ころ、松野と連絡をとつた島田から第一回支払として五〇〇〇万円用意して欲しい旨の要請を受け、直ちに松尾に対し、島田の連絡してきた日時までに五〇〇〇万円用立てるよう指示し、これを受けた松尾は、NAC/NY安達宛井上名義で、同月一四日、一七日の二回に分け、同人の指示内容に相応する送金日時、ドル換算送金額(八万ドル及び六万ドル)及び受取人として松尾において日商岩井が送金受入することを隠匿すべく新たに設定した東京/丸の内の架空名義の普通預金口座を指定してテレツクスで送金方を指示し、他方東京/丸の内の担当者にもニユーヨークから送金されてくる旨あらかじめ連絡した。安達は右テレツクスに従い、その指示通り八万ドル及び六万ドルを出納を任せていた古川を通じて、東京/NYから架空送金人名義で電信送金し、デメララ・ボーキサイト前払金勘定で右一四万ドルの出金を経理処理したうえ、その旨井上宛テレツクスで連絡した。松尾は右送金連絡のテレツクスを受け、あらかじめ東京/丸の内の係員に現金を用意しておくよう依頼しておき、同支店から入金方の連絡を受けるや、同月一九日ころ、一人で現金受取に赴き、現金五〇〇〇万円の払戻を受けて日商岩井東京本社へ持ち帰り、そのまま経理本部長室で井上へ手渡した。井上は、直ちに島田に電話連絡し、そのころ、島田に右五〇〇〇万円をそのままの形状で手交し、同人において、これを松野へ届けたうえ、その旨被告人海部及び井上に報告した。
かくして、以後同四四年八月初旬まで数回に亘り、松野の意を受けた島田からの連絡に応じ、井上において松尾及び安達らに指示し、各々送金人、受取人名義をしばしば変更するなどして資金の調達方が明らかにならないよう留意しながら、右同様の方法、経路により順次NAC/NYからデメララ・ボーキサイト前払金勘定名目で出金、送金された現金が井上の下に届けられ、一回数千万円単位で合計二億五〇〇〇万円が、そのつど島田を介して松野へ供与されていつた。右期間中、被告人海部は島田から、山村は井上から、それぞれ松野への金員交付につき報告を受けていたが、同四四年八月ころ、いずれも当初予定の二億五〇〇〇万円の松野への供与方が終了したことの報告を受けた。
なお、被告人海部は、同四二年九月ころ、松野から娘夫妻と伊大知が欧州旅行に出かけるので現地で五万ドル程受け取れるよう手配して貰いたい旨の依頼を受け、伊大知らにスイス国ジユネーブ市のスイス・ユニオン銀行にある同被告人の預金口座(口座番号五八二・五七五AM)から五万ドルを引き出させて交付していたので、右二億五〇〇〇万円の供与の機会に便乗してその返済を受けるべく、同四四年四月ころ、島田を通じて井上に、松野への支払の一環として前記口座へ五万ドル送金するよう依頼し、井上において前記同様松尾に命じてテレックスでNIAC/NYの安達らへその旨指示させた結果、NIAC/NYでは、同年五月七日ころ、デメララ・ボーキサイト前払金勘定で五万ドルを支出し、同口座宛送金した。
以上の支払の結果、NIAC/NYにおいては、同四四年八月初旬現在、デメララ・ボーキサイト前払金勘定に約七五万ドルの金額が未処理のまま残ることとなつたが、井上らは、安達から送られてくる前払金勘定の残高報告書によつて右現状を把握していた。
第二目  選挙資金五〇〇〇万円関係
被告人海部は、昭和四四年一一月ころ、島田を介し松野から同年末の総選挙を控えて選挙資金としてあらたに五〇〇〇万円の供与方を要請され、松野の要求を断わる訳にもいかないと考え、島田に五〇〇〇万円経理から支出させて松野へ供与するよう指示した。折から日商岩井では、同年一一月より、病気退任した前社長西川政一に代わつて、辻良雄が社長に就任し、同社長は就任前後の間、関係諸方面への挨拶等で多忙を極めていたため、島田は、同月初めころから再三に亘り、山村及び井上に対し、松野先生の選挙資金として必要であるから五〇〇〇万円作つて欲しい旨懇望を重ねたが、山村、井上両名においては、いずれも二億五〇〇〇万円という巨額な裏金を捻出したばかりであつて、未だその返済もなされていなかつたところから、社長の承認なしでは到底応じられないとして拒絶するのみであつた。これを業を煮やした被告人海部は、選挙資金という性格上早急に松野へ供与する必要があつたため、自ら井上に対し、再三電話等で松野先生の方で急いでいるのですぐ用意しろと強引に支出方を要求し、井上は苦慮した余り、山村に、同被告人から支出を迫られており、辻社長の事後承認を取るということで出さざるを得ない旨窮状を訴え、山村もやむを得ないとして、辻社長の事後承認を条件に五〇〇〇万円の支出を承認するに至り、結局、同被告人の強引な要求に押し切られた形で五〇〇〇万円が支出されることとなつた。
右五〇〇〇万円の資金は、NIAC/NYから送金させる時間的余裕がなかつたため、井上の指示により、第一/本店及び三和/東京の日商岩井の当座預金から仮払の形で支出され、同年一二月五日ころ、島田を通じて松野へ供与された。なお、井上は、そのころ、樋山正美経理部次長らに指示して、右金員(ドル換算額一五万ドル)を交互計算送金決済の形式をとつて、NIAC/NYのデメララ・ボーキサイト前払金勘定に付け替えさせた。
第三目  第二次二億五〇〇〇万円関係
その後、被告人海部としては、松野から要求がなければ、これ以上の謝礼を供与するつもりはなかつたのであるが、昭和四五年春ころ、同人から島田を介して当初所望していた五億円全額すなわち供与済の三億円を除いた残額二億円の供与方を要求されるに至つた。被告人海部は、島田に、航空機部の将来の利益及び返済計画の資料を作成させ検討したところ、折から、防衛庁において四次防計画案の一環として新偵察機についての検討作業中であり、日商岩井取扱にかかるマグダネル・ダグラス社製RF四E型機採用の見込がついていたうえ戦闘機F四E型機についても購入増量の計画が立てられていたため、更に松野に対して二億円供与しても十分採算がとれ、またそのことにより右を含む将来の販売事業を有利に進めることができると判断し、二億円の追加供与を決意した。
そこで、被告人海部は、島田に経理との折衝にあたらせることとし、島田において、同年三月ころから、井上及び山村に対し、新しい偵察機の売込みの件でまた松野先生に支払済の五〇〇〇万円を含めて二億五〇〇〇万円支払わねばならないこととなつたので、従来同様二億円調達して欲しい旨再三要請したが、社長の承認がなければとても出来ないと拒絶された。島田からその旨報告を受け、直接折衝にあたるよう要請された被告人海部は、山村に強く支出方を要求したが、らちがあかなかつたため、同年五月ころ、山村とともに辻社長の下に赴き、既に支払済の五〇〇〇万円を含めた二億五〇〇〇万円を新たに支出することを承認してほしい旨申し出たところ、山村はもとより、辻社長もかような多額の政治工作資金を出すことにつき難色を示したため、同被告人において軍用機の売込みについては政治家の力を借りねばできるものではなく、現在防衛庁に売込中の偵察機RF四E型機は採用される可能性が強くなつており、F四E型機の増量計画も立てられていることだから、右金額を支出しても今後の収益状況予定からみて十分利益が上がるので心配ない、松野先生に対しては既に支払を約束してしまつたのだから当面必要な金は何としても出して貰わねば、右RF四E型機を含めた今後の航空機関係の事業に大きな支障をきたすことになる、今更支払を止める訳には行かないなどと事情を説明して極力説得に努め、他方、高畑相談役に依頼して、同人から辻社長らに対し、同被告人への協力方を指示して貰うなどして、山村らの反対を押し切つた形で、ようやく辻社長から今度だけは仕方がないとして、前記五〇〇〇万円支払の事後承認も含めた二億五〇〇〇万円の支払についての承認を取りつけることができた。
そこで、被告人海部は、島田に対し右の経緯を話して、爾後、前同様松野の意向を受けて、井上と連絡をとりつつ金員の引渡しを実行するよう指示した。島田は、山村から支払決定の連絡を受けていた井上に対し、「航空機部利益計画書」を示して返済計画を説明し、井上において、前同様島田の要請に従い、NIAC/NYを利用して金員を捻出することとした。その旨、松尾を通じて井上から指示連絡を受けたNIAC/NYでは、安達及び古川の後任の財務担当課長代理吉村益実らにおいて、協議した結果、既に、昭和四四年末現在デメララ・ボーキサイト前払金勘定の残高が九〇万ドルを超えていたため、これ以上同勘定名目で支出することは発覚の危険があるとして、南洋材については前払金で資金を貸し付け、後に、木材で回収する取引形態をとつていたためマレーシアの南洋材取扱業者たるガヤ・テインバー・カンパニー・リミテツド(Gaya Timber Co. Ltd.以下「ガヤ・テインバー」という。)の名義を使つて同じく前払金勘定で金員を支出することとした。かくて、同四五年六月上旬井上の指示を受けた松尾からの連絡により、NIAC/NYからガヤ・テインバー前払金名目で支出された八万四〇〇〇ドルが三回に分けて架空送金人名義で東京/丸の内の架空受取人名義の預金口座へ送金され、松尾の手で円転されて、現金三〇〇〇万円が井上の下に届けられたのを最初に、以後同四六年一一月下旬ころまでの間前後数回に亘り、右と同じく前記二億五〇〇〇万円と同様の方法、経路によりNIAC/NYからガヤ・テインバー前払金勘定等で支出された合計約一億八三〇〇万円の資金が井上の下に準備され、島田から連絡を受けた金額がまとまる都度井上から島田に交付され、同人から松野へ供与された。なお、この間、松尾がNIAC/LAへ転出したため、昭和四六年四月の五〇〇〇万円調達方以降は、樋山財務部次長が、井上の命を受けて、NIAC/NYの安達への送金指示及び銀行入金後の円転現金化等の処理にあたることとなり、同人も仮名口座によつて受取るなど資金調達を隠匿しようと努めたものであるが、同年一一月の最終送金分約一三万七六〇〇ドル(四五〇〇万円相当)についてのみは、第一勧業銀行関係者の要請を受け、一勧/本店の仮名口座を利用して受領していた。被告人海部は、同年一一月ころ、島田から、山村も、そのころ、井上から、松野に対する第二次二億五〇〇〇万円の供与完了の報告を受けた。
なお、この間、昭和四六年七月二〇日ころ、井上は島田から松野先生の都合があるので、五万ドルをチエイス・マンハツタン銀行へ送金して欲しい旨の依頼を受け、その要請に従い樋山に命じてNIAC/NYの安達宛、同銀行の島田から受領したメモ記載の口座番号、口座主に五万ドル送金するようテレツクスで指示させ、NIAC/NYの安達らにおいてガヤ・テインバー前払金勘定名目で支出するなどして、同月二九日ころ、五万ドルを右口座に振込送金した。
以上の結果、NIAC/NYにおいては、一部他の名目で支出経理されたものを除き、大部分がガヤ・テインバー前払金勘定から支出されたところ、その残高は昭和四六年一一月末現在五一万ドル余に及んでいた。
第二款 オフイス・エクスペンス二三八万ドルの支払契約とその実施状況
第一項 NIAC/NY前払金勘定補填状況
前記のとおり、昭和四三年六月以降同四六年一一月ころまでの間、日商岩井において松野へ供与した約五億円の資金の調達手段として、NIAC/NYにおいて架空の前払金勘定を利用する方法をとつたため、NIAC/NYにおいては、東京等への送金分及びそれに伴う諸手数料を含め、デメララ・ボーキサイト前払金勘定で九三万三七九四ドル四九セント(後記被告人海部作成の井上経理部長宛送金依頼書によつて、昭和四一年四月ころNAC/NYから支出送金され、NIAC/NYにおいて日商岩井東京本社に対する前払金勘定として残つていた三万三三五五ドル三六セントを同四六年九月三〇日振替処理した分を含む。)、ガヤ・テインバー前払金勘定で五一万三七三三ドルの各残高が計上されることとなつた。右残高は、いずれも日商岩井における支払決定時の経緯から、東京航空機部において、その返済をすることとされており、被告人海部及び島田らは、その返済資金捻出に苦慮して後記(第二項参照)の如く、マクダネル・ダグラス社との間でRF四E型機に関するオフイス・エクスペンス(事務所経費)名目の特別手数料取決めを結ぶに至つたものであるが、その返済の状況は次のとおりである。
昭和四五年一月二六日ころ、それまでにNIAC/NYからデメララ・ボーキサイト前払金勘定により支出された金員中、実際に井上から島田を介して松野に供与された三億円を超過する分等を合計した二万三三七六ドル七三セントが東京本社から交互計算処理によりNIAC/NYへ付替えられ、その指示によりNIAC/NYにおいてこれをデメララ・ボーキサイト前払金勘定の回収に充てた形で処理した。
日商岩井東京航空機部は、昭和四一年六月二一日締結にかかるマクダネル・ダグラス社との間の販売代理店契約第二次改訂契約に基づき、同社製F四E型機売込みに関して、同社から、同四四年一一月三〇日ころ以降同五二年一一月三〇日ころまでの間に、前後一〇回に亘り、NIAC/NYを通じて(最終昭和五二年一一月三〇日入金分のみは、直接マクダネル・ダグラス社から東京本社へ小切手送金。)、手数料として合計二〇八万八八五八ドル三一セントを受領していたところ、被告人海部らは、前記前払金勘定の返済に充てるべく島田航空機部長と、森駿郎NIAC社長との間で、昭和四四年九月から同四九年三月までの間、F四E型機手数料収入の五〇パーセントを日商岩井からNIACへ分与する旨の同四五年六月二六日付協定書を作成したうえ、これに基づき、同四五年八月ころから同四九年八月三〇日ころまでの間、前後一〇回に亘り、右手数料収入中合計八五万九一一六ドル四六セントを、交互計算処理で送金するなどして、NIAC/NYに配分し、前記デメララ・ボーキサイト前払金勘定による支出の返済に充てた。
その結果、デメララ・ボーキサイト前払金勘定は残高五万二三一六ドル六九セントとなり、一方、ガヤ・テインバー前払金勘定は未返済のまま五一万三七三三ドルが依然として残つていたところ、後記のとおり(第三項第二目参照)、被告人山岡、同今村らにおいて、昭和四九年八月三〇日ころ、マクダネル・ダグラス社からオフイス・エクスペンス名目で支払われ、一旦日商岩井ロンドン支店に受領させた特別手数料中五六万六〇四九ドル六九セントを、同支店から、デメララ・ボーキサイト名義で五万二三一六ドル六九セント、ガヤ・テインバー名義で五一万三七三三ドルの二口に分け、いずれも前払金返済名目でNIAC/NYへ送金させ、各前払金名目の支出の返済に充当した。
以上により、デメララ・ボーキサイト及びガヤ・テインバー名義の前払金勘定は、昭和四九年八月末ころ、いずれも完済され、残高ゼロとなつた。
山村、井上は、そのころ、大西経理部長から全部穴埋が終わつた旨報告を受けていた。
第二項 オフイス・エクスペンス支払契約の締結
被告人海部及び島田らは、前記のように、松野に対する五億円の供与資金として、NIAC/NYから架空の前払金勘定により支出させた一四一万四一七二ドル一三セントについて、山村、井上ら日商岩井首脳及び経理関係者に対し、東京航空機部の収入中から確実に返済する旨約定していたものであるところ、昭和四六年までに、マクダネル・ダグラス社から受領したF四E型機の手数料収入により約七〇万ドル強返済したものの、以後各年ごとのF四E型機手数料収入は、減少することが予定される一方、残額約七〇万ドルについてNIAC及びその要請を受けた山村本部長を始めとする財経本部からしばしば早急に返済するよう迫られ、その資金捻出に苦慮していた。当面手数料収入が期待できる売込中の機種としては、マクダネル・ダグラス社製RF四E型機があつたが、昭和四二年六月三〇日付同社と日商岩井との第三次改訂契約(昭和四一年六月二一日付契約を、同四二年四月のマクダネル社とダグラス社の合併に伴い、主として契約当事者変更のため改訂したもので、手数料支払基準には変更なし。)によれば、日商岩井の受取る手数料は、マクダネル・ダグラス社の受取金額を基準として、最初の一〇〇〇万ドルについて五パーセント、次の四五〇〇万ドルについて二パーセント、それを超える分について一パーセントと定められており、同契約がF四E型機及びRF四E型機を対象品目としていたため、既にF四E型機分の売上金額のみで五五〇〇万ドルを超えていたところから、たとえRF四E型機に関する契約が成立しても、日商岩井がマクダネル・ダグラス社から受領できる正規の手数料としては、同社が買主から受け取る売上金額の一パーセントに過ぎず、しかも同社航空機契約担当取締役J・W・ゴイらは、RF四E型機総売上予想金額約七〇〇〇万ドル中、FMS取引にかかる分約二〇〇〇万ドルについては、手数料支払の対象とできないと主張していたため、結局五〇万ドル程度の入金しか見込めなかつた。
一方、昭和四七年二月二五日ころ、衆議院において、RF四E型機一四機購入に関する昭和四七年度予算が、国防会議における正式採用決定未了を理由で凍結された前後ころから、島田及び当麻春彦官需一課長代理らにおいて検討した結果、防衛庁との契約の相手方としては日本法人であることが必要であるうえ、マクダネル・ダグラス社側はあくまでドル建て契約を主張する等の事情に照らし、日商岩井自体が右両者の間に入つて契約当事者とならざるを得ないのではないかとの見通しを持つに至つた。そこで、島田は、当麻をして防衛庁から受け取れる手数料を調査させたところ、契約額が約七〇〇〇万ドルと極めて大きいため〇・二から〇・三パーセントの極めて低い手数料率となる可能性が高いことが判明した。
そこで、島田は、被告人海部とも協議したうえ、日商岩井が契約当事者となつた場合、単なる代理仲介と異なり作業量も増え、人件費等諸経費もかさみ、性能保証等契約当事者としての危険を負担せねばならず、また、マクダネル・ダグラス社とはドル建て、防衛庁とは円建てで契約することによる為替差損を被る危険等も考慮すると、到底マクダネル・ダグラス社から受け取れる一パーセント程度の手数料収入では引受けることができず、他に同社から特別手数料を貰わねば契約当事者にはなれないとして、併せて前記返済資金にも充てる目的で、同社に対し別途特別手数料の支払いを要求することとした。
昭和四七年二月ころ、ゴイが前記予算凍結に伴うRF四E型機一四機調達の今後の見通し及び契約当事者の問題について協議するため、当時中央区日本橋江戸橋にあつた日商岩井東京本社に来社し、航空機部会議室で、島田、当麻らと面談した際、島田において、ゴイに対し、仮りに日商岩井が契約当事者となつて、防衛庁及びマクダネル・ダグラス社とそれぞれ売買契約を締結した場合は、日商岩井の負担が非常に大きくなるので、この分はマクダネル・ダグラス社で出してもらいたい旨、特別手数料の支払を要求したところゴイは考えてみると検討を約した。
その後、同年七月ころゴイから右特別手数料の額につき見積を出してくれと照会を受け、当麻は、部下の官需第一課員曽束晃平、喜多恒夫らと検討のうえ、同四六年以降同五一年までの間、東京本社とNIAC/SL及びNIAC/NYにおいて、RF四E型機をマクダネル・ダグラス社から輸入して防衛庁に納入するために必要な諸費用について三つの場合を想定し、それぞれ所要専従人員及びそれに伴う直接、間接経費を過大に算定して見積り、RF四E計画遂行のために要する経費という名目で(ケースI)二三八万七六三四ドル、(ケースII)二四八万〇七〇三ドル、(ケースIII)二四五万三一二二ドルの三種類の見積書を作成し、そのころ島田の了解を得てこれをゴイに送付した。
昭和四七年一〇月ころから、RF四E型機に関する予算凍結解除に伴い、日商岩井は防衛庁調達実施本部輸入課との契約締結の交渉に入つたが、既にそのころには、日商岩井が主契約者として防衛庁と売買契約を結ぶことが確定していたものの、実質的には防衛庁において言語上の障害、経費負担軽減、契約履行保証等の観点からマクダネル・ダグラス社と直接売買契約を結ぶことなく、形式的に中間に日商岩井を介在させる目的であつたに過ぎないため、マクダネル・ダグラス社から出されたプロポーザルが交渉の中心となり、同社からもゴイ及びE・M・ザイザーF四EJ計画総本部長らが島田、当麻、曽束らとともに防衛庁との契約条項の検討、価格折衡等の交渉にあたつていた。その後紆余曲折の末、RF四E型機に関する日商岩井と防衛庁間及び同社とマクダネル・ダグラス社間の各売買契約が締結されるに至つた経緯は第一款第一項第四目記載のとおりである。
この間、ゴイは、昭和四八年一月中旬ころ、再び来日して日商岩井と防衛庁との交渉に同席し、マクダネル・ダグラス社の価格見積方法について説明し、あるいは、日商岩井との売買価格の算定、手数料の交渉などにあたつていたのであるが、当時、基本機体についての契約金額総額は概ね六六〇〇万ドルで、そのうち、FMS取引にかかる部品(これについては、マグダネル・ダグラス社は、米国政府からの官給品を日本政府に代つて調達し、その調達価格のままで日本側に売却するものであるから、手数料算定の対象とすることはできないとしていた。)が二四〇〇万ドル程度になるものと想定されており、結局、日商岩井において前記代理店契約に基づき受領する正規の手数料としては、四二万ドル前後になるものと考えられていたところ、同月下旬ころ、島田及び当麻は、東京本社航空機部会議室において、ゴイから、日商岩井の手数料を一機三万ドルに固定してもらいたい旨要請を受け、前記のとおり、ゴイの申し出た総計四二万ドルと代理店契約により一パーセントで算出される手数料額が殆ど変わらなかつたところから、これに応ずる旨返答した。するとゴイは、更に、マクダネル・ダグラス社としては日商岩井から出された特別手数料の見積のうち、ケースIについて支払う旨申し出、島田らはこれを了承した。
島田は、そのころ被告人海部にマクダネル・ダグラス社から特別手数料として二三八万ドル余を支払つてくれることになつた旨報告し、その際、日商岩井において防衛庁とのRF四E型機契約交渉にあたり、マクダネル・ダグラス社から手数料を受領することを秘匿しており、仮りに通常の手数料の他に、二三八万ドルもの多額の特別手数料を受領することが表面化した場合、契約金額の減額を要求される等の問題が生じかねないし、また、右特別手数料をNIAC/NYへの返済資金に充てる意図であつたところから、できるだけその入金経路を秘匿したいと考え、事情を説明して、ゴイから申し出のあつた手数料及び特別手数料についてはあらためて契約書を作成しない方がよいと相談し、協議の結果、同被告人も返済資金に充てる意図を有していたところからこれを了承した。そこで被告人海部は、ゴイから申し出のあつた二、三日後、島田の案内で同被告人の部屋を訪ねたゴイと、右特別手数料等について面談し、同人の申し出た前記約定を了承し、特別手数料を支払つてくれることにつき感謝の意を表するとともに、これについての契約書は、将来日商岩井が必要とするまで作成しないでおこうと申し入れ、ゴイもこれを承諾した。
このため、右特別手数料等についての契約書は作成されず、同年四月初めころ、当麻において作成した日商岩井内部のRF四E輸入売買契約に関する禀議書においても、島田の指示により予想収益欄が削除されるなどした結果、航空機部内においても、右特別手数料の件は当麻、曽束、被告人山岡、同今村ら限られた者にしか知られていなかつた。
第三項 オフイス・エクスペンス等の受入、処理状況
第一目  被告人山岡、同今村の関与
以上のとおり、被告人海部及び島田はマクダネル・ダグラス社から二三八万ドル以上の特別手数料を受領する旨の約定を締結したものであるが、右特別手数料は、同社においてかかる多額の金員を支払う根拠として、一応日商岩井から提出したRF四E計画遂行のための経費見積に応じて日商岩井の事務所経費を補填するという名目で支払われることとなつたため、オフイス・エクスペンス(事務所経費)と呼ばれていた。
被告人山岡は、昭和四七年一二月、シアトルから帰国し、東京航空機部次長兼ボーイング課長の職についたが、その際島田から従前同被告人は軍用機関係の業務に殆んど従事しておらず、素人といつてよいので当分の間民間機関係の仕事に専念しているよう指示され、RF四E型機関係については依然として島田が直接当麻を指揮していたものであるところ、翌四八年四月ころ福田次雄海外経理二課長から、航空機部のNIAC/NYに対する借金がまだ六四万ドルほど残つており、NIAC/NYの方からも早く返済してくれと再三催促してきているが、同部としてはこの借金をどうするつもりかと迫られ、島田の所へ相談に行き、はじめて島田から航空機部はF四E型機工作費としてNIAC/NYに立替えて貰つた金があり、返済のためF四E型機関係手数料の半分をその返済に充てたが、まだその位借金が残つており、これを返すためにRF四E型機に関してマクダネル・ダグラス社と交渉して特別手数料を貰うことにした、この入金があれば先ず右借金を返済しなければいけない旨説明を受け、そのころ当麻から事務所経費名目で特別手数料約二三八万ドルを貰うことになつた詳しい経緯と共に、被告人海部の指示で契約書を作成していない旨説明を受け、同人とともに福田の所へ赴き、NIAC/NYに対する返済の見込について説明した。
更に、被告人山岡は、島田、当麻らと右手数料及び特別手数料の経理処理につき、種々検討したが、マクダネル・ダクラス社から配売手数料を受領することを防衛庁に秘匿していたため、同庁との売買契約条項中RF四E型機機体費等は要確定費目とされていたところから、契約金額の精算に関する特約条項第四条により、万一防衛庁に同社から日商岩井が多額の販売手数料等を受領していたことが発覚した場合、それは機体費等に含めることはできず実際額が減少することになるとして、その金額だけ精算の際契約金額から減額され、ひいては企業秘密が公けとなりマクダネル・ダグラス社にも迷惑をかける事態となることが危惧される一方、同契約により防衛庁及び会計検査院の立入検査に応ずることが義務づけられていたため、容易に結論を出すことができなかつた。そこで、被告人山岡、当麻及び曽束らは、昭和四八年九月下旬ころ、同年九月期の決算に東京航空機部官需第一課の利益を増加させるため、同年五月末、マクダネル・ダグラス社にRF四E型機前払金として支払つた二一九五万六〇七九ドル二五セントの一パーセント二一万九五六〇ドル七九セントを未収入受入手数料として計上することを相談した際、一パーセント程度の手数料であれば、防衛庁や会計検査院の立入検査等で察知されたとしても、同社と日商岩井間の代理店契約に基づいてマクダネル・ダグラス社から受領する手数料であつて、防衛庁の契約とは無関係であると説明でき、同庁からも契約金額の減額まで要求されることはあるまいと協議して、今後も同様に同社に実際支払つた売買代金の一パーセントを各期末にRF四E型機に関する(未収)受入手数料として計上し、その余については、前述の如き理由から、同社からの入金であることを隠蔽すべく、中古機売却仲介手数料等の他名目の収入金として仮装処理することとした。日商岩井からマクダネル・ダグラス社に支払う売買代金総額は、ゴイらが来日して、精算した結果、昭和五〇年七月ころ、六六八五万一一二六ドル五七セントと確定したが、うち代理店手数料の対象とならない保険料を除けば、同社の受取金額は六六六九万四四三八ドル七三セントとなるため、日商岩井においても右の一パーセント六六万六九四四ドル三八セント(初度部品分一万一二〇八ドル六八セントを含めた実際受取手数料四三万一二〇八ドル六八セントとの差額二三万五七三五ドル七〇セントは特別手数料から振替え計上したもの。)をRF四E型機の手数料として計上したが、その詳細はI表のとおりである。
(I表)マクダネル・ダグラス社RF四E型機関係受入手数料名目入金明細

番号 未収受入手数料 入金
計上年月日
(昭和)
計上額
(ドル・セント)
入金年月日
(昭和)
入金処理概要
1 48・9・28 二一九、五六〇・七九 50・3・19 マクダネル・ダグラス社から電信送金。
2 49・9・30 三一四、〇一七・七三 52・2・28 合計四四七、三八三ドル五九セントの小切手二通を、一旦日商岩井ロンドン支店に送付したうえ、交互計算で決済。
3 50・3・31 七〇、九六三・七四
4 50・9・30 五一、一九三・四四
5 50・9・30 一一、二〇八・六八
合計   六六六、九四四・三八 六六六、九四四ドル三八セント

被告人今村は、昭和四九年四月、当麻がマクダネル・ダグラス社との諸般の連絡折衝にあたるべくNIAC/SL事務所長の発令を受けたため、その後任として官需第一課長となり、同年五月ころ、事務引継をした際、同人から、前記ケースIの見積書を示されつつ、マクダネル・ダグラス社からRF四E型機に関して機体について四二万ドル、部品について売上金額の一パーセントの手数料の他に、このケースIの見積書のとおり特別手数料二三八万ドル余を支払つてくれることになつているが、まだ全然入金されていない、この契約については海部専務がゴイにこちらから要求するまで作成しなくていいと言つたため契約書は作成されていない、この金は防衛庁に内密に貰うものであるから秘密扱いにして欲しい旨説明を受け、以後右特別手数料の入金、経理処理に関与することとなつた。
第二目  第一回入金分八四万三一一一ドルの受入、処理状況
昭和四九年七月ころから、被告人今村、曽束らはNIAC/SLの当麻とテレツクス、電話等で連絡を取り、同人を通じてマクダネル・ダグラス社に手数料支払を請求したところ、同社から八月末に前記ケースI見積書中昭和四六年から同四八年までの経費に相当する八四万三一一一ドルを事務所経費名目で支払う旨の確認を受けた。これを受けて被告人山岡、同今村は順次、島田及び東京本社経理部長大西敬二郎、福田らとその処理について協議し、先ず前記NIAC/NYに対する借金を完済するため、その前払金勘定残額五六万六〇四九ドル六九セントをNIAC/NYへ送金し、二七万ドルを日商岩井で受入れ、残金七〇六一ドル三一セントを同社ロンドン支店へ手数料として贈るが、右配分及びマクダネル・ダグラス社からの入金であることを隠蔽するため一旦同社から海外支店たるロンドン支店の銀行口座へ直接送金させ、その後同支店をしてそれぞれ右のとおり送金させることを決め、その旨八月中旬ころ当麻を通じてマクダネル・ダグラス社へ送金指示し、一方そのころ大西らにおいてNIAC/NY及び日商岩井ロンドン支店の各経理担当者に右の処理につき指示連絡した。被告人山岡、同今村は、そのころ、右二七万ドルの東京航空機部への入金を秘匿するための方法について曽束らと協議し、被告人今村の発案で第三国間の中古機売買を日商岩井が仲介し、その手数料を貰つた形で入金、利益計上することとし、同被告人において権田修敏開発課長から中古機取引関係の書類綴を借りるなどしてロンドン支店取扱にかかるものとして英国所在のブリテイツシユ・カレドニアン・エアウエイズ(British Caledonian Airways.以下「BCAL」という。)を利用することを決め、被告人山岡の指示に従い、曽束と共に右書類綴在中のBCALからアルゼンチン、ブエノスアイレス所在のアウトラル・リネアス・アエレアス(Austral Lineas Aereas.以下「アウトラル航空」又は「ALA」という。)に対する中古機販売に関する契約書、申込レター等の資料を利用して、BCALとALA間の契約書及びBCALから日商岩井に対する手数料支払確認書を作成(偽造)した。かくて、昭和四九年八月三〇日ころ、特別手数料八四万三一一一ドルが前記送金指示に従い、マクダネル・ダグラス社から日商岩井ロンドン支店の大和/ロンドン預金口座へ送金され、一旦代理受領したロンドン支店からそのころデメララ・ボーキサイト名義で五万二三一六ドル六九セント、ガヤ・テインバー名義で五一万三七三三ドルがNIAC/NYへ送金され、NIAC/NYではこれにより両社名義の前払金をすべて回収した経理処理をとつた(前記第一項参照)。更に二七万ドルは、あたかも日商岩井がBCAL所有の中古機二機をALAへ売却斡旋し、その手数料二七万ドルをロンドン支店をしてBCALから代理受領させたこととして、翌九月二日ころ、同支店からBCALからの仲介手数料名目で送金され、東京航空機部において同日BCALからの未収受入手数料の入金として処理し、残金七〇六一ドル三一セントはロンドン支店において、そのころ利益計上された。
第三目  第二回入金分五四万八九六二ドルの受入、処理状況
続いて、被告人山岡、同今村は、昭和五〇年二月ころ、NIAC/SLの当麻を通じてマクダネル・ダグラス社から同四九年分の事務所経費五四万八九六二ドル中日商岩井負担にかかるRF四E型機技術指導のためのマクダネル・ダグラス社からの技術者派遣費用一〇万八〇〇〇ドルを相殺して控除した残額四四万〇九六二ドルを支払う旨の連絡を受け、そのころ、前記同様、島田、大西、福田らとその処理方法について相談した結果、二一万九五六〇ドル七九セントは同社から日商岩井に直接送金させて、既に同四八年九月利益計上していた同額の未収受入手数料の入金に充て、その余の二二万一四〇一ドル二一セントは前回同様ロンドン支店経由でNIAC/NYに送金し、NIAC/SLの経費としてNIAC/NYから架空名義の前払金勘定で支出させていた金員の返済等に充てさせることとした。そこで被告人山岡らは、そのころ、当麻及びNIAC/NY北村経理課長らに対しその旨指示連絡し、同人らにおいて打ち合わせた結果、同年三月中旬ころ、二一万九五六〇ドル七九セントがマクダネル・ダグラス社から直接日商岩井東京本社宛送金され、東京航空機部において前記未収受入手数料の入金として経理処理され、残金二二万一四〇一ドル三一セントは一旦日商岩井ロンドン支店において代理受領した後、同支店からイースト・パシフイツク社名義でNIAC/NYへ送金され、NIAC/NYにおいて従前より架空のイースト・パシフイツク社に対する前払金勘定名目で留保していた残高一一万八四三〇ドル八六セントの返済並びにその利息及び同社からの受入手数料の入金として経理処理した。
第四目  了解覚書の作成
昭和五〇年四月中旬ころ、被告人山岡、同今村らは、RF四E型機に関する契約代金精算業務のため来日したゴイから、マクダネル・ダグラス社としてはIRSやSECなど米国政府筋からの調査を受ける際の準備として、RF四E型機関係の支払に関して文書を作成しておく必要があるので協力して貰いたい旨要請を受け、その後同年七月初旬ころ、最終的な精算のため来日したゴイの部下で日本担当契約責任者たるJ・H・コイルから、RF四E型機関係の手数料、特別手数料支払の約定を記載した了解覚書(Memorandum of Understanding RF4E Commis-sion and Office Expence)の原稿を提示され、現在IRSから調査を受けているので、日商岩井から作成方を要求したことにして、この内容の覚書を早急に作成して貰いたい旨依頼された。被告人両名は曽束と共に、その内容を検討したところ、従前口頭で取決め、実施してきたところと同様であつてそれ自体には問題はなかつたものの、本来従前より防衛庁等に対して秘匿してきたものであるから書面化することは好ましくないし、マクダネル・ダグラス社から社内事情のため必要であるとして要請された以上書面化することに同意せざるを得ないとしても、内容の重要性及び従前の経緯に照らし、上司の決裁を得る必要があると考え、そのころ被告人山岡から島田及び同人を介して被告人海部に対し、覚書の原稿を示して、同社からの要求により書面化せざるを得ない事情を説明し、併せて後日表面化して問題が発生した場合に備えて被告人山岡限りで署名することを申し出、それぞれその了承を得た。そこで、被告人山岡らは、右原稿のとおりに、
「(一) マクダネル・ダグラス社は、RF四E計画に関連して日商岩井に手数料として一機当り三万ドル、合計四二万ドル
オフイス・エクスペンス(事務所経費)として二三八万七六三四ドルを支払う。
(二) 本了解覚書の日付現在の支払額
手数料 〇ドル
オフイス・エクスペンス(事務所経費) 一三九万二〇七三ドル
一〇万八〇〇〇ドルは、マクダネル・ダグラス社の技術者派遣費用としてこの支払から差引かれている。
(三) 未払残額
手数料 四二万ドル
オフイス・エクスペンス(事務所経費) 九九万五五六一ドル」
旨の了解覚書を作成し、同被告人において東京航空機部長として、これに署名したうえ、日商岩井からRF四E型機に関する手数料及び特別手数料の額について右了解覚書のとおりであることをマクダネル・ダグラス社に対して再確認を求める旨の手紙を添えて、同年七月一八日ころ、当麻を介して同社に送付し、ゴイにおいて同月二九日ころ、了解覚書に署名して日商岩井に送り返した。なお、右了解覚書の趣旨は、昭和五二年一月一〇日付でマクダネル・ダグラス社に代わつて同社の子会社たるマクダネル・ダグラス・インターナシヨナル・セールス・コーポレーシヨン(略称MDISC)と日商岩井の間で締結された新代理店契約の下でも、同契約書第三条E項(この契約に関して活動に必要な費用経費などは、すべて日商岩井の負担である。)及び第二四条(この契約書に書いてある以外の口頭又は書面での取り決めは、無効である。)の規定にもかかわらず有効とされ、被告人海部、同山岡及び同今村らは、このことを、前記規定にかかわらず、マクダネル・ダグラス社は前記了解覚書の実行を確認し、未払残額は日商岩井からの請求時に支払われる旨の同月一四日付ゴイから被告人海部宛の右新代理店契約書のカバーリング・レターの記載により、そのころ了知していた。
第五目  第三回入金分二〇万ドルの受入、処理状況
昭和五〇年一二月初旬ころ、被告人山岡はNIAC/NYから執拗にNIAC/SLの経費補填を請求されていた島田の指示を受け、被告人今村に命じて、NIAC/SLの当麻を介してRF四E型機機体に関する手数料四二万ドル中二〇万ドルを年内に支払うようマクダネル・ダグラス社に対して要求させ、同社からその旨確認を得た。そこで被告人山岡及び同今村らは、協議のうえ、右二〇万ドルをNIAC/SLの経費に充てるべくNIAC/NYへ送金させることとし、当麻に指示して、同月下旬ころ、マクダネル・ダグラス社から一旦日商岩井ロンドン支店へ右二〇万ドルの小切手を送らせ、同支店をして取立てたうえ、NIAC/NYへ送金させた。NIAC/NYでは翌五一年一月初めころ、右二〇万ドルを受理したが、経理処理をしないままであつたところ、同月下旬ころ、大西財経副本部長らの指示を受け、ドイツ日商岩井デユツセルドルフ店の赤字補填のため同年三月ころ別名目で同店へ全額送金した。
第六目  第四回入金分八九万七三八三ドル五九セントの受入、処理状況
ところで、被告人山岡、同今村らは、前記のとおり、RF四E型機関係のマクダネル・ダグラス社への支払金額の一パーセントを各決算期末ころ、順次未収受入手数料として計上し、その総額は昭和五〇年七月ころ初度部品代金一一二万〇八六八ドル七三セントを含めて同社の受取金額が六六六九万四四三八ドル七三セントと精算され確定したのを受けて、同年九月三〇日に機体分残額五万一一九三ドル四四セント、初度部品分一万一二〇八ドル六八セントを最終計上することにより、計六六万六九四四ドル三八セントとなつたが、実際に同社から受取る正規の手数料は同年七月ころ締結作成した前記了解覚書により機体に関して四二万ドル及び初度部品に関しては代理店契約どおり売上金額の一パーセントたる一万一二〇八ドル六八セントと定められており合計四三万一二〇八ドル六八セントに過ぎなかつたため、その差額二三万五七三五ドル七〇セントは特別手数料から振替え充当することとしていた。更に被告人山岡、同今村らは、昭和五〇年九月期から同五一年九月期までの各決算(仮決算)において航空機部(官需)第一課の損益内容が悪かつたため、その収益額を増額すべく、右特別手数料を計上しようと考えたが、もとより防衛庁に対する配慮等からそのまま計上することはできないため協議のうえ、特別手数料を別名目に流用して利益計上することとし、前記BCAL名義を利用して、同社から中古機売買仲介手数料が入金するという架空の名目で、BCALからの未収受入手数料として昭和五〇年九月三〇日一五万ドル、同五一年三月三一日一〇万ドル、同年九月三〇日二〇万ドルを計上していた。以上の結果昭和五一年一二月の段階では、RF四E型機の未収受入手数料として四四万七三八三ドル五九セント及びBCALからの未収受入手数料として四五万ドルが未収入金として公表帳簿上計上されることとなつたが、いずれも長期間未精算のままで残つている形となつていたため、被告人山岡、同今村らは、早急に回収すべく、同年一一月末ころから、NIAC/SLの当麻を通じて既にRF四E型機の契約は履行済みであり、右四四万七三八三ドル五九セントと四五万ドルだけでも早急に支払うようマクダネル・ダグラス社に請求したところ、翌一二月初めころ同社から従前支払つた二〇万ドルは特別手数料を支払つたものとして、改めて機体及び初度部品の手数料として四三万一二〇八ドル六八セント及び特別手数料として四六万六一七四ドル九一セントを支払う旨の連絡が入つた。そこで、被告人山岡、同今村らは、そのころ、前回同様島田らと協議し、同社からの特別手数料収入を秘匿するため、特別手数料のうち四五万ドルは一旦日商岩井ロンドン支店において、代理受領させたうえ、これを日商岩井がBCALから受領した仲介手数料として、今回は交互計算によつて同支店との間で決済することとし、他方その余の四四万七三八三ドル五九セントは、一括して一通の小切手にしてマクダネル・ダグラス社から送金させて前記RF四E型機関係未収受入手数料の入金として経理処理することとした。同月中旬ころ、曽束らからその旨指示を受けた当麻はマクダネル・ダグラス社に支払指示したところ、同社から特別手数料四五万ドルは同社の小切手一通で、四四万七三八三ドル五九セント中RF四E型機に関する手数料四三万一二〇八ドル六八セントはMDISC振出の小切手で、残額一万六一七四ドル九一セントはマクダネル・ダグラス社の小切手で支払う旨連絡を受け、その旨被告人山岡らへ伝えた結果、改めて同被告人らからの指示に従い、昭和五二年一月一〇日ころ、マクダネル・ダグラス社らから小切手三通を受領して、四五万ドルの小切手は日商岩井ロンドン支店へ、その余の四四万七三八三ドル五九セント分の小切手二通は東京航空機部へそれぞれ郵送した。日商岩井ロンドン支店においては、昭和五二年一月一九日ころ、右四五万ドルの小切手を代理受領し、これをBCALから手数料を代理受領したものと経理処理したうえ、同年二月二八日ころ、東京本社との間で交互計算によつて決済した。東京航空機部ではそのころ、BCALからの未収受入手数料四五万ドルの入金として仮装公表計上したが、被告人山岡、同今村らは右四五万ドル入金処理のために後記の如き犯行を犯すに至つたものである。一方、東京航空機部では、同年一月一七日ころ、MDISC振出の手数料四三万一二〇八ドル六八セントの小切手及びマクダネル・ダグラス社振出の特別手数料一万六一七四ドル九一セントの小切手計二通の郵送を受けたものの、右一万六一七四ドル九一セントの小切手送り状に「オフイス・エクスペンス」と記載されていたため、そのままマクダネル・ダグラス社からの受入手数料として入金処理すると、将来防衛庁及び会計検査院の立入検査等の際オフイス・エクスペンス(事務所経費)名目の特別手数料収入の存在が発覚するおそれがあるため、被告人山岡、同今村は曽束らと協議し、右二通の小切手を一旦日商岩井ロンドン支店に送付して換金させたうえ、マクダネル・ダグラス社からのRF四E型機手数料をロンドン支店が代理受領したこととして、再度ロンドン支店と日商岩井東京本社との交互計算によつて東京航空機部へ入金する処理をとることとし、そのころ被告人今村及び曽束において経理部海外経理課笹間賢一課長らに事情を説明して、同月二五日交互計算処理の許可を受け、そのころ右小切手二通を交互計算許可書とともにロンドン支店へ送付し、同支店をしてマクダネル・ダグラス社からの手数料四四万七三八三ドル五九セントを代理受領させたこととして取立て処理させたうえ、同年二月二八日ころ同支店と日商岩井東京本社との交互計算によつて決済した。
第三款 犯行に至る経緯
被告人山岡及び同今村は、昭和五一年一二月初めころ、NIAC/SLの当麻を通じてマクダネル・ダグラス社からオフイス・エクスペンス(事務所経費)名目の特別手数料四五万ドル等の支払を承認する旨の連絡を受けるや、そのころ、日商岩井東京本社東京航空機部事務室において、曽束を交えて、右四五万ドルの入金を防衛庁等に秘匿するための受入名目につき協議を遂げ、BCALからの仲介手数料収入として処理することとし、従前(二七万ドル)同様、一旦日商岩井ロンドン支店へ四五万ドルの小切手を送金させ、同支店でBCALからの仲介手数料を代理受領した形をとり、その後日商岩井東京本社との間で交互計算勘定を利用して東京本社へ入金させることとした。そのころ、被告人今村及び曽束は、東京経理部海外経理課へ赴き、有田長同部次長及び笹間賢一同課長にロンドン支店との間の交互計算処理承認の見通しを尋ね、両名から海外経理課において交互計算承認事務の資料とし、交互計算決済後は、交互計算に関する大蔵省等の立入検査の際右処理の正当性を証明するものとして担当係官に提示すべく備え付け保管しておく手数料収入に関する証憑書類(バウチヤー)さえ完備していれば、交互計算申請を承認できる旨の内諾を得た。そこで被告人今村及び曽束は、被告人山岡に右の事情を説明し、改めて協議のうえ、被告人山岡の指示の下に被告人今村及び曽束において、東京航空機部特殊プロジエクト課保管にかかるBCAL関係の各種資料を利用して、あたかも右四五万ドルがBCALから中古機斡旋の手数料として日商岩井に支払われたよう仮装するための契約書及び手数料支払確認書を偽造し、これを「交互計算勘定貸借記許可申請書」に証憑書類として添付して海外経理課に提出し、交互計算勘定に借記させたのち、同課に備え付けさせておこうと企図するに至つた。
第四款 罪となるべき事実(第二)
(被告人山岡、同今村に対する昭和五四年四月四日付起訴状記載の公訴事実第二)
被告人山岡、同今村は、曽束と共謀のうえ、
一、昭和五一年一二月上旬ころ、日商岩井東京本社において、行使の目的をもつて、ほしいままに
1 東京航空機部特殊プロジエクト課長権田修敏から借用したBCAL関係の各種資料綴中にあつた、以前契約不成立に終つたBCALとアウストラル航空間のBAC一一一―五〇〇型中古航空機売買に関するBCAL特殊プロジエクト担当取締役D・H・ウオルターから日商岩井山岡航空機部長宛の仲介手数料支払確認書を利用し、右支払確認書の上部に印刷されてあつたBCALの社名入りレターヘツド部分のみを複写機(ゼロツクス)で複写し、これを、被告人今村の起案に基づき情を知らない同部タイピスト井下田弥生をして英文タイプライターにより日付欄を「一九七五年四月一八日」(18―th April 1975)、名宛人を「日商岩井株式会社山岡航空機部長」(Mr. S. Yamaoka Manager, Aircraft Dept Nissho―Iwai Co. Ltd.)、標題を「BAC一一一―五〇〇シリーズ航空機の件」、確認事項を「ブエノスアイレス所在アウストラル・リネアス・アエレアス(Austral Lineas Aereas.アウストラル航空)に対する航空機一機の販売が実現すれば、日商岩井の役務に対する報酬として、販売価額の五パーセント相当の金員を支払う」旨(大意)等の記載させたタイプ用紙上部に貼付し、曽束において右用紙署名欄にボールペンでD・H・ウオルターの真正な署名をまねて“Walter”と冒書し、これを複写機で複写し、もつて偽造した他人の署名を使用した権利義務に関する私文書であるD・H・ウオルター作成名義の支払確認書写一通(前同押号の符号8の第二葉)の偽造を遂げ、
2 前同様、BACL特殊プロジエクト担当取締役D・H・ウオルターから日商岩井山岡航空機部長宛の仲介手数料支払確認書の上部に印刷されてあつたBCALの社名入りレターヘツド部分のみを複写機(ゼロツクス)で複写し、これを、被告人今村の起案に基づき情を知らない同部タイピスト井下田弥生をして英文タイプライターにより日付欄を「一九七六年二月一八日(18 February 1976))、名宛人を「日商岩井株式会社山岡航空機部長」(S. Yamaoka Manager, Aircraft Dept. Nissho―Iwai Co. Ltd.)、標題を「BAC―一一一―五〇〇シリーズ航空機の件」、確認事項を「ブエノスアイレス所在アウストラル航空に対する航空機二機の販売に関し、日商岩井の役務に対する報酬として販売価額の五パーセント相当の金員を支払う」旨等と記載させたタイプ用紙上部に貼付し、曽束において右用紙署名欄にボールペンでD・H・ウオルターの真正の署名をまねて“Walter”と冒書し、これを複写機で複写し、もつて偽造した他人の署名を使用した権利義務に関する私文書であるD・H・ウオルター作成名義の支払確認書写一通(前同押号の符号8の第三葉)の偽造を遂げ、
3 前記BCAL関係の各種資料綴中にあつたBCALとアウストラル航空間のBAC一一一―五〇〇型中古航空機の売買契約書案を利用して被告人今村が起案した原稿に基づき情を知らない同部タイピスト井下田弥生をして英文タイプライターにより、タイプ用紙に標題を「契約書」(AGREEMENT)、契約条項を「一九七六年三月五日売主BCALと買主アウストラル航空との間に、BAC一一一―五〇〇シリーズ航空機二機を売買する取決めをした。BCALはアウストラル航空から六〇〇万ドルの支払がなされた後、右航空機二機を一九七六年八月三一日までに引渡すものとする。アウストラル航空は右六〇〇万ドルのうち二〇〇万ドルを本契約と同時に支払い、残金四〇〇万ドルを右航空機引渡時に支払うことを約する」旨(大意)、契約担当者を架空人である「アウストラル航空購買担当取締役ホセ・ガルシア」(AUSTRAL LINEAS AERES S.A. Jose Garcia Director Purchasing)及び実在人である「BCAL特殊プロジエクト担当取締役D・H・ウオルター」(BRI-TISH CALEDONIAN AIRWAYS D.H. Walter Special Project Director)等とタイプさせたうえ、各契約担当者の署名欄に曽束がボールペンで“Jose Garcia”D・H・ウオルターの真正な署名をまねて“Walter”とそれぞれ冒書し、これを複写機(ゼロツクス)で複写し、もつて偽造した他人の署名を使用した権利義務に関する私文書であるホセ・ガルシア及びD・H・ウオルター作成名義のアウストラル航空とBCALの間の契約書写一通の偽造を遂げ、
4 本文一二ページ、別紙A二ページ、別紙B一ページの合計一五ページからなる前記3記載の偽造契約書写を利用し、右一五ページ中の本文第三ページから偽造にかかるホセ・ガルシア及びD・H・ウオルターの各署名写のある第一二ページまで並びに別紙A第二ページ及び別紙Bの合計一二ページを複写機(ゼロツクス)により複写するとともに、別途、情を知らない同部タイピスト井下田弥生に対し、被告人今村において契約年月日を「一九七五年五月一二日」、売買物件を「航空機一機」、航空機引渡時期を「一九七五年九月三〇日」、代金額を「三〇〇万ドル」、代金支払時期を「契約時一〇〇万ドル、航空機引渡時二〇〇万ドル」などと変更するほかは右偽造契約書写本文第一ページ、第二ページ、別紙A第一ページに記載されている文言のとおりにタイプするように指示して右井下田をして英文タイプライターのメモリー装置を操作させるなどしてタイプ用紙三枚に右指示どおりのタイプをさせ、さらに前記偽造契約書写本文第一二ページにあるホセ・ガルシア及びD・H・ウオルターの署名写とは原署名を異にするかのように見せかけるため右署名写のコピーのある前述の本文第一二ページを含む合計一二頁のコピーを、右井下田にタイプさせたタイプ用紙三枚とともに複写機の縮少コピー装置にかけて縮少複写し、これらを合綴し、もつて偽造した他人の署名を使用した権利義務に関する私文書であるホセ・ガルシア及びD・H・ウオルター作成名義のアウストラル航空とBCAL間の契約書写一通の偽造を遂げ、
二、右一の1ないし4の偽造私文書四通を、昭和五一年一二月六日ころ、「BCALからアウストラル航空へ中古機三機を合計九〇〇万ドルで仲介斡旋した手数料四五万ドルを日商岩井ロンドン支店に代理受領させる」旨及びその他所要事項を記載した「交互計算勘定貸借記許可申請書」(前同押号の符号8の第一葉)に添付して経理部海外経理課に提出し、日商岩井ロンドン支店との交互計算勘定元帳に右四五万ドルの借記のなされた昭和五二年二月二八日ころ、情を知らない海外経理課員をして、これらを右決済された取引に関する真正に成立した証憑書類として一括して交互計算勘定貸借記許可書海外経理課控に編綴せしめて同課ロツカーに備え付けさせ、もつて右偽造私文書四通を一括行使し
たものである。
第四節  参議院予算委員会偽証関係
第一款 いわゆる「海部メモ」関係
第一項 一九六五年七月二四日付川崎重工業砂野社長宛書簡作成の経緯
第一目  元総理大臣岸信介に対する陳情
被告人海部は、さきに判示したとおり(第三節第一款第二項第二目参照)、B―七二七型機売込み成功後、防衛庁に対するマクダネル・ダグラスF四Eフアントム型機の売込みに参画することとなり、その戦略面を担当し、岸信介元総理秘書中村長芳に対し、防衛庁人事を中心に種々陳情を繰返すとともに、昭和四〇年初めころからは、さらに、岸先生が渡来される機会があつたら、是非マクダネル社の役員と会う機会を設けてほしい旨依頼していたが、同年七月ころ、岸が渡来することを知り、この機会を捉えて、かねての要望通りマクダネル社の幹部を岸に引き合わせ、かかるささいな機会も逃さずにF四E型機売込みを直接同人に陳情するとともに、一方マクダネル社幹部に対して日商がF四E型機売込みのために岸の如き有力政治家にも働きかけていることを認識させて、日商の売込み活動の熱心さ及びその有力政治家すら利用し得る政界関係をも含めた強力な販売力を示威し、将来マクダネル社との諸交渉にあたつて有利な立場を得るべく印象づけておこうと企図した。そこで、被告人海部は、中村に要請した結果、同月二三日午前九時(現地時間)に岸の宿泊先サンフランシスコ市内のマークホプキンス・ホテルでマクダネル社役員を交えて岸と面談する約束を取付けることができた。被告人海部は、早速ボーイング課員有森國雄を通じてNAC/NY機械部員当麻春彦にその旨連絡し、前記目的実現のために、マクダネル社の幹部に岸の政治力を十分理解させて、何としても同社社長あるいは副社長が岸との面談の席に加わるよう手配させたうえで、同月中旬ころ自ら渡来した。被告人海部は、右約束の日時に、当麻及び同人からの連絡を受けてセントルイス市から赴いてきたマクダネル社副社長C・M・フオーサイスとともに、マークホプキンス・ホテルのロビーにおいて、岸と面談した。被告人海部は、席上岸にフオーサイス及び当麻を紹介したのち、自ら、日商が防衛庁に現在売込中のF四E型機は世界一の性能を持つ優秀な戦闘機であり、自衛隊でも次期戦闘機として是非採用されるよう助力してほしい旨支援方を陳情し、フオーサイスも、同被告人の通訳で、岸にF四E型機のパンフレツト等説明資料を示しながら、F四E型機の性能をわかりやすく説明するなどして同様の陳情を行ない、その際フオーサイスの質問に対して岸は当時防衛庁周辺で話があつたF四E型機完成機四機輸入の件を確認し、同時にフオーサイスはF四E型機のライセンス生産につき川崎重工と三菱重工がシエアを折半しても異存ない旨確認するなどしたうえ、岸の「いい戦闘機のようだから、できるだけ協力する」旨の発言を汐に、面談は三〇分程で終了した。
第二目  川崎重工砂野社長宛書簡作成の状況
被告人海部は、前記岸との面談の後、シアトル市へ向かい、翌七月二四日夕方、既に同市に到着していた有森及び前記ザ・ニツシヨウ・パシフイツク・コーポレーシヨン(以下「NPC」という。)シアトル事務所長山岡昭一と岸との面談に成功した話などをしながら夕食をともにし、同夜は同市所在オリンピツクホテルに投宿した。
当時、被告人海部は、機械第二本部長としてその統轄下の日商大阪本社船舶課において、昭和四〇年六月ころから売込み中の、川崎重工が香川県坂出市に主力造船所として建設中であつた坂出工場における大型タンカー建造用ドツク向けの、石川島播磨重工業株式会社(略称IHI)製の大型門型クレーン売込み活動を、自ら川崎重工砂野社長へはもとより購入担当の同社造船資材部長にまで直接陳情に赴くなどして陣頭指揮していた。しかしながら不況下の機械業界にあつて世界最大級の門型クレーン等の発注であつたため、日商の他、日立製作所、三菱重工等も熱心に売込みをはかつており、その受注競争は極めて激しかつた。そこで、被告人海部は、なんとしても売込みに成功しようと、日商入社早々からしばしば川崎重工に出入りし、砂野社長とも親しく知遇を得ていた関係から、前記岸との面談の事実を利用して、直接砂野社長に対し書簡を出し、右門型クレーンの売込みにつき日商の立場を有利に運ぼうと意図した。被告人海部は、そのためには、日商が川崎重工のために種々尽力していることを強く印象づけることが必要であると考え、あたかも日商が米国で岸にフオーサイスを引き合わせてF四E型機の売込みをはかつた際にも、採用、ライセンス生産となつたあかつきには、従前に比し川崎重工にはるかに有利な五〇パーセントのシエアを得させるよう努力しており、その実現のため岸に二万ドル支払つたり、F四E型機四機輸入の場合の謝礼を取り決めているなどと実際にないことまで記載して、日商は川崎重工のためにこれほど尽力しているのであるから、川崎重工としても日商のかかる努力の意を汲んで、門型クレーンについてはぜひとも日商売込みのものを発注して貰いたいとの陳情の趣旨をこめて、同ホテル自室において、同ホテル用箋を使つて、実際の事実より誇張した内容で川崎重工砂野社長宛に
「川崎重工業砂野社長殿
一九六五年七月二四日 海部 拝
七月二三日午前九時より岸前総理、中村秘書、マクダネル社副社長フオーサイス、海部、他に日商社員一名を交えて次期戦闘機につき懇談し、岸前総理より必ず四機輸入すること及び三次防として最低一〇〇機、三年間に二〇〇機を五〇/五〇の割合で国産化することにしようと確認ありました。同時にマクダネル社側より国産化について川重のシエアを五〇パーセント、三菱も五〇パーセントで異存なき旨岸さんに回答致しました。日商よりは岸氏にイニシエイシヨン・フイーとして二万ドル支払いました。四機輸入の場合の謝礼等フイツクスしました。いずれ川重よりも岸氏に挨拶して頂かねばならないかと存じます。なお、坂出工場建設のクレーン等日商の私の部がIHIをかついでおりますので、値段その他勉強させますから何とか仕事を頂きたく、厚かましいお願いでありますが是非とも御指導方お願い致します。」
旨の書簡を作成した。
第三目  有森國雄の砂野社長宛書簡コピー入手の経緯
被告人海部は、翌七月二五日、有森に対して前記書簡を砂野社長宛に投函するよう依頼して渡した。有森は、当初同席を予定していた前記岸との面談に都合で出席できなかつた事情もあり、右面談の模様を承知すべく、被告人海部の了解を得ずに、NPC/SEAにおいて、複写機で右書簡のコピー一通を作成したうえで、投函の手配をすませ、右コピーは自己の控とするため自宅に持ち帰り保管していた。
第二項 昭和四一年三月一八日付経理部長宛送金依頼書作成の経緯
第一目  ローデシア鉄道向貨車用台車輸出承認についての中村長芳への陳情
被告人海部が部長を勤める日商輸送機部では、対アフリカ貿易に力を入れ、その一環として昭和四〇年初めころから世界一の銅鉱石の産出地たるザンビアから銅鉱石を輸出港まで運搬するローデシア鉄道への貨車用台車の輸出計画を進め、同年五月ころローデシアの民間会社への試験的な輸出に成功した後、翌四一年初めころから本格的なローデシア鉄道への大量輸出計画を進めていたが、英、仏等欧米諸国の企業との激烈な受注競争の中でローデシア鉄道との商談を次第に具体化し、通商産業省及び大蔵省へ申請していた延払い輸出の同意、承認さえ得られれば契約締結できるような状況となつてきたにもかかわらず、通商産業省等では、ローデシアの人種差別問題に起因する経済制裁政策及び従前取引実績の殆どない政情不安な地域への一〇年間という長期延払い決済方法による多額の輸出であることに伴う支払保証、代金回収の不確実性等から右延払い輸出計画を問題視していたため、同被告人自身をはじめとして同部員らが同省重工業局重工業品輸出課等へ再三説明、陳情に赴いたが、容易にその輸出承認を得られなかつた。そこで、被告人海部は、この際政界筋へ働きかけて関係当局へ圧力をかけて貫おうと考え、田中六助の示唆を受けて、同四一年三月ころ、岸事務所へ赴き、中村長芳に対し、ローデシア鉄道との契約がほぼまとまりかけており、いつでも成約できるまでに事態がさし迫つているにもかかわらず、関係当局が輸出承認をしないばかりに日商としては非常に弱つている旨窮状を訴え、何とか岸先生の力を借りて輸出が早急に承認されるように、関係当局へ右輸出承認手続等を円滑に進捗させるよう働きかけてほしい旨陳情し、更に右中村から紹介を受けた衆議員議員椎名悦三郎にも同様通商産業省へ早急に前記貨車用台車の輸出承認をするよう口添えて貰いたい旨依頼した。
第二目  経理部長宛送金依頼書作成の状況
右中村への陳情から間もない昭和四一年三月ころ、被告人海部は中村から電話で、前記輸出承認を得るについて松野頼三や福田赳夫両先生にも依頼したので、右両先生に対する支払として一〇〇〇万円を西ドイツのデユツセルドルフの銀行にドルで送つて貰いたい旨要請され、そのころ中村の使いからデユツセルドルフ所在ドレスナー銀行のNo.一三―一八九〇二九の口座番号を記載した支払先のメモを受け取つた。被告人海部は、中村が実際に松野、福田両氏へ日商のための尽力方を依頼したかも不明であつて、右両氏へ依頼した旨の中村の言は、同人が謝礼を自ら取得するための口実で虚構に過ぎないものと感じつつも、輸出承認を得るため陳情して活動してもらつたことに対する運動費として同人の要求通り一〇〇〇万円を支払うことを決意した。
それとともに、被告人海部は、この際、かねてから日商が船舶関係の仕事を取扱うにつき、ギリシア人船主を多数紹介してくれる等その船舶取引の拡張のために種々便宜な取計いをしてくれていた同被告人の旧知の友人たるギリシア人の船主ニコラス・D・カザコスに対し、右海外送金の機会を利用して、年来の尽力方に対する謝礼として日商から二〇〇万円贈与しようと考え、後にカザコスが必要な時に秘密裡に受け取れるように、同人が自由に払戻しできるスイス国ジユネーブ市所在のスイス・ユニオン銀行にある同被告人自身の個人預金口座(口座番号五六九・五二四BK。後に同銀行の都合により五八二・五七五AMに変更。)へ二〇〇万円を送金させることとした。
そこで被告人海部は、あらかじめ電話で、日商東京支社経理部長井上潔に一二〇〇万円の支出方の了解を求め、その要請に応じて西川社長にも事情を簡単に説明して了解を得たうえで、昭和四一年三月一八日ころ、同支社内の自席で、会社の社内用メモ用紙に、真実は一〇〇〇万円について岸事務所の中村から依頼を受けたにすぎないのに、あたかも岸自身から一二〇〇万円の送金依頼があつたように粉飾して、右井上経理部長宛に
「昭和四一年三月一八日
経理部長殿 海部八郎
松野、福田両氏に対する支払い、岸氏より下記に支払方連絡ありましたので御手配方願います。$
〈1〉西ドイツ、デユツセルドルフ、ドレスナー銀行
No.一三―一八九〇二九の口座へ一、〇〇〇万円
〈2〉スイス、ジユネーブ、スイス・ユニオン銀行
五六九・五二四BKの口座へ二〇〇万円」
と記載した送金依頼書を作成したうえ、海部の認印を押捺した。
第三目  有森國雄の経理部長宛送金依頼書コピー入手の経緯
被告人海部は、右経理部長宛送金依頼書を作成したうえ、そのころ、航空機部室で、有森に対し、既に社長や経理部長と話合いがついているのでこのメモを井上経理部長のところへ届けるよう指示して前記送金依頼書を手交した。有森は、被告人海部に無断で、航空機部室備付けの複写機でコピー一通を作成したうえ、送金依頼書原本を井上の席まで持参し、「海部さんからです、このメモのとおりよろしくお願いします。」と申し添えて井上に手渡し、右コピーは自身の控えとして自宅に持ち帰つて保管していた。
第四目  送金依頼書に基づく送金の状況
井上は、送金依頼書を受領した後、書面上西川社長の認めがなかつたため、同依頼書を示して、同社長及び山村経理本部長の承認をあらためて得たうえで、NAC/NYを利用して日商の立替金の仮払名目で出金させて直接送金させようと考え、同年四月に入つてから、日商東京支社経理部海外課長有田長に対し、右依頼書の内容に従つてNAC/NYから送金するよう手配方を指示し、有田において、同月二〇日ころ、テレツクスでNAC/NY経理課長原田景一宛右依頼書通りのドル換算額を前記各口座へ送金するよう指示した。右送金指示を受けたNAC/NYでは、原田景一経理課長において、指示に基づき、同月二五日、ドレスナー銀行No.一三―一八九〇二九口座へ二万七七七七ドル七七セント、スイス・ユニオン銀行五六九・五二四BK口座へ五五五五ドル五五セントをそれぞれ送金したうえ、その旨井上へ連絡し、そのころ、井上から被告人海部へも送金依頼書通り一二〇〇万円相当のドルを送金した旨の報告がなされた。井上は、NAC/NYにおける右三万三〇〇〇ドル余りの出金をそのままNAC/NYにおいて日商東京支社に対する前払金勘定の形で保有させていたが、昭和四五年九月三〇日付で前記デメララ・ボーキサイトに対する前払金勘定に振替えさせて処理した。
第三項 「海部メモ」流布の経緯
第一目  有森國雄が日商を退職した経緯
有森國雄は、昭和四〇年ころから、F四E型機の防衛庁売込みのためのマスコミ対策の一環として、被告人海部の了解の下に当時「日刊国防通信」編集長であつた山辺利政及び「週刊文春」記者であつた恩田貢らと親しく付き合い、ことあるごとにF四E型機の優秀性を訴えると共に、ノースロツプT三八=F五型機を推す伊藤忠及びそれにつながると目されていた海原治防衛庁官房長らの動きに対する攻撃批判を加え、日商から資金援助をするなどしてF四E型機売込み成功のため右の方針でマスコミ工作をするよう依頼していた。山辺及び恩田は有森の企図を了承し、マスコミ界への働きかけをしきりと工作し、就中、昭和四一年二月から九月にかけて、F四E型機導入に反対の意向を持ちその売込みにあたつて大きな障害と考えられていた前記海原追落としを図るべく、同人を中傷する内容のパンフレツトを五回にわたつて発行するなどし、これがいわゆる怪文書として評判となつた。ところが、同年九月ころ、海原が右怪文書について告訴し、捜査が開始され、山辺及び恩田が逮捕される事態に至つたため、日商へ事件が波及し、有森ひいては自身にまで累が及ぶことをおそれた被告人海部の命令により、有森は同月末ころ米国出張の名目で、捜査を受けることを避けるため渡米した。有森は、同年一一月ころ、米国において、追つて渡米した被告人海部から、怪文書事件につき、有森個人の責任で敢行したことで、このため被告人海部は社内外に大きな迷惑を被つているなどと非難されたことから、同被告人が有森一人に責任をかぶせようとしていると感じ、裏切られた感を抱くとともに、その後再三早期帰国を希望したにもかかわらず、翌四二年五月ころまで帰国を許可されず、米国内を転々とさせられたことなども手伝い、同被告人に対する不信と反感の念を強くした。更に、有森は、帰国後、有森本人及び怪文書事件に関する捜査、公判の過程で、有森らの名前を出さず、日商の名誉、信用を傷つけずにすませてくれた山辺、恩田らに対する被告人海部の処遇にも不満を持ち、同年八月一五日、日商を退社したものであるが、その際強く慰留した同被告人の言動から感情的行き違いを生じたうえ、退社後新たに入社した東京エレクトロン社における仕事の関係で、事実上同被告人に商談を横取りされた形となつたことも加わり、叙上の如き退社の経緯、その前後の同被告人の態度などから同被告人に対し決定的な反感を持ち、強い敵愾心を抱くに至つた。そこで有森は、前述の如き事情から、退社時、自宅に保管していた砂野社長宛書簡及び経理部長宛送金依頼書(以下「海部メモ」と総称する。)のコピーを利用し、その内容を公けにするなどすることにより、当時被告人海部が精力を傾注していたF四E型機売込み活動を妨害して挫折させ、あるいは日商社内での同被告人の地位を危くさせて、同被告人に打撃を与えようと企図し、後記の如く海部メモのコピーをかかる目的の下に複数人の手に渡したものである。
第二目  「海部メモ」が巷間流布された経緯
有森は、F四E型機の競争機種であつたCL一〇一〇―二型機の売込みに当つていたロツキード社のコンサルタントとなり、前記海部メモを有効に活用させてF四E型機導入を阻止させようと企て、昭和四三年四月一日、同目的のためにゼネラル・リサーチ・コーポレーシヨンを設立したうえ、日本においてCL一〇一〇―二型機の売込み活動を行つていたロツキード・エアクラフト・インターナシヨナル社社長J・W・クラツターに再三接触をはかり、同年七月一五日同社との間でコンサルタント契約を締結し、そのころ東京都千代田区大手町所在の同社東京事務所において、右クラツターに海部メモのコピー各一通を手交して、その内容を真実であると説明し、クラツターの要請により、更に海部メモの英訳文を作成したうえ、同月一七日ころ、前記事務所においてこれをクラツターに手交し、その内容を公けにして政治問題化させることなどを進言した。
有森は、怪文書事件後「週刊文春」を辞め、雑誌「勝利」を編集、発行していた恩田貢とは、日商退社後も交際していたのであるが、昭和四三年ころ、有森が日商在職中の第二次FX商戦におけるF四E型機売込み活動について話していた際、海部メモのコピーを未だに保管していることも話題にのぼり、そのコピーを恩田に示したこともあつた。他方、恩田は、そのころしばしば出入りしていた児玉誉士夫に、有森が海部メモを所持していることを話して同人と会うことを勧めたところ、児玉も関心を示したため、昭和四四年一月ころ、有森を伴つて東京都世田谷区等々力所在の児玉宅を訪問し、児玉に有森を紹介した。有森は、児玉が、被告人海部と利害相反関係にあるロツキード社側の立場の人物であると理解していたため、求められるままに第二次FX商戦における日商の活動状況を説明したうえ、同人に海部メモのコピーを手交した。その後、有森は、児玉から、今後海部メモについて公けにせず、日商と岸事務所の関係についても一切関与しないように言われ、これを一応了承し、二回にわたつて現金三〇〇〇万円を受領した。他方、日商岩井では、同年春ころ、岸事務所の中村長芳から海部メモのコピーが児玉の掌中にあることを伝えられ、当時病気入院中の西川政一社長に代わつて社長代行を努めていた貞広寿一副社長らが相談のうえ、同コピーを児玉から買戻すこととし、日商岩井において三〇〇〇万円を支出し、そのころ島田三敬らにおいて回収した同コピーを処分した。
有森は、昭和四四年初めころ、しばしば被告人海部打倒を訴えていた高校時代の友人玉木史郎にも海部メモのコピーを手交したのであるが、玉木は有森の意思を忖度して日商岩井社長西川政一と面談し、同被告人に対してしかるべき処置をとらせようと考え、同年二月初めころ、砂野社長宛書簡のコピーを西川社長宛郵送し、同社長と直接面会する機会を得ようとした。当時西川は病気入院中であつたため、玉木からの書簡を受けた同社長秘書荒木正雄は、直接被告人海部に右コピー及び玉木からの書簡を示すなどして対策を協議した。被告人海部は、玉木の書簡中に、同人が有森の友人であり、同封した砂野社長宛書簡のコピーも有森から保管を委託されたものの一部である旨記載されていたことから、同被告人作成にかかる海部メモが有森の手によつてコピーされ、今も有森の掌中にあることを知ると共に、玉木の所為自体有森の差金によるものと考え、知人を通じて紹介された高橋栄弁護士にその処理を依頼し、玉木に対しても同弁護士を介して応対する旨返答する一方、直接有森に対して電話で叱責するなどした。
昭和四四年八月ころ、「週刊新潮」八月三〇日号に、同年一〇月ころ「国会通信」一〇月五日号に、それぞれ海部メモの内容に類似する内容を含む記事が掲載されるなど、新聞雑誌類においても、このころから海部メモに関係する記事が登場するようになり、中には直接被告人海部の自宅に送付されるものもあつた。
恩田は、昭和五三年一月初めころ、従前有森から受け取りそのまま保管していた海部メモのコピーのことを、たまたま知人の各種団体の役員等をしている山本峯章に話したところから、同人の求めに応じ、海部メモのコピーを同人に手交することとなつたが、山本としても自ら利用するつもりはなかつたため、同コピーは、更に山本と事務所を共同利用していた団体役員鈴木孝司に譲り渡された。鈴木は、海部メモの内容の持つ重要性から、先ずその真偽を確めたうえでこれを使用しようと意図し、同月中旬ころから被告人海部宛に同コピーを更に複写したものを届けるなどして、書面の真偽についての回答や会見等を求めたが、おりから海外出張中で秘書から連絡を受けた同被告人において、前記高橋弁護士に処理を一任し、一切応じなかつたため、同年二月ころに至り、匿名で東京タイムス及び朝日新聞に郵送するなどした。
このようにして、海部メモは、有森が、日商退社時、手元に保管していたコピーが、同人の手で複写されて数名の者の手に渡り、それが更に数次に亘り複写されるなどして更に広い範囲に及び、巷間「海部メモ」と称して流布されることとなつた。
第二款 犯行に至る経緯
第一項 「海部メモ」関係
被告人海部は、前記のように、昭和四四年二月ころ、玉木史郎から当時の日商岩井西川政一社長宛に送付されてきた書簡及び同書簡添付の同被告人作成にかかる砂野社長宛書簡のコピーを見て、有森國雄が、日商において同被告人直属の部下として勤務していたころに、「海部メモ」を同被告人に無断で複写するなどし、退社後も掌中に保管していることを知るとともに、その後新聞雑誌等に「海部メモ」に関する内容の記事が掲載され、あるいは直接同被告人宛にしばしば各方面から「海部メモ」のコピーが郵送されてきたり、「海部メモ」に関する問合せ等がなされてきたことなどから、有森が「海部メモ」のコピーをマスコミをはじめ各方面に流布させているものと考えていた。かような経緯及び流布している「海部メモ」のコピーを自ら確認した結果などからして、被告人海部は、巷間「海部メモ」と称されて出回つているコピーが、いずれも自ら作成したメモのコピーであることを知悉していた。
しかしながら、被告人海部は、日商在籍中色々と目をかけ面倒を見てやつたと自負していたところの有森が、あえて同被告人に不利となること明らかな右の如き所為に及び、その結果長年に亘つて、同被告人はもとより日商岩井全体としても多大の被害を被つてきたことから、有森に対して裏切られた思いを強くし、個人的に憤りの念を持つとともに、「海部メモ」自体についても極めて不愉快なものとして従前一切無視し、黙殺する態度をとり続けていたところ、国会証言の場で、国民注視の下に自ら作成した事実を認めれば、その誇張した記載内容からして「海部メモ」に記載されている著名な政治家に大変な迷惑を及ぼすとともに、更にその内容たる事実関係についても証言を迫られ、証言当時の周囲の情勢からみて大きく政治問題化することが必至であるなどその影響が極めて大であることを怖れ憂慮するあまり、「海部メモ」に関する質問については、事実を曲げて一切心当りがないとする従前の態度で押し通そうと決意するに至つた。
第二項 オフイス・エクスペンス二三八万ドル関係
被告人海部は、前節記載のとおり、日商岩井東京航空機部がマクダネル・ダグラス社から同社製の偵察機RF四E型機一四機を購入輸入し、これを防衛庁に売却するに際して、昭和四七年前半ころから、松野頼三へ五億円を供与するためNIACから代替支出を受け、返済未了であつた分の返済資金に充てる等の目的のため、マクダネル・ダグラス社から右RF四E型機販売にかかる特別手数料を受領しようと企図し、島田と協議のうえ、島田、当麻らをして同社に特別手数料支払を要求させ、その旨交渉にあたらせ、翌四八年一月下旬ころ、島田から、同社においてRF四E型機に関し正規の販売手数料四二万ドルの他にオフイス・エクスペンス(事務所経費)名目の特別手数料二三八万ドル余を支払う旨の申出があつたことを聞き、その際、同人から防衛庁に対する配慮及び右特別手数料を五億円関係の返済に充てるつもりであつたこと等から、できるだけその入金を秘匿する必要があるため契約書作成を留保しておきたい旨、相談されてこれを了承し、さらに、自ら、そのころ島田の案内で来訪した同社航空機契約担当取締役J・W・ゴイと面談して、同社との間で前記内容通りの特別手数料等支払に関する約定を口頭で締結し、その後同五〇年七月上旬ころ同社から提示された右特別手数料等に関する了解覚書の内容を確認したうえ、相被告人山岡をしてこれに署名させるなどし、同五四年初めころより右の経緯、二三八万ドルの入金処理等について、個別に、あるいは日商岩井内部の検討打合せ会の席上等で、関係者から詳細に説明を受け、あらためて認識確認していた。
しかしながら、被告人海部は、国会証言の場において、一旦右の事実を認めると、当然右約定をするに至つた理由、入金を隠蔽した理由、金員の使途等について仔細に追及され、ひいては五億円支払及びその経理処理等についても明るみに出ることとなり、政治問題化して、日商岩井の信用を害し、過去において世話になつた松野頼三を傷つけることにもなると憂慮し、自己の証言の及ぼす影響を怖れるあまり、国会証言に際しては、それが自己の認識、記憶に反する虚偽の陳述であることを知悉しながら、あらかじめ日商岩井内部において企業防衛等の見地から検討、作成されていた想定問答集の内容に従つて証言しようと決意し、後記犯行に及んだものである。
第三項 特別口銭一〇五万ドル関係
被告人海部は、第二節記載のとおり、自らそれぞれ締結署名した二個の特別口銭契約に基づき日商岩井がボーイング社から受領する一〇五万ドルを、島田と協議のうえ、東京航空機部の簿外資金とすべく、NIAC/SEAをして代理受領させたうえ米国内の銀行に預金するなどして同国内に留保し、その一部を久保、伊大知らに対する支払等の簿外経費にあて、昭和五一年三月ころには、島田及び相被告人山岡から指示を仰がれて、右預金の残金四〇万ドル余につき、交互計算により日本へ送らせ、同部の利益に公表計上することを了承し、その後島田らから右四〇万ドル余中三〇万ドルを交互計算で処理した旨報告を受けるなどしていた。
しかしながら、被告人海部は、国会証言の場において、右の事実を認めると、一〇五万ドルを簿外にした理由、その使途、外為関係の経理処理等についても更に追及されることとなり、B七四七SR型機売込み等に協力してくれた久保、伊大知に迷惑をかけるとともに、日商岩井の信用、名誉を失墜させてしまう結果に結びつくこと等を憂慮し、自己の認識、記憶に反しても、会社の信用維持の見地の下に、想定問答集の内容に従つて証言することを決意するに至つた。
第三款 罪となるべき事実(第三)
(被告人海部に対する昭和五四年五月一五日付起訴状記載の公訴事実)
被告人海部は、(一)昭和四八年一月下旬ころ、自らマクダネル・ダグラス社との間に、日商岩井が、マクダネル・ダグラス社から同社製偵察機RF四E型機一四機の輸入、販売に関して、一機当り三万ドルの代理店手数料のほか、オフイス・エクスペンス(事務所経費)名目の特別手数料二三八万七六三四ドルを受領する旨の約定を締結したうえ、右特別手数料の受領を隠蔽するため契約書を作成しないこととし、(二)島田三敬らと相謀り、ボーイング社から同社製旅客機B七四七SR型機の販売仲介にかかる特別口銭として受領する一〇五万ドルを、日商岩井の簿外資金とすべく、NIAC/SEAをして代理受領させた後、米国内の銀行に仮名口座を用いて預金させるなどして同国内に留保し、その一部を簿外経費として使用し、かつ、同五一年三月ころ、NIAC/NYにおいて右預金の一部三〇万ドルを受領したことによつて生じた日商岩井のNIACに対する三〇万ドルの債権を、同年六月ころ、情を知らない日商岩井東京経理部海外経理課員をして、同社のNIAC/NYとの交互計算勘定に借記させ、(三)巷間出回つているいわゆる「海部メモ」は、被告人自ら作成した一九六五年七月二四日付川崎重工砂野社長宛次期戦闘機に関する書簡及び昭和四一年三月一八日付経理部長宛送金依頼書各一通の写である事実を、いずれも認識していたにもかかわらず、
一 昭和五四年三月一九日、東京都千代田区永田町一丁目七番一号参議院予算委員会において、証人として法律により宣誓のうえ証言するに際し、それぞれ自己の認識に反して、(一)前記オフイス・エクスペンスに関し、「事務所経費の二三八万ドルについては全然タツチしていない、二三八万ドルのオフイス・エクスペンスというアグリーメントのあつたことは、本年一月一八日か一九日ころに担当者から説明を受けて初めて知つた、二三八万ドルの入金を隠蔽するという事実は全然関知していない」旨、(二)前記一〇五万ドル及び三〇万ドルに関し、「ボーイング七四七SR七機分一〇五万ドルの入金後の財務処理については関知していない、三〇万ドルの外為関係の財務処理については山岡昭一が逮捕されるまで知らなかつた」旨、(三)前記「海部メモ」に関し、「巷間出回つている海部メモについては一切関知していない」旨、陳述をし、
二 同年三月三一日、右参議院予算委員会において、証人として法律により宣誓のうえ証言するに際し、自己の認識に反して、前記一〇五万ドル及び三〇万ドルに関し、「一〇五万ドルの契約をした後の実務及び経理面は島田三敬に任せていたので、その金が裏金づくりに使われたというようなことは想像もつかなかつたのが実情である、三〇万ドルというのは新聞で初めてそういうものがあることを知つた」旨、陳述をし、
もつてそれぞれ虚偽の陳述をしたものである。
第五節  業務上横領関係
第一款 P・S・A及びジエツトエアー社から日商岩井への仲介手数料の入金、保管状況
第一項 全日空のP・S・A等からの旅客機賃借状況
全日空は、航空旅客需要が昭和四三年度において対前年比三〇パーセント増と急激な伸びを示し、その傾向が翌四四年に至つても継続するものと見込まれたにもかかわらず、同年中には五月及び六月にB七三七―二〇〇型機各一機を新たに導入するにすぎないため、自社保有機材のみでは大幅に供給不足となることが明らかと認められたところから、一時的に他の航空会社よりB七三七―二〇〇型機のリースを受けることを計画し、同四三年一一月ころ、全日空調達施設部から日商岩井東京航空機部に対し、同型機を同四四年三月から一機ないし二機賃借したい旨申入れ、相手先の調査を依頼した。東京航空機部では、全日空の要請を受け、海部常務、島田部長心得、石川光夫ボーイング課員らが協議のうえ、島田から当時NIAC/SEA店長であつた被告人山岡に同型機を賃貸してくれる会社の調査方を指示したが、同型機は初号機引渡後日が浅く賃貸に応ずるものを発見できなかつたので、その旨の返信を受けた東京航空機部では、全日空とも協議した結果、B七二七―一〇〇型機で急場をしのぐこととなり、再び被告人山岡に同型機の賃貸先を捜すべく指示した。被告人山岡は各航空会社に問い合わせ、P・S・A外五社から賃貸についてのプロポーザルを受け、同年一二月中旬、テレツクスでその要旨を東京航空機部に連絡してきたので、同部はそのころ右リースの見積りを全日空に報告したが、全日空では部内で各航空会社の提示した条件等を比較検討した結果、P・S・Aからリースを受ける意向を固め、翌四四年一月初旬、その旨日商岩井へ連絡した。そこで島田らは、そのころ、被告人山岡に対し、全日空の意向を伝え、その後も適宜全日空側と連絡をとりつつ、被告人山岡にP・S・Aとの具体的な契約内容についての折衝にあたらせ、更に同年二月には、P・S・A営業担当副社長ウイリアム・R・シンプ(以下「シンプ」という。)が来日し、島田、石川立会の下に全日空と交渉した結果、同月二〇日、B七二七―一〇〇型機二機の賃貸借について全日空とP・S・A間に合意が成立したが、契約当事者に関して、P・S・A側は賃貸会社の名義を同社の子会社ジエツトエアー社とすることを希望したため、右契約は同社と全日空間で締結された。日商岩井及び全日空関係者は、ジエツトエアー社がP・S・Aの全額出資子会社であり、役員、所在地等も重複しているため、ジエツトエアー社をP・S・Aのリース部門に過ぎないものと理解し、実質上両社を一体のものとして考えていた(以下両社を「P・S・A等」と総称する。)。
その後も、全日空は、航空旅客需要と自社手持機材数との隔差を補うため、引続き昭和五一年一月までの間、いずれも日商岩井東京航空機部の仲介により、P・S・A等からB七二七型機及びB七三七―二〇〇型機延一一機を賃借したが、その状況はJ表「全日空の旅客機賃借一覧表」のとおりである。
(J表)全日空の旅客機賃借一覧表

番号 契約年月日(昭和) 賃貸会社 賃借旅客機 受領年月日(昭和) 返却年月日(昭和)
機型 機番
1 四四・二・二〇 ジエツトエアー社 B七二七―一〇〇 N九七四PS 四四・三・一〇 四五・一・一三
2 〃 〃 〃 N九七五PS 〃四・一〇 〃二・四
3 〃八・一四 〃 B七二七―二〇〇 N五三五PS 〃九・一〇 〃一・一七
4 〃〃二五 〃 〃 N五四七PS 〃 一二・二二 五〇・一二・一〇
5 〃 〃 〃 N五四八PS 四五・一・七 五一・一・六
6 〃 〃 〃 N五四九PS 〃一・二四 五〇・一・二四
7 〃 一二・四 〃 〃 N三八四 〃三・二六 〃三・一九
8 〃 〃 〃 N五三六PS 〃四・二二 〃四・一三
9 四七・一二・八 P・S・A B七二七―一〇〇 N九七二PS 四八・一・一九 四九・五・一〇
10 〃 〃 B七三七―二〇〇 N三七九PS 〃四・九 〃
11 四八・三・一六 〃 B七二七―一〇〇 N九七五PS 〃四・一九 〃三・一五

第二項 P・S・A等からの日商岩井宛仲介手数料簿外化の経緯
前記の如き、P・S・Aと全日空間のリース契約締結交渉の仲介に際して、日商岩井東京航空機部としては、P・S・A等と全日空の双方から仲介手数料を取得すべく、海部、島田らの指示に従い、全日空に対しては石川らが交渉して同社より契約締結の際には、仲介手数料を支払う旨の確認を得るとともに、P・S・Aに対しては被告人山岡において全日空へのリース条件折衝の際、日商岩井へ仲介手数料を支払うよう要請し、リース料の三パーセントを仲介手数料として日商岩井に支払う旨の回答を得て、昭和四三年一二月中旬、テレツクスでその旨東京航空機部へ連絡した。これを受けた石川、島田らは、全日空からも仲介手数料を受領するため、P・S・Aからの入金がなくとも一応日商岩井社内の経理部門への説明はつくところから、この際従前より東京航空機部においてボーイング社員への貸付金等の仮装名目で経理部より受領して費消したため、返済を迫られていた機密工作費の返済方に充てるとともに、爾後東京航空機部の機密費用として自由に使える金員に流用すべく、P・S・A等からの仲介手数料を日商岩井に正規に入金せず、東京航空機部の簿外資金にしようと企て、昭和四四年一月初旬ころ、電話で、右の機密工作費を東京航空機部においてNIAC/SEAのための立替金として処理したため、同部が早急に貸付金の返済を受けて経理の穴を埋めるように、経理部門から再三督促されていた事情を知悉していた被告人山岡に対し、シアトル勘定の穴埋及び今後の東京航空機部の会社に明らかにできない出費のために、P・S・Aから貰う仲介手数料を裏にしたいのでその旨P・S・Aと折衝するよう指示した。被告人山岡は、指示に従い、P・S・A財務契約担当副社長ポール・C・バークレー(以下「バークレー」という。)と折衝を重ね、P・S・Aより申出のあつた最低リース料より高額で賃借するように全日空を説得する代りに、日商岩井に対する仲介手数料の支払を裏に回すことについて協力させることとし、その状況を同年一月一四日付テレツクスで、東京航空機部ボーイング課宛に報告した。更に同被告人は、同月中旬ころ、島田から日商岩井への仲介手数料支払につき、支払先を日商岩井とせず、NIAC又はその指名した者とする確認書をP・S・Aから取るように指示され、右指示は、P・S・A等からの仲介手数料を日商岩井へ正規に入金しないための措置で、仲介手数料を同社経理部門の目の届かない米国内で受け取り、そのまま米国内に留保する意図であることを理解しながら、シンプ、バークレーらとの全日空に対するリース条件についての最終的な交渉に際して、その内容を伝え、その結果同月二〇日ころ、P・S・Aからバークレー名義の同日付「P・S・Aが全日空から受け取る賃料収入の三パーセントの仲介手数料を、NIAC又はその指名する者に支払う。全日空がリースを延長する場合は、その期間支払を継続する。」旨の確認書を受領し、特にボーイング課島田宛と指定して、島田個人に送付した。これにより、P・S・Aと日商岩井間に右確認書の記載内容どおりの仲介手数料及びその支払に関する契約が成立し、同契約は、同年九月、全日空とP・S・A等の間で追加リース契約が締結された際、来日して交渉にあたつたシンプと島田、石川らとの話合いで追加リース分についてもすべて適用されることとなり、そのころ被告人山岡もその旨連絡を受けた。
島田は、右仲介手数料を当初の企図どおり東京航空機部の簿外収入とするため、同年四月一二日ころ、米国出張の際シンプに対し書面で、仲介手数料を米国ワシントン州シアトル市第二通り八一五番地所在のザ・バンク・オブ・カリフオルニア・シアトル支店の「エム・シマダ」名義の預金口座に振込入金開始してもらいたい旨依頼するとともに、その旨被告人山岡にも伝えだが、以後日商岩井に対する仲介手数料は右依頼どおり順次右預金口座へ振込送金されていた。
第二款 被告人山岡がP・S・A等からの仲介手数料を業務上保管するに至つた経緯
第一項 被告人山岡の職務内容
被告人山岡は、昭和四七年一二月中旬、NIAC/SEAから帰国して日商岩井勤務に戻り、東京航空機部次長兼ボーイング課長の職務につき、以後同四八年一〇月一日同部長心得、同五〇年一〇月一日同部長に就任し、上司たる海部及び島田の指示を受けて同部員を指揮監督し、同部所管の航空機等の売買、賃貸借、輸出入及びこれらの代理、仲介、斡旋等各種契約の締結、遂行のほか日商岩井「経理規程」(前同押号の符号9)第二章第三節6の規定により営業部の職務とされている右契約に基づく各種商品代金、仲介手数料等の取立、受領及び経理部門へ入金処理するまでの保管等同部の業務全般を統括していたが、P・S・A等からの仲介手数料は東京航空機部ボーイング課取扱いにかかる仲介業務に伴うものであり、その取立・受領・保管は被告人山岡の職務内容に含まれていた。
第二項 被告人山岡が仲介手数料を受領、保管するに至つた経緯
被告人山岡は、昭和四八年五月ころ、東京航空機部長であつた島田の部屋に呼ばれ、同人から、同年秋には同被告人を航空機部長心得にするつもりであり、部長としての職務上、機密交際費等会社経理に公表できない金員が必要となるから、P・S・A等からの日商岩井に対する仲介手数料中、P・S・Aが同四七年一二月及び同四八年三月に全日空に賃貸したB七二七―一〇〇型機二機及びB七三七―二〇〇型機一機分のそれをこれに充てるべく、P・S・Aから同被告人のシアトルの銀行口座に振り込ませるので、日商岩井の機密費として使用するように申渡された。被告人山岡は、島田が自己の個人口座に振込送金させた仲介手数料を私的にも流用していた事情を窺知していたこともあり、本来日商岩井に正規に入金されるべき仲介手数料を、東京航空機部の簿外収入として同被告人の個人口座に振込送金させて、自由に使えるものとすることにつき、日商岩井に対する背信行為と考え逡巡したが、島田の所為が社内において明らかになることなく何ら問題とならずに済んでいたうえ、東京航空機部として部外に公表できない機密費の支払のため簿外資金を作る必要も感じ、更に島田の申出を断わることにより昇進の途が閉ざされることへの危惧の念も手伝い、同人の申出を受け入れて、同人に対し、シアトル市駐在時代に開設して個人的に利用し、帰国に際して閉鎖することなく残してきていた同市第四通り一、三二八番地所在シアトル・フアースト・ナシヨナル・バンク・メトロポリタン支店(以下「シアトル・フアースト銀行」ともいう。)の「シヨー・ヤマオカ」名義の当座預金口座を教えた。島田は、同年五月米国出張の際、シンプに対し書面で、右三機分の仲介手数料は今後右シヨー・ヤマオカ名義の口座へ支払うよう依頼するとともに、既に前記エム・シマダ名義の口座へ振込送金されていた右三機分の仲介手数料の一部八〇〇〇ドルを、同口座から引き出して右シヨー・ヤマオカ名義の口座へ振り込んだ。また、P・S・Aからも同月二二日以降右三機分の仲介手数料の残金が、順次同口座へ振込送金された。
その後、同四九年一一月ころ、被告人山岡は、島田から前記エム・シマダ名義の預金口座を閉鎖したので、今後P・S・A等から日商岩井に対して支払われる仲介手数料は、すべて同被告人の前記シヨー・ヤマオカ名義の当座預金口座に振り込まれることとなるから、これまで島田が右簿外資金から支払つていた東京航空機部の航空機売込みに関する宣伝工作費等は、同口座の資金から支払うよう指示され、これを承諾した。そのころ、島田は、シンプ宛書面で、同年一一月からジエツトエアー社が日商岩井に支払う仲介手数料は、すべて前記シヨー・ヤマオカ名義の口座へ支払うよう要請し、同月二六日以降日商岩井に対して支払われる仲介手数料は、すべて同口座へ振込送金された。
前記シヨー・ヤマオカ名義の当座預金口座へはP・S・A等から日商岩井に対する仲介手数料として、昭和四八年五月一〇日、島田を介して八〇〇〇ドル、同月二二日以降同五〇年一二月三一日までの間に、前後二六回にわたり、P・S・A等より直接に計一四万六六九九ドル九五セントがそれぞれ振込入金されたが、入金の詳細は別表二「シヨー・ヤマオカ名義当座預金口座入出金状況一覧表」のとおりである。
被告人山岡は、右入金のつどシアトル・フアースト銀行から、当初の間はNIAC/SEAを経由して東京航空機部内同被告人宛に、昭和四八年一二月以降は個人口座への入金が明らかになるのを惧れて同銀行へ依頼した結果直接自宅宛に送付されてきていた振込入金通知書によつて入金状況を知り、通知を受けるたびに同銀行から交付され、常時携行していた小切手帳にその内容を記載して前記シヨー・ヤマオカ名義の当座預金口座の残高状況を把握していた。同被告人は、右口座の金員が、日商岩井への仲介手数料の支払として振込入金されたもので日商岩井の金員であることを認識しており、当初は東京航空機部のための簿外経費に使用するつもりで管理保管していたものであるが、自己の小切手一枚で自由に使用できることとなる大金を秘密裡に保管していながら、何ら私用に費消しないことを馬鹿らしく思い、私費に流用する誘惑にかられ始めていたところ、昭和四八年一二月ころ、同被告人に日商岩井の金員を同被告人の個人口座に保管することを指示した上司たる島田から君の方で適当に使つてくれてよいと言われたうえ、折から家庭事情等で退社を考えていたことも手伝い、右金員を前記口座から引き出して自己のため費消しようと決意し、後記犯行を犯すに至つた。
第三款 罪となるべき事実(第四)
(被告人山岡に対する昭和五四年四月二八日付起訴状記載の公訴事実)
被告人山岡は、昭和四八年一〇月一日以降日商岩井機械本部(同五〇年四月以降機械第三本部)東京航空機部長心得、同五〇年一〇月一日以降同部長として、同部所管の航空機等に関する各種契約に基づく仲介手数料等の取立、受領及び保管など同部の業務全般を統括していたものであるが、同部がP・S・A及びジエツトエアー社から全日空への民間旅客機賃貸を仲介したことに基づき、P・S・A及びジエツトエアー社から日商岩井へ支払うべき仲介手数料として、同四八年五月から同五〇年一二月までの間に、前後二七回にわたり、米国ワシントン州シアトル市第四通り一、三二八番地所在シアトル・フアースト・ナシヨナル・バンク・メトロポリタン支店の「シヨー・ヤマオカ」名義の当座預金口座に振込入金されていた日商岩井の簿外預金合計一五万四六九九ドル九五セントを、同口座を管理することにより日商岩井のため業務上預り保管中、(K表)業務上横領犯行一覧表記載のとおり、同四九年一一月一三日ころから同五一年九月二日ころまでの間、前後一五回にわたり、前記シアトル・フアースト・ナシヨナル・バンク・メトロポリタン支店において、ほしいままに、自己の用途に充てるため、右当座預金口座から、同表「犯行の態様」欄記載の方法により、合計九万〇四三六ドル四〇セントを引出し、もつてこれを横領したものである。
(K表)業務上横領犯行一覧表

番号 犯行年月日
(ころ)
横領金額
(米ドル・セント)
犯行の態様(預金引出方法)
1 49・11・13 二〇、〇〇〇・〇〇 シアトル・フアースト銀行支払いの上記金額の小切手を振出したうえ、シアトル市在住のテツド・ナカムラに郵送し、情を知らない同人をして同銀行から預金を引出させる。
2 50・1・29 五、〇〇〇・〇〇 シアトル・フアースト銀行支払いの上記金額のNIAC/SEA石川光夫を受取人とした小切手を振出したうえ、同人に郵送し、情を知らない同人をして同銀行から預金を取立てさせる。
3 50・2・11 五、〇〇〇・〇〇 同右
4 50・4・18 五、〇〇〇・〇〇 同右
5 50・6・12 五、〇〇〇・〇〇 同右
6 50・7・1 五、〇〇〇・〇〇 シアトル・フアースト銀行支払いの上記金額の東京銀行シアトル支店を受取人とした小切手を振出したうえ、NIAC/SEA石川光夫に郵送し、情を知らない同人をして同支店に同小切手の取立を依頼させ、同支店にシアトル・フアースト銀行から預金を引出させる。
7 50・9・11 五、〇〇〇・〇〇 同右
8 50・10・10 五、〇〇〇・〇〇 同右
9 50・11・25 五、〇〇〇・〇〇 同右
10 50・12・9 五、〇〇〇・〇〇 (昭和五〇年一二月初旬ころ米国出張の際、)シアトル・フアースト銀行支払いの上記金額の(日付空欄の)小切手を振出したうえ、東京銀行シアトル支店に取立て依頼して(情を知らない同支店長に)交付し、同支店をしてシアトル・フアースト銀行から預金を引出させる。
11 51・1・28 五、〇〇〇・〇〇 同右
12 51・2・12 五、〇〇〇・〇〇 同右
13 51・2・26 五、〇〇〇・〇〇 同右
14 51・6・24 一、五〇〇・〇〇 (昭和五〇年六月中旬ころ、)シアトル・フアースト銀行支払いの上記金額の(受取人氏名空欄の)小切手を振出したうえ、石川貫之を介して田中義昭に送付し、情を知らない同人をして、同銀行から預金を引出させる。
15 51・9・2 八、九三六・四〇 上記日時ころ、米国出張の際、シアトル・フアースト銀行において、上記金額を含むシヨー・ヤマオカ名義の当座預金口座総残高に相当する額面一四、二四二ドル五一セントの小切手を振出して同銀行から預金全額を引出す。
合計   九〇、四三六・四〇

第二章  証拠の標目(略)
第三章  争点に対する判断
第一節  外為法違反関係
第一款 外為法違反罪の成否
第一項 当事者の主張
前示のとおり、本訴因は、非居住者であるカリフアルニア・フアースト・バンク・ロスアンゼルス・リトル・トウキヨウ支店のキヨシ・ニシヤマ名義の仮名口座から残高四〇万一一三二ドル〇八セントを引出し、ザ・バンク・オブ・トウキヨウ・トラスト・カンパニー・ニユーヨーク店のNIAC/NYの当座預金口座に入金させたうえ、うち三〇万ドルにつきNIAC/NYと日商岩井との間の交互計算勘定にかけ、日商岩井側においてはNIAC/NYとの交互計算勘定元帳に同額の借記をしたことが、外為法第二七条第一項第四号違反に問われたものである。
「非居住者との勘定の貸記又は借記」は、同条項によつて、原則的に禁止されているのであるが、外為令第一一条第一項は、主務大臣の許可等を受けた者は、その許可等を受けたところに従つて貸記又は借記をすることができるものとし、貿易外取引の管理に関する省令第六条第二項、貿易関係貿易外取引の管理に関する省令第八条、昭和四二年三月一日蔵国際第五一一号四二貿局第三二四号大蔵・通産共同通達「商社等本支店間交互計算取扱要領について」により、右許可関係事務は日本銀行に統一的に委任されている。そして、日商岩井は、昭和四三年一〇月一日、日本銀行から、非居住者であるNIACを含め本支店間の債権債務を交互計算によつて決済すること(交互計算勘定の貸記、借記及び貸借記残高の支払又は支払の受領)につき、一定の条件の下に事前包括許可を得て交互計算を実施している(昭和五一年五月二〇日までの間、一九回変更許可)。
本件借記が、右事前包括許可の範囲に含まれないとする検察官の論拠は、概ね次の如くである。
(一)  前記キヨシ・ニシヤマ名義の仮名口座預金は、日商岩井の簿外預金と認むべきである。
(二)  本件借記の原因となる行為又は取引は、日商岩井がNIACをして右簿外預金を引出させて受領させたことである。
(三)  外為令第一一条第一項但書、第二項によれば、主務大臣等は、貸借記の原因となる行為又は取引について同条第一項各号列記の法令の規定による許可、認可、承認又は認証を要する場合には、当該貸借記の許可をしてはならないものとされているところ、居住者である日商岩井が非居住者であるカリフオルニア・フアースト・バンク・ロスサンゼルス・リトル・トウキヨウ支店から預金を引出させる行為は、「居住者と非居住者間の預金に関する契約に基づく外貨債権について債権の消滅の当事者となる場合」に該当し、外為法第三〇条第三号、外為令第一三条第一項第一号、第二項の規定により大蔵大臣の許可(日本銀行に委任されている。)が必要であり、右の許可を受けることなく、非居住者であるNIACをして右預金を引出させて受領させた行為によつて生じた日商岩井のNIACに対する債権を両者間の交互計算によつて決済するについては、前記事前包括許可の範囲外として日本銀行の許可を必要とするのであり、本件について、右の許可を受けていないところから、本件借記は違法となるのである(論告要旨・五頁以下)。
これに対し、被告人海部、同山岡の各弁護人は、大要次のように主張する。
(一)  前記キヨシ・ニシヤマ名義の仮名口座預金は、NIACの簿外預金である。
(二)  本件借記の原因となる行為又は取引は、NIACがボーイング社から日商岩井に対する追加手数料を代理受領したことである。
(三)  従つて、本件借記は、遅延はしたが、日本銀行の事前包括許可によつて交互計算処理が認められている手数料収入を交互計算によつて決済したものであるから、外為法違反は成立しない(弁護人井本臺吉他二名作成名義の被告人海部に関する弁論要旨一頁以下。以下、「海部・一頁以下」と略記する。被告人山岡、同今村に関する弁論要旨についても、右の例による。山岡・一頁以下)。
第二項 当裁判所の判断
第一目 弁護人主張自体の失当性
弁護人は、本件借記は、遅延はしたが、事前包括許可の範囲内であるから、外為法違反は成立しないと主張するが、遅延した場合には、まさにそのことの故に事前包括許可の範囲外となるものと解されるから、右主張自体失当たるを免れない。
すなわち、前記大蔵・通産共同通達別紙(一)「商社等本支店間交互計算取扱要領」の「一 許可の内容」によれば、「本邦に本店を有する商社(中略)が、本支店間債権債務を交互計算によつて決済する場合には、次に掲げる範囲で本支店勘定の貸記、借記及び貸借記残高の支払又は支払の受領(以下「送金決済」という。)を事前包括許可する」ものとし、その範囲として、「10 貸借記記帳の時点は、次に掲げる取引ごとにそれぞれ当該各号に掲げる時点とする。(二)本支店間取引以外の対象取引については本店又は海外支店等がそれぞれ相手方のために行なつた立替受払いから生ずる債権債務の記帳は、当該取引に係る債権債務の確定後(中略)であつて立替受払い前一月以内又は立替受払い後三月以内に行なうものとする。(後略)」と定められているのであるから、立替受払い後三月をこえて貸借記記帳をすることは、事前包括許可の範囲外である。本件追加口銭をNIAC/SEAがボーイング社から立替受領したのは、昭和四八年二月二一日から同五〇年五月三〇日までの間であり(第一章第二節第一款第二項第二目中のB表参照)、日商岩井が本件三〇万ドルにつきNIACとの交互計算勘定に借記したのは昭和五一年六月一六日ころであるから、立替受領後一年ないし三年四月経過後であり、明らかに事前包括許可の範囲をこえている。期間経過後においては、あらためて外為令第一一条第一項本文による主務大臣の許可を受けることが必要であるが、判示のように、期間経過の事実を隠蔽するため証憑書類を偽造してまで他の取引を仮装しているくらいであるから、もとより主務大臣の許可は受けていない。
してみれば、本件借記は、事実関係がすべて弁護人主張のとおりであつたと仮定しても、なお所要の許可を受けないでしたものとして外為法第二七条第一項第四号に違反し、同法第七〇条第七号所定の犯罪が成立するものと言うべきである。弁護人の主張は、それ自体において既に失当である。
しかしながら、右は弁護人の主張する事実関係を前提とした場合の判断であり、本件訴因はこれと異る事実関係を前提として構成されており、弁護人はその事実関係を争つているのであるから、次に、訴因どおりの事実関係が認められるか否かにつき判断することとする。
第二目 キヨシ・ニシヤマ口座の性格
検察官は、ボーイング社からのB七四七SR型機追加口銭一〇五万ドルは、NIAC/SEAにおいて代理受領したものではなく、当初から日商岩井が便宜NIAC/SEAの取引銀行の預金口座を利用してボーイング社から直接受領したものであると主張する(論告要旨・一頁以下、特に九頁以下)。これに対し、弁護人は極力その認定を争い、縷々の所論を展開している(海部・一―五頁、山岡・一―一一頁)。
しかしながら、訴因どおりの事実関係を認め得るか否かという観点からするときは、カリフオルニア・フアースト・バンク・ロスアンゼルス・リトル・トウキヨウ支店のキヨシ・ニシヤマ名義仮名口座又はその前身である同行ロスアンゼルス・ダウンタウン支店のカオル・マツバヤシ名義仮名口座が日商岩井の簿外預金と認められるか否かを判断すれば十分であつて、それ以前の段階について論議することは無益である。ちなみに、右段階に関する限り、弁護人の所論は、必ずしも全面的に承服しかねる点もあるが大筋において正当であり、NIAC/SEAから一部NIAC/SFを経由してNIAC/LAに至るまでの間、NIAC各店の取引銀行の口座に入金された追加口銭が終始日商岩井の簿外預金であつたものとする検察官の主張にはいささか無理がある。NIAC/SEAは、本件追加口銭を日商岩井のために代理受領して公表記帳しており、NIAC/SFにおいても、同様の処理がなされているが、NIAC/LAにおいては、公表計上はしているものの、その名目には大韓航空(KAL)を利用した仮装取引が用いられている(松尾達也の検察官に対する昭和五四年三月三〇、三一日付供述調書(甲(一)30)添付のNIAC各店における仕訳処理の一覧表参照)。ここまでの段階では、各預金はそれぞれNIACの預金と見るのが相当である。最後のNIAC/LAにおいて、仮装の取引名目を用いて公表計上しているのは、島田の命を受けた松尾において、これをNIAC/LAの公表帳簿から消して、簿外預金に転化させるための下工作であることは明らかである。
問題は、松尾の設定した簿外預金(カオル・マツバヤシ口座及びキヨシ・ニシヤマ口座)は、NIACの簿外預金か日商岩井の簿外預金かということである。
この点に関しては、これを日商岩井の簿外預金と見るべきであるとする検察官の論旨(論告要旨一三―一九頁)は正当であつて、これに反する弁護人の論旨(海部・一―六頁、山岡・一一―二四頁)は理由がない。すなわち、挙示の関係証拠を綜合すれば、島田三敬、被告人山岡らは、追加口銭契約上支払先がNIAC/SEAとされている関係で本件一〇五万ドルはボーイング社からNIAC/SEAに支払われて来るものの、これをNIACに取得させる意思はなく、日商岩井東京航空機部において自由に使用できる簿外預金とする意図で米国内に留保させる意図であつたから、被告人山岡において、島田と協議のうえで、NIAC/SEA店長石川光夫に指示してこれを一部NIAC/SFを経由してNIAC/LAに送金させたこと(ここまでは、NIAC内部における公表預金の流れである)、他方、島田は、NIAC/LAの松尾達也に対し、かくしてNIAC/LAに集結して来る追加口銭を島田の直接指示する出金に宛てるため仮名口座を開設して管理、保管するよう命じたこと、松尾は、NIAC/LAの上司には極秘裡に右追加口銭をNIAC/LAの公表預金から引出して前記カオル・マツバヤシ口座に、次いで前記キヨシ・ニシヤマ口座に入金し、かつ、各預金口座の小切手帳を保管して島田の指示により出金していたこと、NIAC側では、松尾以外に誰も右仮名口座の存在を知らなかつたこと、松尾は昭和五〇年二月一日付で日商岩井東京本社財務部次長を命ぜられ、同年四月七日NIAC/LAから帰国した後も、右事務を後任者の長山昭二郎に引き継がす、自ら担当していたこと、松尾は、そうするについてNIAC/LAの上司に相談することなく、日商岩井の山村謙二郎専務の指示を仰いでいること、日商岩井内部でキヨシ・ニシヤマ口座の存在が発覚した際、同口座の閉鎖、引出後の預金の処分方法については日商岩井内部で被告人海部、同山岡、島田、山村らの間で協議が行われ、NIACは何ら相談にあずかつていないこと、等の事実が認められ、以上を綜合すれば、カオル・マツバヤシ口座及びキヨシ・ニシヤマ口座は日商岩井が直接支配管理する日商岩井の簿外預金であつて、松尾達也はNIAC/LAの職員としてではなく、日商岩井の手足として右預金管理の事務に従事していたものと認めるのが相当である。
弁護人は、右各仮名口座は、NIAC/LAの職員である松尾が島田の依頼によりNIAC/LAの別口座(簿外預金)として保管していたものであると主張するが、島田は別口座とすることを指示しただけであつて、NIACの別口座とすべき旨の指示をしたことの証拠はない。弁護人は、松尾がNIACの職員であることを強調するが、NIAC職員の身分を保有する者の行為がすべてNIAC職員としての行為であるとすること、NIAC職員としての行為がすべてNIACに対する法律効果を生ずるものとすることには、論理の飛躍がある。
むしろ、ことの実体は、次のように理解すべきである。
本来、本件追加口銭は日商岩井に帰属すべきものをNIACが代理受領したものであるから、NIACとしては、これを日商岩井に引渡すべき債務がある。NIAC/SEA、NIAC/SF、NIAC/LAの公表預金にこれを入金していたのは、右引渡までの間、これをNIACにおいて日商岩井のために保管していたものと認められる。そして、引渡は、通常、交互計算その他の方法で東京に送金することによつて行われるが、島田らは、米国内で仮名預金として取得することとし、松尾に対し、その旨の指示をしたものである。そこで、松尾は、NIACの職員として、NIAC/LAの公表預金からこれを引出してカオル・マツバヤシ(後にはキヨシ・ニシヤマ)名義の仮名口座に入金したのであり、これによりNIACから日商岩井への引渡は完了した。その後の仮名口座の管理は、松尾が私人としての資格で日商岩井の手足として行つたものか、NIACの職員として親会社に対するサービスとして行つたものかのいずれかであつて、そのいずれであるにせよ、NIACに対し法律効果を及ぼすようなものではなく、同人が管理していたからといつて、右仮名預金がNIACの簿外預金に転化すべきいわれはない。
弁護人は、キヨシ・ニシヤマ口座を閉鎖する過程で松尾の後任者である長山昭二郎のした行為を検察官がNIACの行為であると評価しているのは、右と比べて見て首尾一貫しないと論難するが(山岡・一七―二一頁)、右は本件仮名口座の存在が日商岩井内部で発覚し、あらためて日商岩井とNIACとの間でこれを公表経理に計上するための手続の一環であり、公表計上するについては仮装の取引名目が使われているものの、NIACが正面に出ることは何ら妨げないばかりか、むしろ、そうしなければならない局面での行為であり、何ら前後矛盾するところはない。
第三目 本件借記の原因となる行為
弁護人は、本件借記の原因となる行為は、NIACがボーイング社から日商岩井に対する追加手数料を代理受領したことであると主張するが、前示の如く、追加手数料引渡の債務は、松尾がNIAC/LAの公表預金から本件追加手数料を引出したうえ、日商岩井の簿外預金である前記仮名口座に入金した時点で履行を完了し、消滅しているものと解すべきであるから、所論は前提を欠く。
本件三〇万ドルを交互計算処理するに至つた経緯は、さきに詳細判示したとおりである(第一章第二節第二款第一項ないし第三項参照)。その大要は、(一)ボーイング社から入金したB七四七SR型機の特別口銭一〇五万ドル、B七二七型機の特別口銭一四万五〇〇〇ドルのうち、公表未計上分九一万五〇〇〇ドルを公表計上する。(二)うち三〇万ドルは日商岩井東京航空機部の利益に計上し、残六一万五〇〇〇ドルはNIAC/NYで公表受入する、(三)ボーイング社からの入金九一万五〇〇〇ドルのうち、既に費消してしまつた分五一万三八六七ドル九二セントは、NIAC/NYで経費として支出したこととし、ロスアンゼルスのキヨシ・ニシヤマ口座に残つている四〇万一一三二ドル〇八セントについては、うち三〇万ドルを東京航空機部に送金し、一〇万一一三二ドル〇八セントをNIAC/NYが利益として受入れるということであつた。
そこで、右三〇万ドルについては、松尾が振出して長山に交付したキヨシ・ニシヤマ名義の小切手によりNIAC/LAにおいて前記キヨシ・ニシヤマ口座から引出してキヨシ・ニシヤマ名義でザ・バンク・オブ・トウキヨウ・トラスト・カンパニーのNIAC/NY口座に入金させたものである。
右に見たように、キヨシ・ニシヤマ口座は日商岩井の簿外預金であり、NIACは、これを日商岩井東京航空機部の利益に公表計上させる目的で、日商岩井に代つて同口座から三〇万ドルを引出して一旦自己の預金口座に入金したのであるから、このことにより日商岩井に対し右三〇万ドルを引渡すべき債務を負うに至つた。これが、本件貸借記の原因となる行為である。従つて、カリフオルニア・フアースト・バンク・ロスアンゼルス・リトル・トウキヨウ支店から三〇万ドルを引出すことにより「居住者と非居住者間の預金に関する契約に基づく外貨債権について債権の消滅の当事者となる」ことは、本件貸借記の原因となる行為の一部に包含されており、これについて大蔵大臣の許可を必要とすることは、検察官主張のとおりである(前記第一項参照)。
日商岩井がNIACをして本件三〇万ドルを引出させるに際し、大蔵大臣の許可(日本銀行に委任されている。)を受けていないことは明らかである。検察官は、原因となる行為について所要の許可を受けなかつた場合には、事前包括許可の範囲外として、交互計算勘定に貸借記することについて日本銀行の許可を必要とするのであり、右の許可を得ていないところから、本件借記は違法となるものと主張している。しかし、外為令第一一条第一項但書、同項第七号、外為法第三〇条第三号、外為令第一三条第一項第一号、第二項の規定によれば、前記原因となる行為につき所要の許可を受けなかつた場合には、日本銀行は当該貸借記について許可をしてはならないものと定められているので、貸借記について許可を得る余地がない。従つて、本件借記が違法であるのは、必要な許可を受けなかつたためではなく、許可を受ける余地がない(従つて、外為法第二七条第一項第四号によつて禁止されている)のに、敢て借記したためである。
以上の次第であるから、本件借記は、訴因掲記の理由で外為法に違反することとなる違法な借記と認められ、弁護人の主張は理由がない。
第二款 被告人海部の共謀の有無
第一項 副社長室における謀議の内容
被告人山岡の検察官に対する昭和五四年五月四日付供述調書(乙30)によれば、同被告人は、同五一年二月末ころ米国証券取引委員会(SEC)がボーイング社の強制調査を開始する旨の新聞報道に接し、SECが同社の日商岩井に対する特別口銭支払の事実を公表するような事態になれば、日本の国税当局も調査を開始するであろうことを危惧し、上司の島田や財経本部の経理部管掌副本部長大西啓二郎や、その片腕で税金関係の専門家である伊藤行雄に相談したところ、島田はロスアンゼルスの裏預金をクローズして表の利益に計上しなければならないだろうと言つており、大西や伊藤も口座閉鎖の必要を認める点では同意見であつたが、「ただ、そのことは我々だけでは決められないので、営業と財経のトツプに決めて貰わなければならんだろう。お互いに上と相談してみよう」という話であつたので、再び島田と相談し、大西らの意向を伝えたところ、島田も同意見であつたので、その後間もなく二人で海部の部屋へ行つた、というのである。
同調書によれば、そのときの会談の模様は、島田と被告人山岡が長椅子に坐り、被告人海部は一人掛椅子に島田と向い合うように坐り、島田ら両名がSECのボーイング社に対する調査が始まると日商岩井に対するスペシヤル・コミツシヨンが公表されるかも知れないので、取敢えずロスの裏預金はクローズして東京航空機部の利益に計上したいと申出ると、被告人海部は「それはそうだな。それでいいんじやないか」と賛意を表したので、島田が、「それなら、ロスの銀行の裏預金をクローズして、残つている約四〇万ドルを引出し、交計勘定を使つて日本に送らせますが、七四七SRの契約書を使う訳には行きませんから、何か名目を変えて、東京航空機部の利益に計上しますから」と言うと、被告人海部は「そうするより仕方がないんじやないか。細かいことは経理と良く相談して、うまくやつてくれや。」と答えた、というのである。
右の点に関し、被告人海部の検察官に対する同五四年四月二〇日付供述調書(乙5)第一六項には、同五一年三月上旬ころ、自分の部屋で、島田と被告人山岡からB七四七SR型機の追加口銭一〇五万ドルのうち約四〇万ドルがロスアンゼルスの銀行で裏預金となつており、SECの調査で明るみに出るおそれがあるので「早いとこ表に引出して交計で航空機部の利益に引張つてきたい」という話があつたので、「それは早くクローズした方がよいだろう。表に上げるについて詳しいことは財経と相談してやつてくれ。」と言つておいた旨、略々右と同旨の記載がある。
被告人山岡は、当公判廷において右供述を翻えし、副社長室での会談においては、ロスに別預金にしてある四〇万ドルを、どういう名目かは別として、とにかく表に出すことと、できたら我々航空機部の利益に引きたいんだということの二点の了承を得ることが目的であつて、交計でとか何か名目を変えてとかいう具体的な話は出なかつたと記憶すると供述し、その理由として、(一)調書で島田が言つたというくだりは、あまりにも詳細で事務レベルの者が言うような、少くとも常務が副社長に話すような内容ではないこと、(二)タイミングから言つて、東京に持つて来ていいか、金額をいくらにするか未定の段階なので交計などという具体的な話が出るのはおかしいことを挙げ、調書の記載は、自分がその後の財経との折衝での体験を混同して述べたことが録取されたものであると言う。
しかし、右(一)の点は、検察官の指摘するように、被告人海部の方は何でも知つておきたい性格であり、島田の方は何でも海部に相談して決めようという考え方だつた(被告人山岡の昭和五四年五月五日付検察官調書、乙28)という両名の性格から見ても、また、ルーテインな業務でなく、海外にある簿外預金を表に出して公表計上するという特異な帳簿操作を必要とする事項についての相談である点からしても、具体的な送金方法まで話題としたとしても何ら不自然ではないし、右(二)の点は、さきに証拠決定の際に指摘し、論告要旨でも援用しているように(三四頁以下)、本件謀議は、簿外預金残高の処理に関し、営業としてどのような方針で臨むかを策定するためのものであるから、財経との関係で未調整の事項につき細部に亘つて協議したとしても何ら異とするに足りず、むしろ必要な事前準備とすら言えるのである。被告人海部の弁護人は、被告人山岡が財経の関係者と具体的相談をしたのは、右会談より大分後のことであるとして、関係者の供述を援用するが(海部・二三頁以下)、そのような事実があつたとしても、前記謀議とは両立し得ることである。
被告人山岡の弁護人は、検察官の主張するように、ロスアンゼルスの裏預金が日商岩井の簿外預金であつてNIACの預金でないとすれば、右預金を解約して受領する金員は当初から日商岩井に帰属するから、日商岩井とNIAC間の債権債務の決済方法である交互計算が話題となること自体が不合理であると主張するが(山岡・二九―三一頁)、居住者である日商岩井が大蔵大臣の許可を得ることなく非居住者であるロスアンゼルスの銀行からストレートに預金を引出す行為がまさに外為法に違反すること(同法第三〇条第三号、外為令第一三条第一項第一号、第二項)は、商社関係者にとつては周知のことと思われるから、これを避けるため、非居住者であるNIACを利用して右預金を引出させ、一旦NIACにおいて受領したうえ、交計送金の方法で東京へ送らせるということが謀議の対象となつたのであり、何ら不自然、不合理ではない。
また、被告人山岡の弁護人は、検察官の言うように、「口銭名目を用いるのであれば交互計算勘定を用いるのが一般的な決済方法である」(論告要旨・三五頁)ならば、「右決済方法はあえて海部の了承を得なければならない特異なものではないということになる」(山岡・三三頁)とも主張するが、交互計算勘定を用いるのが一般的なのは正規の口銭を送金する場合のことであり、ここでは、本来交計の対象とならないものを口銭名目を仮装して交計送金することを話題としているのであるから、右主張は当たらない。
次に、被告人海部の弁護人は、同被告人の前記検察官面前調書の記載につき、同被告人の公判廷供述を援用しつつ、「被告人自身には交計云々との話を聞いた記憶は残つていないが、交計手続によるとのことも話したといわれればそうかも知れないと、すなわち絶対にそんなことはありませんと断言する自信もないというのが本当のところであると思われ、被告人が利益計上の手続などについては深く関心を持たなかつたため記憶に残つていないのか、実際にその際はそこまでの話が出なかつたかのいずれかであると思われる」旨主張する(海部・八―一〇頁)。
しかし、同被告人に対する逮捕、勾留の被疑事実はまさに本件三〇万ドルにつき日商岩井とNIACとの交計勘定に借記した事実であることは同被告人も熟知するところであり、前記検察官調書の記載は、右被疑事実に関する最初の供述である。同被告人としては、島田や被告人山岡から「交計で」という話があり、これを了承したということが自己の刑責にとつて不利益な事実であることは十分理解できた筈であり、弁護人主張の如く、記憶にないことであれば、その旨供述すれば足りたのである。前記引用の被告人山岡の検察官面前調書は、この時点ではまだ作成されておらず、同被告人は被告人海部をかばうため、副社長室における謀議について供述していないのであるから、被告人海部が進んで右のような供述をしたのは、それが当時の記憶と合致していたからにほかならないものと認むべきである。
第二項 共謀の成否
被告人海部、同山岡の弁護人は、「被告人調書の記載によるとしても、その程度の問答が交されたことを以て外為法違反の共謀が成立するというのは酷に過ぎる」(海部・一〇―一一頁)、「右協議において抽象的に交計によることに言及されたとしても、それが外為法違反の共謀を構成するとは考えられない」(山岡・三三頁)と主張する。
しかし、本件外為法違反を構成する事実は、日商岩井が、大蔵大臣の許可を得ることなく、非居住者であるロスアンゼルスの銀行に架空人名義で預金していた簿外預金をNIACをして引出し受領させ、うち三〇万ドルを仮装の口銭名目で東京に交計送金させたことであり、その要素となる事項は、簡潔な表現ながら、島田と被告人海部との間の協議に洩れなく含まれているのである。すなわち、ロスアンゼルスにある裏預金は日商岩井の簿外預金であり、SECのボーイング社に対する強制調査の結果その存在が発覚すれば、国内における税務対策上困ること、従つて右口座を早急に閉鎖して公表計上の方策を講ずる必要があること、引出した預金は交互計算勘定を用いて東京に送金し、航空機部の利益に計上すること、送金に際してはB七四七SR型機の特別口銭とすることはできないから、何か名目を変えること、細部については財経と相談して手落ちのないようにすることが協議の内容となつている。NIACをして引出させるということが明示的には表われていないが、居住者である日商岩井が直接引出せば、外為法違反になるのはもとより、裏預金の存在を明るみに出すこととなるから、一旦NIACを通し、代理受領の形式を整える必要のあることは当然の前提となつており、そのことは、入金の名目を変えること、交計を利用することに表われている。
そして、本件犯罪事実は、直接的には日本銀行の許可を得ずに交互計算勘定に借記したことであるが、さきに説示したとおり(第一款第二項第三目参照)、交互計算の原因となる行為につき大蔵大臣の許可を得ない限り交互計算貸借記の許可は得られないのであるから、本件外為法違反の実質的違法理由は、大蔵大臣の許可なく本件預金を引出させた行為にあるものと言うことができる。然るに、本件仮名口座は、もともと大蔵大臣の許可を得ずに開設したものであり、これをひそかに閉鎖しようとするものであるから、預金引出しにつき大蔵大臣の許可を得る意図は毛頭なく、話題とすらなつていない。また、表面を糊塗するためNIACを介在させたとしても、本来日商岩井が自己の預金を引出すものである以上、仮装行為によつてその引出しが適法となるいわれはない。被告人海部の弁護人は、交計によらず、送金の方法によつた場合は外為法違反ということは考え難いと主張するが(海部・八頁)、送金の原因となる行為である本件預金の引出しにつき大蔵大臣の許可を得ていない以上、送金についての許可は得られず、従つて送金自体違法となることには変りはない。商社員としての経験の長い被告人両名がかかる外為法上の規制を知らなかつたとは考え難いが、仮りにそれを知らなかつたものとしても、いわゆる「法の不知」(刑法第三八条第三項)であつて、故意を阻却するものではない。
以上の次第であるから、副社長室における被告人両名と島田の謀議は、本件外為法違反の共謀と認定して妨げない。
第二節  有印私文書偽造、同行使罪関係
第一款 弁護人らの主張
被告人山岡、同今村の各弁護人は、右両名にかかる各有印私文書偽造、同行使の公訴事実に関し、(一)被告人らが偽造、行使したとされる文書はいずれもいわゆる写真コピーであるところ、(1)写真コピーは、私文書偽造罪における「文書」の概念に当らない(公文書偽造罪に関する最高裁判所昭和五一年四月三〇日第二小法廷判決、刑集三〇巻三号四五三頁、同五四年五月三〇日第一小法廷決定、刑集三三巻四号三二四頁は、誤りであつて変更さるべきであるが、然らずとするも、私文書偽造罪について直ちにその解釈が妥当するものではない。)、(2)私文書偽造罪における「文書」の意義につき右最高裁判例と同一の解釈に立つとしても、本件各写真コピーは到底「証明文書として原本と同様の社会的機能と信用性を有するもの」とは認められない、(3)仮りに本件各写真コピーに文書性を認め得るとしても、被告人らの所為は虚偽内容の私文書の作成(無形偽造)に過ぎず、現行刑法上は不可罰とされているから、右各公訴事実については被告人両名は無罪である、(二)仮に然らずとするも、被告人両名については、権利義務に関する有印私文書ではなく、事実証明に関する無印私文書の偽造、行使罪が成立するに過ぎない、とそれぞれ主張する(山岡・三五頁以下、今村・一頁)。
第二款 当裁判所の判断
第一項 前提となる事実の認識
本件各偽造文書作成の手段方法、作成された文書の体裁内容、行使の方法等については、さきに罪となるべき事実として認定、判示したとおりである(第一章第二節第三款の二、同第三節第四款の一、二)。
いわゆる写真コピーには、「写真機、複写機等を使用し、機械的方法により原本を複写した文書」一切が含まれるところ、その使用した機械的方法の如何により、作出された複写文書の性質(たとえば、色彩、寸法等の再現の程度)に若干の異同があるので、不必要な一般化を避け、本件で具体的に使用されたゼロツクス複写機によるコピー(一部縮小コピーを含む。)に限定して、考察を進めることとする(以下、「写真コピー」という用語は、かように限定した意味で用いることとする。)。
写真コピーは「写ではあるが、複写した者の意識が介在する余地のない、機械的に正確な複写版」(前示第二小法廷判決)であると言われる一方、「合成的方法による作為の介入がきわめて容易であるから、一般社会においても、写真コピーの信用性に実は大きな限界があることが次第に認識されて来るにちがいない」(前示第一小法廷決定中の団藤裁判官の意見)とも説かれている。両者は、一見矛盾するようであるが、実は、複写機による写真コピーの作成過程における二つの局面の特質をそれぞれ指摘しているに過ぎない。すなわち、前者は、被写対象となる書面(必ずしも原本と目し得るような文書に限らない。数葉の紙片を組み合わせて、一通の文書に見せかけたものであつてもよい。)を複写機にかけた後の過程に着目しているのであつて、その後コピーが完了するまでの間には「複写した者の意識が介在する余地」はあり得ず、被写対象となる書面と合同ないし相似(縮小コピーの場合)のコピーが作出されるのに対し、後者は、被写対象となる書面を設定するまでの間に、改ざんあるいは合成等の作為の介入が容易である点を指摘しているのである。そして、後者のような性質があるからこそ、複写機による文書の偽造が可能となるのであり、前者のような性質があるからこそ、偽造にかかる写真コピーを真正なものとして行使することが可能なのである。
「機械的に正確な複写版」ということの意味についても、若干吟味しておく必要がある。写真コピーは機械的方法により作成されるのであるから、誤記等の人為的ミスが入り込まない正確性を有する一方、その正確性には、機械そのものの能力による限界があることは当然である。まず、黒以外の色彩はそのまま再現できないのはもとより、筆圧、印圧等による凸凹を再現することも不可能である。また、文字等の形状がそのまま再現されるとはいつても、顕微鏡的正確さは保たれない(複写してできたコピーを原本として再複写するという過程を数十回繰り返すと、点画がつぶれて判読不能になるのは、微細な誤差が累積したものと考えられる。)。最も重要なことは、原本の一部に紙を貼り(重ねて置くだけでもよい。)、他の文言を記載するなどして改ざんした場合、改ざんの痕跡が全く再現されず、当初から改ざん後の文言の記載があつたかの如きコピーが得られることである。
写真コピーの以上のような性質は、法令解釈の前提をなす基礎的事実として、認識しておく必要がある。
第二項 私文書偽造罪における「文書」の意義
結論から先に言えば、所論引用の公文書偽造罪に関する最高裁判例の示す「文書」の意義に関する判断は、私文書偽造罪における「文書」の意義に関してもひとしく妥当し、これと別異の概念を定立すべき要を認めない。
すなわち、公文書たると私文書たるとを問わず、およそ文書偽造罪は、文書に対する公共的信用を保護法益とし、文書が証明手段としてもつ社会的機能を保護し、社会生活の安定を図ろうとするものであるから、文書偽造罪の客体となる文書は、これを原本たる文書そのものに限る根拠はなく、たとえ原本の写であつても、原本と同一の意識内容を保有し、証明文書としてこれと同様の社会的機能と信用性を有するものと認められる限り、これに含まれるものと解するのが相当である。
右説示は、公文書を文書としたほかは、所論引用の第二小法廷判決の判示するところと同文である(ちなみに、論告要旨・三八頁記載の検察官の主張も右に同じ。)。所論は、最高裁判例は、いずれも原本が公文書であることによつて有する証明手段としての社会的機能を極めて重視していることを看過し、公文書に関する論理を安易に文書一般にすりかえることによつて私文書偽造罪に当て篏めようとしてはならない、と強調する(山岡・四四頁以下)。たしかに、公文書と私文書とでは、これに対する公共的信用の程度、証明手段としてもつ社会的機能に差異があり、その有形偽造又は無形偽造に対する刑法的評価を異にしていることは所論のとおりであるが、ここで問題にしているのは、偽造罪の客体となる文書はこれを原本たる文書そのものに限るか、原本の写であつても原本と同視できるようなものを含ませるべきかということであつて、原本たる文書の性質如何によつて左右されるべき事柄ではない。
文書偽造罪の客体となる文書は、これを原本たる文書そのものに限る根拠はないとする理由について若干敷衍すると、文書偽造罪における文書とは、作成名義人の意思又は観念の伝達手段であり、作成名義人と直接に接することなくその意思又は観念を了知することができるために社会的有用性が認められ、これに対する公共的信用が刑法上の保護に値するものとされるのである。伝達手段である以上、作成名義人の意思又は観念が正確に表示されていることが必要であるとともに、それで十分であるはずである。従つて、原本であつても、作成名義人の不明なものや、確定的内容を有しない草稿、草案の如きは、作成名義人の意思又は観念を正確に伝達するものでないから、刑法上の保護に値する文書性を否定されるのである。そして、従来、単なる写の文書性が否定されて来たのも、それが作成名義人の意思、観念の伝達手段としての原本との同一性を保証されず(手書き、タイプ印字等による原本の複製には、作為やミスによる誤写の可能性を否定し得ない。)、写作成者の認証行為なくしては、原本作成名義人の表示した意思、観念を直接了知し得ないと考えられたことによるものであつた。すなわち、文書性を認めるための原本性の要求は、原本であることが絶対的価値を有する芸術作品等の場合とは異り、単に認証のない写には原本との同一性の保証がないという理由に基づくものに過ぎないから、複写技術の進歩により、それ自体で原本との同一性が保証されるような種類の写が出現した場合に、その文書性を否定すべき根拠とするに由ないものである。この場合、原本と同一性の程度が問題となるが、作成名義人の表示した意思、観念の正確な伝達手段と認められることが必要にして十分な条件であるから、さきに判示した如く、「原本と同一の意識内容を保有し、証明文書としてこれと同様の社会的機能と信用性を有するもの」ということが、一応の基準となり得るであろう。
従つて、本件各写真コピーは、それが単に原本の写であるとの一事によつて、私文書偽造罪における文書性を否定さるべきではないのであつて、それ自体で原本との同一性が保証されるような写、換言すれば、原本と同一の意識内容を保有し、証明文書としてこれと同様の社会的機能と信用性を有するものと認められるか否か、が次に問われなければならないのである。
第三項 本件写真コピーの文書性
本件写真コピーの文書性を判断するに当つては、次の三点に留意する必要がある。すなわち、(一)写としての正確性を論ずるに際しては、まず、真正に作成されたコピーの場合を念頭に置き、偽造変造にかかるコピーについては二次的なものとして考察すること、(二)写としての正確性がどのような観点から要求されているかを明確に認識しておくこと、(三)私文書による取引等の当事者である一般通常人の認識を基礎とすべきこと、これである。
右(一)は、真正な写真コピーに対する公共的信用の保護を問題とする以上当然なことであり、当初から偽造、変造にかかる写真コピーを前提としていたのでは、その正確性を判断することは論外である。
そこで、真正な写真コピーを前提として考えれば、それは、「写ではあるが、複写した者の意識が介在する余地のない、機械的に正確な複写版であつて、紙質等の点を除けば、その内容のみならず筆跡、形状にいたるまで、原本と全く同じく正確に再現されている」(前示第二小法廷判決)ものと言えよう。第一項に指摘したように、写真コピーの正確性には、機械そのものの能力による限界があることは事実である。ここで、右(二)に指摘した正確性の要求される観点の認識が重要性を帯びて来る。たとえば、通貨偽造罪や有価証券偽造罪においては、写真コピー程度の再現力では、たかだか模造の問題を生じ得るに止まるであろうし、また、印影の真否を鑑定するような場合には、数次の再複写を経たような写真コピーは不適当である。しかし、ここでは、私文書偽造罪における文書性を論じているのであり、さきに指摘したとおり、そこで問題となるのは、作成名義人の表示する意思又は観念の伝達手段として、写作成者の認証行為をまつまでもなく、写それ自体として原本との同一性が保証されているとみられる程度の再現力を有するか否かということであり、色彩の再現力の有無や顕微鏡的誤差の存在は、これを捨象して妨げないものと言うべきである。むしろ、写それ自体が作成される経過が純粋に機械的であつて人為的な誤写の可能性が排除されているという性質が認められる限り、筆跡、形状に至るまで原本と合同又は相似であるということまでは必ずしも必要ではないとすら言えるのである(原本が作成名義人自身の手書きによるものである場合には、その筆跡、形状が再現されていることは、そこに表示されている意思又は観念が紛れもなく原本作成名義人自身のものであることを推認し易いが、つねにそれが必要である訳ではない。)。写真コピーの性質として、筆跡、形状に至るまで原本と全く同様に正確に再現されるということは、最小限の必要を充たしてなお余りある正確性が担保されていることを意味しているのである。
所論が、写は、それが写であることが明らかである限り(現在の技術水準においては、写真コピーも、一見して原本の写であることが明らかである。)原本の存在を証明する手段としての意義は有するが、他方、その限度に止まるのであつて、原本自体とは峻別されるべきであると強調するのは(山岡・四〇頁)、従来、文書偽造罪における文書性を論ずるに当り原本が重視されて来たのは、原本が原本なるが故に絶対的価値を有するからではなく、文書それ自体において作成名義人の意思又は観念を直接伝達保有するものとしては原本以外にあり得なかつたという歴史的事情に基づくものに過ぎないという視点を看過するものであつて、機械文化の発展により、写であつても、作成名義人の表示する意思又は観念の直接的伝達手段として原本と同様の効用を有するものの出現に対応し切れない議論と言うほかない。
そこで、痕跡を残さずして改ざん、合成が可能であるという写真コピーの特性をどのように評価すべきかの点について、次に考察する。
写真コピーを利用した偽造、変造事犯は決して少なくはないが、世上利用されている厖大な写真コピーの使用量からすれば、その極く僅少な部分を占めるに過ぎないことは言うまでもない。世上、真正な写真コピーが日常生活中に多用されればされるほど、それが前示のように機械的に正確な複写版であつて、原本の内容のみならず筆跡、形状に至るまで、原本と全く同じく正確に再現されるものであるとの観念が広く定着する。真正な写真コピーの属性についての観念は、不真正な写真コピーも真正なそれと外観上見分けがつかないという事情を通じて、真正、不真正を問わず写真コピー一般の属性として認識されるに至るのである。前示第二小法廷判決が、前記引用の「写ではあるが……原本と全く同じく正確に再現されている」との表現に引続き、「という外観をもち、また、一般にそのようなものとして信頼されるような性質のもの、換言すれば、これを見る者をして、同一内容の原本の存在を承認させるだけではなく、印章、署名を含む原本の内容についてまで、原本そのものに接した場合と同様に認識させる特色をもち、その作成者の意識内容でなく、原本作成者の意識内容が直接伝達保有されている文書とみうるようなもの」と判示しているのは、その間の消息を明らかにしているものと言うべきである。そして、合成、改ざんによる偽造、変造が痕跡を残すことなく可能であるとの特性は、写真コピーを利用した文書偽造、変造事犯の処理に当る者や写真コピーの作成に常時携わる者にとつてはよく知られた事実であるにせよ、写真コピーによる文書取引の当事者である一般通常人を基準とすれば(前記(三)参照)、必ずしも周知の事実とは言い難いのであるから、むしろ、その故に、一般通常人の写真コピーに寄せる公共的信用は一層強く保護されなければならないのである。恐らくは、団藤裁判官の指摘されるように、「一般社会においても、写真コピーの信用性に実は大きな限界があることが次第に認識されて来る」事態は早晩到来するものと思われるが、現時点においては、未だその域に達しているものとは認め難い。
これを本件の具体的場合に即してみるに、ボーイング社契約部長V・C・モア作成名義のレター・アグリーメント写一通(判示罪となるべき事実第一の二、昭和五四年押第一九一〇号の符号3)、BCAL特殊プロジエクト担当取締役D・H・ウオルター作成名義の仲介手数料支払確認書写二通(同第二の一の1、2、同押号の符号6、7、8)並びに右D・H・ウオルター及びアウストラル航空購買担当取締役ホセ・ガルシア作成名義の売買契約書写二通(同第二の一の3、4、同押号の符号6、7)は、いずれも被告人両名らにおいて判示認定どおりの目的、手段、方法により作成した写真コピーであつて、認証文言の記載はなく、その作成者も明示されていないが、あたかも右各署名者が取引上作成した各署名のある真正な文書を電子複写機で原形どおり(一九七五年五月一二日付契約書は縮小コピーにかかるもの)正確に複写した形式、外観等を有しており、見る者をして、同一内容の被写原本の存在を信用させるだけではなく、署名を含むその内容についてまで、直接的に被写原本そのものに接した場合と同様に認識させるものであるから、原本作成者と目される各署名者の意識内容が直接伝達保有されている文書と認めることができる。
本件各写真コピーは、日商岩井東京航空機部から交互計算処理申請にあたつて、「交互計算勘定貸借記許可申請書」に証憑書類として添付され、同社東京経理部海外経理課宛に提出されたものであるところ、日商岩井においては、日本銀行から事前包括許可を受けている交互計算決済の処理にあたつて、交互計算を行う原因行為又は取引を行つた関係部課から「交互計算勘定貸借記許可申請書」に取引等を証するため添付され、担当部課たる東京経理部海外経理課がそれに基づき申請内容が許可条件に合致するか否かを審査し、交互計算実施後同課において交互計算勘定貸借記許可書海外経理課控に編綴保管され、交互計算に関して外為法第六八条第一項に基づき実施される大蔵・通産両省職員による立入検査の際検査の対象ともなる、交互計算により決済された原因行為又は取引に関する証憑書類としては、社内経理規準等に則り、当該契約書等の写真コピーで足り、証憑書類の原本は関係部課自体が保管することとされていた(笹間賢一の検察官調書甲(一)62、63、64、75、162、165、有田長の検察官調書甲(一)65、前山三順の検察官調書甲(一)77、米山英治の検察官調書甲(一)163)のであり、本件各写真コピーも同様に取扱われ、海外経理課において通常の交互計算申請手続と何ら異なることなく異議なく証憑書類として受理され、所要の手続を経たうえ交互計算が行われ、その後同課で編綴、備え付けられていたものである。そして、海外経理課員としては写真コピーと同一内容の原本が、申請部課において保管され、存在していることを信用して、写真コピーであれば原本と同様であることを当然の前提として交互計算処理手続にあたつており、立入検査にあたる両省職員においても、他商社においては証憑書類として原本が提示される事例もあるにもかかわらず、日岩商井に対する立入検査の際は、海外経理課に備え付けられている証憑書類が写真コピーであるため、手書きの写類と異なり原本の存在及び原本との内容の同一性が担保されているとして、写真コピーを原本に代用して検査の対象としていたことが認められるのである。してみれば、本件写真コピーは、その実際の通用状況に鑑み、原本と同程度の社会的機能と信用性を有する文書であると解するのが相当である。
弁護人は、所論(一)(2)で本件各写真コピーは証憑書類の原本に代わるものとしてとりあえず使用されていたに過ぎず、必要のあるときは、直ちに原本を参照することが予定されていた旨主張するが、前叙のとおり、日商岩井内部においては、経理規準等の処理要領に基づき、海外経理課の審査、承認手続等はすべて写真コピーにより行われており、両省の立入検査も同課備え付けの写真コピーを対象として行われていたもので、原本の提示が要求されるのは、たまたま複写が鮮明を欠くことなどから写真コピー自体では、原本の内容が直ちに判明しない場合等に限られていたのであり、また、本件契約書写の如く、第三者間で作成された文書であるため、そもそも日商岩井に原本の存在するはずがないものについては必然的に写真コピーのみによること等を考慮すれば、本件各写真コピーはとりあえず使用されていたものではなく、本来的に原本に代わるものとして取扱われ、また、そのようなものとして通用し、原本同様の社会的機能を有していたものと解されるから、所論は理由なきことに帰するものである。
第四項 弁護人のその余の主張について
弁護人は、本件写真コピーに文書性を認め得るとしても、被告人山岡、同今村らの所為は、虚偽内容の私文書の作成(無形偽造)に過ぎず、現行刑法上不可罰である、仮に然らずとするも、その所為は権利義務に関する有印私文書ではなく、事実証明に関する無印私文書の偽造、行使に問擬さるべきである旨主張する。
右各主張は、有印性の点を除けば、相互に密接に関連しており、結局は、前二項で判断した点に関する弁護人の主張を前提とするものと言える。すなわち、本件写真コピーは、あくまで写に過ぎないから原本作成名義人作成名義の文書とみることはできないことを前提として、その作成名義人は写作成者である被告人山岡らである、被告人山岡らはその作成名義を偽つたものではないから本件は無形偽造に過ぎない、また、写の保有する意識内容は、原本作成者の意識内容と同一ではなく、写作成者の意識内容である写と同一内容の原本が存在する旨の観念の表示又はそのことを証明する旨の意思の表示であるから本件写真コピーは事実証明に関する私文書と目すべきであるとの論理構造を有するものの如くである。
既に説示した如く、本件写真コピーの保有する意識内容は原本作成者の意識内容そのものであると認めるのが相当であり、その意識内容は権利義務に関するものと認められるから、本件写真コピーは権利義務に関する私文書である。また、文書の作成名義人とは、文書の記載内容から理解されるその意識内容の主体であるところ、本件写真コピーの保有する意識内容は原本作成者の意識内容であるから、その作成名義人は原本作成者(本件の場合、真正な原本は存在せず、原本作成者も存在しないから、文書上に原本作成者として表示されている者を指す。)である。従つて、作成名義人と現実の作成者とが異る場合であるから、作成名義を偽つたものとして有形偽造に該るものと解するのが相当である。
なお、所論は、合成的方法により作成した写真コピーに、現実の作成者において「右は原本の写に相違ない。」又はこれと同趣旨の文言を記載して署名捺印した場合には、写作成者の作成名義にかかる事実証明に関する虚偽内容の私文書作成(無形偽造)として不可罰的と解されることとの対比において、被告人山岡らの所為も現行法上は不可罰的である旨主張する(山岡・四三頁以下)。しかし、所論設例の如き文書は、原本作成者作成名義の私文書と写作成者作成名義の私文書との複合文書であつて、後者の作成については所論のとおり不可罰的であるとしても、前者の作成については私文書の有形偽造として可罰的であると解するのが相当であるから、前者のみを作成した場合に該る被告人山岡らの所為を可罰的とすることとの間に、彼我権衡を失することはない。
次に、本件写真コピー上に顕出された原本作成名義人の各署名も複写の方法によつて顕出されたものであるところ、前示の如く写真コピーは、これを見る者をして、同一内容の原本の存在を承認させるだけではなく、印章、署名を含む原本の内容についてまで、原本そのものに接した場合と同様に認識させる特色をもつものであつて、写真コピー上に複写された印章、署名につきこれを写真コピーの保有する意識内容の場合と別異に解する理由はないから(この場合には、筆跡、形状まで有姿のまま再現されていることが重視される。)、本件各写真コピーは、いずれも原本作成名義人の署名のある私文書と解するのが相当である。
以上のとおり、各所論はいずれも理由がない。
第三節  議院証言法違反関係
第一款 認定事実に対する補足説明
第一項 「三〇万ドルがどこからきた金かということは全然わからなかつた」旨の陳述について
当裁判所は、右事項(被告人海部に対する昭和五四年五月一五日付起訴状記載の公訴事実一の一部)に関しては、被告人海部が参議院予算委員会(以下「予算委」という。)における証言当時自己の記憶に反しことさらに虚偽の陳述をしたことの証明が十分ではないものと認め、罪となるべき事実の認定から排除した。以下、その理由を述べる。
予算委員長町村金五作成名義の告発状(甲(一)79)添付の第八七回国会予算委会議録第一一号(昭和五四年三月一九日の証言を収録したもので、以下、「会議録」と略称する。)三頁によれば、熊谷弘委員の「いわゆるボーイング社から入つたよということで経理処理された表金にいたしましたところの三十万ドルは、一体どこから来た三十万ドルであつたのか……証人は何か御存じでしようか。」との質問に対し、被告人海部において公訴事実記載と同旨の「その三十万ドルがどこから参りましたということは、私は全然わかりませんでした。」との陳述をしていることが認められ、かつ、他の証拠に照らし右陳述内容が客観的事実に反することも明らかであるから、右陳述部分のみをとりあげて考察すれば、三〇万ドルの由来を一切知らないとする完全否定の趣旨であつて、まさに検察官指摘(論告要旨・五〇頁)のように、同被告人において三〇万ドルを含めたボーイング社関係の一〇五万ドルの財務処理について全く関係していないことを表現した極めて作為的、かつ、意図的な虚偽の陳述であるかの如く解される。しかしながら、証言の趣旨は、個々的な陳述部分に拘泥することなく、一個の証人尋問手続における陳述を全体として考察すべきものであるから、この見地からさらに同被告人の同一手続中での証言内容を見るに、前記陳述は、熊谷委員からの「この逮捕された方の被疑事実の中で、三十万ドルのいわゆるアンゴラ航空へ売り込みに関するものとして、……検察側の主張によればですね、にせ契約書に基づいて、裏金として銀行に置いてもらつたと三十万ドルの金が言われておるわけですけれども、この金と百五万ドルのお金とが何らかの関係があるわけですか。」との質問に対し、同被告人において「実は、はなはだ申しわけないのですが、そのアンゴラ航空というような名前は、……これはたしか二百三十八万ドルのうちの一部のお話だと思うのですけれども、一体どういうことになつているのだと聞きましたら、こういうことでこういう問題がありますということを、(中略)故島田常務から報告がございました。ですから、その三十万ドルといま先生のおつしやつた百五万ドルというのは、これは全然関係ないのじやないかと思います。」と答えたのに引続いてなされた問答であり(会議録三頁)、さらにその後この点につき確認を求めた久保亘委員との間で、問「先ほどアンゴラ航空の仲介手数料のにせ契約で引き出されて本社に送金された三十万ドルは、ボーイングの百五万ドルとは関係がない、これはいわゆるRF4Eの二百三十八万ドルのうちだと思うと、こうお答えになつておりますが、これは間違いございませんか。」、答「まあ実際にこの数字が、私自体も混乱しておりまして、何とかして思い出したいと思つておりますんですが、このアンゴラ航空の三十万ドルというのは、私は確かではございませんが、百五万ドルとは関係がないんじやないかと思つております」、問「そうすると、この三十万ドルは二百三十八万ドルの中の三十万ドルということでございますね。」、答「先生にちよつとお断り申し上げたいんですが、この三十万ドルが二百三十七万ドルか八万ドルの中の三十万ドルかどうか、こういうことにつきましては、私自身が非常に混乱しておりまして、……はつきり申し上げますと、きのうもいろいろ説明を聞いたんですけれども、まことに申しわけないんですが、私はちよつとわからないんです、内容が実は。」との問答が重ねられている(会議録六頁)ことが認められ、以上の同被告人の証言内容を全体として考察すると、要するにアンゴラ航空関連の仲介手数料という名目で入金処理された三〇万ドルがボーイング社からの一〇五万ドルに関するものか、あるいはマクダネル・ダグラス社からの二三八万ドルの一部であるのかについては、証言直前まで関係者から種々説明を聞いていたのであるが、現に証言をしているこの時点では同被告人自身混乱してしまい判然しないという趣旨に止まるものであり、前記陳述部分も、その表現はともかく、右と同趣旨以上に出るものではないと理解するのが相当である。
もつとも、前記陳述部分を右のごとき趣旨に理解するとしても、その陳述内容自体が虚偽であつて、同被告人において、証言当時も質問にかかる三〇万ドルがボーイング社からの一〇五万ドルに関係するものであることを判然認識しつつことさらに右の如き証言に及んだのであれば、偽証罪の成立を免れるに由ないものであるから、この点につきさらに検討を進めることとする。
同被告人は、当公判廷において、「自分は、もともと経理関係の処理、金の流れ等については詳しくないところ、事件発生以後改めて社内関係者から種々説明を聞き、予算委の証人喚問前には想定問答を読むなどして準備し、ボーイング社から受領した一〇五万ドルの残金四〇万ドルのうち三〇万ドルを交互計算で持つてきて航空機部の利益に計上したことを認識していたのであるが、予算委において右三〇万ドルについて質問された際には、当時同じような交互計算の方法で持つてきていたマグダネル・ダグラス社からの手数料に四〇万ドルか四五万ドルという同じような金額のものがあつたため、それとすつかり混同してしまい、完全に混乱していた」旨供述している。
ところで、前記会議録、伊藤行雄の昭和五四年五月一四日付検察官調書(甲(一)218)、佐伯敬之の検察官調書(甲(一)219)及び被告人山岡の昭和五四年五月一四日付検察官調書(乙62)並びに押収してある証人喚問関係水色フアイル一冊(前同押号の符号26)、同証人喚問関係茶色フアイル一冊(同符号27)、同「3/19/79 参予算委、Q・A」と題する袋一袋(同符号28)、同想定問答集等在中のフアイル一冊(同符号29)及び「職務権限その他」などと記載された想定問答集二綴(同符号30)を総合すれば、次のような諸事実が認められる。すなわち、
(一)  予算委の被告人海部に対する昭和五四年三月一九日の証人喚問に対処すべく、日商岩井内部で関係部課において右喚問の際に同被告人が証言すべき内容として検討、作成したいわゆる想定問答集の記載内容及びその後喚問までの間に、同被告人も含めた関係者間でなされた証言内容打ち合わせ検討会の席上での発言内容に照らすに、日商岩井関係者間では、同被告人において、証言の際、本件三〇万ドルがボーイング社関係の一〇五万ドルの一部であることを否認することは何ら予定されておらず、むしろ右の点を認めることを当然の前提としたうえでその後の証言内容が吟味されていること、
(二)  同被告人も想定問答集を十分検討し、それに基づき行われた右検討会にも出席協議しており、同被告人の前同日予算委における証言は、本件三〇万ドルに関するものを除けば、概ね右検討会で修正された想定問答集の内容に沿つたものであること、
(三)  東京航空機部ボーイング課課長代理辻野英朗の机中から押収された(甲(一)221捜索差押調書参照)前記符号28の袋中に在中し、その筆跡等からして同人において、同被告人の証言内容をテレビ等により視聴しつつ速記したものと認められる三四枚綴りの手書きメモには、前記証言部分についてのみ特に赤鉛筆で下線及び疑問符(「?」印)が書き込まれており、前記想定問答集の作成に関与し、検討会にも出席した同人としても事前の打ち合わせ内容に反した同被告人の予想外の証言に驚いている事情が窺われること
以上の諸事実が認められ、これに、本件三〇万ドルがボーイング社からの一〇五万ドルに関係するものであることは、当時既に相被告人山岡の逮捕被疑事実等から明らかにされており、ことさら秘匿する必要も、その意味もないものであるのみならず、前記証言のきつかけとなつた各委員からの質問も客観的な前提事実を一応確認する趣旨のものに過ぎず、そのことを認めたとしても、直接爾後の証言内容に波及する如き性質のものではなかつた点をも併せ考慮すれば、被告人海部の前記公判廷供述は、前記証言に及んだ事情の説明としては一応事理にかなつたものであつて、あながち否定できないものである。
検察官は、同被告人が事前に証人喚問に対応すべく周到な準備をしており、混同したと称する二三八万ドルのうちの四五万ドルは相被告人山岡の外為法違反の逮捕被疑事実とは全く関係がなく、本件三〇万ドルとはその保管状況等も異なるのであるから、被告人海部の弁解は措信できない旨主張する(論告要旨・四九頁以下)が、同被告人は、あらかじめ日商岩井内部において相被告人山岡の逮捕被疑事実をも含めて考慮したうえで証言内容を周到に準備していたからこそ、却つて三〇万ドルと四五万ドルとが同じく交互計算で日本に持ち込まれたというその入金経路の類似性に起因して混同を来たしたというものであるから、その主張は前記公判廷供述を否定する理由にはならないものと言わねばならない。
叙上の次第であつて、被告人海部の前記当公判廷供述の趣旨に照らせば、同被告人の前記証言については、ことさらに自己の認識・記憶に反する虚偽の陳述をしたとの証明が十分でないことに帰するが、右の点は単純一罪の一部であるから、主文において特に無罪の言渡をしない。
第二項 「三〇万ドルの外為関係の財務処理については山岡昭一が逮捕されるまで知らなかつた」旨の陳述について
被告人海部の弁護人は、同被告人が昭和五四年三月一九日の予算委において標記の如き陳述をした事実(会議録二頁参照)を認めながら、右陳述は、「外為関係の財務処理」と限定したうえでのものであるところ、同被告人としては実際に交互計算等については聞いた記憶がはつきりしなかつたのであるから、故意になされた虚偽の陳述ではない旨主張する。
しかしながら、前示のとおり(第一節第二款第一項参照)、同被告人において昭和五一年三月ころ島田らに対し三〇万ドルを含むキヨシ・ニシヤマ名義仮名口座残高について、交互計算により日本へ送らせるという外為関係の財務処理に了承を与えた事実が認められるうえ、前項摘示の関係証拠によれば、昭和五四年に至り本件発覚以降は、マスコミ・国会対策あるいは検察庁の捜査に対応する等の目的により、日商岩井内部において再三打ち合わせ、検討を行い、その際右三〇万ドルに関する外為関係財務処理についても相被告人山岡ら担当者からしばしば説明を受けている事跡が窺われるのみならず、同年三月七日には同社東京本社社長会議室において、被告人海部も含めた関係者多数出席のうえで検討会を開催し、席上担当者から三〇万ドルを交互計算勘定により日本へ送らせたこと、その点につき検察庁から外為法違反の容疑で関係者取調べがなされていること等が説明されていることが認められるのであり、以上によれば同被告人は三〇万ドルの外為関係の財務処理の詳細について、相被告人山岡が同月一四日逮捕される以前に知悉していたことが明らかである。そうだとすれば、「三〇万ドルの外為関係の財務処理については山岡昭一が逮捕されるまで知らなかつた」旨の被告人海部の証言が、同被告人の認識・記憶に反する虚偽の陳述であることは明らかであつて(なお、右証言は、第一項記載の証言と異なり、記憶に混乱を来たした状態でなされたものでなく、このことは前記会議録の該当部分の記載や同被告人の当公判廷における供述等に照らし、疑問の余地がない。)、所論はその前提において誤つており、理由なきものといわねばならない。
第二款 弁護人の法律上の主張に対する判断
第一項 本件告発の効力の及ぶ範囲
被告人海部の弁護人は、同被告人に対する昭和五四年五月一五日付起訴状記載の公訴事実中、いわゆる「海部メモ」に関し「巷間出回つている海部メモについては一切関知しない」旨虚偽の陳述をしたとの点は、予算委の告発事項に含まれておらず、従つて、検察官において、この点につき独自に捜査を遂げたうえ、これを訴因に含めることは許されない、と主張する(海部・八二頁以下。なお、所論に鑑み、本件公訴事実と予算委員長町村金五作成名義の告発状―甲(一)79―の記載内容とを対比すると、所論「海部メモ」に関する陳述以外の点に関しても、前者の中には後者に含まれていない若干の事項の存することが窺われるが、法律上の論点は同一に帰するので、これらの点も含めて一括して判断することとする。)。
所論が、議院証言法第八条所定の議院等(本件の具体的場合にあつては、予算委)による告発は訴訟条件に当るとの法解釈を前提とするものであることは明らかであるが、その前提自体は正当とすべきである(同旨、最高裁判所昭和二四年六月一日大法廷判決、刑集三巻七号九〇一頁)。
ところで、議院証言法第六条第一項所定の虚偽の陳述をする罪(以下、「偽証罪」という。)については、一個の宣誓に基づく同一証言手続内における一連の陳述はこれを包括して一つの全体として考察すべく、同一証言手続内に数個の虚偽陳述が含まれる場合であつても、単純一個の偽証罪の成立を見るに過ぎないものと解するのが相当である。従つて、本件の場合、昭和五四年三月一九日、同月三一日の各証言手続ごとに各一個の偽証罪が成立するに過ぎず、各証言手続中に数個の虚偽陳述が含まれていたとしても、その個数に応じた複数の偽証罪が成立すべき筋合ではない。
そして、「告発を待つて受理すべき事件」についての告発の効力は一罪の全部に及ぶとの原則(告発の客観的不可分の原則)は、議院証言法第八条所定の告発についてもひとしく妥当するものと解すべきであるから、本件各証言手続中における被告人海部の一連の陳述の一部につき予算委の告発が存する以上、その効力は所論「海部メモ」に関する虚偽陳述等、予算委の告発事項に含まれない点についても及ぶものと解するのが相当である。従つて、検察官においてこれらの点につき捜査を遂げ、一罪の一部として訴因に含めたことは適法であつて、何らの瑕疵を認め得ない。
弁護人は、この点に関し、予算委において「海部メモ」に関する陳述等が虚偽であると認める以上は議院証言法第八条本文により告発が義務付けられるにもかかわらず、敢てこれを告発事項に含めていないのは、これを「訴追を求める必要のある偽証」とは認めなかつたことを意味するものと解すべきであり、その動機が予算委自身、右事項が国政調査権行使の範囲を逸脱したものであることを自覚、反省したためであるか否かはさて措くとしても、国政調査権の実効担保という議院証言法の立法趣旨に鑑みるときは、予算委自ら「訴追を求める必要のある偽証」と認めなかつた点についてまで、検察官が独自の判断で捜査、訴追することは許されないとして、告発の客観的不可分の原則は議院証言法第八条所定の告発には適用すべきではないと論ずるものの如くであるが、かくの如きはもとより弁護人独自の法律解釈に立脚する見解にほかならず、にわかに左袒するを得ない。所論にいわゆる「訴追を求める必要のある偽証と認めなかつた」旨の技巧的表現はやや難解であるが、端的に一罪の一部につき「証拠上又は法令解釈上偽証と認めなかつた」趣旨であるとすれば、ことはすぐれて司法判断に属する事項であつて、調査権能を有するとはいえ犯罪捜査機関ではない議院等の判断を司法機関のそれに優先させるべき合理的根拠はなく(議院等が偽証の疑いありとして告発した事項であつても、捜査の結果公訴を提起するに足りる嫌疑が不十分であれば訴因に含めないことは当然考えられるし、その逆の場合も起り得る。)、また、「偽証の事実は認められるが、その点につき訴追を求める必要を認めなかつた」趣旨であるとすそれば、偽証容疑のある証人につきおよそ訴追を求めるか否かの全体的判断であるならば格別、特定の証人につき告発に踏み切つておきながら、一罪の一部である特定の事項について訴追を求める必要がないとする如き局部的判断についてまで、議院等の意思を絶対視しなければならない合理的根拠も見出し難い。そもそも、本件にあつては、所論「海部メモ」に関する虚偽陳述等は、単に告発事項に含まれていないというだけであつて、予算委において偽証の事実を認めながらその点につき特に訴追を求める必要がないとの判断を明示している訳ではないから、所論はこの点からしても既に前提を欠くこととなる(告発状によれば、告発事項に関しては、他の証人の陳述等によつて客観的に認められる事実との対比において被告人海部の陳述が虚偽であることを指摘しているのに対し、告発当時、予算委としては、所論「海部メモ」作成の真否等に関しては同被告人の陳述を虚偽であると断定するに足りる客観的資料が十分でなかつたことが推認される。)。
第二項 国政調査権行使の合法性、合憲性
第一目 総説
被告人海部の弁護人は、予算委における同被告人に対する判示偽証事実に関する尋問は、(一)予算委において行使し得る国政調査権の範囲を逸脱し、かつ、(二)検察庁における捜査が進行中の被疑事実と同一又はこれと密接に関連する事項に亘るものであつて、違法の疑いがあるのみならず、(三)供述拒否権の行使が事実上不可能な状況の下において同被告人に対し自己が刑事訴追を受けるおそれのある事項につき自白を強要するにひとしく、憲法第三八条第一項等に違反する疑いがあるものと主張する。
所論は、予算委における尋問に右(一)、(二)のような違法事由が存したとした場合において、何故に偽証罪の成立が妨げられることとなるのかにつき、何らの論拠をも提供していない。違法な尋問であるとすれば、これに対し陳述を拒否すれば足りるのであつて、そのことを以て証言拒否罪(議院証言法第七条第一項)に問い得ないとするのであれば、その論理はすこぶる明快であるが、陳述を拒否できる場合に進んで供述し、虚偽を述べたことが偽証罪を構成しないとするためには、単に尋問が違法であること以外に何らかの論理を必要とする。その意味で所論(一)、(二)は主張自体未完成と評するほかないのであるが、所論(三)において、供述拒否権の行使が事実上不可能であつたことも併せ主張しているので、そのこととの関連において、所論(一)、(二)の違法事由についても、個別に検討することとする。
第二目 国政調査権行使の範囲
所論は、憲法第六二条所定の国政調査権は、議院等に与えられた独立の権能ではなく、議会又は議院の憲法上の諸権能を有効適切に遂行するために必要な派生的、補助的権能であると解する(補助的権能説)のが一般であるところ、予算委の所管事項は「予算」のみであり(参議院規則第七四条第一三号)、被告人海部に対する証人尋問も、昭和五四年度総予算に関し、外国航空機(具体的には、グラマンE二C型機)購入予算問題につき同被告人から証言を求めようとしたものであるにもかかわらず、判示偽証事実に関する尋問は、いずれもこれとは何らの関わりもない数年前に購入決定されていたマクダネル・ダグラス社製のF四E型機、RF四E型機、ボーイング社製民間機B七四七SR型機及びいわゆる「海部メモ」に関する事項であり、昭和五四年度総予算の審議と無関係の査問的尋問と言うほかなく、その必要性・重要性・不可欠性の観点から国政調査権の範囲を越えるのではないかとの疑なきを得ない、と言うのである(海部・六二頁以下)。
たしかに、国政調査権は議院等に与えられた補助的権能と解するのが一般であつて、予算委における国政調査の範囲は、他に特別の議案の付託を受けない限り、本来の所管事項である予算審議に限定さるべきことは、所論指摘のとおりである。現に、予算委員長町村金五は、本件各証人尋問に先立ち、昭和五四年度総予算三案を一括して議題とし、同総予算に関し、外国航空機購入予算問題につき証人海部八郎君の証言を求める旨発言しているのであつて、所管外の議題につき証人を尋問しようとしたのではないのである。
一般に、一会計年度における国の財政行為の準則たる予算の性質上、その審議は実質的に国政の全般に亘ることは避けられず、これに資する目的で行われる国政調査権行使の範囲も同様の広がりをもつものと言い得るが、ここでは、特に「外国航空機購入予算問題につき」という限定が付されているので、その範囲内でことを論ずれば足りる。
当然のことながら、昭和五四年度総予算中の外国航空機購入予算問題の調査であるからと言つて、調査権行使の対象が昭和五四年度中の事項や購入予定の当該航空機に関する事項にのみ限定されるべきいわれはない。昭和五四年度の外国航空機購入予算問題の審議に必要又は有益と認められる事項である限り、過年度に発生した事項であろうと、当該航空機以外の事物(たとえば、外国政府が建造中の潜水艦)に関する事項であろうと、調査権行使の範囲外であるとは、一概に言い得ない。そして、如何なる事項が当該議案の審議上必要、有益であるかについては、議案の審議を付託されている議院等の自主的判断にまつのが相当であり、議案の審議に責を負わない司法機関としては、議院等の判断に重大かつ明白な過誤を発見しない限り、独自の価値判断に基づく異論をさしはさむことは慎しむのが相当である。
これを本件について見るに、被告人海部に対する判示偽証事実に関する各委員の発問につき、委員長において、調査の範囲外であるとしてこれを制限した事跡は何ら窺うに由ないところであるのみならず、却つて、予算委自ら、これらの事項に関する同被告人の偽証を放置し難いとして告発の議決に及んでいる一事を以てしても、予算委においてこれらの尋問が国政調査権行使の範囲を逸脱するものではないとの判断を当然の前提としていたことは明らかである。そして、昭和五四年度総予算において予定されているグラマンE二C型機の購入の可否を審議するについて、当該航空機の販売に関与する日商岩井が、過去における防衛庁に対する軍用機の売込みに関し、防衛庁に内密に外国航空機メーカーからオフイス・エクスペンス名下に多額の特別口銭を収受した事実の有無は、まさに直接の関心事であると言い得るし、過去における民間機の民間航空会社に対する売込みに際しての日商岩井の特異な商法であつてさえ、防衛庁に対し納入する航空機を取扱うべき商社としての適格性、同社の提示する売込条件についての信頼性等、広い意味で当面の課題であるE二C型機購入予算の採否に合理的関連性がないとは言い得ないのであるから、これらの質疑を当該予算審議に必要、有益であると認めた予算委の判断に重大かつ明白な過誤が存するものとは到底認められない。そうだとすれば、判示偽証事実に関する尋問事項が過年度のことに属し、かつ、E二C型機とは異る機種にかかわるものであることを理由に、国勢調査権行使の範囲を逸脱したものであるとする所論は、独自の法解釈に基づくものであつて採るを得ない。
第三目 検察権との並行調査
所論は、次に、偽証事項は、いわゆる「海部メモ」に関する点を除けば、いずれも本件証人尋問手続に先立ち、昭和五四年三月一四日に逮捕された相被告人山岡、同今村(いずれも被告人海部の部下)両名に対する被疑事実と同一又はこれと密接に関連する事項であり、両名に対する取調べの進捗に応じ、被告人海部も同一事項につき近々被疑者として検察庁の取調べを受けることが必至の情勢であつたのであるから、予算委としては、一応行政作用と考えられているにせよ司法権の独立に類する原理の要請されているところの「検察権の準司法的性格」を尊重し、国政調査権行使の限界をわきまえて、同被告人に対し右事項に関する証言を求めることは、宣しくこれを自制すべきであつた、と主張する(海部・六七頁以下)。
しかしながら、国政調査権の行使が、三権分立の見地から司法権独立の原則を侵害するおそれがあるものとして特別の配慮を要請されている裁判所の審理との並行調査の場合とは異り、行政作用に属する検察権の行使との並行調査は、原則的に許容されているものと解するのが一般であり、例外的に国政調査権行使の自制が要請されているのは、それがひいては司法権の独立ないし刑事司法の公正に触れる危険性があると認められる場合(たとえば、所論引用の如く、(イ)起訴、不起訴についての検察権の行使に政治的圧力を加えることが目的と考えられるような調査、(ロ)起訴事件に直接関連ある捜査及び公訴追行の内容を対象とする調査、(ハ)捜査の続行に重大な支障を来たすような方法をもつて行われる調査等がこれに該ると説く見解が有力である。)に限定される。本件調査が、右括弧内に例示した(イ)、(ロ)の場合に該当しないのはもとよりのこと、本件証人尋問の行われた時点においては未だ被告人海部に対する任意の取調すら開始されておらず、検察当局から予算委に対し捜査への支障を訴えた事跡も何ら窺われないのであるから、本件調査の方法が右(ハ)の場合に該るものとも言い得ない。本件国政調査権の行使は、適法な目的、方法をもつて行われたものと認むべきであつて、検察権の行使と並行したからと言つて、これが違法となるべき筋合のものではない。本所論も理由がない。
第四目 供述拒否権の侵害
第三に、所論は、予算委の質問事項は被告人海部が刑事上の訴追、処罰を受けるおそれのある事実(ボーイング社からの特別口銭一〇五万ドルに関連する三〇万ドルの交計送金に関しては、後日現に訴追されており、また、マクダネル・ダグラス社からのオフイス・エクスペンス二三八万ドル余に関しても、うち四五万ドルについては、やはり取引名目を変えて交計送金されている点において右三〇万ドルと軌を一にするのであるから、この件についても訴追を受けるおそれは存したものである。)に関するものであるところ、議院証言法第四条第一項は、民事訴訟法第二八〇条を援用して、かかる場合証人に証言拒絶権のあることを認めてはいるものの、民事訴訟法第二八二条所定の証言拒絶の理由の疏明を要求しているので、証人としては、証言を拒絶しようとすれば事実上自己の犯罪を認めることを余儀なくされるのであつて、これを避けようとすれば、結局は偽証罪の制裁の下で自己に不利益な供述を強要されることとならざるを得ず、かくては、憲法第三八条第一項、刑事訴訟法第一九八条第二項、第三一一条所定の人権保障規定は空文と化する、と主張する(海部・七〇頁以下)。
およそ公開の場において個人の犯罪容疑を摘発、追究することを唯一の目的として国政調査権を行使することが行過ぎであることは異論のないところであろうが、他の適法な目的で行われる国政調査がたまたま証人等の訴追、処罰を招来するような事項に及び得ることは、国政調査の性質上むしろ当然のこととして予定され、それ故にこそ議院証言法第四条の規定が置かれているのである。所論の如く、およそ証人の訴追、処罰を招くおそれのある事項に関しては、議院等において証言を求めることは一切許されない(同・七二頁)と言うのでは、同条の存在理由を説明できないこととなる。
所論は、同条第二項が民事訴訟法第二八二条(証言拒絶の理由の疏明)を準用していることを論難するが、理由のない供述拒否権の行使によつて国政調査の実効が阻害されることを防止するためには、証言拒否の事由のあることを示し(刑事訴訟規則第一二二条)又はその理由を疏明(民事訴訟法第二八二条)すべきものとすることは蓋し止むを得ないところであり、かかる規定を設けたからといつて直ちに憲法第三八条第一項所定の自己負罪禁止の保障を侵害するものとは言い得ない(疏明の方法として、証人自身による口頭疏明も認められる以上、「事由を示す」ことと、「理由を疏明する」こととの間には、実質的差異は認められない。)。そして、疏明を要するのは、証言拒絶の理由の存すること、すなわち、自己が訴追、処罰を受けるおそれのあること(無実の者であつても、その「おそれ」がないとは言えない。)で足りるのであるから、弁護人の極論するように、疏明が直ちに自己の犯罪の自認に結び付く結果を生ずるものとは言い得ない。所論は、日商岩井代表取締役副社長の地位に在つた当時の被告人海部としては、疏明することによつて会社の信用を傷つけ、特定の政治家に迷惑をかけるような事態も容易に予測される状況の下では、証言を拒絶することは実質的に極めて困難であつたとも主張するが(同・八一頁)、前示のとおり、そのような事態を招来しないような方法による疏明も十分可能と考えられるから、所論は前提を欠く。同被告人が、事実上憲法に定められた特権を行使できないような追いつめられた状況下に置かれていたものでないことは、現に、同被告人が本件各証人尋問手続の冒頭において予算委員長からその都度詳細な証言拒絶権の告知を受け、その趣旨を十分理解したうえで証言に臨み、各委員から相被告人山岡、同今村両名の逮捕事実に関する責任の有無を問われた際には、現在司直の手で調査が進んでいるので回答を差し控えたい旨、実質的に証言拒絶権を行使するものと認められる陳述すらしており、各委員もこれを諒としてそれ以上の追究を控えている事跡に照らしても、容易に肯認できるところであるから、所論のように、事実上供述拒否権の行使が不可能な状況の下で自己に不利益な供述を強要されたものとは認められない。所論は、採るを得ない。
第四節  業務上横領罪関係
被告人山岡に対する昭和五四年四月二八日付起訴状記載の公訴事実中別紙一覧表番号15の事実(以下、本節において「本件公訴事実」という。)は、要するに、同被告人は同記載の日時場所において、被告人がシアトル・フアースト銀行のシヨー・ヤマオカ名義当座預金口座を管理することにより日商岩井のため業務上預り保管していたP・S・A等からの口銭一万四二四二ドル五一セントを、同額面の小切手一通を振出し、同口座から引出し横領したというのである。
当裁判所は、右金額のうち、五三〇六ドル一一セントについては、同被告人がこれを日商岩井のため業務上預り保管していたことの証明が十分でないものと判断し、これを控除した残額八九三六ドル四〇セントについてのみ、業務上横領罪の成立を認定した。以下、その理由を述べる。
本件公訴事実記載の一万四二四二ドル五一セントは、同被告人が前記日時にシヨー・ヤマオカ口座から預金全額を引出して同口座を閉鎖しようとした時点における同口座預金総残高である。
しかし、この中には、P・S・A等から日商岩井に対して支払われた口銭として、同被告人においてこれを日商岩井のため業務上預り保管していたと認められない金額が混入している可能性があるものと認められる。
すなわち、同口座は、もともと同被告人の個人口座であつたものに前記P・S・A等からの口銭を併せ振込み、日商岩井の簿外仮名口座としても利用するようになつたものであつて、P・S・A等口銭入金開始直前の昭和四八年四月末現在、同被告人の個人預金残高五〇〇ドル一一セントが既に存していたほか、同口銭入金開始後に同口座に入金した同年六月一八日の二四三ドル、同四九年三月七日の六三ドル、同五〇年九月八日の一〇〇〇ドル、同年一二月一日の三五〇〇ドルについては、これをP・S・A等からの口銭の入金であると認めるに足りる資料がなく、同被告人個人資金の入金と認めざるを得ない。その総額は、当初残高を含め、五三〇六ドル一一セントである(乙43、45、46、符号10参照)。
同被告人は、本件業務上横領行為として訴追されている以外にも、同口座から個人的用途等のための引出しをしているのであるが、右個人的引出しの結果右五三〇六ドル一一セントが全額引出され、最終残高一万四二四二ドル五一セントの中に全く残存していなかつたものと断定することはできない。
しからば、右五三〇六ドル一一セントの全部又は一部が、本件公訴事実以外の同被告人の業務上横領行為(前記別紙一覧表番号1ないし14の所為。右についてはすべて起訴状記載のとおりの犯罪の成立が肯認された。)によつて、同口座から引出されたものと認むべき余地はないかが、次に問われなければならない。思うに、他人の所有に属すべき物と自己の所有に属すべき物とが不可分一体の財物を構成している場合(たとえば、分割前の共有物)において、これを占有保管する者がほしいままに自己に領得するときは、当該財物全体について横領罪の成立を認むべきである。一個の預金口座に、会社の簿外資金と被告人の個人資金とが交々振込まれ、その総体が一個の預金残高を構成している場合において、個人的用途に充てるため順次これを引出したときには、振込まれた会社資金と個人資金の各総額はこれを計算上明らかにすることは可能であるが、個々の出金につき、それがいずれの資金からの出金であるかを確定することは不可能である(これは、集金人が他人のため集金した現金と自己所有の現金とを混合保管し、その中から自己の用途に費消した場合と類型を異にする。右設例において出金した現金がいずれから出されたものであるかを特定し得ないとしても、それは単に立証不可能というに止まるが、本文のような場合は、立証の問題を超えて、理論上特定不可能なのである。)。かかる場合には、管理保管にかかる預金残高全体を不可分一体のものとして、引出し額全部について横領罪の成立を認めざるを得ない(もつとも、ある引出し行為の時点において、それまでの引出額の累計がそれまでに預入れられた会社資金の累計額を上廻るときは、少くともその超過分は個人資金からの出金であると認むべき余地があるが、本件各引出し行為に関しては、どの時点においても、かかる事態を招来していないことが計数上明らかである。)。そうだとすれば、前記別紙一覧表番号1ないし14の所為については、それぞれの引出し額全部につき会社資金の横領を認めるのが相当であり(それは、各行為当時における同被告人の認識とも合致している。)、従つて、その中に個人資金五三〇六ドル一一セントの全部又は一部が混入されていたものとして取扱うことは相当でない。
叙上の次第であるから、前記シヨー・ヤマオカ口座には同被告人の個人資金五三〇六ドル一一セントが振り込まれていたものであり、訴因とされあるいは訴因外とされた各引出し行為によつて、その全部又は一部が引出されたものと確定し得ない以上、最終残高一万四二四二ドル五一セントの中にそれが全額含まれていた可能性があり、残高全部につきこれを同被告人がP・S・A等からの口銭として日商岩井のため業務上預り保管していたと認めるには、なお合理的疑いが残ることとなる。そして、会社資金と同被告人の個人資金とは、もともとその数額を算定することは可能だつたのであり、口座継続中の個々の引出し行為については預金残高全体を不可分一体のものとして扱わざるを得なかつたにせよ、最終残高全部を引出した時点においては、計数上明らかである区分に従いこれを分割して扱うことが可能となり、可分性が回復されるものと言うべきであるから、横領金額の認定に当つては、個人資金であることの合理的疑いの存する部分については、これを控除するのが相当である。
よつて、本件公訴事実については、起訴金額一万四二四二ドル五一セントから五三〇六ドル一一セントを控除した残高八九三六ドル四〇セントについてのみ、業務上横領罪の成立を認定した次第である。
第四章  法令の適用
一  罰条及び刑種の選択
1  被告人海部八郎
(判示罪となるべき事実第一の一の所為)刑法第六〇条、外為法第七三条、第七〇条第七号、第二七条第一項第四号(懲役刑選択)
(判示罪となるべき事実第三の各所為)各議院証言法第六条第一項
2  被告人山岡昭一
(判示罪となるべき事実第一の一の所為)刑法第六〇条、外為法第七三条、第七〇条第七号、第二七条第一項第四号(懲役刑選択)
(判示罪となるべき事実第一の二及び第二の各所為)
(有印私文書偽造の点)各刑法第六〇条、第一五九条第一項
(偽造有印私文書行使の点)各刑法第六〇条、第一六一条第一項、第一五九条第一項
(判示罪となるべき事実第四の各所為)各刑法第二五三条
3  被告人今村雄二郎
(判示罪となるべき事実第二の各所為)
(有印私文書偽造の点)各刑法第六〇条、第一五九条第一項
(偽造有印私文書行使の点)各刑法第六〇条、第一六一条第一項、第一五九条第一項
二  科刑上一罪の処理
1  被告人山岡昭一
(判示罪となるべき事実第一の二の有印私文書偽造、同行使)刑法第五四条第一項後段、第一〇条(一罪として犯情重いと認める偽造有印私文書行使罪の刑を以て処断)
(判示罪となるべき事実第二の各有印私文書偽造、同一括行使)刑法第五四条第一項前段、後段、第一〇条(一罪として犯情最も重いと認める偽造有印私文書行使罪の刑を以て処断)
2  被告人今村雄二郎
(各有印私文書偽造、同一括行使)刑法第五四条第一項前段、後段、第一〇条(一罪として犯情最も重いと認める偽造有印私文書行使罪の刑を以て処断)
三  併合罪の処理
1  被告人海部八郎
刑法第四五条前段、第四七条本文、第一〇条(刑及び犯情最も重いと認める判示罪となるべき事実第三の一の罪の刑に法定の加重)
2  被告人山岡昭一
刑法第四五条前段、第四七条本文、第一〇条(刑及び犯情最も重いと認める判示罪となるべき事実第四別紙犯行一覧表番号1の罪の刑(但し、短期は判示罪となるべき事実第二の罪の刑のそれによる。)に法定の加重)
四  刑の執行猶予
各被告人 各刑法第二五条第一項
第五章  量刑の事情
被告人海部の判示各所為中議院証言法違反の点は、会社を挙げての周到綿密な想定問答作りに象徴される如く、極めて計画的犯行であるうえ、参議院予算委員会における外国航空機購入に関する予算審議に関し、過去の外国航空機輸入時における日商岩井の商社活動にまつわる疑惑の核心に触れる重要な尋問事項に対し敢行されたものであつて、国会の重要な権能である国政調査権の行使を阻害したものであり、会社の信用保持、一部政治家に対する配慮という動機もあつたにせよ、自己の責任を部下の者ことに不幸な死を遂げた島田に転嫁しようとする姿勢が随所に窺われ、また、外為法違反の点は、その行為自体は確かに裏の預金を表に出す行為には相違ないとしても、その動機は、ロツキード事件の発覚に端を発する米国証券取引委員会等による追究を惧れ、不正な裏経理の発覚を未然に防止しようとする意図に出たものであり、単に表の経理に移すだけでなく、これに便乗して東京航空機部の利益の増加を図る目的から交計処理という方法を選んだものであつて、遡つて言えば、航空機売込みに関し、公表経理できないような多額の簿外支出の原因となる商法に頼つたことに、その遠因が胚胎しているものと言えるのである。かく考えるときは、被告人海部の刑責はまことに重大としなければならない。
しかし、他方、議院証言法違反に関して言えば、自ら招いた結果であるとはいえ、過去の行過ぎた商法の一端に触れる陳述をするときは、全国民注視の中で次々に厳しい糺問的尋問にさらされ、会社の信用や一部政治家の名誉に関わる事項についても証言せざるを得ない事態に追い込まれることが必至の情勢であれば、現役の代表取締役副社長の地位にあつた被告人海部としては、極力これを回避したい心情に駆られたとしても無理からぬところであり、また、外為法違反に関しても、被告人自身は実行行為に関与しておらず、営業の最高責任者としての立場上島田らの提案を了承したことが共謀共同正犯の責任を問われるに至つたものであることは、同被告人の有利に斟酌すべきであり、さらに、一般的情状として、総合商社の世界的規模に亘る活動は、時に行過ぎがあつたにせよ、戦後我国の経済発展に多大の寄与をしたことは争えない事実であり、多年に亘りその尖兵として身命を賭して努力して来た同被告人の功績にはそれなりの評価をして然るべきものと思われ、その他弁護人の指摘する被告人に有利な諸事情についても、量刑上考慮を要するものと言うべきである。
被告人山岡の外為法違反の所為に関しては、被告人海部について述べたところがそのまま当てはまるほか、被告人山岡は、その実行行為及びこれに附随して敢行した有印私文書偽造、同行使の犯行に関しても、主導的役割を果したものであることを付加する必要がある。そして、何よりも指弾されなくてはならないのは、被告人らの他の犯行がすべて会社の業務遂行に関連して敢行されているのに対し、被告人山岡の業務上横領の所為は、個人的利欲の追求に向けられていた点であり、業務上保管していたのが会社の裏預金であつて容易に発覚しないことを奇貨とし、長期かつ多数回に亘り多額の金員を横領したことは、その一部に会社の簿外支出に充てられたものがあるとは言え、やはり弁解の余地のない所業と言うべきである。
他方、被告人山岡が自己の犯行を悔悟し、横領の点については会社と示談を遂げ、横領金額の大半を既に弁償ずみである事実、その他弁護人指摘の一般的情状は同被告人の有利に斟酌すべきである。
被告人今村の有印私文書偽造、同行使の所為は、上司である相被告人山岡の指示に従つて、立場上敢行したものであるとはいえ、その実行行為を担当し、自ら、虚為内容の原稿を起案する等の積極的役割を果している点、犯情軽からざるものがあるが、改悛の情顕著と認められ、会社もまた被告人今村の事情に理解を示し、その将来性に期待して社内に留めおく処置に出ている点は、同被告人に有利な情状と認められる。
被告人ら三名については、以上の諸般の事情を考慮し、主文第一項掲記の各懲役刑を科すとともに、被告人らに有利な事情として右に指摘した点、被告人らは既に十分な社会的制裁を受けているものと考えられ、将来再犯のおそれもないと認められる点を斟酌し、被告人らに対し、主文第二項掲記の各期間、右刑の執行をいずれも猶予するのが相当であると認め、主文のとおり判決する。
(裁判官 半谷恭一 須田賢 井上弘通)

 

別表一 日商岩井(東京)航空機部組織機構及び構成員(本文第一章第一節第一款第一項関係)〈省略〉

別表二 シヨー・ヤマオカ名義当座預金口座入出金状況一覧表(本文第一章第五節第二款第二項関係)

番号 年月日
(昭和、ころ)
入金額(米ドル・セント)
(前記K表記載の各犯罪事実の場合、それまでのP・S・A等からの入金額累計から引出額累計を引いたものを示す。)
出金額(米ドル・セント) 明細(入金先)
(前記K表記載の各犯罪事実の場合、同表番号を示す。)

1 48・4・29 五〇〇・一一   預金残高
2 〃5・10 八、〇〇〇・〇〇   島田を介してP・S・Aから
3 〃〃11   七、四〇〇・〇〇
4 〃〃22 五、二九五・一五   P・S・Aから
5 〃6・18 二四三・〇〇
6 〃〃22 六、三八四・四六   P・S・Aから
7 〃7・9   九・三五
8 〃〃9   五六・七四
9 〃〃10   二二二・七〇
10 〃〃16   一四二・二〇
11 〃〃23 六、三八四・四六   P・S・Aから
12 〃8・24   一〇、〇〇〇・〇〇
13 〃9・5   六・〇〇
14 48・9・20   四・一八
15 〃〃21 二、四三四・九七   P・S・Aから
16 〃10・5   六・〇〇
17 〃〃11 六、三八四・四六   P・S・Aから
18 〃〃23 三、六一一・六五   P・S・Aから
19 〃11・21 三、六一一・六五   P・S・Aから
20 〃〃21   二一八・〇〇
21 〃〃29   九〇・〇〇
22 〃〃29   一〇〇・〇〇
23 〃12・7   一〇〇・〇〇
24 〃〃7   一一〇・〇〇
25 〃〃12   二〇・〇〇
26 〃〃13   二〇、〇〇〇・〇〇
27 〃〃20 三、六一一・六五   P・S・Aから
28 49・1・21 三、六一一・六五   P・S・Aから
29 〃〃30 三、六一一・六五   P・S・Aから
30 〃3・7 六三・〇〇
31 〃〃15   一一〇・〇〇

32 49・3・21 三、六一一・六五   P・S・Aから
33 〃〃27   一〇〇・〇〇
34 〃7・19   一、〇〇〇・〇〇
35 〃9・4 六、八〇二・八四   P・S・Aから
36 〃11・13 (二三、六六一・〇七) 二〇、〇〇〇・〇〇 番号1
37 〃〃26 一三、七六二・一四   ジエツトエアー社から
38 〃12・20 一三、七六二・一四   ジエツトエアー社から
39 50・1・20 一〇、四八五・四四   ジエツトエアー社から
40 〃〃29   三、五九六・九八
41 〃〃29 (三八、〇七三・八一) 五、〇〇〇・〇〇 番号2
42 〃〃31   一八七・四三
43 〃2・11 (三二、八八六・三八) 五、〇〇〇・〇〇 番号3
44 〃〃21 一〇、四八五・四四   ジエツトエアー社から
45 〃3・21 三、六九〇・七八   ジエツトエアー社から
46 〃〃25   一一・〇〇
47 〃4・18 (四二、〇五一・六〇) 五、〇〇〇・〇〇 番号4
48 〃〃21 五、〇〇七・二八   ジエツトエアー社から
49 〃5・21   三〇〇・〇〇
50 50・6・5 五、三二七・一八   ジエツトエアー社から
51 〃〃6   二、〇〇〇・〇〇
52 〃〃12 (四五、〇八六・〇六) 五、〇〇〇・〇〇 番号5
53 〃〃16   七九・二〇
54 〃〃27 四、八六六・九九   ジエツトエアー社から
55 〃7・1 (四四、八七三・八五) 五、〇〇〇・〇〇 番号6
56 〃〃22 五、〇九七・〇九   ジエツトエアー社から
57 〃8・21 五、〇九七・〇九   ジエツトエアー社から
58 〃9・8 一、〇〇〇・〇〇
59 〃〃11 (五〇、〇六八・〇三) 五、〇〇〇・〇〇 番号7
60 〃〃23 五、〇九七・〇九   ジエツトエアー社から
61 〃〃30   一五・〇〇
62 〃10・10 (五〇、一五〇・一二) 五、〇〇〇・〇〇 番号8
63 〃〃13   六、〇四〇・二七
64 〃〃22 五、〇九七・〇九   ジエツトエアー社から
65 〃11・24 三、一四三・二〇   ジエツトエアー社から
66 〃〃25 (四七、三五〇・一四) 五、〇〇〇・〇〇 番号9
67 〃〃26   二、三一〇・〇〇
68 50・12・1 三、五〇〇・〇〇
69 〃〃9 (四〇、〇四〇・一四) 五、〇〇〇・〇〇 番号10
70 〃〃11   一〇、〇〇〇・〇〇
71 〃〃31 四二四・七六   ジエツトエアー社から
72 51・1・28 (二五、四六四・九〇) 五、〇〇〇・〇〇 番号11
73 〃2・9   六・五〇
74 〃〃12 (二〇、四五八・四〇) 五、〇〇〇・〇〇 番号12
75 〃〃17   一一・〇〇
76 〃〃26 (一五、四四七・四〇) 五、〇〇〇・〇〇 番号13
77 〃4・22   一一・〇〇
78 〃6・24 (一〇、四三六・四〇 一、五〇〇・〇〇 番号14
79 〃9・2 (八、九三六・四〇) 一四、二四二・五一 番号15
P・S・A等からの入金額合計 一五四、六九九・九五

 

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