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政治と選挙Q&A「屋外広告物法 ポスター貼り(掲示交渉)代行」に関する裁判例(11)平成24年12月 7日 静岡地裁 平19(ワ)1624号・平20(ワ)691号 損害賠償請求(第一事件)、保険金請求(第二事件)事件

政治と選挙Q&A「屋外広告物法 ポスター貼り(掲示交渉)代行」に関する裁判例(11)平成24年12月 7日 静岡地裁 平19(ワ)1624号・平20(ワ)691号 損害賠償請求(第一事件)、保険金請求(第二事件)事件

裁判年月日  平成24年12月 7日  裁判所名  静岡地裁  裁判区分  判決
事件番号  平19(ワ)1624号・平20(ワ)691号
事件名  損害賠償請求(第一事件)、保険金請求(第二事件)事件
裁判結果  第一事件一部認容、第二事件請求棄却  上訴等  控訴  文献番号  2012WLJPCA12076002

要旨
◆原告が、建築主として建築・販売した本件マンションにつき、耐震強度不足が発覚し、買主からの全戸買取りを余儀なくされたところ、耐震強度不足の原因が構造計算書及び構造図の誤りにある等と主張して、本件建物の建築確認を行った建築主事の所属する被告市、原告が本件建物の設計業務を委託した訴外会社の取締役である被告Y1ら、訴外会社が設計業務のうち構造設計業務を委託した被告Y2研究所及びその取締役である被告Y3並びに原告が本件建物の施工を依頼した被告Y4建設に対し、それぞれ損害賠償の連帯支払を請求した(第一事件)事案において、本件マンションの構造計算書及び構造図の誤りを認定した上で、被告Y1ら、被告Y2研究所及び被告Y3の不法行為責任等を認定し、また、被告市の国賠責任を認定する一方、原告の代理で建築確認申請をした被告Y1らの過失の程度から、被告市との関係では原告に3割の過失があるとした事例
◆被告Y2研究所が社団法人日本建築士事務所協会連合会を保険契約者とし、被告保険会社を引受幹事保険会社とする建築士事務所賠償責任保険に加入していたことから、原告が、被告保険会社に対し、上記保険金請求権に設定した質権に基づき、保険金の支払を求めた(第二事件)事案において、建築物の耐震強度の不足は物理的な損傷に当らないから、本件建物には、損害の填補の条件とされる「滅失またはき損」が発生していない等として、原告の請求を棄却した事例

裁判経過
上告審 平成27年10月27日 最高裁第三小法廷 決定 平26(オ)1385号・平26(受)1787号
上告審 平成27年10月27日 最高裁第三小法廷 決定 平26(オ)1386号・平26(受)1788号
控訴審 平成26年 5月15日 東京高裁 判決 平25(ネ)395号・平25(ネ)3607号 保険金請求、損害賠償請求控訴事件、損害賠償請求附帯控訴事件

出典
判時 2173号62頁

参照条文
国家賠償法1条1項
民法709条
民法719条1項前段
会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律25条
有限会社法32条(平17法87改正前)
商法78条2項(平17法87改正前)
民法44条1項(平18法50改正前)
裁判官
足立哲 (アダチアキラ) 第38期 現所属 東京高等裁判所(部総括)
平成30年8月30日 ~ 東京高等裁判所(部総括)
平成29年1月27日 ~ 新潟地方裁判所(所長)
平成26年11月3日 ~ 東京地方裁判所、東京簡易裁判所司法行政掌理者
平成25年8月1日 ~ 東京地方裁判所(部総括)
平成22年12月8日 ~ 平成25年7月31日 静岡地方裁判所(部総括)、静岡家庭裁判所(部総括)
平成20年4月1日 ~ 平成22年12月7日 東京高等裁判所
平成19年4月1日 ~ 平成20年3月31日 検事(法務省大臣官房行政訟務課長)
~ 平成19年3月31日 法務省大臣官房財産訟務管理官
平成15年3月25日 ~ 東京地方裁判所
平成11年4月1日 ~ 平成15年3月24日 鳥取地方裁判所米子支部(支部長)、鳥取家庭裁判所米子支部(支部長)
平成9年4月1日 ~ 平成11年3月31日 東京地方裁判所
平成3年3月28日 ~ 東京地方裁判所
~ 平成3年3月27日 静岡地方裁判所、静岡家庭裁判所

増田吉則 (マスダヨシノリ) 第48期 現所属 広島家庭裁判所
平成28年4月1日 ~ 広島家庭裁判所
平成25年4月1日 ~ 千葉地方裁判所佐倉支部、千葉家庭裁判所佐倉支部
平成22年4月1日 ~ 平成25年3月31日 静岡地方裁判所、静岡家庭裁判所
平成19年4月1日 ~ 平成22年3月31日 名古屋家庭裁判所岡崎支部、名古屋地方裁判所岡崎支部
平成16年4月1日 ~ 平成19年3月31日 東京地方裁判所
平成13年4月1日 ~ 平成16年3月31日 山形家庭裁判所鶴岡支部、山形地方裁判所鶴岡支部
平成12年4月1日 ~ 平成13年3月31日 横浜地方裁判所
平成10年4月1日 ~ 平成12年3月31日 横浜家庭裁判所、横浜地方裁判所
平成8年4月2日 ~ 平成10年3月31日 岡山地方裁判所

加藤優治 (カトウユウジ) 第63期 現所属 京都地方裁判所、京都家庭裁判所
平成30年4月1日 ~ 京都地方裁判所、京都家庭裁判所
平成28年4月1日 ~ 名古屋家庭裁判所岡崎支部、名古屋地方裁判所岡崎支部
平成26年3月25日 ~ 名古屋地方裁判所事務官
平成23年1月16日 ~ 静岡地方裁判所

訴訟代理人
原告側訴訟代理人
松尾栄蔵,上山孝紀,髙野大滋郎,中山茂,髙橋俊介

被告側訴訟代理人
興津哲雄,渡邊高秀,杉田直樹,牧田晃子,中村光央,大瀧友輔,永野海,松井秀樹,川俣尚高,澤口実,大宮立

引用判例
平成19年 7月 6日 最高裁第二小法廷 判決 平17(受)702号 損害賠償請求事件
平成13年 3月13日 最高裁第三小法廷 判決 平10(受)168号 損害賠償請求事件
昭和57年 9月28日 最高裁第三小法廷 判決 昭55(オ)188号 損害賠償請求事件
昭和44年11月26日 最高裁大法廷 判決 昭39(オ)1175号 損害賠償請求事件
昭和38年 5月21日 最高裁第三小法廷 判決 昭35(オ)549号 請求異議事件

関連判例
平成24年 2月28日 東京高裁 判決 平23(ネ)3653号 損害賠償請求控訴事件
平成24年 1月31日 横浜地裁 判決 平21(ワ)4065号 損害賠償請求事件
平成23年 3月30日 東京地裁 判決 平20(ワ)3811号 損害賠償請求事件
平成22年10月29日 名古屋高裁 判決 平21(ネ)312号 損害賠償請求控訴、同附帯控訴事件
平成21年 2月24日 名古屋地裁 判決 平18(ワ)503号 損害賠償請求事件 〔耐震偽装ホテル訴訟〕

Westlaw作成目次

主文
一 被告Y1、被告Y6、被告Y7…
二 被告静岡市は、原告に対し、第…
三 原告の被告Y1、被告Y6、被…
四 原告の被告Y4建設及び被告Y…
五 第一事件に係る訴訟費用は、こ…
六 第二事件に係る訴訟費用は、原…
七 この判決は、第一項及び第二項…
事実及び理由
第一 当事者の求める裁判
一 第一事件
(1) 第一事件被告らは、原告に対し…
(2) 訴訟費用は、第一事件被告らの…
(3) 仮執行宣言
二 第二事件
(1) 被告Y5保険は、原告に対し、…
(2) 訴訟費用は、被告Y5保険の負…
(3) 仮執行宣言
第二 事案の概要
一 前提事実(争いのない事実並び…
(1) 当事者
(2) 原告は、静岡市内に分譲マンシ…
(3) b設計は、平成一四年一月上旬…
(4) 被告Y7は、平成一四年一月こ…
(5) 被告Y6及び被告Y7は、同月…
(6) 原告は、同年二月ころ、b設計…
(7) 本件建物について、中高層建築…
(8) 被告Y3は、同年三月八日の時…
(9) 同月一一日、上記構造計算書及…
(10) 本件申請後、被告静岡市から、…
(11) 被告静岡市の建築主事は、同年…
(12) 原告は、同日付けで、被告Y4…
(13) 同年五月、上記構造図を含む設…
(14) いわゆる○○事件等の一連の耐…
(15) 原告は、株式会社c建築事務所…
(16) 原告は、同年六月ころ、株式会…
(17) 原告は、同年七月一〇日、被告…
(18) ア 被告Y2研究所は、保険契…
二 争点
(1) 被告静岡市関係
(2) 被告Y3ら関係
(3) 被告Y1ら関係
(4) 被告Y4建設関係
(5) 損害の発生及びその額並びに第…
(6) 第一事件被告らの連帯債務とな…
(7) ア 本件建物に「滅失またはき…
三 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(被告静岡市関係)…
(2) 争点(2)(被告Y3ら関係)…
(3) 争点(3)(被告Y1ら関係)…
(4) 争点(4)(被告Y4建設関係…
(5) 争点(5)(損害の発生及びそ…
(6) 争点(6)(第一事件被告らの…
(7) 争点(7)(被告Y5保険関係…
第三 当裁判所の判断
一 前提事実並びに証拠〈省略〉に…
(1) b設計と被告Y2研究所との関係
(2) 本件建物の設計及び建築
(3) 杭頭接合部補強筋の本数
(4) 本件建物の耐震強度不足の発覚…
二 (1) 建物の建築に携わる設…
(1) 建物の建築に携わる設計者、施…
(2) ア 被告Y3が不法行為責任を…
(3) ア 被告Y7及び被告Y6が不…
(4) ア 被告Y1及び被告Y6が旧…
(5) ア 被告静岡市が国家賠償法上…
(6) ア 被告Y4建設が不法行為責…
三 (1) 原告の被告Y5保険に…
(1) 原告の被告Y5保険に対する保…
(2) 上記認定のように、建築家特別…
(3) 原告は、建築物の耐震強度が不…
(4) そうすると、本件建物に「滅失…
四 (1) 損害の発生及びその額…
(1) 損害の発生及びその額並びに損…
(2) 上記認定事実によると、原告は…
(3) そうすると、本件建物の補強工…
(4) 上記保有水平耐力の不足及び杭…
(5) ア 損益相殺
(6) したがって、原告には、被告Y…
(7) 法令の定める基準を満たさない…
五 結論

裁判年月日  平成24年12月 7日  裁判所名  静岡地裁  裁判区分  判決
事件番号  平19(ワ)1624号・平20(ワ)691号
事件名  損害賠償請求(第一事件)、保険金請求(第二事件)事件
裁判結果  第一事件一部認容、第二事件請求棄却  上訴等  控訴  文献番号  2012WLJPCA12076002

第一事件及び第二事件原告 株式会社X(以下「原告」という。)
代表者代表取締役 A
第一事件及び 松尾栄蔵
第二事件原告訴訟代理人弁護士
第一事件原告訴訟復代理人兼 上山孝紀
第二事件原告訴訟代理人弁護士
第一事件及び第二事件 髙野大滋郎
原告訴訟代理人弁護士
同 中山茂
第一事件及び第二事件 髙橋俊介
原告訴訟復代理人弁護士
第一事件被告 静岡市(以下「被告静岡市」という。)
代表者 静岡市長 B
訴訟代理人弁護士 興津哲雄
同 渡邊高秀
指定代理人 W1〈他9名〉
第一事件被告 Y1(以下「被告Y1」という。)〈他2名〉
上記三名訴訟代理人弁護士 杉田直樹
同 牧田晃子
第一事件被告 有限会社Y2構造研究所(以下「被告Y2研究所」という。)
代表者取締役 Y3〈他1名〉
上記二名訴訟代理人弁護士 中村光央
同 大瀧友輔
同 永野海
第一事件被告 Y4建設株式会社(以下「被告Y4建設」という。)
代表者代表取締役 C
訴訟代理人弁護士 松井秀樹
同 川俣尚高
第二事件被告 Y5火災保険株式会社(以下「被告Y5保険」という。)
代表者代表取締役 D
訴訟代理人弁護士 澤口実
同 大宮立

 

 

主文

一  被告Y1、被告Y6、被告Y7、被告Y2研究所及び被告Y3は、原告に対し、連帯して、九億五九四六万三五一五円及びこれに対する被告Y3につき平成二〇年一月二四日から、被告Y7、被告Y6及び被告Y2研究所につき同月二五日から、被告Y1につき同月二六日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え(ただし、第二項の限度で被告静岡市とも連帯)。
二  被告静岡市は、原告に対し、第一項の被告らと連帯して、六億七一七二万四四六一円及びこれに対する平成二〇年一月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三  原告の被告Y1、被告Y6、被告Y7、被告Y2研究所、被告Y3及び被告静岡市に対するその余の請求をいずれも棄却する。
四  原告の被告Y4建設及び被告Y5保険に対する請求をいずれも棄却する。
五  第一事件に係る訴訟費用は、これを五分し、その四を被告Y1、被告Y6、被告Y7、被告Y2研究所、被告Y3及び被告静岡市の連帯負担とし、その余を原告の負担とする。
六  第二事件に係る訴訟費用は、原告の負担とする。
七  この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。

 

事実及び理由

第一  当事者の求める裁判
一  第一事件
(1)  第一事件被告らは、原告に対し、連帯して一〇億〇〇六一万二〇三九円及びこれに対する被告静岡市、被告Y3、被告Y4建設につき平成二〇年一月二四日から、被告Y7、被告Y6、被告Y2研究所につき同月二五日から、被告Y1につき同月二六日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(2)  訴訟費用は、第一事件被告らの負担とする。
(3)  仮執行宣言
二  第二事件
(1)  被告Y5保険は、原告に対し、一億円及びこれに対する平成二〇年五月二二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
(2)  訴訟費用は、被告Y5保険の負担とする。
(3)  仮執行宣言
第二  事案の概要
第一事件は、原告が、建築主として建築・販売した静岡市駿河区石田所在の分譲マンション「aマンション」(以下「本件建物」という。)につき、耐震強度不足が発覚し、買主からの全戸買取りを余儀なくされたところ、耐震強度不足の原因が構造計算書及び構造図の誤りにあるなどと主張して、本件建物の建築確認を行った建築主事の所属する被告静岡市、原告が本件建物の設計業務を委託した株式会社b設計事務所(以下「b設計」という。)の取締役である被告Y1、被告Y6及び従業員である被告Y7(以下、上記三名を併せて「被告Y1ら」という。)、b設計が設計業務のうち構造設計業務を委託した被告Y2研究所及びその取締役である被告Y3(以下、被告Y2研究所と併せて「被告Y3ら」という。)並びに原告が本件建物の施工を依頼した被告Y4建設に対し、それぞれ以下の根拠による損害賠償請求権に基づき、一〇億〇〇六一万二〇三九円及びこれに対する第一事件訴状送達日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を請求する事案である。
被告静岡市 国家賠償法一条一項
被告Y1 会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律七八条、商法(平成一七年法律第八七号による改正前のもの。以下「旧商法」という。)二六六条の三第一項。
被告Y6 ①民法七〇九条、②旧商法二六六条の三第一項
被告Y7 民法七〇九条
被告Y2研究所 ①民法七〇九条、②会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律二五条、有限会社法(平成一七年法律第八七号による廃止。以下「有限会社法」という。)三二条、旧商法七八条二項及び民法四四条一項(平成一八年法律第五〇号による改正前のもの。以下「旧民法四四条一項」という。)
被告Y3 民法七〇九条
被告Y4建設 ①民法四一五条、②民法七〇九条、③民法七一五条一項
第二事件は、被告Y2研究所が社団法人日本建築士事務所協会連合会(以下「日事連」という。)を保険契約者とし、被告Y5保険を引受幹事保険会社とする建築士事務所賠償責任保険(以下「本件保険」という。)に加入していたところ、原告が、被告Y2研究所は原告の依頼により本件建物に係る設計業務を遂行するに当たり職業上相当な注意を用いなかったため、本件建物の耐震強度に不足が生じてその取壊しを余儀なくされたことから、被告Y5保険に対して本件保険に基づく保険金請求権を有していると主張して、被告Y5保険に対し、上記保険金請求権に設定した質権に基づき、一億円及びこれに対する第二事件の訴状送達日の翌日である平成二〇年五月二二日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を請求する事案である。
一  前提事実(争いのない事実並びに証拠〈省略〉により容易に認められる事実)
(1)  当事者
ア 原告は、昭和二五年一二月二三日に設立された液化石油ガス、液化天然ガス、高圧ガス及びガス機器の製造及び販売、建物の建設、不動産の売買、賃貸借、仲介及び管理並びに住宅設備機器の販売等を業とする株式会社である。原告には約一四名の一級建築士がいるが、構造設計を専門とする建築士はいない。
イ 被告静岡市は、人口二五万人以上の市であり、建築基準法四条一項により、建築主事の設置が義務付けられている地方公共団体である。
ウ b設計は、昭和三九年六月一日に設立された土木建築工事の設計及び監理等を業とする株式会社であり、静岡県知事により一級建築士事務所として登録されていた。b設計は、平成二〇年六月九日破産手続開始決定を受けた。
被告Y1は、一級建築士であり、b設計の代表取締役社長であった。
被告Y6は、一級建築士であり、b設計の代表取締役副社長であった。
被告Y7は、一級建築士であり、b設計の従業員であった。
エ 被告Y2研究所は、昭和六三年四月一日に設立された構造計算を専門とする設計事務所である。被告Y2研究所は、日事連の会員である。
被告Y3は、一級建築士であり、被告Y2研究所の代表取締役である。
オ 被告Y4建設は、昭和一六年一〇月一四日に設立された建築工事の請負及び設計監理等を業とする株式会社である。
カ 被告Y5保険は、昭和一九年三月二〇日に設立された損害保険業、債務の保証、他の保険会社の保険業に係る業務の代理又は事務の代行等を業とする株式会社である。
(2)  原告は、静岡市内に分譲マンションとして本件建物を建設して販売することを計画し、平成一三年一二月二六日、b設計に対して本件建物の設計業務を一括して委託することとし、平成一四年一月八日からb設計における本件建物の担当者である被告Y6及び被告Y7と打合せを行いながら、本件建物の建設準備を進めた。
(3)  b設計は、平成一四年一月上旬、被告Y2研究所に対し、本件建物の構造設計業務を依頼した。なお、当時、本件建物以外の建築物についても、b設計から被告Y2研究所に構造設計業務を依頼することがあった。
ところで、構造設計とは、建築物を設計する際にその安全性を計算するもので、一次設計と二次設計からなるところ、一次設計とは、中規模の地震に対し、柱や梁などの構造躯体に損傷を生じさせないかを確認するものであり、二次設計とは、大規模の地震に対し、柱や梁などの構造躯体に損傷が生じることを前提に、たとえ構造躯体に損傷が生じても、建築物が倒壊に至らないことを確認するものである。したがって、二次設計では、より詳細な構造に関する検討を行うために、保有水平耐力比の確認を行うことになっている。保有水平耐力とは、建築物の一部又は全体が地震力の作用によって崩壊メカニズムを形成する場合において、各階の柱、耐力壁及び筋かいが負担する水平せん断力の和として求められる数値であり、保有水平耐力比とは、当該建物が有している保有水平耐力と当該建物が崩壊しないために必要とされる保有水平耐力との比であり、これが一・〇未満の場合には当該建物は法令に違反することになる。
構造計算は、二次設計まで終えて初めて、建築基準法及び静岡県建築構造設計指針上の耐震強度基準を満たすかを確認することができるため、当然、建築確認申請の際には、二次設計まで適切に完了する必要がある。
(4)  被告Y7は、平成一四年一月ころ、被告Y3と打合せを行った。その後、被告Y3は、すぐに本件建物についての作業を開始し、同月末ころ、仮定断面をb設計に提出した。
(5)  被告Y6及び被告Y7は、同月二五日、原告の担当者との間で打合せを行った。その際、原告の担当者は、本件建物の各住居の平面計画、外観デザイン計画について基本的に承認した。
被告Y7は、本件建物の外観デザイン・間取り等について、原告の基本的な承認が得られたことから、本件建物の基本意匠図を作成し、被告Y3に提出した。
(6)  原告は、同年二月ころ、b設計との間で、平成一三年一二月二五日付けで、本件建物について設計業務全般を委託する建築士業務委託契約を締結した。
当初の予定は、実施設計業務を同年三月末日までに、工事を同年四月一日から平成一五年二月末日までに終了する予定であった。
(7)  本件建物について、中高層建築物標識設置届の提出が平成一四年二月一日の当初の予定から同月一八日にまでずれ込んだところ、静岡市中高層建築物の建築に係る紛争の予防及び調整に関する条例九条二項により、中高層建築物標識設置届は建築確認申請の二〇日前に行わなければならないとされていることから、建築確認申請の提出日が同年三月九日以降になることが確定した。
b設計は、同年二月中旬、被告Y3に対し、建築確認申請の日が同年三月九日ころになることを伝えた。
(8)  被告Y3は、同年三月八日の時点で構造設計を完了しておらず、二次設計において保有水平耐力比が一・〇未満(耐震強度不足)との結果が出ていた。また、構造図も、一次設計が終了した段階で従業員に指示して作成させたものしかなかった。
被告Y3は、保有水平耐力比の基準を満たしているか否かの結論を表示する構造計算書の最終頁を抜いた構造計算書及び上記構造図をb設計に届けた。
(9)  同月一一日、上記構造計算書及び構造図が添付された建築確認申請書が被告静岡市の建築主事に提出され、受理された(以下、この建築確認申請を「本件申請」という。)。
(10)  本件申請後、被告静岡市から、b設計に対し、建築確認申請書類の是正指示がされた。被告Y7は、意匠設計と設備設計に関する是正指示に対応し、構造設計に関する是正指示については被告Y3に対応を任せた。
被告Y3は、同年四月一九日、保有水平耐力比の基準を満たしている旨の結論が表示されている構造計算書の最終頁のみを被告静岡市に提出した。これにより提出済みの計算過程と最終頁の結論部分が対応しない状態となった。被告Y3は、構造計算をし直して、法令の基準を満たしている構造計算書及びそれに基づいて作成した構造図を被告静岡市に提出する必要があったが、実際には提出しなかった。その結果、被告静岡市には、①保有水平耐力比が一・〇未満となる計算過程のみが記載され、最終頁の欠落した構造計算書、②保有水平耐力比が法令の基準を満たしている旨記載された構造計算書の最終頁、③一次設計が終了した段階で作成された構造図が提出されたことになった。
(11)  被告静岡市の建築主事は、同年五月一三日、原告に対し、更なる是正の指示を何ら命じることなく、本件建物について建築確認済証を交付した(以下、この建築確認を「本件建築確認」という。)。
(12)  原告は、同日付けで、被告Y4建設との間で、本件建物の工事請負契約を締結した。
(13)  同年五月、上記構造図を含む設計図書に基づき、本件建物の建設工事が開始された。
原告は、平成一五年三月二八日、本件建物の引渡しを被告Y4建設から受けた。
(14)  いわゆる○○事件等の一連の耐震強度不足問題の発生を受け、国土交通省が全国で三八九棟のマンションを無作為に抽出して耐震調査を実施し、当該調査の対象に本件建物が選定されたことがきっかけで本件建物の耐震強度不足が発覚した。
(15)  原告は、株式会社c建築事務所に本件建物の構造計算の再計算を依頼したところ、平成一九年四月一八日、同社から「保有水平耐力比が、静岡県指針に対してX方向:〇・六一、Y方向:〇・八四、建築基準法に対してX方向:〇・七三、Y方向:一・〇〇」との報告がされ、本件建物の耐震強度が不足していることが示された。
原告は、再計算の結果を静岡市に報告したところ、同年五月七日付けで、被告静岡市より、「上記の建物は、建築基準法に定める耐震性能が不足しているので是正して下さい。」との是正の勧告を受けるに至った。
(16)  原告は、同年六月ころ、株式会社d工務店から、本件建物の基礎部分と杭との接合部を補強する鉄筋(いわゆる杭頭接合部補強筋)が不足している(具体的には、構造図には直径二五ミリの異形鉄筋を一四本配置するよう記載されているが、七二本程度配置する必要がある)という報告を受けた。
構造計算書の作成に当たり、被告Y3らは、杭頭接合部補強筋の必要本数を算出するために必要な計算を行っていなかった。
(17)  原告は、同年七月一〇日、被告静岡市に対し、本件建物を取り壊す旨報告した。
(18)ア  被告Y2研究所は、保険契約者を日事連とし、引受幹事保険会社を被告Y5保険とする建築士事務所賠償責任保険(本件保険)に、平成九年一一月から現在に至るまで継続して加入しているところ、第二事件訴え提起時の本件保険の契約内容は次のとおりとなっている。
① 保険の名称
日事連・建築士事務所賠償責任保険(建築家賠償責任保険)
② 加入者番号:〈省略〉
③ 被保険者(加入者):被告Y2研究所
④ 保険契約者:日事連
⑤ 引受幹事保険会社:被告Y5保険
⑥ てん補限度額:一億円
⑦ 補償期間:平成一九年四月一日から平成二〇年四月一日まで
被保険者である被告Y2研究所は、本件保険の内容である保険事故が発生した場合に、被告Y5保険に対して、保険金請求権を取得することになる。
本件保険の具体的な保険事故の内容については、賠償責任保険普通保険約款、建築家特別約款(以下「本件約款」という。)及び特約条項に規定されている。
そして、本件約款一条によれば、本件保険においては、①被保険者又はその使用人その他被保険者の業務の補助者(以下「被保険者等」という。)が、②日本国内において設計業務を遂行するに当たり職業上相当な注意を用いなかったことに基づき、③当該設計業務の対象となった建築物に滅失又はき損が発生し、④当該事故(建築物の滅失又はき損)又は当該事故に起因する他人の身体の障害若しくは財物の損壊について、被保険者が法律上の損害賠償責任を負担する場合に、その損害をてん補すると定められている。
また、建築設備機能担保特約条項一条には、本件約款一条に掲げる損害のほか、①被保険者等が、②日本国内において設計業務を遂行するに当たり職業上相当な注意を用いなかったことに基づき、③当該設計業務の対象となった建築物の給排水衛生設備、電気設備、空気調和設備又は遮音性能が所定の技術水準に満たないため、本来の機能を著しく発揮できない状態が発生した場合において、④当該事故(給排水衛生設備、電気設備、空気調和設備又は遮音性能が所定の技術水準に満たないため、本来の機能を著しく発揮できない状態)について被保険者が法律上の損害賠償責任を負担する場合に、その損害をてん補すると定められている。
建築物に滅失またはき損の発生しない身体障害担保特約条項一条(1)には、本件約款一条に掲げる損害のほか、①被保険者等が、②日本国内において設計業務を遂行するに当たり職業上相当な注意を用いなかったことに基づき、③事故(建築物の滅失又はき損)が発生していない場合において、当該設計業務の結果に起因して当該設計業務の対象となった建築物の引渡しの後に生じた他人の身体の障害について、被保険者が法律上の損害賠償責任を負担する場合に、その損害をてん補すると定められている。
イ  被告Y3は、被保険者等に該当する。
ウ  本件保険においては、賠償責任保険普通保険約款一〇条で、「保険契約者または被保険者は、損害賠償請求が提起されるおそれのある事故が発生したことを知ったときは、直ちにこれを書面により当会社に通知しなければなりません。上記通知書には事故発生の日時、被害者の住所氏名、被害者の身体障害及び財物損壊の程度、事故発生当時の事情及び状況、証人となるものがいるときはその住所氏名を、保険契約者または被保険者の知り得る限り詳細に記載しなければなりません。」とされている。
被告Y2研究所は、被告Y5保険に対して、平成一九年八月二八日付け事故発生報告書を提出した。
エ  被告Y2研究所は、被告Y5保険に対して、原告により本件保険に基づく保険金請求権に質権が設定された旨を通知した。
上記質権の設定契約書においては、「甲(原告)は、本件被担保債権の発生が合理的に認められる場合、その裁量により、質権を実行し、保険会社から本件の保険金請求権に係る保険金を直接取り立ての上、又は、乙(被告Y2研究所)を代理して本件保険金請求権に係る保険金を受領した上、本件被担保債権の弁済に充当することができる」ものとされている(同契約書第三条)。
二  争点
(1)  被告静岡市関係
ア 被告静岡市が国家賠償法上の損害賠償責任を負うか。
イ 原告の被告静岡市に対する損害賠償請求が信義則に反して許されないか。
(2)  被告Y3ら関係
ア 被告Y3が不法行為責任を負うか。
イ 被告Y2研究所が不法行為責任又は有限会社法三二条、旧商法七八条二項及び旧民法四四条に基づく責任を負うか。
(3)  被告Y1ら関係
ア 被告Y6及び被告Y7が不法行為責任を負うか。
イ 被告Y1及び被告Y6が旧商法二六六条の三第一項に基づく責任を負うか。
(4)  被告Y4建設関係
被告Y4建設が請負契約上の債務不履行責任、不法行為責任若しくは使用者責任を負うか。
(5)  損害の発生及びその額並びに第一事件被告らの行為と上記損害との因果関係
(6)  第一事件被告らの連帯債務となるか。
(7)ア  本件建物に「滅失またはき損」(本件約款一条)が発生したか。
イ  被告Y3は本件建物に係る設計業務を遂行するに当たり職業上相当な注意を用いなかったか。また、上記「滅失またはき損」がこれに基づくものか。
ウ  本件建物の上記「滅失またはき損」について、被告Y2研究所は法律上の損害賠償責任を負担するか。負担する場合における損害の発生及びその額
エ  保険金の請求に当たり賠償責任保険普通約款一〇条に定める手続を経たか。
オ  原告と被告Y2研究所との間で本件保険に基づく保険金請求権を目的とする質権設定契約が締結されたか。
三  争点に関する当事者の主張
(1)  争点(1)(被告静岡市関係)について
ア 争点(1)ア(被告静岡市が国家賠償法上の損害賠償責任を負うか。)について
(原告の主張)
(ア) 建築確認制度の仕組み等
建築物の安全性は様々な観点から確保されるべきものであるが、とりわけ構造耐久上の安全性については、その最も基本となるものといえる。
そして、建築基準法は、建築物の安全性を確保するための技術的基準を定めた上で、建築計画又は建築物がその基準を定めた規定に適合しているか否かを、工事着手の前後及び工事完了後において確認する仕組みを設けることにより、建築物に関する最低限度の安全性を確保し、国民の生活等の保護を図っているものであり、建築確認制度は、まさに建築基準法の根幹をなす制度である。
(イ) 建築主事・地方公共団体の責務
国家賠償法における「違法」も、客観的な法規範に違背するかどうかにより判断すべきであるから、「違法性」の意義については、客観的な法規範に対する違背と解すべきである。
建築基準法は、建築主に対して上記のような建築確認に関する義務を定めた上で、建築主事等に対し、建築計画及び建築工事について建築基準関係規定への適合性を確認等させているのであるから、建築主事が建築基準関係規定に適合しない建築確認申請に対し、これを適合するものとして確認済証を交付することは、それ自体違法である。
また、建築主事は、建築確認申請が建築基準関係規定に適合しているかを審査する職務上の義務を負っているのであるから、建築主事がこの義務に違背し、建築基準関係規定に適合しない建築確認申請を看過した場合には当然、過失と評価される。
(ウ) 本件建築確認に至る経緯
a 本件建築確認の申請
建築確認申請の提出日が平成一四年三月九日以降になることが確定していたところ、被告Y3は、同月八日になっても未だ構造設計を完了しておらず、二次設計にて保有水平耐力比が一・〇未満(耐震強度不足)との結果が出たために、計算過程を修正中であった。また、構造図も、一次設計が終了した段階で、従業員に指示して描かせたものしかなかった。
そこで、被告Y3は、構造計算書については、修正前の計算過程が記載され、かつ、二次設計の結果である保有水平耐力比を掲載する頁(最終頁)を欠いた状態のものを、また、構造図については、二次設計における保有水平耐力比が基準を満たしていない状態で作成されたものを、b設計に届けさせた。
すなわち、被告Y3は、二次設計の段階で保有水平耐力比が一・〇未満(耐震強度不足)との結果が出たために、耐震基準を満たさないことが明らかな構造計算の過程が記載された構造計算書と、二次設計の段階で耐震強度不足であることが明らかになった一次設計の結果に基づく構造図を、b設計に提出したのである。また、この被告Y3が提出した構造計算書では、基礎杭等の構造計算の中で、杭頭接合部補強筋の必要本数を算出するための計算及び検討が全く行われていなかった。
そして、被告Y6及び被告Y7は、被告Y3から提出された構造計算書及び構造図の内容について確認することなく、同月一一日、上記構造計算書及び構造図をそのまま添付して、被告静岡市(建築主事)に建築確認申請書を提出したところ、被告静岡市に受理された(本件申請)。
b 被告静岡市からの是正指示
同月二五日、被告静岡市から、b設計に対し、建築確認申請書について是正指示がされた。
被告Y7は、意匠設計と設備設計に関する是正指示には対応したものの、構造設計に関する是正指示については被告Y3に一任し、被告Y3に対し、直接被告静岡市に対応するよう指示しただけであった。
構造設計に関する被告静岡市の是正指示は、以下の三点であった。
① 構造計算書の最終頁(二次設計の結果である保有水平耐力比を記載する頁)の欠落
② 梁間方向のラーメンフレームのチェック
③ 杭のネガティブフリクションのチェック
被告Y3は、同月八日以降、二次設計を完了させ、計算過程を変更して保有水平耐力比が一・〇未満となる結果が出ないよう修正を完了していたにもかかわらず、計算過程の修正部分を含む構造計算書全体の差替えを行わず、構造計算書の最終頁(二次設計の結果である保有水平耐力比を記載する頁)だけを同年四月一九日に被告静岡市に提出した(つまり、提出済みの計算過程と、最終頁の保有水平耐力比が全く対応しない状態となった。)。
また、被告Y3は、修正後の構造計算に基づき、構造図を新たに作成し直し、被告静岡市に提出する必要があり、b設計に対しても構造図が訂正になったことを連絡しなければ、耐震強度が不足したマンションが建築されてしまうにもかかわらず、これを失念し、放置した。
その結果、被告静岡市には、①修正前(保有水平耐力比が一・〇未満)の計算過程のみが記載され、最終頁の欠落した構造計算書、②修正後の計算結果のみが記載された構造計算書の最終頁及び③修正前の構造計算に基づく構造図が提出されたことになった。
c 本件建築確認
同年五月一三日、被告静岡市の建築主事から、更なる是正の指示を何ら命じられることなく、本件建物について建築確認済証が交付された(本件建築確認)。
(エ) 建築主事の行為の違法性
上記(ウ)のとおり、被告静岡市は、本件建物に関する確認審査の申請を引き受けて確認審査を行った際、確認申請書に、耐震強度が不足し、建築基準関係規定に適合しない構造計算書及び構造図が添付されていたにもかかわらず、その事実を見過ごし、その結果、これを適合するものであるとして、建築主である原告(実際には代理人であるb設計)に対して確認済証を交付したものである。したがって、被告静岡市が行った確認済証の交付行為は、建築基準関係規定に違反する明らかな違法行為である。
被告静岡市は、建築基準法は建築主個人の個別的利益を保護していないと主張するが、建築基準法は、国民の生命、健康及び財産の保護を図ることを目的としているのであるから、当該建築物への関与が直接的である建築主、居住者、所有者等の個人的利益を保障せず、一方で、これらの者と比較して当該建築物への関与が間接的と言える近隣者の個人的利益のみを保障するという解釈は、あまりにも不自然かつ不合理である。また、原告は、本件建物の居住者全員への損害賠償を行った上でその損害の負担を求めているものであり、建築主としての個人的利益を求めているわけではなく、その意味で居住者、所有者と同様の損害状況にある。
(オ) 建築確認申請における審査対象
a 保有水平耐力比について
建築基準法上、保有水平耐力比は一・〇以上であることが求められているところ(本件建物の建築確認申請時に有効であった建築基準法施行令八二条の四)、静岡県の指針では保有水平耐力比が一・二以上であることが求められており(静岡県建築構造設計指針)、本件建物においては、本件建築確認をした建築主事はこの点を審査しなければならなかった。
b 杭頭接合部補強筋の本数について
杭頭接合部とそこに施工される杭頭接合部補強筋は、建物の構造上極めて重要な基礎の一部を構成する部分である。そして、建物の基礎が、構造耐力上重要であることはいうまでもなく、建築基準法施行令三八条一項は、「建築物の基礎は、建築物に作用する荷重及び外力を安全に地盤に伝え、かつ、地盤の沈下又は変形に対して構造耐力上安全なものとしなければならない。」と定め、構造耐力上の安全性を確保することを求めている。
また、建築基準法施行令八二条も、構造耐力上主要な部分ごとに許容応力度の計算を行うことを求めており、基礎(本件建物において採用されているのは杭基礎)が「構造耐力上主要な部分」であることは明文で定められているところ(建築基準法施行令一条三号)、杭頭接合部は杭基礎の一部であるから、建築基準法施行令八二条が杭頭接合部についても許容応力度の計算、すなわち補強筋の本数の計算を求めていることは明らかである。
そして、杭頭接合部補強筋の本数が計算されなければならない点は、「建築基礎構造設計指針」(甲五〇・三一四頁以下)にも記載されているところ、被告静岡市は、建築確認に際して、一般的に通用する技術的基準として甲五〇の記載についても考慮すべきであった。
また、杭頭接合部の検討に関しては、被告静岡市が提出している「静岡県建築構造設計指針」(甲九三・七―一二の「7.3.3」(乙二の一部))にも記載されている。
したがって、本件建築確認をした建築主事は、建築確認申請が建築基準法施行令三八条一項及び八二条に適合しているか否か、すなわち、杭頭接合部についても許容応力度すなわち補強筋の本数の検討がされているか審査しなければならなかった。
なお、建築基準法の平成一八年改正は、「杭頭曲げモーメントの計算方法」を構造計算書に明示することを新たに義務付けたものではなく、平成一八年以前から本来明示すべきであった「杭頭曲げモーメントの計算方法」について、その重要性にもかかわらず明示されない事例があったことから、改めて明示すべきであることを明確化したものにすぎない。また、新たに設けられた構造計算適合性判定の制度において、指定構造計算適合性判定機関の判定事項として杭頭接合部の許容応力度計算が含まれていたとしても、そのことをもって、上記計算に係る部分が、従前から建築主事の審査の対象外であったとの結論が導かれるものではない。
(カ) 建築主事の過失又は重大な過失
a 保有水平耐力の問題
構造計算書(保有水平耐力の計算部分)は、適切な計算過程を経て算出された計算結果が基準の数値を上回って初めて適法な保有水平耐力の計算となるのであるから、その文書を構成する全てが一体となって特定の意味を有する性質の文書といえる。構造計算書の一部が欠落しており、その追完を認める場合、既に存在する部分との整合性を有する欠落部分が追完されて初めて一つの有効な文書となるのであるから、建築主事は、追完された部分と既に提出されていた部分との整合性を確認する法的義務を負う。
しかしながら、本件建築確認をした建築主事の補助者として構造設計の審査を担当したE(以下「E」という。)は、保有水平耐力比が一・〇未満の構造計算過程が記載され、かつ、二次設計の結果である保有水平耐力比を掲載する頁(構造計算書の最終頁)を欠いた状態の構造計算書を受理し、更には、構造計算書の最終頁の欠落を指摘し、構造計算書の最終頁を追加で提出させた際に、この時提出された構造計算書の最終頁と、既に提出されていた構造計算書が全く対応していなかったにもかかわらず、これについての連続性の確認を怠った。
そして、その結果として、保有水平耐力比が一・〇未満のままの構造計算に基づく構造図に基づいて、保有水平耐力比が一・〇未満の耐震強度不足の本件建物が建築されるに至ってしまった。
被告Y3から追加で提出された構造計算書の最終頁が、既に提出されていた構造計算書に対応しているかどうかという点は、当該最終頁と既に提出されていた構造計算書の最後の二頁に記載されているX方向「フレームせん断力(KN)」及びY方向「壁せん断力(KN)」の各数値を形式的に比較すれば十分把握できたものであり、両者が全く対応していないことは一目瞭然のものであった。
それにもかかわらず、Eは、最低限の連続性のチェックさえ行わなかったために、本件建物の保有水平耐力に関する問題を見落としたものである。Eの過失は建築主事の過失として評価すべきところ、このように、本件建築確認をした建築主事が、構造計算書の連続性の確認を怠ったことは、建築主事が負う職務上の義務に違反しており、過失があったといえる。なお、仮に、建築確認制度における建築主事の責任について、建築主事に重大な過失があった場合に限り責任が認められるとの見解に立った場合であっても、上記建築主事の行為は、重過失に該当するものであり、責任が認められる。
b 杭頭接合部補強筋の不足の問題
(a) 被告静岡市に提出された構造計算書では、杭頭接合部補強筋を算出するために必要な計算及び検討が行われた経緯そのものが欠落しており、本件建築確認をした建築主事が、仮に杭頭接合部の許容応力度についての検討の有無さえ確認すれば、この検討が欠けていること、すなわち、本件申請が、建築基準法施行令三八条一項及び八二条に適合していないことは、容易に把握できたものである。
それにもかかわらず、本件建築確認をした建築主事は、杭頭接合部の応力度が許容応力度を明らかに超えていた事実を把握しなかったのであり、上記建築主事が、杭頭接合部の許容応力度の検討の有無の確認さえも怠ったことについて、過失があることは明らかである。
(b) また、仮に、建築基準関係規定が直接定めない事項については原則として審査が不要であり、ただ、上記規定に定める審査事項違反となるような重大な影響がもたらされることが明らかな場合において、建築主事がこれを故意又は重過失によって看過したときに注意義務違反となるという見解に立ち、さらに、仮に杭頭接合部の許容応力度の計算すなわち補強筋の本数の計算が、「建築基準関係規定に直接定める審査項目」に該当しないとしても、なお被告静岡市の責任は肯定される。
すなわち、杭頭接合部補強筋の計算は、建築基準関係規定に定める審査事項、つまり構造耐力上主要な部分である「基礎」の計算に重大な影響がもたらされることが明らかであり、これについて、建築主事は重要かつ極めて容易に分かる杭頭接合部補強筋の検討の有無の確認を怠ったものであるから、これは重過失に該当するものである。
(キ) 小括
建築基準法所定の確認検査に関する事務をつかさどる建築主事を置く地方公共団体は、公権力の行使に当たる公務員たる建築主事が職務上の義務違反により建築確認申請に対して建築確認済証を交付するという違法行為を行った場合には、国家賠償責任を免れない。よって、被告静岡市は国家賠償法一条一項に基づき、原告に対し損害賠償責任を負う。
(被告静岡市の主張)
(ア) 建築基準法の立法趣旨と建築確認制度の仕組みについて
a 建築基準法の目的
建築基準法は、社会において建築される建築物が人々の生活環境等を害することのないよう、公益上の見地から建築主の行為に一定の制限を加えているのであって、建築確認の対象となる個々の建築物の資産価値を保証したり、当該建築物の建築主個人の個別具体的な利益を保障することを目的とするものではない。
b 建築確認の法的性質
(a) 建築確認は、建築主事が申請に係る建築計画について建築基準関係規定に適合することを公の権威をもって判断する準法律行為的行政行為であり、建築主事は、建築主から提出された建築確認申請書記載の建築計画が建築基準関係規定に適合しているか否かを確認するのみであって、裁量の余地は全くない。
したがって、建築主事は、建築計画が建築基準関係規定に適合していると判断した場合、建築主に対して建築確認済証を交付しなければならないのである。
(b) また、建築士は建築物の設計を行う場合は、自らの責任において、法令又は条例の定める建築物に関する基準に適合するようにしなければならない責務を負っており(平成一八年法律第一一四号による改正前の建築士法一条、二条五項、一八条一項・二項参照)、建築基準法五条の四にもかんがみれば、建築確認は、後見的見地から建築主の法令遵守を確保する制度にほかならない。
したがって、建築主事は、建築士が関与した建築物の建築確認申請については、当該建築士が建築基準関係規定適合性を満たした設計をしていることに一定の信頼を寄せ、法令に定められた事項についてのみ、職務上要求される注意義務をもって審査すれば足りる。
c 建築確認の審査方法及び審査項目
(a) 建築確認の審査方法
ⅰ 建築確認の審査方法は、建築基準法をはじめとする法令や旧建設省住宅局建築指導課長通達、技術的助言(地方自治法二四五条の四)、内規・指針その他技術慣行的な基準によって定められている。
例えば、建築基準法施行令(以下「令」という)八一条以下の構造計算の各規定は、設計者が適合させなければならない基準を定めているところ、令八二条三号は、「……各許容応力度を超えないことを確かめること」と、同条四号は、「……国土交通大臣が定める方法によって確かめること」と定めている。したがって、まず、設計者がこれらの規定に適合するように設計しなければならない。そうすると、建築主事がこれらの点について審査する場合には、設計者が「確かめること」を実践しているかどうかを確認すればよいということになる。
また、平成一〇年の建築基準法改正による確認検査業務の民間開放の際、全国の建築主事及び指定確認検査機関が建築確認及び検査を行うに当たり、構造耐力上の安全性を審査する際の参照とすべき標準的な取扱いを示した「建築構造審査要領」(乙一)は、建築主事が応力計算や部材計算の過程を逐一チェックすることまで求めてはいなかった。
ⅱ 本件当時の被告静岡市の審査方法も、上記「建築構造審査要領」及び静岡県作成の「建築構造設計指針・同解説」(乙二)等が示している標準的な取扱いに従い、建築確認申請書に添付されている図書(構造計算書・構造図・意匠図)が、建築基準関係規定を遵守していることを審査するというものであった。
(b) 建築確認の審査項目
本件で問題となっている構造設計に関する審査事項は、提出された構造関係図書に基づき、構造設計全体、すなわち、構造計画、構造計算結果及び設計図書について審査することである。
(c) 構造設計と構造計算との関係について
構造設計とは、建築物が十分な構造耐力を有し、安全な構造を備えていることを担保する設計のことであり、構造計算を道具として、構造計画、計算方法の選択、適切なモデル化、計算結果についての考察と検討等を行うことである。あくまでも構造計算は構造設計の過程の一部であり、確認審査においても、構造計画や計算に際してのモデル化等の構造設計全般について構造設計者の考え方を把握することが最も重要な事項である。
(イ) 被告静岡市の建築主事による是正指示内容
被告静岡市の建築主事が、構造設計に関し被告Y2研究所に是正を指示した時期は、三月二七日又は二八日と、四月一六日又は一七日であり、その内容は次のとおりである。
a 三月二七日又は二八日の是正指示内容
(a) 地質調査
(b) 壁分担の計算
(c) 杭の支持力計算
(d) 地中梁の配筋
b 四月一六日又は一七日の是正指示内容
構造計算書の結論部分の追完
(ウ) 違法性(国家賠償法一条一項)について
a 違法性の意義
国家賠償法一条一項の「違法」に該当するためには、当該公務員が国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して、当該国民に損害を与えたことが必要となる。
b 建築主事の職務上の義務の名宛人
上記(ア)a、bの建築基準法の目的と建築確認の法的性質からすると、建築基準法は、人々の生活環境等の公益に重大な影響を及ぼす可能性のある建築物の建築に当たって、公益に影響を及ぼす可能性がある特定の項目について公益上の観点から確認行為を行うことによって、公益を維持・増進しようとするものであるといえる。
したがって、建築主事も、国や地方公共団体に対して、国民全体の利益を維持・増進すべき義務を負っているものであって、国民個人に対する義務を負担するものではない。
c 建築主の財産上の利益が建築基準法の保護の対象となっているかについて
建築物の近隣居住者、建築物の所有者(建築主を除く。)、居住者等の生命、身体及び財産を保護することは公益の維持・増進に適うものの、建築基準法は、自ら建築確認申請をし、違法な建築物を出現させ、公益上危険を生ぜしめた建築主自身の財産上の利益を保護の対象とはしてはいない。
また、建築主が建築基準関係規定に適合した建築物を建築することにより上記居住者等の安全確保のための対策を講じる必要がなく、結果として建築主に財産上の損害が生じないという利益は、法が上記居住者等の利益を保護し、もって公益の維持・増進を図ることによって受ける反射的利益にすぎない。
したがって、建築主の財産権は保護法益とならない。以上によれば、被告静岡市の建築主事の行為は、国家賠償法一条一項の「違法」に該当しないというべきである。
(エ) 原告の建築確認申請における審査対象(杭頭接合部補強筋の本数)の主張に対する反論
原告は、杭頭接合部補強筋の必要本数を算出するための構造計算が建築確認の対象であると主張するが、建築基準法施行令八二条に定める構造耐力上主要な部分には杭頭接合部は含まれていない。○○問題に端を発する建築基準法改正の施行準備のため設置された建築基準・審査指針等検討委員会において、杭頭曲げモーメントの計算(杭頭接合部補強筋の必要本数を算出する場合に、その前提として必要とされる計算)の方法を明示させることが検討されたもので、それ以前は明示を要しなかった。平成一八年の建築基準法の改正において、上記必要本数の算出について構造計算適合性判定の対象とされたのである。また、「建築構造審査要領」(乙一、六)、静岡県作成の「建築構造設計指針・同解説」(乙二、七)においても、杭頭接合部補強筋の必要本数を算出するための構造計算については全く触れられていない。
他方、原告がその主張の根拠とする「建築基礎構造設計指針」(甲五〇)は、基礎構造の設計における学術・技術的な取扱いについて述べている図書であり、建築確認審査の取扱いについて述べている図書ではない。建築確認に当たり、建築主事が関連する図書として上記図書を参考にし、参照することがあるとしても、そのことによって、この図書に記載されていることが建築確認の審査事項になるわけではない。
したがって、杭頭接合部について許容応力度計算をどの程度行うべきかは設計者の責務に属する事柄であり、当時の建築基準関係法令上、杭頭接合部の許容応力度計算は審査の対象とはされていなかった。
(オ) 「過失」(国家賠償法一条一項)について
a 「過失」の意義
国家賠償法一条一項の「過失」の有無の判断は、当該職務に従事する標準的な公務員の能力を基準として、当該公務員に職務上の注意義務違反が認められるか否かによって決められる。
b 建築主事の職務上の注意義務違反の有無
(a) 構造設計についての審査基準(建築主事の職務上の注意義務の内容)
本件建築確認当時、設計のために数か月以上を要するとされる建築物であっても、建築基準法上、建築主事が審査すべき期間は七日以内又は二一日以内と規定されていたことからも明らかなように(平成一八年法律第九二号による改正前の同法六条四項)、建築主事が、設計者と同じように構造計算書の最初から最後までチェックすることは不可能であった。実際にも、平成一八年の建築基準法改正前に建築確認がされた本件において、被告静岡市の建築主事が構造計算書について再計算を行う義務はなかった。
したがって、本件建築確認当時、建築主事一般に求められていた建築確認に係る審査基準は、建築確認申請書に記載された建築計画が建築基準関係規定に適合しており、法律上必要な計算・検討がされていたかどうかを確認することであって、構造計算書の一頁ごとに具体的な計算を行って検証することまでは要求されていなかった。
具体的には、構造関係についての建築確認申請書の審査は、「建築構造審査要領」(乙一本文二頁)に記載されているとおり、「確認申請書審査の構造関係のチェックは構造計算ではなく、構造設計全体の、とりわけ構造計画や結果の検証及びこれらを具体化した確認申請書及びその添付図書について行われるものである」。
本件建築確認当時の被告静岡市においては、「構造審査チェックリスト」(乙三・一三頁のものとほぼ同内容のもの)を作成しており、これに沿って建築確認申請書に添付されている構造計算書及び構造図(構造設計)の審査を行っていた。これによれば、構造計算書の審査は、まず、①上記「構造審査チェックリスト」記載の番号一から番号一七の各項目をチェックし法律上必要な計算・検討がされているかどうかを確認し、次に、構造図について番号一八から番号二〇の各項目をチェックし、そのうえで、構造計算書と構造図との整合性、構造図と意匠図との整合性をチェックするという方法で行われていた。なお、各チェックの段階で、他の照合・確認が必要となったときは随時関連箇所の参照が行われており、全てのチェックが「構造審査チェックリスト」の番号の順に行われるものでないことはもちろんである。そして、②「構造審査チェックリスト」記載の番号一五及び番号一六の各項目のチェックとして「保有水平耐力」につき法律上必要な計算・検討がされているかどうかを確認する際には、「構造審査チェックリスト」記載の番号一から番号一四までの各項目でチェックした、設計方針・使用材料(構造計画に属する事項)、仮定荷重・応力計算・断面算定等いわゆる許容応力度設計(一次設計)の各数値、層間変形角・剛性率・偏心率など二次設計に属する各数値が、構造計算プログラムに正しくデータとして入力されているかどうかを確認していた。
ただし、上記データが正しく入力されているかどうかのチェックは、構造計算書の所定箇所(入力データ記載頁)においてチェックしており、構造計算プログラムを用いた構造計算書の内部においてそのデータと異なる数値が使用されているか否かは、同一プログラムを用いて再計算しない限りチェックすることは不可能である。すなわち、本件の構造計算書は、総頁数が四七二頁、そのうち保有水平耐力の計算部分だけでも九八頁の大部のものであり、その内部において入力データと異なる数値が使用されているか否かを人の目でチェックすることは不可能である。本件では、構造計算書の結論部分(九八頁)の記載数値と、その直前の九六頁及び九七頁の記載数値とを比較対照すれば相違が分かるものであったが、それはたまたま生じたことであり、それ以前の他の頁記載の他の数値が入力されたデータと異なっていれば、直前の二頁分とだけ比較対照しても分かりようがないことであって、結局は、構造計算書の全ての頁の全データ数値について、相互に齟齬がないかどうかを確認しない限り、構造計算書の内部における入力データと異なる数値使用の有無は判明しないのであり、そのような確認の作業は、同一構造計算プログラムを用いて再計算しない限り不可能である。
したがって、被告静岡市の建築主事が、被告Y2研究所から提出された構造計算書の結論部分と、その直前の二頁に限って、各記載数値を比較対照すべき注意義務はない。
(b) 構造計算書の審査(建築主事に職務上の注意義務違反のないこと)
そして、被告静岡市の建築主事は、被告Y2研究所が構造計算書の欠落部分(結果的には最終頁とされる一頁分)を追加提出した時に、当初提出されている構造計算書と頁数が連続していること、マンション名称「△△」が一致していること、用いられている構造計算プログラムが同一であることをチェックし、追加提出されたものが当初提出されていた構造計算書の結論部分であることを確認している。したがって、建築主事は、本件建物の建築計画が建築基準関係法令に適合しており、法律上必要な計算・検討がされていることを確認して、建築確認済証を交付したのである。
以上より、被告静岡市の建築主事は、建築主事が通常負うべき職務上の注意義務を果たしており、その行為に「過失」は存在しない。
イ 争点(1)イ(原告の被告静岡市に対する損害賠償請求が信義則に反して許されないか)について
(被告静岡市の主張)
本件において、b設計は、建築確認申請上の原告の代理人であり、構造計算を担当した被告Y2研究所も、b設計の履行補助者と解することができる。
本件において、抜け落ちていた構造計算書の一部を追加して建築確認申請書を補充したのが被告Y2研究所であることは明らかであるが、建築主である原告も、代理人の行為の効果帰属主体として、被告静岡市あるいは同市の建築主事との関係においては、虚偽の構造計算書を含む建築確認申請書を提出して、建築基準関係規定に適合しない建築確認を得た者である。
また、建築基準法二〇条は、構造規定において、建築物に一定の制限を加える規定を設けているが、こうした規定に定められた義務の名宛人は、第一次的には建築主であって、建築士はそうした建築主の義務を現実に履行する立場にあるにすぎない。
このように、建築確認の申請者はあくまで建築主自身であり、しかも、原告は一級建築士事務所登録(静岡県知事登録〈省略〉)をしている会社である。そして、原告が代理人となる建築士を選択し、それらの者が作成した構造計算書等を添付した建築確認申請書に記名・押印して、建築主事に提出している以上、それによりもたらされた結果も当然、原告が受け止めなければならないはずである。
したがって、原告が直接に被告静岡市に対して損害賠償を請求することは、自らの責任を被告静岡市に転嫁しようとするものであって、信義則に反し許されないというべきである。
(原告の主張)
原告は、建築士事務所登録しているものの、高層建築物の構造設計を含む建築確認申請について、自ら行うことができないがゆえに、専門の設計事務所であるb設計に委託した。このように高度に専門性を有する構造設計をその専門業者に委託することは通常行われており、この場合委託した原告は、かかる設計について素人である一般の建築主と同様である。そして、建築主が、建築主事に対して、自らが委託した業者が行った建築確認申請に過誤があれば、建築主事により是正指示がされるなど適切な措置が執られ適法な建築物を確保できるであろうと期待することは当然であり、信義に反する事情などはない。建築主が構造計算書の偽造を指示した場合等の特段の事情がない限り、同法に基づき国家賠償請求することが信義に反することなどあり得ない。
したがって、原告が被告静岡市に対して国家賠償請求することが信義に反し許されないとする被告静岡市の主張は到底認められない。
(2)  争点(2)(被告Y3ら関係)について
ア 争点(2)ア(被告Y3が不法行為責任を負うか)について
(原告の主張)
(ア) 保有水平耐力比が基準値を下回る構造計算書及び構造図のみを提出して放置したことについて
構造計算は、二次設計まで終えて初めて建築基準法及び静岡県建築構造設計指針上の耐震強度基準を満たすかが確認できるのであるから、二次設計において保有水平耐力比が基準値を下回る結果が出ていること(すなわち耐震強度が不足していること)が明らかな構造計算書とそれに基づく完璧ではない構造図をそのまま放置すれば、耐震強度が不足した設計図書に基づき建築物が建設され、耐震基準を満たさない建築物が出来上がる結果となってしまうことは、建築士であればもちろん、一般人ですら認識できる事柄である。
それにもかかわらず、被告Y3は、三月八日ころ、まだ計算途中の構造計算書(しかも、二次設計の段階において、保有水平耐力比が基準値を下回る結果が出たために、二次設計の計算結果を記載する最終頁を除いた構造計算書)と、その構造計算書に基づく耐震基準を満たさない構造図を、本来は確認申請書類として添付してはならないものであるが、後ほど修正したものと差し替える予定で、b設計に提出した。
しかしながら、被告Y3は、本件建物の二次設計において保有水平耐力比が基準値を下回る結果が出たため、構造計算書と構造図の修正が必要であるという事実を、平成一四年三月八日以降、b設計に報告することなく放置し、被告静岡市の是正指示に対しても、二次設計の最終頁(九八頁)の提出のみで済ませ、修正後の構造計算書への差替えを行ったり、修正後の構造計算書に基づく構造図を新たに作成しなかった。
なお、設計スケジュール上、同年一月上旬から建築確認を申請する同年三月一一日まで、二か月程度の十分な余裕があった。
以上からすれば、被告Y3には、本件建物が耐震強度不足の構造図を含む設計図書に基づき建設され、その結果、耐震強度が著しく不足した建築物になってしまったことについて、重大な過失があることは明らかである。
したがって、被告Y3は民法七〇九条に基づく損害賠償責任を負う。
(イ) 杭頭接合部の応力度が許容応力度を超えていたこと
被告Y3は、杭頭接合部を含む構造計算全体を担当したのであるから、杭頭接合部の応力度が許容応力度を超えることのないように設計し、杭頭接合部補強筋の必要本数を算出するための計算及び検討を行い、本件建物において、十分な杭頭接合部補強筋の本数を算出しなければならなかった。それにもかかわらず、被告Y3は、これを怠り、杭頭接合部補強筋の必要本数を算出するための計算及び検討を行わなかったのであるから、被告Y3には過失が認められる。したがって、被告Y3は民法七〇九条に基づく損害賠償責任を負う。
(ウ) 被告Y3らの杭頭接合部補強筋の本数に係る主張に対する反論
a 被告Y3らの後記主張のうち、イ(被告Y3が適切な杭頭接合部補強筋の本数を設計したこと)に係る主張は、時機に後れて提出した防御方法に該当するものであるから、却下されるべきである。
b 念のため以下反論する。
被告Y3らは、杭頭接合部の設計方法について、本件建物の杭頭接合部を完全には固定しない形で設計しており、杭頭接合部を完全な固定と仮定して計算している甲三二には重大な問題がある等と主張する。
しかし、実際の実験結果等によれば、杭頭接合部を基礎に埋め込む量を一〇センチメートル程度に抑えた場合であっても、固定度はせいぜいα=〇・八程度に低減される余地があるのみで(杭頭接合部を「固定」として計算する場合の固定度はα=一である)、固定度がそれ以下になるとは考えられていない。実際の建築実務においても、杭頭を一〇センチメートル程度基礎に埋め込む方法は一般的であるが、この場合に、仮に固定数がα=〇・八程度に低減されたとしても、実際には「固定」の状態に近いものであることから、固定度はα=一として計算するのが通常である。
このように、杭頭接合部を基礎に埋め込む量を一〇センチメートル程度に抑えたとしても、杭頭接合部は「固定」の状態に近く、杭体に生じるモーメントは杭頭部に波及するから、「杭体に生じるモーメントが杭頭部に波及しないようにした」旨の被告Y3らの主張は、明らかに誤りである。
もし、杭頭接合部を「固定」にしないで設計するためには安全性に問題がないことを実証する必要があるが、本件建物の構造計算書(甲三一)、に、かかる実験がされた形跡はない。したがって、被告Y3らが、杭頭接合部を「固定」としないで設計したとすれば、杭頭接合部の安全に問題がないことが実証されていないことになり、いずれにしても、被告Y3らの構造計算には問題があることになる。
c 被告Y3らは、本件建物の杭体を「短い杭」として結論付けており、「長い杭」であることを前提として杭頭曲げモーメントを計算している甲三二は誤っている旨主張する。
①確かに、構造計算書(甲三一)一三一頁では「短い杭」と記載されているが、構造計算書のその後に記載されている計算式は、「長い杭」を前提としているものであって、被告Y3らが行なった構造計算には、明らかに矛盾がある。また、②本件建物の杭の場合には、「短い杭」と「長い杭」のいずれを前提とした計算方法によっても生じるモーメントには大差がないから、仮に「短い杭」として計算したとしても、構造計算書に問題があることに変わりはない。
したがって、この点からも、被告Y3らの反論は、自らの作成した構造計算書が正当であることを根拠付けるものとはなり得ない。
d 被告Y3らは、本件建物の杭の先端条件を「固定」ないし「半剛接合」であるものとして計算すれば、杭頭接合部の曲げモーメントが、原告主張の約五・七分の一から一〇分の一の規模になる旨主張する。
しかし、①ここで被告Y3らの上記主張の根拠となっているものは、杭に関するものではなく、梁に関する理論であるところ、通常の両端支持の梁の理論を、杭の設計に用いることは明らかな誤りである。また、②仮に、被告Y3らが主張するとおり、「短い杭」であることを前提にして計算しても、杭頭部と杭先端の水平変位が異なることや、杭がある程度長くなると杭頭部は杭先端条件の影響を受けないことから、梁の理論を杭の設計に用いることはできないのである。
したがって、被告Y3らの、本件建物の杭の先端条件を「固定」ないし「半剛接合」であるものとして計算すれば、杭頭接合部の曲げモーメントが原告主張の約五・七分の一から一〇分の一の規模になるとの上記主張は、全く誤りである。
(被告Y3らの主張)
(ア) 本件建築確認に至る経緯
a 本件建物の建設計画はマンション建設という大型プロジェクトにもかかわらず当初から不可能を強いるスケジュールであったが、収益の核であったb設計からの依頼を断れば、二度と下請依頼を得られなくなることは自明であったため、最終的には依頼を受けざるを得なかった。
b 被告Y2研究所は、原告及びb設計が設定した納期日の時点で、未だ二次設計において保有水平耐力比が基準値を下回る結果のものしかできていなかったが、被告Y2研究所としては、主要取引先であるb設計が求めた納期に遅れることはできないことから、取り急ぎ、修正前の段階の構造計算書及びこれに基づく構造図をb設計に提出し、その後b設計が意匠の変更等により修正をした上で被告静岡市に確認申請書を提出するまでの間に速やかに修正を施し、修正を終えた構造計算書と構造図をb設計に対して提出し直すこととした。
c 被告Y2研究所がb設計に対して提出した構造計算書及び構造図が修正未了のものである事実を伝えなかったのは、①後に意匠の変更があると考えており、その際に修正する予定であったことと、②b設計が被告静岡市に対し建築確認申請を行う前に、当然被告Y2研究所が提出した書類をチェックするため、あえて伝える必要はないと考えていたことによる。しかし、b設計は、結果的に被告Y2研究所が提出した構造計算書及び構造図を一切チェックすることなく、被告静岡市に提出したのである。被告Y2研究所としては、b設計が最終頁さえ添付していない構造計算書を被告静岡市に提出することは予見し得なかった。
d 被告静岡市が被告Y2研究所が作成した構造計算書及び構造図に対して必要最低限のチェックさえ行わなかったことも、被告Y2研究所としては予見不可能であった。被告静岡市が、構造計算書の最終頁の欠落是正を指示したのは四月以降であったが、被告Y2研究所の代表者である被告Y3は、被告静岡市からの最終頁の欠落の是正を求める指示があった際に、被告Y2研究所従業員に対して、被告静岡市からの是正指示に対し、指示どおりに対応するよう指示した。これに対し、被告Y2研究所従業員は、本件についてのそれまでの経緯、事情について把握していなかったため、被告静岡市からの最終頁の追完の指示にそのまま従い、既に修正を終えていた構造計算書の最終頁のみを被告静岡市に対して提出した。
(イ) 被告Y3が適切な杭頭接合部補強筋の本数を設計したこと
a 杭頭接合部の設計方法について
杭頭や杭先端に関する接合関係について便宜的に簡略化していえば、その拘束度は、固定、半固定、ピン、フリーの順に小さくなっていく。被告Y3は、本件建物の構造設計に当たり、杭頭接合部を固定とすることは建物の安全性の見地から必ずしも好ましくないものと考えていた。なぜなら、杭頭接合部を固定としてしまうと、杭体に生じたモーメントが杭頭接合部を通じて建物部分にも反映されてしまうからである。このため、被告Y3は、あえて杭頭接合部ののみ込み量を一〇センチメートル程度に抑えることで、杭頭接合部を固定とはせず、杭体に生じたモーメントが杭頭部(ひいては建物)に波及しないよう設計したのである。
このように、被告Y3は、本件建物の杭頭接合部を完全には固定化しない形で設計している。このため、本件建物には、原告が主張するような杭頭接合部の曲げモーメントは生ぜず、杭頭接合部を完全な固定と仮定して計算している甲三二には重大な問題がある(丁四)。
なお、静岡県の建物構造設計指針・同解説は、「杭材の応力の検討に当たっては、杭頭条件は、原則として固定とする。」(なお、同解説書は二〇〇二年版であるが、一九九八年版では「杭材の応力」ではなく「杭体の応力」との文言である。)とされているところ、ここで杭頭条件を原則固定として検討すべきとされている対象は、杭体自体の応力であり、杭頭接合部でない。この点、被告Y3は、甲三一の計算書に明らかなとおり、杭体については、杭頭条件を固定とした上で正しく計算、検証を行っている。
b 本件の杭の長さと曲げモーメント
杭頭接合部の曲げモーメントを考える上では、杭体の長さについて「長い杭」と「短い杭」を峻別すべきであるところ、被告Y3が適切な計算手法に基づき、本件の杭体を「短い杭」と結論付けていることは明らかである。「短い杭」の場合、理論上、「長い杭」の場合とは曲げモーメントの計算方法が異なるため、この点で、「長い杭」の場合の問題として計算している甲三二にはこの点でも問題がある。すなわち、「静岡県建築構造設計指針・同解説」のとおり、βL値が三・〇を下回るような短い杭の場合には、杭の剛性と支持地盤の強さの関係、杭先端の貫入深さなどを十分考慮して杭先端条件を設定し、杭材の応力(ひいては水平力によって杭頭に生じる曲げ応力)を検討・計算しなければならないところ、①この点、被告Y3は、本件の短い杭における杭頭接合部の曲げモーメントを考慮する際に、本件の杭の先端が、良好なる支持地盤に杭径分貫入させている点を重視し、本件は「杭先端の貫入深さ」という杭先端条件についてほぼ「固定」(剛接合)ないし少なくとも「ピン」状態よりは剛性の強い「半剛接合」の状態と考え、これを前提に杭頭接合部に対する曲げモーメントについて検討したものである。②そうすると、仮に、原告が主張するように、杭頭接合部に対する曲げモーメントを考える際、杭頭を「固定」として考えたとしても、本件のような短い杭の場合は、杭先端条件についても考慮する必要があるところ、この杭先端条件について、被告Y3は、強固な支持地盤に対する十分な長さの杭貫入があることから、固定ないしは最低でも「ピン」よりは剛性の強い状態であることを前提として検討すべきであると考えたものである。③そして、杭頭に対する曲げモーメントの大きさは、原告が前提とした杭先端フリーの場合に比べると、杭先端ピンの場合で約五・七分の一、杭先端固定の場合では約一〇分の一となる。そうすると、仮に原告が主張するとおり杭頭を「固定」として考えたとしても、被告Y3は、杭頭接合部の曲げモーメントの大きさからして適切な杭頭接合部補強筋の本数を設計したものといえる。
イ 争点(2)イ(被告Y2研究所が不法行為責任又は有限会社法三二条、旧商法七八条二項及び旧民法四四条に基づく責任を負うか。)について
(原告の主張)
被告Y2研究所は、代表取締役である被告Y3の上記重大な過失により、本件建物の耐震強度不足を生じさせる原因となった設計図書を作成したのであるから、民法七〇九条に基づく、又は、被告Y2研究所の代表取締役である被告Y3の不法行為について、有限会社法三二条、旧商法七八条二項及び旧民法四四条に基づく損害賠償責任を負う。
(被告Y2研究所の主張)
否認又は争う。
(3)  争点(3)(被告Y1ら関係)について
ア 争点(3)ア(被告Y6及び被告Y7が不法行為責任を負うか。)について
(原告の主張)
(ア) 被告Y6及び被告Y7の責任
一級建築士は、設計に係る建築物が法令又は条例に定める建築物に関する基準に適合させることを義務付けられている。したがって、被告Y6及び被告Y7は、被告Y3の作成した本件建物の構造計算書において、①二次設計の結果として、保有水平耐力比が基準値を下回っていたこと、及び②杭頭接合部補強筋の本数の算出において、適切な計算及び検討がされていなかったことについて、いずれも責任を負う立場にある。
特に、本件においては、b設計は構造設計業務を被告Y3に再委託しているが、元請設計事務所及び設計業務に携わる建築士は、構造設計を含む全ての設計成果図書について責任を持つ立場にあるのであるから、最低限、①構造図と意匠図の整合性の確認、②構造計算書の結果の確認(一次設計時のエラーメッセージの有無、二次設計(保有水平耐力比)の結果確認)、③構造計算の結果と構造図の照合等を行うべきである。なお、元請設計業務を担当する一級建築士はかかる義務の履行に必要な知識を当然習得しているべきである。
それにもかかわらず、被告Y6及び被告Y7は、かかる最低限の確認さえ怠り、保有水平耐力比という二次設計の結果を記載する構造計算書の中でも極めて重要性の高い最終頁の欠落や、構造図が構造計算の最終結果を正しく反映していないことを漫然と見過ごした。また、被告静岡市からの構造に関する是正指示への対応に際しても、被告Y2研究所に一任し、是正内容に対する被告Y3の対応について、全く把握していなかった。
しかも、本来、元請設計業務に携わる建築士としては、下請に委託した設計業務の進捗状況については適宜確認し、コントロールするべきであるにもかかわらず、被告Y6及び被告Y7は、被告Y3の構造設計業務の進捗状況を把握していなかったため、被告Y3から平成一四年三月八日ころに提出された構造計算書と構造図について、それまでの進捗状況に照らして不自然である等、何らの疑念を持つことができなかった。
さらに、被告Y6及び被告Y7は、一級建築士として、自らの設計に係る建築物を法令又は条例に定める建築物に関する基準に適合させる義務を負っている以上、本件建物の杭頭接合部の応力度が許容応力度を超えないように設計しなければならなかったにもかかわらず、これを怠った。したがって、本件建物の杭頭接合部の応力度が許容応力度を超えていたことについては、被告Y6、被告Y7も責任を負うものである。
また、被告Y1は、「b設計事務所が構造設計を含む全ての設計成果図書について責任を持つ立場にありながら、これらの業務を全うしなかったことにあ」る(甲六の一)として、その過失を認めていた。
以上からすれば、被告Y7及び被告Y6には元請設計事務所の担当者としての基本的な注意を怠った重大な過失があることは明らかである。
したがって、被告Y7及び被告Y6は、民法七〇九条に基づく損害賠償責任を負う。
(イ) 被告Y6及び被告Y7の主張に対する反論
a 被告Y6及び被告Y7は、構造計算については被告Y2研究所にゆだねており、被告Y2研究所による構造計算が進んでいなかった点や、建築確認申請後も不自然な点について気付くポイントはなかったなどと主張する。
しかし、①被告Y2研究所から受領した構造計算書は最終頁が欠落し、また、構造図も構造計算と全く整合していなかったのであるから、被告Y6及び被告Y7は、少なくともこれらの点さえ確認すれば、被告Y2研究所の構造計算に不備があることは容易に把握できた。また、②被告静岡市による是正指示に対する対応についても、少なくとも被告Y2研究所に一任することなく、自ら追加提出する構造計算書の最終頁とそれ以前の計算書との整合性の確認さえ行っていれば、被告Y2研究所の構造計算に問題があることは容易に把握できた。
したがって、被告Y2研究所による構造計算が進んでいなかった点や、建築確認申請後も不自然な点について気付くポイントはなかったなどということは全くない。
b 被告Y6及び被告Y7は、意匠を専門とする建築士は構造計算に関しては基礎的知識しか有しておらず、構造計算の細部を判断することは困難であったと主張する。
しかし、①改正建築士法は、構造設計の適正化を図るため、一定の建築物について構造設計一級建築士による法適合性チェックを義務付けたものであり、被告Y6や被告Y7のような元請設計業務を行う建築士の責任を軽減する趣旨のものではないし、被告Y6及び被告Y7の構造計算に関する知識の欠如を正当化するものでもない。そもそも、本件当時は、構造設計を担当する建築士も意匠設計を担当する建築士も同じ資格であり、法律上、両者に課せられている義務に差異は存在しない。②仮に意匠を専門とする建築士が構造計算に関する知識を有しないという実態があったとしても、それは、建築士が自らの義務を懈怠しているといういわば悪しき慣習の結果であり、かかる悪しき慣習をもって法的責任を免れるものではない。また、③原告が主張する確認義務は、自ら構造計算をすることができるほどの専門知識を有していなかったとしても、十分履行可能なものである。被告Y6及び被告Y7が、被告Y3らから提出された構造計算書の説明を求めたり、構造計算書について保有水平耐力比の計算結果について確認を求めたりするなどして、被告Y3らに対して、積極的な確認作業を行うことは可能であった。
c 被告Y6及び被告Y7は、社員一個人の不法行為として論じることは妥当でないと主張する。しかし、被告Y6及び被告Y7は、通常の株式会社の一従業員ではなく、一級建築士として、設計に係る建築物について法令又は条例に定める建築物に関する基準に適合させるという重い職責を負うのであって、かかる職責を果たさなかった場合に、その責任を問われるのは当然である。
(被告Y1らの主張)
(ア) 本件の経緯
a 基本計画
(a) 被告Y6は、平成一三年一二月二六日、b設計担当者として、原告より、口頭で設計業務の委託を受けた。被告Y6は、平成九年以来、原告住宅部のマンション設計に携わっており、原告からのマンションの依頼は三件目であった。
被告Y6は本件建物の建設計画を事前に打診されていたわけではなく、平成一四年三月末までに建築確認を下ろしたいとの原告担当者の希望をこの日に聞いた。被告Y6は、このスケジュールでは無理であると思ったが、できるところまでやるつもりで、平成一三年一二月二六日、原告担当者と打合せの上、ボリュームチェックの作業を始めた。
(b) 被告Y6は、平成一四年一月一五日、全体工程表案を作成して原告担当者に提示した。このとき、確認申請を「2/22」、確認が下りる日を「4/22」と記入していること(甲八の五)からも明らかであるように、同年三月末に確認申請を下ろすとのスケジュールに無理があることは被告Y6も、原告担当者も認識していた。
(c) 同年一月一八日、基本計画が決定した。スケジュールについては、再度、原告役員F常務より「三月末に確認を下ろしたい。」旨の依頼があった。被告Y6としては、デベロッパーである原告の意図を汲み、できる限り努力することとした。
b 基本設計
(a) 被告Y7は、同年一月一八日ころ、略平面図を作成し、スケジュールが厳しいことは伝えた上で、被告Y2研究所に仮定断面の作成を依頼した。
なお、そもそも被告Y2研究所が仮定断面を作成してはじめて、b設計が立面図、断面図を作成できるのであって、この段階で基本意匠図(平面図・立面図・断面図)が作成されていることは論理的にあり得ない。また、被告Y2研究所との間で仕事の進め方をあえて確認することはなかった。これは、b設計にとって必要な構造設計のほとんどを被告Y2研究所に依頼していたため、あえて打ち合わせる必要がなかったからである。
(b) 被告Y6が同月二四日階高の検討を行っているところ、階高の検討には仮定断面が必須であるから、これ以前には被告Y2研究所から仮定断面が提出されていた。
c 実施設計
(a) 同月二五日に住戸各タイプ、外観につき原告担当者から了解を得たため、被告Y7は、直ちに基本意匠図(平面図・立面図・断面図)の作成に着手し、同年二月初めころまでには被告Y2研究所に対し基本意匠図を渡して重量計算(一次設計)を依頼した。
(b) 当時、被告静岡市における審査の期間としては約二か月が見込まれていたため、当初のスケジュールどおり同年三月末に建築確認を下ろすならば、同年一月末には建築確認申請を行っていなければならないはずであった。
しかし、第一次の遅延として、建築確認申請三〇日前に終了していなければならない中高層建築物標識設置が完了したのは同年一月二八日であった。この時点で、確認申請できるのが同年二月二八日以降であることが確定し、当初のスケジュールに対し約一か月の遅延が発生していた。
さらに、第二次の遅延として、建築確認申請二〇日前に終了していなければならない中高層建築物標識設置届の提出が完了したのが同年二月一八日であった。そのため、建築確認申請を行うことができるのが同年三月九日以降であることが確定し、さらに一〇日ほどの遅延が発生した。b設計は、このことを被告Y2研究所に伝えた。
(c) 被告Y3は、同年二月中旬ころ、重量計算をしている間に、被告Y7に対し、建物荷重を減らすために外階段とバルコニーについて設計変更を要請した。このことから、被告Y7は、順調に被告Y3らが計算を進めてくれているという感触を得たもので、被告Y3らの構造設計業務の進捗状況を把握していなかったものではない。
d 建築確認申請前
被告Y7は、あらかじめ、被告Y3に対し、同年三月九日ころまでに構造設計図書を提出するように伝えてあったため、同月八日ころ、被告Y3に対し、構造設計図書の提出日の確認をした。
e 建築確認申請後
被告静岡市から三月二七日又は二八日と四月一六日又は一七日にされた構造に関する是正指示については、被告Y7が被告静岡市から連絡を受け、被告Y2研究所に対し、是正に直接対応するよう指示した。これは、取次ぎによる時間的ロスや内容の脱漏を防止するためである。
その後、被告Y7は、被告Y3から対応を完了したこと、この変更が意匠には影響しないことを確認した。なお、この時被告Y7は、デベロッパーである原告の要望に応えて一刻も早く建築確認を下ろすべく、被告静岡市と各設計担当者の対応状況、対応内容を逐一把握して、スムーズに各担当者に対応させるべく指示せざるを得ない立場にあった。よって、原告が主張するように、被告Y3に一任したまま是正内容に対する被告Y3の対応を把握しなかったものではない。
(イ) 被告Y6及び被告Y7の過失がないこと等について
設計業務において、デベロッパーの窓口になるのは意匠設計事務所であるものの、設計作業には非常に多くの知識、技術が必要であり、意匠、構造、設備それぞれ専門の技術者が各自の能力を駆使し、チームとして設計をまとめていくことが求められる。被告Y6及び被告Y7は、意匠が設計条件を設定して構造が検証するという図式の中で、スケジュール管理をし、構造設計事務所による意匠変更を要する構造の変更があればこれに対処し、被告静岡市からの是正指示があればこれに対処した。その過程において、本件のみ特異・軽率な手順で仕事を進めたことはないし、被告Y3らに依頼した構造の検証が進んでいないと気付くべきポイントはなかったし、建築確認申請後も不自然であると気付くべきポイントはなかった。意匠のパートが依頼した設計条件に問題がなければ、構造のパートは粛々とこれを検証して構造計算書と構造図を作成していくのであり、これに対してことさら進捗状況を確認するような作業手順をとらないのは、施主と意匠設計事務所の関係と同じである。
そして、計算途上の構造計算書が提出されるなどという事態は何人にも予見できない。また、被告Y6及び被告Y7が、一方では近隣調整でスケジュールの遅延が発生していることを確認しながら、一方で構造計算を依頼する本件の個別具体的状況下で、構造設計事務所がスケジュールの厳しさを理由として計算途上の構造計算書等を提出する事態を予見するはずがない。なお、構造計算の業務において日程を要するのは一次設計・二次設計を行う段階であるところ、b設計が被告Y2研究所に基本意匠図を渡し、重量計算に入る平成一四年二月初旬ころまでには既に第一次の遅延が発生し、少なくとも一か月の設計期間の余裕が生まれており、結果的に被告Y2研究所は重量計算を含む一次設計から二次設計までを四〇日程度で行うことになったわけであり、通常と同じ程度の余裕が生じていたのであるから、被告Y3らのスケジュールが特に厳しかったものでもない。
このように、当時の被告Y7には、構造計算書が計算途上であるとの認識がないため(計算途上であるとの予見などできないことは前述のとおりである)、厚さ一〇センチメートル以上にわたる大量の印刷物(本件の構造計算書)のうちの何枚かが、単純なミスにより抜けてしまったとしか考えようがなかった。仮に、被告Y7が最後の一頁を自分の手で被告静岡市に届けたとしても、それによって今回の結果が変わったとは決していえないであろう。そうすると、是正指示があった時点での被告Y7に、客観的な注意義務を課すことはできないはずである。したがって、最終部分の頁が欠落しているとの二度目の是正指示に対しての被告Y7の対応に過失はない。
また、仮に、被告Y7の最終頁を見落とした行為に何らかの落度があったとしても、被告Y7はb設計の通常の業務行為としての手順に沿って建築確認申請をしただけであり、これを社員一個人の不法行為として論じることは妥当でない。被告Y7は一級建築士であるけれども、管理建築士ではないし、会社の方針に反して設計する権限もない。また、b設計の各プロジェクトの担当者は、一級建築士に限られているわけではなく、被告Y7がたまたま一級建築士の資格を保有していただけである。それにもかかわらず、請負人たる会社の契約責任を離れて、建築士個人の不法行為責任を問うことは、権利の濫用である(民法一条二項)。
(ウ) 原告の主張に対する反論
a 原告は「構造設計業務が下請に出されたことは知ら」なかったと主張するが、意匠設計事務所が外部の構造設計事務所に仕事を依頼することは建築業界では常識に属する事柄であるし、b設計のパンフレット等にも「協力事務所」として被告Y2研究所が構造設計事務所として記載されている(丙一、二)。
b 甲六の一は、被告Y1が、当時、b設計代表者として、法人の道義的責任を認めて作成したものにすぎない。
c 原告は、被告Y6及び被告Y7が①建築確認申請時の構造計算と構造図の整合性の確認、②是正指示対応時の構造計算書の連続の確認を行うべきであったと主張する。
しかし、意匠を専門とする建築士は、構造計算に関しては基礎的知識しか有さず、それだけでは、現在の高度に専門化した構造計算の細部を判断することは困難であり、意匠を専門とする建築士が、構造計算書の内容の連続や構造計算書と構造図の整合性を殊更にチェックすることはない。意匠を専門とする建築士が実務上の構造計算の細部を把握できないことから、建築士法の改正において、構造設計一級建築士という資格が創設されたものである。
したがって、原告の上記主張は、実態を無視した主張である。また、構造計算というブラックボックスを誰が管理するべきかという構造的問題を、現場の建築士一個人の責任として捉えるものであり、到底是認できない。
なお、構造図と意匠図の整合性チェックは行うものであるが、甲六の一には、「この際(建築確認申請前)に、b設計、Y3とも意匠図、構造図、構造計算書の整合性はチェックしていない(これが二者の通常のやり方)」との記述がある。これは、申請中も図面の訂正がされるため、構造の訂正がないということが分かってから整合性チェックをしないと意味がないから、申請時にはチェックしていない、との趣旨である。
d 原告は、最終頁の欠落によって、構造計算に不備があることは容易に把握できたと主張する。しかし、①被告Y7は被告Y2研究所に対して、建築確認申請の日を伝えた上で、完成品としての構造設計図書を受領したのであるから、当時、最終頁欠落の理由を構造計算の未了であるとは想像できなかった。②実際にも、被告Y7、被告静岡市及び被告Y2研究所の従業員は、「建築確認申請時に最終頁が抜けていた」という事実を平成一四年四月一七日の時点で把握したにもかかわらず、誰一人として、計算未了との疑念を抱かなかった。③意匠設計担当者は、構造計算書が手書きの頁と構造計算ソフトのプリントアウトからなることくらいは知っているが、どのような内容の頁が含まれているべきか、最終頁がどのような体裁であるかを知らないのであるから、乱丁落丁の判断のしようがない。
イ 争点(3)イ(被告Y1及び被告Y6が旧商法二六六条の三第一項に基づく責任を負うか。)について
(原告の主張)
(ア) 設計事務所における会社に対する善管注意義務及び忠実義務とは、当該設計事務所の有する技術力が適正に行使されるために必要な技術的事項について管理を行い、また、当該設計事務所に依頼された業務が適正に執行されるよう人的物的環境を整え、かつ、その執行状況等を管理する義務をいい、成果物が法令等に適合したものであるかどうかの確認もかかる義務に当然に含まれる。
具体的には、b設計は、設計業務全般を自ら請け負った上で、そのうち構造設計業務を下請として他の設計事務所に委託するという方針を採っていたのであるから、その構造設計業務が適正に行われるよう指導監督し、業務を直接担当する建築士に対して、他の設計事務所の成果物を適正に管理するよう指導監督しなければならない(最低限、構造図と意匠図の整合性の確認、構造計算書の結果の確認、構造計算の結果と構造図の整合性の確認及び建築確認申請時に必要な書類の確認等を行うよう指導しなければならない。)。また、少なくとも、構造設計業務が適正に行われているかどうかを確認するのに必要な能力を備えた者をb設計内に確保しなければならない。
しかるに、被告Y1及び被告Y6は、上記の指導監督を行っておらず、被告Y6に至っては自ら上記業務を懈怠していることは明らかである。また、両名が業務の適正な執行をなし得ない者に担当させ、被告Y7の業務が適正に行なわれているかについて確認する能力を有する他の者を配置しなかったこと等により、構造計算について下請先である被告Y2研究所の業務が適正に行われたかどうか、さらには構造計算が終了しているかといった基本的な事項さえも確認できなかったのである。したがって、被告Y1及び被告Y6について上記指導監督義務及び人的物的環境を整える義務の懈怠があるとともに、かかる任意懈怠につき重大な過失がある。
したがって、被告Y1及び被告Y6は旧商法二六六条の三第一項に基づく損害賠償責任を負う。
なお、被告Y1は、本件建物の設計業務に関し、平成一九年一二月一〇日付けで業務停止六月の懲戒処分を受けた。
(イ) 被告Y1及び被告Y6の主張に対する反論
a 被告Y1及び被告Y6は、構造図が完成しているなら構造計算が終了していることが明らかになるところ、本件では、b設計担当者は構造図の完成を確認していると主張する。しかし、上記主張は、発注先から得た構造計算を盲目的に信じ、確認を行う体制が全くなかったことを自白しているにすぎない。また、今回の問題のそもそもの発端は、構造計算書の最終頁が欠落しているという、専門家でなくても発見できるものであったのであるから、構造計算を外部に発注したとしても、かかる最低限の確認すらできない状態で業務を進めたことについては責任を免れない。
b 被告Y1及び被告Y6は、b設計がなし得る工程管理を十分に行っていたと主張する。しかし、被告Y1らは、被告Y3らに対して、被告Y3らの業務状況を把握することなく、一方的にスケジュールを指示していただけであって、十分な工程管理を行っていたなどとは到底いえない。
(被告Y1及び被告Y6の主張)
(ア) 原告の主張する「指導監督義務」の内容は、b設計が請負契約の主体として負う義務そのものであり、取締役の第三者責任としての体制構築義務の内容とは異なる。
また、①b設計が意匠設計事務所であって構造計算の内容を分かり得ないこと(構造計算適合性判定制度(建築基準法六条五項、六条の二第三項)が改正建築基準法に盛り込まれたように、構造のプロでなければ、構造計算がわからない。)、②「下請」たる被告Y2研究所に、「元請」たるb設計の設計内容に対するチェック機能が与えられていることからすれば、一般に想起される「元請」の「下請」に対する指導監督義務と同じように、b設計が被告Y2研究所に対して構造設計業務が適正に行われるように指導監督を行うことには限界がある。b設計が工程管理としての指導監督をすることは可能であったとみる余地はあるかもしれないが、この点において、b設計は、自社のなし得る工程管理を十分に行っていた。
(イ) 原告が主張する体制構築義務の内容が、構造建築士を事務所内に確保することを求めているのであれば、会社内にどのような人材を確保するかは経営判断の問題であり、取締役の義務の範囲を逸脱する。
現在、意匠設計事務所では、構造計算を外注している事務所が大半を占める。これは、意匠設計は建築計画全体に関わることが多いのに対し、構造設計は全体の設計に対し関与する部分が限定されるため外注であっても不都合がないこと、構造を担当する設計士も、いくつもの事務所の構造設計をかけ持ちで担当することにスケールメリットがあるためである。
また、原告は、「少なくとも構造設計業務が適正に行われているかどうかを確認するのに必要な能力を備えた者」を事務所内に備えるべきであると主張するが、構造設計を専門とする設計士以外で、構造設計業務が適正に行われているかどうかを確認するのに必要な能力を備えた者はいない。
(ウ) 原告は、b設計が被告Y2研究所の業務が適正に行われたかどうか、さらには構造計算が終了しているかといった基本的な事項さえも確認できなかったと主張するが、「構造計算が終了しているかどうか」は、構造図が完成しているかどうかで明らかになる事項であり、本件では、b設計担当者は構造図の完成を確認している。また、b設計は、構造図と意匠図の突き合わせチェックをする体制を整えており、この点からも構造図が完成しているかどうかを確認している。構造計算は、構造物全体としての重量、バランス等を計算しているのであって、構造物全体として計算が終了しなければ、構造図の作成にも入ることができないことは理屈の上から明らかである。したがって、構造図が提出されている以上、計算未了などということはあり得ない。非難されるべきは、構造計算未了であるにもかかわらず、これを完成したものと偽って構造計算書を提出した被告Y3の行為である。
(エ) なお、懲戒処分は事務所の管理建築士個人に対して課される仕組みになっているため、被告Y1に対する懲戒処分は、被告Y1個人に対する処分ではなく、被告Y1を管理建築士とするb設計に対する処分であると理解している。
(4)  争点(4)(被告Y4建設関係―被告Y4建設が請負契約上の債務不履行責任、不法行為責任若しくは使用者責任を負うか。)について
(原告の主張)
ア 施工者の安全性配慮義務
①建設業法上、建設業者は、施工技術の確保に努めなければならないとされ(同法二五条の二七第一項)、その請け負った建設工事を施工するときは、工事現場に主任技術者を置いて、当該建設工事の施工計画の作成、工程管理、品質管理その他の技術上の管理を行わなければならないとされている(同法二六条、二六条の三)。これらの規定は、建設工事施工上の適切な技術の管理を定めることで建物の安全性の確保を図ったものであり、建設業者は、危険性の伴う建物建設の施工に関する専門家として、高い技術を有することが求められている。また、②すべての発注者は、基本的な安全性を備えている建物を建築することを当然に予定しているし、施工者も当然これを認識している。そして、実際の施工の場面において、建物の基本的安全性に配慮できる能力を備え、かつ建物の基本的安全性を確保できる立場にあるのは、施工者のみである。そうであるとすれば、発注者と施工者との間の契約では、建物としての基本的安全性が確保されることは当然の前提とされている。
したがって、建設会社である施工者は、契約関係にある発注者に対し、単に発注者の作成した設計図等に従う義務を有するのみでなく、当該契約に当然に包含される義務として、施工する建物が建物としての基本的な安全性に欠けることがないよう配慮すべき職務上の注意義務を負っていると解すべきである(最高裁平成一九年七月六日第二小法廷判決・民集六一巻五号一七六九頁参照)。
そして、施工会社が設計図等に不備を発見し、そのまま施工したのでは完成した目的物に欠陥が生じるおそれが明らかになった場合や、設計図等に従って施工することが危険である場合には、これを施主や監理者に通知すべき義務を有する(工事請負契約約款一六条は、このような趣旨から規定され、請負人が図面等の点検義務を負うことを前提としている。)。このことにも鑑みれば、施工会社は、安全性配慮義務の具体的内容として、設計図等の不備や設計図に従ってそのまま施工すれば建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵が生じる危険性がないかどうかを注意する義務を負っていると解すべきである。
そうだとすれば、施工会社は、建物の施工に関する専門家として、設計図等に従ってそのまま施工すれば、建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵が生じる危険があること等に容易に気付くことができたにもかかわらず、漫然とこれを看過し、その結果、建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵のある建築物が建設された場合には、瑕疵担保責任とは別に、不法行為責任又は請負契約上の債務不履行責任を免れないと解すべきである。
イ 本件における安全性配慮義務違反
本件建物の構造図には、杭頭接合部補強筋は、直径二五ミリメートルの異形鉄筋を一四本配置するよう明記されており、実際にそのとおりに施工されているが、実際に必要となる杭頭接合部補強筋の本数は、最低でも、構造図で明記されていた一四本(鉄筋径二五ミリメートル)の約三倍に当たる四一本(鉄筋径二五ミリメートル)であり、これは、杭頭接合部の検討を行えば明白のことである。
そして、被告Y4建設による本件建物の施工状況写真にもあるように、杭径φ一五〇〇ミリメートルの鋼管(杭)に一四本の鉄筋(杭頭接合部補強筋)を溶接した際の施工状況は、被告Y4建設施工に係る同規模のマンションである「mマンション」の場所打ちコンクリート杭の杭頭部分の補強の状況とは明らかに差異があり(通常、場所打ちコンクリート杭の杭頭接合部補強筋同士の鉄筋間隔が三〇〇ミリメートルを超えるようなケースは、見受けられない。)、本件建物と同規模のマンションを数多く施工管理している建設会社であれば、施工図面を作成する際、あるいは、杭の施工途中で、この鉄筋本数では杭頭接合部の応力度が許容応力度を超えているのではないかという疑問を抱くことが通常である(現に補強工事の見積りを依頼したd工務店は、この点について、一次設計(杭設計)につき問題意識を有している者はいなかったという状況の下、設計図書等を交付してから三週間を経ないうちに発見した。)。
そして、構造計算書を含めた設計図書は全て施工会社に渡しているのであるから、疑問点があれば設計図書の該当箇所を再チェックすべきであるし(本件では基礎杭の構造計算書にて、杭頭接合部補強筋の必要本数を算出するために必要な計算及び検討が全く行われていないことは明らかなのであるから、再チェックをすれば確実に発見することができた。)、仮に構造計算書の再チェックを行わないとしても、少なくとも疑問点を監理者等に連絡をすべきであった。
また、そもそも、本件建物の施工で採用した杭(杭の下部が鉄筋コンクリート、上記が鋼管コンクリート)を用いた杭工事は、当時静岡県内では比較的新しい工法であり、このような新技術・新工法を初めて採用する場合は、会社での社内検討などを行い、十分な検討を行うことが必要であった。
なお、被告Y4建設は、杭頭接合部補強筋の本数の是非については、構造計算にまで遡らなければ判断できないと主張するが、原告は、被告Y4建設に対して、杭頭接合部補強筋の適切な鉄筋径や必要本数の算出を求めているのではない。原告は、あくまで、本件建物の杭頭接合部の構造図あるいは実際の施工状況について、施工を担当する建設会社として求められる建物としての基本的な安全性が欠けることのないよう配慮する義務を履行してさえいれば、当然に杭頭接合部補強筋の本数や鉄筋径に問題があることに気付くことができたと主張しているものである。
以上から、被告Y4建設は、被告Y3によって作成された構造図における杭頭接合部補強筋一四本が、杭自体の直径に鑑みてもあまりに少ないものだと容易に判断することができたにもかかわらず、これを漫然と看過したという重大な過失が認められ、その結果、建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵ある建築物が建設されるに至ったのであるから、債務不履行責任又は不法行為責任を免れない。
以上から、被告Y4建設は、民法四一五条又は同法七〇九条若しくは民法七一五条(現場代理人の不法行為についての使用者責任)に基づき、原告に対し損害賠償責任を負う。
(被告Y4建設の主張)
ア 施工者の安全性配慮義務について
(ア) ①建設業法二五条の二七第一項の規定は、建設業者に対する一般的な訓示規定であって、当該規定から発注者に対する何らかの義務が導かれるものではないし、施工技術(設計図書に従って建設工事を施工するために必要な専門の知識及び能力)の確保を内容としており、原告の主張する安全性配慮義務を基礎付けるものではない。また、建設業法二六条の三の規定は、建設工事を適正に施工するための規定に過ぎず、完成建物の技術的水準を確保する趣旨ではなく、完成建物の「建物としての基本的安全性」に関する規定でもない。また、②原告が指摘する最高裁平成一九年七月六日判決は、居住者など契約関係に立たない第三者に対する関係で施工者が負担すべき注意義務について判示するものであって、直接の契約当事者である発注者に対する関係で判示するものではなく、直接の契約関係に立つ発注者に対する関係で、契約で合意されている内容の施工業者の義務を超えた重い義務を課す趣旨ではない。その上、この事案は、設計図書には不備がないにもかかわらず、施工業者が設計図書どおりの施工を行わなかったという事案であり、設計図書そのものに不備が存在していたという本件とは事案を異にする。さらに、③一般に請負契約においては、瑕疵担保責任は債務不履行責任の特則であり、請負人は瑕疵に関しては瑕疵担保責任とは別に債務不履行責任を負わないと解されており、原告の主張する契約上の義務としての「建物としての基本的安全性が欠けることがないように配慮すべき義務」の違反の責任を請負人が負担することはない。④原告は、工事請負契約約款一六条は、施工会社が設計図等に不備を発見し、そのまま施工したのでは完成した目的物に欠陥が生じるおそれが明らかになった場合等には、これを施主や監理者に通知すべき義務を課す趣旨から規定されている旨を主張する。しかし、上記約款によっても、施工会社は、図面・仕様書又は監理者の指示によって施工することが適当でないと請負者が認めたときには監理者に通知することとされているのであり、これらの事項について調査・探知するために再度構造計算を行う義務はないし、自ら疑問点を発見して監理者等に連絡すべき義務も存在しない。また、⑤発注者が「設計」と「施工」とをあえて分割発注した以上、「施工」のみを請け負った施工者が設計上の瑕疵について責任を負わず、設計上の瑕疵の責任については、施工者との関係においては発注者が負担することは当然のことである。また、本件建物の工事においては、設計者であるb設計が監理者として現場に常駐していたのであるから、施工の場面において、設計に関して原告の主張するような建物の基本的安全性に配慮できる能力を備え、かつ、建物の基本的安全性を確保できる立場にあるのは、設計者兼監理者であるb設計であって、被告Y4建設ではない。被告Y4建設は、工事施工のみを受注したものであり、発注者である原告より与えられた設計図書により指定された技術・工法に従って施工すれば足りる。
以上より、施工者である被告Y4建設は、契約関係に立つ発注者である原告との間において、契約で合意された義務の内容を超えて、建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負うものではない。
(イ) 本件における安全性配慮義務の内容
原告は本件における安全性配慮義務の内容について「施工を担当する建設会社として求められる建物としての基本的な安全性が欠けることのないよう配慮する義務」としか主張しておらず、その具体的内容について明らかにしていない。被告Y4建設が具体的に何をどのようにチェックしていれば、杭頭接合部に生じる応力度が許容応力度を超えることに容易に気付き得たのかに関する主張もなく、ただ漠然と被告Y4建設に義務違反がある旨を主張するだけでは、本件における安全性配慮義務違反の内容を主張したことにはならないし、被告Y4建設に義務違反が存在するものでもない。
杭頭接合部補強筋の本数は、当該杭に作用する水平力、軸力、杭周辺の地盤の水平方向の変形のしやすさ、杭頭接合部補強筋の材質及び径、杭径並びに杭頭部のコンクリート強度を基にして、極めて専門的かつ複雑な計算式に基づいて実施される構造計算によって算出されるものであるから、杭頭接合部補強筋の本数の是非については、構造計算にまで遡らなければ判断できるものではない。したがって、杭頭接合部補強筋の本数の適否について判断を求めることは、本件建物の工事において第三者である設計者が作成した設計図面に従って施工することのみを請け負っているにすぎず、原告より設計業務ないしその一部である構造計算を請け負っているわけではない被告Y4建設に、構造計算書のチェックを行う義務があるというに等しい。よって、施工のみを請け負った被告Y4建設が、杭頭接合部補強筋の本数の適否に関して安全性配慮義務を負うものではない。
イ 安全性配慮義務違反のないことについて
①構造計算は、極めて専門的かつ複雑な計算式に基づいて実施されているものであるところ、杭頭接合部補強筋の本数が不適当であるか否かは、構造計算にまで遡らなければ判断できるものではない。②そもそも、杭頭接合部補強筋の必要本数は、当該杭に作用する水平力、軸力、杭周辺の地盤の水平方向の変形のしやすさ、杭頭接合部補強筋の材質及び径、杭径並びに杭頭部のコンクリート強度等に応じて算出されるものであるから、杭頭接合部補強筋の鉄筋径のみ認識できても、杭頭接合部補強筋の必要本数が何本であるかを判断することはできないことはもちろん、一四本という本数が必要本数を満たしていないなどと直ちに判断することもできない。③杭頭接合部補強筋の必要本数は、当該杭に作用する水平力、軸力、杭周辺の地盤の水平方向の変形のしやすさ、杭頭接合部補強筋の材質及び径、杭径並びに杭頭部のコンクリート強度等に応じて極めて専門的かつ複雑な計算式に基づいて算出されるものであり、同規模のマンションであるからといって一概に比較できるものではない。また、④実際に施工された他の物件において、杭頭接合部補強筋の必要本数が一四本未満であったり、杭頭接合部補強筋同士の鉄筋間隔が三〇〇ミリメートルを超えるようなケースも実際に存在しており、杭頭接合部補強筋が一四本であるとか、杭頭接合部補強筋同士の鉄筋間隔が三〇〇ミリメートルを超えているからといって、杭頭接合部に生じる応力度が許容応力度を超えることが視覚的に認識できるものではない。また、⑤そもそも杭頭接合部補強筋の必要本数は、当該杭に作用する水平力、軸力、杭周辺の地盤の水平方向の変形のしやすさ、杭頭接合部補強筋の材質及び径、杭径並びに杭頭部のコンクリート強度によって決まるという関係にあるから、杭頭接合部補強筋の直径が大きければ、杭頭接合部補強筋の数が少なくても強度的に問題がないことになるのであって、単に杭頭接合部補強筋の本数のみによって杭頭接合部に生じる応力度が許容応力度を超えるか否かを判断できるものではない上に、杭頭接合部補強筋の鉄筋径を視覚的に把握することも困難である。⑥現に、設計者兼監理者であるb設計及び、自ら建設業許可を受け、一級建築士事務所登録もしている原告自身のいずれも杭頭接合部補強筋の本数について疑問を抱いていなかったし、構造計算の専門家である被告Y3ですら、本件における杭頭接合部に関する構造計算については何ら問題がないと主張している。とりわけ、設計者として自ら本件建物の設計を行っているb設計が、監理者として本件建物の建築現場において杭頭接合部について確認しているにもかかわらず、杭頭接合部補強筋の本数について何らの疑問を抱いていないのであるから、建築現場において杭頭接合部を見ただけではそのような疑問を抱かなくても当然である。⑦d工務店に対しては、いわゆる○○事件等を契機にしてマンションの耐震強度不足問題が社会問題化し、全国的にマンションの耐震強度に疑問が抱かれている状況下で、本件建物において既に発覚していた保有水平耐力の不足への対応のための補強工事の見積りを依頼したとのことであって、d工務店はそれ以外の問題も含めて耐震強度の充足について細心の注意を払いながら見積り・確認作業を行ったものと考えられる。そのような状況の下で、d工務店が構造図に記載されていた鉄筋本数では杭頭接合部補強筋に生じる応力度が許容応力度を超えていることを発見したとしても何らの不思議はなく、そのことをもって一般的に杭頭接合部補強筋の本数の不足を発見することが通常であるといえるものではない。なお、原告がd工務店に対し耐震強度不足の是正工事計画を依頼したのは平成一九年四月下旬であり、d工務店からの報告書の提出日は同年六月一八日であるから、直ちにd工務店が発見したものではないし、仮に原告がd工務店に対し設計図書等を交付したのが同年五月三〇日であるとしても、やはり直ちにd工務店が発見したものではない。
したがって、仮に杭頭接合部補強筋の本数が不足していたとしても、被告Y4建設は施工現場でそのことに容易に気付くことができるものではない。
なお、施工会社も疑問点があれば設計図書の該当箇所を再チェックすべきであるし、少なくとも疑問点を監理者等に連絡をすべきであったとの原告の主張は、本件建物において、杭径φ一五〇〇ミリメートルの鋼管(杭)に一四本の杭頭接合部補強筋を溶接するのでは杭頭接合部補強筋に生じる応力度が許容応力度を超えているのではないかとの疑問を抱くことを前提とした議論であるが、被告Y4建設はそのことに対し疑問を抱かなかったのであり、また、そのことについて過失も存在しないのであるから、原告の主張はその前提を欠くものである。
また、本件建物の施工で採用した杭を用いた杭工事は、当時静岡県内では比較的新しい工法であり、このような新技術・新工法を初めて採用する場合は、会社での社内検討などを行い、十分な検討を行うことが必要であったとの原告の主張に関しては、本件建物の施工で採用した杭は特段目新しい工法ではなく、原告の主張は前提を欠く上に、被告Y4建設は、発注者である原告より与えられた設計図書により指定された技術・工法に従って施工すれば足りるものであって、原告が主張するような検討を行う義務を負うものではない。
(5)  争点(5)(損害の発生及びその額並びに被告らの行為と上記損害との因果関係)について
(原告の主張)
ア 損害の発生及びその額について
(ア) 原告が被った損害の項目及び額は、以下のとおり一一億六七九〇万九五九五円である。
a 買取金額 一〇億〇〇八八万五一四七円
原告が本件建物の住民から全戸を買い取った際の買取金額である。
b 固定資産税等 一六六万九四三五円
原告が本件建物の買取りに際し、平成一九年度固定資産税を本件建物の住民と所有期間に応じて精算したことによる精算金である。
c 解体費 五八八〇万円
本件建物の解体工事費用である。
d 登記費用 八九四万九九〇〇円
本件建物の所有権を住民から原告に移転した際の移転登記費用である。
e 引越費用 一五二三万六一三九円
本件建物の解体が決定し、住民が正式な住居を見つける前に退去することを余儀なくされ、仮の住居へ引越しをする必要が生じ、その費用を原告が負担した。また、その後の正式な住居への転居費用も原告が負担した。
f トランクルーム費 八二万三五七〇円
本件建物の住民が仮住居に居住している期間中、荷物等が仮住居に収まらないという事態が生じたため、原告がトランクルームの費用を負担した。
g 家賃差額・引越支度金 七〇六万〇三二六円
原告が、本件建物の住民の仮住居の家賃と本件建物の想定賃料との差額として支給した金額及び本件建物の住民に支度金として支給した金額である。
h 家賃 一六〇三万〇五二六円
本件建物の住民が仮住居に居住していた間の仮住居の家賃である。
i 敷金礼金仲介料 一〇四四万六一五七円
本件建物の住民が仮住居に転居する際にかかった敷金、礼金及び不動産仲介業者への仲介手数料を原告が負担した。
j 近隣対策費 一〇五万円
本件建物の解体にあたり、近隣家屋に損傷を与えていないかどうかにつき、解体工事前と解体工事後に近隣の家屋を調査する必要があり、この調査業務をn工業に委託した。
k 構造計算等の費用 三七九万八〇〇〇円
構造計算の再計算、杭頭接合部補強筋の必要本数の再計算のための委託費用である。
l 記者会見費用 一六六万三〇五八円
耐震強度不足の発覚後である平成一九年四月二四日に、原告が「静岡県eセンター」にて行なった記者会見に関する費用である。
m 対策業務費用 三六七万五〇〇〇円
本件建物の住民の仮住居や引越しの手配に関する業務をfリゾートに委託した。
n 電波障害対策費用 一七一万一五〇〇円
原告は、本件建物を建設した際、近隣住民のテレビが映らなくなるという電波障害が発生したため、本件建物の屋上に共同アンテナを設置し、ここから近隣住民の各住宅に線を引いたところ、今回、本件建物を解体せざるを得なくなったことにより、共同アンテナも撤去され、再び近隣住民のテレビが映らなくなるため、近隣住民の各住宅(一〇戸)に個別アンテナを設置するという復旧工事をl株式会社に委託した。
o 人件費 三二〇三万三五六九円
原告が、本件の対応をすることを余儀なくされた従業員に支払った人件費である。総支給額に、本件への対応に割いた時間の割合を乗じて算出した。
p 不動産取得税 一六六万〇一〇〇円
原告が本件建物の敷地を取得したことについての不動産取得税である。
q その他経費 二四一万七一六八円
上記以外の経費である。
(イ) 上記(ア)の損害額から控除されるのは、本件建物の買取りにより取得した土地の価格二億三四一三万四六〇〇円及び回収額二四一二万七六八七円の合計二億五八二六万二二八七円である。
(ウ) 原告には、少なくとも損害額の一割の弁護士費用の損害が生じている。その額は、一一億六七九〇万九五九五円から二億五八二六万二二八七円を控除した九億〇九六四万七三〇八円の一割の九〇九六万四七三一円である。
(エ) 以上のとおり、原告の被った損害の合計額は、一〇億〇〇六一万二〇三九円である。
イ 補強工事が不可能又は著しく困難であったこと(建替費用相当額の損害との相当因果関係)について
(ア) 技術的問題点
a 一次設計の問題点について
本件建物における一次設計においては、「③杭頭補強鉄筋の不足」、「④鋼管杭の強度不足」、「⑤支点引抜き力の扱い」、「⑥柱の断面不足」、「⑥大梁の断面不足」及び「⑥柱梁接合部の耐力不足」という問題点があり、いずれも是正の必要があった(なお、「③杭頭補強鉄筋の不足」以外の問題は、原設計において、「ボイドスラブの平均厚」について、平均厚を二三ミリメートル薄く算定し、また、「仕上げ荷重」について、柱、梁仕上げ荷重を考慮せず、壁仕上げ荷重を過少評価しているという問題があったために、再計算すると、原設計よりも実際の荷重が約二一パーセント重くなるという問題等原構造計算書と構造図及び意匠設計図との数値の齟齬があったことにより生じた。)。
b 二次設計の問題点について
また、上記の数値の齟齬を考慮して、国土交通省の数値を基にした場合、本件建物における二次設計においては、保有水平耐力比の最小値が、X方向で〇・六二、Y方向で〇・八〇しかないという問題点があった。
(イ) 技術的に耐震補強工事が不可能又は著しく困難であったこと
a 杭の増設について
杭の増設の方法によることは、住民の承諾を要するバルコニー等の撤去を必要とし、しかも、仮にこれを実施したとしても、杭頭接合部補強筋不足の問題を解消する効果が得られず、また、鋼管杭の強度不足以外の瑕疵は是正されないものであったため、実施することが不可能であった。
b 杭頭接合部の補強について
杭頭接合部補強筋を補強するためには、フーチングと基礎梁の一部をはつり取り(切削等をすることにより切断すること)、杭頭補強接合部を顕にした上で施工し、杭頭接合部補強筋を追加する必要があったが、本件建物においては、重機が入り込めないため、人力掘削による施工しかできず、実施することができなかった。
c 基礎免震について
基礎免震工事(マンションの基礎の部分を免震構造にするもの。甲七九)を実施するためには、山留工事が必要となるところ、甲七九の別添「山留施工計画図」のとおり、隣地の借地等が必要となる上、住民の承諾を得てバルコニーを撤去し、さらにピット式駐車場を撤去し、電線盛替及びそのための道路管理者との協議が必要であり、山留工事を行うことが不可能又は著しく困難であった。
d 中間階免震について
中間階免震工事(マンションの中間階を免震構造にするもの)については、施工は不可能ではなかったが、階段やエレベーターの納まりを考慮すると、設計上著しく困難であった。また、この補強工事は、本件建物の基礎部分を補強するものではないため、杭頭接合部補強筋不足の問題が解消されないという問題があった。したがって、本件建物においては、中間階免震工事は実施することができなかった。
e 階数低減について
階数低減(一〇階建てであった本件建物から、階数を減らすことによって、耐震強度が基準を満たす状態にするもの)は、本件建物においては、大型重機を用いての解体が不可能という事情から、階数を低減するための作業を実施することができず、また、そもそも、一〇階建てで分譲済みのマンションについて、階数を低減して戸数を減らす結果になるものであるから、住民から承諾が得られるはずもなく、補強工事としては非現実的であった。したがって、本件建物においては、階数低減工事は実施することができなかった。
f 外殻フレーム用鋼管杭による水平力の負担について
外殻フレーム用鋼管杭による水平力の負担は、当初、保有水平耐力比を一・〇以上に回復することを目的とした外殻フレーム工法を施工するため新たに設置を計画していた鋼管杭を利用して、一次設計の是正工事を検討したものであるが、この工事では効果は期待できないため、検討の対象とならなかった。
g 以上のとおり、本件では、国土交通省の指摘やd工務店による調査を踏まえ、各補強工事について検討した結果、本件建物について補強工事による対応は、いずれも実施が不可能又は著しく困難であり、しかも、仮に一部の補強工事が実施できたとしても、「一次設計」及び「二次設計」に係る全ての瑕疵を補強することは不可能であることが判明した。したがって、本件建物の補強工事は、技術的に不可能又は著しく困難であった。
(ウ) 補強工事について入居者の理解を得ることが不可能であり、補強工事を行っても買取り費用が発生すること
a 本件建物の住民からは、住民説明会等において、補強工事について強く反対されており、補強工事について入居者の理解を得ることが不可能であった。したがって、本件建物の補強工事は、技術的な問題だけでなく、住民との関係でも不可能なものであったことが明らかである。
b また、本件建物において、仮に補強工事が実施可能であったとしても、住民との関係では、買取り費用の発生は避けられない状況にあった。
すなわち、補強工事の結論が、住民に受け入れられるものでないことは明白であった上、その後、d工務店から、本件建物における補強工事が不可能又は著しく困難との結論が出された。本件においては、仮に補強工事が実施可能であったとしても、住民との関係では、買取り費用の発生は避けられなかった。すなわち、住民の意向を無視して、補強工事を強行したとしても、工事に反対する買主からは、本件建物の売買契約について、瑕疵担保責任に基づく解除がされたと考えられるから、そのような住民に対しては、結局、買取り費用の支出を余儀なくされたのである。
以上のとおり、本件建物の補強工事が実施できたと仮定した場合であっても、工事に係る費用に加えて、上記の買取り費用が同様に発生したことになり、取壊しの場合以上の損害が発生したことは明らかである。
(エ) 費用的問題点
なお、本件建物においては、杭頭接合部だけでなく、保有水平耐力比の問題についても工事を行う必要があったのであり、仮に、杭頭接合部の補強工事が可能であったとしても、杭頭接合部だけの補強工事というものを実施することはそもそもあり得なかったものである。被告Y4建設は、杭頭接合部の応力度を許容値の範囲内とするための補強工事に要する費用を一億七四三二万五〇〇〇円、保有水平耐力の基準を満たすための補強工事の費用を四億七二〇〇万円と見積もっているが、補強工事を行うには、住民が不利益を被るために支払う損害賠償(補強工事の同意を得るためには少なくとも一戸当たり五〇〇万円支払う必要があると考えられ、全三六戸の同意を得るには少なくとも一億八〇〇〇万円必要である。)、駐車場が使用できなくなるため代替用地を取得する費用(七二〇〇万円)、住民が仮住まいしている間の家賃の負担・引越費用(一年以上の長期に渡ることが予想され、少なくとも一億円は下らない。)が必要であり、少なくとも九億九八三二万円の費用が発生し、到底採りえない選択肢であった。
(オ) 被告Y4建設の主張について
仮に、被告Y4建設の負う責任が杭頭接合部の応力度が許容値を超えないようにするための措置の費用に限定されるとしても、被告Y4建設の主張する補強工事は技術的に著しく困難である。すなわち、①甲九一の一の図面一番右下のフーチングは、人や作業用機械が入り込むことは困難であり、はつることができるのは、せいぜいフーチングの左上のごく一部の部分のみにとどまることなどからすれば、被告Y4建設が主張するとおり、基礎梁(地中梁)をはつり、切断したりすることなく、杭頭接合部補強筋を補強することは著しく困難であり、現実的ではない。また、②上記補強工事が必要とする簡易山留は崩れやすいものであるから、仮に山留打設をしたとしても、それが独立して自立できるとは考えにくい。また、本件建物の杭頭接合部には、基礎梁が存在するため、ライナープレートを設置するとしても基礎梁を避けることにならざるを得ず、これでは、ライナープレートで掘削した穴の壁面全体を囲むことができないため、掘削した穴の壁面が崩壊することを防ぐことができない。また、③部分的とはいえ、構造上非常に重要な部位であるフーチングのコンクリートを撤去したまま、数日間放置すれば、この作業中の基礎杭の強度が、元の強度を下回ることがないとは考えられない。被告Y4建設は、フーチングのうち、構造耐力上の役割を果たす部分が、戊一二の橙色の部分のみに限定されるとの主張について理論的な根拠を示していない。また、④実際には数日間も地中梁及びフーチングの鉄筋がむき出しになる工事計画自体、住民を危険にさらす結果となることが明らかであるから、仮に施工可能であったとしても、本件建物において住民の承諾を得ることは不可能又は著しく困難であった。また、⑤戊四の二の図によると、あたかもD35の杭頭接合部補強筋を三四本設置できるように示されているが、実際には地中梁の主筋(下筋)がフーチングの中に入り込んでおり、被告の主張するような補強工事は著しく困難と考えられる。さらに、⑥平成一九年当時は、○○事件等の一連の耐震強度不足問題が社会的に大きな問題となっており、本件建物の住民は、住居の安全性に対して大きな不安を抱えている状況であった(特に、静岡市は、いわゆる東海大地震の発生が懸念されている地域であり、住民の耐震強度不足に対する不安は他の地域に比べてはるかに大きいものがある。)。そして、仮に、物理的・技術的に補強工事が可能であったとしても、これを実施すれば、本件建物の外観や住居の居住空間に極めて大きな変更が生じることになり、また、補強工事に要する期間は、被告Y4建設の補強案だけでも一年間に及ぶとのことであるから、その他の補強工事を含めれば一年間をはるかに超えることになる。また、被告Y4建設が主張する補強工事は、本件建物の共用部分の変更に該当するため、区分所有者及び議決権の各四分の三以上の多数による集会の決議が必要となる(建物の区分所有等に関する法律一七条)。また、住民は、錯誤無効の主張が可能であった。したがって、これらの事情を考慮すれば、補強工事を明確に拒否する住民を説得して、又は強行に瑕疵担保責任の履行として、原告が補強工事を実施することなど到底不可能であった。
以上のとおり、被告Y4建設の主張する補強工事は、技術上困難と思われる内容を含むものであり、かつ、その内容に照らして、明らかに本件建物の住民の承諾を得られるものではないから、被告Y4建設の主張する工事方法は実施し得ないものである。
また、住民に対する住居補償・買取り費用等を一切考慮しないものであって、本件建物の工事費用として相当なものとは言えない。
(被告静岡市の主張)
本件建物の耐震強度不足に対しては補強工事により対処が可能であったのであり、原告が住民からの全戸買取りによる解決を余儀なくされた原因は、杭頭接合部の不良にある。全戸買取り及び解体という措置は、耐震強度不足に対しては必要以上に過剰なものであったから、原告が主張する各損害項目のうち、被告静岡市が賠償すべき損害はない。
(被告Y3らの主張)
争う。
(被告Y1らの主張)
損害の発生及びその額については不知又は争う。仮に被告Y1らに何らかの責任があるとしても、被告Y1らは杭頭接合部の構造について詳細を知りえず、被告Y1らの過失と杭頭接合部に関する損害との間に因果関係がないことは明らかである。
(被告Y4建設の主張)
ア 損害の発生及びその額については、不知又は争う。
イ 補強工事が不可能又は著しく困難であったこと(立替費用相当額の損害との相当因果関係)については、否認又は争う。
ウ 仮に被告Y4建設が損害賠償責任を負うとしても、負うべき責任は杭頭接合部補強筋の不足に基づき生じた損害にとどまるものである。すなわち、杭頭接合部補強筋に生じる応力度が許容応力度を超える設計となったことに関して、被告Y4建設が構造図における杭頭接合部補強筋の本数が少ないことを見逃したか否かと、設計者が保有水平耐力不足の設計をした行為(及び被告Y7らがそれを見逃した行為)とは全く無関係である。したがって、原告が主張する杭頭接合部補強筋の本数不足の点に関する被告Y4建設の不法行為と、保有水平耐力を充足させるための措置に要する費用が発生したこととの間には因果関係は(条件関係すら)存在しない。
エ また、原告が主張する杭頭接合部補強筋の不足に対しては、本件建物の全面建替えによらなくても、以下述べるような補強工事によって杭頭接合部補強筋に生じる応力度を許容応力度の範囲内とすることが可能である。
よって、仮に被告Y4建設が本件に関して不法行為責任を負うとしても、負うべき責任は、杭頭接合部補強筋に生じる応力度を許容応力度の範囲内とするための補強工事に要する費用である一億七四三二万五〇〇〇円にとどまる。
(ア) すなわち、原告が杭頭接合部補強筋が不足していると主張する一〇本の基礎杭について一本ずつ、おおよそ次の手順で順次補強(以下「本件補強工事」という。)を施すことで足りるのである。
① 超高圧水により鉄筋コンクリート構造物において鉄筋に損傷を及ぼすことなくコンクリートだけを破砕することのできるウォータージェット工法を用い、既設の一四本のD25の杭頭接合部補強筋の外周部に七五ミリメートルのコンクリート部分(かぶり厚さ)が残るように周辺の基礎をはつる。
② 上記①の結果、既設の一四本のD25の杭頭接合部補強筋の外周部に残されたコンクリート部分に、順次新たにD35の杭頭接合部補強筋三四本を設置する(鋼管と溶接する)。
③ コンクリートを打ち直して基礎を修復する。
(イ) 本件補強工事においては、ウォータージェット工法を用いることにより、騒音及び振動をほとんど生じさせることなく杭頭接合部の補強を行うことができ、また、工事施工中、その作業範囲に住民の居住に必要な施設等がかかる場合には、適宜必要な措置を講じることにより、住民が本件建物に居住したままの状態で施工を行うことが可能である。
(ウ) 以上のような本件補強工事の総工事期間としては約一二か月間を要するものである。
オ 補強工事に関する原告の主張について
被告Y4建設の補強工事案は、①基礎梁(地中梁)のコンクリートをはつる(ことにより切断する)ものではなく、杭頭接合部を顕にするものでもない。また、②土工事は主に人力作業で行い、重機(掘削機)を補充的に使用することを想定しているが、ミニユンボであれば作業現場に入ることは十分可能である。したがって、工事を行うための重機が入り込めないなどということはあり得ない。また、③仮に簡易山留による山留に支障が生じる場合があれば、ライナープレート(鋼板製の山留用プレート)を利用して山留を行えば足りる。ライナープレートは独立して自立するし、基礎梁を避けて施工可能である。さらに、④フーチングは、はつり後も杭の水平投影面積を包含しており、フーチングの構造耐力上の役割を果たす部分については全く手が加えられないから、フーチングの一部(戊一二の橙色の部分)を一時的に撤去しても、必要な九・四ミリメートルを大きく超える七五ミリメートル程度のかぶり厚さを残しており、フーチングの構造耐力上の役割には全く影響がない。したがって、作業中の基礎杭の強度が元の強度を下回ることはない。また、⑤基礎梁(地中梁)のコンクリートについても、原告のいう地中梁の主筋(下筋)がフーチングの中に入り込んでいる部分についてはつることは想定しておらず、この部分に新たな杭頭接合部補強筋を設置することも想定していない。また、⑥地中梁及びフーチングの鉄筋がむき出しになるとの原告の主張については、当該主張自体根拠がないばかりでなく、被告Y4建設の補強工事案においては、基礎梁(地中梁)についてそのコンクリートをはつるものではないし、フーチングについても、フーチングのうち構造耐力上の役割を果たす部分のコンクリートを撤去するものではないから、当該部分の鉄筋がむき出しになることはない。また、⑦本件補強工事のように杭頭接合部補強筋を偏って配置しても、杭頭接合部の補強後の短期許容曲げモーメントは本件建物で必要な短期許容曲げモーメントを上回っている。
また、原告は、住民の理解を得ることが困難であったことを主張するが、そもそも、原告は、本件補強工事案を事前に住民に対し提案していないのであって、住民が補強工事を受け入れないとの原告の主張自体、何の根拠もない。加えて、補強工事の可否の判断は物理的・技術的に可能か否かによるべきものである。また、住民の立場から言えば、売買契約の目的を達することができないような事情が存在するものではなく、マンション売買契約について解除権を有するものではないし、錯誤による無効の主張により契約関係から離脱することも認められない。
なお、被告Y4建設が主張する補強工事は、本件建物の共用部分の変更に該当するため、区分所有者及び議決権の各四分の三以上の多数による集会の決議が必要となるとしても、本件建物においては区分所有者の集会において補強工事施工による共用部分の変更の可否について採決がされ、これが否決されたものではない上に、住民には本件建物の売買契約の解除権が存在しないのであるから、本件補強工事案による共用部分の変更決議を否決することに合理性はなく、本件補強工事案の実施が不可能であったものではない。理論的にも、仮に本件建物の区分所有者の集会において共用部分の変更の決議がされないのであれば、住民が瑕疵担保責任に基づく修補請求をしないということを自ら宣名していることにほかならず、原告が住民から住戸を買い取ることの根拠となるものではない。
よって、原告が本件補強工事の提案をした場合に、住民がこれを拒む理由はないのであるから、原告は本件補強工事を粛々と行えば足りたのである。なお、被告Y4建設の補強工事案は、住民がマンションに居住したままの状態で施工を行うことが可能であり、住民に対する住居補償は不要である。
(6)  争点(6)(第一事件被告らの連帯債務となるか。)について
(原告の主張)
ア 共同不法行為が成立するためには、個々の加害行為について不法行為の要件を具備することに加えて、共同行為者間において、「客観的に関連して共同する」こと(客観的関連共同性)が必要とされ、かつ、それで足りるとされており、意思の共同などの主観的な関連共同性は不要とされている。
イ 各被告における不法行為の成立
被告らのうち、被告静岡市については国家賠償法一条一項の要件を、被告Y1については旧商法二六六条の三第一項の要件を、被告Y6については旧商法二六六条の三第一項の要件又は民法七〇九条の要件を、被告Y7については民法七〇九条の要件を、被告Y3については民法七〇九条の要件を、被告Y2研究所については民法七〇九条又は有限会社法三二条、旧商法七八条二項及び旧民法四四条の要件を、被告Y4建設については民法七〇九条又は民法七一五条の要件を、それぞれ満たしており、各自が原告に対してそれぞれ不法行為責任を負っている。
ウ 客観的関連共同性
(ア) 被告Y3及び被告Y2研究所の不法行為
被告Y2研究所の責任は、代表取締役である被告Y3の重大な過失行為により、本件建物の耐震強度不足を生じさせる原因となった設計図書を作成したことにあり、被告Y2研究所の加害行為と被告Y3の加害行為とは、密接不可分であり社会通念上一体であるから、客観的関連共同性が認められる。
(イ) 被告Y7及び被告Y6の民法七〇九条が適用されるべき加害行為
下請設計業者による構造計算及び構造図の作成と、元請設計業務を担当する者としての監理業務は、いずれも本件建物を建築基準関係規定に適合させて建設するために必要不可欠な行為であり、かつ、本件建物の設計、建築確認、そして施工という本件建物の建築の一連の過程に属するものであるから、両者は密接不可分であり社会通念上一体である。
したがって、被告Y3の加害行為、被告Y2研究所の加害行為並びに被告Y7及び被告Y6の民法七〇九条が適用されるべき加害行為との間には、当然に客観的関連共同性が認められる。
(ウ) 被告Y1及び被告Y6の旧商法二六六条の三が適用されるべき行為
下請業者による構造計算及び構造図の作成と、発注者から設計業務を請け負った設計事務所の代表取締役として、建築基準関係規定に適合する設計図書を作成せしめることは、いずれも本件建物を建築基準関係規定に適合させて建設するために必要不可欠な行為であり、かつ、本件建物の設計、建築確認、そして施工という本件建物の建築の一連の過程に属するものであるから、被告Y3の加害行為、被告Y2研究所の加害行為並びに被告Y7の加害行為及び被告Y6の旧商法二六六条の三が適用されるべき加害行為と密接不可分であり社会通念上一体である。
したがって、被告Y3の加害行為、被告Y2研究所の加害行為並びに被告Y1及び被告Y6の旧商法二六六条の三が適用されるべき行為との間には、客観的関連共同性が認められる。
なお、裁判例において、旧商法二六六条の三に基づく取締役の第三者に対する任務懈怠責任についても、当該任務懈怠が他の加害行為との間で客観的関連共同性が認められる場合には、当該任務懈怠行為は、他の加害行為との関係で、共同不法行為が成立するものと解されている。
(エ) 被告静岡市の行為
建築主事による確認行為は、法律によって義務付けられている行為であって、建築基準関係規定に適合した本件建物を建設するために、必要不可欠な行為であり、かつ、本件建物の設計、建築確認、そして施工という本件建物の建築の一連の過程に属するものであるから、被告Y3、被告Y2研究所、被告Y7、被告Y6及び被告Y1の加害行為ないし任務懈怠行為と密接不可分の行為であり社会通念上一体である。
したがって、建築主事の行為は、上記各行為との関係において、客観的関連共同性が認められることは明らかである。
なお、私人の加害行為と国又は公共団体による加害行為について、共同不法行為が成立することは、裁判例においても明らかである(国家賠償法四条)。
(オ) 被告Y4建設の行為
構造図等に基づく施工会社による施工は、本件建物の設計、建築確認に続くいわば建築過程の最終段階の行為であり、本件建物の建築という一連の過程に必要不可欠なものである。さらに、建築基準関係規定に適合した本件建物を建設するためにも、施工会社による適切な注意義務の履行が必要不可欠である。
したがって、被告Y4建設の行為は、被告Y3、被告Y2研究所、被告Y7、被告Y6及び被告Y1の加害行為ないし任務懈怠行為並びに建築主事の行為と密接不可分であり社会通念上一体であるから、客観的関連共同性が認められることは明らかである。
エ 小括
(ア) 以上のとおり、被告らの加害行為については、それぞれが不法行為の要件を具備しており、上記のとおり客観的関連共同性が認められるから、共同不法行為(民法七一九条一項前段)が成立する。
そして、共同不法行為が成立した場合、各行為者は、連帯して損害全体について責任を負う。なお、被告Y2研究所の旧民法四四条に基づく責任については、被告Y3と不真正連帯債務を負うこととなる。また、複数の不法行為が順次競合した事例において、各行為者の損害額が限定されないことは、判例上明らかにされている(最高裁平成一三年三月一三日判決・民集五五巻二号三二八頁)。
よって、被告らは、原告が被った損害全てについて、連帯して損害賠償責任を負う。
(イ) 被告Y4建設の主張について
被告Y4建設は、①保有水平耐力を充足させるための措置に要する費用と、②杭頭接合部の応力度が許容値を超えないようにするための措置に要する費用とは別個の損害であり、①の費用については責任を負わないと主張するが、マンションの補強工事が不可能又は著しく困難であった本件においては、「マンションの取壊し」という不可分な損害が発生しているのである。また、被告らには共同不法行為が成立するものであるから、損害の分割の可否に関わらず、被告らは損害全体について連帯責任を負う。
(被告静岡市及び被告Y3らの主張)
争う。
(被告Y1らの主張)
否認ないし争う。なお、被告Y7は、監理業務は行っていない。
(被告Y4建設の主張)
不法行為が成立するのは、保有水平耐力が基準を満たす設計をしなければならなかったにもかかわらず、その基準に満たない設計をしたことや、杭頭接合部の応力度が許容値に収まる設計をしなければならなかったにもかかわらず、その許容値を超える設計をしたことといった具体的な注意義務違反行為ごとである。
原告が主張する被告Y4建設の不法行為は、杭頭接合部補強筋に生じる応力度が許容値を超える設計となったことに関して「構造図における杭頭接合部補強筋の本数が少ないことを容易に判断できたのにこれを漫然と見逃した」というものであって、当該行為は、被告Y3が保有水平耐力不足の設計をした行為(及び被告Y7らがそれを見逃した行為)とは、密接不可分でもなく、社会通念上一体の行為でないことは明らかであって、被告Y3及び被告Y7らの上記行為と関連共同性を有するものではない。
また、共同不法行為が成立する場合でも、複数の結果が発生している場合において、一部の結果の発生について何ら寄与をしていない者に対してまで、全ての結果につき責任が認められるものではない。原告が主張する被告Y4建設の不法行為から生じる結果は、杭頭接合部補強筋に生じる応力度が許容応力度を超えないようにするための措置に費用を要したことに限定される。
(7)  争点(7)(被告Y5保険関係)について
ア 争点(7)ア(本件建物に「滅失またはき損」(本件約款一条)が発生したか。)について
(原告の主張)
(ア) 本件建物の耐震強度不足
本件建物に耐震強度の著しい不足があり、建築物としての機能を果たすことができず、取壊しを余儀なくされたことは、以下述べるとおり、建築物に「滅失またはき損」が発生した場合に該当するものといえる。
(イ) 本件保険の約款の解釈
本件保険の約款中に、「滅失またはき損」の意義について明確に定義した規定はない。
そもそも保険とは、予期しない事故、損害を保障することが使命であり、約款上明確に定義されていないものを解釈で排除することは、公共性の強い保険事業の性質からして適切とはいえず、保険約款で明確に該当性を否定していない限り、保険の対象となるかどうかは、被保険者の立場に立って、被保険者に有利な判断をすべきである(作成者不利の原則)。そして、保険約款の文言上、耐震強度不足は、「滅失またはき損」からは明確に排除されていないのであるから、作成者不利の原則がはたらく。
また、本件保険の約款を解釈する場合には、当該保険契約の顧客圏における一般的な保険契約者や被保険者が理解するという意味において、客観的かつ統一的に解釈されなければならず(客観的・統一的解釈の原則)、約款作成の目的と相手方たる顧客の利益をともに考慮して、合理的に解釈しなければならない(合理的・目的論的解釈原則)。したがって、建築家賠償責任保険の約款条項における文言解釈において争いが生じた場合には、個々具体的な事情を考慮せずに、客観的かつ画一的に解釈されなければならず、また約款作成の目的と相手方たる顧客(保険契約者又は被保険者)の利益をともに考慮して、合理的に解釈しなければならない。
(ウ) 「滅失またはき損」の意義
a 「法律用語辞典」(有斐閣、第二版)によれば、「滅失」とは「物が消滅してなくなること」、「き損」とは「こわすこと。傷をつけること。有形物に損傷を与える場合だけでなく、無形物たる名誉、信用等を侵害することについても用いられる。」と定義される。
そして、耐震基準は、専門的見解を基にして法令によって定められた最も信頼性の高い尺度であり、地震を想定した最低基準であって、これに違反すれば、建築物としての存立自体が違法となるという意義を持つものであるから、耐震強度の不足とは、建物の倒壊という最も危険な事象を引き起こす蓋然性が高い状態にあることを意味するのである。したがって、単に、法に定められた機能を有さず、建築物として必要とされる基準を備えずに、法律上存立することが認められない状態にあるということを意味するにとどまらず、当該建築物が(単にその本来の機能を発揮し得ないというレベルにとどまらず、物理的な意味においても)客観的に壊れ、傷付けられているケースといえる。したがって、「滅失またはき損」との文言自体の意義や、一般的な具体例との対比を考えても、本件のような耐震強度不足が、「滅失またはき損」に該当することは明らかである。
b また、「滅失」には、人為的な取壊しによって、物理的存在がなくなる場合が含まれており(大辞林(第二版)(三省堂)(甲七一)、最高裁昭和三八年五月二一日第三小法廷判決・民集一七巻四号五四五頁)、法令上の耐震基準を満たさないことにより、取壊しを余儀なくされることは、建築物がその物理的存在を失うことであるから、明らかに「滅失」に該当する。
また、建築物の耐震強度が不足していること、すなわち法令上要求される強度を満たしていないということは、物理学によって認識され、あるいは数量化された建築物の強度について、客観的に不足しているという状態なのであるから、明らかに「物理的」な問題である。したがって、建築物の耐震強度が不足し、存立し得ないことは、「物理的な損傷」に該当する。
被告Y5保険は、人為的取壊しが含まれないことの根拠として、「保険契約者、被保険者の故意」による場合が免責されることを挙げている。しかし、建築物が、客観的な理由に基づいて存立し得ず、取壊しという選択をせざるを得ない場合は、「保険契約者、被保険者の故意」による場合と同視できるものではない。約款上も「人為的」取壊しを明白に除いておらず、これを除くのであれば、保険設計の段階で列挙すべきであって、そうしなかった以上当然担保されると考えるべきである。
また、被告Y5保険は、本件事案について、取壊しを余儀なくされた事案ですらないと主張する。しかし、本件は静岡市より是正勧告がされたものの、補強工事は困難であったため、やむなく取壊しを行ったものである上、この取壊しについては、静岡市に報告を行い、問題なく受理されており、静岡市も取壊しを認めている(甲三七)。したがって、取壊しを余儀なくされたものである。
さらに、被告Y5保険は、人為的取壊しを「滅失またはき損」とすると、保険事故が保険期間外に発生したこととなると主張するが、本件における保険事故の発生時期は、解体工事の時期ではなく、取り壊さざるを得ない状態となったことをもって保険事故と解し、その時期とすべきである。また、被告Y5保険は、保険期間内に本件の保険事故の内容を十分知悉しており、かつ、居住者との関係上、実際の取壊しが遅くなることを十分予想したものであるから、形式的に実際の取壊しが保険期間外との理由で保険請求を拒否するのは、信義則上許されない。
c 被告Y5保険は、「保険事故の一定性」を要する旨主張するが、建築物の耐震強度が不足しているかどうかは、法律上定められた一定の基準を満たすかどうかという問題であって、その判断は客観的に明らかといえる。したがって、その該当性の判断は明確になされるものであるから、本件において、「保険事故の一定性」の点については、特に問題とならない。
(エ) 本件保険のパンフレットの記載について
本件保険の参考資料であるパンフレット(甲四〇)は、被保険者が、本件保険の内容を理解する重要な資料となるものであり、本件保険の約款を解釈する際の手がかりの一つとなるものであるといい得る。
このパンフレットの二頁目には、「き損事故」の補足説明として、「単に契約書の内容やデザイン、色、形状等の意匠上の問題、使い勝手、寸法違い、打合せ不足等、建築物の物理的損壊を伴わない事故については、お支払いの対象となりませんのでご注意下さい。」との注記がされている。
そして、仮に、「滅失またはき損」の意義が、上記パンフレットに記載された「物理的損壊を伴う事故」と解釈されるとしても、重大な耐震強度不足は、「物理的損壊」に該当すると解釈されるべきである。また、上記パンフレットの記載は、上記の例示のように、建築物としての本来の性質に直接影響しない事項が本件保険の対象外となることを示したにとどまり、それにとどまらない重大な瑕疵が本件保険の対象に含まれないと制限的に解釈されるものでない。むしろ、被保険者としては、本件保険の対象外となるのは、列挙された具体例のような建物の本来の性質に関わらない趣向的なものに限られ、耐震強度不足という重大な瑕疵については除外されない趣旨であると理解するのが自然といえる。
(オ) 文献等における解釈について
本件保険に関する文献等について、「滅失またはき損」の意義に関して、重大な耐震強度不足を除外することを明確に記載するものは存在しない。
①田辺康平・石田満編「新損害保険双書3新種保険」(甲四一)二一〇頁では、本件保険でカバーされない設計上のミスの具体例が二つ記載されている。しかし、ここで挙げられている設計上のミスは、あくまでも当該建築物それ自体の本来の性質にき損を生じさせるものではなく、少なくとも最も重要な建築物の安全に関する耐震性は、このような例と同様に本件保険の対象から除外されるべきではない。そして、上記具体例の後には、設計上のミスによる建築物の滅損であっても、建築物の再築を余儀なくされるような場合には、本件保険で填補されることが明記されている。
②東京海上火災保険株式会社編「損害保険実務講座第七巻―新種保険(上)」(甲四二)二九四頁では、「『滅失』とは、焼失等のように財物がその物理的存在を失うことをいい、『き損』とは、財物が物理的または化学的に損傷を受けることをいう。」と記載しているが、耐震構造上の重大な瑕疵である耐震強度不足のような建築物の存立それ自体に関わる損傷について、この定義に該当するかどうかは触れられていない。
被告Y5保険の主張の根拠とする文献のうちには、中立的な意見とはいえないもの、解釈上無理のあるものがある。
(カ) 建築設備機能担保特約について
本件保険においては、建築設備機能担保特約条項が存在し、当該特約において、建築物の給排水設備、電気設備等について瑕疵がある場合、損害をてん補する旨を規定している。上記特約条項は、あくまで特約条項として設備や遮音性能について規定したものであるところ、耐震強度不足は、建物の本質に係るもの(居住機能、建築物としての機能)がき損されたため建物としての存在価値を失った状態である。したがって、この特約条項の存在をもって、本件約款本体の「滅失またはき損」に耐震強度不足が含まれているかどうかを結論付ける根拠とはならない。むしろ、当該特約は自動付帯の特約であり、かつ、この特約によって給排水設備等の、建築物に付随する部分の瑕疵まで本件保険の対象として含めていることを考慮すると、建築物に付随する部分以上に重要な、最も基本となる建築物の構造上の瑕疵である耐震強度不足については、本件保険の本件約款本体において、保険の対象に含めることを前提としていると理解することができる。
(キ) 被保険者の認識について
被告Y3は、一一年以上も前から保険に加入し毎年自動継続してきているが、被告Y5保険の社員が、被告Y3に対し、保険の解釈について個別に説明等を行ったことはなかった。このように、多くの被保険者は、本件保険の内容について、約款又はパンフレットの記載のみから、本件保険の内容を理解せざるを得ないような状況にあった。そして、本件のような耐震強度が著しく不足し、建築物自体の取壊しが避けられないようなケースにおいては、被保険者も保険の対象となるものと理解するのが通常であり、実際、加入者もそのような認識のもとに本件保険に加入している。
被告Y5保険は、本件保険が日事連と被告Y5保険との間の契約であることを前提として、被告Y5保険と日事連を主な当事者と主張し、当事者の意思にそごはないと主張する。しかし、日事連は、この保険の仕組みにおいては保険の取りまとめを行っている立場であって、実際に保険料を支払い、事故の際に保険金を受け取るのはそれぞれの建築家であるから、本件保険においては、被保険者こそが受益者であり、保険料負担者が当事者として考えられるべきである。したがって、被保険者である被告Y2研究所の認識を重視すべきである。
(ク) 特定住宅瑕疵担保責任の履行の確保等に関する法律(以下「特定住宅瑕疵担保責任法」という。)の成立
最近の耐震偽装問題を受けて、住宅購入者等の利益の保護を目的として、平成一九年五月二四日、特定住宅瑕疵担保責任法が成立した。これは、新築住宅の買主を保護するため、建設業者及び売主等に保険加入を義務付けたものであって、耐震強度不足などの設計上のミスによる賠償責任が本件保険の対象ではないことを前提として創設されたものではない。むしろ、特定住宅瑕疵担保責任法においては、建築士は保険の対象に含まれていないのであり、建築士に対する責任追及という観点からすれば、建築家賠償責任保険において、耐震構造上の重大な瑕疵を対象とすべきであるとの根拠の一つとなり得る。
(ケ) 結論
以上の各事実に照らせば、重大な耐震強度不足が本件保険でいう「滅失またはき損」に当たると解釈されるし、被保険者にとって有利な解釈という観点からは、当然「滅失またはき損」に該当すると解釈すべきものといえる。
したがって、耐震構造上の重大な瑕疵があることは、本件保険上の建築物に「滅失またはき損」が発生した場合に該当する。
(コ) 被告Y5保険の反論について
a 被告Y5保険は、地震による損壊は本件保険の免責事由に該当することを主張するが、耐震強度不足は、危険な事象を引き起こす蓋然性が高いため、法令により居住ができない建物となっていることに対する保障の問題であり、実際に地震が発生した場合と何ら関係がない。したがって、地震が保険の免責事由とされていることからは、本件のような耐震強度不足の保険適用の結論が導かれるものではなく、耐震強度不足の場合も免責事由に含めるという趣旨であれば、その旨約款の免責事由に明記される必要がある。
b 被告Y5保険は、保険料水準の設定を根拠として、耐震強度不足が本件保険の対象とならないことの根拠としている。しかし、被告Y5保険が、もともと耐震強度不足の問題を想定していなかったとしても、保険料水準の設定は保険会社の政策論にすぎない。また、保険会社としては、当然、一億円を請求される保険事故があると想定するのが自然である。そして、本来、保険は予期しない事故のためにかけるべきものであり、当事者は、予め想定されていない事故のために保険をかけているものである。それにもかかわらず、保険会社が保険料の設定にあたって、想定していた以外の事故に関しては保険が適用されないというのは、本末転倒である。
c 被告Y5保険が主張の根拠とする裁判例(己一七、一八)は、いずれも取壊しに至っていない点で本件と事案が異なる。
(被告Y5保険の主張)
(ア) 「滅失またはき損」の解釈について
a 「滅失またはき損」の意義
本件保険の保険事故たる「滅失またはき損」とは、具体的には、建築物に「物理的」な損壊が生じた場合を指す。
(a) 「滅失」とは
「法令用語辞典」(第八版)等(甲四二、己三ないし五参照)によれば、「滅失」とは、物の存在が「物理的に」なくなることを指す。
(b) 「き損」とは
「法令用語辞典」(第八版)等(甲四二、己三、四参照)によれば、「き損」とは、物が「物理的に」損傷されることを指す。
(c) パンフレットの記載
日事連が加入対象者に対して配布する本件保険のパンフレット(甲四〇・二頁)でも、保険金が支払われるのは、「業務の対象となった建築物に滅失または、き損事故が発生したとき」であるとし、「建築物の物理的損壊を伴わない事故については、お支払いの対象となりませんのでご注意下さい。」と明記している。
(d) 「名誉き損」との関係
「名誉き損」は、有形物に対して「損傷を与える」という意味で用いられる「き損」という用語を、比喩的に、無形物である「名誉」に対してあてはめた表現と考えられるのであって、有形物についても、物理的な損傷を与える以外の場合が含まれると解するものではない。
b 「滅失またはき損」には物理的損壊を伴わない機能不全や法令上の瑕疵は含まれないこと
(a) 本件保険のパンフレット
本件保険のパンフレットでは、建築物に物理的な損壊が生じたと言える具体例として、「建物のガラスに熱割れが生じた場合」「屋根が落ちた場合」「壁面がき損した場合」「モザイクがモルタル面からはく離した場合」「一階の床部分に大きな亀裂が発生した場合」(甲四〇・二、三頁)などが挙げられている。
(b) 文献等
文献及び専門誌については、己二、五ないし九、一二、一三参照。
原告は、耐震強度不足を本件保険の填補対象外とする多くの文献を無視し、具体的反論をしない。
(c) 「物理的」な損壊が保険事故とされた趣旨
そもそも、物理的な損壊に至らない、単なる機能的な不具合の場合等は、客観的にこれを判断することが難しい。また、このような機能的不具合を補償の対象とするならば、最初から性能の低い安価な建築物を建築し、機能的不具合を理由に保険を利用してより良い建築物にすることが可能となり、被保険者が不当な利得を得る余地が広がるおそれがある。建築家賠償責任保険において、保険事故が「物理的」な損壊に限定された趣旨は、上記のようなおそれを防止するためにある。
(d) 小括
このように、本件保険の保険事故となる建築物の「滅失またはき損」には、物理的損壊を伴わない、機能不全や法令上の瑕疵などは含まれない。どれほど「重大な」事象であっても、物理的損壊を伴わない事故に対して保険金は支払えないのである。
c 人為的な滅失の場合に保険金は支給されないこと
保険契約者又は被保険者の意思によって建物が取り壊された場合、当該事象は「保険契約者、被保険者の故意」(普通保険約款五条(1)号)によって生じたものであって、本件保険では免責される。この点は、パンフレット(甲四〇・三頁)でも「被保険者の故意」が除外されると説明されている。
また、第三者によって取り壊されたものであれば、被保険者の行為と取壊しという結果との間に因果関係がなく、「被保険者が法律上の損害賠償責任を負担する」(本件約款一条)場合には該当しないから、そもそも保険事故が発生したとはいえない。
実質的に考えても、原告が主張するように、人為的な滅失又はき損が生じた場合に保険金が支払われるとすれば、被保険者は、自ら又は第三者を利用して建築物を壊すことによって、当該部分を保険会社の負担によって補修することができることとなるが、そのような結論は、そもそも偶然の事故を填補するという保険の本質に反する。
さらに、人為的な取壊しが本件保険の保険事故たる「滅失またはき損」(=物理的損壊)だとすると、そもそも人為的な取壊しは平成二〇年五月七日から同年一〇月三一日までにかけて行われているから、原告が主張する保険事故は、保険期間(平成一九年四月一日から平成二〇年四月一日まで)外に発生したものとして、本件保険の対象とならない。
また、条項の表題や前後の文脈などを無視して、取り出した言葉自体の辞書的意味から抽象的に解釈するようなことは暴論であり、偶発的な事故ともいえない、本件のような人為的な取壊しは「滅失」には含まれないと解釈すべきである。なお、原告の指摘する最高裁判所昭和三八年五月二一日第三小法廷判決は、旧借地法七条の「滅失」の定義について判示したものであり、規定の趣旨が全く異なるのであるから、その意味が異なるのは当然である。
d 建築設備機能担保特約条項が規定された経緯
(a) 建築設備機能担保特約では滅失やき損を伴わない機能不全も填補されていること
本件保険には、建築設備機能担保特約条項が付帯されており、同特約一条は「当会社は本件約款……第一条……に掲げる損害のほか、……当該設計業務の対象となった建築物の給排水衛生設備、電気設備、空気調和設備または遮音性能……が所定の技術基準に満たないため、本来の機能を著しく発揮できない状態……が発生した場合において、当該事故について被保険者が法律上の賠償責任を負担することによって被る損害……をてん補します。」と定めている。
①上記特約は、従来の本件保険の約款では補償とならなかった、給排水設備等に物理的損壊を伴わない著しい機能的不具合が生じた場合も、補償の対象にしてほしいという保険契約者側のニーズに応えて導入されたものである。また、②上記特約では、本件約款一条とは明らかに異なる表現が用いられている。すなわち、本件保険のパンフレット三頁には、「補償の対象となる事故例」として、「設計図書のなかで指示した給油設備のキャパシティが小さく所定の性能が出なかったため、再施工が必要となり、設備業者との間で責任を分担した」という例が紹介され、建築物の場合と異なり、設備の著しい機能的不具合が補償の対象となることが明らかにされている(甲四〇)。このように、建築設備機能担保特約条項が導入された経緯及び同特約一条と本件約款一条の文言の違いに照らせば、本件約款一条について、著しい機能的不具合が補償の対象外であることは明らかである。
(b) 原告の主張について
原告は、建築設備機能担保特約が自動付帯の特約であり、かつ、この特約によって建築物に付随する部分の瑕疵まで本件保険の対象として含めていることを考慮すると、より重要な、最も基本となる建築物の構造上の瑕疵である耐震強度不足については、本件保険の本件約款本体において、保険の対象に含めることを前提としていると主張する。しかし、保険とは、「当事者ノ一方ガ偶然ナル一定ノ事故ニ因リテ生ズルコトアルベキ損害ヲ填補」(平成二〇年法律第五七号による改正前の商法六二九条)することを主な内容とする契約類型であり、損害保険の対象となる保険事故は、何らかの標準に基づいてその範囲が限定されること(保険事故の一定性)が必要である。そして、保険事故をどの範囲に限定するかは、「重要な瑕疵か否か」という観点よりもむしろ、保険事故として「明確か否か」という観点等により決定される。したがって、建築物の構造上の瑕疵である耐震強度不足が、建築物に付随する部分の瑕疵以上に重要な瑕疵であったとしても、そのことが、耐震強度不足が本件保険の対象になることの根拠にならないことは明らかである。
e 「建築物に滅失またはき損の発生しない身体障害担保特約条項」が規定された経緯
本件保険には、「建築物に滅失またはき損の発生しない身体障害担保特約条項」も存在し、同特約一条は、「(2)事故が発生していない場合において、当該設計業務の結果に起因して当該設計業務の対象となった建築物の引渡の後に生じた他人の身体の障害……について、被保険者が法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害を填補する。」と定めている。
上記特約は、例えば、設計ミスで手すりが低すぎたために居住者が手すりを乗り越えて受傷したような場合には、建築物に「滅失またはき損」が発生していないことから、同特約がなければ本件保険の補償の対象とならないことを前提として、新たに同特約を付すことによって、このようなケースも本件保険の補償の対象にしようとするものである。この条項の存在に照らせば、本件約款一条について、物理的損壊を伴わない機能的不具合等が補償の対象外であることは明らかである。
(イ) 耐震強度不足は「滅失またはき損」に該当しないこと
a 耐震強度不足は「物理的損壊」に該当しないこと
原告は、「物理的」の意義を、「物の本来の性質として」「定量的な」というのが本旨であると主張するが、「物理的」という用語の一般的な解釈から乖離するだけでなく、そもそも、「物の本来の性質として」又は「定量的な」という趣旨や具体的な意義も不明といわざるを得ない。
また、原告は、建築物の耐震強度が不足していることは、建築物が定められた一定の強度を有していないという問題なのであるから、「物理的」な問題にほかならないなどと主張するが、本件保険の保険金支払事由たる「滅失またはき損」のいい換えとして、「物理的」な「損壊」という用語が使用されているのであり、「物理的」というのは、あくまでも「損壊」に係る形容詞であって、単に物理学によって認識できる事象が発生すれば保険金が支払われるというものではない。
さらに、原告自身から提出された専門家の見解(甲七二の一、七三の一)自体、耐震強度不足が物理的損壊に該当しないことを端的に示している。
b 耐震強度不足と物理的損壊を同視することはできないこと
原告は、耐震強度の不足とは、建物の倒壊という最も危険な事象を引き起こす蓋然性が高い状態にあることを意味するのであるから、当該建築物が物理的な意味においても客観的に壊れ、傷付けられているケースといえると主張する。
しかし、建築基準法に定める耐震基準は、人為的に定まるものであり、政策的な判断や時代背景によっても変わり得るものであるから、少なくとも、建築基準法に定める基準を満たさないからといって、「建物の倒壊という最も危険な事象を引き起こす蓋然性が高い」とは言えず、ましてや「物理的損壊」が生じた場合と同視することなどできない。
c 現在の建築基準法で定められる耐震基準も、昭和五六年六月一日に導入された基準であり、全国にある住宅(推計四七〇〇万戸)のうち、同基準導入以前に建てられ、同基準を満たさない建物は約二五%程度あると考えられているが、これらの建物は現在も、何ら支障なく居住の用に供されているものである。
d 地震による損壊は本件保険の免責事由に該当すること
そもそも、直接であると間接であるとを問わず、地震による建築物の損壊は、本件保険の免責事由に該当するのであるから(甲三六。賠償責任保険普通保険約款五条(3)号)、実際に地震が起きて建築物が倒壊しても、本件保険に基づき保険金が支払われることはない。原告のような解釈を前提にすると、耐震強度不足の建築物について、地震が発生しなければ保険金が支払われるのに対し、地震が発生して実際に建築物が倒壊すると保険金が支払われないという矛盾が生じることになる。
また、耐震強度不足が「重大な問題」であるという理由で本件保険における保険金支払事由に該当するという原告の主張を前提にすると、本件保険において、耐震強度が不足しているという事案よりもより重大な問題である「地震により建物が倒壊した場合」が本件保険の保険事故から除外されているのである。
e 被告Y5保険が把握する限り、○○事件以降全国で多数発覚した耐震偽装事件を含め、過去、耐震強度不足について、「滅失またはき損」に該当するとして本件保険や類似の保険の填補対象とされたことは一件も存しない。また、稀に訴訟となった事案においても全て、耐震強度不足は「滅失またはき損」に該当しないと判断されている。
(ウ) 保険契約の当事者の意思等
a 本件保険における保険契約の当事者の意思は合致していること
そもそも、本件保険は日事連と被告Y5保険との間の契約である。
契約の解釈は、当事者間の合意もしくはその合理的な意思解釈によってされるべきものであるが、原告の請求が本件保険の填補対象外であることについて、被告Y5保険と日事連との間では、解釈上の争いは全くない(日事連が作成した書面(己七、九、一二、一三)では、耐震強度不足は本件保険の支払事由から除外されている。)
原告は、本訴請求に先立ち、日事連の建築士事務所賠償責任保険審査会での審査を求めたが、やはり填補対象でない旨の判断がされている。
このように、本件が本件保険の填補対象外であることについて、保険契約の当事者間に齟齬はないのであるから、原告の請求が認められる余地はない。
b 保険契約者により被保険者への説明は繰り返し行われていること
保険契約者である日事連は、本件保険の被保険者にあたる建築士や建築士事務所に対し、本訴請求のようなケースが填補対象とならないことを、パンフレットのほか、機関誌、建築士事務所の管理講習会や建築士事務所の開設者研修会等の機会に、繰り返し説明をしており、このことは、建築士業界においては周知の事実というべきである。
c 保険料水準の設定
本件保険は、建築家等の被保険者等が、その業務を遂行するにあたり、他人に対して損害賠償責任を負担する場合の中でも、物理的損壊が生じた場合に限り、被保険者が他人に対して負担する損害賠償責任を填補することを前提に、保険料水準が設定されており、仮に耐震強度不足が、本件保険の填補対象となるようなことがあれば、本件保険の設計は根本から崩れることとなる。
(エ) 原告のその他の主張に対する反論
a 文献の解釈に関する主張に対する反論
甲四一の文献の記載は、保険の補償の対象となるか否かの基準が「建築物の滅損」があったか否かで判断していることは明らかであり、原告の同文献に係る主張は、同文献の記載を自己に有利に曲解しているにすぎず、同文献の理解を誤ったものである。
また、本件保険の保険事故の判断基準に「重大」か否かという要素は含まれていない上、原告は、行政上の基準のうち「耐震性」に係る基準の違反は除外されるべきでないと主張するものの、行政上の基準のうち、どの基準に違反すると「物理的損壊」に該当するのか等についての基準が不明確であり、恣意的な判断基準である。
b 「作成者不利の原則」が適用されるとの主張に対する反論
原告は、保険約款で明確に該当性を否定していない限り、保険の対象となるかどうかは、被保険者に有利に解釈すべきである旨主張する。しかし、①「滅失またはき損」の言葉の意味は一義的に明確である。また、②本件保険は日事連と被告Y5保険との間の契約であり、日事連と被告Y5保険との間で、「滅失またはき損」の意義について争いは全くない。③そもそも、原告が主張する作成者不利の原則は、判例では未だ採用されていない考え方であり、一部の学説・裁判例で提唱されているに過ぎない。しかも、上記原則の適用を主張する学説も、主に消費者保護の観点からかかる原則を適用すべきであると主張するものであるが、本件保険は、保険契約者が日事連であるほか、被保険者たる建築家も専門家である。したがって、同原則が適用される場面には当たらない。
c 原告は、本件が「耐震強度の著しい不足によって、建築物の存立自体に問題が生じ、取壊しを余儀なくされた事案」であると主張する。しかし、特定行政庁である静岡市から使用制限や入居者に対する退去命令が出されるレベルではなく、補強工事をすれば使用をすることは可能なものであったから、本件は、原告が主張するような、「耐震強度の著しい不足によって、建築物の存立自体に問題が生じ、取壊しを余儀なくされたという事案」ですらない。
イ 争点(7)イ(被告Y3は本件建物に係る設計業務を遂行するに当たり職業上相当な注意を用いなかったか。また、上記「滅失またはき損」がこれに基づくか否か。)について
(原告の主張)
まず、構造計算書は、建築工事実施のために必要な書面として本件約款二条二項の「設計図書」に該当するため、その作成は「設計業務」にあたる。
そして、被告Y3は、平成一四年三月八日ころ、まだ計算途中の構造計算書(しかも、二次設計の段階において、保有水平耐力比が基準値を下回る結果が出たために、二次設計の計算結果を記載する最終頁を除いた構造計算書)と、その構造計算書に基づく耐震基準を満たさない構造図を、後日修正したものと差し替える予定で、b設計に提出した。
そのような状況において、被告Y3は、平成一四年三月八日以降、b設計に対し、本件建物の二次設計に保有水平耐力比が基準値を下回る結果が出たため、構造計算書と構造図の修正が必要であるという事実を報告することなく放置し、静岡市の是正指示に対しても、二次設計の最終頁(九八頁)の提出のみで済ませ、その後、修正後の構造計算書への差替えを行ったり、修正後の構造計算書に基づく構造図を新たに作成したりすることを失念したまま、これを放置した。
被告Y3は、このように、修正後の構造計算書への差替えを行ったり、修正後の構造計算書に基づく構造図を新たに作成したりすることを失念し、放置したのであるから、このことが、本件建物の構造計算を行う建築士として、職業上相当な注意を用いなかった場合に該当することは明らかである。
そして、本件建物は、構造計算書及び構造図の誤りに起因して、耐震強度を著しく欠いた状態となった。
(被告Y5保険の主張)
不知又は争う。
ウ 争点(7)ウ(本件建物の上記「滅失またはき損」について、被告Y2研究所は法律上の損害賠償責任を負担するか。負担する場合における損害の発生及びその額)について
(原告の主張)
(ア) 本件において、原告は、本件建物の住民からの全戸買取り、取壊しを余儀なくされており、その全てを損害として被っている。その被った損害の合計は、八億五六八〇万三六〇二円であり、内訳は以下のとおりである。
買取金額 一〇億二六〇万五六二五円
解体費 六三〇〇万円
登記費用 九三一万四一六〇円
引越費用 一六〇三万二九〇八円
引越支度金 三六〇万円
住居費用 三四五一万一一七九円
近隣対策費 一〇五万円
構造再計算費用 三二七万三〇〇〇円
記者会見費用 一六〇万円
事務費 三〇万円
弁護士費用 一四五六万三〇〇〇円
対策業務費用 三六七万五〇〇〇円
その他経費 八二万七六六一円
人件費 三五七〇万八五六九円
控除額
土地の価格 三億一〇〇〇万円
回収済み額 二三二五万七五〇〇円
損害額合計 八億五六八〇万三六〇二円
原告は、この損害について、被告Y2研究所を含めた合計八名に対し、損害賠償請求訴訟を提起しており、この損害が、本件保険にいう「被保険者が法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害」に当たることは明らかである。
(イ) 普通保険約款に基づく被保険者の保険金請求権は、保険事故の発生と同時に被保険者と損害賠償請求権者との間の損害賠償額の確定を停止条件とする債権として発生し、被保険者が負担する損害賠償額が確定したときに右条件が成就して保険金請求権の内容が確定し、同時にこれを行使することができる(最高裁昭和五七年九月二八日第三小法廷判決・民集三六巻八号一六五二頁)。したがって、被告Y2研究所の損害賠償責任が確定していない段階であっても、被告Y5保険に対する保険金請求は、将来給付の訴えとして認められる。
(被告Y5保険の主張)
本件保険は、被保険者が「損害賠償責任を負担することによって」(本件約款一条)被る損害を填補する保険であり、被保険者が損害賠償責任を負担することが確定している必要がある。しかし、本件において、被保険者である被告Y2研究所は、原告の損害賠償請求を争っており、被告Y2研究所が損害賠償責任を負担するか否かはまだ確定していない。したがって、現時点においては、「損害賠償責任を負担することによって」の要件も充足していない。
エ 争点(7)エ(保険金の請求に当たり賠償責任保険普通約款一〇条に定める手続を経たか。)について
(原告の主張)
被告Y2研究所は、平成一九年八月初旬に、原告から、本件建物が耐震強度不足の重大な瑕疵を有するものであり、損害について賠償請求予定であること及び、損害額が約八億円になり、訴訟提起の準備中であることを告げられ、損害賠償請求が提起されるおそれのある事故が発生したことを知った。
そこで、被告Y2研究所は、被告Y5保険及び日事連に対して、平成一九年八月二八日付け事故報告書をそれぞれ提出した。
したがって、被告Y2研究所は、本件保険の請求に必要とされる手続を行っている。
(被告Y5保険の主張)
被告Y2研究所が、被告Y5保険に対して、平成一九年八月二八日付け事故報告書を提出したことは認めるが、その余は不知。
オ 争点(7)オ(原告と被告Y2研究所との間で本件保険に基づく保険金請求権を目的とする質権設定契約が締結されたか。)について
(原告の主張)
原告は、平成一九年八月二八日、被告Y2研究所との間で、本件建物の耐震強度不足に基づき原告が被告Y2研究所に対して有する損害賠償請求権を被担保債権として、本件保険に基づく保険金請求権に対して、質権設定契約を締結した。
上記契約においては、原告は、被担保債権の発生が合理的に認められる場合、その裁量により、質権を実行し、保険会社から本件の保険金請求権に係る保険金を直接取立ての上、又は、被告Y2研究所を代理して本件の保険金請求権に係る保険金を受領した上、被担保債権の弁済に充当することができるものとされている(同契約書三条)。
本件では、上記のとおり、保険金請求権が具体的に発生しているから、原告が、被告Y5保険に対し、質権を実行して保険金請求権を直接請求することができる。
(被告Y5保険の主張)
不知又は争う。
第三  当裁判所の判断
一  前提事実並びに証拠〈省略〉によれば、次のとおりの事実が認められる。
(1)  b設計と被告Y2研究所との関係
ア b設計は、昭和三九年、被告Y1の父親を含めた三名が設立した建築事務所である。
b設計の平成一四年当時の構成員は、一級建築士一〇名(うち三名は非常勤)、二級及び無級の建築士三名並びに経理事務者であった。被告Y1(社長)、G(副社長)、被告Y6(副社長)の三名が代表取締役であり、上記三名の代表取締役はいずれも一級建築士であった。
イ 被告Y2研究所は、被告Y3が設立した事務所であり、昭和六三年四月一日、有限会社になった。
被告Y2研究所には、平成一四年当時、被告Y3のほか、H、被告Y3の息子、Iという三名のスタッフがいた。このうち被告Y3とHが一級建築士であり、他は無資格者であった。被告Y3は被告Y2研究所の取締役であった。
b設計の被告Y1及び被告Y6は、被告Y3を社会的な評価、能力、信頼がいずれも高い建築士と考えていた。
ウ 意匠設計と構造設計は、それぞれ高度の専門性を有しているため、建築士は、通常、意匠設計を専門とする建築士と構造設計を専門とする建築士に分かれる。したがって、設計業務全般を施主から請け負った建築士事務所が構造設計についてだけそれを専門とする他の建築士事務所に依頼することはこの業界において通常みられる事態である。
b設計にはかつてJという構造設計専門の建築士が在籍していたが、平成七年ころ退社した。Jが退社した後、被告Y1は、構造設計専門の建築士を入社させることを検討したが、適当な人材がいなかった。
被告Y1らをはじめ、b設計所属の建築士はいずれも意匠設計の専門家であり、構造設計をすることはできない。
b設計は、昭和六〇年以前から被告Y3に対して構造設計を依頼しており、全体の九割以上を依頼していた。b設計が原告から請け負った物件に係る構造設計についてもほとんどを被告Y3に依頼していた。
b設計が基本意匠図を被告Y2研究所に渡してから構造図が作成され、建築確認申請を行うまで、マンションの設計であれば三〇日から四〇日程度を要する場合が多かった。
なお、b設計には、構造設計を外部に依頼した際の業務のあり方について、マニュアルや規程はない。b設計においては、上記のとおり構造計算書をチェックする能力を有する社員はおらず、だれも構造計算書のチェックをしていない。
(2)  本件建物の設計及び建築
ア 原告は、平成一三年一二月、分譲マンションの建設に適している静岡市駿河区石田所在の土地について、土地所有者との間で買い取ることを概ね合意し、本件建物の建設・販売を計画した。
原告は、同月二六日、被告Y6に対し、口頭で設計業務を依頼し、平成一四年三月末までに建築確認を得たいという希望を伝えた。
被告Y6は、平成一四年一月八日、原告担当者と基本計画案等について検討を開始した。
原告担当者は、同月一一日、被告Y6に対し、全体工程表の作成を依頼した。被告Y6は、同月一五日、全体工程表案を作成し、原告担当者に提示した。この案では、確認申請する日を同年二月二二日、建築確認が下りる日を同年四月二二日としていた。
原告は、同年一月一五日、被告Y6に対し、再度、同年三月末までに建築確認を得たいという希望を伝えた。
b設計所属の一級建築士である被告Y7は、本件建物の担当となった。被告Y7は、本件建物の意匠設計のチーフとなり、被告Y7の部下としてさらに二、三人がチームに加わった。
b設計においては、建物一件に対し一人の担当取締役がついて業務を総括するという体制になっていたところ、被告Y6は、本件建物の担当取締役として、業務のほぼ全部を統括して見た。なお、被告Y1は、会社を代表する仕事をするため、原則として担当取締役にはならなかったところ、被告Y1は、本件建物についても、会社の代表として区切りの段階で顔を出すなどしただけで、意匠には関与していない。
原告と被告Y6及び被告Y7は、同年一月一八日、本件建物の設計スケジュールについて打合せを行った。
原告は、同日、本件建物の敷地を二億三四一三万四六〇〇円で購入した。
イ 被告Y7は、同日ころ、略平面図を作成し、スケジュールが厳しいことを伝えた上で、被告Y2研究所に仮定断面の作成を依頼した。仮定断面とは、構造計算を始めるにあたり、柱や梁の断面(サイズ)を仮定するものである。この仮定断面を用いて、重量による鉛直方向の力、地震・風による水平方向の力を組み合わせ、仮定した大きさの柱や梁にどれだけの力が働くのか計算(応力計算)を行うもので、鉄筋コンクリート造であれば、計算結果である応力と仮定断面サイズから必要な鉄筋量を計算する。
なお、被告Y6は、原告に対し、構造設計を被告Y2研究所に依頼することを伝えなかった。後に締結した原告とb設計との間の契約書には再委託先を記入する欄があるが、そこは空欄であり、被告Y2研究所は記載されていない。b設計が被告Y2研究所に支払った報酬は一五七万二九〇〇円である。
ウ 被告Y3は、同月二四日ころ、仮定断面を提出した。被告Y6は、階高の検討を行い、原告に対し、階高検討用の図面を送付した。
原告担当者と被告Y6及び被告Y7は、同月二五日、本件建物の間取り、仕様等について打合せを行った。
被告Y7は、同日、静岡市建築指導課の職員に対し、本件建物の設計について相談した。
b設計は、同月二八日、本件建物の中高層標識を設置した。その後、近隣住民が本件建物建設に対し反対運動を起こし、原告及び静岡市建築指導課に建設反対の意見書を提出した。静岡市建設指導課は、原告に対し、住民に説明をした後に建築確認申請を提出するよう要望した。
被告Y7は、同月三〇日及び同年二月七日、原告担当者に電話をし、本件建物の建設予定地の近隣住民に対する説明会等について打合せをした。
近隣住民の反対運動により、中高層建築物標識設置届の提出が、同月一日の予定から同月一八日に延期された。
被告Y6及び被告Y7は、同月一一日、原告と共に住民説明会を開催した。被告Y6は、同月一二日、静岡市建築指導課に対し、近隣住民への説明会を開催したことを報告した。
原告及びb設計は、同月ころ、原告が本件建物の設計全般をb設計に依頼する旨の平成一三年一二月二五日付けの契約書(甲九)を取り交わした。原告からb設計への報酬額は二一五二万五〇〇〇円である。
b設計は、平成一四年二月一八日、静岡市建築指導課に対し、中高層建築物標識設置届を提出した。
被告Y7は、同年三月二五日、静岡市建築指導課を訪れ、本件建物の建築確認申請のチェック項目について指摘を受けた。
エ 被告Y3は、b設計から確認申請の日が同年三月九日ころになると聞いていた。被告Y3は、同月八日、二次設計において保有水平耐力比が一・〇を超える構造計算書及びそれに基づく構造図を作成できていなかったが、保有水平耐力比が一・〇を下回る結果となっている構造計算書及び一次設計終了段階で作成した構造図を、保有水平耐力比について法令の基準を満たしているか否かの結論を表示している判定表の記載された構造計算書の最終頁を抜いてb設計に提出した。そして、二次設計において保有水平耐力比が一・〇を下回っていること及び最終頁を抜いてあることをb設計に伝えなかった。
被告Y7は、被告Y3から提出された構造計算書の中身をさっと見ただけで、最終頁を見ることもなかった。被告Y6は、構造計算書には一切目を通していない。
被告Y7は、同月一一日、被告Y3から受領した最終頁の欠落した構造計算書及び構造図を添付し、静岡市建築指導課に対し設計者の名義を被告Y1として本件建物の建築確認申請(本件申請)をした。
本件申請後、b設計において意匠図と構造図の整合性の照合チェックが行われた。なお、被告Y6は、被告Y7を通じて、被告Y3から外階段をRCから鉄骨に、バルコニーをRCからアルミに変更したことについては報告を受けた。
オ 静岡市建築指導課では、同年四月一日時点において、K(以下「K」という。)及びLの二名が建築主事に任命されていた。
本件建物については、意匠の審査をM、構造の審査をE、設備の審査をNがそれぞれ担当し、Kが総合的に最終審査を行うことになった。これらの者はいずれも一級建築士である。なお、個別の審査事務の過程で難しい問題があった場合には、Kの判断を仰ぐことになっていた。
ところで、建物が耐震強度を満たすためには、保有水平耐力比(当該建物の保有水平耐力/当該建物の必要保有水平耐力)は一・〇以上でなければならない(建築基準法二〇条一号イ、同法六条一項三号、同法施行令八二条の四)。当該建物の必要保有水平耐力の値は、地震地域係数(各地域における設計用地震動の強さの比を示す。)等により算出されるところ、国土交通省告示一七九三号によれば静岡県における地震地域係数は一とされているが、静岡県建築指導課においては地震地域係数を一・二とするよう指導している。地震地域係数を一・二倍にした場合、計算の結果算出される必要保有水平耐力も一・二倍になる。地震地域係数を一・二とする運用は、申請者から拒否されれば建築確認を下ろさなければならないものではあるが、静岡県建築指導課において実際に一・二未満で建築確認を出したことはなかった。
カ 被告Y7は、同年三月下旬ころ、静岡県建築指導課に対し、構造審査の進捗状況について電話で問い合わせをした。その際、Eは、構造に関する一回目の是正指示を被告Y7に伝えた。被告Y7は、自分には理解できない構造の専門的な内容であったため、被告Y3に電話して上記是正指示に直接対応するよう指示した。被告Y7から静岡市建築指導課に対してもその旨伝えた。
被告Y3は、静岡市建築指導課を訪れた。Eは、被告Y3に上記是正指示を口頭で伝えた。Eは、本件建物の審査以前には、被告Y3に会ったことはない。その後、一週間以上経ってから、是正書類が静岡市建築指導課に届けられた。
キ Eは、一回目の是正が行われた後、構造計算書の最終頁にあるはずの二次設計の判定表がないことに気が付き、同年四月一七日ころ、被告Y3に電話をした。電話に出たのは被告Y3本人ではなかったが、Eは判定表の追完を指示した。Eは、構造計算書の最終頁が抜けていた経験は過去になかったが、製本の際に抜け落ちたなどの単純なミスであろうと考え、意図的な欠落であるとは全く考えなかった。
被告Y3は、同月一八日、判定表が記載された最終頁を追完するために静岡市建築指導課を訪れた。Eは、被告Y3の訪問時、会議の最中であったが、会議を中座して静岡市建築指導課のカウンター越しに被告Y3と対面した。Eは、構造計算書を被告Y3に渡し、一旦会議に戻った。被告Y3は、最終頁を構造計算書に付け加えた。被告Y3が追完した後、Eは再度会議を中座し、静岡市建築指導課のカウンターのところで構造計算書の内容を確認した。
被告Y3は、保有水平耐力比が法令の定める基準を満たしていることを示している「OK」と表示された判定表が記載された最終頁のみを追完し、構造計算書のその他の頁の差し替えを行わなかったため、静岡市建築指導課に提出された構造計算書は、法令の定める基準を満たしていない計算過程が記載された部分(九七頁までの部分)と法令の定める基準を満たしているという結論が記載された部分(九八頁)で構成されることとなった。したがって、計算過程(九六、九七頁)に記載されている本件建物の各階におけるX方向のフレームせん断力、Y方向の壁せん断力の数値と最終頁(九八頁)の判断表に記載されたこれらの数値は一致していない。
構造計算書は、一貫計算のソフトで作成されるところ、認定ソフトは三、四種類あり、全てのソフトが二次設計を一貫計算している。
被告Y3の作成した構造計算書の最終頁とそれ以前の頁には、それぞれ利用者証明の利用者番号(被告Y3を示す番号)、構造プログラムのバージョン番号、工事名が記載されていたが、これらは全て一致していた。Eは、①利用者番号、②ソフトのバージョン番号、③頁数、④判定表部分の四つを確認したが、九六、九七頁の数値と九八頁の数値が一致しているかどうかの確認はしなかった。
Eは、最終頁が抜けていたこと及びそれが追完されたことについて同僚や上司に報告しなかった。
ク Kは、本件建物の建築確認申請について決裁し、同年五月一三日、建築確認をした。Kは、構造計算書の結論部分が当初欠落していたこと、その後追完されたことを知らなかった。
ケ 被告Y7は、同月一九日、被告Y3から静岡市建築指導課に提出した最初の是正指示に係る検討表と構造計算書の最終頁を渡されたが、そのまま受け取っただけで被告Y3に説明を求めることはなかったし、被告Y6に報告することもなかった。
被告Y6は、静岡市建築指導課からの是正指示について、意匠と設備の点では把握していたが、構造計算についての是正指示は把握しておらず、最終頁がなかったこと及びそれが追完されたことも知らなかった。
コ 原告は、同月一三日、被告Y4建設との間で、本件建物の建築工事請負契約を締結した。監理者はb設計であった。被告Y4建設は、同月、本件建物の建設工事に着工した。
原告は、同月一五日、住民説明会を開催し、近隣住民との間で協定書を締結することを基本的に合意した。
(3)  杭頭接合部補強筋の本数
ア 被告Y3の構造設計の不備
(ア) 建造物を設計する場合には、建築基準法に定める構造耐力を充足した基礎を築く必要があり、基礎は建物自体の荷重や地震力に耐え、地盤が軟弱であっても不同沈下(地盤が不均一に沈下すること)を起こさないようにする必要がある。本件建物では、地盤に杭を打ち込んで基礎を安定させる杭基礎工法が採用されている。
本件建物の建築において杭として用いられたのは場所打ち鋼管コンクリート杭である。場所打ち鋼管コンクリート杭とは、あらかじめ工場等で生産された既製品の杭とは異なり、現場で鉄筋や鋼管を地中に埋め込み、その上からコンクリートを流し込んで施工する杭のことをいい、杭全体が鉄筋コンクリート杭とは異なり、上部が鋼管でできている。
場所打ち鋼管コンクリート杭工法で用いられる杭は、基礎を地中の地盤に固定させるために地中に埋設する。地中に埋設された杭上部の鋼管とフーチングが接合する部分が杭頭接合部であり、杭頭接合部に用いられる鉄筋を杭頭接合部補強筋という。フーチングとは、基礎構造の一部で杭頭接合部補強筋と基礎梁の鉄筋や上部構造(柱)の鉄筋を、コンクリートで箱状に固めた部位である。
杭頭接合部補強筋は、杭とフーチングを一体化して杭にかかる水平力をフーチングに伝達するという役割を果たす。
(イ) 杭頭接合部(杭と柱との接合)の設計については、地震が来た時に、杭にかかった力を、杭と柱を接合した上で建造物が地震に対して耐えられるようにするという設計の考え方(杭頭固定)と、杭にかかった力が柱になるべく伝わらないようにするという設計の考え方(ピン接合)があり、その中間の考え方(半固定杭、半剛接合)もある。これについては、建設省通達昭和五九年住指発第三二四号「地震力に対する建築物の基礎の設計指針」(以下「本件通達」という。)(甲八九資料二P二一八)に記載されている。
ところで、建築の現場では、杭頭を一〇センチメートル程度基礎に埋め込ませる方法が通常であるところ、昭和四九年以降、杭頭部一〇センチメートル程度の埋め込みであれば、ピン接合として考慮してよいと考えられていたが、昭和五三年の宮城県沖地震で杭頭部の被害が多数発生して一〇センチメートル程度の埋め込みでも固定に近いことが判明し、その後多くの実験が行われて、昭和五九年九月に本件通達が出されたものである。本件通達が出された後、建築士は杭頭についての計算をするようになった。本件通達には「杭頭の固定度は特別の調査実験等によって求めるものとする。固定度が確認されていない場合には、原則として固定として計算する。」との記載がある。
日本建築学会が平成一三年一〇月一日に出版した建築基礎構造設計指針(甲五〇)には杭頭接合部についての記載がある。
(ウ) 杭頭接合部補強筋の本数は、杭頭に生ずる曲げ応力(地震時に杭頭にかかる力(水平力)、地盤の状況、杭の断面積、杭の硬さ、杭頭固定度によって決まる。)と杭頭が耐え得る力(杭径、杭のコンクリート強度、鉄筋の径と断面積、鉄筋の本数、鉄筋の被り厚さ、作用する軸力(建物の荷重及び形状によって大きく異なる)で決まる。)の相関関係で算出され、杭頭接合部補強筋に生じる応力度が許容応力度を超えないように決定されるが、本件申請当時、本数計算について法令の基準は定められていなかった。
(エ) 被告Y3は、本件建物の杭頭接合部補強筋の本数について計算していない。
(オ) 本件建物においては、杭頭接合部補強筋として直径二五ミリメートルの鉄筋が一四本使用されており、鉄筋間隔は三〇〇ミリメートル程度である。
イ 被告Y4建設の施工
(ア) 被告Y4建設の本件建物の施工担当者であるO(以下「O」という。)は、一級建築士であるが、構造設計の知識を有していない。Oには、本件建物の施工を担当するまで鋼管コンクリート杭の施工経験はなかった。場所打ち鋼管コンクリート杭工法は、事例として少ない珍しい工法である。
構造計算書や構造図は、被告Y4建設が原告から預かって建設現場で保管しており、被告Y4建設は、構造図から施工図を作成した。Oは、建設現場において、自主検査として杭頭接合部補強筋の本数、杭の太さ、杭と杭との間隔、杭の径について設計図通りかどうか一つ一つ目で見て確認した。
(イ) 原告は、本件建物と同時期に、被告Y4建設に対し、「gマンション」(鉄筋コンクリート造、地上九階建、平成一四年六月一五日着工、平成一五年三月二八日竣工)の建設を依頼した。同建物の杭工事は本件建物で採用されている工法と同じであり、杭頭接合部補強筋の本数は三二本、鉄筋の太さは二九ミリメートルであった。gマンションは、Pが施工を担当した。
(ウ) 被告Y4建設の調査では、k株式会社における平成一三年から平成一九年までの間における東海地区での施工事例で、場所打ち鋼管コンクリート杭の杭頭接合部補強筋の本数が一四本に満たない事例が五件あり、また、鉄筋間隔が三〇〇ミリメートルを超える事例が報告されている。
(4)  本件建物の耐震強度不足の発覚及びその後の対応
ア 国土交通省の報告書及び補強工事案の検討
(ア) 国土交通省は、いわゆる○○事件等の一連の耐震強度不足問題の発生を受けて、耐震強度について全国で三八九棟のマンションを無作為に抽出して耐震調査を実施した。調査の対象として本件建物も選定された。
国土交通省は、平成一九年二月二三日、本件建物が耐震強度を満たしていないこと等を記載した報告書(甲八〇)を出した。この報告によれば、本件建物の保有水平耐力比は、X方向で〇・六二、Y方向で〇・八〇であった(地震地域係数は一・二が採用されている。)。
被告静岡市は、同日、被告Y1に電話をし、国土交通省の報告書を渡した。その後、静岡市長は、同月二六日、b設計に対し、建築基準法一二条五項に基づき報告書の提出を求めた。
b設計は、被告Y3も含めて内部で検討し、同月二八日、回答書(丙一五)を提出した。
被告静岡市は、同年三月七日、原告に対し、本件建物の耐震強度が不足していることを連絡した。静岡市長は、同日、原告に対し、建築基準法一二条五項に基づき本件建物の構造計算書の提出を求めた。
原告は、直ちに、b設計に対し、被告静岡市から指摘があったことを連絡し、事実確認を行った。b設計は、同月二〇日、原告に対し、被告Y3が構造計算書の最終頁を追完しながらその最終頁が前提とする設計の変更についてb設計に伝えるのを怠ったという説明をした。
同月二〇日付けのb設計の原告に対する報告書(甲六の一)には、「以上の顛末の主因はb設計事務所が、構造計算を含む全ての設計成果図書について責任を持つ立場にありながらこれら業務を全うしていなかったことにあり、また、Y3構造研究所が行った構造設計における重大な作業ミスによるものであった。」と記載されており、被告Y1の署名押印がある。被告Y3も同様の内容の報告書(甲七)を原告に提出した。
(イ) 原告は、被告Y4建設に補強工事について相談した。被告Y4建設は、これに対し見積書(甲八二)を提出した。同見積書によれば、在来構法による補強案の場合には四億七二〇〇万円、免震構法による補強案の場合には四億八八五〇万円の費用がかかるとされている。
原告は、被告Y4建設の見積額が高額であったため、同年四月ないし五月ころ、d工務店に対し、本件建物の瑕疵の補強工事の可否及びその費用について検討を依頼した。
原告は、社内に本件建物の問題について対策本部を設置した。
(ウ) 原告は、同年四月一日、被告静岡市及び管理会社と共に、一回目の本件建物の住民に対する説明会を開いた。原告は、住民に対し、国土交通省から耐震強度が不足しているとの通知が来たこと、補強工事の実施を検討する方針であることについて説明した。被告静岡市は、住民に対し、本件についての経緯及び被告静岡市としても耐震強度の再計算を実施していることについて説明した。住民からは、マンションの買取りを求めるなどの意見が出された。
本件建物の住民は、同月七日に集会を開き、対応について協議した。住民は、補強・建て替え・買取りについて意見を求めるアンケートを実施し、建て替え希望者が一八名、買取り希望者が一六名、補強工事の希望者が〇名という結果となった。この結果は原告に報告された。
原告は、同月一一日、静岡市建築指導課を訪問し、住民への対応について意見交換を行った。
本件建物の管理組合の理事長Qは、同月一六日付けで、原告及び静岡市建築指導課に対し、耐震強度が不足するに至った経緯の説明や、引越、買取り、建て替えへの対応を求めることなどを記載した「確認事項及び質問事項」と題する書面を送付した。
原告は、株式会社c建築事務所に対し、本件建物の構造計算について再計算を依頼した。株式会社c建築事務所は、同月一八日、原告に対し、「保有水平耐力比が、静岡県指針に対してX方向:〇・六一、Y方向:〇・八四、建築基準法に対してX方向:〇・七三、Y方向:一・〇〇」との報告をした。原告は、同日、被告静岡市に対し、本件建物の保有水平耐力比の再計算結果を報告した。
同月二三日付けo新聞(朝刊)(甲九八)には、静岡市建築指導課の参事が「通常通りに確認をしたが、結果的に見逃したことになる。責任は逃れられない」と話した旨記載されている。
(エ) 原告は、同月二三日、被告静岡市と共に二回目の住民説明会を開催した。原告が住民に対し、補強工事の実施を検討していること及び補強工事の方法について具体的になった段階で再度説明会を開くことを伝えたところ、住民からは、建て替え又は売買契約の解消による代金全額の返還を求めるなど補強工事の実施に反対する意見が相次いだ。被告静岡市は、住民に対し、被告静岡市の再計算結果を報告した。原告は、同月二三日付けで、本件建物の管理組合に対し、以前受け取った「確認事項及び質問事項」に対して回答する「回答書」と題する書面を渡した。
(オ) 原告は、同月二六日、三回目の住民説明会を開催した。原告は、住民に対し、補強工事の実施について理解を得るため、補強工事の計画案をいくつか提案した。原告の社長は、「売主としてまず直させていただいて、買取りにも応じさせて欲しい。」、「きっちり補強させていただいて、それでやはり納得いただけないのならば買取りにも応じさせていただくという案は、がんばった案だと思っている。」、「本来なら瑕疵担保責任を果たすだけでもいい。」、「契約の解除はできないと思う。」などの発言をした。住民は、補強工事の実施については理解を示さず、買取り、建て替えを求める意見を出した。
(カ) 被告静岡市は、同年五月八日付けで、原告に対し、本件建物は建築基準法に定める耐震性能が不足しているため、これを是正することを求める勧告を行った。
(キ) 原告は、同月二〇日、四回目の住民説明会を開催した。原告は、住民に対し、補強工事案について理解を得るため、想定していた補強工事計画である外殼フレーム工法の概要について説明した。外殼フレーム工法は、日当たりが悪くなることもあり、住民から補強工事を進めようとする原告の姿勢を強く批判する意見が出された。
イ d工務店の補強工事についての意見書
(ア) d工務店は、原告に対し、同年六月一八日、本件建物の設計の問題点と是正に関する意見書(甲二九)を提出した。同意見書は新たに一次設計段階の瑕疵として、①杭頭接合部補強筋の不足、②鋼管コンクリート杭の強度不足、③支点引抜き力の扱い、④柱梁接合部の耐力不足を指摘した。このうち、①以外の問題は、構造設計において「ボイドスラブの平均厚」を実際よりも二三ミリメートル薄く算定し、また「仕上げ荷重」について、柱、梁仕上げ荷重を考慮せず、壁仕上げ荷重を過少評価したことから生じた問題である。
(イ) d工務店は、原告に対し、同月二二日付けで補強工事の実施が困難であるとの意見書(甲七九)を提出した。原告は、同意見書を踏まえて検討した結果、補強工事案について以下のような認識を持つに至った。
a 杭の増設による補強工事について
鋼管コンクリート杭の強度不足を補うために杭の増設をする方法がある。しかし、北側の杭増設のためには、隣接するh生命の駐車場の土地を借りた上で、既存のブロック塀を撤去して復旧することが必要となる。また、補強工事を実施するためには北側に面するバルコニーを七階部分まで撤去しなければならず、このため住民の承諾が必要となる。また、東側の杭について補強工事を行うためには、ピット式駐車場を撤去する必要がある。上記杭の増設という方法による補強工事では、杭頭接合部補強筋不足の問題を解消することはできず、鋼管コンクリート杭の強度不足以外の瑕疵は是正されない。
b 杭頭接合部の補強工事について
杭頭接合部補強筋の不足及び鋼管コンクリート杭の強度不足を補うために杭頭接合部を補強する方法がある。しかし、同工事の実施のためには、フーチングと基礎梁の一部をはつり取り、杭頭接合部補強筋を追加する必要があるが、本件建物の敷地には重機が入り込めず、はつり工事が極めて困難である。
c 基礎部分を免震構造にする補強工事について
杭頭接合部補強筋の不足、鋼管コンクリート杭の強度不足、支点引抜き力の扱い、柱の断面不足、大梁の断面不足及び杭梁接合部の耐力不足を補うために本件建物の基礎部分を免震構造にする方法がある。しかし、同工事の実施のためには、山留工事が必要であるが、北側の山留工事を行うためには隣接するh生命の駐車場、iアパートの土地を借りた上で、既存のブロック塀を撤去して復旧することが必要となる。また、北側、西側、南側に面するバルコニーを八階部分まで撒去する必要があり、これには住民の承諾が必要となる。さらに、東側においてピット式駐車場の撤去も必要となる。上空に電線を有する歩道及び車道に重機を配置しての工事は困難なため、電線盛替と道路管理者との調整が必要である。
d 中間階を免震構造にする補強工事について
鋼管コンクリート杭の強度不足、支点引抜き力の扱い、柱の断面不足、大梁の断面不足及び杭梁接合部の耐力不足を補うために本件建物の中間階を免震構造にする方法がある。しかし、同工事は階段やエレベーターの納まりを考慮すると設計が著しく困難である。また、同工事では本件建物の基礎部分は補強されないため、杭頭接合部補強筋不足の問題は解消されない。
e 建物の階数を減らす補強工事について
杭頭接合部補強筋の不足、鋼管コンクリート杭の強度不足、支点引抜き力の扱い、柱の断面不足、大梁の断面不足を補うために本件建物の階数を減らす方法がある。しかし、本件建物では、大型重機を用いた解体ができないし、階数を減らすことについて住民の承諾が必要となる。
f 外殻フレーム工法による補強工事について
保有水平耐力比を一・〇以上に回復させるために外殻フレーム用鋼管杭により水平力を負担させる方法がある。しかし、同工事では杭頭部の水平力、鋼管杭中央部の耐力、柱・梁の耐力不足等を補うことができない。また、外殼フレーム工法には、以下の二つの問題があり、住民に迷惑をかけるためその承諾を得ることが非常に困難であり、別途リフォーム等の多額の費用が発生する可能性がある。
① 外殻フレーム工法により新設される東西側の柱(四本)及び北東の角に新設される柱(一本)が住居専用部分に影響を与え、本件建物東側一階の駐車場が四台分欠如し、二~一〇階までのAタイプ・Dタイプのバルコニーの形状変更が必要となり、二~一〇階までのDタイプにおいて、キッチン部分と南西角の洋室のレイアウト変更が必要になる。
② 居室内の柱(東西側の柱四本を除く)六本と、各住居の間仕切壁の耐力不足を外殼フレーム工法だけで補うことができず、さらに一~五階までの柱(六本)を太くし、六~八階までの柱(六本)及び一~四階までの各住居の間仕切壁に炭素繊維補強工事を施す必要がある。
ウ 買取り方針の決定
原告は、同年七月六日、五回目の住民説明会を開催した。原告は、住民に対し、本件建物について補強工事ができないこと及び買取りの方針について説明した。住民は、原告に対し、買取りの条件を明確にすることを求めた。
原告は、同月一〇日付けで、被告静岡市からの是正指導に対し、本件建物の住民から全戸買取りを行い、取り壊す方針を報告した。
原告の取締役会は、同年八月三日、国土交通省の指摘とd工務店による検討内容を踏まえ、補強工事は不可能であると決定した。
原告は、同月五日、六回目の住民説明会を開催した。原告は、住民に対し、買取りの条件等について細かい内容の説明をした。
エ 原告による被告Y3の保険金請求権に対する質権の設定等
(ア) 日事連は、建築士事務所の賠償責任保険に係る団体保険契約を被告Y5保険との間で締結している。被告Y3は、日事連を通じ、平成一九年四月一日から平成二〇年四月一日までを補償期間とし、一事故一億円までをてん補限度額とする本件保険に加入していた。同保険の約款(甲三六)である本件約款一条は「当会社は、賠償責任保険普通保険約款第一条の規定にかかわらず、被保険者またはその使用人その他被保険者の業務の補助者が日本国内において設計業務を遂行するにあたり、職業上相当な注意を用いなかったことに基づき、当該設計業務の対象となった建築物に滅失またはき損が発生した場合において、当該事故または事故に起因する他人の身体の障害もしくは財物の損壊について、被保険者が法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害をてん補します。」と規定している。
建築設備機能担保特約条項一条は「当会社は建築家特別約款第一条に掲げる損害のほか、被保険者またはその使用人その他被保険者の業務の補助者が、日本国内において設計業務を遂行するにあたり職業上相当な注意を用いなかったことに基づき、当該設計業務の対象となった建築物の給排水衛生設備、電気設備、空気調和設備または遮音性能が所定の技術水準に満たないため、本来の機能を著しく発揮できない状態が発生した場合において、当該事故について被保険者が法律上の賠償責任を負担することによって被る損害をてん補します。」と規定している。
建築物に滅失またはき損の発生しない身体障害担保特約条項一条(1)は「第一条の規定中『当該設計業務の対象となった建築物に滅失またはき損が発生した場合において、当該事故または事故に起因する他人の身体の障害もしくは財物の損壊について、被保険者が法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害をてん補します。』とあるのは、『次の各号について、被保険者が法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害をてん補します。(1)当該設計業務の対象となった建築物に滅失またはき損が発生した場合において、当該事故または事故に起因する他人の身体の障害もしくは財物の損壊(2)事故が発生していない場合において、当該設計業務の結果に起因して当該設計業務の対象となった建築物の引渡の後に生じた他人の身体の障害。ただし、当該設計業務の対象となった建築物の再建築、再施工、修理、交換その他事故発生のない身体障害の発生または拡大を防止するための措置を講ずるために要した費用については、これを一切てん補しません。」と規定している。
また、日事連が作成した上記保険のパンフレット(甲四〇)には、「この保険は、日本国内において行った設計・監理業務のミスに起因して、業務の対象となった建築物に滅失または、き損事故が発生したとき、建築物自体の損害および他人の身体の障害・財物の損壊について、法律上の賠償責任を負担することによって被る損害をてん補します。ただし、建築物の給排水衛生、電気・空調ならびに遮音性能設備については建築物の滅失または、き損事故が発生していなくとも、これらの設備が所定の技術水準に満たないために、本来の機能を著しく発揮できない状態が発生したことについて、当該事故について法律上の賠償責任を負担することによって被る損害をてん補します。(建築設備機能担保特約条項)また、建築物の滅失またはき損が発生していなくとも、設計・監理業務のミスに起因して他人の身体障害について法律上の賠償責任を負担することによって被る損害をてん補します。(建築物に滅失またはき損の発生しない身体障害担保特約条項)」、「単に契約書の内容やデザイン、色、形状等の意匠上の問題、使い勝手、寸法違い、打合せ不足等 建築物の物理的損壊を伴わない事故については、お支払いの対象となりませんのでご注意下さい。」などと記載されている。
(イ) 被告Y2研究所は、平成一九年八月二八日付けで、被告Y5保険及び日事連に対し、賠償責任保険普通保険約款一〇条に基づき事故発生報告書をそれぞれ提出した。
(ウ) 被告Y2研究所は、同日、被告Y5保険に対する保険金請求権について、原告に質権を設定した。被告Y2研究所は、同月二九日、被告Y5保険に対し、質権の設定について通知した。
オ 本件訴訟の提起等
(ア) 原告は、同年一〇月四日、Rに対し、本件建物の杭頭接合部の構造計算を依頼した。Rは、同年一一月五日付けで、杭頭接合部補強筋についての意見書(甲三二)を提出した。同意見書には、「本マンションの杭頭接合部補強筋の妥当だと思われる本数は、最低でも四一本(鉄筋径二五mm)は必要であり、このことは改めて杭接合部の検討を行えば、明白のことである。当初設計された、杭頭補強筋一四本(二五mm)は、杭自体の直径:一五〇〇φから鑑みても、あまりに少ないものだと判断できる。」などと記載されている。
(イ) 同年一二月一〇日付けで、Y1は六か月、Y3は一か月の業務停止処分を受けた。
(ウ) 原告は、同月二五日、第一事件につき訴えを提起した。
(エ) 原告は、平成二〇年二月一二日、被告静岡市に対し、本件建物の取壊し施工計画書を提出した。被告静岡市は、同月一五日付けの書面(甲三七)で、本件建物の解体工事について、是正計画として適当であると認めた。
(オ) 原告は、同年五月三日、第二事件につき訴えを提起した。
(カ) 原告は、b設計に対し、損害賠償金の支払を求め、b設計がj鉄道株式会社に対して有していた債権を譲り受けて二三二五万七五〇〇円を受領した。また、b設計は本件訴訟継続中に破産手続を申し立て、原告は、破産手続の配当金として八七万〇一八七円を受領した。
(キ) 原告は、住民から各室及びその敷地持分の所有権を買い取り、同年一〇月三一日に本件建物の解体を完了した。
本件建物の敷地は更地になっており、現在も原告が所有している。
二(1)  建物の建築に携わる設計者、施工者及び工事監理者は、建物の建築に当たり、契約関係にない建物利用者や隣人、通行人等(以下「居住者等」という。)に対する関係でも、当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負い、これを怠ったために建築された建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があり、それにより居住者等の生命、身体又は財産が侵害された場合には、設計・施工者等は、不法行為の成立を主張する者が上記瑕疵の存在を知りながらこれを前提として当該建物を買い受けていたなど特段の事情がない限り、これによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負う(最高裁平成一九年七月六日第二小法廷判決・民集六一巻五号一七六九頁)。
この理は、施主と契約関係にある設計・施工者等にも妥当するのみならず、施主と契約関係にある設計・施工者等の履行補助者ないし履行代行者たる地位にある設計・施工者等にも妥当するものと解することができる。
以下、この観点に基づき、被告らの不法行為責任の有無について検討する。
(2)ア  被告Y3が不法行為責任を負うか否かについて、以下検討する。
イ  被告Y3は、一次設計において杭頭接合部補強筋の本数を計算しておらず(一(3)ア(エ))、また、二次設計において保有水平耐力比一・〇という法令の基準を充たす構造計算を完了させていないにもかかわらず、保有水平耐力比が法令の基準を充たしていないことを示している判定表の記載された最終頁を抜いた構造計算書及び一次設計のみ終了した段階で作成された構造図をb設計に提出し(一(2)エ)、その際もその後もb設計や被告静岡市にそのことを申し出ることなく放置し、本件申請について構造設計の審査を担当したEから構造計算書の最終頁の追完を求められた際も、保有水平耐力比が法令の基準を充たしていることを示している判定表の記載された構造計算書の最終頁のみを追完し、従前提出してあった法令の基準を満たさないこととなる計算過程が記載された構造計算書をそのままにし、構造図を差し替えることもしなかったのであり(一(2)キ、ケ)、そのため、一次設計のみ終了した段階で作成された構造図に基づいて作成された施工図により建築された本件建物が法令上必要とされる保有水平耐力を有さず(一(4)ア(ウ))、また、杭頭接合部の応力度も不十分なものとなって(一(4)イ(ア))、被告静岡市から是正勧告を受け(一(4)ア(カ))、結局、取り壊さざるを得ない結果となったのであるから(一(4)オ(キ))、本件建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務に違反したというほかないものである。
なお、証拠〈省略〉によれば、被告Y3が作成した構造計算書では、地震地域係数を法令(国土交通省告示)によって定められた一ではなく、静岡県建築指導課の指導する一・二としていることが認められる。上記認定(一(2)オ)のとおり、地震地域係数を一・二倍にした場合、計算の結果算出される必要保有水平耐力も一・二倍になるため、最終的に保有水平耐力比の値を一・〇以上とするためには、当該建物の保有水平耐力について、法令の定める場合と比較して一・二倍の数値を確保しなければならないことになる。したがって、被告Y3が作成した構造計算書の保有水平耐力比の値が一・〇未満であったことにより、直ちに法令の基準を満たさないことになるわけではないが、本件建物は地震地域係数を法令によって定められた一として計算しても、X方向〇・七三、Y方向一・〇〇となり(一(4)ア(ウ))、法令の基準を満たしていないのであるから、本件建物は法令によって定められた保有水平耐力を有していないものである。
ウ(ア)  被告Y3らは、被告Y2研究所がb設計に対して提出した構造計算書及び構造図が法令の基準を満たしたものでないことを伝えなかったのは、後に意匠の変更があると考えており、その際に修正する予定であったからであると主張するが、被告Y3はEから構造計算書の最終頁の追完を求められた際にも、最終頁を追完しただけで構造計算書及び構造図を修正していないのであるから、上記主張は採用することができない。
また、被告Y3らは、b設計及び被告静岡市が構造計算書及び構造図をチェックして不備を発見しなかったことは、被告Y3にとって予見できないことであった旨主張するが、本件建物が基本的な安全性を欠くに至った原因が被告Y3の上記行為にあることは明らかであり、b設計及び被告静岡市が構造計算書及び構造図の不備を発見できなかったことによって、被告Y3の過失や被告Y3の上記行為と原告に生じた損害との間の因果関係が否定されるものではない。
(イ)a 被告Y3らは、杭頭接合部の基礎へののみ込み量を一〇センチメートル程度に抑えたため杭頭接合部は固定ではなく、また、杭は「短い杭」であり杭先端条件は固定又は「半剛接合」であることから、杭頭接合部補強筋の本数は適切である旨主張する。
b ところで、原告は、被告Y3らの上記主張は、時機に後れて提出された攻撃防御方法に該当するもので却下されるべきであると主張する。
しかし、被告Y3らの上記主張は、原告の平成二一年二月一七日付け原告第一〇準備書面(同月二〇日第六回弁論準備手続において陳述)に対して、被告Y3らが同年一二月一八日付け準備書面(2)(同日第一一回弁論準備手続において陳述)及び平成二二年二月一六日付け準備書面(3)(同年四月一六日第一三回弁論準備手続において陳述)でしたものであり、原告の主張から約一〇か月後ではあるものの、被告Y3らの上記主張が提出された時点では本件訴訟は争点整理の中間的な段階であり、上記主張は構造設計の専門的な事項についてのものであって被告Y3らにおいても主張の検討に時間を要したと考えられるから、被告Y3らが故意又は重大な過失により時機に後れて上記主張を提出したということはできない。
c そこで、被告Y3らの上記主張について検討する。
上記認定事実によると、昭和五三年宮城県沖地震で杭頭部の被害が多数発生し、一〇センチメートル程度の埋め込みでは固定に近いことが判明し、昭和五九年に発出された本件通達には「杭頭の固定度は特別の調査実験等によって求めるものとする。固定度が確認されていない場合には、原則として固定として計算する。」との記載があるのであるから(一(3)ア(イ))、杭頭接合部ののみ込み量が一〇センチメートル程度である場合には、原則として固定で計算し、固定として計算しない場合には特別の調査実験等で固定度を確認する必要があるというべきであるが、被告Y3がかかる調査実験等を行ったことを認めるに足りる証拠はない。
また、被告Y3は杭を「短い杭」として梁に関する理論を適用して杭頭接合部の曲げモーメントの大きさを計算しているが、証拠(甲八九)によれば、杭頭部と杭先端の水平変位が異なること、地盤が弾性である場合には杭がある程度長くなると杭底部の影響を受けなくなることなど梁と異なる点があることが認められるから、杭について両端支持の梁に関する理論を適用することはできないと解される。
d 本件建物においては、杭頭接合部補強筋として直径二五ミリメートルの鉄筋が一四本使用されているところ(一(3)ア(オ))、証拠(甲二九、三二、八九)によれば、本件建物については、杭頭接合部補強筋は、直径二五ミリメートルの鉄筋で少なくとも四一本必要であることが認められる。
e そうすると、本件建物における杭頭補強筋の本数は不足していることが明らかであるから、被告Y3の上記主張は採用することができない。
エ  以上によると、被告Y3は、原告に対し、上記行為によって生じた損害について、不法行為に基づく損害賠償責任を負う。
オ  また、旧民法四四条一項は「法人は理事その他の代理人がその職務を行うにつき他人に加えたる損害を賠償する責めに任ず」と定めており、これは有限会社にも準用されるところ(有限会社法三二条、旧商法七八条二項)、被告Y3は、上記行為をした当時、被告Y2研究所の取締役であったのであるから(一(1)イ)、被告Y2研究所も被告Y3と連帯して責任を負うものである。
(3)ア  被告Y7及び被告Y6が不法行為責任を負うか否かについて、以下検討する。
イ  被告Y6及び被告Y7は、いずれもb設計所属の一級建築士であるところ(一(1)ア、一(2)ア)、被告Y6は、本件建物の担当取締役として本件建物に係る業務を統括し、被告Y7は、本件建物の意匠設計のチーフとして本件建物の設計業務を中心となって担当したが(一(2)ア)、被告Y3から提出された構造計算書の最終頁が欠落していることに気付かないまま、被告静岡市に対してそのまま提出して本件申請をし(一(2)エ)、その後も被告静岡市から是正指示があった際も被告Y3に直接対応させ、是正が正しくされたかどうか確認しようともしていないのであるから(一(2)カ、ケ)、被告Y6及び被告Y7は本件建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務に違反したものと認められる。確かに、意匠設計と構造設計は高度に専門化し、建築士は、意匠を専門とする建築士と構造を専門とする建築士に分かれ、設計業務全般を施主から請け負った建築士事務所が構造設計についてだけそれを専門とする他の建築士事務所に依頼することは建築業界において通常みられる事態であるが(一(1)ウ)、b設計は、構造設計も含めて原告から本件建物の設計を請け負ったのであり(一(2)ア)、原告に対し構造設計も含めて本件建物の基本的な安全性を確保すべき義務を負うべき立場にあったところ、杭頭接合部補強筋の本数の不足に気付かなかったことは意匠設計を専門とする建築士であることからやむを得ないとしても、意匠設計を専門とする建築士であっても二次設計が保有水平耐力が法令に定められた基準を満たすか否かを確認するためのものであり、最終頁にその結論があること(判定表のOK又はNGの表示)は承知しておくべきことであり、最終頁にある結論部分を形式的にチェックすることもなく建築確認申請をすることは上記注意義務に違反するというべきである。b設計において構造設計を外部に委託した際の業務のあり方についてマニュアルや規程がないことやb設計においては外部委託した構造計算書をチェックしない扱いであったこと(一(1)ウ)は上記認定を左右するものではない。
ウ  そして、被告Y6及び被告Y7が被告Y2研究所から提出された構造計算書の結論部分を形式的にチェック(結論部分があるか、結論はOKかNGかというチェック)さえしていれば、結論部分が欠落していることに気付き、被告Y3に説明を求めて構造計算書及び構造図の瑕疵を是正させることができたものである(一(2)エ)。また、後日被告Y3から構造計算書の最終頁の交付を受けた時点で、最終頁の追完という頻繁にあるとは通常考え難い事態が発生したのであるから、追完された最終頁とその直前の頁との連続性について、最終頁に記載されているX方向のフレームせん断力、Y方向の壁せん断力の数値とその直前二頁の計算過程に記載されている同数値との形式的な照合をしていれば、追完された最終頁の結論とそれ以前の頁の計算が整合していないことを容易に発見することができ(一(2)キ、ケ)、被告Y3に説明を求めて構造計算書及び構造図の瑕疵を是正することができたものである。
そうすると、被告Y6及び被告Y7が、本件建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務に違反し、被告Y3から提出された構造計算書の最終頁の確認及び最終頁が追完された際の連続性の確認という形式的なチェックを怠ったことにより、法令の基準に照らして耐震強度の不足する本件建物が建築され、本件建物について被告静岡市から是正勧告がされて解体されるに至ったのであるから(一(4)ア(カ)、オ(エ)、(キ))、被告Y6及び被告Y7の上記行為と解体によって原告に生じた損害との間に相当因果関係が認められる。
エ  以上によると、被告Y6及び被告Y7は、原告に対し、上記行為によって生じた損害について、不法行為に基づく損害賠償責任を負う。
(4)ア  被告Y1及び被告Y6が旧商法二六六条の三第一項に基づく責任を負うか否かについて、以下検討する(被告Y6については不法行為に基づく損害賠償責任が認められることは上記のとおりであるが、念のため、旧商法二六六条の三第一項に基づく責任についても検討する。)。
イ  取締役の任務懈怠により損害を受けた第三者は、その任務懈怠につき取締役の悪意又は重大な過失を主張・立証すれば、旧商法二六六条の三の規定により、取締役に対し損害の賠償を求めることができる(最高裁昭和四四年一一月二六日大法廷判決・民集二三巻一一号二一五〇頁)。
ウ(ア)  b設計は、原告から構造設計を含めた設計業務全般を請け負ったのであるから(一(2)ア)、仮に構造設計の結果である構造計算書や構造図に瑕疵があり、法令の基準を満たさない建築物が建築された場合には、原告に対して債務不履行責任として多額の損害賠償責任を負うべき立場にあったものである。そうすると、b設計の代表取締役であった被告Y1及び被告Y6としては(一(1)ア)、b設計がかかる責任を負うことを回避するために、構造設計の外部委託先から提出された構造計算書の結論部分の形式的なチェック(結論においてOKなのかNGなのかのチェック)など構造設計の専門家でなくとも容易にチェックできる点についてはチェックする体制を構築し、また、上記書類の形式面や提出の経緯について疑問な点があればそれについて説明を求める体制を構築するなどして、b設計について損害賠償責任が発生しないよう一定の措置を講ずる義務があるというべきである。
しかし、b設計は、被告Y3を全面的に信頼して、被告Y2研究所から提出される構造計算書の結論部分について形式的なチェックをしたり、形式面や提出の経緯に係る疑問点についてこれを解消するに足りる説明を求めたりする体制を全くとっていなかったのであるから(一(1)ウ)、代表取締役であった被告Y1及び被告Y6にはb設計に対する任務懈怠があり、かかる任務懈怠は、上記体制の構築が容易なものであること、損害賠償責任を負う場合には損害額が多額に及ぶ危険性があることを考慮すると、重過失に当たるというべきである。
(イ) そして、b設計が、被告Y2研究所から提出された構造計算書の結論部分を形式的にチェックさえしていれば、結論部分が欠落していることに気付き、被告Y3に説明を求めて構造計算書及び構造図の瑕疵を是正させることができたものである(一(2)エ)。また、後日被告Y3から構造計算書の最終頁の交付を受けた時点で、最終頁の追完という頻繁にあるとは通常考え難い事態が発生したのであるから、追完された最終頁とその直前の頁との連続性について、最終頁に記載されているX方向のフレームせん断力、Y方向の壁せん断力の数値とその直前二頁の計算過程に記載されている同数値との形式的な照合をしていれば、追完された最終頁の結論とそれ以前の頁の計算が整合していないことを容易に発見することができ(一(2)キ、ケ)、被告Y3に説明を求めて構造計算書及び構造図の瑕疵を是正することができたものである。
そうすると、被告Y1及び被告Y6の上記任務懈怠により、法令の基準に照らして耐震強度の不足する本件建物が建築され、本件建物について被告静岡市から是正勧告がされて解体されるに至ったのであるから(一(4)ア(カ)、オ(エ)、(キ))、被告Y1及び被告Y6の上記任務懈怠と解体によって原告に生じた損害との間に相当因果関係が認められる。
エ(ア)  被告Y1及び被告Y6は、意匠を専門とする建築士は構造計算に関しては基礎的知識しか有さず、それだけでは、現在の高度に専門化した構造計算の細部を判断することは困難であり、意匠を専門とする建築士が、構造計算書の内容や構造計算書と構造図の整合性を殊更にチェックすることはない旨主張する。
しかし、b設計は、原告から本件建物に関する構造設計を含めた全ての設計業務を受注して報酬を受け取り、元請設計事務所としての利益を得ているのであるから(一(2)ウ)、被告Y2研究所から提出された構造計算書の結論部分につき形式的なチェックをしたり、形式面や提出の経緯に係る疑問点について、これを解消するに足りる説明を求めたりすることを要求しても決して酷ではないし、かかる作業は構造設計の基礎的知識があれば十分可能である。
(イ) また、被告Y1及び被告Y6は、意匠設計事務所が外部の構造設計事務所に構造設計を依頼することは建築業界では常識に属する事柄であり、b設計のパンフレット等にも「協力事務所」として被告Y2研究所が構造設計事務所として記載されているのであるから、原告は構造計算業務が下請に出されることを知っていた旨主張する。
しかし、被告Y1及び被告Y6の上記任務懈怠による責任は、原告が構造設計について被告Y2研究所に委託されることを知っていたかどうかにかかわるものではないから、被告Y1及び被告Y6の上記主張は採用することができない。
オ  なお、被告Y3が杭頭接合部補強筋の本数について計算しておらず、結果的にこれが不足していた点については、構造設計が高度に専門化し、意匠設計との分業が進んでいることを考慮すると、被告Y1及び被告Y6において杭頭接合部補強筋の不足を見逃さない体制を構築していなかったとしてもやむを得ないから、被告Y1及び被告Y6に任務懈怠があったとは認められない。
カ  したがって、被告Y1及び被告Y6は、原告に対し、保有水平耐力が法令の基準を満たさない建物が建築されたことについて、旧商法二六六条の三第一項に基づく損害賠償責任を負う。
(5)ア  被告静岡市が国家賠償法上の損害賠償責任を負うか否かについて、以下検討する。
イ  建築確認において国家賠償法上保護される利益について
(ア) 被告静岡市は、建築確認の制度は当該建築物に係る建築主の財産権を保護するものではないから、建築主に対しては、国家賠償法上の違法を構成することはないと主張する。
(イ) 建築主がどのような建築物を建築するかは、原則として自由であるが、建築物の構造が脆弱であると、その建築物は、地震等の際に倒壊するなどして、その建築物内にいる者、その近隣に居住する者、通行人などの利益を侵害する危険性を帯びることとなる。そこで、建築基準法は、構造耐力に関する技術基準等を定めた規定に違反する建築物が出現することを未然に防止し、もって、建物利用者等の生命、身体又は財産を危険にさらすことがないよう安全性を確保させる趣旨で、建築物の構造耐力が所定の基準に適合することを求め(同法二〇条)、建築主事又は指定確認検査機関が行う確認審査を受け、確認済証の交付を受けなければ、当該建築物の工事に着手することができないものと定めている(同法六条、六条の二)。また、法や建築基準関係規定に違反した場合には、建築確認の有無を問わず、その除却等の必要な措置が命ぜられることがあり、これに従わなければ行政代執行をされることもある(同法九条)。
上記趣旨に照らせば、建築確認の制度は、建築主や建築業者の建築物に対する所有権の保護を目的として制定されたものではなく、また、建築確認が建築主に対し当該建築物の安全性を保証するものでないことも明らかである。
しかし、建築基準法が、脆弱な建築物が建築されて、これが地震等の際に倒壊するなどして、関係者に被害が発生することを防ぐ趣旨で制定され、また、同法一条が「この法律は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もって公共の福祉の増進に資することを目的とする。」と規定していて、保護の対象者を限定する趣旨はうかがわれず、さらに、建築主や建築業者にとっては、確認審査を受け、確認済証の交付を受けなければ、当該建築物の工事に着手することができないという負担を負うことに照らすと、建築主や建築業者の当該建築物に関する財産的利益が保護の対象から全く除外されているものと解することは困難である。
(ウ) したがって、被告静岡市の上記主張は採用することができない。
ウ  建築主事の審査について
(ア) 本件申請当時、建築主事は、建築基準法六条一項の申請書を受理した場合において、同項一号から三号までに係るものにあってはその受理した日から二一日以内に、申請に係る建築物の計画が建築基準関係規定に適合するかどうかを審査し、審査の結果、建築基準関係規定に適合することを確認したときは、当該申請者に確認済証を交付しなければならないものと定められていた(同法六条四項)。
また、建築主事が審査の基準とする法令は、建築基準法、建築基準法施行令、建築基準法四条一項の人口二五万以上の市を指定する政令、建築基準法施行規則、建築基準法に基づく指定資格検定機関等に関する省令、これらの政令・省令の委任を受けた告示などのほか、建築基準法施行令九条一号から一五号までに規定されている消防法、屋外広告物法、港湾法、高圧ガス保安法、ガス事業法、駐車場法、水道法、下水道法、宅地造成等規制法、流通業務市街地の整備に関する法律、液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律、都市計画法、特定空港周辺航空機騒音対策特別措置法、自転車の安全利用の促進及び自転車等の駐車対策の総合的推進に関する法律、浄化槽法などであり、多岐に及んでいた。
そうすると、建築確認審査は、そもそも、当該建築計画を建築基準関係規定に当てはめて、その要件充足の有無を判断するという裁量性の乏しいものであるところ、審査事項が上記のとおり多岐にわたり、かつ、審査の期間も制約されていることからすると、建築基準法は、建築主事に対し、すべての申請書類を工学的知見をもって厳密に逐一審査することまでは求めてはいないものというべきである。建築主事の審査は、建築基準関係規定に基づき建築確認申請に添付された図書及び同規定によって定められた事項が対象となるのであって、審査の対象とならない留意事項や推奨事項等は、設計者の判断に委ねられているものというべきである。
(イ) 建築士法は、建築士の免許及びその取消し、懲戒、業務等について定める(同法四条、九条、一〇条、一八条等)とともに、建築士にしか設計と工事監理が行えない建築物を定めている(同法三条ないし三条の三)。また、建築基準法は、建築物のうち構造が複雑であったり、大規模であったりするものについては、建築士の資格を有する者が設計し、工事監理者とならなければならず(同法五条の四)、建築確認申請に際しても、建築士の作成した設計図書を申請書に添付させるものとし、その要件を欠く建築確認申請は受理することができないものと定めている(同法六条三項)。
そうすると、建築確認制度は、建築専門家である建築士の技術的能力、責任感に対する信頼を前提として構築されているものということができる。
(ウ) 以上によれば、建築主事は、建築基準関係規定に基づき建築確認申請に添付される図書及び同規定によって定められた事項を対象として、当該建築計画を建築基準関係規定に当てはめて、その要件充足の有無を審査、判断するものであり、その資料として提出される建築士作成の設計図書等については、建築士の技術的能力、責任感に対する信頼を前提として審査すれば足りるということができる。
エ  本件においては、上記認定のとおり、本件建物の建築確認審査において構造設計を担当したEは、構造計算書の二次設計の結論部分に当たる判定表が記載された最終頁(九八頁)が抜けていることに気付き、被告Y3に追完を指示し、後日被告Y3が構造計算書全体でなく最終頁(九八頁)のみを持参して追完した際、製本の際に抜け落ちるなどの単純なミスと考えて、最終頁(九八頁)とその前頁との連続性について単に利用者番号、ソフトのバージョン番号、頁数を確認したのみで、九六頁、九七頁に記載されていた本件建物の各階におけるX方向のフレームせん断力、Y方向の壁せん断力の数値と追完された最終頁(九八頁)に記載されている同数値が一致していることを確認しなかったものである(一(2)キ)。
上記のとおり、建築基準法は、建築主事に対し、すべての申請書類を工学的知見をもって厳密に逐一審査することまで求めているものではないが、保有水平耐力比が法令の定める基準を満たしているかどうかについて、二次設計の結論部分を見て、判定表で「OK」と記載されていることを確認することは最低限必要なことといえる。そして、本件建物に対する建築確認において構造設計を担当したEは一級建築士であり、構造設計の専門家であるから、上記結論部分の確認を求めることは何ら無理な要求となるものではない。Eは、肝心な構造計算書の最終頁の欠落に気付き、追完を求めたのであるから、結論部分の記載された最終頁が追完された際に、既に提出されている計算過程の部分と追完された最終頁が連続したものであることを慎重に確認すべきであったにもかかわらず、九六頁、九七頁に記載されていた本件建物の各階におけるX方向のフレームせん断力、Y方向の壁せん断力の数値と追完された最終頁(九八頁)に記載されている同数値が一致することを確認しないまま被告Y3の追完を受け入れ、計算過程と結論部分の齟齬する構造計算書に基づいて確認審査をし、その結果、保有水平耐力が法令の定める基準を満たしていない本件建物について建築主事であるKにおいて確認済証を交付するに至ったのである(一(2)ク)。
建築主事が建築確認の審査、判断の資料として提出される建築士作成の設計図書等について建築士の技術的能力、責任感に対する信頼を前提として審査すれば足りることは上記のとおりであるが、当初提出された構造計算書には二次設計の結論部分である保有水平耐力が法令の定める基準を満たしているか否かの判定結果(OK又はNGの表示)の記載された最終頁が欠落しているという頻繁にあるとは通常考え難い事態が生じたのであるから、追完された最終頁が既に提出されている構造計算書のそれまでの頁と連続したものであるかという点について単に頁数の連続等を確認するだけではなく、九六頁ないし九七頁の数値と追完された九八頁の判定表の数値とが一致していることを確認することは容易なことであるから、せめてそこまでの確認はすべきである。
したがって、E及びEを補助者として建築確認をしたKは、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と提出済みの構造計算書の計算過程と整合しない結論部分が記載された最終頁の追完を許したものであり、国家賠償法一条一項にいう違法があったといわなければならない。
また、一級建築士であり構造計算の専門家であるEには、自ら追完を求めた構造計算書の最終頁と既に提出されている構造計算書との連続性を確認することを怠った過失があり、この過失はKの過失としても評価できるものである。被告静岡市は、最終頁が追完された際に、頁数が連続していること、マンション名が一致していること、構造計算プログラムが同一であることを確認したのであるから、過失はない旨主張するが、保有水平耐力比が法令の定める基準を満たしているか否かという肝心な結論部分が記載された最終頁が欠落するという頻繁にあるとは通常考え難い事態に直面したのであり、また、最終頁の重要性にかんがみると、単に頁数の連続やマンション名及びプログラムの同一性だけを確認するのでなく、容易に比較できる数値の連続性まで確認すべきであったというべきであるから、被告静岡市の上記主張は採用することができない。
オ  これに対し、杭頭接合部(杭と柱との接合)の設計本体については、地震が来た時に、杭にかかった力を、杭と柱を接合した上で建造物が地震に対して耐えられるようにするという設計の考え方(杭頭固定)と、杭にかかった力が基礎を通じて建物本体になるべく伝わらないようにするという設計の考え方(ピン接合)の二つの考え方があり、さらに、その中間の考え方(半固定杭、半剛接合)があるところ(一(3)ア(イ))、杭頭接合部補強筋の本数計算については本件申請当時法令の基準が定められていなかったことからすれば、杭頭接合部のモデル化や計算は設計者に委ねられており、建築主事の審査の対象になっていなかったというべきである。
原告は、杭頭接合部が建築基準法施行令八二条にいう「構造耐力上主要な部分」に該当し、杭頭接合部補強筋の本数についても建築確認審査の対象になると主張するが、杭頭接合部補強筋については建築基準関係規定において基準が定められていないのであるから、建築確認審査の対象になりえず、原告の主張は採用することができない。
よって、建築主事において杭頭接合部補強筋の本数について審査を行うべき義務は存しなかったものである。
カ  以上によると、被告静岡市は、原告に対し、E及びKの上記行為によって生じた損害について、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償責任を負う。
キ  被告静岡市は、建築主である原告は、本件申請上の代理人であるb設計やその履行補助者である被告Y2研究所のした行為の効果帰属主体として、被告静岡市との関係においては、虚偽の構造計算書を含む建築確認申請書を提出して、建築基準関係規定に適合しない建築確認を得たものであるから、原告が被告静岡市に対して損害賠償を請求することは信義則に反すると主張する。
しかし、建築基準法が建築主の当該建築物に関する財産的利益も保護の対象としていることは上記のとおりであり、建築確認申請については建築士の作成した設計図書を申請書に添付しなければならないところ、設計図書は高度に専門的な内容であり、建築主としては建築確認申請を専門の建築士に委ねざるを得ない状況にあることに照らすと、建築主が建築確認申請を依頼した建築士に過失があるからといって、建築主事が属する地方公共団体に対する損害賠償請求が直ちに信義則に反するとまで解することはできない。
もっとも、本件申請については、上記のとおり、施主である原告を代理して確認申請をしたb設計の被告Y6及び被告Y7並びにb設計の履行補助者ないし履行代行者である被告Y3に過失があるのであるから、職権で過失相殺するのが相当であるところ、本件事案の内容、性質等、特に原告(なお、原告には一級建築士が所属している。)としては所定の国家資格を有する建築士が所属するとして正規に登録された建築士事務所に設計業務を委託していること、建築確認の制度が確認申請をする建築士に対する信頼を前提として成り立っていること、被告Y3の過失の程度にかんがみると、原告に三割の過失があると認めるのが相当である。
(6)ア  被告Y4建設が不法行為責任若しくは使用者責任を負うか否かについて、以下検討する。
イ(ア)  原告は、被告Y4建設は被告Y3によって作成された構造図における杭頭接合部補強筋の本数が杭自体の直径や他の工事現場における杭頭接合部補強筋の本数との比較等にかんがみて余りに少ないものであると容易に判断できたにもかかわらず、これを漫然と看過したという重過失があると主張する。本件建物の杭頭接合部補強筋の本数が不足していることは上記認定のとおりであるところ、杭頭接合部補強筋は杭と基礎(フーチング)を一体化して杭にかかる水平力を基礎(フーチング)に伝達する役割を果たすもので(一(3)ア(ア))、建物の耐震強度に直接かかわるものであるから、杭頭接合部補強筋の本数が不足しているという事態は建物としての基本的な安全性を欠いている状態というべきである。
被告Y4建設に本件建物に建物としての基本的な安全性を欠けることがないように配慮すべき注意義務の違反があったかどうかについては、以下の点を指摘することができる。まず、①杭頭接合部補強筋の本数は、杭頭に生ずる曲げ応力(地震時に杭頭にかかる力(水平力)、地盤の状況、杭の断面積、杭の硬さ、杭頭固定度によって決まる)と杭頭が耐え得る力(杭径、杭のコンクリート強度、鉄筋の径と断面積、鉄筋の本数、鉄筋の被り厚さ、作用する軸力(建物の荷重及び形状によって大きく異なる)で決まる)の相関関係で算出されるもので(一(3)ア(ウ))、施工の現場で直ちに多寡を判断できるものではない。②確かに本件建物の建築と同時期に被告Y4建設が原告から請け負った「gマンション」(鉄筋コンクリート造、地上九階建)の建築において本件建物で採用されている杭工事と同様の工法が採られたところ、そこでの杭頭接合部補強筋の本数は二九ミリメートルの鉄筋が三二本使用されていたのであるが(一(3)イ(イ))、杭頭接合部補強筋の本数は上記のとおり様々な要素の相関関係によって決まるのであるから、杭工事の工法が同様であるからといって、直ちに杭頭接合部補強筋の本数が同程度になるというものではない。③また、一四本という本数や三〇〇ミリメートルという鉄筋間隔についていえば、被告Y4建設の調査では、k株式会社における平成一三年から平成一九年の間における東海地区での施工事例において、場所打ち鋼管コンクリート杭の杭頭接合部補強筋の本数が一四本に満たない事例が五件あり、鉄筋間隔が三〇〇ミリメートルを超える事例もあったというのであるから(一(3)イ(ウ))、本数や鉄筋間隔から直ちに杭頭接合部補強筋の本数の多寡をいえるものでもない。④被告Y4建設は、建築確認が下りた構造図に基づいて作成した施工図どおりに施工したものであるところ、被告Y4建設の本件建物の施工担当者であるOは一級建築士であったが、構造設計の知識を有していなかったし、また、本件建物の杭工事に用いられた場所打ち鋼管コンクリート杭工法は、事例として少ない珍しい工法であった(一(3)イ(ア))。これらの点を総合考慮すると、被告Y4建設及びその社員である施工担当者に、杭頭接合部補強筋の本数が不足しており、本件建物に建物として基本的な安全性が欠けていることについて予見可能性があったとは認め難いところである。
(イ) したがって、被告Y4建設が直接不法行為責任を負うことはないし、施工担当者の行為について使用者責任を負うこともない。
ウ(ア)  また、原告は、施工者は契約関係にある発注者に対し、単に発注者の作成した設計図等に従う義務を有するのみでなく、当該契約に当然に包含される義務として、施工する建物が建物としての基本的な安全性に欠けることがないよう配慮すべき職務上の注意義務を負っており、また、工事請負契約約款一六条に照らして設計図等の不備や設計図に従ってそのまま施工すれば建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵が生じる危険性がないかどうかを注意する義務を負っていると主張して、債務不履行に基づく損害賠償も請求する。
しかし、杭頭接合部補強筋の不足について被告Y4建設の施工担当者に帰責事由のないことは上記のとおりであり、また、原告と被告Y4建設との間の工事請負契約において使用された工事請負契約約款一六条(1)bは「図面・仕様書又は丙(監理者)の指示について、乙(請負者)がこれによって施工することが適当でないと認めたときは、乙はただちに書面をもって丙(監理者)に通知する」旨定めているが、上記のとおり被告Y4建設は、本件建物の杭頭接合部補強筋の本数が不足ししていることを認識することはできなかったのであるから、同条項に基づく監理者への通知義務を負うものではないし、設計図等の不備や設計図に従ってそのまま施工すれば建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵が生じる危険性がないかどうかを注意する義務に違反したということもできない(上記条項の文言に照らし、同条項が施工者に設計者の作成した図面の正確性を点検する義務まで課したものとは認められない。)。
(イ) したがって、被告Y4建設が債務不履行責任を負うこともない。
三(1)  原告の被告Y5保険に対する保険金請求について、まず、本件建物に「滅失またはき損」(本件約款一条)が発生したか否かについて以下検討する。
(2)  上記認定のように、建築家特別約款(本件約款)一条(以下「本件条項」という。)においては、①被保険者又はその使用人その他被保険者の業務の補助者が、②日本国内において設計業務を遂行するに当たり職業上相当な注意を用いなかったことに基づき、③当該設計業務の対象となった建築物に「滅失またはき損」が発生し、④当該事故(建築物の滅失又はき損)又は当該事故に起因する他人の身体の障害若しくは財物の損壊について、被保険者が法律上の損害賠償責任を負担する場合に、その損害をてん補すると定めている(一(4)エ(ア))。また、特約として、建築物の給排水衛生、電気・空調並びに遮音性能設備(以下「給排水設備等」という。)については、建築物の「滅失またはき損」が発生していなくとも、給排水設備等が所定の技術水準に満たないため本来の機能を著しく発揮できない状態において生じる損害についててん補する旨の特約が置かれている。また、設計業務の結果に起因して人の身体に障害が発生した場合には、建築物に「滅失またはき損」が発生していない場合にも、それによる損害をてん補する旨の特約が置かれている(一(4)エ(ア))。
このような特約の存在及び本件条項の「滅失またはき損」という文言の意味に照らすと、本件条項の「滅失またはき損」というのは、建築物が物理的又は化学的に損傷する場合を意味するものであり、本件事故のように建築物に構造上の欠陥があり、そのため行政庁から是正勧告がされたものの、未だ物理的又は化学的な損傷を生じていないという場合は、本件条項の「滅失またはき損」に該当しないと解するのが相当である。
この解釈は、日事連が作成した本件保険のパンフレット(甲四〇)に、「単に契約書の内容やデザイン、色、形状等の意匠上の問題、使い勝手、寸法違い、打合せ不足等 建築物の物理的損壊を伴わない事故については、お支払いの対象となりませんのでご注意下さい。」などと記載されていること(これは本件保険の契約者である日事連の認識を示すものである。)とも一致するものである。
ところで、本件建物は、被告静岡市から是正勧告を受けて、原告により取り壊されたものであるが(一(4)ア(カ)、オ(エ)、(キ))、この取壊し自体は、原告が人為的に取り壊したもので事故の発生とみることはできないから、本件約款一条の「滅失またはき損」に当たるものではない。
(3)  原告は、建築物の耐震強度が不足することは物理的な損傷に該当すると主張するが、建築基準法の定める耐震基準は建築物に対する法的な基準であり、政策的な判断等によって定まるものであるから、建築物の耐震強度不足をもって物理的な損傷に当たるということはできない。
また、原告は、本件建物の取壊しが「滅失またはき損」に当たり本件保険の対象となる旨主張するが、原告は自ら本件建物を取り壊したものであり、「保険契約者、被保険者の故意」(普通保険約款五条(1))によるものとして被告Y5保険は免責されるから、原告の上記主張も採用することができない。
(4)  そうすると、本件建物に「滅失またはき損」が発生したということはできないから、その余の点を判断するまでもなく、原告の被告Y5保険に対する請求は理由がない。
四(1)  損害の発生及びその額並びに損害賠償債務が被告Y3、被告Y2研究所、被告Y7、被告Y6、被告Y1及び被告静岡市の連帯債務となるか否かについて、以下検討する。
(2)  上記認定事実によると、原告は、補強工事の案として①杭の増設、②杭頭接合部の補強、③基礎免震、④中間階免震、⑤階数低減、⑥外殼フレーム用鋼管杭による水平力の負担について検討したが、上記補強工事の上記①~⑥の案には以下のような問題があったこと、及び本件建物の住民はそのほとんどが補強工事を進めることに否定的な見解を持っており、補強工事について容易に住民の理解を得られる状況ではなかったことが認められる(一(4)ア(ウ)ないし(オ)、(キ)、イ(イ)aないしf)。
① 杭の増設
北側の杭増設のためには、隣接するh生命の駐車場の土地を借りた上で、既存のブロック塀を撤去して復旧することが必要となり、また、補強工事を実施するためには北側に面するバルコニーを七階部分まで撤去しなければならず、このため住民の承諾が必要となる。東側の杭について補強工事を行うためには、ピット式駐車場を撤去する必要がある。上記杭の増設という方法による補強工事では、杭頭接合部補強筋不足の問題を解消することはできず、鋼管コンクリート杭の強度不足以外の瑕疵は是正されない。
② 杭頭接合部の補強
フーチングと基礎梁の一部をはつり取り、杭頭接合部補強筋を追加する必要があるが、本件建物の敷地には重機が入り込めず、はつり工事が極めて困難である。
③ 基礎免震
山留工事が必要であるが、北側の山留工事を行うためには隣接するh生命の駐車場、iアパートの土地を借りた上で、既存のブロック塀を撤去して復旧することが必要となる。また、北側、西側、南側に面するバルコニーを八階部分まで撤去する必要があり、これには住民の承諾が必要となる。さらに、東側においてピット式駐車場の撤去も必要となる。上空に電線を有する歩道及び車道に重機を配置しての工事は困難なため、電線盛替と道路管理者との調整も必要となる。
④ 中間階免震
階段やエレベーターの納まりを考慮すると設計が著しく困難であり、また、この工事では本件建物の基礎部分は補強されないため、杭頭鉄筋不足の問題は解消されない。
⑤ 階数低減
本件建物では、大型重機を用いた解体ができないし、階数を減らすことについて住民の承諾が必要となる。
⑥ 外殻フレーム用鋼管杭による水平力の負担
同工事では杭頭部の水平力、鋼管杭中央部の耐力、柱・梁の耐力不足等を補うことができない。また、外殻フレーム工法には、以下の二つの問題があり、住民に迷惑をかけるためその承諾を得ることが非常に困難であり、別途リフォーム等の多額の費用が発生する可能性がある。
ⅰ 外殻フレーム工法により新設される東西側の柱(四本)及び北東の角に新設される柱(一本)が住居専用部分に影響を与え、本件建物東側一階の駐車場が四台分欠如し、二~一〇階までのAタイプ・Dタイプのバルコニーの形状変更が必要となり、二~一〇階までのDタイプにおいて、キッチン部分と南西角の洋室のレイアウト変更が必要になる。
ⅱ 居室内の柱(東西側の柱四本を除く)六本と、各住居の間仕切壁の耐力不足を外殻フレーム工法だけで補うことができず、さらに一~五階までの柱(六本)を太くし、六~八階までの柱(六本)及び一~四階までの各住居の間仕切壁に炭素繊維補強工事を施す必要がある。
(3)  そうすると、本件建物の補強工事は社会通念上困難なものであり、本件建物を解体することもやむを得ないものである。上記のとおり、被告Y3及び被告Y2研究所は保有水平耐力の不足及び杭頭接合部補強筋の不足について、被告Y7、被告Y6、被告Y1及び被告静岡市は保有水平耐力の不足について責めを負うべきところ、保有水平耐力及び杭頭接合部補強筋はいずれも本件建物の構造耐力にかかわる問題であるから、上記被告らは、いずれも本件建物の解体に係る損害について賠償責任を負うものである。
(4)  上記保有水平耐力の不足及び杭頭接合部補強筋の不足を生ぜしめた被告Y3、被告Y2研究所、被告Y7、被告Y6、被告Y1及び被告静岡市の各行為と相当因果関係を有する原告の損害は以下のとおりであると認められる。
ア 本件建物の住民からの買取費用
原告は、本件建物の解体に先立ち、本件建物の住民からその所有する各室を買い取ったところ、証拠〈省略〉によれば、原告による本件建物の住民からの買取費用は、当該住民が原告から購入した際の価格と同額であり、合計一〇億〇〇八八万五一四七円である。
住民の購入時期と原告の買取時期が近接していること、原告が買取りをするに至った経緯等に照らすと、本件建物の買取り及び買取費用額は相当であると認められるから、上記買取費用は原告の損害となる。
イ 固定資産税等
証拠〈省略〉によれば、原告が本件建物の住民から買取りを余儀なくされたことにより、原告は本件建物の各室を所有することとなった期間について固定資産税等合計一六六万九四三五円を支払ったことが認められる。
これは、原告が本件建物の各室を買い取らなければ発生しなかった支出であるから、原告の損害となる。
ウ 解体費
証拠〈省略〉によれば、本件建物の解体費は合計五八八〇万円であることが認められる。
上記のとおり本件建物の解体は相当なものと認められるから、解体費は原告の損害となる。
エ 登記費用
証拠〈省略〉によれば、原告は、本件各室の買取りに関し、区分所有権移転登記、抵当権抹消登記、抵当権仮登記抹消登記、所有権登記名義人表示変更登記の各費用の合計額八九四万九九〇〇円を支払ったことが認められる。
これは、原告が本件建物の各室を買い取らなければ発生しなかった支出であるから、原告の損害となる。
オ 引越費用
証拠〈省略〉によれば、原告は、本件建物の耐震強度不足が明らかになった後、本件建物を早期に退去し、仮住居への転居を求めた住民に対し、仮住居への引越費用及び正式な転居先への引越費用の合計額一五二三万六一三九円を支出したことが認められる。
これは、本件建物が耐震強度を満たさないことから負担を余儀なくされたものであるから、原告の損害となる。
カ トランクルーム費
証拠〈省略〉によれば、原告は、本件建物の住民が仮住居に引っ越した際、仮住居に入らない荷物の保管のためにトランクルームを用意し、その費用として八二万三五七〇円を支出したことが認められる。
これは、本件建物が耐震強度を満たさないことから負担を余儀なくされたものであるから、原告の損害となる。
キ 引越支度金
証拠〈省略〉によれば、原告は、本件建物の耐震強度不足が明らかになった後、本件建物を早期に退去し、仮住居への転居を求めた住民に対し、仮住居での生活の準備のために、引越支度金として合計三六〇万円を支払ったことが認められる。
これは、本件建物が耐震強度を満たさないことから負担を余儀なくされたものであるから、原告の損害となる。
ク 家賃
証拠〈省略〉によれば、原告は、平成一九年五月分から平成二〇年二月分まで住民の仮住居の家賃として合計一六〇三万〇五二六円を支払ったことが認められる。
これは、本件建物が耐震強度を満たさないことから負担を余儀なくされたものであるから、原告の損害となる。
ケ 敷金礼金仲介料
証拠〈省略〉によれば、原告は、本件建物から仮住居に転居した住民に対し、仮住居の敷金、礼金、仲介料等を支払い、返金額を差し引くと合計一〇四四万六一五七円を支出したことが認められる。
これは、本件建物が耐震強度を満たさないことから負担を余儀なくされたものであるから、原告の損害となる。
コ 近隣対策費
証拠〈省略〉によれば、原告は、本件建物の解体工事において近隣家屋に損傷を与えていないかどうか調査する費用として、一〇五万円を支出したことが認められる。
上記のとおり本件建物の解体は相当なものと認められるから、本件建物の解体のための近隣対策費は原告の損害となる。
サ 構造計算等の費用
証拠〈省略〉によれば、原告は、本件建物の構造設計の問題について指摘を受けた後、株式会社c建築事務所に構造計算の再計算と原設計における保有水平耐力の確認を、株式会社pにb設計と被告Y3の業務フローのチェックを、q社及びRに杭頭接合部補強筋の必要本数の再計算と報告書の作成をそれぞれ依頼し、報酬として合計三七九万八〇〇〇円を支出したことが認められる。
これらは、本件建物の構造計算に瑕疵があったことにより負担を余儀なくされたものであるから、原告の損害となる。
シ 対策業務費用
証拠〈省略〉によれば、原告は、fリゾート株式会社に対し、本件建物の住民の引越し等の手配の事務を月額七三万五〇〇〇円で委託し、その報酬として合計三六七万五〇〇〇円を支出したことが認められる。
これは、本件建物が耐震強度を満たさないことから負担を余儀なくされたものであるから、原告の損害となる。
ス 電波障害対策費用
証拠〈省略〉によれば、本件建物を建設した当時、近隣住民のテレビが映らなくなるという電波障害が発生したこと、この問題を解決するために本件建物の屋上に共同アンテナを設置し近隣住民の各住宅に回線を引いたこと、原告は、本件建物の解体に当たり本件建物の屋上に設置していた共同アンテナを撤去し、l株式会社に委託して近隣の住宅一〇戸に個別にアンテナを設置したこと、個別アンテナ設置費用として合計一七一万一五〇〇円を支出したことが認められる。
上記のとおり本件建物の解体は相当なものと認められるから、本件建物の解体に伴う電波障害対策費用は原告の損害となる。
セ 不動産取得税
証拠〈省略〉によれば、原告は、本件建物の住民からその所有する各室を買い取った際、本件建物の敷地に係る不動産取得税として一六六万〇一〇〇円を支払ったことが認められる。
これは、原告が本件建物の各室を買い取らなければ発生しなかった支出であるから、原告の損害となる。
ソ その他経費
証拠〈省略〉によれば、原告は、上記費用のほか、以下の(ア)ないし(ス)の費用を支出したことが認められ、これらは本件建物の構造計算に瑕疵があったことから負担を余儀なくされたものであるから、原告の損害となる。
(ア) 構造計算書のコピー代 一八万八二五四円
(イ) 本件建物の住民対応時の駐車場契約金・仲介手数料 一万九六五〇円
(ウ) 住民説明会の費用 五万七四〇五円
(内訳)
飲物代 一万三〇二〇円
施設使用料 八一六〇円
託児所保育士の派遣料 三万六二二五円
(エ) 本件建物の管理組合理事長との打合せ会議室の室料 二万一〇〇〇円
(オ) 住民及び管理組合の集会会場費 一万二七七〇円
(カ) 本件建物に関する住所変更登記費用 二万五〇〇〇円
(キ) 電波障害電柱共架料 一三六五円
(ク) 本件建物の管理費(平成一九年八月分ないし一二月分) 一三一万四七八〇円
(ケ) 本件建物の管理委託料(平成一九年一二月分) 二五万六二〇〇円
(コ) 本件建物の駐車場使用料(平成一九年八月分ないし一二月分) 一四万二八一四円
(サ) 本件建物の共用部電気代(平成二〇年一月分及び三月分ないし五月分) 三二万一七九〇円
(シ) 本件建物の六〇二号室住民が仮住居に転居した際のADSLデモ回線使用料 三〇五〇円
(ス) 本件建物解体時のセキュリティ撤去工事費用 二万六二五〇円
タ(ア) 原告は、本件建物の各室の家賃を仮定し、それと各住民の仮住居における家賃との差額を各住民に支払ったと主張して家賃差額を請求するが、本件建物の各室と仮住居の居住環境の違い等について十分な立証をしていないから、家賃差額については原告の損害とは認められない。
(イ) 原告は、本件建物の耐震強度不足の問題について記者会見を行ったと主張して、記者会見費用を請求する。
証拠〈省略〉によれば、原告は、本件建物の耐震強度不足の問題について記者会見を行い、リスク対策作業費として株式会社電通東日本に一六六万三〇五八円を支払ったことが認められる。
しかし、本件建物の構造計算に瑕疵があったとしても、それにより多額の費用をかけて記者会見を開くことが当然に必要になるとはいえないところ、原告は、上記記者会見を開いた必要性について特に立証していない。
よって、上記記者会見費用は、本件建物の構造計算に瑕疵があったことから負担を余儀なくされたということはできないから、原告の損害とは認められない。
(ウ) 原告は、本件建物の構造計算の瑕疵に起因する問題の解決のため、原告従業員が時間、労力を割いたと主張して、その人件費を請求する。
しかし、原告は、本件建物の構造計算の瑕疵に起因する問題の解決のための作業の多くを外部の業者に委託しており(上記(コ)、(サ)、(シ)など)、原告従業員が上記問題の解決のために特別に行った労働時間、作業内容、作業の必要性等について十分な立証をしているとはいえない。
よって、上記人件費は、原告の損害とは認められない。
(エ) 原告は、記者会見における臨時駐車場費用及び本件建物の四〇五号室住民のエアコンクリーニング費用を支出したと主張して、これらの費用を請求する。
しかし、記者会見費用が損害と認められないことは上記のとおりであるから、記者会見における臨時駐車場費用も損害とは認められないし、エアコンクリーニング費用は、本件建物の構造計算に瑕疵があったことから負担を余儀なくされたものということはできないから、原告の損害とは認められない。
(5)ア  損益相殺
原告が住民らから本件建物の敷地を買い取ったことにより時価二億三四一三万四六〇〇円相当の土地(一(2)ア、(4)オ(キ))、b設計がj鉄道株式会社に対して有していた債権の譲受けにより二三二五万七五〇〇円及びb設計の破産手続における配当金として八七万〇一八七円(一(4)オ(カ))を受領したことは上記認定のとおりである。
原告の上記損害賠償請求権の合計額(一一億三〇七二万五八〇二円)から、損益相殺の対象となる額(合計額二億五八二六万二二八七円)を控除すると、原告の損害賠償請求権の額は八億七二四六万三五一五円となる。
イ  過失相殺
上記のとおり被告静岡市との関係では三割の過失相殺をするのが相当である。そうすると、原告が被告静岡市に請求できる金額は、六億一〇七二万四四六一円(円未満四捨五入)となり、被告静岡市は上記金額の限度で被告Y3、被告Y2研究所、被告Y7、被告Y6及び被告Y1と連帯して損害賠償債務を負担することになる。
ウ  弁護士費用
本件事案の内容、認容額等に照らすと、被告Y3、被告Y2研究所、被告Y7、被告Y6及び被告Y1に対する関係では八七〇〇万円、被告静岡市に対する関係では六一〇〇万円が相当と認められる。
(6)  したがって、原告には、被告Y3、被告Y2研究所、被告Y7、被告Y6及び被告Y1に対し九億五九四六万三五一五円、被告静岡市に対し六億七一七二万四四六一円の損害賠償請求権が認められる。また、損害賠償責任を負う各被告について第一事件の訴状送達日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金が生ずる。
(7)  法令の定める基準を満たさない保有水平耐力しか有さない本件建物が建築される原因となった被告Y3の行為、被告Y7及び被告Y6の行為、被告Y1及び被告Y6の任務懈怠及び被告静岡市の行為と原告の損害との間にはいずれも相当因果関係を肯定することができるところ、上記被告らは客観的にみて一体ないし不可分の損害を原告に与えたといえるから、上記被告らは民法七一九条一項前段の共同不法行為者として連帯債務を負担する。また、被告Y2研究所は、被告Y3と連帯して損害賠償債務を負担するものである。
そうすると、被告Y3、被告Y2研究所、被告Y7、被告Y6、被告Y1及び被告静岡市は、連帯債務を負担することになる(ただし、被告静岡市については六億七一七二万四四六一円及びその遅延損害金の限度で他の被告らと連帯債務を負担する。)。
五  結論
以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告Y4建設及び被告Y5保険に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、被告Y3、被告Y2研究所、被告Y7、被告Y6、被告Y1及び被告静岡市に対する請求は主文の限度で理由がある。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 足立哲 裁判官 増田吉則 加藤優治)

 

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政治と選挙Q&A「屋外広告物法 ポスター貼り(掲示交渉)代行」に関する裁判例一覧
(1)平成29年12月20日 東京地裁 平27(ワ)16748号・平28(ワ)32555号・平28(ワ)36394号 建物明渡等請求事件、賃料減額確認請求事件(本訴)、賃料増額確認請求反訴事件(反訴)
(2)平成29年 5月11日 大阪地裁 平28(ワ)5249号 商標権侵害差止請求事件
(3)平成29年 3月16日 東京地裁 平26(特わ)914号・平26(特わ)1029号 薬事法違反被告事件
(4)平成28年11月17日 大阪地裁 平25(わ)3198号 公務執行妨害、傷害被告事件
(5)平成28年10月26日 東京地裁 平24(ワ)16956号 請負代金請求事件
(6)平成28年 3月25日 東京地裁 平25(ワ)32886号 未払賃料請求事件
(7)平成27年 3月31日 東京地裁 平24(ワ)22117号 損害賠償等請求事件
(8)平成26年 2月27日 東京地裁 平24(ワ)9450号 著作物頒布広告掲載契約に基づく著作物頒布広告掲載撤去損害賠償請求事件
(9)平成25年 9月12日 大阪高裁 平25(う)633号 詐欺被告事件
(10)平成25年 1月22日 名古屋地裁 平20(ワ)3887号 損害賠償請求事件
(11)平成24年12月 7日 静岡地裁 平19(ワ)1624号・平20(ワ)691号 損害賠償請求(第一事件)、保険金請求(第二事件)事件
(12)平成23年11月18日 東京地裁 平23(レ)307号・平23(レ)549号 損害賠償等請求控訴事件、同附帯控訴事件
(13)平成23年 9月30日 東京地裁 平20(ワ)31581号・平21(ワ)36858号 損害賠償請求事件(本訴)、同反訴請求事件(反訴)
(14)平成23年 2月23日 東京高裁 平21(ネ)2508号 損害賠償請求控訴事件
(15)平成23年 1月14日 大阪高裁 平22(う)460号 大阪市屋外広告物条例違反被告事件
(16)平成22年10月 5日 京都地裁 平19(ワ)824号 損害賠償請求事件
(17)平成22年 7月27日 東京地裁 平20(ワ)30423号・平21(ワ)3223号 損害賠償請求事件(本訴)、払戻金返還請求事件(反訴)
(18)平成22年 3月29日 東京地裁 平20(ワ)22960号 建物明渡請求事件
(19)平成22年 2月 8日 東京地裁 平21(ワ)8227号・平21(ワ)21846号 損害賠償請求事件
(20)平成22年 1月27日 東京地裁 平21(ワ)9971号・平21(ワ)9621号 土地建物所有権移転登記抹消登記請求事件、鉄塔明渡請求事件
(21)平成22年 1月27日 東京地裁 平21(ワ)13019号 屋外広告塔撤去請求事件
(22)平成21年12月24日 東京地裁 平20(行ウ)494号 計画通知確認処分取消等請求事件
(23)平成21年 7月22日 東京地裁 平19(ワ)24869号 損害賠償請求事件
(24)平成21年 1月20日 那覇地裁 平19(行ウ)16号・平20(行ウ)2号 建築確認処分差止請求事件(甲事件)、建築確認処分差止請求事件(乙事件)
(25)平成20年10月17日 東京地裁 平20(行ク)214号 執行停止申立事件
(26)平成20年 9月19日 東京地裁 平19(行ウ)274号・平19(行ウ)645号 退去強制令書発付処分取消請求事件
(27)平成20年 4月11日 最高裁第二小法廷 平17(あ)2652号 住居侵入被告事件 〔立川反戦ビラ事件・上告審〕
(28)平成19年 2月21日 東京地裁 平18(行ウ)206号 損害賠償請求事件(住民訴訟)
(29)平成17年12月21日 東京地裁 平15(ワ)14821号 看板設置請求事件
(30)平成17年 3月31日 東京地裁 平15(ワ)27464号・平15(ワ)21451号 商標使用差止等請求本訴、損害賠償請求反訴事件 〔tabitama.net事件〕
(31)平成17年 2月22日 岡山地裁 平14(ワ)1299号 損害賠償請求事件
(32)平成13年12月21日 秋田地裁 平10(ワ)324号・平12(ワ)53号・平12(ワ)416号 土地明渡等請求、損害賠償請求事件
(33)平成13年 2月23日 大阪地裁 平10(ワ)13935号 損害賠償請求事件
(34)平成11年 2月15日 仙台地裁 平9(行ウ)6号 法人税更正処分等取消請求事件
(35)平成 9年 7月22日 神戸地裁 平8(ワ)2214号 損害賠償請求事件
(36)平成 8年 6月21日 最高裁第二小法廷 平6(あ)110号 愛媛県屋外広告物条例違反、軽犯罪法違反
(37)平成 8年 4月12日 最高裁第二小法廷 平4(あ)1224号 京都府屋外広告物条例違反
(38)平成 8年 3月 8日 最高裁第二小法廷 平4(オ)78号 損害賠償請求事件
(39)平成 8年 3月 8日 最高裁第二小法廷 平4(オ)77号 損害賠償請求事件
(40)平成 7年12月11日 最高裁第一小法廷 平4(あ)526号 各滋賀県屋外広告物条例違反、軽犯罪法違反
(41)平成 7年 6月23日 最高裁第二小法廷 平元(オ)1260号 損害賠償、民訴法一九八条二項による返還及び損害賠償請求事件 〔クロロキン薬害訴訟・上告審〕
(42)平成 6年 2月21日 福岡高裁 平元(ネ)608号 接見交通妨害損害賠償請求事件
(43)平成 4年 6月30日 東京地裁 平3(ワ)17640号・平3(ワ)16526号 損害賠償請求事件
(44)平成 4年 6月15日 最高裁第二小法廷 平元(あ)710号 大阪府屋外広告物条例違反、軽犯罪法違反被告事件
(45)平成 4年 6月15日 最高裁第二小法廷 平元(あ)511号 大阪市屋外広告物条例違反、軽犯罪法違反
(46)平成 4年 2月 4日 神戸地裁 昭49(ワ)578号 損害賠償請求事件 〔全税関神戸訴訟・第一審〕
(47)平成 4年 2月 4日 神戸地裁 昭49(ワ)578号 損害賠償請求事件 〔全税関神戸訴訟・第一審〕
(48)昭和60年 7月22日 最高裁第一小法廷 昭59(あ)1498号 所得税法違反被告事件
(49)昭和59年 9月28日 奈良地裁 昭58(行ウ)4号 都市計画変更決定一部取消請求事件
(50)昭和59年 7月17日 福岡高裁 昭58(う)487号 大分県屋外広告物条例違反被告事件
(51)昭和58年10月27日 最高裁第一小法廷 昭57(あ)859号 猥褻図画販売、猥褻図画販売目的所持被告事件
(52)昭和58年 8月24日 福岡高裁 昭57(う)254号 軽犯罪法違反、佐賀県屋外広告物条例違反事件
(53)昭和58年 6月21日 大分簡裁 昭55(ろ)66号 大分県屋外広告物条例違反被告事件
(54)昭和57年 3月 5日 佐賀簡裁 昭55(ろ)24号 軽犯罪法違反、佐賀県屋外広告物条例違反事件
(55)昭和56年 8月 5日 東京高裁 昭55(う)189号 軽犯罪法違反被告事件
(56)昭和56年 7月31日 神戸簡裁 昭56(ろ)167号 軽犯罪法違反、兵庫県屋外広告物条例違反事件
(57)昭和55年 4月28日 広島高裁松江支部 昭54(う)11号 公職選挙法違反被告事件 〔戸別訪問禁止違憲事件・控訴審〕
(58)昭和54年12月25日 大森簡裁 昭48(う)207号・昭48(う)208号 軽犯罪法違反被告事件
(59)昭和53年 7月19日 横浜地裁 昭51(ワ)1147号 損害賠償事件
(60)昭和53年 5月30日 大阪高裁 昭52(ネ)1884号 敷金返還請求事件
(61)昭和51年 3月 9日 東京高裁 昭47(う)3294号 埼玉県屋外広告物条例違反等被告事件
(62)昭和51年 1月29日 大阪高裁 昭50(う)488号
(63)昭和50年 9月10日 最高裁大法廷 昭48(あ)910号 集団行進及び集団示威運動に関する徳島市条例違反、道路交通法違反被告事件 〔徳島市公安条例事件・上告審〕
(64)昭和50年 6月30日 東京高裁 昭47(う)3293号 埼玉県屋外広告物条例違反・軽犯罪法違反被告事件
(65)昭和50年 6月12日 最高裁第一小法廷 昭49(あ)2752号
(66)昭和50年 5月29日 最高裁第一小法廷 昭49(あ)1377号 大阪市屋外広告物条例違反被告事件
(67)昭和49年12月16日 大阪高裁 昭49(う)712号 神戸市屋外広告物条例違反等事件
(68)昭和49年 5月17日 大阪高裁 昭45(う)868号
(69)昭和49年 5月17日 大阪高裁 昭45(う)713号 大阪市屋外広告物条例違反被告事件
(70)昭和49年 4月30日 東京高裁 昭48(行コ)35号 行政処分取消請求控訴事件 〔国立歩道橋事件〕
(71)昭和48年12月20日 最高裁第一小法廷 昭47(あ)1564号
(72)昭和48年11月27日 大阪高裁 昭48(う)951号 大阪市屋外広告物条例違反被告事件
(73)昭和47年 7月11日 大阪高裁 昭43(う)1666号 大阪府屋外広告物法施行条例違反事件 〔いわゆる寝屋川ビラ貼り事件・控訴審〕
(74)昭和46年 9月29日 福岡高裁 昭45(う)600号 福岡県屋外広告物条例違反被告事件
(75)昭和45年11月10日 柳川簡裁 昭40(ろ)61号・昭40(ろ)62号 福岡県屋外広告物条例違反被告事件
(76)昭和45年 4月30日 最高裁第一小法廷 昭44(あ)893号 高知県屋外広告物取締条例違反・軽犯罪法違反被告事件
(77)昭和45年 4月 8日 東京地裁 昭40(行ウ)105号 法人事業税の更正決定取消請求事件
(78)昭和44年 9月 5日 金沢地裁 昭34(ワ)401号 損害賠償請求事件 〔北陸鉄道労組損害賠償請求事件〕
(79)昭和44年 8月 1日 大阪地裁 昭44(む)205号 裁判官忌避申立却下の裁判に対する準抗告事件
(80)昭和44年 3月28日 高松高裁 昭42(う)372号 外国人登録法違反・高知県屋外広告物取締条例違反・軽犯罪法違反被告事件
(81)昭和43年12月18日 最高裁大法廷 昭41(あ)536号 大阪市屋外広告物条例違反被告事件
(82)昭和43年10月 9日 枚方簡裁 昭41(ろ)42号 大阪府屋外広告物法施行条例違反被告事件
(83)昭和43年 7月23日 松山地裁 昭43(行ク)2号 執行停止申立事件
(84)昭和43年 4月30日 高松高裁 昭41(う)278号 愛媛県屋外広告物条例違反・軽犯罪法違反被告事件
(85)昭和43年 2月 5日 呉簡裁 昭41(ろ)100号 軽犯罪法違反被告事件
(86)昭和42年 9月29日 高知簡裁 昭41(ろ)66号 外国人登録法違反被告事件
(87)昭和42年 3月 1日 大阪地裁 昭42(む)57号・昭42(む)58号 勾留請求却下の裁判に対する準抗告事件
(88)昭和41年 2月12日 大阪高裁 昭40(う)1276号
(89)昭和41年 2月12日 大阪高裁 事件番号不詳 大阪市屋外広告物条例違反被告事件
(90)昭和40年10月21日 大阪地裁 昭40(む)407号 勾留取消の裁判に対する準抗告事件
(91)昭和40年10月11日 大阪地裁 昭40(む)404号 勾留取消の裁判に対する準抗告申立事件
(92)昭和39年12月28日 名古屋高裁 昭38(う)736号 建造物損壊、建造物侵入等事件 〔東海電通局事件・控訴審〕
(93)昭和39年 8月19日 名古屋高裁 昭39(う)166号 軽犯罪法違反被告事件
(94)昭和39年 6月16日 大阪高裁 昭38(う)1452号
(95)昭和29年 5月 8日 福岡高裁 昭29(う)480号・昭29(う)481号 外国人登録法違反等事件
(96)昭和29年 1月 5日 佐賀地裁 事件番号不詳 外国人登録法違反窃盗被告事件
(97)昭和28年 5月 4日 福岡高裁 昭28(う)503号 熊本県屋外広告物条例違反被告事件

■【政治と選挙の裁判例一覧】「政治資金規正法 選挙ポスター」に関する裁判例カテゴリー
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