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「公職選挙法」に関する裁判例(18)平成27年 9月17日 名古屋地裁 平26(行ウ)51号 公金支出金返還請求事件(住民訴訟)

「公職選挙法」に関する裁判例(18)平成27年 9月17日 名古屋地裁 平26(行ウ)51号 公金支出金返還請求事件(住民訴訟)

裁判年月日  平成27年 9月17日  裁判所名  名古屋地裁  裁判区分  判決
事件番号  平26(行ウ)51号
事件名  公金支出金返還請求事件(住民訴訟)
裁判結果  棄却  文献番号  2015WLJPCA09179006

要旨
〔判示事項〕
◆海外で身柄拘束をされた市議会議員に対して身柄拘束期間中の議員報酬等を支給したことは違法であるとして、地方自治法242条の2第1項4号に基づき、市長個人に対する損害賠償請求をすることを求める請求が、棄却された事例
〔裁判要旨〕
◆海外で身柄拘束をされた市議会議員に対して身柄拘束期間中の議員報酬等を支給したことは違法であるとして、地方自治法242条の2第1項4号に基づき、市長個人に対する損害賠償請求をすることを求める請求につき、市議会議員の議員報酬等に関して定める条例に、議員が、任期満了、辞職、退職、失職、除名、議会の解散又は死亡によりその職を離れた場合以外に、議員に対して議員報酬等の支給をしない場合が定められていないときは、海外で身柄拘束をされたことは上記のいずれの場合にも該当しないから、上記議員報酬等の支給は違法なものではないとして、上記請求が棄却された事例

出典
裁判所ウェブサイト

裁判官
市原義孝 (イチハラヨシタカ) 第46期 現所属 東京地方裁判所
平成30年4月1日 ~ 東京地方裁判所
平成27年4月1日 ~ 名古屋地方裁判所(部総括)
平成23年4月1日 ~ 最高裁判所調査官
平成20年4月1日 ~ 平成23年3月31日 高松高等裁判所
平成16年4月1日 ~ 平成20年3月31日 東京地方裁判所
平成15年4月1日 ~ 平成16年3月31日 鹿児島地方裁判所、鹿児島家庭裁判所、鹿児島地方裁判所加治木支部、鹿児島家庭裁判所加治木支部
平成12年4月1日 ~ 平成15年3月31日 鹿児島地方裁判所、鹿児島家庭裁判所
平成6年4月13日 ~ 東京地方裁判所

平田晃史 (ヒラタアキフミ) 第54期 現所属 法務省民事局付兼法務省民事局参事官
平成30年4月1日 ~ 法務省民事局付兼法務省民事局参事官
平成27年4月1日 ~ 名古屋地方裁判所
平成26年4月1日 ~ 知的財産高等裁判所
平成24年4月1日 ~ 最高裁判所民事局付
平成21年4月1日 ~ 平成24年3月31日 札幌地方裁判所、札幌家庭裁判所
平成20年7月1日 ~ 平成21年3月31日 東京地方裁判所
平成18年7月1日 ~ 平成20年6月30日 検事、内閣事務官
平成18年4月1日 ~ 事務総局家庭局付
平成13年10月17日 ~ 平成18年3月31日 東京地方裁判所

西脇真由子 (ニシワキマユコ) 新第61期 現所属 和歌山地方裁判所、和歌山家庭裁判所
平成28年4月1日 ~ 和歌山地方裁判所、和歌山家庭裁判所
平成26年4月1日 ~ 名古屋地方裁判所
~ 平成26年3月31日 名古屋地裁裁判所事務官(弁護士職務経験)
平成21年1月16日 ~ 京都地方裁判所

Westlaw作成目次

主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
第2 事案の概要
1 本件は,愛知県稲沢市(以下「…
2 関係法令等の定め
3 前提事実(当事者間に争いのな…
(1) 当事者等(弁論の全趣旨)
(2) 本件議員が身柄を拘束された経…
(3) 議員報酬等の支給
(4) 監査請求
(5) 議員報酬等に関する条例の改正
(6) 本件訴えの提起
4 争点及び争点に関する当事者の…
(原告の主張)
(被告の主張)
第3 当裁判所の判断
1 身柄を拘束された議員に対して…
(1) 地方自治法は,議員報酬につい…
(2) 原告の主張について
2 議員報酬等の支給停止に関する…
(1) 前記1(1)において判示した…
(2) 地方自治法においては,条例の…
(3) 原告の主張について
3 まとめ
第4 結論

裁判年月日  平成27年 9月17日  裁判所名  名古屋地裁  裁判区分  判決
事件番号  平26(行ウ)51号
事件名  公金支出金返還請求事件(住民訴訟)
裁判結果  棄却  文献番号  2015WLJPCA09179006

主文

1  原告の請求を棄却する。
2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求
被告は,Aに対し,299万8800円及び別紙1支出一覧表「支出額」欄記載の各金員に対する「支出日」欄記載の各日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。
第2  事案の概要
1  本件は,愛知県稲沢市(以下「稲沢市」という。)の住民である原告が,稲沢市議会議員であるB(以下「本件議員」という。)が中華人民共和国(以下「中国」という。)において身柄を拘束され,職務を執行することができない状態であったにもかかわらず,稲沢市が,別紙1支出一覧表(以下「支出一覧表」という。)の「支出日」欄記載の各日に,同表「支出額」欄記載の金額の議員報酬及び期末手当(以下「議員報酬等」という。)を支給したことについて,稲沢市議会事務局長及び同事務局議事課長(以下「事務局長ら」という。)が,上記支給に係る支出負担行為及び支出命令(以下「本件支出負担行為等」という。)をしたことは違法であり,本件支出負担行為等が行われた当時の稲沢市長であるAは事務局長らを指揮監督すべき義務を負っていたにもかかわらずこれを怠り,このため稲沢市は同額の損害を被ったなどと主張して,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,稲沢市の執行機関である被告に対し,Aに対して損害賠償金合計299万8800円及び支出一覧表記載の「支出額」欄記載の各損害賠償金に対する「支出日」欄記載の各日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求することを求めた住民訴訟である。
2  関係法令等の定め
本件に関係する法令等の定めは,別紙2「関係法令等の定め」に記載のとおりである。
3  前提事実(当事者間に争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)  当事者等(弁論の全趣旨)
ア 原告は,稲沢市の住民である。
イ 被告は,稲沢市の執行機関である市長である。
ウ Aは,本件支出負担行為等が行われた当時(平成25年11月以降)から現在に至るまで,稲沢市の市長の職にある者である。
エ 本件議員は,平成25年10月以前から現在に至るまで稲沢市議会議員の職にある者である。
(2)  本件議員が身柄を拘束された経緯等
本件議員は,平成25年10月31日,中国において覚せい剤を所持していたとして中国の当局に身柄を拘束され,同日以降現在に至るまで,中国において,その身柄を拘束されている(以下「本件事件」という。)。なお,本件議員は,平成26年7月28日,上記覚せい剤の所持に関し,中国において起訴された。(乙12及び弁論の全趣旨)
(3)  議員報酬等の支給
稲沢市議会事務局長は,専決により,支出一覧表記載1及び3の議員報酬並びに同表記載2の期末手当に関する支出負担行為及び支出命令を,同事務局議事課長は,専決により,同表記載4及び5の議員報酬に関する支出負担行為及び支出命令をした。これらの議員報酬等は,上記各支出命令に基づき,同表「支出日」欄記載の各日に,稲沢市から本件議員に支給された。(争いがない事実)
なお,本件議員に対する議員報酬等の支給方法については,平成26年1月14日,本件議員の依頼により,口座振込みによる受取りを廃止して現金による受取りに変更することとされ,その後,本件議員が現金の受取りを拒否したため,平成26年1月分及び同年2月分の議員報酬については,議員報酬月額から所得税等の月額12万7400円を控除した残額35万2600円を1か月分の議員報酬として,名古屋法務局一宮支局にそれぞれ供託されている。(甲5ないし12)
(4)  監査請求
原告は,平成26年3月5日,稲沢市監査委員(以下「本件監査委員」という。)に対し,被告の本件議員に対する支出一覧表記載の議員報酬等の支給は違法な公金の支出である旨主張して,地方自治法242条1項に基づく住民監査請求をした。これに対し,本件監査委員は,同年5月1日付けで上記監査請求を棄却し,その旨を原告に通知した。(甲1,弁論の全趣旨)
(5)  議員報酬等に関する条例の改正
稲沢市議会は,平成26年6月25日,議員報酬等に関する条例を一部改正する条例案について,全会一致で可決した(平成26年条例第21号。以下「本件改正」という。)。改正後の議員報酬等に関する条例は,同月30日に公布され,同年7月1日に施行され,以後,本件議員に対する議員報酬等の支給は停止された。(甲17,乙12,弁論の全趣旨)
(6)  本件訴えの提起
原告は,平成26年5月22日,本件訴えを提起した。(顕著な事実)
4  争点及び争点に関する当事者の主張
本件の争点は,①議員が身柄を拘束されたときに議員報酬等を支給停止とする旨の法令上の定めがない場合に,身柄を拘束された議員に対して議員報酬等を支給することが違法であるか否か,②Aが,議員が身柄を拘束されたときに議員報酬等を支給停止とする規定を設けるよう議員報酬等に関する条例を改正する旨の条例の提案権を行使すべき義務を怠ったか否かである。
(原告の主張)
(1) 身柄を拘束された議員に対して議員報酬等を支給することの違法性
ア 普通地方公共団体の議員が,当該普通地方公共団体の議会に出席することは,議員の職務の本質的部分を構成し,議員報酬等は議員活動の対価として与えられる反対給付であるから,身柄を拘束されて議会に出席できず,議員活動を行えない議員に対して議員報酬等を支給することは著しく正義に反する。
また,個々の議場への出席だけが議員活動ではないとしても,単なる議員としての地位があることを理由として,議員報酬等が得られるのであれば,地方財政法4条1項の趣旨にも反するものである。
さらに,本件議員は,平成25年10月31日以降,議員活動を全く行っていない上,議員報酬等の受領を拒絶しているのであるから,仮に同人に議員報酬請求権があったとしてもこれを放棄しているものと評価すべきである。
したがって,事務局長らが,本件支出負担行為等をしたことは違法である。
Aは,本件議員が身柄を拘束されていることを知っていたのであるから,本件議員に対する議員報酬等の支給を阻止すべき指揮監督義務を負っていたにもかかわらず,これを怠ったものである。
イ 被告の主張に対する反論
(ア) 被告は,地方自治法203条1項を根拠として本件議員に対する議員報酬等の支給は正当である旨主張するが,同条3項は「支給しなければならない」ではなく「支給することができる」と定めており,議員報酬等を支給するか否かの判断を普通地方公共団体の裁量に委ねているのであるから,議員が議会に出席できないなどの状況が生じた場合に議員報酬等を支給することは違法というべきである。
(イ) 被告は,市議会議員による議員報酬等の請求権の放棄は,公職選挙法199条の2第1項に違反する旨主張するが,同項の規定の対象は住民一般と解され,普通地方公共団体を想定していないものと解されるから,本件議員が議員報酬等の請求権を放棄したと解することに問題はない。
(2) 議員報酬等の支給停止に関する条例案を提出すべき義務違反
普通地方公共団体の長には,地方自治法138条の2以下において,大きな権限が与えられており,同法149条において議案提出権が認められるほか,同法112条1項ただし書,97条2項ただし書によれば,専属的な予算調整権もあると解される。普通地方公共団体の長の専属的権限に反するような議員による条例案の提出は許されないところ,議員報酬等は予算を伴うものであるから,本件について議会において自律的に条例制定権を行使することが望ましいと解することは地方自治法の上記各規定に反する。
また,地方財政法4条1項によれば,普通地方公共団体の経費は,その目的を達成するための必要かつ最少限度を超えて,これを支出してはならないと定められているのであるから,普通地方公共団体の長は,同条項の趣旨に従った予算を伴う条例案を提出すべきものと解され,議員活動のできない議員について議員報酬等を支給停止とする旨の規定が条例にない場合には条例の改正案を提出すべきである。
なお,稲沢市においては,平成23年5月に贈収賄で逮捕された議員に対して,逮捕中の同月1日及び2日の2日分の議員報酬を支給しており,この支給行為が問題となっていたのであるから,本件議員が身柄を拘束されるまでに議員報酬等に関する条例の改正案を検討する時間は十分あったものである。
したがって,Aは,本件議員が中国で身柄を拘束されたことが明らかになった時点で,身柄を拘束された議員について議員報酬等を支給停止とする旨の条例案及びそれに伴う予算措置の条例案を提出すべきであったにもかかわらず,これを怠ったものである。
(被告の主張)
(1) 身柄を拘束された議員に対して議員報酬等を支給することについて
議員報酬等は,議会出席等個々の議員活動との間に法律上の対価関係を有さず,議員報酬等に関する条例には,議会へ出席できない状況にあるからといって議員の報酬,手当請求権が消滅する規定はない上,我が国の刑事法制は無罪推定の原則に立っているのであるから,身柄を拘束された議員に対して議員報酬等を支給することは違法ではない。
また,本件議員は,平成25年12月下旬頃には議員報酬等を受領しない意向を有していたが,報酬請求権の放棄は公職選挙法199条の2第1項に違反することから,本件議員に報酬請求権を放棄する意思があったわけではなく,実際,本件議員から,議員活動ができない期間の議員報酬等の供託を了承する旨のメモが稲沢市に提出されている。
したがって,原告の主張は理由がない。
(2) 議員報酬等の支給停止に関する条例案を提出すべき義務について
議員が身柄を拘束された場合の議員報酬等の取扱いは立法政策の問題であって,条例の制定権は議会に帰属し,議員は地方自治法112条に基づいて議員定数の12分の1の賛成を得て議案を提出できる。一方で,普通地方公共団体の長が条例についての提案権を行使することは当然であるが,議会の議決を求める行為は政治的行為でもあるから,その内容,時期等については普通地方公共団体の長に裁量が認められる。また,地方財政法4条1項は裁量の余地のない義務的経費の支出に係るものではなく,支出義務の根拠となる法令の定め方について規定したものでもないから,普通地方公共団体の長が条例の改正案を提案しなければ違法になるというものではない。特に,議員の身分及び権利に直接関わる問題については議会の自主的判断に委ねるべきであって,普通地方公共団体の長の関与はできるだけ差し控えることが望ましく,議員報酬等に関する条例の改正についても同様である。
したがって,原告の主張は理由がない。
第3  当裁判所の判断
1  身柄を拘束された議員に対して議員報酬等を支給することの違法性について
(1)  地方自治法は,議員報酬について「普通地方公共団体は,その議会の議員に対し,議員報酬を支給しなければならない。」(203条1項),議員の期末手当について「普通地方公共団体は,条例で,その議会の議員に対し,期末手当を支給することができる。」(同条3項)とそれぞれ規定した上で,議員報酬等について「議員報酬,費用弁償及び期末手当の額並びにその支給方法は,条例でこれを定めなければならない。」(同条4項)と規定している。これらの規定を受けて,稲沢市においては,議員報酬等に関する条例が定められ,議員報酬について「議員にはその職についた日から日割計算によりそれぞれ議員報酬を支給する。」(2条1項本文),「議長,副議長及び議員が任期満了,辞職,失職,除名又は議会の解散によりその職を離れたときは,その日までの議員報酬を支給し,死亡によりその職を離れたときは,その日の属する月分までの議員報酬を支給する。」(同条2項),期末手当について「期末手当は,6月1日及び12月1日・・・(中略)・・・にそれぞれ在職する議員に支給する。これらの期日前1月以内に任期が満限に達し,辞職し,退職し,除名され,死亡し,又は解散により任期が終了したこれらの者・・・(中略)・・・についても同様とする。」(4条1項)とそれぞれ規定されており,本件支出負担行為等がされた当時においては,議員が,任期満了,辞職,退職,失職,除名,議会の解散又は死亡によりその職を離れた場合以外に,議員に対して議員報酬等を支給しない場合は定められていなかったものである。
そうすると,本件議員については,中国の当局に身柄を拘束されただけであって議員報酬等を支給しない上記のいずれの場合にも該当しないのであるから,本件支出負担行為等が違法なものではないことは明らかである。
したがって,稲沢市が本件議員に対して議員報酬等を支給したことは違法なものではなく,原告の主張は理由がない。
(2)  原告の主張について
ア これに対し,原告は,普通地方公共団体の議員が,当該普通地方公共団体の議会に出席することは,議員の職務の本質的部分を構成し,議員報酬等は議員活動の対価として与えられる反対給付であるから,身柄を拘束されて議会に出席できず,議員活動を行えない議員に対して議員報酬等を支給することは著しく正義に反することから議員報酬等を支給すべきではない旨主張する。
しかしながら,地方自治法203条4項が,議員報酬等の額及び支給方法を条例で定めることとした趣旨は,議員報酬等の額及び支給方法(期末手当については支給するか否かを含む。)の決定を条例に委ねることにより,これに対する民主的統制を図ったものであると解され,同条項の文言上,議員報酬等の額及び支給方法を条例で定めなければならないことは明らかである。また,これに加えて,普通地方公共団体の議員の議員活動は,当該普通地方公共団体の議会や各種委員会に出席することに限られるものではなく,その職責を十全に果たすための準備等も広く含まれ,必ずしもその範囲の画定が容易ではないことなども併せて考慮すれば,議員報酬等の額及び支給方法の決定については,条例を制定する普通地方公共団体の議会の裁量判断に委ねられていると解され,議会等に出席しない議員について議員報酬等の減額や支給停止をするためには,その条件等を条例で定める必要があり,普通地方公共団体の長が自己の判断で条例で定められた議員報酬等の減額や支給停止をすることは民主的統制の観点から許されないと解すべきである。
したがって,条例に定めがなくとも本件議員に対して議員報酬等を支給すべきではないとの原告の主張を採用することはできない。
イ 原告は,単なる議員としての地位があることを理由として,議員報酬等が得られるのであれば,地方財政法4条1項の趣旨に反する旨主張する。
しかしながら,地方財政法4条1項の趣旨は,地方公共団体の経費は,法令の定めるところに従い,かつ,合理的な基準により算定され,予算に計上されるものであるところ(同法3条1項),本来,予算は執行機関に支払を可能ならしめ,かつ,支出の最高限度額として執行機関を拘束するものであって支出額自体を定めるものではないことから,予算の執行においても,その目的達成のための必要かつ最少の限度を超えて支出してはならないとしたものであって,執行について裁量の余地のない義務的経費である議員報酬等の支給が同条項の趣旨に反しないことは明らかである。
したがって,原告の主張は理由がない。
ウ 原告は,本件議員は平成25年10月31日以降,議員活動を全く行っていない上,議員報酬の受領を拒絶しているのであるから,仮に同人に議員報酬請求権があったとしてもこれを放棄している旨主張する。
しかしながら,証拠(乙8及び9)によれば,本件議員は稲沢市が議員報酬を供託することを了解していることが認められるから,本件議員が議員報酬請求権を放棄しているということはできない。
したがって,原告の主張は,その前提を欠き,理由がない。
2  議員報酬等の支給停止に関する条例案を提出すべき義務違反について
(1)  前記1(1)において判示したとおり,本件支出負担行為等はいずれも議員報酬等に関する条例に基づいて行われたものであるから,仮にAが議員報酬等の支給停止に関する条例案を議会に提出しなかったことに違法があったとしても,その当時有効に存在していた議員報酬等に関する条例に基づいて行われた本件支出負担行為等が違法となる余地はないというべきである(なお,原告は,稲沢市がAに対する上記条例案を提出しなかったことに基づく損害賠償請求権を行使しないことが地方自治法242条1項所定の怠る事実に当たると主張しているものではない。)。したがって,この点についての原告の主張は失当といわざるを得ないが,事案に鑑み,念のため当裁判所の判断を示すこととする。
(2)  地方自治法においては,条例の制定,改廃の議決は議会の権能と定められており,議員は,議員定数の12分の1以上の賛成を得て,議会に予算以外の議案を提出することができ,普通地方公共団体の長も,議会に議案を提出することができると定められている(地方自治法96条1項1号,112条1項及び2項並びに149条1号)。
ここで,前記1(2)アで判示したとおり,議員報酬等の額及び支給方法に関する条例の制定は,普通地方公共団体の議会の裁量判断に委ねられていると解されるところ,議員報酬等の額及び支給方法に関する条例の改正案の議会への提出についても条例改正作用の一部をなすものであるから,上記改正案を議会へ提出するか否かについては,議員又は普通地方公共団体の長の裁量に委ねられており,議員又は普通地方公共団体の長が裁量権の範囲を超え又はそれを濫用したものであると認められない限り,違法とはならないというべきである。
本件においては,前記前提事実,証拠(乙10ないし12)及び弁論の全趣旨によれば,①本件事件の発生から2か月も経たない平成25年12月頃から稲沢市議会政治倫理審査会等において議員報酬等に関する条例の改正が議論されるようになったこと,②Aは,本件議員に対する議員報酬等の支給停止の問題は,議員の身分,権利に関わることから,その対応を議会の自主的な判断に委ねたこと,③平成26年6月25日に議員提案により本件改正が成立し,同年7月1日から改正後の議員報酬等に関する条例が施行されたことがそれぞれ認められ,これらの事実によれば,Aが議員報酬等に関する条例の改正案を議会に提出しなかったことは,その裁量権の範囲を超えるものではなく,それを濫用したものでもないことは明らかである。
したがって,Aが議員報酬等の支給停止に関する条例案を提出しなかったことは違法なものではない。
(3)  原告の主張について
ア 原告は,普通地方公共団体の長の専属的権限に反するような議員による条例案の提出は許されないところ,議員報酬は予算を伴うものであるから,本件について,議会において自律的に条例制定権を行使することが望ましいと解することは地方自治法の規定に反する旨主張する。
しかしながら,議員報酬等の支給停止に関する条例案は,特に予算を伴うものではないから,これが普通地方公共団体の長の専属的権限に属するものでないことは明らかであって,実際,本件改正は議員提案により成立している。
したがって,原告の主張は理由がない。
イ 原告は,普通地方公共団体の長は,地方財政法4条1項の趣旨に従った予算を伴う条例案を提出すべきものと解され,議員活動のできない議員について議員報酬等を支給停止とする旨の規定が条例にない場合には条例の改正案を提出すべきである旨主張する。
しかしながら,前記1(2)イで判示したとおり,地方財政法4条1項は予算の執行について必要かつ最少の限度を超えて支出してはならない旨規定しているにすぎず,同項の趣旨に従った条例案の提出を普通地方公共団体の長に義務付けるものとは解されない。
したがって,原告の主張は理由がない。
ウ 原告は,稲沢市においては,平成23年5月に贈収賄で逮捕された議員に対して,逮捕中の2日分の議員報酬を支給しており,この支給行為が問題となっていたのであるから,本件議員が身柄を拘束されるまでに議員報酬等に関する条例の改正案を検討する時間は十分あったものである旨主張する。
しかしながら,議員報酬等に関する条例の改正について普通地方公共団体の長に裁量があることは前記(2)で判示したとおりである上,この点をおくとしても,証拠(甲15)及び弁論の全趣旨によれば,上記議員は逮捕から2日で辞職していることが認められ,上記議員に対する議員報酬の支給が大きな問題となっていたと認めるに足りる証拠はない。
したがって,原告の主張は理由がない。
3  まとめ
以上によれば,本件支出負担行為等は適法なものであって,本件議員の身柄拘束中に稲沢市が本件議員に対して議員報酬等を支給したことは違法な公金の支出に該当せず,Aの行為に違法はない。
第4  結論
以上の次第で,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 市原義孝 裁判官 平田晃史 裁判官 西脇真由子)

別紙


「公職選挙法」に関する裁判例一覧
(1)平成28年 3月15日 大阪地裁 平27(ワ)3109号 損害賠償等請求事件
(2)平成28年 3月11日 東京地裁 平25(行ウ)677号 政務調査研究費返還請求事件
(3)平成28年 3月 4日 高松高裁 平27(行ケ)1号 決定取消請求事件
(4)平成28年 2月18日 東京地裁 平27(ワ)1047号 社員総会決議無効確認等請求事件
(5)平成28年 1月28日 東京高裁 平27(行ケ)49号 裁決取消請求事件
(6)平成27年12月22日 東京高裁 平26(ネ)5388号 損害賠償請求控訴事件
(7)平成27年12月21日 名古屋高裁金沢支部 平27(行ケ)4号 裁決取消、当選取消請求事件
(8)平成27年12月17日 東京高裁 平27(行ケ)35号 選挙無効請求事件
(9)平成27年12月16日 大阪高裁 平27(ネ)697号・平27(ネ)1887号 損害賠償請求控訴事件、同附帯控訴事件
(10)平成27年12月14日 東京地裁 平27(行ウ)417号・平27(行ウ)426号・平27(行ウ)427号 地位確認等請求事件
(11)平成27年12月 1日 最高裁第三小法廷 平26(あ)1731号 公職選挙法違反被告事件
(12)平成27年11月25日 最高裁大法廷 平27(行ツ)220号・平27(行ツ)224号・平27(行ツ)236号・平27(行ツ)237号・平27(行ツ)239号・平27(行ツ)257号・平27(行ツ)259号・平27(行ツ)263号・平27(行ツ)264号・平27(行ツ)270号・平27(行ツ)278号
(13)平成27年11月25日 最高裁大法廷 平27(行ツ)267号・平27(行ツ)268号 選挙無効請求事件
(14)平成27年11月25日 最高裁大法廷 平27(行ツ)253号 選挙無効請求事件
(15)平成27年11月19日 最高裁第一小法廷 平27(行ツ)254号 選挙無効請求事件
(16)平成27年10月27日 岡山地裁 平24(行ウ)15号 不当利得返還請求事件
(17)平成27年10月15日 大阪地裁 平25(行ウ)40号 損害賠償等請求事件(住民訴訟)
(18)平成27年 9月17日 名古屋地裁 平26(行ウ)51号 公金支出金返還請求事件(住民訴訟)
(19)平成27年 9月10日 大阪地裁 平26(行ウ)137号 損害賠償等請求事件
(20)平成27年 8月26日 東京地裁 平26(ワ)15913号 損害賠償請求事件
(21)平成27年 6月 2日 大阪高裁 平26(行コ)162号 行政財産使用不許可処分取消等、組合事務所使用不許可処分取消等請求控訴事件
(22)平成27年 6月 1日 大阪地裁 平27(ヨ)290号 投稿動画削除等仮処分命令申立事件
(23)平成27年 5月15日 鹿児島地裁 平19(ワ)1093号 国家賠償請求事件
(24)平成27年 5月15日 鹿児島地裁 平18(ワ)772号 損害賠償請求事件
(25)平成27年 4月28日 広島高裁岡山支部 平26(行ケ)1号 選挙無効請求事件
(26)平成27年 3月31日 東京地裁 平26(行ウ)299号 投票効力無効取消等請求事件
(27)平成27年 3月26日 大阪高裁 平26(行ケ)5号 選挙無効請求事件
(28)平成27年 3月25日 東京高裁 平26(行ケ)24号 選挙無効請求事件
(29)平成27年 3月25日 広島高裁松江支部 平26(行ケ)1号 選挙無効請求事件
(30)平成27年 3月25日 福岡高裁 平26(行ケ)4号 選挙無効請求事件
(31)平成27年 3月23日 大阪高裁 平26(行ケ)4号 選挙無効請求事件
(32)平成27年 3月20日 名古屋高裁 平26(行ケ)2号・平26(行ケ)3号 選挙無効請求事件
(33)平成27年 2月 4日 東京高裁 平26(行コ)353号 行政処分取消等請求控訴事件
(34)平成27年 1月16日 東京地裁 平26(行ウ)239号・平26(行ウ)272号 行政文書不開示処分取消請求事件
(35)平成27年 1月16日 東京地裁 平22(行ウ)239号・平22(行ウ)272号 行政文書不開示処分取消請求事件
(36)平成27年 1月15日 最高裁第一小法廷 平26(行ツ)103号・平26(行ヒ)108号 選挙無効請求事件
(37)平成26年12月24日 横浜地裁 平26(行ウ)15号 損害賠償請求事件(住民訴訟)
(38)平成26年11月26日 最高裁大法廷 平26(行ツ)78号・平26(行ツ)79号 選挙無効請求事件
(39)平成26年11月26日 最高裁大法廷 平26(行ツ)155号・平26(行ツ)156号 選挙無効請求事件 〔参議院議員定数訴訟〕
(40)平成26年11月26日 東京高裁 平26(行コ)467号 衆議院議員総選挙公示差止め等請求控訴事件
(41)平成26年11月21日 東京地裁 平26(行ウ)571号 衆議院議員総選挙公示差止め等請求事件
(42)平成26年10月28日 東京地裁 平24(行ウ)496号 三鷹市議会議員および市長選挙公営費返還請求事件
(43)平成26年10月24日 和歌山地裁 平23(行ウ)7号 政務調査費違法支出金返還請求事件
(44)平成26年 9月25日 東京地裁 平21(ワ)46404号・平22(ワ)16316号 損害賠償(株主代表訴訟)請求事件(第2事件)、損害賠償(株主代表訴訟)請求事件(第3事件)
(45)平成26年 9月10日 東京地裁 平24(行ウ)878号 分限免職処分取消請求事件
(46)平成26年 9月 5日 東京地裁 平25(行ウ)501号 行政処分取消等請求事件
(47)平成26年 7月 9日 最高裁第二小法廷 平26(行ツ)96号・平26(行ヒ)101号 選挙無効請求事件
(48)平成26年 5月27日 最高裁第三小法廷 平24(オ)888号 損害賠償請求事件
(49)平成26年 3月11日 東京地裁 平25(ワ)11889号 損害賠償等請求事件
(50)平成26年 2月26日 東京地裁 平24(ワ)10342号 謝罪広告掲載等請求事件
(51)平成26年 1月21日 東京地裁 平25(行ウ)59号 更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分取消請求事件
(52)平成26年 1月16日 名古屋地裁 平23(行ウ)68号 愛知県議会議員政務調査費住民訴訟事件
(53)平成25年12月25日 東京高裁 平25(行ケ)90号 選挙無効請求事件
(54)平成25年12月25日 東京高裁 平25(行ケ)83号 選挙無効事件
(55)平成25年12月25日 広島高裁松江支部 平25(行ケ)1号 選挙無効請求事件
(56)平成25年12月20日 東京高裁 平25(行ケ)70号・平25(行ケ)71号・平25(行ケ)72号・平25(行ケ)73号・平25(行ケ)74号・平25(行ケ)75号・平25(行ケ)76号・平25(行ケ)77号・平25(行ケ)78号・平25(行ケ)79号・平25(行ケ)80号 各選挙無効請求事件
(57)平成25年12月20日 仙台高裁 平25(行ケ)2号・平25(行ケ)3号・平25(行ケ)4号・平25(行ケ)5号・平25(行ケ)6号
(58)平成25年12月18日 大阪高裁 平25(行ケ)5号・平25(行ケ)6号・平25(行ケ)7号・平25(行ケ)8号・平25(行ケ)9号・平25(行ケ)10号 選挙無効請求事件
(59)平成25年12月18日 名古屋高裁 平25(行ケ)1号・平25(行ケ)2号・平25(行ケ)3号 選挙無効請求事件
(60)平成25年12月16日 名古屋高裁金沢支部 平25(行ケ)2号・平25(行ケ)3号・平25(行ケ)4号 選挙無効請求事件
(61)平成25年12月 6日 札幌高裁 平25(行ケ)1号 参議院議員選挙無効請求事件
(62)平成25年12月 5日 広島高裁 平25(行ケ)3号 選挙無効請求事件
(63)平成25年11月29日 東京地裁 平25(ワ)18098号 被選挙権侵害による損害賠償請求事件
(64)平成25年11月28日 広島高裁岡山支部 平25(行ケ)1号 選挙無効請求事件
(65)平成25年11月20日 最高裁大法廷 平25(行ツ)226号 選挙無効請求事件
(66)平成25年11月20日 最高裁大法廷 平25(行ツ)209号・平25(行ツ)210号・平25(行ツ)211号 選挙無効請求事件 〔平成24年衆議院議員総選挙定数訴訟大法廷判決〕
(67)平成25年10月16日 東京地裁 平23(行ウ)292号 報酬返還請求事件
(68)平成25年 9月27日 大阪高裁 平25(行コ)45号 選挙権剥奪違法確認等請求控訴事件
(69)平成25年 9月27日 東京地裁 平25(ワ)9342号 発信者情報開示請求事件
(70)平成25年 6月19日 横浜地裁 平20(行ウ)19号 政務調査費返還履行等代位請求事件
(71)平成25年 3月28日 京都地裁 平20(行ウ)10号 不当利得返還等請求行為請求事件
(72)平成25年 3月26日 東京高裁 平24(行ケ)26号・平24(行ケ)27号・平24(行ケ)28号・平24(行ケ)29号・平24(行ケ)30号・平24(行ケ)31号・平24(行ケ)32号 各選挙無効請求事件
(73)平成25年 3月26日 広島高裁岡山支部 平24(行ケ)1号 選挙無効請求事件
(74)平成25年 3月25日 広島高裁 平24(行ケ)4号・平24(行ケ)5号 選挙無効請求事件
(75)平成25年 3月22日 高松高裁 平24(行ケ)1号 選挙無効請求事件
(76)平成25年 3月18日 名古屋高裁金沢支部 平24(行ケ)1号 選挙無効請求事件
(77)平成25年 3月14日 名古屋高裁 平24(行ケ)1号・平24(行ケ)2号・平24(行ケ)3号・平24(行ケ)4号 選挙無効請求事件
(78)平成25年 3月14日 東京地裁 平23(行ウ)63号 選挙権確認請求事件 〔成年被後見人選挙件確認訴訟・第一審〕
(79)平成25年 3月 7日 札幌高裁 平24(行ケ)1号 衆議院議員選挙無効請求事件
(80)平成25年 3月 6日 東京高裁 平24(行ケ)21号 選挙無効請求事件
(81)平成25年 2月28日 広島高裁 平24(行ケ)2号 棄却決定取消請求事件
(82)平成25年 2月28日 東京地裁 平22(ワ)47235号 業務委託料請求事件
(83)平成25年 2月19日 東京高裁 平24(ネ)1030号 帰化日本人投票制限国家賠償請求控訴事件
(84)平成25年 2月 6日 大阪地裁 平22(行ウ)230号 選挙権剥奪違法確認等請求事件
(85)平成24年12月12日 東京高裁 平24(行ス)67号 執行停止申立却下決定に対する抗告事件
(86)平成24年12月12日 東京地裁 平24(行ウ)831号 天皇の衆議院の解散等に関する内閣の助言と承認の無効確認請求事件
(87)平成24年12月11日 東京地裁 平24(行ク)433号 執行停止申立事件
(88)平成24年11月30日 最高裁第一小法廷 平24(行ト)70号 仮の差止等申立て却下決定に対する抗告棄却決定に対する特別抗告事件
(89)平成24年11月30日 最高裁第一小法廷 平24(行ツ)371号 衆議院議員総選挙公示差止等請求上告事件
(90)平成24年11月28日 東京高裁 平24(行コ)448号 衆議院議員総選挙公示差止等請求控訴事件
(91)平成24年11月22日 東京地裁 平24(行ウ)784号 衆議院議員総選挙公示差止等請求事件
(92)平成24年10月17日 最高裁大法廷 平23(行ツ)95号 選挙無効請求事件
(93)平成24年10月17日 最高裁大法廷 平23(行ツ)72号 選挙無効請求事件
(94)平成24年10月17日 最高裁大法廷 平23(行ツ)65号 選挙無効請求事件
(95)平成24年10月17日 最高裁大法廷 平23(行ツ)64号 選挙無効請求事件
(96)平成24年10月17日 最高裁大法廷 平23(行ツ)59号 選挙無効請求事件
(97)平成24年10月17日 最高裁大法廷 平23(行ツ)52号 選挙無効請求事件
(98)平成24年10月17日 最高裁大法廷 平23(行ツ)51号 選挙無効請求事件 〔参議院議員定数訴訟・大法廷判決〕
(99)平成24年10月17日 最高裁大法廷 平23(行ツ)179号
(100)平成24年10月17日 最高裁大法廷 平23(行ツ)174号 参議院議員選挙無効請求事件


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