【選挙から学ぶ判例】crps 裁判例 lgbt 裁判例 nda 裁判例 nhk 裁判例 nhk 受信料 裁判例 pl法 裁判例 pta 裁判例 ptsd 裁判例 アメリカ 裁判例 検索 オーバーローン 財産分与 裁判例 クレーマー 裁判例 クレプトマニア 裁判例 サブリース 裁判例 ストーカー 裁判例 セクシャルハラスメント 裁判例 せクハラ 裁判例 タイムカード 裁判例 タイムスタンプ 裁判例 ドライブレコーダー 裁判例 ノンオペレーションチャージ 裁判例 ハーグ条約 裁判例 バイトテロ 裁判例 パタハラ 裁判例 パブリシティ権 裁判例 ハラスメント 裁判例 パワーハラスメント 裁判例 パワハラ 裁判例 ファクタリング 裁判例 プライバシー 裁判例 プライバシーの侵害 裁判例 プライバシー権 裁判例 ブラックバイト 裁判例 ベネッセ 裁判例 ベルシステム24 裁判例 マタニティハラスメント 裁判例 マタハラ 裁判例 マンション 騒音 裁判例 メンタルヘルス 裁判例 モラハラ 裁判例 モラルハラスメント 裁判例 リストラ 裁判例 リツイート 名誉毀損 裁判例 リフォーム 裁判例 遺言 解釈 裁判例 遺言 裁判例 遺言書 裁判例 遺言能力 裁判例 引き抜き 裁判例 営業秘密 裁判例 応召義務 裁判例 応用美術 裁判例 横浜地裁 裁判例 過失割合 裁判例 過労死 裁判例 介護事故 裁判例 会社法 裁判例 解雇 裁判例 外国人労働者 裁判例 学校 裁判例 学校教育法施行規則第48条 裁判例 学校事故 裁判例 環境権 裁判例 管理監督者 裁判例 器物損壊 裁判例 基本的人権 裁判例 寄与分 裁判例 偽装請負 裁判例 逆パワハラ 裁判例 休業損害 裁判例 休憩時間 裁判例 競業避止義務 裁判例 教育を受ける権利 裁判例 脅迫 裁判例 業務上横領 裁判例 近隣トラブル 裁判例 契約締結上の過失 裁判例 原状回復 裁判例 固定残業代 裁判例 雇い止め 裁判例 雇止め 裁判例 交通事故 過失割合 裁判例 交通事故 裁判例 交通事故 裁判例 検索 公共の福祉 裁判例 公序良俗違反 裁判例 公図 裁判例 厚生労働省 パワハラ 裁判例 行政訴訟 裁判例 行政法 裁判例 降格 裁判例 合併 裁判例 婚約破棄 裁判例 裁判員制度 裁判例 裁判所 知的財産 裁判例 裁判例 データ 裁判例 データベース 裁判例 データベース 無料 裁判例 とは 裁判例 とは 判例 裁判例 ニュース 裁判例 レポート 裁判例 安全配慮義務 裁判例 意味 裁判例 引用 裁判例 引用の仕方 裁判例 引用方法 裁判例 英語 裁判例 英語で 裁判例 英訳 裁判例 閲覧 裁判例 学説にみる交通事故物的損害 2-1 全損編 裁判例 共有物分割 裁判例 刑事事件 裁判例 刑法 裁判例 憲法 裁判例 検査 裁判例 検索 裁判例 検索方法 裁判例 公開 裁判例 公知の事実 裁判例 広島 裁判例 国際私法 裁判例 最高裁 裁判例 最高裁判所 裁判例 最新 裁判例 裁判所 裁判例 雑誌 裁判例 事件番号 裁判例 射程 裁判例 書き方 裁判例 書籍 裁判例 商標 裁判例 消費税 裁判例 証拠説明書 裁判例 証拠提出 裁判例 情報 裁判例 全文 裁判例 速報 裁判例 探し方 裁判例 知財 裁判例 調べ方 裁判例 調査 裁判例 定義 裁判例 東京地裁 裁判例 同一労働同一賃金 裁判例 特許 裁判例 読み方 裁判例 入手方法 裁判例 判決 違い 裁判例 判決文 裁判例 判例 裁判例 判例 違い 裁判例 百選 裁判例 表記 裁判例 別紙 裁判例 本 裁判例 面白い 裁判例 労働 裁判例・学説にみる交通事故物的損害 2-1 全損編 裁判例・審判例からみた 特別受益・寄与分 裁判例からみる消費税法 裁判例とは 裁量労働制 裁判例 財産分与 裁判例 産業医 裁判例 残業代未払い 裁判例 試用期間 解雇 裁判例 持ち帰り残業 裁判例 自己決定権 裁判例 自転車事故 裁判例 自由権 裁判例 手待ち時間 裁判例 受動喫煙 裁判例 重過失 裁判例 商法512条 裁判例 証拠説明書 記載例 裁判例 証拠説明書 裁判例 引用 情報公開 裁判例 職員会議 裁判例 振り込め詐欺 裁判例 身元保証 裁判例 人権侵害 裁判例 人種差別撤廃条約 裁判例 整理解雇 裁判例 生活保護 裁判例 生存権 裁判例 生命保険 裁判例 盛岡地裁 裁判例 製造物責任 裁判例 製造物責任法 裁判例 請負 裁判例 税務大学校 裁判例 接見交通権 裁判例 先使用権 裁判例 租税 裁判例 租税法 裁判例 相続 裁判例 相続税 裁判例 相続放棄 裁判例 騒音 裁判例 尊厳死 裁判例 損害賠償請求 裁判例 体罰 裁判例 退職勧奨 違法 裁判例 退職勧奨 裁判例 退職強要 裁判例 退職金 裁判例 大阪高裁 裁判例 大阪地裁 裁判例 大阪地方裁判所 裁判例 大麻 裁判例 第一法規 裁判例 男女差別 裁判例 男女差别 裁判例 知財高裁 裁判例 知的財産 裁判例 知的財産権 裁判例 中絶 慰謝料 裁判例 著作権 裁判例 長時間労働 裁判例 追突 裁判例 通勤災害 裁判例 通信の秘密 裁判例 貞操権 慰謝料 裁判例 転勤 裁判例 転籍 裁判例 電子契約 裁判例 電子署名 裁判例 同性婚 裁判例 独占禁止法 裁判例 内縁 裁判例 内定取り消し 裁判例 内定取消 裁判例 内部統制システム 裁判例 二次創作 裁判例 日本郵便 裁判例 熱中症 裁判例 能力不足 解雇 裁判例 脳死 裁判例 脳脊髄液減少症 裁判例 派遣 裁判例 判決 裁判例 違い 判決 判例 裁判例 判例 と 裁判例 判例 裁判例 とは 判例 裁判例 違い 秘密保持契約 裁判例 秘密録音 裁判例 非接触事故 裁判例 美容整形 裁判例 表現の自由 裁判例 表明保証 裁判例 評価損 裁判例 不正競争防止法 営業秘密 裁判例 不正競争防止法 裁判例 不貞 慰謝料 裁判例 不貞行為 慰謝料 裁判例 不貞行為 裁判例 不当解雇 裁判例 不動産 裁判例 浮気 慰謝料 裁判例 副業 裁判例 副業禁止 裁判例 分掌変更 裁判例 文書提出命令 裁判例 平和的生存権 裁判例 別居期間 裁判例 変形労働時間制 裁判例 弁護士会照会 裁判例 法の下の平等 裁判例 法人格否認の法理 裁判例 法務省 裁判例 忘れられる権利 裁判例 枕営業 裁判例 未払い残業代 裁判例 民事事件 裁判例 民事信託 裁判例 民事訴訟 裁判例 民泊 裁判例 民法 裁判例 無期転換 裁判例 無断欠勤 解雇 裁判例 名ばかり管理職 裁判例 名義株 裁判例 名古屋高裁 裁判例 名誉棄損 裁判例 名誉毀損 裁判例 免責不許可 裁判例 面会交流 裁判例 約款 裁判例 有給休暇 裁判例 有責配偶者 裁判例 予防接種 裁判例 離婚 裁判例 立ち退き料 裁判例 立退料 裁判例 類推解釈 裁判例 類推解釈の禁止 裁判例 礼金 裁判例 労災 裁判例 労災事故 裁判例 労働基準法 裁判例 労働基準法違反 裁判例 労働契約法20条 裁判例 労働裁判 裁判例 労働時間 裁判例 労働者性 裁判例 労働法 裁判例 和解 裁判例

「公職選挙法」に関する裁判例(24)平成27年 5月15日 鹿児島地裁 平18(ワ)772号 損害賠償請求事件

「公職選挙法」に関する裁判例(24)平成27年 5月15日 鹿児島地裁 平18(ワ)772号 損害賠償請求事件

裁判年月日  平成27年 5月15日  裁判所名  鹿児島地裁  裁判区分  判決
事件番号  平18(ワ)772号
事件名  損害賠償請求事件
裁判結果  一部認容、一部棄却  上訴等  確定  文献番号  2015WLJPCA05156006

新判例体系
公法編 > 憲法 > 国家賠償法〔昭和二二… > 第一条 > ○公権力の行使に基く… > (三)違法性 > A 捜査関係 > (2)違法とした事例
◆平成一五年四月一三日施行の鹿児島県議会議員選挙に際し、公職選挙法違反事件の被疑者とされたが不起訴処分となった七名に対する鹿児島県警の身柄・在宅による取調べ等の捜査は、不確実な情報に基づき、立候補者夫婦、候補者経営会社の従業員、関係する小集落居住者らが同集落内で数回にわたり買収会合を開いたとする被疑事実を下に、県警幹部の誤った筋読みに基づき、具体的根拠を欠いたままされたものであって、その方法及び態様において、その一部は社会通念上許される限度を超えた違法捜査であり、鹿児島県には、国家賠償法第一条による損害賠償義務がある。

 

出典
判時 2263号188頁

評釈
田淵浩二・法時 88巻5号142頁

参照条文
国家賠償法1条1項
裁判官
吉村真幸 (ヨシムラサネユキ) 第41期 現所属 東京地方裁判所(部総括)
平成28年6月25日 ~ 東京地方裁判所(部総括)
平成27年4月1日 ~ 東京高等裁判所
平成24年4月1日 ~ 鹿児島地方裁判所(部総括)、鹿児島家庭裁判所(部総括)
平成23年4月1日 ~ 平成24年3月31日 横浜地方裁判所
平成20年4月1日 ~ 平成23年3月31日 東京高等裁判所
平成17年1月1日 ~ 平成20年3月31日 事務総局情報政策課参事官
平成16年7月1日 ~ 平成16年12月31日 東京地方裁判所
平成14年9月9日 ~ 東京地方裁判所
平成13年1月9日 ~ 平成14年9月8日 横浜地方裁判所
平成11年10月13日 ~ 平成13年1月8日 事務総局総務局参事官
平成11年2月1日 ~ 平成11年10月12日 事務総局総務局付、人事局付
平成8年4月1日 ~ 平成11年1月31日 事務総局人事局付
平成6年7月11日 ~ 平成8年3月31日 東京地方裁判所
平成4年7月15日 ~ 平成6年7月10日 事務総局民事局付
平成1年4月11日 ~ 平成4年7月14日 横浜地方裁判所
~ 平成16年6月30日 検事、司法制度改革推進本部事務局企画官

玉田雅義 (タマダマサヨシ) 第58期 現所属 熊本地方裁判所人吉支部、熊本家庭裁判所人吉支部
平成30年4月1日 ~ 熊本地方裁判所人吉支部、熊本家庭裁判所人吉支部
平成27年4月1日 ~ 神戸地方裁判所、神戸家庭裁判所
平成23年4月1日 ~ 鹿児島地方裁判所、鹿児島家庭裁判所
平成20年4月1日 ~ 平成23年3月31日 千葉地方裁判所木更津支部、千葉家庭裁判所木更津支部
平成17年10月4日 ~ 平成20年3月31日 大阪地方裁判所

中倉水希

訴訟代理人
原告側訴訟代理人
中原海雄,鳥丸真人,永仮正弘,森雅美,笹川竜伴,山口政幸,保澤享平,中園貞宏,井之脇寿一,末永睦男,亀田徳一郎,上山幸正,小堀清直,増田博,高妻価織,大毛裕貴,野平康博,本木順也

被告側訴訟代理人
宮原和利

引用判例
平成19年 1月18日 鹿児島地裁 判決 平16(ワ)263号 損害賠償請求事件
平成17年 9月27日 福岡高裁 判決 平16(ネ)862号 国家賠償請求控訴事件
平成16年12月24日 最高裁第二小法廷 判決 平14(受)1355号 損害賠償請求事件
平成 8年 3月 8日 最高裁第二小法廷 判決 平4(オ)77号 損害賠償請求事件
平成 5年10月 4日 東京地裁 判決 平3(ワ)7742号 逮捕後の護送連行による人権侵害損害賠償請求事件
平成 3年 7月31日 仙台地裁 判決 昭60(ワ)832号 国家賠償請求事件 〔松山事件再審無罪国家賠償訴訟・第一審〕
平成元年 6月29日 最高裁第一小法廷 判決 昭59(オ)103号 損害賠償請求事件 〔沖縄ゼネスト警官殺害事件国家賠償請求事件・上告審〕
昭和61年 9月17日 大阪高裁 判決 昭61(う)45号 覚せい剤取締法違反被告事件
昭和59年 2月29日 最高裁第二小法廷 決定 昭57(あ)301号 殺人被告事件 〔高輪グリーンマンション・ホステス殺人事件・上告審〕
昭和57年 4月 1日 最高裁第一小法廷 判決 昭51(オ)1249号 損害賠償請求事件
昭和53年10月20日 最高裁第二小法廷 判決 昭49(オ)419号 国家賠償請求・上告審 〔芦別国家賠償請求事件・上告審〕
昭和51年 3月16日 最高裁第三小法廷 決定 昭50(あ)146号 道路交通法違反・公務執行妨害被告事件
昭和50年12月 2日 大阪高裁 判決 昭45(ネ)498号 損害賠償請求控訴事件
昭和45年11月25日 最高裁大法廷 判決 昭42(あ)1546号 銃砲刀剣類所持等取締法違反、火薬類取締法違反被告事件 〔いわゆる「切り違え尋問」事件・上告審〕
昭和39年 7月17日 東京地裁 判決 昭38(ワ)4387号 損害賠償請求事件 〔平沢事件・第一審〕
昭和37年11月28日 最高裁大法廷 判決 昭34(あ)1678号 出入国管理令違反被告事件(いわゆる白山丸事件・上告審)
昭和35年 4月 5日 東京地裁 判決 昭28(ワ)5953号 損害賠償請求事件

関連判例
平成27年 5月15日 鹿児島地裁 判決 平19(ワ)1093号 国家賠償請求事件

Westlaw作成目次

主文
1 被告は,原告X2に対し,11…
2 被告は,原告X4及び原告X5…
3 原告X2,原告X4及び原告X…
4 原告X1,原告X3,原告X6…
5 訴訟費用は,原告X2に生じた…
6 この判決は,第1項及び第2項…
事実及び理由
第1 請求
第2 事案の概要等
1 事案の概要
2 前提となる事実(争いのない事…
(1) 鹿児島県曽於郡志布志町(当時…
(2) 別件無罪原告らの身上,経歴,…
(3) 本件不起訴等原告らの身上・経…
(4) 曽於郡区での本件選挙の概要等
(5) 主な被疑事実の概要及びその捜…
(6) 県警による曽於郡区での本件選…
(7) 本件公職選挙法違反事件の捜査…
(8) 本件公職選挙法違反事件におけ…
(9) 本件不起訴等原告ら,志布志署…
(10) 本件刑事事件における公判期日…
(11) 本件無罪判決の言渡しとその骨…
(12) A6,A14,A20,A22…
(13) 本件刑事事件に関する被疑者補…
(14) 被告に対する催告及び本件訴訟…
3 法令の規定等
(1) 犯罪捜査規範
(2) 細則
(1) 県警が本件不起訴等原告らに対…
(2) 県警の本件不起訴等原告らに対…
(3) 本件不起訴等原告らの損害の発…
(4) 消滅時効の成否
(1) 争点(1)ア(A6焼酎事件の…
(2) 争点(1)イ(A6焼酎事件の…
(3) 争点(1)ウ(本件買収会合事…
(4) 争点(1)エ(端緒及び嫌疑を…
(5) 争点(2)ア(原告X1に対す…
(6) 争点(2)イ(原告X2に対す…
(7) 争点(2)ウ(原告X3に対す…
(8) 争点(2)エ(原告X4に対す…
(9) 争点(2)オ(原告X5に対す…
(10) 争点(2)カ(原告X6に対す…
(11) 争点(2)キ(原告X7に対す…
(12) 争点(3)(本件不起訴等原告…
(13) 争点(4)(消滅時効の成否)
第3 当裁判所の判断
1 事実認定
(1) A5ビール事件等の捜査の経緯…
(2) A5焼酎事件の捜査の経緯及び…
(3) 第1次強制捜査前までの別件無…
(4) A6焼酎事件に係る第1次強制…
(5) 本件買収会合の端緒とその初動…
(6) 本件刑事事件の捜査の継続(平…
(7) 1回目会合事件に関する強制捜…
(8) 1回目会合事件に関する第2次…
(9) A6焼酎焼酎事件の捜査の継続…
(10) 未立件の余罪等とされるものに…
(11) 1回目会合事件に関する第1次…
(12) 4回目会合事件に係る第3次強…
(13) 1回目会合事件及び4回目会合…
(14) 4回目会合事件に関する第2次…
(15) 2回目会合等7月23日捜査事…
(16) 4回目会合7月24日捜査事件…
(17) 2回目会合事件及び3回目会合…
(18) 第3次起訴に係る検察官の検討…
(19) 2回目会合事件に関する第4次…
(20) 1回目会合事件に関する第5次…
(21) 第4次起訴及び第5次起訴に係…
(22) 未立件の余罪等についての供述…
(23) 本件不起訴等原告らの取調べ状況
(24) 本件刑事事件での弁護人のアリ…
(25) 本件無罪判決の言渡しとその骨…
2 争点(1)ア(A6焼酎事件の…
(1) 任意捜査の適法性の判断基準
(2) A5ビール事件の任意捜査
(3) A5焼酎事件の任意捜査
(4) 平成15年4月17日から開始…
(5) 威迫・恫喝等を伴う取調べの有無
(6) 争点(1)アに関する結論
3 争点(1)イ(A6焼酎事件の…
(1) 平成15年4月19日ないし同…
(2) A6のA6焼酎4月22日捜査…
(3) 原告X1,原告X5及び原告X…
(4) 争点(1)イに関する結論
4 争点(1)ウ(本件買収会合事…
(1) 平成15年4月30日以降捜査…
(2) A6,A14,A22,A23…
(3) 本件箝口令による捜査の合理性…
(4) 平成15年5月11日の原告X…
(5) 第2次強制捜査期間中の捜査の…
(6) 平成15年5月17日から同月…
(7) 第3次強制捜査及び第4次強制…
(8) 平成15年6月5日から同年7…
(9) 平成15年6月22日の原告X…
(10) 第5次強制捜査
(11) 原告X2に対する逮捕及び勾留
(12) 平成15年7月25日以降の原…
(13) 争点(1)ウに関する結論
5 争点(1)エ(端緒及び嫌疑を…
(1) 本件不起訴等原告らの主張
(2) X1・20万円事件の供述がな…
(3) 平成15年7月27日以降の原…
(4) 原告X1に対する取調べを行っ…
6 争点(2)ア(原告X1に対す…
(1) 原告X1の本件訴訟での供述
(2) 任意同行時の違法
(3) 黙秘権の不告知
(4) その他取調べの態様の違法
(5) 争点(2)アに関する結論
7 争点(2)イ(原告X2に対す…
(1) 任意出頭時の違法
(2) 長時間取調べ
(3) 逮捕・勾留に基づく取調べの違法
(4) 争点(2)イに関する結論
8 争点(2)ウ(原告X3に対す…
(1) 原告X3の本件訴訟における供述
(2) 任意同行時の違法
(3) 黙秘権の不告知
(4) 長時間の取調べ
(5) 知的障害を利用した取調べ
(6) 秘密交通権を侵害した取調べ
(7) 体調に配慮しない取調べ
(8) その他の取調べの違法
(9) 争点(2)ウに関する結論
9 争点(2)エ(原告X4に対す…
(1) 原告X4の供述
(2) 任意同行時の違法
(3) 威迫による取調べ及び供述調書…
(4) 長時間の取調べ
(5) 取調室からの退去の妨害
(6) 人格を傷つける取調べ
(7) 体調に配慮しない取調べの違法
(8) 偽計による取調べ
(9) 黙秘権の行使の妨害
(10) 取調べ中のハラスメント
(11) 違法な捜索・差押えについて
(12) 争点(2)エに関する結論
10 争点(2)オ(原告X5に対す…
(1) 原告X5の供述について
(2) 任意同行時の違法について
(3) 長時間の取調べについて
(4) 義務のないことの強要について
(5) 事実上の身柄拘束を受けたこと…
(6) 黙秘権の不告知について
(7) 承諾のないポリグラフ検査につ…
(8) その他の違法の主張について
(9) 争点(2)オに関する結論
11 争点(2)カ(原告X6に対す…
(1) 平成15年6月5日の取調べに…
(2) 平成15年7月8日の取調べに…
(3) 長時間の取調べについて
(4) 争点(2)カに関する結論
12 争点(2)キ(原告X7に対す…
(1) 原告X7の供述について
(2) 任意同行時の違法について
(3) 威迫又は偽計による取調べにつ…
(4) 事実上の身柄拘束について
(5) その他の違法な取調べについて
(6) 争点(2)キに関する結論
13 争点(3)(本件不起訴等原告…
第4 結論

裁判年月日  平成27年 5月15日  裁判所名  鹿児島地裁  裁判区分  判決
事件番号  平18(ワ)772号
事件名  損害賠償請求事件
裁判結果  一部認容、一部棄却  上訴等  確定  文献番号  2015WLJPCA05156006

当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり

 

 

主文

1  被告は,原告X2に対し,115万円及びこれに対する平成18年11月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2  被告は,原告X4及び原告X5に対し,各34万5000円及びこれらに対する平成18年11月9日から支払済みまで各年5分の割合による金員を支払え。
3  原告X2,原告X4及び原告X5のその余の請求をいずれも棄却する。
4  原告X1,原告X3,原告X6及び原告X7の請求をいずれも棄却する。
5  訴訟費用は,原告X2に生じた費用の3分の1,原告X4及び原告X5に生じた各費用の10分の1並びに被告に生じた費用の12分の1を被告の負担とし,その余は,原告らの負担とする。
6  この判決は,第1項及び第2項に限り,仮に執行することができる。

 

事実及び理由

第1  請求
被告は,原告ら各自に対し,それぞれ330万円及びこれに対する平成18年11月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2  事案の概要等
1  事案の概要
本件は,平成15年4月13日に施行された統一地方選挙鹿児島県議会議員選挙(以下「本件選挙」という。)において,当時の鹿児島県議会議員選挙曽於郡区(以下「曽於郡区」という。)からの立候補者であったA1及びその妻であり選挙運動者であったA2並びに本件選挙における曽於郡区の選挙人であった鹿児島県曽於郡志布志町(当時)の住民11名(以下,同住民11名とA1及びA2とを併せて「別件無罪原告ら」という。)について,いずれも,鹿児島地方裁判所(以下,「裁判所」といい,鹿児島地方裁判所裁判官を「裁判官」という。)に対して,公職選挙法違反被告事件として複数の公訴提起がされ,無罪の判決(ただし,1名は死亡による公訴棄却決定。以下,両者を併せて「本件無罪判決」という。)が宣告されて確定した事件(以下,これらの公職選挙法違反被告事件を総称して「本件刑事事件」といい,本件刑事事件のみならず公訴提起がなされていないもの本件選挙におけるA1の陣営に関する公職選挙法違反に係る事件を総称して,「本件公職選挙法違反事件」という。)に関連し,本件刑事事件で逮捕勾留されて不起訴となった原告X2(以下「原告X2」という。)及び本件公職選挙法違反事件について取調べを受けた,原告X1(以下「原告X1」という。),原告X3(以下「原告X3」という。),原告X4(以下「原告X4」という。),原告X5(以下「原告X5」という。),原告X6(以下「原告X6」という。)及び原告X7(以下,「原告X7」といい,上記原告X2以下の原告らを総称して「本件不起訴等原告ら」という。)が,被告に対し,鹿児島県警察(以下「県警」という。)において,本件不起訴等原告らを対象に本件刑事事件又は本件公職選挙法違反事件の被疑者としての取調べを行ったことについて,県警の捜査が無実の罪に対して違法に行われたものであると主張して,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,違法な捜査によって受けた精神的苦痛に対する慰謝料及び弁護士費用相当額として,本件不起訴等原告ら1人当たりにつき,それぞれ330万円の損害賠償及びこれらに対する違法な捜査による本件不起訴等原告らに対する損害の発生日の後の日であり,訴状送達の日の翌日である平成18年11月9日から民法所定の年5分の割合による各遅延損害金の支払を求める事案である。
本件に関連する国家賠償請求事件には,別件無罪原告ら又はその相続人らが,国及び被告に対して,県警及び鹿児島地方検察庁検察官(以下,「検察官」といい,鹿児島地方検察庁を「検察庁」という。)の捜査並びに検察官の公訴提起及び公訴追行等がいずれも無実の罪に対して違法に行われたものであると主張して,国家賠償法1条1項に基づき,国家賠償を請求する当庁平成19年(ワ)第1093号国家賠償請求事件(以下「別件無罪国賠訴訟」という。)が存在する。
2  前提となる事実(争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定することができる事実)
(1)  鹿児島県曽於郡志布志町(当時)の地域の概況等
ア 鹿児島県曽於郡志布志町(当時)
鹿児島県曽於郡志布志町(当時)は,後に市町村合併により,鹿児島県志布志市になったが(以下,市町村合併の前後を問わず,現在の市町村名によることとし,特に当時の市町村名を示すときは,「旧志布志町」という。),鹿児島県大隅半島北部に位置し,本件選挙当時,曽於郡区に属していた。
旧志布志町は,鹿児島地方裁判所鹿屋支部の管轄内にあるところ,同支部の管内区域は,本件選挙当時,管内人口が約26万人であったのに対し,弁護士事務所を開設していた弁護士の数が鹿児島県鹿屋市内の1名のみの,いわゆる弁護士過疎地域であった。(顕著な事実,争いのない事実,弁論の全趣旨)
イ 旧志布志町の地区及び校区
旧志布志町は,本件選挙当時,大字毎に,志布志町内之倉,志布志町志布志,志布志町帖などの各地区に分かれていたほか,小学校の校区毎に,田之浦校区,安楽校区,香月校区,志布志校区,森山校区,潤ヶ野校区,八野校区及び四浦校区の各校区に分かれていた。
志布志町内之倉には,森山校区,潤ヶ野校区,八野校区及び四浦校区が存在し,四浦校区には,a1集落,a2集落,a3集落及びa4集落の4集落(なお,四浦校区は,行政区割りとしては,a1集落及びa2集落の2集落に分かれ,これらが小字により,更に上記4集落に分かれる。以下,上記4集落を併せて「四浦集落」ということがある。)が存在した。(顕著な事実,甲総第4号証,甲総第5号証,甲総第63号証の386,弁論の全趣旨)
ウ 四浦校区の位置
四浦校区は,志布志市北東部の山間部に位置しており,その東側で宮崎県串間市と境界を接している。
志布志市中心部と四浦校区との間は,志布志市中心部から志布志市を南北に縦断する県道65号線(南之郷・志布志線)及び同県道と志布志市志布志町田之浦で東西に交差する県道110号線(塗木・大隅線。以下,同県道のうち,県道65号線との交差点から四浦校区までの区間を「本件県道」という。)とで結ばれており,志布志市中心部から県道65号線を北進し,志布志市志布志町田之浦から県道110号線の本件県道を東進するルートが生活道路として使用されている。なお,本件県道は,志布志市中心部と四浦校区を結ぶルートの3分の1程度を占めている。
志布志市中心部から志布志市志布志町田之浦までの県道65号線は,片側1車線の舗装道路であるのに対し,本件県道は,中央車線のない道路であり,道沿いに人家はほとんど見当たらず,街灯も数箇所しかなく,道路幅も狭く,区間によっては対向車との離合が困難でその区間の前後の幅の広い箇所で待機しなければならない箇所や曲がりくねって見通しの利かない箇所が相当数存在する。
a3集落は,四浦校区の集落の中でも,より官崎県串間市との県境に近い山間部に位置していて,四浦校区内で本件県道と接するより狭隘な道路により結ばれており,志布志市中心部からa3集落までの自動車での所要時間は,約37分である。(甲総第5号証,甲総第230号証の1及び2,甲総第231号証の1及び2,甲総第63号証の1092,弁論の全趣旨)
エ 通話困難地域
四浦校区は,平成15年当時,携帯電話のサービスエリア外の,いわゆる通話困難地域であった。(甲総第63号証の470,同471,同1054,同1065,弁論の全趣旨)
オ 人口及び世帯数
旧志布志町の人口は,本件選挙当時,1万8500人ほどであり,このうち,四浦校区の総世帯数は,64世帯129名,a3集落の総世帯数は,6世帯21名であった。
四浦校区内の唯一の小学校である四浦小学校の本件選挙当時の児童数は,8名であり,人車の通りも少なく,高齢者の多い地域である。(甲総第5号証,弁論の全趣旨)
カ 公民館の活動
四浦校区では,四浦校区内に設置された公民館(以下「四浦校区公民館」という。)を通じて,地域行事などの多くの活動が行われており,四浦校区公民館の運営は,四浦校区内の集落の住民の中から選出された公民館長,副公民館長,会計,主事及び各集落の代表者で構成される審議委員会(以下「四浦校区審議委員会」という。)を中心に行われていた。
四浦校区公民館の本件選挙当時の公民館長は,A3(以下「A3公民館長」という。)であり,副公民館長は,A4(以下「A4副公民館長」という。)であった。(甲総第63号証の437,甲総第608号証,甲総第663号証)
(2)  別件無罪原告らの身上,経歴,平成15年当時の生活状況等
ア A1及びその関係者の身上,経歴等
(争いのない事実,甲総第3号証,甲総第63号証の2719の2,甲総第324号証,甲総第328号証,甲総第329号証,甲総第331号証,弁論の全趣旨)
(ア) A1の身上,経歴,事業内容等
A1(昭和20年○月○日生まれ)は,本件選挙において,当時の曽於郡区から保守系無所属の新人候補者として立候補して当選した候補者であり,旧志布志町で出生し,中学校を卒業後は,実家の農業を手伝うなどし,昭和40年頃から農業,精米業及び雑穀商等を営んでいた。
A1は,その後,農業,精米業及び雑穀商等の事業を法人組織化して有限会社b(以下「b社」という。)を設立し,主として農業機材の販売,甘藷を中心とした農産物の販売等を行うとともに,その後,不動産管理会社である有限会社c及び甘藷の加工業等を営む有限会社dを設立し,また,「○○」という銘柄の焼酎の製造及び販売等を業とするe株式会社(以下「e社」という。)を買収により取得して,それらの会社の経営を行っており,本件選挙当時,e社の代表取締役,b社外2社の取締役に就任していた。
b社は,四浦校区内の休耕田を借り上げて,加工品用の有機米の契約栽培を行っていた(以下,b社と契約を締結して有機米の契約栽培を行っていた者を「本件有機米契約農家」という。)。
e社は,「○○」という銘柄の焼酎を製造・販売している。
A1が経営に関与していた上記各会社の平成15年当時の総売上げは,b社が5億円弱,e社が約1億円,有限会社c社が約1000万円,有限会社d社が1億5000万円ないし1億6000万円の合計約7億6000万円ないし7億7000万円である。
A1は,平成13年1月に行われた当時の志布志町議会議員補欠選挙(以下「前回選挙」という。)に立候補して当選したが,平成15年1月頃,本件選挙への立候補を決意し,同町議会議員を辞職した。
(イ) A1の関係者の選挙運動者
a A2
A2(昭和23年○月○日生まれ)は,A1の妻であり,旧志布志町で出生し,中学校を卒業後,農協に勤務するなどしていたが,昭和45年にA1と婚姻し,本件選挙当時,b社外1社の代表取締役,e社の取締役に就任しており,b社外の経理業務をA1の他の親族等とともに担当していて,本件選挙の出納に関しても会計責任者代理を務め,また,選挙運動者として旧志布志町内の各地区での選挙運動を行うなどしながら,A1とともに,b社外の従業員に対し,A1の選挙運動に従事するよう依頼するなどして,A1の選挙運動に関与した。
b A5
A5は,A1の従姉妹の婿に当たり,本件選挙におけるA1の選挙運動者であった。A5は,志布志市内でビジネスホテルであるfホテルを経営している。
イ A6及びA7の身上,経歴,平成15年当時の生活状況等
(甲総第63号証の455,同992,同2740,同2932,同2934,甲総第512号証,甲総第156号証の1,甲総第223号証,甲総第224号証,甲総第231号証の1及び2,甲総第548号証,甲総第555号証,甲総第569号証,弁論の全趣旨)
(ア) A6の身上,経歴
A6(昭和28年○月○日生まれ)は,鹿児島県曽於郡大崎町(以下「大崎町」という。)で出生し,中学校を卒業後,パチンコ店や紡績工場の従業員として2年ほど稼働した後,昭和47年,A7と婚姻した。
A6に,前科前歴はない。
(イ) A7の身上,経歴
A7(昭和19年○月○日生まれ)は,旧志布志町で出生し,中学校卒業後,実家の農業に従事し,その後,機械修理工として稼働した後,昭和47年,A6と婚姻した(以下,A7及びA6を総称するときは「A7夫妻」という。)。
A7には,交通違反歴が1回あるほか,前科前歴はない。
(ウ) A7夫妻の生活状況
A7夫妻は,婚姻後,大阪府に移り住み,A7がトラック運転手として,A6が弁当屋でそれぞれ稼働して生計を立てていたが,昭和52年頃,A7の実家のある現住所において居住するようになって,A7は,その後,機械修理工や農業に従事し,平成14年2月から本件選挙当時,農協のパート勤務に従事するなどし,A6は,農業に従事するなどし,平成5年頃から,b社の従業員として勤務し,本件選挙当時,b社又はその関連会社が運営する農場での農作業等に従事していた。
A7夫妻は,本件選挙当時,a3集落にある居宅(以下「A7宅」という。)において,A7夫妻及びその長男である原告X3及び二男であるA8と同居しており,A7の父であるA9(以下「A9」という。)は,同一敷地内の別棟に居住している。A7夫妻の長女であるA10は,本件選挙当時,婚姻して鹿児島県鹿屋市内に居住していた。
A7夫妻の平成15年当時の収入は,A7の給料収入が手取りで約15万円,A6の給料収入が手取りで約10万円,A9の年金収入が2か月に1回の割合で3万8000円であり,負債は,農協からの借入れ及び公租公課の滞納分の残額がそれぞれ20万円ないし30万円あって,毎月合計で4万円ずつ返済していたほか,宮崎県串間市内の青果業者に対する借入れが100万円ないし200万円あり,その返済が年間で20万円,A8の奨学金の返済が年間で8万円であった。
A6名義の郵便貯金口座の貯金残高は,平成14年から平成15年3月にかけて,概ね40万円から70万円の間で推移しており,A7の郵便貯金口座の貯金残高は,平成14年から平成15年4月にかけて,概ね60万円から90万円の間で推移している。
(エ) A6のその他の親族
A11及びA12は,いずれもA6の姉であり,A13は,A6の姪である。
(オ) 本件選挙当時のA7宅の状況
A7宅の間取りは,玄関を入ると4畳半の部屋(以下「中江の間」という。)があり,玄関から見て,中江の間の奥にはこたつの設置された4畳半の部屋(以下「こたつの間」という。)が,中江の間の左側には子供部屋が,中江の間の右側には仏壇のある8畳の部屋(以下「8畳の間」という。)があり,玄関の右側は8畳の間から続く縁側になっている。また,玄関から見てこたつの間の左側は,土間と台所になっている。
ウ A14及びA15の身上,経歴,平成15年当時の生活状況等
(甲総第63号証の993,同2938,同2939,甲総第156号証の342,甲総第231号証の1及び2)
(ア) A14の身上,経歴
A14(昭和23年○月○日生まれ)は,旧志布志町で出生し,中学校卒業後,鹿児島県内において家畜人工受精師の資格を得て稼働したが,その後,大阪府内に出稼ぎに出るなどして,昭和49年,A15と婚姻した。
A14に,前科・前歴はない。
(イ) A15の身上,経歴
A15(昭和24年○月○日生まれ)は,沖縄県で出生し,中学校を卒業後,愛知県の紡績会社に集団就職し,その後,大阪府内の縫製会社等で稼働して,昭和49年,A14と婚姻した(以下,A14及びA15を総称するときは「A14夫妻」という。)。
A15に,前科・前歴はない。
(ウ) A14夫妻の生活状況
A14夫妻は,昭和51年頃から,A14の実家である現住所において居住するようになり,以後,A14は,実家の家業である甘藷の栽培,牛の飼育等に従事し,平成2年頃から本件選挙当時まで,牛の飼育に従事しながら,旧志布志町内の会社で重機オペレーター等として勤務し,A15は,本件選挙当時,A14の実家の家業である上記牛の飼育等に従事しながら,農協等でパート勤務するなどしていた。
A14夫妻は,長女であるA16及び二女であるA17をもうけたが,同女らは,いずれも独立して鹿児島県外に居住しており,A14夫妻は,本件選挙当時,a3集落にある居宅において2人暮らしであった。A14の父であるA18及び母であるA19は,A14夫妻の居宅と同一の敷地内の別棟に居住している。
A14夫妻の平成15年当時の収入は,A14の給料収入が毎月約25万円,A15の給料収入が毎月約10万円,牛の売却に係る年収が約110万円であり,負債は,農協からの借入れの残額が500万円あり,毎月の返済が10万円であった。
エ A20の身上,経歴,平成15年当時の生活状況等
(甲総第63号証の382,同383)
(ア) A20の身上,経歴
A20(昭和5年○月○日生まれ)は,宮崎県内で出生し,尋常高等小学校を卒業後,家業の農業に従事していたが,昭和28年,親戚夫妻の養子になるとともに,同夫妻の養女であったA21(以下「A21」という。)と婚姻して,現在の住所に居住して農業に従事しながら,平成5年頃から,シルバー人材センターの会員になり,本件選挙当時,主に農作業等の業務の紹介を受けて稼働していた。
(イ) A20の生活状況
A20は,A21との間に4人の子をもうけたが,いずれも婚姻等により独立し,本件選挙当時,a4集落にある居宅において,A21と2人暮らしであった。
A20及びA21の平成15年当時の収入は,A20の給料収入が毎月約5万円,A21の給料収入が毎月約5万円あるほか,年金収入があり,貯金は2人で合計約200万円であり,負債はなかった。
A20は,シルバー人材センターの紹介を通じて,平成14年9月から同年12月まで,b社又はその関連会社が運営する農場での農作業に従事した。
オ A22とA23の身上,経歴,平成15年当時の生活状況等
(甲総第63号証の994,同996,同2940,同2941,甲総第234号証)
(ア) A22の身上,経歴
A22(昭和24年○月○日生まれ)は,旧志布志町で出生し,中学校卒業後,名古屋市に集団就職したが,その後,てんかんの症状が現れるようになり,同症状が悪化すると帰郷して農作業に従事しながら治療を行い,同症状が改善すると神奈川県内や大阪府内で作業員等として稼働する生活を繰り返していたが,昭和53年頃に受けた治療後は同症状が現れることはなくなり,昭和55年,A23と婚姻した(以下,A22とA23を総称するときは「A22夫妻」という。)。
A22には,平成14年6月11日,大隅簡易裁判所において業務上過失傷害により罰金10万円に処せられた前科があるほかには,前科はない。
(イ) A23の身上,経歴
A23(昭和28年○月○日生まれ)は,当時の鹿児島県曽於郡有明町で出生し,中学校を卒業後,愛知県の紡績工場に就職したが,昭和54年頃,両親の面倒をみるため帰郷し,昭和55年,A22と婚姻した。
A23に前科・前歴はない。
(ウ) A22夫妻の生活状況
A22夫妻は,婚姻後,A22の実家である現在の住所に居住するようになって,A22は,日雇人夫や農業等に従事し,平成6年頃から本件選挙当時,志布志市内の会社の臨時作業員として稼働し,A23は,平成元年頃から本件選挙当時,志布志市内の漬物工場でパート勤務をしている。
A22夫妻は,長女であるA24,長男であるA25(本件選挙当時19歳),二女であるA26(本件選挙当時17歳)をもうけており,本件選挙当時,a3集落にある住居において,鹿児島県内の病院に勤務し独立した長女を除く2名の子並びにA22の父であるA27(以下「A27」という。)及びA22の母であるA28(以下「A28」という。)と6名で同居していた。
A22夫妻の平成15年当時の収入は,A22の給料収入が毎月約20万円,A23の給料収入が毎月約8万円,A27の年金が2か月に1回の割合で5万円であり,その他,年に2回程度,牛の競り市に子牛を出品して収入を得ており,本件選挙の直近では,平成14年12月19日に88万2748円を,平成15年2月25日に37万8104円を得ており,負債は,A24の自動車,A22の軽トラック,A23の軽自動車,A25の普通自動車のローンの代金が合計で約180万円であった。
カ A29の身上,経歴,平成15年当時の生活状況等
(甲総第63号証の995,同1438,甲総第236号証)
(ア) A29の身上,経歴
A29(昭和4年○月○日生まれ)は,旧志布志町で出生し,高等女学校を卒業後,東京都内の洋裁学校に進学したが,その後,帰郷して当時の志布志町役場で稼働するなどした後,昭和31年,A30と婚姻して(以下,A29とA30を総称するときは「A29夫妻」という。),同人の実家のある現住所で居住するようになり,以後,t小学校の事務員として稼働したほか,昭和47年頃から本件選挙当時,g郵便局の局長として勤務していた。
A29に前科・前歴はない。
(イ) A29夫妻の生活状況
A29夫妻は,長男であるA32及び長女であるA31をもうけたがいずれも独立し,本件選挙当時,a3集落にある居宅において,2人暮らしであった。
キ A33の身上,経歴,平成15年当時の生活状況等
(甲総第63号証の2936,同2937,弁論の全趣旨)
(ア) A33の身上,経歴
A33(昭和13年○月○日生まれ)は,旧志布志町において出生し,中学校を卒業後,炭焼きの仕事等に従事したり,宮崎県に山仕事の出稼ぎに出るなどしていたが,昭和36年頃,バセドー病を発症したことで,現在の住所にある実家に帰り,以後,入退院を繰り返していたが,次第に回復し,畑仕事,椎茸栽培のアルバイト等の仕事を経て,平成5年頃から本件選挙当時,庭師として稼働していた。
(イ) A33の生活状況
A33は,婚姻歴はなく,A33の父は,平成13年12月頃から入院しており,本件選挙当時,a2集落にある住居に1人暮らしであった。
A33には,20年ほど前に酒気帯び運転により2万円の罰金刑に処せられたこと及び一時停止違反等の交通違反により,複数回,反則金を支払ったことがあるが,道路交通法違反以外の前科・前歴はない。
ク 亡A34(以下「亡A34」という。)の身上,経歴,平成15年当時の生活状況等
(争いのない事実,甲総第63号証の132,弁論の全趣旨)
(ア) 亡A34の身上,経歴
亡A34(昭和8年○月○日生まれ)は,宮崎県内で出生し,小学校を卒業後,旧志布志町内に転居し,農業及び造園業等に従事していた。亡A34は,昭和34年頃,A35と婚姻した(以下,亡A34とA35を総称するときは「A34夫妻」という。)。
(イ) A34夫妻の生活状況等
A34夫妻は,婚姻後,4人の子をもうけたが,同人らは,いずれも婚姻して独立し,A34夫妻は,本件選挙当時,a3集落にある居宅において,2人で居住していた。
亡A34は,平成20年6月23日,死亡した。
ケ 亡A36(以下「亡A36」という。)の身上,経歴,平成15年当時の生活状況等
(争いのない事実,甲総第63号証の376,甲総第156号証の387)
(ア) 亡A36の身上,経歴
亡A36(昭和3年○月○日生まれ)は,旧志布志町で出生し,尋常高等小学校高等科を卒業後,同校の用務員を1年間務めた後,特攻基地での建設作業員として稼働し,平成19年には志願兵として兵役に就き,太平洋戦争の終戦後,現在の住所に居住するようになって,本件選挙当時,農業と畜産業を営んでいた。
亡A36は,昭和28年12月21日,A37と婚姻し(以下,亡A36とA37を総称するときは「A36夫妻」という。),同人との間に,長女であるA38,二女であるA39,三女であるA40及び四女であるA41をもうけた。
亡A36に,前科・前歴はない。
(イ) A36夫妻の生活状況等
A38,A39,A40及びA41は,本件選挙当時,いずれも婚姻して独立しており,A36夫妻は,a3集落にある住居において,A37と2人暮らしであった。
A36夫妻の平成15年当時の収入は,亡A36とA37の年金収入が2か月に1回の割合で2人合わせて22万円ないし23万円,畑で栽培している甘藷等の収入が年に約120万円,飼育している子牛を年間2頭ほど競り市に出品し,その収入が約90万円の合計約350万円であり,本件選挙の直近では,平成15年2月と同年3月に子牛を競り市に出してその収入を得ており,貯金は,約28万円であり,負債は,トラクターのローン残代金等が合計で約64万円であった。
亡A36は,平成13年から平成14年にかけて,b社が借り上げた四浦校区内の休耕田において,b社との間で,加工品用の有機米の契約栽培を行う本件有機米契約農家であった。
亡A36は,平成17年5月24日,死亡した。
(3)  本件不起訴等原告らの身上・経歴等
ア 原告X1の身上・経歴等
原告X1(昭和13年○月○日生まれ)は,原告X5の夫であり,本件選挙当時,h消防団の団長であるとともに,田之浦校区内に設置された公民館(以下「i公民館」という。)の公民館長であった。(甲A第1号証,乙総第40号証)
イ 原告X2の身上・経歴等
原告X2(昭和29年○月○日生まれ)は,昭和62年頃から,b社に勤務し,本件選挙当時,b社の副社長の地位にあった。(甲B第1号証,甲B第2号証の1)
ウ 原告X3の身上・経歴等
原告X3(昭和49年○月○日生まれ)は,A7夫妻の長男であり,平成15年3月から,畜産会社において,肉の解体作業に従事するなどしていた。(甲総第601号証,甲C第1号証)
エ 原告X4の身上・経歴等
原告X4(昭和24年○月○日生まれ)は,A42と婚姻して3人の子をもうけ,平成15年当時,夫と同居していたが,3人の子はいずれも独立して別居していた。
原告X4は,平成11年9月頃からb社の従業員として,A6とともに,主に農作業に従事していた。(甲D第1号証,甲D第3号証,甲D第5号証)
オ 原告X5の身上・経歴等
原告X5(昭和16年○月○日生まれ)は,平成14年9月から同年12月頃,シルバー人材センターの紹介を通じて,b社又はその関連会社が運営する農場での農作業に従事し,A6と知り合った。
原告X5は,原告X1の妻である。(甲総第549号証,甲E第1号証,弁論の全趣旨)
カ 原告X6の身上・経歴等
原告X6(昭和17年○月○日生まれ)は,出水中学校を卒業後,大阪府内で織物工場の工員として13年間稼働した。
原告X6は,同織物工場を退職すると,旧志布志町内に戻って,農業に従事するなどし,昭和47年に婚姻し,2人の子をもうけ,平成6年頃からb社の従業員として,A6とともに,農作業に従事するなどしていた。(甲総第156号証の18,甲G第2号証,原告X6本人)
キ 原告X7の身上・経歴等
原告X7(昭和11年○月○日生まれ)は,22歳で農業や建設作業等に従事するA43と婚姻した。
原告X7は,50歳の頃に8年ほど自動車部品工場でのパート勤務歴があるほかは,農業や家事に従事していて,平成14年9月から同年12月頃,シルバー人材センターの紹介を通じて,b社又はその関連会社が運営する農場での農作業に従事し,A6と知り合った。(甲H第1号証,原告X7本人)
ク その他関係者の身上,経歴
(ア) A44の身上・経歴等
A44は,昭和10年生まれでa4集落の出身であり,昭和60年頃から平成8年頃まで関西地方に転居していたが,同年頃から,a4集落に居住して農業や畜産業を営んでおり,平成13年及び平成14年には,本件有機米契約農家として,稲作業に従事していた。(甲総第664号証,甲総第156号証の417)
(イ) A45の身上・経歴等
A45は,昭和23年生まれでa1集落に居住し,j社の名称で建設業を営んでいるほか,本件有機米契約農家として,稲作業に従事していたことがあった。(甲総第546号証,弁論の全趣旨)
(ウ) A46の身上・経歴等
A46は,a4集落に居住し,甘藷の栽培に従事している。a4集落は,平成15年当時,A20,A44及びA46の3世帯のみが居住していた。(甲総第134号証,甲総第156号証の139,甲総第661号証)
(エ) A47の身上・経歴等
A47は,従前,a3集落に居住していて,A7夫妻と交流があり,平成15年当時は,a3集落から鹿児島県曽於郡松山町(当時)内に転居していた。(甲総第156号証の20,甲総第550号証)
(4)  曽於郡区での本件選挙の概要等
(争いのない事実,甲総第4号証,甲総第5号証,甲総第608号証,甲総第63号証の386,同2933,弁論の全趣旨)
ア 本件選挙の日程
本件選挙の告示日は,平成15年4月4日であり,投票日は,同月13日であった。
イ 曽於郡区と本件選挙における立候補者数
(ア) 曽於郡区の構成
曽於郡区は,本件選挙当時,旧志布志町のほか,鹿児島県曽於郡大隅町,同郡輝北町,同郡財部町,同郡末吉町,同郡松山町及び同郡有明町(町名はいずれも当時のもの。同郡大隅町,同郡輝北町,同郡末吉町は,後の市町村合併により,いずれも鹿児島県曽於市に,同郡松山町及び同郡有明町は,後の市町村合併により,いずれも鹿児島県志布志市になった。以下,市町村合併の前後を問わず,現在の市町村名によることとし,特に当時の市町村名を示すときは,それぞれ,「旧大隅町」,「旧輝北町」,「旧財部町」,「旧末吉町」,「旧松山町」,「旧有明町」という。)並びに大崎町によって構成されていた。
(イ) 曽於郡区の定数
曽於郡区では,平成11年に行われた前回の統一地方選挙鹿児島県議会議員選挙では,曽於郡区は無投票選挙区であり,3名の定数に対し,3人が立候補し,当選6回のA48議員(以下「A48県議」という。),当選3回のA49議員(以下「A49県議」という。)及び当選1回のA50議員(以下「A50県議」という。)が,それぞれ当選して議員を務めていた。
(ウ) A1の立候補
本件選挙においては,これらの現職のA48県議,A49県議及びA50県議が,いずれもk党公認で立候補したのに加えて,A1が,一期2年間だけ務めていた志布志町議会議員を辞職して,保守系無所属の新人として立候補し,4名による選挙戦が行われた。
なお,平成11年に行われた前回の統一地方選挙鹿児島県議会議員選挙では,曽於郡区は無投票選挙区であった。
ウ 本件選挙の曽於郡区における開票結果
本件選挙は,平成15年4月13日に投票が行われ,開票の結果,各候補者の得票数は,A49県議が1万7196票,A48県議が1万6472票,A1が1万3312票,A50県議が1万1205票であり,A49県議,A48県議及びA1が当選し,A50県議が落選した。
本件選挙における曽於郡区の投票率は,72.7パーセントであり,A1は,旧志布志町において,曽於郡区の総得票のほぼ半数である6943票を獲得した。A1の旧志布志町における得票率は,65.8パーセントである。
本件選挙における曽於郡区の有権者数は,約8万1000名であり,このうち,旧志布志町の有権者数は,約1万4700名,四浦校区の有権者数は,114名,a3集落の有権者数は,20名であって,a3集落の有権者数の曽於郡区の有権者総数に対する割合は,約0.02パーセントである。
エ 四浦校区における選挙情勢
四浦校区は,高齢者の住民が多い反面,病院や商業施設等が十分になく,これらを利用するためには旧志布志町の中心部まで自動車で移動する必要があって,同校区内の住民には,同校区内から旧志布志町の中心部までの道路事情の改善を望む者が多かった。
四浦校区審議委員会は,従前から,鹿児島県大隅土木事務所に対して本件県道の拡幅の陳情を行っていたもの拡幅工事は行われずにいた。そこで,四浦校区審議委員会が,平成14年4月,A48県議に同陳情を行ったところ,A48県議の働きかけにより,本件県道の一部拡幅工事が実施される見通しとなった。
このことから,四浦校区審議委員会は,平成15年1月21日にA48県議が経営する飲食店において四浦校区審議委員会主宰の新年会を実施し,A48県議及び四浦校区の住民らを招いて,A48県議の決意表明を聞くなどしたほか,同年3月15日に行われたA48県議の旧志布志町の事務所開きや同年4月3日のA48県議の決起大会に参加するなどした。
四浦校区審議委員会は,これらの活動を通じて,本件選挙において四浦校区を挙げてA48県議を支持することの共通認識を持ち,また,各集落の代表者らを通じて,いずれも各集落の住民らのうち,特に他の候補者と付き合いがある者以外の四浦校区の多くの住民がA48県議を支持する意向であると認識していた。
(5)  主な被疑事実の概要及びその捜査の着手時期等
(争いのない事実,弁論の全趣旨)
ア A5の選挙人に対する缶ビール1ケースの供与に係る事件
県警は,本件選挙に関する公職選挙法違反に係る行為に関し,平成15年4月12日から,A1の選挙運動者であったA5が,本件選挙でのA1への投票等を依頼する趣旨で旧志布志町内の建設業者に対して缶ビール1ケースを供与したという被疑事実に係る事件(以下,「A5ビール事件」という。)の捜査に着手した。
その端緒は,同年3月26日,鹿児島県警志布志警察署(以下「志布志署」という。)所属の警察官が情報収集中に,同警察官の協力者から,同年2月上旬頃,建設会社である株式会社l(以下「l社」といい,同社の専務取締役であるA51を「A51」という。)を訪れた際,缶ビール1ケース(24本入り,価格5400円)がおいてあるのを目撃し,同人が誰が持ってきたか確認したところ,fホテルのA5が持ってきたとの回答を得た旨の情報を入手したことである。
イ A5の選挙人に対する焼酎の供与に係る事件
県警は,平成15年4月15日頃から,A1が選挙運動者を通じて本件選挙でのA1への投票等を依頼する趣旨で旧志布志町の有権者に対して焼酎を供与したという被疑事実に係る事件(以下「A5焼酎事件」という。)の捜査に着手した。
同月16日の時点でのA5焼酎事件の被疑事実の要旨は,A5及びA1が,同年1月下旬頃,A1への投票及び票の取りまとめを依頼する趣旨で焼酎を供与したというものである。
ウ A6の選挙人に対する焼酎及び現金の供与に係る事件
県警は,平成15年4月19日から,A1の選挙運動者であったA6が,旧志布志町内の有権者に対し,その一部につきA6の夫であるA7とともに,本件選挙でのA1への投票等を依頼する趣旨で焼酎又は現金を供与したという被疑事実に係る事件(以下「A6焼酎事件」という。)の捜査に着手した。
同日の時点でのA6焼酎事件の被疑事実の要旨は,A6が同年3月中旬頃,A35,A14,A23,A29,亡A36,A11,原告X5,A52,原告X7,A53,A47,A13及びA12(以下,上記13名を「A6焼酎事件受供与被疑者ら」という。)に対し,うち,原告X5及び原告X7についてはA7とともに,A1の後援会入会申込書への記載を依頼する際に,本件選挙でのA1への投票及び票の取りまとめを依頼する趣旨で,祝儀袋入りの1万円の現金及び焼酎を供与したというものである。
エ A7宅での会合における選挙人に対する現金の供与に係る事件
(ア) A7宅での会合に関する捜査の着手
県警は,平成15年4月30日から,A1が,A1の妻であるA2及びA6と共謀の上,本件選挙でのA1への投票等を依頼する趣旨で,旧志布志町の有権者をA7宅の自宅に招いて会合を開催して,現金を供与したという被疑事実に係る事件(同会合は,捜査の結果,平成15年2月から同年3月にかけて少なくとも4回開催されたとされるところ,以下,開催された会合のうち,特に,その開催日とされる日が早いものから4回目までをそれぞれ順に「1回目会合」ないし「4回目会合」といい,同会合が何回開かれたかは別にして,これらの会合の全てを総称して「本件買収会合」といい,特に,1回目会合から4回目会合に係る事件をそれぞれ順に「1回目会合事件」ないし「4回目会合事件」といい,本件買収会合に係る事件全体を「本件買収会合事件」という。なお,本件刑事事件は,本件買収会合事件のうち,1回目会合事件ないし4回目会合事件について別件無罪原告らについて公訴提起したものである。)の各捜査にそれぞれ着手した。
同年6月3日から同年10月10日にかけて公訴提起された際の本件刑事事件の公訴事実の概要は,以下のとおりである。
(イ) 1回目会合事件
A1は,本件選挙に際し,曽於郡区から立候補することを決意していた者,A6は,A1の選挙運動者であるが,A1及びA6は,共謀の上,平成15年2月上旬頃(なお,犯行日につき,検察官は,平成16年9月24日の本件刑事事件における公判期日において,同月8日頃と,さらに,平成17年7月15日の本件刑事事件における公判期日において,同月8日と,それぞれ釈明した。),本件選挙においてA1を当選させる目的をもって,いずれも曽於郡区の選挙人であった亡A36,A22,A14,A20,A29及び亡A34に対し,A1への投票及び投票とりまとめ等の選挙運動をすることの報酬として,それぞれ現金6万円の合計36万円を供与するとともにA1の立候補届出前の選挙運動をし,同選挙人であった亡A36,A22,A14,A20,A29及び亡A34の6名は,いずれも現金6万円の各供与を受けたというものである。
(ウ) 2回目会合事件
A1は,本件選挙に際し,曽於郡区から立候補することを決意していた者,A2は,A1の妻でA1の選挙運動者,A6は,A1の選挙運動者であるが,A1,A2及びA6は,共謀の上,平成15年2月下旬頃,本件選挙においてA1を当選させる目的をもって,いずれも曽於郡区の選挙人であった亡A36,A22,A23,A14,A20及びA29に対し,A1への投票及び投票とりまとめ等の選挙運動をすることの報酬として,それぞれ現金5万円ずつの合計30万円を供与するとともにA1の立候補届出前の選挙運動をし,同選挙人であった亡A36,A22,A23,A14,A20及びA29の6名は,いずれも現金5万円の各供与を受けたというものである。
(エ) 3回目会合事件
A1は,本件選挙に際し,曽於郡区から立候補することを決意していた者,A2は,A1の妻でA1の選挙運動者,A6は,A1の選挙運動者であるが,A1,A2及びA6は,共謀の上,平成15年3月中旬頃,本件選挙においてA1を当選させる目的をもって,いずれも曽於郡区の選挙人であった亡A36,A22,A23,A14及びA20に対し,A1への投票及び投票とりまとめ等の選挙運動をすることの報酬として,それぞれ現金5万円ずつの合計25万円を供与するとともにA1の立候補届出前の選挙運動をし,同選挙人であった亡A36,A22,A23,A14及びA20の5名は,いずれも現金5万円の各供与を受けたというものである。
(オ) 4回目会合事件
A1は,本件選挙に際し,曽於郡区から立候補することを決意していた者,A2は,A1の妻でA1の選挙運動者であるが,A1及びA2は,共謀の上,平成15年3月下旬頃(なお,犯行日につき,検察官は,平成16年9月24日の本件刑事事件における公判期日において,同月24日頃と,さらに,平成17年7月15日の本件刑事事件における公判期日において,同月24日と,それぞれ釈明した。),本件選挙においてA1を当選させる目的をもって,いずれも曽於郡区の選挙人であったA6,A7,亡A36,A22,A23,A14,A15,A20,A29及びA33に対し,A1への投票及び投票とりまとめ等の選挙運動をすることの報酬として,それぞれ現金10万円ずつの合計100万円を供与するとともにA1の立候補届出前の選挙運動をし,同選挙人であったA6,A7,亡A36,A22,A23,A14,A15,A20,A29及びA33の10名は,いずれも現金10万円の各供与を受けたというものである。
オ その他一連のA1に関する公職選挙法違反に係る事件
県警は,A6が,A6焼酎事件,本件買収会合事件とは別の機会に,本件選挙でのA1への投票及び票の取りまとめを依頼する趣旨で,A14,亡A36,A53,原告X5及びA11という旧志布志町内の有権者に対し,本件選挙でのA1への投票等を依頼する趣旨でそれぞれ現金20万円ずつを供与したという被疑事実に係る事件(以下「X1・20万円事件」という。)について,平成15年5月3日頃以降,捜査に着手した。
また,県警は,本件公職選挙法違反事件の捜査として,このほかにも,同年4月12日以降,A5ビール事件,A5焼酎事件,A6焼酎事件,1回目会合事件ないし4回目会合事件及びX1・20万円事件の捜査に前後して,A1の選挙運動者による戸別訪問,別の複数の現金の供与等の公職選挙法違反の被疑事実に係る事件の捜査を行った。
(6)  県警による曽於郡区での本件選挙の取締体制及びその担当者等
ア 捜査本部の設置等
(甲総第5号証,甲総第63号証の1059,甲総第527号証,乙総第33号証,証人B1,弁論の全趣旨)
(ア) 県警及び志布志署における取締本部の設置
a 事前運動取締本部の設置等
県警は,平成15年2月26日,本件選挙に関し,県警本部のほか,各警察署に,第15回統一地方選挙事前運動取締本部を設置し,同年3月26日頃,第15回統一地方選挙運動取締本部を設置して,公職選挙法違反の情報収集活動に当たり,その総括責任者は,同年2月当時の刑事部参事官兼捜査第二課長事務取扱の地位にあったB2(以下「B2参事官」という。)であり,B2参事官を同月当時,捜査第二課理事官のB3(以下「B3理事官」という。)及び捜査第二課課長補佐兼知能犯情報官のB4(以下「B4情報官」という。)が補佐していた。
b 志布志署における取締本部の体制
志布志署においては,曽於郡区での本件選挙における公職選挙法違反事件の取り締まりのため,同年2月26日,当時の志布志署長であったB5(以下「B5署長」という。)以下59名体制で,第15回統一地方選挙事前運動取締本部が設置され,同年3月26日頃,同体制による第15回統一地方選挙運動取締本部が設置された(以下,本件公職選挙法違反事件について所轄署である志布志署におかれた捜査本部を「本件現地本部」といい,志布志署に設置された前記第15回統一地方選挙事前運動取締本部及び第15回統一地方選挙運動取締本部と区別しないで呼称することがある。)。
(イ) 志布志署における本部長指揮事件に係る捜査本部の設置及びその体制
県警本部長のほか,県警の捜査幹部らは,平成15年4月11日,県警本部において,本件選挙の選挙違反情報に係る事件着手検討会を実施し,志布志署の上記各取締本部において,収集された公職選挙法違反情報のうち,A5ビール事件の捜査に着手することとし,A5ビール事件が,被疑事実が公職選挙法違反に係るものであって,犯罪捜査規範19条2項及び犯罪捜査規範施行細則(昭和46年6月10日県警本部訓令第14号。なお,平成14年11月訓令25による改正当時のものを,以下「細則」という。)7条1項に基づき,本部長指揮事件と認定されたため,犯罪捜査規範22条及び細則23条に基づき,大型の知能犯事件に属するものとして,所轄署である志布志署に本件現地本部が設置され,捜査体制の確立のため,同月12日から,当時,捜査第二課長補佐であったB1警部(以下「B1警部」という。)が本件現地本部の総括班長として,派遣されたほか,県警本部の刑事部捜査第二課の捜査員が順次,本件現地本部に派遣された。
イ 本件現地本部における捜査指揮の体制等
(甲総第63号証の1054,同1059,甲総第518号証ないし530号証,乙総第23号証ないし33号証,証人B1,弁論の全趣旨)
(ア) 捜査本部長及び捜査副本部長
県警では,本件公職選挙法違反事件の捜査の主管は,県警本部の刑事部捜査第二課であったため,細則24条に基づき,本件現地本部の捜査本部長として,同事件の捜査を主管する警察本部の部長である刑事部長が充てられたが,刑事部長が同事件捜査に専従することが事実上困難であったため,細則25条に基づき,捜査副本部長としてB5署長が充てられ,B5署長が本件現地本部の実質的な責任者として捜査の統括に当たることとなった。
(イ) 主任捜査官
本件現地本部における本件公職選挙法違反事件の捜査においては,犯罪捜査規範20条1項及び同条3項に基づき,当時の志布志署生活安全刑事課長であったB6警部(以下「B6警部」という。)が捜査主任官に指名された。
(ウ) 本件公職選挙法違反事件に係る県警の捜査の指揮関係
本件現地本部と県警本部刑事部捜査第二課との指揮関係は,本件現地本部の責任者であるB5署長又はB5署長の承認を得たB1警部やB6警部のほか,庶務班の捜査員が伺い事項を捜査第二課の担当者に連絡をし,捜査第二課長を経て,刑事部長及び警察本部長の指揮を受けていた。
(エ) 本件現地本部における班の編制と班長
本件現地本部では,細則25条3項に基づき,庶務班,捜査班,精査班等の班が編制され,捜査班の班長には,B1警部が充てられた。なお,B1警部は,本件現地本部において,平成15年4月12日から同年6月3日まで及び同年7月24日から同年8月12日までの間,捜査班の班長及び総括班長として,同年6月4日から同年7月22日までの間,A1の担当捜査官として,本件公職選挙法違反事件の捜査活動にそれぞれ従事した。本件現地本部は,B1警部がA1の担当捜査官として捜査活動に従事していた上記期間の捜査班の班長として,県警本部の刑事部捜査第二課長補佐のB7警部(以下「B7警部」という。)を充てた。
(オ) 本件公職選挙法違反事件の捜査活動に従事した警察官
平成15年当時,いずれも県警の警察官であった司法警察員警部補B8(以下「B8警部補」という。官職は当時のもの。以下同じ。),司法警察員警部補B9(以下「B9警部補」という。),司法警察員警部補B10(以下「B10警部補」という。),司法警察員警部補B11(以下「B11警部補」という。),司法警察員警部補B12(以下「B12警部補」という。),司法警察員警部補B13(以下「B13警部補」という。),司法警察員警部補B14(以下「B14警部補」という。),司法警察員警部補B15(以下「B15警部補」という。),司法警察員警部補B16(以下「B16警部補」という。),司法警察員警部補B17(以下「B17警部補」という。),警部補B18(以下「B18警部補」という。),司法警察員警部補B19(以下「B19警部補」という。),司法警察員警部補B20(以下「B20警部補」という。),司法警察員警部補B21(以下「B21警部補」という。),司法警察員警部補B22(以下「B22警部補」という。),司法警察員警部補B14(以下「B14警部補」という。),司法警察員警部補B23(以下「B23警部補」という。),司法警察員警部補B24(以下「B24警部補」という。),司法警察員警部補B25(以下「B25警部補」という。),司法警察員警部補B26(以下「B26警部補」という。),司法警察員警部補B27(以下「B27警部補」という。),司法警察員警部補B28(以下「B28警部補」という。),司法警察員警部補B29(以下「B29警部補」という。),司法警察員巡査部長B30(以下「B30巡査部長」という。),司法警察員巡査部長B31(以下「B31巡査部長」という。),司法警察員巡査部長B32(以下「B32巡査部長」という。),司法警察員巡査部長B33(以下「B33巡査部長」という。),司法警察員巡査部長B34(以下「B34巡査部長」という。),司法警察員巡査部長B35(以下「B35巡査部長」という。),司法警察員巡査部長B36(以下「B36巡査部長」という。),巡査部長B37(以下「B37巡査部長」という。),司法警察員巡査部長B38(以下「B38巡査部長」という。),司法警察員巡査部長B39(以下「B39巡査部長」という。),司法警察員巡査部長B40(以下「B40巡査部長」という。),司法警察員巡査部長B41(以下「B41巡査部長」という。),司法警察員巡査部長B42(以下「B42巡査部長」という。),司法警察員巡査部長B43(以下「B44部長」という。),司法警察員巡査部長B45(以下「B45巡査部長」という。),司法警察員巡査部長B46(以下「B46巡査部長」という。),司法警察員巡査部長B47(以下「B47巡査部長」という。),司法警察員巡査部長B48(以下「B48巡査部長」という。),司法警察員巡査部長B49(以下「B49巡査部長」という。),司法警察員巡査部長B50(以下「B50巡査部長」という。),司法警察員巡査部長B51(以下「B51巡査部長」という。),司法警察員巡査部長B52(以下「B52巡査部長」という。),司法警察員巡査部長B53(以下「B53巡査部長」という。),司法警察員巡査部長B54(以下「B54巡査部長」という。),司法警察員巡査B55(以下「B55巡査」という。ただし,官職について,巡査であるか巡査長であるかを区別せず巡査とする。以下同じ。),司法警察員巡査B56(以下「B56巡査」という。),司法警察員巡査B57(以下「B57巡査」という。),司法警察員巡査B58(以下「B58巡査」という。),司法警察員巡査B59(以下「B59巡査」という。),司法警察員巡査B60(以下「B60巡査」という。),司法警察員巡査B61(以下「B61巡査」という。),司法警察員巡査B62(以下「B62巡査」という。),司法警察員巡査B63(以下「B63巡査」という。),司法警察員巡査B64(以下「B64巡査」という。),司法巡査B65(以下「B65巡査」という。),司法巡査B66(以下「B66巡査」という。)及び司法巡査B67(以下「B67巡査」という。)は,いずれも,本件公職選挙法違反事件の捜査活動に従事した。
(7)  本件公職選挙法違反事件の捜査活動ないし公判活動に従事した検察官等
検察官検事C1(以下「C1検事」という。),検察官検事C2(以下「C2検事」という。),検察官検事C3(以下「C3検事」という。),検察官検事C4(以下「C4検事」という。),検察官検事C5,検察官検事C6(以下「C6検事」という。),検察官副検事C7(以下「C7副検事」という。),検察官副検事C8(以下「C8副検事」という。),検察官副検事C9(以下「C9副検事」という。)及び検察官副検事C10(以下「C10副検事」という。)は,いずれも,本件公職選挙法違反事件の捜査活動ないし公判活動に従事した。
検察官検事C11(以下「C11検事正」という。)は,平成15年当時,検察庁検事正であった。(甲総第63号証の1060,同1061,同1065,甲総第531号証ないし537号証,弁論の全趣旨)
(8)  本件公職選挙法違反事件における強制捜査及び本件刑事事件の公訴提起の概要等
ア A6焼酎事件に関するA23及び亡A36の自白
A23及び亡A36は,平成15年4月19日,本件現地本部がした取調べにおいて,A6焼酎事件に関して,いずれも,同年3月頃,A6から焼酎と現金1万円の供与を受けた旨を供述し,A6は,同日,本件現地本部がした取調べにおいて,同年3月頃,A1の後援会入会申込書への記載を依頼したa3集落の住民等13名に対し,焼酎2本と現金1万円をそれぞれ供与した旨を供述した。(争いのない事実)
イ A6焼酎事件に関する平成15年4月22日着手の強制捜査
(甲総第63号証の748,弁論の全趣旨)
(ア) A6の逮捕,検察官送致,勾留請求及び勾留質問
本件現地本部は,平成15年4月22日,A6焼酎事件に関して,A6につき,本件選挙においてA1を当選させる目的をもって,同年3月上旬頃,亡A36方において,亡A36に対し,A1に対する投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬等として,現金1万円及び焼酎2本を供与し,同月中旬頃,A22方において,A23に対し,前同様の報酬等として,現金1万円を供与し,もって一面立候補届出前の選挙運動をしたとの被疑事実で通常逮捕し,同月24日,同被疑事実に係る事件(以下「A6焼酎4月22日捜査事件」という。)を,検察官に身柄付き送致して,C3検事は,同日,裁判官に対し,A6について勾留及び接見等の禁止を請求した。
A6は,同月24日,上記勾留の請求について裁判所で行われた勾留質問において,被疑事実をいずれも否認する旨を述べた。
(イ) A6の勾留及び勾留延長
裁判官は,平成15年4月24日,勾留状の発布及び接見等禁止決定をし,C3検事は,同日,同勾留状を執行し,その後,A6は,裁判官の勾留期間延長決定を経て,同年5月13日まで身柄を拘束された(以下,A6に対する上記逮捕勾留に係る捜査を「第1次強制捜査」という。)。
(ウ) A6の身柄の釈放
C3検事は,平成15年5月13日,A6焼酎4月22日捜査事件について,処分保留のまま,A6の身柄を釈放した。
ウ 本件買収会合事件に関する平成15年5月7日までのA6,A14,A22,A23及び亡A36の自白
A6,A14,A22,A23及び亡A36は,平成15年5月7日までに,本件現地本部がした取調べにおいて,いずれも,本件選挙の投票日の前に,A7宅で4回,A1への投票依頼等を目的とした買収会合が行われて,各会合で現金が供与され,その額は,1回目会合が6万円,2回目会合及び3回目会合がいずれも5万円,4回目会合が10万円であった旨を供述した。(争いのない事実)
エ X1・20万円事件に関する平成15年5月3日のA6の自白
A6は,平成15年5月3日,本件現地本部がした取調べにおいて,A6焼酎事件,本件買収会合事件とは別の機会に,A6が本件選挙でのA1への投票及び票の取りまとめを依頼する趣旨で,A14,亡A36,A53,原告X5及びA11にそれぞれ現金20万円ずつを供与したと旨を供述した。(甲総第63号証の678,甲総第156号証の23)
オ 1回目会合事件に関する平成15年5月13日着手の強制捜査
(甲総第63号証の618,同746,同814,同873,同1094ないし1097,同1132ないし1135,同1218ないし1221,同1256ないし1259,同1315ないし1318,同1420ないし1423,甲総第156号証の199,甲総第239号証,甲総第240号証,弁論の全趣旨)
(ア) A6の逮捕
本件現地本部は,平成15年5月13日,1回目会合事件に関し,A6につき,本件選挙においてA1を当選させる目的をもって,同年2月上旬頃,自宅において,A14,A20,A22,亡A36及びA29に対し,A1に対する投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬等として,それぞれに現金6万円を供与し,もって一面立候補届出前の選挙運動をしたとの被疑事実で,通常逮捕した。
(イ) A14,A20,A22,A29及び亡A36の逮捕
本件現地本部は,平成15年5月13日,1回目会合事件に関し,A14,A20,A22,A29及び亡A36につき,いずれも,同年2月上旬頃,A7宅において,A6から,A1に当選を得させる目的をもって,A1に対する投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬等として供与されるものであることを知りながら,各自現金6万円の供与を受けたとの被疑事実で,それぞれ通常逮捕した。
(ウ) A6外5名の検察官送致,勾留請求及び勾留質問
本件現地本部は,平成15年5月14日,上記被疑事実に係る各事件(以下,総称して「1回目会合5月13日捜査事件」という。)のうち,A6,A14及びA20についてのものを,同月15日,同被疑事実に係る各事件のうち,A22,A29及び亡A36についてのものをそれぞれ検察官に身柄付き送致した。
C3検事は,同日,裁判官に対し,上記6名について勾留及び接見等の禁止を請求をした。
A6,A22,A14及び亡A36は,同日,上記各勾留の請求について,裁判所で行われた勾留質問で,被疑事実を認める旨を,A20及びA29は,同日,上記各勾留に際し,同所で行われた勾留質問で被疑事実を否認する旨を述べた。
(エ) A6外5名の勾留,勾留延長
裁判官は,平成15年5月15日,上記各請求に係る各勾留状の発布及び各接見等禁止決定をし,C3検事は,同日,同各勾留状を執行し,その後,上記6名は,裁判官の各勾留期間延長決定を経て,同年6月3日まで身柄をそれぞれ拘束された(以下,上記6名に対する逮捕及び勾留に係る捜査を「第2次強制捜査」という。)。
カ 1回目会合事件に関する平成15年6月3日の公訴提起
(甲総第63号証の19,同1099,同1100,同1137,同1138,同1223,同1224,同1260,同1261,同1320,同1321,同1426,同1427)
(ア) 1回目会合事件に関する公訴提起
C3検事は,平成15年6月3日,裁判所に対し,A6,A14,A20,A22,A29及び亡A36を被告人として,1回目会合事件について,公職選挙法違反の罪でいずれも身柄付きで公訴提起した(当庁平成15年(わ)第217号公職選挙法違反被告事件。同事件は,本件刑事事件のうちの最初に公訴提起に当たる。以下,同事件を「第1次刑事事件」といい,同事件に係る公訴提起を「第1次起訴」という。)。
(イ) 第1次刑事事件における起訴後勾留に係る接見等禁止
C3検事は,平成15年6月3日,裁判官に対し,A6,A14,A20,A22,亡A36及びA29について,第1次刑事事件に係る起訴後勾留に関し,接見等の禁止を請求し,裁判官は,同日,上記6名につき,第1回公判期日までの間の各接見等禁止決定をした。
(ウ) 第1次刑事事件の公訴事実の要旨
第1次刑事事件の公訴事実の要旨は,A6は,本件選挙に際し,曽於郡区から立候補したA1の選挙運動者であり,A14,A20,A22,亡A36及びA29は,本件選挙の曽於郡区の選挙人であるが,①A6は,A1を当選させる目的をもって,いまだ立候補届出のない平成15年2月上旬頃,A7宅において,いずれも曽於郡区の選挙人であるA14,A20,A22,亡A36及びA29に対し,A1への投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬として,上記5名に対し,それぞれに現金6万円ずつの合計30万円を供与するとともにいずれも立候補届出前の選挙運動をした,②A14,A20,A22,亡A36及びA29は,いずれも,同年2月上旬頃,A7宅において,A6から,A1を当選させる目的をもってA1への投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬として供与されるものであることを知りながら,各自現金6万円の供与を受けたというものである。
キ A6焼酎事件に関する平成15年5月18日着手の強制捜査
(甲総第392号証,甲総第393号証,弁論の全趣旨)
(ア) A7の逮捕,検察官送致,勾留請求及び勾留質問
本件現地本部は,平成15年5月18日,A6焼酎事件に関して,A7につき,A6と共謀の上,本件選挙においてA1を当選させる目的をもって,同年3月上旬頃,原告X7,A47及びA12の自宅において,同人らに対し,A1に対する投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬等として,それぞれに現金1万円及び焼酎2本を供与し,もって一面立候補届出前の選挙運動をしたとの被疑事実(以下,同被疑事実に係る事件を「A6焼酎5月18日捜査事件」という。)で通常逮捕して,同月19日頃,同被疑事実に係る事件を検察官に身柄付き送致し,C8副検事は,同月20日頃,裁判官に対し,A7について勾留を請求した。
A7は,同月20日,上記勾留の請求について裁判所で行われた勾留質問において,被疑事実のうち,原告X7,A47及びA12方を訪れたことは認めるが,現金や焼酎を供与したかは記憶にないとして被疑事実を否認する旨を述べた。
(イ) A7の勾留及び勾留延長
裁判官は,平成15年5月20日,上記請求について,勾留状を発布し,C8副検事は,同勾留状を執行し,さらに,A7は,裁判官の勾留期間延長決定を経て,同年6月8日まで身柄を拘束された。
(ウ) A7の身柄の釈放
C3検事は,平成15年6月8日,A6焼酎5月18日捜査事件について,処分保留のまま,A7の身柄を釈放した。
ク 4回目会合事件に関する平成15年6月4日及び同月8日着手の各強制捜査
(甲総第58号証,甲総第59号証,甲総第63号証の579,同749,同815,同872,同1113,同1114,同1168,同1169,同1234,同1235,同1290,同1291,同1362,同1363,同1475,同1476,同2742,同2743,同2816,同2817,同2942,同2943,甲総第68号証,甲総第69号証,甲総第139号証,甲総第140号証,甲総第156号証の7,同201,同456,甲総第215号証,甲総第216号証)
(ア) A1及びA2の逮捕
本件現地本部は,平成15年6月4日,4回目会合事件に関し,A1及びA2につき,共謀の上,本件選挙においてA1を当選させる目的をもって,同年3月下旬頃,A7宅において,A6,亡A36,A14,A29,A20及びA22に対し,A1に対する投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬等として,それぞれに現金10万円を供与し,もって一面立候補届出前の選挙運動をしたとの被疑事実で通常逮捕した。
(イ) A6,A14,A20,A22,A29及び亡A36の逮捕
本件現地本部は,平成15年6月4日,A6,A14,A20,A22,A29及び亡A36につき,いずれも,同年3月下旬頃,A7宅において,A1から,A1の当選を得させる目的をもって,A1に対する投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬等として供与されるものであることを知りながら,各自現金10万円の供与を受けたとの被疑事実でそれぞれ通常逮捕した。
(ウ) A1,A2及びA6外5名の検察官送致,勾留請求及び勾留質問
本件現地本部は,平成15年6月5日,A1及びA2についての上記被疑事実に係る各事件を,同月6日,A6,A14,A20,A22,A29及び亡A36についての上記被疑事実に係る各事件(以下,A1及びA2についての上記各事件と併せ,総称して,「4回目会合6月4日捜査事件」という。)を,それぞれ検察官に身柄付き送致した。
C1検事は,同月6日,裁判官に対し,上記8名について勾留請求した。
A20,A22,A14及び亡A36は,同日,上記各勾留の請求について,裁判所で行われた勾留質問において,被疑事実を認める旨を,A1,A2,A6及びA29は,同日,同所で行われた勾留質問において被疑事実を否認する旨をそれぞれ述べた。
(エ) A1,A2及びA6外5名の勾留及び勾留延長
裁判官は,平成15年6月6日,上記各請求に係る各勾留状を発布し,C1検事は,同日,上記各勾留状を執行し,その後,上記8名は,裁判官の各勾留期間延長決定を経て,同月25日まで身柄をそれぞれ拘束された。
(オ) A7の逮捕,検察官送致,勾留請求及び勾留質問
本件現地本部は,平成15年6月8日,4回目会合事件に関し,A7につき,同年3月下旬頃,A7宅において,A1から,A1の当選を得させる目的をもって,A1に対する投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬等として供与されるものであることを知りながら,現金10万円の供与を受けたとの被疑事実で,通常逮捕し,同月10日,同被疑事実に係る事件(以下「4回目会合6月8日捜査事件」という。)を検察官に身柄付き送致した。
C8副検事は,平成15年6月10日,裁判官に対し,A7について勾留を請求した。
A7は,同日,上記勾留の請求について,裁判所で行われた勾留質問において,被疑事実を否認する旨を述べた。
(カ) A7の勾留及び勾留延長
裁判官は,平成15年6月10日,上記請求に係る勾留状を発布し,C8副検事は,同勾留状を執行し,その後,A7は,裁判官の勾留期間延長決定を経て,同月29日まで身柄を拘束された(以下,A1,A2,A6,A14,A20,A22,亡A36,A29及びA7の9名に対する上記各逮捕及び勾留に係る捜査を「第3次強制捜査」という。)。
(キ) A1,A2,A6外5名及びA7の身柄の釈放
C1検事は,第3次強制捜査に係る事件について処分保留のまま,平成15年6月25日,A1,A2,A6,A14,A20,A22,亡A36及びA29の身柄を,同月29日,A7の身柄をそれぞれ釈放した。
なお,A6,A14,A20,A22,亡A36については,同月25日の時点で,第1次刑事事件に係る起訴後勾留による身柄拘束は継続している。
ケ 1回目会合及び4回目会合事件に関する平成15年6月25日及び同月29日着手の各強制捜査
(甲総第63号証の991,同2744ないし2727,同2818ないし2821,同2968ないし2971,同2991ないし2994,同3026ないし3029,甲総第94号証,甲総第95号証,甲総第158号証,甲総第234号証,甲総第235号証,甲総第268号証,甲総第269号証,甲総第286号証,甲総第287号証,甲総第425号証,弁論の全趣旨)
(ア) 1回目会合事件及び4回目会合事件に関する平成15年6月25日のA1の逮捕
本件現地本部は,平成15年6月25日,1回目会合事件及び4回目会合事件に関し,A1につき,自己に当選を得る目的をもって,同年2月上旬頃,A6と共謀の上,A7宅において,A6,A14,A20,A22,A29及び亡A36に対し,自己に対する投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬等として,それぞれに現金10万円を供与し,同年3月下旬頃,A2と共謀の上,本件選挙においてA1を当選させる目的をもって,A7宅において,A23,A15,A33及びA44に対し,A1に対する投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬等として,それぞれに現金10万円を供与し,もって一面立候補届出前の選挙運動をしたとの被疑事実で通常逮捕した。
(イ) 4回目会合事件に関するA2の平成15年6月25日の逮捕
本件現地本部は,平成15年6月25日,4回目会合事件に関し,A2につき,A1と共謀の上,A1に当選を得る目的をもって,同年3月下旬頃,A7宅において,A23,A15,A33及びA44に対し,A1に対する投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬等として,それぞれに現金10万円を供与し,もって一面立候補届出前の選挙運動をしたとの被疑事実で通常逮捕した。
(ウ) 4回目会合事件に関するA23,A15,A33及びA44の平成15年6月25日の逮捕
本件現地本部は,平成15年6月25日,4回目会合事件に関し,A23,A15,A33及びA44につき,いずれも,同月下旬頃,A7宅において,A1から,A1の当選を得させる目的をもって,A1に対する投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬等として供与されるものであることを知りながら,各自現金10万円の供与を受けたとの被疑事実で,それぞれ通常逮捕した。
(エ) 1回目会合事件に関するA7の同年6月29日の逮捕
本件現地本部は,平成15年6月29日,1回目会合に関し,A7につき,同年2月上旬頃,A7宅において,A1及びA6から,A1を当選させる目的をもって,同人への投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬等として供与されるものであることを知りながら,現金3万円の供与を受けたとの被疑事実で通常逮捕した。
(オ) A1外6名の検察官送致,勾留請求及び勾留質問
本件現地本部は,平成15年6月27日又は同日頃,A1,A2,A23,A15,A33及びA44についての1回目会合事件及び4回目会合事件に関する上記各被疑事実に係る各事件(以下,総称して「4回目会合等6月25日捜査事件」という。)を,それぞれ検察官に身柄付き送致した。
C1検事は,同月28日,裁判官に対し,A1,A2,A23,A15,A33及びA44についての4回目会合等6月25日捜査事件において,勾留及び接見等の禁止を請求した。
A23は,同日,上記各勾留の請求について,裁判所で行われた勾留質問において,被疑事実を認める旨を述べた。
A1,A2,A33,A15は,同日,上記各請求について,同所で行われた勾留質問において,被疑事実を否認する旨をそれぞれ述べた。
本件現地本部は,同年7月1日頃,A7についての1回目会合事件に関する上記被疑事実に係る事件(以下「1回目会合6月29日捜査事件」という。)を検察官に身柄付き送致した。
C1検事は,同日頃,裁判官に対し,A7について勾留及び接見等の禁止を請求した。
A7は,同日,上記勾留の請求について,裁判所で行われた勾留質問において,被疑事実を否認する旨を述べた。
(カ) A1外6名の勾留及び勾留延長
裁判官は,平成15年6月28日,A1,A2,A23,A15,A33及びA44についての上記各請求に係る各勾留状の発布及び接見等禁止決定をし,C1検事は,同各勾留状を執行し,その後,上記6名は,裁判官の各勾留期間延長決定を経て,同年7月17日まで身柄をそれぞれ拘束された。
裁判官は,同月1日,A7についての上記請求に係る勾留状の発布及び接見等禁止決定をし,C1検事は,同日,同勾留状を執行し,その後,A7は,裁判官の勾留期間延長決定を経て,同月17日まで身柄を拘束された。(以下,A1,A2,A33,A44,A15,A23及びA7の7名に対する上記各逮捕及び勾留に係る捜査を「第4次強制捜査」という。)。
(キ) A7及びA44の身柄の釈放
C1検事は,第4次強制捜査に係る事件のうち,A44及びA7に対するものについて,処分保留のまま,平成15年7月17日,A7及びA44の身柄をそれぞれ釈放した。
コ 1回目会合事件及び4回目会合事件に関する平成15年7月17日の公訴提起
(甲総第63号証の26,同68,同1115ないし1118,同1170ないし1172,同1174,同1236ないし1239,同1292ないし1295,同1365ないし1368,同1477ないし1480,同2705,同2749,同2750,同2823,同2824,同2948,同2951,同2973,同2974,同3008,同3009,同3031,同3032)
(ア) 4回目会合事件に関する公訴提起(A1及びA2以外)
a 公訴提起
C1検事は,平成15年7月17日,裁判所に対し,A6,亡A36,A14,A20,A22,A29,A23,A7,A15及びA33を被告人として,このうち,A33,A15及びA23については身柄付きで,4回目会合事件について公職選挙法違反の罪で公訴提起(当庁平成15年(わ)第266号公職選挙法違反被告事件。以下「第2次刑事事件1」といい,第2次刑事事件1に係る公訴提起を「第2次起訴1」という。)をした。
第2次刑事事件1は,本件刑事事件のうち,第1次刑事事件に次いでされたものである。
b 公訴事実の要旨
第2次起訴1の公訴事実の要旨は,A6,亡A36,A14,A20,A22,A29,A23,A7,A15及びA33は,いずれも本件選挙の曽於郡区の選挙人であるが,A1及びA2から,本件選挙に立候補の決意を有していたA1を当選させる目的をもって,A1への投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬として供与されるものであることを知りながら,同月3月下旬頃,A7宅において,各自現金10万円の供与を受けたというものである。
(イ) 1回目会合事件及び4回目会合事件に関する公訴提起(A1及びA2)
a 公訴提起
C1検事は,第2次起訴1と同日である平成15年7月17日,A1及びA2を被告人として,1回目会合事件及び4回目会合事件について公職選挙法違反の罪で身柄付きで公訴提起(当庁平成15年(わ)第269号公職選挙法違反被告事件。以下「第2次刑事事件2」といい,第2次刑事事件1と併せて,「第2次刑事事件」という。また,第2次刑事事件2に係る公訴提起を「第2次起訴2」といい,第2次起訴1と併せて「第2次起訴」という。)をした。
b 公訴事実の要旨
第2次起訴2の公訴事実の要旨は,A1は,本件選挙に際し,曽於郡区から立候補することを決意していた者,A2は,A1の妻でかつ選挙運動者であるが,①A1は,A6と共謀の上,自己を当選させる目的をもって,いまだ立候補届出のない同年2月上旬頃,A7宅において,いずれも同選挙区の選挙人であるA14,A20,A22,亡A36及びA29に対し,自己への投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬として,それぞれに現金6万円ずつの合計30万円を供与するとともに,いずれも立候補届出前の選挙運動をし,②A1及びA2は,共謀の上,前同様の目的をもって,いまだ立候補届出のない同年3月下旬頃,A7宅において,同選挙区の選挙人であるA6,A14,A20,A22,A29,A23,A7,A15,A33及び亡A36に対し,前同様の報酬として,それぞれに現金10万円ずつの合計100万円を供与するとともにいずれも立候補届出前の選挙運動をしたというものである。
(ウ) 起訴後の身柄関係等
C1検事は,平成15年7月17日,第2次刑事事件1において,被告人のうち,A6,A14,A20,A22,A29,A7及び亡A36について,裁判所に対し,裁判官の起訴後勾留の職権発動を求める,いわゆる求令起訴を行うとともに,第2次刑事事件の被告人12名全員について,裁判所に対し,各自の起訴後勾留について,接見等の禁止を請求し,裁判官は,同日,第2次刑事事件1において,被告人10名全員につき,いずれも勾留状の発布及び接見等禁止決定をし,第2次刑事事件2において,被告人両名に,いずれも,第1回公判期日の日の午後10時までの間の接見等禁止決定をした。
A6,A14,A20及びA22は,同日,上記各起訴後勾留に際し,裁判所で行われた勾留質問において,公訴事実を認める旨を,亡A36,A29及びA7は,同日,上記各起訴後勾留に際し,同所で行われた勾留質問において,公訴事実を否認する旨をそれぞれ陳述した。
(エ) 第1次起訴の公訴事実の訴因変更
C1検事は,平成15年7月17日,裁判所に対し,第1次起訴の公訴事実のうち,A6が行ったとされる公職選挙法違反被告事件の訴因について,A6がA1と共謀の上で行ったものとし,罰条に刑法60条を追加する訴因変更及び罰条の追加の請求(以下「本件訴因変更請求」という。)をした。
サ 2回目会合事件ないし4回目会合事件に関する同年7月23日及び同月24日着手の各強制捜査
(甲総第17号証,甲総第18号証,甲総第63号証の2772ないし2775,同2839ないし2842,甲総第118号証,甲総第119号証,甲総第374号証,甲総第375号証,乙総第18号証,弁論の全趣旨)
(ア) 2回目会合事件及び3回目会合事件に関するA1及びA2の平成15年7月23日の逮捕
本件現地本部は,平成15年7月23日,2回目会合事件及び3回目会合事件に関し,A1及びA2につき,本件選挙に際し,A1が曽於郡区に立候補する決意を有していたことから,A1,A2及びA6において共謀の上,A1に当選を得る目的をもって,A1の立候補届出のない同年2月下旬頃,A7宅において,同選挙区の選挙人である亡A36,A14,A20,A22及びA23に対し,A1に対する投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬等として,それぞれに現金5万円を供与し,同年3月中旬頃,A1を当選させる目的をもって,A7宅において,同選挙区の選挙人であるA14,A20,A22,A23及び亡A36に対し,前同様の趣旨で,それぞれに現金5万円を供与し,もって一面立候補届出前の選挙運動をしたとの被疑事実でそれぞれ通常逮捕した。
(イ) A1及びA2の検察官送致,勾留請求及び勾留質問
本件現地本部は,平成15年7月24日,上記各被疑事実に係る各事件(以下,総称して,「2回目会合等7月23日捜査事件」という。)をそれぞれ検察官に身柄付き送致した。
C1検事は,同日,裁判官に対し,A1及びA2について勾留及び接見等の禁止を請求した。
A1及びA2は,同日,上記各勾留請求に際し,裁判所で行われた勾留質問で,被疑事実を否認する旨をそれぞれ述べた。
(ウ) A1及びA2の勾留,勾留延長
裁判官は,平成15年7月24日,上記各請求に係る勾留状の発布及び接見等禁止決定をし,C1検事が同各勾留状を執行して,その後,上記両名は,裁判官の勾各留期間延長決定を経て,同年8月12日まで身柄をそれぞれ拘束された。
(エ) 4回目会合事件に関するA5及び原告X2の平成15年7月24日の逮捕
本件現地本部は,平成15年7月24日,A5及び原告X2を4回目会合事件の供与被疑者としてそれぞれ通常逮捕した。
(オ) A5及び原告X2の検察官送致,勾留請求,勾留及び勾留延長
本件現地本部は,平成15年7月25日頃,A5及び原告X2を4回目会合事件の供与被疑者とする上記各事件(以下「4回目会合7月24日捜査事件」という。)について,それぞれ検察官に身柄付送き送致し,C1検事は,同日頃,裁判所に対し,上記両名について勾留を請求し,裁判官から勾留状の発布を受けて,同勾留状を執行し,さらに,上記両名は,裁判官の勾留期間延長決定を経て,同年8月13日まで身柄をそれぞれ拘束された。
(カ) A5及び原告X2の身柄の釈放
C1検事は,平成15年8月13日,上記被疑事実に係る事件について処分保留のまま,A5及び原告X2を釈放した。(以下,A1,A2,A5及び原告X2の4名に対する逮捕及び勾留に係る上記捜査を「第5次強制捜査」という。)
シ 3回目会合事件及び4回目会合事件に関する別件勾留中のA6外5名に対する在宅事件の平成15年8月8日の検察官送致
本件現地本部は,平成15年8月8日,3回目会合事件及び4回目会合事件に関し,A6を供与被疑者とし,A23,亡A36,A22,A14及びA20をいずれも受供与被疑者とする各事件及び3回目会合事件に関し,A6を供与被疑者とし,A29を受供与被疑者とする各事件を,それぞれ検察官に送致した。(弁論の全趣旨)
ス 2回目会合事件及び3回目会合事件に関する平成15年8月12日の公訴提起
(甲総第63号証の33,同38,同2708,同2903,同2791,同2792,同2851,同2852)
(ア) A1及びA2に対する公訴提起
a 公訴提起
C1検事は,平成15年8月12日,裁判所に対し,A1及びA2を被告人として,2回目会合事件及び3回目会合事件について公職選挙法違反の罪で身柄付きで公訴提起(当庁平成15年(わ)第292号公職選挙法違反被告事件。以下「第3次刑事事件1」といい,第3次刑事事件1に係る公訴提起を「第3次起訴1」という。)した。
第3次刑事事件1は,本件刑事事件のうち,第2次刑事事件に次いで公訴提起されたものである。
b 第3次起訴1の公訴事実の要旨
第3次起訴1の公訴事実の要旨は,A1は,本件選挙に際し,曽於郡区から立候補することを決意していた者,A2は,A1の妻でかつ選挙運動者であるが,両名は,A6と共謀の上,A1を当選させる目的をもって,①いまだ立候補届出のない平成15年2月下旬頃,A7宅において,いずれも同選挙区の選挙人である亡A36,A14,A20,A22及びA23に対し,自己への投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬として,それぞれに現金5万円ずつの合計25万円を供与するとともに,いずれも立候補届出前の選挙運動をし,②いまだ立候補届出のない同年3月中旬頃,A7宅において,いずれも同選挙区の選挙人である亡A36,A14,A20,A22及びA23に対し,前同様の報酬として,それぞれに現金5万円ずつの合計25万円を供与するとともにいずれも立候補届出前の選挙運動をしたというものである。
c 身柄関係
検察官は,同月12日,第3次刑事事件1において,被告人であるA1及びA2について,裁判所に対し,各自の起訴後勾留について,接見等の禁止を請求し,裁判官は,同日,第3次刑事事件1において,A1及びA2につき,いずれも,第1回公判期日の日の午後10時までの間の接見等禁止決定をした。
(イ) A6,A14,A20,A22,A23及び亡A36に対する公訴提起
a 公訴提起
C1検事は,第3次刑事事件1が公訴提起された日である平成15年8月12日,裁判所に対し,A6,A14,A20,A22,A23及び亡A36を被告人として,このうち,A20及びA23をそれぞれ別事件として,2回目会合事件及び3回目会合事件について公職選挙法違反の罪でそれぞれ公訴提起(A6,A14,A22及び亡A36につき,当庁平成15年(わ)第293号公職選挙法違反被告事件,以下「第3次刑事事件2」といい,第3次刑事事件2に係る公訴提起を「第3次起訴2」という。A20につき,同第294号公職選挙法違反被告事件,以下「第3次刑事事件3」といい,第3次刑事事件3に係る公訴提起を「第3次起訴3」という。A23につき,同第295号公職選挙法違反被告事件,以下「第3次刑事事件4」といい,第3次刑事事件4に係る公訴提起を「第3次起訴4」といい,第3次刑事事件1ないし第3次刑事事件4を併せて「第3次刑事事件」といい,第3次起訴1ないし第3次起訴4を総称して「第3次起訴」という。)した。
第3次刑事事件2ないし第3次刑事事件4は,いずれも,本件刑事事件のうち,第3次刑事事件1と同日に公訴提起されたものである。
b 第3次起訴2の公訴事実の要旨
第3次起訴2の公訴事実の要旨は,A6は,本件選挙に際し,曽於郡区から立候補の決意を有していたA1の選挙運動者であり,亡A36,A14,A22は,本件選挙の曽於郡区の選挙人であるが,①A6は,A1及びA2と共謀の上,A1を当選させる目的をもって,いまだA1の立候補届出のない同年2月下旬頃,A7宅において,いずれも曽於郡区の選挙人である亡A36,A14,A20,A22及びA23に対し,A1への投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬として,上記亡A36外4名に対し,それぞれに現金5万円ずつの合計25万円を供与するとともにいずれも立候補届出前の選挙運動をし,いまだA1の立候補届出のない同年3月中旬頃,A7宅において,前同様の亡A36外4名に対し,前同様の報酬として,それぞれに現金5万円ずつの合計25万円を供与するとともにいずれも立候補届出前の選挙運動をした,②亡A36,A14及びA22は,いずれも,A6らから,A1を当選させる目的をもってA1への投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬として供与されるものであることを知りながら,同年2月下旬頃,A7宅において各自現金5万円の,同年3月中旬頃,A7宅において各自現金5万円の供与をそれぞれ受けたというものである。
c 第3次起訴3の公訴事実の要旨
第3次起訴3の公訴事実の要旨は,A20は,本件選挙の曽於郡区の選挙人であるが,A6から,同選挙に立候補の決意を有していたA1を当選させる目的をもってA1への投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬として供与されるものであることを知りながら,同年2月下旬頃,A7宅において現金5万円の,同年3月中旬頃,A7宅において現金5万円の供与をそれぞれ受けたというものである。
d 第3次起訴4の公訴事実の要旨
第3次起訴4の公訴事実の要旨は,A23は,本件選挙の曽於郡区の選挙人であるが,A6から,同選挙に立候補の決意を有していたA1を当選させる目的をもってA1への投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬として供与されるものであることを知りながら,同年2月下旬頃,A7宅において現金5万円の,同年3月中旬頃,A7宅において現金5万円の供与をそれぞれ受けたというものである。
セ 2回目会合事件に関する平成15年8月27日の公訴提起
(甲総第63号証の40,同2711)
(ア) A6及びA29に対する公訴提起
a 公訴提起
C1検事は,平成15年8月27日,裁判所に対し,A6及びA29を被告人として,2回目会合事件について公職選挙法違反の罪で公訴提起(当庁平成15年(わ)第320号公職選挙法違反被告事件。以下「第4次刑事事件1」といい,第4次刑事事件1に係る公訴提起を「第4次起訴1」という。)した。
第4次刑事事件1は,本件刑事事件のうち,第3次刑事事件に次いで公訴提起されたものである。
b 第4次起訴1の公訴事実の要旨
第4次起訴1の公訴事実の要旨は,A6は,本件選挙に際し,曽於郡区から立候補の決意を有していたA1の選挙運動者であり,A29は,本件選挙の曽於郡区の選挙人であるが,①A6は,A1及びA2と共謀の上,A1を当選させる目的をもって,いまだA1の立候補届出のない同年2月下旬頃,A7宅において,曽於郡区の選挙人であるA29に対し,A1への投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬として,現金5万円を供与するとともに立候補届出前の選挙運動をした,②A29は,A6から,A1を当選させる目的をもってA1への投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬として供与されるものであることを知りながら,同年2月下旬頃,A7宅において現金5万円の供与を受けたというものである。
(イ) A1及びA2に対する公訴提起
a 公訴提起
C1検事は,平成15年8月27日,A1及びA2を被告人として,2回目会合事件について公職選挙法違反の罪で公訴提起(当庁平成15年(わ)第321号公職選挙法違反被告事件。以下,「第4次刑事事件2」といい,第4次刑事事件1と併せて「第4次刑事事件」という。また,第4次刑事事件2に係る公訴提起を「第4次起訴2」といい,両者を併せて「第4次起訴」という。)した。
第4次刑事事件2は,本件刑事事件のうち,第4次刑事事件1と同日に公訴提起されたものである。
b 第4次起訴2の公訴事実の要旨
第4次起訴2の公訴事実の要旨は,A1は,本件選挙に際し,曽於郡区から立候補することを決意していた者,A2は,A1の妻でかつ選挙運動者であるが,両名は,A6と共謀の上,A1を当選させる目的をもって,いまだ立候補届出のない同年2月下旬頃,A7宅において,曽於郡区の選挙人であるA29に対し,自己への投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬として,現金5万円を供与するとともに立候補届出前の選挙運動をしたというものである。
ソ A6焼酎事件に関するその余の在宅事件の平成15年9月9日の検察官送致
本件現地本部は,平成15年9月9日,A6焼酎事件に関し,A23及び亡A36を受供与被疑者とする事件並びに原告X7,A47及びA12をいずれも受供与被疑者とする事件(以下,総称して「A6焼酎9月9日捜査事件」という。)をそれぞれ検察官に送致した。(弁論の全趣旨)
タ 1回目会合事件に関する亡A34外2名に対する在宅事件の検察官送致
本件現地本部は,平成15年9月29日,1回目会合事件に関し,A6及びA1をいずれも供与被疑者とし,亡A34を受供与被疑者とする各事件を,亡A34について在宅被疑者としたまま,それぞれ検察官に送致した。
(弁論の全趣旨)
チ 1回目会合事件に関する平成15年10月10日の公訴提起
(甲総第63号証の43,同45,同47)
(ア) A1及びA6に対する公訴提起
C1検事は,平成15年10月10日,裁判所に対し,A1及びA6を被告人として,1回目会合事件について,それぞれ公職選挙法違反の罪で公訴提起(A1につき当庁平成15年(わ)第394号公職選挙法違反被告事件,A6につき,同第395号公職選挙法違反被告事件。以下,上記第394号事件を「第5次刑事事件1」,上記第395号事件を「第5次刑事事件2」という。)した。
第5次刑事事件1及び第5次刑事事件2は,いずれも本件刑事事件のうち,第4次刑事事件に次いで公訴提起されたものである。
(イ) 亡A34に対する公訴提起
C1検事は,平成15年10月10日,亡A34を被告人として,1回目会合事件について,公職選挙法違反の罪で在宅のまま公訴提起(当庁平成15年(わ)第396号公職選挙法違反被告事件。以下「第5次刑事事件3」といい,第5次刑事事件1ないし第5次刑事事件3を併せて「第5次刑事事件」という。また,第5次刑事事件1ないし第5次刑事事件3に係る各公訴提起を順に,「第5次起訴1」,「第5次起訴2」,「第5次起訴3」といい,それら全てを併せて「第5次起訴」という。)した。
第5次刑事事件3は,本件刑事事件のうち,第5次刑事事件1及び第5次刑事事件2と同日に公訴提起されたものである。
(ウ) 第5次起訴の公訴事実
第5次起訴1の公訴事実の要旨は,A1は,本件選挙に際し,曽於郡区から立候補することを決意していた者であるが,A6と共謀の上,自己を当選させる目的をもって,いまだ立候補届出のない同年2月上旬頃,A7宅において,曽於郡区の選挙人である亡A34に対し,自己への投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬として,現金6万円を供与するとともに立候補届出前の選挙運動をしたというものであり,第5次起訴2の公訴事実の要旨は,A6は,本件選挙に際し,曽於郡区から立候補の決意を有していたA1の選挙運動者であるが,A1と共謀の上,A1を当選させる目的をもって,いまだ立候補届出のない同年2月上旬頃,A7宅において,曽於郡区の選挙人である亡A34に対し,自己への投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬として,現金6万円を供与するとともに立候補届出前の選挙運動をしたというものであり,第5次起訴3の公訴事実の要旨は,亡A34は,本件選挙の曽於郡区の選挙人であるが,本件選挙に立候補の決意を有していたA1の選挙運動者であるA6からA1を当選させる目的をもって,A1への投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬として供与されるものであることを知りながら,同年2月上旬頃,A7宅において,現金6万円の供与を受けたというものである。
ツ その余の事件の不起訴処分等
検察官は,平成15年12月26日,本件公職選挙法違反事件のうち,A6焼酎4月22日捜査事件,A6焼酎5月18日捜査事件及び4回目会合等6月25日捜査事件のうち,A44を被疑者とするもの並びに1回目会合6月29日捜査事件,4回目会合7月24日捜査事件及びA6焼酎9月9日捜査事件について,いずれも不起訴処分とした。
本件不起訴等原告らについての事件を含むその他の本件公職選挙法違反事件も,同日までに不起訴処分とされたか,又は検察官に事件送致がされるに至らなかった。(甲総第3号証,甲総第664号証,弁論の全趣旨)
(9)  本件不起訴等原告ら,志布志署の取調室の概要,取調べノート等
(甲総第139号証,甲総第149号証,甲総第230号証の1,甲総第233号証の1及び2,甲総第504ないし509号証,甲総第648号証の1,甲B第2号証の3,甲D第2号証,甲E第1号証ないし3号証,甲G第2号証,乙総第1号証,乙総第2号証,弁論の全趣旨)
ア 本件不起訴等原告らの取調べの日時及び任意同行の場所等
(ア) 原告X1の取調べ
原告X1は,本件公職選挙法違反事件に関し,少なくとも,別紙1「取調べ時間等一覧表」の原告番号欄1の各取調日欄記載のとおり,平成15年5月18日から同年7月31日までのうちの合計11日間に,同別表の各取調べ場所欄記載のとおり,志布志署及び串間警察署において,同別表の各取調べ時間欄記載の時間にわたって,本件現地本部の取調べを受けた。
(イ) 原告X2の取調べ
原告X2は,本件公職選挙法違反事件に関し,少なくとも,別紙1「取調べ時間等一覧表」の原告番号欄2の各取調日欄記載のとおり,平成15年6月5日から同年7月17日までのうちの合計23日間に,各取調べ場所欄記載のとおり,志布志署及び県警鹿屋警察署において,各取調べ時間欄記載の時間にわたって,本件現地本部の任意の取調べを受けた。
原告X2は,4回目会合7月24日捜査事件において,同月24日,加治木警察署に身柄拘束され,同身柄拘束期間中の同日から同年8月12日までの間において,別紙2「原告X2逮捕後取調べ時間等一覧表」のとおり,本件現地本部及び検察官の取調べを受けた。
(ウ) 原告X3の取調べ
原告X3は,本件公職選挙法違反事件に関し,少なくとも,別紙1「取調べ時間等一覧表」の原告番号欄3の各取調日欄記載のとおり,平成15年5月11日から同年8月9日までのうちの合計14日間に,各取調べ場所欄記載のとおり,志布志署,志布志署森山駐在所及び志布志署安楽駐在所並びにA7宅において,各取調べ時間欄記載の時間にわたって,本件現地本部の取調べを受けた。
(エ) 原告X4の取調べ
原告X4は,本件公職選挙法違反事件に関し,少なくとも,別紙1「取調べ時間等一覧表」の原告番号欄4の各取調日欄記載のとおり,平成15年6月5日から同年8月2日までのうちの合計13日間に,各取調べ場所欄記載のとおり,志布志署及び長崎税関鹿児島支所志布志出張所において,各取調べ時間欄記載の時間にわたって,本件現地本部の取調べを受けた。
(オ) 原告X5の取調べ
原告X5は,本件公職選挙法違反事件に関し,少なくとも,別紙1「取調べ時間等一覧表」の原告番号欄5の各取調日欄記載のとおり,平成15年4月19日から同年5月27日までのうちの合計13日間に,各取調べ場所欄記載のとおり,志布志署及び志布志署関屋口交番(以下「関屋口交番」という。)において,各取調べ時間欄記載の時間にわたって,本件現地本部の取調べを受けた。
(カ) 原告X6の取調べ
原告X6は,本件公職選挙法違反事件に関し,少なくとも,別紙1「取調べ時間等一覧表」の原告番号欄6の各取調日欄記載のとおり,平成15年6月5日から同年8月2日までのうちの合計5日間に,各取調べ場所欄記載のとおり,志布志署,関屋口交番,社団法人八日会藤元早鈴病院(以下「藤元早鈴病院」という。)及び原告X6の自宅において,各取調べ時間欄記載の時間にわたって,本件現地本部の取調べを受けた。
(キ) 原告X7の取調べ
原告X7は,少なくとも,別紙1「取調べ時間等一覧表」の原告番号欄6の各取調日欄記載のとおり,平成15年4月22日から同年5月16日までのうちの合計7日間に,各取調べ場所欄記載のとおり,志布志署及び志布志署安楽駐在所において,各取調べ時間欄記載の時間にわたって,本件現地本部の取調べを受けた。
イ 志布志署の取調室の概要等
(ア) 志布志署の取調室
志布志署の取調室は,平成15年当時,2階建ての志布志署の2階生活安全課の一角に位置し,3つの取調室が並列して設置されており,一番外側の取調室以外,窓はない。
取調室の内部は,3畳間より少し広く,入口付近に補助官の使用する机及び椅子が,中央付近に取調官と被疑者等が使用する机があり,入口から見て奥側に被疑者等の使用する椅子が,手前側に取調官が使用する椅子がそれぞれ設置されていた。入口のドアは,補助官が椅子に座ったままの状態であれば,開閉することがができない状態であった。
(イ) 関屋口交番
関屋口交番は,志布志市中心部にある交番であり,取調べに使用する部屋の窓は公道に接している。
ウ 取調ベノート等の作成状況
(ア) A6等
A6は,本件公職選挙法違反事件に係る身柄拘束中,宮崎県弁護士会所属の弁護士D1(以下「D1弁護士」という。)の指示で,A6が受けた取調べ内容等を記載したノート(以下「A6ノート」という。)を作成していた。
(イ) 亡A36
亡A36は,本件公職選挙法違反事件について任意同行に応じて取調べを受けていた期間中,亡A36が受けた取調べ内容等を記載したノート(以下「A36ノート」という。ただし,同期間中のどの時点からA36ノートの作成を始めたかについては争いがある。)を作成していた。
(ウ) A29
A29は,本件公職選挙法違反事件に係る身柄拘束中,A29が受けた取調べ内容等を記載したノート(以下「A29ノート」という。)を作成していた。
(エ) A2
A2は,本件公職選挙法違反事件に係る身柄拘束中,A2が受けた取調べ内容等を記載したノート(以下「A2ノート」という。)を作成していた。
(オ) A15
A15は,本件公職選挙法違反事件に係る身柄拘束中,鹿児島県弁護士会所属の弁護士D2(以下「D2弁護士」という。)宛に,数日ないし1週間程度の間のA15が受けた取調べ内容等を記載した手紙(以下「A15書簡」という。)を送付していた。
(カ) 原告X4
原告X4は,本件公職選挙法違反事件に係る取調べを受けていた期間中,原告X4の取調べの状況,体調等を記載したノート(以下「X4ノート」という。)を作成していた。
(10)  本件刑事事件における公判期日の経緯等
ア 平成15年7月3日から同年10月17日までの罪状認否,弁論の分離及び併合等に係る審理の経緯等
裁判所は,平成15年7月3日,第1次刑事事件につき,第1回公判期日を開廷した。
裁判所は,同日以降,順次起訴された本件刑事事件について,被告人の認否の態様等により,複数のグループに分けて審理を進めたが,その後,被告人の全てが本件刑事事件に係る各公訴事実を全て否認するに至ったため,同年10月17日までに,第1次刑事事件にその余の本件刑事事件を順次併合して(以下,第1次刑事事件に,その余の各事件の弁論の併合が順次されたものについて,第1次刑事事件と各被併合事件とを併せて,その弁論の併合の前後で特に区別せずに,単に「第1次刑事事件等」という。),本件刑事事件の審理を進めた。(甲総第63号証の49,同69ないし75,同99ないし111,同117,同121,同123,同124ないし126,同2715ないし2718,同2719の1及び2,同2722,同2725,同2726,同2906,同2907の1及び2,同2908ないし2912,同2913の1及び2,同2917,同2920,同2921,弁論の全趣旨)
イ 平成15年10月17日から平成16年1月16日までの検察官の請求に係る書証の取調べ及び職権による被告人質問等に係る審理の経緯等
裁判所は,平成15年10月17日,第1次刑事事件等について,第8回公判期日を開廷し,亡A34を除く別件無罪原告らに対する審理を行った。
裁判所は,同公判期日から,職権で順次,A6,A14,A20,A22,A23及び亡A36に対する被告人質問を開始した。
裁判所は,同月22日,職権で第1次刑事事件等に第5次刑事事件3の弁論を併合することを決定し,同月31日,第1次刑事事件等について,第9回公判期日を開廷して,別件無罪原告らに対する審理を継続した。
裁判所は,同年11月12日から平成16年1月16日にかけて,第1次刑事事件等につき,第10回公判期日から第14回公判期日までを開廷し,検察官の請求に係る別件無罪原告らの捜査段階の供述調書等の書証についての同意の有無の確認,同意のあった書証の取調べのほか,職権でA6,A14,A20,A22,A23及び亡A36に対する各被告人質問等の証拠調べ手続を行った。上記各被告人質問は,平成15年12月26日に行われた本件第1次刑事事件等の第13回公判期日で終了した。(甲総第63号証の127,同130ないし132,同136ないし140,同215ないし220)
ウ 平成16年2月4日から平成17年5月27日までの証人尋問等の検察官立証に係る審理の経緯等
裁判所は,平成16年2月4日から平成17年5月27日にかけて,第1次刑事事件等につき,第15回公判期日から第40回公判期日までを開廷し,別件無罪原告らの取調べを担当した警察官及び検察官並びに目撃者等に対する検察官の請求に係る証人尋問等の証拠調べ手続を行った。
C6検事は,平成16年9月24日に行われた第1次刑事事件等の第27回公判期日において,裁判所の求釈明に対する回答として,本件刑事事件における各公訴事実に関し,平成15年2月上旬頃とする1回目会合の開催時期は,同月8日頃のことであること,同年3月下旬頃とする4回目会合の開催時期は,同月24日頃のことであること,同年2月下旬頃及び同年3月中旬頃とする2回目会合及び3回目会合の開催時期は,これ以上の特定ができないことを釈明した。
裁判所は,平成17年5月27日の第1次刑事事件等の第40回公判期日において,同月24日,亡A36が死亡したことから,第1次刑事事件等から亡A36に対する事件の弁論を分離し,同事件につき,次回期日を追って指定とした。(甲総第63号証の141,同142,同145,同148ないし151,同153ないし159,同162ないし165,同167ないし173,同176,同178,同215ないし220)
エ 平成17年6月29日から平成18年7月27日までの証人尋問等の弁護人立証に係る審理の経緯等
裁判所は,平成17年6月29日から平成18年7月27日にかけて,第1次刑事事件等につき,第41回公判期日から第51回公判期日までを開廷し,A1のアリバイの成否等に係る弁護人側の立証として,書証の取調べ及び目撃者の証人尋問等の証拠調べを行った。
C2検事は,平成17年7月15日の第1次刑事事件等の第42回公判期日において,第41回公判期日における弁護人らの求釈明に対する回答として,本件刑事事件の各公訴事実につき,1回目会合の開催日が平成15年2月8日,4回目会合の開催日が同年3月24日であることを釈明した。(甲総第63号証の179ないし181,同183,同184,同186ないし188,同191ないし194,同201)
オ 平成18年9月29日から同年11月7日までの論告及び弁論に係る審理の経緯等
裁判所は,第1次刑事事件等につき,平成18年9月29日,第52回公判期日を開催し,検察官の論告及び求刑を,同年11月7日,第53回公判期日を開廷し,弁護人らの弁論及び被告人らの最終陳述を行った。(甲総第63号証の204ないし209)
(11)  本件無罪判決の言渡しとその骨子等
(甲総第2号証,甲総第63号証の210,同2386)
ア 公訴棄却の決定
裁判所は,平成17年6月7日,亡A36に対する本件刑事事件につき,公訴棄却の決定をして,同決定の謄本は,同日,亡A36の弁護人に送達された。
イ 無罪判決の言渡し
裁判所は,平成19年2月23日,第1次刑事事件等につき,第54回公判期日を開廷し,亡A36を除く別件無罪原告らに対し,いずれも無罪とする判決を言い渡した。
ウ 本件無罪判決の理由
裁判所は,本件無罪判決において,別件無罪原告らをいずれも無罪とした理由として,別件無罪原告らのうちのA6,A14,A22,A23,亡A36及びA20の捜査段階での自白及びA6,A22及びA20の本件刑事事件の公判廷における自白が,以下の理由により信用できず,他に公訴事実を認めるに足りる証拠はないと判示した。
① 自白では本件買収会合の全てに出席していたとされるA1には,1回目会合があったとされる日時に,m中学校の同窓新年会(以下「本件新年会」という。)に出席していたという事実が認められ,A1には1回目会合事件についてアリバイが成立し,4回目会合があったとされる日時に,旧志布志町内のホテルで開催された同町内の上小西自治会の懇親会(以下「本件懇親会」という。)に出席して挨拶し,その後,旧有明町鍋集落に挨拶回りをしていたという事実が認められ,A1には4回目会合事件についてアリバイが成立する。したがって,1回目会合と4回目会合にA1が出席して現金を供与したという自白は信用することができない。さらに,本件刑事事件における4回の本件買収会合は,いずれも密接に関連し合うものであるから,2回目会合及び3回目会合に関する部分の信用性も大きく減殺される。
② 本件買収会合が開かれたとされるのは,わずか7世帯しかない集落であるが,このような小規模の集落において,ほぼ同じ顔ぶれの買収会合を開き多額の現金を供与することに選挙運動として果たしてどれほどの実効性があるのか,実際にそのような多額の現金を供与したのか疑問があり,これらの自白の内容は不自然・不合理である。
③ これらの自白において供与されたとされる現金については,その原資が全く解明されておらず,供与後における使途も不明であるなどの客観的証拠の裏付けを欠いている。むしろ客観証拠に反する内容の供述も少なからず存在している。
④ 自白した被告人らの供述は,合理的理由のない変遷をしている上,その変遷の過程で,それぞれの供述が相互に影響を及ぼし合っていたことが強く疑われ,被告人らが連日のように極めて長時間の取調べを受け,捜査官から執拗に追及されたため,苦し紛れに供述したり,捜査官の誘導する事実をそのまま受け入れたりした結果,このような供述経過になったと見る余地が多分にある。
(12)  A6,A14,A20,A22,A23及び亡A36の弁護人の選任状況等
ア A6の弁護人
(ア) A6焼酎4月22日捜査事件における私選弁護人の選任
A10は,平成15年4月22日,A6焼酎4月22日捜査事件につき,D1弁護士をA6の弁護人に選任した。(甲総第512号証,甲総第513号証)
(イ) 1回目会合5月13日捜査事件における私選弁護人の選任
A6は,平成15年5月14日,A6に対する1回目会合5月13日捜査事件につき,D1弁護士から紹介された鹿児島県弁護士会所属の弁護士D3(以下「D3弁護士」という。)を弁護人に選任した。A6は,同月21日,同事件について,D1弁護士を弁護人に選任し,A6は,同年6月4日,第1次刑事事件の主任弁護人として,D1弁護士を選任した。(甲総第63号証の2102ないし2104)
(ウ) 本件刑事事件における私選弁護人の解任
A6は,平成15年6月19日,A6に対する第1次刑事事件につき,D1弁護士及びD3弁護士をいずれも弁護人から解任した。(甲総63号証の2105,同2106)
(エ) 本件刑事事件における国選弁護人の選任
裁判官C12(以下「C12裁判官」という。)は,平成15年6月19日,A6に対する第1次刑事事件につき,鹿児島県弁護士会所属の弁護士D4(以下「D4弁護士」という。)を国選弁護人に選任した。(甲総第63号証の2109)
(オ) 本件刑事事件における国選弁護人の解任命令
C12裁判官は,平成15年7月3日,第1次刑事事件の第1回公判期日の開廷予定時刻の1時間ほど前に,検察官から,同公判期日において,D4弁護士について国選弁護人の解任の職権発動の促しをすることの予告を受け,同月4日,D4弁護士から意見聴取をした上,同月7日,A6に対する第1次刑事事件につき,D4弁護士を国選弁護人から解任した(以下「D4弁護士解任命令」という。)。(甲総第63号証の2110,同2111,同2169,同2170,弁論の全趣旨)
(カ) 本件刑事事件における新たな国選弁護人の選任及び主任弁護人の指定
裁判官C13(以下「C13裁判長」という。)は,平成15年7月8日,A6に対する第1次刑事事件を審理する合議体の裁判長として,いずれも鹿児島県弁護士会所属の弁護士D5(以下「D5弁護士」という。)及び弁護士D6(以下「D6弁護士」という。)を国選弁護人に選任した。(甲総63号証の2112ないし2114)
イ A14の弁護人
(ア) 1回目会合5月13日捜査事件における私選弁護人の選任
A14は,平成15年5月15日,A14に対する1回目会合5月13日捜査事件につき,鹿児島県弁護士会所属の弁護士D7(以下「D7弁護士」という。)を弁護人に選任した。(甲総第63号証の2115)
(イ) 本件刑事事件における私選弁護人の解任
A14は,平成15年6月19日,A14に対する第1次刑事事件につき,D7弁護士を弁護人から解任した。(甲総第63号証の2116)
(ウ) 本件刑事事件における新たな私選弁護人の選任
A14は,平成15年6月20日,A14に対する第1次刑事事件につき,D2弁護士を弁護人に選任した。(甲総第63号証の2118)
(エ) 本件刑事事件における私選弁護人の追加の選任
A14は,平成16年4月7日,A14に対する本件刑事事件につき,鹿児島県弁護士会所属の弁護士D8(以下「D8弁護士」という。)を弁護人に選任した。(甲総第63号証の2119,同2110)
ウ A20の弁護人
(ア) 1回目会合5月13日捜査事件における私選弁護人の選任
A20は,平成15年5月14日,A20に対する1回目会合5月13日捜査事件につき,いずれも鹿児島弁護士会所属の弁護士D9(以下「D9弁護士」という。),弁護士D10(以下「D10弁護士」という。)及び弁護士D11(以下「D11弁護士」という。)をA20の弁護人に選任した。(甲総第63号証の2121)
(イ) 本件刑事事件における私選弁護人の辞任
D9弁護士,D10弁護士及びD11弁護士は,平成15年6月4日,A20に対する第1次刑事事件につき,いずれも弁護人から辞任した。(甲総第63号証の2122)
(ウ) 本件刑事事件における国選弁護人の選任
C12裁判官は,平成15年6月9日,A20に対する第1次刑事事件につき,鹿児島県弁護士会所属の弁護士D12(以下「D12弁護士」という。)を国選弁護人に選任した。(甲総第63号証の2124)
(エ) 本件刑事事件における新たな私選弁護人の選任と国選弁護人の解任
A20は,平成15年8月26日,A20に対する本件刑事事件につき,鹿児島弁護士会所属の弁護士D13(以下「D13弁護士」という。)を弁護人に選任した。
C13裁判長は,同日,A20に対する本件刑事事件につき,D12弁護士を国選弁護人から解任した。(甲総第63号証の2125,同2126)
(オ) 本件刑事事件における私選弁護人の追加の選任
A20は,平成16年6月9日,A20に対する本件刑事事件につき,D8弁護士を弁護人に選任した。(甲総第63号証の154,同2128)
(カ) 本件刑事事件における主任弁護人の死亡
D13弁護士は,平成18年6月5日,死亡した。(甲総第63号証の2129)
エ A22の弁護人
(ア) 1回目会合5月13日捜査事件における私選弁護人の選任
A22は,平成15年5月22日,A22の1回目会合5月13日捜査事件につき,D7弁護士を弁護人に選任した。(甲総第63号証の2130)
(イ) 本件刑事事件における私選弁護人の解任
A22は,平成15年6月9日,A22に対する第1次刑事事件につき,D7弁護士を弁護人から解任した。(甲総第63号証の2131)
(ウ) 本件刑事事件における国選弁護人の選任
C12裁判官は,平成15年6月12日,A22に対する第1次刑事事件につき,鹿児島県弁護士会所属の弁護士D14(以下「D14弁護士」という。)を国選弁護人に選任した。(甲総第63号証の2133)
(エ) 本件刑事事件における国選弁護人の解任命令
C12裁判官は,平成15年7月3日,第1次刑事事件の第1回公判期日の開廷予定時刻の1時間ほど前に,検察官から,同公判期日において,D14弁護士について国選弁護人の解任の職権発動の促しをすることの予告を受け,同月4日,D14弁護士から意見聴取をした上,同月7日,A22に対する第1次刑事事件につき,D14弁護士を国選弁護人から解任した(以下「D14弁護士解任命令」といい,D4弁護士解任命令と併せて「本件国選弁護人解任命令」という。)。(甲総第63号証の2134,同2135,同2169,同2170,弁論の全趣旨)
(オ) 本件刑事事件における新たな国選弁護人の選任
C13裁判長は,平成15年7月8日,A6に対する第1次刑事事件につき,いずれも鹿児島県弁護士会所属の弁護士D15(以下「D15弁護士」という。)及び弁護士D16(以下「D16弁護士」という。)をA6の国選弁護人に選任し,D15弁護士とD16弁護士は,同月11日,主任弁護人としてD16弁護士を指定した。(甲総第63号証の2112ないし2114)
(カ) 本件刑事事件における国選弁護人からの解任命令の職権発動を促す申出
D15弁護士は,平成15年7月31日,裁判所に対し,国選弁護人の解任を希望する上申書を提出し,その理由として,A22の弁護方針についての意向は,公訴事実を認め,可能な限り早い保釈許可決定の獲得と,可能な限り早い審理の終結を目指すというものである一方,A22が公訴事実を認めることは真実に反するものであって,無実の者を有罪とする弁護活動を行うことはできず,今後,被告人であるA22との間で信頼関係を失う可能性が高いことを記載したが,裁判所は,D15弁護士の解任は行わなかった。(甲総第63号証の2139,弁論の全趣旨)
オ A23の弁護人
(ア) 4回目会合等6月25日捜査事件における私選弁護人の指定
A23は,平成15年7月2日,A23に対する4回目会合等6月25日捜査事件につき,鹿児島県弁護士会所属の弁護士D17(以下「D17弁護士」という。)を弁護人に選任した。(甲総第63号証の3055)
(イ) 本件刑事事件における国選弁護人選任の意向の明示等
A23は,平成15年7月24日,裁判所に対し,弁護人選任に関する回答書において,第2次刑事事件1につき,私選弁護人を選任せず,国選弁護人の選任を請求する旨の意向を明らかにしたが,その後,引き続き,D17弁護士がA23の弁護人を受任した。(甲総第63号証の3056,甲総第156号証の321)
(ウ) 本件刑事事件における私選弁護人の追加の選任
A23は,平成15年9月19日,A23に対する本件刑事事件につき,鹿児島弁護士会所属の弁護士D18(以下「D18弁護士」という。)を弁護人に選任した。
A23は,平成17年10月21日,A23に対する本件刑事事件につき,D19弁護士を弁護人に選任した。(甲総第63号証の2157,同2158,同3057,同3068)
カ 亡A36の弁護人
(ア) 1回目会合5月13日捜査事件における私選弁護人の選任
亡A36は,平成15年5月21日,亡A36の1回目会合5月13日捜査事件につき,D17弁護士を弁護人に選任した。(甲総第63号証の2130)
(イ) 本件刑事事件における私選弁護人の追加の選任
A39は,平成15年7月17日,亡A36の子として,亡A36に対する本件刑事事件につき,D4弁護士を亡A36の弁護人に選任した。(甲総第63号証の2141ないし2143)
(13)  本件刑事事件に関する被疑者補償規定に基づく補償金の受給
裁判所は,平成19年10月22日,被疑者補償規定に基づく補償金として,原告X2に対し,26万2500円を交付することを決定し,原告X2は,その後,同補償金の交付を受けた。(甲総第18号証)
(14)  被告に対する催告及び本件訴訟の提起等
ア 被告に対する催告
本件不起訴等原告らは,平成18年4月27日,被告に対し,内容証明郵便により,県警の本件不起訴等原告らに対する本件公職法違反事件に係る違法捜査があったと主張して,国家賠償法1条1項に基づき,精神的苦痛に対する慰謝料として原告1人につき300万円及びそれらの弁護士費用相当額の損害賠償の各支払を求める催告をした。(甲総第1号証の1及び2)
イ 本件訴訟の提起
本件不起訴等原告らは,平成18年10月27日,裁判所に対し,本件訴訟を提起した。(顕著な事実)
3  法令の規定等
(1)  犯罪捜査規範
ア 犯罪捜査規範の制定
犯罪捜査規範(昭和32年7月11日国家公安委員会規則第2号)は,国家公安委員会が,その所掌事務について,法律,政令又は内閣府令の特別の委任に基づいて,国家公安委員会規則を制定することができる旨規定した警察法(昭和29年6月8日法律第162号)12条に基づき制定された国家公安委員会規則である。
これは,警察職員の勤務及び活動の基準としての性質を有するものであり,その内容は,都道府県警内において適用される性質の犯罪捜査に関する規定をまとめたものであって,国家公安委員会の警察行政に関する調整として,都道府県警が主体的に行う事項に対して,警察の特殊的性格に基づき,国家的,全国的見地から基準を設定するために設けられたものであり,直ちに都道府県警を拘束するものと解されている。
イ 本件と関連性を有する犯罪捜査規範の規定の内容
(ア) 目的
第1条 この規則は,警察官が犯罪の捜査を行うに当つて守るべき心構え,捜査の方法,手続その他捜査に関し必要な事項を定めることを目的とする。
(イ) 警察本部長
第16条 警察本部長(警視総監または道府県警本部長をいう。以下同じ。)は,捜査の合理的な運営と公正な実施を期するため,犯罪の捜査について,全般の指揮監督に当るとともに,職員の合理的配置,その指導教養の徹底,資材施設の整備等捜査態勢の確立を図り,もつてその責に任ずるものとする。
(ウ) 捜査担当部課長
第17条 刑事部長,警備部長その他犯罪の捜査を担当する部課長は,警察本部長を補佐し,その命を受け犯罪の捜査の指揮監督に当るものとする。
(エ) 警察署長
第18条 警察署長は,その警察署に関し,犯罪の捜査の指揮監督に当るとともに,捜査の合理的な運営と公正な実施について,警察本部長に対しその責に任ずるものとする。
(オ) 捜査指揮
第19条 前3条に規定する犯罪の捜査の指揮については,常にその責任を明らかにしておかなければならない。
2 警察本部長または警察署長が直接指揮すべき事件および事項ならびに指揮の方法その他事件指揮簿の様式等は,警察本部長の定めるところによる。
(カ) 捜査主任官
第20条 警察本部長又は警察署長は,当該事件の捜査につき,捜査主任官を指名するものとする。
2 捜査主任官は,第16条から前条まで(警察本部長,捜査担当部課長,警察署長,捜査指揮)の規定により指揮を受け,当該事件の捜査につき,次に掲げる職務を行うものとする。
一 捜査すべき事項及び捜査員の任務分担を定めること。
二 押収物及びその換価代金の出納を承認し,これらの保管の状況を常に把握すること。
三 第3章第5節(捜査方針)の規定により捜査方針を立てること。
四 捜査員に対し,捜査の状況に関し報告を求めること。
五 留置施設に留置されている被疑者(第136条の2(引き当たり捜査の際の注意)第一項において「留置被疑者」という。)に関し同項の計画を作成する場合において,留置主任官(被留置者の留置に関する規則(平成19年国家公安委員会規則第11号)第4条第1項に規定する留置主任官をいう。第136条の2第1項において同じ。)と協議すること。
六 被疑者の取調べその他の捜査の適正な遂行並びに被疑者の逃亡及び自殺その他の事故の防止について捜査員に対する指導教養を行うこと。
七 前各号に掲げるものほか,法令の規定によりその権限に属させられ,又は警察本部長若しくは警察署長から特に命ぜられた事項
3 警察本部長又は警察署長は,第1項の規定により捜査主任官を指名する場合には,当該事件の内容並びに所属の職員の捜査能力,知識経験及び職務遂行の状況を勘案し,前項に規定する職務を的確に行うことができると認められる者を指名しなければならない。
4 捜査主任官が交代する場合には,関係書類,証拠物等の引継ぎを確実に行うとともに,捜査の状況その他必要な事項を明らかにし,事後の捜査に支障を来すことのないようにしなければならない。
(キ) 捜査本部
第22条 重要犯罪その他事件の発生に際し,特に,捜査を統一的かつ強力に推進する必要があると認められるときは,捜査本部を設置するものとする。
2 捜査本部の設置及び解散並びに捜査本部の長及び編成は,警察本部長が命ずる。
3 捜査本部長は,命を受け,捜査本部に所属する職員を指揮監督する。
4 捜査本部を設置した事件の捜査については,すべて捜査本部長の統制に従うものとし,他の警察署において当該事件に関する捜査資料を得たときは,速やかに捜査本部に連絡しなければならない。
(ク) 任意出頭
第102条 任意出頭を求めるには,出頭すべき日時,場所,用件その他必要な事項を明らかにし,なるべく呼出状(別記様式第7号(省略))によらなければならない。この場合において,被疑者又は重要な参考人の任意出頭については,警察本部長又は警察署長に報告して,その指揮を受けなければならない。
2 被疑者その他の関係者に対して任意出頭を求める場合には,呼出簿(別記様式第八号(省略))に所要事項を記載して,その処理の経過を明らかにしておかなければならない。
(ケ) 取調べの心構え
第166条 取調べに当たつては,予断を排し,被疑者その他関係者の供述,弁解等の内容のみにとらわれることなく,あくまで真実の発見を目標として行わなければならない。
(コ) 取調べにおける留意事項
第167条 取調べを行うに当たつては,被疑者の動静に注意を払い,被疑者の逃亡及び自殺その他事故を防止するように注意しなければならない。
2 取調べを行うに当たつては,事前に相手方の年令,性別,境遇,性格等を把握するように努めなければならない。
3 取調べに当たつては,冷静を保ち,感情にはしることなく,被疑者の利益となるべき事情をも明らかにするように努めなければならない。
4 取調べに当たつては,言動に注意し,相手方の年令,性別,境遇,性格等に応じ,その者にふさわしい取扱いをする等その心情を理解して行わなければならない。
5 警察官は,常に相手方の特性に応じた取調べ方法の習得に努め,取調べに当たつては,その者の特性に応じた方法を用いるようにしなければならない。
(サ) 任意性の確保
第168条 取調べを行うに当たつては,強制,拷問,脅迫その他供述の任意性について疑念をいだかれるような方法を用いてはならない。
2 取調べを行うに当たつては,自己が期待し,又は希望する供述を相手方に示唆する等の方法により,みだりに供述を誘導し,供述の代償として利益を供与すべきことを約束し,その他供述の真実性を失わせるおそれのある方法を用いてはならない。
3 取調べは,やむを得ない理由がある場合のほか,深夜に又は長時間にわたり行うことを避けなければならない。
(シ) 精神又は身体に障害のある者の取調べにおける留意事項
第168条の2 精神又は身体に障害のある者の取調べを行うに当たつては,その者の特性を十分に理解し,取調べを行う時間や場所等について配慮するとともに,供述の任意性に疑念が生じることのないように,その障害の程度等を踏まえ,適切な方法を用いなければならない
(ス) 自己の意思に反して供述をする必要がない旨の告知
第169条 被疑者の取調べを行うに当たつては,あらかじめ,自己の意思に反して供述する必要がない旨を告げなければならない。
2 前項の告知は,取調べが相当期間中断した後再びこれを開始する場合又は取調べ警察官が交代した場合には,改めて行わなければならない。
(セ) 臨床の取調べ
第172条 相手方の現在する場所で臨床の取調べを行うに当たつては,相手方の健康状態に十分の考慮を払うことはもちろん,捜査に重大な支障のない限り,家族,医師その他適当な者を立ち会わせるようにしなければならない。
(ソ) 裏付け捜査及び供述の吟味の必要
第173条 取調べにより被疑者の供述があつたときは,その供述が被疑者に不利な供述であると有利な供述であるとを問わず,直ちにその供述の真実性を明らかにするための捜査を行い,物的証拠,情況証拠その他必要な証拠資料を収集するようにしなければならない。
2 被疑者の供述については,事前に収集した証拠及び前項の規定により収集した証拠を踏まえ,客観的事実と符合するかどうか,合理的であるかどうか等について十分に検討し,その真実性について判断しなければならない。
(タ) 供述調書
第177条 取調べを行つたときは,特に必要がないと認められる場合を除き,被疑者供述調書又は参考人供述調書を作成しなければならない。
2 被疑者その他の関係者が,手記,上申書,始末書等の書面を提出した場合においても,必要があると認めるときは,被疑者供述調書又は参考人供述調書を作成しなければならない。
(2)  細則
ア 細則の制定
県警においては,犯罪捜査規範19条2項の規定に基づき,細則が制定された。
イ 警察本部長が指揮する事件
細則7条1項は,本部長指揮事件とすべき事件の類型とともに,①捜査の着手または他の捜査機関との間の事件の移送及び引継ぎ,②捜査本部の開設および解散,③捜査方針の樹立および変更,④被疑者及び重要参考人の任意出頭,⑤被疑者の逮捕の要否,⑥逮捕した被疑者の身柄処置,⑦捜索差押,身体検査,検証ならびに鑑定処分の要否および鑑定嘱託事項,⑧捜査の中止または継続捜査の要否,⑨事件の送致または送付等をその指揮すべき事項として規定している。また,本部長指揮事件とすべき事件は,「犯罪の主体」,「犯罪の種類及び程度」,「犯罪対象」によって区分・類型化されており,公職選挙法違反事件は,「犯罪の種類及び程度」の項において本部長指揮事件として掲げられている。
ウ 指揮伺いの方法等
細則8条1項は,指揮伺いの方法等については,緊急を要し,または警察本部長が不在その他の理由により,前条に規定する指揮を受けることができないときは,当該事件の警察本部主管部長が代わって指揮し,事後すみやかに警察本部長の承認を受けるものとする旨,同条2項は,本部長指揮事件のうち,すでに警察本部長の指揮を受けた事件であって,比較的軽微な事件の定型的な指揮事項については,警察本部主管部長において専決することができる旨,細則9条は,警察署長が,本部長指揮事件について警察本部長の指揮を受ける場合には,主管課長を経て,指揮を受けようとする事項を明らかにして,伺いをしなければならない旨,細則10条は,主管課長が,前条の指揮伺いがあったときは,所定の様式の本部長事件指揮簿に登載の上,順を経て,警察本部長の指揮を受けなければならない旨を規定している。
エ 捜査本部の設置
細則23条1項は,捜査本部の設置について,警察本部長が,重要犯罪その他事件の発生に際し,特に捜査を統一的かつ強力に推進する必要があると認めたときは,犯罪捜査規範第22条に規定する捜査本部を開設するものとする旨,同条2項は,警察本部長が,①殺人,強盗,強かん,放火等の凶悪事件及び略取誘拐事件のうち重要なもの,②大規模な業務上過失致死事件のうち重要なもの,③大型の知能犯事件,大規模な暴力団事件及び警備事件のうち重要なもの等の重要犯罪その他事件のうち社会的反響の大きい重要事件又はこれに発展するおそれのある事件で,特に捜査を統一的かつ強力に推進する必要があると認めたときは,捜査本部を開設しなければならない旨,同条3項は,捜査本部を原則として所轄署に設置するものとする旨を規定し,細則24条は,警察本部長が,捜査本部を開設するときは,自ら捜査本部長となる場合を除き,原則として,当該上記事件の捜査を主管する警察本部の部長を捜査本部長に充てるものとする旨,細則25条1項は,捜査本部に,捜査副本部長,事件主任官,広報担当官,捜査班運営主任官等を置く旨,同条2項は,捜査本部長が,捜査本部の運営上必要があると認めるときは,当該捜査本部に捜査本部長付,特命主任官,事件主任官付又は捜査班運営主任官付を置くことができる旨,同条3項は,捜査本部には,必要に応じ,①総務班,②捜査班,③鑑識班,④庶務班,⑤その他捜査本部長が必要と認める班を編制し,班長及び班員は,捜査本部長が警察本部長の承認を得て指名するものとする旨を規定している。
4 争点
(1)  県警が本件不起訴等原告らに対して合理的な理由のない捜査を行った違法性の有無
ア A6焼酎事件の初動捜査以前の段階で捜査を終了せず,探索的な捜査を継続したことによる本件不起訴等原告らに対する捜査の違法性の有無
イ A6焼酎事件の初動捜査及び第1次強制捜査における別件無罪原告らの不合理な供述に基づいた本件不起訴等原告らに対する捜査の違法性の有無
ウ 本件買収会合事件の初動捜査及び第2次強制捜査以降における別件無罪原告らの不合理な供述に基づいた本件不起訴等原告らに対する捜査の違法性の有無
エ 端緒及び嫌疑をねつ造して行ったX1・20万円事件の捜査の違法性の有無
(2)  県警の本件不起訴等原告らに対する捜査の態様面における違法性の有無
ア 原告X1に対する捜査の態様面における違法性の有無
イ 原告X2に対する捜査の態様面における違法性の有無
ウ 原告X3に対する捜査の態様面における違法性の有無
エ 原告X4に対する捜査の態様面における違法性の有無
オ 原告X5に対する捜査の態様面における違法性の有無
カ 原告X6に対する捜査の態様面における違法性の有無
キ 原告X7に対する捜査の態様面における違法性の有無
(3)  本件不起訴等原告らの損害の発生の有無及びその額
(4)  消滅時効の成否
5 事実経過について当事者の主張等
本件不起訴等原告らの事実経過についての主張は,別紙3「不起訴国賠訴訟・事実経過」(ただし,本件不起訴等原告らに対する各取調べ期間及び取調べ時間の記載並びに経済的損害についての部分は除く。)に記載のとおりである。
上記記載の下線部を付した事実に関しては,本件不起訴等原告ら及び被告との間において,争いがない。
また,本件不起訴等原告らの各論に関する主張は,別紙4「原告の主張対照表各論に対する被告の認否」の原告番号1ないし原告番号7における原告欄記載のとおりであり,被告の各論に関する主張は,同被告欄記載のとおりである。
上記記載の下線部を付した事実に関しては,本件不起訴等原告ら及び被告との間において,争いがない。
6 争点に対する当事者の主張
(1)  争点(1)ア(A6焼酎事件の初動捜査以前の段階で捜査を終了せず,探索的な捜査を継続したことによる本件不起訴等原告らに対する捜査の違法性の有無)
ア 本件不起訴等原告らの主張
(ア) 総論(背景事情と本件訴訟の意義)
a 予断偏見の下での県警の暴走と長期間・長時間にわたる密室取調べ
本件公職選挙法違反事件は,3年8か月にわたる審理の結果,本件買収会合が一度もなかったとして完全無罪となったが,これは捜査初期の段階から無罪となるのは当然の案件であり,本件公職選挙法違反事件は,事件そのものがなく,A6が13名の選挙民に対して焼酎と現金を配ったとするA6焼酎事件も事件そのものが存在しなかった。そうであるのに,受供与の事実がないA6焼酎事件の自白調書や,一度もなかった本件買収会合が4回も開かれたとする内容の自白調書が,密室取調べにより大量に作成された。
嫌疑を裏付ける証拠は,何もないことが判明し,捜査の継続により,むしろ消極証拠が多数,収集保全されたところ,消極証拠を無視し,長期間・長時間にわたる密室取調べで生成された自白証拠が,裏付け捜査の結果,客観的証拠と矛盾し,あるいは自白者相互の供述が矛盾していったことから,捜査を断念するべきであったにもかかわらず,県警ないし本件現地本部は,捜査を継続したものであって,これが故意であれ,過失であれ,国家賠償法上違法であったところ,これらの行為により本件不起訴等原告らまでが取調べを受けるなど多大な損害を被った。
b 本件訴訟の意義(自白調書が生成された意味)
本件訴訟は,本件公職選挙法違反事件の意味を問う訴訟である。本件公職選挙法違反事件は,本件現地本部のB5署長及びB1警部らの捜査責任者が,本件選挙においてA1の陣営による組織的な選挙違反があったとの強い予断,何ら合理的なものではない予断を抱いていたものであり,本件公職選挙法違反事件は,別件無罪国賠訴訟における別件無罪原告らに対する捜査の経過を見ても明らかなように,着手すべきでなかったか,極めて早期に捜査を終了させるべきものであったのにこれを継続した違法があり,①自白者は,上記長期間・長時間にわたる密室取調べにおいて,犯人でもないのに,自らを犯人とする虚偽の自白をさせられ,同時に,自白者自身も,他の自白者から,犯人でないのに,共犯者としてでっち上げられた。また,②犯人でもないのに,密室取調べの影響を受けて自白者6名のうち3名が公判廷でも虚偽自白したものである。
このように,事件は全くなかったにもかかわらず,事件・会合があったとする自白調書が多数生成されたのであって,本件訴訟では,その意味を検証する必要がある。
c 共犯者供述の危険性と本件公職選挙法違反事件の特徴
一般的には,共犯者供述の危険性は,自らは犯人であるのに,他人を共犯者に仕立てて,自己の犯責を軽減しようとすることである。これは自白を得ようとする捜査官の思惑に迎合する心理とも合致する。
しかし,本件公職選挙法違反事件の特徴は,自らも全く犯罪に関わっていないのに,犯人でもないのに,他人も共犯者ではないのに,自らが犯人であると認めると同時に,他人も犯人である,他人の金銭の授受状況を目撃したなどとする虚偽自白がなされ,共犯者とともに犯行に及んだとする自白が作られたのである。もともと共犯者供述は,引っ張り込み等の危険があることから,捜査官にとっても捜査段階で相当な注意を要することは,本件公職選挙法違反事件発生当時でも強く意識され,最高裁判所の八海事件第3次最高裁判所判決(最判昭和43年10月25日)においても,共犯者供述の信用性判断に対する慎重な吟味の必要性と,それが基本的に「確実な証拠によって担保され,ほとんど動かすことのできない客観的事実と符合している必要がある」という規範を示している。
したがって,刑事事件における供述の信用性評価に当たっては,一般に,整合性があるとか,具体性・迫真性があるとか,供述内部の事情だけでは不十分であり,これを基礎づける客観的事項が十分に存在している必要があるが,類型的に危険である共犯者供述の信用性評価に当たっては,このことが更に重要であり,確実な証拠によって担保され,ほとんど動かすことができない事実によって基礎づけられなければ,たとえ主観的に信用性が高いと感じられたとしても,これを有罪の証拠とすることはできないとのであって,平成15年当時の捜査機関にとっても,上記最高裁判所判決は当然の知見であった。
d 本件公職選挙法違反事件における共犯者供述と「客観的証拠に符合」の欠如
本件公職選挙法違反事件では,共犯者供述が出た段階での裏付け捜査でも,A6焼酎事件及び本件買収会合の存在を裏付ける客観証拠は全くなく,買収金の原資,買収金の使途も全く不明のままであり,共犯者供述が出るたびに裏付け捜査を行っても,A6が配ったとされる焼酎一升瓶26本以上の購入先・取得先も,もらったとする人の焼酎瓶の行方も全く不明であり,押収した焼酎瓶から関係者の指紋も検出されず,共犯者供述は,確実な証拠によって担保されていないばかりか,裏付け捜査を進めても,買収会合の不存在を示す参加者のアリバイが次々に判明していた。
A6らの共犯者供述は,上記最高裁判所判決が求めた規範である,「客観的証拠に符合」しておらず,むしろ「ほとんど動かすことができない客観的事実」に反していることが明らかになっていったのである。
e 捜査の適法性の判断基準について
(a) 職務行為基準説及び合理的理由欠如説
捜査機関の逮捕・勾留の違法性の有無の判断基準については,最高裁判所は,公務員の職務行為について,その職務行為時を基準として,当該公務員がその法的職務義務に違反していると認められる場合に限って,国家賠償法上違法と評価されるとの立場から,無罪判決が確定したというだけで直ちに刑事司法手続が国家賠償法上違法と評価されるものではないとして(最高裁判所昭和53年10月20日第二小法廷判決・判例時報906号3頁),職務行為基準説に立つことを明らかにし,捜査機関による逮捕勾留については,留置の必要性を判断する上において,合理的根拠が客観的に欠如していることが明らかであるにもかかわらず,あえて留置したと認め得るような事情がある場合に限り,同留置について国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受ける(最高裁判所平成8年3月8日第二小法廷判決・判例時報1565号92頁)として,合理的理由欠如説に立つことを明らかにした。
(b) 任意捜査の原則
職務行為基準説及び合理的理由欠如説は任意捜査にも当てはまるというべきであるところ,刑事訴訟法197条1項は,捜査が,なるべく任意捜査の方法によって行われなければならない旨の任意捜査の原則を規定している。
(c) 捜査比例の原則
しかし,任意捜査といえども,何でも自由に許されるものではなく,捜査は,強制捜査にわたらないものであっても,少なからず人権侵害を伴うものであり,刑罰権の行使という目的との関係で,常に,捜査比例原則が妥当し,任意捜査の程度及び方法において必要な限度を超えてはならないことは当然である。
捜査機関は,適正手続に則って,捜査を遂行する義務を負っているのであるから,捜査(強制捜査,任意捜査を問わない)には,人権保障との関連で,常に,捜査比例の原則が妥当し,この比例原則に著しく違反すれば,当該捜査は違法となる。捜査比例原則は,①目的を審査する「目的適合性の原則」,すなわち,手段が目的達成のために適合的か,②手段原則である「必要性の原則」,すなわち,目的達成のための最小限の手段か,③目的と手段が不釣り合いであってはならないことを要請する「狭義の比例原則」,すなわち,侵害される利益が達成される利益と均衡しているかの3つの部分原則から成り立っているが,後2者を区別せずに「過剰の禁止原則」とも表現され,捜査は常に「必要な限度を超えてはならない」と解されているのである。
(d) 捜査比例の原則による帰結
捜査比例原則は,まず,①刑罰権行使という目的達成のために,捜査(手段)が適合的かが問題となるが,犯罪事実の存在が前提であって,犯罪事実が存在しない場合(通常の捜査官を基準として,その時点で現に収集した証拠資料及びそのときの捜査状況から収集し得た証拠資料に照らして,その合理的な判断過程から犯罪事実が存在しないという結論が導かれる判断である)には,刑罰権の発動はあり得ないのであり,目的適合性の原則から,その後の捜査は,それだけで違法となる。
次に,②刑罰権の行使という目的のために,その手段である捜査は常に必要最小限度のものでなければならず,犯罪事実の存否が明らかでない場合には,その手段が必要かが常に吟味されるべきであり,通常の捜査官の合理的な判断過程に照らし,著しく不合理であると判断され場合には,その任意同行は違法となると解すべきである。
ただ,捜査は発展的な性格を有していることから,比例原則を遵守した捜査により,一定程度有罪が見込めるほど証拠が収集された場合には,その後の捜査による人権侵害の程度も大きくなること(強制捜査に移行すること)が許されるが,他方,比例原則を遵守した捜査をしても,捜査官の主観的嫌疑に止まっている場合には,その後の捜査方法は,より必要最小限度の人権侵害しか許されないことになる。
そして,この捜査比例の原則を包含する適正手続に則って一定期間捜査を遂行しても,この主観的嫌疑が客観的嫌疑にまで高まらなかった場合には,さらに捜査官が何かないかと探索的・渉猟的な捜査を継続することは許されないものというべきである。
国家賠償法上の違法の判断基準である職務行為基準説では,適正手続に則って捜査を遂行しても犯罪事実そのものの存在が不明となっている状況にあっては,捜査官が,それ以上の捜査を継続するか否かを判断するに当たって,通常の捜査官の立場で,その時点で現に収集した証拠資料及び収集し得た証拠資料に基づき,合理的に判断すべきである。
f 任意同行を求めること自体の適法性の判断基準
被疑者に対する任意同行・取調べについても捜査比例の原則の範囲内で認められるにすぎず,その判断基準は,任意同行を求める時点で,警察署の取調室に同行して,任意に取り調べる必要性・合理性,具体的には事案の重大性,嫌疑の合理性・相当性,証拠保全の緊急性,取調べの方法・態様の相当性,食事,休憩,睡眠,健康状態等に配慮したか,承諾の有無,被疑者の意向(まとまった供述を終えてしまいたい,住居が遠隔地にある,勤務や家庭事情等に基づくもの等),その他緊急に取調べを受けるのを相当とする事情等を斟酌して,許容される警察署への任意同行・取調べであったのか否かを検討すべきである。
g 任意同行における有形力行使の許容範囲
任意捜査における有形力行使の許容限度について,最高裁判所は,強制手段に当たらない有形力の行使は,任意捜査においても許容され得るが,それは何らかの法益を侵害し又は侵害するおそれがあるから,必要性,緊急性なども考慮した上,具体的状況の下で相当と認められる限度において許容されるとしている(昭和51年3月16日決定刑集30巻2号187頁参照)。
この判断基準となるのが「必要性,緊急性,相当性」であり,捜査機関が,形式的には任意同行を求めて取調べを行った場合であっても,①同行を求めた際の時間的及び場所的関係,②同行の方法,③任意同行の必要性の有無,④逮捕の条件を具備していたか否か,⑤同行後の状況,特に取り調べる前後の状況,取調べの時刻,時間及び場所,取調べの方法,食事,用便,休憩の状況などによるべきであり,これらの事情を総合考慮して,実質的には逮捕と同様の身柄拘束であると評価されるときは,令状主義に違反する違法な行為として,国家賠償法上も違法になるというべきである。
h 任意取調べの許容範囲
(a) 被疑者の供述の自由,黙秘権を侵害してはならない義務
捜査官には,①被疑者に法的義務を課して自白を強要することはもちろん,②事実上,被疑者の黙秘権を侵害して自白を強要することも禁止される。
(b) 真相解明義務・虚偽自白防止義務
捜査官は,犯罪事実について,真相を解明する義務が課せられているが,この義務は,被疑者が有罪であること,被疑者が犯人であることを明らかにする義務ではなく,この反面として,被疑者・被告人の虚偽自白を防止する義務も課せられている。
本件不起訴等原告らの嫌疑を基礎づける証拠資料が非常に脆弱で,無実の可能性が高かったのであれば,そのことを認識し,本件不起訴等原告らを心理的に追い込み,同人らが虚偽の自白を招きかねないような取調べを避ける法的義務がある。
この義務違反があったかどうかの判断に当たっては,個々の捜査をそれぞれ独立させて評価するのではなく,それらを関連させて総合的に評価するべきである。とくに共犯関係の事案では,相互の供述内容を慎重に吟味する義務が課せられ,妙な勘繰りは許されない。
(c) 被疑者の人格への配慮義務(食事,トイレ,病気)
被疑者の人格への配慮義務は,取調べを受けている被疑者が,真犯人かどうかは問わないものであって,食事についていえば,人は,食事を摂る自由を享有し,この自由は,どこで摂るかの自由もあり,その場合の任意性の保障も重要であって,取調室から退出しないことを前提に食事を勧めることは違法である。同様にトイレに行く自由も保障されるべきであり,捜査機関は,被疑者がトイレに行きたいと申告すれば,トイレ休憩をする義務が課せられ,捜査官のトイレへの付添いなどは特段の事情がない限り,任意段階では,配慮義務違反となるというべきである。
被疑者が病気のときは,基本的には取調べをしてはならない義務が捜査官には課せられる。例外的に必要性・緊急性がある場合にのみ,せいぜい短時間(20分程度)の取調べしか認められないというべきで,取調べができる場合でも,身体への侵襲が最も少ない方法を選択するべきであり,さらに,人格への配慮が十分になされるべきである。そして,重病のときは,被疑者がこれに応じると述べても,緊急性が極めて高い等の特段の事情がない限り,取調べを受忍させることはできないというべきである。点滴を受けたりした直後などの場合には,安易に取調室に同行を求め,取調べを継続してはならない義務がある。
取調べ中に,被疑者が激しい精神的動揺を来したときは,捜査官には,取調べ中止義務が課せられるというべきである。例えば,被疑者が,死にたい等と述べたり,叫んだりする状態が続いた場合には,捜査官には,それ以上の取調べを続けることはできないというべきであり,取調べの中止義務が課せられる。そのような状態で得た供述は証拠能力を持ち得ない。その場合には,帰宅させるなどの適切な措置義務が生じるというべきであり,その違反は,国家賠償法上の違法との評価を受けるというべきである。
(d) 尋問における注意義務
① 重複尋問
捜査官は,被疑者・被告人に対して,繰り返し同じ質問をしてはならないという義務が課せられ,同一の取調べの機会に,押し問答ができるとしても,その押し問答は,法廷で重複尋問だとの指摘を受ける程度の回数があれば,違法であるとの評価を回避できない。
② 威嚇的な尋問
捜査官は,威嚇的な尋問をしてはならない。この威嚇的か否かの判断は,取調室が狭い密室で,机と壁との狭い空間に,被疑者がほとんど身動きがとれない状態で固いパイプイスに座らされ,取調べの間中,姿勢を正すよう求められていた事実など,取調べ状況(取調室の広さ,明るさなど物的な状況だけでなく,人的要素も加味したもの)を前提として判断されるべきである。取調官を先生などと補助官が呼んで調べたということも前提とされるべきである。
③ 侮辱的尋問等
捜査官は,侮辱的尋問,意見を求める尋問,経験しなかったことについての尋問はできない。これは,いずれも職権濫用行為であり,取調べ権限の逸脱は明らかである。
④ 探索的・渉猟的な取調べ
任意で同行したはずの被疑者が否認しているのに,何かやっただろうという前提で,その何かを特定せずに,探索的・渉猟的な取調べをすることも許容することはできない。どういう容疑で取調べを受けているか分からず,困惑することになるからである。
⑤ 客観的証拠と矛盾する自白供述
捜査官は,客観的証拠と矛盾する自白供述がある場合,これを無視して,他の被疑者を調べて,その者に対して,同様に客観的証拠と矛盾する自白を迫ることは許されない。捜査官には,自白と客観的証拠とが矛盾したままに放置せず,供述の矛盾を正す義務がある。
(イ) A5ビール事件の経緯及びA5ビール事件の捜査の継続の違法性の有無等
以上の総論を前提に,A5ビール事件の捜査を検討すると,まず,A5ビール事件の事件の端緒となる情報は,受供与者とされるl社の事務室の机に,fホテルと書いた年賀の熨斗がついたビールケースが置いてあったことであるが,本件現地本部が,これを買収のために,A5からl社に贈られたものとの嫌疑を持ったことは,単なる思い込みにすぎない。
しかも,B1警部とB8警部補は,投票日である平成15年4月13日,曽於郡区の立候補者の1人であったA48県議宅を訪問した。これは,被告の主張では,情報収集のためと称しているが,対立候補者宅に情報収集に行く行為は,公正・中立を旨とする警察官の行動としては,極めて軽率である。しかも,A48県議とB1警部は,旧知の間柄であることを考えると,その来訪の目的は,受供与者に対し,自供するよう働きかけを求めたものと考えられるのであって,上記A48県議宅へのB1警部らの訪問は,偏頗な捜査というべきである。
もっとも,A5が物品を贈った相手方であるA51外1名は,同月15日,本件現地本部の取調べに対し,いずれも買収目的であったことを否認し,A51は,A5の経営するfホテルに客を紹介したお礼や年始の挨拶にもらったとして,A5と同じ供述を警察にしていたのであり,これらの否認に不合理な点は認められなかった。
そもそもA5がl社にビールを贈ったのは,同年1月上旬のことであり,本件選挙の告示日である同年4月4日及び投票日である同月13日から離れたこの時期に,ビールを供与しても意味がないし,l社外1名は,もともとA48県議派だったので,選挙買収としてビール等を贈るのは,警察に情報提供される危険が高いことが明白な行為である。
さらに,A5は,同年3月18日,本件現地本部のB32巡査部長に対し,A1陣営の選挙体制表(四浦の責任者を「A45」と記載したものを任意に提供するなど,捜査に協力的な態度を取っていたのであって,このことからもA5に選挙違反がないことは明らかであった。
このような外形的な事実からも,上記A5ビール事件の嫌疑は,主観的嫌疑の域を出ないものであったのである。
そうであるとすると,本件現地本部が,上記A5ビール事件の捜査に着手したこと自体は,「犯罪があると思料するとき」(捜査官の主観的嫌疑)に該当するものと思われるので,違法とは言えないかもしれないが,同年4月15日の時点で,A5ビール事件は,立件できないことは明白であったから,直ちに捜査を終結させるべきであって,これ以降のA5に対するA5ビール事件の捜査を継続することは違法である。
(ウ) A5焼酎事件の経緯及びその後の捜査の違法性の有無等
a 特別協力者からの情報の確度の低さと平成15年4月15日以降の捜査の違法性の有無
本件現地本部は,既に嫌疑が消滅した,あるいは特段の嫌疑はないのにA5に対する,ひいてはA1に対する捜査を継続した。
被告は,A5ビール事件の捜査中に,A5の選挙違反事実について,平成15年4月15日の深夜,県警本部刑事部捜査第二課員が運用している特別協力者から,県議選にからみ,志布志町四浦集落で,金が配られているのは間違いなく,金を受け取った人物は,四浦集落に居住するA54,亡A36及びA55とのことである旨の通報が寄せられたと主張する。
しかし,この特別協力者からの情報は,確度の高いものとは到底言えないものであった。なぜなら,A54やA55は,四浦校区ではなく森山校区の住民であって,本件現地本部の基礎捜査の結果では,A54,A55及び亡A36がいずれも本件有機米契約農家であることが判明したなどとしているが,A54とA55はいずれも本件有機米契約農家ではない。さらに,その情報は,金が配られているとしているが,後に供述があったのは,焼酎の供与の事実にすぎない。
それにもかかわらず,本件現地本部は,同月16日,亡A36,A55及びA54の同行・取調べを敢行したものであり,これは任意捜査の限界を超えた違法なものであったというべきである。また,亡A36に対しては,任意同行を求めるに当たり,亡A36が自宅で取調べを受けるとの意向を示したのにこれを聞き入れていない。
なお,この端緒については,A6焼酎4月22日捜査事件での平成15年4月22日付け捜査報告書(以下「4月22日付け捜査報告書」という。)では,上記通報の日時につき,当初は同月10日と記載されていたところ,「10日」の部分が二本線で消し込まれて,「15日」と修正されていること,A5が,同月15日の取調べ終了間際の午後8時頃,B8警部補から,A1らに四浦校区に焼酎を配っていないか聞くようにと指示され,実際にその日,焼酎の供与の有無の確認のためA1らに架電し,電話履歴からもその事実が裏付けられることに照らせば,真実は,同月10日の時点で情報提供があったものとみるべきである。
b 不相当な誘導
さらに,亡A36らに対する取調べ自体,不相当な誘導があった可能性がある。
すなわち,亡A36は,平成15年4月16日付けで供述調書を作成しているが,その記載内容では,亡A36宅がA1とA5の立候補の挨拶回りのための訪問を受けた際,亡A36が告げられたことは,「A1ちゃんが県議選に出っで,頼んじなあー」,「出っで,頑張っでなあー」との文言であるが,亡A36は,その言葉の意味を「次期行われる県議会議員選挙に曽於郡区から立候補を表明している新人のA1さんに,投票してください,親戚など知り合いの人達に働きかけて,A1さんへの投票をお願いしてくださいといったような,県議選に立候補予定のA1さんへの投票と票の取りまとめの依頼であった」などと理解したとされている。上記「頼んじなー」からは,直接的な投票依頼までは分かるとしても,親戚など知り合いに働き掛けることまでは推測できるものではない。ここにも,B10警部補の不相当な誘導の形跡が認められるところである。
そして,上記A5らの訪問を受けた際には自宅の甘藷の選別作業所に居た亡A36が,昼食時に,自宅に戻った際に自宅の玄関右横にある縁側に焼酎2本くくりが置かれているのに気が付いたときのことについて,上記供述調書の記載では,亡A36が,同焼酎について直ぐにA1とA5が置いたものと理解できたことになっているが,亡A36宅の甘藷の選別作業所は,自宅前の細い林道から入り込んだ自宅玄関の奥にあり,そこから,自宅玄関付近は見通せない状況にあり,しかも上記A5らの訪問から1時間が経過した時点で初めて同焼酎に気付いたのであるから,少なくともその1時間のうちに,他に誰も来ていないことが前提となるはずだが,そのような事情が何も語られないまま,断定的にA5らが置いたと理解できた旨が記載されており,これもB10警部補の不相当な誘導の形跡がある。
さらに,上記供述調書では,同焼酎の意味が,本件選挙におけるA1への投票依頼及び投票の取りまとめに対するお礼であると,直ぐに理解できたことになっているが,わずか焼酎2本(3000円程度)が置いてあることで,投票依頼のみならず票の取りまとめに対する報酬まで含むのか,相当の飛躍がある推測になっていて,これもB10警部補の不相当な誘導の痕跡である。
また,上記供述調書の記載では,亡A36の娘の苗字が,A33であるはずなのに「A56」となっていること,記載内容だけでなく,亡A36の署名・押印がある最終頁のフォントがそれまで頁のフォントと異なっていることからすると,亡A36に対する不相当な誘導を行ったB10警部補が同日,同供述調書の読み聞け及び閲覧の手続をしなかった結果であることを強く疑わせるものである。
c 任意性の欠如
このことからも,亡A36の同日の取調べが任意になされたものであるか,疑問があり,少なくとも同日付けの亡A36の供述調書は,A5やA1の選挙違反の事実の証拠たり得ないものであった。
他方,A54及びA55は,A1による選挙買収の事実を徹底的に否認した。そして,その否認には特段不合理な点はなく,2人に対する取調べは,実際,この日1日で終わっている。
d B8警部補のA5に対する踏み字による常軌を逸した取調べ
以上のことからすると,A5焼酎事件は,捜査を継続することはできず,その捜査継続は,本来違法であったというべきである。
にもかかわらず,本件現地本部は,A5に対し,苛烈な取調べを強要した。とくにB8警部補のA5に対する取調べは,A5の親族からA5に対するメッセージを創作して紙面に記載し,A5にその紙面を踏みにじらせるという踏み字(以下「本件踏み字行為」という。)を強要し,A5が取調室から退去する自由及び弁護人選任権を侵害し,令状なしに所持品検査をしたなど,権力を笠に着た常軌を逸したものであった。B8警部補が,このような無理な取調べをせざるを得なかったのは,証拠がないために,本件選挙において,A1の陣営による選挙買収が行われたものとの予断・偏見に支配されて,無理に自白を取ろうとしたからに他ならない。
(エ) 四浦校区の選挙運動の情勢等の内偵と四浦校区の住民らへの事情聴取の開始の違法性の有無
a 予断・偏見の下での捜査の継続
上記のとおり,A1の陣営による四浦校区での選挙買収の合理的な嫌疑はなく,A5も,平成15年4月16日の午前中の捜査で,A5は,体調不良の中で,四浦地区への買収の嫌疑を強く否認したにもかかわらず,本件現地本部は,なおもA1の陣営による選挙買収が四浦地区で行われたものとの予断・偏見の下で捜査を継続することとした。
b 公民館長及び副公民館長からの聴取とB1警部による取引の持ちかけ
B1警部は,同日の午後から,A3公民館長及びA4副公民館長のもとを訪問し,四浦校区の選挙運動の情勢等について事情を聞いた。
B1警部は,本件刑事事件の公判廷において,上記事情聴取の中で,四浦校区においては,A1派人物としてA7,A20,A14,A22,それに有機米の耕作者としてA45,A44,亡A36などの名前が挙げられ,これらの者らがA1の陣営から物品や現金をもらっているという情報を得たなどと供述したが,真実とは異なる。
すなわち,A3公民館長は,B1警部に対し,四浦校区は90%がA48県議を支持していたはずである旨を説明したが,B1警部は,「四浦の人が関係している選挙違反について信用のおける確実な情報を得たので調べに来た」,「四浦の人で選挙違反に関係している人がいるようだから,自首をするように説得してくれ。自首してくれたら,今回に限っては,お構いなしとするから」,「大きな騒ぎを引き起こしたくないから,選挙違反事件について捜査に入るので,協力してくれ」,「A3さん,あなたは,だいたい見当がつくでしょう。私が言わなくても目星がつくでしょう」,「自分から進んで名前を挙げたら,その人を選挙違反で摘発はしないか」等,A1の陣営による選挙違反があったこと及びその心当たりについて情報提供するよう取引を持ちかけ,それでもA3公民館長から何も聞き出せないでいると,「A1さんの関係で知っていることはあるか」と聞いてきたことから,A3公民館長は,①A6及びA20がA1の関係する農場で働いていること,②A1が四浦地区の休耕田を借りて上げて,A45,亡A36,A44に有機米を作らせていること等を話したにすぎない。
さらに,A4副公民館長もB1警部の事情聴取において,B1警部に対し,四浦校区は,道路の拡幅問題があり,そのためA48県議を支持する者が大半であったことを説明したが,B1警部は,これを否定し,「四浦には,A1さんのところで働いている人がいるはずだが」と追及してきたので,A4副公民館長は,A20,A6の名前を挙げるとともに,甥のA45のほか,亡A36,A44が四浦校区における本件有機米契約農家であったことなどを話したにすぎない。
c 戸別訪問,物品の供与の可能性の低さ
そして,同日付けの亡A36の供述調書,A3公民館長及びA4副公民館長の情報提供の各内容のどれに照らしても,戸別訪問の事実,物品の供与が行われている可能性が高いとは言えない。A1やA5が亡A36宅を訪問した事実はあるとしても,それからそれが戸別訪問を基礎づけるものではないし,その可能性が高いとの判断の根拠資料は示されていない。戸別訪問でいえば,「連続して」の要件を示す証拠はなく,また,後援会活動の一環としてなされているのであれば,それは戸別訪問の要件を満たさない。さらに,物品買収であれば,その証拠物が収集保全されている必要がある。
d 焼酎を配っているとの予断偏見の下での取調べの強行による捜査比例原則からの逸脱
したがって,A1及びA5による四浦校区における選挙違反の嫌疑は何ら認められないにもかかわらず,本件現地本部は,A1及びA5が,さらに他の四浦校区の者にも焼酎を配っているとの予断偏見の下で,同月17日から,四浦校区の住民であるA7,A45,A44,A20,A22,A14及びA33の7名を取調室に連行し,取調べを強行したものであり,この取調べは,捜査比例原則から逸脱した違法なものであることは明らかである。
(オ) 平成15年4月17日から同月19日までの四浦校区の住民への事情聴取における任意同行及び取調べの態様の違法
a いわゆるたたき割りの取調べの違法性の有無
本件現地本部は,平成15年4月17日早朝から,本件公職選挙法違反事件の捜査を継続し,嫌疑のない中で,A7,A14,A20,A22,A33,A45及びA44を強引に取調室に同行して,取調べを強行し,同月18日には,上記の者にA6も加えて,同月19日には,A23及び亡A36を加えて強制連行し,取調室において,威迫・恫喝や不相当な誘導・重複尋問により探索的・渉猟的な取調べを行うたたき割りの違法な取調べを行った。
b 平成15年4月17日から同月19日にかけての別件無罪原告らに対する具体的な態様
(a) A33
A33は,同月17日午前7時から同日午後10時までの身体拘束を受けてB31巡査部長から取調べを受けた。
B31巡査部長は,同日午前7時にA33の自宅に押しかけ,「話は志布志警察署に行ってから聞きますから,志布志警察署に行って下さい。」と用件も告げず,警察車両で志布志署に強制連行した。
B31巡査部長は,何も身に覚えのないA33に対し,「あんたは金をもらったどが。(もらっただろう。)」と見込みの取調べを行い,A33が,「いやもらっちょらん。」と答えると,ビックリするような大声で「もろちょっどが。」と怒鳴り,自白を強制した。
B31巡査部長は,A33に対し,何らの嫌疑ないことから,誰からもらったのか明らかにせず,何度も怒鳴りつけた。それでも,A33が,「いや,もらってない。」と答えると,その後の取調べのなかで,「A1さんから」と名前を出して,もらったことを認めるよう強制した。
B31巡査部長は,さらに,A33に対し,「A48だったけど,お金をもらってからA1に寝返ったどが。」と決めつけて,A1から金をもらったことを認めるよう強制した。
A33は,取調室から出してもらえず,昼食休憩後も取調べが続き,B31巡査部長は,「A22の家にあったコップに,お前の指紋がついていた」と偽計を用いて,自白を強制した。A33は,A22宅に行ったことはなく,「指紋がある筈がない」と否認しても,午後5時を過ぎても,同じことの繰り返し,不相当な重複・誘導,威迫・恫喝を用いた取調べが,夕食休憩もなく,午後9時まで続いた。このように何らの嫌疑なく,長時間取調室に滞留させ,違法な取調べを継続した。
A33は,同月18日も,午前7時から午後10時までの身体拘束を受けた。B31巡査部長は,この日も嫌疑の全くないA33に対し,何か罪がないかと不相当な重複・威迫・恫喝尋問をするという探索的な違法な取調べをして「お前は(a2集落)小組会長をしちょったとが」と述べ,A33がa2集落に金をばらまいたと不相当な誘導をし,さらに,「A1さんのビラをA20がもってきたどが」と言って,何かあるのではないかと言って,「何か」を自白するよう強制した。
A33は,確かに,「彼岸の中日に部落会があったときに,A20がビラを何十枚か目の前に置いていたのを見ていたが,問い詰めるB31巡査部長に対し,「私はビラはもらっていません。私は,何のチラシか見てもいないので,「見てもいない。もらってもいない。」と繰り返し,何らの罪を犯していないことを主張した。
B31巡査部長は,自分のカバンを2メートルほど後ろに投げて床に落とし,「これも見えんか。」と言って,A33が「ビラの中まで見ていない。」と正直に話しているのに「ビラを見た。」と決めつけ,B31巡査部長は大声で「知っちょらん筈がない(知らんはずがない)。」と怒鳴り,A33がやっていないと大声で反論すると,B31巡査部長は「そげん強ければ,お前が県議に出ればよかったとよ。」と馬鹿にした。A33は,昼食休憩時も取調室から退出させず,昼からも夜9時頃まで取調室に入れたまま,取調べを強制された。トイレに行くにも,いつも刑事がついて来て,夕食もなしで取調べが継続した。
このような取調べをしても何ら選挙違反に関する事実はA33から出なかった。これはまさにたたき割りの取調べ手法である。
(b) A7
B10警部補は,同月17日,A7が勤務する会社事務所まで来訪し,その場にいたA7に対し「聞きたいことがあるので署まで来て欲しい。時間は取らせないから。」と任意同行を持ちかけた。
A7は,B10警部補の言葉から,せいぜい1・2時間程度だと思い,任意同行に応じるという判断をしたが,実際には,同日午前9時頃から同日午後11時頃までの間にもわたったのであり,長時間かけてA7の取調べを行う予定であったと考えざるを得ず,この点を秘してA7に「時間を取らせない。」等と偽計を用いて瑕疵ある任意同行に応じさせた。
B10警部は,同月18日午前7時10分頃,A7宅にいきなり出向き,「まだ聞きたいことがあるので,今から署に一緒に来てくれ。」と任意同行を求め,A7が「仕事があるから勘弁して。」と同行を断ったが,それでも執拗に「時間は取らせないから,署まで来てください。」と言って同行を求めたため,これに逆らえず不本意ながら今度こそせいぜい昼間で終わるものと考えて同行に渋々応じた。さらにA7が「自分の車で行く。」と申し向けたのに対し,「署の車で行きましょう。」と言って警察車両の後部座席に乗り込ませ,任意同行に応じさせた。警察車両で任意同行させることは,A7が取調室を退室しても帰る足がなく,取調べを長時間受けざるを得ない状態を作出したものであって,現にA7は,同日,午前8時頃から午後10時30分頃までの長時間にわたる取調べを受けざるを得なかったのであり,これは,任意同行に当たって偽計を用いて瑕疵ある意思決定をさせたというべきであって,違法性は明らかである。
B10警部補は,同月17日から19日までの3日間,A7に対して,黙秘権の告知もせず,長時間にわたって,トイレ休憩以外の休憩もなく,食事も取らせず,嫌疑なく取調べを受忍させ,何か選挙違反はしていないかと,探索的取調べを継続し,自白を強制した。
B10警部補は,日にちは不明であるが,A7に対し,拳をA7の顔の前10cmくらいのところに突き出して,拳で殴るふりをして威嚇し,「A1さんを選挙で応援するという内容の名簿の署名活動をしたこと,焼酎を配った」ことを認めるよう,強制した。
(c) A14
A14は,同月17日及び同月18日,出勤途中に待ち伏せされるなどし,捜査官に取調べに応じたくない旨を述べても,任意同行に応じなければ逮捕するなどと告げて無理に志布志署に連行され,B14警部補から,いずれも早朝から深夜にわたって,延べ22時間30分もの長時間の取調べを受け,その間,不相当な誘導・脅迫を伴う探索的な取調べを受けた。
(d) A20
A20は,同月17日から同月19日まで,B30巡査部長の取調べを受けたが,B30巡査部長は,A20に対して黙秘権の告知をしないまま取調べを行った。
この間,B30巡査部長は,A6から金をもらっているだろうが,とか,A23に5万円をやっただろうが,などと特段の根拠のないままに繰り返し自供を迫るという手法で取調べを行った。具体的な事実を指摘することなく,抽象的に,A6から金をもらっただろうが,などと執拗に追及することは,被疑者に合理的な反論さえさせないという態度であって,被疑者の人格的尊厳を全く省みない違法な手法であることは明らかである。
(e) A22
A22は,同月17日から同月19日まで,出勤途中を制止されて強引な方法により志布志署への任意同行を求められ,志布志署において県警のB20警部補及びB56巡査から取調べを受けた。
B20警部補らによる取調べは,同月17日が午前8時55分から午後9時10分まで,同月18日が午前7時35分から午後9時まで,同月19日が午前7時40分から午後9時40分までと極めて長時間行われた。
同月17日の時点では,本件不起訴等原告らに具体的な容疑はなかったのであるから,このような長時間の取調べを行うことが違法である。
A22は,同月18日,B20警部補の不相当な誘導及び恫喝を伴う自白を強制する取調べを受け,平成14年12月にA48県議が経営する飲食店である△△で行われたA48県議の集まりで,A48県議に関する選挙買収(饗応)がなされたとする同月18日付け供述調書に署名させられた。なお,△△でのA48県議派の会合は実際に行われたが,その日付は平成15年1月21日である。
A22は,同月19日の取調べの午前中,B20警部補から,「お前は,表ではA48派,裏ではA1派だったろう。」と追及されていたが,この日は,B20警部補から,「奥さんも警察に呼ぶぞ。」と脅され,A22が「呼べばいい。」と言うと,実際,本件現地本部は,妻のA23を警察署に呼び出した。そして,A23が,同日の午前の取調べで虚偽自白をさせられると,B20警部補は,同日の午後,A23の自白内容を知った上で,A22に「うっかた(奥さん)を呼んで正解だった。」と述べ,さらに,午後3時頃には,B20警部補は,「裁判所に逮捕状の請求をしているから,いつでも逮捕できる。逮捕されれば名前が出るから子どもの将来もないし,財産もなくなる。」と脅され,A22は,B20警部補から「A23からA6の焼酎供与事実を聞いた。」旨の虚偽自白をさせられ,その旨の供述調書の作成を強要された。
(f) A6
A6は,同月18日,任意同行に応じなくとも良いことを知らなかった無知に乗じて志布志署に強制連行され,12時間以上にわたり,B8警部補の取調べを受けた。同日当時のA6に,何らの嫌疑がなかったことは,B1警部やB5署長が証言するとおりである。なお,B8警部補は,本件刑事事件における証人尋問において,A6に対する同日当時の嫌疑が戸別訪問であったと証言しているが,この日の取調事項について,戸別訪問を含めた選挙違反事実の全般的な取調べであるなどと述べて,探索的・渉猟的取調べであることを認めている。B8警部補は,A5ビール事件等の取調べにおいて,A5に対し,取調室で本件踏み字行為をさせた捜査官である。
この取調べで,B8警部補は,A6にa3集落の人が本件選挙で誰に投票したか質問しているが,これに対し,A6は知らないと答えている。これは知らないのが当たり前であり,知らなかったことが不自然・不合理なはずはない。しかし,B8警部補は,憲法上の権利でもある投票の秘密を侵害する尋問を繰り返し,A6が,B8警部補のいう言葉の意味も分からないため,わけが分からず黙り込むと,さらに不相当な誘導をして,選挙買収をしたのではないかとの予断の下で,取調べを継続しており,同日の午後の取調べ前には,A6は,「殺してくれ。私を殺してくれ。いいから私を殺してくれ」と精神錯乱の状態になっていた。A6には,知的障害もあり,B8警部補の意味不明の追及に精神錯乱の状態に陥っていたのである。B8警部補は,自己の取調べのために,このように精神錯乱状態となっていることは容易に分かり得たことであり,何か隠し事をしているから錯乱状態となっているのではないことも,十分に分かり得たことであった。
c 本件現地本部の判断の誤りと捜査比例原則を包含する適正手続の違反
本件現地本部は,上記のとおり,同月17日から四浦集落の住民らに対するいわゆるたたき割りによる違法な取調べを行ったが,2日間にわたって本件不起訴等原告らは,A1の陣営による選挙違反の事実を否認し,その内容に不合理な点もなかったのであるから,同月17日か遅くとも同月18日には,その捜査を終結すべきであって,本件不起訴等原告らを取調室に連行して取調べを継続することは,捜査比例原則を包含する適正手続に違反することは明らかであった。
しかるに,本件現地本部は,通常の捜査官において,そのときまでに収集した証拠資料に基づき合理的に判断すれば,同人らには客観的嫌疑はないことは明らかであったのに,故意又は重大な過失により,その判断を誤って,同月19日のA6焼酎事件に係る虚偽自白を引き出すことにつながった。
(カ) 本件不起訴等原告らに対する捜査の違法性の有無
以上のとおり,A5ビール事件,A5焼酎事件には,いずれも合理的な嫌疑がないことが明らかであり,平成15年4月17日以降,四浦集落の住民らに対する取調べは予断と偏見に基づくものにすぎず,しかも別件無罪原告らに対して違法な取調べを行ったにもかかわらず,何らの具体的な嫌疑は認められなかったのである。
そうである以上,本件公職選挙法違反事件の捜査は,平成15年4月18日までに終了させるべき注意義務があったのに,その後も探索的な捜査を継続したのであり,それらの捜査は,捜査比例原則に違反した,合理的な理由のない違法な捜査であったというべきである。
そして,その結果,本件不起訴等原告らに対しても同月19日以降,不合理な捜査が行われたのであるから,本件不起訴等原告らに対する全ての捜査もまた,合理的な理由に基づかない違法な捜査というべきである。
したがって,県警がした本件不起訴等原告らに対する同月19日以降の全ての取調べは,合理的な理由のない違法な捜査である。
イ 被告の主張
(ア) 総論
本件不起訴等原告らが主張する県警による事件のでっち上げの事実は,一切存在しない。
本件不起訴等原告らに対する個別の捜査に関しては,本件公職選挙法違反事件の捜査を遂行する中で,関係者の供述等から,本件不起訴等原告らを取り調べる嫌疑や必要性は十分認められたところ,任意同行や取調べの際も,本件不起訴等原告らの体調や都合等に十分配慮し,任意性を保ちつつ,必要かつ相当な範囲で取調べを行ったものであり,国家賠償法上違法と評価されるものではない。
すなわち,国家賠償法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに,国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定するものである(最高裁判所平成17年9月14日大法廷判決・民集59巻7号2087頁)。ここでいう「公権力の行使」とは,法律の規定に基づく命令・強制だけではなく,公の機関として,一般私人と異なる立場で公務を行うこと全体を意味する(田村正博著「全訂警察行政法解説」444頁)。
いかなる場合に国家賠償法上の違法性の有無が認められるかという点については,損害填補の責任を誰に負わせるのが公平かという見地に立って法的要件以外の諸種の要素も考慮して総合判断すべきものであるから,国家賠償法1条1項にいう違法性は,他人に損害を与えることが法の許容するところであるかどうかという見地から判断する行為規範違反性であると考えられる。
したがって,その違法性の有無の有無は,単に職務行為が法的要件を充足するか否かという点のみならず,当該職務行為によって侵害される権利,利益の種類及び性質,侵害の態様及びその原因,当該職務行為が行われるに至るまでの被害者側の関与の有無,程度並びに損害の程度等の諸般の事情を総合的に判断して決すべきものと考えられるが(井上繁規著「最高裁判所判決解説民事篇平成5年度」377頁要約),一概に公務員の職務行為といってもその内容は多種多様であり,結局のところ,国家賠償法上の違法性の有無の具体的な判断基準については,当該職務行為の具体的な内容に照らして検討することが必要となる。
当該職務行為が,「法律に定められた権限行使の場合,法律の趣旨に添い,法律の要件に従って行われる限り,相手方又は第三者に損害を与えても,違法とはならない。逮捕した被疑者が裁判で無罪になった場合でも,逮捕自体が法律にのっとって行われていれば違法となるものではないのは当然である。法律で具体的な要件が定められていない各種の職務行為の場合には,一般的な限界を超えたときや,必要な注意を払わないことによって付随的な損害を負わせたときに,国家賠償の対象となる。」(田村正博著「全訂警察行政法解説」445頁)。
(イ) 捜査の適法性の判断基準について
a 警察官による捜査活動の性質
警察官は,刑事訴訟法189条1項により,捜査機関の一つである司法警察職員と位置づけられ,同条2項により,犯罪があると思料するときは,犯人及び証拠を捜査するものとすると定められている。
同条2項は,司法警察職員に犯罪捜査の権限があることを明らかにするとともに,同法191条1項「検察官は,必要と認めるときは,自ら犯罪を捜査することができる。」との対比から,第一次的捜査責任が司法警察職員にあることを明らかにしている(大コンメンタール刑事訴訟法第3巻40頁)。また,警察法36条2項では,都道府県警は,当該都道府県の区域につき,犯罪の捜査を含む警察の責務に任ずることとされていることから,鹿児島県の区域内においては,県警の警察官が第一次的捜査責任を有するものである。
b 「犯罪があると思料するとき」の具体的内容
刑事訴訟法189条2項の「犯罪があると思料するとき」とは,特定の犯罪の嫌疑があると認められるときをいうが,犯罪があると思料するに至る原因については,告訴・告発等といった刑事訴訟法に規定があるものに限られず,新聞報道,匿名の申告,風説等,何ら限定はないとされ,また,それらの端緒に基づく嫌疑の有無についての認定も,司法警察職員に委ねられている。
さらに,特定の犯罪についての嫌疑ではなく,何か犯罪となるべき不正が行われたかもしれないと思われる段階でなされる捜査機関の活動,例えば,匿名の申告や風評の内容の真偽や確度について調査するなどといった,刑事訴訟法上捜査といえない捜査着手のための準備活動というべきものについても,任意で行われる限り許容され,その方法に制限はないとされている。
また,同項の「捜査するものとする」というのは,捜査をするのが建前であるという意味であって,捜査をするかどうかが司法警察職員の自由裁量に委ねられているわけではないが,「捜査しなければならない」と規定しなかったのは,いかなる軽微な犯罪であっても全て捜査しなければならないという絶対的な義務を課するのではなく,司法警察職員にある程度の合理的な裁量の余地を残す趣旨と解されている。
他方,捜査を遂げても起訴猶予になるからとか,政治的配慮からといった理由で捜査をしないというようなことは,基本的に許されない(大コンメンタール刑事訴訟法第3巻40頁及び41頁)。
このように,第一次捜査機関たる警察には,捜査の端緒を得て犯罪の嫌疑があると判断した場合には,必然的に事案の真相解明を目指して必要な捜査等を行うことが求められているといえる。
このような刑事訴訟法の趣旨に照らせば,国家賠償法上も,警察官が捜査の端緒を得て任意捜査を開始する際に求められる犯罪の嫌疑については,必ずしも客観的な根拠等に基づくことを要せず,当該捜査の端緒から認識し得る程度の主観的なもので足りる場合もあるというべきである。
c 職務行為基準説及び合理的理由欠如説
このように,警察官は,犯罪があると思料するときは捜査を行うものとされており,被告人の無罪が確定した場合であっても,直ちに警察官による捜査活動が国家賠償法上違法とされるわけではない。
最高裁判所昭和53年10月20日第二小法廷判決(民集32巻7号1367頁,いわゆる芦別国賠訴訟最高裁判所判決)は,無罪判決が確定した場合の捜査活動の違法性の有無の判断基準として,「無罪の判決が確定したというだけで直ちに起訴前の逮捕・勾留・公訴の提起・追行,起訴後の勾留が違法となるということはない。けだし,逮捕,勾留は,その時点において犯罪の嫌疑について相当な理由があり,かつ,必要性が認められるかぎりは適法であ」ると判示し,いわゆる職務行為基準説を採ることを明らかにしている。
そして,職務行為基準説を採る場合の捜査活動の違法性の有無の具体的判断手法として,同判決は,「起訴時あるいは公訴追行時における検察官の心証は,その性質上,判決時における裁判官の心証と異なり,起訴時あるいは公訴追行時における各種の証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があれば足りるものと解するのが相当である。」と判示し(前掲最高裁判所判決),いわゆる合理的理由欠如説に立つことを明らかにしており,これらはそのまま警察官による捜査活動にも当てはまる。
したがって,警察官による捜査活動について国家賠償法上違法というためには,「警察官または検察官の判断が,証拠の評価について通常考えられる右の個人差を考慮に入れても,なおかつ行き過ぎで,経験則,論理則に照らして,到底その合理性を肯定することができないという程度に達していることが必要である(札幌高等裁判所昭和48年8月10日判決・判例時報714号17頁,いわゆる芦別国賠訴訟札幌高裁判決)。
d 合理的な理由かあるか否かを判断する際の判断資料
最高裁判所平成元年6月29日第一小法廷判決(民集43巻6号664頁・判例時報1318号36頁,いわゆる沖縄ゼネスト訴訟最高裁判所判決)は,この合理的理由欠如説に立った上で,「公訴の提起時において,検察官が現に収集した証拠資料及び通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があれば,右公訴の提起は違法性を欠くものと解するのが相当である。したがって,公訴の提起後その追行時に公判廷に初めて現れた証拠資料であって通常の捜査を遂行しても公訴の提起前に収集することができなかったと認められる証拠資料をもって公訴提起の違法性の有無の有無を判断する資料とすることは許されないものというべきである。」と判示しており,このことに照らせば,捜査機関が犯罪の嫌疑があると認めたことについて合理的な理由があるか否かを判断する際の判断資料としては,当該捜査を行う時点で現に収集した証拠資料及び通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料に限られることとなる。
当然のことながら,「当該捜査を行う時点で」ということであるから,捜査の段階に応じて,「通常要求される捜査」の内容や程度も異なることとなる。
(ウ) 刑事裁判で無罪が確定した場合における警察捜査の国家賠償法上の違法性の有無の具体的判断基準
警察官は,犯罪があると思料するときは捜査を行うものとされており,無罪が確定した場合であっても,直ちに警察官による捜査活動が国家賠償法上違法とされるわけではない。
無罪が確定した場合に,警察官の捜査活動が国家賠償法上違法であるというためには,当該捜査を行う時点で現に収集した証拠資料及び通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料に照らし,警察官の犯罪の嫌疑に関する判断が,証拠の評価について通常考えられる個人差を考慮に入れても,なおかつ行き過ぎで,経験則,論理則に照らして,到底その合理性を肯定することができないという程度に達していることが必要である。
ところで,刑事手続における実態形成は,捜査の当初における単なる主観的嫌疑から,必要な捜査を重ねることにより,公訴提起における客観的嫌疑を経由して,最終的に判決における犯罪の証明及び刑罰法規の具体化に至るまで,漸次発展し形成されていくものである(団藤重光著「新刑事訴訟法綱要七訂版」194頁)。
したがって,各段階ごとで求められる犯罪の嫌疑の程度は異なるというべきであり,この点について,前記芦別国賠訴訟最高裁判所判決においても,「起訴時あるいは公訴追行時における検察官の心証は,その性質上,判決時における裁判官の心証と異な」るとしているところである。
警察官は,特定の犯罪について多少なりとも嫌疑が認められれば,第一次捜査機関として必要な捜査を行うこととされているのであって,このような刑事訴訟法の趣旨に照らせば,国家賠償法上も,警察官が捜査の端緒を得て任意捜査を開始する際に求められる犯罪の嫌疑については,必ずしも客観的な根拠等に基づくことを要せず,当該捜査の端緒から認識し得る程度の主観的なもので足りるというべきである。
他方,被疑者を逮捕する際に求められる嫌疑については,捜査機関の単なる主観的嫌疑では足りず,証拠資料に裏付けられた客観的・合理的な嫌疑でなければならないが,これについても,もとより捜査段階のことであるから,判決時に求められる合理的疑いを入れないまでの確実性に対する確信がなくてもよいのはもちろんのこと,公訴を提起するに足りる程度の嫌疑までも要求されていないと解すべきである。また,事件捜査に当たり,警察官が具体的にいかなる捜査を行うべきかという点については,実施し得る捜査活動の選択肢が無数に存在する中で,その全てを実施しなければならないとするのは現実的ではない上,捜査を効率的に遂行する観点からも妥当とはいえないところであり,結局のところ,個別具体的な事件の捜査に当たる警察において,時間的制約や物理的制約等を勘案しつつ,既に収集した証拠資料等を考慮した上で,事案の真相解明という目的を達成するために必要かつ十分と判断される捜査活動を取捨選択して行えば足りると考えるのが妥当である。したがって,犯罪の嫌疑の程度を判断する際の前提である「当該捜査を行う時点で現に収集した証拠資料及び通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料」の「通常要求される捜査」の範囲についても同様に解すべきと考えられ,結果的に一部捜査を実施しなかったとしても,その当時,当該捜査を行うことが不可能と認められる場合はもちろんのこと,それが事案の真相解明のために必ずしも重要ではないと判断された場合や,既に実施した捜査の結果により事案の真相解明が十分図られると判断された場合等であれば,通常要求される捜査を怠ったことには当たらないと解すべきである。
(エ) 任意同行の許容範囲の総論
a 必要な取調べ
刑事訴訟法197条1項は,「捜査については,その目的を達するため必要な取調をすることができる。但し,強制の処分は,この法律に特別の定のある場合でなければ,これをすることができない。」と規定しているが,ここでいう「必要な取調」とは,単に被疑者,参考人の取調べに限らず,広く捜査のために必要とされる一切の手段,方法を意味すると解されており,したがって,捜査機関は,強制の処分以外は特別の定めを要しないで,捜査の目的を達するため必要な一切の手段,方法を採り得ることができるものとされている。
ここでいう必要な取調べとは,単に被疑者,参加人の取調べに限らず,広く捜査のために必要とされる一切の手段,方法を意味すると解されており,任意捜査ならば特別な規定がなくともできるが,逮捕等の強制捜査は,刑事訴訟法に特別の定めのある場合でなければできないものと解される。
b 具体的な捜査の手段,方法
具体的にどのような捜査の手段,方法を採るのかという点については,当然のことながら,任意捜査であっても公権力の発動であることに変わりはなく,必要な限度を超えてはならないが,任意捜査の方法や態様は多種多様であり,それによってもたらされる個人の権利・利益の侵害やその危険性の程度も様々であることから,結局は,個別具体的な状況に照らし,犯罪の軽重,犯罪の嫌疑の強弱,捜査目的達成のためにその手段,方法を採る必要性,緊急性の程度,侵害される法益と保護される法益との権衡,相手方の承諾・同意の有無等を総合勘案して判断されるべきものである(大コンメンタール刑事訴訟法第3巻142頁ないし144頁)。
c 任意同行
警察官は,「犯罪の捜査をするについて必要があるときは,被疑者の出頭を求め,これを取り調べることができる。」こととされており(刑事訴訟法198条1項),また,「被疑者は,逮捕又は勾留されている場合を除いては,出頭を拒み,又は出頭後,何時でも退去することができる。」こととされている(同項ただし書)。これは,警察官が被疑者に任意同行を求めて取り調べる直接的な法的根拠であるが,任意同行は,被疑者を取り調べるために,その出頭を確保する一手段として,司法目的実現のために行われる任意捜査である。
「任意」とは,「任意同行というためには,同行するについて本人の任意の承諾,すなわち自由な意思に基づく承諾のあることが前提になるが,任意とは本人が自発的に進んでしたような場合に限られるものではなく,渋々承諾した場合でも,社会通念からみて身体の束縛や強い心理的圧迫による自由の拘束があったといい得るような客観的情況がない限り,任意の承諾があると認めることができると解すべきである。」と判示されていることからも明らかなとおり(大阪高等裁判所昭和61年9月17日判決・判例時報1222号144頁),強制に対する概念であり,必ずしも自発的というものではないと解するのが裁判例の立場である。
そして,「任意同行」は,文字どおり任意捜査であることから,同行を求めるに当たって,威圧的な言動を取ることによって被疑者が積極的に拒否することを不可能若しくは著しく困難にすることは,任意同行として許されないというべきである一方で,必要性に基づき任意同行を要請する以上,一定程度の説得は当然許されると解すべきであり,被疑者が多少でも圧迫感を抱けば任意同行として許されないというものではない。
d 被呼出人に出頭を求める方法
直接口頭で任意同行を求めることは,国家賠償法上違法と評価されるものではない
警察官が犯罪の捜査を行うに当たって守るべき捜査の方法・手続等を定めた犯罪捜査規範102条は,被呼出人に出頭を求める方法等について,「捜査のため,被疑者その他の関係者に対して任意出頭を求めるには,出頭すべき日時,場所,用件その他必要な事項を明らかにし,なるべく呼出状によらなければならない。」と規定するが,直接口頭で行う任意同行とは,相手に出頭を求める手段方法の一種である。
捜査機関としては,捜査上の必要性と被呼出人の利益とを比較衡量して呼出方法を選択することとなるが,この点について,「なるべく呼出状によらなければならない。」と規定されているのは,事案の性質上,呼出状による方法のほかに,電話や直接本人の住居を訪れて出頭を求める等の方法によっても差し支えない場合がある一方で,正当な理由なく出頭要求に応じない場合の疎明資料とすることも予定されているため,捜査機関に呼出方法の選択についての裁量権を認めていることは明らかである。
任意出頭に関する犯罪捜査規範の趣旨は,被呼出人に対し,出頭すべき日時,場所,用件その他必要な事項を明示することで,自発的意思の形成過程を担保するところにあり,直接口頭で任意同行を行う際,同行要求先に出向いて,被呼出人に対し,同行先までの交通手段の選択はもちろんのこと,同行用件,同行先等の告知や必要な説明・説得を行うことによって,自発的意思に基づく同意を得る出頭要求を行うことは,犯罪捜査規範の趣旨に反するものではない。
なお,任意同行を求めるときは,事件の性格,告知の場所によって異なるもの,逮捕したわけではないため,詳細な事実の要旨まで告げる必要はなく,どのような理由で取調べを受けようとしているのかを理解させる程度の内容を告げる程度で足りると解すべきである。
本件公職選挙法違反事件では,関係者を取り調べる際における1回目の出頭要求は,呼出状ではなく,直接口頭によって行っている場合がほとんどであるが,選挙違反事件は,一般的に客観的証拠に乏しく,特に買収事件は,供与・受供与によって対向犯関係が生じることから,他の事件と比較しても,逃走,通謀,証拠毀棄等によって罪証隠滅のおそれが高まるのであり,呼出状で出頭を求めた場合,円滑な捜査の推進に弊害が生じるおそれも排除できないものであるので,関係者の呼出方法について,より慎重な選択が迫られたことはむしろ当然である。
したがって,関係者宅に赴き,直接口頭で任意同行を求めたことは,国家賠償法上違法と評価されるものではない。
本件公職選挙法違反事件については,選挙における買収の事実が疑われた事案であり,一連の捜査の各局面において,捜査を行うに足りる犯罪の嫌疑が認められるとともに,捜査の進展に伴って,現金又は物品の供与による買収行為が大規模に行われていることが明らかになるなど,必要な捜査を遂行して事案の真相解明を図る必要性が増大していったものである。
また,公職選挙法違反事件は,民主主義政治の根底となる選挙制度の公正を害する犯罪であり,本件訴訟に関連する別件の国家賠償請求事件でも,「・・・原告の嫌疑が公職選挙法違反事件2件で決して軽い事件ではなく・・・」と判示されていることから(鹿児島地方裁判所平成16年(ワ)第263号,鹿児島地方裁判所平成19年1月18日判決・判例時報1977号120頁),事案の重大性や買収という犯罪の性質上,事情を知る可能性の高い者を任意同行して取り調べることは不可欠であったものである。
本件不起訴等原告らは,「本件では,同行の目的の告知が極めて不十分であり,被疑者として選挙買収の被疑事実の取調べをするために取調室に同行することを求めているものとは言い難く,目的の告知があったとは言えず,違法である。」などと主張するが,本件不起訴等原告らを取り調べた各捜査官の証言からも明らかなとおり,関係者に対して任意同行を求めるに当たっては,取調べの目的や趣旨を十分に説明して納得を得るよう努めていたものである上,本件不起訴等原告らの中には,本人尋問において,任意同行の際に取調べの目的等を告げられた旨供述する者も存在しているのであり,本件不起訴等原告らの主張は事実と異なる。
さらに,本件不起訴等原告らは,捜査官らが,本件不起訴等原告らに対して令状主義に違反する違法な身体拘束・逮捕を行ったなどと主張するが,捜査官らは,その任意性に十分配慮しながら同行を求めていたものであり,本件不起訴等原告らに対し違法な身体拘束や逮捕を行った事実はない。
加えて,捜査車両で本件不起訴等原告らを送迎する際は,無理やり車両内に押し込むなどという強制力を用いた事実は一切なく,本件不起訴等原告ら自らの意思で捜査車両に乗り込んでいる。そのほか,本件不起訴等原告ららが自分の用件を済ますことができるよう,取調べの開始時刻や終了時刻を調整したり,取調べを中断するなどして配意するとともに,本件不起訴等原告らが体調不良等を訴えた場合には,取調べを終了して帰宅させている。また,本件不起訴等原告らが,あらかじめ取調べを受けることができない旨を申し出た場合や,任意同行の際に出頭を拒否する旨を申し出た場合には,本件不起訴等原告らの事情に配意して任意同行を行っていない。
このように,当時,本件不起訴等原告らに対して任意同行を求めるに当たり,強制的な手段を用いた事実はなく,本件不起訴等原告らの事情にも十分配意しながら,承諾を得た上で行っており,買収という選挙違反の悪質性,犯罪の嫌疑の程度,捜査目的を達成する上での任意同行・取調べの必要性等に鑑みても,本件不起訴等原告らに任意同行を求め,取り調べたことは,国家賠償法上違法と評価されるものではない。
(オ) 任意取調べの許容範囲について
a 禁止事項
警察官が,犯罪を捜査するについて必要があるときに被疑者の取調べを行うに当たっては,強制,拷問,脅迫その他供述の任意性について疑いを抱かれるような方法を用いてはならないほか,みだりに供述を誘導したり,利益供与を約束するなどしてはならないことは当然である。
b 社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度
他方,被疑者その他関係者の供述,弁解等の内容のみにとらわれることなく,あくまで真実の発見を目標として行わなければならないのであるから,捜査の目的を達成するために必要な範囲内で,かつ,任意性を損なうことのない限りにおいてであれば,追及的な取調べや理詰めの尋問を行うことや,一定期間取調べを継続したり,比較的長時間にわたる取調べを行うことも常に否定されるものではないというべきである。
結局のところ,いかなる任意同行及び取調べが許容されるかについては,犯罪の軽重,犯罪の嫌疑の強弱,捜査目的を達成する上での必要性又は緊急性の程度及び相当性の有無,侵害される法益と確保される法益との権衡等を総合考慮して判断すべきものと考えられ,裁判例においても,任意取調べに関し,「強制手段によることができないというだけでなく,さらに,事案の性質,被疑者に対する容疑の程度,被疑者の態度等諸般の事情を勘案して,社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度において,許容されるものと解すべきである。」とされている(最高裁判所昭和59年2月29日第二小法廷決定・刑集38巻3号479頁(いわゆる高輪グリーンマンション・ホステス殺人事件最高裁判所決定))。
c 追及的取調べや理詰めの尋問の適法性
一般的に,取調べにおいて,被疑者は必ずしも常に真実を供述するものではなく,罪を逃れたり誰かをかばうなどの理由から虚偽の供述をすることもあれば,記憶が曖昧で結果的に事実と異なる供述をすることも少なくないところであり,そのような状況の中で,捜査官は,供述の内容を吟味しながら,客観的事実や他の関係者の供述との矛盾点等を取り調べるなどして,被疑者に真実を供述させることが求められる。
したがって,関係者の供述が客観的事実と矛盾したり,他の関係者の供述と食い違いがあれば,これを追及して問いただす必要性があることは明白であり,何ら違法性は認められないばかりか,むしろ必要な捜査といえる。
追及的取調べに関し述べている文献には,「被疑者には供述拒否権があるが,捜査官にも事件の真相を明らかにし刑事司法の目的実現に寄与すべき義務がある。したがって,被疑者から真実の供述を得るため,捜査官が,理づめの質問・頑張り合い・誘導的質問をしたり,「真相を話せば,そのことが酌量されて刑が軽くなるであろう。」という程度の示唆をしたり,証拠が揃っていないのに「証拠は全部揃っている。」という程度の発言をすることも,程度を超さない限り許される(同旨 青柳文雄 「刑事訴訟法通論」238)。追及的取調べについては,①強制にわたらない限り,よく理非曲直を説き,是非善悪を諭して自白をすすめても差し支えない,②説得,違法にわたらない誘導,その他自由意思を失わせるに至らない程度の威圧を加えることがあっても,適法,無過失の場合がある,③犯罪の嫌疑がある者に対して,その供述の矛盾を追及し,証拠を突き付け,又はその良心に訴える等の方法で自白の説得勧誘を行うことは,それが強制にわたらない限り,非難すべきではない,④供述の任意性とは自発的ということではなく,犯行を否認する被疑者に対し,不審と思われる点をあれこれ問いただすことは,それが法の規定を逸脱しない限り,捜査官としては,むしろ当然なすべきことである,⑤捜査官としては,供述をそのままうのみにすれば足りるというものではなく,経験則に照らして納得し難い供述については,質問を重ねてその供述内容に多角的な検証を加えることは,捜査官にまさに期待されるところであるとした裁判例がある。」(幕田英雄著「実例中心捜査法解説」352頁ないし353頁)と記載されているとおり,追及的取調べを行ったからといって直ちに任意性が否定されるものではない。
本件公職選挙法違反事件は,閉鎖的な山間の集落における買収事件であって,顔見知りの者同士が関与しているものであり,関係者が素直に真実を供述できないといった背景などから,取調べにより事案の真相解明を図ることは極めて困難と認められたところである。そのような状況の下,各捜査官らは,関係者に対して自己の経験や専門的知識等を駆使しながら,捜査過程で入手した情報や,他の関係者の供述内容等を基に,まずは選挙情勢や選挙への関わりなどを聴取し,核心部分に触れていった一方で,その供述の矛盾点や不審点等を確認するなどして取り調べるとともに,情理を尽くして説得したり,雑談を通じて人間関係を構築するなどして,緩急のある取調べにより関係者から供述を得たものであり,結局のところ,取調べの個々具体的な手段や方法については,まずは捜査官個々の合理的な裁量に委ねられていたと解すべきである。
d 本件公職選挙法違反事件における捜査官の留意事項(任意性の確保についての特段の配慮)
(a) 総論
捜査官が被疑者を取り調べる主要な目的は,真実の究明である。そのためには,被疑者の自白を得ることも真実究明の手段の一つとして挙げられるところ,ここでいう自白とは,犯罪事実の全部又は主要部分を肯定し,自己の刑事責任を認める供述のことであるが,自白の証拠能力の原則となる排除法則(任意性のない自白を証拠から排除する原則)は,憲法38条2項「強制,拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は,これを証拠とすることができない。」,刑事訴訟法319条1項「強制,拷問又は脅迫による自白,不当に長く抑留又は拘禁された後の自白その他任意にされたものでない疑のある自白は,これを証拠とすることができない。」,同法322条1項ただし書「但し,被告人に不利益な事実の承認を内容とする書面は,その承認が自白でない場合においても,第319条の規定に準じ,任意にされたものでない疑があると認めるときは,これを証拠とすることができない。」を根拠としており,通説・判例は,おおむね「任意性のない自白は虚偽が含まれている可能性が強いので,このような信用性に乏しい自白は,排除する必要がある。」とされる虚偽排除説を採用している。
任意性の判断基準については,身体の束縛や強い心理的圧迫により,その意思による決定の自由が失われたといえる客観的情況がない限りは「任意」といえ,必ずしも自発的でなくてもよいわけであり,また,証拠能力が否定される自白は,強制等との因果関係が認められる自白であって,強制等と無関係になされた場合には排除の必要はないものとされているところであるが,警察署等への任意同行が適法に行われたとしても,その後の取調べが逮捕行為に該当するなどして,違法であると判断され,違法収集証拠や「毒樹の果実」として証拠能力を否定された場合,せっかく収集した証拠が犯罪立証に利用できなくなり,その間に得られた自白も任意性を否定されることが多分に認められるので,任意同行後の取調べについては,犯罪の重大性,相手の年齢・性別・職業・地位・体調,取調べ時間,取調べ開始時刻などに十分留意すべきことは当然である。ただ,出頭拒否や退去権を告知することまでは求めていない。
本件公職選挙法違反事件においても,B5署長やB1警部ら捜査幹部は,任意性の確保について特段の配慮をするようにとの指示を行っていたものであり,捜査官らも,捜査幹部から任意性を確保するよう指示を受けた旨証言している。
その一方で,捜査官が被疑者やそれに近い立場の重要参考人に対し,帰宅意思の有無や体調等を積極的に聴取しなかったり,本人や家族に対して同行や取調べの受忍義務がないことを告げなかったからといって直ちに違法とするのは誤りであるし,そもそも,これらを義務付ける法律や根拠等も存在しない。刑事訴訟法198条は,被疑者の出頭要求,取調べについて規定したものであるが,供述拒否権については明示しているもの,出頭拒否や退去権を告知することまでは求めていない
本件刑事事件においても,捜査段階で録取された関係者の供述調書については,基本的に任意性が認められ,証拠として採用されている。
(b) 供述拒否権,黙秘権の告知
供述拒否権の告知については,刑事訴訟法198条2項において「前項の取調に際しては,被疑者に対し,あらかじめ,自己の意思に反して供述する必要がない旨を告げなければならない。」と規定されているほか,犯罪捜査規範169条1項にも「被疑者の取調べを行うに当たっては,あらかじめ,自己の意思に反して供述する必要がない旨を告げなければならない。」と規定されていることから,これを怠れば,供述の任意性・信用性が重要視される公職選挙法違反事件の刑事裁判で供述拒否権の告知の有無が争点になることは火を見るより明らかであり,捜査官もかかる重要性を十分認識しているのであって,供述拒否権の告知は,極めて常識的な捜査手続であって,これを告知しないことはあり得ない。
本件不起訴等原告らは,捜査官らが,終始供述拒否権・黙秘権の告知を行っておらず,本件不起訴等原告らが捜査官らからの尋問内容について供述義務があると誤解していることを奇貨として取調べを敢行しており,違法な取調べであるなどと主張するが,本件公職選挙法違反事件において本件不起訴等原告らを取り調べた捜査官らは,本件訴訟の証人尋問において,供述拒否権を告げた状況を具体的に証言していることから,供述拒否権の告知は確実に行っていたものであり,本件不起訴等原告らは,自己の意思に反して供述する必要がないことを十分知っていたものと認められるところである。また,供述拒否権の告知がなかったなどと個々具体的に主張している原告X3や原告X7は,本件訴訟の本人尋問において,取調べの際に供述拒否権を告げられた旨,当初の主張に相反する供述をしており,また,原告X2も同様に,供述拒否権を告げられたことを明確に供述していることから,供述拒否権の告知がなかったなどとする本件不起訴等原告らの主張には理由がなく失当である。
(c) 体調等への配慮
供述の任意性を確保するため,被疑者やそれに近い立場の重要参考人の体調や健康面に配意する必要があるのは当然というべきであり。捜査官がそれらを無視した強制によって供述を得ようとした事実はない。
また,捜査官は,相手からの申出があったり,気分が悪そうな様子が見られれば,取調べの途中であっても病院での診察を勧めるか,取調べを中止するなど任意性に配意した措置を講じており,病院で診察後に取調べを再開する際は,本人はもちろんのこと,主治医や看護師等の病院関係者から取調べを継続しても支障がないか確認するなど,各捜査官は,常に相手の体調を考慮しながら取調べを行っていたものである。
(d) 誘導的質問
取調べにおいて,誘導的尋問をしたからといって,直ちに供述の証拠能力や任意性が否定されるものではない。
この点,本件不起訴等原告らが主張するように,捜査員が具体的な供述を引き出すために被疑者らに対して水を差し向けることが違法な誘導であるとされるならば,取調べ自体が成り立たないのであって,被疑者らの供述が客観的証拠や他の供述などと矛盾が生じるときに,その点を問いただすことは,捜査員として当然行うべきことであり,もとより国家賠償法上の違法行為とはいえない。
無論,偽計によって被疑者を錯誤に陥れ,自白を獲得するいわゆる「切り違え尋問」については,獲得した自白の任意性に疑いがあるものとして証拠能力が否定されることはいうまでもないが,県警がそのような違法な尋問方法を用いて取調べを行った事実はない。
(e) 供述調書の作成
供述調書とは,司法警察職員等がそれぞれの捜査の過程において,被疑者及び参考人の取調べを行った際,任意に供述した事項を録取した書面であり,法律の条件を具備するものは,証拠書類となるものである。
供述人の供述内容が自認・否認を問わず,その供述全てを逐一供述調書に録取しなければならないといった規定などはなく,供述調書は,公判廷に備えて捜査官らの裁量又は上司からの指示等で必要に応じて作成されるものであって,録取の要否,録取の方法や内容等は,捜査機関の裁量に委ねられていると考えられている(後藤昭・白取裕司「新コンメンタール刑事訴訟法」454頁参照)。
捜査官らは,供述人の供述により,警察が知り得ない新たな事実が判明したとしても,まずは,他の関係者の供述や客観的証拠との整合性を吟味するなどしてその供述の真意を見極める必要があるのであり,この点,裁判例においても,供述調書の作成に関しては,「供述調書は,公判において証拠として使用されることを主たる目的として作成されるものであるから,供述者の述べることがすべてそのまま録取されなければならないものではなく,捜査官が犯罪の成否ないしは情状といった,公判において重要な意味をもつ点を中心に供述者の話を整理し,重要な点については詳細に深く掘り下げた質問をし詳しい供述を得てこれを録取し,関連性の乏しい事項に関する話は採り上げないなど,録取すべき事項の取捨選択,各事項の取扱い方につき捜査官の調整判断を加えて作成すべきものであることは改めていうまでもないところである。そして犯罪の成否に関する事実につき供述を録取する際,右のような事項の選択等に当っては,犯罪構成要件が何であるかの法律的判断(解釈)が要求される場合があるが,捜査官が自ら研究のうえ妥当と考えられる解釈を施し,その観点から必要と考える事項につき供述者に質問を行い,その述べるところを調書に録取することは当然に必要なことであって,何ら非難されるべき筋合のものではない。」と判示されていることから(東京地方裁判所昭和58年10月12日判決・判例時報1103号3頁),捜査官が供述者の供述を整理して録取事項を取捨選択し,各事項の取扱いに調整判断を加えて供述調書を作成することは当然といえる。
供述調書を作成する場合は,その作成目的を明確にしつつ,捜査官が供述人のそれまでの供述内容を整理,集約しながら時間的制約の中で作成するものであるが,取調べ自体は流動的なものであるから,その間も供述そのものは取調べの状況により刻々と変化,発展しているものである。
したがって,供述調書の記載内容は,その作成目的に沿って重点指向されているものであり,供述調書に録取された内容が,その時点で供述人が供述している供述内容全てを表しているわけではない。
(f) 長時間・長期間の取調べ
取調べ時間についてみると,長時間であると認定された時点で直ちに供述の証拠能力や任意性が否定されるわけでなく,「任意取調べの一環としての被疑者に対する取調べは,事案の性質,被疑者に対する容疑の程度,被疑者の態度等諸般の事情を勘案して,社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度において,許容されるものと解すべきである。」とする判例(最高裁判所昭和59年2月29日第二小法廷決定・刑集38巻3号479頁)に鑑みると,個々の取調べ時間や取調べ期間が妥当であったか否かについても,事件の重大性,取調べの必要性や取調べ状況に加え,被疑者らの健康状態等に照らして判断するものというべきである。
この点において,取調べ時間が長時間であると認定された上で供述の証拠能力や任意性が争点となった裁判例を見ると,「・・・に対する取調べは,長期間にわたり,かつ長期間に及ぶなど必ずしも適切なものではなかったことが認められる。しかし,右認定の取調状況,接見状況,健康状態等に照らすと,本件全証拠によっても,原告らに対する各公訴提起等の段階で,原告に対する右取調べがその供述の証拠能力が否定されるほどに違法な取調べであったとは認められないし,また,その供述の任意性が否定されるとまでは認められない。」と判示(東京地方裁判所平成11年11月26日判決・訟月46巻1号1頁)されているところであり,裁判官がその違法性の有無を判断するに当たり,取調状況,接見状況,健康状態等の事情を総合勘案していることがうかがえる。
本件公職選挙法違反事件の任意捜査段階の取調べに当たっては,本件刑事事件の公判や本件訴訟における捜査幹部らの証言から,昼食や夕食休憩のほかに,適宜トイレ休憩等の休憩をとっていたことは明らかであるし,本件不起訴等原告らの体調などに配慮して適宜取調べを中断・終了するなどしており,長時間,連続して取り調べた事実はない。
取調べ期間についてみると,関係者の中には,任意の取調べが一定期間に及んだ者も認められるが,本件公職選挙法違反事件については,関係者の数も多い上に,自白した関係者がそれぞれ事実を小出しにして供述するとともに,否認と自認を繰り返すなど,事案の全体像を把握して真相を解明するために相当の期間が必要であったところであり,同人らに密接に関係する本件不起訴等原告らについても,同様の必要性が認められたものである。
このような中,本件不起訴等原告らの取調べにおいては,当時,適宜取調べを実施しない日を設けるなどして,可能な限り連日の取調べとならないよう配意していたことや,関係者本人が取調べに対して任意に応じていたこと等に照らせば,捜査の目的を達成するために必要な範囲内で,かつ,任意性を損なうことのない限りにおいて行っていたことは明らかである。
(g) 退去の自由
退去の自由について検討するに,捜査官は常に相手の体調を考慮して取調べを行っており,申出があれば取調べの途中であっても病院での診察を勧めるか,取調べを中止するなど任意性に配慮したところであり,本件不起訴等原告らを違法に身体拘束した事実はない。
トイレへの同行については,犯罪捜査規範167条1項には,「取調べを行うに当たつては,被疑者の動静に注意を払い,被疑者の逃亡及び自殺その他事故を防止するように注意しなければならない。」と規定されており,実際のところ,A6が取調べ初日の4月18日にトイレに閉じこもり,「私を殺して」などと叫んだ事案が発生したことや,A22が◎◎川に入った事案の発生,原告X1が取調べ中に「殺せ,死んだ方がましだ。」などと叫んだことを受けて,県警としても,各被疑者が庁舎内で自傷行為を行うおそれもあると判断し,より慎重に対処せざるを得なかったところであり,また,取調べの拠点となった志布志署では,同時に複数の関係者を取り調べていたことから,関係者同士がトイレで鉢合わせとなった際に,その時点の取調べ内容について口裏を合わせるなど,通謀のおそれも排除できない状況であった。
さらには,志布志署は,1階部分は免許更新や拾得物関係,2階部分は事件相談や銃砲・風俗営業の許可申請等のための来客が常に往来していた状況であったため,取調室からトイレ付近までの間に本件不起訴等原告らが一般来訪者等に会わないようにするなどプライバシーの保護の観点から,これらの必要性を総合勘案し,補助官がトイレまで案内すると同時に,その周辺に待機して不測の事態に備えたほか,必要に応じて廊下に設置されたパーティションや各部屋の出入口扉を閉めて一般客の視界を遮るなど,社会通念を超えない範囲で行ったものである。
このように,体調不良等による本人からの退去の申出等には応じており,トイレへの同行についても退去の自由を侵害したものではない。
(h) 逮捕勾留後の取調べ
逮捕勾留後の取調べについては,裁判例で,「被疑者を逮捕勾留して取り調べる場合には,被疑者にある程度の肉体的精神的苦痛を与えるものであるから,これが取調べのために通常避けることのできない程度のものであれば,法も予定し許容しているものということができる。したがって,取調べの時間,時刻についても,具体的に取調べの必要性と被疑者の体調との兼ね合いで,それが取調べのために社会通念上許容される限度を超え,ないしは供述の任意性を保ちえない程度に至った場合に限り,国家賠償法上も違法となるものと解する。」(仙台地方裁判所平成3年7月31日判決・判例時報1393号19頁)と判示されるところ,本件公職選挙法違反事件においては,留置場や拘置所内の起居動作の時間割を厳守した上で,適宜休憩を入れながら取調べを行ったものであり,社会通念上許容される限度を超えた事実はなく,国家賠償法上の違法性の有無は認められない。
本件不起訴等原告らのうち逮捕勾留された原告X2についてみると,逮捕勾留後の原告X2の取調べ時間は,被留置者出入簿を概観する限り,留置場内の起居動作の時間割を無視して深夜まで取り調べたり,食事休憩等をとらずに長時間連続して取り調べた事実はなく,また,弁護士接見を妨げたような事実もない。
(カ) 捜査上の裁量と統制
a 組織捜査上の裁量権
捜査は,訴訟の前段階に相当し,訴訟そのものではないのみならず,犯罪によって侵害された法益,公共の秩序をいち早く回復し,維持するため,犯罪の真相を解明することを当面の目的とするから,捜査活動は,迅速かつ能率的でなければならず,また,被疑者その他の者の名誉を尊重し,証拠が隠滅されることを防ぐため,秘密裡に行わなければならない(捜査密行の原則)。
そのためには,捜査は,捜査機関が裁量を十分発揮できるような弾力性のあるものであることを必要とし,それを逐一法定し,手続化することに適さない面を有している。
しかし,他面,被疑者その他の者の人権を侵害してはならない要請があるので,強制捜査に関し,令状主義を採用し,捜査機関の捜査活動につき,司法的抑制を加えることとし,任意捜査についても,ある程度の規制をし,また,捜査機関相互の関係について規定を設けるなど,捜査の面についても,かなり厳格に法定されている。
このような捜査手続の特殊性から,捜査の方法は,法に明文でその手続が規定されているものに限られないのであって,法令の明文で,又は解釈上禁止されていない限度において,あらゆる手段方法を利用できるものであると解されている(司法研修所検察教官室編「検察講義案(平成21年版)」15頁要約)。
b 裁量権の統制
県警は,本件公職選挙法違反事件についても,これを本部長指揮事件として,県警本部及び本件現地本部のある志布志警察署によって組織的に運営していたほか,本件現地本部は,犯罪捜査規範及び細則の規定に基づき,所定の指揮事項について,主管課である捜査第二課を経て,指揮を受けようとする事項を明らかにして伺いを行うなど,捜査上の裁量について法的・組織的統制を行い,裁量権の濫用逸脱の防止を図っていたものである。
そのためには,捜査幹部と捜査員の有機的連携が必要不可欠であり,個々の柔軟な判断が相互作用することによって,確実な捜査が組織的・効率的に進展していくこととなる。犯罪捜査規範21条1項で警察官が上司の命を受けて犯罪の捜査に従事するものとされているほか,犯罪捜査規範23条1項には,「警察官は,犯罪に関係があると認められる事項その他捜査上参考となるべき事項を知つたときは,速やかに,上司に報告しなければならない。」と規定されており,捜査組織の運営上,上司の指揮や指示が心臓と動脈を意味するものとすれば,報告は静脈であり,捜査の組織的活動のために不可欠の要素といえる。
しかしながら,捜査の細部にわたってまで指揮を受けていたのであれば,効率的かつ機能的な捜査が行われず,重要な証拠等を得る機を失してしまうおそれも十分認められるところである。
このため,個別の捜査員については,付与された任務の範囲内において,刑事訴訟法189条2項の「司法警察職員は,犯罪があると思料するときは,犯人及び証拠を捜査するものとする。」との規定に基づき,適法・適正な刑事手続にのっとり自らの判断で捜査をする状況が出てくる。B1警部もB5署長も各班長が裁量権を持っていた旨を供述しているほか,捜査官らも自らの判断で供述調書を作成するなど,その裁量により捜査を行っていたことを証言しているもの,いずれも付与された任務の範囲内のものであって,上司の指揮監督に基づき,組織的に統制されていたことは明らかである。
このように,犯罪捜査は組織的に運営されるものであるため,捜査員が裁量権の逸脱や濫用によってあらぬ方向に独走せぬよう,犯罪捜査規範23条に基づき,供述調書や捜査報告書などの書面又は捜査会議や直接口頭でといった形で上司に捜査結果を報告させることで,捜査幹部が進行状況を把握し,統制した組織捜査を推進していたものである。
(キ) 現金・物品買収事件の特徴と共犯者の供述
一般に,公職選挙法違反は,民主主義の根底を揺るがす重大犯罪であるのはもちろんのこと,買収事件となると,供与者,受供与者共に被疑者の立場となる対向犯的性質を持ち合わせるため,関係者の供述が事実認定の重要な証拠となり得る性質の事案であり,供与者,受供与者間の供述が相互に支え合うものとなる。
一方で,その秘密性の高さから,関係者による口裏合わせ等の罪証隠滅工作も容易に行うことができることから,決め手となる客観的証拠による裏付けに乏しく,結局のところ,事件を立証するには,必然的に関係者の供述に頼らざるを得ない。
このような特徴に加え,本件公職選挙法違反事件では,四浦校区という閉鎖的な地域性により,自分が供述すれば他人に迷惑をかけるとか,村八分にされるなどといった不安に駆られ,素直に真実を供述できないといった背景などから,事実認定で最も重要となる関係者の供述でさえも,真実を引き出すのに困難を極めていた。
本件不起訴等原告らは,刑事公判における検察官の主張が不自然である理由として,「候補者自ら投票を得る目的で会合の席において,皆が見ているところで,買収金を直接手渡すような危険を犯す理由は全くない。」などと主張するが,上記のとおり,対向犯的性質を持つA5ビール事件,A5焼酎事件,A6焼酎事件,本件買収会合事件等の買収事件においては,既に供与者自らが買収金を手渡すというリスクを冒していることや,参加者全員に買収金を配る目的であることなどに鑑みれば,必ずしも,買収金を渡すところを他の会合参加者に目撃されないよう配慮するものであるとはいえない。
なお,A5ビール事件,A5焼酎事件,A6焼酎事件といった,ほとんどが1対1で行われる物品買収事件ですら立件が難しいのに,本件買収会合は,複数の関係者が一堂に会して行われるといった複雑な性格が加わるところ,関係者の記憶内容が一様ではなく,必然的に供述間の齟齬も生じてしまうため,真実の究明がより一層困難となるものである。
(ク) 本件選挙の概要と有志者からの情報
a 本件選挙の概要
本件選挙は,平成15年4月4日告示,同月13日投票の日程で施行され,曽於郡区は,定数3人のところ,現職のA48県議,A49県議,A50県議のほか,新人であるA1を加えた4人が立候補し,各々が選挙戦を繰り広げていたものであり,この曽於郡区は,平成11年の選挙においては,現職3人が無投票当選となった選挙区であり,本件選挙でも平成14年末まで現職3人以外に立候補の動きが見られず,無投票当選がささやかれていたところであるが,平成15年1月上旬になってやや出遅れて,A1の立候補表明がマスコミにより報道され,各陣営が選挙戦に向けて活発に動きを見せ始めた。現職3人のうち,A48県議とA49県議は従来地元で根強い人気があり,盤石の体制で当選が有力視されていたもの,A50県議については,前々回選挙において落選している経緯もあり,事実上,3番目の椅子を狙ってA50候補とA1の票の食い合いになることが予想されていた。
b A1の劣勢
A1は,立候補届出日である同年4月4日に行った出陣式には,1,000人程度の支持者しか集まらず,出馬当時の風評ではA50候補がやや有利かと目されていた。さらには,曽於郡区内で得票数に多大な影響力を持つ鹿児島県農業政治連盟(以下「農政連」という。)がA1を推薦しなかったことにより,A1が危機感と焦りを感じていたことは容易に推認できるところであった。
ところが,その後の選挙戦において,A1が地元の旧志布志町や大崎町で盛り返しを図り,投票日前には,当初の予想に反してA1有利との見方が広まったまま選挙戦を終える形となった。
c 四浦校区の選挙情勢
(a) 草刈り場
四浦校区は旧来「選挙のたびに金が動く」とうわさされる地域であり,選挙の候補者からは「草刈り場」と呼ばれ,様々な選挙違反がされていた。
(b) 前回選挙
四浦校区が従来選挙違反が横行していた風習がある中,A1は,本件選挙前に施行された平成13年志布志町議会議員補欠選挙(前回選挙)において,自らが同選挙に立候補した際,いわゆる志布志事件と同様,A7宅で会合を開き,参加者に現金を渡して投票依頼等をしている。
d 投開票結果
本件選挙は,平成15年4月13日に投票が行われ,開票の結果,A49県議,A48県議,A1の3人が当選を果たしたところであるが,A1は,旧志布志町において6,943票獲得しており,得票総数の半分以上を占めている。なお,当時の曽於郡区は,旧大隅町,旧輝北町,旧財部町,旧末吉町,旧松山町,旧志布志町,旧有明町,大崎町の8町で構成されていた。
本件選挙の投票率は,志布志町全体の投票率が約72.3パーセントのところ,四浦校区の投票率は約90.4パーセントと9割を超える高水準であり,志布志町内における選挙区において最も高い投票率であり,本件選挙に対する四浦の住民の関心が従来の選挙より高い水準であったと推認されるところである。
e 端緒情報の入手
本件選挙が施行されるに当たり,県警本部のほか,各警察署に同年2月26日をもって「第15回統一地方選挙事前運動取締本部」を設置し,告示後の同年3月26日に「第15回統一地方選挙運動取締本部」を設置して違反情報収集活動に従事していたところ,志布志署において,後述するA5ビール事件の端緒情報を入手し,その真偽を確かめるべく捜査を開始したものである。
なお,本件選挙においては,志布志署のほか,鹿屋警察署,出水警察署,伊集院警察署(現在の日置警察署),高山警察署(現在の肝付警察署),大隅警察署(現在の曽於警察署),阿久根警察署等にそれぞれ捜査本部を置き,選挙違反事件捜査に当たっていた。
(ケ) A5ビール事件の経緯とその後の捜査の適法性
A5ビール事件の捜査の経緯は以下のとおりであり,協力者からの確度の高い情報提供,関係者の供述,供与物品の存在等から,捜査を開始するに十分な嫌疑が認められたところであり,また,捜査を遂行させた際の捜査手段についても,任意捜査にとどまるものであり,嫌疑の程度等に照らし,必要な限度を超えるものとは認められないことから,国家賠償法上の違法性の有無は認められない。
a A5ビール事件の端緒情報の確度
A5ビール事件は,本件現地本部が,平成15年3月26日,志布志署の警察官が,協力者から,本件選挙に関し,同年2月初めにA1の選挙運動を行っていたA5が建設会社の役員であるA51らに対して缶ビール1箱を贈ったとの情報を入手したことから捜査を開始することとなった。
しかも,その端緒情報については,「ある候補が金をバラまいているらしい。」などといった抽象的なものではなく,時期,供与者及び受供与者,供与物品について特定されているなど,その情報の確度は極めて高いと認められたところであり,このほか,同年4月10日には,「A1派が2000万円を打った。」,同月12日には,「森山地区と大崎地区に金を打った。」などといった,A1に関する漠然とした選挙違反情報も寄せられ,また,B1警部らがA48県議を訪れ情報収集をしたところ,A48県議からもA5ビール事件に関する情報を入手したことから,当該端緒情報の確度は益々高まったところである。
第一次捜査機関たる警察としては,特定の犯罪の嫌疑があると認められたときは,事案の真相解明を目指して必要な捜査を行うものとされており,一般的に,公職選挙法違反の捜査において,単なる風評の域を超えて,具体的な違反の事実についての情報を入手した場合に,当該情報の真偽を確認するために必要な捜査を行うことは,不偏・不党かつ厳正・公平な立場で選挙の公正の確保に努めるべき警察としては,当然の対応であるといってよい。
本件不起訴等原告らは,「このビール1ダースが同事務所カウンターに置いたままの状態になっており,人目に付く状態になっていた。この事実自体公職選挙法違反の嫌疑があり得ないことを示している。」とか,「通常,物品買収であれば,隠密になされるはずであり,建設会社事務所の受付という,人目につく場所に,缶ビール1箱が置いてあったからと言って,直ちに,物品買収容疑を疑うこと自体が非常識であった。」などと主張するが,警察官が当該端緒情報を入手した時点では,「缶ビールは事務所の受付(カウンター)に置いたままであった。」旨の事実は把握しておらず,本件不起訴等原告らの主張は前提を欠いており失当である。
また,本件不起訴等原告らは,取調べを行う以上,端緒情報を裏付ける証拠資料が必要であるところ,関係者を取り調べる以前に,「A1が2,000万円を打った。」との買収に係る端緒情報の裏付け捜査が行われておらず,いわゆるガセネタで本件不起訴等原告らを苦しめたなどと主張するが,「A1が2,000万円を打った。」との情報は,A5ビール事件の捜査を開始する理由となった直接的な端緒情報ではなく,あくまでA5ビール事件の端緒情報の確度を高める断片的情報に位置付けられるものであり,このような断片的情報について,徹底した裏付け捜査を行うことが必然的に要求されるものではない。
そもそも,取調べを行う前に,端緒情報について徹底した裏付けが必要とする本件不起訴等原告らの主張は,言い換えれば,裏付けのとれない端緒情報を基にして捜査を開始することが全て違法とされるものであるが,このような主張は何ら根拠のない独自理論であるばかりではなく,刑事訴訟法189条2項の趣旨に反するといっても過言ではなく,到底容認することはできない。
b A51によるA5ビール事件の自認
本件現地本部は,平成15年4月上旬,A51から事前に事情聴取し,A51は,A5からA1への投票依頼を受けたこと及び同趣旨の下で缶ビールの供与を受けたことについて認めていた。
その後,投票日後の同月14日に改めてA51を取り調べたところ,「A5のfホテルに客を紹介したお礼だった。」などと趣旨について否認に転じているが,A5がl社にビールを持ち込んだ事実と,その際に親戚であるA1が本件選挙に立候補する話をしたことは認めたため,その旨の供述調書を作成し閲覧させたところ,A51も内容に納得して署名指印した。
このように,関係者を取り調べた結果,買収行為の疑いがあると認められたのであって,本件不起訴等原告らは,「供与された缶ビール1ケースについては,A5が経営するfホテルにホテル客を紹介してもらったお礼として贈与されたものであり,関係者の供述及び裏付け捜査の結果,A5ビール事件の嫌疑は明白に晴れたにもかかわらず,捜査を継続した。」などと主張するが,そもそも,缶ビール1箱をいかなる趣旨で供与したかについては,関係者を取り調べなければ解明しようもないところであり,実際に同月上旬にA51から事前に事情聴取したところ,同人は,A5からA1への投票依頼を受けたこと及び同趣旨の下で缶ビールの供与を受けたことについて認めているのである。
c 投票依頼の趣旨で供与された疑いの存在
公職選挙法違反事件において,歳暮や中元等,形式上は別の名目で買収が行われることは少なくないところであり,本件についても,宿泊客の紹介を受けたのは平成14年の秋であり,缶ビールの供与時期(平成15年1月初旬)までに相当の時間が経過していること,A5がそれ以前にもA51から何回も宿泊客を紹介してもらったとしつつ,お礼をしたのは今回だけであると説明したこと,供与時期がA1が本件選挙への立候補を決めた時期と合致すること等に鑑みれば,物品買収の選挙違反行為が敢行された疑いが完全に払拭されたわけではなく,むしろ,投票依頼の趣旨で供与された疑いがあると認められたところであり,実際に,A5が持ち込んだとされる缶ビール1箱(24本入り)は,A51から任意提出を受け,証拠品として領置した。
d A5の自認と入院による捜査の中断
A5についても,平成15年4月14日の取調べにおいて,A1に対する投票依頼の趣旨で缶ビール1箱を供与した事実を認め,供述調書に署名指印するとともに,さらには,同月15日の取調べでは,A1の陣営の選挙運動者により大掛かりな戸別訪問をしたことや,女性二人を雇い電話作戦をさせていたことを自供したため,供述調書2通を作成したものであるが,A5が同月17日に突然入院したため,以後の取調べを継続することが困難となり,事実上,A5ビール事件の捜査は中断したものである。
e 対立候補者からの情報入手の相当性
本件不起訴等原告らは,投票日当日にB1警部がA1の対立候補の一人であったA48県議に会いに行ったことをもって,A1を狙い打ちにした違法な捜査の証左であるかのように主張するが,第1次捜査機関である警察としては,特定の犯罪の嫌疑があると認められる場合に必要な捜査を行うことができるのはもちろんのこと,特定の犯罪についての嫌疑にまで至らない場合であっても,捜査着手のための準備活動を行うことは可能であり,いずれも任意で行われる限り,その方法に制限はない。
一般的に,選挙の立候補者等は,他の候補者の動向に関心を持ち,違反事実の有無や選挙情勢等をよく把握していることが多く,実際にこれらの者からの情報に基づき選挙違反の捜査を行うことも少なくないところ,本件については,既にA1派による選挙違反の具体的な情報を入手していたのであり,対立候補者であるA48県議においても何らかの情報を入手している可能性があると判断して,以前より面識のあるB1警部がA48県議を訪ねて情報収集を行うことは,必要な捜査活動として許容されるものであり,このことをもって,本件捜査がA1を狙い打ちにしたものであるなどとするのは失当である。
(コ) A5焼酎事件の経緯とその後の捜査の適法性
a A5焼酎事件の捜査の経緯
A5焼酎事件の捜査の経緯は以下のとおりであり,協力者の情報提供や亡A36の供述等から,捜査を開始するに十分な嫌疑が認められたところであり,また,その捜査手段についても,任意捜査にとどまるもので,嫌疑の程度等に照らし,必要な限度を超えるものとは認められないことから,国家賠償法上の違法性の有無は認められない。
b 協力者からの情報提供
A5焼酎事件は,当時の情勢としてA1の陣営による違反情報が飛び交う中,平成15年4月15日夜,現地に応援派遣されていた捜査第二課員が協力者から,亡A36ら3人がA1派の選挙運動者から現金及び焼酎の供与を受けている旨の具体的な情報を得たことから,捜査を開始したものであり,端緒情報は虚偽に作り上げられたものではない。
c 亡A36の任意供述
端緒情報で名前の挙がった3人のうち,A54とA55は取調べにおいて焼酎等の授受について否認したが,亡A36は,同月16日の取調べ開始直後に,「1月下旬頃,自宅敷地内の甘藷の選別作業場で作業中,A1とA5が選挙の挨拶に来た。2人が帰った後に昼食のため自宅に帰ったところ,縁側にそれまでなかった焼酎2本が置いてあったので,2人が持ってきたと思った。」と任意供述し,亡A36は,本件刑事事件の刑事公判においても,A1が来た後に焼酎が置いてあった旨証言しているところであり,同日の警察の取調べにおいて事実関係を否認する亡A36に対し,強制的に自白させた事実もない。
なお,亡A36の上記供述に係る同日付け供述調書の最終頁のフォントが異なるのは,供述調書をプリンターで印刷するに当たり,紙詰まりを起こしたため,最終頁について,設定の異なる別のプリンターを使用したことによるものであり,最終頁にも亡A36が焼酎2本くくりをもらったことは,事実そのとおりであり間違いありませんなどと記載されているのであり,供述内容を読み聞け及び閲読をさせた上で署名・指印させたものであることは明らかである。
本件不起訴等原告らは,「A36がA5から焼酎『○○』2本をもらった趣旨の供述調書を作成させられ」たなどと主張するが,上記供述調書には,A1らが自宅を訪ねてきたときの会話や,もらった焼酎を娘に持ち帰らせた話など,体験した本人でないと語れない内容が詳細に記載されていることからも,A1とA5が亡A36宅に焼酎を持ち込んだ嫌疑性は十分認められるところである。
なお,亡A36は,同年5月27日の取調べにおいて,「今年の1月下旬頃に,A1さんが今回の県議会議員選挙に立候補するということで,そのあいさつのため○○2本を私方に持って来ました。」などと,取調べ初日に供述した焼酎を受け取った旨の供述を維持した上,もらった2本の焼酎のうち,1本は娘のA39に持って帰らせたと供述しており,一方のA39も警察の事情聴取に対し,「今年の2月頃,父から○○の焼酎をもらった。主人がこの焼酎はおいしくないと言っていたので,銘柄のこともよく覚えている。」などと供述しながら,○○の焼酎瓶を任意提出していることから,亡A36の供述には明確な裏付けがあったというべきである。
さらに,A1は,本件買収会合事件の事実で逮捕後,ほぼ一貫して本件買収会合事件の逮捕事実を否認しているが,取調べにおいて,「2月下旬頃の午前中,A5と2人で四浦地区を選挙運動して回った。」,「A36さんは,選別小屋でカライモの選別中であった。」などと供述し,訪問時期こそ多少ずれがあるもの,四浦校区を戸別訪問した日の午前中,A5と共に亡A36方を訪問した事実を認めている。
d A5の自供
A5も,同年4月16日もA5ビール事件の事実で取調べを受けていたものであるが,亡A36が焼酎の授受を自供したため,取調官及び補助官において,A1と一緒に亡A36方を訪ねて焼酎を渡したことについて聴取したところ,「志布志町内の全集落を回ったので,仕方なかった。それ以上は話したくない。弁護士に話す。」と,亡A36方の訪問事実を認めたが,A5が同月17日に突然入院したため,以後の取調べを継続することが困難となり,事実上,A5焼酎事件の捜査は中断したものである。
e A5焼酎事件の捜査の合理性
以上のとおり,A5焼酎事件は,一定の確度が認められる端緒情報に基づき捜査を開始したほか,亡A36の供述によれば,A1とA5が戸別訪問に訪れ,帰った後に,それまでなかった焼酎2本が置かれていたことは間違いなく,亡A36が作業していた甘藷の選別作業場は自宅敷地内にあり,A1とA5以外の訪問者がいたのであれば気付くはずであること,A1とA5以外の第三者が亡A36に声を掛けることもなく焼酎を置いていくことは通常考えられないこと,亡A36本人もA1とA5が置いていったものだと思うと供述したこと等に鑑みれば,戸別訪問の際にA1とA5が亡A36に焼酎を供与して投票を依頼した疑いがあると判断したことは十分に合理性があるというべきである。
このように,A5焼酎事件については,協力者の情報提供や亡A36の供述等から,捜査を開始するに十分な嫌疑が認められたところであり,また,その捜査手段についても,任意捜査にとどまるもので,嫌疑の程度等に照らし,必要な限度を超えるものとは認められないことから,国家賠償法上の違法性の有無は認められず,いうまでもなく県警が事件をでっち上げたことはあり得ない。
(サ) 平成15年4月17日以降の四浦校区の住民に対する取調べの適法性
本件現地本部は,平成15年4月16日に亡A36やA5の供述を得て,同日,四浦校区において戸別訪問及び物品の供与が行われている可能性が高いと判断し,四浦校区の情勢に関する内偵捜査を実施した。
第一次捜査機関である警察としては,特定の犯罪の嫌疑があると認められる場合に必要な捜査を行うことができるのはもちろんのこと,特定の犯罪についての嫌疑にまで至らない場合であっても,捜査着手のための準備活動を行うことは可能であり,いずれも必要な限度を超えない範囲内で任意で行われる限り,許容され,その方法に制限はないと解すべきであるから,四浦校区での選挙の実態等を解明すべくB1警部らにおいて内偵捜査を実施することとしたところである。
B1警部らは,四浦校区の内偵捜査を行うに当たり,四浦校区の情勢等に詳しいとされる志布志町内の有志者のもとを訪ねたところ,有志者から,「四浦校区の住民のうち,A1派の人物として,A7,A20,A14,A22らが挙げられる。A7の妻A6は,b社で働いており,A1のために選挙運動をして非常に動いているようだ。」として,四浦校区におけるA1派の人物の情報提供を受け,また,「実際に見たわけではないが,過去にも現金のやり取りがあったと聞いており,過去に選挙で物品や現金をもらった者がいる。」として,A7,A20,A14,A22,亡A36,A33,A45,A44等の名前を挙げ,「これらの者達が物品や現金を貰っているのは間違いないと思う。」などの情報を得た。
有志者が名前を挙げた者の中には,既に本件現地本部において取調べを受けている亡A36の名前も含まれていたことから,その他の人物についても,亡A36と同じく,A1とA5から戸別訪問を受け,焼酎等を受け取っている疑いがあると認められるとともに,まずは,四浦校区における選挙の実態等を解明すべく,翌日の同月17日から,A7ら名前の挙がったこれらの者を任意同行して取り調べるに至ったものである。
そして,その任意同行及び取調べの態様には何ら違法な事由は存在しない。
したがって,同日から同月19日の四浦校区の住民に対する取調べに,国家賠償法上の違法性の有無は認められず,県警がした本件不起訴等原告らに対する同月19日以降の全ての取調べも,何らの違法性の有無もない。
(2)  争点(1)イ(A6焼酎事件の初動捜査及び第1次強制捜査における別件無罪原告らの不合理な供述に基づいた本件不起訴等原告らに対する捜査の違法性の有無)
ア 本件不起訴等原告らの主張
(ア) 総論
県警及び本件現地本部は,具体的な嫌疑もなく,四浦校区の住民らに対する事情聴取を開始し,別件無罪原告らに対し,次々と違法な手段により志布志署への出頭を求め,たたき割りと呼ばれる手法を用いた,違法な取調べを継続して,A6焼酎事件についての虚偽の供述を引き出した。A6焼酎事件における別件無罪原告らの自白には不合理な点が多く,信用性がないものが明らかであったのに,県警及び本件現地本部は,A6焼酎事件について違法に第1次強制捜査に踏み切り,別件無罪原告らに対する違法な取調べを継続させたが,A6焼酎事件に関する自白が不合理で信用性がないものであることが一層明らかになるのみであった。
県警及び本件現地本部は,A6焼酎事件に係る上記捜査の過程で,原告X5,原告X7及び原告X1に対し,順次取調べを開始したが,それらはいずれも合理的な嫌疑のない違法なものである。
また,県警及び本件現地本部は,A6焼酎事件に係る嫌疑が合理的でないことが明らかであって,早期に本件公職選挙法違反事件の捜査を終了させるべきであったにもかかわらず,合理的な理由のない違法な捜査を継続し,このことが,別件無罪原告らに対する違法な捜査によって得られた不合理な供述に基づく本件不起訴等原告ら,すなわち,原告X2,原告X3,原告X4及び原告X6に対する本件買収会合事件に係る取調べ,原告X1に対するX1・20万円事件の取調べにつながったのであるから,A6焼酎事件の初動捜査及び第1次強制捜査における別件無罪原告らに対する違法な捜査によって得られた不合理な供述に基づく本件不起訴等原告らに対する捜査が違法であるというべきである。
(イ) A6焼酎事件の端緒に係る任意同行及び取調べの違法性の有無並びにその結果得られた自白が虚偽であることの明白性
a A23及びA22
(a) A23
A23は,同月19日,任意出頭を拒否しても認められず,執拗に出頭を求められて志布志署に無理に同行させられ,B31巡査部長の取調べを受けたが,その端緒は,同月18日に,夫であるA22が,たたき割りによる探索的・渉猟的取調べにより,A6が選挙で忙しくて帰りも遅いという話を妻であるA23から聞いたと虚偽の自白をさせられたため,A23を取り調べるというものであった。
そうであれば,A23の同行・取調べは,嫌疑なき取調べであり,それ自体,違法であった。A23の基礎捜査を実施せず,A23の生活状況等も分からないまま,B31巡査部長に対して取調べを敢行させた本件現地本部の判断は,明らかな誤りであった。
しかも,B31巡査部長は,A23の心理学的特徴(知的脆弱さ)に配慮することなく,「A6が焼酎を配ったと言っている,みんなもらったと言っている。」と怒鳴りつけ,否定するA23に対し,「この馬鹿が。」と人格を傷つけたものであり,明らかに不相当な誘導・陵虐の長時間の取調べであった。さらに,B31巡査部長は,否認するA23に対し,「罰金で済む。」,「A6が認めている。みんな認めている。」,「夫の両親,子供たちも警察に呼ぶ。」と利益誘導を繰り返しながら,脅迫して自白を強制した。その結果,B31巡査部長は,A23に,同日午前11時頃に虚偽自白をさせた。
この点は,B31巡査部長が,A23を取り調べるとき,情報らしい情報はないのに,A23は何ももらっていないと言って沈黙したというのであり,そのようなA23に対して「あなたが正直な話ができないのであれば家族のほうから話を聞くことにもなりますよ。」と告げ,それでも沈黙していたA23に対し,「私のほうが調べ補助者のほうに,それじゃあ家族のほうから話を聞く準備をしなさい。」というようなことで言いましたところが,補助者のほうは,「分かりました。」ということで,部屋を出たところ,ちょって待ってと言ってA23が「A6ちゃんから焼酎をもらった。」と供述したというのであるから,B31巡査部長が不相当な誘導・威嚇により供述の自由を侵害した違法がある。
(b) A22夫妻の自殺未遂
A22夫妻は,本件現地本部による取調べの結果,夜は恐怖と不安で眠れず,同月20日朝,「昨日のような取調べが始まるかと考え,「本当のことを言っても全く信用してもらえず,生き地獄のような取調べがずっと続くのなら死んだ方がましだと考え」て自殺を考え,近くの畑にある柿の木で首を吊ろうとしたが,長男のA25に止められた。
A22は,A25に制止されてもなお,四浦校区を流れる◎◎川に飛び込んで入水自殺を図ったが,現場に居合わせたA57に救助され,自殺を遂げるに至らなかった。A22は,救出直後,A57に対し「このままだと,逮捕されてマスコミに報道されてしまう。子どもたちも就職できない。死んだほうがましだ。」などと話した。これらは,取調べの過酷さを示すものであった。
b A6
A6は,平成15年4月18日に続いて,同月19日にも早朝から取調べを受けていたが,午後からの取調べ前に,B8警部補は,B1警部から,A23が「A6から金をもらったと自供したと,確認しろ」と指示された。この指示を受けて,B8警部補は,A23の自白がどのようにして取られたのかも確認せずに,A6に対し「あなたがこれまで私に説明してきたことが明らかにうそだと分かりました。正直に話をしなさい。」と,A6の説明が全部嘘だと決めつけた不相当な誘導を用いたたたき割りの手法による違法な取調べを行ったところ,A6は,「A35,A23,A14,A36,A29,A12,A11,A13,A53,A52,A47,X5,A59の合計13名に1万円ずつを,A1の選挙のためにやった。」と自供した。このようにして得られた自白について,B8警部補は,B1警部に対し「A6が,a3集落や姉,知人,13名に対して1万円をやったと,買収金をやった。」という報告をしたところ,B1警部は,B8警部補に対して,「A36の供述から,焼酎と1万円という供述が出た。確認しろ。」と指示され,B8警部補は,このB1警部の指示に従い,再び,その日の夕方頃,A6を取り調べたが,その際,「あなたはお金だけじゃない。」と明らかに不相当な誘導をして,A6に「○○という焼酎もです。」と答えさせている。これもA6の説明が嘘だと決めつけた取調べを行っており,虚偽自白防止義務・真相解明義務に違反する取調べであったことは明らかである。
しかも,この日の取調べ終了時点では,A6は,B65巡査の肩に手を掛けて,一緒に寄り添って歩いて行ったというのであり,これは相当程度心身共に疲労困憊していたことをうかがわせるものであり,その取調べの酷さを示すものである。
c 亡A36
亡A36は,同月19日,A6から焼酎を受けとった容疑で,同月16日と同様,何について取り調べたいのかは一切告げられずに任意同行を求められ,朝から志布志署で取調べを受けた。
亡A36は,夕方になって,A48刑事に「仮に,A6が3月中に来るとしたら上,中,下のいつがよいか」というような形で質問を受け,亡A36がこれに答えていくうちに,A48刑事に「ほれみろ,3月初旬にA6が来て,A1さんを頼むと言って焼酎2本と現金1万円を受け取ったのは間違いないな」と言われて,虚偽自白を作られた。
d A6,A23及び亡A36の各自白が虚偽であることの明白性
そして,A6焼酎事件に係るA6,A23及び亡A36の上記各自白がいずれも虚偽のものであることは客観的に明らかであった。
すなわち,①A23及び亡A36の自白は,いずれも捜査官が任意捜査を超えた不相当な誘導や強制により行われたものであり,②A6の自白は,A23と亡A36の供述を前提に,B1警部の具体的な指示の下,B8警部補のたたき割りによる違法な取調べの結果であり,③捜査官がそのような不相当な誘導や強制をしても,なお,A23,亡A36,A6の自白は,A23は,もらった焼酎は1本であったというのに対し,A6はこの点の供述をせず,A23は,後援会入会申込書と一緒に焼酎1本をもらい,それから数日後に1万円をもらったというのに対し,A6は,後援会入会申込書と一緒に焼酎と現金1万円を渡したと供述し,A23は,現金が入った封筒は茶封筒というのに対し,A6は祝儀袋,亡A36は白色封筒とそれぞれ供述し,亡A36は,後援会入会申込書と一緒に現金1万円と焼酎2本をもらったことというものその時期は,3月上旬であるというのに対し,A6は3月中旬頃と供述しており,焼酎の本数や機会,時期等に不一致な点が多く,④A23の自白では,A6から現金1万円をもらったとする日時が同年3月20日の5時となっているが,A6のタイムカードによれば,A6は,同日の午後5時32分まで,a3集落から車で30分はかかるd社にいたことは動かし難く,アリバイが成立することが明らかであって,客観的事実と矛盾し,⑤A23の自白によれば,A6からもらった焼酎は自宅の神棚にあるはずであるのに,B31巡査部長は,同年4月19日の取調べを終了してA23が帰宅した午後11時過ぎ,A23に続いてA22方に上がり込んで焼酎瓶を捜索し,このような令状のない深夜の家宅捜索を行っても,なお,焼酎瓶は見つからなかったことなどからすると,およそ自白に信用性はないことは容易に判断できた。
e 違法性の認識及び捜査を終了するべき注意義務違反
以上の事実に照らせば,県警及び本件現地本部は,同年4月19日の時点において,通常の捜査官において,そのときまでに収集した証拠資料に基づき合理的に判断すれば,A6,A23及び亡A36のA6焼酎事件の自白が全く信用性がなく,本件買収会合事件の合理的嫌疑がないことは明らかであったというべきであり,その時点で直ちにA6焼酎事件を含む本件公職選挙法違反事件全体の捜査を終了するべき注意義務があったが,県警には,これに違反した違法性がある。
(ウ) 平成15年4月19日から第1次強制捜査の着手までのA6焼酎事件の捜査を継続したこと及び捜査の態様の違法性の有無並びにA6焼酎事件に係る自白が虚偽であることの更なる明白性
a 捜査の態様及びこれに対する被疑者の供述等
県警及び本件現地本部は,A6焼酎事件に関する供述の信用性の判断を明らかに過ったまま,以後も捜査を継続した。平成15年4月19日から第1次強制捜査を行う同月22日までの間の被疑者に対する違法な取調べの具体的な態様及びこれに対する被疑者の供述等は,以下のとおりである。
(a) A6
A6は,同月20日,一旦,否認に転じるが,B8警部補から大声で恫喝されて,再度,虚偽の自白をした。
A6は,認めろとのB8警部補の強制で,そのように答えていいのか分からず,「ウーウー」とうめいてた。B8警部補は,同月19日付けの供述調書の内容を否定すると,「あなたを逮捕する。ウソばかりつくので逮捕するぞ」と言って脅迫した。
B8警部補は,「お前のせいで皆が迷惑する。」などと怒鳴り続けて(この言葉は,その後もB8警部補は何回も使った。),やってもいない事実を認めることを強制した。
さらに,B8警部補は,「あなたが言い出っしぺではない。A23やA36が認めている。」と言って認めるよう強制した。これは不相当な誘導である。
A6は,同日,捜査官らの意向によって,取調べを中断し,取調室から受供与者とされる姉らに電話をさせられ,その会話内容を秘密録音された。本件現地本部が,このような違法な捜査を繰り返したのは,A6らに嫌疑がないことから,探索的・渉猟的捜査をせざるを得なかったことを意味する。
A6は,同月21日,午前7時から午後11時まで取調べを受け,B8警部補の不在時に,補助官のB65巡査から,A4の紙を渡され,本当のことを書くよう指示されたため,「焼酎とかお金とか,やっていません。」と書いたところ,その後,取調室に戻ってきたB8警部補は,その紙を見て,B65巡査に対して,「お前は補助官のぶんざいで,こんなことをしていいのか。余計なことをするな。」と怒鳴り散らして,紙を破り,A6に対し,B65巡査がクビになるかもしれないなどと告げ,B65巡査に謝罪するよう命令し,A6は,B65巡査が,怒鳴り散らされたのを目の前で見ていたので,B8警部補から命令されるままに,B65巡査に謝罪した。これら一連の態様もA6に対する恫喝に他ならない。
A6は,同月22日,朝から頭痛が酷かったが何の配慮もされず,取調べを継続され,その間に,現金や焼酎を供与した事実を否定する度,B8警部補から怒鳴られ,取調べを受忍させられ,昼食も夕食もなく,トイレも監視が付いた状態であった。
A6は,同日付け供述調書の作成を強要されたが,その内容は,全てB8警部補の不相当な誘導により,現金が入っていた封筒は白色祝儀袋か茶色い小封筒,焼酎は2本くくりのものを供与した者のほかに1本だけ供与した者もいるかもしれないとされ,A6は亡A36宅を2度訪問し,1度目は同年3月の上旬でA1の後援会入会申込書への記載の依頼,2度目は,同年3月の中旬で,現金と焼酎の供与のためとされるなど,A23及び亡A36の供述に意図的に合わせられたものであった。
A6は,同日,頭痛を訴えたもの,B8警部補はA6に市販の頭痛薬を飲ませるだけで,何ら配慮することなく,取調べを強制し,A6が息苦しいので帰宅したい旨を懇願しても,取調べは継続され,夜になって,A6が息苦しさを訴えたことから,ようやく医師が来て,折りたたみの簡易のベッドにおいて点滴を受けた。
(b) A14
A14は,同年4月20日,午後1時25分から午後10時まで,B10警部補の取調べを受けた。
B10警部補は,同日,A14を取調室に入室させ,取調べを始めると同時に,「お前を死刑にしてやる。」,「これまでは俺が甘かった。」,「A6がお前に焼酎をやったと言っているぞ。」と繰り返し,その旨の自白を迫った。A6は,同日,否認に転じたこともあったし,また,客観的証拠(A6のタイムカード等)とも矛盾し,さらに共犯者とされるA23及び亡A36の供述とも一致せず,A6の自白を信用することができないのに,信用することができると盲信し,B1警部の指示に従って,不相当な誘導をして自白を強要した。
A14が否認を続けても,B10警部補は,「言えないのであれば,書け。」と強要し,机を拳で何回もたたいて認めろと怒鳴り,壁を手でたたいたりして,恫喝した。A14は夕食時間になっても帰宅を許されなかった。
A14は,同月21日,ポリグラフ検査を強要された。このポリグラフ検査について,A14は,B10警部補から「嘘発見器」との説明を受けているが,正しい説明ではなく,むしろ,虚偽自白を生むおそれのある説明内容である。
ポリグラフ検査は,捜査官によって被検査者に伝えられた犯罪事実を質問項目とすることができず,被検査者に対して多くの犯罪事実が伝えられてしまった後では,検査の実施は極めて困難となるため,ポリグラフ検査は,できるだけ取り調べの初期段階で行うことが望ましいにもかかわらず,A14は,その前日までの取調べで,A6から焼酎2本と現金1万円をもらったはずだとの不相当な誘導尋問が繰り返されていることも考え合わせると,虚偽自白を誘発する可能性が非常に高い捜査であった。
その上で,B10警部補は,同日,ポリグラフ検査後,「機械は嘘をつかない。機械は嘘をいっていないのだから,お前が嘘を言っているのだ。」などと繰り返し,偽計を用いて取調べを継続した。この点,B10警部補も,A14の前で,「補助官にはポリグラフ検査の結果表を見せまして,反応があるよということで,補助官にもその結果の内容を確認させたこと」を認めている。
このような行為は,ポリグラフ検査結果一般の信用性が問題となっている現状では,偽計を用いた尋問であり,違法であることは明らかである。
ただ,B10警部補からポリグラフ検査結果に反応があると言われても,A14は,真実はもらっていないと言って否認を続けていたが,その後も,昼食休憩もとることなく(B10警部補も,この事実を認めている。),長時間の取調べを行い,A14から,A6から物品をもらったが,それがお金だったのか焼酎だったのかビールだったのか等,今良く思い出しませんなどと虚偽の自白を強いられた。
A14は,同月22日,午前9時12分から午後8時18分までB10警部補の取調べを受け,B10警部補は,A14に対し,午前中から,机の上に両手を乗せた格好で,絶対下ろすなと姿勢を強制した。B10警部補は「下を向くな,机の上に手を置け。」とその姿勢を長時間強制した。A14が同じ姿勢でいるのが辛くて,手を下ろそうとすると「なぜ下ろすか」とさらに同じ姿勢を強要され,義務なきことを強制された。B10警部補は「いつまで嘘を言ってるんだ。」,「みんな認めているんだ。」,「A6がお前にやったって言うのはもうわかってるんだ。」,「認めないと地獄に行くぞ。」とたたみかけるように言って虚偽の自白を強制した。また,B10警部補は,「認めたら罰金だけで済むが認めないと逮捕されるぞ。」と利益誘導及び脅迫による取調べを行った。
このようなことが午前中から繰り返されたことから,A14が帰宅を申し出ると,B10警部補は,取調室からの退出を認めたが,A14が警察署を走って出て駐車場に止めていた自分の車に乗ろうとしたところ,B10警部補と補助官の2人が付いてきていて「何で帰るのか。」と取調室に戻ることを強制した。そして,A14の両サイドにそれぞれ立ち,体でA14を押して取調室に戻そうとした。
A14は抗議したが,補助官は,「暴力は振るっていない。」などと言って,2人で挟み込むことを止めなかったため取調室に戻って,取調べを継続させられた。
B10警部補は,その後の取調べにおいて,A14に対し,もらった焼酎は,「2本だろうが。」,「焼酎だけじゃない,現金もだ。」などと次々に言って不相当な誘導をして,A14の訴えを全く聞かず,「金をもらおうと,焼酎をもらおうと罪は一緒なんだ。」と偽計を用い現金をもらったことを認めるよう強制し,諦めたA14が,もらった金額について「5000円ですか。」と聞くと,B10警部補は「そんな半端なお金じゃない。」と不相当な誘導をして,A14が「じゃあ1万円ですか。」と聞くと,B10警部補は「そうだ1万円だ。」と不相当な誘導してB10警部補の描くとおりの供述を押しつけた。
(c) A23及びA22
A23は,同月19日,B31巡査部長から,更なる不相当な誘導・恫喝により,同月10日の午後6時頃に旧志布志町内のスーパーマーケットでA20に会い,同月12日午前7時半頃に四浦校区内の交差点でA20から5万円をもらったという供述調書に署名・指印させられた。同日の取調べは,牛前9時53分から午後10時20分までの間の長時間にわたるものであった。
A22夫妻は,同月20日には自殺を図るほど精神的に不安定な状況にあったのに,A22夫妻は,同月21日,取調室に連行されて,取調べを強要された。
A23は,同日のB31巡査部長からの取調べにおいて,同月19日の自白は,事実ではなく,A6から焼酎と現金をもらったことはないと否認したが,B31巡査部長から,繰り返し,知的障害に配慮しない不相当な誘導・威嚇を伴う取調べを受け,焼酎1本と現金1万円をそれぞれ別の機会にもらったと再度,自白させられた。
B31巡査部長は,同日の取調べにおいて,実際には,同日の時点でA6は否認と自白を繰り返している状況であるのに,A6があたかも自白しているように切り違い尋問と評価すべき偽計を用いて誘導している。このことは,A23の同日付け供述調書に,「本当の事を話さないといけないけど,言えば四浦集落には住めなくなると思い本当の事が言えませんでした。しかし,刑事さんから話を聞いているうちに,A6ちゃんも本当の事を話しているのかな。自分一人だけでなく,みんなが本当の事を話してくれれば四浦集落に住めると思うようになりました。」と記載されていることからも明らかである。
また,B31巡査部長は,同月19日の深夜のA22宅で,同日の取調べを終えたA23の帰宅に同行した機会に,A23が,親族から,同日の取調べで嘘の自白をしたことについてA20から抗議の電話を受けたことを告げられた上,「本当のことを言え。」と罵倒されていたことを目撃していたのであって,A23が虚偽の自白をしていたことを知りながら,知的障害があり,迎合しやすいA23に嘘の自白を迫っていた。
A22は,同日,A22を自殺未遂に追い込んだB20警部補に代わり,B21警部補の取調べを受けたが,B21警部補は,A22が,前日,自殺を図った者で,精神的に追い詰められていたことを知りながら,また,その知的能力にも配慮せず,不相当な誘導・恫喝を伴う強制により既に抵抗する気力を喪失していたA22に「A23が3月中旬頃にA6から焼酎1本をもらい,その後,3月20日以降の時期で,A23の所持金が少なくなっているはずの時期に1万円を所持していたことがあり,不思議に思った旨の供述調書を作成させた。
さらに,B31巡査部長は,A23に対し,B19警部補は,A22に対し,同月22日,A23がA6から受け取ったとする1万円の使途につき,A23からA22に5000円が交付されたよう,2名の供述を合わせるために不相当な誘導・恫喝を伴う尋問を行ったが,同人らの供述は,交付した日時と金額は一致したもの,交付した状況が異なるなど,信用することができないものであることは明らかであった。
(d) A20
A20は,同月19日,B30巡査部長から取調べを受けて,B30巡査部長は,A20に対し,A23がA20から買収金の供与を受けたと自白したことを告げて,同供述が信用できることを前提に,「あんたを信用していたが,あんたは嘘を言ったね。」とすごい剣幕で怒鳴って威嚇した。
A20は,同月20日及び同月21日に不相当な誘導及び威嚇を伴うたたき割りによる取調べを受けたが,否認を継続した。
(e) A29
A29は,同月20日,昼頃から午後10時過ぎまで,身体拘束を受けて取調べを継続され,A22を自殺未遂に追い込んだB20警部補の取調べを受けた。
A29は,A6との関係について,自分が志布志の町に買い物に行っているときに,A6が訪ねてきて後援会入会申込書の記載を依頼してきたこと,そのとき,夫が夫の名前を記載しただけだったのでそのことを説明したこと,金品の受領など一切なかったと説明したが,しかし,B20警部補は,嘘と決めつけ,聞き取り内容を記載したメモを破り捨てた。A29が嘘は言っていない旨を説明しても,B20警部補は聞き入れず,A29がどうしてよいかわからず机に頭を突っ伏してしまう状態になると,B20警部補は,「頭を上げろ,芝居が上手だ。」と恫喝した。B20警部補は,「警察で取調べを受けていること自体,何かあるから取り調べているのであって既に罪人だ。」,「金品の受領があったことを話さないと帰宅できない,また逮捕等ということになると子ども・親戚に多大な迷惑がかかる。」などと脅迫して虚偽の自白を強要して,帰宅させなかった。
B20警部補は,同月21日,g郵便局に来て,出頭を求めたので,A29が嫌疑を明らかにするよう求めたのに,これを明らかにせず,出頭を強要した。なお,A29は,出頭を拒否した。
(f) 亡A36
亡A36は,同月20日,午後1時26分から午後7時56分までの長時間,取調べを受けた。
亡A36は,取調べ開始時に「昨日言ったことは全て嘘である」,「私の作り話である。」,「嘘をなんぼう,ま,言っても,まこと,嘘が合うはずがない。」と事実を否認したが,B14警部補は,「何が嘘か,A6が言っていることと全く同じだ。」と,本当は,A6の供述とは時期の点も,後援会入会申込書の記載の点や,現金が入っていた入れ物の点などが違っていたのに,あたかもA6の供述と全ての点で一致しているかのように虚偽の事実を申し向け,偽計を用いて,長時間にわたり,亡A36を取調室に滞留させて,不相当な誘導をもとに,再度自白させた上で,否認した理由の供述調書を作成した。
亡A36は,同月22日,午前9時30分から午後10時5分まで取調べを受け,不相当な誘導により,1万円を供与された趣旨が,私や私の妻,親戚等知り合いの人達に働きかけて,A1への投票をお願いしてくれることであったこと,1万円札の入った封筒の色については,前回の供述が間違っていたかも知れず,何色か思い出せないこと,A6が本件選挙に関し亡A36宅を訪れた回数は,焼酎と現金の交付のためとA1の後援会入会申込書への氏名の記載の依頼のための2回あったことなどが追加された供述調書が作成された。
(g) 原告X5
本件現地本部は,県警本部長の指揮を受けないまま,同月19日,原告X5の任意同行を求め,B9警部補において,志布志署の当直仮眠室で,A6の供述が信用できることを前提に,A6からA1の選挙の件で,卵以外に何かもらっただろうと,不相当な誘導・恫喝を伴う取調べを行って,虚偽自白を迫った。原告X5は,「d社で平成14年9月から同年12月までシルバーで派遣され,A6と一緒に働いたこと,A6はA7と一緒に自宅に来たこと,それまでももらったことがある卵を手土産にもらったこと,家に上がり世間話などをした後,帰り際に後援会入会申込書に名前を書いてと言われ,夫が署名したことなど事実を話した。それ以外,もらったことはない。」と話した。
B9警部補は,原告X5に対し,平成15年4月20日以降も,卵以外に現金をもらっただろう,それ以外に物品をもらっただろうと,A6供述調書を基に,同じ内容の質問を長時間にわたり繰り返して,不相当な重複・誘導尋問を行った。
(h) 原告X7
原告X7は,同月22日,本件現地本部の取調べを受けたが,その取調べは,否認する原告X7に対し,長時間にわたり,A6からほかに何かもらっていないかと繰り返し質問して自白を迫る,相当性を欠く違法なものであった。
(i) A11
A11は,同月20日,関屋口交番で,B58巡査及びB59巡査の取調べを受けた。B58巡査及びB59巡査は,同日の取調べにおいて,A11に対し,A6から焼酎とお金をもらったことを認めれば,A6は書類上で終わると,不相当な誘導を行い,さらに,B58巡査は,否認するA11に対し,「A6に早く特効薬を塗りに行け,早く前に進め,バックするな,壁をはずせ,早く船に乗れ,心が痛まないか。」などの言葉を浴びせ,虚偽自白を迫り,A11は,否認を続けたが,同月21日にも,B58巡査及びB59巡査から不相当な誘導及び威嚇を伴う取調べを受けて,「2月中旬から3月中旬までの午後2時から午後3時頃までの間」現金1万円と焼酎2本をもらった旨の虚偽の自白をさせられて,その旨の供述調書に署名・押印をさせられた。
A11は,同年4月22日にもB58巡査及びB59巡査から不相当な誘導及び威嚇を伴う取調べを受けて,1万円を受け取った時期を「3月上旬午後2時から3時頃」に変遷させられて,その旨の供述調書に署名・押印をさせられた。
(j) A13
A13は,同年4月21日及び同月22日と強制連行され,取調べを強要されて,昼食もとれず,頭痛もするなかで,否認を続けることを余儀なくされた。
b 違法性の認識及び捜査を終了すべき注意義務違反
以上の事実に照らせば,県警及び本件現地本部は,第1次強制捜査に着手する前の同月22日までの捜査の結果について,通常の捜査官において,そのときまでに収集した証拠資料に基づき合理的に判断すれば,上記のとおり,違法な手段を用いた追及的な取調べにもかかわらず,事実関係を否認する被疑者が多数おり,事実を認める被疑者の供述についても不一致が多く,同月19日の時点におけるよりも一層明確に,A6焼酎事件の合理的嫌疑がないことを認識していたというべきであるから,その時点で直ちにA6焼酎事件を含む本件公職選挙法違反事件全体の捜査を終了するべき注意義務があったが,県警は,これに違反した違法性がある。
したがって,別件無罪原告らに対する違法な捜査によって得られた不合理な供述に基づく本件不起訴等原告ら,すなわち,原告X2,原告X3,原告X4及び原告X6に対する本件買収会合事件に係る取調べ,原告X1に対するX1・20万円事件の取調べにつながる違法性が存在する。
(エ) 第1次強制捜査を開始したことの違法性の有無
a 職務行為基準説及び合理的理由欠如説
逮捕勾留の違法性の有無については,職務行為基準説及び合理的理由欠如説によるべきであること,職務行為基準説では,通常の捜査官の立場で,その時点で現に収集した証拠資料及び収集し得た証拠資料に基づき,合理的に判断すべきことは既に述べたとおりである。
b 本件現地本部における平成15年4月22日までの異常な捜査の過程
本件現地本部における平成15年4月22日までの異常な捜査の過程は,既に述べたとおりであり,そのため,本件現地本部が,同月19日,A23,亡A36及びA6から得たA6焼酎事件に係る自白には,以下の問題点があった。
すなわち,①これらの自白が供与の時期,焼酎の数,現金及び焼酎がA1の後援会入会申込書への記載の依頼と同一の機会に行われたものか,現金が入っていた封筒の色等について,不一致があって信用することができないこと,②A23の供述は,受供与日とされる同年3月20日には,A6にアリバイがあること(A23の平成15年5月17日付け供述調書添付の「肉用牛実態調査実施について」,A23の3月分出勤表の記載,A6のタイムカードの記載から明らかである。),③自宅の神棚にあるという焼酎が,供述したその日に警察官が自宅内を捜索しても発見できなかったこと,④A6焼酎事件の受供与を直接証明する物証は見つからず,あったのは,亡A36の畑から発見された焼酎瓶1本であり,同焼酎瓶からは,A6の指掌紋は見つかっていないこと,⑤供与金の出所もその使途も曖昧なままであったこと,⑥同日以降の取調べを行い,不相当な誘導や威嚇的な尋問を行っても,A6,亡A36及びA23の供述は,不一致点が残ったままであること,⑦A6から供与された1万円の使途についてのA23とA22の各供述はいずれも変遷していて,同人らの供述の信用性がないことが明らかであったこと,⑧A14の自白は,ポリグラフ検査を用いた偽計的又は威嚇的な尋問によるものであって,当初の供述は,供与されたものが,現金かビールか焼酎かよく思い出せないなどというあいまいなものであったのが,同年4月22日の供述調書では,後援会入会申込書を持ってきたときとは別の機会に,焼酎2本と現金1万円をもらったと明確になっており,A6と供述が食い違っていること,⑨本件現地本部が,A6をしてA11に対し取調室から電話をかけさせ,秘密録音をするという違法な捜査をしており,A11の供述の信用性を確保し得ないこと,⑩A47の自白も,A6と受供与品に食い違いがあったこと等の問題である。
これらに鑑みると,本件現地本部が収集していたA6らの供述証拠は,いずれも①それが客観的証拠資料により裏付けられておらず,②逆に,客観証拠と矛盾しており,また,③犯罪構成要件該当事実など重要な部分で変遷しており,初期供述からかけ離れた供述内容となっており,さらに否認と自白の交錯が著しく,④変遷の原因としても,A6やA23の知的障害に配慮せず,取調べ過程での捜査官による誘導・強制がなされており,いずれも信用することができないものであって,以上からは,本件現地本部は,合理的に判断すれば,A6焼酎事件について,もはや事件性がないと容易に結論付けられたはずである。
したがって,県警及び本件現地本部が行った第1次強制捜査は違法なものというべきである。
c 共犯者供述における引っ張り込みの危険性
A6焼酎事件の対向犯的な性質に照らし,その共犯者供述については,いわゆる引っ張り込みのための虚偽の自白がされる危険性が高いことを念頭にその信用性を慎重に判断すべきであるのに,県警及び本件現地本部は,その点について検討を加えた形跡がない。
d 令状担当裁判官に対する欺罔行為
本件現地本部は,第1次強制捜査に合理的理由がないことを知りながら,逮捕状請求時に裁判所に提出した4月22日付け捜査報告書に虚偽の事実を記載して,令状担当裁判官を欺罔した。
すなわち,4月22日付け捜査報告書には,A6焼酎事件の端緒として,同月15日,特別協力者から,本件選挙で四浦校区で金が配られており,受け取ったのは,四浦校区に住むA54,亡A36及びA55の3名である旨の情報提供がされ,基礎捜査の結果,上記3名がいずれも四浦校区に居住する本件有機米契約農家であったことが判明し,3名に事情を聞いたところ,2名からは買収事犯等の供述は得られなかったが,亡A36が,同年3月中旬頃の午後6時頃,四浦校区に居住し,b社に勤めるA6から選挙運動のお礼として焼酎2本と現金1万円を受領したことを認め,この供述からA6の基礎捜査を行ったところ,四浦校区に居住すること,b社に稼働することが判明し,亡A36が供述した供与容疑に信憑性が出てきたため,同月19日,A6に対して事情聴取を行ったところ,13名に対し,現金1万円と焼酎2本を供与したことを認め,さらに数名から事情聴取をしたところ,A23も同様の供述をしたとされている。
しかし,実際には,特別協力者から情報提供のあった四浦校区に居住するという3名のうち,亡A36以外の2名は森山校区の住人であり,かつ本件有機米契約農家でもない。また,上記3名に対する事情聴取を行った際に,亡A36が供述したのは,同年1月下旬頃,A1とA5から本件選挙での立候補の挨拶を受け,同人らが立ち去った後,玄関に焼酎2本が置いてあったというものであって,亡A36が3月中旬頃の午後6時頃,四浦校区に居住し,b社に勤めるA6から選挙運動のお礼として焼酎2本と現金1万円を受領したことを認めた際には,A6もA23も既に嫌疑もなく任意同行をされて現に取調べを受けていたのであって,当初の情報提供から,A6焼酎事件の自白獲得までの経緯まではおよそ異なっている。
このように,4月22日付け捜査報告書には,A6焼酎事件の発覚の経緯に虚偽の記載をするなどして,令状担当裁判官をして,その自白の信用性の判断を誤らせたものであって,本件現地本部のこのような行為は,逮捕状の騙取というべきである。
(オ) 第1次強制捜査中の平成15年4月23日から同月29日までの間の取調べの態様の違法性の有無
平成15年4月23日から本件買収会合事件の端緒となる供述がされる日の前日である同月29日までの間のA6焼酎事件受供与被疑者らに対する違法な取調べのその具体的な態様は以下のとおりである。
a A6の取調べ
(a) 平成15年4月24日
A6は,同月24日,検察官の弁解録取手続及び裁判官からの勾留質問において,いずれも事実を否認する旨述べた。
(b) 平成15年4月25日
A6は,同月25日,B8警部補から強要され,A6焼酎事件について,再び自白に戻り,検察官の弁解録取手続及び裁判官からの勾留質問において事実を否認した理由等について,「逮捕されたことで頭が真っ白になり,警察に逮捕されたら,どれくらいで家に戻れるのだろう,1~2年もの長い間,刑務所に入っていたら,A9じいちゃんの世話をすることができないと思うようになりました。それで,(中略)A36さんやA22さんにお金や焼酎をやったことはないと言って嘘をついてしまいました。」,「本日,刑事さんから,貴方が嘘をつき通すことで,どれだけの人に迷惑がかかるのか分かりますかと言われたことで,このままではいけないと思いました。」との供述調書を作成させられた。
A6は,B8警部補から,「否認すれば1から2年,刑務所に入らなければならない。」と脅迫された。上記のような調書ができていること自体,脅迫があったことを示すものである。
また,供述調書の記載からも,B8警部補は,他の者との供述内容が齟齬していることを知っていたのに,「あなたが嘘をつきとおすことでどれだけの人に迷惑がかかるのか分かりますか。」などと偽計を用いた取調べを行っていたことも明白であった。
さらに,B8警部補は,A6に対し,「おまえ1人でやったことではないだろう。正直に話している人もいるんだ。おまえも認めろ」,「おまえのせいで,そこでも怒られているがね(他にも調べられている人がいて,その人も刑事に私と同じように怒られていると言っていました。)。」などと威嚇と不相当な誘導,そして,偽計を用いて,うその自白を強制した。
(c) 平成15年4月26日
B8警部補は,同月26日,A6に対し,強制により,「私は,今年の3月上旬頃,A1社長を県議選で当選させるための選挙買収金として会社の人から25万円~30万円位の金を渡されました。私と同じ農作物の収穫作業をする X4,X6,A58の3人も,私と同じような金額を会社の人から渡されておりました」と,突然,全く身に覚えがない,不自然・不合理な事実を記載した供述調書を作成させられた。
(d) 平成15年4月27日
B8警部補は,同月27日,A6に対し,脅迫して,あるいは,不相当な誘導をして,「これまでの取調べの中で,13名の人に対して現金1万円と焼酎を渡したと説明してきました。しかし真実は2万円ずつの現金を渡していました。詳しいことは,頭を整理してから説明します」旨の調書を作成させた。A6の留置記録によれば,A6は,同日,午前と午後2回にわたり,頭痛薬を看守に求め,また,A6が取調べを拒否する意思表示をしたが,看守は,取調べを受忍するよう強く勧めた。本件現地本部は,B5署長が留置管理の責任者であることから,この日の動静について,当然に知り得たことであった。そのような中で,B8警部補は,長時間にわたり,金額が違うと執拗な重複尋問を繰り返し,不相当な誘導により,A6に上記の供述を強制したものである。
(e) 平成15年4月28日
B8警部補は,同月28日,恫喝・不相当な誘導による長期間・長時間の重複尋問を繰り返し,A6は,「それでも曖昧な説明を繰り返してきたのですが,もう駄目だと考え始めたのです。刑事さんから,貴方が金や物を他人にやったことがはっきりと分かったと追及された瞬間,私は,あー,A23さんが私から金や焼酎を貰ったと警察に言ったんだと直感したのです。しかし,この時,以前,A23さんには,私からは1万円だけだからねと口止めしていたことを思い出したことから,刑事さんには,13名には,現金1万円と焼酎を渡したと言って嘘をついたのでした。」という旨の供述を強制された。
もともと質問者の意を酌むことが苦手でそれに抵抗しがちなA6が,捜査官にとって必要な供述変更の説明の求めに合わせて,前提となるストーリーを作りだして,一応は筋の立った架空の説明を話すということは極めて考えにくいのであって,上記A6とA23の口裏合わせのストーリーは,B8警部補による押しつけであることは明らかである。A6は,上記の取調べにより,午後9時前には,留置場の婦少房の壁に自らの頭を何回も繰り返しぶつけ,留置監督者の制止も聞かず,「もう死んだ方がましだ」等の言動を発するなどの特異行動が見られた。
A6が房内でこのような特異行動をしている中で,罪体についてA6の供述の変遷があるから,B8警部補には,A6の供述が重要な部分で変遷する理由について,真相を解明する義務及び虚偽自白防止義務が生じていたが,A6がやったに違いないとの予断偏見から,何らの措置を講じなかった。
b A14の取調べ
(a) 平成15年4月24日
A14は,取調べが酷いため,同月24日,人権擁護委員,鹿屋の悩み事相談所に電話を入れ,選挙のことで警察に嘘を言ったがどうしたらいいか相談した上で,同日,都城のD1弁護士に,架電して,同月25日の午前9時に事務所を来訪することが決まった。
しかし,B10警部補は,同日朝,A14宅の牛舎前で,同行を求め,A14がD1弁護士に相談に行くと断っても,B10警部補は,「何で,弁護士に会う必要があるのか。」などと言って,とにかく警察署に来いと命じ,弁護士と相談する権利を奪って,志布志署に連行した。これは任意捜査の限界を超えた取調べであり,違法である。
A14は,同日,一旦,B10警部補に対してA6焼酎事件はなかったとして否認に転じた。
しかし,B10警部補は,「お前は本当のことを言ってるのに,何故,嘘だというのだ。」,「お前はA6が逮捕されたことで気が動転しているんだろうが。」,「お前が供述したからA6が逮捕されたんじゃないんだ,おまえのせいじゃないんだ。」,「嘘を言ったら本当に逮捕になるぞ。」などと脅迫し,相当性のない誘導をして,このようなたたき割りの手法によって,A14は,虚偽の自白を強制された。
A14は,否認した理由について,B10警部補のたたき割りにより,「A6が逮捕され,自分が否認すればA6が助かると思った」旨の虚偽の供述調書を作成させられた。
A14は,同日,自白に戻ったはずであったが,詳細な供述はなく,観念した者の行動とは異なる行動を取っていた。すなわち,A14は,上記供述証書において,自白に戻った理由について,「しかし,刑事さんから,これまでと同じように,いろいろな説明,説得をしてもらい,やはり,嘘をついても真実は一つであるから,世間では通用しない。この前,正直に話したように,ありのままを刑事さんに説明して,今回のことは一日でも早く終わらそう。」と述べたことになっているのに,「今後は,この時の状況を良く思い出し話していきます。」と,同月22日の取調べと同じ内容のみを述べた内容であること,A14は,同日,午前8時21分から午後8時まで取調べがあったのに,その供述調書が,わずか3頁のものにすぎなかったことは,A14が必死に否認を続けたが,結局,自白が強制されたものであることの証左である。
(b) 平成15年4月29日
B10警部補は,同月29日,午前8時41分から午後0時15分,午後1時15分から午後7時30分までA14を取り調べ,接見禁止中のA6が,同月27日の時点で,A6焼酎事件でA14に渡した現金を1万円から2万円に変遷させたことを知っていて,「関係者とA14さんの言い分が違うところがありますよ。」と質問し,不相当な誘導により,A6からの受供与金額を1万円から2万円に変更するよう供述を強制した。
このやり取りは,「で,その後,今度は,現金があっただろうと言われたんですか。ええ,現金があっただろうと言われて,いいえ,ないですと。その調べのやり取りをしている間に,はい,ありましたと。」,「で,それは,現金は幾らというふうに。5000円ですと言ったんですよ。そしたら,そんな半端なお金じゃないと言われました。」,「それで,幾らと言ったんですか。じゃあ1万円ですかと言ったら,いいや,違うと。幾らですかと言ったら,おれが教えてやるから言ってみろと言われたから,5000円ずつ上げていったんですよ。2万円のところで,ああ,そうだよ,2万円だよと言われましたよ。」とA14が本件刑事事件の公判において供述するとおりである。さらに,B10警部補は,「草刈りに行ったときに,A36と畑で会っただろう。」などと示唆し,この不相当な誘導により,A14は,亡A36と会ったときに金額を1万円とすることについて口裏合わせをしたように言わせたいのだと思って,そのように話をしたところ,B10警部補は,その旨の調書を作成することになった。
この事実は,A14の同日付け調書に,「今日,刑事さんから,A6さんの話と合わないところがあると追及され,もうこれ以上,嘘は通せないなどと思い,観念して 実は,焼酎2本くくりを貰ったのは,本当のことでしたが,貰った現金については,1万円ではなく,1万円札2枚の現金2万円であったことを正直に話しました。」と記載されていることから明らかである。B10警部補の本件刑事事件での公判証言では,A14が供述を2万円に変更したのは,午前10時頃のことと証言しているが,このわずか5丁の供述調書の作成で,午後7時30分まで取調べがあること自体不自然・不合理である。この日,夕方まで不相当な誘導や強要があったことを示している。
c A22の取調べ
A22は,同月20日に自殺未遂騒ぎを起こした後も連日取調べを受け,同月24日にも9時間35分もの取調べを受けた。このことは,同月21日,同月22日の取調べと併せて任意捜査の限界を超えた違法な取調べというべきである。
d A23の取調べ
(a) 平成15年4月24日
B31巡査部長は,同月24日,A23に対し,同月22日のA22夫妻の供述が異なること及びA22の同月24日の取調べ状況を知った上で,A23を不相当に誘導し,「今日,夫も警察の取調べを受けて,私の話と違うことを追求されたようです。私も夫が話すことと違っていると言われ作り話がばれてしまったのです。」とA6から供与を受けた1万円の使途につき,A27に渡した旨の曖昧な供述に変更させた。A23は,この頃から,食事も取れない健康状態になっていた。
(b) 平成15年4月25日
A23は,同月25日,午前9時14分から午後0時5分,午後1時から午後7時50分の長時間,取調べを受けた。
(c) 平成15年4月28日
A23は,同月28日,体調不良のため陽春堂診療所で診察を受けた,医師からは,取調べのための精神的なものと言われ,安定剤等を処方され,また,栄養のための点滴を受ける状態であり,同月29日朝も同診療所で点滴を受けたが,B31巡査部長は,同日,A23が同診療所で治療を受けるのを待ち,診療が終わると志布志署への同行を求め,抗拒不能の状態にあったA23は,これを断ることはできず,午前8時40分から午後0時30分,午後1時から午後7時8分まで,取調べを受けた。
この取調べでは,B31巡査部長は,A6の供述を前提として,現金は2万円だったろう,焼酎は2本だったろうと決めつけ,不相当な誘導を繰り返して,同月19日付け供述調書の内容変更を求めたが,知的障害があり,精神的に不安定になっていたA23は,B31巡査部長の言っている意味が理解できず,変更をすることはなかった。
e 亡A36の取調べ
亡A36は,同月29日午後6時50分から午後11時まで取調べを受けた。
亡A36は,同日の取調べで,B11警部補から「会合があった」と聞かされた。「座元が言っているから間違いない」と買収会合が3,4回あったと追及されていた。
また,B11警部補は,A6が同月27日にB8警部補の不相当な誘導により,A6焼酎事件について,供与金額1万円から2万円に変遷させたことから,亡A36に対し,不相当な誘導・恫喝を伴う取調べを継続させた。さらに,B11警部補は,高齢で午後11時までの取調べで疲労困憊していた亡A36に対し,A6から20万円の供与を受けたという別の被疑事実を自白するよう強要した。
そして,亡A36は,ほとんど寝ていない中で,同月30日午前7時35分,そのことばかり考えていて,取調べを受けるため,志布志署に向かう途中,車の運転を誤り自損事故を起こして,頚椎捻挫の傷害を負って,びろうの樹整形外科病院に入院した。
f 原告X5の取調べ
(a) 平成15年4月19日
原告X5は,同月19日以降の連日の取調べで,同月24日には点滴を受けるほど体調を崩したのに,B9警部補は,そのことを知りつつ,同月25日,原告X5を取り調べ,「あなたと同じ状況でA6から現金を貰った人が出てきた,この人達は認めている,5人のうち3人は認めている,もう一人も認めかかっている,何故認めないのか。」と虚偽の自白を強要した。原告X5は,「A6さんから貰ったことは認めます。ただ,私は実際は貰っていないから金額は分かりません。」と述べ,現実にもらってないことを明らかにした上で,原告X5が,5本の指を示しつつ,「これだけですか。」と聞くと,B9警部補が「違う。」と言い,原告X5が,「1万円ですか。」と言うと,B9警部補が,「それだ。嘘発見器もそのあたりで反応した。A6もそう言っている。」と言って,A6の供述に合わせた現金1万円と焼酎2本をもらったという虚偽の自白をさせられた。さらに,原告X5は,B9警部補から1万円の使い道を追及され,B9警部補から,最近1万円で何か買った物はないか。」と聞かれ,原告X5が,母の尿漏れパットを買ったことを述べると,B9警部補は,「それにしよう。」と言って,虚偽の自白をさせた。さらに,焼酎瓶については,平成14年暮れに,A1が経営する農場で農作業をした際,焼酎2本をもらっていたので,原告X5とB9警部補は,「これをもらったことにしよう。」,「もらって直ぐに裏の庭に捨てたことにしよう。」と話し合って虚偽供述を作成した。
したがって,B9警部補は,原告X5の供述が虚偽であることを知っていた。
(b) 平成15年4月29日
B9警部補は,同月29日,原告X5の取調べにおいて,原告X5に対し,A6が供与金額を2万円と供述していると言って不相当な誘導をして,原告X5の受供与金額を1万円から2万円に変更するよう強制し,その旨の供述調書を作成させ,さらに,原告X5をして,これを変更しないよう強制した。原告X5とB9警部補は,原告X5が,その当時,流し台を買っていたので,受供与金額の使途はそれにしようと話し合い,虚偽の供述調書を完成させた。
g 原告X7の取調べ
原告X7は,同月22日以降,同月25日及び同月26日にB11警部補の取調べを受け,B11警部補は,「A6が逮捕されたのを知っておるだろう。」と言い,暗に原告X7も逮捕するかのようにほのめかし,長時間にわたり,「逮捕された人が嘘を言うはずがない。」と決めつけて,不相当な誘導尋問を行い,繰り返し質問をして虚偽自白を迫ったが,原告X7は,否認を続けていた。
B11警部補は,同月27日,原告X7を強制連行し,不相当な誘導尋問,供述の強制を繰り返し,原告X7は,A7夫妻が同年2月21日の夕方に原告X7宅を訪問して卵10個をもらったこと及びA1の後援会に加入したことが違法であるとB11警部補に決め付けられた弱味から,金銭の受供与の自白に追い込まれ,長期間パイプ椅子に座らせられ,食事も摂れない状況下に置かれ,逮捕して下さいと叫ぶくらい心身共にズタズタにされた。原告X7は,B11警部補に対し,「もらったらどうなるのか?」との質問をした途端,揚げ足を取る手法で金銭をもらったことに仕立てられ,悔しくて泣くと,さらに,もらったことが真実であると決め付けて,虚偽の1万円受供与を認めさせられた。
B11警部補は,原告X7の上記虚偽の自白の後,取調室を出た後戻ってきて,原告X7に対し,「まだ金額が足りない。」と告げて,受供与金額を上げるよう強制したが,原告X7は,付き合いの浅いA6からそんなにもらうはずはないと,これを拒否した。
h A13の取調べ
A13は,連日の取調べで,同じ内容の質問を受け続け,精神的に消耗していたもの,否認を続けていたが,B18警部補から,「家族のことや周囲の人々のことを考えろ。」,「子供が可哀想だ。」,「(逮捕されている)おばさん(A6のこと)が可哀想だ。」などと怒鳴られ続けた結果,同月27日の取調べにおいて,A6が後援会入会申込書をもらいに来た日に,焼酎と1万円をもらった旨の虚偽自白を強要されて,その旨の供述調書に署名・押印させられた。
A13は,同月28日,志布志署に連行され,B18警部補から「金額が違う,後援会名簿をもらいに来た日と別に,A6と誰かが2人で来ている。」と不相当な誘導を受け,大声で怒鳴られ続け,供述の変更を強制された。A13は,同日,帰宅直後に気を失った。
(カ) 同月29日の時点でA6焼酎事件の嫌疑は消滅していたこと
a 有罪を基礎付ける客観的証拠の不存在
県警及び本件現地本部が,平成15年4月29日までの捜査で収集した客観証拠は,①A6及びその家族,A22及びその家族,亡A36及びその家族の各預貯金口座,②A6のb社のタイムカード同年2月分・同年3月分・同年4月分等であるが,①から関係者の口座の動きに何ら不自然な点がなく,②からは,逆にA23の自白が虚偽であることが明らかになるなど,有罪を基礎付ける客観証拠は全くと言ってよいほど収集できなかった。
b 供述の不一致等
県警及び本件現地本部が同年4月29日までの捜査で,収集した供述証拠は,捜査官が自白を強制したり,不相当な誘導を繰り返しても,なお,供述内容の不一致があり,全面否認の者も数多く,自白者は不自然に供述を変遷させるなど,およそ信用することができないものであることは明らかであった。A6焼酎事件の被疑者の供述内容とその時期は,以下のとおりである。
(a) A6
同月19日 13名に1万円と焼酎2本を後援会入会申込書と一緒に持っていった。現金と焼酎は同じ時期。
同月27日 供与金額が1万円から2万円に変遷。
(b) A23
同月19日 後援会入会申込書と一緒に焼酎1本,3月20日に現金1万円。
同月29日 変遷せず。
(c) 亡A36
同月19日 3月上旬頃,焼酎2本と現金1万円をA6からもらった。
同月26日 A6は2回来た。一度目は,2月中旬か下旬,後援会入会申込書を持ってきた。二度目は,3月上旬か中旬頃,現金1万円と焼酎2本。
(d) A14
同月22日 後援会入会申込書を持ってきた数日後,焼酎2本と現金1万円。
同月25日 一旦否認。
同月29日 2万円と焼酎2本。
(e) 原告X5
同月24日 現金1万円と焼酎2本。
同月29日 現金2万円と焼酎2本。
(f) A13
同月27日 A6が後援会入会申込書をもらいに来た日に,焼酎2本と1万円をもらった。
(g) 原告X7
同月27日 現金1万円と焼酎2本。
(h) A47
同月22日 現金1万円と焼酎2本。
(i) その他5名
事実関係を一貫して否認。
c 違法性の認識及び捜査を終了すべき注意義務違反
以上の事実に照らせば,県警及び本件現地本部は,第1次強制捜査の継続中の同月29日までの捜査の結果について,通常の捜査官において,そのときまでに収集した証拠資料に基づき合理的に判断すれば,A6焼酎事件の合理的嫌疑がないことは明らかであるから,その時点で直ちにA6焼酎事件を含む本件公職選挙法違反事件全体の捜査を終了するべき注意義務があったが,県警は,これに違反した違法性がある。
(キ) 本件公職選挙違反事件の捜査全体を終了しなかったことによる本件不起訴等原告らに対する捜査の違法性の有無
A6焼酎事件の上記の捜査の経緯に照らせば,県警及び本件現地本部は,平成15年4月29日までの早期の段階で,A6焼酎事件の嫌疑が完全に消滅していたことは容易に判断できたはずであるから,その時点において,直ちに本件公職選挙法違反事件の捜査全部を終了すべきであったというべきである。したがって,その後の捜査は,合理的な理由もなく継続された違法な捜査である。
したがって,原告X5,原告X7及び原告X1に対してされた,A6焼酎事件の捜査のほか,原告X2,原告X3,原告X4及び原告X6に対する本件買収会合事件の捜査並びに原告X1に対するX1・20万円事件の捜査についても,同日までに県警及び本件現地本部が本件公職選挙法違反事件の捜査を終了していれば行われなかったはずの合理的な理由のない違法なものというべきである。
(ク) 本件不起訴等原告らに対する捜査を行ったことの違法性の有無を基礎付けるその他の事情
a 原告X5,原告X7に対するA6焼酎事件の捜査の違法性の有無
原告X5は,平成15年4月19日から同年5月22日まで,原告X7は,同年4月22日から同年5月22日まで,A6焼酎事件について取調べを受けているが,上記の諸事情に照らせば,A6焼酎事件に関する自白が虚偽のものであることは,同年4月19日の時点で既に明らかであり,その後の捜査の進展に伴う供述の不一致,積極証拠の欠如,消極証拠の収集によって,さらに明白になったのである。
そして,現に,原告X5も原告X7もA6焼酎事件について,検察官送致すらされていないことも,明らかに嫌疑がなかったことの証左である。
したがって,県警及び本件現地本部は,原告X5,原告X7及び原告X1に対し,当初から合理的な嫌疑がなく,または,A6焼酎事件の初動捜査の初期の段階で嫌疑が消滅したことが明らかであったにもかかわらず,合理的な理由もなくA6焼酎事件に関する捜査を行った違法があるというべきであり,その違法性の有無の程度は,日時の経過とともに増大しているものというべきである。
b 原告X1に対するA6焼酎事件の捜査の違法性の有無
原告X1は,同月18日から同年7月31日まで,A6焼酎事件について取調べを受けているが,取調べが開始された同年5月18日の時点で,原告X1を,警察署の取調室に同行して,任意に取り調べることができるほどの嫌疑は,以下のように,存在していなかった。
同日から同月26日(25日を除く)まで計8日間原告X1を取り調べたB17警部補は,A6焼酎事件について取調べをした経緯については,A6が,原告X5に対し,焼酎と現金2万円お礼として渡したときに原告X1がいた旨のA6の供述によるものであることを述べており,受供与の共犯者として取調べを行っていることを示し,同供述調書の内容は,同供述調書の内容のポイントが記載された取調小票で確認したと述べた。
しかしながら,上記供述に係るA6供述調書は作成されていない。つまり,原告X1に対する嫌疑は,実際には存在していないにもかかわらず,警察が嫌疑をでっちあげ,嫌疑がないにもかかわらず任意同行・取調べを行ったものである。
本件に関し,同月18日までに,A6の供述で原告X5に対して焼酎・現金を渡したという供述をみても,同年4月19日,同月20日,同月21日,同月22日,同月25日,同月27日の焼酎と現金1万円を供与した旨の各供述,同月28日の現金は2万円であった旨の供述,同月30日の最初が1万円,2回目が2万円ずつと焼酎2本くくり,3回目が13名に1万円ずつであった旨の供述,同年5月3日の「A2から15万円を受け取り,a3集落など13名に現金1万円ずつを渡し,A2から30万円を受け取り,a3集落など13名に現金2万円と焼酎2本くくりを渡し,A2から,A36・A14・A20・X5・A11に渡してくれと頼まれ,現金20万円入りの封筒を渡し,投票日の4~5日前頃,A2から現金10万円入りの封筒を受け取りa3集落以外の8人に渡した。」との供述,同月13日の「私の友人知人に現金2万円と焼酎2本くくり現金1万円などを渡していた。」旨の供述,同月15日の原告X5に金を渡して口止めをした供述,同月17日の現金1万円入りの封筒と焼酎2本くくりを渡した供述が録取されており,以上の供述は,全て虚偽自白であるが,その虚偽自白の中でさえも「A6が,X5に対し,焼酎と現金2万円,さらに現金20万円をお礼として渡したときにX1がいた。」という供述がなされていないどころか原告X1の名前さえ出てきていないのである。原告X5の供述調書でも「そうしますと,今回,A6ちゃんが私方に封筒入り現金と2本くくりの焼酎を持ってきたのは本年3月初旬ころのことでした。時間については,時計で確認したわけではありませんが,私が夕食の支度をしていたころで,主人は山仕事の手伝いからまだ帰っていなかったことを考えると午後6時前後のことであったと思います。」と述べ,明確に原告X1はいなかったと供述している。
また,B17警部補が見たとされる取調小票も証拠として提出されていない。
つまり,A6が,原告X5に対し,焼酎と現金2万円をお礼として渡したときに原告X1がいたという供述がなされたことから,取調べを行ったというB17警部補の証言は客観的な証拠と矛盾する虚偽のものなのである。すなわち,原告X1に対する嫌疑自体がねつ造なのであり,嫌疑など存在していなかったのである。
このように,原告X1に対する同月18日から同月26日までの任意同行・取調べ及びそれを引き継ぐ形で行われた同年7月27日から同月31日までの任意同行・取調べは,嫌疑が全く存在しないまま行われたものであるから,本来行うことのできないものであり,これを行ったこと自体が違法である。実際に,原告X1に対する嫌疑については,本部長の指揮がおりなかったのである。
c 結論
よって,県警及び本件現地本部が本件不起訴等原告らに対してした平成15年4月19日以降の全ての本件公職選挙法違反事件の捜査は違法である。
イ 被告の主張
(ア) A6焼酎事件の経緯と任意捜査の適法性
a 総論
県警及び本件現地本部がしたA6焼酎事件の初動捜査及び第1次強制捜査における別件無罪原告らに対する捜査は,合理的な嫌疑に基づくものであり,任意同行,任意取調べ等も前述の許容範囲のものであって,全て適法であり,本件不起訴等原告らに対してした平成15年4月19日以降の全ての本件公職選挙法違反事件の捜査も適法である。
b A6の事前運動の発覚
前述のとおり,本件現地本部は,同月16日に亡A36やA5の供述を得たことから,四浦校区において戸別訪問及び物品の供与が行われている可能性があると判断し,同日,B1警部らが四浦校区の情勢に関する内偵捜査を実施し,志布志町内の有志者から,「四浦の住民のうち,A1派の人物として,A7,A20,A14,A22らが挙げられる。」,「実際に見たわけではないが,過去にも現金のやり取りがあったと聞いている。」,過去に選挙で物品や現金をもらった者として,A7,A20,A14,A22,亡A36,A33,A45,A44等の者がおり,名前を挙げたものであり,「これらの者達が物品や現金を貰っているのは間違いないと思う。」などの情報を得た上,「A7の妻A6は,b社で働いており,A1のために選挙運動をして非常に動いているようだ。」との情報があったことから,A6を取り調べる必要性が認められた。
そこで,B1警部らが有志者から得た情報を基に,同月17日にA7,A14,A20,A22,A33ら関係者数人を任意同行して取り調べたところ,A7が,「妻のA6がb社で働いている関係で,選挙運動をして回っている。」などと供述し,A22が,「妻のA23から,A6がA1さんの選挙運動をしないといけないので帰りが遅くなると話していたことを聞いた。」などと供述し,A14が,「3月初旬の夕方頃,A6が自宅を訪ねてきて,A1さんの支援をお願いされた。」などと供述したことから,A6が選挙の告示前からA1の選挙運動を行っている事実が明確に判明した。
したがって,A6が四浦校区における何らかの選挙違反事実について知っている可能性があると判断し,翌日の同月18日にA6を任意同行して取り調べるに至ったものである。
c A6及びそれ以外の関係者の供述の存在
その結果,A6の取調べを担当したB8警部補の刑事公判における証言によると,A6は,「a3集落でA1選挙のパンフレットを持って回った。A34とA22はA1に投票してくれたと思う。」と供述したほか,A6本人も本件での原告本人尋問において,原告X5と原告X7の家で,A1後援会の名簿に署名をしてもらった際に卵を渡した旨を供述しているとおり,A6が,A1の選挙運動を積極的に行っている状況が容易に推認されるところであった。
その一方で,A6以外の関係者については,明確な選挙違反事実についての供述は得られなかったもの,A22は,「自分は表ではA48さん,裏ではA1さんの形だったが,このことがバレてしまえば村八分になってしまう。今のところ,A1さんの選挙運動に関しては100%のうち1%程度しか話していない。」などと,A1の選挙運動に関与していると疑わせる供述をしたなど,A7は,同日の取調べで,「昨日の夜,b社の副社長であるX2から電話があり,「警察から何を聞かれたか,A5は警察に何も言っていないから大丈夫」といったことを聞かされた。」などと供述し,A1の関係者が不穏な動きを見せている事実も発覚した。
これをもって,同月17日の関係者の供述内容も踏まえ,四浦校区においてA1に関する選挙運動が行われている蓋然性が高いものと判断されたところであり,引き続き関係者の取調べを継続したものである。
d 内偵捜査結果に基づく関係者の取調べの適法性
このように,内偵捜査結果に基づく関係者の取調べは,亡A36とA5の供述や有志者からの情報提供から,四浦校区において行われていたA1に関する選挙違反行為について捜査を開始するに十分な嫌疑が認められたところであり,第一次捜査機関である警察としては,特定の犯罪の嫌疑があると認められる場合に必要な捜査を行うことは,当然可能であると解すべきである。
実際のところ,有志者が名前を挙げた者の中に,既にA5焼酎事件で取調べを行った亡A36の名前も含まれていたことから,県警としても,有志者の情報内容は確度が高く,四浦校区において何らかの選挙違反が行われている蓋然性が高いと判断し,同日から,有志者により名前の挙がった者を任意同行して,四浦校区における選挙運動の実態等について取り調べるなど必要な捜査を開始したものであり,内偵捜査結果に基づく関係者の取調べは,その捜査手段も任意捜査にとどまるものであり,嫌疑の程度等に照らし,必要な限度を超えるものとは認められないことから,何ら違法と評価されるものではない。
また,同日に有志者の情報を基に任意同行を求めた関係者のうち,3人については出頭を拒否したことから,同人らの意思を尊重し取調べは行っていない。これは,県警が関係者の都合に配慮しながら適正な任意捜査を行っていた証左である。
なお,各捜査官は,内偵捜査で名前の挙がった関係者を取り調べるに当たり,まずは四浦校区における選挙の実態等を聴取しながら,相手の態度や供述の内容を吟味し,漸次的に選挙違反の核心部分に触れていったものであり,その結果,次のように,A23を始めとする複数の関係者がA6からの受供与事実を自供するとともに,A6本人も供与の事実を認めたのである。
(イ) A6焼酎事件の発覚
有志者が名前を挙げた者から事情聴取を行う過程で,A22が,「妻のA23から,A6がA1さんの選挙運動をしないといけないので帰りが遅くなると話していたことを聞いた。」と供述していたことなどから,A23も何らかの事情を知っている可能性があると判断し,平成15年4月19日,A23を任意で取り調べたところ,A6から現金1万円と焼酎の供与を受けたことなどを供述したほか,同日,亡A36もA6から現金1万円と焼酎の供与を受けたなどと供述し,さらに,供与者とされたA6自身も,a3集落の住民や姉妹・友人など計13人に対して現金や焼酎を供与した事実を自供したものであり,A23の供述が裏付けられる形となった。
このように,A6焼酎事件は,同日の取調べで,A23の供述により被疑事実が発覚し,次いで亡A36,A6が供述したものであり,供与者とされるA6の詳細な供述により,明確な買収事実が浮き彫りとなったものである。あわせて,A23の夫であるA22も,「家に帰ったら,仏壇の焼酎が増えていた。A23から,A6が焼酎を持ってきたことを聞いた。」などと,前記被疑事実の存在をうかがわせる供述をしたものであり,十分な嫌疑を基に,A6が供述した受供与者13人に対する取調べ等必要な捜査を開始したところである。
(ウ) 強制捜査の適法性
a 逮捕状請求の違法性の有無の有無についての判断基準
(a) 刑事訴訟法上の要件
刑事訴訟法上,司法警察職員が裁判官に逮捕状の発付を請求する実質的要件は,「被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」がある場合で(刑事訴訟法199条1項),逮捕の必要性がないことが明らかな場合でないこと(刑事訴訟法199条2項ただし書)であり,芦別国賠最高裁判決においても,「逮捕・勾留はその時点において犯罪の嫌疑について相当な理由があり,かつ,必要性が認められる限りは適法であ」ると明確に判示されている(最高裁判所昭和53年10月20日第二小法廷判決・民集32巻7号1367頁,判例時報906号3頁)。これら実質的要件を具備した上で,形式的には,あらかじめ法の定める請求手続により適式の逮捕状の発付を受けることとなる。
(b) 罪を犯したと疑う相当な理由
「罪を犯したと疑う相当な理由」については,裁判例において,「逮捕の理由とは罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由をいうが,ここに相当な理由とは捜査機関の単なる主観的嫌疑では足りず,証拠資料に裏づけられた客観的・合理的な嫌疑でなければならない。もとより捜査段階のことであるから,有罪判決の事実認定に要求される合理的嫌疑を超える程度の高度の証明は必要でなく,また,公訴を提起するに足りる程度の嫌疑までも要求されていないことは勿論であり,更には勾留理由として要求されている相当の嫌疑(刑事訴訟法60条1項本文)よりも低い程度の嫌疑で足りると解せられる。逮捕に伴う拘束期間は勾留期間に比較して短期であり,しかも常に逮捕が勾留に先行するため,勾留に際しては証拠資料の収集の機会と可能性が逮捕状請求時より多い筈であるから勾留理由としての嫌疑のほうが,逮捕理由としてのそれよりもやや高度のものを要求されていると解するのが相当である。」と判示されているところである(大阪高等裁判所昭和50年12月2日判決・判例タイムズ335号232頁)。
(c) 逮捕の必要性
「逮捕の必要性」が要件となる根拠については,刑事訴訟法199条2項ただし書に,裁判官が逮捕状を発付するに際し,「明らかに逮捕の必要がないと認めるときは,この限りではない。」と規定されていることによるものである。具体的に,「明らかに逮捕の必要がない場合」かどうかについて,どのような事情を勘案して判断するかは刑事訴訟規則143条の3に定められており,同条には,「被疑者が逃亡する虞がなく,かつ,罪証を隠滅する虞がない等,明らかに逮捕の必要がないと認めるとき」と規定され,逮捕の必要性として,「逃亡のおそれ」及び「罪証隠滅のおそれ」を明確に挙げているもので,裁判例においても,「逮捕の必要性について,刑訴法は,それが何であるかを明文をもって規定していないが,刑事訴訟規則143条の3が被疑者の年齢及び境遇並びに犯罪の軽重及び態様その他諸般の事情に照らし,被疑者が逃亡する虞がなく,かつ,罪証を隠滅する虞がない等明らかに逮捕の必要がないと認めるときは,逮捕状の請求を却下しなければならないと規定している。このことからすると,逃亡または罪証隠滅のおそれがある場合は逮捕の必要性があるということになる。」と判示されている(大阪高等裁判所昭和50年12月2日・判例タイムズ335号232頁)。
(d) 被疑者が逃亡する虞がなく,かつ,罪証を隠滅する虞がない等
「被疑者が逃亡する虞がなく,かつ,罪証を隠滅する虞がない等」の「等」については,あくまでも逃亡及び罪証隠滅の虞がないことと並んで,逮捕の必要がない場合を表示しているものであって,逃亡又は罪証隠滅の虞がないとは言えないけれども,犯罪が軽微である等諸般の状況を総合的に考察して,身柄を拘束することが健全な社会の常識に照らし明らかに不穏当と認められる場合を指すと解するものが通説であるとされている(大コンメンタール刑事訴訟法第3巻196頁)。
b 逮捕状請求の違法性の有無の判断基準
以上のとおり,司法警察職員による逮捕状請求については,司法警察職員が,逮捕状請求時において,捜査により収集した資料(疎明資料)を総合勘案して,刑事訴訟法199条1項,2項所定の嫌疑の相当性及び逮捕の必要性を判断する上において,合理的根拠が客観的に欠如していることが明らかであるにもかかわらず,あえて逮捕状を請求したと認め得るような事情がある場合や,犯罪の嫌疑があるとはいえない場合であるのに,犯罪の嫌疑があるとされる方向の資料をねつ造し,あるいは,犯罪の嫌疑がないとする方向に作用する重要な資料を隠匿するなどして裁判官の判断を誤らせた場合に限り,司法警察職員による逮捕状請求が違法となるものと解するのが相当であり(東京地方裁判所平成11年11月26日判決・訟月46巻1号1頁,福岡高等裁判所平成17年9月27日判決・判例タイムズ1208号111頁),逮捕の必要性の判断を含めて,逮捕の要件を充たすかどうかは,令状発付当時の資料のみに基づいて判断するほかないことも当然である(東京地方裁判所昭和35年4月5日判決・訟月6巻5号914頁)。
したがって,逮捕当時に,具体的根拠に基づいて特定の犯罪が認められる程度の嫌疑や逮捕の必要性があれば,職務行為基準説により,刑事事件で無罪判決が確定したことをもって,直ちに逮捕が違法になることはない。
(エ) 第1次強制捜査に着手したことの適法性
a A6が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由が認められたこと
県警は,平成15年4月22日,A6をA6焼酎事件の供与被疑者として通常逮捕し,検察庁に身柄付き送致した。逮捕状請求時において現に収集していた証拠の評価により,被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由が認められた。すなわち,本件選挙に関する現金と焼酎の供与・受供与事実が発覚したことから,県警は,A6が供述した13人の関係者の取調べを中心に捜査を行ったところ,県警が,A6に対する逮捕状請求までに収集した証拠資料によれば,供与者であるA6は,取調べにおいて,「県議選の告示前の3月中旬頃から下旬頃にかけて,私の住む集落の人間や友人知人など13名に対して,A1社長への投票依頼と票の取りまとめという意味で,焼酎と現金1万円ずつを渡したことは事実間違いありません。」などと事実関係を認め,亡A36とA23に現金や焼酎を配った状況を詳細に供述していた上,これを支える証拠として,受供与の事実を認めたA6の供述を裏付ける亡A36の供述調書やA23の供述調書が存在し,受供与者である亡A36とA23も,同様に現金や焼酎を受け取った状況を詳細に供述し,その供述内容は,授受の場所や状況を具体的に説明したり,現金が封筒に入れられていたなど,いずれも具体的なもので,A6の供述内容ともおおむね合致し,双方の供述がおおむね一致することで互いに支え合う形となった。これに加えて,これらの供述を裏付ける客観的証拠として,亡A36の供述に基づき,焼酎瓶1本が発見され押収されたことを明らかにする領置関係の証拠が存在し,妻のA23が,A6から焼酎を受け取ったことを認めるA22の供述調書も存在していた。
また,A6が供述した13人のうち,A14,A47,A11もA6からの受供与事実を認め,13人のうち残り8人は受供与事実について否認したもの,A6が後援会名簿記載のための選挙運動目的で戸別訪問していた事実は認めた。
さらには,供与されたとされる焼酎や焼酎の空き瓶の任意提出がなされるなど,証拠資料に裏付けられた客観的・合理的な嫌疑が認められたことから,同日,A6を亡A36及びA23に対し現金等を供与した事実で逮捕したものである。
このように,逮捕状請求時に現に収集された以上のような証拠関係に照らせば,県警が,A6に罪を犯したことを疑うに足る相当の理由があるとした判断は,証拠の評価について通常考えられる個人差を考慮に入れても,合理的根拠が客観的に欠如しているとはいえない。
b 逮捕の必要性がないことが明らかな場合ではなかったこと
逮捕の必要性については,A6焼酎事件が選挙違反という民主主義の根幹を揺るがす重大犯罪であること,A6がA1の経営するb社の従業員であること,A6焼酎事件の供与者及び受供与者が同じa3集落又は近辺の集落に居住していることから,口裏合わせ等の罪証隠滅に及ぶおそれがあると考えられたことに加え,A1の支持者の一人であったA20から,A22に対し,「お前の妻はそんな人間だったのか。お前の妻が警察で俺が5万円渡したと言っているが,それは嘘だ,名誉毀損で訴えるぞ。お前の妻が帰ってきたら,起きて待っておるから電話をさせろ。」といった電話や,実際に,A7に対し,b社の原告X2から,「警察から何を聞かれたか。A5さんは入院した。A5さんは何も話していないから大丈夫。」などと罪証隠滅工作とも取れる電話がかけられている事実に照らせば,A6に対しても同様の電話等が寄せられる可能性も認められ,その結果,A6が自らの供述を翻すとともに,これと符合させるべく関係者との口裏合せ等に及ぶおそれがあると考えるのも相当と判断されたことから,A6に逃走及び罪証隠滅等のおそれについての合理的理由が認められたというべきである。
c 結論
したがって,第1次強制捜査に違法性はない。なお,本件不起訴等原告らは,4月22日付け捜査報告書の細かな記載について指摘し,内容が虚偽であると主張するが,捜査報告書は,一部を要約して記載したり,記載を省略したりすることも当然あるのであって,内容が虚偽である事実はない。
(オ) 平成15年4月29日までの任意同行及び取調べの適法性
a 任意同行
本件公職選挙法違反事件において,関係者に対して任意同行を求めるに当たっては,本件刑事事件の第20回公判期日でのB8警部補の証言,第21回刑事公判でのB8警部補の証言,第22回刑事公判でのB10警部補の証言,第10回A20本人尋問,別件無罪国賠訴訟におけるB20警部補の証人尋問などによっても,関係者にその趣旨を十分に説明して納得を得るよう努めていたことは明らかである。
付言すると,捜査車両で関係者を送迎する際は,無理やり車両内に押し込むなどという強制力を用いた事実は一切なく,関係者自らの意思で捜査車両に乗り込んでいるし,A7は,本件刑事事件での公判ないし陳述書において,出頭要請に対し,取調べの趣旨説明を受けて任意同行に応じたこと,翌日の取調べの予定をその前日の取調べ時に伝えられるなどしていたことなどを認めている。
そのほか,一例を挙げると,A14が午後から病院での診察を申し出たため,取調べ時間を変更するなど,関係者らが自分の用件を済ますことができるよう,取調べの開始時刻や終了時刻を調整したり,取調べを中断するなどして配意するとともに,同人らが体調不良等を訴えた場合には,取調べを終了して帰宅させている。
また,関係者が,あらかじめ取調べを受けることができない旨を申し出た場合や,任意同行の際に出頭を拒否する旨を申し出た場合には,相手の事情に配意して任意同行を行っていない。
このように,当時,関係者に対して任意同行を求めるに当たり,強制的な手段を用いた事実はなく,相手の事情にも十分配意しながら,同意を得た上で行っており,買収という選挙違反の悪質性,犯罪の嫌疑の程度,捜査目的を達成する上での任意同行・取調べの必要性等に鑑みても,関係者に任意同行を求め,取り調べたことに問題は認められない。
b 黙秘権の告知
本件公職選挙法違反事件の取調べに当たっては,別件無罪国賠訴訟において,B20警部補やB29警部補が関係者に供述拒否権を告げた状況を具体的に証言しているほか,本件訴訟に証人として出廷した捜査官らも同旨の証言をしていることから,本件不起訴等原告らが自己の意思に反して供述する必要がないことは十分知っていたものと認められるところであり,供述拒否権・黙秘権を告げられなかったことはない。
c 休憩
本件公職選挙法違反事件の任意捜査段階の取調べに当たっては,昼食や夕食休憩のほかに,適宜トイレ休憩等の休憩をとっていたことは明らかであるし,本件不起訴等原告らの体調や都合などを考慮して適宜取調べを中断・終了するなど,長時間,連続して取り調べた事実はない。
また,関係者の中には,任意の取調べが一定期間に及んだ者も認められるが,本件については,関係者の数も多い上に,自白した関係者がそれぞれ事実を小出しにして供述するとともに,否認と自認を繰り返すなど,事案の全体像を把握して真相を解明するために相当の期間が必要であったところであり,当時,適宜取調べを実施しない日を設けるなどして,可能な限り連日の取調べとならないよう配意していたことや,関係者自身が取調べに対して任意に応じていたこと等に照らせば,捜査の目的を達成するために必要な範囲内で,かつ,任意性を損なうことのない限りにおいて行っていたことは明らかである。
d 恫喝や不相当な誘導の不存在
捜査官らが,具体的な嫌疑がない中,憶測に基づき恫喝や不相当な誘導をして虚偽自白を強要したなどとする点について,平成15年4月17日以降,被疑者らに対する取調べは,いずれも必要性を認めて実施したものであり,取調べにおいては,本件選挙における選挙運動の状況その他必要な事情を聴取したのであって,A1に係る公職選挙法違反の事実に固執した取調べは行っておらず,探索的な取調べを行ったり,嫌疑もない中,A1から金品をもらっただろうなどと責め立てたりした事実はない。
e その他被疑者に対する取調べの適法性
その他,本件不起訴等原告らが主張する被疑者らに対する任意同行ないし取調べの違法に関する主張について否認ないし争う。本件現地本部の取調べに何ら違法な点はない。
(カ) A6焼酎事件の捜査により判明した事実
a A7がA6と同道しA7の嫌疑が濃厚となった経緯
A6を逮捕して取調べを継続する中で,A6焼酎事件に関連する買収行為については,現金1万円を数世帯に配っていた事実と,現金1万円(一部2万円)と焼酎2本くくりを数世帯に配って回った2つの場面があることが判明したほか,A6がa3集落以外に居住する関係者に現金と焼酎を配ったときに,夫のA7も同道していた旨を供述したことから,A7の関与が明確となった。
一方のA7は,任意の取調べにおいて徹底して否認を貫き,体調不良等を理由に出頭を拒否するなどして取調べが進展しなかったもの,A6は,「A2から現金入りの封筒と焼酎を渡されたが,封筒に入ったお金を抜き取って,私とA20,A7の3人で山分けし,a3集落以外の集落は,夫のA7と一緒に現金と焼酎を配って回った。」などと,それまで県警が知り得なかった事実を詳細に供述するなど,A7の関与について供述を維持していた。A7本人も,妻と一緒にa3集落以外の集落で後援会名簿の署名集めをしたことを認めたため,A7の関与について蓋然性が高いと判断された。
また,A6が,A7と一緒に現金と焼酎を配って回ったとされるa3集落以外の8か所のうち,原告X5,原告X7,A47,A12及びA11の5人については,A6とA7がA1の投票依頼のために訪ねてきたことや,そのお礼として現金や焼酎を受け取ったことを認めており,A6の供述には信憑性が認められるとして,A7が,A6焼酎事件に関与した蓋然性は高いものと判断されたところである。
b A7の逮捕
(a) A7の逮捕
本件現地本部は,平成15年5月18日,A7をA6焼酎事件の供与被疑者として通常逮捕し,検察庁に身柄付き送致した。A7については,逮捕状請求時において現に収集していた証拠の評価により,被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由が認められた。
(b) 罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があったこと
「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」については,本件現地本部が逮捕状請求までに収集した証拠資料によれば,A7は,取調べにおいて事件への関与を否認していたが,A6が,A6焼酎事件について,「A2から現金入りの封筒と焼酎を渡されたが,封筒に入ったお金を抜き取って,私,A20,A7の3人で山分けし,a3集落以外の集落は,夫のA7と一緒に現金と焼酎を配って回った。」などと,それまで本件現地本部が知り得なかった事実を詳細に供述した上,買収金の山分け状況など相当具体的な内容も含まれており,A7本人も,妻と一緒にa3集落以外の集落で後援会名簿の署名集めをしたことを認めたため,A7の関与について蓋然性が高いと判断された。
さらに,これらの供述を裏付ける客観的証拠として,A6とA7が配ったとされる焼酎が,供与先とされる原告X5や原告X7から押収されたことや,A6とA7が現金と焼酎を配って回ったとされるa3集落以外の原告X5,原告X7,A47,A12及びA11などについては,A6とA7がA1の投票依頼のために訪ねてきたことや,そのお礼として現金と焼酎を受け取ったことを認める供述調書が存在していた。
このように,逮捕状請求時に現に収集された以上のような証拠関係に照らせば,本件現地本部が,A7に罪を犯したことを疑うに足りる相当の理由があるとした判断は,証拠の評価について,通常考えられる個人差を考慮に入れても,合理的根拠が客観的に欠如しているとはいえない。
(c) 逮捕の必要性がないことが明らかな場合ではなかったこと
逮捕の必要性については,A6焼酎事件が選挙違反という民主主義の根幹を揺るがす重大犯罪であること,A7が警察の任意同行を拒否した経緯があったこと,A7が取調べで事件への関与を否認していたこと,A7に対し,b社の原告X2から,「警察から何を聞かれたか。A5さんは入院した。A5さんは何も話していないから大丈夫。」などと罪証隠滅工作とも取れる電話がかけられたこと,A1やA5が,A7の妻であるA6に対し,口止め工作を行っていたことなどから,A7に逃走及び罪証隠滅等のおそれについての合理的理由が認められたというべきである。
(d) 結論
以上のとおり,本件現地本部が,A7の逮捕状請求に際し,犯罪の嫌疑及び逮捕の必要性が認められるとした判断は,合理的根拠が客観的に欠如しているとはいえず,本件現地本部が,故意に疎明資料をねつ造して裁判官の判断を誤らせた事実もなく,そのようなことを裏付ける証拠も存在しないのであり,何ら違法と評価されるものではない。
c 受供与者3人の送致
A14らは,A6から現金と焼酎を受け取った事実を認めていたもの,本件買収会合事件で既に起訴されており,平成15年4月22日にA6を逮捕したA6焼酎事件は処分保留となったことから,A14らについてはA6焼酎事件の事実では送致しなかったが,逮捕されなかった受供与者の原告X7,A47及びA12の3人については,同年9月9日に送致した(供与者のA6も同日送致)。
原告X5については,A6からの現金と焼酎の受供与事実を認めていたが,供与者とされるA6の供述と供与金額に多少の食い違いが認められたため,嫌疑不十分の理由から不送致処分とした。
d A6焼酎事件の不起訴とその理由
A6焼酎事件については,C1検事が本件刑事事件の公判で証言したとおり,「一般予防の見地からいえば,もう既に,悪質でより大きな金額が動いたとされる会合事実を起訴している。」との理由から,同年12月26日に全員不起訴処分(起訴猶予)となったものである。
(キ) A6焼酎事件の捜査の適法性
以上のとおり,A6焼酎事件については,内偵捜査結果や関係者の供述等から,捜査を開始するに十分な嫌疑が認められたところであり,その捜査手段についても,平成15年4月22日にA6を逮捕するまでの間は,任意捜査にとどまるものであって,嫌疑の程度等に照らし,必要な限度を超えるものとは認められないことから,国家賠償法上の違法性の有無は認められず,いうまでもなく,県警が事件をでっち上げたことはあり得ない。
したがって,同月29日までの捜査において,本件公職選挙法違反事件について合理的な嫌疑が認められ,捜査の継続の必要性があり,本件不起訴等原告らに対する捜査も必要性かあったというべきである。
(3)  争点(1)ウ(本件買収会合事件の初動捜査及び第2次強制捜査以降における別件無罪原告らの不合理な供述に基づいた本件不起訴等原告らに対する捜査の違法性の有無)
ア 本件不起訴等原告らの主張
(ア) 総論
県警及び本件現地本部が,本件買収会合事件の初動捜査及び第2次強制捜査以降における別件無罪原告らに対する違法な捜査によって得られた不合理な供述に基づいて,原告X2,原告X3,原告X4及び原告X6に対してした本件公職選挙法違反事件の捜査は,全て違法である。
(イ) 平成15年4月30日のA23に対する捜査の違法性の有無及び同日の取調べにおける供述に信用性がないことの明白性
本件現地本部は,平成15年4月29日までに本件公職選挙法違反事件の捜査を中止すべきであったが,同日以降,何かあるに違いないと妄想したB5署長が,上命下服の関係を悪用して,更なる捜査を指揮したものであるが,その指揮には合理性は全く無いものであり,捜査継続自体が違法であった。
その結果,身柄不拘束のまま,同月21日から連日のように取調べを受けていたA23は,同月30日の取調べにおいて,A6方で会合があり,その際に現金1万円を受け取ったと述べ,買収会合について初めて自白するに至ったが,その経緯は,B31巡査部長が,同日,体調がすぐれないA23を病院で点滴を受けさせてから警察署に連れ出し,午前11時頃から取調べを開始してA23を追及し,A23から引き出したものである。
これは,B31巡査部長が,焼酎と現金をもらった機会が別だというA23の供述をヒントに,また,B8警部補が,A6を強制して,A23らに2万円の現金を供与した旨の供述調書を作成していたことから,同年3月20日の1万円とは別の機会に,別の1万円をもらったのだろうと,不相当な誘導・強制をして,A7宅で集まりがあったのだとの虚偽自白を強制したものである。
他方,A23は,一通り供述したところで「横にならしてください。」と申し出たため,B31巡査部長は,A23を簡易ベッドに横にならせたまま取調べを続け,調書を作成した。その際,A23は,横になったままで,問いかけたら目を開いて答えるような状態であり,その取調べは,午後6時頃まで行われたというのである。
このような同日の取調べにおけるA23の状態に加え,A23の知的能力,体力,それまでの取調べ時間等を考慮すれば,この自白が捜査官によるねつ造であることは容易に推認できたはずであるのに,本件現地本部は,この自白内容について十分な吟味をしなかった重大な過失があったというべきである。
(ウ) 平成15年4月30日から同年5月7日までの間の本件買収会合事件の初動捜査の違法性の有無及びその間の別件無罪原告らの供述に信用性がないことの明白性
a 捜査会議の簡略化及び捜査官同士の情報交換の禁止
B1警部は,B31巡査部長の報告を受けた後,B5署長に対し,その内容を報告した。
B5署長は,このとき,B1警部に対し,「新しく出た事実であるから,真実を見極めよ。饗応事件を調べるつもりでやれ。全てを出させるつもりでやれ。捜査官に先入観を与えるな。捜査官同士を語らせるな。」などの指示をし,「関係者の結束が固かったということだ。」などとの感想を述べている。しかし,平成15年4月30日のA23供述を「新しく出た事実」と決めつけ,「全てを出させるつもり」などと未だ隠していることがあると思い込み,A6焼酎事件が無実であるのに,集落ぐるみで口裏合わせしていると思い込んで,真摯に証拠資料に向かい合っていなかったことが明らかになっている。
このような,予断・偏見に基づく指示の下で,本件現地本部は,県警本部に指揮伺いをすることなく,同日の捜査会議で,捜査会議を簡略化して,捜査官同士の情報交換を禁止し,情報を取調班長であるB1警部に一元化して,取調べを行うという「箝口令」というべき捜査方針(以下「本件箝口令」という。)を採ることとし,B1警部は,この会議の席で,「A23が現金買収の事実を自供した。生の供述を引き出す取調をせよ。関係被疑者の調書は見るな。」などと,捜査官に対して指示をした。
b 平成15年5月1日から同月7日までの本件箝口令の継続
本件現地本部は,同年5月1日から同月7日まで,A6,A14,A22,A23及び亡A36に対し,長時間の捜査を行って,A6ら上記5名は,捜査官による誘導,心理的抑圧の違法な取調べによって,本件選挙前に,A1による買収会合が4回あり,その供与金額は,1回目会合が6万円,2回目会合及び3回目会合がいずれも5万円,4回目会合が10万円であるとの虚偽の自白をさせた。同期間の上記5名の以下の供述の変遷の経緯からも,各供述が相互に影響を及ぼし合いがら,次第に合致しており,そこに捜査官による強制・誘導があったことは明らかである。
c 平成15年5月1日の取調べ
(a) A22
① 取調時間 午前8時55分から午後0時20分まで,
午後1時04分から午後7時40分まで
② 会合回数 1回
③ 金額 午前の取調べ 本人3万円,妻2万円
午後の取調べ 本人5万円,妻5万円
(b) A23
① 取調時間 午前11時15分から午後0時20分まで,
午後1時10分から午後7時42分まで
② 会合回数 1回
③ 金額 本人3万円,夫8万円
(c) A6
① 取調時間 午前8時36分から午前10時30分まで(刑事調べ),
午前11時から午後7時25分まで(検事調べ)
② 会合回数 1回
③ 金額 4万円から5万円
(A6焼酎事件 A23と亡A36に各2万円宛)
(d) A14
① 取調時間 午前7時48分から午後0時30分まで,
午後3時10分から午後8時まで
② 会合回数 否認
③ 金額 否認
(e) 亡A36
取調べなし(自損事故で入院中)
d 平成15年5月2日の取調べ
(a) A22
① 取調時間 午前8時55分から午後0時20分まで,
午後1時04分から午後7時40分まで
② 会合回数 2回
③ 金額 3万円,5万円
(b) A23
① 取調時間 午前11時13分から午後0時10分まで,
午後1時10分から午後7時55分まで
② 会合回数 1回
③ 金額 5万円
(c) A6
① 取調時間 午前9時06分から午前11時53分まで,
午後1時20分から午後4時50分まで,
午後5時25分から午後7時40分まで
② 会合回数 1回
③ 金額 5万円
(d) A14
① 取調時間 午前7時15分から午後0時45分まで,
午後3時05分から午後8時まで
② 会合回数 1回
③ 金額 3万円
(e) 亡A36
① 取調時間 午前9時05分から午後0時05分まで,
午後1時から午後7時10分まで
② 会合回数 1回
③ 金額 5万円
e 平成15年5月3日の取調べ
(a) A22について
① 取調時間 午前8時55分から午後0時35分まで,
午後1時30分から午後7時25分まで
② 会合回数 3回
③ 金額 5万円,5万円,10万円
(b) A23
① 取調時間 午前8時55分から午後0時20分まで,
午後1時04分から午後7時40分まで
② 会合回数 3回
③ 金額 3万円,2万円,5万円
(c) A6
① 取調時間 午前9時03分から午後0時08分まで,
午後1時30分から午後4時50分まで,
午後6時05分から午後7時49分まで
② 会合回数 3回
③ 金額 5万円,5万円,10万円
(d) A14
取調べなし
(e) 亡A36
① 取調時間 午前9時15分から午後0時25分まで,
午後1時20分から午後6時40分まで
② 会合回数 3回
③ 金額 2万円,5万円,20万円
f 平成15年5月4日の取調べ
(a) A22
① 取調時間 午前9時から午後0時05分まで,
午後1時から午後8時30分まで
② 会合回数 3回
③ 金額 10万円,5万円,10万円
(b) A23
① 取調時間 午前9時から午後0時05分まで,
午後1時10分から午後8時30分まで
② 会合回数 3回
③ 金額 5万円,5万円,10万円
(c) A6
① 取調時間 午前9時10分から午前11時57分まで,
午後1時17分から午後4時52分まで,
午後6時12分から午後7時50分まで
② 会合回数 4,5回
③ 金額 2か3万円,5万円,5万円,10万円
(d) A14
① 取調時間 午前7時25分から午後1時20分まで,
午後2時20分から午後8時05分まで
② 会合回数 3回
③ 金額 5万円,5万円,10万円
(e) 亡A36
① 取調時間 午前9時10分から午後0時10分まで,
午後1時05分から午後7時10分まで
② 会合回数 3回
③ 金額 2万円,5万円,10万円
g 平成15年5月5日の取調べ
(a) A22
① 取調時間 午前9時20分から午後1時40分まで,
午後1時10分から午後8時10分まで
② 会合回数 3回
③ 金額 10万円,5万円,10万円
(b) A23
① 取調時間 午前9時20分から午後0時まで,
午後1時から午後8時15分まで
② 会合回数 3回
③ 金額 3万円,5万円,10万円
(c) A6
① 取調時間 午前9時05分から午後10時55分まで(刑事調べ),
午前11時40分から午後7時55分まで(検事調べ)
② 会合回数 4回
③ 金額 3万円,5万円,5万円,10万円
(d) A14
① 取調時間 午前9時18分から午後0時05分まで,
午後1時10分から午後8時まで
② 会合回数 3回
③ 金額 5万円,5万円,10万円
(e) 亡A36
① 取調時間 午前9時15分から午後1時10分まで,
午後1時55分から午後8時10分まで
② 会合回数 4回
③ 金額 2万円,5万円,5万円,10万円
h 平成15年5月6日の取調べ
(a) A22
① 取調時間 午前9時20分から午後0時40分まで,
午後1時10分から午後8時10分まで
② 会合回数 4回
③ 金額 6万円,5万円,5万円,10万円
(b) A23
① 取調時間 午前11時35分から午前0時50分まで,
午後1時30分から午後8時まで
② 会合回数 4回
③ 金額 6万円,5万円,5万円,10万円
(c) A6
① 取調時間 午前9時05分から午前11時40分まで,
午後1時10分から午後4時50分まで,
午後6時15分から午後7時50分まで
② 会合回数 4回
③ 金額 3万円,5万円,5万円,10万円
(d) A14
① 取調時間 午前8時25分から午後0時10分まで,
午後1時15分から午後1時50分まで,
午後3時10分から午後8時40分まで
② 会合回数 4回
③ 金額 3万円,5万円,5万円,10万円
(e) 亡A36
① 取調時間 午後0時15分から午後0時55分まで,
午後1時から午後5時30分まで,
午後5時40分から午後7時30分まで
② 会合回数 4回
③ 金額 3万円,5万円,5万円,10万円
i 平成15年5月7日の取調べ
(a) A22
取調べなし
(b) A23
取調べなし
(c) A6
① 取調時間 午前9時03分から午前11時50分まで,
午後1時08分から午後4時52分まで,
午後6時09分から午後7時56分まで
② 会合回数 4回
③ 金額 6万円,5万円,5万円,10万円
(d) A14
① 取調時間 午前10時40分から午後0時30分まで,
午後1時35分から午後10時20分まで
② 会合回数 4回
③ 金額 6万円,5万円,5万円,10万円
(e) 亡A36
① 取調時間 午前8時55分から午後0時20分まで,
午後1時04分から午後7時40分まで
② 会合回数 2回
③ 金額 3万円,5万円
j 上記各期間の違法な取調べの態様
(a) A6に対する違法な取調べ
A6は,同月1日から同月7日までB8警部補の取調べを受けたが,同月2日,B8警部補から,「貴方が嘘を言っているので,a3集落の5人も逮捕するよ。そのことで毎日みんな刑事さんに呼ばれて,点滴しながら,つらい思いしながら話をしている。」などと,a3集落の5人が取調べを受けていることが,A6の責任かのように思わされて,取調べを受忍させられていた。
A6は,B8警部補から,恫喝・不相当な誘導を受け,原資はA2から受け取った旨の供述を強制され,さらに買収に関与した場面として8つの場面があったとする明らかに不合理な内容の供述をさせられた。
A6は,同月4日,「会合に来た人とあなたの話しが食い違っている。」,「あなたのせいで,その人たちが刑事に責められている。」と不相当な誘導や恫喝をして,虚偽の自白を強要された。
A6は,同月5日,B8警部補から4回会合の事実を告げられて,「他の者がみな認めている。」などと違法な切り違い尋問をするなどして虚偽自白を強制された。
A6は,同月6日,「私が逮捕される数日前の夜にA1社長とfホテルのA5さんが私宅に来て現金20万円入り封筒を渡したことがありました。」,「口止め料であり,A1から渡された」などとする供述を不相当に誘導され,さらに,「逮捕前にA1らから貰った現金は,20万円ではなく,30万円でした。金額のことを聞かれて咄嗟に20万円と少なく言った。茶封筒に入っていた。金額を少なくして言ったのは,刑事さんからいろいろなことを言って貰って反省しているにもかかわらず20万円と嘘をついたのは,私の中の汚さの部分だと思います。」などと不相当に誘導された。
A6は,同月7日,B8警部補から,「もしあなたが認めなければ,今から四浦に行って「じさま」も調べる。」,「じさまも逮捕する。」と脅し,さらに,A6と会話が十分には成り立たないことから,A6に対し「ウソつき呼ばわり」して供述を強制し,供述を変更させた。
(b) A22に対する違法な取調べ
A22は,同月1日から同月7日までの間,高血圧の持病から取調べ中に頭痛を訴えたが,帰宅させてもらえず,虚偽の自白を強制された。
A22は,同月1日から同6日までB9警部補の取調べを受け,B9警部補から,同月1日,「お前が一番最初に自白するわけではないから,認めた方が自分のためだぞ。四浦を一軒一軒お前のことを聞いて回るぞ,そうしたらお前は,集落にいられなくなるぞ。」と脅された。そして,B9警部補は,A22が一通り自白した後,A22から,自分がしゃべったことは絶対に他の人に言わないでほしい,もしこのことをばらしたら,あなたを包丁で刺す旨を告げられたのに対し,「ピストルでうつ。」などと脅しており,この点でも違法というほかない。
B9警部補は,その取調べにおいて,他の者が供述した事実を否認しているA22に対し,何か隠し事があると決めつけ,複数回にわたって,「隠してることがあればタオル,なければ帽子をつかんでください。」などと,不相当な誘導をして黙秘権を侵害して,供述を強制した。これは,A22に軽度の知的障害があることを知って,ある意味,A22を小馬鹿にした取調べ方法であり,許されないものである。
B9警部補は,A22に対し,「選挙違反というのは交通違反と一緒だから,殺人をしたわけじゃないんだから,罰金さえ払えばすぐ出られるんだよ。」などと偽計・利益誘導を行った。
(c) A23に対する違法な取調べ
A23は,同月1日から同月7日まで,B31巡査部長の取調べを受けたが,B31巡査部長は,B1警部の具体的な指示に基づく確認事項を,長期間・長時間の威迫的取調べにより精神状態に異変を生じていたこと等に乗じて,「罰金で済む」などと偽計・利益誘導を繰り返し,また,不相当な誘導を行って,さらには,威迫して,供述を変更させた。
また,B31巡査部長は,同月4日,A23が,勇気を出して「今までのことは嘘だった」と訴えると,「お前はバカだから死ね」と自殺を強要された。
(d) A14に対する違法な取調べ
A14は,同月1日,同月2日,同月4日から同月7日まで,B10警部補の取調べを受けたがB10警部補は,長時間・長期間の強制連行により,精神的に屈服し,足の調子も悪く,迎合する状況にあるA14に対し,A7宅で会合があり,現金をもらっただろうと不相当な誘導を繰り返して,上記供述を強制した。具体的には,B10警部補は,会合はなかったと否認するA14に対し,「多数の人が会合事実を認めておりますよ。」と偽計を用い,「何故,嘘を言うのだ,みんなが会合があったと言っている,ちゃんとA6も認めている,お前が一人いくら頑張っても他の人が認めている。」,「選挙運動は交通違反と一緒だから罰金で済むんだから正直に言って,早く仕事に行けるようにしたほうがいいんじゃないのか。」,「認めたら天国,認めんかったら地獄に行くぞ。」,「今の,現在のことじゃなくて,これからのことを考えて言ったほうがいいんじゃないですか。」と会合があったと決めつけた不相当な誘導を伴う取調べを行って,供述を強制した。
B10警部補は,同月2日,A14が会合を認めさせられたとき,「A6からもらった金額は1万円かなあ。」と答えているのを聞き,他の者との供述が違っていたことから,迎合する傾向が顕著に見られるA14にさらなる供述の変更を強制するなどした。
B10警部補は,A14から買収会合が4回あったとの供述をさせた際,A14が買収会合の回数について,「1回じゃない,2回ですか。」と聞くと,「いや,違う。」と言われ,「3回ですか。」と聞いたら,また,「いや,違う。」と言われた,「4回ですか。」と聞いたら,「4回あったんだと,お前,分かってるじゃないか。」と不相当な誘導を繰り返し,供述を強制した。
(e) 亡A36に対する違法な取調べ
亡A36は,同月2日から同月7日まで,B11警部補の取調べを受けたが,B11警部補は,その間,亡A36に対し,がんがんとやかましく「会合が3,4回あった」等と言って,自白を強制した。
B11警部補は,亡A36が事実関係を否認しても,警察は,1箇月や6箇月じゃなく,1年か2年はこうして毎日呼び出す」,「ほかの人はみんなやってると言うんだから」,「今で言ってしまえば,選挙違反というのは交通違反と一緒やと,もう,言うて罰金せか納めれば何にもないんだ」などと告げて自白を迫った。
B11警部補は,買収会合で受け取ったとされる金額を,A4判の白紙に1から30までの数字を書き,それが万単位であるとして,これを示すよう強制し,「ほかの人は幾らと話をしてるんですか」と明らかに迎合し,金額を尋ねている亡A36に対し,数字を指し示させ,「その数字は端が悪い。」などと相当性を欠く誘導をして供述を強制した。
B11警部補は,同月4日,亡A36に対し,会合においてA1から直接金員を手渡されたと自白するよう脅迫した。
B11警部補は,同月5日,亡A36に対し,3月の会合が1回足りないなどと告げ,午前中,威嚇的な尋問をし,結局,亡A36に対し,その旨の自白を強制した。
B11警部補は,同月6日,亡A36を退院させて取調室に同行して,取調べを継続し,買収金額が違うだろうと不相当な誘導をして,2万円から3万円に変更するよう供述を強制し,さらに同月7日には2人分6万円に変更するよう供述を強制した。
B11警部補は,否認する亡A36に対し,「無実の証拠をもってこい」と不可能を強いて,自白を強制した。悪魔の証明を求める取調べであり,これ自体,違法な取調べ方法である。
k 上記各自白が虚偽のものであること
A6らの供述は,捜査官らが,追及的・強圧的な取調べ,誘導による取調べ,利益誘導による取調べ,切り違い尋問ないし誤導尋問がなされた結果,供述内容が一致したにすぎないことは,以下の事情から明らかである。
(a) 買収会合の回数の変遷
A6ら5名は,いずれも自白した当初は,1回の買収会合についてのみ供述していたが,同月2日にA22が買収会合が2回開催されたと供述するや,同月3日には,A23,A6及び亡A36がそろって,3回の買収会合の事実を供述するとともに,A22も買収会合の回数を3回と訂正し,同日に取調べのなかったA14も,同月4日に3回の買収会合の事実を供述するに至っている。ところが,同日にA6が買収会合の回数を4,5回ぐらいと供述するや,これに影響されるかのように,同月5日から6日にかけて,他の4名が買収会合の回数を4回と訂正するに至っている。このように,買収会合の回数に関する供述は5名とも変遷を重ねている。
(b) 供与金額の変遷
買収会合で供与された金額についても,当初は供述内容に相当のばらつきがあったが,最終的にはA6ら5名の供述が一致しているところ,この供述経過も不自然である。
すなわち,A23についてみると,同年4月30日には受供与金額を1万円と供述していたのを,同年5月1日に3万円,5月2日に5万円と,次々と供述を変え,同月3日に受供与金額を3万円,2万円,5万円と供述しているが,最終的な自白内容が真実であるとすれば,どこから2万円という供述が出てきたのか,合理的な説明が困難である。同じ同月3日には,亡A36も2万円を受け取ったとの供述をしているところ,A23の供述と亡A36の供述のどちらが先になされたのかは明らかでないが,一方の供述が他方に影響を及ぼしたと考えられる。その余の変遷についても,合理的な説明はつかない。
次に,A6についてみると,同年4月30日から同年5月7日までほとんど毎日のように金額に関する供述が変転しており,同年4月30日に金額を1万円と供述していたのを,同年5月2日に5万円と供述を変えている。この点に関し,捜査官であるB8警部補は,刑事手続において,5月2日に供与金額の変遷について「いやあ,2万だったかなあ。3万だったかなあ。でも,やっぱり5万でした」とあいまいな供述であったとしているが,そのような変遷に合理性は見いだし難い。
A6は,同月4日には,買収会合の回数を4,5回ぐらいと供述するに至っているが,A6は,会合を自宅で開催する立場だったのであるから,その開催された回数について,記憶が明確でないということは考えにくく,かつ,最終的な自白内容が真実であるとすれば,5回との供述が出てくることはあり得ないのであって,この点でも不合理である。その余の変遷もいずれも合理的な説明はつかない。
A22もまた,同月1日から同月6日までほとんど取調べの日ごとに供述が変転しており,極めて不安定な供述経過となっており,同月4日及び同月5日に受供与金額を10万円,5万円,10万円と供述しているが,最終的な自白内容を真実であるとすると,なぜ10万円を2度受け取ったという供述が出てきたのか,合理的な説明がつかない。この点に関し,捜査官であるB9警部補は,刑事手続において,同月6日の取調べの際,A22が,罰金額のことを慮って買収会合の回数や受供与金額を過少に供述していたことを打ち明けて,会合の回数と金額を訂正したとしているが,同月5日の供述と同月6日の供述とで,A22が買収会合で受け取った金銭の総額は,25万円から26万円に増えただけであることに照らせば,A22が刑責軽減のためにあえて受供与金額を過少に供述していたとの説明も納得し難い。
A14についてみても,会合が複数回行われたことを認めた同月4日以降にも,受供与金額に関する供述が変転を繰り返している。この点に関し,捜査官であるB10警部補は,刑事手続において,A14が,変遷の理由について,捜査官がどれぐらい事実を把握しているのかを,刑事の手の内を探りながら,小出しに話をしたと述べたとしている。しかしながら,B10警部補の供述によると,B10警部補は,同月7日まで,他の被疑者の供述内容についてほとんど情報を持たずに取調べに臨んだというのであり,手の内の探り合いにはなるはずがなく,不可解である。
さらに,亡A36についても,買収会合の事実について自白を始めた同月2日から同月7日まで,日々供述を変転させるという極めて不安定な供述経過をたどっている。捜査官であるB11警部補は,亡A36が刑責軽減のために受供与金額を過少に供述したことを告白し,特に,同月3日に3回目の会合の受供与金額を20万円と供述していた点については,後に20万円については別の機会にA20からもらった余罪の金額であったと供述の変遷の理由を述べたとしているが,仮に,別の機会にA20から20万円をもらったという事実があったとしても,意図的にそのときの金額を3回目の会合における受供与金額であると供述する理由はないし,記憶違いであるというのも,20万円という金額が極めて過大であることからすると考え難いのであって,そうすると,亡A36がその余の変遷について,刑責軽減のために受供与金額を過少に供述したとしていることとも矛盾するのであって,亡A36の供述の変遷に何ら合理性は認められない。
(c) 本件買収会合のアリバイの存在
そして,本件買収会合は,1回目会合及び4回目会合につきアリバイがあるのであり,この点は本件刑事事件の判決においても明確に認められているとおりであって,4回の会合があったことは客観的にあり得ないのであるから,A6らの自白は虚偽のものであったことは明らかである。
このことは本件現地本部の捜査幹部らが立てた本件の事件全体の構図(見立て)が完全に誤りであったのに,A6らに,その構図に合わせた虚偽の自白をさせたことの証左である。
l 違法性の認識及び捜査を終了するべき注意義務
したがって,A6らは,県警又は本件現地本部の上記違法な捜査によって虚偽の自白を強いられたというべきであり,県警又は本件現地本部は,同年5月7日の時点で,これら本件買収会合事件に関する自白が違法捜査によって作出された虚偽のものにすぎず,その嫌疑が存在しないことを認識していたか容易に認識し得たはずであり,本件公職選挙法違反事件を直ちに終了させるべき注意義務があったが,県警又は本件現地本部は,これに違反した。
(エ) 合理的な嫌疑なく第2次強制捜査に着手した違法性
a 供述内容の不自然性・不合理性
本件買収会合事件の初動捜査におけるA6らの自白は,わずか7世帯しかいない山間部の過疎地域であるa3集落において,4回もの買収会合が繰り返し開かれ,合計191万円もの現金が供与され,会合出席者は各会合で,ほぼ同じ顔ぶれであるというものであって,供述内容それ自体が極めて不自然,不合理であって,その供述に信用性を認めることは全くできない。そして,このことは,捜査あるいは法律の専門家であると一般的には理解される県警において,当然に認識していた事情である。
また,4回もの本件買収会合が行われる中で,A6焼酎事件において,a3集落の住民宅を訪問して現金と焼酎を配布する必要があったか等,本件買収会合事件とA6焼酎事件の関連性についても何ら検討された形跡がない。
そして,これらの内容自体不合理な供述は,違法な取調べによってもたらされたものであり,信用性に重大な疑義のあるものであることは,当該捜査を敢行した捜査官自らが身をもって最も良く知るところであった。
b オードブルの入手先の裏付けがなされていないこと
本件現地本部は,本件買収会合事件についてオードブルが提供されたという供述を得ていたにもかかわらず,オードブルの入手先についても何ら裏付けが取れていない。
c アリバイ捜査がなされていないこと
さらに,県警が,本件買収会合事件の被疑者らのアリバイの捜査をしていたならば,平成15年5月12日の時点で捜査機関が収集していた証拠,あるいは収集し得た証拠は,以下のとおりであり,これらのアリバイ捜査を行っていれば,4回の買収会合が開催不可能であることは容易に判明したはずである。
(a) 平成15年2月上旬
同年2月上旬に関し,①同年1月28日が選挙人用名刺の出来上がり日であったこと,②同年2月1日には,A14は,夜に,志布志市街地で会社の飲み会に参加し,A1は,A5宅で「□□会」に出席したこと,③同年2月2日には,A1とA5は,田ノ浦山宮神社のだごまつりに参加した後,A60宅の通夜に出席し,A1の携帯発信履歴(19:45,19:50など)があること,④同月3日は,A5宅で,A1の□□会を開催したこと,⑤同月4日は,A1の携帯発信履歴(17:02,19:28)があること,⑥同月5日は,A1の選挙事務所開きがあり,後援会パンフレットの出来上がり日であること,A1の携帯発信履歴(19:19,19:58,20:01,21:16)があること,⑦同月6日は,A1の携帯発信履歴(18:55,19:17,19:18,19:20)があること,⑧同月7日には,A1の携帯発信履歴(18:57)があり,A5,A61及びA2は,岩川の居酒屋「訪来」で飲み,その後二次会で「のんき」に行ったこと,A2,A61はこの日北陸旅行から帰宅したこと,⑨同月8日,A1の携帯発信履歴が夜はないが,A1は中学校の本件新年会に出席するためにpホテルに行き,A5は,A62といこいの里温泉で過ごし,その後,A5宅で,ビールを飲んだりして午後7時過ぎまで過ごし,A62は,A5が呼んだ運転代行で帰宅し,その後,A61の友人達が北陸旅行の土産を分けるためにA5宅を訪問し,A5を見たこと,A29は,志布志で買い物をして午後7時頃帰宅したこと,⑩同月9日は,亡A36は,夜に,田ノ浦の「鹿島」という仕出し屋で民生委員会の地区定例会に出席したこと,⑪同月10日はA1の選挙事務所の定例役員会があったことが裏付け捜査により判明したはずである。
(b) 同月下旬
同月下旬について,①同月19日,同月20日,同月28日は,会合開催が不可能であること,②同月18日は,A1は,午後6時からホテルボルベリアで農業経営者の集まりに参加したこと,③同月21日,A1は,午後6時から,志布志町にあるキラクという寿司屋での集まりに参加したこと,④同月22日は,亡A36が牛の競り市で子牛が売れたことのお祝い(以下「べぶんこ祝い」という。)に参加したこと,⑤同月25日は,A2が西弓場ヶ尾の会合に参加したこと,⑥2月下旬では,他に会合可能日はなかったことが裏付け捜査により判明したはずである。
(c) 同年3月中旬
同年3月中旬について,①同月11日は,A5に19時24分の架電歴があること,②同月17日は,A1がpホテルにおける「語ろう会」に参加し,会合開催が不可能であったこと,③同月14日は,pホテルで「営農従事者の会合」があったこと,④3月18日は,亡A36が自宅に娘等(A39,A41,A40ら)を呼んで,A39の息子に高校合格祝を渡したりしたこと,⑤同月中旬では,他に会合可能日はなかったことが裏付け捜査により判明したはずである。
(d) 同年3月下旬
同年3月下旬について,①同月20日は,A2が午後7時から午後8時30分まで,西弓場ヶ尾集落の婦人分会にA2が参加したこと,②同月21日は,A1の携帯発信履歴(19:09,20:32)があり,有明町の坂の下芝園の社長宅で集まりがあり参加し,A20,A33,A46,A44らがa2集落小組合の会合に参加していたこと,③同月22日は,亡A36宅で,べぶんこ祝いがあり,A22が参加し,また,A1は,午後7時から30分程度,平和集落の総会に出席し,その後,A1と原告X2は,旧松山町中村集落の総会に午後9時過ぎまで出席していたこと,④同月23日は,A2が,午後7時から午後9時まで,A63と田ノ浦地区を訪問し,A5は,潤ヶ野地区の長岡牧場で,カライモ交流焼き肉大会に午後7時から午後10時まで参加していたこと,⑤同月24日は,A1が,志布志町内の紀州造林跡地にあった後援会事務所で役員会の後,午後7時30分からA64と一緒にpホテルで開催された上小西自治会の本件新年会に参加し,その後,A64と一緒に有明町の鍋集落の挨拶回りをしていた。A5は,役員会出席後,自宅で鹿児島相互信用金庫のA65氏と面談し,A7は,親戚のA66氏が亡くなったことから,自宅の固定電話で午後8時10分36秒から電話をかけたこと,⑥同月25日は,亡A36,A44が,亡A36宅で飲み会に参加し,A1の携帯発信履歴(19:34,19:41)があり,A1及びA7は,午後8時からA66家通夜に出席し,A22は,A25と串間のファミリーマート串間店に電話代の支払いに行ったこと,⑦同月26日は,小学校校長・教頭の送別会があり,A22は中学校教員の送別会に夜遅くまで参加し,A1とA67は,志布志町長宅を訪問したこと,⑧同月27日は,A1とA2は,午後7時30分から午後8時30までの間,大崎改善普及センターをまわり,A1の携帯発信履歴(18:24,19:41,20:56)があること,⑨同月28日は,A1の携帯発信履歴(18:08,19:47)があり,亡A36はダグリ荘で志布志地区民生委員運営員会があり参加し,A1は,A68家の通夜に参加した(宮原葬祭場)こと,⑩同月29日は,A22が,勤務先であるo社の花見に夜遅くまで参加し,A1とA2は,弓場ヶ尾集落婦人会に出席し,A14夫妻は,午後10時頃まで,PTA総会の打ち合わせ及び飲み会に参加したこと,⑪同月30日は,亡A34宅で,定例の観音講が開催され,A35,亡A34,A14,A15,A22,A23,A6,A29及びA28が参加し,A1は,松山のA69の案内で,尾野見地区の宮下集落の会合に参加したこと,⑫同月31日は,a1集落の総会が,午後7時30分から午後9時まで四浦小学校であり,A29らが参加し,A1の携帯発信履歴(19:07,19:09,19:42,19:43,20:09)があることが裏付け捜査により判明したはずである。
d 虚偽の自白供述をより詳細なものへと誘導したこと
ところが,本件現地本部は,これらの捜査及び検討を怠り,同年5月7日までに獲得したA6らの自白に,さらに迫真性を持たせるため,既にA6らが捜査官に屈服して迎合する供述をしていると知りながら,以下のとおり,不相当な誘導と,脅迫・偽計・欺罔行為・利益誘導などを用い,自白内容をより詳細なものに仕上げた。
(a) A6
B8警部補は,同月8日,A6に対し,受供与金の使途について,これまで何度も目前で大声で怒鳴りながら重複尋問をしていたのと同様に,「何か高い品物を買っただろう,何に使ったか言え」などとないことを強制し,困惑し黙って下を向いているA6が苦し紛れに「鹿屋のダイワにスーツを買いに行った」と虚偽の供述をし,B8警部補は,A6がそのような追い詰められた状況を知りながら,結局,その供述の裏付けが得られなかったことを理由に,「おまえはウソばかりついている」と怒鳴り立てた。
A6は,このような状況から,ノイローゼ状態となっていたが,B8警部補は,その後の取調べでも,「本当に買ったのか,どうして買っていないのにウソをいうのか」と言って,怒鳴りつけ,机をたたいたり,暴言を吐いたりした。
(b) A14
A14は,同日,B10警部補から,A7宅の間取り,会合参加者が着座した位置関係などの図面の作成を指示された際,B10警部補から,「A20,それからA7のとこのじいちゃんのA9さんも来たはずじゃ,来てるとA6が言っている」,「A20とA9の位置が違うから書き直してくれ,A9についてはこたつの間,A20についてはお前の隣」などと不相当に誘導された。
(c) 亡A36
亡A36は,同日,B11警部補から,従前,4回の会合全てにA2が出席していたと供述していたのに,不相当に誘導されて,1回目会合にはA2が来ていないと供述を変更された。
亡A36の同日付けの供述調書には,変遷の理由もなく「A1さんの奥さんについては,1番最初のA7さん方の集まりには来ておらず,2回目か3回目に初めて来られ,4回目の集まりの時に来られていたことは間違いありません」と記載されている。
(d) A6
A6は,同月9日,B8警部補から,1回目会合の状況について取り調べられ,金銭の入った封筒を受領した経緯について,「その場で開けてみましたか,みんなは3万円入っていたと言ってびっくりしましたか」などと具体的な状況について不相当な誘導をした。
(e) 亡A36
亡A36は,同日,B11警部補から,1回目会合の受供与金6万円の使途について取調べを受け,B11警部補は,亡A36に対し,誰に6万円をさらに供与したかを尋ね,亡A36がそのような者はいない旨を答えても,聞き入れず,亡A36から,A44に牛の運搬賃名目で買収金として供与した旨の虚偽の供述をさせた。
(f) A44
A44は,同日,午後から自宅で取調べを受け,亡A36から金員の交付を受けたか聞かれ,それを否認しても聞き入れてもらえず,根負けして,亡A36から牛の輸送代として5万円をもらった旨の供述調書の作成を強要された。
(g) B8警部補
B8警部補は,同月10日,自白したはずのA6がオードブルの入手先等の質問に全く答えられないことから,他の供述をもとに,不相当な誘導を繰り返し,A6がこれに逆らうと,B8警部補は,「お前がウソを言うから,二男A8も長女A10も長男X3も夫A7も調べてもらう」とすぐに脅してきた。
A6は,これまでの取調べで,死んだ方がましだけど,死ぬこともできない心理状態となっていたが,B8警部補は,そのことを知りながら,上記の発言をして,親族らまでが身柄拘束されることを恐れたA6に対し,自白を強要した。また,B8警部補は,A7がサラ金に手を出しているなどと,接見禁止中のため確認できない事実を教えて,A6に対し,A7への信頼を損なわせる言動を繰り返した。
B8警部補は,会合があったことを認めている筈のA6の供述が事実に反することから,威迫・恫喝を伴い,不相当な誘導を繰り返して,供述を強制した。
A6は,同月11日,B8警部補からの不相当な誘導により,それまでの供述を,①「A48後援会の総会が行われたのは12月頃と説明したが,今年の1月ころに行われた。記憶違いであるが,A7から聞いた内容は間違いない。」②「A7とA34が口げんかになった理由について,5月9日には,A34もA48後援会の総会に出席していたので,A7がそのことを取り上げてA34さんに言ったことが原因と説明していたが,その当時のことをよく考えたところ,その総会にはA34もA35も出席していないことを思い出した。A34がA48の総会に出席していたという話は訂正してください。口げんかの原因は,A7がA34さん,A48を押しているのに,なんでここに来ているのかと言ったことが原因で,お前こそ,A48の総会に出ていたのではないかとA7が言い返したことが原因だった。A34は直ぐに席を立ち家に帰った。」などと訂正させられた。A6の知的能力からは,このようなエピソード内容を自ら供述することはおよそ不可能である。
A6は,同日,B8警部補から,「X3もおやじも呼ばれている。おまえのせいで,みんなに迷惑がかかっているのに,お前は少しも反省していない。」などと恫喝され,「b社の人が四人が来たが何しにきたか。」,「そのことで朝電話を三回しているんですね」,「帰るときにX2が明日来ると言ったのか」等,B8警部補から不相当に誘導された。
A6は,同月12日,B8警部補から,「おまえはウソを10回はついている」,「本当のことを言わない」,「おれのいうことを分からないのか」などと大声で恫喝された。
A6は,同月13日,早朝からB8警部補の取調べを受け,「嘘を言った垂水市長は3回逮捕した。」などと恫喝した。
e 捜査報告書における虚偽の事実記載
本件現地本部は,第2次強制捜査に合理的理由がないことを知りながら,逮捕状請求時に裁判所に提出した平成15年5月12日付け捜査報告書(以下「5月12日付け捜査報告書」という。)に虚偽の事実を記載して,令状担当裁判官を欺罔した。
すなわち,5月12日付け捜査報告書には,本件買収会合事件に係るA6,A14,A22,A23及び亡A36の供述の経緯が記載されており,①A6が,同月1日の取調べで,集票目的の会合が開かれたとする供述をしたが,供与した金員の額面の詳細は語らない旨記載されているが,実際には,1万円ずつ供与した旨を自白しており,②5月1日の取調べで会合参加者が原告A22夫婦,亡A36,A35,A14及びA29の6人であったこと,同月2日の取調べで,会合参加者は,原告A22夫婦,A34夫婦,A29夫婦,亡A36,A14の8名に増え,金額も5万円ずつとなり,現金はいずれも無地の茶封筒に入っていたことなどが記載されているが,実際には,A6の5月2日付け申述書では,「私の家で5名にお金を渡した」ことにとどまっており,③A6が同月4日以降の取調べで,会合回数は4回と特定明示されたことになっているが,実際には,同月4日及び同月5日には会合回数について4回か5回という曖昧な回答をしていたのであり,④A22が同月1日以降の取調べで会合が4回あったことを認めたと記載されているが,実際には,それまでに会合の回数も含めて激しく変遷していることが一切触れられておらず,⑤A22は,同月7日以降,病院に逃げ込んだ経緯があるが,病院における診察では,何ら異常は認められないと記載されているが,実際には,A22は微熱があり,5月8日から5月10日夕方まで入院したのであり,B9警部補が入院先から意識レベルが弱いため,経過を見るために入院をさせたことを確認しており,異常は認められること,⑥亡A36は,5月3日から,集票目的の会合が4回あったことを認めたなどと記載されているが,実際には,同月3日の時点では会合は3回と述べており,さらに供与金額についてはそれぞれ2万円,5万円,20万円とおそよ最終的な供与金額と異なる供述がされていたことや亡A36が同月16日から継続的に取調べを受け,同月30日には,取調べのことばかり考えていて,車の運転を誤り自損事故を起こし,頚椎捻挫の傷害を負って入院していたにも拘わらず,入院先の病院で任意同行を求められて,長時間の取調べを受けたことなどが何ら記載されず,⑦A14は,同月1日の取調べで否認したが,同月2日から会合への出席事実及び現金の授受の事実を認め,同月4日以降,会合回数が4回であることを認めた旨が記載されているが,A14は,同月18日から連日のように任意同行を強いられていること等が何ら記載されていないなど,A6らの供述の信用性の判断を誤らせる虚偽の事実が記載され,あるいは,あるべき記載がないなど,意図的に事実が歪められている。
f 違法性の認識及び捜査を終了するべき注意義務
以上の事実に照らせば,県警は,第2次強制捜査の着手前までの捜査において,同年5月7日の時点におけるよりも一層明確に,本件買収会合事件の合理的嫌疑がないことを認識していたというべきであり,仮に同年5月7日以降に本件買収会合事件の捜査を継続したことに違法性がなかったとしても,第2次強制捜査には着手せず,捜査を終了するべき注意義務があったが,県警は,これに違反した違法性がある。
(オ) 合理的な嫌疑なく第2次強制捜査を継続し,第3次強制捜査を着手した違法性
a 客観的証拠の不存在
本件現地本部は,平成15年6月4日及び同月8日,4回目会合6月4日捜査事件及び4回目会合6月8日捜査事件に係る第3次強制捜査を行ったが,第2次強制捜査を行って以降,A6らの自白を裏付ける証拠は一切発見することができていない。
b 自白供述の一層の不自然性・不合理性
かえって第2次強制捜査以降の自白者の供述内容及び変遷の過程は,以下のとおり不自然・不合理であることが明白であり,自白の信用性は一層低くなったというべきである。
(a) A6
A6は,平成15年5月13日に逮捕後,1回目会合の事実を否認に転じたるも,「5人も逮捕者を出したことで責任を感じて否認した」と述べて再度自白し,1回目会合で原告X3が挨拶をした旨の供述を追加し,同月15日には,A2から口止め料として5万円入り封筒20数通位を渡され,A20とともに口止め料を配布した旨の供述を始め,同月16日には1回目会合に原告X4及び原告X6が来た旨に供述を変遷させ,同月18日には,弁護士との接見後,否認に転じたが,「弁護人から他の人も認めていないから否認するよう言われたから否認した」と述べて再度自白し,同月24日には弁護士と接見後,否認に転じ,以後,第1次起訴まで否認し,同月25日には,検事調べにおいて「刑事さんが何日も認めろというようなことを言ったので刑事さんが怖くて認めました」と供述している。
(b) A22
A22は,同月13日,1回目会合で,A6から白っぽい封筒2通をもらったことを供述し,同月14日,5回目の会合が同年4月10日頃開催され,A6から30万円の供与を受けた旨を供述し,同月15日,検事調べにおいて,1回目会合は平成15年2月上旬頃行われ,午後10時頃終了したこと,A6から口止め料5万円を受領したとの供述を追加し,5回目の会合での受供与金が1家族につき20万円であったと供述を変遷させ,同月16日には,5回目の会合の参加者が,A1,A2,A5,原告X2,A7夫妻,A22夫妻,亡A34,A14,亡A36,A29及びA20であったことの供述を追加し,1回目会合事件でもらった封筒は,茶色であったと供述を変遷させ,A29の受供与場面につき具体的に供述を始め,同月18日には,5回目会合の開始時間が午後7時であり,b社の専務という50歳くらいの男性から封が糊付けしてある白か茶色の封筒入りの20万円をもらったことを供述し,同月23日には,4回目会合について,参加者を訂正(A46,A37及びA15)する供述をし,同月27日には,4回目会合は3月下旬から4月上旬の午後7時半に開始され午後9時に終了し,A44,A5,亡A34,A9,A46,A70,A37,原告X2,b社の中年女性従業員が参加し,A1から,茶封筒入りの10万円をもらったとの内容の供述調書を作成している。
(c) A14
A14は,同月13日,逮捕後,1回目会合の事実を否認し,その後,否認したのは逮捕されて気が動転したためなどとして再度自白し,1回目会合の概要について,同年2月上旬に行われ,A6から6万円の供与を受けた旨を供述し,同年5月14日の検事調べで,1回目会合について,日時の明示はなく,参加者は,A6,A14,A20,A22,亡A36,A29,亡A34,A7,A9,A1,A5であり,A15が不参加であった旨を供述し,同月15日,今回の県議選で買収金を何回ももらっており,刑事に事実を追及されると,小出しに話をしていたが,真実は一つであるから,嘘を付いても通用しない等と考えたなどと供述し,同月19日,買収会合が4回くらいあったこと,同月13日の数日後頃,A6から口止め料として5万円をもらったため,当初,買収会合の事実を否認したことを供述し,同月19日,申立書を作成して,自分の罪に気付き,心から正直に話をしようと思ったとして,1回目会合が2月上旬か中旬頃開催され,このほかに,選挙の会合で,A6から5万円,A2から5万円,A1から10万円の供与を受け,これとは別に,A20とA6から30万円,焼酎2本及び2万円の,A6から1万円の供与を受け,本件選挙の投票後にA6から口止め料として5万円の交付を受けたことを記載し,同月20日,買収会合は全部で4回あり,1回目会合は,同年2月上旬頃の午後7時30分頃に開始して,30分くらいで終って,午後8時頃から宴会が始まったこと,以前,A1とA5は会合が終るとすぐ帰ったと供述したが,宴会が始まっても,10分くらい残っていたこと,亡A36,A20,A29,A22,亡A34,A7,A9,A6,A1,A5及びA14の11名が参加したことを供述し,同月22日の検事調べでは,買収会合が4回あり,1回目会合は,午後7時頃から集まり始め,11名が集ったところで会合が始まり,午後7時半過ぎ頃から飲み会が始まったことなどを供述し,同月24日,A6とA20が同年3月上旬か中旬の午後6時過ぎ頃にA14の自宅を訪れ,2万円と焼酎2本を供与し,2月上旬から下旬にかけて,A6の家で甲総第594号証,甲総第595号証も出席して会合が2回行われ,A6とA20から5万円をもらったことを供述し,同月27日,4回目会合は,同年3月下旬頃か,もしかすると,選挙告示前の同年4月上旬頃の午後7時30分過ぎ頃始まり,挨拶は10分くらいで終り,宴会が午後7時40分過ぎ頃から始まり,午後8時頃買収金の供与を受け,午後9時30分くらいに終了し,参加者は,A7夫妻,A9,A14,亡A36,亡A34,A22夫妻,A29,A20,A44,A46,A33,A1,A2,A5,原告X2,b社の女性従業員2人(ただし,女性従業員は別の会合の時に出席していたのかもしれない)と供述し,同月28日の検事調べでは,1回目会合について,午後7時過ぎ頃開始したと供述を変遷させ,同月30日の検事調べでは,4回目会合について,3月下旬頃か4月初めの午後7時過ぎ頃始まったと供述を変遷させ,b社の女性従業員2名は4回目会合に参加したことを断定し,上記両名は,A1を社長と呼んでいたから従業員だと思ったと供述し,同月2日,1回目会合の宴会は午後8時くらいから始まり,A1たちは30分くらいして帰ったと供述している。
(d) A23
A23は,平成15年5月14日,5回目の会合において,A22において,A1かA2から20万円の受供与があったことを供述し,同月18日,会合は全部で5回あり,4回目会合が同年3月下旬から4月上旬頃の午後7時頃開催されたが,仕事か何かで行くのが遅くなり,A22とA7宅に行ったときは会合が始まっており,A7宅の一番奥にある8畳の間に参加者が座り,長テーブルと炬燵テーブルが並べられ,その上には,唐揚げ,エビ,ウインナー,卵焼き,天ぷら,酢の物などが盛られた大皿2個と魚の刺身,イカの刺身などの準備がしてあり,会合の参加者は,A1,A2,A5,A20,A9,A7,A22夫妻,亡A36,A37,A14夫妻,亡A34,A29,A33,A44,A46だったと思うが,他にも来ていた人がいるかも知れず,A2から封筒入り現金10万円をもらったことなどを供述した。
(e) 亡A36
亡A36は,同月5日,会合の参加者について,b社の従業員の名前は一切供述しておらず,同月13日には,黙秘し,その後,再度自白し,同月22日,1回目会合の開催時期は,同年2月9日の日曜日に開かれた民生委員の役員会の1,2日前の頃と記憶していると供述し,同年5月24日,1回目会合について,午後8時頃に亡A36がA6方に行った時には,参加者が皆集まっていたことなどを供述し,4回目会合の参加者について,A1,A2,A5,原告X2,A7夫妻,A22夫妻,A29,A35,A14,A20,A33,A44及びA70と供述し,b社の女性従業員の名前はなく,同月25日にも,4回目会合の参加者として,b社の女性従業員の名前は供述せず,同月27日,4回目会合の参加者につき,A9,亡A34及びb社の女性従業員2名がいたかもしれないと供述するに至った。
(f) A20
A20は,同月13日の逮捕後,事実関係を否認していたが,同月19日,1回目会合について事実を認め,同月20日,一旦,否認に転じるが,認めると受供与金全部の使途先を全部話さなければならないと思ったとして,再度自白し,A6焼酎事件と会合への出席事実があったことを供述し,同月21日,口止め料の受領事実を供述し,同月27日の検事調べで,A6焼酎事件で供与した焼酎の空き瓶を回収して投棄した旨供述し,同月28日,焼酎の空き瓶の回収事実について改めて供述し,同日,4回目会合の参加者は,A1,A2,A7夫妻,A22夫妻,A14夫妻,亡A36,A33,A29,亡A34,A20,A9,A46,A5,原告X2,b社の女性従業員2人と供述し,同月29日,焼酎瓶の投棄場所の引当捜査を実施した後,焼酎瓶の投棄事実は嘘である旨供述した。
c 違法性の認識及び捜査を終了すべき注意義務
以上の事実に照らせば,県警は,第2次強制捜査の継続中には,その着手時よりも一層明確に,本件買収会合事件の嫌疑がないことは認識するに至ったというべきであり,仮に,第2次強制捜査の着手が違法でなかったとしても,本件買収会合事件の嫌疑がないことは認識するに至った時点で,その後の第2次強制捜査の継続及び第3次強制捜査への着手を行わず,直ちに捜査を終了させるべき注意義務があったのに,県警はこれに違反した。
(カ) 合理的な嫌疑なく第3次強制捜査を継続し,第4次強制捜査に着手した違法性
a 客観的証拠の不存在
本件現地本部は,平成15年6月25日及び同月29日,4回目会合等6月25日捜査事件及び1回目会合6月29日捜査事件に係る第3次強制捜査を行った。
この時点でも,A6らの自白を裏付ける証拠は一切発見することができていない。
b 平成15年6月13日頃のpホテルに対する裏付け捜査中のA1のアリバイの判明
A6は,同年6月13日,D3弁護士との接見で,オードブルの注文先について,これまで「pホテル」と答えていたが裏付けが取れず,A2が持ってきたことになったなどと話している。
ということは,同日頃,本件現地本部が,pホテルでオードブル捜査を実施していることは間違いなく,pホテルの経営者であるA71(以下「A71」という。)が,その際にpホテルの宴会台帳(以下「本件宴会台帳」という。)の写しを基に取調べを受け,同日,本件宴会台帳をB30巡査部長に提出したところ,この頃,4回目会合の開始時刻について,概ね,それまでの自白では,午後7時30分頃とされていたものが,午後8時頃などと変遷させられている。
このことに照らせば,本件現地本部が,4回目会合の開催日について,平成15年3月下旬において同月24日以外には会合可能日がなかったため,同日を開催日と考えていたが,上記のオードブル捜査の際,A1とA71がpホテルで,午後7時30分から開催された上小西自治会宴会であいさつしたことを知り,会合開始時刻をずらす必要に迫られた(pホテルからA7宅まで車で37分はかかるので,7時30分開催のpホテルでの上小西自治会宴会で挨拶したものが,A7宅に7時30分に到着することはできないからである。なお,午後7時30分にA1がpホテルで挨拶したのであれば,午後8時に到着することも困難であるため,本件現地本部は,後に上小西自治会の総会参加者に,宴会開始時刻を早める旨の供述を強制していた。)ため,不相当な誘導により供述内容を不自然に変更させたのであり,本件現地本部は,3月下旬に4回目会合があったとのA6らの供述の信用性を大きく減殺させる事実を把握していたというべきである。
c fホテルの予約帳に基づくA1のアリバイの判明
また,同年6月13日頃は,fホテルの予約帳(以下「本件予約帳」という。)の作成者であるA61も,本件予約帳により取調べを受けていたのであり(A61の陳述書参照),この頃には,捜査機関は,1回目会合と4回目会合のアリバイに係る事実を把握していた。
d その他,自白者の供述の一層の不自然性・不合理性
(a) 写真面割り
A22は,同年6月21日まで,4回目会合について,参加者の服装を,詳細に述べた供述調書に署名・押印しているなど,参加者の着衣や参加状況などを長時間・長期間にわたり執拗に聴取され,参加者の人物像は固定されていたはずである。
ところが,B9警部補は,同日,A22に対し,写真面割りを実施し,同月23日,その調書を作成したが,A22は,A5も原告X2も判別することはできなかったし,また,A2はもとより,原告X4,原告X6も識別できなかった。このことからしても,通常の捜査官であれば,その供述を信用することができないことは容易に分かるはずである。
A20の同月22日付け供述調書では,写真面割りを実施するも,A5については1回では分からず,A2,原告X4及び原告X6は特定できていなかったのに,同年7月10日付け検面調書では,「3人とも知っています。①番が先程話した原告X4さんで,②番の女性がA58さんです。③番が原告X6さんです。A46さんもd社で一緒に働いたことがあり,よく知っています。」との記載に変わっており,いかにA20の供述が不自然・不合理なものであったか,誰の目に明らかであった。
(b) 会合参加者の氏名
本件現地本部は,会合参加者についても,例えば,亡A36の同年5月25日付け供述調書では,女性従業員2名の記載はなく,A70の名前が上げられているのに,同年6月21日付け供述調書では,「b社の従業員と思われる2人くらいの女性」が登場し,しかも,顔の特徴をほとんど覚えていないので,写真を見てもわからないかもしれません」と写真面割りはされておらず,さらに,A70の名前は忽然と消え,その理由も明らかにされておらず,A70の名前は,この時期,ほとんどの自白者の供述調書から一斉に消えており,このことは,自白者らの供述の信用性がいずれもないこと及び本件現地本部がそのことを知った上で,供述内容を不相当に誘導した証左である。
e 違法性の認識
以上の事実に照らせば,県警は,第3次強制捜査の継続中には,その着手時よりも一層明確に,本件買収会合事件の嫌疑がないことは認識するに至ったというべきである。現に,以上の捜査状況の下で同月23日志布志署で開かれた捜査会議の席では,本件買収会合事件の嫌疑について反対の意見が出されたが,B5署長は,当法廷の証人尋問において述べたような裏付けのない持論を述べ,反対意見を封じ込めたのである。したがって,県警は,仮に第3次強制捜査に着手したことに違法性がなかったとしても,本件買収会合事件の嫌疑がないことは認識するに至った時点で,その後の第2次強制捜査の継続及び第3次強制捜査への着手を行わず,直ちに捜査を終了させるべき注意義務があったのに,これに違反した。
以上のとおり,同月25日までの捜査で,A6らの供述が虚偽であることが一層明確になったものである。したがって,本件現地本部は,第4次強制捜査において,本件買収会合事件の嫌疑がないことを十分に認識していた。
(キ) 合理的な嫌疑なく,第4次強制捜査を継続し,第5次強制捜査に着手して第5次強制捜査を継続した違法性
県警は,平成15年6月26日以降も第4次強制捜査を継続し,同年7月23日,2回目会合等7月23日捜査事件に,同月24日,4回目会合7月24日捜査事件に着手して第5次強制捜査を行ったが,これらの捜査期間中,A6らの自白を裏付ける証拠は一切発見することができなかったのであり,第4次強制捜査の着手時よりも一層明確に,本件買収会合事件の嫌疑がないことを認識するに至ったというべきである。したがって,県警は,仮に第4次強制捜査の着手に違法性がなかったとしても,本件買収会合事件の嫌疑がないことを一層明確に認識するに至った時点で,その後の捜査を継続せず,直ちに捜査を終了すべき注意義務があったのに,これに違反した。
(ク) 本件公職選挙違反事件の捜査全体を終了しなかったことによる本件不起訴等原告らに対する捜査の違法性の有無
以上のとおり,本件買収会合事件の上記の捜査の経緯に照らせば,県警及び本件現地本部は,その初動捜査の開始から第5次強制捜査までの一連の早期の段階で,本件買収会合事件の嫌疑が始めから存在しないか,完全に消滅していたことは容易に判断できたはずであるから,その時点において,直ちに本件公職選挙法違反事件の捜査全部を終了すべきであったというべきである。したがって,その後に継続された原告X3,原告X2,原告X5及び原告X6に対する捜査は,合理的な理由もなく継続された違法な捜査である。
(ケ) その他,本件不起訴等原告らに対する捜査を行ったことの違法を基礎付ける事情
a 原告X3に対する捜査の違法
原告X3は,平成15年5月11日,志布志署に連行され,自白を強要する違法な取調べを受けたものであるが,そもそも,同日までの間に,買収会合事実を自白した者の中に「X3」の名を挙げた者は一人もおらず,かつ「X3」の名を挙げた調書も一通も存在しなかったのであり,原告X3に対する嫌疑はなかったのである。B1証人が証言したとおり,被告においては,嫌疑がない者を朝から晩まで取調べるという捜査手法が存在していたものであるが,捜査官は,原告X3を,嫌疑がないにもかかわらず,被疑者として取調べる目的で,早朝に同人宅へ行き,同人を警察署へ連行し,その後,約9時間もの長時間にわたって取調べを行ったのである。かかる捜査が任意捜査として許容される限界を超えた違法捜査であることは明らかである。
b 原告X2に対する平成15年6月5日からの任意取調べの違法
(a) 平成15年6月5日以前の捜査の経緯
県警及び本件現地本部は,同年4月30日から極めて異常な捜査過程を経て,A6,A23の自白供述内容から,同じ顔ぶれの人物に対して,焼酎と現金を個別に訪ねて配りながら,その前から,ほぼ同じ顔ぶれを集めて4回も買収会合を開き多額の現金を配ったという極めて異常な構図の下で,買収会合の捜査を開始し,捜査官らは,会合に関する自白が適正手続に違反する取り調べにより得た自白にすぎないことを知りつつ,あるいは,通常の捜査官であればこれを知ることができるにも拘わらず,その後の捜査を打ち切ることなくB5署長及びB1警部の強い思い込み・予断の下で,しゃにむに,捜査比例の原則を包含する適正手続の原則を遵守することなく,捜査を継続した。
これは,同年6月5日の時点で,警察が把握していたこと,把握しえた事実をみても明らかである。
すなわち,①A5に対するA5ビール事件が立件できず,また,②A5焼酎事件も立件できず,③A6焼酎事件も立件できない中で,④A23に対する違法な取り調べにより,本件買収会合事件が発覚したなどとして,捜査比例の原則に違反して,A7宅での会合はあったに違いないとの見込み捜査を継続し,⑤この4回目会合について,A14,A22,A36,A23,A20及びA6に対し強圧的な取り調べを行い,同人らの供述は極めて曖昧な供述にすぎなかったにもかかわらず,原告X2が,4回目会合に参加したに違いないとの見込み捜査の下同行を開始したものである。最初に原告X2の名前を上げたと考えられるA6は,それまで,おりに触れて選挙買収事件はなかったと否認をしていたが,踏み字事件を起こしたB8警部補の継続的な強制による自白を強制され,自白と否認を繰り返していた。しかも,A6は,同年5月中旬以降は否認を続け,同年6月5日の時点でも,否認の状態であった。既に1ヶ月以上勾留された被疑者の供述が不自然・不合理に変遷しつつ,否認している事実は,買収会合の不存在を基礎づける可能性のあるものであり,決して軽視することはできない事実である。その上,A6には,知的障害があり,しかも,同年5月27日には,C3検事の取り調べ時に精神錯乱状態となり,鹿児島南警察署の留置場に戻った後も,服を破るなどの異常行動をするほど警察・検察に反発していたことは,本件現地本部には顕著な事実であった。
(b) 4回目会合の開催可能性がないこと
4回目会合の開催可能性についても,県警及び本件現地本部は,逮捕勾留したA6,A14,A22らの自白が,極めて不自然・不合理なものであることを認識しつつ捜査を継続し,4回の会合日時を特定しようと,会合可能日の割り出しを行った結果,4回目会合の日時に関し,同日の時点で,次の事実が,同日の時点でおおよそ判明しており,4回目会合の可能な日はなかったことを認識していた。
① 同年3月20日には,A2は,午後7時から午後8時30分まで,西弓場ヶ尾集落の婦人分会に参加した。
② 同年3月21日には,A1の携帯発信履歴(19:09,20:32)があり,四浦集落が携帯電話の通話不能地域であったことから,会合に参加することは不可能であった。また,同日は,A1は,有明町の坂の下芝園の社長宅で集まりがあり参加していたので,会合に参加することなど不可能であった。また,この日は,a2集落小組合があり,A20,A33,A46,A44らが参加しており,同様にA7宅での4回目会合に参加することは不可能であった。
③ 同年3月22日夜には,亡A36宅で,べぶんこ祝いがあり,A22が参加していた。また,同日,A1は,同日午後7時から30分程度,平和集落(なお,この集落からa3集落までは,自動車で30分程度かかる)の総会に出席した。その後,A1と原告X2は,旧松山町中村集落の総会に出席し,同日午後9時過ぎまでいた。
④ 同年3月23日には,A2は,午後7時から午後9時まで,A63と田ノ浦地区を訪問した。A5は,潤ヶ野地区の長岡牧場で,カライモ交流焼き肉大会に午後7時から午後10時まで参加していた。
⑤ 同年3月24日には,A5は,役員会出席後,自宅で鹿児島相互信用金庫のA65氏と面談した。さらに,A7の親戚のA66氏が亡くなったことから,A7は,自宅の固定電話で午後8時10分36秒から電話をかけた。なお,同年6月5日の時点ではA1が上小西集落自治会総会及び本件懇親会に出席していたことまでは判明していなかった可能性はある。
⑥ 同年3月25日には,亡A36,A44は,亡A36宅で飲み会があった。A1の携帯発信履歴(19:34,19:41)があり,A1は,午後8時からA66家通夜に出席していた。A7も参加しており,会合は不可能であった。A22は,A25と串間のファミリーマート串間店に電話代の支払いに行った。
⑦ 同年3月26日には,小学校校長・教頭の送別会があった。A22は中学校教員の送別会があり,夜遅くまで飲んだ。A1とA67は,夜,志布志町長宅を訪問していた。
⑧ 同年3月27日には,A1とA2は,大崎改善普及センターを午後7時30分から午後8時30までの間に回った。A1の携帯発信履歴(18:24,19:41,20:56)もあった。
⑨ 同年3月28日には,A1の携帯発信履歴(18:08,19:47)があった。また,亡A36は,ダグリ荘で志布志地区民生委員運営員会があり,その夜,参加していた。A1は,A68家の通夜に参加(宮原葬祭場)した。
⑩ 同年3月29日には,A22は,勤務先である「o社」の花見で夜遅くまで飲んだ。A1とA2は,弓場ヶ尾集落婦人会に出席していた。A14,A15は,当日夜,PTA総会の打ち合わせがあり,午後10時まで飲み会に参加していた。
⑪ 同年3月30日には,亡A34宅で,定例の観音講が開催された。A35,亡A34,A14,A15,A22,A23,A6,A29,A28が参加した。A1は,松山のA69の案内で,尾野見地区の宮下集落の会合に参加した。
⑫ 同年3月31日には,提ノ口集落の総会が,午後7時30分から午後9時まで四浦小学校であり,A29らが参加した。A14は欠席。A1の携帯発信履歴(19:07,19:09,19:42,19:43,20:09)があった。
仮に,本件現地本部が,以上の事実につき,同年6月5日の時点では十分把握していなかったとしても,これらの事実は通常の捜査を遂げていれば,十分に分かり得たことであり,本件現地本部は,これをしなかった重大な過失があるというべきである。
(c) 任意取調べの違法
かかる状況の中で,ただ,数人の供述者から原告X2が4回目会合に出席したという供述があっただけで,それを裏付ける客観的証拠もなく,その取り調べの内容もただ「四浦に行っただろう」という一方的な思い込みを押し付けるものであった。原告X2が四浦に行ったことを否定すれば,その供述に矛盾する事情があるとか,それを崩す客観的事実を具体的に適示し原告X2の否定が不合理であることをつきつける取り調べをしなければ,押し問答の不毛な取り調べでしかない。また,B27警部補は原告X2がその行動について記憶がないというのに,16日間という長期にわたり任意同行による取り調べを実施した。1,2回というのであればまだしも,長期,長時間に及ぶ任意同行を求めてかかる取り調べを実施したことは,その時点まで(同年6月4日まで)の捜査のずさんさ,原告X2の嫌疑の抽象性,及び現実の取調べそのものが一方的な押し付けによる取調べであったことから見て比例原則に反し,違法というべきものである。
c 原告X2に対する平成15年6月27日からの任意取調べの違法
(a) 第3次強制捜査までの捜査における有罪を裏付ける証拠資料の不存在
本件現地本部は,同月4日に4回目会合に関し,A1らを逮捕し取り調べを継続したが,4回目会合を裏付ける具体的な事実関係を証拠により証明できず,同月25日には,処分保留で釈放する他なかったのであり,これは同年4月30日に端を発する本件買収会合事件について,同年6月25日までの2ヶ月近くも強制捜査をしたが,4回目会合について起訴するだけの証拠資料を収集することはできなかったことを意味し,同日に処分保留で釈放すると同時に捜査側はA1を第1回会合事件における5名に対する供与事件と第4回目会合事件における別の4名に対する供与事実をあげて再逮捕したもの,4回目会合事件についてはただ対象者をかえただけで捜査の実体には変化は何もなかった。
原告X2は同月5日から同月15日まで任意同行でB15警部補の取調べを受け,同月27日からはB27警部補による取調べが再開されたが,その間12日間の空白があり,しかもこの間に捜査会議では捜査員から本件事件についての見直しをすべきとの意見具申さえ出ている。
(b) A71からの事情聴取によるA1のアリバイの発覚
A71は,平成17年(ワ)第1093号事件において以下のように証言している。
すなわち,同月4日にA1が逮捕された時期からさほど遠くない時期に1週間から10日くらい及び7月の後半から8月にかけて警察官が事情聴取にきた,1回目に来た時はA1がオードブルとか弁当をとったことはないかということで聞きに来た,警察官の方から,pホテルでA1が出席した会合がなかったかというようなことは聞かれなかったが,A1の身辺が少しでもきれいになればいいという思いから息子のA67に了解をとった上で,同年2月8日と同年3月24日にA1が出席した会議があったことを告げ,本件宴会台帳を基に詳しく説明した,警察官は本件宴会台帳を預り,後日コピーを返してきた,同年2月8日にはA1の中学校の本件新年会が開催され,同年3月24日には上小西集落自治会の総会が開催された。本件宴会台帳によれば,上小西集落自治会の総会は午後6時30分に開始され,宴会が午後7時30分に開始されということになっていた,その宴会は,予定通りの時間に開催された,A71自身も当時4月に実施されることになっていた町会役員選挙に立候補を予定していたので,そこで挨拶をした,挨拶のあと出席者に酌をしている時,A1も県議選立候補に関する挨拶をした,A1も挨拶のあと,出席者に酌をしていた,A71がその場を立ち去ったのは挨拶から25分前後してからだと思う,という内容である。
本件における実況見分によれば,pホテルからA7宅までは約37分かかる。したがってA71の証言による限りA1は4回目会合に午後8時30分頃にしか到着し得ないことになり,A1にアリバイが成立することになる。このことは本件無罪判決も明確にしている。
被告は本件宴会台帳を預かったのは平成15年7月25日であり,その存在についてはその時まで知らなかったと主張するが,同年6月半ば頃本件宴会台帳の存在を知り,同年2月8日,同年3月24日の会合にA1が出席していたことを把握していたことは明らかである。
(c) A71の証言の裏付け
4回目会合についてはオードブルが出されたという虚偽自白をした数人の供述調書(A22同年5月27日付け供述調書,A14同日付け供述調書,A20同月29日付け供述調書)が存在し,同年6月頃,本件現地本部はオードブルがpホテルに注文されたか否かについて捜査していることになるが,これはA71の平成15年6月4日からそう遠くない時期に警察がオードブルについて聞き取りに来たという証言と符合し,A71の証言の信用性を裏付ける。
(d) 自白者らの供述の変化
そして,この頃,4回目会合の開始時刻について自白者らの供述が一斉に変遷し,午後8時頃に開始されたとして記載されるようになった(A6・6月8日付け検面調書,A22・6月15日付け供述調書,A23・6月16日付け供述調書,A14・6月16日付け供述調書,A20・6月17日付け供述調書)。かかる変遷はその時期がほぼ同時期(6月半ば頃)になっていることから見て,同年3月24日あったとされる4回目会合につき,A1が同月24日午後7時30分に開催された上小西集落の総会の宴会に出席した事実を知った捜査側が,それまでおおよそ午後7時に開始されたという供述者らの供述では4回目会合の存在が根底から崩れるものとし,一斉に開始時間を後にずらすことを強制した結果によるものとしか考えられない。
(e) 県警及び本件現地本部のアリバイ成立の認識
この開始時刻の変遷の事実から見て,捜査側は同年6月4日からそれほど離れていない日時におけるA71へのオードブルに関する聞き取りを契機として本件宴会台帳の存在を知り,それを基に同年2月8日,同年3月24日に会合がもたれたとする根拠が根底から崩れること,すなわちA1にアリバイが成立することを熟知することになったことは明らかというべきである。
仮に,アリバイが成立すると断定できなかったとしても,捜査側がアリバイの成立の可能性があることを認識したことは明らかであり,その点からの捜査を十分になすべきであった。しかるに,その点を客観的事実に基づき再検討せず,あろうことか,虚偽自白をしていた被疑者に開始時刻を後にずらすよう供述の変更をせしめたのである。
(f) 任意取調べの違法
以下の状況下においてなされたA1らに対する同年6月25日の再逮捕が違法であることはいうまでもないことであるが,同月27日から再開された原告X2に対する任意同行による取り調べが違法であることは明らかである。
しかも原告X2の証言によれば,B27警部補の取り調べは積極的ではなく,上の方が言うからしょうがなくという様子であったという。かかる取り調べは必要性もないものという他ないものであり,その点からも違法である。
d 原告X2に対する逮捕・勾留の違法
原告X2は,同年7月24日に4回会合事件につき,公職選挙法違反幇助を被疑事実として逮捕され,同年8月13日まで21日間身柄を拘束され,その間も長時間の取り調べを受忍させられた。
しかし,本件現地本部は,pホテルの会合の開始時刻等についてA71から聴取し,同年7月24日は捜査側が本件宴会台帳を入手してから既に1か月以上が経過しており,本件宴会台帳を客観的に検討し,関係者に話を聞けば同年2月8日及び同年3月24日にあったとされる買収会合にA1が出席することは不可能であり,A1のアリバイが成立することは容易に判断できる。
百歩譲って不可能と断定できなかったとしても,逮捕は一人の人間の身体を強制的に拘束するということであるから,慎重な捜査に基づき客観的証拠を集積してなされるべきにもかかわらず,具体的な捜査の伸展もない状況,逆に本件宴会台帳や本件予約帳等の消極的証拠の存在が判明した状況において逮捕はなされたのであるから,嫌疑がないことが明らかであったにもかかわらず,かかる逮捕・勾留が違法であることは明らかである。
e 原告X4に対する任意取調べの違法
(a) A6の供述の変遷及び信用性の欠如
A6の本件買収会合に関する供述は,原告X4の取調べが始まった時点では,否認であった。また,原告X4の取調べ開始時は,A6の供述が,重要な部分で変遷しており,到底,信用できるものではないこと,そもそも任意性を欠くものであり,証拠能力のないものであったことは,通常の捜査官であれば,容易に判明する程度のものであった。
(b) その他の別件無罪原告らによる原告X4の本件買収会合への参加を認める供述に信用性がないこと
A22の供述調書において,4回目会合に参加したとする女性従業員の話は,同年5月27日まで存在しない。しかも,その供述内容は,原告X4の特徴を明らかにした内容のものではない。他方,同年6月4日の調書では,女性従業員の記載もなくなり,他方,A44,A46,A37の名前を挙げるなど,不自然・不合理な変遷をしている。
A14の供述調書においても,同年5月27日まで,4回目会合の参加者として,女性従業員の名前は記載されていない。しかも,最終的には,A46,A44が参加していたとされているなど,不自然,不合理な変遷をしている。
A23の供述調書では,同年6月16日までの取調べでは,4回目会合の参加者として,原告X4の名前はもとより,b社の従業員の名前すらない。A23の調書で,原告X4の話が出たのは,同日以降,原告X4の写真を見せられた後のことである。同月5月18日の4回目会合に関する詳細な調書にすら参加者として記載されていなかったものが突然,同年6月16日になり,原告X4の名前が4回目会合の参加者として記載されることになったこと自体,不自然・不合理である。
亡A36の供述調書においても,同月5日まで,4回目会合の参加者として,原告X4の名前はおろか,従業員の名前さえない状況であった。それが,同月13日の調書において,初めて従業員の名前が記載されているもの,どうして思い出したのかも明らかにされておらず,このような調書に信用性がないことは明白である。
A20の供述調書では,4回目会合の参加者について,女性「事務員」,「40歳前後の女性」,「A1先生のところの従業員」などと記載されたりしているが,そもそもA20は,原告X4を従前から見知っていたのであり,このような抽象的な供述では,原告X4が来ていたという証拠にはならないはずである。
(c) B28警部補による取調べ内容があいまいで不毛なものであること
原告X4に対しては,同月5日午前7時30分頃,B28警部補ら2名が,原告X4の自宅に警察車両で押しかけ,原告X4を警察車両に乗せて志布志署及び税関に同行したのが最初である。
B28警部補は,原告X4の取調べにおいて,原告X4に対し,「四浦に行ったことがあるか,買収会合に参加したことがあるか」と同じ質問を繰り返し,原告X4が,これを何回も否定していたにもかかわらず,B28警部補は,不毛な取調べを繰り返した。その際,B28警部補は,原告X4に対し,「そんなことばっかり言っていたら汽車の線路と一緒だ」,「平行線を辿るだけだ」と自ら不毛な取調べであることを自認する発言をしていた。
B28警部補は,原告X4を被疑者として同行したものであるが,原告X4に対して,「A1さんの選挙の件で話を聞きに来ました」と述べているだけで,その嫌疑は明らかにせず,この時点で,原告X4は防御しようがなく,B28警部補は,同月5日,A6が「会合でX4さんがいろんな用意を加勢してくれたと,その現場にいたという話」を聞いていただけで,原告X4に対する嫌疑が何かも明らかにできていない。原告X4に対する嫌疑である以上,その具体的な内容が明らかにされることはいうまでもないが,単に会合に出席して加勢しただけでは,どのような嫌疑なのか,全く不明である。このように,原告X4に対する嫌疑は,そもそもあやふやで,嫌疑といえるものではなかった。
(d) 従前の取調べの経緯
県警及び本件現地本部が,極めて異常な捜査過程を経て,自白供述内容から,A6が同じ顔ぶれの人物に対して,焼酎と現金を個別に訪ねて配りながら,その前から,同じ顔ぶれを集めて4回買収会合を開き多額の現金を配ったという極めて異常な構図の下で,原告X4に対する捜査を,「嫌疑なく」開始し,捜査比例原則に違反し,適正手続に違反する取調べであったことは,これまで主張してきたとおりである。同月5日の時点で,本件現地本部が把握していたこと,把握しえた事実については,原告X2の部分で主張したとおりであって,A5ビール事件,A5焼酎事件,A6焼酎事件も立件できない中で,A23に対する違法な取調べにより,本件買収会合事件が発覚したなどとして,捜査比例の原則に違反して,A7宅での会合はあったに違いないとの見込み捜査を継続し,原告X4についても,同年3月24日の4回目会合に参加したに違いないとの見込み捜査を継続していたが,原告X4との関係では,4回目会合の可能な日の割り出しを行ったところ,原告X4を同行した時点では4回目の会合可能な日はなく,これは,通常の捜査を遂げていれば,いずれも収集可能な証拠資料により,確実に確認できたことであり,県警及び本件現地本部は,これをしなかった重大な過失がある。
むしろ,同年6月5日の時点では,以上の事実を掴んでいた可能性もある。いずれも,ほとんどが関係者の公的な行事への参加の事実であり,県警及び本件現地本部が知らなかったでは済まされない事実関係である。そうすると,同年4月17日から嫌疑なく始まった捜査は,同年6月5日の時点でも,全く会合可能日はなく,4回目会合に関するA6らの共犯者供述の虚偽性は明らかであったのであるから,原告X4への嫌疑も全くなくなっていたというべきである。
f 原告X4に対する捜索・差押えの違法
県警及び本件現地本部は,原告X4は,自宅の捜索・差押えをするだけの嫌疑がなかったのに,家宅捜索を受け,到底証拠となり得ない,関連性のない物の差押えを受けた。
g 原告X6に対する捜査の違法
(a) A6の供述の変遷及び信用性の欠如
A6の本件買収会合に関する供述は,原告X6の取調べが始まった時点では,否認であった。また,原告X6の取調べ開始時は,A6の供述が,重要な部分で変遷しており,到底,信用できるものではないこと,そもそも任意性を欠くものであり,証拠能力のないものであったことは,通常の捜査官であれば,容易に判明する程度のものであった。
(b) その他の別件無罪原告らによる原告X6の本件買収会合への参加を認める供述に信用性がないこと
A22の供述調書において,4回目会合に参加したとする女性従業員の話は,同年5月27日まで存在しない。しかも,その供述内容は,原告X6の特徴を明らかにした内容のものではない。他方,同年6月4日の調書では,女性従業員の記載もなくなり,他方,A44,A46,A37の名前を上げるなど,不自然・不合理な変遷をしている。
A14の供述調書においても,同年5月27日まで,4回目会合の参加者として,女性従業員の名前は記載されていない。しかも,最終的には,A46,A44が参加していたとされているなど,不自然,不合理な変遷をしている。
A23の供述調書では,同年6月16日までの取調べでは,4回目会合の参加者として,原告X6の名前はもとより,b社の従業員の名前すらない。A23の調書で,原告X6の話が出たのは,同日以降,原告X6の写真を見せられた後のことである。同年5月18日の4回目会合に関する詳細な調書にすら参加者として記載されていなかったものが突然,同年6月16日になり,原告X6の名前が4回目会合の参加者として記載されることになったこと自体,不自然・不合理である。
亡A36の供述調書においても,同月5日まで,4回目会合の参加者として,原告X6の名前はおろか,従業員の名前さえない状況であった。それが,同月13日の調書において,初めて従業員の名前が記載されているもの,どうして思い出したのかも明らかにされておらず,このような調書に信用性がないことは明白である。
A20の供述調書では,4回目会合の参加者について,女性「事務員」,「40歳前後の女性」,「A1先生のところの従業員」などと記載されたりしているが,そもそもA20は,原告X6を従前から見知っていたのであり,このような抽象的な供述では,原告X6が来ていたという証拠にはならないはずである。
(コ) 結論
よって,県警及び本件現地本部が,本件買収会合事件の初動捜査及び第2次強制捜査以降における別件無罪原告らに対する違法な捜査によって得られた不合理な供述に基づいて,原告X2,原告X3,原告X4及び原告X6に対してした本件公職選挙法違反事件の捜査は,全て違法である。
イ 被告の主張
(ア) 本件買収会合事件の端緒(A23の自白)の経緯
a A23の自白
本件買収会合事件については,A6焼酎事件の捜査を進めていた平成15年4月30日,同事件の受供与被疑者であるA23が,A7宅で買収会合が開かれたと供述したことから,名前の挙がった関係者を取り調べるなど,必要な捜査を開始したものである。第一次捜査機関である警察としては,特定の犯罪の嫌疑があると認められる場合に必要な捜査を行うことができるのはもちろんのこと,特定の犯罪についての嫌疑にまで至らない場合であっても,捜査着手のための準備活動を行うことは可能であり,いずれも必要な限度を超えない範囲内で任意で行われる限り,許容され,その方法に制限はなく,本件刑事事件も例外ではない。
B31巡査部長は,同日,A6焼酎事件の詳細な状況を聴取する過程で,A23が捜査官を注視しなかったり,下を向いたり,追及すれば黙り込むといった様子から,同人が全てを供述していない可能性があると判断し,「あなたは何かまだ隠していることがあるんじゃないですか。」などと告げながら取調べを行っていたところ,A23は程なくして,「私が言ったことは他の人には分からないですよね。」と前置きした上で,県警において未把握の買収会合の事実について自ら供述し,会合出席者として,A6,A7,A14,A22,A29,亡A34,亡A36等の名前を挙げたものである。
これに対して,本件不起訴等原告らは,本件現地本部が,なおもA1派の検挙に固執し続け,A6焼酎事件の取調べにおいて捜査官に迎合的な態度を取ったA22,A14,A6,A23及び亡A36が住んでいるa3集落にターゲットを絞り込み,A6宅において買収会合が開かれたという何の根拠もない単なる風聞があったことをも根拠にして,かかる架空の買収会合事件をでっち上げ,上記関係者に供述を強制したと主張するが,この端緒はA23が自ら供述したものである。
b 自白の任意性
A23は,同日,任意同行を求めると,「午前中に病院に行かしてください。」と申し出たことから,B31巡査部長は,診察を受けさせ,診察が終わるのを待って,医師から診察結果を聴取して,A23が取調べを受けられる状態であるか否かを確認するとともに,A23本人に対して体調等を確認した上で任意同行を要請したものであり,「大丈夫です,受けます。」との同意を得て任意同行し,取り調べたものである。
本件不起訴等原告らは,取調べが始まる前からA23を簡易ベッドに横たわらせ,虚偽の自白調書を作成していったかのように主張するが,B31巡査部長が本件刑事事件の公判で証言したとおり,A23が自供したときは,椅子に座って正対する形で対話し,図面も記載するなど,変わった状況はなかったが,供述が終わった後に話したことで力が抜けました,横にならしてくださいと申し出たので簡易ベッドに横にならせたのであって,A23の会合事実についての供述の任意性は何ら否定されるものではなく,むしろ,B31巡査部長がA23の体調に配慮していたことの証左である。
(イ) A23の供述に基づく本件買収会合事件の捜査開始の適法性
a 第2次強制捜査
本件現地本部は,平成15年5月13日,A6を1回目会合事件の供与被疑者として,A14,A22,A20,A29,亡A36を受供与被疑者として,それぞれ通常逮捕し,検察庁に身柄付き送致した。
b 罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があること
上記逮捕状請求時において現に収集していた証拠の評価により,被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由が認められた。「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」については,本件現地本部が逮捕状請求時までに収集した証拠資料によれば,A23の供述調書も存在し,A23は,同年4月30日の取調べにおいて,捜査官が全く予想だにしなかった,本件現地本部において未把握の買収会合の事実について自ら供述したものであり,当該供述を受けて,名前の挙がった関係者を取り調べるなどして必要な捜査を行ったところ,A6,A22,A14,亡A36らについてもそれぞれ買収会合の事実を自供するに至るなど,捜査の進展に伴ってより具体的な嫌疑が明らかになり,これらの供述内容は大筋で符合して相互に支え合っていた上,事実関係を否認していた関係者の関与も詳細に供述しており,そのほか,A7とA34が会合の席で口論となったこと,現金の入った封筒を破って中身を確認したこと,参加者からA2が来ていないとの声が上がったことなど,相当具体的な内容が含まれていたものである。
さらに,これらの供述を裏付けるものとして,亡A36の使途に関する供述の裏付けとして,A44の供述調書や,亡A36の娘であるA40の供述調書なども存在していた。
このように,逮捕状請求時に現に収集された以上のような証拠関係に照らせば,本件現地本部が,A6ら6人に罪を犯したと疑うに足りる相当の理由があるとした判断は,証拠の評価について通常考えられる個人差を考慮に入れても,合理的根拠が客観的に欠如しているとはいえない。
c 逮捕の必要性がないことが明らかな場合ではなかったこと
逮捕の必要性については,本件買収会合が選挙違反という民主主義の根幹を揺るがす重大犯罪であること,買収会合事件は関係者が複雑に絡み合う難解な事件であるゆえ,徹底した糾明が必要であること,A6がA1の経営するb社の従業員であること,1回目会合事件の供与者及び受供与者がa3集落又は近辺の集落に居住しており,口裏合わせ等を容易に行える疑いがあること,A22が村八分になるのを恐れて一時的に否認に転じたこと,A20及びA29が取調べで否認していたことなどを考慮すれば,A6ら6人に逃走及び罪証隠滅等のおそれについての合理的理由が認められたというべきである。
d その後の逮捕
また,その後の捜査で,候補者本人であるA1の関与が明らかになったことなどから,同年6月4日に4回目の買収会合事実でA1を含む8人を逮捕するとともに,同年7月24日までに,4回にわたる買収会合の事実で計15人を順次逮捕したものである。
このように,当時,A5ビール事件やA6焼酎事件の捜査が行われてきた経緯や,その中で,A23がA6宅における買収会合の事実を供述したこと等に鑑みれば,捜査を行うに十分な嫌疑が認められたところであり,また,その捜査手段についても,任意捜査にとどまるものであり,嫌疑の程度等に照らし,必要な限度を超えるものとは認められないことから,国家賠償法上の違法性の有無は認められない。
e でっち上げの批判が当たらないこと
これに対して,本件不起訴等原告らは,「A6方において買収会合が開かれたという何の根拠もない風聞があったことをも根拠にして,かかる架空の買収会合事件をでっち上げ」たなどと主張するが,県警として,ありもしない事実を作り上げることはあり得ず,また,その必要性も認められないのであって,当時,相当の時間と体制をかけながら買収会合の事実の裏付けをとるべく奔走していたことからも,県警が事実の不存在を知悉しつつ買収会合事実をでっち上げたなどということはあり得ない。関係者を逮捕後も,本件現地本部は,任意性に留意して取調べを行っており,例えばA22については,他の関係者の供述内容を示して取り調べた結果,「はっきり覚えていません。」と供述した旨を録取した5月22日付け供述調書が作成されているほか,A14も,取調べにおいて積極的に事実を認める供述をする一方で,捜査官の問い掛けに対して,自らの認識と異なる部分は明確に否定し,自らの記憶にない部分は「分からない。」と答えるなど,捜査官に迎合しているものとは認められないことなどからも,供述の押し付けやねつ造などがなかったことは明らかである。A23は,A15が受供与金で購入したバッグについて,大きさや形状などを詳細に供述したことから,捜査官が押収品の手提げバッグを示したところ,「A15さんから見せてもらったバッグとは明らかに形が違う。」などと,自分の意思に基づいて供述をしている。また,逮捕事実を否認している者については,同人らが供述するとおり,事実を否認する内容の供述調書が作成されている。
(ウ) 本件買収会合事件の初動捜査における捜査会議の簡略化等の適法性
a 捜査会議の簡略化を行った目的
本件買収会合事件については,県警がそれまで未把握で,新たに出た買収会合事実が真実であるか見極める必要があったことはもちろんのこと,これまで捜査を行ってきたA5ビール事件やA6焼酎事件などの物品買収事件とは異なり,複数の関係者が一堂に会した場で行われるといった複雑な性格を有していることから,本件買収会合事件に関する関係者の供述は,より慎重に検証する必要性が認められたところである。
したがって,関係者の供述の任意性を確保する観点から,関係者からありのままの供述を引き出すために,捜査官が予断を持って取調べを行うことのないようにする必要がある一方で,関係者が,事実を隠して虚偽の供述をしたり,記憶が曖昧で結果的に事実と異なる供述をしたりすることも十分考えられるところであり,真実を追究するためには,関係者間の供述の矛盾点や不審点等を追及することや,記憶を整理させた上で供述させることも必要であったことから,平成15年4月30日以降,毎日行っていた捜査会議を簡略化し,関係者の供述などを捜査官同士で情報交換・共有することを禁止した上で,取調べ状況をB1警部が一元的に管理することとし,B1警部において,必要に応じてB5署長やB6警部と協議を踏まえながら,各捜査官に先入観を与えることのないように十分に留意しつつ,個別に取調べの要点を指示するなどして関係者間の供述の矛盾点等を解消していったものである。
このように,本件現地本部において捜査会議の簡略化を行った目的は,あくまで真実を見極めるためであり,「B1警部をインフォメーションセンターとする取調べによって虚偽の供述を強要した。」などとする本件不起訴等原告らの主張は,具体的根拠のない憶測にすぎない。
b 作り上げの不存在
捜査会議を簡略化したのは同日の夜から同年5月7日頃までであり,その間,関係者の供述が変遷したことや,買収会合の金額,参加者,回数等がおおむね一致したことについては,被告としては争いはない。
この点につき,本件不起訴等原告らは,「各人の自白それ自体に不合理な変遷があり,かつ相互に不自然に一致しながら変遷をしており,到底,信用することができないものであった。」と主張し,さらに,B1警部及びB5署長が,各捜査官から得られた明らかに虚偽自白であると分かる供述を基に,他の捜査官に指示を出して,これに沿うように,さらなる虚偽自白を獲得させ,さらに,その獲得した虚偽自白に基づいて,B1警部が更なる指示を出し,捜査官らは,それぞれ担当する被疑者らから内容虚偽の自白を獲得し,最終的に4回目買収会合を捏造したなどと主張するが,一般的に,買収会合などの複数の関係者からなる選挙違反事件において,全員の供述内容が当初から容易に合致するといった事例は極めてまれであり,本件買収会合のように複数回に分けて行われた事案であれば,全て合致することはなおさら困難であるといえる。
本件不起訴等原告らが主張するように,B5署長やB1警部が本件買収会合事件をでっち上げ,自分たちの意に沿うような虚偽の供述を作り上げるよう捜査官に指示したのであれば,無用に供述を変遷させることなく,作り上げたもっともらしい事実や証拠に適合するよう最初から誘導したはずであり,むしろ,供述が変遷したことは,県警が真実究明に向けて関係者からありのままの供述を引き出そうとした結果であるといえる。
捜査官は,捜査会議が簡略化されている間,他の関係者の具体的な供述内容を知らされないまま取調べを行ったものであるが,何の材料も与えられないまま,ただ闇雲に取調べを行ったわけでなく,必要に応じてB1警部から指示を受けつつ,捜査官自身の経験則,論理則に照らしながら,ありのままの供述を引き出すよう慎重に取調べを行ったものである。
本件不起訴等原告らは,あたかも捜査官が関係者の供述内容の確認をとったことが違法であったかのように主張するが,複数の関係者がいる事件においては,関係者間の供述の食い違いがあればこれを問いただす必要性があることは明白であって,関係者から異なる供述が出れば,その供述の真偽について別の関係者から確認をとるのは当然であり,何ら違法性は認められないばかりか,関係者間の供述の矛盾点・不審点を追及することや記憶を整理させた上で供述させることは必要な捜査といえる。
その結果,本件不起訴等原告らの任意の供述により,供述内容が収斂していったものであり,県警が供述をねつ造した事実はない。
c 供述の変遷
本件不起訴等原告らは,関係者の供述が合理的な理由もないまま変遷し,最終的に一つに収斂したこと等をもって,自白には信用性がなく,本件会合事件が存在しないことは明らかであったなどと主張する。
しかしながら,一般的に,取調べにおいて,被疑者は必ずしも常に真実を供述するものではなく,罪を逃れようとしたり誰かをかばったりして虚偽の供述をすることもあれば,記憶が曖昧で結果的に事実と異なる供述をすることも少なくないところであり,そのような状況の中で,捜査官は,供述の内容を吟味しながら,客観的事実と異なる部分や共犯被疑者の供述との矛盾点等を取り調べるなどして,被疑者に真実を供述させることが求められるのである。
したがって,被疑者の供述が取調べの過程で変遷することや,被疑者が当初供述した内容が結果的に公訴事実と異なることは十分にあり得るところであり,捜査に当たる警察官としては,単に供述の変遷があったことのみをもって事実の有無を判断すれば足りるのではなく,事件全体の経緯や客観的な事実関係等を経験則,論理則に照らして総合勘案しながら,真実を追究することが必要とされるのである。
d 関係者の供述が変遷した背景と変遷の合理的理由
県警は,関係者の供述の一部に変遷が認められたもの,同人らの供述が変遷する背景には,関係者間で連絡を取り合い,否認の口裏合わせが行われているかのような状況のほか,本件買収会合の他の出席者や候補者をかばっている状況,重刑を恐れて供述を小出しにしている状況,複数の会合等の記憶が錯綜している可能性に加えて,関係者が同一の集落や近隣に住む住民がほとんどで,相互に強固な人間関係が認められる中で,家族や集落の住民から圧力を受けている状況が強くうかがわれ,さらには,同月19日,捜査官がA20に対して,同年2月と同年3月に生活費の出費がないこと等を追及したところ,「A1さんをかばっていても自分のためにならない。」と否認から自白に供述を変遷させたことから,捜査官が,否認していた理由や自白に転じた理由等を質問したところ,「A20が,弁護人から事実関係を否定するように言われたことを自発的に供述したこと,同年6月8日,A6が否認から自白に供述を変遷させたことから,捜査官が,否認していた理由や自白に転じた理由等を質問したところ,「A6が,弁護人から事実関係を否定するように言われたことを供述したこと」などから,弁護士から否認の慫慂等があったと疑われる状況まで認められたところであり,供述が変遷したことで,買収会合があったとする供述内容自体が信用できないという判断には至らなかったものである。
以上のとおり,捜査官が供述を押し付けたりねつ造したために関係者の供述が変遷したものではなく,むしろこのような状況の中でも複数の関係者が買収会合の事実を認めて具体的に供述していたのであるから,県警としては,これらの供述に十分信用性が認められると判断して捜査を進めたものである。
e 具体的エピソードの存在
被疑者の本件買収会合に係る供述の中には,その場に出席した者でなければ供述できないような具体的な内容が認められたところである。
本件買収会合事件に関する具体的エピソードについては,本件不起訴等原告らはそれぞれの任意捜査時における取調べにおいて,①A6が,A1から,みんなに渡すように言われて現金入りの封筒を預かった状況や,1回目会合で,息子の原告X3にA1に対して挨拶させた状況,②A23が,大根の漬物を持っていき,A6方の台所で切って,出したこと,③A14が,1回目会合で,A6に対して「A48県議派の人たちがここに来ているけどいいのか。」と話したところ,亡A36か亡A34が,「どちらでも構わない。」と言ったので,A7と亡A34が口論となった状況,④会合参加者で現金の入った封筒を破って中身を確認したこと,⑤会合参加者から,A2が来ていないとの声が上がったこと,⑥A20が,A6から1回目会合への参加を誘われた際,妻であるA21を同伴するようにと依頼されたもの,当日妻が踊りの稽古を予定していたため,一人で買収会合に参加することになった状況等を任意に供述しており,供述内容は具体的かつ詳細であり,その場で体験した者でなければ語り得ない供述である上,関係者間で相互に支え合い,具体的で信用性が高いものと認められ,当時,県警としては,これらのエピソードについて買収会合の存在を強くうかがわせる要素として判断したものである。
また,原告X3の「2月ころ,A1候補の選挙の会合があり,母に言われてA1社長に挨拶した。その後,母が茶封筒のようなものを参加者に配っているのを見てしまった。」旨の供述や,A20の妻であるA21の「1月か2月の土曜の夜,夫のA20から会合への参加を誘われたが,その日,習っていた踊りの稽古があったために断った。」旨の供述など,他の証拠とも合致する内容であり,志布志町内の文房具店の店員から事情聴取するなどした結果,A1の次女が買収会合で使用したと思われる茶封筒を購入していた事実も判明するなど,買収会合が行われたとする供述について,高い信用性が認められたものである。
他方,関係者の中には,事実を一貫して否認している者も存在したところであるが,A23が,「5月6日ころに,ゴミ捨て場でA29から「私の名前を出さないでね」と口止めされた。」と供述するなど,口止め工作が行われていた状況が認められ,否認している関係者の供述を直ちに信用できる状況ではなかったものである。
その後,公判段階になって,事実を認めていた関係者についても否認に転じたところであるが,これらの関係者は,捜査段階においてはいずれも事実を認めており,A22が,「表向きはA48県議を支持しているとされている中で,A48県議の対抗馬であるA1候補陣営から働きかけを受けていたことが世間に知れたら,四浦では生きていけない。」,「自分が事実をすべて話してしまえば,集落の人に迷惑がかかるばかりでなく,家族は村八分にされる。」などと供述し,実際に,A23が,事実を認めたことについて家族等から苛烈な罵声を浴びせられる状況が認められるなど,事件当初から公判段階に至るまで,事実を認めた関係者に対して強い圧力がかけられていることが強く疑われる状況の中で,関係者が事実を認め続けていたこと,捜査官において,A14に対して,「A1やA2を陥れるために,実際は他の者から貰った買収金をA1などから貰ったと話しているのではないか。」などと確認したところ,「絶対にありません。私はA1さん達からお金を貰ったので,A1さんに当選して欲しいと思っていた。」と明確に供述したこと,A20について,毎月生活費が引き下ろされていた口座から,4回の買収会合が行われたとされる2月から3月の間だけ出金が認められないこと等の事情に照らしても,当時事実を認めた関係者の供述の信用性は極めて高いと判断されたものである。
なお,捜査段階で録取された関係者の供述調書については,刑事裁判において基本的に任意性が認められ,証拠として採用されている。
また,公職選挙法違反事件や贈収賄事件等のいわゆる対向犯罪については,一般に,それぞれの関係者が自身の記憶に基づいて供述するものであるから,場面が多数であったり,関係者が複数にのぼるなどして事件が複雑になるほど,全ての供述が完全に一致することはむしろまれである。
供述間の齟齬などといった消極要素については,事件の筋読みをする段階で常に考慮しなければならないことであるから,エピソードを踏まえた関係者による迫真の供述は,事件を判断する上での積極要素として重要なものとなるのである。
f 小規模な集落における集票力
本件不起訴等原告らは,a3集落のような小規模な集落において,ほぼ同じ顔ぶれを参加者とする4回もの買収会合が繰り返し開かれ,合計191万円もの現金が供与されるという選挙買収は,不自然・不合理であり,特異な事件構図であるなどと主張する。
しかしながら,過去の選挙違反事件においては,対立する候補者同士が激しく票を取り合い,同一の有権者に対して複数回にわたって現金が供与される例も認められ,必ずしもあり得ないというものではなかったところであり,県警としては,運動買収を含む趣旨であったと判断していたものである。
この点,B5署長は証人尋問において,過去の選挙違反の事例を挙げて,運動買収と判断した理由等について詳細に証言している。
なお,捜査段階では,別件無罪原告ら自身が,これらの点について自ら具体的かつ合理的に説明しており,例えば,①A6は,会合においてA1が,A48県議を推す者を自分の方に引き入れるよう運動買収の趣旨を含んだ要望をしたり,A48派だった者をA1派に引き入れることが目的で,A6自身も数回にわたって供与金を渡されることを億劫に感じていた様子を供述しており,②A22も,「A1さんやA6さんは,もっと多くの会合参加者を期待していたが,毎回同じような顔ぶれだったので,おそらくがっかりしたのではないか。」,「A1への投票や票のとりまとめのほかに,選挙の集まりや買収金がばらまかれたことを密告させないようにするためだと考えた。」などと,買収会合が複数回にわたって行われた理由について,自身の考えを供述し,③亡A36も,「私は4回目の集まりの席でA1さんから票集めのお願いをされたが,これは私が民生委員をしている関係で,顔が広く,A1さんは私が多くの票を集めてくれることを期待したからかもしれない。」などと,運動買収であったことを認識していた供述をしており,④A20も,「私は前公民館長で四浦校区への影響力もある。合計60~70票は確実に票を取る自信がある。」などと,自身の集票力について具体的に説明した。
g 四浦校区の評判
加えて,四浦校区は旧来選挙において金が動くとうわさされる地域であった。四浦校区は,a4集落,a1集落,a2集落,a3集落の4集落から形成された校区で,旧志布志町北東の山間に位置し,宮崎県との県境とも近く串間市や都城市も生活圏に入る地域である。
四浦校区は,旧来「選挙のたびに金が動く」とのうわさが絶えず,選挙の候補者からは「草刈り場」と呼ばれ,様々な選挙違反が行われてきた地域であり,本件不起訴等原告らが書証として提出した「警察の犯罪」と題する書籍では,四浦校区に居住するA72なる者も「この地区は昔は,選挙で酒や金が飛び交うことがあったことは事実さ。何しろ,俺がそんなのを取り仕切っていたんだから。」と話しており,従前から四浦で選挙違反が横行していた事実を認めている。
この点につき,取調べ時に逮捕事実を認めていた別件無罪原告らの供述によると,①亡A36は,「これまでの選挙で私が選挙運動に従事したのは3回くらいあります。」,②A22は,「私は,平成7年ころの志布志町長選挙でA73さんを当選させるために選挙運動をした際,A73さんから,投票と票の取りまとめを依頼され,これに対するお礼の意味の現金5万円を頂きました。」,「四浦校区は,金をくれる人や飲み食いさせる人を支持していたと思うのです。」,③A14は,「恥ずかしいことで面と向かって言えることではありませんが,四浦校区,特にその集落の中でもa3集落の人達は,これまでの選挙において,買収金を貰って来ておりました。言い方を変えれば,選挙のたびごとに買収金を貰っていた訳ですから,買収金を貰うことには何ら抵抗なく,私を含めa3集落の人達全員が選挙でお金を貰うことは当たり前のことと考えていたと思います。」,④A20は,「四浦校区については,選挙についても金や物でどうにでもなると言われているところですが,これは生活の苦しさが原因になっていると思います。はっきり言いまして,四浦校区で村八分になれば四浦校区から出ていかなければなりませんし,実際,最近でも四浦校区から出ていった人がいるように,四浦校区の人達は団結心が強い反面,村八分になることを恐れているのも事実です。」,「四浦の人は,選挙にお金は付き物という考えの人がほとんどであり,現金を沢山くれた候補者に投票するというのが実情でした。つまり,票でお金を買える所でした。」と供述しており,さらには,⑤ほぼ一貫して逮捕事実を否認していたA7でさえも,7月14日付けの供述調書で,「四浦出身の役場職員もいません。このようなことからか分かりませんが,町長選や町議選等の選挙の度に,いろいろな候補者が四浦に入り込んで選挙運動をします。・・・四浦出身の議員がおらず,また田舎であることから,これまでの選挙の度にターゲットとされてお金がバラ撒かれるという悪い習慣が根付いたと思います。・・・市街地から離れた田舎の純朴な人達ですので,お金を渡されたら素直に受け取ってくれて,当然票を入れてくれることから選挙の関係者からターゲットにされるのだと思います。」と供述し,四浦に旧来から選挙で金が動く風習がある事実を認めている。
このような四浦自体が選挙のたびに現金が配られる地域であるという状況からも,当時,県警として,本件買収会合事件が,「通常ありえない不自然,不合理な選挙買収」であるなどと認識すべきものではなく,運動買収を含む趣旨であったと解することが可能であったことは明らかである。
h 捜査会議の簡略化中の被疑者らに対する取調べにおいて,供述の任意性の担保に欠ける点はないこと
(a) 亡A36の供述
亡A36は,同年4月30日,交通事故により入院していた事実があるが,B11警部補らが担当医に対して亡A36の取調べの可否について確認していた,亡A36も渋々ではあったもの取調べに応じたことを亡A36自身が認めている。
B11警部補は,本件刑事事件の公判において,同年5月2日の亡A36に対する取調べ状況について,「首が痛かったり,体の調子が悪いときは,いつでも遠慮なく申し出てください。そのときは取調べを中止しますから。」と伝えるなど,亡A36の体調に十分配意した上で,A6から受け取った金額を確認するとともに,買収会合の事実についての取調べを行ったこと,亡A36の取調べにおいて,「交通違反と一緒」,「罰金を納めれば済む。」などの文言を告げたことはないことを証言している。このように,B11警部補は,適法・適正に取調べを実施しており,本件不起訴等原告らが主張する「「ほかの人は認めているのだからあなたも言いなさい。」と自白を強要された。」,「大声で怒鳴りつけられて,「言わないと1年か2年はこうして毎日呼び出す。」と強迫された。」,「「選挙違反は交通違反と一緒,罰金とか納めれば何でもない。」などと言われ続けて虚偽自白を作り出した。」などの事実はない。
(b) A23の任意同行の拒否
A23は,同年4月19日から同年6月25日までの間に,合計17日にわたり,医療機関を受診しているが,そのうち10日間については,診療後に原告A23から意思確認を行った結果,任意同行を拒否したことから,取調べを実施していないのであって,取調べはあくまで本人の意思確認の下で行っている。
i 捜査会議の簡略化中,被疑者らに対し,恫喝,偽計等の違法な取調べを行ったことはないこと。
(a) A14
A14は,B10警部補から,「選挙運動は交通違反と一緒だから,罰金だけで済むから早く認めて,早く仕事に行った方が良いのではと言われた。」,「交通違反と一緒だから,罰金だけで済む」,「認めれば天国,認めなければ地獄行き。」と何回も言われた旨を供述しているが,B10警部補は,A14に対して,選挙違反がどのような犯罪かを説明する中で,身近な犯罪の一つとして交通違反を例に挙げたものであり,「選挙違反は交通違反と同じだ。」などと申し向けた事実はなく,A14の主張は,B10警部補の交通違反に関する発言の一部を捉え,その内容を自己に都合のいいように誇張しているものである。
また,B10警部補は,「認めれば天国,認めなければ地獄行き。」などと申し向けた事実もなく,天国,地獄という表現については,本件公職選挙法違反事件の取調べで落ち込むA14に対して,人生には地獄のようなつらい時期と天国のような幸せな時期があるから,将来のことを前向きに考えていくべきであると説得する際に用いたものである。
(b) A22
A22が,高血圧の持病から取調べ中に頭痛を訴えたが,帰宅させてもらえず,虚偽の自白をするに至ったなどとする点について,A22が,同年5月1日から同月6日までの任意取調べに際し,持病の高血圧による偏頭痛を訴えたことはあるが,B9警部補は,取調べの冒頭において,毎回,A22から体調を確認し,同意を得て取調べを行っており,A22が,取調べ中に帰宅を申し出たことはない。
ちなみに,同年5月4日の取調べ中にA22が頭痛を訴えたことから,診察を受ける意思を確認して藤後病院で受診させているが,診察の結果,特に異常は認められず,A22も引き続き取調べを受ける旨申し立てたものであり,その後,A22から体調不良の訴えもなされていない。
A22は,同月1日の取調べにおいて,買収会合の事実について供述し,その際,B9警部補に対し,「私が自白したことを,あなたが集落の人にばらしたら,私はあなたを包丁で刺す。」などと真剣な表情で発言しているのであり,こういった状況からしても,A22が,B9警部補に脅迫されるなどして,任意性を失った状態で虚偽の自白をしたものとは認められない。
なお,A22は,本件刑事事件の公判において,前記発言を認めた上で,そのように発言した理由について,「それだけ真剣だった。」と供述している。
A22は,取調べ中に,自分の心境を表した「俳句」を自ら詠むなどしており,B9警部補との間の人間関係に基づき,取調べが任意に行われていた状況は明らかである。
以上のように,B9警部補らは,A22の頭痛の訴えに対し,医師の診察を受けさせるなどの適切な措置をとっており,帰宅させなかったり,虚偽の自白をさせた事実はない。
(c) 亡A36
亡A36は,同年5月2日から同月7日まで,B11警部補の取調べを受けたが,B11警部補は,その間,亡A36に対し,がんがんとやかましく「会合が3,4回あった等と言って,自白を強制したと主張する。
しかし,亡A36の本件刑事事件での公判供述は,以下のとおり信用性がない。すなわち,亡A36は,本件刑事事件の公判において,本件買収会合事件について,「買収会合で現金をもらった事実はない。」,「4回ともなかった。」,「調書では認めていたが,実際はなかった。」などと供述し,被告人質問全体を通じて,何ら具体的根拠を示すことなく,簡単かつ抽象的な供述を繰り返している。一方,B11警部補の取調べ状況については,「頭からがんがんですがね。」,「やってない,やってないと言っても,やってると,ほかの人はみんなやってると言うんだからと言うから,私が,それは刑事さんが鎌を掛けたんじゃがと,こう言った。」と供述し,自白の任意性を否定する部分については具体的かつ詳細に供述するなど,自己に有利となる事実については過大に供述し,自己に不利となる事実については曖昧,又は,回避している状況が見受けられる。
さらに,買収会合の出席者として,A1外一人の名前を出した経緯について,「前にA1さんほか一人が来たから,名前を出した。」などと供述しているが,亡A36が供述する買収会合がなかったのであれば,B11警部補からの誘導がないにもかかわらず,買収金の供与・受供与事実に関して,自ら遺恨等もないA1及び他の関係者の名前を挙げていることは,不自然かつ不合理である。
A36ノートにも信用性がないのは,既に述べたとおりである。
(エ) 第2次強制捜査の継続の適法性
a 逮捕状請求時において現に収集していた証拠の評価により,合理的な嫌疑が認められたこと
前述のとおり,逮捕状請求時に現に収集された以上のような証拠関係に照らせば,本件現地本部が,A6ら6人に罪を犯したと疑うに足る相当の理由があるとした判断は,証拠の評価について通常考えられる個人差を考慮に入れても,合理的根拠が客観的に欠如しているとはいえない。
b 消極証拠は,嫌疑を否定するものではないこと
買収会合で使用された封筒が発見されていないとしても,一般的に,現金買収事件において,被疑者らは違法な金銭を受領していることを十分認識していることから,その違法な金銭を入れていた封筒を早期に処分していることは十分考えられるところであり,これを嫌疑を否定する要素と評価することはできない。
c 通常要求される捜査をしたこと
(a) 通常要求される捜査の程度
通常要求される捜査については,捜査の段階に応じて,その内容や程度も異なり,また,結果的に一部捜査を実施しなかったとしても,その当時,当該捜査を行うことが不可能と認められる場合はもちろんのこと,それが事案の真相解明のために必ずしも重要ではないと判断された場合や,既に実施した捜査の結果により,事案の真相解明が十分図られると判断された場合等であれば,「通常要求される捜査」には当たらないと解すべきである。
(b) 犯行日時の特定について
本件現地本部は,1回目会合の犯行日時について,平成15年2月上旬頃,2回目会合の犯行日時について,同月下旬頃,3回目会合の犯行日時について,同年3月中旬頃,4回目会合の犯行日時について,同月下旬頃とそれぞれ特定し,被疑者らを逮捕などしているが,一般的に,逮捕当時における嫌疑犯罪の特定の程度については,捜査の初期段階であり,逮捕後の被疑者の供述その他の捜査の進展によって初めて犯罪日時が特定し得ることも少なくないことから,犯罪事実が詳細に特定される必要はなく,その後の捜査の進展の中で特定していく犯罪事実との同一性が疑われない程度に特定されていれば足りると解される。
また,公訴事実については,「刑事訴訟法256条3項において,公訴事実は訴因を明示してこれを記載しなければならない,訴因を明示するには,できる限り日時,場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならないと規定する所以のものは,裁判所に対し審判の対象を限定するとともに,被告人に対し防御の範囲を示すことを目的とするものと解されるところ,犯罪の日時,場所及び方法は,これら事項が,犯罪を構成する要素になっている場合を除き,本来は,罪となるべき事実そのものではなく,ただ訴因を特定する一手段として,できる限り具体的に表示すべきことを要請されているのであるから,犯罪の種類,性質等の如何により,これを詳らかにすることができない特殊事情がある場合には,刑事訴訟法の前記目的を害さない限りの幅のある表示をしても,その一事のみをもって,罪となるべき事実を特定しない違法があるということはできない。」と判示されているところであり(最高裁判所昭和37年11月28日大法廷判決・刑集16巻11号1633頁),県警は,1回目会合事件について,自供した関係者がいずれも2月上旬頃を犯行時期として供述したことから,同時期における関係者の動静を可能な限り確認するなどしたところ,日時の特定に関して,①A22が,1回目会合の受供与金で長男の携帯電話通話料金を支払ったこと,②A20の妻A21が,踊りの稽古のため1回目会合に出席できなかったこと,③1回目会合の時期にA23が,風邪を引いて仕事を休んでいたこと等の供述を得るとともに,当該供述を裏付けるため,携帯電話通話料金の払込受領証の日付や,A21の踊りの稽古日,原告A23のタイムカード等を確認するなどして,「できる限り」日時の特定に努めたところであるが,関係者の記憶に曖昧な部分があったほか,記憶を直接喚起するような日記や手帳などが存在しなかったこともあり,逮捕時点では具体的に犯行日を特定するに至らなかったものである。
また,4回目会合については,自供した関係者がいずれも3月下旬頃を犯行時期として供述したことから,同時期における関係者の動静を可能な限り確認するなどした上で,A23の当日のテレビ番組に関する記憶,A6のタイムカードの記載,関係者の携帯電話発着信履歴等に基づき,可能な限り日時の特定に努めたもの,同様に具体的に犯行日を特定するには至らなかったものである。
そのほか,2回目会合事件及び3回目会合事件についても,関係者の供述等により,可能な限り日時の特定に努めたもの,同様に具体的に犯行日を特定するには至らなかったものである。
このように,当時,関係者において記憶が曖昧な部分があり,また,記憶を喚起するような資料や会合の開催時期を示す直接証拠も残されていない中で,可能な限り日時を特定したものであるが,逮捕時点で求められる犯罪事実の特定の程度として不十分な点は認められない。
加えて,犯行日時について確たる証拠もないまま当初から安易に特定してしまうと,後に関係者の記憶違いや新たな証拠等で別の犯行日が判明した場合などに,事件の立証自体が非常に困難になるほか,関係者がアリバイをねつ造するといった懸念も払拭できないのであり,犯行日時の特定については,より慎重にならざるを得ないのである。
したがって,犯行日時が特定できなかったことについては,国家賠償法上違法と評価されるものではない。
(c) 第2次強制捜査や第1次起訴までに本件予約帳の記載から本件新年会を把握できないことは不合理とはいえないこと
同年4月17日に入手した本件予約帳の写しは,A5ビール事件捜査でA5の行動を明らかにするため入手したもので,本件予約帳を本件買収会合事件の証拠品として押収したのは,同年6月4日の捜索差押え時のことであった。
A5ビール事件及びA5焼酎事件の捜査については,A5が同年4月17日に突然入院したため捜査の継続が困難となり,A5を供与者とする上記2つの事件は事実上中断したこととなり,その後,A1の行動と直接関係のないA6焼酎事件の捜査が進展する中で,A5の行動を確認する目的で入手した本件予約帳の写しの証拠価値について,本件買収会合事件が発覚した同月30日から本件買収会合事件の証拠品として本件予約帳を押収した前日の同年6月3日までの間,本件買収会合事件の真相解明のため特に有意性のあるものとして認識していなかったとしても不合理ではない。
また本件予約帳の同年2月8日の欄の余白部分を見ると,「A21ちゃんA2ちゃん同窓会すた(判読不能)も帰った」などと記載してあるように判読することはできるが,判読不能である「A1ちゃんも」の部分については,通常の人であれば判読できない乱雑な文字であることは明らかである上,既に述べたとおり,本件現地本部は,1回目会合事件の犯行日時を同月上旬頃と特定していたものであるから,本件予約帳を精査した際に判読不能文字がある以上,この時点で当該捜査をそれ以上進展させることは困難であり,本件予約帳やその精査結果から,同月8日の本件新年会を把握できないことは不合理ではない。
結局のところ,買収会合事実が発覚した同年4月30日から同年6月3日までの間に,本件予約帳の存在をA1の行動を裏付けるために特に有意性のある資料と判断するか否かは,人的・時間的制約の中で捜査に従事する捜査官個々の巧拙に左右される範囲のものであり,必ずしも,通常要求される捜査に当たらないと解するのが合理的である。
(d) 平成15年6月3日までにA1及びその関係者の取調べをしなかったことは不合理とはいえないこと
本件不起訴等原告らは,同年6月3日までにA1,A5及びA1の後援会関係者に対する事情聴取をすれば1回目会合があったとする同年2月8日にA1が本件新年会に出席していた事実を把握し得たはずなのに,これら捜査をしなかった旨を主張するが,これについては,A1が,当時,新聞報道等において,A6による本件買収に心当たりはなく,自分から現金を渡すことは絶対にない旨コメントをしていたため,A1及びA5については任意捜査に応じないものと考え,また,仮に出頭要請に応じたとしても,取調べを受けるとなれば,捜査官の発問等から捜査機関の捜査方針等を推し量って罪証隠滅に及ぶことが危惧されたため,A1とA2,A5と妻のA61のほか,後援会関係者の取調べを同年6月3日までは行わなかったものである。
したがって,このような場合には警察官はそれ以上に捜査を尽くすべき義務を負うものではないと解されるから,これらの捜査は,通常要求される捜査に当たらない。
(e) A61の取調べでA1の本件新年会出席を把握できなかったことは不合理とはいえないこと
本件不起訴等原告らは,本件予約帳の記載内容に判読不明な点があれば,その記載者本人を取り調べて確認することが当然求められる捜査であった旨主張するが,記載者本人であるA61は,A1の従妹という親族関係に当たることから,A61を取り調べれば,取調べの内容が直ちにA1らに伝わり,もって,罪証隠滅に及ぶことが危惧されたため,A1を逮捕する同月4日までは事情聴取ができなかったものであり,この点に照らしても,「通常要求される捜査」からは控除されるものである。
そもそも,判読不明文字が解明できなければ,そのままにせず解明するまで捜査を尽くすべきとする主張は,本件刑事事件の刑事公判で,1回目会合が同年2月8日と特定されたことと判読不能文字がA1ちゃんの意であったことという当時判明していなかった事実を論拠としていることから,失当であるといわざるを得ない。
(f) 供与金の原資や受供与金の使途の全てが解明されていないことは不合理ではないこと
本件不起訴等原告らは,通常要求される捜査を遂行すれば,強制捜査着手前に供与金の原資の解明及び受供与金の使途についての証拠は皆無であるとの結論に達することができたか,あるいは,上記の捜査は皆無であることを知っていたなとど主張するが,一般的に,現金買収事件の捜査において,供与金の原資や受供与金の使途先については主要な捜査項目ではあるもの,必ずしも,常に原資や使途先について全て裏付けがとれるというものではない。
特に,被疑者が否認して具体的な供述が得られないような場合には,所要の捜査を尽くした場合であっても,原資や使途先の特定に至らないこともあり得るし,違法な現金のやり取りについては,証拠が残らないように隠蔽,隠匿するのが犯罪を企図する者にとっては当然であるから,原資や使途先が特定できなかったことのみをもって,現金買収の事実がないという判断には至らないところである。
警察としては,そのような場合であっても,被疑者の供述やその他の証拠資料を総合的に勘案して,犯罪の嫌疑が認められる以上,事案の真相解明に向けて捜査を行うことが求められるというべきである。
本件公職選挙法違反事件においては,これまで被告が主張してきたとおり,当時,県警としては,供与金の原資について,A1の経営する会社等の帳簿類を精査するなどして,所要の捜査を尽くしたもの,当該帳簿自体が杜撰であったりして,最終的にその特定には至らなかったものであるが,特定には至らないまでも,原資となり得る現金の存在を解明していたところであり,親族等からの寄付金の存在や,車の購入資金名目で500万円の選挙資金の融資を受けていた事実が確認されるとともに,A2は,本件刑事事件の公判において,当時b社で保管していた70本から80本ぐらいの他人の印鑑を使用し,嘘の仕切り書を作ってできたお金を自分のものにしたことがあるかとの質問に対し,「はい,ありました。」と証言し,さらに,いくらぐらいを自分のものにしたのかとの質問に,「金額ははっきり分かりませんけど,・・・160ぐらいじゃなかったかと思いますけれども。」と証言して,不正に現金を捻出していた事実を認めている。
また,供与金の使途先については,現金買収の場合,交付された現金が日常生活費に混和してしまい,被供与者が個別の使途を特段記憶していないということも想定されたところであるが,関係者の供述に基づき,所要の裏付け捜査を行った結果,A14は,給油,孫の節句における武者絵織の購入代金など,亡A36は,A44への牛の運搬代,機器のリース代金など,A6は,貯金箱への貯金,原告X3への供与金,腕時計の購入代金,タイヤやオイル交換代金など,A22は,携帯電話料金支払いなどにそれぞれ使途した事実が確認されている。
このように,当時,県警としては,供与金の原資や使途先についても所要の捜査を尽くしたところであり,その結果,原資の捻出が可能な状況が明らかになるとともに,関係者が供述する供与金の使途先について,一定の裏付けがとれたものである。
(オ) 第2次強制捜査を継続し,第3次強制捜査に着手したことの適法性
a 第3次強制捜査
県警は,平成15年6月4日,A1及びA2を4回目会合事件の供与被疑者として,A6,A14,A22,A20,A29,亡A36を受供与被疑者として,それぞれ通常逮捕し,検察庁に身柄付き送致した。加えて,同月8日には,A7を4回目会合事件の受供与被疑者として通常逮捕し,検察庁に身柄付き送致した。
以下のように,A1ら8人の逮捕状請求及びA7の逮捕状請求において,県警察が,犯罪の嫌疑及び逮捕の必要性が認められるとした判断は,事案の性質上通常要求される捜査を著しく怠り,又は,収集された証拠についての判断・評価を著しく誤るなどの合理性を欠く重大な過誤により,犯罪の嫌疑又は逮捕の必要性のいずれかが認められない事情があるのにこれを看過したものとは到底いえず,また,県警察が故意に疎明資料をねつ造して裁判官の判断を誤らせた事実もなく,そのようなことを裏付ける証拠も存在しないのであり,何ら違法と評価されるものではない。
b 罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由が認められたこと
県警が第3次強制捜査に係る逮捕状請求までに収集した証拠資料によれば,4回目会合事件で逮捕したA1ら8人のうち,受供与者であるA14,A22,A20及び亡A36の4人が事実関係を認め,これらの供述内容は大筋で符合して相互に支え合っていた上,事実関係を否認していた関係者の関与も詳細に供述しており,そのほか,会合の際,A2が現金入りの封筒をバッグから取り出したこと,A1から封筒に入った現金を受領したこと,会合の場に盛り皿(オードブル)が提供されたこと,A1やA2らとの詳しい会話内容などといった,相当具体的な内容を含む供述調書が存在し,加えて,買収会合があった旨の供述を裏付ける証拠として,4回目会合に参加したとされるA23の供述調書も存在していた。
一方で,受供与者であるA6及びA29は事実関係を否認していたが,その供述には,犯罪の嫌疑が認められなくなる程の特段の事情は認められず,特に,A6にあっては,それまでの自供内容を突如覆して否認に転じていたものである。
また,A7も事実関係を否認していたが,A6及びA29と同様,その供述には,犯罪の嫌疑が認められなくなる程の特段の事情は認められなかった。
このように,逮捕状請求時に現に収集された以上のような証拠資料に照らせば,捜査機関が,A1ら8人及びA7に罪を犯したと疑うに足る相当の理由があるとした判断は,証拠の評価について通常考えられる個人差を考慮に入れても,合理的理由が欠如しているとはいえない。
c 逮捕の必要性がないことが明らかな場合ではなかったこと
逮捕の必要性については,本件買収会合事件が選挙違反という民主主義の根幹を揺るがす重大犯罪であることのほか,A1及びA2は,関係者の供述から,A1らが口止め工作ともとれる働き掛けをしたり,A20を通じて,A6焼酎事件の買収物品である焼酎瓶を回収させるなど罪証隠滅に及んでいたことに加え,当選候補者である甲総第594号証,甲総第595号証を逮捕することにより,社会的反響が大きいことや,A1が複数回にわたって現金を供与していることが強く疑われたことから,逃走及び更なる罪証隠滅のおそれが認められた。
また,受供与者の6人については,1回目会合事件で勾留中であったが,いずれも公訴提起後に釈放される可能性があるところ,釈放されれば,A1らが受供与事実を認めている者に働き掛けて口止めを促すなどして罪証隠滅工作に及ぶおそれがあり,さらには,受供与者がいずれもa3集落又は近辺の集落に居住する者らであったことをも考慮すれば,通謀の上,それぞれの関与を否認するおそれなども認められ,特にA6は,取調べ段階において自暴自棄になっているところが見受けられたことから,自殺に及ぶことも考えられた。
このことに加え,A7にあっては,事実関係を否認のまま,処分保留で釈放されるおそれがあり,釈放されれば,A1の関係者が口止めなどの働き掛けをするおそれが認められ,実際に,A7に対しては,b社の原告X2から罪証隠滅工作とも取れる電話がかけられたことや,A1やA5が,A6に対し口止め工作を行ったことが判明していた。
したがって,A1ら8人及びA7に逃走,罪証隠滅等についての合理的理由が認められたというべきである。
d アリバイ捜査について
(a) A6らに関する平成15年6月3日の公訴提起までの間に,捜査機関が収集していた捜査資料から,同年2月8日のA1の本件新年会出席事実を解明できなかったことは不合理とはいえないこと(平成15年6月3日までのアリバイ捜査)
ⅰ 本件不起訴等原告らは,fホテルの本件予約帳の分析をした結果,すなわち架空の1回目会合が開かれたとされる同年2月8日に,A1が本件新年会に出席していたという事情は,遅くとも同年6月3日の段階において,通常の捜査を遂げていれば収集し得た証拠資料というべきであるなどと主張し,また,かかる主張の前提として,本件現地本部が,同年4月17日にfホテルの本件予約帳作成者であるA61からfホテルの本件予約帳の任意提出を受けたと主張する。
しかし,県警が同年6月3日以前にfホテルの本件予約帳を証拠品として領置した事実はなく,本件不起訴等原告らは,前提を誤認している。
県警が同年4月17日に入手したfホテルの本件予約帳の写しは,A5ビール事件捜査でA5の行動を明らかにするため「参考資料」として入手したもので,本件予約帳を本件買収会合事件の証拠品として押収したのは,同年6月4日の捜索差押え時のことであり,同年4月17日の時点では,A5の行動を確認するための参考資料にとどまるものであった。
A5ビール事件及びA5焼酎事件の捜査については,A5が同年4月17日に突然入院したため捜査の継続が困難となり,A5を供与者とする上記2つの事件捜査は事実上中断し,その後,A1の行動と直接関係のないA6焼酎事件の捜査が進展する中で,A5の行動を確認する目的で入手した本件予約帳の写しの証拠価値について,本件買収会合が発覚した同月30日から本件買収会合事件の証拠品として本件予約帳を押収した前日の同年6月3日までの間,本件買収会合事件の真相解明のため特に有意性のあるものとして認識していなかったとしても不合理ではない。
ⅱ 本件予約帳の同年2月8日の欄の余白部分を見ると,「A21ちゃんA2ちゃん同窓会すた(判読不能)も帰った」などと記載してあるように判読することはできるが,別件無罪国賠訴訟におけるA61の証言によると,「すた」という文字を「また」と書いたとして,「A21ちゃんA2ちゃん同窓会またA1ちゃんも帰った」と書いたものであると証言している。しかしながら,A61が説明した「A1ちゃんも」の部分については,通常の人であれば判読できない乱雑な文字であることは明らかである上,「また」とすると「帰った」という言葉の意味がつながらなくなるのであり,A61の説明には不可解な点が見受けられ,さらに,県警は,1回目会合事件の犯行日時を「平成15年2月上旬頃」と特定していたものであるから,本件予約帳を精査した際に判読不能文字がある以上,この時点で当該捜査をそれ以上進展させることは困難であり,本件予約帳やその精査結果から,同年2月8日の本件新年会を把握できないことは不合理ではない。
なお,この「すた」が「また」の意であるということは,刑事公判において,本件不起訴等原告らからは何ら主張されておらず,別件無罪国賠訴訟において,A61が初めて証言したものである。
ⅲ 本件不起訴等原告らは,本件予約帳の分析等の容易性,可能性などとして,A1を意味する「A1ちゃん」であると推認することは十分可能であるなどと主張するが,この点,本件不起訴等原告ら提出の「fホテル予約帳記載状況」と題する書面の同日の欄に記載されている,「A21ちゃんA2ちゃん同窓会すた??も帰った」という文章からは,「??も帰った」との意にとられる可能性が高く,この「??」が「A1ちゃん」と判読できたとしても,「A1ちゃんも帰った」という文章になるのであって,「A1が同窓会に出席した」と判断することは困難である。
ⅳ 本件不起訴等原告らは,検察官により1回目会合日が同日と特定されたことや,本件予約帳の同日の欄に「A1ちゃんも」と記載されていたということをもって,A1のアリバイ成立に係る主張を繰り返しているが,あくまで刑事公判において明らかとなった事実を前提にしているものであり,失当といわざるを得ない。
買収会合事実が発覚した同年4月30日から同年6月3日までの間に,本件予約帳の存在を「A1の行動を裏付けるために特に有意性のある資料」と判断するか否かは,人的・時間的制約の中で捜査に従事する捜査官個々の巧拙に左右される範囲のものであり,必ずしも,「通常要求される捜査」に当たらないと解するのが合理的である。
ⅴ 本件不起訴等原告らは,本件予約帳の記載内容に判読不明な点があれば,その記載者本人を取り調べて確認することが極めて容易であるなどと主張するが,本件予約帳の記載者本人であるA61は,A1の従妹という親族関係に当たることから,A61を取り調べれば,取調べの内容が直ちにA1らに伝わり,もって,罪証隠滅に及ぶことが危惧されたため,A1を逮捕する同年6月4日までは事情聴取ができなかったものであり,この点に照らしても,通常要求される捜査からは除外されるものである。
ⅵ 本件不起訴等原告らは,同月3日以降のことについても,県警が,同月10日以降,A61から,本件予約帳の記載内容を詳しく聴取しており,A1らの動静はほぼ把握できたと主張する。
しかし,同日からA61を取り調べたB29警部補は,A61本人の選挙への関わりを聴取する中で,同人に同月4日に差し押さえた本件予約帳の精査結果(以下「リライト資料」という。)を提示しながら,A1やA5の動向についても取調べを行ったものであり,A61は,別件無罪国賠訴訟の証人尋問において,B29警部補の取調べで,同年2月8日にA1の本件新年会があったことは思い出さなかった旨証言しているほか,同年7月7日の取調べにおいても,A1の行動について説明できなかったことを証言していることから,当時,A61がA1のアリバイについて何ら説明していないことは明白である。
ⅶ A61は,別件無罪国賠訴訟の被告代理人からの供述調書の作成の有無に対する質問に対して,同日に供述調書は作成したが,本件予約帳の原本やコピーは見せてもらえなかったなどと明確に証言しているところであるが,同日付けのA61の供述調書(ちなみに,別件無罪国賠訴訟では乙県第25号証として提出されている。)は,志布志警察署でA61が取調べを受けた際の供述調書であり,すなわち,本件予約帳の原本のコピーが添付されたA61の署名指印がある供述調書の写しであることから,本件予約帳の原本を見せられなかったとするA61の証言は,客観的事実と矛盾している。そうすると,まず,同日にA61を取り調べた捜査官が,本件予約帳の原本のコピーを示したという事実が前提となるところ,A61の証言によると,同日に,A61の事情聴取を行った捜査官は同年2月8日に関する資料を持参したということであるから,これらを総合勘案すると,当然,捜査官が同年2月8日の本件予約帳の写しをA61に示して説明を求めた状況が十分うかがえるところである。
ⅷ したがって,本件不起訴等原告らの「不明な点を検めるのに原本を用いることが,基本的な手法ではないということなどできようはずがない。」との主張は失当であり,同年7月7日には,A61に本件予約帳の写しの同年2月8日の欄を示しているもの,それでもA61は,A1の本件新年会出席について説明できなかったものである。以上のとおり,同年6月3日まではA61から事情聴取できなかったものであり,その後のA61の取調べ結果でも,同人はA1の同年2月8日の本件新年会出席の事実を説明できなかったことから,A61の取調べでも,A1の本件新年会出席が把握できなかったことは不合理とはいえない。
ⅸ 甲総第594号証,甲総第595号証等から,選挙運動時の動静等について聴取しなかった点については,A1が,当時,新聞報道等において,A6による本件買収に心当たりはなく,自分から現金を渡すことは絶対にない旨をコメントをしていたため,A1については任意捜査に応じ得ないものと考え,また,仮に出頭要請に応じたとしても,取調べを受けるとなれば,捜査官の発問等から県警の捜査方針等を推し量って罪証隠滅に及ぶことが危惧されたため,甲総第594号証,甲総第595号証のほか,同人と関係を密にするA2,A5,A61,その他後援会関係者の取調べを同年6月3日までは行わなかったものである。
ⅹ 押収物件からの捜査でA1の本件新年会出席事実に行き着かなかったことは不合理とはいえない。本件不起訴等原告らは,平成15年のカレンダーには「安楽山宮神社祭10:00~同総会19:00~」との記載があり,同年2月8日午後7時からA1が本件新年会に参加したことは容易に判明したと主張する。
しかしながら,県警が同年6月4日の捜索差押えにより押収した「2月8日の欄に,『同総会』との記載のあるカレンダー」は,別件無罪国賠訴訟において,C3検事が,「B1警部から,2月8日にA2が同窓会に参加していた事実を聞いていた。」と証言しているとおり,当時,県警は,この「同総会」の記載について,A2の同窓会の意であると判断していたものである。
この点につき,A2が1回目会合に参加していないことは,県警の中で周知の事実であり,本件刑事事件の刑事公判において,C1検事が,同窓会がA2の同窓会であるという判断をした旨を供述しており,後日,A2が取調べで,「カレンダーに「同総会」を記載したのは,自分自身の同窓会のつもりで私が記載した。」と供述していることからも,県警が押収したb社のカレンダーの2月8日の欄に記載された「同総会」をA2の同窓会と判断したのは,至極当然のことである。
ⅹⅰ 本件不起訴等原告らは,「A1の志布志居住の同窓生の名簿も入手したのであり,選挙の際同窓生が積極的に応援活動することは世上よくあることから,住所・電話番号が記載されている上記名簿を基に同窓生に事情聴取を行えば,平成15年2月8日の本件新年会出席の事実は容易に判明した。」などと主張するが,被告がこれまで再三主張しているとおり,押収資料の精査結果により,A1の後援会の集落役員の名前が判明したことから,同年7月24日,同役員に対して,選挙期間中のA1の後援会活動の実態について事情聴取を行うとともに,ほかにもA1のために行った活動はないか聴取したところ,同役員はA1の同級生であり,同年2月8日に新年会を目的としたA1の同窓会(本件新年会)をpホテルで実施したことが判明したものである。
ⅹⅱ したがって,捜索差押えや任意提出等により多数の証拠品が存在する中で,その全てを余すことなく精査し尽さなければならないとするのは現実的ではない上,人的・時間的に制約された環境の中で捜査を効率的に遂行するためには,捜査機関に付与された裁量行為として,特に有用性のあるものを取捨選択していく必要があるのであり,結局のところ,同年7月24日にはA1の同窓会出席が判明しているのである。
このように,県警がA1の本件新年会出席事実に行き着いているのは事実であって,その事実を把握するまでの遅速については,人員の割当てや時間的制約のほか,処々の捜査状況に左右されるものであるから,同窓生名簿を入手した時点で,同名簿に名前の挙がった者を直ちに取り調べなかったことのみをもって,通常要求される捜査をしなかったと断定することはできないのである。
実際に,県警が同窓生名簿を押収した同年6月4日の時点において,精査班は,8人程度の捜査員で構成されていたものであるから,押収物の精査をした上,その精査結果に基づいた裏付け捜査等を全うするのに相応の時間を要したものである。
そもそも,同窓生名簿と,同年2月8日にA1が本件新年会に出席したという事実は,何ら直結していないのであって,同窓生名簿に着目し,入手した時点で同窓生名簿に記載されている者に当たれば,A1の本件新年会出席が容易に判明したとする本件不起訴等原告らの主張は,余りにも短絡に過ぎる。
以上のとおり,本件不起訴等原告らの「上記証拠資料により通常の捜査を遂げていれば早期に,同日にA1が本件新年会に出席し,A1にアリバイが成立したことを解明できたのである。」との主張は,先に述べたように刑事裁判の判決を前提とした結果論であり,本件不起訴等原告らの独自の見解であって失当である。
(b) A5にアリバイが成立していないこと
本件不起訴等原告らは,同日には,A5がA62と行動を共にしていたことを県警が把握していたなどとして,1回目会合事件に関し,A5にアリバイが成立していたなどと主張するが,県警がA5を取り調べたところ,同人が,「2月8日にA62と温泉へ行った。」,「同日夜遅くまでfホテルで飲酒した。」,「同日A62がユキ代行を利用してfホテルから帰宅した。(捜査段階ではユキ代行しか供述していない。)」と自らの動静について供述したことから,これに基づき徹底した裏付け捜査を行うも,いずれも明確な裏付けがとれていない。すなわち,A62を取り調べたところ,同人は,捜査官に対し,同日はA5と温泉へ行き,その後夕方まで酒を飲んでいた旨供述したが,その根拠を「2月8日は雨天であったので,その日の行動はよく覚えている。」と供述したにもかかわらず,捜査官が同日以外の雨天日の行動について聴取するも,「はっきりしません。」と何一つ答えることができないなど,極めて不自然な供述をした上,A5との飲酒事実を裏付けるような証拠品等もないと供述したものである。
また,A5の妻であるA61とA62の妻は,同日にA5と一緒に行動したと供述しているにもかかわらず,A5らの行動について,何ら具体的な状況を供述しておらず,A62が帰宅する際に利用したというユキ代行についても,運転手2人を特定の上,裏付け捜査を実施したが,運転手2人からの供述や当日の運転代行した売上げ記録からも,同日にA62が運転代行を利用してfホテルから帰宅した事実は確認できていない。
なお,A5は,県警の取調べにおいては,「A62と夜遅くまで飲んでいた。」と供述していたにもかかわらず,A62が捜査員から聴取された際に,「夕方まで飲んでいた。」と供述したことをもって,刑事公判においては,「夜7時半ころまで飲んでいた。」と証言し,A62の供述に合わせるように自らの供述を変遷させた状況もうかがえる。
このように,A5の供述する飲酒事実に係るアリバイは確認できておらず,同人が,アリバイを工作した状況も強く疑われたところである。
(c) 平成15年7月17日にA1を公訴提起するまでの間も,pホテルにおける会合出席事実が発覚しなかったことは不合理とはいえないこと,本件現地本部は,同年6月4日以降,4回目会合に焦点を置いた捜査を推進していたこと
A1を逮捕した同年6月4日に,県警が,当時,A5が経営していたfホテルの捜索差押えを行い,本件予約帳等を押収したことは,被告も争いのないところである。
B29警部補が,押収した本件予約帳を精査したリライト資料(以下「本件リライト資料」という。)をA61に示したのが,同年6月10日からであり,その際,A61は同年2月8日の「??」について明確な説明ができていない。
B29警部補が,別件無罪国賠訴訟の証人尋問において,「日にちの特定がされていなかったので,そのときに特化して聞いているわけではない。」と証言しているとおり,県警としては,1回目会合の開催日を2月上旬頃,4回目会合の開催日を3月下旬頃と特定していたため,B29警部補は,A61本人の選挙への関わりを聴取しながら,本件リライト資料に記載された判読不能文字について,総じて日ごとに聴取していったものである。
そもそも,同年6月4日にA1らを逮捕した事実は,開催日を「3月下旬頃」と特定した4回目会合の事実であるから,その捜査においては,主に4回目会合事実の真相解明に向けて捜査していた状況であり,1回目会合の事実については,同年6月3日の時点で検察官により公訴提起された事実であるところ,B29警部補は,4回目会合に関する同年3月下旬のみに固執せず,同年2月の欄も含めて,A61に本件リライト資料を提示しながら説明を求めているものである。
論点となっている本件予約帳の同月8日の欄に関しては,当然のことながら,1回目会合事実についてのことであるから,当時の捜査状況に鑑みても,B29警部補や他の捜査員は,本件リライト資料の同日の欄に記載された判読不能文字の解読に執着すべきだったと考えるのは,むしろ不自然といえる。
(d) 県警がpホテルの予約台帳を初めて確認したのは,A1が平成15年2月8日の本件新年会に出席していた事実を知り得た後の同年7月25日であること(同年7月24日までのアリバイ捜査)
県警は,同年6月4日のA1らの逮捕を受けて,逮捕事実である4回目会合について捜査していたものであるが,本件不起訴等原告らの取調べにおいて,同年5月下旬の段階で,「4回目会合の場でオードブルが出た。」との供述が得られたことから,その裏付けとして,主に6月中,オードブル取扱業者等のところに赴き,A1やその関係者にオードブルの販売事実がないか確認の捜査を行っていたところである。
オードブルに関する裏付け捜査の一環として,本件現地本部の捜査員が旧志布志町内のpホテルに赴き,オードブルの仕出し状況等について裏付け捜査を行ったものであるが,この時点において,本件現地本部は,pホテルにおけるA1の本件新年会出席等について全く把握していなかったため,あくまでオードブルに関する供述の裏付け捜査の一環として,pホテルの経営者であったA71や従業員から事情聴取を行ったものである。
この点につき,A71は,別件無罪国賠訴訟の証人尋問において,「1回目(6月)に事情聴取に来た警察官が,pホテルの予約台帳の原本を持って行った。」,「オードブルについて事情聴取に来た警察官に対し,自ら,2月8日と3月24日にpホテルでの会合にA1が出席したことを話した。」などと,あたかも同年6月の時点で,県警が,A1のアリバイについて知り得たかのような証言をしているが,A71の証言は,①オードブル捜査に来た捜査員に対し,A71が自発的に同年2月8日と同年3月24日のA1のアリバイを申告する理由が不自然であること,②A71は,同年2月8日と同年3月24日にA1がpホテルにおける会合に出席したことは申告したとしながら,同年3月17日にpホテルで開催された「かたろう会」については,捜査員に申告していないというが,A71は,この「かたろう会」は「ちょっとした事件が起きた会合」として印象に残っている会合であったにもかかわらず,A1が出席していたかどうか忘れるなど,信憑性に欠けた証言をしていること,③A71は,オードブル捜査の際,捜査員がpホテルの予約台帳を預かったと証言するもの,「原本は返してもらっています。」と証言する一方で,「原本は戻ってきていないと思いますので。」などと曖昧な証言をするなど,一貫性のない証言をしているなど,到底信用できるものではない。
そもそも,県警がpホテルの予約台帳の原本などを押収したのは,同年7月25日のことであるから,同年6月に事情聴取に来た捜査員がpホテルの予台帳の原本を持ち帰ったとするA71の証言は,同年7月25日付けのA71作成に係る任意提出書などの内容と全く食い違っているものであり,A71がA1の支持者であった事実などから鑑みても,A71の証言は,信用するに値しない。
なお,A6らが同年6月13日頃を境に,4回目会合の始まった時間を急遽午後8時頃としたのは,pホテルでの本件懇親会でA1が挨拶をしている事実が判明したため,意図的に会合の開始時刻をずらしたものであるなどとする点については,4回目会合の開催時刻について,亡A36が,5月末の時点で,午後8時頃と供述しており,この相違点を確認すべく取り調べたところ,自ら「午後8時ころだった。」と供述したものである。
このように,本件現地本部は,同年7月24日の時点では,A1のアリバイが成立するとは判断していない。本件不起訴等原告らは,同月24日の時点では同年2月8日及び同年3月24日にa3集落にあるA6宅であったとされる会合につき,捜査機関はA1にアリバイが成立していたことを解明していたので,その点から,原告X2に対する逮捕・勾留及び取調べは違法なものであったと主張するが,本件現地本部としては,A1の動静について,その実態を把握すべく可能な限りの所要の捜査を行った結果,同年7月24日の時点では,A1のアリバイが成立するとは判断していない。
まず,A1の運転手であったA64については,スケジュール表を捨てたなどと申し立てたほか,A1の後援会長であったA74についても,毎週月曜日に行われていた打合せ会の内容や一斉ローラーの日程等を書き記していた手帳を破棄したと供述するなど,A1の動静をよく把握しているはずの関係者が証拠資料を既に破棄しており,具体的な動静を把握できず,A1が同年3月24日に鍋集落を訪問したとする事実を県警や検察の取調べでは全く説明していないところ,刑事公判において初めて証言したものであり,A64は,検察官から鍋集落訪問をどのようにして思い出したかと質問されても,思い出した時期や状況について曖昧な証言をするに止まっている。
また,甲総第594号証,甲総第595号証の手帳について確認したもの,同年2月8日の欄に本件新年会へ出席したことを示す記載はなく,A1の妻であるA2からも,具体的な動静は把握できなかった。
そして,A1が,1回目会合及び4回目会合の事実で起訴された後の同年7月24日に,聞き込み捜査の過程で,A1が,同年2月8日にpホテルで行われた本件新年会に出席していた事実を把握し,同年7月25日にpホテルの予約台帳を押収して確認した結果,A1が,同年3月24日に上小西自治会総会・本件懇親会に出席していた事実についても把握するに至ったものであり,C3検事も,同年2月8日にA1が本件新年会に出席していた事実を把握したのは,同人を公訴提起した同年7月17日以降であったことを明確に証言している。
本件現地本部は,A1が本件新年会や上小西自治会総会・本件懇親会に出席していた事実を受けて,所要の捜査を行ったところ,pホテルの女性従業員が,A1が本件新年会を中座したことをうかがわせる供述をしたほか,本件新年会の出席者に対する事情聴取の結果,A1の姿を見かけなかった時間帯があることが認められ,さらに,A1の車に同乗して一緒に本件新年会に参加した同級生等の供述により,pホテルに到着したときはホテル裏側の駐車場に駐車していたはずの車が,本件新年会終了後に帰宅する際には,pホテルの正面玄関側に移動していたこと等が判明したものである。
また,同年3月24日の上小西自治会総会・本件懇親会後のA1の動静についても所要の捜査を行ったもの,当時,A1と行動を共にしていたはずの運転手A64は,「総会で挨拶した後は,A1と行動を共にしていない。」旨供述したほか,甲総第594号証,甲総第595号証が具体的な供述をしなかったことなどから,A1の動静について具体的な事実の存在が認められなかったものである。
これらの捜査結果により,当時,本件現地本部と検察としては,仮に1回目会合事件の犯行日が同年2月8日であったとしても,A1が本件新年会を途中で抜け出して買収会合に出席することは可能であり,また,仮に,4回目会合事件の犯行日が同年3月24日であったとしても,A1が上小西自治会総会・本件懇親会を退席した後に買収会合に出席することは可能であると判断したものであり,A1のアリバイが成立するという判断はしなかったのである。
このように,当時,県警としては,A1の動静について,押収した資料を精査するとともに,A1や後援会関係者等に確認するなどして,可能な限り把握に努めたものであるが,関係者によって証拠資料が廃棄されていたり,甲総第594号証,甲総第595号証が具体的な供述をしなかったことなどにより,詳細を把握することができなかったのであり,本件新年会や上小西自治会総会・本件懇親会への出席事実をもってしても,直ちにA1のアリバイが成立するとは判断しなかったことから,捜査段階における犯罪の嫌疑の判断につき,国家賠償法上違法と評価されるものではない。
そもそも,平成17年6月29日の第41回刑事公判において,初めて被告人側が上小西自治会総会・本件懇親会の後に支持者への挨拶回りをしていた旨主張するに至り,捜査段階ではA1と別行動だったと供述していたA64も,一転して,A1と一緒に行動していた旨証言しているところである。
このように,本件不起訴等原告らの主張する「アリバイの成立」は,あくまで刑事公判での証拠調べや無罪判決を前提とした結果論であり,捜査段階において,県警がA1のアリバイを把握していたはずであるなどとの本件不起訴等原告らの主張は根拠のない独自の見解であって,失当といわざるを得ない。
c 自白の信用性について
本件不起訴等原告らは,本件買収会合事件の自白について,捜査官から不相当に誘導されるなどしたものであるなどとして,供述の信用性はないものと主張している。
しかしながら,本件不起訴等原告らの主張は,具体的事実に基づかない憶測にすぎず,県警が供述を押し付けたり,供述をねつ造した事実はなく,関係者の供述の変遷については,自供した各被疑者が申し立てる内容を供述調書に録取した結果である。
当時,県警としては,関係者の供述の一部に変遷が認められたもの,同人らの供述が変遷する背景には,関係者間で連絡を取り合い,否認の口裏合わせが行われているかのような状況のほか,本件買収会合事件の他の出席者や候補者をかばっている状況,重刑を恐れて供述を小出しにしている状況,複数の会合等の記憶が錯綜している可能性に加えて,関係者が同一の集落や近隣に住む住民がほとんどで,相互に強固な人間関係が認められる中で,家族や集落の住民から圧力を受けている状況が強くうかがわれ,さらには,同年5月19日,捜査官がA20に対して,同年2月と同年3月に生活費の出費がないこと等を追及したところ,「A1さんをかばっていても自分のためにならない。」と否認から自白に供述を変遷させたことから,捜査官が,否認していた理由や自白に転じた理由等を質問したところ,A20が,弁護人から事実関係を否定するように言われたことを自発的に供述したこと,同年6月8日,A6が否認から自白に供述を変遷させたことから,捜査官が,否認していた理由や自白に転じた理由等を質問したところ,A6が,弁護人から事実関係を否定するように言われたことを供述したことなどから,弁護士から否認の慫慂等があったと疑われる状況まで見られたところであり,供述の変遷があったことで,買収会合があったとする供述内容自体が信用できないという判断には至らなかったものである。
したがって,県警が供述を押し付けたりねつ造したために別件無罪原告らの供述が変遷したものではなく,このような状況の中でも複数の関係者が買収会合の事実を認めて具体的に供述していたのであるから,県警としては,これらの供述に十分信用性が認められると判断して捜査を進めたものであり,その後,関係者が否認に転じたり,供述が変遷したことをもって犯罪の嫌疑が解消したわけではない。
(カ) 第4次強制捜査に着手したことの適法性
a 第4次強制捜査
県警は,平成15年6月25日,A1及びA2を4回目会合事件の供与被疑者として,A23,A15,A33,A44を受供与被疑者として,また,A1を1回目会合事件の供与被疑者として,それぞれ通常逮捕し,検察庁に身柄付き送致した。加えて,同月29日には,A7を1回目会合事件の受供与被疑者として通常逮捕し,検察庁に身柄付き送致した。
b 被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由が認められたこと
4回目会合事件につき,「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」については,A1ら6人のうち,A23を除く5人は,いずれも事実関係を否認していたが,これらの者が4回目会合に参加するなどしていたことは,A23の事実関係を認めた供述が存在していたほか,先に逮捕・勾留されて4回目会合事件に関する取調べを受け,事実関係を認めていたA6,A14,A22,亡A36の供述調書が存在し,これらの供述内容は,大筋で符合して相互に支え合っていた上,相当具体的な内容が含まれていた。
また,A6の供述に基づいて,同人方裏の杉山を捜索したところ,4回目会合事件の際に出席者に提供された料理(オードブル)の残り等と思料されるビニール製中華たれの袋,プラスチック製しょう油さし,料理用装飾品,ばらん,わさびなどが発見・押収されたほか,4回目会合事件の事実関係を否認していたA1,A2,A15,A33及びA44の供述には,犯罪の嫌疑を客観的に否定するほどの特段の事情は認められなかった。1回目会合事件についても,事実関係を否認するA1及びA7の供述は,事実関係を否認するA29の供述等の証拠資料を併せ考慮しても,犯罪の嫌疑を客観的に否定するものではなかった上,A1に関するアリバイを裏付ける証拠等は一切存在しなかった。
このように,逮捕状請求時に現に収集された以上のような証拠資料に照らせば,県警が,A1ら6人及びA7に罪を犯したと疑うに足りる相当の理由があるとした判断は,証拠の評価について,通常考えられる個人差を考慮に入れても,合理的理由が欠如しているとはいえない。
c 逮捕の必要性がないことが明らかな場合ではなかったこと
逮捕の必要性については,本件買収会合事件が選挙違反という民主主義の根幹を揺るがす重大犯罪であることのほか,A1及びA2は,勾留中であったが,勾留満期をもって釈放される可能性があり,A1らが関係者に口止めや焼酎瓶の回収を促すなどの罪証隠滅工作ともとれる働き掛けをしていたことや,A1が,複数回にわたって現金を供与していることが強く疑われたところ,A1及びA2が事実関係を全面否認していたことから,釈放されれば,逃走及び更なる罪証隠滅のおそれが認められた。
また,受供与者のA15,A33及びA44も,現金の授受はもちろん,会合事実そのものを否認しており,これらの者が,受供与事実を認めているA23に働き掛けて口止め工作をしたり,さらには,受供与者がいずれもa3集落又は近辺の集落に居住する者らであったことをも考慮すれば,通謀の上口裏合わせするなどして罪証隠滅に及ぶおそれが認められた。
加えて,A7にあっては,事実関係を否認のまま,処分保留で釈放されるおそれがあり,釈放されれば,A1の関係者による口止め工作や,関係者による口裏合わせのおそれも認められた。
したがって,A1ら6人及びA7に逃走及び罪証隠滅等についての合理的理由が認められたというべきである。
d 第4次強制捜査の適法性
以上のとおり,県警が,A1ら6人の逮捕状請求及びA7の逮捕状請求において,4回目会合事件及び1回目会合事件について,犯罪の嫌疑及び逮捕の必要性が認められるとした判断は,事案の性質上,通常要求される捜査を著しく怠り,又は,収集された証拠についての判断・評価を著しく誤るなどの合理性を欠く重大な過誤により,犯罪の嫌疑又は逮捕の必要性のいずれかが認められない事情があるのにこれを看過したものとは到底いえず,また,県警が故意に疎明資料をねつ造して裁判官の判断を誤らせた事実もなく,そのようなことを裏付ける証拠も存在しないのであり,何ら違法と評価されるものではない。
(キ) 第5次強制捜査を行った適法性
a 第5次強制捜査
県警は,平成15年7月23日,A1及びA2を2回目会合事件及び3回目会合事件の供与被疑者として,それぞれ通常逮捕し,検察庁に身柄付き送致した。加えて,同月24日には,原告X2及びA5を4回目会合事件の供与被疑者として,それぞれ通常逮捕し,検察庁に身柄付き送致した。
b 罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由が認められたこと
「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」については,県警が逮捕状請求までに収集した証拠資料によれば,A1及びA2はいずれも事実関係を否認していたが,受供与被疑者であるA6,A14,A22,A23,A20及び亡A36が事実関係を認めており,その自白の内容は,いずれも会合場所がA7宅で,受供与金額が5万円であったことなどの根幹部分が符合し,相互に支え合っていた上,事実関係を否認していた関係者の関与も詳細に供述していたものであり,1回目会合事件及び4回目会合事件に関する供述と同様,相当具体的な内容が含まれていた。
加えて,4回目会合については,事実関係を認めていたA6らの供述調書が存在し,原告X2やA5の関与についても詳細に供述していた上,その供述には,相当具体的な内容も含まれており,そのほか,会合で出されたオードブルの残骸と思われる証拠品が押収されるなど,A6らの供述には高い信用性が認められたところであるが,4回目会合事件の事実関係を否認していた原告X2やA5の供述には,犯罪の嫌疑を客観的に否定するほどの特段の事情は認められなかった。
このように,逮捕状請求時に現に収集された以上のような証拠資料に照らせば,県警が,A1及びA2並びに原告X2及びA5に罪を犯したと疑うに足りる相当の理由があるとした判断は,証拠の評価について,通常考えられる個人差を考慮に入れても,合理的理由が欠如しているとはいえない。
c 逮捕の必要性がないことが明らかな場合ではなかったこと
逮捕の必要性については,これまで繰り返し述べたとおり,本件買収会合事件が選挙違反という民主主義の根幹を揺るがす重大犯罪であることのほか,A1及びA2は,複数回にわたって現金を供与していることが認められたところ,A1及びA2は,事実関係を全面的に否認していたことから,受供与事実を認めている者に口止めをするなどして罪証隠滅工作に及ぶことが強く疑われた上,受供与者が,いずれもa3集落又は近辺の集落に居住する者らであったことをも考慮すれば,通謀の上それぞれの関与を否認したり,A1及びA2の関与を否認することも強く疑われた。
また,原告X2とA5については,A1と関係を密にする存在であったことから,上記と同様,受供与事実を認めている者に口止めをするなど罪証隠滅工作に及ぶことが強く疑われた。
したがって,A1及びA2並びに原告X2及びA5に逃走及び罪証隠滅等についての合理的理由が認められたというべきである。
d 第5次強制捜査の適法性
以上のとおり,県警が,A1及びA2の逮捕状請求並びに原告X2及びA5の逮捕状請求において,2回目会合事件,3回目会合事件及び4回目会合事件について,犯罪の嫌疑及び逮捕の必要性が認められるとした判断は,事案の性質上,通常要求される捜査を著しく怠り,又は,収集された証拠についての判断・評価を著しく誤るなどの合理性を欠く重大な過誤により,犯罪の嫌疑又は逮捕の必要性のいずれかが認められない事情があるのにこれを看過したものとは到底いえず,また,県警が故意に疎明資料をねつ造して裁判官の判断を誤らせた事実もなく,そのようなことを裏付ける証拠も存在しないのであり,国家賠償法上違法と評価されるものではない。
(ク) 自白した別件無罪原告らに対する取調べの適法性
本件現地本部は,会合事実の供述が概ね出そろい,捜査会議の簡略化を終了させた後も,別件無罪原告らに対し,任意性に留意して取調べを行っており,恫喝等の事実もなく,例えばA22については,他の関係者の供述内容を示して取り調べた結果,「はっきり覚えていません。」と供述した旨録取した平成15年5月22日付け供述調書が作成されているほか,A14も,取調べにおいて積極的に事実を認める供述をする一方で,捜査官の問い掛けに対して,自らの認識と異なる部分は明確に否定し,自らの記憶にない部分は「分からない。」と答えるなど,捜査官に迎合しているものとは認められなかったことなどからも,供述の押し付けやねつ造などがなかったことは明らかである。
そのほか,A23は,A15が受供与金で購入したバッグについて,大きさや形状などを詳細に供述したことから,捜査官が押収品の手提げバッグを示したところ,「A15さんから見せてもらったバッグとは明らかに形が違う。」などと,自分の意思に基づいて供述をしている。
また,逮捕事実を否認している者については,同人らが供述するとおり,事実を否認する内容の供述調書が作成されている。
(ケ) 結論
したがって,各時点において,本件買収会合事件の合理的嫌疑が十分に存在している。そして,原告X2,原告X3,原告X4及び原告X6について,A6などから,いずれも本件買収会合事件の現場に居て,これに関与していたことを示す供述も得られており,さらに,原告X4及び原告X6については,戸別訪問を行っていたことを示す供述も得られていたのであり,これらの者に対する取調べを行う必要性が認められた。
(4)  争点(1)エ(端緒及び嫌疑をねつ造して行ったX1・20万円事件の捜査の違法性の有無)
ア 本件不起訴等原告らの主張
(ア) 原告X1に対する嫌疑の不存在
原告X1に対する取調べが開始された平成15年5月18日の時点で,原告X1を,警察署の取調室に同行して,任意に取り調べることができるほどの嫌疑は,以下のように,存在していなかった。
a 捜査官が語る取調べの目的・必要性
同日から同月26日(25日を除く)まで計8日間原告X1を取り調べたB17警部補は,X1・20万円事件の取調べに至った経緯については,A6が,原告X5に対し,現金20万円をお礼として渡したときに原告X1がいた旨のA6の供述によるものであることを述べており,受供与の共犯者として取調べを行っていることを示し,同供述調書の内容は,同供述調書の内容のポイントが記載された取調小票で確認したと述べた。
b 原告X1の関与を示す供述調書等の不存在
しかしながら,上記供述に係るA6供述調書は作成されていない。つまり,原告X1に対する嫌疑は,実際には存在していないにもかかわらず,警察が嫌疑をでっちあげ,嫌疑がないにもかかわらず任意同行・取調べを行ったものである。
本件に関し,同月18日までに,A6の供述で原告X5に対して焼酎・現金を渡したという供述は,既に指摘したとおり,同年4月19日,同月20日,同月21日,同月22日,同月25日,同月27日の焼酎と現金1万円を供与した旨の各供述,同月28日の現金は2万円であった旨の供述,同月30日の最初が1万円,2回目が2万円ずつと焼酎2本くくり,3回目が13名に1万円ずつであった旨の供述,同年5月3日の「A2から15万円を受け取り,a3集落など13名に現金1万円ずつを渡し,A2から30万円を受け取り,a3集落など13名に現金2万円と焼酎2本くくりを渡し,A2から,A36・A14・A20・X5・A11に渡してくれと頼まれ,現金20万円入りの封筒を渡し,投票日の4~5日前頃,A2から現金10万円入りの封筒を受け取りa3集落以外の8人に渡した。」との供述,同月13日の「私の友人知人に現金2万円と焼酎2本くくり現金1万円などを渡していた」旨の供述,同月15日の原告X5に金を渡して口止めをした供述,同月17日の現金1万円入りの封筒と焼酎2本くくりを渡した供述が録取されており,以上の供述は,全て虚偽自白であるが,その虚偽自白の中でさえも「A6が,X5に対し,現金をお礼として渡したときにX1がいた」という供述がなされていないどころか原告X1の名前さえ出てきていないのである。原告X5の供述調書でも「そうしますと,今回,A6ちゃんが私方に封筒入り現金と2本くくりの焼酎を持ってきたのは本年3月初旬ころのことでした。時間については,時計で確認したわけではありませんが,私が夕食の支度をしていたころで,主人は山仕事の手伝いからまだ帰っていなかったことを考えると午後6時前後のことであったと思います。」と述べ,明確に原告X1はいなかったと供述している。
また,B17警部補がみたとされる取調小票も証拠として提出されていない。
c 原告X1に対する嫌疑がねつ造されたものであること
したがって,A6が,原告X5に対し,現金20万円をお礼として渡したときに原告X1がいたという供述がなされたことから,取調べを行ったというB17警部補の証言は客観的な証拠と矛盾する虚偽のものなのである。すなわち,原告X1に対する嫌疑自体がねつ造である。
(イ) 嫌疑が存在しない中での取調べの違法
このように,原告X1に対する平成15年5月18日から同月26日までの任意同行・取調べ及びそれを引き継ぐ形で行われた同年7月27日から同月31日までの任意同行・取調べは,嫌疑が全く存在しないまま行われたものであるから,本来行うことの出来ないものであり,これを行ったこと自体が違法である。実際に,原告X1に対する嫌疑については,本部長の指揮がおりなかったのである。
イ 被告の主張
(ア) 平成15年5月18日からの取調べ
県警が,平成15年5月18日から原告X1を取り調べたのは,同年4月に,A6及び妻である原告X5の供述により,原告X5がA6から戸別訪問を受け,A1の後援会名簿への署名を求められた際,原告X1本人が直接A1の後援会名簿に署名していること,その謝礼として原告X5がA6から地卵10個をもらい,その後現金や焼酎をもらっていること,現金や焼酎の授受には,後援会名簿への署名に対するお礼のほかにA1への投票依頼の趣旨が含まれていることを原告X5が認識していたことなどが明らかになり,原告X5が,A6からA1に対する投票依頼の趣旨を含んだ現金や焼酎をもらったことを,原告X1に打ち明けていた可能性があると認められたからである。
さらに,その後の捜査で,A6が最初に原告X1方で原告X5に焼酎と現金を渡したとき,原告X1も家にいたこと,A6が原告X5に「旦那さんは消防団長をしていて顔が広いので,A1が票が取れるよう声掛けして欲しい。」等と言って票の取りまとめの趣旨で現金20万円を渡したとき,原告X1もその場に居合わせたこと,A6が投票後に原告X5に口止め料として現金3万円を渡したことが判明し,原告X1がA6からの現金受供与事実について何らかの事情を知っている高度の蓋然性が認められたためである。
(イ) 平成15年7月27日からの取調べ
また,原告X1を平成15年7月27日から再度取り調べたのは,B17警部補が同年5月23日に現金20万円の受供与事実について取り調べたところ,原告X1が,「正直に話をする前に条件があります。消防団員の人を絶対にかかじらないでください。消防団の人には,絶対に配っていません。紙に書いて約束してください。」などと,正直に供述する条件を申し出たことから,現金20万円の受供与事実の存在が強くうかがわれたが,原告X1が取調べ中に突然机をたたきながら,「俺はばかじゃー。」,「殺せえ。死んだほうがましだー。」などと言い出したため,原告X1の取調べを一時中断していたものを再開したのであり,取調べの必要性が否定されることはない。
(ウ) X1・20万円事件の捜査の適法性
a 本部長指揮の存在
本件不起訴等原告らは,B5署長は,県警察本部長の何らの指揮を受けず,指揮伺いもせず,独断で何ら根拠もなしに原告X1の取調べを敢行し,供述調書作成も,警察本部に対する報告はなされていないと主張する。
しかしながら,本件公職選挙法違反事件は,事件着手の段階から警察本部長の指揮を受けながら捜査を遂行していたものであることに加え,B5署長が証人尋問において,指揮伺いを上げた旨証言しているとおり,X1・20万円事件についても本部長指揮を受けていたことは明らかであり,本件不起訴等原告らの主張するような事実は一切ない。
b 捜査再開の適法性
X1・20万円事件に関し,一度中断した原告X1の取調べを再開した理由については,同人がB17警部補の取調べにおいて,「正直に話す前に条件があります。消防団員には話を聞かないという念書を書いて欲しい。」などと申し立てて,暗に事実を認めた上,取引を持ちかけるような供述をするなど,相当な嫌疑が認められていたところ,原告X1がその後の取調べ中に,「殺せー,死んだ方がましだー」と叫ぶなど,特異な言動が認められたため,同人の体調等を考慮し,取調べを一時中断したところであるが,当該事実についての取調べは未了であったため,約2か月後の平成15年7月27日から,B21警部補が再度取り調べたものである。
当然ながら,原告X1に係る一連の取調べについては,その日の詳細な捜査体制等を含めて,日々,捜査第二課を通じて警察本部長に報告されていた。
c X1・20万円事件は別件余罪事件であり,ねつ造ではないこと
(a) 本件不起訴等原告らは,県警が,X1・20万円事件をねつ造することで,A1が大々的な選挙買収を行っていたことを明らかにする状況証拠を作り出す目的だったかのように主張する。
しかしながら,そもそも,X1・20万円事件は,公訴提起された会合事実に関連する,多数の余罪事件の一つであり,本件不起訴等原告らの主張は失当である。これら別件の余罪事件について事実を把握した場合についても,第一次捜査機関である警察としては,特定の犯罪の嫌疑があると認められる場合に必要な捜査を行うことができるのはもちろんのこと,特定の犯罪についての嫌疑にまで至らない場合であっても,捜査着手のための準備活動を行うことは可能であり,いずれも任意で行われる限り,その方法に制限がないことは当然であるが,その一方で,事実を立件する可否については,それぞれの事件ごとに必要性・相当性のほか,時期や体制などを総合考慮して判断するものであり,X1・20万円事件についても例外ではない。また,一般的に,公職選挙法違反事件となると,事案の性質上,客観的証拠に乏しく立件が困難な場合も多いことなどから,実務上,余罪事件を含めた全ての事件を立件することは極めて少ない。
(b) 本件不起訴等原告らは,B5署長やB1警部らが,それまでの自己がでっち上げた違法捜査を糊塗するために状況証拠をねつ造したものであり,これは事件の立件が目的ではなく,A1当選者に対する公訴維持を補強するためになされた,まさにでっち上げのものであったなどと主張する。
しかしながら,県警がX1・20万円事件をでっち上げた事実は一切なく,取調べにおいて,原告X1が自ら消防団の立場等について供述したことから,B17警部補においてこの点を追及したところ,「消防団はかかじらんで下さい。」などと取引とも受け取れる申出をし,最終的には,B21警部補の取調べにおいて,A6から受け取った現金を消防団員に配った旨供述したものである。
そもそも,使途先とされた消防団員の氏名などは,原告X1が供述しなければ捜査官は到底知り得ない事実なのであり,加えて,原告X1も本人尋問において,X1・20万円事件に関する供述調書の内容に納得して署名・指印した事実を認めているのであって,X1・20万円事件がでっち上げられたとする本件不起訴等原告らの主張は失当である。
(c) また,本件不起訴等原告らの「X1・20万円事件は公判維持を補強するためのでっち上げであった。」との主張については,刑事訴追するか否かは,検察官が法と証拠に基づいて判断するものであり,本件不起訴等原告らがいかなる根拠をもってかかる主張を展開するのか判然としない。そもそも,検察官が新たに判明した別件余罪を公訴提起すれば,その新たな事実について刑事訴追するものであって,当然ながら,従前の本件刑事事件の公判維持に直結するものではないのである。県警は,X1・20万円事件について最終的には立件するに至らないものと合理的に判断し,事実上,捜査を中断したものであり,送致するに至ってもいないのであるから,検察官がX1・20万円事件について立件の可否を判断した事実もない。
(d) 本件不起訴等原告らは,B5署長やB1警部は根拠のない偽チャートを作成したなどと主張する。
しかし,チャートは,関係者の相関関係や犯罪事実の概要等を簡潔にまとめて,事件の概要を把握し,幹部に報告するための警察部内の参考資料であり,捜査の進展に伴って変更される。本件不起訴等原告らは,元々成立に疑いのある書証を偽チャートと称し,「捜査の隠蔽論」を印象付けようとの意図で提出したと疑わざるを得ないが,仮にX1・20万円事件に関するチャートが存在したとしても,チャートという資料の性質上,端緒となる事実が浮上した場合,又は,端緒に至らない調査段階での事情によっても作成される場合があることから,X1・20万円事件に関しチャートが作成されることは何ら不自然ではなく,加えて,実際に,原告X1もX1・20万円事件に関する供述調書に納得して署名・指印した事実を認めているのであり,本件不起訴等原告らの根拠のない偽チャートを作成したとの主張自体に根拠はなく,失当である。
(e) 本件不起訴等原告らは,B1警部が,原告X1には偽チャート事件が存在しないことを知りながら,串間のファミリーレストランで密談し,この偽チャートに記載された罪を被るよう強要したと主張するが,B1警部は,原告X1の性格や態度などから供述の信用性を判断する目的で接触したものであり,そこで取調べをしたり,書類を書くように強要などをした事実はない。
(f) X1・20万円事件の捜査を中断したのは,県警が,X1・20万円事件の立件の可否を総合考慮した結果,送致するに至らないとして,事実上,捜査を中断したものであり,事件をでっち上げたので捜査を行わなかった訳ではない。県警は,捜査全般が本件買収会合事件の捜査に重点指向されていたこと,判明した使途先が消防団員8名と多数であり,原告X1による投票買収はもちろんのこと,20万円の出所とされるA1派の運動買収も視野にいれると,大規模な事件に発展する可能性が認められたこと,本件現地本部に派遣されていた捜査員の割当てについては,それぞれの捜査官が被疑者の勾留先の警察署で取調べを行っていた上,証拠物の精査をする捜査員が増員されていたため,実質的に志布志署に残留して裏付け捜査を行える捜査員は限られており,捜査体制上の問題を度外視できなかったこと,鹿児島県内の各警察署は,いまだ第15回統一地方選挙の各市町村長選挙及び市町村議会議員選挙に関する選挙違反取締りの最中であったことから,これ以上の応援捜査員の増員を望めなかったことなどの事情を踏まえた上で,その必要性や相当性等を総合考慮した結果,X1・20万円事件の立件は見送ると判断して捜査を中断したものである。
なお,B5署長を始めとする本件現地本部は,一応は立件を視野に入れた上で指揮伺いを上げたものであるが,結果的には本部長指揮が下りず,その指揮の下,捜査を中断したのである。
d 結論
以上のとおり,県警は,その必要性から原告X1を取り調べたことによりX1・20万円事件を認知したが,合理的理由に基づき結果的には捜査を中断したものであり,本件不起訴等原告らのでっち上げ論と何ら直結するものではなく,国家賠償法上違法と評価されるものではない。
(5)  争点(2)ア(原告X1に対する捜査の態様面における違法性の有無)
ア 本件不起訴等原告らの主張
(ア) 取調べ時間
原告X1が取調べを受けた日時(いずれも平成15年)及び場所は以下のとおりである。
①5月18日:午前9時20分から午後0時30分まで,
午後4時30分から午後9時30分まで
(志布志署)取調時間8時間10分
②5月19日:午前8時から午後9時30分まで
(志布志署)取調時間12時間30分
③5月20日:午前8時30分から午後9時30分まで
(志布志署)取調時間12時間
④5月21日:午前9時20分から午後10時まで
(志布志署)取調時間11時間40分
⑤5月22日:午前8時30分から午後10時まで
(志布志署)取調時間11時間10分
⑥5月23日:午前8時20分から午後10時
(志布志署)取調時間12時間40分
⑦5月24日:午後2時05分から午後10時
(志布志署)取調時間7時間55分
⑧5月26日:午前8時30分から午後10時
(志布志署)取調時間12時間30分
⑨7月27日:午前7時55分から午後7時40分まで
(串間警察署)取調時間10時間55分
⑩7月28日:午前8時から午後6時40分まで
(串間警察署)取調時間9時間40分
⑪7月31日:午前9時28分から午後4時05分まで
(串間警察署)取調時間6時間37分
このように,原告X1は,後記(イ)で述べるよう何らの嫌疑もなかったにもかかわらず極めて長時間の取調べを長期間受けたのである。
なお,取調時間は,上述したとおりであるが,原告X1は,警察が任意同行と称し行き帰りを警察車両で行ったものであり,その間も身体拘束がなされていたとみるべきである。
そして,その時間は,片道30分はかかっている。
(イ) 長時間の取調べ
原告X1が本件公職選挙法違反事件について取調べを受けた期間及び時間は,前記第2・2(9)ア(ア)記載の時間よりも,実際には取調終了時間が遅い日がある。すなわち,平成15年5月18日の取調終了時間は,午後8時40分ではなく,午後9時30分であり,同月19日及び同月20日の取調終了時間は,いずれも午後8時ではなく,午後9時30分であり,同月21日及び同月22日の取調終了時間は,いずれも午後8時40分ではなく,午後10時であり,同月23日の取調終了時間は,午後8時45分ではなく,午後10時であり,同月24日の取調終了時間は,午後7時15分ではなく,午後10時であり,同月26日の取調終了時間は,午後8時25分ではなく,午後10時である。
原告X1は,同月18日,本件現地本部の取調べを受けて,担当捜査官であったB17警部補から,A6焼酎事件に関し,A6から焼酎2本と現金2万円を原告X5と一緒に受け取ったか否かを尋ねられ,原告X1がこれに対して明確に否定したにもかかわらず,同日以降,同じ質問を繰り返し聞かれて,12日間にわたり,延べ131時間40分もの取調べを受忍させられた。
(ウ) 任意同行時の違法
原告X1は,平成15年5月18日,任意同行を求められた際に,午後から審議会があることを理由に出頭を拒んだにもかかわらず,押し問答の末,強制的に取調室に連行された。
原告X1は,同月24日,午前中に病院で点滴を受けるほど疲弊しており,病院での同点滴後,出頭を求めてきた捜査官に対し,取調べを休ませてほしい旨を申し出たが,同捜査官は,「それは理由にならん。証拠隠滅になる。逃亡の恐れがある。」と告げて,出頭を拒否すれば逮捕することをにおわせ,取調べのための出頭を強制した。
(エ) 取調室からの退出の妨害
捜査官は,原告X1に対し,任意取調べにおいては,いつでも取調室から退去できるはずであるにもかかわらず,虚偽の説明をして原告X1が取調室から退出することを心理的に妨害した。
B17警部補ほかの捜査官は,任意取調べの期間中,原告X1の外出を許さず,昼食も取調室で取らせ,取調室からの退去を妨害し,食事の自由を妨げた。
原告X1は,任意取調べの期間中,トイレに行くにも捜査官に付きっきりで監視された。
(オ) 黙秘権の不告知
原告X1は,任意取調べの期間中,黙秘権の告知を一度も受けなかった。
(カ) 威迫による取調べ
B17警部補は,平成15年5月19日から同月26日までのいずれかの日の取調べで,原告X1に対し,「お父さん,もらったやろう,認めれば逮捕もないし,新聞にも載らない」「お前は後長く生きることはないだろうが,子ども達の将来がどうなるか考えたことはあるのか」などと言い,虚偽自白を迫り,「爺さん,婆さんが逮捕されれば,孫が学校で石を投げかけられたりしていじめに遭うだろう」,「子どもと孫がお前達の罪を一生かぶって生きなければならない,それでもいいのか」と怒鳴った。
B17警部補は,同月19日又は同月20日の取調べで,原告X1に対し,指で胸を小突いたり,3回にわたって本のようなもの又は封筒で原告X1の手をたたいたりし,「言わんや。言えば楽になっど。言わんや。言わんか,こらぁ。言わんか」と怒鳴った。原告X1が黙っていると,B17警部補は,「なぜ黙っている。答えんか。なんで黙ちょっとよと」怒鳴り,原告X1が反論をすると,「警察を愚弄する気か,警察に挑戦する気か,こんなにしてまでお前は公民館長や消防団長にしがみついていたいのか」と怒鳴った。
B17警部補及びB49巡査部長は,同月23日の取調べで,座ってる原告X1の両脇に立ち,机をたたきながら「書かんか。押さんか。」と怒鳴り強制的に「悪いのは妻だけです」などと原告X1が述べていない供述内容が記載された調書に署名・押印させた。
B17警部補は,同月20日の取調べで,それまで,取調べ中にメモをとっていた原告X1に対し,「お前は被疑者だろうが,その態度は何か。」と言い,それ以後の同月26日までの全ての取調べで,原告X1に対し,手を机の上に置くことを強要した。
(キ) 偽計による取調べ
B49巡査部長は,平成15年5月21日ないし同月26日のいずれかの日の取調べで,原告X1に対し,比較的小さい扱いの新聞記事を見せて「お父さん認めてもこんな小さい扱いで済むんだよ,これだけで後はもう何もないんですよ。」と言い,虚偽自白を迫った。
B21警部補は,同年7月28日,原告X1に対し,「X1さん,影の協力者になって警察に協力しなさい。あなたが認めることは事件ではない。事件は四浦の人が金をもらったことであって,X1さんは検察にいくことも裁判所に行くことも100パーセント,150パーセントありません。」と言い,虚偽供述をせまった。
そして,前回の取調時に精神錯乱まで追い詰められた原告X1は,これに抵抗することが出来ず,虚偽自白を行うことになった。しかし,実際にはなかった出来事であるので,原告X1が,同日又は同月31日の取調べにおいて,金はもらっていないから金額も分からない旨を述べたところ,B21警部補は,5,10,20,30,40という数字の書かれていたA4の紙を示し,原告X1に指で数字を指すよう指示した。X1が5を指すとB21警部補は「それはないでしょう。」と言い,40を指したら「そんなに貰ったのか。」と言われ,順次下げていき,20を指したところで「うん。20な。」と言い,20万円をもらったという供述調書が作られた。
さらに,原告X1は,B21警部補から,「20万は一人では多すぎる。」と言われ,この中から消防団員8名に1万円ずつ配ったとする内容虚偽の供述調書に署名・押印させられた。原告X1が消防団員にお金を配ったという話が余りに荒唐無稽なのは,警察本部長がこの件に関しての捜査を認めず原告X1が金を配ったとされる消防団員の取調べすらも行われていないことからも見てとれる。
B21警部補は,上記供述調書を作成した後,原告X1に向かって,「このことは誰にも言ってはいけない,奥さんにも言ったらいけない,これが世に出たら自分も困るし貴方も困る,もしX1さんが言ったらやかましく言いに行くぞ。自分を信用してくれ。上の者にも会わせる。」と言い,虚偽の調書を作成したことの口止めを図り,同年8月1日,串間市のファミリーレストランジョイフルでB1警部補と引き会わせ,口止めの効力を強化させた。このように,B21警部補の取調べが終わった後,串間のジョイフルで原告X1とB1警部が会ったり,原告X1と携帯で連絡を取り合ったりしているのであるが,通常,捜査官が被疑者とファミリーレストランで会って話したり,お互いの携帯番号を教えあって連絡を取り合うということなどしない。このような極めて不自然な対応をしているのは,原告X1が供述したとおり,「警察の協力者になれ。」と言われ,原告X1が不承不承これに応じたからとしか考えられない。
上記原告X1の供述調書は,B5署長が,本件公職選挙法違反事件の捜査において,買収金の流れを示すチャート図として,何らの根拠に基づかず,事実にも合致しない内容虚偽の偽のチャート図様のものを作成した上で,原告X1に,これに沿う自白を迫り,原告X1を受供与被疑者とする別事件をでっち上げようとして作成されたものである。
イ 被告の主張
(ア) 長時間の取調べについて
a 原告X1に対する取調べ期間及び取調べ時間
原告X1に対する取調べ期間及び取調べ時間は,前記第2・2(9)ア(ア)のとおりである。
b 適法・適正な取調べの実施
本件不起訴等原告らは,原告X1に関する長期間,長時間の拘束の違法を主張する。
しかし,長期間かつ長時間の取調べの違法性の有無の判断基準については,事案の性質,被疑者に対する容疑の程度,被疑者の態度,取調べの状況等,諸般の事情を勘案して判断すべきものであるところ,A6の供述等から,原告X1に対する現金の受供与の嫌疑が認められ,原告X1も,取調べにおいて,妻の原告X5がA6から現金2万円と焼酎2本の供与を受けた事実について認め,さらに,消防団員に対する現金の供与事実をほのめかすような言動をしたなどの状況化において,原告X1の取調べ期間は,原告X1の年齢・体調など諸般の事情を考慮した上で,連続ではなく,断続的に実施され,取調べでは,昼食時間帯におおむね1時間程度の休憩を設けるとともに,それ以外にも適宜休憩を設け,原告X1の健康状態や体調にも配意するなどしたのであって,原告X1に対する取調べは,事案の解明に必要な範囲内で,適法・適正に実施しており,国家賠償法上違法と評価されるものではない。
(イ) 任意同行について
a B17警部補らの平成15年5月18日の任意同行
B17警部補らの平成15年5月18日の任意同行に違法な点はない。
すなわち,B17警部補らは,同日,原告X1方を訪問して,「選挙違反で聞きたいことがあるので警察署まで来ていただけますか。」などと用件と行き先を告げて任意同行を求めた。これに対し,原告X1は,「昼から田之浦校区審議委員会に出席しないといけない。」などと申し立てたもの,B17警部補が田之浦校区審議委員会には出席できるよう配意する旨説明したところ,自ら捜査車両の後部座席に乗り込んで任意同行に応じた。
b B17警部補らの平成15年5月24日の任意同行
B17警部補らの同月24日の任意同行に違法な点はない。
すなわち,B17警部補らは,同日午前8時頃,原告X1方を訪問したところ,同人は病院に行っていることが判明したので病院へ向かうと,原告X1は既に帰宅していた。そこで,B17警部補らが医師に原告X1の受診理由や病状を確認し,医師から,原告X1の病状が不眠と食欲不振であり,点滴治療,水分補給を施したこと,原告X1の病名は神経症であり,原因は,原告X1が警察の取調べを嫌がっていることにあり,子どもが学校に行きたくなくてお腹が痛くなるのと同様である旨の説明を受けた。
その後,原告X1が同人の長男宅にいることが判明したことから,B17警部補らが長男宅を訪問して,原告X1,長男及び三男に対して,取調べの必要性などについて説明したが,虚偽の事実を申し向けて任意同行に応じさせた事実はない。
そして,B17警部補は,医師の説明から原告X1の取調べは可能と判断し,原告X1に取調べに応じられるか確認したところ,「会合がねえ。床屋にも行きたいしねえ。」などと言って同行を渋る原告X1に対し,B17警部補が「そういったことは,どうしても出頭できない理由じゃないでしょう。出頭するしないは,あなたの判断です。」などと告げたところ,原告X1が自ら捜査車両の後部座席に乗り込み,同行に応じたものでり,「上からも逮捕せよと言われているが,もう少し任意で調べさせてほしいと逮捕をおさえている。」などと言って,逮捕の恐怖感をあおって任意同行に応じさせようとした事実はない。
c その他の日の任意同行
その他の日の任意同行についても,何ら違法な点はない。
(ウ) 取調室からの退出の自由について
a 本件不起訴等原告らの主張自体失当
本件不起訴等原告らは,原告X1の取調べが,捜査官の虚偽の説明によって,取調室からの退出を心理的に妨害したものであり,実質的に強制による取調べであったなどと主張するが,どの捜査官が,いつ,どのような虚偽の説明をして,取調室から退出することを心理的に妨げたのかについて,一切明らかにしておらず,主張自体失当である。
現に,平成15年5月18日の取調べでは,取調べを中断して,原告X1に午後からの田之浦校区審議委員会に出席してもらい,また,原告X1が取調べ中に別の会合出席の断りの電話をしたいと申し出たことから取調べを中断して,原告X1が取調室から庁舎外に出て,5分程度電話をかけていたこともある。
b 取調べ中のトイレ
本件不起訴等原告らは,原告X1が刑事に監視され,取調べ中トイレに行くときも警察官が付きっきりだったなどと主張するが,これは,来訪者と顔を合わせることがないように補助官が原告X1のプライバシーへの配慮と,自殺その他の事故を防止する観点から案内したものにすぎず,違法な身体拘束を行った事実はない。
c 食事の自由
本件不起訴等原告らは,原告X1が,昼食時間においても,取調室から出ることを妨げ食事の自由を妨げられたなどと主張するが,昼食については,B17警部補とB21警部補が原告X1から注文を聞いて昼食をとらせており,昼食休憩も食事時間を含めて1時間ほど設けているし,夕食についても,その都度,原告X1に勧めたが,原告X1が「お腹がすいていない。」などと言って,毎回夕食を断っている。
なお,原告X1も,取調べ中に自由に持参したペットボトルの飲物を飲んだり,頻繁に居眠りをしていたことを認めており,食事,休憩時間の付与について,違法な点はない。
取調べ中の退出については,原告X1から退出の申出があればこれに応じており,取調室で昼食をとらせたのは,原告X1から特に申出がなかっただけであることから,B17警部補らが昼食時間に原告X1が取調室から出ることを妨げたり,食事の自由を妨げたりした事実はない。
(エ) 黙秘権の告知
B17警部補及びB21警部補は,いずれも原告X1に対し,黙秘権を告知している。
(オ) 威迫・偽計による取調べの不存在
a 机をたたきながら認めるよう強要したこと
本件不起訴等原告らは,平成15年5月23日の取調べで,B17警部補が補助官のB49巡査部長と一緒に,机をたたきながら認めるよう強要し,供述調書に署名押印を強要したなどと主張するが,そのような事実はない。
b 指で胸を3回小突いたり,封筒(ノート)で手をたたいたりして強要したこと
本件不起訴等原告らは,B17警部補が原告X1に対し,指で胸を3回小突いたり,封筒(ノート)で手をたたいたりし,「警察を愚弄すっとか。」,「警察に挑戦すっきか。」,「消防団長や公民館長にそんなにしてまでしがみつきたいか。」と怒鳴ったなどと主張するが,本件不起訴等原告らは,かかる主張について,訴状別紙では同月23日の事実と主張しながら,平成19年10月9日付け本件不起訴等原告ら第3準備書面ではいつの事実か特定せず,また,主張対照表では平成15年5月19日か同月20日の事実と主張するなど,事実のあった時期の主張に変遷があるほか,本件不起訴等原告らは,B17警部補が原告X1の手をたたいたとする物品について,訴状別紙では「取調担当官は,原告X1がテーブルの上に出していた手を,本のようなもので叩き」と主張しながら,本件不起訴等原告ら第3準備書面では「ノートで手をたたいたり,指で胸を小突いたりした。」と主張し,陳述書では「ノートで私の手をたたいたり」と陳述しているのに,本人尋問ではノートを封筒に訂正する旨供述するなど,本件不起訴等原告らの主張や原告X1の陳述,供述には一貫性がない。
B17警部補も,原告X1の胸を指で小突いたり,封筒やノートなどで手をたたいたりした事実はなく,消防団長や公民館長にそんなにしてまでしがみつきたいかなどと怒鳴ったりした事実はないことを明確に証言している。
c 姿勢の強要
本件不起訴等原告らは,取調べの最初の頃取調べの状況をメモしたことがあったが,翌日ないし翌々日には,「お前は被疑者だろうが,その態度は何か。」と言われ,手を机の上に置くように強要されたなどと主張する。
しかし,原告X1は,本人尋問において,取調べの状況を記録したメモが存在しないことを認めており,原告X1の供述は不自然である。
また,B17警部補が,取調べ中に度々居眠りをする原告X1に対し,「X1さん,私は真剣に調べをしてるんだから,相手と話をするときにそういう態度というのはないんじゃないですか。」,「X1さん,もうそろそろいいんじゃないですか。」などと注意した事実はあるもの,「お前は被疑者だろうが,その態度は何か。」などと言って一定の姿勢をとるように強要した事実はない。
d 害悪の告知
本件不起訴等原告らは,同月19日の取調べで,B17警部補が,「お前は後長く生きることはないだろうが,子ども達の将来がどうなるか考えたことはあるのか。」,「じいさん,ばあさんが逮捕されれば,孫が学校で石を投げられたりしていじめに遭うだろう。」などと脅して自白を強要したなどと主張する。
しかし,これは,原告X1が,同日の取調べにおいて,妻の原告X5がA6から現金2万円と焼酎2本の供与を受けた事実を認めたが,原告X1自身の関与について追及されると,「もう,どうなってもいい。」,「妻がやったことだから妻がどうなろうが知ったことではない。孫も関係ない。妻がやったことだから,妻を逮捕すればいい。」などと投げやりな応答をしたことから,B17警部補が,「簡単に逮捕,逮捕という言葉を口にすべきでない。あなたは簡単に逮捕しろと言うが,奥さんが逮捕されて新聞に名前が載るようなことがあったら,仕事をしている息子さん,学校に行っている孫さんはどうなるのか。仕事場にいづらかったり,もしかしたらいじめにあうかもしれない。だから,簡単に奥さんを逮捕すればいいなどというようなことは言うべきではない。家族をないがしろにするようなことを言うべきでない。」などと諭したものにすぎない。
本件不起訴等原告らの主張は,このときのB17警部補と原告X1のやり取りを極端に誇張・歪曲したものである。
(カ) 偽計による取調べについて
a B49巡査部長による利益誘導の不存在
本件不起訴等原告らは,B49巡査部長が原告X1に対し,事件関係の記事を見せて「お父さん,認めてもこんな小さい扱いで済むんだよ,これだけで後はもう何もないんですよ。」と言われたなどと主張する。
しかし本件不起訴等原告らは,平成19年10月9日付け準備書面では,これをB17警部補の行為と主張しており,本件不起訴等原告らの主張には一貫性がない。
また,B49巡査部長は,証人尋問において,原告X3の取調べで補助官として従事したとき,原告X3を取り調べた事実があるかなどと質問され,取調官がいないときに,補助官が容疑事実について取調べをすることはないなどと証言し,その理由については,「取調官がそれまでに作りました取調べの雰囲気とか,取調官が考えていることがありますので,補助官の余計な一言でそれが台なしになったら駄目だということで,私はそのようなふうに認識しております。」と明言しており,そのようなB49巡査部長が,帰り際に原告X1に対して新聞記事を見せて取調べをするなどということは到底考えられず,B49巡査部長から帰り際に新聞記事を見せられたとの主張は事実に反する。
b B21警部補による利益誘導の不存在
本件不起訴等原告らは,B21警部補が「影の協力者になって警察に協力しなさい,あなたが認めることは事件ではない,事件は四浦の人が金をもらったことであって,X1さんは検察に行くことも裁判所に行くこともない。」などと言って,調書の作成に協力するよう要請し,利益誘導を行ったなどと主張する。
しかしながら,B21警部補は,A6からの受供与事実を否認する原告X1に対して,「分かりました,もう取調べも終わりにしましょう。何もなかったという申述書を書いてください。」,「もう後は消防団員を先に確認するしかないですね。」などと告げたところ,原告X1が「それじゃ,俺が話したらどうなるのか,やはり事件にするのか。」などと問い返している。
そこで,B21警部補が原告X1に対して一般的な刑事手続について説明した上で,「事件になるか,ならないか,私には,分からない。今のうちに事実を話していた方がいいでしょう。」などと告げたところ,原告X1は,「B21,本当におはんを(あなたを)信用して良いか。」と尋ねてから,A6からの受供与事実について供述したのである。
この点について,B21警部補は,証人尋問において,被告代理人から「X1さんはあなたから,X1さんが検察に行くことも,裁判所に行くこともありませんと言われたというふうに主張しているんですが,そういうふうに話したことがありますか。」と質問され,「ありません。」と証言し,また,「X1さんの方はあなたから,影の協力者となって警察に協力をしなさいというふうに言われたと主張しているんですが,そういう言葉を使ったことがあるんですか。」と質問され,「そういう事実もありません。」と証言している。
このように,B21警部補は,理路整然と取り調べたものであり,B21警部補が「影の協力者になって警察に協力しなさい。」などと告げて,利益誘導を行った事実はない。
c B21警部補による誘導尋問の不存在
本件不起訴等原告らは,B21警部補が原告X1に対し,X1・20万円事件の供述について,「金額を決するに際して,刑事が紙に数字を書き,指し示す数字に対して,違う,などと言って,実質的に指示をした。」などと主張する。
しかしながら,原告X1は,A6から現金20万円の供与を受けた件について,「A6さんから消防団員に配ってくれともらった金は,消防団員の分と自分の分に分けた。」などと供述したことから,B21警部補が「消防団員に配っている数,人間が分かれば,その金額と消防団員の数と,それとX1さんが受け取った数を合計すれば,A6さんからもらった金額は分かるんじゃないですか。」などと告げたところ,原告X1が「20万円貰い,消防団員に1万円ずつ配った。」などと自ら供述したものである。
d B21警部補による害悪告知の不存在
本件不起訴等原告らは,「金の使途について,一人で使ったことにしよう,という原告X1の発言に対し,それでは多すぎる,消防団員を8人ほど上げさせ,その人達に金を渡したようにする調書を作成させた。」などと主張する。
しかしながら,原告X1がA6からもらった現金20万円の使途先について供述しなかったことから,B21警部補が「その金がどこに行ったのか,使途先を聞くのは当然ですよ。」などと告げたところ,原告X1は,「相手に迷惑がかかる。名前は言えない。」などと供述している。
そこで,B21警部補が,「消防団員のみんなに当たれということですか。」などと告げたところ,原告X1が「名前を言ったら,その消防団員には当たらないか。約束をするか。」などと何度も念押ししたことから,B21警部補が「このままだったら全員に当たらなければならないですよ。だからX1さんの方から先に話をした方が良いのではないですか。」と告げたところ,原告X1が「A1候補を頼んで。」と言って,それぞれに現金1万円ずつを渡した。残りの現金12万円は自分で生活費や飲食代に使った。」などと使途先について自ら供述したことから,その内容を供述調書に録取したものであり,本件不起訴等原告らの主張するような事実はない。
e B21警部補による口止めの不存在
本件不起訴等原告らは,「B21刑事が供述調書を作成した後,原告X1に向かって「このことは誰にも言ってはいけない,奥さんにも言ったらいけない。これが世にでたら自分も困るし貴方も困る,もしX1さんが言ったらやかましく言いに行くぞ。自分を信用してくれ。上の者にも会わせる。」といい虚偽の調書を作成したことの口止めを図る。」などと主張するが,B21警部補が原告X1に対して口止めを図った事実はない。
(6)  争点(2)イ(原告X2に対する捜査の態様面における違法性の有無)
ア 本件不起訴等原告らの主張
(ア) 長時間の取調べ
原告X2は以下のとおり平成15年6月5日から同年7月17日までの間に合計で23日間,時間にして約142時間に及ぶ任意同行による取調べを受けた。また,同月24日にはいわゆる4回目会合において現金の授受に関与したということで逮捕拘留された。
原告X2が任意同行という名目で取調べを受けた日時,時間は次のとおりである。
① 6月5日 午前8時55分から午後8時32分まで
② 6月6日 午前8時40分から午後7時50分まで
③ 6月7日 午前8時44分から午後7時50分まで
④ 6月8日 午前8時44分から午後7時23分まで
⑤ 6月10日 午前9時00分から午後7時40分まで
⑥ 6月14日 午前8時00分から午後7時55分まで
⑦ 6月15日 午前8時05分から午後5時00分まで
⑧ 6月27日 午前9時05分から午後5時00分まで
⑨ 6月29日 午前9時05分から午後3時07分まで
⑩ 7月1日 午前8時15分から午前11時45分まで
⑪ 7月3日 午前8時45分から午後零時40分まで
⑫ 7月5日 午前9時50分から午後零時30分まで
⑬ 7月6日 午前8時55分から午後5時00分まで
⑭ 7月7日 午前9時50分から午後零時20分まで
⑮ 7月8日 午前9時18分から午後2時20分まで
⑯ 7月9日 午前9時31分から午前11時30分まで
午後6時50分から午後9時15分まで
⑰ 7月10日 午後5時55分から午後9時22分まで
⑱ 7月11日 午後1時00分から午後2時00分まで
午後6時00分から午後8時05分まで
⑲ 7月12日 午前8時51分から午前10時55分まで
午後6時30分から午後8時35分まで
⑳ 7月14日 午後1時00分から午後3時00分まで
〈21〉 7月15日 午前9時53分から午後零時05分まで
〈22〉 7月16日 午前9時52分から午後2時05分まで
午後5時50分から午後7時05分まで
〈23〉 7月17日 午前9時50分から午後零時10分まで
このように,原告X2が受けた取調べは,毎日10時間を超えるものであり,しかも,B15警部補は,客観的な裏付けによる尋問ではなく,「四浦に行ったんだろう」と繰り返し問うばかりであり,B27警部補に変わってからは,主にスケジュール表を基に行動を聞かれたが,B27警部補には積極的に取調べをしようというのではなく,上司に言われたから仕方なく取調べをしようという態度であって,ほとんど無意味というべき取調べが繰り返され,その結果,46日間にわたり,延べ214時間以上にも及ぶ身体拘束を受けて取調べを受忍させられた。
(イ) 嫌疑を告げない任意同行及び取調べの違法
原告X2に対する具体的な嫌疑は不明であったが,被疑者としての任意同行であり,B15警部補からはカレンダー等で選挙期間中の行動を聞かれ,その中でとにかく「四浦に行っただろう」と聞かれるばかりで,B27警部補からはスケジュールを聞かれ,単に会合に出席していただけでは,どのような嫌疑なのか,全く不明である。選挙買収目的の饗応接待なのか,選挙買収の金品の受供与なのか,被告からは任意同行の理由は明らかにされておらず,A6,A14,A22,A20,亡A36の供述調書の中に原告X2を示す記載があるが,それらの各供述調書には特に原告X2が具体的にその場でどのような言動をなしたかにつき,具体的な供述はなく,しかも,同日時点までの捜査によって得られた会合事件に関する自白供述は違法な捜査によって得られた,かつ,客観的事実の裏付けのないものであった。
イ 被告の主張
(ア) 取調べ時間の違法性の有無の不存在
長期間かつ長時間の取調べの違法性の有無の判断基準については,事案の性質,被疑者に対する容疑の程度,被疑者の態度,取調べ状況等,諸般の事情を勘案して判断すべきものである。
この点について,関係者らの供述から,原告X2の4回目会合への参加の嫌疑が認められ,さらに,原告X3の供述から,原告X2が,A6やA7に電話で取調べ状況を確認するなど,裏工作の疑いが認められたところ,原告X2のb社での副社長という立場を考慮しながら,同人の都合に合わせ,また,健康状態等に配慮しながら進められており,捜査上の必要性と原告X2の被る不利益との権衡を総合考慮した上で,事案の解明のため,必要な範囲内で実施したものであり,国家賠償法上違法と評価されるものではない。
また,本件不起訴等原告らが,取調べにおいて四浦校区へ行った行かないの不毛なやりとりが終日続いたなどと主張する点については,B15警部補が本人尋問において,被告代理人から,「あなたは取調中に,四浦に行ったことや,会合事実についての容疑のみを聞いていたと言うんですが,そうですか。」と質問され,それのみではなく,原告X2が関わった選挙運動全般,b社の内情,当時の関係者の行動等について多角的に事情聴取していたのであって,本件不起訴等原告らの同主張は事実に反する。
(イ) 任意同行の違法性の有無の不存在
原告X2に対する任意同行は,B15警部補らが,原告X2に任意同行を求める際には,警察手帳を示して用件等を告げ,承諾を得ているし,原告X2が,労災の申請や会社の決算関係などで都合がつかないと申し出たときには中止をしたり,また,平成15年7月1日以降は,原告X2の意向により,自分の車で出頭するようになったため,取調べ時間を同人の仕事の都合に合わせるなどしており,任意同行に違法があったという本件不起訴等原告らの主張には理由がない。
(ウ) 逮捕の違法性の有無の不存在
原告X2の逮捕事実については,A6の供述に基づく捜索により,出席者に提供されたオードブルの残骸と思料される物件が発見・押収されるなど,会合が開催されたという高度の蓋然性が認められ,そのような状況の中で,A6をはじめとする複数の関係者が,A7宅での買収会合に原告X2が出席していたことを供述し,A14においては,4回目会合に出席した際の原告X2の挨拶の状況,原告X2との間で交わした選挙戦の戦況やb社が取り扱っているほうれん草ジュースの話など具体的な会話の内容を詳細に供述するなど,原告X2の事件への関与を強くうかがわせるものであった。
原告X2は,任意取調べに対し,4回目会合事件の事実関係を一貫して否認し続けるもの,同人の供述には,犯罪の嫌疑を客観的に否定するほどの特段の事情は認められず,関係者の供述と原告X2の供述とを比較すると,関係者の供述は複数の者が大筋で一致し,具体的かつ詳細なものであるのに対し,原告X2の供述は説得力に欠けるものであり,関係者の供述の方が,はるかに信用性が高いと判断された。
また,原告X2は,先に逮捕されたA1の経営するb社の副社長という立場にあり,A1と関係を密にする存在であったことから,逮捕が自身に及ぶことを懸念しての逃走や,受供与事実を認めている者に口止めをするなど罪証隠滅工作に及ぶことが強く疑われた。
このような状況化で逮捕したことは,事案の性質上,通常要求される捜査を著しく怠り,又は,収集された証拠についての判断・評価を著しく誤るなどの合理性を欠く重大な過誤により,犯罪の嫌疑又は逮捕の必要性のいずれかが認められない事情があるのにこれを看過したものとはいえず,国家賠償法上違法と評価されるものではない。
(7)  争点(2)ウ(原告X3に対する捜査の態様面における違法性の有無)
ア 本件不起訴等原告らの主張
(ア) 長時間及び長期間の不必要な取調べ
原告X3が本件公職選挙法違反事件について取調べを受けた期間及び時間は,前記第2・2(9)ア(ウ)記載のとおりであり,このほか,平成15年7月7日の午後6時30分から午後7時55分までの間,志布志署においても取調べが行われた。
原告X3は,11日間にも及ぶ長期間・長時間の事実上の身体拘束を受けて,取調べを受忍させられた。
(イ) 任意同行時の違法及び取調べの態様面における違法
a 平成15年5月11日
B12警部補,B32巡査部長外4名の県警の捜査官は,平成15年5月11日午前7時50分頃,警察車両3台に分乗してA7宅を訪れ,原告X3を警察車両に乗せ,志布志署に連行し,志布志署の倉庫において,同日午前8時35分頃取調べを開始した。
取調官はB12警部補,補助官はB32巡査部長であった。捜査官らは原告X3に対し,黙秘権の告知もせず,「会合があっただろう。」「お母さんがお金をもらっただろう。」と自白を迫ったが,原告X3はこれを明確に否認した。
昼食時,B12警部補が取調室を退席し,原告X3と補助官のB32巡査部長の2人になった時,原告X3は,B32巡査部長から「お母さんはお金をもらった,お前ももらった,会合に出ていたということで,B12刑事が聞いてきている。」と言われ,言い争いになるほど,自白を強要された。
この日の取調べは,午後5時15分頃終わり,原告X3は,警察車両で自宅まで送られ,午後6時頃帰宅した。帰宅時,原告X3は,B12警部補から言われ,鹿児島銀行及び宮崎銀行の預金通帳を手渡した。
b 平成15年5月17日
B15警部補とB49巡査部長は,同月17日午前7時頃,A7宅を訪れ,原告X3に任意同行を持ちかけ,原告X3を警察車両に乗せ,志布志署に連行し,同署の取調室で同日午前7時45分頃,取調べを開始した。
取調べは,取調官がB15警部補,補助官がB49巡査部長であった。取調べの内容は,同月11日と同じく,「お金をもらっただろう。」「会合があっただろう。」と自白を強要するものであったが,原告X3はこれを明確に否認した。
同日午前8時30分頃,一旦取調べは終了し,原告X3が,この当時,平成14年10月頃行った椎間板ヘルニアの手術後のリハビリに週3日ほど通っていたところ,この日もリハビリの日であったため,取調べが一旦中断され,原告X3は,リハビリのため,警察車両で肝付町の春陽会中央病院へ向かった。
同病院には午前9時04分頃到着し,同病院で1時間ほどリハビリを行った後,午前9時56分頃,再び警察車両で志布志署に連行され,午前10時半頃から取調べが再開された。リハビリの際,捜査官ら(B15警部補及びB49巡査部長)は同病院の駐車場で待機していた。
再開後の取調べも,再開前の取調べと同様,「お金をもらっただろう。」「会合があっただろう。」の繰り返しで,原告X3はこれを明確に否認していた。しかし,取調官のB15警部補が退室した際,原告X3は,補助官のB49巡査部長から,A4の紙に丸を幾つか書いて見せられ,そのうちの一つの丸を示され,「逮捕された人たちは否認を続けていたから逮捕されたんだよ。」と言われ,次いで,他方の丸を示され,「もう一方の人たちは否認せずにちゃんと調書を取られているから逮捕されていないんだよ。」「お前の様子を見ていると逮捕,逮捕の方へずうっと進んでいる。逮捕されないように進むには,ちゃんと話をした方がいいんじゃないか。」と,“逮捕”をちらつかせて自白を強要されるという違法な取調べを受けた。
原告X3は,B49巡査部長のこの話を聞いて,このまま否認を続けていると自分も逮捕されるのではないかとの怖れが募り,午後6時頃,全身痙攣を引き起こし,取調官,補助官の話や問い掛けも全く聞こえない状態になり,その後,複数回にわたって嘔吐し,救急車を呼ぶかどうかという事態にまで至った。その後もB15警部補が,「両手で頭を抱えて体を震わせるような感じで,体が震えると申し出をされました。」と証言するとおりの状態の中,取調べが行われていたのである。原告X3は,それまでの人生で痙攣を起こしたことは一度もなかった。
原告X3の嘔吐後も,取調べは午後8時12分頃まで続行され,原告X3が警察車両に乗せられて帰宅した時刻は,午後8時57分頃であった。帰宅後,原告X3は,我慢できない程の頭痛と痙攣に襲われ,救急車で肝付町の春陽会中央病院に運ばれた。同病院で血圧等の検査が行われた結果,血圧が150を超えており,高血圧性脳症の疑いで入院する事態に陥った。
この日の取調べで,B15警部補は原告X3に対し,「言いたくないことは言わなくてもいいよ。逮捕して取調べをするから。」などと,黙秘権の告知どころか,黙秘権を侵害する著しく違法な発言をした上で取調べを行ったのである。
平成15年5月17日,捜査官らは,原告X3が痙攣や嘔吐を繰り返す程の過酷な取調べを行ったものであるが,同日までの間に,買収会合事実を自白した者の調書において「X3」の名を挙げた者は,A6以外にはいなかった。そのA6供述も,“母親のA6が,同居している息子X3を呼んで,自宅に来ている自己(母A6)の勤務先の社長に挨拶をさせた”,“母親のA6が,同居している当時無職の息子X3にお金をやった”という内容にすぎなかったのであり,原告X3に犯罪の嫌疑があったなどとは,到底言えない状況であった。
さらには,かかるA6の供述は著しい変遷を遂げており,かつ,捜査員を総動員してオードブル捜査を行っても,オードブルを購入した客観的証拠は全く出ず,また,買収金の原資や使途についての客観的証拠も出ないなど,A6の自白内容は客観的事実と矛盾するものであった。
共犯者供述に引っ張り込みや押しつけの危険があることは,八海事件最判(昭和43年10月25日)や山中事件最判(平成元年6月22日)が示すとおりであり,その信用性判断は,客観的事実との符合状況などを吟味し,慎重に行わなければならないものである。
上記のとおり,同日までの間に唯一「X3」の名を挙げたA6であったが,このA6供述の内容からは,原告X3に嫌疑があったなどとは到底言えない状況であったのみならず,B15警部補は,同日に原告X3を取調べるにあたって,A6供述が変遷していた事実すら把握しておらず,捜査本部もA6供述の変遷についてB15警部補に何ら教示していなかったのであり,被告は,そもそもA6供述の信用性について吟味する姿勢すら持っていなかったのである。
このように,原告X3について嫌疑があるとは到底言えない中で,同日,捜査官が,同人を被疑者として取調べる目的で,早朝から同人を警察署に連行して取調べを行うことは,それ自体が任意捜査として許容される限度を明らかに超えた違法捜査である。
c 平成15年5月18日
B15警部補及びB49巡査部長は,同月18日午前11時11分頃,原告X3の入院先である春陽会中央病院を訪れ,原告X3に任意同行を持ちかけ,原告X3を警察車両に乗せ,志布志署に連行し,同署の空調室で午前11時45分頃,黙秘権の告知もせず,取調べを開始した。この日は,原告X3が前日の取調べ中に全身痙攣を起こし,複数回嘔吐し,帰宅後,救急車で春陽会中央病院に運ばれ,同病院に入院したという経過を辿った翌日であるにもかかわらず,被告は,原告X3を入院先の病院から警察署まで連行し,取調室に嘔吐用のバケツを設置してまで取調べを敢行した。取調べ中の原告X3の状態は,約15分という短時間のうちに立て続けに3回もトイレに駆け込むという異常な状態であったにもかかわらず,取調べは,午後8時頃までの約8時間にもわたって敢行されたのである。このような,被疑者の体調を顧みず,被疑者から療養の機会すら奪う捜査が,任意捜査の限界を超えた違法捜査であることは明らかである。
取調べの内容は,前日と同じく,自白を強要するものであった。それと同時にB15警部補は,「入院は逮捕逃れだろう。県警本部長や志布志署長がそう言っている。」などと発言し,さらには,入院後の最初の取調べであるこの日,いきなり“退院”を促す発言をし,さらには,父親が逮捕された事実をも告げるなどして,自白を迫った。
原告X3は,前日のB49巡査部長の話や同日のB15警部補の話から,自分も逮捕されるのではないかとの怖れが募り,否認を続けることができなくなり,「もう,捜査官が言うがままにしていこうという気持ち」にさせられた。
同日の取調べは,病院の夕食時間(午後5時~6時頃)を遙かに超えて午後8時頃まで行われ,原告X3が警察車両にて春陽会中央病院に到着したのが午後8時34分頃であり,原告X3は,入院患者でありながら,病院での夕食(入院食)すら取れなかった。原告X3は,病院到着後,「4回程嘔吐」を繰り返した。
以上のとおり,同月17日及び同月18日の,“逮捕”をちらつかせての黙秘権を侵害する違法な取調べ,痙攣や嘔吐を催す程の過酷な取調べの結果,原告X3は入院する事態にまで陥り,さらには入院後も病院から連れ出され,取調室に嘔吐用のバケツを設置してまで取調べが行われ,さらに「退院」までをも促されるという異常な状況に置かれ,心身共に限界に達した原告X3は,真実を貫く意思を奪い取られ,以後は,原告X3が「もう,捜査官が言うがままにしていこうという気持ちになりました。」,「ほとんどヒントをもらいながらの状況でした。」と証言するとおり,捜査官の誘導に合わせる形で虚偽自白調書が作成されていった。
d 平成15年5月19日
同月19日は,午前9時頃,県警の警察官2名(B15警部補,B49巡査部長)が,原告X3の入院先である春陽会中央病院を訪れ,同人に任意同行を持ちかけたが,同人の頭部CT検査が行われたため,その間,捜査官らはCT検査が終了するまで病室で待機しており,CT検査終了後の午後12時21分頃,同人を警察車両に乗せ,志布志署に連行し,同署において午前12時55分頃,黙秘権の告知もせず,取調べを開始した。取調べでは,B15警部補が原告X3に対し,「退院しろ。」と命令口調で言った。原告X3が返事をせずにいたところ,B15警部補は「退院したくなけりゃ,しなくてもいいよ。逮捕して取調べをするから。」と発言した。原告X3は,連日にわたる「逮捕」への恐怖から,退院することに渋々承諾し,取調室から,携帯電話で病院へ電話を架け,担当の看護師に対し「退院手続を執りたいんですけど。」と伝えた。すると,その看護師は「警察の方にお代わり下さい。」と言ったため,原告X3がB15警部補及びB49巡査部長に携帯電話を渡そうとしたところ,両刑事ともこれを拒否した。B15警部補が前日に引き続きこの日も“退院”を促す発言をしたことは,被疑者の体調を顧みず,被疑者から療養の機会すら奪う捜査方針に他ならず,到底許されることではない。なお,B15警部補は,陳述書において,原告X3が自発的に病院へ架電して退院の意思を告げた旨述べるが,連日長時間にわたる取調べを受け,全身痙攣と嘔吐を催し,入院する事態に陥るほど精神的に疲弊していたところに,さらに病院から連れ出されて取調べを受けさせられている原告X3が,まさにその取調べ中の取調室において,何ら捜査官から促されることなく自発的に携帯電話を取り出して病院へ架電し,退院の意思を告げるなど,客観的状況としてあり得ないことである。原告X3は,捜査官(B15警部補)から「退院」を迫られて病院へ架電し,退院の意思を告げたとしか考えようがない。
上記の退院のやりとり後の取調べは,金銭の授受や会合のことについて,B15警部補がヒントを与え,原告X3がそれに答える形で行われた。この日の取調べは,午後7時57分まで行われ,原告X3が警察車両で病院に到着したのは午後8時31分頃であった。
e 平成15年5月20日
原告X3は,捜査官から言われたとおり,同月20日午前8時半頃,退院手続を執り,午前8時53分頃,迎えに来ていた捜査官(B15警部補及びB50巡査部長)の警察車両に乗せられ,志布志署に連行され,同署の小会議室において午前9時27分頃,取調べが開始され,黙秘権の告知もないまま,午後8時50分頃まで取調べが行われ,警察車両でA7宅に到着したのは午後9時35分頃であった。
f 平成15年5月21日
同月21日午前7時03分頃,県警の警察官2名(B15警部補,B50巡査部長)が,A7宅を訪れ,原告X3に任意同行を持ちかけ,原告X3を警察車両に乗せて志布志署に連行し,同署において午前7時48分頃,取調べを開始し,黙秘権の告知もせず,午後8時15分頃まで取調べを行い,原告X3が警察車両でA7宅に到着したのは午後9時頃であった。
g 平成15年5月22日
同月22日午前7時23分頃,県警の警察官2名(B15警部補,B50巡査部長)が,A7宅を訪れ,原告X3に任意同行を持ちかけ,原告X3を警察車両に乗せて志布志署に連行し,同署において午前8時8分頃,取調べを開始し,黙秘権の告知もせず,午後7時25分頃まで取調べを行い,原告X3が警察車両でA7宅に到着したのは午後8時10分頃であった。
この日は,警察官による取調べの後,C7副検事による取調べも行われたが,同検事による取調べは,それまでの警察官調書をなぞるようにして検察官調書が作成されるというものであった。
h 平成15年5月23日
同月23日午前7時10分頃,県警の警察官2名(B15警部補,B50巡査部長)が,A7宅を訪れ,原告X3に任意同行を持ちかけ,原告X3を警察車両に乗せて志布志署に連行し,同署において午前7時55分頃,取調べを開始し,黙秘権の告知もせず,午後7時50分頃まで取調べを行い,原告X3が警察車両でA7宅に到着したのは午後8時35分頃であった。
i 平成15年5月28日
同月28日午前6時55分頃,県警の警察官2名(B15警部補外1名)が,A7宅を訪れ,原告X3に任意同行を持ちかけ,原告X3を警察車両に乗せて志布志署に連行し,同署において午前7時40分頃,取調べを開始し,黙秘権の告知もせず,午前9時30分頃まで取調べを行い,原告X3を警察車両でA7宅に届けたのは午前10時15分頃であったが,その後,A7宅において,鑑識による指紋採取等に立ち会わされた。
j 平成15年6月4日若しくは同月9日
同年6月4日若しくは同月9日,B15警部補が原告X3の携帯電話に電話を架け,同人に対し,森山駐在所に来るよう申し向け,同人はこれを受け,仕事を早退して同駐在所へ赴き,同日午後3時30分頃,取調べが開始され,黙秘権の告知もないまま,午後8時05分頃まで取調べが行われた。
この時の取調べで,B15警部補は原告X3に対し,「オードブルがなかったか。」「コップ,茶わん,皿が普通より多くなかったか。」「オードブルじゃなくても,乾き物でも良い。」「ピーナツ,小魚,チーズ等の乾き物はなかったか。」などと誘導に基づく取調べを行った。
k 平成15年7月7日
同年7月7日午後6時30分頃から午後7時55分頃まで,志布志署において,C3検事による原告X3の取調べが行われたが,同取調べが終わって自宅へ戻る途中に原告X3の携帯電話に電話があり,志布志署に戻るよう言われた。志布志署に戻った原告X3は,同刑事から「本当に会合があったんだったら,もう1回話してほしい。なかったんだったらなかったと言ってほしい。」と言われ,「なかった。」と明確に答えた。すると,同刑事から「じゃあ,なんであったような話をしたのよ。」と問われ,同年5月17日のB49巡査部長とのやりとり,すなわち,B49巡査部長から,A4の紙に丸を幾つか書いて見せられ,そのうちの一つの丸を示され,「逮捕された人たちは否認を続けていたから逮捕されたんだよ。」と言われ,次いで,他方の丸を示され,「もう一方の人たちは否認せずにちゃんと調書を取られているから逮捕されていないんだよ。」「お前の様子を見ていると逮捕,逮捕の方へずうっと進んでいる。逮捕されないように進むには,ちゃんと話をした方がいいんじゃないか。」と,“逮捕”をちらつかせる取調べを受け,怖くなって虚偽自白をした旨告げた。これに対し,捜査官は「わかった。」と答えた。
(ウ) 黙秘権の不告知等
B12警部補は,平成15年5月11日の取調べにおいて,原告X3に対し,黙秘権を告知しなかった。
B15警部補は,同月17日の取調べにおいて,原告X3に対し,「言いたくないことは言わなくても良いよ。逮捕するから。」と黙秘権の告知の機会に逮捕をちらつかせて自白を迫ったことは前述のとおりである。
(エ) 体調に配慮しない取調べの継続
原告X3は,平成15年5月17日の取調べ中の午後6時頃,痙攣を起こし,2,3回嘔吐したが,B15警部補とB49巡査部長は,原告X3が全身痙攣を起こし,2,3回嘔吐したことを目の当たりにしながら,原告X3が嘔吐しながらでも取調べを行えるよう,取調室にバケツを置いた上で,午後7時半頃まで取調べを継続した。
原告X3は,同日の取調べを終了して帰宅した後,再び痙攣を起こし,病院に救急搬送されて入院した。原告X3は,同病院において,収縮期血圧が150を超え,「高血圧性脳症状」と診断された。
原告X3は,同月18日も取調室にバケツを置いた上で取調べを継続され,B15警部補及びB49巡査部長から,「県警本部長やB5署長が『入院は逮捕逃れだ。』と言っている」などと告げられた。同日の取調べは,病院の夕食時間を大幅に超えて午後8時頃まで行われ,原告X3が警察車両で春陽会中央病院に到着したのが午後8時34分頃であり,原告X3は,入院患者でありながら,病院での夕食(入院食)すら取れなかった。原告X3は,病院到着後。4回程,嘔吐を繰り返し,このことは,病院の看護記録にも記載されている。
原告X3は,同月19日の取調べでは,B15警部補から,命令口調で「退院しろ。退院しないなら逮捕するから。」と言われ,やむなく病院に架電して退院の申出をしたことは前述のとおりである。
(オ) 威迫による取調べ
原告X3は,平成15年5月17日のB15警部補及びB49巡査部長の取調べにおいて,B15警部補が部屋を出た際に,補助官であったB49巡査部長が原告X3に対し,図を書いた紙を示して,「お前には2つ道がある。否認して逮捕されるか,認めて調書作成に協力するかだ。認めれば逮捕されない。」と告げて,逮捕をちらつかせて自白を迫った。
原告X3は,同月18日,取調べ期間中に母の再逮捕と父の逮捕を目にした上,その前日に捜査官が逮捕を匂わせる発言をしたことに屈して,会合の存在及び会合への出席の事実を認めることを余儀なくされたことは前述のとおりである。
(カ) 偽計による取調べ
原告X3は,平成15年5月21日の取調べにおいて,B15警部補から,会合出席者の名前を挙げるよう言われて,新聞に載っていた逮捕者の名前を挙げたところ,B15警部補から「集落の人でまだほかに名前が挙がっていない人もいるんじゃないか。」と言われたため,集落のA34氏の名前も挙げた。
この取調べが終わった後,原告X3がB15警部補に対し,「私の逮捕はあるんですか。」と質問したところ,B15警部補は,「100%とは言えないけど,99%逮捕はない。おれを信じろ。もしお前が逮捕されたら俺は県警本部を辞める。」と告げて,不当な利益誘導をした。
(キ) 知的障害を利用した取調べ
原告X3には,知的障害があったが,県警の捜査官は,原告X3の知的能力を考慮せず,取調べにおいては,会合の状況や金額について捜査官が「トイレに行って,お前はお母さんがお金をもらっているところは見なかったか・・・・普通,お客さんが来たら挨拶をしないか」などのヒントを与え,原告X3がそのヒントに答える形で供述内容を不正に誘導ないし強制した供述調書を作成した。
(ク) 弁護人選任権及び秘密交通権の侵害
B27警部補は,平成15年8月9日,原告X3を取り調べ,原告X3が同年7月16日にした弁護士との相談内容について事情聴取してこれを調書化した。このことは,原告X3の弁護人選任権及び秘密交通権の侵害に当たる違法な取調べである。
(ケ) 誘導に基づいて作成された虚偽自白調書
以上の連日にわたる長期間・長時間の取調べによって作成された虚偽供述調書は,10通以上にのぼる。これらの虚偽自白調書は,前に述べた平成15年5月17日,同月18日の,“逮捕”をちらつかせての黙秘権を侵害する違法な取調べ,痙攣や嘔吐を催す程の過酷な取調べの結果,原告X3は入院する事態にまで陥り,さらには入院後も病院から連れ出され,取調室に嘔吐用のバケツを設置してまで取調べが行われ,さらに「退院」までをも促されるという異常な状況に置かれ,心身共に限界に達した原告X3は,真実を貫く意思を奪い取られ,以後は,原告X3が「もう,捜査官が言うがままにしていこうという気持ちになりました。」,「ほとんどヒントをもらいながらの状況でした。」と証言するとおり,捜査官の誘導に合わせる形で作成されていったのである。
上記の虚偽自白調書が捜査官の誘導に基づいて作成されたものであることは,「X3氏の心理学的能力に対する鑑定」が,その結論において,「X3は,知能検査の結果からは軽度の知的障害の水準にあることが認められた。言語面に比して知覚統合の面が弱く,関係をとらえたり,断片を1つにまとめたりする力,全体の情報をもとに推理,処理する能力に弱さがあることがうかがえた。また,迎合性は平均的な範囲であったが,誤導の形や圧力によっては比較的容易に相手の意図に合わせてしまうところも認められた。公判調書及び口頭弁論調書の分析からは,X3と尋問者の間に,しばしばディスコミュニケーションが起こっていることが認められた。X3には,そのときの心情やそのときの理解を自発的に説明することが極めて難しく理詰めの追及にはほとんど答えられず,メタ認知において弱さがあって虚構の立場での一貫性ということが難しい。ただし,こうしたことについては,X3の証言がいい加減だとかいうことではなく,X3としては自分の体験的事実を語ろうとしながらも,尋問者の質問の趣旨を理解して,それに応えるだけの説明を構成し得ないゆえであることが大きいことには留意すべきである。X3の取調べにおけるコミュニケーションでも,かなりのちぐはぐさが生じていたのではないかと推測され,そうしたX3の困難さには捜査官も十分に気付き得たのではないかと考えられる。供述調書の成立に関しては,供述調書にX3には理解できない言葉が用いられていたこと,X3に認められる心理学的特徴とは相容れない,心情が非常に細かく語られているところがあること,X3の能力からは極めて考えにくい,仮定の積み重ねの上に,理屈によって成り立つような構成の供述内容になっているところがあることなどから,その内容はX3の語ったところに基づくのではなく,捜査官主導で生み出されていったものであることが強く推測された。」と分析していることから,明らかである。
さらに,上記鑑定が「X3の取調べにおけるコミュニケーションでも,かなりのちぐはぐさが生じていたのではないかと推測され,そうしたX3の困難さには捜査官も十分に気付き得たのではないかと考えられる。」と分析しているとおり,捜査官らは,自身の誘導の下に原告X3の自白供述がなされていることを認識していたことが強く推測されるのである。
このことは,同鑑定において「特に刑事公判の分析結果で示されているようなX3に対するコミュニケーション上の問題は,取調べ段階において既に高い頻度で起きていたと考えるのが自然であろう。そして捜査官が,長時間の取調べの過程でこのような問題や困難さを認識できなかったということはおおよそ考えられない。さらに,供述調書は,語句理解問題などを抱えた状態の人間が自ら語ったとは思えないスムーズな文章で記述されている。また,たとえ読み聞かせをしたとしても,X3本人が,供述調書で述べられている複雑な因果関係や論理性を十分に理解したとは到底考えられない。」,「供述調書に関しては,用語テストにおいて,この調書から抜き出された9つの用語のうち,「腰を浮かせる」「曽於郡区」「時間を割く」「任意」の4つについてその意味が分からないということであった。ということは,調書で用いられていたこれらの言葉は,X3ではなく捜査官に由来すると強く考えられるものであり,このことだけからでも,この供述調書がX3の語りの記録というよりも,捜査官主導で作成されていたことがうかがえる。」,「ここ(注:5月21日員面の内容)には,母親が茶封筒を渡すのを見たときならびにその後の心情が非常に細かく語られている。もちろん,実際にそのようなことはなかったのであるから,もしこれらの事柄をX3が供述したとすればそれは想像で語ったことになる。しかし,先に検討してきたように,公判証言においてX3はそのときの心情等をほとんど語れていなかった。心情について聞かれても,それには答えられずにそのときにどういうやりとりがあったかを話したりしているのである。そのようなX3の心理学的に認められる特徴と,上に引用した部分に認められる語りの特徴は明らかに異質である。このこともまた,供述調書の内容がX3の想像ではなく,むしろ聴取者の想像をもとに構成されていることを強く推測させるものである。次に上に引用した部分で『怖くなった』という点について検討してみたい。これはX3が逮捕されるのが怖かったというのとは異なり,幾つもの仮定の上に成り立っているものである。①まず,A1社長が来た会合があり,その会合において母親が茶封筒を渡すところを見たとすると……仮定がある。②さらに,そのときに茶封筒の中に何が入っていたかは見えないが,仮定された状況からするとそれは現金であると推測されるはずである……という仮定がある。③そのうえで,現金であるとすればそれは選挙違反になり,それが見つかれば逮捕されたりすることになる。そうだとすると……という仮定がある。④その上で始めて,そうであるとすれば,封筒を渡す場面を見たときに,怖くなるはずであるということになるのである。それまでに似た状況を実際に体験したことがあるのであれば,その体験をもとに想像をすることもできるだろうが,そのような体験が全くない場合は,上のような仮定を想像によって積み重ねなければならないことになる。特に上記②などはかなり細かな状況の想定ができていてはじめて考え得る事柄である。かなり緻密な論理的な構成能力が必要であると言えよう。引用した後半の部分でも,上記①~④のうえに,⑤そのようにして怖くなったという立場に置かれているという仮定があって,その後どのような心情になり得るかを話していることになる。しかし,X3にはメタ認知の能力,あるいは理屈に基づく質問に答えられないという特徴が認められた。特に上の供述では,最初に怖くなった,見なければよかったということを述べて,その後にその理由を順序立てて説明するという構成になっている。X3には,そうした理屈による構成能力に弱さがあると考えられるのであり,そのX3が自発的に供述をなしえたということは極めて考えにくいと言える。」,「上(注:5月23日員面の内容)に引用した最初の部分で語られている心情は,先に述べた5月21日の供述調書の供述が生まれてきたのと同じ仮定の積み重ねの上にはじめて成り立つものである。その上にさらに父親の証拠があがっているという話を想像で重ねたところに,自分も呼び出されるのではないかという不安が出てくることになる。『7.私は,父からA1社長が弁護士を頼んだという話を聞いて……』以降の部分は,『A1社長は裏工作をするつもりだろうかと思いました』ということを先に述べて,その後にその理由を説明している。しかも,その説明が『母が茶封筒のような物を渡すところを見たこと』と『母にはD1弁護士がいるのに,A1社長が別に弁護士を頼んだこと』という2つの理由をまず挙げた上で,さらにそれぞれの理由が裏工作に関係してくる理由を説明するという2段構えの構造になっている。また,そのうちの説明の1つは,『A1社長が関係ないとすれば,母には弁護士がいるのに,高いお金を出して,別の弁護士を頼む必要はない』,しかしA1社長は弁護士を頼んでいる,とすれば,A1社長が関係ないという仮定が間違っているという形の背理法の形での説明をしている。この調書に認められるこうした構成も,X3によってそれが自発的に語られたとは考えにくいものであり,捜査官主導によって調書内容が作られていったことを改めて強く推測させるものである。」等と,精密な分析がなされていることからうかがわれる。
このように,被告の捜査官らは,原告X3の取調べにおいて,長期間・長時間にわたって原告X3と対面し,対話していたのであるから,捜査官らが,原告X3が,“誘導されやすい”という特性を持つ,いわゆる“供述弱者”であることを認識していなかったとは到底考えられない。そうであれば,捜査官らは,取調べにおいて,原告X3の“誘導されやすい特性”を考慮し,虚偽供述を排除するよう努めなければならない。それにもかかわらず,被告の捜査官は,取調べにおいて,あろうことか,原告X3の“誘導されやすい特性”をむしろ利用し,上記鑑定が指摘したとおりの,原告X3が自発的に供述したとは到底考えられないような複雑な論理構成を用いた詳細な虚偽供述調書を作成したのである。このような取調べが任意捜査として許容される限度を超えた違法捜査であることは,もはや明らかである。
さらにいえば,B15警部補は,原告X3の取調べにおいて,黙秘権の告知を行ったか否かについて,「当時,今回の選挙の容疑者ということで調べますよということと,あなたはには言いたくないことは言わなくてもいいという権利があるんだということ,それとだからといってうそを言ってもいいということじゃないんですよというようなことを具体的に告げております。」などと証言しているが,そもそも,「今回の選挙の容疑者」といっても,原告X3が具体的にいかなる罪のいかなる事実の嫌疑で取調べられたのかが全く不明である。原告X3の十数通の調書にあるような,“自宅の選挙の会合で母が茶封筒を配っている場面を見た。”というのは,一体,何の犯罪のいかなる構成要件に該当する事実なのかが全く不明なのである。
結局のところ,被告は,原告X3を「会合の目撃者」に仕立て上げ,目撃者としての供述調書を作成するために,原告X3の“誘導されやすい特性”を利用し,あたかも原告X3が何らかの選挙違反を犯したものと思い込ませ,その結果,ありもしない目撃供述をさせたと考えざるを得ない。
イ 被告の主張
(ア) 原告X3の供述の信用性の低さ
原告X3は,本件刑事事件の公判期日における証人尋問において,実際には,原告X3は,平成15年5月17日の取調べにおいて,自宅で行われた会合に出席したことを認める旨が録取された同日付けの原告X3の供述調書に署名・押印しているにもかかわらず,同日の取調べでは否認を通し,調書を取られていないが,同月18日に原告X3の父であるA7が逮捕され,同日の取調べにおいて,捜査官から父が逮捕されたことを聞き,自白したなどと一旦証言し,後にこれを訂正し,本件訴訟の陳述書においても,再び,会合出席の事実を認めたのは同日であると陳述し,原告本人訴訟においてこれを訂正するなどしているほか,原告X3は,同日の取調べの際に警察官から示されたという図に関して,本件刑事事件の公判期日では,「紙に丸を4つか5つか書きまして」などと説明し,丸の意味については分からない旨証言していたもの,本件訴訟の陳述書では,「丸を二つ書いて一方は否認して逮捕された人,一方は認めて逮捕されない人,あなたは否認しているからこっちに近づいていると,認めることを強要しました。」と丸の数を2つと断定し,丸の意味についても逮捕された人,逮捕されない人などと異なる供述をし,原告本人尋問においては,本件不起訴等原告ら代理人から,図面の丸について質問されると,「マルを2つか4つか忘れたんですけれども」などと曖昧に供述するなど,原告X3の供述は一貫性がなく場当たり的であって信用することができない。
(イ) 長時間の取調べの不存在
原告X3に対する取調べの期間及び時間は,前記第2・2(9)ア(ウ)のとおりである。本件不起訴等原告らは,平成15年7月7日の取調べを主張するが,県警が同日に原告X3を取り調べた事実はない。
長期間,長時間の取調べの違法性の有無の判断基準については,事案の性質,被疑者に対する容疑の程度,被疑者の態度,取調べ状況等,諸般の事情を勘案して判断すべきものである。この点について,原告X3については,A14及びA6が原告X3への1回目会合への関与を認める供述をしたこと,原告X3も,会合出席の事実を自供したなどの状況下において,原告X3の年齢・体調・都合など諸般の事情を考慮した上で,実施されている。
また,原告X3の取調べ時間については,午前から午後にわたって取調べがあるときには,昼食時間帯に1時間程度休憩して食事をとれるように配慮するなど,適宜休憩を設けながら行われており,原告X3を休憩もなしに連続して長時間取り調べた事実はない。
したがって,原告X3に対する取調べは,事案解明のために必要かつ相当な範囲で実施されているのであり,国家賠償法上違法と評価されるものではない。
(ウ) 任意同行の適法法
本件不起訴等原告らの主張をいずれも否認する。原告X3に対する任意同行については,原告X3の承諾を得た上で,同人の都合に配慮しながら適正に行われていることから,国家賠償法上違法となるものではない。事実関係は以下のとおりである。
原告X3の任意同行については,平成15年5月11日は,B12警部補が自宅にいた原告X3に対して,自己紹介をした後,「県議会選挙のことで話を聞きたいので,志布志警察署までお願いできますか。」と声掛けをし,原告X3から承諾を得て,捜査車両で同行した。
B15警部補は,同月17日は,自宅にいた原告X3に自己紹介した後,「今回の選挙のことでちょっと聞きたいことがあるので,志布志署まで一緒に行っていただきたい。」と同行を求めたところ,原告X3から,「はい,行きますけど,今日はリハビリの関係で病院に行く予定にしてる。」旨の申出を受けたため,原告X3から病院への送迎を含めた任意同行の承諾を得た上で,同人が自ら捜査車両に乗り込んだ後,志布志署へ同行したものである。
B15警部補は,同月18日,原告X3に同行を求めるために自宅を訪ねたところ,原告X3は不在であり,応対に出たA7から,「X3はいない。入院しているのではないか。昨夜,救急車で運ばれた。」などと他人事のような説明を受け,B15警部補らは,救急隊に確認したところ,「昨夜9時頃,X3さんから,後頭部の痛み,吐き気があるということで通報を受けた。搬送時は意識鮮明,自立歩行可能,若干血圧が高い程度で,本人の希望により高山町の春陽会中央病院へ搬送した。」旨の説明を受けて搬送先の病院へ赴き,同病院において,担当医師にその症状等を確認するとともに,原告X3の取調べの可否について,医師や担当看護師から聴取したところ,「血圧も平常値で,入院の必要もないくらいである。取調べについては,意識清明で全く問題ないが,本人の意思を確認してください。」との説明を受けたことから,原告X3に対して,取調べに応じられるか確認し,同人の承諾を得た上,同人の治療が終わってから任意同行した。
なお,病院の外出許可については,原告X3本人が病院に申請し,担当医師の許可を得た。
B15警部補は,同月19日,原告X3に任意同行を求めたところ,原告X3が「後頭部の検査を受けてから出頭したい。やけどと首の湿疹の検査も受けたい。昼食後に出頭したい。」などと申し出たことから,同人の要望を優先させ,治療や昼食が済むのを待って,医師や看護師から検査結果に特に問題がなかったことを確認した後,再度,原告X3に同行を求め,同人の承諾を得た上で,捜査車両で任意同行した。なお,病院の外出許可については,前日同様,原告X3本人が病院に申請し,担当医師の許可を得た。
B15警部補は,同月27日,原告X3と翌日の取調べの予定について合意し,同月28日の朝,A7宅に赴いたが,原告X3は,既に仕事に出かけており,B15警部補が原告X3の弟と話をしていたところに,原告X3が「忘れていました。」と言って帰ってきたものであり,原告X3を無理やり同行した事実はない。
(エ) 黙秘権の告知等の実施
本件不起訴等原告らは,取調べは被疑者としてのものと告げられていたが,黙秘権の告知はなく,却って,嘘を言うなと言われた,B15警部補から平成15年5月17日,言いたくないことは言わなくていいよ。逮捕するから。」と言われたなどと主張するが,そのような事実はなく,黙秘権については告知をしていた。
(オ) 体調に配慮した取調べ
a 平成15年5月17日の取調べ
本件不起訴等原告らは,原告X3が全身痙攣を起こし,2,3回嘔吐し,B15警部補及びB49巡査部長がこれを目の当たりにしながら,午後7時半頃まで取調べを継続したと主張するが,事実は異なる。平成15年5月17日の取調べについて,原告X3は,夕方になって,「胸がむかつく,頭が痛い。」と申し出たため,B15警部補が救急車を呼ぼうかと提案したが,原告X3は断ったため,B15警部補が,原告X3に取調べを継続して大丈夫かを確認し,顔色なども観察した上,また具合が悪くなったらすぐ申し出るよう告げて取調べを継続した。原告X3は,その後,1回,胸がむかつくのでトイレに行きたいとの申出があり,トイレに行かせたが,その時,発汗,顔面蒼白等の状況は見受けられなかった。その後,原告X3から体の震えがある旨の申出があり,B15警部補が原告X3に深呼吸をさせたところ,原告X3は,落ち着いたもの,取調べ予定の終了間際だったため,そのまま取調べを終了し,自宅まで送り届けた。その際の原告X3の様子は,体調不良を訴えることなく雑談をしていた。
したがって,B15警部補及びB49巡査部長は,原告X3が嘔吐する場面を見ておらず,その後に取調べを継続した事実もない。同日の取調べの際,取調室にバケツを置いた事実もない。
b 平成15年5月18日の取調べ
本件不起訴等原告らは,原告X3の同月18日の取調べにおいても取調室にバケツを置いて取調べを継続したなどと主張する。原告X3は,同日の取調べにおいて,夕方から,お尻を押さえたような格好をして3回位トイレへ行き,嘔吐した旨申し立てたもの,その後,捜査官が体調を確認しても取調べを続けられないと申し立てることはなく,そればかりか,選挙の話題から世間話に話題を変えると急に饒舌になり,タバコを2,3本続けざまに吸うなどの状況が認められたことなどから,取調べは可能と判断して,取調べを継続した。
その際,それまで原告X3が,数回嘔吐をもよおしたと述べていたことから,急に嘔吐をもよおした場合に供えるため,取調室にバケツを用意し,体調不良があればいつでも中断を申し出るよう教示したが,原告X3から中断の申出はなく,そればかりか,原告X3は,バケツを置く前までは短時間の内に3回ぐらいトイレへ行っていたにもかかわらず,バケツを置いて以降,これを使った事実はなく,トイレの申出もなくなったのであり,これらのことからすると,嘔気を催したという訴え自体が不自然なことであったというべきである。
B15警部補及びB49巡査部長が,同日の取調べにおいて,原告X3に対し,「入院は逮捕逃れだ。」などと述べた事実はない。
c 平成15年5月19日の取調べ
本件不起訴等原告らは,同月19日の取調べにおいて,B15警部補から命令口調で「退院しろ。退院しないなら逮捕するから。」と言われたため,原告X3はやむなく病院へ電話を架け,退院の申出をしたなどと主張するが,そのような事実はない。
以上のとおり,B15警部補による原告X3に対する取調べは,体調に十分配慮しながら行われており,国家賠償法上違法となるものではない。
(カ) 威迫による取調べの不存在
a 平成15年5月17日の取調べ
本件不起訴等原告らは,平成15年5月17日の取調べについて,B49巡査部長が紙に図を書き,「お前には2つの道がある。否認して逮捕されるか,認めて調書作成に協力するかだ。認めれば逮捕されない。」と逮捕をちらつかせて自白を迫った。」などと主張するが,B49巡査部長は,証人尋問において,「捜査官を差し置いて調べをすることはない。」,「「認めれば逮捕されない。」というようなことを言ったことはない。」,「図を書いて自白を迫ったことはない。」などと明確に否定し,本件不起訴等原告らが主張するような事実はなかったことを証言している。
b 平成15年5月18日の取調べ
本件不起訴等原告らは,平成15年5月18日の取調べについて,取調べ期間中に母の再逮捕と父の逮捕を目にしていた原告X3は,逮捕を匂わせる捜査官に屈して,会合があったこと,それへの出席を認めることを余儀なくされた旨を主張するが,原告X3は,父親が逮捕される前日の5月17日には,会合があったこと,それへの出席に加え,母A6から2万円をもらったことなどを認めており,その旨録取された同日付けの供述調書も存在しており,本件不起訴等原告らの主張は客観的事実と矛盾している。
(キ) 偽計による取調べの不存在
本件不起訴等原告らは,平成15年5月21日の取調べについて,原告X3が捜査官に対し「私の逮捕はあるんですか。」と質問したところ,捜査官は「100%とは言えないけど,99%逮捕はない。おれを信じろ。もしお前が逮捕されたら俺は県警本部を辞める。」と言ったなどと主張するが,そのような事実はない。
(ク) 知的障害を利用した取調べの不存在
本件不起訴等原告らは,原告X3の知的能力に問題があるかのように主張するが,取調べ当時,原告X3の知的能力に問題があるとの公的な認定等はなく,また,同人は,平成15年7月7日の検事調べに自分の車で行ったと供述していることからも分かるとおり,自動車運転免許を取得しており,その他,会社員として稼働し,一般的な日常生活を送っていた者である。
本件不起訴等原告らは,原告X3は,少し難しい質問になると答えられない者であるところ,捜査官は,そのことが容易に分かり得たのに,これに配慮せずに取調べを行ったなどと主張するが,本件不起訴等原告らが主張する「少し難しい質問」とはいかなる質問であるのか,また,「そのことが容易にわかり得た」というのは,いつどの段階における取調べのことなのかを具体的に明らかにしておらず,同主張は前提を欠き,失当である。
(ケ) 秘密交通権の侵害の不存在
本件不起訴等原告らは,B27警部補が,平成15年8月9日,原告X3と弁護士との同年7月16日の相談内容について,原告X3を取り調べ,弁護士との相談内容を調書化したことは,秘密交通権の侵害であるなどと主張するが,B27警部補が作成した同年8月9日付けの供述調書には,原告X3が7月26日に「自分が逮捕されるかどうか。」などと弁護士に相談した状況等について自ら供述した内容が録取されているもの,弁護人選任を妨害するような内容は一切録取されておらず,供述調書を作成したことによっても弁護人選任の妨害に当たるものではないし,弁護人との秘密交通権を侵害するものでもない。ちなみに,D19弁護士は,本件刑事事件における原告X3の弁護人ではない。
(8)  争点(2)エ(原告X4に対する捜査の態様面における違法性の有無)
ア 本件不起訴等原告らの主張
(ア) 長時間の取調べ
原告X4が本件公職選挙法違反事件について取調べを受けた期間及び時間は,前記第2・2(9)ア(エ)の記載のとおりであるが,実際には,それよりも取調終了時間が遅い日がある。すなわち,平成15年6月5日の取調終了時間は,午後7時ではなく,午後7時30分であり,同月6日の取調終了時間は,午後7時45分ではなく,午後8時である。また,同月17日の午後2時から午後2時20分にも原告X4が入院していた藤元病院において取調べが行われたほか,同年7月3日にも検察官による取調べが行われた。その結果,14日間にわたり,延べ108時間32分にも及ぶ身体拘束を受けて取調べを受忍させられた。
(イ) 任意出頭時の違法
B28警部補は,平成15年6月5日,原告X4に任意同行を求めた際,志布志署の裏口のところで,原告X4に対して,「あなたの上司に今日休むからと電話していた」と嘘を言って,原告X4をして,無断欠勤とならないよう配慮したものと錯誤に陥れ,同行を拒めないようにして強制連行した。
本件現地本部は,原告X4に対し,被疑事実を告知しないまま,強制連行し,探索的・渉猟的取調べを行った。
(ウ) 取調室からの退出の妨害
B28警部補は,平成15年6月5日の取調べにおいて,原告X4に対し,「任意同行は断ってもいい,帰ってもいい。」と告げながら,「帰ってもいいけど,それは逃げることだ。」と申し向けて,取調室からの退出を妨げた。
B28警部補外の県警の捜査官は,同日から同月9日までの取調べ期間中,原告X4に対し,昼食時間や夕食時間において,取調室から出ることを妨げ,また,本来であれば,原告X4が,適宜,休憩を求めることができるはずであるのに,これを許さなかった。
原告X4が,同月8日の取調べにおいて,トイレに行くことを求めたとき,B28警部補は,「調書に署名をしてから」と言って,原告X4がトイレに行くことを拒んだ。
B28警部補は,同月5日から同月9日の取調べにおいて,原告X4に対し,トイレに行くように勧めなかったため,原告X4は,トイレに行く自由を侵害された。
B28警部補は,同月5日から同月9日の取調べにおいて,原告X4がトイレに行くのに男性補助官に同行させたため,原告X4は,トイレに行く自由を侵害された。
(エ) 黙秘権の行使の妨害
B28警部補は,原告X4に対し,平成15年6月5日の取調べの際に,黙秘権があることを告げながら,黙秘権を行使することは,「逃げることと同じだ」と言い,原告X4に説明義務があるかのように説明して,原告X4の黙秘権行使を妨害した。B28警部補は,その後の取調べにおいて,黙秘権について何らの告知もしなかった。黙秘権告知は,供述の任意性を担保するために重要であり,黙秘権が防御権の中核をなす被疑者の権利であるから,その権利告知は,防御権を実効あらしめるために不可欠なものである。しかるに,B28警部補は,「同行拒否」は「逃げること」と同一だと言い,「言わなくてもいいいけど」は「逃げること」と同一だというのであるから,原告X4が同行拒否及び黙秘権行使をする機会を心理的に奪うものであって,許されないものである。
(オ) 威迫による取調べ
B28警部補は,平成15年6月8日の取調べにおいて,補助官をはずして原告X4と2人きりになった際,体調が悪い原告X4に対し,「椅子を下げなさい」と言ったかと思うと,「このウソつき野郎」と大声で怒鳴りつけ,「被疑者だ」と怒鳴りつけ,「犯人よ」と言い切り,「なめんなよ」と脅し,「外道という字を知ってるか。外道という字はなぁ,外れた道って書くんだよ。」と外道呼ばわりし,机を何度も強くたたいたり,音をさせながら机を揺すったりして,原告X4を威嚇しながら,2時間程度にわたり,口汚く罵り続け,原告X4が,逮捕されるのではないかと不安になった原告X4に対し,怒鳴りながら,4回目会合に行ったことを認めるよう,虚偽の自白を迫った。
さらに,B28警部補は,同日の取調べにおいて,事実を否認する原告X4に対し,「子どもを引っ張る」,「結婚したばかりの娘が後ろ指指されることになるぞ」,「年老いたじいちゃん,ばあちゃんも引っ張るぞ」等と脅迫的な取調べを行った。
この点に関し,B28警部補は,同月7日の捜査会議で,A23の捜査官が,A23から本件買収会合で原告X4にあいさつをしたとしてその具体的な状況の供述があったと報告したことから,原告X4も4回目会合に来ているとの供述は信用できたという。しかし,B28警部補は,A23の供述がどのようにして得られたのか,それがどのように変遷したのかは,全く検討していなかったというのである。そして,B28警部補は,同年6月8日の取調べで,補助官を取調室の外に出して,このA23の供述を原告X4に直接あてたというのである。このような取調べも,共犯者供述の危険性を考慮すれば,大変危険なものである。原告X4は,頑強に否定した。この点について,B28警部補は,「同僚のした捜査のほうを当然信用しようと思った」などと,何の根拠もなく,同僚であるB31巡査部長の方を信用したというのである。しかも,B28警部補は,4回目会合事件の端緒が,A23が簡易ベッドに横になりながらの取調べで自白したことを全く知らなかったというのである。このような取調べで得られた共犯者自白に信用性・任意性がないことは明らかであろう。A23の同年5月7日の供述(これは伝聞供述にすぎない)を全面的に信用している点でも,大きな問題であるが,任意性を担保する補助官を取調室から出して,原告X4に自白(会合参加の事実を認め)させようとしたことは,まさにたたき割りの手法であり,許されないものというべきである。
かえって,B28警部補は,その前日の取調べにおいて,原告X4を無言で見つめ,「この人は何もしていないんじゃないかなあって自分の胸の中で思っている。」と告げており,B28警部補は,原告X4に嫌疑が存在しないことを認識していた。
原告X4は,同日の取調べの後,うつ病と診断されて入院を余儀なくされており,このことは,原告X4が脅迫的な取調べを受けたことの証左である。
なお,本件現地本部は,原告X4の同年3月下旬の動静を捜査した形跡はない。特に,同月24日は月曜日であり,しかも,当日は,激しい雨が降っており仕事を早く切り上げていたのであるから,その状況を詳細に調査しておく必要があったが,これを捜査したとする証拠は何ら提出されていなかったのである。当時,原告X4は,「月曜日から土曜日まではb社の仕事に行っていた。平成15年2月,3月のころは,年老いた私の両親を病院に連れて行ったり,二女の結婚式を控えていたため,その準備とか,二女の結婚相手の両親が私方に見えたりして,とても忙しく,b社の仕事も度々休んでいた。b社のタイムカードで証明できると思う。また,作業日報があるので,それでも証明できます。そのように刑事に説明しました」と陳述している。当然のことであるが,本件現地本部は,この供述の裏付け捜査を行ったはずである。このように,原告X4は,自己の動静を包み隠さずに述べていたのである。だから,B28警部補は,同年6月7日の取調べでは,原告X4の供述を信用したのである。しかるに,同日の捜査会議で,B31巡査部長が,A23が原告X4と挨拶したという話をしたことから,翌日,B28警部補は,B5署長から,たたき割りをさせられたとみるのが合理的で自然である。
(カ) 自白調書への署名・押印の強制
B28警部補は,平成15年6月8日の取調べにおいて,原告X4が会合への参加の事実を否認したことから,「お前には戸別訪問で行く」と告げて,原告X4が戸別訪問した事実を認める供述調書を作成して,原告X4に対し,同供述調書に署名押印するよう命令した。原告X4がこれを拒否し,うつむいて膝の上で両手をつないでいたところ,B28警部補は,突然,「調書に署名をしなさい」と言って,原告X4の右手首を引っ張って原告X4の拳を机の上に上げてボールペンを握らせようとした。原告X4が右手で拳を作ってボールペンを握らないようにしていると,B28警部補は,拳のなかにボールペンを執拗に押し込むなどして,同供述調書への署名を強要した。
(キ) 偽計による取調べ
B28警部補は,平成15年6月8日の取調べで,当時,A6が事実関係を否認していたのに,A6が自白していることを理由に原告X4に対して自白を迫った。これは,切り違い尋問に当たり,違法である。
(ク) 体調に配慮しない取調べ
B28警部補は,平成15年6月5日から同月9日までの取調べにおいて,原告X4が心身症及び五十肩であることを知りながら,原告X4に対し,「まっすぐ座れ,目を見ろ」と威圧的に命令して,原告X4をして,固いパイプ椅子に座ったままの状態で,立ち上がることもできず,同じ姿勢で取調べに応じるよう強要した。
原告X4は,同月8日,右腕が上がらないことから,朝,山口内科で診察を受け,右肩関節周囲炎,心身症と診断された。指先に力が入らず,しびれも出ていたのは,3日間,取調室において,長時間,同じ姿勢で固いパイプ椅子に座らされたことが原因であった。このような体調不良の原告X4に対し,B28警部補は,取調室において,補助官を外し,1人で取調べを行った。
同月10日に原告X4は,それまでの違法な取調べによる精神的ストレスや同じ姿勢を強要されたことから,右腕が上がらない状態となり,入院した。本件現地本部は,原告X4の取調べを中断した。さらに,本件現地本部は,原告X4が入院中の同月17日にも取調べを行った。
(ケ) 取調べ中のハラスメント
B28警部補は,平成15年6月6日の取調べの昼の休憩のとき,肩の痛みを訴えた原告X4に対し,取調室が畳部屋であったことから,「もうどうしても痛いんであれば,横になっても構わないですよ。」と告げた。しかし,男性刑事の前で,女性が横になることができるであろうか。このような発言は,セクハラであって,許されない行為であり,違法である。
また,B28警部補は,原告X4がそのようなことができないことを知りつつ,また,原告X4が肩を痛がっていることを知りつつ,このような発言をしたのである。この発言自体,一種のパワハラであろう。許されざる行為というべきである。
(コ) 人格を傷つける取調べ
B28警部補は,平成15年6月5日の取調べにおいて,原告X4に対し,「A6ちゃんは,あなたが四浦に行っていると話しています。そうすると,あなたがもし四浦に行ってないって言うんだったら,A6ちゃんは嘘を言ってるんだね」と告げて,A4くらいの紙に,大きな字で,横方向に横書きで「A6」と鉛筆で記載し,それを原告X4が座っている右横方向に投げて,「足で踏みなさい」と強制した。踏み字という手法は,鹿児島県警の伝統の取調べ方法であり,B8警部補もA5に対し,同じ手法を用いた。キリシタン弾圧を思わせる踏み絵と同じである。
B28警部補は,同日の取調べにおいて,原告X4の長女A75の子の名前を書いた紙を机の上に置いて,「この子達に恥じないよう答えなさい」と言って,自白を強要した。
B28警部補は,同日の取調べにおいて,原告X4が,「子どもが病院に勤務しており,子どもにも『選挙に関してお金をもらうことがあってはいけない。断る勇気をもたないといけない。』と常々言っている。」とB28警部補に訴えたところ,B28警部補は,「そんなきれい事を言うのか。」と原告X4を侮辱した。
(サ) 許されない重複質問
共犯者自白の信用性に重大な疑問があり,むしろ信用できない状況であった中で,取調室で,共犯者自白が信用できることを前提に,繰り返し,繰り返し,同じ質問を繰り返すことは,取調べ方法として,既に違法である。
原告X4は,1日目の取調べの段階から,自己の無実も,また,A6の無実も訴えていた。しかし,B28警部補は,B1警部から受けた指示に従って,「A6が四浦の会合にあなたがいたということを言っている」と言って,これを認めるよう迫っていた。B28警部補によれば,それに対し,原告X4は,「もうでっち上げの話をするなと,知らんと。行っていないものは行っていないんだと。何度言わせるかという感じでした」「もう話が全く前に進まない状態でした」と言ったというのである。つまり,B28警部補は,同じ質問,「四浦に行っただろう」「いや行っているんだよ」と,A6の自白が信用できるという前提での質問を繰り返し繰り返し言ったことになる。この点,原告X4も,本人尋問で,「押し問答ですね。」,「同じようなことを何回も繰り返しました」,「そんなことばっかり言っていたら汽車の線路と一緒だと言われ,平行線をたどるだけだと言われたんですけど,私は交わることがおかしいと言いました」などと供述する。
しかし,このような長時間の重複の質問は,共犯者自白の危険性を全く顧慮しない取調べ方法であり,取調室で1日中行うことは,虚偽自白を招来する危険があり,それ自体,違法な取調べ方法であったというべきである。特に,会合自体が存在しなかったことを考える(事後的事実であるが,取調方法の適否を判断する場合には,この事実を参酌することは許されるものというべきである)と,全く許容できない取調べであったというべきである。
イ 被告の主張
(ア) 取調べ時間
原告X4に対する取調べの期間及び時間は,前記第2・2(9)ア(エ)のとおりである。本件不起訴等原告らは,平成15年6月17日も,県警が原告X4を取り調べたと主張しているが,この日は,警察官が原告X4の入院先の病院を訪問して,20分程度,原告X4の病状等を確認したものであり,その時の日常会話の中で四浦の話が出たものにすぎず,同日に原告X4を病院で取り調べた事実はない。また,同年7月3日に,県警が原告X4を取り調べた事実はない。
長期間かつ長時間の取調べの違法性の有無の判断基準については,事案の性質,被疑者に対する容疑の程度,被疑者の態度,取調べの状況等,諸般の事情を勘案して判断すべきものであるところ,A6外の関係者から四浦集落での会合に原告X4が出席し,手伝い等した旨の供述があったほか,原告X4が組織的な戸別訪問などに関わっている嫌疑があると判断されるべき状況下において,取調べ期間は,原告X4の年齢・体調など諸般の事情を考慮した上で,昼食時間帯におおむね1時間程度の休憩を設けるとともに,それ以外にも適宜休憩を設けるなど,原告X4の健康状態や体調にも十分配慮して,事案の解明に必要な範囲内で,適法・適正に実施しており,国家賠償法上違法と評価されるものではない。
(イ) 任意同行時の適法性
本件不起訴等原告らは,県警の捜査官から原告X4に対する被疑事実の告知が全くなかったなどと主張するが,B28警部補は,平成15年6月5日の原告X4に対する任意同行時,「A1さんの選挙の件で話を聞きに来ました」と告げ,原告X4も「来ると思ってました。」ということを述べて自ら捜査車両に乗り込んでおり,同月6日以降の任意同行については,B28警部補が前日に,原告X4に翌日の取調べ予定を告げて承諾を得て任意同行しているのであって,任意同行に違法な点はない。
本件不起訴等原告らは,同月5日の同行のとき,志布志署の裏口において,B28警部補は,「あなたの上司に今日休むからと電話していた」と嘘を言って,原告X4をして無断欠勤とならないよう配慮したものと錯誤に陥れ,同行を拒めないようにして,強制連行したなどと主張するが,そのような事実はない。そもそも,任意同行を求めに応じて,既に志布志署の裏口にまで到着している原告X4に対し,B28警部補が嘘を言って,原告X4を錯誤に陥れ,任意同行を拒めないようにする必要性は全くない。また,本件不起訴等原告らが主張するような事実があれば,当然,原告X4の家族や勤め先などから抗議を受けるはずであるが,当時,原告X4の家族や勤め先などから抗議を受けた事実もない。
(ウ) 取調室からの退去の自由の侵害の不存在
a 「帰ってもいいけど,それは逃げることだ。」発言
本件不起訴等原告らは,B28警部補が,原告X4に対し,「帰ってもいいけど,それは逃げることだ。」など告げて,取調室からの退去の自由を侵害したなどと主張するが,B28警部補が,原告X4に対し,そのような発言をした事実はない。
また,原告X4は,取調べ中に退出や退去の申出をしてもおらず,退出の自由を侵害した事実も存在しない。
なお,B28警部補は,平成15年6月9日,原告X4が取調べの前に病院で治療を受けていたことから,原告X4の体調に配慮して,午前中で取調べを打ち切っているなど,取調室からの退出や退去の申出がなくても原告X4の取調べを中止し,自宅へ送り届けており,これらのことからも,B28警部補が,原告X4の退去や退出の自由を侵害した事実はないことは明らかである。
b 休憩の存在
本件不起訴等原告らは,B28警部補外の捜査官が,同月5日から同月9日の取調べ期間中,昼食時間や夕食時間において,取調室から出ることを妨げ,疲れた場合の適宜の休憩を許さなかったなどと主張するが,原告X4が,本件訴訟の原告本人尋問において,取調べ初日の昼食時の休憩の時には,取調室ではない広い部屋で過ごしたこと,3日目の取調べでは,午後3時頃に10分間の休憩があったことなどを自認しているとおり,事実に反する。
また,昼食時間などにおいて,食事の自由を妨げたとの主張について,B28警部補が,原告X4に対して,再三,昼食をとるように勧めたが,原告X4が拒絶したにすぎない。
c トイレの自由
本件不起訴等原告らは,B28警部補が,取調べ中,トイレを勧めたこともなく,トイレに行くにも,補助官が同行するなど,トイレへ行く自由も侵害したなどと主張する。
しかし,まず,B28警部補が,原告X4に対して,取調べ中にトイレへ行くことを制限した事実はない。
なお,B28警部補は,原告X4が,一般来訪者,マスコミ,関係者等と顔を合わせる可能性があったほか,当時,原告X1が5月26日の取調べの際,「殺せえ。死んだ方がましだー。」などと言ったことがあったことを受けて,原告X4のプライバシー保護や事故防止上の観点から,必要な限度内において,補助官にトイレ付近まで案内させたものであって,トイレの自由を侵害した事実もない。
本件不起訴等原告らは,原告X4が,同月8日の取調べで,トイレに行きたい旨を申し出たところ,B28警部補が,「調書に署名してから」と言ってこれを拒んだなどと主張するが,そのような事実はない。
原告X4は,本件訴訟の原告本人尋問においても,結局は,供述調書への署名をしなかったが,トイレに行ってもいいとトイレに行ったことを認めている上,本件不起訴等原告ら代理人からの質問で,トイレの申出をした時に,供述調書ができていなかったことを認めており,常識的に考えて,供述調書ができていないのに,供述調書の署名を求めるはずはなく,B28警部補としては,原告X4に対しトイレ休憩を付与しなかった場合,不測の事態を招来しかねず,そうなれば取調べの継続自体が困難となることから,トイレの申出と引き替えに供述調書の署名を求めることはあり得ない。
(エ) 黙秘権の行使の妨害の不存在
本件不起訴等原告らは,B28警部補が,原告X4に対し,「黙秘権を行使することは,逃げることと同じだ。」と告げて原告X4の黙秘権行使を妨害したなどと主張しているが,事実は異なる。
B28警部補は,「話したくないことは話さないでいいという黙秘権があるが,うそを話していいですよという意味ではないことから,そこは履き違えないように。」との告知をしたのであり,これを原告X4において曲解したものにすぎない。
(オ) 威迫による取調べの不存在
a 平成15年6月8日の取調べ
本件不起訴等原告らは,B28警部補が,平成15年6月8日の取調べにおいて,原告X4に対し,①机をたたきながら外道だと終始大声で怒鳴った,②「子どもを引っ張る。結婚したばかりの娘が後ろ指指されることになるぞ。」などと脅迫的な言動を取ったなどと主張するが,そのような事実はない。
なお,上記①について,B28警部補は,同日の取調べで,原告X4に対し,「A6さんの話が本当ではないのですか。A6さんの気持ちを考えれば嘘はつけないはずですよ。それが,人間の真心というものではありませんか。人の道に外れたことをしたらいけない。A6さんの気持ちになって正直に話しなさい。」などと告げて説得したにすぎない。
かえって,B28警部補が正直に供述するようにと平穏に説得したことに対し,原告X4が感情をあらわにして大声で激しく反論していたものである。
b うつ病による入院
本件不起訴等原告らは,原告X4は,同日の取調べの後,うつ病と診断されて入院を余儀なくされており,このことは,原告X4が脅迫的な取調べを受けたことの証左であるなどと主張する。
しかしながら,原告X4に対し,本件不起訴等原告らの主張するような恫喝的,威嚇的な尋問などの取調べを行った事実はなく,かえって,本件不起訴等原告らは,うつ病をり患して入院したなどと主張しながら,うつ病にり患して入院したとする経緯を証明する診断書等は一切提出していないほか,体重が減少したとの主張を証明する診断書も提出されていない。
(カ) 自白調書への署名・押印の強制の不存在
本件不起訴等原告らは,B28警部補が,平成15年6月8日の取調べにおいて,供述調書への署名押印を拒否し,うつむいて膝の上で両手をつないでいた原告X4に対し,突然,調書に署名しなさいと言って,原告X4の右手首を引っ張って署名を強要したなどと主張するが,事実は異なる。
B28警部補は,同日の取調べにおいて,原告X4が認めていた戸別訪問の事実について供述どおりの内容の供述調書を作成して読み聞かせた上で,署名指印を求めたが,原告X4は,「なんで私たちばっかり,ほかの候補もみんなやっているがね。」などと言って,完全黙秘状態になり,目を閉じて腕組みしており,B28警部補がなぜ署名できないのかと問いかけたところ,原告X4が,「ここに署名すれば,私を四浦に持っていこうとする。警察は信用できん。でっち上げの話を作る。」などと述べて,結局,供述調書には署名しなかったのであり,B28警部補が原告X4の手を引っ張って,右手の拳にボールペンを押し込むなどの事実はない。
原告X4は,原告X4がB28警部補から,右手をつかまれたり,拳にボーペンを押し込まれたりしたのに,大きな声を出して,助けを求めたりすることなく,ただ黙ってされるままにしていたと供述するが,極めて不自然であるし,X4ノートにこの点に関する記載がない点についても,走り書きで書いたから書けなかったというものであり,合理的でない。加えて,同日の原告X4の取調べは,志布志署の当直室を取調室として使用しているが,当直室は,10畳くらいの広さで,会議用の長机2脚を置いてそれを挟むように対面し取調べを行っていたところ,長机2脚の幅は約1メートルであって,原告X4が主張するように机の下で手を組んでいる原告X4の右手を机越しに取ることは物理的に困難であるなど,原告X4の供述は信用性が低い。
(キ) 偽計による取調べの不存在
本件不起訴等原告らは,平成15年6月8日当時,A6が否認しているのに,自白していることを前提に自白を迫り,切り違え尋問をしたなどと主張する。
これは,B28警部補は,同日の取調べにおいて,原告X4に対して,「逮捕されたA6さんが話をしているわけですから,きちんと話をするように。」などと言って,本件買収会合事件についての取調べを行ったことを捉えて切り違え尋問であるなどと主張しているものと思われる。
しかし,そもそも,切り違え尋問とは,「捜査官が被疑者を取り調べるにあたり偽計を用いて被疑者を錯誤に陥れ自白を獲得するような尋問方法」を言うのであり(最高裁判所昭和45年11月25日大法廷判決・刑集24巻12号1670頁),本件の場合,現にA6が4回目会合に原告X4が関与したことを認める供述が存在するのであり,偽計を用い錯誤に陥れたものではなく,単に他の関係者の供述について確認しただけであることから,切り違え尋問には当たらず,何ら違法性はない。
(ク) 体調に配慮しない取調べ及び取調べ中のハラスメントの不存在
本件不起訴等原告らは,B28警部補は,平成15年6月5日から同月9日までの取調べにおいて,原告X4が心身症及び五十肩であることを知りながら,原告X4に対し,「まっすぐ座れ,目を見ろ」と威圧的に命令して,原告X4をして,固いパイプ椅子に座ったままの状態で,立ち上がることもできず,同じ姿勢で取調べに応じるよう強要したなどと主張するが,このような事実はない。
しかしながら,原告X4も本件訴訟の本人尋問において,B28警部補から姿勢を正すよう注意された際の声の調子について,声を荒げる感じではないと供述し,さらに,椅子にもたれかかり,B28警部補と足が触れた際,1度だけ,姿勢を正すよう注意されたと供述しているにすぎない。
かえって,B28警部補は,原告X4の肩の容態を適宜確認するなど,原告X4の体調に配慮しながら取調べを行っていたものであり,このようなB28警部補の言動は,到底,違法と評価することができる態様ではない。
(ケ) 人格を傷つける取調べの不存在
a 「A6」と書いた紙
本件不起訴等原告らは,B28警部補が,平成15年6月5日の取調べにおいて,A4くらいの紙に,鉛筆で横書きの大きな文字で「A6」と書いて,それを原告X4が座っている右横方向に投げて,「足で踏みなさい」と言って,踏むことを強要し,原告X4がこれを拒むと,B28警部補は「踏めないのであれば,あなたが嘘を言っていることだ」と言って,原告X4を侮辱し,自白を強要したなどと主張するが,事実は異なる。
B28警部補は,同日の取調べの中で,白紙に「A6」と書いた紙を机に置いて原告X4に示して,「A5さんが会合に出席していたと話しているのはA6さん本人である。」ということを強調する意味で説得したことはあるが,紙を踏ませようとした事実はない。
また,X4ノートの同日欄には,かかる記載は一切なく,原告X4は,本件訴訟の原告本人尋問において,X4ノートに,紙を踏みなさいなどと言われたことを記載していない理由を,別にありませんなどと供述しているのであって,不自然である。
b 原告X4の子らの名前を書いた紙
本件不起訴等原告らは,B28警部補が,原告X4の長女A75の子,A76,A77の名前を書いた紙を机の上に置いて,「この子達に恥じないように答えなさい」と言って,自白を強要したなどと主張するが,そのような事実はなく,本件不起訴等原告らは,B28警部補の取調べで娘や孫の名前が出た場面での会話を捉えて,事実を歪曲した主張をしているにすぎない。
上記のような事実は,陳述書にも,X4ノートにも記載がなく,原告X4は,本件訴訟の原告本人尋問において,同事実をX4ノートに記載しなかった合理的な理由も供述していない。
(コ) 捜索・差押えの適法性
本件不起訴等原告らは,原告X4の居宅に対する捜索差押えについて,嫌疑がないのに捜索差押えを実施し,関連性のない物を差し押さえたなどと主張するが,どの事件の誰に対する嫌疑がないのか,関連性のない物とは,押収したどの品物のことを指すのかなど具体的な主張がなく,主張自体失当である。
本件現地本部は,関係者の供述から原告X4及び原告X6の4回目会合への参加の嫌疑が認められる中,原告X4が取調べにおいて,4回目買収会合の参加について頑強に否認し,さらに,平成15年6月10日から藤元早鈴病院に入院したことから,事実解明が困難になったこと,任意で取調べを受けていた原告X6が,原告X4と同じ時期(同月7日)に藤元早鈴病院に入院したことから,両名の入院は警察の追及を逃れるための逃避行動とも認められたことなどから,原告X4と原告X6の居宅には,4回目買収会合の事実を裏付ける証拠が存在する蓋然性が極めて高いと判断し,同月21日に鹿屋簡易裁判所に対して,捜索差押えの必要性,捜索の場所及び差し押さえるべき物を特定した上で,捜索差押許可状の請求を行い,同日,同裁判所裁判官から捜索差押許可状の発付を得て,同月22日に原告X4の居宅等に対する捜索を実施して,捜索差押許可状に記載された預金通帳や日誌など37点を押収したが,このことは,刑事訴訟法218条1項などの根拠法令に基づいて適法・適正に実施したものであり,本捜索・差押えは国家賠償法上違法と評価されるものではない。
(9)  争点(2)オ(原告X5に対する捜査の態様面における違法性の有無)
ア 本件不起訴等原告らの主張
(ア) 長時間の取調べ
原告X5が取調を受けた日時・取調べ開始から終了までの合計時間は以下のとおりである。
①4月19日:午後6時10分から午後9時20分まで
取調べ場所 志布志署 捜査官 B9警部補
取調べ合計時間 3時間10分
②4月20日:午前8時30分から午後9時00分まで
取調べ場所 志布志署 捜査官 B9警部補
取調べ合計時間 12時間30分
③4月21日:午前8時25分から午後10時14分まで
取調べ場所 志布志署 捜査官 B9警部補
取調べ合計時間 12時間49分
④4月22日:午後3時55分から午後8時まで
取調べ場所 志布志署 捜査官 B9警部補
取調べ合計時間 3時間53分
⑤4月25日:午前8時28分から午後7時58分まで
取調べ場所 志布志署 捜査官 B9警部補
取調べ合計時間 11時間30分
⑥4月29日:午前8時36分から午後7時23分まで
取調べ場所 志布志署 捜査官 B9警部補
取調べ合計時間 10時間47分
⑦5月14日:午前8時00分から午後8時00分まで
取調べ場所 志布志署 捜査官 B16警部補
取調べ合計時間 12時間
⑧5月15日:午前8時30分から午後8時00分まで
取調べ場所 志布志署 捜査官 B16警部補
取調べ合計時間 11時間30分
⑨5月16日:午前11時35分から午後8時00分まで
取調べ場所 志布志署 捜査官 B16警部補
取調べ合計時間 8時間25分
⑩5月22日:午前8時45分から午後8時48分まで
取調べ場所 関屋口交番 捜査官 B16警部補
取調べ合計時間 12時間3分
⑪5月23日:午前8時35分から午後6時00分まで
取調べ場所 関屋口交番 捜査官 B16警部補
取調べ合計時間 9時間25分
⑫5月26日:午前8時40分から午後8時10分まで
取調べ場所 関屋口交番 捜査官 B16警部補
取調べ合計時間 11時間30分
⑬5月27日:午前8時20分から午後7時55分まで
取調べ場所 関屋口交番 捜査官 B16警部補
取調べ合計時間 11時間25分
このように,原告X5が本件公職選挙法違反事件について取調べを受けた期間及び時間は,前記第2・2(9)ア(オ)の記載よりも,実際には取調開始時間が早く,取調終了時間が遅いことがあった。すなわち,平成15年4月20日の取調開始時間は,午前8時45分ではなく,午前8時30分であり,同日の取調終了時間は,午後8時15分ではなく,午後9時であり,同月22日の取調終了時間は,午後7時48分ではなく,午後8時である。原告X5は,13日間にわたり,延べ132時間50分にも及ぶ取調べを受忍させられた。
(イ) 任意同行時の違法
前記において主張してきたとおり,捜査は,常に捜査比例の原則が妥当するので,原告X5に対する任意同行・取調べが任意捜査の範囲内のものであったか否か,検討する必要があり,B9警部補は,平成15年4月19日午後6時頃,原告X5に対し,「選挙の件で聞きたいことがあるから署まで来て下さい」とだけ述べ,それ以上の具体的な事実を明らかにしないまま,警察の言うことには逆らえないと錯誤に陥っている原告X5を同行させ,その後も,警察の言うことには逆らえないという原告X5の錯誤に乗じて,原告X5を取調に同行させたところ,この時点で,原告X5の最初の任意同行時点で,原告X5の受供与についての証拠は,内容の信用性が極めて疑われるA6の供述調書のみであり,原告X5を警察署に同行して,任意に取り調べる必要性・合理性がなかった。その供述調書に原告X5の名前があがっているというだけで,同人を任意同行するというのは,まさに同人をたたき割りによる取調べにより虚偽の自白をさせるための任意同行であったものである。全く合理性はない違法なものである。
B16警部補は,原告X5に対し,A6が供述を変えたという理由で再び任意同行を求めたが,原告X5については,既に,現金2万円及び焼酎2本の受供与の事実に関する詳細な供述調書が作成されていたのであるから,この任意同行の求めは違法である。
(ウ) 人格を侵害する取調べ・義務のないことの強要
B9警部補は,原告X5に対する取調べを,同人が金銭および焼酎をもらったものと決めつけ,それ以外の結論はあり得ないとの思い込みで取調べを行っていた。原告X5に金銭や焼酎の受供与事実があったことが真実と決めつけた態度で取調べをすることは,捜査官の真相解明義務・虚偽自白防止義務に違反し,人格権を侵害する違法な取調べである。
B16警部補は,平成15年5月15日の取調べにおいて,原告X5に対し,「もし現金をもらったことが事実でそれが明らかになったときには,X5,原告X1を逮捕しても構わない」と書いた紙を示し,原告X5に署名するよう迫り,原告X5は署名をさせられた。
B16警部補は,同月22日の関屋口交番における取調べにおいて,原告X5に対し,「もらっただろ。言わんか。本当にそれ以外もらっていないなら,窓を開けて叫ばんか。こげんして叫ばんか。」と言った後,B16自身が,関泊交番の開いた窓から,「h消防団長の妻X5は,2万円と焼酎2本もらったが,それ以外はもらってません。」と大声で叫び,原告X5に対し,「お前も言わんか」と同様に叫ぶことを強要し,原告X5は,関屋口交番の窓から,「h消防団長の妻X5は,2万円と焼酎2本もらいました。そのほかには,何ももらっていません」と叫ばされた。
このB16警部補の強要行為は,原告X5に屈辱的なことを叫ばせる行為であり,また,原告X5の人格権を侵害する違法な行為である。
(エ) 黙秘権の不告知
被疑者を取り調べるには,予め,取調べにあたってあらゆる事項について黙秘することができることが認められている旨,その範囲を理解させる告知の方法がとられるべきであるにもかかわらず,B9警部補及びB16警部補は,いずれも原告X5に対し,取調べにおいて,供述拒否権・黙秘権の告知を一切行わなかった。
(オ) 事実上の身柄拘束
県警の捜査官らは,平成15年4月19日から同年5月27日までの取調べにおいて,取調べの休憩時間は昼休みのみで,原告X5がトイレに行く際も補助官がトイレの前までついてくる状況であり,警察の言うことに逆らえないと思っている原告X5を,被告の監視下に置き,実質的に身柄拘束しているのと同様な状態で取調べを続け,虚偽自白に追い込んだ。
(カ) 承諾のないポリグラフ検査
本件現地本部は,平成15年4月21日,原告X5の承諾がなかったか,ポリグラフ検査の説明をしなかったか,または,説明が不十分であったため,ポリグラフ検査の意味が分からなかった原告X5が意味も分からず承諾書に署名したことに乗じて,原告X5に対して,ポリグラフ検査を実施した。
(キ) 威迫による取調べ
B9警部補は,平成15年4月21日,原告X5に対して,「認めれば逮捕しない。認めなければ逮捕して永遠に続く」,「逮捕されれば,子供は会社を首になり,孫は学校でいじめられ,一生それを背負っていかなければならない」と脅して,原告X5に虚偽の自白供述を強要した。
(ク) 偽計による取調べ
B9警部補は,平成15年4月21日の取調べにおいて,原告X5に対し,「本件は交通違反のようなもので罰金で済む。」と告げて,さらに,「原告X5と同じ状況でA6から現金を貰った人が出てきた,この人達は認めている,5人のうち3人は認めている,もう一人も認めかかっている,何故認めないのか。」と原告X5を追及して,原告X5に虚偽の自白供述を強要した。
(ケ) 体調を無視した取調べ
B9警部補は,長時間の取調べの際,原告X5が,食欲がないような感じで,残すことの方が多かった,食欲がないということも気づいており,B9警部補は,平成15年4月20日,取調べ中に,原告X5が体調不良を訴え,熱を測ったところ微熱があったことを認めているが,B9警部補は,原告X5を取り調べる方向でしか物事を考えておらず,通常の感覚を持った人間ならば,この日は取調べは中止し,休ませようと考えるのが普通である。
B9警部補は,何ら原告X5の体調に気遣ってなどおらず,自白の獲得のみを考えて取調べを強行したものであり,任意捜査の限界を超えた違法な取調べを行ったものである。
(コ) 故意による虚偽の自白調書の作成
a 平成15年4月22日の取調べ
原告X5は,平成15年4月22日の取調べにおいて,B9警部補に対し,「A6さんから貰ったことは認めます。ただ,私は実際は貰っていないから金額は分かりません。」と述べ,現実にもらっていないことを明らかにした上で,原告X5が,5本の指を示しつつ,「これだけですか」と聞くと,B9警部補は,「違う」と言い,原告X5が,「1万円ですか」と言うと,B9警部補が,「それだ。嘘発見器もそのあたりで反応した。A6もそう言っている」と言って,A6の供述に合わせた現金1万円と焼酎2本をもらったという虚偽の自白調書を作成して,原告X5に署名・押印させた。
b 平成15年4月25日の取調べ
原告X5は,1万円と焼酎2本を受け取ったと虚偽の自白をさせられた後,平成15年4月22日の取調べにおいて,B9警部補から1万円の使い道を追及された際,「最近1万円で何か買った物はないか。」と尋ねられ,原告X5が,母の尿漏れパットを買ったことを述べると,B9警部補は,「それにしよう。」と言って,虚偽の自白を作出し,さらに,B9警部補は,同日の取調べにおいて,原告X5に対し,「焼酎瓶があるか」と尋ね,原告X5が,「昨年,太南工場で働いた時に貰った瓶があります。」と言ったところ,B9警部補が「それにしよう。」と言って,虚偽の自白を作出して,これらの内容虚偽の自白が記載された供述調書を作成して,原告X5に署名・押印させた。
c 平成15年4月29日の取調べ
B9警部補は,平成15年4月29日の取調べにおいて,原告X5に対し,A6がA6焼酎事件における供与金額の供述を1万円から2万円に変えた旨述べた上で,原告X5に対し,「2万円の買い物をしていないか」と尋ね,原告X5が,偶然買っていた流し台のことを話したところ,B9警部補は,「それにしよう」と言い,原告X5が,A6から現金2万円と焼酎2本を受け取ったという虚偽の自白を作出して,その内容虚偽の自白が記載された供述調書を作成して,原告X5に署名・押印させた。
イ 被告の主張
(ア) 長時間の取調べについて
原告X5に対する取調べの期間及び時間は,前記第2・2(9)ア(オ)に記載のとおりである。
長期間かつ長時間の取調べの違法性の有無の判断基準については,事案の性質,被疑者に対する容疑の程度,被疑者の態度,取調べの状況等,諸般の事情を勘案して判断すべきものであるところ,原告X5に現金と焼酎を供与した旨のA6の供述等から,原告X5に関する取調べの必要性が認められ,原告X5に投票依頼に対する謝礼として卵が供与・受供与されていることがうかがわれ,さらに供与者であるA6と受供与者である原告X5との供述内容に齟齬が認められ,原告X5が受供与事実を認めるもの,授受状況についての詳細な説明を行っていないことなどの状況下において,取調べ期間は,原告X5の年齢・体調など諸般の事情を考慮した上で,連続ではなく,断続的に実施され,昼食時間帯に1時間程度の休憩を設けるとともに,それ以外にも適宜休憩を設けるなど,原告X5の健康状態や体調にも十分配慮しているほか,プライバシー保護等にも留意した上で,原告X5や家族の承諾を得て,事案解明のために必要かつ相当な範囲で実施されている。
したがって,原告X5の取調べは,必要な範囲内で,任意性を損なうことのない限りにおいて適法・適正に実施しており,実施した取調べ期間,取調べ時間については,国家賠償法上違法と評価されるものではない。
(イ) 任意同行時の違法について
本件不起訴等原告らは,B9警部補が,原告X5に任意同行を求める際,被疑事実について極めて不十分な告知を行ったのみで任意同行を求め,警察の要求を拒むことはできないと思い込む原告X5の錯誤に乗じて強制連行したなどと主張する。
しかし,原告X5は,県警の捜査官の説明を受けて自らの意思で任意同行に応じたのであり,原告X5に本件不起訴等原告らが主張するような錯誤があったという事実はない。このことは,本件刑事事件が係属中である平成17年2月20日にD19弁護士及びD11弁護士が原告X5に対して事情聴取した際の音声記録の反訳書(甲総第676号証,乙総第16号証。以下「原告X5反訳書」という。)及び本件公職選挙法違反事件を取材したジャーナリストによる書籍「警察の犯罪」の中の原告X5からの聞き取り内容を記載した部分のいずれからも明らかである。
また,B9警部補は,取調べ初日である平成15年4月19日の任意同行の状況について,原告X5だけでなく,夫である原告X1に対して,「選挙の件で聞きたいことがあるから署まで来てください。」などと必要な用件と行き先を告知し,両人の承諾を得たのであり,任意同行に必要な要件を充足した説明をしたことは明らかである。
本件不起訴等原告らは,B16警部補は,原告X5に対し,A6が供述を変えたという理由で再び任意同行を求めたが,原告X5については,既に,現金2万円及び焼酎2本の受供与の事実に関する詳細な供述調書が作成されていたのであるから,この任意同行の求めは違法であるなどと主張するが,原告X5の供述調書では,現金の授受の状況につき,封筒の色や,現金や焼酎を置いた位置関係につき,なお,記憶にあいまいな部分があるなど,詳細な供述調書が作成されたと評価するに足りる状況にはなく,内容について更に明らかにする必要があるのであって,詳細な供述調書を作成したという点は,事実に反する。
(ウ) 黙秘権の不告知について
本件不起訴等原告らは,原告X5の取調べに際して,黙秘権の告知が一切なかったなどと主張する。
しかしながら,B9警部補及びB16警部補はいずれも,取調べに際して供述拒否権を告知しており,供述拒否権を告知せずに取調べを行った事実はない。
(エ) 事実上の身柄拘束について
本件不起訴等原告らは,原告X5の取調べに関し,県警の捜査官らは,平成15年4月19日から同年5月27日までの取調べにおいて,取調べの休憩時間は昼休みのみで,原告X5がトイレに行く際も補助官がトイレの前までついてくる状況であり,警察の言うことに逆らえないと思っている原告X5を,被告の監視下に置き,実質的に身柄拘束しているのと同様な状態であったことなどと主張するが,事実は異なる。
すなわち,B9警部補及びB16警部補の取調べは,昼食時間帯には1時間程度の休憩を設けるとともに,昼食時間帯以外にも10分から1時間程度の休憩を適宜設けているほか,B9警部補において,初日の取調べを開始する前に,原告X5に持病の有無等を確認し,左膝の手術歴,高血圧(投薬治療中)等の病歴を把握したため,「気分が悪いときは申し出てください。」と告げて取調べを開始しており,その後の取調べにおいても毎回体調を確認するなど,原告X5の体調,診断結果等を考慮してお茶を出すなど十分に配慮していた。
また,捜査官がトイレの入り口までついてきたとする点は,B9警部補及びB16警部補は,警察施設の構造上,原告X5が一般来訪者,マスコミ,関係者等と顔を合わせる可能性があったほか,当時,A6が任意取調べ中に女子トイレに閉じこもり「殺して。」と叫ぶなどしたことなどの状況を受けて,プライバシー保護,事故防止上等の観点から,必要な限度内において,補助官をトイレ付近まで案内させたものである。原告X5も,B9警部補から,トイレへの案内について趣旨説明を受け,納得していた。
(オ) ポリグラフ検査の違法について
本件不起訴等原告らは,原告X5に対し,ポリグラフ検査に関する説明なしに,あるいは,十分な説明なしにポリグラフ検査を実施したなどと主張するが,原告X5は,ポリグラフ検査の趣旨等の説明を受けて,承諾書に署名しており,原告X5において,その検査方法等についても説明を受けた上で適式に実施されたのであって,本件不起訴等原告らの主張は事実に反する。
(カ) 威迫による取調べについて
本件不起訴等原告らは,原告X5が,平成15年4月21日の取調べにおいて,B9警部補から「認めれば逮捕しない。認めなければ逮捕して永遠に続く」,「逮捕されれば,子供は会社を首になり,孫は学校でいじめられ,一生それを背負っていかなければならない。」などと威迫されて,虚偽自白を強要されたと主張するが,B9警部補が,本取調べにおいて,逮捕をほのめかすなど威迫的な発言を行った事実はない。
そもそも,原告X5は,同日の時点では,A6からの現金受供与事実について否認していたところ,その取調べ中に,「もう,どうなってもいいです。逮捕でも何でもしてください。」などと自暴自棄な発言を行ったため,B9警部補が「逮捕なんて軽々しく口にするものではない。」などと諫めたものにすぎず,本件不起訴等原告らの主張は,B9警部補の同発言を曲解したものといわざるを得ない。
(キ) 偽計による取調べについて
本件不起訴等原告らは,B9警部補が,同日の取調べにおいて,原告X5に対し,「本件が交通違反のようなもので罰金で済む。」,「この人達は認めている,5人のうち3人は認めている,もう一人も認めかかっている,何故認めないのか。」などと偽計を用いた追及を行い,虚偽自白を強要したなどと主張するが,同日の取調べにおいては,そのような利益誘導や偽計を用いた取調べを行った事実もない。
(ク) 故意による虚偽の供述調書の作成について
本件不起訴等原告らは,原告X5が,平成15年4月22日の取調べにおいて,B9警部補に対し,現実に現金を供与されていないことを明らかにした上で,受供与金額の数字を順次挙げていったところ,原告X5が1万円と言ったところで,「それだ。嘘発見器もそのあたりで反応した。」などと誘導し,同月25日以降の取調べについて,受供与金の使途等につき,原告X5に対し,適当な使途がないか尋ね,原告X5が最近の買い物から金額の合致するものを挙げると,「それにしよう。」などと述べて虚偽の供述調書を作成したと主張するが,そのような事実はない。原告X5の供述調書に記載された受供与金の使途等は,いずれも原告X5が自ら供述したものを録取したにすぎない。
(ケ) 義務のないことの強要について
本件不起訴等原告らは,平成15年5月15日の取調べにおいて,B16警部補から「2万円以外は受け取っていない。もし受け取った事実が分かったら,X5も原告X1も逮捕されても構わない。」と書かれた紙に署名しろと強要されたなどと主張するが,そのような事実はない。
B16警部補は,同日の取調べにおいて,原告X5が「A6さんから貰った金額は2万円だった。」との供述を繰り返すだけで,具体的な授受状況について供述しなかったことから,口で言えないことも紙であれば真実を書いてくれるかもしれないとの意図に基づき,原告X5に白紙を渡し,そこに真実を書くように申し向けたにすぎない。
なお,原告X5は,B16警部補から渡された白紙に何も記載せず,これに署名した事実もない。
本件不起訴等原告らは,同月22日の取調べにおいて,B16警部補から「h消防団長の妻X5は,2万円と焼酎2本もらったが,それ以外はもらってません。」と叫ぶことを強要されたなどと主張するが,そのような事実はない。
B16警部補は,同日の取調べにおいて,原告X5の供述内容を確認するために,「本当に,その金額を貰っているの。町民の前で言えるね。」などと尋ねたところ,原告X5は,ムッとした表情をしていきなり立ち上がり,開いていた窓から外に向かって「現金2万円と焼酎2本を貰いました。」などと自ら言ったものであり,B16警部補が自ら叫んだり,原告X5に叫ぶように強要したりした事実はない。
窓から外に向かって「現金2万円と焼酎2本を貰いました。」と叫んだ事実は,原告X5反訳書にも何ら記載されていない。この点につき,原告X5は,本件訴訟の原告本人尋問において,言い忘れてたかもしれないが,事実の記憶はある旨を供述しているが,明確な記憶が存在するのであれば,D19弁護士及びD11弁護士からの聞き取りに際して,かかる状況を言い忘れるということは極めて不自然,不合理である。
(10)  争点(2)カ(原告X6に対する捜査の態様面における違法性の有無)
ア 本件不起訴等原告らの主張
(ア) 長時間の取調べ
原告X6が本件公職選挙法違反事件について取調べを受けた期間及び時間は,前記第2・2(9)ア(カ)に記載のほか,平成15年7月8日,午後1時から午後3時まで,原告X6が入院していた藤元早鈴病院において取調べが行われた。同日の取調べの事実は,藤元早鈴病院のカルテの中の看護記録にも記載がある。同年6月4日時点において,本件買収会合の参加者の中に原告X6を特定する供述は見あたらず,原告X6に対して,任意同行を求める必要性・取調べの必要性は甚だ薄弱であったことは,これまで主張してきたとおりである。
原告X6に対する同月5日の取調べを担当したB17警部補は,午前7時15分から午後5時50分まで,継続して,狭い取調室内に原告X6を留め置いて取り調べており,その取調事項は,もっぱら四浦校区のA6の家に行ったことがあるかというものであった。原告X6は,3回行ったことがあり,梅ちぎりに行ったこと,A6の娘の結婚式の二次会の時に行ったこと,A6が退院したときの快気祝いに行ったこと,いずれも平成15年より前のことであり,平成15年には行っていないと明確に供述したのに,B17警部補は,同じ質問を繰り返すという不毛かつ無意味な取調べに終始していた。
したがって,その段階で,原告X6からの事情聴取は尽くされていたはずであるのに,B17警部補は,同日の夕方まで取り調べを続け,さらに,原告X6に対し,「夫からの電話があったから帰りましょう。」と声をかけ,原告X6の自宅に帰るかのように騙して,原告X6の了解を得ることなく,同日の当初の取調べ場所であった関屋口交番から志布志署に連行して,夜の食事も取らないままの原告X6の取り調べを継続した。
本件現地本部は,上記のとおり,原告X6を取り調べる必要がないのに,同年6月5日及び同年7月28日には,原告X6の仕事を休ませて,同月4日及び同月8日には入院中であったにもかかわらず,同月26日及び同年8月2日は,休日であったにもかかわらず,それぞれ取調べを事実上強制した。
B27警部補は,同年8月2日の取調べにおいて,原告X6が疲れていると言っているにもかかわらず,原告X6の自宅に赴いてまで取調べを行い,戸別訪問の関係や4回目会合について,1時間から1時間半もの長時間にわたり,夫の抗議を受けるまで取調べを継続した。
県警の同年7月26日,同月28日,同年8月2日の取調べは,原告X6のb社における仕事内容などのピントのずれた取調べをしており,取調べの名の下での違法な自由の剥奪であって違法というべきである。上記のような不毛かつ無意味な取調べが長時間続くのであれば,原告X6は,当日の朝,任意同行には応じなかったことが明らかというべきである。また,上記のような不毛かつ無意味な長時間の取調べは,取調受忍義務を前提としなければ正当化されないと考えられ,任意同行の限界を超えた違法な身体拘束というべきであり,逮捕状の準備すらしていないにもかかわらず行われた上記の長時間にわたる取調べは,実質的には原告X6を逮捕したのと同様であったと言うべきである。
(イ) 任意同行時の違法
B17警部補は,平成15年6月5日,原告X6に対し,呼出状に基づく出頭要請をせずに,唐突に早朝の午前7時前から自宅近くで待ち伏せして,7時過ぎに原告X6に声を掛け,任意同行の目的を明確に告げずに有無を言わさず関屋口交番に強制連行した。原告X6は善良な市民であり,これまで警察の取調べを受けたことがなかったから,任意同行が本来任意であり,断ることは自由であり断っても何ら不利益は課されないことを知らなかった。また,通常任意同行の場合,呼出状を送付して行われることを知らなかった。原告X6は,B17警部補から,任意同行を呼出状送付の方法で行われない理由の説明を受けず,B17警部補から話があるから来てほしいと言われると,応じなければいけないのではないかと誤解し,出社せずに任意同行に応じた。
以上のとおり,原告X6が任意同行に応じたのは,B17警部補が,同女に対し,任意同行に応じるかどうかについて,検討し,判断する情報も時間も全く与えなかった結果であり,まさに,官憲に対する屈服以外のなにものでもないのであり,事実上有無を言わせず強制連行したと評価すべきものである。
(ウ) 黙秘権の不告知
B27警部補外の原告X6を取り調べた県警の捜査官は,いずれも原告X6に対し,黙秘権があることを告げていない。
B27警部補も,平成15年7月28日の取り調べの時に黙秘権を告知したかどうか記憶にないと証言している。
(エ) うつ病の発症
原告X6は,上記の違法な任意同行・取調べによって,精神的に大きなストレスを受け,合計で14時間に及ぶ取調べを受け,自宅に帰っても不安で胸がいっぱいで言い表せないくらいに疲れ,その日は一睡もできず朝を迎えた。また,原告X6の家には,刑事が毎日のように家に出向くようになった。平成15年6月5日の取調べ終了時,原告X6は疲労困憊して翌日は家から出られないと捜査官に言った。にもかかわらず,県警は,原告X6の体調には一顧だにせず,翌朝,原告X6の自宅を訪問した。その結果,原告X6は,抑うつ気分,不眠,食欲不振が出現し,家でゆっくりと過ごすことができず,家のことも手に付かない状態になった。「わたしは何もしてないのに,警察が毎日くる」と突然泣き始めたり情緒が不安定となった。食事もほとんどとれなくなった。すなわち,反応性うつ病にり患した。「家にいたくない,家にいたら警察がくるから,どこか行きたい」と精神的に不安定となり,同月7日,家族に同伴されて,藤元病院に任意入院を余儀なくされた。入院は同年7月12日まで続いた。原告X6の受けた精神的苦痛は非常に大きい。
(オ) 入院中の取調べ
a 平成15年7月4日の取調べ
B27警部補は,平成15年7月4日,入院中の原告X6を何の予告もなしに午前中に突然病室を訪れ,2時間弱の時間をかけて原告X6を取り調べた。原告X6は突然病室に現れた警察官から取調べを受けて,その日眠れなくなった。本件現地本部は,原告X6が同年6月5日の任意同行と取調べによって反応性うつ病にり患して任意入院したこと,同年7月4日当時も入院中であること,それゆえ,体調への配意が必要であることを十分に認識していたと言える。したがって,必要もなく原告X6を病院において2時間弱も取り調べることは違法と言うべきである。
すなわち,本件現地本部は,同年6月5日取り調べにより得た原告X6供述を弾劾できる証拠を,同年7月4日までに収集していなかった。同6月5日に取り調べたときと同年7月4日に取り調べたときにおいて,原告X6が4回目会合に出席したかどうかという点に関する証拠状況は全く同じであった。同月4日の時点で再度,すでに回答を得ている4回目会合への参加の有無という同じ質問をするために漫然と原告X6を取り調べてはならないというべきである。
b 平成15年7月8日の取調べ
うつ病により任意入院中の原告X6の動静を注視すべき立場にあり,本件に関して利害関係がなく,中立的立場にある藤元病院作成の原告X6について作成されたカルテの看護記録には,同月8日の13時から「警察より取調あり」「終了後は笑顔あり 特変なし」との記載があり,また,翌日同月9日の欄には「もう昨日ので終わりやろう」「もうこれで少しは安心よね」「昨日の取調べのこと話される」との記載があるから,同月8日に,鹿児島県警の警察官が原告X6を取り調べたことは明らかである。同月4日に違法な取調べをしており,わずか4日後に再び,突然,原告X6を病室に訪れて取り調べたことは,被告から,この日の取調べの必要性・相当性について主張すらないことも踏まえるならば,何らこの日の取調べの正当性を認める証拠はないと言うべきであり,この日の取調べは違法というべきである。
c 平成15年7月8日の取調べ
この日の取調べは,仕事中の原告X6を呼び出して,志布志署において,b社における仕事内容などというピントがずれた取調べをしているのであり,取調べの名の下での違法な自由の剥奪であって違法というべきである。
d 平成15年7月28日の取調べ
この日の取調べは,自宅で休んでいるところを,訪問して同女のb社における仕事内容などというピントがずれた取調べを同月26日に引き続いてしているのであり,取調べの名の下での違法な自由の剥奪であって違法というべきである。
e 平成15年8月2日の取調べ
平成15年8月2日には,原告X6が体調不良で午前中,病院に点滴にいくこと,体調不良の原因・病状を病院に確認したところ,精神的なところから食欲がないと言うことを聞いていること,平成15年7月30日,同月31日も腹痛で体調が悪いことを知っていたこと,そして,同年8月1日は,体調に配慮して本件現地本部の判断としても取調べを行わない判断をしていることからするならば,同月2日午後,その日の午前中に体調不良で病院に行っている原告X6を,それを知りながら,最も安心して休める場所である自宅に訪問して取り調べることは言語道断であり,任意捜査の限界を大きく超えていると言うべきである。この時期に,原告X6に対し,同じ取調事項について事情を聴取する必要性はない。市民の警察に対する漠然とした信頼感や警察からの要請を断ったらいけないのではないかとの素朴な市民感情を利用した取調べであった。原告X6の夫が抗議するのはもっともというべきである。また,真に取調べの必要があるのであれば,配偶者から抗議を受けたとしても直ちに取調べを終了させる理由にはならず,むしろ,抗議を受けて直ちに終了してもかまわない程度の必要性しか認められなかった取調べは,そもそも取り調べる必要性がないことを示している。
イ 被告の主張
(ア) 長時間の取調べ
原告X6に対する取調べの期間及び時間は,前記第2・2(9)ア(カ)に記載のとおりである。
本件不起訴等原告らは,原告X6が,平成15年7月8日の午後1時から午後3時まで,宮崎県都城市内にある入院先の病院において,B27警部補の取調べを受けた旨を主張するが,B27警部補は,同日の午前9時過ぎから午後2時30分頃まで,志布志署で原告X2を取り調べていたのであって,本件不起訴等原告らが主張する時間に,原告X6を取り調べることは物理的に不可能である。
長期間かつ長時間の取調べの違法性の有無の判断基準については,事案の性質,被疑者に対する容疑の程度,被疑者の態度,取調べの状況等,諸般の事情を勘案して判断すべきものであるところ,A6外の関係者から四浦集落での会合に原告X6が出席し,手伝い等した旨の供述があったほか,原告X6が組織的な戸別訪問などに関わっている嫌疑があると判断されるべき状況が認められ,原告X6も戸別訪問の関与は認めていたが,詳細な説明を行っていないなどの状況において,取調べ期間は,原告X6の年齢・体調・都合など諸般の事情を考慮した上で,連続ではなく,断続的に実施されている。
原告X6に対する取調べの初日である平成15年6月5日は,取調べが夜間に及んでいるが,昼食時間帯には,おおむね1時間程度の休憩を設けているほか,それ以外にも,取調べ場所を関屋口交番から志布志署に変更したり,取調べの途中で,適宜トイレ休憩等を設けたりするなど,原告X6を連続して長時間取り調べた事実はない。
また,B17警部補は,同日の取調べにおいて,原告X6の承諾を得た上で,取調べ場所を関屋口交番から志布志署に変更したものであり,虚偽の事実を告げた事実もなければ,同意なく強制的に連行したなどという事実もなく,翌日の取調べ要請の際,原告X6や家族からこのことについて抗議等は一切受けていない。
そのほか,同年7月4日については,原告X6が入院していた病院において,担当医師の了承を得た上で聴取を行っているほか,同年7月26日,同月28日,同年8月2日の3日間については,原告X6の自宅において聴取を行っているところ,雑談等を交えながら,会合参加事実や戸別訪問事実について,いずれも1時間から2時間程度と短時間実施したものにすぎず,事案解明のために必要な範囲内で,かつ,任意性を損なうことのない限りにおいて適法・適正に実施しており,実施した取調べ期間,時間,場所については,国家賠償法上違法と評価されるものではない。
(イ) 任意同行
本件不起訴等原告らは,呼出状に基づく出頭要請をせずに,唐突,平成15年6月5日早朝7時前から自宅近くで待ち伏せた上,任意同行の目的を明確に告げずに有無を言わさず関屋口交番に強制連行したなどと主張するが,事実は異なる。
B17警部補は,同日,出勤のため自宅から出てきた原告X6に対し,「今度のA1さんの選挙のことで聞きたいことがあるので,一緒に行ってくれませんか」と用件を明確に告げて,任意同行を求めたところ,同人は素直にこれに応じたものであり,原告X6を待ち伏せて連行した事実はない。
(ウ) 黙秘権の告知
本件不起訴等原告らは,原告X6が,黙秘権行使を告げられないまま,取調べを受けたなどと主張するが,平成15年6月5日に原告X6を取り調べたB17警部補は,取調べ開始時に供述拒否権を告げ,その後に原告X6を取り調べたB27警部補も原告X6に供述拒否権を告げている。
(11)  争点(2)キ(原告X7に対する捜査の態様面における違法性の有無)
ア 本件不起訴等原告らの主張
(ア) 長時間の取調べ
原告X7が本件公職選挙法違反事件について取調べを受けた期間及び時間は,前記第2・2(9)ア(キ)に記載したよりも,実際には,取調開始時間が早く,取調終了時間が遅い日がある。すなわち,平成15年4月27日の取調開始時間は,午前8時20分ではなく,午前7時50分であり,同年5月14日の取調終了時間は,午後7時51分ではなく,午後8時である。
原告X7は,7日間にわたり,延べ53時間以上にも及ぶ取調べを受忍させられた。
(イ) 任意同行時の違法
県警の捜査官は,7日間の取調べ期間中,原告X7を任意出頭に名を借りて,強制連行した。原告X7の平成15年4月22日の任意同行は,事前の呼出の方法によることもなく,突然,原告X7の働いている職場(旧松山町屋ノ見の畑)を訪問し,任意同行の目的を明確に告げることもなく,同人の仕事の段取りや都合にも配慮することなく,直ちに,署までの同行を求めているものであって,原告X7は,過去,警察の取調べを受けたこともなく,任意同行があくまで任意であること,仕事などで断ることは自由であること,断っても不利益を課せられることがないこと,事前に呼出状を付して同行が行われることなどを全く知らないごく普通の市民であるところ,本件現地本部は,任意同行が事前の呼出状送付の方法で行われない理由の説明もなしに,B11警部補らは「事情を聞きたいことがある。」というのみで同行を求め,原告X7は応じなければいけないのではないかと誤解して一度自宅に自分の車で戻り,後をついて来た警察車両に乗せられ,止む無く仕事を中断して同行に応じたものであった。任意同行に応ずるか否かについて,原告X7が検討判断する事前の情報も与えない,時間も全く与えない状況下,その嫌疑を告げておらず,具体的に防御することができない状態で同行を仕向けた。
(ウ) 取調べの違法
a 平成15年4月22日
この平成15年4月22日の時点で,原告X7を,警察署の取調室に同行して,任意に取り調べる必要性・合理性,具体的には事案の重大性,嫌疑の合理性・相当性(嫌疑の存在はその前提である),証拠保全の緊急性,取調べの方法・態様の相当性,食事,休憩,睡眠,健康状態等に配慮したか等が,承諾の有無,被疑者の意向(まとまった供述を終えてしまいたい,住居が遠隔地にある,勤務や家庭事情等に基づくもの等)その他緊急に取調べを受けるのを相当とする事情等を斟酌して,許容される警察署への同行・取調べであったのか否か,検討すると,いきなり,防御能力が欠如した高齢の原告X7を朝から晩まで取調室に入れて,取り調べることは,捜査比例の原則に違反するものであり,根拠となるA6の自白調書は,変遷に変遷を重ねており,また,関係者の供述とも矛盾する内容であって,到底信用できる内容のものではなく,A6に対する捜査状況からは,対向犯の関係にある原告X7に対する嫌疑は,さしたる合理性のあるものではなかった。A6の不規則供述,変遷供述を基にした原告X7への嫌疑は,犯罪を疑うに足りる具体的嫌疑ではなく,客観性も全くない。捜査官の単なる主観的見込みにもとづく嫌疑であり,この程度の捜査官の主観で,当初から被疑者として取調べていることがまさに重大な人権の侵害である。同日時点での,原告X7に対する取調べの時間,威圧,脅しの取調べ手法,密室で孤立状態に置く拘束,同人が高齢であること,その継続性等を考えると,任意取調の限界を超える違法なものであるというべきである。
b 平成15年4月26日から同月28日までの取調べ
原告X7に対する,同月26日から同月28日までの任意同行による取調べも,任意捜査の限界を超えた違法なものであった。同月22日の取調べの後,本件現地本部は,原告X7の取調べを中断していたところ,同月26日から同月28日まで連日,早朝から夜遅くまで,原告X7を取調室に連行して,取調べを受忍させた。しかも,原告X7に関する供述は,同月27日まで,具体的なものは一切なかったのである。
しかし,この時点での,原告X7に対する嫌疑も具体性・合理性の欠如したものであり,しかも,この時点では,A6の自白は,②A23,A36の自白内容と完全に齟齬しており,全く信用できないものとなっていた。
以上の証拠状況であるのにも拘わらず,B11警部補は,原告X7に対し,1万円と焼酎をもらったというA6の供述調書に基づいて,たたき割りにより,自白を迫ったのである。事件はなかったのであるから,否認を貫く者との間に,相当の軋轢が生じることは,経験則に照らしても明らかである。自白をさせようとすれば,勢い,強圧的な対応となり,原告X7が訴えているような取調べであったと推認できる。
原告X7は,同月26日も朝から晩まで取調べを受けたが,真実にしたがって否認で通し,同月27日も午前中は否認した。しかし,午後の取調べで1万円と焼酎2本をA6からもらったことを認める調書を作成した。(ただ,A6が1人できて玄関口で渡されたとの内容であり,A6との自白とは齟齬していた)。しかも,この調書は,具体性の乏しい僅か1枚半程度のものに過ぎなかった。A6は,接見禁止付の勾留中であり,口裏合わせができない状況であった。そうすると,事実がなかったことを併せ考えると,同月19日のA6の自白調書の内容と,たまたま符合したというよりは,B11警部補の不相当な誘導・強制により,A6の自白と一致したと考えるのが合理的である。しかも,その内容が具体的でないことは,そのことを強く推認させるものである。
ところが,同月27日には,A6は,現金2万円を配ったとの自白に変遷させられていた。この日には,A6の自白と,原告X7の自白とは齟齬が生じたのである。これは重要な事実である。捜査会議で話題にならなかったとすれば,それは,組織捜査の原則を踏みにじるものである。A6は,夜の取調べで,2万円に変更させられたのであり,原告X7は,1万円を認めさせられたのである。この点で,B11警部補の証言は,全く信用できないものというべきである。むしろ,B11警部補は,A6の自白内容,2万円への金額の変遷を聞いていたはずである。少なくとも夜の捜査会議等で,A6の金額の変遷を知ったはずである。そこで,同月28日には,B11警部補は,既に前日,B11警部補に精神的に屈服していた原告X7に対し,自白の変更を迫り,もらった金額を2万円に変遷させたのである。
c 平成15年5月14日及び同月15日の各取調べ
同年5月14日及び同月15日の各取調べは,連日,早朝から夜遅くまで,原告X7を取調室に連行して,取調べを受忍させた。これは,原告X7の仕事の予定を無視した強制連行であった。本件現地本部は,B44部長及びB65巡査に命じて,同月14日朝7時に,呼出状など全くなく,予告もなしに突然連行し,原告X7が「たばこ乾燥場の仕事は人数が決まっており,1人欠けると仕事ができない,はずす訳にいかない」と言うことも聞き入れず,B44部長は,「行ってもらわないといかん」と言って,車で有無を言わせず志布志署に連行した。
これは,不合理なA6の供述に基づく,極めて不合理な嫌疑での原告X7に対する再度の取調べであり,それ自体,任意捜査の限界をはるかに超えた違法があるというべきである。
原告X7は,同月14日,B44部長の発言が理解できないでいた。「当事者だから分かるだろう」と厳しい追及を受けたが,実際にはなかった話であったので,沈黙するほかなかった。すると,怒られ,終日,同年4月28日付けの自白内容にそって供述をするほかなかったのである。同年5月15日に至って,原告X7は,2万円もらった旨の自白を,2回にわたり,1万円ずつもらった旨の自白に変更させられたが,同年4月28日の自白内容を同年5月12日のA6の供述内容に合致させるために,原告X7を同行しており,その目的においても,まさに,供述合わせのためのものであった違法な公権力の行使と言わざるを得ないのである。
これらの自白の成立過程を仔細に検討すれば,いかに,八海事件最高裁判所判決の定立した規範から逸脱していたか 明瞭である。この意味で,原告X7の取調べは,その目的においても,手段においても,違法と言わざるを得ないのである。
同月16日の取調べは,既に,A6の自白と齟齬するに至っていたのであるから,合理的嫌疑とはもはや言えず,取調室に連行することは,任意取調べの限界を逸脱していることは明白である。
(エ) 事実上の身柄拘束
原告X7は,7日間の取調べ期間中,トイレを監視し,食事も摂れない状況に置かれ,事実上の身柄拘束を受けた。いずれも密室で高齢者をパイプ椅子に長時間座らせ,昼食もまともに摂れない精神状態に追い込んでいる。原告X7は,高齢者であり,トイレ以外は,一旦取調室に入れられた後は,取調室から出ることも,立ち上がることもできなかったのである。
(オ) 威迫又は偽計による取調べ
捜査官は,平成15年4月22日及び同月26日,原告X7に金銭受供与を疑わせる事実は全く存在しないのに,その自白を強要することに長時間終始し,原告X7が「A6を連れて来てください」と言うと,B11警部補は,「逮捕された人を連れてこれるか」と怒鳴りつけ,原告X7が「絶対もらってません」と言うと,B11警部補は,「絶対という言葉を使うな」と怒鳴りつけた。
B11警部補は,同月26日,原告X7に対し,「夫からも聞かないかん,家族も全部引き出さんといかん。」と脅迫した。原告X7は,本件訴訟における原告本人尋問において,「もう,こんな思いは1人でいいと思いました。もうお父さんたちをこんな目に遭わせたくないと思いました」とそのときの心情を語っている。このような供述は,ごく自然なものであり,原告X7の供述が真実であることの証左である。
原告X7は,同月27日の取調べにおいて,B11警部補に対し,「逮捕して下さい。」と大声で叫ぶほどの心理状態となっているのに,B11警部補は,A6供述に沿う供述を引き出すために,さらに虚偽自白調書に署名・指印するまで取調べを継続した。B11警部補は,同日の取調べにおいて,原告X7に対し,何を受供与したのか捜査官の口から一切言わず,「もらったろうが,楽になれ」と虚偽自白を迫り,昼食もとる気が起こらない状況下に追い込み,B11警部補が,この日も「夫からも聞かんないかん,家族も引き出さんといかん」と脅したので,原告X7が苦し紛れに「もし,もらったら私はどうなるんですか」と聞いた途端,「お母さんは今もろうたと言ったな」と決め付け,もう「あと戻りはできんよ」と責め立て,原告X7が泣くと「泣いたから本当のこと」と揚げ足とりの取調べをした。
原告X7がその後,捜査官に迎合する供述に終始したが,通常の捜査官であれば,それが完全な作り話であることは容易に分かることであった。
原告X7は,同月14日及び同月15日の取調べにおいて,虚偽自白全てが作り話しであるため,辻褄が合わなくなることが多く,合わなくなるとB44部長は,机をたたき,焼酎について「A6がどこに持って来たか,玄関か」,「その金は何に使ったか」と責め立てた。作り話をこれ以上作りようがなくなって窮地に追い込まれた原告X7は,「殺して下さい」と大声で叫ぶ程の苦痛な取調べを受け続けた。
原告X7は,沈黙しているときに追及されると,辛くなりさらに記憶が混乱するところ,通常の捜査官であれば,そのことは容易に分かることであるが,捜査官は原告X7の供述能力に配慮することなく,誘導・強制を加えた取調べを継続し,虚偽の自白をさせ,さらに,原告X7が捜査官に迎合していることを知りながら,捜査官はこれを維持させた。
B11警部補は,その取調べ中,原告X7に対し,「A6から何かもらっているだろうが」と一方的に責め立てた。B11警部補は,法的知識がない原告X7に対し,一旦自白すると,もう後戻りはできないと思い込ませていることも,一連の原告X7の本人尋問の結果に照らせば,明らかである。原告X7が供述弱者であることは,その供述内容からも,容易に判明することであった。取調室で,B11警部補も,4日間,原告X7が質問に対して,「てきぱきとは答えられなかったと思います」と答え,また,質問に対して,うつむくことが多かったとも答えている。そして,我慢強く,ずっとパイプ椅子に座っていたことも認めている。また,質問に対して,的確に答えられなくなるという場面もあったことを認めている。このように,供述弱者を長時間,取調室に閉じ込め,威圧するような取調べであり,許されない取調べである。さらに,仮定の話なのに完全に揚げ足をとった強い口調で責めた。原告X7が悔しくて泣くと,今度は「泣いたから本当のことだ」と決めつけているが,このような取調べは,虚偽自白を生む取調べであるというべきである。供述弱者である原告X7は,B11警部補の取調べにより,自らを「逮捕してください」と大声で叫んだというのである。無実の者を追い詰めていたことを示す証拠である。原告X7は,長時間自白強要を受けた苦痛から逃げるために,遂に自ら虚偽事実を作り話しをするに至っている。B11警部補の意に沿うようにすることで追及の手が弱まり,苦痛から少しでも逃げられると考え,夫も引っ張られるなら自分が犠牲になろうと考えて,原告X7は1万円の受供与を自白したのである。なお,A6が2万円に供述を変更したのは,B11警部補が原告X7を自宅に送り届けた後であることは,B11警部補は認めている。
(カ) 体調に配慮しない取調べ
高齢の原告X7が,平成15年4月28日の取調べにおいて,B11警部補に対し,「血圧の薬を飲んだ。頭が痛い」と訴え,B11警部補は,原告X7が頭痛薬を持参していることを知っていたのに,その後も取調べを継続した。
B44部長は,同年5月15日の取調べにおいて,原告X7が取調べ中に横になり,原告X7の腰が痛いと容易に分かる状況にあったのに取調べを継続し,原告X7を長時間パイプ椅子に座らせ,原告X7が取調べ中,腰を悪くして斜め座りをすると,捜査官から姿勢が悪いと責め立てられた。
このような,合理的な嫌疑がないのに,高齢の防御能力のない原告X7を取調室で,10時間以上の長時間(13時間以上,取調室に拘束されている日が,同年4月26日,同月28日,同年5月14日,同月15日と4日間もある)取り調べることは拷問であり,許されないものというべきであり,同年4月28日の取調べでは,B11警部補の取調べの目的は,A6の供述にあわせて2万円に変更させることであって,この供述をさせるため,相当無理な取調べをしたことは,明らかである。なかった事実について(これを斟酌することはできるはずである),前日と異なる供述をいとも簡単に引き出しているからである。真実であれば,このような変更は考えられない。この日,原告X7は,B11警部補に,血圧の薬を飲んだが少し頭痛がするので頭痛薬を持って行きたいという申出を受けていた。つまり,原告X7は,体調不良だと訴えていたのである。このような体調不良であることを知りながら,無理な取調べをすれば,虚偽自白を誘発することがあることは十分に予見できることである。
このように,B11警部補は,原告X7の体調に配慮しない取調べを強行して,虚偽自白をさせたものであり,違法な公権力の行使であったというほかない。
(キ) 許されざる重複尋問及び不相当な尋問
B11警部補も,B44部長も,捜査官の意に沿う供述が得られるまで,原告X7に対し,同じ質問を繰り返し行っているが,これは,許されざる重複尋問であり,違法な権力行使である。平成15年4月28日の取調べでは,A6が前日,現金2万円を原告X7に渡したとの供述に変更していたことから,既にB11警部補に精神的に屈服していた原告X7は,B11警部補に迎合的に2万円との供述に変更させられた。B11警部補は,同月27日には,現金1万円とのA6の供述のとおりに,なかった事実について,原告X7から,A6と同じ金額の1万円をもらった旨の供述を引き出している。これは,繰り返しの質問がないと得られない供述である。しかし,同月28日になると,現金2万円とのA6の供述のとおりに,なかった事実について,これと同じ自白を原告X7から引き出している。これも,密室での長時間の取調べの結果である。そもそも,原告X7とA6は,四か月間の同僚にすぎず,「このような関係にすぎないものが,2万円もの現金をもらうはずがない」との原告X7の供述は信用に足るものである。そうすると,おのずと,そこには,繰り返しの不相当な誘導があったことを強く推認するものである。
A6が1万円と言えば,原告X7がこれを認めるまで自白を強要し続け,これをA6が2万円と供述を変更すれば,これにあわせて,原告X7に2万円に変更させるため,自白を強要し続けることは,八海事件最高裁判所判決の定立する規範に違反する行為である。
このような取調べは,虚偽自白を生むおそれのある危険な取調べ手法であり,とくに共犯者供述の危険性に配慮したものとは言えないものである。
(ク) 違法な捜索・差押え
B11警部補は,平成15年4月28日の夜間,原告X7の自宅に捜索差押令状もなく立入り,床の間にまで違法に上がり込んで,焼酎瓶の捜索をし,お茶やらっきょうを勝手に飲食し,床の間にあったお歳暮の焼酎2本を持ち去った。これは,任意提出の形をとってはいるが,原告X7が自ら進んで提出したものではない。B11警部補は,虚偽自白をさせられ,屈服している原告X7に,取調終了後,焼酎2本を任意提出させ,その所有権を放棄させている。なお,押収した焼酎2本において,鹿児島県警は所有権放棄させたにも拘わらず,無罪判決確定後に,原告X7に返還されている。
以上の経緯・事情に照らせば,B11警部補が夜間,原告X7宅に上がり込み,そして,焼酎を持ち去ったのであり,それらの行為は違法というほかない。
イ 被告の主張
(ア) 長時間の取調べ
原告X7に対する取調べの期間及び時間は,前記第2・2(9)ア(キ)に記載のとおりである。
長期間かつ長時間の取調べの違法性の有無の判断基準については,事案の性質,被疑者に対する容疑の程度,被疑者の態度,取調べの状況等,諸般の事情を勘案して判断すべきものであるところ,原告X7に現金と焼酎を供与した旨のA6の供述等から,原告X7に関する取調べの必要性が認められ,さらに,初期段階における証拠隠滅のおそれがあったこと,原告X7が受供与事実を認めたもの,受供与の詳細な説明を行っていないことなどの状況下において,取調べ期間は,原告X7の年齢・体調など諸般の事情を考慮した上で,連続ではなく,断続的に実施し,昼食時間におおむね1時間程度の休憩を設けているほか,原告X7の健康状態にも配慮しており,その取調べは,事案の解明に必要な範囲内で,かつ,任意性を損なうことのない限りにおいて適法・適正に実施したものであって,国家賠償法上違法と評価されるものではない。
(イ) 任意同行
本件不起訴等原告らは,原告X7に対する取調べが任意同行の名を借りた強制連行であって,平成15年5月14日及び同月15日の任意同行が,原告X7の仕事の予定を無視した強制連行であるなどと主張する。
しかし,原告X7に対する任意同行は,取調べの初日である同年4月22日に,昼食休憩していた原告X7に対して,B11警部補が自己紹介をした後,「A1さんの県議会選挙の関係で今からお話を聞きたい。志布志警察署の安楽駐在所に行っていただけませんか。」と声をかけたところ,原告X7は,「はい,分かりました。」と承諾し,その後,一旦自宅で着替えた後,捜査車両での任意同行に応じたもので,その後の任意同行についても原告X7の承諾を得て行っており,同年5月14日の任意同行は,B44部長が説得したところ,原告X7は,任意同行を承諾して自ら職場に電話して当日の仕事を断るなどしたものであり,いずれの日にも,原告X7を強制的に同行させた事実はない。
(ウ) 事実上の身柄拘束の不存在
本件不起訴等原告らは,原告X7に対する取調べ期間中,トイレを監視され,食事を与えられず,事実上の身柄拘束をしたなどと主張する。
しかし,平成15年4月22日に原告X7の取調べを行った安楽駐在所は,来訪者が利用できるように駐在所の建物の外にトイレの入り口があったので,補助官がトイレの入り口を案内した上で,原告X7のプライバシーに配慮し,来訪者に原告X7が取調べを受けていることを悟られないように配慮していたものであり,同月26日以降は,志布志署で取り調べているが,志布志署のトイレは,免許更新や一般の来訪者の待合室を兼ねたロビーの奥にあり,原告X7が一般来訪者やマスコミ関係者等と顔を合わせる可能性があったほか,当時,A6が任意取調べ中に女子トイレに閉じこもり「殺して。」と叫ぶなどしたことの状況を受けて,プライバシー保護や事故防止上の観点から,必要な限度内において,補助官がトイレ付近まで案内したものであって,退去の自由を侵害した事実はなく,事実上の身柄拘束と評価されるべきものではない。
また,食事の点について,原告X7は,同月26日の昼食は,うどんを注文し,同月27日の昼食は,空腹ではないことを理由に注文を断り,4月28日は,昼食を注文をしているが,同日の夕食については注文を断るなど,B11警部補は,原告X7に昼食の都度,注文を聞いていたのであって,食事を取らせなかった事実はない。
加えて,休憩時間についても,必ず昼食時間帯に約1時間設けており,夕食時間帯にも30分ぐらい設けており,本件不起訴等原告らの主張に係るような事実はない。
(エ) 威迫又は偽計による取調べの不存在
本件不起訴等原告らは,原告X7が,逮捕された人が嘘を言うはずがないというB11警部補に対し,A6を取調室に連れて来てほしいと反論したところ,B11警部補が「逮捕された人を連れてこれるか」と怒鳴りつけたなどと主張しているが,B11警部補がこの点について怒ったという事実はない。
本件不起訴等原告らは,B11警部補が,原告X7に対し,「夫からも聞かんないかん。家族も全部引きださんといかん。」と脅迫したなどと主張するが,そのような事実はない。
本件不起訴等原告らは,B11警部補が,平成15年4月27日の取調べにおいて,原告X7に対し,「今もろたと言うたな,もう後戻りはできないよ」と一方的に決めつけ,揚げ足をとって取り調べたなどと主張するが,同日の取調べで,原告X7は,目に涙を浮かべながら「A6さんからA1さんの選挙のお金をもらいました。現金1万円でした。」と供述したことから,B11警部補は,これを供述調書に録取し,原告X7に読み聞かせたところ,間違いない旨申し立て,供述調書の末尾に署名指印している。
そして,原告X7の供述を裏付けるために別の捜査員が,原告X7の夫であるA43から事情聴取したところ,原告X7の供述と一致し,裏付けがとれたものであり,本件不起訴等原告らが主張するような揚げ足をとって取り調べた事実はない。
本件不起訴等原告らは,B44部長が,机をドンドンたたき責め立て,原告X7は殺してくださいと大声で叫ぶ程の苦痛な取調べを受け続けたなどと強圧的な取調べをしたと主張する。
しかし,原告X7は,本件訴訟における原告本人尋問で,本件不起訴等原告ら代理人から過度に誘導されている上,本件不起訴等原告ら代理人からの「机をたたいたのはしょっちゅうであるか」との質問に対しても,「1回である。」と供述し,さらに,「怒られるのはしょっちゅうあったんですか。」などと誘導されたにもかかわらず,「いや,そんなには怒ってませんでした。」と供述しているのであって,B44部長が強圧的な取調べをした事実はない。
本件不起訴等原告らは,その他,時期や行為を特定せず,種々主張するが,県警の捜査官が,威迫や偽計による取調べをした事実はない。
(オ) 体調に配慮しない取調べの不存在
本件不起訴等原告らは,原告X7に対する平成15年4月28日の取調べについて,原告X7が「血圧の薬を飲んだ。頭が痛い。」と訴え,頭痛薬を持参していることを知っていたのに,その後も長時間の取調べを継続したなどと主張するが,B11警部補は,取調べを始める前に原告X7に対して,「具合が悪くなったらいつでも言ってください。その時は取調べはやめます。」と言っており,それに対して,原告X7は,「大丈夫です。今のところ受けられます。」と答えて取調べに応じており,また,原告X7から帰宅したいなどとの申出も一切なく,B11警部補は,体調に配慮した取調べを実施したにすぎない。
本件不起訴等原告らは,原告X7をパイプ椅子に長時間座らせた,原告X7が取調べ中横になり,腰が痛いと容易に分かる状況にあったのに取調べを継続して受忍させ自白を強要したなどと主張するが,県警の捜査官は,休憩時間を確保するなど,長時間連続して苦痛を与える取調べをした事実はなく,原告X7は,何一つ腰痛の申出等もせずに取調べを受けている。
(カ) 違法な捜索・差押えの不存在
本件不起訴等原告らは,県警の捜査官が,夜間,原告X7方に令状なく立入り,床の間にまで上がり込んで焼酎瓶の捜索をしたなどと主張するが,事実は異なる。
すなわち,原告X7は,同日の取調べにおいて,A6からもらった焼酎の銘柄は○○であり,まだ,自宅の床の間に置いてあるので警察に提出する旨を申し立てたことから,B11警部補らが,取調べが終了した午後9時過ぎに原告X7を自宅まで送り届けた際に同焼酎の任意提出を受けたにすぎず,B11警部補らが原告X7の自宅を捜索し,焼酎瓶を差し押さえた事実はない。
(12)  争点(3)(本件不起訴等原告らの損害の発生及びその額)
ア 本件不起訴等原告らの主張
(ア) 肉体的・精神的苦痛
県警の捜査官の上記各違法行為により,本件不起訴等原告らは,以下のとおりの肉体的・精神的苦痛を被った。
a 原告X1
原告X1は,そもそもありもしない買収事件をでっち上げられて,原告X1は,嫌疑がないにも拘わらず12日間合計145時間47分もの長時間・長期間の取調べを受忍させられ,その取調べも偽計や威迫が折り混ざったものであったため,自殺を考えるほどの精神的苦痛を受けた。原告X1の血圧は,普段は収縮期血圧が120から130であったのに,170から下がらなくなり,平成15年5月24日には病院に行き点滴を打ってもらう程,精神的・肉体的に追い詰められ,原告X1は,精神的にも肉体的にもまいり,平川病院で点滴を打ってもらう程体調が悪かったため,取調べのため長男の家に迎えに来た刑事に対し,体調が悪いから取調べを休ませてくれと言ったが,「それは理由にならん。証拠隠滅になる。逃亡の恐れがある」と言ったうえ,取調べを拒否すれば逮捕することを匂わせ,強制的に取調べを受けさせられた。同月26日には精神的に追い詰められ,取調べの最中,錯乱し,「残念じゃあ,無念じゃあ,俺の気持ちは分からん」「分からん,分からん,バカじゃ,俺はバカじゃ,心配じゃ,子どもにも心配をかけて」「殺せ,死んだ方がましだ,A6,なんぼくれたか,いっかせてよ,助けてくれ」と叫んだほど,違法な取調べにより,原告X1は,精神に錯乱をきたすほどの苦痛を負った。その結果,虚偽自白をするに至ったのである。
b 原告X2
原告X2は,任意捜査の段階から,ありもしない会合への参加につき,繰り返し,無意味な事実上の身柄拘束及び取調べを受けたものであり,その精神的苦痛は甚大なものである。
通常人が警察官に任意同行を求められ,それを拒否することは困難であり,ましてや本件のように選挙違反事件があったという前提で近隣の多くの人が取り調べを受け,また逮捕勾留されている状況では,自分も任意同行を拒否すれば逮捕勾留というようなことになるのではないかとおそれ,でき得る限りその言葉に従おうとするのは充分考えられることである。まさに原告X2の心情もそのとおりであり,原告X2にとっては,四浦において買収会合があり,そこに自分が出席するなどということは全く存在しないことであり,そのことにつき長期,長時間にわたり取り調べされるということは著しい精神的苦痛であったことは誰が見ても明らかである。その上,捜査側がA1のアリバイの存在を知る状況になった後,逮捕勾留された原告X2の屈辱は計り知れないものがあり,その精神的,肉体的損害は多大である。
c 原告X3
原告X3は,違法な取調べによって,取調べ中に全身痙攣を起こし,複数回嘔吐し,入院する事態にまで陥るほどの重大な精神的・肉体的被害を被った。
すなわち,嫌疑がない中での平成15年5月11日以降の長期間・長時間にわたる取調べを行い,同月17日,B49巡査部長がA4の紙に丸を幾つか書いて見せ,そのうちの一つの丸を示し,「逮捕された人たちは否認を続けていたから逮捕されたんだよ。」と言い,次いで,他方の丸を示し,「もう一方の人たちは否認せずにちゃんと調書を取られているから逮捕されていないんだよ。」,「お前の様子を見ていると逮捕,逮捕の方へずうっと進んでいる。逮捕されないように進むには,ちゃんと話をした方がいいんじゃないか。」と,「逮捕」をちらつかせ,全身痙攣及び嘔吐するまで自白を強要した取調べを行い,同月18日及び同月19日には,入院先の病院から警察署まで連れ出し,取調べ中の嘔吐に備えてバケツを設置してまで取調べを行い,取調べ中に退院を強要し,その後のB15警部補によるヒントを与えながらそれに答えさせる形で行った誘導に基づく取調べ等は,いずれも任意捜査の限界を超えた高度の違法性の有無を伴う取調べであり,かかる違法な取調べによって原告X3が被った精神的苦痛がいかに多大なものであったかは,同人が取調べ中に全身痙攣を起こし,複数回嘔吐し,入院する事態にまで陥ったことが明確に示している。
以上のとおり,原告X3は,被告の上記数々の違法行為により,甚大な精神的苦痛を被ったものであり,被告はこれを賠償する責任を負う。
d 原告X4
原告X4は,そもそもありもしない4回目会合に参加したことを認めろと恫喝されて違法な取調べ等を受け続け,捜査官の執拗な長期間・長時間の取調べで,体重が減少し,その結果,心身症,自律神経失調症,うつ病にり患し,うつ病の診断を受け病院に一週間入院を余儀なくされた。
原告X4は,取調べの間に,補助官にお茶を買ってきてもらったことがあったが,長い間,両手の拳を握りしめていたため,力が入らず,缶の蓋が開けられなくなっていた。手も上がらなくなっていた。そこで,お茶の蓋は,補助官に開けてもらった。原告X4が補助官の前で,お茶の缶を落としたりしたので,それを見た補助官があけてくれると言って,あけてくれた。このように,取調べにより,原告X4は,同じ姿勢の強要により,椎間板ヘルニアとなって指先のしびれ,麻痺が出現し,力が入らない状態となっていた。
その後も,原告X4は,捜査官から執拗に取調べを強要され,同じ姿勢を強要されたため,原告X4は頚椎椎間板ヘルニアで,C4,C5の椎間板の手術しなければならなくなり,同年8月5日,鹿屋の県立病院に入院し,検査などをしながら同月12日に手術をした。
このように原告X4は,捜査官の違法な行為により精神的,肉体的な苦痛を受けた。
e 原告X5
本件現地本部は証拠関係を十分に検討すれば容易に被疑事実がないことが分かるにもかかわらず,B9警部補やB16警部補に指揮して,違法な取調べを行わせた。B9警部補からは,黙秘権を告げられないで取調べをされたり,捜査比例の原則に反する長時間かつ違法な,そして,被疑者の体調に気遣いを見せない取調べにより,病院で点滴治療を受けなければならないほど肉体的はもちろん精神的に傷つけられたり,虚偽の自白を強要する違法な取調べにより精神的ダメージを負った。B16警部補からは,同様に長時間の違法な取調べを受けるとともに,「逮捕されても構わない」というような紙に署名させられたり,交番の窓から屈辱的な言葉を叫ぶことを強要される等人格権を侵害する違法な行為をされた。
原告X5は,県警の違法な取調べによって義務のないことを強要されて著しい屈辱を受けるとともに,長時間の取調べにより体調を崩し,同年4月22日,同月23日,同年5月16日に病院で治療を受けることを余儀なくされ,甚大な精神的損害を受けた。
これらの本件現地本部により違法な行為により原告X5が負った精神的損害は計り知れないものがある。
f 原告X6
原告X6は,不要かつ違法な取調べを受け続け,その結果,うつ病にり患して入院せざるを得なくなった。その後も,本件現地本部は,原告X6に対し,不必要な取り調べを続け,入院中の原告を2回取り調べ,退院後も3日間取り調べ,原告X6は,甚大な精神的苦痛を被った。
g 原告X7
原告X7は,県警の違法な取調べによって,連日,長時間パイプ椅子に座らせた拘束状態に置かれ,食事もまともに摂れない精神状態に追い込まれ,高齢で腰の悪い原告X7を「逮捕してください」「殺してください」と,大声で叫ぶくらい心身共に追い詰められ,揚げ足を取る手法で被疑者に仕立てあげられ,次々と作り話で苦痛から逃れる供述をする心理状態に追い込まれて,犯人として受供与を自白させられたこと,焼酎を捜査官に差し出したことによる自責の念に苛まれ,犯人扱いされたことによる精神的苦痛及び長時間拘束による体調の不調による肉体的苦痛を受けた。
このように,客観性も具体性もない,当初から捜査官の主観的な合理性の全くない嫌疑のみで,脅しと威圧を繰り返して,原告X7を犯人に仕立てる取調べは,強制捜査であっても許されない自白強要であり,任意捜査の合理的範囲を超えた違法な取調べであった。
本件現地本部は,原告X7を違法に自白に追い込んでいながらその処分結果すら同人に知らせていない。善良な県民を散々痛み付けた本件捜査は,一体何だったのか,原告X7の精神的苦痛は続いており消えることはない。
(イ) 被疑者補償規定に基づく補償金
原告X2は被疑者補償規定に基づく補償金として26万2500円の交付を受けているが,これを控除しても,本件不起訴等原告らの肉体的精神的苦痛を慰謝する金額は,300万円を下らない。
(ウ) 弁護士費用
本件不起訴等原告らは,弁護士である原告訴訟代理人らに本件訴訟の追行を委任したが,その報酬はそれぞれの原告について30万円が相当であり,これは捜査官らの上記不法行為と相当因果関係のある損害である。
(エ) 合計
したがって,本件不起訴等原告らは,それぞれ,被告に対し,国家賠償請求権に基づく損害賠償として,各自金330万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成18年11月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
イ 被告の主張
(ア) 認否
本件不起訴等原告らの各損害の発生及びそれらと被告の行為との相当因果関係をいずれも争う。
(イ) 損益相殺
仮に本件不起訴等原告らに何らかの損害が発生していたとしても,前記第2・2(13)のとおり,原告X2は,被疑者補償規定に基づく補償金を受け取っており,これらは,本件不起訴等原告らの各損害について損益相殺されるべきである。
(13)  争点(4)(消滅時効の成否)
ア 被告の主張
(ア) 国家賠償法上の消滅時効の根拠規定
国家賠償法4条は,国又は公共団体の損害賠償の責任については,前3条の規定による外,民法の規定による旨を規定し,民法724条は不法行為による損害賠償の請求権は,被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないときは,時効によって消滅し,不法行為の時から20年を経過したときも,同様とする旨を規定する。
(イ) 消滅時効の起算点の解釈
捜査活動によって損害を受けたとして損害賠償を請求する場合についても,当然これらの規定が適用されるわけであるが,個別の捜査活動の態様や捜査の過程での捜査員の言動が違法であると主張する場合,裁判例は,「護送,取調べに関してなされたとする原告主張の各違法行為が現実に行われたものならば,その各個の加害行為ごとに原告は直ちにこれを知り,その加害行為の加害者,損害及び右行為が違法であることをも当然に知ったはずであることはその行為自体で明らかである。」(東京地方裁判所昭和39年7月17日判決・判例時報381号9頁),「本件は,原告が本件逮捕,連行行為の際にさらし者にされたという屈辱感等を感じたことについて賠償を求めるものであるが,原告は,本件行為時点において自らが受けたとする損害を認識していたというべきであり,かつ,本件行為の加害者が警視庁所属の警察官らであったこと及び各人の容貌や一部の者の名前を認識しており,その姓名を具体的に知らなくても賠償請求の相手方を具体的に特定して認識することができたものというべきであるから,原告が民事訴訟を提起し,相手方の違法な行為によって損害を受けたと主張し,右主張について司法判断を求めることが可能であったことは明らかである。」等と判示している(東京地方裁判所平成5年10月4日判決・判例時報1491号121頁)。
したがって,捜査過程における個別の違法行為に関しては,被害者において,必ずしも刑事事件の判決の確定を待たなくては当該行為の違法性の有無とこれによる損害を判断し得ないものではないため,個別の行為ごとに被害者が損害及び加害者を知った時点から消滅時効が進行する。
消滅時効の起算点について,裁判例では,「民法724条にいう「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」とは,被害者において,加害者に対する賠償請求をすることが事実上可能な状況の下に,それが可能な程度に損害及び加害者を知った時を意味し,同条にいう被害者が加害者を知った時とは,被害者が損害の発生を現実に認識した時をいうと解するのが相当である。」と判示されている(最高裁判所平成16年12月24日第二小法廷判決・判例時報1887号52頁)。
また,国家賠償請求訴訟における加害者については,公務員の氏名等を個別的に特定することまでは必要ではないとされている(最高裁判所昭和57年4月1日第一小法廷判決・民集36巻4号519頁)。
(ウ) 本件における消滅時効の起算点
本件不起訴等原告らの訴状等からも明らかなとおり,本件不起訴等原告らは,個々の取調べ日や加害者とする公務員を特定し,個々の任意同行や取調べの態様面における違法性の有無を主張しており,本件不起訴等原告らが,捜査段階においてこれらの事実を認識していたことは明らかである。
加えて,警察官らは,いずれも県警の警察官であることを明示し,自らの名前を名乗った上で任意同行や取調べなどに当たっており,本件不起訴等原告らが,当時から少なくとも賠償請求の相手方を十分に特定し得る程度に「加害者」を認識していたことも明らかである。
したがって,本件不起訴等原告らは,任意同行や取調べ等が行われた時点で権利の行使をなし得べき事実について認識しており,損害賠償請求が事実上可能な状況にあったと認められることから,この時点から消滅時効は進行しているとみるべきである。
そして,本件不起訴等原告らは,平成18年4月26日付けで,通知書を被告鹿児島県宛に送付し,その後,同年10月27日,本件訴訟を提起しているところ,当該通知書をもって,民法153条の催告として時効の中断があったとみるとしても,本件不起訴等原告らは,平成18年4月26日の経過までに消滅時効が完成する行為については,平成18年10月27日に提起された本件訴訟によって,民法153条の催告として時効中断の効力を主張できないことになる。
(エ) 結論
以上によれば,本件不起訴等原告らが主張する県警の捜査過程における各原告に対する違法な行為のうち,原告X5の平成15年4月19日ないし同月22日及び同月25日に係る損害賠償請求権