【選挙から学ぶ判例】crps 裁判例 lgbt 裁判例 nda 裁判例 nhk 裁判例 nhk 受信料 裁判例 pl法 裁判例 pta 裁判例 ptsd 裁判例 アメリカ 裁判例 検索 オーバーローン 財産分与 裁判例 クレーマー 裁判例 クレプトマニア 裁判例 サブリース 裁判例 ストーカー 裁判例 セクシャルハラスメント 裁判例 せクハラ 裁判例 タイムカード 裁判例 タイムスタンプ 裁判例 ドライブレコーダー 裁判例 ノンオペレーションチャージ 裁判例 ハーグ条約 裁判例 バイトテロ 裁判例 パタハラ 裁判例 パブリシティ権 裁判例 ハラスメント 裁判例 パワーハラスメント 裁判例 パワハラ 裁判例 ファクタリング 裁判例 プライバシー 裁判例 プライバシーの侵害 裁判例 プライバシー権 裁判例 ブラックバイト 裁判例 ベネッセ 裁判例 ベルシステム24 裁判例 マタニティハラスメント 裁判例 マタハラ 裁判例 マンション 騒音 裁判例 メンタルヘルス 裁判例 モラハラ 裁判例 モラルハラスメント 裁判例 リストラ 裁判例 リツイート 名誉毀損 裁判例 リフォーム 裁判例 遺言 解釈 裁判例 遺言 裁判例 遺言書 裁判例 遺言能力 裁判例 引き抜き 裁判例 営業秘密 裁判例 応召義務 裁判例 応用美術 裁判例 横浜地裁 裁判例 過失割合 裁判例 過労死 裁判例 介護事故 裁判例 会社法 裁判例 解雇 裁判例 外国人労働者 裁判例 学校 裁判例 学校教育法施行規則第48条 裁判例 学校事故 裁判例 環境権 裁判例 管理監督者 裁判例 器物損壊 裁判例 基本的人権 裁判例 寄与分 裁判例 偽装請負 裁判例 逆パワハラ 裁判例 休業損害 裁判例 休憩時間 裁判例 競業避止義務 裁判例 教育を受ける権利 裁判例 脅迫 裁判例 業務上横領 裁判例 近隣トラブル 裁判例 契約締結上の過失 裁判例 原状回復 裁判例 固定残業代 裁判例 雇い止め 裁判例 雇止め 裁判例 交通事故 過失割合 裁判例 交通事故 裁判例 交通事故 裁判例 検索 公共の福祉 裁判例 公序良俗違反 裁判例 公図 裁判例 厚生労働省 パワハラ 裁判例 行政訴訟 裁判例 行政法 裁判例 降格 裁判例 合併 裁判例 婚約破棄 裁判例 裁判員制度 裁判例 裁判所 知的財産 裁判例 裁判例 データ 裁判例 データベース 裁判例 データベース 無料 裁判例 とは 裁判例 とは 判例 裁判例 ニュース 裁判例 レポート 裁判例 安全配慮義務 裁判例 意味 裁判例 引用 裁判例 引用の仕方 裁判例 引用方法 裁判例 英語 裁判例 英語で 裁判例 英訳 裁判例 閲覧 裁判例 学説にみる交通事故物的損害 2-1 全損編 裁判例 共有物分割 裁判例 刑事事件 裁判例 刑法 裁判例 憲法 裁判例 検査 裁判例 検索 裁判例 検索方法 裁判例 公開 裁判例 公知の事実 裁判例 広島 裁判例 国際私法 裁判例 最高裁 裁判例 最高裁判所 裁判例 最新 裁判例 裁判所 裁判例 雑誌 裁判例 事件番号 裁判例 射程 裁判例 書き方 裁判例 書籍 裁判例 商標 裁判例 消費税 裁判例 証拠説明書 裁判例 証拠提出 裁判例 情報 裁判例 全文 裁判例 速報 裁判例 探し方 裁判例 知財 裁判例 調べ方 裁判例 調査 裁判例 定義 裁判例 東京地裁 裁判例 同一労働同一賃金 裁判例 特許 裁判例 読み方 裁判例 入手方法 裁判例 判決 違い 裁判例 判決文 裁判例 判例 裁判例 判例 違い 裁判例 百選 裁判例 表記 裁判例 別紙 裁判例 本 裁判例 面白い 裁判例 労働 裁判例・学説にみる交通事故物的損害 2-1 全損編 裁判例・審判例からみた 特別受益・寄与分 裁判例からみる消費税法 裁判例とは 裁量労働制 裁判例 財産分与 裁判例 産業医 裁判例 残業代未払い 裁判例 試用期間 解雇 裁判例 持ち帰り残業 裁判例 自己決定権 裁判例 自転車事故 裁判例 自由権 裁判例 手待ち時間 裁判例 受動喫煙 裁判例 重過失 裁判例 商法512条 裁判例 証拠説明書 記載例 裁判例 証拠説明書 裁判例 引用 情報公開 裁判例 職員会議 裁判例 振り込め詐欺 裁判例 身元保証 裁判例 人権侵害 裁判例 人種差別撤廃条約 裁判例 整理解雇 裁判例 生活保護 裁判例 生存権 裁判例 生命保険 裁判例 盛岡地裁 裁判例 製造物責任 裁判例 製造物責任法 裁判例 請負 裁判例 税務大学校 裁判例 接見交通権 裁判例 先使用権 裁判例 租税 裁判例 租税法 裁判例 相続 裁判例 相続税 裁判例 相続放棄 裁判例 騒音 裁判例 尊厳死 裁判例 損害賠償請求 裁判例 体罰 裁判例 退職勧奨 違法 裁判例 退職勧奨 裁判例 退職強要 裁判例 退職金 裁判例 大阪高裁 裁判例 大阪地裁 裁判例 大阪地方裁判所 裁判例 大麻 裁判例 第一法規 裁判例 男女差別 裁判例 男女差别 裁判例 知財高裁 裁判例 知的財産 裁判例 知的財産権 裁判例 中絶 慰謝料 裁判例 著作権 裁判例 長時間労働 裁判例 追突 裁判例 通勤災害 裁判例 通信の秘密 裁判例 貞操権 慰謝料 裁判例 転勤 裁判例 転籍 裁判例 電子契約 裁判例 電子署名 裁判例 同性婚 裁判例 独占禁止法 裁判例 内縁 裁判例 内定取り消し 裁判例 内定取消 裁判例 内部統制システム 裁判例 二次創作 裁判例 日本郵便 裁判例 熱中症 裁判例 能力不足 解雇 裁判例 脳死 裁判例 脳脊髄液減少症 裁判例 派遣 裁判例 判決 裁判例 違い 判決 判例 裁判例 判例 と 裁判例 判例 裁判例 とは 判例 裁判例 違い 秘密保持契約 裁判例 秘密録音 裁判例 非接触事故 裁判例 美容整形 裁判例 表現の自由 裁判例 表明保証 裁判例 評価損 裁判例 不正競争防止法 営業秘密 裁判例 不正競争防止法 裁判例 不貞 慰謝料 裁判例 不貞行為 慰謝料 裁判例 不貞行為 裁判例 不当解雇 裁判例 不動産 裁判例 浮気 慰謝料 裁判例 副業 裁判例 副業禁止 裁判例 分掌変更 裁判例 文書提出命令 裁判例 平和的生存権 裁判例 別居期間 裁判例 変形労働時間制 裁判例 弁護士会照会 裁判例 法の下の平等 裁判例 法人格否認の法理 裁判例 法務省 裁判例 忘れられる権利 裁判例 枕営業 裁判例 未払い残業代 裁判例 民事事件 裁判例 民事信託 裁判例 民事訴訟 裁判例 民泊 裁判例 民法 裁判例 無期転換 裁判例 無断欠勤 解雇 裁判例 名ばかり管理職 裁判例 名義株 裁判例 名古屋高裁 裁判例 名誉棄損 裁判例 名誉毀損 裁判例 免責不許可 裁判例 面会交流 裁判例 約款 裁判例 有給休暇 裁判例 有責配偶者 裁判例 予防接種 裁判例 離婚 裁判例 立ち退き料 裁判例 立退料 裁判例 類推解釈 裁判例 類推解釈の禁止 裁判例 礼金 裁判例 労災 裁判例 労災事故 裁判例 労働基準法 裁判例 労働基準法違反 裁判例 労働契約法20条 裁判例 労働裁判 裁判例 労働時間 裁判例 労働者性 裁判例 労働法 裁判例 和解 裁判例

「選挙 コンサルタント」に関する裁判例(92)昭和61年 3月31日 大阪地裁 昭59(ヨ)5089号 

「選挙 コンサルタント」に関する裁判例(92)昭和61年 3月31日 大阪地裁 昭59(ヨ)5089号

裁判年月日  昭和61年 3月31日  裁判所名  大阪地裁
事件番号  昭59(ヨ)5089号
事件名
文献番号  1986WLJPCA03316015

出典
労判 473号14頁

裁判年月日  昭和61年 3月31日  裁判所名  大阪地裁
事件番号  昭59(ヨ)5089号
事件名
文献番号  1986WLJPCA03316015

申請人 菅原俊雄
右訴訟代理人弁護士 吉岡良治
同 津留崎直美
同 松尾直嗣
同 長野真一郎
被申請人 株式会社新日本技術コンサルタント
右代表者代表取締役 的場皎
右訴訟代理人弁護士 竹林節治
同 畑守人
同 中川克己
同 福島正

 

 

主文

一  被申請人は申請人に対し、申請人を被申請人東京支店技術第二室所属の従業員として仮に取扱え。
二  被申請人は申請人に対し、金二、五一七、七三五円及び昭和六一年四月以降、本案訴訟の第一審判決言渡に至るまで、毎月一五日限り、月額一八一、三〇一円の割合による金員を仮に支払え。
三  申請人のその余の申請を却下する。
四  申請費用は被申請人の負担とする。

 

 

理由

第一  当事者の求めた裁判
一  申請の趣旨
1  主文第一、第四項と同旨。
2  被申請人は申請人に対し、金三、七四〇、九一一円及び昭和六一年三月以降本案判決確定に至るまで、毎月一五日限り月額一八一、三〇一円の割合による金員を仮に支払え。
二  申請の趣旨に対する答弁
1  申請人の本件申請をいずれも却下する。
2  申請費用は申請人の負担とする。
第二  当裁判所の判断
一  次の事実は、当事者間に争いがない。
1  雇用契約
(一) 被申請人は、昭和三八年九月二一日設立され、土木、建築、電気、機械の調査、計画、設計、研究及び工事管理を営業種目とし、肩書地に本店を置き、東京に支店を、名古屋、広島、仙台、滋賀、岩手に事務所を置いている。
(二) 申請人は、昭和五七年一月一日被申請人に雇用され、被申請人の東京支店技術部技術第二室に所属し、昭和五九年四月まで同所で勤務していた。
2  配転命令
(一) 申請人は、被申請人から昭和五九年五月一日付で本社(大阪)電算室勤務の配転辞令を受け、電算教育への派遣として、同月七日から同所での勤務についた。
(二) 申請人は、被申請人から同年七月一日付で東京支店技術部技術第二室勤務の配転辞令を受け、同月九日から再び元の職場で勤務することとなった。
(三) 申請人は、被申請人から、同年九月二〇日内示のうえで、同年九月二五日、「東京支店仙台事務所勤務を命ずる」旨の配転命令(以下「本件配転命令」という。)を受けた。
3  本件解雇
被申請人は、申請人が本件配転命令に応じなかったため、申請人に対し、同年一一月五日付で、「就業規則第五五条第一号により免職する」との懲戒解雇処分(以下「本件解雇」という。)をした。
二  当事者間に争いのない事実及び本件疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。
1  当事者
(一) 被申請人
被申請人は、昭和三八年、関西電力株式会社(以下「関西電力」という。)の土木、電気関係の技術部門を分離独立させる形で設立され、資本面では、関西電力が被申請人の株式の七三・九パーセントを所有し、関西電力の子会社となっており、役員構成は、被申請人代表取締役の的場皎社長をはじめとして役員の大半は関西電力関係者で占められ(労務担当重役は、設立以来全員が関西電力出身者である。)、業務面でも、関西電力発注事業が約三分の一を占めるなど、関西電力の強い影響下にある。
(二) 申請人の経歴
(1) 申請人は、昭和五五年三月岩手大学農学部農業土木学科を卒業し、同年四月りんかい建設株式会社に就職し、同社八戸出張所で港湾のしゅんせつ、防波堤の建設工事に、同年七月から同社久慈出張所で港湾工事及び道路工事に従事し、土木工事の施工管理等の仕事を担当していた。しかし、大学で学んだ技術を生かしたいと思い、昭和五六年五月ころ出身大学担当教授を通して被申請人の紹介を受け、設計、コンサルタント業への希望を強め、昭和五七年一月被申請人に入社した。
(2) 申請人は、入社後東京支店技術部技術第二室において、主にダムのグラウト解析(ダム地盤へのセメント注入の解析)、ダム建設計画(場所、規模、経済性等の計画)、河川基本高水の検討(洪水量等の解析)、グラウト管理システム等のダム・河川計画に関する電算処理や報告書の作成を行なっていた。
なお、技術部第一室は、受注業務のうち、構造物の設計が主体であり、同第二室は、調査、計画に関する業務及びそれに付随する計算(電算)業務が中心となっている。
2  被申請人の労使関係
(一) 組合の結成
被申請人には、その従業員で組織する労働組合である新日本技術コンサルタント労働組合(以下「組合」という。)があり、被申請人の肩書住所地に本部を置いている。組合は、昭和四五年一〇月一七日、被申請人の従業員のうち関西電力からの出向社員とその余の従業員との労働条件の格差問題(退職金においては半額以下)を契機として結成され、現在組合加入有資格者約二五〇名中、二〇四名が組合員(東京支店は約一五名)となっており、上部団体の全国建設関連産業労働組合連合会(昭和六〇年二月に「協議会」から「連合会」に変更)に加盟している。
なお、関西電力の子会社二〇社中、労働組合のある一五社の中で、いわゆる「労使協調路線」をとる全民労協傘下の「電力総連」に加盟していないのは被申請人の組合だけである。
(二) 的場社長就任以前の労使関係
(1) 組合は、被申請人との間に、昭和四五年一一月「組合活動に関する覚え書き」を締結し、以後、昭和四六年六月女子の生理休暇(一回につき二日有給)に関し、同年一〇月時間外労働、休日労働(月四五時間、現場七五時間、休日出勤月二回以下に制限)に関し、昭和四八年一月現場駐在派遣の際の労働条件(一か月前事前協議)に関し、昭和四九年五月完全週休二日制、労働時間短縮、時間外賃率の引き上げに関し、協定を締結するなど、労働条件の向上のための活動をした。
(2) また、組合は、昭和四八年一二月、冬の一時金闘争において、ピケットストライキを含むストライキを行ない、昭和四九年春闘では、統一デモに参加し、昭和五二年四月、五月には、関西電力からの出向社員とその余の従業員との賃金格差の是正を求めて、三回に亘り、親会社の関西電力に対し、要請行動をするなど、比較的活発な組合活動をしていたが、労使関係が特に嫌悪な状態になるということはなかった。
(三) 的場社長就任以後の労使関係
昭和五二年春闘で問題解決をはかるべく組合が関西電力に対し要請行動をしたが、その直後である同年六月になされた被申請人の役員人事において、松本栄治社長及び高嶌計雄取締役(総務部長)が更迭され、関西電力から派遣された、的場皎が社長に、粕谷正二が労務担当の常務取締役にそれぞれ就任した。
これに対し、組合は、関西電力が労務対策強化のために前任者を更迭左遷して的場、粕谷両名を派遣してきたものと受け止めた。その後、組合が問題とした点として、次のような事例があった。
(1) 昭和五三年三月から七月まで、毎月開催される電気部会議で、佐内部長は、「組合の既得権を侵害するつもりはないが」としたうえで、「ストライキが君たちの将来のためになるのかどうかよく考えてほしい。」、「組合ニュースは嘘を書いている。」旨発言した。
(2) 同年六月二三日、夏期一時金闘争中、土木第二部の古山部長、草深室長は、課長代理以上の組合員を集め、「このまま実力行使(ストライキ)を続けると大変なことになる。組合の中で、実力行使をやめるよう声を出せ。」との発言をした。
(3) 同年七月二六日、新入社員を集めて「新入社員教育」がなされたが、その際、粕谷常務、大草総務部長らは、「組合ニュースはデタラメだから信じるな。共産党(員)は企業にとって相容れない。会社にも共産党員がいるようだ。共産党員が組合(執行部)に入るのは好ましくない。」旨発言した。
(4) 同年八月二日組合の役員選挙が公示されたが、電気部、機械部等で、部長、室長等の管理職から組合員が役員選挙に立候補するよう声をかけられ、組合は、被申請人による不当労働行為であるとして抗議した。
(5) 昭和五三年以降の毎春闘において、被申請人は組合との事前折衝を持たないまま、「一発回答」を続け、昭和五六年春闘において、組合は、時限ストライキ、残業、出張拒否の争議行為をなし、同年六月二〇日には、実質的な団体交渉の拒否であるとして、大阪府地方労働委員会(以下「大阪府地労委」という。)にあっせん申請をした。
(四) 秘密漏洩問題に対する被申請人の認識
昭和五七年四月二日、日本共産党は、関西電力の極秘文書である「原子力発電所新設予定地の地形地質調査報告書」を入手した旨発表した。右秘密漏洩問題に関連して、被申請人の粕谷常務は、次のような発言をした。
(1) 同年一一月一九日、組合が年末一時金要求書を提出した際、同常務は、組合の八三年度運動方針中の原子力問題について触れ、「コンサルタントは発注会社との信用でなりたっており、発注者の機密を守る義務がある。敢えて言うが、組合の方針をみれば、組合と共産党が関係あるように思われる。この問題を暴露したのも共産党である。被申請人の名前が赤旗に出ている。そういうことから当社に及ぼす影響が非常に大きいので、組合が文書で出したことについて黙っているわけにはいかん。被申請人には共産党員がおる。従って、被申請人から漏洩した恐れがある。こういうのは百害あって一利なしの輩である。共産党が被申請人の名前を出して大変迷惑している。関西電力はどうかといえば、被申請人に共産党員がいるので心配している」旨述べた。
(2) 昭和五八年四月二二日、春闘団体交渉の席上、同常務は、常日頃の組合のビラを見ると、会社に対する非難がその中心をなしており、その内容からすると、会社に対して敵対関係を持っているとしか考えられないとしたうえ、「昨年春の原子力地点調査問題の後遺症は極めて重大な問題である。これは、日本共産党が選挙戦術として暴露したものであるが、当社の名前が出ており、しかも当社の中には共産党員がおるということもあって、このことが発注側の関西電力としては、今後再びこのようなことがあっては困るということで、発注の減少をみていることは否定できない。こういうことについて従業員一人一人が真剣に孝えてもらいたい。」旨述べた。
(3) 昭和五九年五月三一日、春闘要求(複写機設置について)の団体交渉の席上、同常務は、「五七年の共産党による機密漏洩問題では、会社は大変な打撃を受けている。うちに共産党員がいるから、うちから漏れたという疑いを持たれる。関西電力から信用できん、うちは危いと言われる。組合のビラだって、まるで共産党の書くようなビラばかりである。」旨述べた。
(五) 昭和五八年の労使関係
(1) 昭和五八年春闘中の六月二四日には新入社員の、七月八日には入社二、三年目社員の各懇談会が催され、被申請人側から、「組合の一部歪んだ考え方の者に先導されないように」、「会社は共産党は嫌いだ。労働学校は共産党系である。行くか行かないかは自由だから、行くなとは言わないが、君達は自分で判断できると思う。」旨の発言があり、組合は、これを反組合的教育、支配介入であるとして七月一一日付で抗議文を出した。
(2) その間、同年七月四日開催された被申請人の幹部会において、的場社長は挨拶の中で、特に重要な点として、第一「粗利益率の低下」、第二「国内受注高の低下」、第三「損益分岐点の顕著な上昇」について述べた後、第四「社員の意識構造の変革について」として、「一部の不健全分子による組合主導は依然として改まらず、このことは会社にとって最大のマイナスベクトルである。この不健全分子の活動の本質は、真の組合活動ではなく、会社を敵視し、組合活動に名を借りた反体制活動であり、ひたすら会社を誹謗し、会社信用の失墜と社内の混乱を招くことしか眼中にない極めて悪質なものである。これでは、とても会社の発展と従業員の幸せを齎すことは出来ない。今や全社員は、この実態を直視し、真に目覚めねばならない段階に来ている。全社員の覚醒を促すとともに、特に指導的立場にある皆さんの猛省を促したい。」旨述べた。
(3) 組合は、右幹部会以降被申請人が昭和五八年秋の組合役員選挙に対し、各部一人以上の候補者を立てる画策を行なったとして、抗議した。
(六) 昭和五九年春闘における労使関係
(1) 昭和五九年春闘の団体交渉において、粕谷常務は、組合ないし執行部に関し、次のような発言をした。
(イ) 五月一八日、同常務は、今の執行部に対し、「大いに気にくわん。はっきり言っておく。」、そういう相手に会社がまともな話しはできない旨述べた。
(ロ) 同日、会社が組合の役員選挙に介入している事実がある旨組合から指摘を受けた同常務は、これに対し、「ない。」としながら、「重大な関心はもっとる。執行委員に物分りのよいのが出るか否かによって交渉も時間がかかるかどうか違う。」、「(今の執行部は話のできる相手ではない)とまでは言わんが、百害あって一利なしのようなやつおってもらったら困るがな。俺は出て行ってもらいたいと思うわ、この会社から。」、「あるレベルまで達しない人間に自由を与えたらえらいことになる。それと同じで気違いに刃物みたいにいかん。」、「今の労使関係は限度を踏みはずしている。」旨述べた。
(ハ) 五月二三日、時間短縮問題について交渉中、同常務は、「労働時間を長くした方がよい。週休二日制を一日にしたい。」と発言し、これに組合が抗議したことに端を発して、興奮し、組合のことを「労働組合と思っとらへん。」と発言し、「バカ」、「アホ」呼ばわりした。
(ニ) 五月三一日、組合が外注問題を要求に取り上げたことに関し、「こんな要求書はやぶり捨てて、突返すとこだ。極めて不穏当な要求である。この要求は許せん。」、「まあ、分からんかったらな、まあ、裏の木にでも登ってな、ぶらさがってな、まあ頭冷して考えるこっちゃな。まあ首つれとまでは言わへんけれども。」と発言した。
(2) 組合は、被申請人の組合及び執行部に対する対応を、反共攻撃をすることによって組合執行部(役員)と一般組合員との分断を意図した攻撃として受けとめ、一般組合員の意向を確認し、組合方針に反映すべく、年齢構成ごとの職場対話集会を六月四日から同月一五日までの間、九回にわたって開催した。
3  東京支店から本社電算室への配転
(一) 被申請人は、技術系職員に対する電算教育の必要性を重視し、国内事業本部において、昭和五八年四月から所属各部の若手技術者に対する電算教育(期間一年)を実施した。昭和五九年度の電算研修に関し、本社国内事業本部長から、「東京支店にも近い将来大型電算機を導入する考え方もあるので、電算業務をする人材を育てるため研修に一名派遣してほしい。」との強い指示を受けた東京支店では、経験二年以上の若手技術者の中から派遣することとした。
なお、受講者の人選は、所属部長(支店長)が決定し、本社従業員は兼務辞令で、東京支店従業員は転勤辞令で派遣している。
(二) 昭和五九年三月七日、申請人は、東京支店で伊藤善忠技術第一室長及び清水哲技術第二室長から、室員の久保秀和、野村稔彦、遠近潮見の三名と共に、「四月から本社電算室へ一人行ってほしい。期間は一年間である。」旨配転の意向打診を受けた。これに対し、四人とも、「今の仕事を続けたい。東京を離れたくない。」旨回答したところ、清水室長は、「電算室へは必ず一人行ってもらう。三月一〇日までには決めるから、誰に決まっても、うらみっこなしで割り切ってほしい。」旨述べた。
(三) 東京支店としては、希望者がいないので、電算業務を主として担当している技術第二室に所属する野村を電算室に派遣するのが相当と判断し、三月一二日同人に打診したところ、同人が半年であれば行く旨答えたことから、本社藤野電算室長の了承を得て、野村を半年間電算研修に派遣することを内定し、後日、その旨国内事業本部長に報告した。
その後、本社の堤総務部長から東京支店長に対し、組合の執行委員をしている野村の電算研修派遣には問題がある旨の電話があり、東京支店としては、野村派遣に特段問題があるとは考えていなかったものの、本社総務部の意向に副うべく、野村の派遣内申をやめ、同人に替えて技術第二室所属の申請人を派遣することとした。
(四) 三月二二日、申請人は野村とともに清水室長に呼ばれ、電算室派遣について、「野村君は会社の都合で行けなくなった。菅原君に行ってもらえないか。」と打診された。申請人は、電算室での仕事の具体的テーマがはっきりしておらず、目標、期間とも不明であること、生活環境を変えたくないことから拒否の意向を示した。なお、野村から申請人に変更された理由については、具体的な説明はされなかった。
(五) 三月二三日、申請人は、支店応接室で渡部雄次郎支店長、井上昭支店長代理(業務部長)、薄井太一郎技術部長及び清水室長から、「これからの技術屋は電算機技術が大切であり、いいチャンスである。期間は来年の三月までで、それを越えることはない。近い将来支店にも電算機が導入されるだろうから、それに備えておくためである。支店としてテーマを持って来てもらえばとの話しもあるので、テーマは大阪へ行くまで全員で考える。」等と電算室派遣について説得されたが、土木技術の仕事をずっとやるつもりでいたし、実際の仕事から離れて一年も電算だけの勉強をするのは希望していないこと、本店で何をどのようにやるのかスケジュールがはっきりしないこと、住み慣れた環境を変えたくないこと等から、配転に異議を述べた。
そして、申請人が配転を強行するなら、それなりの対応を考える旨発言したところ、渡部支店長は、「組合にでも取り上げてもらうつもりかね。大阪へ行っても組合の部屋にばかり行っているようならすぐ呼び戻す。」旨発言し、さらに「同意できないならもう大阪に行かなくてもよい。」と言って退室した。
(六) 三月二六日、申請人は直属の上司である清水室長から二時間ほど熱心な説得を受け、不満はあったものの、電算室配転に応じることとした。
(七) 申請人は、昭和五九年五月七日から本社電算室で研修勤務に就いたが、本社の電算システムが東京支店のそれと違っていたため、当初全くの見習い状態で、初歩的な操作ができるようになったのは、六月に入ってからであった。
(八) 技術者二名の欠員
(1) 東京支店技術第二室の阪本徳一は海外勤務を希望していたところ、インドネシアのダム工事に関連して、同人につき昭和五九年四月二八日付で招聘状の要請がなされ、同年六月上旬海外事業本部に右招聘状が届き、同年八月一日付で同人は海外事業本部に転勤し、渡航した。
(2) 同支店技術第一室の浦正直は、昭和五八年八月ころ清水室長や井上支店長代理に退職したい旨相談し、慰留されていたが、昭和五九年三月には、清水室長らに近く退職する旨伝え、同年四月二七日には伊藤室長に連休明けに退職願を出す旨伝えたうえ、五月七日薄井部長に退職を申し出、五月一八日をもって被申請人を退職した。
4  申請人の組合活動等
(一) 申請人は、入社後直ちに組合に加入し、昭和五八年一〇月に東京支店ブロックのブロック委員に選出された。
ブロック委員は、各職場を代表して組合員と執行委員会とのパイプ役を果たすもので、その任務は、ブロック会の運営(招集)、ブロック委員会(執行委員とブロック委員との会議)の参加、組合員の意見集約、組合ニュースの配布、組合費の徴集等で、申請人は、東京支店のブロック委員として右組合活動をしていたほか、東京に本部のある全国建設関連産業労働組合協議会主催の学習会への参加等の組合活動をしていた。
なお、東京支店では、昭和五六年秋の役員選挙以来、ブロック委員が次期執行委員になることが慣例化していた。
(二) 申請人の大阪本社における組合活動
申請人は、当時春闘時期で、組合執行部が連日団体交渉をもち、夜間には執行委員会を開いてその対策を練るなど活発な組合活動がなされているのに接し、自からも熱心に組合活動をするようになった。すなわち、
(1) 本社三階にある組合事務所(建築部の入口を通って入る)に頻繁に出入りするようになり、執行委員会の傍聴(一〇数回)をするとともに、団体交渉のテープを起こして要約する作業に協力するなど組合執行部の手伝いもした。
(2) ブロック委員会にも「ダム二室・電算室ブロック」のブロック委員代理で六回位出席し、積極的な提案や発言をした。
(3) 組合執行部が組合員の率直な意見を聞くため開催した対話集会に二回参加した。特に、昭和五九年六月一五日東京支店で開催された対話集会には、組合三役らと共に被申請人に対しスト通告をしたうえで参加した(一般組合員は申請人のみ)。
(4) 申請人は、五月九日、本社組合員の意見を求めるアンケートに回答し、それが翌五月一〇日付組合ニュースの「組合に一言」の欄に、「“東京支店について”『一〇数名の組合員を擁するブロックでありながら体制が弱く、組合活動から取り残された感じがする。東京支店選出の執行委員の思想的教育を強化するとともに、体制を抜本的に強化することが必要と思う(ex支店ニュース等の発行ができるように)』」として掲載された。
(三) 申請人は、大阪では被申請人の寮(労務室の所属となっている管理人がおかれ、一〇名位の従業員が入寮していた。)で生活していた。
申請人は、入寮後間もなく、日本共産党機関紙「赤旗」を購読するようになり、管理人を通して受領していた。
申請人は、六月一〇日、寮の自室で入寮中の若い組合員一名に対し、次期の役員選挙で執行委員に立候補してみないか等と組合の話をするとともに、「赤旗」新聞を読んでみないかと勧めた。
5  本社電算室から東京支店への配転
(一) 同年六月一三日、井上支店長代理は、本社総務部に出張し、堤総務部長、藤牧労務室長と申請人の処遇問題について話し合いがなされ、申請人をとりあえず東京支店に戻すこととなり、その後東京支店としては、総務部長宛の同月一九日付勤務異動内申書をもって、「五九年度の支店生産目標の策定時期に予測しなかった浦正直の退職、阪本徳一の海外派遣等の事態が生じたこと及び仙台事務所長の強い要請による、東北方面の営業力強化のための、仙台事務所勤務人員の増強を併せ考慮の結果、現在電算室勤務の菅原俊雄を可急的速かに(七月一日付予定)支店技術部(技術第二室)へ転勤せしめられたく」内書した。
(二) 同年六月二八日、申請人は、藤野電算室長から、「東京支店長から、東京支店で退職とか海外駐在で技術者二名の欠員が生じ、忙しくなったので帰ってほしいと言ってきたので、帰ってもらうことになった。辞令は七月一日付で七月二日に本社で交付する旨東京支店転勤の内示を受けた。
申請人は、同日夕方組合に相談するとともに、藤野室長に所属が東京支店技術第二室となることを確認してもらった。
(三) 六月二九日、組合は被申請人に対し、本人の意向打診もなく、又その了解もとらないで急に配転をすることは、従来の労使慣行を無視した不当な行為であるとして抗議した。これに対し、堤総務部長は、「所属長から本人はよく聞いていると思うので特に言う必要はないが、浦君の退職、阪本さんの海外要員転出で技術者が二人抜けてしまったので東京に帰ってもらう。今回の場合、菅原君がもともと東京支店の人間であり、元に復する、原点復帰であり新しいところに変わるということではない。」「当社では転勤は非常に少ない。東京から大阪への菅原君の転勤については、異職へのものであったから時間をとったし、本人の意向も充分尊重した。今回は、諸般の事情で従来の勤務場所にお帰りになるだけである。」旨説明した。
(四) 申請人としては、電算研修の重要性を説かれていたし、電算派遣前に二名の欠員が生じることは判っていたので、二か月足らずで研修打切りとなったことは不自然で、納得できなかったものの、東京支店で元の仕事をすることを望んでいたことから、右七月一日付配転に応じた。
6  東京支店から仙台事務所への配転の経緯について
(一) 申請人は、七月九日から東京支店技術第二室で再び勤務に就いた。申請人は、同日夕方、上司である菅原忠一技術部室次長から飲食に誘われ、同人から「お前が東京に帰された本当の理由を知っているか。東京が忙しくなったからだと本当に思っているのか。」と問われ、「大阪で組合事務所に出入りしたり、寮で『赤旗』をとっていたことですか。」と答えると、同次長は、「どんぴしゃりだ。」と言って、申請人が東京に帰された経緯について語り、本社に呼ばれた井上支店長代理は、申請人が大阪で組合事務所に出入りしたり、寮で赤旗をとったり、アジ演説みたいなことをした等と、労務に次から次と材料を出され、全然申し開きができなかったこと、組合ニュースの「東京支店の思想的教育」との記事についても時期からみて申請人に間違いなく、申請人が寮で赤旗をとりだしたことも寮の管理人から労務に連絡が行っているなど労務はよく調べていることなど井上支店長代理から聞いた話しを申請人に伝え、申請人のこうした行動が問題視され始めた矢先に、申請人が六月一五日の東京対話集会に指名ストで参加してきたので、同次長も、なんとも軽率な野郎だと思って頭に来た旨話すとともに、「会社は人事権をもっており、首切るかわりに首は切らないけれども本人がやめて行く方向にする。」、「とにかく、うちの会社は共産党員は絶対ダメなんだ。」と話し、さらに、支店長もできれば次の辞令を出したくはないのだが、仙台行きの辞令が出されること、まじめにしていれば帰ってこれるかもしれないが、当面は仕事から徹底的に干されるであろうと申請人の処遇について述べ、支店長にはいろいろ迷惑をかけてますと謝まっておくようにと申請人に申し向けた。
さらに、申請人は、七月一〇日に清水室長から飲食に誘われ、同室長から前日の菅原室次長の話にふれて、「昨日忠さんも言っていたと思うけれども、会社というのはいかに超法規的なものかということがよくわかったろう。」と言われた。
(二) 申請人は、七月二六日午前九時三〇分ころ、井上支店長代理、薄井部長に呼ばれ、薄井部長から、「八月一日付で仙台事務所勤務に決まった。仕事の内容は、いわゆる技術営業である。」と事前の打診もなく突然配転を告げられ、月曜日(七月三〇日)ぐらいまで返事を待ってもらいたい旨答えたところ、同部長は、「何の返事だ。仙台事務所勤務は業務命令だ。何も返事はいらん。」と述べ、井上支店長代理も「仙台事務所について、君の同意を求めているわけではない。」と述べるとともに、「四、五、六月の受注が去年に比べても非常に落ち込んでいる。東京支店としては東北地方を中心に仕事を受注しなければならない。浅利仙台事務所長のもとで頑張ってくれ。」と一方的に仙台配転を通告された。
そこで、申請人は、直ちに大阪の組合本部(鈴木執行委員長)に電話で報告し、労使協議の申し入れを要請した。
(三) 同日午後二時ころ、申請人は、井上支店長代理に呼ばれ、「午前中薄井部長はちょっときついことを言ったが、仙台に行くに当って何か心配事や困ることがあるのか。」と問われ、職種が変わること、結婚の話しがあることのほか、管理職から気になる話を聞いており、仙台配転の会社の真意は別のところ(不当労働行為)にあるのではないかとの疑念を持っていることを伝えた。なお、申請人は、井上支店長代理退席後に同席していた清水室長から、菅原室次長から聞いた話はあまりしないよう忠告された。
(四) 一方、申請人から報告を受けた組合(枡本書記長)は、同日午後三時ころ、藤牧労務室長に対し、労使間の配転に関する確認書に基づいて協議に応じるよう団体交渉を申し入れたところ、同室長は、「仙台行きについて本人に意向打診したものであり、業務命令ではない。あくまでも意向打診のはずである。」旨答え、さらに同日午後七時ころ、組合の再度の団体交渉申し入れに対し、同室長は、「所属長に五時ころ聞いたところ、本人は拒否していないと聞いている。事実を確認したうえで対応するか、協議するとしても団体交渉は拒否する。」として、組合の要求を拒否した。
(五) 七月二七日、申請人は、渡部支店長、薄井部長から仙台配転の説得を受けたが、その際同支店長は、申請人の仙台配転の経過について、配転を考え始めたのは、申請人が東京に来るあたりか、来た直後ころからで、仙台配転を管理職に伝えたのは七月一三日ころの営業会議においてである旨説明した。これに対し、申請人が七月九日にある管理職から「東京に帰る以前から仙台配転が決っており、一連の配転の真の理由は、組合活動をしたことや、申請人の思想信条である。」と聞いている旨伝えたところ、同支店長は、「誰がそんなこと言った。名前を言いなさい。言わなきゃ話にならん。」と言い、これを拒否する申請人と平行線のまま話を終えた。
(六) 組合は、七月二六日付仙台事務所配転の業務命令に対する申請人の七月二八日付異議申立書に基づいて、被申請人に対し、団体交渉を申し入れたところ、七月三〇日昼ころ、藤牧労務室長、中川同室次長は、「現在の時点ではあくまで意向打診の段階である。八月一日に行けとは言っていない。強く期待して言ったけれども正式の内示ではない。内示の段階ならば協議に応じる。」旨表明した。
そこで、組合の鈴木委員長は、支店では仙台に行くよう指示されている旨の申請人の申立と本社労務室の説明とが相異しているので、同日午後二時ころ、事実確認のため渡部支店長に電話で尋ねたところ、同支店長は、「意向打診をしているのではない。仙台に行って、やってくれということで、労務から意向打診などとは聞いてない。」旨東京支店では既に決定され、命じている旨述べた。
(七) 同日午後二時三〇分ころ、申請人は、渡部支店長に対し、再度配転に対する異議と拒否の意向を伝えたところ、同支店長は、八月一日付仙台発令の話しは中止する旨述べるとともに、申請人を応接室に呼び、組合に異議申立をしたことに関連して、「組合に頼んで何かやってもらおうと思っても組合なんか何もやってくれない。みんなバラバラです。組合に拘束される必要はないと思う。」旨発言したが、申請人としては、組合を通して話しをする旨伝えた。
一方、大阪本社においても、同日午後四時ころ、組合(稲津副委員長、枡本書記長)と被申請人(藤牧室長、中川室次長)との話し合いがあり、被申請人は、「不当労働行為云々については、会社としてはつかんでいない。八月一日付で配転を強行するつもりはないし、信義則にもとることはしない。配転については、内示があれば確認書に基づく協議をする。」旨表明した。
(八) 七月三〇日に支店長から配転を中止する発言もあり、その後八月中に二回ほど清水室長から仙台配転について話しがあったものの、東京支店幹部による仙台転勤についての意向打診、説得は何らなく、また被申請人と組合との話し合いも持たれなかったことから、申請人、組合とも、仙台配転はないものと思っていた。
7  本件配転命令
(一) 申請人は、同年九月二〇日、薄井部長に呼ばれ、井上支店長代理から、九月二五日付仙台事務所勤務の発令の内示を受けた。これに対し、申請人は、従来通り、技術から営業へと職種転換を伴なう配転なので同意できないこと、これまでの経緯があまりにも不自然で納得できないこと、すなわち、組合活動をしたことを理由とする不利益な扱いで、思想信条を理由とした不当配転であることを理由として、配転を拒否する旨伝えた。同支店長代理は、「仙台の営業活動が重要で、君が適任だから行ってもらう。営業しながら技術の仕事はできる。組合活動とか思想信条とかは君の思い過ごしである。」、「期間は最低二年以上と考えている。住居は五年間は八五パーセントを会社が負担する。」旨述べたが、申請人は、配転には同意できないので異議申立をする、組合と協議してもらいたい旨述べた。
(二) 同日、組合(鈴木委員長)は、被申請人に対し、昭和五一年五月二八日付確認書に基づく申請人からの異議申立に従って、協議を申し入れた。
これに対し、被申請人(藤牧室長、中川室次長)は、七月三〇日に「内示なら協議になる」旨の発言を否定し、「異議あるときの協議は発令後のものであり、内示段階で話し合う考えはない。」とこれを拒否するとともに、「申請人が発令後、これを拒否した場合は、会社は組合、本人とも話し合い、協議している間は東京支店で仕事をしてもらう。」旨述べた。
(三) 九月二一日、組合は被申請人に対し、労使の信義に背く会社の態度に書面で抗議するとともに、申請人の配転問題について速みやかに協議するよう書面で申し入れたが、被申請人が団体交渉に応じないため、同日、大阪府地労委に対し、申請人に対する仙台事務所配転の内示及び辞令予定の撤回、昭和五二年六月一四日付確認書に基づき労使協議を行なうことの二項目について、あっせん申請をした。
同日、被申請人は、九月二二日に組合との話し合いに応じてもらいたい旨の大阪府地労委からの要請に対し、「組合との話し合いには応じるが、発令後のものであり、人事権の問題もあり、二二日に話合う考えはない。」旨発令前にあっせんに応じる考えのないことを伝えた。
(四) 九月二五日、渡部支店長は、申請人に対し、「東京支店仙台事務所勤務を命ずる。」旨の九月二五日付辞令書を示し、仙台配転の発令をし、期間は二年ぐらいである旨申し添えたが、申請人は右辞令書の受領を拒否した。
一方、大阪府地労委(公益委員)は、同日午前中、本社において、被申請人から事情聴取をしたが、その際、被申請人は、「あっせん」に応じるか否かの態度を留保し、東京支店で申請人に対し発令されたことを確認した後になって、発令されたので組合から協議の申し入れがあれば「あっせん」に応ずるとの態度を示した。
8  本件配転命令に関する団体交渉
(一) 組合は、本件配転命令告知後直ちに団体交渉を申し入れ、九月二五日夕方、第一回の団体交渉がもたれたが、被申請人は、従前粕谷常務取締役が出席して対応していたのを、職責権限規程からみても十分責任のある対応ができるとして、堤総務部長以下の対(ママ)制で対応したのに対し、組合は実質的決定権を有しない者の出席は不誠実であり、団交拒否と受けとめるとして団体交渉を拒否した。
その後、九月二七日、九月二八日、一〇月二日と団体交渉がもたれ、地労委のあっせん問題、申請人の処遇問題、労使の確認書に基づく協議時期の問題などが討議されたものの、従前の労使間の交渉経過を知っている粕谷常務の出席がなく、堤総務部長(昭和五七年六月に関西電力から被申請人に出向)以下では十分な対応ができなかったことから、実質的な話し合いとはならなかった。
(二) 一〇月三日の第五回の団体交渉以降、被申請人側は粕谷常務が出席し、同常務が組合の主張点を書面にすることを求め、これに基づいて協議することを約したことから、組合は、一〇月八日、「組合の主張点」と題する書面を交付した。一〇月九日の第六回の団体交渉において、被申請人から、右書面の問題事項に対し説明がなされ、これを受けて話し合いがされたが、粕谷常務の提案を受けて、問題点4の本人の異議の問題から話し合い、その後同1の配転辞令のペンディング問題、同2の確認書に違反した一方的な発令の問題、同3の地労委のあっせんを保留しながら発令をしたうえ申請人から仕事を取り上げた問題の順で話し合うこととなった。
その後、一〇月一二日、一七日、一八日、一九日と団体交渉がもたれ、申請人の本社電算研修派遣から仙台配転に至る経過について討議されたが、被申請人が事実経過を正確に把握していなかったため、その確認に時間がかかったり、申請人の本社電算研修を打ち切って、仙台派遣をしなければならない必要性やその判断時期について、組合側の疑問点に答える具体的な説明がなく経営判断の問題であるとしたため、話し合いはなかなか進展しなかった。
(三) 一〇月二五日、第一一回の団体交渉がもたれたが、被申請人(粕谷常務)は、「九月二五日の発令から一か月たち、会社としては十分説明をつくしたと考える。これ以上言うことはないので、今日で交渉は打ち切りたい。」旨述べ、不当労働行為の問題や組合から出された問題点1から3の保留された点について、協議を尽くすことなく、また、組合の意見に耳を貸すことなく、一方的に団体交渉を打ち切った。
(四) 一〇月二七日、申請人及び組合は、大阪府地労委に対し、不当労働行為救済命令の申立をし、調査期日が一一月一三日午前一〇時と指定された。
(五) なお、右被申請人と組合との団体交渉がなされていた一〇月三日、四日、五日、一二日、一七日と五回にわたって、申請人は、渡部支店長、井上支店長代理及び薄井部長から、仙台に行くよう重ねて説得を受けていたが、申請人はこれを拒否した。なお、一〇月三日には、井上支店長代理から、期間は二年ぐらいで、二年たったら君の希望を聞く旨の話しがあった。
9  本件解雇
(一) 一〇月二九日、被申請人は申請人に対し、団体交渉を一〇月二五日打切った旨通告するとともに、一一月一日に仙台事務所に着任するようにとの着任命令を出した。
(二) 被申請人は、右着任命令に申請人が応じなかったため、一一月二日賞罰委員会を開いたうえ、同月五日、申請人に対し、九月二五日付配転命令及び一〇月二九日付の着任命令に違反したことを理由に本件解雇をした旨通告した。
(三) 就業規則
被申請人の就業規則は、懲戒の種類として、(1)けん責、(2)減給、(3)出勤停止(期間中の基準賃金は支払わない。)、(4)懲戒免職の五(ママ)種類を定め(第五六条)、懲戒の事由として、「職務を怠りまたは会社の諸規定、命令に違反したとき」と定め、懲戒事由に該当する場合は、別に定める賞罰委員会の議をへて懲戒する旨定めている(第五五条)。
10  仙台事務所
(一) 仙台事務所は、東京支店全体の受注が伸び悩んでいたことから、東北地方の受注拡大の拠点として、昭和四八年一二月二〇日開設された。関東方面における受注拡大は、東京に本社を有する同業他社との競争が激しいため厳しい状況にある中で、東北方面は、官公庁の仕事量も多く、地元に大手業者がいないなど有望な地域であったことから、昭和五五年四月ころ作成した、東京支店の一般的な人員計画案(昭和六〇年まで)の中で、仙台事務所についても営業社員を増員する計画としていた。すなわち、本案として、昭和五五年度二名、昭和五八年度一名を各増員し、別案として、本案に加えて、技術社員を昭和五六年度から毎年二名増員配置し、技術業務も実施するという内容であったが、別案は時期尚早として見送られた。
(二) 仙台事務所では、昭和五八年一一月、受注獲得のための営業活動に従事してもらうべく、建設省出身で三年ほど大日本コンサルタント株式会社に勤務していた浅利賢雄を所長に迎え、通産省出身の高橋靖二所員とアルバイト学生の計三名(いずれも非組合員)の人員構成となった。
なお、申請人の本件解雇後、昭和五九年一二月二〇日付で東京支店技術第二室勤務の非組合員である城田芳久(昭和五八年五月入社)が仙台事務所勤務(期間は二年間)となった。
11  申請人の個人的事情等
申請人は、東京において技術の仕事をして生計を立てるべく、被申請人に入社し、前記のとおり技術の仕事に携わっていたものであり、また昭和五九年七月ころには、昭和六〇年三月に婚姻した妻との結婚の話しが既にあり、東京で仕事に就いている同女と共稼ぎで結婚生活をする計画を立てていた。昭和五九年七月以降申請人が仙台配転となった場合、その業務内容は主として営業面の仕事となり、希望と異なる業務となるうえ、婚約者と結婚した場合、同女は仕事を辞めざるを得なくなり、家計にも相当の影響を受けることが予測され、また申請人が単身赴任となれば、婚姻生活上種々の不利益を受けることとなる。さらに、仙台事務所には組合員は一人もおらず、仙台において申請人が組合活動に従事することは、事実上困難となる。
三  当事者の主張
1  申請人は、本件配転は、(一)無計画、場当り的で、かつだましうちの配転で、人事権の濫用であり、(二)申請人の正当な組合活動に対してなされた不利益取扱であり、かつ組合活動を弱体化させるため組合運営に対する支配介入でもあって、不当労働行為に該当し、(三)配転に関する協議条項(労働協約)に違反し、(四)労働契約にも違反しており、いずれにしても無効というべきで、無効な配転命令を前提になされた本件解雇も無効である旨主張する。
2  これに対し、被申請人は、本件配転は、会社の業務上の必要に従い、適正かつ合理的な人選に基づいて行なったものであって、申請人主張の不当労働行為とは何ら関係なく、有効なものであり、また、配転に関する確認書の協議条項は、双方の主張を併記した議事録に過ぎず、その内容も発令後協議を定めたものであって、発令後は組合との団体交渉に誠実に応じており、手続面で無効ということはあり得ず、申請人が本件配転命令に応じない以上、就業規則に基づいてなした本件解雇は有効である旨主張する。
四  本件配転命令と不当労働行為の成否
1  申請人の組合活動等
前記認定事実によれば、申請人は、電算室勤務前、東京ブロックのブロック委員として組合活動を行なっていたが、特に積極的であったとか、目立ったというところはなかったこと、ところが電算研修のため本社勤務となってから、組合事務所にしばしば出入りするようになり、執行委員会を傍聴したり、ブロック委員会に出席して発言したり、東京での対話集会に指名ストで参加したりする等、傍目からみて一般組合員の組合活動とは異なり、積極的に組合活動をするようになったことが認められる。
また、五月一〇日付組合ニュースに載った東京支店に関する記事は、匿名ではあったが、申請人の転勤時期や記事内容から、被申請人において申請人のそれと判断しうるものであり、またその内容は「執行委員の思想的教育を強化する」云々というイデオロギー的表現がされており、さらに申請人は、従業員寮で日本共産党の「赤旗」を購読し、同寮の若い組合員に執行委員になってみないか、「赤旗」を読んでみないか等と話していたが、右事実を寮の管理人等を通して被申請人(労務室)は知っていたものと推認され、被申請人において、電算研修に来た申請人を組合活動に積極的で、かつ共産党員ないしはこれと思想信条を同じくする者と判断ないしはその疑いを抱いていたものと推認される。
2  被申請人の労使関係等
前記認定事実によれば、被申請人の労使関係は、的場社長、粕谷常務の体制になってから、対立、緊張関係を強め、特にここ数年は、被申請人において、組合執行部やその活動に対し「不健全分子」、「会社を敵視し、組合活動に名を借りた反体制活動であり」、「極めて悪質」であると認識して嫌悪していたこと、また日本共産党(員)に対しても、以前から好ましからざるものとしていたが、昭和五七年の日本共産党による機密暴露以後、特に日本共産党(員)に対する嫌悪感をあらわにし、共産党員がいるから秘密漏洩が起こるとして、警戒心を強めるとともに、「百害あって一利なし」として共産党員がいること自体に嫌悪感を持っていたことが認められる。
なお、粕谷常務の団体交渉における組合のビラに関する発言内容等前記認定事実に照すと、被申請人は組合発行のニュースやビラなどを収集して、その内容を十分に検討していることが窺われる。
3  六月一三日の井上支店長代理の本社出張について
(一) 疎甲号証によれば、申請人は、六月一五日に開催された東京支店対話集会に参加した際、複数の組合員から、「井上支店長代理が急拠本店労務に呼び出された。」、「菅原は寮で赤旗をとったり、寮の若い連中を集めてアジ演説みたいなことをやったり、組合事務所にも出入りしているということで、井上さんが労務から呼び出されて怒られた。」との話しを耳にしていたことが一応認められ、右認定事実及び前記二で認定した事実、特に同二6(一)で認定した七月九日の申請人と菅原忠一次長との話しの内容に照せば(なお、菅原次長が井上支店長代理から聞いた話しとして述べた大阪における申請人の組合活動、寮での生活状況は、いずれも前記認定事実と符合しており、同次長の述べた内容の信憑性は高いということができる。)、井上支店長代理は、本社総務部に呼ばれて大阪に出張し、総務部長や労務室長から申請人の大阪での組合活動、赤旗の購読などの事実を告げられ、本社において申請人の組合活動等が問題視されていることから、申請人を取敢えず東京支店に戻すなど申請人の処遇につき指示を受けたものと推認することができる。
(二) なお、疎乙号証の井上昭、堤秀夫の各陳述録取書には、「井上支店長代理は、六月上旬ころには、業務上の必要から申請人を東京に戻すことを考え、六月一二日に本社堤総務部長に電話で予約をしたうえ、翌一三日、申請人の電算研修打切りの件と昭和五九年一二月に定年となる社員の特別社員採用の件で総務部に出張し、堤部長、藤牧室長と会い、申請人の件については総務部長の了承を得、国内事業本部長には、総務部長を通じてその後了承を得た。なお、右本社出張の際、申請人の大阪における組合活動や寮での赤旗購読、組合ニュースの話などは一切出ず、また、井上支店長代理は、当時右出張以外には本社労務室と接触していない。」旨の供述記載部分があるが、前記認定の事実経過(ことに七月九日の菅原次長の発言内容)に照して、いずれも措信できない。
(三) なお、被申請人は、東京支店では、五月二五日の支店営業会議における浅利仙台事務所長の若手技術者派遣の強い要請を受け、六月上旬には申請人の電算打切りを決めた旨主張し、本件疎明によれば、浅利所長から右要請がなされたことは一応認められるけれども、東京支店内において、申請人の電算研修打切りについて、関係の管理職らと論議された形跡は窺えないうえ、前記認定のとおり、申請人の電算研修派遣は、東京支店の属する国内事業本部の強い指示を受け、東京支店の将来の電算業務のためになされたものであるにもかかわらず、疎乙号証の井上昭の陳述録取書によれば、右申請人の研修打切りに関し、六月一三日の本社出張までの間、東京支店から国内事業本部に対し、電話等による意向打診すらなされず、また出張当日、労務担当の総務部だけに事情説明し、国内事業本部や電算室には直接説明せず、事後総務部を通して了承を得たというのであって、その経過は不自然であり、本社出張前に東京支店として研修打切りを決めていた旨の右疎乙号証の記載部分は措信できない。
4  以上によれば、本件配転命令がなされた経緯として、被申請人は、電算研修で本社勤務となった申請人が活発な組合活動を行なうとともに、「赤旗」を購読したりするなど日本共産党との関係も懸念されたことから、これらを問題視して、六月一三日井上支店長代理を出張させて申請人の処遇について指示したこと、さらに六月一五日に申請人が指名ストで東京支店の対話集会に参加したこともあって、東京支店としては、早急に申請人を東京支店に戻すこととし、七月一日付で一旦東京に戻すとともに、遅くも七月上旬までには、本社総務部の意向にそい、申請人の組合活動を事実上困難とさせることないしはその退職を意図して、仙台事務所に配転する方針を固め、七月二六日、申請人に対し、八月一日付で仙台事務所へ配転する旨の業務命令を出したこと、ところが、申請人の強い異議(不当労働行為の主張も出された)、組合からの団体交渉申し入れ等があったことから、被申請人としては、東京支店での右業務命令を意向打診であるとし、七月三〇日には右配転を強行しない旨表明したことが認められる。
ところで、本件配転命令は、九月二〇日に内示され、九月二五日付でなされたものであるが、右七月末から九月二〇日の内示に至るまでの間に、業務上の必要性から特に申請人を仙台事務所に配転しなければならない事情が生じたなど、特段の事情の存在を疎明する資料はない。(なお、本件疎明資料によれば、本件配転命令がなされた当時、申請人が昭和五九年秋の役員選挙で組合の執行委員に選出される見通であったこと、同年一〇月には執行委員に選出されたことが一応認められる。)
そうすると、被申請人の本件配転命令は、右特段の事情の認められないままなされたものであり、前記不当労働行為意思をもってなされたものと推認することができる。従って、本件配転命令は、申請人の正当な組合活動に対してなされた不利益な取扱いに当たると解するのが相当である。
五  労働協約違反の成否について
1  本件疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。
昭和五〇年以降、被申請人と組合との間で、配転、転勤、出向等について、次のとおり確認書が作成された。
(一) 昭和五〇年七月七日付確認書において、「配置転換」につき、「組合は、組合員のあらゆる配置転換は組合を通じて行なうよう要求し、会社は、従来から業務の必要により充分配慮のうえ実施しているのでこれを変更する考えはないと主張。」と確認された。
(二) 組合は、昭和五一年三月一六日付要求書をもって、「組合員の退職勧告(希望退職の募集を含む)、出向、職場配置転換、転勤、一か月以上の長期出張については、組合活動の自由と組合員の雇用及び労働、生活条件に重大な影響をもたらすものであり、必ず組合と協議し本人同意の上行なうこと。会社は、組合員の配転、転勤、出向に関しては一か月前に組合へ通知し、組合から異議の申立てのあったときは、会社は組合と協議してこれを決定すること。」を要求し、同年三月二二日、被申請人は、「会社は、従来から業務の必要により、本人の意向等充分考慮のうえ転勤等を発令しており、従来の考え方を変更する考えはない。」と回答するとともに、組合からの将来転勤等で異議がでた場合どのように対処するのかとの問に対し、被申請人側は、転勤等で現在まで問題となったことはないとしつつ、「本人と話し合って決定するが、本人が組合に相談した場合は、組合と話し合うことになる。協議ではないが、話し合いの結果、万一、異議が生じた場合は、保留する。」旨発言した。
組合としては、会社側の発言を明確にさせ、協約とするよう要求し、被申請人から、同年五月二一日付で右の点につき追加回答があり、同年五月二八日付確認書において、「配転、転勤、出向」につき、「会社は従来から業務の必要により、本人の意向等充分考慮のうえ転勤等を発令しており、この考え方を変更しない。万一異議を生じ、本人から組合に申出があった場合は、会社は組合と協議する。」と確認された。
(三) 昭和五二年六月一四日付確認書において、「配転、転勤、出向」について、「組合は、組合員の配転、転勤、出向については、組合に少なくとも一箇月前に申入れを行ない、本人、組合、上司、会社の四者で協議を行ない、その後本人の意志を尊重し、生活条件、技能などを公平に考慮して組合員本人の同意の上行なうことを要求。会社は、従来から業務上の必要により本人の意向等充分配慮して発令している。今後ともこれを変更しない。万一異議が生じ、本人から組合に申出があり、組合から会社に申入れがあった場合は、会社は組合と協議すると回答した。」と確認された。
なお、右確認の内容は、昭和五二年三月一八日付要求に対してなされた同年四月五日付回答を併記したものであるが、同年四月一五日の団体交渉において、被申請人側は、「四者協議については、充分配慮して、トラブルのないようにやっているので、その必要はない。万一、異議が出た場合は、労使で協議する。」旨述べ、前年と同内容の確認書となった。
(四) なお、組合は、昭和五三年三月三一日付要求書、昭和五四年四月三日付要求書をもって、昭和五二年の要求と同旨の要求をしたが、被申請人の回答は、昭和五二年の確認書の通りであるとして、昭和五三年四月二八日付協定書、昭和五四年六月二二日付協定書では、配転、転勤、出向に関する協定条項は定められなかった。
2  右認定事実によれば、昭和五一年確認書、昭和五二年確認書の「配転、転勤、出向」に関する確認事項は、要求に対する回答として、団体交渉の経過をふまえて確認されたもので、被申請人主張の「双方の主張を併記した単なる議事録に過ぎない」ものとは解されず、少なくとも、「万一、異議が生じ、本人から組合に申出があった場合には、会社は組合と協議する」ことを約した労働協約であると解すべきものである。
しかして、右確認書作成前の組合の要求事項は、一か月前の組合への通知、組合等との事前協議、本人の同意を各求めるというもので、いずれも発令前の事項であり、被申請人においても、右要求を受けて、団体交渉の席上、事前の協議を前提として発言し、右協議条項が確認されるに至った経過が認められ、また右協議条項が適用されるところの「本人の万一の異議が生じる」のは、実質的には本人の同意が得られない場合であり、被申請人主張の「発令後協議」では協議の実質的意味を持ち得ず、右協議条項の合理的な解釈とはいえない。そうすると、右協議条項は、発令の前後を問わず、本人の異議が生じた時点以降の組合との協議を約したものと解され、組合員に対し、配転等で意向打診ないし内示をなした時点で本人からの異議に基づく組合からの協議申入れがある場合には、被申請人は発令前においても組合との協議に応ずべき労働協約上の義務があると解すべきである。
3  前記認定のとおり、七月二六日になされた東京支店長による八月一日付仙台事務所配転の業務命令以降、申請人は仙台配転に異議を申し立て、これに基づいて組合から被申請人に対し、度々協議の申し入れがなされたにもかかわらず、被申請人は、九月二〇日の内示以降においても「発令後協議」を主張して、一切組合との協議に応じないまま本件配転命令に及んだものであり、本件配転命令は、前記協議条項に違反し、無効と解するのが相当である。
六  本件解雇の効力について
以上説示のとおり、本件配転命令は、不当労働行為にあたり無効というべきであり、また、協議条項(労働協約)に違反してなされた点においても無効というべきであるから、本件配転命令及び着任命令に従わなかったことを理由としてなされた本件解雇の意思表示もまた無効である。
七  賃金及び賞与
申請人は、被申請人から、給与を毎月一五日払いで受けており、本件解雇前の昭和五九年八月から一〇月までの三か月間の賃金合計は金五四三、九〇四円であり(但し、八月分は支払額からその前月までの精算口(基準)、同(基準外)を控除した金一七五、九〇九円として計算)、月額平均給与は金一八一、三〇一円であること、申請人は昭和五九年一二月二七日、被申請人から供託された金五六四、三八二円を未払い賃金として受領したこと、被申請人においては、昭和五九年冬、昭和六〇年夏、同年冬の三回、一時金(賞与)の支払いがなされており、申請人の右一時金の合計額は金一、四〇四、四七七円となること、以上の事実については、当事者間に争いがない。
そうすると、申請人は被申請人に対し、昭和五九年一一月分から昭和六一年三月分までの給与合計三、〇八二、一一七円から受領済みの前記供託金額を控除した金二、五一七、七三五円の支払及び昭和六一年四月以降毎月一五日限り金一八一、三〇一円の支払を求める賃金支払請求権、並びに金一、四〇四、四七七円の支払を求める賞与支払請求権を有するものということができる。
八  保全の必要性
本件疎明資料によれば、申請人は、現在妻と肩書住所地に居住し、被申請人から支給される給料が申請人の唯一の収入であること、申請人の妻は働いており、月収は手取りで約一一ないし一二万円であるが、二人の生活費(家賃は月三二、〇〇〇円)をまかなうには足りず、申請人の支援者からのカンパ等で不足分を補って生活していること、被申請人は、本件配転命令を拒否したことを理由に申請人を解雇し、申請人が被申請人の従業員であることを否定しており、申請人は現在無職の状態にあること、以上の事実が一応認められる。
従って、申請人が被申請人東京支店技術第二室所属の従業員であることを仮に定める必要があり、賃金仮払については、未払賃金二、五一七、七三五円及び昭和六一年四月以降本案訴訟の第一審判決言渡まで、月額一八一、三〇一円の支払を求める範囲で必要性があるというべきであるが、本案訴訟の第一審判決言渡後本案判決確定までの間の右賃金仮払を求める部分については、必要性がないというべきである。また、一時金(賞与)の仮払については、その必要性を疎明するに足りる証拠はない。
九  よって、申請人の本件申請は、申請人が被申請人の従業員(東京支店勤務)であることを仮に定める部分、未払賃金二、五一七、七三五円及び昭和六一年四月以降、本案訴訟の第一審判決言渡まで、毎月一五日限り、月額一八一、三〇一円宛の仮払を求める限度で理由があるから、保証を立てさせないでこれを認容し、その余は、必要性がないからこれを却下し、申請費用の負担については、民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 桐ケ谷敬三)

 

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